延慶本平家物語 ひらがな(一部漢字)版

平家物語 十 (第五末)
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 一 しげひらのきやうおほちをわたさるること
 二 しげひらのきやうゐんぜんをたまはりてさいこくへつかひをくださるること
 三 むねもりゐんぜんのうけぶみまうすこと
 四 しげひらのきやうだいりよりにようばうをむかふること
 五 しげひらのきやうほふねんしやうにんにあひたてまつること
 六 しげひらのきやうをさねひらがもとよりよしつねのもとへわたすこと
 七 くげよりくわんとうへでうでうおほせらるること
 八 しげひらのきやうくわんとうへくだりたまふこと
 九 しげひらのきやうせんじゆのまへとさかもりのこと
 十 これもりのきやうかうやまうでのこと
十一 これもりかうやじゆんれいのこと
十二 くわんげんそうじやうちよくしにたちたまひしこと
十三 ときよりにふだうだうねんのゆらいのことつけたりやうくわんりつしのこと
十四 これもりしゆつけしたまふこと
十五 これもりこかはへまうでたまふこと
十六 これもりくまのまうでのことつけたりゆあさのむねみつがこれもりに相奉ること
十七 くまのごんげんれいゐぶさうのこと
十八 なちごもりのやまぶしこれもりをみしりたてまつること
十九 これもりみなげしたまふこと
 廿 しげひらのきやう鎌倉にうつりたまふこと
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廿一 ひやうゑのすけしゐのじやうげしたまふこと
廿二 しゆとくゐんをかみとあがめたてまつること
廿三 いけのだいなごんくわんとうへくだりたまふこと
廿四 池大納言鎌倉につきたまふこと
廿五 池大納言きらくのこと
廿六 へいけのけにんと池大納言とかつせんすること
廿七 これもりのきたのかたなげきたまふこと
廿八 へいけやしまにてなげきゐること
廿九 しんていごそくゐのこと
三十 よしつねのりよりくわんなること
三十一 みかはのかみへいけのうつてにむかふことつけたりびぜんこじまかつせんのこと
三十二 へいけやしまにおちとどまること
三十三 ごけいのぎやうがうのこと
三十四 だいじやうゑとげおこなはるること
三十五 ひやうゑのすけゐんへでうでうまうしあげたまふこと
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平家物語第五末
一 二月十四日、ほんざんゐのちゆうじやうしげひらをば六条を東へわたされけり。じやうげのばんにんこれを見て、「いかなる罪のむくいぞや。哀れ、この人はにふだうどのにもにゐどのにもおぼえの子にておわせしかば、いつかのきんだちも重き人に思奉りし物を。院へも内へも参り給ぬれば、おいたるも若きも、ところをおきことばをかけたてまつりき。口をかしき事などいひおき給て、人にも忍ばれ給し物を。なんとをほろぼし給ぬる罪のむくいにや」とぞ申しあへりける。さてかはらまで渡して、くらんどうゑもんのごんのすけさだなが、法皇のおほせをうけたまはりて、こなかのみかどのちゆうなごんいへなりのきやうのはつでうほりかはの堂にてしげひらのきやうをめしとはる。とひのじらうさねひら、もくらんぢのひたたれにしたはらまきを着て、らうどう三十人ばかりに鎧きせてきたれり。さんゐのちゆうじやうはこんむらごのひたたれにねりぬきのふたつこ
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そできたまへば、くらんどうゑもんのごんのすけはせきえにしやくもたれたり。「昔はかくはおぼへざりし物を。めいどにてみやうくわんにあへるざいにんのここちもかくや有らむ」と、おそろしくぞおもはれける。ゐんぜんのおもむきでうでうおほせふくむ。「せんずるところ、ないしどころを都へかへしいれたてまつらば、さいこくへかへしつかはさん」とぞ有ける。しげひらのきやうのまうされけるは、「今はかかる身にまかりなりて候へば、したしきものどもにおもてをあはすべしともおぼえさうらわず。又今一度見んとおもふものもさうらふまじ。もし母の二位なんどやむざんともおもひさうらわむ。そのほかの者はなさけをかくべき者有べしともおぼえさうらわず。さんじゆのほうぶつはかみよより伝はりて、にんわうの今に至るまでも、しばらくもていわうのおんみをはなたるる事候わず。せんていと共に都へいらせたまはばもつともしかるべく候べし。ささうらわざらむにはないしどころばかりを入れ奉る事は有べしとも覚候わず。さりながらもおほせくださるるむねかたじけなければ、わたくしのつかひにてまうしこころみさうらふべし」とて、さきのさゑもんのじようたひらのしげ
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くにをくだしつかはすべきよしをまうさる。この重国はへいざゑもんとて、重衡ぢゆうだいさうでんのけにんなり。平家の人々はいづれもと云ながら、このさんゐのちゆうじやうは殊に誇りいさめる人なりしに、なのめならず心うげに思て目も見あげず。只涙をのみ流して、おんぺんじもえしやらず。くらんどのすけもいはきならねば、せきえの袖をぞぬらしける。
二 十五日、しげひらのきやうのつかひ、さゑもんのじようしげくに、院宣をたいしてさいこくへくだる。かのゐんぜんにいはく、
「いちにんのせいてい、ほつけつきうきんのうてなをいでてきうしうにせんかうし、さんじゆのしんぎ、なんかいさいかいのなみにうかびて、すねんをふること、もつともてうかのおんなげき、またばうこくのもとゐなり。かのしげひらのきやうは、とうだいじをぜうしつせしぎやくしんなり。よりともまうしうくるむねにまかせて、すべからくしざいにおこなはるべしといへども、ひとりしんるいをわかれて、すでにいけどりとなり、ろうてうくもをこふるおもひ、はるかにせんりの
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于なんかいにうかび、きがんのともをうしなふこころ、さだめてきうちようのちゆううんにつうぜしか。しかればすなはちさんじゆのしんぎをかへしいれたてまつらんにいたりては、かのきやうをくわんいうせらるべきものなりてへれば、ゐんぜんかくのごとし。よつてしつたつくだんのごとし。
げんりやくぐわんねん二月十四日だいぜんのだいぶおほえのなりただうけたまはり
平大納言殿へ」とぞかかれたりける。三位中将も内大臣ならびに平大納言のもとへ院宣のおもむき申給ふ。二位殿へはおんふみこまごまと書て奉り給へり。「今一度御覧ぜむとおぼしめさば、ないしどころの御事をおほいとのへよくよく申させ給候へ。さなくては、この世にてげんざんに入るべしともおぼえさうらわず」なむどぞ有ける。きたのかたのだいなごんのすけどのへもおんふみ奉りたくおもはれけれども、わたくしのふみをばゆるされざりければ、ことばにて、「このむゆかを必ずかぎりとも思候わず。まうしうけたまはりし事のはかなさ、たのもしき
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人もなくて、いつとなく旅の空にあかしくらし給こそ心ぐるしけれ。心のうちも身のありさまもただおしはかり給へ」とのたまひもあへず、涙にむせび給へば、しげくにも涙を流しけり。あづかりて守護しける武士も袖をぞぬらしける。十六日になほ重衡をめしとはる。しげくにやしまへくだりつきてゐんぜんうけたまはり、あはせてしげひらのきやうののたまひけるやうにさきのないだいじんに申ければ、ときただのきやうをはじめとしていちもんのげつけいうんかくよりあひて、ちよくたふのおもむきをせんぎせらる。重国、三位中将のおんふみを二位殿にたてまつりたりければ、二位殿見給てさめざめとなかれて、文を顔におしあてて、人々のならびゐられたる所のしやうじをあけて、内大臣の前にたうれふして、なくなくのたまひけるは、「三位の中将が京よりいひをこせたる事のむざんさよ。げにも心のうちにいかばかりのことをかおもひゐたるらむ。只我におもひゆるしてないしどころを都へかへしいれたてまつりたまへ」とのたまひければ、人々あさましと思ひあわれたり。内大臣のたまひけるは、「誠にむね
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もりもさこそはぞんじさうらへども、さすが世のききもいふかひなく、かつうは頼朝がが思わむ事もはづかしく候へば、さうなくないしどころをかへしいれまゐらせむ事かなふまじ。ていわうの世をたもたせ給事は内侍所のおんゆゑなり。子のかなしきもやうにこそより候へ。中将一人に、あまたのこども、したしき人々をば、さておぼしめしかへさせたまふか」とのたまひければ、二位殿又宣けるは、「こにふだうにおくれて、かたときいのちいきてあるべしとも思はざりしかども、しゆしやうかくいつとなくたびだたせたまひたるこころぐるしさと、又きんだちをも世にあらせばやとおもふ志の深さにこそ、今までながらへてもありつれ。中将いちのたににていけどりにせられぬとききしより、きもたましひも身にそわず。いかかにしてこのよにていまひとたびあひみるべかるらむと思へども、夢にだにも見へねば、いとど胸せきあげて、ゆみづをものどへいれられず。このふみを見てのちはいよいよおもひやるかたもなし。中将世になき事ときかば、我もおなじみちにきえなむずれば、ふたたび物を
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思わぬ先に、只我をさきにうしなひ給へ」と、をめき叫ばれければ、げにもさこそ思給らめとあはれに覚へて、人々も涙を流して、おのおのふし目になられければ、涙ををさへてたちたまひぬ。さてしげくにをめして、ときただのきやうゐんぜんのおんうけぶみをたぶ。二位殿はなくなく中将のへんじかきたまひけるが、涙にくれて筆のたてどおぼへ給はねども、こころざしをしるべにてこまごまと書給て、重国にたまはりてけり。きたのかただいなごんのすけどのは只なくよりほかの事なくて、つやつや返事ものたまわず。さこそは思給ふらめとおしはかられていとをし。重国もかりぎぬのたもとをしぼり、涙をおさへて、おんまへをたちにけり。廿七日、しげひらのさいこくへくだしつかはしたりし、へいざうさゑもんのじようしげくにかへりのぼりて、さきのないだいじんのまゐらせられけるゐんぜんのおんぺんじを、くらんどさゑもんのごんのすけさだながのしゆくしよへまゐりて、たてまつりたりければ、さだながのあつそんゐんへ参てそうもんす。そのじやうにいはく、
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三 こんげつじふしにちのゐんぜん、おなじきにじふしにち、さぬきのくににやしまのうらにたうらい。つつしみてもつてうくるところくだんのごとし。これにつきてかれをあんずるに、みちもりいげたうけのすはい、つのくにいちのたににおいて、すでにちゆうせられをはんぬ。なんぞしげひらいちにんくわんいうのゐんぜんをよろこぶべきや。わがきみはこたかくらのゐんのおんゆづりをうけましまして、ございゐすでにしかねん、そのおんあやまちなしといへども、とういほくてき、たうをむすびむれをなしてじゆらくのあひだ、かつうはえうていぼこうのおんなさけことにふかきによつて、かつうはぐわいきうぐわいかのこころざしあさからざるによつて、しばらくさいこくにせんかうありといへども、きうとにくわんかうなからんにおいては、さんじゆのしんぎ、いかでかぎよくたいをはなちたてまつるべけむや。それしんはきみをもつてちゆうをなし、きみはしんをもつてたいとなす。きみやすければすなはちしんやすし。きみかみにうれふればしんしたにいたはしくす。しんうちにたのしまざれば、たいほかによろこぶことなし。ここにへいしやうぐんさだもり、さうまのこじらうまさかどをついたうせしめ、とうはつかこくをしづめしよりこのかた、ししそんぞんにつづきて、てうてきのぼうしんをついたうし、だいだいせせにつたへて、きんけつてうかをまもりたてまつる。
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しかるあひだ、ばうふこにふだうしやうこく、ほうげんへいぢりやうどのかつせんのとき、ちよくめいをおもうしてぐめいをかろうす。ひとへにきみのおんためにしてみのためにあらず。よのためにしていのちをかへりみず。なかんづくかのよりともは、ちちよしともがむほんのとき、しきりにちゆうばつすべきよし、こしやうこくにおほせくださるといへども、ぜんもんじひれんみんのあまりをもつて。るざいをまうしなだむるところなり。しかるをむかしのかうおんをわすれ、いまのはうしをかへりみず、たちまちにるにんのみをもつて、みだりにきようたうのれつにつらなる。ぐいのいたり、しりよのあやまりなり。もつともしんへいのてんざいをまねき、これはいせきちんめつをこのむものか。じつげついまだちにおちず、てんがをてらしてそれあきらかなり。めいわうはいちにんとして、そのほふをまがらず、いつたんのなさけをもつて、そのとくをかくさず。きみばうふすどのほうこうをおぼしめしわすれたまはずは、はやくさいこくにごかうあるべし。しからずは、しこくくこくをはじめとして、とせいのくにぐにのともがら、くものごとくあつまりあめのごとくあまねくして、いぞくをなびかさむこと、うたがひあるべからず。そのときしゆしやうをあひぐしたてまつり、さんじゆのしんぎをたいして、ぎやう
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がうのくわんぎよをなしたてまつるべしのみ。もしくわいけいのはぢをきよめずは、にんわうはちじふいちだいのぎよう、なみにひかれかぜにしたがひて、ありきましますしんらかうらいはくさいけいたんにおちべし。つひにいこくのたからとなるべきか。これらのおもむきをもつて、しかるべきやうに、もらしそうもんせしめたまふべし。むねもりとんじゆつつしみてごんじやうす。
げんりやく元年二月廿八日 さきのないだいじんたひらのむねもりがうけぶみ
とぞかかれたりける。
四 三月ひとひのひひつじのときばかり、ほんざんゐのちゆうじやうのさぶらひ、もくのうまのじようのぶときとまうすものあり。はつでうのゐんにけんざんして有ければ、三位中将のともに西国へは下らざりけれども、中将いけどられて都へのぼりたまひたる由、のぶときつたへききて、あづかりたりける武士、とひのじらうがもとへゆきむかひて申けるは、「さんゐのちゆうじやうどののこれにおんわたりさうらふやらむ。としごろのしゆくんにてわた
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らせたまひさうらふが、させる弓矢取る者にてもさうらわねば、いくさかつせんのおんともはえつかまつりさうらわず。只はきのごう事ばかりつかまつりさうらひき。西国へもつかまつりたくさうらひしかども、はつでうのゐんへけんざんの身にてさうらひし時に、かねてもしりさうらはで、西国へのおんとももつかまつり候わず。をととひおほちにて見まひらせさうらひしが、あはれにかなしくおぼえさうらふ。しかるべくはおんゆるされをかうぶりて、近く参ていまいちどさいごのげんざんにまかりいりさうらはばや。させるこしがたなをもさしてさうらはばこそひがことつかまつりさうらはめ」となくなく申ければ、「げにもさこそは思らめ。守護の者あまたあり。入れたりとてもいかばかりの事をかしいだすべき」とて、ゆるしてけり。さてのぶときことのよしをまうしいれたりければ、中将よろこびたまひて、昔今の物語し給て、御涙せきあへず。信時も中将を見奉て、ともに涙をぞ流しける。中将のたまひけるは、「さんぬるころ西国へゐんぜんくだりしかば、二位殿のおわすればと、たのもしく待つれども、そのこと
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既にむなし。いまにおいてはきらるることひつぢやうなり。ただし最後のまうねんとなりぬべき事あり。都をいでし時も、なんぢがなかりし時に、そのさうもきかざりき。そもそも汝してときどきふみつかはしし人はいまだだいりにとやきく」とのたまひければ、信時、「さこそうけたまはりさうらへ」と申ければ、「かの人のもとへふみをつかはさばやと思へども、たれしてつかはすべしともおぼえず。信時持て行なむや」とて、おんふみを書て、あづけらるる武士に宣けるは、「知たるにようばうのもとへ文をつかはさばやとおもふはかなわじや」とのたまへば、「なにかくるしくさうらふべき。ただし御文をたまはりてみまゐらせん」と申ければ、見せらる。いつしゆのうたにてぞ有ける。このおんふみをみたてまつりては、もののふもあはれにぞ思ひける。信時だいりに参たりけるが、いまだあかかりければ、そのへんちかきこやに立入て、くるるほどにかの女房のつぼねに立寄てききければ、この女房の声にて、「人にもすぐれて世をぼへもあり、こころざしもなのめならずありしかば、なさけをかけぬ人も
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なかりしに、人しもこそあれ、三位の中将のいきながらとられて、みやこのおほちをわたさるる事の悲しさよ。人は皆『奈良をやきたる罪のむくひにや』といふなり。げにもさやらむとおぼゆ。これにて中将ののたまひしには、『わがこころにもおこらず、焼けともいはざりしかども、たせいなりしかば、心ならず火をいだしたれば、おほくのがらんほろびたまひぬ。末の露、もとのしづくなれば、誠にわがつみにこそならむずらめ』といひしが、げにもさとおぼゆるぞや」とて、さめざめと泣給ければ、「あないとほしし。さては女房も同じ御心にてなげきたまひけり」とあはれに覚へて、立寄てやりどをうちたたき、「ものまうさん」といへば、女房いでて、「いづかたより」と問えば、「三位中将殿より」と申せば、さきざきは人にもみへ給わぬ女房のいそぎいでたまひて、「いかにいかに」と問給へば、「おんふみさうらふ」とてさしあげたり。開ていそぎ見給へば、「いかならむのやまの末、うみかはの底までも、かひなき命だにあらば、申
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事も有なむとこそ思しに、それも叶わず。いきながらとられて、恥をさらす事の心憂さ、このよひとつの事にはあらじ。ぜんぜのしゆくごふにてこそ有らめと思へば、人をもうらむべからず。このよにあらむ事もけふとあすとばかりなり。いかにしてか今一度あひみたてまつらむ」と、あはれなることどもつきせずかきたまひて。
なみだ河うき名を流す身なれども今ひとしをのあふせともがな K199
女房このふみをみたまふに、涙にむせびて、ひきかづきてふしたまへり。ややひさしくありてをきあがり、つかひのいつとなげに、つくづくとまちゐたるも心なければ、こまかにおんぺんじをかきて、「いづくのうらはにもおわしまさば、みづからまうすことこそかたくとも、つゆの命、くさばにきえやらずながらへてあらば、風のたよりにはとこそおもひつるに、さてはけふをかぎりにておわすらむこそかなしけれ。さもあらばわがみとて
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ながらえむ事もありがたし。いかにしてか今一度みたてまつるべき」とかきたまひて。
君ゆへにわれもうき名を流せども底のみくづと共にならばや K200
信時、御返事をたまはりて返りまゐりたれば、三位中将これをみて、二三日はなぐさむ心地し給けり。ちゆうじやう、とひのじらうに、「ひとひのふみのぬしを思へ呼てげんざんせばやとおもふはかなはじや」とのたまひければ、「げにも女房にて渡らせ給わむには、なにかくるしく候べき」と申せば、中将よろこびたまひて、信時にのりものをからせて、いそぎ車をだいりのつぼねへつかはしけり。女房をそろしくは思給けれども、こころざしのせつなるによつて、いそぎおわしけり。たださきだつものは涙ばかり也。中将のおわする方へ、信時車をさしよせたれば、中将くるまよせにいでむかひて、「なおりさせたまひそ。ぶしどもの
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見るがはづかしきに」とて、わがみはあらはにゐて、車のすだれをうちかづきて、手に手を取組て、たがひに御涙せきあへず。袖のしがらみせきかねて、夜を重ね日をかさぬとも、なほあきだらずぞ思給ける。ややひさしくありて中将のたまひけるは、「さいこくへむかひし時もひまのなかりしかば、おもひながらなにごとも申をかず。かつせんの日も矢にあたつて死なば、又もおとづれまうさで、としごろまうしちぎりしことどもも皆うきことにて、さてやはてむずらんとおもひつるに、いきながらとられておほちを渡されける事は、人に再びげんざんすべき事にて侍りける物を」と、云もあえずなかれければ、女房も共に涙にむせびて、ことばもいだされざりけり。
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「このごろはよふけぬればおほちのらうぜきにあんなるに、しづまらぬさきにとくとく参らせ給へ。こむ世には必ずひとつはちすに」とて、たちのかんとし給ける時、雪のやうなるおんはだへにいましめのつきたりけるを女房見給て、いとどきえいるここちぞせられける。夜もふけければ車をさしいださんとするに、袖をひかへて、「命あらば又もみたてまつらむうれしくこそ。世に無き者と聞給はば、ごせとぶらひ給へ」とのたまひて、中将。
あふことも露の命ももろともにこよひばかりやかぎりなるらむ K201
女房。
かぎりとてたちわかれなば露の身の君より先にきえぬべきかな K202
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「ちぎりあらばこむ世に」とのたまひて、だいりへ帰し奉る。女房はひきかづきてふししづみ給へり。おんまへなる女房たちも、ことわりなりとて、皆袖をぞしぼりける。そののちは内裏へは参給はず、里にぞ住給ける。せめての事と覚へて、おしはかられて哀也。
五 さんゐのちゆうじやうはくらうよしつねのかたへ、「出家をせばや」とのたまひければ、「われはかなはじ」とて、院へまうされたりければ、法皇おほせの有けるは、「関東へくだしてよりともに見せてこそ、入道になさんとも法師になさむともはからはせめ。いかでかこれにてさうなくかたちをやつすべき」とおほせくだされければ、中将にこのよしを申す。三位ちから
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およびたまはず。とひのじらうに宣けるは、「われよにさうらひし時、としごろたのみて候ししやうにんのおわするをしやうじたてまつりて、今一度げんざんしたてまつり、りんじゆうのさほふをも尋ね、ごせをあつらへおきさうらはばや」と宣ければ、「しやうにんはたれびとにておんわたりさうらふやらむ」。「くろだにのほふねんしやうにん」とぞおほせられける。「安く候」とて、しやうじ奉りたりければ、三位、上人にむかひたてまつり、涙を流したなごころをあはせて、なくなくまうされけるは、「しげひらがごしやうをいかがし候べき。身の身にてさうらひし時は、しゆつしにまぎれ、せいむにほだされて、たのしみひまなく、えいぐわにほこり、けうまんの心のみふかくして、たうらいのしようちんをかへりみず。うんつきよみだれてよりこのかた、これにあらそひかれにたたかひ、人をほろぼし身をたすけむといとなみ、あくごふてうぼにさえぎりて、
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ぜんしんそうじておこらず。なかんづくなんとえんしやうの事、わうせんといひふめいとまうし、よにしたがふみちのがれがたくして、しゆとのあくぎやうをしづめんがために、まかりむかひてさうらひし程に、ふりよにがらんめつばうにおよびし事、ちからおよばざるしだいにて候へども、たいしやうぐんをつとめさうらひし上は、せめいちにんにきすとかや申事なれば、重衡がざいごふになりさうらひぬとおぼえさうらふ。かつうはかやうに人しれずここかしこに恥をさらしさうらふも、しかしながらそのむくいとのみこそおもひしられ候へば、かしらをそりかいをたもちなんどして、ひとへにぶつだうをしゆぎやうしたく候へども、かかる身にまかりなりさうらふうへは、心にこころをまかせさうらはず、けふあすとも知らぬ身にて候へば、たんぼにごしがたくさうらふ。いかなるぎやうをしゆして、いちごふたすかるべしとも覚へ候はず。こころうくこそ候へ。つらつらいつしやうのしよぎやうを思
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知り、しばしばぜんぜのごふいんを案じつづけ候に、ざいごふはしゆみよりも高く、ぜんごふはみぢんばかりもたくはへさうらはず。かくてむなしくいのちをはりさうらひなば、くわけつたうのくくわ、あへてうたがひさうらふまじ。ねがはくはじひをほどこし、かねてはあはれみをたれたまひて、かかるあくにんのごしやうたすかるべきはうぼふさうらはば、しめしたまはりさうらはばや」とまうされたりければ、しやうにん涙にむせびて、しばしは物ものたまはず。ややひさしくありて、「誠にうけがたきにんじんをうけて、むなしくさんづにかへりおはしまさむ事は、かなしみてもなほかなしかるべし。しかれば今ゑどをいとひじやうどをねがひ、あくしんをひるがへし、ぜんしんをおこしたまはむ事は、さんぜしよぶつもさだめてずいきし給らむ。しゆつりのみちまちまちなりといへども、まつぼふぢよくらんのきには、しようみやうをもつてすぐれたりとす。どをくほんにわけて、ぎやうをろくじにつづめて、じふあくごぎやくもゑかうすればわうじやうす。じふあくごぎやく
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ざいめつわうじやうとしやくするがゆゑに、いちねんじふねんも心をいたせばしやういんとなる。いちねんみだぶつそくめつむりやうざいととくがゆゑ、『せんしようみやうがうしさいはう』としやくして、もつぱらみやうがうをしようすればさいはうに至る。『ねんねんしようみやうじやうさんげ』とのべて、ねんねんにみなをとなふれば、さんげする也とをしへたり。『りけんそくぜみだがう』とたのめばまえんちかづかず。『いつしやうしようねんざいかいぢよ』とねんずればつみみなのぞこると見へたり。じやうどしゆうのしえう、りやくをぞんずるに、たいりやくこれをかんじんとす。ただしわうじやうのとくふとくはしんじんのうむによる。只深く信じて、ゆめゆめうたがひをなしたまふべからず。もし深くこのをしへを信じて、ぎやうぢゆうざぐわじしよしよえんをきらはず、さんごふしぎにをいて、しんねんくしようをわすれずして、みやうじゆうをごとして、このくゐきのかいをいでて、かのふたいのどにわうじやうし給はむ事、何の
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うたがひかあらむ」とけうけし給ければ、中将うれしくおぼして、ずいきの涙を流して、「このついでにかいをたもたばやとぞんじさうらふが、しゆつけつかまつらずしてはかなひさうらはじや」と宣ければ、「出家せぬ人もかいをたもつ事、常の事なり」とて、いただきにかみそりをあててそるまねをして、じつかいをさづけたてまつりて、「もしけふのうちにことなるおんことさうらはずしてすごさせおはしまさば、今のくどくばくたいのおんこと」とのたまひければ、三位かへすがへすよろこびたまひて、「だいざいををかす身ながらも、ふたたびしやうにんにあひたてまつりて、ふたつの法をじゆぢしさうらひぬる事、らいせのえうろなり」とのたまひて、おんふせとおぼしくて、都にいかにしてのこしとどめたまひたりけるやらむ、さうしきやうのいちがふ有けるを、もくのうまのじようたづねいだして奉る。「これをおんみちかくおかせ給て、御覧ぜむ
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たびごとに、念仏申させ給て、ごせをとぶらひてたび候へ」と申させ給たりければ、しやうにんこれをたまはりてふところに入れ給ひ、なにと云事をば宣はず、只涙にむせびてなくなくいでたまひけるこそあはれなれ。
六 おなじきふつかのひ、ほんざんゐのちゆうじやうしげひらのきやうをば、とひのじらうさねひらがもとよりくらうよしつねのしゆくしよへわたしたてまつる。この三位中将を土肥次郎が守護しける事は、かぢはらはおほてがまのくわんじやのかたのさぶらひたいしやうぐんなり、九郎申けるは、「義経が上の山よりおとさずはとうざいのきどぐちやぶれがたし。いけどりもしにどりも義経がげんざんにこそいるべきに、物の用にもたたぬがまどもが見参にいる事こそ心得ね。三位中将をこれへ渡し給へ。給はらずは参てたまはらん」と
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のたまひければ、とひ、かぢはらいひあはせて、土肥がもとへ渡したりければ、そののちかしづきにけり。すえ申べき所、家のうしろのかたにつくりて、またれけり。ひつじのときばかりにしたすだれかけたるにようばうぐるまにてていちゆうにやりいれたり。ぶしども、さねひらをさきとしてさんじつきばかりあり。くらうよしつねは、もくらんぢのひたたれにしたはらまききて、つまどよりをりむかひて、「かどさせ」とげぢす。中将手づからすだれをまきあげてゐられたり。九郎そでかきあはせて、おんうらなしまゐらせて、「あなをびたたしざふにんや」とまうして、中将をさきにたててぐしたてまつりて入る。中将はしろきひたたれをぞきられたりける。九郎申けるは、「内へいらせ給て、おんしやうぞくぬがせたまひ、ごきそくあれ」
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と申。よつぼの所をきよげにかこふたり。中将内にすゑられたり。九郎えんにさうらひて申けるは、「あはれ、くちをしくわたらせ給けるおんいのちかな。いかなる事をかおぼしめすらむと、ごしんぢゆうおしはかりまゐらせて候。いかがおんぱからひさうらふ」と申ければ、中将は扇をつかひて、「いかにも」とぞ有ける。夜々はひとまなる所にこめたてまつりて、そとよりかけがねをかけて、火をとぼして、武士共まもりまうしけり。おなじきいつかのひ、しゆめのにふだうもりくに、おなじく子供を、九郎義経めしとりていましめおく。
七 平家はさいこくにもあんどしがたくして、既にほろびなんとす。これによつて、くげより、ひやうゑのすけのもとへおほせらるるでうでう。「へいけしよちのこと
一もんじよのふんしつならびによしなかゆきいへらにたまはること
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みぎ、しさいもくろくにのせをはんぬ。
一しやうりやうそうすうのこと
みぎ、かのいちぞくちぎやうのしやうりやう、すひやくかしよにおよぶよし、せけんにふうぶんす。しかるにゐんぐうならびにせつろくけのしやうゑん、あるいはわたくしのはうおんのちぎやうこれあり。あるいはしよじゆうらいんぎんをいたすともがらにこれをあづくること、かくのごときところどころは、まつたくごしんじにあらず、これほんじよのさうなり。よつてそうすうにしるしいるるばかりなり。またゐんのごりやうのしやうしやうとう、きんねんげきらんのあひだ、かぎりあり。さうでんのあづかりどころのほんしゆら、しうたんせしむるによつて、せうせうこれをかへしたまへ。これによつてこれをのぞく。あるいはそんばうのこと、いうしよなきにあらざるあひだ、せうせうこれをさたしたまふ。
一しよこくのけりやうとうのこと
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右、いちもんのひとびとすかこくむのあひだ、あるいはでんじゆいつたんのけりやうをまさむとするよし、これありといへども、さしたるもんじよなく、またさうでんなし。よつてとくたいのとき、りやうじいかでかそのしうたんなからんや。かいほつくわうやのもんじよをたいするところどころのほか、くににきふせられば、ぜんせいをなすべきか。
一さうでんのけりやうのこと
右、もんじよふんしつのあひだ、そらにしるしつけられず。かつうはたいがいこのなかにさうらふか。
一とうごくのりやうのこと
右、ごぞんぢあるむね、これにのこされをはんぬ。たのくにぐにいまだふせず。またどうぜんをもつて、いまにおいては、りやうちせしめたまふべし。たとひへいけちぎやうのちにあらずといへども、とうごくのごりやう、やまのうちのしやういげびんぎのごりやう、まうしうけらるるにしたがひて、みくだしぶみあるべし。みねんぐに
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おいては、しんさいせしめたまふべし。
いぜんのでうでうおほせのむねかくのごとし。よつてしつたつくだんのごとし。
げんりやくぐわんねんきのえのたつ三月七日 さきのおほくらのきやううけたまはり
さきのうひやうゑのすけどのへ」とぞしるしまうされける。おなじきひ、いたがきのさぶらうかねのぶ、とひのじらうさねひら、すせんぎのぐんびやうをそつして、へいけついたうのために、西国へげかうす。
八 十日、法皇、九郎おんざうしにおほせありけるは、「しげひらをば、くわんとうより、さきの兵衛佐頼朝、まうしうくるむねあり。くだしつかはすべき」よし、おほせありければ、かぢはらへいざうかげときうけたまはりて、中将をぐそくしたてまつりて、関東へぞくだりける。夜のほのぼのとしける時、なつげのむかばきに、にげな
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る馬に乗せ奉て、しろぬのをよりてくらにひきまはして、ほかより見えぬやうにまへわにしめつけて、たけがさのいとおほきなるを着せ申たりけり。あゐずりのひたたれきたる男、馬の口をとる。せんぢんに武士卅騎ばかりうちて、ごぢんに又卅騎計打たる中に、うちぐせられたりければ、よそには何ともみえわかず。かぢはらへいざうかげときをはじめとして、ごぢんは百騎ばかりぞ有ける。くくめぢよりくだりたまへば、ろくはらのへんにてよあけにけり。このあたりに平家のざうえいしたりし家々、みなやけうせて、有りし所とも見へず。中にもこまつどのとて名高く見へし所も、ついぢ、かどばかりは有て、あさましくこそ。中将人しれずみまはされけ
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れば、このうちには犬烏のひきしろうこゑしけり。「哀れ、世に有りし時、いかでかかやうの事有らん」とぞをぼしける。山のみねにうちあがりて、都をかへりみたまひけむしんぢゆうこそかなしけれ。これよりあづまぢさしてくだられけるこそかなしけれ。かうかうたる露のみちに、おもひをせんりのくもにはせ、べうべうたる風のやどり、こころをいくへのなみにまかせつつ、かすみをへだてきりをしのぎ、たちわかるれば旅の空、くもゐのよそにや成ぬらむ。しのみやがはらにかかりては、ここはえんぎのだいしの宮、せみまるといひし人、ちゆうしうさんごのゆふべ、せいめいたりし月の夜、「よのなかはとてもかくても」とながめつつ、びはのさんきよくをひかれしに、はくがのさんゐといひし人、みとせが程、雨の降る夜もふらぬ夜も、風のふく
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ひもふかぬ日も、夜な夜なあゆみをはこびつつ、えうでうにてつひにひきよくを移しけむ、わらやのとこのさびしさを、おもひいりてぞとほられける。あふさかこえてうちでの浜、浜よりはるかをみわたせば、さうはべうべうとしてうらみの心めんめんたり。しほならぬ海にそばたてるいしやままうでのここちして、やまだにかかれば、にほの渡り、やばせをいそぐわたしもり、ながらの山をよそに見て、あはづの原をうしろにし、せたのからはしのぢのすゑ、しぐれて痛くもりやまの、ささわくそでもしをれつつ、こきやうをかへりみたまへば、雲をへだつるあふさかやま、こしぢをそばむき見給へば、かすみをかさぬるあらちやま、あづまぢはるかにみわたせば、かすみにくもるかがみやま、おもかげのみやのこすらむ。おいその森のしたくさに、
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しげみにこまをとどめつつ、こよひはここにかりまくら、くさひきむすぶたびねせむ。ふけぬるか、人をとがむる麓の里のいぬかみや、たかねひらのをよそに見て、すりはりやまをうちこえて、をののふるみちふみわけて、すそのをめぐればいぶきやま、心を友としあらねども、あれて中々やさしきは、ふはのせきやのいたびさし、余りにのきのまばらなればや、月もしぐれもたまりえず。こまうちわたすくひぜがは、雨はふらねどかさぬひの、さとにやしばしやすらはむ。ちぎりをばむすぶの森のうらやましくもたちならび、えださしかはすふたつぎを、あやふく渡すうきはしの、あしからこゆる朝ぼらけ、はやあかいけにやなりぬらん。くもはれゆけば春の日も、あつたやつるぎいちはやきめぐみをふかく
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たのめども、なにとなるみのしほひがた、わたすにそでやくちぬらむ。ふたむらやまをすぎぬれば、またくにこゆるさかひがは、ありはらのなりひらが、「からごろもきつつなれにし」とながめける、みかはなるやつはし、くもでに物やおもふらむ。とほたふみはまなの橋のゆふしほに、さされてのぼるあまをぶね、こがれて物や思らむ。いけだのしゆくへもつきにけり。かのしゆくのちやうじやが娘に、じじゆうといへるいうくんあり。中将のおんとのゐに参たりけるが、あかつきかへるとて、ことに心すきたる女なれば、かくぞまうしていでにける。
あづまぢやはにふの小屋のいぶせさにいかにふるさとこひしかるらん K203
中将のへんじ。
ふるさともこひしくもなし旅の空いづくもつひのすみかならねば K204
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中将いけだのしゆくをいでぬれば、さやのなかやま、うづの山、きよみが関をもうちこえて、富士のすそへもつきにけり。北にはせいざんががとして、まつふくかぜもれいれいたり。南にはさうかいまんまんとして、きしうつなみもばうばうたり。春も末に成ぬれば、ゑんざんの花をばのこんのゆきかとうたがわる。ひかずやうやくつもりゆけば、廿六日のゆふぐれには、中将いづのこくふへぞつきたまふ。をりふしひやうゑのすけどのはいづにかりしておわしければ、かぢはら事のよしをまうしいれたりければ、もんぐわいにてよそをゐ有り。さうのみてを胸の内にをさめ申てけり。かどばしらにほんひきたてて、いまだむねもあげずとびらも立てず。おほがきもあとばかりは見へて、ひろびろとあるうちを見入らるれば、みなみ
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おもてにさんげんしめんのあたらしきいたぶきのしんでんにすだれかけたり。妻合ひがしのまへにごけんしめんのやみつあり。人々多くなみゐたり。西のかたにひがしむきにごけんしめんの片早あり。かぢはらへいざうさきにたちてちゆうじやういらる。片早の内、西の座にはこもんのたたみさんでふしきて、東の座にはむらさきべりの畳をごでふしかれたり。中将は西の座のこもんの畳にひがしむきにゐらる。かげときは北より第二のまのえんにゐたり。みるひとかずをしらず。しばらくありて、しんでんのもやの西の間の左のすだれを一枚、僧のじやうえきたるがいできたりてまきあげて、僧は北の間のえんにゐたりけり。かまくらどの、ひきのとうしらうよしかずをおんつかひにてまうされけるは、「さうなくげんざんにいるべくさうらへども、このほどやけのをかりてさうらへば、ほ
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こり多くかかりてさうらふあひだ、いかけつかまつりてげんざんにいるべくさうらふ。かやうにおんげかうこそしんべうに候へ。ただしちちのはぢをきよめ、きみのおんいきどほりをやすめたてまつらんとおもひたちさうらひし上は、へいけをほろぼしたてまつらん事はあんの内にて候しかども、まのあたりげんざんすべしとこそおもひよらずさうらひしか。今はおほいとのにもげんざんしさうらひぬとこそおぼえさうらへ。そもそもなんとをやきたまひし事は、だいじやうにふだうどののおほせにてさうらひしか、ときにのぞみたるおんぱからひにてさうらひけるか。もつてのほかのざいごふにこそ」とまうされければ、三位中将これをききたまひて涙をのごひ、「昔よりげんぺいりやうか、てうかのおんまもりにてていわうのみやづかへをつかまつる。ちかごろ源氏の運かたぶかれさうらひし事、いまさらにことあたらしくまうすべきにあらず、人皆知れる事にて候。そのけんじやうをはじめと
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して、平家よのなかをたひらぐるあひだ、いつてんの君のごぐわいせきとして、一族のしようじん八十余人、にじつかねんのあひだ、楽み栄へまうすはかりなし。今又うんつきぬれば、しげひらめしうとにて参る。このけんじやうにてさかえ給わむ事うたがひなし。それにとりて、ていわうのおんかたきをうちたる者は、しちだいまでてうおんうせずとまうすこと、きはめたるひがことなり。まのあたりこにふだうは法皇のおんためには、申せばおろかなり、おんいのちにかはりたてまつる事もたびたびなり。されどもわづかにそのみいちだいのさいはひにて、子息かやうにまかりなるべしや。いちもんうんつきて都をまどひいでさうらひしのちは、かばねをさんやにさらし、名をこうたいにとどめんとこそぞんじさうらひしか。これまでまゐるべしとは存ぜざりき。これもぜんぜのしゆくごふにこそ。『いんのちうはかのけつにとらふ
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はれ、ぶんわうはいうりにこめらる』といふもんあり。しやうこまたかくのごとし。いはむやまつだいにおいてをや。まつたくはぢにあらず。ごはうおんにはとくくびをめさるべし」とぞのたまひける。かげときいげのだいみやうせうみやう、おんまへになみゐたりけるが、「このちゆうじやうどのはいたいけしたるくちぎきかな」とおのおのほめたてまつりて、皆涙をぞながしける。「この人は名を流したるたいしやうぐんなり。さうなくきりたてまつるべからず。なんとのだいしゆまうすむねあらむ」と兵衛佐のたまひて、「むねもちこれへ」と有ければ、えんなるそうめしつく。ひがしのえんより、年四十ばかりもやあるらむとおぼしき男のしろきひたたれきたるが、すけの前にえんをおさへて膝をかがめてたてり。すけのたまひけるは、「あの三位中将殿あづけまゐらせて、よくよくもてなしいたはり奉れ。けだいにてわれうらむな」とのたまひて、手づからすだれをひき
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をろしてたたれにけり。むねもちもとのさぶらひに帰て、ともどもにいひあはせて、しんでんの前にこしうやして、にしのやなるかげときとささやきごとして、「さらば今はいでさせ給へ」と申ければ、中将たちいでたまひて、けふよりはいづのくにのぢゆうにんかののすけむねもちが手にぞ渡り給ける。「めいどにて罪人の、なぬかなぬかにごくそつの手に渡るらんも、かくこそあるらめ。いかなるなさけなきものにてかあらむずらん」とおぼゆるぞかなしき。しゆごしたてまつるぶしどももきびしからず。夜はえんにゐ、昼は庭にぞさうらひける。
九 ひやうゑのすけどのより、「なさけなくあたりたてまつるべからず。ゆどのしていたはりたてまつれ」とて、湯殿へいれたてまつる。としはたちばかりなる女房の、しらあやのこそできたるが、ゆどのの戸をひきあけて参る。中将、「あれはいかに」とおほせられ
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ければ、「兵衛佐殿より、おんかいしやくに参れと候」と申ければ、かののすけちかくさうらひけるが、「なにとかくな申されそ。はやくまゐりたまへ」と云ければ、女房うちへいりぬ。そののち年十六七ばかりなるびぢよ、紫のこそで着て、てばこのふたにくしいれて、持て参たり。中将おんいかけしてあがり給にけり。この女房、「『何事もおぼしめしさうらはむ事はおほせられさうらへ』と、兵衛佐殿のおほせさぶらひつる」と申ければ、三位中将、「何事をかは。あすくびきらるることもや有らむずらん」とまうされければ、女房このよしをひやうゑのすけどのに申す。「頼朝がわたくしのかたきにあらず。いかでかさうなくきりたてまつるべき」とぞまうされける。中将、かののすけに、「只今の女房はいたひ
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けしたるものかな。いかなる者ぞ。名をばなにといふぞ」ととはれければ、「てごしのしゆくの君のちやうじやが娘、せんじゆとまうすものにて候。こころだていたいけしたる者にてさうらふあひだ、兵衛佐殿のおんまへにこの四六ヶ年めしつかはれまゐらせて候也」とぞ申ける。そのよはあめうちふりたりけるに、かののすけ、いへのこらうどうひきぐして、酒持て参たり。せんじゆのまへもびはこと持て参る。三位はよりふしたまひたりけるが、おきなほりておはす。酒をすすめたてまつるに、さかづきしちぶにうけたまふ。かののすけ申けるは、「兵衛佐殿より『よくよくもてなしまゐらせよ』と云おほせをかうぶりてさうらふあひだ、たびどころにて候へども、千手前、なにごとにてもひとこゑまうしてまゐらせよ」と申ければ、
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「らきのちよういたるなさけなきことをきふにねたみ、くわんげんのちやうきよくにある、をへざることをれいじんにいかる」と云らうえいをしたり。三位中将おほせられけるは、「重衡こんじやうはざいごふによつてさんぽうにすてられ奉りぬ。ざいごふかろみぬべき事ならばなびき奉らむ」とまうされければ、千手の前、「じふあくといへどもなほいんぜふす」と云らうえいをして、「ごくらくへ参らん人は皆」と云いまやうさんべん、うたひすまひたり。その時三位さかづきをかたぶけ給。せんじゆ琴を取て、ごじやうらくのきふをひきすます。中将はびはを取てかきならさる。女しばしは琴をつけけれども、のちにはひやうしあわでひきやみぬ。よふけゆくままに、中将しづかに心をすまして、「くはひこつ」をぞひかれける。中将、「こんじやうの楽みとこそくわんずべけれ。何事
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にても今一度うけたまはらん」とおほせられければ、千手前、「いちじゆの影にやどり、いちがのながれをくむも、たしやうのえんなほふかし」と云事を、かぞへすまいたりければ、三位心をすまして、「ともしびくらうしてはすかうぐしの涙、よふけてはしめんそかのこゑ」と云らうえいをぞし給ける。これをききて人々申けるは、「さいこくにていかにもなりたまふべき人の、いちもんをはなれて、人しもこそあれ、いけどられたまひて、見なれぬぐんびやうにともなひてくだりたまひつらむみちすがら、いかが心細くおもひたまひつらん。せつせんの鳥の『けふやあすや』となくらむも、又ふいうのあだなるろめいおもひあはせられたまふらむとあはれなり」と申て、かののすけいげ、きくひと涙をぞながしける。中将、かののすけに、「おのおの今はかへり給へ。夢みん」とおほせられて、
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枕を西にぞかたぶけ給ける。やごゑの鳥もなきわたり、きぬぎぬになるあかつき、せんじゆもいとま申てかへりにけり。せんじゆ、ひやうゑのすけの、ぢぶつだうにねんじゆしておわしける処に参たりければ、「千手にはおもしろきなかうどはしたるものかな」とぞ、兵衛佐はのたまひける。だいぜんのだいぶひろもと、そのときはいなばのかみと申けるが、ひろひさしにしゆひつしてさうらひけるに、兵衛佐おほせられけるは、「平家は弓矢のかたよりほかは、たしなむ事はなきかとおもひたるに、三位よもすがらびはのことがらくちずさみ、いうなる物かな」とぞのたまひける。ひろもとふでをさしおきて、「平家はだいだいさうでんのさいじん、この人はたうせいぶさうのかじんにて候。かのいちもんを花にたとへさうらひしには、このとのをばぼたんの花にたとへてこそさうらひしか」とぞ申ける。又
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すけどののたまひけるは、「三位の、『ともしびくらうしてはすかうぐしのなみだ』と云らうえいをしたまひつるは、いかなる事にてあるやらん」と。広元申けるは、「あれは、昔だいこくにそのかううと申けるみかど、ぐしと申みめよききさきをちようあいせられさうらひけり。かんのかうそとまうすかたき、項羽をおそひさうらひけるに、馬の一日に千里をとぶに乗て、このぐしとともにさらんとしけるに、馬いかが思けむ、足をととのへてはたらかざりければ、項羽涙をながして、『わがゐせいすでにつきたり。今はのがるべきかたなし。かたきのおそはむは事のかずならず。このぐしにわかれなむ事こそかなしけれ』とて、よもすがらなげきさうらひける程に、ともしびのくらくなるままに、こころぼそくて、ぐし涙を流す。よふくるままにしめんに時を作りさうらひけるなり。
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これをきつしやうこうが、『ともしびくらうしてはすかうぐしのなみだ、よふけてはしめんそかのこゑ』とは作てさうらふなり。」又すけどの、せんじゆに問給けるは、「中将よもすがらびはをひきたまひつるは、何といふがくにて有けるぞ」とのたまひければ、「はじめはごじやうらく、つぎにわうじやうのきふにてさぶらひしが、のちにはくわいこつといふがくにてさぶらふ」と申。ひろもとこれをききて、「かのくわいこつをば、もんじには『かばねをめぐらす』と書てさうらふ。だいこくにはさうそうのとき必ずもちゐるがくなり。しかるに中将こんじやうのえいぐわつきて、只今ちゆうせられたまひなむずる事を思給て、かのいてうのれいをたづねて、さうそうのがくをひかれけるこそあはれなれ」と申ければ、すけどのをはじめたてまつりて、きくひと涙をぞ流しける。さんぬる十八日、ざいざいしよしよの武士のらうぜきをとどむべきよし、せんじをくださるべきむね、くらんどうゑもんのごんのすけさだ
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なが宣旨をうけたまはりて、とうのさちゆうべんみつまさのあつそんにおほす。おなじき廿七日にしよこくひやうらうまいのせめをとどむべきよし、さだながおなじくとうのべんにおほす。さても中将はおんこの一人もおはせぬ事をなげきたまひしかば、にゐどのもほいなきことに思ひ、きたのかた、だいなごんのすけどのもなのめならずなげきたまひけり。しんめいぶつだにもきせいし給ひき。「かしこくぞおんこのなかりける。ありせばいかにこころぐるしからまし」と、せめての事にはおもはれけり。
十 そのころごんのすけさんゐのちゆうじやうは、さぬきのやしまにおはしましけるが、都にはおとはやまのおそざくら、北はさけば南は散り、たるひも今はとけはてて、のきのしのぶももへぬらんと、常には都の事のみぞこひしくはおもはれける。この浦のすまひ、なみのうへのありさま、さうばんをごすべきならねば、これも三
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月とをかのひ、さぶらひにはよざうびやうゑしげかげ、きんじゆしやにはいしどうといひしわらは、とねりにはたけさとと云し男、これら三人をめしぐして、かうたけひとしづまりて、しのびつつやしまのたちをいでたまふ。あはのくにゆきのうらよりなるとのおきをこぎわたり、しららの〔はま〕、ふきあげ、わかのうら、たまつしまのみやうじん、ひのくまくにかかすのやしろをばただそれとのみふしをがみ、きいのくにゆらのみなとといふところへつきたまふ。これよりして、「かうざんの林にもいり、しんこくのさはにもつたひつつ、こきやうへのぼりて、こひしき人をも今一度見ん」とおぼしめしけるが、さまをやつし給へどもなほびとにはまがふべくもなし。ほんざんゐのちゆうじやうのいけどられて、きやうゐなかびとの口にのるだにもこころうきに、われさへうきなをながして、さしもけんにおはせし父の
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かうべに、血をあやさむ事くちをしくて、ちたびももたび心はすすみたまひけれども、恋と恥とをくらぶれば、恥は猶もかなしくて、なくなくかうやさんへまゐり給ひ、人をぞたづねたまひける。そもそも人と申すは、さんでうのさいとうさゑもんのたいふもちよりがしそく、さいとうたきぐちときよりとて、小松殿のわかさぶらひにて有けるが、だうしんをおこしてにはかに出家して、この五六かねんこのおやまにぢゆうす。けいくわんげつきゆうをさしはさみて、えんがくのねんををぞらにつもり、りうしろぢんにあたりぬ、ぼくしのかなしみにはにしげし。ものにふれてくわんねんをもよほし、つとめすまして有けるに、たづねあひたまへり。ときよりにふだうみたてまつりて、ゆめかうつつかとあきれまどひ、涙にむせびて物も申さず。三位も涙をおさへておんことばもいでたまはず。ときよりにふだうややひさしくありて申けるは、
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「屋嶋をばいかにして渡らせたまひたるぞ。まことにうつつともおぼへず」と申てなきゐたり。中将のたまひけるは、「都にていかにもなるべかりし身の、ひとなみなみにさいこくへおちくだりたりつれども、きもこころも身にそはず、ふるさとにとどめおきしものどもの事よりほかに、心にかくる事もなく、よのなかあぢきなくてとしつきをへしかば、おほいとのも、『いけのだいなごんのやうに存ずるむねのあらむ』とのみのたまひて、うちとけたまはねば、いと心もとどまらず、あくがれいでて、是までまどひきたれり。古里へいかにもしてたづねいり、かはらぬかたちをも今一度見へたかりつれども、しげひらのきやうのいけどられて、きやうかまくらひきしろはるるだにもこころうきに、このみさへ恥をさらして、父のかばねに血をあやさむ事うたてければ、是に
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て出家をし、水の底にも入なむと思ふぞ。ただしゆやさんへまうでんとおもふこころざしあり」とのたまひもあえず泣給ふ。時頼入道申けるは、「まことにゆめまぼろしのよのなか、とてもかくてもさうらひなむ。長き夜の闇こそこころぐるしく候へ。今はかかるよのなかなれば、都の事をもおぼしめしきるべし。ぶんだんりんゑのさとにいづるもの、かならずしやうめつのうらみをえ、まうざうによげんのいへにあふやから、さだめてべつりのかなしみあらむ。かのしやらりんのはるのかすみをたづぬれば、まんとくのつきかくれて、いつけのえんながく尽き、このくわんぎゑんのあきのかぜをきけば、ごすいのつゆきえて、せんざいのたのしみこれむなし。いはむやにんげんでんはうのかたちにおいてをや。いはむやえんぶたんめいのくににおいてをや。これによつておいたるも去りわかきも去る。さりては多くろくしゆのくゐきをめぐり、たつときもゆきいやしきもゆく。ゆきてはしかしながら
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さんづのけんそにしづむ。さんがいにじふごのすみか、たれびとかこのくるしみをまぬかれん。ごちゆうせんはつぴやくのたぐひ、いづれのところにかそのうれひをはなれたるや。もつともいとふべきふせいのなかにて候也」とぞ申ける。
十一 そののちたきぐちにふだうせんだつして、だうたふじゆんれいし給ふ。さんごの松、だいたふよりはじめてまうでたまふに、あるいはひみつしゆぎやうのところもあり、あるいはそくしんとんごのいはやもあり、或はせつぽふしゆゑのにはもあり、或はしふがくさんがうの窓もあり。ごさうじやうじんの月ははちえふのみねにすみ、たいこんりやうぶのまんだらはしじふくゐんにみちみてり。しんれいのこゑごゑおとづれて、かれうびんにもおとらず。かやうのところどころをしゆぎやうして、れんげゐんへまうでつつ、でんぽふゐんよりおくのゐんへまうでたまひ、だいしのごべうを
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をがみたまふに、涙も更にとどまらず。そもそもかのかうやさんと申すは、ていせいをさりてじはくり、きやうりをはなれてじんせいなし、せいらんこずゑをならさずして、せきじつのかげもしづかなり。それわがそしのだいしは、ほふかいまにのろうかくをじしてじひのかどをいで、たうごくいとのなんざんにとどまりてりしやうのみちにいりたまへり。ないげてんのぢく、軸々にたまをみがき、だいせうじようのもん、文々にかがみをみがけり。くはしくわがてうのふうぎをたづね、ひろくしかいのりうれいをとぶらふに、ただろくしつしゆうのほふとうをかかげてひかりをてうやにかかやかし、わづかにさんしごのけうじようをたてて、ながえをとうざいにめぐらす。わがくにのだうせうわじやうのもろこしにいりし、けんしゆうをはくばじにうかがひ、いてうのけいじほふしのてうにきたりし、めうほふをはむくのみやにひろむ。みなごじのけうもんをがくして、いまだごびやうのちすいをくまず。
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だいしはほとけにがうほつぐわんをいたして、こんがういちじようのしんけうをきせいし、ゆめのうちにつげをかうぶりて、しやなしつぢくのひてんをかんとくす。これによつて、くわんむてんわうのぎようえんりやくにじふさんねんに、ぜうめいをうけたまはりてかんにいりたまへり。たんらりうきうのこせいにはばからず、ぎよぼつさうかいのげいふくにおそれず。まことにぼううほをうがちて、しやうふうかぢををりしかば、なみにしたがひてしようちんし、かぜにまかせてなんぼくす。かいちゆうにえいえいとして、いつじつのたのしみなく、はしやうにせいせいとして、じげつのいうよなり。ただてんすいのへきしよくをのみみて、いまださんけいのはくぶをみず。かくのごときなんをしのぎて、ちゆうしうにかうしうにつき、たいりよにちやうあんにいたりぬ。ちよくによつてせいめいじにるぢゆうし、しをたづねてとうたふゐんにわうげいす。さいはひにけいくわないくにあひて、くわんぢやうのししゆとあふぎ、深くりやうぶのだいほふをがくして、
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しよそんのゆがをつたふ。さんぜんしつひやくりのげいかいをこえすぎて、きよわうじつきのよろこびをなつかしむ。にひやくろくじふぶのざうけうをしやうらいして、はくらうさうはのみちをわたる。さんごをしうんのうちになげて、かねてみつぽふさうおうのしようちをてんじ、ふなわたししてこしうをさうめいのうへに、まさしくみつけうゆがのばいえふをひらく。へいぜいのせいたいにがうかいをしのぎてほんてうにかへり、さがのめいじにほうぜうをかうぶりてばたいにひろむ。さればだいしのおんことばには、
ともづなをはしやうにときしそのかみは、にぶきかたなをとりて、いはほにむかへるがごとし。
ちよくをてんがにかうぶるただいまは、りけんをふるひてはたをなびかすににたり文。
これによつて、だいにちないしようのよきは、ひろくいつてうにかかやき、へんぜうげようのゆいぢんは、あまねくわがてうにさかんなり。そくさんへんどのさかひ、はじめてししゆまんだのはなぶさを
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もてあそび、あしはらのなかつくにのさと、つひにごさうくわんねんのつきになる。ほつさうさんろんのともがら、つねにじしんじやうだうのむねをきき、けごんてんだいのやから、ゆきてそくしんとんごのをしへをうかがふ。ただしほつしんせつぽふのだん、にふががにふのくわんに、なんとほくれいのめいしやうにいたりては、てうていにあつまりてこぎをいたし、しけうごじのがくと、てんけつにこぞつててきたいをなす。ここにだいし、はめいはうのりつをしめさんがため、ひじりのじやしふのこほりをとかむがために、かたじけなくせいりやうのらんでんにつかへて、めいじのりようがんにむかひたてまつり、手にひいんをむすび、口にみつごをじゆし、心にくわんねんをこらし、身にきぎをそなへたまひしかば、めんもんにはかにひらけて、へんぜうわうごんのしきたいとなり、びさんたちまちにあらはれて、だいにちびやくがうのくわうみやうをはなつ。ゐとくぐそくしてひかりあきらかなり。ぎんかんのしうげつ、くもりあることをうらむ。さうがうみにそなはりていろあざやかなり。きんこくのしゆんくわ、にほひなきことをはづ。
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なんばうにむかひてざをうごかさず、たうざにじやうがくのかうげんをしめし、とうぐうにしてたんしてみをかへず、げんしんさぶつのけうりきをあらはす。これをもつて、ていわうせきをさり、くわうごうころもをかいつくろふ。しよしゆうたなごころをあはせ、ひやくれうかしらをかたぶく。ここになんとろくしゆうのひん、ちにひざまづきてけいらいし、ほくれいしめいのかく、にはに ふしてせつそくせしよりこのかた、じやうぶつちそくのたつなみには、だうゆうだうしやうくちをとぢ、ほつしんしきしやうのなんたふには、げんにんゑんちようしたをまく。ししゆうきぶくしてもんえふにまじはり、いつてうしんがうしてだうりうをうく。じんじんなるかな、ひみつけう、ぼんたいをもつてぶつたいをなす。さいじやうなるかな、じんつうじよう、しやうじんをもつてほつしんをなす。ろくだいむげのゆゑには、しやうかいをぶつかいにへだてず、しまんふりのゆゑには、ぼんしんをしやうじんにわかつことなし。ここにこれめいごふじのゆがなり。いづくんぞしやうじんそくいちのひはうにあらずや。いまこのところと申
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すは、いてうよりなげらるるも、さんごのひかりをたづねて、さうさうし給へるところなり。かのさんごのまつとは、さんごおちとどまりたまひし松也。だいしやうやくろくじふにのしゆんしうをかさね、かずはしじふいちのげらふをつみて、しようわ二年三月廿一日のあかつきに、けつにくのみをあらためずして、こんがうのぢやうにいり、しやうじのかたちをかへずして、せきがんのいはやにざしたまへり。がんしよくむかしのごとく、ようぎいまにまします。まつにじししゆつせのあかつきをごし、やくするにいつたしゆつしやうのひをかぎる。らかんのぜんぎをごかくせんにをさめて、りゆうげのあさつゆをのぞむにひとしく、かせふのぢやうしつをけいそくのほらにかまへて、しとうのしゆんぷうをごするににたり。およそさいてんとうど、さかひはことなりといへども、ざぜんにふぢやうのれいぎこれおなじ。されどもかれはすなはちけんげういつしんのせんぢやうめつじんにして、くえたんにきす。これはまたひさうさんみつのじんぜんけんごにして、どうてんなし。ただじひをいつさうの
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くもにほどこすのみにあらず、またりやくをまんばうのかすみにかうぶらしむ。えんぎのせいしゆ、だいごのめいていのあんりには、あたりてせきくつきりはるるにいしやうをかいつくろひ、ぢあんのぜんぢやうたいしやうこくのとうそうには、おどろきてべうだうかどさをたうすにきずいをかんず。しやうぢやうとしふりたりといへども、かうげんひびにこれあらたなり。しようこくのおううたがひなく、すいげつのかんたのみあり。そうじてさんみつごちのみづは、しかいにみちてぢんくをあらひ、ろくだいしまんのつきは、いつてんにかかやきてぢやうやをてらすみぎりなり。じそんゐんよりだいたふにいたるまでひやくはちじつちやう、たいざうかいのまんだらひやくはちじつそんのづゑをあらはす。だいたふのにはより、おくのゐんにいたるまでさんじふしちちやう、こんがうかいのまんだらさんじふしちそんにあたるしんぢなり。だいたふこんだうよりはじめて、しよだうしよゐんにいたるまで、みなみつごんせかいのぎしきをうつし、またくゑざうせかいのさほふをあらはせり。やまはががとしてたかくそびへ、べうべうとして
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きはもなし。はなのいろはわづかにりんぶのそこにほころび、かねのこゑはかすかにをのへのしもにひびく。あらしにまがふしんれい、くもゐにみゆるかうのけぶり、とりどりにぞやおぼゆる。
十二 そもそもえんぎのみかどのおんとき、ごむさうのつげありて、ひはだいろのおんしやうぞくをたうざんへ送らせ給しに、はんにやじのそうじやうくわんげん、ちよくしをたまはりて、おくのゐんへまうでて、みちやうをおしひらきて、おんしやうぞくをまゐらせかへむとし給けるに、きりふかくたちわたりて、だいしのおんすがた見へさせ給はず。おんでしにていしやまのないくしゆんいうといふひとおはしき。すなはちそのゆゑとおぼしくて、深く涙をながしつつ、「われうまれてよりこのかた、いまだきんかいををかさず。なにによつてかだいしのおんすがたみえさせ給はざるらん」と、ごたいをちになげて、ほつろていきふしたまひしかば、たちまちにきりはれて、あきのつきのやまのはにいづるがごとくして、おんかたちあらはれ
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おはしけり。おのおのずいきの涙にかうぞめのおんころもをしぼりあえさせ給はず。すなはちおんしやうぞくまゐらせかへ奉て、おんぐしの五尺二寸におひのびさせおはしたりけるを、そりたてまつりてけり。ないくはおんひざをさぐりまゐらせさせ給たりけり。そのおんうつりがうせずして、いしやまのしやうげうのはこにいまだ残りたりとかや。ごにふぢやうはにんみやうてんわうのぎよう、しようわ二年の事なれば、すぎにしかたもさんびやくさい、せいざうとしひさしくなれり。なほゆくすゑも五十六億七千万才ののち、じそんのしゆつせ、さんゑのあかつきをまちたまふらんこそはるかなれ。「哀れ、これもりが身のせつせんの鳥のなくらむやうに、けふやあすやとおもふものを」とのたまひて、涙ぐみたまふぞあはれなる。なみをやくしほかぜにくろみ、つきせぬものおもひにおとろへて、そのかたちとは
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見へ給はねども、なほびとにはまがふべくもなし。いかなるをんできなりとも、などかあはれをかけざるべき。そのよは入道があんじつに帰て、こしかたゆくすゑの物語し給て、なくよりほかの事なし。出家はあくるを待ち、かはらぬかたちもいまばかりなり。御心のうち、おしはかられてあはれなり。このあんじつと申すは、としごろすみあらしたりければ、のきにはしのぶおひしげり、庭にはしきみの花がらつもりたり。しごくじんじんのとこのうへには、しんりのたまをみがき、ごやじんでうの鐘のこゑには、しやうじのねぶりをさます。しかうがすみししやうざん、しんのしちけんがちくりんも、かくや有けんとおぼへたり。かのたきぐち、てうに使へし時は、ほういにたてえぼしきよげなりし者の、いまだみそぢあまりのよはひなれども、らうそうすがたにやせくろみ、黒きころもに同じけさ、ひま
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なくくれるじゆずまでも、おもひいりたるそのけしき、うらやましさやまさりけむ、のがれぬべくは、かくてもあらまほしくぞおもはれける。にんげんのはちく、眼の前にあらはれ、てんじやうのごすいもかやうにやとあはれなり。
十三 そもそも滝口がだうねんのいうしよを尋ぬれば、をんなゆゑとぞきこへし。けんれいもんゐんのみうちに、かるも、よこぶえとて二人のざうしあり。かるもといひし女をばゑつちゆうのじらうびやうゑおもひけり。よこぶえをばときよりしのびてかよひけり。かれらがふたおやまうしけるは、「われわれぞんめいのとき、いかなるたよりもつかずして、みやづかへびとに身をなしてあるに、かひなきふるまひする」と云ければ、もりとしはおもひとどまりぬ。ときよりはこころざしあさからざりければ、つつむに堪へぬ事なれば、じねんとしてあらはれぬ。もちよりこのことききつけて
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さまざまにいさめけれども、いさめにもかかはらず、「このよいくほども有まじき所也。たとひちやうめいなりとも、七八十にはよも過ぎじ。えいぐわありとても、廿年にはすぐべからず。楽しければとて、にくからむ女にあひぐしてはなにかはせむ。親のいさめをそむかばふけうのざいごふのがれがたし。これによつて女をすてむとすれば、神にかけてちぎりしむつごともみないつはりと成ぬべし。さればらくてんのことばには、『ひとぼくせきにあらざればみななさけあり。けいせいの色にあはざらむにはしかじ』とのたまへり。いまこのことをおもふにも、身をさんりんのあひだに宿し、命をぶつだにつかへたてまつりて、『せつがとくぶつ、じつぱうしゆじやう、しぶつしんげう、よくしやうがこく、ないしじふねん、にやくふしやうしや、ふしゆしやうがく』のもんをたのみて、しかじ出家をせばや」とぞおもひける。十月二日、殊にとりしやうぞくして、こまつどのよりだいりへ
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参り、ことさらに人々にたいめんして、けふをかぎりのしゆつしなれば、りようがんををがみたてまつらむ事もこれをかぎりと思へば、すずろに涙をぞ流しける。そのよはよこぶえがもとにとまりにけり。こよひをかぎりのちぎりなれば、さこそはかなしくおもひけめ、ゆくすゑこしかたのことどもおもひつづけて、そぞろに涙ぐみければ、横笛あやしみて、「なにゆゑかくはいたくしをれ給へるぞ」とあやしみながら、「いつとなき言の葉には、しゆつしをのみものうき事に思給へる事なれば、さそのひとよを」と思けれども、ごかうのてんにゆめさめて、やごゑの鳥もしきりになく。さすがにひとめもつつましければ、ときよりはさんでうのしゆくしよへも行かず、さがにとしごろたのみたてまつるひじりあり、かしこにゆきてひじりをたづねいでて、「出家のこころざし有てまゐりたり」と申ければ、しやうにん
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こたへていはく、「ごしゆつけこそいかにもあらまほしき事にて候へば、これよりもすすめまうしたうさうらへども、おんよはひもいまださほどの御事にあらず。都よりもさだめて御とがめさうらひぬとおぼえさうらへば、しんだいきはまりてこそ候へ」と申せば、ときよりまうしけるは、「よはひさまでのおほせこそ有べしともおぼえさうらわね。このよのなかのならひはらうせうふぢやうのさかひにてさうらふものをや。老たるが去り、わかきがとどまりさうらはむには、ぶもにさきだつこさうらひなむや。あしたはみどりのかほばせを百年とかきけづれども、ゆふべにはちくばのむちをすて、よもぎがもとにおくりおく。ただみちのほとりのつちとなり、ねんねんに草のみしげるめり。都よりもなにゆゑにかとがめ候べき。とうとう」と申けれども、「ことわりはさることにて候へども」とて、なほはばかりてそらず。そのときたきぐちひじりをうらみ、
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「さてはしやうにんはぼさつのぎやうを立てて、いつさいしゆじやうをみちびきたまふことさうらひなむや。これほどの事をおんはばかりありては、いかがはせさせ給べき」とて、みづからもとどりをおしきりければ、しやうにんちからおよばずして、髪をそりかいをたもたせけり。しやうねんにじふごにしてもとどりを切り出家して、にしやまさがのしやかだうのへん、ほふりんじのうち、わうじやうゐんといふところにとぢこもりて、おこなひすましてをりけり。よこぶえこれをばしらず、たえぬるよはをうらみて、「いかなるふちかはにもみをなげばや」と思ける程に、あるひとまうしけるは、「さいとうたきぐちときよりこそ、さんぬるみつかのひ、さがにて出家したりと聞け」と申ければ、横笛この事を聞て、なくなくかしこへたづねゆき、ころはかむなづきなかのむゆかの事なれば、あらしにひびく鐘のこゑ、ふけゆくままに心澄み、涙にぬるる袖
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の上に、このはのつもるもはらひあへず。むめづのさとに吹風も、春にあらねば身にしみ、かつらのさとの月影はくもゐはるかにすみのぼる。亀山や、すそよりいづるおほゐがは、いとどあはれぞまさりける。わうじやうゐんにたづねいりて、あんじつのかたはらにいたりしかば、庭にはよもぎおひしげりあとふみつけたる事もなく、のきにはしのぶはひかかり、しへきかすかに見へたりけり。うきふししげきたけばしらちかくたちよりて聞けば、をりふしにふだうこかをぞえいじける。
世をいとひじやうどをねがふすみぞめのさすがにぬるる袖のうへかな K205
よこぶえこれをききて。
うらめしやいつか忘れむなみだがは袖のしがらみくちははつとも K206
女申けるは、「今までごしゆつけをしらせさせたまはぬ事のこころうさよ。いか
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なる時、とらふすのべへも、よもぎがそままでも、おくれじとちぎりたまひしぞかし。いつのまにかはりける御心ぞや。昔のよしみわすれがたくて、これまでたづねまゐりたり。たとひいちうのすまひこそかなはねども、谷をもへだて峯をもつらねて、たがひにぜんえんともなり、ひとつはちすの身ともならむ」といひもあえず泣ければ、たきぐちにふだう、わり無くおもひし女のこゑときくに、胸騒ぎ、かきくらすここちして、はしりいで、見ばやと思へども、「さては仏に成なむや。しやうじのきづなにこそ」と心強くおもひて、いよいよへんじもせざりけり。横笛、「是までたづねたてまつりたるかひもなく、うたてくもとぢこもりたまへる御心づよさかな。人はげにさもなかりけるものゆゑに、わがみひとつにかきくれておもふこころは、いかばかり女の身程にこころうきものはなし。こんじやうの対面せむもいま
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ばかり、せめてはおんこゑばかりをも聞かせさせ給へ」と云ければ、滝口申けるは、「たれゆゑにかかる道にもおもひいるぞとよ。こんぜの対面あるべからず。ちぎりあらば、ひとつはちすの上にといのりたまへ」とばかりにて、いであふことぞなかりける。女是を聞て、うらみの涙せきあえず、おさふる袖も露けくて、みづから髪を押切て、あんじつの窓になげかくとて。
そるまではうらみし物をあづさ弓誠の道にいるぞうれしき K207
ときよりこれを聞て。
そるとてもなにかうらみむあづさ弓ひきとどむべき心ならねば K208
横笛は出家して、ひがしやませいがんじと云所におこなひすましてゐたりけるが、かのところはみやこちかくして、しるもしらぬもおしなめて、とふことしげき
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やどなれば、とがむる事もうるさくて、いづれの山のほとりにもと、あくがれ行ける程に、かつらがはのほとりにて、「いかなる男なれば、われゆゑにかかる道にもおもひいるぞ。いかなる女なれば、つれなくうきよにながらえ、心に物をおもふらむ。
こひしなば世のはかなきにいひなしてなきあとまでも人にしらすな」K209
とて、この川に身をなげてうせにけり。入道はわうじやうゐんに有けるが、かのところはせいがんのかたはらにそびえたるたかきやまなり。かしこにしてすぎこし都をかへりみれば、霞の下にはともしびの影かすかに見へ、をりふしにつけてはとひきたる人もしげくして、ざぜんのとこもしづかならず、ねんじゆの心も乱れければ、やまざきたからでらにうつりて、「じやくまくひとなくして、固くくうしやうのしつをとぢ、たんこ
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こころにまかせて、おのづからさんらくのおきなにともなふ」とくわんじて、おこなひすましてゐたりけるが、横笛が事を聞て、「都近くすまひして、かやうにこころうきことをきくにつけても、きやうだうのさはりともなりぬべし。わがみこそあらめ、としさかりなりつる女をさへ、世になきものとなしつる事よ」とて、なんととうだいじのやうくわんりつしのふるきあんじつをたづねてゆきにけり。そもそもやうくわんりつしとまうすは、としごろねんぶつのこころざしふかくして、みやうりをおもはず、よをすてたるごとくなりけれども、さすが君にもつかへたてまつり、しるひとをも忘れざりければ、ことさらにみやまのおくを、もとめたまふこともなかりけり。ひがしやまぜんりんじといふところにこもりゐて、人に物を借してなむ、月日を送るはかりことにぞし給ける。春秋につけて、うるさかるべけれども、是をみとがむる人も無し。借す時もをさむるときも、もちきた
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れる人の心にまかせてさたせさせければ、中々仏の物ぞとて、いささかもふほふならざりけり。「ぜんりんはるのあしたには、はなのいろみづからくわんねんをまし、こさんのあきのくれには、風の音わづかにちしきとなす」とくわんじたまひて、あかしくらしたまひけり。しらかはのゐんのぎよう、このりつしを東大寺のべつたうにふし給ふに、きくひとじぼくをおどろかし、「よもうけとりたまはじ」といひし程に、おもひのほかになりたまひにけり。弟子共・親類、末寺・しやうゑんをあらそひけれども、いつしよもひとにあづけず、がらんのしゆざうによせたまふ。ほどなくりやうさんねんの内にざうえいのことをはりしかば、やがてじたいまうすに、君又とかうのおほせなくて、ことひとを別当になし給ふ。よくよく人の心をあはせたるわざのやうなりければ、時の人申けるは、「寺なむどのはゑしたる事をば、この人ならでは心安くさたすべきひとなし」とおぼしめして、おほせつけられたりけるを、
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りつしも心得てうけとりたまひにけり。このあんじつと申はそのころすみたまひける所也。このしやうにんもおもひよりして、ほつしんし給たりけるやらむ、
くれたけのもとはあふよもしげかりきすゑこそふしはとほざかりゆけ K210
とよみたりし人也。このあんじつもなほ心にかなはざりければ、いかならむみやまの奥にもとぞおもひける。たよりありて、だいしにふぢやうのせいぜき、ひみつでんぽふのれいぢやう、きしういとのなんざんにのぼりて、はじめてしやうじやうしんゐんにぢゆうしけるが、のちにはれんげだにりしばうにぞゐたりける。一門の人はこの事を聞て、「かうやさんのしやうにん」とぞ申ける。されば、ぼさつのとくむしやうにん、なほふるさとにてはじんづうをあらはしがたし。いかにいはむやほつしんはやんごとなけれども、ふたいの位に至らねば、ことにふれてみだれやすし。ふるさとに住みしるひとにまじはりては、いかでかいちねんのまうしんを
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おこさざらむ。さればかうのけぶりにふすぼりて、いそぢばかりに見ゆるにつけても、ふだんちやうじつのつとめもたえざりけりとおぼえたり。
十四 さてかいしをしやうじ、出家せむとし給。中将、よざうびやうゑ、いしどうまるにのたまひけるは、「我こそかかるみちせばくのがれがたき身なれども、おのれらはいかなる有様をすとも、なじかはながらへざるべき。いかにもなりなむのちを見はてて都へ帰り、命を助かり、をさなきものどもをもかへりみよ」とのたまへば、二人のものどもはらはらと泣て、くちをしげにおもひたり。しげかげ申けるは、「ちちかげやすへいぢの合戦の時、こどののおんともにて、よしともの郎等かまだびやうゑまさきよにくみて、あくげんだよしひらにうたれさうらひぬ。そのとししげかげにさいなり。母にはしちさいにておくれさうらひぬ。あはれいとほしと申者も
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さうらはざりしを、『かげやすはわがいのちにかはりたりし者なれば』とて、ことにおんあはれみさうらひて、おんまへよりおほしたてられまゐらせて、ここのつとまうしし年、君のごくわんぶくさうらひしに、おなじきよもとどりをとりあげられまゐらせて、『もりのじはいへの字なれば五代につがす。しげの字をまつわうまるにたぶ』とて、しげかげとはつけさせ給て、どうみやうをまつわうとおほせさうらひしも、『このいへをこまつといへばいはひてつくるなり』とおほせさうらひき。ごくわんぶくのとしより、とりわけ君のおんかたにさうらひて、いちにちへんしもたちはなれまゐらせずして、ことしは既に十九年にまかりなる。こおほいとの世をはやくせさせ給し時も、このよの事おぼしめしすてて、ひとこともおほせおかるることなかりしかども、『しげかげ、せうしやうどのにみやづかへよくして、御心にたがふな』とばかりこそ、最後のおんことばにてさうらひしか。とうばう
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さくがいちまんざいをへし、そのかたちをかへずしてのこりとどまらず。せいわうぼがありさまもそのなばかりぞとどめける。君の神にも仏にもなりたまひなむのち、いかなるたのしみさかえありとも、あるべきよとこそおぼへさうらはね」とて、すなはちもとどりおしきりて、ときよりにふだうにそられけり。いしどうまるも髪をもとゆひぎはよりきりにけり。是もやつよりつかへたてまつり、みめ形なだらかに、こころばへいうなる者なりければ、いとほしくし給事、重景にもおとらざりければ、かやうにこころざしふかくおもひたてまつりけり。ことしは十八にぞ成にける。これらがさきだちてそらるるをみたまひて、中将御涙せきあへず。「るてんさんがいちゆう、おんあいふのうだん、きおんにふむゐ、しんじつほうおんしや」とさんどとなへて、すでにそられ給けり。「きたのかたにかはらぬ形を今一度見へたてまつりてかくもならば、おもふことあらじ」とおぼしめすぞ
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罪深き。中将も重景もどうねんにて、廿七にてぞおはしける。たけさとをめしてのたまひけるは、「われは都へはかへるべからず。今一度何事もいひつかはさばやと思へども、今は世に無き者ときかば、おもひたへでさまをもかへ、すがたをもやつさむ事もふびんなり。をさなきものどものこざかしくなげかむ事もいとほし。つひに隠れ有まじけれども、いつしかしらせじと思ぞ。むかへとらんとこしらへおきし事もつひにむなしくなりぬ。いかばかりつらく思らむしんぢゆうをばしらず、うらみも多かるらむ」とて、御涙せきあへず。「只これより屋嶋へ帰て、さんゐのちゆうじやう、しんせうしやうにもありさまを申せ。さぶらひどももいかにふしんに思らむ。たれたれにもかくとしらせずして、いかにうらむらむと思こそわびしけれ。そもそもからかはといふよろひ、こがらすといふたちはたうけちやくちやくさうでんして、我までは既に
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はちだいなり。そのよろひ、たちをばさだよしがもとにあづけおきたり。取てさんゐのちゆうじやうにたてまつれ。もしふしぎにて世にもおはしまさば、のちにはろくだいにたまはるべし。さちゆうじやうきよつねも海中に沈み、びつちゆうのかみもろもりもいちのたににてうたれぬ。これもりさえまたかくなりぬ。いかばかりたよりなくおもはむずらむ。つひにのがるべきならねばおもひたちぬと申せ」とて、御涙又せきあえず。
十五 「これよりくまのへ参らむ」とのたまへば、ときよりにふだうおんともして、やまぶしのかたちにていでたまふ。入道申けるは、「じゆんだうにてさうらふうへ、ぶさうのれいち、こかはのしやうじんくわんおんにおんまうでさうらふべし。たうざんのだいしは、ほふゑだいとくがごんぐあんやうのこころざしありて、していりやうにんのぢゆうしよをいのりしに、『しはれいほうにとどまりてかくさんにのぼるべし。なんぢはこかはにぢゆうしてくかいをわたるべし』としめし、ひよしさんわうはせき
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しゆうしやうにんさんぼだいをもとめしかば、『わがてうのふだらくせんにゆきて、ぶつこくのふたいてんちをごすべしと』のたまへり。ことさらにおんこころざしさうらふ。くまのごんげんは、こうしゆんほふいん、でんはうのさとをいとひまうしし時、『すいしやくのひかりはあきらかなれども、らいかういんぜふはほんぢのしようなり。こかはのしやうじんのくわんおんにいのりまうせ』とごじげんをかうぶり、すなはちかのてらにまうでつつ、ひやくにちのさんろうをはじめ、まいにちほつけのかんじんをかうさんして、『ねがはくはわうじやうのとくふをしめしたまへ』といのりしに、『ほつけそくがしん、がやくごくらくしゆ、によさんだんおが、がらいかうおによ』といふ、しくのげもんをかうぶりて、わうじやうをとぐとみえたり。来世のいんぜふをいのりおはしまさむにうたがひあるべからず」とまうしければ、すなはちときよりをおんせんだつとして、そのひはこかはへまうでたまふ。まづだいもんをさしいりて、さいしよしゆつげんのれいくつ、おいけををがみたまへば、どうなんおほとものやうざう、
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みだうのさうにたちたまへり。まへにはしゆしやくをひらきてばんりのなみまんまんたり。はるかにかいがんこぜつのしんげつをむかふ。うしろにはげんむをそばたててせんねんのみどりさうさうたり。とほくぎしやくつせんのきうふうをうつせり。ごとうのはなさきてはほうわうもやすみぬらむ。ちくきむりんしづかなり。はくしのれいもやかよふらむ。かくてはうくわうずいさうのしようち、こんぽんしやうじやへまうでたまひ、ていしやうをみれば、ふぢはらむねなががしごだの山のやへざくらを、しゆれうのときもとめえて、れいむによつてけんぜし桜も既にさき散れり。是を見給て中将かくなむ。
つねになき浮世の中にさきそめてとまらぬ花やわがみなるらむ K211
そもそもたうじは、くわうにんてんわうのぎよう、ほうきぐわんねんに、おほとものくじこといひしひとこんりふのところなり。ふしてえんぎもんをひらきたるにいはく、むかしおほとものくじこと
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云人あり。びろくをおふをもつてわざとし、ひさしくざうぶつわなんのしんぐわんをおこして、せいしゆくをつむといへども、いまだしんじゆのずいくわうをとげず。たいしたるみそぎきれて、いつたいのえうにあつ。どうじのかうしゆとしようする、あみどのしばをとぢて、なぬかのやくをなす。いつせいにおどろきていちむをやぶる。たちまちにふつげうのせんろにおもむくに、れいぼくありてれいどうはなし。あらたにまんげつのそんようをあらはす。だんどのじん、ひとりしんがうをいたして、そうしゆのひと、いまださんけいをえず。ここにかはちのさだいふのかちゆうにあいしあり。ひとたびこしつにかかりて、まんぼうすれどもやまず。どうなんゆきていふ。すなはちだらにをじゆし、こゑにおうじてへいぶくす。ぶもしんぞく、もろもろのふせをおくる。かしらをふりてじきよす。ただひとつのおびをとりて、もつてさいくわいをごす。山をめぐりてすりをへ、はくすいの色をみいだす。ながれにさかのぼりてこあんをえたりこかはのことばをおもひ
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いだす。だいひしやのすがた、あたかもはやうのこがねをみがけるがごとし。せむゐのおんてにわうじつのおびをかけ給へり。さうさうとしふりて、ふうくわにをかさるる事もなく、じやうとうのきえざるきどく、しやうじやのつひくろみたる有様をはいけんするに、じやうしんいよいよまさりてかんるいおさへがたし。そうじてわがてうのしようしなり。せんじゆせんげんのしやうじんは、かざらきやまにあとをたれ、いつさういちぼくのまうげは、ぶつしゆならずと云事なし。きいなり、又きい也。だいひ也、きはめて大悲也。ことさらにないぢんのさほふは、さんけいのともがらはあしをつまだつ。ぼさつのていさをせんがうするにことならず。にふらいのたぐいはもくねんたり。しんしのりゆうによをしんじゆするにあひおなじ。どくきやうはこゑをのむ、しつぢを心のうちに祈る。ねんじゆは口をつぐむ。ぐわんまうを胸の底にざうせり。これひとへにがつしやうのつつしみをなして、かうしやうのぎをとどむるものなり。いしだんにうしほを満てり。ふだらくせんのなみ、
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みのりに和するこゑすなり。ぼんかくにともしびあり。ごひやくよさいのいままでも風にぞしられざりける。さればくわさんのほふわうはかたじけなくごかうして、
昔より風にしられぬともしびの光にはるる長き夜の夢 K212
とあそばれけむ、じやうとうををがみたまふにも、「むしのざいしやうもきえぬらん」とぞおもはれける。三十三べんのらいはいことをはりて、「なむきみやうちやうらい、じねんゆじゆつのせんくわうげん、ざんぎさんげ、ろくこんざいしやう、くわげんしよぼん、いちじせうめつ」とぞきこへし。そののちしやだんを拝すれば、けいきゆうひにかかやきて、わくわうの光かくやくたり。しようぜんつゆをたれて、れいどうのこけいうやうたり。中にもぢしゆにふみやうじんは、あまてるおほんがみの、つくよみのみことの御事也。ほんがくのしんゐをろんずれば、すなはちけざうのつきにのぼり、おうげのすいしやくをあふげば、また
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そうしのつゆにまじはる。さんぬるえんりやく三年きのえのね三月十六日に、おほとものやまみごたくせんによつて、かのいはまつやまより、かざらきやまにうつしてあがめたてまつる。くだんの夜、やまみいはひまうしの有けるに、ごんげんたくしてのたまはく。
かつてむかしきもんのせきしやうにぢゆうし、がらんのをんまをふくす。
いまよりぶつこのじゆかにうつりて、さつたのぶつぽふをまもらむとうんうん。
ふしてあんずれば、しんそくれいげんぶさうのろくべうし、すいしやくをひるがへして、ほんぢをしやなかくかいのうらにかへりみる。仏は又じねんおうらいのせんくわうげん、ほうきをさしおきて、ゑんじゆをふだらくかいのちりにかぞふ。ここにこれほんじやくことなりといへども、ふしぎはひとつなり。そもそもたうじのていたらく、ひがしをのぞめばすなはちせきしようさんとかうせるひとつのれいさんそばたてり。つるはくんしのきにすんで、わがきみのとくをさへづり、風はたいふのえだにをさまりて、せいたいの
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めぐみをあらはす。にしをかへりみれば、又つつじのべうあり。せいぢよのはなぶさななめにて、やまもとてらすいはつつじ、ゆふくれなゐに色はえて、やいうの人ぞ目に立てる。まへにはすなはちよしのがは、いはなみはやくながれつつ、かすみしく春のあしたには、あをねが峯にさく花を、散りかもきたるとまつほどに、よのまの風のさそいきて、ゐせきになみのあやを織り、うしろには又かづらきやまの秋風もふきおろせば、すそ野の原のいとはぎに、露の玉ぬくみさえも、錦をたちぞかさねたる。それよりにんかいだいとくこんりふのち、やくしだうへぞまゐられける。このみだうと申は、たうじのりやうあらみむら、うつわさんじつぽうじのほんぶつ、やくしによらいにておはします。しかるをかのじつぽうじとまうししも、だうたふのきをきしりて、ぎをんのふうりうに
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ことならず。いつすい遠くみおろして、ごしんじにぞ似たりける。されどもてんまのしよぎやうにや、いちやの内にあれにしかば、かうげきようする人もなし。さればにやだいどう三年つちのえのねのはるのころ、たうじのぢゆうりよにんかい、むさうのつげによつて、かのそんざうをこのみだうにむかへてあんず。昔のじがうをよびて、今のしやうじやになづけたり。これによつてこのみだうをじつぽうじとなづけ奉る。そもそもこのによらいと申すは、じやうるりせかいのけうしゆ、ざうほふてんじのぐわんしゆなり。ゆゑにけうしゆしやくそんは、いわうぜんぜいのかたちをつくりて、れうびやうゐんのだうしとし、でんげうだいしは、いつさくさんらいのざうをみがき、しくわんゐんのほんぞんとす。これをもつて、しちせんやしやのちんごには、さいしあんをんのたのみをかけ、じふにだいぐわんのしんげには、これもりぼだいのうてなを祈るとふしをがみて、なくなくげかうし給けり。
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十六 さんとうと云所へいでたまひて、ふぢしろのわうじにまうでたまふ。そもそもたうしよのごんげんは、くまのごんげんのみこ、にやくいちわうじと是を申す。「わくわうのつきはしかいにうかび、りしやうのくもはいつてんにおほふと」ふしをがみて、やうやうおくへぞさし給ふ。きりめも既にすぎぬれば、せんりのはまの南なる、いはしろのわうじの前にして、かりしやうぞくしたる者七八騎がほどゆきあひたり。すでにからめとられなむずとおもひきりて、おのおの自害せんと腰の刀に手をかけて、さしつどいつつたちたまへば、これら馬よりとびおりて、深くひらみて通りけり。「みしりたる者にこそ。たれなるらむ」とおぼしめし、いとどあしばやにぞすぎたまふ。ゆあさのごんのかみにふだうむねしげが子、ひやうゑのじようむねみつなり。らうどうども、「このやまぶしはたれびとにておはしますぞ」と問ければ、「是こそこまつのおほいとののおんこ、ごんのすけさんゐのちゆうじやうどのよ。やしまよりいかにして
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是までつたはり給けるにか。近く参てげんざんにもいりまゐらせたくぞんじつれども、はばかりもぞおぼしめすとて、まかりすぎぬ。あなあさましの御有様や。かくみなし奉るべしとこそおぼえね」とて、さめざめと泣ければ、郎等もみなそでをぞしぼりける。やうやうづつさし給へども、ひかずふれば、いはだがはにもかかりぬ。いんじぢしようさんけいのとき、これもりのきたまへりしじやうえのりやうあんの色に成たりしを、さだよしが見とがめし事、いまさらにおぼしめしいでて、いとど袖をぞぬらされける。「この川をわたるには、あくごふぼんなうむしのざいしやうも、皆ことごとくきゆなるものを」と、たのもしくぞおもはれける。あひかまへてほんぐうにかかぐりつきたまひて、しようじやうでんのおんまへについゐたまひしより、ちちのおとどの、「いのちをめして、ごせをたすけたまへ」とまうしたまひけむことおぼしめしいでて、かかるべか
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りける事をおぼえたまひけるにこそとあはれなり。
十七 そもそもくまのごんげんは、ぐわつしじちゐきのれいしんなり。ほつしんひかりをやはらげ、おうげちりにおなじくしてよりこのかた、さいどのふねをふなよそひして、ともづなをきしうのはまにとき、りしやうのがをうながして、あとをたうざんのみねにとどむ。ゐとくよにあまねくし、わうしまことをおなじくす。りやくくににあまねく、ゑんきんあゆみを運ぶ。中にもしようじやうだいぼさつは、さんぶのうちにはれんげぶのそん、ごちのうちにはめうくわんさつちほうざう、びくのぐぜいにむくいて、あんやうくほんのじやうさつをまうけ、むじやうねんわうのほんくわいにまかせて、けねんいつしようのぐんるいをみちびきたまふ。これをもつて、くわうみやうぼさつのしやうじよには、ねがひてみだのそんざうをざうりふし、もくれんそんじやのたなごころの内には、このみてこのそんのぎやうたいをづゑす。このゆゑにぐわつかいちやうじやが窓の前には、ぢよびやうのしきざうをあらはし、ごつうぼさつのきのほとりには、らいかうのしやうようをあらはす。
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またぐわんじゆさんじやくのざうをみがきしかば、まうしんたちまちにわうじやうをえ、だうによぢやうろくのそんをつくりしかば、さんづみなげだつをう。またたうざんのていたらく、たかきみねみぎりにそばたつ。りしやうのはぶきつもりて山となり、ひろきかはぎしをせむ。ぐんるいをひがんに渡すに似たり。さればだいひおうごのかすみは、ゆやさんにたなびき、れいげんぶさうのかみは、おとなしがはにあとをたる。いちじようしゆぎやうのきしには、かんおうのつきくまもなく、ろくこんさんげのにはには、まうざうのつゆきえやすし。ふしゆしやうがくのもん、ことにいつしようみやうがうのとくにかぎり、らいかういんぜふのぐわん、たちまちにじふあくごぎやくのひとをきらはず。「いかにいはむやこれもりごぎやくをいまだをかさず、しようねんをのづから積る。じやうどにのぞみあり。わうじやうなにかうたがはむ」と、ふしをがみたまひけるしんぢゆうにも、ふるさとに残しとどめしさいしあんをんといのりたまひけるこそ、うきよをいとひまことのみちにいりても、まうじふはつきせずとおぼしけるこそかなしけれ。ほんぐうを
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いでてこけぢをさしつつ、くもとりしこんのみねといふはげしき山をこえて、なちのやまへまゐり給ふ。そうじてしやだんのありさま、心もことばもおよばれず。ぎよくでんのきをならべて、しつぽうのみみくさり空にえいず。きんちやうとびらをまじふ、ひやくれんのかがみ日にかかやく。ほうたふくもにさしはさむ、ほとんどりやうぜんのゆじゆつにのぞむかとおぼゆ。さうろこけをむすぶ、あたかもせんとうのがんしつにいるににたり。くわんおんのれいざうは岩のうへにたたずみ、ほつけどくじゆのこゑはかすみのしたにかすかなり。
十八 なちごもりのやまぶしの中に、このだうしやをみまゐらせて、ひとめもしらず泣く、ありけり。かたえのやまぶしこれを見て、「あなけしからず。なにゆゑにさ程は泣給ぞ」と問ければ、このやまぶしまうしけるは、「あれにおはします道者をば、おのおのは見知給へりや。あれこそこまつのおほいとののおんちやくし、ごんのすけさんゐのちゆうじやうどのよ。
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あないとほしや。あの殿しゐのせうしやうときこへたまひしあんげん二年のはるのころ、ほふわうほふぢゆうじどのにていそぢのおんがのありし時、父のおとどはないだいじんのさだいしやうにて左の座にちやくざ、をぢむねもりのうだいしやうは右の着座せられき。そのときは、ゑちぜんのさんゐみちもりのきやうはとうのちゆうじやう、ほんざんゐのちゆうじやうしげひらのきやうはくらんどのとう、このひとびとをはじめとして、いちもんのけいしやううんかく、けふをはれとはなやかにひきつくろひて、せいがいはのかいしろに立給へりし中より、あの殿せいがいはをまひいでられたりし有様、嵐にたぐふ花のにほひ、天もかかやくばかりなりし事の、只今のやうにおぼゆるぞとよ。『いまりやうさんねんの内におとどのだいしやうにうたがひあらじ』と申あへりしに、かくみなしたてまつるべしとはおもひやはよりし。うつればかはるよのならひと云ながら、あなあはれの御有様や」
P3289とて、袖を顔にあてければ、これをきくひとみなたもとをぞ絞りける。このやまぶしと申は、ゑつちゆうのせんじもりとしがをぢなりけるとぞきこへし。巡礼既にことをはりしかば、しんぐうへつたひ、かみのくらにまうでては、じんじやうこゆうのはなぶさををりては、はくじやうのにはにたてまつる、さいしれんぼのなみだをながしては、ずいりのみぎりにひざまづく。ふしてしんめいのかうげんをたづぬれば、わくわうどうぢんのりもつは、しようぜんのつきあきらかにして、しこんのせいさあるがごとし、ゐくわうここんにかうぶらしむ。げしゆけつえんのさいしやうは、そうしのつゆなだらかにして、ばんさうのしぐれをあふぐににたり、かみかぜゑんきんにあふぐ。せいざんしりへにそばたちて、ほうらいのさんこをうつせり。りうしんがしちせいのそんにあひしににたり。さうかいまへによこだえて、わうらいのいちえふあり。ちやうてんのひやくまんりにさかのぼるかとをぼゆ。しかのみならず、まつかぜしつしつとしてじやうらくがじやうのことをととのへ、なみのおとたうたうとしてくくうむがのほふをとなふ。
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これといひかれといひ、たのもしからずといふことなし。
十九 みつのおやまのごさんけいことをはりしかば、またなちのやまの麓、はまのみやと申すわうじのおんまへに帰て、いちえふのふねにさをさして、ばんりのおきへこぎいでたまふ。はるかにこぎいでて、やまなりのしまと云所へこぎよせて、まつのきをけづりて、ちゆうじやうのめいせきをかきつけらる。「へいけだいじやうにふだうじやうかいのまご、ないだいじんしげもりのちやくなん、ごんのすけさんゐのちゆうじやうこれもり、しやうねんにじふしちさい。かつせんのさいちゆうに、さぬきやしまのたちをいでて、ゆやさんにさんけいせしむ。げんりやく元年三月廿八日、なちのおきにおいて、うみにいりをはんぬ」とかきつけたまひて、またこぎいでたまひぬ。おもひきりたまへる事なれども、今わになれば、心細くかなしくぞおもはれける。ころは三月廿八日の事なれば、春も既にくれんとほつす。かいしやうも、そこはかと
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もなくかすみわたりて、をきのつりぶねのなみの底にいるやうにするも、わがみの上とぞおもはれける。きがんの空におとづれてかよふにも、都へことづけせまほしく、いるひの影のだいかいの原に赤みわたりたるも、むかへの雲の色かとうたがはれ、そぶがここくのうらみまで、思残せるくまもなし。何となくこしかたゆくすゑの事のうかりしおもかげ、つらかりしことのはまでも、今のやうにぞおぼしける。あるいはりようがんに近付奉て春の花を見、あるいはきうゐんにしくやしてあきのつきをもてあそび、或はあかしのいその波の上にうきねして、からろのおとに夢を残し、あるいはやしまの浦のあまのとまやにかたしくそでに月を宿し、見し事までもおもひいでられずと云事なし。「これはそもそもなにごとぞ。なほまうじふのきづなにこそ」とおもひ
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ひるがへして、まさしくにしにむかひ、ねんぶつまうしたまふしんぢゆうにも、「既に只今を限れば、いかでか知べきなれば、風のたよりのことづけも、今や今やとまたんずらむ。つひにはかくれあるまじければ、このよになきものと聞て、いかばかりなげかむずらむ」とおもひつづけられ給へば、しゆうじゆうねんぶつをとどめ、がつしやうをみだりて、ひじりにむかひてのたまひけるは、「あはれ、人の身に妻子と云者は、持まじかりける者かな。このよにて物を思はするのみにあらず。ごせぼだいのさはりと成ける事のかなしさよ。したしきひとびとにもしらせで屋嶋のたちをいでしも、もし都へやのぼりて、いまいちど見もし見へもせばやとてこそ、まどひいでて有しかども、ほんざんゐのちゆうじやうのいけどられて、京鎌倉恥をさらすだにあるに、我さへとらへからめられむ事もうたてければ、おもひねんじてかやうに髪
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をおろしてし上は、いまさらにまうねんあるべしともおぼへざりしに、ほんぐうしようじやうでんのおんまへにて、よもすがらごせぼだいの事を申しに、をさなきものどもの事おもひいだされて、『わがみこそかく成ぬとも、さいしへいあんに守給へ』と申されき。かつうはしんりよもはづかしくこそおぼえしか。ただいまさいごのいちねんなれば、又何事をか思ひ増すべきに、いかにききてもだへこがれむずらむとおもひいださるるぞや。是をほだしといひ、是をきづなとなづけけるも今こそおもひあはせらるれ。おもふことをこころにのこすはつみふかかむなれば、さんげする也」とのたまひければ、ひじりもあはれにおぼえけれども、我さへこころよわくしてはかなはじと思て、涙をおしのごひ、さらぬていにもてなして、「誠にさこそはおぼしめされさうらふらめ。たかきもいやしきもおんあいの
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道は力及ばぬ事也。中にもふさいはいちやのちぎりをむすぶだにも、ごひやくしやうのしゆくえんとこそ申せば、このよひとつのおんちぎりにもあらず。かくおぼしめさるるもことわりなれども、しやうじやひつめつ、ゑしやぢやうりはにんがいのさだまれるならひ、ろくだうの常のことわりなりければ、さらぬわかれのみならず、心にまかせぬ世の有様、末の露、もとのしづくのためしあれば、たとひちそくのふどうはありとも、おくれさきだつおんわかれ、つひになくてしもや候べき。かのりさんきゆうの秋の妙へのちぎりも、つひにはこころをくだくはしとなり、かんせんでんのしやうぜんのおんも、終りなきにしも非ず。しようし、ばいせいもしやうがいにうらみあり、とうがく、じふぢもしやうじのおきてにしたがふ。たとひ百年のよはひをたもちたまふとも、このおんうらみはのがれたまふまじ。またちやうせいのたのしみにほこりたまふとも、ぜんごさうゐのおんなげきは、ただおなじおんことと
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おぼしめさるべし。だいろくてんのまわうと云げだうは、よくかいのろくてんをわがものとしづめて、このうちのしゆじやうのしやうじをはなるる事ををしみて、もろもろのはうべんをめぐらして、あるいは妻となり、あるいは夫と成て是をさふ。さんぜしよぶつはいつさいしゆじやうをことごとくわがおんこのごとくにおぼしめして、ごくらくじやうどのふたいの地にすすめいれんとしたまふに、人の身に妻子と云者が、むしくわうごふよりこのかた、永くぶつしゆをだんじて、しやうじをはなれしめざるきづななるが故に、仏の重くいましめたまふはすなはちこれなり。おんこころよわくおぼしめさるべからず。『いよにふだうは、えびすさだたふむねたふをせめおとさんとて、十二年があひだに、人のくびをきる事一万五千人。さんやのけだもの、がうがのいろくづ、そのいのちをたつこといくせんまんと云事をしらず。されどもしゆうえんの時、いちねんのぼだいしんをおこししによつて、わうじやうのそくわいをとげたり』と
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こそ、わうじやうでんには見へて候へ。又あるきやうには、『いちねんほつきぼだいしん、しようおざうりふひやくせんたふ』ともとかれたり。ごせんぞへいしやうぐんさだもり、まさかどをついたうし給て、とうはつかこくをしづめたまひしよりこのかた、だいだいあひつぎててうかのおんかためにて、君まではちやくちやくくだいにあたり給へば、君こそにつぽんごくのたいしやうぐんにて渡らせ給べけれども、こおほいとの世をはやくせさせ給しかば、ちからおよばず。さればそのおんすゑにてこそおわしませば、あながちにございごふおもかるべしともおぼへず。なかんづく、『出家のくどくはばくたいなれば、ぜんぜのざいごふことごとくほろびたまひぬらむ。ひやくせんざいのあひだ、ひやくらかんをくやうずるも、いちにちしゆつけのくどくにはおよばず。たとひひとありてしつぽうのたふをたてん事、高さ三十三てんに至るとも、出家のくどくには及ばじ』と説けり。『いつししゆつけせば、しちせのぶも、みなじやう
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ぶつをえむ』とも申たり。『いちにちの出家、まんごふの罪をほろぼす』とも見へたり。さしもつみふかかりしよりよしも、心のつよきがゆゑにわうじやうをとぐ。させるございごふおはしまさざらむに、などかじやうどへまゐり給はざるべき。そのうへたうざんごんげんは、ほんぢあみだによらいにまします。はじめむさんあくしゆのぐわんより、をはりとくさんほふにんのぐわんにいたるまで、いちいちのせいぐわんしゆじやうけどのぐわんならずと云事なし。中にも第十八のぐわんには、『せつがとくぶつ、じつぱうしゆじやう、ししんしんげう、よくしやうがこく。ないしじふねん、にやくふしやうしや、ふしゆしやうがく』とのべられたれば、いちねんじふねんたのみあり。せうあみだきやうには、『じやうぶついらいおこんじつこふ』ともときて、『しやうがくならじ』とちかひたまひし仏の、既にしやうがくをなして、じつこふをへたまへり。さればいささかもほんぐわんにうたがひをなさず。むにのこんねんをいたし
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て、もしはじつぺん、もしはいつぺんとなへたまふものならば、みだによらい、はちじふまんおくなゆたごうがしやのおんみをつづめて、ぢやうろくはつしやくのおんかたちにて、にじふごのぼさつをひきぐしたてまつりて、ぎがくかえいして、ただいまごくらくのとうもんをいでたまひて、らいかうし給はむずれば、おんみはさうかいの底にしづむとおぼしめすとも、しうんのうへにのぼりたまふべし。らいかういんぜふはかの仏のぐわんなれば、ゆめゆめうたがひおぼしめすべからず。じやうぶつとくだつしてさとりをひらきたまひなば、しやばのこきやうにたちかへりて、さりがたくおぼしめさるる人々をもみちびき、かなしくおぼしめさん人をもみたてまつること、げんらいゑこくどにんでんのほんぐわん、なじかは疑べき。じがえんぶどうぎやうにんのせいやく、すこしもあやまるべからず」とて、しきりにりんをうちならし、ひまなくすすめたてまつりければ、「しかるべきぜんぢしき」とよろこびて、たちまちにまうねんをひるがへして、にしにむかひてをあざへて、
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かうしやうにねんぶつさんびやくよへんとなへすまして、すなはち海へぞいりたまふ。よざうびやうゑにふだう、いしどうまるもおなじくみなをとなへつつ、つづきて海へいりにけり。たけさともかなしみのあまりにたへず、海へいらむとしけるを、「いかにごゆいごんをばたがへたてまつるぞ。げらふこそなほくちをしけれ」とて、ひじりなくなくとりとどめければ、ふなぞこにふしまろびて、なき叫ぶ心のうちこそむざんなれ。しつだたいしのわうぐうをいでて、だんどくせんへいりたまひし時、しやのくとねりがすてられたてまつりてもだえこがれけむも、これにはすぎじとぞ見へし。ときよりにふだうもあまりのかなしさに、すみぞめのそでしぼりあへず。船をおしめぐらして、うきやあがりたまふと見けれども、さんにんながら深くしづみてみえたまはず。いつしかあみだきやうろくくわんばかりてんどくして、「くわこしやうりやう、しゆつりしやうじ、わうじやうごくらく」とゑかうしけるぞあはれなる。さるほどにせき
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やう西にかたぶきて、かいしやうもくらくなりければ、なごりはをしく思へども、さてしもあるべきならねば、むなしき船をさしかへさむとす。くまののなだにみちくる潮のしほざかひ、とわたる船のかいのしづく、ひじりが袖に伝ふ涙、あらそひかねてぞながれける。ときよりにふだうはかうやへかへりのぼり、たけさとはのたまひしが如くやしまへかへりくだりて、おととのしんざんゐのちゆうじやうにありのままに申せば、「あなこころうや。いかなる事也とも、などかはすけもりには知らせ給わぬぞや。わがたのみたてまつりつる程は思給はざりけるくちをしさよ。ひとところにていかにもならんとこそちぎりまうししか」とて、涙もかきあへず泣給ふ。「『池の大納言のやうに、頼朝に心をかよはして、京へのぼりたまひにけり』と、おほいとのもこころえたまひて、すけもりをも心をおきてうけとけたまはざりつるに、さてはみをなげたまひにける事のかなしさよ。さるにてもいひおきたまふことはなかりしか」と問給へば、たけさと涙をおさへて申けるは、「京へはあなかしこのぼるべからず。すぐに屋嶋へ参て、ありつるやうをくはしく申せ。
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ひとところにていかにもならんとこそおもひしかども、都にとどめおきしものどもの事、あまりにこひしくおぼつかなくて、あるそらもなかりしかば、もしおのづからつたひのぼりて、今一度見もやすると思て、あくがれいでたりしかども、かなふべくもなかりしかば、かくなむまかりなりぬ。びつちゆうのかみもうたれ給ぬ、これもりもかくなれば、いとどいかがたよりなくおもひたまはむずらんと、こころぐるしくこそ」と申ければ、「今はわがみとてもながらふべしともおぼえず」とのたまひもあへず、さめざめとぞ泣給ふ。こさんゐのちゆうじやうにゆゆしくにたまひたりければ、みたてまつるにつけても、いとどかなしくぞ思ける。
二十 廿七日、いづのこくふより、ほんざんゐのちゆうじやうあひぐしたてまつりて、かののすけむねもち鎌倉につく。なほもむねもちしゆごしたてまつるべきよし、まうさる。しゆくしよへぐしたてまつりてさまざまにいたはり奉る。これにつけてもさきだつものはただおんなみだばかりなり。あくる日いつしかひやうゑのすけのもと
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よりとて、なかもちのふたに、三蝶のあさぎのひたたれ、すずしのこそで、こうらのはかま、しろかたびら、ひあふぎ、だんじひとたばいれて、げすをんなにいただかせて、つかひにせんじゆまゐりて、さんゐのちゆうじやうに申す。中将うちみたまひて、ともかくも物ものたまはず。千手、「思わずにおもひて、物もおほせさうらはず」と申ければ、すけはうちわらひてぞおわしける。
廿一 おなじき廿八日、鎌倉のさきの兵衛佐頼朝、しゐのじやうげし給ふ。もとはじゆげの五位なりしに、ごかいをこえたまへるぞゆゆしき。いよのかみみなもとのよしなかついたうのけんじやうとぞきこへし。
廿二 四月十五日、しゆとくゐんをかみとあがめ奉る。昔かつせんのありしおほひどののあとに、やしろをたててせんぐうあり。かものまつりよりいぜんなれども、ゐんのごさたにて、くげにはしろしめさずとぞきこへし。さんぬるしやうぐわつのころよりざうえいせられけり。みんぶきやうしげのりのきやう、しきぶのごんのせうのりすゑぶぎやうしけり。しげのりのきやうはしんせいにふだうがそくたるによつて、はばかられ
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けり。ほふわうしんぴつのかうもんあり。さんぎしきぶのたいふとしつねのきやうぞさうしける。ごんのだいなごんかねまさのきやう、きいのかみのりみつ、ちよくしたり。ごべうのみしやうだいにはみかがみをもちゐられけり。かのみかがみは、せんじつごゆいもつをひやうゑのすけのつぼねにたづねられければ、このみかがみをたてまつりたりけり。はつかくのおほかがみ、もとよりこんどうにふげんのざうをいつけたてまつられ、こんどひやうもんのはこにをさめたてまつらる。またこうぢのさだいじんのべう、おなじくひがしのかたにあり。けいたいふのべう、あるいはぬしあり、あるいはぬしなし、こんどはぬしなし。ごんだいなごんはいでんにちやくし、さいはいをはりてかうもんをひらかる。またさいはいありて、ぞくべつたうじんぎのたいふとあべのかねとものあつそんにくだし給ふ。のちに朝臣のつとまうして、ぜんていにしてこれをやきけり。はるながをもつてべつたうとなす〈 こたかながのきやうのこ 〉。けいえんをもつてごんのべつたうとなす〈 こさいぎやうほふしがこ 〉。せんぐうのありさま、ことにおいてげんぢゆうにぞはべりける。同廿六日、いちでうのじらうただよりうたれけり。しゆれいをまうけてはかりて、くどうじすけ
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つねにおほせて、たきぐちともつぐらこれをいだきけり。ただよりあへてしよゐなかりけり。らうどうあまたけんを抜てえんのうへにはしりのぼりけるを、からめとらんとしける程に、きずをかうぶるものおほかりけり。たちまちに三人ちゆうせられぬ。そのほかはみないけどられにけり。やすだのさぶらうよしさだは、ただよりが父、たけたののぶよしをついたうのために、かひのくにへぞおもむきにける。
廿三 五月みつかのひ、いけのだいなごん関東へくだりたまふ。「頼朝世にさうらはむかぎりは、いかにもみやづかへはつかまつりさうらふべし。こあまごぜんのごおんをば大納言殿にほうじたてまつるべきなり」と、はちまんだいぼさつにかけたてまつりて、せいごんをもつてたびたびまうされければ、おちのこりたまひしかども、「兵衛佐こそかくおもひたまへども、きそもじふらうくらんどもいかがせむずらん」と、肝をうしなひ、たましひを消すよりほかの事なし。されども鎌倉より、「こあまごぜんをみたてまつると思て、とくとくげんざんせん」とのたまひければ、くだりたまひにけり。やへいざゑもんのじようむねきよと申すさうでんだいいちのものなり
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けるが、あひともなひ奉らざりければ、大納言「いかに」と宣ければ、むねきよ申けるは、「今度のおんともつかまつらじとぞんじさうらふ。君かくて渡らせ給へども、ごいつかのとのばらの、かくならせたまふおんことのこころうくおぼえて、いまだあんどしてもおぼえずさうらふなり。しんぢゆうをもおとしすへて、つひにまゐるべくさうらふ」と申ければ、大納言にがにがしくはづかしくて宣けるは、「一門をひきわかれてのこりとどまる事は、わがみながらもいみじとは思はねども、命もをしく世もすてがたければ、なましひにとどまりにき。そのうへは又くだらざるべきにあらず。はるかの旅に趣くに、いかでかみおくらざるべき。よしふつきずおもはば、などかおちとどまりし時さもいはざりしぞ。だいせうじなんぢにこそはいひあはせしか」と宣へば、むねきよゐなほりて申けるは、「人の身にいのちばかりをしきものやは候。又身をばすつれども、世をばすてずと申たり。おんとどまりあれとには候はず。又兵衛佐もるざいせらるるとき、こあまごぜんのおほせにて、しのはらのしゆくま
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で送て候き。其事いまだわすれずとうけたまはる。これにつけても、おんともにくだらば、ひきでものきやうようせられむずらんとおぼえさうらふ。それにつけても心憂かるべく候。さいこくにおはしますとのばら、もしはさぶらひどものききさうらはむ事、はづかしくこそおぼえさうらへ。このたびはまかりとどまるべくさうらふ。君はおちとどまらせ給て、かくてわたらせ給程にては、いかでかおんくだりなくては候べき。はるかにたびだたせ給へ。をぼつかなくはおもひたてまつれども、かたきをもせめにおんくだりさうらはば、いちぢんにこそ候べけれども、是は参ぜずともおんことかくまじ。すけどのたづねられさうらはば、『いたはる事の候』とおほせあるべし」と申ければ、こころあるさぶらひどもは是を聞て、皆涙をぞながしける。
廿四 十六日、いけの大納言鎌倉へくだりつきたまひたりければ、兵衛佐いそぎげんざんしたまひて、まづ「むねきよはさうらふか」とたづねまうされければ、「いたはる事候。まかりくだらず」とのたまひければ、かへすがへすほいなげに思給て、「いかになにごとのいたはり候ぞ。昔宗清がもとにさうらひしに、ことにふれてあはれみあり
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がたくさうらひし事のわすれがたくおぼえさうらひて、こひしく候へば、いそぎみたくさうらひて、いちぢやうおんともには参るらむとおもひつるに、くちをしくさうらふ」とて、ほいなげに思て、「なほもいしゆのさうらへばこそ」とのたまふ。しよりやうたまはらんとて、くだしぶみあまたなしまうけて、馬、鞍、もろもろのひきでものなむどたばんとしたまひければ、しかるべきだいみやうども馬ひかむとてしけるに、くだらざりければ、じやうげほいなき事にぞ思ける。
廿五 おなじき六月ひとひのひ、げんくらうよしつね、みのいとまをあうさず、ひそかに関東にげかう。かぢはらのかげときがためにざんをおひて、しやせんがためなりとぞきこへし。くこくのともがらたいりやくへいけにどういのあひだ、くわんびやうりすることをえざるよし、さねひらごんじやうしたりけるに、義経たちまちについたうのことをなげうててげかうしければ、ひとみなかたぶきあへり。おなじきみつかのひ、さきのさいゐんのしくわんちかよし〈 さきのみやうぎやうはかせひろすゑがこよりとものあつそんのせんいつのものなり 〉、さうりんじにしてさきのみののかみよしひろをからめとるあひだ、りやうばうきずをかうぶるものおほし。義仲にどういして、さんぬるしやうぐわつのかつせんののち、あとをくらますところをさぐり、つひにからめとられけり。このよしひろはころくでうはんぐわんためよしがばつしなり。いまちかよしがためにとらるる、くちをしかりし事也。
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六月五日、いけのだいなごん関東よりかへりのぼる。すけは「しばらくかくておはしませかし」とのたまひけれども、「京都にもおぼつかなくおもふらむ」とて、いそぎのぼりたまひければ、大納言になしかへしたてまつるべきよし、院へ申ける上、もとのしやうゑんしりやう、いつしよもさうゐあるまじきよし、くだしぶみをうけたまはりて、なほしよちどもあまたえたまふ。馬、鞍、ながもち、はがねなむど多く奉り給へり。兵衛佐かくもてなし給ければ、だいみやうせうみやう我も我もときらめきけり。馬も二三百疋に及べり。命のいきたるのみにあらず、とくつきてぞのぼりける。
廿六 ここにいがいせりやうごくのぢゆうにん、へいけぢゆうだいのけにんどもこの事を聞て、「一門をひきはなれて都にとどまりたまふだにもこころうきに、あまつさへけふこのごろ関東へげかうして、頼朝にともなひたまふことしかるべからず。いざひとやいて、さいこくのきんだちにものがたりまうしてわらはん」とぎして、さだよしが兄ひらたのにふだうをたいしやうぐんとして、五百余騎にて、あふみのくにしのはらのへんにうちいでてまちかけたり。大納言のおんともの武士千余人なりける上、ちかきほどの源氏この事を聞て、われさきにとはせむかひてすこく
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かつせんす。りやうばういのちを失ふ者二百余人也。しかれどもりやうごくの住人さんざんにうちおとされて、くもの子をちらすごとくにして、あまりのいのちいきて、けうにしておちにけり。へいけふだいさうでんのけにんたる上、ゆみやとるみのならひにて、せめてのよしみを忘れぬ事はあはれなれども、せめての事にや、おもひたつこそおおけなけれ。
廿七 七月よつかのひ、ごんのすけさんゐのちゆうじやうの北方は、「をのづからことづけもたえぬ。ほどふればいかに」とおぼつかなくおぼす。「月に一度なむど必ずおとづる物を」と待給へども、はるすぎなつたけぬ。秋のはじめに成て、「三位中将は今は屋嶋にはおわせぬ物を」と云人有り。「さていかになりたまひにけるぞ」とあさましくおぼえて、こころうしともおろかなり。せめておもひのあまりに、とかくして屋嶋へ人をたてまつりたまひたり。是もいそぎたちかへらず、秋もなかばすぎてかへりきたれば、「いかにおんぺんじは」といそぎたづねたまへば、「『過ぎぬる三月とをかのひに屋嶋をいでて、
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かうやへまうでたまひたりけるが、かのやまにておんぐしおろして、やがてくまのへつたはりつつ、なちの浜にて身をなげたまひにけり』と、おんともしたりけるとねりたけさとが申しし」と申せば、北方、「さればこそあやしかりつる物を」とばかりのたまひて、ふしまろびてをめきさけびたまふもことわりなり。らんぼうの鏡に影をならべて、たねんかいらうのかたらひとどまることなく、ゑんあうのふすまに枕をあはせて、すげつどうけつのちぎりこれふかし。れんりのえだはもしはなるることありとも、かれはわれよりほかにたのむところなく、ひよくの鳥はおのづからとをざかることありとも、我は彼よりほかにむつぶるかたもなし。とうかくに嵐さびしきあかつきには、涙をながして、いつしやうの早くすぎむ事をうれへ、せいろうに月のしづかなるゆふべには、きもくだきして、百年のすみやかにちかづかむ事をかなしみたまひしに、今かくききなしたまひけむしんぢゆう、おしはかられてあはれなり。若君姫君もこゑごゑになきかなしみたまへり。若君のめのとの女房なくなくまうしけるは、「いまさらにおどろきおぼしめすべからず。ひごろおもひまうけ
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つる事ぞかし。たうのたいそうのえいえうをばんしゆんのはなにひらき、つひにむじやうのかぜにしたがひ、かんのめいていのじゆふくをせんしうのつきにきせし、むなしくひつめつのくもにかくれぬ。しだいのかまへたるすがた、かぜのまへのともしびよりもあやふく、ごいんのなせる身、なみのうへの月よりもはかなし。げんしやうきんをくはゆめのうちのもてなし、すいちやうこうけいはめのまへのしつらひ也。ほんざんゐのちゆうじやうのやうにいけどられて都へかへりのぼりたまひ、又弓矢の前にかけて命をうしなひたまはば、いかばかりかはかなしかるべきに、かうやさんにておんぐしおろし、こかはくまのへ参てごせの事よくよくまうし、なちの浜にてねんぶつまうし、りんじゆうしやうねんにてをはり給けり。こころやすくこそおぼしめすべけれ。いたうななげきたまひそ。今はいかならむ岩のはざまにても、をさなくおわします人々をををしたてたてまつらむとおぼしめせ」と、なぐさめ申けれども、おもひしのびたまふべくも見へ給はず。さまをもやつし、身をもなげたまひぬべくぞおぼへし。これもり高野山にまうでて出家し、
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なちの浜にて身をなげたまひけりと、頼朝ききたまひて、「へだてなくうちたのみきたられたりせば、いのちばかりはいけたてまつりてまし物を。こまつのだいふのことおろかに思はず。いけのあまごぜんのつかひとして、頼朝をるざいにまうしさだめたまひしは、ひとへにかのひとのおんなりき。いかでかそのおんを忘るべきなれば、かのひとのしそくどもをおろかに思はず。まして出家なむどをせられなむ上は、さたにもおよばず」とぞのたまひける。
廿八 平家は屋嶋にかへりたまひてのちも、「くわんとうよりあらて二万余騎京につきて、既にせめくだる」ときこゆ。又、「くこくのものども、をかたのさぶらうをはじめとして、うすき、へつぎ、まつらたう、二千余騎のせいにてわたさむとす」ともいへり。かれをききこれをきくにも、只耳をおどろかし、心をけすよりほかの事なし。いちもんのひとびともいちのたににて七八人までうたれて、たのみたりつるさぶらひどもなかばすぎてうしなはれて、ちからつきはてぬ。あはのみんぶしげ
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よしがきやうだい、しこくのともがらをかたらひて、さりともといふばかりをぞ、高き山、ふかきうみともたのまれける。女房たちは、にようゐん、にゐどのをはじめたてまつり、さしつどいて、ただなくよりほかの事ぞなかりける。廿五日にも成にけり。「こぞのけふは都をいでしぞかし。ほどなくめぐりきにけり」とおもふもあはれなり。あさましくあわてたりしことどものたまひいでて、泣きぬわらひぬし給けり。をぎのうはかぜもやうやくすさまじく、はぎのしたつゆもしげし。いなばうちそよめき、このはかつちり、物思はざるだにも、秋になりゆく旅の空はものうきに、ましてこの春よりのちは、ゑちぜんのさんゐの北方の如く、身を海の底にしづむまでこそなけれども、あけてもくれてもふししづみ、物をぞ思給ける。
廿九 廿八日、しんていごそくゐあり。だいこくでんもいまだつくらねば、だいじやうくわんのちやうにてぞおこなはれける。これはごさんでうのゐん、ぢりやくしねん七月のれいなり。しんし、ほうけんおはしま
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さずしてごそくゐあること、じんむてんわうよりこのかた八十二代、これぞはじめなりける。
卅 八月むゆかのひ、くらうよしつねはいちのたにのかつせんのけんじやうに、さゑもんのじようになさる。すなはちしのせんじをかうぶりて、くらうはうぐわんとぞまうしける。九月十八日、義経はごゐのじようにとどまりてたいふはうぐわんとぞまうしける。がまのくわんじやのりより、みかはのかみにぞなされける。
卅一 おなじき廿一日、みかはのかみのりよりたいしやうぐんとして、ぐんびやうすまんぎ、又さいこくへ平家ついたうの為にはつかうしたりけれども、いそぎ屋嶋へもせめよせず、西国にやすらひて、むろ、たかさごのいうくんいうぢよをめしあつめ、遊びたはぶれてのみ月日を送けり。国をつひやし民をわづらはすよりほかの事なし。とうごくのだいみやうせうみやう多かりけれども、たいしやうぐんのげぢにしたがふことなれば、ちからおよばず。平家はさまのかみゆきもり、ひだのかみかげいへを大将軍として、一万よそうにて、びぜんのくにこじまにつきたりけり。
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源氏の大将軍みかはのかみは船よりあがりて、びぜんびつちゆうりやうごくのさかひ、にしかはじり、ふぢとのわたりと云所にぢんを取る。かのわたりは海のおもて、くがより近くて、ごちやうばかりへだてたりけるに、平家の方より海の底にはひしを植へ、くもでをゆひて、くがにはぐんびやうをすへたり。船をば皆嶋にひきつけたりければ、くがより渡すべきやうもなし。とひのじらう、かぢはらげんだをはじめとして、源氏のぐんびやうおほかりけれども、ちからおよばず。平家のかたより源氏の方へ、「渡せや渡せや」とぞまねきける。九月廿五日やはんばかりに、ささきのさぶらうもりつな只一騎うちいで、かのうらびとをかたらひて、さしたりけるしろさやまきを取らせて、「このわたりにあさみはなきか。ありのままに教へよ。をしへたらばこれならずよろこびはすべし」とやくそくしければ、うらびと申けるは、「このわたりに瀬はふたつさうらふが、つきがしらには東が瀬になりさうらふ。是をばおほねがはと申。つきじりには西が瀬に成候。是をばふぢとのわたりと申候。たうじは西が瀬に成て候ぞ。
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とうざいふたつの瀬の間、遠さなかにちやうばかりぞ候らむ。瀬のはたばりにたんばかりさうらふ。そのうち馬の足たたぬ所二三たんにはよもすぎさうらはじ」と申ければ、「さてはその浅さ深さをばいかでか知べき」と問ければ、「浅き所は波のたちあひ高くたちさうらふぞ」と申ければ、「さらばせぶみして見せよ」と云て、かのうらびとを先にたてて渡りけるに、ももこしにたつところも有り、深き所ぞ髪をぬらす程なる所、なかにたんばかりぞ有ける。「さて是より嶋の方は皆浅く候ぞ」とをしへてかへりにけり。あくる廿六日たつのこくに、平家のかたより又扇をあげて、「渡せや渡せや」とて源氏を招く。おもひまうけたる事なれば、ささきのさぶらうもりつな、きすずしのひたたれにくろいとをどしの鎧に黒馬に乗て、いへのこらうどうあひぐして廿二騎にて、「もりつなせぶみつかまつらむ」とて、さつと渡しけり。みかはのかみ、とひのじらう是を見て、「馬にて海を渡すやうやはある」といさむれども、もりつな
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耳にもききいれずわたしけり。馬のくさわき、しりがいにたつところも有り。馬のおよぐところなかほどにただにたんばかりに見へければ、源氏のぐんびやうこれをみて、我も我もとわたしけり。佐々木三郎いげ、かたきの前にわたしつきて、かうづけのくにのぢゆうにんわみのはちらうと、へいけの郎等さぬきのくにのぢゆうにんかえのげんじとくみたりけるに、わみのはちらうまろびにけり。わみがいとこにこばやしのさぶらうしげたかと云者、かえの源次に組たりけり。くみながら二人海へいりにけり。小林が郎等にいはたのげんだ、しゆうは海へいりぬ、つづきているべきやうもなかりければ、弓のはずをとらえて、あわのたつところへさしいれて探りければ、者こそとりつきたれ。ひきあげて見ればかたきが腰につかみつきたり。しゆうをばとりあげて、かたきをば船のせがひにおしあてて、くびをかひ切てとりにけり。平家是を見てふねどもおしいだしけり。源氏は船なければおひてもゆかず。とほやに射けれども、しよう
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ぶをけつせず。ちからおよばずもとの陣へぞかへりける。昔より馬にて海をわたすことためしなかりけるに、佐々木三郎初て渡しけり。時にとりてはゆゆしきかうみやうにてぞ有ける。平家はこじまのいくさにうちまけ、屋嶋へこぎもどる。源氏はくがへ上がりて休みけり。屋嶋にはおほいとのをたいしやうぐんとして、じやうくわくをかまへてまちかけたり。しんぢゆうなごんとももりはながとのくにひこしまにじやうをかまへておはします。ここをばぢたいはひくしまとぞ申ける。源氏このことききて、びぜん、びつちゆう、びんご、あき、すはうをはせこえて、ながとのくににぞつきにける。ながとのこくふにはみつのめいしよぞ有ける。はまのごしよ、くろとの御所、うわやの御所とて、みつありき。みかはのかみ名所々々を見むとて、こよひはこれにひかへたり。誠にさうかいまんまんとして、いそこすなみの音すごく、しんやにめいめいとして、はたうに影
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をぞうかべたる。いづれも面白からずと云事なし。あけてひくしまをせめんとせられけるが、「もじあかまの案内知らでは叶わじ」とて、ぶんごのぢへわたりて、をかたのさぶらうこれよしをさきとしてひくしまをせめんとて、まづつかひをつかはさる。をかたのさぶらう、「もつともさこそさうらふべけれ」とて、五百余艘のむかへぶねをたてまつる。みかはのかみは是に乗てぶんごのぢへぞわたられける。
卅二 十月、又冬にもなりぬ。屋嶋にはうらふくかぜもはげしくして、いそこすなみも高ければ、つはもののせめきたることも無し。船のゆきかうもまれなり。そらかきくもりゆきうちふりつつひかずふれば、いとどきえいるここちぞせられける。こほりすいめんにたいして、みがかざるにひやくれんのかがみをもてあそび、ゆきりんとうにもくして、をらざるにさんよのはなをみる。らくえふまたらくえふ、しやこはいしやうのくれなひいくばくか残れる。しぐれまたしぐれ、しやうやうきゆうじんのたもとあにかわかん
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や。まがきの中の庭のをも、寒けきあしのかれはまで、冬のさびしさいひしらずぞおもはれける。しんぢゆうなごんかくぞおもひつづけたまひける。
すみなれし都のかたはよそながら袖になみこすいその松風 K213
卅三 廿三日、都にはごけいのぎやうがうあり。おなじき廿五日とよのみそぎせさせ給て、せちげはごとくだいじの左大臣、其時は内大臣の左大将にておはしますが、つとめたまひけり。去々年せんていのごけいのぎやうがうには、平家の内大臣せちげにておわせしが、せちげのあくにつきて、まへにりようのはたたててまかりたまへりし事、あたりをはらひて見へし物を、かぶりぎわ、そでのかかり、うへのはかまのすそまでにすぐれて見へ給へりき。そのほかもかの一門の人々、さんゐのちゆうじやうたちいげのこんゑのすけ、みつなにさうらわれしには、またたちならぶひともなかりき。くらうはうぐわんそのひはほんぢんにぐぶした
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りき。木曾なむどにはにず、これはことのほかにきやうなれては見へしかど、平家の中にえらびすてられし人にだにもおよばず、劣りてぞ見へける。
卅四 十一月十八日にはだいじやうゑとげおこなはる。さんぬるぢしよう四年よりこのかた、しよこくしちだうのにんみん、平家の為にほろぼされ、源氏の為になやまされて、ぢゆうたくをすててさんりんにまじはり、春はとうさくのおもひをわすれ、秋はせいしうのいとなみにもおよばず。さればおほやけのみつぎ物もたてまつらず。いかにしてかやうのたいれいをもおこなはるべきなれども、さて又あるべきならねば、かたのごとくぞとげられける。十二月はつかごろまで、みかはのかみのりよりはさいこくにやすらひて、しいだしたる事なくて、年も既にくれにけり。平家都をおちてさいかいのなみのうへにただよひ給へども、ししやういまださだまらず。とうごくほつこくはしづかになりたれども、都のじやうげ、諸国のぢゆうみんら、ぜひにまどひけるこそふびんなれ。
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卅五 兵衛佐より院へまうされけるじやうにいはく、
みなもとのよりともつつしみて そうもんでうでうのこと
一てうむいげぢもくとうのこと
みぎ、せんぎをまもり、ことにとくせいをほどこすべし。ただししよこくのじゆりやうら、もつともごさたあるべくさうらふか。とうごくほつこくりやうだうのくにぐに、むほんのともがらをついたうのあひだ、もとのごとくどみん、いまよりは、らうにんらきうりにきぢゆうし、あんどせしむべくさうらふ。しからば、らいしうのとき、こくしにおほせられ、りむをおこなはれば、よろしかるべくさうらふ。
一へいけついたうのこと
みぎ、きないきんごく、げんじへいけとかうして、きゆうせんにたづさはるともがらならびにぢゆうにんら、はやくよしつねのげぢにまかせて、いんぞつすべきよし、おほせくださるべくさうらふ。かいろこころにまかせずといへども、
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ことにいそぎついたうすべきよし、よしつねにおほせつけらるべくさうらふなり。くんこうのしやうにおいては、そののちよりともはからひまうしあぐべくさうらふ。
一しよしやのこと
わがてうはしんこくなり。わうごのじんりやうさうゐなし。そのほかこんどはじめて、またおのおのあらたにくはへらるべきか。なかんづく、さんぬるころかしまだいみやうじんごしやうらくのよし、ふうぶんしゆつらいののち、ぞくとのついたう、しんりくむなしからざるものか。かねてはまたもししよしやはゑてんだうのことあらば、こうのほどにしたがひて、じゆりやうのこうをめしつけらるべくさうらふ。そののちさいきよせらるべくさうらふ。
一ごうれいのじんじのこと
しきもくをまもり、けだいなく、つとめおこなふべきよし、たづねさたせらるべくさうらふ。
一ぶつじのこと
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しよさんのごりやう、ごうれいのつとめのごとく、たいてんすべからず。きんねんのごときは、そうけみなぶようをそんし、ぶつぽふをわするるあひだ、ぎやうとくおなじからず、とぼそをとづるをさきとしさうらふ。もつともきんぜいせらるべくさうらふ。じこんいごにおいては、よりともがさたとして、そうけのぶぐにおいては、ほふにまかせてうばひとり、てうてきをついたうせんくわんびやうらにあたへたまはるべきよし、おもひたまふるところさうらふなり。いぜんのでうでう、ごんじやうくだんのごとし。とぞかかれたりける。

平家物語第五末
一交了。
(花押)