延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版

平家物語 二(第一末)
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一 てんだいざすめいうんそうじやうくじやうをとどめらるること
二 しちのみやてんだいざすにふしたまふこと
三 めいうんそうじやうるざいにさだまる事
四 明雲僧正いづのくにへながさるること
五 さんもんのだいしゆざすをとりかへしたてまつること
六 いちぎやうあじやりるざいのこと
七 ただのくらんどゆきつなちゆうげんの事
八 だいじやうにふだうぐんびやうもよほしあつめらるること
九 大政入道ゐんのごしよへつかひをまゐらする事
十 しんだいなごんめしとること
十一 さいくわうほふしをからめとること
十二 新大納言をいため奉る事
十三 しげもりだいなごんのしざいをまうしなだめたまふこと
十四 なりちかのきやうのきたのかたのたちしのびたまふこと
十五 なりちかのきやうしりよなきこと
十六 たんばのせうしやうなりつねにしはつでうへめさるること
十七 へいざいしやうたんばのせうしやうをまうしうけたまふこと
十八 しげもりちちにけうくんのこと
十九 重盛ぐんびやうをあつめらるることつけたりしうのいうわうのこと
廿 さいくわうくびきらるること
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廿一 成親るざいのこと付鳥羽殿にて御遊事成親備前国へつく事
廿二 むほんの人々めしきんぜらるること
廿三 もろたかをはりのくににてちゆうせらるること
廿四 たんばの少将ふくはらへめしくださるること
廿五 かるのだいじんのこと
廿六 しきぶのたいふまさつなのこと
廿七 成親卿しゆつけのこと付かの北方備前へ使を被遣事
廿八 なりつねやすよりしゆんくわんらいわうのしまへながさるること
廿九 康頼いわうのしまにくまのをいはひたてまつること
卅 康頼ほんぐうにてさいもんよむこと
卅一 康頼がうた都へつたはる事
卅二 かんわうのつかひにそぶをここくへつかはさるること
卅三 もとやすがせいすいじにこもること付康頼が夢の事
卅四 成親卿うしなはれたまふこと
卅五 成親卿のきたのかたきんだちらしゆつけのこと
卅六 さぬきのゐんのおんこと
卅七 さいぎやうさぬきのゐんのむしよにまうづる事
卅八 うぢのあくさふぞうくわんとうの事
卅九 さんでうのゐんのおんこと
四十 けいせいとうばうにいづる事
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平家物語第一末
一 五月いつかのひ、てんだいざすめいうんそうじやう、くじやうをとどめらる。くらんどをつかはしてによいりんのごほんぞんをめしかへし、ごぢそうをかいえきせらる。すなはちちやうのつかひをつけて、こんどしんよをささげたてまつりてぢんとうへまゐりたるだいしゆのちやうぼんをめさる。かがのくににざすのごばうりやうあり。もろたかこれをちやうはいのあひだ、そのしゆくいによつてもんとの大衆をかたらひて、そしようをいだす。すでにてうかのおんだいじにおよぶよし、さいくわうほふしふしざんそうのあひだ、ほふわうおほきにげきりんあつて、ことにぢゆうくわにおこなふべきよしおぼしめしけり。めいうんはかやうに法皇のごきしよくあしかりければ、いんやくをかへし奉りて、
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ざすをじしまうされけり。
(二) 十一日、しちのみや、天台ざすにならせ給。とばのゐんのだいしちのみや、こしやうれんゐんのだいそうじやう、かうげんのおんでしなり。
(三) 十二日、さきのざすしよしよくをとどめらるるうへ、けんびゐしににんをつけてすいくわのせめにおよぶ。このことによりて、大衆又そうじやうをささげていきどほりまうす。なほさんらくすべきよしきこえければ、だいりならびにほふぢゆうじどのにぐんびやうをめしあつめらる。きやうぢゆうのきせんさわぎあへり。大臣、くぎやうはせまゐる。廿日、さきのざすざいくわのことせんぎあるべしとて、大政大臣いげ、くぎやう十三人さんだいしてぢんのざにつきてさだめまうさる。はつでうのちゆうなごんながかたのきやう、そのときはうだいべんのさいしやうにておわしけるが、まうされ
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けるは、「ほつけのかんがへまうすにまかせて、しざいいつとうをげんじて、をんるせらるべしといへども、めいうんそうじやうはけんみつけんがくしてじやうぎやうぢりつなり。かいしゆひかりあきらかにして、いつてんのしたにかかやき、ぢやうすいながれふかくして、しかいのうへにすめり。さんみつのけうぼふみなもとをきはめて、はるかにけいくわはふせんのこふうをあふぎ、ごびやうのちすいそこをはらひて、とほくふくうむゐのせいりうをくむ。ちゑかうきにしていつさんのくわんじゆたり、とくぎやうぶさうにしてさんぜんのくわしやうたり。そのうへめいわうせいしゆにはいちじようほつけのしはんたり。だいじやうほふわうにはゑんとんじゆかいのくわしやうたり。ごきやうごかいのしぢゆうくわにおこなはるること、みやうのせうらんはかりがたし。げんぞくをんるのぎをいうせられば、てんがたいへんのもとゐたるべきか」と、はばかるところなくまうされければ、だいじやうだいじんもろながこうよりはじめて、じふさん
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にんのくぎやうおのおの、「ながかたさだめまうさるるぎにどうず」とまうされけれども、法皇のおんいきどほりふかかりければ、なほるざいにさだまりにけり。大政入道もこの事まうしとどめむとてまゐられたりけれども、おんかぜのけとおほせられて、ごぜんへもめされざりければ、いきどほりふかくしていでられにけり。
(四) 廿一日、さきのざすめいうんそうじやうをば、そうのるざいせらるるれいとて、とえんをめしかへされて、だいなごんんのたいふふぢゐのまつえだといふぞくみやうをつけて、いづのくにへながさるべきよし、せんげせらる。皆人かたぶけまうしけれども、さいくわうほふしがむしつのざんそうによりて、かくおこなはれけり。そのときいかなる者かよみたりけん、ふだにかきてたてたりけり。
まつえだはみなさかもぎにきりはててやまにはざすにすべきものなし K014
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(五) しゆと是をききて、西光法師ふしがみやうじをかきつつ、こんぽんちゆうだうにおはしますじふにじんのとらがみにあたり給へる、こんぴらだいしやうのおんあしのしたにふませ奉て、「じふにじんじやう、しちせんやしや、じこくをめぐらさず、さいくわうもろたかふしがひとつのたましひをめしとりたまへ」と、しゆそしけるこそ、きくもおそろしけれ。」こよひ都をいだしたてまつれ」と、院宣きびしくて、おひたてのけんびゐし、しらかはのごばうに参て、そのよしを申ければ、廿三日、しらかはのごばうをいでさせ給て、いづのくにのはいしよへおもむき給ふおんありさまこそかなしけれ。きのふまでは三千人のくわんじゆとあふがれて、よはうごしにこそのりたまひつるに、あやしげなるてんまに、ゆひぐらといふ物をおきてのせ奉る。いつくしげ
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なる御手に、みなずいしやうのごねんじゆをもち給へるを、なはたづなにとりぐしてまへわにうつぶしいれて、みなれたまひしおんでし一人もつきたてまつらず、もんとの大衆もみおくり奉らず。くわんにんどものさきにおひたてられて、せきよりひがしにおもむき給ふ御心の内、ちゆううのたびとぞおぼしめしける。夢に夢みるここちして、ながるる涙におんめくれ、ゆくさきもみへ給はず。是をみたてまつるじやうげのしよにん、涙をながさぬはなかりけり。ひも既にくれにければ、あはたぐちのへん、いつさいきやうのべつしよといふところに、しばしやすらひ給ふ。よをまちあかして、つぎのひのむまのときばかりに、あはづのこくぶんじのだうにたちいりて、しばらくやすみ給ふ。これによつてまんざんのだいしゆ、一人ものこりとどまらずひがしざかもとへくだりつつ、じふぜんじの
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おんまへにしゆゑしてせんぎしけるは、「そもそもわがやまは、ぶつにちせうりんのち、ほつすいかうりうのみぎりなり。ゆゑにきうがくのかうさい、くびすをつぎて、てんだいさんぐわんのつきをもてあそび、こうしんのしやうそ、りんめうをなして、しけうごんじつのたまをみがく。ぐわつしくもはるかにして、じゆれいのしていをさいてんのむかしにへだつといへどもじちゐきひかりあきらかにして、まつたくがわうのだいほふをとうぜんのいまにえたり。りやうぜんのはつまんかたちをかへて、さんぜんよにんのがくとにのつとり、ぢじゆうのじふかい、すがたをやつしてとうざいりようごんのぶんくわんをささぐ。ぶつにちひかりをやはらげて、しめいのみねにいちじようののりをひろめ、かくげつちりにおなじくして、たいれいのふもとにはつさうのきをととのふ。まことにじちゐきぶじのれいさん、てんがぶさうのしようちなり。またざすのくわしやうとは、ぶつけうのあうしをきはめて、かうゐのすうはんにのぼり、いつさんのくわんじゆとあふがれて、さん
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ぜんのとうりやうたり。りやうがいさんぶはばんれんのかがみ、だいにちへんぜうのひほふにくもりなく、いちじようごりつはしんえんのみづ、ぶつしゆほふかいのしようもんになみしづかなり。ゐふうとほくあふぎてこずゑをなびかし、じうんあつくおほひてまんざんうるほひをうく。しくわんのまどにひぢをくたして、たねんなんがくてんだいのみなもとをたづね、ゆがのだんにこころをすまして、すさいりゆうちりゆうみやうのながれをくむ。くわんじゆといひ、さんじやうといひ、たれか是をかろしめむ。なかんづく、でんげう、じかく、ちしようさんだいのおんことはまうすにおよばず。ぎしんくわしやうよりこのかた五十五だい、いまだてんだいざするざいのれいをきかず。まつだいといへどもいかでかわがやまにきずをばつくべき。せんずるところ三千の大衆、みをわがやまのくわんじゆにかへ奉り、いのちをばいわうさんわうにまゐらす。あはづへまかりむかひて、くわんじゆをとりとどめたてまつるべし。ただしおつたてのくわんにん、りやう
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そうしあむなればとりえたてまつらむ事かたし。さんわうだいしのおんちからよりほかたのむかたなし。ことゆゑなくとりえたてまつるべくは、只今しるしみせ給へ」と、三千人の衆徒いちどうにかんたんをくだきてきねんす。ややひさしくありて、一人のものつきくるひいでて、しばらくくるひをどる。ごたいよりあせをながして申けるは、「よは末なれどもじつげついまだちにおちず。くにはいやしけれどもれいじんひかりをかかやかす。ここにくわんじゆめいうんは、わがやまのほふとう、三千のえこたり。しかるをつみなくしてたこくにうつされむ事、いつさんのかきん、しやうじやうせせにこころうかるべし。さらむにとりては、われこのやまのふもとにあとをとどめても、なにかはせむ。ほんどへこそかへらむずらめ」とて、そでをかほにをしあてて、さめざめとなきければ、大衆是をあやしみて、「まことにさんわうのごたくせんならば、われらがねんじゆを
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たてまつりたらむをすこしもたがへずもとのぬしぬしへかへしたまふべし」とて、衆徒らねんじゆをどうじにほうぜんへなげたりければ、ものつき是をことごとくひろひあつめて、もとのぬしぬしへいちいちにくばりわたしてけり。誠にわがやまのしちしやごんげんのれいげんのあらたにおわしますかたじけなさに、大衆涙をながしつつ、「さらばとうとうむかへ奉れや」とて、あるいはべうべうたるしがからさきのはまぢにこまにむちうつ衆徒もあり。あるいはまんまんたるやまだやばせのこしやうに、ふねにさをさす大衆もあり。ひがしざかもとよりあはづへつづきて、こくぶんじのだうにおわしましけるざすをとりとどめ奉りければ、きびしげなりつるおつたてのくわんにんもみへず、りやうそうしもいづちかゆきぬらむ、うせにけり。座主はおほきにおそれたまひて、「ちよくかんの者は
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つきひのひかりにだにもあたらずとこそ申せ。じこくをめぐらさずおひくださるべきよしせんげせらるるに、しばらくもやすらふべからず。衆徒とくとくかへりのぼりたまへ」とて、はしぢかくゐいでて宣けるは、「さんたいくわいもんのいへをいでて、しめいけいきよくのまどにいりしよりこのかた、ひろくゑんしゆうのけうぼふをがくして、ただわがやまのこうりゆうをのみおもひ、こくかをいのり奉る事もおろそかならず。もんとをはぐくむこころざしもふかかりき。みにあやまつ事なし。りやうじよさんしやうさだめてせうらんしたまふらむ。むしつのざんそうによりてをんるのぢゆうくわをかうぶる、これぜんぜのしゆくごふにてこそはあらめとおもへば、よをも人をもかみをもほとけをも、さらにうらみ奉る事なし。是までとぶらひきたり給へる衆徒のはうじんこそまうしつくしが
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たけれ」とて、涙にむせび給ふ。かうぞめのおんそでもしぼるばかりなり。是をみ奉て、そこばくの大衆もみな涙をながす。やがておんこしよせてのせたてまつらむとしければ、「昔こそ三千人のくわんじゆたりしかども、今はかかるさまになりたれば、いかでかやむごとなきしゆがくしや、ちゑふかきだいとくたちにはかかげささげられて、わがやまへはかへりのぼるべき。わらうづなむどいふ物はきて、おなじさまにあゆみつづきてこそのぼりさうらはめ」とて、のり給はざりければ、かかるらんげきの中なれども、よろづものあはれなりけるに、さいたふのにしだににかいじやうばうのあじやりいうけいとて、さんたふにきこへたるあくそうありけり。さんまいかぶとをゐくびにきなし、くろかはをどしのおほあらめのくさずりながなるに、三尺五
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寸のおほなぎなたのちのはのごとくなるをつき、「大衆のおんなかにまうしさうらわむ」とて、さしこへさしこへわけゆきて、ざすのおんまへに参りて、かぶとをぬきて、やぶの方へがはとなげいれければ、しもべのほふしばらとりてけり。なぎなたわきにはさみ、ひざをかがめて申けるは、「かやうに御心よわくわたらせたまふによりて、いつさんにきずをもつけさせたまひ、こころうきめをもごらんぜられ候ぞかし。くわんじゆは三千人の衆徒にかはりてるざいのせんじをかうぶりたまふに、三千人のしゆとは、貫首にかはり奉りて命をうしなふとも、なにのうれひかあらむ。とくとくおんこしに奉り候べし」と申て、座主のおんてをむずととりて、おんこしにかきのせ奉りければ、座主わななくわななくのりたまひぬ。やがていうけいこしのせん
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ぢんをかく。ごぢんはわかきだいしゆ、ぎやうにんなむどかき奉る。あはづよりとりのとぶがごとくしてとうざんするに、いうけいあじやりは一度もかわらざりけり。なぎなたのえもこしのながえも、くだくばかりぞみへたりける。ごぢんこらへずしておのおのかはりけり。さしもさがしきひがしざかをへいぢをあゆむにことならず、だいかうだうのにはにかきすへ奉る。あはづへくだらぬ、ぎやうぶにかなわぬらうそうどもは、「このこといかやうにあるべきぞや。ひごろはいつさんのくわんじゆとあふぎたてまつりつれども、今はちよくかんをかうぶりたまひてをんるせらるる人を、よこどりにとりとどむる事、しじゆういかがあるべかるらむ」なむどぎするともがらもありければ、いうけいすこしもはばからず、あふぎひらきつかひて、胸をしあけ、むないたきらめかして申けるは、
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「わがやまはこれにつぽんぶさうのれいち、ちんごこくかのだうぢやうなり。さんわうのごゐくわういよいよさかりにして、ぶつぽふわうぽふごかくなり。しゆとのいしゆもよさんにこえ、いやしきこぼふしばらにいたるまで、よもつてなほかろしめず。いかにいはむやめいうんそうじやうはちゑかうきにしていつさんのくわしやうたり。とくぎやうぶさうにして三千のくわんじゆたり。しかるを今つみなくしてつみをかうぶり給事、これしかしながらさんじやうらくちゆうのいきどほり、こうぶくをんじやうのあざけりか。かなしきかな。このときにあたりて、けんみつのあるじをうしなひて、しくわんのまどにまへにはけいせつのつとめすたれ、さんみつのだんのうへにごまのけぶりのたえむこと、こころうきことにあらずや。誠にちゆうとにしてとどめたてまつるゐちよくのざいくわのがれがたくは、しよせん、いうけいこん
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どさんたふのちやうぼんにさされて、きんごくるざいせられ、かうべをはねらるること、まつたくいたみぞんずべからず。かつうはこんじやうのめんぼく、めいどのおもひでたるべし」とかうしやうにののしりて、さうがんより涙をながしければ、まんざんのしゆと是をききて、おいたるもわかきも、みなころもの袖をしぼりつつ、「もつとももつとも」といちどうす。やがて座主をかき奉りて、とうだふのみなみだにめうくわうばうへいれ奉る。それよりいうけいをば、いみやうには、いかめばうとなづけたり。そのでし、けいかいりつしをばこいかめそのでしてきけいびぜんのちゆうきをばまごいかめと申けるとかや。
六 ときのわうざいはごんげの人ものがれざりけるにや、たいたうのいちぎやうあじやりは、げんそうくわうていの時、むしつのうたがひによりてつみをかうぶることあり
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けり。そのゆゑはげんそうのきさきにやうきひといふ人おわしき。もとよりせんぢよなりければ、ほうらいきゆうへかへりたまふべきときもちかくなりにけり。おんせうとのやうこくちゆうをめして宣けるは、「ぶつぜんぶつごのちゆうげんにうまれて、しやくそんじしのきべつにもれ、ぎやうぢゆうざぐわのまうねんにしづみて、しやうじるてんのごふいんをむすぶ。さんがいところひろけれども、みなこれうゐむじやうのさかひ、ししやうかたちおほけれども、またこれしやうじやひつめつのたぐひなり。これによつて、じふりきむゐのそん、じやくめつをさうりんのあらしにまかせ、ろくてんじやうめうのたのしみ、たいもつをごすいのつゆにかなしむ。ゑしやぢやうりのことわり、とうたいのけぶりにみえ、らうせうふぢやうのならひ、なんもんのかぜにきこゆ。みかどにわかれたてまつるべきときのちかづきたるやらむ、このほどはむなさわぎうちして、はかなきゆめのみみへ
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て、つねに心のすむぞとよ」と宣ければ、「なんぶふぢやうのすまい、しよそんのめうたいをたのみたてまつり、そくさいえんじゆのもとゐ、ぼさつじやうかいにしくはなし。かのいちぎやうは、かいしゆをみがきてひかりをまし、しらをおりていろあざやかなり。かれをめししやうじてさんまやかいをうけさせ給べし」と申ければ、いちぎやうをめしてだうぢやうをかざる。ささぐるところは、さんやしきのはな、ぶつぜんにそなへていろあざやかなり。そなふるところは、さうもくひやくくわのかう、だうぢやうにくんじてにほひかんばし。しかれども、みかどのおんゆるされなからむにはたやすくかいをさづけたてまつりがたきむねを申さる。そのとききひののたまはく、「くわしやうはぼさつのぎやうをたてて、いつさいしゆじやうをみちびきたまふなるに、なんぞわがみひとりにかぎりて、かいをさづけたまはざるべきや」とうらみたまひければ、さらばとて、なぬかななよ、ぼさつ
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じやうかいをさづけたてまつらる。そのころ、あんろくさんといひける大臣、かんしんをさしはさみて、やうこくちゆうをうしなひて、国のまつりごとをとらばやと思心ふかくして、ついでをもとめけるをりふし、この事をもれききて、ひそかにくわうていに申けるは、「きさきすでにみかどにふたごころおわしまして、やうこくちゆうに御心をあはせて、いちぎやうにちかづきたまふことあむなり。きみうちとけたまふべからず」と。みかど是をきこしめして、「きひわれに志あさからず。いちぎやうまたきそうなり。なにゆゑにか只今さることあるべき」とおもひたまひけれども、じつぷをしりたまはむが為に、やうきひのまことのすがたをすこしもたがへずゑにかきて、たてまつるべき由をいちぎやうにおほせらる。一行たいたういちのにせゑのじやうずにておわしければ、かかるはかりことありともしりたまはず、ふでをつくしてきひのかたちをうつしてまゐらせらるる程に、いかがしたり
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けむ、ふでをとりはづして、きひのほぞの程にあたりて、すみをつけてけり。「きひのはだへにはははくそといふ物のありけるとかや。かきなをさばや」とはおもはれけれども、みかどをそしとせめたまひければたてまつりぬ。みかどこれをみたまひて、「あんろくさんはまことをいひけり。一行、きひにちかづかずはいかでかはだへなるははくそをばしるべき」とて、すなはちいちぎやうをくわらこくといふくにへながさる。くだんのくにはふるきわうぐうなりければ、かのくにへくだるみちみつあり。ひとつのみちをばりんちだうといふ。このみちはごかうのみちなり。ひとつのみちをばいうちだうとなづく。きせんじやうげをきらはずゆきかよふみち也。いまひとつのみちをばあんけつだうとなづけたり。ぼんくわの者いできぬれば、ながしつかはすみちなり。このみちはしたにみづたんたんとしてきはぞなく、上にはじつげつせいしゆくの光もみへ給はず。
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なぬかななよそらをみずしてゆくみちなりければ、みやうみやうとしててんくらく、ぎやうぶにせんどのみちみへず。しんしんとして人もなく、かんこくのとりのひとこゑもなく、さこそは心細くかなしくおもひたまひけめ。おもひやられてあはれなり。いちぎやうむしつによりてをんるのつみをかうぶる事をてんたうあはれみたまひて、くえうのかたちをげんじてまもりたまふ。一行ずいきのあまりに、みぎのゆびをくひきりて、ひだりのさんえのたもとに、くえうのかたちをうつしとどめたまひにけり。くわらのづとて、わがてうまでもよにるふする、くえうのまんだらとまうすは、すなはちこれなり。いちぎやうあじやりとまうすはりゆうみやうぼさつよりはろくだい、りゆうちあざりよりは五代、こんがうちさんざうよりはしだい、ふくうさんざうよりは三代、ぜんむゐさんざうのおんでし也。
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「ひとをきるやいばはくちよりいで、これをきる。ひとをころすたねは、みよりいで、これをうう」といふほんもんにたがはず。だいしゆせんざすをとりとどめたてまつるよし、法皇きこしめして、いとどやすからずおぼしめされける上に、さいくわうにふだうないないまうしけるは、「昔より山門の大衆、みだりがはしきそしようつかまつる事は今にはじめねども、いまだこれほどのらうぜきうけたまはりおよばず。こんどゆるにごさたあらば、よはよにてもあるべからず。よくよくおんいましめあるべし」とぞ申ける。みの只今にめつせむずる事をもかへりみず、さんわうのしんりよにもはばからず、かやうにのみ申て、いとどしんきんをなやまし奉る、あさましきことなりけり。「ざんしんはくにをみだりとふはいへをやぶると」みへたり。「そうらんしげからむとほつすれども、しうふうこれをやぶる。わうしやあきらかならむとほつすれども、ざんしんこれをかくす」ともいへり。まことなるかな。このことをぶけにおほせ
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られけれども、すすまざりければ、新大納言いげのきんじゆのともがら、ぶしをあつめて山をせめらるべき由さたありけり。物にもおぼへぬわかき人々、ほくめんのげらふなむどはきようある事におもひて、いさみあへり。すこしも物の心をもわきまへたる人は、「ただいまだいじいできなむず。こはこころうきわざかな」となげきあへり。またないない大衆をもこしらへ、おほせのありければ、ゐんぜんのどどくだるもかたじけなければ、わうどにはらまれながら、じやうめいをたいかんせむもおそれありければ、おもひかへしなびきたてまつる衆徒も有けり。ざすはめうくわうばうにおはしましけるが、だいしゆふたごころありとききたまひぬれば、なにとなりなむずるみやらむとぞおぼしめされける。
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七 なりちかのきやうは山門のさうどうによつて、わたくしのしゆくいをばおさへられけり。そもないぎしたくはさまざまなりけれども、ぎせいばかりにてそのことかなふべしともみへざりけり。そのなかにただのくらんどゆきつなさしもちぎりふかくたのまれたりけるが、このことむやくなりとおもふこころつきにけり。さてゆぶくろのれうに新大納言よりえたりける五十たんのぬのども、ひたたれこばかまにたちぬひて、いへのこらうどうにきせつつ、めうちしばたたきてゐたりけるが、思けるは、「つらつら平家のはんじやうするありさまをみるに、たうじたやすくかたぶけがたし。大納言のかたらはれたるつはものいくほどなし。よしなきことによりきしてけり。もしこのこともれぬる物ならば、ちゆうせられ
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む事うたがひなし。かひなきいのちこそたいせつなれ。たにんのくちよりもれぬさきにかへりちゆうして、いのちいきなむ」とおもひて、五月廿九日、ようちふけてだいじやうにふだうのもとへゆきむかひて、「ゆきつなこそまうすべきことあつて参て候へ」と申ければ、「つねにもまゐらぬ者のただいまよなかにきたるこそこころえね。何事ぞ。きけ」とて、へいごんのかみもりとほがこ、しゆめのはんぐわんもりくにをいだされたり。「人づてにまうすべきことにあらず。ぢきにげんざんにいりて申べし」と申ければ、入道、うまのかみしげひらあひぐして、ちゆうもんのらうにいであひて、入道宣けるは、「ろくぐわつぶれいとてひもとかせ給へ。入道もびやくえに候」とて、しろかたびらにしろきおほくちふみくくみて、すずしのこそでうちかけて、左のてにうちがたなひつさげ
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て、かまうちはつかはる。「このよはまうにふけぬらむ。いかに何事におわしたるにか」。ゆきつなちかぢかとさしよりて、こごゑになりてささやき申けるは、「いとしのびてまうすべきことさうらひて、ひるはひとめのつつましさに、わざとよるにまぎれてまゐりてさうらふ。ゐんぢゆうの人々ひやうぐをととのへ、ぐんびやうをめしあつめらるる事をば、しろしめされて候やらむ」と申ければ、「いさ、それは山の大衆をせめらるべしとこそうけたまはれ」と、いと事もなげにのたまひければ、「そのぎにては候はず」とて、ひごろつきごろ、新大納言をはじめとして、しゆんくわんがししのたにのさんざうにてよりあひよりあひないぎしたくしける事、「それはとこそまうしさうらひしか、かくこそ申候しか」と、人のよきこといひたるをば
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わがまうしたりしといひ、わがあつこうしたりしをば人のまうしたるにかたりなし、五十たんのぬのの事をばいつたんもいひいださず、ありのままにはさしすぎて、やうやうさまざまの事どもとりつけてくはしく申ければ、入道おほきにおどろきて宣けるは、「ほうげんへいぢよりこのかた、君のおんために命をすつる事すでにたびたびなり。人々いかに申とも、きみ君にてわたらせ給はば、いかでか入道をばししそんぞんまでもすてさせ給べき。おそれながら君もくやしくこそわたらせ給はむずらめ。そもそもこのことは院はいちぢやうしろしめされたるか」と宣ければ、「しさいにやおよびさうらふ。大納言のぐんびやうもよほされさうらひしも、院宣とてこそもよほされさうらひしか」。そのほかもさまざまの事共いひちらして、「いとままうして」
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とてかへりにけり。入道おほごゑにてさぶらひどもをよびて、ののしりしかられけるけしき、もんぐわいまできこへければ、ゆきつなたしかなるしようにんにもぞたつとて、あなおそろしとて、のにひをつけたるここちして、人もをはぬにとりばかまをして、いそぎはせかへりぬ。
八 入道さだよしをめして、「むほんのものどものあんなるぞ。さぶらひどもきとめしあつめよ。いつかの人々にもおのおのふれ申せ」と宣ければ、めんめんに使をはしらかしてこのよしを申に、およそいづれもいづれもさわぎあひて、われさきにとはせあつまる。うだいしやうむねもり、さんゐのちゆうじやうとももり、うまのかみしげひらをはじめとして、人々、さぶらひ、らうどう、おのおのかつちうをよろひ、きゆうせんをたいしてはせつどふ。そのせいうんかのごとし。
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よなかに五千よきになりにけり。
九 六月ひとひのひ、いまだほのぐらき程に、入道のけんびゐしあべのすけなりをめして、「ゐんのごしよへまゐりてだいぜんのだいぶのぶなりをよびいだして申さむやうはよな、『きんじゆにさうらふものどものほしいままにてうおんにほこるあまりに、よをみだらむとつかまつるよしうけたまはりさうらへばたづねさたつかまつるべし』と申せ」とて、まゐらする。すけなりいそぎ院の御所へ参て、のぶなりをよびいだしてこのよしをまうしければ、のぶなりいろをうしなひて、ごぜんにさんじてそうもんしけれども、ふんみやうのおんぺんじなかりけり。「この事こそえ御心得なけれ。こは何事ぞ」とばかりおほせあり。すけなりいそぎはせかへりてこのよしを申ければ、入道、「よもおんぺんじあらじ。なにとかはおほせあるべき。
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はや君もしらせ給たりけり。ゆきつなはまことをいひけり」とて、いかられけり。
十 そののちざつしきをもつて、「しんだいなごんのもとにゆきて、『まうしあはせたてまつるべきことあり。いそぎわたらせ給へ』と申べし」とのたまひければ、つかひはしりつきてこのやうを申す。大納言、「あはれ、是はれいの山の大衆の事を院へ申さむずるにや。このことはゆゆしくおんいきどほりふかげなり。かなふまじき物を」など思て、わがみの上とはつゆしり給はで、いそぎいでられけるこそはかなけれ。はちえふの車のあざやかなるに、さきはしり三人、さぶらひ三四人めしぐして、うへきよげなるほういたをやかにきなして、ざつしき、うしかひにいたるまで、つねのしゆつしよりはすこしひきつくろひたるていにて
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ぞいでられける。それもさいごのあり
きとはのちにこそおもひあはせたまひけめとあはれなり。入道のをわするにしはつでうちかくやりよせて、そのほどをみ給へば、しごちやうにぐんびやうじゆうまんせり。「あなをびたたし。いかなる事ぞ」とむねうち騒ぎて、車よりおり給たれば、もんのうちにもつはもの所もなくたちこみて、只今事のいでたるていなり。ちゆうもんのとにおそろしげなる者二人たちむかひて、大納言のさうのてをとりてひつぱりて、うつぶさまになげふせて、「いましめ奉べきか」と申。入道殿、「きのふまではゐんのごしよ、わたくしどころにてもかたをならべしけいしやう也。今こそかたきとはならむからに」と、いかれる心にもかはゆくや思はれけむ、「しからずとも」とて、つといりたまひぬ。
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そののち、つはもの十よにんきたりてぜんごさうにたちかこみ、てんにもあげずちにもつけず、なかにひきくくつて、上へひきのぼせ奉り、ひとまなる所にをしこめつ。大納言ゆめのここちして、あきれて物も宣はず。是をみて、ともにありつるしよだいぶ、さぶらひも、ざつしき、うつかひわらはも、うし、くるまをすててしはうへにげうせぬ。大納言は六月のさしもあつきころ、ひとまなる所にこめられて、しやうぞくもくつろげずおはしければ、あつさたへがたし。涙もあせもあらそひてぞながれける。「わがひごろのあらましごとのきこへにけるにこそ。いかなる者のもらしつらむ。ほくめんのともがらの中にぞあらむ。こまつのおとどはみへ給はぬやらむ。さりともおもひはなち給はじ物を」とおもはれけれ
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ども、たれしてのたまふべしともなければ、涙をこぼし、あせをながしてぞおはしける。
十一 そののち、入道、ちくごのかみいへさだ、ひだのかみかげいへをめして、「むほんのともがらのそのかずあり。ほくめんのものどもひとりももらさずからめとるべき」よしげぢし給ければ、あるいは一二百き、あるいは二三百き、おしよせおしよせみなからめとりて、いましめおきけり。そのなかにさゑもんのにふだうさいくわう、こんぽんよりきの者なりければ、「かまへてからめにがすな」とて、まつらのたらうしげとしがうけたまはりにて、はうべんをつけてうかがひける程に、ゐんのごしよにて人々の事にあひけることどもききて、人の上ともおぼへずあさましと思て、あからさまにわたくしのしゆくしよにいでて、すなはち又御所へ参けるに、
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もののぐしたるぶし七八人ばかりさきにたちたり。うしろの方にも十よにんありとみて、このよのならひなれば、武士にはめもみかけず、あしばやにあゆみけるを、さきにまちかけたる武士、「はつでうのにふだうどのより、『きとたちよりたまへ。いそぎまうしあはすべきことあり』とおほせられさうらふ」といひければ、さいくわうすこしせきめんして、にがわらひて、「くじにつけて申べき事候。やがて参り候べし」といひて、あゆみすぎんとするに、うしろにきつる武士、「やは、にふだうほどの者の何事をかは君にまうすべき。よのだいじひきいだして、われも人もわづらひあり。物ないはせそ」とて、うちふせてなはつけて、武士十よにんが中におひたててゆきて、八条にて、「かく」とまうしいれたりければ、もんよりうちへもいれら
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れず。すなはちしげとしがうけたまはりにて事のおこりをたづねられければ、はじめはおほきにあらがひ申て、わがみにあやまらぬよしをちんじければ、入道おほきにはらをたてて、らんけいにかけてうちせためてとひければ、あることなきことおちにけり。はくじやうかかせてはんせさせて入道に奉る。入道是をみ給て、「さいくわうとりて参れ」と宣ければ、しげとしがいへのこらうどう、そらにもつけずちにもつけず、ちゆうにさげて参たり。やがてめんだうのまがきの前にひきすへたり。入道は、ちやうけんのひたたれに、くろいとをどしのはらまきに、こがねづくりのたち、かもめじりにはきなして、上うらなしふみちぎりて、すのこのへんにたたれたり。そのけしきやくなげにぞみへられける。さて西光をにらまへて
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宣けるは、「いかにおのれほどのやつは入道をばかたぶけむとはするぞ。もとよりげらふのくわぶんしつるはかかるぞとよ。あれ程のやつぱらをめしあげて、なさるまじきくわんしよくをなしたびてめしつかはせたまふあひだ、をやこともにくわぶんのふるまひするものかなとみしにあはせて、つみもおはせぬてんだいざすざんし奉て、をんるにまうしおこなひて、てんがのだいじひきいだして、あまつさへこのことにこんげんよりきの者とききおきたり。そのしさいつぶさに申せ」と宣ければ、西光もとよりさるげの者なりければ、すこしもいろもへんぜず、わるびれたるけしきもなくて、あざわらひて、「いでしりうごとせむ」とて申けるは、「ゐんぢゆうにめしつかはるるみにて候へば、しつしのべつたう、新大納言殿のゐんぜんとてもよほされ
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さうらひし事に、くみせずとは、いかでか申候べき。くみしてさうらひき。ただしみみにとどまるおんことばをもつかはせたまふものかな。たにんの前はしらず、西光が前にては、くわぶんのおんことばをば、えこそつかはせ給まじけれ。みざりし事か、殿はこぎやうぶきやうのとののちやくしにてわたらせ給しかども、十四五さいまではじよしやくをだにもし給はず、かぶりをだにもたまはらせ給はで、けいぼのいけのにこうのあはれみて、とうぢゆうなごんいへなりのきやうのもとへ時々申よりたまひし時は、『あは、ろくはらのふかすみのたかへいだのとほるは』とこそきやうわらはべはゆびをさしてまうししか。そののち、こきやうのとの、かいぞくのちやうぼん卅よにんからめいだされたりしくんこうのしやうに、いんじほうえんのころかとよ、おんとし十七か八
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かの程にてしゐして、しゐのひやうゑのすけになりたまひたりしをこそ、ゆゆしきことかなと、よもつてかたぶき申しか。おなじきわうそんといひながら、すだいひさしくなりくだりて、てんじやうのまじはりをだにもきらはれて、やみうちにせられむとしたまひし人のこにて、いまかたじけなくもそくけつのくわんをうばひとりて、大政大臣になりあがりて、あまつさへ天下をわがままに思給へり。是をこそくわぶんとは申べけれ。さぶらひほんの者のじゆりやう、けんびゐし、ゆげひのじようになる事ははうれいなきにあらず。なにかは過分なるべき。入道こそくわぶんよ。入道こそくわぶんよ」と、ゐたけだかになりて、ことばもたばわずさんざんに申ければ、入道あまりにいかりて物も宣はず。しばらくありて、「西光めさうなくくびきるな。よくよく
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さひなめ」とのたまひければ、重俊が郎等つとよりて、ふときしもとを以て七十五度のがうじんをくはへたり。西光心はたけかりけれども、もとよりもんぞんせられたる上、しもとみにしみてじゆつなかりければ、のこりなくおちにけり。はくじやう四五枚にきせられたり。ややひさしくありて、うちのかたより人のあしおとたからかにしてきたりければ、大納言はただいまうしなわれなむずるやらむと、きもこころをけしてゐられたりけるに、入道、大納言のおはしけるうしろのしやうじをあららかにさつとあけられたり。そけんのころものみじからかなるに、しろきおほくちふみくくみて、ひじりづかの刀ををしくつろげて、おほきにいかれるけしきにて、大納言をにらまへて
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宣けるは、「やや大納言殿。ひととせ、へいぢのげきらんのとき、のぶより、よしともらにごどうしんあつて、てうてきとなり給たりし時、ゑちごのちゆうじやうとて、しまずりのひたたれ、こばかまきて、をりえぼしひきたてて、ろくはらのむまやの前にひきすへられておわせしかば、つみにさだまりてすでにちゆうせられたまふべきにておはせしを、だいふとかくしてまうしなだめたりしかば、『しちだいまでのまもりのかみとならむ』と、てをあはせてなくなくのたまひし事はわすれたまひたるな。人はみめかたちのなだらかなるをば人とはまうさぬぞ。おんをしるをもつて人とは申ぞ。わどののやうなる者をこそ、人のかはをきたるちくしやうとはいへ。さればなんのくわたいによりて、たうけを
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ほろぼすべきよしのごけつこうありけるやらむ。されどもびうんのつきざるによりて、このことあらはれてむかへまうしたり。ひごろのごけつこうのしだい、只今ぢきに承候べし」とのたまひければ、大納言涙をながして、「れんしんにとりてはまつたくあやまりたる事なく候。人のざんげんにてぞ候らん。くはしくおんたづねあるべく候」と宣ければ、入道いはせもはてず、「さいくわうほふしがはくじやうまひらせよ」と宣へば、もちて参たり。入道ひきひろげて、くりかへしたからかににへんまでよまれたり。なりちかのきやうをはじめとして、しゆんくわんがししのたにのばうにて平家をほろぼすべきけつこうのしだい、法皇のごかう、やすよりがたふへん、いちじとしてもるる所なし。四五枚にしるされたり。「是はいかに。このうへは
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はちんにやおよぶべき。これはどこをあらがふぞ。あらにくや」とて、はくじやうを大納言になげかけて、しやうじをはたとたててかへりたまひけるが、なほはらをすへかね給て、
十二 「つねとほ、かねやすはなきか」と宣ければ、つねとほ、かねやす、すゑさだ、もりくに、もりとしなむど参りたりければ、「たがげぢにて、あの大納言をばしやうじの内へはのぼせけるぞ。あれつぼにひきおろしてとりてふせて、したたかにさいなみて、おめかせよ」と宣ければ、つねとほいげのつはものどもつとよりて、大納言をにはにひきおとす。そのなかにすゑさだはもとよりなさけある者にて、大納言をとりてをさへて、ひだりてにて大納言のくびをつよく
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とるやうにして、さすがにつよくとらず、みぎてにて大納言のむねををすやうにして、つよくをさず。すゑさだがくちを大納言のみみにさしあてて、「入道のきかせたまひさうらふやうに、只おんこゑをたててをめかせ給へ」とささやきければ、大納言声をあげてふたこゑみこゑをめかれけるを、入道きき給て、「只をしころせやをしころせや」とぞ宣ける。そのありさまめもあてられず。ぢごくにてごくそつあはうらせつのじやうはりのかがみにざいにんをひきむけて、ぜんぜにつくりし所のごふによりて、かしやくのつゑをくはへ、ごふのはかりにかけてきやうぢゆうをただして、「いにんのあくをつくりいにんのくほうをうくるにあらず。じごふじとくくわしゆじやうみなかくのごとし」といひて、けいばつをおこなふ
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らむもかくやとおぼえてむざん也。「せうはん、とらはれとらはれて、かんはう、にらぎすされたり。てうそ、りくをうけ、しうぎ、つみせらる。そのよ、めいをたすけ、こうをたつるし、かぎ、あぶのともがら、みなまことにめいせいのさいなり。しやうしやうのそなへをいだけり。しかるに、せうじんのざんをうけて、ならびにくわはいのうれへをうく」といへり。せうが、はんくわひ、かむしん、はうえつ、みなかうそのこうしんたりしかども、かくのみこそありけれ。「たうてうにもかぎらず、わがてうにもほうげんへいぢのころはあさましかりし事共もありしぞかし。新大納言一人にもかぎるまじ。こはいかがはせむずる」と、ひとなげきあへり。かくしてすゑさだのきにけり。大納言はんしはんしやうにぞみへられける。内大臣こののちいとひさしくありて、えぼしひたたれにて、
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しそくの少将、車のしりにのせて、ゑふ四五人、ずいじん二三人ばかりめしぐして、それらもみなほういにて、もののぐしたる者一人もぐせずして、のどやかにてをはしたり。入道をはじめ奉りて、人々思はずに思給へり。「いかに、これほどのだいじのいできたるに」と人々宣ければ、「何事かはあるべき」と宣けるにこそ、人々みなしらけにけれ。ひやうぐをたいしたる者、そぞろきてぞありける。だいふ、「さるにても大納言をばなにとしてけるやらん。今の程にはしざいるざいにはよもおよばれじ」とおぼしめして、みまはし給へば、さぶらひのしやうじのかみに、おほきなるきをもつて、くもでをゆひちがへたるひとまなる所あり。ひごろかかる所ありとも思はぬに、にはかにいでき
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たりければ、「あはれここに大納言をばこめたるよな」とおぼして、只今こそとほるよし、きとをとなはれたりければ、あんのごとく大納言くもでのあひよりだいふをみつけて、ぢごくにてぢざうぼさつをみ奉りたらむも、是にはすぎじとうれしくて、「是はいかなる事にて候ぞ。あやまりたる事も候はぬ物を。さておはしませば、さりともとこそ思奉て候へ」とて、はらはらとなきたまふもむざんなり。大臣は、「人のざんげんにてぞ候らむ。おんいのちばかりはまうしうけばやとこそ思給へども、それもいかが候はんずらむ」と、たのもしげなく宣へば、「心うし。へいぢのらんの時、うせぬべかりしに、ごおんをかうぶりて、命をいけられ奉て、じやうにゐのだいな
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ごんにいたり、としすでによそぢあまりになりはべりぬ。しやうじやうせせにほうじつくし奉りがたくこそ思給へ。このたびのいのちばかりをおなじくはいけさせ給へ。かしらをそりてかうや、こかはにもこもりて、ひとすぢにごせのつとめをせむ」とのたまふもあはれなり。「しげもりかくて候へば、さりともとおぼしめすべし。おんいのちにもかはり奉るべし」とてたたれければ、かくのたまふにつけてもただかひなき涙のみぞながれける。「少将もめしやとられぬらむ。のこりとどまるあとのありさまもいかなるらむ。をさなきものどももおぼつかなし」。わがみの御事はさることにて、是をおぼしつづくるに、むねせきあげて、あつさもたへがたきに、くるるをまたで、命もたえぬべくぞおぼしける。うちのおとどのおはしつる程はいささかなぐさむここちもしつるに、いとことばずくなにて
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かへりたまひてのちは、今すこし物もおそろしくかなしくぞおぼされける。
(十三) おほいとの、入道の前におわしたりければ、入道のたまひけるは、「大納言のむほんの事はきかれたるか」。「さんざうらふ。みなうけたまはりて候」。「さていかやうなるつみにおこなはるべきにて候やらむ。事もおろかかや、只今きらむずる物を」と宣ければ、おとど宣けるは、「さてはふびんのことこそさうらふなれ。大納言をうしなはん事はよくよくおんぱからひさうらふべし。ろくでうのしゆりのだいぶあきすゑのきやう、しらかはのゐんにめしつかはれ奉りしよりこのかた、いへひさしくなりて、すでにくらゐじやうにゐ、くわんだいなごんまでのぼりて、たうじも君のおんいとをしみの者なるを、たちまちにかうべをはねられん事、いかがあるべかるらむ。さることいかでか候べき。都のほかへいだされ
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たらむにことたりさうらひなん。かくはきこしめせども、もしひがことにてもさうらはば、いよいよふびんの事に候はずや。きたののてんじんはしへいのおとどのざんそうによつて、えんぎのみかどにながされ奉り、にしのみやのだいじんはただのしんぼちがざんげんによつて、あんわのみかどにながされたまひき。おのおのむしつなりけれども、るざいせられたまひにき。これみなえんぎのせいしゆ、あんわのみかどのおんひがこととこそまうしつたへたれ。しやうこなほかくのごとし。いはむやまつだいをや。けんわうなほおんあやまりあり。いはむやぼんぶをや。くはしくおんたづねもあるべし、よくよくごしゆいもあるべし。物さはがしき事は、こうくわいさきにたたずとこそ申せ。すでにかくめしおかれぬる上は、いそぎうしなはれずとてもなんのくるしみかあるべき。『つみのうたがはしきをばこれ
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かろんぜよ。こうのうたがはしきをばこれおもんぜよ』とこそまうしつたへてさうらへ。いかさまにもこよひかうべをきらむ事はしかるべからず」と宣ければ、入道なほ心ゆかず、へんじもし給はざりければ、内大臣かさねてまうされけるは、「まうすむねごしよういんなくは、まづ一人におほせつけてまづ重盛がくびをめさるべくさうらふ。そののちおんこころにまかせてふるまひおわしまし候へ。重盛かの大納言のいもうとにあひぐして候。これもりまた大納言のむこなり。かやうにしたしくまかりなりて候へばとて、まうすとやおぼしめされ候らん。いかにもそのぎにては候はず。よのためたみのためきみのためいへのためをぞんじてまうしさうらふなり。ひととせほうげんのげきらんのとき、こせうなごんのにふだうしんせい、たまたましつけんの時にあひあたり、ほんてうにたえてひさしくなりにししざいをまうしおこなひて、
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さふのしがいをじつけんせられし事なむどは、あまりなるおんまつりごととこそおぼえさうらひしか。こじんのまうされさうらひしは、『しざいをおこなはれば、むほんのともがらたゆべからず』と。このことばはたしてなかにねんありて、へいぢにこといでて、しんせいがうづまれたりしをほりをこして、かうべをきりてわたしき。ほうげんにおこなひし事たちまちにむくいて、みの上にむかわりにけりとおもひあはせられて、おそろしくこそさうらひしか。是はさせるてうてきにもあらず。かたがたおそれあるべし。おんみのごえいぐわのこるところなければ、今はおぼしめしのこす御事なけれども、ししそんぞんまでもはんじやうこそあらまほしけれ。『せきぜんのいへにはよけいあり。せきあくのかどにはよあうとどまる』とこそ承れ。しうのぶんわうはたいこうばうにめいぜられて、
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しじよこをおそれ、たうのたいそうはちやううんこをきりてのち、ごふくのそうをもちゐらる。又、『ぜんをおこなへばすなはちちようをやすめてこれをほうず。あくをおこなへばすなはちちようをとがめてこれにしたがふ』なむども申たり。又、『よををさむる事はことをならすがごとし。たいげんきふなる時は、せうげんたえできる』とこそ、てんりやくのみかどもおほせられさうらひけれ」なむど、こまごまとこしらへまうされければ、げにもとやおもはれけむ、こよひきるべき事は思なだめて、そのひはくれにけり。内大臣はかくこしらへをきてかへり給けるが、なほこころやすからずおぼえて、さもしかるべきさぶらひどもをめして宣けるは、「おほせなればとて、重盛にいひあはせずして、さうなく大納言をうしなふことあるべからず。はらのたちたまふままにものさはがし[*この一字不要]しき事あらば、こうくわいさきにたつまじ。ひがこと
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しいだして重盛うらむな」といましめられければ、ぶしどもしたをふりておそれあへり。「つねとほ、かねやすなむどが大納言になさけなくあたりたりける事、かへすがへすきくはい也。されば重盛がかへりきかむ所をばいかでかはばからざるべき。ただきよ、かげいへていの者ならば、たとひ入道殿いかにおほせらるとも、かくはよもあらじ。かたゐなかの者はかかるぞとよ」と宣ければ、なんばのじらう、せのをのたらうもおそれいりたりけり。
十四 さて大納言のともしたりける者共はしりかへりて、「大納言殿ははつでうどのにめしこめられたまひぬ。ゆふさりうしなひたてまつるべしとて、くるるをまつと承りつる」と、ありつるありさまをなくなく申ければ、きたのかたよりはじめて、
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なんによ声をあげてをめきさけぶ。さこそかなしかりけめ。ことわりおしはからる。ゆめかやゆめかやとおもへども、うつつにてぞありける。「いかにかくてはわたらせたまふぞ。かなはざらむまでもたちしのばせ給へ。少将殿をはじめたてまつりて、きんだちまでめされさせ給べしとこそ承りつれ」と、涙もかきあへず申あひければ、「これほどの事になりて、のこりとどまるみどもあんをんにても、なむのかひかはあるべき。いかにも只ひとところにてともかくもならむこそほんいなれ。けさをかぎりと思はざりける事のかなしさよ」とて、ふしまろびてなき給ふ。「すでにつはものきたりなむ」と人申ければ、かくてはぢがましくあらむ事も、さすがなるべければ、「ひとまどなり
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ともたちしのびたまはん」とていで給ふ。しりかしらともなきをさなきひとども、とりのせて、いづくをさしてゆくともなく、やりいだしつ。うしかひ、「これはいづちへつかまつるべきにて候やらん」と申ければ、「きたやまのかたへ」と車のうちより宣へば、おほみやをのぼりに、きたやまのうんりんゐんのへんまでをはしにけり。そのへんなるそうばうにおろしすへ奉りて、おくりのものどももみみのすてがたければ、おのおのいとま申てかへりにけり。今はかひなきをさなきひとびとばかりとどまりゐて、たのもしきひとひとりもなくておはしけむ北方の御心のうち、おしはかられていとほし。ひのくれゆくかげをみたまふにつけても、大納言のつゆの命、こよひをかぎるなりとおもひやられてきえいる
ここちぞせられける。にようばう、さぶらひどももかちはだしにてはぢ
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をもしらずまどひいでにけり。かちゆうのみぐるしき物をとりしたたむるにもおよばず。かどはとびらをひらくとも、おしたつるまたものもなし。馬はむまやにたてれども、くさかひなづる人もなし。よあくればしやばかどにたちて、ひんかくざにつらなれり。あそびたはぶれまひ躍り、よをよとも思はず。きんりんの人は物をだにもたかくいはず、もんぜんをすぐる者もおぢおそれてこそ、きのふまでもありつるに、よのまにかはりゆくありさま、じやうしやひつすいのことわり、めの前にこそあらはれけれ。よもやうやくふけければ、大納言は只今うしなはるべしとききたまひければ、「命のあらん事もいまばかりなり。たれにかこのよに思をく事いひをかん。北方をさなきものどももいかがなりぬらん。あはれ、ことづけを今一度せばや。しなむ
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事はちからおよばぬ事なれども、是が心にかかるこそよみぢのさはりなれ」とおぼしつづけて、さめざめとなき給もことわりなり。こよひばかりの命なれば、「今や今や」とまつほどに、よもあけがたになりにけり。「大納言殿はこよひとこそききつるに、いかに今まではさたなきやらん。もしおんいのちのたすかり給はんずるにや」とて、武士どももよろこびあへり。
(十五) おほかたこの大納言は、おおけなくしりよなき心したる人にて、人のききとがめぬべき事をもかへりみ給はず、つねにたはぶれにがき人にて、はかなきことどもをものたまひすごす事もありけり。ごしらかはのゐんのきんじゆしや、ばうもんのちゆうなごんちかのぶといふ人をはしき。ちちうきやうのだいぶのぶすけのあつそん、むさしのかみたりし時、かのくにへくだられたりしにもうけられたり
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けるこなり。げんぶくしてじよしやくしたまひたりければ、ばんどうたいふとぞ申ける。院にさうらひ給ければ、ひやうゑのすけになりにけり。又ばんどうのひやうゑのすけなむど申けるを、ゆゆしくほいなき事に思いれられたりける程に、新大納言、法皇のごぜんにさうらはれける時、たはぶれにや、「ちかのぶ、ばんどうに何事どもかある」とまうされたりければ、とりもあへず、「なはめのいろかはこそおほく候へ」とへんたふせられたりければ、なりちかのきやう、かほげしきすこしかはりて、又物も宣はざりけり。人々あまたさうらはれけり。あぜちのにふだうすけかたも候はれけり。のちに宣けるは、「ひやうゑのすけはゆゆしくへんたふしたりつるものかな。ことのほかにこそにがりたりつれ」とまうされけるとかや。
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へいぢのげきらんの時、この大納言の事にあはれし事をまうされたりけり。
延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版
十六 しんだいなごんのちやくし、たんばのせうしやうなりつね、とし廿一になりたまふは、ゐんのごしよにうへぶしして、いまだまかりいでられぬ程なりけるに、大納言のおんもとなりつるさぶらひ一人、ゐんのごしよへはせ参て申けるは、「大納言殿は、けさにしはつでうどのにめしこめられさせたまひぬ。こよひうしなひたてまつるべきよしきこへ候。きんだちも皆めされ給べしとこそうけたまはりつれ」と申ければ、「こはいかに」とあきれ給て、物もおぼへ給はず。「さりともさいしやうのもとよりは、かくと申されんずらん」とおもひたまひしほどに、さいしやうのもとよりつかひあり。「ぐし奉てきたれと八条よりまうされたり。と
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くとくわたりたまへ」。こはいかなる事にや、あさましともをろかなり。少将はきんじゆにておはしけるひやうゑのすけといふ女房をたづねいだして、「かかるしようしこそさうらふなれ。よべよりせけん物さはがしとうけたまはれば、れいのやまのだいしゆのくだるやらんなむど、よそに思て候へば、みの上にてさうらうひけり。ごぜんへも参候て、今一度君をもみまゐらせ候べきに、今はかかるみにて候へば、はばかりぞんじさうらひてまかりいでさうらひぬと、ひろうせさせ給へ」とのたまひもあへずなき給ふ。ひごろなれ給つる女房たちあまたいできたりて、あさましがりてなきあへり。「なりつね八才にてげんざんにまかりいりてよりは、よるひるさうらひて、しよらうなむどの候はぬかぎりは、ひとひもごしよへ参らぬ事
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もさうらはざりつ。君のおんいとをしみかたじけなくて、てうぼにりようがんにしせきし奉て、てうおんにのみあきみちて、あかしくらし候つるに、いかなるめをみるべきにて候やらん、大納言もこよひしざいにおこなはるべしとうけたまはりさうらふ。ちちのさやうにまかりなりさうらひなん上は、なりつねがみもどうざいにこそおこなはれさうらはんずらめ」といひつづけて、かりぎぬのそでもしぼるばかりなり。よそのたもともしぼりあへず。兵衛佐ごぜんに参てこのよしをまうされければ、法皇もおほきにおどろかせたまひて、「これらがないないはかりし事もれにけるよな」とおぼしめすもあさましし。「けさしやうこくのつかひありつるに、こといでぬとはおぼしめしつ。さるにてもこれへ」とごきしよくありければ、「よはおそろしけれども今一度君をもみ奉らん」とおもはれければ、ごぜんへまゐられたりけ
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れども、君もおほせやりたるかたもなし。りようがんより御涙をながさせ給ふ。少将もまうしのべたるかたもなし。そでをかほにをしあててまかりいでられぬ。又もんまではるかにみおくりて、ごしよぢゆうの女房たち、かぎりのなごりををしみ、しぼらぬたもともなかりけり。法皇もうしろをはるかにみおくらせ給て、御涙をのごはせ給て、「又ごらんぜぬ事もや」とおぼしめすぞかたじけなき。「まつだいこそうたてく心うけれ。あながちにかくしもやあるべき」とぞおほせられける。ちかくめしつかへける人々も、「さらに人の上とおもふべきにあらず。いかなる事かあらむずらん」と、やすき心なし。少将はさいしやうのもとへおはしたれば、このことききつるより、少将の北方は、あきれまどひて物もおぼへず、いとほしきていにてぞおはしける。ちかくさんし
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給べき人にて、なにとなくひごろもなやみ給つるに、かかるあさましき事をききたまへば、いとどふししづみたまふもことわりなり。少将はけさよりながるるなみだつきせぬに、北方のけしきをみたまふに、いとどせむかたなくぞおぼさる。「せめてはこのひとみをみとならむをみをきて、いかにもならばや」とおもはれけるも、せめての事とおぼえていとほし。ろくでうとてとしごろつきたてまつりたるめのとの女房ありけり。このことをきくより、ふしまろび、もだへこがるる事なのめならず。少将のそでにとりつきて、「いかにやいかに。君のちの中にをはしまししをとりあげまひらせて、あらひあげ奉て、いとほしかなしとおもひそめ奉りしより、ふゆのさむきあしたには、しとねをあたためてすへ奉り、なつのあつきよは、すずしき所にふせ奉て、あけてもくれてもこの御事よりほか、又い
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となむ事なし。わがとしのつもるをばしらず、人となり給はん事をのみ思て、よのあくるをもひのくるるをもこころもとなくて、廿一年をおくりををしたて奉て、ゐんうちへ参りたまひても、おそくもいでたまへばおぼつかなくこひしくのみ思奉りつるに、こはいづくへおはしますべきぞや。すてられ奉て、いちにちへんしもいきて有べしとこそおぼへね」と、くどきたててなくにも、「さこそおもふらめ」とおぼせば、少将涙をおさへて、「いたくなおもひそ。わがみあやまらねば、さりともとこそ思へ。さいしやうさておはすれば、いのちばかりはなどかまうしうけられざるべき」と、なぐさめ給へども、ひとめもしらずなきもだうるもむざん也。八条よりとて使あり。
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「おそし」とあれば、「いかさまにも参りむかひてこそは、ともかくも申さめ」とて、宰相いで給へば、車にのりぐして、少将もいでたまひぬ。なきひとをとりいだすやうにみおくりてなきあへり。ほうげんへいぢよりこのかたは、平家の人々はたのしみさかえはあれども、うれへなげきはなかりつるに、かどわきの宰相こそ、よしなかりけるむこゆゑに、かかるなげきをせられけるこそふびんなれ。
十七 八条ちかくやりよせてみれば、そのしごちやうに武士じゅうまんして、いくせんまんといふかずをしらず。いとどおそろしなむどはいふはかりなし。少将は是をみ給につけても、大納言の御事おぼすぞかなしき。宰相、車をばもんぐわいにとどめて、あんないを申給へば、「少将をばうちへはいれ
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たまふべからず」と有ければ、そのへんちかきさぶらひのいへにをろしおきて、宰相うちへいりたまひぬ。みもしらぬつはものあまたきたりて、ゐめぐりてまもり申す。少将はたのみたりつる宰相はいりたまひぬ、いとど心ぼそくかなし。宰相いりてみ給へば、おほかたうちのありさま、武士どものひそめきあへるさま、誠にをびたたし。「のりもりこそまゐりて候へ。げんざんにいらん」とのたまひけれども、入道いであひ給はざりければ、すゑさだをよびて宰相まうされけるは、「よしなき者にしたしくなりて、かへすがへすくやしく候へども、かひも候はず。なりつねにあひぐしてさうらふもの、いたくもだへこがれさうらふが、おんあいのみち、ちからおよばざる事にて、むざんにおぼえさうらふ。ちかくさんすべき者にて候が、いかに候やらん。ひ
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ごろなやみ候つるが、このなげきうちそひさうらひなば、みみともならぬさきに、命もたえさうらひなんず。たすけばやと思候て、おそれながらかくまうしいれさうらふ。なりつねばかりをばまうしあづかりさうらはばや。のりもりかくて候へば、いかでかひがことせさせ候べき。おぼつかなくおぼしめさるべからず」と、なくなく申給。すゑさだこのよしを入道に申ければ、よに心えずげにて、とみにへんじも宣はず。宰相ちゆうもんにて、いかにいかにとまち給ふ。ややひさしくありて、入道宣けるは、「なりちかのきやう、このいちもんをほろぼして、てんがをみだらんとするくはたて有けり。しかれどもいつかのうんつきぬによつて、この事あらはれたり。少将は既にかの大納言のちやくし也。したしくをはすとても、えこそなだめ申まじけれ。かのくはたてとげましかば、それごへんとても
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をだくしてやおわすべき。いかにおんみの上のだいじをばかくは宣ぞ。むこもこもみにまさるべきかは」と、すこしもゆるぎなく宣へば、季貞かへりいでて、このよしを申ければ、宰相おほきにほいなげに思給て、おしかへし宣けるは、「かやうにおほせらるる上をかさねてまうすは、そのおそれふかけれども、心のうちに思はんほどの事をのこさむもくちをしければまうすぞ。季貞今一度よくよく申せよ。さんぬるほうげん、へいぢりやうどのかつせんにも、みをすてておん命にかはり奉らんとこそ思しか。是よりのちなりとも、荒き風をばまづふせかむとこそ思給へ。のりもりこそ今はとしまかりよりてさうらへども、わかきものどもあまた候へば、おんだいじもあらむ時は、などかいつぱうのおんかためとも
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ならで候べき。それに教盛がたのみ奉りたる程は、つやつやおぼしめされ候はざり
けり。成経をしらばくまかりあづからむと申を、おぼつかなくおぼしめして、おんゆるされのなからむは、既にふたごころある者とおぼしめすにこそ。是程にうしろめたなき物におもはれたてまつりて、よに有てはいかにかはすべき。よにあらば又いかばかりの事かは有べき。今は只、みのいとまをたまはりて、出家入道して、かたやまでらにもこもりゐて、ごしやうぼだいのつとめをつかまつるべし。よしなきうきよのまじはり也。よにあればこそのぞみもあれ。のぞみのかなはねばこそうらみもあれ。しかじ、只よをのがれてまことのみちにいらんには」と宣へば、季貞、にがにがしき事かなと思て、この由をくはしく入道に申ければ、「物に心えぬ人かな」とて、又へんじも宣はず。季貞申けるは、「宰相どのは
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おぼしめしきりたるおんけしきにて渡らせたまひさうらふめり。よくよくおんぱからひあるべくや候らん」と申ければ、その時入道宣けるは、「まづごしゆつけあるべしとおほせられさうらふなるこそ、おどろきぞんじ候へ。おほかたは、是程にうらみられまゐらせ候べしとこそぞんじ候はねども、それほどのおほせにおよばむ上は少将をばしばらくごしゆくしよにをかれ候べし」と、しぶしぶにありければ、宰相よろこびていでたまひにけり。少将はなにとなくたのもしげに思て、「いかに」ととひたまふもあはれ也。宰相おもはれけるは、「あなむざんやな。わがみにかへてまうさざらむにはかなふまじかりつる者の命ぞかし。人のこをあまたもつ事はむやくの事かな。わがこのえんにむすぼをれざらんには、人の上の事にこそみるべき者の事を、みの上になして、きもこころをけすこそよしな
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けれ」とおぼされければ、「いさとよ。入道殿のいきどほりなのめならずふかげにて、のりもりにはたいめんもし給はず。かなふまじき由たびたびのたまひつれども、季貞をもつて、『出家入道をもせむ』とまで申たりつればやらん、『しばらくしゆくしよにをきたまへ』とばかりのたまひつれども、しじゆうよかるべしともおぼへず」と宣ければ、少将申されけるは、「なりつねごおんにてひとひの命ものび候けるにこそ。ひとひとてもをろかのぎにて候はず。たすかり候はん事こそしかるべく候へ。是につけさうらひても、大納言のゆくへ、いかがきこしめされ候つる」とのたまへば、宰相、「いさとよ。御事をこそとかく申候つれ。大納言殿の御事までは心もおよばず」と宣ければ、げにもことわりかなとおもへども、「大納言こ
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よひうしなはれ候はば、ごおんにて成経けふばかりいのちいきても、なににかはし候べき。しでのやまをももろともにこへ、かたときもをくれじとこそぞんじさうらへ。おなじごおんにて候はば、大納言のいかにもなりさうらはん所にて、ともかくもまかりなりさうらはばや。おなじくはさやうにまうしおこなはせおわしますべくや候らん」とて、さめざめとなかければ、宰相また心くるしげにて、「まことやらん、大納言の事をば、うちのをとどどのとかくまうされければ、こよひはのび給ぬるやらんとこそ、ほのききつれ。心やすく思給べし」と宣ければ、少将そのときてをあはせてよろこばれけり。「せめてこよひばかりなりとものび給へかし」とて、よろこばれけるをみ給けるにこそ、宰相又、「むざんやな。こならざらん者は、只今たれかは是
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程に、わがみの上をさしをいて、おぼつかなくも思ひ、のびたるをききて、みにしみてうれしく思べき。まことのおもひはふしのこころざしにこそとどめてけれ。こをば人のもつべかりける物を」とぞ、やがておもひかへされける。さて宰相は少将をぐしてかへり給ひければ、宰相のしゆくしよには、少将のいで給つるよりも、北方をはじめとして、ははうへ、めのとの六条ふししづみて、「いかなることをかきかむずらん」と、きもこころをまどはしておぼしめしける程に、「宰相かへり給」といひければ、いとどむねせきあげて、「うちすてておわするにこそ。いまだ命もおわせば、いかにいよいよ心ぼそくおぼすらむ」と、かなしく思はれけるに、「少将どのもかへらせ給」と、さきに人はしりむかひてつげ申たりければ、くるまよせにいでむかひて、まことかやとて、又声をととのへてなきあひ給へり。まことに宰
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相、少将のりぐして、かへり給へり。のちはしらず、かへりをはしたれば、しにたる人のそせいしたるやうにおぼえて、よろこびなきどもしあはれけり。この宰相の宿所は、かどわきとて、六波羅のそうもんのうちなれば、ほどへだたらず。入道たうじははつでうにおわしけれども、よもなほつつましくて、かどさししとみのかみばかりあけてぞおはしける。
十八 にふだうはかやうに人々あまたいましめをかれたりけれども、なほこころやすからずおもはれければ、「ぜんあく法皇をまづむかへとり奉て、このはつでうにおしこめまひらせて、いづちへもごかうなし奉らむ」とおもふこころ、つかれにけり。あかぢのにしきのひたたれに、しろがなものうちたるくろいとをどしのはらまきのむないたせめて、そのかみあきのかみにてじんばいせられけ
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る時、いつくしまのやしろよりれいむをかうぶりてまうけられたりける、しろかねのひるまきしたるひさうのてぼこの、常にまくらをはなたざりける、左わきにはさみて、ちゆうもんのらうにつといでてたたれたり。そのけしきゆゆしくぞみへられける。ひごのかみさだよしは、もくらんぢのひたたれに、ひをどしのよろひきて、おんまへにひざまづいて候。入道のたまひけるは、「さだよし、このこといかが思ふ。入道がぞんずるはひがことか。ひととせほうげんのげきらんの時、うまのすけをはじめとして、したしきものどもはなかばすぎてさぬきのゐんのみかたへ参りにき。いちのみやのおんことは、こきやうのとののやうくんにてわたらせたまひしかば、かたがたおもひはなちたてまつりがたかりしかども、こゐんのごゆいかいにまかせて、みかたにてさきをかけたりき。これいちのほうこうなりき。つぎにへい
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ぢのげきらんの時、のぶより、よしともがふるまひ、入道命ををしみてはかなふまじかりしを、命をすててきようどをおひおとして、てんがをしづむ。そののちつねむねこれかたをいましめしにいたるまで、君のおんために命をすてむとする事たびたびなり。たとひ人いかにまうすとも、入道がしそんをばいかでかすてさせ給べき。されば入道が事をいるかせにしまうさむ者をば、君ももつともおんいましめも有べきに、いましめらるるまでこそなからめ、大納言がざんにつかせ給て、なさけなく一門ついたうせらるべきよしのゐんぢゆうのごけつこうこそ、ゐこんのしだいなれ。このことゆきつなつげしらせずは、あらはるべしや。あらはれずは、入道あんをんにて有べしや。なほもほくめんのげらふどもがいさめまうす事なむどあらば、たうけついたうのゐんぜんくだされ
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ぬとおぼゆるぞ。てうてきとなりなむのちは、くやむにえき有まじ。よをしづめん程、せんとうをとばのきたどのへうつし奉るか、しからずはごかうをこれへなしたてまつらばやとおもふなり。そのぎならば、ほくめんのものどもの中に、やをもひとすぢいいだす者もありぬとおぼゆるぞ。さぶらひどもにそのよういせよとふるべし。おほかたは入道、ゐんがたのみやづかへおもひきりたり。きせながどもとりいだせ。馬にくらをかせよ」とぞげぢせられける。とばどのへのごかうとはきこへけれども、ないないは法皇をさいこくのかたへながしまゐらすべき由をぞぎせられける。しゆめのはんぐわんもりくに、このけしきをみたてまつりて、こまつどのにはせまゐりて、おほいとのに申けるは、「よは今はかうとみへ候。入道殿、既におんきせながをめされ候。さぶらひどもみなうつたちさうらふ。ほふぢゆうじどのへよせられ候。とばどのへのご
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かうとこそきこへ候へども、ないないは、さいこくのかたへごかうなるべきにて候やらんとこそ、うけたまはり候つれ。いかにこのごしよへは今までおんつかひは候はぬやらん」と、いきもつきあへず申ければ、ないだいじんおほきにさわがれけり。「いかでかさしもの事はあるべきとは思へども、けさの入道殿のおんけしき、さるものぐるはしき事もあらん」と、おぼされければ、だいふいそぎはせきたりたまふ。そのときもおなじくかつちうをよろうにおよばず。はちえふのめしぐるまのけしかるに、しそくのこれもり車のしりにのせて、ぢゆうだいつたはりたるからかはといふよろひ、こがらすといふたち、車のうちにないないよういしてもたれたり。ひきさがりてくらおきむまひかせたり。ゑふ四五人、ずいじん二三人めしぐして、しんかうにおよびて、けさのていにて、えぼ
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しなほしにておはしたりけり。にし八条にさしいりてみられければ、たかとうだい、さぶらひちゆうもんのつぼつぼにかきたてて、いちもんのけいしやううんかくすじふにん、おのおのおもひおもひのよろひひたたれに、色々のよろひきて、ちゆうもんのらうににぎやうにちやくざせられたり。ゑふ、しよし、しよこくのじゆりやうなむどはえんにゐこぼれて、つぼにもひしとなみゐたり。はたざをどもひきそばめ、馬のはるびをしめて、かぶとをひざの上におきて、只今かけいでむずるていとみへけるに、ないだいじんなほしにて、だいもんのさしぬきのそばとりて、ざやめきいられけり。ことのほかにこそみへられけれ。入道これをはるかにみつけて、すこしふしめにこそなられけれ。「れいのだいふが入道をへうするやうにふるまふは」とて、心えずげにおもはれたり。内大臣
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いささかもはばかるけしきなく、ゆらゆらとあゆみよつて、ちゆうもんのらうにつかれたり。弟のうだいしやうむねもりのきやうよりかみなるいちざに、むずとつかれたり。だいふしはうをみまはして、「いしげにさうおんけしきどもかな」とて、へしぐちせられけり。ひやうぢやうをたいしたる人々も、皆そぞろきてぞみへられける。きやくでんをみ給へば、大政入道のていそうじてきやうきやうなり。あかぢのにしきのひたたれに、くろいとをどしのはらまききて、ひだりのかたにはくろいとをどしのよろひに、しらほしのかぶとかさねておかれたり。右のかたにはしろかねのひるまきしたるなぎなたたてて、ゐんのごしよか、しんかのもとへか、只今うちいりげなるけしきなりけるが、入道は是をみたまひて、こながらも、うちにはごかいをたもちてじひをさきとし、ほかにはごじやうを
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みだらず、れいぎをただしくし給ふしんなりければ、はらまきをきてあひむかはん事のおもはゆくやおもはれけん、しやうじをすこしひきたてて、はらまきの上にそけんのころもをひきかけて、むないたのかなもののはづれてきらめきてみへけるをかくさむと、しきりにころものむねをひきちがへひきちがへぞせられける。内大臣このけしきをみたまひて、「あなくちをし。入道殿にはよくてんぐつきたりけり」と、うとましくぞおもはれける。入道のたまひけるは、「そもそもこのあひだの事をさいくわうほふしにくはしくあひたづねさうらへば、なりちかのきやうふしがむほんのくはたてはしえふにてさうらひけるぞ。しんじつには法皇のごえいりよよりおぼしめしたたせたまふおんことにてさうらひけり。おほかたはちかごろよりいとしもなききんじゆしやどもが、をりにふれ時にしがたひて、さまざまの
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事をすすめまうすなるあひだ、ごきやうきやうの君にてわたらせ給ふ。いちじやうてんがのわづらひ、たうけのだいじひきいださせたまひぬとおぼゆる時に、法皇を是へむかへまひらせて、かたほとりにおひこめまひらせむとぞんずる事を、まうしあはせ奉らむとて、たびたびつかひをつかはしつる也」と宣へば、だいふ、「かしこまりてうけたまはりさうらひぬ」とばかりにて、さうがんより涙をはらはらとおとし給ふ。入道あさましとおぼして、「こはいかに」と宣へば、だいふしばらく物も宣はず。ややひさしくありて、なほしの袖にて涙をのごひはなうちかみ宣けるは、「なにかの事はしりさうらはず。まづおんすがたを見まひらせさうらふこそ、すこしもうつつともおぼへ候はね。さすがわがてうは、へんぢそくさんのさかひとまうしながら、てんせうだいじんのごしそん、国の
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あるじとして、あまつこやねのおんすゑ、てうのまつりごとをつかさどりたまひしよりこのかた、だいじやうだいじんの位にのぼるひと、かつちうをよろふ事、たやすかるべしともおぼえさうらはず。かたがたおんはばかりあるべくさうらふものを。なかんづくごしゆつけのおんみなり。それさんぜしよぶつ、げだつどうさうのほふえをぬぎすてて、たちまちにかつちうをたいしましまさん事、既にうちにははかいむざんのつみをまねきたまふのみにあらず、ほかには又じんぎれいちしんのほふにもそむきさうらひぬらんとこそおぼえさらへ。よくよくごえいぐわつきてみよのすゑになりて候とおぼえさうらふあひだ、あまりにかなしくおぼえさうらひて、ふかくのなみだのさきだち候ぞや。かたがたおそれあるまうしごとにて候へども、しばらく御心をしづめさせおわしまして、重盛が申候はん事をつぶさにきこしめされ候べし。かつうはさいごのまうしじやうなり。こころのそこにぞんぜん程のしいしゆを
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のこすべきにさうらはず。まづよにしおんとまうすことは、しよきやうのせつさうふどうにして、ないげのぞんぢ、おのおのべつなりといへども、しばらくしんぢくわんぎやうのだいはちのまきによらば、いちにはてんちのおん、ににはこくわうのおん、三はしちやうのおん、四にはしゆじやうのおん、これなり。これをしるをもつてじんりんとし、しらざるをもつてきちくとす。その中にもつともおもきはてうおんなり。ふてんのした、わうどにあらずといふことなし。しゆつとのひん、わうしんにあらずといふことなし。されば、かのえいせんのみづにみみをあらひ、しゆやうざんにわらびををりけるけんじんも、ちよくめいのそむきがたきれいぎをばぞんじてこそさうらふなれ。かたじけなくもごせんぞ、くわんむてんわうのごべうえい、かづらはらのしんわうのごこういんと申ながら、なかごろよりむげにくわんどもうちくだりて、わづかにげこくのじゆりやうをだにもゆるされでこそ候けるに、こぎやうぶきやうのとの、びぜんのくにこくむのとき、とばのゐんのごぐわん、
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とくぢやうじゆゐんをざうしんのけんじやうによつて、いへにひさしくたえたりしうちのしようでんをゆるされける時は、ばんにんくちびるをひるがへしけるとこそうけたまはりつたへて候へ。いかにいはむや、おんみ既にせんぞにもいまだはいにんのあとをきかざりし、大政大臣の位をきはめさせ給。おんすゑまただいじんのだいしやうにいたれり。いはゆる重盛なんどがふさいぐあんのみをもつて、れんぷくわいもんの位にいたる。しかのみならず、こくぐんなかばはいちもんのしよりやうなり。でんゑんことごとくかもんのしんじたり。これきたいのてうおんにあらずや。いまこれらのばくたいのてうおんをわすれて、君をかたぶけまゐらせましまさむ事、てんせうだいじん、しやうはちまんぐう、じつげつせいしゆく、けんらうぢじんまでもおんゆるされやさうらふべき。『君をそむく者は、ちかくは百日、とほくは三年をいでず』とこそまうしつたへたれ。もしまたゐんぜんにてむほんのおんくはたてありともひがことともぞんじさうらはず。つらつらしやうこをおもひさうらふに、なうそへいしやうぐんさだもり、さうまのこじらうまさかど
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をうちたりしも、けんじやうをおこなはれさうらひし事、じゆりやうにはすぎざりき。いよのにふだうよりよしがさだたふ、むねたふをちゆうりくし、むつのかみよしいへが、いへひらをほろぼしたりしも、いつかはしようじやうの位にのぼり、ふしのしやうにあづかりたりし。しかるをこのいちもんだいだいてうてきをついたうして、しかいのげきらうをしづむる事はぶさうのちゆうなれども、めんめんのおんしやうにおいては、ばうじやくぶじんともまうしつべし。されば、しやうとくたいしの十七かでうのけんぼふには、『ひとみなこころあり。こころおのおのしゆあり。かれをぜすればわれをひし、われをぜすればかれをひす。ぜひのり、たれかよくさだむべき。あひともにけんぐなり。たまきのごとくしてはしなし。ここをもつて、かのひといかるといふとも、かへりてわがとがをおそれよ』とこそ候へ。これによつて、きみことのついでをもつて、きくわいなりとおぼしめさん事は、もつともことわりにてこそ候へ。しかれどもごうんつきざるかによつて、このことすでにあらはれて、おほせあはせられさうらふひとびと、かやうにめしおかれ
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さうらひぬ。たとひ又君いかなる事をおぼしめしたちさうらふとも、しばらくなんのおそれかはをはしますべき。大納言いげのともがらに、しよたうのざいくわおこなはれさうらひなん上は、しろぞきて事のよしをちんじ申させたまひて、君のおんためにはいよいよほうこうのちゆうせつをつくし、たみの為にはますますぶいくのあいれんをいたさせ給はば、しんめいぶつだのおうごあさからず。みやうしゆぜんじんのかごしきりにして、君のおんまつりごとひきかへてすなをになるならば、げきしんたちまちにめつばうし、きようどすなはちたいさんして、しかいなみしづかにはちえんあらしをさまらん事、たなごこころをかへさんよりもなほすみやかなるべし。みだりがはしく法皇をかたぶけまゐらせましまさん事、しかるべしともおぼへさうらはず。『ふめいをもつてわうめいをじせず、わうめいをもつてふめいをじす。かじをもつてわうじをじせず、わうじをもつてかじをじす』ともはべり。またきみとしんとをなぞらふるに、しんそをわかず君につかへ奉るは、ちゆうしんのほふなり。だうりとひがこととをなぞらへんに、いかでか
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だうりにつかざらん。ここにおいては、君のおんだうりにてさうらへば、重盛にをきては、ごゐんざんのおんともをばつかまつるべしともぞんじさうらはず。かなはざらむまでも、ゐんぢゆうを守護し奉らばやとこそぞんじさうらへ。重盛、はじめろくゐにじよせしより、いまさんこうのすゑにつらなるまで、てうおんをかうぶる事、みにをひてすこぶるくわぶんなり。そのおもき事をろんずれば、せんくわばんくわのたまにもこえ、そのふかきいろをあんずるに、いちじふさいじふのくれなゐにもすぎたるらん。しかれば重盛君のみかたへまゐりさうらはば、いのちにかはりみにかはらんと、ちぎりふかきはぢあるさぶらひ、二百よにんはあひしたがへてさうらふ。このものどもはよもすてさうらはじ。とほくれいをばもとむるにおよばず、まさしくごらんじみさうらひし事ぞかし。ほうげんのげきらんのとき、くわんぱくどのはだいりにさうらはせましまし、おととのさだいじんどのはしんゐんのみかたにさうらひたまふに、
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むつのはんぐわんためよしはしんゐんのみかたへ参り、しそくしもつけのかみよしともはだいりにさうらひてかつせんす。つはものいくさごとをへてのち、おほひどのはせんぢやうのけぶりのそこになりにしかば、さふはながれやにあたりて命をうしなひ、しんゐんはさんしうへはいるせられさせたまひぬ。そののちたいしやうぐんためよしはしゆつけにふだうして、よしともをたのみあらはれ、てをあはせてきたりしかば、くんこうのしやうをまゐらせあげて、ちちが命をひらに申ししかども、まさしく君をい奉るつみ、のがれがたきによつて、しざいにさだまりしを、ひとでにかけじとて、義朝がしゆしやくのおほちにひきいだして、くびをきりさうらひしをこそ、おなじちよくめいのそむきがたさとまうしながら、あくぎやくぶたうのいたり、くちをしきことかなとこそ、きのふまでもみききさうらひしに、けふは重盛がみの上になりぬとこそおぼえさうらへ。『きみうちかたせたまひさうらはば、かのほうげんの
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れいにまかせて、重盛ごぎやくざいのいちぶをかしさうらひぬ』とおぼえさうらふこそ、かねてこころうくおぼえ候へ。かなしきかな、君のおんためにちゆうをいたさむとすれば、めいろはちまんのいただきなほくだれる、ちちのごおんをたちまちにわすれなんとす。いたましきかな、ふけうのつみをのがれんとすれば、さうかいばんりのそこなほあさき、君のおんためにふちゆうのぎやくしんとなりぬべし。これとまうし、かれといひ、おもふにむやくの事にて候。只まつだいにしやうをうけて、かかるうきめをみる、重盛がくわほうの程こそくちをしくさうらへ。されば、まうしうくるところなほごしよういんなくして、ごゐんざんあるべきにてさうらはば、まづ重盛がかうべをめされさうらふべし。しよせんゐんぢゆうをも守護すべからず。又おんともをもつかまつるべからず。まうしうくるところは、只くびをめさるべきにあり。いまおぼしめしあはせさせおはしましさうらへ。ごうんはいちぢやうすゑになりて候とおぼえさうらふ。人のうんの末にのぞむ時、かやうのはかりことはおもひ
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たつことにてさうらふなるぞ。らうしのかきをかれて候ことばこそおもひあはせられ候へ。『こうめいかなひとげて、みをしりぞきくらゐをのがれずは、すなはちがいにあふ』といへり。かのくんせうがはたいこうをたつる事、はうばいにこえたるによつて、くわんたいしやうこくにいたり、けんをたいしくつをはきながら、てんじやうにのぼる事をゆるされたりき。しかれどもえいりよにそむくことありしかば、かうそおもくいましめて、ていいにおろされてつみせらる。ろんごと申すふみには、『くににみちなきときは、とみかつたつときははぢなり』といふもんあり。かやうのせんじようをおもひあはせさうらふにも、ごふうきといひ、ごえいぐわといひ、てうおんといひ、ちようじよくといひ、ひとかたならずきはめましまして、としひさしくなりぬれば、ごうんのつきんとてもかたかるべきにあらず。『ふうきのいへ、ろくゐちようでふするは、なほしさいじつのきのごとし。そのねかならずいたむ』ともいへり。心ぼそくこそおぼえさうらへ。いつまでかいのちいきて、みだれぬ
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よをもみ候べき。只とくとくかうべをはねられ候べし。さぶらひ一人におほせて、ただいまおつぼにひきいださせたまひて、かうべをはねられむ事、よにやすき事にてこそ候はんずれば、是はとのばらいかがおもひたまふ」とて、なほしのふところよりたたうがみとりいだして、はなうちかみ、さめざめとなくなく宣ふ。一門の人々よりはじめて、さぶらひどもにいたるまで、みなよろひの袖をぞぬらされける。「いかにおんもちいなくとも、かなはざらんまでも、おのおのかやうの事をばまうさるべきにてこそ候に、いさめ申さるるまでこそ候はずとも、まづくみしがましくおんもののぐかためられさうらふこと、かつうはきやうきやういていのものぐるはしきありさま、おんふるまひどもかな。かくてはよを
たもち、ししそんぞんはんじやうして、かもんのえいぐわ、すゑたのみなくこそおぼえ候へ」と宣ければ、弟のうだいしやう、せきめんしてすくみかへりて、あせみづになられけり。
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ことのほかにわろくぞみえられける。入道もさすがいはきならねば、だうりにつまりてへんじもし給はず。すがたのはづかしさに、しやうじのおくへすべりいりてをはしけるが、だいふの既にたちたまひけるをみて、しらけぬていに、「あはれ、ききたるとののくちかな。わどのもせつぽふし給ふ。しばらくおはせよかし。入道もせつぽふしてきかせ申さむ」とぞ宣ける。内大臣はちゆうもんのらうにたちいでて、さもしかるべきさぶらひどもにあひて宣けるは、「重盛が申つる事はおのおのきかずや。さればゐんざんのおんともにおいては、重盛がくびのきられんをみてのち、つかまつるべしとおぼゆるはいかに。けさよりこれにさうらひて、かなはざらんまでもいさめまうさばやとぞんじつれども、これらがていあまりにひたあはてにみへつる時に、かへりたりつる也。今ははばかるところあるべからず。かうべをめさる
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べしと申つれば、そのむねをこそぞんぜめ。ただしいまださもおほせられぬはいかなるべきやらん。さらば人参れ」とて、こまつどのへぞかへられける。
十九 ないだいじんかへりはてられければ、もりくにをつかひにて、「重盛べつしててんがのだいじをききいだしたる事あり。われをわれと思はんものどもは、いそぎもののぐして参るべし。これにて重盛にこころざしのありなしはみるべし」ともよほされければ、これをききて、「おぼろけの事にはさはぎ給はぬ人の、かかるおほせのあるは」とて、さぶらひども、入道には「かく」とだにもまうさで、われさきにとぞはせまゐりける。よあけにければ、らくちゆうのほか、しらかは、にしのきやう、とば、はつかし、だいご、をぐるす、くわんじゆじ、をはら、しづはら、せれうのさとにあぶれゐたりける、さぶらひ、らうどう、ふるにふだうまでも、しだいにききつたへききつたへして、あるいは馬にのるも
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あり、のらぬもあり、あるいはよろひきていまだかぶとをきぬ者もあり、あるいはゆみもちてやおはぬ者もあり、あるいはやをおひてゆみをとらぬ者もあり、かやうにわれおとらじとはせあつまりにければ、にしはつでうにはあをにようばう、ふるにこう、おのづからふでとりなんどぞせうせうのこりたりける。きゆうばにたづさはる程の者は一人もなかりけり。入道のたまひけるは、「だいふはなにとおもひてこれらをばよびとるやらん」とて、よにこころえずげにて、はらまきぬぎおきて、そけんのころもにけさうちかけて、えんぎやうだうして、心もおこらぬねんじゆして、うそうちふきて、「だいふになかたがひてもよきだいじや」とぞおもはれける。こまつどのにはもりくにがうけたまはりにて、さぶらひのちやくたうつけけり。さぶらひ三千よにん、郎等、のりがへともなく、およそのせい二万七千八百よきとぞしるしける。ないだいじんはちやくたうひけんののち、さぶらひどもにたい
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めんしてのたまひけるは、「ひごろのけいやくをたがへず、かやうにはせまゐりあひたるこそかへすがへすしんべうなれ。重盛ふしぎの事をききいだしたりつる程に、にはかにかくはもよほしたりつるなり。されどもそのことききなをしつ。ひがことにて有けり。とくとくまかりかへられよ。じこんいごもこれよりもよほさんにはまゐるべし。かへすがへすほんいなり」とて皆かへされけるが、又宣けるは、「是に事なければとて、のちにちさん有べからず。いこくにもさるためし有けり。昔もろこしにしうのいうわうといふみかどおはしけり。きさきをばほうじとぞ申ける。このきさきしやうをうけたまひてよりこのかた、わらひ給はず。みかどこのきさきをちようあいし給けるあまりに、いかにしてえませ奉らんと、しゆじゆのわざをしたまひけれども、ついに
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えみ給はず。あるときてんがにこといでて、ほうくわをあげ、ときをつくりて、かつちうをよろへるむしや、くじやうにじゆうまんせり。これをみたまひてきさきはじめてえみ給へり。ほうくわとはだいこくのならひ、都にさわぐこといできぬれば、しよこくへつはものをめさむとては、ほうくわとうろとなづけてくわりんをとばすじゆつをしてわうじやうのしはうのたかきみねみねにとぼしてしよこくのつはものをめすなり。又はとうてんりんともなづけたり。このほうくわいできぬれば、都にこといできたむなりとて、国々のつはもの、みやこへはせまゐる。これをとぶひともなづけたるにや。そののち常にきさきをえませ奉らむとて、ほうくわをあげ、時のこゑをつくりしかば、しよこくのくわんぐんはせまゐりたりけれども、かかるはかりことなりければ、おのおのほんごくへかへりにけり。とうざんへゆくくわんぐんはせんりのみちにこまをはやめ、さいこくへおもむくせむだらはやへのしほぢをしのぎけり。なんぼくの国々も又かくのごとし。
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あるとき、えびすのいくさよせて、いうわうをほろぼさんとしけるに、さきざきのごとくほうくわをあげ、時の声をあはせしかども、しよこくのくわんびやうら、れいのきさきえませ奉らんれうにてぞあらんとて、一人もまひらざりければ、いうわうたちまちにほろびたまひてけり。ほうじをばえびすのいくさとりてかへりぬ。それよりびじんをばけいせいとぞなづけたる。『みやこをかたぶく』といふよみあり。このよみをばそのかみはいましめられけれども、たうせい都にはなほけいせいとぞよばれける。かのきさき、のちにはをみつあるきつねになりて、ふるきつかへにげさりにけり。きつねの女にばけて、人の心をたぶらかすといふ事は、ほんせつある事にや。おもひあはすべし」とぞ宣ける。内大臣まことにはさせる事もききいだされざりけれども、ちちの入道をいさめまうされつることばにしたがひて、わがみにせいのつくか、つかぬかの程をもしり、かつうは又
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ちちといくさをせむとにはあらず、ちちのむほんの心をやおもひなだめたまはむとのはかりことなるべし。内大臣のぞんぢのむね、ぶんせんこうの宣けるにたがはず。君の為にはちゆうあり、ちちの為にはかうあり。あはれ、ゆゆしかりける人かな。法皇この事をきこしめして、「今にはじめぬ事なれども、重盛が心のうちこそはづかしけれ。『あたをばおんをもつてほうぜよ』といふもんあり。まろははやあたをばおんにてほうぜられにけり」とおほせありけるとぞきこへし。
廿 さゑもんのにふだうさいくわうをば、そのよまつらのたらうしげとしにおほせて、しゆしやくのおほちにひきいだしてかうべをはねらる。郎等三人おなじくきられにけり。さいくわうはさんゐのちゆうじやうとももりのめのと、きいのじらうびやうゑためのりがしうとなりければ、とももり、二位殿につきたてまつりて、たりふしまうされけり。ためのりも、「ひとでにかけさうらはん
よりも、
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まうしあづかりさうらひて、いましめさうらはん」と、さいさん申けれども、つひにかなはず、きられにければ、さんゐのちゆうじやうもためのりもよをうらみて、さばかりのさうどうなりけれども、さしもいでたまはざりけり。
廿一 二日、なりちかのきやうをば、よやうやくあくる程に、くぎやうのざにいだし奉て、物まひらせたりけれども、胸もせきのどもふさがりて、いささかもめされず。やがておつたてのくわんにん参てくるまをさしよせ、「とくとく」と申ければ、心ならずのりたまひぬ。御車のすだれをさかさまにかけて、うしろさまにのせたてまつりて、もんぐわいへおひいだす。まづくわちやう一人つとよりて、車よりひきおとし奉て、はふりのしもとを三度あて奉る。次にかどのをさ一人よりて、せつがいのかたなとて、ふたかなたつくまねをし奉る。次にやましろのはんぐわんすゑすけ、せんみやうをふくめ奉る。かかる
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事は人の上にてもいまだごらんじ給はじ。ましておんみの上にはいつかはならひ給べきと、御心のうち、おしはかられてあはれ也。もんぐわいよりはぐんびやうすひやくき、車のぜんごにうちかこみて、わがかたさまの者は一人もなし。いかなるところへゆくやらんも、しらする人もなし。「内大臣にいまいちどあひまうさで」とをぼしけれども、それもかなはず。みにそへる物はつきせぬ涙ばかりなり。しゆしやくを南へゆきければ、おほうちやまをかへりみても、おぼしいづる事おほかりけるなかにも、かくぞ思つづけられける。
ごくらくと思ふくもゐをふりすててならくのそこへいらんかなしさ K015
とばどのをすぎたまへば、としごろつかへ奉りしとねり、うしかひどもなみいつつ、涙をながすめり。「よその者だにもかくこそあるに、まして都にのこりとどまる者
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どもいかばかりかなしかるらん。われよに有し時、したがひつきたりし者一二千人も有けんに、一人だにもみにそふ者もなくて、けふをかぎりて都をいづるこそかなしけれ。おもきつみをかうぶりて遠き国へゆく者も、ひとひとりぐせぬ事やはある」なんど、さまざまにひとりごとをのたまひて、声もをしまずなき給へば、車のしりさきにちかきつはものは、よろひの袖をぞぬらしける。とばどのをすぎたまへば、「このごしよへごかうのなりしには、いちどもはづれざりし物を」なんどおぼして、わがうちの前をとほり給へば、よそもみいらですぎ給も哀也。なんもんをいでぬればかはばたにて、「おんふねのしやうぞくとく」といそがす。「こはいづくへやらむ。うしなはるべくは只この程にてもあれかし」とおぼすも、せめてのかなしさのあまりにや。ちかくうちたる武士を、「是はたそ」ととひ給へば、「つねとほ」となのりけり。
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なんばのじらうといふ者なりけり。「もしこのほどにわがゆかりの者や
あるとたづねてむや。ふねにのらぬさきにいひおくべき事のあるぞ」と宣ければ、「そのへんちかきあたりをうちまはりてたづねけれども、こたふる者なし」と申ければ、「よにおそれをなしたるにこそ。なじかはゆかりの者なかるべき。命にもかはらむといひちぎりし者、一二百人も有けむ物を。よそにてもわがありさまをみむとおもふもののなきこそくちをしけれ」とて、涙をながし給へば、たけきもののふなれども、あはれとぞ思ける。大納言おんふねにのり給て、鳥羽殿をみわたして、守護のぶしにかたり給けるは、「さんぬるえいまんのころ、法皇あの鳥羽殿へごかうあつて、ひねもすにぎよいうありき。しでうのだいじやうだいじんもろなが、おんびはのやくをつとめらる。げんせうしやうまさかた、おんふえのやくにさんぜらる。はむろの中納言とし
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かた、ひちりきのやくに参り給ゐ、やうばいのさんゐあきちか、しやうのふえをつかまつり、もりさだ、ゆきざね、うちものをつとめらる。かかりしかば、きゆうちゆうすみわたり、くんじゆのしよにん、かんるいをもよほしき。てうしばんしきでうにて、ばんしうらくのひきよくをそうせられしに、五六のでふになつしかば、てんじやうの上にびはのおと、ほのかにきこゆ。げんげんえんよくとしてこゑごゑのおもひあり。かんくわんたるあうぎよははなのもとになめらかに、いうえつたるせんりうはこほりのしたになづめり。さうさうたるたいげんはむらさめとぞおぼへし。せつせつたるせうげんはひぎよににたりしかば、ちやくざの人々はおのおのいろをうしなふ。君はすこしもさわがせ給はず。なりちか、その時しゐのせうしやうにてばつざにしこうしたりしをめされて、いかなる人ぞとたづねまうすべきよしおほせくだされしかば、成親かしこまりて、天井にむかひて、『君はいかなる人にて
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わたらせ給ぞ』と、院宣のおもむきを申たりしかば、『われはすみよしのへんに候じよう也』とこたへて、やがてびはのおともせず、こたふる人もうせたりき。すみよしのだいみやうじんのごやうがう有けるにや。しよにんみのけいよだちけるほどに、いけのみぎはにあかきおにのあをきほうをかきて、あふぎを三本むすびたてたり。ぎよいうのがくにめで給て、住吉の大明神のかけらせ給けるにこそ。それよりしてぞ、すはまどのをばすみよしどのとも申ける。かのもろながこうのびはは、しんりよにもさうおうのしようしおほかりける中に、あるとしてんがかんばつのあひだ、しよじしよさんのじやうぎやうぢりつのそうらにおほせて、あめのおんいのり有けれども、つゆだにもをかずして、人々ふかくし給たりけるに、この大政大臣、ひよしのやしろにさんろうせられてきせいあり。しゆじゆのひきよくをひきたまひたりければ、
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たちまちにそらかきくもり、こくどにあめくだりて、てんがぶねうなりき。又げんせうしやうまさかたのふきける笛は、もみぢといふめいぶつ也。かの笛はむかしすみよしの大明神、もみぢのころ、おほゐがはにごかうして、ぎよいう有けるに、もみぢおもしろくありけるにまじはりて、そらよりふりけるをとらせおわしまして、くわんぎよののち、おんみをはなたれずして、ごひさう有て、もたせ給たりけるほどに、だいりしゆごしてくわんぎよなるとて、おとさせ給たりけるを、かのまさかたのせんぞに、いちでうのさだいじんまさちかこうと申人、もとめてけり。あるときまさちかこう夢にしめしていはく、『この笛はわれしかしかしてまうけたりしを、だいりにておとしたりき。ひさうの物也。われにかへせ』とおほせられければ、正親こう申やう、『もとめえてのちは、これにすぎたるたから
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なしとぞんじさうらふときに、まゐらすまじく候。それにきくわいにおぼしめされさうらはば、命をめせ』と申たりければ、『さらばその笛のかはりに、なんぢがしよぢのたうほんの法花経をまゐらすべし』とおほせられければ、又申やう、『笛はこんじやういつたんのもてあそび物、経はたうらいせせのしえんにて候へば、笛をこそまゐらせ候はめ』と申けるを、明神あはれとおぼしめして、経をも笛をもめされざりき。さてみをはなたず、いよいよほうぶつと思てもちたりけるほどに、だいりぜうまうの時、いかがしたりけむ、おとしてうしなひてけり。ただことにあらず。もしは明神のめしかへされけるにや。そののちまうけられたりける笛の、すこしもたがはざりければ、是をももみぢとなづく。今の笛はのちのもみぢにてぞ有ける。かやうにありがたき人々おはしましければ、明神のごやうがうもことわりにこそ
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おぼえしか。かかりし時も人こそおほかりしかども、なりちかこそめしぬかれて君のおんつかひをばしたりしか。せう、ちやく、きん、くうご、びは、ねう、どうばち、そのなはまちまちなれども、ちゆうだうのはうべんなりければ、皆是ほんうのめうり也。そうじていきとしいける者、いづれかこゑをはなれたる。りこうきよがんのさへづり、りようぎんぎよやくのなきまでも、あるいはげんのみなもと、あるいはくわんのおこり也。声ととのをりぬれば、君のみちすなほなり。さればてんしもがくをもちひ給て、ががくのれうをおかれて、てうていのぎしきにそなへらる。しゆんそにかへるみよなれば、あんらくのこゑぞめでたき。あまたのてうのなかにもふがうでうこそすぐれたれ。今のばんしきでうをばびはにはふがうでうといふ。さればめうおんだいしもさんまいのびはをとり、しとくのかたちをそなへて、左のみてのいんざうにふかきゆゑありとかや。
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そもそもばんしうらくはきたいのひきよく、がくけのめうてうなる故に、しんめいもここにかうりんし、ぶつだも是になふじゆす。故にすなはちそのみちをおもんじて、たやすく是をあらはさず。しだいさうじようをとぶらへば、にちざうしやうにんとたうのとき、しやうがをもつてほんてうにかへりてぞ、くわんげんにはうつされし。みだ四十八ぐわんのしやうごんにもぼさつ是をもてあそび、たうり三十三天のけらくにも、しやくだい是をまひかなづ。まことにきたいのがく也。さてもいまてうてきにあらずして、はいしよへむかふこそかなしけれ。すみよしのだいみやうじんたすけさせ給へ」とて、声もをしまずなき給へば、つねとほをはじめとして、おほくのぶしどもよろひの袖をぞぬらしける。くまのまうで、てんわうじまうでなむどには、ふたつがはらのみつむねにつくりたるふねに、つぎのふね二三十そうつきてこそ有しに、是はけしかるかきすへやかたのふねに、おほまくひきまわして、わがかたさまの
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者は一人もなくて、みもしらぬつはものにのりぐして、いづちともしらずをはしけむ心のうち、さこそはかなしかりけめ。こよひはだいもつといふ所につき給へり。しんだいなごん、しざいをなだめられて、るざいにさだまりにけりときこへければ、さもしかるべき人々よろこびあはれけり。是はだいふの入道にあながちにまうされたりける故とぞきこへし。「くににかんしんあれば、そのくにかならずやすし。いへにかんしあれば、そのいへかならずただし」といへり。誠なるかなや。この大納言、さいしやうかちゆうじやうかの程にて、いこくよりきたりたりけるさうにんにあひたまひたりければ、「くわんはじやうにゐのだいなごんにのぼりたまふべし。ただしごくにいるさうのをはするこそいとほしけれ」とさうしたりけるとかや。今おもひあはせられてふしぎ也。又中納言にてをはしける時、をはりのくのをしり給けるに、いんじ
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かおう元年のふゆのころ、もくだいうゑもんのじようまさとも、をはりのくにへくだるとてくひぜがはにとどまりたりけるに、さんもんのりやう、みののくにひらののしやうのぢゆうにんと、こといだす事ありけり。ひらののしやうの住人、くずをうりけるに、かのまさともがしゆくにてあたひのかうげをろんじけるに、のちにはくずにすみをつけたりけるをとがめけるほどに、たがひにいひあがりて、じんにんをにんじやうしたりけるゆゑとぞきこへし。これによつて、ひらののしやうのじんにん山門にうつたへければ、どうねん十二月廿四日、だいしゆおこりて、ひよしのしんよをぢんとうへささげてさんず。ふせかせられけれどもかなはず。こんゑのもんよりいりて、けんれいもんの前にしんよをならべすへ奉りて、なりちかのきやうをるざいせられ、もくだいまさともをきんごくせらるべきよしうつたへまうしければ、成親卿びつちゆうのくにへながされ、もくだいまさともをごくしやへいれらる
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べき由をせんげせらる。大納言既ににしのしゆしやくなる所までいだされたりける程に、おなじき廿八日、めしかへさるときこへしかば、大衆なりちかのきやうをおびたたしくしゆそすときこへしかども、おなじき廿九日、ほんゐにふくして、やがて中納言になりかへり給。おなじき二年正月五日、うゑもんのかみをけんじて、けんびゐしのべつたうにならる。そののちもめでたく時めきさかえ給て、さんぬるしようあん二年七月廿一日、じゆにゐしたまひし時も、すけかた、かねまさをこえたまひて、すけかたはよき人、をとなにてをはしき、かねまさはせいれいの人なりしに、こえられたまふもふびんなりし事也。これはさんでうどのざうしんのしやうなり。おんわたましのひなりけり。おなじき三年四月十三日、またじやうにゐし給ふ。今度はなかのみかどのちゆうなごんむねいへのきやうこえられ給ふ。きよきよねん、しようあん
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元年十一月廿八日、だいにのちゆうなごんをこえて、さゑもんのかみ、けんびゐしのべつたう、ごんだいなごんにあがり給ふ。かやうにさかえられければ、人あざけりて、「山門の大衆にはのろはるべかりける物を」とぞ申ける。されどもそのつもりにや、今かかるめをみ給ふぞおそろしき。しんめいのばつも人のしゆそも、ときもありおそきもあり、ふどうの事なり。三日、いまだくれず、京よりおんつかひありとて、ひしめくめり。既にうしなへとにやとききたまへば、びぜんのくにへといひてふねをいだすべきよしののしる。うちのおとどのもとよりおんふみあり。「みやこちかきやまざとなむどにおき奉らんと、さいさんまうしつれども、かなはぬ事こそよにあるかひも候はね。是につけてもよのなかあぢきなく候へば、おやにさきだちてごしやうをたすけたまへとこそ。てんたうにはいのりまうし候へ。心にかなう命ならば、おんみに
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もかはらまほしく思候へども、かなはず。おんいのちばかりはまうしうけて候ふ。おんこころながくおぼしめしさうらへ。ほどへば、入道ききなをさるる事もやとこそ、おもひたまひ候へ」とて、たびのごよういこまごまとととのへて奉り給へり。なんばのじらうがもとへもおんふみあり。「あなかしこをろかにあたり奉るな。みやづかへよくよくすべし。おろかにあたり申てわれうらむな」とぞおほせられたりける。「さばかりふびんにおぼしめされたりつる君をもはなれ奉り給て、をさなきものどもをふりすてて、いづちとてゆくらん。今一度都へかへりて、さいしをみん事ありがたし。ひととせ山のだいしゆのうつたへにて、ひよしのしちしやのみこしをふり奉りて、すでにてうかのおんだいじになりて、をびたたしかりしだにも、にししつでうにごかにちこそありしか。それもやがておんゆるされありき。是は君のおんいましめにもあらず。大衆の
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うつたへにてもなし。こはいかにしつる事ぞや」と、てんにあふぎちにふして、をめきさけびたまへどもかひなし。よもあけぬれば船をさしいだす。みちすがらも只涙にのみ咽(むせび)給て、はかばかしくゆみづをだにものどへいれ給はねば、ながらふべしともおもひたまはねども、さすがつゆのいのちもきへはて給はず。ひかずふるままには、都のみこひしく、あとの事のみぞおぼつかなく思給ける程に、びぜんこじまといふ所におちつきたまへり。たみの家のあやしげなるしばのあみどのうちへぞいりたまひにける。うしろには山、前はいそなれば、まつにこたふるあらしのおと、いはにくだくるなみの声、うらにともよぶはまちどり、しほぢをさわたるかもめどり、たまたまさしいるものとては、都にてながめしつきのひかりばかりぞ、おもがはりもせずすみわたりける。しんだいなごんふしにもかぎらず、いましめらるる
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人あまたありき。
廿二 あふみのにふだうれんじやうをばとひのじらうさねひらあづかりてひたちのくにへつかはす。しんぺいはんぐわんすけゆきをばげんだいふのはんぐわんすゑさだあづかりてさどのくにへつかはす。やましろのかみもとかぬをばしんのじらうむねまさあづかりてよどのしゆくしよにいましめおく。へいはんぐわんやすより、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづをば、びつちゆうのくにのぢゆうにんせのをのたらうかねやすあづかりてふくはらにめしおかる。たんばのせうしやうなりつねをばしうとのへいざいしやうにあづけらる。
廿三 さいくわうがちやくし、さきのかがのかみもろたか、おなじくおととさゑもんのじようもろちか、そのおととうゑもんのじようもろひらら、ついたうすべきよし、大政入道げぢしたまひければ、武士をはりのくにのはいしよ、ゐどたへくだりて、かはがりをはじめて、いうくんをめしあつめて
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さかもりして、もろたかををびきいだして、かうべをはぬべき由をしたくしたりける程に、いつか、師高がははのもとよりつかひをくだして申けるは、「入道殿、八条殿よりめしとられたまひぬ。さりとも院の御所よりたづねおんさたあらんずらむとまちたまひし程に、やがてそのゆふべにうたれたまひぬ。をはりのきんだちとてもたすかりたまふべからず。いそぎくだりて夢みせ奉れと宣つる」といひければ、師高、ゐどたをばにげいでて、たうごくかのといふ所にしのびてゐたりけるを、をぐまのぐんじこれながききつけて、よせてからめむとしけるに、師高なかりければ、つはものどもかへらんとしける所に、だんじにてかみのあかをのごひてすてたる有けり。是をみつけてあやしみて、なほよくよくあなぐりもとめける程に、たみのいへにはつしといふ所あり、それにかくれて師高がゐたりけるをもとめいだして、からめむとしければ、
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じがいしてけり。郎等にこんぺいしらうなにがしとかや申ける者一人つけたりけるも、おなじく自害してけり。もろたかがくびをばをぐまのぐんじとりて、六波羅へたてまつる。そのかばねをば、師高が思けるなるみのしゆくのきみ、てづからみづからやきはぶつて、とりをさめけるぞむざんなる。さいくわうふしきりものにて、よをよとも思はず、人を人ともせざりしあまりにや、さしもやむごとなくをはする人の、あやまち給はぬをさへ、さまざまざんそうし奉りければ、さんわう大師のしんばつみやうばつたちどころにかうぶりて、じこくをめぐらさずかかるめにあへり。「さみつる事よさみつる事よ」とぞ、人々申あへりし。おほかたは女とげらふとはさかざかしきやうなれども、しりよなき者也。西光もげらふのはてなりしが、さばかりの君にめしつかはれまひらせて、くわほうや
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つきたりけむ、てんがのだいじひきいだして、わがみもかくなりぬ。あさましかりける事共也。
廿四 はつかのひ、福原より大政入道、へいざいしやうのもとへ、「たんばのせうしやうこれへわたし給へ。あひはからひていづちへもつかはすべし。みやこのうちにてはなほあしかるべし」とのたまひたりければ、さいしやうあきれて、「こはいかなる事にか。人をば一度にこそころせ、二度にころすことやはある。ひかずもへだたれば、さりともとこそおもひつれ。さらば中々ありし時ともかくもなりたらば、ふたたび物は思はざらまし。をしむともかなふまじ」とおもはれければ、「とくとく」と宣て、少将もろともにいでたまふ。「今日までもかく有つるこそ不思議なれ」と少将宣ければ、きたのかたもめのとのろくでうもおもひまうけたる事なれども、いまさらに
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又もだへこがる。「なほもさいしやうの申給へかし」とぞおもひあへる。「ぞんずる所はくはしくまうしてき。そのうへかやうに宣はむはちからおよばず。今はよをすつるよりほかはなにとか申べき」とぞ、宰相は宣ける。「さりともおんいのちのうしなはるる程の事は、よもとぞおぼゆる。いづくのうらにをはすともとぶらひたてまつらむずる事なれば、たのもしくおもひたまへ」とのたまひけるもあはれなり。少将はことし四歳になりたまふなんしをもちたまへり。わかき人にて、ひごろはきんだちのゆくへなむどこまかにのたまふこともなかりけれども、そもおんあいのみちのかなしさは、いまはのときになりぬれば、さすが心にやかかられけむ、「をさなきもの今一度みむ」とて、よびよせられたり。わかぎみ少将をみたまひて、いとうれしげにてとりつきたれば、少将かみをかきなでて、「七歳にならばをとこになして、ごしよへまゐら
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せむとこそおもひしかども、今はそのこといふかひなし。かしらかたくおひたちたらば、法師になりてわがごせをとぶらへよ」と、をとなに物をいふやうに、涙もかきあへず宣へば、わかぎみなにとききはき給はざるらめども、ちちのおんかほをみあげたまひて、うちうなづきたまふぞいとほしき。是をみて、北方も六条もふしまろびて、声もをしまずをめきさけびければ、若君あさましげにぞをぼしける。こよひはとばまでとて、いそぎ給。宰相はいでたちたまひたりけれども、よのうらめしければとて、このたびはともなひ給はぬにつけても、いよいよ心ぼそくぞ思はれける。廿二日、少将ふくはらにおはしつきたれば、せのをのたらうあづかりて、やがてかれがしゆくしよにすへ奉る。わがかたさまの人は一人もつかざりけり。せのを、宰相のかへりきき給はん事を思ける
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にや、さまざまにいたはり、志あるやうにふるまひけれども、なぐさむかたもなし。さるにつけてもかなしみはつきせず。ほとけのみなをのみとなへて、よるひるなくよりほかの事なし。びつちゆうのくにせのをといふ所へながすべしときこえければ、せうしやううちあんじて、「だいなごんどのはびぜんのくにへときこゆ。そのあたりちかきにや。あひみたてまつるべきにはなけれども、あたりの風もなつかしかりなむ」とのたまひけるぞあはれなる。せめてはそなたとだにしらんとて、せのをのたらうに、「わがながされてあらむずるせのをとかやより、大納言のおはするびぜんのくにのこじまへは、いかほどのみちにて有らむ」ととはれければ、かたみちわづかにかいしやう三里のみちをかくして、「十三日」とぞ申ける。少将これをききておもはれけるは、「につぽん
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あきつしまは昔は三十三かこくにて有けるを、のちにはんごくづつにわけて、六十六かこくとす。さればわづかのこじまぞかし。なかにもせんやうだうにさほどのだいこくありとはきかぬ物を。さいふよりはらかのつかひのねんねんにまゐりしをききしも、はつかあまりなむどこそききしか。びぜんびつちゆうりやうごくのあひだいかにとほくとも、二三日にはよもすぎじ。これはわがちちのおはしどころをちかしときくものならば、ふみなむどやかよはんずらむとて、しらせじとていふよ」とこころえたまひてければ、そののちはゆかしけれどもとひたまはず。あはれなりし事也。
廿五 昔かるのだいじんと申す人をはしき。けんたうしにして、いこくにわたりておわしけるを、いかなる事か有けん、物いはぬ薬をくはせて、
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ごたいに絵を書て、ひたひにとうがひをうちて、とうだいきとなづけて、ひをともすよしきこえければ、そのおんこにひつのさいしやうと申す人、ばんりのなみをしのぎ、たしうのくもをたづねてみ給ければ、とうき涙をながして、てのゆびをくひきりて、かくぞかき給ける。
われはこれにつぽんくわけいのかく なんぢはすなはちどうせいいつたくのひと
ちちとなりことなるぜんぜのちぎり やまをへだてうみをへだててれんせいねんごろなり
としをへてなみだをながすほうかうのやど ひをおひておもひをはすらんきくのしたしみ
かたちはやぶれてたしうにとうきとなる いかでかきうりにかへりてこのみをすてむ K016
とかきたり。是をみ給けむ宰相のしんぢゆういかばかりなりけむ。つひにみかどにまうしうけてきてうして、そのよろこびにやまとのくにかるのてらをこん
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りふすとみえたり。かれはちちをたすけつればけうやうの第一也。是はそのせん
もなけれども、おやこの中のあはれさは、只大納言の事をのみかなしみて、あけくれなきあかし給けり。
廿六 しきぶのたいふまさつなははりまのあかしへながされたりけるが、ぞうゐじといふやくしのれいちにひやくにちさんろうして、みやこがへりの事をかんたんをくだきていのりまうしける程に、百日にまんじけるよの夢のうちに、
きのふまでいはまをとぢしやまがはのいつしかたたくたにのしたみづ K017
と、みちやうのうちよりえいぜさせ給とみて、うちおどろきてきけば、みだうのつまどをたたくおとしけり。たれなるらんときくほどに、京にてめしつかひしせいしなりけり。「いかに」ととへば、「大政入道殿のおんゆるされのふみ」とて、もちてきたれりけり。うれしな
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むどはいふはかりなくて、やがてほんぞんにいとま申ていでにけり。ありがたかりけるごりしやうなり。
廿七 廿三日、大納言はすこしくつろぐ事もやあるとおぼしけれども、いとどおもくのみなりて、少将も福原へめしくださるときこへければ、すがたをやつさで、つれなくつきひをすごさむもおそれあり。「何事をまつぞ。なほよにあらむとおもふか」と、人の思はんもはづかしければ、「出家のこころざしあり」と、内大臣のもとへまうしあはせられたりけるへんじに、「さもし給へかし」とのたまひたりければ、出家したまひにけり。大納言のきたのかたのきたやまのすまひ、又おしはかるべし。すみなれぬやまざとは、さらぬだに物うかるべし。いとしのびてすまひければ、すぎゆくつきひもくらしかね、あかしわづらふさまなり。にようばうさぶらひどももそのかずおほかりしかども、みのすてがたければ、
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よをおそれひとめをつつむ程に、ききとふものもなかりけり。げんないざゑもんのぶとしといふさぶらひありけり。よろづなさけありけるをとこにて、ときどきこととひたてまつる。あるくれがたにたづねまゐりたりければ、北方すだれのきはちかくめしてのたまひけるは、「あはれ、とのはびぜんこじまとかやへながされ給たりけるが、すぎぬるころより、ありきのべつしよといふ所におわしますとばかりはききしかども、よのつつましければ、是よりひとひとりをもくだしたる事もなし。いきてやおはすらん、しにてやおわすらむ、そのゆくへもしらず。いまだいのちいきておわせば、さすがこのあたりの事をもいかばかりかはきかまほしくおぼさるらん。のぶとしいかなるありさまをもして、たづねまゐりなむや。ふみひとつをもつかはして、へんじをもまちみるならば、かぎりなき心のうち、すこしなぐさむ事もやとおもふは、いかがすべき」と宣ければ、のぶとし涙をおさへて
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申けるは、「誠にとしごろちかくめしつかはれ奉しみにてさうらひしかば、かぎりのおんともをもつかまつるべくこそさうらひしかども、おんくだりのおんありさま、ひとひとりもつきまゐらせ候べきやうなしと承候しかば、ちからおよばず。まかりとどまりさうらひて、あけてもくれても、君の御事よりほかは何事をかは思候べき。めされさうらひしおんこゑもみみにとどまり、いさめられまゐられせしおんことばもきもにめいじて、わすれられ候はず。いまこのおほせをうけたまはる上は、みはいかになりさうらうふとてもまかりくだり候べし。おんふみをたまはりてたづねまゐらむ」と申ければ、北方おほきによろこびたまひて、ふみこまかにかきてたびてけり。わかぎみ、ひめぎみもめんめんに、ちちのもとへのおんことづてとて、かきてたびてけり。のぶとし是をとりてこじまへたづねくだりて、あづかりまもり奉るぶしにあひて、「大納言殿のおんゆくへのおぼつかなさに、今一度み奉らんとて、としごろのせいしにのぶとしとまうすもの、はるばるとたづね
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まゐらせて参て候」と申たりければ、武士どもあはれとやおもひけん、ゆるしてけり。まゐりてみ奉れば、つちをかべにぬりまはして、あやしげなるしばのいほりのうちなり。わらのつかなみといふ物の上に、わづかにむしろいちまいしきてぞすへ奉りたりける。おんすまひの心うさもさる事にて、おんさまさへかはりにけり。すみぞめの袖をみ奉るにつけても、めもくれ心もきえはてにけり。大納言も、いまさらにかなしみのいろをましたまふ。「おほくのものどものなかに、なにとしてたづねきたりけるぞ」とのたまひもあへず、こぼるる涙も哀也。のぶとしなくなく北方のおほせらるるしだいこまかに申て、おんふみとりいだしてまひらせけり。大納言の入道是をみたまひて、涙にくれつつ、みづくきのあと、そこはかともみへわかねども、若君姫君のこひかなしみ給ふありさまわがおんみも又つきひをすごすべきやうもなく、心ぼそく
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かすかなるおんありさまをかきつづけ給へるをみ給ては、ひごろおぼつかなかりつるよりもけに、いとどもだへこがれ給ふ。げにことわりとおぼえて哀也。のぶとし二三日はさうらひけるが、なくなく申けるは、「かくてもつきはてまひらせて、おんありさまをもみはてまゐらせさうらはばやとぞんじさうらへども、都も又みゆづりまゐらせさうらふかたも候はざりつる上、つみふかくおんぺんじを今一度ごらんぜばやと、おぼしめされてさうらひつるに、むなしく程をへさうらはば、あともなくしるしもなくやおぼしめされさうらはむずらんと、こころぐるしくおもひやりまゐらせさうらふ。このたびはおんぺんじをたまはりて、ぢさんつかまつりさうらひて、又こそはやがてまかりくだりさうらはめ」と申ければ、大納言はよになごりをしげにはおもひたまひながら、「誠にさるべし。とくとくかへりのぼれ。ただしなんぢが今こむたびをまちつくべきここちもせぬぞ。いかにもな
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りぬときかば、のちのよをこそとぶらはめ」とて、へんじこまかにかきたまひて、おんぐしの有けるをひきつつみて、「かつうはこれをかたみともごらんぜよ。ながらへてしも、よもききはてられ奉らじ。こむよをこそは」と、こころぼそくかきつけたまひて、信俊にたびてけり。
ゆきやらむ事のなければ黒かみをかたみにぞやるみてもなぐさめ K018
とかきとどめ給へり。若君姫君のおんぺんじどももあり。のぶとし是をもちてかへりのぼりけるが、いでもやられず。大納言もさしてのたまふべき事はみなつきにけれども、したはしさのあまりに、たびたび是をめしかへす。たがひの心のうち、さこそは有けめとおしはからる。さても有べきならねば、のぶとし都へのぼりにけり。きたやまへさんじて、北方におんぺんじ奉りたりければ、北方は、「あなめづらし。い
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かにいかに。さればいまだおんいのちはいきておわしましけるな」とて、いそぎおんぺんじをひきひろげてみたまふに、おんぐしのくろぐろとして有けるを、ただひとめぞみたまひける。「このひとはさまかへられにけり」とばかりにて、又物ものたまはず。やがてひきかづきてふしたまひぬ。おんうつりがもいまだつきざりければ、さしむかひ奉りたるやうにはおぼされけれども、おんぬしはただおもかげばかりなり。若君姫君も、「いづら、ちちごぜんのおんぐしは」とて、めんめんにとりわたしてなきたまふもむざんなり。
かたみこそ今はあたなれこれなくはかばかり物はおもはざらまし K019
とぞ、えいじ給ける。大政入道このことをききたまひて宣けるは、「たがゆるしにてのぶとしはくだり、大納言はもとどりをばきりけるぞ。かやうの事
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をこそじいうの事とはいへ。ながしおきたらばさてもあらで、不思議なり」とて、こまつのおとどにはかくし給て、つねとほがもとへ、「大納言いそぎうしなふべし」とぞ、ないない宣たりける。たんばのせうしやうをば福原へめしとりて、せのをのたらうがあづかりて、びつちゆうのくにへつかはしけるを、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづ、へいはんぐわんやすよりをさつまのくにきかいのしまへつかはしけるに、この少将をぐしてつかはしけり。康頼はもとより出家の志ありける上、るざいのぎになりければ、ないない小松殿につき奉りて、人して小松殿のもとへふみをかきてつかはしけり。そのじやうにいはく、すでにあかつきは、はいしよにおもむくべきよしうけたまはりさうらふ。それくえんをいとふは、もつともしゆつりしやうじのをはり、さいなんにあふことは、なげきのなかのよろこびなるをや。じやうえんにかたぶくは、またわうじやうごくらく
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のいん、にんじんをうけたるは、よろこびのなかのよろこびなり。そもそも出家はむかしよりほんまうなり。いはむやさせんのいまにおいてをや。ねがはくはとちゆうのかいがんのまつのしたにはべりて、さつたのぐけうかしらのしもをはらはんとほつす。それいかん。よつてせいくわうせいきようきんげん。
きんじやうこまつのないだいじんどのごいうか へいはんぐわんやすよりがじやうとぞ、かきたりける。小松殿のおんぺんじには。
すみぞめのころものいろときくからによそのたもともしぼりかねつつ K020
やさしのおんぺんじやとて、やすよりなくなくさつまのくにへぞおもむきける。つのくにこまのはやしといふ所にてかみをそりてけり。かいのしにはしやうおんばうあじやりと申けるらうそう也。りやうそうししきりにいそぎける間、こころしづかにせつかいなむどもちやうもんせず、かたのごとくさんきかいのみやうじばかりをうけて、ほふ
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みやうしやうせうとぞ申ける。もえぎのうらつけたるうすかうのひたたれをぬぎをきて、こきすみぞめのころものいろ、おつる涙にしぼりあへず。さていでさまに、かくぞくちずさみける。
つひにかくそむきはてぬるよのなかをとくすてざりし事ぞくやしき K021
このはんぐわんにふだうのしそくに、さゑもんのじようもとやすとて、ことにおやを思ふこころざしふかき者有けり。しのびつつ只一人つきめぐりて、りやうそうしにあんないをへて、こまのはやしまでもんそうしたりけり。なくなくちちにむかひて申けるは、「なかなか只つひのおんわかれとだにおもひまゐらせば、ひとすぢにおもひさだむるかたもさうらひなむ。いきながらかくわかれまゐらするおんゆくすゑのをぼつかなさ、いちにちへんしもいかにしておもひしのぶべしともぞんぜずさうらふ。さだめてさこそおぼしめし候
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らめ。しままでこそ候はずとも、いまひとひもおんともまうすべく候に、よをおそれ候程に、かやうにまかりとどまりさうらふなり。たのみまゐらせたるちちのかやうにならせ給候はん上は、必ずしもみをまつたくすべきにて候はねども、人の心をそむきさうらひては、なかなかおんためあしくさうらひぬとおぼえ候へば、いとままうしてまかりかへらむ」とて、かきもあへず、さめざめとぞなきける。判官入道、基康が袖をひかへて、「人のみにはあいしとて、おなじこなれどもことにこころざしふかき子あり。なんぢは入道があいしにて、きやうほうの時よりせいじんの今にいたるまで、おんあいの志しいまだつきず。ひとひもみざる時はれんぼのじやうとこめづらし。とをかはつかおくりたりとても、かへらむわかれがかなしからざるべきか。人々のごらんずるもはづかし。よそめもみぐるし。うれしくこれまでおくりたり。
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はやはやかへり給へ」とて、各袖をしぼりつつ、父は南にむかひてゆけば、こは都のかたへぞゆきける。おもひきりてはゆけども、なほもなごりやをしかりけむ、ちかき程は互にみかへりつつ、父はこのかたをみかへり、こは父のかたをかへりみける処に、父ことばをばいださず、てあげてこをまねきけり。基康いそぎうちかへりたりければ、父涙をながし、ややひさしく有て申けるは、「こころえさすべき事の有つるを、あまりのおもひのふかさに、まうさざりつるなり。しやうせうがぼぎのにこうの八十いうよになりたまふが、れんだいのの東にむらさきのといふ所に、くさのいほりむすびておはするぞかしな。念仏申て、ごせぼだいのつとめよりほかはたねんなくして、あしたのつゆ、ゆふべの風をまたず、あさがほのひかげをまたざるごとくして、けふあすともしり給はぬ人の、只一人たのみ給へるが、
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たけごろひとしきこの、いつかへるべしともしらず、とほきしまの人もかよはぬ所へながされぬとききたまふものならば、又うちたのむかたもなき所にのこりとどまり給て、なきかなしみ給はん事、おんあいのならひ、さこそ思給はむずらめ。さればさんりんにまじはりて、そぞろになきかなしみ給はむほどに、さいごのじふねんにもおよばずして、ひごろのぎやうごふをむなしくなし給はん事のかなしさよ。さればかくとも申さず、いとまをもこひ奉り、今一度みもし、みへもし奉りたかりつれども、み奉る程にてはしのぶともかなふまじ。思ふ心いろにあらはれてとひ給はば、又なにとかくしとぐべきならねば、いかにもしてしらせ奉らじと思て、いでつる事の心にかかりておぼゆるぞ。なんぢもいかにもして、かくしとげぬべくは、しらせ奉
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るなよ。なんぢかへりなば、むらさきのに参て申べき事はよな、『人にざんげんせられて、大政入道殿よりごふしんをかうぶりてさうらふあひだ、しばらくさうりんじにろうきよし候也。をりをうかがひてまうしひらき候はんずれば、だいじはよも候はじ。おんこころぐるしくおぼしめすべからず。さてもおんわうじやうのあんじんは、さきざき申をきて候しかば、ゆめまぼろしとおぼしめして、只ねてもさめてもむゐのじやうどに心をかけましまし、らいかうのうてなにあなうらをふみ給べし。けつぢやうわうじやうすべき人には、りんじゆうには必ずきやうがいあいと申まえんきたりて、あるいはおやとへんじ、ふうふしようあいのかたちともへんじ、あるいはしつちんまんぼうともへんじて、しやばに心をとどむる事の候也。さればおやをみばや、こをみばやと思ふ心をば、まえんのしよゐとおぼしめして、只いつかうにさい
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はうに心をかけさせ給べし。もしなほしも康頼をこひしとおぼしめされむ時は、ひととせかきしるしてまゐらせ候し、往生のしきをごらん候べく候』と、よくよくこころえて申べし」とて、袖もしぼるばかりなり。「このむらさきのと申は、れんだいのの東にさうさうたるこまつばらあり。昔念仏のぎやうじやはべりき。常にむらさきのくものたなびきけるによつて、むらさきのとなづけたり。いまもぐぐわんわうじやうの人おほくいほりをむすびてすみけり。康頼入道が母、わかくしてをつとにはおくれてにけり。ひとへに往生をもとむる志ふかくして、れんだいののへん、紫野のまつのこがくれにいほりをむすびて、くどくちのながれに心をすましてぞはべりける。をさなくしてはにしんにをくれ、せいじんしてはをつとにおくれき。又三人のこあり。二人はによしにて、はなやかにうつくしかりし
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かども、むじやうの風にさそはれて、ほくばうのつゆときえにけり。らうせうふぢやうのさかひなれば、はじめて驚べきにはあらねども、おんあいべつりのなげきには、ぼんしやうおなじく袖をしぼるならひにて、このあまうへくわいきうの涙かはくまもなし。
むらさきのくさのいほりにむすぶつゆのかはくまもなき袖の上かな K022
とよみて、たのむ所は康頼ばかりこそ有つるに、これかくなつてふたたびあふごをしらず。をんるのみとききなば、てうぼのぎやうもうちすてられて、往生のさはりとならむ事こそかなしけれ。あひかまへてかくし奉べし。なんぢ入道を哀れと思はば、ゆきの中にたかんなをもとむる志をはげまして、紫野へ常にまゐり、入道がもつごをとぶらふとおもひなして、紫野にてじやうずい
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きふじをも申べし。この事よりほかにはだいじと思ふなげきなし」とて、てをあはせてぞなきける。もとやす申けるは、「おんかたみとて、只一人のこりとどまらせ給ふそぼの御事なれば、おほせをかうぶりはべらずとも、いかでかそりやく候べき。もつともこのごゆいごん、きもにめいじてわすれがたくさうらふ。まかりかへりさうらひなば、やがてじやうずいきふじ申べし」とて、おのおのゆきわかれにけり。基康みちすがらおつる涙にめもくれて、つきひの光もなきがごとし。「うゐむじやうのさかひは、父にもをくれ母にもおくれて、おくりをさめてかへる事は常のならひなれども、いかなるしゆくほうにて、基康はいきたる父をおくりすててかへらむ」と、ひとりごとにくどきつつ、ながるる涙、みちしばのつゆはらひもあへず。「みちにてもしうしなはれ給はば、しにかばね
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をもたれかかくすべき。いきながらしまにすてられ給はば、いへもなくしていかがすべき。うゑてやしにたまはむずらん。こごへてやうせたまはむずらん。しもゆきふらばいかがせむ。あられふるよのいははざま、しほかぜはげしきつゆのいのちのきへむ事、しだいはひびにをとろへて、けふやあすやとまち給はん事の心うさ。只一度にわかれなましかば、これほどにちくさになげきはよもあらじ」とおもひつづけて、馬にまかせてかへりのぼりけり。
廿八 さてもなりつねいげの人々、よの常のるざいだにもかなしかるべし、ましてこのしまの有様つたへききては、おのおのもだへこがれけるこそむざんなれ。みちすがらのたびのそら、さこそはあはれをもよほしけめと、をしはかられてむざんなり。
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せんどにまなこをさきだつれば、とくゆかむ事をかなしみ、きうりに心をかよはすれば、はやくかへらん事をのみおもひき。あるいはかいへんすいえきのはるかなるみぎりには、さうはべうべうとしてうらみの心めんめんたり。あるいはさんくわんけいこくのくらきみちには、がんろががとして、かなしみの涙たいたりたり。さらぬだにたびのうきねはかなしきに、しんやのつきのあきらかなるに、ゆふつげどりかすかにおとづれて、いうしざんげつにゆけむかんこくの有様おもひいでられて、かなしからずといふ事なし。やうやくひかずへにければ、さつまのくににもつきにけり。是よりかのきかいのしまへはひなみをまちてわたらむとす。きかいのしまはいみやうなり。そうみやうをばいわうのしまとぞ申ける。くちいつしま、おくななしまとて、しまのかず十二あむなるうち、くちいつしまは昔よりにつぽんに
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しがたふしまなり。おくななしまとまうすは、いまだこのどの人のわたりたる事なし。くちいつしまの中にいわうのいづるしまじまをば、いわうのしまとなづけたり。さてじゆんぷう有ければかのしまへおしつけて、くちいつしまがうち、少将をばみつのせまりのきたのいわうのしま、やすよりをばあこしきのしま、しゆんくわんをばしらいしのしまにぞすておきける。かのしまにははくろおほくしていししろし。みづのながれにいたるまで、なみしろくしていさぎよし。かかりければにや、しらいしのしまとなづけたり。せめてひとつしまにすておきたらば、なぐさむかたも有べきに、はるかなるはなれじまどもにすておきければ、かなしなむどはおろかなり。されども、のちにはしゆんくわんもやすよりもとかくして、少将の有けるいわうのしまへたどりつきて、たがひにちの涙をながしけり。かのしまはしまのまはりさいこくにじふりの
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しま也。そのちかんぢにして、でんばくもなければべいこくもなし。おのづからなぎさにうちよせられたるあらめなむどをとりて、わづかに命をつぐばかりなり。しまのなかにたかきやまあり。みねにはひもへふもとにはあめふりて、いかづちなることひまなければ、たましひをけすよりほかの事なし。めいどにつづきたむなれば、じつげつせいしゆくの下なりといへども、かんしよことわりにもすぎたり。さつまがたよりはるばるとうみをわたりてゆくみちなれば、おぼろけにては人のかよふこともなし。おのづからある者もこのよの人にはにず、いろくろくてうしのごとし。みにはけながくおひたり。けんぷのたぐひなければ、きたる物もなし。をとことおぼしき者は、きのかはをはぎて、はねかづらといふ物をし、たふさぎにかきこしにまきたれば、なんによのかたちもみ
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へわかず。かみはそらさまへおひあがりて、てんばやしやにことならず。いふことばをもさだかにきこへず。ひとへにおにのごとし。何事につけても、いちにちへんしいのちいくべきやうもなかりければ、こころうくかなしき事かぎりなし。かかる所へながしつかはされたれば、少将は、「ただなかなかくびをきられたらばいかがはせむ。いきながらうきめをみる事のこころうさ、このよひとつの事にあらじ」とぞおもはれける。かやうにこころうきところへはなたれたるおのおのがみのかなしさはさる事にて、ふるさとにのこりとどまるふぼさいし、このありさまをつたへききて、もだへこがるらむ心のうち、思やられてむざんなり。人のおもひのつもるこそおそろしけれ。「かのうみまんまんとして、風かうかうたる、くものなみ、煙のなみにむせびたる、ほうらい、はうぢやう、えいしうのみつのしんざんには、ふしのくすりもあむなれば、末もたのみある
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べし。このさつまがた、しらいし、あこしき、いわうのしまには、何事にかはなぐさむべき」とおもひやられて哀なり。まなこにさえぎる物とては、山のみねにもえあがるほのを、みみにみつる物とては、百千万のいかづちのおと、いきながらぢごくへおちたるここちして、きくにつけても只みのけばかりぞいよだちける。少将、はんぐわんにふだうは、おもひにもしづみはてず、常にはうらうらしまじまをみまはして、都のかたをもながめやる。そうづはあまりにかなしみにつかれて、いはのはざまにしづみゐたり。なぐさむ事とては、常にひとところにさしつどひて、つきせぬ昔物語をのみぞしける。さればとてひとつきにもさすがきえうせぬみなれば、このはをかきあつめ、もくづをひろひて、かたのやうなるいほりをむすびてぞあかしくらしける。さ
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れども、少将のしうとへいざいしやうのりやう、ひぜんのくにかせのしやうといふ所あり。かしこよりをりふしにつけて、かたのごとくのいしよくをとぶらはれければ、やすよりもしゆんくわんもそれにかかりてぞひをおくりける。このひとびとつゆのいのちきえやらぬををしむべしとにはなけれども、あさなゆふなをとぶらふべき人、一人もしたがひつかぬみどもなれば、いつならはねども、たきぎをひろはむとてやまぢにまよふ時もあり、みづをむすばむとてさはべにつかるるをりもあり。さこそたよりなくかなしかりけめ。おしはかられてむざんなり。やすよりにふだうはひにそへて、都のこひしさもなのめならず。なかにも母の事をおもひやるに、いとどせむかたなし。「ながされし時もかくとしらせまほしかりしかども、ききてはおいのなみに
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なげかん事のいたはしさに、おもひながらつげざりしかば、今一度みもしみへざりしに、わがありさまつたへききては、今までながらへてあらん事も有がたし」なむど、こしかたゆくすゑの事までもつくづくと思つづけられて、ただなくよりほかの事ぞなかりける。
(廿九) 判官入道は、そのかみくまのごんげんをしんじ奉り、さんじふさんどさんけいのこころざし有けるが、今十五度をはたさずしてこの嶋へながされたり。しゆくぐわんをはたさぬ事をくちをしく思はれけり。みはよくてうていのつきにあそむで、心はひとへにぶつけうのたまをみがく。えいさんてんだいのほふれいにのぼりては、じつかいごぐのはなをもてあそび、かうやみつけうのだうぢやうにのぞみては、さんみつゆがのともしびをかかぐ。いはむやげてん
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にをいては、きうけいさんしの光にくもりなく、五百よくわんのどくしよのはな、ていじゆのえだにさきたり。しいかくわんげんに心をすまして、ふうげつぶんだうめいめいたり。かかるめいじんちとくの人たりといへども、にんげんのはちくいまだぬかれず。くわこのしゆくいんはづかしく、こんじやうのなげき、やるせをしらず。「そもそもにんじんをうくる事は、ごかいのなかのしゆいん也。ごかいにいかなるあやまり有てか、これ程のだいくなんにあへるらむ」と、ふしんことにすくなからず。げんぽうとやせむ、しゆくほうとやせむ、ふかくのなみだつきかねたり。たんばのせうしやう宣けるは、「誠にしゆくぜんいみじくおはしければこそ、うんしやうのつきに隣をしめ、ほうけつの花をもてあそび、しようもんの風にたはぶれて、ほつすいのながれをもくみたまひけめ。そのうへくまのさんけいだにも
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十よどとうけたまはりき。ごりしやうこそなからめ。かかるなげきのちりとならせたまひぬる事、ぶつじんのごかごうたがひまことにおほし」。やすよりにふだう、「まことにおほせのごとくのゆやさんにかしらをかたぶけ奉るこころざしふかくして、卅三ど参べきしゆくぐわんをみてず、三度のごかうに三度ながらのぞみまうしてぐぶつかまつりし事も、ないしんは只宿願のどすうとぞんじさうらひき。私のさんけい十五度也。あはせて十八度。今十五度まゐりさうらはでこのなんにあへる事、こんじやうのまうねん、しんめいのごりしやうむなしきににたり」とて、ゐこんのなみだかきあへず。ほつしようじのしゆぎやう、これをききて、「少将殿もごさんけい候けるやらむ」ととへば、少将、「なりつねはいまだ一度もまゐりさうらはず」と宣へば、そうづ、
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「しゆんくわんもいまだ参候はず。さればかみのなだてにては候へども、どどのさんけいむなしくして、一度も参らざるともがらにどうざいどうしよのみとならせ給事、なんのしるしか候べき。おんうらみもつともことわりなり」と宣へば、康頼入道申けるは、「しかも卅三どの宿願はごしやうぼだいとはぞんぜず候。只しかしながらこんじやうのえいぐわ、そくさいえんめいとぞんじさうらひき。みはひんだうのみにて、心はだいけうまんの心也。しかるあひだ、仏法をきくとまうすも、只みやうもんのため、げてんをまなぶると申も、もし人のごしとくにもやめされ、さいじんのきこえあらば、くわんゐかかいやすすむとのみおもひはべりし故也。しかりといへどもしとくにもめされず、くわんしやくにもすすまず。ほうこうのちゆうをぬきんづといへども、ふしのしやうにもあづか
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らず。事にふれをりにしたがひては、うらみのみおほくして、心にこころよきことひとつもなし。これによつて、いつかうにしんめいをたのみ奉りて、えいぐわをひらき候はむとて、卅三どのだいぐわんをもおこし、十八度のさんけいをもとげで候き。いかにごんげんのにくしとおぼしめしけん。こうくわいさきにたたず」とて、しばらくあんじて申けるは、「たいげんのはくきよい、もんじふ七十巻を二部かきて、一部をばはつたふゐんのほうざうにをさめ、一部をばなんぜんゐんのせんぶつだうにおくりたてまつりて、そののちくだんのもんじふのはこよりくわうみやうをげんずる事たびたび也。りやうゐんのじそうあやしみをなして、もんじふのはこをあけてみるところに、第六十のくわんにほつぐわんのもんあり。そのいちいちの文字よりあらはるる所のくわうみやうなり。そのもんと申は、
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らうえいのぶつじのしに、『ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ、きやうげんきぎよのあやまりをもつて、ひるがへしてたうらいせせ、さんぶつじようのいん、てんほふりんのえんとせむ』とはこれなり。このほつぐわんの心は、こんじやうせぞくのごふ、きやうげんきぎよのあやまりなれども、ひるがへしてたうらいにはほとけをさんだんしほふりんをてんじて、しゆじやうさいどのみたらんと、がいけさんげしたるほつぐわんなり。ゆゑにさんげはよくめつざいのほふなれば、しやうじのぢやうやにまどふべからずといふへうじに、ほつぐわんのもんよりくわうみやうかくやくたり。さればしやうせうもけふより昔のあんじんをひるがへして、いつかうにごしやうぼだいのぎやうごふにゑかうしはべるべし」とぞ申ける。さてこの人々のぢゆうしよより南のかたに五十余町をさりて、ひとつのりさん
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あり。ばんがくとぞ申ける。きかいのしまのぢゆうにんら、「あのばんがたけには、えびすさぶらうどのとまうすかみをいはひて、いはどのとなづけたり。このしまにみやうくわにはかにもへいでて、ぢゆうにんさらにたへがたきとき、しゆじゆのくもつをささげてまつりさうらへば、みやうくわもしづまり大風ものどかにふきて、しまの住人をのづからあんどつかまつる」とぞ申ける。少将これをききて、「かかるさればみやうくわのうち、おにのぢゆうしよにもかみと申事のはべるらむよ」と宣へば、康頼入道、「まうすにやおよびさうらふ。えんまわうがいと申は、おにのすみか、みやうくわのうちにてはべるぞかし。それだにもじふわうとも申し、じふじんともなづけて、じつたいのかみ、とこをならべてすみ給へり。ましてこのしまと申はふさうしんこくのるいたうなれば、
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えびす三郎殿もすみ給べし。さてもさてもしやうせうくまのさんけいのしゆくぐわんあんじんこそふじやうにさうらひしかども、十八度は参てはべりき。のこる十五度を、ごしやうぜんしよの為に、いはどのにてはたしさうらはばやとぞんじさうらふ。だいじんもせうじんもくつしやうのみぎりにやうがうし給事にて候へば、ごんげんさだめてごなふじゆ候べし。おのおのはいかがおぼしめす」と申せば、少将はとりあへず、「なりつねもやがてせんだつにしまゐらせてさんけいつかまつるべし」と宣ふ。しゆんくわんはよくよくをかしげに思て、はるかにへんじもせず。ややひさしくありて申けるは、「につぽんはしんこくとまうして、もりやのおとど、じんみやうちやうをしるしたりけるに、かみ一万三千といへり。そのじんみやうちやうのなかに、きかいのしまのいはどのとまうすかみ、いまだみえず。そのうへえびす
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三郎殿と申は、ぶぢよにつきたる、ありさまいふかひなき者とこそみへて候へ。やはやじんじやうはかばかしきりしやうも候はんずる。くまのごんげんだにも十八度のさんけいむなしくて、かかるさいなんにあたりたまひてはべるぞかし。かつうはふるさとにきこえ候はむ事はづかしく候。『ほつしようじのしゆぎやうほどの者の、せめての事かな、えびす三郎をそんちようして、こりをかき、あゆみをはこびけん事よ』と、したしきうときに申されん事、いとけぎたなくおぼえさうらふ。次にごしやうぼだいをば必ずしもしんめいに申さずとても、ねんぶつどきやうせば、なんのふそくか候べき。『かみをかみとしんずれば、じやだうのむくいをうけて、ながくしゆつりのごをしらず』と申たり。『ただほんぢあみだによらいをねんずれば、じふあくごぎやくのまどの前にも
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らいかうし給』とこそ、くわんぎやうにはときてさうらふめれ。そもそもじやうどしゆうの事は俊寛いまだこころえずはべり。只どんごんむちの者の為に、皆心をいつきやうにをく事也。さればはうべんにしてじつぎにはあらず。それぶつぽふのたいかうは、けんげうもみつけうもぼんしやうふにとだんじて、じしんのほかにぶつぽふもなくじんぎもなし。さんがいゆいいつしんとさとれば、よくかいもしきかいもほかにはなく、ぢごくもばうしやうもわがこころよりしやうず。にんぢゆうもてんじやうもわがこころなり。しやうもんもえんがくもぼだいさつたとまうすも、心をはなれてほかにはなし。およそいつさいしゆじやう、しんぞくにたい、しんらのまんぼふ、がしやういつしんのほふにあらずといふ事なし。ずいえんしんによの前には、まよひの心をかみとなづけ、さとる心をほとけとす。めいごもとよりほかになし。じやしやういちによのめうりなるをや。さては禅のほふもん
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こそけうげのべつでんとまうして、ごんごだうだんのめうりにて候へ。いちだいしやうげうにてうくわして、八宗九宗のぜんちやうたり。たうじほつしようじにきやうりつしほんぐうとて、につたうのぜんそうあり。につたうせざりし昔はしんごんてんだいのがくしやうにて、ししゆざんまいのぎやうじや、にふだんくわんぢやうのひじりにてさうらひしが、禅のほふもんにうつりさうらひて、むぎやうだいいちのそうになりて候也。かみをもうやまはず、仏をもうやまはず、こつしやひにんなればとていやしむ事なし。しんごん、てんだい、じやうどしゆうのほふもんをば、うりのかはほふもんといひて、おほきにわらひ候也。ゑのうぜんじのじゆとて、常にくちずさみはべることばには、
ぼだいきなく、みやうきやううてなにあらず。もとよりいちもつなし、なんぞぢんくあらむ。 K023
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とえいじて、ずずけさもかけず。仏にくわかうをもきようせず。ねんぶつも申さず。きやうをもよまず。『いかにざぜんをば、し給はぬぞ』と申せば、おほきにわらひて、『何事ぞ、ざぜんと申事は。しよけうのなかに、しよしんのぎやうじやの修行するほふ也。天台宗にはしくわんのざぜん、しんごんけうにはあじくわんの坐禅、浄土宗にはにつさうくわんの坐禅とうなり。ぜんしゆうとまうすぎやうぼふあるべからず。しやきんよくをでいにうづむともこがねなり。にしきのふくろにつつみたるもこがねなり。禅のほふもんをいつかうにしようぜず。しよしんのぎやうじや、にちやたんぼに坐禅すと云へども、まつたくぜんちやうの位にのぼる事なし。だるまのじゆにいはく、
ざぜんしてほとけをえば、たれかかんしやうをぼくせざらむ。しらなみいくばくかきよき、しやうぜんしゆにきえす。 K024
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とて、だるまは坐禅する事なかりき。
むつのねにむつの花さくをほぞらをはるばるみればわがみなりけり K025
これこそだいざぜんのひじりよ』とて、ごしんしゆにくほしいままにぶくし、けだいむざんのたかまくらうちして、ふしぬをきぬしはべる也。げにゑのうぜんじのじゆのもんは、俊寛もりやうげして覚候。ぼだいきになくは、仏になるといふ事もなし。みやうきやううてなにあらずは、じやうどといふ事も有べからず。もとよりいちもつなきほふなれば、まんぼふみなこくうなり。なんぞぢんくあらむとみれば、けんしぢんじやのざいごふもゆめまぼろしににたり。まさにしるべし、くまのごんげんとまうすも、えびすさぶらうどのとまうすも、まうしんこまうのげんけ、きもうとかくのじようじや」といひて、どうしんどうだうもせず、俊寛
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はひとりとどまりたり。しゆんくわんひとりいはのはざま、まつのこかげにとどまりゐて、しよほふのさうをくわんぜし処に、風にはかにふきて、ぢしんたちまちにきびしくして、いつさんみなどうえうしければ、せきがんくづれてだいかいにいる。そのときぜんもんにふるきうたあり。おもひいだしてえいず。
「きしくづれてうををころす。そのきしいまだくをうけず。かぜおこりてはなをきようす。その風あにじやうぶつせんや。」 K026
とまうしてゐたり。やすよりにふだういはく、「ごほふもんのおもむきは、けごんしゆうのほふかいゆいいつしんかとおぼえさうらふ。さればふへんしんによのめうり、しんまうどうくうのしよだんなり。ことあたらしくなかなかまうすにおよばず。次にぜんのほふもんは、仏つひにくおんにちんじたまはず。ただかせふひとりのしよしようとうけたまはる。いんぐわをはつぶするが故に、ぶつけうにはあらず。仏教にあらざるが故に、げだうのほふもん也。
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ていげのぼんぶ、まつたくもつてしんようにたらず。仏をもうやまはず、かみをもしんぜず、ぜんごんをもしゆせず、あくごふをもはばからずとだんぜば、いちだいしやうげうを皆はめつするだいげだうときこえたり。ゆめゆめけんろにごひろう有べからず。いつさいしゆじやうを皆ぢごくにおとさん事、まつせのだいばだつた、これなるべし。かなしきかな、しやかぜんぜいのゆいていにあらずは、たれかぜんじんごほふのかごをかぶらむや。しやうせうはどんごんむちの者にてさうらふあひだ、しんごんけうにはかぢのそくしんじやうぶつ、じやうどしゆうにはたりきのわうじやう、これをしんじてさうらふなり。これによつてじつぱうの浄土もほかにあり、はちだいぢごくもほかにあり、さんぜしよぶつもほかにまします、さんじよごんげんもほかにましますと、しんじて候へば、いざさせ給へ、少将殿」とて、二人つれて
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いはどのへぞ参りける。かのいはどののぢぎやうをみるに、たにだにみねみねをはるかにわけいりて、じんせきたえてとりのこゑだにもせぬところに、かはながれいでたり。おとなしがはにあひにたり。そのみなかみをたづぬれば、すこしうちはれたる所あり。おほきなるいはやあり。その上にすぎひとむらおひたり。是をばほんぐうとなづけて、くさうちはらひ、しめひきまはしたり。又山をこえて、なぎさちかきすぎむらあり。是をしんぐうとかうす。それよりおくへなほたづねいりてみれば、へきがんたかくそばたちて、はくらうみねよりながれくだりたり。たきのおと、まつの風、かみさびたるけいき、なんざんひりゆうごんげんのわたらせ給ふ、なちのおやまににたりければ、又こけをうちはらひ、しめひきまはして、このいはかどをば、めぢこん
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がう、ごたいわうじとなづけ奉り、かのこのもとをば、いちまんじふまん、ぜんじ、ひじり、ちご、こもりなむどなづけつつかへりにけり。そうづに又「くまのまうでの事はいかに」といひけれども、僧都なほともなはざりければ、「さらばふたりまうでむ」とて、たちかふべきじやうえもなければ、あさのころもをみにまとひて、けがらはしきすがたなれども、さはべのみづをこりにかきて、しやうじんけつさいしてぞまうでける。ふぢのわらうづをだにもはかざれば、ひたすらのはだしにて、人もかよはぬかいがん、とりだにもをとせぬみやまを、なくなくつれておはしけむ心のうちぞあはれなる。てにたらひ、みにこたへたる事とては、いりえのしほ、さはべのみづにかく
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こりばかりなり。あさゆふはなむざんぎさんげろくこんざいしやうとさんげし、心に心をいましめて、わづかにはんにちにゆきかへるみちなれど、おなじところをゆきかへりゆきかへり、しらなみさざなみしのぎつつ、まんまんたるさうかいにただよひ、しほかぜなみまのこりの水、なんどといふかずをしらず。うらぢはまぢをゆくときは、ししのせ、ふぢしろ、かぶらざか、じふでう、たかはら、たきのしりともくわんねんし、せきがんいはほたかくして、せいたいあつくむし、ばんぼくえだをまじへて、きうさうみちをふさげるたにがはもあり。とうがん西岸をわたる時は、いはだがはをおもひいだして、ぼんなうのあかをすすぎ、近つひ、ゆのかは、みつのかは、おもひやられて哀也。すずしきこかげをゆくときは、くほんのとりゐを只今とをるとおもひなし、おほきなるきのもとにたちよりては、じやうぼんじやうしやうのしんぢほつしんもんともくわん
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ねんす。このやまぢ、かいがんの間に、なみまにみゆるいしもあり。しやうわうしやくびやくの石もあり。なんによそうぎやうの石もあり。いはのはざま、こけのむしろ、すぎのむらだち、ときはぎめにかかり、心のおよぶ所をば、つのくにくぼつのわうじよりはじめて、八十余所のわうじわうじとぞふしをがみ給ける。ほうへいみかぐらなむどの事こそかなはずとも、わうじわうじのおんまへにて、なれこまひばかりは、心のおよぶ程につかまつるべしとて、少将はてんぜいぶこつのじんにて、かたのごとくのかゐなざし、康頼入道はらくちゆうぶさうのじやうずなり、まうりやうきじんもとらけて、じひなふじゆをたるらむとぞまひける。少将もまいどにはらはらとぞなき給ける。かくのごとくして、かのほんぐうしようじやうでんのおんまへにまうでつつ、ほんぢあみだによらい
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にておはします、じふあくごぎやくをもすてたまはぬおんちかひあむなれば、ゑんきんにはよるまじ、心のしせいなるをこそ、ごんげんこんがうどうじもあはれとはおぼしめさむずらめと思て、「なむにつぽんだいいちだいれいげんくまのさんじよごんげん、わくわうのめぐみをほどこして、今一度都へかへさせ給へ」と、かんたんをくだきてぞまうされける。やすよりはしそくさゑもんのじようもとやすがしめししらせけるむさうの事なむどおもひいだして、おほえのまさふさがむじやうのふでをぞおもひつづけける。「しやうじのけんろさだめがたし、らうせういづれのときをかごすべき。ばうこんいたづらにさりて、やぐわいのそうべういういうとして、かのかんやうきゆうのけぶりじようじようたり。くもとなりていづれのかたへさりしぞや。思へば皆ゆめのごとくなり」とくわんじて、二人ほんぐうをいでて、しん
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ぐうへつたひて、なちのやまへまうでけり。はるかにはまぢをながむれば、ぜんろべうべうとして、まなこきはまりかつがうのきよ、かいしやうばうばうとして、なみだひぐわんのつきにうかぶ。あげていつしんしようみやうのおんじやうをふうらうのいんきやうに、たしよねうやくのほんぜいをすいげつのかんおうにあふぐ。しんぢゆうにこころすみ、しんじんまことにおこり、はしやうおもひしづかにして、あいしやうあんにもよほす。かねてかのけいきをおもへば、なみだれんれんとしてとどまらず。さえぎりてそのじひをはかれば、こころねんねんにいさみあり。えうちじやくせうのむかしより、せいねんちやうだいのいまにいたるまで、たんぜいをごんげんのほうぜんにぬきんでて、こんしをすいしやくのれいくつにこらす。せいざうおほくかさなれり。きかんなんぞうたがはむ。みつの山のほうへいとげにければ、よろこびのみちになりつつ、きりめのわうじのなぎの
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はを、いなりのすぎにとりかへて、今はくろめにつきぬと思て、げかうし給けり。かくまうづる事、そのとしの八月よりおこたらざるほどに、次の年の九月中旬にもなりにけり。
(卅) あるひふたりともなひてかのほんぐうにまうでて、ほつせをつくづくとたむけ奉りて、「わくわうりやくほんぜいたがはず、われらがごんねんのしんのまことをせうけんしたまひて、清盛入道のむだうのあくしんをやはらげて、必ず都へかへしいれ、ふたたびさいしをあひみせ給へ。すでにさんけい十五度にまんじぬ」と、かんたんをくだひて、一心にたんぜいをぬきんでたり。ことさらにかみのおんなごりをしく、おんまへにてときはぎのえだをみつをりたてて、さんじよごんげんのごやうがうとぞうやまひ給ける。そのおん
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まへにて、「さんじふさんどのけちぐわんなれば、みののうをつかまつり候べし。しやうせうが第一ののうにはいまやうこそさうらひしか」とて、じんぎのくわんのいまやうのうちに、一は、
ほとけのはうべんなりければ、じんぎのゐくわうたのもしや。
たたけば必ずひびきあり、あふげばさだめて花ぞさく。 K027
とうたひて、「これはほんぐうしようじやうでんにまゐらせ候。いまひとつはりやうしよごんげんにゑかうしまゐらせさうらふべし」とて、
しらつゆはつきの光に黄ををるをすばかしあり。
ごんげんふねにさをさして、むかへのきしによするしらなみ。 K028
とぞうたひたりける。「ごんげんふねにさをさして、むかへのきしによするしらなみ」と、いまだうたひもはてぬ時、よもの山にはふかざるに、すずしき
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風にはかにふきいでて、さんじよごんげんのときはぎのえだひつひつとして、どうえうする事ややひさし。しやうせうかんるいをおさへて、一首の歌をぞよみたりける。
かみかぜやいのる誠のきよければ心のくもをふきやはらはむ K029
少将もなくなく。
ながれよるいわうのしまのもしをぐさいつかくまのにめぐみいづべき K030
その時又不思議のずいさういできたる。ころはあきの末つかたの事なれば、たのむのかりのまれなるべきにはなけれども、東のかたよりかりみつとびきたりて、ひとつはにはかにたにのそこへとびいりて、又もみへず。いまふたつはこのひとびとの上よりとりかへして、東のかたへぞとびかへりける。やすよりにふだうこれをみて、
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しらなみやたつたの山をけふこへて花の都にかへるかりがね K031
とよみて、おのおのたちてきがんを七度づつらいはいしたりけり。そのうへ少将は、はんぐわんにふだうをも七度らいし給たりければ、入道、「こはいかに」ととひたてまつるに、少将、「入道殿のおんぱからひにて、十五どのさんけいもとげぬ。かみのごりしやうにてふたたび都にかへらむ事、しかしながら入道殿のごおんなるべし」とてなき給へば、入道も「あなあはれや」とてなく。さて入道、うらのはまゆふごへいにはさみ、山すげといふくさをしでにたれて、きよきいさごをこがねのさんぐとし、おんまへにすすみいでて、左のひざをたて、右のあしをかたしきて、思ふいしゆをつづけつつこれをよむ。そのことばにいはく、
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「きんじやうさいはいさいはい。ゐあたれるねんじは、ぢしようにねんさいしぼじゆつ、つきのならびはとつきふたつき、ひのかずは、さんびやくごじふよかにち、はちぐわつにじふはちにちきび、きちにちりやうしんをえらびさだめて、かけまくもかたじけなくまします、につぽんだいいちだいりやうげん、くまのさんじよごんげん、ならびにわうじけんぞくとうのうづのひろまへに、しんじんのだいせしゆ、うりんふぢはらのなりつね、ならびにしやみしやうせうら、おのおのぢやうゑのたなごころをあはせ、しんじんのらいもくをささげて、かつがうのかしらをかたぶけ、たてまつるくわんねんせいきんのしやきんを。そのこんしのいたり、ほつぐわんのおもむき、ゆへいかにとは、それ、
しんめいはほんぢをあらはしたてまつるとき、ゐくわういよいよぞうしんす。かんおうのひかりげんぢゆうなり。これによつていまかたじけなくさんじよごんげんのほんぢほんぜいをさんだんしたてまつらむとほつするのみ。ひそかにおもひみれば、ほんぐうしようじやうでんは、むかしさんだいらんこくのあるじ、むじやうねんわうとまうししとき、
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ぼだいしんをおこしたまひしよりこのかた、ごこふしゆいのだいぐわんすでにじやうじゆしましまして、いまあんやうじやうどのけうしゆ、らいかういんぜふのめうたい也。ゆゑに、せつしゆふしやのくわうみやうは、よくいちねんしようみやうのぎやうじやをてらし、さいどぐんまうのふないかだは、かならずくほんれんだいのほうちによす。あまつさへくわうだいじひのみづ、あめのごとくそそき、かぜのごとくそよがす。まさにまたすいしやくおうけのさかきのはに、わくわうりもつのかげをやどしたまへりつたへきく、しようじやうでんとなづけたてまつることは、ほんぢしやうりやうのかぜすずしくして、さんぞんらいかうのくもたなびき、ごくぢゆうさいげのみづかわきぬれば、くほんしやうがくのはなあらたなり。ふしゆしやうがくのあきの、ゆふべには、じつこふじやうだうのこのみをむすび、しよぶつしようじやうのあかつきのつきは、いつさいめいぼんのうたがひをしやす。これすなはちしやくそんのきんげんなり。ごんげんこのしようりをしめさむがために、かたじけなくみなをしようじやうだいごんげんとかうすのみ。みやうせんじしやうなり。いづれのしゆじやうかごんげんのほんぜいをうたがひたてまつらむや。ねがはくはごんげんのほんぜいぢゆう
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ぐわんふきよ、しやうせうらがりんじゆうじゆえんのとき、かならずまさにいんぜふのはちすをさかせたまふべしのみ。つぎにしんぐうは、これほんぢとうばうのけうしゆ、じやうるりじやうどのあるじなり。じふにだいぐわんじやうじゆのによらい、しゆびやうしつぢよのぐわんよにこえたまへり。たのもしきかな、いわうぜんぜい、にんげんはちくのうちには、びやうくもつともすぐれたり。いづれのしゆじやうかびやうげんをうけざる。たがいへにかかつがうのかしらをかたぶけざらむや。かなしきかな、しやうせうらがたうじのしんぢゆうのすがた、さらにしんしやうのびやうげんにもすぎたり。ねがはくはわくわうどうぢんのひかり、すみやかにさせんるざいのやみをてらしましまして、まさにこきやうれんぼのむねのやまひをたすけたまふべし。つぎになちひりゆうごんげんは、せんじゆせんげんのれいち、みだのひだりわきのふぞく、だいひせんだいのそんようなり。あふぎねがはくはしやうせうら、つたなくもしゆじやううくのしまにはなたれ、たのみたてまつるところは、さんしようがみやうのごんげんなり。はやくふわうくしやのふねにさをさして、
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まさにふしゆしやうがくのみやこにいんだうしたまふべし。そもそもさんごやちゆうのしんげつのいろは、よくじせんりのほかをてらすといへども、いまだじんでいぢよくがのみづにはやどらず、たとひくさばのつゆのもりのかがみたりといへども、きよくすめるときは、かならずめいげつかげをやどさずといふことなし。これによつて、いまかたじけなくごんげんのほんぜいをすいさつしたてまつるに、くまのさんじよのひかりは、もはらにつぽんきしうのれいち、むろのこほりおとなしのさとに、しやだんいらかをつらね、あけのたまがきにしきをさらすといへども、しやうせうらがくつしやうのみづいさぎよし。わくわうどうぢんのかげ、なんぞここにうかばざらんや。こいねがはくはさんじよごんげん、にやくいちわうじ、いちまんのけんぞく、じふまんのこんがうどうじ、ししよみやうじん、ごたいわうじ、まんざんのごほふてんとう、ぜんじひじりちごこもり、くわんじやうじふごしよひぎやうやしや、はちだいこんがうどうじ、しんぐうあすかかんのくらとうのぶるいけんぞく、きふなんのうちによくせむゐのはうべんをめぐらし、にふだうたいしやうこくのために
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めんぢよじひのこころをおこさしめたまへとなり。もししやうせうらがこんどのしよぐわん、ゑんまんじやうじゆせずは、あへてしんめいのゐくわうをもつて、たれかこれをあふぎたてまつらむ。いちどさんけいのとくすらなほもつてあくしゆをはなる。いかにいはむやさんじふさんどのさんけいにおいてをや。かへすがへすもげんぜあんをんのりやく、ごしやうぜんしよのほつぐわん、じやうじゆゑんまんじやうじゆゑんまん、さいはいさいはい」とぞよみたりける。
(卅一)さいもんよみをはりにければ、いつよりもしんじんきもにめいじ、ごたいにあせいよだちて、ごんげんこんがうどうじのごやうがう、たちまちにあるここちして、やまかぜすごくふきをろし、きぎのこずゑもさだかならず、このはかつちりけるに、ならのはのふたつ、やすよりにふだうがひざにちりかかりたりけるが、むしのくひたるすがたにて、あやしかりければ、入道是をとりてうちかへしうちかへしよくよく
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みるに、もんじのすがたにぞみなひたる。ひとつには「きがんふたつ」とむしくひたり。「あらふしぎの事や」と思て、少将にみせ奉りけるに、「げに不思議のことかな」とてゐたるに、いまひとつをとりてみるに、是も又もじのすがたとみなして、「これごらんさうらへ」とて少将に奉るに、一首の歌にてぞ有ける。
ちはやぶるかみにいのりのしげければなどか都へかへらざるべき K032
康頼入道、「是ごらん候へ」とて、少将に奉りたれば、少将とりてみて、「あら不思議や。今は権現のごりしやうにあづかりて、都へかへらむ事はいちぢやうなり」とて、いよいよきねんせられれけるに、やすより入道申けるは、「入道がいへにはくもだにも
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さがりさうらひぬれば、昔よりかならずよろこびをつかまつり
さうらふが、けさのみちにくものおちかかりて候つる間、ごんげんのごりしやうにて、少将殿のめしかへされさせ給はんついでに、入道も都へかへり候はんずるにやと、思て候つるなり。ただし『きがんふたつ』とよまれて候こそあやしく候へ。いかさまにものこりとどまる人の候はんずるとおぼえさうらふ」とて、涙をながしければ、少将も「誠に」とて、涙をながしてぞげかうせられける。康頼はあやしげなるさうだうのまねかたをつくりて、うらびとしまびとのあつまりたる時は、念仏をすすめてどうおんに申させて、念仏をひやうしにて、らんびやうしをまひけり。あみだの三字のいみじき事をばしらねども、このまひのおもしろさに、是をはやすとて、心
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ならず念仏をぞ申ける。かのさうだうはしまびとどもがよりあひどころにて、今にありとかや。きやうげんきぎよのあやまりをもつて、さいはうろくじのみなをとなふ。ひるがへしてたうらいせせ、さんぶつじようのいん、てんほふりんのえんとするこそあはれなれ。
おもひやれしばしと思ふたびだにもなをふるさとはこひしき物を K033
さつまがたをきのこじまにわれありとおやにはつげよやへのしほかぜ K034
このにしゆのうたのしたに、へいはんぐわんやすよりほふし、「心あらむ人は、是をごらんじては、康頼がふるさとへおくり給へ」とぞ、そとばごとにかきたりける。かきをはりてのちに、てんにあふぎちかひけるは、「ねがはくはうへはぼんでんたいしやくしだいてんわう、したはえんらわうがいけんらうぢじん、べつしては
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につぽんだいいちだいりやうげんくまのしようじやういつしよりやうじよごんげん、いちまんじふまんこんがうどうじ、ひよしさんわういつくしまのだいみやうじん、あはれみをたれおぼしめして、わがかきすつることのは、かならずにつぽんのちへつけさせ給へ」ときねんして、にしかぜのふくたびには、このそとばをやへのしほにぞなげいれける。そのきねんやこたへけむ、そのおもひやなみかぜとなりけむ、まんまんたるかいしやうなれども、おなじながれのすゑなれば、なみにひかれかぜにさそはれて、はるかのひかずをへて、そとばいつぽん、くまのしんぐうのみなとへよりたりけり。うらびととりて、くまののべつたうのもとへもちてゆきたりけれども、みとがむる人もなくてやみにけり。又そとばいつぽん、あきのくにいつくしまのだいみやうじんのおんまへにぞよりたりける。あはれなりける
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事は、やすよりがゆかりなりけるそうの、康頼さいかいのなみにながされぬときこえければ、あまりのむざんさに、なにとなく都をあくがれいでて、さいこくのかたへしゆぎやうしける程に、たよりのかぜもあらば、かのしまへもわたりて、ししやうをもきかばやと思けれども、おぼろけにてはふねも人もかよふことなし。おのづからあきびとなむどのわたるも、「はるかにじゆんぷうをまちてこそわたれ」なむど申ければ、たやすくたづねわたるべきここちもせず。「さなくはいかにもしてそのおとづれをだにもきかばや。ししやうもおぼつかなし。いかがはすべき」なむどおもひわづらひて、あきのくにまではくだりけり。びんぎなりければ、いつくしまのやしろへぞまうでにける。みやうじんのわたらせまします所は、ひるはしほひてしまとなり、よるはしほみちてうみとなる。
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それわくわうどうぢんのりしやうさまざまなりといへども、いかなりけるいんえんにてか、このみやうじんはかいはんのいろくづにえんをむすびたまふらむとおもふもあはれにて、そのひはこのやしろにさうらひけり。そもそもこのおんがみをば平家の入道だいじん、ことにそうきやうし奉りたまふぞかし。されば平家のいきどほりふかき人をかやうに思へば、かみもいかがおぼしめすらむと、しんりよもおそろしくて、又さもとりあへぬ程なれば、ひねもすにほつせをぞ奉りける。「しまへわたらむ事こそかたからめ。康頼がゆくへきかせ給へ」なむどいのりまうしける程に、ひもくれがたになりにければ、つきいでてしほのみちけるに、そこはかともなきもくづどものながれよりける中に、ちひさきそとばのやうなる物のみえければ、「あやしや。なにやらむ」とてとりてみれば、かのにしゆの
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うたをぞかきたりける。これをみて、あはれの事やと思て、よろこびのほつせを奉り、をいのかたにさして、都へもちてのぼりて、康頼が母の、一条よりかみ、むらさきのといふ所に有けるに、とらせたりければ、さいしあつまりて、おのおのあちとりこちとり是をみて、かなしみの涙を流しける程に、しんぐうのみなとによりたりけるそとばも、くまのよりいでけるやまぶしにつきて、おなじひに都へつたはりたりけるこそ不思議なれ。たとひいちぢやうにぢやうのきなりとも、いわうのしまにてまんまんたるうみにいれたらむが、しんら、かうらい、はくさい、けいたんへもゆられゆかで、あきのくに、またしんぐうまでよるべしやは。ましてなぎさにうちよせられたるもづくのなかにまじはりたる、こけらといふ物を
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ひろひあつめて、せんぼんまでつくりたりけるそとばなれば、いかにおほきなりとも、一尺二尺にはよもすぎじ。もんじはえりいり、きざみつけたりければ、なみにもあらはれず。あざあざとして、いわうのしまより都までつたはりけるこそ不思議なれ。あまりにおもふことは、かく程なくかなひけるもあはれなり。康頼みとせの命きへやらで、都へふみをつたへたりとて、このにしゆの歌を都にひろうしければ、かのそとばをめしいだしてえいらんあり。「誠にやすよりぼふしがふみなりけり。すこしもまがふべくもなし。ろめいきえやらでいまだかのしまに有ける事のむざんさよ」とて、法皇りようがんより御涙をながさせ給けるぞかたじけなき。むかしおほえのさだもとがしゆつけののち、かのたいたうこくにして、ぶつしやうこくのあ
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いくだいわうのつくりたまへるはちまんしせんぎの石のたふのうち、につぽんがうしうのせきたふじにいつきとどまる事を、かのしんだんこくにしてかきあらはしたりける事の、はりまのくにぞうゐじとかやへながれよりたりけるためしにも、このありがたさはおとらざりける物をやとあはれなり。
三十二 むかしもろこしにかんのぶていとまうすみかどましましけり。わうじやうしゆごの為に、すまんのせんだらをめされたりけるに、そのごすぎけるに、ここくのてき申けるは、「われらここくのてきと申ながら、けいでんのうねにしやうをうけて、あさゆふきこゆる物とては、りよがんあいゑんのよるの声、うきながらすごきいほりののきばになるる物とては、くわうろくちくのかぜのおと。たまたまけんわうのせいしゆにあひたてまつりて、
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きこくのおもひでなにかせむ。ねがはくは、きみ三千の后をもち給へり、一人をたまはりてこじやうにかへらむ」と申ければ、ぶてい是をきき給て、「いかがすべき」となげきたまふ。「しよせん三千の后のそのかたちをゑにかきて、顔よきをとどめて、あしきをたばむ」とさだまりぬ。わうせうくんと申はあさゆふちようあいはなはだしく、ようがんびれいの人なりき。鏡のかげをたのみてわうごんをおくらざるゆゑに、あらぬかたちにうつされて、ここのへの都をたちはなれ、ばんりのゑつちにおもむきし、わかれのいまだかなしきげんじやうながくとざせり。しばしばこもんのくれのつづみに驚く。ここくいづくむかある。はやくりやうきやうのあかつきの夢をやぶる。らうんたちまちにたえて、たびのおもひつながれず。かんげつやうやくかたぶきて、しうびもひらかざりけ
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れば、ならはぬたびのおくまでも、しぼりかねたる袖の上に、つきせぬ涙ばかりこそ、たもとをしたひけるかな。ゑんざんの緑のまゆずみも、ここくの雪にうづもれ、らんじやの昔のにほひも、ささいの風にあとをけす。ていきやうをはなれてたくきよして、いたづらにこじやうにふせるよは、昔の事を夢にみる。夢になける涙は、らんかんとして色ふかし。ふうえふてきくわの風のおと、さくさくとしてみにしみ、ゑんはきよくかうのつきのかげ、ばうばうとしてこころすむ。ごりようの時よりもてあそび、てなれしびはにたづさひて、なくよりほかの事なし。いへとどまりてはむなしくかんのくわうもんとなり、みはけしていたづらにこのきうこつとならむ事を、あさゆふなげきたまひき。
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みるたびに鏡のかげのつらきかなかからざりせばかからましやは K035
ぶていこのことをやすからず思給て、りれうといふつはものをたいしやうぐんとして、ここくをせめにつかはす。そのせいわづかにして、せんぎにすぎざりけり。りりようここくにゆきて、びりよくをはげましてせめたたかふといへども、ぎよりかくよくのぢん、くわんぐんりすることをえず。くわうきでんせんのいきほひ、げきるいかつにのるににたり。しかるあひだくわんぐんほろびて、つひにてきの為にりりようとらはれて、ここくのわうせんうにつかはる。ぶてい是をきき給て、「としごろはかくは思はざりしかばこそ、大将軍にえらびつかはしつるに、さてはふたごころありける物を。やすからず」とて、りりようが母をせめころし、父がはかをほりて、そのしがいをうつ。是のみならず、
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しんるいきやうだいみなぶていのためにつみせらる。りりよう是をつたへききて、かなしみをのべていはく、「われおもひき。ここくついたうのつかひにえらばれしときは、かのくにをほろぼして君の為にちゆうをいたさむとこそおもひしか。されどもいくさやぶれて、こわうが為にとらはれてつかわるといへども、あさゆふひまをうかがひて、こわうをほろぼして、ひごろのあたをほうぜむとこそおもひしに、今かかるみになりぬる上は」とて、こわうをたのみて年月をおくる。ぶてい是をきき給て、りりようをよび給へどもきたらず。さてもかんわういくさにまけたまひぬる事をやすからずおぼしめして、かんのてんかん元年に、又りしやうぐんといふ者と、そしけいといふつはものとをさしつかはす。そしけいとまうすは今のそぶこれなり。そぶが十六歳になりけるを、うだい
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じんになして、二人をたいしやうぐんとして、又ここくをせめにつかはしけるに、そぶをちかくめしよせて、いくさのはたをたまはるとてぶていのたまひけるは、「このはたをば、なんぢがいのちとともにもつべし。なんぢもしせんぢやうにしてしせば、あひかまへてこのはたをばわがもとへかへすべし」と、せんみやうをふくめられけり。さてそぶここくへゆきててきをせめけれども、こじやうにたたかふいくさ、てきのせいつよくして、くわんぐんまたおとされぬ。大将軍をはじめとして、むねとの者卅よにんいけどられぬ。そぶそのうちなりければ、皆かたあしをぞをられける。すなはちしする者もあり。又二三日、四五日にしする者もあり。あるいはかひなきいのちいきて、としつきをおくる者もあり。こきやうのさいしのこひしき事、にちやたんぼにわすれず。
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へうたんしばしばむなし、くさがんえんがちまたにしげし。れいでうふかくとざせり、あめげんけんがとぼそをうるほしけむも、是にはすぎじとぞおぼえし。かれはわづかにはにふのこやもありければこそ、雨もとぼそをぬらし、くさもちまたにしげかりけめ。これはくさばをひきむすぶ、あやしのしばのやどりもなければ、ただのざはのたなかにはいありきて、はるはくわいをほり、あきはおちぼをひろひてぞ、あけくれはすぐしける。きんじうてうるいのみともとなれりければ、常にはひつじのちちをのみて、あかしくらしけり。秋のたのむのかりも、たこくにとびゆけども、春はゑつちにかへるならひあり。是はいつをごするとしなければ、只なくよりほかの事なし。
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かへるかりへだつるくものなごりまでおなじあとをぞおもひつらねし K036
さてもしやうじむじやうのかなしさは、せつりをもきらはぬやまかぜに、ひのいろうすくなりはてて、おもはぬほかのうきぐもに、ぶていかくれたまひぬ。りゆうろう、ちくゑん、こうきゆう、けいしやう、じしん、うんかく、たれもおもひはふかくさの、つゆよりしげき涙にて、おなじけぶりのうちにもと、もゆるおもひはせつなれど、せうてい位をうけたまひて、そぶをたづねにつかはす。「はやうせにき」といつはりこたへけるあひだ、「いまだありとばかりだに、ふるさとびとにきかればや」とは思へども、けいでんのうねにすむみなれば、かひなくこれにもあはざりけり。をひつじにちちをごして、さいくわむなしくかさなりて、わづかにいけるににたれども、かんのせつをうしなはず。
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ことばのしたには、やみにほねをけすひをおこし、わらひのなかには、ひそかにひとをさすかたなをとぐ。 K037
いかにもしてこわうせんうをほろぼして、こきやうへかへらむと思へども、ちからおよばずすごしけり。てうぼにみなれしかりの、春のそらをむかへて、都のかたへとびゆきけるに、そぶ右のゆびをくひきりて、そのちをもつてかしはのはにひとつのことばをかきて、かりのあしにむすびつけていひけるは、「いちじゆのかげにやどり、いちがのながれをわたる、みなこれぜんぜのちぎりなり。いかにいはむやおのれはかたをならべてとしひさし。いかでかこのうれひをとぶらはざらむ」とて、かりに是をことづけぬ。をりふしみかどしやうりんゑんにごかうして、かすめるよもをうちながめ、ちくさの花をみ給に、かりのひとつらとびきたりて、はるかのくもの上にはつねのきこゆるかとおぼゆるに、ひとつのかりほど
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なくとびくだる。あやしとえいらんをふるに、むすびつけたるふみをくひほどきて、おとしたりけるを、くわんにん是をとりて、せうていにたてまつる。みかどみづからえいらんをへたまふに、そのことばにいはく、「むかしはがんけつのほらにこめられて、いたづらにさんしゆんのしうたんをおくり、いまはけいでんのうねにはなたれて、むなしくこてきのいつそくをきく。たとひみはとどまりてこちにくつとも、たましひはかへりてふたたびかんくんにつかへむ」とぞかきたりける。是をごらんじけるに、みかどかぎりなくあはれとおぼしめして、なげきの御涙をさへがたし。そぶいまだいきて有ける物をとて、えいりつといふかしこきつはものを大将軍として、ひやくまんぎのようじをそつして、ここくをせめ給に、今度はここくやぶられて、せんうも既にうせにけり。えいりつ、
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せうくんをとりかへし、そしけいをたづねえたり。そぶはかたあしはをれたれども、じふくねんのせいざうをへて、ふるさとへかへりのぼりしに、りりようなごりををしみていはく、「わがみとしごろ君のおんためにふたごころなし。なかんづく、ここくついたうの大将軍にえらばれ奉し事、めんぼくのいちなり。しかれどもしゆくうんのしからしむる事にや、みかたのいくさやぶれてここくのわうにとらはれぬ。されどもいかにもしてこわうをほろぼして、かんていのおんためにちゆうをいたさむとこそおもひしに、今ははをつみせられ奉り、父がしがいをほりをこして、うちせため給けむ。ばうこんいかが思けむ。かなしともおろかなり。又しんるいきやうだいにいたるまで、一人ものこらず皆つみせらるる事、なげきのなかのなげき也。故郷を
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へだてて、只いるいをのみみる事のかなしき」とて、りりよう、そぶがもとへごごんのしをおくれり。そのことばにいはく、「てをたづさへてかりやうにのぼる。いうしゆふべいづくんかゆく。じふともにきたにとぶ、いつぷひとりみなみにかける。われをのづからこのやかたにとどまる。しいまこきやうにかへる K039」。これごごんのしのはじめなり。このこころをよめるにや。
おなじえにむれゐるかものあはれにもかへるなみぢをとびをくれぬる K040
そぶ十九年のあひだ、ここくほくかいのへんにすみしかば、ばんりりやうかいのなみのおとをききては、ゐあいじのあかつきのかねになぞらへ、しごだのやまのふゆのこずゑをみては、かうろほうのゆきかとあやまたる。ひくわらくえふのてんべんを見ては、春秋のうつりかはる事をしるといへども、はかせおんやうのじんにもちかづかざれば、日月のかうとをしらず。
P1406
故郷にかへりきうたくにゆきたれば、そぶいんじとしよりききやうの今のとしまで、きうさいうれひのあまりにや、まいとしひとつのふすまをととのへて、さをにならべてかけをけり。こまかに是をかぞふれば、十九にてぞ有ける。是よりしてぞ、そぶさりて十九年とはしりにける。いそぎみかどに参りて、りりようがしを奉る。みかど是をごらんじて、あはれとおぼしけれど、かひもなし。せんていの御時たまはりしはたをふところよりとりいだして、みかたのいくさやぶれて、こわうせんうにとらわれて、けいでんのうねにはなたれて、年月かなしかりつる事、又りりようがしうたんせし事、かきくどきこまかにかたりまうせば、みかどひるいせ
P1407
きあへ給はず。そぶしやうねん十六歳にしてここくへおもむき、卅四にして旧都へかへりたりしに、はくはつのらうをうにてぞ有ける。のちにはてんしよくこくといふ官をたまはつて、君につかへ奉り、つひにしんしやく元年に、年八十余まで有てしににけり。さればにや、是よりしてふみをばがんしよともいひ、がんさつともなづけたり。つかひをばがんしともいへるとかや。又かりのあしにゆひつけたりけるが、たまのやうにまろかりければ、たまづさとも申也。
へだてこし昔の秋にあはましやこしぢのかりのしるべならずは K041
と、源のみつゆきがえいぜしも、ことわりとぞおぼゆる。そぶはここくにいりて、ひんがんにふみをつなげて、ふたたびりんゑんのはなをもてあそび、康頼はこじまにすみて、さうはにうたをながして、
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つひに、こきやうのつきをみる。かれはかんめいのここく、是はわがくにのいわう、彼はもろこしのふうぎにておもひをのぶるしをあやつり、是はほんてうのげんりうにて、心をやしなふ歌をえいず。彼はかりのつばさのひとふでのあと、是はそとばのめいの二首の歌。彼はくもぢをかよひ、是はなみの上をつたふ。彼は十九年のしゆんしうをおくりむかへ、是はさんがねんのゆめぢのねぶりさめたり。りりようはここくにとどまり、しゆんくわんはこじまにくちぬ。しやうこまつだいはかはり、さかひはるかにとほくはへだたれども、おもふこころはひとつにして、あはれはおなじ哀也。
卅三 やすよりがちやくし、へいざゑもんのじようもとやすは、つのくにこまのはやしまで、父がともしてみおくりたりけるが、康頼出家してけれ
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ば、基康なくなくこまのはやしより都へかへりのぼりて、やがてしやうじんけつさいして、百ケ日せいすいじへさんけいす。ほつけきやうのにじふはちほんのそのなかに、しんげほんをまいにちによみたてまつりて、百日が間、きやくやするをりもあり、しくやする時もあり。「ねがはくはだいじだいひのせんじゆせんげん、かれたるきくさも花さきこのみなるべしとおんちかひあむなり。さればこのみをかへずして、ふたたび父にあわせさせ給へ」と、三千三百三十三度のらいはいをまひらせけり。既に八十よにちもつもりけるに、いわうのしまにながされたるはんぐわんにふだうのあるよの夢に、かいしやうをはるかにながめやれば、しろきほかけたる船のおきのかたよりこぎきたるとみる程に、しだいにちかくこぎよするをみれば、わがこの
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さゑもんのじようもとやすそのふねにのりたりけり。そのしらほにもじあり。「めうほふれんげきやうしんげほん」とぞかきたりける。なほしだいにちかくよるをよくよくみれば、船にはあらずして、はくばにぞ基康はのりたりけるとみてうちおどろき、なにとあるまうざうやらむとあやしくて、あせをしのごひて、人にもかたらざりけり。康頼みやこがへりののちにこそ、しそく基康にはじめてかたりける。くわんおんのおんへんげははくばにげんぜさせたまふとかや、ひとへにこれ基康がきねんかんおうして、観音のごりしやうにて都へはかへりのぼりにけり。又こじまにあがめ奉りしごんげんのごほんぢも、観音のほんし、
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みだによらいなり。していあはれをほどこして今都へのぼりぬと、ふしともにかんるいをぞながしける。
三十四 だいなごんのにふだうは、少将もいわうのしまへながされ、そのおととどものをさなくおわするもあんどせず、ここかしこににげかくれたまふなむどききたまひて、いとどこころうくかなしくて、ひにしたがひてはおもひしづみて、みも既によはりてみへ給ける上、いそぎうしなひたてまつるべきよしうけたまはりにければ、あるときつねとほがもとに、大納言入道のかいしやくにつけたりけるちみやうと申けるそう、大納言に申けるは、「是は海中のしまにてさうらふあひだ、なにごとにつけてもすみうく候に、これよりきたに、つねとほがしよりやうちかく候所に、きびのなかやま、ほそたにがはなむど
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申て、なある所候。かのところにありきのべつしよといふ、いたひけしたる山寺の候こそ、せんずいこだちいうなる所にて候へ。それへわたらせ給候へかし。わたしまゐらせ候はん」と申ければ、大納言入道、げにもとおぼして、「ともかくもはからひにこそしたがはめ」と宣ければ、かのやまでらになんばのたらうとしさだがつくりおきたりけるそうばうの有けるをかりて、わたしすへ奉てけり。はじめはとかくいたはり奉るよしにて、同七月十九日に、ばうのうしろにあなをふかくほらせて、あなのそこにひしをうゑて、上にかりばしをわたして、そのうへにつちをはねかけて、としごろふみつけたるみちのやうにこしらへておきたりけるを、
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だいなごんのにふだうしりたまはで、とほりさまにその上をあゆみたまふとて、おちいりたまひたりけるを、よういしたりける事なれば、やがてつちを上にはねかけて、うづみ奉りにけり。かくしけれどもよにひろうしけり。
三十五 きたのかたこのよしをききたまひけむ心のうちこそかなしけれ。「『くわうせんいかなる所ぞ、ひとたびゆきてかへらず。そのうてないづれのかたぞ、ふたたびあふにごなし。ふみをかけてとぶらはむとほつすれば、すなはちそんぼつみちへだてて、ひがんつうぜず、ころもをうちてよせむとほつすれば、しやうじかいことにして、いばいたづらにつかれぬ』といへり。かはらぬすがたを今一度みゆることもやとてこそ、うきみながらかみをつけて有つれども、今はいふにかひなし」とて、みづから
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おんぐしをきりたまひてけり。うんりんゐんとまうして、てらの有けるに、しのびてまゐりたまひてぞ、かいをもたもちたまひける。又そのてらにてぞ、かたのごとくのついぜんなむどもいとなみて、かのぼだいをとぶらひ奉り給ける。わかぎみあかのみづをむすび給ける日は、姫君はしきみをつみ、姫君みづをとりたまふひは、若君はなをたをりなむどして、父のごせをとぶらひ給も哀也。時うつり事しづまりて、たのしみつきかなしみきたる。只てんにんのごすいとぞみへし。されども大納言の妹、内大臣のきたのかたより、をりにふれてさまざまのをくりものありけり。是をみる人涙をながさぬはなし。なきあとまでも内大臣のおんこころざしのふかさこそやさしけれ。なりちかのきやうはわかきより
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しだいのしようじんかかわらず、いへにいまだなかりし大納言にいたり、えいぐわせんぞにこへ給へり。めでたかりし人の、いかなるしゆくごふにて、かかるうきめをみ給て、ふたたび故郷へもかへり給はず、つひにはいしよにてうせたまひにけむ。そのさいごの有様も都にはさまざまにきこえけり。なげきのひかずつもりて、やせおとろへておもひじににしにたまひたりともきこゆ。又さけにどくをいれてすすめ奉りたりともさたし、又をきにこぎいでてうみへいれ奉りたりとも申けり。とかくいひささやきける程に、不思議なりける事は、経遠がさいあいの娘二人あり。七月下旬のころより一度にやまひつきて、はてには
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物にくるひて、たけのなかへはしりいりて、たけのきりくひにたうれかかりて、つらぬかれて、二人ながら一度にしににけり。たちまちにむくいにけるこそおろしけれ。
三十六 廿九日、さぬきのゐんごついがうあり。しゆとくゐんと申す。このゐんと申は、さんぬるほうげんぐわんねんに、あくさふよりながこうのすすめによりて、よをみだりましましし御事也。そのかつせんのにはをにげいでさせおはしまして、にんわじのくわんぺんほふむのごばうへごかうなりたりけるが、さぬきのくにへうつされましますよしをききて、そのころさいぎやうときこへし者、かくぞ思つづけし。
ことのはのなさけたえぬるをりふしにありあふみこそかなしかりけれ K042
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しきしまやたえぬるみちになくなくも君とのみこそあとをしのばめ K043
しんゐんさぬきへおんげかうあり。たうごくのこくしひでゆきのあつそんのさたとして、とばのくさつよりみふねにめし、しはううちつけたるおんやかたのうちに、げつけいうんかくのおんみちかくしたがひ奉る一人もなし。只女房二三人ぞなきかなしみながらつかへ奉りける。おんやかたはひらくこともなければつきひの光もへだたりぬ。みちすがら浦々嶋々よしある所々をもごらんぜず、むなしくすぎさせましませば、御心のなぐさむかたもなし。すまのうらときこしめしては、ゆきひらのちゆうなごんもしをたれつつなげきけむ心のうちをおぼしめしやられ、あはぢしまときこしめしては、むかしおほひの
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はいたいのかのしまにうつされつつ、おもひにたへずうせたまひけむも、今はわがみのおんうへとおぼしめす。ひかずのふるままには都のとほざかりゆくも心ぼそく、いはむやいちのみやのおんことおぼしめしいづるにつけては、いとどきえいるおんここちなり。「なにしに今までながらへてかかる思にむせぶらむ。只みづのあわともきえ、そこのみくづともたぐひなばや」とぞおぼしめす。昔かはべのせうえうのありしには、りうとうげきしゆうのみふねをうかべてにしきのつなをとき、わうこうけいしやうぜんごにゐねうして、しいかくわんげんのきようをもよほしき。今はかひびせんのとまやかたの下にうづもれつつ、なんかいのほかへおもむかせまします、しやうじくかいの有様こそかへすがへす
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もあはれなれ。とほくいてうをかんがふれは、しやういふわうがはここくへかへり、げんそうくわうていはしよくさんにうつされき。ちかくわがてうをたづぬれば、あんかうてんわうはけいしにころされ、すじゆんてんわうはぎやくしんにをかされたまひき。じふぜんの君ばんじようのあるじ、ぜんぜのしゆくごふはちからおよばぬ事ぞかしとおぼしめしなぞらへけるこそ、せめての事とはおぼえしか。されどもつながぬつきひなれば、なくなくさぬきへつきたまひぬ。たうごくしどのこほりなおしまにごしよをたててすへ奉る。かのしまは国のちにはあらずして、うみのおもてをわたることふたときばかりをへだてたり。でんばくもなし、ぢゆうみんもなし。まことにあさましきおんすまひとぞみえし。ながきいちうのやをたててほういつちやうのついがきあり。
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南にもんをひとつたててそとよりじやうをさしたりけり。こくしをはじめとしてあやしのたみにいたるまで、おそれをなして、こととひまゐる人もなし。うらぢをわたるさよちどり、松をはらふ風の音、いそべによするなみの音、くさむらにすだくむしのね、いづれもあはれをもよほし、涙をながさずといふ事なし。ししやほうのあらしおろそかに、くもしちひやくりのほかにをさむ。たきしきてせんらうをすずしく、つきしじつしやくのあまりにすめり。いうしきはまらず。しんこうひとなきところ、しうちやうたえなむとほつす。かんさうにつきのあるときとかや。これより又たうごくのざいちやう、いちのちやうぐわん、やたいうたかとほがだうにうつりたまひたりけるが、のちにはつづみのをかにごしよたててぞわたらせ給ける。かくてとし
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つきをすごさせましますに、おんみには何事もぜんぜの事とおぼしめせども、にようばうたちはなんのかへりみにもおよばず、都をこふる心なのめならず。おつる涙はくれなゐにへんじ、おさふる袖はくちぬばかりなり。是をごらんずるにつけては、なにごともおんこころよわくなりて、あひかまへてまうしなだめらるべきよし、おんひとわろくくわんばくどのへたびたびおほせごとありけれども、へんじにもおよばず。せめての御事におぼしめされけるは、「われてんせうだいじんのべうえいをうけて、てんしのくらゐをふみ、かたじけなくだいじやうてんわうのそんがうをかうぶりて、ふんやうのきよをしめき、はるははるのあそびにしたがひ、あきはあきのきようをもよほし、せうやうのはなをもてあそび、ちやうしうのつきをえいじ、ひさしく
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せんとうのたのしみにほこりて、またおもひでなきにあらず。いかなるつみのむくいにて、はるかのしまにはなたれて、かかるかなしみをふくむらむ。さかひなんぼくにあらざれば、りよがんえんしよのたよりをえがたし。まつりごとおんやうをことならざれば、うとうばかくのへんありがたし。えどのおもひもつともふかし。ばうきやうのおにとこそならむずらめ。てんぢくしんだんよりにつぽんわがてうにいたるまで、位をあらそひ国をろんじて、をぢをひかつせんをいたし、兄弟とうじやうをおこせども、くわほうのしようれつにしたがひて、をぢもまけ、あにもまく。しかりといへどもときうつりことさりて、つみをしやしあたをひるがへすは、わうだうのめぐみ、むへんのなさけなり。さればならのせんてい、ないしのかみのすすめによつてよを
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みだり給しかども、出家せられにしかば、るざいにはおよばざりき。いはむや是はせめらるべきよしきこえしかば、そのなんをのがるるかたもやとふせきしばかりなり。さしもつみふかかるべしともおぼえず。これほどの有様にては、かへりのぼりてもなにかせむ。今はいきても又なんのえきかあらむ」とて、おんぐしもめさず、おんつめをもきらせ給はず。柿のときん、柿のおんころもをめしつつ、おんゆびよりちをあやし、ごぶのだいじようきやうをあそばして、おむろへ申させ給けるは、「かたの如くすみつきに、五部の大乗経を三ケ年間かきたてまつりて候を、かひかねの声もきこえぬ国にすておきたてまつらむ事、うたてく候。このおん
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きやうばかり、都近きはちまんとばのへんにもおきてたばせ給へ」と申させ給ひければ、おむろよりくわんばくどのへ申させ給ふ。関白殿よりだいりへ申させ給ければ、せうなごんにふだうしんせい、「いかでかさる事は候べき」とおほきにいさめまうしければ、おんきやうをだにもゆるし奉る事なかりけり。これによつてしんゐんふかくおぼしめされけるは、「われちよくのせめのがれがたくて、すでにだんざいのほふにふくす。いまにおいてはおんしやをかうぶるべきよし、あながちにのぞみまうすといへども、きよようなきうへは、ふりよのぎやうごふになして、かのあたをむくいむ」とおぼしめして、おんきやうをおんまへにつみおきて、おんしたのさきをくひきらせたまひて、そのちをもつて、ぢくのもとごとにご
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せいじやうをぞあそばしける。「われこの五部の大乗経をさんあくだうになげこめて、このだいぜんごんのちからをもつて、につぽんごくをほろぼすだいまえんとならむ。てんじゆちるい必ずちからをあはせたまへ」とちかはせ給て、かいていにいれさせたまひにけり。おそろしくこそきこへしか。かくてくねんをへて、おんとし四十六とまうししちやうぐわん二年八月廿六日、しどのだうぢやうとまうすやまでらにして、つひにほうぎよなりにけり。やがてしらみねと申所にてやきあげたてまつる。そのけぶりは都へやなびきけむ。「ごこつをばかうやさんへおくれ」とのごゆいごん有けれどもいかが有けむ、そもしらず。おんむしよをばやがてしらみねにぞかまへ奉りける。このきみたうごく
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にてほうぎよなりにしかば、さぬきのゐんとかうし奉りけり。しんゐんのみこしげひとしんわうは、ごしゆつけありてのちは、くわさんのゐんのほふいんげんせいとまうしき。しんゐんほうぎよのこと都へきこえて、おんぶく奉らむとしける時、にふだうのほふしんわうより、「いつよりめされ候ぞ」ととひ申させ給たりければ、みやおんなみだをおさへつつ、かくぞおんぺんじにはありける。
うきながらそのまつやまのかたみにはこよひぞふぢのころもをばきる K044
いちのみやとていつきかしづきたてまつりしに、思はぬほかのおんありさまにならせたまひにしこそかなしけれ。わがおんみながらも、さこそ心うくおぼしめされけめとあはれなり。
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三十七 にんあん三年のふゆのころ、さいぎやうほふし、のちにはだいほふばうゑんゐしやうにんとまうしけるが、しよこくしゆぎやうしけるが、このきみほうぎよの事をききて、四国へわたり、さぬきのまつやまといふ所にて、「これはしんゐんのわたらせたまひし所ぞかし」とおもひいだしたてまつりて、参りたりけれども、そのおんあともみへず。まつのはにゆきふりつつみちをうづみて、人かよひたるあともなし。なほしまよりしどといふ所にうつらせたまひて、三年ひさしくなりにければ、ことわりなり。
よしさらばみちをばうづめつもるゆきさなくは人のかよふべきかは K045
まつやまのなみにながれてこし船のやがてむなしくなりにけるかな K046
とうちえいじて、しらみねのおんはかへたづねまゐりたりけるに、
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あやしのこくじんのはかなむどのやうにて、くさふかくしげれり。是をみ奉るに、涙もさらにおさへがたし。昔はいつてんしかいの君として、なんでんにまつりごとををさめたまひしに、はつげんはつかいのけんしん、ひだりにこうじみぎにしたがひたてまつりき。わうこうけいしやう、くもの如くかすみの如くして、ばんぱうのしたがひ奉る事、くさの風になびくが如くなりき。さればにろくきんでんのあひだには、あさゆふぎよくろうをみがき、ちやうせいせんとうのうちには、りようらきんしうにのみまつはされてこそ、あかしくらしたまひしに、今はやへのむぐらのしたにふしたまひけむ事、かなしともおろかなり。いつたんのわざはひたちまちにおこりつつ、きうちようのくわらくをいでて、千里のほかにうつされて、をはりをゑんけうにつげ給へり。ぜんぜのご
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しゆくごふといひながら、哀なりし事ぞかし。ごぼだうとおぼしくて、はうけんのかまへあれども、しゆりしゆざうもなければ、ゆがみかたぶきて、たうかつはいかかり、いはむやほつけざんまいつとむるぜんりよもなければ、かひかねのこゑもせず。こととひまゐる人もなければ、みちふみつけたるかたもなし。昔はじふぜんばんじようのあるじ、きんちやうをきうちようのつきにかかやかし、今はえどばうきやうのたましひ、ぎよくたいをしらみねのこけにこんず。あしたのつゆにあとをたづね、秋の草なきてなみだをそふ。あらしにむかひてきみをとへば、らうくわいかなしみて、こころをいたましむ。せんぎもみえず、ただあしたのくもゆふべのつきをのみみる。ほふおんもきこえず、またまつのひびきとりのさへづりをのみきく。のきかたぶきてあかつきのかぜなをあやふく、かはらやぶれてゆふべのあめふせき
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がたし。みやもわらやもはてしなければ、かくてもありぬべきよのなかかなと、つくづく昔今の御有様とかく思つづくるに、ふかくの涙ぞおさへがたき。かくぞ思つづけける。
よしやきみ昔のたまのとことてもかからむのちはなににかはせむ K047
さて松の枝にていほりむすびて、なぬかふだんねんぶつまうしてまかりいでけるが、いほりの前なる松に、かくぞかきつけける。
ひさにへてわがのちのよをとへよ松あとしのぶべき人しなければ K048
卅八 八月三日、うぢのさだいじん、またぞうくわんぞうゐの事あり。ちよくしせうなごんこれもと、かのおんむしよへまうでて、せんみやうをささげて、だいじやうだいじんじやういちゐをおくらるるよし、よみあげらる。おんはか
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はやまとのくにそふのかみのこほりかはかみむら、はんにやののごさんまいなり。むかしほうげんのかつせんのとき、ながれやにあたりてうせたまひぬとふうぶんしけれども、まさしくじつぷをきこしめさざりければ、たきぐちもろみつ、すけゆき、よしもり三人をつかはしてじつけんせらる。そのはかをほりをこしたれば、七月のさしもあつきをりふしに、十余日にはなりぬ、なにとてかはそのかたちともみへ給べき。あまりにかはゆき様なりければ、おのおのおもてをそばめてのきにけり。むかしきゆうちゆうをしゆつにふしたまひしには、こうがんしやうこまやかくしくして、春の花いろをはぢ、いきやうかをりなつかしくして、ぎろのけぶりかをりをゆづり、たへなるいきほひなりしかば、おんめにまみへ、おんことばに
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かからむとこそおもひしに、只今の御有様こそくちをしけれ。いろあひへんいして、ほうちやうらんえしたまへり。しせつぶんさんして、のうけつあふれながれたり。あくきやうじゆうまんして、ふじやうしゆつげんせり。あまりかはゆくめもあてられざりければ、かさねてみるにおよばず、このひとびとはかへりにけり。ごふしんののこるところはさることなれども、ふんぼをほりうがち、しがいをじつけんせらるることは、せうなごんにふだうがはからひにしよじしたがはせたまふといひながら、なさけなくこそきこへしか。このむくいにや、しんせいへいぢの最後の有様、すこしもたがはざりき。おそろしかりしことどもなり。昔ほりをこしてすてられたまひにし
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のちは、しがいみちのほとりの土となりて、年々に春の草のみしげれり。いまてうのつかひたづねゆきて、勅命をつたへてむ。ばうこんいかがをぼしけむ、おぼつかなし。おもひのほかなることどもありてせけんもしづかならず。「これただことにあらず。ひとへにをんりやうのいたす所なり」と人々まうされければ、かやうにおこなはれけり。れんぜいのゐんのおんものぐるはしくましまし、くわさんの法皇のおんくらゐをさらせ給ひ、さんでうのゐんのおんめのくらくおはしまししも、もとかたのみんぶきやうのをんりやうのたたりとこそ承れ。
卅九 そもそもさんでうのゐんのおんめもごらんぜられざりけるこそ心うかりけれ。ただひとのみまひらせけるには、おんまなこなむど
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もいときよらかに、いささかもかはらせ給たる事わたらせ給はざりければ、そらごとのやうにぞみへさせたまひける。いせのさいぐうのたたせ給ふに、わかれのくしなげさせたまひては、たがひにごらむじかへる事はいむ事にてあむなるに、このゐんはさしむかはせ給たりけるをみまひらせてこそ、わたらせ給ひけれ。これを人みまひらせてこそ、「さればこそ」と申ける。昔も今もをんりやうはおそろしき事なれば、くわうにんてんわうの第二のみこ、さはらのはいたいしは、しゆだうてんわうとかうし、しやうむてんわうのせふこう、ゐがみのしんわうは、くわうごうのしよくゐにふし給ふ。これみなをんりやうを
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なだめられしはかりことなり。
四十 おなじき十二月廿四日、けいせいとうばうにいづ。「又いかなる事のあらむずるやらむ」とひとおそれあへり。けいせいはごぎやうのき、ごせいのへん、うちにたいへいあり、そとにたいらんありといへり。

平家物語第一末

(花押)
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あつし日
なつのひのいみやうなり。