平家物語(龍谷大学本)巻第五

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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。

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(表紙)
P05173 P331
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第五(だいご)
都遷(みやこうつり)S0501治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)六月(ろくぐわつ)三日(みつかのひ)、福原(ふくはら)へ行幸(ぎやうがう)有(ある)
べしとて、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)ひしめきあへり。此(この)日(ひ)
ごろ都(みやこ)うつりあるべしときこえしかども、
忽(たちまち)に今明(こんみやう)の程(ほど)とは思(おもは)ざりつるに、こは
いかにとて上下(じやうげ)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。あま(ッ)(あまつ)【剰】さへ三
日(みつかのひ)とさだめられたりしが、いま一日(ひとひ)ひきあげ
て、二日(ふつかのひ)になりにけり。二日(ふつかのひ)の卯剋(うのこく)に、すでに
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行幸(ぎやうがう)の御輿(みこし)をよせたりければ、主上(しゆしやう)は
今年(ことし)三歳(さんざい)、いまだいと【幼】けなう在(まし)ましけれ
ば、なに心(ごころ)もなうめさ【召さ】れけり。主上(しゆしやう)おさな
う(をさなう)【幼う】わたらせ給(たまふ)時(とき)の御同輿(ごとうよ)には、母后(ぼこう)こそ
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふに、是(これ)は其(その)儀(ぎ)なし。御(おん)めのと【乳母】、平(へい)
大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)の北(きた)の方(かた)帥(そつ)のすけ【典侍】殿(どの)ぞ、ひ
とつ御輿(おんこし)にはまいら(まゐら)【参ら】れける。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)・一院(いちゐん)上
皇(しやうくわう)御幸(ごかう)なる。摂政殿(せつしやうどの)をはじめたてま(ッ)て、太
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政大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、我(われ)も我(われ)もと供奉(ぐぶ)せらる。
三日(みつかのひ)福原(ふくはら)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)
の宿所(しゆくしよ)、皇居(くわうきよ)になる。同(おなじき)四日(よつかのひ)、頼盛(よりもり)家(いへ)の賞(しやう)
とて正二位(じようにゐ)しP332給(たま)ふ。九条殿(くでうどの)の御子(おんこ)、右大将(うだいしやう)
能通【*良通】卿(よしみちのきやう)、こえられ給(たま)ひけり。摂禄(せつろく)の臣(しん)の御子
息(ごしそく)、凡人(ぼんにん)の次男(じなん)に加階(かかい)こえられ給(たま)ふ事(こと)、是(これ)
はじめとぞきこえし。さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)(ほうわう)を入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)やうやう思(おも)ひなを(ッ)(なほつ)【直つ】て、鳥羽殿(とばどの)をいだし【出し】
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たてまつり、都(みやこ)へいれ【入れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりしが、高
倉宮(たかくらのみや)御謀反(ごむほん)によ(ッ)て、又(また)大(おほき)にいきどをり(いきどほり)【憤り】、福原(ふくはら)
へ御幸(ごかう)なしたてまつり【奉り】、四面(しめん)にはた【端】板(いた)して、
口(くち)ひとつあけたるうちに、三間(さんげん)の板屋(いたや)をつく(ッ)
ておしこ【押込】めまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、守護(しゆご)の武士(ぶし)には、原田(はらだ)
の大夫(だいふ)種直(たねなほ)(たねなを)ぞ候(さうらひ)ける。たやすう人(ひと)のまいり(まゐり)【参り】
かよふ事(こと)もなければ、童部(わらはべ)は籠(ろう)の御所(ごしよ)
とぞ申(まうし)ける。きく【聞く】もいまいま【忌々】しうおそろし
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かり【恐ろしかり】し事共(ことども)也(なり)。法皇(ほふわう)(ほうわう)「今(いま)は世(よ)の政(まつりごと)きこしめさ【聞し召さ】
ばやとは、露(つゆ)もおぼしめし【思召し】よらず。ただ山々(やまやま)
寺々(てらでら)修行(しゆぎやう)して、御心(おんこころ)のままになぐさまばや」
とぞおほせける。凡(およそ)(をよそ)平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)においては
きはまりぬ。「去(さんぬ)る安元(あんげん)よりこのかた、おほく
の卿相(けいしやう)雲客(うんかく)、或(あるい)(あるひ)はながし、或(あるい)はうしなひ【失ひ】、
関白(くわんばく)ながし奉(たてまつ)り、わが聟(むこ)を関白(くわんばく)になし、
法王(ほうわう)を城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(りきう)にうつし奉(たてまつ)り、第二(だいに)
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の皇子(わうじ)高倉(たかくら)の宮(みや)をうちたてまつり【奉り】、いま
のこる【残る】ところ【所】都(みやこ)うつりなれば、か様(やう)【斯様】にし給(たま)ふ
にや」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。みやこうつりは是(これ)先蹤(せんじよう)(せんぜう)
なきにあらず。神武天皇(じんむてんわう)と申(まうす)は地神(ぢじん)五代(ごだい)の
帝(みかど)、彦波激武■■草不葺合尊(ひこなぎさたけうがやふきあはせずのみこと)の第四(だいし)
の王子(わうじ)、御母(おんぱは)は玉(たま)より【依】姫(ひめ)、海人(かいじん)のむすめなり。
神(かみ)の代(よ)P333十二(じふに)代(だい)の跡(あと)をうけ、人代百王(にんだいはくわう)の帝祖(ていそ)
なり。辛酉歳(かのとのとりのとし)、日向国(ひうがのくに)宮崎(みやざき)の郡(こほり)にして皇王(くわうわう)の
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宝祚(ほうそ)をつぎ、五十九(ごじふく)年(ねん)とい(ッ)し己未歳(つちのとのひつじのとし)十月(じふぐわつ)に
東征(とうせい)して、豊葦原中津国(とよあしはらなかつくに)にとどまり、この
ごろ大和国(やまとのくに)となづけたるうねび【畝傍】の山(やま)を点(てん)じて
帝都(ていと)をたて、柏原(かしはら)の地(ち)をきりはら(ッ)て宮室(きゆうしつ)(きうしつ)を
つくり給(たま)へり。これをかし原(はら)の宮(みや)となづけたり。
それよりこのかた、代々(だいだい)の帝王(ていわう)、都(みやこ)を他国(たこく)他所(たしよ)
へうつさるる事(こと)卅(さんじふ)度(ど)にあまり、四十(しじふ)度(ど)にをよ
べ(およべ)【及べ】り。神武天皇(じんむてんわう)より景行天皇(けいかうてんわう)まで十二(じふに)
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代(だい)は、大和国(やまとのくに)こほりごほり【郡々】にみやこをたて、他国(たこく)へは
つゐに(つひに)【遂に】うつされず。しかるを、成務天皇(せいむてんわう)元年(ぐわんねん)に
近江国(あふみのくに)にうつ(ッ)て、志賀(しが)の郡(こほり)に都(みやこ)をたつ。仲哀
天皇(ちゆうあいてんわう)(ちうあいてんわう)二年(にねん)に長門国(ながとのくに)にうつ(ッ)て、豊良【*豊浦】郡(とよらのこほり)に都(みやこ)を
たつ。其(その)国(くに)の彼(かの)みやこにて、御門(みかど)かくれさせ給(たまひ)し
かば、きさき神宮【*神功】皇后(じんぐうくわうこう)御世(おんよ)をうけとらせ給(たま)ひ、
女体(によてい)として、鬼界(きかい)・高麗(かうらい)・荊旦【*契丹】(けいたん)までせめ【攻め】したがへ
させ給(たま)ひけり。異国(いこく)のいくさをしづめさせ給(たま)
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ひて後(のち)、筑前国(ちくぜんのくに)三笠[B ノ]郡(みかさのこほり)にして皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)、
其(その)所(ところ)をばうみの宮(みや)とぞ申(まうし)たる。かけまくも
かたじけな【忝】くやわた【八幡】の御事(おんこと)これ也(なり)。位(くらゐ)につかせ
給(たま)ひては、応神天皇(おうじんてんわう)とぞ申(まうす)。其(その)後(のち)、神宮【*神功】皇
后(じんぐうくわうこう)は大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)て、岩根稚桜(いはねわかざくら)のみや【宮】にをはし
ます(おはします)。応神天皇(おうじんてんわう)は同国(どうこく)軽島(かるしま)明(あかり)の宮(みや)にすませ
給(たま)ふ。仁徳天皇(にんどくてんわう)元年(ぐわんねん)に津国(つのくに)難波(なには)にうつ(ッ)て、
高津(たかつ)の宮(みや)にをはします(おはします)。履中天皇(りちゆうてんわう)(りちうてんわう)二年(にねん)に
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大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)て、とうち(とをち)【十市】の郡(こほり)にみやこをたつ。
反正天皇(はんせいてんわう)元年(ぐわんねん)に河内P334国(かはちのくに)にうつ(ッ)て、柴垣(しばがき)の宮(みや)
にすませ給(たま)ふ。允恭天皇(いんげうてんわう)(ゐんげうてんわう)四十二年(しじふにねん)に又(また)大和国(やまとのくに)
にうつ(ッ)て、飛鳥(とぶとり)のあすかの宮(みや)におはします。雄
略天皇(ゆうりやくてんわう)廿一年(にじふいちねん)に同国(どうこく)泊瀬(はつせ)あさくら【朝倉】に宮(みや)ゐ【居】
し給(たま)ふ。継体天皇(けいたいてんわう)五年(ごねん)に山城国(やましろのくに)つづき【綴喜】
にうつ(ッ)て十二年(じふにねん)、其(その)後(のち)乙訓(をとぐん)に宮(みや)ゐ【居】し給(たま)ふ。
宣化天皇(せんくわてんわう)元年(ぐわんねん)に又(また)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、桧隈(ひのくま)
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の入[B ル]野(いるの)の宮(みや)にをはします(おはします)。孝徳天皇(かうとくてんわう)大化(たいくわ)元年(ぐわんねん)
に摂津国(せつつのくに)長良【*長柄】(ながら)にうつ(ッ)て、豊崎(とよざき)の宮(みや)にすま
せ給(たま)ふ。斉明天皇(せいめいてんわう)二年(にねん)、又(また)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、岡
本(をかもと)の宮(みや)におはします。天智天皇(てんちてんわう)六年(ろくねん)に近江
国(あふみのくに)にうつ(ッ)て、大津宮(おほつのみや)にすませ給(たま)ふ。天武天皇(てんむてんわう)
元年(ぐわんねん)に猶(なほ)(なを)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、岡本(おかもと)の南(みなみ)の宮(みや)に
すませ給(たま)ふ。これを清見原(きよみばら)の御門(みかど)と申(まうし)き。持
統(ぢどう)・文武(もんむ)二代(にだい)の聖朝(せいてう)は、同国(どうこく)藤原(ふぢはら)の宮(みや)におは
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します。元明天皇(げんめいてんわう)より光仁天皇(くわうにんてんわう)まで七代(しちだい)は、
奈良(なら)の都(みやこ)にすませ給(たま)ふ。しかるを桓武天皇(くわんむてんわう)
延暦(えんりやく)三年(さんねん)十月(じふぐわつ)二日(ふつかのひ)、奈良(なら)の京(きやう)春日(かすが)の里(さと)よ
り山城国(やましろのくに)長岡(ながをか)にうつ(ッ)て、十年(じふねん)とい(ッ)し正月(しやうぐわつ)に、
大納言(だいなごん)藤原小黒丸(ふぢはらのをぐるまる)、参議(さんぎ)左大弁(さだいべん)紀(き)のこさみ【古佐美】、
大僧都(だいそうづ)玄慶【*賢■王+景】等(げんけいら)をつかはして、当国(たうごく)賀殿【*葛野】郡(かどののこほり)宇
多(うだ)の村(むら)をみせ【見せ】らるるに、両人(りやうにん)共(とも)に奏(そう)して云(いはく)、「此(この)
地(ち)の体(てい)を見(み)るに、左青竜(さしやうりう)、右白虎(うはくこ)、前朱雀(ぜんしゆじやく)、後
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玄武(ごげんむ)、四神(しじん)相応(さうおう)の地(ち)也(なり)。尤(もつとも)帝都(ていと)をさだむるに
たれり」と申(まうす)。仍(よつて)乙城都(をたぎのこほり)(おたぎのこほり)にをはします(おはします)賀茂
大明神(かものだいみやうじん)に告(つげ)申(まう)させ給(たま)ひて、延暦(えんりやく)十三年(じふさんねん)
十一月(じふいちぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、長岡(ながをか)の京(きやう)より此(この)京(きやう)へうつされP335て
後(のち)、帝王(ていわう)卅二代(さんじふにだい)、星霜(せいざう)は三百八十(さんびやくはちじふ)余歳(よさい)の
春秋(しゆんしう)ををくり(おくり)【送り】むかふ。「昔(むかし)より代々(よよ)の帝王(ていわう)、国々(くにぐに)
ところどころ【所々】におほくの都(みやこ)をたてられしかども、
かくのごとくの勝地(せうち)はなし」とて、桓武天皇(くわんむてんわう)こと
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に執(しつ)しおぼしめし【思召し】、大臣公卿(だいじんくぎやう)諸道(しよだう)の才人等(さいじんら)
に仰(おほせ)あはせ、長久(ちやうきう)なるべき様(やう)とて、土(つち)にて
八尺(はつしやく)の人形(にんぎやう)をつくり、くろがね【鉄】の鎧甲(よろひかぶと)をき【着】せ、
おなじうくろがねの弓矢(ゆみや)をもたせて、東山(ひがしやまの)(ひ(ン)がしやまの)
嶺(みね)に、西(にし)むきにたて[* 「たたて」と有るのを高野本により訂正]てうづま【埋ま】れけり。「末代(まつだい)に
此(この)都(みやこ)を他国(たこく)へうつす事(こと)あらば、守護神(しゆごじん)と
なるべし」とぞ、御約束(おんやくそく)あり【有り】ける。されば天下(てんが)に
事(こと)いでこ【出来】んとては、この塚(つか)必(かなら)ず鳴動(めいどう)す。将軍(しやうぐん)
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が塚(つか)とて今(いま)にあり【有り】。桓武天皇(くわんむてんわう)と申(まうす)は、平家(へいけ)
の農祖【*曩祖】(のうそ)にておはします。なかにも此(この)京(きやう)をば
平安城(へいあんじやう)と名(な)づけて、たひらかにやすきみやこと
かけり。尤(もつとも)平家(へいけ)のあがむべきみやこなり。先
祖(せんぞ)の御門(みかど)のさしも執(しつ)しおぼしめさ【思召さ】れたる
都(みやこ)を、させるゆへ(ゆゑ)【故】なく、他国(たこく)他所(たしよ)へうつさるるこそ
あさましけれ。嵯峨(さが)の皇帝(くわうてい)の御時(おんとき)、平城(へいぜい)の
先帝(せんてい)、内侍[B ノ](ないしの)かみのすすめ【勧】によ(ッ)て、世(よ)をみだり
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給(たま)ひし時(とき)、すでにこの京(きやう)を他国(たこく)へうつさんと
せさせ給(たま)ひしを、大臣公卿(だいじんくぎやう)、諸国(しよこく)の人民(じんみん)そむ
き申(まうし)しかば、うつされずしてやみにき。一天(いつてん)
の君(きみ)、万乗(ばんじよう)(ばんぜう)のあるじ【主】だにもうつ【遷】しえ【得】給(たま)はぬ
都(みやこ)を、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、人臣(じんしん)の身(み)としてうつされける
ぞおそろしき【恐ろしき】。旧都(きうと)はあはれめでたかりつる
都(みやこ)ぞかし。王城守護(わうじやうしゆご)の鎮守(ちんじゆ)は四方(よも)に光(ひかり)を
やはらP336げ、霊験殊勝(れいげんしゆせう)の寺々(てらでら)は、上下(じやうげ)に甍(いらか)
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をならべ賜【*給】(たま)ひ、百姓万民(ひやくしやうばんみん)わづらひなく、五畿(ごき)七道(しちだう)
もたよりあり【有り】。されども、今(いま)は辻々(つぢつぢ)をみな堀(ほり)
き(ッ)て、車(くるま)な(ン)ど(など)のたやすうゆき【行き】かふ事(こと)もなし。
たまさかにゆく人(ひと)もこ【小】車(ぐるま)にのり、路(みち)をへ【経】て
こそとをり(とほり)【通り】けれ。軒(のき)をあらそひし人(ひと)のすまひ、
日をへ【経】つつあれゆく。家々(いへいへ)は賀茂河(かもがは)・桂河(かつらがは)に
こぼちいれ【入れ】、筏(いかだ)にくみうかべ、資財(しざい)雑具(ざふぐ)(ざうぐ)舟(ふね)に
つみ、福原(ふくはら)へとはこび下(くだ)す。ただなりに花(はな)
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の都(みやこ)ゐ中(なか)になるこそかなしけれ。なに物(もの)の
しわざ[B に]やあり【有り】けん、ふるき都(みやこ)の内裏(だいり)の柱(はしら)に、
二首(にしゆ)の歌(うた)をぞかい【書い】たりける。
ももとせを四(よ)かへり【返り】までにすぎき【過来】にし
乙城(をたぎ)(おたぎ)の里(さと)のあ【荒】れやはてなむ W030
さ【咲】きいづる花(はな)の都(みやこ)をふりすてて
かぜ【風】ふく原(はら)のすゑ【末】ぞあやうき(あやふき)【危ふき】 W031
同(おなじき)六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、新都(しんと)の事(こと)はじめあるべしとて、
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上卿(しやうけい)〔には〕徳大寺左大将(とくだいじのさだいしやう)実定(しつてい)の卿(きやう)、土御門(つちみかど)の
宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)通信【*通親】(とうしん)の卿(きやう)、奉行(ぶぎやう)の弁(べん)には蔵
人左少弁(くらんどさせうべん)行高【*行隆】(ゆきたか)、官人共(くわんにんども)めしぐし【召具し】て、和田(わだ)の
松原(まつばら)の西(にし)の野(の)を点(てん)じて、九城(きうじやう)の地(ち)をわ【割】ら
れけるに、一条(いちでう)よりしも【下】五条(ごでう)までは其(その)所(ところ)あ(ッ)
て、五条(ごでう)よりしもはなかりけり。行事官(ぎやうじくわん)
かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよしを奏聞(そうもん)す。さらば播
磨(はりま)のいなみ【印南】野(の)か、なを(なほ)【猶】摂津国(せつつのくに)の児屋野(こやの)か
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な(ン)ど(など)いふ公卿僉議(くぎやうせんぎ)あり【有り】しかども、事(こと)ゆくべし
ともみえ【見え】ざりけり。P337旧都(きうと)をばすでにうかれ
ぬ、新都(しんと)はいまだ事(こと)ゆかず。あり【有り】としある人(ひと)
は、身(み)をうき【浮】雲(ぐも)のおもひ【思ひ】をなす。もと〔こ〕の
ところ【所】にすむ物(もの)は、地(ち)をうしな(ッ)【失つ】てうれへ、いま
うつる人々(ひとびと)は土木(とぼく)のわづらひをなげき
あへり。すべてただ夢(ゆめ)のやうなりし事(こと)
どもなり。土御門(つちみかどの)宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)通信【*通親】卿(とうしんのきやう)申(まう)され
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けるは、異国(いこく)には、三条(さんでう)の広路(くわうぢ)をひらい【開い】て
十二(じふに)の洞門(とうもん)をたつと見(み)えたり。况[B ヤ](いはんや)五条(ごでう)まで
あらん都(みやこ)に、などか内裏(だいり)をたてざるべき。かつがつ
さと【里】内裏(だいり)つくるべきよし議定(ぎぢやう)あ(ッ)て、五条
大納言(ごでうのだいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)、臨時(りんじ)に周防国(すはうのくに)を給(たまは)(ッ)て、造進(ざうしん)
せられるべきよし、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)はからひ申(まう)されけり。
この国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)は大福長者(だいふくちやうじや)にてをはすれ(おはすれ)ば、
つくりいだされん事(こと)、左右(さう)に及(およ)(をよ)ばねども、[* 末尾に「いかが」と書き消している]
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いかが国(くに)の費(つゐ)へ(つひえ)、民(たみ)のわづらひ【煩】なかるべき。まこと【誠】に
さしあた(ッ)たる大事(だいじ)、大嘗会(だいじやうゑ)な(ン)ど(など)のおこなは
るべきをさし【差し】をい(おい)【置い】て、かかる世(よ)のみだれに遷
都(せんと)造内裏(ざうだいり)、すこしも相応(さうおう)(さうわう)せず。「いにしへの
かしこき御代(みよ)には、すなはち内裏(だいり)に茨(かや)を
ふき、軒(のき)をだにもととのへず。煙(けぶり)のとも【乏】しき
を見(み)給(たま)ふ時(とき)は、かぎりある御(み)つぎ【貢】物(もの)をも
ゆる【免】されき。これすなはち民(たみ)をめぐ【恵】み、国(くに)
P05195
をたすけ給(たま)ふによ(ッ)てなり。楚(そ)帝花【*章華】(しやうくわ)の
台(たい)をたてて、黎民(れいみん)あら【索】げ、秦(しん)阿房(あはう)の殿(てん)を
をこし(おこし)【起こし】て、天下(てんが)みだるといへり。茅茨(ばうじ)きらず、
采椽(さいてん)けづらず、周車(しうしや)かざらず、衣服(いふく)あや【文】なかり
ける世(よ)もあり【有り】けん物(もの)を。されば唐(たう)の大宗(たいそう)は、
離宮山【*驪山宮】(りさんきゆう)(りさんきう)をつく(ッ)て、民(たみ)の費(つひえ)(ついへ)をやP338はばからせ給(たまひ)
けん、遂(つひ)(つゐ)に臨幸(りんかう)なくして、瓦(かはら)に松(まつ)をひ(おひ)【生ひ】、墻(かき)に
蔦(つた)しげ(ッ)て止(やみ)にけるには相違(さうい)かな」とぞ人(ひと)
P05196
申(まうし)ける。月見(つきみ)S0502六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、新都(しんと)の事(こと)はじめ、八月(はちぐわつ)十日(とをか)
上棟(じやうとう)、十一月(じふいちぐわつ)十三日(じふさんにち)遷幸(せんかう)とさだめらる。ふるき
都(みやこ)はあ【荒】れゆけば、いまの都(みやこ)は繁昌(はんじやう)す。あ
さましかりける夏(なつ)もすぎ、秋(あき)にも已(すで)になりに
けり。やうやう秋(あき)もなかばになりゆけば、福原(ふくはら)
の新都(しんと)に在(まし)ます人々(ひとびと)、名所(めいしよ)の月(つき)をみんとて、
或(あるい)(あるひ)は源氏(げんじ)の大将(だいしやう)の昔(むかし)の跡(あと)をしのび【忍び】つつ須
間【*須磨】(すま)より明石(あかし)の浦(うら)づたひ、淡路(あはぢ)のせとをおし
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わたり、絵島(ゑしま)が磯(いそ)の月(つき)をみる【見る】。或(あるい)(あるひ)はしらら【白良】・吹
上(ふきあげ)・和歌(わか)の浦(うら)、住吉(すみよし)・難波(なには)・高沙【*高砂】(たかさご)・尾上(をのへ)(おのへ)の月(つき)
のあけぼのをながめてかへる人(ひと)もあり【有り】。旧都(きうと)に
のこる人々(ひとびと)は、伏見(ふしみ)・広沢(ひろさは)の月(つき)を見(み)る。其(その)
なかにも徳大寺(とくだいじ)の左大将(さだいしやう)実定(しつてい)の卿(きやう)は、ふるき
都(みやこ)の月(つき)を恋(こひ)て、八月(はちぐわつ)十日(とをか)あまりに、福原(ふくはら)
よりぞのぼ【上】り給(たま)ふ。何事(なにごと)も皆(みな)かはりはてて、ま
れにのこる家(いへ)は、門前(もんぜん)草(くさ)ふかくして
P05198
庭上(ていしやう)露(つゆ)しげし。蓬(よもぎ)が杣(そま)、浅茅(あさぢ)が原(はら)、鳥(とり)のふし
ど【臥所】と荒(あれ)はてて、虫(むし)の声々(こゑごゑ)うらみ【恨み】つつ、黄菊紫
蘭(くわうきくしらん)の野辺(のべ)とぞなりにける。故郷(こきやう)の名残(なごり)と
ては、近衛P339河原(このゑかはら)の大宮(おほみや)ばかりぞ在(まし)ましける。
大将(だいしやう)その御所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、まづ随身(ずいじん)に惣門(そうもん)(さうもん)をたた
かせらるるに、うちより女(をんな)の声(こゑ)して、「た【誰】そや、
蓬生(よもぎふ)の露(つゆ)うちはらう人(ひと)もなき所(ところ)に」と
とがむれば、「福原(ふくはら)より大将殿(だいしやうどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)」と
P05199
申(まうす)。「惣門(そうもん)(さうもん)はじやう【錠】のさされてさぶらうぞ。東面(ひがしおもて)(ひ(ン)がしおもて)
の小門(こもん)よりいら【入ら】せ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、大将(だいしやう)さらば
とて、東(ひがし)(ひ(ン)がし)の門(もん)よりまいら(まゐら)【参ら】れけり。大宮(おほみや)は御(おん)
つれづれに、昔(むかし)をやおぼ【思】しめしい【出】でさせ給(たま)
ひけん。南面(みなみおもて)(み(ン)なみおもて)の御格子(みかうし)あげさせて、御琵琶(おんびは)(おんびわ)
あそばさ【遊ばさ】れけるところに、大将(だいしやう)まいら(まゐら)【参ら】れたり
ければ、「いかに、夢(ゆめ)かやうつつ【現】か、これへこれへ」とぞ
仰(おほせ)ける。源氏(げんじ)の宇治(うぢ)の巻(まき)には、うばそくの宮(みや)
P05200
の御(おん)むすめ、秋(あき)の名残(なごり)ををしみ、琵琶(びは)(びわ)をしら【調】
めて夜(よ)もすがら心(こころ)をすまし給(たま)ひしに、在明(ありあけ)の
月(つき)のい【出】でけるを、猶(なほ)(なを)たえ(たへ)【堪へ】ずやおぼしけん、撥(ばち)
にてまねき給(たま)ひけんも、いまこそおもひ【思ひ】しら
れけれ。待(まつ)よひ【宵】の小侍従(こじじゆう)といふ女房(にようぼう)も、此(この)
御所(ごしよ)にぞ候(さうらひ)ける。この女房(にようぼう)を待(まつ)よひと申(まうし)
ける事(こと)は、或(ある)時(とき)御所(ごしよ)にて「まつよひ、かへ【帰】る
あした、いづれかあはれ【哀】はまされる」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、
P05201
待(まつ)よひのふ【更】けゆく鐘(かね)の声(こゑ)きけば
かへるあしたの鳥(とり)はものかは W032
とよ【詠】みたりけるによ(ッ)てこそ待(まつ)よひとは
めさ【召さ】れけれ。大将(だいしやう)かの女房(にようばう)よび【呼び】いだし、昔(むかし)
いまの物語(ものがたり)して、さ夜(よ)もやうやうふけ行(ゆけ)ば、ふ
るきみやこのあ【荒】れゆくを、P340いま【今】様(やう)にこそ
うたはれけれ。ふるき都(みやこ)をき【来】て見(み)ればあ
さぢ【浅茅】が原(はら)とぞあ【荒】れにける月(つき)の光(ひかり)はくま
P05202
なくて秋風(あきかぜ)のみぞ身(み)にはしむ K037 Iと、三反(さんべん)う
たひ【歌ひ】すまされければ、大宮(おほみや)をはじめまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】て、御所(ごしよ)ぢう(ぢゆう)【中】の女房達(にようばうたち)、みな袖(そで)をぞぬ【濡】らさ
れける。さる程(ほど)に夜(よ)もあけ【明け】ければ、大将(だいしやう)い
とま申(まうし)て、福原(ふくはら)へこそかへ【帰】られけれ。御(おん)ともに
候(さうらふ)蔵人(くらんど)をめして、「侍従(じじゆう)があまりなごりおしげ(をしげ)【惜し気】に
おもひ【思ひ】たるに、なんぢかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】てなにともいひ【言ひ】て
こよ」と仰(おほせ)ければ、蔵人(くらんど)はしり【走り】かへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、「「畏(かしこま)り
P05203
申(まう)せ」と候(さうらふ)」とて、
物(もの)かはと君(きみ)がいひけん鳥(とり)のねの
けさ【今朝】しもなどかかな【悲】しかるらむ W033
女房(にようばう)涙(なみだ)ををさへ(おさへ)て、
また【待た】ばこそふけゆくかねも物(もの)ならめ
あかぬわかれの鳥(とり)の音(ね)ぞうき W034
蔵人(くらんど)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよし申(まうし)たりければ、
「さればこそなんぢをばつかはし【遣し】つれ」とて、大
P05204
将(だいしやう)おほきに感(かん)ぜられけり。それよりしてこ
そ物(もの)かはの蔵人(くらんど)とはいはれけれ。P341 物怪(もつけ)之(の)沙汰(さた)S0503 福原(ふくはら)へ都(みやこ)を
うつされて後(のち)、平家(へいけ)の人々(ひとびと)夢(ゆめ)見(み)もあ【悪】しう、
つねは心(こころ)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】のみして、変化(へんげ)の物(もの)ども
おほかりけり。或(ある)夜(よ)入道(にふだう)(にうだう)のふ【臥】し給(たま)へる
ところ【所】に、ひと間(ま)にはばかる程(ほど)の物(もの)の面(おもて)いでき
て、のぞきたてまつる【奉る】。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)ち(ッ)とも
さはが(さわが)【騒が】ず、ちやうどにら【睨】まへてをはし(おはし)【在し】ければ、
P05205
ただぎ【消】えにきえうせぬ。岡(をか)の御所(ごしよ)と申(まう)すは
あたらしうつく【造】られたれば、しかるべき大木(たいぼく)も
なかりけるに、或(ある)夜(よ)おほ木(ぎ)のたふるる【倒るる】音(おと)(をと)し
て、人(ひと)ならば二卅人(にさんじふにん)が声(こゑ)して、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】こと
あり【有り】けり。これはいかさまにも天狗(てんぐ)の所為(しよい)と
いふ沙汰(さた)にて、ひきめ【蟇目】の当番(たうばん)となづ【名付】けて、
よる百人(ひやくにん)ひる五十人(ごじふにん)の番衆(ばんしゆ)をそろ
へて、ひきめをゐ(い)【射】させらるるに、天狗(てんぐ)
P05206
のある方(かた)へむ【向】いてゐ(い)【射】たる時(とき)は音(おと)(をと)もせず。
ない方(かた)へむいてゐ(い)【射】たる時(とき)は、は(ッ)とわらひ【笑ひ】
な(ン)ど(など)しけり。又(また)あるあした【朝】、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)帳
台(ちやうだい)よりいでて、つま【妻】戸(ど)ををし(おし)【押し】ひらき、坪(つぼ)
のうちを見(み)給(たま)へば、死人(しにん)のしやれかう
べ【骸骨】どもが、いくらといふかず【数】もしらず庭(には)に
みちみちて、うへ【上】になりした【下】になり、ころ
びあひころびのき、はし【端】なるはなか【中】へ
P05207
まろびいり中(なか)なるははし【端】へいづ。おびたた【夥】
しうがらめきあひければ、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)「人(ひと)や
ある、人(ひと)やある」とめさ【召さ】れけれども、おりふし(をりふし)【折節】
人(ひと)もまいら(まゐら)【参ら】ず。かくしておP342ほくのどく
ろ【髑髏】どもがひと【一】つにかたまりあひ、つぼ【坪】の
うちにはばかる程(ほど)にな(ッ)て、たかさは十四五(じふしご)
丈(ぢやう)もあるらんとおぼゆる山(やま)のごとくになりに
けり。かのひとつの大(おほ)がしら【頭】に、いき【生き】たる人(ひと)の
P05208
まなこの様(やう)に大(だい)のまなこどもが千万(せんまん)いできて、
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)をちやうどにら【睨】まへて、まだた【瞬】き
もせず。入道(にふだう)(にうだう)すこしもさはが(さわが)【騒が】ず、はたとにらまへ
てしばらくたた【立た】れたり。かの大(おほ)がしらあまりに
つよくにらまれたてまつり霜露(しもつゆ)な(ン)ど(など)の
日にあた(ッ)てき【消】ゆるやうに、跡(あと)かたもなくなり
にけり。其(その)外(ほか)に、一(いち)の厩(むまや)にたててとねり【舎人】
あまたつけられ、あさゆふ【朝夕】ひまなくな【撫】で
P05209
か【飼】はれける馬(むま)の尾(を)(お)に、一夜(いちや)のうちにねずみ【鼠】
巣(す)をくひ、子(こ)をぞう【産】んだりける。「これただ
事(こと)にあらず」とて、七人(しちにん)の陰陽師(おんやうじ)(をんやうじ)にうらな【占】は
せられければ、「おもき【重き】御(おん)つつしみ」とぞ申(まうし)ける。
この御馬(おんむま)は、相模国(さがみのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)大庭(おほばの)三郎(さぶらう)景親(かげちか)
が、東(とう)八ケ国一(はつかこくいち)の馬(むま)とて、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)にまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】たり。くろき馬(むま)の額(ひたひ)(ひたい)しろ【白】かりけり。名(な)を
ば望月(もちづき)とぞつけられたる。陰陽頭(おんやうのかみ)(をんやうのかみ)安陪【*安倍】(あべ)
P05210
の泰親(やすちか)給(たま)はりけり。昔(むかし)天智天皇(てんちてんわう)の御時(おんとき)、竜【*寮】(れう)(りやう)
の御馬(おんむま)の尾(を)(お)に鼠(ねずみ)す【巣】をくひ、子(こ)をう【産】んだり
けるには、異国(いこく)の凶賊(けうぞく)蜂起(ほうき)したりけるとぞ、
日本記(につぽんぎ)(に(ツ)ぽんぎ)にはみえ【見え】たる。又(また)、源(げん)中納言(ぢゆうなごん)(ぢうなごん)雅頼卿(がらいのきやう)の
もとに候(さうらひ)ける青侍(せいし)がみ【見】たりける夢も、おそ
ろしかり【恐ろしかり】けり。たとへば、大内(おほうち)の神祇官(じんぎくわん)と
おぼしきところ【所】に、束帯(そくたい)ただしき上臈(じやうらふ)(じやうらう)たち
あP343またおはして、儀定【*議定】(ぎぢやう)の様(やう)なる事(こと)のあり【有り】しに、
P05211
末座(ばつざ)なる人(ひと)の、平家(へいけ)のかたうどするとおぼしき
を、その中(なか)よりお(ッ)たて【追つ立て】らる。かの青侍(せいし)夢(ゆめ)の心(こころ)に、
「あれはいかなる上臈(じやうらふ)(じやうらう)にて在(まし)ますやらん」と、
或(ある)老翁(らうおう)(らうをう)にと【問】ひたてまつれ【奉れ】ば、「厳島(いつくしま)の大明
神(だいみやうじん)」とこたへ給(たま)ふ。其(その)後(のち)座上(ざしやう)にけだかげなる
宿老(しゆくらう)の在(まし)ましけるが、「この日来(ひごろ)平家(へいけ)のあづ
か【預】りたりつる節斗(せつと)をば、今(いま)者(は)伊豆国(いづのくに)の流人(るにん)
頼朝(よりとも)にた【賜】ばうずる也(なり)」と仰(おほせ)られければ、其(その)御(おん)そ
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ばに猶(なほ)(なを)宿老(しゆくらう)の在(まし)ましけるが、「其(その)後(のち)者(は)わが
孫(まご)にもた【賜】び候(さうら)へ」と仰(おほせ)らるるといふ夢(ゆめ)をみて、
是(これ)を次第(しだい)にとひたてまつる【奉る】。「節斗(せつと)を頼朝(よりとも)にたばう
とおほせられつるは八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)、其(その)後(のち)
わが孫(まご)にもたび候(さうら)へと仰(おほせ)られつるは春日(かすがの)大明
神(だいみやうじん)、かう申(まうす)老翁(らうおう)(らうをう)は武内(たけうち)の大明神(だいみやうじん)」と仰(おほせ)らるる
といふ夢(ゆめ)を見(み)て、これを人(ひと)にかたる程(ほど)に、入
道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)もれ【漏れ】きいて、源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)季貞[* 「秀貞」と有るのを高野本により訂正](すゑさだ)をも(ッ)て
P05213
雅頼卿(がらいのきやう)のもとへ、「夢(ゆめ)み【見】の青侍(せいし)、いそ【急】ぎこれへたべ」
と、の給(たま)ひつかはされたりければ、かの夢(ゆめ)見(み)
たる青侍(せいし)やがて逐電(ちくてん)してんげり。雅頼卿(がらいのきやう)い
そぎ入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)のもとへゆき【行き】むか(ッ)て、「ま(ッ)たくさる
こと候(さうら)はず」と陳(ちん)じ申(まう)されければ、其(その)後(のち)沙汰(さた)も
なかりけり。平家(へいけ)日(ひ)ごろは朝家(てうか)の御(おん)かため
にて、天下(てんが)を守護(しゆご)せしかども、今(いま)者(は)勅命(ちよくめい)に
そむけば、節斗(せつと)をもめしかへさ【召返さ】るるにや、心(こころ)ぼそう
P05214
ぞきこえし。なかにも高野(かうや)におはしける宰相[* 「宇相」と有るのを高野本により訂正](さいしやう)
入道(にふだう)(にうだう)成頼(なりより)、か様(やう)【斯様】の事(こと)どもをつたへきいて、P344「すは平
家(へいけ)の代(よ)はやうやう末(すゑ)になりぬるは。いつくしま
の大明神(だいみやうじん)の平家(へいけ)の方(かた)うど【方人】をし給(たま)ひける
といふは、そのいはれあり【有り】。ただしそれは沙羯羅
竜王(しやかつらりゆうわう)(しやかつらりうわう)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)なれば、女神(によしん)とこそうけ給(たま)
はれ。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の、せつと【節斗】を頼朝(よりとも)にた【賜】ばうど
仰(おほせ)られけるはことはり(ことわり)【理】也(なり)。春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)の、其(その)後(のち)
P05215
はわが孫(まご)にもたび候(さうら)へと仰(おほせ)られけるこそ心(こころ)えね。
それも平家(へいけ)ほろび、源氏(げんじ)の世(よ)つきなん後(のち)、大織
冠(たいしよくくくわん)の御末(おんすゑ)、執柄家(しつぺいけ)の君達(きんだち)の天下(てんが)の将軍(しやうぐん)に
なり給(たま)ふべきか」な(ン)ど(など)ぞの給(たま)ひける。又(また)或(ある)僧(そう)の
おりふし(をりふし)【折節】来(き)たりけるが申(まうし)けるは、「夫(それ)神明(しんめい)は和
光垂跡(わくわうすいしやく)の方便(はうべん)まちまちに在(まし)ませば、或(ある)時(とき)は俗
体(ぞくたい)とも現(げん)じ、或(ある)時(とき)は女神(によしん)ともなり給(たま)ふ。誠(まこと)
に厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)は、女神(によしん)とは申(まうし)ながら、三明(さんみやう)
P05216
六通(ろくつう)の霊神(れいしん)にて在(まし)ませば、俗体(ぞくたい)に現(げん)じ給(たま)はんも
かたかるべきにあらず」とぞ申(まうし)ける。うき世(よ)をいとひ
実(まこと)の道(みち)に入(いり)ぬれば、ひとへに後世(ごせ)菩提(ぼだい)の
外(ほか)は世(よ)のいとなみあるまじき事(こと)なれども、善
政(ぜんせい)をきい【聞い】てはかん【感】じ、愁(うれひ)(うれい)をきいてはなげ【歎】く、
これみな人間(にんげん)の習(ならひ)なり。早馬(はやむま)S0504 同(おなじき)九月(くぐわつ)二日(ふつかのひ)、相模国(さがみのくに)
の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)大庭(おほばの)三郎(さぶらう)景親(かげちか)、福原(ふくはら)へ早馬(はやむま)をも(ッ)て
申(まうし)けるP345は、「去(さんぬる)八月(はちぐわつ)十七日(じふしちにち)、伊豆国(いづのくにの)流人(るにん)前右兵
P05217
衛佐(さきのうひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、しうと【舅】北条(ほうでうの)四郎(しらう)時政(ときまさ)をつかはして、
伊豆(いづ)の目代(もくだい)、和泉判官(いづみのはんぐわん)兼高【*兼隆】(かねたか)をやまき【山木】の館(たち)
で夜(よ)うち【討】にうち候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)土肥(とひ)(とい)・土屋(つちや)・岡崎(をかざき)
をはじめとして三百余騎(さんびやくよき)、石橋山(いしばしやま)に立籠(たてごもつ)
て候(さうらふ)ところ【所】に、景親(かげちか)御方(みかた)に心(こころ)ざしを存(ぞん)ずる
ものども一千余騎(いつせんよき)を引率(いんぞつ)(ゐんぞつ)して、おしよ【押寄】せせめ
候(さうらふ)程(ほど)に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)七八騎(しちはつき)にうちなされ、おほ童(わらは)にたた
かい(たたかひ)【戦ひ】な(ッ)て、土肥(とひ)(とい)の椙山(すぎやま)へにげこもり【逃籠り】候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)
P05218
畠山(はたけやま)五百余騎(ごひやくよき)で御方(みかた)をつかまつり、三浦大介
義明(みうらのおほすけよしあき)が子共(こども)、三百余騎(さんびやくよき)で源氏方(げんじがた)をして、湯井【*由井】(ゆゐ)・
小坪(こつぼ)の浦(うら)でたたかふ【戦ふ】に、畠山(はたけやま)いくさまけて武
蔵国(むさしのくに)へひきしりぞく。その後(のち)畠山(はたけやま)が一族(いちぞく)、河
越(かはごへ)・稲毛(いなげ)・小山田(こやまだ)・江戸(ゑど)・笠井【*葛西】(かさい)(かさゐ)、其(その)外(ほか)七党(ななたう)の兵(つはもの)
ども三千余騎(さんぜんよき)をあひぐし【具し】て、三浦(みうら)衣笠(きぬがさ)の
城(じやう)にをし(おし)【押し】よせてせめ【攻め】たたかふ。大介義明(おおすけよしあき)うた
れ候(さうらひ)ぬ。子共(こども)は、くり【久里】浜(はま)の浦(うら)より船(ふね)にのり、
P05219
安房(あは)・上総(かづさ)へわたり候(さうらひ)ぬ」とこそ申(まうし)たれ。平
家(へいけ)の人々(ひとびと)都(みやこ)うつりもはやけふ(きよう)【興】さめぬ。わかき
公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、「あはれ、とく【疾く】事(こと)のいでこよ【出来よ】かし。
打手(うつて)にむか【向】はう」な(ン)ど(など)いふぞはかなき。畠山(はたけやま)の庄
司重能(しやうじしげよし)、小山田(こやまだ)の別当(べつたう)有重(ありしげ)、宇都宮左衛門(うつのみやのさゑもん)
朝綱(ともつな)、大番役(おほばんやく)にて、おりふし(をりふし)【折節】在京(ざいきやう)したりけり。畠
山(はたけやま)申(まうし)けるは、「僻事(ひがごと)にてぞ候(さうらふ)らん。した【親】しうな(ッ)て
候(さうらふ)なれば、北条(ほうでう)はしり【知り】候(さうら)はず、自余(じよ)の輩(ともがら)は、
P05220
よも朝敵(てうてき)が方人(かたうど)をば仕(つかまつり)候(さうら)はじ。いまきこしP346めし【聞召】
なをさ(なほさ)んずる物(もの)を」と申(まうし)ければ、げにもとい
ふ人(ひと)もあり【有り】。「いやいや只今(ただいま)天下(てんが)の大事(だいじ)に
及(および)なんず」とささやく物(もの)どもおほ【多】かりけり。
入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)、いから【怒ら】れける様(やう)なのめならず。「頼朝(よりとも)
をばすでに死罪(しざい)におこなはるべかりしを、
故池殿(こいけどの)のあながちなげきの給(たま)ひし間(あひだ)、
流罪(るざい)に申(まうし)なだめたり。しかるに其(その)恩(おん)(をん)忘(わすれ)て、
P05221
当家(たうけ)にむか(ッ)て弓(ゆみ)をひくにこそあんなれ。神明
三宝(しんめいさんぼう)もいかでかゆるさせ給(たま)ふべき。只今(ただいま)(た(ン)だいま)天(てん)のせ
め【責】かうむら【蒙ら】んずる頼朝(よりとも)なり」とぞの給(たま)ひける。
朝敵揃(てうてきぞろへ)S0505 夫(それ)我(わが)朝(てう)に朝敵(てうてき)のはじめを尋(たづぬ)れば、やまといは
れ【日本磐余】みこと[* 「ひこと」と有るのを他本により訂正]の御宇(ぎよう)四年(しねん)、紀州(きしう)なぐさ【名草】の郡(こほり)高雄
村(たかをのむら)(たかおのむら)に一(ひとつ)の蜘蛛(ちちゆう)(ちちう)あり【有り】。身(み)みじかく、足手(あして)ながくて、
ちから【力】人(ひと)にすぐれたり。人民(にんみん)をおほく損害(そんがい)
せしかば、官軍(くわんぐん)発向(はつかう)して、宣旨(せんじ)をよみかけ、
P05222
葛(かづら)の網(あみ)をむす【結】んで、つゐに(つひに)【遂に】これをおほひ【覆ひ】ころ
す。それよりこのかた、野心(やしん)をさしはさんで朝
威(てうゐ)をほろぼ【滅】さんとする輩(ともがら)、大石[B ノ]山丸(おほいしのやままる)、大山王子(おほやまのわうじ)、
守屋(もりや)の大臣(だいじん)、山田[B ノ]石河(やまだのいしかは)、曾我[B ノ](そがの)いるか【入鹿】、大友(おほとも)のま
とり【真鳥】、文屋[B ノ]宮田(ふんやのみやだ)、[B 橘]逸成(きついつせい)、ひかみ【氷上】の河次(かはつぎ)、伊与(いよ)の親
王(しんわう)、太宰少弐(だざいのせうに)藤原広嗣(ふぢはらのひろつぎ)、ゑみ【恵美】の押勝(おしかつ)(をしかつ)、佐(さ)あら【早良】の
太子(たいし)、井上(ゐがみ)の広公(くわうこう)、藤原P347仲成(ふぢはらのなかなり)、平将門(たひらのまさかど)(たいらのまさかど)、藤原
純友(ふぢはらのすみとも)、安陪【*安部】(あべの)貞任(さだたふ)(さだとう)・宗任(むねたふ)(むねとう)、対馬守(つしまのかみ)源義親(みなもとのよしちか)、悪
P05223
左府(あくさふ)・悪衛門督(あくゑもんのかみ)にいたるまで、すべて廿(にじふ)余人(よにん)、
されども一人(いちにん)として素懐(そくわい)をとぐる物(もの)なし。かばね
を山野(さんや)にさらし、かうべを獄門(ごくもん)にかけられる。此(この)世(よ)に
こそ王位(わうゐ)も無下(むげ)にかる【軽】けれ、昔(むかし)は宣旨(せんじ)をむ
か(ッ)【向つ】てよみければ、枯(かれ)たる草木(さうもく)も花(はな)さき実(み)な
り、とぶ鳥(とり)もしたがひ【従ひ】けり。中比(なかごろ)の事(こと)ぞかし。延喜
御門(えんぎのみかど)神泉苑(しんぜんえん)に行幸(ぎやうがう)あ(ッ)て、池(いけ)のみぎはに
鷺(さぎ)のゐたりけるを、六位(ろくゐ)をめして、「あの鷺(さぎ)と(ッ)
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てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)ければ、争(いかで)かとら【取ら】んとおもひ【思ひ】
けれども、綸言(りんげん)なればあゆみむかふ。鷺(さぎ)はねづ
くろひ[* 「はねつくひ」と有るのを高野本により訂正]【羽繕ひ】してたた【立た】んとす。「宣旨(せんじ)ぞ」と仰(おほ)すれば、ひ
ら【平】んで飛(とび)さらず。これをと(ッ)【取つ】てまいり(まゐり)【参り】たり。「なんぢが
宣旨(せんじ)にしたが(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。や
がて五位(ごゐ)になせ」とて、鷺(さぎ)を五位(ごゐ)にぞなされ
ける。「今日(けふ)より後(のち)は鷺(さぎ)のなかの王(わう)たるべし」といふ
札(ふだ)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】て、頸(くび)にかけてはなたせ給(たまふ)。ま(ッ)たく
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鷺(さぎ)の御(おん)れう【料】にはあらず、只(ただ)王威(わうゐ)の程(ほど)をしろしめさ【知ろし召さ】ん
がためなり。感陽宮【*咸陽宮】(かんやうきゆう)(かんやうきう)S0406 又(また)先蹤(せんじよう)(せんぜう)を異国(いこく)に尋(たづぬる)に、燕(えん)(ゑん)の太子
丹(たいしたん)といふも、秦始皇(しんのしくわう)にとらはれて、いましP348めを
かうぶる事(こと)十二年(じふにねん)、太子丹(たいしたん)涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て申(まうし)
けるは、「われ本国(ほんごく)に老母(らうぼ)あり。いとまを給(たま)は(ッ)て
かれをみん」と[B 申(まう)せば、]始皇帝(しくわうてい)あざわら(ッ)(わらつ)【笑つ】て、「なんぢに
いとまをた【賜】ばん事(こと)は、馬(むま)に角(つの)おひ【生ひ】、烏(からす)の
頭(かしら)の白(しろ)くならん時(とき)を待(まつ)べし」。燕丹(えんたん)(ゑんたん)天(てん)に
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あふぎ地(ち)に臥(ふし)て、「願(ねがはく)は、馬(むま)に角(つの)をひ(おひ)【生ひ】、烏(からす)の頭(かしら)
しろく【白く】なしたべ。故郷(こきやう)にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て今(いま)一度(いちど)母(はは)をみん」
とぞ祈(いのり)ける。かの妙音菩薩(めうおんぼさつ)(めうをんぼさつ)は霊山浄
土(りやうぜんじやうど)に詣(けい)して、不孝(ふかう)の輩(ともがら)をいましめ、孔子(こうし)・
顔囘(がんくわい)はしな【支那】震旦(しんだん)に出(いで)て忠孝(ちゆうかう)(ちうかう)の道(みち)を
はじめ給(たま)ふ。冥顕(みやうけん)の三宝(さんぼう)孝行(かうかう)〔の〕心(こころ)ざしを
あはれみ給(たま)ふ事(こと)なれば、馬(むま)に角(つの)をひ(おひ)【生ひ】て宮
中(きゆうちゆう)(きうちう)に来(きた)り、烏(からす)の頭(かしら)白(しろ)くな(ッ)て庭前(ていぜん)の木(き)に
P05227
す【栖】めりけり。始皇帝(しくわうてい)、烏頭(うとう)馬角[* 「馬の角」と有るのを他本により訂正](ばかく)の
変(へん)におどろき、綸言(りんげん)かへらざる事(こと)を信(しん)じ
て、太子丹(たんしたん)をなだめつつ、本国(ほんごく)へこそかへさ【返さ】れ
けれ。始皇(しくわう)なを(なほ)【猶】くや【悔】しみて、秦(しん)の国(くに)と燕(えん)(ゑん)
の国(くに)のさか井(ひ)【境】に楚国(そこく)といふ国(くに)あり【有り】。大(おほき)なる河(かは)な
がれたり。かの河(かは)にわたせ【渡せ】る橋(はし)をば楚国(そこく)の橋(はし)
といへり。始皇(しくわう)官軍(くわんぐん)をつかはして、燕丹(えんたん)(ゑんたん)がわたる
時(とき)、河(かは)なかの橋(はし)をふまばお【落】つる様(やう)にしたためて、
P05228
燕丹(えんたん)(ゑんたん)をわたらせけるに、なじかはおちい【陥】らざるべ
き。河(かは)なかへおち入(いり)ぬ。されどもち(ッ)とも水(みづ)にもお
ぼれず、平地(へいぢ)を行(ゆく)ごとくして、むかへの岸(きし)へ付(つき)に
けり。こはいかにとおもひ【思ひ】てうしろをかへり見(み)け
れば、亀(かめ)どもがいくらといふかずもしらず、水(みづ)の上(うえ)に
うかれ【浮かれ】来(き)て、こう(かふ)【甲】をならべてあゆ【歩】ませたりける。
これも孝行(かうかう)のこころざしを冥顕(みやうけん)P349あはれみ給(たま)ふに
よ(ッ)てなり。太子丹(たいしたん)うらみ【恨み】をふくむ(ふくん)で又(また)始皇帝(しくわうてい)
P05229
にしたがはず。始皇(しくわう)官軍(くわんぐん)をつかはして燕丹(えんたん)(ゑんたん)を
うた【討た】んとし給(たま)ふに、燕丹(えんたん)(ゑんたん)おそれ【恐れ】をののき、荊訶【*荊軻】(けいか)
といふ兵(つはもの)をかたらふ(かたらう)て大臣(だいじん)になす。荊訶【*荊軻】(けいか)又(また)田
光先生(てんくわうせんじやう)といふ兵(つはもの)をかたらふ。かの先生(せんじやう)申(まうし)けるは、
「君(きみ)はこの身(み)がわか【若】うさかん【壮】な(ッ)し事(こと)をしろし
めさ【知ろし召さ】れてたのみ【頼み】仰(おほせ)らるるか。騏■(きりん)は千里(せんり)を飛(とべ)
ども、老(おい)ぬれば奴馬(どば)にもおとれり。いまはいか
にもかなひ【適ひ】候(さうらふ)まじ。兵(つはもの)をこそかたらふ(かたらう)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
P05230
め」とて、かへ【帰】らむとするところ【所】に、荊訶【*荊軻】(けいか)「この事(こと)
あなかしこ、人(ひと)にひろふ(ひろう)【披露】すな」といふ。先生(せんじやう)申(まうし)けるは、
「人(ひと)にうたが【疑】はれぬるにす【過】ぎたる恥(はぢ)こそなけれ。
此(この)事(こと)もれ【漏れ】ぬる物(もの)ならば、われうたがはれなんず」
とて、門前(もんぜん)なる李(すもも)の木(き)にかしらをつ【突】きあて、
うちくだいてぞ死(しに)にける。又(また)范予期【*樊於期】(はんよき)といふ
兵(つはもの)あり【有り】。これは、秦(しん)の国(くに)のものなり。始皇(しんわう)のためにおや【父】・
おぢ(をぢ)【伯叔】・兄弟(けいてい)をほろぼされて、燕(えん)(ゑん)の国(くに)ににげ【逃げ】こもれ
P05231
り。秦皇(しんくわう)四海(しかい)に宣旨(せんじ)をくだ【下】いて、「范予期【*樊於期】(はんよき)が
かうべは【刎】ねてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たらん物(もの)には、五百斤(ごひやくきん)
の金(こがね)をあたへん」とひろふ(ひろう)【披露】せらる。荊訶【*荊軻】(けいか)これを
きき、范予期【*樊於期】(はんよき)がもとにゆひ(ゆい)【行い】て、「われきく【聞く】。なんぢがかう
べ五百斤(ごひやくきん)の金(こがね)にほう【報】ぜらる。なんぢが首(くび)われに
か【貸】せ。取(とり)て始皇帝(しくわうてい)にたてまつらん。よろこ(ン)で叡覧(えいらん)(ゑいらん)
へ【経】られん時(とき)、つるぎ【剣】をぬき、胸(むね)をささんにやす【安】
かりP350なん」といひければ、范予期【*樊於期】(はんよき)おどり(をどり)【躍り】あがり、
P05232
大(おほ)いき【息】ついて申(まうし)けるは、「われおや・おぢ(をぢ)・兄
弟(けいてい)を始皇(しくわう)のためにほろぼされて、よるひる是(これ)
をおもふ【思ふ】に、骨髄(こつずい)にとを(ッ)(とほつ)【徹つ】て忍(しのび)がたし。げにも始
皇帝(しくわうてい)をほろぼすべくは、首(くび)をあたへんこ
と、塵(ちり)あくたよりもなを(なほ)【猶】やすし」とて、手(て)づから
首(くび)を切(きり)てぞ死(しに)にける。又(また)秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)といふ
兵(つはもの)あり【有り】。これも秦(しん)の国(くに)の物(もの)なり。十三(じふさん)の歳(とし)
かたきをう(ッ)て、燕(えん)(ゑん)の国(くに)ににげこもれり。ならび
P05233
なき兵(つはもの)なり。かれが嗔(いかつ)てむかふ時(とき)は、大(だい)の男(をとこ)(おとこ)も
絶入(せつじゆ)す。又(また)笑(わらひ)てむかふ時(とき)は、みどり子(こ)もいだ【抱】かれ
けり。これを秦(しん)の都(みやこ)の案内者(あんないしや)にかた【語】らうて、
ぐし【具し】てゆく程(ほど)に、ある片山(かたやま)のほとりに宿(しゆく)したり
ける夜(よ)、其(その)辺(ほとり)ちかき里(さと)に管絃(くわんげん)をするを
きい【聞い】て、調子(てうし)をも(ッ)て本意(ほんい)の事(こと)をうらな【占】ふに、
かたきの方(かた)は水(みづ)なり、我(わが)方(かた)は火(ひ)なり。さる程(ほど)
に天(てん)もあけ【明け】ぬ。白虹(はつかう)日(ひ)をつらぬいてとほら【通ら】ず。
P05234
「我等(われら)が本意(ほんい)とげん事(こと)ありがたし」とぞ申(まうし)ける。さり
ながら帰(かへる)べきにもあらねば、始皇(しくわう)の都(みやこ)咸陽宮(かんやうきゆう)(かんやうきう)に
いたりぬ。燕(えん)(ゑん)の指図(さしづ)ならびに范予期【*樊於期】(はんよき)が首(くび)も(ッ)【持つ】て
まいり(まゐり)【参り】たるよし奏(そう)しければ、臣下(しんか)をも(ッ)てう
けとらんとし給(たま)ふ。「ま(ッ)たく人(ひと)してはまいらせ(まゐらせ)【参らせ】じ。直(ぢき)
にたてまつら【奉ら】ん」と奏(そう)する間(あひだ)(あいだ)、さらばとて、節
会(せちゑ)の儀(ぎ)をととのへて、燕(えん)(ゑん)の使(つかひ)をめされけり。
咸陽宮(かんやうきゆう)(かんやうきう)はみやこのめぐり一万八千三百
P05235
八十(いちまんぱつせんさんびやくはちじふ)(いちまんばつせんさんびやくはちじふ)里(り)につもれり。内裏(だいり)をば地(ち)より三里(さんり)
たかく築(つき)あげて、其(その)P351上(うへ)にたてたり。長生
殿(ちやうせいでん)・不老門(ふらうもん)あり【有り】、金(こがね)をも(ッ)て日(ひ)をつくり、銀(しろかね)を
も(ッ)て月(つき)をつくれり。真珠(しんじゆ)のいさご、瑠璃(るり)の砂(いさご)、
金(きん)の砂(いさご)をし【敷】きみてり。四方(しはう)にはたかさ四十
丈(しじふぢやう)の鉄(くろがね)の築地(ついぢ)(つゐぢ)をつき、殿(てん)の上(うへ)にも同(おなじく)鉄(くろがね)
の網(あみ)をぞ張(はり)たりける。これは冥途(めいど)の使(つかひ)を
いれ【入れ】じとなり。秋(あき)の田(た)のも【面】の鴈(かり)、春(はる)はこしぢ【越路】へ
P05236
帰(かへる)も、飛行自在(ひぎやうじざい)のさはり【障】あれば、築地(ついぢ)(つゐぢ)には鴈門(がんもん)
となづけて、鉄(くろがね)の門(もん)をあけてぞとをし(とほし)【通し】ける。
そのなかにも阿房殿(あはうてん)とて、始皇(しくわう)のつねは行
幸(ぎやうがう)な(ッ)て、政道(せいたう)おこなはせ給(たま)ふ殿(てん)あり【有り】。たかさは
卅六(さんじふろく)丈(ぢやう)東西(とうざい)へ九町(くちやう)、南北(なんぼく)へ五町(ごちやう)、大床(おほゆか)のしたは
五丈(ごぢやう)のはたぼこをたてたるが、猶(なほ)(なを)及(およ)(をよ)ばぬ程(ほど)也(なり)。
上(かみ)は瑠璃(るり)の瓦(かはら)(カワラ)をも(ッ)てふき、したは金銀(きんぎん)に
てみがけり。荊訶【*荊軻】(けいか)は燕(えん)(ゑん)の指図(さしづ)をもち、秦巫
P05237
陽【*秦舞陽】(しんぶやう)は范予期【*樊於期】(はんよき)が首(くび)をも(ッ)【持つ】て、珠(たま)のきざ【階】橋(はし)を
のぼりあがる。あまりに内裏(だいり)のおびたたし
きを見(み)て秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)わなわなとふるひければ、
臣下(しんか)あやしみて、「巫陽【*舞陽】(ぶやう)謀反(むほん)の心(こころ)あり【有り】。刑人(けいじん)を
ば君(きみ)のかたはら【側】にをか(おか)【置か】ず、君子(くんし)は刑人(けいじん)にちかづ
か【近付か】ず、刑人(けいじん)にちかづく【近付く】はすなはち死(し)をかろんずる
道(みち)なり」といへり。荊訶【*荊軻】(けいか)たち【立ち】帰(かへ)(ッ)て、「巫陽【*舞陽】(ぶやう)ま(ッ)たく
謀反(むほん)の心(こころ)なし。ただ田舎(ゐなか)(いなか)のいや【卑】しきにのみ
P05238
なら(ッ)【習つ】て、皇居(くわうきよ)にな【馴】れざるが故(ゆゑ)(ゆへ)に心(こころ)迷惑(めいわく)す」と
申(まうし)ければ、臣下(しんか)みなしづまりぬ。仍(よつて)王(わう)に
ちかづき【近付き】たてまつる【奉る】。燕(えん)(ゑん)の指図(さしづ)ならびに范
予期【*樊於期】(はんよき)が首(くび)げ(ン)ざん(げんざん)【見参】にいるる【入るる】ところ【所】に、指図(さしづ)の入(い)(ッ)
たる櫃(ひつ)のそこ【底】に、氷(こほり)の様(やう)なるつるぎの
見(み)えければ、始皇帝(しくわうてい)P352これをみて、やがてに
げ【逃げ】んとし給(たま)ふ。荊訶【*荊軻】(けいか)王(わう)の御袖(おんそで)をむずとひか【控】へ
て、つるぎをむね【胸】にさしあてたり。いまはかう
P05239
とぞ見(み)えたりける。数万(すまん)の兵(つはもの)庭上(ていしやう)に袖(そで)
をつら【連】ぬといへども、すく【救】はんとするに力(ちから)なし。
ただ君(きみ)逆臣(げきしん)にをか【犯】され給(たま)はん事(こと)をのみか
なしみあへり。始皇(しくわう)の給(たまは)く、「われに暫時(しばらく)の
いとまをえ【得】させよ。わが最愛(さいあい)の后(きさき)の琴(こと)の音(ね)
を今(いま)一度(いちど)きかん」との給(たま)へば、荊訶【*荊軻】(けいか)しばしをか【犯】したて
まつらず。始皇(しくわう)は三千人(さんぜんにん)のきさきをもち給(たま)へ
り。其(その)なかに花陽夫人(くわやうぶにん)とて、すぐれたる琴(こと)の
P05240
上手(じやうず)おはしけり。凡(およそ)(をよそ)この后(きさき)の琴(こと)のね【音】をきい【聞い】ては、
武(たけ)きもののふ【武士】のいかれ【怒れ】るもやはらぎ、飛鳥(とぶとり)もおち、草
木(くさき)もゆる【揺】ぐ程(ほど)なり。况哉(いはんや)いまをかぎりの叡聞(えいぶん)(ゑいぶん)に
そな【供】へんと、なくなく【泣く泣く】ひき給(たま)ひけん、さこそはおもし
ろかりけめ。荊訶【*荊軻】(けいか)も頭(かうべ)をうなだれ、耳(みみ)をそばだて、
殆(ほとんど)謀臣(ぼうしん)のおもひ【思ひ】もたゆ【弛】みにけり。后(きさき)はじめて
さらに一曲(いつきよく)を奏(そう)す。「七尺(しつせきの)屏風(へいふう)はたかく【高く】とも、おど
ら(をどら)【躍ら】ばなどかこへ(こえ)【越え】ざらん。一条(いちでう)の羅■(らこく)はつよくとも、
P05241
ひか【引か】ばなどかはたえ【絶え】ざらん」とぞひ【弾】き給(たま)ふ。荊訶【*荊軻】(けいか)は
これをききし【聞知】らず、始皇(しくわう)はきき知(しり)て、御袖(おんそで)をひ(ッ)(ひつ)【引つ】き【引切】り、
七尺(しつせき)の屏風(へいふう)を飛(とび)こえて、あかがね【銅】の柱(はしら)のかげにに
げかく【逃隠】れさせ給(たま)ひぬ。荊訶【*荊軻】(けいか)いか【怒】(ッ)て、つるぎ【剣】をなげ【投げ】か
けたてまつる。おりふし(をりふし)【折節】御前(ごぜん)に番(ばん)の医師(いし)の候(さうらひ)
けるが、薬(くすり)の袋(ふくろ)を荊訶【*荊軻】(けいか)がつるぎになげ【投げ】あはせたり。
つるぎ薬(くすり)の袋(ふくろ)をかけ【掛け】られながら、口(くち)六尺(ろくしやく)の銅(あかがね)の
柱(はしら)をなから【半】まP353でこそき(ッ)【切つ】たりけれ。荊訶【*荊軻】(けいか)又(また)剣(つるぎ)ももたね
P05242
ばつづ【続】いてもなげず。王(わう)たちかへ【立返】(ッ)てわがつるぎ【剣】を
めしよせて、荊訶【*荊軻】(けいか)を八[B ツ](やつ)ざき【裂】にこそし給(たま)ひけれ。
秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶよう)もうた【討た】れにけり。官軍(くわんぐん)をつか【遣】はして、
燕丹(えんたん)(ゑんたん)をほろぼさる。蒼天(さうてん)ゆるし給(たま)はねば、
白虹(はつこう)日(ひ)をつらぬいてとほら【通ら】ず。秦(しん)の始皇(しくわう)は
のがれて、燕丹(えんたん)(ゑんたん)つゐに(つひに)【遂に】ほろびにき。「されば今(いま)の
頼朝(よりとも)もさこそはあらんずらめ」と、色代(しきだい)する人々(ひとびと)も
あり【有り】けるとかや。文学【*文覚】(もんがくの)荒行(あらぎやう)S0507 抑(そもそも)かの頼朝(よりとも)とは、去(さんぬ)る平治(へいぢ)元
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年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、ちち【父】左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が謀反(むほん)によ(ッ)て、年(とし)十
四歳(じふしさい)と申(まうし)(まうせ)し永暦(えいりやく)元年(ぐわんねん)三月(さんぐわつ)廿日(はつかのひ)、伊豆国(いづのくに)蛭島(ひるがしま)
へながされて、廿(にじふ)余年(よねん)の春秋(はるあき)ををくり(おくり)【送り】むかふ。年(とし)
ごろもあればこそあり【有り】けめ、ことしいかなる心(こころ)にて
謀反(むはん)をばおこさ【起さ】れけるぞといふに、高雄(たかを)(たかお)の文
覚上人(もんがくしやうにん)の申(まうし)すす【勧】められたりけるとかや。彼(かの)文覚(もんがく)
と申(まうす)は、もとは渡辺(わたなべ)の遠藤(ゑんどう)佐近将監(さこんのしやうげん)茂遠(もちとほ)(もちとを)が
子(こ)、遠藤武者(ゑんどうむしや)盛遠(もりとほ)(もりとを)とて、上西門院(しやうさいもんゐん)の衆(しゆ)也(なり)。十九(じふく)の
P05244
歳(とし)道心(だうしん)をこし(おこし)【起こし】出家(しゆつけ)して、修行(しゆぎやう)にいで【出で】んとし
けるが、「修行(しゆぎやう)といふはいか程(ほど)の大事(だいじ)やらん、ため【試】い
て見(み)ん」とて、六月(ろくぐわつ)の日(ひ)の草(くさ)もゆる【揺】がずて【照】(ッ)たるに、
片山(かたやま)のやぶ【薮】のなかにはいり、あをのけ(あふのけ)【仰ふのけ】にふし、あぶ
ぞ、蚊(か)ぞ、P354蜂蟻(はちあり)な(ン)ど(など)いふ毒虫(どくちゆう)(どくちう)どもが身(み)にひしと
とり【取り】つゐ(つい)【付い】て、さしくひ【刺食】な(ン)ど(など)しけれども、ち(ッ)とも身(み)
をもはたらかさず。七日(しちにち)まではお【起】きあがらず、八
日(やうか)といふにおきあが(ッ)て、「修行(しゆぎやう)といふはこれ程(ほど)
P05245
の大事(だいじ)か」と人(ひと)にとへば、「それ程(ほど)ならんには、いかで
か命(いのち)もいく【生く】べき」といふあひだ、「さてはあんべい【安平】ご
さんなれ」とて、修行(しゆぎやう)にぞいで【出で】にける。熊野(くまの)
へまいり(まゐり)【参り】、那智(なち)ごも【籠】りせんとしけるが、行(ぎやう)の心(こころ)み
に、きこゆる【聞ゆる】滝(たき)にしばらくうた【打た】れてみんとて、
滝(たき)もと【下】へぞまいり(まゐり)【参り】ける。比(ころ)は十二月(じふにぐわつ)(じふに(ン)ぐわつ)十日(とをか)あま
りの事(こと)なれば、雪(ゆき)ふ【降】りつもりつららゐ【凍】て、
谷(たに)の小河(をがは)も音(おと)(をと)もせず、嶺(みね)の嵐(あらし)ふ【吹】きこほ【凍】り、
P05246
滝(たき)のしら【白】糸(いと)垂氷(たるひ)となり、みな白妙(しろたへ)にをし(おし)【押し】なべ
て、よもの梢(こずゑ)も見(み)えわかず。しかるに、文覚(もんがく)滝(たき)
つぼにお【下】りひたり、頸(くび)きはつか(ッ)て、慈救(じく)の呪(しゆ)を
み【満】て(ン)げるが、二三日(にさんにち)こそあり【有り】けれ、四五日(しごにち)にもなり
ければ、こら【耐】へずして文覚(もんがく)う【浮】きあがりにけり。
数千丈(すうせんぢやう)みな【漲】ぎりおつる滝(たき)なれば、なじかはたまる
べき。ざ(ッ)とをし(おし)【押し】おと【落】されて、かたな【刀】のは【刃】のごとくに、
さしもきび【厳】しき岩(いは)かどのなかを、う【浮】きぬしづみぬ
P05247
五六町(ごろくちやう)こそながれ【流れ】たれ。時(とき)にうつくしげなる
童子(どうじ)一人(いちにん)来(きた)(ッ)て、文覚(もんがく)が左右(さう)の手(て)をと(ッ)てひ
きあ【引上】げ給(たま)ふ。人(ひと)奇特(きどく)のおもひ【思ひ】をなし、火(ひ)をた【焚】
きあぶりな(ン)ど(など)しければ、定業(ぢやうごふ)(ぢやうごう)ならぬ命(いのち)では
あり【有り】、ほどなくいきいで【生出】にけり。文覚(もんがく)すこし人心
地(ひとごこち)いでき【出来】て、P355大(だい)のまなこを見(み)いか【怒】らかし、「われこの
滝(たき)に三七日(さんしちにち)うたれて、慈救(じく)の三洛叉(さんらくしや)をみて【満て】う
どおもふ【思ふ】大願(だいぐわん)あり【有り】。けふはわずかに五日(ごにち)になる。
P05248
七日(しちにち)だにもす【過】ぎざるに、なに【何】物(もの)かここへはと(ッ)【取つ】てき
たるぞ」といひければ、みる【見る】人(ひと)身(み)のけ【毛】よだ(ッ)ても
のいはず。又(また)滝(たき)つぼにかへ【帰】りた(ッ)てうた【打た】れけり。第
二日(だいににち)といふに、八人(はちにん)の童子(どうじ)来(きた)(ッ)て、ひき【引き】あげんとし
給(たま)へども、さんざん【散々】につか【掴】みあふ(あう)【合う】てあがらず。三日(さんにち)といふに、
文覚(もんがく)つゐに(つひに)【遂に】はかな【果敢】くなりにけり。滝(たき)つぼをけ
が【汚】さじとや、みずらゆう【結う】たる天童(てんどう)二人(ににん)、滝(たき)のうへ
よりお【下】りくだり、文覚(もんがく)が頂上(ちやうじやう)より手足(てあし)のつま
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さき【爪先】・たなうらにいたるまで、よにあた【暖】たかにかう
ばし【香】き御手(おんて)をも(ッ)て、なで【撫】くだし給(たま)ふとおぼえ
ければ、夢(ゆめ)の心地(ここち)していき【生き】いでぬ。「抑(そもそも)いかなる
人(ひと)にてましませば、かうはあはれみ給(たま)ふらん」とと【問】ひ
たてまつる【奉る】。「われは是(これ)大聖不動明王(だいしやうふどうみやうわう)の御使(おんつかひ)
に、こんがら【矜迦羅】・せいたか【制■迦】といふ二童子(にどうじ)なり。「文覚(もんがく)無上(むじやう)
の願(ぐわん)ををこし(おこし)【起こし】て、勇猛(ゆうみやう)の行(ぎやう)をくはた【企】つ。ゆい【行い】て
ちから【力】をあはすべし」と明王(みやうわう)の勅(ちよく)によ(ッ)て来(きた)れ
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る也(なり)」とこたへ給(たま)ふ。文覚(もんがく)声(こゑ)をいか【怒】らかして、「さて
明王(みやうわう)はいづくに在(まし)ますぞ」。「都率天(とそつてん)に」とこたへ
て、雲居(くもゐ)はるかにあがり給(たま)ひぬ。たな心(ごころ)をあはせ
てこれを拝(はい)したてまつる【奉る】。「されば、わが行(ぎやう)をば大
聖不動明王(だいしやうふどうみやうわう)までもしろしめさ【知ろし召さ】れたるにこそ」
とたのもしう【頼もしう】おぼえて、猶(なほ)(なを)滝(たき)つぼにかP356へり
た(ッ)てうた【打た】れけり。まこと【誠】にめでたき瑞相(ずいさう)ども
あり【有り】ければ、吹(ふき)くる風(かぜ)も身(み)にしまず、落(おち)くる
P05251
水(みづ)も湯(ゆ)のごとし。かくて三七日(さんしちにち)の大願(だいぐわん)つゐに(つひに)【遂に】
と【遂】げにければ、那智(なち)に千日(せんにち)こもり、大峯(おほみね)三
度(さんど)、葛城(かづらぎ)二度(にど)、高野(かうや)・粉河(こかは)・金峯山(きんぶうぜん)(きんぶ(ウ)ぜん)、白山(しらやま)・立
山(たてやま)・富士(ふじ)の嵩(たけ)、信乃【*信濃】(しなのの)戸隠(とがくし)、出羽(ではの)羽黒(はぐろ)、すべて日
本国(につぽんごく)のこる【残る】所(ところ)なくおこなひまは【廻】(ッ)て、さすが
尚(なほ)(なを)ふる里(さと)や恋(こひ)しかりけん、宮(みや)こ【都】へのぼりたりけれ
ば、凡(およそ)(をよそ)とぶ鳥(とり)も祈(いのり)おと【落】す程(ほど)のやいば【刃】の検者【*験者】(げんじや)と
ぞきこえし。勧進張(くわんじんちやう)S0508 後(のち)には高雄(たかを)(たかお)といふ山(やま)の奥(おく)におこ
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なひすま【澄】してぞゐたりける。かのたかを【高雄】に神護
寺(じんごじ)といふ山寺(やまでら)あり【有り】。昔(むかし)称徳天王(せうどくてんわう)の御時(おんとき)、和気(わけ)
の清丸(きよまろ)がたてたりし伽藍(がらん)也(なり)。久(ひさ)しく修造(しゆざう)な
かりしかば、春(はる)は霞(かすみ)にたちこめられ、秋(あき)は霧(きり)
にまじはり、扉(とびら)は風(かぜ)にたふれ【倒れ】て落葉(らくえふ)の
した【下】にく【朽】ち、薨(いらか)は雨露(うろ)にをかされて、仏壇(ぶつだん)さ
らにあらはなり。住持(ぢゆうぢ)(ぢうじ)の僧(そう)もなければ、まれに
さし【差】入(いる)物(もの)とては、月日(つきひ)の光(ひかり)ばかりなり。文覚(もんがく)
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これをいかにもして修造(しゆざう)せんといふ大願(だいぐわん)を
おこし、勧進帳(くわんじんちやう)をささげて、十方(じつぱう)(じつばう)檀那(だんな)を
すす【勧】めありき【歩き】ける程(ほど)に、或(ある)時(とき)院(ゐんの)御所(ごしよ)法住
寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へぞまいり(まゐり)【参り】たりける。御奉加(ごほうが)あP357るべき由(よし)
奏聞(そうもん)しけれども、御遊(ぎよいう)(ぎよゆう)のおりふし(をりふし)【折節】できこしめし【聞し召し】
も入(いれ)られず、文覚(もんがく)は天性(てんぜい)不敵(ふてき)第一(だいいち)のあらひじり【荒聖】
なり、御前(ごぜん)の骨(こつ)ない様(やう)をばしら【知ら】ず、ただ申入(まうしいれ)
ぬぞと心(こころ)えて、是非(ぜひ)なく御坪(おつぼ)のうちへやぶりい【破入】り、
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大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて申(まうし)けるは、「大慈(だいじ)大悲(だいひ)の君(きみ)
にてをはします(おはします)。などかきこしめし【聞し召し】入(いれ)ざるべき」とて、
勧進帳(くわんじんちやう)をひきひろげ、たからか【高らか】にこそよう【読う】だり
けれ。沙弥文覚(しやみもんがく)敬(うやまつて)(うやま(ツ)て)白(まう)す。殊(こと)に貴賎道俗(きせんだうぞく)助成(じよじやう)
を蒙(かうぶり)て、高雄山(たかをやま)(たかおやま)の霊地(れいち)に、一院(いちゐん)を建立(こんりふ)(こんりう)
し、二世(にせ)安楽(あんらく)の大利(だいり)を勤行(ごんぎやう)せんと乞(こふ)勧進[B ノ](くわんじんの)
状(じやう)(でう)。夫(それ)以(おもんみれ)ば、真如(しんによ)広大(くわうだい)なり。生仏(しやうぶつ)の仮名(けみやう)をたつと
いへども、法性(ほつしやう)随妄(ずいまう)の雲(くも)あつく覆(おほつ)て、十二(じふに)因
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縁(いんえん)(ゐんゑん)の峯(みね)にたなびいしよりこのかた【以来】、本有心
蓮(ほんうしんれん)の月(つき)の光(ひかり)かすか【幽】にして、いまだ三毒(さんどく)四慢(しまん)
の大虚(たいきよ)にあらはれず。悲(かなしい)哉(かなや)、仏日(ぶつにち)早(はや)く没(もつ)して、
生死流転(しやうじるてん)の衢(ちまた)冥々(みやうみやう)たり。只(ただ)色(いろ)に耽(ふけ)り、酒(さけ)に
ふける、誰(たれ)か狂象重淵(きやうざうてうゑん)の迷(まどひ)を謝(しや)せん。いたづらに
人(ひと)を謗(はう)じ法(ほふ)(ほう)を謗(はう)ず、あに閻羅獄卒(えんらごくそつ)の責(せめ)を
まぬかれんや。爰(ここ)に文覚(もんがく)たまたま俗塵(ぞくぢん)をう
ちはら【払】(ッ)て法衣(ほふえ)(ほうゑ)をかざるといへども、悪行(あくぎやう)猶(なほ)(なを)心(こころ)に
P05256
たくましうして日夜(にちや)に造(つく)り、善苗(せんべう)又(また)耳(みみ)に逆(さか)(ッ)
て朝暮(てうぼ)にすたる。痛(いたましき)哉(かな)、再度(さいど)三途(さんづ)の火■(くわけう)に
かへ(ッ)(かへつ)【返つ】て、ながく四生(ししやう)苦輪(くりん)にめぐらん事(こと)を。此(この)故(ゆゑ)(ゆへ)に無
二(むに)の顕章(けんしやう)千万軸(せんまんぢく)、軸々(ぢくぢく)に仏種(ぶつしゆ)の因(いん)(ゐん)をあかす。
随縁至誠(ずいえんしじやう)の法(ほふ)(ほう)一(ひと)[B ツ]として菩提(ぼだい)の彼岸(ひがん)に
いたらずP358といふ事(こと)なし。かるがゆへに(かるがゆゑに)、文覚(もんがく)無常(むじやう)
の観門(くわんもん)に涙(なみだ)をおとし、上下(じやうげ)の親俗(しんぞく)をすすめて
上品蓮台(じやうぼんれんだい)にあゆ【歩】みをはこび、等妙覚王(とうめうかくわう)
P05257
の霊場(れいぢやう)をたてんと也(なり)。抑(そもそも)高雄(たかを)(たかお)は、山(やま)うづたかく
して鷲峯山(じゆぶせん)(じゆぶ(ウ)せん)の梢(こずゑ)を、表(へう)し、谷(たに)閑(しづか)にして
商山洞(しやうざんとう)の苔(こけ)をし【敷】けり。巌泉(がんぜん)咽(むせん)で布(ぬの)を
ひき、嶺猿(れいゑん)叫(さけん)で枝(えだ)にあそぶ。人里(ひとざと)とをう(とほう)【遠う】し
て囂塵(けうちん)なし。咫尺(しせき)好(ことな)うして信心(しんじん)のみあり【有り】。
地形(ぢぎやう)すぐれたり、尤(もつと)も仏天(ぶつてん)をあがむべし。奉
加(ほうが)すこしきなり、誰(たれ)か助成(じよじやう)せざらん。風(ほのかに)聞(きく)、聚沙
為(じゆしやゐ)仏塔(ぶつたふ)(ぶつたう)功徳(くどく)、忽(たちまち)に仏因(ぶついん)(ぶつゐん)を感(かん)ず。况哉(いはんや)一紙半
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銭(いつしはんせん)の宝財(ほうざい)においてをや。願(ねがはく)は建立(こんりふ)(こんりう)成就(じやうじゆ)し
て、金闕(きんけつ)鳳暦(ほうれき)御願(ごぐわん)円満(ゑんまん)、乃至(ないし)都鄙遠近(とひゑんきん)
隣民親疎(りんみんしんそ)、■舜(げうしゆん)無為(むゐ)の化(くわ)をうたひ【歌ひ】、椿葉(ちんえふ)(ちんよう)
再会(さいくわい)の咲(ゑみ)をひらかん。殊(こと)には、聖霊(しやうりやう)幽儀(いうぎ)(ゆうぎ)先
後(ぜんご)大小(だいせう)、すみやかに一仏(いちぶつ)真門(しんもん)の台(うてな)にい〔た〕り、必(かならず)
三身(さんじん)万徳(まんどく)の月(つき)をもてあそ【翫】ばん。仍(よつて)勧進修
行(くわんじんしゆぎやう)の趣(おもむき)、蓋(けだし)以(もつて)(も(ツ)て)如斯(かくのごとし)治承(ぢしよう)(ぢせう)三年(さんねん)三月(さんぐわつの)日(ひ) 文覚(もんがく)
とこそよみ【読み】あげたれ。文学【*文覚】(もんがく)被流(ながされ)S0509 おりふし(をりふし)【折節】、御前(ごぜん)には太政大
P05259
臣(だいじやうだいじん)妙音院(めうおんゐん)(めうをんゐん)、琵琶(びは)(びわ)かきら【鳴】らし朗詠(らうえい)(らうゑい)めでたうせさ
せ給(たま)P359ふ。按察大納言(あぜちのだいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)拍子(ひやうし)と(ッ)て、風
俗(ふうぞく)催馬楽(さいばら)うたはれけり。右馬頭(うまのかみ)資時(すけとき)・四位(しゐの)侍
従(じじゆう)(じじう)盛定(もりさだ)和琴(わごん)かきなら【掻鳴】し、いま【今】様(やう)とりどりにうたひ【歌ひ】、
玉(たま)の簾(すだれ)、錦(にしき)の帳(ちやう)ざざめきあひ、まこと【誠】に面白(おもしろ)かり
ければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)もつけ【附】歌(うた)せさせおはします。それ
に文覚(もんがく)が大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)いでき【出来】て、調子(てうし)もたがい(たがひ)【違ひ】、拍
子(ひやうし)もみなみだ【乱】れにけり。「なに【何】物(もの)ぞ。そくびつ【突】け」と
P05260
仰下(おほせくだ)さるる程(ほど)こそあり【有り】けれ、はやりをの若者共(わかものども)、
われもわれもとすす【進】みけるなかに、資行判官(すけゆきはんぐわん)といふ
ものはしり【走り】いでて、「何条事(なんでうこと)申(まうす)ぞ。まか【罷】りいでよ」
といひければ、「高雄(たかを)(たかお)の神護寺(じんごじ)に庄(しやう)一所(いつしよ)よ【寄】せ
られざらん程(ほど)は、ま(ッ)たく文覚(もんがく)い【出】づまじ」とてはた
らかず。よ(ッ)てそくびをつ【突】かうどしければ、勧進
帳(くわんじんちやう)をとりなをし(なほし)【直し】、資行判官(すけゆきはんぐわん)が烏帽子(えぼし)(ゑぼし)をは
たとう(ッ)【打つ】てうちおとし、こぶし【拳】をにぎ(ッ)てしやむね【胸】
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をつゐ(つい)【突い】て、のけ【仰】につきたをす(たふす)【倒す】。資行判官(すけゆきはんぐわん)もとど
り【髻】はな【放】(ッ)て、おめおめと大床(おほゆか)のうへへにげ【逃げ】のぼる。
其(その)後(のち)文覚(もんがく)ふところ【懐】より馬(むま)の尾(を)(お)でつか【柄】ま【巻】
いたる刀(かたな)の、こほり【氷】のやうなるをぬき【抜き】いだひ(いだい)【出い】
て、よ【寄】りこん物(もの)をつ【突】かうどこそまち【待ち】かけたれ。
左(ひだり)の手(て)には勧進帳(くわんじんちやう)、右(みぎ)の手(て)には刀(かたな)をぬい
てはしり【走り】まはるあいだ(あひだ)【間】、おもひ【思ひ】まうけぬに
はか【俄】事(ごと)ではあり【有り】、左右(さう)の手(て)に刀(かたな)をも(ッ)【持つ】たる
P05262
様(やう)にぞ見(み)えたりける。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)も、「こはいか
にこはいかに」とさはが(さわが)【騒が】れければ、御遊(ぎよいう)(ぎよゆう)もはや荒(あれ)にけり。
院中(ゐんぢゆう)(ゐんぢう)のさうどう【騒動】なのめならず。信乃【*信濃】国(しなののくに)の住
人(ぢゆうにん)(ぢうにん)安藤武者右宗(あんどうむしやみぎむね)、其(その)比(ころ)当職(たうしよく)のP360武者所(むしやどころ)で
有(あり)けるが、「何事(なにごと)ぞ」とて、太刀(たち)をぬいてはし
り【走り】いでたり。文覚(もんがく)よろ【喜】こ(ン)でかかる所(ところ)を、き【斬】(ッ)ては
あし【悪】かりなんとやおもひ【思ひ】けん、太刀(たち)のみね【峯】をと
りなをし(なほし)【直し】、文覚(もんがく)がかたな【刀】も(ッ)【持つ】たるかいな(かひな)【腕】をした
P05263
たかにうつ。うた【打た】れてち(ッ)とひるむところ【所】に、太刀(たち)をす
てて、「え【得】たりをう(おう)」とてくむ(くん)【組ん】だりけり。く【組】まれな
がら文覚(もんがく)、安藤武者(あんどうむしや)が右(みぎ)のかいな(かひな)【腕】をつ【突】く。つかれ
ながらし【締】めたりけり。互(たがい)におとらぬ大(だい)ぢからな
りければ、うへ【上】になりした【下】になり、ころ【転】びあ
ふところ【所】に、かしこ【賢】がほに上下(じやうげ)よ(ッ)て、文覚(もんがく)がはた
らくところ【所】のぢやうをがう【拷】して(ン)げり。されども
これを事(こと)ともせず、いよいよ悪口放言(あつこうほうげん)す。門外(もんぐわい)
P05264
へひき【引き】いだひ(いだい)【出い】て、庁(ちやう)の下部(しもべ)にひ(ッ)ぱら【引つ張ら】れて、立(たち)な
がら御所(ごしよ)の方(かた)をにらまへ、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、
「奉加(ほうが)をこそし給(たま)はざらめ、これ程(ほど)文覚(もんがく)にから【辛】い
目(め)を見(み)せ給(たま)ひつれば、おもひ【思ひ】しらせ[* 「しり」と有るのを高野本により訂正]申(まう)さんずる
物(もの)を。三界(さんがい)は皆(みな)火宅(くわたく)なり。王宮(わうぐう)といふとも、其(その)
難(なん)をのがるべからず。十善(じふぜん)の帝位(ていゐ)にほこ【誇】(ッ)たうとも、
黄泉(くわうせん)の旅(たび)にいでなん後(のち)者(は)、牛頭(ごづ)・馬頭(めづ)のせ
め【責】をばまぬ【免】かれ給(たま)はじ物(もの)を」と、おどり(をどり)【躍り】あがり
P05265
おどり(をどり)【躍り】あがりぞ申(まうし)ける。「此(この)法師(ほふし)(ほうし)奇怪(きくわい)(き(ツ)くわい)なり」とて、
やがて獄定(ごくぢやう)せられけり。資行判官(すけゆきはんぐわん)は、烏帽
子(えぼし)(ゑぼし)打(うち)おとされて恥(はぢ)がましさに、しばし【暫し】は出仕(しゆつし)もせず。
安藤武者(あんどうむしや)、文覚(もんがく)く【組】んだる勧賞(けんじやう)に、当座(たうざ)に一廊(いちらふ)(いちらう)
をへ【経】ずして、右馬允(うまのじよう)(うまのぜう)にぞなされける。さる程(ほど)に、
其(その)比(ころ)美福門院(びふくもんゐん)かくれ【隠れ】させ給(たま)ひて、大P361赦(だいしや)あり【有り】し
かば、文覚(もんがく)程(ほど)なくゆるされけり。しばらくはどこ【何処】
にもおこ【行】なふべかりしが、さはなくして、又(また)勧
P05266
進帳(くわんじんちやう)をささげてすす【勧】めけるが、さらばただもなくして、
「あつぱれ、この世[B ノ]中(よのなか)は只今(ただいま)みだ【乱】れ、君(きみ)も臣(しん)も
皆(みな)ほろ【滅】びうせんずる物(もの)を」な(ン)ど(など)、おそろしき【恐ろしき】こ
とをのみ申(まうし)ありくあいだ(あひだ)【間】、「この法師(ほふし)(ほうし)都(みやこ)に
をい(おい)【置い】てかなう(かなふ)【叶ふ】まじ。遠流(をんる)せよ」とて、伊豆国(いづのくに)
へぞながされける。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)(にうだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)の、
其(その)比(ころ)伊豆守(いづのかみ)にておはしければ、その沙汰(さた)とし
て、東海道(とうかいだう)より船(ふね)にてくだ【下】すべしとて、伊勢
P05267
国(いせのくに)へゐ【率】てまかりけるに、法便(はうべん)(ほうべん)両(りやう)三人(さんにん)ぞつ【付】けられ
たる。これらが申(まうし)けるは、「庁(ちやう)の下部(しもべ)のならひ【習】、
かやうの事(こと)につゐ(つい)【突い】てこそ、をのづから(おのづから)依怙(ゑこ)
も候(さうら)へ。いかに聖(ひじり)の御房(ごばう)(ご(ン)ばう)、これ程(ほど)の事(こと)に逢(あふ)て
遠国(をんごく)へながされ給(たま)ふに、しりうと【知人】はもち給(たま)はぬか。
土産(とさん)粮料(らうれう)ごときの物(もの)をもこひ【乞ひ】給(たま)へかし」といひ
ければ、文覚(もんがく)は「さ様(やう)の要事(ようじ)いふべきとくゐ(とくい)【得意】
ももたず。東山(ひがしやま)(ひ(ン)がしやま)の辺(ほとり)にぞとくゐ(とくい)【得意】はある。いで
P05268
さらばふみ【文】をやらう」どいひければ、け【怪】しかる紙(かみ)
をたづねてえ【得】させたり。「かやうの紙(かみ)で物(もの)かく【書く】や
うなし」とて、なげかへす【返す】。さらばとて、厚紙(こうし)をたづ
ねてえさせたり。文覚(もんがく)わら(ッ)(わらつ)【笑つ】て、「法師(ほふし)(ほうし)は物(もの)をえ
かか【書か】ぬぞ。さらばおれらかけ【書け】」とて、かか【書か】するやう、「文覚(もんがく)
こそ高雄(たかを)(たかお)の神護寺(じんごじ)造立(ざうりふ)(ざうりう)供養(くやう)のこころざ
しあ(ッ)て、すす【勧】め候(さうらひ)つる程(ほど)に、かかる君(きみ)の代(よ)にしも
逢(あふ)て、所願(しよぐわん)をこそ成就(じやうじゆ)せP362ざらめ、禁獄(きんごく)せられて、
P05269
あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】伊豆国(いづのくに)へ流罪(るざい)せらる。遠路(ゑんろ)の間(あひだ)(あいだ)で候(さうらふ)。
土産(とさん)粮料(らうれう)(ろうれう)ごときの物(もの)も大切(たいせつ)に候(さうらふ)。此(この)使(つかひ)にた【賜】
ぶべしとかけ」といひければ、いふままにかいて、「さて
たれどの【誰殿】へとかき【書き】候(さうら)はうぞ」。「清水(きよみず)の観音房(くわんおんばう)(くわんをんばう)へ
とかけ」。「これは庁(ちやう)の下部(しもべ)をあざむ【欺】くにこそ」と
申(まう)せば、「さりとては、文覚(もんがく)は観音(くわんおん)(くわんをん)をこそふか【深】う
たのみ【頼み】たてま【奉】つたれ。さらでは誰(たれ)に〔か〕は用事(ようじ)をば
いふべき」とぞ申(まうし)ける。伊勢国(いせのくに)阿野【*阿濃】(あの)の津(つ)より船(ふね)
P05270
にの【乗】(ッ)てくだりけるが、遠江(とほたふみ)(とをとをみ)の天竜難(てんりゆうな)だにて、
俄(にはか)に大風(おほかぜ)ふき、大(おほ)なみ【浪】た(ッ)て、すでに此(この)船(ふね)をうち
かへさ【返さ】んとす。水手【*水主】(すいしゆ)梶取(かんどり)ども、いかにもしてたす【助】から
むとしけれども、波風(なみかぜ)いよいよあれ【荒】ければ、或(あるい)(あるひ)は
観音(くわんおん)(くわんをん)の名号(みやうごう)をとなへ、或(あるい)(あるひ)は最後(さいご)の十念(じふねん)
にをよぶ(およぶ)【及ぶ】。されども文覚(もんがく)これを事(こと)ともせず、た
かいびき【高鼾】かいてふ【臥】したりけるが、なに【何】とかおもひ【思ひ】
けん、いま【今】はかうとおぼえける時、か(ッ)ぱとおき、舟(ふね)の
P05271
へ【舳】にた(ッ)て奥(おき)の方(かた)をにらまへ、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、
「竜王(りゆうわう)(りうわう)やある、竜王(りゆうわう)やある」とぞよう【呼う】だりける。
「いかにこれほどの大願(だいぐわん)おこい【起い】たる聖(ひじり)がの(ッ)【乗つ】たる
船(ふね)をば、あやま【過】たうどはするぞ。ただいま天(てん)
の責(せめ)かうむら【蒙ら】んずる竜神(りゆうじん)(りうじん)どもかな」とぞ申(まうし)ける。
そのゆへ(ゆゑ)【故】にや、浪風(なみかぜ)ほどなくしづま(ッ)【鎮まつ】て、伊豆
国(いづのくに)へつき【着き】にけり。文覚(もんがく)京(きやう)をい【出】でける日(ひ)より、
祈誓(きせい)する事(こと)あり【有り】。「われ都(みやこ)にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、高雄(たかを)(たかお)の
P05272
神護寺(じんごじ)造立(ざうりふ)(ざうりう)供養(くやう)すべくは、死(し)ぬべからず。其(その)
願(ぐわん)むなしかるべくは、道(みち)にP363て死(し)ぬべし」とて、京(きやう)
より伊豆(いづ)へつきけるまで、折節(をりふし)(おりふし)順風(じゆんぷう)なかり
ければ、浦(うら)づたひ島(しま)づたひして、卅一日(さんじふいちにち)が間(あひだ)は
一向(いつかう)断食(だんじき)にてぞあり【有り】ける。されども気力(きりよく)
すこしもおと【劣】らず、おこな【行】ひうちしてゐたり。
まこと【誠】にただ人(びと)ともおぼえぬ事(こと)どもおほ【多】かり
けり。福原院宣(ふくはらゐんぜん)S0510 近藤(こんどう)四郎(しらう)国高(くにたか)といふものにあづ【預】けられて、
P05273
伊豆国(いづのくに)奈古屋(なごや)がおくにぞすみ【住み】ける。さる
程(ほど)に、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)へつねはまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、昔(むかし)今(いま)の物(もの)
がたりども申(まうし)てなぐさむ程(ほど)に、或(ある)時(とき)文覚(もんがく)申(まうし)
けるは、「平家(へいけ)には小松(こまつ)のおほいどの【大臣殿】こそ、
心(こころ)もがう【剛】に、はかり事(こと)もすぐれておはせし
か、平家(へいけ)の運命(うんめい)が末(すゑ)になるやらん、こぞ【去年】の八
月(はちぐわつ)薨(こう)ぜられぬ。いまは源平(げんぺい)のなかに、わど
の程(ほど)将軍(しやうぐん)の相(さう)も(ッ)【持つ】たる人(ひと)はなし。はやはや
P05274
謀反(むほん)おこして、日本国(につぽんこく)したがへ給(たま)へ」。兵衛佐(ひやうゑのすけ)
「おもひ【思ひ】もよらぬ事(こと)の給(たま)ふ聖(ひじりの)御房(ごばう)(ご(ン)ばう)かな。われ
は故池(こいけ)の尼御前(あまごぜん)にかい(かひ)なき命(いのち)をたす【助】けら
れたてま(ッ)て候(さうら)へば、その後世(ごせ)をとぶら【弔】はんために、
毎日(まいにち)に法花経(ほけきやう)一部(いちぶ)転読(てんどく)する外(ほか)は他事(たじ)
なし」とこその給(たま)ひけれ。文覚(もんがく)かさねて申(まうし)ける
は、「天(てん)のあたふるをとら【取ら】ざれば、かへ(ッ)て(かへつて)【却つて】P364其(その)とが【咎】を
うく。時(とき)いた(ッ)ておこなはざれば、かへ(ッ)て(かへつて)【却つて】其(その)殃(わざわひ)(わざはひ)をうく
P05275
といふ本文(ほんもん)あり【有り】。かう申(まう)せば、御辺(ごへん)の心(こころ)をみん
とて申(まうす)な(ン)ど(など)おもひ【思ひ】給(たまふ)か。御辺(ごへん)に心(こころ)ざしふかい【深い】色(いろ)
を見(み)給(たま)へかし」とて、ふところ【懐】よりしろい【白い】ぬの【布】につつ
む(つつん)だる髑■(どくろ)をひとつとりい【出】だす。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「あ
れはいかに」との給(たま)へば、「これこそわどのの父(ちち)、故
左馬頭殿(こさまのかみどの)のかうべ【頭】よ。平治(へいぢ)の後(のち)、獄舎(ごくしや)のまへ
なる苔(こけ)のしたにうづ【埋】もれて、後世(ごせ)とぶらふ
人(ひと)もなかりしを、文覚(もんがく)存(ぞん)ずる旨(むね)あ(ッ)て、獄(ごく)
P05276
もり【守】にこふ(こう)【乞う】て、この十余年(じふよねん)頸(くび)にかけ、山々(やまやま)寺々(てらでら)
おがみ(をがみ)【拝み】まはり、とぶら【弔】ひたてまつれ【奉れ】ば、いまは一
劫(いちごう)もたすかり給(たまひ)ぬらん。されば、文覚(もんがく)は故守殿(こかうのとの)
の御(おん)ためにも奉公(ほうこう)のものでこそ候(さうら)へ」と申(まうし)けれ
ば、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)、一定(いちぢやう)とはおぼえねども、父(ちち)のかうべ
ときく【聞く】なつかしさに、まづ涙(なみだ)をぞながされける。
其(その)後(のち)はうちとけて物(もの)がたりし給(たま)ふ。「抑(そもそも)頼朝(よりとも)
勅勘(ちよくかん)をゆ【許】りずしては、争(いかで)か謀反(むほん)をばおこ
P05277
すべき」との給(たま)へば、「それやす【安】い事(こと)、やがてのぼ【上】(ッ)
て申(まうし)ゆるいてたてまつら【奉ら】ん」。「さもさうず、御房(ごばう)
も勅勘(ちよくかん)の身(み)で人(ひと)を申(まうし)ゆるさうどの給(たま)ふ
あてがい(あてがひ)やうこそ、おほ【大】きにまことしからね」。「わが
身(み)の勅勘(ちよくかん)をゆりうど申(まう)さばこそひがこと【僻言】
ならめ。わどのの事(こと)申(まう)さうは、なにかくるしかる【苦しかる】べ
き。いまの都(みやこ)福原(ふくはら)の新都(しんと)へのぼ【上】らうに、三日(みつか)に
す【過】ぐまじ。院宣(ゐんぜん)うかがは【伺は】うに一日(いちにち)(いチにチ)がとうりう【逗留】ぞ
P05278
あらんずる。都合(つがふ)(つがう)七日(しちにち)(なぬか)八日(やうか)にはす【過】ぐべからず」P365とて、
つきい【出】でぬ。奈古屋(なごや)にかへ(ッ)(かへつ)【帰つ】て、弟子共(でしども)には、伊豆(いづ)の
御山(おやま)に人(ひと)にしのん【忍ん】で七日(しちにち)参籠(さんろう)の心(こころ)ざしあり【有り】
とて、いでにけり。げにも三日(みつか)といふに、福原(ふくはら)の新
都(しんと)へのぼりつつ前右兵衛督(さきのうひやうゑのかみ)光能卿(みつよしのきやう)のもとに、い
ささかゆかりあり【有り】ければ、それにゆい【行い】て、「伊豆国(いづのくにの)
流人(るにん)、前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)こそ勅勘(ちよくかん)をゆるさ【許さ】れて
院宣(ゐんぜん)をだにも給(たま)はらば、八ケ国(はつかこく)の家人(けにん)ども催(もよほ)
P05279
しあつめて、平家(へいけ)をほろぼし、天下(てんが)をしづ
め【鎮め】んと申(まうし)候(さうら)へ」。兵衛督(ひやうゑのかみ)「いさとよ、わが身(み)も当時(たうじ)は
三官(さんくわん)ともにとどめられて、心(こころ)ぐるしいおりふし(をりふし)【折節】
なり。法皇(ほふわう)(ほうわう)もおしこめられてわたらせ給(たま)へば、
いかがあらんずらん。さりながらもうかがう【伺う】てこそみ
め」とて、此(この)由(よし)ひそかに奏(そう)せられければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)や
がて院宣(ゐんぜん)をこそくだ【下】されけれ。聖(ひじり)これをく
びにかけ、又(また)三日(みつか)といふに、伊豆国(いづのくに)へくだ【下】りつく。
P05280
兵衛佐(ひやうゑのすけ)「あつぱれ、この聖(ひじり)御房(ごばう)(ご(ン)ばう)は、なまじゐ(なまじひ)によし
なき事(こと)申(まうし)いだして、頼朝(よりとも)又(また)いかなるう【憂】き目(め)
にかあはんずらん」と、おも【思】はじ事(こと)なうあん【案】じつづ【続】
けておはしけるところ【所】に、八日(やうか)といふ午剋(むまのこく)ば
かりくだ【下】りついて、「すは院宣(ゐんぜん)よ」とてたてまつる【奉る】。
兵衛佐(ひやうゑのすけ)、院宣(ゐんぜん)ときくかたじ【忝】けなさに、手水(てうづ)うがひ
をし、あたらしき烏帽子(えぼし)(ゑぼし)・浄衣(じやうえ)(じやうゑ)きて、院宣(ゐんぜん)を
三度(さんど)拝(はい)してひらかれたり。項年(しきりのとし)(シキリノトシ)より以来(このかた)、平
P05281
氏(へいじ)王皇(わうくわう)蔑如(べつじよ)して、政道(せいたう)にはばかる事(こと)なし。仏
法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)を破滅(はめつ)して、朝威(てうゐ)をほろぼさんとす。夫(それ)
我(わが)朝(てう)は神国(しんこく)也(なり)。宗■(そうべう)あひならんで、神徳(しんとく)是(これ)P366
あらたなり。故(かるがゆゑに)(かるがゆへに)朝廷(てうてい)開基(かいき)の後(のち)、数千余歳(すせんよさい)
のあひだ、帝猷(ていいう)(ていゆう)をかたぶけ、国家(こくか)をあやぶめ
むとする物(もの)、みなも(ッ)て敗北(はいほく)せずといふ事(こと)
なし。然(しかれば)則(すなはち)且(かつ)(かつ(ウ))は神道(しんたう)の冥助(めいじよ)にまかせ、且(かつ)(かつ(ウ))は
勅宣(ちよくせん)の旨趣(しいしゆ)(し(イ)しゆ)をまも(ッ)【守つ】て、はやく平氏(へいじ)の
P05282
一類(いちるい)を誅(ちゆう)(ちう)して、朝家(てうか)の怨敵(をんてき)をしりぞけよ。譜
代(ふだい)弓箭(きゆうせん)(きうせん)の兵略(へいりやく)を継(つぎ)、累祖(るいそ)奉公(ほうこう)の忠勤(ちゆうきん)(ちうきん)
を抽(ぬきん)で、身(み)をたて、家(いへ)をおこすべし。ていれば【者】、
院宣(ゐんぜん)かくのごとし。仍(よつて)執達(しつたつ)如件(くだんのごとし)。治承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)
七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)前右兵衛督(さきのうひやうゑのかみ)光能(みつよし)が奉(うけたまは)り謹上(きんじやう)
前右兵衛佐殿(さきのうひやうゑのすけどの)へとぞかか【書か】れたる。此(この)院宣(ゐんぜん)をば
錦(にしき)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】て、石橋〔山〕(いしばしやま)の合戦(かつせん)の時(とき)も、兵衛
佐殿(ひやうゑのすけどの)頸(くび)にかけられたりけるとかや。富士川(ふじがは)S0511 さる程(ほど)に、福原(ふくはら)
P05283
には、勢(せい)のつかぬ先(さき)にいそぎ打手(うつて)をくだすべし
と、公卿僉議(くぎやうせんぎ)あ(ッ)て、大将軍(たいしやうぐん)には小松権亮少将(こまつのごんのすけぜうしやう)
維盛(これもり)、副将軍(ふくしやうぐん)には薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)
三万余騎(さんまんよき)、九月(くぐわつ)十八日(じふはちにち)に都(みやこ)をた(ッ)て、十九日(じふくにち)には
旧都(きうと)につき、やがて廿日(はつかのひ)、東国(とうごく)へこそう(ッ)たた(うつたた)【討つ立た】れ
けれ。大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)は、生年(しやうねん)廿三(にじふさん)、容
儀(ようぎ)体拝(たいはい)絵(ゑ)にかP367くとも筆(ふで)も及(および)(をよび)がたし。重代(ぢゆうだい)(ぢうたい)の
鎧(よろひ)唐皮(からかは)といふきせなが【着背長】をば、唐櫃(からびつ)にいれ【入れ】てかか【舁か】
P05284
せらる。路打(みちうち)には、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、萠黄
威(もえぎにほひ)のよろひ【鎧】きて、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に、黄
■輪(きぶくりん)(きぷくりん)の鞍(くら)おいてのり給(たま)へり。副将軍(ふくしやうぐん)薩
摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、紺地(こんぢ)の錦(にしき)のひたたれに、ひお
どし(ひをどし)の鎧(よろひ)きて、黒(くろ)き馬(むま)のふと【太】うたくましゐ(たくましい)【逞しい】に、
い(ッ)かけ【沃懸】地(ぢ)の鞍(くら)をい(おい)【置い】てのり給(たま)へり。馬(むま)・鞍(くら)・鎧(よろひ)・甲(かぶと)・弓
矢(ゆみや)・太刀(たち)・刀(かたな)にいたるまで、て【照】りかかや【輝】く程(ほど)にい
でたた【出立た】れたりしかば、めでたかりし見物(けんぶつ)也(なり)。
P05285
薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、年来(としごろ)ある宮腹(みやばら)の女房(にようばう)の
もとへかよ【通】はれけるが、或(ある)時(とき)おはしたりけるに、其(その)
女房(にようばう)のもとへ、や(ン)ごとなき女房(にようばう)まらうと【客人】きた(ッ)
て、やや久(ひさ)しう物語(ものがたり)し給(たま)ふ。さよ【小夜】もはるかに
ふ【更】けゆくまでに、まらうとかへり給(たま)はず。忠教【*忠度】(ただのり)
軒[* 「斬」と有るのを高野本により訂正](のき)ばにしばしやすらひて、扇(あふぎ)をあらくつかは【使は】れけ
れば、宮腹(みらばら)の女房(にようばう)、「野(の)もせ【狭】にすだく虫(むし)の音(ね)
よ」と、ゆふ(いう)【優】にやさしう口(くち)ずさみ給(たま)へば、薩摩守(さつまのかみ)や
P05286
がて扇(あふぎ)をつかひやみてかへ【帰】られけり。其(その)後(のち)又(また)おはし
たりけるに、宮腹(みやばら)の女房(にようばう)「さても一日(ひとひ)、なに【何】とて扇(あふぎ)
をばつか【使】ひやみしぞや」とと【問】はれければ、「いさ、か
しがましな(ン)ど(など)きこえ【聞え】候(さうらひ)しかば、さてこそつか【使】ひ
やみ候(さうらひ)しか」とぞの給(たま)ひける。かの女房(にようばう)のもとよ
り忠教【*忠度】(ただのり)のもとへ、小袖(こそで)を一(ひと)かさねつか【遣】はすとて、
ち【千】里(さと)のなごり【名残】のかなし(ツ)さに、一首(いつしゆ)の歌(うた)をぞ送(おく)られける。P368
あづま路(ぢ)の草葉(くさば)をわけん袖(そで)よりも
P05287
たえ【堪え】ぬたもとの露(つゆ)ぞこぼるる W035
薩摩守(さつまのかみ)返事(へんじ)には
わかれ路(ぢ)をなにかなげかんこえて行(ゆく)
関(せき)もむかしの跡(あと)とおもへ【思へ】ば W036
「関(せき)も昔(むかし)の跡(あと)」とよめる事(こと)は、平(たひらの)(たいらの)将軍(しやうぐん)貞
盛(さだもり)、将門(まさかど)追討(ついたう)のために、東国(とうごく)へ下向(げかう)せし事(こと)を
おもひ【思ひ】いでてよ【詠】みたりけるにや、いとやさしう
ぞきこえし。昔(むかし)は朝敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】に外土(ぐわいと)へ
P05288
むかふ将軍(しやうぐん)は、まづ参内(さんだい)して切刀(せつたう)を給(たま)はる。
震儀【*宸儀】(しんぎ)南殿(なんでん)に出御(しゆつぎよ)し、近衛(こんゑ)階下(かいか)に陣(ぢん)をひ
き、内弁(ないべん)外弁(げべん)の公卿(くぎやう)参列(さんれつ)して、誅儀【*中儀】(ちゆうぎ)(ちうぎ)の節
会(せちゑ)おこなは【行なは】る。大将軍(たいしやうぐん)副将軍(ふくしやうぐん)、おのおの礼儀(れいぎ)
をただしうしてこれを給(たま)はる。承平(しようへい)(せうへい)天慶(てんぎやう)
の蹤跡(しようせき)(ぜうせき)も、年(とし)久(ひさ)しうな(ッ)て准(なぞら)へがたしとて、今
度(こんど)は讃岐守(さぬきのかみ)正盛(まさもり)が前対馬守(さきのつしまのかみ)源義親(みなもとのよしちか)追
討(ついたう)のために出雲国(いづものくに)へ下向(げかう)せし例(れい)とて、鈴(すず)ばか
P05289
り給(たま)は(ッ)て、皮(かは)(カワ)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】て、雑色(ざつしき)が頸(くび)にかけ
させてぞくだ【下】られける。いにしへ、朝敵(てうてき)をほろ
ぼさんとて都(みやこ)をいづる将軍(しやうぐん)は、三(みつ)の存
知(ぞんぢ)(ぞんじ)あり【有り】。切刀(せつたう)を給(たま)はる日(ひ)家(いへ)をわすれ、家(いへ)を
いづるとて妻子(さいし)をわすれ、戦場(せんぢやう)にして
敵(てき)にたたかふ【戦ふ】時(とき)、身(み)をわする。されば、今(いま)の平
氏(へいじ)の大将(だいしやう)維盛(これもり)・忠教【*忠度】(ただのり)も、定(さだめ)てかやうの事(こと)を
ば存知(ぞんぢ)(ぞんじ)せられたりけん。あはれなりし事共(ことども)也(なり)。
P05290
同(おなじき)廿二日(にじふににち)新院(しんゐん)又(また)安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ御幸(ごかう)
なる。去(さんぬ)る三月(さんぐわつ)にも御幸(ごかう)あり【有り】き。そのゆP369へ(ゆゑ)
にや、なか一両月(いちりやうげつ)世(よ)もめでたくおさま(ッ)(をさまつ)【治まつ】て、民(たみ)
のわづらひもなかりしが、高倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)
によ(ッ)て、又(また)天下(てんが)みだれて、世上(せじやう)もしづかならず。
これによ(ッ)て、且(かつ)(かつ(ウ))は天下(てんが)静謐(せいひつ)のため、且(かつ)(かつ(ウ))は聖代(せいたい)
不予(ふよ)の御祈念(ごきねん)のためとぞきこえし。今
度(こんど)は福原(ふくはら)よりの御幸(ごかう)なれば、斗薮(とそう)の
P05291
わづらひもなかりけり。手(て)づからみづから
御願文(ごぐわんもん)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】て、清書(せいしよ)をば摂政
殿(せつしやうどの)せさせをはします(おはします)。
蓋(けだし)聞[B ク](きく)。法性(ほつしやうの)雲(くも)閑(しづか)也(なり)、十四(じふし)十五(じふご)の月(つき)高(たかく)晴[B レ](はれ)、権
化(ごんげの)智(ち)深(ふか)し、一陰(いちいん)(いちゐん)一陽(いちやう)の風(かぜ)旁(かたはらに)扇(あふ)ぐ。夫(それ)厳
島(いつくしま)の社(やしろ)は称名(せうみやう)あまねくきこゆる【聞ゆる】には【場】、効
験無双(こうげんぶそう)の砌(みぎり)也(なり)。遥(はるかの)嶺(みね)の社壇(しやだん)をめぐる、おのづ
から大慈(だいじ)の高(たか)く峙(そばだ)てるを彰(あらは)し、巨海(こかい)の
P05292
詞宇【*祠宇】(しう)にをよぶ(およぶ)【及ぶ】、空(くう)に弘誓(ぐぜい)の深広(しんくはう)なるこ
とを表(へう)す。夫(それ)以(おもんみれば)、初(はじめ)庸昧(ようまい)の身(み)をも(ッ)て、忝(かたじけなく)皇
王(くわうわう)の位(くらゐ)を践(ふ)む。今(いま)賢猷(けんいう)(けんゆう)を霊境(れいきやう)の群(ぐん)に翫(もてあそん)
で、閑坊(かんばう)〔を〕射山(やさん)の居(きよ)にたのしむ。しかるに、ひそかに
一心(いつしん)の精誠(せいぜい)を抽(ぬきん)で、孤島(こたう)の幽祠(ゆうし)に詣(まうで)、瑞
籬(ずいり)の下(もと)(モト)に明恩(めいおん)(めいをん)を仰(あふ)ぎ、懇念(こんねん)を凝(ぎ)して
汗(あせ)をながし、宝宮(ほうきゆう)(ほうきう)のうちに霊託(れいたく)を垂(たる)。その
つげの心(こころ)に銘(めい)ずるあり【有り】。就中(なかんづく)にことに怖
P05293
畏(ふゐ)(ふい)謹慎(きんしん)の期(ご)をさすに、もはら季夏初秋(きかしよしう)
の候(こう)にあたる。病痾(へいあ)忽(たちまち)に侵(をか)し、猶(なほ)(なを)医術(いじゆつ)の験(げん)
を施(ほどこ)す事(こと)なし。平計(へいけい)頻(しきり)に転(てん)ず、弥(いよいよ)神感(しんかん)の
空(むな)しからざることを知(しん)ぬ。祈祷(きたう)を求(もとむ)といへ
ども、霧露(むろ)散(さん)じがたし。しかじ、心符(しんぶ)のこころざし
を抽(ぬきん)でて、かさねて斗薮(とそう)の行(ぎやう)をくはたてん
とおもふ【思ふ】。漠々(ばくばく)たP370る寒嵐(かんらん)の底(もと)、旅泊(りよはく)に臥(ふし)て
夢(ゆめ)をやぶり、せいせい[* 「さいさい」と有るのを高野本により訂正]【凄々】たる微陽(びやう)のまへ、遠
P05294
路(えんろ)に臨(のぞん)で眼(まなこ)をきはむ。遂(つひ)(つゐ)に枌楡(ふんゆ)の砌(みぎり)について、
敬(うやま)(ッ)て、清浄(しやうじやう)の席(せき)を展(のべ)、書写(しよしや)したてまつる
色紙墨字(しきしぼくじ)の妙法蓮花経【*妙法蓮華経】(めうほふれんげきやう)(めうほうれんげきやう)一部(いちぶ)、開結(かいけつ)二経(にきやう)、
阿弥陀(あみだ)・般若心等(はんにやしんとう)の経(きやう)各(おのおの)一巻(いつくわん)。手(てづ)から自(みづ)から
書写(しよしや)したてまつる【奉る】金泥(こんでい)の提婆品(だいばほん)一巻(いつくわん)。
時(とき)に[* 「時々」と有るのを高野本により訂正]蒼松(さうしやう)蒼栢(さうはく)の陰(かげ)、共(とも)に善理(ぜんり)の種(たね)をそへ、
潮去潮来(てうきよてうらいの)響(ひびき)、空(そら)に梵唄(ぼんばい)の声(こゑ)に和(くわ)す。弟子(ていし)
北闕(ほつけつ)の雲(くも)を辞(じ)して八実【*八日】(はつじつ)、凉燠(りやうあう)のおほく
P05295
廻(めぐ)る事(こと)なしといへども、西海(さいかい)の浪(なみ)を凌事(しのぐこと)二(ふた)
たび【二度】、深(ふか)く機縁(きえん)のあさからざる事(こと)を知(しん)ぬ。朝(あした)
に祈(いの)る客(かく)一(いつ)にあらず、夕(ゆふべ)に賽(かへりまうし)(カヘリ申)【賽申】するもの且千(ちぢばかり)(チヂバカリ)
也(なり)。但(ただ)し、尊貴(そんき)の帰仰(ききやう)おほしといへども、院宮(ゐんみや)
の往詣(わうけい)いまだきかず。禅定(ぜんぢやう)法皇(ほふわう)(ほうわう)初(はじめ)て其(その)
儀(ぎ)をのこい【残い】給(たま)ふ。彼(かの)嵩高山(すうかうざん)の月(つき)の前(まへ)には
漢武(かんぶ)いまだ和光(わくわう)のかげ弁(べん)ぜず。蓬莱洞(ほうらいどう)の
雲(くも)の底(そこ)にも、天仙(てんせん)むなしく垂跡(すいしやく)の塵(ちり)を
P05296
へだつ。仰願(あふぎねがは)くは大明神(だいみやうじん)、伏(ふして)乞(こふ)らくは〔一〕乗経(いちぜうきやう)、新(あらた)
に丹祈(たんき)をてらして唯一(ゆいいつ)の玄応(げんおう)を垂(たれ)給(たま)へ。治承(ぢしよう)(ぢせう)
四年(しねん)九月(くぐわつ)廿八日(にじふはちにち)太上天皇(だいじやうてんわう)(たいじやうてんわう)とぞあそばさ【遊ばさ】れ
たる。さる程(ほど)に、此(この)人々(ひとびと)は九重(ここのへ)(ここのえ)の都(みやこ)をた(ッ)て、
千里(せんり)の東海(とうかい)におもむき給(たま)ふ。たいら(たひら)【平】かにかへ【帰】り
のぼらむ事(こと)もまこと【誠】にあやうき(あやふき)【危ふき】有(あり)さまども
にて、或(あるい)(あるひ)は野原(のばら)の露(つゆ)にやどをかり、或(あるい)(あるひ)はたかね
の苔(こけ)に旅(たび)ねをし、山(やま)をこえ河(かは)をかさね、日(ひ)かず【数】
P05297
ふれば、P371十月(じふぐわつ)十六日(じふろくにち)には、するが【駿河】の国(くに)清見(きよみ)が
関(せき)にぞつ【着】き給(たま)ふ。都(みやこ)をば三万余騎(さんまんよき)でい【出】で
しかど、路次(ろし)の兵(つはもの)めしぐし【召具し】て、七万余騎(しちまんよき)とぞ
きこえし。先陣(せんぢん)はかん【蒲】原(ばら)・富士河(ふじがは)にすすみ、後
陣(ごぢん)はいまだ手越(てごし)・宇津[B ノ]屋(うつのや)にささへたり。大将軍(たいしやうぐん)
権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)をめして、
「ただ維盛(これもり)が存知(ぞんぢ)には、足柄(あしがら)をうちこえて坂東(ばんどう)
にていくさをせん」とはやられけるを、上総守(かづさのかみ)
P05298
申(まうし)けるは、「福原(ふくはら)をたたせ給(たまひ)し時(とき)、入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)の御
定(ごぢやう)には、いくさをば忠清(ただきよ)にまかせさせ給(たま)へと仰(おほせ)
候(さうらひ)しぞかし。八ケ国(はつかこく)の兵共(つはものども)みな兵衛佐(ひやうゑのすけ)にしたが
ひ【従ひ】ついて候(さうらふ)なれば、なん【何】十万騎(じふまんぎ)か候(さうらふ)らん。御方(みかた)の
御勢(おんせい)は七万余騎(しちまんよき)とは申(まう)せども、国々(くにぐに)のかり【駆】
武者共(むしやども)なり。馬(むま)も人(ひと)もせめふせて候(さうらふ)。伊豆(いづ)・駿
河(するが)の勢(せい)のまいる(まゐる)【参る】べきだにもいまだみえ【見え】候(さうら)はず。
ただ富士河(ふじがは)をまへにあてて、みかたの御勢(おんせい)を
P05299
また【待た】せ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、力(ちから)及(およ)(をよ)ばで
ゆらへたり。さる程(ほど)に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)は足柄(あしがら)の山(やま)を
打(うち)こえて、駿河国(するがのくに)きせ河(がは)【黄瀬河】にこそつき給(たま)へ。甲
斐(かひ)(かい)・信濃(しなの)の源氏(げんじ)ども馳来(はせき)てひとつになる。浮
島(うきしま)が原(はら)にて勢(せい)ぞろへあり【有り】。廿万騎(にじふまんぎ)とぞしる
いたる。常陸源氏(ひたちげんじ)佐竹(さたけの)太郎(たらう)が雑色(ざつしき)、主(しゆう)(しう)の使(つかひ)に
ふみ【文】も(ッ)【持つ】て京(きやう)へのぼるを、平家(へいけ)の先陣(せんぢん)上総
守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)これをとどめて、も(ッ)【持つ】たる文(ふみ)をばひ【奪】とり、
P05300
あけて見(み)れば、女房(にようばう)のもとへの文(ふみ)なり。くるし
かる【苦しかる】まじとて、とらせて(ン)げり。「抑(そもそも)兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)P372の
勢(せい)、いかほどあるぞ」ととへば、「凡(およそ)(をよそ)八日(やうか)九日(ここのか)の道(みち)に
はたとつづいて、野(の)も山(やま)も海(うみ)も河(かは)も武者(むしや)で候(さうらふ)。
下臈(げらふ)(げらう)は四五百千(しごひやくせん)までこそ物(もの)のかずをば
知(しり)て候(さうら)へども、それよりうへはしら【知ら】ぬ候(ざうらふ)。おほ【多】い
やらう、すくな【少】いやらうをばしり【知り】候(さうら)はず。昨日(きのふ)
きせ河(がは)【黄瀬河】で人(ひと)の申(まうし)候(さうらひ)つるは、源氏(げんじ)の御勢(おんせい)廿万
P05301
騎(にじふまんぎ)とこそ申(まうし)候(さうらひ)つれ」。上総守(かづさのかみ)これをきい【聞い】て、「あ
はれ、大将軍(だいしやうぐん)の御心(おんこころ)ののび【延び】させ給(たまひ)たる程(ほど)
口(くち)おしい(をしい)【惜しい】事(こと)候(さうら)はず。いま一日(いちにち)も先(さき)に打手(うつて)を
くださせ給(たまひ)たらば、足柄(あしがら)の山(やま)打(うち)こへて、八
ケ国(はつかこく)へ御出(おんいで)候(さうらは)ば、畠山(はたけやま)が一族(いちぞく)、大庭兄弟(おほばきやうだい)などか
まいら(まゐら)【参ら】で候(さうらふ)べき。これらだにもまいり(まゐり)【参り】なば、
坂東(ばんどう)にはなびかぬ草木(くさき)も候(さうらふ)まじ」と、後
悔(こうくわい)すれどもかい(かひ)ぞなき。又(また)大将軍(たいしやうぐん)権亮少
P05302
将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、東国(とうごく)の案内者(あんないしや)とて、長井(ながゐ)の斎
藤(さいとう)別当(べつたう)実盛(さねもり)をめして、「やや実盛(さねもり)、なんぢ程(ほど)の
つよ弓(ゆみ)勢兵(せいびやう)、八〔ケ〕国(はつかこく)にいか程(ほど)あるぞ」とと【問】ひ給(たま)へ
ば、斎藤別当(さいとうべつたう)あざわら(ッ)(わらつ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「さ候(さうら)へば、君(きみ)は
実盛(さねもり)を大矢(おほや)とおぼしめし【思召し】候(さうらふ)歟(か)。わづかに十三(じふさん)
束(ぞく)こそ仕(つかまつり)候(さうら)へ。実盛程(さねもりほど)ゐ(い)【射】候(さうらふ)物(もの)は、八ケ国(はつかこく)にいくらも
候(さうらふ)。大矢(おほや)と申(まうす)ぢやう【定】の物(もの)の、十五(じふご)束(そく)におと(ッ)て
ひく【引く】は候(さうら)はず。弓(ゆみ)のつよさもしたたかなる物(もの)五
P05303
六人(ごろくにん)しては【張】り候(さうらふ)。かかるせい【精】兵(びやう)どもがゐ(い)【射】候(さうら)へ者(ば)、
鎧(よろひ)の二三両(にさんりやう)をもかさねて、たやすうゐとをし(いとほし)【射通し】
候(さうらふ)也(なり)。大名(だいみやう)一人(いちにん)と申(まうす)は、せい【勢】のすくないぢやう【定】、五
百騎(ごひやくき)におとるは候(さうら)はず。馬(むま)にの(ッ)【乗つ】つればお【落】つ
る道(みち)をしらず、悪所(あくしよ)をは【馳】すれどP373も馬(むま)をた
をさ(たふさ)【倒さ】ず。いくさは又(また)おや【親】もうたれよ、子(こ)もうた
れよ、死(し)ぬればのりこへ【乗越へ】のりこへ【乗越へ】たたかふ【戦ふ】候(ざうらふ)。西国(さいこく)の
いくさと申(まうす)は、おや【親】うた【討た】れぬれば孝養(けうやう)し、
P05304
いみ【忌】あけてよせ、子(こ)うたれぬれば、そのおもひ【思ひ】な
げき【歎き】によ【寄】せ候(さうら)はず。兵粮米(ひやうらうまい)つきぬれば、田(た)つ
くり、かり【刈り】おさめ(をさめ)【収め】てよせ、夏(なつ)はあつし【暑し】といひ、冬(ふゆ)は
さむしときら【嫌】ひ候(さうらふ)。東国(とうごく)にはすべて其(その)儀(ぎ)候(さうら)
はず。甲斐(かひ)(かい)・信乃【*信濃】(しなの)の源氏(げんじ)ども、案内(あんない)はし(ッ)【知つ】て候(さうらふ)。
富士(ふじ)のこし【腰】より搦手(からめで)にやまは【廻】り候(さうらふ)らん。かう
申(まう)せば君(きみ)をおく【臆】せさせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとて申(まうす)には
候(さうら)はず。いくさはせい【勢】にはよらず、はかり事(こと)に
P05305
よるとこそ申(まうし)つたへて候(さうら)へ。実盛(さねもり)今度(こんど)の
いくさに、命(いのち)いき【生き】てふたたびみやこ【都】へまいる(まゐる)【参る】べし
とも覚(おぼえ)候(さうら)はず」と申(まうし)ければ、平家(へいけ)の兵共(つはものども)こ
れきい【聞い】て、みなふるい(ふるひ)【震ひ】わななきあへり。さる程(ほど)に、
十月(じふぐわつ)廿三日(にじふさんにち)にもなりぬ。あすは源平[* 「源氏」と有るのを高野本により訂正](げんぺい)富士河(ふじがは)
にて矢合(やあはせ)とさだめたりけるに、夜(よ)に入(いり)て、平家(へいけ)
の方(かた)より源氏(げんじ)の陣(ぢん)を見(み)わたせ【渡せ】ば、伊豆(いづ)・駿河(するが)〔の〕
人民(にんみん)・百姓(ひやくしやう)等がいくさにおそれ【恐れ】て、或(あるい)(あるひ)は野(の)にいり、
P05306
山(やま)にかくれ、或(あるい)(あるひ)は船(ふね)にとりの(ッ)【乗つ】て海河(うみかは)にうかび、いと
なみの火(ひ)のみえ【見え】けるを、平家(へいけ)の兵(つはもの)ども、「あなお
びたたしの源氏(げんじ)の陣(ぢん)のとを(とほ)【遠】火(び)のおほさ
よ。げにもまこと【誠】に野(の)も山(やま)も海(うみ)も河(かは)もみな
かたきであり【有り】けり。いかがせん」とぞあはて(あわて)【慌て】ける。其(その)
夜(よ)の夜半(やはん)ばかり、富士(ふじ)の沼(ぬま)にいくらもむ
れ【群れ】ゐたりける水鳥(みづとり)どもが、なに【何】にかおどろ【驚】き
たりけん、ただP374一(いち)ど【度】にば(ッ)と立(たち)ける羽音(はおと)(はをと)の、
P05307
大風(おほかぜ)いかづち【雷】な(ン)ど(など)の様(やう)にきこえければ、平家(へいけ)の
兵共(つはものども)、「すはや源氏(げんじ)の大(おほ)ぜい【勢】のよ【寄】するは。斎藤
別当(さいとうべつたう)が申(まうし)つる様(やう)に、定(さだめ)て搦手(からめで)もまはるらん。
とりこ【取込】められてはかなう(かなふ)【叶ふ】まじ。ここをばひい【引い】て尾
張河(をはりがは)(おはりがは)州俣(すのまた)をふせけ【防け】や」とて、とる物(もの)もとりあへず、
我(われ)さきにとぞ落(おち)ゆきける。あまりにあはて(あわて)
さはい(さわい)【騒い】で、弓(ゆみ)とる物(もの)は矢(や)をしら【知ら】ず、矢(や)とるもの
は弓(ゆみ)をしらず、人(ひと)の馬(むま)にはわれのり【乗り】、わが馬(むま)を
P05308
ば人(ひと)にのら【乗ら】る。或(あるい)(あるひ)はつないだる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】てくゐ(くひ)【杭】を
めぐる事(こと)かぎりなし。ちかき【近き】宿々(しゆくじゆく)よりむか【迎】へ
と(ッ)てあそびける遊君(いうくん)(ゆうくん)遊女(いうぢよ)(ゆうぢよ)ども、或(あるい)(あるひ)はかしら【頭】け【蹴】
わられ、腰(こし)ふみ【踏み】おら(をら)【折ら】れて、おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】物(もの)おほかり
けり。あくる廿四日(にじふしにち)卯刻(うのこく)に、源氏(げんじ)大勢(おほぜい)廿万騎(にじふまんぎ)、
ふじ河(がは)にをし(おし)【押し】よせて、天(てん)もひびき、大地(だいぢ)もゆるぐ
程(ほど)に、時(とき)をぞ三ケ度(さんがど)(さんかど)つくりける。五節(ごせつ)之(の)沙汰(さた)S0512平家(へいけ)の方(かた)
には音(おと)(をと)もせず、人(ひと)をつかはして見(み)せければ、「皆(みな)お【落】ち
P05309
て候(さうらふ)」と申(まうす)。或(あるい)(あるひ)は敵(てき)のわすれたる鎧(よろひ)と(ッ)てまいり(まゐり)【参り】
たる物(もの)もあり【有り】、或(あるい)(あるひ)はかたきのすて【捨て】たる大幕(おほまく)
と(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たるものもあり【有り】。「敵(てき)の陣(ぢん)には蝿(はい)だにも
か【翔】けり候(さうら)はず」と申(まうす)。P375兵衛佐(ひやうゑのすけ)、馬(むま)よりおり、甲(かぶと)を
ぬぎ、手水(てうづ)うがい(うがひ)をして、王城(わうじやう)の方(かた)をふしをが【伏拝】み、
「これはま(ッ)たく頼朝(よりとも)がわたくしの高名(かうみやう)にあらず。
八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の御(おん)ぱからひなり」とぞの給(たま)ひける。
やがてう(ッ)とり【打取】所(どころ)なればとて、駿河国(するがのくに)をば
P05310
一条次郎忠頼(いちでうのじらうただより)、遠江(とほたふみ)(とをたうみ)をば安田(やすだの)三郎(さぶらう)義定(よしさだ)に
あづけらる。平家(へいけ)をばつづゐ(つづい)【続い】てもせ【攻】むべけ
れども、うしろ【後ろ】もさすがおぼつかなしとて、浮島(うきしま)
が原(はら)よりひきしり【引退】ぞき、相模国(さがみのくに)へぞかへら【帰ら】れける。
海道宿々(かいだうしゆくじゆく)の遊君(いうくん)(ゆうくん)遊女(いうぢよ)(ゆうぢよ)ども「あないまいまし【忌々し】。打
手(うつて)の大将軍(たいしやうぐん)の矢(や)ひと【一】つだにもゐ(い)【射】ずして、にげ【逃げ】
のぼり給(たま)ふうたてしさよ。いくさには見(み)にげ【逃げ】
といふ事(こと)をだに、心(こころ)うき事(こと)にこそするに、是(これ)は
P05311
きき【聞き】にげし給(たま)ひたり」とわらひ【笑ひ】あへり。落書(らくしよ)
どもおほかりけり。都(みやこ)の大将軍(たいしやうぐん)をば宗盛(むねもり)と
いひ、討手(うつて)の大将(たいしやう)をば権亮(ごんのすけ)といふ間(あひだ)(あいだ)、平家(へいけ)
をひらやによみ【読み】なして、
ひらやなるむねもりいかにさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】らむ
はしら【柱】とたのむ【頼む】すけををとし(おとし)て W037
富士河(ふじがは)のせぜ【瀬々】の岩(いは)こす水(みづ)よりも
はやくもおつる伊勢平氏(いせへいじ)かな W038
P05312
上総守(かづさのかみ)が富士河(ふじがは)に鎧(よろひ)をすて【捨て】たりけるをよめり。
富士河(ふじがは)によろひはすてつ墨染(すみぞめ)の
ころもただき【着】よ後(のち)の世(よ)のため W039
ただきよはにげの馬(むま)にぞのり【乗り】にける
上総(かづさ)しりがいかけてかひなし W040 P376
同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)八日(やうかのひ)、大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、福原(ふくはら)
の新都(しんと)へのぼりつく。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)大(おほき)にいか(ッ)て、
「大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)をば、鬼界(きかい)が島(しま)へ
P05313
ながすべし。侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)をば、死罪(しざい)
におこなへ」とぞの給(たま)ひける。同(おなじき)九日(ここのかのひ)、平家(へいけ)
の侍(さぶらひ)ども老少(らうせう)参会(さんくわい)して、忠清(ただきよ)が死罪(しざい)
の事(こと)いかがあらんと評定(ひやうぢやう)す。なかに主馬判官(しゆめのはんぐわん)
盛国[* 「重国」と有るのを他本により訂正](もりくに)すすみいでて申(まうし)けるは、「忠清(ただきよ)は昔(むかし)
よりふかく【不覚】人(じん)とはうけ給(たまはり)及(および)(をよび)候(さうら)はず。あれが十八(じふはち)
の歳(とし)と覚(おぼえ)候(さうらふ)。鳥羽殿(とばどの)の宝蔵(ほうざう)に五畿
内(ごきない)一(いち)の悪党(あくたう)二人(ににん)、にげ籠(こもり)て候(さうらひ)しを、よ【寄】(ッ)て
P05314
からめうど申(まうす)物(もの)も候(さうら)はざりしに、この忠清(ただきよ)、白
昼(はくちう)唯(ただ)一人(いちにん)、築地(ついぢ)をこへ(こえ)【越え】はね入(いり)て、一人(いちにん)をば
うち【討ち】とり、一人(いちにん)をばいけど【生捕】(ッ)て、後代(こうたい)に名(な)を
あげたりし物(もの)にて候(さうらふ)。今度(こんど)の不覚(ふかく)はただ
ことともおぼえ候(さうら)はず。これにつけてもよくよく
兵乱(ひやうらん)の御(おん)つつしみ候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)ける。同(おなじき)
十日(とをか)、大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、右近衛(うこんゑの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)に
なり給(たま)ふ。打手(うつて)の大将(たいしやう)ときこえしかども、さ
P05315
せるしいだし【出し】たる事(こと)もおはせず、「これは何事(なにごと)
の勧賞(けんじやう)ぞや」と、人々(ひとびと)ささやきあへり。昔(むかし)将門(まさかど)
追討(ついたう)のために、平(たひらの)(たいらの)将軍(しやうぐん)貞盛(さだもり)、田原藤太(たはらとうだ)秀
里【*秀郷】(ひでさと)うけ給(たまはつ)て、坂東(ばんどう)へ発向(はつかう)したりしかども、
将門(まさかど)たやすうほろ【亡】びがたかりしかば、重(かさね)て
打手(うつて)をくだすべしと公卿僉議(くぎやうせんぎ)あ(ッ)て、宇治(うぢ)
の民部卿(みんぶきやう)忠文(ただふん)、清原(きよはらの)重藤【*滋藤】(しげふぢ)、軍監(ぐんけん)といふ官(くわん)
を給(たま)は(ッ)てくP377だられけり。駿河国(するがのくに)清見(きよみ)が関(せき)に
P05316
宿(しゆく)したりける夜(よ)、かの重藤【*滋藤】(しげふぢ)漫々(まんまん)たる海上(かいしやう)
を遠見(ゑんけん)して、「漁舟(ぎよしうの)火(ひの)影(かげ)寒(さむうして)(さむふして)焼浪(なみをやき)、駅路(えきろの)(ゑきろの)鈴(すずの)
声(こゑ)夜(よる)過山(やまをすぐ)」といふから歌(うた)をたからか【高らか】に口(くち)ずさみ
給(たま)へば、忠文(ただふん)いふ(いう)【優】におぼえて感涙(かんるい)をぞながさ【流さ】
れける。さる程(ほど)に将門(まさかど)をば、貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)つゐに(つひに)【遂に】
打(うち)と(ッ)て(ン)げり。其(その)かうべ【頭】をもたせてのぼる程(ほど)に、
清見(きよみ)が関(せき)にてゆき【行】あふ(あう)たり。其(それ)より先後(ぜんご)
の大将軍(たいしやうぐん)うちつれて上洛(しやうらく)す。貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)に
P05317
勧賞(けんじやう)おこなはれける時(とき)、忠文(ただふん)・重藤【*滋藤】(しげふぢ)にも勧
賞(けんじやう)あるべきかと公卿僉議(くぎやうせんぎ)あり【有り】。九条[B ノ](くでうの)右丞相(うしようじやう)(うせうじやう)
師資【*師輔】公(もろすけこう)の申(まう)させ給(たま)ひけるは、「坂東(ばんどう)へ打手(うつて)は
むかふ(むかう)たりといへども、将門(まさかど)たやすうほろ【亡】びがた
きところ【所】に、この人(ひと)共(ども)仰(おほせ)をかうむ(ッ)【蒙つ】て関(せき)の東(ひがし)(ひ(ン)がし)へ
おもむく時(とき)、朝敵(てうてき)すでにほろびたり。されば
などか勧賞(けんじやう)なかるべき」と申(まう)させ給(たま)へども、其(その)
時(とき)の執柄(しつぺい)小野宮殿(おののみやどの)、「「うたが【疑】はしきをばなすこと
P05318
なかれ」と礼記(らいき)の文(もん)に候(さうら)へば」とて、つゐに(つひに)【遂に】なさせ
給(たま)はず。忠文(ただふん)これを口惜[B キ](くちをしき)(くちおしき)事(こと)にして「小野宮
殿(をののみやどの)の御末(おんすゑ)をばやつ子(ご)【奴】に見(み)なさん。九条殿(くでうどの)の
御末(おんすゑ)にはいづれの世(よ)までも守護神(しゆごじん)とならん」
とちか【誓】ひつつひじに【干死】にこそし給(たま)ひけれ。されば
九条殿(くでうどの)の御末(おんすゑ)はめでたうさかへ(さかえ)【栄え】させ給(たま)へども、
小野宮殿(をののみやどの)の御末(おんすゑ)にはしかるべき人(ひと)もまし
まさず、いまはたえ【絶え】はて給(たま)ひけるにこそ。さる
P05319
程(ほど)に、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の四男(しなん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)、左近衛(さこんゑの)
中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)になり給(たま)ふ。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)P378十三日(じふさんにち)、福原(ふくはら)には
内裏(だいり)つく【造】りいだして、主上(しゆしやう)御遷幸(ごせんかう)あり【有り】。
大嘗会(だいじやうゑ)あるべかりしかども、大嘗会(だいじやうゑ)は
十月(じふぐわつ)のすゑ、東河(とうか)に御(み)ゆきして御禊(ごけい)
あり【有り】。大内(おほうち)の北(きた)の野(の)に斎場所[* 「税庁所(ぜいちやうしよ)」と有るのを訂正](さいぢやうしよ)をつく(ッ)て、神
服神具(じんぶくじんぐ)をととのふ。大極殿(だいこくでん)のまへ、竜尾道(りようびだう)(れうびだう)の
壇下(だんか)(だんカ)に廻竜殿【*廻立殿】(くわいりふてん)(くわいりうてん)をたてて、御湯(みゆ)をめす。同(おなじき)壇(だん)の
P05320
ならびに太政宮(だいじやうぐう)をつく(ッ)て、神膳(しんぜん)をそなふ。震
宴【*宸宴】(しんえん)あり【有り】、御遊(ぎよいう)(ぎよゆう)あり【有り】、大極殿(だいこくでん)にて大礼(たいれい)あり【有り】、清
暑堂(せいしよだう)にて御神楽(みかぐら)あり【有り】、豊楽院(ぶらくゐん)にて宴
会(えんくわい)あり【有り】。しかるを、この福原(ふくはら)の新都(しんと)には大
極殿(だいこくでん)もなければ、大礼(たいれい)おこなふべきところ【所】も
なし。清暑堂(せいしよだう)もなければ、御神楽(みかぐら)奏(そう)すべき
様(やう)もなし。豊楽院(ぶらくゐん)もなければ、宴会(えんくわい)[B も]おこ
なはれず。今年(ことし)はただ新嘗会(しんじやうゑ)・五節(ごせつ)
P05321
ばかりあるべきよし公卿僉議(くぎやうせんぎ)あ(ッ)て、なを(なほ)【猶】新
嘗(しんじやう)のまつりをば、旧都(きうと)の神祇官(じんぎくわん)にして
とげられけり。五節(ごせつ)はこれ清御原(きよみばら)のそのかみ、
吉野(よしの)の宮(みや)にして、月(つき)しろく【白く】嵐(あらし)はげしか
りし夜(よ)、御心(おんこころ)をすましつつ、琴(こと)をひき給(たま)ひ
しに、神女(しんぢよ)あまくだり、五(いつ)たび袖(そで)をひるがへす。
これぞ五節(ごせつ)のはじめなる。都帰(みやこがへり)S0513 今度(こんど)の都遷(みやこうつり)を
ば、君(きみ)も臣(しん)も御(おん)なげきあり【有り】。山(やま)・奈良(なら)をはじめ
P05322
て、諸寺諸社(しよじしよしや)にP379いたるまで、しか【然】るべからざる由(よし)
一同(いちどう)にう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうす)あひだ、さしもよこ紙(がみ)をや【破】らるる
太政入道(だいじやうにふだう)(だいじやうにうだう)も、「さらば都(みやこ)がへりあるべし」とて、京
中(きやうぢゆう)(きやうぢう)ひしめきあへり。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)二日(ふつかのひ)、にはかに
都(みやこ)がへりあり【有り】けり。新都(しんと)は北(きた)は山(やま)にそ【添】ひて
たかく、南(みなみ)は海(うみ)ちかくしてくだれり。浪(なみ)の
音(おと)(をと)つねはかまびすしく、塩風(しほかぜ)はげしき所(ところ)也(なり)。
されば、新院(しんゐん)いつとなく御悩(ごなう)のみしげ【滋】かりけれ
P05323
ば、いそぎ福原(ふくはら)をいでさせ給(たま)ふ。摂政殿(せつしやうどの)をはじ
めたてま(ッ)て、太政大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、われ
もわれもと供奉(ぐぶ)せらる。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)をはじめとし
て、平家(へいけの)一門(いちもん)の[B 公卿(くぎやう)]殿上人(てんじやうびと)、われさきにとぞの
ぼられける。誰(たれ)か心(こころ)う【憂】かりつる新都(しんと)に片時(かたとき)(かたトキ)も
のこるべき。去(さんぬる)六月(ろくぐわつ)より屋(や)共(ども)こぼちよせ、
資材(しざい)雑具(ざふぐ)(ざうぐ)はこ【運】びくだし、形(かた)のごとくとり
たて【取り立て】たりつるに、又(また)物(もの)ぐるはしう都(みやこ)がへり
P05324
あり【有り】ければ、なんの沙汰(さた)にも及(およ)(をよ)ばず、うちすて【捨て】打(うち)
すてのぼられけり。おのおのすみかもなくして、
やわた【八幡】・賀茂(かも)・嵯峨(さが)・うづまさ【太秦】・西山(にしやま)・東山(ひがしやま)(ひ(ン)がしやま)のかた
ほとりにつゐ(つい)【着い】て、御堂(みだう)の廻廊(くわいらう)、社(やしろ)の拝殿(はいでん)
な(ン)ど(など)にたちやど【立宿】(ッ)てぞ、しかる【然かる】べき人々(ひとびと)も在(まし)
ましける。今度(こんど)の都(みやこ)うつ【遷】りの本意(ほんい)をい
かにといふに、旧都(きうと)は南都(なんと)・北嶺(ほくれい)ちかくして、
いささかの事(こと)にも春日(かすが)の神木(しんぼく)、日吉(ひよし)の
P05325
神輿(しんよ)な(ン)ど(など)いひて、みだりがはし。福原(ふくはら)は山(やま)へだた
り【隔たり】江(え)かさな(ッ)て、程(ほど)もさすがとをけれ(とほけれ)【遠けれ】ば、さ様(やう)の
ことたやすからじとP380て、入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)のはからひ
いだされたりけるとかや。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、近
江源氏(あふみげんじ)のそむきしをせめ【攻め】むとて、大将軍(たいしやうぐん)
には左兵衛督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)(つがう)
其(その)勢(せい)二万余騎(にまんよき)で近江国(あふみのくに)へ発向(はつかう)して、山
本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦古里(にしごり)な(ン)ど(など)いふあぶれ源氏共(げんじども)、
P05326
一々(いちいち)にみなせめ【攻め】おとし、やがて美乃【*美濃】(みの)・尾張(をはり)(おはり)へ
こえ【越え】給(たま)ふ。奈良(なら)炎上(えんしやう)S0514 都(みやこ)には又(また)「高倉宮(たかくらのみや)園城寺(をんじやうじ)へ入御(じゆぎよの)
時(とき)、南都(なんと)の大衆(だいしゆ)同心(どうしん)して、あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】御(おん)むかへ
にまいる(まゐる)【参る】条(でう)、これも(ッ)て朝敵(てうてき)なり。されば南
都(なんと)をも三井寺(みゐでら)をもせめ【攻め】らるべし」といふ
程(ほど)こそあり【有り】けれ、奈良(なら)の大衆(だいしゆ)おびたた
しく蜂起(ほうき)す。摂政殿(せつしやうどの)より「存知(ぞんぢ)の旨(むね)あらば、
いくたびも奏聞(そうもん)にこそ及(およ)(をよ)ばめ」と仰下(おほせくだ)され
P05327
けれども、一切(いつせつ)もちゐ【用ゐ】たてまつら【奉ら】ず。右官(うくわん)の
別当(べつたう)忠成(ただなり)を御使(おんつかひ)にくだされたりければ、
「しやのり【乗】物(もの)よりと(ッ)てひきおと【引落】せ。もとどり【髻】きれ」
と騒動(さうどう)する間(あひだ)(あいだ)、忠成(ただなり)色(いろ)をうしな(ッ)【失つ】てにげ【逃げ】
のぼる。つぎに右衛門佐(うゑもんのすけ)親雅(ちかまさ)をくだ【下】さる。是(これ)
をも「もとどりきれ」と大衆(だいしゆ)ひしめきければ、と
る【取る】ものもとりあへずにげのぼる。其(その)時(とき)は勧学
院(くわんがくゐん)の雑色(ざつしき)二人(ににん)がP381もとどりきら【切ら】れにけり。又(また)南
P05328
都(なんと)には大(おほき)なる球丁(ぎつちやう)の玉(たま)をつく(ッ)て、これは平
相国(へいしやうこく)のかうべ【頭】となづけて、「うて【打て】、ふめ【踏め】」な(ン)ど(など)ぞ申(まうし)
ける。「詞(ことば)のもらし【漏らし】やすきは、わざはひ(わざわひ)【災】をまねく
媒(なかだち)なり。詞(ことば)のつつし【慎】まざるは、やぶ【敗】れをとる【取る】
道(みち)なり」といへり。この入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)と申(まう)すは、
かけまくもかたじけなく当今(たうぎん)の外祖(ぐわいそ)にて
おはします。それをかやうに申(まうし)ける南都(なんと)の大衆(だいしゆ)、
凡(およそ)(をよそ)は天魔(てんま)の所為(しよゐ)とぞ見(み)えたりける。入道(にふだう)(にうだう)相
P05329
国(しやうこく)かやうの事(こと)どもつた【伝】へきき給(たま)ひて、いかでかよし
とおもは【思は】るべき。かつがつ南都(なんと)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)をしづめん
とて、備中国(びつちゆうのくにの)(びつちうのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)瀬尾(せのをの)(せのおの)太郎(たらう)兼康(かねやす)、大和国(やまとのくに)の
検非所(けんびしよ)に補(ふ)せらる。兼康(かねやす)五百余騎(ごひやくよき)で南都(なんと)へ
発向(はつかう)す。「相構(あひかまへ)て、衆徒(しゆと)は狼籍【*狼藉】(らうぜき)をいたすとも、汝
等(なんぢら)はいたすべからず。物(もの)の具(ぐ)なせそ。弓箭(きゆうせん)(きうせん)な帯(たい)
しそ」とてむけられたりけるに、大衆(だいしゆ)かかる
内儀(ないぎ)をばしらず、兼康(かねやす)がよせい【余勢】六十(ろくじふ)余人(よにん)から
P05330
めと(ッ)て、一々(いちいち)にみな頸(くび)をき(ッ)て、猿沢(さるさは)の池(いけ)の
はたにぞかけなら【懸並】べたる。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)大(おほき)にいか(ッ)て、
「さらば南都(なんと)をせめ【攻め】よや」とて、大将軍(たいしやうぐん)には
頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうぢやう)重衡(しげひら)、副将軍(ふくしやうぐん)には中宮亮(ちゆうぐうのすけ)(ちうぐうのすけ)通
盛(みちもり)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)四万余騎(しまんよき)で、南都(なんと)へ発向(はつかう)
す。大衆(だいしゆ)も老少(らうせう)きらはず、七千(しちせん)余人(よにん)、甲(かぶと)の緒(を)(お)
をしめ、奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)二ケ所(にかしよ)、路(みち)をほり【掘り】
き(ッ)て、堀(ほり)ほり、かいだて【掻楯】かき、さかもぎ【逆茂木】ひいて待(まち)
P05331
かけたり。平家(へいけ)は四万余騎(しまんよき)を二手(ふたて)にわか(ッ)
て、奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)二ケ所(にかしよ)の城郭(じやうくわく)に
おしよせて、時(とき)をど(ッ)とつくる。大衆(だいしゆ)はみなかちP382
立(だち)うち【打】物(もの)也(なり)。官軍(くわんぐん)は馬(むま)にてか【駆】けまはしかけ
まはし、あそこここにお(ッ)かけ【追つ掛け】お(ッ)かけ【追つ掛け】、さしつめ【差し詰め】ひきつ
め【引き詰め】さんざん【散々】にゐ(い)【射】ければ、ふせく【防く】ところ【所】の大衆(だいしゆ)、かず
をつくゐ(つくい)【尽くい】てうた【討た】れにけり。卯剋(うのこく)に矢合(やあはせ)して、
一日(いちにち)たたかう(たたかふ)【戦ふ】ひくらす。夜(よ)に入(いり)て奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)
P05332
二ケ所(にかしよ)の城郭(じやうくわく)ともにやぶれぬ。お【落】ちゆく衆徒(しゆと)
のなかに、坂四郎永覚(さかのしらうやうかく)といふ悪僧(あくそう)あり【有り】。打物(うちもの)
も(ッ)【持つ】ても、弓矢(ゆみや)をと(ッ)ても、力(ちから)のつよさも、七大寺(しちだいじ)・
十五大寺(じふごだいじ)にすぐれたり。もえぎ威(をどし)(おどし)の腹巻(はらまき)
のうへに、黒糸威(くろいとをどし)(くろいとおどし)の鎧(よろひ)をかさねてぞき【着】たりける。
帽子甲(ぼうしかぶと)に五枚甲(ごまいかぶと)の緒(を)(お)をしめて、左右(さう)の
手(て)には、茅(ち)の葉(は)のやうにそ【反】(ッ)たる白柄(しらえ)の大長
刀(おほなぎなた)、黒漆(こくしつ)の大太刀(おほだち)もつままに、同宿(どうじゆく)十余人(じふよにん)、前
P05333
後(ぜんご)にた(ッ)て、てがい【碾磑】の門(もん)よりう(ッ)【打つ】ていでたり。これぞ
しばら【暫】くささへたる。おほくの官兵(くわんべい)、馬(むま)の足(あし)な【薙】が
れてうた【討た】れにけり。されども官軍(くわんぐん)は大勢(おほぜい)
にて、いれかへ【入れ替へ】いれかへ【入れ替へ】せめければ、永覚(やうかく)が前後(ぜんご)左右(さゆう)
にふせく【防く】所(ところ)の同宿(どうじゆく)みなうたれぬ。永覚(やうかく)
ただひとりたけ【猛】けれど、うしろ【後】あらはになり
ければ、南(みなみ)をさいておちぞゆく。夜(よ)いくさに
な(ッ)て、くらさ【暗さ】はくらし、大将軍(たいしやうぐん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)、般若寺(はんにやじ)
P05334
の門(もん)の前(まへ)にう(ッ)た【打立】(ッ)て、「火(ひ)をいだせ」との給(たま)ふほど
こそあり【有り】けれ、平家(へいけ)のせい【勢】のなかに、播摩国(はりまのくにの)
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)福井庄(ふくゐのしやうの)下司(げし)、二郎(じらう)大夫(たいふ)友方(ともかた)といふもの、
たて【楯】をわ【破】りたい松(まつ)にして、在家(ざいけ)に火(ひ)をぞ
かけたりける。十二月(じふにぐわつ)廿八日(にじふはちにち)の夜(よ)なりけ
れば、風(かぜ)ははげ【烈】しし、ほP383もと【火元】はひとつなりけれ共(ども)、
ふ【吹】きまよふ風(かぜ)に、おほくの伽藍(がらん)に吹(ふき)かけ
たり。恥(はぢ)をもおもひ【思ひ】、名(な)をもおしむ(をしむ)【惜しむ】程(ほど)のものは、
P05335
奈良坂(ならざか)にてうちじに【討死】し、般若寺(はんにやじ)にして
うた【討た】れにけり。行歩(ぎやうぶ)にかなへ【叶へ】る物(もの)は、吉野(よしの)十
津河(とつかは)の〔方(かた)へ〕落(おち)ゆく。あゆみもえぬ老僧(らうそう)や、
尋常(よのつね)なる修学者(しゆがくしや)児共(ちごども)、おんな(をんな)童部(わらんべ)は、
大仏殿(だいぶつでん)・やましな【山階】寺(でら)のうちへ、われさきにとぞ
にげ【逃げ】ゆきける。大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)の上(うへ)には千
余人(せんよにん)のぼりあがり、かたき【敵】のつづ【続】くをのぼせじ
と、橋(はし)をばひい【引い】て(ン)げり。猛火(みやうくわ)はまさしうおし
P05336
かけ【押し掛け】たり。おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】声(こゑ)、焦熱(せうねつ)・大焦熱(だいせうねつ)・無
間阿毘(むけんあび)のほのを(ほのほ)【炎】の底(そこ)の罪人(ざいにん)も、これにはすぎじ
とぞみえ【見え】し。興福寺(こうぶくじ)は淡海公(たんかいこう)の御願(ごぐわん)、藤氏(とうじ)
累代(るいだい)の寺(てら)也(なり)。東金堂(とうこんだう)におはします仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)
最初(さいしよ)の釈迦(しやか)の像(ざう)、西金堂(さいこんだう)にをはします(おはします)自然
涌出(じねんゆじゆつ)の勧世音(くわんぜおん)(くわんぜをん)、瑠璃(るり)をならべし四面(しめん)の廊(らう)、
朱丹(しゆたん)をまじへし二階(にかい)の楼(ろう)、九輪(くりん)そらにかかや【輝】き
し二基(にき)の塔(たふ)(たう)、たちまちに煙(けぶり)となるこそかなし
P05337
けれ。東大寺(とうだいじ)は、常在不滅(じやうざいふめつ)、実報寂光(じつぽうじやくくわう)の
生身(しやうじん)の御仏(おんほとけ)とおぼしめし【思召し】なぞらへて、聖武皇
帝(しやうむくわうてい)、手(て)づからみづからみが【磨】きたて給(たま)ひし金銅(こんどう)
十六(じふろく)丈(じやう)の廬遮那仏(るしやなぶつ)、烏瑟(うしつ)たかくあらはれて
半天(なかぞら)の雲(くも)にかくれ、白毫(びやくがう)新(あらた)におがま(をがま)れ給(たま)ひし
満月(まんげつ)の尊容(そんよう)も、御(み)くし【髪】はや【焼】けおちて大地(だいぢ)
にあり【有り】、御身(おんみ)はわきあひ【鎔合】て山(やま)の如(ごと)し。八万四千(はちまんしせん)
の相好(さうがう)は、秋(あき)の月(つき)はやく五重(ごぢゆう)(ごじう)の雲(くも)におぼ
P05338
れ、四十一地(しじふいちぢ)の瓔珞(やうらく)は、夜(よる)の星(ほし)むなP384しく十
悪(じふあく)の風(かぜ)にただよふ。煙(けぶり)は中天(ちゆうてん)(ちうてん)にみちみち、ほの
を(ほのほ)【炎】は虚空(こくう)にひまもなし。まのあたりに見(み)たてまつ
る【奉る】物(もの)、さらにまなこ【眼】をあてず。はるかにつたへきく
人(ひと)は、肝(きも)たましゐ(たましひ)【魂】をうしなへ【失へ】り。法相(ほつさう)・三輪(さんろん)の法
門(ほふもん)(ほうもん)聖教(しやうげう)、すべて一巻(いつくわん)のこらず。我(わが)朝(てう)はいふに及(およば)(をよば)ず、
天竺震旦(てんぢくしんだん)にも是(これ)程(ほど)の法滅(ほふめつ)(ほうめつ)あるべしともおぼえず。
うでん【優填】大王(だいわう)の紫磨金(しまごん)をみがき、毘須羯磨(びすかつま)が
P05339
赤栴檀(しやくせんだん)をきざ【刻】んじも、わづかに等身(とうじん)の御仏(おんほとけ)也(なり)。
况哉(いはんや)これは南閻浮提(なんゑんぶだい)のうちには唯一(ゆいいつ)無双(ぶさう)
の御仏(おんほとけ)、ながく朽損(きうそん)の期(ご)あるべしともおぼえざりし
に、いま毒縁(どくえん)の塵(ちり)にまじは(ッ)て、ひさしくかなしみ
をのこし給(たま)へり。梵尺四王(ぼんじやくしわう)、竜神(りゆうじん)(りうじん)八部(はちぶ)、冥官
冥衆(みやうくわんみやうしゆ)も驚(おどろ)(をどろ)きさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)ふらんとぞみえ【見え】し。法相
擁護(ほつさうおうご)の春日(かすが)の大明神(だいみやうじん)、いかなる事(こと)をかおぼし
けん。されば春日野(かすがの)の露(つゆ)も色(いろ)かはり、三笠
P05340
山(みかさやま)の嵐(あらし)の音(おと)(をと)うらむる【恨むる】さまにぞきこえける。
ほのを(ほのほ)【炎】のなかにてや【焼】けしぬる人(ひと)数(かず)をしる【記】い
たりければ、大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)の上(うへ)には一千七
百余人(いつせんしちひやくよにん)、山階寺(やましなでら)には八百(はつぴやく)余人(よにん)、或(ある)御堂(みだう)には
五百余人(ごひやくよにん)、或(ある)御堂(みだう)には三百(さんびやく)余人(よにん)、つぶさに
しるいたりければ、三千五百(さんぜんごひやく)(さんぜんごびやく)余人(よにん)なり。戦
場(せんぢやう)にしてうたるる大衆(だいしゆ)千余(せんよ)人(にん)、少々(せうせう)は
般若寺(はんにやじ)の門(もん)の前(まへ)にきりかけ、少々(せうせう)はもたせて
P05341
都(みやこ)へのぼり給(たま)ふ。廿九日(にじふくにち)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)、南都(なんと)ほろ
ぼして北京(ほくきやう)へ帰(かへ)りいら【入ら】る。入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)ばかり
ぞ、いきどほり【憤】は【晴】れてよろこばれける。中宮(ちゆうぐう)(ちうぐう)・一
院(いちゐん)・上皇(しやうくわう)・摂政殿(せつしやうどの)以下(いげ)の人々(ひとびと)は、P385「悪僧(あくそう)をこそ
ほろ【亡】ぼすとも、伽藍(がらん)を破滅(はめつ)すべしや」とぞ御
歎(おんなげき)あり【有り】ける。衆徒(しゆと)の頸共(くびども)、もとは大路(おほち)をわたし
て獄門(ごくもん)の木(き)に懸(かけ)らるべしときこえしかども、
東大寺(とうだいじ)・興福寺(こうぶくじ)のほろびぬるあさまし
P05342
さに、沙汰(さた)にも及(およば)(をよば)ず。あそこここの溝(みぞ)や堀(ほり)にぞす
て【捨て】をき(おき)ける。聖武皇帝(しやうむくわうてい)震筆【*宸筆】(しんぴつ)の御記文(おんきもん)に
は、「我(わが)寺(てら)興福(こうぶく)せば、天下(てんが)も興福(こうぶく)し、吾(わが)寺(てら)衰
微(すいび)せば、天下(てんが)も衰微(すいび)すべし」とあそばさ【遊ばさ】れたり。され
ば天下(てんが)の衰微(すいび)せん事(こと)も疑(うたがひ)なしとぞ見(み)えたり
ける。あさましかりつる年(とし)もくれ、治承(ぢしよう)(ぢせう)も五年(ごねん)に成(なり)にけり。
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第五(だいご)P386



入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一

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