延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版

平家物語 六(第三本)
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たうくわんのうちうたじふいつしゆこれあり。
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一  なんとのくわさいによつててうはいおこなはれざること
二  なんとのそうがうらくじやうをとどめらるること
三  しんゐんほうぎよのことつけたりもみぢをあいしたまふこと
四  あをゐといふをんなうちへめさるることつけたりしんゐんたみをあはれみたまふこと
五  こがうのつぼねだいりへめさるること
六  だいじやうにふだうのむすめゐんへまゐらすること
七  きそよしなかせいぢやうすること
八  げんじをはりのくにまでせめのぼること
九  ゆきいへとへいけとみののくににてかつせんのこと
十  むさしのごんのかみよしもとぼふしがくびわたさるること
十一 くこくのものどもへいけをそむくこと
十二 ぬかのにふだうとかはのとかつせんのこと
十三 だいじやうにふだうたかいのことつけたりさまざまのくわいいどもあること
十四 だいじやうにふだうじゑそうじやうのさいたんのこと
十五 しらかはのゐんきしんぢきやうのさいたんのこと
十六 だいじやうにふだうきやうしまつきたまふこと
十七 だいじやうにふだうしらかはのゐんのみこなること
十八 とうかいとうせんへゐんぜんをくださるること
十九 ひでひらすけながらにげんじをついたうすべきよしのこと
廿  ごでうのだいなごんくにつなのきやうしきよのこと
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廿一 ほふわうほふぢゆうじどのへごかうなること
廿二 こうぶくじのじやうらくゑおこなはるること
廿三 じふらうくらんどとへいけとかつせんのこと
廿四 ゆきいへだいじんぐうへぐわんじよをたてまつること
廿五 よりともとたかよしとかつせんのこと
廿六 じやうのしらうときそとかつせんのこと
廿七 じやうのしらうゑちごのくにのこくしににんずること
廿八 ひやうがくのいのりにひほふどもおこなはるること
廿九 だいじんぐうへくろがねのかつちうおくらるること
三十 りやうあんによつてだいじやうゑえんいんのこと
卅一 くわうかもんゐんほうぎよのこと
卅二 かくくわいほふしんわううせたまふこと
卅三 院のごしよにわたましあること
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平家物語第三本
一 ぢしよう五年正月ひとひのひ、あらたまのとしたちかへりたれども、だいりには、とうごくのひやうがく、南都のくわさいによつて、てうはいなし。せちゑばかりはおこなはれたりけれども、しゆしやうぎよしゆつなし。くわんばくいげ、ふぢはらうぢのくぎやう一人もまゐられず。うぢてらぜうしつによつてなり。只平家の人々ばかりをせうせうまゐりてとりおこなはれける。それも物のねもふきならさず、ぶがくもそうせず、よしのくずもまゐらず、はらかもそうせず、かたのごとくの事にてぞ有ける。ふつかのひ、てんじやうのえんすいなし。なんによううちひそまつて、きんちゆうのぎしき物さびしく、てうぎもことごとくすたれ、ぶつぽふわうぼふともにつきにけるかとぞみへし。
二 五日、南都のそうがうらげくわんして、くじやうをとどめ、
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しよしよくをもつしゆせらるべきよし、せんげせらる。きよねんとうだいじ、こうぶくじをはじめとして、だうたふそうあんみなくわいじんとなり、しゆとはわかきもおいたるも、あるいはうたれ、あるいはやきころされにき。たまたまのこるところはさんやにまじはりて、あとをとどむるものなし。そのうへじやうかうさへかやうになりぬれば、南都はしかしながらうせはてにけるにこそ。ただしかたのやうにても、ごさいゑはおこなはるべきにて、そうみやうのさたありけるに、南都のそうはくじやうをとどめらるべきよし、さんぬるいつかのひせんげせらる。さればいつかうてんだいしゆうの人ばかりぞしやうぜらるべきか、ごさいゑをとどめらるべきか、またえんいんせらるべきかのよし、くわんげきにとひて、そのまうしじやうをもつて、しよきやうにたづねらるるところに、ひとへに南都をすてらるべからざるよし、おのおのまうされける間、さんろんじゆうの僧じやうじついかうと申て、くわんじゆじに有ける僧一人しやうじて、かう
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じとしてぞかたのごとくとげられける。べつたうごんのそうじやうやうゑんも南都やけけるをみて、やまひましてうせたまひにけり。このやうゑんは元よりなさけありける人なれば、ほととぎすの泣けるをききたまひて、
きくたびにめづらしければほととぎすいつもはつねのここちこそすれ K116
とよみたまひてこそ、はつねのそうじやうともいわれ給けれ。かやうにぶつぽふわうぼふともにほろびぬるをかなしみて、つひにうせたまひにけり。げにも心あらむ人は、たえてながらうべきにあらず。むかしかの東大寺のみぐし、にはかにだいぢにおちたまへる事あり。てんがだいいちのふしぎなり。みかどおほきに驚かせ給て、をののたかむらをめして、「なんぢはしんたうをえたりと云きこえあり。このことたなごころをさしてかんがへまうせ」といふりんげんのくだされければ、たかむらかしこまりてまうされけるは、「ことしてんがにえきれいおこりて、にんみん命をうしなはむ事、
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ひやくぶがいちにのこるべし」とて、涙をながしてかなしみけり。「しかるにえんぶだいだいいちのだいがらん、かねてもつけをしめし給へるなり」とまうされければ、みかどおほきにおんなげきあつて、時のうげん、こうぼふだいし、じかくだいし、ちしようだいし、さうおうくわしやう、しんぜいそうじやうをめしあつめさせ給て、なんでんにだいだんをたてて、しちかにちはんにやきやうをかうどくせられければ、だいぶつのみぐし夜の程にほんしんにとびあがりて、ゐとくぎぎとして、そんようだうだうたり。これによつててんがのえうさいもてんじ返されたりけるにや、殊につつがもなかりけり。かかるめでたきせいぜきの、しげひらの為にほろぼされて、かみ一人よりはじめたてまつりて、しもばんみんに至るまで、心ある人は、なげきにしづみ、又なき命をうしなひけるこそ悲しけれ。九日、結摩城をせめおとして、きようど三百七十人がくびをきるよし、ひきやくをたてて申送れり。
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三 さるほどに、しんゐんひごろよりおんみだりごこちおこたらずのみわたらせ給けるが、このよのなかの有様をなげきおぼしめしけるにや、ごなういよいよおもらせおはします。かかりしかば何のさたにもおよばず。いちゐんはいかがせむとなげきおぼしめしける程に、十四日、ろくはらのいけどのにてつひにほうぎよなりぬ。おんとしにじふしち、をしかるべきおんいのちなり。しんゐんのごゆいかいにまかせて、こよひすなはちひがしやまのふもと、せいがんじと云やまでらへおくりたてまつる。御共には、かんだちめ五人、たかすゑ、くにつな、さねさだ、みちちか、今一人はみえず、そのほかてんじやうびと十人、せんぐ十人、ぐぶつかまつるとぞきこへし。くにつなのきやうのむすめ、べつたうのさんゐどのをはじめとして、ちかくめしつかはれける女房三人、おんぐしおろしてけり。あしたのかすみにたぐひ、ゆふべのけぶりとのぼりたまひぬ。うちにはごかいをたもちて慈悲をさきとし、ほかにはごじやうをみだらずれいぎを
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ただしくしたまひき。まつだいのけんわうにてわたらせたまひしかば、ばんにんをしみたてまつること、いつしをうしなへるよりはなはだし。さねくにのだいなごん、おんふえををしへ奉りおはしければ、ひとしれずあはれにかなしくぞおもはれける。てんじやうにてかのおんいみなのさたあるにつけても、「たかくらいかなるおほちにてうきなのかたみ残り、ひがしやまいかなるみねにてつひのおんすみかとさだむらむ」とおもふも悲し。おほかたはけんせいのなをあげ、にんとくのおこなひをほどこしおはします事、皆君せいじんののち、せいだくをわかたせおはしての上の事にてこそあるに、このきみはむげにえうちにおはせし時より、せいをにうわにうけさせ給て、ありがたくあはれなりしおんことどもこそ多かりしか。そのなかにさんぬるかおう、しようあんのころ、ございゐのはじめつかたなりしかば、おんとしじつさいばかりにやならせたまひけむ、もみぢをあいせさせおはして、きたのぢんには山を
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つき、もみぢの山となづけて、はじかへでのきなむどの、色うつくしくもみぢたる枝ををりたてて、ひねもすにえいらんありけれども、なほあきだらずおぼしめしけるにや、あるよのわきのはげしかりけるに、このもみぢふきたをして、らくえふすこぶるらうぜきなり。とのもりのとものみやつこ、あさぎよめせむとて、ことごとくこれをはきすてず。のこれるえだちれるこのはかきあつめて、風すさまじかりけるあしたなれば、ぬひどのの陣にて酒をあたためてたべけるたきぎにしてけり。きんじゆのくらんど、ぎやうがうより先に行て山をみるに、もみぢひとえだもなし。事の次第をたづぬるに、しかしかとまうす。くらんどてをうち、驚て、「さしも君のしふしおぼしめしたりつる物をかやうにしつる、あさましき事なり。しらず、なんぢらただいまめぶきちじやうの
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きんごくにもやせられむずらむ。はたまたるざいにもやおこなはれむずらむ」とおほせふくむ。これら誠にげらふの不覚の誤りなれば、ちからおよばず。「いかなるめをかみむずらむ」と、あへなくこうくわいえきなくて候。蔵人もいかやうなるげきりんかあらむずらむと、むねうちさわぎてゐたる処に、おんひるに成ければ、れいのもの、あさまつりごとにもおよび給わず、よるのをとどをいでもあへさせ給わず、いととくかしこへぎやうがうなりて、もみぢをえいらんあるに、ことさらあとかたなし。「いかに」とおんたづねあるに、蔵人そうすべきはうなかりければ、おそるおそるありのままにそうもんす。てんきことに御心よげにうちわらひおはして、「『りんかんにさけをあたためてこうえふをたく、せきしやうにしをていしてりよくたいをはらふ』といふことをば、それにはたが教へたりけるぞや。やさしくつかまつりたりける
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物かな」とて、かへりてえいかんにあづかりける上は、まうすにおよばず、あへてちよくかんなかりけり。かかりしかば、あやしのしづのを、しづのめにいたるまで、ただこのきみのばんぜいせんしうのごほうさんをぞいのりたてまつりける。されども人のねがひもむなしく、民のおもひもかなはざりけるよのならひこそ、悲しけれ。
四 けんれいもんゐんじゆだいのころ、あんげんのはじめのころ、中宮のおんかたにさうらわれける女房のめしつかひけるをんなわらはべの中に、あをゐといひける女を、思わざるほかのことありて、りようがんにしせきする事有て、なにとなきあからさまの事にてもなくて、よなよなこれをめされけり。おんこころざしあさからずみへければ、しゆうの女房もこれをめしつかふことなし。かへりてしゆうのごとくにかしづきけり。このことてんがにきこへしかば、当時のえうえい右云、「をんなをうみてかなしぶことなかれ、をとこをうみて
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よろこぶことなかれ」。またいはく、「男はこうにほうぜず、女はきさきとなる」。「ただいまにようごきさきにもたち、こくぼせんゐんもたちたまひなむず。いみじかりけるさいはひかな」とまうしののしるときこしめされてのちは、またあへてめさるることなし。おんこころざしのつくるにはあらず、只よのそしりをおぼしめさるるなり。されば常にはながめがちにて、よるのをとどにぞいらせたまひける。おほとのこのこときこしめして、「こころぐるしきおんことにこそあれ。まうしなぐさめまゐらせむ」とて、ごさんだいありて、「このやうにえいりよにかからせ給はば、なんでふおんことかさうらふべき。くだんのにようばうめされさうらふべし〔と〕おぼえさうらふ。ぞくしやうたづねらるるにおよばず。ただみちがいうしに候べし」と申させ給ければ、「いさとよ、おとどのまうさるるところもさる事なれども、位をしりぞきてのちは、さる事ありときけども、まさしくざいゐの時、あこめなむど云て、すそも
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なき物きて、あやしきふるまひする程の物、みにちかづく事をきかず。まろがよにはじめむ事は、こうたいのそしりたるべし。しかるべからず」とおほせありければ、ほつしやうじのおほとの、御涙をおさへて、まかりいでさせたまひにけり。そののちなにとなきおんてならひのついでに、こかをあまたかきすさませたまひおはしける中に、緑のうすやうのことににほひふかきに、このうたをぞあそばしける。
しのぶれど色にでにけりわがこひはものやおもふと人のとふまで K117
おんこころしりの蔵人、このおんてならひを取て、かのにようばうにたまはらす。あをゐ是をたまはりて、ふところにひきいれて、「ここちれいならず」とていでぬ。すなはちひきかづきてふしにけり。わづらふこと卅余日あつて、これを胸の上にあてて、つひにはかなく
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なりにけり。いとあはれなりし事なり。入道これをつたへききて、かぎりなくよろこびたまひけり。「さては今はちゆうぐうのおんかたにちかづかせ給らむ」と、常に人にとひけれども、いとどものうさのみまさらせ給へば、ちかづきおはします事もなかりけり。入道きようさめてぞおもはれける。しゆしやう是をきこしめして、御涙にむせびをわします。「きみがいちにちのおんために、わらはがひやくねんのみをあやまつとも、ことばをちせうなるじんかのをんなによせて、つつしみてみをもつてかろがろしくひとをゆるすことなかれ」とこそいましめたれとて、れんぼのおんおもひもさることにて、よのそしりをぞなほ深くなげきおぼしめしける。かのたうのたいそう、ていじんきが娘をげんちうでんにいれむとしたまふ事を、ぎちよう、「かのにようゐんにりくたいやくせり」といましめまうししによつて、てんにいるることをとどめられけむには、なほまされる御心ばせなり。又哀なりし
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事は、おぼぎけんしゆんもんゐんかくれさせたまひたりしかば、なのめならずおんなげきありけり。ていわうおんいとまの程は、あさまつりごとをとどめらるるならひにてありけるが、まつりごととどめらるること、かへりててんがのなげきたるによつて、一人をもつて一月にあて、十二日をもつて十二月にあてて、十二日すぎぬれば、おんぢよぶくある事なれば、そのひかずすぎて、おんぢよぶく有けるに、まゐりあはせたまひける人々も、「ことさらにこの御事、色にもいだされず。なにとなき、そぞろごと」ともまうしまぎらかさせ給ければ、君もさらぬていにもてなさせおはしながら、おんなげきにたへさせ給わぬおんけしき、あはれにぞみへさせたまひける。たかくらのちゆうじやうやすみちのあつそんまゐりて、すでにぎよいめしかへけるに、おんおびあてまひらせけれども、とみにむすびやらせ給わず。おんうしろよりむすびまひらせけるに、あ
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たたかなる御涙の手にかかりたりけるに、やすみちのあつそんられたへられずして、涙を流したまひけり。是をみ奉りけるくぎやうてんじやうびと、おのおの涙をながされけり。かやうになにごとにつけても、深くおぼしめしいりたるおんありさまなりしかば、ばんにんをしみたてまつること、たとへむ方なし。まして法皇のおんなげき、ことわりにもすぎたり。おんあいの道なれば、いづれもおろかならねど、このことはことにおんこころざしふかかりけるが、こにようゐんのおんはらにておはしまししかば、位につきたまひしそのきはまでも、ひとつごしよにて朝夕なじみまひらせおはしましたりしかば、たがひのおんこころざし深かりけるにこそ。きよきよねんの冬、とばどのにこもらせおはしたりしをも、なのめならずおんなげきありて、ごしよなむどたてまつらせたまひたりし事、あまつさへいつくしまごかうあつてくわんぎよののち、いくほどならずしてほう
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ぎよなりぬ。かくのごときおんことおぼしめしいだすもかなし。誠にたつときもいやしきも、をやのこをおもふは、せむ方なきわざぞかし。ましてかかるけんしゆにおくれまひらせおはしますおんこころのうちこそ、おしはかりまひらすれ。されば昔しらかはのほふわうの、ほりかはのゐんにおくれまひらせて、おんなげきありけむもことわりとおぼしめししられけり。かのほりかはのゐんのおんまつりごとをうけたまはるにこそ、この君のおんありさまたがはず、にさせおはしましたりけれ。このきみにさんだいのぞうそぶぞかし。いうにやさしく人のおもひつきまひらするやうなるすぢは、おそろくはえんぎてんりやくのみかども、かくしもおはしまさずやありけんとぞおぼへし。さんぬるえいちやうぐわんねん十二月、あるところへおんかたたがへのぎやうがうなりたりけるに、さらぬだに、けいじんあかつきにとなふるこゑの、めいわうのねぶりをおどろかすほどになりにしかば、いつもおんねざめがちにて、わうげふ
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ほうじがたき事を、とかくおぼしめしつづけけるに、いとどさゆるしもよのてんき、ことにはげはげしかりければ、うちとけてぎよしんもならず。かのえんぎのひじりの、しかいの民のいかにさむかるらむとて、ぎよいをぬがせたまひけむ事おぼしめしいだして、わがていとくのいたらぬ事をなげかしくおぼしめしつつ、御心をひそめかへしておはしけるに、はるかにほどとほく女の声にて叫ぶ声あり。ぐぶの人々はなにとききとがめられざりけるに、君きこしめしとがめて、うへぶししたるくらんどをめして、「ばんの者やさうらふ。只今叫ぶ者は何者ぞ。みて参れといへ」とおほせくださる。くらんどせんじのおもむきをおほせふくむ。ほんじよのしゆういそぎはしりてみれば、よにあやしげなるげすをんなの、つくもがみをさばきてなきゐたり。「こは何者ぞ」ととひければ、「わがみはだいりにおはしますすけどののおん
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かたのしもべなり。わがしゆうことししやうぐわつぐわんにちのあしたの、とうぐうの御物のやくにあたらせ給たる間、そのぎよいしたためむとて、ほふりんじと申所にごしゆくしよのありつるを、人にあきなひて、そのかわりをもつてぎよいをこしらへて、もつて参りつるほどに、あの山のふもとにて、おそろしげなる者二三人いできたりて、ばいとりてはべるなり。今はおんしやうぞくもさぶらひてこそ、ごしよにもさぶらわせたまひさぶらはめ。おんやがさぶらはばこそたちもいでさせ給はめ。ひかずののべてさぶらはばこそ、又もしたてさせたまひさぶらはめ。又かひがひしくたちよらせ給べき、したしきおんかたもさぶらわず。年のくれにはなりぬ。なにとすべきともおぼえず、おもひわづらひけるあひだ、せむかたのなさに、このことをおもひつづくるに、きえもうせなむとおもひさぶらふなり」とて、をめき叫ぶ。はしりかへりてこのよしを奏す。しゆしやうりようがんより御涙をながさせたまひて、「あなむざんや。いかなる
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者のしわざにや有らむ。昔夏(か)のう、をかせる者をつみすとて、涙を流したまひき。しんかのいはく、『をかせる者をつみする、あわれむにたらず』。かうのいはく、『げうのたみは、げうの心をもつて心とするゆゑに、ひとみなすなほなり。今のよの民は、ちんが心をもつて心とする故に、かだましきものあり。罪を犯す、あにかなしまざらむや』となげきたまひき。今又まろが心のすなほならざるゆゑに、かだましきものてうにありて、ほふををかす。これまろが恥也」とて、なげかせおはします。「さてとられつらん絹の色は何色ぞ」と、とはせさせおはす。「しかしか」とまうせば、「しばらくこのをんなかへすべからず」とて、ごしよをあそばして、くらんどに、「にようゐんのおんかたへ持てまひれ」とてたまはりぬ。いそぎはせかへりて、つちみかどひがしのとうゐんにわたらせたまひければ、にようゐんにまひらせたり。「よういのぎよいあらばひとかさねたまはらん」とのおんふみにてぞありける。じふにひとへをとりいだし、蔵人にぞたまはりける。是をたまはり、いそぎ
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帰てこのよしをそうするに、「かのめのわらはにとらせよ」とのおほせなりければ、すなはちぎぢよにぞたびてける。いまだ夜深かりければ、「又もぞさるめにあふ」とて、上はの者で、しゆうの女房のつぼねへおくりつかはしたりけり。わがこしらへたるよりも、事のほかに清らかにうつくしくぞありける。かのにようばうのしんぢゆう、いかばかりかありけむ。おなじころきはめてまづしきところのしゆうはべりけり。しゆうのまじはりすべきにてありけるが、そうじておもひたつべきたよりもなし。「さりとてこのこといとなまでも、衆にまじはらむ事、人ならず、只かかるみにては、よにありてもいかがはせむ。しかじ、しゆつけにふだうしてうせなむ」とぞ、おもひなりにける。さいしの事はさる事にて、なにとなふとしごろなれむつびつるしゆうのなごりせむかたなし。いはむやひごろごしたりつるせんどこうえいをもむなしくして、あさゆふまゐりちかづきつる宮の
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内をふりすてて、さんりんにるらうせむ事、心細しともおろかなり。とてもかくても、人のみに、ひんにすぎてくちをしきことなかりけりとおもひつづくるに、ぜんぜのかいとくのうすさもいまさらにおもひしられて、うちしづまるをりをりは、なくよりほかの事なかりけり。しかるにこの君、きんじゆの人々なむどに、ないないおほせのありけるは、「そつとはみなくわうみんなり。ゑんみんなんぞおろそかならむ。きんみんなんぞしたしからむ。じんをほどこさばやとこそおぼしめせども、ひとつの耳、しかいの事をきかず。くわうていはしそうしもくのしんにまかせ、しゆんていは、はちげんはちがいの臣にまかすなどいへり。されどもとほきことは、さのみそうする人もなければ、おのおのききおよぶことあらば、つげしらせまひらせよ」と、おほせおかれたりければ、あるにようばう、このところのしゆうのなげくことをききおよびて、そうもんしたりければ、
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「あなむざんや」とばかりにて、なにといふおほせもなかりけり。さいきやうのざすりやうしんそうじやう、ごぢそうではべりけるに、おほせありけるは、「りんじにおんいのりあるべし。にちじ、いづれのほふといふことはおつてせんげせらるべし。まづひやうゑのじよう一人めしつけ、こんどのぢもくにまうしなすべし」とおほす。そうじやうちよくめいにまかせて、じやうごうのひとめしつきて、くわんじゆにふる。すなはちなされにけり。そのころのひやうゑのじようのこうは、五百ひきにてありしかば、是をざすのばうにをさめおきて、にちじのせんげをあひまたれけれども、ひかずへければ、りやうしんよきついでに、もしおぼしめしわすれたるかとて、そうせられたりければ、しゆしやうおほせのありけるは、「ゑんきんしんそをろんぜず、民のうれひをばなだめばやとこそおぼしめせども、えいぶんの及ばぬはさだめて多かるらむ。深くめぐみをほどこさばやとおぼしめすなり。しかるにそれがしと云ほんじよのしゆうあり。いへのまづしきによつて、しゆうのまじはりかなひがたきあひだ、既に
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そのみをうしなふべしときこしめせども、『めいしゆわたくしあれば、ひときんせきしゆぎよくをもつてす。わたくしなければ、ひとくわんしよくじげふをもつてす』といふこともあれば、なにかは苦しかるべき。ただしよにひろうせむ事はばかりあり。ただそうじやうたまわすていにもてなすべし。おんいのりはちやうじつのみしゆほふにすぎたる事、あるべからず」とおほせくだされければ、僧正とかくのおんぺんじに及ばず。「何のだいほふひほふも、これにすぎたるおんいのりあるべからず。りやうしんがびりよくをはげましてつとめたらむ御祈、なをひやくぶがいちにおよぶべからず」とて、なくなくたいしゆつす。かのところのしゆうをにしのきやうのばうにめして、ちよくめいのおもむきをつぶさにおほせふくめて、其五百ひきをたまはらせけり。かれがしんぢゆういかばかりなりけむ。又かねだのふしやうときみつと云ふえふきと、いちわべのもちみつと云ひちりきふきとありけり。常によりあひて、ゐごをうちて、りとうらくとしやうがをして、心をすま
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しけり。二人よりあひて、ゐごだにもうちたちぬれば、せけんのこと、こうしにつけて、そうじてききもいれざりけり。あるときだいりよりとびのことありて、ときみつをめしの有けるに、れいの如くいつさいに耳にききいれず。「こはいかに。せんじのおんつかひ、とびの御事のまします」といひけれども、しやうがうちしてきかず。かちゆうのさいししよじゆうまでもおほきに騒ぎ、「いかにいかに」といひけれども、そうじてきかず。せんじの御使あざむきてかへりぬ。このよしありのままにそうもんす。いかばかりのちよくぢやうにてあらむずらむとおもひけるに、「わうゐはくちをしきことかな。かほどのすきものにともなはざりける事よ。あわれ、すいたりける者の心かな」とて、御涙を流して、あへてちよくかんなかりける上は、しさいにおよばず。
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五 そのころ、又ないしのかみのかたにほうこうして、こがうのとのとて、しないしからぬ女房のよはひはたちの数にいらざるが、ようがんびれいにして、いろかたち人にすぐれ、心の色もなさけも深かりけり。さればみるひとおもひをかけ、きくひと、心をなやまさずといふことなし。れんぜいのだいなごんたかふさのきやう、いまだちゆうじやうにておはしけるが、かの女房をみてしより、心を移したまひて、えんしよをつかはしけれども、とりもいれたまわず。さるままにはいとど心もあくがれて、よろづのぶつじんにいのり、あけてもくれてもふししづみ、もだへこがれ給ける程に、おほくのとしつきを送り、あまたの歌をよみつくしなどしければ、なさけによわるならひにて、つひにはなびきにけりとぞきこへし。こころざしふかくして、うれしなど云も中々おろかなり。かかりし程にいくほどなくて、こがうのつぼね、内へめされてまゐりたまひにしかば、たかふさ
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ちからおよばずして、あかぬ別れのかなしさは、たとへむかたもなかりけり。「よしさらばかかるためしはあるぞかし」と、心づよくは思へども、なほこひしさはわすられで、いとどなげきぞ深かりける。「せめておもひの余りには、よそながらみたてまつることもやある。ことばのすへにもやかかる」とて、そのこととなくまいにちにさんだいしたまひて、こがうのとののつぼねのまへ、みすのあたりにちかづきて、あなたこなたへゆきかよひ給へども、ことばのつてにてもかかりおはしまさず、すだれだにもはたらかず。たかふさいよいよかなしくて、いきたるここちもせざりけり。「たとひあひみる事こそかたくとも、などかたへなることばのつてにもとわれざるべき」とうらみつつ、一首の歌を書てひきむすび、おほゆかをすぐるやうにて、みすの内へぞいれ給ふ。
おもひかね心はそらにみちのくのちかのしほがまちかきかひなし K118
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かやうにありけれども、こがうのつぼね、「われだいりにめされてまゐりなむのち、いかでかおんうしろぐらく、かからむふしをみるべき」と、心づよくおもひなして、いそぎとり、つぼの内へぞなげいだし給ける。たかふさはうらめしく心うくて、人もやみるとつつましければ、いそぎとり、かくこそおもひつづけけれ。
玉づさをいまはてにだにとらじとやさこそ心におもひすつとも K119
かやうに口すさびて、なくなくまかりいでにけり。「こんじやうにはあひみむ事もかたければ、今はいきても何かせむ。ぶつじんさんぼう、ねがはくは命をめして、ごしやうを助けさせ給へ」とぞ、あけてもくれてもいのられける。かかる中にも、隆房かくぞよまれける。
こひしなばうかれむ玉よしばしだにわがおもふひとのつまにとどまれ K120
是は、人のたましひのいでてゆくをみ、人じゆもんをして、したがひのつまをむすべば、
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必ずとどまると云事あり。そのことをおもひいだして、かやうによみたまひけるにや。さすがにぢやうごふきたらねば、死する事もなかりけり。さてしゆしやうはこがうのつぼねのおんこころざしふかかりければ、ちゆうぐうをばすさめまひらせて、めさるる事まれなりければ、にふだうたいしやうこくおほきにいかりたまひて、「じやうかいが娘なむどをかやうにすさめさせたまふべき事やある。めさずとも只まひらせよ」とて、おしてはまゐらせなむどせられけり。是をぞしゆしやう御心よからぬ事におぼしめされける。かくていよいよこがうのつぼねはごちようあいいやめづらにして、そうじて中宮をおぼしめさるる事なかりければ、入道いよいよやすからず思て、いかりをなして、「あをゐ死なばさてもなくて、こがうとかやいふものをめさるなるぞ。是を取て尼になせ」とぞのたまひける。こがうのつぼね是を聞て、たちまちにみをいたづらになさむ事よしなしとて、あるくれ程に、君にもしら
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れまひらせず、人一人にもしらせずして、だいりをしのびていでつつ、ゆくへもしらずうせにけり。しゆしやうはゆくへをしろしめさねば、なげきおぼしめして、ぐごもはかばかしくまひらず、ぎよしんもうちとけならず。昼はおんまつりごともなくして、御涙にのみむせばせたまひ、夜はなんでんにしゆつぎよあつて、みづからさへゆくつきにぞ御心をなぐさめおはしける。かのたうのげんそうくわうていの、やうきひをうしなひて、はうじをつかひとしてそのゆくへをたづねしも、ほうらいきゆうにいたりて、ぎよくひといふがくをみてゆくへをたづねけり。ぎよくひのすがたをはうじみて、たへなるかたみを給はり、わうぐうへかへりけり。是ははうじもあらばこそ、そのおんゆくへをきこしめされめ。只あけくれはひとめのみしげきおもひのたえさせ給はねば、いつもつきせぬ事とては御涙ばかり也。かやうにおんなげきの色深かりけるを、入道ねたましく
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あしき事におもひまひらせて、おんかいしやくの女房、びんぢよをもよびとりて、人一人もつけまひらせずして、さんだいし給ふ。しんかけいしやうをもいさめとどめたまひければ、入道のけんゐにおそれをなして、さんだいし給ふ人もなし。あさましといふはかりなし。こまつのだいふおはしまさば、かかる御事はあらましやなむど、てんがの人々いまさらになげきあわれけり。ころははづきとをかあまりの事なれば、月はくまなくさへたれど、御涙にくもりつつ、御袖のみぞしぐれける。さよふくる程に、「人やある人やある」と、たびたびちよくぢやうありければ、げつけいうんかく一人もまゐりたまはねば、おんいらへまうすひともなし。くらんどなかくにと申けるしよだいぶ、只一人参て候けるが、「なかくにさうらふ」と申たりければ、「これへ参れ」とぞおほせける。仲国おんまへへまゐりたりければ、「近く参れ。しのびておほすべきことあり」とおほせあり
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ければ、ちよくぢやうにしたがひて、まぢかくまゐりたりけるに、しゆしやうは、御涙のりようがんにながるるを、おんたもとにおしのごわせ給ひ、さらぬやうにもてなさせたまひて、「ややなかくに、おもひかけぬ事なれども、もしこがうがゆくへばしやしりたる」とぞおほせける。仲国深くかしこまりて、「いかでかしりまひらせさうらふべき。ゆめゆめしりまひらせさうらわず」と申ければ、「まことにいかでかしるべき。せめておもひのあまりにかくはおほせくだしつるなり。まことにはこがうは、さがのへんに、かたをりどとかやしたるやのうちにありとばかり、きかせたる者のあるぞとよ。あるじがなをしらずとも、たづねてまひらせてむや」とおほせありければ、仲国、「そうじてさがとばかりうけたまはりて、たちよりておわせむずるあるじがなをしりさうらわでは、いかでかたづねてまひらせ候べき」と申ければ、「げにも」とて、又御涙にぞむせばせたまひける。仲国みまひらするにかなしくて、つくづくとさがのわたりをおもひやるに、そのころはざいけおほくもなかりけ
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れば、「たとひあるじがなをしらずとも、うちまわりてみむずるに、こがうのとのはことをひきたまひしかば、いかなりとも、このつきのあかさに、君の御事おもひいだしまひらせて、さうひきたまはぬ事はよもあらじ。うちにてひきたまひし時は、なかくにおんふえのやくにめされて参りしかば、さうのねよくききしりたり。いちぢやうたづねいだしまひらせてむ物を」とおもひて、「ささうらはば、もしやとまかりむかひて、たづねまひらせてみさうらはばや。ただしごしよなむどさうらはでは、たづねあひまひらせてさうらふとも、おんうたがひさうらふべし。ごしよをたまはりてまかりむかひてみさうらわむ」と申ければ、しゆしやうよろこばしくおぼしめして、いそぎごしよをあそばして、おほせの有けるは、「ときづかさの御馬に乗てまかりむかへ」とぞおほせける。仲国れうの御馬をたまはり、めいげつにむちをあげて、そこともしらずぞくがれ行。「をしかなくこのやまざと」とえいじける、さがのわたりの秋のくれ、さこそあはれにおぼへけめ。すでに
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さがのへんにはせつきぬ。ざいけごとにみまわれども、あやしき所もなかりけり。中にもかたをりどなるやをみては、もしこれにやおはすらむとて、駒をとどめてたちきけども、琴のねもせざりけるあひだ、片織戸のあるところもなき所も、うちまわりうちまわり、ざいけをつくし、にさんべんまでみまわれども、そうじてさうひく所なし。仲国おもひわづらひて、「こはいかがすべき。内をばたのもしげにまうしてまかりいでぬ。たづぬる人はおはせず。むなしく帰りまゐりたらむは、なかなかこころうかるべければ、これよりいづちへもうせなばや」とまでぞおもひける。もし月のあかければ、みだうなむどにやまゐりておはすらむと思て、だうだうをがみめぐれども、そこにも怪しき人もなし。せめておもひの余りに、「程近ければ、ほふりんのかたさまに参てもやおはすらむ。そなたをたづねむ」と思て、おほゐがはの橋のかたへおもむくに、北のかたにあたりて、
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かめやまのふもと近く、松のひとむらある中より、嵐のおとにたぐへて、さうのねかすかにきこへけれど、さだかにそれとおぼえねば、みねの嵐か、松風か、たづぬる人のさうのねか、いづれなるらむとあやしくて、そなたをさしてゆくほどに、こかげへうちいりぬ。こまをとどめてたちきけば、だいりにて常にうけたまはりし、こがうのとののひきたまひしつまおとなり。仲国むねうちさわぎ、いふはかりなくうれしくて、いそぎ馬よりとびおりて、いかなるがくをひきたまふらむとしづかに聞ければ、「思ふ男をこふ」といふ、さうふれんをぞひかれける。さうのね、空にすみ渡り、くもゐにひびくここちして、みにしみてぞおぼえける。さうのねをしるべにてわけいりたりければ、あれたるやどの人もなく、草のみしげく露深し。秋もなかばの事なれば、こゑごゑすだく虫のねに、琴のねぞまがひける。されば君の御事、深くこひまひらせられけるにやと、誠にあはれにおぼえ
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ければ、腰よりよこぶえをとりいだして、しのびやかにぞつけたりける。こがうのつぼねふえのねをききつけて、あさましともいふはかりなし。いそぎ琴をひきさして、とりをさめたまひてけり。仲国もさうのねきこへずなりければ、笛をもふきさしてけり。さてしもあるべき事ならねば、かねてききつるかたをりどにたちよりて、かどをほとほととうちたたくに、とがむる人もなし。こはいかがすべきと仲国おもひわづらひて、「だいりよりのおんつかひにて候。あけさせ給へ」とかうしやうにまうしけれども、なをこたふる人もなし。ややひさしくありて、内より人のいづるおとしければ、うれしくおもひてまつところに、じやうをはづして、かたをりどほそめにあけて、じふにさんばかりなる女の、ゆまきにはかまきたりけるが、「たそ」とていでたり。「だいりよりの御使」と申ければ、たちかへりこがうのとのにかたる。「よもうちからの御使にはあらじ。平家の知て人を
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つかはしたるごさむめれ」とて、「これはかどたがひにてぞさぶらふらむ。内裏より御使なむど給わるべき所にてもさぶらわず」といわせたりければ、仲国、「かくてもんだふをせば、かどたて、じやうもとざしもかけもぞする。叶はじ」とおもひつつへんじをばせで、かどをむずとをしあけていりにけり。つまどのきはのえんによりて、「これにこがうのとののみつぼねのおんわたりさうらふよし、うちきこしめされさうらひて、じつぷをみてまひらせよの御使に、仲国が参て候なり」と申ければ、なをさきの女にて、「これにはさやうの事もさぶらわず。かどたがひにてぞさぶらふらむ」と、おなじくいわせたりければ、仲国申けるは、「くちをしくもおほせごとさうらふものかな。内にておんさうあそばされさうらひしには、仲国こそ御笛の役にはめされさうらひしか。おんさうのね、よくよくききしりまひらせてさうらふに、よもききしらじなど、思われまひらせさうらひけるこそ、こころうくおぼえさうらへ。只うわ
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の空に申とやおぼしめされさうらふらむ。ごしよの候をげんざんにいれさうらわむ」とて、ごしよをとりいだし、かのをんなしていれたりければ、こがうこれをとりみたまふに、まことの御書なりければ、顔にをしあてて、なくよりほかの事なし。ややひさしくあつて、おんぺんじ書て、女房のしやうぞくひとかさねとりぐしていだされたり。仲国たまはつて申けるは、「御返事給はりさうらひぬる上は、よのおんつかひにてさうらはば、いそぎまかりいづべきにてこそ候へ。仲国ひごろ御笛の役にめされさうらひつるほうこう、いかでかむなしく候べき。しかるべくさうらはば、ぢきにおほせをかうぶりてまかりいでさうらはばや。いかやうなる子細にて、これまではいでさせおはしましさうらひけるやらむ」と申ければ、そのときこがうのつぼねみづから御返事し給けるは、「はじめよりまうしたかりつれども、よのなかのうらめしさ、みのほどのはづかしさに、かくとも申さざりつれども、あながちにうらみたまへば、さりがたくてかやうにまうす
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なり。よにかくれなき事なれば、さだめてそれにもききたまひけむ、入道のかたさまに、やすからぬ事にして、めしいだしてうしなはるべしなむどきこへしかば、こころうくかなしくて、げにもさやうの事あらば、いきながら恥を見むもうたてくて、君にもしられまひらせず、ひとひとりにもしられずして、だいりをまどひいでさぶらひし時は、いかならむふちかはに身をなげて、このよになき者と人にしられむとこそおもひしかども、人にまうしあはせしかば、『ふちかはにいりて死する者は、わがみをがいするとがにより、あくだうにおつる』なむどまうしし事のおそろしさに、今までおもひわづらひて、水の底にもしづまず、つれなくかくてさぶらへば、さだめて君は、たかふさに心をかよはして、かくされたるかなどもやおぼしめしさぶらふらむと、はづかしくこそさぶらひつれ。ただしこれにかくてあらむ事も、只よひばかりなり。あけなばおほはらの奥にたづねいり、今はおもひたつことのありつれば、ひごろは
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さうにてかくる事もなかりつれども、よひばかりのなごりなり、夜もふけぬれば、たれかはききもとがむべきと、はばかる心もなくして、さうをひきつる程に、ききいだされにけり」とて、涙もかきあへず泣給へば、仲国も是を聞て、かりぎぬの袖をぞしぼりける。ややひさしくありて、涙をおさへて申けるは、「をはらへいらせおはしまして、おぼしめしたつといふおんことは、おんさまをかへさせたまふべきにや。さやうにおぼしめしなりなば、うちのおんなげきをばいかがせさせおはしますべき。あるべからぬ御事也。只今おんむかへにまゐりさうらわむずるにて候。是をいでさせたまふべからず。あひかまへていだし奉るな」とて、共にあひぐしたる、めぶ、きちじやうなむどをとどめて、かのしゆくしよを守護せさす。わがみはれうのおんむまにうちのりて、いそぎだいりへかへりまゐりたれば、夜もほのぼのとあけにけり。「今はじゆぎよもなりぬらむ。たれしてかまうすべき」なむどおもひわづらひて、馬をばうこんの
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ぢんにすておきて、給はりたりつる女房のしやうぞくをば、はね馬のしやうじにうちかけて、じじうでんのたてじとみをなんでんのかたへ参り、げんざんの板あららかにふみならし、南殿の方へたちまわれば、しゆしやうのおんこゑにて、なんめんのおほゆかにかたぶく月を御覧じて、「南にかけり北にむかふ、かんうんを秋のかりにつけがたし。ひむがしにいで西にながる、ただせむばうをあかつきのつきにつくす」と、うちながめさせ給ふおんこゑ、けだかくあはれにきこへければ、君はいまだぎよしんもならで渡らせおはしましけりと、うれしくて、いそぎまゐりてみまひらせければ、まかりいでし時のままにて、すこしもおんはたらきもなくて、いまだよひのござにぞ渡らせたまひける。おんたもとの露けさぞそとよりもなをまさりける。げんざんの板が鳴ければ、「たそ」とおんたづねあり。「仲国」と申てかしこまる。「さていかに」ときかまほしげにおほせければ、ごぜんにかしこまりて
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おんぺんじとりいだしまひらせたりければ、しゆしやういそぎ御返事をえいらんあるに、
君ゆへにしらぬやまぢにまよひつつうきねのとこに旅ねをぞする K121
しゆしやうこれをあそばして、とかうのせんじもなかりけり。「さてもいかにしてたづねいだしたりつるぞ」とおほせありければ、「しかしか、さうのねをききいだして、たづね参てさうらひつる」とまうしければ、「いかなるがくをかひきつる」とおんたづねありけるに、「さうふれんをあそばしつる」とまうしければ、「さてはおなじこころにおもひけるにこそ」とて、いとどあはれげにおぼしめしたり。「なんぢぎつしやさたして、ぐしてまゐりてむや」とおほせければ、「かしこまりてうけたまはりぬ」とて、まかりいでにけり。ほどなく、ぎつしや、ざつしき、うしかひ、清げにいでたちて、又さがにゆきむかふ。こがうの局とりのせたてまつりて、夜にまぎれて内裏へまゐりたまひにけり。しゆしやうまちえさせおはしまして、よろこびおぼしめすことなのめならず。
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あひかまへて人目をつつまむと、とうぐうのわきどのへいれまひらせて、深くかくしおかせたまひつつ、よなよなめされけるとかや。かくていくほどなかりけるに、あらはれにける事は、こがうのつぼねだいりをいでたまはざりけるそのさきより、只ならずなりたまひて、よつきばかりになり給へる時、かかる事はいできにけり。めしかへされおはしてのち、ごさんも近くなりければ、ちからおよびたまわず、里へいでたまひにけり。ごさんじよさたし、かいしやくの女房なにくれとたづねさせたまふほどに、入道ききつけたまひにけり。「こがうはうせたりと聞たれば、そのぎはなくて、深くかくしおかれたりけり」とて、いとどいかり給けり。さる程に御産もなりぬ。ひめみやにてぞわたらせたまひける。このみやたんじやうあつて、ひやくかにちすぎて、こがうのとのともにして、せいりやうでんのそとのまにして、月をぞ御覧ぜられける。このこと入道聞て、「いかにもこがうがあらむには、よの
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なかをだしかるべしともおぼえず」とて、人にはおほせつけずして、みづから是をぞうかがひける。せいりやうでんにわたらせ給と聞て、おほゆかあららかにふむで参る。入道と御覧じければ、しゆしやういそぎいらせたまひぬ。こがうのとのはたちさるかたもなくして、きぬひきかづきてふされたり。入道枕にたちて、「なんぢはよにもはばからず、入道にもおそれずして、ちゆうぐうの御心をなやましたてまつるこそ不思議なれ」とてひきいだしつつ、みづからかみをしきりてぞすててける。こがうのつぼね心ならず尼になされて、くちをしともいふはかりなし。「あはれ、さがにておもひたちたりし時、おほはらの奥へもたづねいりて、われとさまをもかへたらば、心にくくてあるべきに、よしなくもふたたびめしかへされて、恥をみつる悲しさよ」となげきたまへども、かひもなし。をしからぬ命なれば、水の底にもいりなむとおもひたち給へども、さきにも人のいひしやうにあくだうにおちむ事、こころうくおぼゆれば、「こんじやうはかりの事、
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いつたんの恥もなにならず。ごしやうはつひのすみかなれば、じやうどをこそ願はめ」とて、つひに大原の奥にわけいりて、しばのいほりを結び、いつかうねんぶつし給けり。露もおこたる事なくあかしくらしたまひしが、よはひ八十にて、ひごろのねんぶつのこうつもり、りんじゆうしやうねんにて、わうじやうのそくわいをとげ給ふ。このこがうのつぼねとまうすは、とうぢゆうなごんしげのりのきやうのおんむすめ、ばうもんのにようゐんのおぼぎなり。しゆしやう、「わればんじようのあるじといひながら、これほどの事、えいりよに任せぬ事こそくちをしけれ。まろがよにはじめて、わうぼふのつきぬる事こそ悲しけれ」と、おんなげきありしよりして、いとど中宮のおんかたへもぎやうがうもならず、深くおぼしめししづませ給けるが、おんやまひとなり、つひにはかなくならせたまひにけりとぞうけたまはりし。じんぷうそつとにかぶらしめ、かくとくほかにあらわる。まことにげうしゆん、うたう、しうのぶんぶ、かんのぶんけいといふとも、かくこそはありけめとぞ
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おぼへし。さればごしらかはのほふわうの、この君におくれまひらせ給てのち、おほせありけるは、「よをこのきみにつがせたてまつりなば、おそらくはえんぎてんりやくのよにもたちかへりなましとこそおもひつるに、かくさきだちたまひぬる事は、只わがみのびうんのつきぬるのみならず、国のすいへい、民のくわほうのつたなきが至す所也」とぞなげかせ給ける。まぢかくこゐんのこんゑのゐんにおくれまひらせたまひたりけむ御有様、たかかた、よしのり少将といへるも、さばかりなりし人のおととい、ひとひにうせたりし、父いちでうせつしやうこれざね、母そのきたのかたのおもひなどよりはじめて、ごにでうのくわんばくもろざねこうにおくれたまひて、きやうごくのせつしやうのおもひなど、かずかずにおぼしめししれり。あさつながすみあきらにおくれて、「かなしみのいたりてかなしきは、おいてこにおくるるよりもかなしきはなし。うらみのことにうらめしきは、をさなくしておやにさきだつよりもうらめしきはなし。らうせうのふぢやうをしるといへども、なほしぜんごのさうゐにまどへり」となくなくかきたりけむも、さこそとおぼしめしし
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られ、かこつかたなき御涙せきあへず。えいまんぐわんねん七月に、第一のみこ、にでうのゐんもうせさせ給にき。第二の御子たかくらのみや、ぢしよう四年五月にうたれさせたまひぬ。げんぜごしやうとたのみたてまつりたまひつる、だいしのみこ新院さへ、かやうにさきだちたまひぬ。今はいとど御心よわくならせ給て、いかなるべしともおぼしめしわかず。らうせうふぢやうはにんげんのならひなれども、ぜんごさうゐは又しやうぜんのおんうらみなを深し。〔ひ〕よくのとり、れんりの枝と天にあふぎ、星をさして、おんちぎりあさからざりしけんしゆんもんゐんも、あんげん二年七月七日、秋風なさけなくして、夜はの露ときえさせたまひしかば、雲のかけはしかきたへて、あまの河のあふせをよそにごらむじて、しやうじやひつめつ、ゑしやぢやうりのことわりをふかくおぼしめしとりて、としつきをへだつれども、きのふけふのおんわかれのやうにおぼしめして、御涙もいまだかわきもあへず。このおんなげきさへうちそい
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ぬるぞまうすはかりなき。ちかくめしつかわれしともがら、むつまじくおぼしめしし人々、あるいは流され、あるいはちゆうせられにき。今はなにごとにかぎよいをもやすめさせ給べき。さるままには、いちじようめうでんのおんどくじゆおこたらず、さんみつぎやうぼふのごくんじゆも積れり。こんじやうのまうねんおぼしめしすてて、只らいせのおんつとめよりほか、たじおわしまさず。中にもしかるべきぜんぢしきかなとぞおぼしめしける。てんがりやうあんになりにしかば、うんしやうびとはなのたもとをひきかへて、ふぢのころもになりにけり。昔くわさんのほふわうのうせさせおはしましたりしに、ひやうぶのみやうぶそのおんかなしみにたへずして、「こぞのはるさくらいろにていそぎしをことしはふぢのころもをぞきる」と、よみたりしも、おもひいでられてあはれなり。こうぶくじのべつたうごんのそうじやうけうえんも、がらんえんしやうのけぶりをみて、やまひつきてほどなくうせられにけり。誠にこころあるひとの、たへてながらうべきよともみへず。
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法皇のごしんぢゆう、まうすもおろかなり。「われじふぜんのよくんにむくいて、ばんじようのほうゐをかたじけなくす。しだいのていわう、思へばこ也、まごなり。いかなればばんきのせいむをとどめられて、としつきを送るらむ」なむど、ひごろおんわづらひのやすむかたなかりける上、新院の御事さへうちそいぬれば、ないげにつけておぼしめし〔し〕づませおはします。にふだうたいしやうこく、このおんありさまつたへききて、いたくなさけなくふるまひたりし事を、おそろしとやおもはれけむ、
六 廿七日、大政入道のおとむすめの、あきいつくしまのないしが腹に、十七になりたまひけるを、院へまゐらせたまひて、じやうらふにようばうあまたぐせさせ、くぎやうてんじやうびとおほくぐぶして、にようゐんまゐりのやうにぞ有ける。かかるにつけても、法皇は、こはなにごとぞと、すさまじくぞおぼしめしける。たかくらのゐんかくれさせたまひてのち、わづかに十四日にこそ
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なるに、いつしかかるべしやはと、きつねめかしくおぼしめしあわれけり。されどのちにはにようごだいにて、ひがしのおんかたとぞ申ける。こゐんの御時も、二人ながら院へまゐらせむとし給けるを、かどわきのさいしやうあるべからざるよしまうされければ、おもひとどまりたまひにけり。女房の中に、とりかひのだいなごんこれざねのむすめおわしけり。おほみやどのとぞ申ける。いちでうのだいなごんのおんむすめをばこんゑどのと申けるも、ゐられけれども、中に大宮殿ぞおんけしきはよかりける。おんせうとのさねやす、これすけ、二人一度に少将になされにけり。ゆゆしくきこへしほどに、さがみのかみなりふさがごけ、しのびて参けるに、姫君いできたまひにけり。二人のじやうらふにようばうもほいなきことにぞおぼしめされける。大宮殿はのちにはへいぢゆうなごんちかむねのきやう時々かよはれけり。きたのかたにもならずして、おもひものこそくちをしけれ。こんゑどのは後はくらうはうぐわんよしつねが
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ひとつばらのおとと、じじゆうよしなりになたたれけるぞ、うたてくきこへし。かのよしなりはうぐわんよにありし程は、むしやだちてゆゆしかりしが、はうぐわんさいこくへおちし時、むらさきのとりぞめのからあやのひたたれに、赤をどしのよろひに、あしげなる馬に乗て、判官のしりに打たりしが、だいもつの浜にてちりぢりとなりける所より、いづみのくにへまどひありきたりけるが、いけどりにてかうづけのくにをばたといふ所へながされて、さんねんありけるとかや。こんゑどのはけがされたるばかりにてほいなかりけり。
七 しなののくにあづさのこほり、きそと云所に、ころくでうのはんぐわんためよしが孫、たてはきのせんじやうよしかたがじなん、きそのくわんじやよしなかと云者、九日、こくちゆうのつはものしたがひつくこと、千余人に及べり。かのよしかた、さんぬるにんぺい三年なつのころより、かうづけのくにたごのこほりにきよぢゆうしたりけるが、ちちぶのじらうたいふしげたかがやうくんになりて、
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むさしのくにひきのこほりへかよひけるほどに、たうごくにもかぎらず、りんごくまでもしたがひけり。かくてとしつきをふるほどに、きうじゆ二年八月十六日、こさまのかみよしともがいちなん、あくげんだよしひらが為に、おほくらのたちにて、よしかたしげたかともにうたれにけり。そのときよしなか二歳なりけるを、母なくなくあひぐして、しなののくににこへて、きそのちゆうざうかねとほといふものにあひて、「これやしなひておきたまへ。よのなかはやうある物ぞかし」なむど、打たのみいひければ、兼遠是をえて、「あないとほし」と云て、きそのやましたと云所でそだてけり。二才より兼遠がふところの中にて人となる。よろづおろかならずぞ有ける。このちごかほかたちあしからず。色白く髪多くして、やうやう七才にもなりにけり。こゆみなむどもてあそぶ有様、まことにすゑたのもし。人これをみて、「このちごのみめのよさよ。弓いたるはしたなさよ。誠のこか、
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やうじか」なむどとひければ、「是はあひしるきみのちちなしごをうみて、兼遠にたびたりしを、ちの中よりとりおきてさうらふが、父母と申者なうて、中々よく候ぞ」とぞこたへける。さて十三と申ける年、をとこになしてけり。打ふるまひ、物なむどいひたる有様、誠にかしこげなり。かくて廿年がほど、かくしおき、やういくす。せいぢやうするほどに、ぶりやくの心たけくして、きゆうせんの道、人にすぎければ、かねとほ、めに語りけるは、「このくわんじやぎみ、をさなきよりてならして、我もことおもひ、かれも親と思て、むつまじげなり。朝夕のめしもの、夏冬のしやうぞくばかりはわびさせず。法師になつて、まことの父母、やしなひたるわれらがごしやうをもとぶらへとおもひしに、心さかざかしかりしかば、故こそ有らめと思て、男になしたり。たがをしうとなけれども、ゆみやとりたる姿のよさよ。又さいくのこつもあり、力もよの人にはすぎたり。馬にもしたた
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かにのり、空をとぶとり、ち走るけだもののやごろなる、いはづす事なし。かちだち、馬の上、まことに天のさづけたるわざなり。さかもりなむどして、人もてなし遊ぶ有様もあしからず。さるべからう人の娘がないひあはせむとおもふ。さすがにそれもおもふやうなる事はなし。さればとて、むげなるわざをばせさせたくもなし。よろづたのもしきわざかな」とほめたりけるほどに、あるときこのくわんじや云けるは、「今はいつをごすべしともあらず。みのさかりなる時、京へのぼりて、くげのげんざんにもいりて、先祖のかたき、平家をうちて、よをとらばや」と云ければ、かねまさうちわらひて、「そのれうにこそわどのをば、これほどまではやういくし奉りつれ」と云てぞわらひける。義仲さまざまのはかりことをめぐらして、平家をひきみむために、しのびて京へのぼる。人にまぎれてよるひるひまをうかがひけれども、平家の運
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のさかりなりければ、ほんいをとげざりけり。義仲ほんごくへ帰りくだりたりけるに、兼雅、「都の物語し給へ」と云ければ、「きやうをわうじやうと云けるもよくぞ申ける。さいはうにたかきみねあり。もしの事あらば、にげこもりたらむに、きと恥にあふまじ。ろくはらはむげのいくさどころ、西風の北風吹たらむ時、ひをかけたらむに、なにものこるまじとこそみへて候へ。何事もみやこあることでさうらふぞ」とぞ云ける。あけくれすぐるほどに、平家このこともれききて、おほきに驚て、ちゆうざうかねまさをめして、「よしなかやしなひおき、むほんをおこし、てんがをみだるべきくはたてあるなり。ふじつになんぢがかうべをはぬべけれども、今度ばかりはなだめらるるぞ。せんずるところいそぎ義仲を召取てまゐらすべき」よし、きしやうをかかせて、兼雅をほんごくへかへしつかはす。兼雅きしやうもんをばかきながら、としごろの養育むなしくならむ事をなげきて、おのれが命のうせむことをばかへりみず、
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きそがよとらむずるはかりことをのみぞ、あけてもくれてもおもひける。そののちはよのきこへをおそれて、たうごくのだいみやう、ねのゐのこやたしげののゆきちかと云者に義仲をさづく。ゆきちかこれをうけとりて、もてなしかしづきけるほどに、こくちゆうにたてまつりて、「きそのおんざうし」とぞ云ける。ちちたごのせんじやうよしかたがやつこで、かうづけのくにのようじ、あしかががいちぞくいげ、皆木曽にしたがひつきにけり。さるほどに、いづのくにのるにんひやうゑのすけ、むほんをおこして、とうはつかこくをくわんりやうするよしきこえければ、義仲も木曽のかけぢを強くかためて、しなののくにをあふりやうす。かのところは、信乃国にとりては、さいなんのかど、みののくにざかひなれば、都も近くほどもとほからずとて、へいけの人々さわぎあへり。「とうかいだうはひやうゑのすけにうちとられぬ。とうせんだう又かかれば、しうしやうするもいはれあり」とぞ、人は申ける。是を聞て平家のさぶらひどもは、
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「なにごとかさうらふべき。ゑちごのくにじやうのたらうすけながきやうだい、たせいのものなり。きそよしなか、信乃国のつはものをかたらふとも、じふぶがいちにもおよぶべからず。只今にうちてたてまつりなむずぞ」と云けれども、「とうごくそむくだにも不思議なるに、ほつこくさへかかれば、これただことにあらず」とぞ申ける。
八 廿八日、とうごくのげんじをはりのくにまでせめのぼるよし、かのくにのもくだいはやむまをたてて申たりければ、ゐのときばかり、ろくはらのへんさわぎあへり。既に都へうちいりたるやうに、ものはこびかくし、とうざいなんぼくへもちさまよふ。馬にくらおき、はらおびをしめければ、きやうぢゆうさわぎて、こはいかがせむずると、じやうげまどひあへり。きないよりのぼる所の武士のらうどうども、ひやうらうまいのさたなく、うゑにのぞむあひだ、じんかにはしりいりて、きものくひものうばひとりければ、一人としてをだしからず。廿九日、うだいしやうむねもりのきやう、きん
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ごくのそうくわんにふせらる。てんびやう三年の例とぞきこへし。
九 じふらうくらんどと云源氏、みののくにがまくらといふところにたてごもりたりけるを、へいけのせいいたいしやうぐんさゑもんのかみとももりのきやう、ちゆうぐうのすけみちもりのあつそん、させうしやうきよつね、さつまのかみただのり、さぶらひにはをはりのかみさだやす、いせのかみかげつないげ、三千余騎にてはせくだりて、うへの山よりひをはなちたりければ、こらへずしておひおとされて、たうごくなかはらといふところに、せんよきのせいにてたてごもりたるとぞきこへし。平家、あふみ、みの、をはりさんがこくのきようど、やまもと、かしはぎ、にしごり、ささきのいちぞくうちしたがへてければ、平家のせい五千余騎になりて、をはりすのまたがはと云所につきぬとぞきこへし。二月なぬかのひ、だいじんいげの家々にて、そんじようだらに、ふどうみやうわうをかきくやうしたてまつるべきよし、せん
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げせらる。ひやうらんのおんいのりとぞ聞へし。そのじやうにいはく。
きやうねんよりこのかた、しよこくしづまらず、さいきしきりにあらわれ、ひやうがくかたがたおこる。そのへうじのしいきをおもふに、ひとへにまえんのいたすところか。ぶつりきをかるにあらずよりは、なにをもつてじんしよをやすんぜむ。よろしくじんじやぶつじしよししよか、およびごきしちだうしよこくにげぢして、ふどうみやうわうのざうのうつし、そんじようだらにのせふしやづしや、たいすうへんすうをあらはし、ただそのちからのかんぷをまかすべし。そのかずのたせうをさだむることなかれ。くやうをによせつにとげて、やくなんをみてうにはらへてへり。
ぢしよう五年二月七日 さちゆうべん
又くげよりてうぶくのほふのために、ぢやうろくのだいゐとくを、ひとひにざうりふくやうし奉るべきよし、だいじやうにふだううけたまはりて、ざうりふせられたりけり。おんだうしにはばう
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かくそうじやうめされけり。すでにくやうぜらるべきにて、ばうかくらいばんにのぼりけるが、まづそうしまうしけるは、「これはたれをてうぶくし候べきやらむ」とそうしければ、たうざのくぎやうてんじやうびとよりはじめて、「こはなにごとぞ。ことあたらしや。べちのしさいのあるか」とぞおぼえたる。「このそうはものぐるはしきものかな」とささやきあひ給へり。院もおぼしめしわづらはせ給て、「只ゐちよくの者をてうぶくすべし」とおほせくだされければ、ばうかくすでにかねうちならして、「あらたにざうりふくやうせられたまへり、ぢやうろくのだいゐとくのざう」といひいだしたりけるに、ぶついもいかがおぼしめしけむ、だいゐとくのざうたちまちにわれたまひにけり。「ゐちよくの者は平家なり。ざうりふのせしゆはにふだうしやうこくなり。まことにみやうりよはかりがたし。まつだいなれども、仏法はいまだつきざりけり」と、たつとく不思議なりしことどもなり。このほか諸寺のみどきやう、諸社のほうへいし、
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だいほふひほふ、のこるところなくおこなはれけれども、そのしるしもなし。「源氏只せめにせめのぼる。なにとしたらば、はかばかしき事のあらむずるか。只人くるしめなり。神はひれいをうけ給わずと云事あり。あやまちは心のほかなれば、さんげすればてんず。平家のふるまひは余りなりつる事なり」と云て、そうりよもかんぬしもいさいさとて、おのおのかしらをぞふりあひける。
十 九日、むさしのごんのかみよしもとぼふしがくび、ならびにおなじくしそくいしかはのはんぐわんだいよしかぬをいけどりにして、けんびゐししちでうがはらにて武士のてよりうけとり、くびをごくもんのきにかけて、いけどりをばきんごくせらる。みるものかずをしらず、しやばえくにじゆうまんしてをびたたし。りやうあんのとし、ぞくしゆおほちをわたさるることまれなり。されどもかうわ二年七月十一日、ほりかはのほふわうほうぎよののち、おなじき三年正
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月廿九日、つしまのかみみなもとのよしちかが首を渡されたりしれいとぞきこへし。かのよしもと、こむつのかみよしいへが孫、ごらうびやうゑのじようよしときがこ、かはちいしかはのこほりのぢゆうにんなり。ひやうゑのすけよりともにどういのあひだ、たちまちにちゆうりくせらるるこそむざんなれ。またとうごくのうつて、うだいしやうむねもり「われくだらむ」とのたまひければ、「ゆゆしくさうらひなむ。君のおんくだりさうらはば、たれかはおもてをむくべき」なむど、じやうげしきだいして、おのおのわれをとらじといでたちて、国々のぐんびやうをめしあつめらる。くぎやうてんじやうびとして、とういほくてきついたうすべきよしのせんじをくだされければ、おのおのくだるべきよしりやうじやうまうさる。
十一 十三日、うさのだいぐうじきんみち、ひきやくをたててまうしけるは、「くこくのぢゆうにんきくちのじらうたかなほ、はらだのしらうたいふたねます、をかたのさぶらうこれよし、うす
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き、へつぎ、まつらたうをはじめとして、あはせてむほんをくはたて、ださいふのげぢにしたがはず」とまうしたりければ、「こはいかなる事ぞ」とて、てを打てあさみけり。とうごくのむほんのかぎりと思て、さいこくをばてむしやなれば、めしあげてかつせんせさせむずるやふにたのみたれば、しようへいのまさかど、てんぎやうのすみともが一度にとうざいにらんげきをこしし事にあひにたりとて、おほきにさわぎ給へり。ひごのかみさだよしが申けるは、「ひがことにてぞさうらふらむ。いかでかしやつばらはわがきみをばそむきまひらせさうらふべき。とうごくほつこくはきんだちにまかせまひらせ候。さいこくはてのしたにおぼえさうらふ。さだよしまかりくだりさうらひてしづめ候べし」と、たのもしげにぞ申ける。
十二 十七日、あふみ、みのりやうごくのきようどがくびども、しつでうがはらで武士のてより
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けんびゐしうけとる。おほちをわたしてごくもんにかく。そのむまのときばかりに、いよのくによりひきやくきたりてまうしけるは、「たうごくのぢゆうにんかはののすけみちきよ、こぞのふゆよりむほんをおこして、たうごくだうごのさかひなるたかなほのじやうにたてごもりたりけるを、びつちゆうのくにのぢゆうにんぬかのにふだうさいじやく、かれをうたむとて、びんごのともより千余騎にてかはのがたちへおしよせて、みちきよをせむ。よるひるここのかのほどたたかひけれども、たがひに勝負をもけつせざりき。ここにさいじやくがをひ、ぬかのしちらうこれしげと云者、じやうの内にせめいりて戦けるところに、いかがしたりけむ、たちをうちひらめける所を、みちきよよきひまと思て、馬のくびより足を越して、『えたり、をう』とて、ぬかのしちらうにひきくみたり。これしげしばらくからかひて、じやうげをあらそひけれども、ちから劣りなりければ、いけどられてじやうないへおしこめらる。うきめにぞあひた
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りける。この処にをりをえて、みちきよがしやてい、ほうでうのさぶらうみちつねといふもの、かつにのりて、じやうないよりしゆうじゆうくつばみをならべてかけいだし、戦ひけり。さいじやくをひをとられてやすからず思ひ、今をかぎりとおもひきりてたたかひけるに、みちつねがらうどうをうちとり、只一人に成て戦けるを、さいじやくたせいの中にとりこめて、通経をてどりにして、さいじやくししやをもつていわせけるは、『城内にもいけどりさうらふらむ。さいじやくまたいけどりをたいせり。とりかへてゆみやにつけてはたがひに勝負をけつすべし』と申たりければ、みちきよまうしけるは、『かたきにいけどらるる程のふかくじんをば、いけてなににかはせむ。只きるにすぎたる事なし』とて、ししやのみるところにて、ぬかのしちらうこれしげをきる。使者帰てこのよし云ければ、『こたふるにきみなし』とて、北条三郎ひきいだしてきらむとする処に、みちつねまうしけるは、『ゆみやとるならひ、いけどらるる事も常のならひ也。
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おなじきやうだいのあひだになさけなきこそくちをしけれ。ひとひのいとまをゆるし給へ。たちのあんないしやなり。てびきしてみちきようちおとすべし。そののちのししやうはにふだうどののはからひなり』と申ければ、さいじやくゆるしてけり。そのよのねのこくばかりに、北条三郎をあんないしやとして、うしろのくちよりおしよせて、時をはとつくりて、竹林に火をかけ、いちじがほどせめければ、じやうないのつはものども、下にはけぶりにむせび、上にはかたきせめければ、こらへずして、とるものもとりあへず、おちにけり。たいしやうぐんかはののすけみちきようたれけり。ちやくしかはののしらうみちのぶは、かはののじやうをおちて、いはみのくにへひきて渡る。ぬたのにふだうは、かはののすけ、おなじくしやていかはののじらうみちいへいげ、しかるべきものどものくび、卅六取て京へのぼせ、わがみはあきのぬたのじやうにぞこもりける。ここに通清がやうじ、いづもばうそうけんといふそうあり。
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これはへいけのただもりがこなり。だいぢからのかうのものなり。いくさいぜんにたぎやうしたりけるが、これをきき、いそぎいよへこえて、舎弟みちのぶにたづねあひて、さいじやくをうかがひけるほどに、さいじやくうんのきわむる事は、さんぬるきさらぎひとひのひ、むろたかさごのいうくんどもめしあつめて、あさうみにてふなあそびしけるほどに、いへのこらうどうども、いそに下りひたりて、さいじやく只一人のこりたりけり。いづもばうさらぬやうにて船にのり、ともづなをしきり、さいじやくをば、ふなばりにしばりつけ、おきをさしてこぎいづる。いへのこらうどうは、しばしは入道のこぐとこころえて、目もかけず。しだいにおきのかたへとほくなりければ、『あれはいかにあれはいかに』とまうせども、又船もなければちからおよばず、ぬけぬけととられにけり。いづもばうは夜に入て、有るなぎさに船をこぎつけて、みちのぶをたづぬる処に、かはののしらうぬたのがうよりおほぜいそつして、をぢ北条三郎うちとりて、ならびに
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おほごのげんざういけどりて、出雲房にゆきあひぬ。二人のかたきをいけどりて、おのおのよろこびて、たかなほのじやうにゐてかへりて、おほごをばはつつけにして、さいじやくをばのこぎりをもつて、なぬかななよにくびをきりてけり。これによつて、当国には、新井、たけちが一族をはじめとして、皆河野にしたがひ候なり。そうじてしこくのぢゆうにんはことごとくとうごくによりきつかまつりたりけり」とまうしたりければ、入道は何事もかきみだりたるここちして、とうごくへうつてをむくれば、ほつこくおこりてせめのぼらむとす。さいこくをしづめむとすれば、わたくしのかつせんあり。又くまののべつたう、たなべのほふいんたんぞういげ、よしの、とつがはのあくたうらまでも、くわらくをそむき、とういにぞくするよしきこゆ。とうごくほつこくすでにそむきぬ。なんかいさいかいしづかならず。げきらんのずいさうしきりにしめし、ひやうがくたちまちに起り、ぶつぽふほろび、またわうぼふなきが如し。わがてう只今うせなむとす。こは心うきわざかなとて、平家の一門
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ならぬ人も、物のこころわきまへたる人はなげきあへり。十七日、さきのうだいしやうむねもり、法皇のごぜんにまゐられたり。常よりも心よげなるけしきして、すくすくと参りてさうらわれければ、法皇にがわらわせ給てごらんぜらる。だいしやうかしこまりて申されけるは、「入道まうしあげよとまうしさうらひつるは、世に有らむとつかまつるは、君のおんみやづかへのためなり。またふたつなきいのちうばはむとつかまつるかたきをば、今もたづねさたつかまつるべく候。それに君もおんかたうどしおぼしめすまじく候。そのほかのことはなにごともてんがのまつりごと、もとの如くおんぱからひあるべくさうらふ」と、まめやかにまうされければ、法皇おほせのありけるは、「しかるべき運命のもよほすやらむ、この二三年なにとなくよのなかあぢきなくて、ごしやうの事よりほかに思われねば、今は世のまつりごとにこうじゆせむとも思わず。只おのおのにこそはからはせめ。さなきだにもこころうきめをみるに、あな
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よしな」とおほせありければ、むねもり又申けるは、「いかにかくはおほせたまふ。はるかに入道は親ながらも、をそろしき者にて候。このことまうしかなへず候はば、『君のおんけしきのあしきか、入道をにくませたまふか』とて、ふくりふしさうらひなむず。只『さきこしめしつ』とおほせさうらへかし」とまうされければ、「さればこそいへ、いかにもはからへとは」とおほせられて、おんきやうをとらせたまひてあそばしければ、宗盛少しけしきかはりて、ごぜんをたたれけり。是をうけたまはる人々ささやきあわれけるは、「なにとなくよのなかそぞろくあひだ、入道さすがおそれたてまつり、かくまうすなるべし。あな事もおろかや、てんがの事は法皇のおんぱからひぞかし。なにとおんぱからひとはまうすぞ」とぞいひあひける。とうごくのげんじむほんのこと、かさねてまうしおくるあひだ、せんじをくださる。
そのことばにいはく。
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いづのくにのるにんみなもとのよりとも、ならびにかひのくにのぢゆうにんおなじくのぶよしら、ひとへにらうれいをくはたて、しきりにうがふをはげます。けいびんのぞくたうをむすび、ぐしゆんのともがらむれをなす。せいばついまだあらはれず、やうやくじゆんげつをおくる。れいみんのうれへ、ときとしてやすまず。よろしくゑちごのくにのぢゆうにんたひらのすけながにおほせて、くだんのともがららをついたうすべし。そのこうかうにしたがひて、しゆしやうをくはふべしてへり。
ぢしよう五年正月十六日 させうべん
つぎのひまたかさねてせんじをくださる。そのことばにいはく。
いづのくにのるにんみなもとのよりともは、ちちよしともざんけいにおこなはるるとき、よりともそのとがをおなじくすべきに、はやくくわんいうのじんによつて、すでにしざいのけいをまぬかる。しかのみならず、そぶためよし、くびをはねらるといへども、とたうのしよりやうといひ、らうじゆうのでんゑんといひ、みななだめおこなはるるは、じんくわのいたりなり。しかるにむなしくりゆうくわうのきうせうをわすれ、みだりがはしくらうれいのしんぼうをたくむ。かひのくにのぢゆうにんみなもとののぶよし
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いげ、くにぐにのげんじみなかふりよくするをもつて、けいびんのぞくたうをむすび、ぐしゆんのともがらむれをなす。ぼうあくのはなはだしきこといまだあらず。これはそれそつとのひん、みなこれわうぢなり。ふてんのした、たれかこうみんにあらずや、わうじもろいことなし。てんちゆうさだめてくははらむ。しかるにせいばついまだあらはれず、じゆんげつやうやくつもる。れいみんのかなしみ、えいりよにいささかなし。よろしくちんじゆふのしやうぐんふぢはらのひでひらにおほせて、かのともがららをついたうせしむべし。でんぶやさうのたぐひなりといふといへども、これをみわすれくにをうれふるしなからんや。しやうぐんのしよくしやうのために、はいしのきんせつをはげまさざらむや。そのくんこうにしたがひて、ふしのしやうをくはふべしてへり。
ぢしよう五年正月十七日 さちゆうべん
おなじき十九日、ないだいじんむねもりをもつて、そうくわんしよくにふせらる。 せんげのじやうにいはく。
そうくわんじやうにゐたひらのあつそんむねもり
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おほす、てんびやうさんねんのれいにまかせて、くだんのひとをもつてかのしよくにふす。よろしくごきないならびにいがいせあふみたんばとうのくにをじゆんさつせしめ、けつとしふしゆうのたうをさぐりとらへ、せいをかりてごふだつし、らうせうをとり、ひんせんをあふりやくするともがら、ながくとうぞくのえうげんをきんだんすべし。
ぢしよう五年正月十九日 させうべんゆきたか
十三 廿七日、さきのうだいしやうむねもり、すせんぎのせいをそつして、関東へくだりたまふべきにていでたちたまひけるほどに、にふだうたいしやうこくれいならぬここちいできたるよし有ければ、「けしからじ」と云人も有けり、又、「としごろもかたときもふれいの事おわせざりつる人の、かやうにおわすれば、たとひうつたちてのちききたまひたりとても、おんかへりあるべし。まして京よりこれを御覧じおきながら、みすてたてまつりてたちたまふべきやうなし」と、めんめんに有ければ、とどまり給にけり。廿八日には、だいじやうにふだうぢゆうびやうをうけたまへりとて、ろくは
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らのへんさわぎあへり。さまざまのいのりどもはじまるときこへしかば、「さみつる事よ」とぞ、たかきもいやしきもささやきつつやきける。やまひつきたまひける日より、水をだにものどへいれたまはず。しんちゆうねつする事、ひのもゆるがごとし。ふし給へるにさんげんがうちへいるもの、あつさたへがたければ、近くあるものまれなり。のたまふ事とては、「あたあた」とばかり也。すこしもただこととおぼへず。にゐどのよりはじめて、きんだち、したしきひとびと、いかにすべしともおぼへず、あきれてぞおわしあひける。さるままには、けんぷ、いとわたのたぐひはいふにおよばず、むまのくら、かつちう、たち、刀、弓、やなぐひ、しろかね、こがね、しつちんまんぼうとりいだして、じんじや、ぶつじにたてまつる。だいほふ、ひほふ、数をつくしてしゆしたてまつる。おんやうじ七人を以て、によほふにたいさんぶくんをまつらせ、のこるところのいのりもなく、至らぬれうぢもなかりけれども、次第に重くなりて、すこしもしるしもなし。しかるべきぢやうごふとぞみへける。入道はこゑいかめしき人にておわしけるが、こゑもわ
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ななき、息もよわく、事のほかによはりて、身のはだへ赤き事は、しゆをさしたる者にことならず。ふきいだす息の末にあたる者は、ほのほにあたるににたり。うるふ二月ふつかのひ、にゐどのあつさたへがたけれども、びやうぶをへだて、枕近くゐよりて、なくなくのたまひけるは、「おんやまひひびにおもくなりて、たのみすくなく見へ給ふ。おんいのりにをいては、心の及ぶ程はつくしさぶらひつれども、そのしるしなし。今は只ひとすぢにごしやうの事を願ひ給へ。又おぼしをく事あらば、のたまひおき給へ」とまうされければ、入道くるしげなるこへにて、いきのしたにのたまひけるは、「われへいぢぐわんねんよりこのかた、てんがを足の下になびかして、みづからかたぶけむとせし者をば、じじつをめぐらさず、たちまちにほろぼしにき。ていそだいじやうだいじんにいたりて、えいぐわ既に子孫に及べり。一人としてそむくものなかりしかば、いつてんしかいに肩をならぶる人やありし。されども死と云事、
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ひとごとにあるをや。われひとりがことならばこそはじめておどろかめ。ただし最後に安からずおもひおくことあり。るにんよりともがくびをみざりつる事こそくちをしけれ。しでのやまを安くこゆべしともおぼえず。入道ししてのち、ほうおんついぜんのいとなみゆめゆめあるべからず。あひかまへてよりともがくびを切て、わがはかの上にかけよ。それをぞ草の影にても、よろこばしくは思わむずる。子息、さぶらひは深くこのむねをぞんじて、頼朝ついたうのこころざしをさきとすべし。ぶつきやうくやうのさたにおよぶべからず」とぞゆいごんしたまひける。だいしやうよりはじめて、ごしそんどもまで、なみゐてききたまひけり。いとど罪深くおそろしくぞおぼゆる。そのひのくれほどに、入道やまひにせめふせられたまひて、せいめいがじゆつ、だうまんがいんをむすびていのりけれどもしるしなし。余りのたへがたさに、ひえいさんせんじゆゐんといふところの水をとりくだして、石の船にいれて、入道それにいりてひやしたまへども、下の水は上にわき、
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上の水は下へわきこぼれけれども、すこしもたすかり給ここちもし給はざりければ、せめての事にや、板に水をくみながして、そのうへにふしまろびてひやし給へども、なほもたすかるここちもし給わず。のちはかたびらを水にひやして、にけんをへだてて、なげかけなげかけしけれども、ほどなくはしばしとなりにけり。かかへをさふる人一人もなし。よそにてはとかくいひののしりけれどもかなわず。後にはひさげに水をいれて胸の上にをきければ、ほどなくゆにぞわきにける。もんぜつびやくちして、七日と申しに、つひにあつちじににしにけり。むまくるまはせちがひ、じやうげさわぎののしり、きやうぢゆうはぢんくわいにけたてられて、くれにてぞありける。きんちゆうせんとうまでもしづかならず。いつてんの君のいかなる事おわしまさむも、これほどはあらじとぞみへし。おびたたしなむどはなのめならず。ことし六十四にぞなりたまひにける。七八十までもあるひともあるぞかし。
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おいじにといふべきにあらざれども、しゆくうんたちまちにつきて、てんのせめのがれざれば、立てぬぐわん、残れるいのりもなかりけれども、ぶつじんも事により、時にしたがふことなれば、そうじてそのしるしなし。すまんぎのぐんびやうありしかども、ごくそつのせめをばたたかふことあたわず。いつかのきんだちもおほくとも、めいどのつかひをばしへたぐるにおよばず。いのちにかわり、身にかわらむとちぎりし者もそこばくありしかども、たれかはひとりとしてしたがひつきし。しでの山をば只一人こそこえたまふらめとあはれなり。つくりおかれしざいごふや身にそふらむ。まかしくわんには、「めいめいとしてひとりゆく、たれかぜひをとぶらはむ。しよいうのざいさん、いたづらにたのいうとなると」あかし、くしやろんには、「さいしやうしてなんぢいませいゐをすぎぬ。ししてつひにまさにえんまわうにちかづくべし。ぜんろにゆかんとほつするに、しらうなし、ちゆうげんにすまんことをもとむるに、しよしなし」と申て、えんまわうのつかひはかうきをもきらわず、たましひをうばうごくそつはけんぐを
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えらぶ事なし。やうきひ、りふじんのたへなりし姿、ごづめづはなさけをのこさず。そとほりひめ、をののこまちが心のやさしかりし、あはうらせつははづる事もなかりき。しんのしくわうのこらうの心ありし、りやうのぶわうのゆうのたけかりし、よりみつ、よりのぶがはかりことのかしこかつしも、めいどのつかひにはかなはざりき。むかしきんぶせんのにちざうしやうにんの、むごんだんじきにしておこなひするあひだ、ひみつゆがのれいをにぎりながら、しにいりたる事はべりけり。地獄にてえんぎのみかどにあひまひらせたる事ありき。「地獄にきたる者、ふたたびえんぶだいに帰る事なしといへども、汝はよみがへるべき者也。わがちち、くわんぺいのほふわうのめいをたがへ、むしつをもつてすがはらのうだいじんをるざいせしつみによりて、地獄におちて、くげんをうく。必ずわがわうじにかたりて、くをすくふべし」と仰有ければ、かしこまりてうけたまはりけるを、
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「めいどは罪なきをもつてあるじとす。しやうにんわれうをうやまふ事なかれ」とおほせられける事こそ悲しけれ。けんわう、せいしゆ、なほ地獄のくげんをまぬかれ給はず。いかにいはむや入道のひごろのふるまひのていにておもふに、ごせのありさま、さこそはおわしますらめとおもひやるこそいとほしけれ。「是はただことにあらず。こんどうじふろくぢやうのるしやなぶつをやきたてまつりたまひたるがらんのばつを、たちどころにかぶり給へるにこそ」と、ときのひとまうしけり。だいじやうにふだううせたまひしのち、てんがに不思議のことどもおうかせり。にふだううせたまはむとて、さきなぬかに当りけるやはんばかりに、入道のつかひたまひける女房、不思議の夢をぞみたりける。たてぶちうちたるはちえふの車の内に、炎をびたたしくもへあがりたり。そのなかに「無」と云もんじをふだに書てたてたりけるを、あおきおにとあかきおにと二人、福原のごしよ、東のよつあしのもんへひきいれければ、にようばうゆめごごちに、「あれはいづくよ
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りぞ」といふ。きじんこたへていはく、「につぽんだいいちのがらん、しやうむてんわうのごぐわん、こんどうじふろくぢやうのるしやなぶつやきたてまつりたる、がらんのみやうばつのがれがたきによつて、だいじやうにふだうとりいれむずる、えんまだいわうのおんつかひ、くわしやをもてきたるなり」と云ければ、女房みるも、みのけいよだちて、おそろしなむどはなのめならず。あさましと思て、女房、「さてあのふだはなにぞ」といへば、「永くむけんたいじやうの底にいれられむずるめしうとなるが故に、『無』と云じをば書たる也。これむけんぢごくのふだなり」とまうすと思ければ、夢さめてけり。こころさわぎひやあせたりて、をそろしなむどはおろかなり。かのにようばうこのゆめみたりけるによつてやまひつきて、にしちにちといふに死にけり。はりまのくにふくゐのしやうのげし、じらうたいふとしかたといふもの、なんとのいくさはてて、都へかへりてさんがにちと云に、ほむら身にせむるやまひつきて死にけるこそおそろしけれ。正月にはたかくらのゐんのおんことかな
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しかりしに、わづかになかひとつきをへだてて、またこのことあり。世の中のむじやう、今に始めぬ事なれども、是はことにあはれなり。七日、ろくはらにてやきあげて、こつをばゑんじつほふいんがくびにかけて、福原へ取てをさめてけり。さてもそのよ、六波羅の南にあたつて、二三十人ばかりがこゑしてまひをどるものありけり。「うれしや水」といふひやうしを取て、をめきさけびて、はやし、ののしり、はとわらひなむどしけり。たかくらのゐんうせさせ給て、てんがりやうあんになりぬ。そのごちゆういんの内に、大政入道うせられぬ。しかもこよひ六波羅でくわさうしけるさいちゆう、かかるこゑのしければ、「いかさまにも人のしわざにあらず。てんぐのしよぎやうでぞ有らむ」とおもひけるほどに、ほふぢゆうじどののごしよのさぶらひ二人、東のつりどのに人をあつめてさかもりをしけるほどに、酒にゑひてまひけり。ゑつちゆうのせんじもりとし、ごしよのさぶらひ、さゑもんのじようもと
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いへにたづねければ、「ごしよのさぶらひ二人がけつこうなり」と申て、かの二人のともがらからめとりて、うだいしやうのもとへあひぐして参る。事のしさいをたづねられければ、「あひしりてさうらふものあまたきたりてさうらひつるに、酒をすすめさうらひつるほどに、にはかにものぐるひのいできて、そぞろにまひさうらひつるなり」と申ければ、「とがにしよするにおよばず」とて、すなはちおひはなたれにけり。「ゑひぐるひとは云ながら、さしもやあるべき。てんぐのつきにけるよ」とぞ人申ける。こうぶくじのひつじのさるのすみ、ひとことぬしのみやうじんとてやしろあり。かのやしろの前におほきなるもくげんじの木あり。かのぜうまうの火、このきのうつろにいりて、けぶりたちけり。だいしゆのさたで、水をくみてたびたびいれけれども、けぶりすこしもたちやまず。水をいれけるたびごとは、煙少したちまさり、このもと近くよるものむせびければ、むつかしとて、そののちさたもせず。ななつきにおよぶまできえざりけり。大政入道しにたまひてのち、かの
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ひきえにけり。これもそのころのものがたりにてぞありける。人のしぬるあとには、あやしの者だにも、ほどほどにしたがひて、てうぼにれいじせんぼふなむどよませて、かねうちならすは常のならひなり。是はくぶつせそうのいとなみにもおよばず、ほうおんついぜんのさたにもあらざりけり。あけてもくれにて、いくさかつせんのいとなみよりほかのたじなかりけり。うたてくこころうかりし事也。「入道一人こそおわせねども、としごろひごろさばかりたくはへをきたりししつちんまんぼうはいづちかゆくべき。たとひいかにゆいごんしたまひたりとも、などかをりをりのぶつじけうやうせられざるべき」と、人だんしをする事なのめならず。つくりみがきたりしはつでうどの、さんぬるむゆかのひやけぬ。人の家のやくることは常の事なれども、をりふしかかるもあさまし。なに者のつけたりけるやらむ、ほうくわとぞきこへし。何者かいひいだしたりけむ、
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「むほんのともがら、はつでうどのに火をさしたり」ときこえければ、きやうぢゆうは地をうちかへしたるが如し。さわぎののしる事をびたたし。じやうげ心をまどわすことひまなし。まことにあらむ事はいかがせむ。かやうにむなしきこと常にさしまじへて、さわぎあへる事の心うさよ。いかになりなむずる世やらむ。天狗もあれ、あくりやうもこはくて、平家の一門、うんつきなむとぞおぼへし。このにふだうの運命やうやくかたぶきたちしころ、家にさまざまのくわいいどもありける中に、不思議の事の有けるは、むまやにたてられたりけるひさうの馬の尾に、ねずみの巣をくひて、子をうみたりけり。とねりあまたつきて、よる昼なでかふ馬の尾に、ひとよの内にすくひ、子をうむ事、かへすがへすありがたくこそきこえしか。入道おほきにおどろきて、おんやうじ七人にうらなはせられければ、おのおの「重きつつしみ」とぞ申ける。これによりて、やうやうのごぐわんたてられけり。其
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馬はおんやうじやすちかぞたまはりける。黒き馬のひたひじろにてぞ有ける。名をばもちづきとぞ申ける。さがみのくにのぢゆうにんおほばのさぶらうかげちかが、とうはつかこく第一のめいばなりとて、たてまつりたりし馬也。このこと昔も今も不思議にて、ためしあるべしともおぼえぬ事也。昔てんちてんわうぐわんねんみづのえのいぬ四月に、れうのおんむまにねずみのすをくふことありけり。それもおどろきおぼしめして、おんかんなぎなどいのられけるにも、「おんつつしみあさからず」と申けり。さればかのみよにおくぜめなむど云事有て、よのなかしづかならず。そののちいくほどもなくて、天皇もほうぎよなりてけり。このほかさまざまの不思議おほくありけり。福原のしゆくしよの、つねのごしよとなづけられたる坪のうちにうゑそだて、あさゆふあいし給けるごえふの松の、へんしが程にかれにけり。入道のめしつかひけるかぶろの中に、てんぐあまたまじはり
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て、常にでんがくのこゑして、どどめきけり。おほかたさまざまの不思議ども有けり。
十四 そもそも入道最後のやまひの有様はうたてくして、あくにんとこそ思へども、まことにはじゑだいしの御真なりといへり。いかにして慈恵大師の御真としらむといへば、つのくにせいてうじと云所あり。村の人は「きよし寺」ともまうすなり。かのてらのぢゆうりよ、じしんばうそんゑと申けるは、もとえいさんのがくと、たねんほつけのぢしやなりけるが、だうしんをおこし、ぢゆうさんをいとひて、この処にぢゆうして年を送りければ、人皆これをきえしけり。しかるにしようあんにねんみづのえのたつ十二月廿二日ひのえのたつの夜、けうそくによりかかりて、れいのごとくにほつけきやうをよみたてまつりけるほどに、うしのこくばかりに、夢ともなくうつつともなくて、年十四ばかりなる男の、
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じやうえにたてえぼしにて、わらうづはばきしたるが、たてぶみをもつてきたれり。そんゑ、「あれはいづくよりの人ぞ」と問ければ、「えんまわうぐうよりのおんつかひなり。しよじやうさうらふ」とて、そのたてぶみをそんゑにわたす。かのじやうにいはく、くつしやうえんぶだいだいにつぽんごくつのくにせいちようじのそんゑじしんばうみぎ、きたる廿六日のさうたん、えんまらじやうだいこくでんにおいて、じふまんにんのぢきやうじやをもつて、じふまんぶのほつけきやうをてんどくせらるべし。よろしくさんぎんせらるべしてへれば、こくわうのせんによつて、くつしやうくだんのごとし。
しようあん二年みづのえのたつ十二月廿日ひのえのたつうしのときえんまのちやう
とかかれたりけり。尊恵いなびまうすべき事ならねば、りやうじやうのうけぶみを書てうけたまはるとみて、さめにけり。ひとへにしきよのおもひをなして、ゐんじゆくわうやうばうに
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語る。人皆不思議とおもへり。尊恵くちにみだのみやうがうをとなへ、心にいんぜふのひぐわんをねんず。やうやく廿五日のやいんにおよびて、じやうぢゆうのぶつぜんに至り、ねんぶつどくきやうす。既にうのこくにいたりて、ねぶりせつなる故に、かへりてぢゆうばうにうちふす。ここにじやうえの装束の男二人いできたりて、早く参ぜらるべきよしすすむるあひだ、わうせんをじせむとすれば、はなはだその恐れあり。さんけいをくはたてむとすれば、さらにえはつなし。このおもひをなす時、二人のどうじ、二人のげそう、しつぽうのだいしや、おのづからばうの前にげんず。ほふえじねんに身をまとひ、肩にかかる。尊恵おほきによろこびて、そくじに車にのる。しゆそうらさいほくのかたにむかひて空を飛て、えんまらじやうに至る。わうぐうをみるに、かちゆうべうべうとして、その内くわうくわうたり。そのうちにしつぽうしよじやうのだいこくでんあり。かうくわうごんじきにして、ぼんぶののぼる所にあらず。
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そのだいこくでんのしめんにして、おのおのちゆうもんのらうあり。おのおのろうもん高く広くして、皆ことごとく美をつくし、めうをきはめたり。そうじてきゆうでん、ろうかく、くわくの内にじゆうまんして、しようけいすべからず。しかるにかの大極殿の四面のちゆうもんのらうにして、おのおの十人のみやうくわんあり。十万人のぢきやうじやをはいぶんして、おのおの一面に座につかしめをはりて、大極殿の前にして、かうじ、どくし、かうざに登り終てのち、十万人の僧どくきやうをはりて後、みやうくわんかたかたへたちわかれて、みなぢきやうじやの名どころを記しをはりて、二部のくわんじゆをえんまわうに奉る。しんじ終て後、しゆそうかへりさる。しかるあひだ、尊恵南方の中門に立て、はるかにだいこくでんをみるに、みやうくわんみやうしゆ、皆ことごとくえんまほふわうの前にあつまる時、尊恵、「たまたまのさんけいなり。えんま法皇、冥官冥衆にふだんきやうとうをくわんじんせむ」と思て、大
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極殿にいたる。そのあひだ二人のどうじかいをさし、二人のじゆうぞう箱を以て、十人のげそううしろをひきて、やうやくあゆみちかづく時に、えんま法王、冥官冥衆、ことごとくをりむかひて内へいるるに、ぜんごを論ず。尊恵さいさんじたいする時、えんま法皇もんをじゆしていはく、
「もしほつけきやうをもてる者は、そのみはなはだしやうじやうなる事、かのじやうるりの如し。しゆじやうみなきけんす。又きよくあきらかなるかがみの、ことごとくもろもろのしきさうをみるがごとし。ぼさつしやうじんをもちて、皆世のあらゆる所をみる。しかればすなはち、やくわうぼさつ、ゆぜぼさつ、二人のじゆうぞうに変ず。たもんてん、ぢこくてん二人のどうじ、じふらせつによ、十人のげそうにげんじて、ずいちくきふじし給ふ。このゆゑにごばうのじゆうぞうら、まづいりたまふべし」と云々。そのとき尊恵らいりんをわつてのち、えんま法皇とてのたまはく、「よの
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僧は皆ことごとく返りさりぬ。ごばうきたる事なにらぞや」。尊恵こたへていはく、「ごしやうのざいしよをうけたまはらむがためなり」。王のたまわく、「つのくににわうじやうのちいつところあり。せいちようじはそのひとつなり。すなはちこれしよぶつきやうぎやうのち、しやかみろくのげんしよなり。わうじやうふわうじやうは人のしんぷしんにあり」といひうけて後、みやうくわんにちよくしてのたまわく、「このごばうのさぜんのふばこ、ほうざうにあり。とりいだして、いつしやうのうちのじぎやうくわんたのひもんをみせ奉るべし」。冥官これを承て、一人のどうじにちよくす。童子是を承て、すなはちほうざうにゆいて、ひとつのふばこを取てもてまゐる。冥官はこを開きをはりて、まづひとつにはゆづうどくきやうのひもんをみせしむ。くわんじんいご十か年之間、けつしゆ四千一百人が内、しばうのしゆう二百三人、そのなかにわうじやうの人九人あり。けだいのしゆう二千三百十二人なり。かくのごときのにんじゆ年々にげんせうして、当時のかうどく
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ねんぶつの衆、一千五百八十五人也。そうじて十か年の間のどくきやうのぶすう、かんぢやう一百一十万六千七百八十四部、読経二千一百四十万べん。ふたつにはしんどくのほつけきやう三万六千七百五十四部、念仏卅六万七十二へむ、だいはんにやけうしゆほん、さつはんにやほん、なんしんげほん、じゆりやうほん、くどくほん、あんじゆつがふ二万一千二百巻べちのひもんにあり。みつにはそとばのしやきやう十五部おのおの十巻、石の写経十五部各の十巻、そしの写経十八部各の十巻碑文にあり、よつには千日のふだんきやう六千十二部、にちべつのかうきやういちざ別の碑文にあり、五には百部のによほふきやう書写のくわんの内、じぎやう廿五部、くわんた六十三部各の十巻、みしやきやふ十二部之内、をうやしうしやこんどうの経一部碑文にあり、むつには六十巻書写のくわんのうち、既にうつしし四十三巻、宮十七官別の碑文にあり。又せいちようじにしておこす
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所の七種のせいぐわん、一にはえいたいのじやうとう別の碑文にあり、二にはえいたいのふだんきやうにちべつのかういちざならびにちやうがうとう、三にはぶつぜんのみちやうさんげん別の碑文あり、四にはしやかみだみろくさんぶつぎやうざう別の碑文あり、五にはこんどうのあかつきくぜんべちのひもむあり、六には金銅のしやりたふならびにみこし別のひもむあり、七には十種のくくわむの具、金銅のはな、たまのはたとうべちのひもむあり。みやうくわんかくのごとくのじぎやうをさんげし、くわんたをかんぢやうして、もくろくひもんをみせしむるとき、そんゑ取ていはく、「そもそもゆづうどくきやうのしゆう、しよこくにさんざいして、すでに十か年をへたり。いかがそのざいしよをしり、いかがそのけだいしばうをかくのごとく、さんげもくろくし給や」。みやうくわんこたへていはく、「ろくだうしゆじやうのけんみつのしよさ、なにごとかじやうはりの鏡にあらわれざる。もしふしんに及ばば、じやうはりの鏡をみ給べし」とうんうん。尊恵かの鏡をみるに、「あくじは悪事と共に、ぜんじは
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善事と共に、ざいしよみなことごとくあらわる。いちじいじやうかくれあることなし。かのかがみにあらわるるゆゑに、われらがとしごろのしよさしよぎやう、えんま法皇、みやうくわんみやうしゆいかがごらむじけむ」と思て、ひたんていきふす。「ただしねがはくは、えんま法皇、われらをあいみんして、しゆつりしやうじのはうぼふを教へ、しようだいぼだいのぢきだうを示し給へ」。このことばをなす時、えんま法王けうけしてしゆじゆのげをじゆす。時にみやうくわんふでをそめていちいちに是をかく。
さいしわうゐざいけんぞく しきよむいちらいさうしん
じやうずいごふきけばくかい じゆくけうくわんむへんざい
ひによせんだら くちゆうしとしよ ふふこんしぢ にんみやうやくによぜ
しにちいくわ みやうそくすいげん によせうすいぎよ しうがらく
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せかいふらうこ によすいまつはうえん によとうげんおうたう しつしやうおんりしん
ずいちくあくにんしや ぎやくとくむりやうざい げんぜむふくらい ごしやうさんあくしゆ
たんらくどくじゆ ほつけきやうしや めつざいしやうぜん りしよあくしゆ
がきやうやうだい ふだんどくじゆ のうくわんしよくわん かいたうさぶつ
せつによしゆぎやう ほつけきやうしや しゆうしやうごくらく しようだいぼだい
がきやうによせつ けやこんごん やうだいふきふ しよとくくどく
じつぱうしよぶつ かくいせんぜつ たごふせんぜつ ふかきゆうじん
このげをかきをはりて、えんま法王このせいごんをなす。「われいつさいしゆじやうのために、くわんじんのもんを書写す。これをけんもんするたぐひ、たれかほつしんせざらむや。永く文を持て、あまねくきせんをすすめ、広くじやうげをこしらへて、じぐわんを果しとげ、たぐわんをじやうじゆすべし。
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これうえんのいんえんをいんだうし、むえんのしゆじやうをけうけするはうぼふなり」。かくのごとくけうかいしをはりてのち、すなはちこのもんをふぞくす。そんゑ付属をくわんぎし、ゆやくしてこのことばをなす。「につぽんだいじやうにふだうじやうかいと申す人、つのくににわだのみさきをてんぢやうして、しめんじふよちやう、同じむねに家を作り、千人のぢきやうじやをはいぶんして、ばうごとに一面に座につけ、えんまぐうのぎしきのごとく、じふまんそうどくきやうせつぽふ、ていねいにごんぎやうを致すべき」よし申す時に、ずいきかんたんしていはく、「くだんの入道はただひとにあらず。じゑそうじやうのけしん、てんだいのぶつぽふごぢの為に、につぽんにさいたんせる人也。必ずこのもんをもつてかの人にしらすべし」といふ。
きやうらいじゑだいそうじやう てんだいぶつぽふおうごしや
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じげんさいしようしやうぐんしん あくごふしゆじやうどうりやく K122
またのたまはく、「むかし土佐の国ひらやまのしやうにんは、かつらのだいなごんのにふだうなり。しかるにこんじやうにしゆつけにふだう、ほつしんしゆぎやうの故に、ごくらくにわうじやうすべき人なり。しかるにしゆくじきとくほんをうゑたるゆへに、げんぜあんらくにして、ごしやうにはごくらくにうまるべき人也。しかればすなはちかのひとびとにちぐけちえんして、わうじやうごくらくのそくわいをとぐべし」。かくのごとくえんま法王のけうかいをかぶつて、だいこくでんのなんばうのちゆうもんへいづる時、くわんし十人もんぐわいにたちて、車にのせてぜんごに従ふ。すなはちそらを飛て返りきたる。尊恵官使の返りさるをみて、大極殿へふたたび帰りいりしとき、えんま法王、みやうくわんみやうしゆいたり向ひ、内へいりしとき、前後を論ぜしに、えんまわうのじゆしたまひし所の「にやくぢほつけきやう」のもんと、又「によじやうみやうきやうのもんと、ふたつの文をじゆし、心にけうなむ
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さうのおもひをなして、なぬかといひける正月二日ひのえのとらのいぬのときに、よみがへりをはむぬ。尊恵このじやうを以て、大政入道に奉り、えんまわうにまうしつるが如く、つひにしゆくぐわんを果してけり。さてこそきよもりをばじゑそうじやうのさいたんなりと人しりけれ。「ただし清盛ごんじやならば、ごんは必ずじつをひかむが為に世にいづる事也。あくごふを作り、ぶつぽふをほろぼして、じつしやの為に何のせむか有べき」と、人ごとにうたがひおもへるふしんあり。しやくけうの中にこのことはりを釈するに、「ゐのししこがねのやまをする。かぜくらちうをます」といへるほふもんあり。「ゐのししこがねのやまをする」といふは、ゐのししこがねの山をうがてば、こがねあらわれて、やまこんじきの光にあらわる。「風くら虫をます」と云は、せけんに「くら」と云虫あり。風ふけばただようて、あやうくみゆれども、風に当るごとにせいおほきになりまさりて、ちからことにつよくなる。ごんじやのりやくをほどこす事、
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このたとへにことならず。人の為にえきあるべき時には、罪を作りても
りやくをます。ぜんあくともにりやくをなす事、きにしたがひてふどうなり。さればいちだいけうしゆのしやかによらい、ごしゆほふりんを転じて、しゆじやうをりやくしたまひしに、九十五種のげだうのきほひおこりて、によらいのけだうをもちゐずして、利益にかからざりし時、だいばだつたうまれて、九十五種のげだうの長者として、さんあく、じふあくとうのつみを作て、によらいをあらそひたまひき。そのざいごふにむくひて、いきながらげんしんにだいぢわれてむけんぢごくにおちしかば、他のしたがへるげだうども、だいばだつたぢごくにおつるをみて、皆おそれをののき、じやけんの心ををさめて、によらいに従ひ奉る。それよりのちにこそ、しやかのけだうじやうじゆせしめたまひしか。如来のしやうをばぼさつなを是をしらず。ごんじやのけだうをば、ぼんしんはかる所にあらず。てうだつむけんぢごくにおちてのち、しやくそんの御弟子をつかはして、てう
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だつをとぶらひてのたまはく、「むけんぢごくのくるしみは、いくらほどかたへがたき」と問給ければ、てうだつこたへてまうさく、「むけんぢごくの苦みは、第三種のらくにひとしく」とぞ答申ける。このことばをきくには、地獄のほのほの中にても、なをあくしんををさめずして、によらいをあざむき奉るかと思へども、によらいりやうじゆせんにして、ほつけきやうときたまひしには、「いちぶつとくだうはいちじようほつけの力也。このほつけきやうをえし事は、てうだつを師として、せんざいきふじのこうによつて習へり」と、昔のいんえんをときたまひき。さてこそ「てうだつは只の調達にあらず。ごんじやの調達なりけり。地獄の苦みも、只の苦しみにはあらず。くらくふにのむねにたつして、第三種のらくにひとし」とはこたへたりとおもひしられてたつとけれ。されば清盛もごんじやなりければ、調達があくごふにたがわず。ぶつぽふをほろぼしわうぼふをあざける、そのあくごふげんしんにあらわれて、最後にねつびやうをうけ、もつごにしそんをほろぼし、善を
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すすめ、悪をこらすためしにやとおぼへたり。又善悪はいちぐの法なれば、しやくそんとてうだつとおなじきしゆしやうにうまれて、善悪の二流をほどこす。そのやうにきよもりもしらかはのゐんのみこなり。しらかはのゐんは、こうぼふだいしのかうやさんをさいこうせしきしんぢきやうしやうにんのさいたんなり。しやうくわうはくどくのはやしをなし、ぜんごんのとくをかねまします。清盛はくどくもあくごふも共にこうをかさねて、世の為、人の為、りやくをなすとおぼへたり。かのだつたとしやくそんと、おなじきしゆしやうのりやくにことならず。かかる人なりければ、じんぎをうやまひ、仏法をあがめ奉る事も人にすぐれたり。「ひよしのやしろへ参られけるにも、いちの人のかも、かすがなどへおんまうであらむも、これほどの事はあらじ」とぞみへし。てんじやうびと、せんぐも、かんだちめなむどやりつづけなむどしてぞおはしける。ひよしのやしろにては、ぢきやうじやのかぎりえらびて、せんぞうくやうありけり。ありがたく、ゆゆし
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かりし事也。
十五 そもそもしらかはのゐんをきしんぢきやうしやうにんのさいたんとしる事は、しんかけいしやう、せんとうのごいうえんのみぎりにて、しゆじゆのごだんぎありける中に、「たうじてんぢくにしやうじんの如来しゆつせして、せつぽふりしやうし給とききおよばむに、こころざしをすすめあゆみをはこびて、参てちやうもんすべしや」と申さるる人有ければ、だいじんくぎやうめんめんに「皆参ずべし」とまうされけるに、がうちゆうなごんまさふさのきやう、いまだそのころはみまさかのかみにて有けるが、まうされけるは、「人々はおんわたりさうらふとも、まさふさは渡りさうらふまじ」とぞまうされける。そのときげつけいうんかく、おのおのぎしんをなして、「こはいかに。みなひとのわたるべきよしおほせらるる処に、まさふさ一人わたらじとまうさるるは、子細いかに」と云。まさふさかさねてまうしていはく、「ほんてうじちゐきの間ならば、よのつねのと
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かいなれば、安きかたもはべりなむ。てんぢくしんだんのさかひは、りうさそうれいのけんなん、わたりがたくこえがたきみちなり。まづそうれいとまうすやまは、さいほくはせつせんにつづき、とうなんは海中にそびへたり。このやまをさかふて、東をばしんだんといひ、西をばてんぢくとなづけたり。かのやまのていたらく、ぎんかんにのぞみて日をくらし、はくせつをふみて天にのぼる。道のとほさ八百余里、草木もをいず、水もなし。多くけんなんある中に、ことに高くそびへたるみねあり。けいはらさいなとなづけたり。雲のうはぎもぬぎさけて、こけのころももきぬ、山の岩かどをかかへて、三日にこそこえはつれ。このみねにのぼりぬれば、さんぜんせかいのくわうけふは、まなこの前にあきらかなり。いちえんぶだいのをんごんは、足のもとにあつめたり。うしろはりうさといふかはあり。昼はまうふうふきたてて、いさごをとばして雨の如し。夜はえうき走りちりて、火をともすこと星ににたり。しらなみみ
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なぎりおちてきしのいしをうがち、あをぶち水まひてこのはをしづむ。しんえんを渡るといふとも、えうきの害のがれがたし。たとひしよきのふゐをまぬかるといふとも、すいはのへうなんさりがたし。さればげんじやうさんざうもこのさかひにして、六度まで命をうしなひたまひき。しかりといへども、次のじゆしやうの時にこそ、法をば渡し給けれ。まつだいたれかかのこせきを渡るべき。しかるを今てんぢくにあらず、しんだんにあらず、わがてうかうやのおやまに、まのあたりしやうじんのだいしにふぢやうしておわします。かのれいちを未だふまずして、むなしく月日を送る身の、じふまんよりのさんかいを渡りて、りやうじゆせんのけんろにおもむくべしともおぼへず。ほんてうのこうぼふだいし、てんぢくのしやかによらい、共にそくしんじやうぶつのりしよう、まなこの前にげんぜり。むかしさがのくわうてい、だいしをせいりやうでんにしやうじ奉りて、しかのだいじようしゆうのせきとくをあつめて、
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けんみつほふもんのろんだんを致す事あり。ほつさうじゆうにはげんにん、さんろんじゆうにはだうしやう、てんだいしゆうにはゑんちよう、けごんじゆうにはだうおう、おのおのわがしゆうのめでたきよしをたて申す。まづほつさうじゆうのげんにん、『わがしゆうにはさんじのけうをたてて、いちだいのしやうげうをはんず。いはゆるうくうちゆうこれなり。いづれかこれにすぐるべきや』と申す。さんろんじゆうにはだうしやうのいはく、『わがしゆうにはにざうを立てて、いちだいのしやうげうををさむ。いはゆるぼさつざう、しやうもんざう、これなり。いかがこれにまさるべきや』と申す。けごんじゆうのだうおうのいはく、『わがしゆうにはごけうをたてていつさいのぶつけうを教ふ。いはゆる、せうじようけう、しけう、しゆうけう、とんけう、ゑんけう、これなり。いかがこれにまさるべきや』と申す。てんだいしゆうのゑんちようのいはく、『わがしゆうにはしけうごみをたてていつさいの仏教を教ふ。しけうと云はいはゆるざう、つう、べち、ゑん、これなり。ごみといふは、にう、らく、しやう、じゆく、だいご、是なり。いかがこれにはまさるべきや』
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といへり。しんごんじゆうのこうぼふは、そくしんじやうぶつのぎをたてて、『いちだいしやうげう広しといへども、いづれかはこれに及ぶべきや』と申されたり。そのとき、げんにん、ゑんちよう、だうおう、だうしやう、めんめんになんもんをはきて、しんごんのそくしんじやうぶつのむねをうたがひまうされけり。中にもげんにんそうづ、弘法をなんじ奉ることばにいはく、『およそいちだいさんじのけうもんを見るに、皆さんごふじやうぶつのもんのみあつて、そくしんじやうぶつのもんなし。いづれのしやうげうのもんしようによつて、そくしんじやうぶつの義をたてらるるぞや』と。弘法こたへてのたまはく、『なんぢがしやうげうの中には、さんごふじやうぶつのもんのみ有て、そくしんじやうぶつのもんしようなし』。げんにんのいはく、『即身成仏のもんしようあらば、つぶさにいだされて、しゆゑのぎまうをはらさるべし』といへり。弘法もんしようをいだしてのたまはく、『しゆしさんまいしや、げんしようぶつぼだい。ぶもしよしやうじん、そくしようだいかくゐ。ゆいしんごんほふちゆう、そく
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しんじやうぶつこ』。これらをはじめとして、もんしようをひきたまふこと、そのかずはんたなり。げんにんかさねていはく、『もんしようはすでにいだされたり。もんのごとくそくしんじやうぶつをえたる、そのにんしようたれびとぞや』。こうぼふこたへてのたまわく、『そのにんしようは、とほくはだいにちこんがうさつた、近く尋ぬれば、わがみすなはちこれなり』とて、かたじけなくめいじのりようがんにむかひ奉りて、手にみついんを結び、くちにみつごをじゆし、心にくわんねんをこらし、身にぎきをそなへしかば、しやうじんのにくだんたちまちにてんじて、しまわうごんのはだへとなり、出家のいただきの上に、じねんにごぶつのほうくわんをあらはす。くわうみやうさうてんをてらして、にちりんのひかりを奪ひ、てうていはりにかかやいて、じやうどのしやうごんをあらわす。そのときくわうていずいきして、ざをさつてらいをなし、しんりき身をまげて、きやうがくして地にふす。しよしゆうたなごころをあはせ、
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ひやくれうかうべをかたぶく。誠になんとろくしゆうのひん、地にひざまづきて、これをきやうしんし、ほくれいしめいのかく、庭にふしてせつそくす。つひにししゆうきぶくして、もんえふにまじはり、はじめていつてうしんきやうして、だうりうをうく。さんみつごちの水、しかいにみちてぢんくをすすぎ、ろくだいしまんの月、いつてんにかかやきてぢやうやをてらす。そののちもしやうじんふへんして、じそんのしゆつせをまち、ろくじやうかわらずして、きねんのほふおんをきこしめす。このゆゑにげんぜのりしやうもたのみあり。ごしやうのいんだうもうたがひなし。かかるれいちへだにもまゐらずして、いんどけんそのさかひにしのがむといふことは、まことにもつてしかるべからず」と申時、しやうくわうこれをきこしめし、「まことにめでたき事なり。今までこれをおぼしめしよらざりけるこそ、かへすがへすもおろかなれ。かやうの事はえんいんしぬれば、さわる事もあり。やがてみやうてうごかう
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あるべし」とちよくぢやう有ければ、まさふさかさねて申けるは、「みやうてうのごかうも余りにそつじにおぼへ候。しやくそんりやうぜんのせつぽふのみぎりには、十六のだいこくのわうたちみゆきせさせ給ける儀式は、金銀をのべてほうよをつくり、しゆぎよくをつらねてくわんかいをかざり給けり。これすなはちなんとくの思ひをこらし、かつがうのこころざしをつくしたまふさほふなり。されば君のごかうもかれにたがわせ給べからず。かうやさんをばてんぢくりやうじゆせんとくわんじ、しやうじんのだいしはしやかによらいと信ぜさせ給て、ひかずをのべて、ごかうの儀をひきつくろわせ給べくやさうらふらむ」と申ければ、「誠にこのぎしかるべし」とて、ひかずをのべて、しんかけいしやう、金銀しつぽうをもつて、いしやうむまのくらをかざりてぞ、いでたたせ給ひける。是ぞかうやごかうの始めなる。かくてしやうくわう、だいしのべうだうををがまむが為に、とうろをいて
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ごなんぎやうにおもむき、くぎやういげさんくわい。みのこくにせつしやうゐんざん。まづきんすいのをけをけんず。をけの中に金銀をもつてたちばなを作り、かうばしきくだものををさむ。れうていいつぴき、くらを置てこれをまゐらす。せんぐうのやから、左大臣、内大臣、大納言、中納言四人、さんぎ五人、ならびにじしんら、皆かうろにしたがふ。くぎやうだいじんくつばみをならべて、おんくるまの前にあり。せつしやうどのは車にめしてしこうせらる。ごんのそうじやうにんかいほふいん、ごんのだいそうづりゆうみやう、ごんのせうそうづくわんいう、かつうはべうだうのほふえをたすけむが為、かつうはえいりよのごぢをいたさむが為に、おのおのかんだうをへて、共に中花をしす。このさうくわんのともがら、あたかもちをかかやかせり。しやうくわうならぢへかからせたまひて、ごとうざんあり。まづだうたふごじゆんれいあつて、やがておくのゐんに参らせ給。ごんのせうそうづくわんいう、おほせ
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によつてごべうだうの戸を開く。そのときおんながもちをめしよせて、てづからみづからををとかせたまひつつ、中よりとうろをめしいだし、おくのゐんのもとのとうろのたいざにかけさせ、油をいれ、しやうくわうみづからともしびを移させ給て、ぬかをつき、らいをなし、となへさせ給けるは、「なむきみやうちやうらいへんぜうだいし、けふすでににしやうとうみやうのしゆくぐわんまんぞくしをはむぬ」と、おんこゑをあげて申させ給ふ時にこそ、ぐぶの人々じぼくをおどろかし給けれ。ただいまごはいのおんことばに、「にしやうしゆくぐわんのとうみやう」と申させ給けるは、深き心あり。むかしとうじのちやうじやくわんげんそうじやうと、かうやのけんげうむくうりつしと、さうろんをなす事ありて、むくうりつしかうやをりさんし給しかば、ぢゆうりよことごとくたいさんして、くわうはいの地となりにけり。じんせきたへて六十余年、こらうのすみかとなり
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たりしを、えんきうのころ、やまとのくにかづらきのしものさとに、きしんぢきやうしやうにんといふひと有けるがぶものしやうじよを祈り、わがごせをしらむとて、はせでらにまゐりたりけるに、くわんおんのじげんによつて、「きしういとのなんざんにのぞみていのるべし」と有しかば、かうやさんと心得て、すなはちかの山にまうで給ひ、だいしのゆいせきをあらはさむほつぐわんして、高野山にのぞみたまひぬ。およそだいしこのやまをひらきて、だうたふをこんりふしたまひけるさほふは、だいたふとまうすは、なんてんのてつたふをうつして、そのたけじふろくぢやうなり。こんだうはとそつのまにでんをあらはして、まの数しじふくけんなり。じそんゐんよりみえいだうの北に至るまで、百八十ちやうにづきよをわる。たいざうかいのまんだらの百八十そんをあらはしたり。みえいだうよりおくのゐんに至るまで、三十七町にわかてり。こんがうかいのまんだらの三十七尊をあらはせり。だいたふ
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こんだうよりはじめてしよだうしよゐんに至るまで、みなみつごんじやうどのぎしきを移し、けざうかいのさほふをあらはせり。このゆゑにひとたびもこのちをふむ者は、かいげむろのくどくをそなへて、しぢゆうごぎやくのざいしやうをほろぼす。ひとよもかの山に宿る者は、ほんうまんだらかいのゑをひらきて、三十七尊のそんゐにつらなる。しかるにいまぢきやうしやうにんたうざんに臨むとき、百八十町のはりみちも、しゆぼくしげりてまよひやすし。三十七町の奥の道も、むぐらにうづもれてわかちがたし。だいたふくづれてあともなし。こんがうぶじのつゆじやうじやうたり。べうゐんかくれてみへ給わず。おくのゐんのかすみへんぺんたり。しやうにんしんじんをはこぶといへども、せいぜきにまよひてわきまへがたきゆゑに、すなはちらいはいをなして、深くきねんを致す。「なむきみやうちやうらいかうそだいしへんぜうこんがう、ねがわ
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くはれいずいをしめして、たうざんのせうりゆうをいたさしめ給へ」と、涙をながし、こゑをあげてけいびやくせられければ、おくのゐんのこのもとより、れいくわうこくうにそびいて、みねもこずへもかかやけり。しやうにんおほきによろこびて、しげきこかげをきりはらひ、すずのしたみちふみあけて、おくのゐんへぞ参られける。かくてとぼくをはこむでらいだうをつくり、いつきのとうろをかけてひうちを取て、おくのゐんにむかひて、きねんして申さく、「我もしこの山をひらひて、広むるところのみつけうじそんさんゑのあかつきまで、たへずぢやうやをてらすべくは、ただひとうちにつき給へ。このともしみをかかげて、じしのあかつきにさうぞくすべし」と、ほつぐわんきねんをこらしてうちたまひしかば、ただひとうちにひつきにければ、すなはちとうろの中にともせり。今まで
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きへぬともしびは、かのほつぐわんのとうみやうなり。しやうにんともしびをかかげしとき、又ぐわんをなして宣わく、「わがぐわんみらいさいにつきずして、よよにほふとうをかかぐべし。このたびにしやうに生れきて、必ずいまいつきをそなふべし」とほつぐわんし給ふ。これをもつてあんずるに、かのしやうにんのちかひたまひける、にしやうほふとうのぐわんたがわずして、こんどしやうくわうのごえいぐわんをうけたはるに、ぢきやうしやうにんのりぐわんを思ひあわせられて、誠にたつとくぞおぼゆる。「このおんことばをうけたまはるにこそ、昔のぢきやうしやうにんのせいやくにこたへて、今こくわうと生れたまひて、たうざんのほふとうをかかげ給にこそ」と、心有る人は皆かんるいをぞ流されける。そもそもしんぢきやうとまうすは、やまとのくにかづらきのしものこほりの人なりけり。七歳の時父におくれて、ころにしてひんだうなり。ぼぎひとりあつて、いつしをはぐくむ。しかるにいかなるたよりかありけむ、とうだいじの僧にかたらひて、なんとに至る。
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さんじふのじゆ、ひやくのほふりん、ひとたびうけて、ふたたびとはず。誠に将来のほふきなるべき人とみえたり。そののちとしつもりて、十三といふとしの春、なかのみかどのそうづのもとにいぢゆうす。たうりの花の枝をふくめるかほばせなれば、しらんのつゆのはにそふちぎりもなほさりならず。うつはものはすなはちほふきなり。けごんさんろんのほつすいをいる。ねはまたじやうこんなり、ゆがゆいしきのけうもんをひらけり。しかのみならず、しやうりゆうはくばのよりうをつたへ、けいくわこうぼふのはうちよくをとぶらふ。あまつさへまたあきつしまのながれをくみて、しかいさんじふいちじのすうりうをそふ。しきしまのかぜをあふぎ、いづもやへがきのゐふうをくはふ。としえうせうにして、さいのうおいたり。しかるあひだ、なんきやうだいいちのめいじん、ようがんぶさうのすいはつなり。しかるにしちさいのとき父におくれ、十六にして母にわかる。かかるあひだ、ししやうにいとまをこひ、深くけうやうのこころざしをはこびて、しゆつけして、いつかうほつけ
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きやうをよみならひて、ひとへににしんのごしやうぼだいを祈る。これによつて、ほつけをぢする身なればとて、みづからぢきやうばうとかうす。又にしんのぼだいを祈るが故に、じつみやうをきしんといふ。かくのごとく、ぎやうぢゆうざぐわのつとめおこたらずして、六十といひし時、にしんのしやうじよをいのらんがために、はせでらにさんろうす。ごかうのねぶりいくばくならざるに、くわんおんのじげんにいはく、「なんぢほつけどくじゆのこう、すでにつもる。さだめてぶものしやうじよを見むとおもふらむ。これよりさいなんのかた、かうやのれいくつにしてきせいすべし」とうんうん。だいしやうのじげんにおどろきて、かうやさんにのぼり、ふたたびかのやまをおこして、つひにぶものしやうじよをしり、とそつのないゐんにまゐり給へりし人也。
十六 さてもだいじやうにふだうのおほくのだいぜんをしゆせられし中にも、ふくはらのきやうのしまつかれたりし事こそ、人のしわざとはおぼへず、不思議なれ。「かのうみはとまりのなく
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て、風と波とたちあひて、かよへる船のたうれ、のるひとのしぬる事、昔よりたへず。おそろしきわたりなり」と申ければ、入道聞給て、あはのみんぶしげよしにおほせて、はかりことをめぐらして、人をすすめて、いんじしようあん三年みづのとのみのとしつきはじめたりしを、つぎのとし風にうちうしなはれて、石のおもてにいつさいきやうを書て、ふねにいれて、いくらといふこともなく沈められにけり。さてこそこのしまをばきやうのしまとはなづけられけれ。「石は世に多き物なり。船は人のたからなり。さのみ船をつみしづめられむこと、こくかのつひえなり。又さのみきやうをかきまひらせむ事、筆をとるたぐひまれなり。只わうへんの船におほせて、十の石をとりもち、かのところにいるべし。まつだいまでもこのぎをそむくべからずと、せんじをまうしくださるべし」と、しげよしいげはからひまうしければ、「誠にさもありなむ」とて、そのぢやうにさだめられけり。はたよりをきへいちりさんじふろくちやういだしてぞつきとどめたりける。海の深さみそひろ有けるとかや。海のふかさきはなきこと
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なり。これはいくほどならずとて、つきいだしたりけるへうせんのながれたる物などを、風のふきかさねければ、程なく広くなりにけり。おなじくはくがへつづけたらばよかりなむとぞ、やうやくつきつづけける。もよほしなけれども、こころあるひとは土を運び木をうゑければ、さまざまのくさきおひつづきたり。又かのせんじにまかせて、さいこくのじやうげの船ごとに石をいれてをく。さまざまのちからをそへて、次第にひろくなる。こうしの為にかたがたたよりあり。目にみすみすふねどもとまるこいへなむどもいでき、じつげつせいしゆくのひかりめいめいとして、さうかいのてうばうべうべうたり。いへば十余年のかまへなれども、松のおひつきたる有様、いづれもありがたし。今すこし歳月かさなる物ならば、なだかきむろたかさごにもおとるべからず。世をすぐるならひ、いうぢよもにくからず。小船の影にゐて、しこくをみわたせば心細し。いうぢよ二三人きたりて、「こぎゆくふねのあとのしらなみ」と歌ふ。
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あるいはやかたのうちで、「ふねのうちなみのうへ、いつしやうのくわんくわいおなじといへども、わごんゆるくしらべてたんげつにのぞみ、たうろ高くおしてすいえんにいる」などらうえいをす。つづみをならしひやうしをうちて、なごりをしのぐよしをうたふ。いろあるさま、人は笛をふき、糸をひく。この時はふるさとのていのおにがはらの事もわすられて、こくしいげはなかもちの底を払ひ、あきびとげらふはもとでをたをす。のちにはくゆれども、あふにしなれば、ちからなき世のならひなれば、もろこしのだいわうまでもききたまひて、につぽんわだのへいしんわうとかうして、帝王へだにもたてまつりたまはぬきたいのほうぶつどもをわたされけるとかや。
十七 こじんの申けるは、「このひとのくわほうかかりつるこそことわりなれ。まさしきしらかはのゐんのみこぞかし。そのゆゑは、かのゐんのおんとき、ぎをんにようごとまうしけるさいはひびとおわしき。かのにようご、ちゆうぐうにちゆうらふにようばうにて有ける女を、しらかはのゐんしのびめさるることありけり。あるとき
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ただもり、てんじやうのばんつとめてしこうしたりけるに、はるかにさよふけて、てんじやうのくちを人のとをる音のしければ、火のほのぐらき程よりみたりければ、いうなるにようばうにてぞ有ける。忠盛たれとはしらざりけれども、かの女房の袖をなにとなくひかへければ、女のいたくもてはなたぬけしきにて、たちとどまりてかくぞえいじける。
おぼつかなたがそま山の人ぞとよこのくれにひくぬしをしらばや K123
忠盛、こはいかなる事ぞやと、やさしくおぼえて、袖をはづして、
くもまよりただもりきたる月なればおぼろけならでいはじとぞ思ふ K124
とまうして、女の袖をはづしつ。女すなはちごぜんへ参り、このよしをありのままにまうしたりければ、『さてこそ忠盛ごさむなれ』とて、やがて忠盛をめして、『いかにをの
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れは、まろがもとへ参る女をば、てんじやうのくちにてひかへたりけるぞ』とおんたづねありければ、忠盛色をうしなひて、とかくまうすにおよばず、いかなる目をみむずらむと恐れをののきてありけるに、しやうくわううちわらひておほせの有けるは、『このをんないつしゆをしたりけるに、ききあへず、へんじしたりけるこそやさしけれ。さらばとう』とおほせありて、べちのちよくかんなかりければ、そののちぞ心おちゐてまかりいでにける」。これをもれきくひと申けるは、「人は歌をばよむべかりける物かな。このうたよまずは、いかなる目をかみるべき。この歌によつてぎよかんにあづかる。時にとりてきたいのめんぼくなり」。是のみならず、忠盛びぜんのにんはてて、国よりのぼりたりけるに、「あかしの浦の月はいかに」と、院よりおんたづねありけるに、忠盛おんぺんじに、
ありあけの月もあかしのうらかぜに波ばかりこそよるとみへしか K125
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と申たりければ、院ぎよかんありて、きんえふしふにぞいれさせましましける」。しやうくわうおぼしめしけるは、忠盛がしうかこそおもしろけれとて、心をかけたる女、ついでもあらば忠盛にたまはらむと御心にかけて、月日をおくらせおはしけるほどに、さんぬるえいきうのころ、しやうくわうわかきてんじやうびといちりやうにんばかりめしぐして、にはかにかのごしよへごかうなりにけり。さつきのはつかあまりの事なれば、おほかたの空もいぶせきほどの夜、はるかにさみだれさへかきくれて、なにとなくそぞしきおんここちしけるに、つねのごしよのかたにひかるもの有けり。かしらはしろかねの針なむどのやふにきらめきて、右の手にはつちのやうなる物をもち、左の手にはひかるものをささげて、とばかりあつては、さとひかりひかりしけり。ぐぶの人々これをみて、ならはぬ心にさこそおもひあわれけめ。「うたがひなき鬼なむめり。もちたる物はきこゆ
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るうちでのこづちにや。あなおそろしや」とて、をののきてぞさうらわれける。院もけうとくおぼしめす。ただもりほくめんのげらふにさうらひけるをめして、「かのもの、いもとどめ、きりもとどめよ」とおほせありければ、忠盛承て、すこしもはばかる所なくあゆみよりけるが、さしもたけかるべき者とも思わず。「こりていの者にてぞ有らむ。いも殺しきりも殺したらば、ねんなかるべし。てどりにしてげんざんにいれむ」とおもひて、このうすくひかるところをいだかむと、次第にうかがひよる。あんのごとくのさとひかるところをみしとだく。いだかれてこのものさわぐ。はや人で有けり。「なにものぞ」ととへば、「じようじぼふしでさうらふ」と答ふ。火をともさせてごらんずれば、六十ばかりなる法師の、片手にはてがめと云物に油をいれてけり。片手にはかはらけに火を入てもつて、かしらには雨にぬれじとて、こむぎと云物のからをかさのやうにひきゆいて、うちかづきてけり。みだうのじようじが、ごかうなりぬとききて、みあかしまゐら
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せむとて、うしろどのかたより参れるが、「火やきへたる。みむ」とて、火をふりけるなり。それにかづきたる小麦のからきらめきて、針のやうにみえけるなり。「事のやういちいちにあらはれぬ。これをあはてて、いも殺しきりも殺したらましかば、いかにかわゆくふびんならまし。忠盛がつかまつりやうしりよふかし。ゆみやとるものはいうなりけり」とて、そのけんじやうにまかせ、はらめる女を忠盛にたまはりにけり。忠盛是をたまはりて、かしこまりてまかりいでにけり。やうやくつきひかさなる程になんしをうみて、やういくしたててちやくしとす。きよもりすなはちこれなり。このこうみたりける時も、にようごめづらしき事におぼしめして、をさなきちごとくみむとて、さんの内より若き女房どもいだきてあそびけり。このちご昼はおともせで、夜になればよもすがらなきあかしけり。のちにはよその人までもいもねずして、にくみあへり。女房こころ
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ぐるしき事におもひて、人にとらせむとしける夜、にようごの夢に、
夜なきすとただもりたてよこのちごはきよくさかふる事もこそあれ K126
とごらんありければ、このゆゑにや、よなきにはかにとどまりて、ひととなるままに、かたち人にすぐれ、心もかしこかりけり。きよもりとなのる。「清くさかゆる」といふよみあり。かのにようごの夢にすこしもたがわず。不思議なりし事也。かかりければ、ただもりことばにはあらはれてはいはざりしかども、ひとへに是を重くしけり。院もさすがにおぼしめしはなたず。しやうねん十二にてさひやうゑのすけになりて、十一歳のしゐのひやうゑのすけと申けるを、「くわしよくの人なむどこそかくはあれ」なむど人の申ければ、「清盛もくわしよくは人におとらぬ物を」と、とばのゐんもおほせありけるとかや。院もしろしめされたるにや。誠にわういんにておわしければにや、いつてんしかいをたなごころのうちにして、君をもなやまし奉り、臣をもいましめられき。
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しじゆうこそなけれども、せんとまでもしたまひけるやらむ。昔もかかるためしありけり。てんちてんわうのおんときに、はらみたまへるにようごをたいしよくくわんあづかりたまふとて、「このにようごさんなりたらむ子、によしならばちんが子にせむ、なんしならば臣が子とすべし」とおほせられけるに、なんしをうみたまへり。やういくしたてて、たいしよくくわんのおんことす。すなはちたんかいこうこれなり」。またひとのいひけるは、このことひがことにてぞ有らむ。まことにわういんならば、たんかいこうのれいにまかせて、しそんあひつづきてはんじやうすべし。さるまじき人なればこそ、うんめいもひさしからず、しそんもをだしからざるらめ。このことしんようにたらず」とまうすひとも有けるとかや。おなじきむゆかのひ、宗盛院にそうせられけるは、「入道すでにこうじさうらひぬ。てんがのごせいむ、いまはおんぱからひたるべき」よしまうされけるに、院のてんじやうにてひやうらんのことさだめまうさる。
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十八 二月八日、「とうごくへはほんざんゐのちゆうじやうしげひらをたいしやうぐんとしてつかはさるべし。ちんぜいへはさだよしげかうすべし。いよのくにへはめしつぎをくださるべし」とさだまりぬ。そのうへひやうゑのすけよりともいげ、とうごくほつこくのぞくとをついたうすべきよし、とうかいとうせんへゐんのちやうのみくだしぶみをくださる。そのじやうにいはく、
「みぎおほせをうけたまはるにいはく、さきのうひやうゑのすけみなもとのよりとも、いんじえいりやくぐわんねんにつみにしよして、いづのくににはいるせられ、すべからくみのとがをくいて、ながくてうけんにしたがふべきところに、なほしけうあくのこころをいだきて、かたはらにらうれいのはかりことをくはたつ。あるいはこくさいのつかひをべんれうし、あるいはどみんのざいをしんだつす。とうせんとうかいりやうごくのともがら、いが、いせ、ひだ、では、むつのほか、みなそのくわんいうのことばにおもむきて、ことごとくふりやくのなかにしたがふ。これによつて、くわんぐんをさしつかはして、ことにふせきたたかはしむるところに、あふみみのりやうごくのほかは、すなはちをはりみかはいとうのぞくをはいくわす。
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なほもつてかたくまもる。そもそもげんじらはみなことごとくちゆうせらるべきよし、ふうぶんあるによつて、ひとつしやうのひとびと、ともにあくしんをおこすとうんうん。このこともつともきよたんなり。よりまさぼふしにおいては、けんぜんのざいくわによつて、けいばつをくはへらるるところなり。そのほかのげんじ、させるくわたいなし。なにがゆゑにかちゆうせむ。おのおのていいうをまもりて、しんのちゆうをぬきんづべし。じこんいごは、ふせつをしんずることなかれ。かねてはこのしさいをぞんじて、はやくわうくわにきすべしてへれば、おほせをうけたまはりてげぢくだんのごとし。しよこくよろしくしようちすべしせんによつてこれをおこなふ、あへてゐしつすべからず。ゆゑにもつてくだす」とぞかかれたりける。十五日、とうのちゆうじやうしげひら、ごんのすけぜうしやうこれもり、すまんぎのぐんびやうをあひぐして、とうごくへはつかうす。ぜんごのついたうし、みののくににさんくわいして、いちまんぎにおよびべり。「大政入道うせたまひて、けふ十二日にこそなるに、さこそゆいごんならめ、ぶつきやうくやうのさたにもおよばず、かつせんにおもむきたまふことけしからず」とぞ申あひける。
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十九 十九日、ゑちごのじやうのたらうたひらのすけながといふものあり。これはよごしやうぐんこれもちがこういん、おくやまのたらうながいへがまご、じやうのおにくらうすけくにがこなり。こくちゆうにあらそふ者なかりければ、さかひのほかまでもそむかざりけり。またむつのくににふぢはらのひでひらといふものあり。かれはむさしのかみひでさとがばつえふ、しゆりのごんのだいぶつねきよがまご、ごんのたらうきよひらがこなり。ではむつりやうごくをくわんりやうして、かたをならぶる者なかりければ、りんごくまでもなびきにけり。かのふたりにおほせて、よりとも、よしなかをついたうすべきよし、せんじをまうしくださる。去年十二月廿五日ぢもくのききがき、今年二月廿三日たうらい。すけながたうごくのかみににんず。資長てうおんかたじけなきことをよろこびて、よしなかついたうのために、おなじく廿四日あかつきにごせんよきにてうつたつところに、くもの上中にこゑあつて、「につぽんだいいちのだいがらん、しやうむてんわうのご
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ぐわん、とうだいじのるしやな焼たる大政入道のかたうどする者、ただいまめしとらむや」とののしるこゑしけり。これをききける時より、じやうのたらうちゆうぶうにあひ、へんしんすくみ、手もつやつやはたらかねば、思ふ事をじやうにかきをかず、舌すくみてふられねば、おもひのごとくもいひをかず。なんし三人、によし一人有けれども、ひとことのゆいごんにもおよばず、そのひのとりのときばかりに死にけり。おそろしなむどいふはかりなし。おなじきおととじやうのじらうすけもり、のちにはじやうのしらうながしげとかいみやうす。春の程は兄がけうやうして、ほんいをとげむと思けり。ひでひらは、よりとものおととくらうよしつね、さんぬるしようあんぐわんねんの春のころよりあひたのみてきたるをやういくして、さんぬるふゆひやうゑのすけのもとへおくりつかはして、たねんのよしみをむなしくして、いませんじなればとて、かれにてきたいするにおよばずとて、りやうじやうまうさざりけり。
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二十 廿三日にはごでうのだいなごんくにつなのきやううせたまひぬ。だいじやうにふだうとちぎり深く、こころざしあさからざりし人なりし上に、とうのちゆうじやうしげひらのしうとにておわしければ、ことにじんじんなりけり。このくにつなのきやう、こんゑのゐんのおんときは、しんじのざつしきでおわしけるが、にんぺい三年六月六日、しでうだいりぜうまうありけり。しゆしやう、くわんばくのていにぎやうがうなるべきにてありしが、をりふしこんゑづかさ一人もまゐりあわず。おんこしのさたする人なかりければ、なんでんにしゆつぎよありけれども、おぼしめしわかずして、あきれてたたせたまひたりけるに、このくにつなつとまゐりて、「かやうの時はえうよにこそめされさうらふなれ」とて、えうよをかきいだして参りたりければ、しゆしやうたてまつりてしゆつぎよなりぬ。「かくまうすはたそ」とおんたづねありけるに、「しんじのざつしきくにつななり」と申たりければ、げらふなれどもさかざかしき者かなとおぼしめして、ほふ
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ぢゆうじどのごたいめんの時、ぎよかんの余りにおんものがたりありければ、それよりしててんが殊にめしつかひて、ごりやうあまた給はりなどしてさうらわれけるに、おなじきみかどのおんとき、八月十七日、いはしみづのぎやうがありけるに、いかがしたりけむ、にんちやうがよどがはにおちいりて、ぬれねずみのごとくして、かたかたに隠れをりて、みかぐらに参らざりけるに、くにつな、てんがのおんともにさうらひけるが、なにとしてとしてよういしたりけるやらむ、にんちやうがしやうぞくをもたせたりけるをとりいだして、「いとしんべうにはさうらわねども、にんちやうがしやうぞくはさうらふものを」とて、いちぐまゐらせたりければ、にんちやうこれを着て、みかぐらととのひておこなわる。少し遅かりつるよりも、みかぐらのこゑどもすみのぼり、まひの袖もひやうしにあひて、いつよりもおもしろかりけり。物のね身にしみて、おもしろき事は神も人もおなじこころなり。つたへきく、昔あまのいとはとをおしひらかれたまひしかみよの事
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までも、かくやとをしはかられてぞおぼへける。時にとりてはゆゆしきかうみやうしたりけるくにつななり。それのみならず、かやうのぎやうがうの色々のしやうぞくよういして、もちつれさせられたりけり。かやうにおもひかけぬ用意もためしおほかりけり。やがてこの人の先祖、やまかげのちゆうなごんと申人おわしき。ださいのだいににてちんぜいへくだられけるに、道にてけいぼのあやまりのやうにて、二才なりけるけいしを海へおとしいれてけり。うせにける母の、そのかみてんわうじへまゐりけるに、うかひ亀を取て殺さむとしけるを、かのにようばううすぎぬをぬぎて、かのかめを買て、「おもひしれよ」とてはなちてけり。くだんのかめ昔の恩を思知て、こふにのせてうかびいでて、たすけたりける人也。これをによむそうづとぞ申ける。ていわう是を聞給て、是をおもくせさせたまひき。しやうたいぐわんねんのころ、くわんぺいのほふわう、おほゐがはにごかう有けるに、このそうづも
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さうらわれけり。げつけいうんかく袖をつらね、ものすそをならべて、そのかずおほかりける中に、いづみのだいしやうさだくに、いまだわかきてんじやうびとでぐぶせられたりけるが、あらしの山の山をろしはげしかりけるに、えぼしをおほゐがはにふきいれられて、せむかたなくて、袖にてもとどりをおさへておはしけるを、そうづのさんえのふくろよりえぼしをとりいだして、かのだいしやうにたびたりければ、みるひとじぼくをおどろかしたりけり。是も時にとりては、おもひよらざりけるかうみやうなり。又いちでうのゐんのおんとき、びやうどうゐんのそうじやうぎやうそんは、とばのゐんのごぢそうなり。あるときぎよいうの始まりたりけるに、琴をひかれけるてんじやうびと、琴の糸きれてひかざりければ、かのそうじやう、でふしの中よりことををひとすぢとりいだして、わたされたりけるとかや。このひとびとは用意も深く智恵もかしこかりければ、まうすにおよばず。このくにつなはさしもかしこかるべき家に
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てもなきに、どどのかうみやうのみせられけるこそありがたけれ。だいじやうにふだうとせめてこころざしの深きにや、どうにちにやまひつきて、どうぐわつにつひにうせたまひぬ。あはれなりけるちぎりかなとぞ人申ける。
廿一 廿五日、法皇ほふぢゆうじどのへごかうあり。ぢしよう四年の冬の御幸には、武士おんくるまの前後にさうらひて、をびたたしくのみぞありし。これは、くぎやうてんじやうびとあまたぐぶし、うるはしきぎしき、けいひつのこへなども、ことごとしきさまなりければ、いまさらにめづらしくめでたくぞおぼへし。とばどのへごかう有し事、ふくはらへせんとのいまわしき名ありしごしよのおんことまでも、おぼしめしいだされけり。ごしよどものせうせうはゑしたりければ、「しゆりしてわたしたてまつらせむ」と、うだいしやうまうされけれども、「只とくとく」とおほせありて、御幸なりぬ。このごしよはおうほう元年四
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月十三日、おんわたましありてのち、せんずいこだち、かたがたの御しつらいにいたるまで、おぼしめすさまにせさせおはしつつ、いまびえ、いまぐまのをもちかくいはひたてまつらせ給て、としふるままに、この二三年たびだちておはしつれば、御心もうかれ立てわたらせ給へば、いまひとひもとくとおぼしめしけり。中にもこにようゐんのおんかたなむどごらんぜらるるに、みねの松、河の柳、ことのほかにこだかくなりにけるにつけても、かのなんきゆうよりせいだいへうつりたまひけむ昔のあとおぼしめしいだすに、たいえきのふよう、びやうのやなぎ、これにむかひていかにかなみだをたれざる。
廿二 三月ひとひのひ、とうだいじ、こうぶくじのそうがうら、ほんゐにふくし、じりやうとうもとのごとくちぎやうすべきよし、せんげせらる。「このうへはだいゑどもおこなはるべし」とせんぎにて、ごうれいのさんゑおこなはる。十四日しやりゑ、十五日ねはんゑ、つねのごとし。ぶつりき
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つきぬるかとみへつるに、ほふとうの光きへずして、おこなはるるこそめでたけれ。十六日じやうらくゑ也。このゑとまうすは、なんえんぶだいだいいちゑなりといふ。さればにちぽんごくの人のえんまのちやうに参りたむなるには、こうぶくじのじやうらくゑは拝みたりしかど、まづいちばんにえんま大王のとひたまふとまうしつたへたり。さればとばのゐんのとばどのをござうりふありて、このゑをうつしておこなはせ給けるに、おそらくはほんじにはおとりたりといふさたありて、そののちは又もおこなはれざりけり。このてらのしたはりゆうぐうじやうの上にあたりたるゆゑに、がくのひやうしもまひのきよくせつも、ことにすむとかや。さればをはりのくによりあつたのだいみやうじんのけんぶつにわたらせたまふなれば、かなんぶといふまひをまふ。ちゆうもんの前で三尺のこひをきりて、酒をのむやうをまふとかや。かなんぶのはうちやう、ことくらくのさかもりとぞ是をいふなるべし。べつたうのそうじやうりやう
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ゑんのさたとして、がくにんのろくもつ、常よりも、花を折り月をみて、たびかさねられければ、めでたきみものにてぞ有ける。おなじきなぬかのひ、ちんぜいのぎやくぞくら、ついたうすべきよし、ちやうのくだしぶみをなしくださる。「たかなほ、これよしら、ほしいままにしゐをたて、こくむをたいかんし、はじめてきよぢゆうのいつしうをりやうじ、やうやくひりんのばうこくにおよぼす。ことにせいばつせらるべし。ふこくあひともにどうしんかふりよく、かのともがらりやうにんならびにどういのやからをあひふせくべし」とぞのせられける。
ぢしよう五年三月十四日、たかなほのこと、なほほんぎやくのきこえあるによつて、せんじをくださる。そのじやうにいはく、
ひごのくにのぢゆうにんふぢはらのたかなほ、きやうねんよりこのかた、ほしいままにぶゐをふるひ、たちまちにわうくわをそむく。ただほんぢゆうのしうけんのみにあらず、すでにばうこくのきやうどをおよぼす。ひとへにらうれいのこころに
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ぢゆうし、かたがたうがふのむれをなす。しかのみならず、かいろにはくはのぞくとをまうけ、りくぢにりよくりんのたうるいをむすぶ。しやうこうをろんぜず、なうぐをうばひとり、とがいをしよみんにいたし、さんしよくをくこくにくはたつ。とふにおよばむとほつするによつて、こうくわんならびにくにぐにのぐんびやうら、ふせきたたかはしむるところに、たびたびせんとうのよし、ださいふしきりにもつてごんじやうす。よつてたうしをつかはし、せいばつせらるべし。そのあひだ、くわんないちからをはげまし、きんあつせしむべきむね、ゐんのちやうよりさしをもつて、げぢせらるることさきにをはんぬ。しかるにかんらんいよいよまし、そうたういまだよらずとうんうん。ほんぎやくのいたり、せめてあまりあり。よろしくさきのうこんゑのだいしやうたひらのあつそんにおほせて、くわんないしよこくのぐんびやうにはかりて、かのたかなほならびにどういよりきのともがらをついたうせしむべしてへり。
ぢしよう五年四月十四 日さちゆうべん
とぞおほせくだされける。しかりといへども、いつさい宣旨をももちゐず、いよいよぐんぜいをもよほし、じこくた
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こくをかたらひて、平家をほろぼして源氏にくははらむとけつこうするよし、ださいふよりつげまうしけり。
廿三 さても二月七日、東国のおほぜい、さがみのくにかまくらをたつときこゆ。平家騒て、しこくくこくのぶしどもをめしあつめ、とうごくへむけらるべかりける程に、さいこくのせいちちしけるあひだ、げんじのぐんびやうはみのをはりまでせめのぼる。又しなののくにたてはきのせんじやうよしかたが子にきそのくわんじやよしなか、じふらうくらんどゆきいへ二人、ほくろくだうをふさぐときこゆ。かかりしあひだ、平家いとどゆくさきせばくぞおもはれける。さゑもんのすけとももり、とうのちゆうじやうしげひら、ごんのすけぜうしやうこれもりいげのついたうし、さんぬる二月廿八日、みののくにくひぜがはまでくだりたりけるが、げんじのおほぜいをはりまでむかふときこえければ、へいけのぐんびやうすのまたがはのみなみのはたにぢんをとる。そのせい二万余騎。今度は
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平家のぐんびやうもしかるべきつはものなれば、先の駿河のいくさにはよもにじと、さすがにたのもしくぞおもはれける。三月十一日あけぼのに、東のかはらにむしやせんぎばかりはせきたる。すなはち東のはたに陣をとる。これはひやうゑのすけにはをぢ、じふらうくらんどゆきいへなり。又千騎ばかりきたる。是はひやうゑのすけのおとと、とばのきやうのきみゑんぜんといふそうなり。ときはばらの子、くらういつぷくいつしやうの兄也。じふらうくらんどにちからをつけよとて、兵衛佐千騎の勢をつけてさしのぼせたりける也。十郎蔵人がぢんににちやうへだてて陣をとる。平家はにしのはたに二万余騎、源氏は東のかはらに二千余騎、げんぺいかはをへだてて陣を取。あくるうのこくには東西のやあはせときこゆ。ゆきいへとゑんぜんと、たがひに先を心にかけたり。おなじきみのこくばかりに、すみぞめのころもにひがさくびにかけたるこつじきほふし一人、源氏のぢんやにきたりて、きやうを読て物をこひけるを、けご
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見る者にこそあむめれとて、ぜひなくからめてけり。ゆひつけて置たりければ、「こつじきころさせたまふ、あらかなしや。いひたべや」なむど申ければ、「にくし。足はさみてとへ」なむどいひけるを聞て、このほふし縄をひききりて、河へさととびいりて、をよぎてにげけるを、「あは、さればこそ」とて、人あまたおひかけたり。いければ、人の射るをりは、水の底へつといる。いやめば浮きあがる。うきぬしづみぬをよぎける程に、平家の方より、船にたてをついてかはなかにおしあはせて、船に取ていれてもどりにけり。「さればこそ。この法師はげらふとは見へざりつる物を。あはれ、くびを切らで」といひけれども、かなわず。さるほどにしばらく有て、この法師かちんのひたたれにあらひがはの鎧きて、もみえぼしひきいれて、かげなる馬に乗て、かはばたにあゆませいだして、かはごしに申けるは、「人はかうみやうをしてこそいみじけれ。
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にげてなのるはをかしけれども、只今とられて河をこえたりつるは、この法師。かく申は、しゆめのはんぐわんもりくにが孫、ゑつちゆうのせんじもりとしがばつし、あふみのくにいしやまのほふしにあくとさぜんれん」となのりて、いりにけり。きやうのきみは、「平家にけご見へて、いちぢやう渡されなむず。じふらうくらんどに先をかけられては、ひやうゑのすけにおもてをあはすべきか」とおもひければ、あすのやあはせを待けるが、あまりの心もとなさに、人一人めしぐせず、只一人馬に乗て、ぢんのかみよりにちやうばかりあゆみのぼりて、かたきのぢんの前の岸をあゆみのぼりて、からすもりといふところをするりと渡して、かたきの前の岸かげにこそひかへたれ。十郎蔵人、夜のあけぼのに時をつくりて河をわたさむ時、ここより「ゑんぜんけふのたいしやうぐん」と名乗てかけむとおもひて、ひがしへむき、今やよあくるとまちかけたり。平家のかたよりよまはりをせさせけり。かたきよひよりやすすむらむの心なり。平
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家のせいじつきばかり、たいまつ手ごとにとぼして、河ばたにまはりけるに、岸の影に馬をひつたてたりければ、「なに者ぞ」と問。是を聞て、円全少しもさわがず、「みかたの者。馬の足ひやし候」とこたへたり。「みかたならば、かぶとをぬぎてなのれ」と云ければ、馬にひたと乗て、くがへうちあがり、「ひやうゑのすけよりともがおとと、とばのきやうのきみゑんぜんといふものなり」と名乗て、じつきのものどもが中へうちいる。さとあけてぞとほしける。ゑんぜんさんぎうちとりて、二騎にておはせて、のこる五騎にとりこめられてうたれにけり。十郎蔵人これをしらず、きやうのきみにさきすすまれじと思て、使者をつかはして、きやうのきみが陣をみするに、「たいしやうぐんは見へさせ給はず」と申ければ、「さればこそ」とて、十郎蔵人うつたちにけり。せんぎのせいを、八百余騎をば陣におきて、二百余騎あひぐして、ぬき足にあがりて、いなばがはの
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せをあよばせて、河をさとわたして、平家の陣へぞかけいりける。さるほどに夜もあけがたになりければ、平家「かたきのたせいにてようちによせたる」とさわぎける程に、火をいだして見れば、わづかににひやくきばかりなり。「ぶせいにてありける物を」とて、二万余騎さしむかへたり。十郎蔵人たせいの中にかけいりて、時をうつすまでたたかふに、おほぜいにとりこめられて、てとりあしとりとられし程に、二百余騎わづかに二騎にうちなされて、河を東へひきしりぞく。にきのうちいつきはたいしやうぐんとみへたり。あかぢのにしきのひたたれに、こざくらを黄にかへしたるよろひに、かげなる馬にきぶくりんのくらおきてぞ乗たりける。東の河につきて、鎧の水はたはたと打あゆばせゆくを、たいしやうとはみえけれども、平家さうなくをはざりけり。をはりげんじいづみのたらうしげみつ、ひやくきのせいにてきのふよりからめでにむかひたりけるが、
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おほての時のこゑを聞て、平家のおほぜいの中へはせいりたりけり。是もとりこめられて、はんぶんはうたれて、のこりはひきしりぞく。たいしやうぐんいづみのたらうもうたれにけり。じふらうくらんど、すのまたの東にをぐまと云所に陣をとる。平家は二万余騎をいつてにわけたり。いちばんにひだのかみかげいへたいしやうぐんにて、三千余騎にておしよせたり。いしらまされてひきしりぞく。二番かづさのかみただきよ大将軍にて、三千余騎さしむかひたり。これまた射しらまされてひきしりぞく。三番にはゑつちゆうのせんじもりとし、三千余騎にてさしむかひたり。これもしらみて引退く。しばんにはたかはしのはんぐわんたかつな、三千余騎にてむかひたり。是もしらみて引退く。五番にはとうのちゆうじやうしげひら、ごんのすけぜうしやうこれもり、りやうたいしやうぐんにて、八千余騎にていれ
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かへたり。平家二万余騎をいつてにわけて、いれかへいれかへたたかひければ、十郎蔵人、こころばかりはたけく思へども、こらへずして、をぐまをひきしりぞきて、やなぎのつに陣をとる。柳の津をもおひおとされて、あつたへ引退く。熱田にてざいけをこぼちて、かいだてをかまへて、ここでしばらくささへたりけれども、熱田をもおひおとされて、みかはのくにやはぎの東の岸にかいだてをかいてささへたり。平家やがてやはぎおひおとして、河より西にひかへたり。ぬかたのこほりのつはものどもはせきたりて、源氏につきてたたかひけれども、かなふべくもなかりければ、十郎蔵人はかりことをして、ざつしきさんにん旅のていにしやうぞかせて、みのかさもたせて平家のかたへむかわす。「平家いかにととはば、『ひやうゑのすけよりともとうごくよりおほぜい、只今やはぎにつきさうらうひつる時に、いまおちさうらひつる源氏は、そのせいとひとつになりさうらひぬらむ』といへ」
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とて、つかはしけり。あんのごとく平家これらに問けるは、「これにおちつる源氏はいくほどかのびつる」と問ければ、をしへの如くに申ければ、「さてはきこゆる関東のおほぜいにとりこめられて、いかにかせむ」とて、平家とるものもとりあへずひきしりぞく。おなじき廿七日、都へかへりのぼりにけり。十郎蔵人のりがへどもをはせさせて、「みのをはりのものども、平家をひとやをも射ざらむ者、源氏のかたき」と申させたりければ、源氏にこころざしあるものども、平家におひかかりてさんざんにぞ射ける。平家はたふの矢にもおよばず、西をさしてぞはせゆきける。十郎蔵人はいくさいくさにはまけてはせかへり、「すいたくをうしろにする事なかれとこそいふに、河を後にしてたたかふこと、もつともひがことなり。今は源氏のはかりことあしかりけり」とぞまうしあひける。
廿四 さて三河の国府より、いせだいじんぐうへぐわんじよをぞ奉ける。そのぐわんじよにいはく、
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かけまくもかしこきいせのわたらひのいすずのかはのほとりの、しもついはねに、おほみやばしらひろしきたてて、たかあまのはらにちぎたかくあらはれて、申し定め奉る。てんせうくわうたいしんのひろまへに、かしこみかしこみまうしたまへとまうす。じやうろくゐのじやうみなもとのあつそんゆきいへ。いんじぢしようのころ、さいしようしんわうのちよくをかうぶるにいはく、たいしやうこくにふだう、いんじへいぢぐわんねんよりこのかた、ふたうのかうゐにのぼりて、ひやくくわんばんみんをしたがへしむるあひだ、いんじあんげんのとしにもつてつひにさせるちよくぢやうをかうぶらずして、じやうにゐごんだいなごんふぢはらのあつそんなりちか、ならびにおなじくそくなんらををんるにしよし、どういのともがらとしようして、ゐんぢゆうきんじゆのじやうげのしよにん、そのかずそのみをせつがいせしめ、あるいはゑんきんにはいるし、そののちぢしようさんねんのちゆうとうに、ぢもくにかなはずとしようして、くわんばくだいじんをはいるせしめ、させるとがなきちしん、さきのたいしやうこくいげしじふよにんをざいくわにしよし、あるいはこんじやうせいしゆのくらゐをうばひてぼうしんのまごにゆづり、あるいはほんしんてんわうをろうにこめて、すでにりせいをとどむ。
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またいちゐんだいにのわうじとして、くにのうつはものにあたるとしようして、おなじきしねん五月十五日の夜、にはかにとりこめたてまつるべきよしふうぶんして、をんじやうじにたいにふしたまふところに、させうべんゆきたかをもつて、ほしいままにろうせんをかまへて、あるいはてんだいさんにはなちてよりきをせいし、あるいはごこくのつかさにおほせてぐんびやうをあつめて、すでにわうぼふをたち、ぶつぽふをほろぼさむとぎする
ところなり。はやくてんむくわうていのきうぎをたづねて、わうゐをおしとるともがらをうち、じやうぐうたいしのこせきをとぶらひて、ぶつぽふはめつのたぐひをほろぼして、もとのごとくこくせいをいちゐんにまかせたてまつり、しよじのぶつぽふをはんじやうせしめ、しよしやのじんじけだいなく、しやうぼふをもつてくにををさめ、ばんみんをほこらしめて、いつてんをしづめんとばかりなり。ここにゆきいへがせんぞをたづぬれば、むかしあめくにおしひらきたまひしみよのまご、せいわてんわうのわうじ、さだずみのしんわうしちだいのまごなり。ろくそんわうよりしもつかた、ぶきゆうをはげましててうかをまもりたてまつる。かうそぶよりのぶのあつそん、ただつねをからめてふしのしやうを
かうぶる。ぞうそぶより
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よしのあつそん、かうへいろくねんにあうしうのぎやくたうをしづめて、こうたいのきぼとなす。そぶよしいへのあつそんは、くわんぢねんぢゆうにじやうそうをへずといへどもこくかのふちゆうたる、たけひらいへひららをうちて、ゐをとういにふるひ、なをさいらくにあぐ。しんぷためよしは、てんえいにねんにならのだいしゆのはつかうをうちとどめて、わうじやうをちんごす。ほうゐおどろきなくだいじやうてんわうのまつりごといゐきにあまねくして、しかいをたなごころのうちにてらし、はくししんぢゆうにかけたり。わうじなびくことなし。しかるをへいぢぐわんねんより、このうぢのしゆつしをとどめられてのち、にふだうひとへにぶゐをもつて、とじやうのうちにはくわんじをあなづり、らくやうのほかにはぼうせんをはなつ。しかればすなはち、ゆきいへせんだいをとぶらへば、あまてるおほんがみのはじめてやまとのくにのいはとをおしひらきて、あらたにとよあしはらのみづほにらんしやうしたまふ。かのあまくだりたまへるせいていは、かたじけなくゆきいへさんじふくだいのそそうなり。しかるにごすいしやくよりこのかた、ちんごこくかのちかひげんぢゆうにして、みやうゐひまなきところに、にふだうしんりよをおそれず、げきらんをくはたつ。これぐいのいたすところか。はるかにかうゐにのぼることは、
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ひとへにてうおんのいたすところなり。またゆきいへがしんぷためよしのあつそんは、かのたいしやうこくのごとくの、しゐにほこりて、むほんをおこすにあらず。しやうくわうのおほせによつて、しらかはのごしよにまゐりこもりて、かつせんをいたすばかりなり。しかるにいまむほんのともがらとしようして、てうていにつかへざるによつて、さうでんのしよじゆうは、じぼくをふさぎて、ずいじゆんせず、ふだいのしよりやうは、ちぎやうをとどめらる。らうなきによつて、どくしんふせうのゆきいへ、かのにふだうがまんがいちにもおよばざるところなり。しかもにふだうたちまちにむほんをおこすによつて、ゆきいへてうてきをふせがむがために、とうごくにげかうして、よりとものあつそんとあひともに、かつうはげんじのしそんをこしらへ、かつうはさうでんのしよじゆうをもよほして、しやうらくをくはたつるところに、あんのごとくこころにまかせて、とうかいとうせんのしよこく、すでにどういせしめをはんぬ。これかつうはてうゐのたつときがいたすところ、かつうはしんめいのしからしむるところ、はくわうしゆごのちかひ、かんおうせしむるところなり。したがひてまたふうぶんのごときは、だいじんぐうよりかぶらをはなちたまひき。にふだうそのみすでにもつせり。これをみ、これをききて、じやうげのばんにん、
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いはむやきゆうちゆうのうぢひとら、なにびとかれいゐにおそれざる、たれびとかげんけをあふがざらむや。そもそもとうかいしよこくのだいじんぐうのごりやうのこと、せんれいによつてしんえきをわかたしむ。びしんせしむべきよし、げぢをくはふといへども、あるいはへいけにおそれてししやをくださず、あるいはししやをくださしむるに、ほうなふびしんのところもあり。ひとへにじんりやうをばせいしをくはたてず、わづかにひやうらうまいのもよほしばかりなり。はやくちやうじせしむべし。またゐんぐうよりはじめて、しよかしんかのりやうとう、くにぐにしやうしやうのねんぐけつじよのこと、まつたくあやまらざるところなり。あまたのぐんびやう、あるいはげんけといひへいじといひ、あるいはだいみやうまゐりあつまりおもひおもひのあひだ、ふりよのほかになしがたきか。なかんづく、こくぶそんりよのぢゆうにんひやくしやうらのしうたん、おなじくせいしすといへども、おほくそのわづらひあり。ゆきいへおなじくあいたんすくなからず。ぶみんのこころせちなりといへども、いたづらにすげつをおくる。ここにゆきいへわうじやうにきさんして、わうそんをまもりたてまつる。よりともはとうしうのへんかいにおいて、さいらくのてうゐをかかやかす。しんめいたちまちになふじゆをたれて、はやくてんがをしづめたまひて、たとひへいけのきやうだいこつにくなりといふとも、
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こくかをまもらむともがらにおいては、むかへてしんおんをほどこしたまへ。またげんじのしそんるいえふなりといふとも、かへりてふたことばあるものは、たちまちにみやうばつにしよせしめたまふべし。くわうたいじんこのじやうをたひらげただして、ぶゐぶじにしやうらくをとげしめて、すみやかにちんごこくかのゑいくわんをなしたまへ。てんわうてうていのほうゐうごくことなく、げんけのだいせうじゆうるいのこりなく、ことごとくちうやにまもりまもりたてまつりたまへと、かしこみかしこみまうしたまへとまうしつぐじやう。ぢしよう五年五月十九日じやうろくゐみなもとのあつそんゆきいへとぞかかれたりける。
廿五 四月廿日、ひやうゑのすけよりともをちゆうしたてまつるべきよし、ひたちのくにのぢゆうにんさたけのたらうたかよしがもとへ、ゐんのちやうのみくだしぶみをぞまうしくだしたる。そのゆゑはたかよしがちち、さたけのさぶらうまさよし、去年の冬、頼朝がためにちゆうりくのあひだ、さだめてしゆくいふかかるらむ
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ゆらいをたづねて、へいけかのくにのかみにたかよしをもつてまうしにんず。これによつて隆義、頼朝とかつせんをいたしけれども、もののまねとちりぢりとうちおとされて、たかよしあうしうへにげこもりにけり。きよきよねんこまつのだいふこうぜられぬ、ことしまたにふだうしやうこくうせられぬるには、へいけのうんつきぬることあらはれたり。しかればねんらいおんこのともがらのほか、はせつくものさらになし。さるほどに去年、しよこくのかつせん、しよじしよさんのはめつもさる事にて、はるなつのえんかんおびたたしく、あきふゆのおほかぜこうずいうちつづき、わづかにとうさくのつとめをいたすといへども、せいしうのわざ[ワカ]なきがごとし。かかりければてんがききんしておほくがしにおよぶ。かくて今年もくれにき。みやうねんはさりともたちなほることもやとおもひしほどに、ことしまたやくびやうさへうちそひて、きしびやうしするものかずをしらず、しにんいさごのごとし。さればことよろしきさましたる人々、すがたをやつし、さまかへつして、よくてある
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かとすればやまひつきて、うちふすかとすればすなはちしぬ。あしこののきのした、ここのついぢのきは、おほちのちゆうもんの前をいわず、しにんのよこだはりふせる事、さんのみだれたるが如し。されば車なむどもすぐにかよはず、しにんの上をぞやりける。しうきやうじゆうまんして、ゆきかふ人もたやすからず。さるままには人々の家々はかたはしよりこぼちて、いちにいだしたきぎの為に売けり。そのなかにはくやしゆなむどつきたる木の有けるは、すべきかたなきわびびとの、そとばやふるきぶつざうなむどをやぶりて、うりかひしけるとかや。誠にぢよくせらんまんの世といひながら、くちをしかりしことどもなり。六月三日、ほふわうをんじやうじにごかうあり。はつかのひ、やましなでらのこんだうつくりはじめらる。ぎやうじべんくわんなどくだすべきよしきこへけり。
廿六 さるほどに、じやうのしらうながしげ、たうごくにじふしぐん、ではまでもよほして、かたきにせいのかさなるを
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きかせむと、ざふにんまじりにかりあつめて、六万余騎とぞしるしたる。しなのへこえむといでたちけるが、「せんごふかぎりあり、あすをごすべからずと」よばはりて、雲の中へいりにけり。人おほく是をきかざりけれども、ながしげすなはちときをかへずうつたつ。六万余騎をみてにわかつ。ちくまごえには、はまのこへいだたいしやうで、一万余騎をさしつかはす。うゑだごえには、つばりのしやうじたいふむねちかたいしやうにて、一万余騎さしつかはす。おほてには、じやうのしらうながしげたいしやうとして、四万余騎をいんぞつして、ゑちごのこくふにつきにけり。あすしなのへこえむとするところに、せんぢんあらそふはたれたれぞ。かさはらのへいご、をづのへいしらう、とべの三郎、あがつまの六郎、かざまのきつご、いへのこには、たちかはの次郎、しぶかはの三郎、くじの太郎、くわんじやしやうぐん、らうどうには、あひづのじようたんばう、そのこへいしんだいふ、おくやまのごんのかみ、しそくとう
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しんだいふ、ばんどうのべつたう、くろのべつたうら、われもわれもとあらそひければ、じやうのしらう、みかたうちせさせじとて、いづれもいづれもゆるさずして、四万余騎をひきぐして、くまさかをうちこえて、しなののくにちくまがはよこたがはらに陣をとる。きそこれを聞てつはものをめしけるに、しなのかうづけりやうごくよりはせまゐるといへども、そのせいにせんぎにすぎざりけり。たうごくしらとりがはらにぢんをとる。たてのろくらう申けるは、「ちかただはせむかひて、かたきのせい見て参らむ」とて、のりがへいつきあひぐして、しほじりと云所にはせつきてみれば、かたきはよこたがはら、いしかはさまへ火をかけてやきはらふ。是を見てだいほんだうにはせよりて、馬よりおり、はちまんぐうをふしをがみて、「なむきみやうちやうらいはちまんだいぼさつ、今度のかつせんにきそどのかちたまはば、十六人のやをとめ、八人のかぐらをとこ、しよりやうきしんせむ」とぞいのりまうしける。
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ちかただかへりまゐりて、「しかしか」と申ければ、かたきにはちまんやかせぬさきにうてや、ものども」とて、ひきかけひきかけ夜のあけぼのにほんだうにはせつきて、ぐわんじよを八幡にをさめつつうつたちけるに、せんぢんあらそふともがらたれたれぞ。
かうづけには、こずみの六郎、さゐの七郎、せしもの四郎、もものゐの五郎、しなのには、ねづの次郎、おなじく三郎、うんののやへいしらう、こむろの太郎、注同次郎、おなじく三郎、しがの七郎、おなじく八郎、さくらゐの太郎、おなじく次郎、のざはの太郎、うすだの太郎、ひらさはの次郎、ちのの太郎、すはの二郎、てづかのべつたう、てづかのたらうらぞあらそひける。木曽、人々のうらみおわじとて、げぢしけるは、「らうどう、のりがへをばぐすべからず。むねとのものども
かけよ」と云ければ、「このはからひしかるべし」とて、百騎のせいくつばみをならべて、一騎もさがらず、ちくまがは
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さとわたす。かたきの陣を南より北へはたとかけやぶりて、うしろへつと通りぬ。又とりかへして南へかけとほりけり。じやうのしらう、じふもんじにかけやぶられて申けるは、「これほどのこぜいににどまでたやすくやぶられぬるこそ、今度のいくさのいかがあらむずらむ」とあやぶみて、かさはらのへいごをまねきて云けるは、「ぶせいにたやすくかけられてさうらふ。ここかけたまへ」と申ければ、かさはらのへいごまうしけるは、「よりざねことし五十三にまかりなりて候。だいせうのかつせんに廿六度あひぬれども、一度もふかくつかまつらず。ここにかけてげんざんにいれむ」とて、百騎ばかりのせいをあひぐして、かざまをさつと渡りてなのりけるは、「たうごくの人々、あるいはちじんとくいにして、げんざんせぬはすくなし。たこくのとのばらはおとにききたまふらむ。かさはらのよりざねよきかたきぞ。うちとりてきそどののげんざんにいれよや、とのばら」とののしりてかけいづる。これを聞て、たかやまのひとびと三百余
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騎にてかけいで、かさはらがせいの中へかけいりてさんざんにたたかひけり。りやうばうのつはもの、目をすます。しばしこらへて、とうざいへさとひきてぞのきにける。たかやまが三百余騎のせい、五十余騎にせめなさる。かさはらが百騎の勢、五十七騎はうたれて、のこり四十三騎になりにけり。たいしやうぐんの前にて、のけかぶとになりて馬よりおり、「かつせんのやういかが御覧ぜられさうらうひつる」と申ければ、じやうのしらう是を感じて、「ごへんのかうみやう今にはじめぬ事にて候ふ。中々よじんならば、ほむるところいくらもさうらひつ」といわれて、ほむるにまさることばなれば、すずしげにぞおもひたる。木曽が手には、たかやまのものどものこりすくなくうたれて、やすからずおもひてある所に、さゐの七郎五十余騎にて、をめいてちくまがはをかけわたす。ひをどしのよろひに、しらほしのかぶとのををしめて、くれなゐのほろかけて、しらあしげなる馬に、しろぶくりんのくら置て
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乗たりけり。是を見て、じやうのしらうがかたより、とべの三郎十三騎にてあゆみいだしたり。とべはあかがはをどしの鎧にくはがたのかぶとのををしめて、ほろはかけざりけり。れんぜんあしげなる馬に、きぶくりんのくら置てぞ乗たりける。たがひにゆんですがわせて、「しなののくにのぢゆうにん、とべのさぶらういへとし」となのるを、さゐしちらうはたとにらまへて、「さてはわぎみはひろすけにはあたわぬかたきごさむなれ。聞たるらむ物を。しようへいのまさかどうちて名をあげし、たはらとうだひでさとがはちだいのばつえふ、かうづけのくにさゐのしちらうひろすけ」となのりければ、とべの三郎とりあへず、「わぎみは次がなうちぶみよまむとおもひけるものかな。いへとしがしなをばなにとしてきらふぞとよ。これにてなのらずは、とべの三郎はいかほどの者なれば、よこたのいくさにさゐの七郎にきらはれて、なのりかへさであるぞと、人のいわんずるに。わぎみたしかに聞け。とばのゐんの
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おんときほくめんにさうらひし、しもつけのうゑもんのたいふまさひろがちやくし、さゑもんのたいふいへひろとて、ほうげんのかつせんの時、しんゐんのみかたにさうらひてかつせんつかまつりたりし、そのゆゑにあうしうへながされき。そのこにふせのさぶらういへみつ、そのこにとべのさぶらういへとしとて、げんぺいのばつざにつけども
きらわれず。なんぢをこそきらひたけれ。まさなき男のことばかな」といひもはてず、十三騎のくつばみをならべて、五十騎のなかをかけわつて、うしろへつととほりにけり。またとりかへして、たてよこにさんざんにかけたり。佐井七郎おもてをふらずたたかひけり。佐井七郎が五十騎も、十三騎はうたれにけり。とべが十三騎も、しきになりにけり。佐井はかたきをきらひて引かば、人にわらはれなむずとおもひてしりぞかず、とべは敵にきらはれてやすからずおもひて、りやうばうのらうどうどもうたれけれども、たがひに目をかけて、ゆんでとゆんでとにさしむかへて、くまむくまむとしけれども、りやう
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ばうひしめきたたかふ程に、あなたこなたのはたさしもうたれにけり。やみやみとなりて、たいしやうぐんどし組て、おつるをもしらざりけり。とべのさぶらう、かさはらのへいごが手にて、いくさにしつかれたりける上、うすであまたおひたりければ、さゐのしちらうにくびとられぬ。佐井七郎このくび高らかにさしあげて、「富部三郎がくびうちたりや」とてひきしりぞく。富部三郎がらうどうに、きねぶちのこげんだしげみつといふ、ししやうふちのつはものあり。このほどしゆうにかんだうせられて、ゑちごのくにのとももせざりけるが、「今度じやうのしらうにつきておはすなれば、よからむかたき一騎打て、かんだうゆるされむ」とおもひてまちゐたりけるが、いくさありと聞て、いそぎはせきたりて、「とべどのはいづくにぞ」ととひければ、「あれはあそこにただいま佐井七郎とたたかひつるこそ」と教へければ、旗をあげて、をめいてはせいつてみれば、かたきもみかたもしにふしたり。
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はたさしもうたれにけり。わがしゆうの馬ともののぐとしるくて、そこへはせよつて、「かうづけのさゐのしらうどのとこそみたてまつれ。とべどののらうどう、きねぶちのこげんだしげみつとまうすものなり。いくさより先におんつかひにまかりて、たたかひにはづれて候ばや。そのおんぺんじまうさむ。かつうはしゆくんのおんかほをもいまいちど見せ給へ」と申ければ、佐井七郎これを見て、あらての者にくまれては、かなはじとやおもひけむ、みかたへむちをあげてにげけるを、きねぶちいつたんばかりさきだつかたきを、ごたんのうちにをつつめて、おしならべて組て、どうどおちぬ。きねぶちはきこゆるだいぢからにて有ければ、佐井七郎を取ておさへて、くびかきて、しゆうのくびととりならべて、「しげみつこそまゐりて候へ。しやうをへだてたまふとも、こんばくといふたましひのあむなれば、たしかに聞給へ。人のざんげんにつきたまひて、かんだうありしかども、ききなほしたまふことも候わむずらむとまちさうらひつるに、かく見なしまゐらせてさうらふこと
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の悲しさよ。しげみつおんともにこうぜば、おんまへにてこそうたれさうらふべきに、おくれまひらせて候こそくちをしけれ。おんかたきうちて候。しでのやま、さんづのかは、やすくわたりたまへ」とて、ふたつのもとどりむすびあはせつつ、左の手にささげ、右手にはたちをもつて、てんまに打乗てよばいけるは、「かたきもみかたもこれ見給へ。さゐのしちらうにとべのさぶらううたれたまひぬ。富部三郎がらうどうにきねぶちのこげんだしげみつが、しゆうのかたきうちていづるをとどめよ、ものども」と云ければ、佐井七郎がいへのこらうどう、三十騎にておひかけて、中にとりこめてたたかひけれども、物ともせず、けやぶりてうしろへつといでにけり。かたきつづきてせめければ、かへしあはせて戦ふ。かたきあまたうちとりて、ひとでにかからむよりはとや思けむ、大刀をくちにさしくくみて、さかさまに落て、つらぬかれてこそ死にけれ。是を見てをしまぬ人こそなかりけれ。じやうのしらうはおほぜいなりけれ
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ども、みなかりむしやどもにて、てぜいの者はすくなかりけり。木曽はわづかにぶせいなりけれども、あるいは源氏のばつえふ、としごろおもひつきたるらうどうどもなれば、いちみどうしんにて、いれかへいれかへたたかひけり。しなののくにのげんじに、ゐのうへのくらうみつもりとて、いさめるつはものあり。ないない木曽に申けるは、「おほてにおいてはまかせたてまつる。からめでにおいてはまかせたまへ」とあいづをさしたりければ、だいほんだうの前でにはかに赤旗をつくりて、里品党三百余騎を先にたててかけいづるを、木曽これを見てあやしみをなし、「あれはいかに」といへば、「みつもりがひごろのやくそくたがへたてまつるまじ。御覧ぜられ候へ」とて、くまがはのはたをうしとらにむかひて、じやうのしらうがうしろの陣へぞあゆませける。木曽げぢしけるは、「ゐのうへははやかけいでたり。からめで渡しはてて、よしなかわたしあはせてかけむずるぞ。一騎もおくるな、わかたうども」とて、かぶとのををしめてまつところに、城四郎は井上が赤旗をみ
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つけて、からめでにつかはしつる、つばりのしやうじいへちかがせいと心得て、「こなたへなこそ。あらてなり。かたきにむかへ。荒手なり」と、つかひをたててげぢするところに、そらきかずしてくまがはをさとわたし、かたきの陣の前におほきなるほりあり、広さにぢやうばかりなり、みつもりさしくつろげて堀をこす。むかへのはたにとびわたる。つづきて渡る者もあり、堀の底におちいる者もあり。光盛こえはてねば、赤旗かなぐりすてて、しらはたをぞさしあげける。「いよのにふだうよりよしのしやてい、をとはの三郎よりとほが子息、おきのかみみつあきが孫、やてはの次郎ながみつがばつえふ、信乃国住人井上九郎光盛。かたきをばかふこそたばかれ」とて、三百余騎馬の鼻をならべて、北より南へかけとほる。おほては木曽二千余騎にて、南より北へかけとほる。からめでおほてとりかへしとりかへし、ななよりやよりかけければ、城四郎がたせい、しはうへむらくも
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だちにかけられて、たちあふものはうたれにけり、にぐる者はおほやう河にぞはせこみける。馬も人も水におぼれて死にけり。たいしやうぐんじやうのしらうとかさはらのへいごとかへしあはせてたたかひけるが、ながしげこらへかねてゑちごへひきしりぞく。河にながるる馬や人は、くがよりおつる人よりも、みなとへさきにながれいでにけり。かさはらのへいごは山にかかりて、いのちいきて申けるは、「しやうじやうせせにつたへもつたふまじきは、ゑちごむしやのかたうど也。こんどおほぜいにて木曽をばいけどりにしつべかりつる物を。にげぬる事、うんのきはみなり」とて、ではのくにへぞおちにける。きそ、よこたのいくさにきりかくるくびども五百人也。すなはちじやうのしらうがあとめにつき、ゑちごのふにつきたれば、国のものども皆源氏にしたがひにけり。城四郎あんどしがたかりければ、あひづへおちにけり。ほくろくだうしちかこくのつはものども皆木曽につきて、したがふともがらたれたれぞ。ゑちごのくにには、いなづのしんすけ、さいとうだ、
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へいせんじのちやうりさいめいゐぎし、かがのくにには、はやし、とがし、ゐのうへ、つばた、のとのくにには、つちだのものども、ゑつちゆうのくにには、のじり、かはかみ、いしぐろ、みやざき、さみのたらう。これらてふじやうをつかはして、「きそどのこそ、城四郎おひおとして、ゑちごのふにつきて、せめのぼりておはすなれ。いざや、こころざしあるやうにて、めされぬさきに参らむ」といひければ、「しさいなし」とて、うちつづきまゐりければ、木曽よろこびて、しなのむまいつぴきづつぞたびたりける。さてこそ五万余騎にはなりにけれ。「さだめて平家のうつてくだらむずらむ。きやうちかきゑちぜんのくにひうちがじやうをこしらへてこもりさうらへ」とげぢしおきて、わがみは信乃へかへりて、よこたのじやうにぞきよぢゆうしにける。七月十四日にかいげんあり。やうわぐわんねんとぞ申ける。八月みつかのひ、ひごのかみさだよしちんぜいへげかう。ださいのせうにおほくらのたねなほ、むほんのきこえあるによつて、ついたうのためなり。ここのかのひ、くわんちやうにてだいにんわうゑ
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おこなはる。しようへいのまさかどがらんげきの時、ほつしやうじのざすうけたまはりておこなはれしれいとぞきこへし。そのときあさつなのさいしやうぐわんもんを書て、しるしありときこへしかども、今度はさやうのさたもきこへず。
廿七 廿五日、ぢもくにじやうのしらうながしげ、かのくにのかみになさる。おなじくあにじやうのたらうすけなが、さんぬる二月廿五日たかいのあひだ、ながしげこくしゆににんず。あうしうのぢゆうにんふぢはらのひでひら、かのくにのかみにふせらる。りやうごくともにもつてよりともよしなかついたうのためなりとぞ、ききがきにはのせられたりける。ゑちごのくにはきそあふりやうしてながしげをついたうして、こくむにもおよばざりけり。
廿八 廿六日、ちゆうぐうのすけみちもり、のとのかみのりつねいげ、ほつこくげかう。きそをついたうのことは、じやうのたらうすけながにおほせつけられたりけれども、なほくだしつかはす。くわんびやうら、九月
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九日、ゑちごのくににしてげんじとかつせん。へいけつひにうちおとされにけり。かかりければ、廿八日、さまのかみゆきもり、さつまのかみただのり、ぐんびやうすせんぎをそつして、越後国へはつかうす。ひやうがくのおんいのりいつぽんならず、さまざまのごぐわんをたてられ、しよしやにじんりやうをよせられ、じんぐわん、じんにん、しよしやのみやづかさ、ほんじやまつしやにておのおのいのりまうすべきよし、ゐんよりめしおほせらる。しよじしよしやのそうがう、しよしやにててうぶくのほふおこなはる。てんだいざすめいうんそうじやう、せつしやうどののおんうけたまはりにて、こんぼんちゆうだうにて、しちぶつやくしのほふおこなはる。をんじやうじのゑんけいほふしんわう、やなぎのさいしやうやすみちのうけたまはりにて、こんだうにてほくとそんじやうわうぼふを
おこなはる。にんわじのしゆかくほふしんわうは、くでうのだいなごんありとほのうけたまはりにて、くじやくきやうのほふおこなはる。このほかのしよそう、ちよくせんをうけたまはりて、ふどう、だいげん、によいりんのほふ、ふげんえんみやう、
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だいしじやうくわうのほふにいたるまで、おのおのかんたんをくだきておこなはれけり。ゐんのごしよにごだんのほふをおこなはる。ちゆうだんのだいあじやりはばうかくさきのだいそうじやう、がうざんぜのだんはしやううんごんのそうじやう、ぐんだりはかくよごんのだいそうじやう、だいゐとくはこうけんさきのだいそうじやう、こんがうやしやはてうけんごんのそうじやうら、めんめんにちゆうきんをいたし、たんぜいをぬきんでて、おこなはる。ぎやくしんいかでかほろびざるとぞひとまうしける。またひよしのやしろにてむほんのともがらてうぶくのために、ごだんのほふをしぎやうしけるに、さんしちにちごんぎやうせられけるほどに、しよしちにちのだいごにちにあたるに、がうざんぜのだいあじやりかくさんほふいん、だいぎやうじのひがんじよにて、にはかにねじににしににけり。しんめいさんぼうごなふじゆなしといふこと、すでにけちえんなり。又朝敵追討のために、おほせをうけたまはりて、じふぐわつやうかのひだいげんのほふをしゆせらる。せんげのじやうにいはく。
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みやうねんさんがふのうんにあたりて、きよしゆんにぐわつのうるふあり。おのおのしるしさきにおこり、そうぞくかたがたおこる。ていでふぐんりよにくるしみ、らうにやくてんにつかる。まことといふかな、きよてきのこうぐわんにあらずは、いかでかいうこくのえいじやうをなぐさめん。よろしくをぐるすでらにおいて、だいげんのしゆほふをしゆせしむべし。あじやりのだいほふしじつげんゆうしゆうこれをおほす。かんじけふよりはじめ、しちかにちやのあひだ、ことにたんぜいをいたさば、かならずげんおうをあらはすべし。そのれうもつ、あじやりのしたくによつて、しよしにつきてこれをうけよてへり。
やうわぐわんねんじふぐわつやうかのひうちゆうべん
おなじきとをかのひ、さゑもんのごんのすけみつながおほせをうけたまはりて、「こうぶくじをんじやうじのそうりよむほんのつみ、けいしうのうちにあり。ひじやうのだん、じんしゆこれをもつぱらにす。すべからくこうめんすべきところに、くだんのともがらおんたうをよくして、ほんじにきしてのち、もしくわいくわのおもひなく、なほし
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やしんをかへずは、よのためてらのため、おのづからこうくわいあらむか。せんごくのまつりごと、しりよすべきよし、ぎそうのひとあり。しかれども、かのてらとう、ふりよのほかにむなしくくわいじんとなる。これによつて、さうてんかはらず、みやうじんのたたりか。もしこのぎによつては、かのてらのそうりよをゆるさずは、しやのほんいにあらざるか。めんぷのあひだ、えいりよいまだけつせず。さだいしやうさねさだのきやうにはからひまうさしむべし」ととはれければ、「むほんのものは、しざいいつとうをげんじ、をんるにしよすべし。しかるにいまくだんのともがら、けいしうのうちにあり。をんるのつみをまぬかれて、こんどしやにあふ。ことにしてんのそうにおどろく。かうさうのうたがひをとどめむがために、こうめんのでう、えいりよのおもむき、とくせいにあひかなふか」とぞまうされける。さるほどにだいほふひほふおこなはれけれども、なほよのなかしづかならず。よつておなじきじふさんにちせんげせらる。そのじやうにいはく。
みなもとのよりとも、おなじくのぶよし、きよねんよりこのかた、ほしいままにおのれがゐをふるひて、みだりがはしくわうけんをそむく。ただとうごくのしうけんをりよりやくするのみにあらず、
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すでにほくろくのどみんをこふりやくせむとほつす。れいげんのぐ、しゆげうのけん、おのおのくわんいうのことばにおもむきて、ことごとくほんぎやくのうちにいる。ほうがのへいかいをかへりみず、いよいよらうれいのかんしんをさしはさむ。これをとぶらふに、ここんかつてひるいなし。よつてゑちぜんのかみたひらのみちもりのあつそん、たぢまのかみおなじくつねまさのあつそんらにおほせて、ほくろくだうのしよこくのぐんびやうをもよほしかりて、かのよりとものぶよしおよびよりきどういのともがらをついたうせしむべしてへり。
やうわ元年十月十三 日さちゆうべん
おなじきひ、ばうかくそうじやうをゐんのごしよへめされて、「ゆやさんのあくとら、きいのくににしてたびたびくわんびやうとかつせん、あまつさへかのやまをめつばうせむとくはたつるよし、そのきこえあり。いそぎとうざんしてあひしづむべき「よし、おほせふくめられけり。とういのうんしやう、なんばんのかちゆう、せいじゆうのはてい、ほくてきのせつせんまでも、へい
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じをそむき、げんじにしたがふ。むかしわうまうせんせいきみんありしかば、しいきほひおこり、まうをぜんだいにきる。しんにくししむらをわけ、ひやくしやうそのしたをきりくひき。よこぞつてへいけをにくみすること、わうまうにことならず。ひとのきするところは、てんのあたふるところなり。ひとのそむくところは、てんのさるところなり」といへり。またてうてきついたうのおほせをうけたまはりて、だいげんのほふおこなはれける、をぐるすでらのじつげんあじやり、ごくわんじゆをまゐらせたりけるに、ひけんせらるるところに、へいけついたうのよししたりけるこそあさましけれ。しさいをたづねらるるところに、まうされけるは、「てうてきてうぶくのよしせんげせらるるあひだ、たうせいのていをみるに、へいけてうてきとみえたり。よつてもつぱらへいけをてうぶくす。なにのとがかあるべき」とぞまうしける。へいけこのこといきどほりて、「このそうるざいにやおこなふべき。いかがすべき」なむどさたありけれども、だいせうじのそうげきにて、な
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にとなくやみにけり。さるほどにへいけほろびてのち、げんじのよとなりにしかば、おほきによろこびてしさいをそうもんす。ほふわうもぎよかんあつて、そのけんじやうにごんのりつしになされにけり。またさんぬる十一日、じんぎくわんにて、しんきやうのれいへいを
にじふにしやにたてらる。
廿九 十四日、くろがねのおんかつちうをだいじんぐうへたてまつらる。むかししようへいのまさかどをついたうのおんいのりに、くろがねのかつちうをたてまつりたりけるが、さんぬるかおうぐわんねん十二月廿一日のえんしやうのとき、やけにけり。こんどもそのれいとぞきこへし。おんつかひはじんぎごんのせうふくおほなかとみのさだたかこれをつとむ。ちちのさいしゆもおなじくげかうす。おなじき十七日、いせのりきゆうゐんにげちやく。さるのときばかりにてんじやうよりいつしやくしごすんばかりなるくちなは、さだたかにおちかかりて、定隆がひだりのそでの内へいりにけり。あやしとおもひ
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て、そでをふりけれどもみへず。ふしぎやとて、さてやみぬ。をりふしひとびとあまたよりあひてさけをのみけるに、なにとなくしてひくれけり。さてそのよ、ねのときばかりにさだたかねいる。すなはちよに苦しげにうめきければ、ちちさいしゆ「いかにいかに」とおどろかしけれども驚かず。すでにいきすくなくきこへければ、ついがきよりほかへかきいだしたりければ、さだたかすなはちしにけり。ちちさいしゆいみになりぬ。さる程にほうしのなかとみ事のかけたりければ、おほみやづかさすけなりがさたにて、さんゐじゆごゐありなをいげさしまゐらせて、次第におんまつりなりにけり。このほかりんじのくわんぺいをたて、げんじついたうのおんいのりありけり。せんみやうに、「らいでんじん、なほさんじふろくりをひびかす。いはむやみなもとのよりとも、につぽんごくをひびかすべきかわ」とかくべかりけるを、「源の頼」とかかれたり。せんみやうのげきうけたまはりてかく例
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なるに、わざとはかきあやまたじ。これしかるべきしつしやくなり。頼の字を
ば「たすく」といふよみあり。「みなもとをたすく」とよまれたり。そうもぞくも、平家のかたうどする者ほろびけるこそおそろしけれ。されば、しんめいもさんぼうもごなふじゆなしと云事けちえんなり。
卅 十一月、ことしりやうあんになりにしかば、だいじやうゑまたおこなはれず。てんむてんわうのおんときよりはじめて、七月いぜんにごそくゐあれば、そのとしの内におこなはるるなれども、なかりしかば、さまざまのひやうぢやうあり。ごせちばかりかたのごとくおこなはれて、つひにおこなはれず。今年又りやうあんなれば、さたにもおよばず。だいじやうゑえんいんの例は、へいぜいてんわうのおんとき、だいどう二年ごけいあつて、十一月にだいじやうゑおこななふべかりしを、ひやうがくによつて、おなじき三年十一月ごけいあり。十一月にとげおこなはる。さがの
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天皇のぎよう、おなじきしねん、だいじやうゑあるべかりけるを、へいぜいきゆうをつくらるるによつてえんいんして、つぎのとしこうにんぐわんねん十一月にぞとげおこなはれける。しゆしやくゐんのおんときは、しようへい元年七月十九日、うだのゐんうせたまひしかば、のびにけり。さんでうのゐんのおんとき、くわんぢ八年十月よつかのひ、れんぜいのゐんのおんことによつておこなはれず。つぎのとしちやうわぐわんねんにぞとげおこなはれける。だいだいつぎのとしまでのぶるれいはありといへども、にかねんまでえんいんのれいはいまだきかず。去年新都にてそのところなかりければ、ちからおよばず。だいこくでん、ぶらくゐんはいまだつくりいだされねば、さんでうのゐんのおんときのれいにまかせて、だいじやうくわんちやうにておこなはるべかりつるを、てんがりやうあんになりぬる上は、とかくしさいにおよばず。二か年までえんいんのおんこと、いかなるべき御事やらむと、人あやしみまうしけり。
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卅一 十二月みつかのひ、くわうかもんゐんうせさせたまひぬ。おんとし六十。これはほつしやうじのぜんぢやうてんがのおんむすめ、しゆとくゐんのきさきにておはしましき。ゐんさぬきへうつされおはしましし時のおんものおもひ、いかばかりなりけむ。おもひやるこそあはれなれ。命は限あり。おもひにはしなぬならひなればや、すなはちごしゆつけありて、いつかうごしやうぼだいのおんいとなみよりほかは、他のおこなひましまさざりければ、院のごぼだいのかざりともなりて、わがおんみのとくだううたがひなきにしたがひて、かねてときさとらせましまして、さいごのおんありさまめでたく、ぶつぜんにはいきやうあり。おんぜんぢしきは、おほはららいかうゐんのほんじやうばうたんけいとぞきこへし。昔のおんなごりとてのこりたまひたりつるにとおぼへてあはれなり。
卅二 おなじきむゆかのひいぬのときばかりに、さきのざすかくくわいほふしんわううせさせたまひぬ。是はとばのゐん
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のだいしちのみやにてわたらせ給。おんとし四十八とぞきこへし。
卅三 十三日、院のごしよにわたましあり。くぎやう十人、てんじやうびと四十人ぐぶして、うるはしきおんよそほひにてぞありける。もと渡らせたまひしほつしやうじどののごしよをこぼちて、せんだいのみだうのかたはらにつくりて、にようゐんかたがたすへならべまひらせて、おぼしめすさまにてぞ渡らせ給ける。

平家物語第三本
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ほんにいはくときにえんきやう二年つちのとのとり七月廿五日、きしうなかのこほりねごろでらいしひきゐんのうちぜんぢやうゐんのぢゆうばうにおいて、これをしよしやす。あなかしこぐわいけんひらんのぎあるべからざるのみ。
しゆひつやうごんしやうねん三十
応永廿七年八月廿一日、めうらくゐんにおいてこれをしよしやす。
ごんのりつしゆうけん
(花押)