平家物語 巻第四  総かな版(元和九年本)
「いつくしまごかう」(『いつくしまごかう』)S0401P236ぢしようしねんしやうぐわつひとひのひ、とばどのには、しやうこくもゆるさず、ほふわうもおそれさせましましければ、ぐわんにちぐわんざんのあひだ、さんにふつかまつるひともなし。されどもそのなかにこせうなごんにふだうしんせいのしそく、さくらまちのちうなごんしげのりのきやう、そのおととさきやうのだいぶながのりばかりぞ、ゆるされてはまゐられける。おなじきはつかのひ、とうぐうおんはかまぎ、ならびにおんまなはじめとて、めでたきことどもありしかども、ほふわうはとばどのにて、おんみみのよそにぞきこしめす。にんぐわつにじふいちにち、しゆしやうことなるおんつつがもわたらせたまはざりしを、おしおろしたてまつて、とうぐうせんそあり。これもにふだうしやうこく、よろづおもふさまなるがいたすところなり。ときよくなりぬとてひしめきあへり。しんし、ほうけん、ないしどころわたしたてまつる。かんだちめぢんにあつまつて、ふるきことどもせんれいにまかせておこなひしに、さだいじんどのぢんにいでて、おんくらゐゆづりのことどもおほせしをきいて、P237こころあるひとびとのなみだをながし、こころをいたましめずといふことなし。われとおんくらゐをまうけのきみにゆづりたてまつり、はこやのやまのうちも、しづかになどおぼしめすさきざきだにも、あはれはおほきならひぞかし。いはんやこれは、おんこころならずおしおろされさせましましけんおんこころのうち、まうすもなかなかおろかなり。つたはれるおんたからものどもしなじな、つかさづかさうけとつて、しんていのくわうきよごでうだいりへわたしたてまつる。かんゐんどのには、ひのかげかすかに、けいじんのこゑもとどまり、たきぐちのもんじやくもたえにしかば、ふるきひとびとは、かかるめでたきいはひのなかにも、いまさらあはれにおぼえて、なみだをながしそでをぬらさぬはなかりけり。しんていこんねんさんざい、あはれいつしかなるじやうゐかなとぞ、ひとびとささやきあはれける。
へいだいなごんときただのきやうは、うちのおんめのと、そつのすけのをつとたるによつて、「こんどのじやうゐいつしかなりと、たれかかたぶけまうすべき。いこくには、しうのせいわうさんざい、しんのぼくていにさい、わがてうには、こんゑのゐんさんざい、ろくでうのゐんにさい、これみなきやうほうのなかにつつまれて、いたいをただしうせざりしかども、あるひはせつしやうおうてくらゐにつき、あるひはぼこういだいててうにのぞむとみえたり。ごかんのかうしやうくわうていは、むまれてひやくにちといふにせんそあり。てんしくらゐをふむせんじよう、わかんかくのごとし」とまうされければ、そのときのいうしよくのひとびと、「あなおそろし、ものなまうされそ。さればそれらはよきれいどもかや」とぞつぶやきあはれける。とうぐうせんそありしかば、にふだうしやうこくふうふともに、ぐわいそぶ、ぐわいそぼとて、じゆんさんごうのP238せんじをかうぶり、ねんぐわんねんじやくをたまはつて、じやうにちのものをめしつかひ、ゑかきはなつけたるものどもいでいつて、ひとへにゐんぐうのごとくにてぞありける。しゆつけのひとのじゆんさんごうのせんじをかうぶることは、ほふこうゐんのおほにふだうどのかねいへこうのほかは、これはじめとぞうけたまはる。おなじきさんぐわつじやうじゆんに、じやうくわうあきのいつくしまへごかうなるべしときこえけり。ていわうくらゐをすべらせたまひて、しよしやのごかうはじめには、やはた、かも、かすがへこそごかうはなるべきに、はるばるとあきのくにまでのごかうはいかにと、ひとふしんをなす。あるひとのまうしけるは、「しらかはのゐんはくまのへごかう、ごしらかははひよしのやしろへごかうなる。さればしんぬ、えいりよにありとまうすことを」。ごしんぢうにふかきごりふぐわんあり。そのうへこのいつくしまをば、へいけなのめならずにあがめうやまひまうされけるあひだ、うへにはへいけにごどうしん、したにはほふわうのいつとなくとばどのにおしこめられてわたらせたまへば、にふだうしやうこくのこころもやはらぎたまふかとの、ごきねんのためとぞきこえし。さんもんのだいしゆいきどほりまうしけるは、「しゆしやうおんくらゐをすべつて、しよしやのごかうはじめには、やはた、かも、かすがへごかうならずは、わがやまのさんわうへこそごかうはなるべきに、はるばるとあきのくにまでのごかうは、いつのならひぞや。そのぎならばしんよふりくだしたてまつて、ごかうをとどめたてまつれ」とぞまうしける。これによつてしばらくごえんいんありけり。にふだうしやうこくやうやうになだめのたまへば、さんもんのだいしゆしづまりぬ。
おなじきじふしちにち、しやうくわういつくしまごかうのおんかどでとて、にふだうしやうこくのきたのかたにゐどののP239しゆくしよ、はちでうおほみやへごかうなる。そのよやがていつくしまのごじんじはじめらる。てんがよりからのおんくるま、うつしのむまなどまゐらせらる。あくるじふはちにち、にふだうしやうこくのていへいらせおはします。そのひのくれがたに、さきのうだいしやうむねもりのきやうをめして、「みやうにちいつくしまごかうのおんついでに、とばどのへまゐつて、ほふわうのおんげんざんにいらばやとおぼしめすは、しやうこくぜんもんにしらせずしては、あしかりなんや」とおほせければ、むねもりのきやう、「なんでふことかさふらふべき」とそうせられたりければ、「さらばなんぢこよひとばどのへまゐりて、そのやうをまうせかし」とおほせければ、かしこまりうけたまはつて、いそぎとばどのへまゐつて、このよしそうもんせられければ、ほふわうはあまりにおぼしめすおんことにて、こはゆめやらんとぞおほせける。あくるじふくにち、おほみやのだいなごんたかすゑのきやう、いまだよふかうまゐつて、ごかうもよほされけり。このひごろきこえさせたまひつるいつくしまごかうをば、にしはちでうのていよりすでにとげさせおはします。やよひもなかばすぎぬれど、かすみにくもるありあけのつきはなほおぼろなり。こしぢをさしてかへるかりの、くもゐにおとづれゆくも、をりふしあはれにおぼしめす。いまだよのうちにとばどのへごかうなる。もんぜんにておんくるまよりおりさせおはしまし、もんのうちへさしいらせたまふに、ひとまれにしてこぐらく、ものさびしげなるおんすまひ、まづあはれにぞおぼしめす。はるすでにくれなんとす。なつこだちにもなりにけり。こずゑのはないろおとろへて、みやのうぐひすこゑおいたり。きよねんのしやうぐわつむゆか、てうきんのためにほふぢうじどのへぎやうがうありしには、P240がくやにらんじやうをそうし、しよきやうれつにたつて、しよゑぢんをひき、ゐんじのくぎやうまゐりむかつて、まんもんをひらき、かもんれうえんだうをしき、ただしかりしぎしき、いちじもなし。けふはただゆめとのみぞおぼしめす。さくらまちのちうなごんしげのりのきやうまゐつて、ごきしよくまうされたりければ、ほふわうははやしんでんのはしがくしのまへごかうなつて、まちまゐらさせたまひけり。しやうくわうはこんねんにじふ、あけがたのつきのひかりにはえさせたまひて、ぎよくたいもいとどうつくしうぞみえさせましましける。おんぼぎこけんしゆんもんゐんに、いたくにまゐらさせたまひたりしかば、ほふわうはまづこによゐんのおんことおぼしめしいでて、おんなみだせきあへさせたまはず。りやうゐんのござ、ちかくしつらはれたり。ごもんだふはひとうけたまはるにおよばず。ごぜんにはあまぜばかりぞさぶらはれける。ややひさしくおんものがたりせさせおはしまし、はるかにひたけてのち、おんいとままうさせたまひて、とばのくさづよりおんふねにぞめされける。しやうくわうはほふわうのりきうのこてい、いうかんせきばくのおんすまひ、おんこころぐるしうごらんじおかせたまへば、ほふわうはまたしやうくわうのりよはくかうきうのなみのうへ、ふねのうちのおんありさま、おぼつかなくぞおぼしめされける。まことにそうべう、やはた、かもなどをさしおかせたまひて、はるばるとあきのくにまでのごかうをば、しんめいもなどかごなふじゆなかるべき。ごぐわんじやうじゆうたがひなしとぞみえたりける。P241
「くわんぎよ」(『くわんぎよ』)S0402おなじきにじふろくにち、しやうくわういつくしまへごさんちやく。にふだうしやうこくのさいあいのないしがしゆくしよ、くわうきよになる。なかふつかおんとうりうあつて、きやうゑぶがくおこなはる。けちぐわんのだうしには、こうけんそうじやう、かうざにのぼりかねうちならし、へうびやくのことばにいはく、「ここのへのみやこをいでさせたまひ、やへのしほぢをわきもつて、はるばるとこれまでまゐらせたまひたる、おんこころざしのかたじけなさよ」とたからかにまうされたりければ、きみもしんもみなかんるゐをぞ、もよほされける。おほみや、まらうどをはじめまゐらせて、やしろやしろところどころへみなごかうなる。おほみやよりごちやうばかり、やまをまはらせたまひて、たきのみやへまゐらせたまふ。こうけんそうじやうはいでんのはしらにかきつけられけるとかや。
くもゐよりおちくるたきのしらいとにちぎりをむすぶことぞうれしき W016
かんぬしさいきのかげひろかかい、じゆじやうのごゐ、こくしふぢはらのありつな、しなあげられてじゆげのしほん、ならびにゐんのてんじやうをゆるさる。ざすそんえい、ほふげんになさる。しんりよもうごき、にふだうしやうこくのこころもやはらぎたまひぬらんとぞみえし。おなじきにじふくにちおんふねかざつてくわんぎよなる。をりふしなみかぜはげしかりければ、おんふねこぎもどさせ、P242そのひはいつくしまのうち、ありのうらといふところにとどまらせたまふ。しやうくわう、「だいみやうじんのおんなごりをしみに、うたつかまつれひとびと」とおほせければ、たかふさのせうしやう、
たちかへるなごりもありのうらなればかみもめぐみをかくるしらなみ W017
やはんばかりにかぜしづまつて、かいじやうもおだしかりければ、おんふねこぎいださせ、そのひはびんごのくにしきなのとまりにつかせたまふ。このところはさんぬるおうほうのころほひ、いちゐんごかうのとき、こくしふぢはらのためなりがつくつたりけるごしよのありけるを、にふだうしやうこくおんまうけにしつらはれたりしかども、しやうくわうそれへはごかうもならず、「けふはうづきひとひ、ころもがへといふことのあるぞかし」とて、おのおのみやこのことをのたまひいだし、ながめやりたまふほどに、きしにいろふかきふぢのまつのえだにさきかかりけるを、しやうくわうえいらんあつて、「あのはなをりにつかはせ」とおほせければ、おほみやのだいなごんたかすゑのきやううけたまはつて、さししやうなかはらのやすさだがはしぶねにのつて、をりふしごぜんをこぎとほりけるをめして、をりにつかはす。ふぢのはなをまつのえだにつけながら、をりてまゐらせたりければ、こころばせありなどおほせられて、ぎよかんありけり。「このはなにてうたつかまつれ。おのおの」とおほせければ、たかすゑのだいなごん、
ちとせへむきみがよはひにふぢなみのまつのえだにもかかりぬるかな W018
ふつかのひは、びぜんのこじまのとまりにつかせたまふ。いつかのひてんはれて、かいじやうものどけかりければ、ごしよのおんふねをはじめまゐらせて、ひとびとのふねどもみなこぎいだす。くものP243なみ、けぶりのなみをわきしのがせたまひて、そのひははりまのくにやまたのうらにつかせたまふ。それよりおんこしにめして、ふくはらへいらせおはします。むゆかのひは、おんとうりうあつて、ふくはらのところどころをみなれきらんある。いけのちうなごんよりもりのきやうのさんざう、あらたまでごらんぜらる。あくるなぬかのひ、ふくはらをたたせたまふとて、にふだうのいへのしやうおこなはる。にふだうしやうこくのやうじ、たんばのかみきよくにじやうげのしゐ、おなじうにふだうのまご、ゑちぜんのせうしやうはしゐのじゆじやうとぞきこえし。そのひてらゐにつかせたまふ。やうかのひおんむかひのくぎやうてんじやうびと、とばのくさづまでみなまゐられけり。くわんぎよのときは、とばどのへはごかうもならず、すぐににふだうしやうこくのにしはちでうのていへぞいらせおはします。おなじきにじふににち、しんていのごそくゐあり。だいこくでんにておこなはるべかりしかども、ひととせえんしやうののちはいまだつくりもいだされず。だいこくでんなからんうへは、だいじやうぐわんのちやうにておこなはるべきかと、くぎやうせんぎありしかば、くでうどのまうさせたまひけるは、「だいじやうぐわんのちやうは、ぼんにんのいへにとらば、くもんじよていのところなり。だいこくでんなからんうへは、ししんでんにてこそ、ごそくゐはあるべけれ」とまうさせたまへば、ししんでんにてぞ、ごそくゐはありける。いんじかうほうしねんじふいちぐわつじふいちにち、れんぜいゐんのごそくゐ、ししんでんにてありしは、しゆしやうごじやけによつて、だいこくでんへのぎやうがうかなはざりしおんゆゑなり。ごさんでうのゐんのえんきうのかれいにまかせて、だいじやうぐわんのちやうにておこなはるべきものをと、ひとびとまうしあはれけれども、そのときのくでうどののおんぱからひのうへは、さうにおよばず。とうぐうP244せんそありしかば、ちうぐうはこうきでんよりじじゆでんへうつつて、やがてたかみくらへまゐらせたまふ。へいけのひとびとみなしゆつしせられけるなかに、こまつどののきんだちたちは、こぞおとどこうぜられにしかば、いろにてろうきよせられけり。
「げんじそろへ」(『げんじぞろへ』)S0403くらんどのさゑもんのごんのすけさだなが、こんどのごそくゐにゐらんなく、めでたきやうを、こうしじふまいばかりにかいて、にふだうしやうこくのきたのかた、はちでうのにゐどのへまゐらせたりければ、ゑみをふくんでぞよろこばれける。かやうにはなやかに、めでたきことどもありしかども、せけんはなほにがにがしうぞみえし。そのころいちゐんだいにのわうじ、もちひとのしんわうとまうししは、おんははかがのだいなごんすゑなりのきやうのおんむすめなり。さんでうたかくらにましましければ、たかくらのみやとぞまうしける。いんじえいまんぐわんねんじふいちぐわつじふごにちのあかつき、おんとしじふごにて、しのびつつ、こんゑかはらのおほみやのごしよにて、ひそかにおんげんぶくありけり。おんしゆせきうつくしうあそばし、おんさいかくもすぐれてましましければ、たいしにもたち、くらゐにもつかせたまふべかりしかども、こけんしゆんもんゐんのおんそねみによつて、おしこめられさせたまひけり。はなのもとのはるのあそびには、P245しがうをふるつててづからごさくをかき、つきのまへのあきのえんには、ぎよくてきをふいて、みづからがいんをあやつりたまふ。かくしてあかしくらさせたまふほどに、ぢしようしねんには、おんとしさんじふにぞならせましましける。そのころこのゑかはらにさぶらはれけるげんざんみにふだうよりまさ、あるよひそかにこのみやのごしよにまゐりて、まうされけることこそおそろしけれ。たとへば、「きみはてんせうだいじんしじふはつせのしやうとう、じんむてんわうよりしちじふはちだいにあたらせたまふ。しかればたいしにもたち、くらゐにもつかせたまふべかりしひとの、さんじふまでみやにてわたらせたまふおんことをば、おんこころうしとはおぼしめされさふらはずや。はやはやごむほんおこさせたまひて、へいけをほろぼし、ほふわうのいつとなく、とばどのにおしこめられてわたらせたまふおんいきどほりをも、やすめまゐらせ、きみもくらゐにつかせたまふべし。これひとへにごかうかうのおんいたりにてこそさふらはんずれ。もしおぼしめしたたせたまひて、りやうじをくだされたまふものならば、よろこびをなしてはせまゐらんずるげんじどもこそ、くにぐににおほうさふらへ」とてまうしつづく。「まづきやうとにはではのぜんじみつのぶがこども、いがのかみみつもと、ではのはんぐわんみつなが、ではのくらんどみつしげ、ではのくわんじやみつよし、くまのにはころくでうのはうぐわんためよしがばつしじふらうよしもりとてかくれてさふらふ。つのくににはただのくらんどゆきつなこそさふらへども、これはしんだいなごんなりちかのきやうのむほんのとき、どうしんしながらかへりちうしたるふたうじんにてさふらへば、まうすにおよばず。さりながらそのおととただのじらうともざね、てしまのくわんじやたかより、おほたのたらうよりもと。かはちのくにには、いしかはのこほりをちぎやうしけるP246むさしのごんのかみにふだうよしもと、しそくいしかはのはんぐわんだいよしかぬ。やまとのくにには、うののしちらうちかはるがこども、たらうありはる、じらうきよはる、さぶらうなりはる、しらうよしはる。あふみのくにには、やまもと、かしはぎ、にしごり。みのをはりには、やまだのじらうしげひろ、かうべのたらうしげなほ、いづみのたらうしげみつ、うらののしらうしげとほ、あじきのじらうしげより、そのこのたらうしげすけ、きだのさぶらうしげなが、かいでんのはうぐわんだいしげくに、やしまのせんじやうしげたか、そのこのたらうしげゆき。かひのくにには、へんみのくわんじやよしきよ、そのこのたらうきよみつ、たけだのたらうのぶよし、かがみのじらうとほみつ、おなじきこじらうながきよ、いちでうのじらうただより、いたがきのさぶらうかねのぶ、へんみのひやうゑありよし、たけだのごらうのぶみつ、やすだのさぶらうよしさだ。しなののくにには、おほうちたらうこれよし、をかだのくわんじやちかよし、ひらがのくわんじやもりよし、そのこのしらうよしのぶ、こたてはきのせんじやうよしかたがじなん、きそのくわんじやよしなか。いづのくににはるにんさきのうひやうゑのすけよりとも。ひたちのくにには、しだのさぶらうせんじやうよしのり、さたけのくわんじやまさよし、そのこのたらうただよし、さぶらうよしむね、しらうたかよし、ごらうよしすゑ、みちのくににはこさまのかみよしともがばつし、くらうくわんじやよしつね、これみなろくそんわうのごべうえい、ただのしんぼちまんぢうがこういんなり。てうてきをたひらげしゆくまうをとぐることは、げんぺいいづれしようれつなかりしかども、いまはうんでいまじはりをへだてて、しゆじうのれいにもなほおとれり。くにはこくしにしたがひ、しやうはあづかつしよにめしつかはれ、くじざふじにかりたてられて、やすいこころもしさふらはず。つらつらたうせいのていをみさふらふに、うへにはしたがうたるやうなれども、ないないはいつかうへいけをそねまぬものやさふらふ。きみもしおぼしめしたたせたまひて、りやうじをたうづるほどならば、くにぐにのげんじども、よをひについではせのぼり、P247へいけをほろぼさんことは、じじつをめぐらすべからず。そのぎにてさふらはば、にふだうもとしこそよつてさふらへども、わかきこどもあまたさふらへば、ひきぐしてまゐりさふらふべし」とぞまうしける。
みやはこのこといかがあらんずらんと、おぼしめしわづらはせたまひて、しばしはごしよういんもなかりけるが、ここにあこまるだいなごんむねみちのきやうのまご、びんごのぜんじすゑみちがこに、せうなごんこれながとまうししは、すぐれたるさうにんのじやうずにてありければ、ときのひと、さうせうなごんとぞまうしける。そのひとこのみやをみまゐらせて、「くらゐにつかせたまふべきおんさうまします。あひかまへててんがのこと、おぼしめしすつな」とまうされけるをりふし、このさんみにふだうも、かやうにすすめまうされければ、さてはしかるべきてんせうだいじんのおんつげやらんとて、ひしひしとおぼしめしたたせたまひけり。まづしんぐうのじふらうよしもりをめして、くらんどになさる。ゆきいへとかいみやうして、りやうじのおつかひにとうごくへこそくだされけれ。しんぐわつにじふはちにちみやこをたつて、あふみのくによりはじめて、みのをはりのげんじどもに、しだいにふれてくだるほどに、ごぐわつとをかには、いづのほうでうひるがこじまについて、るにんさきのうひやうゑのすけどのに、りやうじをとりいだいてたてまつる。しだのさぶらうせんじやうよしのりは、あになればたばんとて、しだのうきしまへくだる。きそのくわんじやよしなかは、をひなればとらせんとて、せんだうへこそおもむきけれ。ここにくまののべつたうたんぞうは、へいけぢうおんのみなりしが、なにとしてかききいだしけんP248、「しんぐうのじふらうよしもりこそ、たかくらのみやのりやうじたまはつて、すでにむほんをおこすなれ。なちしんぐうのものどもは、さだめてげんじのかたうどをぞせんずらん。たんぞうはへいけのごおんをあめやまにかうぶりたれば、いかでかそむきたてまつるべき。やひとついかけて、そののちみやこへしさいをまうさん」とて、ひたかぶといつせんよにん、しんぐうのみなとへはつかうす。しんぐうにはとりゐのほふげん、たかばうのほふげん、さぶらひにはうゐ、すずき、みづや、かめのかふ、なちにはしゆぎやうほふげんいげ、つがふそのせいいつせんごひやくよにん、ときつくりやあはせして、げんじのかたにはとこそいれ、へいけのかたにはかくこそいれと、たがひにやさけびのこゑのたいてんもなく、かぶらのなりやむひまもなく、みつかがほどこそたたかうたれ。されどもおぼえのほふげんたんぞうは、いへのこらうどうおほくうたせ、わがみておひ、からきいのちいきつつ、なくなくほんぐうへこそかへりのぼりけれ。
「いたちのさた」(『いたちのさた』)S0404さるほどにほふわうは、なりちかしゆんくわんらがやうに、とほきくにはるかのしまへも、うつしぞやりまゐらせんずるにこそと、おぼしめされけれども、さはなくして、とばどのにてぢしようもしねんにおくらせおはします。おなじきごぐわつじふににちのうまのこくばかり、とばどのには、いたちおびたたしうはしりさわぐ。ほふわうおんうらかたあそばいて、あふみのかみなかかぬ、そのときはいまだつるくらんどにてP249さふらひけるを、ごぜんへめして、「これもつてあべのやすちかがもとへゆき、きつとかんがへさせて、かんじやうをとつてまゐれ」とぞおほせける。なかかぬこれをたまはつて、あべのやすちかがもとへゆく。をりふししゆくしよにはなかりけり。しらかはなるところへといひければ、それへたづねゆきて、ちよくぢやうのおもむきおほすれば、やすちかやがてかんじやうをこそまゐらせけれ。なかかぬこれをとつてとばどのへはせまゐり、もんよりいらんとすれば、しゆごのぶしどもゆるさず。あんないはしつたり、ついぢをこえ、おほゆかのしたをはうて、ごぜんのきりいたより、やすちかがかんじやうをこそまゐらせけれ。ほふわうこれをひらいてえいらんあるに、「いまみつかがうちのおんよろこび、ならびにおんなげき」とぞかんがへまうしたる。ほふわう、「このおんありさまにても、おんよろこびはしかるべし。またいかなるおんめにかあふべきやらん」とぞおほせける。おなじきじふさんにちさきのうだいしやうむねもりのきやう、ちちのおんまへにおはして、ほふわうのおんことをたりふしまうされければ、にふだうしやうこくやうやうにおもひなほつて、ほふわうをばとばどのをいだしたてまつり、みやこへくわんぎよなしたてまつり、はちでうからすまるのびふくもんゐんのごしよへいれたてまつる。いまみつかがうちのおんよろこびとは、やすちかこれをぞまうしける。かかりけるところに、くまののべつたうたんぞう、ひきやくをもつて、たかくらのみやのごむほんのよしを、みやこへまうしたりければ、さきのうだいしやうむねもりのきやうおほきにさわいで、をりふしにふだうしやうこくは、ふくはらのべつげふにおはしけるにこのよしまうされたりければ、にふだうしやうこくおほきにいかつて、「そのぎならばたかくらのみやをP250からめとつて、とさのはたへうつすべし」とぞのたまひける。しやうけいにはさんでうのだいなごんさねふさ、しきじにはとうのべんみつまさとぞきこえし。ぶしにはげんだいふのはうぐわんかねつな、ではのはうぐわんみつなが、ひたかぶとさんびやくよき、みやのごしよへぞむかひける。このげんだいふのはうぐわんとまうすは、さんみにふだうのじなんなり。しかるをこのにんじゆにいれられけることは、たかくらのみやのごむほんを、さんみにふだうすすめまうされたりといふことを、へいけいまだしらざりけるによつてなり。
「のぶつらかつせん」(『のぶつら』)S0405さるほどに、みやはさつきじふごやのくもまのつきをながめさせたまひて、なんのゆくへもおぼしめしよらざりけるに、さんみにふだうのししやとて、ふみもちていそがはしげにいできたる。みやのおんめのとご、ろくでうのすけのたいふむねのぶ、これをとつてごぜんへまゐり、ひらいてみるに、「きみのごむほんすでにあらはれさせたまひて、とさのはたへうつしまゐらすべしとて、くわんにんどもがべつたうせんをうけたまはつて、おむかひにまゐりさふらふ。いそぎごしよをいでさせたまひて、みゐでらへいらせおはしませ。にふだうもやがてまゐりさふらはん」とぞかかれたる。みやはこのこといかがせんと、おぼしめしわづらはせたまふところに、みやのさぶらひにちやうひやうゑのじようはせべののぶつらとP251いふものあり。をりふしごぜんちかうさふらひけるが、すすみいでてまうしけるは、「ただなんのやうもさふらふまじ。にようばうしやうぞくにいでたたせたまひて、おちさせたまふべうもやさふらふらん」とまうしければ、このぎもつともしかるべしとて、おんぐしをみだり、かさねたるぎよいに、いちめがさをぞめされける。ろくでうのすけのたいふむねのぶ、からかさもちておんともつかまつる。つるまるといふわらは、ふくろにものいれていただいたり。たとへばせいしがぢよをむかへてゆくやうにいでたたせたまひて、たかくらをきたへおちさせたまふに、おほきなるみぞのありけるを、いとものがるうこえさせたまへば、みちゆきびとがたちとどまつて、「はしたなのにようばうのみぞのこえやうや」とて、あやしげにみまゐらせければ、いとどあしばやにぞすぎさせおはします。
ごしよのおんるすには、ちやうひやうゑのじようはせべののぶつらをぞおかれける。にようばうたちのせうせうおはしけるをば、かしこここへたちしのばせて、みぐるしきものあらば、とりしたためんとてみるほどに、さしもみやのごひざうありけるこえだときこえしおんふえを、つねのごしよのおんまくらに、とりわすれさせたまひたるをぞ、たちかへつてもとらまほしうやおぼしめされけん。のぶつらこれをみつけて、「あなあさまし。さしもきみのごひざうのおんふえを」とまうして、いまごちやうがうちにておつついてまゐらせたり。みやなのめならずぎよかんあつて、「われしなば、このふえをば、ごくわんにいれよ」とぞおほせける。「やがておんともつかまつれ」とおほせければ、のぶつらまうしけるは、「ただいまあのごしよへ、くわんにんどもがおむかひにP252まゐりさふらふなるに、ひといちにんもさふらはざらんは、むげにくちをしくぞんじさふらふ。そのうへあのごしよに、のぶつらがさふらふとまうすことをば、じやうげみなしつたることでこそさふらへ。こんやさふらはざらんは、それもそのよはにげたりなどいはれんこと、くちをしうさふらふべし。ゆみやとるみは、かりにもなこそをしうさふらへ。くわんにんどもにしばらくあひしらひ、いつぱううちやぶつて、やがてまゐりさふらはん」とて、ただいちにんとつてかへす。のぶつらがそのよのしやうぞくには、うすあをのかりぎぬのしたに、もよぎにほひのはらまきをきて、ゑふのたちをぞはいたりける。さんでうおもてのそうもんをも、たかくらおもてのこもんをも、ともにひらいてまちかけたり。
あんのごとくげんだいふのはうぐわんかねつな、ではのはうぐわんみつなが、つがふそのせいさんびやくよき、じふごにちのねのこくに、みやのごしよへぞおしよせたる。げんだいふのはうぐわんは、ぞんずるむねありとおぼえて、はるかのもんぐわいにひかへたり。ではのはうぐわんみつながは、のりながらもんのうちへうちいれ、にはにひかへ、だいおんじやうをあげて、「みやのごむほんすでにあらはれさせたまひて、とさのはたへうつしまゐらせんがために、くわんにんどもがべつたうせんをうけたまはつて、ただいまおんむかひにまゐりてさふらふ。とうとうおんいでさふらへ」とまうしければ、のぶつらおほゆかにたつて、「たうじはごしよでもさふらはず、おんものま[う]ででさふらふぞ。なにごとぞ、ことのしさいをまうされよ」といひければ、ではのはうぐわん、「なんでふこのごしよならでは、いづくへかわたらせたまふべかんなるぞ。そのぎならば、しもべどもまゐつてさがしたてまつれ」とぞまうしける。のぶつらかさねてP253、「ものもおぼえぬくわんにんどもがまうしやうかな。むまにのりながら、もんのうちへまゐるだにもきくわいなるにあまつさへしもべどもまゐつてさがしたてまつれとは、いかでかまうすぞ。ちやうひやうゑのじようはせべののぶつらがさふらふぞ。ちかうよつてあやまちすな」とぞいひける。ちやうのしもべのなかに、かなたけといふだいぢからのかうのもの、うちもののさやをはづし、のぶつらにめをかけて、おほゆかのうへへとびのぼる。これをみてどうれいども、じふしごにんぞつづいたる。のぶつらこれをみて、かりぎぬのおびひもひつきつてすつるままに、ゑふのたちなれども、みをばこころえてつくらせたるをぬきあはせて、さんざんにこそふるまうたれ。かたきはおほだち、おほなぎなたでふるまへども、のぶつらがゑふのたちにきりたてられて、あらしにこのはのちるやうに、にはへさつとぞおりたりける。
さつきじふごやのくもまのつきの、あらはれいでてあかかりけるに、かたきはぶあんないなり、のぶつらはあんないしやにてありければ、あそこのめんらうにおつかけては、はたときり、ここのつまりにおつつめては、ちやうどきる。「いかにせんじのおつかひをば、かうはするぞ」といひければ、「せんじとはなんぞ」とて、たちゆがめばをどりのき、おしなほし、ふみなほし、やにはによきものどもじふしごにんぞきりふせたる。そののちたちのきつさきさんずんばかりうちをつてすててげり。はらをきらんとこしをさぐれども、さやまきおちてなかりければ、ちからおよばず。おほてをひろげて、たかくらおもてのこもんより、をどりいでんとするところに、おほなぎなたもちたるをとこいちにんよりあうたり。のぶつらなぎなたにのらんとP254とんでかかるが、のりそんじて、ももをぬひざまにつらぬかれ、こころはたけくおもへども、おほぜいのなかにとりこめられて、いけどりにこそせられけれ。そののちごしよぢうにみだれいつてさがせども、みやはわたらせたまはず。のぶつらばかりからめて、ろくはらへゐてまゐる。さきのうだいしやうむねもりのきやうおほゆかにたつて、のぶつらをおほにはにひつすゑさせ、「まことにわをのこは、せんじのおつかひとなのるを、せんじとはなんぞとてきつたりけるか。そのうへ、ちやうのしもべども、おほくにんじやうせつがいしたんなれば、よくよくきうもんして、ことのしさいをたづねとひ、そののちかはらにひきいだいてかうべをはねよ」とぞのたまひける。
のぶつらもとよりすぐれたるだいかうのものなりければ、ゐなほりあざわらつてまうしけるは、「このほどあのごしよを、よなよなもののうかがひさふらふを、なんでふことのあるべきとおもひあなどつて、ようじんもつかまつらぬところに、やはんばかりによろうたるものどもが、にさんびやくきうちいつてさふらふを、なにものぞとたづねてさふらへば、せんじのおつかひとまうす。たうじはしよこくのせつたうがうだう、さんぞくかいぞくなどまうすやつばらが、あるひはきんだちのいらせたまひたるぞ、あるひはせんじのおつかひなどなのりまうすと、かねがねうけたまはつてさふらふほどに、せんじとはなんぞとて、きつたるざふらふ。およそのぶつら、もののぐをもおもふさまにつかまつり、かねよきたちをももつてさふらはんには、ただいまのくわんにんどもをば、よもいちにんもあんをんではかへしさふらはじ。そのうへ、みやのございしよは、いづくにわたらせたまひさふらふやらん、しりまゐらせぬざふらふ。たとひP255しりまゐらせてさふらふとも、さぶらひほんのものの、いちどまうさじとおもひきりてんことを、きうもんにおよんでまうすべきやうなし」とて、そののちはものもまうさず。いくらもなみゐたりけるへいけのさぶらひども、「あつぱれかうのものや。これらをこそいちにんたうぜんのつはものともいふべけれ」と、くちぐちにまうしければ、そのなかにあるひとのまうしけるは、「あれがかうみやうはいまにはじめぬことぞかし。せんねんところにありしとき、おほばんじゆのものどものとどめかねたりしがうだうろくにんに、ただいちにんおつかかり、にでうほりかはなるところにて、しにんきりふせ、ににんいけどつて、そのときなされたりしさひやうゑのじようぞかし。あつたらをのこのきられんずることのむざんさよ」とをしみあへりければ、にふだうしやうこくいかがおもはれけん、「さらば、なきつそ」とて、はうきのひのへぞながされける。へいけほろびげんじのよになつて、とうごくへくだり、かぢはらへいざうかげときについて、ことのこんげんいちいちにまうしたりければ、かまくらどの、「しんべうなり」とかんじたまひて、のとのくににごおんかうぶりけるとぞきこえし。
「たかくらのみやをんじやうじへじゆぎよ」(『きをほ』)S0406さるほどに、みやはたかくらをきたへ、こんゑをひがしへ、かもがはをわたらせたまひて、によいやまへP256いらせおはします。むかしきよみばらのてんわう、おほとものわうじにおそはれさせたまひて、よしのやまへいらせたまひけるにこそ、をとめのすがたをばからせたまひけるなれ。いまこのみやのおんありさまも、それにはすこしもたがはせたまふべからず。しらぬやまぢを、よもすがらはるばるとわけいらせたまふに、いつならはしのおんことなれば、おんあしよりいづるちは、いさごをそめてくれなゐのごとし。なつぐさのしげみがなかのつゆけさも、さこそはところせうおぼしめされけめ。かくしてあかつきがたにみゐでらへいらせおはします。「かひなきいのちのをしさに、しゆとをたのんでじゆぎよあり」とおほせければ、だいしゆおほきにかしこまりよろこんで、ほふりんゐんにごしよをしつらひ、かたのごとくのぐごしいだいてたてまつる。
「きほふ」あくるじふろくにち、たかくらのみやのごむほんおこさせたまひて、みゐでらへおちさせたまふぞやとまうすほどこそありけれ、きやうぢうのさうどうなのめならず。そもそもこのげんざんみにふだうよりまさは、としごろひごろもあればこそありけめ、こんねんいかなるこころにて、むほんをばおこされけるぞといふに、へいけのじなんむねもりのきやうの、ふしぎのことをのみしたまひけるによつてなり。さればひとのよにあればとて、すずろにいふまじきことをいひ、すまじきP257ことをするは、よくよくしりよあるべきことなり。たとへばそのころさんみにふだうのちやくしいづのかみなかつなのもとに、くぢうにきこえたるめいばあり。かげなるむまのならびなきいちもつ、のりはしり、こころむけ、よにあるべしともおぼえず。なをばこのしたとぞいはれける。むねもりのきやうししやをたてて、「きこえさふらふめいばをたまはつて、みさふらはばや」とのたまひつかはされたりければ、いづのかみのへんじには、「さるむまをもつてさふらひしを、このほどあまりにのりつからかしてさふらふほどに、しばらくいたはらせんがために、でんしやへつかはしてさふらふ」とまうされければ、「さらんにはちからおよばず」とて、そののちはさたなかりけるが、おほくなみゐたりけるへいけのさぶらひども、「あつぱれそのむまはをととひもさふらひし。きのふもみえてさふらふ。けさもにはのりしさふらひつる」など、くちぐちにまうしければ、「さてはをしむござんなれ。にくし。こへ」とて、さぶらひしてはせさせ、ふみなどして、ひとときがうちにごろくどしちはちどなどこはれければ、さんみにふだうこれをきき、いづのかみにむかつてのたまひけるは、「たとひこがねをもつてまろめたるむまなりとも、それほどひとのこはうずるに、をしむべきやうやある。そのむますみやかにろくはらへつかはせ」とこそのたまひけれ。いづのかみちからおよばず、いつしゆのうたをかきそへて、ろくはらへつかはさる。
こひしくはきてもみよかしみにそふるかげをばいかがはなちやるべき W021
むねもりのきやう、まづうたのへんじをばしたまはで、「あつぱれむまや、むまはまことによいむまでありけり。P258されどもあまりにをしみつるがにくきに、ぬしがなのりをかなやきにせよ」とて、なかつなといふかなやきをして、むまやにこそたてられけれ。まらうときたつて、「きこえさふらふめいばをみさふらはばや」とまうしければ、「そのなかつなめにくらおけ、ひきいだせ、のれ、うて、はれ」なんどぞのたまひける。いづのかみこのよしをつたへききたまひて、「みにかへておもふむまなれども、けんゐについてとらるるさへあるに、あまつさへてんがのわらはれぐさとならんずることこそやすからね」とおほきにいきどほられければ、さんみにふだうのたまひけるは、「なんでふことのあるべきとおもひあなどつて、へいけのひとどもが、かやうのしれごとをするにこそあんなれ。そのぎならば、いのちいきてもなににかはせん。びんぎをうかがふにこそあらめ」とのたまへども、わたくしにはおもひもたたれず、たかくらのみやをすすめまうされけるとぞ、のちにはきこえし。これにつけても、てんがのひと、こまつのおとどのことをぞしのびまうしける。あるときおとどさんだいのついでに、ちうぐうのおんかたへまゐらせたまふに、はつしやくばかりありけるくちなはの、おとどのさしぬきのひだんのりんをはひまはりけるを、しげもりさわがば、にようばうたちもさわぎ、ちうぐうもおどろかせたまひなんずとおぼしめし、ひだんのてにてををおさへ、みぎのてにてかしらをとつて、なほしのそでのなかへひきいれ、ちつともさわがず、ついたつて、「ろくゐやさふらふ、ろくゐやさふらふ」とめされければ、いづのかみなかつな、そのときはいまだゑふのくらんどにてさふらはれけるが、「なかつな」となのつてまゐられたるに、このくちなはをたぶ。たまはつてゆばどのをP259へて、てんじやうのこにはにいでつつ、みくらのことねりをまねいて、「これたまはれ」といはれければ、おほきにかしらをふつてにげさりぬ。いづのかみちからおよばず、わがらうどうのきほふをめしてこれをたぶ。たまはつてすててげり。そのあしたこまつどのより、よいむまにくらおいて、いづのかみのもとへつかはすとて、「さてもきのふのふるまひこそ、いうにやさしうさふらひつれ。これはのりいちのむまでさふらふぞ。ゆふべにおよんで、ぢんげよりけいせいのもとへかよはれんときもちひらるべし」とてつかはさる。いづのかみ、だいじんのおんぺんじなれば、「おむまかしこまつてたまはりさふらひぬ。さてもきのふのおんふるまひは、げんじやうらくにこそにてさふらひしか」とぞまうされける。いかなればこまつどのは、かやうにいうなるためしもおはせしぞかし。このむねもりのきやうは、さこそなからめ、ひとのをしむむまこひとつて、あまつさへてんがのだいじにおよびぬるこそうたてけれ。さるほどにおなじきじふろくにちのよにいつて、げんざんみにふだうよりまさ、ちやくしいづのかみなかつな、じなんげんだいぶのはうぐわんかねつな、ろくでうのくらんどなかいへ、そのこくらんどたらうなかみついげ、ひたかぶとさんびやくよき、たちにひかけやきあげて、みゐでらへこそまゐられけれ。ここにさんみにふだうのとしごろのさぶらひに、わたなべのげんざうきほふのたきぐちといふものあり。はせおくれてとどまりたりけるを、ろくはらへめして、「などなんぢは、さうでんのしゆ、さんみにふだうがともをばせで、とどまつたるぞ」とのたまへば、きほふかしこまつてまうしけるは、「ひごろはしぜんのこともさふらはば、まつさきかけて、いのちをたてまつらうどこそぞんぜしか。こんどはいかがP260さふらひつるやらん。かうともしらせられざりつるあひだ、とどまつてさふらふ」とまうす。むねもりのきやう、「これにもまたけんざんのものぞかし。せんどこうえいをぞんじて、たうけについてほうこうーせうとやおもふ。またてうてきよりまさぼふしにどうしんーせんとやおもふ。ありのままにまうせとこそのたまひけれ。きほふなみだをはらはらとながいて、「たとひさうでんのよしみさふらふとも、いかんかてうてきとなれるひとに、どうしんをばつかまつりさふらふべき。ただてんちうにほうこういたさうずるざふらふ」とまうしければ、だいしやう、「さらばほうこうーせよ。よりまさぼふしがしけんおんには、ちつともおとるまじきぞ」とていりたまひぬ。あしたよりゆふべにおよぶまで、「きほふはあるか」。「ざふらふ」。「あるか」。「ざふらふ」とてしこうーす。ひもやうやうくれければ、だいしやういでられたり。きほふかしこまつてまうしけるは、「まことやさんみにふだうは、みゐでらにときこえさふらふ。さだめてようちなんどもやむけられさふらはんずらん。さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたうさてはみゐでらぼふしにてぞさふらはんずらん。こころにくうもさふらはず、まかりむかつてえりうちなどもつかまつるべき。さるむまをもつてさふらひしを、このほどしたしいやつめにぬすまれてさふらふ。おんむまいつぴきくだしあづかりさふらはばや」とまうしければ、だいしやう、「もつともさるべし」とて、しらあしげなるむまの、なんれうとてひざうーせられたりけるに、よいくらおいてきほふにたぶ。たまはつてしゆくしよにかへり、「はやひのくれよかし。みゐでらへはせーまゐり、にふだうどののまつさきかけてうちじにーせん」とぞまうしける。ひもやうやうくれければ、さいしどもをば、かしこここにたちしのばせて、みゐでらへとP261いでたちける、こころのうちこそむざんなれ。ひやうもんのかりぎぬのきくとぢおほきらかにしたるに、ぢうだいのきせなが、ひをどしのよろひきて、ほしじろかぶとのををしめ、いかものづくりのたちをはき、にじふしさいたるおほなかぐろのやおひ、たきぐちのこつぽふわすれじとや、たかのはではいだりけるまとやひとてぞさしそへたる。しげどうのゆみもつて、なんれうにうちのり、のりかへいつきうちぐし、とねりをとこにもつだてわきばさませ、やかたにひかけやきあげて、みゐでらへこそはせたりけれ。ろくはらにはきほふがやかたよりひいできたりとてひしめきけり。むねもりのきやういそぎいでて、「きほふはあるか」。「さふらはず」とまうす。「すはきやつめをてのびにして、たばかられぬるは。あれおつかけてうて」とのたまへども、きほふはすぐれたるだいぢからのかうのもの、やつぎばやのてききにてありければ、「にじふしさいたるやでは、まづにじふしにんはいころされなんず。おとなせそ」とて、すすむものこそなかりけれ。ただいましもみゐでらには、わたなべたうよりあひて、きほふがさたありけり。「いかにもしてこのきほふたきぐちをば、めしーぐせられさふらはんずるものを」と、くちぐちにまうされければ、さんみにふだう、きほふがこころをよくしつてのたまひけるは、「むげにそのものとらへからめられはせじ。にふだうにこころざしふかきものなれば、みよ、ただいままゐらうずるぞ」とのたまひもはてぬに、きほふつとまゐりたり。「さればこそ」とぞのたまひける。きほふかしこまつてまうしけるは、「いづのかうのとののこのしたがかはりに、ろくはらのなんれうをこそとつてまゐつてP262さふらへ。まゐらせさふらはん」とてたてまつる。いづのかみなのめならずよろこびたまひて、やがてをがみをきり、かなやきをして、そのよろくはらへつかはさる。やはんばかりにもんのうちへおひいれたりければ、むまやにいつて、むまどもとくひあひければ、そのときとねりおどろきあひ、「なんれうがまゐつてさふらふ」とまうす。むねもりのきやういそぎいでてみたまふに、むかしはなんれう、いまは、「たひらのむねもりにふだう」といふかなやきをこそしたりけれ。だいしやう、「につくいきほふめをきつてすつべかりけるものを。てのびにしてたばかられぬることこそやすからね。こんどみゐでらへよせたらんずるひとびとは、いかにもしてきほふめをいけどりにせよ。のこぎりでくびきらん」と、をどりあがりをどりあがりいかられけれども、なんれうがをがみもおひず、かなやきもまたうせざりけり。
「さんもんへのてふじやう」(『さんもんへのてうじやう』)S0407さるほどに、みゐでらには、かひかねならいて、だいしゆせんぎす。「そもそもきんじつせじやうのていをあんずるに、ぶつぽふのすゐび、わうぼふのらうろう、まさにこのときにあたれり。こんどにふだうのばうあくをいましめずば、いづれのひをかごすべき。みやここにじゆぎよのおんこと、しやうはちまんぐうのゑご、しんらだいみやうじんのみやうじよにあらずや。てんじゆちるゐもやうがうをたれ、ぶつりきじんりきもがうぶくをくはへP263ましますこと、などかなからん。なかんづくほくれいはゑんじういちみのがくぢ、なんとは、げらふとくどのかいぢやうなり。てつそうのところになどかくみせざるべき」と、いちみどうしんにせんぎして、やまへもならへもてふじやうをこそつかはしけれ。まづさんもんへのじやうにいはく、「をんじやうじてつす、えんりやくじのが。ことにがふりよくをいたして、たうじのはめつをたすけられんとおもふじやう。みぎにふだうじやうかい、ほしいままにぶつぽふをはめつし、わうぼふをみだらんとほつす。しうたんきはまりなきところに、こんげつじふごにちのよ、いちゐんだいにのわうじ、ふりよのなんをのがれんために、ひそかににふじせしめたまふ。ここにゐんぜんとかうして、いだしたてまつるべきよし、しきりにせめありといへども、いだしたてまつるにあたはず。よつてくわんぐんをはなちつかはすべきむね、そのきこえあり。たうじのはめつ、まさにこのときにあたれり。しよしゆなんぞしうたんせざらんや。なかんづくえんりやくをんじやうりやうじは、もんぜきふたつにあひわかるといへども、がくするところは、これゑんどんいちみのけうもんにおなじ。たとへばとりのさうのつばさのごとく、またくるまのふたつのわににたり。いつぱうかけんにおいては、いかでかそのなげきなからんや。ていればことにがふりよくをいたして、たうじのはめつをたすけられば、はやくねんらいのゐこんをわすれ、ぢうせんのむかしにふくせん。しゆとのせんぎかくのごとし。よつててふそうくだんのごとし。ぢしようしねんごぐわつじふはちにち、だいしゆら」とぞかいたりける。P264
「なんとへのてふじやう」(『なんとてうじやう』)S0408さんもんのだいしゆ、このじやうをひけんして、「こはいかに、たうざんのまつじでありながら、とりのさうのつばさのごとく、またくるまのふたつのわににたりと、おさへてかくでう、これもつてきくわいなり」とて、へんてふにもおよばず。そのうへにふだうしやうこく、てんだいざすめいうんだいそうじやうに、しゆとをしづめらるべきよしのたまひければ、ざすいそぎとうざんして、だいしゆをしづめたまふ。かかりしほどに、みやのおんかたへは、ふぢやうのよしをぞまうしける。またにふだうしやうこくのはかりごとに、あふみごめにまんごく、ほくこくのおりのべぎぬさんぜんびき、わうらいのためにさんもんへよせらる。これをたにだにみねみねへひかれけるに、にはかのことにてありければ、いちにんしてあまたとるだいしゆもあり、またてをむなしうして、ひとつもとらぬしゆともあり。なにもののしわざにやありけん、らくしよをぞしたりける。
やまぼふしおりのべごろもうすくしてはぢをばえこそかくさざりけれ W022
またきぬにもあたらぬだいしゆのよみたりけるにや、
おりのべをひときれもえぬわれらさへうすはぢをかくかずにいるかな W023
またなんとへのじやうにいはく、「をんじやうじてつす、こうぶくじのが。ことにがふりよくをいたして、たうじのP265はめつをたすけられんとこふじやう。みぎぶつぽふのしゆしようなることは、わうぼふをまもらんがため、わうぼふまたちやうきうなること、すなはちぶつぽふによる。ここににふだうさきのだいじやうだいじんたひらのあそんきよもりこう、ほふみやうじやうかい、ほしいままにこくゐをひそかにし、てうせいをみだり、ないにつけげにつけ、うらみをなし、なげきをなすあひだ、こんぐわつじふごにちのよ、いちゐんだいにのわうじふりよのなんをのがれんがために、にはかににふじせしめたまふ。ここにゐんぜんとかうしていだしたてまつるべきむね、しきりにせめありといへども、しゆといつかうをしみたてまつて、いだしたてまつるにあたはず。よつてかのぜんもん、ぶしをたうじへいれんとす。ぶつぽふといひ、わうぼふといひ、いちじにまさにはめつせんとす。むかしたうのゑしやうてんし、ぐんびやうをもつてぶつぽふをほろぼさしめしとき、しやうりやうぜんのしゆ、かつせんをいたして、これをふせぐ。わうけんなほかくのごとし。いかにいはんやむほんはちぎやくのともがらにおいてをや。たれのひとかきやうせいすべきぞや。なかんづくなんきやうはれいなくして、つみなきちやうじやをはいるせらる。このときにあらずんば、いづれのひかくわいけいをとげん。ねがはくはしゆと、うちにはぶつぽふのはめつをたすけ、ほかにはあくぎやくのはんるゐをしりぞけば、どうしんのいたり、ほんぐわいにたんぬべし。しゆとのせんぎかくのごとく、よつててつそうくだんのごとし。ぢしようしねんごぐわつじふはちにち、だいしゆら」とぞかいたりける。P266
「なんとへんてふ」なんとのだいしゆこのじやうをひけんして、いちみどうしんにせんぎして、やがてへんてふをこそおくりけれ。そのへんてふにいはく、「こうぶくじてつす、をんじやうじのが。らいてふいつしにのせられたり。みぎにふだうじやうかいがために、きじのぶつぽふをほろぼさんとするよしのことてつす。ぎよくせんぎよくくわりやうかのしうぎをたつといへども、きんしやうきんく、おなじういちだいのけうもんよりいでたり。なんきやうほくきやうともにもつてによらいのでしたり。じじたじ、たがひにでうだつがましやうをぶくすべし。そもそもきよもりにふだうはへいじのさうかう、ぶけのぢんがいなり。そぶまさもり、くらんどごゐのいへにつかへて、しよこくじゆりやうのむちをとる。おほくらきやうためふさ、かしうししのいにしへ、けんびしよにふし、しゆりのだいぶあきすゑ、はりまのたいしゆたりしむかし、むまやのべつたうしきににんず。しかるをしんぶただもり、しようでんをゆるされしとき、とひのらうせう、みなほうこのかきんををしみ、ないげのえいかう、おのおのばだいのじんもんになく。ただもりせいうんのつばさをかいつくろふといへども、よのたみなほはくをくのたねをかろんず。なををしむせいし、そのいへにのぞむことなし。しかればすなはちさんぬるへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、だ[い]じやうてんわういつせんのこうをかんじて、ふじのしやうをさづけたまひしよりこのかた、たかくしやうこくにのぼつて、かねてひやうぢやうをたまはる。なんしあるひはたいかいをかたじけなうし、あるひはうりんにP267つらなり、によしあるひはちうぐうしきにそなはり、あるひはじゆんごうのせんをかうぶる。くんていそし、みなきよくろにあゆみ、そのまごかのをひ、ことごとくちくふをさく。しかのみならずきうしうをとうりやうし、はくしをしんだいして、ぬびみなぼくじうとなす。いちまうこころにたがへば、わうこうといへどもこれをとらへ、へんげんみみにさかふれば、くぎやうといへどもこれをからむ。これによつて、あるひはいつたんのしんみやうをのべんがため、あるひはへんしのりようじよくをのがれんとおもつて、ばんじようのせいしゆ、なほめんてんのこびをなし、ぢうだいのかくん、かへつてしつかうのれいをいたす。だいだいさうでんのけりやうをうばふといへども、しやうさいもおそれてしたをまき、みやみやさうじようのしやうゑんをとるといへども、けんゐにはばかつてものいふことなし。かつにのるあまり、きよねんのふゆじふいちぐわつ、だ[い]じやうくわうのすみかをつゐふくして、はくりくこうのみをおしながす。ほんぎやくのはなはだしきこと、まことにこきんにたえたり。そのときわれら、すべからくぞくしゆにゆきむかつて、そのつみをとふべしといへども、あるひはしんりよにあひはばかり、あるひはりんげんとしようずるによつて、うつたうをおさへて、くわういんをおくるあひだ、かさねてぐんびやうをおこして、いちゐんだいにのしんわうぐうをうちかこむところに、はちまんさんじよ、かすがだいみやうじん、ひそかにやうがうをたれ、せんひつをささげたてまつり、きじにおくりつけて、しんらのとぼそにあづけたてまつる。わうぼふつきざるむねあきらけし。よつてきじしんみやうをすててしゆごしたてまつるでう、がんじきのたぐひ、たれかずゐきせざらん。このときわれらゑんゐきにあつて、そのなさけをかんずるところに、きよもりこう、なほきようきをおこして、きじにいらんとするよし、ほのかにつたへうけたまはるによつて、かねてよういをいたす。じふはちにちたつのいつてんにだいしゆをおこし、しよじにてつそうし、まつじにP268げぢして、ぐんしをえてのち、あんないをたつせんとするところに、せいてうとびきたつてはうかんをなげたり。すうじつのうつねんいちじにげさんす。かのたうかしやうりやういつさんのひつしゆ、なほぶそうのくわんびやうをかへす。いはんやわこくなんぼくりやうもんのしゆと、なんぞぼうしんのじやるゐをはらはざらん。よくりやうゑんさうのぢんをかためて、よろしくわれらがしんぱつのつげをまつべし。じやうをさつしてぎたいをなすことなかれ。もつててつす。くだんのごとし。ぢしようしねんごぐわつにじふいちにち、だいしゆら」とぞかいたりける。
「だいしゆそろへ」(『ながのせんぎ』)S0409てらにはみやいらせたまひてのち、おほぜきこぜきほりきつて、だいしゆまたせんぎす。「そもそもさんもんはこころがはりしつ。なんとはいまだまゐらず。このことのびてはあしかりなん。いざやこんやろくはらにおしよせて、ようちにせん。そのぎならば、らうせうふたてにあひわかつて、まづらうそうどもは、によいがみねよりからめでへむかふべし。あしがるどもをさきだてて、しらかはのざいけにひをかけやきあげば、ざいきやうにん、ろくはらのぶしども、あはやこといできたりとて、はせむかはんずらん。そのときいはさか、さくらもとのへんに、しばしささへてふせぎたたかはんまに、おほてはまつざかより、いづのかみをたいしやうぐんとして、わかだいしゆあくそうどもは、ろくはらにP269おしよせ、かざうへにひをかけやきあげ、ひともみもうでせめんに、などかだいじやうにふだうやきいだいて、うたざるべき」とぞせんぎしたりける。ここにへいけのいのりしける、いちによばうのあじやりしんかいは、でしどうじゆくすじふにんひきぐし、せんぎのにはにすすみいでてまうしけるは、「かやうにまうせば、へいけのかたうどとやおぼしめされさふらふらん。いつかうそのぎにてはさふらはず。たとひささふらふとも、いかがしゆとのぎをもおもひ、わがてらのなをもをしまでは、さふらふべき。むかしはげんぺいさうにあらそひて、てうかのおんかためたりしかども、ちかごろはげんじのうんかたぶき、へいけよをとつてにじふよねん、てんがになびかぬくさきもさふらはず。さればないないのたちのありさまも、こぜいにてはたやすうかなひがたし。よくよくはかりごとをめぐらし、せいをもよほし、ごにちによせらるべうもやさふらふらん」と、ほどをのばさんがために、ながながとこそせんぎしたりけれ。ここにじようゑんばうのあじやりきやうしうは、ころものしたにもよぎにほひのはらまきをき、おほきなるうちがたなまへだれにさしほらし、しらえのなぎなたつゑにつき、せんぎのにはにすすみいでて、「しようこをほかにひくべからず。まづわがてらのほんぐわん、てんむてんわう、いまだとうぐうのおんとき、おほとものわうじにおそはれさせたまひて、よしののおくをいでさせたまひて、やまとのくにうだのこほりをすぎさせたまふには、そのせいわづかにじふしちき、されどもいがいせにうちこえ、みのをはりのぐんびやうをもつて、おほとものわうじをほろぼして、つひにくらゐにつかせたまひき。きうてうふところにいる。じんりんこれをあはれむといふほんもんあり。じよはしらず、きやうしうがもんとにおいては、こんやP270ろくはらにおしよせてうちじにせよや」とぞせんぎしける。ゑんまんゐんのたいふげんかくすすみいでて、「せんぎはしおほし。ただよのふくるに。いそげや、すすめ」とぞまうしける。
(『だいしゆそろへ』)S0410まづからめでにむかふらうそうどものたいしやうぐんには、げんざんみにふだうよりまさ、じようゑんばうのあじやりきやうしう、りつじやうばうのあじやりにちいん、そつのほふいんぜんち、ぜんちがでしぎはう、ぜんやうをさきとして、つがふそのせいいつせんにん、てんでにたいまつもつて、によいがみねへぞむかひける。おほてのたいしやうぐんには、ちやくしいづのかみなかつな、じなんげんだいふのはうぐわんかねつな、ろくでうのくらんどなかいへ、そのこくらんどたらうなかみつ。だいしゆにはゑんまんゐんのたいふげんかく、りつじやうばうのいがのきみ、ほふりんゐんのおにさど、じやうきゐんのあらとさ、これらはちからのつよさ、ゆみやうちものとつては、いかなるおににもかみにもあはうどいふ、いちにんたうぜんのつはものなり。びやうどうゐんには、いなばのりつしやくわうだいぶ、すみのろくらうばう、しまのあじやり、つつゐぼふしに、きやうのあじやり、あくせうなごん、きたのゐんには、こんくわうゐんのろくてんぐ、しきぶたいふ、のと、かが、さど、びんごらなり。まつゐのひご、しようなんゐんのちくご、がやのちくぜん、おほやのしゆんちやう、ごちゐんのたぢま、きやうしうがばうにん、ろくじふにんのうち、かがくわうじよう、ぎやうぶしゆんしう、ほふしばらには、いちらいほふしにしかざりき。だうじゆには、つつゐのじやうめうめいしう、をぐらのそんぐわつ、そんえい、じけい、らくぢう、かなこぶしのげんやう、ぶしにはわたなべのはぶくはりまのじらうさづくさつまのひやうゑ、ちやうじつとなふ、きほふのたきぐち、あたふのうまのじよう、つづくのげんた、きよし、すすむをさきとして、つがふそのせいいつせんごひやくよにん、みゐでらをこそうつたちけれ。P271てらにはみやいらせたまひてのち、おほぜきこぜきほりきり、かいだてかき、さかもぎひきたりければ、ほりにはしわたし、さかもぎとりのけなどしけるほどに、じこくおしうつつて、せきぢのにはとりなきあへり。いづのかみ、「ここにてとりないては、ろくはらへは、はくちうにこそよせんずれ。いかがせん」とのたまへば、ゑんまんゐんのたいふげんかく、またさきのごとくにすすみいでて、「むかししんのせうわう、まうしやうくんをめしいましめられたりしに、きさきのおんたすけによつて、つはものさんぜんにんをひきぐして、にげまぬかれけるが、ほどなくかんこくくわんにいたりぬ。いこくのならひに、にはとりのなかぬかぎりは、せきのとをひらくことなし。かのまうしやうくんがさんぜんのかくのなかに、てんかつといふつはものあり。にはとりのなくまねをゆゆしうしければ、けいめいともいはれけり。かのけいめい、たかきところにはしりあがり、にはとりのなくまねをゆゆしうしたりければ、せきぢのにはとりききつたへて、みななきあへり。そのときせきもり、とりのそらねにばかされて、せきのとをあけてぞとほしける。さればこれもかたきのはかりごとにやなかすらん。ただよせよや」とぞまうしける。かかりしほどに、さつきのみじかよなれば、ほのぼのとぞあけにける。いづのかみのたまひけるは、「ようちにこそさりともとおもひつれ、ひるいくさにはいかにもかなふまじ。あれよびかへせや」とて、おほてはまつざかよりとつてかへし、からめではによいがみねよりひつかへす。わかだいしゆあくそうども、「これはいちによばうがながせんぎにこそ、よはあけたれ。そのばうきれ」とて、おしよせてばうをさんざんにきる。ふせぐところのでしどうじゆく、みなうたれにけり。P272わがみておひ、はふはふろくはらへまゐつて、このよしうつたへまうしけれども、ろくはらにはぐんびやうすまんぎはせあつまつて、ちつともさわぐけしきもしたまはず。さるほどにみやは、さんもんはこころがはりしつ、なんとはいまだまゐらず。このてらばかりでは、いかにもかなふべからずとて、おなじきにじふさんにちのあかつきがたに、みゐでらをいでさせたまひて、なんとへおちさせおはします。このみやはせみをれ、こえだとて、かんちくのふえをふたつもちたまへり。なかにもせみをれは、むかしとばのゐんのおんとき、そうてうのみかどへ、しやきんをおほくまゐらつさせたまひたりしかば、へんぱうとおぼしくて、いきたるせみのごとくに、ふしのつきたるふえたけを、ひとよまゐらつさせたまひけり。これほどのちようほうを、いかんかさうなうゑらせらるべきとて、みゐでらのだいしんのそうじやうかくそうにおほせ、だんじやうにたて、しちにちかぢして、ゑらせたまへるおんふえなり。あるときたかまつのちうなごんさねひらのきやうまゐつて、このおんふえをふかれけるに、よのつねのふえのやうにおもひわすれて、ひざよりしもにおかれたりければ、ふえやとがめけん、そのときせみをれにけり。さてこそせみをれとはめされけれ。このみやふえのおんきりやうたるによつて、ごさうでんありけるとかや。されどもいまをかぎりとやおぼしめされけん、こんだうのみろくにこめまゐらさせたまひけり。りうげのあかつき、ちぐのおんためかとおぼしくて、あはれなりしことどもなり。さるほどにみやは、らうそうどもにはみないとまたうで、とどめさせおはします。しかるべきわかだいしゆあくそうどもはまゐりけり。さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、みゐでらのだいしゆひきぐして、P273そのせいいつせんごひやくよにんとぞきこえし。じようゑんばうのあじやりきやうしうははとのつゑにすがり、みやのおんまへにまゐり、さうがんよりなみだをはらはらとながいてまうしけるは、「いづくまでもおんともつかまつるべうさふらひしかども、としすでにはちじゆんにたけて、ぎやうぶいかにもかなひがたくさふらへば、でしでさふらふぎやうぶばうしゆんしうをまゐらせさふらはん。これはひととせへいぢのかつせんのとき、こさまのかみよしともがてにさふらうて、ろくでうかはらでうちじにつかまつりさふらひし、さがみのくにのぢうにん、やまのうちのすどうぎやうぶのじようとしみちがこにてさふらひしを、いささかゆかりさふらふによつて、あとふところにておほしたてて、こころのそこまでも、よくしつてさふらへば、いづくまでもめしぐせられさふらへ」とて、なみだをおさへてとどまりぬ。みやもあはれにおぼしめして、「いつのよしみにかくはまうすらん」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。
「はしかつせん」(『はしがつせん』)S0411さるほどに、みやはうぢとてらとのあひだにて、ろくどまでおんらくばありけり。これはさんぬるよ、ぎよしんならざりしゆゑなりとて、うぢばしさんげんひきはづし、びやうどうゐんにいれたてまつり、しばらくごきうそくありけり。ろくはらには、「すはやみやこそ、なんとへおちさせたまふなれ。おつかけてうちたてまつれや」とて、たいしやうぐんには、さひやうゑのかみとももり、P274とうのちうじやうしげひら、さつまのかみただのり、さむらひだいしやうには、かづさのかみただきよ、そのこかづさのたらうはうぐわんただつな、ひだのかみかげいへ、そのこひだのたらうはうぐわんかげたか、たかはしのはうぐわんながつな、かはちのはうぐわんひでくに、むさしのさぶらうざゑもんありくに、ゑつちうのじらうびやうゑもりつぎ、かづさのごらうひやうゑただみつ、あくしちびやうゑかげきよをさきとして、つがふそのせいにまんはつせんよき、こはたやまうちこえて、うぢばしのつめにぞおしよせたる。かたきびやうどうゐんにとみてげれば、ときをつくることさんかどなり。みやのおんかたにも、おなじうときのこゑをぞあはせたる。せんぢんが、「はしをひいたるぞ、あやまちすな。はしをひいたるぞ、あやまちすな」とどよみけれども、ごぢんはこれをききつけず、われさきにわれさきにとすすむほどに、せんぢんにひやくよきおしおとされ、みづにおぼれてうせにけり。さるほどに、はしのりやうばうのつめにうつたつてやあはせす。みやのおんかたより、おほやのしゆんちやう、ごちゐんのたぢま、わたなべのはぶく、さづく、つづくのげんたがいけるやぞ、たてもたまらず、よろひもかけずとほりけり。げんざんみにふだうよりまさは、けふをさいごとやおもはれけん、ちやうけんのよろひびたたれに、しながはをどしのよろひきて、わざとかぶとをばきたまはず。ちやくしいづのかみなかつなは、あかぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのよろひなり。ゆみをつようひかんがために、これもかぶとをばきざりけり。
ここにごちゐんのたぢま、おほなぎなたのさやをはづいて、ただいちにんはしのうへにぞすすんだる。へいけのかたにはこれをみて、「ただいとれやいとれ」とて、さしつめひきつめ、P275さんざんにいけれども、たぢますこしもさわがず、あがるやをばついくぐり、さがるやをばをどりこえ、むかつてくるをばなぎなたにてきつておとす。かたきもみかたもけんぶつす。それよりしてこそやぎりのたぢまとはいはれけれ。まただうじゆのなかに、つつゐのじやうめうめいしうは、かちのひたたれに、くろかはをどしのよろひきて、ごまいかぶとのををしめ、こくしつのたちをはき、にじふしさいたるくろぼろのやおひ、ぬりごめどうのゆみに、このむしらえのおほなぎなたとりそへて、これもただいちにんはしのうへにぞすすんだる。だいおんじやうをあげて、「とほからんものはおとにもきけ。ちかからんひとはめにもみたまへ。みゐでらにはかくれなし、だうじゆのなかにつつゐのじやうめうめいしうとて、いちにんたうぜんのつはものぞや。われとおもはんひとびとは、よりあへやげんざんせん」とて、にじふしさいたるやを、さしつめひきつめさんざんにいる。やにはにかたきじふににんいころし、じふいちにんにておうせたれば、えびらにひとつぞのこつたる。そののち、ゆみをばからとなげすてて、えびらもといてすててげり。つらぬきぬいではだしになり、はしのゆきげたを、さらさらとはしりける。ひとはおそれてわたらねども、じやうめうばうがここちには、いちでうにでうのおほちとこそふるまうたれ。なぎなたにてむかふかたきごにんなぎふせ、ろくにんにあたるかたきにあうて、なぎなたなかよりうちをつてすててげり。そののち、たちをぬいてたたかふに、かたきはおほぜいなり、くもで、かくなは、じふもんじ、とんばうかへり、みづくるま、はつぱうすかさずきつたりけり。むかふかたきはちにんきりふせ、くにんにあたるかたきがかぶとのはちにあまりにつよううちあてて、めぬきのもとよりちやうどをれ、P276くつとぬけて、かはへざつぶとぞいりにける。たのむところはこしがたな、しなんとのみぞくるひける。
ここにじようゑんばうのあじやりきやうしうがめしつかひけるいちらいほふしといふだいぢからのかうのもの、じやうめうばうがうしろにつづいてたたかひけるが、ゆきげたはせばし、そばとほるべきやうはなし。じやうめうばうがかぶとのしころにてをおいて、「あしうさふらふ、じやうめうばう」とて、かたをづんどをどりこえてぞたたかひける。いちらいほふしうちじにしてげり。じやうめうばうははふはふかへつて、びやうどうゐんのもんのまへなるしばのうへにもののぐぬぎすて、よろひにたつたるやめをかぞへたればろくじふさん、うらかくやごしよ、されどもいたでならねば、ところどころにきうぢし、かしらからげ、じやうえき、ゆみきりをりつゑにつき、ひらあしだはき、あみだぶまうして、ならのかたへぞまかりける。そののちはじやうめうばうがわたつたるをてほんとして、みゐでらのだいしゆ、さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、われさきにとはしりつづきはしりつづき、はしのゆきげたをこそわたりけれ。あるひはぶんどりしてかへるものもあり、あるひはいたでおうてはらかききり、かはへとびいるものもあり、はしのうへのいくさ、ひいづるほどにぞみえたりける。へいけのかたのさぶらひだいしやうかづさのかみただきよ、たいしやうぐんのおんまへにまゐり、「あれごらんさふらへ。はしのうへのたたかひ、ていたうさふらふ。いまはかはをわたすべきにてさふらふが、をりふしさみだれのころ、みづまさつてさふらへば、わたさばむまひとおほくほろびさふらひなん。よど、いもあらひへやむかふべき。またかはちぢへやまはるべき。いかがせん」とまうしければ、しもづけのくにのぢうにん、あしかがのまたたらうただつな、P277しやうねんじふしちさいにてありけるが、すすみいでてまうしけるは、「よど、いもあらひ、かはちぢへは、てんぢくしんだんのぶしをめして、むけられさふらはんずるか、それもわれらこそうけたまはつてむかひさふらはんずれ。めにかけたるかたきをうたずして、みやをなんとへいれまゐらせなば、よしのとづがはのせいどもはせあつまつて、いよいよおんだいじでこそさふらはんずらめ。むさしとかうづけのさかひに、とねがはとまうすだいがさふらふ。ちちぶ、あしかが、なかたがうて、つねはかつせんをつかまつりさふらひしに、おほてはながゐのわたり、からめではこがすぎのわたりよりよせさふらひしにここに、かうづけのくにのぢうにん、につたのにふだう、あしかがにかたらはれて、すぎのわたりよりよせんとて、まうけたりけるふねどもを、ちちぶがかたよりみなわられて、まうしけるは、『ただいまここをわたさずは、ながきゆみやのきずなるべし。みづにおぼれてもしなばしね、いざわたさう』とて、むまいかだをつくつて、わたせばこそわたしけめ。ばんどうむしやのならひ、かたきをめにかけ、かはをへだてたるいくさに、ふちせきらふやうやある。このかはのふかさはやさ、とねがはにいくほどのおとりまさりはよもあらじ。つづけやとのばら」とて、まつさきにこそうちいれたれ。つづくひとびと、おほご、おほむろ、ふかず、やまがみ、なはのたらう、さぬきのひろつなしらうだいふ、をのでらのぜんじたらう、へやこのしらう、らうどうにはうぶかたのじらう、きりふのろくらう、たなかのそうだをはじめとして、さんびやくよきぞつづきける。あしかがだいおんじやうをあげて、「よわきむまをばしたてにたてよ。つよきむまをばうはてになせ。むまのあしのおよばうほどは、たづなをくれてあゆませよ。P278はずまば、かいくつておよがせよ。さがらうものをばゆみのはずにとりつかせよ。てにてをとりくみ、かたをならべてわたすべし。むまのかしらしづまばひきあげよ。いたうひいてひつかづくな。くらつぼによくのりさだまつて、あぶみをつようふめ。みづしとまば、さんづのうへにのりかかれ。かはなかにてゆみひくな。かたきいるともあひびきすな。つねにしころをかたぶけよ。いたうかたぶけててへんいさすな。むまにはよわう、みづにはつようあたるべし。かねにわたいておしおとさるな。みづにしなうてわたせやわたせ」とおきてて、さんびやくよきいつきもながさず、むかひのきしへざつとぞうちあげたる。
「みやのごさいご」(『みやのごさいご』)S0412あしかががそのひのしやうぞくには、くちばのあやのひたたれに、あかがはをどしのよろひきて、たかづのうつたるかぶとのををしめ、こがねづくりのたちをはき、にじふしさいたるきりふのやおひ、しげどうのゆみもちて、れんぜんあしげなるむまに、かしはぎにみみづくうつたるきんぷくりんのくらおいてぞのつたりける。あぶみふんばりたちあがり、だいおんじやうをあげて、「むかしてうてきまさかどをほろぼして、けんじやうかうぶつて、なをこうだいにあげたりしたはらとうだひでさとにじふだいのこういん、しもづけのくにのぢうにん、あしかがのたらうとしつながこ、またたらうただつな、しやうねんじふしちさいにまかりなる。P279かやうにむくわんむゐなるものの、みやにむかひまゐらせてゆみをひきやをはなつことはてんのおそれすくなからずさふらへども、ただしゆみもやも、みやうがのほどもへいけのおんうへにこそとどまりさふらはめ。さんみにふだうどののおんかたに、われとおもはんひとびとは、よりあへやげんざんせん」とて、びやうどうゐんのもんのうちへ、せめいりせめいりたたかひけり。たいしやうぐんさひやうゑのかみとももり、これをみたまひて、「わたせやわたせ」とげぢしたまへば、にまんはつせんよき、みなうちいれてわたす。さばかりはやきうぢがはも、むまやひとにせかれて、みづはかみにぞたたへたる。ざふにんばらは、むまのしたてにとりつきとりつきわたるほどに、ひざよりうへをぬらさぬものもおほかりけり。おのづからはづるるみづにはなにもたまらずながれたり。ここにいがいせりやうごくのくわんびやうら、むまいかだおしやぶられて、ろくぴやくよきこそながれたれ。もよぎ、ひをどし、あかをどし、いろいろのよろひの、うきぬしづみぬゆられけるは、かみなみやまのもみぢばのみねのあらしにさそはれて、たつたがはのあきのくれ、ゐせきにかかりて、ながれもあへぬにことならず。そのなかにひをどしのよろひきたるむしやさんにん、あじろにながれかかりて、うきぬしづみぬゆられけるを、いづのかみみたまひて、かくぞえいじたまひける。
いせむしやはみなひをどしのよろひきてうぢのあじろにかかりぬるかな W024
これらはみないせのくにのぢうにんなり。くろだのごへいしらう、ひののじふらふ、おとべのやしちといふものなり。なかにもひののじふらうはふるつはものにてありければ、ゆみのはず、いはのはざまにねぢたてて、かきあがり、ににんのものどもをひきあげて、たすけけるとぞきこえし。P280おほぜいみなわたつて、びやうどうゐんのもんのうちへ、せめいりせめいりたたかひけり。このまぎれにみやをばなんとへさきだたせまゐらせ、さんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、みゐでらのだいしゆ、のこりとどまつてふせぎやいけり。げんざんみにふだうは、しちじふにあまつていくさして、ゆんでのひざぐちをいさせ、いたでなれば、こころしづかにじがいせんとて、びやうどうゐんのもんのうちへひきしりぞくところに、かたきおそひかかれば、じなんげんだいふのはうぐわんかねつなは、こんぢのにしきのひたたれにからあやをどしのよろひきて、しらつきげなるむまに、きんぷくりんのくらおいてのりたまひたりけるが、ちちをのばさんがために、かへしあはせかへしあはせふせぎたたかふ。かずさのたらうはうぐわんがいけるやに、げんだいふのはうぐわん、うちかぶとをいさせてひるむところに、かづさのかみがわらは、じらうまるといふだいぢからのかうのもの、もよぎにほひのよろひき、さんまいかぶとのををしめ、うちもののさやをはづいて、げんだいふのはうぐわんにおしーならべて、むずとくんでどうどおつ。げんだいふのはうぐわんは、だいぢからにておはしければ、じらうまるをとつておさへてくびをかき、たちあがらんとするところにへいけのつはものども、じふしごきおちかさなつて、つひにかねつなをうちてげり。いづのかみなかつなもさんざんにたたかひ、いたであまたおうて、びやうどうゐんのつりどのにてじがいしてげり。そのくびをばしもかうべのとうざぶらうきよちかとつて、おほゆかのしたへぞなげいれたる。ろくでうのくらんどなかいへ、そのこくらんどたらうなかみつも、さんざんにたたかひ、いつしよでうちじにしてげり。このなかいへとまうすは、こたてはきせんじやうよしかたがちやくしなり。しかるをちちうたれてのち、みなしごにてありしを、さんみにふだうやうじにして、ふびんにしたまひしかば、ひごろのけいやくをたがへじとや、P281いつしよでしににけるこそむざんなれ。さんみにふだう、わたなべのちやうじつとなふをめして、「わがくびうて」とのたまへば、しうのいけくびうたんずることのかなしさに、「つかまつともぞんじさふらはず。おんじがいさふらはば、そののちこそたまはりさふらはめ」とまうしければ、げにもとやおもはれけん、にしにむかひてをあはせ、かうじやうにじふねんとなへたまひて、さいごのことばぞあはれなる。
うもれぎのはなさくこともなかりしにみのなるはてぞかなしかりける W025
これをさいごのことばにて、たちのさきをはらにつきたて、うつぶさまにつらぬかつてぞうせられける。そのときにうたよむべうはなかりしかども、わかうよりあながちにすいたるみちなれば、さいごのときもわすれたまはず。そのくびをばちやうじつとなふがとつて、いしにくくりあはせ、うぢがはのふかきところにしづめてげり。へいけのさぶらひども、いかにもしてきほふたきぐちをばいけどりにせばやとうかがひけれども、きほふもさきにこころえてさんざんにたたかひ、いたであまたおひ、はらかききつてしににける。ゑんまんゐんのたいふげんかくは、いまはみやもはるかにのびさせたまひぬらんとやおもひけん、おほだちおほなぎなたさうにもつて、かたきのなかをわつていで、うぢがはへとんでいり、もののぐひとつもすてず、みづのそこをくぐつて、むかひのきしにぞつきにける。たかきところにはしりあがり、だいおんじやうをあげて、「いかにへいけのきんだち、これまではおんだいじか、よう」といひすてて、みゐでらへこそかへりけれ。P282ひだのかみかげいへは、ふるつはものにてありければ、このまぎれにみやはさだめてなんとへやおちさせたまふらんとて、ひたかぶとしごひやくき、むちあぶみをあはせておつかけたてまつる。あんのごとくみやはさんじつきばかりでおちさせたまふところを、くわうみやうせんのとりゐのまへにておつつきたてまつりあめのふるやうにいたてまつりければ、いづれがやとはしらねども、やひとつきたつて、みやのひだりのおんそばはらにたちければ、おむまよりおちさせたまひて、おんくびとられさせたまひけり。おんともまうしたるおにさど、あらとさ、くわうだいぶ、ぎやうぶしゆんしうも、いのちをばいつのためにかをしむべきとて、さんざんにたたかひ、いつしよでうちじにーしてげり。そのなかにめのとごのろくでうのすけのたいふむねのぶは、にひのがいけへとんでいり、うきぐさかほにとりおほひ、ふるひゐたれば、かたきはまへをぞうちとほりぬ。ややあつてかたきしごひやくき、ざざめいてかへりけるなかに、じやうえきたるしにんのくびもなきを、しとみのもとよりかきいだいたるをみれば、みやにてぞおはしましける。「われしなばごくわんにいれよ」とおほせられしこえだときこえしおんふえをも、いまだおんこしにぞささせましましける。はしりいでて、とりつきたてまつらばやとおもへども、おそろしければそれもかなはず。かたきみなとほつてのち、いけよりあがり、ぬれたるものどもしぼりきて、なくなくみやこへのぼつたりけるを、にくまぬものこそなかりけれ。さるほどになんとのだいしゆしちせんよにん、かぶとのををしめ、みやのおんむかひにまゐりけるが、せんぢんはこづにすすみ、ごぢんはいまだこうぶくじのなんだいもんにぞゆらへたる。みやははやくわうみやうせんのP283とりゐのまへにて、うたれさせたまひぬときこえしかば、だいしゆちからおよばず、なみだをおさへてとどまりぬ。いまごじつちやうばかりまちつけさせたまはで、うたれさせたまひける、みやのごうんのほどこそうたてけれ。
「わかみやごしゆつけ」(『わかみやしゆつけ』)S0413へいけのひとびと、みやならびにさんみにふだうのいちるゐ、わたなべたう、みゐでらのだいしゆ、つがふごひやくよにんがくびきつて、たちなぎなたのさきにつらぬき、たかくさしあげ、ゆふべにおよんでろくはらへかへりいらる。つはものどもいさみののしることおびたたし。なかにもさんみにふだうのくびをば、ちやうじつとなふがうぢがはのふかきところにしづめてげれば、みえざりけり。こどものくびをば、あそこここよりみなたづねいだされたり。なかにもみやのおんくびをば、つねにまゐりかよふひともなかりしかば、たれみしりまゐらせたるひともなし。てんやくのかみさだなりこそ、せんねんごれうぢのためにめされしかば、それぞみしりまゐらせたるにこそとてめされけれども、げんしよらうとてまゐらず。またろくはらより、つねはみやのめされまゐらせけるにようばうとて、たづねいだされたり。おんこあまたうみまゐらせなどして、さしもおんちぎりあさからざりしかば、なじかはみそんじたてまつるべき。ただひとめみまゐらせて、そでをかほにおしあててなみだをP284ながしけるにぞ、やがてみやのおんくびとはしつてげる。このみやは、はらばらにおんこのみやたち、あまたおはしましけり。はちでうのにようゐんにさぶらはれけるいよのかみもりのりがむすめ、さんみのつぼねとまうしけるにようばうのはらに、しちさいのわかみや、ごさいのひめみやおはしましけり。にふだうしやうこくのおとと、いけのちうなごんよりもりのきやうをもつて、はちでうのにようゐんへまうされけるは、「ひめみやのおんことはまうすにおよばず。わかみやをば、とういだしまゐらさせたまへ」とまうされたりければ、にようゐんのおんぺんじに、「かかるきこえのありしあかつき、おちのひとなんどがこころをさなうぐしたてまつてうせにけるにや、まつたくこのごしよにはわたらせたまはず」とぞおほせける。よりもりのきやうかへりまゐつて、このよしかくとまうされければ、「なんでふそのごしよならでは、いづくへかわたらせたまふべかんなるぞ。そのぎならば、ぶしどもまゐりてさがしたてまつれ」とぞのたまひける。このちうなごんは、にようゐんのおんめのと、さいしやうどのとまうすにようばうにあひぐして、つねはまゐりかよはれければ、ひごろはなつかしうこそおぼしめしつるに、このみやのおんことまうしにまゐられたれば、いつしかうとましうぞおぼしめされける。わかみや、にようゐんにまうさせたまひけるは、「これほどのおんだいじにおよびさふらふうへ、つひにはのがれさふらふまじ。はやはやいださせおはしませ」とまうさせたまひければ、にようゐんおんなみだをながさせたまひて、「ひとのななつやつは、いまだなにごとをもききわかぬほどぞかし。それにおんみゆゑ、かかるだいじのいできたるを、かたはらいたくおぼして、かやうにおほせらるることよ。よしなかりけるひとを、P285このろくしちねんてならして、けふはかかるうきめをみるよ」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。よりもりのきやう、わかみやのおんことかさねてまうしにまゐられたれば、にようゐんちからおよばせたまはず、つひにいだしまゐらさせたまひけり。おんははさんみのつぼね、いまをかぎりのおんわかれなれば、さこそはおんなごりをしうもおぼしめされけめ。さてしもあるべきことならねば、なくなくぎよいきせまゐらせ、おんぐしかきなでて、いだしまゐらさせたまふも、ただゆめとのみぞおもはれける。にようゐんをはじめまゐらせて、つぼねのにようばう、めのわらはにいたるまで、なみだをながしそでをぬらさぬはなかりけり。よりもりのきやう、わかみやうけとりまゐらせ、おんくるまにのせたてまつりて、ろくはらへわたしたてまつる。さきのうだいしやうむねもりのきやう、このみやをみまゐらせて、ちちのぜんもんのおんまへにおはして、「ぜんせのことにやさふらふらん、わかみやをただひとめみまゐらせてさふらへば、あまりにおんいたはしうおもひまゐらせさふらふ。なにかくるしうさふらふべき、このみやのおんいのちをば、まげてむねもりにたびさふらへかし」とまうされければ、にふだういかがおもはれけん、「さらばとうごしゆつけをせさせたてまつれ」とぞのたまひける。むねもりのきやうはちでうのにようゐんへ、このよしまうされたりければ、にようゐん、「なんのやうもあるべからず、ただとうとう」とて、ごしゆつけーせさせたてまつらる。しやくしにさだまらせたまひしかば、ほふしになしまゐらせて、にんなじのおむろのおんでしになしまゐらさせたまひけり。のちにはとうじのいちのちやうじや、やすゐのみやのだいそうじやうだうそんとまうししは、このみやのおんことなり。P286
(『とうぜうのさた』)S0414ならにもまたごいつしよおはしけるを、おんめのとさぬきのかみしげひでがごしゆつけせさせたてまつり、ぐしたてまつりて、ほくこくへおちくだりたりしを、きそよしなかしやうらくのとき、しうにしまゐらせんとて、げんぞくせさせたてまつり、ぐそくしたてまつりて、みやこへのぼりたりければ、きそがみやともまうし、またげんぞくのみやともまうす。のちにはさがのへん、のよりにましましければ、のよりのみやともまうしき。むかしとうじようといつしさうにんあり。うぢどの、にでうどのをば、きみさんだいのくわんばく、ともにおんとしはちじふとまうしたりしもたがはず、そつのうちのおとどをるざいのさうましますとまうしたりしもたがはず。またしやうとくたいしの、しゆじゆんてんわうをわうしのさうましますとまうさせたまひたりしが、むまこのだいじんにころされさせたまひぬ。かならずさうにんとしもあらねども、しやうこにはかくこそめでたかりしか。これはいつかうさうせうなごんがふかくにはあらずやとぞひとまうしける。なかごろげんめいしんわう、ぐへいしんわうとまうししは、ぜんちうしよわう、ごちうしよわうとて、ともにけんわうせいしゆのわうじにてわたらせたまひしかども、つひにくらゐにはつかせたまはず。されどもいつかはごむほんおこさせたまひたりき。またごさんでうのゐんだいさんのわうじ、すけひとのしんわうとまうししは、おんさいかくすぐれておはしましければ、しらかはのゐんいまだとうぐうのおんとき、おんくらゐののちは、このみやをくらゐにつけまゐらさせたまへと、ごさんでうのゐん、ごゆゐぜうありしかども、しらかはのゐんいかがおぼしめされけん、つひにくらゐにはつけまゐらさせたまはず。せめてのおんことにや、P287すけひとのしんわうのおんこのみやに、げんじのしやうをさづけまゐらさせたまひて、むゐよりいちどにさんみにじよして、やがてちうじやうになしまゐらせて、さんみのちうじやうとぞまうしける。いつせのげんじ、むゐよりさんみすることは、さがのくわうていのおんこ、やうぜいゐんのだいなごんさだむのきやうのほかは、これはじめとぞうけたまはる。はなぞののさだいじんありひとこうのおんことなり。さればこんどのたかくらのみやのごむほんによつて、てうぶくのほふうけたまはつておこなはれけるかうそうたちに、けんじやうどもおこなはる。さきのうだいしやうむねもりのきやうのしそく、じじうきよむねさんみにじよして、さんみのじじうとぞまうしける。こんねんじふにさい、ちちのきやうはこのよはひでは、わづかひやうゑのすけまでこそいたられしか。たちまちにかんだちめにあがりたまふこと、いちのひとのきんだちのほかは、これはじめとぞうけたまはる。さるほどにみなもとのもちひとならびにさんみにふだうよりまさふし、つゐたうのしやうとぞききがきにはありける。まさしいだ[い]じやうほふわうのわうじを、いたてまつるだにあるに、あまつさへぼんにんになしたてまつるぞあさましき。みなもとのもちひととは、このたかくらのみやのおんことなり。
「ぬえ」(『ぬえ』)S0415そもそもこのげんざんみにふだうよりまさは、つのかみらいくわうにごだい、みかはのかみよりつながまご、ひやうごのかみなかまさがP288こなりけり。ほうげんのかつせんのときも、みかたにてさきをかけたりしかども、させるしやうにもあづからず。またへいぢのげきらんにも、すでにしんるゐをすててさんじたりしかども、おんしやうこれおろそかなりき。たいだいしゆごにて、としひさしうありしかども、しようでんをばゆるされず。としたけよはひかたぶいてのち、じゆつくわいのわかいつしゆよみてこそ、しようでんをばしたりけれ。
ひとしれぬおほうちやまのやまもりはこがくれてのみつきをみるかな W026
これによつてしようでんゆるされ、じやうげのしゐにてしばらくありしが、なほさんみをこころにかけつつ、
のぼるべきたよりなきみはこのもとにしゐをひろひてよをわたるかな W027
さてこそさんみはしたりけれ。やがてしゆつけして、げんざんみにふだうよりまさとて、こんねんはしちじふごにぞなられける。このひといちごのかうみやうとおぼしきことはおほきがなかにも、ことにはにんぺいのころほひ、こんゑのゐんございゐのおんとき、しゆしやうよなよなおびえさせたまふことありけり。うげんのかうそうきそうにおほせて、だいほふひほふをしゆせられけれどもそのしるしなし。ごなうはうしのこくばかりのことなるに、とうさんでうのもりのかたより、くろくもひとむらたちきたつて、ごてんのうへにおほへば、かならずおびえさせたまひけり。これによつてくぎやうせんぎありけり。さんぬるくわんぢのころほひ、ほりかはのゐんございゐのおんとき、しゆしやうしかのごとくおびえたまぎらせたまひけり。そのときのP289しやうぐんよしいへのあそん、なんでんのおほゆかにさふらはれけるが、ごなうのこくげんにおよんで、めいげんすることさんどののち、かうじやうにさきのみちのくにのかみみなもとのよしいへとなのりたりければ、きくひとみのけよだつて、ごなうかならずおこたらせたまひけり。しかればすなはちせんれいにまかせて、ぶしにおほせてけいごあるべしとて、げんぺいりやうかのつはもののなかをえらませられけるに、このよりまさをぞえらびいだされたりける。そのときはいまだひやうごのかみにてさふらはれけるが、まうされけるは、「むかしよりてうかにぶしをおかるることは、ぎやくほんのものをしりぞけ、ゐちよくのともがらをほろぼさんがためなり。めにもみえぬへんげのものつかまつれとおほせくださるること、いまだうけたまはりおよばず」とまうしながら、ちよくせんなれば、めしにおうじてさんだいす。よりまさたのみきつたるらうどう、とほたふみのくにのぢうにん、ゐのはやたに、ほろのかざぎりはいだりけるやおはせて、ただいちにんぞぐしたりける。わがみはふたへのかりぎぬに、やまどりのををもつてはいだりけるとがりやふたすぢ、しげどうのゆみにとりそへて、なんでんのおほゆかにしこうす。よりまさやふたつたばさみけることは、がらいのきやう、そのときはいまださせうべんにておはしけるが、へんげのものつかまつらんずるじんは、よりまさぞさふらふらんとえらびまうされたるあひだ、いちのやにてへんげのものいそんずるほどならば、にのやには、がらいのべんのしやくびのほねをいんとなり。あんのごとくひごろひとのまうすにたがはず、ごなうのこくげんにおよんで、とうさんでうのもりのかたより、くろくもひとむらたちきたつて、ごてんのうへにたなびいたり。よりまさきつとみあげたれば、P290くものなかにあやしきもののすがたあり。いそんずるほどならば、よにあるべしともおぼえず。さりながらやとつてつがひ、なむはちまんだいぼさつとこころのうちにきねんして、よつぴいて、ひようどはなつ。てごたへしてはたとあたる。「えたりや、おう」と、やさけびをこそしてんげれ。ゐのはやたつとより、おつるところをとつておさへ、つかもこぶしもとほれとほれと、つづけさまにここのかたなぞさいたりける。そのときじやうげてんでにひをとぼして、これをごらんじみたまふに、かしらはさる、むくろはたぬき、をはくちなば、てあしはとらのごとくにて、なくこゑぬえにぞにたりける。おそろしなどもおろかなり。しゆしやうぎよかんのあまりにししわうとまうすぎよけんをくださる。うぢのさだいじんどのこれをたまはりついで、よりまさにたばんとて、ごぜんのきざはしをなからばかりおりさせたまふをりふし、ころはうづきとをかあまりのことなれば、くもゐにくわつこうふたこゑみこゑおとづれてとほりければ、さだいじんどの、
ほととぎすなをもくもゐにあぐるかな
とおほせられかけたりければ、よりまさみぎのひざをつき、ひだりのそでをひろげて、つきをすこしそばめにかけつつ、
ゆみはりつきのいるにまかせて W028
とつかまつり、ぎよけんをたまはりてまかりいづ。このよりまさのきやうはぶげいにもかぎらず、かだうにもまたすぐれたりとぞ、ときのひとびとかんじあはれける。さてかのへんげのものをば、うつほぶねにP291いれてながされけるとぞきこえし。またおうほうのころほひ、にでうのゐんございゐのおんとき、ぬえといふけてう、きんちうにないて、しばしばしんきんをなやましたてまつることありけり。しかればせんれいにまかせて、よりまさをぞめされける。ころはさつきはつかあまり、まだよひのことなるに、ぬえただひとこゑおとづれて、ふたこゑともなかざりけり。めざすともしらぬやみではあり、すがたかたちもみえざりければ、やつぼをいづくともさだめがたし。よりまさがはかりごとに、まづおほかぶらとつてつがひ、ぬえのこゑしたりけるだいりのうへへぞいあげたる。ぬえ、かぶらのおとにおどろいて、こくうにしばしぞひひめいたる。つぎにこかぶらとつてつがひ、ひいふつといきつて、ぬえとならべてまへにぞおとしたる。きんちうざざめきわたつて、よりまさにぎよいをかづけさせおはします。こんどはおほひのみかどのうだいじんきんよしこうのたまはりついで、よりまさにかづけさせたまふとて、「むかしのやういうは、くものほかのかりをいき。いまのよりまさは、あめのうちのぬえをいたり」とぞかんぜられける。
さつきやみなをあらはせるこよひかな
とおほせられかけたりければ、よりまさ、
たそかれどきもすぎぬとおもふに W029
とつかまつり、ぎよいをかたにかけてまかりいづ。そののちいづのくにたまはり、しそくなかつなじゆりやうになし、わがみさんみして、たんばのごかのしやう、わかさのとうみやがはをちぎやうして、さておはすべかりしP292ひとの、よしなきむほんおこいて、みやをもうしなひまゐらせ、わがみもしそんもほろびぬるこそうたてけれ。
「みゐでらえんしやう」(『みゐでらえんしやう』)S0416ひごろはさんもんのだいしゆこそ、はつかうのみだりがはしきうつたへつかまつるに、こんどはいかがおもひけん、をんびんをぞんじておともせず。しかるをなんとみゐでらどうじんして、あるひはみやうけとりまゐらせ、あるひはおんむかひにまゐるでう、これもつててうてきなり。しからばならをも、てらをもせめらるべしときこえしが、まづみゐでらをせめらるべしとて、おなじきごぐわつにじふしちにち、たいしやうぐんにはさひやうゑのかみとももり、ふくしやうぐんにはさつまのかみただのり、つがふそのせいいちまんよき、をんじやうじへはつかうす。てらにもだいしゆいつせんにん、かぶとのををしめ、かいだてかき、さかもぎひいて、まちかけたり。うのこくよりやあはせして、いちにちたたかひくらし、よにいりければ、だいしゆいげほふしばらにいたるまで、さんびやくよにんうたれぬ。よいくさになつて、くらさはくらし、くわんぐんじちうにせめいりて、ひをはなつ。やくるところ、ほんがくゐん、じやうきゐん、しんによゐん、けをんゐん、だいほうゐん、しやうりうゐん、ふげんだう、けうだいくわしやうのほんばう、ならびにほんぞうとう、はちけんしめんのだいかうだう、しゆろう、きやうざう、くわんぢやうだう、ごほふぜんじんのしやだん、いまぐまののごほうでん、すべてP293だうじやたふべうろくぴやくさんじふしちう、おほつのざいけいつせんはつぴやくごじふさんう、ならびにちしようのわたしたまへるいつさいきやうしちせんよくわん、ぶつざうにせんよたい、たちまちにけぶりとなるこそかなしけれ。しよてんごめうのたのしみも、このときながくつき、りうじんさんねつのくるしみも、いよいよさかんなるらんとぞみえし。
それみゐでらは、あふみのぎだいりやうがわたくしのてらたりしを、てんむてんわうによせたてまつりて、ごぐわんとなす。ほんぶつもかのみかどのごほんぞん、しかるをしやうじんのみろくときこえたまひしけうだいくわしやう、ひやくろくじふねんおこなうて、だいしにふぞくしたまへり。としたてんじやう、まにほうでんよりあまくだり、はるかにりうげげしやうのあかつきをまたせたまふとこそききつるに、こはいかにしつることどもぞや。だいしこのところをでんぽふくわんぢやうのれいせきとして、ゐけすゐのみつをむすびたまひしゆゑにこそ、みゐでらとはなづけたれ。かかるめでたきせいぜきなれども、いまはなにならず。けんみつしゆゆにほろびて、がらんさらにあともなし。さんみつだうぢやうもなければ、れいのこゑもきこえず。いちげのはなもなければ、あかのおともせざりけり。しゆくらうせきとくのめいしは、ぎやうがくにおこたり、じゆほふさうじようのでしは、またきやうげうにわかれんだり。てらのちやうりゑんけいほつしんわうは、てんわうじのべつたうをもとどめられさせたまふ。そのほかそうがうじふさんにん、けつくわんせられて、みなけんびゐしにあづけらる。だうじゆはつつゐのじやうめうめいしうにいたるまで、さんじふよにんながされけり。「かかるてんがのみだれ、こくどのさわぎ、ただごとともおぼえず、へいけのよのすゑになりぬるぜんべうやらん」とぞひとまうしける。P294

 

入力者:荒山慶一



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