延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版
平家物語 三(第二本)

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一 ゐんのごしよにはいらいおこなはるること 
二 ほふわうごくわんぢやうのこと
三 てんわうじのぢぎやうめでたきこと
四 さんもんにさうどういできたること
五 けんれいもんゐんごくわいにんのことつけたりなりつねらしやめんのこと
六 山門のがくしやうとだうしゆとかつせんのことつけたりさんもんめつばうのこと
七 しなののぜんくわうじえんしやうのことつけたりかのによらいのこと
八 ちゆうぐうごさんあることつけたりしよそうかぢのこと
九 ごさんのときまゐるにんじゆのことつけたりふさんのにんじゆのこと
十 しよそうにけんじやうおこなはるること
十一 わうじしんわうのせんじかうぶりたまふこと
十二 しらかはのゐんみゐでらのらいがうにわうじをいのらるること
十三 たんばのせうしやうこだいなごんのはかにまうづること
十四 むねもり大納言とだいしやうとをじせらるること
十五 なりつねとばにつくこと
十六 せうしやうはんぐわんにふだうじゆらくのこと
十七 判官入道むらさきのの母のもとへゆくこと
十八 ありわうまるいわうのしまへたづねゆくこと
十九 つじかぜあらくふくこと
廿 こまつどのしにたまふこと
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廿一 小松殿くまのまうでのこと
廿二 小松殿くまのまうでのゆらいのこと
廿三 小松殿だいこくにてぜんをしゆしたまふこと
廿四 だいぢしんのこと
廿五 だいじやうにふだうてうかをうらみたてまつるべきよしのこと
廿六 院より入道のもとへじやうけんほふいんをつかはさるること
廿七 入道けいしやううんかくしじふよにんげくわんのこと
廿八 もろながをはりのくにへながされたまふこと付師長あつたに参給こと
廿九 させうべんゆきたかのこと
卅 ほふわうをとばにおしこめたてまつること
卅一 じやうけんほふいん法皇のおんもとにまゐること
卅二 だいりよりとばどのへごしよあること
卅三 めいうんそうじやうてんだいざすにげんぶのこと
卅四 法皇のおんすみかかすかなる事
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平家物語第二本(一)
ぢしよう二年正月ひとひのひ、院の御所にははいらいおこなわる。よつかのひ、てうきんのぎやうがうありて、れいにかはりたる事はなけれども、きよねんなりちかのきやういげ、きんじゆの人々おほくうしなはれし事、ほふわうおんいきどほりいまだやすまらず、よのおんまつりごともものうくぞおぼしめされける。入道もただのくらんどゆきつなつげしらせてのちは、君をもうしろめたなきおんことにおもひまゐらせて、よのなかうちとけたる事もなし。うへには事なきやうなれども、したには心ようじんして、只にがわらひてぞ有ける。なぬかのひのあかつき、けいせいとうばうにみゆ。十八日に光をます。しいうきととも申す。又せききとも申す。なにごとの有べきやらむと、人おそれをなす。
二 法皇はみゐでらのこうけんそうじやうをごしはんとして、しんごんのひほふをうけさせおわしましけるが、ことしの春、さんぶのひきやうをうけさせたまひて、二月五日には
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をんじやうじにてごくわんぢやうあるべきよしおぼしめしたつときこえし程に、てんだいのだいしゆいきどほり申す。「昔よりして今にいたるまで、ごくわんぢやう、ごじゆかいはみなわがやまにてとげさせおわします事、既にこれせんぎなり。なかんづくさんわうのけだうはじゆかいくわんぢやうのおんためなり。三井寺にてとげさせ給わむ事、しかるべからず」とまうしければ、さまざまにこしらへおほせられけれども、れいの山のだいしゆ、いつせつにゐんぜんをももちゐず。「三井寺にてごくわんぢやうあるべきならば、えんりやくじの大衆はつかうして、をんじやうじをやきはらふべし」とせんぎすときこへければ、かさねてなだめおほせられければ、とどまりにけり。園城寺きやうかうえんりやくじのかいをうくべきよし、うけぶみをいだすべきよし、おほせくだされければ、きたのゐん、なかのゐんはこうけんそうじやうのもんとおほかりければ、ちよくぢやうにしたがふべきよしまうしけるを、みなみのゐん、「いまさらにわがてらにかきんをのこすべからず」とて、いぎをなして
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したがはざりけり。「みなみのゐんよりたうじのそう、てんだいざすにふせらるるとき、じむをすいかうすべし。又ほふじやうじのたんだい、たうじ、おなじくごんしせしむべし。このりやうでうさいきよあらば、ちよくめいにしたがひてえんりやくじのかいをうくべきよし、まうしけり。かれこれのぎ、いづれもなしがたかりければ、ごけぎやうけちぐわんして、ごくわんぢやうはおぼしめしとどまりにけり。そもそもさんぶきやうとまうすはそのかずあまたあり。いちはほつけさんぶ、にはだいにちさんぶ、さんはちんごこくかさんぶ、しはみろくじそんさんぶ、ごはじやうどしんしゆうたりきわうじやうさんぶなり。今法皇のうけさせましますさんぶは、だいにちさんぶ、しんごうけうのえきやう也。そのさんぶとは、いちはだいにちきやう、にはこんがうちやうきやう、さんはそしつぢきやう、これなり。いまこのきやうのたいいをたづぬれば、「にやくうにんしきやう、じゆぢどくじゆしや、そくしんじやうぶつこ、はうだいくわうみやうゑん」ととく。「もし人あつて、このめうでんをじゆぢどくじゆすれば、ぶもしよしやうのえ
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しん、たちまちにだいにちによらいとなりて、胸の間のだいくわうみやうをはなちて、さんがいろくだうのやみをてらす」ととかれたるめうでん也。ごしらかはのほふわう、かたじけなくもくわんぎやうごほんの位に心をかけましまして、ほつけしゆぎやうのだうぢやう、ごしゆほふしのともしびをかかげて、七万八千よぶのてんどく也。しやうこにもいまだうけたまはりおよばず。いかにいはむやまつだいにをいてをや。じふぜんぎよくたいのぎよいのいろ、さんみつごまのだんにすすけて、そくしんぼだいのひじりのみかどとぞみへさせ給ける。かのこうけんそうじやうと申は、法皇のごぐわいせき、けんみつりやうもんのごしとく也。しくわんげんもんのまどの前には、いちじようゑんいうのたまをみがき、さんみつゆがのほうびやうには、とうじさんもんの花ひらけ給へり。かくのごとく、うちにつけほかにつけて、おんきえのおんこころざしふかきによつて、めうでんをもこうけんそうじやうにうけ、ごくわんぢやうをも三井寺にてとおぼしめしたちけるが、山門さうどうしてうちとどめ奉る事、いかばかりかこころうくおぼしめされけむ。
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法皇、「わがてうはこれへんぢそくさんの国也。何事もいかでかだいこくにひとしかるべきなれども、中にもうんでいおよびなかりけるは、りつのほふもん、そうのふるまひにてぞあるらむ。そうしゆのほふは、きそうそくじやうろん、どうにふわがふのうみといへり。わがふのうみにこそいらざらめ、じやうろんをもつぱらにして、さしたるとがもなき三井寺をぜうしつせむとするでう、むだうしんのものどもかな。はわがふそうのをもむき、これまたごぎやくざいのずいいちにあらずや。かたちばかりは出家にして、心はひとへにざいぞくにどうず。ぐどんのやみふかくして、けうまんのはたほこたかし。びくのかたちとなりながら、あひがたきによらいのけうぼふをもしゆぎやうせず、だいにちかくわうのちすいのながれにみをもすすがず。まろがたまたまにふだんくわんぢやうせむとするをさへ、しやうげする事のむざんさよ。たとひまろがことわりをまげたるひほふをもせんげし、もしは山門のしよりやうをべちゐんによすといふとも、わうゐわうゐたらば、たれかこれをそむくべき。いかにいはむやじゆしきくわんぢやうと
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は、じやうぐぼだいの春の花、げけしゆじやうの秋のつき也。ちとくめいしやうこれをさんだんし、きせんなんによこれをずいきす。たとひずいきさんだんのほうびせしむるまでこそなからめ、むじやうふくでんのころもの上にじやけんはういつのよろひをちやくし、ぢやうゑにしゆのたなごころのうちに、ぶつぽふはめつのたいまつをささげて、三井寺をぜうしつせむとせんぎするらむでう、すこしもたがわぬ昔のだいばだつたがばんるい也。さこそまつだいといわむからに、これほどわうゐをかろしむべきやうやある。くちをしきことかな」とて、しんきんしづかならず、げきりんしばしばかたじけなし。「そもそもわうゐはぶつぽふをあがめ、仏法は王位をまもるこそ、あひたがひにたすけて、かうげんもめでたくめいとくもいみじけれ。もしわうゐを王位とせずは、いづれの仏法かわがてうにこうりゆうすべきや。今度さんそうらをんじやうじをぜうしつせむにをいては、てんだいのざすをるざい
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し、山門の大衆をもきんろうせむ」とぞおぼしめす。又かへしておぼしめしけるは、「さんもんのだいしゆ、ないしんこそぐちのやみふかうして、じやうんたちまちにぶつにちのかげををかすといへども、かたちは既にびくのかたち也。いちいちにきんろうせむ事、ざいごふ又なむぞせうめつすべきや。かつうはごでふのほふえをみにまとへり。きえのこころざし、まつたくけんてつししにをとるべからず。かつうはだいししやうりやうのおんぱからひをもまち奉るべし。かつうはいわうさんわうもいかでかすてはてさせたまふべきや」とて、御涙にぞむせばせ給ける。この法皇ははくわう七十七代のみかど、とばのゐんのだいさんのみこ、まさひとてんわうとぞ申しける。ぢてんわづかに三年也。いそぎおんくらゐをすべらせおはしましけるおんこころざしは、「むくわんうちのそうにちかづきて、じんじんの仏法をもちやうもんし、だんしよぎやうぼふのくわかうをもてづからみづからいとなまむ」とおぼしめさるる故なり。そもそもはくわうと申は、てんじんしちだい、ぢじん
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ごだいののち、じんむてんわうよりはじめて、みもすそがはのながれすずしく、りゆうろうほうけつのつきくもりなかりしかども、第廿九代のみかど、せんくわてんわうのおんときまでは、ぶつぽふいまだわがてうにつたはらず、みやうじをすらきくことなかりき。さればそのときまでは、ざいごふをおそるる人もなく、ぜんごんをしゆぎやうする人もなかりき。おやにけうやうをもせず、心にぶつだうをももとめず。ぢりつぢかいのさほふもなく、ねんぶつどきやうのいとなみもなし。しかるに第卅代のみかど、きんめいてんわうのぎよう十三年みづのえのさるのとし十月十日、はくさいこくのせいめいわうより、こんどうのしよかによらい、ならびにきやうろんせうせう、どうばん、かい、ほうびやうとうのぶつぐなむどおくられたりき。ただしぶつざうらいりんししやうげうでんらいすとつたへども、だんぎてんどくするそうぼういまだなかりしかば、さんぼうをもくやうじ、しやうげうをもずいきせず、ただ
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やみのよのにしきにてぞはべりける。第卅二代のみかど、ようめいてんわうとまうす、おんいみなとよひのすめらみことともまうしき。このみかどのおんときよりさんぼうあまねくるふして、だいせうじようのほふもんのひかりてんがにかかやく。それよりこのかた、ぶつぽふしゆぎやうのきせん、そのかずおほしといへども、このほふわうほどのくんじゆれんぎやうのみかどをいまだうけたまはらず。ねにふしとらにおきさせ給ふおんぎやうぼふなれば、うちとけてさらにぎよしんもならず。きんう東にかかやけば、ろくぶてんどくのほつすい、さんじんぶつしやうのたまをみがき、せきじつにしにかたぶけば、くほんじやうしやうのれんだいにさんぞんらいかうの心をはこび給へり。あるときいちりやうくのごぐわんもんをあそばして、つねのござのみしやうじのしきしにかかせたまひたりけるめいくにいはく、
みはしばらくとうどはちくのからたちのもとにゐるといへども、心は常にさいはうくほんのはちすのうへにあそばしむ。
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とぞあそばされたる。またつねのごえいぎんにいはく、
ちしやは秋のしか、なきてやまにいる。ぐじんは夏のむし、とびてひにやくる。 K049
とぞ常にはながめさせたまひける。これはしくわんのぎやうじや、ししゆざんまいのたいいをしやくしたるぜつくとかや。昔より常にこのことながめさせおはしますおんことなれども、今度山門の大衆にごくわんぢやうの事をうちさまされたまひし時より、いかなるふかき山にもとぢこもり、こけふかきほらの中にもいんきよせばやとやおぼしめしけん。御心をすまして、「ちしやは秋のしか」とのみぎよえいありけるとかや。こうぐうもこれをあさましくおぼしめし、うんかくげつけいもきもたましひをうしなひたまひき。すでに時はせいやうごしゆんのころにもなりにけり。三月たうくわのえんとて、たうくわのさかりにひらけたり。せいぼがあとのももとて、もろこしのももをなんていの桜にうゑ
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まじへて、いろいろさまざまにぞ御覧じける。桜のさきにさく時もあり、たうくわさきにさく時もあり。ももさくら一度にさきてにほう時もあり。今年は桜はおそくつぼみて、たうくわはさきにさきたり。されども、「ちしやは秋のしか」とのみながめさせたまひて、たうくわを御覧ずる事もなかりけり。これによつて、くものうへびとさらに一人も花をえいずる人をはせざりけるに、三月三日ゆふぐれに、
はるきたつてはあまねくこれたうくわすいなれば、せんげんをわきまへずしていづれのところにかたづねむ。 K050
とたからかにえいずる人あり。法皇、たれぞやときこしめさるるほどに、やがてせいりやうでんにまゐりてふえふきならしつつ、てうしわうじきでうにねとりすましたり。やがて、みづしのうへなるせんきんといふおんびはをいだきをろしたてまつりて、しやくびやくたうりくわとまうすがくをさんべんばかりぞひきたりける。「ただひととはおぼへず。
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きたいのふしぎかな」とぞ、法皇きこしめされける。しやくびやくたうりくわをさんべんひきてのち、びはをもひかず、しいかをもえいぜず、ふえなどをもふくことなくして、ややひさしく有ければ、「このものはかへりぬるやらむ」とおぼしめして、法皇、「やや、しやくびやくたうりくわはなにものぞ」とおほせありければ、「おんとのゐのばんしゆ」とぞ申たりける。「ばんしゆと申すはたれぞや」ととはせ給へば、「かいほつのげんぺいだいふすみよし」とぞなのり給たりける。「さてはすみよしのだいみやうじんにておはしけるにや」とおぼしめして、いそぎごたいめんあり。夢にもあらず、うつつにもあらず。きたいのふしぎかなとぞおぼしめしける。さてしゆじゆのおんものがたりありける中に、だいみやうじんおほせられけるは、「こよひのたうばんじゆはまつをのだいみやうじんにてさうらへども、いそぎまうすべき事あつて、ひきかへて参て候。きのふのあかつき、さんわうしちしや、でんげうだい
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し、おきながしゆくしよにらいりんして、につぽんごくのきつきようをひやうぢやうしさうらひしに、今度山門のだいしゆ、じやふうことにはなはだしく、しんきんをなやましまひらせさうらひしでう、ぞんぐわいのしだいにて候。ただしむつごころにてはさうらはざりつる也。につぽんのてんまあつまりて山の大衆にいれかわりて、きみのごくわんぢやうをうちとどめまひらせさうらふところなり。されば、大衆のわざはひをばおんゆるされあるべき事にて候也」。時に法皇、「そもそもてんまはにんるいか、ちくるいか、しゆらだうしゆるいか。いかなるごふいんの物にて、仏法をはめつしはべるぞや」。大明神こたへてのたまはく、「いささかつうりきをえたるにんるい也。これについてみつあり。一にはてんま、二ははじゆん、三はまえん也。第一にてんまといふは、もろもろのちしや、がくしやうの、むだうしんにして、けうまんはなはだし。そのむだうしんのちしやのしぬれば、必ずてんまと申おにになり候也。そのぎやうるいはいぬ、みは人にて、さうのてにはねおひたり。ぜんごひやくさいの事をさとる
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つうりきあり。こくうをとぶこと、はやぶさのごとし。ぶつぽふしやなるが故にぢごくにはをちず。むだうしんなるが故にわうじやうをもせず。けうまんとまうすは、ひとにまさらばやと思ふ心也。むだうしんと申は、ぐちのやみにまよひたる者に、ちゑのともしびをさづけばやとも思わず、あまつさへねんぶつまうすものをさまたげて、あざけりなむどする者、必ずしぬればてんぐだうにおつといへり。まさにしるべし、まつせのそうは皆むだうしんにしてけうまんあるが故に、十人に九人は必ず天魔となつて、仏法をはめつすべしとみへたり。はつしゆうのちしやにて天魔となるが故に、これをばてんぐと申なり。じやうどもんのがくしやもみやうりの為にほだされて、こけのほふもんをさへづり、むだうしんにしてずずをくり、まんしんにしてすへんをすれば、天魔のらいかうにあづかりて、きまてんとまうすところにとしひさしといへり。まさにしるべし、まわうは、いつさいしゆじやうのかたちににたり。だいろく
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いしきへんじて魔王となるが故に、魔王のかたちも又いつさいしゆじやうのかたちににたり。されば、あま、法師のけうまんは、てんぐになりたる形も、あまてんぐ、ほふしてんぐにてはべるなり。つらはいぬににたれども、かしらはあま、法師也。さうのてにはねはをいたれども、みにはころもににたる物をきて、かたにはけさににたる物をかけたり。をとこのけうまん、天狗となりぬれば、つらこそいぬににたれども、かしらにはえぼし、かぶりをきたり。ふたつのてにははねをひたれども、みにはすいかんばかま、ひたたれ、かりぎぬなどににたる物をきたり。女のけうまん、てんぐとなりぬれば、狗のかしらにかづらかけて、べに、しろいもののやふなる物をつらにはつけたり。おほまゆつくりて、かねぐろなる天狗もあり。くれなゐのはかまにうすぎぬかづけて、おほぞらをとぶ天狗もあり。第二にはじゆんと申は、天狗のごふすでにつきはててのち、にんじんをうけむとする時、もしはしんざんのみね、もしはしんこくのほら、じんせきたへて千
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里あるところににふぢやうしたる時を、はじゆんとなづけたり。いちまんざいののち、にんじんをうくといへり。第三、魔縁とは、けうまん、むだうしんのもの、しぬれば必ず天狗になれりといへども、いまだその人しせざる時に、人にまさらばやと思ふ心のあるをえんとして、もろもろの天狗あつまるが故に、これをなづけて魔縁とす。されば、けうまんなき人のぶつじには、魔縁なきがゆゑに、天魔きたりてさはりをなすことなし。天魔はせけんにおほしといへども、しやうげをなすべきえんなき人のもとへは、かけりあつまる事、さらになし。されば法皇のごけうまんの御心、たちまちに魔王のきたるべきえんとならせたまひて、六十よしうのてんぐども、山門の大衆にいりかわりて、さしもめでたきぜんけぎやうをもうちさましまひらせて候也。ごけうまんのをこるも誠におんだうりにてこそ候へ。『りやう
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がいのまんだらを、いちやにじにけだいなくおこなはせ給へる事、しじふよだいのみかどの中にましまさざりき。そうの中にもまれにこそあるらめ』とおぼしめさるる御心、すなはち魔縁となれり。『にじふごだんのべつそんのほふ、しよじしよさんのそうしゆも、まろにはいかでかまさるべき』とおぼしめすは、又魔縁也。『さんみつゆがのぎやうぼふ、ごまはちせんのくんじゆ、しやうこのみかどにましまさず。ましてまつだいにはよもおわせじ。ぶつぽふしゆぎやうのちしやたちにもまさらばや』とおぼしめすは、これ魔縁也。くわうみやうしんごん、そんじようだらに、じくのしゆ、ほうけふいん、くわかいしんごん、せんじゆきやう、ごしんけつかいじふはちだう、にんわうはんにや、ごだんのほふ、まろにすぎたるしんごんしもまれにこそあるらめ』とおぼしめしたるは魔縁也。『いはむやにふだんくわんぢやうして、こんがうふゑの光をはなちて、だいにちへんぜうの位にのぼらむ事、めいとくの中にもまれなるべし。てんしていわうの中にも、われぞすぐれた
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るらむ』と、だいけうまんをなさせたまふが故に、だいてんぐどもおほくあつまりて、ごくわんぢやうのむなしくなりさうらひぬる事こそ、あさましくおぼえさうらへ」とぞ申させ給ける。そのときほふわう、「につぽんごくぢゆうに天狗になりたるちしや、いくにんばかりかはべるや」。だいみやうじんののたまはく、「よき法師は皆天狗になり候あひだ、そのかずをまうすにおよばず。だいちのそうはだいてんぐ、せうちのそうはせうてんぐ、いつかうむちのそうの中にもずいぶんのまんしんあり。それらは皆ちくしやうだうにおちてうちはられさうらふ、もろもろのむまうしども、これなり。なかごろわがてうにかきのもとのきそうじやうと申ししかうみやうのちしや、うげんのひじり、はべりき。だいけうまんの心の故に、たちまちに日本第一のだいてんぐとなりてさうらひき。これをあたごの山のたらうばうとはまうしさうらふなり。すべてけうまんの人おほきが故に、ずいぶんのてんぐとなつて、
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ろくじふよしうの山のみねに、あるいは十人ばかり、あるいは百人ばかり、かけりあつまらざるみねはひとつも候はず」。そのときほふわう、「まことにおほせのごとく、まろがぎやうぼふはわうゐの中にも、ぶつぽふしやの中にも、いとまれにこそあるらめとおもひてさうらひつる也。まづりやうがいをそらにおぼえて、まいやにじにくやうぼふし給ふみかど、しやうこにはいまだきかずとおもひはべりき。べつそんのほふ、れいしよをにじふごだんにたてたるていわうも、いまだきかずとおもひはべりき。ねにふし、とらにおくるぎやうぼふ、ていわうの中にはいまだきかずとおもひはべりき。まいにちにほつけきやうろくぶをしんどくによみ奉るこくわうも、わがてうにはいまだきかずとおもひはべりき。いはむやさんぶきやうのぢしや、ひみつくわんぢやうのひじりとなりて、ほんじほんざんのちしやたちにもまさりたりとほめられむとおもふ、まんしんをおこす事たびたびなりき。さては今こそ既にざいごふのくもはれてはおぼえ候へ。まつたく山門の大衆のらうぜきにてははべらざ
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りけり。わがみのけうまん、すなはち天魔のえんとなりて、六十よしうのてんぐども、すにちしやうごんのけぎやうをうちやぶりけるこそ、だうりにてははべりけれ。今はざんぎさんげのかぜすずし。まえんまきやうのくも、いかでかはれざらむや。さては忍びやかにしゆくぐわんをはたしさうらはばやとぞんじ候。おんぱからひさうらへ」とおほせありければ、だいみやうじんののたまはく、「でんげうだいしのまうせとさうらひつるは、えんりやくじとまうすはぐらうがこんりふ、をんじやうじと申はちしようだいしのさうさうなり。かうげんいづれもかろくしておんきえのぶんにあたわず。につぽんごくのれいちにはににてんわうじすぐれたりとおぼえさうらふ。そのゆゑは、しやくとくたいしのごこんりふ、ぶつぽふさいしよのみぎりなり。そのしやうとくたいしはくせくわんおんのおうげん、だいひせんだいの菩薩也。これによつてしんじんそらにもよほして、しようりなんぞすくなからむや。をりしもかのてらににつたうのひじりのきてうして、けいくわ
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はつせんのりうすい、ごちごびやうにいさぎよし。くわんぢやうのだいあじやり、そのうつはものにもつともたりぬべし。ひそかにごかうならせおわしまして、ごにふだんさうらへ」とて、みやうじんたちまちにうせたまひぬ。法皇、おぼしめされけるは、「まんしんをいかにをこさじと思へども、事により折にしたがひて、をこるべき物にて有けり。さしもだいみやうじんのをしへたまひつるまんしんの、今又をこりたるぞや。そのゆゑは、たいたうこくに一百余かのだいしせんとく、そのかずおほしといへども、ゐだてんにたいめんして物語し給けるめいとくは、しゆうなんざんのだうせん律師ばかりなり。わがてうには、にんわう始まつてちんにいたるまで、七十余代のみかど、そのかずおほしといへども、すみよしの大明神にぢきにたいめんして、しゆじゆものがたりしたるみかどは、まろばかりこそ有らめと、けうまんのをこりたるぞや。なむあみだぶなむあみだぶ、このざいしやうせうめつして、たすけさせおわしませ」とぞ、ごきねんありける。法皇
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すでにてんわうじへごかうなりけるとき御手をあはせつついかなるごきねんかおわしけむ、
すみよしのまつふくかぜに雲はれてかめゐの水にやどる月かげ K051
とあそばして、ごかうなりつつ、天王寺のごちくわうゐんにして、かめゐのみづをむすびあげて、ごびやうのちすいとして、ぶつぽふさいしよのれいちにてぞ、でんぼふくわんぢやうのそくわいをとげさせおはしましける。むじやうぼだいのごぐわんすでにじやうじゆして、うだいのおんみも、今はこんがうぶつしの法皇とならせおわしましたる。天魔はいささかなやましまひらせたりけれども、すみよしのだいみやうじんにをしへられましまして、そくしんじやうぶつのぎよくたいとならせおはしましたる、誠にめでたく侍り。ゆゑに、ろくだいむげのはるのはなはこんがうかいのちすいよりひらき、
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ししゆまんだのあきのつきは、たいざうかいのりもんよりいづ。さんみつゆがのかがみのおもては、ごちゑんまんのせいていにうかび、はちえふにくだんのむねのあひだには、さんじふしちそんのくわうゑんかかやけり。同五月廿日、天台の衆徒、しよしをもつてさんぢんせしめてうつたへまうしけるは、「こんどのさいしようかうに延暦寺のそうをめされず。このでうかつてせんぎなし。なにによつてか、たちまちにきえんせらるべきや」とぞ、申たりける。くらんどのうせうべんみつまさ、さんゐんしてそうもんしければ、「さらにおんすておきのぎにあらず。天台の衆徒、じいうのちやうぎやうをもつて、ごぐわんをさまたげたてまつるでう、すこぶるきくわいなるによつて、そのことつみしらせむがためなり」とぞ、おほせくだされける。このおもむきをぞしよしにはおほせふくめける。又延暦寺よりせんしをさしつかはしてをんじやうじにまうしおくりけるは、「さいしようかうはちんごこくかのごぐわんなり。しかるにこんどてんだいしゆうをすてらるるところに、
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園城寺のそうさんきんせらるべきよし、ふうぶんあり。いづれのしゆうをもつてかさんきんせらるるや。たうじはてんだいか、けごんか、さんろんか、ほつさうか。ゐさいにうけたまはりて、ぞんぢつかまつるべし」とぞ申たりける。ここに園城寺の衆徒、さんゐんくわいがふしてせんぎすといへども、なんのへんもへんたふすべしといふぎもさだまらざりければ、只「おつてまうすべし」とばかりぞへんたふしたりける。そもそもだうせんりつしのあひたまひて物語し給ひしゐだてんとまうすは、びしやもんてんわうのたいしなり。だうせんりつし、しゆうなんざんにして、せいやにして、かうろうをたてて、かしこにのぼりておはしけるが、あやまつてかうろうよりおちたまふとき、ちゆうとにして、みしといだきたてまつる者あり。「なにものぞ」ととはれければ、「ゐだてん」とこたへけり。だうせんのたまはく、「いかにしてこれへはきたるぞや」。てんのいはく、「われびしやもんてんわうのおんし
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しやとして、かのめいにしたがひて、ひごろより参りて、常にしゆごしたてまつるなり」とうんうん。だうせんかさねてのたまはく、「そのぎならば、あらはれて常に物語をもし給へかし」といはれければ、「おほせにしたがひて」とて、そののちはていぜんのやなぎにのぼりて、くわうみやうをはなちて、もろもろのせかいこくどの物語を申けり。かのだうせんとゐだてんとの物語をしるせる、いつくわんのでんき、是あり。かんつうでんとなづけたり。道宣いはく、「びしやもんてんわうは、たうじはいづくにおはしますぞ」。てんこたへていはく、「たうじはびさもんてんわうは、げんじやうさんざうのだいはんにややくし給へる処に、かの三蔵を守護の為におはします」とぞ申ける。道宣のいはく「げんじやうははかいのそうなり。われはぢかいの者也。われをこそ守護したまふべきに、われをばゐだてんにあづけて、げんじやうさんざうを守護せらるらむ事は、ぞんぐわいのことなり」とぞじしようしたまひける。げにも道宣のいふが如くに、道宣りつしは二百五十の
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りつぎをまもりて、いちじもかいををかさず。八万のさいぎやうをただしくして、しんくのおもてをあざやかにせり。げんじやう三蔵はらんそう也。とくぎやうはるかにくだれり。しかるに道宣をすて、げんじやうをまもりたまふらむ事、うたがひまことにおほし。つらつら事のしだいをあんずるに、かうそうでんをひらきみるに、いつさいのそうのとくぎやうをしやくせむとして、十のくわをたてたり。「第一にはほんやくのそう、そのこうことにたつとし。第二にはぎげのそう、ぶつぽふるでんのはかりこと、誠にめでたし」。かくのごとくしだいにくわもんをたてて、しやくしをはりて、「第十にはぶつざうきやうろんとうをしゆふくしゆざうのそう也」とつらねたり。かれをもつてこれをあんずるに、げんじやう三蔵といふは、そのみはかいにして、ばう、せい、くわう、きの四人のこをまうくといへども、かうそうでんにたつるところのじつくわの中に、第一のほんやくの三蔵として、はんにやだいじようけうをるてんする事すひやくぢく、このとくを
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かんがみて、びしやもんてんわうのじしんゆきて、守護し給へるかとぞおぼへし。かくて道宣、だいじおんじのちやうらうににんぜられたりけるに、ぢゆうじのそうりよ一千よにん、えはつをたいしてしぢゆうす。だうじやのこうりやうは三百三十三間なり。きんぎんをちりばめてせんけつ也。そののち、ゐだてんそうじてきたる事なし。はるかにほどへだたりてきたれりければ、道宣、ゐだてんにのたまはく、「てんなにゆゑぞひさしくきたらざるや」。てんこたへていはく、「しゆうなんざんにおわせしときは、みはりつぎの為にたつとく、心はぐほふの為にねんごろなりき。ないげともにしやうじやうなりしかば、御心けがるることなかりき。しかるに当寺にぢゆうしたまひてよりのちは、御心をゑにして、せいろのおもひこまやかに、おんみふじやうにして、みやうもんのこころざしふかし。これによつて、びしやもんてんわうそうじてさんずべからざるよし、いましめおほせらるるあひだ、まゐらざりつれども、
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ひごろの御よしみをわすれ奉らずして、びしやもんてんわうのめいをそむきて、ざんじのいとまをまうしてわたくしにまゐりたり」とぞ申ける。しかるにかのゐだてんののたまひけるじおんじにして、しんじんのふじやうにおはしけむ事はいかにと思へば、むかししゆうなんざんにおわせし時は、いつかうげけしゆじやうの心をさきとして、せぞくちそうのおもひもなかりしかば、ないげともにしやうじやうなりき。今このじおんじとまうすは、とくそうくわうていのこんりふとして、たうじやたふべうくわうはくなり。さればしぢゆうのそうりよもおほくして、ぎやうぼふのとこもかずしげし。かのだいがらんのちやうらうとなり給しかば、ぢゆうじのそうをたすけむとて、みづからとせいのはからひをも心にやかけたまひけむ。もししからば、心をゑになりたまひたりとて、守護をくはへ給はざりけるもことわりなりとぞおぼへし。
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三 そもそもしてんわうじと申すは、てんがだいいちのあうく、じんかんぶさうのじやうさつなり。しやうとくたいしさうさうのれいぢやう、くせぼさつりしやうのしようちなり。てらはとなれるしゆしようのめいくに、すなはちごくらくとうもんのちゆうしん、さかひはれいげんのきちにせつす、これわうじやうさいさつのこせきなり。にしにむかへばすなはちげきかいまんまんとして、はつくどくちのてうばう、めのまへにあり。ひがしにかへりみればまたせいすいたうたうとして、さんがいすいまつのむじやう、しんぢゆうにうかぶ。そんなんそんほくにかじのともがら、あふひをちぎりてもつてうがふし、ひがしよりにしよりとひのたぐひ、だうぢやうにまうでて、もつてきうしふす。しかのみならず、てんひていえふのよれんをまはす、ほんぞんにきして、えいりよをかたぶけ、さんげんすいのしうしやをうごかす。だうぢやうにのぞみてまんぐわんをなす。きたる者はたにんのもよほしにあらず。ただぜんごんのしゆくいんにもよほされてきたるところなり。のぞむ者はじしんのおこすにあらず。ひとへにわうじやうのたうえんにおこるによつて
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のぞむところなり。てんがにかうべをかたぶくるもの、みなこれくわんおんぐぜいのじひにおうず。にんぢゆうにこころをつくるもの、たれかまたあらざらんやごくらくりやうかのにんみん。さかひはわうぢにありて、わうぢにみんせず。ぢやうぢゆうのさんぼうをもつてしゆとなすところは、こくぐんにせつして、こくぐんにしたがはず、ごせしわうをもつてりとなす。かいりつをさだむるにはなれば、はういつのものはあとをけづり、じやうどにのぞむみぎりなれば、ふしんのものはきたることなし。くわんおんおうせきのところなれば、すむひとみなじひあり。わうじやうごくらくのちなれば、まうづるひとことごとくねんぶつをぎやうず。これによつて、げんぜにはさんどくしちなんのふしやうをほろぼして、にぐりやうぐわんのしつぢをまんぞくし、たうらいにはさんはいくほんのじやうさつにしやうじて、じやうらくがじやうのめうくわをしようとくせむ。とほくぐわつしのぶつせきをたづね、はるかにしんだんのれいじやうをとぶらへば、によらいせつぽふのぎをんしやうじや、くわいろくのわざはひによつて、かんやうきゆうのけぶりへんぺんたり。げんじやうしゆゑの
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けいとうまじ、りやうとうけいきして、こそだいのつゆじやうじやうたり。かんのめいていのはくばじ、ほふおんをたちてえんらんをのこし、かうそていのじおんじ、ほふりよさりてこらうをすます。またほんてうのしよじしよさんえんしやうのれい、これおほし。しかるにたうじにおいては、ぢよくせにのぞみて、わうしんのきえいよいよあらたに、こうまつにいりて、ほんぞんのりやくまことにさかりなり。じやうぐうのゐくわうひびにかかやき、じたふのこうりゆうさいさいにます。ごせしわうてらをまもれば、しまさんしやうのなんもきたらず。こうきよのしやうりゆうほふをいただけば、ぶつぽふのみづのながれもかわかず。かかるれいちなれば、しめい、みゐにもまさつておぼしめされければ、ことゆゑなくとげさせたまひにけり。これたうじのめんぼくにあらずや。
四 山門のさうどうをしづめむが為に、をんじやうじのごくわんぢやうはとどまりたりけれども、さんじやうにはがくしやうとだうじゆとふわの事有て、しづかならずときこゆ。山門にこといでぬれば、よも
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必ずみだるといへり。またいかなる事のあらむずるやらむと、おそろし。このことはきよねんの春のころ、ぎきやうしらうえいしゆん、ゑつちゆうのくにへげかうして、しやかだうのしゆう、らいじようばうぎけいがたておくじんにんをおさへとりて、ちぎやうして、あとをあふりやうす。ぎけいいかりをなして、つるがのつにくだりあひて、ぎきやうしらうをさんざんにうちちらして、もののぐをはぎとり、はぢにおよべり。えいしゆんやまににげのぼりて、よにいりてはふはふとうざんして、しゆとにうつたへければ、だいしゆおほきにいきどをりて、たちまちにさうどうす。らいじようばうまただうじゆをかたらふあひだ、だうじゆどうしんしてらいじようばうをたすけむとす。
五 けんれいもんゐん、そのころはちゆうぐうとまうししが、春のくれほどより常におんみだりごこちにて、ぐごもはかばかしくまひらず、ぎよしんもうちとけてならざりしかば、なんのさたにもおよばず。そうじてはてんがのさわぎ、べつしては平家のなげきとぞみえし。太政入道、二
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位殿、きもこころをまどはしたまふ、ことわりなり。さればしよじしよさんにみどきやうはじまり、しよぐうしよしやにほうへいしをたてらる。おんやうじゆつをつくし、いけくすりをはこぶ。だいほふひほふのこすところなくしゆせられき。かくていちりやうげつをふるほどに、ごなうただにもあらず、ごくわいにんときこえしかば、平家の人々、ひごろはなげかれけるが、ひきかえて、今はめんめんによろこびあわれけり。ごくわいたいの事さだまりにければ、きそうかうそうにおほせてごさんへいあんをいのり、じつげつせいしゆくにつけてわうじたんじやうをねがふ。しゆしやうことし十八にならせ給ふに、わうじもいまだわたらせおわしまさず。中宮は廿三にぞならせたまひける。わうじ御誕生なむどのあるやうに、あらましごとをぞよろこばれける。「平家のはんじやう、時をえたり。しかればわうじ誕生うたがひなし」と申す人もありけり。かかりし程に、六月廿八日中宮ごちやくたいとぞきこえし。つきひのかさなるにしたがひて、おんみだれなほわづらわしきさまにわたらせ
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給ければ、常にはよるのおとどにのみぞいらせたまひける。すこしおもやせて、またゆげにみへさせたまふぞこころぐるしき。さるにつけても、いとどらうたくぞみへさせたまひける。かのかんのりふじんの、せうやうでんのやまひのとこにふしたりけむも、かくやあるらむ。たうりのあめをおび、ふようのつゆにしほれたるよりも、こころぐるしき御有様なり。かかりしごなうのをりふしにあはせて、しうねきもののけ、たびたびとりつきたてまつる。うげんのそうどもあまためされて、ごしんかぢひまもなし。よりましみやうわうのばくにかけて、さまざまのもののけあらはれたり。そうじてはさぬきのゐんのごをんりやう、べつしてはあくさふのごおくねん、なりちかのきやう、さいくわうほふしがをんりやう、たんばのせうしやうなりつね、はんぐわんにふだうやすより、ほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんなむどがしやうりやうなむどもうらなひまうしけり。これによつてにふだうしやうこく、しやうりやうしりやうともにかろからず、をどろをどろしくきこえたまひければ、
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「なだめらるべきよしのおんまつりごとあるべし」とはからひまうさる。かどわきのさいしやうは、「いかなるついでもがな。たんばのせうしやうが事、まうしなだめむ」とおもはれけるが、このをりをえて、いそぎこまつのないだいじんのもとへおわして、ごさんのおんいのりにさまざまのじやうさいおこなはるべきよしきこゆ。「いかなる事と申すとも、ひじやうのだいしやにすぎたる事、あるべからず。なかんづく、なりつねめしかへされたらむ程のくどく、ぜんごんはいかでか有べき。大納言がをんりやうをなだめむとおぼしめさむにつけても、いきたるなりつねをこそめしかへされさうらはめ。このことふしまうさじとは思ひ候へども、娘にてさうらふものの、あまりにおもひしづみて、命もあやうくみへ候時に、常にたちよりて、『あながちかくなおもひそ。のりもりさてあれば、さりとも少将をばまうしあづからむずるぞ』と、なぐさめまうしさうらへば、かほをもてあげて、教盛をうちみて、涙をながしてひきかづきて候。教盛ごいちもんのかたはしにてあり。『おやをもつとも、このときは
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さいしやうほどのおやをこそもつべけれ。などか少将一人まうしあづからざるべきぞ』と、ないないうらみまうしさうらふなるが、げにもとおぼえて、いたくむざんにおぼえさうらふ。なりつねが事、しかるべきやうにしふしまうさせ給て、しやめんにまうしおこなはせ給へ」と、なくなくくどきまうされければ、こまつのおとど涙をながして、「このかなしさは重盛もみにつみて候へば、さこそおぼしめされ候らめ。やがて申候べし」とて、八条へわたりたまひて、入道のけしきいたくあしからざりければ、「宰相の成経が事をあながちになげきまうされさうらふこそ、ふびんにおぼえさうらへ。もつともおんぱからひあるべしとおぼえさうらふ。ちゆうぐうごさんのおんいのりに、さだめてひじやうのだいしやおこなわれ候わむずらむ。そのうちにいれさせたまふべく候。宰相のまうされさうらふやうに、誠にたぐひなきおんいのりにてあらむずらむとおぼえ候。おほかたは人のぐわんをみたさせたまひさうらはば、ごぐわんじやうじゆうたがひ
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あるべからず。ごぐわんじやうじゆせばくわうわうごたんじやうありて、かもんのえいぐわいよいよさかりなるべし」と、さいさいにまうしたまへば、入道今度は事のほかにやはらぎて、げにもと思われたりげにて、「さてしゆんくわん、やすよりが事はいかに」。「それらもゆるされてさうらはば、しかるべくこそ候はめ。一人もとどまらむ事は中々ざいごふたるべしとおぼえさうらふ」なむどまうされけれども、「康頼が事はさる事にて、しゆんくわんはかつうはしられたるやうに、ずいぶん入道がこうじゆにて、ほつしようじのじむにも申なしなむどして、人となれる物ぞかし。それに人しれずししのたににじやうをかまへ、事にふれてやすからぬ事をのみいひけるよしをきくが、ことにきくわいにおぼゆるなり」とぞのたまひける。「ちゆうぐうごさんのおんいのりによつてだいしやおこなわるべし」と、大政入道まうしおこなはれければ、すなはちしきじのほうしよをくださる。そのじやうにいはく、
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ちゆうぐうごさんのおんいのりのために、ひじやうのだいしやおこなはるるによつて、さつまのくにいわうのしまのるにん、たんばのせうしやうなりつねならびにへいはんぐわんにふだうやすよりぼふし、ににんきさんすべきじやう、おほせによつてしつたつくだんのごとし。ぢしよう二年しちぐわつぴとぞ、おほせくだされける。宰相これをききたまひて、うれしなむどはなのめならず。少将のきたのかたはなほうつつともおぼへず、ふししづみてぞおわしける。七月十三日、おんつかひくだされければ、へいざいしやうはあまりにうれしくて、わたくしのつかひをさしそへて、「よをひにつぎてくだれ」とてぞつかはされける。それもたやすくゆくべきふなぢならねば、なみかぜあらくて、船の中にてひおくりける程に、九月なかばすぎてぞかのしまにはわたりつきたりける。をりしもそのひはひもうららかにて、少将も康頼もいそにいでて、
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はるばるとしほせのかたをながむれば、まんまんたるかいしやうに、なにとやらむ、はたらく物あり。あやしくて、「やや入道殿、あのをきにまなこにさえぎるもののあるはなにやらむ」と少将のたまへば、康頼入道是をみて、「にをのうきすの、波にただよふにこそ」と申けり。しだいにちかくなるをみれば、舟のすがたにみなしたり。「これはくちしまのうらびとどもが、いわうほりに時々わたる事のあれば、さにこそ」とおもふほどに、いそちかくこぎよする舟の内にいひかよはすことばども、さしもこひしきみやこびとのこゑにききなしつ。少将おもはれけるは、「われらがやうにつみをかぶつて、このしまへはなたるるるにんなむどにこそ」とおもひたまひて、「とくこぎよせよかし。都のことどもたづねむ」とおもはれけれども、まめやかにちかづけば、みぐるしさの有様をみえむ事のはづかしくて、いそをたちのきて、はままつがへのこのもといはのかげにやすらひて、みえがくれにぞまたれける。さる程にふね
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こぎつけて、いそぎをりて、われらがかたへちかづく。しゆんくわんそうづはあまりにくたびれて、只あしたゆふべのかなしさにのみおもひしづみて、しんめいぶつだのみなもとなへ奉らず、あらましのくまのまうでをもせず、常はいはのはざま、こけの下にのみうづもれゐられたりけるが、いかにしてただいまの有様をみたまひけるやらむ、このひとどものおわする前にきたれり。ろくはらのつかひ申けるは、「だいじやうにふだうどののみげうしよ、ならびにへいざいしやうどのの私のおんつかひあひそへられて、都へおんかへりあるべきよしのおんふみもちてくだりて候。たんばのせうしやうどのはいづくにわたらせたまひさうらふやらむ。このみげうしよをまゐらせさうらはばや」と申ければ、是をきき給けむ三人の人々のしんぢゆういかばかりなむけむ。あまりにおもふことなれば、なほ夢やらむとぞ思われける。三人一所になみゐられたり。少将のもとへは、宰相さまざまにおくり給へり。康頼が
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かたへは、つまがかたより事づてあり。俊寛僧都がもとへはひとくだりのふみもなかりければ、その時ぞ、「都にわがゆかりの者一人もあとをとどめずなりにけるよ」と、心えられにける。心うくかなしき事かぎりなし。さて俊寛ほうしよをひらきてみ給へば、「ちゆうぐうごさんのおんいのりのために、ひじやうのだいしやおこなはるるによつて、なりつね、やすより、きさんすべし」とは有けれども、俊寛はもれにけり。僧都是をみて、あきれまどひて、つやつや物もおぼへず。もしひがよみかとて、又みれども、「俊寛」といふ文字はなし。又みれども、「二人」とこそはかかれたれ、「三人」とはかかれず。夢にこそかかる事はみゆれ。夢かと思なさむとすればうつつなり。うつつと思へば又夢の如し。このふみをひろげつまきつ、ちたびももたびをきつとりつして、ふしまろびて、をめきさけびて、かなしみの涙をぞながしける。「三人おなじつみにて、ひとところへはなたれぬ。
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今しやめんの時、二人はゆるされて、俊寛一人もるべしとはおもはぬ物をや」とて、てんにあふぎちにふして、又をめきさけぶ。このしまへながされし時のなげきを今のおもひにくらぶれば、事のかずならざりけり。とどめらるる事をおもふに、いかにすべしともおぼへず。なくなくほうしよをとりて、「是はしゆひつのあやまりなり。さらでは俊寛をこの嶋へながし給へる事を、平家のおぼしめしわすれたるか」とて、又はじめの如くもだへこがれけるこそむざんなれ。二人のよろこび、一人のなげき、悦もなげきも事のきはめとぞみへし。少将、判官入道は、しほかぜのさたにもおよばず、いまひとときもとくこぎいでなむとて、いわうのつといふ所へうつりにけり。僧都あまりのかなしさにふなつまできたりて、二人の人にすこしもめをはなたず、少将の袖にとりつきても涙をながし、判官入道のたもとをひかへてもさけびけり。「としごろひごろはおのおのさておわしつれば、むかしものがたり
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をもして、都のこひしさをも、しまの心うさをも、申なぐさみてこそありつるに、うちすてられ奉りては、いちにちへんしもたへしのぶべきここちもせず。ゆるされなければ、みやこへはなかなかおもひもよらず。ただこの船にのせていでさせ給へ。そこのみくづともなりて、まぎれうせなむ。中々しんら、かうらいとかやのかたへもわたりゆかば、おもひたえてもあるべきに、俊寛一人のこりとどまりて、しまのすもりとならむ事こそかなしけれ」とて、又をめきさけびければ、少将なくなくのたまひけるは、「誠にさこそおぼしめされさうらふらめ。成経がのぼるうれしさはさる事なれども、おんありさまをみおきたてまつるに、さらにゆくべきそらもおぼえず。御心のうち、みなおしはかりてさうらへども、都の御使もかなふまじき由を申す上、三人ふなつをいでにけりときこへむ事もあしかりぬべし。なにとしても、かひなき命こそたいせつの事にて
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候へば、かつうは成経がみのうへにてもおぼしめししられ候へ。まかりくだりさうらひしすなはちは、ともかくもして、命をうしなはばやとこそぞんぜしかども、かひなき命の候へばこそ、かやうにうれしきおとづれをもまちえさうらひぬれば、このたびとどまらせ給てさうらふとも、またおのづからめしかへされさせたまひさうらふおんことも、などかさうらはざるべき。なりつねまかりのぼりさうらひなば、みにつみておもひしりまゐらせて候へば、宰相にもかつうはよきやうにまうしさうらふべし。いかさまにもおんみをなげてもよしなき御事なり。ただいかにもして今一度都のおとづれをもきかむとこそおぼしめされ候はめ。そのほどはひごろおわせしやうにおもひてまたせ給へ」と、かつうはなぐさめかつうはこしらえられければ、僧都へんじにおよばず、少将にめをみあはせて、「俊寛をばすておきたまひなむずるな。ただ俊寛をもぐしてのぼり給へ。ぐしてのぼりたる御とがめあらば、又もながさ
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れ候へかし」なむど、さまざまにくどかれけれども、「これほどにつみふかくてのこしとどめらるる程の人を、ゆるされもなきにぐしのぼりなば、まさるとがにもこそあたれ」とおもはれければ、「誠にさこそおぼしめさるらめ」とばかりにて、少将は、「かたみにも御覧ぜよ」とて、よるのふすまををかれけり。判官入道のわすれがたみには、ほんぞんぢきやうをぞとどめける。「誠の花の春、さくらがりして、しがの山をこへ、よしののおくへたづねいるひとも、皆風にさそわるるならひあれば、ちりぬるのちはこのもとををしみて、岩のまくらによをあかす事もなく、いへぢへいそぎ、つきの秋、めいげつをたづねて、すまあかしへうらづたひする人も、又山のはにかたぶくためしあれば、いりぬるあとをしたひて、あまのとまやにやどりもやらず、すぎこしあとをたづねけり。こひぢにまよふ人だにもわがみにまさる物やある」と、たがひにいひかよはしつつ、少将も入道もいそぐ心をなさけな
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き。みちゆくひとのひとむらさめのこのもと、おなじながれをわたるともだにも、すぎわかるるなごりはなほをしくこそおぼゆるに、まして僧都のこころのうち、おもひやられてむざんなり。さる程にじゆんぷうよかりければ、僧都のもだへこがれけるひまに、やわらともづなをときてこぎいでむとするに、僧都おもひにたへずして、御使にむかひててをすり、「ぐしておわせよや、ぐしておわせよや」とをめかれければ、「人のみにわがみをばかへぬ事にて、ちからおよばず」と、なさけなくこたへければ、僧都あまりのかなしさに、船のともへにはしりまわり、のりてはをり、おりてはのり、あらましをせられけるありさま、めもあてられずぞおぼえける。しだいに船をおしいだせば、僧都ともづなにとりつきて、たけのたつところまではひかれてゆく。そこしもとほあさにて、いちにちやうばかりゆきたりけれども、みちくるしほ、たちかへりてくちへいりければ、ともづなにわきうちかけて、「さて俊寛をばすておきたまひぬるな」とて、又
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声もおしまずよばひたまひけれども、少将もいかにすべしともおぼえず、もろともにぞなかれける。僧都なをも心の有けるやらむ、とかくしてなみにもおぼれず、いそにかへりあがりて、なぎさにひれふして、をさなきもののめのとや母にすてられて、みちをしたふやうに、はまにあしをすりて、「少将殿、判官入道殿や」と、をめきさけびけるは、「父よ母よ」とよぶににたりけり。をめきさけぶ声のはるかに波をわけてきこへければ、誠にさこそおもふらめと、少将も康頼も、ともになみだを流して、つやつやゆくそらもなかりけり。こぎゆくふねのあとのしらなみ、さこそうらやましくおぼされけめ。いまだこぎかくれぬ船なれども、涙にくれてこぎきへぬとみへければ、岩の上にのぼりて船をまねきけるは、まつらさよひめが、もろこしぶねをしたひつつ、ひれふりけるにことならず。よしなき少将のなさけのことばをたのみて、そのせにみをもなげられ
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ざりけるこそ、せめてのつみのむくいとはみえしか。ひすでにくれにけれども、あやしのふしどへもたちかへるべき空もおぼへず。又なぎさにたふれふして、おきのかたをまぼらへつつ、つゆにしほぬれ波にあしうちあらはせて、かしらをたたき胸をうちて、ちの涙をながして、よもすがらなきあかされければ、そでは涙にしほれ、すそは波にぞぬれにける。少将、なさけもふかく、物のあはれをもしりたる人なれば、「かかるむざんなる事こそありしか」なむど申されば、もしくつろぐ事もやと、たのみをかけて、べうべうたるいそをまはりて命をたすけ、まんまんたるうみをまもりて心をなぐさめて、あかしくらしたまひければ、昔、さうり、そくりがなんかいのぜつたうにはなたれたりけむも、是にはすぎじとぞおぼえし。それは兄弟二人ありければ、なぐさむかたも有けむ。この僧都のかなしみは、わきまへやるべきかたもなし。少将は九月なかばすぎてしまを
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こぎいでて、風をしのぎ波をわけ、うらづたひしまづたひして、廿三日といふにはくこくのちへつきにけり。やがて都へのぼらむといそがれけれども、冬にもなりにければ、船のゆきかふ事もなかりける上、へいざいしやうのもとよりかさねてつかひくだりて申けるは、「きよねんよりかのしまにおわして、さだめてみもつかれそんじ、やまひもつきたまひぬらむ。さむき空にはるばるとのぼり給はば、のぼりもつきたまはで、みちにてあやまちもいできなむず。ひぜんのくにかせのしやうといふ所は、あまきのしやうともなづけたり。かのところはのりもりがしよりやうなり。このふゆはかのしやうにおはして、おんみをもいたはりて、みやうしゆんかぜやはらかになつて、のどかにのぼり給へ」といひつかはしたりければ、そのふゆはかのしやうにてゆあみなむどして、たよりの風をぞまたれける。さるほどに、としもすでにくれにけり。
六 八月六日、がくしやう、ぎきやうしらうをたいしやうぐんとして、だうじゆがばうじや十
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三うきりはらひて、そこばくのしざい、ざふもつをついふくして、がくしやう、大納言がをかにじやうくわくをかまへてたてごもる。八日、だうじゆとうざんして、とうやうばうにじやうくわくをかまへて、大納言のをかのじやうにたてごもるところのがくしやうとかつせんす。だうじゆ八人しころをかたぶけて、じやうのきどぐちへせめよせたりけるを、がくしやう、ぎきやうしらうをはじめとして、六人うちいでて、ひとときばかりうちたたかひける程に、八人のだうじゆひきしりぞきけるを、ぎきやう四郎うちしかりて、ながおひをしける程に、かへしあはせてまたうちくむところに、ぎきやう四郎、なぎなたのえをひるまきのもとよりうちをられにけり。こしがなたをぬきてはねてかかりけるが、いかがしたりけむ、くびをうちおとされぬ。たいしやうぐんとたのみたる四郎うたれにける上は、がくしやうやがておちにけり。十日、だうじゆとうやうばうをひきて、あふみのくにさんがしやうにげかうして、こくちゆうのあくたうをかたらひ、あま
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たのせいをいんぞつして、がくしやうをほろぼさむとす。だうじゆにかたらはるる所のあくたうとまうすは、ふるぬすびと、ふるがうだう、さんぞく、かいぞくとうなり。としごろ、たくはへもちたるべいこくふけんのたぐひをほどこしあたへければ、たうごくにもかぎらず、たこくよりもききつたへて、つのくに、かはち、やまと、やましろのぶようのともがら、うんかのごとくにあつまりけりときこえしほどに、九月はつかのひ、だうしゆ、あまたのせいをあひぐしてとうざんして、さういざかにじやうくわくをかまへてたてごもる。がくしやうふじつにおしよせたりけれども、さんざんとうちおとされぬ。やすからぬ事におもひて、あかりをかりけれどもかひなし。だいしゆ、くげにそうもんし、ぶけにふれうつたへけるは、、「だうしゆら、ししゆのめいをそむきてあくぎやうをくはたつるあひだ、しゆといましめをくはふる処に、しよこくのあくとをあひかたらひて、さんもんにはつかうして、かつせんすでにたびたびにおよぶ。がくりよおほくうたれて、ぶつぽふたちまちにうせなむとす。はやくくわんびやうをさしそへられて、ついたうせらるべし」と申ければ、ゐんより大政入道におほせ
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らる。入道のけにん、きいのくにのぢゆうにんゆあさのごんのかみむねしげをたいしやうぐんとして、大衆三千人、くわんびやう二千よき、つがふ五千よきのぐんびやうをさしつかはす。つくしのひと、ならびにいづみ、きいのくに、いが、いせ、つのくに、かはちのかりむしや也。しかるべきものはなかりけり。十月四日、がくしやう、くわんびやうをたまはりて、さういざかのじやうへよす。今度はさりともとおもひけるに、しゆとはくわんびやうをすすめむとす、官兵は衆徒をさきだてむとおもひけり。かくのごとくのあひだ、こころごころにして、はかばかしくせめよする者もなし。だうじゆはしふしんふかく、おもてもふらずたたかひける上に、かたらふところのあくたうら、よくしんしじやうにしてししやうふちなるやつばらの、おのおのわれひとりとたたかひければ、くわんびやうもがくしやうもさんざんにうちおとされて、せんぢやうにてしぬるもの二千よにん、ておひはかずをしらずとぞきこへし。五日、がくしやう一人ものこらずげらくして、あしこここにきしゆくしつつ、
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いきつぎゐたり。かかりける間、さんじやうにはたにだにのかうえんもことごとくだんぜつし、だうだうのぎやうぼふもみなたいてんしぬ。しゆがくの窓をとぢて、ざぜんのとこもむなしくせり。ぎきやうしらう、じんにんがいつしやうをあふりうしてちぎやうすとも、あながちにいかばかりのしよとくかあらむずるに、つるがのなかやまにてはぢをみるのみにあらず、とりかへなき命をうしなひ、さんもんのめつばう、てうかのおんだいじにおよびぬる事こそあさましけれ。人はよくよくしりよあるべき物かなとぞおぼゆる。とんよくは必ずみをはむといへり。ふかくつつしむべし。十一月五日、がくしやう、しやうざくわんげん、ゐぎしさいめいらを大将軍として、だうじゆがたてごもるところのさういざかのじやうへおしよせてせめたたかふ。しかれどもがくしやうよにいりて、おひかへされて、しはうににげうせぬ。がくしやうのかたにうたるる者百よにん、あさましかりし事共也。そののちはさんもんいよいよあれはてて、さいたふのぜんじゆのほかはしぢゆうのそうりよまれなり
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けり。たうざんさうさうよりこのかた、いまだかくのごとくのことなし。よの末は、あくはつよくぜんはよわくなれば、ぎやうにんはつよくして、ちしやのはかりこともかしこかりしは、皆ちりぢりにゆきわかれて、人なき山になりにけり。ちゆうだうのしゆみなうせにけり。さんびやくよさいのほふとう、かかぐる人もなし。ろくじふだんのかうのけぶりもたえやしぬらむ。だうじやたかくそびへて、さんぢゆうのかまへをせいけいの雲にさしはさみ、とうりやうはるかにひいでて、しめんのたるきをはくろのあひだにかけたりき。されども今はくぶつをみねのあらしにまかせ、きんようをむなしきれきにうるをす。よるのつき、ともしびをかかげてのきのひまよりもり、あかつきのつゆ、たまをつらぬいて、れんざのよそほひをそふ。あはれなるかな、がくと、むかしはいわうのじひのむろにすみ、しゆがくをいとなむといへども、いまはようふじゆけふのいへにゐて、ひとへにうれひのなみだにをぼる。すいまいのしはんは者、きうぢやうにたえずしてつかれにのぞみ、えうちのすい
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はつは者、けいせつをもてあそばずしてやみにまよふ。げんぜのぶつぽふすでにめつす。しやうらいのえみやういかがつがむ。かかりければ、ぶつぜんにまうづるそうりよもなし、しやだんにはいするしやじもなし。それまつだいのぞくにいたりては、さんごくの仏法もしだいにもつてすいびせり。とほくてんぢくのぶつせきをとぶらへば、むかし仏のほふときたまひける、わしのおやまも、ちくりんしやうじやも、ぎつこどくをんも、ちゆうこよりはこらうやかんのすみかとなりはてぬ。ぎをんしやうじやの四十九院、なをのみのこしていしずえあり。びやくろちにはみづたえて、くさのみふかくおひしげり、たいぼんげじようのそとばのめいも、きりにくちてかたぶきぬ。しんだんの仏法もおなじくほろびにき。てんだいさん、ごだいさん、さうりんじ、ぎよくせんじも、このごろはぢゆうりよなきさまになりはてて、だいせうじようのほふもんははこのそこにぞくちにける。わがてうのぶつぽふも又おなじ。なんとのしちだいじも皆あれはてて、はつしゆうくしゆうもあとたえぬ。ゆが、ゆいしきのりやう
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ぶのほかはのこれるほふもんもなく、とうだい、こうぶくりやうじのほかはのこれる今はだうじやもなし。あたご、たかをの山も、昔はだうじやのきをきしりたりたりしかども、いちやのうちにあれにしかば、今はてんぐのすみかとなりたり。昔げんじやうさんざう、ぢやうぐわんさんねんのころ、ぶつぽふをひろめむとして、りうさそうれいをしのぎてぶつしやうこくへわたりたまひしに、しゆんしうかんしよいちじふしちねん、じもくけんもん一百三十八かこく、あるいは三百六十余の国々をみまはりたまひしに、だいじようるふの国、わづかに十五かこくぞ有ける。さしもひろきぐわつしのさかひにだにも、ぶつぽふるふの所はありがたかりけるぞかし。それも今はこらうのふしどとなりはてぬ。さればやらむ、やむごとなかりつるてんだいのぶつぽふも、ぢしようの今にあたりてほろびはてぬるにやと、こころあるきわの人、かなしまずといふ事なし。りさんしけるそうの、ちゆうだうのはしらにかきつけけるとかや。
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いのりこしわがたつそまのひきかへて人なきみねとなりやはてなむ K052
でんげうだいしたうざんさうさうの昔、あのくたらさんみやくさんぼだいのほとけたちと、いのりまうさせたまひける事をおもひいだし、よみたりけるにやと、いとうるはしくこそきこへしか。みやのおんでし、ほつしやうじどののおんこ、てんざいざすじゑんだいそうじやう、そのときほふいんにておわしけるが、人しれずこのことをかなしみて、雪のふりたりけるあした、そんゑんあじやりがもとへつかはされける。
いとどしく昔のあとやたえなむとおもふも悲しけさのしらゆき K053
そんゑんあじやりがへんじ。
君がなぞなをあらはれむふる雪の昔のあとはたえはてぬとも K054
だうじゆと申はがくしやうのしよじゆうにて、あしだ、しりきれなむどとるわらはべの、ほふしになりたる、
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ちゆうげんぼふしどもなり。かしあげ、しゆつこしつつ、きりもの、よせもののさたして、とくつき、けさころもきよげになして、ぎやうにんとて、はてにはくがうをつきて、がくしやうをも物ともせず、おほゆやにもさるのときはだうじゆとこそさだめられたりけるに、むまのときよりおりてがくしやうのうしろにゐて、指をさしてわらひければ、かくやは有べきとて、学生ども是をとがめければ、だうじゆ、「われらがなからむ山は山にても有まじ。学生とて、ともすれば、ききもしらず、ろんぎといふはなむぞ、あなをかし」なむどぞいひける。ちかごろ、こんがうじゆゐんのざす、がくしんごんのそうじやうぢさんの時より、さんたふにけつばんして、げしゆとて、仏に花をたてまつりしともがらなり。
七 またさんぬる三月廿四日、しなのぜんくわうじえんしやうのよし、そのきこへあり。このによらいとまうすは、むかしちゆうてんぢくびしやりこくにごしゆのあくびやうおこりて、じんそ多くばうぜしに、
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ぐわつかいちやうじやがきせいによりて、りゆうぐうじやうよりえんぶだんごんをえて、しやくそん、あなんちやうじや、心をひとつにして、うつしあらはし給へりしいつちやくしゆはんのみだのさんぞん、えんぶだいいちのれいざう也。ぶつめつどののち、てんぢくにとどまりまします事ごひやくさい、ぶつぽふとうぜんのことわりにて、はくさいこくへわたりましましていつせんざいののち、きんめいてんわうのぎようにほんてうにわたりましましき。そののちすいこてんわうのぎようにおよびて、しなののくにみづうのこほり、わかをうみのまひとほんだのよしみつ、これをあんぢしたてまつりてよりこのかた五百八十よさい、えんしやうのれい、これぞはじめときこへし。わうぼふかたぶかむときはぶつぽふまづほろぶといへり。さればにや、かやうにさしもやむごとなきれいじれいさんの多くほろびぬるは、王法の末にのぞめるずいさうにやとぞなげきあへる。
八 十一月十二日、とらのときばかりより、ちゆうぐうごさんのけ渡らせおわしますとて、
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てんがののしるめる。きよぐわつ廿七八日のころより、時々そのけわたらせおわしましけれども、とりたてたるおんことはなかりけるほどに、このあかつきよりはひまなくとりしきらせ給へり。平家の一門はまうすにおよばず、くわんばくどのをはじめたてまつりて、くぎやう、てんじやうびとはせまゐらる。法皇はにしおもてのこもんよりごかうなる。ごげんじやにはばうかく、しやううんりやうそうじやう、しゆんげうほふいん、がうぜん、じつぜんりやうそうづ、このうへ法皇もいのりまうさせたまひけるにや。内大臣はぜんあくにつけていとさわがぬ人にて、すこしひたけて、きんだちあまたひきぐして、参り給へり。とどろかにぞみへ給ける。ごんのすけぜうしやうこれもり、させうしやうきよつね、ゑちぜんのせうしやうすけもりなむどやりつづけさせて、御馬十二ひき、おんつるぎ七こし、おんぞ十二両、くわうかいにいれて、あいひぐして参り給へり。きらきらしくぞみへ給ける。にようゐん、きさいのみやの御祈に、時にのぞみて
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だいしやおこなはるること、せんれいなり。かつうはだいぢ二年九月十一日、たいけんもんゐんのごさん法皇御誕生時なり、だいしやおこなはれき。そのれいとてぢゆうくわの者十三人くわんいうせらるる。だいりよりはおんつかひひまなし。うちゆうじやうみちちかのあつそん、さちゆうじやうやすみちのあつそん、させうしやうたかふさのあつそん、うゑもんのごんのすけつねなかのあつそん、くらんどどころのしゆう、たきぐちら二三度づつはせまゐりたまふ。しようりやくぐわんねんにはれうの御馬をたまはりて、これにのる。今度はそのぎなし。てんじやうびとおのおのくるまにて参る。ところのしゆうなむどぞきばにてはありける。はちまん、かも、ひよし、かすが、きたの、ひらの、おほはらのなむどへかうけいあるべきよし、ごぐわんをたてらる。けいびやくはごだんのほふのがうざんぜのだんのだいあじやり、ぜんげんほふいんとぞきこへし。又神社にはいはしみづ、かもをはじめたてまつりて、きたの、ひらの、いなり、ぎをん、いまにしのみや、とうくわうじにいたるまで四十一かしよ、ぶつじにはとうだいじ、こうぶくじ、えんりやく、
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をんじやう、くわうりゆう、ゑんしゆうじにいたるまで、七十四かしよのみどきやうあり。じんめをひかるること、だいじんぐういはしみづをはじめたてまつりて、いつくしまにいたるまで、廿三しや也。ないだいじんの御馬をまゐらせらるることはしかるべし。きさいのみやのおんせうとにておわします上、ふしのおんちぎりなれば、かつうはくわんこうにしやうとうもんゐんごさんの時、みだうのくわんばくじんめを奉らる。そのれいにあひかなへり。「又ごでうのだいなごんくにつなのきやう、じんめをにひきまゐらせらる。しかるべからず」と、人々かたぶきあへり。「こころざしのいたりか、とくのあまりか」とぞ申ける。にんわじのしゆかくほふしんわうはくじやくきやうのみしゆほふ、やまのざすかくくわいほふしんわうはしちぶつやくしのほふ、てらのちやうりゑんけいほふしんわうはこんがうどうじのほふ、このほか、ごだいこくうざう、ろくくわんおん、いちじきんりん、ごだんのほふ、ろくじかりん、はちじもんじゆ、ふげんえんめい、だいしじやうくわうにいたるまで、のこるところもなかりき。
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ぶつしのほふいんめされて、ごとうじんのしちぶつやくし、ならびにごだいそんのざうをつくりはじめらる。みどきやうのぎよけんぎよい、しよじしよしやへたてまつらせたまふ。御使、みやのさぶらひの中にうくわんのともがら、これをつとむ。ひやうもんのかりぎぬにたいけんしたるものどもの、東のたいよりなんていに渡りて、にしのちゆうもんをもちつづきていづ。ゆゆしきみものにてぞ有ける。しやうこく、にゐどのはつやつや物もおぼえたまはず。あまりの事にや、ものまうしければ、ともかくもとて、あきれてぞおわしける。「さりともいくさのぢんならば、かくしもはおくせじ物を」とぞ、のちには入道のたまひける。しんだいなごん、さいくわうほふしていのおんもののけさまざまにまうすむねどもありて、ごさんとみになりやらず。はるかにじこくうつりければ、ごげんじやたち、めんめんかくかくにそうぎやのくどもをあげて、ほんじほんざんのさんぼう、ねんらいしよぢのほんぞん、せめふせたてまつる。おのおのくろけぶりをたててこゑごゑにもみふせらるる
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けしき、心のうちどもおしはかられて、「いづれもいづれも誠にさこそは」とおぼえてたつとき中に、法皇の御声のいでたりけるこそ、いまひときはことかはりて、みなひとみのけいよだちて涙をながしける。をりどくるふよりましのばくどもも少しうちしめりたり。そのとき法皇みちやう近くゐよらせおわしまして、おほせの有けるは、「いかなるあくりやうなりとも、このおいぼふしかくてさうらわむには、いかでかちかづきたてまつるべき。いかにいはむや、あらはるる所のをんりやうども、皆まろがてうおんによりて、人となりしともがらにはあらずや。たとひほうしやの心をこそぞんぜざらめ、あにしやうげをなさむや。そのことしかるべからず。すみやかにまかりしりぞき候へ」とて、によにんうまれがたからんさんのときにのぞみて、じやましやしやうくしのびがたからんにも、こころをいたしてしやうじゆせばだいひじゆを、きじんたいさんしてあんらくにうまれむ」とて、ごねんじゆをさらさらとおしもませおわしましければ、ごさんやすやすとなりにけり。とうのちゆうじやうしげひらのあつそんは、ちゆうぐうのすけにて
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おわしけるが、ぎよれんのうちよりつといでて、「ごさんへいあん、わうじごたんじやう」と、たからかにまうされたりければ、入道、二位殿はあまりのうれしさに、声をあげててをあはせてぞなかれける。なかなかいまいましくぞおぼえし。くわんばくてんが、だいじやうだいじん、さだいじんいげ、くぎやうてんじやうびと、もろもろのみしゆほふのだいあざり、じよしゆ、すはいのごげんじや、おんやうのかみ、てんやくのかみよりはじめて、みちみちのものども、たうしやうたうかの人々、いちだうにあとよろこびける声、どよみにてぞ有ける。しばしはしづまりやらざりけり。内大臣は、「てんをもつてちちとせよ、ちをもつてははとせよ」といはひ奉て、きんせんくじふくもんおんまくらにおきて、やがてをとど、おんほぞのををきりたてまつり給ふ。こけんしゆんもんゐんのおんいもうと、あのおんかたいだき奉らせ給。さゑもんのかみときただのきやうの北方、とうゐんどの、おんめのとにつきまゐらせたまひにけり。ゐごてのぜにいだされたり。べんのゆげのすけがかけ物にて是を
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うつ。是又れいあることにや。法皇はいまぐまののごさんけいあるべきにて、いそぎいでさせ給て、おんくるまをもんぐわいにたてらる。にようごきさきのごさんは常の事なれども、だいじやうほふわうのごげんじやはきたいのれいか。ぜんだいもきかず、こうたいにもありがたかるべし。是はたうだいの后にて渡らせ給へば、法皇のおんこころざしも浅からぬ上に、なほし太政入道をおもくおぼしめさるるゆゑなり。「ただしこのことかろがろしきににたり。しかるべからず」とまうす人々も有き。「およそはかろがろしきおんふるまひをば、こにようゐんうけぬ御事に申させおわしましければ、法皇もはばかりおぼしめしけり。今もにようゐんだにもわたらせ給はましかば、まうしとどめまゐらせたまひなまし」と、事のまぎれに、ふるきにようばうたちささやきあひ給へり。そのうへ、しやきんいつせんりやう、ふじのわたせんりやうを、ごげんじやのろくに、法皇にまゐらせられたりけるこそ、いよいよきいのちんじにてありけれ。
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このおくりぶみを法皇御覧じて、「にふだうげんじやしてもすぎつべきよな」とぞおほせられける。おんやうのかみやすちかいげ、多くまゐりあつまられたりければ、みうらさまざま有けるに、あるいは「ゐねのとき」なむどうらなひまうすもあり、あるいは「わうぢよ」とまうすもありけるに、やすちかのあつそんばかりぞ、「ごさんただいまなり。わうじにてわたらせ給べし」と、うらなひまうしたりける。そのことばいまだをわらざるに、ごさんなりにけり。さすのみこと申けるもことわりなり。こんどのごさんにさまざまのことども有ける中に、めでたかりける事は、だいじやうほふわうのおんかぢ、有がたかりける御事也。むかしそめどののきさきとまうししは、せいわのこくぼにて、いちてんがをなびかし給へりし程に、こんじやうきといふおんもののけにとりこめられて、よのなかの人にもさがなくいわれさせたまふことはべりけり。ちしようだいしの御時にておわしましければ、さまざまにかぢせられけれども、かなはずしてやみたまひにけるに、今の
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法皇のごげんじやにおんもののけのきげんのこと、かへすがへすめでたくぞおぼへし。又さんでうのゐんの、うぢどのよりみちをおんむこにとらむとせさせおわしましけるに、おんやまひつきて、だいじになり給て、げんじやにはしんよそうづ、めいそんあじやり、おんやうじにはかものみつよし、あべのよしひらなむどをめして、こゑをあげてののしりけれども、只よはりによはらせましまして、ひきいらせたまひけるを、みだうのくわんばくみちながこうのおわしまして、「につぽんごくにほつけきやうのこれほどにひろまらせ給ふはわがちから也。このたびわがこの命いけさせ給へ」とて、なみだをながしてじゆりやうほんをいちまいばかりよみたまひければ、おんしうとのともひらしんわう、物のけにあらわれたまひて、「この悲しさはたれも同じ事にてこそあれ。わがこに物を思わせむことの悲しければ、つきたてまつりたれども、ほつけきやうにかたさりたてまつりてかへりはべりぬ」とのたまひて、おんやまひやみにけり。
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かかる事をおもふには、法皇におんもののけのおそれたてまつりけるもことはり也。又思わずなりける事は、太政入道のあきれて物もしりたまはざりける事。いうにやさしかりける事は、こまつのおとどのおんふるまひ。ほいなかりける事は、うだいしやうのろうきよ。しゆつし給はましかば、いかにめでたからまし。あやしかりつる事は、こしきがたを姫宮のごたんじやうのときのやうに、北のおつぼのなかへまろばかして、又とりあげて、南へおとしたりつる事。をかしかりける事は、さきのおんやうのかみあべのときはれがせんどのみはらひつとめけるが、あるところのめんらうにてかぶりをつきをとして有けるが、あまりにあはてて、それをもしらで、そくたいただしくしたる者がはなちもとどりにて、さばかりただしきごぜんへねりいでたりけるけしき。かばかりのだいじの中に、くぎやう、てんじやうびと、北面のともがら、けんぶつのしよ
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しゆう、皆ことごとくはらをきりたまへり。たへずしてかんじよへにげいる人もありけり。九 ごさんのあひだにまゐりたまふ人々、まづはくわんばくまつどの、太政大臣めうおんゐんもろなが、左大臣おほいのみかどどの経宗、右大臣つきのわどのかねざね、右大臣小松殿重盛、さだいしやうさねさだ、げんだいなごんさだふさ、さんでうのだいなごんさねふさ、つちみかどのだいなごんくにつな、なかのみかどのちゆうなごんむねいへ、あんざつしすけかた、くわさんのゐんのちゆうなごんかねまさ、さゑもんのかみときただ、中納言すけなが、べつたうただちか、さひやうゑのかみしげのり、うひやうゑのかみよりもり、げんちゆうなごんまさより、ごんちゆうなごんさねつな、くわうだいこうくうのだいぶともふさ、へいざいしやうのりもり、さのさいしやうのちゆうじやうさねいへ、ろくかくのさいしやうちゆうじやうさねもり、うだいべんながかた、さだいべんとしつね、さきやうのだいぶながのり、ださいのだいにちかのぶ、ぼだいゐんのさんゐのちゆう
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じやうきんひら、しんざんゐのちゆうじやうさねきよ、いじやう三十三人。うだいべんながかたのほかはなほしなり。ふさんのひとびと、さきのだいじやうだいじんただまさ〈 花山院近年しゆつしなし 〉、さきのだいなごんさねなが〈 近年しゆつしせずほういをちやくし、入道宿所にむかはる。 〉、おほみやのだいなごんたかすゑ〈 第一娘、三位中将兼房卿室、さんによつて去七日、ことあり。よつて不吉例とぞんぜらるるゆゑか。 〉、うだいしやうむねもり〈 去七月室家逝去後、出仕せられず。彼所労時、大納言并大将じせらる。 〉、さきのぢぶきやうみつたか、さのさんゐのちゆうじやうかねふさ、うのにゐのちゆうじやうもとみち、くないきやうながのり、しちでうのしゆりのだいぶのぶたか〈 所労 〉、とうぐうのごんのだいぶあさもり〈 所労 〉、しんざんゐたかすけ、さのさんゐのちゆうじやうたかただいじやう十三人、こしやうによつてふさんとぞきこへし。
十 みしゆほふのけちぐわんしてけんじやうおこなはる。にんわじのほふしんわうはくげのごさたにてとうじしゆざうせらるべし。ごしちにちのみしゆほふ、だいげんのほふ、ならびにくわんぢやうこうぎやうせらるべきよし、せんげせらるるうへ、おんでしのほふいんかくじやうをもつてごんのだいそうづににんぜらる。ざ
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すのみやはにほん、ならびにぎつしやのせんじを申させおわしましけるを、にんわじのほふしんわうささへまうさせたまひけるによつて、しばらくおんでしのほふげんゑんりやうをもつてほふいんにじよせらる。このりやうじ、くらんどのとうくわうたいこうくうごんのだいぶみつよしのあつそんうけたまはりて、是をおほす。だいごのしやうぼうそうじやうのよりう、ごんのせうそうづじつけいは、じゆんでいのほふ、ごわうのかぢをつとめて、だいそうづににんず。このほかのけんじやうども、もうきよにいとまあらず。うだいしやうむねもりのきたのかた、おんおびをまゐらせられたりしかば、おんめのとにておわしますべかりしかども、さんぬる七月にうせたまひにしかば、さゑもんのかみときただのきやうのきたのかた、とうゐんどの、おんめのとにさだまりぬ。このきたのかたと申はこなかやまのちゆうなごんあきときのきやうのおんむすめなり。もとはけんしゆんもんゐんにさうらわれき。わうじじゆぜんののちはないしのすけになりたまひて、そつのすけどのとぞ申ける。中宮はひかずへにければ、うちへまゐりたまひぬ。
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十一 十二月八日、わうじしんわうの宣旨をくださる。十五日、わうじくわうたいしにたたせ給ふ。十四日、しんふにはこまつのないだいじん、たいふにはうだいしやうむねもりのきやう、ごんのたいふにはときただのきやうぞなられける。いみじかりしことどもなり。建礼門院きさきにたたせ給ひしかば、いかにもしてわうじたんじやうあつて、位につけ奉り、ぐわいそぶにていよいよ世をてににぎらむと思われければ、入道、二位殿、ひよしのやしろに百日のひまうでをして、いのりまうされけれども、それもしるしなかりけるほどに、さりともなどかわがいのりまうさむにかなわざるべきとて、ことにたのみまゐらせられたる、あきのくにのいちのみや、いつくしまのやしろへつきまうでをはじめていのりまうされけるに、さんかげつが内に中宮ただならずならせたまひて、れいのげんぢゆうの事共有けるとかや。誠によよのこうぐうあまたわたらせおわしましけれども、わうじたんじやうのれい、まれなる事也。きさいばらのわうじはもつともあらまほしき御事なるべし。
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十二 しらかはのゐんのございゐの時、ろくでうの右大臣あきふさのおんむすめを、きやうごくのおほとののいうしにしまひらせさせたまひてじゆだいありしをば、くわうごうぐうけんしの中宮と申しき。そのはらにわうじごたんじやうあらまほしくおぼしめされて、みゐでらのじつざうばうのあじやりらいがうときこえしうげんのそうをめして、わうじたんじやうをいのりまうさせ給ふ。「ごぐわんじやうじゆせばけんじやうはこふによるべし」と、おほせくだされたりければ、頼豪、「かしこまりてうけたまはりぬ」とて、かんたんをくだきてきねんまうしける程に、かひがひしく中宮ごくわいにんあつて、しようほう元年十二月十六日、おぼしめすさまにわうじごたんじやうありしかば、しゆしやうことにえいかんあつて、頼豪をめして、「王子誕生のけんじやうには何事をまうしうけむぞ」とおほせの有ければ、頼豪、「べちのしよまう候わず。みゐでらにかいだんをたてて、ねんらいのほんいをとげさうらわむ」と申ければ、しゆしやうおほせのありけ
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るは、「こはいかに。かかるけんじやうとやおぼしめされし。わがみにいつかいそうじやうをも申べきかなむどこそ、おぼしめされつるに、これわひぶんのしよまうなり。およそは王子誕生あつてそをつがしめむ事も、かいだいぶゐを思ふ故也。今なんぢがしよまうをたつせば、さんもんいきどほりて、せじやうしづかなるべからず。りやうもんのかつせんいできたりて、てんだいのぶつぽふたちまちにほろびてむず」とて、おんゆるされなかりければ、らいがうあくしんにぢゆうしたるけしきにて申けるは、「このことを申さむとてこそ、おいのなみのてうぼかんたんをばくだきさうらひつれ。かなひさうらふまじからむには、今はおもひじにこそさうらふなれ」とて、すいしやうのやうなる涙をはらはらと流して、なくなく三井寺へまかりかへりつつ、やがてぢぶつだうにたてごもりて、おんじきをだんず。しゆしやう是をきこしめしてしんきんやすからず、てうせいをおこたらせたまふにおよべり。おんなげきのあまりに、がうちゆうなごんまさふさのきやう、そのときみまさかのかみと申けるをめして、「らいがうが皇子誕生のけんじやうに、をんじやうじに
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かいだんこんりふの事をのぞみまうすを、おんゆるされなしとて、あくしんをおこしたるよしきこしめす。汝はしだんのちぎりふかかむなり。まかりむかひてこしらへなだめてむや」とおほせければ、やがてだいりより装束を改めず、そくたいただしくして、頼豪がしゆくばうにまかりむかひてみれば、ぢぶつだうのあかりしやうじ、ごまのけぶりにふすぼりて、なにとなくみのけいよだちておぼえけれども、せんじのおもむきをおほせふくめむとて、「かく」といひいれたりけれども、対面もせず。ぢぶつだうにたてごもりて、ねんじゆうちしてありけるが、ややひさしくありて、もつてのほかにふすぼりかへりたるまくのうちよりはいいでて、ぢぶつだうのしやうじをあららかにあけて、さしいでたるをみれば、よはひ九十いうよなる僧の、はくはつ長くおひて、めくぼくぼとおちいりて、かほのしやうたいもみへわかず、誠におそろしげなるけしきにて、しはがれたるこゑにて、「なにごとをかおほせらるべき。『てんしにけろんなし。りんげん
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あせのごとし』とこそうけたまわれ。これほどのしよまうかなひさうらふまじからむにをいては、いのりいだし奉て候わうじにをきては、ぐし奉て、只今まだうへまかりさうらひなむず」とばかりまうして、しやうじをひきたてていりにければ、まさふさのきやうちからおよばずしてかへられにけり。らいがうは七日と申けるに、ぢぶつだうにてつひにひじににしににけり。さしもやはとおぼしめしける程に、わうじ常はなやませ給ければ、いちじようじのおむろなむどいふちしようのもんじん、たつときそうどもをめしてかぢありけれどもかなはず。しようりやく元年八月六日、わうじしさいにてつひにうせさせたまひにけり。あつふんのしんわうこれなり。しゆしやうことになげきおぼしめして、さいきやうのざす、りやうしんだいそうづ、そのときゑんゆうばうのだいそうづとまうして、山門にはやむごとなき人なりけるをめして、このことをなげきおほせられければ、「いつもわがやまのおんちからにてこそ、かやうのごぐわんはじやうじゆする事にて候へ。くでうのうしようじやう、じゑそうじやうにちぎりまうされしによつ
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てこそ、れんぜいのゐんのごたんじやうもありしか。なじかはごぐわんじやうじゆしましまさざるべき」とて、ほんざんへかへりのぼりて、りやうしよさんしやういわうぜんぜいにたねんなくきせいしまうされければ、おなじき三年七月九日、ごさんへいあん、わうじたんじやうありき。ほりかはのゐんのおんことこれなり。これよりざすはふたまのやきよにさうらわれけり。おぼしめすさまに、おうとく三年十一月廿六日、とうぐうにたたせたまひにけり。おんとしはつさい。おなじき十二月廿九日、ごそくゐ。くわんぢ三年正月廿日、おんとし十一歳にてごくはんぶくありき。されどもをそろしきことどもありて、ございゐ廿六年、かじよう二年七月十九日、おんとし廿九にて、法皇にさきだちまひらせて、ほうぎよなりにき。是もらいがうがをんりやうのいたす所とぞきこへし。さてらいがう、「山のささへにてこそわがしゆくぐわんはとげざりしか」とて、おほきなるねずみとなつて、山のしやうげうをくひそんじけるあひだ、「このね
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ずみを神といはふべし」とせんぎありければ、やしろをつくりて神にいはひてのち、かのねずみしづまりにけり。ひがしざかもとにねずみのほくらとまうすはすなはちこれなり。今も山には、おほきなるねずみをば、らいがうねずみとぞ申すなる。頼豪よしなきまうじふにひかれて、たねんのぎやうごふをすてて、ちくしゆのほうをかんじけるこそかなしけれ。よくつつしむべし、よくつつしむべし。かくてそのとしもくれぬ。
十三 ぢしよう三年しやうぐわつぐわんざんのぎしき、いつよりもはなやかにめでたかりき。誠にさこそありけめ。たんばのせうしやうは、正月はつかごろにかせのしやうをたちて、京へのぼり給ふ。都にまつ人も、いかに心もとなくおもふらむとて、いそがれけれども、よかんなをはげしくて、かいしやういたくあれければ、うらづたひしまづたひして、二月十日ごろにびぜんのくにこじまへこぎよせて、いそぎ船よりおりて、こだいなごんにふだうのおわしける所へたづねいりて
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とひたまひければ、こくじんまうしけるは、「はじめはこのしまにわたらせたまひさうらひしが、これはなほあしかりなむとて、是より北、びぜんびつちゆうりやうごくのさかひ、きびのなかやまとまうすところに、ありきのべつしよと申すやまでらのさうらふに、なんばのたらうとしさだと申者の、ふるやにわたらせ給とうけたまはりさうらひしが、はやむかしものがたりにならせたまひにき」と申ければ、少将、さぞかしと、いよいよかなしくおぼして、まづちちだいなごんのおわしける所をたちいりて見給へば、しばのいほり、たけのあみどをひきたてたりける、あさましきやまべなり。いはまをつたふ水の音かそかに、みねふきすさむ嵐はげしきをききたまふにつけても、いかばかりかはおもひにたえず、かなしくおわしけむと、袖もしぼりあへ給はず。それより又ふねにのりて、かのありきのべつしよへたづねいりてみ給へば、是又うたてげなるしづのやなり。かかる所にしばしもおわしける事よと、のちまでもいたわしくて、内にいりてみまはり給へば、
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ふるきしやうじにてならひしたる所やぶれのこりたり。「あはれ、是はこ大納言のかかれたるよ」とうちみたまふに、涙さとうきければ、少将顔に袖をおしあててたちのきて、「やや入道殿、それにかきたる物ごらんぜよ」とすすめ給へば、はんぐわんにふだうちかくよりてみれば、「前にはかいすいじやうじやうとして、つきしんによのひかりをうかべ、うしろにはがんしようしんしんとして、かぜじやうらくのひびきをそうす。さんぞんらいかうのぎたよりあり、くほんわうじやうののぞみたりぬべし。けいべんかまくちてほたるむなしくさりぬ。かんここけふかくしてとりもおどろかず。
かたみとはなに思けむなかなかにそでこそぬるれ水くきのあと K055
六月廿三日出家。おなじき廿七日のぶとしげかう」とぞかかれたりける。「こ入道殿のおんしゆせきとこそみまゐらせ候へ。はやごらんさうらへ」と、入道申されければ、
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少将又たちよりてこまかにみたまふに、誠にたがはず。さてこそげんざゑもんのじようがくだりたりけるよとしりたまひにけれ。信俊が都よりくだりたりける事を、あまりのうれさにや、常にゐられたりける所の西のしやうじに、そのひなみをわすれじとにや、かかれたまひけるとおぼえて、あはれなり。是をみ給けるにこそ、ごんぐじやうどの心もおわしけるにやと、かぎりなきおもひのなかにも、いささか心やすくはおぼしけれ。父のぞんじやうのふでのあと、ことしてのちにみたまひけむ事、あとはちとせもありぬべしとは是やらむとかなしくて、「さておんはかはいづくぞ」ととひたまへば、「このやのうしろのひとむらまつのもと」と申ければ、少将涙をおさへて、くさばをわけてたづねたまへば、つゆも涙もあらそひて、ぬれぬ所もなかりけり。そのしるしとみゆる事もなし。まことにたれかはたつべきなれば、そとばのかたちもみへず。只つちのすこしたかくて、やへのむぐらのひきふたぎ、こけふかく
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しげりたるばかりぞ、そのあとともおぼえける。少将そのまへにつひゐたまふより、袖を顔にをしあてて、涙にむせび給ふ。はんぐわんにふだうも是をみるに、あまりにかなしくて、すみぞめの袖もしぼりあへず。少将ややひさしくありて、涙をのごひて、「さてもびつちゆうのくにへながさるべしとうけたまはりさうらひしかば、渡らせ給ふ国ちかきやらむとうれしくて、あひみたてまつるべきにてはさうらはざりしかども、なにとなくたのもしくうれしくさうらひしにひきたがへて、さつまがたへながされさうらひてのち、かのしまにてこそはかなくならせたまひぬとばかり、とりなむどのおとづれてとほるやうに、かすかにうけたまはりさうらひしか。心のうちのかなしさはただをしはからせ給べし。ばんりのはたうをしのぎて、きかいのしまへながされにしのちは、いちにちへんしたえで有べしともおぼへさうらわざりしかども、遠きまもりとならせ給たりけるやらむ。ろめいきへやらで、みとせをまちくらして、ふたたび都へ帰り、さいしをみむ事はうれしかるべけれども、ながらへてわたらせ
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給わむをみたてまつらばこそ、かひなき命のあるしるしもさうらはめ。是まではいそがれつれども、これよりのちはゆくそらもあるべしともおぼえず」と、いきたる人に物をいふやうに、はかの前にてよもすがらなきたまひて、しげき涙のひまより、「まれに木をみるもかなしきまつかぜをこけの下にやたへずきくらむ」とえいじて、くどき給へども、はるかぜにそよぐまつのひびきばかりにて、ばうこんなればこたふる人もさらになし。としさりとしきたれども、ぶいくのむかしのおんをわすれがたし。ゆめのごとくまぼろしのごとくして、れんぼのいまのなみだをつくしがたし。かたちをもとむともみえず、ただたいていのきうこつをおもひやらる。こゑをたづぬともこたふるものなし。又いたづらにふむぼのまつかぜのみきくこそかなしけれ。「なりつねまゐりたりとききたまわむには、いかなるひの中、水のそこにおわすとも、などかひとことのおんぺんじなかるべき。たとひごふしんをかうぶりたりとも、いきておわしまさむには、そのたのみも有ぬべし。
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しやうをへだつるならひこそかなしけれ」とのたまひて、なくなくきうたいをうちはらひ、はかをつき、父のおんためにとて、みちすがらつくりもたせられたりけるそとばとりよせて、「しやうりやうけつぢやうしやうごくらく」といふもんの下に、「かうしなりつね」とじひつにかきたまふ。そのそとばのもとに、はんぐわんにふだういつしゆあり。
くちはてぬそのなばかりはありきにて昔がたりになりちかのさと K056
さて墓にたててくぎぬきしまわして、「又参らむとおもへども、参らぬ事もこそあれ」とて、墓の前にかりやつくりて、しちにちしちやふだんねんぶつまうして、「くわこしやうりやうじやうとうしやうがくとんしようぼだい」といのりたまふ。草のかげにてもいかにあはれとおもひたまふらむとて、さてもあるべきならねば、なくなくそんりやうにいとままうして、びぜんのくにをもこぎいでたまひにけり。こけのしたにもいかばかりなごりはをしくおぼされけむ。都のやうやくちかづくに
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つけても、あはれはつきせずぞおぼえし。
十四 二月廿六日、むねもりのきやうだいなごんだいしやうをじしまうさる。じやうへうにいはく、「しんむねもりまうす、きよねん十月三日、しんにさづくるに内大臣をもつてす。しんにたまはるにずいじんひやうぢやうをもつてす。かいへうたくますますあふれ、ちちういよいよおもし。しんきく、だいじんはしかいのしうせうなり。めいてつをえらびてにんずべし。あぐ愚のをるべきにあらず。ここをもつていむけいしとにのぼる。こかうをしき、はせいをととのう。かのうしようをつかさどる。すいとをたひらげ、しうぎんをわかつ。ここにすなはちげいさいある者は、まかするにてうじんをもつてすべからず。そうちある者は、せむるにたいせつをもつてすべからず。せうれうのびきんなり、いかでかすいてうのつばさをまなばむ。どたいのかぜうなり、はんかんのひづめをおひがたし。たとひやうせきりむのじゆむらうくとも、いづくんぞきよせむのえうたらむや。たとひじよなむゑむもむが
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ちりをつたふとも、たれかたいかのしといはむ。ふしてねがはくは、へいかこのたびやうのしよくをとぢて、かのせいちの人をもちゐよ。みぎのゑふをほんぶにかへし、しやうきのちゆうきんをいたさしめよ。へいえいのこころたへず。つつしみてもつてはいへういぶんす。しんむねもり。せいくわうせいきようとんしゆきんげん」とぞかかれたりける。今年卅三になりたまふ、ぢゆうやくのつつしみのためとぞきこへし。しかれども十二月二日、むねもりのきやうだいなごんだいしやうりやうくわんのじじやうをかへしたまわる。さんぬる二月にりやうくわんをじしまうしたりしかども、君もおんはばかりをなさせましまして、しんかにもさづけさせ給わず。しんもそのおそれをなしてのぞみまうされず。さんでうのだいなごんさねふさ、くわさんのゐんのちゆうなごんかねまさもあはれとはおもひたまひけれども、ことばをもいだし給はざりけるに、むねもりのきやう、右大将ならびに大納言になりかへりたまひたりければ、人々さればこそとおぼしめしたりけり。
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十五 三月十六日、少将いまだあかくとばにつきたまへり。こよひろくはらのしゆくしよへいそぎゆかばやとおぼしけれども、みとせがあひだ、あまりにやせおとろへたりつる有様を人々にみえん事も、さすがにはづかしくて、さいしやうのもとへふみにて、「是まではとかくしてつきてこそさうらへ。ひるはみぐるしくさうらふに、ふくる程に、ぎつしやたまはるべし」と申されたりければ、宰相のもとには、「少将のぼり給べきころも今は近くなりたるに、いかにおそきやらむ」とこころもとなさに、むろのひやうごに人をおきてぞまたれける。せうしやうどののおんふみとて、とばへつきたまへるよし、せいしきたりて申たりければ、宰相をはじめ奉て、たかきもいやしきもよろこび給へり。福原へめしくだされたまひし時のおんなげきの涙よりも、只今のぼり給ふよしききたまひけるうれさの御涙は、はるかにまさりたり。つぼねつぼねの女房、めのわらはべまでも、少将のおん
ふみをききては、「ひるはいかなぞや。かならずしもふけていらせ給べきや」とて、
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「みとせのあひだもさてこそおわせしに、くるる空もこころもとなくたちさわぎ、なほゆめのここちこそすれや」とて、こころもとなげにぞまうしあひける。しんだいなごんのしゆくしよは、都の内にもかぎらず、かたゐなかにもあまた有ける中に、とばのたなかのさんざう、てうばうよにすぐれて、りんけいすいしよくきようをまし、あはれをもよほすところなりければ、大納言ひさうして、すあまどのとなづけて、すみよしのすみのえをうつしてつくられたり。さんぬるおうほう二年十一月廿一日、ことはじめありて、同三年にざうひつあつて、廿一日とまうししに、法皇のごかうなる。大納言、めんぼくきはまりなしと思われければ、さまざまにもてなしまひらせて、法皇のおんひきでものに、はちえふのおんくるまを、いきたとてひさうせられたるおんうしにかけてまゐらせらる。そのほか、くぎやう、てんじやうびと、じやうほくめん、げほくめん、おんりきしや、とねり、うしかひにいたるまで、いろいろさまざまのひきでもの、いくらといふかずをしらず、
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せられたりければ、しよにんことごとくじぼくをおどろかしけり。そもくれにければ、よもすがらのごしゆえんありけるに、よふけひとしづまりてのち、ひとつのふしぎあり。法皇なんていを御覧じいだして渡らせたまひけるに、ごえんのはしに、よはひ八十いうよなるらうをう、はくはつをいただいて、たてえぼししりひきにきなして、すそはくずのはかまにさげをを、上はけんもんじやのかりぎぬのもつてのほかにすすけたる、たをやかにきて、ひざまづきてつまじやくとりて、かしこまりてゐたり。よの人はかかる人ありとも、みしりたるけしきもなし。法皇おんめをかけさせおはしまして、「あれはいかなる者ぞ」とおんたづねありければ、しわがれたるおいごゑにて、「これはすみよしのあたりにさうらふせうぜうにてさうらふが、君にうつたへまうすべき事さうらひて、おそれをかへりみずすいさんつかまつりて候なり。われ、としごろひさうしてあさゆふあいし候、すみよしに
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すみのえと申すところを、このていにうつされさうらひ候しあひだ、すみのえ、むげにあさまになりて、ないがしろになりはてさうらひなむとぞんじ候て、そのしさいをなげきまうしさうらわむとて、よひよりまゐりて、さうらひつれども、げんざんにいるる人も候はぬあひだ、よまさにあけんとしさうらふほどに、ぢきそうつかまつり候事は、おそれいりて候。せんずるところこのよしをよくよくおほせふくめらるべくや候らむ。かやうにまうしいれさうらわんをもしおんもちゐさうらわずは、常に参りかよひさうらわむずれば、そのうへはおんぱからひ」とて、南をさしてとびさりぬ。法皇、不思議かなとおぼしめされけれども、ごひろうにおよばず。その上ごすいらんの程なりければ、のちにはおぼしめしわすれさせたまひけるにや。大納言常にしゆくして、せんずいこだちおもしろき所なればとて、しやうくわうときどきごかうならせたまひて、さまざまのごいうえん有ければ、すみよしのれいへいなるにや、つぎのとしの夏のころをひ、すみよしの
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だいみやうじんのおんとがめとて、しやうくわう常におんなやみ渡らせおはしましければ、ごぞんめいのために御出家ありけりとぞきこへし。さればなりちかのきやうもかのみやうじんのおんたたりにて、いくほどなくしてびぜんのくにのはいしよへくだられける。そののちはかの所もあれはてて、今はやかんのすみかとぞみへし。すみよしの大明神のりやうぜさせおわしましけるとおぼしくて、ことさらにおそろしくぞおぼへし。さればたんばのせうしやうもみとせのあひだはいしよにおわせしかば、今すこしもいそぎ都へのぼりて、こひしき人々をみもし、又みへばやとは思われけれども、かのたなかのさんざうをば、ちちだいなごんずいぶんひさうして、わたくしにはすあまどのとなづけてつくりおかれたりしてい也とて、少将、かのすあまどのにさしいりてみ給へば、ついぢはあれどもををいなく、かどはあれどもとびらもなし。やかずはところどころのこりたれども、しとみやりどもなし。
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らもんみだれてちにおちて、からかきやぶれてつたしげれり。庭にはみるともおぼへぬちくさのみしげりて、「いとどふかくさのとやなりなむ」とえいぜし事を思ひて、「のとならばうづらとなりてなきをらむ」と、たれかいひけむと、あはれなり。ころはやよひのなかのむゆかの事なれば、春も既にくれなむとす。ひやくてんのみやのうぐひすの声も既においたり。やうばいたうりのいろいろもをりしりがをにさきたれども、えいぜし人も今はなし。やさんせんとうのみづのみなぎりをながむれば、しらなみをりかけて、しゑんはくをうせうえうす。きようぜし人のこひしさに、いとどあはれぞまさりける。なんろうのこむらには嵐のみをとづれて、夢をさます友となり、このまもるつきのそでにやどるも、なごりををしむかとおぼえたり。こずゑの花のおちのこりたりけるも、なほなごりありとみゆるに、などや父のなごりのなかるらむ。さて少将ばうをくへたちいりてみ給へば、「ここはつまどなりしかば、と
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こそいでたまひしか。かしこはやりどなりしかば、かうこそいりたまひしか」と、ひねもすになきくらして、しんでんののき近く、大納言のひさうして、てづからうへられたりしむめのもとにたちよりて、こしをおもひいでてぞえいじ給ける。
たうりものいはずはるいくばくかくれぬ。えんかあとなしむかしたれかすんじ。 K057
人はいさ心もしらずふるさとの花ぞ昔にかわらざりける K058
十六 さるほどに、「さいしやうのもとより、おんむかへにぎつしやまゐりたり」と申ければ、少将、判官入道いそぎどうしやして、ながえをきたへぞむけられける。さてもこぎいでにしいわうのしまの、たへがたく悲しかりける事、そうづのこしすてられてなげきかなしむらむ有様、われらがあらましのくまのまうでのしるしにや、ふたたび都へかへりのぼりぬる事のありがたさなむど、たがひにのたまひかはして、おのおの袖をぞしぼられける。はんぐわんにふだうまうしけ
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るは、「むかしめしつかひしげにん、ひがしやまさうりんじと申す処にさうらひき。いまだながらへてさうらはば、それにくさのいほりむすびて、今はいつかうごしやうぼだいのいとなみよりほかは、たじさうらふまじ。もししんによだう、うんごじなむどへごさんけいのついでには、必ずおんたづねさうらへ。しやうせうもよしづまりさうらひなば、常にはろくはらどのへも参り候べし。このみとせのあひだうかりししまの中にて、あさゆふひとところにてなれまひらせてさうらひしおんなごりこそ、いかならむよまでも、わすれまひらせ候べしともおぼへさうらはね」なむど申て、しちでうひがしのしゆしやくよりおりて、東山へとてぞゆきにける。判官入道はそれより東山へゆきけるが、とりてかへし、きたやまむらさきのの母のしゆくしよへぞまかりける。いちごふしよかんのみなりしかば、ぜんぜのきえんもあさからずこそ、たがひにおもひしられけれ。たんばのせうしやうは六波羅へおわしつきたれば、まづ宰相をはじめ奉て、よろこび給ふ事なのめならず。
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わがすみ給ひしかたへおわしてみ給へば、かけならべたりしみすも、たてならべたりしびやうぶまでも、はたらかず、昔のままなり。めのとの六条がくろかりしかみもしらみてみゆ。「ことはりや。物おもへばひとよの内にしろくなるなれば、ことしみとせがあひだ、わが事をひまなくなげきけるに、みどりなりしかみのしろくなりたるもことわりなり」とぞ思われける。「あしがらのみやうじんのたこくへわたらせたまひて、かへりいらせ給て、つまの明神をごらむじ給へば、しろくきよらかにこえてわたらせ給ひければ、わが御事をば思ひ給はざりけむとおぼしめして、『こひせずもありぬべし。こひせばやせもしぬべし』と、うたがわせ給て、かきけつやふにうせさせ給ひにけり」とつたへききたまふに、今少将、北方をみ奉るに、ものおもひたまひたりとおぼしくて、事のほかにやせをとろへてみへたまふ。「わがこと思ひわすれ給はざ
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りけり」とおもひやられて、「かのあしがらの明神のつまの神には、事のほかにさうゐし給へるものかな」と、いとどあはれにぞおもわれける。又げんじのだいしやうのすまあかしのうらづたひして、都がへりのありしのち、よもぎのもとにわけいりて、
たづねてもわれこそとはめみちもなくふかきよもぎのもとの心を K059
とよみたまひけむ事までも、少将わがみの上に思ひしられてあはれなり。ながされしとき、よつにてわかれにし若君をとなしくなつて、かみをひのび、かたのまわりうちすぎて、ゆふほどになりたり。あさゆふなげきさたする事なれば、なじかはわすれたまふべきなれば、父のいり給ふときき給ふ上、みわすれ給はざりけるにや、いつしかなつかしげにおぼして、少将のおんひざ近くゐより給へり。又みつばかりなるをさなき人の、北方のおんそばによりゐ給へり。少将、「あの人はたそ」ととひたまひければ、北方、「これこそは」とのたま
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ひけるよりほかは、又ものもえのたまわず、うちふしてなかれければ、そのときせうしやう、「わがいわうのしまへながされしとき、心ぐるしくみおきしが、うまれて人となりにけるよ」とぞ心えられける。これをみ、かれをみるにつけても、かなしさのみいとどふかくなりて、なぐさむかたもなかりけり。少将は、「いわうのしまにて、北方のなげきたまふらむ事、めのとのろくでうがかなしむらむ事、をさなき人々のこざかしくなりたるらむとおもひをこせて、心のひまのなかりし」とかたりてなきたまへば、北方は、「いまだみぬいわうのしまとかやも、いかがしてたづねゆかむずると、かなはぬ物ゆへ、あさゆふおもひやり奉りし心のうち、只おぼしめしやらせ給へ」とて、そのよはたがひになきぞあかされける。むかしもろこしにかんのめいていの時、りうしん、げんてうといひし二人の者、えいへい十五年に薬をとらむが為に、二人ながらてんだいさんへのぼりけるが、かへらむとするに
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みちをうしなひて、山の中にまよひしに、たにがはよりさかづきのながれいでしをみつけて、人のすみかのちかきことをこころえて、そのみなかみをたづねつつゆくこと、いくほどをへずして、ひとつのせんかにいれり。ろうかくちようでふとして、さうもくみなはるのけいきなり。しかしてのちにかへらむ事をのぞみしかば、せんにんいでてかへるべきみちををしふ。おのおのいそぎ山をいでて、おのれがさとをかへりみれば、人もすみかもことごとくありしにもあらずなりにけり。あさましくかなしくおぼえて、くはしくゆくへをたづぬれば、「われはむかし山にいりてうせにし人の、そのなごりしちせいのまごなり」とぞこたへける。少将こんどしゆくしよのあれにける有様、このをさなきひとどもの人となり給へるをみられけるこそ、かのせんかよりかへりけむ人のここちして、夢のやうにぞ思われける。少将、いつしかごしよへ参りて、君をもみたてまつらばやとおもはれけれども、おそれをなして、さうなくも参り給はず。法皇も御覧ぜばやとおぼしめされけれども、よにおんはばかりありて、めさるる
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事なかりけり。されどもつひにはめしつかはれて、宰相の中将までなられけるとぞきこへし。
十七 判官入道はしちでうがはらよりいとままうして、きたやまむらさきの、母のしゆくしよへゆきて、ありしすみかをみれば、やどはあれはてて人もなし。あまりのいぶせさに、となりのこやにたちよりて、げすをんなにこのことをとひければ、うちよりたちいでてこたへけるは、「さる人はこれにおわせしが、おんみをんるののちはそのことのみなげきたまひしほどに、こぞのふづきのすゑつかたしやめんときこえしかば、なのめならずよろこびて、いまやいまやとまちたまひしほどに、こぞもむなしくすぎぬ、ことしもすでに三月になるまでみへ給はねば、『嶋にて思ひにきえたまひけるか、道にて又いかなる事にもあひて、うせにけるやらむ』と、そぞろにおんなげきありしが、このつきのはじめつかた、かもに七日のごさんろうありき。おんげかうののちは、このおん思ひのつもりにや、常になやみたまひしが、しだいにやまひもだいじに
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なりて、むかしがたりとなりたまひて、けふいつかになる」とぞ申ける。やすよりこのことをききて、「中々なにしに都へのぼりける。よものかみほとけにも今一度母をみむとこそいのりしに、むなしき御事の悲しさよ」とて、そぞろに袖をぞしぼりける。そこをばなくなくいでて、ひがしやまさうりんじのきうせきにゆきて、つくづくとながめをりて、さよふくるままに、いとど心もすみければ。
ふるさとののきのいたまにこけむして思ひしよりももらぬつきかな K060
十八 しゆくわんそうづはこのひとびとにもすてられ、嶋のすもりとなりはてて、こととふひともなかりければ、いわうのしまにただひとりまどひありきけり。僧都のよにおわせし時、兄弟三人、をさなきよりめしつかふもの、あはたぐちのへんに有けり。たいけいは法師にてほつしようじのいちのあづかりにて有けり。次郎はかめわう、三郎はありわうまるとて、二人ながらだいどうじにてぞ有ける。かめわうまる、そうづのながされたまひし時、よどにおわしける所へたづねゆきて、「最後の
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おんとも、これがかぎりにて候へば、いづくまでも参り候べし」となくなくまうしたりければ、「まことにしゆうじゆうのはうけい、昔も今もあさからず。おほくものどもありしかども、よのなかにおそれてとひきたる者一人もなけれども、うらみとおもふべきにあらず。あまたの中にたづねきたりて、かくいふこころざしの程こそかへすがへすあはれなれ。ただしわれ一人にもかぎらず、たんばのせうしやう、はんぐわんにふだうなむども、人一人もしたがわずなむどこそきけ。みなさつまのくにいわうのしまとかやへ流さるべしときけば、命のあらむ事もかたし。みちの程にてもやはかなくならむずらむ。わがみの事はさてをきつ、都にのこりとどまる女房、をさなきものどものこころぐるしさ、おもふはかりなし。かのものどもにつきて、あさゆふのつゑはしらともなれ。われにつきたらむにつゆをとるまじ。とくとくかへれ」とのたまひける程に、せんじのおんつかひ、ろくはらのつかひ、「なにごとを申すわらはぞ」とあやしみたづねければ、おそろしさのあまりに、かめわうなくなく都へ帰りのぼりにけり。おなじき
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おととありわうまると申す童は、そうづにわかれ奉りてのちは、又みやづかふかたもなくて、あるいはおほはら、しづはら、さが、ほふりんのかたへまどひありきて、みねの花をつみ、たにの水をむすびて、山々寺々の仏に奉て、「わがしゆうに今一度あはせ給へ」と、なくなくいのりまうしけるが、「少将、判官入道、みやこがへりあり」とききて、「わがしゆうのゆくへいかになりたまひぬらむ」とおもふもかなしくて、少将のへんにたづねければ、「おんのぼりまでいわうのしまにそうづごばう渡らせたまひけるとこそうけたまはれ」と人申ければ、「さればいまだしにたまはずおわするにこそ。たれはぐくみ、たれあはれみ奉るらむ」とかなしくおぼえて、ふぼにもしられず、したしきものどもにもかくともいわず、只一人都をいでて、はるばるとまだしらぬさつまがたへぞくだりける。よどがはじりの程より、「いわうのしまへはいづちへまかるぞ」ととひ、足にまかせてぞくだりける。みちすがらあやしの者のあひたるにも、「わがしゆうもかくこそおわすら
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め」と思ひ、あるときはかいしやうにたよりをもとめ、ある時はさんせんにもまよふ時もあり。ひかずやうやうつもりければ、ひやくよにちばかりにかのしまへたどりつきにけり。いそぎ船よりおりてみれば、ひごろ都にてききしにはすぎて、おそろし悲し。たもなくはたけもなし。むらもなくさともなし。山のみねにもへのぼるけぶり、のざはにおちさかるいなづまの音、何事につけても、たえて有べきやうもなし。されどもしゆうのゆくへのかなしさに、おくさまにたづねゆくほどに、しまびととおぼしくてたまたまあへる者は、このどの人にもにず。きのかはをひたひにまきたる者、あかはだかにてたうさぎばかりかきたるが、たけ六七尺もやあるらむとおぼゆる者、二三人あひたりければ、いきながらめいどにたづねゆきたるここちして、いきて故郷へ帰るべしともおぼへず。さりながらも、「このしまにひととせほつしようじのしゆぎやうそうづのごばうとまうすひとの流されておわしまししは、
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いまだおわするか」ととひたりければ、ことわりやほつしようじのしゆぎやうそうづともいかでかしるべきなれば、こたふるにおよばず。かしらをふりて、みづからいふこともききわかず。「しらずしらず」とのみいひすててぞとほりける。さるにてもとおもひて、又あへる者に、「るにんとてありし人わ」とたづねけるに、そのたびは少し心えたりけるやらむ、「いさとよ、さる人みへしが、二人はすぎにしころ、都へとて帰りのぼりき。今一人はいづくともなくまどひありきしが、ゆくえをしらず」とぞこたへける。これをきくにいとどこころうしともおろかなり。もしやとて、はるかに山へぞたづねいりにける。山をこえすぎたれば、べうべうとあるのにいたる。のなかにまつ一本ありけるに、ひも既にくれにければ、こよひはここにあかさむとて、まつのもとへぞたちよりける。まつたかくしては、風たびびとの夢をやぶるとおぼえたり。けいろうの山もあけゆけば、とうこにとりはかへるとも、まなこにさえぎる物もなし。いちじゆのかげにやどるといふはことわりすぎ
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たり。われは都の者也、まつはさつまがた、のなかにあり。こよひこれにあかしつるこそ、いちじゆのかげのちぎりなれ。今はなれなむのち、いつか又かへりこむなれども、かくてあるべきならねば、いへどもこたへぬまつにいとまをこひて、又足にまかせてたづねゆくほどに、なみよせかくるみぎわへぞいでにける。このあひだはうちつづき空かきくらし、はげしかりけるが、けふはひもうららかになみかぜもやはらかなり。しほひがたをいづくをさすともなくはるかにたづねありきけれども、船も人もかよへるけしきも
みへぬあらいそなりければ、さとうにあとをきざむかもめ、おきのしらすにすだくはまちどりのほかは、あとふみつけたるかたちもなし。なほはるかにいそのかたをみわたせば、人か人にあらざるか、かげろうの如くなる者、あゆむやうにはしけれども、ひとところにのみみへけるを、「あやしや、なにやらむ」とおぼへ、おそろしながら、さすがにゆかしかりければ、かつうはものがたりにも
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せむとおもひて、近くよりてみれば、かみはそらさまにたちあがりて、さまざまのちりもくづとりつきたれども、うちはらへるけしきもなかりければ、をどろをいただけるが如し。いしやうは、けんぷともみへわかぬをこしのまはりにゆひあつめて、あらめといふ物をはさみ、さうのてにはなましきうをのちひさきをふたつみつにぎつて、はげうであゆむやうにはしけれども、あまりにちからなげにて、よろよろとして、すなにただひとところにゆるぎたちたる者一人あり。わらはおもひけるは、「かはゆの者の有様や。ひにん、こつがいの中にもいまだかかるさましたる者こそみざりつれ。このしまのひにんにてこそ有らめ。さてもわがしゆうのおんゆくえをたづぬれば、つみふかき御事にて、いきながらがきだうにばしおちたまひたるやらむ。がきじやうのくわほうこそ、かかるさまはしたるなれ」なむど、さまざまにおもふに、いとどかなしくて、かつうはあはれみかつうはさんげす。さるにてももしやしりたるとおもひて、「このしまへ
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三人ながされたまひし人、二人はゆりてのぼり給にき。いまひとり、ほつしようじのしゆぎやうごばうといふそうのおわするは、いづくにおわするぞ」と、かきくどきとひたりければ、そうづこれをみたまふに、「わがみよくおとろへはてにけり。されどもめもくれ心もかわらねば、わがめしつかひしわらはなり。童はしゆうをみわすれたり。しゆうは童はみわすれねば、我こそそなれといひたけれども、くわほうこそつたなく、かかるみにならめ、心さへかわりにけりと、童が思わむもはづかし。中にもなましきうををにぎり、こしにあらめをつけたる事も、あまりにはづかしくかなしくて、只しらぬやうにてすぎゆきなばや」と、ちたびももたび思へども、「このしまにて只のみやこびとのゆきあひたらむそら、うれしさはかぎりなかるべし。ましてこれはとしごろてうぼにめしつかひし童なり。なじかははづかしかるべき」とおもひかへして、てににぎりたるうををいそぎなげすてて、「あれはありわうまるか。いかにしてこれまでたづね
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きたるぞや。われこそしかなれ」となくなくのたまひて、たうれふし、あしずりをしてをめきさけびたまふに、童つやつやみしらざりけれども、「ありわうまるか」とよびたまふに、「さてはわがしゆうなりけり」とおもふより、おなじくたふれふして、こゑをあはせてともになく。二人ながら時をうつして、涙にむせびてたがひに物もいわず。ややひさしくありて、僧都をきあがりて、「さればよ、なにとしてたづねきたれるぞ。このことこそすこしもうつつともおぼえね。あけてもくれても、都の事をのみおもひゐたれば、こひしき者共はおもかげにたつときもあり、まぼろしにみゆる時もあり。みもかくよはりにしのちは、夢もうつつもさだかにおもひわかれず。さればなんぢがきたれるをも、只夢かとのみこそおぼえ、もしまたてんまはじゆんのわがこころをたぶらかさむとて、なんぢがかたちにへんじてきたれるかとまでおぼゆるぞ。もしこのこと夢ならば、さめてののちはいかがせむ」とて、又なかれければ、ありわうまる、「うつつにてさうらふぞ。おんこころやすく
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おぼしめされさうらへ」と申ければ、僧都少しこころおちゐて、童がてをとりくみて、またのたまひけるは、「此嶋はおほくのうみやまへだたりて、くもゐのよそなれば、おぼろけにては人のかよふ事もなし。されば都の事づても有がたし。少将、判官入道ありし程は、昔物語をもしてたがひになぐさみき。少将も入道もめしかへされて、わがみひとりのこりとどまる上は、いちにちへんしもたへてあるべしとは思わざりしが、かひなき命のながらへてありけるは、今一度汝をもみ、汝にもみゆべかりける故にこそありけれ。これほどのみの有様なれば、何事もおぼゆまじけれども、故郷にのこりとどまる者共の事、常におもひいでられて、わするる時、のひまもなければ、我にひとひとりしたがひつきたらば、とはまほしくこそおぼゆれ。心づよくもこのみとせはとはざりつるものかな」とうらみたまへば、童、涙をおさへて申けるは、「ぶもにも
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申さず、したしきものどもにもしらせさうらはで、ただひとり都をまかりいでて、はるかのうみやまをわけすぎ、かかるあさましきはいしよへたづねまいりぬるも、昔のおんすがたを今一度やみ奉るとて、はるばるとたづね参りたれども、今のおんすがたをみまひらせさうらふに、ひごろ都にてゆくへをおもひやりまひらせさうらひつるは、事のかずならざりけり。まのあたりおんありさまをみまひらせ候に、いのちいきておんみやづかへまうすべしともおぼへさうらわず。さればいかなるおんつみのむくひにてわたらせたまひけるぞや。さても都の御有様、こともおろかなる御事とおぼしめされさうらふかや。君のにしはつでうへめしこめられさせたまひしのちは、おんあたりの人々と申者をばとらへからめ、ほだしをうち、ろうひとやにこめられ、かえんをついふくし、やぼねをこぼちとられて、むほんの事をせめとはれ候しかば、あとかたも候はず、みなしよこくしちだうへおちうせさうらひぬ。女房もくらまの
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おくにをさなき人々ぐしまひらせて、しのびて渡らせたまひさうらひしが、あけてもくれてもおんなげきあさからずみへさせたまひし程に、おんなげきのつもりにや、なにとなくなやませたまひて、こぞの冬、つひにうせさせたまひさうらひにき。若君は、『父のわたらせ給所はいづくやらむ。いかなる所としらする人だにあらば、たづねまゐりてみまひらせむ』と、つねにはおほせのさうらひしを、ははごぜん、『あなかしこ、しらすな。しらせたらば、をさなき心にいづちともなくはしりいでたらむほどに、嶋へもたづねゆかず、是へもかへらず、みちにてうせむ事のかなしきに』とおほせのさうらひしかば、しらせまひらする人もさうらはざりしほどに、人のしあひさうらひし、もがさと申す事をわづらわせ給て、すぎにし五月にうせさせたまひにき。姫君ばかりこそいまだわたらせ給へ。ははごぜんにおくれまひらせさせ給て、のちには都のおんすまひもかなひさうらはず。ならのをばごぜんのおんもとにわたらせ給
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候。是へまかりくだりさまにならへ参て、『君のおんゆくえのかなしくおもひまひらせさうらふときに、嶋へたづねまゐり候。おんことづけや候』とまうしいれて候しかば、昔はいかでかただおんこゑをも承り候べきなれども、はし近くゐいでさせたまひて、『あはれ、女のみほど心うかりける物はあらじ。父のこひしさはたとへむかたはなけれどもをのこごのみならねば、かなわぬ事こそくちをしけれ。おほくの人の中に、をのれ一人しもたづねまひらむことのうれしさよ。けふよりのち、ぶつじんにまうでてはわがみのいのりをばまうすまじ。かまへてたひらかに参りつけと、汝がいのりをせむずるぞ。おのづからたひらかに参りつきたらば、是まひらせよ。よのかはりたるあはれさに、ふでのたてどもおぼへさぶらはず。あまりに涙がこぼれてなくなくかきてさぶらへば、もんじのかたちにてもさぶらわじなれば、あそばしにくくこそ渡らせ給わむずらめとまうせ』とこそおほせさうらひしか。『さつまのちにて、あやしきふみやもちたるとさがす』と、人のをど
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しさうらひしをそろしさに、おそれながらもとゆいの中へ、しこめてまゐりて候」とて、とりいだして奉りたりければ、僧都、姫君のふみをとりて、涙をおしのごひてみたまふに、もんじもあざやかにことばもをとなしくかきたり。そのことばにいはく、「そののちたよりすくなくなりはてて、おんゆくえをもしりまひらせさぶらはず。いかなるつみのむくひにて、三人流されさせ給たる人の、二人はゆるされてめしかへされたまふに、おんみひとりのこりとどまらせたまふことのかなしさよ。おんゆかりの人をばとらへからむるとまうししかば、をぢをそれて、今は都には一人もさぶらはず。さればくさのゆかりもかれはててあれば、いとほしと申者も候はず。きんだちもめしとらるべしときこへさぶらひしかば、ははごぜんはくらまのおくとかやにしのびて渡らせたまひしほどに、御事をのみあさゆふなげきまうさせ給しがつもりて、やまひにならせたまひたりしかば、せうとと二人、とかくなぐさめまうしし
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かども、ひにそへておもくのみなりて、つひにはかなくならせたまひさぶらひぬ。ははごぜんにをくれまひらせさぶらふは、われ一人の事ならず。そひはてぬよのうらめしさ、人ごとのならひと思なされさぶらへば、おのづからなぐさむかたもさぶらふ。父にいきながらわかれまひらせて、国々をへだてなみをわけ、さつまがたまではるばるとおもひやりまひらせさぶらふ、心のうちのかなしさ、只をしはからせ給べし。いきてのわかれ、しにてのかなしさ、せうとと二人、ひるはひねもすになきくらし、よるはよもすがらなきあかしさぶらひしほどに、せうとも人のしあひてさぶらひし、もがさといふ物をして、このはるうせさぶらひにき。なげきのほどただをしはからせたまひさぶらへ。こははごぜんの、『われしなば、いかにしてながらへてあらむずらむと思こそかなしけれ。おのづからのたよりには、ならのさとにをばといふ者のあるぞ。いかにもしてたづねゆけ』と、さいごの時におほせさぶらひしかば、たうじはならのをばのおんもとに
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さぶらふなり。などやこのみとせはありともなしともとはせ給はぬぞ。これにつけても女のみこそいまさらにくちをしけれ。をのこごのみなりせば、などかきかいかうらいとかやにおわすとも、たづねまひらざるべき。わらはをばたれにあづけ、いかになれとおぼしめすぞや。こひしともこひし、ゆかしともゆかし。とくとくして、いかにもしてのぼらせ給へ。あなかしこあなかしこ」と、うらがきはしがきまで、うすくこくさまざまにかき給へり。僧都、このふみをむねにあて、顔にあてて、かなしみたまふことかぎりなし。「このしまにはなたれてことしはみとせにこそなれ。姫君も今年は十二になるとこそおぼゆるに、今はをとなしくこそ有べきに、なほをさなかりける物かな。この心ばえにては、いかでか人にもみへ、みやづかへをもして、みをもたすくべき。『とくしてのぼれ』とは何事ぞ。うちまかせたるゐなかくだりとこそおぼへたれ。心にまかせたる道ならば、などか今
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までのぼらざるべき。はかなの者のかきやうや」とて、おんあいのならひのかなしさは、わがみの上をさしおきて、娘の事をいひつづけて、いまさらに又なかれけるこそむざんなれ。わらはこれをみて、「はるかにおもひやり奉りけるは、事のかずならざりけり。中々よしなくくだりにける物かな。かばかりむざんの事こそなけれ」とぞおもひける。そうづまたのたまひけるは、「このしまにのこしすてられにしのちは、かたときたへてあるべしとも思はざりしに、つゆの命きえやらで、けふまでながらへてありつる事こそ、不思議なれ。なんぢ一人をみたるをもつて、都の人を皆みたるここちす。我はかかるざいにんなれば、いふにおよばず。今はとくとくかへりのぼりね。『人一人もつかざりしに、京よりひとわたりてあつかひはべるなり』ときこへなば、まさるとがにもぞあたる」と宣へば、童つまはじきをはたはたとして、「あなうたてのみこころや。それほどのおんみの有様にても、なほよの
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をそろしくおぼしめされさうらふか。又おんいのちのをしくわたらせたまひさうらふか。はたらかせ給へばとて、うるはしき人のおんかたちとおぼしめされさうらふか。ただなましきがいこつのはたらかせたまふにてこそわたらせたまふめれ」と申ければ、僧都これをききたまひて、「こころざしのせつなる汝さへ、このしまにてくちはてむ事のかなしさのあまりにこそ、かくもいへ」と宣へば、童涙をおしのごひて、「ふぼしんるいにもしらせず、命を君に奉り、みをばだいかいにしづめむとおもひきりて、参りさうらひし上は、都にてひとたびすてさうらひぬる命を、嶋にてふたたびおもひかへすにもおよびさうらはず」と申せば、僧都、「いざさらばわがすみかみせむ」とて、童をぐしておわしたり。まつの四五本いはにたうれかかりたるをたよりにて、おのづからうちよせられたるたけのはし、あしをぎていの物をひろひわたりて、よろづのもくづ、このはをとりかけたれば、あめかぜたまるべしともみへず。きやうわらはべのいぬの
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いへとてつくりたるよりも、なほめもあてられず。僧都一人うちへいり給へば、こしよりしもはそとにありければ、童うちへいるにおよばず。「あなうたてや。ふるきうたものがたりにこそ、はにふのこやといふ事はあれ。はにふをもつてしまはしたるいへをば、はにふのこやと申。又は、『はんにふす』とかきては、『はにふのこや』とよまるなり。『半にふす』が『はにふのこや』ならば、是や『はにふのこや』なるらむ」。かたはらなる木にかくぞかきつけられたる。「みせばやなあわれとおもふ人やあると只ひとりすむあしのとまやを K061」と。かきのからなむどにてかきつけられたるにやとをぼしくて、さすがにただよひたるやふにぞかきたりける。昔はだいがらんのじむしよくとして、はちじふよかしよのしやうむつかさどり給へりしかば、きやうごくのごばう、しらかはのごばう、ししのたにのさんざうまで、ちりもつけじとつくりみがかれて、むねかど、ひらかどのうちに、二三百人のしよじゆう、けんぞく
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にいねうせられてこそすごしたまひしか。さればかかるおんすまひにても、このみとせはおわしけるかやと、いまさらにかなしくぞおもひける。ごふにさまざまあり。じゆんげん、じゆんしやう、じゆんご、じゆんふせんごふといへり。そうづいちごのあひだ、みにもちゐる所は、だいがらんのじもつぶつもつにあらずといふことなし。さればかのしんぜむざんのつみにをいては、こんじやうにかんとくせられけるかとおぼえたり。かかるおもひのうちなれども、僧都のれうにとて、くわしていの物、ちりばかりづつもちたりけるをとりいだしてすすめければ、けふくひてあすくうべき物にてもなし、あすくひて又つぎのひくうべきにてもなければ、いそぎてくわざりけり。童がもちて渡る志のせつなればとて、くひけれども、くひわすれてひさしくなれば、きみの程もおぼへざりけり。童、「いかにして、これほどの御有様にては、今までながらへて渡らせ給けるぞ
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やと申せば、「ひととせながされし人のうち、たんばのせうしやうのもとへ、しうとのかどわきの宰相のもとより、一年に二度、船を渡されしなり。春渡すはあきふゆのいしよくのため、秋わたすはかへる年のはるなつのいしよくのためとわたししを、少将心ばへよき人にて、一人のいしやうを、あたらしきをばわれき、ふるきをば二人の者にきせ、一人があひせつをもつては三人のあひせつにあてなむどして、はぐくみし程は、さすが人のかたちにて有つるが、少将、はんぐわんにふだうかへりのぼりてのちは、おのづから事のはのついでにも、『あはれ、いとほし』とこととふひともなければ、かひなき命のをしきままに、みのちからのありし程は、このやまのみねにのぼりていわうといふ物をとりて、くこくのちへかよふあきびとの船のつきたるにとらせて、ひをおくりき。みの力よはりをとろへてのちは、山へのぼるべくもなければ、のざはにいでてはねぜりをつみ、ものうきわらびををりて、さびしさをなぐさむ。はまにいでてはなみにうちよ
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せられたるあらめをひろひ、つりするあまにひざをかがめ、てをあはせてうををこひてしよくじにして、けふまでは命をつぎつるなり。このしまのありさまは、をろをろみもしつらむ。いきてかひなきさまなれども、かかる所にもすめばすまるるならひにてありけるぞ。月のかけ、月のみつをもてひとふたつきとおぼえたり。花のちり、はのおつるをもつてはるあきをしる也。そのうつりかわる有様をかぞふれば、としのみとせをおくりにけり。我はかくよはりつかれたれば、今いくばくをかかぎるべき。おのれさへこのしまにてきへなむ事こそ、いとつみふかけれ」と宣ければ、「これまでたづねまゐる程にては、いくとせをすごしさうらふともそのうらみさうらふまじ。いかにもなりはてさせ給はむずる、最後の御有様をみはてまゐらせ候べし」とて、僧都の前後に有ければ、僧都にをしえられて、山のみねにのぼりていわうをとりて、あきびとの舟のよりたるに是をあきな
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ひ、とかくはぐくみてあかしくらしける程に、「今いくかをかかぎるらむ」と宣けれども、ひごろのつかれたちなをらず、あくる年の正月十日ごろよりやまひつきたまひにけり。童はかたときもたちはなれず、さまざまにくわんびやうして、夏もすぎ秋にもなりて、八月十日ごろにもなりにければ、今はかぎりにぞみへられける。童申けるは、「都へ帰りのぼり給はぬ事、ほいなしなむどおぼしめすべからず。こんじやうをゑどのはてとおぼしめして、御心づよくひとすぢにじやうどをねがひたまへ」と、ぜんぢしきして、ねんぶつすすめ奉りなむどしける程に、同十三日とらのこくに、つひにうせられにけり。わらはただひとりいとなみて、まつのかれえだ、あしのかれはをきりををい、よりくるもくづにつみこめて、たくものけぶりとたぐえてけり。だぜうことをはりにければ、はかなむどかたのごとくして、はくこつをくびにかけて、なくなく都へのぼりけり。こけの下にも都へと、なごりやをしく思わるらむ、び
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ぜんのくにしもつゐといふところよりくだり、あるやまでらにしばらくとうりうして、かしらををろし、すみぞめの袖になりて、ならの姫君のもとへゆく。「嶋にすずりも紙もさうらはざりしかば、おんぺんじにはおよびさうらはず」とて、僧都のゆいごんなむどこまかにかたりければ、姫君てんにあふぎちにふして、をめきさけばれける有様、さこそは悲しかりけめ。「おんしやりをもをがませまゐらせさうらふべくさうらへども、おなじことにて候へば、これよりかうやさんにのぼりて、おくのゐんにをさめ奉り候べし」と申て、やがてかうやへのぼり、ごべうの御前にをさめてけり。そののちてらでらしゆぎやうして、しゆうのごせをぞとぶらひける。しゆうじゆうのはうけい、誠に昔も今もそのよしみあさからぬ事なれども、ありわうまるがこころざしはためしすくなくぞおぼへし。みめかたち心ざままでも、よきわらはにてぞ有ける。姫君は父のりんじゆうのありさまききたまひて、をばのもとをしのびいでて、かうやへもたづねお
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わして、父のこつをさめたる所をもをがみたくおぼしめしけれども、によにんののぼらぬ所なればとて、かうやのふもと、あまののべつしよといふ所にて、さまかへられにけり。のちにはしんごんのぎやうじやとなりて、父のごしやうぼだいをいのりたまひけるこそあはれなれ。わらははしゆぎやうしありきけるが、しゆうのこつもこひしくて、かうやさんへたちかへり、みなみのゐんにれんあみだぶつとまうされて、仏にくわかうを奉り、しゆうのごせをぞとぶらひける。山門の大衆なほしづまらずして、いよいよさうどうすときこへければ、だうしゆらをざいくわにおこなはるべきよし、しよきやうはからひまうされければ、
せんじをくださる。そのじやうにいはく、
ぢしよう三年六月廿五日 せんじさだいじんさせうべん
えいさんのだうしゆら、ちよくせいにはばからず、ざすのせいしにかかはらず、みだりがはしく
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らうるいをなして、いつさんをめつばうせむとほつす。よつてまづくわんぐんをさしつかはして、さんがしやうおよびきぢゆうのところどころをついきやくせしむべし。ただしよかはむどうじとうにこもりすむともがらにおいては、おなじくかのともがらにおほせて、さかもとわうへんのみちをしゆごして、せめおとすべし。かねてはまたらくやうににげかくるるともがらは、よろしくけんびゐしをしてからめまゐらすべし。しよこくににげうつらんにいたりては、さいりにおほせて、そのみをめししんじ、このつぎはうせをはんぬ
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十九 六月十四日、つじかぜをびたたしくふきて、じんをくおほくてんだうす。風はなかのみかど、きやうごくのへんよりおこりて、ひつじさるのかたへふきもてゆくに、むねかどひらかどなむどをふきぬきて、しごちやう、じつちやうもてゆきて、なげすてなむどしける上は、けた、うつばり、なげし、むなぎなむどこくうにさんざいして、あしこここにおちけるに、じんばろくちく多くうちころされにけり。ただしやをくのはそんずるのみにあらず、命をうしなふ者多し。そのほかしざいざふぐ、しつちんまんぽうのちりうせし事、かずをしらず。このこと、ただことにあらずぞみへし。すなはちみうらあり。「百日の内にたいさう、はくいのくわいい、てんしだいじんのおんつつしみなり。なかんづく、ろくをおもんずるおとどのつつしみ、べつしてはてんがのおほきなるふらん、ぶつぽふわうぼふともにほろび、ひやうがくあひつづきて、ききんえきれいのきざす所となり」と、じんぎくわん、おんやうれうともにうらなひまうしけり。
廿 八月一日、こまつのないだいじんしげもりこうこうじたまひぬ。おんとし四十三にぞなられける。
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五十にだにもみち給はず、よはさかりとみへたまひつるに、くちをしかりける事也。「このおとどうせられぬる事は、ひとへに平家の運命つきぬる故也。そのうへよの為、人の為、必ずあしかるべし。入道のさしもよこがみをやぶらるる事をも、このおとどのなをしなだめられつればこそ、よもおだしくてすぎつるに、こはあさましきことかな」とぞなげきあへる。さきのうだいしやうのかたさまのものどもは、「よはだいしやうどのにつたはりなむず」とて、よろこびあへるともがらもあり。
廿一 内大臣、ことしのなつくまのさんけいのことありき。ほんぐうしようじやうでんのおんまへにてけいびやくせられけるは、「ちちしやうこくぜんもん、あくぎやくぶたうにして、ややもすれば君をもなやませ奉る。重盛、ちやうしとしてしきりにいさめをくはふといへども、みふせうにして、かれもつてふくようせず。そのふるまひをみるに、いちごのえいぐわなほ
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あやふし。しえふれんぞくしてしんをあらはしなをあげむ事かたし。この時にあたりて、重盛いやしくも思へり。なましひにへつらひてよとふちんせむ事、あへてりやうしんかうしのほふにあらず。しかじ、只なをのがれみをしりぞきて、こんじやうのめいばうをなげうてて、らいせのぼだいをもとめむには。ただしぼんぶのはくぢ、ぜひにまよへる故に、なほこころざしをほしいままにせず。ねがはくはごんげんこんがうどうじ、しそんのはんえいたえずして、君につかへててうていにまじはるべくは、入道のあくしんをやはらげて、てんがのあんせんをえしめ給へ。もしえいえういちごをかぎりて、こうこんのはぢにおよぶべくは、重盛がこんじやうの運命をちぢめて、らいせのくりんをたすけたまへ。りやうかのぐぐわん、ひとへにみやうじよをあふぐ」と、かんたんをくだきてきねんせられける時、内大臣のおんくびの程より、おほきなるとうろうの光のやうなる物が、はとたちあがつてはきへ、たびたびしけり。おんともびとのかずかずにはみず。ある
さぶらひひとり是をみて、「是はいかなるごせんさうぞや。よきおんことやらむ、あしきおんことやら
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む」とおもひけれども、おそれをなして、人にはかたらざりけり。おとどのうせたまひてのちにこそ、「さる事ありき」とも申けれ。今度のくまのさんけいにごしそく二人ともせられたり。ちやくしこれもり、じなんすけもり、げかうにかかり給ふ。いはだがはにて二人のごしそくたちのじやうえのいろ、ぢゆうぶくにかへりて、かはなみにぞうつりたる。くじのいつぴつをはくらくてんのしやくし給けるは、「かうひめぐみあれば、子孫おほきなるよろこびあり。子孫かうひあれば、てんちかどをひらく」といふ。内大臣の、「よをいとひこんじやうをうちすててごせをたすけさせ給へ」とまうされけるをば、ぶつじんよろこび給て、かねてしめし給ひけるとおぼえたり。げんだいふのはんぐわんすゑさだこれをみとがめて、「きんだちめされさうらふおんじやうえいかにとやらむ。いまわしくみへさせたまひさうらふ。めしかへられ候べし」と申ければ、内大臣是をみたまひて、うちなみだぐみて、「重盛がしよぐわん既に
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じやうじゆしにけるこそあむなれ。あへてそのじやうえ、きかふべからず」とて、べつしてよろこびのほうへいありて、やがてその浄衣にて、くろめまでき給ひけり、さなきだにいはだがはは渡るにあはれをもよほすに、なみに涙をあらそひて、重盛袖をぞしぼり給ふ。人々あやしとは思へども、その心をえざりけり。しかるにほどなくこのきんだちまことのすみぞめのたもとにうつりたまひけるをみたてまつりけるにこそ、さればよとおぼしめししられて、いとあはれにぞおもひあへる。さてげかうののち、六月十三日、おんかたたがへのごかうあり。こまつのないだいじんのちやくし、ごんのすけぜうしやうこれもり、みつなのすけのてんじやうびとにて、ぐぶせらるべきにていでたちたまひたり。内大臣是をみ給て、「わがこながらも人にすぐれてみゆるものかな。されどもしやうじかいのならひなれば、かかるこにもそひはてで、近くはなれなむ事こそかなしけれ。権現のしめしたまひし事、只今にのぞめり。これが最後のはてにてこそあら
むず
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らめ。よくよくみむ」とて、「しばらくこれへいらせ給へ。申べき事あり」とおほせられければ、少将いりたまふ。女房にはいしやくせさせて、さけをすすめ給ふ。さだよしをまねきよせてささやき給ければ、さだよしみうちにいりて、あかぢのにしきの袋につつみたるたちひとふりとりいだす。少将の前にさしおきて、「おんさかなにまゐらせ候。今一度」とすすめ給へば、少将うれしげにおぼして、さんどして袋をあけてみ給へば、だいじんのしにたまひてさうそうする時、そのちやくしにておわする人のはきて、最後のともしたまふなる、むもんのたちといふものなり。少将いまはしげにおぼして、さだよしがかたをうらめしげにみ給ふ。内大臣、「あれは貞能がとりたがひたるにはさうらはず。重盛がこころざしまゐらせてさうらふなり。そのゆゑは、今日しゆつしのぐぶの人々多くさうらふらめども、ごへんほどの人すくなくこそ候らめ。かたはらいたきまうしごとにてさうらへども、わがこにておわしませば
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にやらむ、人にすぐれて、いみじくみへ給ふ。それにとりて、らうせうふぢやうにして、さだめなきうきよのならひ、いのるともかなふまじ。さればいみじとおもひたてまつるごへんにも、そひはてぬ事も有ぬべし。おなじくわかれば、重盛さきだちて、このたちをはき、けうやうをし給へかしと思ふ間、なんのひきでものよりもめでたきたちにてさうらふぞ。おやをさきだつる人のこ、けうやうをいたさむと思ふこころざしふかし。しんめいぶつだもごかごあり。おやのこりとどまりてこをさきだつるは、この為ふけうのつみ深し。さればおいたるわかきさだめなくて、ごへんさきだちたまはば、重盛がのこりとどまりて思はむ事の悲しければ、わがみさきだちて、ごへんにけうやうせられ奉り、ぶつじんさんぼうのごかごにあづかり、いよいよけうやうのこころざし深くおはしませと思ふ間、おんひきでものにまゐらせさうらふなり」とて、うちえみ給ければ、少将は今のやうにおぼへて涙うかび給けれども、この上は子細をまうすにおよばず、あさましながらとりたまひにけり。
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そののちはさしもやとおもひたまひけるに、内大臣におくれたまひて、さうそうのとき、このたちをとりいだしてはき給ひ、最後のおんともし給けるにこそ、ありし時おほせられしことどもおもひつづけて、涙にくれておぼへけれ。おんかたたがへのぎやうがうは六月十三日なり。おなじき七月廿五日に、内大臣のおんくびにあしきかさいでにければ、「これおもひまうけたりつる事なり」とて、れうぢもきせいもし給はず。いつかうごしやうぼだいのつとめよりほかはたじなかりけり。だいじやうにふだう、にゐどのはをりふしふくはらにおわしけるが、このことをききたまひておほきにおどろきて、とるものもとりあへず、京へのぼりたまひて、「なべてのいしなむどのれうぢすまじき事とだいふはおもふらむ」とて、ひごのかみさだよしをつかひにて、だいふのもとへいひつかはされたりけるは、「ごしよらうのよしうけたまはる。いちぢやうならばかへすがへすなげきぞんず。いかにさやうのしゆもつをばいそぎれうぢもせられずさうらふなるぞ。おやにさきだつこをば
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ふけうにおなじとこそ申せ。入道既に六十いうよ也。この有様をばいかでか御覧じはてざるべき。おいたるふぼをのこしおきたまひて、物をおもはせさせ給はむ事は、かつうはつみ深かるべし。ただしをりふしごみやうがとおぼゆる事は、そうてうよりすぐれたるめいいほんてうへわたりて、しのびて京へのぼるなるが、つのくにいまづにつきてさうらふよしを承れば、いそぎめしつかはしさうらひぬ。かのいしとまうすは、いれうのみちにたづさはりて、はるかにしんのうくわだのきうせきをつぎ、ぢほうのげふをつたへて、とほくぎばへんじやくがせんじようをおふ。ゆゑにさんだいのいへにちやうじて、はやくじふぜんのしんじゆつをきはめ、つねにいつてんのきみにつかへて、もつぱらしかいのめいよをほしいままににするものなり。すみやかにたいめんしてことにいれうをくはへしめ給へ」と、いひつかはされたりければ、だいふびやうしやうにふしたまひたりけるが、入道のおんつかひとききたまひておそれられけるにや、いそぎをきあがりて、えぼし、なほしただしくして、さだよしに
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むかひたまひて、へんじにまうされけるは、「いれうの事うけたまはりさうらひぬ。ただし今度のしよらうはかたがたぞんずるむねさうらふあひだ、いれうをくはへずさうらふ。よつていまさらにたいめんつかまつるにおよばず。その故は、むかしかんのかうそ、わいなんのけむふをせめし時、ながれやかうそにあたる。既にいのちかぎりになりたまひければ、りよたいこうといふきさき、りやういをむかへてみせしむるに、いしのいはく、『れうぢしつべし。ただし五百きんのこがねをたまはるべし』とまうす。かうそのたまはく、『ちん三尺のつるぎをひつさげててんがをとる、これてんめいなり。めいはすなはちてんにあり。われかううとかつせんをいたす事、はつかねんの間に七十よかど也。されどもてんめいのあるほどは、一度もきずをかうぶらず。いまてんめいちにおちて、既にきずをかうぶれり。しかればめいいとしてきずをばいやすとも、めいをいやすべからず。へんじやくといふともなんのえきかあらむ。まつたくこがねををしみていふにあらず』とて、すなはち五百きんのこがねをばいしにたまはりながら、きずをば
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なほさずして、つひにうせたまひにけり。せんげんみみにあり、いまもつてかんじんとす。ちかくほんてうにおいては、さんでうのゐんのおんとき、てんやくのかみまさただといふいしありき。いやしがたきやまひをいやし、いきがたき命をいきしかば、時の人、『やくしによらいのけしんか。はたまたぎばがさいたんか』とうたがふ。みは本朝にゐながら、なをたうてうにほどこしけり。そのころいこくのきさき、あくさうをわづらふ事としひさし。時に異国のめいいら、いじゆつをきはめ、れうぢをいたすといへども、かうげんなかりしかば、まさただをわたさるべきよし、異国のてふじやうあり。ほんてうきたいのしようしたるによつて、くぎやうせんぎどどにおよぶ。『およそだいこくのしやうにあづかる事、本朝のちんじ、まさただがめんぼくなり。しかりといへども、とたうはまつたくしかるべからず。それいれうにかうげんなくは、ほんてうのちじよくなり。いれうにとくげんあらば、だいこくのいだう、このときにながくたえぬべし。なかんづくたこくの后しなむ事、本朝のため、何のくるしみか
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有べき』と、そちのみんぶきやうつねのぶのきやうのいけんにさだめ申されければ、もつともとて渡さるまじきになりにけり。そのときがうちゆうなごんまさふさのきやう、ださいのごんのそつにてさいふにしぢゆうのあひだ、せんぎあるによつて、じやうらんにおよばずして、わたくしにへんたふあるべきよし、おほせくだされければ、まさふさてふしにいはく、さうぎよいまだほうちのなみをたつせず、へんじやくあにかくりんのくもにいらんや。とかきて、わたされにけり。およそこのでう、わかんりやうてうのかんたんありけるとかや。ただしむかしにんとくてんわうのだいしのみこ、はんぜいてんわうほうぎよののち、いんぎようてんわういまだわうじにておはしましし時、ひさしくあつききずをなやみたまひけるを、ぐんしんあながちにすすめまうすによつて、ごそくゐありけり。ほんてうのいし、じゆつつきにければ、そののち御使をしんらこくへつかはして、かの国のいしをむかへてごなうをぢせさせお
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はしましけるに、ほどなくいへにければ、ことにこれをしやうせさせましまして、かへしおくられにけり。これすなはち本朝第一のふかく、いてうぶへいのてうろうなり。かのためしをききおよびて、異国よりもてんやくのかみまさただをもわたさるべきよし、あながちにまうしおくられけるときこへしかども、がうちゆうなごんのはからひまうさるるむね、さうなかりければ、わたされずしてやみにけり。しかるにいまいやしくもきうけいにれつし、さんこうにのぼれり。そのうんめいをはかるにもつててんしんにあり。なんぞてんしんをさつせずして、おろかにいれうをいたはしくせんや。いはむやしよらうもしぢやうごふたらば、れうぢをくはふともえきなからむ。しよらうもしひごふならば、ちれうをくはへずともたすかる事をうべし。かのぎばがいじゆつおよばずして、しやくそんねはんをとなへたまひき。これすなはちぢやうごふのやまひをいやさざる事をしめさむがためなり。ぢするはぶつたい也。れうするはぎばなり。ぢやうごふなほいれうにたらざるむね、既にあきらけし。しかれば
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重盛がみ、ぶつたいにあらず。めいいまたぎばにおよぶべからず。たとひしぶのしよをかがみて、はくれうにちやうずといふとも、いかでかうだいのえしんをくれうせむや。たとひごきやうのせつをつまびらかにして、しゆびやうをいやすとも、あにぜんぜのごふびやうをぢせむや。もしまたかのぢじゆつによつてぞんめいせば、本朝のいだうなきににたり。もしまたかうげんなくは、めんえつにしよせんなかるべし。なかんづく、しげもりさんたいのすうはんにきよして、もつぱらばんだいのまつりごとをたすけ、ぎよすいのけいやくをむすびて、まさにてうおんのなみをうく。ほんてうていしんのげさうをもつて、びやうしやうにふしながら、いてうふいうのらいかくにまみえむ事、かつうは国のちじよくなり、かつうはみちのりようち也。たとひ命をばうずるにおよぶとも、いかでか国のはぢをばかへりみざるべき。そのことゆめゆめ有べからず候」とのたまひける上は、入道ちからおよびたまはず。このおとどほうげんへいぢりやうどのかつせんには命をすててふせきたたかひ
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たまひしかども、てんめいのおわする程は、やにもあたらず、つるぎにもかかり給はず。されどもうんめいかぎりあることなれば、八月ひとひのひとらのときに、りんじゆうしやうねんにして、うせ給ひぬるこそあはれなれ。中にもきたのかたのおんなげきつきせずぞおぼえし。このきたのかたとまうすは、かまたりのおとどのまご、さんぎじやうざんゐふささきのだいしやうよりは十一代のばつえふ、さんぎしゆりのだいぶいへやすのきやうのちやくなん、うゑもんのかみいへなりのきやうのおんむすめ、こなかのみかどのしんだいなごんなりちかのきやうのおんいもうとなり。あひすみたまひてのち、としひさし。きんだちあまたおわします。いづれもありつきたまひたれば、心やすき御事にてすごし給けるに、このなげきいつわするべしともおぼへず。さんやのひづめ、がうかいのいろくづは、みなるてんのあひだのぶも、ことごとくしやうじの程のしんぞく也。されども、てんちの間にはふうふのなさけむつまじく、うちうの中にはなんによのこころざし深し。とうきむ之ちぎりはなさけわたりたしやうに、いつちんのかたらひはむつびありなうこうに。しかるに
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ぎよくがんまなこをとぢて、くちにふたたびものいふことなし。しんこんみをさりて、いへにさらにかへることなし。せんえんのしようらは、いつたんのすさみにいろをへんじ、ばんぜいのかうたむはきうせんのながれにそでをくたす。つばめふたつはねをならぶるをみるにつけても、いよいよばうふのかなしみをまし、とりのしいうはやしをかけるをあひみても、つねにながすぐわふのなみだを。かうきうのむかしは、せんしゆんかほをならべて、なんゑんのはなをもてあそび、べつりのいまは、きうやにかばねをうづめて、ほくばうのかすみにまよふ。つれづれのあまりにふんぼにまゐれば、しようふうあふぎてこえひとこゑ、こじんのこゑはおともせず。かなしみかなしむできうをくにかへれば、れいしうしたつてなみだせんかう、いうれいのかたちはみえず。しよくぢよはなほしたなばたのよるをまちては、たのむべしいさむべし。きよがんはまたさんやうのはるをきすれば、みつべしもてあそびつべし。ただしにんがいのしやうは、ひとたびわかれてのち、ふたたびあはず。たいゆれいのむめかすみにしぼみ、きんこくゑんのさくらの
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風にちり、をばすて山のあけぼの、あかしのうらのなみの上だにも、なごりはをしき物ぞかし。ましてとしごろすみなれたまひしおんなごり、おしはかられてあはれなり。
(廿二) そもそもこのおとどのくまのさんけいのゆらいをたづぬれば、ゆめゆゑとぞきこへし。さんぬる三月三日よの夢に、おとどみしまと思はしきれいげんしよへまうでたまへば、まうづれば右、げかうすればひだりてに、ほふしのくびをきりて、くろがねのくさりをもつてしはうへつなぎたり。おとどゆめごころに、「不思議のことかな。かやうのしやうじんのところに、かかるせつしやうなむどはあるまじきかなむどおもひたれば」とおぼしめして、やしろのかたへまうでたまへば、いくわんただしき人々おほくなみゐたまへるにまうでて、「そもそもこれはいかなる人のくびさうらふぞ」ととひたてまつりたまひければ、「これは、みなもとのよりともがこのごぜんにて、せんにちがあひだなげきまうしし事があまりにふびんなれば、なんぢがちちだいじやうにふだうじやうかいがくびをきりてつなぎたぞ」とおほせらるとおぼしめせば、うちおどろきて夢さめぬ。ここにげんだいふのはんぐわんすゑ
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さだ、おんまへちかく参て申けるは、「何事にてさうらふやらむ。かねやすが上にまうしいるべき子細の候とて参て候」と申ければ、おとどききたまひて、「あはれ、せのをはこのゆめをみたるごさむなれ」とおぼしめして、「何事にてあるやらむ」とて、おほくちばかりにてつといでたまへば、せのをおんみみにささやきて、「今かかる夢をみて候」と、だいふの御覧じたる夢にいちじもたがはず申たりければ、さればこそとおぼしめして、「こは不思議かな。されば平家のよははやすゑにのぞめるにこそ。さても命ながらへて、みだりがはしきよをみむ事もくちをしかるべし。今はごせぼだいのいとなみのほかはたじやはあるべき」とて、くまのさんけいの為に、同四月廿八日よりしやうじんはじめて、第五日と申す日、みはげの下に、夢にみられしやうなる法師のなまかうべあり。かうしをたてたれば、いぬくひておくべきやうなし。空よりとりのくひておとすべきはうもな
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し。これすなはちれいいなりとて、今二日のしやうじんをまたずして、同五月二日しんぱつして、ゆやさんごさんけいはありしなり。
(廿三) そうじてこのおとどは、わがてうのしんめいぶつだにざいをなげたまふのみにあらず、いてうの仏法にもきし奉られけり。さんぬるぢしようにねんのはるのころ、ちくぜんのかみさだよしをめしていひあはせられけるは、「重盛ぞんじやうのとき、わがてうにおもひである程のだうたふをもたて、だいぜんをもしゆしおかばやとおもふが、入道のえいぐわいちごの程とみへたり。しかれば一門のえいえうつきて、たうけほろびなむのちは、たちまちにさんやのちりとならむ事の、かねておもひやられて、悲しければ、だいこくにていちぜんをもしゆしおきたらば、重盛たかいののちまでもたいてんあらじとおぼゆる也。さだよしにつたうしてはからひさたつかまつれ」と宣ひける。をりふし、はかたのめうでんと申けるせんどうののぼりたりけるをめして、うちのおとどのしりたまひけるあうしうきせのこほりより、ねん
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ぐにのぼりたるこがねを二千三百両、めうでんにたまはりてのたまひけるは、「このこがねひやくりやうをば汝にあたふ。二千二百両をばたいたうに渡して、二百両をば、しやうじんのおんしやりのおわします、いわうさんのそうとにあたへて、ちやうらうぜんじのうけとりをとりまゐらすべし。のこり二千両をばだいわうにたてまつりて、かのてらへくうでんをよせてたまはるべしとそうせよ」とて、じやうをかきてめうでんにたまはりけり。めうでんこがねをたまはりて、いそぎにつたうして、このよしをだいわうにそうしておくりぶみを奉る。だいわうかのじやうをえいらんあり。そのじやうにいはく、
せにふしたてまつる ねんらいきえのれいざういつぷ
じひつてうしやいちぶじつくわんほつけめうでん
為もいしよくこんしわうごんせんくは
それもつてでし、すなはちぶんだんいわうのせんざに、じちゐきすいせいのくんようをうく。
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ここにやうやくかもんそういうのうてなにむつび、さいれいすでにふり、しやうがいのなげきねんぼをすぐ。すべからくいへをしてばんしやうのすをなげうち、たうてうのこころみをかふべし。とうせんとしをかさねてさうしんをおそひ、ほふえつをさまたぐ。いかりひをかさねてじもす。よがなましひなるむちゆうのゆめ、じやうごのおもひしきりにもよほす。これによつて、あるいはいろにまどひてしんくのしらうをあて、あるいはせいしのたんぜいをつたへむがために、えつがうしよぢのぶつきやうをいわうさんじやうにせにふし、けふちよういつくわのせんきんをいてうのざかになげたてまつる、いかに。ぶみんけんぐにして、ふけむさぼりて、ばくたいのしぞうとぼしきににたり。つひによがしうきよくのぎをさつし、てうそうのそをおこすことなきのみ。このびばうによりて、なはえいたいに、きようたんのおもひはかりはらいめいのかたちにのこさむてへり。でしけいするところくだんのごとし。
ぢしよう三年しぐわつぴ につぽんごくたいしやうぐんたひらのあつそんしげもり
とぞかきたりける。だいわうずいきにたへず、「につぽんのしんかとしてわがくににこころざしのふかきこと
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へし」とて、かのてらのくわこちやうにかきいれ、今にいたるまで、「だいにつぽんごくぶしうてんしゆたひらのしげもりしんざ」と、まいにちによまれたまふなるこそゆゆしけれ。まことのけんしんにておはしつる人の、まつだいにさうおうせで、とくうせたまひぬる事こそ悲しけれ。さても入道のなげきまうすもおろかなり。誠にさこそはおぼしけめ。おやのこをおもふならひ、おろかなるだにも悲し。いはむやたうけのとうりやう、たうせのけんじんにておはせしかば、おんあいのわかれといひ、いへのすいびといひ、かなしみてもあまりあり。されば入道は、「だいふがうせぬるはひとへにうん
めいの末になりぬるにこそ」とて、よろづあぢきなく、いかでも有なむとぞ思ひなられにけり。およそこのおとどぶんしやううるはしくして、心にちゆうをそんし、さいげいただしくして、ことばにとくをかねたり。されば、よにはりやうしんうせぬる事をうれへ、いへにはぶりやくのすたれぬる事をなげく。心あらむ人、たれかさたんせざらむ。「かのたうの
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たいそうぶんくわうていはいてうのけんわうなり。とくごていにこへ、めいさんくわうに同じ。さればたうげうぐしゆん、かのう、いんのたう、しうのぶんぶ、かんのぶんけい也といへども、皆をよばざるところなり」と。またまうさく、「ぎようにじふさんねん、とくのまつりごとせんばんたん、くんしんふしのみち、このときてんがにさかりなり。しかいはちえんのほかまでも、とくくわにきせずといふことなし。おんとし五十三と申す。ぢやうぐわん廿三年五月廿六日、がふふうでんにしてほうじ給ふ。かかるけんくんにておはしませど、てんめいのかぎりある事をさとり給はずして、おんいのちををしみたまひけるにや、てんぢくのぼんそうにあわせたまひて、しきりにれうやうをくはへ給ふ。れいさう、ひせき、しんやくとしてぶくしたまふといへども、じんさんつひにくづれき。みらいにつたはる所、たいそうのいつしつ」とぞまうす。つらつらいてうしやうこのめいわうのえいねんをうけたまはるにも、ほんてうまつだいのりやうしんのかしこさははるかになほすぐれたり。
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(廿四) 十一月七日のさるのこくにはみなみかぜにわかにふきゐで、へきてんたちまちにくもれり。ばんにん皆あやしみをなす処に、しやうぐんづかめいどうする事、いつときの内にさんべん也。ごきしちだうことごとくきもをつぶし、みみをおどろかさずといふ事なし。のちにきこへけるは、しよどのめいどうはらくちゆうきうまんよかに皆きこゆ。第二のめいどうはやまと、やましろ、いづみ、かはち、つのくに、なにはのうらまできこへけり。第三のめいどうは六十六かこくに皆きこへざる所さらになし。むかしよりどどのめいどうそのかずおほしといへども、いつときに三度のめいどう、これぞはじめなりける。「東はあうしうのはて、西はちんぜいくこくまでめいどうしける事もせんれいまれなり」とぞ、ときのひと申ける。おびたたしなども申せばなかなかおろかなり。どうにちのいぬのときにはたつみのかたよりぢしんして、いぬゐのかたへさしてゆく。これもはじめには事もなのめ
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なりけるが、しだいにつよくゆりければ、山はくづれてたにをうめ、きしはやぶれてみづをたたへたり。たうじや、ばうじや、せんずい、こだち、ついぢ、はたいた、くわうきよまで、あんをんなるはひとつもなし。さんやのきぎす、やごゑのとり、きせんじやうげのなんによ皆、「上を下にうちかへさむずるやらん」と心うし。やまがはをつるたきつせに、さをさしわづらふいかだしの、のりもさだめぬここちして、ややひさしくぞゆられける。八日さうたんにおんやうのかみやすちか、ゐんのごしよへはせまゐりて申けるは、「さんぬるよのいぬのときのだいぢしん、せんもんなのめならずおもくみえさうらふ。じぎのいへをいでて、もつぱらいつてんのきみにつかへたてまつり、ふうえふのふみにたづさはりて、さらにきつきようのみちをうらなひしよりこのかた、これほどのしようしさうらはず」とそうしければ、ほふわうおほせの有けるは、「てんべんちえう常の事なり。しかれどもこんどのぢしんあながちにやすちかがさわぎまうすはことなるかんもんのあるか」とおんたづねありければ、やすちかかさねてそうし
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まうしていはく、「たうだうさんききやうのそのひとつ、こんききやうのせつをあんじさうらふに、『年をえて年をいでず、月をえて月をいでず、日をえて日をいでず、時をえて時をいでず』とまうしさうらふに、これは、『日をえてひをいでず』とみえたるせんもんにて候。ぶつぽふわうぼふともにかたぶき、よは只今にうせさうらひなむず。こはいかがつかまつりさうらはむずる。もつてのほかのくわきふにみえさうらふぞや」とまうして、やがてはらはらとなきければ、てんそうの人もあさましくおもひけり。君もえいりよをおどろかしおはします。くげにもゐんぢゆうにもおんいのりどもはじめおこなはれけり。されども君もしんも、さしもやはとおぼしめしけり。わかきてんじやうびとなむどは、「けしからぬおんやうのかみがなきやうかな。さしもなにごとかはあるべき」なむどまうしあわれけるほどに、
(廿五) 十四日、たいしやうこくぜんもん、すせんのぐんびやうをあひぐして福原よりのぼりたまふとて、きやうぢゆうなにととききわきたる事はなけれども、いかなる事のあらむずるやらむとて、たかきも
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いやしきもさわぎける程に、入道てうかをうらみたてまつるべきよし、ひろうをなす。じやうげのばんにん、こはいかにとあきれまどへり。くわんばくどのもないないきこしめさるることやありけむ。ごさんだいあつて、「にふだうしやうこくじゆらくの事は、ひとへにもとふさをほろぼすべきけつこうとうけたまはりさうらふ。いかなるめをかみさうらはむずらむ」とて、よにおんこころぼそげにそうせさせ給へば、しゆしやうももつてのほかにえいりよをおどろかさせおはします。「おとどのいかなるめをもみられむは、ひとへにまろがみのうへにてこそあらめ」とて、御涙ぐませたまふぞかたじけなき。誠にてんがのまつりごとは、しゆしやうせつろくのおんぱからひにてこそあるべきに、たとひそのぎこそなからめ、いかにしつる事共ぞや。てんせうだいじん、かすがのだいみやうじんのしんりよもはかりがたし。
廿六 十五日、入道てうかをうらみたてまつるべきよしひつぢやうときこえければ、法皇、じやうけんほふいんをもつて、おんつかひとして、入道のもとへおほせつかはされけるは、「およそきんねんてうていしづ
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かならずして、人の心ととのほらず。せけんらくきよせぬ有様になりゆくこと、そうべつにつけてなげきおぼしめさるといへども、さてそこにおわすれば、ばんじたのみおぼしめされてこそあるに、てんがをしづむるまでこそなからめ、事にふれてがうがうなるていにて、あまつさへまたまろをうらむべしときこゆるはいかに。こはなにごとぞ。人のちゆうげんか。このでうはなはだをんびんならず。いかやうなる子細にて、さやふにはおもふなるぞ」とおほせつかはさる。ほふいんゐんぜんをうけたまはりてわたられけり。入道いであはれざりければ、入道のさぶらひ、げんだいふのはんぐわんすゑさだをもつて、ゐんぜんのおもむきをいひいれて、おんぺんじをあひまたれけれども、ゆふべにおよぶまでぶいんなりければ、さればこそとむやくにおぼえて、すゑさだをもつてまかりかへりぬるよしをいひいれられたりければ、しそくさひやうゑのかみとももりをもつて、「院宣かしこまりてうけたまはりさうらひぬ。じこんいごは入道にをいては、ゐんぢゆうのみやづかへはおもひとどまりさうらひ
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ぬ」とばかりいわれけるが、さすが入道いかがおもはれけむ、法印のかへられけるをみたまひて、「ややほふいんごばう、まうすべき事あり」とのたまひて、ちゆうもんのらうにいであひてのたまひけるは、「まづこだいふがみまかりさうらひぬる事、ただおんあいのわかれのかなしきのみにあらず、たうけの運命をはかるに、入道ずいぶんにひるいをおさへてまかりすぎ。けふともあすともしらぬおいの波にのぞみて、かかるなげきにあひ候心のうちをば、いかばかりとかはおぼしめされさうらふ。されども、法皇いささかもおぼしめししりたるおんけしきにて候はぬ由、もれうけたまはり候。かつうはごへんの御心にもごすいさつさうらへ。ほうげんいごはらんげきうちつづきて、君やすき御心もおわしまし候はざりしに、入道はただおほかたをとりおこなふばかりにてこそさうらひしか。だいふこそまさしくてをくだし、みをくだきたる者にては候へ。さればばんしにいりていつしやうをえたる事もたびたびなりき。そのほかりんじのおんだいじ、あさ
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ゆふのせいむにいたるまで、君のおんためにちゆうをいたす事、だいふほどのこうしんはありがたくこそ候らめ。ここをもつて昔をおもひあはせさうらふに、かのたうのたいそうはぎちようにをくれて、かなしみのあまりに、『昔のいんそうはりやうひつをゆめのうちにえ今のちんはけんしんをさめてののちにうしなふ』といふ、ひのもんをてづからかきて、べうにたててこそかなしみたまひけれ。びんをきりてくすりにあぶり、きずをすすぎてちをくらふは、くんしんのとく也。まぢかくはまさしくみさうらひし事ぞかし。あきよりのみんぶきやうせいきよしたりしをば、こゐんことにおんなげきあつて、はちまんごかうえんいんし、ぎよいうをとどめられき。たださだのさいしやうけつこくのとき、これもことさらにおんなげきふかかりしかば、たださだつたへうけたまはりて、おいのなみだをもよほしき。すべてしんかのそつする事をば、だいだいの君、みなおんなげきある事にて候ぞかし。さればこそ、『父よりもなつかしながらおそろしく、母よりもむつまじくしておそろしきは、きみと
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しんとのなか』とはまうしさうらへ。それにだいふがちゆういんに、はちまんへごかうあり。ぎよいうありし上、とばどのにてごくわいありき。おんなげきのいろ、いちじもこれをみず。かつうはひとめこそはづかしくさうらひしか。たとひ入道がなげきをあはれませおはしまさずといふとも、などかだいふがちゆうをおぼしめしわするべき。まただいふがちゆうをおぼしめしわするるおんことなりとも、などか入道がなげきをばあはれませおわしまさざるべき。ふしともにえいりよにかなはざりけむ事、今においてはめんぼくをうしなふ、これひとつ。つぎに、中納言のけつのさうらひしに、にゐのちゆうじやうどののごしよまうさうらひしを、入道さいさんとりまうしさうらひしに、ごしよういんなくて、せつしやうどのの御子、三位の中将をなし奉られさうらひし事はいかに。たとひ入道ひきよをまうしおこなひさうらふとも、一度はなどかきこしめしいれられ候はざるべき。まうさむや、けちやくといひ、ゐかいといひ、かたがたりうんさうにおよびさうらはざりしを、ひきかへられまひらせさうらひし事は、
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ずいぶんほいなきおんぱからひかなとこそぞんじさうらひしか、これふたつ。つぎに、ゑちぜんのくにを重盛にたまはりさうらひし時は、ししそんぞんまでとこそごやくそくさうらひしに、しにはつればめしかへされ候事、何のくわたいに候ぞ、これみつ。つぎに、きんじゆの人々、みなもつてこのいちもんをほろぼすべきよしをはからひさうらひけり。これわたくしのはからひにあらず。ごきよようありけるによつてなり。ことあたらしきまうしごとには候へども、たとひいかなるあやまりさうらふとも、いかでかしちだいまではおぼしめしすてられさうらふべき。それに入道すでにしつしゆんにおよびて、よめいいくばくならぬいちごのうちにだにも、ややもすればうしなはれたてまつるべきおんはかりことでさうらふ。まうしさうらはむや、しそんあひつぎて、いちにちへんしめしつかわれむ事かたし。およそはおいてこをうしなふは、こぼくのえだなきにてこそ候へ。だいふにをくるるをもつて、運命の末にのぞめる事、おもひしられさうらひぬ。てんきのおもむきあらはなり。たとひいかやうなる奉公をいたすとも、えいりよにおうぜむ
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事、よもさうらはじ。このうへはいくばくならぬおいのみの心をつひやして、なにとはしさうらふべきなれば、とてもかくてもさうらひなむと、思ひなりてさうらふなり」なむど、かつうはふくりふし、かつうはらくるいして、かきくどきかたられければ、ほふいんあはれにもをそろしくもおぼえて、あせみづになられにけり。「そのときはたれびとなりとも、いちごんのへんじにもおよびがたかりし事ぞかし。そのうへわがみもきんじゆのみ也。なりちかのきやういげはかりしことどもは、まさしくみききし事なれば、わがみもそのにんじゆとやおもひけがさるらむなれば、ただいまもめしこめらるる事もやあらむずらむ」と、しんぢゆうにはとかくあんじつづけられけるに、りようのひげをなで、とらのををふむここちせられけれども、法印もさる人にて、さわがぬていにてこたへられけるは、「誠にどどのごほうこうあさからず、いつたんうらみまうさせおわします、そのいはれさうらふ。ただしくわんゐといひ、ほうろくといひ、おんみにとりてはことごとくまんぞくす。これすでにくんこうの
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ばくたいなる事をかんじおぼしめすゆゑとこそみえてさうらへ。しかるをきんしんことをはかり、きみごきよようありなむどいふことは、ひとへにぼうしんのきようがいとおぼえさうらふ。みみをしんじてめをうたがふはしよくのへいなり。せうじんのふげんをしんじて、てうおんたにことなる君をうらみたてまつりましまさむ事、みやうけんにつけてそのはばかりすくなからず。およそてんしんはさうさうとしてはかりがたし。えいりよさだめてそのよしさうらふらむか。しもとしてかみにさかふらむ事は、あにじんしんのれいたらむや。よくよくごしゆいさうらふべし。ふせうのみにてごへんぽうにおよびさうらふでう、そのおそれすくなからずさうらへども、これはかみにおんあやまりなき事を、あしざまにまうすひとのさうらひけるをちんじひらきて、ごうつねんをしやし候べく候。ぢやうぐわんせいえうのうらがきにまうして候ぞかし。『せんげんすめりといへどもうよくながれをにごす』とて、せんきゆうよりいでたるかは、せんやくなるが故に、かりうをくむもの、いのち必ずちやうめいなり。ただしそのかはのちゆうげんにかくるるやまどり、
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そのながれをあぶる時、水たちまちにへんじてどくとなれり。そのやうに、法皇のめいとくはせんすいたりといへども、とりまうすものかりうをにごして、あしざまに入道殿に申て候とおぼえさうらふ。ゆめゆめおんうらみあるまじき御事にて候也。そのはちまんぐうのごかうはあはれなる御事にてこそさうらひしか。そのゆゑは、『あへなくも重盛におくれぬる事、まろひとりがなげきのみにあらず。しんかけいしやうたれかなげきとせざらむや。きんうにしにてんじて、いつてんにくもくらく、じやふうしきりにたたかつて、しかいしづかならず』とごぢやうさうらひて、にちにちややのおんなげき、今にいまだあさからず。『りんじゆういかがありけむ』とおんたづねさうらひしかば、あるひと、『そのびやうげんはよの常のしよらうにてはさうらはざりき。くまのごんげんにまうしうけてたまはるあくさうにてさうらひけるあひだ、かさのならひ、りんじゆうしやうねんみだれず、にうがつしやうの花うるはしくして、じふねんしようみやうの声たへず、さんぞんらいかうのくもたなびきて、くほんれんだいにわうじやうすとこそみへて
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さうらひしか』とまうしてさうらひしかば、りようがんにおんなみだをながさせたまふのみならず、きゆうちゆうみなそでをしぼられさうらひき。たうじまでもをりにしたがひ事にふれては、おんなげきのいろところせくこそみへさせたまひさうらへ。さて院のおほせには、『それこそなにごとよりもなげきの中のよろこびよ。しんかんにめいじてうらやましき物は、ただわうじやうごくらくのそくわい也。まろもくまのに参詣していのりまうしたけれども、みちの程はるかなり。同じさいはうのみだにておはしませば、はちまんぐうに参詣して申さばやとおぼしめすなり。かつうはだいふのため、まいにちにきねんするねんぶつどきやうのゑかうも、しやうじやうのれいちにしてこそかねをもならさめ』とて、なぬかのごさんろうさうらひき。これすなはちだいふのいうぎのとくだつ、たいしやうこくのごめんぼく、何事かこれにすぎさうらふべき。さればごちゆういんはてさうらひなば、いそぎごゐんざんさうらひて、かしこまりをこそ申させ給はざらめ。ごゐこん
にやおよぶ
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べき。せんたうのみづきよけれどもうよくながれをにごすと申すたとへすこしもたがひさうらはず」とまうされければ、入道たちはらの人のならひ、心まことにあさくして、袖かきあはせてさめざめとぞなきたまひける。「次にりんじのまつりのおんことは、これまたりゆうろうほうけつのごきたうにてはさうらはざりき。そのゆゑは、すぎさうらひしころ、はちまんぐうにくわいいしきりにしめしさうらひけるを、べつたうおほきにをそれて、ごほふをくだしまひらせてさうらひけるに、ごたくせんのさうらひけるは、
『はるかぜに花の都はちりぬべしさかきのえだのかざしなくては K062
きないきんごくやみとなりて、きうみんはくれいさんやにまよふべし』とおほせさうらひけるを、ほふわうおほきにおどろきおぼしめして、もろもろのしんかけいしやうそくさいえんめい、らくちゆうじやうげ、ごきしちだう、こくどあんをん、てんがたいへいのために、さんにちさんがやのごきたうなり。これまたきでんのごきたうにあらずや。こだいふはだいこくまできこへおはしまししけんしん
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なり。されば常には『こくどあんをんにんみんけらく』といのらせたまひし事なれば、くさのかげにても、小松殿さこそよろこびましましけめ。このうへなほなほごふしんさうらはば、はちまんのべつたうにおんたづねさうらふべし。次にゑちぜんのくにをめされさうらひけむ事はいまだうけたまはりおよばずさうらふ。きみもいまだしろしめさざるにや。いそぎそうもんつかまつりて、もししさいさうらはば、おつてまうすべくさうらふ。次ににゐのちゆうじやうどののごしよまうの事は、入道殿のごしそんにても渡らせ給はず、そのうへくわんばくどののおんぱからひをばたれかなげきまうすべき。たとひ又一度はきみのおんあやまりわたらせたまふとも、しんもつてしんたらずとまうすほんもんもさうらふぞかし。せんじさうらふところ只こざかしきまうしじやうにては候へども、おつてごそうもんあるべくさうらふ。今はいとままうして」とてたちたまひにけり。入道たからかに、「院宣の御使也。おのおのみなれいぎつかまつるべし」とのたまひければ、八十よにんさうらひける人々、いちどうに皆にはにおりてもんそうす。ほふいんいとさ
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わがぬていにて、ゆんづゑみつゑばかりあゆみいでて、たちかへり深くけいくつす。ややひさしくたちむかひておはしけるあひだ、「さのみはおそれさうらふ」とて、八十よにん皆えんのきわにたちかへる時、法印あゆみいでられにけり。びびしくぞみへたりける。あるほんもんにいはく、「くんわうくにををさめ、ちゆうしんきみをたすく。ふねよくさををのせ、さをよくふねをやる」といへり。このことおもひあはせられてあはれなり。「じやうけんほふいんちゆうしんとして、よく君をたすけ奉り給ひぬる事にこそしんべうなれ」とて、くちぐちに皆かんじあへり。ひごのかみさだよしこれをみて、「あなおそろししや。入道殿のあれ程にいかりたまひてのたまはむには、われらならば、ゐんのごしよにあること、なきこと、ことよしごと、まうしちらしていでなまし。すこしもさわがぬけいきにて、へんじうちしてたたるることよ」と、すゑさだいげのものども是をききて、「さればこそ、ゐんぢゆうに人々そのかずおほしといへども、そのなかにそうなれども
えらばれて、おんつかひにもたつらめ」と
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とぞおのおのまうしける。ころは十一月じふごやの事也。ほふいんはにしはつでうのなんもんよりいでたまへば、めいげつの光はひがしやまのみね、まつのこのまよりぞいであひたまひける。法印の胸のうちなるぶつしやうのつきは、さんずんのしたのはしにあらはれて、入道殿のしんぢゆうのやみをてらし、ちゆうとうさんごのよはのつきは、ひかりめいめいとして、法印のきしやのぜんごをかかやかす。心のつきもくまもなく、ふけゆくそらのかうげつの光もあきらかなり。法印車にのりてければ、うしかひいそぎ車をやらむとす。法印のたまひけるは、「車しばらくをさへよ。やいんのありきはろしのらうぜきなり。むかへのものどもをまつべし」とて、したすだれかかげたり。明月の光はものみよりぞさしいりける。法印のかほあいあいあとしてきよげなり。きんせうのつきのくまなきに、きうしをおもひいでて、
ゑはずはきんちゆうにいかでかさりえん、ばゐさんのつきまさにさうさうたり。 K063
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たれのひとかれうぐはいにひさしくせいじうし、いづれのところのていしよにあらたにべつりせん。 K064
とえいじはてざるところに、むかへのものどもいできたり。「たれたれまゐりたるぞ」とたづぬれば、こんがうざゑもんとしゆき、りきしひやうゑとしむね、からすぐろなる馬にしろぶくりんのくらおきて、ぎよりようのひたたれの下にいとひをどしのはらまき、つきの光にえいじて、かつぽのたまをみがけるが如し。いちやしや、りゆうやしやとて、だいのわらはのみめよきが、しげめゆひのひたたれにきくとぢして、したはらまきにそやおひたり。じやうげのはずにつのいれたる、しげどうの弓をぞもちたりける。ほふしばらには、こんりき、じやういち、じやうまん、こんどう、たもん、かくいち、やしやもんほふし、げそう七人参たり。これらも皆くろかはをどしのはらまきに、てぼこ、なぎなた、たちなむどさげたり。このじやうけんほふいんは、ないてんげてんのがくしやう、ぜひふんみやうのさいじんなり。ゐんうちのおんけしきは、しよしんかたをならぶる人なし。ばんにんのぎやうそうする事は、しその中には
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たぐひなし。きら誠にしんべうにして、じゆうるい多く人にすぐれたり。めしつかふほどの者はみな、じふにさんさいのこわらはべ、ほふしばらにいたるまでも、のうも
かしこく、ちからもつよかりけり。中にもこんがうざゑもん、りきしひやうゑのじようは、よにきこへたるだいぢからとぞきこへし。さてもほふいんきさんして、太政入道のおんぺんじのやう、くはしくそうせられければ、誠に入道のうらみまうす所いちじとしてひがことなく、だうりしごくしておぼしめされければ、法皇さらにおほせられやりたる御事もなくして、「こはいかがせむずる。なほなほも法印こしらへてみよ」とぞおほせごとありける。
廿七 十六日、入道てうかをうらみたてまつるべきよしきこへけれども、さしもの事やはあるべきとおぼしめされけるほどに、くわんばくどののごしそく、ちゆうなごんもろいへをはじめたてまつりて、だいじやうだいじんもろながこう、あんぜつのだいなごんすけかたいげのけいしやううんかく、じやうげのほく
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めんのともがらにいたるまで、つがふ四十二人、くわんをとどめておひこめらる。そのうち、さんぎくわうごうぐうのごんのだいぶくらんどのとうけんうこんゑのかみ、ふぢはらのみつよしのきやう、おほくらきやううきやうのだいぶいよのかみ、たかはしのやすつねのあつそん、くらんどのさせうべんけんごんのだいしん、ふぢはらのもとちかのあつそん、いじやうさんくわんさんしよくともにとどめらる。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、ちゆうなごんのちゆうじやうもろいへのきやう、うこんゑのごんのせうしやうけんさぬきのごんのかみすけときのあつそん、くわうだいこうくうのごんのせうしんけんびつちゆうのかみ、ふぢはらのみつのりのあつそん、いじやうにくわんをとどめらる。そのなかにくわんばくどのをばださいのそつにうつして、つくしへ流し奉られけるこそあさましけれ。「かかるうきよには、とてもかくてもありなむ」とおぼしめしける上、おんいのちさへあやうくきこへければ、とばのふるかはといふところにて、おほはらのほんがくしやうにんをめして、おんぐしをろさせたまひにけり。おんとし三十五、よのなかさかりとこそおぼしめされけれ。「れいぎよくしろしめして、
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くもりなきかがみにてわたらせたまひける物を」と、よのをしみたてまつることなのめならず。出家の上はいつとうをだにもげんぜらるる事なれば、はじめはひうがのくにときこへしかども、しゆつけのひとはもとさだまりたる国へはおもむかぬ事なれば、びぜんのくにゆばさまといふ所にぞとどめ奉りける。大臣るざいのれいをたづぬるに、そがのさだいじんあかえこう、うだいじんとよなりこう、さだいじんかねなこう、すがはらの大臣いまのきたののてんじんの御事也、左大臣かうめいこう、ないだいじんいしうこうにいたるまで、そのれい既に六人なりといへども、ちゆうじんこう、せうぜんこうよりこのかた、せつしやうくわんばくのるざいせられたまふこと、是ぞはじめなりける。こなかどのもとざねこうのおんこ、にゐのちゆうじやうどのもとみちこうとまうすは、今のこんゑのにふだうてんがの御事也。そのとき大政入道のおんむこにておわしけるを、一度にないだいじんくわんばくになし奉るときこゆ。ゑんゆうのゐんのぎよう、てんろく三年十一月一
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日、いちでうのせつしやうこれまさこうけんとくこう、おんとし四十九にてにはかにうせさせたまひたりしかば、おんおととのほりかはのくわんばくかねみちちゆうぎこう、じゆにゐのちゆうなごんにて渡らせたまひけるが、大納言をへずして、おんおととのほごゐんの入道殿、だいなごんのだいしやうにて渡らせ給けるが、さきにこえられさせたまひけるを、こえかへし奉て、ないだいじんじやうにゐにあがらせたまひて、ないらんのせんじをかうぶらせおわしましたりしをこそ、時の人めをおどろかしたるごしようじんとまうししに、これはそれにもなほてうくわせり。ひさんぎにて、にゐのちゆうじやうよりさいしやうだいなごんだいしやうをへずして、だいじんくわんばくになりたまへるれい、これやはじめなるらむ。さればだいげき、たいうのし、しゆひつのさいしやうにいたるまで、皆あきれたるていなり。おほかたたかきもいやしきも、ぜひにまよはぬは一人もなかりけり。きよきよねんの夏、なりちかのきやうふし、しゆんくわんそうづ、ほくめんのげらふどもが事にあひしをこそ、あさましと君もおぼしめし、人もおもひしに、
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是はいまひときはの事なり。されば、「是はなにごとゆゑぞ。おぼつかなし。この関白にならせ給へるにゐの中将殿の、中納言になりたまふべきにてありけるを、さきの関白殿のおんこ、さんゐのちゆうじやうもろいへとて八才になりたまへりしが、そばよりおしちがへてなり〔給〕へる故」とぞ申けれども、「さしもやは有べき。さらば関白殿ばかりこそ、かやうのとがにもあたり給はめ。四十よにんまでの人の、事にあふべしや。いかさまにもやうあるべし」とぞ、まうしあへりける。てんまげだうの、入道のみにいれかはりにけるよとぞみへける。人の夢にみけるは、さぬきのゐんごかうありけるに、おんともにはうぢのさのをとど、ためよしにふだうなどさうらふなり。院の御所へじゆぎよあらむとて、まづためよしをいれられてみせられければ、いそぎまかりいでて、「この御所にはおんおこなひひまなく候也。そのうへ只今もおんぎやうぼふのほどにて候」と申ければ、「さては
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かなはじ」とてくわんぎよあるに、ためよし申けるは、「ささうらはば、清盛がもとへいらせ給へ」と申ければ、それへごかうなりけると、みたりけるとかや。さればにや、君をもあしくおもひまひらせ、しんをもなやまし給らむ。まことにこの夢おもひあはせらるる、入道のしんぢゆう也。ただしおんともにうぢのさのをとどのさうらひたまはむには、太政大臣うきおんめを御覧ぜさせ給べしや。心にいれかわり給はんにも、この御事ばかりをばよきやうにこそ、入道もはからはれむずれ。こればかりぞ心えがたき。人はたかきもいやしきも、しんは有べき事なり。法皇は常にごしやうじんにておんおこなひひまなきによつて、あくまもおそれを奉けり。入道はわかくしてはしんもありて、ほうげんのかつせんの時も、「あさひにむかひてはいくさせじ」とたてられたりけるが、そののちはあまりにてうおんにほこりて、しんもかき給へり。とみてをごらざる者なしといふ事は、この入道のありさまにてぞ有べ
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きと、今こそおもひあはせけれ。およそは人のいたりてさかへて心のままなるも、そのまごたえはてぬべきずいさうなりと心えて、よくよくつつしむべき事なり。あぜちのだいなごんすけかたのきやう、おなじくしそくさせうしやうすけとき、おなじくまごせうしやうまさかた、いじやう三人をばきやうぢゆうをおひいださるべきよし、とうだいなごんさねくにのきやうをしやうけいとして、はかせのはんぐわんなかはらののりさだをめしてせんげせらる。いづくをさだむともなく、都のほかへおはれけるこそかなしけれ。ちゆううのたびとぞおぼえける。くわんにんきたりておひければ、おそろしさのあまりに、物をだにものたまひをかず、まごこひきぐしていそぎいでたまふ。きたのかたよりはじめて、にようばう、さぶらひ、おめきさけぶ事おびたたし。三人涙にくれたまひて、ゆくさきもみへねども、そのよなかにここのへのうちをまぎれいでて、やへたつくものほかへぞおもひたたれける。にししゆしやくより西をさして、おほえやま、いくののみちをへつつ、たんばのくに
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むらくもといふ所にしばらくやすらひ給けるが、のちにはしなののくににおちとどまりたまふとぞきこへし。このきやうはいまやう、らうえいのじやうずにて、院のきんじゆ、たうじのちようしんにておわせしかば、法皇もしよじないげなくおほせあはせられけるあひだ、入道ことにあたまれけるにや。
廿八 だいじやうだいじんはおなじき十七日都をいでたまひて、をはりのくにへながされたまふとぞきこへし。このおとどはさんぬるほうげんぐわんねん七月、ちちうぢのあくさふの事にあひたまひし時、中納言の中将と申て、おんとし十九歳にて、同八月とさのくにへながされたまひたりしが、おんあにのうだいしやうたかながのあつそんは、ききやうをまたず、はいしよにてうせたまひにき。これは九年をへて、ちやうぐわん二年六月廿七日、めしかへされたまひて、おなじき十月十三日、ほんゐに、ふして、えいまんぐわんねん八月十七日、じやうにゐにじよせらる。にんあんぐわんねん十一月五日、さきのちゆうなごんよりごんだいなごんにうつり給ふ。をりふし大納言あかざりければ、かずのほかにぞ
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くははりたまひける。大納言の六人になる事、これよりはじまれり。またさきのちゆうなごんより大納言にうつる事、ごやましなのおとどさんしゆこう、うぢのだいなごんたかくにのほかは、せんれいまれなりとぞきこへし。くわんげんのみちにたつして、さいげいひとにすぐれて、君もしんもおもくし奉りたまひしかば、しだいのしようじんとどこほらず、ほどなく大政大臣にあがらせ給へりしに、「いかなるぜんぜのごしゆくごふにて、又かかるうきめにあひたまふらむ」とぞ申ける。ほうげんの昔はさいかいとさのくににうつり、ぢしようの今はとうくわんをはりのくにへおもむき給ふ。もとよりつみなくしてはいしよのつきをみむといふ事は、こころあるきわの人のねがふ事なれば、おとどあへて事ともし給はず。十六日のあかつきがた、やましなまでいだし奉る。同十七日の朝、あかつきふかくいでたまへば、あふさかやまにつもる雪、よものこずゑもしろくして、ありあけのつきほのかなり。あいゑん空にをとづ
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れて、いうしざんげつにゆきけむかんこくのせき、おもひいでらる。むかしえんぎだいしのみやせみまるの、びはをだんじわかをえいじて、嵐の風をしのぎつつすみたまひけむわらやの、心ぼそくうちすぎて、うちでのはま、あはづのはら、いまだ夜なればみへわかず。そもそもてんちてんわうのぎよう、やまとのくにあすかのをかもとのみやより、たうごくしがのこほりにうつりて、おほつのみやをつくられたりけりときくにも、このほどはくわうきよのあとぞかしとあはれなり。あけぼのの空になりゆけば、せたのからはし渡る程に、みづうみはるかにあらはれて、かのまんぜいしやみがひらの山にゐて、「こぎゆくふね」とながめけむ、あとのしらなみあはれなり。のぢのしゆくにもかかりぬれば、かれのの草における露、ひかげにとけて、たびごろもかはくまもなくしほれつつ、しのはらとうざいへみわたせば、はるかに長きつつみあり。北にはきやうじんすみかをしめ、南にちすい遠くすめり。はるかにむかへの岸の水、くがにはみどり
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深きまつ、はくはの色にうつりつつ、なんざんのかげをひたさねども、あをくしてくわうやうたり。すざきにさわぐをしがもの、あしでをかきけるここちして、都をいづるたびびとのこのしゆくにのみとどまりしが、うちすぐるのみ多くして、いへゐもまれになりゆけり。これをみるにつけても、「かわりゆくよのならひ、あすかのかはのふちせにもかぎらざりき」とあはれなり。かがみのしゆくにもつきぬれば、「むかしおきなのたまひあはせて、『おいやしぬる』とながめしも、このやまの事なりや」と、かりたくは思へども、むさでらにとどまりぬ。まばらなるとこの冬のあらし、夜ふくるままにみにしみて、都にはひきかはりたるここちして、まくらに近きかねのこゑ、あかつきの空におとづれて、かのゐあいじの草のいほりのねざめもかくやとおもひしられ、かまうののはらうちすぐれば、をいそのもりのすぎむらに、よももかすかにかかる雪、あさたつそでにはらひあへず、おとにきこへしさめがひの、
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くらきいはねにいづるみず、みづぎはこほりあつくして、まことにみにしむばかりなり。きうかさんぶくの夏のひも、はんゆうふがだんせつのあふぎ、がんせんにかはるめいしよなれば、けんとうそせつの冬のそら、ぐわつしせつせんのほとりなる、むねつちをみるここちする。かしはばらをもすぎぬれば、みののくにせきやまにかかりぬ。こくせん雪のそこにこゑむせび、れいらんまつのこずゑにしぐれて、ひかげもみへぬうちくだりみち、心ぼそくもこえすぎぬ。ふはのせきやのいたびさし、としへにけりとみおきつつ、くひぜがはにとどまり給ふ。よふけひとしづむれば、しもつきはつかにおよぶころなれど、みなしろたへのはれの空、きよきかはせにうつろひて、てるつきなみもすみわたり、じせんりのほかのこじんの心もおもひやり、旅の空いとどあはれにおもひなし、をはりのくにゐどたのさとにつきたまひぬ。かのたうのたいしのひんかくはくらくてん、げんわ十五年の秋、きうかうぐんのしばに
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させんせられて、しんやうのえのほとりにちちやうしたまひける、古きよしみをおもひやりて、しほひがた、しほぢはるかにとほみして、常はなみのつきをのぞみうらかぜにうそぶきつつ、びはをだんじしいかをえいじて、なほさりにひをおくり給へり。あるよたうごくだいさんのみや、あつたのやしろにさんけいあり。としへたる森のこのまよりもりくる月のさしいりて、あけのたまがき色をそへ、わくわうりもつの庭にひくしさくの風にみだれ、何事につけてもかみさびたるけいきなり。あるひとのいはく、「このみやとまうすはそさのをのみこと、これなり。はじめはいづものくににみやづくりありき。やへたつといふさんじふいちじのえい、このおんときよりはじまれり。けいかうてんわうのぎよう、このみぎりにあとをたれたまへり」といへり。もろなが、しんめいほふらくの為にびはをだんじたまひけるに、ところもとよりむちのぞくなれば、なさけをしれる人まれなり。いうらう、
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そんぢよ、ぎよじん、やそう、かうべをうなだれ耳をそばたつといへども、さらにせいだくをわかちりよりつをしれる事なし。されどもくわはきんをだんぜしかば、ぎよりんをどりほとはしり、ぐこう歌をはつせしかば、りやうちんうごきうごく。物のたへなるをきはむる、しぜんにかんをもよほすことわりにて、まんざ涙をおさふ。そのこゑさうさうせつせつとして、又しやふしやふたり。たいげんせうげんのきんけいのあやつり、たいしゆせうしゆのぎよくばんにをつるにあひにたり。てうだんするすきよくをつくし、やろしんかうにおよびて、「ねがはくはこんじやうせぞくもんじのごふ」といふらうえいと、「ふがうでうの中に花ほんふくのかをりをふくみ、りうせんのきよくのあひだに、つきせいめいのひかりあきらかなり」といふらうえいとを、りやうさんべんせられけるに、しんめいかんおうにたへず、ほうでんおほきにしんどうす。しゆうじんみのけいよだちて、きいのおもひをなす。大臣は、「平家のかかるあく
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ぎやうをいたさざらましかば、今このずいさうををがまましやは」と、かつうはかんじかつうはよろこびたまひけり。あるときまたつれづれのあまりに、みやぢやまにわけいらせ給ふ。ころはかむなづきはつかあまりの事なれば、こずゑまばらにしておちばみちをうづみ、はくぶ山をへだてて、鳥のひとこゑかすかなり。山又山をかさぬれば、里をかへりみしとぼそもへだたりぬ。うしろはしようさんががとして、はくせきのりゆうすいみなぎりおつ。すなはちせきしやうにりうせんのたよりをえたるしようちなり。こけせきめんにむして、じやうげんの曲をしらべつべし。いはのうへにからかはのうちしき、しとうのこうのおんびはいちめん、みずいじんありけるを、滝にむけておんひざの上にかきすへ、ばちをとりげんをうちならし給ふ。しげんだんの中にはきゆうしやうだんをむねとし、ごげんだんの中にはぎよくしやうだんをさきとす。かろくをさへゆるくひねりかひて、またかきかへす。はじめはげいしやう
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をなし、のちには、たいげんさうさうとしてごとしむらさめの、せうげんせつせつとしてひぎよににたり。だいいちだいにのげんはさくさくたり。春のうぐひすかんくわんとして、花のもとになめらかなり。だいさんだいしのげんの声はせつせつたり。かんせんいうえつして、こほりのしたに難なづまし。たいしゆせうしゆのぎよくばんにおつるをと、きんけいのあやつり、ほうわうゑんあうのわめいの声をそへずといへども、ことのてい、さんじんかんをたれたまふらむとおぼえたり。さびしきこずゑなれども、そうくわたくぼくはそらにれいろうのひびきを送る。そのとき水のそこよりあをぐろいろのきじんしゆつげんして、ひざびやうしをうちて、おんびはにつけて、うつくしげなる声にてしやうがせり。なにもののしわざなるらむとおぼつかなし。きよくをはれり。だんをはらひばちををさめたまふとき、きじんまうしていはく、「われはこのみづの底に多くとしつきをすごすといへども、いまだかかるめでたきおんことをばうけたまはらず。このおんよろこびには
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今三日の内にごきらくのあらむずるなり」とまうしもはてねば、かきけつやふにうせにけり。すいじんのしよぎやうとはいちしるし。このほどの事をおぼしめしつづくるに、「あくえんはすなはちぜんえんとはこれなりけり」とおぼしめししられけり。そののち第五日とまうししに、きらくのほうしよをくだされき。くわんげんのおんぎよくをきはめ、たうだいまでもめうおんゐんたいしやうこくとまうすは、すなはちこの御事也。「めうおんぼさつのけし給へるにや」とぞ申ける。むらかみのせいしゆ、てんりやくの末のころ、かむなづきのなかば、つきかげさへて風の音しづかに、よふけひとしづまりてせいりやうでんにおはしまして、すいぎうのつののばちにてげんじやうらくのはをしらべさせ給つつ、御心をすまさせ給ひけるに、天より影のごとくにしてとびきたりて、しばらくていしやうに休むきやくあり。せいしゆ是を御覧じて、「何者ぞ」ととひたまふ。「われはこれたいたうのびはのはかせ、れん
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しようぶとまうすものなり。てんにんのくわほうをえて、こくうにひぎやうするみにてさうらふが、ただいまここをまかりすぎさうらふが、御琵琶のばちおとにつきまひらせてまゐりてさうらふなり。いかむとなれば、ていびむにびはのさんきよくをさづけし時、ひとつのひきよくをのこせり。さんきよくとは、だいじやうはくし、やうしんさう、りうせん、たくぼく、これなり。りうせんに又二曲あり。一にはせきしやうりうせん、二にはしやうげんりうせん、是なり。おそらくは君にさづけたてまつらむ」と申ければ、せいしゆことにかんじたまひて、おましをしりぞけておんびはをさしおき給へば、れんせうぶこれをたまはつて、りうせん、たくぼく、やうしんさうのひきよくをぞつくしける。しゆうしやうもとのざしきになをり給ひ、かのきよくをひきたまふに、ばちおとなほすぐれたり。ひきよくつたへたてまつりてのち、こくうにとびあがり、雲をわけてのぼりにけり。ていわうこれをはるかにえいらんあつて、ぎよいの袖をおんかほにおしあてて、かんるいをぞながされける。このおとどききやうののち、ご
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さんだいありて、びはをしらべたまひしかば、げつけいうんかく耳をうなたれ、たうしやうたうかめをすまして、いかなる秘曲をかひきたまはむずらむとおもひゐたるに、よの常のやうなるがわうおん、げんじやうらくをひかれたりけるに、しよにん思はずになりにけり。しかるに「がわうおん、げんじやうらく」とは、「わうおんをよろこびてみやこへ帰りたのしむ」とよめり。きのふはとうくわんのほかにうつされて、物うきすまひなりけれども、けふはほくけつの内につかへて、楽しみさかへ給へば、このきよくをそうし給ふもことわりとぞおぼゆる。このとのを平家ことににくみたてまつりける事は、たいたうよりなんじのもんをつくりてくげへたてまつりたりけり。これをよむひとなかりけるに、このとののよまれたりけり。平家の為にあしかりけるゆゑなり。せんどにもんじみつあり。ひとつには「国」のつくり、□。これをば「王なき国」とよまれけり。ふたつには国のつくりの中に「分」といふじをみつかきたり、■。これをば「くにみだれてかまびすし」とよまれたり。みつは
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しんだいのしんのもんじをふたつならべてかきたり、■。これをば「したためにやらむぞ」とよまれたり。のちのたびには「かちゆうかちゆうちゆうちゆう、くうちゆうしちにちいうひ、かいちゆうしちにちいうひ」。このもんをもこのとのみたまひて、くちびるをのべてわらひてみなよまれたりけれども、うけたまはりける人々こまかにおぼえざりけり。「これは平家のあくぎやうのいこくまできこえて、国の主をはづかしめ奉るもんなるべし」とぞ、のちにはひとまうしける。さゑもんのすけなりふさはいづのくにへ流さる。びつちゆうのかみみつのりはもとどりきられにけり。がうのたいふのはんぐわんとほなり、「くわせらるべき四十二人が内にいりたり」とききて、「今はいかにものがるべきにあらず。まことや、るにんさきのうひやうゑのすけよりともこそ、へいぢのらんげきにちちしもつけのかみちゆうせられ、したしきものどもみなみなうしなわれて、ただひとりきりのこされて、いづのくにひるがしまにながされておわすなれ。かの人は末たのもしき人なり。うちたのみてくだりたらば、もしこのなんをのがるる事も
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や」とおもひて、かはらいたのいへをうちいでて、ふし二人いなりやまにこもりたりけるが、「よくよくおもへば、兵衛佐たうじよにある人にてもなし。さればさうなく入道かんだうのわれらをうけとることもありがたし。又あふさか、ふはのせきをこえすぎむ事もをだしかるべしともおぼえず。そのうへ、平家のけにん国々にじゆうまんせり。ろとうにしていふかひなくからめとられて、いきながら恥をさらさむ事も心うかるべし」とおもひかへして、かはらざかのしゆくしよへうちかへりて、いへにひをさして、ほのほの中へはしりいりて、ふしともにやけしにけり。時にとりてはゆゆしかりけることどもなり。このほかの人々もにげまどひ、あわてさわぎあへり。あさましともいふはかりなし。きよきよねん七月、さぬきのほふわうのごついがう、うぢのあくさふぞうくわんのことありしかども、をんりやうもなほしづまり給はぬやらむ、このよの有様、ひとへにてんまのしよぎやうと
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ぞみへし。「およそこれにかぎるまじ。なほにふだうはらすへかね給へり」とて、のこれる人々をぢあひけるほどに、
廿九 そのころさせうべんゆきたかとまうすひとは、かんゐんの右大臣ふゆつぎよりは十二代、こなかやまのちゆうなごんあきときのきやうのちやうなんにておわせしが、にでうのゐんのみよに近くめしつかはれて、べんになりたまひし時も、うせうべんながかたのあつそんをこえて、さにくはへられにけり。五位のじやうしゐし給へりしに、とうようの人をこえなむどして、ゆゆしかりしが、にでうの院におくれ奉りて、時をうしなへりしかば、にんあんぐわんねん四月六日、くわんをとどめられてろうきよしたまひしより、永くせんどをうしなひて、十五年の春秋を送りつつ、夏秋のかういにも
およばず、てうぼのしよくも心にかなわずして、かなしみの涙を流し、春のそのにはすずりをならして、はなをもつてゆきとしようし、秋のまがきにはふでをそめてきくをかりてほしとかうす。
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いがのにふだうじやくねんがりやうぜんにろうきよして、
春きてもとはれざりけりやまざとを花さきなばとなにおもひけむ K065
とえいじて、ながめゐたりしここちして、あかしくらし給ける程に、十六日さよふくるほどに、だいじやうにふだうどのよりとてつかひあり。ゆきたかさわぎ給へり。人々あはつめり。「我もいかなるべきにか。この十四五年のあひだはなにごとにもあひまじはらねば」とはおぼしけれども、「さるにつけても、むほんなむどによりきするよし、人のざんげんやらむ」と、思わぬ事なくおぼしけり。「むかしむらかみのぎよう、たちばなのなほもとが、『こうしんのくわんくわをのぞめば、まなこくもぢにつかれ、はうじんのえいせきにならべば、をもてでいさにたる』とそうしけむは、せめてなほてうていにつかへ奉り、しようじんのおそき事をこそながきしに、これはなほもとがおもひをはなれてさんごのせいざうを送り、今
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入道にうらまれ奉るべしとは思はねども、たうせいのありさまとがなくしてつみをかうぶれば、いかにとあるべき事やらむ」となげきながら、「いそぎ参るべし」とのたまひたりけれども、うし、くるまもなし、しやうぞくもなし。おぼしわづらひて、おととのさきのさゑもんのすけときみつとまうしけるをはしけり、「かかる事こそあれ」と、おほせおくられたりければ、うし、車、ざつしきのしやうぞくなむどいそぎたてまつり給へりければ、にしはつでうへをののくをののくおわしたれば、入道げんざんしたまひてのたまひけるは、「こちゆうなごんどのしたしくおわしましし上、ことにたのみたてまつりて、だいせうじまうしあはせたてまつりさうらひき。そのおんなごりにておわしませば、おろかにおもひたてまつることなし。ごろうきよとしひさしくなりぬる事なげきぞんじさうらへども、法皇のおんぱからひなればちからおよばずさうらひき。今はごしゆつしあるべく候」とのたまひければ、ゆきたかまうされけるは、「この十四五年があひだはまよひ者になりはてさうらひて、しゆつしのほふみぐるしげなる
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者にて、いかにすべしともぞんぜず候へども、このおほせの上はともどもおんぱからひにしたがひたてまつりさうらふべし」とて、てをあはせ、「今のおほせ、ひとへにかすがのだいみやうじんのおんぱからひとあふぎ奉り候」とていでられぬ。おんとものものども、べつじなしとおもひて、いそぎ帰る。弟のさゑもんのすけのもとへ人をつかはして、「べつじなく只今なむかへりて候」とつげられたり。ゆきたか、入道のいひつるやうをかたり給ければ、きたのかたよりはじめて皆なきわらひしてよろこびけり。こうてうに、げんだいふのはんぐわんすゑさだがこはちえふの車に入道のうしかけて、うしわらはしやうぞくあひぐして、ひやつぴきひやくくわんひやくこくをおくられたりける上、「今日べんになしかへし奉べし」と有ければ、よろこびなむどはいふはかりなし。かちゆうのじやうげ、てのまひ、足のおきどころをしらず。「あまりの事にや。夢かや」とぞおもひける。さて十七日、うせうべんちかむねのあつそん、おひこめられしかば、そのところをうせうべんになしかへして、おなじき十八日、ごゐのくらんどになさるるに、
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今年は五十一になり給へば、いまさらにまたわかやぎたまふもあはれなり。
つひにかく花さく秋になりにけりよよにしほれし庭のあさがほ K066
かくてとしつきをふるほどに、このひとのおんこ、とうだいじのちやうくはん、中納言むねゆきのきやうとまうしし人は、こののち四十三年の春秋をへて、じようきうさんねんのちらんのとき、きやうがたたりしあひだ、そのふによつてくわんとうへめしくだされ、するがのくにうきしまがはらにして、だんとうざいくわのよしをききて、りよしゆくのまくらの柱、かくぞかきつけける。
今日すぐるみをうきしまがはらにてぞつひのみちをばききさだめつる K067
昔はなんやうけんのきくすい、かりうをくみてよはひをのべ、今はとうかいだうのきせがは、せいがんにやどりていのちをうしなふ。とかき給へり。つひにせきにしてうしなはれたまひぬ。今のよまでもあはれなる事にはまうしつたへたり。
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卅 はつかのひ、ゐんのごしよしつでうどのにぐんびやううんかの如くしめんにうちかこみたり。にさんまんぎもや有らむとみゆ。こはなにごとぞと、ごしよぢゆうにさうらひあひたる、くぎやう、でんじやうびと、じやうげのほくめんのともがら、つぼねつぼねの女房までも、さこそあさましくおぼしけめ。しんぢゆうただをしはかるべし。「むかしあくうゑもんのかみがさんでうどのをしたりけるやうに、ひをかけて人をみなやきころさむとする」といふ者もありければ、つぼねの女房、うへわらはなむどはをめきさけびて、かちはだしにて、物をだにもうちかづかず、まどひいでてたふれふためきさわぎあへる事、いふはかりなし。「ひごろのよの有様に、けふのぐんびやうのかこみやう、さにこそ」とはおぼしめしけれども、「さすがにたちまちにこれほどの事あるべし」とも、おぼしめしよらざりけるやらむ、法皇もあきれさせたまひたりけるに、さきのうだいしやうむねもりこうまゐられたりければ、「こは何事ぞ。
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いかなるべきにてあるぞ。遠き国、はるかの嶋へはなたむとするか。さほどつみ深かるべしとはおぼえぬ物を。しゆしやうかくておわしませば、よのまつりごとにこうじゆするばかりにてこそあれ。その事さるべからずは、是よりのちにはてんがの事にいろはでこそあらめ。なんぢさてあれば、おもひはなたじとたのみてあるに、いかにかく心うきめをばみするぞ」とおほせられければ、うだいしやうまうされけるは、「さしものおんことはいかでか候べき。よをしづめさうらわむ程、しばらくとばどのへ渡しまひらすべき由を、入道まうしさうらひつる」とまうせば、「ともかくも」とおほせられければ、おんくるまさしよす。だいしやうやがておんくるまよせにさうらふ。さゑもんのすけとまうしし女房、出家ののちにはあまぜとめされしあまにようばう一人ぞ、おんくるまのしりに参りける。おんもののぐにはおんきやうばこばかりぞ御車にはいれられける。法皇は、「さてはむねもりもまひれかし」とおぼしめしたるおんけしきの、あらはにみへさせ
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たまひければ、「こころぐるしきおんともしてみおきまひらせばや」とは思われけれども、入道のけしきにおそれて参られず。それにつけても法皇は、「兄のだいふには事のほかにおとりたる者かな」とぞおぼしめされける。「ことわりなり。まろはひととせかかるめをみるべかりしを、こだいふがいのちにかへていひとどめたりしによりてこそ、今まではあんをんなりつれ。だいふうせぬる上はいさむる人もなしとて、そのところをえて、はばかるところもなくかやうにするにこそ。ゆくすゑこそさらにたのもしからね」とぞおぼしめしける。くぎやう、てんじやうびとの一人もぐぶするもなし。ほくめんのげらふ二三人とおんりきしやこんぎやうほふしばかりぞ、「君はいづくへわたらせたまふやらむ」とおもひける心うさに、おんくるまのしりに、げらふなれば、かいまぎれてぞまひりける。そのほかの人々は、しつでうどのより皆ちりぢりにうせにけり。御車のぜんごさうには
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三万よきのぐんびやううちかこんで、七条を西へしゆしやくをくだりに渡らせ給へば、きやうぢゆうのきせんじやうげ、しづのをしづのめにいたるまでも、「院の流されさせたまふ」とののしりてみ奉り、たけきもののふも涙を流さぬはなかりけり。とばのきたどのへいらせたまひにければ、ひぜんのかみやすつなと申ける平家のさぶらひ、守護し奉る。法皇のおんすまひ、只おしはかりまひらすべし。さるべき人一人も候はず。あまぜばかりぞ、ゆるされてまひりける。只夢のおんここちして、ちやうじつのおんぎやうぼふ、まいにちのおんつとめ、御心ならずたいてんす。ぐごまひらせたりけれども、御覧じもいれず。さきだつものはただ御涙ばかりなり。もんのないげにはぶしじゆうまんせり。国々よりかりあつめられたるえびすなれば、みなれたる者もなし。つべたましげなるかほけしき、うとましげなるまなこやう、おそろしともおろかなり。だいぜんの
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だいぶなりただがしそく、十六歳にてさひやうゑのじようと申けるが、いかにしてまぎれまゐりたりけるやらむ、さうらひけるをめして、「こよひ、まろはいちぢやううしなわれぬるとおぼゆるなり。いかがせむずる。おゆをめさばやとおぼしめすは、いかに。かなはじや」とおほせありければ、けさよりきもたましひもみにしたがはず、をむばくばかりにて有けるに、このおほせをうけたまはれば、いとどきえいるやうにおぼへて、物もおぼへず、悲しかりけれども、かりぎぬにたまだすきあげて、水をくみいれて、こしばがきをこぼち、おほゆかのつかはしらをわりなむどして、とかくしておゆしいだしたりければ、おんぎやうずいまひりて、なくなくおんおこなひぞ有ける。最後のおんつとめとおぼしめされけるこそかなしけれ。されどもべつじなく夜はあけにけり。さんぬるなぬかのだいぢしんは、かかるあさましき事のあるべかりけるぜんべうなり。「じふろくらくしやの底までもこたへて、けんらう
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ぢじんもきやうどうしたまひける」とぞおぼへし。おんやうのかみやすちかのあつそんはせまゐりて、なくなくそうもんしけるもことわりなりけり。かのやすちかのあつそんは、せいめいごだいのあとをうけて、てんもんのえんげんをきはむ。じやうだいにもなく、たうせいにもならぶ者なし。すいでうたなごころをさすが如し。いちじもたがわず。「さすのみこ」とぞ人申ける。いかづちおちかかりたりけれども、らいくわの為にかりぎぬのそでばかりはやけき、みはすこしもつつがなかりけり。
卅一 廿一日、じやうけんほふいんは、このたびはおんつかひのぎにてはなくて、わたくしにおもひきりたるけしきにて、だいじやうにふだうのもとへゆきむかひて申けるは、「ほふわうとばどのに渡らせたまふが、ひとひとりもつきまひらせぬよしうけたまはりさうらふが、こころぐるしくおぼえさうらふ。しかるべくはおんゆるされをかうぶらむ」と、なくなくまうされければ、ほふいんうるはしき人の事あやまつまじきにてありければ、ゆるされてけり。てをあはせよろこびて、いそぎとばどのへまゐられたりければ、おんきやううち
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たつとくあそばして、ごぜんに人一人もさうらはざりけり。じやうけんほふいんまゐられたりけるをごらんじて、うれしげにおぼしめしてあれば、「いかに」とおほせありもはてず、おんきやうに御涙のはらはらとおちかかりけるをみまひらせて、ほふいんもあまりにかなしくおぼえければ、「いかに」ともえ申さで、ごぜんにうつぶして、声もをしまずなきたまへり。あまぜもおもひいりてふししづみたりけるが、法印の参られたりけるをみてをきあがりつつ、「きのふのあさ、七条殿にてぐごまひりたりしほかは、よべもけさも、おゆをだにも御覧じいれず。長きよすがらぎよしんもならず。おんなげきのみくるしげにわたらせおわしませば、ながらへさせ給わむ事もいかがとおぼゆる心うさよ」とて、さめざめとなきたまひければ、「いかにぐごはまひらぬにか。このことさらになげきとおぼしめすべからず。平家よをわがままにして、既に
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にじふよねんになりぬ。なにごともかぎりある事なれば、えいえうきはまつて、しゆくうんつきなむとする上、てんまかのみにいれかはりてかやうにあくぎやうをくたはつといへども、きみあやまらせたまふことひとつなし。かくて渡らせたまふとも、てんせうだいじん、しやうはちまんぐう、君のとりわけてたのみまひらせ給ふひよしさんわうしちしや、いちじようしゆごのおんちかひたがふことなくして、かのほつけはちぢくにたちかけりてこそ、まもりまひらせおわしましさうらふらめ。しんかにんみんの為には、ますますじんをおこなひ、めぐみをほどこし、せいむにおんわたくしなからじとおぼしめさば、てんがは君のみよになりかへり、あくとは水のあわときえうせむ事ただいまなり」とまうされて、ぐごすすめまひらせらる。おんゆづけすこしまひりたりければ、あまぜもすこしちからつきて、君もいささかなぐさむ御心をはしましけり。このさゑもんのすけとまうすにようばうは、わかくより法皇のおぼぎ、たいけんもんゐんにさうらわれけ
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るが、しないみじき人にてはなかりけれども、心さかざかしうして、いつしやうふぼんの女房にておわしければ、きよき者なりとて、法皇のごえうちのおんときより、近くめしつかわせたまひけり。しんかも君のおんけしきによつて、「あまごぜん」とかしづきよばれけるを、法皇のうやまうじをりやくして、おんかたことに、「あまぜ」とおほせの有けるとかや。かかりければ、とばどのへも只一人つきまひらせられたりけり。しゆしやう高倉院は、しんかの多くほろびうせ、くわんばくどのの事にあわせたまひたるをだにも、なのめならずなげきおぼしめしけるに、まして「法皇のかやうにをしこめられさせおわします」ときこしめされしかば、何事もおぼしめしいらぬさまなり。ひをへつつおぼしめししづみて、ぐごもはかばかしくまひらず、ぎよしんもうちとけてならず。つねはおんここちなやましとて、よるのおとどにいらせおはしませば、きさいのみやをはじめたてまつり、
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ちかくさうらふにようばうたちも、「いかなるべき御事やらむ」と、こころぐるしくぞおもひ奉りける。だいりには、法皇のとばどのにをしこめられさせたまひしひより、ごじんじにて、まいやにせいりやうでんのいしばひのだんにてだいじんぐうをはいしまひらせ給けり。この御事をいのりまうさせおわしましけるにこそ、おなじおやこのおんあひだと申ながら、おんこころざしの深かりけるこそ、あはれにやむごとなけれ。「はくかうのうちにはかうかうをもつてさきとす。めいわうはかうをもつててんがををさむ」といへり。されば、「たうげうはおいおとろへたる母をそんす。ぐしゆんはぐせいなる父をうやまふ」といへり。かんのかうそていゐにつきたまひてのち、ちちたいこうををしえたまひしかば、「てんにふたつの日なし。ちにふたつのあるじなし」とて、いよいよおそれたまひしに、だいじやうてんわうの位をさづけたまひき。これみなかんかのめいわうのおこなひたまふことなり。かのけんわうせいしゆのせんぎをおわせおわしましけむてんしのおんまつりごとこそめでたけれ。にでうのゐんも
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けんわうにてわたらせたまひけるが、おんくらゐにつかせたまひてのちは、「てんしにふぼなし」と常にはおほせられて、法皇のおほせをももちゐまひらせたまはざりしかば、ほいなき事におぼしめしたりしゆゑにや、よをもしろしめす事も程なかりき。さればけいていの君にてもわたらせ給はず。まさしくおんゆづりをうけさせおわしましたりけるみこのろくでうのゐんも、ございゐわづかに三年、五歳にて御位しりぞかせたまひて、だいじやうてんわうのそんがうありしかども、いまだごげんぶくもなくて、おんとし十三才にて、あんげん三年七月廿七日にうせさせたまひにき。ただことならざりしおんことなり。
卅二 だいりよりとばどのへしのびてごしよあり。「よもしづかならず、君もさやうに渡らせ給はむには、かくてくもゐにあとをとどめてもなにかはすべき、かのくわんぺいの昔のあとをたづね、くわさんの古きよしみをたづねて、位をさりいへをいでて、さんりんるらうの
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ぎやうじやともなりさうらはばや」と申させおわしましたつければ、おんぺんじには、「わがみには君のさて渡らせたまふをこそ、たのみにては候へ。さやうにおぼしめしたちなむのち、何のたのみか候べき。ともかくもこのみのなりはてむやうを御覧じはてむとこそ、おぼしめされさうらはめ。ゆめゆめあるべからざるおんことなり。いたくしんきんをなやまし給わむ事、かへりてこころぐるしかるべし。さなおぼしめされさうらひそ」なむど、こまごまなぐさめ申させおわしましければ、しゆしやうごほうしよをりようがんにあてて、御涙にむせびたまふぞかなしき。ゐんうちさへかやうにおんものおもひにむすぼほれさせおわしますぞあさましき。ぢやうぐわんせいえうにいはく、「きみは船なり、しんはみづ。なみををさむれば、船よくうかぶ。みづなみをたたゆれば、船又くつがへさる」といへり。「しんよく君をたもつ。しん又君をくつがへす」。ほうげんへいぢりやうどのかつせんには、にふだうしやうこく君をたもちたてまつるといへども、あんげんぢしようの今は、又君をくつがへし
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たてまつらる。そのことほんもんにさうおうせり。
卅三 十六日、めいうんだいそうじやう、てんだいざすにげんぶし給ふ。しちのみやごじたいありけるによつてなり。入道はかやうにしちらして、「ちゆうぐうだいりにわたらせ給ふ、くわんばくどのわがむこなり。かたがたこころやすかるべし」とやおぼされけむ、「てんがのおんまつりごと、ひとすぢにだいりのおんぱからひたるべし」とまうしすてて、ふくはらへ帰りくだられにけり。むねもりこうさんだいして、このよしをそうもんせられけれども、しゆしやうは、「院のゆづりたまひたるよならばこそ世のまつりごと[セイ]をもしるべき。ただとくしつぺいにまうしあはせて、宗盛はからふべし」とおほせくだされ
て、あへてきこしめしいれられず。あけてもくれても法皇の御事をのみこころぐるしく、いたはしき御事におぼしめされける。
卅四 とばどのにはつきひのかさなるにつけてもおんなげきはをこたらず。法皇は
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せいなんのりきゆうにとぢられて、冬もなかばすぎぬれば、やさんのあらしのこゑいとどはげしく、かんていのつきのかげことにさびしきおんすまひなり。庭には雪ふりつもれども、あとふみつくる人もなし。いけには氷のみとぢかさねて、むれゐる鳥だにもまれなりけり。おほでらのかねの声、ゐあいじのききをおどろかし、しさんの雪の色、かうろほうののぞみをもよほす。しづが下すうぶねのかがりびは御目の前をすぎ、りよかくのゆきかよふくつばみの音、おんみみにこたへてねぶりをさまし奉る。あかつきの水をきしる車の音、はるかにもんぜんによこだはり、夜のしもにさむけききぬたのおと、かすかに枕にかよひけり。ちまたをすぎゆくしよにんのいそがはしげなる事、うきよを渡る有様、おもひやられてあはれなり。「きゆうもんをばんいのよるひるけいゑいをつとむるも、さきのよにいかなるちぎりにていまえんをむすぶらむ」とおぼしめしつづくるもかたじけなし。およそにふれ
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事にしたがひて、おんこころをうごかし、御涙をもよほさずといふ事なし。さるままにはをりをりのごいうらん、ところどころのごさんけい、おんがのぎしきのめでたく、いまやうあはせのきようありしことども、おぼしめしいでられて、くわいきうの御心おさへがたし。かくてことしもくれにけり。

平家物語第二本
(花押)