平家物語(龍谷大学本)巻第四

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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。


P04001
(表紙)
P04003 P269
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)
厳島御幸(いつくしまごかう)S0401 治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひのひ)、鳥羽殿(とばどの)には相国(しやうこく)もゆるさず、
法皇(ほふわう)(ほうわう)もおそれ【恐れ】させ在(まし)ましければ、元日(ぐわんにち)元三(ぐわんざん)の
間(あひだ)(あいだ)、参入(さんにふ)(さんにう)する人(ひと)もなし。され共(ども)故少納言(こせうなごん)入道(にふだう)(にうだう)信西(しんせい)
の子息(しそく)、桜町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)、其(その)弟(おとと)左京大夫(さきやうのだいぶ)長教【*脩範】(ながのり)
ばかりぞゆるさ【許さ】れてまいら(まゐら)【参ら】れける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)廿日(はつかのひ)、東宮(とうぐう)
御袴着(おんはかまぎ)ならびに御(おん)まな【真魚】はじめとて、めでたき事共(ことども)
あり【有り】しかども、法皇(ほふわう)(ほうわう)は鳥羽殿(とばどの)にて御耳(おんみみ)のよそにぞ
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きこしめす【聞し召す】。二月(にぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、主上(しゆしやう)ことなる御(おん)つつがもわた
らせ給(たま)はぬを、をし(おし)【押し】おろし【下し】たてまつり【奉り】、春宮(とうぐう)践祚(せんそ)
あり【有り】。これは入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)よろづおもふ【思ふ】さまなるが致(いた)す
ところ【所】なり。時(とき)よくなりぬとてひしめきあへり。内
侍所(ないしどころ)・神璽(しんじ)・宝剣(ほうけん)わたしたてまつる【奉る】。上達部(かんだちめ)陣(ぢん)
にあつま(ッ)て、ふるき事共(ことども)先例(せんれい)にまか【任】せておこな
ひしに、弁内侍(べんのないし)御剣(ぎよけん)と(ッ)てあゆ【歩】みいづ。清凉殿(せいりやうでん)の西(にし)
おもてにて、泰道【*泰通】(やすみち)の中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)う【受】けとる。備中(びつちゆう)(びつちう)の内侍(ないし)P270しる
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しの御箱(みはこ)とりいづ。隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)うけとる。内侍所(ないしどころ)し
るしの御箱(みはこ)、こよひばかりや手(て)をもかけんとおもひ【思ひ】あ
へりけん内侍(ないし)の心(こころ)のうち共(ども)、さこそはとおぼえてあ
はれ【哀】おほ【多】かりけるなかに、しるしの御箱(みはこ)をば少納言(せうなごん)
の内侍(ないし)とりいづべかりしを、こよひこれに手(て)をも
かけては、ながくあたらしき内侍(ないし)にはなるまじきよし、
人(ひと)の申(まうし)けるをきいて、其(その)期(ご)に辞(じ)し申(まうし)てとりい【出】で
ざりけり。年(とし)すでにたけたり、二(ふた)たび【二度】さかりを期(ご)すべ
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きにもあらずとて、人々(ひとびと)にく【憎】みあへりしに、備中(びつちゆう)(びつちう)の内
侍(ないし)とて生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)、いまだいとけなき身(み)ながら、其(その)期(ご)に
わざとのぞみ申(まうし)てとりいでける、やさしかりしためし
なり。つたはれる御物共(おんものども)、しなじなつかさづかさうけと(ッ)て、新
帝(しんてい)の皇居(くわうきよ)五条内裏(ごでうだいり)へわたしたてまつる【奉る】。閑院殿(かんゐんどの)
には、火(ひ)の影(かげ)もかすか【幽】に、鶏人(けいじん)の声(こゑ)もとどまり、滝口(たきぐち)の
文爵(もんじやく)もたえ【絶え】にければ、ふるき人々(ひとびと)心(こころ)ぼそくおぼえて、
めでたきいわい(いはひ)【祝】のなかに涙(なみだ)をながし、心(こころ)をいたましむ。
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左大臣(さだいじん)陣(ぢん)にい【出】でて、御位(おんくらゐ)ゆづりの事(こと)ども仰(おほ)せしを
きいて、心(こころ)ある人々(ひとびと)は涙(なみだ)をながし袖(そで)をうるほす。われと
御位(おんくらゐ)を儲(まうけ)の君(きみ)にゆづりたてまつり【奉り】、麻姑射(はこや)の
山(やま)のうちも閑(しづか)にな(ン)ど(など)おぼしめす【思召す】さきざきだにも、
哀(あはれ)はおほき習(ならひ)ぞかし。况(いはん)やこれは、御心(おんこころ)ならず
おしをろさ(おろさ)【下さ】れさせ給(たま)ひけんあはれ【哀】さ、申(まうす)もなかなか
おろか也(なり)。P271新帝(しんてい)今年(ことし)三歳(さんざい)、あはれ、いつしかなる
譲位(じやうゐ)かなと、時(とき)の人々(ひとびと)申(まうし)あはれけり。平(へい)大納言(だいなごん)時忠
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卿(ときただのきやう)は、内(うち)の御(おん)めのと【乳母】帥(そつ)のすけの夫(おつと)たるによ(ッ)て、
「今度(こんど)の譲位(じやうゐ)いつしかなりと、誰(たれ)かかたむけ申(まうす)べ
き。異国(いこく)には、周成王(しうのせいわう)三歳(さんざい)、晋穆帝(しんのぼくてい)二歳(にさい)、我(わが)朝(てう)には、
近衛院(こんゑのゐん)三歳(さんざい)、六条院(ろくでうのゐん)二歳(にさい)、これみな襁褓(きやうほう)のなかに
つつ【包】まれて、衣帯(いたい)をただ【正】しうせざ(ッ)しか共(ども)、或(あるい)(あるひ)は摂
政(せつしやう)おふ(おう)【負う】て位(くらゐ)につけ、或(あるい)(あるひ)は母后(ぼこう)いだいて朝(てう)にのぞむと
見(み)えたり。後漢(ごかん)の高上【*孝殤】皇帝(かうしやうくわうてい)は、むま【生】れて百日(ひやくにち)
といふに践祚(せんそ)あり【有り】。天子(てんし)位(くらゐ)をふむ先蹤(せんじよう)(せんぜう)、和漢(わかん)かく
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のごとし」と申(まう)されければ、其(その)時(とき)の有識【*有職】(いうしよく)(ゆうしよく)の人々(ひとびと)、「あなを
そろし(おそろし)【恐ろし】、物(もの)な申(まう)されそ。さればそれはよき例(れい)どもかや」と
ぞつぶやきあはれける。春宮(とうぐう)位(くらゐ)につかせ給(たま)ひしかば、
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)ともに外祖父(ぐわいそぶ)外祖母(ぐわいそぼ)とて、准三
后(じゆんさんごう)の宣旨(せんじ)をかうぶり、年元(ねんぐわん)年爵(ねんじやく)を給(たま)は(ッ)て、上日(じやうにち)
のものをめしつかふ。絵(ゑ)かき花(はな)つけたる侍(さぶらひ)共(ども)いで
入(いり)て、ひとへに院宮(ゐんぐう)のごとくにてぞ有(あり)ける。出家入道(しゆつけにふだう)(しゆつけにうだう)
の後(のち)も栄雄(えいえう)(ゑいゆう)はつきせずとぞみえ【見え】し。出家(しゆつけ)の人(ひと)の
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准三后(じゆんさんごう)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶ)る事(こと)は、保護院【*法興院】(ほごゐん)のおほ【大】入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)
兼家公(かねいへこう)の御例(ごれい)也(なり)。同(おなじき)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、上皇(しやうくわう)安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ
御幸(ごかう)なるべしときこえけり。帝王(ていわう)位(くらゐ)をすべらせ給(たま)ひ
て、諸社(しよしや)の御幸(ごかう)のはじめには、八幡(やはた)・賀茂(かも)・春日(かすが)な(ン)ど(など)へ
こそならせ給(たま)ふに、安芸国(あきのくに)までの御幸(ごかう)はいかにと、
人(ひと)不審(ふしん)をなす。或(ある)人(ひと)の申(まうし)けるは、P272「白河院(しらかはのゐん)は熊野(くまの)へ
御幸(ごかう)、後白河(ごしらかは)は日吉社(ひよしのやしろ)へ御幸(ごかう)なる。既(すで)に知(しん)ぬ、叡慮(えいりよ)(ゑいりよ)に
あり【有り】といふ事(こと)を。御心中(ごしんぢゆう)(ごしんぢう)にふかき御立願(ごりふぐわん)(ごりうぐわん)あり【有り】。其上(そのうへ)此(この)
P04011
厳島(いつくしま)をば平家(へいけ)なのめならずあがめうやまひ給(たま)ふ
あいだ(あひだ)【間】、うへには平家(へいけ)に御同心(ごどうしん)、したには法皇(ほふわう)(ほうわう)のいつと
なう鳥羽殿(とばどの)にをし(おし)【押し】こめられてわたらせ給(たま)ふ、入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)の謀反(むほん)の心(こころ)をもやわらげ(やはらげ)給(たま)へとの御祈念(ごきねん)の
ため」とぞきこえし。山門大衆(さんもんだいしゆ)いきどおり(いきどほり)申(まうす)。「石清
水(いはしみづ)・賀茂(かも)・春日(かすが)へならずは、我(わが)山(やま)の山王(さんわう)へこそ御幸(ごかう)は
なるべけれ。安芸国(あきのくに)への御幸(ごかう)はいつの習(ならひ)ぞや。其(その)儀(ぎ)
ならば、神輿(しんよ)をふりくだし奉(たてまつり)て、御幸(ごかう)をとどめたてまつ
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れ」と僉議(せんぎ)しければ、これによ(ッ)てしばらく御延引(ごえんいん)(ごえんゐん)あり【有り】
けり。太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)やうやうになだめ給(たま)へば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)しづ
まりぬ。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、厳島御幸(いつくしまごかう)の御門出(おんかどいで)とて、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)
の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。其(その)日(ひ)の暮方(くれがた)に、前(さきの)右大
将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)をめして、「明日(みやうにち)御幸(ごかう)の次(ついで)(つゐで)に鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
法皇(ほふわう)(ほうわう)の見参(げんざん)に入(いら)ばやとおぼしめす【思召す】はいかに。相国禅門(しやうこくぜんもん)に
しら【知ら】せずしてはあしかりなんや」と仰(おほせ)ければ、宗盛卿(むねもりのきやう)
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「何条(なんでう)事(こと)か候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、
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「さらば宗盛(むねもり)、其(その)様(やう)をやがて今夜(こよひ)鳥羽殿(とばどの)へ申(まう)せかし」
とぞ仰(おほせ)ける。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ鳥羽殿(とばどの)へ
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)よし奏聞(そうもん)せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)はあまりに
おぼしめす【思召す】御事(おんこと)にて、「夢(ゆめ)やらん」とぞ仰(おほせ)ける。P273同(おなじき)十
九日(じふくにち)、大宮(おほみやの)大納言(だいなごん)高季【*隆季】卿(たかすゑのきやう)、いまだ夜(よ)ふかう【深う】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
御幸(ごかう)もよほされけり。此(この)日(ひ)ごろきこえさせ給(たま)ひつる
厳島(いつくしま)の御幸(ごかう)、西八条(にしはつでう)よりすでにとげさせをはします(おはします)。
やよひもなか半(ば)すぎぬれど、霞(かすみ)にくもる在明(ありあけ)の月(つき)は
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猶(なほ)(なを)おぼろ也(なり)。こしぢ【越路】をさしてかへる鴈(かり)の、雲井(くもゐ)に
おとづれ行(ゆく)も、おりふし(をりふし)【折節】あはれ【哀】にきこしめす。いまだ
夜(よ)のうちに鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)なる。門前(もんぜん)にて御車(おんくるま)
よりおりさせ給(たま)ひ、門(もん)のうちへさしいらせ給(たま)ふに、人(ひと)
まれにして木(こ)ぐらく、物(もの)さびしげなる御(おん)すまひ、
まづあはれ【哀】にぞおぼしめす【思召す】。春(はる)すでにくれなんとす、
夏木立(なつこだち)にも成(なり)にけり。梢(こずゑ)の花色(はないろ)をとろえ(おとろへ)て、宮(みや)
の鴬(うぐひす)声(こゑ)老(おい)たり。去年(こぞ)の正月(しやうぐわつ)六日(むゆかのひ)、朝覲(てうきん)のために
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法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ行幸(ぎやうがう)あり【有り】しには、楽屋(がくや)に乱声(らんじやう)を奏(そう)し、
諸卿(しよきやう)列(れつ)に立(た)(ッ)て、諸衛(しよゑ)陣(ぢん)をひき、院司(ゐんじ)の公卿(くぎやう)まいり(まゐり)【参り】
むか(ッ)て、幔門(まんもん)をひらき、掃部寮(かもんれう)(かもんりやう)縁道(えんだう)(ゑんだう)をしき、ただ【正】し
かりし儀式(ぎしき)一事(いちじ)もなし。けふはただ夢(ゆめ)とのみぞお
ぼしめす【思召す】。重教【*成範】(しげのり)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)、御気色(ごきしよく)申(まう)されたりければ、
法皇(ほふわう)(ほうわう)寝殿(しんでん)の橋(はし)がくしの間(ま)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、待(まち)まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】
させ給(たま)ひけり。上皇(しやうくわう)は今年(ことし)御年(おんとし)廿(はたち)、あけがたの月(つき)の
光(ひかり)にはへ(はえ)【映え】させ給(たま)ひて、玉体(ぎよくたい)もいとどうつくしうぞみえ【見え】させ
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をはしまし(おはしまし)ける。御母儀(おぼぎ)建春門院(けんしゆんもんゐん)にいたくに【似】まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】
させ給(たまひ)たりければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)まづ故女院(こにようゐん)の御事(おんこと)おぼし
めし【思召し】いでて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。両院(りやうゐん)の御座(ござ)ちかく【近く】
しつらはれたP274り。御問答(ごもんだふ)(ごもんだう)は人(ひと)う【受】け給(たま)はるに及(およ)(をよ)ばず。御前(ごぜん)には
尼(あま)ぜ【尼前】ばかりぞ候(さふら)はれける。やや久(ひさ)しう御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。
はるかに日(ひ)たけて御暇(おんいとま)申(まう)させ給(たま)ひ、鳥羽(とば)の草津(くさづ)より
御舟(おんふね)にめされけり。上皇(しやうくわう)は法皇(ほふわう)(ほうわう)の離宮(りきゆう)(りきう)、故亭(こていの)幽
閑(いうかん)(ゆうかん)寂寞(せきばく)の御(おん)すまひ、御心(おんこころ)ぐる
しく御(ご)らむ(らん)じをかせ
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給(たま)へば、法皇(ほふわう)(ほうわう)は又(また)上皇(しやうくわう)の旅泊(りよはく)の行宮(かうきゆう)(かうきう)の浪(なみ)の上(うへ)、舟(ふね)の
中(うち)の御(おん)ありさま、おぼつかなくぞおぼしめす【思召す】。まこと【誠】
に宗廟(そうべう)・八(や)わた(やはた)【八幡】・賀茂(かも)な(ン)ど(など)をさしをい(おい)て、はるばると
安芸国(あきのくに)までの御幸(ごかう)をば、神明(しんめい)もなどか御納受(ごなふじゆ)(ごなうじゆ)なかる
べき。御願(ごぐわん)成就(じやうじゆ)うたがひなしとぞみえ【見え】たりける。還御(くわんぎよ)S0402同(おなじき)
廿六日(にじふろくにち)、厳島(いつくしま)へ御参着(ごさんちやく)、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の最愛(さいあい)の内侍(ないし)が
宿所(しゆくしよ)、御所(ごしよ)になる。なか二(に)にち【二日】をん(おん)【御】逗留(とうりう)あ(ッ)て、経会
舞楽(きやうゑぶがく)おこなはれけり。導師(だうし)には三井寺(みゐでら)の公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)
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とぞきこえし。高座(かうざ)にのぼり、鐘(かね)うちならし、表白(へうはく)
の詞(ことば)にいはく、「九(ここの)え(ここのへ)【九重】の宮(みや)こ【都】をいでて、八(や)え(やへ)【八重】の塩路(しほぢ)を
わき【分き】も(ッ)てまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ御心(おんこころ)ざしのかたじけなさ」と、
たからかに申(まう)されたりければ、君(きみ)も臣(しん)も感涙(かんるい)をもよ
ほ【催】されけり。大宮(おほみや)・客人(まらうと)(まろうと)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、社々(やしろやしろ)所々(ところどころ)へ
みな御幸(ごかう)なる。大宮(おほみや)より五町(ごちやう)ばかり、P275山(やま)をまは(ッ)て、滝(たき)の宮(みや)へ
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ。公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)一首(いつしゆ)の歌(うた)よ【詠】うで、拝殿(はいでん)の
柱(はしら)に書(かき)つけられたり。
P04019
雲井(くもゐ)よりおちくる滝(たき)のしらいと【白糸】に
ちぎ【契】りをむすぶことぞうれしき W016
神主(かんぬし)佐伯(さいき)の景広【*景弘】(かげひろ)、加階(かかい)従上(じゆうじやう)(じうじやう)の五位(ごゐ)、国司(こくし)藤原(ふぢはらの)
有綱(ありつな)【*菅原(すがはらの)在経(ありつね)】、しな【品】あげられて加階(かかい)、従下(じゆうげ)(じうげ)の四品(しほん)、院[* 「流」と有るのを高野本により訂正](ゐん)の殿上(てんじやう)ゆる
さる。座主(ざす)尊永(そんゑい)、法印(ほふいん)(ほうゐん)になさる。神慮(しんりよ)もうごき、太政(だいじやう)
入道(にふだう)(にうだう)の心(こころ)もはたらきぬらんとぞみえ【見え】し。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)、
上皇(しやうくわう)御舟(みふね)かざ(ッ)て還御(くわんぎよ)なる。風(かぜ)はげしかりければ、御
舟(みふね)こぎもどし、厳島(いつくしま)のうち、あり【蟻】の浦(うら)にとどまらせ
P04020
給(たま)ふ。上皇(しやうくわう)「大明神(だいみやうじん)の御名残(おんなごり)を【惜】しみに、歌(うた)つかまつ
れ」と仰(おほせ)ければ、隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)
たちかへるなごりもありの浦(うら)なれば
神(かみ)もめぐみをかくるしら浪(なみ) W017
夜半(やはん)ばかりより浪(なみ)もしづかに、風(かぜ)もしづまりければ、
御舟(みふね)こぎいだし、其(その)日(ひ)は備後国(びんごのくに)しき名(な)【敷名】の泊(とまり)に
つかせ給(たま)ふ。このところ【所】はさんぬる応保(おうほう)のころおひ(ころほひ)、一
院(いちゐん)御幸(ごかう)の時(とき)、国司(こくし)藤原(ふぢはら)の為成(ためなり)がつく(ッ)たる御所(ごしよ)の
P04021
あり【有り】けるを、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、御(おん)まう【設】けにしつらはれたりしか共(ども)、
上皇(しやうくわう)それへはあがらせ給(たま)はず。「けふは卯月(うづき)一日(ひとひ)、衣(ころも)がへと
いふ事(こと)のあるぞかし」とて、おのおの宮(みや)こ【都】の方(かた)をおもひ【思ひ】
やりあそび給(たま)ふに、岸(きし)に色(いろ)ふかき藤(ふぢ)の松(まつ)にさ【咲】き
かかりけるを、上皇(しやうくわう)叡覧(えいらん)(ゑいらん)あ(ッ)て、隆季(たかすゑ)の大P276納言(だいなごん)を
めして、「あの花(はな)おり(をり)【折り】につかはせ」と仰(おほせ)ければ、左史生(さししやう)中原
康定(なかはらのやすさだ)がはし舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】て、御前(ごぜん)をこ【漕】ぎとほりけるをめし
て、おり(をり)【折り】につかはす。藤(ふぢ)の花(はな)を[B た]おり(たをり)【手折り】、松(まつ)の枝(えだ)につけながら
P04022
も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。「心(こころ)ばせあり【有り】」な(ン)ど(など)仰(おほせ)られて、御感(ぎよかん)あり【有り】
けり。「此(この)花(はな)にて歌(うた)あるべし」と仰(おほせ)ければ、隆季(たかすゑ)[B ノ]大納言(だいなごん)
千(ち)とせへん君(きみ)がよはひに藤浪(ふじなみ)の
松(まつ)の枝(えだ)にもかかりぬるかな W018
其(その)後(のち)御前(ごぜん)に人々(ひとびと)あまた候(さうら)(さふら)はせ給(たま)ひて、御(おん)たはぶれご
とのあり【有り】しに、上皇(しやうくわう)しろき【白き】きぬ【衣】きたる内侍(ないし)が、国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)
に心(こころ)をかけたるな」とて、わらは【笑は】せをはしまし(おはしまし)ければ、
大納言(だいなごん)大(おほき)にあらがい(あらがひ)申(まう)さるるところ【所】に、ふみ【文】も(ッ)【持つ】たる便
P04023
女(びんぢよ)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「五条(ごでうの)大納言(だいなごん)どのへ」とて、さしあげたり。
「さればこそ」とて満座(まんざ)興(きよう)(けふ)ある事(こと)に申(まうし)あはれけり。大
納言(だいなごん)これをと(ッ)てみ【見】給(たま)へば、
しらなみの衣(ころも)の袖(そで)をしぼりつつ
君(きみ)ゆへ(ゆゑ)【故】にこそ立(たち)もまはれね W019
上皇(しやうくわう)「やさしうこそおぼしめせ【思召せ】。この返事(へんじ)はあるべき
ぞ」とて、やがて御硯(おんすずり)をくださせ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)返事(へんじ)
には、
P04024
おもひ【思ひ】やれ君(きみ)が面(おも)かげたつ浪(なみ)の
よせくるたびにぬるるたもとを W020
それより備前国(びぜんのくに)小島(こじま)の泊(とまり)につかせ給(たま)ふ。五日(いつかのひ)、天(てん)晴(はれ)
風(かぜ)しづかに、海上(かいしやう)ものどけかりければ、御所(ごしよ)の御舟(みふね)を
はじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】P277て、人々(ひとびと)の舟(ふね)どもみないだし【出し】つつ、雲(くも)
の波(なみ)煙(けぶり)の浪(なみ)をわけ【分け】すぎさせ給(たま)ひて、其(その)日(ひ)の酉
剋(とりのこく)に、播摩国【*播磨国】(はりまのくに)やまとの浦(うら)につかせ給(たま)ふ。それより御
輿(みこし)にめして福原(ふくはら)へいら【入ら】せおはします。六日(むゆかのひ)は供奉(ぐぶ)の
P04025
人々(ひとびと)、いま一日(いちにち)も宮(みや)こ【都】へとく【疾く】といそがれけれ共(ども)、新院(しんゐん)
御逗留(おんとうりう)あ(ッ)て、福原(ふくはら)のところどころ【所々】歴覧(れきらん)あり【有り】けり。池(いけ)
の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)の山庄(さんざう)、あら田(た)まで御(ご)らんぜらる。七日(しちにち)(なぬかのひ)、
福原(ふくはら)をいでさせ給(たま)ふに、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)勅定(ちよくぢやう)をうけ
給(たま)は(ッ)て、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の家(いへ)の賞(しやう)をこなは(おこなは)【行なは】る。入道(にふだう)(にうだう)の養子(やうじ)
丹波守(たんばのかみ)清門【*清邦】(きよくに)、正下(じやうげ)の五位(ごゐ)、同(おなじう)入道(にふだう)の孫(まご)越前少将(ゑちぜんのせうしやう)
資盛(すけもり)、四位(しゐ)の従上(じゆうじやう)(じうじやう)とぞきこえし。其(その)日(ひ)てら井(ゐ)【寺井】[* 「てう井」と有るのを高野本により訂正]につ
かせ給(たま)ふ。八日(やうかのひ)都(みやこ)へいらせ給(たま)ふに、御(おん)むかへの公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、
P04026
鳥羽(とば)の草津(くさづ)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。還御(くわんぎよ)の時(とき)は鳥羽
殿(とばどの)へは御幸(ごかう)もならず、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいらせ
給(たま)ふ。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿二日(にじふににち)、新帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)あり【有り】。大極殿(だいこくでん)にて
あるべかりしか共(ども)、一(ひと)とせ炎上(えんしやう)の後(のち)は、いまだつく【造】りもいださ
れず。太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)にておこなはるべしとさだ【定】めら
れたりけるを、其(その)時(とき)の九条殿(くでうどの)申(まう)させ給(たまひ)けるは、「太
政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)は凡人(ぼんにんの)家(いへ)にとらば公文所(くもんじよ)てい【体】のとこ
ろ【所】也(なり)。大極殿(だいこくでん)なからん上者(うへは)、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてこそ御即位(ごそくゐ)は
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あるべけれ」と申(まう)させ給(たま)ひければ、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてぞ御
即位(ごそくゐ)はあり【有り】ける。「去(いん)じ康保(かうほう)四年(しねん)十一月(じふいちぐわつ)一日(ひとひのひ)、冷
泉院(れいぜいのゐん)の御即位(ごそくゐ)紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてあり【有り】しは、主上(しゆしやう)御
邪気(ごじやけ)によP278(ッ)て、大極殿(だいこくでん)へ行幸(ぎやうがう)かなは【叶は】ざりし故(ゆゑ)(ゆへ)也(なり)。其(その)例(れい)
いかがあるべからん。ただ後三条(ごさんでう)の院(ゐん)の延久(えんきうの)佳例(かれい)に
まかせ、太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)にておこなはるべき物(もの)を」と、人々(ひとびと)
申(まうし)あはれけれ共(ども)、九条殿(くでうどの)の御(おん)ぱからひのうへは、左右(さう)に
及(およ)(をよ)ばず。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)弘徽殿(こうきでん)より仁寿殿(にんじゆでん)へうつらせ給(たま)ひ
P04028
て、たかみくら【高御座】へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひける御(おん)ありさまめ
でたかりけり。平家(へいけ)の人々(ひとびと)みな出仕(しゆつし)せられける
なかに、小松殿(こまつどの)の公達(きんだち)はこぞ【去年】おとど【大臣】うせ給(たま)ひし
あひだ、いろ【倚廬】にて籠居(ろうきよ)せられたり。源氏揃(げんじぞろへ)S0403蔵人衛門権佐(くらんどのゑもんのごんのすけ)
定長(さだなが)、今度(こんど)の御即位(ごそくゐ)に違乱(いらん)なくめでたき様(やう)を
厚紙(こうし)(かうし)十枚(じふまい)ばかりにこまごまとしるいて、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の
北方(きたのかた)八条(はつでう)の二位殿(にゐどの)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、ゑみ【笑】をふ
くんでぞよろこ【喜】ばれける。かやうに花(はな)やかにめでたき
P04029
事共(ことども)あり【有り】しかども、世間(せけん)は猶(なほ)しづかならず。其(その)比(ころ)一
院(いちゐん)第二(だいに)の皇子(わうじ)茂仁【*以仁】(もちひと)の王(わう)と申(まうし)しは、御母(おんぱは)加賀(かがの)大
納言(だいなごん)季成卿(すゑなりのきやう)の御娘(おんむすめ)也(なり)。三条高倉(さんでうたかくら)にましましけ
れば、高倉(たかくら)の宮(みや)とぞ申(まうし)ける。去(いん)じ永万(えいまん)(ゑいまん)元年(ぐわんねん)
十二月(じふにぐわつ)十六日(じふろくにち)、御年(おんとし)十五(じふご)にて、忍(しのび)つつ近衛河原(このゑかはら)の大
宮(おほみや)の御所(ごしよ)にて御元服(ごげんぶく)あり【有り】けり。御手P279跡(おんしゆせき)うつくしう
あそばし、御才学(おんさいかく)すぐれて在(まし)ましければ、位(くらゐ)にもつか
せ給(たま)ふべきに、故建春門院(こけんしゆんもんゐん)の御(おん)そねみにて、おしこ【籠】め
P04030
られさせ給(たま)ひつつ、花(はな)のもとの春(はる)の遊(あそび)には、紫毫(しがう)
をふる(ッ)て手(て)づから御作(ごさく)をかき、月(つき)の前(まへ)の秋(あき)の宴(えん)
には、玉笛(ぎよくてき)をふいて身(み)づから雅音(がいん)をあやつり給(たま)ふ。
かくしてあかしくらし給(たま)ふほどに、治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)には、御
年(おんとし)卅(さんじふ)にぞならせ在(まし)ましける。其(その)比(ころ)近衛河原(このゑかはら)に候(さうらひ)ける
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)頼政(よりまさ)、或(ある)夜(よ)ひそかに此(この)宮(みや)の御所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
申(まうし)ける事(こと)こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。「君(きみ)は天照大神(てんせうだいじん)四十八(しじふはつ)世(せ)
の御末(おんすゑ)、神武天皇(じんむてんわう)より七十八(しちじふはち)代(だい)にあたらせ給(たま)ふ。
P04031
太子(たいし)にもたち、位(くらゐ)にもつ【即】かせ給(たま)ふべきに、卅(さんじふ)まで宮(みや)
にてわたらせ給(たま)ふ御事(おんこと)をば、心(こころ)うしとはおぼしめさ【思召さ】
ずや。当世(たうせい)のてい【体】を見(み)候(さうらふ)に、うへにはしたがい(したがひ)【従ひ】たるやう
なれども、内々(ないない)は平家(へいけ)をそねまぬ物(もの)や候(さうらふ)。御謀反(ごむほん)おこ
させ給(たま)ひて、平家(へいけ)をほろぼし、法皇(ほふわう)(ほうわう)のいつとなく
鳥羽殿(とばどの)におしこめられてわたらせ給(たま)ふ御心(おんこころ)をも、やす【休】
めまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、君(きみ)も位(くらゐ)につかせ給(たま)ふべし。これ御孝行(ごかうかう)
のいたりにてこそ候(さうら)はんずれ。もしおぼしめし【思召し】たたせ
P04032
給(たま)ひて、令旨(りやうじ)(れうじ)をくださせ給(たま)ふ物(もの)ならば、悦(よろこび)をなして
まいら(まゐら)【参ら】むずる源氏(げんじ)どもこそおほう候(さうら)へ」とて、申(まうし)つづ
く。「まづ京都(きやうと)には、出羽前司(ではのせんじ)光信(みつのぶ)が子共(こども)、伊賀守(いがのかみ)
光基(みつもと)、出羽判官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)、出羽蔵人(ではのくらんど)光重(みつしげ)、出羽冠者(ではのくわんじや)
光能(みつよし)、熊野(くまの)には、故(こ)六条判官(ろくでうのはんぐわん)為義(ためよし)が末子(ばつし)十郎(じふらう)P280義盛(よしもり)
とてかくれ【隠れ】て候(さうらふ)。摂津国(つのくに)には多田蔵人(ただのくらんど)行綱(ゆきつな)こそ候(さうら)へ共(ども)、
新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の謀反(むほん)の時(とき)、同心(どうしん)しながらかゑり
忠(ちう)(かへりちゆう)【返忠】したる不当人(ふたうにん)で候(さうら)へば、申(まうす)に及(およ)(をよ)ばず。さりながら、其(その)弟(おとと)
P04033
多田(ただの)二郎(じらう)朝実【*知実】(ともざね)、手島(てしま)の冠者(くわんじや)高頼(たかより)、太田太郎頼基(おほだのたらうよりもと)、
河内国(かはちのくに)には、武蔵権守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)(にうだう)義基(よしもと)、子息(しそく)石河(いしかはの)判官代(はんぐわんだい)
義兼(よしかね)、大和国(やまとのくに)には、宇野(うのの)七郎(しちらう)親治(ちかはる)が子共(こども)、[B 太郎(たらう)]有治(ありはる)・二郎(じらう)
清治(きよはる)、三郎(さぶらう)成治(なりはる)・四郎(しらう)義治(よしはる)・近江国(あふみのくに)には、山本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦
古里(にしごり)、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)には、山田次郎重広【*重弘】(やまだのじらうしげひろ)、河辺(かはべの)太郎(たらう)重直(しげなほ)(しげなを)、
泉(いずみの)太郎(たらう)重光【*重満】(しげみつ)、浦野[B ノ](うらのの)四郎(しらう)重遠(しげとほ)(しげとを)、安食次郎重頼(あじきのじらうしげより)、其(その)子[B ノ](この)
太郎(たらう)重資(しげすけ)、木太[B ノ](きだの)三郎(さぶらう)重長(しげなが)、開田[B ノ](かいでんの)判官代(はんぐわんだい)重国(しげくに)、矢島
先生(やしまのせんじやう)重高(しげたか)、其(その)子[B ノ](この)太郎(たらう)重行(しげゆき)、甲斐国(かひのくに)(かいのくに)には、逸見冠者(へんみのくわんじや)
P04034
義清(よしきよ)、其(その)子(この)太郎(たらう)清光(きよみつ)、武田(たけたの)太郎(たらう)信義(のぶよし)、加賀見[B ノ](かがみの)二郎(じらう)
遠光(とほみつ)(とをみつ)・同(おなじく)小次郎長清(こじらうながきよ)、一条[B ノ](いちでうの)次郎(じらう)忠頼(ただより)、板垣(いたがきの)三郎(さぶらう)
兼信(かねのぶ)、逸見[B ノ]兵衛(へんみのひやうゑ)有義(ありよし)、武田(たけたの)五郎(ごらう)信光(のぶみつ)、安田(やすだの)三郎(さぶらう)
義定(よしさだ)、信乃【*信濃】(しなの)の国(くに)には、大内(おほうちの)太郎(たらう)維義【*惟義】(これよし)、岡田冠者(をかだのくわんじや)親義(ちかよし)、
平賀冠者(ひらかのくわんじや)盛義(もりよし)、其(その)子[B ノ](この)四郎(しらう)義信(よしのぶ)、帯刀[B ノ](たてはきの)(たてわきの)先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)が
次男(じなん)木曾冠者(きそのくわんじや)義仲(よしなか)、伊豆国(いづのくに)には、流人(るにん)前右兵衛佐(さきのうひやうゑのすけ)
頼朝(よりとも)、常陸国(ひたちのくに)には、信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)、佐竹[B ノ]冠者(さたけのくわんじや)
正義【*昌義】(まさよし)、其(その)子(この)太郎(たらう)忠義(ただよし)、同(おなじく)三郎(さぶらう)義宗(よしむね)、四郎(しらう)高義(たかよし)、五郎(ごらう)
P04035
義季(よしすゑ)、陸奥国(みちのくに)には、故左馬頭(こさまのかみ)義朝(よしとも)が末子(ばつし)九郎(くらう)冠者(くわんじや)
義経(よしつね)、これみな六孫王(ろくそんわう)の苗裔(べうえい)(べうゑい)、多田(ただの)新発(しんぼち)(しんぼ(ツ)ち)満仲(まんぢゆう)(まんぢう)が
後胤(こういん)(こうゐん)なり。朝敵(てうてき)をもたいら(たひら)【平】げ、宿望(しゆくまう)をとげし事(こと)は、
源平(げんぺい)いづれ勝劣(せうれつ)なかりしか共(ども)、今(いま)は雲泥(うんでい)まじはり
をへだてて、主従(しゆうじゆう)(しうじう)の礼(れい)にも猶(なほ)(なを)おとれり。国(くに)には国司(こくし)に
しP281たがひ、庄(しやう)には領所【*預所】(あづかりどころ)につかはれ、公事(くじ)雑事(ざふじ)(ざうじ)にかりたて
られて、やすひ(やすい)【安い】おもひ【思ひ】も候(さうら)はず。いかばかりか心(こころ)うく候(さうらふ)らん。
君(きみ)もしおぼしめし【思召し】たたせ給(たまひ)て、令旨(りやうじ)(れうじ)をたう【給う】づる物(もの)ならば、
P04036
夜(よ)を日(ひ)についで馳(はせ)のぼり、平家(へいけ)をほろぼさん事(こと)、
時日(じじつ)をめぐらすべからず。入道(にふだう)(にうだう)も年(とし)こそよ(ッ)て候(さうらへ)ども、
子共(こども)ひきぐし【具し】てまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)たる。宮(みや)はこ
の事(こと)いかがあるべからんとて、しばし【暫】は御承引(ごしよういん)(ごせうゐん)もなかり
けるが、阿古丸(あこまる)大納言(だいなごん)宗通卿(むねみちのきやう)の孫(まご)、備後前司(びんごのせんじ)季通(すゑみち)が
子(こ)、少納言(せうなごん)維長【*伊長】(これなが)と申(まう)し候(さうらふ)〔は〕勝(すぐれ)たる相人(さうにん)也(なり)ければ、時(とき)の
人(ひと)相少納言(さうせうなごん)とぞ申(まうし)ける。其(その)人(ひと)がこの宮(みや)をみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
「位(くらゐ)に即(つか)せ給(たまふ)べき相(さう)在(まし)ます。天下(てんが)の事(こと)思召(おぼしめし)はな【放】たせ
P04037
給(たま)ふべからず」と申(まうし)けるうへ、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)もか様(やう)【斯様】に申(まう)され
ければ、「[B さては]しか【然】るべき天照大神(てんせうだいじん)の御告(おんつげ)やらん」とて、ひし
ひしとおぼしめし【思召し】たた【立た】せ給(たま)ひけり。熊野(くまの)に候(さうらふ)十郎(じふらう)
義盛(よしもり)をめ【召】して、蔵人(くらんど)になさる。行家(ゆきいへ)と改名(かいみやう)して、
令旨(りやうじ)(れうじ)の御使(おんつかひ)に東国(とうごく)へぞ下(くだり)ける。同(おなじき)四月(しぐわつ)(し(ン)ぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、宮(みや)こ【都】
をた(ッ)て、近江国(あふみのくに)よりはじめて、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)の源氏共(げんじども)に
次第(しだい)にふれてゆく程(ほど)に、五月(ごぐわつ)十日(とをかのひ)、伊豆(いづ)の北条(ほうでう)にくだり
つき、流人(るにん)前兵衛佐殿(さきのひやうゑのすけどの)に令旨(りやうじ)(れうじ)たてまつり【奉り】、信太[B ノ](しだの)三郎(さぶらう)
P04038
先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)は兄(あに)なればとら【取ら】せんとて、常陸国(ひたちのくに)信太[B ノ](しだの)浮
島(うきしま)へくだる。木曾冠者(きそのくわんじや)義仲(よしなか)は甥(をひ)(をい)なればた【賜】ばんとて、
山道(せんだう)へぞおP282もむきける。其(その)比(ころ)の熊野(くまの)の別当(べつたう)湛増(たんぞう)は、
平家(へいけ)に心(こころ)ざしふか〔か〕り【深かり】けるが、なに【何】としてかもれ【洩れ】きい【聞い】
たりけん、「新宮(しんぐうの)十郎(じふらう)義盛(よしもり)こそ高倉宮(たかくらのみや)の令旨(りやうじ)(れうじ)給(たま)
は(ッ)て、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)の源氏(げんじ)どもふれもよほし、既(すで)に謀反(むほん)を
をこす(おこす)【起こす】なれ。那智(なち)新宮(しんぐう)の物共(ものども)は、さだめて源氏(げんじ)の
方(かた)うど【方人】をぞせんずらん。湛増(たんぞう)は平家(へいけ)の御恩(ごおん)(ごをん)を雨【*天】(あめ)
P04039
やま【山】とかうむ(ッ)【蒙つ】たれば、いかでか背(そむき)たてまつる【奉る】べき。那知【*那智】(なち)
新宮(しんぐう)の物共(ものども)に矢(や)一(ひとつ)い【射】かけて、平家(へいけ)へ子細(しさい)を申(まう)さん」とて、
ひた甲(かぶと)一千(いつせん)人(にん)、新宮(しんぐう)の湊(みなと)へ発向(はつかう)す。新宮(しんぐう)には鳥井(とりゐ)
の法眼(ほふげん)(ほうげん)・高坊(たかばう)の法眼(ほふげん)(ほうげん)、侍(さぶらひ)には宇(う)ゐ【宇井】・すずき【鈴木】・水屋(みづや)・かめ
のこう(かめのかふ)【亀の甲】、那知【*那智】(なち)には執行(しゆぎやう)法眼(ほふげん)(ほうげん)以下(いげ)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)二千
余(にせんよ)人(にん)なり。時(とき)つくり、矢合(やあはせ)して、源氏(げんじ)の方(かた)にはとこそ
い【射】れ、平家(へいけ)の方(かた)にはかうこそい【射】れとて、矢(や)さけび【叫び】の
声(こゑ)の退転(たいてん)もなく、かぶら【鏑】のなり【鳴り】やむひまもなく、三日(みつか)が
P04040
ほどこそたたかふ(たたかう)【戦う】たれ。熊野別当(くまのべつたう)湛増(たんぞう)、家子(いへのこ)
郎等(らうどう)おほくうた【討た】せ、我(わが)身(み)手(て)おひ、からき命(いのち)をい
き【生き】つつ、本宮(ほんぐう)へこそにげのぼりけれ。鼬(いたち)之(の)沙汰(さた)S0404さるほどに、法
皇(ほふわう)(ほうわう)は、「とをき(とほき)【遠き】国(くに)へもながされ、はるかの島(しま)へもうつ
されんP283ずるにや」と仰(おほ)せけれども、城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(りきう)にし
て、ことしは二年(ふたとせ)にならせ給(たま)ふ。同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)計(ばかり)、
御所中(ごしよぢゆう)(ごしよぢう)にはゐたち(いたち)【鼬】おびたたしうはしり【走り】さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】。法
皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)に驚(おどろ)(をどろ)きおぼしめし【思召し】、御占形(おんうらかた)をあそばいて、近江
P04041
守(あふみのかみ)仲兼(なかかぬ)、其(その)比(ころ)はいまだ鶴蔵人(つるくらんど)とめされけるをめし
て、「この占形(うらかた)も(ッ)【持つ】て、泰親(やすちか)がもとへゆけ。き(ッ)と勘(かん)がへさせて、
勘状(かんじやう)をと(ッ)てまいれ(まゐれ)【参れ】」とぞ仰(おほせ)ける。仲兼(なかかぬ)これを給(たま)は(ッ)て、陰
陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)安陪【*安倍】泰親(あべのやすちか)がもとへ行(ゆく)。おりふし(をりふし)【折節】宿所(しゆくしよ)にはなかり
けり。「白河(しらかは)なるところ【所】へ」といひければ、それへたづねゆき、
泰親(やすちか)にあふ(あう)て勅定(ちよくぢやう)のおもむき仰(おほ)すれば、やがて勘状(かんじやう)
をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。仲兼(なかかぬ)鳥羽殿(とばどの)にかへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門(もん)より
まいら(まゐら)【参ら】うどすれば、守護(しゆご)の武士共(ぶしども)ゆるさず。案内(あんない)はし(ッ)【知つ】た
P04042
り、築地(ついぢ)(つゐぢ)をこへ(こえ)、大床(おほゆか)のしたをはう【這う】て、きり【切】板(いた)より
泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をこそまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たれ。法皇(ほふわう)(ほうわう)これをあけて
御(ご)らんずれば、「いま三日(みつか)がうち御悦(おんよろこび)、ならびに御(おん)なげき」
とぞ申(まうし)たる。法皇(ほふわう)(ほうわう)「御(おん)よろこびはしかるべし。これほど
の御身(おんみ)にな(ッ)て、又(また)いかなる御難(なげき)のあらんずるやらん」
とぞ仰(おほせ)ける。さるほどに、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、法皇(ほふわう)(ほうわう)の
御事(おんこと)をたりふし申(まう)されければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)[Bやうやう]おもひ【思ひ】な
お(ッ)(なほつ)【直つ】て、同(おなじき)十三日(じふさんにち)鳥羽殿(とばどの)をいだしたてまつり【奉り】、八条
P04043
烏丸(はつでうからすまる)の美福門院(びふくもんゐんの)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)なしたてまつる【奉る】。
いま三日(みつか)がうちの御悦(おんよろこび)とは、泰P284親(やすちか)これをぞ申(まうし)ける。
かかりけるところ【所】に、熊野別当(くまののべつたう)湛増(たんぞう)飛脚(ひきやく)をも(ッ)て、高
倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)のよし宮(みや)こ【都】へ申(まうし)たりければ、前(さきの)右大
将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大(おほき)にさはい(さわい)【騒い】で、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)おりふし(をりふし)【折節】福原(ふくはら)に
おはしけるに、此(この)よし申(まう)されたりければ、ききもあへず、
やがて宮(みや)こ【都】へはせ【馳せ】のぼり、「是非(ぜひ)に及(およぶ)(をよぶ)べからず。高倉
宮(たかくらのみや)からめと(ッ)て、土佐(とさ)の畑(はた)へながせ」とこその給(たま)ひけれ。
P04044
上卿(しやうけい)は三条(さんでうの)大納言(だいなごん)実房(さねふさ)、識事(しきじ)は頭弁(とうのべん)光雅(みつまさ)とぞ
きこえし。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽判官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)うけ
給(たま)は(ッ)て、宮(みや)の御所(ごしよ)へぞむか【向】ひける。この源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)
と申(まうす)は、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)の次男(じなん)也(なり)。しかるをこの人数(にんじゆ)にいれ【入れ】
られけるは、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀反(ごむほん)を三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)すすめ
申(まうし)たりと、平家(へいけ)いまだしら【知ら】ざりけるによ(ッ)て也(なり)。信連(のぶつら)S0405宮(みや)は
さ月(つき)十五(じふご)夜(や)の雲間(くもま)の月(つき)をながめさせ給(たま)ひ、なん
のゆくゑ(ゆくへ)【行方】もおぼしめし【思召し】よらざりけるに、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)
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の使者(ししや)とて、ふみ【文】も(ッ)【持つ】ていそがしげでいでき【出来】たり。宮(みや)の
御(おん)めのと【乳母】子(ご)、六条(ろくでう)のすけ【亮】の大夫(たいふ)宗信(むねのぶ)、これをと(ッ)て御
前(ごぜん)へまいり(まゐり)【参り】、ひら【開】いP285てみる【見る】に、「君(きみ)の御謀反(ごむほん)すでにあら
はれさせ給(たま)ひて、土左【*土佐】(とさ)の畑(はた)へな[B か]し(ながし)まいらす(まゐらす)【参らす】べしとて、
官人共(くわんにんども)御(おん)むかへにまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)。いそぎ御所(ごしよ)をいでさせ
給(たまひ)て、三井寺(みゐでら)へいら【入ら】せをはしませ(おはしませ)。入道(にふだう)(にうだう)もやがてまいり(まゐり)【参り】
候(さうらふ)べし」とぞかい【書い】たりける。「こはいかがせん」とて、さはが(さわが)【騒が】せおは
しますところ【所】に、宮(みや)の侍(さぶらひ)長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)(ぜう)信連(のぶつら)といふ物(もの)
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あり【有り】。「ただ別(べち)の様(やう)候(さうらふ)まじ。女房装束(にようばうしやうぞく)にてい【出】でさせ
給(たま)へ」と申(まうし)ければ、「しかるべし」とて、御(おん)ぐし【髪】をみだ【乱】し、かさね
たるぎよ【御】衣(い)に一(いち)めがさ【市女笠】をぞめさ【召さ】れける。六条(ろくでう)[B ノ]助(すけ)
の大夫(たいふ)宗信(むねのぶ)、唐笠(からかさ)も(ッ)【持つ】て御(おん)ともつかまつる。鶴丸(つるまる)と
いふ童(わらは)、袋(ふくろ)に物(もの)いれ【入れ】ていただ【戴】いたり。青侍(せいし)の女(ぢよ)(じよ)を
むかへてゆくやうにいでたた【出立た】せ給(たま)ひて、高倉(たかくら)を北(きた)
ゑ(へ)お【落】ちさせ給(たま)ふに、溝(みぞ)のあり【有り】けるを、いと物(もの)がる【軽】うこえ
させ給(たま)へば、みちゆき人(びと)がたちとどま(ッ)て、「はしたなの
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女房(にようばう)の溝(みぞ)のこえ【越え】やうや」とて、あやしげにみ【見】まい
らせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いとどあしばや【足速】にすぎさせ給(たま)ふ。長兵衛(ちやうひやうゑの)
尉(じよう)信連(のぶつら)は、御所(ごしよ)の留守(るす)にぞおかれたる。女房達(にようばうたち)の
少々(せうせう)おはしけるを、かしこここへたちしのば【忍ば】せて、見(み)ぐる
しき物(もの)あらばとりした【取認】ためんとてみる【見る】程(ほど)に、宮(みや)のさし
も御秘蔵(ごひさう)あり【有り】ける小枝(こえだ)ときこえし御笛(おんふえ)を、只今(ただいま)
しもつねの御所(ごしよ)の御枕(おんまくら)にとりわす【忘】れさせ給(たまひ)たり
けるぞ、立(たち)かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】てもとら【取ら】まほしうおぼしめす【思召す】、信連(のぶつら)
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これをみ【見】つけて、「あなあさまし。君(きみ)のさしも御秘
蔵(ごひさう)ある御笛(おんふえ)を」と申(まうし)P286て、五町(ごちやう)がうちにお(ッ)【追つ】ついてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
たり。宮(みや)なのめならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、「われしな【死な】ば、此(この)笛(ふえ)をば
御棺(みくわん)にいれよ【入れよ】」とぞ仰(おほせ)ける。「やがて御(おん)ともに候(さうら)へ」と仰(おほせ)け
れば、信連(のぶつら)申(まうし)けるは、「只今(ただいま)御所(ごしよ)へ官人共(くわんにんども)が御(おん)むか【迎】へに
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)に人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はざらんが、無下(むげ)に
うたてしう覚(おぼえ)候(さうらふ)。信連(のぶつら)が此(この)御所(ごしよ)に候(さうらふ)とは、上下(かみしも)みなし
ら【知ら】れたる事(こと)にて候(さうらふ)に、今夜(こんや)候(さうら)はざらんは、それも其(その)夜(よ)は
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にげ【逃げ】たりけりな(ン)ど(など)いはれん事(こと)、弓矢(ゆみや)とる身(み)は、かり
にも名(な)こそおしう(をしう)【惜しう】候(さうら)へ。官人共(くわんにんども)しばらくあいしらい(あひしらひ)て、
打破(うちやぶり)て、やがてまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」とて、はしり【走り】かへる。長兵衛(ちやうひやうゑ)が
其(その)日(ひの)装束(しやうぞく)には、うすあを【薄青】の狩衣(かりぎぬ)のしたに、萠黄
威(もえぎをどし)(もえぎおどし)の腹巻(はらまき)をきて、衛府(ゑふ)の太刀(たち)をぞはいたりける。
三条面(さんでうおもて)の惣門(そうもん)をも、高倉面(たかくらおもて)の小門(こもん)をも、ともにひ
ら【開】いて待(まち)かけたり。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽判官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)、
都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三百余騎(さんびやくよき)、十五日(じふごにち)の夜(よ)の子(ね)の剋(こく)に、宮(みや)
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の御所(ごしよ)へぞ押寄(おしよせ)(をしよせ)たる。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)は、存(ぞん)ずる旨(むね)
あり【有り】とおぼえて、はるかの門前(もんぜん)にひかへたり。出羽判
官(ではのはんぐわん)光長(みつなが)は、馬(むま)に乗(のり)ながら門(もん)のうちに打入(うちい)り、庭(には)
にひかへて大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて申(まうし)けるは、「御謀反(ごむほん)のき【聞】こえ候(さうらふ)
によ(ッ)て、官人共(くわんにんども)別当宣(べつたうせん)を承[* 「年」と有るのを高野本により訂正](うけたま)はり、御(おん)むかへにまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。
いそぎ御出(おんいで)候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)(ぜう)大床(おほゆか)に立(ッ)て、
「これは当時(たうじ)は御所(ごしよ)でも候(さうら)はず。御物(おんもの)まうでで候(さうらふ)ぞ。何P287事(なにごと)
ぞ、事(こと)の子細(しさい)を申(まう)されよ」といひければ、「何条(なんでう)、此(この)御所(ごしよ)
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ならではいづくへかわたらせ給(たまふ)べかんなる。さないは【言は】せそ。
下部共(しもべども)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、さが【探】したてまつれ【奉れ】」とぞ申(まうし)ける。長兵衛(ちやうひやうゑの)
尉(じよう)これをきいて、「物(もの)もおぼえぬ官人共(くわんにんども)が申(まうし)様(やう)かな。
馬(むま)に乗(のり)ながら門(もん)のうちへまいる(まゐる)【参る】だにも奇怪(きくわい)(き(ツ)くわい)なるに、
下部共(しもべども)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがしまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】とは、いかで申(まうす)ぞ。左兵
衛尉(さひやうゑのじよう)(さひやうゑのぜう)長谷部信連(はせべののぶつら)が候(さうらふ)ぞ。ちかう【近う】よ(ッ)てあやまち
すな」とぞ申(まうし)ける。庁(ちやう)の下部(しもべ)のなかに、金武(かねたけ)といふ大(だい)
ぢから【力】のかう【剛】の物(もの)、長兵衛(ちやうひやうゑ)に目(め)をかけて、大床(おほゆか)のうゑ(うへ)ゑ(へ)
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と【飛】びのぼる。これをみて、どうれいども十四五人(じふしごにん)ぞ
つづ【続】いたる。長兵衛(ちやうひやうゑ)は狩衣(かりぎぬ)の帯紐(おびひも)ひ(ッ)(ひつ)【引つ】き(ッ)てす【捨】つる
ままに、衛府(ゑふ)の太刀(たち)なれ共(ども)、身(み)をば心(こころ)えてつく【造】らせ
たるをぬき【抜き】あはせて、さんざん【散々】にこそき【斬】(ッ)たりけれ。
かたきは大太刀(おほだち)・大長刀(おほなぎなた)でふるまへ共(ども)、信連(のぶつら)が衛府(ゑふ)
の太刀(たち)に切(きり)たてられて、嵐(あらし)に木(こ)の葉(は)のちるやうに、
庭(には)へさ(ッ)とぞおりたりける。さ月(つき)十五(じふご)夜(や)の雲間(くもま)の月(つき)
のあら【現】はれいでて、あかかり【明かかり】けるに、かたきは無案内(ぶあんない)なり、
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信連(のぶつら)は案内者(あんないしや)也(なり)。あそこの面道(めんだう)にお(ッ)【追つ】かけては、はた
とき【斬】り。ここのつまりにお(ッ)【追つ】つめては、ちやうどきる。「いかに
宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)(おつかひ)をばかうはするぞ」といひければ、「宜旨(せんじ)
とはなんぞ」とて、太刀(たち)ゆがめばおどり(をどり)【躍り】のき、おしなをし(なほし)【直し】、
ふみ【踏み】なをし(なほし)【直し】、たちどころによき物共(ものども)十四五人(じふしごにん)こそ
き【斬】りふせたれ。太刀(たち)のさP288き三寸(さんずん)ばかりうちを(ッ)【折つ】て、腹(はら)を
きらんと腰(こし)をさぐれば、さやまき【鞘巻】おちてなかりけり。
ちから【力】およばず、大手(おほで)をひろげて、高倉面(たかくらおもて)の小門(こもん)より
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はしり【走り】いでんとするところ【所】に、大長刀(おほなぎなた)も(ッ)【持つ】たる
男(をとこ)(おとこ)一人(いちにん)よ【寄】りあひたり。信連(のぶつら)長刀(なぎなた)にのら【乗ら】んととん
でかかるが、のりそん【損】じてもも【股】をぬいざま(ぬひざま)【縫様】につら【貫】
ぬかれて、心(こころ)はたけ【猛】くおもへ【思へ】ども、大勢(おほぜい)のなかに
とりこ【籠】められて、いけどり【生捕】にこそせられけれ。其(その)後(のち)
御所(ごしよ)をさがせども、宮(みや)わたらせ給(たま)はず。信連(のぶつら)ばかり
からめて、六波羅(ろくはら)へい(ゐ)【率】てまいる(まゐる)【参る】。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)は簾中(れんちゆう)(れんちう)にゐ
給(たま)へり。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大床(おほゆか)にた(ッ)て、信連(のぶつら)を大庭(おほには)に
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ひ(ッ)(ひつ)【引つ】すへ(すゑ)【据ゑ】させ、「まこと【誠】にわ男(をとこ)(おとこ)は、「宣旨(せんじ)とはなむ(なん)【何】ぞ」とて
き【斬】(ッ)たりけるか。おほくの庁(ちやう)の下部(しもべ)を刃傷殺害(にんじやうせつがい)
したん也(なり)。せむずる(せんずる)ところ【所】、糾問(きうもん)してよくよく事(こと)
の子細(しさい)をたずねとひ、其(その)後(のち)河原(かはら)にひきいだいて、
かうべ【首】をはね候(さうら)へ」とぞの給(たま)ひける。信連(のぶつら)すこしも
さはが(さわが)【騒が】ず、あざわら(ッ)(わらつ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「このほどよなよな【夜な夜な】
あの御所(ごしよ)を、物(もの)がうかがい(うかがひ)【伺ひ】候(さうらふ)時(とき)に、なに事(ごと)のあるべきと
存(ぞんじ)て、用心(ようじん)も仕(つかまつり)候(さうら)はぬところ【所】に、よろ【鎧】うたる物共(ものども)がうち
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入(いり)て候(さうらふ)を、「なに物(もの)ぞ」ととひ候(さうら)へば、「宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)」となの
り【名乗り】候(さうらふ)。山賊(さんぞく)・海賊(かいぞく)・強盜(がうたう)な(ン)ど(など)申(まうす)やつ原(ばら)は、或(あるい)(あるひ)は「公達(きんだち)
のいら【入ら】せ給(たま)ふぞ」或(あるい)(あるひ)は「宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)」な(ン)ど(など)なのり【名乗り】候(さうらふ)と、
かねがねうけ給(たまは)(ッ)て候(さうら)へば、「宜旨(せんじ)とはなんぞ」とて、き(ッ)た候(ざうらふ)。
凡(およそ)(をよそ)者(は)物(もの)の具(ぐ)をもおもふ【思ふ】さまにつかまつ【仕】り、P289かね【鉄】よき
太刀(たち)をもも(ッ)【持つ】て候(さうらは)ば、官人共(くわんにんども)をよも一人(いちにん)も安穏(あんをん)ではかへ
し【返し】候(さうら)はじ。又(また)宮(みや)の御在所(ございしよ)は、いづくにかわたらせ給(たま)ふら
む、しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。たとひしり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)とも、
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さぶらひほん【侍品】の物(もの)の、申(まう)さじとおもひ【思ひ】き(ッ)てん事(こと)、
糾問(きうもん)におよ(ン)【及ん】で申(まうす)べしや」とて、其(その)後(のち)は物(もの)も申(まう)
さず。いくらもなみ【並】ゐたりける平家(へいけ)のさぶらい共(ども)、
「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)かう【剛】の物(もの)かな。あ(ッ)たらおのこ(をのこ)【男】をきられんずらん
むざん【無慚】さよ」と申(まうし)あへり。其(その)なかにある人(ひと)の申(まうし)けるは、
「あれは先年(せんねん)ところ【所】にあり【有り】し時(とき)も、大番衆(おほばんじゆ)がとど【留】め
かねたりし強盜(がうだう)六人(ろくにん)、只(ただ)一人(いちにん)お(ッ)か【押懸】か(ッ)て、四人(しにん)き【斬】りふせ、
二人(ににん)いけどりにして、其(その)時(とき)なされたる左兵衛尉(さひやうゑのじよう)(さひやうゑのぜう)ぞかし。
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これをこそ一人(いちにん)当千(たうぜん)のつは物(もの)ともいふべけれ」
とて、口々(くちぐち)におしみ(をしみ)【惜しみ】あへりければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)いかがおも
は【思は】れけん、伯耆(はうき)のひ野(の)【日野】へぞながされける。源氏(げんじ)の
世(よ)にな(ッ)て、東国(とうごく)へくだり、梶原平三景時(かぢはらへいざうかげとき)について、
事(こと)の根元(こんげん)一々(いちいち)次第(しだい)に申(まうし)ければ、鎌倉殿、(かまくらどの)、神妙(しんべう)也(なり)
と感(かん)じおぼしめし【思召し】て、能登国(のとのくに)に御恩(ごおん)(ごをん)かうぶり
けるとぞきこえし。競(きほふ)(きをほ)S0406 P290宮(みや)は高倉(たかくら)を北(きた)へ、近衛(こんゑ)を東(ひがし)へ、
賀茂河(かもがは)をわたらせ給(たまひ)て、如意山(によいやま)へいらせおはし
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ます。昔(むかし)清見原(きよみばら)の天皇(てんわう)のいまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、
賊徒(ぞくと)におそ【襲】はれさせ給(たま)ひて、吉野山(よしのやま)へいらせ給(たま)ひ
けるにこそ、をとめ【少女】のすがたをばからせ給(たま)ひける
なれ。いま此(この)君(きみ)の御(おん)ありさまも、それにはたがは【違は】せ
給(たま)はず。しらぬ山路(さんろ)を夜(よ)もすがらわけ【分け】いら【入ら】せ給(たま)ふ
に、いつならは【習】しの御事(おんこと)なれば、御(おん)あし【足】よりいづる血(ち)は、
いさごをそめて紅(くれなゐ)の如(ごと)し。夏草(なつくさ)のしげみがなかの
露(つゆ)けさも、さこそはところせ【所狭】うおぼしめされけめ。
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かくして暁方(あかつきがた)に三井寺(みゐでら)へいら【入ら】せおはします。「かひ
なき命(いのち)のおしさ(をしさ)【惜しさ】よ、衆徒(しゆと)をたのん【頼ん】で入御(じゆぎよ)あり【有り】」と
仰(おほせ)ければ、大衆(だいしゆ)畏悦(かしこまりよろこび)て、法輪院(ほふりんゐん)(ほうりんゐん)に御所(ごしよ)をしつらい(しつらひ)、
それにいれ【入れ】たてま(ッ)て、供御(ぐご)したててまいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。
あくれば十六日(じふろくにち)、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀叛(ごむほん)おこさせ給(たまひ)
て、うせ【失せ】させ給(たまひ)ぬと申(まうす)ほどこそあり【有り】けれ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の
騒動(さうどう)なのめならず。法皇(ほふわう)(ほうわう)これをきこしめて、
「鳥羽殿(とばどの)を御(おん)いで【出】あるは御悦(おんよろこび)なり。ならびに御歎(おんなげき)と
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泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるは、これを申(まうし)けり」とぞ仰(おほせ)ける。
抑(そもそも)源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)、年(とし)ごろ日比(ひごろ)もあればこそあり【有り】けめ、こ
とし【今年】いかなる心(こころ)にて謀叛(むほん)をばおこし【起し】けるぞといふに、
平家(へいけ)の次男(じなん)前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、すまじき事(こと)をし
給(たま)へり。されば、人(ひと)の世(よ)にあればとて、すぞろにすま
じき事(こと)をもし、いふP291まじき事(こと)をもいふは、よくよく
思慮(しりよ)あるべき物(もの)也(なり)。たとへば、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)
のもとに、九重(ここのへ)(ここのえ)にきこえたる名馬(めいば)あり【有り】。鹿毛(かげ)なる
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馬(むま)のならびなき逸物(いちもつ)、のり【乗り】はしり【走り】、心(こころ)むき、又(また)
あるべしとも覚(おぼ)えず。名(な)をば木(こ)のした【下】とぞいはれ
ける。前(さきの)右大将(うだいしやう)これをつたへきき、仲綱(なかつな)のもとへ使者(ししや)
たて、「きこえ候(さうらふ)名馬(めいば)をみ【見】候(さうらは)ばや」との給(たま)ひつかはされ
たりければ、伊豆守(いづのかみ)の返事(へんじ)には、「さる馬(むま)はも(ッ)【持つ】て候(さうらひ)つれ
ども、此(この)ほどあまりにのり損(そん)じて候(さうらひ)つるあひだ、
しばらくいたは【労】らせ候(さうら)はんとて、田舎(ゐなか)(いなか)へつかはして候(さうらふ)」。
「さらんには、ちから【力】なし」とて、其(その)後(のち)沙汰(さた)もなかりしを、
P04063
おほくなみなみ【並み】い(ゐ)たりける平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、其(その)馬(むま)は
おととひ(をととひ)【一昨日】までは候(さうらひ)し物(もの)を。昨日(きのふ)も候(さうらひ)し、けさも庭(には)のり
し候(さうらひ)つる」な(ン)ど(など)申(まうし)ければ、「さてはおしむ(をしむ)【惜しむ】ごさんなれ。にく
し。こへ【乞へ】」とて、侍(さぶらひ)しては【馳】せさせ、ふみ【文】な(ン)ど(など)しても、一日(いちにち)が
うちに五六度(ごろくど)七八度(しちはちど)な(ン)ど(など)こは【乞は】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)
これをきき、伊豆守(いづのかみ)よびよせ、「たとひこがね【黄金】をま
ろめたる馬(むま)なり共(とも)、それほどに人(ひと)のこわ(こは)【乞は】う物をおし
む(をしむ)【惜しむ】べき様(やう)やある。すみ【速】やかにその馬(むま)六波羅(ろくはら)へ
P04064
つかはせ」とこその給(たま)ひけれ。伊豆守(いづのかみ)力(ちから)およばで、
一首(いつしゆ)の歌(うた)をかき【書き】そへて六波羅(ろくはら)へつかはす。
恋(こひ)しくはき【来】てもみよ【見よ】かし身(み)にそ【添】へる
かげをばいかがはな【放】ちやるべき W021 P292
宗盛卿(むねもりのきやう)歌(うた)の返事(へんじ)をばし給(たま)はで、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)馬(むま)や。馬(むま)は
まこと【誠】によい馬(むま)でありけり。されどもあまりに主(ぬし)
がおしみ(をしみ)【惜しみ】つるがにくきに、やがて主(ぬし)が名(な)のりをかな
やき【鉄焼】にせよ」とて、仲綱(なかつな)といふかなやきをして、
P04065
むまや【廐】にたて【立て】られけり。客人(まらうと)(まろうと)来(きたり)て、「きこえ候(さうらふ)
名馬(めいば)をみ候(さうらは)ばや」と申(まうし)ければ、「その仲綱(なかつな)めに鞍(くら)お
いてひき【引き】だせ、仲綱(なかつな)めのれ、仲綱(なかつな)めうて【打て】、はれ」な(ン)ど(など)
の給(たま)ひければ、伊豆守(いづのかみ)これをつた【伝】へきき、「身(み)に
か【代】へておもふ【思ふ】馬(むま)なれども、権威(けんゐ)につゐ(つい)【付い】てとら【取ら】るる
だにもあるに、馬(むま)ゆへ(ゆゑ)【故】仲綱(なかつな)が天下(てんが)のわらはれぐ
さ【笑はれ草】とならんずるこそやす【安】からね」とて、大(おほき)にいきど
をら(いきどほら)【憤ら】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)これをきき、伊豆守(いづのかみ)にむ
P04066
か(ッ)て、「何事(なにごと)のあるべきとおもひ【思ひ】あなづ(ッ)て、平家(へいけ)の
人(ひと)共(ども)が、さやうのしれ【痴】事(ごと)をいふにこそあんなれ。其(その)儀(ぎ)
ならば、いのち【命】いき【生き】てもなにかせん。便宜(びんぎ)をうかがふ(うかがう)【窺う】
てこそあらめ」とて、わたくしにはおもひ【思ひ】もたたず、宮(みや)を
すす【勧】め申(まうし)たりけるとぞ、後(のち)にはきこえし。これにつ
けても、天下(てんが)の人(ひと)、小松(こまつ)のおとどの御事(おんこと)をぞしのび【忍び】
申(まうし)ける。或(ある)時(とき)、小松殿(こまつどの)参内(さんだい)の次(ついで)(つゐで)に、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)の御方(おかた)へま
いら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひたりけるに、八尺(はつしやく)ばかりあり【有り】けるくちなはが、
P04067
おとどのさしぬきの左(ひだり)のりん【輪】をはひ【這ひ】まはりけるを、
重盛(しげもり)さはが(さわが)【騒が】ば、女房達(にようばうたち)もさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)もおどろか
せ給(たまひ)なんずとおぼしめし【思召し】、左(ひだり)の手(て)でくP293ちなはの
を【尾】をさへ(おさへ)、右(みぎ)の手(て)でかしらをとり、直衣(なほし)(なをし)の袖(そで)のう
ちにひきい【引入】れ、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず、つゐ(つい)立(た)(ッ)て、「六位(ろくゐ)や候(さうらふ)六位(ろくゐ)や候(さうらふ)」
とめされければ、伊豆守(いづのかみ)、其(その)比(ころ)はいまだ衛府蔵人(ゑふのくらんど)
でをはし(おはし)けるが、「仲綱(なかつな)」となの(ッ)【名乗つ】てまいら(まゐら)【参ら】れたりけるに、
此(この)くちなはをた【賜】ぶ。給(たまはつ)て弓場殿(ゆばどの)をへ【経】て、殿上(てんじやう)の
P04068
小庭(こには)にいでつつ、御倉(みくら)の小舎人(こどねり)をめして、「これ
給(たま)はれ」といはれければ、大(おほき)にかしら【頭】をふ(ッ)てにげさ
りぬ。ちから【力】をよば(およば)【及ば】で、わが郎等(らうどう)競(きほふ)(きをほ)の滝口(たきぐち)をめ
して、これをた【賜】ぶ。給(たま)は(ッ)てすてて(ン)げり。そのあした
小松殿(こまつどの)よい馬(むま)に鞍(くら)おいて、伊豆守(いづのかみ)のもとへつかはす
とて、「さても昨日(きのふ)のふるまい(ふるまひ)こそ、ゆう(いう)【優】に候(さうらひ)しか。是(これ)は
のり【乗り】一(いち)の馬(むま)で候(さうらふ)。夜陰(やいん)(やゐん)に及(およん)(をよん)で、陣外(ぢんぐわい)より傾城(けいせい)の
もとへかよ【通】はれん時(とき)、もち【用】ゐらるべし」とてつかはさる。
P04069
伊豆守(いづのかみ)、大臣(おとど)の御返事(おんペんじ)なれば、「御馬(おんむま)かしこま(ッ)て
給(たま)はり候(さうらひ)ぬ。昨日(きのふ)のふるまい(ふるまひ)は、還城楽(げんじやうらく)にこそに【似】て候(さうらひ)
しか」とぞ申(まう)されける。いかなれば、小松(こまつ)おとどはかう
こそゆゆしうおはせしに、宗盛卿(むねもりのきやう)はさこそなからめ、
あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】人(ひと)のおしむ(をしむ)【惜しむ】馬(むま)こひ【乞ひ】と(ッ)て、天下(てんが)の大事(だいじ)に
及(および)(をよび)ぬるこそうたてけれ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)の夜(よ)に入(い)(ッ)て、源(げん)
三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)頼政(よりまさ)、嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫
判官(だいふのはんぐわん)兼綱(かねつな)、六条[B ノ]蔵人(ろくでうのくらんど)仲家(なかいへ)、其(その)子(こ)蔵人(くらんど)太郎(たらう)
P04070
仲光(なかみつ)以下(いげ)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三百余騎(さんびやくよき)館(たち)に火(ひ)かけ
や【焼】きあげて、三井寺(みゐでら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。P294三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)
の侍(さぶらひ)に、源三(げんざう)滝口(たきぐちの)競(きほふ)(きをほ)といふ物(もの)あり【有り】。は【馳】せおくれ
てとど【留】ま(ッ)たりけるを、前(さきの)右大将(うだいしやう)、競(きほふ)(きをほ)をめして、「いかに
なんぢは三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)のともをばせでとどま(ッ)たるぞ」
との給(たまひ)ければ、競(きほふ)(きをほ)畏(かしこまり)て申(まうし)ける、「自然(しぜん)の事(こと)候(さうら)はば、
ま(ッ)さきかけて命(いのち)をたてまつら【奉ら】んとこそ、日来(ひごろ)は
存(ぞんじ)て、候(さうらひ)つれども、何(なに)とおもは【思は】れ候(さうらひ)けるやらん、かうとも
P04071
おほ【仰】せられ候(さうら)はず」。「抑(そもそも)朝敵(てうてき)頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ぼうし)に同心(どうしん)せ
むとやおもふ【思ふ】。又(また)これにも兼参(けんざん)の物(もの)ぞかし。先途(せんど)
後栄(こうえい)(こうゑい)を存(ぞん)じて、当家(たうけ)に奉公(ほうこう)いたさんとや
おもふ【思ふ】。あり【有り】のままに申(まう)せ」とこその給(たま)ひければ、競(きほふ)(きをほ)
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「相伝(さうでん)のよしみはさる事(こと)に
て候(さうら)へども、いかが朝敵(てうてき)となれる人(ひと)に同心(どうしん)をばし候(さうらふ)べき。
殿中(てんちゆう)(てんちう)に奉公(ほうこう)仕(つかまつら)うずる候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、「さらば奉公(ほうこう)
せよ。頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ぼうし)がしけん恩(おん)(をん)には、ち(ッ)ともおとるまじき
P04072
ぞ」とて、入(いり)給(たま)ひぬ。さぶらひには、「競(きほふ)(きをほ)はあるか」。「候(さうらふ)」。「競(きほふ)はある
か」。「候(さうらふ)」とて、あしたより夕(ゆふべ)に及(およぶ)(をよぶ)まで祗候(しこう)(しかう)す。やうやう
日(ひ)もくれければ、大将(だいしやう)い【出】でられたり。競(きほふ)かしこま(ッ)て
申(まうし)けるは、「三位(さんみ)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)三井寺(みゐでら)にときこえ【聞え】候(さうらふ)。さだめて
打手(うつて)む【向】けられ候(さうら)はんずらん。心(こころ)にくうも候(さうら)はず。三井
寺(みゐでら)(みいでら)法師(ぼふし)(ぼうし)、さては渡辺(わたなべ)のした【親】しいやつ原(ばら)こそ候(さうらふ)ら
め[* 「候うめ」と有るのを他本により訂正]。ゑりうち(えりうち)【択打】な(ン)ど(など)もし候(さうらふ)べきに、の(ッ)【乗つ】て事(こと)にあふべき
馬(むま)の候(さうらひ)つる〔を〕、した【親】しいやつめにぬす【盜】まれて候(さうらふ)。御馬(おんむま)
P04073
一疋(いつぴき)くだしあづか【預】るべうや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、P295大将(だいしやう)
「も(ッ)ともさるべし」とて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)の煖廷(なんれう)とて
秘蔵(ひさう)せられたりけるに、よい鞍(くら)おいてぞた【賜】う
だりける。競(きほふ)やかた【館】にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、「はや【早】日(ひ)のくれよ
かし。此(この)馬(むま)に打乗(うちのり)て三井寺(みゐでら)へはせまいり(まゐり)【参り】、三位(さんみ)
入道(にふだう)(にうだう)殿(どの)のま(ッ)さき【真先】かけて打死(うちじに)せん」とぞ申(まうし)ける。
日(ひ)もやうやうくれければ、妻子共(さいしども)かしこここへたち
しのば【忍ば】せて、三井寺(みゐでら)へ出立(いでたち)ける心(こころ)のうちこそむざん【無慚】
P04074
なれ。ひやうもんの狩衣(かりぎぬ)の菊(きく)とぢ【綴】おほ【大】きら
かにしたるに、重代(ぢゆうだい)(ぢうだい)のきせなが、ひおどし(ひをどし)【緋縅】のよろひ
に星(ほし)じろ【白】の甲(かぶと)の緒(を)(お)をしめ、いか物(もの)づくりの大
太刀(おほだち)はき、廿四(にじふし)さ【差】いたる大(おほ)なかぐろ【中黒】の矢(や)おひ、滝
口(たきぐち)の骨法(こつぽふ)(こつぽう)わすれ【忘れ】じとや、鷹(たか)の羽(は)にてはい
だりける的矢(まとや)一手(ひとて)ぞさしそへたる。しげどう【滋籐】
の弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、煖廷(なんれう)にうちのり、のりかへ一騎(いつき)う
ちぐし【具し】、とねり男(をとこ)(おとこ)にもたて【楯】わき【脇】ばさませ、屋形(やかた)に
P04075
火(ひ)かけや【焼】きあげて、三井寺(みゐでら)へこそ馳(はせ)たりけれ。
六波羅(ろくはら)には、競(きほふ)(きをほ)が宿所(しゆくしよ)より火(ひ)い【出】できたりとて、ひ
しめきけり。大将(だいしやう)いそぎい【出】でて、「競(きほふ)はあるか」とたづね
給(たま)ふに、「候(さうら)はず」と申(まう)す。「すわ、きやつを手(て)のべ【延べ】にして、
たばかられぬるは。お(ッ)か【追掛】けてうて」との給(たま)へども、競(きほふ)は
もとよりすぐれたるつよ弓(ゆみ)せい【精】兵(びやう)、矢(や)つぎばやの
手(て)きき、大(だい)ぢから【力】の甲(かう)の物(もの)、「廿四(にじふし)さいたる矢(や)でまづ
廿四人(にじふしにん)は射(い)(ゐ)ころされなんず。おと【音】なせそ」とて、むかふ
P04076
物(もの)こそなかりけれ。P296三井寺(みゐでら)にはおりふし(をりふし)【折節】競(きほふ)が沙汰(さた)
あり【有り】けり。渡辺党(わたなべたう)「競(きほふ)(きをほ)をばめしぐす【召具す】べう候(さうらひ)つる
物(もの)を。六波羅(ろくはら)にのこり【残り】とどま(ッ)て、いかなるうき目(め)
にかあひ候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)心(こころ)をし(ッ)て、「よも
その物(もの)、無台(むたい)にとらへから【搦】められはせじ。入道(にふだう)に心(こころ)ざし
ふかい物(もの)也(なり)。いまみよ【見よ】、只今(ただいま)まいら(まゐら)【参ら】(ン)ずるぞ」との給(たま)ひ
もはてねば、競(きほふ)つ(ッ)といできたり。「さればこそ」とぞの
給(たま)ひける。競(きほふ)かしこま(ッ)て申(まうし)けるは、「伊豆守殿(いづのかみどの)の木(こ)の
P04077
した【下】がかはりに、六波羅(ろくはら)の煖廷(なんれう)こそと(ッ)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
候(さうら)へ。まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、伊豆守(いづのかみ)にたてまつる【奉る】。伊
豆守(いづのかみ)なのめならず悦(よろこび)て、やがて尾髪(をかみ)(おかみ)をきり、かな
やき【鉄焼】して、次(つぎ)の夜(よ)六波羅(ろくはら)へつかはし、夜半(やはん)ばかり
門(もん)のうちへぞおひい【追入】れたる。馬(むま)やにい(ッ)【入つ】て馬(むま)どもに
く【食】ひあひければ、とねり【舎人】おどろきあひ、「煖廷(なんれう)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」
と申(まう)す。大将(だいしやう)いそぎい【出】でて見(み)給(たま)へば、「昔(むかし)は煖廷(なんれう)、今(いま)は平(たひら)(たいら)
の宗盛(むねもり)入道(にふだう)(にうだう)」といふかなやき【鉄焼】をぞしたりける。大将(だいしやう)「や
P04078
すからぬ競(きほふ)めを、手(て)のび【延び】にしてたばかられぬる事(こと)
こそ遺恨(ゐこん)(いこん)なれ。今度(こんど)三井寺(みゐでら)へよ【寄】せたらんには、いか
にもしてまづ競(きほふ)めをいけどりにせよ。のこぎり【鋸】で
頸(くび)きらん」とて、おどり(をどり)【躍り】あがりおどり(をどり)【躍り】あがりいか【怒】られけれども、南
丁(なんちやう)が尾(を)かみ【髪】もおい(おひ)【生ひ】ず、かなやき【鉄焼】も又(また)うせざりけり。P297
山門(さんもんへの)牒状(てふじやう)(てうじやう)S0704 三井寺(みゐでら)には貝鐘(かいかね)な【鳴】らいて、大衆(だいしゆ)僉議(せんぎ)す。「近日(きんじつ)世上(せじやう)の
体(てい)を案(あん)ずるに、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の衰微(すいび)、王法(わうぼふ)(わうぼう)の牢籠(らうろう)、まさに
此(この)時(とき)にあたれり。今度(こんど)清盛(きよもり)入道(にふだう)(にうだう)が暴悪(ぼうあく)をいまし
P04079
めず(ン)ば、何日(いづれのひ)をか期(ご)すべき。宮(みや)ここに入御(じゆぎよ)の御事(おんこと)、
正八幡宮(しやうはちまんぐう)の衛護(ゑご)、新羅大明神(しんらだいみやうじん)の冥助(みやうじよ)にあらずや。
天衆地類(てんじゆぢるい)も影向(やうがう)をたれ、仏力神力(ぶつりきじんりき)も降伏(がうぶく)
をくはへまします事(こと)などかなかるべき。抑(そもそも)北嶺(ほくれい)は
円宗(ゑんしゆう)(ゑんしう)一味(いちみ)の学地(がくぢ)、南都(なんと)は夏臈得度(げらうとくど)の戒定(かいぢやう)也(なり)。
牒奏(てふそう)(てうそう)のところ【所】に、などかくみ【与】せざるべき」と、一味(いちみ)同心(どうしん)に
僉議(せんぎ)して、山(やま)へも奈良(なら)へも牒状(てふじやう)(てうじやう)をこそおくり
けれ。山門(さんもん)への状云(じやうにいはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てふ)(てう)す、延暦寺(えんりやくじ)の衙(が)殊(こと)に
P04080
合力(かふりよく)(かうりよく)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られんとお
もふ【思ふ】状(じやう)右(みぎ)入道(にふだう)(にうだう)浄海(じやうかい)、ほしいままに王法(わうぼふ)(わうぼう)をうしなひ【失ひ】、
仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼさんとす。愁歎(しうたん)無極(きはまりなき)ところ【所】に、去(さんぬ)る
十五日(じふごにち)の夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の王子(わうじ)、ひそかに入寺(にふじ)(にうじ)せし
め給(たま)ふ。爰(ここに)院宣(ゐんぜん)と号(かう)していだし【出し】たてまつる【奉る】べき
よし、せめ【責】あり【有り】といへ共(ども)、出(いだ)したてまつる【奉る】にあたはず。
仍(よつ)て官軍(くわんぐん)をはな【放】ちつかはすべきむね、聞(きこ)へ(きこえ)あり【有り】。当
寺(たうじ)の破滅(はめつ)、まさに此(この)時(とき)にあたれり。諸衆(しよしゆう)(しよしう)何(なん)ぞ愁歎(しうたん)
P04081
せざらんや。就中(なかんづく)に延暦(えんりやく)・園P298城(をんじやう)両寺(りやうじ)は、門跡(もんぜき)
二(ふたつ)に相分(あひわか)るといへども、学(がく)するところ【所】は是(これ)円頓(ゑんどん)一
味(いちみ)の教門(けうもん)におなじ。たとへば鳥(とり)の左右(さいう)(さゆう)の翅(つばさ)の如(ごと)し。
又(また)車(くるま)の二(ふたつ)の輪(わ)に似(に)たり。一方(いつぱう)闕(か)けんにおいては、
いかでかそのなげき【歎】なからんや。者(てへれば)ことに合力(かふりよく)(かうりよく)いた
して、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られば、早(はや)く年来(ねんらい)の
遺恨(ゐこん)(いこん)を忘(わすれ)て、住山(ぢゆうさん)(ぢうさん)の昔(むかし)に復(ふく)せん。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)
かくの如(ごと)し。仍(よつて)牒奏(てふそう)(てうそう)件(くだん)の如(ごと)し。治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)
P04082
大衆等(だいしゆら)とぞか【書】いたりける。南都牒状(なんとてふじやう)(なんとてうじやう)S0408 山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)此(この)状(じやう)を披
見(ひけん)して、「こはいかに、当山(たうざん)の末寺(まつじ)であり【有り】ながら、鳥(とり)の左
右(さいう)(さゆう)の翅(つばさ)の如(ごと)し、又(また)車(くるま)の二(ふたつ)の輪(わ)に似(に)たりと、おさ【抑】へて
書(かく)でう【条】奇怪(きくわい)也(なり)」とて、返牒(へんでふ)(へんでう)ををくら(おくら)【送ら】ず。其上(そのうへ)入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)、天台座主(てんだいざす)明雲大僧正(めいうんだいそうじやう)に衆徒(しゆと)をしずめらる
べきよしの給(たま)ひければ、座主(ざす)いそぎ登山(とうざん)して
大衆(だいしゆ)をしづめ給(たま)ふ。かかりし間(あひだ)(あいだ)、宮(みや)の御方(おんかた)へは不定(ふぢやう)の
よしをぞ申(まうし)ける。又(また)入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、近江米(あふみごめ)二万石(にまんごく)、北国(ほつこく)の
P04083
おりのべぎぬ【織延絹】三千疋(さんぜんびき)、往来(わうらい)によ【寄】せらる。これを
たにだに【谷々】峯々(みねみね)にひかれけるに、俄(にはか)P299の事(こと)ではあり【有り】、
一人(いちにん)してあまたをとる大衆(だいしゆ)もあり【有り】、又(また)手(て)をむな
しうして一(ひとつ)もとらぬ衆徒(しゆと)もあり【有り】。なに物(もの)のしわ
ざにや有(あり)けん、落書(らくしよ)をぞしたりける。
山法師(やまぼふし)(やまぼうし)おりのべ衣(ごろも)うすくして
恥(はぢ)をばえこそかくさ【隠さ】ざりけれ W022
又(また)きぬにもあたらぬ大衆(だいしゆ)のよみたりけるやらん、
P04084
おりのべを一(ひと)きれもえぬわれら【我等】さへ
うすはぢ【薄恥】をかくかずに入(いる)かな W023
又(また)南都(なんと)への状(じやう)に云(いはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てふ)(てう)す、興福寺[B ノ](こうぶくじの)衙(が)殊(こと)
に合力(かふりよく)(かうりよく)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られんと
乞(こふ)(こう)状(じやう)右(みぎ)仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の殊勝(しゆせう)なる事(こと)は、王法(わうぼふ)(わうぼう)をまぼらんが
ため、王法(わうぼふ)(わうぼう)又(また)長久(ちやうきう)なる事(こと)は、すなはち仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)による。
爰(ここ)に入道(にふだう)(にうだう)前太政大臣(さきのだいじやうだいじん)平(たひらの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)清盛公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)(ほうみやう)浄海(じやうかい)、
ほしいままに国威(こくゐ)をひそかにし、朝政(てうせい)をみだり、内(うち)に
P04085
つけ外(ほか)につけ、恨(うらみ)をなし歎(なげき)をなす間(あひだ)(あいだ)、今月(こんげつ)
十五日[B ノ](じふごにちの)夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の王子(わうじ)、不慮(ふりよ)の難(なん)をのが
れんがために、にはかに入寺(にふじ)(にうじ)せしめ給(たま)ふ。ここに院
宣(ゐんぜん)と号(かう)して出(いだ)したてまつる【奉る】べきむね、せめあり【有り】
といへども、衆徒(しゆと)一向(いつかう)これををしみ奉(たてまつ)る。仍(よつて)彼(かの)禅門(ぜんもん)、
武士(ぶし)を当寺(たうじ)にいれ【入れ】んとす。仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)と云(いひ)王法(わうぼふ)(わうぼう)〔と〕云(いひ)、一
時(いちじ)にまさに破滅(はめつ)せんとす。昔(むかし)唐(たう)の恵正【*会昌】天子(ゑしやうてんし)、
軍兵(ぐんびやう)をも(ッ)て仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼさしめし時(とき)、清凉山(せいりやうざん)
P04086
の衆(しゆ)、合戦(かつせん)をいたしてこP300れをふせ【防】く。王権(わうけん)猶(なほ)(なを)
かくの如(ごと)し。何(なんぞ)况(いはん)や謀叛(むほん)八逆(はちぎやく)の輩(ともがら)においてをや。
就中(なかんづく)に南京(なんきやう)は例(れい)なくて罪(つみ)なき長者(ちやうじや)を配
流(はいる)せらる。今度(こんど)にあらずは、何日(いづれのひ)か会稽(くわいけい)をとげん。
ねがはくは、衆徒(しゆと)、内(うち)には仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の破滅(はめつ)をたすけ、外(ほか)には
悪逆(あくぎやく)の伴類(はんるい)を退(しりぞ)けば、同心(どうしん)のいたり本懐(ほんぐわい)に足(たん)
ぬべし。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如(ごと)し。仍(よつて)牒奏(てふそう)(てうそう)如件(くだんのごとし)。治
承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)大衆等(だいしゆら)とぞか【書】いたりける。南都(なんと)
P04087
の大衆(だいしゆ)、此(この)状(じやう)を披見(ひけん)して、やがて返牒(へんでふ)(へんじやう)ををくる(おくる)【送る】。
其(その)返牒(へんでふ)(へんじやう)に云(いはく)、興福寺(こうぶくじ)牒(てふ)(てう)す、園城寺(をんじやうじ)の衙(が)来牒(らいてふ)(らいてう)
一紙(いつし)に載(のせ)られたり。右(みぎ)入道(にふだう)(にうだう)浄海(じやうかい)が為(ため)に、貴寺(きじ)の
仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼさんとするよしの事(こと)。牒(てふ)(てう)す、玉泉(ぎよくせん)
玉花(ぎよくくわ)、両家(りやうか)の宗義(しゆうぎ)(しうぎ)を立(たつ)といへども、金章金句(きんしやうきんく)お
なじく一代(いちだい)教文(けうもん)より出(いで)たり。南京北京(なんきやうほくきやう)ともにも(ッ)て
如来(によらい)の弟子(でし)たり。自寺他寺(じじたじ)互(たがひ)に調達(てうだつ)が魔
障(ましやう)を伏(ふく)すべし。抑(そもそも)清盛(きよもり)入道(にふだう)(にうだう)は平氏(へいじ)の糟糠(さうかう)、武
P04088
家(ぶけ)の塵芥(ちんがい)なり。祖父(そぶ)正盛(まさもり)蔵人(くらんど)五位(ごゐ)の家(いへ)に仕(つか)へ
て、諸国受領(しよこくじゆりやう)の鞭(むち)をとる。大蔵卿(おほくらのきやう)為房(ためふさ)賀州(かしう)刺
史(しし)のいにしへ、検非所(けんびしよ)に補(ふ)し、修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)
播磨[B ノ]大守(はりまのたいしゆ)た(ッ)し昔(むかし)、厩[B ノ](むまやの)別当職(べつたうしよく)に任(にん)ず。P301しかるを
親父(しんぶ)忠盛(ただもり)昇殿(しようでん)(せうでん)をゆるされし時(とき)、都鄙(とひ)の老少(らうせう)
みな蓬戸(ほうこの)瑕瑾(かきん)ををしみ、内外(ないげ)の栄幸(えいかう)(ゑいかう)をのをの(おのおの)【各々】
馬台(ばたい)の辰門(しんもん)に啼(な)く。忠盛(ただもり)青雲(せいうん)の翅(つばさ)を刷(かいつくろう)と
いへども、世(よ)の民(たみ)なを(なほ)【猶】白屋(はくをく)の種(たね)をかろんず。名(な)をを
P04089
しむ青侍(せいし)、其(その)家(いへ)にのぞむ事(こと)なし。しかるを去(さんぬ)る
平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、太上天皇(だいじやうてんわう)一戦(いつせん)の功(こう)を感(かん)じて、不
次(ふし)の賞(しやう)を授(さづけ)給(たま)ひしよりこのかた、たかく相国(しやうこく)に
のぼり、兼(かね)て兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を給(たま)はる。男子(なんし)或(あるい)(あるひ)は台階(たいかい)をかた
じけなうし、或(あるい)(あるひ)は羽林(うりん)につらなる。女子(によし)或(ある)は中官
職(ちゆうぐうしき)(ちうぐうしき)にそなはり、或(ある)は准后(じゆんごう)の宣(せん)を蒙(かうぶ)る。群弟庶子(くんていそし)
みな棘路(きよくろ)にあゆみ、其(その)孫(まご)彼(かの)甥(をひ)(おい)ことごとく【悉く】竹符(ちくふ)をさく。
しかのみならず、九州(きうしう)を統領(とうりやう)し、百司(はくし)を進退(しんだい)
P04090
して、奴婢(ぬび)みな僕従(ぼくじゆう)となす。一毛(いちもう)心(こころ)にたがへ【違へ】ば、王
侯(わうこう)といへどもこれをとらへ、片言(へんげん)耳(みみ)にさかふれば、
公卿(くぎやう)といへ共(ども)これをからむ。これによ(ッ)て或(あるい)(あるひ)は一旦(いつたん)
の身命(しんみやう)をのべんがため、或(あるい)(あるひ)は片時(へんし)の凌蹂(りようじう)(れうじう)をのが
れんとおも(ッ)て万乗(ばんじよう)(ばんぜう)の聖主(せいしゆ)猶(なほ)(なを)緬転(めんてん)の媚(こび)をなし、
重代(ぢゆうだい)(ぢうだい)の家君(かくん)かへ(ッ)て(かへつて)【却つて】膝行(しつかう)の礼(れい)をいたす。代々(だいだい)相
伝(さうでん)の家領(けりやう)(けれう)を奪(うば)ふといへども、しやうさい【上宰】もおそれ【恐れ】
て舌(した)をまき、みやみや【宮々】相承(さうじよう)(さうぜう)の庄園(しやうゑん)をとるといへ共(ども)、
P04091
権威(けんゐ)にはばか(ッ)て物(もの)いふ事(こと)なし。勝(かつ)にのるあまり、
去年(こぞ)の冬(ふゆ)十一月(じふいちぐわつ)、太上皇(たいしやうくわう)のすみかを追補(ついふ)し、博陸
公(はくりくこう)の身(み)ををし(おし)【推し】なが【流】す。反逆(ほんぎやく)の甚(はなはだ)しい事(こと)、誠(まこと)に古今(ここん)
に絶(たへ)たり。其(その)時(とき)我等(われら)、すべからく賊衆(ぞくしゆ)にゆき向(むかふ)て
其(その)罪(つみ)を問(とふ)べしといへ共(ども)、或(あるい)(あるひ)は神慮(しんりよ)P302にあひはばかり、
或(あるい)は綸言(りんげん)と称(せう)するによ(ッ)て、鬱陶(うつたう)をおさへ光陰(くわういん)(くわうゐん)を
送(おく)(をく)るあひだ、かさねて軍兵(ぐんびやう)ををこし(おこし)【起こし】て、一院(いちゐん)第二(だいに)
の親王宮(しんわうぐう)をうちかこむところ【所】に、八幡(はちまん)三所(さんじよ)・春日(かすが)
P04092
の大明神(だいみやうじん)、ひそかに影向(やうがう)をたれ、仙蹕(せんひつ)をささげ
たてまつり【奉り】、貴寺(きじ)におくりつけて、新羅(しんら)のとぼ
そ【扉】にあづけたてまつる【奉る】。王法(わうぼふ)(わうぼう)つく【尽く】[* 「つき」と有るのを他本により訂正]べからざるむねあ
きらけし。随(したが)(ッ)て又(また)貴寺(きじ)身命(しんみやう)をすてて守護(しゆご)し
奉(たてまつ)る条(でう)、含識(がんじき)のたぐひ、誰(たれ)か随喜(ずいき)せざらん。我等(われら)
遠拭【*遠域】(ゑんゐき)にあ(ッ)て、そのなさけを感(かん)ずるところ【所】に、清盛(きよもり)
入道(にふだう)(にうだう)尚(なほ)(なを)胸気(きようき)(けうき)ををこし(おこし)【起こし】て、貴寺(きじ)に入(い)らんとするよし、
ほのかに承(うけたまはり)及(およぶ)(をよぶ)をも(ッ)て、兼(かね)て用意(ようい)をいたす。十八日(じふはちにち)
P04093
辰(たつの)一点(いつてん)に大衆(だいしゆ)ををこし(おこし)【起こし】、諸寺(しよじ)に牒奏(てふそう)(てうそう)し、末寺(まつじ)
に下知(げぢ)し、軍士(ぐんし)をゑ(え)【得】て後(のち)、案内(あんない)を達(たつ)せんとする
ところ【所】に、青鳥(せいてう)飛来(とびきたり)てはうかん【芳翰】をな【投】げたり。数日(すじつ)
の鬱念(うつねん)一時(いつし)に解散(げさん)す。彼(か)の唐家(たうか)清凉(せいりやう)一山(いつさん)の
■蒭(ひつしゆ)(ひ(ツ)しゆ)、猶(なほ)ぶそう【武宗】の官兵(くわんびやう)を帰(か)へす。况(いはん)や和国(わこく)南
北(なんぼく)両門(りやうもん)の衆徒(しゆと)、なんぞ謀臣(ぼうしん)の邪類(じやるい)をはらはざら
むや。よくりやうゑん【梁園】左右(さう)の陣(ぢん)をかためて、
よろしく我等(われら)が近発(きんぽつ)のつげを待(まつ)べし。状(じやう)を察(さつ)し
P04094
て疑貽(ぎたい)をなす事(こと)なかれ。も(ッ)て牒(てふ)(てう)す。治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)
五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)大衆等(だいしゆら)とぞかい【書い】たりける。P303永(ながの)僉議(せんぎ)S0409 三井寺(みゐでら)には又(また)
大衆(だいしゆ)おこ(ッ)て僉議(せんぎ)す。「山門(さんもん)は心(こころ)がはりしつ。南都(なんと)はい
まだまいら(まゐら)【参ら】ず。此(この)事(こと)の【延】びてはあしかりなん。いざや六
波羅(ろくはら)におしよせて、夜打(ようち)にせん。其(その)儀(ぎ)ならば、老少(らうせう)
二手(ふたて)にわか(ッ)て老僧(らうそう)どもは如意(によい)が峯(みね)より搦手(からめで)に
むかふべし。足(あし)がる【軽】共(ども)四五百人(しごひやくにん)さきだて【先立て】、白河(しらかは)の在
家(ざいけ)に火(ひ)をかけてや【焼】きあげば、在京人(ざいきやうにん)六波羅(ろくはら)の武士(ぶし)、
P04095
「あはや事(こと)いできたり」とて、はせむか【馳向】はんずらん。其(その)時(とき)
岩坂(いはさか)・桜本(さくらもと)にひ(ッ)(ひつ)【引つ】かけひ(ッ)(ひつ)【引つ】かけ、し(ン)ばし(しばし)ささへ【支へ】てたた【戦】かはん
まに、大手(おほて)は伊豆守(いづのかみ)を大将軍(たいしやうぐん)にて、悪僧共(あくそうども)六波
羅(ろくはら)におしよせ、風(かぜ)うへ【上】に火(ひ)かけ、一(ひと)もみ【揉】もうでせ
め【攻め】んに、などか太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)やきいだ【焼出】いてうた【討た】ざるべき」とぞ
僉議(せんぎ)しける。其(その)なかに、平家(へいけ)のいの【祈】りしける一如房(いちによばう)の
阿闍梨(あじやり)真海(しんかい)、弟子(でし)同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)ひきぐし【具し】、僉議(せんぎ)の庭(には)
にすす【進】みいでて申(まうし)けるは、「かう申(まう)せば平家(へいけ)のかたうど【方人】と
P04096
やおぼしめさ【思召さ】れ候(さうらふ)らん。たとひさも候(さうら)へ、いかが衆徒(しゆと)の儀(ぎ)
をもやぶり、我(わが)寺(てら)の名(な)をもおしま(をしま)【惜しま】で候(さうらふ)べき。昔(むかし)は源
平(げんぺい)左右(さう)にあら【争】そひて、朝家(てうか)の御(おん)まぼりたりしか
ども、ちかごろは源氏(げんじ)の運(うん)かたぶき、平家(へいけ)世(よ)をと(ッ)て
廿(にじふ)余(よ)年(ねん)、天下(てんが)になびかぬ草木(くさき)も候(さうら)はず。内々(ないない)のたち【館】
のありさまも、小勢(こぜい)にてはたやすうせめ【攻め】おとしがたP304し。
さればよくよく外(ほか)にはかり事(こと)をめぐらして、勢(せい)をもよほし、
後日(ごにち)によ【寄】せさせ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と、程(ほど)をのば【延ば】さんが
P04097
ために、ながながとぞ僉議(せんぎ)したる。ここに乗円房(じようゑんばう)(ぜうゑんばう)の
阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)といふ老僧(らうそう)あり【有り】。衣(ころも)のしたに腹巻(はらまき)
をき【着】、大(おほき)なるうちがたな【打刀】まへだれ【前垂】にさし、ほうし(ほふし)がし
ら【法師頭】つつむ(つつん)で、白柄(しらゑ)の大長刀(なぎなた)杖(つゑ)(つえ)につき、僉議(せんぎ)の庭(には)にすす
みいでて申(まうし)けるは、「証拠(しようこ)を外(ほか)にひく【引く】べからず。我等(われら)
の本願(ほんぐわん)天武天皇(てんむてんわう)は、いまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、大友(おほとも)の皇子(わうじ)
にはばからせ給(たま)ひて、よし【吉】野(の)のおくをい【出】でさせ給(たま)ひ、
大和国(やまとのくに)宇多郡(うだのこほり)をすぎさせ給(たま)ひけるには、其(その)勢(せい)
P04098
はつかに十七(じふしち)騎(き)、されども伊賀(いが)伊勢(いせ)にうちこへ(こえ)【越え】、
美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)(おはり)の勢(せい)をも(ッ)て、大友(おほとも)の皇子(わうじ)をほろぼして、
つゐに(つひに)【遂に】位(くらゐ)につかせ給(たま)ひき。「窮鳥(きうてう)懐(ふところ)に入(いる)。人輪【*人倫】(じんりん)これ
をあはれむ」といふ本文(ほんもん)あり【有り】。自余(じよ)はしら【知ら】ず、慶秀(けいしう)
が門徒(もんと)においては、今夜(こよひ)六波羅(ろくはら)におしよせて、打死(うちじに)
せよや」とぞ僉議(せんぎ)しける。円満院(ゑんまんゐんの)大輔(たいふ)(たゆう)源覚(げんかく)、すすみ
いでて申(まうし)けるは、「僉議(せんぎ)はし【端】おほし。夜(よ)のふくるに、いそげや
すすめ」とぞ申(まうし)ける。大衆揃(だいしゆぞろへ)S0410 搦手(からめで)にむかふ老僧(らうそう)ども、大将軍(たいしやうぐん)
P04099
には、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)頼政(よりまさ)、乗円房[B ノ](じようゑんばうの)(ぜうゑんばうの)阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)、P305律
成房[B ノ]阿闍梨(りつじやうばうのあじやり)日胤(にちゐん)、帥(そつの)法印(ほふいん)(ほうゐん)禅智(ぜんち)、禅智(ぜんち)が弟子(でし)義
宝(ぎほう)・禅永(ぜんやう)(ぜんえう)をはじめとして、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)一千(いつせん)人(にん)、手々(てんで)(て(ン)で)に
たい松(まつ)も(ッ)【持つ】て如意(によい)が峯(みね)へぞむかひける。大手(おほて)の
大将軍(たいしやうぐん)には嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、
六条蔵人(ろくでうのくらんど)仲家(なかいへ)、其(その)子(こ)蔵人(くらんど)太郎(たらう)仲光(なかみつ)、大衆(だいしゆ)には円満
院(ゑんまんゐん)の大輔(たいふ)(たゆう)源覚(げんかく)、成喜院(じやうきゐん)の荒土佐(あらどさ)、律成房[B ノ]伊賀公(りつじやうばうのいがこう)、
法輪院(ほふりんゐん)(ほうりんゐん)の鬼佐渡(おにさど)、これらはちから【力】のつよさ、うち【打】
P04100
物(もの)も(ッ)【持つ】ては鬼(おに)にも神(かみ)にもあは【会は】ふ(う)どいふ、一人当千(いちにんたうぜん)(いちにんとうぜん)の
つは物(もの)也(なり)。平等院(びやうどうゐん)には因幡(いなばの)堅者(りつしや)荒大夫(あらだいふ)、角[B ノ](すみの)六郎房(ろくらうばう)、
島(しま)の阿闍梨(あじやり)、つつ【筒】井(ゐ)法師(ぼふし)(ぼうし)に卿[B ノ]阿闍梨(きやうのあじやり)、悪少
納言(あくせうなごん)、北[B ノ]院(きたのゐん)には金光院(こんくわうゐん)の六天狗(ろくてんぐ)、式部(しきぶ)・大輔(たいふ)(たゆう)・能登(のと)・
加賀(かが)・佐渡(さど)・備後等(びんごとう)也(なり)。松井(まつゐ)の肥後(ひご)(ひ(ン)ご)、証南院(しやうなんゐん)の筑後(ちくご)、
賀屋[B ノ]筑前(がやのちくぜん)、大矢(おほや)の俊長(しゆんちやう)、五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、乗円房[B ノ](じようゑんばうの)(ぜうゑんばうの)
阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)が房人(ばうにん)六十人(ろくじふにん)の内(うち)、加賀光乗(かがくわうぜう)、刑部
春秀(ぎやうぶしゆんしう)、法師原(ほふしばら)(ほうしばら)には一来(いちらい)法師(ほふし)(ほうし)にし【如】かざりけり。堂衆(たうじゆ)
P04101
にはつつ【筒】井(ゐ)の浄妙明秀(じやうめうめいしう)、小蔵[B ノ]尊月(をぐらのそんぐわつ)、尊永(そんゑい)・慈慶(じけい)・
楽住(らくぢゆう)(らくぢう)、かなこぶしの玄永(げんやう)(げんゑう)、武士(ぶし)には渡辺[B ノ]省(わたなべのはぶく)、播磨[B ノ]
次郎授(はりまのじらうさづく)、薩摩[B ノ]兵衛(さつまのひやうゑ)、長七唱(ちやうじつとなふ)、競[B ノ](きほふの)(きをほの)滝口(たきぐち)、与[B ノ](あたふの)右馬允(むまのじよう)(むまのぜう)、
続源太(つづくのげんた)、清(きよし)・勧(すすむ)を先(さき)として、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)一千五百(いつせんごひやく)
余人(よにん)、三井寺(みゐでら)をこそう(ッ)たち(うつたち)【打つ立ち】けれ。宮(みや)いら【入ら】せ給(たま)ひて
後(のち)は、大関小関(おほぜきこぜき)ほ【堀】りき(ッ)て、堀(ほり)ほり【掘り】さかも【逆茂】木(ぎ)ひい【引い】た
れば、堀(ほり)に橋(はし)わたし、さかも木(ぎ)ひきの【引除】くるな(ン)ど(など)しける
程(ほど)に、時剋(じこく)おしうつ(ッ)【移つ】て、関地(せきぢ)のには鳥(とり)【鶏】な【鳴】きあへり。
P04102
伊豆守(いづのかみ)の給(たま)ひけるは、「ここで鳥(とり)な【鳴】いては、六波羅(ろくはら)は
白P306昼(はくちう)にこそよ【寄】せんずれ。いかがせん」との給(たま)へば、円
満院(ゑんまんゐんの)大輔(たいふ)(たゆう)源覚(げんかく)、又(また)さき【先】のごとくすす【進】みいでて
僉議(せんぎ)しけるは、「昔(むかし)秦(しん)の昭王(せうわう)のとき、孟嘗君(まうしやうくん)めし
いましめ【召禁】られたりしに、きさきの御(おん)たすけによ(ッ)て、
兵物(つはもの)三千人(さんぜんにん)をひきぐし【具し】て、にげ【逃げ】まぬかれけるに、
凾谷関(かんこくのせき)にいたれり。鶏(にはとり)な【鳴】かぬかぎりは関(せき)の戸(と)を
ひらく事(こと)なし。孟嘗君(まうしやうくん)が三千(さんぜん)の客(かく)のなかに、てん
P04103
かつといふ兵物(つはもの)あり【有り】。鶏(にはとり)のなくまねをありがたく
しければ、鶏鳴(けいめい)ともいはれけり。彼(かの)鶏鳴(けいめい)たかき【高き】
ところ【所】にはしり【走り】あがり、にはとりのなく【鳴く】まねをし
たりければ、関路(せきぢ)のにはとりきき【聞き】つたへてみなな【鳴】きぬ。
其(その)時(とき)関(せき)もり【守】鳥(とり)のそらねにばか【化】されて、関(せき)の戸(と)
あけ【開け】てぞとをし(とほし)【通し】ける。これもかたきのはかり事(こと)にや
な【鳴】かすらん。ただよ【寄】せよ」とぞ申(まうし)ける。かかりし程(ほど)に五月(さつき)
のみじか夜(よ)、ほのぼのとこそあけ【明け】にけれ。伊豆守(いづのかみ)の給(たま)
P04104
ひけるは、「夜(よ)うち【討】にこそさりともとおもひ【思ひ】つれ
ども、ひるいくさ【昼軍】にはかなふ【叶ふ】まじ。あれよび【呼び】かへせや」
とて、搦手(からめで)、如意(によい)が峯(みね)よりよびかへす【返す】。大手(おほて)は松坂(まつざか)
よりと(ッ)てかへす【返す】。若大衆(わかだいしゆ)ども「これは一如房(いちによばう)阿闍梨(あじやり)
がなが僉議(せんぎ)にこそ夜(よ)はあけ【明け】たれ。おしよせて其(その)坊(ばう)
きれ【斬れ】」とて、坊(ばう)をさんざん【散々】にきる。ふせく【防く】ところ【所】の弟子(でし)、
同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)うたれぬ。一如坊阿(いちによばう)闍梨(あじやり)、はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】六波
羅(ろくはら)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、老眼(らうがん)より涙(なみだ)をながい【流い】て此(この)由(よし)う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】
P04105
申(まうし)けれ共(ども)、六波羅(ろくはら)には軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)馳(はせ)あつま(ッ)て、
さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)もなかりけり。P307同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)の暁(あかつき)、宮(みや)は「この寺(てら)
ばかりではかなう(かなふ)【適ふ】まじ。山門(さんもん)は心(こころ)がは【変】りしつ。南都(なんと)は
いまだまいら(まゐら)【参ら】ず。後日(ごにち)にな(ッ)てはあ【悪】しかりなん」とて、三
井寺(みゐでら)をいでさせ給(たま)ひて、南都(なんと)へいら【入ら】せおはし
ます。此(この)宮(みや)は蝉(せみ)をれ【折れ】・小枝(こえだ)ときこえし漢竹(かんちく)の
笛(ふえ)(ふゑ)をふたつもた【持た】せ給(たま)へり。かのせみおれ(せみをれ)と申(まうす)は、昔(むかし)
鳥羽院(とばのゐん)の御時(おんとき)、こがねを千両(せんりやう)宋朝(そうてう)の御門(みかど)へおく
P04106
らせ給(たまひ)たりければ、返報(へんぽう)とおぼしくて、いき【生き】たる
蝉(せみ)のごとくにふし【節】のついたる笛竹(ふえたけ)(ふゑたけ)をひとよ【一節】お
くらせ給(たま)ふ。「いかがこれ程(ほど)の重宝(ちようほう)(てうほう)をさう【左右】なうはゑ【彫】ら
すべき」とて、三井寺(みゐでら)の大進僧正(だいしんそうじやう)覚宗(かくしゆう)(かくしう)に仰(おほせ)て、壇上(だんじやう)に
た(ッ)て、七日(しちにち)加持(かぢ)してゑらせ給(たま)へる御笛(おんふえ)(おんふゑ)也(なり)。或(ある)時(とき)、高松(たかまつ)
の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)実平【*実衡】卿(さねひらのきやう)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、この御笛(おんふえ)(おんふゑ)をふ【吹】かれけるが、よの
つねの笛(ふえ)(ふゑ)のやうにおもひ【思ひ】はすれ(わすれ)【忘れ】て、ひざ【膝】よりしも【下】
におかれたりければ、笛(ふえ)(ふゑ)やとが【咎】めけん、其(その)時(とき)蝉(せみ)をれ【折れ】に
P04107
けり。さてこそ蝉(せみ)をれ【折れ】とはつけられたれ。笛(ふえ)(ふゑ)のおん【御】
器量(きりやう)たるによ(ッ)て、此(この)宮(みや)御相伝(ごさうでん)あり【有り】けり。されども、
いま【今】をかぎりとやおぼしめさ【思召さ】れけん、金堂(こんだう)の弥勒(みろく)に
まいら(まゐら)【参ら】させおはします。竜花(りゆうげ)(りうげ)の暁(あかつき)、値遇(ちぐ)の御(おん)ためかと
おぼえて、あはれ【哀】な(ッ)し事共(ことども)也(なり)。老僧(らうそう)どもにはみないとま【暇】た【賜】う
で、とど【留】めさせおはします。しかるべき若大衆(わかだいしゆ)悪僧(あくそう)どもは
まいり(まゐり)【参り】けり。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)の一類(いちるい)ひきぐし【具し】て、其(その)勢(せい)
一千人(いつせんにん)とぞきこえし。乗円房[B ノ](じようゑんばうの)(ぜうゑんばうの)阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)、鳩(はと)の
P04108
杖(つゑ)(つえ)にすが(ッ)て宮(みや)の御(おん)まへにまいり(まゐり)【参り】、老眼(らうがん)より涙(なみだ)をP308
はらはらとながい【流い】て申(まうし)けるは、「いづくまでも御(おん)とも仕(つかまつる)
べう候(さうら)へども、齢(よはひ)すでに八旬(はつしゆん)にたけて、行歩(ぎやうぶ)にかな
い(かなひ)【叶ひ】がたう候(さうらふ)。弟子(でし)で候(さうらふ)刑部房(ぎやうぶばう)俊秀(しゆんしう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。是(これ)は
一(ひと)とせ平治(へいぢ)の合戦(かつせん)の時(とき)、故左馬頭(こさまのかみ)義朝(よしとも)が手(て)に候(さうら)ひ
て、六条河原(ろくでうかはら)で打死(うちじに)仕(つかまつり)候(さうらひ)し相模国(さがみのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、山内(やまのうち)須藤(すどう)[* 「源藤」と有るのを高野本により訂正]
刑部(ぎやうぶの)丞(じよう)(ぜう)俊通(としみち)が子(こ)で候(さうらふ)。いささかゆかり候(さうらふ)あひだ、跡(あと)ふと
ころ【懐】でおうし(おほし)【生し】[* 「おこし」と有るのを高野本により訂正]たてて、心(こころ)のそこまでよくよくし(ッ)【知つ】て候(さうらふ)。いづ
P04109
くまでもめしぐせ【召具せ】られ候(さうらふ)べし」とて、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)てとど
まりぬ。宮(みや)もあはれ【哀】におぼしめし、「いつのよしみ【好】に
かうは申(まうす)らん」とて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。橋合戦(はしがつせん)S0411 宮(みや)は
宇治(うぢ)と寺(てら)とのあひだにて、六度(ろくど)までをん(おん)【御】落馬(らくば)
あり【有り】けり。これはさんぬる夜(よ)、御寝(ぎよしん)のならざりしゆへ(ゆゑ)【故】
なりとて、宇治橋(うぢはし)三間(さんげん)ひきはづ【外】し、平等院(びやうどうゐん)にいれ【入れ】たて
ま(ッ)て、しばらく御休息(ごきうそく)あり【有り】けり。六波羅(ろくはら)には、「すはや、
宮(みや)こそ南都(なんと)へおち【落ち】させ給(たま)ふなれ。お(ッ)【追つ】かけてうち【討ち】たて
P04110
まつれ」とて、大将軍(たいしやうぐん)には、左兵衛督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)、
左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)、薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、さぶらひ【侍】大将(だいしやう)には、上総
守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)、其(その)子(こ)上総(かづさの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)、飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)、
其(その)子(こ)飛騨(ひだの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)景高(かげたか)、高橋判官(たかはしのはんぐわん)長P309綱(ながつな)、河内判
官(かはちのはんぐわん)秀国(ひでくに)、武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有国(ありくに)、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうひやうゑの)尉(じよう)(ぜう)
盛継(もりつぎ)、上総五郎兵衛(かづさのごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)、悪七兵衛(あくしちびやうゑ)景清(かげきよ)を先(さき)と
して、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)二万八千余騎(にまんぱつせんよき)、木幡山(こはたやま)うちこえ【越え】
て、宇治橋(うぢはし)のつめにぞおしよ【寄】せたる。かたき平等院(びやうどうゐん)
P04111
にとみ【見】てんげれば、時(とき)をつくる事(こと)三ケ度(さんがど)、宮(みや)の御方(おんかた)にも
時(とき)の声(こゑ)をぞあは【合】せたる。先陣(せんぢん)が、「橋(はし)をひい【引い】たぞ、あや
まちすな。橋(はし)をひいたぞ、あやまちすな」と、どよみ
けれ共(ども)、後陣(ごぢん)はこれをきき【聞き】つけず、われ【我】さき【先】にと
すす【進】むほどに、先陣(せんぢん)二百余騎(にひやくよき)おしをとさ(おとさ)【落さ】れ、水(みづ)に
おぼ【溺】れてながれけり。橋(はし)の両方(りやうばう)のつめにう(ッ)た(ッ)(うつたつ)【打つ立つ】て矢
合(やあはせ)す。宮(みや)の御方(おんかた)には、大矢(おほや)の俊長(しゆんちやう)、五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、
渡辺(わたなべ)の省(はぶく)・授(さづく)・続(つづく)の源太(げんた)がゐ(い)【射】ける矢(や)ぞ、鎧(よろひ)もかけず、
P04112
楯(たて)もたまらずとほり【通り】ける。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)は、長絹(ちやうけん)のよ
ろひ直垂(びたたれ)にしながはおどし(しながはをどし)【科革縅】の鎧(よろひ)也(なり)。其(その)日(ひ)を最後(さいご)
とやおもは【思は】れけん、わざと甲(かぶと)はき【着】給(たま)はず。嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)
仲綱(なかつな)は、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、黒糸威(くろいとをどし)(くろいとおどし)の鎧(よろひ)也(なり)。弓(ゆみ)を
つようひか【引か】んとて、これも甲(かぶと)はき【着】ざりけり。ここに
五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、大長刀(おほなぎなた)のさや【鞘】をはづい【外い】て、只(ただ)一人(いちにん)
橋(はし)の上(うへ)にぞすす【進】んだる。平家(へいけ)の方(かた)にはこれをみて、
「あれゐ(い)【射】とれや物共(ものども)」とて、究竟(くつきやう)の弓(ゆみ)の上手(じやうず)どもが
P04113
矢(や)さき【先】をそろへて、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】に
ゐ(い)【射】る。但馬(たじま)すこしもさはが(さわが)【騒が】ず、あが【上】る矢(や)をばつゐ(つい)く
ぐ【潛】り、さが【下】る矢(や)をばおどり(をどり)【躍り】こへ(こえ)【越え】、むか(ッ)てくるをば長刀(なぎなた)で
き【斬】(ッ)ておとす。かたき【敵】もみかたも見物(けんぶつ)P310す。それよりして
こそ、矢(や)き【斬】りの但馬(たじま)とはいはれけれ。堂衆(だうじゆ)のなかに、
つつ【筒】井(ゐ)の浄妙明秀(じやうめうめいしう)は、かち(ン)(かち)【褐】の直垂(ひたたれ)に黒皮威(くろかはをどし)(くろかはおどし)の鎧(よろひ)
きて、五枚甲(ごまいかぶと)の緒(を)(お)をしめ、黒漆(こくしつ)〔の〕太刀(たち)をはき、廿四(にじふし)さ【差】い
たるくろ【黒】ぼろ〔の〕矢(や)おひ【負ひ】、ぬりこめどう【塗籠籐】の弓(ゆみ)に、このむ白
P04114
柄(しらえ)の大長刀(おほなぎなた)とりそへて、橋(はし)のうへにぞすす【進】んだる。
大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて名(な)のりけるは、「日(ひ)ごろはをと(おと)【音】にも
ききつらん、いまは目(め)にもみ【見】給(たま)へ。三井寺(みゐでら)にはそのかくれ【隠れ】
なし。堂衆(だうじゆ)のなかにつつ【筒】井(ゐ)の浄妙明秀(じやうめうめいしう)といふ一人(いちにん)
当千(たうぜん)の兵物(つはもの)ぞや。われとおもわん人々(ひとびと)はよ【寄】りあへや。げ(ン)
ざん(げんざん)【見参】せん」とて、廿四(にじふし)さいたる矢(や)をさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】
さんざん【散々】にゐ(い)【射】る。やには【矢庭】に十二(じふに)人(にん)ゐころ(いころ)【射殺】して、十一人に
手(て)おほ【負】せたれば、ゑびら【箙】に一(ひとつ)ぞのこ(ッ)たる。弓(ゆみ)をばからと
P04115
なげ【投げ】すて、ゑびら【箙】もとい【解い】てすてて(ン)げり。つらぬ【貫】き
ぬ【脱】いではだし【跣】になり、橋(はし)のゆきげた【行桁】をさらさら
さらとはしり【走り】わたる。人(ひと)はおそれ【恐れ】てわた【渡】らねども、
浄妙房(じやうめうばう)が心地(ここち)には、一条(いちでう)二条(にでう)の大路(おほち)とこそふるま【振舞】う
たれ。長刀(なぎなた)でむか【向】ふかたき五人(ごにん)な【薙】ぎふせ、六人(ろくにん)に
あたるかたき【敵】にあふ(あう)【逢う】て、長刀(なぎなた)なか【中】よりうちを(ッ)【折つ】てす【捨】てて(ン)
げり。その後(のち)太刀(たち)をぬい【抜い】てたたかふ【戦ふ】に、かたきは大勢(おほぜい)なり、
くもで【蜘蛛手】・かくなは(かくなわ)【角縄】・十文字(じふもんじ)、と(ン)ばうかへり【蜻蛉返】・水車(みづくるま)、八方(はつばう)すか
P04116
さずき【斬】(ッ)たりけり。やにはに八人(はちにん)きりふせ、九人(くにん)に
あたるかたきが甲(かぶと)の鉢(はち)にあまりにつよ【強】う打(うち)あてて、
めぬき【目貫】のもとよりちやうどP311をれ【折れ】、く(ッ)とぬけ【抜け】て、河(かは)へ
ざ(ン)ぶと入(いり)にけり。たのむ【頼む】ところ【所】は腰刀(こしがたな)、ひとへに死(し)
なんとぞくるい(くるひ)【狂ひ】ける。ここに乗円房(じようゑんばう)(ぜうゑんばう)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)
がめしつかい(つかひ)【使ひ】ける。一来(いちらい)法師(ほふし)(ほうし)といふ大(だい)ぢからのはやわざ【早業】
あり【有り】けり。つづいてうしろ【後】にたたかふ【戦ふ】が、ゆきげた【桁】はせ
ば【狭】し、そば【側】とほるべきやうはなし。浄妙房(じやうめうばう)が甲(かぶと)の手(て)さ
P04117
き【先】に手(て)ををい(おい)【置い】て、「あ【悪】しう候(さうらふ)、浄妙房(じやうめうばう)」とて、肩(かた)をづんど
おどり(をどり)【躍り】こへ(こえ)【越え】てぞたたかい(たたかひ)【戦ひ】ける。一来(いちらい)法師(ほふし)(ほうし)打死(うちじに)してん
げり。浄妙房(じやうめうばう)はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、平等院(びやうどうゐん)の門(もん)のまへなる
芝[B ノ](しばの)うへに、物(ものの)ぐ【具】ぬぎすて、鎧(よろひ)にた(ッ)【立つ】たる矢(や)め【目】をかぞへ
たりければ六十三(ろくじふさん)、うらかく矢(や)五所(いつところ)、されども大事(だいじ)
の手(て)ならねば、ところどころ【所々】に灸治(きうぢ)して、かしら【頭】からげ、浄衣(じやうえ)(じやうゑ)
き【着】て、弓(ゆみ)うちきり【切り】杖(つゑ)(つえ)につき、ひらあしだ【平足駄】はき、阿弥陀
仏(あみだぶつ)申(まうし)て、奈良(なら)の方(かた)へぞまかりける。浄妙房(じやうめうばう)がわたるを
P04118
手本(てほん)にして、三井寺(みゐでら)の大衆(だいしゆ)・渡辺党(わたなべたう)、はしり【走り】つづ
きはしり【走り】つづき、われもわれもとゆきげたをこそ
わたりけれ。或(あるい)(あるひ)は分(ぶん)どり【捕】してかへる物(もの)もあり【有り】、或(あるい)(あるひ)はいた
手(で)【痛手】おうて腹(はら)かききり【切り】、河(かは)へ飛入(とびいる)物(もの)もあり【有り】。橋(はし)のうへ
のいくさ、火(ひ)い【出】づる程(ほど)ぞたたかい(たたかひ)【戦ひ】ける。これをみて平
家(へいけ)の方(かた)の侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)、大将軍(たいしやうぐん)の御(おん)まへに
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「あれ御(ご)らん候(さうら)へ。橋(はし)のうへのいくさ手(て)いたう候(さうらふ)。
いまは河(かは)をわた【渡】すべきで候(さうらふ)が、おりふし(をりふし)【折節】五月雨(さみだれ)のころで、
P04119
水(みづ)まさ(ッ)て候(さうらふ)。わたP312さば馬(むま)人(ひと)おほくうせ【失せ】候(さうらひ)なんず。淀(よど)・
いもあらい(いもあらひ)【一口】へやむか【向】ひ候(さうらふ)べき。河内路(かはちぢ)へやまは【廻】り候(さうらふ)べき」
と申(まうす)ところ【所】に、下野国[B ノ](しもつけのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)足利[B ノ]又太郎忠綱(あしかがのまたたらうただつな)、すす【進】み
いでて申(まうし)けるは、「淀(よど)・いもあらい(いもあらひ)【一口】・河内路(かはちぢ)をば、天竺(てんぢく)、震旦(しんだん)の
武士(ぶし)をめしてむ【向】けられ候(さうら)はんずるか。それも我等(われら)こそ
むか【向】ひ候(さうら)はんずれ。目(め)にかけたるかたき【敵】をうた【討た】ず
して、南都(なんと)へいれ【入れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)なば、吉野(よしの)・とつかは【十津川】の勢(せい)
ども馳集(はせあつまり)て、いよいよ御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はんずらめ。
P04120
武蔵(むさし)と上野(かうづけ)のさかゐ(さかひ)【境】[B に]とね【利根】河(がは)と申(まうし)候(さうらふ)大河(だいがの)候(さうらふ)。
秩父(ちちぶ)・足利(あしかが)なか【仲】をたがひ【違ひ】、つねは合戦(かつせん)をし候(さうらひ)しに、
大手(おほて)は長井(ながゐ)〔の〕わたり、搦手(からめで)は故我杉(こがすぎ)のわたりより
よせ候(さうらひ)しに、上野国(かうづけのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)新田[B ノ](につたの)入道(にふだう)(にうだう)、足利(あしかが)にか
たらはれて、杉(すぎ)の渡(わたし)よりよ【寄】せんとてまう【設】けたる
舟共(ふねども)を、秩父(ちちぶ)が方(かた)よりみなわ【破】られて申(まうし)候(さうらひ)しは、「ただ
いま【今】ここをわたさずは、ながき弓矢(ゆみや)の疵(きず)なるべし。
水(みづ)におぼれてしな【死な】ばしね。いざわたさん」とて、馬筏(むまいかだ)
P04121
をつく(ッ)てわたせ【渡せ】ばこそわたしけめ。坂東武者(ばんどうむしや)の
習(ならひ)として、かたきを目(め)にかけ、河(かは)をへだつるい
くさに、淵瀬(ふちせ)きらふ様(やう)やある。此(この)河(かは)のふかさ【深さ】はやさ【早さ】、
とね【利根】河(がは)にいくほどのおとりまさりはよもあらじ。つづ
けや殿原(とのばら)」とて、ま(ッ)さき【真先】にこそ打入(うちい)れたれ。つづく
人共(ひとども)、大胡(おほご)・大室(おほむろ)・深須(ふかず)・山上(やまがみ)、那波[B ノ]太郎(なばのたらう)、佐貫[B ノ]広綱(さぬきのひろつな)
四郎(しらう)大夫(だいふ)、小野寺[B ノ]禅師太郎(をのでらのぜんじたらう)、辺屋(へや)こ【子】の四郎(しらう)、郎等(らうどう)には、
宇夫方次郎(うぶかたのじらう)、切生(きりふ)の六郎(ろくらう)、田中(たなか)の宗太(むねだ)をはじめと
P04122
しP313て、三百余騎(さんびやくよき)ぞつづきける。足利(あしかが)大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげ
て、「つよき馬(むま)をばうは【上】手(て)にたて【立て】よ、よはき(よわき)【弱き】馬(むま)をばした【下】
手(で)になせ。馬(むま)の足(あし)のおよば【及ば】うほどは、手綱(たづな)をくれて
あゆ【歩】ませよ。はづまばかいく【繰】(ッ)ておよ【泳】がせよ。さが【下】らう
物(もの)をば、弓(ゆみ)のはず【筈】にとりつ【付】かせよ。手(て)をとりく【組】み、
肩(かた)をならべてわたすべし。鞍(くら)つぼ【壷】によくのり【乗り】
さだま(ッ)【定まつ】て、あぶみ【鐙】をつようふめ。馬(むま)のかしらしづ【沈】
まばひきあげよ。いたうひい【引い】てひ(ッ)(ひつ)【引つ】かづ【被】くな。水(みづ)しと
P04123
まば、さんづ【三頭】のうへにのり【乗り】かかれ。馬(むま)にはよはう(よわう)【弱う】、水(みづ)には
つよ【強】うあたるべし。河(かは)なか【中】で弓(ゆみ)ひくな。かたきゐ(い)【射】る
ともあひびき【相引】すな。つねにしころ【錣】をかたぶ【傾】けよ。
いたうかたむけ【傾け】[* 「かたむい」と有るのを高野本により訂正]て手(て)へんいさすな。かねにわた
い【渡い】ておしをとさ(おとさ)【落さ】るな。水(みづ)にしなうてわたせ【渡せ】やわ
たせ【渡せ】」とおき【掟】てて、三百余騎(さんびやくよき)、一騎(いつき)もながさず、むかへ
の岸(きし)へざ(ッ)とわたす。宮(みやの)御最期(ごさいご)S0412 足利(あしかが)は朽葉(くちば)の綾(あや)の直垂(ひたたれ)に、赤
皮威(あかがはをどし)(あかがはおどし)の鎧(よろひ)きて、たか【高】角(づの)う(ッ)たる甲(かぶと)のを【緒】しめ、こが
P04124
ねづくりの太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ、しげどう【滋籐】(の)
弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に、柏木(かしはぎ)に耳(みみ)づく【木菟】
う(ッ)たる黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)おひ(おい)【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。
あぶみふ(ン)P314ばりたち【立ち】あがり、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)あげてなの【名乗】り
けるは、「とをく(とほく)【遠く】は音(おと)にもきき、ちかく【近く】は目(め)にもみ【見】給(たま)へ。
昔(むかし)朝敵(てうてき)将門(まさかど)をほろぼし、勧賞(けんじやう)かうぶ(ッ)し俵藤
太秀里【*秀郷】(たはらとうだひでさと)に十代(じふだい)、足利[B ノ](あしかがの)太郎(たらう)俊綱(としつな)が子(こ)、又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)、
生年(しやうねん)十七(じふしち)歳(さい)、か様(やう)【斯様】に無官(むくわん)無位(むゐ)なる物(もの)の、宮(みや)にむか
P04125
い(むかひ)【向ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、弓(ゆみ)をひき矢(や)を放(はなつ)事(こと)、天(てん)のおそ
れ【恐れ】すくなからず候(さうら)へ共(ども)、弓(ゆみ)も矢(や)も冥(みやう)が【加】のほども、
平家(へいけ)の御身(おんみ)のうへにこそ候(さうらふ)らめ。三位(さんみ)入道[B 殿](にふだうどの)(にうだうどの)の御(おん)
かたに、われとおも【思】はん人々(ひとびと)はよ【寄】りあへや、げ(ン)ざん(げんざん)【見参】せん」
とて、平等院(びやうどうゐん)の門(かど)のうちへ、せめ【攻め】入(いり)せめ【攻め】入(いり)たたかい(たたかひ)【戦ひ】けり。
これをみて、大将軍(たいしやうぐん)左兵衛督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、「わたせ【渡せ】やわ
たせ【渡せ】」と下知(けぢ)せられければ、二万八千余騎(にまんばつせんよき)、みなう
ちいれ【打ち入れ】てわたしけり。馬(むま)や人(ひと)にせかれて、さばかり
P04126
早(はや)き宇治河(うぢがは)の水(みづ)は、かみ【上】にぞたた【湛】へたる。おのづから
もはづるる水(みづ)には、なにもたまらずながれ【流れ】けり。雑人(ざふにん)(ざうにん)
どもは馬(むま)のした【下】手(で)にとりつき【取り付き】とりつき【取り付き】わた【渡】りければ、
ひざ【膝】よりかみ【上】をばぬらさぬ物(もの)もおほかりけり。いかが【如何】
したりけん、伊賀(いが)・伊勢(いせ)両国(りやうごく)の官兵(くわんべい)、馬(むま)いかだ【筏】おし
やぶ【破】られ、水(みづ)におぼれて六百(ろつぴやく)余騎(よき)ぞながれける。
萌黄(もえぎ)・火威(ひをどし)(ひおどし)・赤威(あかをどし)(あかおどし)、いろいろの鎧(よろひ)のうきぬしづ【沈】みぬ
ゆられけるは、神(かみ)なび山(やま)の紅葉(もみぢ)ばの、嶺(みね)の嵐(あらし)にさそ
P04127
はれて、竜田河(たつたがは)の秋(あき)の暮(くれ)、いせき(ゐせき)にかか(ッ)てながれ【流れ】も
やらぬにことならず。其(その)中(なか)にひをどし【緋縅】の鎧(よろひ)きたる
武者(むしや)が三人(さんにん)、あじろにながれ【流れ】かか(ッ)P315てゆられけるを、伊
豆守(いづのかみ)み【見】給(たま)ひて、
伊勢武者(いせむしや)はみなひをどしのよろひきて
宇治(うぢ)の網代(あじろ)にかかりぬるかな W024
これは三人(さんにん)ながら伊勢国(いせのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)也(なり)。黒田[B ノ](くろだの)後平(ごへい)四郎(しらう)、
日野[B ノ](ひのの)十郎(じふらう)、乙部[B ノ](をとべの)弥七(やしち)といふ物(もの)なり。其(その)なかに日野(ひの)
P04128
の十郎(じふらう)はふる物(もの)にてあり【有り】ければ、弓(ゆみ)のはず【弭】を岩(いは)のは
ざまにねぢたて【立て】てかきあがり、二人(ににん)の物共(ものども)をもひき【引き】
あげて、たす【助】けたりけるとぞきこえし。おほぜい【大勢】
みなわた【渡】して、平等院(びやうどうゐん)の門(もん)のうちへいれかゑ(いれかへ)【入れ換へ】いれかゑ(いれかへ)【入れ換へ】たた
かい(たたかひ)【戦ひ】けり。此(この)まぎれに、宮(みや)をば南都(なんと)へさきだて【先立て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)の一類(いちるい)のこ(ッ)て、ふせき【防き】矢(や)ゐ(い)【射】給(たま)ふ。三位(さんみ)
入道(にふだう)(にうだう)七十(しちじふ)にあま(ッ)ていくさして、弓手(ゆんで)のひざ【膝】口(ぐち)をゐ(い)【射】
させ、いたで【痛手】なれば、心(こころ)しづかに自害(じがい)せんとて、平等院(びやうどうゐん)
P04129
の門(もん)の内(うち)へひき退(しりぞき)て、かたき【敵】おそい(おそひ)【襲ひ】かかりければ、
次男(じなん)源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、紺地(こんぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾
威(からあやをどし)(からあやおどし)の鎧(よろひ)きて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、父(ちち)をのばさん
と、かへし【返し】あはせかへし【返し】あはせふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。上総(かづさの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)が
ゐ(い)【射】ける矢(や)に、兼綱(かねつな)うち【内】甲(かぶと)をゐ(い)【射】させてひるむとこ
ろ【所】に、上総守(かづさのかみ)が童(わらは)次郎丸(じらうまる)といふしたたか物(もの)、おしならべ
ひ(ッ)(ひつ)【引つ】く(ン)【組ん】で、どうどお【落】つ。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)はうち甲(かぶと)もいた手(で)【痛手】
なれ共(ども)、きこゆる【聞ゆる】大(だい)ぢからなりければ、童(わらは)をと(ッ)ておさへ
P04130
て頸(くび)をかき、P316たちあが【立上】らんとするところ【所】に、平家(へいけ)の
兵物(つはもの)ども十四五(じふしご)騎(き)、ひしひしとおちかさな(ッ)【落重なつ】て、つゐに(つひに)【遂に】
兼綱(かねつな)をばう【討】(ッ)て(ン)げり。伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)もいた手(で)【痛手】あまた
おひ、平等院(びやうどうゐん)の釣殿(つりどの)にて自害(じがい)す。その頸(くび)をば、しも【下】
河辺(かはべ)の藤(とう)三郎(さぶらう)清親(きよちか)と(ッ)【取つ】て、大床(おほゆか)のしたへぞなげ入(いれ)
ける。六条蔵人(ろくでうのくらんど)仲家(なかいへ)、其(その)子(こ)蔵人(くらんどの)太郎(たらう)仲光(なかみつ)も、さんざん【散々】
にたたかひ、分(ぶん)どり【捕】あまたして、遂(つひ)(つゐ)に打死(うちじに)して(ン)げり。
この仲家(なかいへ)と申(まうす)は、帯刀[B ノ](たてはきの)(たてわきの)先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)が嫡子(ちやくし)也(なり)。みなし
P04131
子(ご)にてあり【有り】しを、三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)養子(やうじ)にして不便(ふびん)にし
給(たま)ひしが、日来(ひごろ)の契(ちぎり)を変(へん)ぜず、一所(いつしよ)にて死(し)にに
けるこそむざんなれ。三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)は、渡辺長七唱(わたなべちやうじつとなふ)〔を〕
めして、「わが頸(くび)うて」との給(たま)ひければ、主(しゆ)のいけくび【生首】
うたん事(こと)のかなし(ッ)さに、涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、
「仕(つかまつ)ともおぼえ候(さうら)はず。御自害(ごじがい)候(さうら)はば、其(その)後(のち)こそ給(たま)はり
候(さうら)はめ」と申(まうし)ければ、「まこと【誠】にも」とて、西(にし)にむかひ、高
声(かうしやう)に十念(じふねん)となへ、最後(さいご)の詞(ことば)ぞあはれ【哀】なる。
P04132
埋木(むもれぎ)の花(はな)さく事(こと)もなかりしに
身(み)のなるはて【果】ぞかなしかりける W025
これを最後(さいご)の詞(ことば)にて、太刀(たち)のさきを腹(はら)につき
たて、うつぶ【俯】さまにつらぬ【貫】か(ッ)てぞうせ【失せ】られける。
其(その)時(とき)に歌(うた)よむべうはなかりしかども、わか【若】うより
あながちにす【好】いたる道(みち)なれば、最後(さいご)の時(とき)もわすれ
給(たま)はず。その頸(くび)をば唱(となふ)取(ッ)て、なくなく【泣く泣く】石(いし)にくくり【括り】
あはせ、かたきのなかをまぎれいでて、宇治河(うぢがは)の
P04133
ふかきところ【所】にしP317づめけり。競(きほふ)(きをほ)の滝口(たきぐち)をば、平家(へいけ)の
侍共(さぶらひども)、いかにもしていけどり【生捕】にせんとうかがひ【伺ひ】けれ
ども、競(きほふ)(きをほ)もさきに心(こころ)えて、さんざん【散々】にたたかひ、大事(だいじ)
の手(て)おひ、腹(はら)かきき(ッ)【切つ】てぞ死(しに)にける。円満院[B ノ](ゑんまんゐんの)大輔(たいふ)(たゆう)
源覚(げんかく)、いまは宮(みや)もはるかにのびさせ給(たまひ)ぬらんとや
おもひけん、大太刀(おほだち)大長刀(おほなぎなた)左右(さいう)(さゆう)にも(ッ)【持つ】て、敵(かたき)のなか
うちやぶり、宇治河(うぢがは)へとんでいり。物(もの)の具(ぐ)一(ひとつ)も
すてず、水(みづ)の底(そこ)をくぐ(ッ)て、むかへの岸(きし)にわたり
P04134
つき、たかきところ【所】にのぼりあがり、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)を
あげて、「いかに平家(へいけ)の君達(きんだち)、これまでは御大事(おんだいじ)か
よう」とて、三井寺(みゐでら)へこそかゑり(かへり)【帰り】けれ。飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)
はふる【古】兵物(つはもの)にてあり【有り】ければ、このまぎれに、宮(みや)は南都(なんと)へ
やさきだたせ給(たま)ふらんとて、いくさをばせず、其(その)勢(せい)
五百余騎(ごひやくよき)、鞭(むち)あぶみをあはせてお(ッ)【追つ】かけたてまつる【奉る】。
案(あん)のごとく、宮(みや)は卅騎(さんじつき)ばかりで落(おち)させ給(たま)ひけるを、
光明山(くわうみやうざん)の鳥居(とりゐ)のまへにてお(ッ)【追つ】つきたてまつり【奉り】、
P04135
雨(あめ)のふる様(やう)にゐ(い)【射】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いづれが矢(や)とはおぼえ
ねど、宮(みや)の左(ひだり)の御(おん)そば腹(はら)に矢(や)一(ひと)すぢたちければ、
御馬(おんむま)より落(おち)させ給(たまひ)て、御頸(おんくび)とられさせ給(たま)ひけり。
これをみて御共(おんとも)に候(さうらひ)ける鬼佐渡(おにさど)・荒土左(あらどさ)・あら【荒】
大夫(だいぶ)、理智城房(りちじやうばう)の伊賀公(いがこう)、刑部俊秀(ぎやうぶしゆんしう)・金光院(こんくわうゐん)(こんくわゐん)の
六天狗(ろくてんぐ)、いつのために命(いのち)をばおしむ(をしむ)【惜しむ】べきとて、お
めき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で打死(うちじに)す。P318その中(なか)に宮(みや)の御(おん)めのと【乳母】子(ご)、
六条[B ノ]大夫(ろくでうのたいふ)宗信(むねのぶ)、かたき【敵】はつづく、馬(むま)はよはし(よわし)【弱し】、に井(ゐ)の【野】
P04136
の池(いけ)へ飛(とん)でいり、うき【浮】草(くさ)かほ【顔】にとりおほひ【覆ひ】、ふる
ゐ(ふるひ)【震ひ】ゐ【居】たれば、かたきはまへ【前】をうちす【過】ぎぬ。しばしあ(ッ)て
兵物共(つはものども)の四五百騎(しごひやくき)、ざざめいてうちかへ【帰】りける中(なか)に、
浄衣(じやうえ)(じやうゑ)き【着】たる死人(しにん)の頸(くび)もないを、しとみ【蔀】のもとにかいて
い【出】できたりけるを、たれ【誰】やらんとみ【見】たてまつれ【奉れ】ば、宮(みや)
にてぞ在(まし)ましける。「われしな【死な】ば、この笛(ふえ)(ふゑ)をば御棺(みくわん)に
いれよ【入れよ】」と仰(おほせ)ける、小枝(こえだ)ときこえし御笛(おんふえ)も、いまだ御
腰(おんこし)にささ【挿さ】れたり。はしり【走り】いでてとり【取り】もつき【付き】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
P04137
ばやとおもへ【思へ】ども、おそろしけれ【恐ろしけれ】ばそれもかなは【叶は】ず、かた
きみな【皆】かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て後(のち)、池(いけ)よりあがり、ぬ【濡】れたる物(もの)ども
しぼりき【着】て、なくなく【泣く泣く】京(きやう)へのぼりたれば、にく【憎】まぬ
物(もの)こそなかりけれ。さる程(ほど)に、南都(なんと)の大衆(だいしゆ)ひた甲(かぶと)
七千余人(しちせんよにん)、宮(みや)の御(おん)むかへにまいる(まゐる)【参る】。先陣(せんぢん)は粉津(こづ)に
すすみ、後陣(ごぢん)はいまだ興福寺(こうぶくじ)の南大門(なんだいもん)にゆらへ
たり。宮(みや)ははや光明山(くわうみやうざん)の鳥居(とりゐ)のまへにてうた【討た】れさせ
給(たまひ)ぬときこえしかば、大衆(だいしゆ)みな力(ちから)及(およ)(をよ)ばず、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)て
P04138
とどまりぬ。いま五十町(ごじつちやう)ばかりまち【待ち】つけ給(たま)はで、うた【討た】れ
させ給(たまひ)けん宮(みや)の御運(ごうん)のほどこそうたてけれ。P319若宮出家(わかみやしゆつけ)S0413 平家(へいけ)
の人々(ひとびと)は、宮(みや)並(ならび)に三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)の一族(いちぞく)、三井[B 寺](みゐでら)の衆徒(しゆと)、都合(つがふ)(つがう)
五百余(ごひやくよ)人(にん)が頸(くび)、太刀(たち)長刀(なぎなた)のさきにつらぬ【貫】き、た
かく【高く】さしあげ、夕(ゆふべ)に及(および)(をよび)て六波羅(ろくはら)へかゑり(かへり)【帰り】いる。兵物(つはもの)
どもいさみののしる事(こと)、おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もおろか也(なり)。
其(その)なかに源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)の頸(くび)は、長七唱(ちやうじつとなふ)がと(ッ)【取つ】て宇治河(うぢがは)
のふかきところ【所】にしづ【沈】めて(ン)げれば、それは見(み)えざり
P04139
けり。子共(こども)の頸(くび)はあそこここよりみな尋(たづね)いださ【出さ】れ
たり。[B 中(なか)に]宮(みや)の御頸(おんくび)は、年来(としごろ)まいり(まゐり)【参り】よる人(ひと)もなければ、
見(み)しりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる人(ひと)もなし。先年(せんねん)典薬頭(てんやくのかみ)定成(さだなり)
こそ、御療治(ごりやうぢ)のためにめさ【召さ】れたりしかば、それぞ見(み)
しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるらんとて、めさ【召さ】れけれ共(ども)、現所労(げんじよらう)
とてまいら(まゐら)【参ら】ず。宮(みや)のつねにめさ【召さ】れける女房(にようばう)とて、
六波羅(ろくはら)へたづ【尋】ねいだされたり。さしもあさ【浅】からず
おぼしめさ【思召さ】れて、御子(おんこ)をうみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、最愛(さいあい)あり【有り】
P04140
しかば、いかでか見(み)そん【損】じたてまつる【奉る】べき。只(ただ)一目(ひとめ)見(み)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、袖(そで)をかほにお【押】しあてて、涙(なみだ)をながされ
けるにこそ、宮(みや)の御頸(おんくび)とはしり【知り】て(ン)げれ。此(この)宮(みや)は
はうばうに御子(おんこ)の宮(みや)たちあまたわた【渡】らせ給(たま)ひけり。
八条女院(はつでうのにようゐん)に、伊与【*伊予】守(いよのかみ)盛教(もりのり)がむすめ、三位(さんみの)局(つぼね)とて候(さうら)
はれける女房(にようばう)の腹(はら)に、七歳(しちさい)の若宮(わかみや)、五歳(ごさい)のP320姫宮(ひめみや)
在(まし)ましけり。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこくの)おとと【弟】、池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)を
も(ッ)て、八条[B ノ]女院(はつでうのにようゐん)へ申(まう)されけるは、「高倉(たかくら)の宮(みや)の御子(おんこ)の
P04141
宮達(みやたち)のあまたわたらせ給(たまひ)候(さうらふ)なる、姫宮(ひめみや)の御事(おんこと)は申(まうす)
に及(およ)(をよ)ばず、若宮(わかみや)をばとうとういだし【出し】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と
申(まう)されたりければ、女院(にようゐん)御返事(おんぺんじ)には、「かかるきこえの
あり【有り】し暁(あかつき)、御(お)ちの人(ひと)な(ン)ど(など)が心(こころ)おさなう(をさなう)【幼う】ぐし【具し】たてま(ッ)て
うせ【失せ】にけるにや、ま(ッ)たく此(この)御所(ごしよ)にはわたらせ給(たま)
はず」と仰(おほせ)ければ、頼盛卿(よりもりのきやう)力(ちから)及(およ)(をよ)ばでこのよしを入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)
に申(まう)されけり。「何条(なんでう)其(その)御所(ごしよ)ならでは、いづく【何処】へかわた
らせ給(たまふ)べかんなる。其(その)儀(ぎ)ならば武士(ぶし)どもまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがし
P04142
奉(たてまつ)れ」とぞの給(たま)ひける。この中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)は、女院(にようゐん)の御(おん)めのと
子(ご)宰相殿(さいしやうどの)と申(まうす)女房(にようばう)にあひぐし【具し】て、つねにまいり(まゐり)【参り】
かよ【通】はれければ、日来(ひごろ)はなつかしうこそおぼしめされ
けるに、此(この)宮(みや)の御事(おんこと)申(まう)しにまいら(まゐら)【参ら】れたれば、いまは
あらぬ人(ひと)の様(やう)にうと【疎】ましう〔ぞ〕おぼしめさ【思召さ】れける。
若宮(わかみや)、女院(にようゐん)に申(まう)させ給(たま)ひけるは、「これほどの御大事(おんだいじ)
に及(および)(をよび)候(さうらふ)うへ【上】は、つゐに(つひに)【遂に】のが【逃】れ候(さうらふ)まじ。とうとういださ【出さ】せ
をはしませ(おはしませ)」と申(まう)させ給(たまひ)ければ、女院(にようゐん)御涙(おんなみだ)をはらはらと
P04143
ながさ【流さ】せ給(たま)ひて、「人(ひと)の七(ななつ)八(やつ)は、何事(なにごと)をもいまだお
もひ【思ひ】わか【分か】ぬ程(ほど)ぞかし。それにわれゆへ(ゆゑ)【故】大事(だいじ)の
いできた【出来】る事(こと)を、かた【片】はらいたくおもひ【思ひ】て、かやうに
の給(たま)ふいとおしさ(いとほしさ)よ。よしなかりける人(ひと)を此(この)六七年(ろくしちねん)
手(て)な【馴】らして、かかるうき目(め)をみる【見る】よ」とて、御涙(おんなみだ)せ
きあへさせ給(たま)はず。P321頼盛卿(よりもりのきやう)、宮(みや)いだし【出し】まいら(まゐら)【参ら】させ
給(たま)ふべきよし、かさ【重】ねて申(まう)されければ、女院(にようゐん)ちから【力】
およばせ給(たま)はで、つゐに(つひに)【遂に】宮(みや)をいだし【出し】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)
P04144
ひけり。御母(おんぱは)三位(さんみ)の局(つぼね)、今(いま)をかぎりの別(わかれ)なれば、さ
こそは御名残(おんなごり)おしう(をしう)【惜しう】おもは【思は】れけめ。なくなく【泣く泣く】御衣(おんきぬ)
きせ【着せ】奉(たてまつ)り、御(おん)ぐし【髪】かきな【撫】で、いだし【出し】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふも、
ただ夢(ゆめ)とのみぞおもは【思は】れける。女院(にようゐん)をはじ【始】めまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
て、局(つぼね)の女房(にようばう)、め【女】の童(わらは)にいたるまで、涙(なみだ)をながし
袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。頼盛卿(よりもりのきやう)宮(みや)う【受】けとり
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、御車(おんくるま)にのせ【乗せ】奉(たてまつ)て、六波羅(ろくはら)へわたし奉(たてまつ)る。
前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、此(この)宮(みや)をみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、父(ちち)の相国
P04145
禅門(しやうこくぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「なにと候(さうらふ)やらん、此(この)宮(みや)を
見(み)たてまつる【奉る】があま【余】りにいとをしう(いとほしう)おもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。
り【理】をまげて此(この)宮(みや)の御命(おんいのち)をば宗盛(むねもり)にた【賜】び候(さうら)へ」と
申(まう)されければ、入道(にふだう)(にうだう)「さらばとうとう出家(しゆつけ)をせさせ
奉(たてまつ)れ」とぞの給(たま)ひける。宗盛卿(むねもりのきやう)此(この)よしを八条[B ノ]女院(はつでうのにようゐん)
に申(まう)されければ、女院(にようゐん)「なにのやう【様】もあるべからず。只(ただ)
とうとう」とて、法師(ほふし)(ほうし)になし奉(たてまつ)り、尺子(しやくし)にさだ【定】まら
せ給(たま)ひて、仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)の御弟子(おんでし)になしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
P04146
給(たま)ひけり。後(のち)には東寺(とうじ)の一(いち)の長者(ちやうじや)、安井(やすゐ)の宮(みや)の
僧正(そうじやう)道尊(だうそん)と申(まうし)しは、此(この)宮(みや)の御事(おんこと)也(なり)。P322通乗之沙汰(とうじようのさた)(とうぜうのさた)S0414 又(また)奈良(なら)
にも一所(いつしよ)在(まし)ましけり。御(おん)めのと讃岐守(さぬきのかみ)重秀(しげひで)が
御出家(ごしゆつけ)せさせ奉(たてまつ)り、ぐ【具】しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て北国(ほつこく)へ落(おち)く
だり[B たり]しを、木曾義仲(きそよしなか)上洛(しやうらく)の時(とき)、主(しゆ)にしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん
とてぐ【具】し奉(たてまつり)て宮(みや)こ【都】へのぼり、御元服(ごげんぶく)せさせま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】たりしかば、木曾(きそ)が宮(みや)とも申(まうし)けり。又(また)還俗(げんぞく)の
宮(みや)とも申(まうし)けり。後(のち)には嵯峨(さが)のへん野依(のより)にわた
P04147
らせ給(たまひ)しかば、野依(のより)の宮(みや)とも申(まうし)けり。昔(むかし)通乗(とうじよう)(とうぜう)と
いふ相人(さうにん)あり【有り】。宇治殿(うぢどの)・二条殿(にでうどの)をば、「君(きみ)三代(さんだい)の関
白(くわんぱく)、ともに御年(おんとし)八十(はちじふ)と申(まうし)たりしもたがは【違は】ず。帥(そつ)のうち
のおとどをば、「流罪(るざい)の相(さう)まします」と申(まうし)たりしも
たがは【違は】ず。聖徳太子(しやうとくたいし)の崇峻天皇(すじゆんてんわう)を「横死(わうし)の相(さう)
在(まし)ます」と申(まう)させ給(たま)ひたりしが、馬子(むまこ)の大臣(だいじん)にころ
され給(たま)ひにき。さもしか【然】るべき人々(ひとびと)は、かならず【必ず】相人(さうにん)と
しもにあらねども、かうこそめでたかりしか、これは
P04148
相少納言(さうせうなごん)が不覚(ふかく)にはあらずや。中比(なかごろ)兼明親王(げんめいしんわう)・具平
親王(ぐへいしんわう)と申(まうし)しは、前(さきの)中書王(ちゆうしよわう)(ちうしよわう)・後中書王(ごちゆうしよわう)(ごちうしよわう)とて、ともに
賢王(けんわう)聖主(せいしゆ)の王子(わうじ)にてわたらせ給(たまひ)しかども、位(くらゐ)にも
つ【即】かせ給(たま)はず。されどもいつかは謀叛(むほん)ををこさ(おこさ)【起こさ】せ給(たま)ひし。
又(また)後三条院(ごさんでうのゐん)の第三(だいさん)の王子(わうじ)、資仁【*輔仁】(すけひと)の親王(しんわう)も御才学(おんさいかく)
すぐれてましましければ白河院(しらかはのゐん)いまだ東宮(とうぐう)にて
ましまいし時(とき)、「御位(おんくらゐ)の後(のち)P323は、この宮(みや)を位(くらゐ)にはつ【即】けま
いら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と、後三条[B ノ]院(ごさんでうのゐん)御遺詔(ごゆいぜう)あり【有り】しか共(ども)、白河院(しらかはのゐん)
P04149
いかがおぼしめさ【思召さ】れけん、つゐに(つひに)【遂に】位(くらゐ)にもつけまいら(まゐら)【参ら】させ
給(たま)はず。せめての御事(おんこと)には、資仁【*輔仁】[B ノ]親王(すけひとのしんわう)の御子(おんこ)に源氏(げんじ)
の姓(しやう)をさづ【授】けまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)ひて、無位(むゐ)より一度(いちど)に三
位(さんみ)に叙(じよ)して、やがて中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)になしまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ひけ
り。一世(いつせ)の源氏(げんじ)、無位(むゐ)より三位(さんみ)する事(こと)、嵯峨(さが)の皇
帝(くわうてい)の御子(みこ)、陽院(やうゐん)の大納言(だいなごん)定卿(さだむのきやう)の外(ほか)は、これはじめ
とぞうけ給(たま)はる。花園[B ノ]左大臣(はなぞののさだいじん)有仁公(ありひとこう)の[B 御]事(おんこと)也(なり)。高倉(たかくら)
の宮(みや)御謀叛(ごむほん)の間(あひだ)(あいだ)、調伏(てうふく)の法(ほふ)(ほう)うけ給(たま)は(ッ)て修(しゆ)せられける
P04150
高僧達(かうそうたち)に、勧賞(けんじやう)をこなは(おこなは)る。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)の子息(しそく)
侍従(じじゆう)清宗(きよむね)、三位(さんみ)して三位[B ノ](さんみの)侍従(じじゆう)とぞ申(まうし)ける。今年(ことし)
纔(わづか)に十二歳(じふにさい)。父(ちち)の卿(きやう)もこのよはひ【齢】では兵衛佐(ひやうゑのすけ)にて
こそをはせしか。忽(たちまち)に上達(かんだち)め【部】にあがり給(たま)ふ事(こと)、一(いち)の
人(ひと)の公達(きんだち)の外(ほか)はいまだ承(うけたまはり)及(およ)(をよ)ばず。源[B ノ](みなもとの)茂仁【*以仁】(もちひと)・頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ぼうし)
父子(ふし)追討(ついたう)の賞(しやう)とぞ除書(ききがき)にはあり【有り】ける。源[B ノ](みなもとの)茂仁【*以仁】(もちひと)とは
高倉宮(たかくらのみや)を申(まうし)けり。まさしゐ(まさしい)太政【*太上】(だいじやう)法皇(ほふわう)(ほうわう)の王子(わうじ)を
うち【討ち】たてまつる【奉る】だにあるに、凡人(ぼんにん)にさへなしたてま
P04151
つるぞあさましき。P324■[*空+鳥](ぬえ)S0415 抑(そもそも)源(みなもとの)三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)と申(まうす)は、摂津守(せつつのかみ)
頼光(らいくわう)に五代(ごだい)、三川【*三河】守(みかはのかみ)頼綱(よりつな)が孫(まご)、兵庫頭(ひやうごのかみ)仲政【*仲正】(なかまさ)が子(こ)也(なり)。
保元(ほうげん)の合戦(かつせん)の時(とき)、御方(みかた)にて先(さき)をかけたりしかども、
させる賞(しやう)にもあづか【与】らず。又(また)平治(へいぢ)の逆乱(げきらん)にも、親類(しんるい)
をす【捨】てて参(さん)じたりしか共(ども)、恩賞(おんしやう)(をんじやう)これおろそか也(なり)
き。大内守護(おおうちしゆご)にて年(とし)ひさ【久】しうあり【有り】しか共(ども)、昇殿(しようでん)(せうでん)
をばゆるされず。年(とし)たけよはひ【齢】傾(かたぶき)て後(のち)、述懐(しゆつくわい)の
和歌(わか)一首(いつしゆ)よ【詠】うでこそ、昇殿(しようでん)(せうでん)をばゆるされけれ。
P04152
人(ひと)しれず大内山(おほうちやま)のやまもり【山守】は
木(こ)がく【隠】れてのみ月(つき)をみる【見る】かな W026
この歌(うた)によ(ッ)て昇殿(しようでん)(せうでん)ゆるされ、正下[B ノ](じやうげの)四位(しゐ)にてしば
らくあり【有り】しが、三位(さんみ)を心(こころ)にかけつつ、
のぼるべきたよりなき身(み)は木(こ)のもとに
しゐをひろひ【拾ひ】て世(よ)をわたるかな W027
さてこそ三位(さんみ)はしたりけれ。やがて出家(しゆつけ)して、源(げん)
三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)とて、今年(ことし)は七十五(しちじふご)にぞなられける。此(この)
P04153
人(ひと)一期(いちご)の高名(かうみよう)とおぼえし事(こと)は、近衛院(こんゑのゐん)御在
位(ございゐ)の時(とき)、仁平(にんぺい)のころほひ、主上(しゆしやう)よなよな【夜な夜な】おびへ(おびえ)【怯え】た
まぎらせ給(たま)ふ事(こと)あり【有り】けり。有験(うげん)の高僧(かうそう)貴僧(きそう)
に仰(おほせ)て、大法(だいほふ)(だいほう)秘法(ひほふ)(ひほう)を修(しゆ)せられけれども、其(その)
しるしなし。御悩(ごなう)は丑(うし)の剋(こく)ばかりであり【有り】けるに、東
三P325条(とうさんでう)の森(もり)の方(かた)より、黒雲(こくうん)一村(ひとむら)立来(たちき)て御殿(ごてん)
の上(うへ)におほへ【覆へ】ば、かならず【必ず】おびへ(おびえ)【怯え】させ給(たま)ひけり。これに
よ(ッ)て公卿僉義(くぎやうせんぎ)あり【有り】。去(さんぬ)る寛治(くわんぢ)の比(ころ)ほひ、堀河天
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皇(ほりかはてんわう)御在位(ございゐ)の時(とき)、しかのごとく主上(しゆしやう)よなよな【夜な夜な】おびへ(おびえ)【怯え】
させ給(たま)ふ事(こと)あり【有り】けり。其(その)時(とき)の将軍(しやうぐん)義家(ぎかの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)、
南殿(なんでん)の大床(おおゆか)に候(さうら)はれけるが、御悩(ごなう)の剋限(こくげん)に及(およん)(をよん)で、
鳴絃(めいげん)する事(こと)三度(さんど)の後(のち)、高声(かうしやう)に「前陸奥守(さきのむつのかみ)源
義家(みなもとのよしいへ)」と名(な)の(ッ)【乗つ】たりければ、人々(ひとびと)皆(みな)身(み)の毛(け)よだ(ッ)て、
御悩(ごなう)おこたらせ給(たま)ひけり。しか【然】ればすなはち先例(せんれい)
にまか【任】せて、武士(ぶし)に仰(おほ)せて警固(けいご)あるべしとて、
源平(げんぺい)両家(りやうか)の兵物共(つはものども)のなかを撰(えらま)せられけるに、
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頼政(よりまさ)をゑらび(えらび)【選び】いだされたりけるとぞきこえし。
其(その)時(とき)はいまだ兵庫頭(ひやうごのかみ)とぞ申(まうし)ける。頼政(よりまさ)申(まうし)けるは、
「昔(むかし)より朝家(てうか)に武士(ぶし)をおかるる事(こと)は、逆反(ぎやくほん)の物(もの)を
しりぞけ違勅(いちよく)の物(もの)をほろぼさんが為(ため)也(なり)。目(め)にも
みえ【見え】ぬ変化(へんげ)の物(もの)つかまつれと仰下(おほせくだ)さるる事(こと)、い
まだ承(うけたまはり)及(およ)(をよ)ばず」と申(まうし)ながら、勅定(ちよくぢやう)なればめし【召】に応(おう)
じて参内(さんだい)す。頼政(よりまさ)はたのみ【頼み】き(ッ)たる郎等(らうどう)遠江国[B ノ](とほたふみのくにの)(とをとをみのくにの)住
人(ぢゆうにん)(ぢうにん)井[B ノ]早太(ゐのはやた)に、ほろのかざぎり【風切】はいだる矢(や)おは【負は】せて、
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ただ一人(いちにん)ぞぐし【具し】たりける。我(わが)身(み)はふたへ【二重】の狩衣(かりぎぬ)に、
山鳥(やまどり)の尾(を)(お)をも(ッ)てはいだるとがり矢(や)二(ふた)すじ【筋】、しげ
どう【滋籐】の弓(ゆみ)にとりそへて、南殿(なんでん)の大床(おほゆか)に祗候(しこう)〔す〕。
頼政(よりまさ)矢(や)をふたつたばさ【手挟】みける事(こと)は、雅頼卿(まさよりのきやう)其(その)時(とき)は
いまだ左少弁(させうべん)にておはしけるが、「変化(へんげ)の物(もの)つかま
つらんずるP326仁(じん)は頼政(よりまさ)ぞ候(さうらふ)」とゑらび(えらび)【選び】申(まう)されたる
あひだ、一[B ノ](いちの)矢(や)に変化(へんげ)の物(もの)をゐそんずる(いそんずる)【射損ずる】物(もの)ならば、
二[B ノ](にの)矢(や)には雅頼(がらい)の弁(べん)のしや頸(くび)の骨(ほね)をゐ(い)【射】んと
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なり。日(ひ)ごろ人(ひと)の申(まうす)にたがは【違は】ず、御悩(ごなう)の剋限(こくげん)に
及(およん)(をよん)で、東三条(とうさんでう)の森(もり)の方(かた)より、黒雲(こくうん)一村(ひとむら)立来(たちき)
て、御殿(ごてん)の上(うへ)にたなびいたり。頼政(よりまさ)き(ッ)とみあ【見上】げ
たれば、雲(くも)のなかにあやしき物(もの)の姿(すがた)あり【有り】。これを
ゐそんずる(いそんずる)【射損ずる】物(もの)ならば、世(よ)にあるべしとはおもは【思は】ざり
けり。さりながらも矢(や)と(ッ)【取つ】てつが【番】ひ、南無(なむ)八幡大菩
薩(はちまんだいぼさつ)と、心(こころ)のうちに祈念(きねん)して、よ(ッ)ぴ【引】いてひやう
どゐる。手(て)ごたへしてはたとあたる。「ゑ(え)【得】たりをう(おう)」と
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矢(や)さけび【叫び】をこそしたりけれ。井(ゐ)の早田【*早太】(はやた)つ(ッ)とより、
お【落】つるところ【所】をと(ッ)【取つ】ておさへて、つづけさまに九(ここの)かた
な【刀】ぞさ【刺】いたりける。其(その)時(とき)上下(じやうげ)手々(てんで)(て(ン)で)に火(ひ)をとも【点】
いて、これを御(ご)らんじみ【見】給(たま)ふに、かしらは猿(さる)、むく
ろは狸(たぬき)、尾(を)(お)はくちなは、手足(てあし)は虎(とら)の姿(すがた)なり。なく声(こゑ)
■ [*空+鳥](ぬえ)にぞに【似】たりける。おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もをろか(おろか)【愚】也(なり)。
主上(しゆしやう)御感(ぎよかん)のあまりに、師子王(ししわう)といふ御剣(ぎよけん)をくだ【下】
されけり。宇治(うぢ)の左大臣殿(さだいじんどの)是(これ)を給(たま)はりつい【継い】で、
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頼政(よりまさ)にたばんとて、御前(おんまえ)〔の〕きざはし【階】をなから【半】ばかり
おり【降り】させ給(たま)へるところ【所】に、比(ころ)は卯月(うづき)十日(とをか)あまりの
事(こと)なれば、雲井(くもゐ)に郭公(くわつこう)二声(ふたこゑ)三(み)こゑ音(おと)(をと)づれ
てぞとほり【通り】ける。其(その)時(とき)左大臣殿(さだいじんどの)
ほととぎぎす名(な)をも雲井(くもゐ)にあ【上】ぐるかなP327
とおほ【仰】せられかけたりければ、頼政(よりまさ)右(みぎ)の膝(ひざ)をつき、
左(ひだり)の袖(そで)をひろげ、月(つき)をすこしそばめ【側目】にかけつつ、
弓(ゆみ)はり月(づき)のゐる(いる)にまかせて W028
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と仕(つかまつ)り、御剣(ぎよけん)を給(たまは)(ッ)てまかりい【出】づ。「弓矢(ゆみや)をと(ッ)てな
ら【双】びなきのみならず、歌道(かだう)もすぐれたりけり」とぞ、
君(きみ)も臣(しん)も御感(ぎよかん)あり【有り】ける。さてかの変化(へんげ)の物(もの)
をば、うつほ舟(ぶね)にいれ【入れ】てながさ【流さ】れけるとぞきこ
えし。去(さんぬ)る応保(おうほう)のころほひ、二条院(にでうのゐん)御在位(ございゐ)の
時(とき)、■[*空+鳥](ぬえ)といふ化鳥(けてう)禁中(きんちゆう)(きんちう)にな【鳴】いて、しばしば震襟【*宸襟】(しんきん)を
なやます事(こと)あり【有り】き。先例(せんれい)をも(ッ)て頼政(よりまさ)をめさ【召さ】れ
けり。ころはさ月(つき)【皐月】廿日(はつか)あまりの、まだよひ【宵】の事(こと)
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なるに、■[*空+鳥](ぬえ)ただ一声(ひとこゑ)おとづれて、二声(ふたこゑ)ともな【鳴】かざり
けり。目(め)さす共(とも)しら【知ら】ぬやみではあり【有り】、すがた【姿】かた
ちもみえ【見え】ざれば、矢(や)つぼ【壷】をいづくともさだめがたし。
頼政(よりまさ)はかりこと【策】に、まづおほかぶら【大鏑】をと(ッ)てつが【番】ひ、■[*空+鳥](ぬえ)
の声(こゑ)しつる内裏(だいり)のうへへぞいあ【射上】げたる。■[*空+鳥](ぬえ)かぶら
のをと(おと)【音】におどろいて、虚空(こくう)にしばしひらめい【*ひひめい】たり。
二(に)の矢(や)に小鏑(こかぶら)と(ッ)てつがひ、ひ(イ)ふつとゐき(ッ)(いきつ)【射切つ】て、■[*空+鳥](ぬえ)
とかぶらとなら【並】べて前(まえ)にぞおと【落】したる。禁中(きんちゆう)(きんちう)ざざ
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めきあひ、御感(ぎよかん)なのめならず。御衣(ぎよい)をかづ【被】けさせ
給(たま)ひけるに、其(その)時(とき)は大炊御門(おほいのみかど)の右大臣(うだいじん)公能公(きんよしこう)
これを給(たま)はりつゐで(ついで)、頼政(よりまさ)にかづけ給(たま)ふとて、「昔(むかし)の
養由(やうゆう)は雲(くも)の外(ほか)の鴈(かり)をい【射】き。今(いま)の頼政(よりまさ)はP328雨(あめ)のう
ちに■[*空+鳥](ぬえ)をゐ(い)【射】たり」とぞ感(かん)ぜられける。
五月(さつき)やみ名(な)をあらはせるこよひ【今宵】かな
と仰(おほせ)られかけたりければ、頼政(よりまさ)
たそかれ時(どき)もす【過】ぎぬとおもふ【思ふ】に W029
P04163
と仕(つかまつ)り、御衣(ぎよい)を肩(かた)にかけて退出(たいしゆつ)す。其(その)後(のち)伊豆国(いづのくに)
給(たま)はり、子息(しそく)仲綱(なかつな)受領(じゆりやう)になし、我(わが)身(み)三位(さんみ)して、
丹波(たんば)の五ケ[B ノ]庄(ごかのしやう)、若狭(わかさ)のとう宮河(みやがは)知行(ちぎやう)して、さて
おはすべかりし人(ひと)の、よしなき謀叛(むほん)おこいて、宮(みや)
をもうしなひ【失ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、我(わが)身(み)もほろびぬるこそ
うたてけれ。三井寺(みゐでら)炎上(えんしよう)S0416 日(ひ)ごろは山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)こそ、みだ【猥】りがはし
きう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】つか【仕】まるに、今度(こんど)は穏便(をんびん)を存(ぞん)じて
をと(おと)【音】もせず。「南都(なんと)・三井寺(みゐでら)、或(あるい)(あるひ)は宮(みや)うけ【請け】とり奉(たてまつ)り、
P04164
或(あるい)(あるひ)は宮(みや)の御(おん)むか【迎】へにまいる(まゐる)【参る】、これも(ッ)て朝敵(てうてき)なり。
されば三井寺(みゐでら)をも南都(なんと)をもせめ【攻め】らるべし」とて、
同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、大将軍(たいしやうぐん)には入道(にふだう)(にうだう)〔の〕四男(しなん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)、
副将軍(ふくしやうぐん)には薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)一万余騎(いちまんよき)
で、園城寺(をんじやうじ)へ発向(はつかう)す。寺(てら)にも堀(ほり)ほり、かいだP329て【掻楯】か
き、さかも【逆茂】木(ぎ)ひい【引い】てまち【待ち】かけたり。卯剋(うのこく)に矢合(やあはせ)
して、一日(いちにち)たたかひくら【暮】す。ふせく【防く】ところ【所】大衆(だいしゆ)以下(いげ)
の法師原(ほつしばら)、三百余人(さんびやくよにん)までうた【討た】れにけり。夜(よ)い
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くさ【軍】にな(ッ)て、くらさ【暗さ】はくらし、官軍(くわんぐん)寺(てら)にせめ入(いり)て、
火(ひ)をはなつ。や【焼】くるところ【所】、本覚院(ほんがくゐん)、成喜院【*常喜院】(じやうきゐん)・真如院(しんによゐん)・
花園院(くわをんゐん)、普賢堂(ふげんだう)・大宝院(だいほうゐん)・清滝院(りやうりうゐん)、教大【*教待】和尚[B ノ](けうだいくわしやうの)
本坊(ほんばう)ならびに本尊等(ほんぞんとう)、八間(はちけん)四面(しめん)の大講堂(だいかうだう)、鐘楼(しゆろう)・
経蔵(きやうざう)・潅頂堂(くわんぢやうだう)、護法善神(ごほうぜんじん)の社壇(しやだん)、新熊野(いまぐまの)の
御宝殿(ごほうでん)、惣(すべ)て堂舎(たうじや)塔廟(たふべう)(たうべう)六百三十七宇(ろつぴやくさんじふしちう)、大津(おほつ)
の在家(ざいけ)一千八百五十三宇(いつせんはつぴやくごじふさんう)、智証(ちしやう)のわた【渡】し給(たま)へる
一切経(いつさいきやう)七千余巻(しちせんよくわん)、仏像(ぶつざう)二千余体(にせんよたい)、忽(たちまち)に煙(けぶり)と
P04166
なるこそかなしけれ。諸天五妙(しよてんごめう)のたのしみも此(この)
時(とき)ながくつき【尽き】、竜神(りゆうじん)(りうじん)三熱(さんねつ)のくるしみ【苦】もいよいよ
さかん【盛】なるらんとぞみえ【見え】し。それ三井寺(みゐでら)は、近江(あふみ)
の義大領(ぎだいりよう)が私(わたくし)の寺(てら)たりしを、天武天皇(てんむてんわう)によ【寄】せ
奉(たてまつり)て、御願(ごぐわん)となす。本仏(ほんぶつ)もかの御門(みかど)の御本尊(ごほんぞん)、
しかるを生身弥勒(しやうじんみろく)ときこえ給(たま)ひし教大【*教待】和尚(けうだいくわしやう)百六
十(ひやくろくじふ)年(ねん)おこなふ(おこなう)て、大師(だいし)に附属(ふぞく)し給(たま)へり。都士
多天上摩尼宝殿(としたてんじやうまにほうでん)よりあまくだり、はるかに竜
P04167
花下生(りゆうげげしやう)(りうげげしやう)の暁(あかつき)をまた【待た】せ給(たま)ふとこそきき【聞き】つるに、
こはいかにしつる事共(ことども)ぞや。大師(だいし)このところ【所】を
伝法(でんぼふ)(でんぽう)潅頂(くわんぢやう)の霊跡(れいせき)として、ゐけすい【井花水】の三(みつ)をむ
すび給(たまひ)しゆへ(ゆゑ)【故】にこそ、三井寺(みゐでら)とは名(な)づけたれ。
かかるめでたき聖跡(せいぜき)なれ共(ども)、今(いま)はなに【何】ならず。顕
密(けんみつ)須臾(しゆゆ)にほろびて、伽藍(がらん)さらに跡(あと)もなし。三密(さんみつ)
道場(だうぢやう)もなけP330れば、鈴(れい)の声(こゑ)もきこえず。一夏(いちげ)の花(はな)
もなければ、阿伽(あか)のをと(おと)【音】もせざりけり。宿老(しゆくらう)[* 「宿老」虫食い、高野本により補う]磧
P04168
徳(せきとく)の名師(めいし)は行学(ぎやうがく)におこたり、受法(じゆほふ)(じゆほう)相承(さうじよう)(さうぜう)の[* 「承の」虫食い、高野本により補う]弟子(でし)は
又(また)経教(きやうげう)にわかれんだり。寺(てら)の長吏(ちやうり)円慶【*円恵】(ゑんけい)法
親王(ほふしんわう)(ほうしんわう)、天王寺(てんわうじの)別当(べつたう)をとどめらる。其(その)外(ほか)僧綱(そうがう)十
三人(じふさんにん)闕官(けつくわん)ぜられて、みな検非違使(けんびゐし)(けんびいし)にあづけらる。
悪僧(あくそう)はつつ【筒】井(ゐ)の浄妙明秀(じやうめうめいしう)にいたるまで三十(さんじふ)
余人(よにん)ながされけり。「かかる天下(てんが)のみだれ、国土(こくど)
のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、ただ事(こと)ともおぼえず。平家(へいけ)の世(よ)の
末(すゑ)になりぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。
P04169
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)



入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一

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