花咲爺さん
花咲爺さん
北原白秋著
白秋童謡第五集
TOKYO
ARS
1923
はしがき
花咲爺さんのお話は皆さんもよく御存知のこととおもひます。あれは昔の花咲爺さんで、わたしのいま皆さんにお話するのは今の花咲爺さんです。
わたしの花咲爺さんはお籠に灰を入れて枯木にのぼつてパツパツととバラまくのではありません。さうして桜の花ばかりを咲かせるのではないのです。ふうわりと風のやうにいつでも匂つて来て、毎朝いろんなうつくしい花やかはいい花を咲かしてあるくのです。それはあなたがたの気のつかない何かの物かげにかくれてゐて、いつでもいい匂やいろいろの色やをあつめたりこさへたりしてゐます。ほんとにうれしいお爺さんです。
あなたがたはその花咲爺さんの姿を見たことはありますまい。ですけれども花咲爺さんの方ではあなたがたをよく知つてゐます。さうしてあなたがたのお家のお庭に、あなたがたのまだお目々のさめない頃からそうつとはひつて来て、いろんな花をいろいろに咲かして、お窓の下などを通つたり、にこにこ笑つてしやがんで見たりしてゐます。さうしてまたおとなりのお庭へかろいごむ鞠のやうに垣根を跳ね越えて消えて了ひます。
ですから、朝は早う起きるものですよ。さうして、お庭に何の花が咲いてゐるか、花咲爺さんがほんとに来てくれたか、どうか、毎朝お窓からのぞいて御覧なさい。きつといいしあはせがあなたがたを喜ばせるにちがひありません。
その花咲爺さんは花を咲かしてあるきますが、わたしはうたをつくつたり、歌つたり、あつめたりして、いつででもあなたがたのいい小父さんで、お仲よしでゐたいとおもひます。さうして光のやうに、匂のやうに、音楽のやうに、ほんとにあなたがたと遊びほれてゐるのがこの小父さんです。
すると、わたしもやつぱり花咲爺さんのやうな人かもわかりませんね。
大正十二年七月
相州小田原 木兎の家にて
白秋
- 木兎の家
- 木兎の家
お屋根は萱で、壁は藁、
小窓のお眼々が右ひだり、
お鼻の入口、這入りやんせ。
木兎、ぽうぽう、
内から、ぽうぽう。
春はとなりの桃の花。
うしろの竹藪、前の小竹、
緑のカーテンくぐりやんせ。
木兎、ぽうぽう、
をぢさま、ぽうぽう。
小矮鶏もお椅子で啼いてゐる。
鏡のふちにはてんと虫、
おもちやの小雉子と遊びやんせ。
木兎、ぽうぽう、
ごきげん、ぽうぽう。
赤い屋根裏、がらす窓、
海は紫、山は野火、
月夜に寝ながらのぞきやんせ。
木兎、ぽうぽう。
みんなで、ぽうぽう。
- 昔のうた
- むかし噺
山へとゆくのはお爺さん、
川へと下るはお婆さん。
山では柴刈る鉈の音、
川では桃呼ぶ小手まねき。
むかしのむかしはなつかしい、
いつでも青空、日和鳥。
ねんねのお里はなつかしい、
いつでも夕焼、藪雀。
山へとゆくのはお爺さん、
川へと下るはお婆さん。
- 川上
むかしのむかしの日和山、
ながれのながれの水の音、
今でも川上やなつかしい、
大きなお桃はなつかしい。
- ねんねのお里
ねんねのお里に来て見れば、
藁屋の日向がなつかしい。
黄色い鶏頭や、鳳仙花、
むかしのむかしの小糠臼。
釣瓶もそのまま石の井戸、
鶉らも啄みます、こぼれ粟。
仲よし小よしはどこへ往た。
ちりぢりばらばら、よそへ往た。
ねんねの苧ぐるま、糸ぐるま、
婆さま一人まだござる。
- かちかち山の春
かちかち山の花すみれ、
狸は火傷で穴ごもり。
兎の大工は舟つくり、
小川の柳も芽を吹いた。
雨ふりや爺さんさびしかろ、
お臼のうしろで矮鶏が啼く。
日が照りや鍛冶屋がカアンカン、
お寺ぢや甘茶の花祭。
兎はせつせこ、鉢巻だ、
それでも土船まだできぬ。
- かちかち山の夕焼
夕焼小焼、
たぬきが背負つたは枯れまぐさ。
夕焼小焼、
兎が背負つたは青まぐさ。
夕焼小焼、
かちかち、ぼうぼう、ありや何だ。
夕焼小焼、
鍛冶屋の金槌、破れ鞴。
夕焼小焼、
たぬきのまぐさが火になつた。
夕焼小焼、
兎はすまして、すたこらさ。
夕焼小焼、
たぬきはころげて、熱つつつ。
夕焼小焼、
かちかち山だい、えつさつさ。
- 蟹のお宿
親を亡くした蟹の子の
蟹のお宿はさびしかろ。
さびしかろ。
背戸には挽臼、栗のいが、
いが栗坊主もまだ青い。
まだ青い。
日向で鋏でも研ぎましよか、
鋏は切れない、まだ小さい。
まだ小さい。
今年も柿の実熟れたけど、
猿めがまた来て盗むやろ。
盗むやろ。
父さま恋しい、なつかしい。
熊蜂小父さんまだ見えぬ。
まだ見えぬ。
風吹きや葦の穂、薄の穂、
雨ふりや水増す芥川。
芥川。
親を亡くした蟹の子の
蟹のお宿はさびしかろ。
さびしかろ。
- 雀さがし
舌切雀は
どこへ行た。
お舌を切られて、
痛かろな。
いたづら雀は
どこへ行た。
爺さん山から
かへつたよ。
ちよんちよの雀は
どこへ行た。
茶の花咲いたに、
お日和に。
おうちの雀は
どこへ行た。
北風吹くのに
寒むかろに。
ちぢかみ雀は
どこへ行た。
お里の笹藪
なぜ棄てた。
べそかき雀は
どこへ行た。
そこらの雀よ、
見やせぬか。
迷子の雀は
どこへ行た。
もう日が暮れるに
出て来ぬか。
ちよんちよの雀は
どこへ行た。
爺さんあちこち、
つかれたよ。
舌切雀は
どこへ行た。
いたづら雀は
どこへ行た。
- 竹取の翁
野山かせぎのお爺さま、
合唱(竹取りの翁だ、竹取りの翁だ。)
いつも竹取、笹かつぎ。
合唱(いい翁だ、いい翁だ。)
ある日、ありやりやと驚いた。
(ピカリピカリ光つた。ピカリピカリ光つた。)
竹の根方に豆の人。
(小つちやい姫だ、小つちやい姫だ。)
その子ひろうて、お爺さま、
(ほくほく帰つた、ほくほく帰つた。)
鳴くは鶯、よい日和。
(ホウ、ホケキヨよ。ホウ、ホケキヨよ。)
これよ婆さま眩ゆかろ、
(家まで光るぞ、家まで光るぞ。)
おお、おお、かはいい、お爺さま。
(かぐや姫だ、かぐや姫だ。)
それからしあはせ、篠の藪、
(いつ行つてもだ、いつ行つてもだ。)
竹のふしぶし、金のつぶ。
(ホウ、ホケキヨよ。ホウ、ホケキヨよ。)
むかしむかしのお爺さま、
(竹取りの翁だ、竹取りの翁だ。)
お伽ばなしのかぐや姫。
(それから、きかして。それから、きかして。)
- 瘤とり爺
一
柴刈り爺さん、瘤爺さん、
片方の頬つぺた、ふくろ瘤。
にこにこ爺さん、木のうろで、
びくびく酒宴ながめてる。
青鬼、赤鬼、山の鬼、
まだ夜は長いぞ、遊びましよ。
見てゐた爺さんうかれ出し、
わたしもこらさとをどりましよ。
おまへのその瘤うるさかろ、
お礼にちよつくらとつてやろ。
瘤とり爺さん舞うて行た。
邪魔もの落ちたぞ、すずしいな。
二
となりの爺さん、瘤爺さん、
片方の頬つぺた、ふくろ瘤。
意地わる爺さん、次の晩、
この瘤鬼めにとらせましよ。
青鬼、赤鬼、山の鬼、
今夜ももひとつ遊びましよ。
待ってた爺さんをどり出し、
ほらほら、この瘤とつてくれ。
何しに来をつた、出しやばるな、
瘤ならもひとつもつてゆけ。
瘤つけ爺さん泣き出した、
両方の頬つぺた、瘤ふたつ。
- 花咲爺さん
花咲爺さん、紅頭巾、
段だら小袖に紅ばかま。
花咲爺さん、お手に籠、
紅緒の草履で、紅脚神。
花咲爺さん、花ぐもり、
野山のかすみにねねしてる。
花咲爺さん、いつ来るの。
お山の淡雪とけたころ。
花咲爺さん、よいにほひ、
ふんわりさくらの東風。
花咲爺さん、来る道は、
そこでもここでも花ざかり。
花咲爺さん、目に見えぬ、
お花を咲かしちやすぐ去ぬる。
花咲爺さん、来る朝は、
坊やがお寝間もにほひます。
花咲爺さん、見つけましよ、
早よ早よお起きよ、すぐ逃げる。
花咲爺さん、紅頭巾、
お庭のどこかにまだ居ます。
- 虎の煙草
むかしむかしその昔、
虎が煙草を吸うたころ、
長白山から鷲が来て、
岩の根もとに牡丹が咲いて、
そこへ黄色いお服の唐子、
唐子ぽこぽこ水汲みまする。
水は清いし、深さは深し、
遠いお里で笛吹きまする。
月も出まする、夜もあけまする。
明けりや唐子の影も無い、
鷲も牡丹も、影も無い。
そこで煙草の火も消えた。
虎がわつそり欠伸した。
これでおしまひ、はい、左様なら。
- 虫のうた
- 雨のあと
萌黄の暈は
片われ月よ。
ほうほう蛍、
しめれよ、ひとつ。
笹葉の露は
小雨ののこり。
ほうほう蛍、
明れよ、ふたつ。
水車の音も
ことこと鳴るに、
ほうほう蛍、
すうすうとわたれ。
蛍の籠も、
青あを濡れた。
ほうほうほうよ、
ほうほうほうよ。
- 閻魔堂
蛍がほつほつ、
閻魔堂、
笹籔ふかいで、
もう入るな。
いえいえ、それでも
閻魔堂、
今夜は御開帳、
宵祭。
行つて見りや、まつくら、
閻魔堂、
向うに人ごゑ、
灯は遠い。
逃げ出しや、紅い灯、
閻魔堂、
ありあり御開帳、
宵祭。
蛍がほつほつ、
閻魔堂、
その籔すごいで、
早よ帰れ。
- 蛍の出盛り
蛍の出盛り、
苺どき、
昼間も病犬吠え立てる。
蛍の出盛り、
苺どき、
川辺の小母さまどうしてぞ。
蛍の出盛り、
苺どき、
今年も遊びにゆきましょか。
蛍の出盛り、
苺どき、
鮎つり蟹つり日が暮れて。
蛍の出盛り、
苺どき、
いつかもお舟で帰された。
- てんと虫
鏡のふち見りや、
てんと虫、
ちらちら嫁入り、
かはいいな。
嫁さんどれでしよ、
てんと虫、
ちらちら行列、
赤上衣。
鏡の中でも、
てんと虫、
ちらちら嫁入り、
かはいいな。
- どんたく
洗濯日和だ、
どんたくだ。
かへろがはらわた
吐きだした。
ちよろちよろ小川の
午さがり。
蕗の葉かぶつて、
手をついた。
かへろのはらわた
やにくさい。
煙草のやになら、
早よ落せ。
それそれ、サアベル、
お巡査だ。
蕗の葉かぶつて、
そりや逃げろ。
かへろがはらわた
のみこんだ。
澄して小川を
飛び越えた。
- はむし
ゆふやけこやけ、
とべとべはむし。
ゆふやけこやけ、
こんや、つきよになアれよ。
- 蝶蝶の子供
白い蝶蝶の里親は、
厩の前の白豌豆。
腕豆の小母さんにあづけられ、
月夜は寝られず、夜は明ける。
夜明けりや董の露吸ひに、
ちよろちよろながれの石のそば。
昼間は厩の乾まぐさ、
子供と遊べどいぢめられ。
お馬が帰ればすぐ逃げて、
ひらひら、水田の水わたり。
日暮はひもじい、雨はふる、
灯は見えても宿は無し。
牝牛のお小舎をのぞいたら、
お角を振りふり睨まれた。
- 夕飯すぎ
やんまやんま、どこへゆく、
唐黍もぎに、蕎麦刈りに。
とんぼとんぼ、どこへゆく、
やれそれ、野風呂の火をつけに。
やんま、とんぼ、帰れ、
夕飯過ぎたらもう出るな。
とんぼ、やんま、戻れ、
月夜の稲妻また時化だ。
- かなかな蝉
かなかなかなと鳴く蝉は
あれは茅蜩、山の蝉。
かなかなかなと鳴く声は、
孟宗原に、鉾杉に。
かなかな蝉の鳴く頃は
月の出まへの陽のかげり。
かなかなかなとせはしそに、
さびしく刻むその声は。
かなかな蝉よ、日の暮れて
お手々曳かれた山の路。
かなかな母さま、お姉さま、
それは誰とも忘れたが。
かなかな蝉は秋の蝉、
月の出まへの陽のかげり。
- つくつくほうし
つくつくほうし、つくほうし、
啼いても啼いても日は暮れぬ。
お背戸の柿の果やまだ青い。
つくつくほうし、つくほうし、
おまへは独り児もらはれ児、
山家のそだちで気が弱い。
つくつくほうし、つくほうし、
お里のたよりもまだ無いか、
啼いても啼いても山の中。
つくつくほうし、つくほうし、
お背戸の柿の果やまだ青い。
- 郵便くばり
郵便くばりの来る頃は、
唐黍畑の入日どき、
つくつくほうしも鳴き立てる。
郵便くばりの来る影は
いつでもぽつつり、山のすそ、
帽子のひさしが光ります。
郵便くばりの来る道は、
さやさや黍の葉、紅い房、
両手をふりふりまゐります。
郵便くばりの小父さんは
いつもの鞄で、青い鬚、
お鬚の中から笑つてる。
郵便くばりは日に一度、
唐黍畑の入日どき、
「はいはい、坊や、またあした。」
郵便くばりは待ち遠い、
つくつくほうしよまだ来ぬか、
誰かの手紙が来はせぬか。
- さいかち虫
いが栗、ささ栗、栗のいが、
ねんねの弟は何処へ往た。
きつちきつち、さいかち虫、
捕りに往た。
いが栗、ささ栗、栗のいが、
一年待てどもまだ見えぬ。
きつちきつち、さいかち虫、
飛んで往た。
いが栗、ささ栗、栗のいが、
今年もひわれて墓の上。
きつちきつち、さいかち虫、
まだゐぬか。
いが栗、ささ栗、栗のいが、
ねんねの弟は土の下。
きつちきつち、さいかち虫、
捕りに往た。
- 鳥のうた
- みそつちよ
あれあれ、みそつちよが
チヨチヨンととまつた。
河原の飛び石
飛び飛びわたつた。
あれあれ、みそつちよが
チヨチヨンととまつた。
野茨にやとまれず、
葦の根にもぐつた。
あれあれ、みそつちよが
チヨチヨンと出て来た。
河原の飛び石
飛び飛びもどつた。
- 笛と雀
笛の竹伐りましよと
竹山のぼりや、
雀がおむかひ、
ちよちよ、ちよんちよん、
こオちらよ。
笛の竹もらひましよ、
さあさあ、お伐りな、
雀のをばさま、
ちよちよ、ちよんちよん、
ようおいで。
笛の竹孔あけて、
笛吹いてあげりや、
雀が総出で、
ちよちよ、ちよんちよん、
やつちよこな。
笛吹いて、笛吹いて、
竹山廻りや、
雀もうかれて、
ちよちよ、ちよんちよん、
すつちよんな。
- 玉蜀黍と雀
早よ早よ起きましよ、
雀も起きます。
たうもろこしの紅い毛が、
あれあれ、揺れてる。
早よ飯たべましよ、
雀もたべてる。
たうもろこしの紅い毛が、
あれあれ、揺れてる。
早よ出て遊びましよ、
雀も飛んでゐる。
たうもろこしの紅い毛が、
あれあれ、揺れてる。
- 百舌きち
百舌きち、
すつと来た。
渋つ柿搗け搗け。
百舌きち、
あわてた。
障子紙買へ買へ。
百舌きち、
翔けてつた。
演習だ、演習だ。
百舌きち、
火になつた。
たうがらし干せ干せ。
- 月夜の稲扱き
月夜の稲扱き、
ちらちら燈、
鶉も啼き啼き野路に出てる。
月夜の稲扱き、
あの子にこの子、
蝶蝶もまだゐて、稲の香けぶる。
月夜の稲扱き、
唐箕に車、
明日はお祭、お神輿かつぎ。
月夜の稲扱き、
遠くでお笛、
鶉も啼き啼き野路に出てる。
- 木の実採り
行つた、行つた、行つたよ、
山椒とりに行つたよ、
山椒の魚が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
茨の実とりに行つたよ、
ばらばら鳥が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
野葡萄とりに行つたよ、
野ねずみが行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
どんぐりとりに行つたよ、
どん亀泥亀行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
椎の実とりに行つたよ、
椎鳥が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
樫の実とりに行つたよ、
樫鳥が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
むくの実とりに行つたよ、
むく鳥が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
さいかちとりに行つたよ、
さいかち虫が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
葡萄とりに行つたよ、
葡萄虫が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
南天とりに行つたよ、
南蛮鳥が行つたよ。
行つた、行つた、行つたよ、
木の実とりに行つたよ。
誰も彼も行つたよ。
- 雀のお手まり
雀のお手まり
糸かがり、
青糸、茶の糸、鬱金糸。
お寺の茶の花、
石蕗の花、
姉さま、お手まりつきましよか。
雀の妹は
まだ小さい。
ころげて、お手まり籔の中。
北山おろしが
寒いなら、
早よ早よお家へおはひりな。
雀の母さま、
とんからり、
窓から見い見い呼んでます。
- 雀のあたまは
雀のあたまは
さむかろな。
茶いろの頭巾を
かぶせよか。
雀のお羽根は
さむかろな。
霰がころころ
ころげてる。
雀の尻尾は
さむかろな。
ふられて汚ごれて
ふるへてる。
雀の親子は
さむかろな。
チヨツチヨと
枯枝くぐつてる。
- 紅借り白鷺
しらしら、白鷺、夜が明けた、
どちらへ早よからおいでです。
鶴さんお宿へ紅借りに。
なぜなぜ、いそいで、紅借りに。
頭がつめたい、帽子無い。
そんならこの橋おわたりな。
いえいえ、枯葦くぐりましよ。
枯葦小籔にお舟無い。
お舟が無ければ飛んで行こ。
そんなら何処へと飛んで行く。
河洲の空へと舞うて行く。
河洲の空なら時雨ます。
時雨はしませぬ、まだ日和。
それでも朝虹立ちました。
二重の朝虹立ちました。
- 獣のうた
- 雨の田
簑着て、笠着て、犁の柄押して。
しつ、しつ、しつ。
お馬はひもじうて芹の葉たべる。
しつ、しつ、しつ。
雨ふりや、蛙がげこげこわめく。
しつ、しつ、しつ。
雨やみ小やみにや、つんつん燕。
しつ、しつ、しつ。
泥田のお馬よ、あつちこつちむくな。
しつ、しつ、しつ。
それでも、隣は菜の花、げんげ。
しつ、しつ、しつ。
簑着て、笠着て、雨ふる中を。
しつ、しつ、しつ。
- おしめり
おしめり、しめり、
こぬか雨、
木馬のお耳に
虹かけろ。
おしめり、しめり、
つくしん坊、
いたちのお宿に
槍立てろ。
おしめり、しめり、
てんと虫、
鏡のふちでも
旅してろ。
- 水の里
野茨のかげのお宿には、
獺爺さん、四つ手網、
まだまだ三日月、雨ぐもり、
どこかで小蝦もはねてゐる。
真菰のなかには花あやめ、
水鳥鳰鳥寝ねしてる、
明日はお日和たのみます、
灯もちらちら点いてくれ。
- 寄り道
寄り道、小道、
牡丹のかげに、
小母さんがござつて、
いたちつこ、いたち、
早よ家へ帰れ。
寄り道、小道、
あやめの中に、
小父さんがござつて、
いたちつこ、いたち、
早よ家へ帰れ。
- 病犬
びようびよう病犬
吠えたてた。
昼間も道草あぶないぞ。
舌出し病犬
気がちごた。
苺が紅てもちかよるな。
きよろきよろ病犬
尾をたれた。
そこらで泣いてりや噛まれるぞ。
びようびよう病犬
まだゐるぞ。
坊やのお家へはよ帰へれ。
- 山から来た馬
山から来た馬さびしさう、
尾をふり尾をふりつまらなさう。
山から来た馬、白の馬、
酒屋のお門は日が長い。
山から来た馬かはいさう、
遊んでおやりよ、町の馬。
山から来た馬、町の馬、
鬣すりつけうれしさう。
山から来た馬荷をつけた、
ああ、もう日暮だ、灯がついた。
山から来た馬、おかへりか、
うしろを向き向きまだ行かぬ。
山から来た馬さびしさう、
送つておいでよ、町の馬。
山から来た馬、町の馬、
月夜の麓はまだ遠い。
- 親牛子の牛
親牛、子の牛、斑牛、
曳かれて追はれて、海のそば、
むつつり、むつつり、海のそば。
ばらばら赤松、くねり松、
夕焼、遠焼、はや遠い、
ちらちらお星さんはや寒い。
どこまで行くのか、はだか牛、
お角も重かろ、ひもじかろ、
しんねり、しんねり、ひもじかろ。
北風吹き吹き、日は暮れる、
荒波、白波、はてしない、
砂やま、砂はま、はてしない。
親牛、子の牛、はだか牛、
親子の牛とも暮れて行た、
むつつり、むつつり、消えて行た。
- 千匹猿
てんてん手つなぎ、
お猿の子供、
続いた続いた、
千匹猿の子猿。
てんてん手つなぎ、
谷から谷へ、
通草も熟れたし、
月夜は白し。
てんてん手つなぎ、
流れは迅し、
お山はをりをり、
霧雨はしる。
てんてん手つなぎ、
わたろよわたろ、
まだまだ遠いぞ、
山王さんの燈明。
てんてん手つなぎ、
お月夜の子猿、
続いた続いた、
千匹猿の子猿。
- ゐのしし
父さん猪お牙がつよい、
お首がまはらず前向くばかり、
北風吹いてもいつさん走り、
お岩を蹴飛ばしいつさん走り。
母さん猪お耳が小さい、
お首がまはらず前向くばかり、
父さん呼び呼びいつさん走り、
木萱が邪魔でもいつさん走り。
子どもの猪まだまだ小さい、
お首がまはらず前向くばかり、
親たち追ひかけいつさん走り、
霙が寒むてもいつさん走り。
親子の猪、我武者でござる、
お首がまはらず前向くばかり、
滅法めくらにいつさん走り、
世界のはてまでいつさん走り。
- 草や木のうた
- 葡萄の蔓
葡萄の蔓は、
眼のある蔓か、
わたしの窓へ、
朝も晩ものびる。
葡萄の蔓よ、
何見てのびる、
日の照る硝子、
ちらちらするか。
緑の指よ、
葡萄の蔓よ、
日に日に待てば、
日に日にのびる。
近寄れ早く、
葡萄の蔓よ、
ねんねの夜も、
揺れ揺れのびよ。
- 枇杷と菱
兄
さあ来いさあ来い、枇杷もぎだ、
麦稈帽子で、えつさつさ。
弟
さあ来いさあ来い、菱とりに、
坊やが盥で、どんぶらこ。
兄
いやだい、そつちさ、あばあよだ、
おいらはお山だ、こつちさだ。
弟
いやだい、そつちさ、あばあよだ、
おいらはお池だ、こつちさだ。
兄
そんなら、そつちさ、よオかんべ、
箍なし盥で、どんぶらこ。
弟
そんなら、そつちさ、よオかんべ、
孔あき帽子で、えつさつさ。
──「そつちさ、こつちさ」は
そつちのはう、こつちのはう、の意。
──「あばあよだ」はさようならの意。
- 山の枇杷
おうちの枇杷の木、山の枇杷、
烏が朝から実をたべに。
かあかあ、おひとつ
いただこか。
日ざかりや子どもの電報屋さん、
あの枇杷おくれと木のぼりだ。
たべたべ、山阪
かけだした。
日ぐれは野鼠、親子づれ、
落ちてる枇杷がとかかへてく。
ちよろりこ、ちよろりこ、
ありがとよ。
- なまけ柿
坊や(鉈をふりあげる。)
なるか、ならぬか、なまけ柿、
ならぬと、この枝ぶつ伐るぞ。
鴉(あわててとめる。)
かあかあ、坊ちやん、まあおまち、
この柿小さい、まだ子ども。
坊や(でもまだ息張つてゐる。)
いやいや、こいつはもう大人、
去年もだました、なまけ柿。
柿(ペコペコおじぎする。)
なりますなります、今度から、
今年はどつさり鈴なりに。
坊や(鉈をはふりなげる。)
よしよし、そんなら、きつとなれ、
だますと、ゐろりに燃しちまふぞ。
鴉(ほつと安心する。)
よい子だよい子だ、よくきいた、
かあかあ、柿の木なまけるな。
柿(またまたペコペコおじぎする。)
はいはい、坊ちやんありがとよ、
鴉の小母さん、ありがとよ。
- 合歓
ねんねん合歓の花、
燕が揺つた。
ねいろとしたれば
小ぬか雨かかつた。
ねんねん合歓の花、
水ぐるまが廻つた。
ねいろとしたれば
水玉がかかつた。
- お山のうた
- かやの木山の
かやの木山の
かやの実は、
いつかこぼれて、
ひろはれて。
山家のお婆さは
ゐろり端、
粗朶たき、柴たき、
燈つけ。
かやの実、かやの実、
それ、爆ぜた。
今夜も雨だろ、
もう寝よよ。
お猿が啼くだで
早よお眠よ。
- 砂山
海は荒海、
向うは佐渡よ、
すずめ啼け啼け、もう日はくれた。
みんな呼べ呼べ、お星さま出たぞ。
暮れりや、砂山、
汐鳴りばかり、
すずめちりぢり、また風荒れる。
みんなちりぢり、もう誰も見えぬ。
かへろかへろよ、
茱萸原わけて、
すずめさよなら、さよなら、あした。
海よさよなら、さよなら、あした。
- こんこのお寺
雪こんこ、
雪こんこ、
こんこのお寺も日が暮れる、
こんこのお寺は山の向こ、
お灯ちらちらつけまする。
雪こんこ、
雪こんこ、
こんこのお寺に誰がゐる、
こんこのお寺の雪坊主、
お灯ちらちらつけまする。
- お山のあられ
こんころことかかるは
お山のあられよ、
お背戸の笹籔、
さら、さら、さらりよ。
こんころことかかるは
夜ふけのあられよ、
みぞれがお伴で、
さら、さら、さらりよ。
こんころことかかるは
お山のあられよ、
おもての篠籔、
さら、さら、さらりよ
- こんこん小松
笹竜胆なら
笹の中、
松虫草なら
小松原。
こんこん小松を抜きましよか、
ぴいぴい鵯鳥、みぞれ雪、
明けたらお羽根を突きましよか。
おててん手まりは
抱いて寝よ。
- わらび
山火事焼けるな、ホウホケキヨ、
山のむじなが焼け死ぬぞ。(小田原)
蕨、わらび、
いついつ萌える。
山焼き、
野焼き、
まだ火は赤い。
むじなの嫁は
いついつ来やる。
山焼き、
野焼き、
夜は火が赤い。
- ねんねこうた
- 小さなお小舎
小さなお月さま、銀の月、
小さなお小舎を照します。
小さなお小舎は藁の小舎、
小さなお床も藁の床。
小さなお床に寝る人は
小さな子供が三五人。
小さな子供は何します、
小さなお笛を鳴らします。
小さなお笛は何の笛、
小さな麦笛、藁の笛。
小さな麦笛吹きましよか、
小さな子鴨を呼びましよか。
小さな子鴨の寝る池も、
小さな蓮池、銀の月。
小さなお月さま、銀の月、
小さなお小舎が光ります。
- おころり小山
おころり小山の白兎、
白兎、
ねんねんころりともう眠てか、
椎の実かやの実さがしてか。
おころり小山の白兎、
白兎、
お耳もすやすやよう眠てか。
三日月さまゆゑまだ眠ぬか。
おころり小山の白兎、
白兎、
ねんねんころりよ、おころりよ、
眠ないと霰がころげます。
- あれはときがね
あアれは時鐘、まだ五つ、
まだ五つ、
夜明の明星も出たばかり。
ころころ蛙もまた眠たに、
また眠たに、
もいちど、ねんねよ、おころりよ。
お夢のつづきはまだ惜しい、
まだ惜しい、
泣いたら消えましよ、ちぎれましよ。
七つのお鐘が鳴るまでは、
鳴るまでは、
とろとろ、ねんねよ、おころりよ。
お日さま見えたらお迎へに、
お迎へに、
牧場のはてまでまゐりましよ。
お日さまお日さま、御土産は、
御土産は、
大きな紅薔薇、パンと乳。
- おねんね、ねんね
おねんね、ねんね
ねんねの小山
山火事じや遠い。
おねんね小雉子
もう夜が明ける。
- 双六のうた
五十三次、東海道、
それは昔の絵双六、
お江戸日本橋振出して、
京でお上り、えつさつさ。
爺さん婆さん、黍団子、
それはお話、草双紙、
桃から子どもが飛び出して、
雉子、猿、お犬で、えんやらや。
香港、錫倫、馬耳塞、
それは坊やが海の旅、
お籠のお舟で揺れ出して、
明朝、ロンドン、とんとろり。
- (奥付)
- 白秋全集26 第四回配本(第2期二五〜三七巻・別巻一)
一九八七年四月六日発行
定価四二〇〇円
著者 北原白秋
発行者 緑川亨
発行所 〒101東京都千代田区一ツ橋二−五−五
株式会社岩波書店
電話 〇三−二六五−四一一一
振替 東京六−二六二四〇