松帆浦物語

(『日本文学大系』第19巻「お伽草子」〈大正14年〉による。振り仮名省略。入力:菊池真一)
松帆浦物語

 遠からぬ世の事にや侍りけむ。四条わたりに、中納言にて右衛門のかみかけたる人なむおはしましける。中将殿とて御子一人ありて、さう/゛\しく思しけるに、あり/\てちご出できたまひにける。生先見えてかたちいと美しく物したまひければ、限りなくかしづき給ふほどに、父の卿ははかなくなり給ひぬ。たづきなきやうにて坐しけるに、中将の君らうたき物にして、十許りまでぞ有りける。其の中横川に禅師の房とて、此のをぢになむおはしける。中将に申し給ふ、「この若君、いたづらにおひ出で給はむよりは、山にのぼせて物習はし給へかし。」などより/\すゝめ申されしかば、横川へぞのぼせられける。大方の学文にも和歌の道にも心を入れて、箪とる事もたど/\しからず、はかなきすさみ事もつき/\しく、心ざま人に優れたりしかば、一山のもてあそび、ちご童子もむつましき事に思ひし程に、三年ばかり此の山に送りけるになむ。斯かれば此の母君久しく見ぬは悲しとて、折々里へよばせけるに、ある時禅師申されけるは、「学問の方もさとく賢き人なり。法師になして父の御跡をもとはせ給へかし。」などねんごろに語らひ申し給へば、「あたらかたちを墨の袖にやつさむも情なく、八重たつ雲にまじりなむも心苦し。」などのたまひて、うちとけたる答もし給はねば力なし。かくて後はあやふくや思はれけむ、京に住ませむ事を中将にも申し給ふに、つれ/゛\の慰めにもとや思はれけむ、同じ心にのたまへば、禅師もいかゞせむとて、なく/\京へぞ送りける。此のちごも横川に住みつき給ひければ、寂しかりし山水にも名残多く、遊び伴ひしちご童にもはなるゝ事なむ悲しかりける。みな京近きわたりまで送り来てぞ名残惜しみける。さて禅師立帰りて、とし月手習などして住み給ひし所を引きあけて見給へば、いと美しき手して障子に書き付けらる、
  こゝのへにたち帰るとも年をへてなれし深山の月は忘れじ
これを見て、禅師の君よりはじめて、皆泣きにけり。かくて後は元服して藤侍従とぞ申しける。あげおとりもせず、いよ/\目驚くばかりのかたちにて物し給ひける。十四になり給ひし春の頃かとよ、もと立ちなれし横川の法師、又京にも優なるをのこ数多来あひて、「北山の桜いまなむ盛りなる由人申すなり。侍従の君見給へかし。件ひ奉らむ。」と口々いへば、深山がくれの色香も殊にゆかしき心地して、俄に思ひ立ちぬ。道の程も人めつゝましければ、わざとやつしてぞおはしける。若きどち駒竝めてみちすがら眺め渡せば、遠き山の端そこはかとなく霞みつゝ、野辺のけしき青み渡り、芝生の中に名も知らぬ花ども、菫に交り色々咲きて、雲ゐの雲雀姿も見えず囀りあひたるさまども、いはむ方なし。志す山はやゝ深くいる所にて、水の流れ岩のたゝずまひも、うつし絵を見るやうになむ覚えける。うち吹く風にそことなく匂ひ来るに、人々心あくがれて急ぎのぼりつゝ見れば、数知らぬ花ども技もたわむまで開きつゝ、今日こずばと見えたり。山がくれともいはず、都のかたの人と見えてあまた集ひ来て、木の本岩がくれの苔にむれゐつゝ、歌よみ酒のみて遊びなどさま/゛\にぞ見えし。侍従の君は花に眺め入りてゐ給へるに、花よりもこの君に目とゞめたる人数多ありて、従ひ歩くも物むつかしくおぼえければ、花にはうとからで、引入りたる所もがなと、願ひ求めつゝ行くに、本堂のかたはらに、院家にやあらむ、ひはだの軒くち忍草所えがほにて、破れたるみすかけたるあり。此のつれたる人の中に知るたよりありて、こゝにしばしのやどりを構へたり。たんざくとり出しうち吟じなどしけり。京より持たせたる、ひわりご、さゝえやうのもの、旅のまかなひはかなくしつゝ遊ぶに、花の本にてはじめより侍従の君に心をとゞめて見えたる法師、さまかたちよろしき三十ばかりなるありて、此のみすのもとまで慕ひ来て、花には心を止めずして、この君の面影に眺め入りたるなりけり。猶御簾の内へもかけりこまほしき様のものむつかしければ、つれたるをのこを出していはせけるは、「人に忍ぶ故ありて、かく隠家求めたり。らうさきなり。」などあら/\しくさへせいしければ、力なきさまにて出でぬ。しばしありて十二三ばかりの童の美しくさうぞくなどしたるが、ちひさき花の枝に結び付けたる物を、あないもいはず、みすのうちへさし入れぬ。取りて見れば、
  夕がすみたち隔つとも花の陰さらぬ心をいとひやはする
と清げなる手して書きたり。「返しし給へ。」と此の君に勧むれど、「はづかし。」などいひて、かたはらの人にゆづるを、「情なし。」などいひすゝむれば、
  花に移るながめをおきてたが方にさらぬ心の程をわくらむ
とほのかに書きていだし給へり。之を見て限りなく嬉しく涙もこぼれ出でにけり。さて此の法師の向後を使にとひければ、深くかくしけるをさま/゛\いはれて、わらはなれば、「岩倉のなにがしの坊に、宰相の君といふ人にておはします。」といふ。さてこの宰相、おもひのみをしるべにて、尋ねよらむとぞ思ひける。さて人々その夜はとゞまりぬ。この院の花ことに面白し。紅白枝を交へたり。半酔半醒すれば、げにあそぷ事三日も事足るまじう覚えぬれど、京より迎への人あまた来ぬれば、かへりみがちにて出でぬ。さてかの宰相は、花の本にて見し面影身にそひて、命もたふまじき程になむ成りにける。ある時たよりを求めて消息しける、「すぎにし折の花の本にて、みずもあらぬ眺めより、まだ目にかへりこぬたましひは、いつまで袖の申に留めさせ給はむ。有りしばかりのついでも、又いつかは。」などこまやかにかきて、
  花のひもとくるけしきは見えずとも一夜はゆるせ木の本の山
返し
  木の本を尋ねとふとも数ならぬかきねの花に心とめじな
 斯かることを便りにて夜な/\門にたゝずみ愁苦呻吟しけるを、やう/\哀れとや思ひけむ、心とけ行くけしきなれば、しば/\まかり通ひつゝ、後にぞ岩倉なる坊へも伴ひなどして、なきゆくまゝに心へだてず。この宰相さはる事などありて、一二日見えぬ折は、あやしう心細きまでなむつれける。さてこの若君をおもひかけたる人、こなたかなたより花につけ紅葉に結びたる玉章、むつかしきまでぞ集ひ来にける。されど返しよき程にうちしつゝ、この宰相にわくる心もなくて、三年ばかりも馴れにけり。さてその頃世を御心のまゝにをさめ給ひし、大臣の御子左大将殿の御前にて、夏の雨静かにふりて日長き頃、世にある事打ちとけつゝ、人々申しけるついでに、此の侍従のかたち心ざま、たぐひ稀なる由申し肝でしかば、心動かせ給ひて、御消息度々あり。宰相出であひて申しけるは、「仰せごとなむ忝く侍り。参らまほしきを、此の頃みだり心地にわづらひて臥し暮し侍り。いさゝかもよろしきひまあらば参りなむ。よき様に申させ給へ。」とありしかば、しか/゛\の由申す。五六日ありて又御使あり。此の度は御文あり。「吹く風のめにみぬとかやのふる事も、思ひしられぬる心はわき給ふにや。ねぬなはの苦しきよしもおぼつかなく、五月雨の晴間は、心ちも涼しくなり給ふならむ。思ひ立ち給へかし。」などありて、
  ほとゝぎす恨みやすらむ待つことをきみにうつせる五月雨の頃
などあり。御返し、
  五月雨の晴間もあらばきみがあたりなどとはざらむ山時鳥
と聞きて、猶心地わづらはしきさま、幾度も宰相申して、こもりゐさせたり。
さてつれづれとこもり居らむもいかゞとて、ある時しのびて此の侍従を伴ひつゝ、岩倉へ行きしを、かのとのの人よくみて、御まへにてしか/゛\の由ありのまゝに申しければ、「日頃のみだり心地はあらざりし事なり。」とていからせ給ふに、「宰相法師が所行なり。にくし。」など異口同音に申し侍りしかば、やがて御使あり、「わづらひ給ふとありしは皆いつはりなりけり。忍びありきし給ふなるは、軽しめらるゝなるべし。」など恨み給ひて、兄の中将にしか/゛\の由ねんごろに宣ひしかば、宰相にもいはず、さうぞく引繕ひ、同じ車にてぞ参りける。御門さし入るより玉輝きまばゆきまでぞ覚えける。人見えぬ方にて対面し給ふ。ともしぴほのかに、空だきものくゆり出でていとえんなり。此の人のまだかたなりなりし頃、殿上などにて仄み給ひし心地せしは、ことの数にもあらず。まほにも見まほしく覚え給へど、はぢらひたるさまなれば、心もとなく思すほどに、やがて御心とまりて、心につくべき遊びをし給ひつゝ、片時さらずあひ語らひ給ひける。御志のちかまさりはそふべけれども、たゞかの宰相のことなむ心にはなるゝ折なく、めでたき御けしきも嬉しからず、心の通ひけるにや、つねには夢にぞ見えぬる。さて大将殿、此の法師を深くにくしとおもほせば、ちかき世界に徘徊させじと怒り給ふをも知らで、思ひの催しけるにや、猶此の殿のあたりうかゞひ歩きけるを、口さがなきものの御まへにて、さま/゛\申しければ、淡路の国へぞ追ひやらせ給ひける。これを聞くにも侍従は堪へがたく、我故とがなき人のうきめを見るらむも悲しく、かの島の浪風をも共に聞かばやとぞ嘆かれける。たがひに一くだりの消息もたぶべきやうなければおぼつかなし。かの宰相、都をわかるゝとて、如何なる便りをか求めけむ、文書きておこせたり。忍びて見ればかきつけたる言の葉多し。
  ながれ木と身はなりぬとも涙川君によるせの有る世なりせば
そこはかとなく書きたり。斯かりければこの大将殿の御心も恨めしく、情後れて思へば、うちとけ奉る事もなし。はて/\はなやましくて、玉楼展簟の清風も心につかずすさまじく、ひたぶるに眺めがちにて衰へ行けば、かの人を思ふ故とは知らせ給はで、物のけにやとて祈りなどせさせ給へど、験あるべきならねば、おなじさまにわづらひて、弱るやうに物せられしかば、母君悲しみて、さま/゛\申してまかでさせ侍りぬ。さてかの岩倉に泊りゐたる伊与といふ法師を、忍びによびとりつゝ、床近くさぶらはせて、「宰相の我が身故遠き島へと聞き給ふれば、悲しくてかく心地もわづらふなり。そこにいかにまろを恨めしくお思ひ給ふらむ。」と涙にむせびつゝ宣へば、聞く心地いはむ方なく悲しくて、「かく思はせ給ふこそ世にたぐひなく侍れ。なにかは恨み奉るべき。」などいひつゝ、夜も更け行くに、猶枕のもとに引きよせ、さゝやき給ふやうは、「いかにもして宰相のゐたまへる島へ、忍びて我をいざなひ給へ。聞えありて罪にあたり侍らば、もろともにその島にて送らむこそ願ひ叶ふ心地はせめ。」と宣へば、「あはれに忝くは思ひ侍れど、まことにいとけなくおはします御心にてこそ、かくはのたまへ、かの淡路へわたらせ給ひたらば、かくれも侍らじ。やがて大将どの聞かせ給はば、猶にくしとてこれよりまさる罪にもあたり侍るべし。御志あらば文かきて給へ。いかにも忍びてもちて罷らむ。」といふに、猶同じ様にうち歎きつゝ宣へば、哀れにも不思議にも覚えて、つく/゛\と案じゐたるが、思ふやう、この宰相に我もおくれて心ならぬ世にながらふるも本意なし。又この人のかく宣ふもいなみがたし。もとより惜しからぬ身なれば、世に聞えありともいかゞせむ、さらばともなひて、今一たび対面せさせ奉らむと思ふ心あり。さてこの法師申し侍るやう、「わが君をたばかり申すべきやうあり。大将殿へも御母うへにも、文書きおかせ給へ。罪なき人をわれ故遠き国へつかはされたる恨めしさ、とにもかくにも世に心もとまり給はねば、身をなげ給ひたる由申させ給へ。ゆゝしき事なれ共、さも侍らばたゞされも侍らじ。」などやうだいつき/゛\しく申せば、嬉しく思せど、又うち返し、「母の歎き給ひて、心地も煩ひたまはばいかゞせむなどこれのみぞ悲しき。」と宣へば、「それは後に忍びて御心ひとつ知らせ給はば、慰め給ふべし。」などいへば、げにもと思ひつゝ、嬉しかりけり。大将殿よりは、たえずおぼつかながらせ給へど、同じさまなる心地のよし聞えて、過ぎゆく程に、長月にもなりぬ。いとゞ物心細く、ともすれば露にあらそふ涙ふりおつ。或時、中将殿も物まうでし給ひ、人すくななる折、忍びて岩倉の伊与法師を召しに遣はしたれば、心をえて、夜に紛れて来たり。かねて契り定め給ひしやうに、文書きおき物とりしたゝめなどしつゝ、ねたるやうにぞ忍び出でたまひける。此の法師甲斐々々しきものにて、事とゝのへ乗物などかまへて、あけぬほどに山崎までぞ来たりける。こゝにしばしやすめて、「常の旅人の行きかふ道は人見とがめぬべし。」とて、あらぬ方の山路にかゝれば、白雲跡を埋み、青嵐道をすゝめつゝ行く程に、此の若君習はぬ旅にいける心地もせで、すまの浦につきぬ。名ある所なれば、海上の月と眺めまほしけれど、「人もこそ見とがむれ。」など、伊与法師せいしければ、心ならす衣かたしきてね給ひたれど、聞きならはぬ浪の音おどろ/\しく枕に近し。源氏の大将の、心づくしの秋風にとのたまひしも思ひ知られて、
  秋風に心づくしの我が袖やむかしにこゆる須磨の浦浪
と濁りごちて少しうちまどろみたる夢に、此の宰相浅ましげにおとろへて、「かく尋ねおはしましたる嬉しさは、この世ならでもなどか。」などさめ/゛\と泣きて、
  磯枕心づくしの悲しさに波路わけつゝわれも来にけり
といふともなきに、「たゞ今淡路へ渡る舟なむある。」といふ声に驚きぬ。あはれと思へど、物騒がしければ、出で立ちつゝ舟に来らむとて、しばし汀に休らふ程に、暁近き月浪の上に澄み渡りて心細し。東船西船つなぎ置きたるにも、唯見江心秋月白と楽天の詠ぜしも、斯かるにやと覚えたり。こぎ行くほどに、岩屋といふ浦につきぬ。まことや都には、侍従の身をなげたる聞えありければ、大将殿あわて騒ぎ給ひつゝ、「役なきすさみわざして、人のかたきをもおひ、又あたらさましたる人をも失ひけるよ。」と悲しみ給ひける。世の人もこの殿をよろしとも申さず。母上は、此の書きおき給ひたる文を顔に引きあてて、そのまま起きも上り給はず。中将たゞ御子のやうにかしづき給ひしかひもなく見なし給へば、惜しう悲しうぞ思しける。さて岩屋にとまり給ひて、かの人のある所早くとはまほしけれども、つゝましく、あないもしらでは如何などためらふ。松帆の浦とやらむに渡らせ給ふ由京にて聞きしかば、まづその浦を尋ぬるに、絵島が磯のむかひなる由申すを、若君問き給ひて、京極中納言の、「やくやもしほの。」とながめ給ひしも、此の浦のことにや、身の焦れぬるもことわりぞかしと思ふ。さてその日は此の浦を尋ねて、こゝかしこに休みつゝ、暮るゝ程に、しぐれあら/\しくふりて、浪の音高し。海士の家ゐのみにて、いづくをはかりとも覚えぬに、灯の光ほのかに見ゆ。それをしるべにて行けば、板ぷきの堂あり。「海人の篷屋にやどらむよりはこゝにこそ。」などいひて尋ねよるに、かたはらに小庵あり。立ちよりて見れば、松の葉ふすべて、老僧一人むかひゐたるなるべし。「あない申さむ。」といへば、からびたる声にて、「たぞ。」といふ。「これは津の国の方のものなり。四国へ渡らむとするに、たよりの舟におくれてまどひ侍るなり。この御堂のかたはらに雨やどりせまほしく侍るなり。」などいへば、あやしくや覚えけむ、たち出でて燈明の光に見るに、やつしたれど此の若君をたゞならずや見けむ、「あないとほし。」などいひて、庭の内へよび入れぬ。哀れげにすみなしたり。達磨大師の画像一幅かけて助老、蒲団、麻の衾許りうちおきたり。暫し物語などしつゝ、かの人の向後とはまほしけれどうちつけなればうちいでず。この若君をつく/゛\と見て、「怪し。都方の人にてぞおはすらむ。われ昔都のものなり。はたちばかりの年、人をあやまつ事ありて京にも住みかね侍りしかば、やがてもとゞり切りて、江湖山林にうかれ歩きつゝ年経侍りけるに、いかなる縁にか、斯かる漁屋のとなりをしめ、紫鴛白鴎を友としつゝ三十余年送り侍りぬる。」など語るも哀れなれば、それを便りにて、此の流され人の事をとひければ、「あの松帆の浦にさる人侍りし。この夏頃より此の島へつり給ひしなり。」といふ。くはしく語り給へ。聞かまほしき故あり。」といへば、「まつほの浦よりこの庵までは常に渡り給ひつゝ、都の方の恋しきなど語り給ひけるが、殿上人の御こととて、明暮恋ひ泣き給うて、心に思ふ事をば隔て残さず語り給ひしなり。その思ひにや侍りけむ、心地わづらひ給ひしが、日々に重り給ひて、この庵へも渡り給はず、つきそひはべる人も見えねば、哀れに見侍りて日をへだてず罷りあつかひしほどに、遂になくなり給ひぬ。今日七日になむなり給ふ。煙になしはべる事も此の僧し侍りし。」と語るに、聞く心地物も覚えず。うつぶし臥して泣きこがれぬ。この僧、「いかに/\、さてはゆかりにてこそおはすらめ。」などいひて、わわも打泣きけり。やゝありて伊与法師申しける、「今まではつゝみ侍れども、かの人はや失せ給ひぬる上は、世に憚りもなし。これこそ恋ひ泣き給ひしと宣ふ上人よ。かくあやしき山賤になし奉るも、道の程の人めを思ふ故なり。さるにてもしかあつかひ給ひて後の事などまでしたため給ひける御志、ことの葉たるまじ。」などいふ。老僧いひけるは、「かの人いまはのとぢめに、志のほど有り難しと宣ひて、小さき法花経念珠など賜はせける。」とて取出でて見す。平生手なれたまひしものどもなれば、いよ/\目もくるゝぱかりなり。又巻き固めて細かにしたゝめたる文の上に、四条殿へとて、青侍の名書きたるあり。「これも今はのきはに、よき便りあらば、しか/゛\尋ね奉れと宣ひし。」といふ。「此の文こそ此の御かたへなれ。」といへば、「あな嬉し、さらばたしかに奉り侍る。」といふとき、開きて見るに、岩倉の人々侍従の君のかたへなるべし。都を出でしより此の島に住みし有様、今はのきは近きさまなど書き集めたる鳥の跡のやうに見ゆ。
  くやしきはやがてきゆべきうき身とも知らぬ別れの道芝の露
などやうにぞ侍りける。ありし夜かの様にての夢も、今は思ひ合はせられていとゞ哀れなり。つとめて此の僧をしるべにて、松帆の浦へ行きてまづ此のほど住みたまひし庵のさまを見れば、浅ましげによろぼひ傾きて、松の柱竹の垣も皆くち行くさまなり。いかでこゝに月日を過し給ひけむと思ふもかなし。さて少し隔りて松の一むらある所におろそかなる塚あり。しるしの松の一本植ゑたるを、「これにぞ侍る。」と申せば、立ちよりまろぴ伏してぞ伊与法師も泣きける。かの王褒が柏樹ならねども、これも涙に枯れやしなましとぞ覚えける。やゝためらひて、此のしるしの木に、若君かきつけ給ひける、
  おくれじの心も知らで程とほく苔の下にや我をまつらむ
とて、やがてこの海に身をなげ給はむとするを、伊与法師とりとめ奉り申しけるは、「宰相の事今はいふかひなし。御こゝろざし侍らば跡をとはせ給へ。御身を失はせ給はば罪をこそおほせ給はめ。又御母上の御歎き浅かるべしやは。」などさま/゛\申しければ、力なくして本意もとげ給はず。「さらばさまをだにかへむ。」と宣ふ。「それもあたら御身なり。」とせいしけれども、しひて身もなげつべきさまのしたまへば、今年十六に成り給ふかたちは、つぼめる花、山の端出づる月のさまし給へる、御ぐしを泣く/\そり落して、墨の衣にやつしぬるも夢のやうなり。恨めしきものは此の世なりけりとぞ覚ゆる。伊与法師も墨の袖いとゞ深くなしつゝ、伴ひ奉りて高野山の方へや行きけむ。後はしらずかし。

松帆浦物語終


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(奥付)
大正十四年九月二十日印刷
大正十四年九月二十三日発行
(非売品)
日本文学大系
第十九巻
編輯兼発行者  東京市麹町区内幸町一丁目六番地
           国民図書株式会社
右代表者    東京市麹町区内幸町一丁目六番地
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