平家物語(龍谷大学本)巻三

【許諾済】
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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。


P03363
(表紙)
P03367
(目録)
  三
一 免シ状(ゆるしじやう)
二 御産(ごさん)の巻(まき) 御産(ごさん)平安(ペいあん)にある ヨリ
三 大塔建立(だいたふこんりふ)(だいたうこんりう) 仁和寺(にんわじの)御室(おむろ)は東寺(とうじ)修造(しゆざう)  ヨリ
四 頼豪(らいがう) 白河院(しらかはのゐん)御在位(ございゐ)の御時(おんとき) ヨリ
五 少将(せうしやう)[B ノ]都帰(みやこがへり) 明(あく)れば治承(ぢしよう)(ぢせう)三年(さんねん) ヨリ
六 有王(ありわう)[B ノ]嶋下(しまくだり) 去程(さるほど)に、鬼界(きかい)が島(しま)へ ヨリ
七 医師問答(いしもんだふ)(いしもんだう) 同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく) ヨリ
八 無紋(むもん) 天性(てんぜい)このおとどは ヨリ
P03369
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第三(だいさん)P209
赦文(ゆるしぶみ)S0301
治承(ぢしよう)(ぢせう)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひのひ)、院(ゐんの)御所(ごしよ)には拝礼(はいれい)をこ
なは(おこなは)【行なは】れて、四日(よつかのひ)朝覲(てうきん)の行幸(ぎやうがう)有(あり)ける【*けり】。例(れい)に
かはりたる事(こと)はなけれ共(ども)、去年(こぞ)の夏(なつ)新
大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)、近習(きんじゆ)の人々(ひとびと)多(おほ)くうし
なは【失は】れし事(こと)、法皇(ほふわう)(ほうわう)御憤(おんいきどほり)(おんいきどをり)いまだやまず、世(よ)の
政(まつりごと)も物(もの)うくおぼしめさ【思召さ】れて、御心(おんこころ)よからぬ
ことにてぞあり【有り】ける。太政(だいじやう)入道(にふだう)も、多田蔵人(ただのくらんど)行
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綱(ゆきつな)が告(つげ)しらせて後(のち)は、君(きみ)をも御(おん)うしろめたき
事(こと)に思(おも)ひ奉(たてまつり)て、うへには事(こと)なき様(やう)なれ
共(ども)、下(した)には用心(ようじん)して、にがわらひ【笑ひ】てのみぞあり【有り】
ける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)七日(なぬかのひ)、彗星(せいせい)(セイセイ)東方(とうばう)にいづ。蚩尤
気(しゆうき)とも申(まうす)。又(また)赤気(せきき)共(とも)申(まうす)。十八日(じふはちにち)光(ひかり)をます。去
程(さるほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)の御(おん)むすめ建礼門院(けんれいもんゐん)、其(その)比(ころ)は未(いまだ)
中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)と聞(きこ)えさせ給(たまひ)しが、御悩(ごなう)とて、雲(くも)のうへ
天(あめ)が下(した)の歎(なげ)きにてぞあり【有り】ける。諸寺(しよじ)に御読経(みどくきやう)
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始(はじ)まり、諸社(しよしや)へ官P210幣(くわんべい)(くはんべい)を立(たて)らる。医家(いけ)薬(くすり)を
つくし、陰陽術(おんやうじゆつ)(をんやうじゆつ)をきはめ、大法(だいほふ)(だいほう)秘法(ひほふ)(ひほう)一(ひとつ)として
残(のこ)る処(ところ)なう修(しゆ)せられけり。され共(ども)、御悩(ごなう)ただ
にも渡(わた)らせ給(たま)はず、御懐姙(ごくわいにん)とぞ聞(きこ)えし。主上(しゆしやう)
は今年(ことし)十八(じふはち)、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は廿二(にじふに)にならせ給(たま)ふ。しかれ共(ども)、
いまだ皇子(わうじ)も姫宮(ひめみや)も出(いで)きさせ給(たま)はず。もし
皇子(わうじ)にてわたらせ給(たま)はばいかに目出(めでた)からんと
て、平家(へいけ)の人々(ひとびと)はただ今(いま)皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)のある
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様(やう)に、いさみ悦(よろこ)びあはれけり。他家(たけ)の人々(ひとびと)も、「平
氏(へいじ)の繁昌(はんじやう)おり(をり)【折】をえたり。皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)疑(うたがひ)なし」
とぞ申(まうし)あはれける。御懐姙(ごくわいにん)さだまらせ給(たまひ)しかば、
有験(うげん)の高僧(かうそう)貴僧(きそう)に仰(おほ)せて、大法(だいほふ)(だいぼう)秘法(ひほふ)(ひほう)を
修(しゆ)し、星宿仏菩薩(しやうしゆくぶつぼさつ)につげて、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)と
祈誓(きせい)せらる。六月(ろくぐわつ)一日(ひとひのひ)、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御着帯(ごちやくたい)あり【有り】けり。
仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)守覚(しゆうかく)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、御参内(ごさんだい)あ(ッ)て、
孔雀経(くじやくきやう)の法(ほふ)(ほう)をも(ッ)て御加持(おんかぢ)あり【有り】。天台座主(てんだいざす)
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覚快(かくくわい)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、おなじうまいら(まゐら)【参ら】せ給(たまひ)て、変成男子(へんじやうなんし)の
法(ほふ)(ほう)を修(しゆ)せらる。かかりし程(ほど)に、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は月(つき)のかさなるに
随(したがひ)て、御身(おんみ)をくるしう【苦しう】せさせ給(たま)ふ。一(ひと)たびゑめば
百(もも)の媚(こび)あり【有り】けむ漢(かん)の李夫人(りふじん)の、承陽殿【*昭陽殿】(せうやうでん)の
病(やまふ)のゆか【床】もかくやとおぼえ、唐(たう)の楊貴姫(やうきひ)、李花(りか)
一枝(いつし)春(はる)の雨(あめ)ををび(おび)【帯び】、芙蓉(ふよう)の風(かぜ)にしほれ(しをれ)【萎れ】、女
郎花(をみなへし)の露(つゆ)おもげなるよりも、猶(なほ)(なを)いたはしき
御(おん)さまなり。かかる御悩(ごなう)の折節(をりふし)(おりふし)にあはせて、こはき
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御物気共(おんもののけども)、取(とり)いり奉(たてまつ)る。よりまし明王(みやうわう)の縛(ばく)に
かけて、霊(れい)あらはれたり。殊(こと)には讃岐院(さぬきのゐん)の御霊(ごれい)、
宇治悪左府(うぢあくさふ)の憶念(おくねん)、新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の死
霊(しりやう)、西光(さいくわう)法師(ほふし)(ほうし)が悪霊(あくりやう)、P211鬼界(きかい)の島(しま)の流人共(るにんども)が
生霊(しやうりやう)な(ン)ど(など)ぞ申(まうし)ける。是(これ)によ(ッ)て、太政(だいじやう)入道(にふだう)生霊(しやうりやう)
も死霊(しりやう)もなだめらるべしとして、其(その)比(ころ)やがて讃
岐院(さぬきのゐん)御追号(ごついがう)あ(ッ)て、崇徳天皇(しゆとくてんわう)と号(かう)す。宇治悪左
府(うぢのあくさふ)、贈官(ぞうくわん)贈位(ぞうゐ)をこなは(おこなは)【行なは】れて、太政(だいじやう)大臣(だいじん)正(じやう)一位(いちゐ)を
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をくら(おくら)【送ら】る。勅使(ちよくし)は少内記(せうないき)維基(これもと)とて【*とぞ】聞(きこ)えし。件(くだん)の
墓所(むしよ)は大和国(やまとのくに)そうのかん【添上】の郡(こほり)、川上(かはかみ)の村(むら)、般若野(はんにやの)
の五三昧(ごさんまい)也(なり)。保元(ほうげん)の秋(あき)ほり【掘り】をこし(おこし)【起こし】て捨(すて)られ
し後(のち)は、死骸(しがい)路(みち)の辺(ほとり)の土(つち)とな(ッ)て、年々(ねんねん)にただ
春(はる)の草(くさ)のみ茂(しげ)れり。今(いま)勅使(ちよくし)尋来(たづねきたり)て宣命(せんみやう)
を読(よみ)けるに、亡魂(ばうこん)いかにうれしとおぼしけむ。
怨霊(をんりやう)は昔(むかし)も[B かく]おそろしき【恐ろしき】こと也(なり)。されば早良(さはらの)(サラノ)
廃太子(はいたいし)をば崇道天皇(しゆだうてんわう)と号(かう)し、井上(ゐがみ)の内
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親王(ないしんわう)をば皇后(くわうこう)の職位(しきゐ)にふくす。是(これ)みな怨
霊(をんりやう)を寛【*宥(なだ)】められしはかりこと也(なり)。冷泉院(れいぜんのゐん)の御物(おんもの)
ぐるはしうましまし、花山(くわさん)の法皇(ほふわう)(ほうわう)の十禅(じふぜん)万
乗(ばんじよう)(ばんじやう)の帝位(ていゐ)をすべらせ給(たまひ)しは、基方民部卿(もとかたのみんぶきやう)が
霊(れい)とかや。三条院(さんでうのゐん)の御目(おんめ)も御覧(ごらん)ぜざりしは、
観算供奉(くわんざんぐぶ)が霊(れい)也(なり)。門脇宰相(かどわきのさいしやう)か様(やう)【斯様】の事共(ことども)
伝(つた)へきいて、小松殿(こまつどの)に申(まう)されけるは、「中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御
産(ごさん)の御祈(おんいのり)さまざまに候(さうらふ)也(なり)。なにと申(まうし)候(さうらふ)共(とも)、非常(ひじやう)の
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赦(しや)に過(すぎ)たる事(こと)あるべしともおぼえ候(さうら)はず。
中(なか)にも、鬼界(きかい)の島(しま)の流人共(るにんども)めしかへさ【召返さ】れた
らむほどの功徳善根(くどくぜんこん)、争(いかで)か候(さうらふ)べき」と申(まう)されけれ
ば、小松殿(こまつどの)父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「あの
丹波少将(たんばのせうしやう)が事(こと)を、宰相(さいしやう)のあながちに歎(なげき)申(まうし)
候(さうらふ)が不便(ふびん)候(ざうらふ)。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御悩(ごなう)の御(おん)こと、承(うけたまはり)P212及(およぶ)(をよぶ)ごとくんば、
殊更(ことさら)成親卿(なりちかのきやう)が死霊(しりやう)な(ン)ど(など)聞(きこ)え候(さうらふ)。大納言(だいなごん)が死
霊(しりやう)な(ン)ど(など)聞(きこ)え候(さうらふ)。大納言(だいなごん)が死霊(しりやう)をなだめむと
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おぼしめさ【思召さ】んにつけても、生(いき)て候(さうらふ)少将(せうしやう)をこそ
めしかへさ【召返さ】れ候(さうら)はめ。人(ひと)のおもひ【思ひ】をやめさせ給(たま)
はば、おぼしめす【思召す】事(こと)もかなひ【叶ひ】、人(ひと)の願(ねが)ひをかな
へ【適へ】させ給(たま)はば、御願(ごぐわん)もすなはち成就(じやうじゆ)して、中
宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)やがて皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あ(ッ)て、家門(かもん)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)
弥(いよいよ)さかむ(さかん)【盛】に候(さうらふ)べし」な(ン)ど(など)申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)、
日比(ひごろ)にもに【似】ず事(こと)の外(ほか)にやはらひ(やはらい)【和らい】で、「さてさて、俊
寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)と康頼法師(やすよりぼふし)(やすよりばうし)が事(こと)はいかに」。「それもおなじう
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めし【召し】こそかへさ【返さ】れ候(さうら)はめ。若(もし)一人(いちにん)も留(とど)められんは、
中々(なかなか)罪業(ざいごふ)(ざいごう)たるべう候(さうらふ)」と申(まう)されければ、「康頼(やすより)法
師(ぼふし)(ぼうし)が事(こと)はさる事(こと)なれ共(ども)、俊寛(しゆんくわん)は随分(ずいぶん)入道(にふだう)が
口入(こうじゆ)をも(ッ)て人(ひと)とな(ッ)たる物(もの)ぞかし。それに所(ところ)しも
こそ多(おほ)けれ、わが山荘(さんざう)鹿(しし)の谷(たに)に城郭(じやうくわく)(じやうくはく)をかま
へて、事(こと)にふれて奇恠(きくわい)のふるまひ共(ども)が有(あり)けん
なれば、俊寛(しゆんくわん)をば思(おも)ひもよらず」と〔ぞ〕の給(たまひ)ける。
小松殿(こまつどの)かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、叔父(をぢ)の宰相殿(さいしやうどの)よび奉(たてまつ)り、「少将(せうしやう)は
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すでに赦免(しやめん)候(さうら)はんずる[M れ→る]ぞ。御心(おんこころ)やすう思食(おぼしめ)され
候(さうら)へ」との〔た〕まへば、宰相(さいしやう)手(て)をあはせてぞ悦(よろこば)れける。
「下(くだ)りし時(とき)も、などか申(まうし)うけ【請け】ざらむとおもひ【思ひ】たり
げにて、教盛(のりもり)を見(み)候(さうらふ)度(たび)ごとには涙(なみだ)をながし候(さうらひ)
しが不便(ふびん)候(ざうらふ)」と申(まう)されければ、小松殿(こまつどの)「まこと【誠】に
さこそおぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らめ。子(こ)は誰(たれ)とてもかなし
ければ、能々(よくよく)申(まうし)候(さうら)はん」とて入(いり)給(たまひ)ぬ。P213去程(さるほど)に、鬼界(きかい)が
島(しま)の流人共(るにんども)めしかへさ【召返さ】るべき事(こと)さだめられ
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て、入道(にふだう)相国(しやうこく)ゆるしぶみ【赦文】下(くだ)されけり。御使(おんつかひ)(おつかひ)すでに
都(みやこ)をたつ。宰相(さいしやう)あまりのうれしさに、御使(おんつかひ)(おつかひ)に私(わたくし)
の吏【*使(つかひ)】をそへてぞ下(くだ)されける。よるを昼(ひる)にして
いそぎ下(くだつ)たりしか共(ども)、心(こころ)にまかせぬ海路(かいろ)なれば、
浪風(なみかぜ)をしのいで行(ゆく)程(ほど)に、都(みやこ)をば七月(しちぐわつ)下旬(じゆん)に
出(いで)たれ共(ども)、長月(ながつき)廿日(はつか)比(ごろ)にぞ、鬼界(きかい)の島(しま)には着(つき)に
ける。足摺(あしずり)S0302 御使(おんつかひ)(おつかひ)は丹左衛門尉(たんざゑもんのじよう)(たんざゑもんのぜう)基康(もとやす)といふ者(もの)也(なり)。船(ふね)より
あが(ッ)て、「是(これ)に都(みやこ)よりながされ給(たまひ)し丹波少将殿(たんばのせうしやうどの)、
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法勝寺(ほつしようじ)(ほつしやうじ)執行(しゆぎやう)御房(ごばう)、平判官(へいはんぐわん)入道殿(にふだうどの)やおはする」
と、声々(こゑごゑ)にぞ尋(たづね)ける。二人(ににん)の人々(ひとびと)は、例(れい)の熊野(くまの)
まうでしてなかりけり。俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)一人(いちにん)のこ(ッ)【残つ】
たりけるが、是(これ)をきき、「あまりに思(おも)へば夢(ゆめ)やらん。
又(また)天魔波旬(てんまはじゆん)の我(わが)心(こころ)をたぶらかさむとていふ
やらむ。うつつ共(とも)覚(おぼ)えぬ物(もの)かな」とて、あはて(あわて)【慌て】ふた
めき、はしる【走る】ともなく、たをるる(たふるる)【倒るる】共(とも)なく、いそぎ
御使(おんつかひ)のまへに走(はし)りむかひ、「何事(なにごと)ぞ。是(これ)こそ京(きやう)
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よりながされたる俊寛(しゆんくわん)よ」と名乗(なの)り給(たま)へば、
雑色(ざふしき)(ざうしき)が頸(くび)にかけ【懸け】させたる小袋(こぶくろ)【*文袋(ふぶくろ)】より、入道(にふだう)相国(しやうこく)の
ゆるしぶみ【赦文】取(とり)出(いだ)いて奉(たてまつ)る。ひらいてみれ【見れ】ば、「重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)は
遠P214流(をんる)にめんず【免ず】。はやく帰洛(きらく)の思(おも)ひをなすべし。
中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御産(ごさん)の御祈(おんいのり)によ(ッ)て、非常(ひじやう)の赦(しや)をこなは(おこなは)【行なは】
る。然(しかる)間(あひだ)(あいだ)鬼界(きかい)の島(しま)の流人(るにん)、少将成経(せうしやうなりつね)、康頼(やすより)
法師(ぼふし)(ぼうし)赦免(しやめん)」とばかり書(かか)〔れ〕て、俊寛(しゆんくわん)と云(いふ)文字(もじ)はなし。
らいし【礼紙】にぞあるらむとて、礼紙(らいし)をみる【見る】にもみえ【見え】ず。
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奥(おく)よりはし【端】へよみ、端(はし)より奥(おく)へ読(よみ)けれ共(ども)、二人(ににん)
とばかりかか【書か】れて、三人(さんにん)とはかかれず。さる程(ほど)に、少
将(せうしやう)や判官(はんぐわん)入道(にふだう)も出(いで)きたり。少将(せうしやう)のと(ッ)【取つ】てよむ
にも、康頼(やすより)入道(にふだう)が読(よみ)[B ける]にも、二人(ににん)とばかり書(かか)れて
三人(さんにん)とはかかれざりけり。夢(ゆめ)にこそかかる事(こと)は
あれ、夢(ゆめ)かと思(おも)ひなさんとすればうつつ也(なり)。うつつ
かと思(おも)へば又(また)夢(ゆめ)の如(ごと)し。其(その)うへ二人(ににん)の人々(ひとびと)
のもとへは、都(みやこ)よりことづけ【言付】ぶみ共(ども)いくらもあり【有り】
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けれ共(ども)、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)のもとへは、事(こと)とふ文(ふみ)一(ひとつ)も
なし。「抑(そもそも)われら三人(さんにん)は罪(つみ)もおなじ罪(つみ)、配所(はいしよ)も
一所(ひとつところ)也(なり)。いかなれば赦免(しやめん)の時(とき)、二人(ににん)はめしかへさ【召返さ】れて、
一人(いちにん)ここに残(のこ)るべき。平家(へいけ)の思(おも)ひわすれかや、
執筆(しゆひつ)のあやまりか。こはいかにしつる事(こと)共(ども)
ぞや」と、天(てん)にあふぎ地(ち)に臥(ふし)て、泣(なき)かなしめ共(ども)かひ
ぞなき。少将(せうしやう)の袂(たもと)にすが(ッ)て、「俊寛(しゆんくわん)がかく成(なる)と
いふも、御(ご)へんの父(ちち)、故(こ)大納言殿(だいなごんどの)のよしなき
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謀反(むほん)ゆへ(ゆゑ)也(なり)。さればされば、よその事(こと)とおぼすべからず。
ゆるされなければ、都(みやこ)までこそかなは【叶は】ずと云(いふ)共(とも)、此(この)
船(ふね)にのせ【乗せ】て、九国(くこく)の地(ち)へつけ給(たま)へ。をのをの(おのおの)【各々】の
是(これ)におはしつる程(ほど)P215こそ、春(はる)はつばくらめ、秋(あき)は
田(た)のむ【面】の鴈(かり)の音(おと)(をと)づるる様(やう)に、をのづから(おのづから)古郷(こきやう)の
事(こと)をも伝(つた)へきい【聞い】つれ。今(いま)より後(のち)、何(なに)としてかは
聞(きく)べき」とて、もだえ【悶え】こがれ給(たま)ひけり。少将(せうしやう)「まこ
と【誠】にさこそはおぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らめ。我等(われら)がめし
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かへさ【返さ】るるうれしさは、さる事(こと)なれ共(ども)、御(おん)あり様(さま)
を見(み)をき(おき)奉(たてまつ)るに、行(ゆく)べき空(そら)も覚(おぼ)えず。うち
のせ【乗せ】たてま(ッ)【奉つ】ても上(のぼ)りたう候(さうらふ)が、都(みやこ)の御使(おんつかひ)もかなふ【叶ふ】
まじき由(よし)申(まうす)うへ、ゆるされもないに、三人(さんにん)ながら島(しま)
を出(いで)たりな(ン)ど(など)聞(きこ)えば、中々(なかなか)あしう候(さうらひ)なん。成経(なりつね)
まづ罷(まか)りのぼ(ッ)て、人々(ひとびと)にも申(まうし)あはせ、入道(にふだう)相国(しやうこく)
の気色(きしよく)をもうかがふ(うかがう)【伺う】て、むかへに人(ひと)を奉(たてまつ)らむ。其(その)
間(あひだ)(あいだ)は、此(この)日比(ひごろ)おはしつる様(やう)におもひ【思ひ】なして待(まち)給(たま)へ。
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何(なに)と〔しても〕命(いのち)は大切(たいせつ)の事(こと)なれば、今(この)度(たび)こそもれ【漏れ】させ
給(たま)ふ共(とも)、つゐに(つひに)【遂に】はなどか赦免(しやめん)なうて候(さうらふ)べき」となぐさめ
たまへ共(ども)、人目(ひとめ)もしらず泣(なき)もだえ【悶え】けり。既(すで)に船(ふね)
出(いだ)すべしとてひしめきあへば、僧都(そうづ)の(ッ)【乗つ】てはおりつ、
おり【降り】てはの(ッ)【乗つ】つ、あらまし事(ごと)をぞし給(たま)ひける。少将(せうしやう)
の形見(かたみ)にはよるの衾(ふすま)[B 「哀」とあり「衾」と傍書]、康頼(やすより)入道(にふだう)が形見(かたみ)には
一部(いちぶ)の法花経(ほけきやう)をぞとどめける。ともづなとい【解い】て
おし出(いだ)せば、僧都(そうづ)綱(つな)に取(とり)つき、腰(こし)になり、脇(わき)になり、
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たけの立(たつ)まではひか【引か】れて出(いで)、たけも及(およ)(をよ)ば
ず成(なり)ければ、船(ふね)に取(とり)つき、「さていかにをのをの(おのおの)【各々】、俊
寛(しゆんくわん)をば遂(つひ)(つゐ)に捨(すて)はて給(たま)ふか。是(これ)程(ほど)とこそおもは
ざりつれ。日比(ひごろ)の情(なさけ)も今(いま)は何(なに)ならず。ただ
理(り)をまげてのせ【乗せ】給(たま)へ。せめては九P216国(くこく)の地(ち)まで」
とくどかれけれ共(ども)、都(みやこ)の御使(おんつかひ)「いかにもかなひ【叶ひ】候(さうらふ)ま
じ」とて、取(とり)つき給(たま)へる手(て)を引(ひき)のけて、船(ふね)をば
つゐに(つひに)【遂に】漕出(こぎいだ)す。僧都(そうづ)せん方(かた)なさに、渚(なぎさ)にあがり
P03390
たふれ【倒れ】ふし、おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)のめのとや母(はは)な(ン)ど(など)を
したふやうに、足(あし)ずりをして、「是(これ)のせ【乗せ】てゆけ、
ぐし【具し】てゆけ」と、おめき(をめき)【喚き】さけべ【叫べ】共(ども)、漕行(こぎゆく)船(ふね)の
習(ならひ)にて、跡(あと)はしら【白】浪(なみ)ばかり也(なり)。いまだ遠(とほ)(とを)からぬ
ふね【船】なれ共(ども)、涙(なみだ)に暮(くれ)てみえ【見え】ざりければ、僧都(そうづ)
たかき【高き】所(ところ)に走(はしり)あがり[B 「あ」に「り」と傍書]、澳(おき)の方(かた)をぞまねきける。
彼(かの)松浦(まつら)さよ【佐用】姫(ひめ)がもろこし船(ぶね)をしたひつつ、ひれ【領布】
ふりけむも、是(これ)には過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。船(ふね)も漕(こぎ)かくれ、
P03391
日(ひ)もくるれ共(ども)、あやしの[B 臥(ふし)]どへも帰(かへ)らず。浪(なみ)に足(あし)
うちあらはせて、露(つゆ)にしほれ(しをれ)【萎れ】て、其(その)夜(よ)はそこ
にぞあかされける。さり共(とも)少将(せうしやう)はなさけ【情】ふかき
人(ひと)なれば、よき様(やう)に申(まうす)事(こと)もあらんずらむと
憑(たのみ)をかけ、その瀬(せ)に身(み)をもなげざりける
心(こころ)の程(ほど)こそはかなけれ。昔(むかし)壮里【*早離】(さうり)(サウリ)・息里【*速離】(そくり)(ソクり)が海
岳山(かいがくせん)へはなたれけむかなしみも、いまこそ思(おも)ひ
しられけれ。御産(ごさん)S0303去程(さるほど)に、此(この)人々(ひとびと)は鬼界(きかい)の島(しま)を出(いで)て、
P03392
平宰相(へいざいしやう)の領(りやう)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)に着(つき)給(たま)ふ。宰P217
相(さいしやう)、京(きやう)より人(ひと)を下(くだ)して、「年(とし)の内(うち)は浪風(なみかぜ)はげ
しう、道(みち)の間(あひだ)(あいだ)もおぼつかなう候(さうらふ)に、それにて能々(よくよく)
身(み)いたは(ッ)て、春(はる)には(ッ)て上(のぼ)りたまへ」とあり【有り】ければ、
少将(せうしやう)鹿瀬庄(かせのしやう)にて、年(とし)を暮(くら)す。さる程(ほど)に、同(おなじき)
年(とし)の十一月(じふいちぐわつ)十二日(じふににち)[B ノ]寅[B ノ]剋(とらのこく)より、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)御産(ごさん)の
気(け)ましますとて、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)六波羅(ろくはら)ひしめき
あへり[B 「あへす」とあり「す」に「り」と傍書]。御産所(ごさんじよ)は六波羅(ろくはら)池殿(いけどの)にてあり【有り】けるに、
P03393
法皇(ほふわう)(ほうわう)も御幸(ごかう)なる。関白殿(くわんばくどの)(くはんばくどの)を始(はじ)め奉(たてまつり)て、太政
大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、すべて世(よ)に人(ひと)とかぞへられ、
官(くわん)加階(かかい)にのぞみをかけ、所帯(しよたい)・所職(しよしよく)を帯(たい)する
程(ほど)の人(ひと)の、一人(いちにん)ももるる【洩るる】はなかりけり。先例(せんれい)、女御(にょうご)
后(きさき)御産(ごさん)の時(とき)にのぞんで、大赦(だいしや)をこなは(おこなは)【行なは】るる
事(こと)あり【有り】。大治(だいぢ)二年(にねん)九月(くぐわつ)十一日(じふいちにち)、待賢門院(たいけんもんゐん)御
産(ごさん)[B 「重産」とあり「重」に「御」と傍書]の時(とき)、大赦(だいしや)あり【有り】き。其(その)例(れい)とて、今度(こんど)も重科(ぢゆうくわ)(ぢうくわ)
の輩(ともがら)おほくゆるされける中(なか)に、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)
P03394
二[*上に貼り紙] 一人(いちにん)、赦免(しやめん)なかりけるこそうたてけれ。御産(ごさん)平
安(ペいあん)にあるならば、八幡(やはた)・平野(ひらの)・大原野(おほはらの)などへ行
啓(ぎやうげい)なるべしと、御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)あり【有り】けり。仙源【*全玄】(せんげん)法印(ほふいん)(ほうゐん)是(これ)を
敬白(けいひやく)す。神社(じんじや)は太神宮(だいじんぐう)を始(はじ)め奉(たてまつり)て廿(にじふ)余ケ所(よかしよ)、
仏寺(ぶつじ)は東大寺(とうだいじ)・興福寺(こうぶくじ)以下(いげ)十六ケ所(じふろくかしよ)に御誦
経(みじゆぎやう)あり【有り】。御誦経(みじゆぎやう)の御使(おんつかひ)(おつかひ)は、宮(みや)の侍(さぶらひ)の中(なか)に
有官(うくわん)(うくはん)の輩(ともがら)是(これ)をつとむ。ひやうもん【平文】の狩衣(かりぎぬ)に
帯剣(たいけん)したる者共(ものども)が、色々(いろいろ)の御誦経(みじゆぎやう)もつ【物】、御剣(ぎよけん)
P03395
御衣(ぎよい)を持(もち)つづいて、東(ひがし)の台(たい)より南庭(なんてい)をわた(ッ)て、
西(にし)の中門(ちゆうもん)(ちうもん)にいづ。目出(めで)たか(ッ)し[B 「か」と「し」の間に「り」と傍書]見物(けんぶつ)也(なり)。P218小松(こまつ)の
おとどは、例(れい)の善悪(ぜんあく)にさはが(さわが)【騒が】ぬ人(ひと)にておはしければ、
其(その)後(のち)遥(はるか)に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)以下(いげ)公達(きんだち)
の車共(くるまども)みなやり【遣り】つづけさせ、色々(いろいろ)の絹(きぬ)四十(しじふ)
領(りやう)、銀剣(ぎんけん)七(ななつ)、広(ひろ)ぶたにをか(おか)【置か】せ、御馬(おんむま)十二疋(じふにひき)ひか【牽か】せて
まいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。寛弘(くわんこう)に上東門院(しやうとうもんゐん)御産(ごさん)の時(とき)、御堂
殿(みだうどの)御馬(おんむま)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られし其(その)例(れい)とぞ聞(きこ)えし。この
P03396
おとどは、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)の御(おん)せうと【兄】にておはしけるうへ、
父子(ふし)の御契(おんちぎり)なれば、御馬(おんむま)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふもことはり(ことわり)【理】也(なり)。
五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)、御馬(おんむま)二疋(にひき)進(まゐら)(まいら)せらる。「心(こころ)
ざしのいたりか、徳(とく)のあまりか」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。
なを(なほ)【猶】伊勢(いせ)より始(はじめ)て、安芸(あき)の厳島(いつくしま)にいたる
まで、七十(しちじふ)余ケ所(よかしよ)へ神馬(じんめ)を、立(たて)らる。大内(おほうち)にも、
竜【*寮】(れう)(りやう)の御馬(おんむま)に四手(しで)つけて、数十疋(すじつぴき)ひ(ッ)(ひつ)【引つ】たて【立て】たり。
仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)は孔雀経(くじやくきやう)の法(ほふ)(ほう)、天台座主(てんだいざす)覚快(かくくわい)
P03397
法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)は七仏薬師(しちぶつやくし)の法(ほふ)(ほう)、寺(てら)の長吏(ちやうり)円慶【*円恵】(ゑんけい)法親
王(ほふしんわう)(ほうしんわう)は金剛童子(こんがうどうじ)の法(ほふ)(ほう)、其(その)外(ほか)五大虚空蔵(ごだいこくうざう)・六観音(ろくくわんおん)(ろくくはんおん)、
一字金輪(いちじきんりん)・五壇法(ごだんのほふ)(ごだんのほう)、六字加輪(ろくじかりん)・八字文殊(はちじもんじゆ)、普賢延
命(ふげんえんめい)にいたるまで、残(のこ)る処(ところ)なう修(しゆ)せられけり。護摩(ごま)の
煙(けぶり)御所中(ごしよぢゆう)(ごしよぢう)にみち、鈴(れい)の音(おと)(をと)雲(くも)をひびかし、修法(しゆほふ)(しゆほう)
の声(こゑ)身(み)の毛(け)よだ(ッ)て、いかなる御物(おんもの)の気(け)なり共(とも)、
面(おもて)をむかふべしともみえ【見え】ざりけり。猶(なほ)(なを)仏所(ぶつしよ)の
法印(ほふいん)(ほうゐん)に仰(おほせ)て、御身(ごじん)等身(とうじん)の七仏薬師(しちぶつやくし)、並(ならび)に
P03398
五大尊(ごだいそん)の像(ざう)をつくり始(はじ)めらる。かかりしか共(ども)、
中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)はひまなくしきらせ給(たま)ふばかりにて、御
産(ごさん)もとみに成(なり)やらず。入道(にふだう)相国(しやうこく)・二位殿(にゐどの)、胸(むね)に
手(て)ををい(おい)【置い】て、「こはいかにせん、いかにせむ」とP219ぞあ
きれ給(たま)ふ。人(ひと)の物(もの)申(まうし)けれ共(ども)、ただ「ともかうも能(よき)様(やう)に、
よきやうに」とぞの給(たまひ)ける。「さり共(とも)いくさの陣(ぢん)
ならば、是(これ)程(ほど)浄海(じやうかい)は臆(おく)せじ物(もの)を」とぞ、後(のち)には
仰(おほせ)られける。御験者(おんげんじや)は、房覚(ばうかく)・性運【*昌雲】(しやううん)両僧正(りやうそうじやう)、春堯【*俊堯】(しゆんげう)
P03399
法印(ほふいん)(ほうゐん)、豪禅(がうぜん)・実専【*実全】(じつぜん)両僧都(りやうそうづ)、をのをの(おのおの)【各々】僧加【*僧伽】(そうが)の
句共(くども)あげ、本山(ほんざん)の三実【*三宝】(さんぼう)、年来(ねんらい)所持(しよぢ)の本
尊達(ほんぞんたち)、〔責(せめ)〕ふせ【伏せ】〔責(せめ)〕ふせ【伏せ】もま【揉ま】れ
けり。誠(まこと)にさこそはと覚(おぼえ)て
た(ッ)とかりける中(なか)に、法皇(ほふわう)(ほうわう)は折(をり)(おり)しも、新熊野(いまぐまの)へ
御幸(ごかう)なるべきにて、御精進(ごしやうじん)の次(つい)(つゐ)でなりける
間(あひだ)、錦帳(きんちやう)ちかく御座(ござ)あ(ッ)て、千手経(せんじゆきやう)をうち
あげ【上げ】うちあげ【上げ】あそばされけるにこそ、今(いま)一(ひと)きは事(こと)
かは(ッ)【変つ】て、さしも踊(をど)りくるふ御(おん)よりまし共(ども)が
P03400
縛(ばく)も、しばらくうちしづめ【鎮め】けれ。法皇(ほふわう)(ほうわう)仰(おほせ)なり
けるは、「いかなる物気(もののけ)なり共(とも)、この老法師(おいぼふし)(おいぼうし)がかくて
候(さうら)はんには、争(いかで)かちかづき【近付き】奉(たてまつ)るべき。就中(なかんづく)にいま
あらはるる処(ところ)の怨霊共(をんりやうども)は、みなわが朝恩(てうおん)に
よ(ッ)て人(ひと)とな(ッ)し物共(ものども)ぞかし。たとひ報謝(ほうしや)の心(こころ)を
こそ存(ぞん)ぜず共(とも)、豈(あに)障碍[*底本 石ヘン無し](しやうげ)をなすべきや。速(すみやか)にまかり
退(しりぞ)き候(さうら)へ」とて「女人(によにん)生産(しやうさん)しがたからむ時(とき)にのぞんで、
邪魔遮生(じやましやしやう)し、苦(く)忍(しのび)がたからむにも、心(こころ)をいた
P03401
して大悲呪(だいひしゆ)を称誦(せうじゆ)せば、鬼神(きじん)退散(たいさん)して、
安楽(あんらく)に生(しやう)ぜん」とあそばいて、皆(みな)水精(ずいしやう)の御
数珠(おんじゆず)おしもませ給(たま)へば、御産(ごさん)平安(ぺいあん)のみならず、
皇子(わうじ)にてこそましましけれ。頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)、其(その)
時(とき)はいまだ中宮亮(ちゆうぐうのすけ)(ちうぐうのすけ)にておはしけるが、御簾(ぎよれん)の
内(うち)よりつ(ッ)とP220出(いで)て、「御産(ごさん)平安(ぺいあん)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)候(さうらふ)ぞ」と、
たからかに申(まう)されければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)を始(はじめ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
関白殿(くわんばくどの)(くはんばくどの)以下(いげ)の大臣(だいじん)、公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、をのをの(おのおの)【各々】の
P03402
助修(じよじゆ)、数輩(すはい)の御験者(ごげんじや)、陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)・典薬頭(てんやくのかみ)、すべて
堂上(たうしやう)堂下(たうか)一同(いちどう)にあ(ッ)と悦(よろこび)あへる声(こゑ)、門外(もんぐわい)(もんぐはい)まで
どよみて、しばし【暫し】はしづまり【静まり】やらざりけり。入道(にふだう)
相国(しやうこく)あまりのうれしさに、声(こゑ)をあげてぞ
なか【泣か】れける。悦(よろこび)なき【泣】とは是(これ)をいふべきにや。
小松殿(こまつどの)、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)の御方(おかた)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて、金
銭(きんせん)九十九文(くじふくもん)、皇子(わうじ)の御枕(おんまくら)にをき(おき)、「天(てん)をも(ッ)て
父(ちち)とし、地(ち)をも(ッ)て母(はは)とさだめ給(たま)へ。御命(おんいのち)は方
P03403
士(はうじ)東方朔(とうばうさく)が齢(よはひ)をたもち、御心(おんこころ)には天照大神(てんせうだいじん)
入(いり)かはらせ給(たま)へ」とて、桑(くは)の弓(ゆみ)・蓬(よもぎ)の矢(や)にて、天地(てんち)
四方(しはう)を射(い)(ゐ)させらる。 公卿揃(くぎやうぞろへ)S0304 御乳(おんち)には、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗
盛卿(むねもりのきやう)の北方(きたのかた)と定(さだめ)られたりしが、去(さんぬる)七月(しちぐわつ)(しつぐわつ)に
難産(なんざん)をしてうせ給(たまひ)しかば、御(おん)めのと平(へい)大納
言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)の北方(きたのかた)、御乳(おんち)にまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひけり。後(のち)には
帥(そつ)の典侍(すけ)とぞ申(まうし)ける。法皇(ほふわう)(ほうわう)やがて還御(くわんぎよ)(くはんぎよ)、御
車(おんくるま)を門前(もんぜん)に立(たて)られたり。入道(にふだう)相国(しやうこく)うれしさの
P03404
あまりに、砂金(しやきん)一千両(いつせんりやう)、富士(ふじ)の綿(わた)二千両(にせんりやう)、
法皇(ほふわう)(ほうわう)へ進上(しんじやう)ぜらる。しかるべからずとぞ人々(ひとびと)内々(ないない)
ささやきあはれける。P221今度(こんど)の御産(ごさん)に勝事(しようし)(しやうし)
あまたあり【有り】。まづ法皇(ほふわう)(ほうわう)の御験者(ごげんじや)。次(つぎ)に后(きさき)御産(ごさん)の
時(とき)、御殿(ごてん)の棟(むね)より甑(こしき)をまろばかす事(こと)あり【有り】。皇
子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)には南(みなみ)へおとし、皇女(くわうじよ)(くはうじよ)誕生(たんじやう)には北(きた)へ
おとすを、是(これ)は北(きた)へおとしたりければ、「こはいかに」と
さはが(さわが)【騒が】れて、取(とり)あげ落(おと)しなをし(なほし)【直し】たりけれ
P03405
共(ども)、あしき御事(おんこと)に人々(ひとびと)申(まうし)あへり。おかしかり(をかしかり)しは
入道(にふだう)相国(しやうこく)のあきれざま、目出(めで)たかりしは小松(こまつ)の
おとどのふるまひ。ほい【本意】なかりしは右大将(うだいしやう)宗盛
卿(むねもりのきやう)の最愛(さいあい)の北方(きたのかた)にをくれ(おくれ)【遅れ】奉(たてまつり)て、大納言(だいなごん)大
将(だいしやう)両職(りやうしよく)を辞(じ)して籠居(ろうきよ)せられたりし事(こと)。兄
弟(きやうだい)共(とも)に出仕(しゆつし)あらば、いかに[B め【目】]出(で)たからむ。次(つぎ)には、七
人(しちにん)の陰陽師(おんやうじ)(をんやうじ)のめさ【召さ】れて、千度(せんど)の御祓(おはらひ)仕(つかまつ)
るに、其(その)中(なか)に掃部頭(かもんのかみ)時晴(ときはる)といふ老者(らうしや)あり【有り】。
P03406
所従(しよじゆう)(しよじう)な(ン)ど(など)も乏少(ぼくせう)なりけり。余(あまり)に人(ひと)まいり(まゐり)【参り】つどひ【集ひ】て、
たかんなをこみ、稲麻竹葦(たうまちくい)のごとし。「役人(やくにん)ぞ。
あけ【明け】られよ」とて、おし分(わけ)てまいる(まゐる)【参る】程(ほど)に、右(みぎ)の沓(くつ)
をふみ【踏み】ぬか【抜か】れぬ。そこにてち(ッ)と立(たち)やすらふが、冠(かぶり)を
さへつきおとされぬ。さばかりの砌(みぎり)に、束帯(そくたい)ただしき
老者(らうしや)が、もとどりはなへ[*この一字不要](ッ)(はなつ)てねり出(いで)たりければ、
わかき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)こらへずして、一同(いちどう)には(ッ)とわ
らひ【笑ひ】あへり。陰陽師(おんやうじ)(をんやうじ)な(ン)ど(など)いふは、反陪(へんばい)とて足(あし)をも
P03407
あだにふまずとこそ承(うけたまは)れ。それにかかる不
思議(ふしぎ)の有(あり)ける、其(その)時(とき)はなにとも覚(おぼ)えざりしか共(ども)、
後(のち)にこそ思(おも)ひあはする事共(ことども)も多(おほ)かりけれ。
御産(ごさん)によ(ッ)て六波羅(ろくはら)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ人々(ひとびと)、関白(くわんばく)(くはんばく)
松殿(まつどの)、太政大臣(だいじやうだいじん)妙音院(めうおんゐん)(めうをんゐん)、左大臣(さだいじん)大炊御門(おほいみかど)、P222右大臣(うだいじん)
月輪殿(つきのわどの)、内大臣(ないだいじん)小松殿(こまつどの)、左大将(さだいしやう)実定(さねさだ)、源(みなもとの)大納言(だいなごん)定
房(さだふさ)、三条(さんでうの)大納言(だいなごん)実房(さねふさ)、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】(くにつな)、藤(とう)大納言(だいなごん)
実国(さねくに)、按察使(あぜつし)資方【*資賢】(すけかた)、中御門(なかのみかどの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)宗家(むねいへ)、花山院(くわさんのゐんの)
P03408
中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)兼雅(かねまさ)、源(げん)中納言(ぢゆうなごん)(ちうなごん)雅頼(がらい)、権中納言(ごんぢゆうなごん)実綱(さねつな)、藤(とう)中
納言(ぢゆうなごん)資長(すけなが)、池(いけの)中納言(ちゆうなごん)頼盛(よりもり)、左衛門督(さゑもんのかみ)時忠(ときただ)、別当(べつたう)忠
親(ただちか)、左(さ)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)実家(さねいへ)、右(みぎ)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)実宗(さねむね)。新宰
相(しんさいしやうの)(しんざいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)通親(みちちか)、平(へい)宰相(ざいしやう)教盛(のりもり)、六角(ろくかくの)宰相(さいしやう)家通(いへみち)、堀河宰相(ほりかはのさいしやう)
頼定(よりさだ)、左大弁宰相(さだいべんのさいしやう)長方(ながかた)、右大弁(うだいべんの)三位(さんみ)俊経(としつね)、左兵衛督(さひやうゑのかみ)
重教【*成範】(しげのり)、右兵衛督(うひやうゑのかみ)光能(みつよし)、皇太后宮(くわうだいこうくうの)(くはうだいこうくうの)大夫(だいぶ)朝方(ともかた)、左京大夫(さきやうのだいぶ)長教【*脩範】(ながのり)、
太宰相[*この一字不要]大弐(ださいのだいに)親宣【*親信】(ちかのぶ)、新三位(しんざんみ)実清(さねきよ)、已〔上〕(いじやう)三十三人(さんじふさんにん)、右大弁(うだいべん)の
外(ほか)は直衣(ちよくい)也(なり)。不参(ふさん)の人々(ひとびと)、花山院(くわさんのゐんの)前(さきの)太政大臣(だいじやうだいじん)忠雅公(ただまさこう)、
P03409
大宮(おほみやの)大納言(だいなごん)隆季卿(たかすゑのきやう)以下(いげ)十(じふ)余人(よにん)、後日(ごにち)に布衣(ほうい)着(ちやく)
して、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでうの)亭(てい)へむかはれけるとぞ聞(きこ)え
し。 大塔建立(だいたふこんりふ)(だいたうこんりう)S0305 御修法(みしほ)の結願(けちぐわん)(けちぐはん)に勧賞共(けんじやうども)をこなは(おこなは)【行なは】る。仁和寺(にんわじの)
御室(おむろ)は東寺(とうじ)修造(しゆざう)せらるべし、並(ならび)に後七日(ごしちにち)の御
修法(みしほ)、大眼【*大元】(たいげん)の法(ほふ)(ほう)の[*この一字不要]、潅頂(くわんぢやう)(くはんぢやう)興行(こうぎやう)せらるべき由(よし)仰下(おほせくだ)
さる。御弟子(おんでし)覚誓【*覚成】(かくせい)(かくセイ)僧都(そうづ)、法印(ほふいん)(ほうゐん)に挙(きよ)[B 「■(挙の手→圭)」とあり「挙」と傍書]せらる。座主
宮(ざすのみや)は、二品(にほん)並(ならび)に牛車(ぎつしや)(ギツしや)の宣旨(せんじ)を申(まう)させ給(たま)ふ。仁和寺(にんわじの)
御室(おむろ)ささへ【支へ】申(まう)させ給(たま)ふによ(ッ)て、法眼(ほふげん)(ほうげん)円良(ゑんりやう)(えんりやう)、法印(ほふいん)(ほうゐん)
P03410
になさる。其(その)外(ほか)の勧賞共(けんじやうども)毛挙(もうきよ)にP223いとま[B 「いとふ」とあり「ふ」に「ま」と傍書]あらずとぞ
きこえ【聞え】し。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)は日数(ひかず)へ【経】にければ、六波羅(ろくはら)
より内裏(だいり)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひけり。此(この)御(おん)むすめ后(きさき)に
たた【立た】せ給(たまひ)しかば、入道(にふだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)共(とも)に、「あはれ、い
かにもして皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あれかし。位(くらゐ)につけ奉(たてまつ)り、
外祖父(ぐわいそぶ)、外祖母(ぐわいそぼ)とあふがれん」とぞねがはれける。
わがあがめ奉(たてまつ)る安芸(あき)の厳島(いつくしま)に申(まう)さんとて、
月(つき)まうでを始(はじめ)て、祈(いの)り申(まう)されければ、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)
P03411
やがて御懐姙(ごくわいにん)(ごくはいにん)あ(ッ)て、思(おも)ひのごとく皇子(わうじ)にてまし
ましけるこそ目出(めで)たけれ。抑(そもそも)平家(へいけ)の安芸(あき)
の厳島(いつくしま)を信(しん)じ始(はじめ)られける事(こと)はいかにといふに、鳥
羽院(とばのゐん)の御宇(ぎよう)に、清盛公(きよもりこう)いまだ安芸守(あきのかみ)たりし
時(とき)、安芸国(あきのくに)をも(ッ)て、高野(かうや)の大塔(だいたふ)(だいとう)を修理(しゆり)せよ
とて、渡辺(わたなべ)の遠藤(ゑんどう)六郎(ろくらう)頼方(よりかた)を雑掌(ざつしやう)に付(つけ)られ、
六年(ろくねん)に修理(しゆり)をは(ン)【終ん】ぬ。修理(しゆり)をは(ッ)て後(のち)、清盛(きよもり)高野(かうや)へ
のぼり、大塔(だいたふ)(だいとう)をがみ【拝み】、奥院(おくのゐん)へ[B ま]いら(まゐら)【参ら】れたりければ、いづく
P03412
より来(きた)る共(とも)なき老僧(らうそう)の、眉(まゆ)には霜(しも)をたれ、額(ひたい)に
浪(なみ)をたたみ、かせ杖(づゑ)(づえ)のふたまたなるにすが(ッ)てい
でき【出来】給(たま)へり。良(やや)久(ひさ)しう御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。「昔(むかし)
よりいまにいたるまで、此(この)山(やま)は密宗(みつしゆう)(みつしう)をひかへて
退転(たいてん)なし。天下(てんが)に又(また)も候(さうら)はず。大塔(だいたふ)(だいとう)すでに修理(しゆり)
をはり候(さうらひ)たり。さては安芸(あき)の厳島(いつくしま)、越前(ゑちぜん)の気比(けい)の
宮(みや)は、両界(りやうがい)の垂跡(すいしやく)で候(さうらふ)が、気比(けい)の宮(みや)はさかへ(さかえ)【栄へ】たれ共(ども)、
厳島(いつくしま)はなきが如(ごとく)て【*に】荒(あれ)はて【果て】て候(さうらふ)。此(この)次[B て](ついで)(つゐで)に奏聞(そうもん)して
P03413
修理(しゆり)せさせ給(たま)へ。さだにも候(さうら)はば、官(くわん)(くはん)加階(かかい)は肩(かた)をなら
ぶる人(ひと)もあるまじきぞ」とて立(たた)P224れけり。此(この)老僧(らうそう)の
居(ゐ)給(たま)へる所(ところ)に異香(いきやう)すなはち薫(くん)じたり。人(ひと)を
付(つけ)てみせ【見せ】給(たま)へば、三町(さんぢやう)ばかりはみえ【見え】給(たまひ)て、其(その)後(のち)はかき
けつ【消つ】やうに失(うせ)給(たまひ)ぬ。ただ人(びと)にあらず、大師(だいし)にてま
しましけりと、弥(いよいよ)た(ッ)とくおぼしめし【思召し】、娑婆世界(しやばせかい)の
思出(おもひで)にとて、高野(かうや)の金堂(こんだう)に曼陀羅(まんだら)をかか【書か】れける
が、西曼陀羅(さいまんだら)をば常明(じやうみやう)法印(ほふいん)(ほうゐん)といふ絵師(ゑし)に書(かか)せ
P03414
らる。東曼陀羅(とうまんだら)をば清盛(きよもり)かかむとて、自筆(じひつ)に
書(かか)〔れ〕けるが、何(なに)とかおもは【思は】れけん、八葉(はちえふ)(はちえう)の中尊(ちゆうぞん)(ちうぞん)を
宝冠(ほうくわん)(ほうくはん)をばわが首(かうべ)の血(ち)をいだい【出い】てかかれけるとぞ
聞(きこ)えし。さて都(みやこ)へのぼり、院参(ゐんざん)して此(この)由(よし)奏聞(そうもん)
せられければ、君(きみ)もなのめならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、猶(なほ)(なを)
任(にん)をのべ【延べ】られ、厳島(いつくしま)を修理(しゆり)せらる。鳥居(とりゐ)を立(たて)
かへ、社々(やしろやしろ)を作(つく)りかへ、百八十(ひやくはちじつ)間(けん)の廻廊(くわいらう)をぞ造(つく)
られける。修理(しゆり)をは(ッ)て、清盛(きよもり)厳島(いつくしま)へまいり(まゐり)【参り】、通夜(つや)
P03415
せられたりける夢(ゆめ)に、御宝殿(ごほうでん)の内(うち)より鬟(びんづら)ゆふ(ゆう)【結う】
たる天童(てんどう)の出(いで)て、「これは大明神(だいみやうじん)の御使(おんつかひ)也(なり)。汝(なんぢ)この
剣(けん)をも(ッ)て一天四海(いつてんしかい)をしづめ、朝家(てうか)の御(おん)まぼりたる
べし」とて、銀(ぎん)のひるまき【蛭巻】したる小長刀(こなぎなた)を給(たま)はると
いふ夢(ゆめ)をみて、覚(さめ)て後(のち)見(み)給(たま)へば、うつつに枕(まくら)がみ【上】に
ぞた(ッ)【立つ】たりける。大明神(だいみやうじん)御詫宣(ごたくせん)あ(ッ)て、「汝(なんぢ)しれ【知れ】りや、
忘(わす)れりや、ある聖(ひじり)をも(ッ)ていはせし事(こと)は。但(ただし)悪
行(あくぎやう)あらば、子孫(しそん)まではかなふ【叶ふ】まじきぞ」とて、大明神(だいみやうじん)
P03416
あがらせ給(たまひ)ぬ。目出(めで)たかりし御事(おんこと)也(なり)。P225頼豪(らいがう)S0306白河院(しらかはのゐん)御
在位(ございゐ)の御時(おんとき)、京極大殿(きやうごくのおほとの)の御(おん)むすめ后(きさき)にたたせ給(たまひ)
て、兼子【*賢子】(けんし)の中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)とて、御最愛(ごさいあい)(ごさいあひ)有(あり)けり。主上(しゆしやう)此(この)御
腹(おんぱら)に皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あらまほしうおぼしめし【思召し】、其(その)比(ころ)
有験(うげん)の僧(そう)と聞(きこ)えし三井寺(みゐでら)の頼豪阿闍梨(らいがうあじやり)
をめして、「汝(なんぢ)此(この)后(きさき)の腹(はら)に、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)祈(いのり)申(まう)せ。
御願(ごぐわん)成就(じやうじゆ)せば、勧賞(けんじやう)はこふ【乞ふ】によるべし」とぞ仰(おほせ)ける。
「やすう候(さうらふ)」とて三井寺(みゐでら)にかへり、百日(ひやくにち)肝胆(かんたん)を摧(くだい)て
P03417
祈(いのり)申(まうし)ければ、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)やがて百日(ひやくにち)のうちに御懐姙(ごくわいにん)
あ(ッ)て、承保(しようほう)(せうほう)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)(じふに(ン)ぐわつ)十六日(じふろくにち)、御産(ごさん)平安(ぺいあん)、皇
子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)有(あり)けり。君(きみ)なのめならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、
三井寺(みゐでら)の頼豪阿闍梨(らいがうあじやり)をめして、「汝(なんぢ)が所望(しよまう)の事(こと)は
いかに」と仰下(おほせくだ)されければ、三井寺(みゐでら)に戒壇(かいだん)建立(こんりふ)(こんりう)の事(こと)
を奏(そう)す。主上(しゆしやう)「これこそ存(ぞん)の外(ほか)の所望(しよまう)なれ。一階
僧正(いつかいそうじやう)な(ン)ど(など)をも申(まうす)べきかとこそおぼしめし【思召し】つれ。凡(およそ)(をよそ)は
皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)あ(ッ)て、祚(そ)をつが【継が】しめん事(こと)も、海内(かいだい)
P03418
無為(ぶい)を思(おも)ふため也(なり)。今(いま)汝(なんぢ)が所望(しよまう)達(たつ)せば、山門(さんもん)
いきどほ(ッ)【憤つ】て世上(せじやう)しづかなるべからず。両門(りやうもん)合戦(かつせん)して、
天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)ほろびなんず」とて、御(おん)ゆるされもな
かりけり。頼豪(らいがう)口(くち)おしい(をしい)【惜しい】事(こと)也(なり)とて、三井寺(みゐでら)に
かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、ひ【干】死(じに)にせんとす。主上(しゆしやう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、
江帥(がうぞつ)(ごうぞつ)匡房卿(きやうばうのきやう)、其(その)比(ころ)は未(いまだ)美作守(みまさかのかみ)と聞(きこ)えしを召(めし)て、
「汝(なんぢ)は頼豪(らいがう)と師P226壇(しだん)の契(ちぎり)あんなり。ゆい【行い】てこしらへ
て見(み)よ」と仰(おほせ)ければ、美作守(みまさかのかみ)綸言(りんげん)を蒙(かうぶり)て頼豪(らいがう)が
P03419
宿坊(しゆくばう)に行(ゆき)むかひ、勅定(ちよくぢやう)の趣(おもむき)を仰含(おほせふく)めんとする[B に]、
以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)にふすぼ(ッ)たる持仏堂(ぢぶつだう)にたてごもり、おそろ
しげ【恐ろし気】なるこゑ【声】して、「天子(てんし)には戯(たはぶれ)の詞(ことば)なし、
綸言(りんげん)汗(あせ)の如(ごと)しとこそ承(うけたまは)れ。是(これ)程(ほど)の所望(しよまう)かな
は【叶は】ざらむにをいて(おいて)〔は〕、わが祈(いの)りだし【出し】たる皇子(わうじ)なれば、
取(とり)奉(たてまつり)て魔道(まだう)へこそゆかんずらめ」とて、遂(つひ)(つゐ)に
対面(たいめん)もせざりけり。美作守(みまさかのかみ)帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)を
奏聞(そうもん)す。頼豪(らいがう)はやがてひ【干】死(じに)に死(しに)にけり。君(きみ)いかが
P03420
せんずると、叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)をおどろからせ【*させ】おはします。皇子(わうじ)
やがて御悩(ごなう)つかせ給(たまひ)て、さまざまの御祈共(おんいのりども)有(あり)しか
共(ども)、かなう(かなふ)【叶ふ】べしともみえ【見え】させ給(たま)はず。白髪(はくはつ)なりける
老僧(らうそう)の、錫杖(しやくぢやう)も(ッ)【持つ】て皇子(わうじ)の御枕(おんまくら)にたたずみ、人々(ひとびと)
の夢(ゆめ)にもみえ【見え】、まぼろしにも立(たち)けり。おそろし【恐ろし】な(ン)
ど(など)もおろかなり。去程(さるほど)に、承暦(しようりやく)(せうりやく)元年(ぐわんねん)(ぐはんねん)八月(はちぐわつ)六日(むゆかのひ)、
皇子(わうじ)御年(おんとし)四歳(しさい)にて遂(つひ)(つゐ)にかくれさせ給(たまひ)ぬ。敦文(あつふん)
の親王(しんわう)是(これ)なり。主上(しゆしやう)なのめならず御歎(おんなげき)あり【有り】けり。山
P03421
門(さんもん)に又(また)西京(さいきやう)の座主(ざす)、良信【*良真】(りやうしん)大僧[B 都]【*大僧正】(だいそうじやう)、其(その)比(ころ)は円融房(ゑんゆうばう)
の僧都(そうづ)とて、有験(うげん)の僧(そう)と聞(きこ)えしを、内裏(だいり)へめして、
「こはいかがせんずる」と仰(おほせ)ければ、「いつも我(わが)山(やま)の力(ちから)にて
こそか様(やう)【斯様】の御願(ごぐわん)は成就(じやうじゆ)する事(こと)候(ざうら)へ。九条(くでうの)右丞
相(うしようじやう)(うせうじやう)、慈恵大僧正(じゑだいそうじやう)に契(ちぎり)申(まう)させ給(たまひ)しによ(ッ)てこそ、冷
泉院(れんぜいのゐん)の皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)は候(さうらひ)しか。やすい程(ほど)の御事(おんこと)
候(ざうらふ)」とて、比叡山(ひえいさん)(ひゑいさん)にかへりのぼP227り、山王大師(さんわうだいし)に百日(ひやくにち)肝
胆(かんたん)を摧(くだい)(くだひ)て祈(いのり)申(まうし)ければ、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)やがて百日(ひやくにち)の
P03422
内(うち)に御懐姙(ごくわいにん)あ(ッ)て、承暦(しようりやく)(せうりやく)三年(さんねん)七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)、御産(ごさん)平
安(ぺいあん)、皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)有(あり)けり。堀河天皇(ほりかはのてんわう)是(これ)也(なり)。怨霊(をんりやう)は
昔(むかし)もおそろしき【恐ろしき】事(こと)也(なり)。今度(こんど)さしも目出(めで)たき
御産(ごさん)に、大赦(だいしや)はをこなは(おこなは)【行なは】れたりといへ共(ども)、俊寛(しゆんくわん)
僧都(そうづ)一人(いちにん)、赦免(しやめん)なかりけるこそうたてけれ。同(おなじき)十
二月(じふにぐわつ)八日(やうかのひ)、皇子(わうじ)東宮(とうぐう)にたたせ給(たま)ふ[B 「給ぬ」とあり「ぬ」に「ふ」と傍書]。傅(ふ)には、小松内
大臣(こまつのないだいじん)、大夫(だいぶ)には池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)とぞ聞(きこ)えし。 少将(せうしやう)都帰(みやこがへり)S0307 
明(あく)れば治承(ぢしよう)(ぢせう)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)下旬(げじゆん)に、丹羽少将(たんばのせうしやう)成
P03423
経(なりつね)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)をた(ッ)【発つ】て、都(みやこ)へといそがれけれ
共(ども)、余寒(よかん)猶(なほ)(なを)はげしく、海上(かいしやう)もいたく荒(あれ)ければ、
浦(うら)づたひ島(しま)づたひして、きさらぎ十日比(とをかごろ)にぞ
備前[B ノ](びぜんの)児島(こじま)(コじま)に着(つき)給(たま)ふ。それより父(ちち)大納言殿(だいなごんどの)
のすみ【住み】給(たまひ)ける所(ところ)を尋(たづね)いり【入り】てみ給(たま)ふに、竹(たけ)の
柱(はしら)、ふりたる障子(しやうじ)なんど(など)にかき【書き】をか(おか)【置か】れたる筆(ふで)のす
さみをみ給(たまひ)て、「人(ひと)の形見(かたみ)には手跡(しゆせき)に過(すぎ)たる
物(もの)ぞなき。書(かき)をき(おき)給(たま)はずは、いかでかこれをみる【見る】
P03424
べき」とて、康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)と二人(ににん)、よう【読う】ではなき【泣き】、ない
てはよむ。「安元(あんげん)三年(さんねん)七月(しちぐわつ)廿日(はつかのひ)出家(しゆつけ)、同(おなじき)廿
六日(にじふろくにち)信俊(のぶとし)下向(げかう)」と書(かか)れたり。さてこそ源(げん)P228左衛
門尉(ざゑもんのじよう)(ざゑもんのぜう)信俊(のぶとし)がまいり(まゐり)【参り】たりけるも知(しら)れけれ。そばなる
壁(かべ)には、「三尊(さんぞん)来迎(らいかう)有便(たよりあり)(タヨリアリ)。九品(くほん)往生(わうじやう)無疑(うたがひなし)」とも書(かか)
れたり。此(この)形見(かたみ)を見(み)給(たまひ)てこそ、さすが欣求浄土(ごんぐじやうど)
ののぞみもおはしけりと、限(かぎ)りなき歎(なげき)の中(なか)
にも、いささかたのもしげ【頼もし気】にはの給(たまひ)けれ。其(その)墓(はか)
P03425
を尋(たづね)て見(み)給(たま)へば、松(まつ)の一(ひと)むらある中(なか)に、かひ
がひしう壇(だん)をついたる事(こと)もなし。土(つち)のすこし
たかき所(ところ)に少将(せうしやう)袖(そで)かきあはせ、いき【生き】たる人(ひと)に
物(もの)を申(まうす)やうに、泣々(なくなく)申(まう)されけるは、「遠(とほ)(とを)き御(おん)まもり【守り】と
ならせおはしまして候(さうらふ)事(こと)をば、島(しま)にてかすか【幽】に
伝(つた)へ承(うけたまは)りしか共(ども)、心(こころ)にまかせぬうき身(み)
なれば、いそぎまいる(まゐる)【参る】事(こと)も候(さうら)はず。成経(なりつね)彼(かの)島(しま)へ
ながされて、露(つゆ)の命(いのち)消(きえ)やらずして、二(ふた)とせ【年】を
P03426
をく(ッ)(おくつ)【送つ】てめしかへさるるうれしさは、さる事(こと)にて
候(さうら)へ共(ども)、この世(よ)にわたらせ給(たま)ふをも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
て候(さうらは)ばこそ、命(いのち)のながき【長き】かひもあらめ。是(これ)まで
はいそがれつれ共(ども)、いまより後(のち)はいそぐべし共(とも)
おぼえず」と、かきくどゐ(くどい)てぞなか【泣か】れける。誠(まこと)に存
生(ぞんじやう)の時(とき)ならば、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)こそ、いかに共(とも)の給(たま)ふ
べきに、生(しやう)をへ[B た]て(へだて)たる習(なら)ひ程(ほど)うらめしかり【恨めしかり】
ける物(もの)はなし。苔(こけ)の下(した)には誰(たれ)かこたふべき。
P03427
ただ嵐(あらし)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】松(まつ)の響(ひびき)ばかりなり。其(その)夜(よ)は
夜(よ)もすがら、康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)と二人(ににん)、墓(はか)のまはりを
行道(ぎやうだう)して念仏(ねんぶつ)申(まうし)、明(あけ)ぬればあたらしう壇(だん)
つき、くぎぬき〔せ〕させ、まへに仮屋(かりや)つくり、七日(しちにち)七P229夜(しちや)
念仏(ねんぶつ)申(まうし)経(きやう)書(かき)て、結願(けちぐわん)には大(おほき)なる卒兜婆(そとば)
をたて、「過去聖霊(くわこしやうりやう)、出離生死(しゆつりしやうじ)、証大菩提(しようだいぼだい)(しやうだいぼだい)」とかいて、
年号(ねんがう)月日(つきひ)の下(した)には、「孝子(かうし)成経(なりつね)」と書(かか)れたれば、
しづ山(やま)がつの心(こころ)なきも、子(こ)に過(すぎ)たる宝(たから)なしとて、
P03428
泪(なみだ)をながし袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。年(とし)去(さり)(さリ)
年(とし)来(きた)れ共(ども)、忘(わすれ)がたきは撫育(ぶいく)の昔(むかし)の恩(おん)(をん)、夢(ゆめ)の
如(ごと)く幻(まぼろし)のごとし。尽(つき)がたきは恋慕(れんぼ)のいまの涙(なみだ)也(なり)。
三世(さんぜ)十方(じつぱう)(じつばう)の仏陀(ぶつだ)の聖衆(しやうじゆ)もあはれみ給(たま)ひ、
亡魂(ばうこん)尊霊(そんれい)もいかにうれしとおぼしけむ。「いま
しばらく念仏(ねんぶつ)の功(こう)をもつむ【積む】べう候(さうら)へ共(ども)、都(みやこ)に
待(まつ)人共(ひとども)も心(こころ)もとなう候(さうらふ)らん。又(また)こそまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はめ」とて、
亡者(まうじや)にいとま申(まうし)つつ、泣々(なくなく)そこをぞ立(たた)れける。
P03429
草(くさ)の陰(かげ)にても余波(なごり)おしう(をしう)【惜しう】やおもは【思は】れけむ。
三月(さんぐわつ)十八日(じふはちにち)【*十六日(じふろくにち)】、少将(せうしやう)鳥羽(とば)へあかう【明かう】ぞ付(つき)給(たま)ふ。故(こ)
大納言(だいなごん)の山荘(さんざう)、すはま【州浜】殿(どの)とて鳥羽(とば)にあり【有り】。住(すみ)
あらして年(とし)へ【経】にければ、築地(ついぢ)はあれどもおほい(おほひ)【覆ひ】
もなく、門(もん)はあれ共(ども)扉(とびら)もなし。庭(には)に立入(たちいり)見(み)
給(たま)へば、人跡(じんせき)たえて苔(こけ)ふかし。池(いけ)の辺(ほとり)を見(み)ま
はせば、秋山(あきやま)の春風(はるかぜ)に白波(しらなみ)しきりにおり【織り】かけて、
紫鴛(しゑん)(しえん)白鴎(はくおう)(はくわう)逍遥(せうよう)す。興(けう)ぜし人(ひと)の恋(こひ)しさに、尽(つき)せぬ
P03430
物(もの)は涙(なみだ)也(なり)。家(いへ)はあれ共(ども)、らんもむ(らんもん)【羅文】破(やぶれ)て、蔀(しとみ)やり戸(ど)も
たえてなし。「爰(ここ)には大納言(だいなごん)のとこそおはせしか、
此(この)妻戸(つまど)をばかうこそ出入(いでいり)給(たまひ)しか。あの木(き)をば、
みづからこそうへ(うゑ)【植ゑ】給(たまひ)しか」な(ン)ど(など)いひて、ことの葉(は)に[M 「の」を非とし「に」と傍書]
つけて、ちち【父】の事(こと)を恋(こひ)しげにこその給(たま)ひけれ。
弥生(やよひ)なかの六日(むゆか)なれば、花(はな)はいまだ名残(なごり)あり【有り】。
楊梅(やうばい)桃李(たうり)P230の梢(こずゑ)こそ、折(をり)(おり)しりがほに色々(いろいろ)なれ。
昔(むかし)のあるじはなけれ共(ども)、春(はる)を忘(わす)れぬ花(はな)なれや。
P03431
少将(せうしやう)花(はな)のもとに立(たち)よ(ッ)て[B 「もて」とあり「も」に「よ」と傍書]、桃李(たうり)不言(ものいはず)春(はる)幾暮(いくばくくれぬる)
煙霞(えんか)(ゑんか)無跡(あとなし)昔(むかし)誰栖(たれかすんじ)[B 右下「シ」あり] K017 ふる里(さと)の花(はな)の物(もの)いふ
世(よ)なりせばいかにむかし【昔】のことをとはまし W014 この
古(ふる)き詩歌(しいか)(し(イ)か)を口(くち)ずさみ給(たま)へば、康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)も
折節(をりふし)(おりふし)あはれ【哀】に覚(おぼ)えて、墨染(すみぞめ)の袖(そで)をぞぬらし
ける。暮(くる)る程(ほど)とは待(また)れけれ共(ども)、あまりに名残(なごり)
おしく(をしく)【惜しく】て、夜(よ)ふくるまでこそおはしけれ。深行(ふけゆく)
ままには、荒(あれ)たる宿(やど)のならひ【習】とて、ふるき軒(のき)
P03432
の板間(いたま)より、もる月影(つきかげ)ぞくまもなき。鶏籠(けいろう)
の山(やま)明(あけ)なんとすれ共(ども)、家路(いへぢ)はさらにいそがれず。
さてもあるべきならねば、むかへに乗物共(のりものども)つかはし
て待(まつ)らんも心(こころ)なしとて、泣々(なくなく)すはま殿(どの)を出(いで)つつ、
都(みやこ)へかへり入(いり)けむ心(こころ)の内共(うちども)、さこそはあはれ【哀】にも
うれしう【嬉しう】も有(あり)けめ。康頼(やすより)入道(にふだう)(にうだう)がむかへにも乗
物(のりもの)あり【有り】けれ共(ども)、それにはのら【乗ら】で、「いまさら名残(なごり)の惜(をし)(おし)き
に」とて、少将(せうしやう)の車(くるま)の尻(しり)にの(ッ)【乗つ】て、七条河原(しつでうかはら)
P03433
まではゆく【行く】。其(それ)より行別(ゆきわかれ)けるに、猶(なほ)(なを)行(ゆき)もやらざり
けり。花(はな)の下(もと)の半日(はんじつ)の客(かく)、月(つきの)前(まへ)の一夜(いちや)の友(とも)、
旅人(りよじん)が一村雨(ひとむらさめ)の過行(すぎゆく)に、一樹(いちじゆ)の陰(かげ)に立(たち)よ(ッ)て、
わかるる余波(なごり)もおしき(をしき)【惜しき】ぞかし。况(いはん)や是(これ)はうかりし
島(しま)のすまひ、船(ふね)のうち、浪(なみ)のうへ、一業所感(いちごふしよかん)(いちごうしよかん)の身(み)
なれば、先世(ぜんぜ)の芳縁(はうえん)も浅(あさ)からずや思(おも)ひしられけん。P231
少将(せうしやう)は舅(しうと)平宰相(へいざいしやう)の宿所(しゆくしよ)へ立入(たちいり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)の
母(はは)うへは霊山(りやうぜん)におはしけるが、昨日(きのふ)より宰相(さいしやう)の
P03434
宿所(しゆくしよ)におはして待(また)れけり。少将(せうしやう)の立入(たちいり)給(たま)ふ
姿(すがた)を一目(ひとめ)みて、「命(いのち)あれば」とばかりぞの給(たまひ)ける。引(ひき)
かづいてぞ臥(ふし)給(たま)ふ。宰相(さいしやう)の内(うち)の〔女〕房(にようばう)、侍共(さぶらひども)さし
つどい(つどひ)【集ひ】て、みな悦(よろこび)なき【泣】共(ども)しけり。まして少将(せうしやう)の
北方(きたのかた)、めのとの六条(ろくでう)が心(こころ)のうち、さこそはうれしかりけめ。
六条(ろくでう)は尽(つき)せぬ物(もの)おもひ【思ひ】に、黒(くろ)かりし髪(かみ)もみなし
ろく【白く】なり、北方(きたのかた)さしも花(はな)やかにうつくしうおは
せしか共(ども)、いつしかやせ【痩】おとろへて、其(その)人(ひと)共(とも)みえ【見え】給(たま)はず。
P03435
ながされ給(たまひ)し時(とき)、三歳(さんざい)にて別(わかれ)しおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)、おと
なしうな(ッ)て、髪(かみ)ゆふ【結ふ】程(ほど)也(なり)。又(また)其(その)御(おん)そばに、三(みつ)ばかり
なるおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)のおはしけるを、少将(せうしやう)「あれはいか
に」との給(たま)へば、六条(ろくでう)「是(これ)こそ」とばかり申(まうし)て、袖(そで)をか
ほ【顔】におしあてて涙(なみだ)をながしけるにこそ、さては
下(くだ)りし時(とき)、心苦(こころぐる)しげなる有(あり)さまを見(み)をき(おき)【置き】
しが、事(こと)ゆへ(ゆゑ)なくそ立(だち)【育ち】けるよと、思(おも)ひ出(いで)ても
かなしかりけり。少将(せうしやう)はもとのごとく院(ゐん)にめしつか
P03436
はれて、宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)にあがり給(たま)ふ。康瀬【*康頼】(やすより)入道(にふだう)(にうだう)は、
東山(ひがしやま)(ひ(ン)がしやま)双林寺(さうりんじ)にわが山荘(さんざう)のあり【有り】ければ、それに落(おち)
つゐ(つい)【着い】て、先(まづ)おもひつづけけり。
ふる里(さと)の軒(のき)のいたま【板間】に苔(こけ)むして
おもひ【思ひ】しほどはもら【漏ら】ぬ月(つき)かな W015
やがてそこに籠居(ろうきよ)して、うかりし昔(むかし)を思(おも)ひ
つづけ、宝物集(ほうぶつしふ)(ほうぶつしう)といふ物語(ものがたり)を書(かき)けるP232とぞ聞(きこ)
えし。有王(ありわう)S0308去程(さるほど)に、鬼界(きかい)が島(しま)へ三人(さんにん)ながさ【流さ】れたりし
P03437
流人(るにん)、二人(ににん)はめしかへさ【召返さ】れて都(みやこ)へのぼりぬ。俊寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)
僧都(そうづ)一人(いちにん)、うかりし島(しま)の島守(しまもり)に成(なり)にけるこそ
うたてけれ。僧都(そうづ)のおさなう(をさなう)【幼う】より不便(ふびん)にして、
めしつかはれける童(わらは)あり【有り】。名(な)をば有王(ありわう)とぞ申(まうし)ける。
鬼界(きかい)が島(しま)の流人(るにん)、今日(けふ)すでに都(みやこ)へ入(いる)と聞(きこ)えし
かば、鳥羽(とば)まで行(ゆき)むかふ(むかう)て見(み)けれ共(ども)、わがしう(しゆう)【主】は
みえ【見え】給(たま)はず。いかにと問(とへ)ば、「それはなを(なほ)【猶】つみ【罪】ふかしとて、
島(しま)にのこされ給(たまひ)ぬ」ときいて、心(こころ)うしな(ン)ど(など)もおろ
P03438
か也(なり)。常(つね)は六波羅辺(ろくはらへん)にたたずみありい【歩い】て聞(きき)けれ
共(ども)、赦免(しやめん)あるべし共(とも)聞(きき)いださ【出さ】ず。僧都(そうづ)の御(おん)むす
めのしのび【忍び】ておはしける所(ところ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「このせ【瀬】にも
もれ【漏れ】させ給(たまひ)て、御(おん)のぼりも候(さうら)はず。いかにもして
彼(かの)島(しま)へわた(ッ)て、御(おん)行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】を尋(たずね)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】むと
こそ思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ。御(おん)ふみ【文】給(たま)はらん」と申(まうし)ければ、
泣々(なくなく)かいてたう【給う】だりけり。いとまをこふ【乞ふ】共(とも)、よも
ゆるさじとて、父(ちち)にも母(はは)にもしらせず、もろこし
P03439
船(ぶね)のともづなは、卯月(うづき)さ月(つき)【皐月】にとく【解く】なれば、夏衣(なつごろも)
たつ【裁つ】を遅(おそ)(をそ)くや思(おもひ)けむ、やよひの末(すゑ)に都(みやこ)を
出(いで)て、多(おほ)くP233の浪路(なみじ)を凌(しの)ぎ過(す)ぎ、薩摩潟(さつまがた)
へぞ下(くだ)りける。薩摩(さつま)より彼(かの)島(しま)へわたる船津(ふなつ)
にて、人(ひと)あやしみ、きたる物(もの)をはぎ【剥ぎ】とりな(ン)ど(など)し
けれ共(ども)、すこしも後悔(こうくわい)せず。姫御前(ひめごぜん)の御文(おんふみ)
ばかりぞ人(ひと)に見(み)せじとて、もとゆひ【元結】の中(なか)に隠(かく)
したりける。さて商人船(あきんどぶね)にの(ッ)【乗つ】て、件(くだん)の島(しま)へ
P03440
わた(ッ)てみる【見る】に、都(みやこ)にてかすか【幽】につたへ聞(きき)しは
事(こと)のかずにもあらず。田(た)もなし、畠(はた)もなし。村(むら)も
なし、里(さと)もなし。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれ共(ども)、いふ
詞(ことば)も聞(きき)しらず。もしか様(やう)【斯様】の者共(ものども)の中(なか)に、わが
しう(しゆう)【主】の行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】やしり【知り】たるものやあらんと、「物(もの)まう
さう」どいへば、「何事(なにごと)」とこたふ。「是(これ)に都(みやこ)よりながされ
給(たまひ)し、法勝寺(ほつしようじの)(ほつしやうじの)執行(しゆぎやう)御房(ごばう)と申(まうす)人(ひと)の御(おん)行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】や
しり【知り】たる」と問(とふ)に、法勝寺(ほつしようじ)共(とも)、執行(しゆぎやう)共(とも)し(ッ)【知つ】たらばこそ
P03441
返事(へんじ)もせめ。頸(くび)をふ(ッ)て知(しら)ずといふ。其(その)中(なか)に
ある者(もの)が心得(こころえ)て、「いさとよ、さ様(やう)の人(ひと)は三人(さんにん)是(これ)に
有(あり)しが、二人(ににん)はめしかへさ【召返さ】れて都(みやこ)へのぼりぬ。いま
一人(いちにん)はのこされて、あそこ爰(ここ)にまどひありけ【歩け】
共(ども)、行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】もしらず」とぞいひける。山(やま)のかたのおぼ
つかなさに、はるかに分入(わけいり)、峯(みね)によぢ[B 登(のぼり)]、谷(たに)に下(くだ)れ共(ども)、
白雲(はくうん)跡(あと)を埋(うづん)で、ゆき来(き)の道(みち)もさだかならず。
青嵐(せいらん)夢(ゆめ)を破(やぶつ)て、その面影(おもかげ)もみえ【見え】ざりけり。
P03442
山(やま)にては遂(つひ)(つゐ)に尋(たづね)もあはず。海(うみ)の辺(ほとり)について
尋(たづぬ)るに、沙頭(さとう)に印(いん)(ゐん)を刻(きざ)む鴎(かもめ)、澳(おき)のしら【白】州(す)に
すだく浜千鳥(はまちどり)の外(ほか)は、跡(あと)とふ物(もの)もなかりけり。
ある朝(あした)、いその方(かた)よりかげろふな(ン)ど(など)のやうに
やせおとろへたる者(もの)よろぼひP234出(いで)きたり。もとは
法師(ほふし)(ほうし)にて有(あり)けると覚(おぼ)えて、髪(かみ)は空(そら)さまへ
おひ【生ひ】あがり[B 「おひたり」とあり「た」に「あか」と傍書]、よろづの藻(も)くづとりつゐ(つい)【付い】て、をどろ(おどろ)
をいただいたるが如(ごと)し。つぎ目(め)あらはれて皮(かは)
P03443
ゆたひ、身(み)にき【着】たる物(もの)は絹(きぬ)布(ぬの)のわき【別】も見(み)え
ず。片手(かたて)にはあらめをひろい(ひろひ)【拾ひ】もち、片手(かたて)には
網(あみ)うど【人】に魚(うを)(うほ)をもらふてもち、歩(あゆ)むやうにはし
けれ共(ども)、はかもゆかず、よろよろとして出(いで)きたり。
「都(みやこ)にて多(おほ)くの乞丐人(こつがいにん)(コツカイにん)み【見】しか共(ども)、かかる者(もの)をば
いまだみず。「諸阿修羅等居在大海辺(しよあしゆらとうこざいだいかいへん)」とて、修
羅(しゆら)の三悪四趣(さんあくししゆ)は深山大海(しんざんだいかい)のほとりにありと、
仏(ほとけ)の解(とき)をき(おき)給(たま)ひたれば、しらず、われ餓鬼道(がきだう)に
P03444
尋来(たづねきた)るか」と思(おも)ふ程(ほど)に、かれも是(これ)も次第(しだい)にあゆみ
ちかづく【近付く】。もしか様(やう)【斯様】のものも、しう(しゆう)【主】の御(おん)ゆくえ(ゆくへ)【行方】
知(しり)たる事(こと)やあらんと、「物(もの)まうさう」どいへば、「何(なに)ごと」
とこたふ。是(これ)は都(みやこ)よりながされ給(たまひ)し、法勝寺(ほつしようじの)(ほつしやうじの)
執行(しゆぎやう)御房(ごばう)と申(まうす)人(ひと)の、御(おん)行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】や知(しり)たる」と問(とふ)に、
童(わらは)は見忘(みわすれ)たれ共(ども)、僧都(そうづ)は何(なに)とてか忘(わする)べきなれば、
「是(これ)こそそよ」といひもあへず、手(て)にもて【持て】る物(もの)を
なげ捨(すて)て、すなごの上(うへ)にたふれ【倒れ】ふす。さてこそ
P03445
わがしう(しゆう)【主】の行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】もしり【知り】て(ン)げれ。やがてきえ入(いり)
給(たま)ふを、ひざの上(うへ)にかきふせ【掻き伏せ】[*かきのせ【掻き乗せ】]奉(たてまつ)り、「有王(ありわう)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て候(さうらふ)。多(おほ)くの浪(なみ)ぢをしのいで、是(これ)まで尋(たづね)ま
いり(まゐり)【参り】たるかひもなく、いかにやがてうき目(め)をば
見(み)せさせ給(たま)ふぞ」と泣々(なくなく)申(まうし)ければ、ややあ(ッ)て、す
こし人(ひと)心地(ごこち)出(いで)き、たすけおこされて、「誠(まこと)に汝(なんぢ)が
是(これ)まで尋来(たづねき)たる心(こころ)ざしの程(ほど)こそ神妙(しんべう)
なれ。P235明(あけ)ても暮(くれ)ても、都(みやこ)の事(こと)のみ思(おも)ひ居(ゐ)
P03446
たれば、恋(こひ)しき者共(ものども)が面(おも)かげ【影】は、夢(ゆめ)にみる【見る】おり(をり)【折】
もあり【有り】、まぼろしにたつ時(とき)もあり【有り】。身(み)もいたく
つかれ【疲れ】よは(ッ)(よわつ)【弱つ】て後(のち)は、夢(ゆめ)もうつつもおもひ【思ひ】わかず。
されば汝(なんぢ)が来(き)たれるも、ただ夢(ゆめ)とのみこそおぼ
ゆれ。もし此(この)事(こと)の夢(ゆめ)ならば、さめての後(のち)は
いかがせん」。有王(ありわう)「うつつにて候(さうらふ)也(なり)。此(この)御(おん)ありさまにて、
今(いま)まで御命(おんいのち)ののび【延び】させ給(たま)ひて[B 「給ふて」とあり「ふ」に「ひ」と傍書]候(さうらふ)こそ、不思
議(ふしぎ)に覚(おぼ)え候(さうら)へ」と申(まう)せば、「さればこそ。去年(こぞ)(コぞ)少
P03447
将(せうしやう)や判官(はんぐわん)(はんぐはん)入道(にふだう)(にうだう)に捨(すて)られて後(のち)のたよりなさ、
心(こころ)の内(うち)をばただおしはかるべし。そのせ【瀬】に身(み)
をもなげむとせしを、よしなき少将(せうしやう)の「今(いま)一度(いちど)
都(みやこ)の音(おと)(をと)づれをもまて【待て】かし」な(ン)ど(など)、なぐさめをき(おき)【置き】し
を、をろか(おろか)【愚】にもし【若し】やとたのみ【頼み】つつ、ながらへんとはせし
か共(ども)、此(この)島(しま)には人(ひと)のくい(くひ)【食ひ】物(もの)たえてなき所(ところ)なれば、
身(み)に力(ちから)のあり【有り】し程(ほど)は、山(やま)にのぼ(ッ)て湯黄(いわう)と云(いふ)物(もの)
をほり、九国(くこく)よりかよふ商人(あきびと)にあひ、くい(くひ)【食】物(もの)に
P03448
かへな(ン)ど(など)せしか共(ども)、日(ひ)にそへてよはり(よわり)【弱り】ゆけば、いまは
その態(わざ)もせず。かやうに日(ひ)ののどかなる時(とき)は、磯(いそ)に
出(いで)て網人(あみうど)に釣人(つりうど)に、手(て)をすりひざをかがめて、
魚(うを)(うほ)をもらい(もらひ)、塩干(しほひ)のときは貝(かい)をひろひ【拾ひ】、あらめを
とり、磯(いそ)の苔(こけ)に露(つゆ)の命(いのち)をかけてこそ、けふ【今日】ま
でもながらへたれ。さらでは浮世(うきよ)を渡(わた)るよすが
をば、いかにしつらんとか思(おも)ふらむ。爰(ここ)にて何
事(なにごと)もいはばやとはおもへ【思へ】共(ども)、いざわが家(いへ)へ」とのたまへば、
P03449
この御(おん)ありさまにても家(いへ)をもち給(たま)へるふしぎ
さ【不思議さ】P236よと思(おもひ)て行(ゆく)程(ほど)に、松(まつ)の一(ひと)むらある中(なか)に
より【寄】竹(たけ)を柱(はしら)にして、葦(あし)をゆひ、けたはり【桁梁】[B 「た」の下に「うつ」と傍書]に
わたし、上(うへ)にもした【下】にも、松(まつ)の葉(は)をひしと
取(とり)かけたり。雨風(あめかぜ)たまるべうもなし。昔(むかし)は、
法勝寺(ほつしようじ)(ほつしやうじ)の寺務職(じむしよく)にて、八十(はちじふ)余ケ所(よかしよ)の庄
務(しやうむ)をつかさどられしかば、棟門(むねかど)平門(ひらかど)の内(うち)に、四五
百人(しごひやくにん)の所従(しよじゆう)(しよじう)眷属(けんぞく)に囲饒(ゐねう)せられてこそおは
P03450
せしか。ま【目】のあたりかかるうきめを見(み)給(たま)ひける
こそふしぎ【不思議】なれ。業(ごふ)(ごう)にさまざまあり【有り】。順現(じゆんげん)・順生(じゆんしやう)・
順後業(じゆんごごふ)(じゆんごごう)といへり。僧都(そうづ)一期(いちご)の間(あひだ)(あいだ)、身(み)にもちゐる
処(ところ)、大伽藍(だいがらん)の寺物(じもつ)仏物(ぶつもつ)にあらずと云(いふ)事(こと)なし。
さればかの信施無慙(しんぜむざん)の罪(つみ)によ(ッ)て、今生(こんじやう)に感(かん)ぜら
れけりとぞみえ【見え】たりける。僧都(そうづ)死去(しきよ)S0309僧都(そうづ)うつつ【現】にてあり【有り】とお
もひ【思ひ】定(さだめ)て、「抑(そもそも)去年(こぞ)少将(せうしやう)や判官(はんぐわん)(はんぐはん)入道(にふだう)(にうだう)がむかへ
にも、是等(これら)がふみ【文】といふ事(こと)もなし。いま汝(なんぢ)がたよりに
P03451
も音(おと)(をと)づれのなきは、かう共(とも)いはざりけるか」。有王(ありわう)
なみだ【涙】にむせびうつぶして、しばしはものも申(まう)さず。
ややあり【有り】ておきあがり、泪(なみだ)をおさへて申(まうし)けるは、「君(きみ)
の西八条(にしはつでう)へ出(いで)させ給(たまひ)しかば、やがて追捕(ついほ)の[* 「の」は右寄りに「ノ」 ]官人(くわんにん)
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、御内(みうち)の人々(ひとびと)搦取(からめと)り、御謀反(ごむほん)の次第(しだい)を尋(たづね)
て、うしなひ【失ひ】P237はて候(さうらひ)ぬ。北方(きたのかた)はおさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)を隠(かく)し
かねまいら(まゐら)【参ら】させ給(たまひ)て、鞍馬(くらま)の奥(おく)にしのば【忍ば】せ給(たまひ)て候(さうらひ)
しに、此(この)童(わらは)ばかりこそ時々(ときどき)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て宮仕(みやづかへ)つかまつり
P03452
候(さうらひ)しか。いづれも御歎(おんなげき)のをろか(おろか)【愚】なる事(こと)は候(さうら)はざ(ッ)し
か共(ども)、おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)はあまりに恋(こひ)まいら(まゐら)【参ら】させ給(たまひ)て、
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)たび毎(ごと)に、「有王(ありわう)よ、鬼界(きかい)の島(しま)とかやへ
われぐし【具し】てまいれ(まゐれ)【参れ】」とむつからせ給(たまひ)候(さうらひ)しが、過(すぎ)候(さうらひ)し
二月(きさらぎ)に、もがさと申(まうす)事(こと)に失(うせ)させ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。北方(きたのかた)は
其(その)御歎(おんなげき)と申(まうし)、是(これ)の御事(おんこと)と申(まうし)、一(ひと)かたならぬ御
思(おんおもひ)にしづませ給(たま)ひ、日(ひ)にそへてよはら(よわら)【弱ら】せ給(たまひ)候(さうらひ)しが、
同(おなじき)三月(さんぐわつ)二日(ふつかのひ)、つゐに(つひに)【遂に】はかなくならせ給(たまひ)ぬ。いま姫御
P03453
前(ひめごぜん)ばかり、奈良(なら)の姑御前(をばごぜん)(をばご(ン)ぜん)の御(おん)もとに御(おん)わたり候(さうらふ)。
是(これ)に御(おん)ふみ【文】給(たまはり)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とて、取(とり)いだいて奉(たてまつ)る。
あけて見(み)給(たま)へば、有王(ありわう)が申(まうす)にたがは【違は】ず書(かか)れたり。
奥(おく)には、「などや、三人(さんにん)ながされたる人(ひと)の、二人(ににん)はめし
かへさ【返さ】れてさぶらふ【候ふ】に、いままで御(おん)のぼりさぶらはぬ
ぞ。あはれ、高(たかき)もいやしきも、女(をんな)の身(み)ばかり心(こころ)う
かりける物(もの)はなし。おのこご(をのこご)【男子】の身(み)にてさぶらはば、わたらせ
給(たま)ふ島(しま)へも、などかまいら(まゐら)【参ら】でさぶらふべき。このあり【有】
P03454
王(わう)御供(おとも)にて、いそぎのぼらせ給(たま)へ」とぞ書(かか)れたる。
「是(これ)みよ【見よ】有王(ありわう)、この子(こ)が文(ふみ)の書(かき)やうのはかなさよ。
をのれ(おのれ)【己】を供(とも)にて、いそぎのぼれと書(かき)たる事(こと)こそ
うらめしけれ【恨めしけれ】。心(こころ)にまかせたる俊寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)が身(み)ならば、
何(なに)とてか三(み)とせ【年】の春秋(はるあき)をば送(おく)(をく)るべき。今年(ことし)は
十二(じふに)になるとこそ思(おも)ふに、是P238(これ)程(ほど)はかなくては、人(ひと)
にもみえ【見え】、宮仕(みやづかへ)をもして、身(み)をもたす【助】くべきか」
とて泣(なか)れけるにぞ、人(ひと)の親(おや)の心(こころ)は闇(やみ)にあらね[B 「あら程」とあり「程」に「ね」と傍書]共(ども)、
P03455
子(こ)をおもふ【思ふ】道(みち)にまよふ程(ほど)もしら【知ら】れける。「此(この)島(しま)へ
ながされて後(のち)は、暦(こよみ)もなければ、月日(つきひ)のかはり行(ゆく)
をもしらず。ただをのづから(おのづから)【自】花(はな)のちり【散り】葉(は)の落(おつ)
るを見(み)て春秋(はるあき)をわきまへ、蝉(せみ)の馨(こゑ)麦秋(ばくしう)
を送(おく)(をく)れば夏(なつ)とおもひ、雪(ゆき)のつもるを冬(ふゆ)としる。
白月(びやくげつ)黒月(こくげつ)のかはり行(ゆく)をみて、卅日(さんじふにち)をわきまへ、
指(ゆび)をお(ッ)(をつ)【折つ】てかぞふれば、今年(ことし)は六(むつ)になるとおもひ【思ひ】
つるおさなき(をさなき)【幼き】者(もの)も、はや先立(さきだち)けるごさんなれは[*この一字不要]。
P03456
西八条(にしはつでう)へ出(いで)し時(とき)、この子(こ)が、「我(われ)もゆかう」どしたひ【慕ひ】
しを、やがて帰(かへ)らふずる(うずる)ぞとこしらへをき(おき)【置き】しが、
いまの様(やう)におぼゆるぞや。其(それ)を限(かぎ)りと思(おも)は
ましかば、いましばしもなどか見(み)ざらん。親(おや)となり、
子(こ)となり、夫婦(ふうふ)の縁(えん)をむすぶも、みな此(この)世(よ)ひと
つにかぎらぬ契(ちぎり)ぞかし。などさらば、それらがさ様(やう)に
先立(さきだち)けるを、いままで夢(ゆめ)まぼろしにもしら【知ら】ざり
けるぞ。人目(ひとめ)も恥(はぢ)ず、いかにもして命(いのち)いか【生か】うど思(おも)(ッ)
P03457
しも、これらをいま一度(いちど)見(み)ばやと思(おも)ふためなり。
姫(ひめ)が事(こと)こそ心苦(こころぐる)しけれ共(ども)、それもいき【生き】身(み)なれば、
歎(なげ)きながらもすごさ【過さ】むずらん。さのみながらへて、
をのれ(おのれ)【己】にうきめを見(み)せんも、我(わが)身(み)ながらつれな
かるべし」とて、をのづから(おのづから)の食事(しよくじ)をもとどめ、偏(ひとへ)に
弥陀(みだ)の名号(みやうがう)をとなへて、臨終(りんじゆう)(りんじう)正念(しやうねん)をぞ[B 「をも」とあり「も」に「そ」と傍書]祈(いの)られ
ける。有王(ありわう)わた(ッ)て廿三日(にじふさんにち)と云(いふ)に、其(その)庵(いほ)りのうち
にて遂(つひ)(つゐ)にをはり給(たまひ)P239ぬ。年(とし)卅七(さんじふしち)とぞ聞(きこ)えし。有王(ありわう)
P03458
むなしき姿(すがた)に取(とり)つき、天(てん)に仰(あふぎ)地(ち)に伏(ふし)て、
泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞなき。心(こころ)の行(ゆく)程(ほど)泣(なき)あき【飽き】て、
「やがて後世(ごせ)の御供(おんとも)仕(つかまつる)べう候(さうら)へ共(ども)、此(この)世(よ)には姫
御前(ひめごぜん)ばかりこそ御渡(おんわたり)候(さうら)へ、後世(ごせ)訪(とぶら)ひまいらす(まゐらす)【参らす】
べき人(ひと)も候(さうら)はず。しばしながらへて後世(ごせ)と
ぶらひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、ふしどをあらため【改め】ず、
庵(いほり)をきり【切り】かけ、松(まつ)のかれ枝(えだ)、蘆(あし)のかれは【枯葉】を
取(とり)おほひ【覆ひ】、藻(も)しほのけぶりとなし奉(たてまつ)り、
P03459
荼■[田+比]事(だびごと)をへ【終へ】にければ、白骨(はくこつ)をひろひ【拾ひ】、
頸(くび)にかけ、又(また)商人船(あきんどぶね)のたよりに九国(くこく)の地(ち)へぞ
着(つき)にける。僧都(そうづ)の御(おん)むすめのおはしける所(ところ)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、有(あり)し様(やう)、始(はじめ)よりこまごまと申(まうす)。「中々(なかなか)
御文(おんふみ)を御覧(ごらん)じてこそ、いとど御(おん)思(おも)ひはまさら
せ給(たまひ)て候(さうらひ)しか。硯(すずり)も紙(かみ)も候(さうら)はねば、御返事(おんぺんじ)
にも及(およ)(をよ)ばず。おぼしめさ【思召さ】れ候(さうらひ)し御心(おんこころ)の内(うち)、
さながらむなしうてやみ候(さうらひ)にき。今(いま)は生々世々(しやうじやうせせ)
P03460
を送(おく)(をく)り、他生曠劫(たしやうくわうごふ)(たしやうくわうごう)をへだつ共(とも)、いかでか
御声(おんこゑ)をもきき、御姿(おんすがた)をも見(み)まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)
ふべき」と申(まうし)ければ、ふしまろび、こゑも惜(をしま)(おしま)ず
なか【泣か】れけり。やがて十二(じふに)の年(とし)尼(あま)になり、奈良(なら)
の法華寺(ほつけじ)に勤(つとめ)すまして、父母(ぶも)の後世(ごせ)を
訪(とぶら)ひ給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。有王(ありわう)は俊寛(しゆんくわん)(しゆんくはん)僧都(そうづ)の
遺骨(ゆいこつ)を頸(くび)にかけ、高野(かうや)へのぼり、奥院(おくのゐん)に
納(をさ)(おさ)めつつ、蓮花谷(れんげだに)にて法師(ほふし)(ほうし)になり、諸国(しよこく)七
P03461
道(しちだう)修行(しゆぎやう)して、しう(しゆう)【主】の後世(ごせ)をぞとぶらひける。か様(やう)【斯様】に
人(ひと)の思歎(おもひなげ)きのつもりぬる平家(へいけ)の末(すゑ)こそ
おそろしけP240れ【恐ろしけれ】。飆(つぢかぜ)S0310同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)ばかり、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)
には辻風(つぢかぜ)おびたたしう吹(ふい)て、人屋(じんをく)(じんおく)おほく
顛到(てんだう)す。風(かぜ)は中御門(なかのみかど)京極(きやうごく)よりをこ(ッ)(おこつ)て、末
申(ひつじさる)の方(かた)へ吹(ふい)て行(ゆく)に、棟門(むねかど)平門(ひらかど)を吹(ふき)ぬきて、
四五町(しごちやう)十町(じつちやう)吹(ふき)もてゆき、けた【桁】・なげし【長押】・柱(はしら)な(ン)ど(など)は
虚空(こくう)に散在(さんざい)す。桧皮(ひはだ)(ひわだ)ふき板(いた)【葺板】の〔た〕ぐひ、冬(ふゆ)の
P03462
木葉(このは)の風(かぜ)にみだるるが如(ごと)し。おびたた
しうなり【鳴り】どよむ事(こと)、彼(かの)地獄(ぢごく)〔の〕業風(ごふふう)(ごうふう)なり共(とも)、
これには過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。ただ舎屋(しやをく)の破損(はそん)ずる
のみならず、命(いのち)を失(うし)なふ人(ひと)も多(おほ)し。牛(うし)馬(むま)の
たぐひ数(かず)を尽(つく)して打(うち)ころさる。是(これ)ただ事(こと)に
あらず、御占(みうら)(ミうら)あるべしとて、神祇官(じんぎくわん)にして御占(みうら)あり【有り】。
「いま百日(ひやくにち)のうちに、禄(ろく)ををもんずる(おもんずる)【重んずる】大臣(おとど)の慎(つつし)み[* 「み」は右寄りに「ミ」 ]、
別(べつ)しては天下(てんが)の大事(だいじ)、並(ならび)に仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)王法(わうぼふ)(わうばう)共(とも)に
P03463
傾(かたぶき)て、兵革(へいがく)相続(さうぞく)すべし」とぞ、神祇官(じんぎくわん)(じんぎくはん)陰陽
寮(おんやうれう)(をんやうりやう)共(とも)にうらなひ申(まうし)ける。P241医師問答(いしもんだふ)(いしもんだう)S0311小松(こまつ)のおとど、か様(やう)【斯様】の
事共(ことども)を聞(きき)給(たまひ)て、よろづ御心(おんこころ)ぼそうやおもは【思は】
れけむ、其(その)比(ころ)熊野参詣(くまのさんけい)の事(こと)有(あり)けり。本
官【*本宮(ほんぐう)】証誠殿(しようじやうでん)(しやうじやうでん)の御(おん)まへにて、夜(よ)もすがら敬白(けいひやく)せら
れけるは、「親父(しんぶ)入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の体(てい)をみる【見る】に、悪逆
無道(あくぎやくぶたう)にして、ややもすれば君(きみ)をなやまし奉(たてまつ)る。
重盛(しげもり)長子(ちやうし)として、頻(しきり)に諫(いさめ)をいたすといへども、
P03464
身(み)不肖(ふせう)の間(あひだ)(あいだ)、かれも(ッ)て服膺(ふくよう)せず。そのふるま
ひ【振舞】をみる【見る】に、一期(いちご)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)猶(なほ)(なを)あやうし(あやふし)。枝葉(しえふ)(しよう)
連続(れんぞく)して、親(しん)を顕(あらは)し名(な)を揚(あ)げむ事(こと)かたし。
此(この)時(とき)に当(あたつ)て、重盛(しげもり)いやしうも思(おも)へり。なまじい(なまじひ)に
列(れつ)して世(よ)に浮沈(ふちん)せむ事(こと)、敢(あへ)て良臣(りやうしん)孝子(かうし)の
法(ほふ)(ほう)にあらず。しかじ、名(な)を逃(のが)れ身(み)を退(しりぞき)て、今生(こんじやう)の
名望(めいまう)を抛(なげうつ)て、来世(らいせ)の菩提(ぼだい)を求(もと)めむには。但(ただし)凡
夫(ぼんぶ)薄地(はくぢ)、是非(ぜひ)にまどへるが故(ゆゑ)(ゆへ)に、猶(なほ)(なを)心(こころ)ざしを
P03465
恣(ほしいまま)(ほしゐまま)にせず。南無権現(なむごんげん)金剛童子(こんがうどうじ)、願(ねがは)くは子孫(しそん)繁
栄(はんえい)(はんゑい)たえ【絶え】ずして、仕(つかへ)て朝廷(てうてい)にまじはるべくは、入道(にふだう)(にうだう)
の悪心(あくしん)を和(やはら)げて、天下(てんが)の安全(あんせん)を得(え)しめ給(たま)へ。栄
耀(えいえう)(ゑいよう)又(また)一期(いちご)を限(かぎ)(ッ)て、後混(こうこん)の恥(はぢ)におよぶべく(ン)ば、重盛(しげもり)が
運命(うんめい)をつづめて、来世(らいせ)の苦輪(くりん)を助(たす)け給(たま)へ。両
ケ(りやうか)の求願(ぐぐわん)(ぐぐはん)、ひとへに冥助(みやうじよ)を仰(あふ)ぐ」と肝胆(かんたん)を
摧(くだい)(くだひ)て祈念(きねん)せられけるに、燈籠(とうろう)の火(ひ)のやうなる
物(もの)の、おとどの御身(おんみ)より出(いで)て、ば(ッ)と消(きゆ)るが如(ごと)くして失(うせ)に
P03466
けり。人(ひと)あまたみ奉(たてまつ)りけれ共(ども)、恐(おそ)(をそ)れて是(これ)を申(まう)さず。P242又(また)
下向(げかう)の時(とき)、岩田川(いはだがは)を渡(わた)られけるに、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)
維盛(これもり)以下(いげ)の公達(きんだち)、浄衣(じやうえ)(じやうゑ)のした【下】に薄色(うすいろ)のきぬを着(き)
て、夏(なつ)の事(こと)なれば、なにとなう河(かは)の水(みづ)に戯(たはぶれ)給(たま)ふ
程(ほど)に、浄衣(じやうえ)(じやうゑ)のぬれ、きぬ【衣】にうつ(ッ)【移つ】たるが、偏(ひとへ)に色(いろ)の
ごとくにみえ【見え】ければ、筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)これを見(み)とがめて、
「何(なに)と候(さうらふ)やらむ、あの御浄衣(おんじやうえ)(おんじやうゑ)のよにいまはしき【忌はしき】やうに
見(み)えさせおはしまし候(さうらふ)。めしかへらるべうや候(さうらふ)らん」と
P03467
申(まうし)ければ、おとど、「わが所願(しよぐわん)既(すで)に成就(じやうじゆ)しにけり。
其(その)浄衣(じやうえ)(じやうゑ)敢(あへ)てあらたむべからず」とて、別(べつ)して
岩田川(いはだがは)より、熊野(くまの)へ悦(よろこび)の奉幣(ほうへい)をぞ立(たて)
られける。人(ひと)あやしと思(おも)ひけれ共(ども)、其(その)心(こころ)をえず。
しかるに此(この)公達(きんだち)、程(ほど)なくまことの色(いろ)をき【着】給(たまひ)ける
こそふしぎ【不思議】なれ。下向(げかう)の[B 後(のち)]、いくばくの日数(ひかず)を
経(へ)ずして、病付(やまひつき)給(たま)ふ。権現(ごんげん)すでに御納受(ごなふじゆ)(ごなうじゆ)
あるにこそとて、療治(れうぢ)(りやうぢ)もし給(たま)はず、祈祷(きたう)をも
P03468
いたされず。其(その)比(ころ)宋朝(そうてう)よりすぐれたる名
医(めいい)わた(ッ)て、本朝(ほんてう)にやすらふことあり【有り】。境節(をりふし)(おりふし)入
道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、福原(ふくはら)の別業(べつげふ)(べつげう)におはしけるが、越中守(ゑつちゆうのかみ)(ゑつちうのかみ)盛
俊(もりとし)を使者(ししや)で、小松殿(こまつどの)へ仰(おほせ)られけるは、「所労(しよらう)弥(いよいよ)
大事(だいじ)なる由(よし)其(その)聞(きこ)えあり【有り】。兼(かねては)又(また)宋朝(そうてう)より勝(すぐれ)たる
名医(めいい)わたれり。折節(をりふし)(おりふし)悦(よろこび)とす。是(これ)をめし【召し】請(しやう)
じて医療(いれう)(いりやう)をくわへ(くはへ)【加へ】しめ給(たま)へ[B 「給ふ」とあり「ふ」に「へ」と傍書]」と、の給(たま)ひつかは
されたりければ、小松殿(こまつどの)たすけおこされ、盛俊(もりとし)を
P03469
御前(おんまへ)へめして、「まづ「医療(いれう)(いりやう)の事(こと)、畏(かしこまつ)て承(うけたまはり)候(さうらひ)ぬ」
と申(まうす)べし。但(ただし)汝(なんぢ)も承(うけたまは)れ。延喜御門(えんぎのみかど)はさばか(ン)
の賢王(けんわう)にてましましけれ共(ども)、異国(いこく)の相人(さうにん)P243を
都(みやこ)のうちへ入(いれ)させ給(たまひ)たりけるをば、末代(まつだい)ま
でも賢王(けんわう)の御誤(おんあやまり)、本朝(ほんてう)の恥(はぢ)とこそみえ【見え】けれ。
况(いはん)や重盛(しげもり)ほどの凡人(ぼんにん)が、異国(いこく)の医師(いし)を
王城(わうじやう)へいれ【入れ】む事(こと)、国(くに)の辱(はぢ)にあらずや。漢高
祖(かんのかうそ)は三尺(さんじやく)の剣(けん)を提(ひつさげ)て天下(てんが)を治(をさめ)(おさめ)しかども、
P03470
淮南(わいなん)の黥布(げいふ)を討(うち)し時(とき)、流矢(ながれや)にあた(ッ)て疵(きず)
を蒙(かうぶ)る。后(きさき)呂太后(りよたいこう)、良医(りやうい)をむかへて見(み)せし
むるに、医(くすし)のいはく、「此(この)疵(きず)治(ぢ)しつべし。但(ただし)五
十(ごじつ)斤(こん)の金(こがね)をあたへば治(ぢ)せん」といふ。高祖(かうそ)の
給(たま)はく、「われまもり【守り】のつよ【強】か(ッ)し程(ほど)は、多(おほ)くの
たたかひにあひて疵(きず)を蒙(かうぶ)りしか共(ども)、そのいた
みなし。運(うん)すでに尽(つき)ぬ。命(めい)はすなはち天(てん)に
あり【有り】。縦(たとひ)偏鵲(へんじやく)といふ共(とも)、なんのゑき(えき)【益】かあらむ。しからば
P03471
又(また)かねを惜(をし)(おし)むににたり」とて、五十(ごじつ)こむ(こん)【斤】の金(こがね)
を医師(いし)にあたへながら、つゐに(つひに)【遂に】治(ぢ)せざりき。
先言(せんげん)耳(みみ)にあり【有り】、いまも(ッ)て甘心(かんじん)す。重盛(しげもり)い
やしくも九卿(きうけい)に列(れつ)して三台(さんたい)にのぼる。其(その)運命(うんめい)
をはかるに、も(ッ)て天心(てんしん)にあり【有り】。なんぞ天心(てんしん)を察(さつせ)
ずして、をろか(おろか)【愚】に医療(いれう)(いりやう)をいたはしうせむや。
所労(しよらう)もし定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)たらば、れう【療】治(ぢ)をくわう(くはふ)【加ふ】もゑき(えき)【益】
なからむか。又(また)非業(ひごふ)(ひごう)たらば、療治(れうぢ)(りやうぢ)をくわへ(くはへ)【加へ】ずとも
P03472
たすかる事(こと)をうべし。彼(かの)耆婆(ぎば)が医術(いじゆつ)及(およ)(をよ)
ばずして、大覚世尊(だいかくせそん)、滅度(めつど)を抜提河(ばつだいが)の
辺(ほとり)に唱(とな)ふ。是(これ)則(すなはち)、定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)の病(やまひ)いやさ【癒さ】ざる事(こと)を
しめさ【示さ】むが為(ため)也(なり)。定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)猶(なほ)(なを)医療(いれう)(いりやう)にかかはる【拘はる】べう
候(さうらは)ば、豈(あに)尺尊【*釈尊】(しやくそん)入滅(にふめつ)(にうめつ)あらむや。定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)又(また)治(ぢ)するに
堪(たへ)ざる旨(むね)あきらけし。治(ぢ)するは仏体(ぶつたい)也(なり)、療(れう)(りやう)ずるは
耆婆(ぎば)也(なり)。しかれば重盛(しげもり)が身(み)仏体(ぶつたい)にあらず、名P244医(めいい)
又(また)耆婆(ぎば)に及(およぶ)(をよぶ)べからず。たとひ四部(しぶ)の書(しよ)をかが
P03473
みて、百療(はくれう)(はくりやう)に長(ちやう)ずといふ共(とも)、いかでか有待(うだい)
の穢身(えしん)を救療(くれう)(くりやう)せん。たとひ五経(ごきやう)の説(せつ)
を詳(つまびらか)にして、衆病(しゆびやう)[B 「衆療」とあり「療」に「病」と傍書]をいやすと云(いふ)共(とも)、豈(あに)先
世(ぜんぜ)の業病(ごふびやう)(ごうびやう)を治(ぢ)せむや。もしかの医術(いじゆつ)に
よ(ッ)て存命(ぞんめい)せば、本朝(ほんてう)の医道(いだう)なきに似(に)たり。
医術(いじゆつ)効験(かうげん)なくむ(なくん)ば、面謁(めんゑつ)所詮(しよせん)なし。就中(なかんづく)
本朝(ほんてう)鼎臣(ていしん)の外相(げさう)をも(ッ)て、異朝(いてう)富有(ふゆう)の来
客(らいかく)にまみえ【見え】む事(こと)、且(かつ)(かつ(ウ))は国(くに)の恥(はぢ)、且(かつ)(かつ(ウ))は道(みち)の陵遅(れうち)
P03474
なり。たとひ重盛(しげもり)命(いのち)は亡(ばう)ずといふ共(とも)、いかでか
国(くに)の恥(はぢ)をおもふ【思ふ】心(こころ)の存(ぞん)ぜざらむ。此(この)由(よし)を申(まう)
せ」とこその給(たま)ひけれ。盛俊(もりとし)福原(ふくはら)に帰(かへ)りま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)を泣々(なくなく)申(まうし)ければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)「是(これ)程(ほど)
国(くに)の恥(はぢ)をおもふ【思ふ】大臣(だいじん)、上古(しやうこ)にもいまだきか
ず。〔ま〕して末代(まつだい)にあるべし共(とも)覚(おぼ)えず。日本(につぽん)に
相応(さうおう)せぬ大臣(だいじん)なれば、いかさまにも今度(こんど)うせ【失せ】
なんず」とて、なくなく【泣く泣く】急(いそ)ぎ都(みやこ)へ上(のぼ)られけり。
P03475
同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、小松殿(こまつどの)出家(しゆつけ)し給(たまひ)ぬ。法名(ほふみやう)(ほうみやう)は
浄蓮(じやうれん)とこそつ【付】き給(たま)へ。やがて八月(はちぐわつ)一日(ひとひのひ)、臨終(りんじゆう)(りんじう)
正念(しやうねん)に住(ぢゆう)(ぢう)して遂(つひ)(つゐ)に失(うせ)給(たまひ)ぬ。御年(おんとし)四十
三(しじふさん)、世(よ)はさかりとみえ【見え】つるに、哀(あはれ)なりし事共(ことども)
也(なり)。「入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)のさしもよこ紙(がみ)をや【破】られつるも、
この人(ひと)のなをし(なほし)【直し】なだめられつればこそ、世(よ)も
おだ【隠】しかりつれ。此(この)後(のち)天下(てんが)にいかなる事(こと)か
出(いで)こ【来】むずらむ」とて、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の上下(じやうげ)歎(なげ)きあへり。
P03476
前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)のかた様(さま)の人(ひと)P245は、「世(よ)は只今(ただいま)
大将殿(だいしやうどの)へまいり(まゐり)【参り】なんず」とぞ悦(よろこび)ける。人(ひと)の親(おや)の
子(こ)をおもふ【思ふ】ならひはをろか(おろか)【愚】なるが、先立(さきだつ)だにも
かなしきぞかし。いはむや是(これ)は当家(たうけ)の棟
梁(とうりやう)、当世(たうせい)の賢人(けんじん)にておはしければ、恩愛(おんあい)(をんあい)の別(わかれ)、
家(いへ)の衰微(すいび)、悲(かなしみ)ても猶(なほ)(なを)余(あまり)あり【有り】。されば世(よ)には
良臣(りやうしん)をうしなへ【失へ】る事(こと)を歎(なげ)き、家(いへ)には武略(ぶりやく)
のすた【廃】れぬることをかなしむ。凡(およそ)(をよそ)はこのおとど文章(ぶんしやう)
P03477
うるはしうして、心(こころ)に忠(ちゆう)(ちう)を存(ぞん)じ、才芸(さいげい)
すぐれて、詞(ことば)に徳(とく)を兼(かね)給(たま)へり。無文(むもん)S0312天性(てんぜい)この
おとどは不思議(ふしぎ)の人(ひと)にて、未来(みらい)の事(こと)をも
かね【予】てさとり給(たまひ)けるにや。去(さんぬる)四月(しぐわつ)(し(ン)ぐわつ)七日(しちにち)の[B 下に小文字で「夜」]
夢(ゆめ)に、み給(たまひ)けるこそふしぎ【不思議】なれ。たとへば、いづ
く共(とも)しらぬ浜路(はまぢ)を遥々(はるばる)とあゆみ行(ゆき)給(たま)ふ
程(ほど)に、道(みち)の傍(かたはら)に大(おほき)なる鳥居(とりゐ)のあり【有り】けるを、
「あれはいかなる鳥居(とりゐ)やらむ」と、問給(とひたま)へば、「春日
P03478
大明神(かすがだいみやうじん)の御鳥(おんとり)ゐ也(なり)」と申(まうす)。人(ひと)多(おほ)く群集(くんじゆ)
したり。其(その)中(なか)に法師(ほふし)(ほうし)の頸(くび)を一(ひとつ)さしあげ【上げ】
たり。「さてあのくびはいかに」と問給(とひたま)へば、「是(これ)は
平家(へいけ)太政入道殿(だいじやうのにふだうどの)(だいじやうのにうだうどの)の御頸(おんくび)を、悪行(あくぎやう)超過(てうくわ)
し給(たま)へるによ(ッ)て、当社(たうしや)大明神(だいみやうじん)のめし【召し】
とらせ給(たまひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)と覚(おぼ)えて、夢(ゆめ)うちさめ、
当家(たうけ)は保元(ほうげん)平治(へいぢ)よP246りこのかた、度々(どど)の朝敵(てうてき)
をたひらげて、勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、かたじけ
P03479
なく一天(いつてん)の君(きみ)の御外戚(ごぐわいせき)として、一族(いちぞく)の昇
進(しようじん)(せうじん)六十(ろくじふ)余人(よにん)。廿(にじふ)余年(よねん)のこのかたは、たのしみ
さかへ(さかえ)【栄え】、申(まうす)はかりもなかりつるに、入道(にふだう)(にうだう)の悪行(あくぎやう)超
過(てうくわ)せる[M 「せさる」とあり「さ」をミセケチ]によ(ッ)て、一門(いちもん)の運命(うんめい)すでにつ【尽】きんずるに
こそと、こし方(かた)行(ゆく)すゑの事共(ことども)、おぼしめし【思召し】つづけて、
御涙(おんなみだ)にむせばせ給(たま)ふ。折節(をりふし)(おりふし)妻戸(つまど)をほとほとと
打(うち)たたく。「た【誰】そ。あれき【聞】け」との給(たま)へば、「灘尾【*瀬尾】(せのをの)(セノおの)太郎(たらう)兼
康(かねやす)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申(まうす)。「いかに、何事(なにごと)ぞ」との給(たま)へば、「只(ただ)
P03480
いま不思議(ふしぎ)の事(こと)候(さうらひ)て、夜(よ)の明(あけ)候(さうら)はんがを
そう(おそう)【遅う】覚(おぼえ)候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、申(まう)さむが為(ため)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。御(おん)まへの
人(ひと)をの【除】けられ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、おとど人(ひと)を遥(はるか)にのけて
御対面(ごたいめん)あり【有り】。さて兼康(かねやす)見(み)たりける夢(ゆめ)のやうを、
始(はじめ)より終(をはり)(おはり)までくはしう語(かた)り申(まうし)けるが、おとどの
御覧(ごらん)じたりける御夢(おんゆめ)にすこしもたがは【違は】ず。
さてこそ、瀬尾(せのをの)(せのおの)太郎(たらう)兼康(かねやす)をば、「神(しん)にも通(つう)じ
たる物(もの)にてあり【有り】けり」と、おとども感(かん)じ給(たま)ひけれ。
P03481
其(その)朝(あした)嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、院(ゐんの)御所(ごしよ)へまいら(まゐら)【参ら】む
とて出(いで)させ給(たまひ)たりけるを、おとど【大臣】よび奉(たてまつり)て、「人(ひと)の
親(おや)の身(み)としてか様(やう)【斯様】の事(こと)を申(まう)せば、きはめて
おこがましけれ(をこがましけれ)共(ども)、御辺(ごへん)は人(ひと)の子共(こども)の中(なか)には
勝(すぐれ)てみえ【見え】給(たま)ふ也(なり)。但(ただし)此(この)世(よ)の中(なか)の有様(ありさま)、いかがあらむ
ずらむと、心(こころ)ぼそうこそ覚(おぼゆ)れ。貞能(さだよし)はないか。少
将(せうしやう)に酒(さけ)すすめよ」とのP247給(たま)へば、貞能(さだよし)御酌(おんしやく)にまいり(まゐり)【参り】
たり。「この盃(さかづき)をば、先(まづ)少将(せうしやう)にこそとら【取ら】せたけれども、
P03482
親(おや)より先(さき)にはよもの【飲】み給(たま)はじなれば、重盛(しげもり)まづ
取(とり)あげて、少将(せうしやう)にささむ」とて、三度(さんど)う【受】けて、少
将(せうしやう)にぞさされける。少将(せうしやう)又(また)三度(さんど)うけ給(たま)ふ時(とき)、「いか
に貞能(さだよし)、引出物(ひきでもの)せよ」との給(たま)へば、畏(かしこまり)て承(うけたまは)り、錦(にしき)の
袋(ふくろ)にいれ【入れ】たる御太刀(おんたち)を取出(とりいだ)す。「あはれ、是(これ)は家(いへ)に
伝(つた)はれる小烏(こがらす)といふ太刀(たち)やらむ」な(ン)ど(など)、よにうれし
げに思(おも)ひて見(み)給(たま)ふ処(ところ)に、さはなくして、大臣
葬(だいじんさう)の時(とき)もちゐる無文(むもん)の太刀(たち)にてぞ有(あり)ける。
P03483
其(その)時(とき)少将(せうしやう)けしき【気色】は(ッ)とかは(ッ)て、よにいまはしげ【忌はし気】に
見(み)給(たまひ)ければ、おとど涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「いかに
少将(せうしやう)、それは貞能(さだよし)がとが【咎】にもあらず。其(その)故(ゆゑ)(ゆへ)は如何(いか)にと
いふに、此(この)太刀(たち)は大臣葬(だいじんさう)のときもちゐる無文(むもん)の
太刀(たち)也(なり)。入道(にふだう)(にうだう)いかにもおはせむ時(とき)、重盛(しげもり)がは【佩】いて
供(とも)せむとて持(もち)たりつれ共(ども)、いまは重盛(しげもり)、入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)に
先立(さきだち)奉(たてまつ)らむずれば、御辺(ごへん)に奉(たてまつ)るなり」とぞの給(たま)
ひける。少将(せうしやう)是(これ)を聞(きき)給(たまひ)て、とかうの返事(へんじ)にも
P03484
及(およ)(をよ)ばず。涙(なみだ)にむせびうつぶして、其(その)日(ひ)は出仕(しゆつし)も
し給(たま)はず、引(ひき)かづきてぞふし給(たま)ふ。其(その)後(のち)おとど熊野(くまの)へ
まいり(まゐり)【参り】、下向(げかう)して病(やまひ)つき、幾程(いくほど)もなく遂(つひ)(つゐ)に失(うせ)給(たま)
ひけるにこそ、げにもと思(おも)ひしられけれ。P248燈炉(とうろう)之(の)沙汰(さた)S0313すべて
此(この)大臣(おとど)は、滅罪生善(めつざいしやうぜん)の御心(おんこころ)ざしふかう【深う】おはし
ければ、当来(たうらい)の浮沈(ふちん)をなげいて、東山(ひがしやま)(ひ(ン)がしやま)の麓(ふもと)
に、六八弘誓(ろくはつぐせい)の願(ぐわん)になぞらへて、四十八(しじふはつ)間(けん)の精舎(しやうじや)を
たて、一間(いつけん)にひとつづつ、四十八(しじふはつ)間(けん)に四十八(しじふはち)の燈籠(とうろう)を
P03485
かけ【懸け】られたりければ、九品(くほん)の台(うてな)、目(ま)の前(まへ)にかかやき、
光耀(くわうえう)鸞鏡(らんけい)をみがいて、浄土(じやうど)の砌(みぎり)にのぞめるが
ごとし。毎月(まいげつ)十四五(じふしご)を点(てん)じて、当家(たうけ)他家(たけ)の
人々(ひとびと)の御方(おんかた)より、みめ【眉目】ようわか【若】うさかむ(さかん)【壮】なる女房
達(にようばうたち)を多(おほ)く請(しやう)じ集(あつ)め、一間(いつけん)に六人(ろくにん)づつ、四十八(じふはつ)間(けん)に
二百八十八人(にひやくはちじふはちにん)、時衆(じしゆ)にさだめ、彼(かの)両日(りやうにち)が間(あひだ)(あいだ)は一心(いつしん)
称名(せうめうの)声(こゑ)絶(たえ)ず。誠(まこと)に来迎(らいかう)引摂(いんぜふ)(ゐんぜう)の願(ぐわん)もこの所(ところ)
に影向(やうがう)をたれ、摂取不捨(せつしゆふしや)の光(ひかり)も此(この)大臣(おとど)を照(てら)し
P03486
給(たま)ふらむとぞみえ【見え】し。十五日(じふごにち)の日中(につちゆう)(につちう)を結願(けちぐわん)として
大念仏(だいねんぶつ)あり【有り】しに、大臣(おとど)みづから彼(かの)行道(ぎやうだう)の中(なか)に
まじは(ッ)て、西方(さいはう)にむかひ、「南無安養教主弥陀善逝(なむあんやうけうしゆみだぜんぜい)、
三界(さんがい)六道(ろくだう)の衆生(しゆじやう)を普(あまね)く済度(さいど)し給(たま)へ」と、廻向
発願(ゑかうほつぐわん)せられければ、みる【見る】人(ひと)慈悲(じひ)をおこし、きく物(もの)
感涙(かんるい)をもよほしけり。かかりしかば、此(この)大臣(おとど)をば燈
籠大臣(とうろうのだいじん)とぞ人(ひと)申(まうし)ける。P249金渡(かねわたし)S0314又(また)おとど、「我(わが)朝(てう)にはいかなる
大善根(だいぜんごん)をしをい(おい)【置い】たり共(とも)、子孫(しそん)あひついでとぶらはう
P03487
事(こと)ありがたし。他国(たこく)にいかなる善根(ぜんごん)をもして、
後世(のちのよ)を訪(とぶら)はればや」とて、安元(あんげん)の此(ころ)ほひ、鎮西(ちんぜい)より
妙典(めうでん)といふ船頭(せんどう)をめし【召し】のぼせ、人(ひと)を遥(はるか)にの【除】けて
御対面(ごたいめん)あり【有り】。金(こがね)を三千(さんぜん)五百両(ごひやくりやう)めしよせて、「汝(なんぢ)は
大正直(だいしやうぢき)の者(もの)であんなれば、五百両(ごひやくりやう)をば汝(なんぢ)にたぶ。三千
両(さんぜんりやう)を宋朝(そうてう)へ渡(わた)し、育王山(いわうさん)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、千両(せんりやう)を
僧(そう)にひき、二千両(にせんりやう)をば御門(みかど)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、田代(たしろ)を育
王山(いわうさん)へ申(まうし)よせて、我(わが)後世(ごせ)とぶらはせよ」とぞの給(たまひ)ける。
P03488
妙典(めうでん)是(これ)を給(たま)は(ッ)て、万里(ばんり)の煙浪(えんらう)(ゑんらう)を凌(しの)ぎつつ、大
宋国(たいそうこく)へぞ渡(わた)りける。育王山(いわうさん)の方丈(はうぢやう)(はうじやう)仏照禅師(ぶつせうぜんじ)
徳光(とくくわう)にあひ奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうし)たりければ、随喜(ずいき)感嘆(かんたん)
して、千両(せんりやう)を僧(そう)にひき、二千両(にせんりやう)をば御門(みかど)へま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】、おとどの申(まう)されける旨(むね)を具(つぶさ)に奏聞(そうもん)せられ
たりければ、御門(みかど)大(おほき)に感(かん)じおぼしめし【思召し】て、五百町(ごひやくちやう)
の田代(たしろ)を育王山(いわうさん)へぞよ【寄】せられける。されば日本(につぽん)
の大臣(だいじん)平(たひらの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)重盛公(しげもりこう)の後生善処(ごしやうぜんしよ)と祈(いの)る
P03489
事(こと)、いまに絶(たえ)ずとぞ承(うけたまは)る。P250法印問答(ほふいんもんだふ)S0315入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、小松殿(こまつどの)に
をくれ(おくれ)【遅れ】給(たまひ)て、よろづ心(こころ)ぼそうや思(おも)はれけむ、福
原(ふくはら)へ馳下(はせくだ)り、閉門(へいもん)してこそおはしけれ。同(おなじき)十一
月(じふいちぐわつ)七日(なぬか)の夜(よ)戌剋(いぬのこく)ばかり、大地(だいぢ)おびたたしう動(うごい)(うごひ)て
やや久(ひさ)し。陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)安倍泰親(あべのやすちか)、いそぎ内裏(だいり)へ
馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「今度(こんど)の地震(ぢしん)、占文(せんもん)のさす所(ところ)、其(その)慎(つつし)み
かろから【軽から】ず。当道(たうだう)三経(さんきやう)の中(なか)に、根器経(こんききやう)の説(せつ)を
見(み)候(さうらふ)に、「年(とし)をえ【得】ては年(とし)を出(いで)ず、月(つき)をえては月(つき)を
P03490
出(いで)ず、日(ひ)をえては日(ひ)を出(いで)ず」とみえ【見え】て候(さうらふ)。以外(もつてのほか)(も(ツ)てのほか)に火
急(くわきふ)(くわきう)候(ざうらふ)」とて、はらはらとぞ泣(なき)ける。伝奏(てんそう)の人(ひと)も色(いろ)
をうしなひ【失ひ】、君(きみ)も叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)をおどろかさせおはします。
わかき公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、「けしからぬ泰親(やすちか)が今(いま)の
泣(なき)やうや。何事(なにごと)のある【有る】べき」とて、わらひ【笑ひ】あはれけり。
され共(ども)、此(この)泰親(やすちか)は晴明(せいめい)五代(ごだい)の苗裔(べうえい)をうけて、
天文(てんもん)は淵源(ゑんげん)をきはめ、推条(すいでう)掌(たなごころ)をさすが如(ごと)し。
一事(いちじ)もたがは【違は】ざりければ、さ【指】すの神子(みこ)とぞ申(まうし)ける。
P03491
いかづち【雷】の落(おち)かかりたりしか共(ども)、雷火(らいくわ)の為(ため)に
狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)は焼(やけ)ながら、其(その)身(み)はつつがもなかりけり。
上代(じやうだい)にも末代(まつだい)にも、有(あり)がたかりし泰親(やすちか)也(なり)。
同(おなじき)十四日(じふしにち)、相国禅門(しやうこくぜんもん)、此(この)日(ひ)ごろ福原(ふくはら)におはしける
が、何(なに)とかおもひ【思ひ】なられたりけむ、数千騎(すせんぎ)の軍兵(ぐんびやう)
をたなびいて、都(みやこ)へ入(いり)給(たま)ふ由(よし)聞(きこ)えしかば、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)
何(なに)と聞(きき)P251わきたる事(こと)はなけれ共(ども)、上下(じやうげ)恐(おそ)れおのの
く(をののく)。何(なに)ものの申出(まうしいだ)したりけるやらん、「入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、
P03492
朝家(てうか)を恨(うら)み奉(たてまつ)るべし」と披露(ひろう)をなす。関白
殿(くわんばくどの)[B も]内々(ないない)きこしめさ【聞し召さ】るる旨(むね)や有(あり)けむ、急(いそ)ぎ御参
内(ごさんだい)あ(ッ)て、「今度(こんど)相国禅門(しやうこくぜんもん)入洛(じゆらく)の事(こと)は、ひとへに基
房(もとふさ)亡(ほろぼ)すべき結構(けつこう)にて候(さうらふ)也(なり)。いかなる目(め)に逢(あふ)べきにて
候(さうらふ)やらむ」と奏(そう)せさせ給(たま)へば、主上(しゆしやう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、
「そこにいかなる目(め)にもあはむは、ひとへにただわがあふ
にてこそあらむずらめ」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ
忝(かたじけな)き。誠(まこと)に天下(てんが)の御政(おんまつりごと)は、主上(しゆしやう)摂録(せつろく)の御(おん)ぱからひ
P03493
にてこそあるに、こはいかにしつる事共(ことども)ぞや。天照大
神(てんせうだいじん)・春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)の神慮(しんりよ)の程(ほど)も計(はかり)がたし。
同(おなじき)十五日(じふごにち)、入道(にふだう)相国(しやうこく)朝家(てうか)を恨(うら)み奉(たてまつ)るべき事(こと)
必定(ひつぢやう)と聞(きこ)えしかば、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、故少
納言(こせうなごん)入道(にふだう)(にうだう)信西(しんせい)の子息(しそく)、静憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)を御使(おんつかひ)にて、
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)のもとへつかはす。「近年(きんねん)、朝廷(てうてい)しづかなら
ずして、人(ひと)の心(こころ)もとと【整】のほらず。世間(せけん)も落居(らつきよ)せぬ
さまに成行(なりゆく)事(こと)、惣別(そうべつ)につけて歎(なげ)きおぼし
P03494
めせ【思召せ】共(ども)、さてそこにあれば、万事(ばんじ)はたのみ【頼み】おぼし
めし【思召し】てこそあるに、天下(てんが)をしづむるまでこそなか
らめ、嗷々(がうがう)なる体(てい)にて、あま(ッ)さへ朝家(てうか)を恨(うら)むべし
な(ン)ど(など)きこしめす【聞し召す】は、何事(なにごと)ぞ」と仰(おほせ)つかはさる。静憲
法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)、御使(おんつかひ)に西八条(にしはつでう)の亭(てい)へむかふ。朝(あさ)より夕(ゆふべ)に及(およ)(をよ)ぶ
まで待(また)れけれ共(ども)、無音(ぶいん)(ぶゐん)也(なり)ければ、さればこそと無益(むやく)
に覚(おぼ)えて、源(げん)大夫判官(たいふはんぐわん)季貞(すゑさだ)をも(ッ)P252て、勅定(ちよくぢやう)の
趣(おもむ)きいひ入(いれ)させ、「いとま申(まうし)て」とて出(いで)られければ、其(その)
P03495
時(とき)入道(にふだう)(にうだう)「法印(ほふいん)(ほうゐん)よべ」とて出(いで)られたり。喚(よび)かへい【返い】て、「やや法印(ほふいん)(ほうゐん)
御房(ごばう)(ご(ン)ばう)、浄海(じやうかい)が申(まうす)処(ところ)は僻事(ひがこと)か。まづ内府(だいふ)が身(み)ま
かり候(さうらひ)ぬる事(こと)、当家(たうけ)の運命(うんめい)をはかるにも、入道(にふだう)(にうだう)
随分(ずいぶん)悲涙(ひるい)をおさへてこそ罷過(まかりすぎ)候(さうら)へ。御辺(ごへん)の心(こころ)にも
推察(すいさつ)し給(たま)へ。保元(ほうげん)以後(いご)は、乱逆(らんげき)打(うち)つづいて、君(きみ)や
すい御心(おんこころ)もわたらせ給(たま)はざりしに、入道(にふだう)(にうだう)はただ
大方(おほかた)を取(とり)をこなふ(おこなふ)ばかりでこそ候(さうら)へ、内府(だいふ)こそ
手(て)をおろし、身(み)を摧(くだい)(くだひ)て、度々(どど)の逆鱗(げきりん)をばやす【休】め
P03496
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へ。其(その)外(ほか)臨時(りんじ)の御大事(おんだいじ)、朝夕(あさふゆ)の政
務(せいむ)、内府(だいふ)程(ほど)の功臣(こうしん)有(あり)がたうこそ候(さうらふ)らめ。爰(ここ)をも(ッ)て
古(いにしへ)をおもふ【思ふ】に、唐(たう)の太宗(たいそう)は魏徴(ぎてう)にをくれ(おくれ)【遅れ】て、かなしみ
のあまりに、「昔(むかし)の殷宗(いんそう)(ゐんそう)は夢(ゆめ)のうちに良弼(りやうひつ)をえ、
今(いま)の朕(ちん)はさめ〔て〕の後(のち)賢臣(けんしん)を失(うしな)ふ」といふ碑(ひ)の文(もん)を
みづから書(かき)て、廟(べう)に立(たて)てだにこそかなしみ給(たま)ひ
けるなれ。我(わが)朝(てう)にも、ま近(ぢか)く見(み)候(さうらひ)し事(こと)ぞかし。
顕頼民部卿(あきよりのみんぶきやう)が逝去(せいきよ)したりしをば、故院(こゐん)殊(こと)に
P03497
御歎(おんなげき)あ(ッ)て、八幡行幸(やはたのぎやうがう)延引(えんいん)し、御遊(ぎよいう)(ぎよゆう)なかりき。
惣(すべ)て臣下(しんか)の卒(そつ)するをば、代々(だいだい)〔の〕御門(みかど)みな御歎(おんなげき)
ある事(こと)〔で〕こそ候(さうら)へ。さればこそ、親(おや)よりもなつかしう、子(こ)
よりもむつまじきは、君(きみ)と臣(しん)との中(なか)とは申(まうす)事(こと)にて
候(さうらふ)らめ。され共(ども)、内府(だいふ)が中陰(ちゆういん)(ちうゐん)に八幡(やはた)の御幸(ごかう)あ(ッ)て御
遊(ぎよいう)(ぎよゆう)あり【有り】き。御歎(おんなげき)の色(いろ)、一事(いちじ)も是(これ)をみず。たとひ
入道(にふだう)(にうだう)がかなしみを御(おん)あはれみなく共(とも)、などか内府(だいふ)が
忠(ちゆう)(ちう)をおぼしめし【思召し】忘(わす)れさせ給(たま)ふべき。P253たとひ内府(だいふ)が
P03498
忠(ちゆう)(ちう)をおぼしめし【思召し】忘(わす)れさせ給(たま)ふ共(とも)、[B 争(いかで)か]入道(にふだう)(にうだう)が歎(なげき)を御(おん)
あはれみなからむ。父子(ふし)共(とも)叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)に背(そむき)候(さうらひ)ぬる事(こと)、
今(いま)にをいて(おいて)面目(めんぼく)を失(うしな)ふ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、越前国(ゑちぜんのくに)をば
子々孫々(ししそんぞん)まで御変改(ごへんがい)あるまじき由(よし)、御約束(おんやくそく)あ(ッ)て
給(たま)は(ッ)て候(さうらひ)しを、内府(だいふ)にをくれ(おくれ)【遅れ】て後(のち)、やがてめされ
候(さうらふ)事(こと)は、なむ(なん)【何】の過怠(くわたい)にて候(さうらふ)やらむ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、中
納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)闕(けつ)の候(さうらひ)し時(とき)、二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の所望(しよまう)候(さうらひ)しを、入
道(にふだう)(にうだう)随分(ずいぶん)執(と)り申(まうし)しか共(ども)、遂(つひ)(つゐ)に御承引(ごしよういん)(ごせうゐん)なくして、
P03499
関白(くわんばく)の息(そく)をなさるる事(こと)はいかに。たとひ入道(にふだう)(にうだう)非拠(ひきよ)
を申(まうし)をこなふ(おこなふ)共(とも)、一度(いちど)はなどかきこしめし【聞し召し】入(いれ)ざる
べき。申(まうし)候(さうら)は〔ん〕や、家嫡(けちやく)といひ、位階(ゐかい)といひ、理運(りうん)
左右(さう)に及(およ)(をよ)ばぬ事(こと)を引(ひき)ちがへさせ給(たま)ふは、ほい【本意】なき
御(おん)ぱからひとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ、是(これ)一(ひとつ)。次(つぎ)に、新(しん)大納言(だいなごん)成
親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)、鹿谷(ししのたに)によりあひて、謀反(むほん)の企(くはたて)候(さうらひ)
し事(こと)、ま(ッ)たく私(わたくし)の計略(けいりやく)にあらず。併(しかしながら)君(きみ)御許
容(ごきよよう)あるによ(ッ)て也(なり)。いまめかしき申事(まうしごと)にて候(さうら)へ共(ども)、
P03500
七代(しちだい)までは此(この)一門(いちもん)をば、いかでか捨(すて)させ給(たま)ふべき。
それに入道(にふだう)(にうだう)七旬(しつしゆん)に及(および)(をよび)て、余命(よめい)いくばくならぬ一
期(いちご)の内(うち)にだにも、ややもすれば、亡(ほろぼ)すべき由(よし)御(おん)ぱからひ
あり【有り】。申(まうし)候(さうら)はんや、子孫(しそん)あひついで朝家(てうか)にめし
つかはれん事(こと)有(あり)がたし。凡(およそ)(をよそ)老(おい)て子(こ)を失(うしなふ)は、枯
木(こぼく)の枝(えだ)なきにことならず。今(いま)は程(ほど)なき浮世(うきよ)に、心(こころ)を
費(つひや)(つゐや)しても何(なに)かはせんなれば、いかでも有(あり)なんとこそ
思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ」とて、且(かつ)(かつ(ウ))は腹立(ふくりふ)(ふくりう)し、且(かつ)(かつ(ウ))は落涙(らくるい)し給(たま)へば、
P03501
法印(ほふいん)(ほうゐん)おそろしう【恐ろしう】も又(また)哀(あはれ)にもP254覚(おぼ)えて、汗水(あせみづ)に
なり給(たまひ)ぬ。此(この)時(とき)はいかなる人(ひと)も、一言(いちげん)(いちゲン)の返事(へんじ)に
及(および)(をよび)がたき事(こと)ぞかし。其上(そのうへ)我(わが)身(み)も近習(きんじゆ)の仁(じん)
也(なり)、鹿谷(ししのたに)によ【寄】りあひたりし事(こと)は、まさしう見(み)き
か【聞か】れしかば、其(その)人数(にんじゆ)とて、只今(ただいま)もめし【召し】や籠(こめ)られん
ずらんと思(おも)ふに、竜(りよう)(れう)の鬚(ひげ)をなで、虎(とら)の尾(を)(お)を
ふむ心地(ここち)はせられけれ共(ども)、法印(ほふいん)(ほうゐん)もさるおそろしい【恐ろしい】
人(ひと)で、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず。申(まう)されけるは、「誠(まこと)に度々(どど)の御
P03502
奉公(ごほうこう)浅(あさ)からず。一旦(いつたん)恨(うら)み申(まう)させまします旨(むね)、其(その)謂(いはれ)
候(さうらふ)。但(ただし)、官位(くわんゐ)といひ俸禄(ほうろく)といひ、御身(おんみ)にと(ッ)ては悉(ことごと)く
満足(まんぞく)す。しかれば功(こう)の莫大(ばくだい)なるを、君(きみ)御感(ぎよかん)あるでこそ
候(さうら)へ。しかるを近臣(きんしん)事(こと)をみだり、君(きみ)御許容(ごきよよう)あ
り【有り】といふ事(こと)は、謀臣(ぼうしん)の凶害(けうがい)にてぞ候(さうらふ)らん。耳(みみ)を
信(しん)じて目(め)を疑(うたが)ふは、俗(しよく)の常(つね)のへい【弊】也(なり)。少人(せうじん)の
浮言(ふげん)を重(おも)うして、朝恩(てうおん)(てうをん)の他(た)にことなるに、君(きみ)を
背(そむ)きまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)はん事(こと)、冥顕(みやうけん)につけて其(その)恐(おそれ)
P03503
すくなからず候(さうらふ)。凡(およそ)(をよそ)は[*この一字不要]天心(てんしん)は蒼々(さうさう)としてはかりがたし。
叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)さだめて其(その)儀(ぎ)でぞ候(さうらふ)らん。下(しも)として上(かみ)にさかふる【逆】
事(こと)、豈(あに)人臣(じんしん)の礼(れい)たらんや。能々(よくよく)御思惟(ごしゆい)候(さうらふ)べし。
詮(せん)ずるところ【所】、此(この)趣(おもむき)をこそ披露(ひろう)仕(つかまつり)候(さうら)はめ」とて出(いで)
られければ、いくらもなみ居(ゐ)たる人々(ひとびと)、「あなおそろし【恐ろし】。入
道(にふだう)(にうだう)のあれ程(ほど)いかり給(たま)へるに、ち(ッ)とも恐(おそ)れず、返
事(へんじ)うちしてたた【立た】るる事(こと)よ」とて、法印(ほふいん)(ほうゐん)をほ
めぬ人(ひと)こそなかりけれ。P255大臣(だいじん)流罪(るざい)S0316法印(ほふいん)(ほうゐん)御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)奏
P03504
聞(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)も道理至極(だうりしごく)して、仰下(おほせくだ)
さるる方(かた)もなし。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)此(この)日比(ひごろ)
思立(おもひたち)給(たま)へる事(こと)なれば、関白殿(くわんばくどの)を始(はじ)め奉(たてまつり)て、
太政大臣(だいじやうだいじん)已下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、四十三人(しじふさんにん)が官職(くわんしよく)
をとどめて、追籠(おつこめ)(をつこめ)らる。関白殿(くわんばくどの)をば大宰帥(ださいのそつ)にうつして、
鎮西(ちんぜい)へながし奉(たてまつ)る。「かからむ世(よ)には、とてもかくても
あり【有り】なん」とて、鳥羽(とば)の辺(へん)ふる【古】川(かは)といふ所(ところ)にて御出家(ごしゆつけ)
あり【有り】。御年(おんとし)卅五(さんじふご)。「礼儀(れいぎ)よくしろしめし【知ろし召し】、くもり
P03505
なき鏡(かがみ)にてわたらせ給(たまひ)つる物(もの)を」とて、世(よ)の惜(をし)(おし)み
奉(たてまつ)る事(こと)なのめならず。遠流(をんる)の人(ひと)の道(みち)にて出家(しゆつけ)し
つるをば、約束(やくそく)の国(くに)へはつかはさぬ事(こと)である間(あひだ)(あいだ)、始(はじめ)は
日向国(ひうがのくに)へと定(さだめ)られたりしか共(ども)、御出家(ごしゆつけ)の間(あひだ)(あいだ)、備前(びぜんの)
国府(こふ)の辺(へん)、井(ゐ)ばさまといふ所(ところ)に留(とど)め奉(たてまつ)る。大臣(だいじん)流
罪(るざい)の例(れい)は、左大臣(さだいじん)曾我(そが)のあかえ【赤兄】、右大臣(うだいじん)豊成(とよなり)、左〔大〕臣(さだいじん)
魚名(うをな)(うほな)、右大臣(うだいじん)菅原(すがはら)、左大臣(さだいじん)高明公(かうめいこう)、内大臣(ないだいじん)藤原伊
周公(ふぢはらのいしうこう)に至(いた)るまで、既(すで)に六人(ろくにん)。され共(ども)摂政(せつしやう)関白(くわんばく)流罪(るざい)の
P03506
例(れい)は是(これ)始(はじ)めとぞ承(うけたまは)る。故中殿御子(こなかどののおんこ)二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)基
通(もとみち)は、入道(にふだう)(にうだう)の聟(むこ)にておはしければ、大臣(だいじん)関白(くわんばく)になし
奉(たてまつ)る。去(さんぬる)円融院(ゑんゆうのゐん)の御宇(ぎよう)、天禄(てんろく)三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)P256一日(ひとひのひ)、一条
摂政(いちでうのせつしやう)謙徳公(けんとくこう)うせ【失せ】給(たまひ)しかば、御弟(おんおとと)堀川【*堀河】(ほりかはの)関白(くわんばく)仲義【*忠義】公(ちゆうぎこう)(ちうぎこう)、
其(その)時(とき)は未(いまだ)従(じゆ)二位(にゐ)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)にてましましけり。其(その)御弟(おんおとと)
ほご【法興】院(ゐん)[M 「ほご」を線で消し「法興」と傍書]の大入道殿(おほにふだうどの)(おほにうだうどの)、其(その)比(ころ)は大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にてお
はしける間(あひだ)(あいだ)、仲義【*忠義】公(ちゆうぎこう)(ちうぎこう)は御弟(おんおとと)に越(こえ)られ給(たま)ひしか共(ども)、今(いま)又(また)
越(こへ)かへし奉(たてまつ)り、内大臣(ないだいじん)正〔二〕位(じやうにゐ)にあが(ッ)て、内覧(らん)〔の〕宣旨(せんじ)蒙(かうぶら)せ
P03507
給(たま)ひたりしをこそ、人(ひと)耳目(じぼく)をおどろかしたる
御昇進(ごしようじん)(ごせうじん)とは申(まうし)しに、是(これ)はそれには猶(なほ)(なを)超過(てうくわ)せり。非
参儀(ひさんぎ)二位(にゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)より大中納言(だいちゆうなごん)(だいちうなごん)を経(へ)ずして、
大臣(だいじん)関白(くわんばく)になり給(たま)ふ事(こと)、いまだ承(うけたまは)り及(およ)(をよ)ばず。普
賢寺殿(ふげんじどの)の御事(おんこと)也(なり)。上卿(しやうけい)の宰相(さいしやう)・大外記(だいげき)・大夫史(だいぶのし)
にいたるまで、みなあきれたるさまにぞみえ【見え】たりける。
太政大臣(だいじやうだいじん)師長(もろなが)は、つかさをとどめて、あづまの方(かた)へなが
され給(たま)ふ。去(さんぬる)保元(ほうげん)に父(ちち)悪左(あくさの)おほい殿(どの)の縁座(えんざ)によ(ッ)て、
P03508
兄弟(けいてい)四人(しにん)流罪(るざい)せられ給(たまひ)しが、御兄(おんあに)右大将(うだいしやう)兼長(かねなが)、
御弟(おんおとと)左(さ)の中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)隆長(たかなが)、範長禅師(はんちやうぜんじ)三人(さんにん)は帰路【*帰洛】(きらく)を
待(また)ず、配所(はいしよ)にてうせ【失せ】給(たまひ)ぬ。是(これ)は土佐(とさ)の畑(はた)にて九(ここの)かへり
の春秋(はるあき)を送(おく)(をく)りむかへ、長寛(ちやうぐわん)二年(にねん)八月(はちぐわつ)にめし
かへさ【返さ】れて、本位(ほんゐ)に復(ぶく)し、次(つぎ)の年(とし)正二位(じやうにゐ)して、仁安(にんあん)
元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)に前(さきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)より権大納言(ごんだいなごん)にあがり給(たま)ふ。
折節(をりふし)(おりふし)大納言(だいなごん)あ【空】かざりければ、員(かず)の外(ほか)にて【*にぞ】くわわら(くははら)【加はら】れける。
大納言(だいなごん)六人(ろくにん)になること是(これ)始(はじめ)也(なり)。又(また)前(さきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)より
P03509
〔権(ごん)〕大納言(だいなごん)になる事(こと)も、後山階大臣(ごやましなのだいじん)躬守【*三守】公(みもりこう)、宇治大納
言(うぢのだいなごん)隆国卿(たかくにのきよう)の外(ほか)は未(いまだ)承(うけたまは)り及(およ)(をよ)ばず。管絃(くわんげん)の道(みち)に達(たつ)し[B 「遠し」とあり「遠」に「達」と傍書]、P257
才芸(さいげい)勝(すぐ)れてましましければ、次第(しだい)の昇進(しようじん)(せうじん)とど
こほらず、太政大臣(だいじやうだいじん)まできはめさせ給(たまひ)て、又(また)いかなる罪(つみ)
の報(むくひ)にや、かさ【重】ねてながされ給(たま)ふらん。保元(ほうげん)の昔(むかし)は
南海(なんかい)土佐(とさ)へうつされ、治承(ぢしよう)(ぢせう)の今(いま)は東関(とうくわん)尾張国(をはりのくに)(おはりのくに)と
かや。もとよりつみ【罪】なくして配所(はいしよ)の月(つき)をみむと
いふ事(こと)は、心(こころ)あるきはの人(ひと)の願(ねが)ふ事(こと)なれば、おとど【大臣】
P03510
あへて事(こと)共(とも)し給(たま)はず。彼(かの)唐太子賓客(たうのたいしのひんかく)白楽
天(はくらくてん)、潯陽江(しんやうのえ)の辺(ほとり)にやすらひ給(たまひ)けむ其(その)古(いにしへ)を思遣(おもひや)り、
鳴海潟(なるみがた)、塩路(しほぢ)遥(はるか)に遠見(ゑんけん)して、常(つね)は朗月(らうげつ)を望(のぞ)
み、浦風(うらかぜ)に嘯(うそぶ)き、琵琶(びは)(びわ)を弾(だん)じ、和歌(わか)を詠(ゑい)じて、な
をさり(なほさり)【等閑】がてらに月日(つきひ)を送(おくら)(をくら)せ給(たま)ひけり。ある時(とき)、当
国(たうごく)第三(だいさん)の宮(みや)熱田明神(あつたのみやうじん)に参詣(さんけい)あり【有り】。その夜(よ)
神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ほうらく)のために、琵琶(びわ)引(ひき)、朗詠(らうえい)(らうゑい)し給(たま)ふに、
所(ところ)もとより無智(むち)の境(さかい)なれば、情(なさけ)をしれ【知れ】るものなし。
P03511
邑老(ゆうらう)・村女(そんぢよ)・漁人(ぎよじん)・野叟(やそう)、首(かうべ)をうなだれ、耳(みみ)を峙(そばだつ)と
いへ共(ども)、更(さら)に清濁(せいだく)をわかち、呂律(りよりつ)をしる事(こと)なし。され
共(ども)、胡巴【*瓠巴】(こは)琴(きん)を弾(だん)ぜしかば、魚鱗(ぎよりん)躍(をど)りほどばしる。虞
公(ぐこう)歌(うた)を発(はつ)せしかば、梁麈(りやうちん)うごきうごく。物(もの)の
妙(めう)を究(きはむ)る時(とき)には、自然(しぜん)に感(かん)を催(もよほ)す物(もの)なれば、
諸人(しよにん)身(み)の毛(け)よだ(ッ)て、満座(まんざ)奇異(きい)の思(おもひ)をなす。やうやう
深更(しんかう)に及(およん)(をよん)で、ふがうでう【風香調】の内(うち)には、花(はな)芬馥(ふんぷく)の気(き)を
含(ふく)み、流泉(りうせん)の曲(きよく)の間(あひだ)(あいだ)には、月(つき)清明(せいめい)の光(ひかり)をあらそふ。
P03512
「願(ねがは)くは今生(こんじやう)世俗文字(せぞくもんじ)の業(ごふ)(ごう)、狂言綺語(きやうげんきぎよの)誤(あやまり)をも(ッ)て」
といふ朗詠(らうえい)(らうゑい)をして、秘曲(ひきよく)を引(ひき)給(たま)へば、神明(しんめい)感応(かんおう)に
堪(た)へずして、宝殿(ほうでん)大(おほき)に震動(しんどう)す。「平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)
なかりせば、今(いま)此(この)瑞相(ずいさう)をいかでか拝(をが)(おが)むべき」P258とて、おとど
感涙(かんるい)をぞながされける。按察大納言(あぜちのだいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)、子
息(しそく)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)兼(けん)讃岐守(さぬきのかみ)源資時(みなもとのすけとき)、両(ふた)[B つ]の官(くわん)を
留(とど)めらる。参議(さんぎ)皇太后宮(くわうだいこうくうの)(くはうだいこうくうの)大夫(だいぶ)兼(けん)右兵衛督(うひやうゑのかみ)藤
原光能(ふぢはらのみつよし)、大蔵卿(おほくらのきやう)右京大夫(うきやうのだいぶ)兼(けん)伊予守(いよのかみ)高階康経【*泰経】(たかしなのやすつね)、
P03513
蔵人左少弁(くらんどのさせうべん)兼(けん)中宮(ちゆうぐうの)(ちうぐうの)権大進(ごんのだいしん)藤原基親(ふぢはらのもとちか)、三官(さんくわん)共(とも)に〔留(とどめ)らる〕。「按
察大納言(あぜちのだいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)、子息(しそく)右近衛少将(うこんゑのせうしやう)、雅方【*雅賢】(まさかた)、是(これ)三人(さんにん)をば
やがて都(みやこ)の内(うち)を追出(おひいだ)(おいいだ)さるべし」とて、上卿(しやうけい)藤(とう)大納言(だいなごん)実
国(さねくに)、博士判官(はかせのはんぐわん)中原範貞(なかはらののりさだ)に仰(おほせ)て、やがて其(その)日(ひ)都(みやこ)の
うちを追出(おひいだ)さる。大納言(だいなごん)の給(たまひ)けるは、「三界(さんがい)広(ひろ)しといへ共(ども)、
五尺(ごしやく)の身(み)をき(おき)【置き】所(どころ)なし。一生(いつしやう)程(ほど)なしといへ共(ども)、一日(いちにち)暮(くら)
しがたし」とて、夜中(やちゆう)(やちう)に九重(ここのへ)(ここのえ)の内(うち)をまぎれ出(いで)て、
八重(やへ)(やえ)たつ雲(くも)の外(ほか)へぞおもむ【赴】かれける。彼(かの)大江山(おほえやま)や、
P03514
いく【生】野(の)の道(みち)にかかりつつ、丹波国(たんばのくに)村雲(むらくも)と云(いふ)所(ところ)
にぞ、しばしはやすらひ給(たまひ)ける。其(それ)より遂(つひ)(つゐ)には尋
出(たづねいだ)されて、信濃国(しなののくに)とぞ聞(きこ)えし。行隆(ゆきたか)之(の)沙汰(さた)S0317前(さきの)関白(くわんばく)松殿(まつどの)の
侍(さぶらひ)に江(がう)(ごう)大夫(たいふの)(だいふの)判官(はんぐわん)遠成(とほなり)(とをなり)といふものあり【有り】。是(これ)も平
家(へいけ)心(こころ)よからざりければ、既(すで)に六波羅(ろくはら)より押寄(おしよせ)(をしよせ)て
搦取(からめと)らるべしと聞(きこ)えし間(あひだ)(あいだ)、子息(しそく)江(がう)(ごう)左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)家P259
成(いへなり)打具(うちぐ)して、いづち共(とも)なく落行(おちゆき)けるが、稲荷山(いなりやま)に
うちあがり、馬(むま)より下(おり)て、親子(おやこ)いひ合(あは)せけるは、「東
P03515
国(とうごく)の方(かた)へ落(おち)くだり、伊豆国(いづのくに)の流罪人(るざいにん)、前兵衛佐(さきのひやうゑのすけ)頼
朝(よりとも)をたのま【頼ま】ばやとは思(おも)へ共(ども)、それも当時(たうじ)は勅勘(ちよくかん)の人(ひと)で、
身(み)ひとつだにもかなひ【叶ひ】がたうおはす也(なり)。日本国(につぽんごく)に、平
家(へいけ)の庄園(しやうゑん)ならぬ所(ところ)やある。とてものがれざらむ物(もの)ゆへ(ゆゑ)
に、年来(ねんらい)住(すみ)なれたる所(ところ)を人(ひと)にみせ【見せ】むも恥(はぢ)がまし
かるべし。ただ是(これ)よりかへ(ッ)て、六波羅(ろくはら)よりめし【召し】使(つかひ)あらば、
腹(はら)かき切(きり)て死(し)なんにはしかじ」とて、川原坂(かはらざか)の宿所(しゆくしよ)へ
とて取(と)(ッ)て返(かへ)す。あん【案】のごとく、六波羅(ろくはら)より源(げん)大夫(だいふの)(だゆうの)判官(はんぐわん)季定【*季貞】(すゑさだ)、
P03516
摂津判官(つのはんぐわん)盛澄(もりずみ)、ひた甲(かぶと)三百余騎(さんびやくよき)、河原坂(かはらざか)の宿所(しゆくしよ)
へ押寄(おしよせ)(をしよせ)て、時(とき)をど(ッ)とぞつくりける。江(がう)(ごう)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)えん【縁】に
立出(たちいで)て、「是(これ)御覧(ごらん)ぜよ、をのをの(おのおの)【各々】。六波羅(ろくはら)ではこの
様(やう)申(まう)させ給(たま)へ」とて、館(たち)に火(ひ)かけ、父子(ふし)共(とも)に腹(はら)かききり【切り】、
ほのほ【炎】の中(なか)にて焼死(やけしに)ぬ。抑(そもそも)か様(やう)【斯様】に上下(じやうげ)多(おほ)く
亡損(ほろびそん)ずる事(こと)をいかにといふに、当時(そのかみ)関白(くわんばく)にならせ
給(たま)へる二位(にゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)と、前(さき)の殿(との)の御子(おんこ)三位(さんみの)中将
殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)と、中納言(ちゆうなごん)御相論(ごさうろん)の故(ゆゑ)(ゆへ)と申(まう)す。さらば関白殿(くわんばくどの)
P03517
御一所(ごいつしよ)こそ、いかなる御目(おんめ)にもあはせ給(たま)はめ、四十(しじふ)
余人(よにん)まで、人々(ひとびと)の事(こと)にあふべしやは。去年(こぞ)讃
岐院(さぬきのゐん)の御追号(ごついがう)、宇治(うぢ)の悪左府(あくさふ)の贈官(ぞうくわん)有(あり)しか共(ども)、
世間(せけん)はなを(なほ)【猶】しづか【静か】ならず。凡(およそ)(をよそ)是(これ)にも限(かぎ)るまじかむ(ん)なり。
「入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の心(こころ)に天魔(てんま)入(いり)かは(ッ)て、腹(はら)をすへ(すゑ)【据ゑ】かね給(たま)へり」
と聞(きこ)えしかば、「又(また)天下(てんが)いかなる事(こと)か出(いで)こ【来】むずP260らむ」と
て、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)上下(じやうげ)おそれ【恐れ】おののく(をののく)。其(その)比(ころ)前左少弁(さきのさせうべん)
行高【*行隆】(ゆきたか)と聞(きこ)えしは、故中山(こなかやまの)中納言(ちゆうなごん)顕時卿(あきときのきやう)の長
P03518
男(ちやうなん)也(なり)。二条院(にでうのゐん)の御世(おんよ)には、弁官(べんくわん)にくはは(ッ)てゆゆし
かりしか共(ども)、此(この)十余年(じふよねん)は官(くわん)を留(とど)められて、夏
冬(なつふゆ)の衣(ころも)がへにも及(およ)(をよ)ばず、朝暮(てうぼ)の■(さん)も心(こころ)にま
かせず。有(ある)かなきかの体(てい)にておはしけるを、太政入
道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)「申(まうす)(もうす)べき事(こと)あり【有り】。き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」との給(たまひ)つかはし
たりければ、行高【*行隆】(ゆきたか)「此(この)十余年(じふよねん)は何事(なにごと)にもまじはら
ざりつる物(もの)を。人(ひと)の讒言(ざんげん)したる旨(むね)あるにこそ」とて、
大(おほき)におそれ【恐れ】さはが(さわが)【騒が】れけり。北方(きたのかた)公達(きんだち)も「いかなる目(め)にか
P03519
あはんずらむ」と泣(なき)かなしみ給(たま)ふに、西八条(にしはつでう)より
使(つかひ)しきなみに有(あり)ければ、力(ちから)及(およ)(をよ)ばで、人(ひと)に車(くるま)か【借】(ッ)て
西八条(にしはつでう)へ出(いで)られたり。思(おも)ふにはに【似】ず、入道(にふだう)(にうだう)やがて
出(いで)むかふ(むかう)て対面(たいめん)あり【有り】。「御辺(ごへん)の父(ちち)の卿(きやう)は、大小事(だいせうじ)
申(まうし)あはせし人(ひと)なれば、をろか(おろか)【愚】に思(おも)ひ奉(たてまつ)らず[B 「奉らん」とあり「ん」に「す」と傍書]。年来(としごろ)
籠居(ろうきよ)の事(こと)も、いとをしう(いとほしう)おもひ【思ひ】たてま(ッ)しか共(ども)、
法皇(ほふわう)(ほうわう)御政務(ごせいむ)のうへは力(ちから)及(およ)(をよ)ばず。今(いま)は出仕(しゆつし)し給(たま)へ。
官途(くわんど)の事(こと)も申(まうし)沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。さらばとう帰(かへ)られ
P03520
よ」とて、入(いり)給(たまひ)ぬ。帰(かへ)られたれば、宿所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、
しん【死ん】だる人(ひと)の生(いき)かへりたる心地(ここち)して、さしつどひ【集ひ】て
みな悦泣(よろこびなき)共(ども)せられけり。太政(だいじやう)入道(にふだう)、源(げん)大夫(だいふの)(たいふの)判官(はんぐわん)季
貞(すゑさだ)をも(ッ)て、知行(ちぎやう)し給(たまふ)べき庄園状共(しやうゑんじやうども)あまた遣(つか)はす。
まづさこそあるらめとて、百疋(ひやつぴき)(ひやつひき)百両(ひやくりやう)に米(こめ)をつむ(つん)
でぞ送(おくら)(をくら)れける。出仕(しゆつし)の料(れう)にP261とて、雑色(ざふしき)(ざうしき)・牛飼(うしかひ)・牛(うし)・車(くるま)
まで沙汰(さた)しつかはさる。行高【*行隆】(ゆきたか)手(て)の舞(まひ)足(あし)の踏(ふむ)と
ころ【所】も覚(おぼ)えず。「是(これ)はされば夢(ゆめ)かや、夢(ゆめ)か」とぞ驚(おどろ)(をどろ)かれ
P03521
ける。同(おなじき)十七日(じふしちにち)、五位(ごゐ)の侍中(じちゆう)(じちう)に補(ふ)せられて、左少弁(させうべん)
になり帰(かへ)り給(たま)ふ。今年(ことし)五十一(ごじふいち)、今更(いまさら)わかやぎ給(たま)ひ
けり。ただ片時(へんし)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)とぞみえ【見え】し。 法皇(ほふわう)被流(ながされ)S0318同(おなじき)廿日(はつかのひ)、院(ゐんの)
御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)には、軍兵(ぐんびやう)四面(しめん)を打(うち)かこむ。「平治(へいぢ)に
信頼(のぶより)が三条殿(さんでうどの)をしたりし様(やう)に、火(ひ)をかけて人(ひと)をば
みな焼殺(やきころ)さるべし」と聞(きこ)えし間(あひだ)(あいだ)、上下(じやうげ)の女房(にようばう)
めのわらは、物(もの)をだにうちかすか(かづか)ず、あはて(あわて)【慌て】騒(さわい)(さはひ)で走(はし)り
いづ。法皇(ほふわう)(ほうわう)も大(おほき)におどろかせおはします。前(さきの)〔右〕大将(うだいしやう)
P03522
宗盛卿(むねもりのきやう)御車(おんくるま)をよせて、「とうとうめさ【召さ】るべう候(さうらふ)」と奏(そう)
せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)「こはされば何事(なにごと)(なにこと)ぞや。御(おん)かと【*とが】ある
べし共(とも)おぼしめさ【思召さ】ず。成親(なりちか)・俊寛(しゆんくわん)が様(やう)に、遠(とほ)(とを)き
国(くに)遥(はる)かの島(しま)へもうつ【移】しやら〔ん〕ずるにこそ。主上(しゆしやう)さて
渡(わたら)せ給(たま)へば、政務(せいむ)に口入(こうじゆ)する計(ばかり)也(なり)。それもさるべから
ずは、自今(じごん)以後(いご)さらでこそあらめ」と仰(おほせ)ければ、宗盛
卿(むねもりのきやう)「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。世(よ)をしづめん程(ほど)、鳥羽殿(とばどの)へ
御幸(ごかう)なしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと、父(ちち)[B 「火」とあり「父」と傍書]の入道(にふだう)(にうだう)申(まうし)候(さうらふ)」。「さらば
P03523
宗盛(むねもり)やがP262て御供(おんとも)にまいれ(まゐれ)【参れ】」と仰(おほせ)けれ共(ども)、父(ちち)[B 「火」とあり「父」と傍書]の禅
門(ぜんもん)の気色(きしよく)に恐(おそ)れをなしてまいら(まゐら)【参ら】れず。「あはれ、
是(これ)につけても兄(あに)の内府(だいふ)には事(こと)の外(ほか)におと
りたりける物(もの)哉(かな)。一年(ひととせ)もかかる御(おん)め【目】にあふべ
かりしを、内府(だいふ)が身(み)にかへて制(せい)しとどめて
こそ、今日(けふ)までも心安(こころやす)かりつれ。いさむる者(もの)もなし
とて、かやうにするにこそ。行末(ゆくすゑ)とてもたのもから【頼もしから】ず」
とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけ)なき。さて御車(おんくるま)に
P03524
めさ【召さ】れけり。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、一人(いちにん)も供奉(ぐぶ)せられず。
ただ北面(ほくめん)の下臈(げらう)、さては金行(こんぎやう)(コンぎやう)といふ御力者(おんりきしや)ば
かりぞまいり(まゐり)【参り】ける。御車(おんくるま)の尻(しり)には、あまぜ【尼前】一人(いちにん)ま
いら(まゐら)【参ら】れたり。この尼(あま)ぜ【尼前】と申(まう)せば【*申(まうす)は】、やがて法皇(ほふわう)(ほうわう)の御乳(おんち)
の人(ひと)、紀伊[B ノ]二位(きのにゐ)の事(こと)也(なり)。七条(しつでう)を西(にし)へ、朱雀(しゆしやく)を
南(みなみ)(み(ン)なみ)へ御幸(ごかう)なる。あやしのしづのを【賎男】賎女(しづのめ)にいたるまで、
「あはや法皇(ほふわう)(ほうわう)のながさ【流さ】れさせましますぞや」とて、
泪(なみだ)をながし、袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。「去(さんぬる)七日(なぬか)の
P03525
夜(よ)の大地震(だいぢしん)も、かかるべかりける先表(ぜんべう)にて、十六(じふろく)
洛叉(らくしや)の底(そこ)までもこたへ、乾牢地神(けんらうぢじん)の驚(おどろ)きさは
ぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)ひけんも理(ことわり)(ことはリ)かな」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。さて鳥
羽殿(とばどの)へ入(いら)させ給(たまひ)たるに、大膳大夫(だいぜんのだいぶ)信成【*信業】(のぶなり)が、何(なに)として
まぎ【紛】れまいり(まゐり)【参り】たりけるやらむ、御前(ごぜん)ちかう候(さうらひ)けるを
めして、「いかさまにも今夜(こよひ)うし【失】なはれなんずとおぼし
めす【思召す】ぞ。御行水(おんぎやうずい)をめさばやとおぼしめす【思召す】はいかが
せんずる」と仰(おほせ)ければ、さらぬだに信成【*信業】(のぶなり)、けさより肝(きも)
P03526
たましい(たましひ)【魂】も身(み)にそはず、あきれたるP263さまにて
有(あり)けるが、此(この)仰(おほせ)承(うけたまは)る忝(かたじけ)なさに、狩衣(かりぎぬ)に玉(たま)だすき
あげ、小柴墻(こしばがき)壊(こぼち)(こぼチ)、大床(おほゆか)のつか柱(ばしら)わりなどして、
水(みづ)く【汲】み入(いれ)、かたのごとく御湯(おんゆ)(おゆ)しだい【出い】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。
又(また)静憲法印(じやうけんほふいん)(じやうけんほうゐん)、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)に
ゆいて、「法皇(ほふわう)(ほうわう)の鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)な(ッ)て候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)に
人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はぬ由(よし)承(うけたまは)るが、余(あまり)にあさましう覚(おぼ)え
候(さうらふ)。何(なに)かは苦(くる)しう候(さうらふ)べき。静憲(じやうけん)ばかりは御(おん)ゆる
P03527
され候(さうら)へかし。まいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と申(まう)されければ、「とうとう。
御房(ごばう)は事(こと)あやまつまじき人(ひと)なれば」とてゆるされ
けり。法印(ほふいん)(ほうゐん)鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門前(もんぜん)にて車(くるま)より
おり、門(もん)の内(うち)へさし入(いり)給(たま)へば、折(をり)(おり)しも法皇(ほふわう)(ほうわう)、御
経(おんきやう)をうちあげうちあげあそ【遊】ばされける。御声(おんこゑ)もことに
すごう〔ぞ〕聞(きこ)えさせ給(たまひ)ける。法印(ほふいん)(ほうゐん)のつ(ッ)とまいら(まゐら)【参ら】れた
れば、あそばされける御経(おんきやう)に御涙(おんなみだ)のはらはらとかからせ
給(たま)ふを見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、法印(ほふいん)(ほうゐん)あまりのかなしさに、
P03528
旧苔(きうたい)の袖(そで)をかほにおしあてて、泣々(なくなく)御前(ごぜん)へ
ぞまいら(まゐら)【参ら】れける。御前(ごぜん)にはあまぜ【尼前】ばかり候(さうら)はれけり。
「いかにや法印(ほふいん)(ほうゐん)御房(ごばう)(ご(ン)ばう)、君(きみ)は昨日(きのふ)のあした【旦】、法住
寺(ほふぢゆうじ)(ほうぢうじ)にて供御(ぐご)きこしめさ【聞し召さ】れて後(のち)は、よべも今朝(けさ)も
きこしめし【聞し召し】も入(いれ)ず。長(ながき)夜(よ)すがら御寝(ぎよしん)もならず。
御命(おんいのち)も既(すで)にあやうく(あやふく)こそ見(み)えさせおはしませ」と
の給(たま)へば、法印(ほふいん)(ほうゐん)涙(なみだ)をおさへて申(まう)されけるは、「何
事(なにごと)も限(かぎ)りある事(こと)で候(さうら)へば、平家(へいけ)たのしみ
P03529
さかへ(さかえ)【栄え】て廿(にじふ)余年(よねん)、され共(ども)悪行(あくぎやう)法(ほふ)(ほう)P264に過(すぎ)て、既(すで)に
亡(ほろ)び候(さうらひ)なんず。天照大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)いかでか捨(すて)
まいら(まゐら)【参ら】させ給(たまふ)べき。中(なか)にも君(きみ)の御憑(おんたの)みある
日吉山王(ひよしさんわう)七社(しちしや)、一乗(いちじよう)(いちぜう)守護(しゆご)の御(おん)ちかひあらたま【改ま】
らずは、彼(かの)法華(ほつけ)八軸(はちぢく)に立(たち)かけてこそ、君(きみ)をばま
もり【守り】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふらめ。しかれば政務(せいむ)は君(きみ)の御
代(おんよ)となり、凶徒(けうど)は水(みづ)の泡(あは)とき【消】えうせ候(さうらふ)べし」な(ン)ど(など)申(まう)
されければ、此(この)詞(ことば)にすこしなぐ【慰】さませおはします。
P03530
主上(しゆしやう)は関白(くわんばく)のながされ給(たま)ひ、臣下(しんか)の多(おほ)く
亡(ほろび)ぬる事(こと)をこそ御歎(おんなげき)あり【有り】けるに、剰(あまつさへ)(あま(ツ)さへ)法皇(ほふわう)(ほうわう)
鳥羽殿(とばどの)におし[M 「おつし」とあり「つ」をミセケチ]籠(こめ)られさせ給(たま)ふときこし
めさ【聞し召さ】れて後(のち)は、つやつや供御(ぐご)もきこしめさ【聞し召さ】れず。
御悩(ごなう)とて常(つね)はよるのおとどにのみぞいら【入ら】せ給(たまひ)
ける。法皇(ほふわう)(ほうわう)鳥羽殿(とばどの)に押籠(おしこめ)(をしこめ)られさせ給(たまひ)て後(のち)は、
内裏(だいり)には臨時(りんじ)の御神事(ごじんじ)とて、主上(しゆしやう)夜(よ)ごとに
清凉殿(せいりやうでん)の石灰壇(いしばいのだん)にて、伊勢大神宮(いせのだいじんぐう)をぞ
P03531
御拝(ごはい)あり【有り】ける。是(これ)はただ一向(いつかう)法皇(ほふわう)(ほうわう)の御祈(おんいのり)也(なり)。二条
院(にでうのゐん)は賢王(けんわう)にて渡(わたら)せ給(たまひ)しか共(ども)、天子(てんし)に父母(ぶも)なし
とて、常(つね)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の仰(おほせ)をも申(まうし)かへさ【返さ】せましまし
ける故(ゆゑ)(ゆへ)にや、継体(けいてい)の君(きみ)にてもましまさず。されば
御譲(おんゆづり)をうけさせ給(たま)ひたりし六条院(ろくでうのゐん)も、安
元(あんげん)二年(にねん)七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)、御年(おんとし)十三(じふさん)にて崩御(ほうぎよ)なりぬ。
あさましかりし御事(おんこと)也(なり)。P265城南之離宮(せいなんのりきゆう)(せいなんのりきう)S0319「百行(はつかう)(ハクカウ)の中には孝行(かうかう)を
も(ッ)て先(さき)とす。明王(めいわう)は孝(かう)をも(ッ)て天下(てんが)を治(をさむ)(おさむ)」といへり。
P03532
されば唐堯(たうげう)は老衰(おいおとろ)へたる父(ちち)をた(ッ)とび、虞舜(ぐしゆん)
はかたくななる母(はは)をうやまふとみえたり。彼(かの)賢
王(けんわう)聖主(せいしゆ)の先規(せんぎ)を追(お)はせましましけむ叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)
の程(ほど)こそ日出(めでた)けれ。其(その)比(ころ)、内裏(だいり)よりひそかに
鳥羽殿(とばどの)へ御書(ごしよ)あり【有り】。「かからむ世(よ)には、雲井(くもゐ)に
跡(あと)をとどめても何(なに)かはし候(さうらふ)べき。寛平(くわんぺい)の昔(むかし)をも
とぶらひ、花山(くわさん)の古(いにしへ)をも尋(たづね)て、家(いへ)を出(いで)、世(よ)をの
がれ、山林流浪(さんりんるらう)の行者(ぎやうじや)共(とも)なりぬべうこそ候(さうら)へ」と
P03533
あそばされたりければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)の御返事(おんぺんじ)には、「さな
おぼしめさ【思召さ】れ候(さうらひ)そ。さて渡(わた)らせ給(たま)ふこそ、ひとつの
たのみ【頼み】にても候(さうら)へ。跡(あと)なくおぼしめし【思召し】ならせ
給(たま)ひなん後(のち)は、なんのたのみか候(さうらふ)べき。ただ愚老(ぐらう)
が共【*とも】かうもなら【成ら】むやうをきこしめし【聞し召し】はて【果て】させ
給(たま)ふべし」とあそばされたりければ、主上(しゆしやう)此(この)御返
事(おんぺんじ)を竜顔(りようがん)(れうがん)におしあてて、いとど御涙(おんなみだ)にしづませ
給(たま)ふ。君(きみ)は舟(ふね)、臣(しん)は水(みづ)、水(みづ)よく船(ふね)をうかべ、水(みづ)又(また)
P03534
船(ふね)をくつがへす。臣(しん)よく君(きみ)をたもち、臣(しん)又(また)君(きみ)
を覆(くつがへ)す。保元(ほうげん)平治(へいぢ)の比(ころ)は、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)君(きみ)を
たもち奉(たてまつ)るといへ共(ども)、安元(あんげん)治承(ぢしよう)(ぢせう)のいまは又(また)
君(きみ)をなみしたてまつる。史書(ししよ)の文(もん)にたがは【違は】P266ず。
大宮大相国(おほみやのたいしやうこく)、三条(さんでうの)内大臣(ないだいじん)、葉室(はむろの)大納言(だいなごん)、中山(なかやまの)
中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)も失(うせ)られぬ。今(いま)はふるき人(ひと)とては成頼(なりより)・
親範(ちかのり)ばかり也(なり)。この人々(ひとびと)も、「かからむ世(よ)には、朝(てう)につ
かへ身(み)をたて、大中納言(だいちゆうなごん)(だいちうなごん)を経(へ)ても何(なに)かはせん」とて、
P03535
いまださかむ(さかん)【盛】な(ッ)し人々(ひとびと)の、家(いへ)を出(いで)、よ【世】をのがれ、
民部卿(みんぶきやう)入道(にふだう)(にうだう)親範(ちかのり)は大原(おはら)の霜(しも)にともなひ、
宰相(さいしやう)入道(にふだう)(にうだう)成頼(なりより)は高野(かうや)の霧(きり)にまじはり、一向(いつかう)
後世(ごせ)菩提(ぼだい)のいとなみの外(ほか)は他事(たじ)なしとぞ
聞(きこ)えし。昔(むかし)も商山(しやうざん)(せうざん)の雲(くも)にかくれ、潁川(えいせん)(ゑいせん)の月(つき)に
心(こころ)をすます人(ひと)もあり【有り】ければ、これ豈(あに)博覧清
潔(はくらんせいけつ)にして世(よ)を遁(のがれ)たるにあらずや。中(なか)にも
高野(かうや)におはしける宰相(さいしやう)入道(にふだう)(にうだう)成頼(なりより)、か様(やう)【斯様】の事(こと)
P03536
共(ども)を伝(つた)へきいて、「あはれ、心(こころ)ど【利】うも世(よ)をばのがれ
たる物(もの)かな。かくて聞(きく)も同(おなじ)事(こと)なれ共(ども)、まのあたり
立(たち)まじは(ッ)て見(み)ましかば、いかにも心(こころ)うからむ。保
元(ほうげん)平治(へいぢ)(へいじ)のみだれをこそ浅(あさ)ましと思(おもひ)しに、世(よ)
すゑ【末】になればかかる事(こと)もあり【有り】けり。此(この)後(のち)猶(なほ)(なを)
いか斗(ばかり)の事(こと)か出(いで)こ【来】んずらむ。雲(くも)をわけても
のぼり、山(やま)を隔(へだて)ても入(いり)なばや」とぞの給(たまひ)ける。げに
心(こころ)あらむ程(ほど)の人(ひと)の、跡(あと)をとどむべき世(よ)共(とも)みえ【見え】ず。
P03537
同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、天台座主(てんだいざす)覚快(かくくわい)法親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、頻(しきり)に御辞退(ごじたい)
あるによ(ッ)て、前座主(さきのざす)明雲(めいうん)大僧正(そうじやう)還着(くわんぢやく)(くわんちやく)せらる。
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)はかくさむざむ(さんざん)【散々】にし散(ちら)されたれ共(ども)、
御女(おんむすめ)中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)P267にてまします、関白殿(くわんばくどの)と申(まうす)も
聟(むこ)也(なり)。よろづ心(こころ)やす【安】うや思(おも)はれけむ、「政務(せいむ)は
ただ一向(いつかう)主上(しゆしやう)の御(おん)ぱからひたるべし」とて、福
原(ふくはら)へ下(くだ)られけり。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ参内(さんだい)
して此(この)由(よし)奏聞(そうもん)せられければ、主上(しゆしやう)は「法皇(ほふわう)(ほうわう)のゆ
P03538
づりましましたる世(よ)ならばこそ。ただとうとう執柄(しつぺい)に
いひ【言ひ】あはせて、宗盛(むねもり)ともかうもはか【計】らへ」とて、
きこしめし【聞し召し】も入(いれ)ざりけり。法皇(ほふわう)(ほうわう)は城南(せいなん)の離
宮(りきゆう)(りきう)にして、冬(ふゆ)もなかばすごさ【過さ】せ給(たま)へば、野山(やさん)の
嵐(あらし)の音(おと)(をと)のみはげしく【烈しく】て、寒庭(かんてい)の月(つき)のひかり【光り】ぞ
さやけき。庭(には)には雪(ゆき)のみ降(ふり)つもれ共(ども)、跡(あと)ふみつ
くる人(ひと)もなく、池(いけ)にはつららと【閉】ぢかさねて、む【群】れ
ゐし鳥(とり)もみえ【見え】ざりけり。おほ【大】寺(でら)のかねの声(こゑ)、遺
P03539
愛寺(いあいじ)のきき【聞き】を驚(おどろ)かし、西山(にしやま)の雪(ゆき)の色(いろ)、香
炉峯(かうろほう)の望(のぞみ)をもよをす(もよほす)。よる【夜】霜(しも)に寒(さむ)き砧(きぬた)の
ひびき、かすか【幽】に御枕(おんまくら)につたひ、暁(あかつき)氷(こほり)をきしる
車(くるま)のあと、遥(はるか)に門前(もんぜん)によこ【横】だはれり。巷(ちまた)を
過(すぐ)る行人征馬(かうじんせいば)のいそ【忙】がはしげなる気色(けしき)、浮
世(うきよ)を渡(わた)る有様(ありさま)もおぼしめし【思召し】しら【知ら】れて哀(あはれ)也(なり)。
「宮門(きゆうもん)(きうもん)をまもる【守る】蛮夷(ばんい)のよるひる警衛(けいゑい)をつと
むるも、先(さき)の世(よ)のいかなる契(ちぎり)にて今(いま)縁(えん)をむすぶ
P03540
らむ」と仰(おほせ)の有(あり)けるぞ忝(かたじけ)なき。凡(およそ)(をよそ)物(もの)にふれ事(こと)に
したが(ッ)て、御心(おんこころ)をいたましめずといふ事(こと)なし。
さるままにはかの折々(をりをり)(おりおり)の御遊覧(ごいうらん)(ごゆうらん)、ところどころ【所々】の御
参詣(ごさんけい)、御賀(おんが)のめでたかりし事共(ことども)、おぼしP268め
しつづけて、懐旧(くわいきう)の御泪(なみだ)をさへ(おさへ)【抑へ】がたし。年(とし)
さり年(とし)来(きたつ)て、治承(ぢしよう)(ぢせう)も四年(しねん)に也【*成】(なり)にけり。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第三(だいさん)P269
P03541

入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一



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