平家物語 巻第十二  総かな版(元和九年本)
「しげひらのきられ」(『しげひらのきられ』)S1119さるほどにほんざんみのちうじやうしげひらのきやうをば、かののすけむねもちにあづけられて、こぞよりいづのくににおはしけるが、なんとのだいしゆしきりにまうしければ、さらばつかはさるべしとて、げんざんみにふだうのまご、いづのくらんどのたいふよりかぬにおほせて、つひにならへぞわたされける。こんどはみやこのうちへはいれられず、おほつよりやましなどほりに、だいごぢをへてゆけば、ひのはちかかりけり。このきたのかたとまうすは、とりかひのちうなごんこれざねのむすめ、ごでうのだいなごんくにつなのやうじ、せんていのおんめのと、だいなごんのすけのつぼねとぞまうしける。ちうじやういちのたににて、いけどりにせられたまひてのちは、せんていにつきまゐらせてましましけるが、だんのうらにてうみにしづみたまひしかば、もののふのあらけなきにとらはれて、きうりにかへり、あねのだいぶさんみにどうしゆくして、ひのといふところにぞましましける。さんみのちうじやうのつゆのいのち、くさばのすゑにかかつて、いまだきえやりたまはぬとききたまひて、あはれいかにもして、かはらぬP311すがたを、いまいちどみもし、みえばやとはおもはれけれども、それもかなはねば、ただなくよりほかのなぐさみなくて、あかしくらしたまひけり。さんみのちうじやう、しゆごのぶしどもにのたまひけるは、「さてもこのほど、おのおののなさけふかう、はうじんせられけることこそ、ありがたううれしけれ。おなじうはさいごにいまいちど、はうおんかうぶりたきことあり。われはいちにんのこなければ、うきよにおもひおくことなし。としごろちぎつたりしにようばうの、ひのといふところにありときく。いまいちどたいめんして、ごしやうのことをもいひおかばやとおもふはいかに」とのたまへば、ぶしどももいはきならねば、みななみだをながいて、「まことににようばうなどのおんことは、なにかくるしうさふらふべき。とうとう」とてゆるしたてまつる。さんみのちうじやう、なのめならずよろこび、「これにだいなごんのすけのつぼねのおんわたりさふらふか。ほんざんみのちうじやうどのの、ただいまならへおんとほりさふらふが、たちながらおんげんざんにいらんとさふらふ」と、ひとをいれていはせられたりければ、きたのかた、「いづらやいづら」とて、はしりいでてみたまへば、あゐずりのひたたれに、をりゑぼしきたるをとこの、やせくろみたるが、えんによりゐたるぞ、そなりける。きたのかたみすのきはちかくいでて、「いかにやいかに、ゆめかやうつつか。これへいらせたまへ」とのたまひけるおんこゑを、ききたまふにつけても、たださきだつものはなみだなり。だいなごんのすけどのは、めもくれこころもきえはてて、しばしはものものたまはず。さんみのちうじやうみすうちかづき、なくなくのたまひけるは、「こぞのP312はるつのくにいちのたににて、いかにもなるべかりしみの、せめてのつみのむくいにや、いきながらとらはれて、きやうかまくらはぢをさらすのみならず、はてはなんとのだいしゆのてへわたされて、きらるべしとてまかりさふらふ。あはれいかにもして、かはらぬすがたをいまいちど、みもしみえたてまつらばやとこそおもひつるに、いまはうきよにおもひおくことなし。これにてかしらをそり、かたみにかみをもまゐらせたうさふらへども、かかるみにまかりなつてさふらへば、こころにこころをもまかせず」とて、ひたひのかみをかきわけ、くちのおよぶところをすこしくひきつて、「これをかたみにごらんぜよ」とてたてまつりたまへば、きたのかた、ひごろおぼつかなうおぼしけるより、いまひとしほおもひのいろやまさられけん、ひきかづいてぞふしたまふ。ややあつて、きたのかたなみだをおさへてのたまひけるは、「にゐどの、ゑちぜんのさんみのうへのやうに、みづのそこにもしづむべかりしかども、まさしうこのよにおはせぬひとともきかざりしかば、かはらぬすがたをいまいちど、みもしみえばやとおもひてこそ、うきながらけふまでもながらへたれ。いままでながらへつるは、もしやとおもふたのみもありつるものを、さてはけふをかぎりにておはすらんことよ」とて、むかしいまのことどものたまひかはすにつけても、ただつきせぬものはなみだなり。
きたのかた、「あまりにおんすがたのしをれてさぶらふに、たてまつりかへよ」とて、あはせのこそでにじやうえをそへていだされたり。ちうじやうこれをきかへつつ、もときたまひたるしやうぞくをば、「これをもかたみにごらんぜよ」とてたてまつりたまへば、きたのかた、「それもさるおんことにてはP313さぶらへども、はかなきふでのあとこそ、のちのよまでのかたみにてさぶらへ」とて、おんすずりをいだされたり。ちうじやうなくなくいつしゆのうたをぞかきたまふ。
せきかねてなみだのかかるからごろものちのかたみにぬぎぞかへぬる W090
きたのかたのへんじに、
ぬぎかふるころももいまはなにかせむけふをかぎりのかたみとおもへば W091「
ちぎりあらば、のちのよにはかならずむまれあひたてまつるべし。ひとつはちすにといのりたまへ。ひもたけぬ。ならへもとほうさふらへば、ぶしどものまつらんもこころなし」とて、いでられければ、きたのかた、ちうじやうのたもとにすがり、「いかにやしばし」とてひきとどめたまへば、ちうじやう、「こころのうちをばただおしはかりたまふべし。されどもつひにはながらへはつべきみにもあらず」とて、おもひきつてぞたたれける。まことにこのよにてあひみんことも、これぞかぎりとおもはれければ、いまいちどたちかへりたくはおもはれけれども、こころよわうてはかなはじとて、おもひきつてぞいでられける。きたのかたはみすのほかまでまろびいで、をめきさけびたまひけるおんこゑの、かどのほかまではるかにきこえければ、ちうじやうなみだにくれて、ゆくさきもみえねば、こまをもさらにはやめたまはず。なかなかなりけるげんざんかなと、いまはくやしうぞおもはれける。きたのかたやがてはしりもいでておはしぬべうはおもはれけれど、それもさすがなればとて、ひきかづいてぞふしたまふ。さるほどになんとのだいしゆ、さんみのちうじやううけとりたてまつて、いかがすべきとせんぎす。「そもそもP314このしげひらのきやうはだいぼんのあくにんたるうへ、さんぜんごけいのうちにももれ、しゆいんかんくわのだうりごくじやうせり。ぶつてきほつてきのぎやくしんなれば、すべからくとうだいじこうぶくじりやうじのおほがきをめぐらして、ほりくびにやすべき、またのこぎりにてやきるべき」とせんぎす。らうそうどものせんぎしけるは、「それもそうとのほふにはをんびんならず。ただぶしにたうで、こつのへんにてきらすべし」とて、つひにぶしのてへぞかへされける。ぶしこれをうけとつて、こつがはのはたにて、すでにきりたてまつらんとしけるに、すせんにんのだいしゆ、しゆごのぶし、みるひといくせんまんといふかずをしらず。
ここにさんみのちうじやうのとしごろのさぶらひに、むくむまのじようともときといふものあり。はちでうのにようゐんにけんざんにてさふらひけるが、ごさいごをみたてまつらんとて、むちをうつてぞはせたりける。すでにきりたてまつらんとしけるところにはせついて、いそぎむまよりとんでおり、せんまんひとのたちかこうだるなかを、おしわけおしわけ、さんみのちうじやうのおんそばちかうまゐつて、「ともときこそごさいごをみたてまつらんとて、まゐつてさふらへ」とまうしければ、ちうじやう、「こころざしのほどまことにしんべうなり。いかにともとき、あまりにつみふかうおぼゆるに、さいごにほとけををがみたてまつて、きらればやとおもふはいかに」とのたまへば、ともとき、「やすいほどのおんことざふらふ」とて、しゆごのぶしにまうしあはせて、そのへんちかきさとより、ほとけをいつたいむかへたてまつてまゐりたり。さいはひにあみだにてぞましましける。かはらのいさごのうへにすゑたてまつり、ともときがかりぎねのそでのくくりをといて、ほとけのみてにかけ、ちうじやうにひかへさせたてまつる。ちうじやうこれをP315ひかへつつ、ほとけにむかひたてまつてまうされけるは、「つたへきく、でうだつがさんぎやくをつくり、はちまんざうのしやうげうを、やきほろぼしたてまつたりしも、つひにはてんわうによらいのきべつにあづかり、しよさのざいごふまことにふかしといへども、しやうげうにちぐせしぎやくえんくちずして、かへつてとくだうのいんとなる。いましげひらがぎやくざいををかすこと、まつたくぐいのほつきにあらず。ただよのことわりをぞんずるばかりなり。しやうをうくるもの、たれかわうめいをべつじよせん。いのちをたもつもの、たれかちちのめいをそむかん、かれとまうしこれといひ、じするにところなし。りひぶつだのせうらんにあり。さればざいはうたちどころにむくい、うんめいすでにただいまをかぎりとす。こうくわいせんばん、かなしんでもなほあまりあり。ただしさんばうのきやうがいは、じひしんをもつてこころとするゆゑに、さいどのりやうえんまちまちなり。ゆゐゑんげうい、ぎやくそくぜじゆん、このもんきもにめいず。いちねんみだぶつ、そくめつむりやうざい、ねがはくはぎやくえんをもつてじゆんえんとし、ただいまのさいごのねんぶつによつて、くほんたくしやうをとぐべし」とて、くびをのべてぞうたせらる。ひごろのあくぎやうはさることなれども、ただいまのおんありさまをみたてまつるに、すせんにんのだいしゆも、しゆごのぶしどもも、みなよろひのそでをぞぬらしける。くびをばはんにやじのもんのまへに、くぎづけにこそしたりけれ。これはさんぬるぢしようのかつせんのとき、ここにうつたつて、がらんをやきほろぼしたまひたりしゆゑとぞきこえし。きたのかたこのよしをききたまひて、たとひかうべをこそはねらるるとも、むくろはさだめてすておいてぞあるらん。とりよせてけうやうせんとて、こしをむかひにつかはされたりければ、P316げにもむくろはかはらにすておきてぞありける。これをとつてこしにいれ、ひのへかいてぞかへりける。きのふまでは、さしもゆゆしげにおはせしかども、かやうにあつきころなれば、いつしかあらぬさまにぞなられける。これをまちうけてみたまひけるきたのかたのこころのうち、おしはかられてあはれなり。くびをば、だいぶつのひじり、しゆんじようばうにかくとのたまへば、だいしゆにこひうけて、やがてひのへぞおくられける。さてしもあるべきことならねば、そのへんちかきほふかいじといふやまでらにいれたてまつり、くびもむくろもけぶりになし、こつをばかうやへおくり、はかをばひのにぞせられける。きたのかたやがてさまをかへ、こきすみぞめにやつれはてて、かのごせぼだいをとぶらひたまふぞあはれなる。
「だいぢしん」(『だいぢしん』)S1201さるほどにへいけほろび、げんじのよになつてのち、くにはこくしにしたがひ、しやうはりやうけのままなりけり。じやうげあんどしておぼえしほどに、おなじきしちぐわつここのかのひのむまのこくばかり、だいぢおびたたしううごいてややひさし。せきけんのうち、しらかはのほとり、ろくしようじみなやぶれくづる。くぢうのたふも、うへろくぢうふりおとし、とくぢやうじゆゐんのさんじふさんげんのみだうも、じふしちけんまでゆりたふす。P317くわうきよをはじめて、ざいざいしよしよのじんじやぶつかく、あやしのみんをく、さながらみなやぶれくづる。くづるるおとは、いかづちのごとく、あがるちりはけぶりのごとし。てんくらうしてひのひかりもみえず、らうせうともにたましひをうしなひ、てうしゆことごとくこころをつくす。またゑんごくきんごくもかくのごとし。やまくづれてかはをうづみ、うみただよひてはまをひたす。なぎさこぐふねはなみにゆられ、くがゆくこまはあしのたてどをうしなへり。だいぢさけてみづわきいで、ばんじやくわれてたにへまろぶ。こうずゐみなぎりきたらば、をかにのぼつてもなどかたすからざらん。みやうくわもえきたらば、かわをへだてても、しばしはさんぬべし。とりにあらざれば、そらをもかけりがたく、りうにあらざれば、くもにもまたのぼりがたし。ただかなしかりしはだいぢしんなり。しらかは、ろくはら、きやうぢうに、うちうづまれてしぬるもの、いくらといふかずをしらず。しだいしゆのなかに、すゐくわふううはつねにがいをなせども、だいぢにおいてことなるへんをなさず。こんどぞよのうせはてとて、じやうげやりどしやうじをたてて、てんのなりちのうごくたびごとには、こゑごゑにねんぶつまうし、をめきさけぶことおびたたし。ろくしちじふ、はつくじふのものども、「よのめつするなどいふことは、つねのならひなれども、さすがきのふけふとはおもはざりしものを」といひければ、わらんべどもはこれをきいて、なきかなしむことかぎりなし。ほふわうはいまぐまのへごかうなつて、おんはなまゐらさせたまふをりふし、かかるだいぢしんあつて、しよくゑいできにければ、いそぎおんこしにめして、ろくでうどのへくわんぎよなる。ぐぶのくぎやうてんじやうびと、みちすがら、いかばかりのこころをかくだかれけん。ほふわうはなんていにあくやをP318たててぞおはします。しゆしやうはほうれんにめして、いけのみぎはへぎやうがうなる。ちうぐう、みやみやは、あるひはおんこしにめし、あるひはおんくるまにたてまつて、たしよへぎやうげいありけり。てんもんはかせいそぎだいりへはせまゐつて、ゆふさりゐねのこくには、だいぢかならずうちかへすべきよしまうしければ、おそろしなどもおろかなり。むかしもんどくてんわうのぎよう、さいかうさんねんさんぐわつやうかのだいぢしんには、とうだいじのほとけのみぐしをゆりおとしたりけるとかや。またてんぎやうにねんしんぐわつふつかのだいぢしんには、しゆしやうごてんをさつて、じやうねいでんのまへにごぢやうのあくやをたてて、おはしましけるとぞうけたまはる。それはじやうだいなればいかがありけん。こののちはかかることあるべしともおぼえず。じふぜんていわうていとをいでさせたまひて、おんみをかいていにしづめ、だいじんくぎやうとらはれて、きうりにかへり、あるひはかうべをはねておほちをわたされ、あるひはさいしにわかれてをんるせらる。へいけのをんりやうによつて、よのうすべきよしまうしければ、こころあるひとのなげきかなしまぬはなかりけり。
「こんかきのさた」(『こんがきのさた』)S1202おなじきはちぐわつにじふににち、たかをのもんがくしやうにん、こさまのかみよしとものうるはしきかうべとて、P319たづねいだしてくびにかけ、かまだびやうゑがくびをば、でしがくびにかけさせ、くわんとうへぞくだられける。さんぬるぢしようしねんしちぐわつに、むほんをすすめまうさんがために、ひじり、そぞろなるどくろをひとつとりいだし、しろいぬのにつつんで、「これこそこさまのかみよしとものかうべよ」とて、たてまつられたりければ、やがてむほんをおこし、ほどなくよをうつとつて、いつかうちちのかうべとしんぜられけるところに、いままたたづねいだしてぞくだられける。これはよしとものねんらいふびんにしてめしつかはれけるこんかきのをとこ、へいぢののちは、ごくしやのまへなるこけのしたにうづもれて、ごせとぶらふひともなかりしを、ときのたいりにつけてまうしうけ、ひやうゑのすけどのは、いまこそるにんでおはすとも、すゑたのもしきひとなり。またよにいでてたづねたまふこともやと、ひがしやまゑんがくじといふところに、ふかうをさめておきたりしを、もんがくたづねいだしてくびにかけ、かのこんかきのをとこともに、あひぐしてぞくだられける。ひじりけふすでにかまくらへいるときこえしかば、げんにゐ、かたせがはのはたまでむかひにぞいでたまふ。それよりいろのすがたにいでたつて、かまくらへかへりいらる。ひじりをばおほゆかにたて、わがみはにはにたつて、なくなくちちのかうべをうけとりたまふぞあはれなる。これをみたてまつるだいみやうせうみやう、みなそでをぞぬらされける。せきがんのさがしきをきりはらつて、あらたなるだうぢやうをつくり、いつかうちちのおんためとくやうじて、しようぢやうじゆゐんとかうせらる。くげにもかやうのことどもをきこしめして、こさまのかみよしとものはかへ、ないだいじんじやうにゐをおくらる。ちよくしはさせうべんかねただとぞきこえし。よりとものきやう、ぶようのめいよちやうじたまへるによつて、P320みをたていへをおこすのみならず、ばうぶそんりやうまでぞうくわんぞうゐにおよびぬるこそありがたけれ。
「へいだいなごんのながされ」(『へいだいなごんながされ』)S1203くぐわつにじふさんにち、へいけのよたうの、みやこのうちにのこりとどまつたるを、みなくにぐにへつかはさるべきよし、かまくらよりくげへまうされたりければ、さらばつかはさるべしとて、へいだいなごんときただのきやうのとのくに、くらのかみのぶもとさどのくに、さぬきのちうじやうときざねあきのくに、ひやうぶのせふまさあきらおきのくに、にゐのそうづせんしんあはのくに、ほつしようじのしゆぎやうのうゑんかづさのくに、きやうじゆばうのあじやりゆうゑんびんごのくに、ちうなごんのりつしちうくわいはむさしのくにとぞきこえし。あるひはさいかいのなみのうへ、あるひはとうくわんのくものはて、せんどいづくをごせず。こうくわいそのごをわきまへず、わかれのなみだをおさへつつ、めんめんにおもむかれけんこころのうち、おしはかられてあはれなり。なかにもへいだいなごんときただのきやうは、けんれいもんゐんのわたらせたまふよしだにまゐつてまうされけるは、「おんいとままうさんがために、くわんにんどもにしばしのいとまこうてまゐつてさふらふ。ときただこそせめおもうして、けふすでにはいしよへおもむきさふらへ。おなじみやこのうちにさふらひて、おんあたりのおんことどもをも、うけたまはらまほしうぞんじさふらひしに、かかるみにまかりなつてさふらへば、いまよりP321のち、またいかなるおんありさまどもにてか、わたらせたまひさふらはんずらんと、おもひおきまゐらせさふらふにこそ、さらにゆくべきそらもおぼえまじうさふらへ」と、なくなくまうされければ、にようゐん、「げにもむかしのなごりとては、そこばかりこそおはしつるに、いまはなさけをかけとひとぶらふひとも、たれかあるべき」とて、おんなみだせきあへさせたまはず。そもそもこのときただのきやうとまうすは、ではのせんじとものぶがまご、ぞうさだいじんときのぶこうのこなりけり。こけんしゆんもんゐんのおんせうと、たかくらのしやうくわうのごぐわいせき、またにふだうしやうこくのきたのかた、はちでうのにゐどのも、あねにておはしければ、けんぐわんけんじよくおもひのごとくこころのままなり。さればじやうにゐのだいなごんにもほどなくへあがつて、けんびゐしのべつたうにも、さんかどまでなりたまへり。このひとのちやうむのときは、しよこくのせつたうがうだう、さんぞくかいぞくなどをば、やうもなくからめとつて、いちいちにひぢのもとより、ふつふつとうちきりうちきりおつぱなたる。さればひと、あくべつたうとぞまうしける。しゆしやうならびにさんじゆのしんき、ことゆゑなうみやこへかえしいれたてまつるべきよしのゐんぜんのおつかひ、おつぼのめしつぎはなかたがつらに、なみかたといふやいじるしをせられけるも、ひとへにこのときただのきやうのしわざなり。こけんしゆんもんゐんのおんなごりにておはしければ、ほふわうもおんかたみにごらんぜまほしうはおぼしめされけれども、かやうのあくぎやうによつて、おんいきどほりあさからず。はうぐわんもまたしたしうなられたりければ、やうやうにまうされけれども、かなはずしてつひにながされたまひけり。しそくのじじうときいへとて、しやうねんじふろくになりたまふは、これはるざいにはもれて、P322をぢのさいしやうときみつのきやうのもとにおはしけるが、きのふよりだいなごんのしゆくしよにおはして、ははうへそつのすけどもともに、だいなごんのたもとにすがり、いまをかぎりのなごりをぞをしまれける。だいなごん、「つひにすまじきわかれかは」と、こころづようはのたまへども、さこそはこころぼそかりけめ。としたけよはひかたぶいて、さしもむつまじかりけるさいしにも、みなわかれはてて、すみなれしみやこをば、くもゐのよそにかへりみて、いにしへはなにのみききしこしぢのたびにおもむいて、はるばるとくだりたまふに、「かれはしがからさき、これはまののいりえ、かたたのうら」とまうしければ、だいなごんなくなくえいじたまひけり。
かへりこんことはかたたにひくあみのめにもたまらぬわがなみだかな W092
きのふはさいかいのなみのうへにただよひて、をんぞうゑくのうらみを、へんしうのうちにつみ、けふはほつこくのゆきのしたにうづもれて、あいべつりくのかなしみを、こきやうのくもにかさねたり。
「とさばうきられ」(『とさぼうきられ』)S1204さるほどにはうぐわんには、かまくらどのよりだいみやうじふにんつけられたりけるが、ないないごふしんをかうぶりたまふときこえしかば、こころをあはせて、いちにんづつみなくだりはてにけり。きやうだいなるうへ、ことにふしのちぎりをして、いちのたに、だんのうらにいたるまで、へいけをせめほろぼし、P323ないしどころ、しるしのおんはこ、ことゆゑなうみやこへかへしいれたてまつり、いつてんをしづめしかいをすます。くんじやうおこなはるべきところに、なにのしさいあつてか、かかるきこえのありけんと、かみいちじんよりしもばんみんにいたるまで、ひとみなふしんをなす。そのゆゑは、このはるつのくにわたなべにて、さかろたてうたてじのろんをして、おほきにあざむかれしことを、かぢはらゐこんにおもひ、つねはざんげんして、つひにうしなひけるとぞ、のちにはきこえし。かまくらどの、はうぐわんにせいのつかぬまに、いまいちにちもさきにうつてをのぼせたうはおもはれけれども、だいみやうどもさしのぼせば、うぢせたのはしをもひき、きやうとのさわぎともなつて、なかなかあしかりなんず。いかがせんとおもはれけるが、ここにとさばうしやうしゆんをめして、「わそうのぼつて、ものまうでするやうで、たばかつてうて」とのたまへば、とさばうかしこまりうけたまはつて、しゆくしよへもかへらず、すぐにきやうへぞのぼりける。くぐわつにじふくにちに、とさばうみやこへのぼつたりけれども、つぎのひまではうぐわんどのへはさんぜず。はうぐわん、とさばうがのぼつたるよしをきこしめして、むさしばうべんけいをもつてめされければ、やがてつれてぞまゐつたる。はうぐわん、「いかにとさばう、かまくらどのよりおんふみはなきか」とのたまへば、「べつのおんこともさふらはぬあひだ、おんふみをばまゐらせられずさふらふ。おんことばでまうせとおほせさふらひつるは、『たうじみやこにべつのしさいのさふらはぬは、さてわたらせたまふおんゆゑなり。あひかまへてよくよくしゆごせさせたまへとまうせ』とこそおほせさふらひつれ」とまうしければ、はうぐわん、「よもさはあらじ。よしつねうちにのぼつたるおんつかひなり。だいみやうどもP324さしのぼせば、うぢせたのはしをもひき、きやうとのさわぎともなつて、なかなかあしかりなんず。わそうのぼつてものまうでするやうで、たばかつてうてとおほせつけられたんな」とのたまへば、とさばうおほきにおどろき、「なにによつてか、ただいまさるおんことのさふらふべき。これはいささかしゆくぐわんのしさいさふらひて、くまのさんけいのために、まかりのぼつてさふらふ」とまうしければ、そのときはうぐわん、「かげときがざんげんによつて、かまくらぢうへだにいれられずして、おひのぼせられしことはいかに」。とさばう、「そのおんことはいかがましましさふらふやらん、しりまゐらせぬざふらふ。しやうしゆんにおいては、まつたくおんぱらくろおもひたてまつらぬざふらふ」。いつかうふちうなきよしのきしやうもんを、かきしんずべきよしをまうす。はうぐわん、「とてもかくても、かまくらどのによしとおもはれたてまつたるみならばこそ」とて、もつてのほかにけしきあしげにみえたまへば、とさばう、いつたんのがいをのがれんがために、ゐながらしちまいのきしやうをかき、あるひはやいてのみ、あるひはやしろのほうでんにこめなどして、ゆりてかへり、おほばんじゆのものどももよほしあつめて、そのよやがてよせんとす。
はうぐわんはいそのぜんじといふしらびやうしがむすめ、しづかといふをんなをちようあいせられけり。しづかかたはらをへんしもたちさることなし。しづかまうしけるは、「おほちはみなむしやでさぶらふなる。みうちよりもよほしのなからんに、これほどまでおほばんじゆのものどもが、さわぐべきことやさぶらふべき。いかさまにも、これはひるのきしやうぼふしがしわざとおぼえさぶらふ。ひとをつかはしてみせさぶらはばや」とて、ろくはらのこにふだうしやうこくのめしつかはれけるかぶろを、さんしにんめしつかはれけるを、P325ににんみせにつはかす。ほどふるまでかへらず。をんなはなかなかくるしかるまじとて、はしたものをいちにんみせにつかはす。やがてはしりかへつて、「かぶろとおぼしきものは、ふたりながらとさばうがかどのまへに、きりふせられてさぶらふ。かどのまへには、くらおきむまども、ひつたてひつたて、おほまくのうちには、ものども、よろひき、かぶとのををしめ、やかきおひ、ゆみおしはり、ただいまよせんといでたちさぶらふ。すこしもものまうでのけしきとはみえさぶらはず」とまうしければ、はうぐわん、さればこそとて、たちとつていでたまへば、しづか、きせながとつてなげかけたてまつる。たかひもばかりしていでたまへば、むまにくらおいて、ちうもんのくちにひつたてたり。はうぐわんこれにうちのり、「かどあけよ」とてあけさせ、いまやいまやとまちたまふところに、やはんばかりに、とさばうひたかぶとしごじつき、そうもんのまへにおしよせて、ときをどつとぞつくりける。はうぐわんあぶみふんばりたちあがり、だいおんじやうをあげて、「ようちにも、またひるいくさにも、よしつねたやすううつべきものは、につぽんごくにはおぼえぬものを」とて、はせまはりたまへば、むまにあてられじとやおもひけん、みななかをあけてぞとほしける。さるほどにいせのさぶらうよしもり、あうしうのさとうしらうびやうゑただのぶ、えだのげんざう、くまゐたらう、むさしばうべんけいなどいふ、いちにんたうぜんのつはものども、みうちにようちいつたりとて、あそこのしゆくしよ、ここのやかたよりはせきたるほどに、はうぐわんほどなくろくしちじつきになりたまひぬ。とさばう、こころはたけうよせたれども、たすかるものはすくなう、うたるるものぞおほかりける。P326とさばうかなはじとやおもひけん、けうにしてくらまのおくへひきしりぞく。くらまははうぐわんのこさんなりければ、かのほふしからめとつて、つぎのひはうぐわんどのへつかはす。そうじやうがたにといふところに、かくれゐたりけるとかや。とさばうそのひのしやうぞくには、かちのひたたれに、くろかはをどしのよろひきて、しゆつちやうどきんをぞきたりける。はうぐわんえんにたつて、とさばうをおほにはにひきすゑさせ、「いかにとさばう、きしやうには、はやくも、うてたるぞかし」とのたまへば、「さんざふらふ。あることにかいてさふらへば、うててさふらふ」とまうす。はうぐわんなみだをはらはらとながいて、「しゆくんのめいをおもんじて、わたくしのめいをかろんず。こころざしのほどまことにしんべうなり。わそういのちをしくば、たすけてかまくらへかへしつかはさんはいかに」とのたまへば、とさばうゐなほりかしこまつて、「こはくちをしきことをものたまふものかな。たすからうどまうさば、とのはたすけたまふべきか。かまくらどのの、ほふしなれども、おのれぞねらはんずるものをと、おほせをかうむつしよりこのかた、いのちをばひやうゑのすけどのにたてまつりぬ。なじかはふたたびとりかへしたてまつるべき。ただはうおんにはとくとくかうべをはねられさふらへ」とまうしければ、さらばとて、やがてろくでうかはらへひきいだいてぞきりてんげる。ほめぬひとこそなかりけれ。P327
「はうぐわんのみやこおち」(『はうぐわんのみやこおち』)S1205ここにあだちのしんざぶらうといふざつしきあり。「きやつはげらふなれども、さかざかしきものにてさふらふ。めしつかはれさふらへ」とて、かまくらどのよりはうぐわんにつけられたりけるとかや。これは、ないないくらうがふるまひをみて、われにしらせよとなり。とさばうがきらるるをみて、よをひについではせくだり、このよしかくとまうしければ、かまくらどのおほきにおどろき、しやていみかはのかみのりよりに、うつてにのぼりたまふべきよしのたまへば、しきりにじしまうされけれども、いかにもかなふまじきよしを、かさねてのたまふあひだ、ちからおよばずいそぎもののぐして、おんいとままうしにまゐられたりければ、かまくらどの、「わとのもまたくらうがふるまひしたまふなよ」とのたまひけるおんことばにおそれて、しゆくしよにかへり、いそぎもののぐぬぎおき、きやうのぼりをばおもひとどまりたまひぬ。まつたくふちうなきよしのきしやうもんを、いちにちにじふまいづつ、ひるはかき、よるはおつぼのうちにてよみあげよみあげ、ひやくにちにせんまいのきしやうをかいてまゐらせられたりけれども、かなはずして、のりよりつひにうたれたまひけり。つぎにほうでうのしらうときまさに、ろくまんよきをさしそへて、うつてにのぼせらるるよしきこえしかば、はうぐわん、うぢせたのはしをもひき、ふせがばやとおもはれけるが、ここにをがたのさぶらうこれよしは、P328へいけをくこくのうちへもいれずして、おひいだすほどのたせいのものなり。「われにたのまれよ」とのたまへば、「ささふらはば、みうちにさふらふきくちのじらうたかなほは、ねんらいのかたきでさふらふあひだ、たまはつてきつてのち、たのまれたてまつらん」とまうしければ、はうぐわんさうなうたうでげり。やがてろくでうかはらへひきいだいてぞきりてげる。そののちこれよしりやうじやうす。おなじきじふいちぐわつふつかのひ、くらうたいふのはうぐわんゐんざんして、おほくらきやうやすつねのあそんをもつて、そうもんせられけるは、「よりとも、らうどうどもがざんげんによつて、よしつねうたんとつかまつりさふらふ。うぢせたのはしをもひき、ふせがばやとはぞんじさふらへども、きやうとのさわぎともなつて、なかなかあしうさふらひなんず。ひとまづちんぜいのかたへも、おちゆかばやとぞんじさふらふ。あはれゐんのちやうのおんくだしぶみをたまはつて、まかりくだりさふらはばや」とまうされたりければ、ほふわう、このこといかがあらんずらんと、おぼしめしわづらはせたまひて、しよきやうにおほせあはせらる。しやきやうまうされけるは、「よしつねみやこにさふらひなば、とうごくのおほぜいみだれいつて、きやうとのさうどうたえまじうさふらふ。しばらくちんぜいのかたへも、おちゆきさふらはば、そのおそれあるまじうさふらふ」とまうされたりければ、さらばとて、ちんぜいのものども、をがたのさぶらうこれよしをはじめとして、うすき、へつぎ、まつらたうにいたるまで、みなよしつねが、げぢにしたがふべきよしの、ゐんのちやうのおんくだしぶみをたまはつて、あくるみつかのうのこくに、みやこにいささかのわづらひもなさず、なみかぜをもたてずして、そのせいごひやくよきでぞくだられける。P329
ここにつのくにげんじ、おほだのたらうよりもと、このよしをきいて、かまくらどのとなかたがうてくだりたまふひとを、さうなうわがもんのまへをとほしなば、かまくらどののかへりきこしめされんずるところもあり、やひとついかけたてまつらんとて、てぜいろくじふよき、かはらづといふところにおつついてせめたたかふ。はうぐわん、「そのぎならば、いちにんももらさずうてや」とて、ごひやくよきとつてかへし、おほだのたらうろくじふよきをなかにとりこめて、われうつとらんとぞすすみける。おほだのたらうよりもと、いへのこらうどうおほくうたせ、わがみておひ、むまのふとばらいさせ、ちからおよばでひきしりぞく。のこりとどまつてふせぎやいけるつはものども、にじふよにんがくびきりかけさせ、いくさがみにまつり、よろこびのときをつくり、かどでよしとぞよろこばれける。そのひは、つのくにだいもつのうらにぞつきたまふ。あくるよつかのひ、だいもつのうらよりふねにてくだられけるが、をりふしにしのかぜはげしうふきければ、はうぐわんののりたまへるふねは、すみよしのうらへうちあげられて、それよりよしのやまへぞこもられける。よしのぼふしにせめられて、ならへおつ。ならぼふしにせめられて、またみやこへかへりのぼり、ほつこくにかかつて、つひにおくへぞくだられける。はうぐわんのみやこよりぐせられたりけるじふよにんのにようばうたちをば、みなすみよしのうらにすておかれたりければ、ここやかしこのまつのした、いさごのうへにたふれふし、あるひははかまふみしだき、あるひはそでかたしいてなきゐたりけるを、すみよしのじんぐわん、これをあはれんで、のりものどもをしたてて、P330みなきやうへぞおくりける。はうぐわんのむねとたのまれたりけるをがたのさぶらうこれよし、しだのさぶらうせんじやうよしのり、びぜんのかみゆきいへらがのつたるふねどもも、ここかしこのうらうらしまじまにうちあげられて、たがひにそのゆくへをもしらざりけり。にしのかぜたちまちにはげしうふきけるは、へいけのをんりやうとぞきこえし。おなじきなぬかのひ、ほうでうのしらうときまさ、ろくまんよきをあひぐしてしやうらくす。あくるやうかのひゐんざんして、「いよのかみみなもとのよしつね、ならびにびぜんのかみゆきいへ、しだのさぶらうせんじやうよしのり、みなつゐたうすべきよしのゐんぜんたまはるべきよし、よりともまうしさふらふ」とまうしければ、ほふわうやがてゐんぜんをぞくだされける。さんぬるふつかのひは、よしつねまうしうくるむねにまかせて、よりともそむくべきよしのゐんのちやうのおんくだしぶみをなされ、おなじきやうかのひは、よりとものきやうのまうしじやうによつて、よしつねうつべきよしのゐんぜんをくださる。あしたにかはりゆふべにへんず。ただせけんのふぢやうこそかなしけれ。
「よしだだいなごんのさた」(『よしだのだいなごんのさた』)S1206さるほどにかまくらのさきのひやうゑのすけよりとも、につぽんごくのそうづゐふくしをたまはつて、たんべつにひやうらうまいあておこなふべきよし、くげへまうされたりければ、ほふわうおほせなりけるは、「むかしよりP331てうてきをたひらげたるものには、はんごくをたまはるといふこと、むりやうぎきやうにみえたり。されどもさやうのことはありがたきためしなり。これはよりともがくわぶんのまうしじやうかな」とて、しよきやうにおほせあはせられたりければ、くぎやうせんぎあつて、「よりとものきやうのまうさるるところ、だうりなかばなり」と、しよきやういちどうにまうされたりければ、ほふわうもちからおよばせたまはず、やがておんゆるされありけり。しよこくにしゆごをおきかへ、しやうゑんにぢとうをふせらる。かかりしかば、いちまうばかりもかくるべきやうぞなかりける。かまくらどのかやうのことをば、くげにもひとおほしといへども、よしだのだいなごんつねふさのきやうをもつてまうされけり。このだいなごんは、うるはしきひとときこえたまへり。そのゆゑは、へいけにむすぼほれたりしひとびとも、げんじのよのつよりしのち、あるひはふみをつかはし、あるひはししやをたてて、さまざまにへつらはれたりけれども、このだいなごんは、さもしたまはず。されば、へいけのとき、ほふわうをせいなんのりきうにおしこめたてまつて、ごゐんのべつたうをおかれけるにも、はちでうのちうなごんながかたのきやう、このだいなごん、ににんをぞふせられける。ごんのうちうべんみつふさのあそんのこなりけり。しかるをじふにのとし、ちちのあそんうせたまひしかば、みなしごにておはせしかども、しだいのしようじんとどこほらず、さんじのけんえうをけんたいして、せきらうのくわんじゆをへ、さんぎ、だいべん、ださいのそつ、ちうなごん、だいなごんにへあがつて、ひとをばこえたまへども、ひとにはこえられたまはず。さればひとのぜんあくは、きりふくろをとほすとてかくれなし。ありがたかりしだいなごんなり。P332
「ろくだい」(『ろくだい』)S1207さるほどにほうでうのしらうときまさは、かまくらどののおんだいくわんに、みやこのしゆごしてさふらはれけるが、「へいけのしそんといはんひと、なんしにおいていちにんももらさず、たづねいだしたらんともがらには、しよまうはこふによるべし」とひろうせらる。きやうぢうのじやうげ、あんないはしつたり、けんじやうかうむらんとて、たづねもとむるこそうたてけれ。かかりしかば、いくらもたづねいだされたり。げらふのこなれども、いろしろうみめよきをば、「あれはなんのちうじやうどののわかぎみ、かのせうしやうどののきんだち」などいふあひだ、ちちははなげきかなしめども、「あれはめのとがまうしさふらふ、これはかいしやくのにようばうが」なんどまうして、むげにをさなきをば、みづにいれ、つちにうづみ、すこしおとなしきをば、おしころし、さしころす。ははのかなしみめのとがなげき、たとへんかたぞなかりける。ほうでうもしそんさすがひろければ、これをいみじとはおもはねども、よにしたがふならひなればちからおよばず。なかにもこまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのわかぎみ、ろくだいごぜんとて、としもすこしおとなしうまします。そのうへへいけのちやくちやくにしておはしければ、いかにもしてとりたてまつてうしなはんとて、てをわけてたづねけれども、もとめかねて、すでにむなしうくだらんとP333しけるところに、あるにようばうのろくはらにまゐつてまうしけるは、「これよりにし、へんぜうじのおく、だいかくじとまうすやまでらのきた、しやうぶだにとまうすところにこそ、こまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのきたのかた、わかぎみ、ひめぎみ、しのうでましますなれ」といひければ、ほうでううれしきことをもききぬとおもひ、かしこへひとをつかはして、そのへんをうかがはせけるほどに、あるばうににようばうたちあまた、をさなきひとびと、ゆゆしうしのうだるていにてすまはれたり。まがきのひまよりのぞいてみれば、しろいえのこのにはへはしりいでたるをとらんとて、よにうつくしきわかぎみの、つづいていでたまひけるを、めのとのにようばうとおぼしくて、「あなあさまし。ひともこそみまゐらせさぶらへ」とて、いそぎひきいれたてまつる。これぞいちぢやうそにてましますらんとおもひ、いそぎはしりかへつて、このよしまうしければ、つぎのひ、ほうでう、しやうぶだにをうちかこみ、ひとをいれてまうされけるは、「こまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのわかぎみ、ろくだいごぜんのこれにましますよしうけたまはつて、かまくらどののおんだいくわんとして、ほうでうのしらうときまさが、おんむかひにまゐつてさふらふ。とうとういだしまゐらさせたまへ」とまうされければ、ははうへゆめのここちして、つやつやものをもおぼえたまはず。さいとうご、さいとうろく、そのへんをはしりまはつてうかがひけれども、ぶしどもしはうをうちかこんで、いづかたよりいだしまゐらすべしともおぼえず。ははうへはわかぎみをかかへたてまつて、「ただわれをうしなへや」とて、をめきさけびたまひけり。めのとのにようばうも、おんまへにたふれふし、こゑもをしまずをめきさけぶ。ひごろはものをだにたかくいはず、しのびつつかくれゐたりしかども、いまはいへのうちにありとあるものの、P334こゑをととのへてなきかなしむ。ほうでうもいはきならねば、さすがあはれげにおぼえて、なみだをおさへ、つくづくとぞまたれける。ややあつて、またひとをいれてまうされけるは、「よもいまだしづまりさふらはねば、しどけなきおんこともぞさふらはんずらん。ときまさがおんむかひにまゐつてさふらふ。べつのしさいはさふらふまじ。とうとういだしまゐらさせたまへ」とまうされければ、わかぎみ、ははうへにまうさせたまひけるは、「つひにのがるまじうさふらふうへ、はやはやいださせおはしませ。ぶしどものうちいつてさがすほどならば、なかなかうたてげなるおんありさまどもを、みえさせたまひさふらはんずらん。たとひまかりてさふらふとも、しばしもあらば、ほうでうとかやにいとまこうて、かへりまゐりさふらはん。いたうななげかせたまひさふらひそ」と、なぐさめたまふこそいとほしけれ。さてしもあるべきことならねば、ははうへは、わかぎみになくなくおんものきせまゐらせ、おんぐしかきなでて、すでにいだしまゐらせんとしたまひけるが、くろきのずずのちひさううつくしきをとりいだいて、「あひかまへて、これにて、いかにもならんまで、ねんぶつまうしてごくらくへまゐれよ」とてぞたてまつらる。わかぎみこれをとらせたまひて、「ははうへにはけふすでにわかれまゐらせさふらひぬ。いまはいかにもして、ちちのましますところへこそまゐりたけれ」とのたまへば、いもうとのひめぎみの、しやうねんとをになりたまひけるが、「われもまゐらん」とて、つづいていでたまひけるを、めのとのにようばうとりとどめたてまつる。ろくだいごぜん、ことしはじふにになりたまへども、よのひとのじふしごよりもおとなしく、みめすがたうつくしう、P335こころざまいうにおはしければ、かたきによわげをみえじとて、おさふるそでのひまよりも、あまりてなみだぞこぼれける。さておんこしにめされたまふ。ぶしどもうちかこんでいでにけり。さいとうご、さいとうろくも、おんこしのさうについてぞまゐりける。ほうでう、のりがへどもをおろいて、むまにのれといへどものらず。だいかくじよりろくはらまで、かちはだしでぞまゐりたる。ははうへ、めのとのにようばう、てんにあふぎちにふして、もだえこがれたまひけり。ははうへ、めのとのにようばうにのたまひけるは、「このひごろ、へいけのこどもとりあつめて、みづにいれ、つちにうづみ、あるひはおしころし、さしころし、さまざまにしてうしなふよしきこゆなれば、わがこをば、なにとしてかうしなはんずらん。としもすこしおとなしければ、さだめてくびをこそきらんずらめ。ひとのこは、めのとなんどのもとにつかはして、ときどきみることもあり。それだにも、おんあいのみちはかなしきならひぞかし。いはんやこれは、うみおとしてよりこのかた、ひとひかたときもみをはなたず、ひとももたぬこをもちたるやうにおもひ、あさゆふふたりのなかにてそだてしものを、たのみをかけしひとに、あかでわかれてのちは、ふたりをうらうへにおいてこそなぐさみしに、いまははやひとりはあれども、ひとりはなし。けふよりのちはいかがせん。このみとせがあひだ、よるひるきもたましひをけして、おもひまうけたることなれども、さすがきのふけふとはおもひもよらず、ひごろははせのくわんおんを、さりともとこそたのみたてまつりしに、つひにとられぬることのかなしさよ。ただいまもやうしなひつらん」とかきくどき、そでをかほにおしあてて、さめざめとぞなかれける。よるになれども、むねせきあぐるP336ここちして、つゆもまどろみたまはざりしが、ややあつてめのとのにようばうにのたまひけるは、「ただいまちとうちまどろみたりつるゆめに、このこがしろいむまにのつてきたりつるが、『あまりにおんこひしうおもひまゐらせさふらふほどに、しばしのいとまこうてまゐつてさふらふ』とて、そばについゐて、なにとやらんよにうらめしげにてありつるが、いくほどなくて、うちおどろかされ、そばをさぐれどもひともなし。ゆめだにもしばしもあらで、やがてさめぬることのかなしさよ」とぞ、なくなくかたりたまひける。さるほどにながきよを、いとどあかしかね、なみだにとこもうくばかりなり。かぎりあれば、けいじんあかつきをとなへて、よもあけぬ。さいとうろくかへりまゐつたり。ははうへ、「さていかにや」ととひたまへば、「いままではべちのおんこともさふらはず。これにおんふみのさふらふ」とて、とりいだいてたてまつる。これをあけてみたまふに、「いままではべちのしさいもさふらはず。さこそおんこころもとなうおぼしめされさふらふらん。いつしかたれたれもおんこひしうこそおもひまゐらせさふらへ」と、おとなしやかにかきたまへり。ははうへこれをかほにおしあてて、とかうのことものたまはず、ひきかづいてぞふしたまふ。かくてじこくはるかにおしうつりければ、さいとうろく、「ときのほどもおぼつかなうさふらふ。おんぺんじたまはつてかへりまゐりさふらはん」とまうしければ、ははうへなくなくおんぺんじかいてぞたうでげる。さいとうろくいとままうしていでにけり。めのとのにようばう、せめてのこころのあられずさにや、だいかくじをばまぎれいでて、そのP337へんをあしにまかせてなきあるくほどに、あるひとのまうしけるは、「これよりおく、たかをといふやまでらのひじり、もんがくばうとまうすひとこそ、かまくらどののゆゆしきだいじのひとにおもはれまゐらせてましましけるが、じやうらふのこをでしにせんとて、ほしがらるるなれ」といひければ、めのとのにようばう、うれしきことをもききぬとおもひ、すぐにたかをへたづねいり、ひじりにむかひまゐらせて、なくなくまうしけるは、「ちのなかよりいだきあげたてまつり、おほしたてまゐらせて、ことしはじふにになりたまひつるわかぎみを、きのふぶしにとられてさぶらふなり。おんいのちをこひうけて、おんでしにせさせたまひなんや」とて、ひじりのおんまへにたふれふし、こゑもをしまずをめきさけぶ。まことにせんかたなげにぞみえたりける。ひじりもむざんにおもひて、ことのしさいをとひたまふ。ややあつておきあがり、なみだをおさへてまうしけるは、「こまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのきたのかたに、おんしたしうましますひとのわかぎみを、やしなひまゐらせてさぶらひつるを、もしちうじやうどののきんだちとや、ひとのまうしてさぶらふらん、きのふぶしにとられてさぶらふなり」とぞかたりける。ひじり、「さてそのぶしをばたれといふやらん」。「ほうでうのしらうときまさとこそなのりまうしさぶらひつれ」。ひじり、「いでさらばたづねてみん」とて、つきいでぬ。めのとのにようばう、このことばをたのむべきにはあらねども、きのふぶしにとられてよりこのかた、あまりにおもふはかりもなかりつるに、ひじりのかくのたまへば、すこしこころをとりのべて、いそぎだいかくじへぞまゐりける。ははうへ、「さてわごぜは、みをなげにいでぬるやらん。われもいかなるふちかはへも、みをP338なげばやなどおもひたれば」とて、ことのしさいをとひたまふ。めのとのにようばう、ひじりのまうされつるさまを、こまごまとかたりまうしたりければ、「あはれ、そのひじりのおんばうの、このこをこひうけて、いまひとたびわれにみせよかし」とて、うれしさにも、ただつきせぬものはなみだなり。そののちひじりろくはらにいでて、ことのしさいをとひたまふ。ほうでうまうされけるは、「かまくらどののおほせには、へいけのしそんといはんひと、なんしにおいて、いちにんももらさずたづねいだして、うしなふべし。なかにもこまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのしそく、ろくだいごぜんとて、としもすこしおとなしうまします。そのうへへいけのちやくちやくなり。こなかのみかどしんだいなごんなりちかのきやうのむすめのはらにありときく。いかにもしてとりたてまつて、うしなひまゐらせよと、おほせをかうむつしあひだ、すゑずゑのきんだちたちをば、せうせうとりたてまつてはさふらへども、このわかぎみのざいしよを、いづくともしりまゐらせずして、すでにむなしうくだらんとつかまつるところに、おもはざるほか、をととひききいだしまゐらせて、きのふこれまでむかへたてまつてさふらへども、あまりにうつくしうましましさふらふほどに、いまだともかうも、したてまつらでおきたてまつてさふらふ」とまうされければ、ひじり、「いでさらば、みまゐらせん」とて、わかぎみのわたらせたまふところにまゐつてみたまへば、ふたへおりもののひたたれに、くろきのずずてにぬきいれておはします。かみのかかり、すがたことがら、まことにあてにうつくしく、このよのひとともみえたまはず。こよひうちとけてまどろみたまはぬかとおぼしくて、すこしおもやせたまふをP339みまゐらするにつけても、いとどらうたくぞおもはれける。わかぎみひじりをみたまひて、いかがおぼしけん、なみだぐみたまへば、ひじりもすぞろにすみぞめのそでをぞぬらされける。すゑのよにはいかなるをんできとなりたまふといふとも、これをばいかでかうしなひたてまつるべきとおもはれければ、ほうでうにむかつてのたまひけるは、「ぜんぜのことにやさふらふらん、このわかぎみをみまゐらせさふらへば、あまりにいとほしうおもひまゐらせさふらふ。なにかくるしうさふらふべき。はつかのいのちをのべてたべ。かまくらへくだつて、まうしゆるいてたてまつらん。そのゆゑは、ひじりかまくらどのをよにあらせたてまつらんとて、ゐんぜんうかがひにきやうへのぼるが、あんないもしらぬふじがはのすそに、よるわたりかかつて、すでにおしながされんとしたりしこと、またたかしやまにてひつぱぎにあひ、からきいのちばかりいきつつ、ふくはらのろうのごしよにまゐつて、ゐんぜんまうしいだいてたてまつしときのおんやくそくには、たとひいかなるだいじをもまうせ、ひじりがまうさんずることどもをば、よりともいちごがあひだは、かなへんとこそのたまひしか。そのほかたびたびのほうこうをば、かつみたまひしことぞかし。ことあたらしうはじめてまうすべきにあらず。ちぎりをおもんじていのちをかろんず。かまくらどのにじゆりやうがみつきたまはずは、よもわすれたまはじ」とて、やがてそのあかつきぞたたれける。さいとうご、さいとうろく、ひじりをしやうじんのほとけのごとくにおもうて、てをあはせてなみだをながす。これらまただいかくじにまゐつて、このよしまうしければ、ははうへいかばかりかうれしうおもはれけん。されどもかまくらのはからひなれば、いかがあらんずらんとおもはれけれども、はつかのいのちののびたまふにぞ、ははうへ、めのとのにようばう、P340すこしこころをとりのべて、ひとへにはせのくわんおんのおんたすけなればにやと、たのもしうぞおもはれける。かくしてあかしくらさせたまふほどに、はつかのすぐるはゆめなれや、ひじりもいまだみえたまはず。これはさればなにとしつることどもぞやと、なかなかこころぐるしくて、いまさらまたもだえこがれたまひけり。ほうでうも、「ひじりのはつかとまうされしやくそくのひかずもすぎぬ。いまはかまくらどのおんゆるされなきにこそあんなれ。さのみざいきやうして、としをくらすべきにあらず。いまはくだらん」とてひしめきけり。さいとうご、さいとうろくもてをにぎり、きもたましひをけしておもへども、ひじりもいまだみえたまはず、つかいものをだにものぼせねば、おもふはかりぞなかりける。これらまただいかくじにまゐり、「ひじりもいまだみえたまはず。ほうでうもあかつきげかうつかまつりさふらふ」とて、なみだをはらはらとながしければ、ははうへ、ひじりのさしもたのもしげにまうしてくだりぬるのちは、ははうへ、めのとのにようばう、すこしこころもとりのべて、ひとへにくわんおんのおんたすけなりと、たのもしうおもはれつるに、このあかつきにもなりしかば、ははうへ、めのとのにようばうのこころのうち、さこそはたよりなかりけめ。ははうへ、めのとのにようばうにのたまひけるは、「あはれおとなしやかならんずるものが『みちにてひじりにゆきあはんところまで、このこをぐせよ』といへかし。もしこひうけてのぼらんに、さきにきられたらんずるこころうさをば、いかがせん。さてやがてうしなひげなりつるか」ととひたまへば、「このあかつきのほどとこそみえさせましましさふらへ。そのゆゑは、このほどおとのゐP341つかまつりさふらひつるほうでうのいへのこらうどうどもも、よになごりをしげにて、あるひはねんぶつまうすものもさふらふ、あるひはなみだをながすものもさふらふ」とまうす。ははうへ、「さてこのこがありさまはなにとあるぞ」ととひたまへば、「ひとのみまゐらせさふらふときは、さらぬていにもてないて、おんずずをくらせましましさふらふ。またひとのみまゐらせさふらはぬときは、かたはらにむかはせたまひて、おんそでをおんかほにおしあてて、なみだにむせばせたまひさふらふ」とまうす。ははうへ、「さぞあるらめ。としこそをさなけれども、こころすこしおとなしやかなるものなり。しばしもあらば、ほうでうとかやにいとまこうて、かへりまゐらんとはいひつれども、けふすでにはつかにあまるに、あれへもゆかず、これへもみえず。またいづれのひいづれのとき、かならずあひみるべしともおぼえず。こよひかぎりのいのちとおもうて、さこそはこころぼそかりけめ。さてなんぢらはいかがははからふやらん」とのたまへば、「これはいづくまでもおんともつかまつり、いかにもならせましまさば、ごこつをとりたてまつり、かうやのおやまにをさめたてまつり、しゆつけにふだうつかまつり、ごぼだいをとぶらひまゐらせんとこそぞんじさふらへ」とて、なみだにむせしづんでぞふしにける。かくてじこくはるかにおしうつりければ、ははうへ、「ときのほどもおぼつかなし、さらばとうかへれ」とのたまへば、ににんのものどもなくなくいとままうしてまかりいづ。さるほどにおなじきじふにんぐわつじふしちにちのあかつき、ほうでうのしらうときまさ、わかぎみぐしたてまつて、すでにみやこをたちにけり。さいとうご、さいとうろくも、おんこしのさうについてぞまゐりける。ほうでうP342のりかへどもおろいて、「むまにのれ」といへどものらず。「さいごのおんともでさふらへば、くるしうもさふらはず」とて、ちのなみだをながいて、かちはだしでぞくだりける。わかぎみは、さしもはなれがたうおぼしけるははうへ、めのとのにようばうにもわかれはてて、すみなれしみやこをば、くもゐのよそにかへりみて、けふをかぎりのあづまぢにおもむいて、はるばるとくだられけんこころのうち、おしはかられてあはれなり。こまをはやむるぶしあれば、わがくびきらんかときもをけし、ものいひかはすものあれば、すはいまやとこころをつくす。しのみやがはらとおもへども、せきやまをもうちすぎて、おほつのうらにもなりにけり。あはづのはらかとうかがへば、けふもはやくれにけり。くにぐにしゆくじゆくうちすぎうちすぎくだりたまふほどに、するがのくににもなりしかば、わかぎみのつゆのおんいのち、けふをかぎりとぞみえし。
せんぼんのまつばらといふところに、おんこしかきすゑさせ、「わかぎみおりさせたまへ」とて、しきがはしいてすゑたてまつる。ほうでういそぎむまよりとんでおり、わかぎみのおんそばちかうまゐつてまうされけるは、「もしみちにてひじりにやゆきあひさふらふと、これまでぐそくしたてまつてさふらへども、やまのあなたまでは、かまくらどののごしんぢうもはかりがたうさふらへば、あふみのくににてうしなひまゐらせたるよし、ひろうつかまつりさふらはん。いちごふしよかんのおんみなれば、たれまうすとも、よもかなはせたまひさふらはじ」とまうされければ、わかぎみ、とかうのへんじにもおよびたまはず。さいとうご、さいとうろくをめしてのたまひけるは、「あなかしこ、なんぢらみやこへのぼり、われみちにてきられたりなどまうすべからず。そのゆゑは、つひにはかくれあるまじけれども、P343まさしうこのありさまをききたまひて、なげきかなしみたまはば、ごせのさはりともならんずるぞ。かまくらまでおくりつけてのぼつたるよしまうすべし」とのたまへば、ににんのものども、なみだをはらはらとながす。ややあつてさいとうごなみだをおさへてまうしけるは、「きみのかみにもほとけにもならせたまひなんのち、いのちいきてふたたびみやこへかへりのぼるべしともぞんじさふらはず」とて、またなみだをおさへてふしにけり。わかぎみいまはかうとみえしとき、みぐしのかたにかかりけるを、ちひさううつくしきおんてをもつて、まへへかきこさせたまふを、しゆごのぶしどもみまゐらせて、「あないとほし、いまだおんこころのましますぞや」とて、みなよろひのそでをぞぬらしける。そののちわかぎみ、にしにむかつててをあはせ、かうじやうにじふねんとなへさせたまひつつ、くびをのべてぞまたれける。かののくどうざうちかとし、きりてにえらまれ、たちをひきそばめ、ひだんのかたよりわかぎみのおんうしろにたちまはり、すでにきらんとしけるが、めもくれこころもきえはてて、いづくにかたなをうちつくべしともおぼえず、ぜんごふかくにおぼえければ、「つかまつともぞんじさふらはず。たにんにおほせつけられさふらへ」とて、たちをすててぞのきにける。「さらばあれきれ、これきれ」とて、きりてをえらぶところに、ここにすみぞめのころもきたりけるそういちにん、つきげなるむまにのつて、むちをうつてぞはせたりける。そのへんのものども、「あないとほし、あのまつばらのなかにて、よにうつくしきわかぎみを、ほうでうどののただいまきりたてまつらるぞや」とて、ものども、ひしひしとはしりあつまりければ、このそうこころもとなさに、P344むちをあげてまねきけるが、なほもおぼつかなさに、きたるかさをぬいで、さしあげてぞまねきける。ほうでう、しさいありとてまつところに、このそうほどなくはせきたり、いそぎむまよりとんでおり、「わかぎみこひうけたてまつたり。かまくらどののみげうしよこれにあり」とてとりいだす。ほうでうこれをひらいてみるに、「まことや、こまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのしそく、ろくだいごぜんたづねいだされてさふらふ。しかるをたかをのひじりもんがくばうの、しばしこひうけうどさふらふ。うたがひをなさずあづけらるべし。ほうでうのしらうどのへ、よりとも」とあそばいて、ごはんあり。ほうでうおしかへしおしかへし、にさんべんようで、「しんべうしんべう」とて、さしおかれければ、さいとうご、さいとうろくはいふにおよばず、ほうでうのいへのこらうどうどもも、みなよろこびのなみだをぞながしける。
「はせろくだい」(『はせろくだい』)S1208さるほどにもんがくばうもいできたり、「わかぎみこひうけたてまつたり」とて、きしよくまことにゆゆしげなり。「このわかぎみのちち、さんみのちうじやうどのは、どどのいくさのたいしやうぐんにておはしければ、たれまうすともいかにもかなふまじきよしのたまふあひだ、ひじりがこころをやぶらせたまひては、P345いかでかみやうがのほどもおはすべきなんど、さまざまあつこうまうしつれども、なほもかなふまじきよしのたまひて、なすののかりにいでたまひしあひだ、あまつさへもんがくもかりばのともして、やうやうにまうしてこひうけたてまつたり。いかにおそうおぼしつらんな」とのたまへば、ほうでうまうされけるは、「ひじりのはつかとおほせられし、やくそくのひかずもすぎぬ。いまはかまくらどのおんゆるされもなきぞとこころえて、ぐしたてまつてくだりさふらふほどに、かしこうぞ、ただいまここにてあやまちつかまつるらんに」とて、くらおいてひかせられたりけるのりがへどもに、さいとうご、さいとうろくをのせてのぼせらる。わがみもはるかにうちおくり、「いましばらくもおんともまうすべうさふらへども、これはかまくらにさしてひろうつかまつるべきだいじどもあまたさふらふ」とて、それよりうちわかれてぞくだられける。まことになさけふかかりけり。さるほどにたかをのもんがくしやうにん、わかぎみうけとりたてまつて、よをひについでのぼるほどに、をはりのくにあつたのへんにて、ことしもすでにくれぬ。あくるしやうぐわついつかのよにいつて、みやこへのぼり、にでうゐのくまなるところに、もんがくばうのしゆくしよのありけるに、まづそれにおちついて、わかぎみしばらくやすめたてまつり、やはんばかりにだいかくじへいれたてまつり、もんをたたけども、ひとなければおともせず。わかぎみのかひたまひたりけるしろいえのこの、ついぢのくづれよりはしりいでて、ををふつてむかひけるに、わかぎみ、「ははうへはいづくにましますぞ」とのたまひけるこそいとほしけれ。さいとうご、さいとうろく、あんないはしつたり、ついぢをこえ、もんをあけていれたてまつる。ちかうひとのすんだるところともみえず。わかぎみ、「P346ひとめもはぢず、いのちのをしうさふらふも、ははうへをいまいちどみばやとおもふためなり。いまはいきてもなににかはせん」とて、もだえこがれたまひけり。そのよはそこにてまちあかし、あけてのち、きんりのひとにたづぬれば、「としのうちはだいぶつまうでときこえさせたまひし。しやうぐわつのほどは、はせでらにおんこもりとこそうけたまはりさふらへ」とまうしければ、さいとうろくいそぎはせへくだり、ははうへにこのよしかくとまうしければ、ははうへとるものもとりあへず、いそぎみやこへのぼり、だいかくじへぞおはしたる。ははうへ、わかぎみをただひとめみたまひて、「いかにろくだいごぜん、これはゆめかやうつつか。はやはやしゆつけしたまへ」とのたまへども、もんがくをしみたてまつて、ごしゆつけをばせさせたてまつらず。すぐにたかをへむかへとつて、かすかなるははうへをもはぐくみけるとぞきこえし。くわんおんのだいじだいひは、つみあるをもつみなきをも、たすけたまふことなれば、じやうだいにはかかるためしもやあるらん。ありがたかりしことどもなり。
「ろくだいきられ」(『ろくだいきられ』)S1209さるほどにろくだいごぜん、やうやうおひたちたまふほどに、じふしごにもなりたまへば、いとどみめかたちうつくしく、あたりもてりかかやくばかりなり。ははうへこれをみたまひて、「よのよにてP347あらましかば、たうじはこんゑづかさにてあらんずるものを」とのたまひけるこそあまりのことなれ。かまくらどの、びんぎごとに、たかをのひじりのもとへ、「さてもあづけたてまつしこまつのさんみのちうじやうこれもりのきやうのしそく、ろくだいごぜんは、いかやうのひとにてさふらふやらん。むかしよりともをさうしたまひしやうに、てうのをんできをもたひらげ、ちちのはぢをもきよむべきほどのじんやらん」とまうされければ、もんがくばうのへんじに、「これはいつかうそこもなきふかくじんにてさふらふぞ。おんこころやすくおぼしめされさふらへ」とまうされけれども、かまくらどのなほもこころゆかずげにて、「むほんおこさば、やがてかたうどすべきひじりのおんばうなり。さりながらもよりともいちごがあひだは、たれかかたむくべき、しそんのすゑはしらず」とのたまひけるこそおそろしけれ。ははうへこのよしをききたまひて、「いかにやろくだいごぜん、はやはやしゆつけしたまへ」とありしかば、しやうねんじふろくとまうししぶんぢごねんのはるのころ、さしもうつくしきおんぐしを、かたのまはりにはさみおろし、かきのころも、かきのはかま、おひなどよういして、やがてしゆぎやうにこそいでられけれ。さいとうご、さいとうろくも、おなじさまにいでたつて、おんともにぞまゐりける。まづかうやへのぼり、ぜんぢしきしたまひけるたきぐちにふだうにたづねあひ、ごしゆつけのさま、ごりんじうのありさま、くはしうたづねとひ、かつうはそのあともなつかしとて、くまのへこそまゐられけれ。はまのみやとまうしたてまつるわうじのおんまへより、ちちのわたりたまひたりしやまなりのしまみわたいて、わたらまほしくはおもはれけれども、なみかぜむかうてかなはねば、ちからおよびたまはず、ながめやりP348たまふに、わがちちはいづくにかしづみたまひけんと、おきよりよするしらなみにも、とはまほしうぞおもはれける。はまのまさごもちちのごこつやらんとなつかしくて、なみだにそではしをれつつ、しほくむあまのころもならねど、かはくまなくぞみえられける。なぎさにいちやとうりうし、よもすがらきやうよみねんぶつして、ゆびのさきにてはまのまさごにほとけのすがたをかきあらはし、あけければ、そうをしやうじ、さぜんのくどくさながらしやうりやうにとゑかうして、みやこへかへりのぼられけんこころのうち、おしはかられてあはれなり。そのころのしゆしやうは、ごとばのゐんにてましましけるが、ぎよいうをのみむねとせさせおはします。せいだうはいつかうきやうのつぼねのままなりければ、ひとのうれへなげきもやまず。ごわうけんかくをこのみしかば、てんがにきずをかうむるともがらたえず、そわうさいえうをあいせしかば、きうちうにうゑてしするをんなおほかりき。かみのこのむことに、しもはしたがふならひなれば、よのあやふきありさまをみては、こころあるひとのなげきかなしまぬはなかりけり。なかにもにのみやとまうすは、せいだうをもつぱらとせさせたまひて、おんがくもんおこたらせたまはねば、もんがくはおそろしきひじりにて、いろふまじきことをのみいろひたまへり。いかにもして、このきみをくらゐにつけたてまつらばやとおもはれけれども、よりとものきやうのおはしけるほどは、おもひもたたれず。かくてけんきうじふねんしやうぐわつじふさんにち、よりとものきやうとしごじふさんにてうせたまひしかば、もんがくやがてむほんをおこされけるが、たちまちにもれきこえて、もんがくばうのしゆくしよにでうゐのくまなるところに、くわんにんどもあまたつけられて、はちじふにあまつてからめとられて、つひにおきのくにへぞP349ながされける。もんがくきやうをいづるとて、「これほどにおいのなみにたつて、けふあすをしらぬみを、たとひちよくかんなればとて、みやこのかたほとりにもおかずして、はるばるとおきのくにまでながされけるぎつちやうくわじやこそやすからね。いかさまにもわがながさるるくにへ、むかへとらんずるものを」と、をどりあがりをどりあがりぞまうしける。このきみはあまりにぎつちやうのたまをあいせさせたまふあひだ、もんがくかやうにはあつこうまうしけるなり。そののちじようきうにごむほんおこさせたまひて、くにこそおほけれ、はるばるとおきのくにまでうつされさせましましける、しゆくえんのほどこそふしぎなれ。そのくににてもんがくがばうれいあれて、おそろしきことどもおほかりけり。つねはごぜんへもまゐり、おんものがたりどもまうしけるとぞきこえし。さるほどにろくだいごぜんは、さんみのぜんじとて、たかをのおくにおこなひすましておはしけるを、かまくらどの、「さるひとのこなり、さるもののでしなり。たとひかしらをばそりたまふとも、こころをばよもそりたまはじ」とて、めしとつてうしなふべきよし、かまくらどのよりくげへそうもんまうされたりければ、やがてあんはうぐわんすけかぬにおほせてめしとつて、つひにくわんとうへぞくだされける。するがのくにのぢうにん、をかべのごんのかみやすつなにおほせて、さがみのくにたごえがはのはたにて、つひにきられにけり。じふにのとしより、さんじふにあまるまでたもちけるは、ひとへにはせのくわんおんのごりしやうとぞきこえし。さんみのぜんじきられてのち、へいけのしそんはながくたえにけり。P350

 

入力者:荒山慶一

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