平家物語(龍谷大学本)巻第二

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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書 13)に拠りました。

文責:荒山慶一・菊池真一



(表紙)
(目録)無し

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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
『座主流(ざすながし)』S0201治承(ぢしよう)(ぢせう)元年(ぐわんねん)五月(ごぐわつ)五日(いつかのひ)、天台座主(てんだいざす)明雲大僧
正(めいうんだいそうじやう)、公請(くじやう)を停止(ちやうじ)せらるるうへ、蔵人(くらんど)を御使(おつかひ)
にて、如意輪(によいりん)の御本尊(ごほんぞん)をめしかへひ(めしかへい)【召返】て、御持
僧(ごぢそう)を改易(かいえき)(かいゑき)せらる。則(すなはち)使庁(しちやう)の使(つかひ)をつけ
て、今度(こんど)神輿(しんよ)内裏(だいり)へ振(ふり)たてまつる衆
徒(しゆと)の張本(ちやうぼん)をめされけり。加賀国(かがのくに)に座主(ざす)
の御房領【*御坊領】(ごばうりやう)あり。国司(こくし)師高(もろたか)是(これ)を停廃(ちやうはい)の間(あひだ)(あいだ)、
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その宿意(しゆくい)によ(ッ)て大衆(だいしゆ)をかたらひ、訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)
をいたさる。すでに朝家(てうか)の御大事(おんだいじ)に及(およぶ)(をよぶ)よし、
西光法師(さいくわうほふし)(さいくわうほうし)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)
に逆鱗(げきりん)ありけり。ことに重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)におこなはる
べしときこゆ。明雲(めいうん)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の御気色(ごきしよく)あ
しかりければ、印鑰(いんやく)(ゐんやく)をかへしたてまつ【奉】
て、座主(ざす)を辞(じ)し申(まう)さる。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、鳥羽院(とばのゐん)
の第七(だいしち)の宮(みや)、覚快(かくくわい)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)天台座主(てんだいざす)に
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ならせ給(たま)ふ。是(これ)は青連院(しやうれんゐん)(せうれんゐん)の大僧正(だいそうじやう)、行玄(ぎやうげん)の
御弟子(おんでし)也(なり)。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、前座主(せんざす)所職(しよしよく)をとどめらる
るうへ、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)二人(ににん)をつけて、井(ゐ)にふた【蓋】
をし、火(ひ)に水(みづ)をかけ、水火(すいくわ)のせめにをよぶ(およぶ)【及ぶ】。
これP142によ(ッ)て、大衆(だいしゆ)猶(なほ)参洛(さんらく)すべき由(よし)聞(きこ)えし
かば、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)又(また)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、太政大臣(だいじやうだいじん)
以下(いげ)の公卿(くぎやう)十三人(じふさんにん)参内(さんだい)して、陣(ぢん)の座(ざ)につき
て、前(さき)の座主(ざす)罪科(ざいくわ)の事(こと)儀定(ぎぢやう)あり。八条
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中納言(はつでうのちゆうなごん)(はつでうのちうなごん)長方卿(ながかたのきやう)、其(その)時(とき)はいまだ左大絅【*左大弁】宰相(さだいべんさいしやう)に
て、末座(ばつざ)に候(さうらひ)けるが、申(まう)されけるは、「法家(ほつけ)の
勘状(かんじやう)にまかせて、死罪(しざい)一等(いつとう)を減(げん)じて遠流(をんる)せ
らるべしと見(み)えてて候(さうら)へども、前座主(さきのざす)明雲
大僧正(めいうんだいそうじやう)は顕密(けんみつ)兼学(けんがく)して、浄行持律(じやうぎやうぢりつ)(ぢやうぎやうぢりつ)の
うへ、大乗妙経(だいじようめうきやう)(だいぜうめうきやう)を公家(くげ)にさづけ奉(たてまつ)り、菩
薩浄戒(ぼさつじやうかい)を法皇(ほふわう)(ほうわう)にたもたせ奉(たてまつ)る。御経(おんきやう)の
師(し)、御戒(ごかい)の師(し)、重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)におこなはれん事(こと)、冥(みやう)
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の照覧(せうらん)はかりがたし。還俗遠流(げんぞくをんる)をなだめ
らるべきか」と、はばかる所(ところ)もなう申(まう)され
ければ、当座(たうざ)の公卿(くぎやう)みな長方(ながかた)の義(ぎ)に同(どう)ず
と申(まうし)あはれけれども、法皇(ほふわう)(ほうわう)の御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤】
ふかかり【深かり】しかば、猶(なほ)(なを)遠流(をんる)に定(さだめ)らる。太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)
も此(この)事(こと)申(まう)さむとて、院参(ゐんざん)せられけれ共(ども)、
法皇(ほふわう)(ほうわう)御風(おんかぜ)のけ【気】とて御前(ごぜん)へもめされ給(たま)は
ねば、ほいなげにて退出(たいしゆつ)せらる。僧(そう)を罪(つみ)
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するならひ【習】とて、度縁(どえん)(とゑん)をめしかへし、還俗(げんぞく)
せさせ奉(たてまつ)り、大納言大輔(だいなごんのたいふ)(だいなごんのたゆふ)藤井松枝(ふぢゐのまつえだ)(ふぢゐのまつゑだ)と俗
名(ぞくみやう)をぞつけられける。此(この)明雲(めいうん)と申(まうす)は、村
上天皇(むらかみてんわう)第七(だいしち)の皇子(わうじ)、具平親王(ぐへいしんわう)より六
代(ろくだい)の御末(おんすゑ)、久我大納言(こがのだいなごん)顕通卿(あきみちのきやう)の御子(おんこ)也(なり)。誠(まこと)
に無双(ぶさう)の硯徳【*碩徳】(せきとく)、天下(てんが)第一(だいいち)の高僧(かうそう)にておは
しければ、君(きみ)も臣(しん)もた(ッ)とみ、〔天〕王寺(〔てん〕わうじ)・六勝寺(ろくしようじ)(ろくせうじ)
の別当(べつたう)をもかけ給(たま)へり。されども陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)
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安陪【*安倍】P143泰親(あべのやすちか)が申(まうし)けるは、「さばかりの智者(ちしや)の明雲(めいうん)
と名(な)のり給(たまふ)こそ心(こころ)えね。うへに日月(じつげつ)の光(ひかり)
をならべて、下(した)に雲(くも)あり」とぞ難(なん)じける。仁安(にんあん)
元年(ぐわんねん)二月(にぐわつ)(に(ン)ぐわつ)廿日(はつかのひ)、天台座主(てんだいざす)にならせ給(たまふ)。同(おなじき)三
月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)、御拝堂(ごはいたう)あり。中堂(ちゆうだう)(ちうだう)の宝蔵(ほうざう)をひら
かれけるに、種々(しゆじゆ)の重宝共(ちようほうども)(てうほうども)の中(なか)に、方(はう)一尺(いつしやく)
の箱(はこ)あり。しろい【白い】布(ぬの)にてつつまれたり。一
生不犯(いつしやうふぼん)の座主(ざす)、彼(かの)箱(はこ)をあけて見(み)給(たまふ)に、
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黄紙(わうし)にかけるふみ一巻(いつくわん)(いちくはん)あり。伝教大師(でんげうだいし)
未来(みらい)の座主(ざす)の名字(みやうじ)を兼(かね)てしるしをか(おか)【置か】れ
たり。我(わが)名(な)のある所(ところ)までみて、それより
奥(おく)をば、見(み)ず、もとのごとくにまき返(かへ)し
てをか(おか)【置か】るるならひ【習】也(なり)。されば此(この)僧正(そうじやう)もさ
こそおはしけめ。かかるた(ッ)とき人(ひと)なれども、
前世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(しゆくごう)をばまぬかれ給(たま)はず。あはれ【哀】
なりし事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)廿一日(にじふいちにち)、配所(はいしよ)伊豆国(いづのくに)と定(さだめ)
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らる。人々(ひとびと)様々(さまざま)に申(まうし)あはれけれども、西光法
師(さいくわうほふし)(さいくわうほうし)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、かやうにおこなは
れけり。やがてけふ都(みやこ)の内(うち)を追出(おひいだ)さる
べしとて、追立(おつたて)(をつたて)の官人(くわんにん)白河(しらかは)の御房【*御坊】(ごばう)にむか
ひ、をひ(おひ)【追ひ】奉(たてまつ)る。僧正(そうじやう)なくなく【泣く泣く】御坊(ごばう)を出(いで)て、粟
田口(あはたぐち)のほとり、一切経(いつさいきやう)の別所(べつしよ)へいらせ給(たま)ふ。山門(さんもん)
には、せんずる所(ところ)、我等(われら)が敵(かたき)は西光(さいくわう)(さいくはう)父子(ふし)に過(すぎ)た
る者(もの)なしとて、彼等(かれら)親子(おやこ)が名字(みやうじ)をかい【書い】て、
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根本中堂(こんぼんちゆうだう)(こんぼんちうだう)におはします十二(じふに)神将(じんじやう)の内(うち)、金毘
羅大将(こんびらだいじやう)の左(ひだり)の御足(おんあし)の下(した)にふませ奉(たてまつ)り、「十
二(じふに)神将(じんじやう)・七千夜叉(しちせんやしや)、時刻(じこく)をめぐらさず西光(さいくわう)父
子(ふし)が命(いのち)をめしとり給(たま)へや」と、おめき(をめき)【喚き】P144さけん【叫ん】
で呪咀(しゆそ)しけるこそ聞(きく)もおそろしけれ【恐ろしけれ】。同(おなじき)
廿三日(にじふさんにち)、一切経(いつさいきやう)の別所(べつしよ)より配所(はいしよ)へおもむき給(たまひ)
けり。さばかんの法務(ほふむ)(ほうむ)の大僧正(だいそうじやう)ほどの人(ひと)を、
追立(おつたて)(をつたて)の鬱使(うつし)がさき【先】にけたて【蹴立て】させ、今日(けふ)を
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かぎりに都(みやこ)を出(いで)て、関(せき)の東(ひがし)(ひ(ン)がし)へおもむかれけ
ん心(こころ)のうち、をし(おし)はかられてあはれ【哀】也(なり)。大津(おほつ)
の打出(うちで)の浜(はま)にも成(なり)しかば、文殊楼(もんじゆろう)の軒端(のきば)
のしろじろとしてみえ【見え】けるを、ふた【二】目(め)とも見(み)
給(たま)はず、袖(そで)をかほにをし(おし)あてて、涙(なみだ)にむせび
給(たまひ)けり。山門(さんもん)には、宿老(しゆくらう)碩徳(せきとく)おほしといへども、
澄憲法印(ちようけんほふいん)(てうけんほうゐん)、其(その)時(とき)はいまだ僧都(そうづ)にておはしけ
るが、余(あまり)に名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜み】奉(たてまつ)り、粟津(あはづ)まで
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送(おく)(をく)りまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、さても有(ある)べきならねば、それ
よりいとま申(まうし)てかへられけるに、僧正(そうじやう)心(こころ)ざしの
切(せつ)なる事(こと)を感(かん)じて、年来(としごろ)御心中(ごしんぢゆう)(ごしんぢう)に秘(ひ)せら
れたりし一心(いつしん)三観(さんぐわん)の血脈相承(けつみやくさうじよう)(けつみやくさうぜう)をさづ
けらる。此(この)法(ほふ)(ほう)は釈尊(しやくそん)の附属(ふぞく)、波羅奈国(はらないこく)の馬鳴
比丘(めみやうびく)(めめうびく)、南天竺(なんてんぢく)の竜樹菩薩(りゆうじゆぼさつ)(りうじゆぼさつ)より次第(しだい)に相伝(さうでん)
しきたれる、けふのなさけにさづけらる。
さすが我(わが)朝(てう)は粟散辺地(そくさんへんぢ)の境(さかい)、濁世末代(じよくせまつだい)
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といひながら、、澄憲(ちようけん)(てうけん)これを附属(ふぞく)して、法衣(ほふえ)(ほうゑ)
の袂(たもと)をしぼりつつ、都(みやこ)へ帰(かへり)のぼられける心(こころ)
のうちこそた(ッ)とけれ。山門(さんもん)には大衆(だいしゆ)おこ(ッ)
て僉議(せんぎ)す。「義真和尚(ぎしんくわしやう)よりこのかた、天台座
主(てんだいざす)はじま(ッ)て五十五代(ごじふごだい)に至(いた)るまで、いまだるざ
い【流罪】の例(れい)をきかず。倩(つらつら)事(こと)の心(こころ)をあむずる(あんずる)【案ずる】に、
延暦(えんりやく)の比(ころ)ほひ、皇帝(くわうてい)は帝都(ていと)をたて、大
師(だいし)は当山(たうざん)によぢのぼ(ッ)て四明(しめい)の教法(けうぼふ)(けうぼう)を此(この)P145
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所(ところ)にひろめ給(たまひ)しよりこのかた、五障(ごしやう)の女人(によにん)跡(あと)
たえて、三千(さんぜん)の浄侶(じやうりよ)居(きよ)をしめたり。嶺(みね)には
一乗読誦(いちじようどくじゆ)(いちぜうどくじゆ)年(とし)ふりて、麓(ふもと)には七社(しちしや)の霊験(れいげん)日(ひ)
新(あらた)なり。彼(かの)月氏(ぐわつし)(ぐはつし)の霊山(りやうぜん)は王城(わうじやう)の東北(とうぼく)、大聖(だいしやう)の
幽崛(ゆうくつ)也(なり)。此(この)日域(じちいき)の叡岳(えいがく)も帝都(ていと)の鬼門(きもん)に
峙(そばたち)て、護国(ごこく)の霊地(れいち)也(なり)。代々(だいだい)の賢王(けんわう)智臣(ちしん)、此(この)
所(ところ)に壇場(だんぢやう)をしむ。末代(まつだい)ならむがらに、いかんが当山(たうざん)
に瑕(きず)をばつくべき。心(こころ)うし」とて、おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】
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といふ程(ほど)こそありけれ、満山(まんざん)の大衆(だいしゆ)みな東坂
本(ひがしざかもと)(ひ(ン)がしざかもと)へおり下(くだ)る。『一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)之(の)沙汰(さた)』S0202「抑(そもそも)我等(われら)粟津(あはづ)にゆきむかひて、
貫首(くわんじゆ)をうばひとどめ奉(たてまつ)るべし。但(ただし)追立(おつたて)(をつたて)の
鬱使(うつし)・令送使(りやうそうし)あんなれば、事故(ことゆゑ)なくとりえ【取得】
たてまつらん事(こと)ありがたし。山王大師(さんわうだいし)の御
力(おんちから)の外(ほか)はたのむかた【方】なし。誠(まこと)に別(べち)の子細(しさい)
なくとりえ【取得】奉(たてまつ)るべくは、爰(ここ)にてまづ瑞相(ずいさう)
を見(み)せしめ給(たま)へ」と、老僧(らうそう)ども肝胆(かんたん)をくだ
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いて祈念(きねん)しけり。ここに無動寺法師(むどうじぼふし)(むどうじぼうし)乗円
律師(じようゑんりつし)(ぜうえんりつし)がわらは【童】、鶴丸(つるまる)とて、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になるが、
身心(しんじん)をくるしめ【苦しめ】五体(ごたい)に汗(あせ)をながひ(ながい)【流い】て、俄(にはか)に
くるひ出(いで)たり。「われに十禅師権現(じふぜんじごんげん)のりゐ
させ給(たま)へり。末代(まつだい)といふ共(とも)、いかでか我山(わがやま)の
貫首(くわんじゆ)をば、他国(たこく)へはうつさるべき。生々世々(しやうじやうせせ)にP146
心(こころ)うし。さらむにと(ッ)ては、われ此(この)ふもとに跡(あと)を
とどめても何(なに)かはせむ」とて、左右(さう)の袖(そで)をか
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ほにをし(おし)あてて、涙(なみだ)をはらはらとながす。大衆(だいしゆ)こ
れをあやしみて、「誠(まこと)に十禅師権現(じふぜんじごんげん)の御
詫宣(ごたくせん)にてましまさば、我等(われら)しるしをまいらせ(まゐらせ)【参らせ】む。
すこしもたがへ【違へ】ずもとのぬしに返(かへ)したべ」
とて、老僧(らうそう)ども四五百人(しごひやくにん)、手々(てんで)(て(ン)で)にも(ッ)たる数珠
共(じゆずども)を、十禅師(じふぜんじ)の大床(おほゆか)のうへへぞなげ【投げ】あげた
る。此(この)物(もの)ぐるひはしり【走り】まは(ッ)てひろひあつめ、
すこしもたがへ【違へ】ず一々(いちいち)にもとのぬしにぞ
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くばりける。大衆(だいしゆ)神明(しんめい)の霊験(れいげん)あらたなる
事(こと)のた(ッ)とさに、みなたな心(ごころ)を合(あはせ)て随喜(ずいき)
の涙(なみだ)をぞもよほしける。「其(その)儀(ぎ)ならば、ゆきむ
か(ッ)てうばひとどめ奉(たてまつ)れ」といふ程(ほど)こそありけれ、
雲霞(うんか)の如(ごと)くに発向(はつかう)す。或(あるい)(あるひ)は志賀(しが)辛崎(からさき)の
はま路(ぢ)【浜路】にあゆみつづける大衆(だいしゆ)もあり、或(あるい)(あるひ)は
山田(やまだ)矢(や)ばせの湖上(こしやう)に舟(ふね)をしいだす衆徒(しゆと)
もあり。是(これ)を見(み)て、さしもきびしげなりつる
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追立(おつたて)(をつたて)の鬱使(うつし)・令送使(りやうそうし)、四方(しはう)へ皆(みな)逃(にげ)さりぬ。大
衆(だいしゆ)国分寺(こくぶんじ)へ参(まゐ)り向(むかふ)。前座主(さきのざす)大(おほき)におどろひ(おどろい)
て、「勅勘(ちよくかん)の者(もの)は月日(つきひ)の光(ひかり)にだにもあたら
ずとこそ申(まう)せ。何(なんぞ)况(いはん)や、いそぎ都(みやこ)の内(うち)を追
出(おひいだ)(をひいだ)さるべしと、院宣(ゐんぜん)・宣旨(せんじ)の成(なり)たるに、しばしも
やすらふべからず。衆徒(しゆと)とうとう【疾う疾う】帰(かへ)りのぼり給(たま)
へ」とて、はしぢかうゐ出(いで)ての給(たま)ひけるは、「三台
槐門(さんたいくわいもん)(さんだいくわいもん)の家(いへ)を出(いで)て、四明幽渓(しめいいうけい)(しめいゆうけい)の窓(まど)に入(いり)しより
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このかた、ひろく円宗(ゑんしゆう)(えんしう)の教法(けうぼふ)(けうぼう)を学(がく)して、顕
密(けんみつ)両宗(りやうしう)をまなびき。ただ吾山(わがやま)のP147興隆(こうりゆう)(こうりう)を
のみ思(おも)へり。又(また)国家(こくか)を祈(いのり)奉(たてまつ)る事(こと)おろそか
ならず。衆徒(しゆと)をはぐくむ志(こころざし)もふかかり【深かり】き。
両所山王(りやうしよさんわう)(りやうじよさんわう)さだめて照覧(せうらん)し給(たま)ふらん。身(み)に
あやまつことなし。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)
の重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)をかうぶれば、世(よ)をも人(ひと)をも神(かみ)をも
仏(ほとけ)をも恨(うら)み奉(たてまつ)る事(こと)なし。これまでとぶらひ
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来(きた)り給(たま)ふ衆徒(しゆと)の芳志(はうし)こそ報(ほう)じ申(まうし)がたけ
れ」とて、香染(かうぞめ)の御衣(おんころも)の袖(そで)しぼりもあへ給(たま)は
ねば、大衆(だいしゆ)もみな涙(なみだ)をぞながしける。御
輿(おんこし)さしよせて、「とうとうめさるべう候(さうらふ)」と申(まうし)
ければ、「昔(むかし)こそ三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)の貫首(くわんじゆ)たり
しか、いまはかかる流人(るにん)の身(み)と成(な)(ッ)て、いかむが(いかんが)や(ン)
ごとなき修学者(しゆがくしや)、智恵(ちゑ)ふかき大衆(だいしゆ)たち
には、かきささげられてのぼるべき。縦(たとひ)のぼるべ
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きなり共(とも)、わらむづ(わらんづ)な(ン)ど(など)いふ物(もの)しばりはき、
おなじ様(やう)にあゆみつづひ(つづい)てこそのぼらめ」と
てのり給(たま)はず。ここに西塔(さいたう)の住侶(ぢゆうりよ)(ぢうりよ)、戒浄房(かいじやうばう)
の阿闍梨(あじやり)祐慶(いうけい)(ゆうけい)といふ悪僧(あくそう)あり。たけ七
尺(しちしやく)ばかり有(あり)けるが、黒革威(くろかはをどし)(くろかはおどし)の鎧(よろひ)(よろい)の大荒目(おほあらめ)に
かね【鉄】まぜたるを、草摺長(くさずりなが)にきなして、甲(かぶと)
をばぬぎ、法師原(ほふしばら)(ほうしばら)にもたせつつ、白柄(しらえ)の大
長刀(おほなぎなた)杖(つゑ)(つえ)につき、「あけ【開け】られ候(さうら)へ」とて、大衆(だいしゆ)の
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中(なか)ををし(おし)分(わけ)をし(おし)分(わけ)、前座主(せんざす)のおはしける所(ところ)へ
つ(ッ)と参(まゐ)り、大(だい)の眼(まなこ)をいからかし、し(ン)ばしにらまへ
奉(たてまつ)り、「その御心(おんこころ)でこそかかる御目(おんめ)にもあ
はせ給(たま)へ。とうとうめさるべう候(さうらふ)」と申(まうし)けれ
ば、おそろしさ【恐ろしさ】にいそぎのり給(たまふ)。大衆(だいしゆ)とり【取】得(え)
奉(たてまつ)るうれしさに、いやしき法師原(ほふしばら)(ほうしばら)にはあら
で、や(ン)ごとなき修学者(しゆがくしや)P148どもかきささげ奉(たてまつ)
り、おめき(をめき)【喚き】さけ(ン)(さけん)【叫ん】でのぼりけるに、人(ひと)はかはれ
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ども祐慶(いうけい)(ゆうけい)はかはらず、さき輿(ごし)かいて、長刀(なぎなた)の柄(え)
もこし【輿】の轅(ながえ)もくだけよととる【執る】ままに、さしも
さがしき東坂(ひがしざか)(ひ(ン)がしざか)、平地(へいぢ)を行(ゆく)が如(ごと)く也(なり)。大講堂(だいかうだう)の
庭(には)にこし【輿】かきすへ(すゑ)【据ゑ】て、僉議(せんぎ)しけるは、「抑(そもそも)我等(われら)
粟つ(あはづ)【粟津】に行向(ゆきむかつ)て、貫首(くわんじゆ)をばうばひとどめ
奉(たてまつ)りぬ。既(すで)に勅勘(ちよくかん)を蒙(かうぶり)て流罪(るざい)せられ
給(たま)ふ人(ひと)を、とりとどめ奉(たてまつり)て貫首(くわんじゆ)に用ひ(もちゐ)
申(まう)さむ事(こと)、いかが有(ある)べからむ」と僉議(せんぎ)す。戒浄房(かいじやうばう)
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の阿闍梨(あじやり)、又(また)先(さき)の如(ごと)くにすすみ出(いで)て僉議(せんぎ)し
けるは、「夫(それ)当山(たうざん)は日本無双(につぽんぶさう)の霊地(れいち)、鎮護国
家(ちんごこくか)の道場(だうぢやう)、山王(さんわう)の御威光(ごいくわう)(ごいくはう)盛(さかん)にして、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)王
法(わうぼふ)(わうぼう)牛角(ごかく)也(なり)。されば衆徒(しゆと)の意趣(いしゆ)に至(いた)るま
でならびなく、いやしき法師原(ほふしばら)(ほうしばら)までも世(よ)も(ッ)
てかろしめず。况(いはん)や智恵(ちゑ)高貴(かうき)にして三千(さんぜん)の
貫首(くわんじゆ)たり。いま【今】は徳行(とくぎやう)をもう(おもう)して一山(いつさん)の和尚(わじやう)
たり。罪(つみ)なくしてつみをかうぶる、是(これ)山上(さんじやう)洛中(らくちゆう)(らくちう)
P02166
のいきどをり(いきどほり)、興福(こうぶく)・園城(をんじやう)の朝【*嘲(あざけり)】にあらずや。此(この)
時(とき)顕密(けんみつ)のあるじを失(うしな)(ッ)て、数輩(すはい)の学侶(がくりよ)、蛍雪(けいせつ)
のつとめおこたらむ事(こと)心(こころ)うかるべし。詮(せん)ずる
所(ところ)、祐慶(いうけい)(ゆうけい)張本(ちやうぼん)に処(しよ)せられて、禁獄(きんごく)流罪(るざい)も
せられ、かうべを刎(はね)られん事(こと)、今生(こんじやう)の面目(めんぼく)、
冥途(めいど)の思出(おもひで)なるべし」とて、双眼(さうがん)より涙(なみだ)をは
らはらとながす。大衆(だいしゆ)尤々(もつとももつとも)とぞ同(どう)じける。
それよりしてこそ、祐慶(いうけい)(ゆうけい)はいか目房(めばう)とはいは
P02167
れけれ。其(その)弟子(でし)に恵慶【*慧恵】法師(ゑけいほふし)をば、時(とき)の人(ひと)こい
かめ房(ばう)とぞ申(まうし)ける。P149大衆(だいしゆ)、前座主(せんざす)をば東塔(とうだふ)(とうだう)
の南谷(みなみだに)妙光坊(めうくわうばう)(めうくはうばう)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。時(とき)の横災(わうざい)をば権化(ごんげ)
の人(ひと)ものがれ給(たま)はざるやらん。昔(むかし)大唐(だいたう)の一行
阿闍梨(いちぎやうあじやり)は、玄宗皇帝(げんそうくわうてい)(げんそうくはうてい)の御持僧【護持僧】(ごぢそう)にておはし
けるが、玄宗(げんそう)の后(きさき)楊貴妃(やうきひ)に名(な)を立(たち)給(たま)へり。昔(むかし)
もいまも、大国(だいこく)も小国(せうこく)も、人(ひと)の口(くち)のさがなさは、
跡(あと)かたなき事(こと)なりしか共(ども)、其(その)疑(うたがひ)によ(ッ)て果羅
P02168
国(くわらこく)(くはらこく)へながされ給(たまふ)。件(くだん)の国(くに)へは三(みつ)の道(みち)あり。林池
道(りんちだう)とて御幸(ごかう)みち【道】、幽地道(いうちだう)(ゆうちだう)とて雑人(ざふにん)(ざうにん)のかよふ
道(みち)、暗穴道(あんけつだう)とて重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)の者(もの)をつかはす道(みち)也(なり)。
されば彼(かの)一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)は大犯(だいぼん)の人(ひと)なれば
とて、暗穴道(あんけつだう)へぞつかはしける。七日七夜(なぬかななよ)が間(あひだ)(あいだ)、
月日(つきひ)の光(ひかり)を見(み)ずして行(ゆく)道(みち)也(なり)。冥々(みやうみやう)とし
て人(ひと)もなく、行歩(かうほ)に前途(せんど)まよひ、深々(しんしん)として
山(やま)ふかし。只(ただ)澗谷(かんこく)に鳥(とり)の一声(ひとこゑ)ばかりにて、苔(こけ)の
P02169
ぬれ衣(ぎぬ)ほしあへず。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)
の重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)をかうぶる事(こと)を、天道(てんたう)(てんだう)あはれみ給(たまひ)
て、九曜(くえう)(くよう)のかたちを現(げん)じつつ、一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)
をまもり給(たまふ)。時(とき)に一行(いちぎやう)右(みぎ)の指(ゆび)をくひき(ッ)て、
左(ひだり)の袂(たもと)に九曜(くえう)(くよう)のかたちを写(うつさ)れけり。和漢(わかん)両
朝(りやうてう)に真言(しんごん)の本尊(ほんぞん)たる九曜(くえう)(くよう)の曼陀羅(まんだら)是(これ)也(なり)。
『西光(さいくわうが)被斬(きられ)』S0203 大衆(だいしゆ)、前座主(せんざす)を取(とり)とどむる由(よし)、法皇(ほふわう)(はうわう)きこし
めし【聞し召し】て、いとどやすからずぞ覚(おぼ)しP150めされける。
P02170
西光法師(さいくわうほふし)(さいくはうほうし)申(まうし)けるは、「山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)みだりがはし
きう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】仕(つかまつる)事(こと)、今(いま)にはじめずと申(まうし)ながら、今度(こんど)は
以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)に覚(おぼえ)候(さうらふ)。是(これ)ほどの狼籍【*狼藉】(らうぜき)いまだ承(うけたまは)り及(および)(をよび)候(さうら)
はず。よくよく御(おん)いましめ候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。身(み)の
只今(ただいま)亡(ほろ)びんずるをもかへりみず、山王大
師(さんわうだいし)の神慮(しんりよ)にもはばからず、かやうに申(まうし)て宸
襟(しんきん)をなやまし奉(たてまつ)る。讒臣(ざんしん)は国(くに)をみだるとい
へり。実(まこと)なる哉(かな)。叢蘭(さうらん)茂(しげ)からむとすれども、秋
P02171
風(あきのかぜ)是(これ)をやぶり、王者(わうしや)明(あきら)かならむとすれば、讒
臣(ざんしん)これをくらう【暗う】す共(とも)、かやうの事(こと)をや申(まうす)べき。
此(この)事(こと)、新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)已下(いげ)近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)に
仰合(おほせあはせ)られて、山(やま)せめらるべしと聞(きこ)えしかば、
山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、「さのみ王地(わうぢ)にはらまれて、詔命(ぜうめい)を
そむくべきにあらず」とて、内々(ないない)院宣(ゐんぜん)にした
がひ奉(たてまつ)る衆徒(しゆと)も有(あり)な(ン)ど(など)聞(きこ)えしかば、前座主(せんざす)
明雲大僧正(めいうんだいそうじやう)は妙光房(めうくわうばう)(めうくはうばう)におはしけるが、大衆(だいしゆ)
P02172
二心(ふたごころ)ありときいて、「つゐに(つひに)【遂に】いかなるめにかあはん
ずらむ」と、心(こころ)ぼそ気(げ)にぞの給(たま)ひける。され共(ども)
流罪(るざい)の沙汰(さた)はなかりけり。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)は、
山門(さんもん)の騒動(さうどう)によ(ッ)て、私(わたくし)の宿意(しゆくい)をばしばらく
をさへ(おさへ)られけり。そも内義(ないぎ)支度(したく)はさまざま
なりしかども、義勢(ぎせい)ばかりでは此(この)謀反(むほん)かなふ
べうもみえ【見え】ざりしかば、さしもたのまれたり
ける多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)、此(この)事(こと)無益(むやく)也(なり)と思(おもふ)心(こころ)
P02173
つきにけり。弓袋(ゆぶくろ)の料(れう)にをくら(おくら)【送ら】れたりける
布共(ぬのども)をば、直垂(ひたたれ)かたびらにP151裁(たち)ぬはせて、家子(いへのこ)
郎等(らうどう)どもにさせ【*きせ】つつ、めうちしばだたいてゐた
りけるが、倩(つらつら)平家(へいけ)の繁昌(はんじやう)する有(あり)さまを
みる【見る】に、当時(たうじ)たやすくかたぶけがたし。由(よし)な
き事(こと)にくみして(ン)げり。もし此(この)事(こと)もれぬる
ものならば、行綱(ゆきつな)まづ失(うしな)はれなんず。他人(たにん)の
口(くち)よりもれぬ先(さき)にかへり【返り】忠(ちゆう)(ちう)して、命(いのち)いか【生か】うど
P02174
思(おもふ)心(こころ)ぞつきにける。同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿九日(にじふくにち)のさ夜(よ)ふけ
がたに、多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)
に参(まゐり)(まいり)て、「行綱(ゆきつな)こそ申(まうす)べき事(こと)候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ」と
いはせければ、入道(にふだう)(にうだう)「つねにもまいら(まゐら)【参ら】ぬものが
参(さん)じたるは何事(なにごと)(なにこと)ぞ。あれきけ」とて、主馬
判官(しゆめのはんぐわん)盛国(もりくに)を出(いだ)されたり。「人伝(ひとづて)には申(まうす)まじ
き事(こと)なり」といふ間(あひだ)(あいだ)、さらばとて、入道(にふだう)(にうだう)みづから
中門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)へ出(いで)られたり。「夜(よ)ははるかに
P02175
ふけぬらむと(*この1字不要)。只今(ただいま)いかに、何事(なにごと)ぞや」とのた
まへば、「ひるは人(ひと)めのしげう候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、夜(よ)にまぎれ
てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。此程(このほど)院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)の人々(ひとびと)の兵具(ひやうぐ)をと
とのへ、軍兵(ぐんびやう)をめされ候(さうらふ)をば、何(なに)とかきこし
めさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「夫(それ)は山(やま)攻(せめ)らるべしとこそきけ」
と、いと事(こと)もなげにぞの給(たま)ひける。行綱(ゆきつな)ちかう【近う】
より、小声(こごゑ)にな(ッ)て申(まうし)けるは、「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。
一向(いつかう)御一家(ごいつか)の御(おん)うへとこそ承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「さて夫(それ)をば
P02176
法皇(ほふわう)(ほうわう)もしろしめさ【知ろし召さ】れたるか」。「子細(しさい)にや及(およ)び候(さうらふ)。
成親卿(なりちかのきやう)の軍兵(ぐんびやう)めされ候(さうらふ)も、院宣(ゐんぜん)とてこそ
めさ【召さ】れ候(さうら)へ。俊寛(しゆんくわん)がとふるまう【振舞】て、康頼(やすより)がかう
申(まうし)て、西光(さいくわう)(さいくはう)がと申(まうし)て」な(ン)ど(など)いふ事共(ことども)、始(はじめ)より
ありのままにはさし過(すぎ)P152ていひちらし、「いとま
申(まうし)て」とて出(いで)にけり。入道(にふだう)(にうだう)大(おほき)におどろき、大
声(おほごゑ)をも(ッ)て侍(さぶらひ)どもよびののしり給(たま)ふ。聞(きく)
もおびたたし。行綱(ゆきつな)なまじひなる事(こと)申出(まうしいだ)
P02177
して、証人(しようにん)(せうにん)にやひかれんずらむとおそろし
さ【恐ろしさ】に、大野(おほの)に火(ひ)をはな(ッ)たる心地(ここち)して、人(ひと)も
おは【追は】ぬにとり袴(ばかま)して、いそぎ門外(もんぐわい)へぞ逃出(にげいで)け
る。入道(にふだう)(にうだう)、先(まづ)貞能(さだよし)をめして、「当家(たうけ)かたぶけうす
る謀反(むほん)の輩(ともがら)、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)にみちみちたん也(なり)。一門(いちもん)の
人々(ひとびと)にもふれ申(まう)せ。侍共(さぶらひども)もよほせ」との給(たま)
へば、馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】【*まは(ッ)】てもよほす。右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、三位
中将(さんみのちゆうじやう)(さんみのちうじやう)知盛(とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)以下(いげ)の人々(ひとびと)、
P02178
甲胃(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)し馳集(はせあつま)る。其(その)ほか
軍兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)のごとくに馳(はせ)つどふ。其(その)夜(よ)のうちに
西八条(にしはつでう)には、兵共(つはものども)六七千騎(ろくしちせんぎ)もあるらむとこそみえ【見え】
たりけれ。あくれば六月(ろくぐわつ)一日(ついたち)也(なり)。まだくらかり【暗かり】
けるに、入道(にふだう)(にうだう)、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)安陪資成(あべのすけなり)をめして、「き(ッ)
と院(ゐん)の御所(ごしよ)へ参(まゐ)れ。信成【*信業】(のぶなり)をまねひ(まねい)【招】て申(まう)さう
ずるやうはよな、「近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)、此(この)一門(いちもん)をほろぼし
て天下(てんが)をみだらんとする企(くはたて)あり。一々(いちいち)に召(めし)と(ッ)て
P02179
たづね沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。それをば君(きみ)もしろしめ
さ【知ろし召さ】るまじう候(さうらふ)」と申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。資
成(すけなり)いそぎ御所(ごしよ)へはせ参(まゐ)り、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)信成【*信業】(のぶなり)
よびいだいて此(この)由(よし)申(まうす)に、色(いろ)を失(うしな)ふ。御前(ごぜん)へ
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)奏問(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)「あは、これら
が内々(ないない)はかりし事(こと)のもれにけるよ」と覚(おぼ)しめ
すにあさまし。さるにても、「こは何事(なにごと)ぞ」とP153
ばかり仰(おほせ)られて、分明(ふんみやう)の御返事(おんペんじ)もなかりけり。
P02180
資成(すけなり)いそぎ馳帰(はせかへつ)て、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)に此(この)由(よし)申(まう)せば、
「さればこそ。行綱(ゆきつな)はまことをいひけり。この事(こと)
行綱(ゆきつな)しらせずは、浄海(じやうかい)安穏(あんをん)に有(ある)べしや」とて、
飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)・筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)に仰(おほせ)て、謀反(むほん)の
輩(ともがら)からめとるべき由(よし)下知(げぢ)せらる。仍(よつて)二百余(にひやくよ)き、
三百余騎(さんびやくよき)、あそこここにをし(おし)よせをし(おし)よせからめとる。
太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)まづ雑色(ざつしき)をも(ッ)て、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)の
新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の許(もと)へ、「申合(まうしあはす)べき事(こと)あり。
P02181
き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」との給(たま)ひつかはされたり
ければ、大納言(だいなごん)我(わが)身(み)の上(うへ)とは露(つゆ)しらず、
「あはれ、是(これ)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の山(やま)攻(せめ)らるべき事(こと)
御結構(ごけつこう)あるを、申(まうし)とどめられんずるにこそ。
御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤】ふかげ也(なり)。いかにもかなふまじ
きものを」とて、ないきよげ【萎清気】なる布衣(ほうい)たを
やかにきなし、あざやかなる車(くるま)にのり、侍(さぶらひ)三
四人(さんしにん)めしぐし【召具し】て、雑色(ざつしき)牛飼(うしかひ)に至(いた)るまで、つね
P02182
よりも引(ひき)つくろはれたり。そも最後(さいご)とは後(のち)に
こそおもひ【思ひ】しられけれ。西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)てみ給(たま)
へば、、四五町(しごちやう)に軍兵(ぐんびやう)みちみちたり。「あなおび
たたし。何事(なにごと)(なきごと)やらん」と、むねうちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、車(くるま)
よりおり、門(もん)の内(うち)にさし入(い)(ッ)て見(み)給(たま)へば、内(うち)にも
兵(つはもの)どもひま【隙】はざまもなうぞみちみちたる。中
門(ちゆうもん)(ちうもん)の口(くち)におそろしげ【恐ろし気】なる武士共(ぶしども)あまた待(まち)う
けて、大納言(だいなごん)の左右(さう)の手(て)をと(ッ)てひ(ッ)(ひつ)【引つ】ぱり、「いま
P02183
しむべう候(さうらふ)やらむ」と申(まうす)。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)簾中(れんちゆう)(れんちう)より
見P154出(みいだ)して、「有(ある)べうもなし」との給(たま)へば、武士共(ぶしども)十
四五人(じふしごにん)、前後左右(ぜんごさう)に立(たち)かこみ、縁(えん)(ゑん)の上(うへ)にひ
きのぼせて、ひとま〔なる〕所(ところ)にをし(おし)こめて(ン)げり。
大納言(だいなごん)夢(ゆめ)の心(ここ)ちして、つやつやものも覚(おぼ)え
給(たま)はず。供(とも)なりつる侍共(さぶらひども)をし(おし)へだてられて、
ちりぢりに成(なり)ぬ。雑色(ざつしき)・牛飼(うしかひ)色(いろ)をうしなひ、牛(うし)・
車(くるま)をすてて逃(にげ)さりぬ。さる程(ほど)に、近江中将(あふみのちゆうじやう)(あふみのちうじやう)入道(にふだう)(にうだう)
P02184
蓮浄(れんじやう)、法勝寺執行(ほつしようじのしゆぎやう)(ほつせうじのしゆぎやう)俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)、山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)、
式部大輔(しきぶのたいふ)(しきぶのたゆふ)正綱(まさつな)、平(へい)判官(はんぐわん)康頼(やすより)、宗(むね)判官(はんぐわん)信房(のぶふさ)、新
平(しんぺい)判官(はんぐわん)資行(すけゆき)もとらはれて出来(いでき)たり。西光
法師(さいくわうほつし)(さいくはうほつし)此(この)事(こと)きいて、我(わが)身(み)のうへとや思(おもひ)けむ、鞭(むち)
をあげ、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ馳参(はせまゐ)る。平家(へいけ)の
侍共(さぶらひども)道(みち)にて馳(はせ)むかひ、「西八条(にしはつでう)へめさるるぞ。き(ッ)と
まいれ」といひければ、「奏(そう)すべき事(こと)があ(ッ)て法
住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ参(まゐ)る。やがてこそ参(まゐ)らめ」といひけれ
P02185
共(ども)、「に(ッ)くひ(につくい)入道(にふだう)(にうだう)かな、何事(なにごと)をか奏(そう)すべき。さな
いはせそ」とて、馬(むま)よりと(ッ)て引(ひき)おとし、ちう【宙】に
くく(ッ)【括つ】て西八条(にしはつでう)へさげて参(まゐ)る。日(ひ)のはじめより根
元(こんげん)与力(よりき)の者(もの)なりければ、殊(こと)につよういましめて、
坪(つぼ)の内(うち)にぞひ(ッ)すへ(ひつすゑ)【引据】たる。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)大床(おほゆか)にた(ッ)て、
「入道(にふだう)(にうだう)かたぶけうどするやつがなれるすがたよ。
しやつここへ引(ひき)よせよ」とて、縁(えん)(ゑん)のきはに引(ひき)
よせさせ、物(もの)はき【履】ながらしや(ッ)つらをむずむず
P02186
とぞふまれける。「もとよりをのれら(おのれら)【己等】がや
うなる下臈(げらう)のはてを、君(きみ)のめしつかはせ給(たま)ひ
て、なさるまじき官職(くわんしよく)をなしたび、父子(ふし)共(とも)
に過分(くわぶん)のふるまひP155するとみしにあはせて、
あやまたぬ天台座主(てんだいざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこな
ひ、天下(てんが)の大事(だいじ)引(ひき)出(いだ)いて、剰(あまつさへ)(あま(ツ)さへ)此(この)一門(いちもん)亡(ほろ)ぼすべ
き謀反(むほん)にくみして(ン)げるやつ也(なり)。有(あり)のままに
申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。西光(さいくわう)(さいくはう)もとより
P02187
すぐれたる大剛(だいかう)の者(もの)なりければ、ち(ッ)とも色(いろ)も
変(へん)ぜす、わろびれたるけひき(けいき)【景色】もなし。居(ゐ)なを
り(なほり)【直り】あざわら(ッ)(わらつ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「さもさうず。入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)こ
そ過分(くわぶん)の事(こと)をばの給(たま)へ。他人(たにん)の前(まへ)はしら【知ら】ず、
西光(さいくわう)(さいくはう)がきかん所(ところ)にさやうの事(こと)をば、えこその
給(たま)ふまじけれ。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)に[M 召(めし)]つかはるる身(み)なれば、
執事(しつし)の別当(べつたう)成親卿(なりちかのきやう)の院宣(ゐんぜん)とて催(もよほ)(もよお)されし
事(こと)に、くみせずとは申(まうす)べき様(やう)なし。それはくみし
P02188
たり。但(ただし)、耳(みみ)にとまる事(こと)をもの給(たま)ふものかな。
御辺(ごへん)は故刑部卿(こぎやうぶきやう)忠盛(ただもり)の子(こ)でおはせしかども、
十四五(じふしご)までは出仕(しゆつし)もし給(たま)はず。故中御門(こなかのみかどの)藤
中納言(とうぢゆうなごん)(とうぢうなごん)家成卿(かせいのきやう)の辺(へん)に立入(たちいり)給(たまひ)しをば、京(きやう)わ
らはべは高平太(たかへいだ)とこそいひしか。保延(ほうえん)の比(ころ)、大
将軍(たいしやうぐん)承(うけたまは)り、海賊(かいぞく)の張本(ちやうぼん)卅(さんじふ)余人(よにん)からめ進(しん)ぜら
れし賞(しやう)に、四品(しほん)して四位(しゐ)の兵衛佐(ひやうゑのすけ)と申(まう)し
しをだに、過分(くわぶん)とこそ時(とき)の人々(ひとびと)は申(まうし)あはれ
P02189
しか。殿上(てんじやう)のまじはりをだにきらはれし人(ひと)
の子(こ)で、太政大臣(だいじやうだいじん)まで成(なり)あが(ッ)たるや過分(くわぶん)なる
らん。侍品(さぶらひほん)の者(もの)の受領(じゆりやう)検非違使(けんびゐし)(けんびいし)になる
事(こと)、先例(せんれい)傍例(ほうれい)なきにあらず。なじかは過分(くわぶん)
なるべき」と、はばかる所(ところ)もなう申(まうし)ければ、入道(にふだう)(にうだう)
あまりにいか(ッ)て物(もの)もの給(たま)はず。しばしあ(ッ)て「しや
つが頸(くび)左右(さう)なうきるな。よくよくいましめよ」と
ぞの給(たま)ひけP156る。松浦太郎重俊(まつらのたらうしげとし)承(うけたまはつ)て、足手(あして)を
P02190
はさみ、さまざまにいためとふ。もとよりあらが
ひ申(まう)さぬうへ、糾問(きうもん)はきびしかりけり、残(のこり)なう
こそ申(まうし)けれ。白状(はくじやう)四五枚(しごまい)に記(き)せられ、やがて、「しや
つが口(くち)をさけ」とて口(くち)をさかれ、五条西朱雀(ごでうにしのしゆしやか)に
してきられにけり。嫡子(ちやくし)前加賀守(さきのかがのかみ)師高(もろたか)、尾
張(をはり)(おはり)の井戸田(ゐどた)へながされたりけるを、同(おなじ)国(くに)の
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)小胡麻郡司(をぐまのぐんじ)維季(これすゑ)に仰(おほせ)てうたれぬ。次男(じなん)
近藤(こんどう)判官(はんぐわん)師経(もろつね)禁獄(きんごく)せられたりけるを、
P02191
獄(ごく)より引(ひき)出(いだ)され、六条河原(ろくでうがはら)にて誅(ちゆう)(ちう)せらる。その
弟(おとと)左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)師平(もろひら)、郎等(らうどう)三人(さんにん)、同(おなじ)く首(くび)をはね
られけり。是等(これら)はいふかひなき物(もの)の秀(ひいで)て、い
ろう(いろふ)【綺ふ】まじき事(こと)にいろひ【綺ひ】、あやまたぬ天台座
主(てんだいざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこなひ、果報(くわほう)やつきにけむ、
山王大師(さんわうだいし)の神罰(しんばつ)冥罰(みやうばつ)をたちどころに
かうぶ(ッ)て、かかる目(め)にあへりけり。『小教訓(こげうくん)』S0204 新大納言(しんだいなごん)、ひとま
なる所(ところ)にをし(おし)こめられ、あせ水(みづ)になりつつ、
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「あはれ、これは日来(ひごろ)のあらまし事(ごと)のもれきこ
えけるにこそ。誰(たれ)もらしつらむ。定(さだめ)て北面(ほくめん)の
者共(ものども)が中(なか)にこそ有(ある)らむ」な(ン)ど(など)、思(おも)はじ事(こと)なう案(あん)
じつづけておはしけるに、うしろのかたより
足(あし)をと(おと)【音】のたからかにしければ、すは只今(ただいま)わ
が命(いのち)をうしなはんとて、P157もののふ【武士】共(ども)が参(まゐ)るに
こそとまち給(たま)ふに、入道(にふだう)(にうだう)みづからいたじき【板敷】
たからか【高らか】にふみならし、大納言(だいなごん)のおはしけるうし
P02193
ろの障子(しやうじ)をさ(ッ)とあけられたり。素絹(そけん)の衣(ころも)の
みじからかなるに、白(しろ)き大口(おほくち)ふみくくみ、ひじりづ
かの刀(かたな)をし(おし)くつろげてさすままに、以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)いか
れるけしきにて、大納言(だいなごん)をしばしにらまへ、「抑(そもそも)
御辺(ごへん)は平治(へいぢ)にもすでに誅(ちゆう)(ちう)せらるべかりしを、内
府(だいふ)が身(み)にかへて申(まうし)なだめ、頸(くび)をつぎたてま(ッ)【奉】し
はいかに。何(なに)の遺恨(ゐこん)(いこん)をも(ッ)て、此(この)一門(いちもん)ほろぼすべき
由(よし)御結構(ごけつこう)は候(さうらひ)けるやらん。恩(おん)をしるを人(ひと)とは
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いふぞ。恩(おん)をしらぬをちく【畜】生(しやう)とこそいへ。然
共(しかれども)当家(たうけ)の運命(うんめい)(うむめい)つきぬによ(ッ)て、むかへ奉(たて)ま(ッ)た
り。日来(ひごろ)の御結構(ごけつこう)の次第(しだい)、直(ぢき)に承(うけたまは)らむ」とぞ
の給(たま)ひける。大納言(だいなごん)「ま(ッ)たくさる事(こと)候(さうら)はず。人(ひと)
の讒言(ざんげん)にてぞ候(さうらふ)らん。よくよく御尋(おんたづね)候(さうら)へ」と申(まう)
されければ、入道(にふだう)(にうだう)いはせもはてず、「人(ひと)やあ
る、人(ひと)やある」とめされければ、貞能(さだよし)参(まゐ)りたり。「西
光(さいくわう)(さいくはう)めが白状(はくじやう)まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)られければ、も(ッ)てま
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いり(まゐり)【参り】たり。これをと(ッ)て二三返(にさんべん)をし(おし)返(かへし)をし(おし)返(かへし)よみ
きかせ、「あなにくや。此(この)うへ【上】をば何(なに)と陳(ちん)ずべき」
とて、大納言(だいなごん)のかほにさ(ッ)となげ【投げ】かけ、障子(しやうじ)をちや
うどたててぞ出(いで)られける。入道(にふだう)(にうだう)、猶(なほ)腹(はら)をすへ(すゑ)【据ゑ】
かねて、「経遠(つねとほ)(つねとを)・兼康(かねやす)」とめせば、瀬尾太郎(せのをのたらう)(せのおのたらう)・難波
二郎【*次郎】(なんばのじらう)、まいり(まゐり)【参り】たり。「あの男(をとこ)(おとこ)と(ッ)て庭(には)へ引(ひき)おとせ」
との給(たま)へば、これらはさう【左右】なうもしたてま
つらず、畏(かしこまつ)て、「小松殿(こまつどの)の御気色(ごきしよく)いかが候(さうら)はんずP158ら
P02196
ん」と申(まうし)ければ、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)大(おほき)にいか(ッ)て、「よしよし、を
のれら(おのれら)【己等】は内府(だいふ)が命(めい)をばをもう(おもう)【重う】して、入道(にふだう)(にうだう)が仰(おほせ)
をばかろう【軽う】しけるごさんなれ。其上(そのうへ)は力(ちから)及(およ)はず」
との給(たま)へば、此(この)事(こと)あしかりなんとやおもひ【思ひ】けん、
二人(ににん)のもの共(ども)立(たち)あがり、大納言(だいなごん)を庭(には)へ引(ひき)お
とし奉(たてまつ)る。其(その)時(とき)入道(にふだう)(にうだう)心(ここ)ちよげにて、「と(ッ)てふせ
ておめか(をめか)【喚か】せよ」とぞの給(たま)ひける。二人(ににん)の者共(ものども)、
大納言(だいなごん)の左右(さう)の耳(みみ)に口(くち)をあてて、「いかさまに
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も御声(おんこゑ)のいづべう候(さうらふ)」とささやいてひきふせ
奉(たてまつ)れば、二(ふた)こゑ【声】三声(みこゑ)ぞおめか(をめか)【喚か】れける。其(その)体(てい)冥
途(めいど)にて、娑婆世界(しやばせかい)の罪人(ざいにん)を、或(あるい)(あるひ)は業(ごふ)(ごう)のはか
りにかけ、或(あるい)(あるひ)は浄頗梨(じやうはり)のかがみにひきむ
けて、罪(つみ)の軽重(きやうぢゆう)(きやうぢう)に任(まかせ)つつ、阿防羅刹(あはうらせつ)が呵嘖(かしやく)
すらんも、これには過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。蕭樊(せうはん)とら
はれとらはれて、韓彭(かんぽう)にらきすされたり。兆錯(てうそ)戮(りく)
をうけて、周儀【*周魏】(しうぎ)つみせらる。たとへば、蕭何(せうが)・樊
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噌(はんくわい)・韓信(かんしん)・彭越(はうゑつ)(ほうゑつ)、是等(これら)は高祖(かうそ)の忠臣(ちうしん)なりしか共(ども)、
小人(せうじん)の讒(ざん)によ(ッ)て過敗(くわはい)の恥(はぢ)をうく共(とも)、かやうの
事(こと)をや申(まうす)べき。新大納言(しんだいなごん)は我(わが)身(み)のかくなるに
つけても、子息(しそく)丹波少将(たんばのせうしやう)成経(なりつね)以下(いげ)、おさな
き(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)、いかなるめ【目】にかあふらむと、おもひ【思ひ】やる
にもおぼつかなく、さばかりあつき六月(ろくぐわつ)に、
装束(しやうぞく)だにもくつろげず、あつさ【暑さ】もたへ【堪へ】がた
ければ、むね【胸】せきあぐる心(ここ)ちして、あせも
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涙(なみだ)もあらそひてぞながれ【流れ】ける。「さり共(とも)小松殿(こまつどの)は
思食(おぼしめし)はなたじ物(もの)を」との給(たま)へども、誰(たれ)して申(まうす)
べし共(とも)覚(おぼ)え給(たま)はず。P159小松(こまつ)のおとどは、其(その)後(のち)遥(はるか)
に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけせうしやう)車(くるま)のしりにのせつ
つ、衛府(ゑふ)四五人(しごにん)、随身(ずいじん)二三人(にさんにん)召(めし)具(ぐ)して、兵(つはもの)一人(いちにん)
もめしぐせ【召具せ】られず、殊(こと)に大様(おほやう)げでおはした
り。入道(にふだう)(にうだう)をはじめ奉(たてまつ)て、人々(ひとびと)皆(みな)おもは【思は】ずげに
ぞ見(み)給(たま)ひける。車(くるま)よりおり給(たまふ)所(ところ)に、貞能(さだよし)
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つ(ッ)と参(まゐ)(ッ)て、「などこれ程(ほど)の御大事(おんだいじ)に、軍兵共(ぐんびやうども)
をばめしぐせ【召具せ】られ候(さうら)はぬぞ」と申(まう)せば、「大事(だいじ)とは
天下(てんが)の大事(だいじ)をこそいへ。かやうの私(わたくし)ごとを大事(だいじ)
と云(いふ)様(やう)やある」との給(たま)へば、兵杖(ひやうぢやう)を帯(たい)し
たる者共(ものども)も、皆(みな)そぞろいてぞみえ【見え】ける。「そも
大納言(だいなごん)をばいづくにをか(おか)【置か】れたるやらん」とて、
ここかしこの障子(しやうじ)引(ひき)あけ引(ひき)あけ見(み)給(たま)へば、
ある障子(しやうじ)のうへに、蜘手(くもで)ゆふ(ゆう)【結う】たる所(ところ)あり。ここ
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やらむとてあけられたれば、大納言(だいなごん)おはし
けり。涙(なみだ)にむせびうつぶして、めも見(み)あはせ給(たま)
はず。「いかにや」との給(たま)へば、其(その)時(とき)みつけ奉(たてまつ)
り、うれしげに思(おも)はれたるけしき、地獄(ぢごく)に
て罪人(ざいにん)どもが地蔵菩薩(ぢざうぼさつ)を見(み)奉(たてまつる)らむも、
かくやとおぼえてあはれ【哀】也(なり)。「何事(なにごと)にて候(さうらふ)や
らん、かかるめにあひ候(さうらふ)。さてわたらせ給(たま)へば、
さり共(とも)とこそたのみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。平治(へいぢ)にも
P02202
既(すでに)誅(ちゆう)(ちう)せらるべきで候(さうらひ)しが、御恩(ごおん)をも(ッ)て頸(くび)をつ
がれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、正二位(じやうにゐ)の大納言(だいなごん)にあが(ッ)て、歳(とし)す
でに四十(しじふ)にあまり候(さうらふ)。御恩(ごおん)こそ生々世々(しやうじやうせせ)にも報(ほう)
じつくしがたう候(さうら)へ。今度(こんど)も同(おなじく)はかひなき
命(いのち)をたすけさせおP160はしませ。命(いのち)だにいき【生き】て候(さうら)
はば、出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)して高野(かうや)粉川【*粉河】(こかは)に閉籠(とぢこも)り、一
向(ひたすら)後世菩提(ごせぼだい)のつとめをいとなみ候(さうら)はむ」と申(まう)
されければ、「さは候(さうらふ)共(とも)、よも御命(おんいのち)失(うしな)ひ奉(たてまつ)る
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まではよも候(さうら)はじ。縦(たとひ)さは候(さうらふ)とも、重盛(しげもり)かうで
候(さうら)へば、御命(おんいのち)にもかはり奉(たてまつ)るべし」とて出(いで)られけ
り。父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「あの成親卿(なりちかのきやう)
うしなはれん事(こと)、よくよく御(おん)ぱからひ候(さうらふ)べし。先
祖(せんぞ)修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)、白川院【*白河院】(しらかはのゐん)にめしつかはれて
よりこのかた、家(いへ)に其(その)例(れい)なき正二位(じやうにゐ)の大
納言(だいなごん)にあが(ッ)て、当時(たうじ)君(きみ)無双(ぶさう)の御(おん)いとおしみ(いとほしみ)な
り。やがて首(くび)をはねられん事(こと)、いかが候(さうらふ)べからむ。
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都(みやこ)の外(ほか)へ出(いだ)されたらむに事(こと)たり候(さうらひ)なん。北野
天神(きたののてんじん)は時平(しへい)のおとどの讒奏(ざんそう)にてうき名(な)を
西海(さいかい)の浪(なみ)にながし、西宮(にしのみや)の大臣(おとど)は多田(ただ)の満仲(まんぢゆう)(まんぢう)
が讒言(ざんげん)にて恨(うらみ)を山陽(せんやう)(せんよう)の雲(くも)によす。これ皆(みな)
延喜(えんぎ)の聖代(せいたい)、安和(あんわ)の御門(みかど)の御(おん)ひが事(こと)とぞ申(まうし)
つたへたる。上古(しやうこ)猶(なほ)(なを)かくのごとし、况(いはん)や末代(まつだい)に
をいて(おいて)をや。賢王(けんわう)猶(なほ)(なを)御(おん)あやまりあり、况(いはん)や
凡人(ぼんにん)にをいて(おいて)をや。既(すで)に召(めし)をか(おか)【置か】れぬるうへは、
P02205
いそぎうしなはれずとも、なんのくるしみか候(さうらふ)べき。
「刑(けい)の疑(うたが)はしきをばかろんぜよ。功(こう)のうたがはし
きをばをもんぜよ(おもんぜよ)【重んぜよ】」とこそみえ【見え】て候(さうら)へ。事(こと)あた
らしく候(さうら)へども、重盛(しげもり)彼(かの)大納言(だいなごん)が妹(いもうと)に相(あひ)ぐし
て候(さうらふ)。維盛(これもり)又(また)聟(むこ)なり。かやうにしたしく成(な)(ッ)て
候(さうら)へば申(まうす)とや、おぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らん。其(その)儀(ぎ)では候(さうら)
はず。世(よ)のため、君(きみ)のため、家(いへ)のための事(こと)を
も(ッ)て申(まうし)候(さうらふ)。一(ひと)P161とせ、故少納言(こせうなごんの)入道(にふだう)(にうだう)信西(しんせい)が執権(しつけん)
P02206
の時(とき)に相(あひ)あた(ッ)て、我(わが)朝(てう)には嵯峨皇帝(さがのくわうてい)の御時(おんとき)、
右兵衛督(うひやうゑのかみ)藤原仲成(ふぢはらのなかなり)を誅(ちゆう)(ちう)せられてよりこ
のかた、保元(ほうげん)までは君(きみ)廿五代(にじふごだい)の間(あひだ)(あいだ)おこなはれ
ざりし死罪(しざい)をはじめてとりおこなひ、宇治(うぢ)の
悪左府(あくさふ)の死骸(しがい)をほりおこいて実験【*実検】(じつけん)せら
れし事(こと)な(ン)ど(など)は、あまりなる御政(おんまつりごと)とこそ覚(おぼ)え
候(さうらひ)しか。さればいにしへの人々(ひとびと)も、「死罪(しざい)をおこ
なへば海内(かいだい)に謀反(むほん)の輩(ともがら)たえず」とこそ申
P02207
伝(まうしつたへ)て候(さうら)へ。此(この)詞(ことば)について、中(なか)二年(にねん)あ(ッ)て、平治(へいぢ)に
又(また)信西(しんせい)がうづまれたりしをほり出(いだ)し、首(くび)を
刎(はね)て大路(おほち)をわたされ候(さうらひ)にき。保元(ほうげん)に申行(まうしおこな)ひし
事(こと)、いくほどもなく身(み)の上(うへ)にむかはりにきと思(おも)
へば、おそろしう【恐ろしう】こそ候(さうらひ)しか。是(これ)はさせる朝敵(てうてき)に
もあらず。かたがたおそれ【恐れ】有(ある)べし。御栄花(ごえいぐわ)残(のこ)る所(ところ)
なければ、覚(おぼ)しめす事(こと)有(ある)まじければ、子々
孫々(ししそんぞん)までも繁昌(はんじやう)こそあらまほしう候(さうら)へ。父祖(ふそ)の
P02208
善悪(ぜんあく)は必(かならず)子孫(しそん)に及(およ)(をよ)ぶとみえ【見え】て候(さうらふ)。積善(しやくぜん)の家(いへ)に
余慶(よけい)あり、積悪(しやくあく)の門(かど)に余殃(よわう)とどまるとこそ
承(うけたま)はれ。いかさまにも今夜(こよひ)首(くび)を刎(はね)られん事(こと)、然(しかる)
べうも候(さうら)はず」と申(まう)されければ、入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)げに
もとや思(おも)はれけむ、死罪(しざい)は思(おも)ひとどまり給(たま)ひぬ。
其(その)後(のち)おとど中門(ちゆうもん)(ちうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)にの給(たま)ひけるは、
「仰(おほせ)なればとて、大納言(だいなごん)左右(さう)なう失(うしな)ふ事(こと)有(ある)べか
らず。入道(にふだう)(にうだう)腹(はら)のたちのままに、物(もの)さはがしき(さわがしき)【騒がしき】事(こと)
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し給(たま)ひては、後(のち)に必(かならず)くやみ給(たま)ふべし。僻事(ひがこと)
してわれうらむな」との給(たま)へば、兵共(つはものども)皆(みな)舌(した)をP162ふ(ッ)
ておそれ【恐れ】をののく。「さても経遠(つねとほ)(つねとを)・兼康(かねやす)がけさ
大納言(だいなごん)に情(なさけ)なうあたりける事(こと)、返々(かへすがへす)も奇怪(きくわい)(き(ツ)くわい)
也(なり)。重盛(しげもり)がかへり聞(きか)ん所(ところ)をば、などかははばからざる
べき。かた田舎(いなか)のもの共(ども)はかかるぞよ」との給(たま)へ
ば、難波(なんば)も瀬尾(せのを)(せのお)もともにおそれ【恐れ】入(いり)たりけり。
おとどはかやうにの給(たま)ひて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。
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さる程(ほど)に、大納言(だいなごん)の供(とも)なりつる侍共(さぶらひども)、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)
の宿所(しゆくしよ)へはしり【走り】帰(かへり)て、此(この)由(よし)申(まう)せば、北方(きたのかた)以下(いげ)の
女房達(にようばうたち)、声(こゑ)もおしま(をしま)【惜ま】ずなき【泣き】さけぶ【叫ぶ】。「既(すでに)武士(ぶし)
のむかひ候(さうらふ)。少将殿(せうしやうどの)を始(はじめ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、君達(きんだち)も皆(みな)
とらせ【*れ】させ給(たま)ふべしとこそ聞(きこ)え候(さうら)へ。急(いそ)ぎいづ
方(かた)へもしのばせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、「今(いま)はこれほ
どの身(み)に成(な)(ッ)て、残(のこ)りとどまるとても、安穏(あんをん)に
て何(なに)にかはせむ。只(ただ)同(おな)じ一夜(ひとよ)の露(つゆ)ともきえん事(こと)
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こそ本意(ほんい)なれ。さてもけさはかぎりとしら【知ら】ざ
りけるかなしさよ」とて、ふしまろびてぞなか【泣か】
れける。既(すでに)武士共(ぶしども)のちかづく由(よし)聞(きこ)えしかば、
かくて又(また)はぢ【恥】がましく、うたてきめ【目】をみむも
さすがなればとて、十(とを)に成(なり)給(たま)ふ女子(によし)、八歳(はつさい)の
男子(なんし)、車(くるま)に取(とり)のせ、いづくをさすともなく
やり【遣り】出(いだ)す。さても有(ある)べきならねば、大宮(おほみや)をの
ぼりに、北山(きたやま)の辺(へん)雲林院(うんりんゐん)へぞおはしける。
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其(その)辺(へん)なる僧坊(そうばう)におろしをき(おき)奉(たてまつ)り、をくり(おくり)【送り】の
もの共(ども)も、身々(みみ)のすてがたさにいとま申(まうし)て帰(かへり)
けり。今(いま)はいとけなきおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)ばかり残(のこ)
りゐて、み【*又(また)】事(こと)とふ人(ひと)もなくしておはしけん
北方(きたのかた)の心(こころ)のうち、をし(おし)はかP163られて哀(あはれ)也(なり)。暮行(くれゆく)
かげを見(み)給(たま)ふにつけては、大納言(だいなごん)の露(つゆ)の
命(いのち)、此(この)夕(ゆふべ)をかぎりなりと思(おも)ひやるにも、きえ
ぬべし。女房(にようばう)侍(さぶらひ)おほかりけれ共(ども)、物(もの)をだにとり
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したためず、門(かど)をだにもをし(おし)【押し】も立(たて)ず。馬(むま)ど
もは厩(むまや)になみ【並み】たちたれども、草(くさ)かふもの一人(いちにん)
もなし。夜(よ)明(あく)れば、馬(むま)・車(くるま)門(かど)にたちなみ、賓客(ひんかく)
座(ざ)につらな(ッ)て、あそびたはぶれ、まひおどり(まひをどり)【舞踊り】、
世(よ)を世(よ)とも思(おもひ)給(たま)はず、近(ちか)きあたりの人(ひと)は
物(もの)をだにたかく【高く】いはず、おぢをそれ(おそれ)【恐れ】てこそ
昨日(きのふ)までも有(あり)しに、夜(よ)の間(ま)にかはるありさま、
盛者必衰(じやうしやひつすい)の理(ことわり)(ことはり)は目(めの)前(まへ)にこそ顕(あらは)れけれ。楽(たのしみ)
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つきて悲(かなしみ)来(きた)るとかかれたる江相公(がうしやうこう)の筆(ふで)の
あと、今(いま)こそ思(おもひ)しられけれ。『少将(せうしやう)乞請(こひうけ)』S0205丹波少将(たんばのせうしよう)成経(なりつね)は、
其(その)夜(よ)しも院御所(ゐんのごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)にうへ臥(ぶし)して、
いまだ出(いで)られざりけるに、大納言(だいなごん)の侍共(さぶらひども)、い
そぎ御所(ごしよ)へはせ参(まゐ)(ッ)て、少将殿(せうしやうどの)よび出(いだ)し
奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうす)に、「などや宰相(さいしやう)のもとより、今(いま)
までしらせざるらむ」との給(たま)ひもはてねば、
宰相殿(さいしやうどの)よりとて使(つかひ)あり。此(この)宰相(さいしやう)と申(まうす)は、
P02215
入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の弟(おとと)也(なり)。宿所(しゆくしよ)は六波羅(ろくはら)の惣門(そうもん)の内(うち)
なれば、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)とぞ申(まうし)ける。丹波(たんば)の
少将(せうしやう)にはしうと【舅】也(なり)。「何事(なにごと)P164にて候(さうらふ)やらん、入道
相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)のき(ッ)と西八条(にしはつでう)へ具(ぐ)し奉(たてまつ)れと候(さうらふ)」といは
せられたりければ、少将(せうしやう)此(この)事(こと)心得(こころえ)て、近習(きんじゆ)
の女房達(にようばうたち)よび出(いだ)し奉(たてまつ)り、「よべ何(なに)となう世(よ)
の物(もの)さはがしう(さわがしう)【騒がしう】候(さうらひ)しを、例(れい)の山法師(やまぼふし)(やまぼうし)の下(くだ)るか
な(ン)ど(など)、よそに思(おも)ひて候(さうら)へば、はや成経(なりつね)が身(み)の
P02216
うへにて候(さうらひ)けり。大納言(だいなごん)よさりきらるべう候(さうらふ)
なれば、成経(なりつね)も同座(どうざ)にてこそ候(さうら)はむずらめ。
いま一度(ひとたび)御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、君(きみ)をも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】た
う候(さうら)へ共(ども)、既(すで)にかかる身(み)に罷(まかり)成(な)(ッ)て候(さうら)へば、憚存(はばかりぞんじ)候(さうらふ)」
とぞ申(まう)されける。女房達(にようばうたち)御前(ごぜん)ヘまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)
奏(そう)せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)におどろかせ給(たま)ひ
て、「さればこそ。けさの入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)が使(つかひ)にはや
御心得(おんこころえ)あり。あは、これらが内々(ないない)はかりしことの
P02217
もれけるよ」と覚(おぼ)しめすにあさまし。「さるに
てもこれへ」と御気色(ごきしよく)有(あり)ければ、参(まゐ)られたり。
法皇(ほふわう)(ほうわう)も御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ひて、仰下(おほせくだ)さるる
旨(むね)もなし。少将(せうしやう)も涙(なみだ)に咽(むせん)で、申(まうし)あぐる旨(むね)もな
し。良(やや)ありて、さても有(ある)べきならねば、少将(せうしやう)袖(そで)
をかほにあてて、泣々(なくなく)罷出(まかりいで)られけり。法皇(ほふわう)(ほうわう)はうし
ろを遥(はるか)に御覧(ごらん)じをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひて、「末代(まつだい)こそ
心(こころ)うけれ。これかぎりで又(また)御覧(ごらん)ぜぬ事(こと)もや
P02218
あらむずらん」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ
かたじけなき。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)の人々(ひとびと)、少将(せうしやう)の袖(そで)をひかへ、
袂(たもと)にすが(ッ)て名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜み】、涙(なみだ)をながさぬは
なかりけり。しうとの宰相(さいしやう)のもとへ出(いで)られたれ
ば、北方(きたのかた)はちかう産(さん)すべき人(ひと)にておはしけP165るが、今
朝(けさ)より此(この)歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)もたえ【絶え】入(いる)
心(ここ)ちぞせられける。少将(せうしやう)御所(ごしよ)を罷(まかり)いづるより、
ながるる涙(なみだ)つきせぬに、北方(きたのかた)のありさまをみ【見】た
P02219
まひては、いとどせんかたなげにぞみえ【見え】られ
ける。少将(せうしやう)のめのとに、六条(ろくでう)といふ女房(にようばう)あり。
「御(おん)ち【乳】に参(まゐ)りはじめさぶらひて、君(きみ)をち【血】のなか
よりいだきあげまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、月日(つきひ)のかさなる
にしたがひて、我(わが)身(み)の年(とし)のゆく事(こと)をば歎(なげか)
ずして、君(きみ)のおとなしうならせ給(たま)ふ事(こと)をのみ
うれしう思(おも)ひ奉(たてまつ)り、あからさまとはおもへ【思へ】共(ども)、既(すでに)
廿一(にじふいち)年(ねん)ははなれ【離れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず。院(ゐん)内(うち)へまいら(まゐら)【参ら】せ
P02220
給(たま)ひて、をそう(おそう)【遅う】出(いで)させ給(たまふ)だにも、おぼつかな
う思(おも)ひまいらする(まゐらする)【参らする】に、いかなる御目(おんめ)にかあはせ給(たま)
はむずらむ」となく【泣く】。少将(せうしやう)「いたうな歎(なげ)ひ(なげい)そ。宰相(さいしやう)
さておはすれば、命(いのち)ばかりはさり共(とも)こいうけ(こひうけ)【乞請】
給(たま)はむずらむ」となぐさめ給(たま)へ共(ども)、人(ひと)め【目】もしらず
なきもだへ(もだえ)【悶え】けり。西八条(にしはつでう)より使(つかひ)しきなみに
有(あり)ければ、宰相(さいしやう)「ゆきむかふ(むかう)てこそ、ともかう
もならめ」とて出給(いでたま)へば、少将(せうしやう)も宰相(さいしやう)の車(くるま)の
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しりにのりてぞ出(いで)られける。保元(ほうげん)平治(へいぢ)より
このかた、平家(へいけ)の人々(ひとびと)たのしみさかへ(さかえ)【栄】のみあ(ッ)
て、愁歎(うれへなげき)はなかりしに、此(この)宰相(さいしやう)ばかりこそ、よし
なき聟(むこ)故(ゆゑ)にかかる歎(なげ)きをばせられけれ。
西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)て車(くるま)をとどめ、まづ案内(あんない)を
申入(まうしいれ)られければ、太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)「丹波少将(たんばのせうしやう)をば、此(この)
内(うち)へはいれ【入れ】らるべからず」との給(たま)ふ間(あひだ)(あいだ)、其(その)辺(へん)ちか
き侍(さぶらひ)の家(いへ)におろしをき(おき)つつ、宰相(さいしやう)P166ばかりぞ門(かど)の
P02222
内(うち)へは入(いり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)をば、いつしか兵共(つはものども)打(うち)かこんで、
守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。たのまれたりつる宰相殿(さいしやうどの)には
はなれ【離れ】給(たま)ひぬ。少将(せうしやう)の心(こころ)のうち、さこそは
便(たより)なかりけめ。宰相(さいしやう)中門(ちゆうもん)(ちうもん)に居(ゐ)給(たま)ひたれば、
入道(にふだう)(にうだう)対面(たいめん)もし給(たま)はず、源(げん)大夫(だいふ)(だゆふ)判官(はんぐわん)(はんぐはん)季貞(すゑさだ)を
も(ッ)て申入(まうしいれ)られけるは、「由(よし)なきものにしたしう
成(な)(ッ)て、返々(かへすがへす)くやしう候(さうら)へ共(ども)、かひも候(さうら)はず。相具(あひぐ)し
させて候(さうらふ)ものが、此(この)ほどなやむ事(こと)の候(さうらふ)なるが、
P02223
けさより此(この)歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)もたえ
なんず。何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき。少将(せうしやう)をばしばらく
教盛(のりもり)にあづけさせおはしませ。教盛(のりもり)かうで候(さうら)へ
ば、なじかはひが事(こと)せさせ候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、
季貞(すゑさだ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)申(まう)す。「あはれ、例(れい)の宰相(さいしやう)が、物(もの)に
心(こころ)えぬ」とて、とみに返事(へんじ)もし給(たま)はず。ややあり
て、入道(にふだう)(にうだう)の給(たま)ひけるは、「新大納言(しんだいなごん)成親(なりちか)、この一
門(いちもん)をほろぼして、天下(てんが)を乱(みだ)らむとする企(くはたて)あり。此(この)
P02224
少将(せうしやう)は既(すでに)彼(かの)大納言(だいなごん)が嫡子(ちやくし)也(なり)。うとふもあれしたし〔う〕も
あれ、えこそ申宥(まうしなだ)むまじけれ。若(もし)此(この)謀反(むほん)とげ
ましかば、御辺(ごへん)とてもおだしうやおはすべきと
申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。季貞(すゑさだ)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)
由(よし)宰相(さいしやう)に申(まうし)ければ、誠(まことに)ほいな【本意無】げで、重(かさね)て申(まう)
されけるは、「保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、度々(どど)の合
戦(かつせん)にも、御命(おんいのち)にかはりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】むとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ。
此(この)後(のち)もあらき風(かぜ)をばまづふせき【防き】参(まゐ)らせ候(さうら)
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はんずるに、たとひ教盛(のりもり)こそ年老(としおい)て候(さうらふ)とも、
わかき子共(こども)あまた候(さうら)へば、一方(いつぱう)の御固(おんかため)にP167はなどか
なら【成ら】で候(さうらふ)べき。それに成経(なりつね)しばらくあづからうど
申(まう)すを御(おん)ゆるされなきは、教盛(のりもり)を一向(いつかう)二心(ふたごころ)
ある者(もの)とおぼしめす【思召す】にこそ。是(これ)ほどうしろめた
う思(おも)はれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ては、世(よ)にあ(ッ)ても何(なに)にかはし
候(さうらふ)べき。今(いま)はただ身(み)のいとまをたまは(ッ)て、出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)
し、かた山里(やまざと)にこもり居(ゐ)て、一(ひと)すぢに後世菩
P02226
提(ごせぼだい)のつとめをいとなみ候(さうら)はん。由(よし)なき浮世(うきよ)の
まじはり也(なり)。世(よ)にあればこそ望(のぞみ)もあれ、望(のぞみ)のか
なはねばこそ恨(うらみ)もあれ。しかじ、うき世(よ)をいとひ、実(まこと)
の道(みち)に入(いり)なんには」とぞの給(たま)ひける。季貞(すゑさだ)ま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「宰相殿(さいしやうどの)ははや覚(おぼ)しめしき(ッ)て候(さうらふ)。ともかう
もよき様(やう)に御(おん)ぱからひ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、其(その)時(とき)入
道(にふだう)大(おほき)におどろいて、「さればとて出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)まで
はあまりにけしからず。其(その)儀(ぎ)ならば、少将(せうしやう)をばし
P02227
ばらく御辺(ごへん)に預(あづけ)奉(たてまつ)ると云(いふ)べし」とこその給(たま)ひ
けれ。季貞(すゑさだ)帰(かへり)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、宰相(さいしやう)に此(この)由(よし)申(まう)せば、「あ
はれ、人(ひと)の子(こ)をばもつまじかりける物かな。我(わが)子(こ)
の縁(えん)にむすぼほれざらむには、是(これ)ほど心(こころ)を
ばくだかじ物(もの)を」とて出(いで)られけり。少将(せうしやう)待(まち)うけ奉(たてまつり)て、
「さていかが候(さうらひ)つる」と申(まう)されければ、「入道(にふだう)(にうだう)あまりに
腹(はら)をたてて、教盛(のりもり)にはつゐに(つひに)【遂に】対面(たいめん)もし給(たま)はず。
かなふまじき由(よし)頻(しきり)にの給(たま)ひけれ共(ども)、出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)
P02228
まで申(まうし)たればにやらん、しばらく宿所(しゆくしよ)にをき(おき)奉(たてまつ)
れとの給(たま)ひつれども、始終(しじゆう)(しじう)よかるべしともおぼえ
ず」。少将(せうしやう)「さ候(さうら)へばこそ、成経(なりつね)は御恩(ごおん)(ごをん)をも(ッ)てP168しばし
の命(いのち)ものび候(さうら)はんずるにこそ。夫(それ)につき候(さうらひ)ては、
大納言(だいなごん)が事(こと)をばいかがきこしめさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「それまでは
思(おも)ひもよらず」との給(たま)へば、其(その)時(とき)涙(なみだ)をはらはらとな
がい【流い】て、「誠(まこと)に御恩(ごおん)をも(ッ)てしばしの命(いのち)いき【生き】候(さうら)はんずる
事(こと)は、然(しかる)べう候(さうら)へ共(ども)、命(いのち)のおしう(をしう)【惜う】候(さうらふ)も、父(ちち)を今(いま)一度(ひとたび)
P02229
見(み)ばやと思(おも)ふ為(ため)也(なり)。大納言(だいなごん)がきられ候(さうら)はんにお
いては、成経(なりつね)とてもかひなき命(いのち)をいきて何(なに)
にかはし候(さうらふ)べき。ただ一所(いつしよ)でいかにもなるやうに
申(まうし)てたばせ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と申(まう)されけれ
ば、宰相(さいしやう)よにも心(こころ)くるしげ【苦し気】にて、「いさとよ。御辺(ごへん)の
事(こと)をこそとかう申(まうし)つれ。それまではおもひ【思ひ】もよら
ね共(ども)、大納言殿(だいなごんどの)の御事(おんこと)をば、今朝(けさ)〔内(うち)〕のおとどやうやう
に申(まう)されければ、それもしばしは心安(こころやす)いやうに
P02230
こそ承(うけたま)はれ」との給(たま)へば、少将(せうしやう)泣々(なくなく)手(て)を合(あはせ)てぞ
悦(よろこ)ばれける。子(こ)ならざらむ者(もの)は、誰(たれ)か只今(ただいま)我(わが)身(み)の
うへをさしをひ(おい)【置い】て、是(これ)ほどまでは悦(よろこぶ)べき。誠(まこと)の契(ちぎり)
はおやこ【親子】の中(なか)にぞありける。子(こ)をば人(ひと)のもつ
べかりける物(もの)かなとぞ、やがて思(おも)ひかへさ【返さ】れける。
さて今朝(けさ)のごとくに同車(どうしや)して帰(かへ)られけり。宿
所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、しん【死ん】だる人(ひと)のいきかへりたる
心(ここ)ちして、さしつどひて皆(みな)悦泣共(よろこびなきども)せられけり。P169
P02231
『教訓状(けうくんじやう)』S0206太政入道(だいじやうのにふだう)(だいじやうのにうだう)は、かやうに人々(ひとびと)あまたいましめをい(おい)て
も、猶(なほ)(なほ)心(こころ)ゆかずや思(おも)はれけん、既(すでに)赤地(あかぢ)の錦(にしき)
の直垂(ひたたれ)に、黒糸威(くろいとをどし)(くろいとおどし)の腹巻(はらまき)の白(しろ)がな物(もの)う(ッ)たる
むな板(いた)せめて、先年(せんねん)安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、神拝(じんばい)の
次(ついで)(つゐで)に、霊夢(れいむ)を蒙(かうぶり)て、厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)よりうつつ【現】に
給(たま)はられたりし銀(しろかね)のひる【蛭】巻(まき)したる小長刀(こなぎなた)、常(つね)の
枕(まくら)をはなたず立(たて)られたりしを脇(わき)にはさみ、中
門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)へぞ出(いで)られける。そのきそく【気色】おほかた
P02232
ゆかしう【*ゆゆしう】ぞみえ【見え】し。貞能(さだよし)をめす。筑後守貞能(ちくごのかみさだよし)、木
蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)にひおどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、御前(おんまへ)に畏(かしこま)(ッ)て
候(さうらふ)。ややあ(ッ)て入道(にふだう)(にうだう)の給(たま)ひけるは、「貞能(さだよし)、此(この)事(こと)いかが
おもふ【思ふ】。保元(ほうげん)に平(へい)〔右〕馬助(むまのすけ)をはじめとして、一門(いちもん)半(なかば)過(すぎ)の【*て】
新院(しんゐん)のみかたへまいり(まゐり)【参り】にき。一宮(いちのみや)の御事(おんこと)は、故刑
部卿殿(こぎやうぶきやうのとの)の養君(やうくん)にてましまいしかば、かたがた見(み)
はなちまいらせ(まゐらせ)【参らせ】がたか(ッ)し〔か〕ども、故院(こゐん)の御遺誡(ごゆいかい)に
任(まかせ)て、みかたにてさきをかけたりき。是(これ)一(ひとつ)の奉
P02233
公(はうこう)なり。次(つぎに)平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼(のぶより)・義朝(よしとも)が院(ゐん)内(うち)を
とり奉(たてまつ)て、大内(おほうち)にたてごも(ッ)て、天下(てんが)くらやみと
成(な)(ッ)たりしに、入道(にふだう)(にうだう)身(み)を捨(すて)て凶徒(けうど)を追落(おひおと)し、
経宗(つねむね)・惟方(これかた)をめし警(いましめ)しに至(いた)るまで、既(すで)に君(きみ)
の御為(おんため)に命(いのち)をうしなはんとする事(こと)、度々(どど)にをよ
ぶ(およぶ)【及ぶ】。縦(たとひ)人(ひと)なんと申(まうす)共(とも)、七代(しちだい)までは此(この)一門(いちもん)をば争(いかで)か
捨(すて)させ給(たま)ふべき。それに、成親(なりちか)P170と云(いふ)無用(むよう)の
いたづら者(もの)、西光(さいくわう)(さいくはう)と云(いふ)下賎(げせん)の不当人(ふたうじん)めが申(まうす)
P02234
事(こと)につかせ給(たまひ)て、此(この)一門(いちもん)亡(ほろぼ)すべき由(よし)、法皇(ほふわう)(ほうわう)の御
結構(ごけつこう)こそ遺恨(ゐこん)(いこん)の次第(しだい)なれ。此(この)後(のち)も讒奏(ざんそう)す
る者(もの)あらば、当家(たうけ)追討(ついたう)の院宣(ゐんぜん)下(くだ)されつとお
ぼゆるぞ。朝敵(てうてき)と成(な)(ッ)てはいかにくゆ共(とも)益(えき)(ゑき)有(ある)まじ。
世(よ)をしづめん程(ほど)、法皇(ほふわう)(ほうわう)を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし
奉(たてまつ)るか、然(しから)ずは、是(これ)へまれ御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】むと
思(おも)ふはいかに。其(その)儀(ぎ)ならば、北面(ほくめん)の輩(ともがら)、矢(や)をも一(ひとつ)い【射】
んずらん。侍共(さぶらひども)に其(その)用意(ようい)せよと触(ふる)べし。大方(おほかた)
P02235
は入道(にふだう)(にうだう)、院(ゐん)がたの奉公(ほうこう)おもひ【思ひ】き(ッ)たり。馬(むま)にくらをか(おか)【置か】
せよ。きせなが【着背長】取出(とりいだ)せ」とぞの給(たま)ひける。主馬
判官(しゆめのはんぐわん)(しゆめのはんぐはん)盛国(もりくに)、いそぎ小松殿(こまつどの)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「世(よ)は既(すでに)かう
候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、おとど聞(きき)もあへず、「あははや、成親
卿(なりちかのきやう)が首(くび)を刎(はね)られたるな」との給(たま)へば、「さは候(さうら)はね
共(ども)、入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)きせながめさ【召さ】れ候(さうらふ)。侍共(さぶらひども)皆(みな)う(ッ)た(ッ)(うつたつ)【打つ立つ】て、ただ
今(いま)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へよせんと出(いで)たち候(さうらふ)。法皇(ほふわう)(ほうわう)をば
鳥羽殿(とばどの)へをし(おし)こめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど候(さうらふ)が、内々(ないない)は鎮西(ちんぜい)
P02236
の方(かた)へながしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど議(ぎ)せられ候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、
おとど争(いかで)かさる事(こと)有(ある)べきと思(おも)へ共(ども)、今朝(けさ)の禅門(ぜんもん)
のきそく【気色】、さる物(もの)ぐるはしき事(こと)も有(ある)らんとて、
車(くるま)をとばして西八条(にしはつでう)へぞおはしたる。門前(もんぜん)にて車(くるま)
よりおり、門(もん)の内(うち)へさし入(いり)て見(み)給(たま)(みたま)へば、入道(にふだう)(にうだう)腹巻(はらまき)
をき給(たま)ふ上(うへ)は、一門(いちもん)の卿相雲客(けいしやううんかく)数十人(すじふにん)(すじうにん)、各(おのおの)
色々(いろいろ)の直垂(ひたたれ)に思(おも)ひ思(おも)ひの鎧(よろひ)きて、中門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)に
二行(にぎやう)P171に着座(ちやくざ)せられたり。其(その)外(ほか)諸国(しよこく)の受領(じゆりやう)・
P02237
衛府(ゑふ)・諸司(しよし)な(ン)ど(など)は、縁(えん)にゐこぼれ、庭(には)にもひしと
なみゐたり。旗(はた)ざほ(ざを)共(ども)ひきそばめひきそばめ、馬(むま)の腹帯(はるび)
をかため、甲(かぶと)の緒(を)(お)をしめ、只今(ただいま)皆(みな)う(ッ)たた(うつたた)【打つ立た】むずる
けしきどもなるに、小松殿(こまつどの)烏帽子(えぼし)(ゑぼし)直衣(なほし)(なをし)に、
大文(だいもん)の指貫(さしぬき)そばと(ッ)て、ざやめき入給(いりたま)へば、事外(ことのほか)
にぞ見(み)えられける。入道(にふだう)(にうだう)ふしめにな(ッ)て、あはれ、れ
いの内府(だいふ)が世(よ)をへうする様(やう)にふるまふ、大(おほい)に諫(いさめ)ば
やとこそ思(おも)はれけめども、さすが子(こ)ながらも、内(うち)に
P02238
は五戒(ごかい)をたも(ッ)て慈悲(じひ)を先(さき)とし、外(ほか)には五常(ごじやう)をみ
ださず、礼義(れいぎ)をただしうし給(たま)ふ人(ひと)なれば、あのすが
たに腹巻(はらまき)をきて向(むか)はん事(こと)、おもばゆう【面映う】はづかし
うや思(おも)はれ[B け]ん、障子(しやうじ)をすこし引(ひき)たてて、素絹(そけん)の
衣(ころも)を腹巻(はらまき)の上(うへ)にあはてぎ(あわてぎ)【慌着】にき【着】給(たま)ひける
が、むないたの金物(かなもの)のすこしはづれてみえ【見え】け
るを、かくさ【隠さ】うど、頻(しきり)に衣(ころも)のむねを引(ひき)ちがへ引(ひき)ちがへ
ぞし給(たま)ひける。おとどは舎弟(しやてい)宗盛卿(むねもりのきやう)の座上(ざしやう)に
P02239
つき給(たま)ふ。入道(にふだう)(にうだう)もの給(たま)ひ出(いだ)す旨(むね)もなし。おとども
申(まうし)出(いだ)さるる事(こと)もなし。良(やや)あ(ッ)て入道(にふだう)(にうだう)の給(たま)ひけるは、
「成親卿(なりちかのきやう)が謀反(むほん)は事(こと)の数(かず)にもあらず。一向(いつかう)法皇(ほふわう)(ほうわう)の
御結構(ごけつこう)にて有(あり)けるぞや。世(よ)をしづめん程(ほど)、法皇(ほふわう)(ほうわう)
を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし奉(たてまつ)るか、然(しから)ずは是(これ)へまれ
御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思(おも)ふはいかに」との給(たま)へば、
おとど聞(きき)もあへずはらはらとぞなかれける。入道(にふだう)(にうだう)「い
かにいかに」とあきれ給(たま)ふ。おとど涙(なみだ)をおさへて申(まう)
P02240
されけるは、「此(この)仰(おほせ)承(うけたまはり)候(さうらふ)に、P172御運(ごうん)ははや末(すゑ)に成(なり)ぬと
覚(おぼえ)候(さうらふ)。人(ひと)の運命(うんめい)の傾(かたぶ)かんとては、必(かならず)悪事(あくじ)を思(おも)ひ
立(たち)候(さうらふ)也(なり)。又(また)御(おん)ありさま、更(さら)にうつつ共(とも)覚(おぼ)え候(さうら)はず。さ
すが我(わが)朝(てう)は辺地粟散(へんぢそくさん)の境(さかひ)と申(まうし)ながら、天照
大神(てんせうだいじん)の御子孫(ごしそん)、国(くに)のあるじとして、天児屋根尊(あまのこやねのみこと)
の御末(おんすゑ)、朝(てう)の政(まつりごと)をつかさどり給(たま)ひしより以来(このかた)、太
政大臣(だいじやうだいじん)の官(くわん)(くはん)に至(いた)る人(ひと)の甲冑(かつちう)をよろふ事(こと)、礼
義(れいぎ)を背(そむく)にあらずや。就中(なかんづく)御出家(ごしゆつけ)の御身(おんみ)也(なり)。
P02241
夫(それ)三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)、解脱幢相(げだつどうさう)の法衣(ほふえ)(ほうえ)をぬぎ捨(すて)
て、忽(たちまち)に甲冑(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)しまし
まさん事(こと)、内(うち)には既(すでに)破戒無慙(はかいむざん)の罪(つみ)をまねく
のみならずや、外(ほか)には又(また)仁義礼智信(じんぎれいちしん)の法(ほふ)(ほう)に
もそむき候(さうらひ)なんず。かたがた恐(おそれ)ある申事(まうしごと)にて
候(さうら)へ共(ども)、心(こころ)の底(そこ)に旨趣(ししゆ)(し(イ)しゆ)を残(のこ)すべきにあらず。まづ
世(よ)に四恩(しおん)候(さうらふ)。天地(てんち)の恩(おん)、国王(こくわう)の恩(おん)、父母(ぶも)の恩(おん)、衆
生(しゆじやう)の恩(おん)是(これ)也(なり)。其(その)中(なか)に尤(もつとも)おもき【重き】は朝恩(てうおん)也(なり)。普天(ふてん)
P02242
の下(した)、王地(わうぢ)にあらずといふ事(こと)なし。されば彼(かの)潁川(えいせん)(ゑいせん)の
水(みづ)に耳(みみ)をあらひ、首陽山(しゆやうざん)に薇(わらび)をお(ッ)(をつ)【折つ】し賢人(けんじん)も、勅
命(ちよくめい)そむきがたき礼義(れいぎ)をば存知(ぞんぢ)すとこそ
承(うけたま)はれ。何(なんぞ)况哉(いはんや)先祖(せんぞ)にもいまだきか【聞か】ざ(ッ)し太政
大臣(だいじやうだいじん)をきはめさせ給(たま)ふ。いはゆる重盛(しげもり)が無才
愚闇(むさいぐあん)の身(み)をも(ッ)て、蓮府槐門(れんぷくわいもん)の位(くらゐ)に至(いた)る。しかの
みならず、国郡(こくぐん)半(なかば)過(すぎ)て一門(いちもん)の所領(しよりやう)となり、田園(でんゑん)(でんえん)
悉(ことごとく)一家(いつか)の進止(しんじ)たり。是(これ)希代(きたい)の朝恩(てうおん)にあら
P02243
ずや。今(いま)これらの莫大(ばくたい)の御恩(ごおん)(ごをん)を忘(わすれ)て、みだ
りがはしく法皇(ほふわう)(ほうわう)を傾(かたぶ)け奉(たてまつ)らせ給(たま)はん事(こと)、天
照大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)の神慮(しんりよ)にも背(そむき)候(さうらひ)なんず。日
本(につぽん)は是(これ)神国(しんこく)也(なり)。神(かみ)は非礼(ひれい)を享(うけ)給(たま)はず。P173然(しかれ)ば
君(きみ)のおぼしめし【思召し】立(たつ)ところ【所】、道理(だうり)なかばなきに
あらず。中(なか)にも此(この)一門(いちもん)は、朝敵(てうてき)を平(たひら)(たいら)げて四海(しかい)
の逆浪(げきらう)をしづむる事(こと)は無双(ぶさう)の忠(ちゆう)(ちう)なれば【*ども】、その
賞(しやう)に誇(ほこ)る事(こと)は傍若無人(ばうじやくぶじん)共(とも)申(まうし)つべし。聖徳太
P02244
子(しやうとくたいし)十七(じふしち)ケ条(かでう)の御憲法(ごけんぼう)に、「人(ひと)皆(みな)心(こころ)あり。心(こころ)各(おのおの)執(しゆ)あり。
彼(かれ)を是(ぜ)し我(われ)を非(ひ)し、我(われ)を是(ぜ)し彼(かれ)を非(ひ)す、是非(ぜひ)
の理(り)誰(たれ)かよく定(さだ)むべき。相共(あひとも)に賢愚(けんぐ)なり。環(たまき)
の如(ごと)くして端(はし)なし。ここをも(ッ)て設(たとひ)人(ひと)いかる【怒る】と云(いふ)共(とも)、
かへ(ッ)て我(わが)とがをおそれよ【恐れよ】」とこそみえ【見え】て
候(さうら)へ。しかれ共(ども)、御運(ごうん)つきぬによ(ッ)て、謀反(むほん)既(すでに)
あらはれぬ。其上(そのうへ)仰合(おほせあはせ)らるる成親卿(なりちかのきやう)め
しをか(おか)【置か】れぬる上(うへ)は、設(たとひ)君(きみ)いかなるふしぎ
P02245
をおぼしめし【思召し】たたせ給(たま)ふとも、なんのおそれ【恐れ】
か候(さうらふ)べき。所当(しよたう)の罪科(ざいくわ)おこなはれん上(うへ)は、退(しりぞ)
いて事(こと)の由(よし)を陳(ちん)じ申(まう)させ給(たま)ひて、君(きみ)
の御(おん)ためには弥(いよいよ)奉公(ほうこう)の忠勤(ちゆうきん)(ちうきん)をつくし、民(たみ)
のためにはますます撫育(ぶいく)の哀憐(あいれん)をいた
させ給(たま)はば、神明(しんめい)の加護(かご)にあづかり、仏陀(ぶつだ)
の冥慮(みやうりよ)にそむくべからず。神明仏陀(じんめいぶつだ)感応(かんおう)
あらば、君(きみ)もおぼしめしなをす(なほす)事(こと)、などか候(さうら)は
P02246
ざるべき。君(きみ)と臣(しん)とならぶるに親疎(しんそ)わく【分く】か
たなし。道理(だうり)と僻事(ひがこと)をならべんに、争(いかで)か道理(だうり)
[M か道]につかざるべき」。P174『烽火(ほうくわ)之(の)沙汰(さた)』S0207 「是(これ)は君(きみ)の御(おん)ことはり(ことわり)【理】にて
候(さうら)へば、かなはざらむまでも、院御所(ゐんのごしよ)法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)を守護(しゆご)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べし。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)は、重盛(しげもり)
叙爵(じよしやく)より今(いま)大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にいたるまで、しかし
ながら君(きみ)の御恩(ごおん)(ごをん)ならずと云(いふ)事(こと)なし。其(その)恩(おん)(をん)の
重(おも)き事(こと)をおもへ【思へ】ば、千顆万顆(せんくわばんくわ)の玉(たま)にも
P02247
こえ、其(その)恩(おん)(をん)のふかき事(こと)を案(あん)ずれは、一入再
入(いちじふさいじふ)(いちじうさいじう)の紅(くれなゐ)にも過(すぎ)たらん。しかれば、院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)にまい
り(まゐり)【参り】こもり候(さうらふ)べし。其(その)儀(ぎ)にて候(さうら)はば、重盛(しげもり)が身(み)
にかはり、命(いのち)にかはらんと契(ちぎり)たる侍共(さぶらひども)少々(せうせう)候(さうらふ)
らん。これらをめしぐし【召具し】て、院御所(ゐんのごしよ)法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)を守護(しゆご)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はば、さすが以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)の
御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はんずらめ。悲(かなしき)哉(かな)、君(きみ)の御(おん)た
めに奉公(ほうこう)の忠(ちゆう)(ちう)をいたさんとすれば、迷
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慮【*迷盧】(めいろ)八万(はちまん)の頂(いただき)より猶(なほ)(なを)たかき父(ちち)の恩(おん)(をん)、忽(たちまち)に
わすれんとす。痛(いたましき)哉(かな)、不孝(ふかう)の罪(つみ)をのがれん
とおもへ【思へ】ば、君(きみ)の御(おん)ために既(すでに)不忠(ふちゆう)(ふちう)の逆臣(ぎやくしん)
となりぬべし。進退(しんだい)惟(これ)きはまれり、是
非(ぜひ)いかにも弁(わきまへ)がたし。申(まうし)うくるところ〔の〕詮(せん)は、
ただ重盛(しげもり)が頸(くび)をめされ候(さうら)へ。院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)をも守
護(しゆご)しまいらす(まゐらす)【参らす】べからず、院参(ゐんざん)の御供(おんとも)をも仕(つかまつ)る
べからず。かの蕭何(せうが)は大功(たいこう)かたへにこえたるに
P02249
よ(ッ)て、官(くわん)(くはん)大相国(たいしやうこく)に至(いた)り、剣(けん)を帯(たい)し沓(くつ)をは
きながら殿上(てんじやう)にのぼる事(こと)をゆるされし
か共(ども)、叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)にそむく事(こと)あれば、高祖(かうそ)おもう【重う】
警(いましめ)てふかう【深う】罪(つみ)せられにき。かやうの先蹤(せんじよう)(せんぜう)を
おP175もふにも、富貴(ふうき)といひ栄花(えいぐわ)といひ、朝恩(てうおん)(てうをん)と
いひ重職(ちようじよく)(てうじよく)といひ、旁(かたがた)きはめさせ給(たま)ひぬ
れば、御運(ごうん)のつきむこともかたかるべきに
あらず。富貴(ふうき)の家(いへ)には禄位(ろくゐ)重畳(ちようでふ)(てうでう)せり、ふた
P02250
たび実(み)なる木(き)は其(その)根(ね)必(かならず)いたむとみえ【見え】
て候(さうらふ)。心(こころ)ぼそうこそおぼえ候(さうら)へ。いつまでか
命(いのち)いきて、みだれむ世(よ)をも見(み)候(さうらふ)べき。只(ただ)末
代(まつだい)に生(しやう)をうけて、かかるうき目(め)にあひ候(さうらふ)重
盛(しげもり)が果報(くわほう)の程(ほど)こそつたなう候(さうら)へ。ただ今(いま)侍(さぶらひ)
一人(いちにん)に仰付(おほせつけ)て、御坪(おつぼ)のうちに引出(ひきいだ)されて、
重盛(しげもり)が首(かうべ)のはねられん事(こと)は、安(やす)いほどの
事(こと)で〔こそ〕候(さうら)へ。是(これ)をおのおの聞(きき)給(たま)へ」とて、直衣(なほし)(なをし)
P02251
の袖(そで)もしぼるばかりに涙(なみだ)をながしかきくどかれ
ければ、一門(いちもん)の人々(ひとびと)、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、みな
鎧(よろひ)の袖(そで)をぞぬらされける。太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)も、た
のみき(ッ)たる内府(だいふ)はかやうにの給(たま)ふ、力(ちから)も
なげにて、「いやいや、これまでは思(おもひ)もよりさ
うず。悪党共(あくたうども)が申(まうす)事(こと)につかせ給(たま)ひて、ひが
事(こと)な(ン)どやいでこむずらんと思(おも)ふばかりで
こそ候(さうら)へ」との給(たま)へば、「縦(たとひ)いかなるひが事(こと)出(いで)
P02252
き候(さうらふ)とも、君(きみ)をば何(なに)とかしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふべ
き」とて、ついた(ッ)て中門(ちゆうもん)(ちうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)に仰(おほせ)ら
れけるは、「只今(ただいま)重盛(しげもり)が申(まうし)つる事共(ことども)をば、
汝等(なんぢら)承(うけたま)はらずや。今朝(けさ)よりこれに候(さうら)うて、かや
うの事共(ことども)申(まうし)しづめむと存(ぞん)じつれ共(ども)、あ
まりにひたさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】にみえ【見え】つる間(あひだ)(あいだ)、帰(かへ)りたり
つるなり。院参(ゐんざん)の御供(おんとも)にをいて(おいて)は、重盛(しげもり)が
頸(くび)のめさ【召さ】れむを見(み)て仕(つかまつ)れ。さらば人(ひと)まい
P02253
れ(まゐれ)【参れ】」とて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。P176主馬判官(しゆめのはんぐわん)(しゆめのはんぐはん)
盛国(もりくに)をめして、「重盛(しげもり)こそ天下(てんが)の大事(だいじ)を別(べつ)
して聞出(ききいだ)したれ。「我(われ)を我(われ)とおもは【思は】ん者
共(ものども)は、皆(みな)物(ものの)ぐ【具】して馳(はせ)まいれ(まゐれ)【参れ】」と披露(ひろう)せよ」
との給(たま)へば、此(この)由(よし)ひろう【披露】す。おぼろけにては
さはが(さわが)【騒が】せ給(たま)はぬ人(ひと)の、かかる披露(ひろう)のあるは
別(べち)の子細(しさい)のあるにこそとて、皆(みな)物具(もののぐ)して
我(われ)も我(われ)もと馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。淀(よど)・はづかし【羽束師】・宇治(うぢ)・岡(をか)の屋(や)、
P02254
日野(ひの)・勧条寺【*勧修寺】(くわんじゆじ)・醍醐(だいご)・小黒栖(おぐるす)、梅津(むめず)・桂(かつら)・大原(おほはら)・しづ
原(はら)、せれう【芹生】の里(さと)と、あぶれゐたる兵共(つはものども)、或(あるい)(あるひ)は
よろい(よろひ)【鎧】きていまだ甲(かぶと)をきぬもあり、或(あるい)は
矢(や)おうていまだ弓(ゆみ)をもたぬもあり。片
鐙(かたあぶみ)ふむやふまずにて、あはて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】で馳(はせ)
まいる(まゐる)【参る】。小松殿(こまつどの)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)ありと聞(きこ)えしかば、
西八条(にしはつでう)に数千騎(すせんぎ)ありける兵共(つはものども)、入道(にふだう)(にうだう)に
かうとも申(まうし)も入(いれ)ず、ざざめきつれて、皆(みな)小
P02255
松殿(こまつどの)へぞ馳(はせ)たりける。すこしも弓箭(きうせん)にたづ
さはる程(ほど)の者(もの)、一人(いちにん)も残(のこ)らず。其(その)時(とき)入道(にふだう)(にうだう)大(おほき)
に驚(おどろ)(をどろ)き、貞能(さだよし)をめして、「内府(だいふ)は何(なに)とおもひ【思ひ】て、
これらをばよび【呼び】とるやらん。是(これ)でいひつる様(やう)
に、入道(にふだう)(にうだう)が許(もと)へ射手(いて)(ゐて)な(ン)ど(など)やむかへんずらん」と
の給(たま)へば、貞能(さだよし)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「人(ひと)も
人(ひと)にこそよらせ給(たま)ひ候(さうら)へ。争(いかで)かさる御事(おんこと)候(さうらふ)べき。
申(まう)させ給(たま)ひつる事共(ことども)も、みな御後悔(ごこうくわい)ぞ候(さうらふ)
P02256
らん」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)(にうだう)内府(だいふ)に中(なか)たがふ(たがう)【違う】て
はあしかりなんとやおもは【思は】れけむ、法皇(ほふわう)(ほうわう)むかへ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んずる事(こと)もはや思(おもひ)とどまり、腹
巻(はらまき)ぬぎをき(おき)、素絹(そけん)の衣(ころも)にけさ【袈裟】うちかけ
て、いと心(こころ)にもおこらぬ念珠(ねんじゆ)してこそおはし
けれ。P177小松殿(こまつどの)には、盛国(もりくに)承(うけたまは)(ッ)て着到(ちやくたう)つけけ
り。馳参(はせさんじ)たる勢(せい)ども、一万余騎(いちまんよき)とぞしる
いたる。着到披見(ちやくたうひけん)の後(のち)、おとど中門(ちゆうもん)(ちうもん)に出(いで)て、
P02257
侍共(さぶらひども)にの給(たま)ひけるは、「日来(ひごろ)の契約(けいやく)をたが
へ【違へ】ず、まいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。異国(いこく)に
さるためしあり。周(しゆうの)幽王(いうわう)(ゆうわう)、褒■女+以(ほうじ)と云(いふ)最愛(さいあい)の
后(きさき)をもち給(たま)へり。天下(てんが)第一(だいいち)の美人(びじん)也(なり)。
されども幽王(いうわう)(ゆうわう)の心(こころ)にかなはざりける事(こと)は、
褒■女+以(ほうじ)咲(ゑみ)をふくまずとて、すべて此(この)后(きさき)わら
う(わらふ)【笑ふ】事(こと)をし給(たま)はず。異国(いこく)の習(ならひ)には、天下(てんが)に
兵革(へいがく)おこる時(とき)、所(しよ)々に火(ひ)をあげ、大鼓(たいこ)をう(ッ)て
P02258
兵(つはもの)をめすはかり事(こと)あり。是(これ)を烽火(ほうくわ)と名(な)づ
けたり。或(ある)時(とき)天下(てんが)に兵乱(ひやうらん)おこ(ッ)て、烽火(ほうくわ)をあ
げたりければ、后(きさき)これを見(み)給(たま)ひて、「あな
ふしぎ、火(ひ)もあれ程(ほど)おほかりけるな」と
て、其(その)時(とき)初(はじめ)てわらひ【笑ひ】給(たま)へり。この后(きさき)一(ひと)たび
ゑめば百(もも)の媚(こび)ありけり。幽王(いうわう)(ゆうわう)うれしき事(こと)に
して、其(その)事(こと)となうつねに烽火(ほうくわ)をあげ給(たま)ふ。
諸(しよ)こう【侯】来(きた)るにあた(寇)なし。あたなければ則(すなはち)
P02259
さん【去ん】ぬ。かやうにする事(こと)度々(たびたび)に及(およ)(をよ)べば、まいる(まゐる)【参る】
ものもなかりけり。或(ある)時(とき)隣国(りんごく)より凶賊(けうぞく)
おこ(ッ)て、幽王(いうわう)(ゆうわう)の都(みやこ)をせめけるに、烽火(ほうくわ)を
あぐれども、例(れい)の后(きさき)の火(ひ)になら(ッ)て兵(つはもの)もま
いら(まゐら)【参ら】ず。其(その)時(とき)都(みやこ)かたむいて、幽王(いうわう)(ゆうわう)終(つひ)(つゐ)にほろ
びにき。さてこの后(きさき)は野干(やかん)とな(ッ)てはし
り【走り】うせけるぞおそろしき【恐ろしき】。か様(やう)の事(こと)がある
時(とき)は、自今(じごん)以後(いご)もこれよりめさむには、かく
P02260
のごとくまいる(まゐる)【参る】べし。重盛(しげもり)不思議(ふしぎ)の事(こと)を聞
出(ききいだ)してめし【召し】つるなり。されども其(その)事(こと)聞(きき)なを
し(なほし)つ。僻事(ひがこと)にてありけり。とうP178とう帰(かへ)れ」とて
皆(みな)帰(かへ)されけり。実(まこと)にはさせる事(こと)をも聞出(ききいだ)
されざりけれども、父(ちち)をいさめ申(まう)され
つる詞(ことば)にしたがひ、我(わが)身(み)に勢(せい)のつくかつか
ぬかの程(ほど)をもしり、又(また)父子(ふし)戦(たたかひ)をせんとには
あらねども、かうして入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の謀反(むほん)[M 「服反」とあり「服」に「謀」と傍書]の心(こころ)を
P02261
もや、やはらげ給(たま)ふとの策(はかりこと)也(なり)。君(きみ)君(きみ)たらず
と云(いふ)とも、臣(しん)も(ッ)て臣(しん)たらず(ン)ば有(ある)べからず。
父(ちち)父(ちち)たらずと云(いふ)共(とも)、子(こ)も(ッ)て子(こ)たらず(ン)ば有(ある)
べからず。君(きみ)のためには忠(ちゆう)(ちう)あ(ッ)て、父(ちち)のため
には孝(かう)あり。文宣王(ぶんせんわう)のの給(たま)ひけるにた
がは【違は】ず。君(きみ)も此(この)よしきこしめし【聞し召し】て、「今(いま)にはじめ
ぬ事(こと)なれ共(ども)、内府(だいふ)が心(こころ)のうちこそはづか
しけれ。怨(あた)をば恩(おん)(をん)をも(ッ)て報(ほう)ぜられたり」
P02262
とぞ仰(おほせ)ける。「果報(くわほう)こそめでたうて、大臣(だいじん)の
大将(だいしやう)に至(いた)らめ、容儀体(ようぎたい)はい人(ひと)に勝(すぐ)れ、才智(さいち)
才覚(さいかく)さへ世(よ)にこえたるべしやは」とぞ、時(とき)の
人々(ひとびと)感(かん)じあはれける。「国(くに)に諫(いさめ)る臣(しん)あれば
其(その)国(くに)必(かならず)やすく、家(いへ)に諫(いさめ)る子(こ)あれば其(その)家(いへ)
必(かならず)ただし」といへり。上古(しやうこ)にも末代(まつだい)にもありが
たかりし大臣(おとど)也(なり)。『大納言(だいなごん)流罪(るざい)』S0208同(おなじき)六月(ろくぐわつ)二日(ふつかのひ)、新大納言(しんだいなごん)成
親卿(なりちかのきやう)をば公卿(くぎやう)の座(ざ)へ出(いだ)し奉(たてまつ)り、御物(おんもの)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
P02263
たP179りけれども、むねせきふさが(ッ)て御(お)はしを
だにもたてられず。御車(おんくるま)をよせて、とう
とうと申(まう)せば、心(こころ)ならずのり給(たま)ふ。軍兵(ぐんびやう)ども
前後左右(ぜんごさう)にうちかこみたり。我(わが)方(かた)の者(もの)
は一人(いちにん)もなし。「今(いま)一度(いちど)小松殿(こまつどの)にみえ【見え】奉(たてまつ)らばや」
との給(たま)へ共(ども)、それもかなはず。「縦(たとひ)重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)を
蒙(かうぶつ)て遠国(をんごく)へゆく者(もの)も、人(ひと)一人(いちにん)身(み)にそへぬ
者(もの)やある」と、車(くるま)のうちにてかきくどかれ
P02264
ければ、守護(しゆご)の武士共(ぶしども)も皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)を
ぞぬらしける。西(にし)の朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)へゆけば、
大内山(おほうちやま)も今(いま)はよそにぞ見(み)給(たまひ)ける。とし比(ごろ)
見(み)奉(たてまつ)りし雑色(ざつしき)牛飼(うしかひ)に至(いた)るまで、涙(なみだ)をな
がし袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。まして都(みやこ)に
残(のこ)りとどまり給(たま)ふ北方(きたのかた)、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の
心(こころ)のうち、おしはかられて哀(あはれ)也(なり)。鳥羽
殿(とばどの)をすぎ給(たま)ふにも、此(この)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)なり
P02265
しには、一度(いちど)も御供(おんとも)にははづれざりし物(もの)
をとて[B 「とそ」とあり「そ」に「て」と傍書]、わが山庄(さんざう)すはま【州浜】殿(どの)とて有(あり)し
をも、よそにみてこそとおら(とほら)れけれ。南(みなみ)の
門(もん)に出(いで)て、舟(ふね)をそし(おそし)【遅し】とぞいそがせける。「こは
いづちへやらむ。おなじううしなはるべくは、
都(みやこ)ちかき此(この)辺(へん)にてもあれかし」との給(たま)ひける
ぞせめての事(こと)なる。ちかうそひたる武士(ぶし)を
「た【誰】そ」ととひ給(たま)へば、「難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)」と申(まうす)。
P02266
「若(もし)此(この)辺(へん)に我(わが)方(かた)さまのものやある。舟(ふね)に
のらぬ先(さき)にいひをく(おく)【置く】べき事(こと)あり。尋(たづね)
てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」との給(たま)ひければ、其(その)辺(へん)
をはしり【走り】まは(ッ)て尋(たづね)けれ共(ども)、我(われ)こそ大納
言殿(だいなごんどの)の方(かた)と云(いふ)者(もの)一人(いちにん)もなし。「我(われ)世(よ)なり
し時(とき)は、P180したがひついたりし者共(ものども)、一二千
人(いちにせんにん)もありつらん。いまはよそにてだにも、
此(この)有(あり)さまを見(み)をくる(おくる)【送る】者(もの)のなかりけるか
P02267
なしさよ」とてなか【泣か】れければ、たけきもののふ
共(ども)もみな袖(そで)をぞぬらしける。身(み)にそふもの
とては、ただつきせぬ涙(なみだ)ばかり也(なり)。熊野(くまの)ま
うで、天王寺詣(てんわうじまうで)な(ン)ど(など)には、ふたつがはらの、
三棟(みつむね)につく(ッ)たる舟(ふね)にのり、次(つぎ)の舟(ふね)二三
十艘(にさんじつそう)漕(こぎ)つづけてこそありしに、今(いま)はけ
しかるかきすゑ屋形舟(やかたぶね)に大幕(おほまく)ひかせ、見(み)
もなれぬ兵共(つはものども)にぐせ【具せ】られて、けふをかぎ
P02268
りに都(みやこ)を出(いで)て、浪路(なみぢ)はるかにおもむかれ
けむ心(こころ)のうち、おしはかられて哀(あはれ)也(なり)。其(その)
日(ひ)は摂津国(つのくに)大(だい)もつ【物】の浦(うら)に着(つき)給(たま)ふ。新大
納言(しんだいなごん)、既(すでに)死罪(しざい)に行(おこな)はるべかりし人(ひと)の、流罪(るざい)に
宥(なだめ)られけることは、小松殿(こまつどの)のやうやうに申(まう)さ
れけるによ(ッ)て也(なり)。此(この)人(ひと)いまだ中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)にて
おはしける時(とき)、美濃国(みののくに)を知行(ちぎやう)し給(たま)ひしに、
嘉応(かおう)元年(ぐわんねん)の冬(ふゆ)、目代(もくだい)右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)正友(まさとも)が
P02269
もとへ、山門(さんもん)の領(りやう)、平野庄(ひらののしやう)の神人(じんにん)が葛(くず)を売(うり)
てきたりけるに、目代(もくだい)酒(さけ)に飲酔(のみゑひ)(のみえひ)て、くず
に墨(すみ)をぞ付(つけ)たりける。神人(じんにん)悪口(あつこう)に及(およ)(をよ)
ぶ間(あひだ)(あいだ)、さないは【言は】せそとてさんざん【散々】にれうり
やく(りようりやく)【■轢、陵礫】す。さる程(ほど)に神人共(じんにんども)数百人(すひやくにん)、目代(もくだい)が
許(もと)へ乱入(らんにふ)(らんにう)す。目代(もくだい)法(ほふ)(ほう)にまかせて防(ふせき)けれ
ば、神人等(じんにんら)十余人(じふよにん)(じうよにん)うちころされ、是(これ)に
よ(ッ)て同(おなじき)年(とし)の十一月(じふいちぐわつ)三日(みつかのひ)、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)飫(おびたた)しう
P02270
蜂起(ほうき)して、国司(こくし)成親卿(なりちかのきやう)を流罪(るざい)に処(しよ)せられ、
目代(もくだい)右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)正友(まさとも)を禁獄(きんごく)せらるべき由(よし)P181
奏聞(そうもん)す。既(すでに)成親卿(なりちかのきやう)備中国(びつちゆうのくに)(びつちうのくに)へながさるべき
にて、西(にし)の七条(しつでう)までいだされたりしを、君(きみ)
いかがおぼしめさ【思召さ】れけん、中(なか)五日(いつか)あ(ッ)てめしかへ
さ【返さ】る。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)飫(おびたた)しう呪咀(しゆそ)すと聞(きこ)え
しか共(ども)、同(おなじき)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)、右衛門督(うゑもんのかみ)を兼(けん)し
て、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)の別当(べつたう)になり給(たま)ふ。其(その)時(とき)
P02271
姿方【*資賢】(すけかた)・兼雅卿(かねまさのきやう)こえられ給(たま)へり。資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)はふ
るい人(ひと)、おとなにておはしき。兼雅卿(かねまさのきやう)は栄花(えいぐわ)
の人(ひと)也(なり)。家嫡(けちやく)にてこえられ給(たま)ひけるこそ
遺恨(いこん)なれ。是(これ)は三条殿(さんでうどの)造進(ざうしん)の賞(しやう)也(なり)。
同(おなじき)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)、正(じやう)二位(にゐ)に叙(じよ)せらる。その
時(とき)は中御門(なかのみかど)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)宗家卿(むねいへのきやう)こえられ給(たま)へ
り。安元(あんげん)元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、前中納言(さきのちうなごん)より
権大納言(ごんだいなごん)にあがり給(たま)ふ。人(ひと)あざけ(ッ)て、「山門(さんもん)の
P02272
大衆(だいしゆ)には、のろはるべかりける物(もの)を」とぞ
申(まうし)ける。されども今(いま)はそのゆへ(ゆゑ)にや、かかる
うき目(め)にあひ給(たま)へり。凡(およそ)(をよそ)は神明(しんめい)の罰(ばつ)も
人(ひと)の呪咀(しゆそ)も、とき【疾き】もあり遅(おそき)もあり、不同(ふどう)
なる事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)三日(みつかのひ)、大(だい)もつ【物】の浦(うら)へ京(きやう)より
御使(おつかひ)ありとてひしめきけり。新大納言(しんだいなごん)
「是(これ)にり【*にて】失(うしな)へとにや」と聞(きき)給(たま)へば、さはなく
して、備前(びぜん)の児島(こじま)へながすべしとの御使(おんつかひ)
P02273
なり。小松殿(こまつどの)より御(おん)ふみ【文】あり。「いかにもして、み
やこちかき片山里(かたやまざと)にをき(おき)奉(たてまつ)らばやと、
さしも申(まうし)つれどもかなはぬ事(こと)こそ、世(よ)にある
かひも候(さうら)はね。さりながらも、御命(おんいのち)ばかりは申(まうし)
うけて候(さうらふ)」とて、難波(なんば)がもとへも「かまへてよく
よく宮仕(みやづか)へ御心(おんこころ)にたがう(たがふ)【違ふ】な」と仰(おほせ)られつかはし、
旅(たび)のよそほい(よそほひ)【粧】こまごまと沙汰(さた)しをP182くら(おくら)【送ら】れ
たり。新大納言(しんだいなごん)はさしも忝(かたじけな)うおぼしめさ【思召さ】れ
P02274
ける君(きみ)にもはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、つかのまもさ
りがたうおもは【思は】れける北方(きたのかた)おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)
にも別(わかれ)はてて、「こはいづちへとて行(ゆく)やらん。
二度(ふたたび)こきやう【故郷】に帰(かへり)て、さひし(さいし)【妻子】を相(あひ)みん事(こと)も
有(あり)がたし。一(ひと)とせ山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(そせう)によ(ッ)てなが
されしを、君(きみ)おしま(をしま)【惜ま】せ給(たま)ひて、西(にし)の七条(しつでう)よ
りめし帰(かへ)されぬ。これはされば君(きみ)の御
警(おんいましめ)にもあらず。こはいかにしつる事(こと)ぞや」と、天(てん)
P02275
にあふぎ地(ち)にふして、泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞな
き。明(あけ)ぬれば既(すでに)舟(ふね)おしいだいて下(くだ)り給(たま)ふ
に、みちすがらもただ涙(なみだ)に咽(むせん)で、ながらふべ
しとはおぼえねど、さすが露(つゆ)の命(いのち)はきえ
やらず、跡(あと)のしら波(なみ)へだつれば、都(みやこ)は次第(しだい)に
遠(とほ)(とを)ざかり、日数(ひかず)やうやう重(かさな)れば、遠国(をんごく)は既(すでに)近
付(ちかづき)けり。備前(びぜん)の児島(こじま)に漕(こぎ)よせて、民(たみ)の家(いへ)
のあさましげなる柴(しば)の庵(いほり)にをき(おき)奉(たてまつ)る。
P02276
島(しま)のならひ【習】、うしろは山(やま)、前(まへ)はうみ、磯(いそ)の松風(まつかぜ)
浪(なみ)の音(おと)(をと)、いづれも哀(あはれ)はつきせず。『阿古屋(あこや)之(の)松(まつ)』S0209 大納言(だいなごん)
一人(いちにん)にもかぎらず、警(いましめ)を蒙(かうぶ)る輩(ともがら)おほかり
けり。近江中将(あふみのちゆうじやう)(あふみのちうじやう)入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)P183佐渡国(さどのくに)、山城守(やましろのかみ)
基兼(もとかぬ)伯耆国(はうきのくに)、式部大輔(しきぶのたいふ)(しきぶのたゆう)正綱(まさつな)播磨国(はりまのくに)、宗(むね)判
官(はんぐわん)信房(のぶふさ)阿波国(あはのくに)、新平判官(しんぺいはんぐわん)資行(すけゆき)は美作
国(みまさかのくに)とぞ聞(きこ)えし。其(その)比(ころ)入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)、福原(ふくはら)の別
業(べつげふ)(べつげう)におはしけるが、同(おなじき)廿日(はつかのひ)、摂津左衛門(せつつのさゑもん)盛
P02277
澄(もりずみ)を使者(ししや)で、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)の許(もと)へ、「存(ぞんず)る旨(むね)あり。
丹波少将(たんばのせうしやう)いそぎ是(これ)へたべ」との給(たま)ひつかはさ
れたりければ、宰相(さいしやう)「さらば、只(ただ)ありし時(とき)
ともかくもなりたりせばいかがせむ。今更(いまさら)
物(もの)をおもは【思は】せんこそかなしけれ」とて、福原(ふくはら)
へ下(くだ)り給(たま)ふべき由(よし)の給(たま)へば、少将(せうしやう)なくなく【泣く泣く】
出立(いでたち)給(たま)ひけり。女房達(にようばうたち)は、「かなはぬ物(もの)ゆへ(ゆゑ)、
なを(なほ)【猶】もただ宰相(さいしやう)の申(まう)されよかし」とぞ
P02278
歎(なげか)れける。宰相(さいしやう)「存(ぞんず)る程(ほど)の事(こと)は申(まうし)つ。世(よ)を
捨(すつ)るより外(ほか)は、今(いま)は何事(なにごと)をか申(まうす)べき。され共(ども)、
縦(たとひ)いづくの浦(うら)におはす共(とも)、我(わが)命(いのち)のあらむ
かぎりはとぶらひ奉(たてまつ)るべし」とぞの給(たま)ひけ
る。少将(せうしやう)は今年(ことし)三(みつ)になり給(たま)ふおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)
を持(もち)給(たま)へり。日(ひ)ごろはわかき人(ひと)にて、君達(きんだち)な(ン)
ど(など)の事(こと)も、さしもこまやかにもおはせざりし
か共(ども)、今(いま)はの時(とき)になりしかば、さすが心(こころ)にやかか
P02279
られけん、「此(この)おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)を今(いま)一度(ひとたび)見(み)ばや」と
こその給(たま)ひけれ。めのと【乳母】いだいてまいり(まゐり)【参り】
たり。少将(せうしやう)ひざのうへにをき(おき)、かみかきなで、
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「あはれ、汝(なんぢ)七歳(しちさい)になら
ば男(をとこ)(おとこ)になして、君(きみ)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそおもひ【思ひ】
つれ。され共(ども)、今(いま)は云(いふ)かひなし。若(もし)命(いのち)いきてお
ひたちたらば、法師(ほふし)(ほうし)P184になり、我(わが)後(のち)の世(よ)と
ぶらへよ」との給(たま)へば、いまだいとけなき心(こころ)に
P02280
何事(なにごと)をか聞(きき)わき給(たま)ふべきなれ共(ども)、うちう
なづき給(たま)へば、少将(せうしやう)をはじめ奉(たてまつ)て、母(はは)へ【*母上(ははうへ)】め
のとの女房(にようばう)、其(その)座(そのざ)になみゐたる人々(ひとびと)、心(こころ)あ
るも心(こころ)なきも、皆(みな)袖(そで)をぞぬらしける。福
原(ふくはら)の御使(おつかひ)、やがて今夜(こよひ)鳥羽(とば)まで出(いで)させ
給(たま)ふべきよし申(まうし)ければ、「幾程(いくほど)ものびざら
む物(もの)ゆへ(ゆゑ)に、こよひばかりは都(みやこ)のうちにて
あかさばや」との給(たま)へ共(ども)、頻(しきり)に申(まう)せば、其(その)夜(よ)
P02281
鳥羽(とば)へ出(いで)られける。宰相(さいしやう)あまりにうらめし
さに、今度(こんど)はのりも具(ぐ)し給(たま)はず。おなじき
廿二日(にじふににち)、福原(ふくはら)へ下(くだ)りつき給(たま)ひたりければ、
太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)、瀬尾太郎(せのをのたらう)(せのおのたらう)兼康(かねやす)に仰(おほせ)て、備中国(びつちゆうのくに)(びつちうのくに)
へぞ下(くだ)されける。兼康(かねやす)は宰相(さいしやう)のかへり聞(きき)
給(たま)はん所(ところ)をおそれ【恐れ】て、道(みち)すがらもやうやう
にいたはりなぐさめ奉(たてまつ)る。され共(ども)少将(せうしやう)なぐ
さみ給(たま)ふ事(こと)もなし。よるひる【夜昼】ただ仏(ほとけ)の御
P02282
名(みな)をのみ唱(となへ)て、父(ちち)の事(こと)をぞ歎(なげか)れける。新
大納言(しんだいなごん)は備前(びぜん)の児島(こじま)におはしけるを、あづ
かりの武士(ぶし)難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)「これは猶(なほ)(なを)舟津(ふなつ)
近(ちか)うてあしかりなん」とて地(ち)へわたし奉(たてまつ)り、備
前(びぜん)・備中(びつちゆう)(びつちう)両国(りやうごく)の堺(さかひ)、にはせ【庭瀬】て【*の】郷(がう)有木(ありき)の別
所(べつしよ)と云(いふ)山寺(やまでら)にをき(おき)奉(たてまつ)る。備中(びつちゆう)(びつちう)の瀬尾(せのを)(せのお)
と備前(びぜん)の有木(ありき)の別所(べつしよ)の間(あひだ)(あいだ)は、纔(わづか)五十町(ごじつちやう)
にたらぬ所(ところ)なれば、丹波少将(たんばのせうしやう)、そなたの
P02283
風(かぜ)もさすがなつかしうやおもは【思は】れけむ。或(ある)時(とき)
兼康(かねやす)をめして、「是(これ)より大納言殿(だいなごんどの)の御渡(おわたり)あ
む(あん)なる備前(びぜん)のP185有木(ありき)の別所(べつしよ)へは、いか程(ほど)の
道(みち)ぞ」ととひ給(たま)へば、すぐにしらせ奉(たてまつ)てはあし
かりなんとやおもひ【思ひ】けむ、「かたみち十二三日(じふにさんにち)
で候(さうらふ)」と申(まうす)。其(その)時(とき)少将(せうしやう)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、
「日本(につぽん)は昔(むかし)三十三(さんじふさん)ケ国(かこく)にてありけるを、中
比(なかごろ)六十六(ろくじふろく)ケ国(かこく)に分(わけ)られたんなり。さ云(いふ)備前(びぜん)・
P02284
備中(びつちゆう)(びつちう)・備後(びんご)も、もとは一国(いつこく)にてありける也(なり)。又(また)
あづまに聞(きこ)ゆる出羽(では)・陸奥(みちのく)両国(りやうごく)も、昔(むかし)は六十
六(ろくじふろく)郡(ぐん)が一国(いつこく)にてありけるを、其(その)時(とき)十三郡(じふさんぐん)【*十二郡(じふにぐん)】を
さきわか(ッ)て、出羽国(ではのくに)とはたてられたり。
されば実方中将(さねかたのちゆうじやう)(さねかたのちうじやう)、奥州(あうしう)(あふしう)へながされたり
ける時(とき)、此(この)国(くに)の名所(めいしよ)にあこやの松(まつ)と云(いふ)
所(ところ)を見(み)ばやとて、国(くに)のうちを尋(たづね)ありき
けるが、尋(たづね)かねて帰(かへ)りける道(みち)に、老翁(らうおう)の
P02285
一人(いちにん)逢(あひ)たりければ、「やや、御辺(ごへん)はふるい人(ひと)
とこそ見(み)奉(たてまつ)れ。当国(たうごく)の名所(めいしよ)にあこやの
松(まつ)と云(いふ)所(ところ)やしりたる」ととふに、「ま(ッ)たく
当国(たうごく)のうちには候(さうら)はず。出羽国(ではのくに)にや候(さうらふ)らん」。
「さては御辺(ごへん)しらざりけり。世(よ)はすゑに
な(ッ)て、名所(めいしよ)をもはやよびうしなひたるに
こそ」とて、むなしく過(すぎ)んとしければ、老
翁(らうおう)、中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の袖(そで)をひかへて、「あはれ君(きみ)は みちの
P02286
くのあこ屋(や)の松(まつ)に木(こ)がくれていづべき
月(つき)のいでもやらぬか W008 といふ歌(うた)の心(こころ)を
も(ッ)て、当国(たうごく)の名所(めいしよ)あこ屋(や)の松(まつ)とは仰(おほせ)
られ候(さうらふ)か、それは両国(りやうごく)が一国(いつこく)なりし時(とき)
読(よみ)侍(はべ)る歌(うた)也(なり)。十二郡(じふにぐん)をさきわか(ッ)て後(のち)は、
出羽国(ではのくに)にや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、さらば
とて、実方中将(さねかたのちゆうじやう)(さねかたのちうじやう)も出羽国(ではのくに)にこえてこそ、
あこ屋(や)の松(まつ)をばP186見(み)たりけれ。筑紫(つくし)
P02287
の太宰府(ださいふ)より都(みやこ)へ■魚+宣(はらか)の使(つかひ)ののぼるこそ、
かた路(ぢ)十五日(じふごにち)とはさだめたれ。既(すでに)十二三日(じふにさんにち)と
云(いふ)は、これより殆(ほとんど)鎮西(ちんぜい)へ下向(げかう)ごさむなれ(ごさんなれ)。
遠(とほ)(とを)しと云(いふ)とも、備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(びつちう)の間(あひだ)(あいだ)、両(りやう)三日(さんにち)には
よも過(すぎ)じ。近(ちか)きをとをう(とほう)【遠う】申(まうす)は、大納言殿(だいなごんどの)の
御渡(おわたり)あんなる所(ところ)を、成経(なりつね)にしらせじとて
こそ申(まうす)らめ」とて、其(その)後(のち)は恋(こひ)しけれ共(ども)とひ
給(たま)はず。『大納言(だいなごんの)死去(しきよ)』S0210 さる程(ほど)に、法勝寺(ほつしようじ)(ほつせうじ)の執行(しゆぎやう)俊寛僧
P02288
都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)、平(へい)判官(はんぐわん)(はんぐはん)康頼(やすより)、この少将(せうしやう)相(あひ)(あい)ぐして、三人(さんにん)薩摩
潟(さつまがた)鬼界(きかい)が島(しま)へぞながされける。彼(かの)島(しま)は、都(みやこ)
を出(いで)てはるばると浪路(なみぢ)をしのいで行(ゆく)所(ところ)也(なり)。
おぼろけにては舟(ふね)もかよはず。島(しま)にも人(ひと)ま
れなり。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれども、此(この)土(ど)の人(ひと)
にも似(に)ず。色(いろ)黒(くろ)うして牛(うし)の如(ごと)し。身(み)には頻(しきり)
に毛(け)おひつつ、云(いふ)詞(ことば)も聞(きき)しらず。男(をとこ)(おとこ)は鳥帽
子(えぼし)(ゑぼし)もせず、女(をうな)は髪(かみ)もさげざりけり。衣裳(いしやう)な
P02289
ければ人(ひと)にも似(に)ず。食(しよく)する物(もの)もなければ、
只(ただ)殺生(せつしやう)をのみ先(さき)とす。しづが山田(やまだ)を返(かへ)さ
ねば、米穀(べいこく)のるいもなく、園(その)の桑(くは)をとらざ
れば、絹帛(けんぱく)のたぐひもなかりけり。島(しま)のな
かにはたかき山(やま)あり。鎮(とこしなへ)に火(ひ)もゆ。硫黄(いわう)と
云(いふ)物(もの)みちみてり。かるがゆへに(かるがゆゑに)硫P187黄(いわう)が島(しま)
とも名付(なづけ)たり。いかづちつねになりあが
り、なりくだり、麓(ふもと)には雨(あめ)山せし【*しげし】。一日(いちにち)片時(へんし)、人(ひと)
P02290
の命(いのち)たえ【堪え】てあるべき様(やう)もなし。さる程(ほど)に、新
大納言(しんだいなごん)はすこしくつろぐ事(こと)もやと思(おも)はれ
けるに、子息(しそく)丹波少将(たんばのせうしやう)成経(なりつね)も、はや鬼界(きかい)が
島(しま)へながされ給(たま)ひぬときいて、今(いま)はさのみ
つれなく何事(なにごと)をか期(ご)すべきとて、出家(しゆつけ)の
志(こころざし)の候(さうらふ)よし、便(たより)に付(つけ)て小松殿(こまつどの)へ申(まう)されけれ
ば、此(この)由(よし)法皇(ほふわう)(ほうわう)へ伺(うかがひ)申(まうし)て御免(ごめん)ありけり。やが
て出家(しゆつけ)し給(たま)ひぬ。栄花(えいぐわ)の袂(たもと)を引(ひき)かへて、
P02291
うき世(よ)をよそのすみぞめの袖(そで)にぞや
つれ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)の北方(きたのかた)は、都(みやこ)の北山(きたやま)雲
林院(うんりんゐん)の辺(へん)にしのびてぞおはしける。さらぬ
だに住(すみ)なれぬ所(ところ)は物(もの)うきに、いとどしのば
れければ、過行(すぎゆく)月日(つきひ)もあかしかね、くらしわ
づらふさまなりけり。女房(にようばう)侍(さぶらひ)おほかり
けれども、或(あるいは)(あるひは)世(よ)をおそれ【恐れ】、或(あるいは)(あるひは)人(ひと)目(め)をつつむ
ほどに、とひとぶらふ者(もの)一人(いちにん)もなし。され共(ども)
P02292
その中(なか)に、源(げん)左衛門尉(ざゑもんのじよう)(ざゑもんのぜう)信俊(のぶとし)と云(いふ)侍(さぶらひ)一人(いちにん)、情(なさけ)
ことにふかかり【深かり】ければ、つねはとぶらひた
てまつる。或(ある)時(とき)北方(きたのかた)、信俊(のぶとし)をめして、「まことや、
これには備前(びぜん)のこじまにと聞(きこ)えしが、此(この)程(ほど)き
けば有木(ありき)の別所(べつしよ)とかやにおはす也(なり)。いかにも
して今(いま)一度(いちど)、はかなき筆(ふで)の跡(あと)をも奉(たてまつ)り、
御(おん)をとづれ(おとづれ)をもきかばや」とこその給(たま)ひけ
れ。信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへ申(まうし)けるは、「幼少(えうせう)(ようせう)より御
P02293
憐(おんあはれみ)を蒙(かうぶつ)て、かた時(とき)もはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。
御下(おんくだ)りの時(とき)も、P188何共(なにとも)して御供(おんとも)仕(つかまつら)うと申(まうし)候(さうらひ)しか
共(ども)、六波羅(ろくはら)よりゆるされねば力(ちから)及(および)(をよび)候(さうら)はず。め
され候(さうらひ)[*「候」は「か」とも読める ]し御声(おんこゑ)も耳(みみ)にとどまり、諫(いさめ)られま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】し御詞(おんことば)も肝(きも)に銘(めい)じて、かた時(とき)も忘(わすれ)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。縦(たとひ)此(この)身(み)はいかなる目(め)にもあ
ひ候(さうら)へ、とうとう御(おん)ふみ【文】給(たま)は(ッ)てまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」とぞ申(まうし)
ける。北方(きたのかた)なのめならず悦(よろこび)て、やがてかい【書い】てぞ
P02294
たうだりける。おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も面々(めんめん)に御(おん)
ふみ【文】あり。信俊(のぶとし)これを給(たま)は(ッ)て、はるばると
備前国(びぜんのくに)有木(ありき)の別所(べつしよ)へ尋下(たづねくだ)る。あづかりの
武士(ぶし)難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)に案内(あんない)をいひけれ
ば、心(こころ)ざしの程(ほど)を感(かん)じて、やがて見参(げんざん)に
いれ【入れ】たりけり。大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)は、只今(ただいま)も都(みやこ)
の事(こと)をの給(たま)ひだし【出し】、歎(なげ)きしづんでおはし
ける処(ところ)に、「京(きやう)より信俊(のぶとし)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申入(まうしいれ)
P02295
たりければ、「ゆめかや」とて、ききもあへず
おきなをり(なほり)、「是(これ)へ是(これ)へ」とめされければ、
信俊(のぶとし)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て見(み)奉(たてまつ)るに、まづ御(おん)すまひの
心(こころ)うさもさる事(こと)にて、墨染(すみぞめ)の御袂(おんたもと)を見(み)
奉(たてまつ)るにぞ、信俊(のぶとし)目(め)もくれ心(こころ)もきえて覚(おぼ)ゆ
る。北方(きたのかた)の仰(おほせ)かうむ(ッ)【蒙つ】し次第(しだい)、こまごまと申(まうし)て、
文(ふみ)とりいだいて奉(たてまつ)る。是(これ)をあけて見(み)給(たま)へ
ば、水(みづ)ぐきの跡(あと)は涙(なみだ)にかきくれて、そこはか
P02296
とはみえ【見え】ねども、「おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)のあまりに
恋(こひ)かなしみ給(たま)ふありさま、我(わが)身(み)もつきせ
ぬもの思(おもひ)にたへ【堪へ】しのぶべうもなし」な(ン)ど(など)
かかれたれば、日来(ひごろ)の恋(こひ)しさは事(こと)の数(かず)
ならずとぞかなしみ給(たま)ふ。P189かくて四五日(しごにち)過(すぎ)
ければ、信俊(のぶとし)「これに候(さうらひ)て、最後(さいご)の御有様(おんありさま)
見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と申(まうし)ければ、あづかりの
武士(ぶし)難波次郎(なんばのじらう)経遠(つねとほ)(つねとを)、かなう(かなふ)まじき由(よし)頻(しきり)に
P02297
申(まう)せば、力(ちから)及(およ)(をよ)ばで、「さらば上(のぼ)れ」とこその給(たま)ひ
けれ。「我(われ)は近(ちか)ううしなはれんずらむ。此(この)世(よ)に
なき者(もの)ときかば、相構(あひかまへ)て我(わが)後世(ごせ)とぶら
へ」とぞの給(たま)ひける。御返事(おんぺんじ)かいてたうだ
りければ、信俊(のぶとし)これを給(たまは)(ッ)て、「又(また)こそ参(まゐ)り
候(さうら)はめ」とて、いとま申(まうし)て出(いで)ければ、「汝(なんぢ)がまた
こ【来】んたびを待(まち)つくべしともおぼえぬぞ。
あまりにしたはしくおぼゆるに、しばししばし」との
P02298
給(たま)ひて、たびたびよびぞかへさ【返さ】れける。さて
もあるべきならねば、信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへつつ、都(みやこ)
へ帰(かへり)上(のぼ)りけり。北方(きたのかた)に御(おん)ふみ【文】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり
ければ、是(これ)をあけて御覧(ごらん)ずるに、はや出家(しゆつけ)
し給(たま)ひたるとおぼしくて、御(おん)ぐし【髪】の一(ひと)ふさ、
ふみのおくにありけるを、ふた目(め)とも見(み)
給(たま)はず。かたみこそ中々(なかなか)今(いま)はあだなれ
とて、ふしまろびてぞなか【泣か】れける。おさなき(をさなき)【幼き】
P02299
人々(ひとびと)も、声々(こゑごゑ)になきかなしみ給(たま)ひけり。さる
ほどに、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)をば、同(おなじき)八月(はちぐわつ)十九日(じふくにち)、備
前(びぜん)・備中(びつちゆう)(びつちう)両国(りやうごく)の堺(さかひ)、にはせ(庭瀬)の郷(がう)吉備(きび)の中
山(なかやま)と云(いふ)所(ところ)にて、つゐに(つひに)【遂に】うしなひ奉(たてまつ)る。其(その)さ
ひご(さいご)【最後】の有(あり)さま、やうやうに聞(きこ)えけり。酒(さけ)に毒(どく)
を入(いれ)てすすめたりければ、かなはざりけ
れば、岸(きし)の二丈(にぢやう)ばかりありける下(した)にひしを
うへ(うゑ)【植ゑ】て、うへよりつきおとし奉(たてまつ)れば、ひしにつらP190
P02300
ぬか(ッ)てうせ給(たま)ひぬ。無下(むげ)にうたてき事共(ことども)
也(なり)。ためしすくなうぞおぼえける。大納言(だいなごん)北
方(きたのかた)は、此(この)世(よ)になき人(ひと)と聞(きき)たまひて、「いかに
もして今(いま)一度(いちど)、かはらぬすがたを見(み)もし、み
え【見え】んとてこそ、けふまでさまをもかへざり
つれ。今(いま)は何(なに)にかはせん」とて、菩提院(ぼだいゐん)と云(いふ)
寺(てら)におはし、さまをかへ、かたのごとく仏事(ぶつじ)
をいとなみ、後世(ごせ)をぞとぶらひ給(たま)ひける。
P02301
此(この)北方(きたのかた)と申(まうす)は、山城守(やましろのかみ)敦方(あつかた)の娘(むすめ)なり。勝(すぐれ)た
る美人(びじん)にて、後白河法皇(ごしらかはのほふわう)(ごしらかはのほうわう)の御最愛(ごさいあい)なら
びなき御(おん)おもひ【思】人(びと)にておはしけるを、成
親卿(なりちかのきやう)ありがたき寵愛(ちようあい)(てうあい)の人(ひと)にて、給(たま)はられ
たりけるとぞ聞(きこ)えし。おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も
花(はな)を手折(たをり)(たおり)、閼伽(あか)の水(みづ)を結む(むすん)で、父(ちち)の後
世(ごせ)をとぶらひ給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。さる程(ほど)に時(とき)
うつり事(こと)さ(ッ)て、世(よ)のかはりゆくありさまは、
P02302
ただ天人(てんにん)の五衰(ごすい)にことならず。『徳大寺(とくだいじ)之(の)沙汰(さた)』S0211  ここに徳大寺(とくだいじ)
の大納言(だいなごん)実定卿(しつていのきやう)は、平家(へいけ)の次男(じなん)宗盛卿(むねもりのきやう)に
大将(だいしやう)をこえられて、しばらく寵居(ろうきよ)し給(たま)へり。
出家(しゆつけ)せんとの給(たま)へば、諸大夫(しよだいぶ)侍共(さぶらひども)、いかがせん
と歎(なげき)あへり。其(その)中(なか)に藤(とう)蔵人(くらんど)重兼(しげかね)と云(いふ)
諸大夫(しよだいぶ)あり。諸事(しよじ)に心(こころ)えたる人(ひと)にて、ある月(つき)
の夜(よ)、実定卿(しつていのきやう)南面(なんめん)の御格子(みかうし)あげさせ、只(ただ)ひ
とり月(つき)に嘯(うそぶひ)ておはしける処(ところ)に、なぐP191さめ
P02303
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとやおもひ【思ひ】けん、藤蔵人(とうくらんど)まいり(まゐり)【参り】
たり。「たそ」。「重兼(しげかね)候(ざうらふ)」。「いかに何事(なにごと)(なにこと)ぞ」との給(たま)へ
ば、「今夜(こよひ)は殊(こと)に月(つき)さえて、よろづ心(こころ)のすみ候(さうらふ)
ままにまい(ッ)て候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)「神妙(しんべう)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】たり。余(よ)に何(なに)とやらん心(こころ)ぼそうて徒然(とぜん)
なるに」とぞ仰(おほせ)られける。其(その)後(のち)何(なに)となひ(ない)【無い】
事共(ことども)申(まうし)てなぐさめ奉(たてまつ)る。大納言(だいなごん)の給(たま)ひけ
るは、「倩(つらつら)此(この)世(よ)の中(なか)のありさまをみる【見る】に、平家(へいけ)
P02304
の世(よ)はいよいよさかんなり。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)の嫡子(ちやくし)次
男(じなん)、左右(さう)の大将(だいしやう)にてあり。やがて三男(さんなん)知盛(とももり)、嫡孫(ちやくそん)
維盛(これもり)も有(ある)ぞかし。かれも是(これ)も次第(しだい)にならば、他
家(たけ)の人々(ひとびと)、大将(だいしやう)をいつあたりつぐべし共(とも)覚(おぼ)え
ず。さればつゐ(つひ)の事(こと)也(なり)。出家(しゆつけ)せん」とぞの給(たま)ひ
ける。重兼(しげかね)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て申(まうし)けるは、
「君(きみ)の御出家(ごしゆつけ)候(さうらひ)なば、御内(みうち)の上下(じやうげ)皆(みな)まどひ者(もの)
になりなんず。重兼(しげかね)めづらしい事(こと)をこそ案(あん)
P02305
じ出(いだ)して候(さうら)へ。喩(たとへ)ば安芸(あき)の厳島(いつくしま)をば、平家(へいけ)なの
めならずあがめ敬(うやまは)れ候(さうらふ)に、何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき、
彼(かの)社(やしろ)へ御(おん)まいり(まゐり)【参り】あ(ッ)て、御祈誓(ごきせい)候(さうら)へかし。七日(なぬか)斗(ばか)り
御参籠(ごさんろう)候(さうら)はば、彼(かの)社(やしろ)には内侍(ないし)とて、ゆう(いう)【優】なる舞
姫共(まひびめども)おほく候(さうらふ)。めづらしう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、も
てなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらむ。何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)
に御参籠(ごさんろう)候(さうらふ)やらんと申(まうし)候(さうら)はば、ありのままに
仰(おほせ)候(さうら)へ。さて御(おん)のぼりの時(とき)、御名残(おんなごり)おしみ(をしみ)【惜み】
P02306
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらむ。むねとの内侍共(ないしども)をめ
し具(ぐ)して、都(みやこ)まで御(おん)のぼり候(さうら)へ。都(みやこ)へのぼり候(さうらひ)
なば、西八条(にしはつでう)へぞ参(まゐり)(まいり)候(さうら)はんずらん。徳大P192寺殿(とくだいじどの)
は何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に厳島(いつくしま)へはまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)
ひたりけるやらんと尋(たづね)られ候(さうら)はば、内侍(ないし)ども
ありのままにぞ申(まうし)候(さうら)はむずらん。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)は
ことに物(もの)めでし給(たま)ふ人(ひと)にて、わが崇(あがめ)給(たま)ふ
御神(おんがみ)(おんかみ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、祈(いのり)申(まう)されけるこそうれしけれ
P02307
とて、よきやうなるはからひもあんぬと
覚(おぼ)え候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、徳大寺殿(とくだいじどの)「これこそ思(おも)ひ
もよらざりつれ。ありがたき策(はかりこと)かな。やがて
まいら(まゐら)【参ら】む」とて、俄(にはか)に精進(しやうじん)はじめつつ、厳島(いつくしま)へぞ
参(まゐ)られける。誠(まこと)に彼(かの)社(やしろ)には内侍(ないし)とてゆう(いう)【優】なる
女(をんな)(おんな)どもおほかりけり。七日(なぬか)参籠(さんろう)せられける
に、よるひる【夜昼】つきそひ奉(たてまつ)り、もてなす事(こと)
かぎりなし。七日(なぬか)七夜(ななよ)の間(あひだ)(あいだ)に、舞楽(ぶがく)も三度(さんど)
P02308
までありけり。琵琶(びわ)琴(こと)ひき、神楽(かぐら)うたひ【歌ひ】
な(ン)ど(など)遊(あそび)ければ、実定卿(しつていのきやう)も面白(おもしろき)事(こと)に覚(おぼ)しめ
し、神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ほうらく)のために、いまやう【今様】朗詠(らうえい)(らうゑい)うたい(うたひ)【歌ひ】、
風俗催馬楽(ふうぞくさいばら)な(ン)ど(など)、ありがたき郢曲(えいきよく)どもあ
りけり。内侍共(ないしども)「当社(たうしや)へは平家(へいけ)の公達(きんだち)こそ
御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶらふに、この御(おん)まいり(まゐり)【参り】こそめづ
らしうさぶらへ。何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に御参籠(ごさんろう)
さぶらふやらん」と申(まうし)ければ、「大将(だいしやう)を人(ひと)に
P02309
こえられたる間(あひだ)(あいだ)、その祈(いのり)のため也(なり)」とぞおほ
せられける。さて七日(なぬか)参籠(さんろう)おは(ッ)(をはつ)て、大明神(だいみやうじん)に
暇(いとま)申(まうし)て都(みやこ)へのぼらせ給(たま)ふに、名残(なごり)をを
しみ奉(たてまつ)り、むねとのわかき内侍(ないし)十余人(じふよにん)(じうよにん)、
舟(ふね)をしたてて一日路(ひとひぢ)をくり(おくり)【送り】奉(たてまつ)る。いとま申(まうし)
けれ共(ども)、さりとてはあまりに名(な)ごりのおし
き(をしき)【惜き】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)、P193今(いま)二日路(ふつかぢ)と仰(おほせ)られて、みやこ
までこそ具(ぐ)せられけれ。徳大寺殿(とくだいじどの)の亭(てい)へ
P02310
いれ【入れ】させ給(たま)ひて、やうやうにもてなし、さま
ざまの御引出物共(おんひきでものども)たうでかへさ【返さ】れけり。内
侍共(ないしども)「これまでのぼる程(ほど)では、我等(われら)がしう(しゆう)【主】の
太政入道殿(だいじやうにふだうどの)(だいじやうにうだうどの)へ、いかでまいら(まゐら)【参ら】で有(ある)べき」とて、西
八条(にしはつでう)へぞ参(さん)じたる。入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)いそぎ出(いで)あひ給(たま)
ひて、「いかに内侍共(ないしども)は何事(なにごと)の列参(れつさん)ぞ」。「徳大
寺殿(とくだいじどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶらふ(さぶらう)て、七日(なぬか)こもらせ
給(たま)ひて御(おん)のぼりさぶらふを、一日路(ひとひぢ)をくり(おくり)【送り】
P02311
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】てさぶらへば、さりとてはあまりに
名(な)ごりのおしき(をしき)【惜き】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)二日路(ふつかぢ)と仰(おほせ)ら
れて、是(これ)までめしぐせ【召具せ】られてさぶらふ」。「徳
大寺(とくだいじ)は何事(なにごと)の祈誓(きせい)に厳島(いつくしま)まではまいら(まゐら)【参ら】
れたりけるやらん」との給(たま)へば、「大将(だいしやう)の御祈(おんいのり)
のためとこそ仰(おほせ)られさぶらひしか」。其(その)時(とき)
入道(にふだう)(にうだう)うちうなづいて、「あないとをし(いとほし)。王城(わうじやう)にさ
しもた(ッ)とき霊仏(れいぶつ)霊社(れいしや)のいくらもまします
P02312
をさしをい(おい)て、我(わが)崇(あがめ)奉(たてまつ)る御神(おんがみ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、祈(いのり)申(まう)
されけるこそ有(あり)がたけれ。是(これ)ほど心(こころ)ざし切(せつ)
ならむ上(うへ)は」とて、嫡子(ちやくし)小松殿内大臣(こまつどのないだいじん)の左
大将(さだいしやう)にてましましけるを辞(じ)せさせ奉(たてまつ)り、次
男(じなん)宗盛(むねもり)大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしけるを
こえさせて、徳大寺(とくだいじ)を左大将(さだいしやう)にぞなされ
ける。あはれ、めでたかりけるはかりことかな。新
大納言(しんだいなごん)も、かやうに賢(かしこ)きはからひをばし給(たま)はで、
P02313
よしなき謀反(むほん)おこいて、我(わが)身(み)も亡(ほろび)、子息(しそく)所
従(しよじゆう)(しよじう)[*「従」は「徒」とも読める]に至(いた)るまで、かかるうき目(め)をみせ【見せ】給(たま)ふこ
そうたてけれ。P194『山門滅亡(さんもんめつばう)堂衆合戦(だうしゆかつせん)』S0212 さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)(ほうわう)は三井寺(みゐでら)の
公顕僧正(こうけんそうじやう)を御師範(ごしはん)として、真言(しんごん)の秘法(ひほふ)(ひほう)
を伝受(でんじゆ)せさせましましけるが、大日経(だいにちきやう)・金剛
頂経(こんがうちやうきやう)・蘇悉地経(そしつぢきやう)、此(この)三部(さんぶ)の秘法(ひほふ)(ひほう)をうけさせ
給(たま)ひて、九月(くぐわつ)四日(しにち)三井寺(みゐでら)にて御潅頂(ごくわんぢやう)(ごくはんぢやう)ある
べしとぞ聞(きこ)えける。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)憤(いきどほり)(いきどをり)申(まうし)、「むかし
P02314
より御潅頂(ごくわんぢやう)(ごくはんぢやう)御受戒(ごじゆかい)、みな当山(たうざん)にしてとげ
させまします事(こと)先規(せんぎ)也(なり)。就中(なかんづく)に山王(さんわう)の
化導(けだう)は受戒(じゆかい)潅頂(くわんぢやう)(くはんぢやう)のためなり。しかるを今(いま)
三井寺(みゐでら)にてとげ〔させましまさば、寺(てら)を一向(いつかう)焼払(やきはら)ふべし」とぞ〕申(まうし)ける。「是(これ)無益(むやく)なり」と
て、御加行(ごかぎやう)を結願(けつぐわん)して、おぼしめし【思召し】とどまら
せ給(たま)ひぬ。さりながらも猶(なほ)(なを)御本意(ごほんい)な
ればとて、三井寺(みゐでら)の公顕僧正(こうけんそうじやう)をめし具(ぐ)し
て、天王寺(てんわうじ)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、五智光院(ごちくわうゐん)(ごちくはうゐん)をたて、
P02315
亀井(かめゐ)の水(みづ)を五瓶(ごへい)の智水(ちすい)として、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)最
初(さいしよ)の霊地(れいち)にてぞ、伝法(でんぼふ)(でんぼう)潅頂(くわんぢやう)(くはんぢやう)はとげさせまし
ましける。山門(さんもん)の騒動(さうどう)をしづめられんが
ために、三井寺(みゐでら)にて御潅頂(ごくわんぢやう)(ごくはんぢやう)はなかりしか共(ども)、
山上(さんじやう)には、堂衆(だうじゆ)学生(がくしやう)不快(ふくわい)の事(こと)いできて、
かつせん(合戦)度々(どど)に及(およぶ)(をよぶ)。毎度(まいど)に学侶(がくりよ)(かくりよ)うちおと
されて、山門(さんもん)の滅亡(めつばう)、朝家(てうか)の御大事(おんだいじ)とぞ見(み)
えし。堂衆(だうじゆ)と申(まうす)は、学生(がくしやう)の所従(しよじゆう)(しよじう)也(なり)ける童
P02316
部(わらはべ)が法師(ほふし)(ほうし)にな(ッ)たるや、若(もし)は中間法師原(ちゆうげんほふしばら)(ちうげんほうしばら)にて
ありけるが、金剛寿院(こんがうじゆゐん)の座P195主(ざす)覚尋権僧正(がくしんごんのそうじやう)
治山(ぢさん)の時(とき)より、三塔(さんたふ)(さんたう)に結番(けつばん)して、夏衆(げしゆ)と
号(かう)して、仏(ほとけ)に花(はな)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】し者共(ものども)也(なり)。近年(きんねん)
行人(ぎやうにん)とて、大衆(だいしゆ)をも事(こと)共(とも)せざりしが、かく
度々(どど)の戦(たたかひ)にうちかちぬ。堂衆等(だうじゆら)師主(ししゆ)の命(めい)
をそむいて合戦(かつせん)を企(くはたて)、すみやかに誅罰(ちゆうばつ)(ちうばつ)せ
らるべきよし、大衆(だいしゆ)公家(くげ)に奏聞(そうもん)し、武家(ぶけ)に
P02317
触(ふれ)う(ッ)たう(うつたふ)【訴ふ】。これによ(ッ)て太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)院宣(ゐんぜん)を承(うけたまは)り、
紀伊国(きいのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)湯浅権守(ゆあさのごんのかみ)宗重(むねしげ)以下(いげ)、畿
内(きない)の兵(つはもの)二千余騎(にせんよき)、大衆(だいしゆ)にさしそへて堂衆(だうじゆ)
を攻(せめ)らる。堂衆(だうじゆ)日(ひ)ごろは東陽坊(とうやうばう)にありし
が、近江国(あふみのくに)三ケ(さんが)の庄(しやう)に下向(げかう)して、数多(すた)の勢(せい)を
率(そつ)し、又(また)登山(とうざん)して、さう井坂(ゐざか)に城(じやう)をして
たてごもり【*たてごもる】。同(おなじき)九月(くぐわつ)廿日(はつかのひ)辰(たつ)の一点(いつてん)に、大衆(だいしゆ)三
千人(さんぜんにん)、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)二千余騎(にせんよき)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)五千余(ごせんよ)
P02318
人(にん)、さう井坂(ゐざか)におしよせたり。今度(こんど)はさり共(とも)
とおもひ【思ひ】けるに、大衆(だいしゆ)は官軍(くわんぐん)(くはんぐん)をさきだて
むとし、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)は又(また)大衆(だいしゆ)をさきだてんと
あらそふ程(ほど)に、心々(こころごころ)にてはかばかしうもたたか
はず。城(じやう)の内(うち)より石弓(いしゆみ)はづしかけたりけ
れば、大衆(だいしゆ)官軍(くわんぐん)(くはんぐん)かずをつくいてうたれに
けり。堂衆(だうじゆ)に語(かた)らふ悪党(あくたう)と云(いふ)は、諸国(しよこく)の
窃盜(せつたう)・強盜(がうだう)・山賊(さんぞく)・海賊等(かいぞくとう)也(なり)。欲心熾盛(よくしんしじやう)に
P02319
して、死生不知(ししやうふち)の奴原(やつばら)なれば、我(われ)一人(いちにん)と
思(おもひ)き(ッ)てたたかふ程(ほど)に、今度(こんど)も又(また)学生(がくしやう)いく
さにまけにけり。P196『山門滅亡(さんもんめつばう)』S0213其(その)後(のち)は山門(さんもん)いよいよ荒(あれ)は
てて、十二禅衆(じふにぜんじゆ)のほかは、止住(しぢゆう)(しぢう)の僧侶(そうりよ)もまれ
也(なり)。谷々(たにだに)の講演(こうえん)(かうゑん)磨滅(まめつ)して、堂々(だうだう)の行法(ぎやうぼふ)(ぎやうぼう)も
退転(たいてん)す。修学(しゆがく)の窓(まど)を閉(とぢ)、坐禅(ざぜん)の床(ゆか)をむ
なしうせり。四教(しけう)五時(ごじ)の春(はる)の花(はな)もにほはず、
三諦即是(さんだいそくぜ)の秋(あき)の月(つき)もくもれり。三百余
P02320
歳(さんびやくよさい)の法燈(ほふとう)(ほうとう)を挑(かかぐ)る人(ひと)もなく、六時不断(ろくじふだん)の
香(かう)の煙(けぶり)もたえやしぬらん。堂舎(たうじや)高(たか)くそ
びへ(そびえ)【聳え】て、三重(さんぢゆう)(さんぢう)の構(かまへ)を青漢(せいかん)の内(うち)に挿(さしはさ)み、棟
梁(とうりやう)遥(はるか)に秀(ひいで)て、四面(しめん)の椽(たるき)を白霧(はくむ)の間(あひだ)(あいだ)に
かけたりき。され共(ども)、今(いま)は供仏(くぶつ)を嶺(みね)の
嵐(あらし)にまかせ、金容(きんよう)を紅瀝(こうれき)にうるほす。夜(よる)
の月(つき)灯(ともしび)をかかげて、簷(のき)のひまよりもり、
暁(あかつき)の露(つゆ)珠(たま)を垂(たれ)て、蓮座(れんざ)の粧(よそほひ)をそふ
P02321
とかや。夫(それ)末代(まつだい)の俗(ぞく)に至(いたつ)ては、三国(さんごく)の仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)
も次第(しだい)に衰微(すいび)せり。遠(とほ)(とを)く天竺(てんぢく)に仏跡(ぶつせき)をと
ぶらへば、昔(むかし)仏(ほとけ)の法(のり)を説給(ときたま)ひし竹林精
舎(ちくりんしやうじや)・給孤独園(ぎつこどくゑん)(ぎつこどくえん)も、此比(このごろ)は狐狼(こらう)野干(やかん)の栖(すみか)と
な(ッ)て、礎(いしずゑ)のみや残(のこる)らん。白鷺池(はくろち)には水(みづ)たえて、
草(くさ)のみふかくしげれり。退梵(たいぼん)下乗(げじよう)(げぜう)の卒
都婆(そとば)も苔(こけ)のみむして傾(かたぶき)ぬ。震旦(しんだん)にも天台山(てんだいさん)・
五台山(ごだいさん)・白馬寺(はくばじ)・玉泉寺(ぎよくせんじ)も、今(いま)は住侶(ぢゆうりよ)(ぢうりよ)なきさ
P02322
まに荒(あれ)はてて、大小乗(だいせうじよう)(だいせうぜう)の法門(ほふもん)(ほうもん)も箱(はこ)の底(そこ)に
や朽(くち)ぬらん。我(わが)朝(てう)にも、南都(なんと)の七大寺(しちだいじ)荒(あれ)はて
て、八宗(はつしゆう)(はつしう)九宗(くしゆう)(くしう)も跡(あと)たえ、愛宕護(あたご)・高雄(たかを)(たかお)も、
昔(むかし)は堂塔(だうたふ)(だうたう)軒(のき)をならべたりしか共(ども)、一夜(ひとよ)の
うちに荒(あれ)にしかば、天狗(てんぐ)の棲(すみか)となりはてぬ。
さればにP197や、さしもや(ン)ごとなかりつる天台(てんだい)の
仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)も、治承(ぢしよう)(ぢせう)の今(いま)に及(およん)(をよん)で、亡(ほろび)はてぬるにや。
心(こころ)ある人(ひと)嘆(なげき)かなしまずと云(いふ)事(こと)なし。離山(りさん)し
P02323
ける僧(そう)の坊(ばう)の柱(はしら)に、歌(うた)をぞ一首(いつしゆ)書(かい)たりける。
いのりこし我(わが)たつ杣(そま)の引(ひき)かへて
人(ひと)なきみねとなりやはてなむ W009
是(これ)は、伝教大師(でんげうだいし)当山(たうざん)草創(さうさう)の昔(むかし)、阿耨多
羅三藐三菩提[*「藐」は底本は「(草冠に狼)」](あのくたらさんみやくさんぼだい)の仏(ほとけ)たちにいのり申(まう)
されける事(こと)をおもひ【思ひ】出(いで)て、読(よみ)たりける
にや。いとやさしうぞ聞(きこ)えし。八日(やうか)は薬師(やくし)の
日(ひ)なれども、南無(なむ)と唱(となふ)るこゑ【声】もせず、卯月(うづき)は
P02324
垂跡(すいしやく)の月(つき)なれ共(ども)、幣帛(へいはく)を捧(ささぐ)る人(ひと)もなし。
あけの玉墻(たまがき)かみさびて、しめなはのみや残(のこる)
らん。『善光寺(ぜんくわうじ)炎上(えんしやう)』S0214其(その)比(ころ)善光寺(ぜんくわうじ)(ぜんくはうじ)炎上(えんしやう)の由(よし)其(その)聞(きこえ)あり。彼(かの)
如来(によらい)と申(まうす)は、昔(むかし)中天竺(ちゆうてんぢく)(ちうてんぢく)舎衛国(しやゑこく)に五種(ごしゆ)の
悪病(あくびやう)おこ(ッ)て人庶(にんそう)おほく亡(ほろび)しに、月蓋長
者(ぐわつかいちやうじや)が致請(ちじやう)によ(ッ)て、竜宮城(りゆうぐうじやう)(りうぐうじやう)より閻浮檀金(えんぶだごん)
をえて、釈尊(しやくそん)、目蓮長者(もくれんちやうじや)、心(こころ)をひとつ
にして鋳(ゐ)あらはし給(たま)へる一(いつ)ちやく手半(しゆはん)の弥
P02325
陀(みだ)の三尊(さんぞん)、閻浮提(えんぶだい)第一(だいいち)の霊像(れいざう)也(なり)。仏滅度(ぶつめつど)
の後(のち)、天竺(てんぢく)にとどまらせ給(たまふ)事(こと)五百余歳(ごひやくよさい)、仏
法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)東漸(とうぜん)の理(ことわり)(ことはり)にて、百済国(はくさいこく)にうつらせ給(たま)ひ
て、一千歳(いつせんざい)の後(のち)、百済(はくさい)の御門(みかど)P198斉明王【*聖明王】(せいめいわう)、吾(わが)朝(てう)の御
門(みかど)欽明天皇(きんめいてんわう)の御宇(ぎよう)に及(および)(をよび)て、彼(かの)国(くに)より此(この)国(くに)へ
うつらせ給(たま)ひて、摂津国(せつつのくに)難波(なには)の浦(うら)にして
星霜(せいざう)ををくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけり。つねは金色(こんじき)の
光(ひかり)をはなたせましましければ、これによ(ッ)て年
P02326
号(ねんがう)を金光(こんくわう)(こんくはう)と号(かう)す。同(おなじき)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、信濃
国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)おうみ【麻績】の本太善光(ほんだよしみつ)と云(いふ)者(もの)、都(みやこ)へ
のぼりたりけるが、彼(かの)如来(によらい)に逢(あひ)奉(たてまつ)りたり
けるに、やがていざなひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、ひるは善光(よしみつ)、
如来(によらい)ををい(おひ)【負ひ】奉(たてまつ)り、夜(よる)は善光(よしみつ)、如来(によらい)におはれ
たてま(ッ)て、信濃国(しなののくに)へ下(くだ)り、みのち【水内】の郡(こほり)に
安置(あんぢ)したてま(ッ)しよりこのかた、星霜(せいざう)既(すで)に
五百(ごひやく)八十(はちじふ)余歳(よさい)、炎上(えんしやう)の例(れい)はこれはじめとぞ
P02327
承(うけたまは)る。「王法(わうぼふ)(わうぼう)つきんとては仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)まづ亡(ばう)ず」といへ
り。さればにや、「さしもや(ン)ごとなかりつる霊寺
霊山(れいじれいさん)のおほくほろびうせぬるは、平家(へいけ)
の末(すゑ)になりぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ申(まうし)
ける。『康頼(やすより)祝言(のつと)』S0215さるほどに、鬼界(きかい)が島(しま)の流人共(るにんども)、つゆの
命(いのち)草葉(くさば)のすゑにかか(ッ)て、おしむ(をしむ)【惜む】べきとには
あらねども、丹波少将(たんばのせうしやう)のしうと平宰相(へいざいしやう)の
領(りやう)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)より、衣食(いしよく)を常(つね)にをく
P02328
ら(おくら)【送ら】れければ、それにてぞ俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)も康
瀬【*康頼】(やすより)も、命(いのち)をいきて過(すご)しける。P199康瀬【*康頼】(やすより)はながさ
れける時(とき)、周防(すはうの)室(むろ)づみ【積】にて出家(しゆつけ)して(ン)を
れは【*げれば】、法名(ほふみやう)(ほうみやう)は性照(しやうせう)とこそついたりけれ。
出家(しゆつけ)はもとよりの望(のぞみ)なりければ、
つゐに(つひに)【遂に】かくそむきはてける世間(よのなか)を
とく捨(すて)ざりしことぞくやしき W010
丹波少将(たんばのせうしやう)・康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)は、もとより〔熊野信(くまのしん)じの人々(ひとびと)なれば、「いかにもして此(この)島(しま)のうちに〕熊野(くまの)
P02329
の三所権現(さんじよごんげん)を勧請(くわんじやう)(くはんじやう)し奉(たてまつ)て、帰洛(きらく)の事(こと)をい
のり申(まう)さばや」と云(いふ)に、俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(しゆんくはんそうづ)は天姓【*天性】(てんぜい)不信(ふしん)
第一(だいいち)の人(ひと)にて、是(これ)をもちい(もちゐ)【用】ず。二人(ににん)はおなじ
心(こころ)に、もし熊野(くまの)に似(に)たる所(ところ)やあると、島(しま)のう
ちを尋(たづね)まいる【*まはる】に、或(あるは)林塘(りんたう)の妙(たへ)なるあり、紅
錦繍(こうきんしう)の粧(よそほひ)しなじなに。或(あるは)雲嶺(うんれい)のあやしきあ
り、碧羅綾(へきられう)の色(いろ)一(ひとつ)にあらず。山(やま)のけしき、木(き)
のこだちに至(いた)るまで、外(ほか)よりもなを(なほ)【猶】勝(すぐれ)たり。
P02330
南(みなみ)を望(のぞ)めば、海(かい)漫々(まんまん)として、雲(くも)の波(なみ)煙(けぶり)の浪(なみ)
ふかく、北(きた)をかへりみれば、又(また)山岳(さんがく)の峨々(がが)たる
より、百尺(はくせき)の滝水(りゆうすい)(りうすい)漲落(みなぎりおち)たり。滝(たき)の音(おと)(をと)ことに
すさまじく、松風(まつかぜ)神(かみ)さびたるすまひ、飛滝(ひりゆう)(ひりう)
権現(ごんげん)のおはします那智(なち)のお山(やま)にさに【似】たり
けり。さてこそやがてそこをば、那智(なち)のお山(やま)と
は名(な)づけけれ。此(この)峯(みね)は本宮(ほんぐう)、かれは新宮(しんぐう)、是(これ)
はそむぢやう(そんぢやう)其(その)王子(わうじ)、彼(かの)王子(わうじ)な(ン)ど(など)、王子(わうじ)々々(わうじ)の
P02331
名(な)を申(まうし)て、康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)先達(せんだち)にて、丹波少将(たんばのせうしやう)相(あひ)
ぐしつつ、日(ひ)ごとに熊野(くまの)まうでのまねをし
て、帰洛(きらく)の事(こと)をぞ祈(いのり)ける。「南無権現(なむごんげん)
金剛童子(こんがうどうじ)、ねがはくは憐(あはれ)みをたれさせ
おはしまして、古郷(こきやう)へかへし入(いれ)させ給(たま)へ。妻子(さいし)
どもP200をば今(いま)一度(いちど)みせ【見せ】給(たま)へ」とぞ祈(いのり)ける。
日数(ひかず)つもりてたちかふ【裁替】べき浄衣(じやうえ)(じやうゑ)もな
ければ、麻(あさ)の衣(ころも)を身(み)にまとひ、沢辺(さはべ)の
P02332
水(みづ)をこりにかいては、岩田河(いはだがは)のきよきな
がれと思(おも)ひやり、高(たか)き所(ところ)にのぼ(ッ)ては、発心
門(ほつしんもん)とぞ観(くわん)(くはん)じける。まいる(まゐる)【参る】たびごとには、康
頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)の(ッ)と【祝言】を申(まうす)に、御幣紙(おんぺいし)もなかれ【*なけれ】ば、
花(はな)を手折(たをり)(たおり)てささげつつ、
維(ゐ)(い)あたれる歳次(さいし)、治承(ぢしよう)(ぢせう)元年(ぐわんねん)丁酉(ひのとのとり)、月(つき)のな
らび十月(とつき)二月(ふたつき)、日(ひ)の数(かず)三百五十(さんびやくごじふ)(さんびやくごじう)余ケ日(よかにち)、吉
日(きちじつ)良辰(りやうしん)を択(えらん)で、かけまくも忝(かたじけな)く、日本(につぽん)第
P02333
一(だいいち)大領験(だいりやうげん)、熊野(ゆや)三所権現(さんじよごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ひりう)大薩■(だいさつた)
の教(けう)りやう【令】、宇豆(うづ)の広前(ひろまへ)にして、信心(しんじん)の
大施主(だいせしゆ)、羽林(うりん)藤原成経(ふぢはらのなりつね)、並(ならび)に沙弥性照(しやみしやうせう)、一心(いつしん)
清浄(しやうじやう)の誠(まこと)を致(いた)し、三業(さんごふ)(さんごう)相応(さうおう)の志(こころざし)を抽(ぬきんで)て、
謹(つつしん)でも(ッ)て敬(うやまつて)白(まうす)(まふす)。夫(それ)証城大菩薩(しようじやうだいぼさつ)(せうじやうだいぼさつ)は、済度苦
海(さいどくかい)の教主(けうしゆ)、三身(さんじん)円満(ゑんまん)(えんまん)の覚王(かくわう)也(なり)。或(あるいは)(あるひは)東方浄
瑠璃医王(とうばうじやうるりいわう)の主(しゆ)、衆病悉除(しゆびやうしつじよ)の如来(によらい)也(なり)。或(あるいは)(あるひは)
南方補堕落能化(なんばうふだらくのうけ)(なんばうふだらくのふけ)の主(しゆ)、入重玄門(にふぢゆうげんもん)(にうぢうげんもん)の大士(だいじ)。
P02334
若王子(にやくわうじ)は娑婆世界(しやばせかい)の本主(ほんじゆ)、施無畏者(せむいしや)
の大士(だいじ)、頂上(ちやうじやう)の仏面(ぶつめん)を現(げん)じて、衆生(しゆじやう)の所願(しよぐわん)(しよぐはん)
をみて給(たま)へり。是(これ)によ(ッ)て、かみ【上】一人(いちにん)よりしも【下】万
民(ばんみん)に至(いた)るまで、或(あるいは)(あるひは)現世安穏(げんぜあんをん)のため、或(あるいは)(あるひは)後生(ごしやう)ぜ
んしよ【善処】のために、朝(あした)には浄水(じやうすい)を結(むすん)でぼん
なう【煩悩】のあか【垢】をすすぎ、夕(ゆふべ)には深山(しんざん)に向(むかつ)てほう
がう【宝号】を唱(となふ)るに、感応(かんおう)おこたる事(こと)なし。峨々(がが)たる
嶺(みね)のたかきをば、神徳(しんとく)のたかきに喩(たと)へ、嶮々(けんけん)たる
P02335
谷(たに)のふかきをば、弘誓(ぐぜい)のふかきに准(なぞら)へて、雲(くも)
を分(わけ)てのぼり、露(つゆ)をしのいで下(くだ)る。爰(ここ)に利
益(りやく)の地(ち)をP201たのまずむ(ずん)ば、いかんが歩(あゆみ)を嶮
難(けんなん)の路(みち)にはこばん。権現(ごんげん)の徳(とく)をあふがずんば、
何(なんぞ)かならずしも幽遠(いうをん)(ゆうをん)の境(さかひ)にましまさむ。仍(よつて)証
城大権現(しようじやうだいごんげん)(せうじやうだいごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ひりう)大薩■(だいさつた)、青蓮慈悲(しやうれんじひ)(せうれんじひ)の眸(まなじり)
を相(あひ)ならべ、さをしか【小牡鹿】の御耳(おんみみ)をふりたてて、我等(われら)が
無二(むに)の丹誠(たんぜい)を知見(ちけん)して、一々(いちいち)の懇志(こんし)を納受(なふじゆ)(なうじゆ)
P02336
し給(たま)へ。然(しかれ)ば則(すなはち)、むすぶ【結】・はや【早】玉(たま)の両所権現(りやうじよごんげん)、
おのおの機(き)に随(したがつ)て、有縁(うえん)の衆生(しゆじやう)をみちびき、
無縁(むえん)の群類(ぐんるい)をすくはむがために、七宝荘
厳(しつぼうしやうごん)のすみかをすてて、八万四千(はちまんしせん)の光(ひかり)を和(やはら)
げ、六道三有(ろくだうさんう)の塵(ちり)に同(どう)じ給(たま)へり。故(かるがゆへゆゑ)に定
業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)亦能転(やくのうてん)、求長寿得長寿(ぐぢやうじゆとくぢやうじゆ)の礼拝(らいはい)、袖(そで)
をつらね、幣帛礼奠(へいはくれいてん)を捧(ささぐ)る事(こと)ひま
なし。忍辱(にんにく)の衣(ころも)を重(かさね)、覚道(かくだう)の花(はな)を捧(ささげ)て、
P02337
神殿(じんでん)の床(ゆか)を動(どう)じ、信心(しんじん)の水(みづ)をすまして、
利生(りしやう)の池(いけ)を湛(たたへ)たり。神明(しんめい)納受(なふじゆ)(なうじゆ)し給(たま)はば、所
願(しよぐわん)(しよぐはん)なんぞ成就(じやうじゆ)せざらむ。仰願(あふぎねがはく)は、十二所権
現(じふにしよごんげん)(じうにしよごんげん)、利生(りしやう)の翅(つばさ)を並(ならべ)て、遥(はるか)に苦海(くかい)の空(そら)にかけ
り、左遷(させん)の愁(うれへ)をやすめて、帰洛(きらく)の本懐(ほんぐわい)を
とげしめ給(たま)へ。再拝(さいはい)。とぞ、康頼(やすより)の(ッ)と【祝詞】をば
申(まうし)ける。『卒都婆流(そとばながし)』S0216丹波少将(たんばのせうしやう)・康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)、つねは三所
権現(さんじよごんげん)の御前(おんまへ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、通夜(つや)するおり(をり)【折】も
P02338
あP202りけり。或(ある)時(とき)二人(ににん)通夜(つや)して、夜(よ)もすがら
いまやう【今様】をぞうたひ【歌ひ】ける。暁(あかつき)がたに、康
頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)ち(ッ)とまどろみたる夢(ゆめ)に、おきより
白(しろ)い帆(ほ)かけたる小船(こぶね)を一艘(いつさう)(いつそう)こぎよせて、
舟(ふね)のうちより紅(くれなゐ)の袴(はかま)きたる女房達(にようばうたち)
二三十人(にさんじふにん)あがり、皷(つづみ)をうち、こゑ【声】を調(ととのへ)て、よろ
づの仏(ほとけ)の願(ぐわん)(ぐはん)よりも千手(せんじゆ)の誓(ちかひ)ぞたのも
しき枯(かれ)たる草木【くさき】も忽(たちまち)に花(はな)さき実(み)なる
P02339
とこそきけ K013 Iと、三(さん)べんうたひ【歌ひ】すまして、
かきけつやうにぞうせにける。夢(ゆめ)さめ
て後(のち)、奇異(きい)の思(おもひ)をなし、康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)
申(まうし)けるは、「是(これ)は竜神(りゆうじん)(りうじん)の化現(けげん)とおぼえたり。
三所権現(さんじよごんげん)のうちに、西(にし)の御前(ごぜん)(ご(ン)ぜん)と申(まうす)は、本地(ほんぢ)
千手観音(せんじゆくわんおん)(せんじゆくはんをん)にておはします。竜神(りゆうじん)(りうじん)は則(すなはち)千
手(せんじゆ)の廿八(にじふはち)部衆(ぶしゆ)の其(その)一(ひとつ)なれば、も(ッ)て御納
受(ごなふじゆ)(ごなふじゆ)こそたのもしけれ」。又(また)或(ある)夜(よ)二人(ににん)通夜(つや)して、
P02340
おなじうまどろみたりける夢(ゆめ)に、おき
より吹(ふき)くる風(かぜ)の、二人(ににん)が袂(たもと)に木(こ)の葉(は)を
ふたつふきかけたりけるを、何(なに)となう
と(ッ)【取つ】て見(み)ければ、御熊野(みくまの)の南木(なぎ)の葉(は)に
てぞ有(あり)ける。彼(かの)二(ふたつ)の南木(なぎ)の葉(は)に、一首(いつしゆ)の
歌(うた)を虫(むし)ぐひにこそしたりけれ。
千(ち)はやぶる神(かみ)にいのりのしげければ
などか都(みやこ)へ帰(かへ)らざるべき W011
P02341
康頼入道(やすよりにふだう)(やすよりにうだう)、古郷(こきやう)の恋(こひ)しきままに、せめてのは
かりことに、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)を作(つく)り、■字(あじ)の
梵字(ぼじ)・年号(ねんがう)・月日(つきひ)、仮名(けみやう)実名(じうみやう)、二首(にしゆ)の歌(うた)
をぞかいたりけり【*ける】。P203
さつまがたおきのこじまに我(われ)ありと
おやにはつげよやへ【八重】のしほかぜ W012
おもひ【思ひ】やれしばしとおもふ【思ふ】旅(たび)だにも
なを(なほ)【猶】ふるさとはこひしきものを W013
P02342
是(これ)に【*を】浦(うら)にも(ッ)て出(いで)て、「南無帰命頂礼(なむきみやうちやうらい)、梵
天帝尺(ぼんでんたいしやく)、四大天王(しだいてんわう)、けんらふ(けんらう)【堅牢】地神(ぢじん)、鎮守諸
大明神(ちんじゆしよだいみやうじん)、殊(こと)には熊野権現(くまのごんげん)、厳島大明神(いつくしまだいみやうじん)、
せめては一本(いつぽん)成(なり)共(とも)都(みやこ)へ伝(つたへ)てたべ」とて、奥
津(おきつ)しら波(なみ)のよせてはかへるたびごとに、卒
都婆(そとば)を海(うみ)にぞ浮(うか)べける。卒都婆(そとば)を作(つく)り
出(いだ)すに随(したがつ)て、海(うみ)に入(いれ)ければ、日数(ひかず)つもれば
卒都婆(そとば)のかずもつもり、そのおもふ【思ふ】心(こころ)や便(たより)
P02343
の風(かぜ)ともなりたりけむ、又(また)神明仏陀(しんめいぶつだ)も
やをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけむ、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)のな
かに一本(いつぽん)、安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)の御(おん)まへの
渚(なぎさ)にうちあげたり。康頼(やすより)がゆかりありけ
る僧(そう)、しかるべき便(たより)もあらば、いかにもして
彼(かの)島(しま)へわた(ッ)て、其(その)行衛(ゆくへ)【行方】をきかむとて、西
国修行(さいこくしゆぎやう)に出(いで)たりけるが、先(まづ)厳島(いつくしま)へぞま
いり(まゐり)【参り】ける。爰(ここ)に宮人(みやびと)とおぼしくて、狩(かり)ぎぬ
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装束(しやうぞく)なる俗(ぞく)一人(いちにん)出(いで)きたり。此(この)僧(そう)何(なに)となき
物語(ものがたり)しけるに、「夫(それ)、和光同塵(わくわうどうぢん)(わくはうどうぢん)の利生(りしやう)さまざま
なりと申(まう)せども、いかなりける因縁(いんえん)(ゐんえん)をも(ッ)て、
此(この)御神(おんがみ)は海漫(かいまん)の鱗(うろくづ)に縁(えん)をむすばせ給(たま)
ふらん」ととひ奉(たてまつ)る。宮人(みやびと)答(こたへ)けるは、「是(これ)は
よな、娑竭羅竜王(しやかつらりゆうわう)(しやかつらりうわう)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)、胎蔵
界(たいざうかい)の垂跡(すいしやく)也(なり)」。此(この)島(しま)に御影向(ごやうがう)ありし初(はじめ)より、
済度利生(さいどりしやう)の今(いま)に至(いた)るまで、甚深(じんじん)〔の〕奇特(きどく)
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の事共(ことども)をぞかたりける。さればにや、八社(はつしや)の
御殿(ごてん)甍(いらか)をならべ、社(やしろ)はわだづみのほとりな
れば、塩(しほ)のみちP204ひに月(つき)こそ【*ぞ】すむ。しほみ
ちくれば、大鳥居(おほどりゐ)あけ【朱】の玉墻(たまがき)瑠璃(るり)の
如(ごと)し。塩(しほ)引(ひき)ぬれば、夏(なつ)の夜(よ)なれど、御(おん)まへの
しら州(す)に霜(しも)ぞをく(おく)【置く】。いよいよた(ッ)とく【尊く】覚(おぼ)えて、法
施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て居(ゐ)たりけるに、やうやう日(ひ)く
れ、月(つき)さし出(いで)て、塩(しほ)のみちけるが、そこはか
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となき藻(も)くづ共(ども)のゆられよりけるなか
に、卒都婆(そとば)のかたのみえ【見え】けるを、何(なに)となうと(ッ)て
見(み)ければ、奥(おき)のこじまに我(われ)ありと、かきなが
せることのは也(なり)。文字(もじ)をばゑり入(いれ)きざみ
付(つけ)たりければ、浪(なみ)にもあらは【洗は】れず、あざ
あざとしてぞみえ【見え】たりける。「あなふしぎ」
とて、これを取(とり)て笈(おひ)のかた【肩】にさし、都(みやこ)へ
のぼり、康頼(やすより)が老母(らうぼ)の尼公(にこう)妻子共(さいしども)が、一条(いちでう)
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の北(きた)、紫野(むらさきの)と云(いふ)所(ところ)に忍(しのび)つつすみける
に、見(み)せたりければ、「さらば、此(この)卒都婆(そとば)が
もろこしのかたへもゆられゆかで、なにしにこれ
までつたひ来(き)て、今更(いまさら)物(もの)をおもは【思は】すらん」
とぞかなしみける。遥(はるか)の叡聞(えいぶん)(ゑいぶん)に及(および)(をよび)て、法
皇(ほふわう)(ほうわう)これを御覧(ごらん)じて、「あなむざんや。され
ばいままで此(この)者共(ものども)は、命(いのち)のいきてあるに
こそ」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。小
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松(こまつ)のおとどのもとへをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひたり
ければ、是(これ)を父(ちち)の入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)にみせ【見せ】奉(たてまつ)り
給(たま)ふ。柿本(かきのもとの)人丸(ひとまろ)は島(しま)がくれゆく船(ふね)を思(おも)ひ、
山辺(やまのべ)の赤人(あかひと)はあしべのたづをながめ給(たま)ふ。
住吉(すみよし)の明神(みやうじん)はかたそぎの思(おもひ)をなし、三輪(みわ)
の明神(みやうじん)は杉(すぎ)たてる門(かど)をさす。昔(むかし)素盞
烏尊(そさのをのみこと)、三十一字(さんじふいちじ)のやまとうたをはじめを
き(おき)給(たま)ひしよりこのかた、もろもろの神明仏
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陀(しんめいぶつだ)も、彼(かの)詠吟(えいぎん)(ゑいぎん)P205をも(ッ)て百千万端[M 「百千万騎端」とあり「騎」をミセケチ](ひやくせんばんたん)の思(おも)ひ
をのべ給(たま)ふ。入道(にふだう)(にうだう)も石木(いはき)ならねば、さすが
哀(あはれ)げにぞの給(たま)ひける。『蘇武(そぶ)』S0217入道相国(にふだうしやうこく)(にうだうしやうこく)のあは
れみたまふうへは、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の上下(じやうげ)、老(おい)たる
もわかきも、鬼界(きかい)がの(*この1字不要)島(しま)の流人(るにん)の歌(うた)と
て、口(くち)ずさまぬはなかりけり。さても千本(せんぼん)
まで作(つく)りたりける卒都婆(そとば)なれば、〔さ〕こそ
はちいさう(ちひさう)【小さう】もありけめ、薩摩潟(さつまがた)よりはる
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ばると都(みやこ)までつたはりけるこそふしぎ
なれ。あまりにおもふ【思ふ】事(こと)はかくしるし【徴】ある
にや。いにしへ漢王(かんわう)胡国(ここく)を攻(せめ)られけるに、はじ
めは李少卿(りせうけい)を大将軍(たいしやうぐん)にて、三十万騎(さんじふまんぎ)(さんじうまんぎ)むけら
れたりけるが、漢王(かんわう)のいくさよはく(よわく)【弱く】、胡国(ここく)の
たたかひこはくして、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)みなうちほろ
ぼさる。剰(あまつさへ)(あま(ツ)さへ)大将軍(たいしやうぐん)李少卿(りせうけい)、胡王(こわう)のためにい
けどらる。次(つぎ)に蘇武(そぶ)を大将軍(たいしやうぐん)にて、五十
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万騎(ごじふまんぎ)(ごじうまんぎ)をむけらる。猶(なほ)(なを)漢(かん)のいくさよはく(よわく)【弱く】、
えびすのたたかひこはくして、官軍(くわんぐん)(くはんぐん)皆(みな)
亡(ほろび)にけり。兵(つはもの)六十余人(ろくじふよにん)【*六千余人(ろくせんよにん)】いけどらる。其(その)中(なか)に、
大将軍(たいしやうぐん)蘇武(そぶ)をはじめとして、宗(むね)との兵(つはもの)六
百三十(ろつぴやくさんじふ)(ろつひやくさんじう)余人(よにん)すぐり出(いだ)して、一々(いちいち)にかた足(あし)をき(ッ)
てお(ッ)ぱな【追放】つ。則(すなはち)死(し)する者(もの)もあり、ほどへて死(し)
ぬる者(もの)もあり。其(その)なかにされP206共(ども)蘇武(そぶ)はし
なざりけり。かた足(あし)なき身(み)とな(ッ)て、山(やま)に
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のぼ(ッ)ては木(こ)の実(み)をひろひ、春(はる)は沢(さは)の根
芹(ねぜり)を摘(つみ)、秋(あき)は田(た)づらのおち穂(ぼ)ひろひな(ン)
ど(など)してぞ、露(つゆ)の命(いのち)を過(すご)しける。田(た)にいく
らもありける鴈(かり)ども、蘇武(そぶ)に見(み)なれて
おそれ【恐れ】ざりければ、これはみな我(わが)古郷(ふるさと)へか
よふものぞかしとなつかしさに、おもふ【思ふ】事(こと)
を一筆(ひとふで)かいて、「相(あひ)かまへて是(これ)漢王(かんわう)に奉(たてまつ)
れ」と云(いひ)ふくめ、鴈(かり)の翅(つばさ)にむすび付(つけ)てぞ
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はなちける。かひがひしくもたのむの鴈(かり)、秋(あき)
は必(かならず)こし地(ぢ)【越路】より都(みやこ)へ来(きた)るものなれば、漢(かんの)
昭帝(せうてい)上林苑(しやうりんえん)に御遊(ぎよいう)(ぎよゆふ)ありしに、夕(ゆふ)ざれの
空(そら)薄(うす)ぐもり、何(なに)となう物哀(ものあはれ)なりけるおり
ふし(をりふし)【折節】、一行(ひとつら)の鴈(かり)とびわたる。その中(なか)に鴈一(かりひとつ)と
びさが(ッ)て、をの(おの)【己】が翅(つばさ)を結付(むすびつけ)たる玉童【*玉章】(たまづさ)をく
ひき(ッ)てぞおとしける。官人(くわんにん)(くはんにん)是(これ)をと(ッ)て、御門(みかど)に
奉(たてまつ)る。披(ひらい)て叡覧(えいらん)(ゑいらん)あれば、「昔(むかし)は巌崛(がんくつ)の洞(ほら)
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にこめられて、三春(さんしゆん)の愁歎(しうたん)ををくり(おくり)【送り】、今(いま)は曠
田(くわうでん)の畝(うね)に捨(すて)られて、胡敵(こてき)の一足(いつそく)となれり。設(たとひ)
かばねは胡(こ)の地(ち)にさらすと云(いふ)共(とも)、魂(たましひ)(たましゐ)は二(ふた)たび君
辺(くんべん)につかへん」とぞかいたりける。それより
してぞ、ふみをば鴈書(がんしよ)ともいひ、鴈札(がんさつ)
とも名付(なづけ)たり。「あなむざんや、蘇武(そぶ)がほ
まれの跡(あと)なりけり。いまだ胡国(ここく)にあるに
こそ」とて、今度(こんど)は李広(りくわう)(りくはう)と云(いふ)将軍(しやうぐん)に仰(おほせ)て、
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百万騎(ひやくまんぎ)をさしつかはす。今度(こんど)は漢(かん)の戦(たたかひ)こはく
して、胡国(ここく)のいくさ破(やぶれ)にけり。御方(みかた)たたかひかち
ぬと聞(きこ)えしかば、P207蘇武(そぶ)は曠野(くわうや)のなかよりはい(はひ)【這ひ】出(いで)
て、「是(これ)こそいにしへの蘇武(そぶ)よ」とぞなのる【名乗る】。十
九年(じふくねん)(じうくねん)の星霜(せいざう)を送(おくり)(をくり)て、かた足(あし)はきられな
がら、輿(こし)にかかれて古郷(こきやう)へぞ帰(かへ)りける。蘇武(そぶ)
は十六(じふろく)(じうろく)の歳(とし)、胡国(ここく)へむけられけるに、御
門(みかど)より給(たまは)りたりける旗(はた)を、何(なに)としてかかく
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したりけん、身(み)をはなたずも(ッ)たりけり。
今(いま)取出(とりいだ)して御門(みかど)のげむざん(げんざん)【見参】にいれ【入れ】たりけ
れば、きみも臣(しん)も感嘆(かんたん)なのめならず。君(きみ)
のため大功(たいこう)ならびなかりしかば、大国(だいこく)あま
た給(たま)はり、其上(そのうへ)天俗国(てんしよくこく)と云(いふ)司(つかさ)を下(くだ)され
けるとぞ聞(きこ)えし。李少卿(りせうけい)は胡国(ここく)にとどま(ッ)て終(つひ)
に帰(かへ)らず。いかにもして、漢朝(かんてう)へ帰(かへ)らむとのみ
なげけども、胡王(こわう)ゆるさねばかなはず。漢王(かんわう)
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これをしり給(たま)はず。君(きみ)のため不忠(ふちゆう)(ふちう)のもの
なりとて、はかなくなれる二親(にしん)が死骸(しかばね)を
ほりおこい【起い】てうた【打た】せらる。其(その)外(ほか)六親(りくしん)をみ
なつみせらる。李少卿(りせうけい)是(これ)を伝(つたへ)きいて、恨(うらみ)
ふかう【深う】ぞなりにける。さりながらも猶(なほ)(なを)古
郷(ふるさと)を恋(こひ)つつ、君(きみ)に不忠(ふちゆう)(ふちう)なき様(やう)を一巻(いつくわん)(いちくはん)の
書(しよ)に作(つくり)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、「さては不便(ふびん)
の事(こと)ごさんなれ」とて、父母(ふぼ)がかばねを堀【*掘】(ほり)いだい
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てうたせられたる事(こと)をぞ、くやしみ給(たま)ひけ
る。漢家(かんか)の蘇武(そぶ)は書(しよ)を鴈(かり)の翅(つばさ)に付(つけ)て旧
里(きうり)へ送(おく)り、本朝(ほんてう)の康頼(やすより)は浪(なみ)のたよりに
歌(うた)を故郷(こきやう)に伝(つた)ふ。かれは一筆(ひとふで)のすさみ、〔これは二首(にしゆ)の歌(うた)、かれは上代(じやうだい)、これは末P208代(まつだい)、胡国(ここく)〕
鬼界(きかい)が島(しま)、さかひをへだて、世々(よよ)はかはれ
ども、風情(ふぜい)はおなじふぜい、ありがたかりし
事(こと)ども也(なり)。

P02359
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)


入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一



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