平家物語 巻第五  総かな版(元和九年本)
「みやこうつり」(『みやこうつり』)S0501ぢしようしねんろくぐわつみつかのひ、ふくはらへごかうなるべしときこゆ。このひごろみやこうつりあるべしときこえしかども、たちまちにきんみやうのほどとは、おもはざりしものをとて、きやうぢうのじやうげさわぎあへり。みつかとさだめられたりしかども、あまつさへいまいちにちひきあげられて、ふつかになりぬ。ふつかのうのこくに、ぎやうがうのみこしをよせたりければ、しゆしやうはこんねんさんざい、いまだいとけなうましましければ、なにごころもなうぞめされける。しゆしやうをさなうわたらせたまふときのごとうよには、ぼこうこそまゐらせたまふに、これはそのぎなし。おんめのとそつのすけどのばかりこそ、ひとつおんこしにはまゐられけれ。ちうぐう、いちゐん、しやうくわうもごかうなる。せつしやうどのをはじめたてまつて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。へいけにはだいじやうのにふだうをはじめまゐらせて、いちもんのひとびとみなまゐられけり。あくるみつかのひ、ふくはらへいらせおはします。にふだうしやうこくのおとと、いけのちうなごんよりもりのきやうのP295さんざう、くわうきよになる。おなじきよつかのひ、よりもり、いへのしやうとてじやうにゐしたまふ。くでうどののおんこ、うだいしやうよしみちのきやう、かかいこえられさせたまひけり。せふろくのしんのごしそく、はんじんのじなんにかかいこえられさせたまふこと、これはじめとぞうけたまはる。にふだうしやうこくやうやうおもひなほつて、ほふわうをばとばのきたどのをいだしまゐらせて、みやこへくわんぎよなしたてまつられたりしが、たかくらのみやのごむほんによつて、おほきにいきどほり、またふくはらへごかうなしたてまつり、しめんにはたいたして、くちひとつあきたるうちに、さんげんのいたやをつくつて、おしこめたてまつる。しゆごのぶしには、はらだのたいふたねなほばかりぞさふらひける。たやすうひとのまゐりかよふべきやうもなければ、わらんべなどは、ろうのごしよとぞまうしける。きくもいまいましう、あさましかりしことどもなり。ほふわう、「いまはよのまつりごとをしろしめさばやとは、つゆもおぼしめしよらず。ただやまやまてらでらしゆぎやうして、おんこころのままになぐさまばや」とぞおほせける。「へいけのあくぎやうにおいては、ことごとくきはまりぬ。さんぬるあんげんよりこのかた、おほくのだいじんくぎやう、あるひはながしあるひはうしなひ、くわんばくながしたてまつて、わがむこをくわんばくになし、ほふわうをせいなんのりきうにおしこめたてまつり、あまつさへだいにのわうじたかくらのみやうちたてまつて、いまのこるところのみやこうつりなれば、かやうにしたまふにや」とぞひとまうしける。
みやこうつりはこれせんじようなきにあらず。じんむてんわうとまうすは、ぢじんごだいのてい、ひこなぎさたけうがやふきあはせずのみことだいしのわうじ、おんはははたまよりひめ、かいじんのむすめなり。かみのよじふにだいのP296あとをうけ、にんだいはくわうのていそなり。かのとのとりのとし、ひうがのくにみやざきのこほりにして、くわうわうのほうそをつぎ、ごじふくねんといひしつちのとひつじのとしじふぐわつにとうせいして、とよあしはらなかつくににとどまり、このころやまとのくにとなづけたる、うねびのやまをてんじて、ていとをたて、かしはらのちをきりはらつて、きうしつをつくりたまへり。これをかしはらのみやとなづけたり。それよりこのかた、だいだいのていわう、みやこをたこくたしよへうつさるること、さんじふどにあまり、しじふどにおよべり。じんむてんわうよりけいかうてんわうまでじふにだいは、やまとのくにこほりごほりにみやこをたてて、たこくへはつひにうつされず。しかるをせいむてんわうぐわんねんに、あふみのくににうつつて、しがのこほりにみやこをたつ。ちうあいてんわうにねんに、ながとのくににうつつて、とよらのこほりにみやこをたつ。そのくにかのみやこにして、みかどかくれさせたまひしかば、きさきじんぐうくわうこう、おんよをうけとらせたまひ、によたいとして、きかい、かうらい、けいたんまでせめしたがへさせたまひけり。いこくのいくさをしづめさせたまひて、きてうののち、ちくぜんのくにみかさのこほりにしてわうじごたんじやう、やがてそのところをば、うみのみやとぞまうしける。かけまくもかたじけなくやはたのおんことこれなり。くらゐにつかせたまひては、おうじんてんわうとぞまうしける。そののちじんぐうくわうこうは、やまとのくににうつつて、いはれわかざくらのみやにおはします。おうじんてんわうは、おなじきくにかるしまあかりのみやにすませたまふ。にんとくてんわうぐわんねんに、つのくになんぱにうつつて、たかつのみやにおはします。りちうてんわうにねんに、またやまとのくににうつつて、とをちのこほりにみやこをたつ。はんせいてんわうぐわんねんに、かはちのくににうつつて、しばがきのみやにすませたまふ。いんぎようてんわうしじふにねんに、またやまとのくににうつつて、とぶとりのP297あすかのみやにおはします。ゆうりやくてんわうにじふいちねんに、おなじきくにはつせあさくらにみやゐしたまふ。けいたいてんわうごねんに、やましろのくにつづきにうつつてじふにねん、そののちおとぐんにみやゐしたまふ。せんくわてんわうぐわんねんに、またやまとのくににうつつて、ひのくまのいるののみやにすませたまふ。かうとくてんわうたいくわぐわんねんに、つのくにながらにうつつて、とよざきのみやにおはします。さいめいてんわうにねんに、またやまとのくににうつつて、をかもとのみやにすませたまふ。てんぢてんわうろくねんに、あふみのくににうつつて、おほつのみやにおはします。てんむてんわうぐわんねんに、なほやまとのくににかへつて、をかもとのみなみのみやにすませたまふ。これをきよみばらのみかどとまうしき。ぢどうもんむにだいのせいてうは、ふぢはらのみやにおはします。げんめいてんわうよりくわうにんてんわうまでしちだいは、ならのみやこにすませたまふ。
しかるをくわんむてんわうのぎよう、えんりやくさんねんじふぐわつみつかのひ、ならのきやうかすがのさとより、やましろのくにながをかにうつつて、じふねんといつししやうぐわつに、だいなごんふぢはらのをぐるまる、さんぎさだいべんきのこさみ、たいそうづげんけいらをつかはして、たうごくかどののこほりうだのむらをみせらるるに、りやうにんともにそうしていはく、「このちのていをみさふらふに、さしやうりう、うびやくこ、ぜんしゆじやく、ごげんむ、しじんさうおうのちなり。もつともていとをさだむるにたれり」とまうす。これによつておたぎのこほりにおはしますかものだいみやうじんに、このよしをつげまうさせたまひて、えんりやくじふさんねんじふいちぐわつにじふいちにち、ながをかのきやうよりこのきやうへうつされて、ていわうはさんじふにだい、せいざうはさんびやくはちじふよさいのしゆんじうをおくりむかふ。それよりこのかただいだいのみかど、くにぐにところどころへ、おほくのみやこをうつされしかども、かくのごときのしようちはなしと、くわんむてんわうことにしつしP298おぼしめして、だいじんくぎやう、しよこくのさいじんらにおほせて、ちやうきうなるべきさうとて、つちにてはつしやくのにんぎやうをつくり、くろがねのよろひかぶとをきせ、おなじうくろがねのゆみやをもたせて、まつだいといふとも、このきやうをたこくへうつすことあらば、しゆごじんとならんとちかひつつ、ひがしやまのみねに、にしむきにたててぞうづまれける。さればてんがにこといでこんとては、このつかかならずめいどうす。しやうぐんがつかとていまにあり。なかんづくこのきやうをば、へいあんじやうとなづけて、たひらやすきみやことかけり。もつともへいけのあがむべきみやこぞかし。くわんむてんわうとまうすは、へいけのなうそにておはします。せんぞのきみのさしもしつしおぼしめしつるみやこを、させるゆゑなうして、たこくたしよへうつされけるこそあさましけれ。ひととせさがのくわうていのおんとき、へいぜいのせんてい、ないしのかみのすすめによつて、すでにこのきやうをたこくへうつさんとせさせたまひしかども、だいじんくぎやうしよこくのにんみんそむきまうししかば、うつされずしてやみにき。いつてんのきみばんじようのあるじさへ、うつしえたまはぬみやこを、にふだうしやうこくじんしんのみとして、うつされけるぞあさましき。きうとはあはれめでたかりつるみやこぞかし。わうじやうしゆごのちんじゆは、しはうにひかりをやはらげ、れいげんしゆしようのてらでらは、じやうげにいらかをならべたり。ひやくしやうばんみんわづらひなく、ごきしちだうもたよりあり。されどもいまはつじつじをほりきつて、くるまなどのたやすうゆきかふこともなく、たまさかにゆくひとは、こぐるまにのり、みちをへてこそとほりけれ。のきをあらそひしひとのすまひ、ひをへつつあれゆく。いへいへはかもがは、かつらがはにこぼちいれ、いかだにくみうかべP299、しざいざふぐふねにつみ、ふくはらへとてはこびくだす。ただなりに、はなのみやこ、ゐなかになるこそかなしけれ。なにもののしわざにやありけん、ふるきみやこのだいりのはしらに、にしゆのうたをぞかきつけける。
ももとせをよかへりまでにすぎきにしおたぎのさとのあれやはてなむ W030
さきいづるはなのみやこをふりすててかぜふくはらのすゑぞあやふき W031
「しんと」おなじきろくぐわつここのかのひ、しんとのことはじめあるべしとて、しやうけいにはとくだいじのさだいしやうじつていのきやう、つちみかどのさいしやうのちうじやうとうしんのきやう、ぶぎやうのべんには、さきのさせうべんゆきたか、おほくのくわんにんどもめしぐして、たうごくわだのまつばら、にしののをてんじて、くでうのちをわられけるに、いちでうよりしも、ごでうまではそのところありて、それよりしもはなかりけり。ぎやうじくわんかへりまゐつて、このよしをそうもんす。さらばはりまのいなみのか、なほつのくにのこやのかなんど、くぎやうせんぎありしかども、ことゆくべしともみえざりけり。きうとはすでにうかれぬ。しんとはいまだことゆかず。ありとしあるひとは、みなみをうきくものおもひをなし、もとこのところにすむものは、ちをうしなつてうれへ、いまうつるひとびとは、どぼくのP300わづらひをのみなげきあへり。すべてただゆめのやうなつしことどもなり。つちみかどのさいしやうのちうじやうとうしんのきやうのまうされけるは、「いこくにはさんでうのくわうろをひらいて、じふじのとうもんをたつとみえたり。いはんやごでうまであらんみやこに、などかだいりをたてざるべき。かつがつまづさとだいりつくらるべし」とくぎやうせんぎあつて、ごでうのだいなごんくにつなのきやう、りんじにすはうのくにをたまはつて、ざうしんせらるべきよし、にふだうしやうこくはからひまうされけり。このくにつなのきやうとまうすは、ならびなきだいふくちやうじやにておはしければ、だいりつくりいだされんこと、さうにおよばねども、いかんがくにのつひえ、たみのわづらひなかるべき。まことにさしあたつたるてんがのだいじ、だいじやうゑなどのおこなはるべきをさしおいて、かかるよのみだれに、せんと、ざうだいり、すこしもさうおうせず。「いにしへのかしこきみよには、すなはちだいりにかやをふき、のきをだにもととのへず、けぶりのとぼしきをみたまふときには、かぎりあるみつぎものをもゆるされき。これすなはちたみをめぐみ、くにをたすけたまふによつてなり。そしやうくわのたいをたててれいみんあらけ、しんあはうのてんをおこいては、てんがみだるといへり。ばうしきらず、さいてんけづらず、しうしやかざらず、いふくあやなかりけるよもありけんものを。さればたうのたいそうのりさんきうをつくつて、たみのつひえをやはばからせたまひけん、つひにりんかうなくして、かはらにまつおひ、かきにつたしげつて、やみにけるにはさうゐかな」とぞひとまうしける。P301
「つきみ」(『つきみ』)S0502ろくぐわつここのかのひ、しんとのことはじめ、はちぐわつとをかのひしやうとう、じふいちぐわつじふさんにちせんかうとさだめらる。ふるきみやこはあれゆけど、いまのみやこははんじやうす。あさましかりつるなつもくれて、あきにもすでになりにけり。あきもやうやうなかばになりゆけば、ふくはらのしんとにましましけるひとびと、めいしよのつきをみんとて、あるひはげんじのだいしやうのむかしのあとをしのびつつ、すまよりあかしのうらづたひ、あはぢのせとをおしわたり、ゑじまがいそのつきをみる。あるひはしらら、ふきあげ、わかのうら、すみよし、なには、たかさご、をのへのつきのあけぼのを、ながめてかへるひともあり。きうとにのこるひとびとは、ふしみ、ひろさはのつきをみる。なかにもとくだいじのさだいしやうじつていのきやうは、ふるきみやこのつきをこひつつ、はちぐわつとをかあまりに、ふくはらよりぞのぼりたまふ。なにごともみなかはりはてて、まれにのこるいへは、もんぜんくさふかくして、ていじやうつゆしげし。よもぎがそま、あさぢがはら、とりのふしどとあれはてて、むしのこゑごゑうらみつつ、くわうぎくしらんののべとぞなりにける。いまこきやうのなごりとては、こんゑかはらのおほみやばかりぞましましける。だいしやうそのごしよへまゐり、まづずゐじんをもつて、そうもんをたたかせらるれば、うちよりをんなのこゑにて、「たそや、よもぎふのつゆうちはらふひともなきところに」とP302とがむれば、「これはふくはらよりだいしやうどののおんのぼりざふらふ」とまうす。「ささぶらはば、そうもんはぢやうのさされてさぶらふぞ。ひがしのこもんよりいらせたまへ」とまうしければ、だいしやう、さらばとて、ひがしのこもんよりぞまゐられける。おほみやは、おんつれづれに、むかしをやおぼしめしいでさせたまひけん、なんめんのみかうしあけさせ、おんびはあそばされけるところへ、だいしやうつとまゐられたれば、しばらくおんびはをさしおかせたまひて、「ゆめかやうつつか、これへこれへ」とぞおほせける。げんじのうぢのまきには、うばそくのみやのおんむすめ、あきのなごりををしみつつ、びはをしらべてよもすがらこころをすましたまひしに、ありあけのつきのいでけるを、なほたへずやおぼしけん、ばちにてまねきたまひけんも、いまこそおぼしめししられけれ。まつよひのこじじうとまうすにようばうも、このごしよにぞさふらはれける。そもそもこのにようばうをまつよひとめされけることは、あるときごぜんより、「まつよひ、かへるあした、いづれかあはれはまされる」とおほせければ、かのにようばう、
まつよひのふけゆくかねのこゑきけばかへるあしたのとりはものかは W032
とまうしたりけるゆゑにこそ、まつよひとはめされけれ。だいしやうこのにようばうをよびいでて、むかしいまのものがたりどもしたまひてのち、さよもやうやうふけゆけば、ふるきみやこのあれゆくを、いまやうにこそうたはれけれ。
ふるきみやこをきてみればあさぢがはらとぞあれにけるP303
つきのひかりはくまなくてあきかぜのみぞみにはしむ
と、おしかへしおしかへしさんべんうたひすまされたりければ、おほみやをはじめたてまつて、ごしよぢうのにようばうたち、みなそでをぞぬらされける。さるほどによもやうやうあけゆけば、だいしやういとままうしつつ、ふくはらへぞかへられける。ともにさふらふくらんどをめして、「じじうがなにとおもふやらん、あまりになごりをしげにみえつるに、なんぢかへつて、ともかうもいうてこよ」とのたまへば、くらんどはしりかへり、かしこまつて、「これはだいしやうどののまうせとざふらふ」とて、
ものかはときみがいひけむとりのねのけさしもなどかかなしかるらむ W033
にようばうとりあへず、
またばこそふけゆくかねもつらからめかへるあしたのとりのねぞうき W034
くらんどはしりかへつて、このよしまうしたりければ、「さてこそなんぢをばつかはしたれ」とて、だいしやうおほきにかんぜられけり。それよりしてこそ、ものかはのくらんどとはめされけれ。P304
「もつけ」(『もつけのさた』)S0503へいけみやこをふくはらへうつされてのちは、ゆめみもあしう、つねはこころさわぎのみして、へんげのものどもおほかりけり。あるよにふだうのふしたまひたりけるところに、ひとまにはばかるほどのもののおもてのいできたつてのぞきたてまつる。にふだうちつともさわがず、はつたとにらまへておはしければ、ただきえにきえうせぬ。をかのごしよとまうすは、あたらしうつくられたりければ、しかるべきたいぼくなんどもなかりけるに、あるよおほぎのたふるるおとして、ひとならばにさんぜんにんがこゑして、こくうにどつとわらふおとしけり。いかさまにもこれはてんぐのしよゐといふさたにて、ひるごじふにん、よるひやくにんのばんしゆをそろへ、ひきめのばんとなづけて、ひきめをいさせられけるに、てんぐのあるかたへむかつていたるとおぼしきときは、おともせず。またないかたへむかつていたるときは、どつとわらひなんどしけり。またあるあしたにふだうしやうこくちやうだいよりいでて、つまどをおしひらき、つぼのうちをみたまへば、しにんのしやれかうべどもが、いくらといふかずをしらず、つぼのうちにみちみちて、うへなるはしたになり、したなるはうへになり、なかなるははしへころびいで、はしなるはなかへころびいり、ころびあひ、ころびのき、からめきあへり。にふだうしやうこく、「ひとやあるひとやある」とP305めされけれども、をりふしひともまゐらず。かくしておほくのどくろどもが、ひとつにかたまりあひ、つぼのうちに、はばかるほどになつて、たかさはじふしごぢやうもあるらんとおぼゆるやまのごとくになりにけり。かのひとつのおほがしらに、いきたるひとのめのやうに、だいのまなこがせんまんいできて、にふだうしやうこくをきつとにらまへ、しばしはまだたきもせず。にふだうちつともさわがず、ちやうどにらまへてたたれたりければ、つゆしもなどのひにあたつてきゆるやうに、あとかたもなくなりにけり。
またにふだうしやうこく、いちのおんむまやにたてて、とねりあまたつけて、あさゆふなでかはれけるむまのをに、ねずみいちやのうちにすをくひこをぞうんだりける。これただごとにあらず、みうらあるべしとてじんぎくわんにして、みうらあり。おもきおんつつしみとうらなひまうす。このむまは、さがみのくにのぢうにん、おほばのさぶらうかげちかが、とうはつかこくいちのむまとて、にふだうだいしやうこくにまゐらせたりけるとかや。くろきむまのひたひのすこししろかりければ、なをばもちづきとぞいはれける。おんやうのかみあべのやすちかたまはつてげり。むかしてんぢてんわうのぎように、れうのおむまのをに、ねずみいちやのうちにすをくひ、こをうんだりけるには、いこくのきようぞくほうきしたりとぞ、につぽんぎにはみえたりける。またげんぢうなごんがらいのきやうのもとに、めしつかはれけるせいしがみたりけるゆめも、おそろしかりけり。たとへばたいだいのじんぎくわんとおぼしきところに、そくたいただしきじやうらふの、あまたよりあひたまひて、ぎぢやうのやうなることのありしに、ばつざなるじやうらふの、へいけのかたうどしP306たまふとおぼしきを、そのなかよりしておつたてらる。はるかのざじやうにけだかげなるおんしゆくらうのましましけるが、「このひごろへいけのあづかりたてまつるせつたうをばめしかへいて、いづのくにのるにんさきのうひやうゑのすけよりともにたばうずるなり」とおほせければ、そのそばになほおんしゆくらうのましましけるが、「そののちはわがまごにもたびさふらへ」とぞおほせける。せいしゆめのうちに、あるらうをうに、しだいにこれをとひたてまつる。「ばつざなるじやうらふの、へいけのかたうどしたまふとおぼしきは、いつくしまのだいみやうじん、せつたうをよりともにたばうとおほせらるるは、はちまんだいぼさつ、そののちわがまごにもたべとおほせけるは、かすがのだいみやうじん、かうまうすおきなは、たけうちのみやうじん」とこたへたまふといふゆめをみて、さめてのち、ひとにこれをかたるほどに、にふだうしやうこくもれききたまひて、がらいのきやうのもとへししやをたてて、「それにゆめみのせいしのさふらふなるをたまはつて、くはしうたづねさふらはばや」とのたまひて、つかはされたりければ、かのゆめみたりけるせいし、あしかりなんとやおもひけん、やがてちくでんしてげり。そののちがらいのきやう、にふだうしやうこくのていにゆいて、「まつたくさることさふらはず」と、ちんじまうされたりければ、そののちはさたもなかりけり。それにまたなによりふしぎなりけることには、きよもりいまだあきのかみたりしとき、じんぱいのついでにれいむをかうぶつて、いつくしまだいみやうじんよりうつつにたまはられたりけるしろがねのひるまきしたるこなぎなた、つねのまくらをはなたずたてられたりしが、あるよにはかにうせにけるこそふしぎなれ。へいけひごろはてうかのおんかためにて、てんがをしゆごせしかども、いまはちよくめいにもP307そむきぬれば、せつたうをもめしかへさるるにや、こころぼそくぞきこえし。
「おほばがはやむま」なかにもかうやにおはしけるさいしやうにふだうせいらい、このことどもをつたへきいて、「あははやへいけのよはやうやうすゑになりぬるは。いつくしまのだいみやうじんの、へいけのかたうどしたまふといふも、そのいはれあり。ただしこのいつくしまのだいみやうじんは、しやかつらりうわうのだいさんのひめみやなれば、ぢよじんとこそうけたまはれ。はちまんだいぼさつのせつたうをよりともにたばうとおほせられつるもことわりなり。かすがだいみやうじんのそののちはわがまごにもたびさふらへとおほせられけるこそこころえね。それもへいけほろび、げんじのよつきなんのち、たいしよくくわんのおんすゑ、しつぺいけのきんだちたちのてんがのしやうぐんになりたまふべきかなんどのたまひける。をりふしあるそうのきたりけるがまうしけるは、「それしんめいは、わくわうすゐじやくのはうべん、まちまちにましませば、あるときはぢよじんともなり、またあるときはぞくたいともげんじたまへり。まことにこのいつくしまのだいみやうじんは、さんみやうろくつうのれいしんにてましませば、ぞくたいとげんじたまはんこともかたかるべきにあらずや」とぞまうしける。うきよをいとひ、まことのみちにいりたまへば、ひとへにごせぼだいのほかは、またたじあるまじきことなれども、ぜんせいをきいてはかんじ、うれへをP308きいてはなげく、これみなにんげんのならひなり。
(『はやむま』)S0504さるほどにおなじきくぐわつふつかのひ、さがみのくにのぢうにん、おほばのさぶらうかげちか、ふくはらへはやむまをもつてまうしけるは、「さんぬるはちぐわつじふしちにち、いづのくにのるにんさきのひやうゑのすけよりとも、しうとほうでうしらうときまさをかたらうて、いづのくにのもくだい、いづみのはんぐわんかねたかを、やまきがたちにてようちにうちさふらひぬ。そののちとひ、つちや、をかざきをはじめとしてさんびやくよき、いしばしやまにたてこもつてさふらふところを、かげちかみかたにこころざしをぞんずるものども、いつせんよきをいんぞつして、おしよせてさんざんにせめさふらへば、ひやうゑのすけわづかしちはつきにうちなされ、おほわらはにたたかひなつて、とひのすぎやまへにげこもりさふらひぬ。はたけやまごひやくよきで、みかたをつかまつる。みうらのおほすけがこども、さんびやくよきでげんじがたをして、ゆゐこつぼのうらでせめたたかふ。はたけやまいくさにまけてむさしのくにへひきしりぞく。そののちはたけやまがいちぞく、かはごえ、いなげ、をやまだ、えど、かさい、そうじてななたうのつはものども、ことごとくおこりあひ、つがふそのせいにせんよき、みうらきぬがさのじやうにおしよせて、いちにちいちやせめさふらひしほどに、おほすけうたれさふらひぬ。こどもはみなくりばまのうらよりふねにのつて、あはかづさへわたりぬとこそ、ひとまうしけれ。P309
「てうてきぞろへ」へいけのひとびと、みやこうつりのことも、はやきようさめぬ。わかきくぎやうてんじやうびとは、「あはれとくして、ことのいでこよかし。われさきにうつてにむかはう」などいふぞはかなき。はたけやまのしやうじしげよし、をやまだのべつたうありしげ、うつのみやのさゑもんともつな、これらはおほばんやくにて、をりふしざいきやうしたりけるが、はたけやままうしけるは、「したしうなつてさふらふなれば、ほうでうはしりさふらはず。じよのともがらは、よもてうてきのかたうどはつかまつりさふらはじ。ただいまきこしめしなほさんずるものを」とまうしければ、「げにも」とまうすひともあり、「いやいやただいまおんだいじにおよびさふらひなんず」とささやくひともありけるとかや。にふだうしやうこくのいかられけるさまなのめならず、「そもかのよりともは、さんぬるへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、ちちよしともがむほんによつて、すでにちうせらるべかりしを、こいけのぜんにのあながちになげきのたまふあひだ、るざいにはなだめられたんなり。しかるにそのおんをわすれて、たうけにむかつてゆみをひき、やをはなつにこそあんなれ。そのぎならば、しんめいもさんぽうも、いかでかゆるしたまふべき。ただいまてんのせめかうぶらんずるよりともかな」とぞのたまひける。
(『てうてきぞろへ』)S0505そもそもわがてうにてうてきのはじまりけることは、むかしやまといはれひこのみことのぎようしねん、きしうP310なぐさのこほりたかをのむらに、ひとつのちちうあり。みみじかくてあしながくして、ちからひとにすぐれたり。にんみんおほくそんがいせしかば、くわんぐんはつかうして、せんじをよみかけ、かづらのあみをむすんで、つひにこれをおほひころす。それよりこのかた、やしんをさしはさんで、てうゐをほろぼさんとするともがら、おほいしのやままる、おほやまのわうじ、やまだのいしかは、もりやのだいじん、そがのいるか、おほとものまとりぶんやのみやだ、きついつせい、ひかみのかはつぎ、いよのしんわう、ださいのせうにふぢはらのひろつぎ、ゑみのおしかつ、さはらのたいし、ゐがみのくわうこう、ふぢはらのなかなり、たひらのまさかど、ふぢはらのすみとも、あべのさだたふむねたふさきのつしまのかみみなもとのよしちか、あくさふ、あくゑもんのかみにいたるまで、そのれいすでににじふよにん、されどもいちにんとして、そくわいをとぐるものなし。みなかばねをさんやにさらし、かうべをごくもんにかけらる。このよこそわうゐもむげにかろけれ。むかしはせんじをむかつてよみければ、かれたるくさきもたちまちにはなさきみなり、とぶとりもしたがひき。ちかごろのことぞかし。えんぎのみかどしんぜんゑんへぎやうがうなつて、いけのみぎはにさぎのゐたりけるを、ろくゐをめして、「あのさぎとつてまゐれ」とおほせければ、いかんがとらるべきとはおもへども、りんげんなればあゆみむかふ。さぎはねづくろひしてたたんとす。「せんじぞ」とおほすれば、ひらんでとびさらず。すなはちこれをとつてまゐらせたりければ、「なんぢがせんじにしたがひてまゐりたるこそしんべうなれ。やがてごゐになせ」とて、さぎをごゐにぞなされける。けふよりのち、さぎのなかのわうたるべしといふおんふだを、みづからあそばいて、くびにつけてぞはなたせP311たまふ。まつたくこれはさぎのおんれうにはあらず、ただわうゐのほどをしろしめさんがためなり。
「かんやうきう」(『かんやうきう』)S0506またいこくにせんじようをとぶらふに、えんのたいしたん、しんのしくわうていにとらはれて、いましめをかうぶることじふにねん、あるときえんたんなみだをながいて、「われこきやうにらうぼあり。いとまをたまはつて、いまいちどかれをみん」とぞなげきける。しくわうていあざわらつて、「なんぢにいとまたばんこと、むまにつのおひ、からすのかしらのしろくならんをまつべきなり」とぞのたまひける。えんたんてんにあふぎちにふして、「ねがはくはむまにつのおひ、からすのかしらをしろくなしたべ。ほんごくへかへつていまいちどははをみん」とぞいのりける。かのめうおんぼさつは、りやうぜんじやうどにけいして、ふけうのともがらをいましめ、くじがんくわいは、しなしんだんにいでて、ちうかうのみちをはじめたまふ。みやうけんのさんぽう、かうかうのこころざしをあはれみたまふことなれば、むまにつのおひてきうちうにきたり、からすのかしらしろくなつて、ていぜんのきにすめりけり。しくわうてい、うとうばかくのへんにおどろき、りんげんかへらざることをふかくしんじて、たいしたんをなだめつつ、ほんごくへこそかへされけれ。しくわうなほくやしみたまひて、しんのくにとえんのさかひにそこくといふくにあり。おほいなるかはP312ながれたり。かのかはにわたせるはしを、そこくのはしといへり。しくわうさきにくわんぐんをつかはして、えんたんがわたらんとき、かはなかのはしをふまば、おつるやうにしたためて、わたされたりければ、なじかはよかるべき。まんなかにておちいりぬ。されどもみづにはちつともおぼれず、へいちをゆくがごとくにて、むかひのきしにぞつきにける。えんたんこはいかにとおもひて、うしろをかへりみたりければ、かめどもがいくらといふかずをしらず、みづのうへにうかれきて、かふをならべてそのうへをとほしける。これもかうかうのこころざしを、みやうけんのあはれみたまふによつてなり。
えんたんなほうらみをふくんで、しくわうていにしたがはず。しくわうくわんぐんをつかはして、えんたんをほろぼさんとす。えんたんおほきにおそれをののいて、けいかといふつはものをかたらうてだいじんになす。けいかまたでんくわうせんせいといふつはものをかたらふに、せんせいまうしけるは、「きみはこのみがわかうさかんなつしことをしろしめして、かくはたのみおほせらるるか。きりんはせんりをとぶといへども、おいぬればどばにもおとれり。このみはとしおいて、いかにもかなひさふらふまじ。せんずるところ、よきつはものをかたらつてこそまゐらせめ」とまうしければ、けいか、「あなかしこ、このことひろうすな」といふ。せんせいきいて、「このこともれぬるものならば、われまづさきにうたがはれなんず。ひとにうたがはれぬるにすぎたるはぢこそなけれ」とて、けいかがもんぜんなるすもものきにかしらをつきあて、うちくだいてぞしににける。P313またはんよきといふつはものあり。これはしんのくにのものなりしが、しくわうのために、おやをぢきやうだいほろぼされて、えんのくにににげこもりぬ。しくわうしかいにせんじをなしくだし、えんのさしづならびにはんよきがかうべをもつてまゐりたらんずるものには、ごひやくこんのきんをあたへんとひろうせらる。けいか、はんよきがもとにゆいて、「われきく、なんぢがかうべごひやくこんのきんにほうぜられたんなり。なんぢがかうべわれにかせ。とつてしくわうていにたてまつらん。よろこびてえいらんをへられんとき、つるぎをぬいてむねをささんはやすかりなん」といひければ、はんよきをどりあがりをどりあがり、おほいきついてまうしけるは、「われおやをぢきやうだいを、しくわうていにほろぼされて、よるひるこれをおもふに、こつずゐにとほつてしのびがたし。まことにしくわうていうつべからんにおいては、わがかうべあたへんこと、ちりあくたよりもやすし」とて、みづからかうべをきつてぞしににける。またしんぶやうといふつはものあり。これもしんのくにのものなりしが、じふさんのとしかたきをうつて、えんのくにへにげこもりぬ。かれがゑんでむかふときは、みどりごもいだかれ、またいかつてむかふときは、だいのをとこもぜつじゆす。ならびなきつはものなり。けいかかれをかたらつて、しんのみやこのあんないしやにぐしてゆくに、あるかたやまざとにしゆくしたりけるよ、そのへんちかきさとにくわんげんをするをきいて、てうしをもつてほんいのことをうらなふに、かたきのかたはみづなり、わがかたはひなり。はくこうひをつらぬいてとほらず。「わがほんいとげんことありがたし」とぞまうしける。P314
さるほどにてんもあけぬ。されどもかへるべきみちにあらねば、しんのみやこかんやうきうにいたりぬ。えんのさしづならびにはんよきがかうべ、もつてまゐりたるよしをそうもんす。しんかをもつてうけとらんとしたまへば、「まつたくひとづてにはまゐらせじ。ぢきにたてまつらん」とそうするあひだ、さらばとてせちゑのぎをととのへて、えんのつかひをめされけり。かんやうきうは、みやこのめぐり、いちまんはつせんさんびやくはちじふりにつもれり。だいりをばちよりさんりたかくつきあげて、そのうへにぞたてられたる。ちやうせいでんあり。ふらうもんあり。こがねをもつてひをつくり、しろがねをもつてつきをつくれり。しんじゆのいさご、るりのいさご、こがねのいさごをしきみてり。しはうにはくろがねのついぢを、たかさしじふぢやうにつきあげて、てんのうへにもおなじうくろがねのあみをぞはつたりける。これはめいどのつかひをいれじとなり。あきはたのものかり、はるはこしぢへかへるにも、ひぎやうじざいのさはりありとて、ついぢにはがんもんとなづけて、くろがねのもんをあけてぞとほされける。そのなかにあはうでんとて、しくわうのつねはぎやうがうなつて、せいだうおこなはせたまふてんあり。とうざいへくちやう、なんぼくへごちやう、たかさはさんじふろくぢやうなり。うへをばるりのかはらをもつてふき、したにはこんごんをみがけり。おほゆかのしたには、ごぢやうのはたぼこをたてたれども、なほおよばぬほどなり。けいかはえんのさしづをもち、しんぶやうははんよきがかうべをもつて、たまのきざはしをなからばかりのぼりあがりけるが、あまりにだいりのおびたたしきをみて、しんぶやうわなわなとふるひければ、しんかこれをあやしんで、「けいじんをばきみのかたはらにおかず。くんしはけいじんにちかづかず。P315ちかづけばすなはちしをかろんずるみちなり」といへり。けいかたちかへつて、「ぶやうまつたくむほんのこころなし。ただでんじやのいやしきにのみならつて、かかるくわうきよになれざるがゆゑに、こころめいわくす」といひければ、そのときしんかみなしづまりぬ。よつてわうにちかづきたてまつり、えんのさしづならびにはんよきがかうべをげんざんにいるるところに、さしづのいつたるひつのそこに、こほりのやうなるつるぎのありけるを、しくわうていごらんじて、やがてにげんとしたまへば、けいかおんそでをむずとひかへたてまつり、つるぎをむねにさしあてたり。いまはかうとぞみえたりける。すまんのぐんりよは、ていじやうにそでをつらぬといへども、すくはんとするにちからなし。ただこのきみぎやくしんにをかされさせたまはんことをのみ、なげきかなしみあへりけり。しくわうてい、「われにざんじのいとまをえさせよ。きさきのことのねを、いまいちどきかん」とのたまへば、けいかしばしはをかしもたてまつらず。しくわうていはさんぜんにんのきさきをもちたまへり。そのなかにくわやうぶにんとて、ならびなきことのじやうずおはしき。およそこのきさきのことのねをきけば、たけきもののふのいかれるこころもやはらぎ、とぶとりもちにおち、くさきもゆるぐばかりなり。いはんやいまをかぎりのえいぶんにそなへんと、なくなくひきたまへば、さこそはおもしろかりけめ。けいかかうべをうなだれ、みみをそばだてて、ほとんどぼうしんのこころもたゆみにけり。そのとききさきはじめてさらにいつきよくをそうす。「しちせきのへいふうはたかくとも、をどらばなどかこえざらん。いちでうのらこくはつよくとも、ひかばなどかたえざらん」とぞひきたまふ。P316けいかはこれをききしらず。しくわうていはききしりて、おんそでをひつきつて、しちしやくのびやうぶををどりこえ、あかがねのはしらのかげへにげかくれさせたまひけり。そのときけいかいかつて、つるぎをなげかけたてまつる。をりふしごぜんにばんのいしのさふらひけるが、つるぎにくすりのふくろをなげあはせたり。つるぎくすりのふくろをかけられながら、くちろくしやくのあかがねのはしらを、なからまでこそきつたりけれ。けいかまたつるぎももたざれば、つづいてもなげず。わうたちかへつて、おんつるぎをめしよせて、けいかをやつざきにこそしたまひけれ。しんぶやうもうたれぬ。やがてくわんぐんをつかはして、えんたんをもほろぼさる。さうてんゆるしたまはねば、はくこうひをつらぬいてとほらず。しんのしくわうはのがれて、えんたんつひにほろびにけり。さればいまのよりともも、さこそはあらんずらめと、しきだいまうすひとびともありけるとかや。
「もんがくのあらぎやう」(『もんがくのあらぎやう』)S0507しかるにかのよりともは、さんぬるへいぢぐわんねんじふにんぐわつ、ちちさまのかみよしともがむほんによつて、すでにちうせらるべかりしを、こいけのぜんにのあながちになげきのたまふによつて、しやうねんじふしさいとまうししえいりやくぐわんねんさんぐわつはつかのひ、いづのほうでうひるがこじまへながされて、にじふよねんのしゆんしうをおくりむかふ。ねんらいもあればこそありけめ、ことしいかなるこころにて、P317むほんをばおこされけるぞといふに、たかをのもんがくしやうにんのすすめまうされけるによつてなり。そもそもこのもんがくとまうすは、わたなべのゑんどうさこんのしやうげんもちとほがこに、ゑんどうむしやもりとほとて、じやうせいもんゐんのしゆなり。しかるをじふくのとし、だうしんおこし、もとどりきり、しゆぎやうにいでんとしけるが、しゆぎやうといふは、いかほどのだいじやらん、ためいてみんとて、ろくぐわつのひのくさもゆるがずてつたるに、あるかたやまざとのやぶのなかへはひり、はだかになり、あふのけにふす。あぶぞ、かぞはちありなどいふどくちうどもが、みにひしととりついて、さしくひなどしけれども、ちつともみをもはたらかさず。なぬかまではおきもあがらず、やうかといふにおきあがりて、「しゆぎやうといふは、これほどのだいじやらん」とひとにとへば、「それほどならんには、いかでかいのちもいくべき」といふあひだ、「さてはあんぺいござんなれ」とて、やがてしゆぎやうにこそいでにけれ。くまのへまゐり、なちごもりせんとしけるが、まづぎやうのこころみに、きこゆるたきにしばらくうたれてみんとて、たきもとへこそまゐりけれ。ころはじふにんぐわつとをかあまりのことなれば、ゆきふりつもり、つららいて、たにのをがはもおともせず。みねのあらしふきこほり、たきのしらいとたるひとなつて、みなしろたへにおしなべて、よものこずゑもみえわかず。しかるにもんがくたきつぼにおりひたり、くびきはつかつて、じくのしゆをみてけるが、にさんにちこそありけれ、しごにちにもなりしかば、もんがくこらへずしてうきあがりぬ。すせんぢやうみなぎりおつるP318たきなれば、なじかはたまるべき、ざつとおしおとされ、かたなのはのごとくに、さしもきびしきいはかどのなかを、うきぬしづみぬ、ごろくちやうこそながれけれ。ときにうつくしきどうじいちにんきたつて、もんがくがてをとつてひきあげたまふ。ひときどくのおもひをなして、ひをたきあぶりなどしければ、ぢやうごふならぬいのちではあり、もんがくほどなくいきいでぬ。だいのまなこをみいからかし、だいおんじやうをあげて、「われこのたきにさんしちにちうたれて、じくのさんらくしやをみてうとおもふだいぐわんあり。けふはわづかごにちにこそなれ。いまだなぬかだにもすぎざるに、なにものがこれまではとつてきたれるぞ」といひければ、きくひとみのけよだつてものいはず。またたきつぼにかへりたつてぞうたれける。だいににちとまうすに、はちにんのどうじきたつて、もんがくがさうのてをとつて、ひきあげんとしたまへば、さんざんにつかみあうてあがらず。だいさんにちとまうすに、つひにはかなくなりぬ。ときにたきつぼをけがさじとやびんづらゆうたるてんどうににん、たきのうへよりおりくだらせたまひて、よにあたたかにかうばしきおんてをもつて、もんがくがちやうじやうよりはじめて、てあしのつまさき、たなうらにいたるまで、なでくださせたまへば、もんがくゆめのここちしていきいでぬ。「そもそもいかなるひとにてましませば、かくはあはれみたまふやらん」ととひたてまつれば、どうじこたへていはく、「われはこれだいしやうふどうみやうわうのおつかひに、こんがら、せいたかといふにどうじなり。もんがくむじやうのぐわんをおこし、ゆうみやうのぎやうをくはだつ。ゆいてちからをあはせよと、みやうわうのちよくによつてきたれるなり」とぞこたへたまふ。もんがくこゑをいからかいて、「さてみやうわうはP319いづくにましますぞ」。「とそつてんに」とこたへて、くもゐはるかにあがりたまひぬ。もんがくたなごころをあはせて、さてはわがぎやうをば、だいしやうふどうみやうわうまでも、しろしめされたるにこそと、いよいよたのもしうおもひ、なほたきつぼにかへりたつてぞうたれける。そののちはまことにめでたきずゐさうどもおほかりければ、ふきくるかぜもみにしまず、おちくるみづもゆのごとし。かくてさんしちにちのだいぐわんつひにとげしかば、なちにせんにちこもりけり。おほみねさんど、かつらぎにど、かうや、こがは、きんぶうせん、はくさん、たてやま、ふじのだけ、いづ、はこね、しなののとがくし、ではのはぐろ、そうじてにつぽんごくのこるところなうおこなひまはり、さすがなほふるさとやこひしかりけん、みやこへかへりのぼつたりければ、およそとぶとりをもいのりおとすほどの、やいばのげんじやとぞきこえし。
「くわんじんちやう」(『くわんじんちやう』)S0508そののちもんがくは、たかをといふやまのおくに、おこなひすましてぞ、ゐたりける。かのたかをにじんごじといふやまでらあり。これはむかししようとくてんわうのおんとき、わけのきよまろがたてたりしがらんなり。ひさしくしうざうなかりしかば、はるはかすみにたちこめて、あきはきりにまじはり、とびらはかぜにたふれて、らくえふのしたにくち、いらかはうろにをかされて、ぶつだんさらにあらはなり。P320ぢうぢのそうもなければ、まれにさしいるものとては、ただつきひのひかりばかりなり。もんがくいかにもして、このてらをしうざうせんとおもふだいぐわんおこし、くわんじんちやうをささげて、じつぱうだんなをすすめありくほどに、あるときゐんのごしよほふぢうじどのへぞさんじたる。ごほうがあるべきよしをそうもんす。ぎよいうのをりふしにて、きこしめしもいれざりければ、もんがくはもとよりふてきだいいちのあらひじりではあり、ごぜんのことなきやうをばしらずして、ただひとのまうしいれぬぞとこころえて、ぜひなくおつぼのうちへやぶりいり、だいおんじやうをあげて、「だいじだいひのきみにてまします。これほどのことなどかきこしめしいれざるべき」とて、くわんじんちやうをひきひろげて、たからかにこそようだりけれ。「
しやみもんがくうやまつてまうす。ことにはきせんだうぞくのじよじやうをかうぶつて、たかをさんのれいちにいちゐんをこんりふし、にせあんらくのだいりをごんぎやうせんとこふくわんじんのじやう。それおもんみれば、しんによくわうだいなり。しやうぶつのけみやうをたつといへども、ほつしやうずゐまうのくもあつくおほつて、じふにいんえんのみねにたなびきしよりこのかた、ほんうしんれんのつきのひかりかすかにして、いまださんどくしまんのたいきよにあらはれず。かなしきかな、ぶつにちはやくぼつして、しやうじるてんのちまたみやうみやうたり。ただいろにふけり、さけにふける。たれかきやうざうてうゑんのまどひをしやせん。いたづらにひとをばうじほふをばうず。これあにえんらごくそつのせめをまぬかれんや。ここにもんがく、たまたまぞくぢんをうちはらつて、ほふえをかざるといへども、あくぎやうなほこころにたくましうして、にちやにつくり、ぜんべうまたみみにさかつててうぼにすたる。いたましきかな、ふたたびさんづのくわきやうにかへつて、ながくししやうのくりんをめぐらんP321ことを。このゆゑにむにのけんしやうせんまんじく、ぢくぢくにぶつしゆのいんをあかし、ずゐえんしじやうのほふ、ひとつとしてぼだいのひがんにいたらずといふことなし。かるがゆゑにもんがく、むじやうのくわんもんになみだをおとし、じやうげのしんぞくをすすめて、じやうぼんれんだいにえんをむすび、とうめうがくわうのれいぢやうをたてんとなり。それたかをはやまうづたかうしてじゆぶぜんのこずゑをへうし、たにしづかにしてしやうざんとうのこけをしけり。がんせんむせんでぬのをひき、れいゑんさけんでえだにあそぶ。にんりとほうしてけんぢんなし。しせきことなうしてしんじんのみあり。ちけいすぐれたり。もつともぶつてんをあがむべし。ほうがすこしきなり。たれかじよじやうせざらん。ほのかにきくじゆしやゐぶつたふ、くどくたちまちにぶついんをかんず。いはんやいつしはんせんのほうざいにおいてをや。ねがはくはこんりふじやうじゆして、きんけつほうれき、ごぐわんゑんまん、ないしとひゑんきん、りみんしそ、げうしゆんぶゐのくわをうたひ、ちんえふさいかいのゑみをひらかん。ことにはまたしやうりやういうぎ、ぜんごだいせう、すみやかにいちぶつしんもんのうてなにいたり、かならずさんじんまんどくのつきをもてあそばん。よつてくわんじんしゆぎやうのおもむき、けだしもつてかくのごとし。ぢしようさんねんさんぐわつのひもんがく」とこそよみあげたれ。
「もんがくながされ」(『もんがくながされ』)S0509をりふしごぜんには、めうおんゐんのだいじやうのおほいどの、おんびはあそばし、らうえいめでたうせさせP322おはします。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、わごんかきならし、しそくうまのかみすけとき、ふうぞくさいばらうたはる。しゐのじじうもりさだひやうしとつて、いまやうとりどりうたはれけり。ゐんぢうざざめきわたつて、まことにおもしろかりければ、ほふわうもつけうたせさせおはします。それにもんがくがだいおんじやういできて、てうしもたがひ、ひやうしもみなみだれにけり。「ぎよいうのをりふしであるに、なにものぞ。らうぜきなり。そくびつけ」とおほせくださるるほどこそありけれ、ゐんぢうのはやりをのものども、われさきにわれさきにとすすみいでけるなかに、すけゆきはうぐわんといふものすすみいでて、「ぎよいうのをりふしであるに、なにものぞ。らうぜきなり。とうとうまかりいでよ」といひければ、もんがく、「たかをのじんごじへ、しやうをいつしよよせられざらんかぎりは、まつたくいづまじ」とてはたらかず。よつてそくびをつかうとすれば、くわんじんちやうをとりなほし、すけゆきはうぐわんがゑぼしを、はたとうつてうちおとし、こぶしをつよくにぎり、むねをばくとついて、うしろへのけにつきたふす。すけゆきはうぐわんはゑぼしうちおとされて、おめおめとおほゆかのうへへぞにげのぼる。そののちもんがくふところよりむまのをでつかまいたりけるかたなの、こほりのやうなるをぬきもつて、よりこんものをつかうとこそまちかけたれ。ひだりのてにはくわんじんちやう、みぎのてにはかたなをもつてはせまはるあひだ、おもひもまうけぬにはかごとではあり、さうのてにかたなをもつたるやうにぞみえたりける。くぎやうもてんじやうびとも、こはいかにとさわがれて、ぎよいうもすでにあれにけり。ゐんぢうのさうどうなのめならず。
ここにしなののくにのぢうにん、あんどうむしやみぎむね、そのときのたうしよくのむしやどころにてありけるが、「P323なにごとぞ」とてたちをぬいてはしりいでたり。もんがくよろこんでとんでかかる。あんどうむしや、きつてはあしかりなんとやおもひけん、たちのむねをとりなほし、もんがくがかたなもつたるみぎのかひなをしたたかにうつ。うたれてちつとひるむところに、「えたりや、をう」と、たちをすててぞくんだりける。もんがくしたにふしながら、あんどうむしやがみぎのかひなをしたたかにつく。つかれながらぞしめたりける。たがひにおとらぬだいぢから、うへになりしたになり、ころびあひけるところを、じやうげよつて、かしこがほに、もんがくがはたらくところのぢやうをがうしてげり。そののちもんぐわいへひきいだいて、ちやうのしもべにたぶ。たまはつてひつぱる。ひつぱられてたちながら、ごしよのかたをにらまへ、だいおんじやうをあげて、「たとひほうがをこそしたまはざらめ、あまつさへもんがくにこれほどまで、からきめをみせたまひつれば、ただいまおもひしらせまうさんずるものを。さんがいはみなくわたくなり、わうぐうといふとも、いかでかそのなんをばのがるべき。たとひじふぜんのていゐにほこつたうといふとも、くわうせんのたびにいでなんのちは、ごづめづのせめをば、まぬかれたまはじものを」と、をどりあがりをどりあがりぞまうしける。「このほふしきくわいなり。きんごくせよ」とてきんごくせらる。すけゆきはうぐわんはゑぼしうちおとされたるはぢがましさにしばしはしゆつしもせざりけり。あんどうむしやはもんがくくんだるけんじやうに、いちらふをへずして、たうざにうまのじようにぞなされける。そのころびふくもんゐんかくれさせたまひて、たいしやありしかば、もんがくほどなくゆるされけり。P324しばらくはいづくにてもおこなふべかりしを、またくわんじんちやうをささげて、じつぱうだんなをすすめありきけるが、さらばただもなくして、「あはれこのよのなかは、ただいまみだれて、きみもしんもともにほろびうせんずるものを」など、かやうにおそろしきことをのみまうしありくあひだ、「このほふしみやこにおいてはかなふまじ。をんるせよ」とて、いづのくにへぞながされける。
げんざんみにふだうのちやくしいづのかみなかつな、そのときのたうしよくにてあるあひだ、そのさたとして、とうかいだうよりふねにてくださるべしとて、いづのくにへゐてまかるに、はうべんりやうさんにんをぞつけられたる。これらがまうしけるは、「ちやうのしもべのならひ、かやうのことについてこそ、おのづからのえこもさふらへ。いかにひじりのおんばうは、しりうどはもちたまはぬか。をんごくへながされたまふに、とさんらうれうごときのものをもこひたまへかし」といひければ、「もんがくは、さやうのえうじいふべきとくいはなし。さりながらひがしやまのへんにこそとくいはあれ。いでさらばふみをやらう」といひければ、けしかるかみをえさせたり。もんがくおほきにいかつて、「かやうのかみにものかくやうなし」とてなげかへす。さらばとて、こうしをたづねてえさせたり。もんがくわらつて、「このほふしはものをえかかぬぞ。おのれらかけ」とてかかするやう、「もんがくこそたかをのじんごじざうりふくやうのために、くわんじんちやうをささげて、じつぱうだんなをすすめありきけるが、かかるきみのよにしもあうて、ほうがをこそしたまはざらめ、あまつさへをんるせられて、いづのくにへまかりP325さふらふ。ゑんろのあひだでさふらへば、とさんらうれうごときのものもたいせつにさふらふ。このつかひにたべ」といふ。いふままにかいて、「さてたれどのへとかきさふらふべきやらん」。「きよみづのくわんおんばうへとかけ」といふ。「それはちやうのしもべをあざむくにこそ」といひければ、「いつかうあざむくにはあらず。さりとては、もんがくは、きよみづのくわんおんをこそ、ふかうたのみたてまつたれ。さらではたれにかはようじをもいふべき」とぞまうしける。さるほどにいせのくにあののつよりふねにてくだりけるが、とほたふみのくにてんりうなだにて、にはかにおほかぜふきおほなみたつて、すでにこのふねをうちかへさんとす。すゐしゆかんどりども、いかにもしてたすからんとしけれども、かなふべしともみえざりければ、あるひはくわんおんのみやうがうをとなへ、あるひはさいごのじふねんにおよぶ。されどももんがくはちつともさわがず、ふなそこにたかいびきかいてぞふしたりける。すでにかうとみえしとき、かつぱとおきあがり、ふなばたにたつて、おきのかたをにらまへ、だいおんじやうをあげて、「りうわうやあるりうわうやある」とぞようだりける。「なにとてかやうにだいぐわんおこしたるひじりがのつたるふねをば、あやまたうとはするぞ。ただいまてんのせめかうぶらんずるりうじんどもかな」とぞいひける。そのゆゑにや、なみかぜほどなくしづまりて、いづのくににぞつきにける。もんがくきやうをいでけるひよりして、こころのうちにきせいすることありけり。われみやこにかへつて、たかをのじんごじざうりふくやうすべくんば、しぬべからず。このぐわんむなしかるべくんば、みちにてしぬべしとて、きやうよりいづへつきけるまで、をりふしじゆんぷうなかりければ、うらづたひしまづたひして、さんじふいちにちがあひだは、P326いつかうだんじきにてぞありける。されどもきりよくすこしもおとろへず、ふなぞこにおこなひうちしてぞゐたりける。まことにただびとともおぼえぬことどもおほかりけり。
「いづゐんぜん」(『ふくはらゐんぜん』)S0510そののちもんがくをば、たうごくのぢうにんこんどうしらうくにたかにおほせて、なごやがおくにぞすまはせける。さるほどにひやうゑのすけどのおはしけるひるがこじまもほどちかし。もんがくつねはまゐり、おんものがたりどもまうしけるとぞきこえし。あるときもんがく、ひやうゑのすけどのにまうしけるは、「へいけにはこまつのおほいどのこそ、こころもかうに、はかりごともすぐれておはせしか。へいけのうんめいのすゑになるやらん、こぞのはちぐわつこうぜられぬ。いまはげんぺいのなかに、ごへんほどてんがのしやうぐんのさうもつたるひとはなし。はやはやむほんおこさせたまひて、につぽんこくしたがへたまへ」といひければ、ひやうゑのすけどの、「それおもひもよらず。われはこいけのぜんににたすけられたてまつたれば、そのおんをはうぜんがために、まいにちほけきやういちぶてんどくしたてまつるよりほかは、またたじなし」とぞのたまひける。もんがくかさねて、「てんのあたふるをとらざれば、かへつてそのとがをうく。ときいたりたるをおこなはざれば、かへつてそのあうをうくといふほんもんあり。かやうにまうせば、ごへんのおんこころをかなびかんとて、まうすとやおぼしめされP327さふらふらん。そのぎではさふらはず。まづごへんのために、こころざしのふかいやうをみたまへ」とて、ふところよりしろいぬのにてつつんだるどくろをひとつとりいだす。ひやうゑのすけどの、「あれはいかに」とのたまへば、「これこそごへんのちち、こさまのかうのとののかうべよ。へいぢののちは、ごくしやのまへのこけのしたにうづもれて、ごせとぶらふひともなかりしを、もんがくぞんずるむねありて、ごくもりにこひ、くびにかけ、やまやまてらでらしゆぎやうして、このにじふよねんがあひだとぶらひたてまつたれば、いまはさだめていちごふもうかびたまひぬらん。さればこかうのとののおんためには、さしもほうこうのものにてさふらふぞかし」とまうされければ、ひやうゑのすけどの、いちぢやうとはおぼえねども、ちちのかうべときくなつかしさに、まづなみだをぞながされける。ややありてひやうゑのすけどの、なみだをおさへてのたまひけるは、「そもそもよりともちよくかんをゆりずしては、いかでかむほんをばおこすべき」とのたまへば、もんがく、「それやすいほどのことなり。やがてのぼつてまうしゆるしたてまつらん」。ひやうゑのすけどのあざわらうて、「わがみもちよくかんのみにてありながら、ひとのことまうさうどのたまふひじりのおんばうのあてがひやうこそ、おほきにまことしからね」とのたまへば、もんがくおほきにいかつて、「わがみのとがをゆりうどまうさばこそひがごとならめ、わどののことまうさうに、なじかはひがごとならん。これよりいまのみやこふくはらのしんとへのぼらうに、みつかにすぐまじ。ゐんぜんうかがふに、いちにちのとうりうぞあらんずらん。つがふなぬかやうかにはすぐまじ」とて、つきいでぬ。
ひじりなごやにかへりて、でしどもには、ひとにしのうで、いづのおやまになぬかさんろうのP328こころざしありとていでにけり。げにもみつかといふには、ふくはらのしんとにのぼりついて、さきのうひやうゑのかみみつよしのきやうのもとに、いささかゆかりありければ、それにたづねゆいて、「いづのくにのるにん、さきのひやうゑのすけよりとも、ちよくかんをゆるされて、ゐんぜんをだにかうぶりさふらはば、はつかこくのけにんどももよほしあつめて、へいけをほろぼし、てんがをしづめんとこそまうしさふらへ」。みつよしのきやう、「いさとよ、わがみもたうじはさんくわんともにとどめられて、こころぐるしきをりふしなり。ほふわうもおしこめられてわたらせたまへば、いかがあらんずらん。さりながらもうかがうてこそみめ」とて、このよしひそかにそうもんせられたりければ、ほふわうおほきにぎよかんあつて、やがてゐんぜんをぞくだされける。もんがくよろこんでくびにかけ、またみつかといふには、いづのくにへくだりつく。ひやうゑのすけどの、ひじりのおんばうのなまじひなることまうしいだして、よりともまたいかなるうきめにあはんずらんと、おもはじことなう、あんじつづけておはしける。やうかといふうまのこくに、くだりついて、「くはゐんぜんよ」とてたてまつる。ひやうゑのすけどの、ゐんぜんときくかたじけなさに、あたらしきゑぼしじやうえをき、てうづうがひをして、ゐんぜんをさんどはいしてひらかれけり。「しきりのとしよりこのかた、へいじわうくわをべつじよして、せいだうにはばかることなし。ぶつぽふをはめつし、わうぼふをみだらんとす。それわがくにはしんこくなり。そうべうあひならんで、しんとくこれあらたなり。かるがゆゑにてうていかいきののち、すせんよさいのあひだ、ていゐをかたぶけ、こくかをあやぶめんとするもの、みなもつてはいぼくせずといふことなし。しかればすなはちかつうはしんたうのめいじよにまかせ、P329かつうはちよくせんのしいしゆをまもつて、はやくへいじのいちるゐをほろぼして、てうかのをんできをしりぞけよ。ふだいさうでんのへいりやくをつぎ、るゐそほうこうのちうきんをぬきんでて、みをたていへをおこすべし。ていればゐんぜんかくのごとく、よつてしつたつくだんのごとし。ぢしようしねんしちぐわつじふしにち、さきのうひやうゑのかみみつよしがうけたまはつて、きんじやう、さきのひやうゑのすけどのへ」とぞかかれたる。このゐんぜんをばにしきのふくろにいれて、いしばしやまのかつせんのときも、ひやうゑのすけどのくびにかけられけるとぞきこえし。
「ふじがは」(『ふじがは』)S0511さるほどにうひやうゑのすけどの、むほんのよししきりにふうぶんありしかば、ふくはらにはくぎやうせんぎあつて、いまいちにちもせいのつかぬさきに、いそぎうつてをくださるべしとて、たいしやうぐんにはこまつのごんのすけぜうしやうこれもり、ふくしやうぐんにはさつまのかみただのり、さぶらひだいしやうにはかづさのかみただきよをさきとして、つがふそのせいさんまんよき、くぐわつじふはちにちにしんとをたつて、あくるじふくにちにはきうとにつき、やがておなじきはつかのひ、とうごくへこそおもむかれけれ。たいしやうぐんこまつのごんのすけぜうしやうこれもりは、しやうねんにじふさん、ようぎたいはい、ゑにかくとも、ふでもおよびがたし。ぢうだいのきせなが、からかはといふよろひをば、からとにいれてかかせらる。P330みちうちには、あかぢのにしきのひたたれに、もよぎにほひのよろひきて、れんぜんあしげなるむまに、きんぷくりんのくらをおいてのりたまへり。ふくしやうぐんさつまのかみただのりは、こんぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのよろひきて、くろきむまのふとうたくましきに、いかけぢのくらをおいてのりたまへり。むまくら、よろひかぶと、ゆみや、たち、かたなにいたるまで、てりかかやくほどにいでたたれたれば、めづらしかりしけんぶつなり。なかにもふくしやうぐんさつまのかみただのりは、あるみやばらのにようばうのもとへかよはれけるが、あるよおはしたりけるに、このにようばうのつぼねに、やんごとなきにようばうまらうときたつて、さよもやうやうふけゆくまでかへりたまはず。ただのりのきばにたたずんで、あふぎをあらくつかはれければ、かのにようばう、「のもせにすだくむしのねよ」と、いうにくちずさみたまへば、あふぎをやがてつかひやみてぞかへられける。そののちおはしたるよ、「いつぞや、なにとてあふぎをばつかひやみしぞや」ととはれければ、「いさ、かしがましなどきこえはんべりしほどに、さてこそあふぎをばつかひやみてはさふらひしか」とぞまうされける。そののち、このにようばう、さつまのかみのもとへ、こそでをひとかさねつかはすとて、せんりのなごりのをしさに、いつしゆのうたをかきそへておくられける。
あづまぢのくさばをわけむそでよりもたたぬたもとのつゆぞこぼるる W035
さつまのかみのへんじに、
わかれぢをなにかなげかむこえてゆくせきもむかしのあととおもへば W036 P331せきもむかしのあととよめることは、せんぞたひらのしやうぐんさだもり、たはらとうだひでさと、まさかどつゐたうのために、あづまへげかうしたりしことを、いまおもひいでてよみたりけるにや、いとやさしうぞきこえし。むかしはてうてきをたひらげに、ぐわいとへむかふしやうぐんは、まづさんだいしてせつたうをたまはる。しんぎなんでんにしゆつぎよして、こんゑかいかにぢんをひき、ないべんげべんのくぎやうさんれつして、ちうぎのせちゑをおこなはる。たいしやうぐんふくしやうぐん、おのおのれいぎをただしうして、これをたまはる。しようへいてんぎやうのじようせきも、としひさしうなつて、なぞらへがたしとて、こんどはさぬきのかみたひらのまさもりが、さきのつしまのかみみなもとのよしちかつゐたうのために、いづものくにへげかうせしれいとて、すずばかりたまはつて、かはのふくろにいれて、ざつしきがくびにかけさせてぞくだられける。いにしへてうてきをたひらげんとて、みやこをいづるしやうぐんは、みつのぞんぢあり。せつたうをたまはるひいへをわすれ、いへをいづるとてさいしをわすれ、せんぢやうにしてかたきにたたかふときみをわする。さればいまのへいじのたいしやうぐんこれもりただのりも、さだめてさやうのことどもをば、ぞんぢせられたりけん、あはれなりしことどもなり。
おのおのくぢうのみやこをたつて、せんりのとうかいへおもむかれける。たひらかにかへりのぼらんことも、まことにあやふきありさまどもにて、あるひはのばらのつゆにやどをかり、あるひはたかねのこけにたびねをし、やまをこえかはをかさね、ひかずふれば、じふぐわつじふろくにちには、するがのくにきよみがせきにぞつきたまふ。みやこをばさんまんよきでいでたれども、ろしのつはものつきそひて、しちまんよきとぞP332きこえし。せんぢんはかんばら、ふじがはにすすみ、ごぢんはいまだてごし、うつのやにささへたり。たいしやうぐんごんのすけぜうしやうこれもり、さぶらひだいしやうかづさのかみただきよをめして、「これもりがぞんぢには、あしがらのやまうちこえ、ひろみへいでていくさをせん」とはやられけれども、かづさのかみまうしけるは、「ふくはらをおんたちさふらひしとき、にふだうどののおほせには、いくさをばただきよにまかせさせたまへとこそおほせさふらひつれ。いづするがのせいのまゐるべきだに、いまだいつきもみえさふらはず。みかたのおんせいしちまんよきとはまうせども、くにぐにのかりむしや、むまもひともみなつかれはててさふらふ。とうごくはくさもきも、みなひやうゑのすけにしたがひついてさふらふなれば、なんじふまんぎかさふらふらん。ただふじがはをまへにあてて、みかたのおんせいをまたせたまふべうもやさふらふらん」とまうしければ、ちからおよばでゆらへたり。さるほどにひやうゑのすけよりともかまくらをたつて、あしがらのやまうちこえ、きせがはにこそつきたまへ。かひしなののげんじども、はせきたつてひとつになる。するがのくにうきしまがはらにてせいぞろへあり。つがふそのせいにじふまんぎとぞしるいたる。ひたちげんじさたけのしらうがざつしきの、ふみもつてきやうへのぼりけるを、へいけのさぶらひだいしやうかづさのかみただきよ、このふみをうばひとつてみるに、にようばうのもとへのふみなり。くるしかるまじとて、とらせてげり。さて、「げんじがせいは、いかほどあるぞ」ととひければ、「げらふはしごひやくせんまでこそ、もののかずをばしつてさふらへ。それよりうへをばしりまゐらせぬざふらふ。おほいやらう、すくないやらう、およそなぬかやうかがあひだは、はたとつづいて、のもやまもうみもかはも、みなむしやでP333さふらふ。きのふきせがはにて、ひとのまうしさふらひつるは、げんじのおんせいにじふまんぎとこそまうしさふらひつれ」とまうしければ、かづさのかみ、「あなこころうや。たいしやうぐんのおんこころののびさせたまひたるほど、くちをしかりけることはなし。いまいちにちもさきにうつてをくださせたまひたらば、おおばきやうだい、はたけやまがいちぞく、などかまゐらでさふらふべき。これらだにまゐりさふらはば、いづするがのせいはみなしたがひつくべかりつるものを」と、こうくわいすれどもかひぞなき。たいしやうぐんごんのすけぜうしやうこれもり、とうごくのあんないしやとて、ながゐのさいとうべつたうさねもりをめして、「なんぢほどのつよゆみせいびやう、はつかこくにはいかほどあるぞ」ととひたまへば、さいとうべつたうあざわらつて、「ささふらへば、きみはさねもりをおほやとおぼしめされさふらふにこそ。わづかじふさんぞくをこそつかまつりさふらへ。さねもりほどいさふらふものは、はつかこくにはいくらもさふらふ。おほやとまうすぢやうのものの、じふごそくにおとつてひくはさふらはず。ゆみのつよさも、したたかなるもののごろくにんしてはりさふらふ。かやうのせいびやうどもがいさふらへば、よろひのにさんりやうはたやすうかけずいとほしさふらふ。だいみやうとまうすぢやうのものの、ごひやくきにおとつてもつはさふらはず。むまにのつておつるみちをしらず、あくしよをはすれどむまをたふさず。いくさはまたおやもうたれよ、こもうたれよ、しぬればのりこえのりこえたたかふざふらふ。さいこくのいくさとまうすは、すべてそのぎさふらはず。おやうたれぬればひきしりぞき、ぶつじけうやうし、いみあけてよせ、こうたれぬれば、そのうれへなげきとて、よせさふらはず。ひやうらうまいつきぬれば、P334はるはたつくり、あきかりをさめてよせ、なつはあつしといとひ、ふゆはさむしときらひさふらふ。とうごくのいくさとまうすは、すべてそのぎさふらはず。そのうへかひしなののげんじら、あんないはしつたり、ふじのすそより、からめでにやまはりさふらはんずらん。かやうにまうせば、たいしやうぐんのおんこころをおくせさせまゐらせんとて、まうすとやおぼしめされさふらふらん。そのぎではさふらはず。ただしいくさはせいのたせうにはよりさふらはず。たいしやうぐんのはかりごとによるとこそまうしつたへてさふらへ」とまうしければ、これをきくつはものども、みなふるひわななきあへりけり。
さるほどにおなじきにじふしにちのうのこくに、ふじがはにて、げんぺいのやあはせとぞさだめける。にじふさんにちのよにいつて、へいけのつはものども、げんじのぢんをみわたせば、いづするがのにんみんひやくしやうらが、いくさにおそれて、あるひはのにいりやまにかくれ、あるひはふねにとりのつて、うみかはにうかびたるが、いとなみのひのみえけるを、「あなおびたたしのげんじのぢんのとほびのおほさよ。げにものもやまもうみもかはも、みなむしやでありけり。いかがせん」とぞあきれける。そのよのやはんばかり、ふじのぬまにいくらもありけるみづとりどもが、なににかはおどろきたりけん、いちどにばつとたちけるはおとの、いかづちおほかぜなどのやうにきこえければ、へいけのつはものども、「あはやげんじのおほぜいのむかうたるは。きのふさいとうべつたうがまうしつるやうに、かひしなののげんじら、ふじのすそより、からめでへやまはりさふらふらん。かたきなんじふまんぎかあるらん。とりこめられてはかなふまじ。ここをばおちて、P335をはりがはすのまたをふせげや」とて、とるものもとりあへず、われさきにわれさきにとぞおちゆきける。あまりにあわてさわいで、ゆみとるものはやをしらず、やとるものはゆみをしらず、わがむまにはひとのり、ひとのむまにはわれのり、つないだるむまにのつてはすれば、くひをめぐることかぎりなし。そのへんちかきしゆくじゆくより、いうくんいうぢよどもめしあつめ、あそびさかもりけるが、あるひはかしらけわられ、あるひはこしふみをられて、をめきさけぶことおびたたし。おなじきにじふしにちのうのこくに、げんじにじふまんき、ふじがはにおしよせて、てんもひびきだいぢもゆるぐばかりに、ときをぞさんかどつくりける。
(『ごせつのさた』)S0512へいけのかたには、しづまりかへつておともせず。ひとをいれてみせければ、「みなおちてさふらふ」とまうす。あるひはかたきのわすれたるよろひとつてまゐるものもあり、あるひはへいけのすておいたるおほまくとつてかへるものもあり。「およそへいけのぢんには、はいだにもかけりさふらはず」とまうす。ひやうゑのすけ、いそぎむまよりおり、かぶとをぬぎ、てうづうがひをして、わうじやうのかたをふしをがみ、「これはまつたくよりともがわたくしのかうみやうにはあらず、ひとへにはちまんだいぼさつのおんぱからひなり」とぞのたまひける。やがて、うつとるところなればとて、するがのくにをば、いちでうのじらうただより、とほたふみのくにをば、やすだのさぶらうよしさだにあづけらる。なほもつづいてせむべかりしかども、うしろもさすがおぼつかなしとて、するがのくによりかまくらへぞかへられける。かいだうしゆくじゆくのいうくんいうぢよども、「あないまいましのうつてのたいしやうぐんや。いくさにはみにげをだにあさましきことにするに、P336へいけのひとびとはききにげしたまへり」とぞわらひける。さるほどにらくしよどもおほかりけり。みやこのたいしやうぐんをばむねもりといひ、うつてのだいしやうをば、ごんのすけといふあひだ、へいけをひらやによみなして、
ひらやなるむねもりいかにさわぐらむはしらとたのむすけをおとして W037
ふじがはのせぜのいはこすみづよりもはやくもおつるいせへいじかな W038
またかづさのかみただきよが、ふじがはによろひすてたりけるをもよめり。
ふじがはによろひはすてつすみぞめのころもただきよのちのよのため W039
ただきよはにげのむまにぞのりてげるかづさしりがひかけてかひなし W040
「ごせつのさた」おなじきじふいちぐわつやうかのひ、たいしやうぐんごんのすけぜうしやうこれもり、ふくはらへかへりのぼりたまふ。にふだうしやうこくおほきにいかりて、「これもりをばきかいがしまへながすべし。ただきよをばしざいにおこなふべし」とぞのたまひける。これによつておなじきここのかのひ、へいけのさぶらひ、らうせうすひやくにんさんくわいして、ただきよがしざいのこと、いかがあるべからんとひやうぢやうす。しゆめのはうぐわんもりくにすすみいでて、「このただきよをひごろふかくじんとはぞんじさふらはず。あれがじふはちのとしとP337おぼえさふらふ。とばどののほうざうに、ごきないいちのあくたうににん、にげこもりたりしを、よつてからめうとまうすものいちにんもさふらはざりしに、このただきよただいちにん、はくちうについぢをこえ、はねいつて、いちにんをばうちとり、いちにんをばからめとつて、なをこうだいにあげたりしものぞかし。こんどのふかくは、ただごとともおぼえさふらはず。これにつけても、よくよくひやうらんのおんつつしみさふらふべし」とぞまうしける。おなじきとをかのひ、ぢもくおこなはれて、ごんのすけぜうしやうこれもり、うこんゑのちうじやうにあがりたまふ。こんどばんどうへうつてにむかはれたりとはまうせども、させるしいだしたることもさふらはず。これはさればなんのけんじやうぞやとぞ、ひとびとささやきあはれける。むかしへいしやうぐんさだもり、たはらとうだひでさと、まさかどをつゐたうのために、あづまへげかうしたりしかども、てうてきたやすうほろびがたかりしかば、かさねてうつてをくださるべしと、くぎやうせんぎあつて、うぢのみんぶきやうただふん、きよはらのしげふぢ、ぐんけんといふつかさをたまはりてくだるほどに、するがのくにきよみがせきにしゆくしたりけるよ、かのしげふぢ、まんまんたるかいじやうをゑんけんして、「ぎよしうのひのかげはさむうしてなみをやき、えきろのすずのこゑはよるやまをすぐ」といふからうたを、たからかにくちずさみたまへば、ただふんいうにおぼえて、かんるゐをぞながされける。さるほどにまさかどをば、さだもりひでさとがつひにうちとつて、そのかうべをもたせてのぼるほどに、するがのくにきよみがせきにてゆきあうたり。それよりぜんごのたいしやうぐんうちつれてしやうらくす。さだもりひでさとにけんじやうおこなはれけり。ときにただふんしげふぢにもけんじやうあるべきかと、くぎやうせんぎありしかば、P338
くでうのいうしようじやうもろすけこう、「こんどばんどうへうつてむかうたりといへども、てうてきたやすうほろびがたかりしところに、このひとびとちよくぢやうをうけたまはりて、せきのひがしへおもむきしとき、てうてきすでにほろびたり。さればただふんしげふぢにも、などかけんじやうなかるべき」とまうさせたまへども、そのときのしつぺいをののみやどの、「うたがはしきをばなすことなかれと、らいきのもんにさふらへば」とて、つひになさせたまはず。ただふんこれをくちをしきことにおもうて、をののみやどののおんすゑをば、やつこにみなさん、くでうどののおんすゑは、いつのよまでもしゆごじんとならんとちかひつつ、つひにひじににこそはしににけれ。さればくでうどののおんすゑは、めでたうさかえさせたまへども、をののみやどののおんすゑには、しかるべきひともましまさず、いまはたえはてたまひけるにこそ。おなじきじふいちにち、にふだうしやうこくのしなん、とうのちうじやうしげひら、さこんゑのごんのちうじやうにあがりたまふ。おなじきじふさんにち、ふくはらには、だいりつくりいだされて、しゆしやうごせんかうありけり。だいじやうゑおこなはるべかりしかども、だいじやうゑはじふぐわつのすゑ、とうかにみゆきしてごけいあり。たいだいのきたののに、さいぢやうじよをつくりて、じんぷくじんぐうをととのふ。だいこくでんのまへ、れうびだうのだんかに、くわいりふでんをたてて、おゆをめす。おなじきだんのならびに、だいじやうぐうをつくつて、しんぜんをそなふ。しんえんあり、ぎよいうあり、だいこくでんにてたいれいあり、せいしよだうにてみかぐらあり、ぶらくゐんにてえんくわいあり。しかるをこのふくはらのしんとには、だいこくでんもなければ、たいれいおこなはるべきやうもなく、せいしよだうもなければ、みかぐらそうすべきところもP339なし。ぶらくゐんもなければ、えんくわいもおこなはれず。こんねんはただしんじやうゑ、ごせつばかりであるべきよし、くぎやうせんぎあつて、なほしんじやうのまつりをば、きうとのじんぎくわんにてぞとげられける。ごせつはこれきよみはらのそのかみ、よしののみやにして、つきしろくさえ、かぜはげしかりしよ、おんこころをすまして、きんをひきたまひしかば、しんによあまくだつて、いつたびそでをひるがへす。これぞごせつのはじめなる。
「みやこがへり」(『みやこがへり』)S0513こんどのみやこうつりをば、きみもしんもなのめならずおんなげきありけり。やまならをはじめて、しよじしよしやにいたるまで、しかるべからざるよしうつたへまうしたりければ、さしもよこがみをやられしだいじやうのにふだうどの、「さらばみやこがへりあるべし」とて、おなじきじふにんぐわつふつかのひ、にはかにみやこがへりありけり。しんとはきたはやまやまにそびえてたかく、みなみはうみちかくしてくだれり。なみのおとつねにかまびすしく、しほかぜはげしきところなり。さればしんゐん、いつとなくごなうのみしげかりければ、これによつていそぎふくはらをいでさせおはします。ちうぐう、いちゐん、しやうくわうもごかうなる。せつしやうどのをはじめたてまつりて、だいじやうだいじんいげのけいしやううんかく、われもわれもとぐぶせらる。へいけにはだいじやうのにふだうをはじめたてまつりて、いちもんのP340ひとびとみなのぼられけり。さしもこころうかりつるしんとに、たれかかたときものこるべき。われさきにわれさきにとぞのぼられける。さんぬるろくぐわつより、やどもせうせうこぼちくだし、かたのごとくとりたてられしかども、いままたものぐるはしう、にはかにみやこがへりありければ、なんのさたにもおよばず、みなうちすてうちすてのぼられけり。りやうゐんはろくはらいけどのへごかうなる。ぎやうがうはごでうだいりとぞきこえし。おのおののしゆくしよもなければ、やはた、かも、さが、うづまさ、にしやま、ひがしやまのかたほとりについて、あるひはみだうのくわいらう、あるひはやしろのほうでんなどに、しかるべきひともたちやどつてましましける。そもそもこんどのみやこうつりのほんいをいかにといふに、きうとはやまならちかくして、いささかのことにも、ひよしのしんよ、かすがのじんぼくなどいひてみだりがはし。しんとはやまへだたりえかさなつて、ほどもさすがとほければ、さやうのこともたやすかるまじとて、にふだうしやうこくはからひまうされけるとかや。おなじきにじふさんにち、あふみげんじのそむきしをせめんとて、たいしやうぐんにはさひやうゑのかみとももり、さつまのかみただのり、つがふそのせいさんまんよき、あふみのくにへはつかうす。やまもと、かしはぎ、にしごりなどいふあぶれげんじどもせめおとし、それよりやがてみのをはりへぞこえられける。P341
「ならえんしやう」(『ならえんしやう』)S0514みやこにはまた、「なんとみゐでらどうしんして、あるひはみやうけとりまゐらせ、あるひはおんむかひにまゐるでう、これもつててうてきなり。しからばならをもせめらるべし」ときこえしかば、だいしゆおほきにほうきす。くわんばくどのより、「ぞんぢのむねあらば、いくたびもそうもんにこそおよばめ」とて、うくわんのべつたうただなりをくだされたりけるを、だいしゆおこつて、「のりものよりとつてひきおとせ、もとどりきれ」とひしめくあひだ、ただなりいろをうしなひてにげのぼる。つぎにうゑもんのかみちかまさをくだされたりけれども、これをも、「もとどりきれ」とひしめきければ、とるものもとりあへず、いそぎみやこへのぼられけり。そのときはくわんがくゐんのざつしきににんがもとどりきられてけり。なんとにはまたおほきなるぎつちやうのたまをつくりて、これこそにふだうしやうこくのかうべとなづけて、「うて、ふめ」などぞまうしける。「ことばのもらしやすきは、わざはひをまねくなかだちなり。ことばのつつしまざるは、やぶれをとるみちなり」といへり。かけまくもかたじけなく、このにふだうしやうこくは、たうぎんのぐわいそにておはします。それをかやうにまうしけるなんとのだいしゆ、およそはてんまのしよゐとぞみえし。にふだうしやうこく、かつがつまづなんとのらうぜきをしづめんとて、せのをのたらうかねやすを、やまとのくにのP342けんびしよにふせらる。かねやすごひやくよきではせむかふ。「あひかまへて、しゆとはらうぜきをいたすとも、なんぢらはいたすべからず。もののぐなせそ、きうせんなたいせそ」とてつかはされたりけるを、なんとのだいしゆ、かかるないぎをばしらずして、かねやすがよせいろくじふよにんからめとつて、いちいちにくびをきつて、さるさはのいけのはたにぞかけならべたりける。にふだうしやうこくおほきにいかりて、「さらばなんとをもせめよや」とて、たいしやうぐんには、とうのちうじやうしげひら、ちうぐうのすけみちもり、つがふそのせいしまんよき、なんとへはつかうす。なんとにもらうせうきらはずしちせんよにん、かぶとのををしめ、ならざか、はんにやじ、にかしよのみちをほりきつて、かいだてかき、さかもぎひいてまちかけたり。へいけしまんよきをふたてにわかつて、ならざか、はんにやじ、にかしよのじやうくわくにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。だいしゆはかちだちうちものなり。くわんぐんはむまにてかけまはしかけまはしせめければ、だいしゆかずをつくしてうたれにけり。うのこくよりやあはせして、いちにちたたかひくらし、よにいりければ、ならざか、はんにやじ、にかしよのじやうくわくともにやぶれぬ。おちゆくしゆとのなかに、さかのしらうやうがくといふあくそうあり。これはちからのつよさ、ゆみやうちものとつては、しちだいじじふごだいじにもすぐれたり。もよぎをどしのよろひに、くろいとをどしのはらまきにりやうかさねてぞきたりける。ばうしかぶとにごまいかぶとのををしめ、ちのはのごとくにそつたるしらえのおほなぎなた、こくしつのおほだち、さうのてにもつままに、どうしゆくじふよにんぜんごさうにたて、てんがいのもんよりうつていでたり。これぞしばらくささへたる。おほくのくわんびやうらむまのあしながれて、おほくほろびにけり。P343されどもくわんぐんはおほぜいにて、いれかへいれかへせめければ、やうがくがふせぐところのどうじゆくみなうたれにけり。やうがくこころはたけうおもへども、うしろあばらになりしかば、ちからおよばず、ただいちにんみなみをさしてぞおちゆきける。よいくさになつて、たいしやうぐんとうのちうじやうしげひら、はんにやじのもんのまへにうつたつて、くらさはくらし、「ひをいだせ」とのたまへば、はりまのくにのぢうにん、ふくゐのしやうのげし、じらうたいふともかたといふもの、たてをわりたいまつにして、ざいけにひをぞかけたりける。ころはじふにんぐわつにじふはちにちのよの、いぬのこくばかりのことなれば、をりふしかぜははげしし、ほもとはひとつなりけれども、ふきまよふかぜに、おほくのがらんにふきかけたり。およそはぢをもおもひ、なをもをしむほどのものは、ならざかにてうちじにし、はんにやじにしてうたれにけり。ぎやうぶにかなへるものは、よしのとつかはのかたへぞおちゆきける。あゆみもえぬらうそうや、じんじやうなるしゆがくしや、ちごどもをんなわらんべは、もしやたすかると、だいぶつでんのにかいのうへ、やましなでらのうちへ、われさきにとぞにげいりける。だいぶつでんのにかいのうへには、せんよにんのぼりあがり、かたきのつづくをのぼせじとて、はしをひきてげり。みやうくわはまさしうおしかけたり。をめきさけぶこゑ、せうねつ、だいせうねつ、むげんあび、ほのほのそこのざいにんも、これにはすぎじとぞみえし。
こうぶくじはたんかいこうのごぐわん、とうじるゐだいのてらなり。とうこんだうにおはしますぶつぽふさいしよのしやかのざう、さいこんだうにおはしますじねんゆじゆつのくわんぜおん、るりをならべししめんのP344らう、しゆたんをまじへしにかいのろう、くりんそらにかがやきしにきのたふ、たちまちにけぶりとなるこそかなしけれ。とうだいじはじやうざいふめつ、じつぱうじやくくわうのしやうじんのおんほとけとおぼしめしなぞらへて、しやうむくわうてい、てづからみづからみがきたてたまひしこんどうじふろくぢやうのるしやなぶつ、うしつたかくあらはれて、はんでんのくもにかくれ、びやくがうあらたにをがまれさせたまへるまんぐわつのそんようも、みぐしはやけおちてだいぢにあり、ごしんはわきあひてやまのごとし。はちまんしせんのさうがうは、あきのつきはやくごぢうのくもにかくれ、しじふいちぢのえうらくは、よるのほしむなしうじふあくのかぜにただよひ、けぶりはちうてんにみちみちて、ほのほはこくうにひまもなし。まのあたりみたてまつるものはさらにまなこをあてず、かすかにつたへきくひとは、きもたましひをうしなへり。ほつさうさんろんのほふもんしやうげう、すべていつくわんものこらず。わがてうはまうすにおよばず、てんぢくしんだんにもこれほどのほふめつあるべしともおぼえず。うでんだいわうのしまごんをみがき、びしゆかつまがしやくせんだんをきざみしも、わづかにとうじんのおんほとけなり。いはんやこれはなんえんぶだいのうちには、ゆゐいつぶさうのおんほとけ、ながくきうそんのごあるべしともおもはざりしに、いまどくえんのちりにまじはつて、ひさしくかなしみをのこしたまへり。ぼんじやくしわう、りうじんはちぶ、みやうくわんみやうしうも、おどろきさわぎたまふらんとぞみえし。ほつさうおうごのしゆんにちだいみやうじん、いかなることをかおぼしけん、さればかすがののつゆもいろかはり、みかさやまのあらしのおともうらむるさまにぞきこえける。ほのほのなかにてやけしぬるにんじゆをかぞへたれば、だいぶつでんのにかいのうへにはいつせんしちひやくよにん、やましなでらにははつぴやくよにん、あるみだうにはごひやくよにん、あるみだうにはさんびやくよにん、つぶさにしるいたりければ、P345さんぜんごひやくよにんなり。せんぢやうにしてうたるるだいしゆせんよにん、せうせうははんにやじのもんにきりかけさせ、せうせうはくびどももつてみやこへのぼられけり。あくるにじふくにち、とうのちうじやうしげひら、なんとほろぼしてほくきやうへかへりいらる。およそはにふだうしやうこくばかりこそ、いきどほりはれてよろこばれけれ。ちうぐう、いちゐん、しやうくわうは、「たとひあくそうをこそほろぼさめ、おほくのがらんをはめつすべきやは」とぞおんなげきありける。ひごろはしゆとのくびおほぢをわたいて、ごくもんのきにかけらるべしと、くぎやうせんぎありしかども、とうだいじこうぶくじのほろびぬるあさましさに、なんのさたにもおよばず。ここやかしこのみぞやほりにぞすておきける。しやうむくわうていのしんぴつのごきもんにも、「わがてらこうぶくせば、てんがもこうぶくすべし。わがてらすゐびせば、てんがもすゐびすべし」とぞあそばされたる。さればてんがのすゐびせんこと、うたがひなしとぞみえたりける。あさましかりつるとしもくれて、ぢしようもごねんになりにけり。P346

 

入力者:荒山慶一



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