平曲譜本 芸大本 秘事
凡例
使用テキスト: 『評釈平家物語』梅沢和軒(精一)著。底本 東京音楽学校所蔵正節本(東京芸術大学蔵本)。譜記なし。
奥附 定価 金 四円八拾銭
大正十二年六月二十日 印刷
大正十二年六月三十日 発行
昭和三年二月十五日 十三版
著者 梅沢精一
発行所 有宏社。
平曲譜本のテキストは、影印本は7種類以上出版されていますが、翻刻本は、現在これのみで、ずっと絶版です。なお、大小秘事のみは角川文庫の「平家物語」下の付録として再録されていますが、振り仮名は、かなり省略されています。
1.この本は、数字(の一部)以外は、全て振り仮名が施して有りますので、振り仮名のない数字は漢字のままにして、その他はすべてひらがなで入力しました。
2.繰り返しの文字は、ひらがなに、置き換えました。
3.読みは、歴史的仮名遣いや慣例と違う箇所がありますが、原則としてそのままにしました。
例:申(まをす)・・・ 「まをす」は、上代の表記で、「まうす」が正しい。
4.明らかな、誤植のみ、訂正しました。訂正した場合は、元の語句を[ ]に入れその後に置きました。 例: まつりごと[まつちごと]
5.補った語は、〔 〕に入れました。
6.改行は、そのままとし、ページ数を表示しました。本文P001〜P658、大小秘事P01〜P24
P01
別冊 小秘事 (大小秘事は転載を許す。但し本書に依れる旨明記せらるべし。)
『祇園精舎(ぎをんしやうじや)』(第一巻殿上闇討の前に入る)
ぎをんしやうじやのかねのこゑ、しよぎやうむじやうのひびきあり。しやらさうじゆのはなのいろ、
しやうじやひつめつのことわりをあらはす。をごれるものひさしからず、ただはるのよのゆめの
ごとし。たけきひともつひにはほろびぬ、ひとへにかぜのまへのちりのごとし。
とほくいてうをとぶろふにしんのてうかう、かんのわうまう、りやうのしうい、たうのろくざん、
これらはみなきうしゆせんくわうのまつりごと[まつちごと]にもしたがはず、たのしみをきはめ、いさめをもおもひいれ
ず、てんがのみだれんことをもさとらずして、みんかんのうれふるところをしらざつ
しかば、ひさしからずして、ばうじにしものどもなり。ちかくほんてうをうかが
ふに、しやうへいのまさかど、てんぎやうのすみとも、かうわのぎしん、へいぢのしんらい、これら
はをごれることもたけきこころも、みなとりどりなりしかども、まぢかくはろくはらの
にふだう、さきのだいじやうだいじん、たひらのあつそんきよもりこうとまをししひとのありさま、
P02
つたへうけたまはるこそこころもことばもおよばれね。そのせんぞをたづぬれば、
かんむてんわうだい五のわうじ、一ぽんしきぶきやう、かつらばらのしんわう九だいの
こういん、さぬきのかみまさもりがまご、ぎやうぶきやうただもりのあつそんのちやくなんなり。かの
しんわうのみこたかみのわう、むくわんむゐにして、うせたまひぬ。そのみ
こたかもちのわうのとき、はじめてたひらのせいをたまはつて、かづさのすけになりたまひし
よりこのかた、たちまちにわうしをいでて、じんしんにつらなる。そのこちんじゆふの
しやうぐんよししげ、のちにはくにかとあらたむ。くにかよりまさもりにいたるまで、六だいはしよ
こくのずりやうなりしかども、でんじやうのせんせきをば、いまだゆるされず。
P03
P04
『延喜聖代(えんぎせいだい)』(五の巻 朝敵揃の次に入レ之)
わがてうにだいごてんわうとまをして、せいたいましましき、えんぎのみかどとも
まをす。うたのほうわうだい一のみこ、おんばあはくわんしうじのないだいじんたかふぢ
こうのおんむすめ、じようきやうでんのによごとまをしき。げんけい九ねんしやうぐわつひといのひご
たんじやう、うたのほふわうそのときはいまだじじうにてましましければ、ときのひとわう
じじうとぞまをしける。わうじじうくらゐにつかせたまひしかば、くわんぺいぐわんねん
十にんぐわつなぬかのひ、わうじ五さいにしてしんわうのせんじはくだされぬ。おなじき
五ねんしぐわつふつかのひ、わうじ九さいにしてくわうたいしにたたせたまふ。おなじき九
ねん十ぐわつ、五かのひ、おんとし十三にて、ちちのみかどのおんゆづりをう
けて、てんしのくらゐをふみたまふ。しかつしよりこのかた、しんをうやまひほふに
きし、ひとをあはれみたみをめぐみ、しきでうをさだめ、はつどをおこなひ、ひをただし、
せいだうをさきとしたまへり。されば一てんしづかにして、四かいぶじな
P05
り。三くわうのふるきためしにもおとらず、五ていのむかしにもこえたりき。十
じゆんのあめちくれをやぶらず、ごしつかぜえだをならさず、みやこにはくわいろくの
わざわひもなく、こくどにはえんかんのうれひをきかざりき。ましてひやうらんかく
といふことをば、ゆめにだにみず、きうしをふくろにし、かんくわをかくし、
をさむ。とういせいじつなんばんほくてき、しんらはくさいかうらいけいたんまでも、くびがみをと
いておそれをなし、はこものをささげてあふぎたてまつり、くさきもなびき、とぶとりもしたが
ひたてまつる。あるときみかどしんせんえんへぎやうかうあつてぎよいうありしに、いけのみぎはに
さぎのゐたりけるを、六ゐをめして、あのさぎとつてまゐれとあふせけれ
ば、いかでかとらるべきとはおもへども、りんげんなればあゆみむかふ。さぎはね
づくろひしてたたんとす、せんじぞとあふすれば、ひらんでとびさらず、
すなはちこれをとつてごぜんへまゐらせたりければ、みかどおほきにぎよかんありけ
り。なんぢがせんじにしたがうてまゐりたることしんめうなれ、やがて五ゐになせとて
さぎを五ゐにぞなされける。けふよりのち、さぎのなかのわうたるべしとい
P06
ふふだを、みづからあそばいてくびにつけてぞ、はなたせたまふ。
まつたくこれはさぎのおんれうにあらず、ただわうゐのほどをしろしめさんがためなり。
ふゆのよのしもさへてんきここにはげしきには、こくどのたみどもがいかにさむか
らんとて、よるのおとどにして、ぎよいをぬがせおはします。いちじんい
でたまふことたやすからず、りつきうしたがつてはくしそなはれりといへども、この
きみつねはしんぜんきたののぎやうかうさがおほゐがはのごかうあり、まつたくこ
れはぎよいうみかりのおんれふにはあらず、しよこく七だうのじんみんひやくしやうらがうつたへまを
すことのてんちやうにたつせぬこともやあらんとて、それをしろしめさんがため
なり。またあまりにひとのしつぼくなるは、もののまをしにくきとて、ののぎやう
かうのひは、てんきことにゑみをふくませおはします。かかりしかば、
うらみをふくむひともなく、うれひをいだくたみもなし。けいをいくとせふれどももちひず、
たみがはふををかさざれば、いへいへにはとざしすることわすれたり。せきぜきは
まぼり、つつしまず、かくてきみあめがしたををさめたまふこと三十三ねん、かん
P07
ここけふかうして、けいべんかまくちにき。すゐこてんわうよりこのかた、二十
七だいかかるれいはいまだなし、めでたかりけるおんよかな。
P08
別冊 大秘事
『宗論(しゆうろん)』(高野の巻の次に入る)
いにしへかうやのおやまくわうはいして、六十よねんありけり。しうぼくしげつて
かげくらく、しののほそみちあとたえて、いづくにだうたふありともみえざ
りしに、ぢきやうじやうじんといつしひと、はじめてたづねあらためてしうざうぜられける
とかや。しかるをほりかはのゐんのおんとき、くわんぢ二ねんしやうぐわつ十五にち、せんとう
にしてしんかけいしやうよりあひたまひてしゆじゆのだんぎどもありけり。たうじてんぢく
にしやうじんのによらいしゆつせいして、せつぽふりしやうしたまふとうけたまはりおよばんに、かうべを
かたむけたなひこをあはせて、まゐりたまひなんやといふいちぎのいでたるに、
おのおのまゐるべきよしをまをさる。そのうちにこうのそつまさふさのきやう、そのときは、いま
ださだいべんのさいしやうにて、まつざにさふらはれけるが、すすみいでまをされける
は、ひとびとはみなまゐるべきよしをまをさせたまへども、まさふさにおいては、まゐ
P09
るべしともぞんじさふらはずとぞまをされける。そのときしよきやうぎしんをなして、
ひとびとはみなまゐるべきよしをまをさるるなかに、ぎよへんいちにんまゐらじとまを
さるるは、しさいいかやうのことどもぞや。こうそつまをされけるは、
ほんてうたいそうのあひだは、じんじやうのとかいなれば、やすきこともさふらひなんず。
てんぢくしんだんのさかひ、りうささうれいのけんなんは、わたりがたうこえがたきみちなり、
まづさうれいといふやまはたいせつざんにつづいて、とうなんはかいぐうにそびえいでたり。
ぎんかんにのぞんでひをくらし、はくうんをふんで、てんへのぼる、みちのとほさ
は八百より、くさきもおいず、みづもなし。くものうはぎをぬぎさりて、
こけのころももきぬやまのいはのかどをかかへつつ、はつかにこそはこえはつな
れ。このみねをさがつて、にしをてんぢくとし、ひんがしをしんだんとなづく。そ
のなかにことにそびえたるやまあり、けいはらせいなんともなづけたり。こ
のみねにのぼりぬれば、三千せかいのくわうけふはまのあたりにあらはれ、いちえんふだい
のわうごんは、あしのもとにあつめたり。またりうさといふかはあり、みづをわたつ
P10
ては、かはらをゆき、かはらをゆいてはみづをわたる。かやうにす
ることはつかにちがあひだに、六百三十七どなり。はくらうみなぎりきたつてがんせきを
うがち、せいえんみづまいて、このはをしづむ。ひるはけいふうふきたつて、すな
をとばせてあめのごとし。よるはえうきはしりちつてひをもやすことほしににたり。
たとひしんえんをばわたるともえうきのがいなんはのがれがたし、たとひきみの
おそれをばまぬかるとも、すゐはのへうなんは、さりがたし。さればげんしやう三
ざうもむたびまでこのみちにおもむいていのちをうしなひたまひけり。つぎのかうせいのときに
こそほふをばわたしたまひけれ。しかるにてんぢくにもあらず、しんだんに
もさふらはず、わがてうかうやのおやまに、しやうじんのだいしにふぢやうしておはします。か
かるれうちをだにふまずして、たちまちに十まんよりのけんなんをしのいで、れう
しうぜんのみぎりにいたるべしともおぼえさふらはず。てんぢくのしやかによらい、わがてう
のこうぼふだいし、ともにそくしんじやうぶつのげんしやうこれあらたなり。そのゆゑ
は、むかしさがのみかどのおんとき、だいしせいりやうでんにして、四かのだいじようしうのせき
P11
とくたちをめしあつめて、げんみつろんだんのほふもんいたさるることありけ
り。ほつさうのげんにん、さんろうしうのだうしやう、けごんしうのたうゆう、てんだいしうのゑんしやうおのおの
わがしうのめでたきさまをたてまをされけり。ほつさうのげんにん、わがしうには
三じけうをたて一さいのじやうけうをばんず。三じけうといつぱ、いは
ゆるうくうちうこれなりとうんぬん。さんろうしうのだうしやうわがしうには、二ざうをたて
て、一さいのしやうけうをおさむ。二ざうといつぱ、ぼさつざうしやうもんざうこれなりとうん
ぬん。けごんしうのだうゆう、わがしうには五けうをたてて、一さいのしやうけうををしふ。
五けうといつぱ、せうじようけう、しけう、しうけう、とんけう、ゑんけうこれな
りとうんうん。てんだいしうのゑんしよう、わがしうは四けう五みをたてて、一さいの
しやうけうをしめす。四けうといつぱ、ざうつうべつてん、五みはにうらくせい
じゆくだいごこれなりとうんぬん。しんごんのこうぼふ、わがしうには、じさうけうさうをた
つといへども、しんごんのそくじんじやうぶつのぎをたつ。ほつさうのげんにんなんじて
いはく一だい三じのきやうもんをみるに三こふじやうぶつのもんのみあつてそく
P12
しんじやうぶつのもんなし。いづれのしやうけうのもんをもつて、しんごんのそくしんじやうぶつの
ぎをたてらるるぞや。そのもんあらば、はやくもんしやうをあらはしてしふゑのぎ
もうはらされよとぞいひける。だいしこたへてのたまはくまことに
なんぢががくするところのせいけうのうちには。三ごふじやうぶつのもんのみあつて、しんごんの
そくしんじやうぶつのもんなし。かつかつまづもんしやうをいださんとて、にやくにんぐぶつゑつうたつ
ぼだいしん、ふぼしよせいじん、そくしやうだいがくゐ。このもんをはじめて、もんしやうをひき
たまふことそのかずあまたなり。ほつさうのげんにん、さてそのもんのごとく、
そのむねをえたるにんしやうはたれひとぞ。だいしこたへてのたまはくとほ
くはだいにちこんがうさつたちかくはわがみすなはちこれなりとて、てにみついんをにぎり、くち
にぶつごをずし、こころにくわんねんをこらして、みにきぎをそなふ。かしらに五ぶつの
しやうくわんをいただき、くわうみやうそうでんをてらして、にちりんのひかりをうばひたまふ。てうていは
りにかがやいて、ひとへにじやうどのさうごんをあらはすときにていわうぎよざをさつて
れいをなし、しんかきやうがくして、みをまげ、なんと六しうのひん、ち
P13
にひざまづいてけいしゆし、ほくれいしめいのかく、ていにふしてぜつそくす。じやうぶつちそくの
りつぱには、だうゆうだうしやうもくちをとじ、ほふしんしきじやうのなん〔た〕ふには、げんにんゑんしやう
もしたをまく、つひにししうきふくして、もんはふにくははり、一てうはじめてしん
かうして、だりうをうく、さんみつごちのみづ、しかいにみちてにんくをあらひ、
六だいむげのつき一てんにかかやいて、ちやうやを、てらしたまふ。さればご
ざいせいののちも、しやうじんふへんにして、じそんのしゆつせをつたへて六じやうかはらずし
てきねんのほふおんをきこしめす。そのゆゑにやげんせのりしやうもたのみあり、
ごせのいんたうもうたがひなしとぞまをされける。じやうわうきこしめして、
これほどのことを、いままでごらんぜられざりけることよとて、やがてみやうにちかう
やごかうあるべきよしあふせくださる。こうそつまをされけるは、みやうにちのみゆき
もあまりそつじにおぼえさふらふ。むかししやくそんのれうしうせんにしてごせつぽふあ
りしみぎりに、十六のだいこくのしよわうたちのみゆきありしぎしきは、きんぎんをもつて
ほふよをなし、しゆぎよくをちりばめてくわんかいをかざりたまへり。これみなけうなん
P14
さうのおもひをこらして、ずゐきかつがうのこころざしをいたさせたまふおんゆゑなり
いまきみのみゆきもそれにはたがはせたまふべからず。わがてうのかうやの
おやまを、てんぢくのれうしうせんとおぼしめしこうぼふだいしをしやかによらいとくわんぜさせ
たまひて、ごかうのぎしきをひきつくろはせたまふべうもやさふらふらん、と
まをされたりければ、このぎもつともしかるべしとてにつすう三十にちをあひのべ
らる。そのあひだにぐぶのくぎやうでんじやうび〔と〕りやうらきんしゆうをあつめていしやうをととのへ、
きんぎんをもつてあんばをかざりたまふ。これぞかうやごかうのはじめな
る。
P15
『剣之巻(けんのまき)』(内侍所都入の次に入る)
ほんてうには、かみよよりつたはれるれいけん三つあり。とつかのつるぎ、あめ
のはいきりのつる〔ぎ〕、くさなぎのつるぎこれなり。とつかのつるぎはやまとのくにいしのかみふるの
やしろにをさめらる。あめのはいきりのつるぎはをはりのくにあつたのやしろにありとか
や。くさなぎのつるぎはだいりにあり、いまのはうけんこれなり。ごれいいちはやうおは
します。そもそもこのつるぎのゆらいをまをすに、むかしすさのをのみこといづものくにそがのさと
にみやづくりたまひしに、そこに八いろのくものつねにたちければ、みことこれを
ごらんじて、かうぞえいじたまひける。やくもたついづもやへがき、つま
ごめに、やへがきつくるそのやへがきを。これをみそひともじのはじめ
とす。またくにをいづもとなづくることも、すなはちそのゆゑとぞきこえし。
むかしすさのをのみこと、いづものくにひのかはかみにくだりたまひしとき、くにつのかみに、あ
しなづち、てなづちとて、をがみめがみおはしましき。かれにたんせいのむすめあ
P16
り、いなたひめとがうす。おやこ三にんなきゐたり。みことあやしとおぼ
しめして、そもそもな〔ん〕ぢはいかなるものぞとおほせければ、こたへまをし
ていはく、われに八にんのむすめあり、みなをろぢのためにのまれぬ。いま
一にんのこるところのをとめ、またのまれんとす。くだんのをろぢは、びとうともに
八つあり、おのおの八のみね八のたににはひはびこれり。れいじゆいぼくそびらにおひた
り、いく千ねんをへたりといふかずをしらず。めはじつげつのひかりのごと
し、ねんねんにひとをのむ、おやのまるるものはこかなしみ、このまるるものはお〔や〕
かなしむ。そんなんそんほくにこくするこゑはたえずとぞまをしける。みことあはれと
おぼしめして、くだんのをとめをやつのつまぐしにとりなさせおはしまし
おんぐしにさしかくさせたまひて、やつのふねにさけをたたへ、びぢよのすがたをつく
つて、たかきをかにたつそのかげさけにうつれり。おろぢこれをひととおもつて
そのかげをあくまでのんでよひふしたるところをみことはきたまへるれいけんをぬか
せたまひてくだんのおろぢをづたづたにきりたまふ。そのうちに一つのをにいた
P17
つてきれず、みことあやしとおぼしめしてたてざまにわつてごらんずれば一つの
れいけんあり。これをとつてあまてらすおほがみへまゐらつさせたまひたりしかば、
これはむかしたかまがはらにて、わがおとしたりしつるぎなりとぞあふせける。をろ
ぢのをのなかにありつるほどに、むらくもつねにたちければ、あめのむらくも
のつるぎとぞめされける。おほかみこれをえて、あめのみかどのおんたからとしたま
ふ。そののちあしはらのなかつくにのぬしとなつて、てんそ〔ん〕をくだしたてまつらつさせたまひし
とき、れいけんをもさづけまゐらせたまひけり。さてだい九だいのみかどかいくわてんわうまで
は一つどのにおはしけるがだい十だいのみかどすじんてんわうのぎようにおよんで
れいゐにおそれさせたまひてあまてらすおほかみをやまとのくにいそうきのひろにうつしま
ゐらせたまひしときこのつるぎをもあまてらすおほかみのしんだんにこもりたてまつらせたまひけり。その
ときつるぎをつくりかへていまのみかどのおんたからとしたまふおんれいげんのつるぎにおとらず、
さてだい十だいのみかどすじんてんわうより、けいかうてんわうまで三だいは、あまてらすおほかみ
のしやだんにあがめおきたてまつらせたまひたりしが、だい十二だいのみかど、けいかうてんわう四
P18
十ねん六ぐわつより、とういはんぎやくのあひだ、おんこやまとたけのみことは、おんこころもがうに、
おんちからもよにすぐれておはしましたれば、せいせんにあひあたつて、ひんがしへげかうしたま
ひしとき、あまてらすおほかみへおいとままをしにまゐらせたまひたりしに、おんいもうとのいつき
のみことをもつてつつしんでおこたることなかれとてれいけんをさ〔づ〕けまゐらつさせたまひたり。さて
するがのくににくだりつきたまひたりしかば、そこのぞくとらこのくににはしかおほく
さふらふ。かりしてあそばせたまへとてみことをはかりだしたてまつりのにひをかけてみことを
すでにやきころしたてまつらんとす。みことはきたまへるれいけんをぬかせたまひてくさをなぎたま
へばじんかう一りがあひだくさみななぎれぬみことまたのにひをかけたまへばかぜたちまちにいぞく
のはうへふきおほひおほくぞくとらやけしぬ、それよりしてこそ、あめのむらくもの
つるぎをばくさなぎとはめされけれ。なほおくへせめいらせたまひて、三ケねんがあひだ
に、くにのところところのぞくとら、みなせめしたがへさせたまひたり。きよたうをいけどつてのぼ
らせたまふが、みちにてごなうふせたまひて、おんとし三十とまをし七ぐわつに、を
はりのくにあつたのほとりにて、つひにかくさせたまひぬ。そのおんたましひは、しろきとりとなつ
P19
てあめへのぼりたるこそふしぎなれ。さていけどりのねびすどもをば、
みこたけひこのみことをもつてみやこへまゐらつさせたまひたり。くさなぎのつるぎをば、あつ
たのやしろにをさめらる。てんむのみかどのぎよう七ねんにしんらのさもんだうはつこのつるぎ
をぬすんでわがくにのたからとせんとおもつてひそかにふねにかくれてわたるほどに
かぜなみきよどうじてたちまちにこのふねをかいていにしづめんとす。すなはちれい
けんのたたりたりとしつてつみをしやしてせんとをとげずもとのごとくにかへしをさ
めたてまつる。しかるをてんむてんわうしゆて〔う〕ぐわんねんにこれをめしてだいりにおかる
いまのはうけんこれなり。やうせいゐんきやうびやうにをかされさせたまひてれいけんをぬさ
せたまへばよるのおとどひらひらとしてでんくわうにおとらずあうふのあまりなげすてさ
せたまへばはたとないてみづからさやにさされぬ。じやうこには、かく
こそめでたかりしか。たとひ二ゐどのこしにさいて、うみにしづみたまふとも、さ
うなくしつすべきにあらずとて、すぐれたるあまどもをめしあつめて、かづきもと
めさせられけれども、なかりしかば、くぎやうくわいぎありけり。むかし
P20
てんせうだいじん百わうをまぼらんとおんちかひありけるそのちかひあらたまらずしていはしみづのながれ
つきせざりしかばにちりんのひかりまたちにおちたまはず。たとひまつだいげうきたりと
いふともていうんのきはまるまでのことはあらじかしなんどまをしあはれけるをりふしあるはかせ
のまゐつたりけるがまをしけるは、これはむかしいづものくにひのかはかみにてすさのを
のみことにきりころされたてまつたりけるおろぢ、れいけんををしむこころざしふかくして、
八のを八のかしらのへうしとして、じんわう八十一だいのとき、八さいのみかどとなつ
て、とりかへしたてまつりちいろのうみのそこじんりうのたからとなりしかば、
ふたたびにんげんへかへらざるもことわりかなとぞまをしける。
P21
『鏡之巻(かがみのまき)』(剣之巻に次く)
おなじき二十八にちかまくらどのじゆ二ゐしたまふ。ゑつかいとて二かいをするだ
にありがたきてうおんなるに、これはすでに三かいなり。三みをこそしたまふべきか、
よりまさのきやうのなりたまひしをいうでなり。そのよのねのこくにないしどころしるしのおん
ばこだいじやうくわんのちやうよりうんめいでんへいらせおはします。しゆじやうやがてみゆきなつて、三
ケよりんじのおんかぐらあり。うこんのべつたうおほくのよしかたべつちよくをうけたまはつて、ゆ
だてのみやびとといふかぐらのひきよくをつかまつて、けんじやうかうむりけるこそ、めでたけ
れ。このきよくはそふ八でうのはうくわんすけただといふれいじんのほかはしるものなく。
あまりにひつしてわがこのちかかたにもをしへず、ほりかはのゐんございゐのおんときつたへまゐら
せてしきよしたりしを、きみちかかたにをしへさせおはしますいへをうしなはじと
おぼしめされけるおんこころばせ、かんるゐおさへがたし。そもそもないしどころとまをす
おんかがみは、むかしてんせうだいじんあまのいはとにとぢこもらんとせさせたまひしとき、いか
P22
にもしてわがおんすがたをうつしおきおんしそんにみせたてまつらんとおぼしめして、
おんかがみをいさせらる。これなほおんこころにかなはずとて、またいかへさせおはしま
す。さきのおんかがみは、きいのくにひのまへくにかけのやしろこれなり。のちのおんかがみをばおん
こあまのおしみのみことにさづけまゐらつさせたまひて、とのをおなじくしてすみたまへ
とあふせける。さててんせうだいじんあまのいはとにとぢこもらせたまひててんがあんあん
となりたりしかば、やほよろづのかんたちかんづまりにあつまりたまひて、いはとのくちに
ておんかぐらをそうせさせたまへば、てんせうだいじんかんにたへさせたまひて、いはと
をほそめにあけてごらんぜられたるとき、たがひにかほのしろくみえけるより、
おもしろしといふことばははじまりけり。そのときいはねたぢからをといふだいちからの
かみよつて、えいといつてあけられてよりたてられずとぞきこえし
さてだい九だいのみかどかいくわてんわうまでは一つとのにおはしましけるが、だい十だいのみかどす
じんてんわうのぎようにおよんで、てんせうだいじんをやまとのくにいそがきのひろきにうつしまゐらつさ
せたまひしとき、このおんかがみをもべつのとのへうつしまゐらせて、ちかごろはうん
P23
めいでんにぞましましける。せんとせんかうののち、百六十ねんをへて、むらかみ
てんわうてんとく四ねん九ぐわつ二十三にちのよのねのこくに、おほうちなかのほとりにはじめて
しやうばうありける。ひはさゑもんのぢんよりもいでたれば、ないしどころのおはします
うんめいでんもほどちかし。によはふやはんのことなれば、ないしもによ〔く〕わんもまゐりあは
ずしてかしこどころをいだしたてまつるにもおよばず。をののみやどのいそぎまゐつてみまゐ
らつさせたまふに、ないしどころすでにやけさせたまひぬ。よははやかうとこそとおぼ
しめして、おんなみだをながさせたまふをりふし、ないしどころは、おのづからほの
ほのなかをとびいでさせたまひて、なんでんのさくらのこずゑにかからせたまひて、
くわうみやうかくねきとして、あさのひのやまのはをいづるにことならず。をの
のみやとのよはいまだつくせざるにこそとおぼしめしてかんるゐおさへがたく
すなはちみぎのひざをつきひだりのそでをひろげてまをさせたまひけるは、むかし
てんせうだいじんひやくわうをまもらんとおんちかひありけるそのおんちぎりいまだあらたまらずは、しん
きやうさねよりがそでにたちやどらせたまへとまをさせたまひしおんことばのいまだをはら
P24
ざるさきに、しんきやうとびうつらせたまひけり。すなはちおんそでにつつませたまひてだい
じやうくわんのあいたんどころにいれたてまつらせたまひけり。いまのよにはうけとりたてまつらんとおも
ひよるびともたれかはあるべき、しんきゃうもまたやどらつさせたまふべからず、じやうだい
こそなほもめでたけれ。
大小秘事 大尾