平家物語(龍谷大学本)巻第七

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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。


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(表紙)
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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第七(だいしち)
清水冠者(しみづのくわんじや)S0701寿永(じゆえい)(じゆゑい)二年(にねん)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)と木曾(きその)冠者(くわんじや)義仲(よしなか)
不快(ふくわい)の事(こと)ありけり[* 「ける」と有るのを高野本により訂正]。兵衛佐(ひやうゑのすけ)木曾(きそ)追討(ついたう)のために、
其(その)勢(せい)十万余騎(じふまんよき)で信濃国(しなののくに)へ発向(はつかう)す。木曾(きそ)は
依田(よだ)の城(じやう)にありけるが、是(これ)をきいて依田(よだ)の城(じやう)を
出(いで)て、信濃(しなの)と越後(ゑちご)の境(さかひ)、熊坂山(くまさかやま)に陣(ぢん)をとる。兵衛
佐(ひやうゑのすけ)は同(おなじ)き国(くに)善光寺(ぜんくわうじ)に着(つき)給(たま)ふ。木曾(きそ)乳母
子(めのとご)の今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)を使者(ししや)で、兵衛佐(ひやうゑのすけ)の許(もと)へ
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つかはす。「いかなる子細(しさい)のあれば、義仲(よしなか)うた【討た】んとはの
給(たま)ふなるぞ。御辺(ごへん)は東八ケ国(とうはつかこく)をうちしたがへて、東海
道(とうかいだう)より攻(せめ)のぼり、平家(へいけ)を追(おひ)おとさ【落さ】んとし給(たま)ふなり[* 「なる」と有るのを高野本により訂正]。
義仲(よしなか)も東山(とうせん)・北陸(ほくろく)両道(りやうだう)をしたがへて、今(いま)一日(いちにち)もさき
に、平家(へいけ)を攻(せめ)おとさ【落さ】んとする事(こと)でこそあれ。なんの
ゆへ(ゆゑ)【故】に御辺(ごへん)と義仲(よしなか)と中(なか)をたがふ(たがう)【違う】て、平家(へいけ)にわら
は【笑は】れんとは思(おも)ふべき。但(ただし)十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)こそ御辺(ごへん)
をうらむる【恨むる】事(こと)ありとて、義仲(よしなか)が許(もと)へおはし
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たるを、義仲(よしなか)さへすげなうもてなし申(まう)さん事(こと)、い
かんぞや候(さうら)へば、うちP2062つれ申(まうし)たり。ま(ッ)たく義仲(よしなか)にをい
て(おいて)は、御辺(ごへん)に意趣(いしゆ)おもひ【思ひ】奉(たてまつ)らず」といひつかはす。兵衛
佐(ひやうゑのすけ)の返事(へんじ)には、「今(いま)こそさ様(やう)にはの給(たま)へども、慥(たしか)に頼朝(よりとも)
討(うつ)べきよし、謀反(むほん)のくはたて【企て】ありと申(まうす)者(もの)あり。それ
にはよるべからず」とて、土肥(とひ)(とい)・梶原(かぢはら)をさきとして、
既(すで)に討手(うつて)をさしむけらるる由(よし)聞(きこ)えしかば、木
曾(きそ)真実(しんじつ)意趣(いしゆ)なきよしをあらはさんがために、
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嫡子(ちやくし)清水(しみづ)の冠者(くわんじや)義重(よししげ)とて、生年(しやうねん)十一(じふいつ)歳(さい)になる
小冠者(こくわんじや)に、海野(うんの)・望月(もちづき)・諏方【*諏訪】(すは)・藤沢(ふぢさは)な(ン)ど(など)いふ、聞(きこ)ゆる
兵共(つはものども)をつけて、兵衛佐(ひやうゑのすけ)の許(もと)へつかはす。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「此(この)上(うへ)は
まこと【誠】に[* 「ままとて」と有るのを高野本により訂正]意趣(いしゆ)なかりけり。頼朝(よりとも)いまだ成人(せいじん)の子(こ)を
もたず。よしよし、さらば子(こ)にし申(まう)さん」とて、清水冠
者(しみづのくわんじや)を相具(あひぐ)して、鎌倉(かまくら)へこそ帰(かへ)られけれ。北国下向(ほつこくげかう)S0702 さる程(ほど)に、
木曾(きそ)、東山(とうせん)・北陸(ほくろく)両道(りやうだう)をしたがへて、五万余騎(ごまんよき)の勢(せい)に
て、既(すで)に京(きやう)へせめ【攻め】のぼるよし聞(きこ)えしかば、平家(へいけ)はこぞ【去年】
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よりして、「明年(みやうねん)は馬(むま)の草(くさ)がひ【草飼】について、いくさ【軍】あるべし」
と披露(ひろう)せられたりければ、山陰(さんおん)(さんをん)・山陽(せんやう)・南海(なんかい)・西海(さいかい)
の兵共(つはものども)、雲霞(うんか)のごとくに馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。東山道(とうせんだう)は近江(あふみ)・美
濃(みの)・飛騨(ひだ)の兵共(つはものども)はまいり(まゐり)【参り】P2063たれ共(ども)、東海道(とうかいだう)は遠江(とほたふみ)(とをたうみ)より
東(ひがし)はまいら(まゐら)【参ら】ず、西(にし)は皆(みな)まいり(まゐり)【参り】たり。北陸道(ほくろくだう)は若狭(わかさ)より
北(きた)の兵共(つはものども)一人(いちにん)もまいら(まゐら)【参ら】ず。まづ木曾(きその)冠者(くわんじや)義仲(よしなか)
を追討(ついたう)(つゐたう)して、其(その)後(のち)兵衛佐(ひやうゑのすけ)を討(うた)んとて、北陸道(ほくろくだう)
へ討手(うつて)をつかはす。大将軍(たいしやうぐん)には小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛(これもり)・
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越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)・但馬守(たじまのかみ)経正(つねまさ)・薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・三河守(みかはのかみ)
知教【*知度】(とものり)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)、侍大将(さぶらひだいしやう)には越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)・上
総(かづさの)大夫(たいふの)(たゆふの)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)・飛騨(ひだの)大夫(たいふの)(たゆふの)判官(はんぐわん)景高(かげたか)・高橋(たかはしの)
判官(はんぐわん)長綱(ながつな)・河内(かはちの)判官(はんぐわん)秀国(ひでくに)・武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有
国(ありくに)・越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛嗣(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)
七兵衛(しつびやうゑ)景清(かげきよ)を先(さき)として、以上(いじやう)大将軍(たいしやうぐん)六人(ろくにん)、しかる
べき侍(さぶらひ)三百四十(さんびやくしじふ)余人(よにん)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)十万余騎(じふまんよき)、寿永(じゆえい)(じゆゑい)
二年(にねん)四月(しぐわつ)十七日(じふしちにち)辰(たつの)一点(いつてん)に[* 「に」虫食い、高野本により補う]都(みやこ)を立(たち)て、北国(ほつこく)へこそおも
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むき【赴き】けれ。かた道(みち)を給(たま)は(ッ)て(ン)げれば、逢坂(あふさか)の関(せき)より
はじめて、路子(ろし)にも(ッ)てあふ権門(けんもん)勢家(せいか)の正税(しやうぜい)、官
物(くわんもつ)をもおそれ【恐れ】ず、一々(いちいち)にみなうばひとり、志賀(しが)・辛崎(からさき)・
三[B ツ]河尻[* 「九」と有るのを高野本により訂正](みつかはじり)・真野(まの)・高島(たかしま)・塩津(しほつ)・貝津(かひづ)(かいづ)の道(みち)のほとりを
次第(しだい)に追補【*追捕】(ついふく)してとおり(とほり)【通り】ければ、人民(にんみん)こらへずして、
山野(さんや)にみな逃散(でうさん)す。竹生島詣(ちくぶしままふで)S0703P2064大将軍(たいしやうぐん)維盛(これもり)・通盛(みちもり)はすすみ
給(たま)へ共(ども)、副将軍(ふくしやうぐん)経正(つねまさ)・知教【*知度】(とものり)・清房(きよふさ)な(ン)ど(など)は、いまだ近江
国(あふみのくに)塩津(しほつ)・貝津(かひづ)(かいづ)にひかへたり[* 「り」虫食い、高野本により補う]。其(その)なかにも、経正(つねまさ)は詩歌(しいか)
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管絃(くわんげん)(くわ(ン)げん)に長(ちやう)じ給(たま)へる人(ひと)なれば[* 「れは」虫食い、高野本により補う]、かかるみだれのなかに
も心(こころ)をすまし、湖(みづうみ)のはた【端】に打出(うちいで)て、遥(はるか)に奥(おき)なる
島(しま)をみわたし、供(とも)に具(ぐ)せられたる藤兵衛(とうびやうゑ)有教(ありのり)を
めして、「あれをばいづくといふぞ」ととは【問は】れければ、
「あれこそ聞(きこ)え候(さうらふ)竹生島(ちくぶしま)にて候(さうら)へ」と申(まうす)。「げにさる事(こと)
あり。いざやまいら(まゐら)【参ら】ん」とて、藤兵衛(とうびやうゑ)有教(ありのり)、安衛門(あんゑもん)守
教(もりのり)以下(いげ)、侍(さぶらひ)五六人(ごろくにん)めし具(ぐ)して、小船(こぶね)にのり、竹生島(ちくぶしま)へ
ぞわたられける。比(ころ)は卯月(うづき)中(なか)の八日(やうか)の事(こと)なれば、
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緑(みどり)にみゆる梢(こずゑ)には春(はる)のなさけをのこすかとおぼえ、澗
谷(かんこく)の鴬舌(あうぜつ)(わうぜつ)声(こゑ)老(おい)(おひ)て、初音(はつね)ゆかしき郭公(ほととぎす)、おりしり
がほ(をりしりがほ)【折知顔】につげわたる。まことにおもしろかりければ、いそ
ぎ船(ふね)よりおり、岸(きし)にあが(ッ)て、此(この)島(しま)の景気(けいき)を見(み)給(たま)
ふに、心(こころ)も詞(ことば)もをよば(およば)【及ば】れず。彼(かの)秦皇(しんくわう)、漢武(かんぶ)(かんぷ)、或(あるいは)(あるひは)
童男(どうなん)丱女(くわぢよ)をつかはし、或(あるいは)(あるひは)方士(はうじ)をして不死(ふし)の薬(くすり)
を尋(たづね)給(たま)ひしに、「蓬莱(ほうらい)をみずは、いなや帰(かへ)らじ」と
い(ッ)て、徒(いたづら)に船(ふね)のうちにて老(おい)、天水(てんすい)茫々(ばうばう)として
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求(もとむる)事(こと)をえざりけん蓬莱洞(ほうらいどう)の有様(ありさま)も、かくや
ありけんとぞみえ【見え】し。或(ある)経(きやう)の中(なか)に、「閻浮提(えんぶだい)の
うちに湖(みづうみ)あり、其(その)なかに金輪際(こんりんざい)よりおひ出(いで)たる
水精輪(すいしやうりん)の山(やま)あり。天女(てんによ)すむ所(ところ)」といへり。則(すなはち)此(この)島(しま)の
事(こと)也(なり)。経正(つねまさ)明神(みやうじん)の御(おん)まへについゐ給(たま)ひつつ、「夫(それ)
大弁功徳天(だいべんくどくてん)は往古(わうご)の如来(によらい)、法身(ほつしん)の大P2065士(だいじ)也(なり)。弁才(べんざい)妙
音[M 「妙童」とあり「童」をミセケチ「音」と傍書](めうおん)(めうをん)二天(にてん)の名(な)は各別(かくべつ)なりといへ共(ども)、本地(ほんぢ)一体(いつたい)に
して衆生(しゆじやう)を済度(さいど)し給(たま)ふ。一度(いちど)参詣(さんけい)の輩(ともがら)は、
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所願(しよぐわん)成就(じやうじゆ)円満(ゑんまん)すと承(うけたま)はる。たのもしう【頼もしう】こそ候(さうら)へ」とて、
しばらく法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふに、やうやう日(ひ)暮(くれ)、ゐ【居】待(まち)の
月(つき)さし出(いで)て、海上(かいしやう)も照(てり)わたり、社壇(しやだん)も弥(いよいよ)かかや【輝】き
て、まこと【誠】におもしろかりければ、常住(じやうぢゆう)(じやうぢう)の僧共(そうども)「き
こゆる御事(おんこと)也(なり)」とて、御琵琶(おんびは)(おんびわ)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
経正(つねまさ)是(これ)をひき給(たま)ふに、上玄(しやうげん)石上(せきしやう)の秘曲(ひきよく)には、
宮(みや)のうちもすみわたり、明神(みやうじん)感応(かんおう)にたへ【堪へ】ずして、
経正(つねまさ)の袖(そで)のうへに白竜(びやくりゆう)(びやくりう)現(げん)じてみえ【見え】給(たま)へり。
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忝(かたじけな)くうれしさのあまりに、なくなく【泣く泣く】かうぞ思(おも)ひつづけ給(たま)ふ。
千(ち)はやふる神(かみ)にいのりのかなへ【適へ】ばや
しるくも色(いろ)のあらはれにける W049
されば怨敵(をんでき)を目前(めのまへ)にたひらげ、凶徒(きようど)(けうど)を只今(ただいま)せめ【攻め】
おとさ【落さ】ん事(こと)の、疑(うたがひ)なしと悦(よろこん)で、又(また)船(ふね)にとりの(ッ)【乗つ】て、
竹生島(ちくぶしま)をぞ出(いで)られける。火打合戦(ひうちがつせん)S0704木曾義仲(きそよしなか)身(み)がらは
信濃(しなの)にありながら、越前国(ゑちぜんのくに)火打(ひうち)が城(じやう)をぞかまへ
ける。彼(かの)城郭(じやうくわく)(じやうくはく)にこもる勢(せい)、平泉寺(へいせんじの)長吏(ちやうり)斎明(さいめい)
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威儀師(ゐぎし)・稲津(いなづの)新介(しんすけ)・斎藤太(さいとうだ)・林(はやしの)六郎(ろくらう)光P2066明(みつあきら)・富樫(とがし)
入道(にふだう)(にうだう)仏誓(ぶつせい)・土田(つちだ)・武部(たけべ)・宮崎(みやざき)・石黒(いしぐろ)・入善(にふぜん)(にうぜん)・佐美(さみ)を初(はじめ)
として、六千余騎(ろくせんよき)こそこもりけれ。もとより究竟(くつきやう)
の城郭(じやうくわく)也(なり)。盤石(ばんじやく)峙[* 「岐」と有るのを高野本により訂正](そばだ)ちめぐ(ッ)て四方(しはう)に峯(みね)をつらねた
り。山(やま)をうしろにし、山(やま)をまへにあつ。城郭(じやうくわく)の前(まへ)には
能美河(のうみがは)・新道河(しんだうがは)とて流(ながれ)たり。二(ふたつ)の河(かは)の落(おち)あひに
おほ【大】木(ぎ)をき(ッ)てさかもぎ【逆茂木】にひき【引き】、しがらみををび
たたしう(おびたたしう)【夥しう】かきあげたれば、東西(とうざい)の山(やま)の根(ね)に水(みづ)
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さしこうで、水海(みづうみ)にむかへるが如(ごと)し。影(かげ)南山(なんざん)を浸(ひた)して
青(あをく)して晃漾[* 「日光漾」と有るのを高野本により訂正](くわうやう)たり。浪(なみ)西日(せいじつ)をしづめて紅(くれなゐ)にして隠
淪(いんりん)(ゐんりん)たり。彼(かの)無熱池(むねつち)の底(そこ)には金銀(こんごん)〔の砂(いさご)〕をしき、昆明池[* 「混明池」と有るのを他本により訂正](こんめいち)の
渚(なぎさ)にはとくせい【徳政】の船(ふね)を浮(うか)べたり。此(この)火打(ひうち)が城(じやう)のつき【築】
池(いけ)には、堤(つつみ)をつき、水(みづ)をにごして、人(ひと)の心(こころ)をたぶら
かす。船(ふね)なくして輙(たやす)うわたすべき様(やう)なかりければ、
平家(へいけ)の大勢(おほぜい)むかへの山(やま)に宿(しゆく)して、徒(いたづら)に日数(ひかず)をを
くる(おくる)【送る】。城(じやう)の内(うち)にありける平泉寺(へいせんじ)の長吏(ちやうり)斎明(さいめい)威
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儀師(ゐぎし)、平家(へいけ)に志(こころざし)ふかかり【深かり】ければ、山(やま)の根(ね)をまは(ッ)て、消
息(せうそく)をかき【書き】、ひき目(め)のなかに入(いれ)て、忍(しのび)やかに平家(へいけ)の
陣(ぢん)へぞ射(い)(ゐ)入(いれ)たる。「彼(かの)水(みづ)うみは往古(わうご)の淵(ふち)にあらず。
一旦(いつたん)山河(やまがは)をせきあげて候(さうらふ)。夜(よ)に入(いり)足(あし)がろ【足軽】共(ども)を
つかはして、しがらみをきりおとさ【落さ】せ給(たま)へ。水(みづ)は程(ほど)な
くおつべし。馬(むま)の足(あし)きき【利き】よい所(ところ)で候(さうら)へば、いそぎわ
たさせ給(たま)へ。うしろ矢(や)は射(い)(ゐ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん。是(これ)は平泉
寺(へいせんじ)の長吏(ちやうり)斎明(さいめい)威儀師(ゐぎし)が申状(まうしじやう)(まうしでう)」とぞかひ(かい)【書い】たりける。
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大将軍(たいしやうぐん)大(おほき)に悦(よろこび)、やがP2067て足(あし)がる【足軽】共(ども)をつかはして柵[*木+冊](しがらみ)をきり
おとす【落す】。飫(おびたたし)うみえ【見え】つれ共(ども)、げにも山川(やまがは)なれば水(みづ)は程(ほど)
なく落(おち)にけり。平家(へいけ)の大勢(おほぜい)、しばしの遅々(ちち)にも
及(およ)(をよ)ばず、ざ(ッ)とわたす。城(じやう)の内(うち)の兵共(つはものども)、し(ン)ばし(しばし)ささへてふ
せき【防き】けれ共(ども)、敵(てき)は大勢(おほぜい)也(なり)、み方(かた)は無勢(ぶせい)也(なり)ければ、
かなう(かなふ)【叶ふ】べしともみえ【見え】ざりけり。平泉寺(へいせんじの)長吏(ちやうり)斎
明(さいめい)威儀師(ゐぎし)、平家(へいけ)について忠(ちゆう)(ちう)をいたす。稲津(いなづの)新介(しんすけ)・
斎藤太(さいとうだ)・林(はやしの)六郎(ろくらう)光明(みつあきら)・富樫(とがし)入道(にふだう)(にうだう)仏誓(ぶつせい)、ここをば落(おち)
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て、猶(なほ)(なを)平家(へいけ)をそむき、加賀国(かがのくに)へ引退(ひきしりぞ)き、白山(しらやま)・河内(かはち)
にひ(ッ)【引つ】こもる。平家(へいけ)やがて加賀(かが)に打越(うちこえ)て、林(はやし)・富樫(とがし)が
城郭(じやうくわく)二ケ所(にかしよ)焼(やき)はらふ。なに面(おもて)をむかふ【向ふ】べしとも見(み)え
ざりけり。ちかき【近き】宿々(しゆくじゆく)より飛脚(ひきやく)をたてて、此(この)由(よし)都(みやこ)へ
申(まうし)たりければ、大臣殿(おほいとの)以下(いげ)残(のこ)りとどまり給(たま)ふ一門(いちもん)
の人々(ひとびと)いさみ悦(よろこぶ)事(こと)なのめならず。同(おなじき)五月(ごぐわつ)八日(やうか)、加賀
国(かがのくに)しの原(はら)【篠原】にて勢(せい)ぞろへあり。軍兵(ぐんびやう)十万余騎(じふまんよき)
を二手(ふたて)にわか(ッ)て、大手(おほて)搦手(からめで)へむかはれけり。大手(おほて)の大
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将軍(たいしやうぐん)は小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛(これもり)・越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)、侍大
将(さぶらひだいしやう)には越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)をはじめとして、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)
七万余騎(しちまんよき)、加賀(かが)と越中(ゑつちゆう)(ゑつちう)の境(さかひ)なる砥浪山(となみやま)へぞむ
かはれける。搦手(からめで)の大将軍(たいしやうぐん)は薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・参河
守(みかはのかみ)知教【*知度】(とものり)、侍大将(さぶらひだいしやう)には武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)を先(さき)として、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三万余騎(さんまんよき)、能登(のと)越中(ゑつちゆう)(ゑつちう)の境(さかひ)なるしほ【志保】
の山(やま)へぞかかられける。木曾(きそ)は越後(ゑちご)の国府(こふ)にあり
けるが、是(これ)をきいて五万余騎(ごまんよき)で馳向(はせむか)ふ。わがいくさ【軍】の
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吉例(きちれい)なればとて七手(ななて)に作(つく)る。まづ伯父(をぢ)(おぢ)の十P2068郎(じふらう)蔵人(くらんど)
行家(ゆきいへ)、一万騎(いちまんぎ)でしほの手(て)へぞ向(むかひ)ける。仁科(にしな)・高梨(たかなし)・
山田(やまだの)次郎(じらう)、七千余騎(しちせんよき)で北黒坂(きたぐろさか)へ搦手(からめで)にさしつか
はす。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)・落合(おちあひの)五郎(ごらう)兼行(かねゆき)、七千余騎(しちせんよき)で南
黒坂(みなみぐろさか)へつかはしけり。一万余騎(いちまんよき)をば砥浪山(となみやま)の口(くち)、黒
坂(くろさか)のすそ、松長(まつなが)の柳原(やなぎはら)、ぐみの木林(きばやし)(き(ン)ばやし)にひきかくす【隠す】。
今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)六千余騎(ろくせんよき)で鷲(わし)の瀬(せ)を打(うち)わたし、
ひの宮林(みやばやし)【日埜宮林】に陣(ぢん)をとる。木曾(きそ)我(わが)身(み)は一万余騎(いちまんよき)でお
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やべ【小矢部】のわたりをして、砥浪山(となみやま)の[B 北(きた)の]はづれはにう(はにふ)【羽丹生】に陣(ぢん)
をぞと(ッ)たりける。願書(ぐわんじよ)S0705 木曾(きそ)の給(たま)ひけるは、「平家(へいけ)は定(さだめ)て
大勢(おほぜい)なれば、砥浪山(となみやま)打越(うちこ)え、ひろみへ出(いで)て、かけあひ
のいくさ【軍】にてぞあらんずらん。但(ただし)かけあひのいくさ【軍】は
勢(せい)の多少(たせう)による事(こと)也(なり)。大勢(おほぜい)かさにかけてはあし
かりなん。まづ旗(はた)さしを先(さき)だてて白旗(しらはた)をさし
あげたらば、平家(へいけ)是(これ)を見(み)て、「あはや源氏(げんじ)の先
陣(せんぢん)はむかふ(むかう)【向う】たるは。定(さだめ)て大勢(おほぜい)にてぞあるらむ。左右(さう)
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なう広(ひろ)みへうち出(いで)て、敵(てき)は案内者(あんないしや)、我等(われら)は無案内(ぶあんない)也(なり)、
とりこめられては叶(かなふ)まじ。此(この)山(やま)は四方(しはう)巌石(がんぜき)であんなれば、
搦手(からめで)よもまはらじ。しばしおりゐて馬(むま)休(やすめ)ん」とて、山
中(さんちゆう)(さんちう)にぞおりゐんずらん。其(その)時(とき)義仲(よしなか)しばしあひしらふ
やP2069うにもてなして、日をまち【待ち】くらし、平家(へいけ)の大勢(おほぜい)
をくりから【倶利伽羅】が谷(たに)へ追(おひ)おとさ【落さ】うど思(おも)ふなり」とて、まづ
白旗(しらはた)三十(さんじふ)ながれ先(さき)だてて、黒坂(くろさか)のうへにぞう(ッ)
たて【打つ立て】たる。案(あん)のごとく、平家(へいけ)是(これ)をみて、「あはや、源氏(げんじ)
P07024
の先陣(せんぢん)はむかふ(むかう)【向う】たるは。定(さだめ)て大勢(おほぜい)なるらん。左右(さう)なう広(ひろ)
みへ打出(うちいで)なば、敵(てき)は案内者(あんないしや)、我等(われら)は無案内(ぶあんない)也(なり)、とりこめられ
てはあしかりなん。此(この)山(やま)は四方(しはう)巌石(がんぜき)であん也(なり)。搦手(からめで)よも
まはらじ。馬(むま)の草(くさ)がい(くさがひ)【草飼】水便(すいびん)共(とも)によげなり。しばしおり
ゐて馬(むま)やすめん」とて、砥浪山(となみやま)の山中(やまなか)、猿(さる)の馬場(ばば)と
いふ所(ところ)にぞ[M 「て」とあり消して「そ」と傍書]おりゐたる。木曾(きそ)は羽丹生(はにふ)に陣(ぢん)と(ッ)て、四
方(しはう)をき(ッ)とみまはせば、夏山(なつやま)の嶺(みね)のみどりの木(こ)の間(ま)
より、あけ【朱】の玉墻(たまがき)ほの見(み)えて、かたそぎ【片削】作(づく)りの社(やしろ)あり。
P07025
前(まへ)に鳥居(とりゐ)ぞた(ッ)たりける。木曾殿(きそどの)国(くに)の案内者(あんないしや)をめし
て、「あれはいづれの宮(みや)と申(まうす)ぞ。いかなる神(かみ)を崇(あがめ)奉(たてまつ)るぞ」。
「八幡(やはた)でましまし候(さうらふ)。やがて此(この)所(ところ)は八幡(やはた)の御領(ごりやう)で候(さうらふ)」と申(まうす)。
木曾(きそ)大(おほき)に悦(よろこび)て、手書(てかき)に具(ぐ)せられたる大夫房(たいふばう)覚明(かくめい)
をめして、「義仲(よしなか)こそ幸(さいはひ)に新(いま)やはた【八幡】の御宝殿(ごほうでん)に近付(ちかづき)
奉(たてまつり)て、合戦(かつせん)をとげんとすれ。いかさまにも今度(こんど)の
いくさ【軍】には相違(さうい)なく勝(かち)ぬとおぼゆるぞ。さらんにと(ッ)て
は、且(かつ)(かつ(ウ))は後代(こうたい)のため、且(かつ)(かつ(ウ))は当時(たうじ)の祈祷(きたう)にも、願書(ぐわんじよ)を一筆(ひとふで)
P07026
かいてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやと思(おも)ふはいかに」。覚明(かくめい)「尤(もつと)もしかるべう候(さうらふ)」
とて、馬(むま)よりおりてかかんとす。覚明(かくめい)が体(てい)たらく、かち【褐】の
直垂(ひたたれ)に黒革威(くろかはをどし)(くろかはおどし)の鎧(よろひ)きて、黒漆(こくしつ)の太刀(たち)をはき、
廿四(にじふし)さいたるくP2070ろぼろの矢(や)おい(おひ)、ぬりごめ藤(どう)の弓(ゆみ)、脇(わき)に
はさみ、甲(かぶと)をばぬぎ、たかひもにかけ、えびらより小
硯(こすずり)たたう【畳】紙(がみ)とり出(いだ)し、木曾殿(きそどの)の御前(おんまへ)に畏(かしこまつ)て願書(ぐわんじよ)
をかく。あ(ッ)ぱれ文武(ぶんぷ)二道(じだう)の達者(たつしや)かなとぞみえ【見え】たり
ける。此(この)覚明(かくめい)はもと儒家[* 「出家」と有るのを他本により訂正](じゆけ)の者(もの)也(なり)。蔵人(くらんど)道広(みちひろ)とて、勧学院(くわんがくゐん)
P07027
にありけるが、出家(しゆつけ)して最乗房(さいじようばう)(さいぜうばう)信救(しんぎう)とぞ名(な)のり
ける。つねは南都(なんと)へも通(かよ)ひけり。高倉宮(たかくらのみや)の園城
寺(をんじやうじ)にいら【入ら】せ給(たま)ひし時(とき)、牒状(てふじやう)(てうでう)を山(やま)・奈良(なら)へつかはしたり
けるに、南都(なんと)の大衆(だいしゆ)返牒(へんでふ)(へんでう)をば此(この)信救(しんぎう)にぞかかせたり
ける。「清盛(きよもり)は平氏(へいじ)の糟糠(さうかう)、武家(ぶけ)の塵芥(ちんがい)」とかい
たりしを、太政(だいじやう)入道(にふだう)(にうだう)大(おほき)にいか(ッ)て、「其(その)信救法師(しんぎうほつし)めが、
浄海(じやうかい)を平氏(へいじ)のぬかかす、武家(ぶけ)のちりあくたと
かくべき様(やう)はいかに。其(その)法師(ほつし)めからめと(ッ)て死罪(しざい)
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におこなへ」との給(たま)ふ間(あひだ)(あいだ)、南都(なんと)をば逃(にげ)て、北国(ほつこく)へ落下(おちくだり)、
木曾殿(きそどの)の手書(てかき)して、大夫房(たいふばう)覚明(かくめい)とぞ名(な)のり
ける。其(その)願書(ぐわんじよ)に云(いはく)、帰命頂礼(きみやうちやうらい)、八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)は
日域(じちいき)朝廷(てうてい)の本主(ほんじゆ)、累世明君(るいせいめいくん)の曩祖(なうそ)(のうそ)也(なり)。宝祚(ほうそ)
を守(まも)らんがため、蒼生(さうせい)を利(り)せんがために、三身(さんじん)の金容(きんよう)
をあらはし、三所(さんじよ)の権扉(けんぴ)をおしひらき給(たま)へり。爰(ここ)に
頃[B ノ](しきんの)年(とし)よりこのかた、平相国(へいしやうこく)といふ者(もの)あり。四海(しかい)を
管領(くわんりやう)して万民(ばんみん)を悩乱(なうらん)せしむ。是(これ)既(すでに)仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)の
P07029
怨(あた)、王法(わうぼふ)(わうぼう)の敵(てき)也(なり)。義仲(よしなか)いやしくも弓馬(きゆうば)(きうば)の家(いへ)に生(むまれ)
て、纔(わづか)に箕裘(ききう)の塵(ちり)をつぐ【継ぐ】。彼(かの)暴悪(ぼうあく)を案(あん)ずる
に、思慮(しりよ)を顧(かへりみる)(カエリミル)にあたはP2071ず。運(うん)天道(てんたう)にまかせて、身(み)
を国家(こつか)になぐ。試(こころみ)に義兵(ぎへい)をおこして、凶器(きようき)(けうき)を退(しりぞけ)ん
とす。しかるを闘戦(たうせん)両家(りやうけ)の陣(ぢん)をあはすといへ共(ども)、
士卒(しそつ)いまだ一致(いつち)の勇(いさみ)をえざる間(あひだ)(あいだ)、区(まちまち)の心(こころ)おそ
れ【恐れ】たる処(ところ)に、今(いま)一陣(いちぢん)旗(はた)をあぐる戦場(せんぢやう)にして、忽(たちまち)
に三所(さんじよ)和光(わくわう)の社壇(しやだん)を拝(はい)す。機感(きかん)の純熟(じゆんじゆく)明(あきら)
P07030
かなり。凶徒(きようど)(けうど)誅戮(ちゆうりく)(ちうりく)疑(うたがひ)なし。歓喜(くわんぎ)涙(なんだ)こぼれて、渇仰[* 「湯仰」と有るのを高野本により訂正](かつがう)
肝(きも)にそむ。就中(なかんづく)、曾祖父(ぞうそぶ)前(さきの)陸奥守(むつのかみ)義家(ぎかの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)、
身(み)を宗廟(そうべう)の氏族(しぞく)に帰附(きふ)して、名(な)を八幡太郎(はちまんたらう)
と号(かう)せしよりこのかた、門葉(もんえふ)(もんよう)たる者(もの)帰敬(ききやう)せず
といふ事(こと)なし。義仲(よしなか)其(その)後胤(こういん)(こうゐん)として首(かうべ)を傾(かたぶけ)
て年(とし)久(ひさ)し。今(いま)此(この)大功(たいこう)を発(おこ)す事(こと)、たとへば嬰
児(えいじ)(ゑいじ)の貝(かい)をも(ッ)て巨海(きよかい)を量(はか)り、蟷螂(たうらう)の斧(をの)をい
からかして隆車(りゆうしや)(りうしや)に向(むかふ)が如(ごと)し。然(しか)れども国(くに)のため、
P07031
君(きみ)のためにしてこれを発(おこ)(をこ)す。家(いへ)のため、身(み)のために
してこれををこさ(おこさ)【起こさ】ず。心(こころ)ざしの至(いたり)、神感(しんかん)そらに
あり。憑(たのもしき)哉(かな)、悦(よろこばしき)哉(かな)。伏(ふして)願(ねがは)くは、冥顕(みやうけん)威(ゐ)をくはへ、霊神(れいしん)
力(ちから)をあはせて、勝(かつ)事(こと)を一時(いつし)に決(けつ)し、怨(あた)を四方(しはう)に
退(しりぞけ)給(たま)へ。然(しかれば)則(すなはち)、丹祈(たんき)冥慮(みやうりよ)にかなひ【叶ひ】、見鑒(けんかん)加護(かご)
をなすべく(ン)ば、先(まづ)一(ひとつ)の瑞相(ずいざう)を見(み)せしめ給(たま)へ。寿
永(じゆえい)(じゆゑい)二年(にねん)五月(ごぐわつ)十一日(じふいちにち)源(みなもとの)義仲(よしなか)敬(うやまつて)白(まうす)とかいて、我(わが)身(み)を
はじめて十三人(じふさんにん)が、うは矢(や)【上矢】をぬき、願書(ぐわんじよ)にとり
P07032
具(ぐ)して、大菩薩(だいぼさつ)の御宝殿(ごほうでん)にこそおさめ(をさめ)【納め】けれ[* 「ける」と有るのを他本により訂正]。たの
もしき【頼もしき】かな、大菩薩(だいぼさつ)真実(しんじつ)の志(こころざし)ふたつなきをや
遥(はるか)に照覧(せうらん)し給(たま)ひけん。雲(くも)のなかより山鳩(やまばと)三(みつ)
飛来(とびきたつ)て、源氏(げんじ)の白旗(しらはた)の上(うへ)にP2072翩翻(へんばん)す。昔(むかし)神
宮【*神功】皇后(じんぐうくわうこう)新羅(しんら)を攻(せめ)させ給(たま)ひしに、御方(みかた)のたた
かひ【戦ひ】よはく(よわく)【弱く】、異国(いこく)のいくさ【軍】こはくして、既(すで)に
かうとみえ【見え】し時(とき)、皇后(くわうごう)天(てん)に御祈誓(ごきせい)ありしかば、
霊鳩(れいきう)三(みつ)飛来(とびきたつ)て楯(たて)の面(おも)にあらはれて、異国(いこく)の
P07033
いくさ【軍】破(やぶれ)にけり。又(また)此(この)人々(ひとびと)の先祖(せんぞ)、頼義(らいぎの)朝臣(あそん)(あつそん)、貞
任(さだたふ)(さだたう)・宗任(むねたふ)(むねたう)を攻(せめ)給(たま)ひしにも、御方(みかた)のたたかひ【戦ひ】よはく(よわく)【弱く】し
て、凶徒(きようど)(けうど)のいくさ【軍】こはかりしかば、頼義(らいぎの)朝臣(あそん)(あつそん)敵(てき)の
陣(ぢん)にむか(ッ)て、「是(これ)はま(ッ)たく私(わたくし)の火(ひ)にはあらず、神火(しんくわ)
なり」とて、火(ひ)を放(はな)つ。風(かぜ)忽(たちまち)に異賊(いぞく)の方(かた)へ吹(ふき)おほ
ひ【覆ひ】、貞任(さだたふ)(さだたう)が館(たち)栗屋河(くりやがは)の城(じやう)焼(やけ)ぬ。其(その)後(のち)いくさ【軍】
破(やぶれ)て、貞任(さだたふ)(さだたう)・宗任(むねたふ)(むねたう)ほろびにき。木曾殿(きそどの)か様(やう)【斯様】の先
蹤(せんじよう)(せんぜう)を忘(わす)れ給(たま)はず、馬(むま)よりおり、甲(かぶと)をぬぎ、手水(てうづ)(てうず)う
P07034
がひをして、いま霊鳩(れいきう)を拝(はい)し給(たま)ひけん心(こころ)のうち
こそたのもしけれ。倶利迦羅【*倶梨迦羅】落(くりからおとし)(くりからをとし)S0706さる程(ほど)に、源平(げんぺい)両方(りやうばう)陣(ぢん)をあはす。
陣(ぢん)のあはひわづかに三町(さんぢやう)ばかりによせ【寄せ】あはせたり。源
氏(げんじ)もすすまず、平家(へいけ)もすすまず。勢兵(せいびやう)十五騎(じふごき)、楯(たて)
の面(おも)にすすませて、十五騎(じふごき)がうは矢(や)【上矢】の鏑(かぶら)を平家(へいけ)の
陣(ぢん)へぞ射(い)(ゐ)入(いれ)たる。平家(へいけ)又(また)はかり事(こと)【謀】共(とも)しらず、P2073十五騎(じふごき)
を出(いだ)いて、十五(じふご)の鏑(かぶら)を射(い)(ゐ)かへす【返す】。源氏(げんじ)卅騎(さんじつき)を出(いだ)いて
射(い)(ゐ)さすれば、平家(へいけ)卅騎(さんじつき)を出(いだ)いて卅(さんじふ)の鏑(かぶら)を射(い)かへす【返す】。
P07035
五十騎(ごじつき)を出(いだ)せば五十騎(ごじつき)を出(いだ)しあはせ、百騎(ひやくき)を出(いだ)せば
百騎(ひやくき)を出(いだ)しあはせ、両方(りやうばう)百騎(ひやくき)づつ陣(ぢん)の面(おもて)にすすん
だり。互(たがひ)に勝負(しようぶ)(せうぶ)をせんとはやりけれども、源氏(げんじ)
の方(かた)よりせい【制】して勝負(しようぶ)(せうぶ)をせさせず。源氏(げんじ)は加様(かやう)
にして日(ひ)をくらし、平家(へいけ)の大勢(おほぜい)をくりから【倶利伽羅】が谷(たに)へ
追(おひ)おとさ【落さ】うどたばかりけるを、すこしもさとら
ずして、ともにあひしらひ日(ひ)をくらす【暮す】こそはかな
けれ。次第(しだい)にくらう【暗う】なりければ、北南(きたみなみ)よりまは(ッ)つ
P07036
る搦手(からめで)の勢(せい)一万余騎(いちまんよき)、くりから【倶利伽羅】の堂(だう)の辺(へん)に
まはりあひ、えびらのほうだて打(うち)たたき、時(とき)を
ど(ッ)とぞつくりける。平家(へいけ)うしろをかへり見(み)
ければ、白旗(しらはた)雲(くも)のごとくさしあげ【差し上げ】たり[* 「たる」と有るのを高野本により訂正]。「此(この)山(やま)は
四方(しはう)巌石(がんぜき)であんなれば、搦手(からめで)よもまはらじと
思(おも)ひつるに、こはいかに」とてさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。さる程(ほど)
に、木曾殿(きそどの)大手(おほて)より時(とき)の声(こゑ)をぞ合(あは)せ給(たま)ふ。松
長(まつなが)の柳原(やなぎはら)、ぐみの木林(きばやし)(き(ン)ばやし)に一万余[* 「合」と有るのを高野本により訂正]騎(いちまんよき)ひかへたり[M 「たる」とあり「る」をミセケチ「り」と傍書]
P07037
ける勢(せい)も、今井(いまゐの)四郎(しらう)が六千余(ろくせんよ)〔騎(き)〕でひの宮林(みやばやし)【日埜宮林】
にありけるも、同(おなじ)く時(とき)をぞつくりける。前後(ぜんご)
四万騎(しまんき)がおめく(をめく)【喚く】声(こゑ)、山(やま)も河(かは)もただ一度(いちど)にくづるる
とこそ聞(きこ)えけれ。案(あん)のごとく、平家(へいけ)、次第(しだい)にくらう
はなる、前後(ぜんご)より敵(てき)はせめ【攻め】来(く)る、「きたなしや、かへせ
かへせ」といふやからおほかり【多かり】けれ共(ども)、大勢(おほぜい)の傾(かたぶき)た
ちぬるは、左右(さう)なうと(ッ)てかへす【返す】事(こと)かたければ、倶梨
迦羅(くりから)が谷(たに)へわれ先(さき)P2074にとぞおとし【落し】ける。ま(ッ)さきに
P07038
すすんだる者(もの)が見(み)えねば、「此(この)谷(たに)の底(そこ)に道(みち)のあるに
こそ」とて、親(おや)おとせ【落せ】ば子(こ)もおとし【落し】、兄(あに)おとせ【落せ】ば弟(おとと)
もつづく。主(しゆう)おとせ【落せ】ば家子(いへのこ)郎等(らうどう)おとし【落し】けり。馬(むま)
には人(ひと)、人(ひと)には馬(むま)、落(おち)かさなり落(おち)かさなり、さばかり深(ふか)き谷(たに)一[B ツ](ひとつ)
を平家(へいけ)の勢(せい)七万余騎(しちまんよき)でぞうめたりける。巌
泉(がんせん)血(ち)をながし、死骸(しがい)岳(をか)をなせり。さればその谷(たにの)ほ
とりには、矢(や)の穴(あな)刀(かたな)の疵(きず)残(のこり)て今(いま)にありとぞ承(うけたま)はる。
平家(へいけ)の方(かた)にはむねとたのま【頼ま】れたりける上総(かづさの)大
P07039
夫(たいふの)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)・飛弾(ひだの)大夫(たいふの)判官(はんぐわん)景高(かげたか)・河内(かはちの)判官(はんぐわん)
秀国(ひでくに)も此(この)谷(たに)にうづもれてうせにけり。備中国(びつちゆうのくにの)(びつちうのくにの)
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)瀬尾(せのをの)太郎(たらう)兼康(かねやす)といふ聞(きこ)ゆる大力(だいりき)も、そこ
にて加賀国(かがのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)蔵光(くらみつの)次郎(じらう)成澄(なりずみ)が手(て)にかか(ッ)て、
いけどり【生捕】にせらる。越前国(ゑちぜんのくに)火打(ひうち)が城(じやう)にてかへり
忠(ちゆう)(ちう)したりける平泉寺(へいせんじ)の長吏(ちやうり)斎明(さいめい)威儀師(ゐぎし)(いぎし)も
とらはれぬ。木曾殿(きそどの)、「あまりにくきに、其(その)法師(ほふし)(ほうし)をば
まづきれ」とてきられにけり。平氏(へいじの)大将(たいしやう)維盛(これもり)・通
P07040
盛(みちもり)、けう【稀有】の命(いのち)生(いき)て加賀国(かがのくに)へ引退(ひきしりぞ)く。七万余騎(しちまんよき)
がなかよりわづかに二千余騎(にせんよき)ぞのがれたりける。明(あく)る
十二日(じふににち)、奥(おく)の秀衡(ひでひら)がもとより木曾殿(きそどの)へ竜蹄(りようてい)(れうてい)二疋(にひき)奉(たてまつ)
る。やがて是(これ)に鏡鞍(かがみくら)をい(おい)【置い】て、白山(はくさん)の社(やしろ)へ神馬(じんめ)にたて
られけり。木曾殿(きそどの)の給(たま)ひけるは、「今(いま)は思(おも)ふ事(こと)なし。
ただし十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)の志保(しほ)のいくさ【軍】こそおぼつかな
けれ。いざゆひ(ゆい)【行い】てみん」とて、四万余騎(しまんよき)〔が中(なか)より〕馬(むま)や人(ひと)をすぐ(ッ)て、
二万余騎(にまんよき)で馳向(はせむか)ふ。ひびの湊(みなと)をP2075わたさんとするに、
P07041
折節(をりふし)(おりふし)塩(しほ)みちて、ふかさ【深さ】あささをしら【知ら】ざりければ、鞍(くら)をき
馬(むま)(くらおきむま)【鞍置き馬】十疋(じつぴき)ばかりおひ入(いれ)たり。鞍爪(くらづめ)ひた【浸】る程(ほど)に、相違(さうい)なく
むかひ【向ひ】の岸(きし)へ着(つき)にけり。「浅(あさ)かりけるぞや、わたせ【渡せ】や」
とて、二万余騎(にまんよき)の大勢(おほぜい)皆(みな)打入(うちいり)てわたしけり。案(あん)
のごとく十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)、さんざん【散々】にかけなされ、ひき
退(しりぞ)いて馬(むま)の息(いき)休(やすむ)る処(ところ)に、木曾殿(きそどの)「さればこそ」
とて、荒手(あらて)二万余騎(にまんよき)入(いれ)かへて、平家(へいけ)三万余騎(さんまんよき)が中(なか)へ
おめい(をめい)【喚い】てかけ入(いり)、もみにもうで火(ひ)出(いづ)る程(ほど)にぞ攻(せめ)たりける。
P07042
平家(へいけ)の兵共(つはものども)しばしささへて防(ふせ)きけれ共(ども)、こらへずし
てそこをも遂(つひ)(つゐ)に攻(せめ)おとさ【落さ】る。平家(へいけ)の方(かた)には、大将軍(たいしやうぐん)
三河守(みかはのかみ)知教【*知度】(とものり)うたれ給(たま)ひぬ。是(これ)は入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の末子(ばつし)也(なり)。
侍共(さぶらひども)おほく【多く】ほろびにけり。木曾殿(きそどの)は志保(しほ)の山(やま)打(うち)
こえて、能登(のと)の小田中(をだなか)、新王(しんわう)の塚(つか)の前(まへ)に陣(ぢん)をとる。
篠原合戦(しのはらがつせん)S0707 そこにて諸社(しよしや)へ神領(じんりやう)をよせられけり。白山(はくさん)へは
横江(よこえ)・宮丸(みやまる)、すがう(すがふ)【菅生】の社(やしろ)へはのみ【能美】の庄(しやう)、多田(ただ)の八幡(はちまん)へは
てうや(てふや)【蝶屋】の庄(しやう)、気比(けひ)(けい)の社(やしろ)へははん原(ばら)【飯原】の庄(しやう)を寄進(きしん)す。
P07043
平泉寺(へいせんじ)へは藤島(ふぢしま)七郷(しちがう)をよせられけり。一(ひと)とせ石
橋(いしばし)の合戦(かつせん)の時(とき)、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)射(い)(ゐ)たてま(ッ)し者共(ものども)都(みやこ)へ
にげのぼ(ッ)て、平家(へいけ)P2076の方(かた)にぞ候(さうらひ)ける。むねとの者(もの)
には俣野(またのの)五郎(ごらう)景久(かげひさ)・長井(ながゐの)斎藤(さいとう)別当(べつたう)実守【*実盛】(さねもり)・
伊藤【*伊東】(いとうの)九郎(くらう)助氏【*祐氏】(すけうぢ)・浮巣(うきすの)三郎(さぶらう)重親(しげちか)・ましも【真下】の四郎(しらう)
重直(しげなほ)(しげなを)、是等(これら)はしばらくいくさ【軍】のあらんまでやすまん
とて、日(ひ)ごとによりあひよりあひ、巡酒(じゆんしゆ)をしてぞなぐさ
みける。まづ実守【*実盛】(さねもり)が許(もと)によりあひたりける時(とき)、
P07044
斎藤(さいとう)別当(べつたう)申(まうし)けるは、「倩(つらつら)此(この)世中(よのなか)の有様(ありさま)を見(み)るに、
源氏(げんじ)の御方(みかた)はつよく、平家(へいけ)の御方(みかた)はまけ【負】色(いろ)に
みえ【見え】させ給(たま)ひたり。いざをのをの(おのおの)【各々】木曾殿(きそどの)へまいら(まゐら)【参ら】
ふ(う)」ど申(まうし)ければ、みな「さ(ン)なう」と同(どう)じけり。次(つぎの)日(ひ)又(また)浮
巣(うきすの)三郎(さぶらう)がもとによりあひたりける時(とき)、斎藤(さいとう)別
当(べつたう)「さても昨日(きのふ)申(まうし)し事(こと)はいかに、をのをの(おのおの)【各々】[* 「ほのほの」と有るのを高野本により訂正]」。そのなかに
俣野(またのの)五郎(ごらう)すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「我等(われら)はさすが東国(とうごく)
では皆(みな)、人(ひと)にしられて名(な)ある者(もの)でこそあれ、吉(きち)に
P07045
ついてあなたへまいり(まゐり)【参り】、こなたへまいら(まゐら)【参ら】ふ(う)事(こと)も見(み)ぐる
しかるべし。人(ひと)をばしり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず、景久(かげひさ)にをいて(おいて)
は平家(へいけ)の御方(みかた)にていかにもならう」ど申(まうし)ければ、斎藤(さいとう)
別当(べつたう)あざわら(ッ)【笑つ】て、「まこと【誠】には、をのをの(おのおの)【各々】の御心(おんこころ)どもを
かなびき奉(たてまつ)らんとてこそ申(まうし)たれ。そのうへ実守【*実盛】(さねもり)
は今(この)度(たび)のいくさ【軍】に討死(うちじに)せうど思(おも)ひき(ッ)て候(さうらふ)ぞ。二度(ふたたび)
都(みやこ)へまいる(まゐる)【参る】まじきよし人々(ひとびと)にも申(まうし)をい(おい)【置い】たり。大
臣殿(おほいとの)へも此(この)やうを申(まうし)あげて候(さうらふ)ぞ」といひければ、みな
P07046
人(ひと)此(この)儀(ぎ)にぞ同(どう)じける。さればその約束(やくそく)をたがへ【違へ】じとや、
当座(たうざ)にありし者共(ものども)、一人(いちにん)も残(のこ)らず北国(ほつこく)にて皆(みな)死(しに)
にけるこそむざんなれ。P2077さる程に、平家(へいけ)は人馬(じんば)の
いきをやすめて、加賀国(かがのくに)しの原(はら)【篠原】に陣(ぢん)をとる。同(おなじき)
五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)の辰(たつ)の一点(いつてん)に、木曾(きそ)しの原(はら)【篠原】にをし(おし)【押し】よせ【寄せ】
て時(とき)をど(ッ)とつくる。平家(へいけ)の方(かた)には畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)重
能(しげよし)・小山田(をやまだ)の別当(べつたう)有重(ありしげ)、去(さんぬ)る治承(ぢしよう)(ぢせう)より今(いま)まで
めし【召し】こめられたりしを、「汝等(なんぢら)はふるひ(ふるい)【古い】者共(ものども)也(なり)。いくさ【軍】
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の様(やう)をもをきてよ(おきてよ)【掟てよ】」とて、北国(ほつこく)へむけられたり。是
等(これら)兄弟(きやうだい)三百余騎(さんびやくよき)で陣(ぢん)のおもてにすすんだり。
源氏(げんじ)の方(かた)より今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)三百余騎(さんびやくよき)でう
ちむかふ【向ふ】。畠山(はたけやま)、今井(いまゐの)四郎(しらう)、はじめは互(たがひ)に五騎(ごき)十騎(じつき)
づつ出(いだ)しあはせて勝負(しようぶ)(せうぶ)をせさせ、後(のち)には両方(りやうばう)乱(みだれ)
あふ(あう)【逢う】てぞたたかひ【戦ひ】ける。五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)の午(むま)の剋(こく)、草(くさ)もゆ
るがず照(てら)す日(ひ)に、我(われ)おとらじとたたかへば、遍身(へんしん)よ
り汗(あせ)出(いで)て水(みづ)をながすに異(こと)ならず。今井(いまゐ)が方(かた)にも
P07048
兵(つはもの)おほく【多く】ほろびにけり。畠山(はたけやまの)家子(いへのこ)郎等(らうどう)残(のこり)ずく
なに討(うち)なされ、力(ちから)およばでひき退(しりぞ)く。次(つぎに)平家(へいけ)の
方(かた)より高橋(たかはしの)判官(はんぐわん)長綱(ながつな)、五百余騎(ごひやくよき)ですすんだり。
木曾殿(きそどの)の方(かた)より樋口(ひぐちの)次郎(じらう)兼光(かねみつ)・おちあひの
五郎(ごらう)兼行(かねゆき)、三百余騎(さんびやくよき)で馳向(はせむか)ふ。し(ン)ばし(しばし)ささへてたた
かひ【戦ひ】けるが、高橋(たかはし)が勢(せい)は国々(くにぐに)のかり【駆】武者(むしや)なれば、一騎(いつき)
もおち【落ち】あはず、われ先(さき)にとこそ落行(おちゆき)けれ。高橋(たかはし)
心(こころ)はたけくおもへ【思へ】ども、うしろあばらになりければ、
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力(ちから)及(およ)(をよ)ばで引退(ひきしりぞ)く。ただ一騎(いつき)落(おち)て行(ゆく)ところ【所】に、越中国(ゑつちゆうのくに)(ゑつちうのくに)
の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)入善(にふぜん)(にうぜん)の小太郎(こたらう)行重(ゆきしげ)、よい敵(かたき)と目(め)をかけ、鞭(むち)
あぶみをあはせて馳来(はせきた)り、おしならべてむずとく
む。高P2078橋(たかはし)、入善(にふぜん)(にうぜん)をつかうで、鞍(くら)の前輪(まへわ)におしつけ、
「わ君(ぎみ)はなにものぞ、名(な)のれきかう」どいひければ、
「越中国(ゑつちゆうのくに)(ゑつちうのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、[B 入]善(にふぜんの)(にうぜんの)小太郎(こたらう)行重(ゆきしげ)、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)」と
なのる【名乗る】。「あなむざん、去年(こぞ)をくれ(おくれ)【遅れ】し長綱(ながつな)が子(こ)も、
ことしはあらば十八歳(じふはつさい)ぞかし。わ君(ぎみ)ねぢき(ッ)て
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すつべけれ共(ども)、たすけん」とてゆるしけり。わが身(み)も
馬(むま)よりおり、「しばらくみ方(かた)の勢(せい)またん」とてやすみ
ゐたり。入善(にふぜん)(にうぜん)「われをばたすけたれ共(ども)、あ(ッ)ぱれ敵(かたき)
や、いかにもしてうたばや」と思(おも)ひ居(ゐ)たる処(ところ)に、高
橋(たかはし)うちとけて物語(ものがたり)しけり。入善(にふぜん)(にうぜん)勝[B レ](すぐれ)たるはやわ
ざのおのこ(をのこ)【男】で、刀(かたな)をぬき、とんでかかり、高橋(たかはし)がうち
かぶとを二刀(ふたかたな)さす。さる程(ほど)に、入善(にふぜん)(にうぜん)が郎等(らうどう)三騎(さんぎ)、をく
れ(おくれ)【遅れ】ばせ【馳】に来(きたつ)ておち【落ち】あふ(あう)たり。高橋(たかはし)心(こころ)はたけく
P07051
おもへ【思へ】ども、運(うん)やつきにけん、敵(かたき)はあまたあり、いた手(で)【痛手】
はおう【負う】つ、そこにて遂(つひ)(つゐ)にうたれにけり。又(また)平家(へいけ)
のかたより武蔵(むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有国(ありくに)、三百(さんびやく)騎(き)ばかりで
おめい(をめい)【喚い】て[B かく]。源氏(げんじ)の方(かた)より仁科(にしな)・高梨(たかなし)・山田(やまだの)次郎(じらう)、五
百余騎(ごひやくよき)で馳(はせ)むかふ【向ふ】。し(ン)ばし(しばし)ささへてたたかひ【戦ひ】けるが、有
国(ありくに)が方(かた)の勢(せい)おほく【多く】うたれぬ。有国(ありくに)ふか入(いり)してたた
かふ【戦ふ】程(ほど)に、矢(や)だね皆(みな)い【射】つくして、馬(むま)をもいさせ、かち
だちになり、うち物(もの)ぬいてたたかひ【戦ひ】けるが、敵(かたき)あまた
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うちとり、矢(や)七(なな)つ八(やつ)いたてられて、立(たち)じににこそ死(しに)に
けれ。大将軍(たいしやうぐん)か様(やう)【斯様】に成(なり)しかば、其(その)勢(せい)皆(みな)おち【落ち】行(ゆき)ぬ。P2079
真盛【*実盛】(さねもり)S0708 又(また)武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)長井(ながゐの)斎藤(さいとう)別当(べつたう)実守【*実盛】(さねもり)、みかたは
皆(みな)おち【落ち】ゆけ共(ども)、ただ一騎(いつき)かへしあはせ返(かへ)しあはせ防(ふせき)
たたかふ【戦ふ】。存(ぞん)ずるむねありければ、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、
もよぎおどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、くはがたう(ッ)たる甲(かぶと)の緒(を)(お)を
しめ、金作(こがねづく)りの太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、滋藤(しげどう)
の弓(ゆみ)も(ッ)て、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)にきぶくりん【黄覆輪】の
P07053
鞍(くら)おひ(おい)【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。木曾殿(きそどの)の方(かた)より手塚(てづか)の
太郎(たらう)光盛(みつもり)、よい敵(かたき)と目(め)をかけ、「あなやさし、いかなる人(ひと)
にて在(ましま)せば、み方(かた)の御勢(おんせい)は皆(みな)落(おち)候(さうらふ)に、ただ一騎(いつき)の
こらせ給(たま)ひたるこそゆう(いう)【優】なれ。なのら【名乗ら】せ給(たま)へ」と詞(ことば)
をかけけれ[* 「られ」と有るのを高野本により訂正]ば、「かういふわどのはた【誰】そ」。「信濃国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)
手塚(てづかの)太郎(たらう)金刺(かねざしの)光盛(みつもり)」とこそなの(ッ)【名乗つ】たれ。「さてはた
がひによい敵(かたき)ぞ。但(ただし)わどのをさぐるにはあらず、存(ぞん)ず
るむねがあれば名(な)のるまじいぞ。よれくまう手塚(てづか)」と
P07054
ておしならぶるところ【所】に、手塚(てづか)が郎等(らうどう)をくれ(おくれ)【遅れ】馳(ばせ)にはせ
来(きたつ)て、主(しゆう)(しう)をうたせじとなかにへだたり、斎藤(さいとう)別当(べつたう)
にむずとくむ。「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、をのれ(おのれ)【己】は日本(につぽん)一(いち)の剛(かう)の者(もの)に
ぐんでうずな、うれ」とて、と(ッ)て引(ひき)よせ、鞍(くら)のまへわに
おしつけ、頸(くび)かきき(ッ)て捨(すて)て(ン)げり。手塚(てづかの)太郎(たらう)、郎等(らうどう)が
うたるるをみて、弓手(ゆんで)にP2080まはり[* 「まいり」と有るのを高野本により訂正]あひ、鎧(よろひ)の草摺(くさずり)ひき
あげて二刀(ふたかたな)さし、よはる(よわる)【弱る】処(ところ)にくんでおつ。斎藤(さいとう)別当(べつたう)
心(こころ)はたけくおもへ【思へ】ども、いくさ【軍】にはしつかれぬ、其上(そのうへ)老
P07055
武者(らうむしや)ではあり、手塚(てづか)が下(した)になりにけり。又(また)手塚(てづか)が郎等(らうどう)
をくれ(おくれ)【遅れ】馳(ばせ)にいできたるに頸(くび)とらせ、木曾殿(きそどの)の御(おん)まへ
に馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「光盛(みつもり)こそ奇異(きい)のくせ者(もの)【曲者】くんでう(ッ)て候(さうら)へ。
侍(さぶらひ)かとみ候(さうら)へば錦(にしき)の直垂(ひたたれ)をきて候(さうらふ)。大将軍(たいしやうぐん)かとみ
候(さうら)へばつづく勢(せい)も候(さうら)はず。名(な)のれ名(な)のれとせめ候(さうらひ)(さふらひ)つれ共(ども)、つ
ゐに(つひに)【遂に】なのり【名乗り】候(さうら)はず。声(こゑ)は坂東声(ばんどうごゑ)で候(さうらひ)つる」と申(まう)
せば、木曾殿(きそどの)「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、是(これ)は斎藤(さいとう)別当(べつたう)であるごさんめれ。
それならば義仲(よしなか)が上野(かうづけ)へこえたりし時(とき)、おさな
P07056
目(め)(をさなめ)【幼目】に見(み)しかば、しらがのかすを【糟尾】なりしぞ。いまは定(さだめ)て
白髪(はくはつ)にこそなりぬらんに、びんぴげのくろいこそあ
やしけれ。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)はな【馴】れあそ(ン)で見(み)〔し(ッ)〕たるらん。樋口(ひぐち)
めせ」とてめされけり[B 「けれ」とあり「れ」に「り」と傍書]。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)ただ一目(ひとめ)みて、「あなむざん
や、斎藤(さいとう)別当(べつたう)で候(さうらひ)けり」。木曾殿(きそどの)「それならば今(いま)は七十(しちじふ)
にもあまり、白髪(はくはつ)にこそなりぬらんに、びんぴげのくろ
いはいかに」との給(たま)へば、樋口(ひぐちの)次郎(じらう)涙をはらはらとながい【流い】て、
「さ候(さうら)へばそのやうを申(まうし)あげうど仕(つかまつり)候(さうらふ)が、あまり哀(あはれ)で
P07057
不覚(ふかく)の涙(なんだ)のこぼれ候(さうらふ)ぞや。弓矢(ゆみや)とりはいささかの所(ところ)
でも思(おも)ひでの詞(ことば)をば、かねてつがゐ(つがひ)をく(おく)【置く】べきで候(さうらひ)
ける物(もの)かな。斎藤(さいとう)別当(べつたう)、兼光(かねみつ)にあふ(あう)【逢う】て、つねは物語(ものがたり)に
仕(つかまつり)候(さうらひ)し。「六十(ろくじふ)にあま(ッ)ていくさ【軍】の陣(ぢん)へむかはん時(とき)は、びんぴ
げをくろうP2081染(そめ)てわかやがうどおもふなり。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、
わか殿原(とのばら)にあらそひてさきをかけんもおとなげなし、
又(また)老武者(らうむしや)とて人(ひと)のあなどらんも口惜(くちをし)(くちおし)かるべし」と申(まうし)
候(さうらひ)しが、まこと【誠】に染(そめ)て候(さうらひ)けるぞや。あらは【洗は】せて御(ご)らん候(さうら)へ」
P07058
と申(まうし)ければ、「さもあるらん」とて、あらはせて見(み)給(たま)へば、
白髪(はくはつ)にこそ成(なり)にけれ。錦(にしき)の直垂(ひたたれ)をきたりける
事(こと)は、斎藤(さいとう)別当(べつたう)、最後(さいご)のいとま申(まうし)に大臣殿(おほいとの)へ
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)けるは、「実守【*実盛】(さねもり)が身(み)ひとつの事(こと)では候(さうら)
はね共(ども)、一年(ひととせ)東国(とうごく)へむかひ【向ひ】候(さうらひ)し時(とき)、水鳥(みづとり)の羽音(はおと)
におどろいて、矢(や)ひとつだにもいずして、駿河(するが)の
かん原(ばら)【蒲原】よりにげのぼ(ッ)て候(さうらひ)し事(こと)、老後(らうご)の恥辱(ちじよく)ただ
此(この)事(こと)候(ざうらふ)。今度(こんど)北国(ほつこく)へむかひ【向ひ】ては、討死(うちじに)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。
P07059
さらんにと(ッ)ては、実守【*実盛】(さねもり)もと越前国(ゑちぜんのくに)の者(もの)で候(さうらひ)しか共(ども)、近
年(きんねん)御領(ごりやう)につゐ(つい)【付い】て武蔵(むさし)の長井(ながゐ)に居住(きよぢゆう)(きよぢう)せしめ候(さうらひ)き。
事(こと)の喩(たとへ)候(さうらふ)ぞかし。古郷(こきやう)へは錦(にしき)をきて帰(かへ)れといふ
事(こと)の候(さうらふ)。錦(にしき)の直垂(ひたたれ)御(おん)ゆるし候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、大臣
殿(おほいとの)「やさしう申(まうし)たる物(もの)かな」とて、錦(にしき)の直垂(ひたたれ)を御免(ごめん)
ありけるとぞきこえし。昔(むかし)の朱買臣(しゆばいしん)は錦(にしき)の袂(たもと)
を会稽山(くわいけいざん)に翻(ひるがへ)し、今(いま)の斎藤(さいとう)別当(べつたう)は其(その)名(な)を北国(ほつこく)
の巷(ちまた)にあぐとかや。朽(くち)もせぬむなしき名(な)のみとど
P07060
め【留め】をき(おき)て、かばねは越路(こしぢ)の末(すゑ)の塵(ちり)となるこそかな
しけれ。去(さんぬる)四月(しぐわつ)十七日(じふしちにち)、十万余騎(じふまんよき)にて都(みやこ)を立(たち)し
事(こと)がらは、なに面(おもて)をむかふ【向ふ】べしともみえざりしに、
今(いま)五月(ごぐわつ)下旬(げじゆん)に帰(かへ)りのぼるには、其(その)勢(せい)わづかに二万
余騎(にまんよき)、「流(ながれ)をつくP2082してすなどる時(とき)は、おほく【多く】のうを【魚】を
う【得】といへども、明年(みやうねん)に魚(うを)(うほ)なし。林(はやし)をやいてか【狩】る時(とき)
は、おほく【多く】のけだもの【獣】をう【得】といへども、明年(みやうねん)に獣(けだもの)なし。
後(のち)を存(ぞん)じて少々(せうせう)はのこさるべかりける物(もの)を」と申(まうす)
P07061
人々(ひとびと)もありけるとかや。還亡(げんばう)S0709これをはじめておやは子(こ)にお
くれ、婦(ふ)は夫(おつと)にわかれ、凡(およそ)(をよそ)遠国(をんごく)近国(きんごく)もさこそあり
けめ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)には家々(いへいへ)に門戸(もんこ)を閉(とぢ)て、声々(こゑごゑ)に念仏(ねんぶつ)
申(まうし)おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】事(こと)おびたたし【夥し】。六月(ろくぐわつ)一日(ひとひのひ)、蔵人(くらんど)
右衛門権佐(うゑもんごんのすけ)定長(さだなが)、神祇(じんぎの)権少副(ごんのせう)大中臣(おほなかとみの)親俊(ちかとし)を殿
上(てんじやう)の下口(しもぐち)へめして、兵革(へいがく)しづまらば、大神宮(だいじんぐう)へ行
幸(ぎやうがう)なるべきよし仰下(おほせくだ)さる。大神宮(だいじんぐう)は高間原(たかまがはら)よ
り天(あま)くだらせ給(たま)ひしを、崇神天皇(すじんてんわう)の御宇(ぎよう)廿五
P07062
年(にじふごねん)三月(さんぐわつ)に、大和国(やまとのくに)笠縫(かさぬひ)の里(さと)より伊勢国(いせのくに)わたら
ゐ【度会】の郡(こほり)五十鈴(いすず)の河上(かはかみ)、したつ【下津】石根(いはね)に大宮柱(おほみやばしら)を
ふとしき【太敷】たて、祝(いはひ)そめたてま(ッ)てよりこのかた、日本(につぽん)
六十(ろくじふ)余州(よしう)、三千(さんぜん)七百(しちひやく)五十(ごじふ)余社(よしや)の、大小(だいせう)の神祇(じんぎ)冥道(みやうだう)の
なかには無双(ぶそう)也(なり)。されども代々(よよ)の御門(みかど)臨幸(りんかう)はなかりし
に、奈良御門(ならのみかど)の御時(おんとき)、左大臣(さだいじん)不比等(ふひとう)の孫(まご)、参議(さんぎ)式
部卿(しきぶきやう)宇合(うがふ)(うがう)の子(こ)、右近衛(うこんゑ)権少将(ごんのせうしやう)兼(けん)太宰少弐(ださいのせうに)藤
原広嗣(ふじはらのひろつぎ)といふ人(ひと)ありけり。天平(てんびやう)十五年(じふごねん)十月(じふぐわつ)、肥前国(ひぜんのくに)
P07063
松浦P2083郡(まつらのこほり)にして、数万(すまん)の凶賊(きようぞく)(けうぞく)をかたら(ッ)て国家(こくか)を
既(すで)にあやぶめんとす。これによ(ッ)て大野(おほの)のあづま人(うど)を
大将軍(たいしやうぐん)にて、広嗣(ひろつぎ)追討(ついたう)せられし時(とき)、はじめて大神宮(だいじんぐう)
へ行幸(ぎやうがう)なりけるとかや。其(その)例(れい)とぞ聞(きこ)えし。彼(かの)広嗣(ひろつぎ)は
肥前(ひぜん)の松浦(まつら)より都(みやこ)へ一日(いちにち)におりのぼる馬(むま)をもち
たりけり。追討(ついたう)せられし時(とき)も、みかたの凶賊(きようぞく)(けうぞく)おち【落ち】ゆき、
皆(みな)亡[M 「定」とあるを消し「亡」と傍書](ほろび)て後(のち)、件(くだん)の馬(むま)にうちの(ッ)【乗つ】て、海中(かいちゆう)(かいちう)へ馳入(はせいり)けると
ぞ聞(きこ)えし。その亡霊(ばうれい)あ【荒】れて、おそろしき【恐ろしき】事共(ことども)おほ
P07064
かり【多かり】けるなかに、天平(てんびやう)十六年(じふろくねん)六月(ろくぐわつ)十八日(じふはちにち)、筑前国(ちくぜんのくに)見(み)かさ【見笠】
の郡(こほり)太宰府(ださいふの)観世音寺(くわんぜおんじ)(くわんぜをんじ)、供養(くやう)ぜられける導師(だうし)
には、玄房僧正(げんばうそうじやう)とぞ聞(きこ)えし。高座(かうざ)にのぼり、敬白(けいひやく)の
鐘(かね)うちならす時(とき)、俄(にはか)に空(そら)かきくもり、雷(いかづ)ちおびたた
しう【夥しう】鳴(なつ)て、玄房(げんばう)の上(うへ)におち【落ち】かかり、その首[B 「道」とあり肩に「首」と傍書](くび)をと(ッ)て
雲(くも)のなかへぞ入(いり)にける。〔広嗣(ひろつぎ)〕調伏(てうぶく)したりけるゆへ(ゆゑ)【故】とぞ
聞(きこ)えし。彼(かの)僧正(そうじやう)は、吉備大臣(きびのだいじん)入唐(につたう)の時(とき)あい(あひ)ともな(ッ)て、
法相宗(ほつさうじゆう)(ほつさうしう)わたしたりし人(ひと)也(なり)。唐人(たうじん)が玄房(げんばう)といふ名(な)を
P07065
わら(ッ)【笑つ】て、「玄房(げんばう)とはかへ(ッ)【還つ】てほろぶといふ音(こゑ)あり。いかさまにも
帰朝(きてう)の後(のち)事(こと)にあふべき人(ひと)也(なり)」と相(さう)したりけるとかや。同(おなじき)
天平(てんびやう)十九年(じふくねん)六月(ろくぐわつ)十八日(じふはちにち)、しやれかうべに玄房(げんばう)といふ銘(めい)を
かいて、興福寺(こうぶくじ)の庭(には)におとし【落し】、虚空(こくう)に人(ひと)ならば千人(せんにん)ば
かりが声(こゑ)で、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】事(こと)ありけり。興福寺(こうぶくじ)は法相
宗(ほつさうじゆう)(ほつさうしう)の寺(てら)たるによ(ッ)て也(なり)。彼(かの)僧正(そうじやう)の弟子共(でしども)是(これ)をと(ッ)て
つか【塚】をつき、其(その)首(くび)をおさめ(をさめ)【納め】て頭P2084墓(づはか)と名付(なづけ)て今(いま)に
あり。是(これ)則(すなはち)広嗣(ひろつぎ)が霊(れい)の致(いた)すところ【所】也(なり)。是(これ)によ(ッ)て
P07066
彼(かの)亡霊(ばうれい)を崇(あがめ)られて、今(いま)松浦(まつら)の鏡(かがみ)の宮(みや)と号(かう)す。嵯
峨(さがの)皇帝(くわうてい)(くはうてい)の御時(おんとき)は、平城(へいぜい)の先帝(せんてい)、内侍(ないし)のかみのすすめに
よ(ッ)て世(よ)をみだり給(たま)ひし時(とき)、その御祈(おんいのり)のために、御門(みかど)
第三(だいさん)の皇女(くわうぢよ)(くはうぢよ)ゆうち(いうち)【有智】内親王(ないしんわう)を賀茂(かも)の斎院(さいゐん)に奉(たてまい)らせ(たてまゐらせ)【立て参らせ】
給(たま)ひけり。是(これ)斎院(さいゐん)のはじめ也(なり)。朱雀院(しゆしやくゐん)の御宇(ぎよう)には、将
門(まさかど)・純友(すみとも)が兵乱(ひやうらん)によ(ッ)て、八幡(やはた)の臨時(りんじ)の祭(まつり)をはじめ
らる。今度(こんど)も加様(かやう)の例(れい)をも(ッ)てさまざまの御祈共(おんいのりども)はじ
められけり。木曾山門牒状(きそさんもんてふじやう)(きそさんもんてうじやう)S0710 木曾(きそ)、越前(ゑちぜん)の国府(こふ)について、家子(いへのこ)郎等(らうどう)
P07067
めしあつめて評定(ひやうぢやう)す。「抑(そもそも)義仲(よしなか)近江国(あふみのくに)をへてこそ都(みやこ)へ
はいらむずるに、例(れい)の山僧(さんぞう)どもは防(ふせく)事(こと)もやあらんずらん。
か【駆】け破(やぶつ)てとをら(とほら)【通ら】ん事(こと)はやすけれども、平家(へいけ)こそ当
時(たうじ)は仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)共(とも)いは[B 「いか」とあり「ハ」と傍書]ず、寺(てら)をほろぼし、僧(そう)をうしなひ【失ひ】、
悪行(あくぎやう)をばいたせ、それを守護(しゆご)のために上洛(しやうらく)せんも
のが、平家(へいけ)とひとつなればとて、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)にむか(ッ)て
いくさ【軍】せん事(こと)、すこしもたがは【違は】ぬ二(に)の舞(まひ)なるべし。是(これ)こ
そさすがやす【安】大事(だいじ)よ。いかがせん」との給(たま)へば、手書(てかき)に
P07068
ぐせ【具せ】P2085られたる大夫房(たいふばう)覚明(かくめい)申(まうし)けるは、「山門(さんもん)の衆徒(しゆと)は三千
人(さんぜんにん)候(さうらふ)。必(かなら)ず一味(いちみ)同心(どうしん)なる事(こと)は候(さうら)はず、皆(みな)思々(おもひおもひ)心々(こころごころ)に候(さうらふ)也(なり)。
或(あるい)(あるひ)は源氏(げんじ)につかんといふ衆徒(しゆと)も候(さうらふ)らん、或(あるい)(あるひ)は又(また)平家(へいけ)に
同心(どうしん)せんといふ大衆(だいしゆ)も候(さうらふ)らん。牒状(てふじやう)(てうでう)をつかはして御(ご)らん候(さうら)へ。
事(こと)のやう【様】返牒(へんでふ)(へんでう)にみえ【見え】候(さうら)はんずらん」と申(まうし)ければ、「此(この)儀(ぎ)
尤(もつと)もしかるべし。さらばかけ【書け】」とて、覚明(かくめい)に牒状(てふじやう)(てうでう)かかせ
て、山門(さんもん)へをくる(おくる)【送る】。其(その)状(じやう)(でう)に云(いはく)、義仲(よしなか)倩(つらつら)平家(へいけ)の悪逆(あくぎやく)
を見(み)るに、保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、ながく人臣(じんしん)の礼(れい)を
P07069
うしなう(うしなふ)。雖然(しかりといへども)、貴賎(きせん)手(て)をつかね、緇素(しそ)足(あし)をいただ
く。恣(ほしいまま)に帝位(ていゐ)を進退(しんだい)し、あく【飽く】まで国郡(こくぐん)をりよ
領(りやう)【虜領】ず。道理(だうり)非理(ひり)を論(ろん)ぜず、権門(けんもん)勢家(せいか)を追補【*追捕】(ついふく)
し、有財(うざい)無財(むざい)をいはず、卿相(けいしやう)侍臣(ししん)を損亡(そんばう)す。其(その)資
財(しざい)を奪取(うばひとつ)て悉(ことごとく)郎従(らうじゆう)(らうじう)にあたへ、彼(かの)庄園(しやうゑん)を没取(もつしゆ)
して、みだりがはしく子孫(しそん)にはぶく。就中(なかんづく)に去(さんぬる)治承(ぢしよう)(ぢせう)
三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)、法皇(ほふわう)(ほうわう)を城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(りきう)に移(うつ)し[* 「福し」と有るのを高野本により訂正]奉(たてまつ)り[* 「奉る」と有るのを他本により訂正]、
博陸(はくりく)を海城(かいせい)の絶域(ぜついき)に流(なが)し奉(たてまつ)る。衆庶(しゆそ)物(もの)いはず、
P07070
道路(だうろ)目(め)をも(ッ)てす。しかのみならず、同(おなじき)四年(しねん)五月(ごぐわつ)、二(に)の
宮(みや)の朱閣(しゆかく)をかこみ奉(たてまつ)り、九重(ここのへ)(ここのえ)の垢塵(くぢん)をおどろかさ
しむ。爰(ここ)に帝子(ていし)非分(ひぶん)の害(がい)をのがれむがために、
ひそかに園城寺(をんじやうじ)へ入御(じゆぎよ)の時(とき)、義仲(よしなか)先日(さきのひ)に令旨(りやうじ)(れうじ)
を給(たまは)るによ(ッ)て、鞭(むち)をあげんとほ(ッ)する処(ところ)に、怨敵(をんでき)
巷(ちまた)にみちて予参(よさん)道(みち)をうしなふ。近境(きんけい)の源氏(げんじ)
猶(なほ)(なを)参候(さんこう)せず、况(いはん)や遠境(ゑんきやう)においてをや。しかる
を園城(をんじやう)者(は)分限(ぶんげん)なきによ(ッ)て南都(なんと)へをもむか(おもむか)【赴むか】しP2086
P07071
め給(たま)ふ間(あひだ)(あいだ)、宇治橋(うぢはし)にて合戦(かつせん)す。大将(たいしやう)三位(さんみ)入道(にふだう)(にうだう)頼政(よりまさ)父子(ふし)、命(いのち)
をかろんじ、義(ぎ)をおもんじて、一戦(いつせん)の功(こう)をはげますと
いへ共(ども)、多勢(たせい)のせめ【攻め】をまぬかれず、形骸(けいがい)を古岸(こがん)の苔(こけ)に
さらし、性命(せいめい)を長河(ちやうか)の浪(なみ)にながす。令旨(りやうじ)(れうじ)の趣(おもむき)肝(きも)に
銘(めい)じ、同類(どうるい)のかなしみ魂(たましひ)(たましゐ)をけつ。是(これ)によ(ッ)て東国(とうごく)
北国(ほつこく)の源氏等(げんじら)をのをの(おのおの)【各々】参洛(さんらく)を企(くはた)て、平家(へいけ)をほろ
ぼさんとほ(ッ)す。義仲(よしなか)去(いん)じ年(とし)の秋(あき)、宿意(しゆくい)を達(たつ)
せんがために、旗(はた)をあげ剣(けん)をと(ッ)て信州(しんしう)を出(いで)し日(ひ)、
P07072
越後国(ゑちごのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)城(じやうの)四郎(しらう)長茂[* 「助茂」と有るのを他本により訂正](ながしげ)、数万(すまん)の軍兵(ぐんびやう)を率(そつ)して
発向(はつかう)せしむる間(あひだ)(あいだ)、当国(たうごく)横田河〔原〕(よこたがはら)にして合戦(かつせん)す。義
仲(よしなか)わづかに三千余騎(さんぜんよき)をも(ッ)て、彼(かの)兵(つはもの)を破(やぶ)りおは(ン)(をはん)ぬ。
風聞(ふうぶん)ひろきに及(およん)(をよん)で、平氏(へいじ)の大将(たいしやう)十万(じふまん)の軍士(ぐんし)を
率(そつ)して北陸(ほくろく)に発向(はつかう)す。越州(ゑつしう)・賀州(かしう)・砥浪(となみ)・黒坂(くろさか)・塩
坂(しほさか)・篠原(しのはら)以下(いげ)の城郭(じやうくわく)にして数ケ度(すかど)合戦(かつせん)(か(ツ)せん)す。策(はかりこと)
を惟幕(いばく)の内(うち)にめぐらして、勝(かつ)事(こと)を咫尺(しせき)のもと
にえたり。しかるをうてば必(かなら)ず伏(ふく)し、せむれば必(かなら)ず
P07073
くだる。秋(あき)の風(かぜ)の芭蕉(ばせう)(ばせを)を破(やぶる)に異(こと)ならず、冬(ふゆ)の霜(しも)
の群(くん)ゆう(くんいう)をか【枯】らすに同(おな)じ。是(これ)ひとへに神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)
のたすけ也(なり)。更(さら)に義仲(よしなか)が武略(ぶりやく)にあらず。平氏(へいじ)敗北(はいほく)
のうへは参洛(さんらく)を企(くはたつ)る者(もの)也(なり)。今(いま)叡岳(えいがく)(ゑいがく)の麓[* 「林鹿」と有るのを高野本により訂正](ふもと)を過(すぎ)て
洛陽(らくやう)の衢(ちまた)に入(いる)べし。此(この)時(とき)にあた(ッ)てひそかに疑貽(ぎたい)
あり。抑(そもそも)天台衆徒(てんだいしゆと)平家(へいけ)に同心(どうしん)歟(か)、源氏(げんじ)に与力(よりき)歟(か)。若(もし)
彼(かの)悪徒(あくと)をたすけらるべくは、衆徒(しゆと)にむか(ッ)て合戦(かつせん)
すべし。若(もし)合戦(かつせん)をいたさば叡岳(えいがく)(ゑいがく)の滅亡(めつばう)踵(くびす)をめぐ
P07074
らすべからず。悲(かなしき)哉(かな)、平氏(へいじ)P2087震襟【*宸襟】(しんきん)を悩(なやま)し、仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)をほろぼ
す間(あひだ)(あいだ)、悪逆(あくぎやく)をしづめんがために義兵(ぎへい)を発(おこ)(をこ)す処(ところ)に、忽(たちまち)
に三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)に向(むかつ)て不慮(ふりよ)の合戦(かつせん)を致(いたさ)ん事(こと)を。
痛(いたましき)哉(かな)、医王(いわう)山〔王〕(さんわう)に憚(はばかり)奉(たてまつ)て、行程(かうてい)に遅留(ちりう)せしめば、
朝廷(てうてい)緩怠(くわんたい)の臣(しん)として武略(ぶりやく)瑕瑾(かきん)のそしりをのこ
さん事(こと)を。みだりがはしく進退(しんだい)に迷(まよふ)て案内(あんない)を啓(けい)す
る所(ところ)也(なり)。乞願(こひねがはく)(こいねがはく)は三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)、神(かみ)のため、仏(ほとけ)のため、国(くに)の
ため、君(きみ)のために、源氏(げんじ)に同心(どうしん)して凶徒(きようど)(けうど)を誅(ちゆう)(ちう)し、鴻
P07075
化(こうくわ)に浴(よく)せん。懇丹(こんたん)の至(いたり)に堪(たへ)(たえ)ず。義仲(よしなか)恐惶(きようくわう)謹言(きんげん)。寿
永(じゆえい)(じゆゑい)二年(にねん)六月(ろくぐわつ)十日(とをかのひ)源(みなもとの)義仲(よしなか)進上(しんじやう)恵光坊(ゑくわうばう)(ゑくはうばう)律師(りつしの)御房(ごばう)とぞ
かい【書い】たりける。返牒(へんでふ)(へんでう)S0711 案(あん)のごとく、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)此(この)状(じやう)(でう)を披見(ひけん)して、
僉議(せんぎ)まちまち也(なり)。或(あるい)(あるひ)は源氏(げんじ)につかんといふ衆徒(しゆと)もあり、或(あるい)(あるひ)
は又(また)平家(へいけ)に同心(どうしん)せんといふ大衆(だいしゆ)もあり。おもひおもひ【思ひ思ひ】異
儀(いぎ)まちまち也(なり)。老僧共(らうそうども)の僉議(せんぎ)しけるは、「詮(せんず)る所(ところ)、我等(われら)
も(ッ)ぱら金輪聖主(きんりんせいしゆ)天長地久(てんちやうちきう)と祈(いのり)奉(たてまつ)る。平家(へいけ)は
当代(とうだい)の御外戚(ごぐわいせき)、山門(さんもん)にをいて(おいて)帰敬(ききやう)をいたさる。され
P07076
ば今(いま)P2088に至(いた)るまで彼(かの)繁昌(はんじやう)を祈誓(きせい)す。しかりといへども、
悪行(あくぎやう)法(ほふ)(ほう)に過(すぎ)て万人(ばんにん)是(これ)をそむく。討手(うつて)を国々(くにぐに)へ
つかはすといへども、かへ(ッ)て【却つて】異賊(いぞく)のためにおとさ【落さ】れぬ。源
氏(げんじ)は近年(きんねん)よりこのかた、度々(どど)のいくさ【軍】に討勝(うちかつ)て運
命(うんめい)ひらけんとす。なんぞ当山(たうざん)ひとり宿運(しゆくうん)つき
ぬる平家(へいけ)に同心(どうしん)して、運命(うんめい)ひらくる源氏(げんじ)をそ
むかんや。すべからく平家(へいけ)値遇(ちぐ)の儀(ぎ)を翻(ひるがへ)して、
源氏(げんじ)合力(かふりよく)(かうりよく)の心(こころ)に住(ぢゆう)(ぢう)すべき」よし、一味(いちみ)同心(どうしん)に僉議(せんぎ)し
P07077
て、返牒(へんでふ)(へんでう)ををくる(おくる)【送る】。木曾殿(きそどの)又(また)家子(いへのこ)郎等(らうどう)めしあつめて、
覚明(かくめい)に此(この)返牒(へんでふ)(へんでう)をひらかせらる。六月(ろくぐわつ)十日(とをか)の牒状(てふじやう)(てうでう)、同(おなじき)
十六日(じふろくにち)到来(たうらい)、披閲(ひえつ)(ひゑつ)のところ【所】数日(すじつ)の鬱念(うつねん)一時(いつし)に解
散(げさん)す。凡(およそ)(をよそ)平家(へいけ)の悪逆(あくぎやく)累年(るいねん)に及(およん)(をよん)で、朝廷(てうてい)の騒動(さうどう)
やむ時(とき)なし。事(こと)人口(じんこう)にあり、異失(いしつ)するにあたはず。夫(それ)叡
岳(えいがく)(ゑいがく)にいた(ッ)ては、帝都(ていと)東北(とうぼく)の仁祠(じんし)として、国家(こくか)静謐(せいひつ)
の精祈(せいき)をいたす。しかるを一天(いつてん)久(ひさ)しく彼(かの)夭逆(えうげき)(ようげき)に
をかされて、四海(しかい)鎮(とこしなへ)に其(その)安全(あんせん)をえず。顕密(けんみつ)の法
P07078
輪(ほふりん)(ほうりん)なきが如(ごと)く、擁護(おうご)の神感(しんかん)しばしばすたる。爰(ここに)貴下(くいか)適(たまたま)累
代(るいたい)武備(ぶび)の家(いへ)に生(むまれ)て、幸(さいはひ)に当時(たうじ)政善(せいぜん)の仁(じん)たり。予(あらかじめ)奇
謀(きぼう)をめぐらして忽(たちまち)に義兵(ぎへい)をおこす。万死(ばんし)の命(めい)を
忘(わすれ)て一戦(いつせん)の功(こう)をたつ。其(その)勢(せい)いまだ両年(りやうねん)をすぎざる
に其(その)名(な)既(すで)に四海(しかい)にながる。我(わが)山(やま)の衆徒(しゆと)、かつがつ以(もつて)(も(ツ)て)承悦(しようえつ)(せうゑつ)
す。国家(こつか)のため、累家(るいか)のため、武功(ぶこう)を感(かん)じ、武略(ぶりやく)を感(かん)ず。
かくの如(ごと)くならば則(すなはち)山上(さんじやう)の精祈(せいき)むなしからざる事(こと)
を悦(よろこ)び、海内(かいだい)の恵護(ゑご)おこたりなき事(こと)をしん【知ん】ぬ。
P07079
自寺他寺(じじたじ)、常住(じやうぢゆう)(じやうぢう)の仏P2089法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)、本社(ほんじや)末社(まつしや)、祭奠(さいてん)の神明(しんめい)、定(さだめ)
て教法(けうぼふ)(けうぼう)の二(ふた)たび【二度】さかへ(さかえ)【栄え】ん事(こと)を悦(よろこ)び、崇敬(そうきやう)のふるき
に服(ぶく)せん事(こと)を随喜(ずいき)し給(たま)ふらん。衆徒等(しゆとら)が心中(しんぢゆう)(しんぢう)、只(ただ)賢察(けんさつ)
をた【垂】れよ。然(しかれば)則(すなはち)、冥(みやう)には十二(じふに)神将(じんじやう)、忝(かたじけな)く医王(いわう)善逝(ぜんぜい)の
使者(ししや)として凶賊(きようぞく)(けうぞく)追討(ついたう)の勇士(ようし)にあひくははり【加はり】、顕(けん)
には三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)しばらく修学(しゆがく)讃仰(さんぎやう)(さんげう)の勤節(きんせつ)を止(やめ)て、
悪侶(あくりよ)治罰(ぢばつ)の官軍(くわんぐん)をたすけしめん。止観(しくわん)十乗(じふじよう)(じふぜう)の梵
風(ぼんぷう)は奸侶(かんりよ)を和朝(わてう)の外(ほか)に払(はら)ひ、瑜伽(ゆが)三蜜【三密】(さんみつ)の法雨(ほふう)(ほうう)は
P07080
時俗(しぞく)を■年(げうねん)の昔(むかし)にかへさ【返さ】ん。衆儀(しゆぎ)かくの如(ごと)し。倩(つらつら)これ
を察(さつせ)よ。寿永(じゆえい)(じゆゑい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)二日(ふつかのひ)大衆等(だいしゆら)(たいしゆら)とぞかいたりける。
平家(へいけ)山門(さんもんへの)連署(れんじよ)S0712平家(へいけ)はこれをしらずして、「興福(こうぶく)園城(をんじやう)両寺(りやうじ)は鬱
憤(うつぷん)をふくめる折節(をりふし)(おりふし)なれば、かたらふ共(とも)よもなびかじ。当家(たうけ)
はいまだ山門(さんもん)のためにあたをむすばず、山門(さんもん)又(また)当家(たうけ)
のために不忠(ふちゆう)(ふちう)を存(ぞん)ぜず。山王大師(さんわうだいし)に祈誓(きせい)して、
三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)をかたらはばや」とて、一門(いちもん)の公卿(くぎやう)十人(じふにん)、同
心(どうしん)連署(れんじよ)の願書(ぐわんじよ)(ぐはんじよ)をかいて山門(さんもん)へをくる(おくる)【送る】。其(その)状(じやう)(でう)に云(いはく)、
P07081
敬(うやまつて)白(まうす)、延暦寺(えんりやくじ)をも(ッ)て氏寺(うぢてら)に准(じゆん)じ、日吉(ひよし)の社(やしろ)をも(ッ)て
氏社(うじやしろ)として、一向(いつかう)天P2090台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ぶつぱう)を仰(あふぐ)べき事(こと)。右(みぎ)当家(たうけ)
一族(いちぞく)の輩(ともがら)、殊(こと)に祈誓(きせい)する事(こと)あり。旨趣(しいしゆ)(し(イ)しゆ)如何者(いかんとなれば)、叡
山(えいさん)(ゑいさん)は是(これ)桓武天皇(くわんむてんわう)(くはんむてんわう)の御宇(ぎよう)、伝教大師(でんげうだいし)入唐(につたう)帰朝(きてう)の
後(のち)、天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)を此(この)所(ところ)にひろめ、遮那(しやな)の大戒(だいかい)を其(その)
内(うち)に伝(つたへ)てよりこのかた、専(もつぱら)仏法(ぶつぽふ)(ぶつぽう)繁昌(はんじやう)の霊崛(れいくつ)と
して、鎮護(ちんご)国家(こつか)の道場(だうぢやう)にそなふ。方(まさ)に今(いま)、伊豆国(いづのくに)
の流人(るにん)源(みなもとの)頼朝(よりとも)、其(その)咎(とが)を悔(くい)ず、かへ(ッ)て【却つて】朝憲(てうけん)を嘲(あざけ)る。
P07082
しかのみならず奸謀(かんぼう)にくみして同心(どうしん)をいたす源氏
等(げんぢら)、義仲(よしなか)行家(ゆきいへ)以下(いげ)党(たう)を結(むすび)て数(かず)あり。隣境(りんきやう)遠境(ゑんきやう)
数国(すこく)を掠領(りやうりやう)して、土宜(とぎ)土貢(とこう)万物(ばんもつ)を押領(あふりやう)(おうりやう)す。
これによ(ッ)て或(あるい)(あるひ)は累代(るいたい)勲功(くんこう)の跡(あと)をおひ、或(あるい)(あるひ)は当時(たうじ)弓
馬(きゆうば)(きうば)の芸(げい)にまかせて、速(すみやか)に賊徒(ぞくと)を追討(ついたう)(つゐたう)し、凶党(きようたう)(けうたう)
を降伏(がうぶく)すべきよし、いやしくも勅命(ちよくめい)をふくんで、頻(しきり)
に征罰(せいばつ)を企(くはた)つ。爰(ここ)に魚鱗(ぎよりん)鶴翼(くわくよく)の陣(ぢん)、官軍(くわんぐん)利(り)
をえず、聖謀(せいぼう)てん戟(げき)【*電戟】[* 「てん戦」と有るのを高野本により訂正]の威(ゐ)、逆類(ぎやくるい)勝(かつ)に乗(のる)に似(に)たり。若(もし)
P07083
神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)の加備(かび)にあらずは、争(いかで)か反逆(ほんぎやく)の凶乱(きようらん)(けうらん)をしづ
めん耳(のみ)。何(なんぞ)况(いはん)や、忝(かたじけな)く臣等(しんら)が曩祖(なうそ)(のうそ)をおもへ【思へ】ば、本願(ほんぐわん)(ほんぐはん)の
余裔(よえい)(よゑい)とい(ッ)つべし。弥(いよいよ)崇重(そうちよう)(そうてう)すべし、弥(いよいよ)恭敬(くぎやう)すべ
し。自今(じごん)以後(いご)山門(さんもん)に悦(よろこび)あらば一門(いちもん)の悦(よろこび)とし、社家(しやけ)に
憤(いきどほり)(いきどをり)あらば一家(いつか)の憤(いきどほり)(いきどをり)とせん、をのをの(おのおの)【各々】子孫(しそん)に伝(つたへ)て
ながく失堕(しつだ)せじ。藤氏(とうじ)は春日社(かすがのやしろ)興福寺(こうぶくじ)をも(ッ)て
氏社(うぢやしろ)氏寺(うぢてら)として、久(ひさ)しく法相(ほつさう)大乗(だいじよう)(だいぜう)の宗(しゆう)(しう)を帰(き)す。
平氏(へいじ)は日吉社(ひよしのやしろ)延暦寺(えんりやくじ)をも(ッ)て氏社(うぢやしろ)氏寺(うぢてら)として、
P07084
まのあたり円実(ゑんじつ)頓悟(とんご)の教(けう)に値遇(ちぐ)せん。かれはむかしのP2091
ゆい跡(せき)【遺跡】[* 「ゆく跡」と有るのを他本により訂正]也(なり)、家(いへ)のため、栄幸(えいかう)(ゑいかう)をおもふ。これは今(いま)の精祈(せいき)也(なり)、
君(きみ)のため、追罰(ついばつ)(つゐばつ)をこふ【乞ふ】。仰(あふぎ)願(ねがはく)は、山王(さんわう)七社(しちしや)王子(わうじ)眷属(けんぞく)、
東西(とうざい)満山(まんざん)護法(ごほふ)(ごほう)聖衆(しやうじゆ)、十二(じふに)上願(じやうぐわん)日光(につくわう)月光(ぐわつくわう)、医王(いわう)善
逝(ぜんぜい)、無二(むに)の丹誠(たんぜい)を照(てら)して唯一(ゆいいつ)の玄応(けんおう)を垂(たれ)給(たま)へ。然(しかれば)則(すなはち)
逆臣(げきしん)の賊(ぞく)、手(て)を君門(くんもん)につかね、暴逆(ほうぎやく)残害(さんがい)の輩(ともがら)、首(くび)を
京土(けいと)に伝(つたへ)ん。仍(よつて)当家(たうけ)の公卿等(くぎやうら)、異口(いく)同〔音〕(どうおん)(どうをん)に雷(らい)をなし
て祈誓(きせい)如件(くだんのごとし)。従(じゆ)三位(さんみ)(さんゐ)行(ぎやう)兼(けん)越前守(ゑちぜんのかみ)平(たひらの)朝臣(あそん)(あつそん)通盛(みちもり)従(じゆ)
P07085
三位(さんみ)行(ぎやう)兼(けん)右近衛(うこんゑの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)平(たひらの)朝臣(あそん)資盛(すけもり)正(じやう)三位(ざんみ)(ざんゐ)行(ぎやう)左近衛(さこんゑの)
権(ごんの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)兼(けん)伊与【*伊予】守(いよのかみ)平(たひらの)朝臣(あそん)維盛(これもり)正(じやう)三位(ざんみ)行(ぎやう)左近衛(さこんゑの)中
将(ちゆうじやう)兼(けん)幡摩【*播磨】守(はりまのかみ)平(たひらの)朝臣(あそん)重衡(しげひら)正(じやう)三位(ざんみ)行(ぎよう)右衛門督(うゑもんのかみ)兼(けん)
近江(あふみ)遠江守(とほたふみのかみ)(とをたうみのかみ)平(たひらの)朝臣(あそん)清宗(きよむね)参議(さんぎ)正(じやう)三位(ざんみ)皇大后宮(くわうだいこうくう)
大夫(だいぶ)兼(けん)修理大夫(しゆりのだいぶ)加賀(かが)越中守(ゑつちゆうのかみ)(ゑつちうのかみ)平(たひらの)朝臣(あそん)経盛(つねもり)従(じゆ)二位(にゐ)
行(ぎやう)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)兼(けん)左兵衛督(さひやうゑのかみ)征夷(せいゐ)大将軍(たいしやうぐん)平(たひらの)朝臣(あそん)知盛(とももり)従(じゆ)
二位(にゐ)行(ぎやう)権(ごん)中納言(ぢゆうなごん)兼(けん)肥前守(ひぜんのかみ)平(たひらの)朝臣(あそん)教盛(のりもり)正(じやう)二位(にゐ)行(ぎやう)
権(ごん)大納言(だいなごん)兼(けん)出羽(では)陸奥(みちのく)按察使(あぜつし)平(たひらの)朝臣(あそん)頼盛(よりもり)従(じゆ)一位(いちゐ)平(たひらの)
P07086
朝臣(あそん)宗盛(むねもり)寿永(じゆえい)(じゆゑい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)五日(いつかのひ)敬(うやまつて)白(まうす)P2092とぞかかれたる。貫首(くわんじゆ)
是(これ)を憐(あはれ)み給(たま)ひて、左右(さう)なうも披露(ひろう)せられず、十禅師(じふぜんじ)
の御殿(ごてん)にこめて、三日(さんにち)加持(かぢ)して、其(その)後(のち)衆徒(しゆと)に披露(ひろう)
せらる。はじめはありともみえ【見え】ざりし一首(いつしゆ)の歌(うた)、願書(ぐわんじよ)
のうは【上】巻(まき)にできたり。
たいらか(たひらか)【平か】に花(はな)さくやど【宿】も年(とし)ふれば
西(にし)へかたぶく月(つき)とこそなれ W050
山王大師(さんわうだいし)あはれみをたれ給(たま)ひ、三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)力(ちから)を合(あは)せ
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よと也(なり)。されども年(とし)ごろ日(ひ)ごろ[* 「日ごろ日」と有るのを高野本により訂正]のふるまひ、神慮(しんりよ)にもた
がい(たがひ)【違ひ】、人望(じんばう)にもそむきにければ、いのれ共(ども)かなは【叶は】ず、かたらへ共(ども)
なびかざりけり。大衆(だいしゆ)まこと【誠】に事(こと)の体(てい)をば憐(あはれ)みけれ
共(ども)、「既(すで)に源氏(げんじ)に同心(どうしん)の返牒(へんでふ)(へんでう)ををくる(おくる)【送る】。今(いま)又(また)かろがろ敷(しく)
其(その)儀(ぎ)をあらたむるにあたはず」とて、是(これ)を許容(きよよう)する
衆徒(しゆと)もなし。主上都落(しゆしやうのみやこおち)S0713同(おなじき)七月(しちぐわつ)十四日(じふしにち)、肥後守(ひごのかみ)(ひ(ン)ごのかみ)貞能(さだよし)、鎮西(ちんぜい)の謀
反(むほん)たいらげ(たひらげ)【平げ】て、菊池(きくち)・原田(はらだ)・松浦党(まつらたう)以下(いげ)三千余騎(さんぜんよき)を
めし具(ぐ)して上洛(しやうらく)す。鎮西(ちんぜい)は纔(わづか)にたいらげ(たひらげ)【平げ】ども、東国(とうごく)北
P07088
国(ほつこく)のいくさ【軍】いかにもしづまらず。P2093同(おなじき)廿二日(にじふににち)の夜半(やはん)ばかり、六波
羅(ろくはら)の辺(へん)おびたたしう【夥しう】騒動(さうどう)す。馬(むま)に鞍(くら)をき(おき)【置き】腹帯(はるび)し
め、物共(ものども)東西南北(とうざいなんぼく)へはこびかくす。ただ今(いま)敵(かたき)のうち入(いる)さま
也(なり)。あけて後(のち)聞(きこ)えしは、美濃源氏(みのげんじ)佐渡(さどの)衛門尉(ゑもんのじよう)(ゑもんのぜう)重貞(しげさだ)
といふ者(もの)あり、一(ひと)とせ保元(ほうげん)の合戦(かつせん)の時(とき)、鎮西(ちんぜい)の八郎(はちらう)為朝(ためとも)
がかた【方】のいくさ【軍】にまけて、おちうとにな(ッ)たりしを、からめていだし
たりし勧賞(けんじやう)に、もとは兵衛尉(ひやうゑのじよう)(ひやうゑのぜう)たりしが右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのぜう)になりぬ。
是(これ)によ(ッ)て一門(いちもん)にはあた【仇】まれて平家(へいけ)にへつらひ
P07089
けるが、其(その)夜(よ)の夜半(やはん)ばかり、六波羅(ろくはら)に馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)けるは、
「木曾(きそ)既(すで)に北国(ほつこく)より五万(ごまん)余騎(よき)でせめ【攻め】のぼり、比叡山(ひえいさん)(ひゑいさん)東
坂本(ひがしざかもと)(ひ(ン)がしざかもと)にみちみちて候(さうらふ)。郎等(らうどう)に楯(たて)の六郎(ろくらう)親忠(ちかただ)、手書(てかき)に
大夫房(たいふばう)覚明(かくめい)、六千余騎(ろくせんよき)で天台山(てんだいさん)にきをひ(きほひ)【競ひ】のぼり、三
千(さんぜん)の衆徒(しゆと)皆(みな)同心(どうしん)して只今(ただいま)都(みやこ)へ攻入(せめいる)」よし申(まうし)たりける
故(ゆゑ)(ゆへ)也(なり)。平家(へいけ)の人々(ひとびと)大(おほき)にさはい(さわい)【騒い】で、方々(はうばう)へ討手(うつて)をむけら
れけり。大将軍(たいしやうぐん)には、新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)知盛卿(とももりのきやう)、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重
衡卿(しげひらのきやう)、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三千余騎(さんぜんよき)、都(みやこ)を立(たつ)てまづ山階(やましな)に
P07090
宿(しゆく)せらる。越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)、能登守(のとのかみ)教経(のりつね)、二千余騎(にせんよき)で
宇治橋(うぢはし)をかためらる。左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)、薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、一
千余騎(いつせんよき)で淀路(よどぢ)を守護(しゆご)せられけり。源氏(げんじ)の方(かた)には
十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)、数千騎(すせんぎ)で宇治橋(うぢはし)より入(いる)とも聞(きこ)え
けり。陸奥(みちのくの)新判官(しんはんぐわん)義康(よしやす)が〔子(こ)〕、矢田(やたの)(やだの)判官代(はんぐわんだい)義清(よしきよ)、大江
山(おほえやま)をへて上洛(しやうらく)すとも申(まうし)あへり。摂津国(せつつのくに)河内(かはち)の源氏等(げんじら)、
雲霞(うんか)の如(ごと)くに同(おなじく)都(みやこ)へみだれ入(いる)よし聞(きこ)えしかば、平
家(へいけ)の人々(ひとびと)「此(この)上(うへ)はただ一所(いつしよ)でいかにもなり給(たま)P2094へ」とて、方々(はうばう)
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へむけられたる討手共(うつてども)、都(みやこ)へ皆(みな)よびかへさ【返さ】れけり。帝都(ていと)
名利地(みやうりのち)、鶏(にはとり)鳴(ない)て安(やす)き事(こと)なし。おさまれ(をさまれ)【納まれ】る世(よ)だにもかくの
如(ごと)し。况(いはん)や乱(みだれ)たる世(よ)にをいて(おいて)をや。吉野山(よしのやま)の奥(おく)のおくへも入(いり)
なばやとはおぼしけれ共(ども)、諸国(しよこく)七道(しちだう)悉(ことごとく)そむきぬ。いづれの浦(うら)
かおだしかるべき。三界(さんがい)無安(むあん)猶如(ゆによ)火宅(くわたく)(くはたく)とて、如来(によらい)の金言(きんげん)
一乗(いちじよう)(いちぜう)の妙文(めうもん)なれば、なじかはすこしもたがふ【違ふ】べき。同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿四
日(にじふしにち)のさ夜(よ)ふけがたに、前(さきの)内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)、建礼門院(けんれいもんゐん)のわ
たらせ給(たま)ふ六波羅殿(ろくはらどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まう)されけるは、「此(この)世(よ)の中(なか)
P07092
のあり様(さま)、さりともと存(ぞんじ)候(さうらひ)つるに、いまはかうにこそ候(さうらふ)めれ。ただ
都(みやこ)のうちでいかにもならんと、人々(ひとびと)は申(まうし)あはれ候(さうら)へども、まのあ
たりうき目(め)を見(み)せまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んも口惜(くちをしく)(くちおしく)候(さうら)へば、院(ゐん)をも内(うち)を
もとり奉(たつまつり)て、西国(さいこく)の方(かた)へ御幸(ごかう)行幸(ぎやうがう)をもなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
みばやとこそ思(おも)ひな(ッ)て候(さうら)へ」と申(まう)されければ、女院(にようゐん)「今(いま)はただ
ともかうも、そこのはからひにてあらんずらめ」とて、御衣(ぎよい)の御
袂(おんたもと)にあまる御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。大臣殿(おほいとの)も直衣(なほし)(なをし)の
袖(そで)しぼる斗(ばかり)にみえ【見え】られけり。其(その)夜(よ)法皇(ほふわう)(ほうわう)をば
P07093
内々(ないない)平家(へいけ)のとり奉(たてまつり)て、都(みやこ)の外(ほか)へ落行(おちゆく)べしといふ
事(こと)をきこしめさ【聞し召さ】れてやありけん、按察大納言(あぜちのだいなごん)
資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)の子息(しそく)、右馬頭(むまのかみ)資時(すけとき)斗(ばかり)御供(おんとも)(おとも)にて、ひそかに
御所[* 「御前」と有るのを高野本により訂正](ごしよ)を出(いで)させ給(たま)ひ、鞍馬(くらま)へ御幸(ごかう)なる。人(ひと)是(これ)をしら
ざりけり。平家(へいけ)の侍(さぶらひ)橘(きち)P2095内左衛門(ないざゑもんの)尉(じよう)(ぜう)季康(すゑやす)といふ者(もの)
あり。さかざか【賢々】しきおのこ(をのこ)【男】にて、院(ゐん)にもめしつかはれけり。其(その)
夜(よ)しも法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)に御(お)とのゐして候(さうらひ)けるに、つねの御
所(ごしよ)のかた、よにさはがしう(さわがしう)【騒がしう】ざざめきあひて、女房達(にようばうたち)
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しのびね【忍び音】になきな(ン)ど(など)し給(たま)へば、何事(なにごと)やらんと聞(きく)程(ほど)に、「法
皇(ほふわう)(ほうわう)の俄(にはか)にみえ【見え】させ給(たま)はぬは。いづ方(かた)へ御幸(ごかう)やらん」と
いふ声(こゑ)にききなしつ。「あなあさまし」とて、やがて六波羅(ろくはら)
へ馳(はせ)まいり(まゐり)【参り】、大臣殿(おほいとの)に此(この)由(よし)申(まうし)ければ、「いで、ひが事(こと)でぞ
あるらん」との給(たま)ひながら、ききもあへず、いそぎ法住寺
殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へば、げにみえ【見え】させ給(たま)はず。
御前(ごぜん)に候(さふら)はせ給(たま)ふ女房[* 「如房」と有るのを高野本により訂正]達(にようばうたち)、二位殿(にゐどの)丹後殿(たんごどの)以下(いげ)一人(いちにん)も
はたらき給(たま)はず。「いかにやいかに」と申(まう)されけれ共(ども)、「われこそ
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御(おん)ゆくゑ(ゆくへ)【行方】しりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たれ」と申(まう)さるる人(ひと)一人(いちにん)もおはせ
ず、皆(みな)あきれたるやう也(なり)けり。さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)(ほうわう)都(みやこ)の
内(うち)にもわたらせ給(たま)はずと申(まうす)程(ほど)こそありけれ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)
の騒動(さうどう)なのめならず。况(いはん)や平家(へいけ)の人々(ひとびと)のあはて(あわて)【慌て】さは
が(さわが)【騒が】れけるありさま、家々(いへいへ)に敵(かたき)の打入(うちいり)たり共(とも)、かぎりあれば、
是(これ)には過(すぎ)じとぞ見(み)えし。日(ひ)ごろは平家(へいけ)院(ゐん)をも内(うち)
をもとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、西国(さいこく)の方(かた)へ御幸(ごかう)行幸(ぎやうがう)をもなし
奉(たてまつ)らんと支度(したく)せられたりしに、かく打(うち)すてさせ給(たま)ひ
P07096
ぬれば、たのむ【頼む】木(こ)のもとに雨(あめ)のたまらぬ心地(ここち)ぞせられける。
「さりとては行幸(ぎやうがう)ばかりなり共(とも)なしまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」とて、卯剋(うのこく)
ばかりに既(すで)に行幸(ぎやうがう)P2096の御(み)こし【御輿】よせたりければ、主上(しゆしやう)は
今年(ことし)六歳(ろくさい)、いまだいとけなうましませば、なに心(ごころ)もなうめ
されけり。国母(こくぼ)建礼門院(けんれいもんゐん)御同輿(ごどうよ)にまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ。内侍
所(ないしどころ)、神璽(しんし)、宝剣(ほうけん)わたし奉(たてまつ)る。「印鑰(いんやく)(ゐんやく)、時札(ときのふだ)、玄上(けんじやう)、鈴(すず)か【鈴鹿】な(ン)ど(など)
もとりぐせよ【具せよ】」と平大納言(へいだいなごん)下知(げぢ)せられけれ共(ども)、あまりにあ
はて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】でとりおとす【落す】物(もの)ぞおほかり【多かり】ける。日(ひ)の御座(ござの)御
P07097
剣(ぎよけん)な(ン)ど(など)もとりわすれさせ給(たま)ひけり。やがて此(この)時忠卿(ときただのきやう)、内蔵
頭(くらのかみ)信基(のぶもと)、讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)時実(ときざね)三人(さんにん)ばかりぞ、衣冠(いくわん)にて供奉(ぐぶ)
せられける。近衛(こんゑ)づかさ、御綱(みつな)のすけ、甲冑(かつちう)をよろい(よろひ)【鎧ひ】弓
箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)して供奉(ぐぶ)せらる。七条(しつでう)を西(にし)へ、朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)(み(ン)なみ)へ
行幸(ぎやうがう)なる。明(あく)れば七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)也(なり)。漢天(かんてん)既(すで)にひらきて、雲(くも)
東嶺(とうれい)にたなびき、あけがたの月(つき)しろく【白く】さえて、鶏
鳴(けいめい)又(また)いそがはし。夢(ゆめ)にだにかかる事(こと)はみず。一(ひと)とせ都(みやこ)
うつりとて俄(にはか)にあはたたしかり(あわたたしかり)しは、かかるべかり
P07098
ける先表(ぜんべう)共(とも)今(いま)こそおもひ【思ひ】しられけれ。摂政殿(せつしやうどの)も行幸(ぎやうがう)
に供奉(ぐぶ)して御出(ぎよしゆつ)なりけるが、七条大宮(しつでうおほみや)にてびんづら
ゆひたる童子(どうじ)の御車(おんくるま)の前(まへ)をつ(ッ)と走(はし)りとおる(とほる)【通る】を
御覧(ごらん)ずれば、彼(かの)童子(どうじ)の左[M 「老」とありミセケチ「左」と傍書](ひだり)の袂(たもと)に、春(はる)の日(ひ)といふ文字(もんじ)ぞ
あらはれたる。春(はる)の日(ひ)とかいてはかすがとよめば、法相(ほつさう)擁
護(おうご)の春日大明神(かすがだいみやうじん)、大織冠(たいしよくくわん)(たいしよくはん)の御末(おんすゑ)をまもら【守ら】せ給(たま)ひけり
と、たのもしう【頼もしう】おぼしめす【思し召す】ところ【所】に、P2097件(くだん)の童子(どうじ)の
声(こゑ)とおぼしくて、
P07099
いかにせん藤(ふぢ)のすゑ葉(ば)のかれゆくを
ただ春(はる)の日(ひ)にまかせてやみん W051
御供(おんとも)に候(さうらふ)進藤(しんどう)左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)高直(たかなほ)(たかなふ)ちかうめして、「倩(つらつら)事(こと)
のていを案(あん)ずるに、行幸(ぎやうがう)はなれ共(ども)御幸(ごかう)もならず。
ゆく末(すゑ)たのもから【頼もしから】ずおぼしめす【思し召す】はいかに」と仰(おほせ)ければ、
御牛飼(おんうしかひ)に目(め)を見(み)あはせたり。やがて心得(こころえ)て御車(おんくるま)を
やりかへし、大宮(おほみや)をのぼりに、とぶが如(ごと)くにつかまつる。
北山(きたやま)の辺(へん)知足院(ちそくゐん)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。維盛都落(これもりのみやこおち)S0714平家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)
P07100
次郎兵衛(じらうびやうゑ)(じらうびやうへ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、是(これ)を承(うけたま)は(ッ)ておひとどめ【留め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと頻(しきり)
にすすみけるが、人々(ひとびと)にせい【制】せられてとどまりけり。小
松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛(これもり)は、日(ひ)ごろよりおぼしめし【思し召し】まうけられ
たりけれ共(ども)、さしあた(ッ)てはかなしかりけり。北(きた)の方(かた)と申(まうす)
は、故中御門(こなかのみかど)新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の御(おん)むすめ也(なり)。桃顔(たうがん)
露(つゆ)にほころび、紅粉(こうふん)眼(まなこ)に媚(こび)をなし、柳髪(りうはつ)風(かぜ)にみだ
るるよそほひ、又(また)人(ひと)あるべしとも見(み)え給(たま)はず。六代御前(ろくだいごぜん)
とて、生年(しやうねん)十(とを)になり給(たま)ふ若公(わかぎみ)、その妹(いもと)八歳(はつさい)の姫君(ひめぎみ)おはし
P07101
けり。此(この)人々(ひとびと)皆(みな)をくれ(おくれ)【遅れ】じとしたひ【慕ひ】給(たま)へば、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の
給(たま)ひP2098けるは、「日(ひ)ごろ申(まうし)し様(やう)に、われは一門(いちもん)に具(ぐ)して西国(さいこく)
の方(かた)へ落行(おちゆく)也(なり)。いづくまでも具(ぐ)し奉(たてまつ)るべけれ共(ども)、道(みち)にも
敵(かたき)待(まつ)なれば、心(こころ)やすう[B 「う」に「く」と傍書]とおら(とほら)【通ら】ん事(こと)も有(あり)がたし。たとい(たとひ)われ
うたれたりと聞(きき)給(たま)ふ共(とも)、さまな(ン)ど(など)かへ給(たま)ふ事(こと)はゆめゆめ
あるべからず。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、いかならん人(ひと)にも見(み)えて、身(み)
をもたすけ、おさなき(をさなき)【幼き】者共(ものども)をもはぐくみ給(たま)ふべし。
情(なさけ)をかくる人(ひと)もなど〔か〕なかるべき」と、やうやうになぐさめ
P07102
給(たま)へ共(ども)、北方(きたのかた)とかうの返事(へんじ)もし給(たま)はず、ひきかづきてぞ
ふし給(たま)ふ。すでにたたんとし給(たま)へば、袖(そで)にすが(ッ)て、「都(みやこ)には
父(ちち)もなし、母(はは)もなし。捨(すて)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て後(のち)、又(また)誰(たれ)にかはみゆ
べきに、いかならん人(ひと)にも見(み)えよな(ン)ど(など)承(うけたま)はるこそうらめし
けれ【恨めしけれ】。前世(ぜんぜ)の契(ちぎり)ありければ、人(ひと)こそ憐(あはれ)み給(たま)ふ共(とも)、又(また)人(ひと)ごとに
しもや情(なさけ)をかくべき。いづくまでもともなひ奉(たてまつ)り、
同(おな)じ野原(のばら)の露(つゆ)ともきえ、ひとつ底(そこ)のみくづとも
ならんとこそ契(ちぎり)しに、さればさ夜(よ)のね覚(ざめ)のむつごと
P07103
は、皆(みな)偽(いつはり)になりにけり。せめては身(み)ひとつならばいかが
せん、すてられ奉(たてまつ)る身(み)のうさをおもひ【思ひ】し(ッ)【知つ】てもとどまり
なん、おさなき(をさなき)【幼き】者共(ものども)をば、誰(たれ)にみゆづり、いかにせよとか
おぼしめす。うらめしう【恨めしう】もとどめ【留め】給(たま)ふ物哉(ものかな)」と、且(かつ)(かつ(ウ))はうら
み【恨み】且(かつ)(かつ(ウ))はしたひ給(たま)へば、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の給(たま)ひけるは、「誠(まこと)に人(ひと)は
十三(じふさん)、われは十五(じふご)より見(み)そめ奉(たてまつ)り、火(ひ)のなか水(みづ)の底(そこ)へも
ともにいり、ともにしづみ、限(かぎり)ある別路(わかれぢ)までも、をくれ(おくれ)【遅れ】
先(さき)だたじP2099とこそ申(まうし)しか共(ども)、かく心(こころ)うきありさまにて
P07104
いくさ【軍】の陣(ぢん)へおもむけば、具足(ぐそく)し奉(たてまつ)り、ゆくゑ(ゆくへ)【行方】もしらぬ
旅(たび)の空(そら)にてうき目(め)をみせ【見せ】奉(たてまつ)らんもうたてかるべし。
其上(そのうへ)今度(こんど)は用意(ようい)も候(さうら)はず。いづくの浦(うら)にも心(こころ)やすう
落(おち)ついたらば、それよりしてこそむかへに人(ひと)をもたて
まつら【奉ら】め」とて、おもひ【思ひ】き(ッ)てぞたたれける。中門(ちゆうもん)(ちうもん)の廊(らう)に
出(いで)て、鎧(よろひ)と(ッ)てき【着】、馬(むま)ひきよせさせ、既(すで)にのらんとし給(たま)へば、
若公(わかぎみ)姫君(ひめぎみ)はしりいでて、父(ちち)の鎧(よろひ)の袖(そで)、草摺(くさずり)に取(とり)つ
き、「是(これ)はさればいづちへとて、わたらせ給(たま)ふぞ。我(われ)もま
P07105
いら(まゐら)【参ら】ん、われもゆかん」とめんめん【面々】にしたひなき給(たま)ふにぞ、うき世(よ)
のきづなとおぼえて、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)いとどせんかたなげには
見(み)えられける。さる程(ほど)に、御弟(おんおとと)新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)資盛卿(すけもりのきやう)・
左中将(さちゆうじやう)(さちうじやう)清経(きよつね)・同(おなじく)少将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)(じじう)忠房(ただふさ)・備中
守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)師盛(もろもり)兄弟(きやうだい)五騎(ごき)、乗(のり)ながら門(もん)のうちへ打入(うちい)り、庭(には)に
ひかへて、「行幸(ぎやうがう)は遥(はるか)にのびさせ給(たま)ひぬらん。いかにや今(いま)
まで」と声々(こゑごゑ)に申(まう)されければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)馬(むま)にうちの(ッ)【乗つ】て
いで給(たま)ふが、猶(なほ)(なを)ひ(ッ)【引つ】かへし、■(えん)のきはへうちよせて、弓(ゆみ)の
P07106
はずで御簾(みす)をざ(ッ)とかきあげ、「是(これ)御覧(ごらん)ぜよ、おのおの。
おさなき(をさなき)【幼き】者共(ものども)があまりにしたひ候(さうらふ)を、とかうこしらへを
か(おか)【置か】んと仕(つかまつ)る程(ほど)に、存(ぞん)の外(ほか)の遅参(ちさん)」との給(たま)ひもあへず
なか【泣か】れければ、庭(には)にひかへ給(たま)へる人々(ひとびと)皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)をぞ
ぬらされける。ここに斎藤五(さいとうご)、斎藤六(さいとうろく)とて、兄(あに)は十九(じふく)、
弟(おとと)は十七(じふしち)になる侍(さぶらひ)あり。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)のP2100御馬(おんむま)の左右(さう)の
みづつきにとりつき【取り付き】、いづくまでも御供(おんとも)仕(つかまつ)るべき
由(よし)申(まう)せば、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の給(たま)ひけるは、「をのれら(おのれら)【己等】が父(ちち)
P07107
斎藤(さいとう)別当(べつたう)北国(ほつこく)へくだ(ッ)し時(とき)、汝等(なんぢら)が頻(しきり)に供(とも)せうどいひ
しか共(ども)、「存(ぞんず)るむねがあるぞ」とて、汝等(なんぢら)をとどめ【留め】をき(おき)、
北国(ほつこく)へくだ(ッ)て遂(つひ)(つい)に討死(うちじに)したりけるは、かかるべかり
ける事(こと)を、ふるい【古い】者(もの)でかねて【予て】知(しり)たりけるにこそ。
あの六代(ろくだい)をとどめ【留め】て行(ゆく)に、心(こころ)やすうふち【扶持】すべき者(もの)
のなきぞ。ただ理(り)をまげてとどまれ」との給(たま)へば、力(ちから)
をよば(およば)【及ば】ず、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)てとどまりぬ。北方(きたのかた)は、「とし
ごろ日比(ひごろ)是(これ)程(ほど)情(なさけ)なかりける人(ひと)とこそ兼(かね)てもおも
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は【思は】ざりしか」とて、ふしまろびてぞなかれける。若公(わかぎみ)姫君(ひめぎみ)女
房[* 「如房」と有るのを高野本により訂正]達(にようばうたち)は、御簾(みす)の外(ほか)までまろび出(いで)て、人(ひと)の聞(きく)をもはばか
らず、声(こゑ)をはかりにぞおめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】給(たま)ひける。此(この)
声々(こゑごゑ)耳(みみ)の底(そこ)にとどま(ッ)【留まつ】て、西海(さいかい)のたつ浪(なみ)のうへ、吹(ふく)風(かぜ)
の音(おと)(をと)までも聞(きく)様(やう)にこそおもは【思は】れけめ。平家(へいけ)都(みやこ)を落
行(おちゆく)に、六波羅(ろくはら)・池殿(いけどの)・小松殿(こまつどの)、八条(はつでう)・西八条(にしはつでう)以下(いげ)、一門(いちもん)の卿
相(けいしやう)雲客(うんかく)の家々(いへいへ)廿(にじふ)余ケ所(よかしよ)、付々(つぎつぎ)の輩(ともがら)の宿所(しゆくしよ)々々(しゆくしよ)、
京(きやう)白河(しらかは)に四五万間(しごまんげん)の在家(ざいけ)、一度(いちど)に火(ひ)をかけて皆(みな)焼
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払(やきはら)ふ。聖主臨幸(せいしゆりんかう)S0715 P2101或(あるい)(あるひ)は聖主臨幸(せいしゆりんかう)の地(ち)也(なり)、鳳闕(ほうけつ)むなしく礎(いしずゑ)をのこ
し、鸞輿(らんよ)ただ跡(あと)をとどむ。或(あるいは)(あるひは)后妃(こうひ)遊宴(いうえん)(ゆうゑん)の砌(みぎり)也(なり)、椒
房[* 「桝房」と有るのを高野本により訂正](せうはう)の嵐声(らんせい)かなしみ、腋庭(えきてい)(ゑきてい)の露(つゆ)色(いろ)愁(うれ)ふ。荘香(さうきやう)翠
帳(すいちやう)のもとゐ、戈林(くわりん)(くはりん)釣渚[* 「釣法」と有るのを他本により訂正](てうしよ)の館(たち)、槐棘(くわいきよく)の座(ざ)、燕鸞(えんらん)(ゑんらん)の
すみか、多日(たじつ)の経営(けいえい)(けいゑい)をむなしうして、片時(へんし)の灰燼(くわいしん)
となりはてぬ。况(いはん)や郎従[* 「郎徒」と有るのを高野本により訂正](らうじゆう)(らうじう)の蓬■(ほうひつ)にをいて(おいて)をや。况(いはん)
や雑人(ざふにん)(ざうにん)の屋舎(をくしや)(おくしや)にをいて(おいて)をや。余炎(よえん)の及(およぶ)(をよぶ)ところ【所】、在々
所々(ざいざいしよしよ)数十町(すじつちやう)(す(ウ)じつちやう)也(なり)。強呉(きやうご)忽(たちまち)にほろびて、姑蘇台(こそたい)の露(つゆ)
P07110
荊棘(けいきよく)にうつり、暴秦(ぼうしん)すでに衰(おとろへ)て、咸陽宮(かんやうきゆう)(かんやうきう)の煙(けぶり)へい
けいをかくし【隠し】けんも、かくやとおぼえて哀(あはれ)也(なり)。日(ひ)
ごろは函谷(かんごく)二■(じかう)のさが【嶮】しきをかた【固】うせしか共(ども)、北狄(ほくてき)の
ために是(これ)を破(やぶ)られ、今(いま)は洪河(こうか)■渭(けいゐ)のふかきをたのん【頼ん】
じか共(ども)、東夷(とうい)のために是(これ)をとられたり。豈(あに)図(はかり)きや、
忽(たちまち)に礼儀(れいぎ)の郷(きやう)を責(せめ)いだされて、泣々(なくなく)無智(むち)の境(さかひ)に
身(み)をよせんと。昨日(きのふ)は雲(くも)の上(うへ)に雨(あめ)をくだす神竜(しんりよう)(しんれう)
たりき。今日(けふ)は、肆(いちぐら)の辺(へん)に水(みづ)をうしなう(うしなふ)枯魚(こぎよ)の
P07111
如(ごと)し。禍福(くわふく)道(みち)を同(おなじ)うし、盛衰(せいすい)[* 下に「と」が有るのを高野本により省く]掌(たなごころ)をかへす【返す】、いま目(め)の
前(まへ)にあり。誰(たれ)か是(これ)をかなしまざらん。保元(ほうげん)のむかしは春(はる)の
花(はな)と栄(さかえ)(さかへ)しか共(ども)、寿永(じゆえい)(じゆゑい)の今(いま)は秋(あき)の紅葉(もみぢ)と落(おち)はてぬ。去(さんぬる)治
承(ぢしよう)(ぢせう)四年(しねん)七月(しちぐわつ)、大番(おほばん)のために上洛(しやうらく)したりける畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)
重能(しげよし)・小山田(をやまだの)別当(べつたう)有重(ありしげ)・宇津宮左衛門(うつのみやのさゑもん)朝綱(ともつな)、寿永(じゆえい)(じゆゑい)
までめしこめられたりしが、其(その)時(とき)既(すで)にきら【斬ら】るべかり
しを、新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)知盛卿(とももりのきやう)申(まう)されけるは、「御運(ごうん)だにつきさ
せ給(たま)ひなば、P2102これら百人(ひやくにん)千人(せんにん)が頸(くび)をきらせ給(たま)ひたり共(とも)、
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世(よ)をとらせ給(たま)はん事(こと)難(かた)かるべし。古郷(こきやう)には妻子(さいし)所従等(しよじゆうら)(しよじうら)
いかに歎(なげき)かなしみ候(さうらふ)らん。若(もし)不思議(ふしぎ)に運命(うんめい)ひらけて、
又(また)都(みやこ)へたちかへらせ給(たま)はん時(とき)は、ありがたき御情(おんなさけ)でこそ
候(さうら)はんずれ。ただ理(り)をまげて本国(ほんごく)へ返(かへ)し遣(つかは)さるべう
や候(さうらふ)らん」と申(まう)されければ、大臣殿(おほいとの)「此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)しかるべし」とて、
いとまをたぶ。これらかうべを地(ち)につけ、涙(なみだ)をながい【流い】て
申(まうし)けるは、「去(さんぬる)治承(ぢしよう)(ぢせう)より今(いま)まで、かひなき命(いのち)をた
すけられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へば、いづくまでも御供(おんとも)に候(さうらひ)て、
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行幸(ぎやうがう)の御(おん)ゆくゑ(ゆくへ)【行方】をみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と頻(しきり)に申(まうし)けれ共(ども)、大臣
殿(おほいとの)「汝等(なんぢら)が魂(たましひ)(たましゐ)は皆(みな)東国(とうごく)にこそあるらんに、ぬけがら斗(ばかり)
西国(さいこく)へめしぐす【召具す】べき様(やう)なし。いそぎ下(くだ)れ」と仰(おほせ)られ
ければ、力(ちから)なく涙(なみだ)ををさへ(おさへ)て下(くだ)りけり。これらも廿(にじふ)
余年(よねん)のしう(しゆう)【主】なれば、別(わかれ)の涙(なみだ)おさへがたし。忠教【*忠度】都落(ただのりのみやこおち)S0716薩摩守(さつまのかみ)
忠教【*忠度】(ただのり)は、いづくよりやかへ【帰】られたりけん、侍(さぶらひ)(さぶらい)五騎(ごき)、童(わらは)
一人(いちにん)、わが身(み)共(とも)に七騎(しちき)取(とつ)て返(かへ)し、五条(ごでうの)三位(さんみ)俊成卿(しゆんぜいのきやう)の
宿所(しゆくしよ)におはしてみ【見】給(たま)へば、門戸(もんこ)をとぢて開(ひら)かず。「忠教【*忠度】(ただのり)」
P07114
と名(な)のり給(たま)へば、「おちうと【落人】帰(かへ)りき[B た]り」とて、その内(うち)さP2103はぎ(さわぎ)【騒ぎ】あ
へり。薩摩守(さつまのかみ)馬(むま)よりおり、みづからたからかにの給(たま)ひ
けるは、「別(べち)の子細(しさい)候(さうら)はず。三位殿(さんみどの)に申(まうす)べき事(こと)あ(ッ)て、忠教【*忠度】(ただのり)
がかへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。門(もん)をひらかれず共(とも)、此(この)きはまで立(たち)よらせ
給(たま)へ」との給(たま)へば、俊成卿(しゆんぜいのきやう)「さる事(こと)あるらん。其(その)人(ひと)ならば
くるしかる【苦しかる】まじ。いれ【入れ】申(まう)せ」とて、門(かど)をあけて対面(たいめん)あり。
事(こと)の体(てい)何(なに)となう哀(あはれ)也(なり)。薩摩守(さつまのかみ)の給(たま)ひけるは、
「年来(としごろ)申(まうし)承(うけたま)は(ッ)て後(のち)、をろか(おろか)【愚】ならぬ御事(おんこと)におもひ
P07115
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へども、この二三年(にさんねん)は、京都(きやうと)のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、国々(くにぐに)の
みだれ、併(しかしながら)当家(たうけ)の身(み)の上(うへ)の事(こと)に候(さうらふ)間(あひだ)(あいだ)、そらく【粗略】を存(ぞん)
ぜずといへ共(ども)、つねにまいり(まゐり)【参り】よる事(こと)も候(さうら)はず。君(きみ)既(すで)に
都(みやこ)を出(いで)させ給(たま)ひぬ。一門(いちもん)の運命(うんめい)はやつき候(さうらひ)ぬ。撰
集(せんじふ)(せんじう)のあるべき由(よし)承(うけたまはり)候(さうらひ)しかば、生涯(しやうがい)の面目(めんぼく)に、一首(いつしゆ)
なり共(とも)御恩(ごおん)(ごをん)をかうぶらうど存(ぞん)じて候(さうらひ)しに、やがて
世(よ)のみだれいできて、其(その)沙汰(さた)なく候(さうらふ)条(でう)、ただ一身(いつしん)の
歎(なげき)と存(ぞんじ)候(さうらふ)。世(よ)しづまり候(さうらひ)なば、勅撰(ちよくせん)の御沙汰(ごさた)候(さうら)はんずらん。
P07116
是(これ)に候(さうらふ)巻物(まきもの)のうちに、さりぬべきもの候(さうら)はば、一首(いつしゆ)なり共(とも)
御恩(ごおん)(ごをん)を蒙(かうぶり)て、草(くさ)の陰(かげ)にてもうれしと存(ぞんじ)候(さうら)はば、遠(とほ)(とを)き
御(おん)まもり【守り】でこそ候(さうら)はんずれ」とて、日(ひ)ごろ読(よみ)をか(おか)【置か】れたる
歌共(うたども)のなかに、秀歌(しうか)とおぼしきを百余首(ひやくよしゆ)書(かき)あつ
められたる巻物(まきもの)を、今(いま)はとてう(ッ)たた【打つ立た】れける時(とき)、是(これ)をと(ッ)て
もたれたりしが、鎧(よろひ)のひきあはせより取(とり)いでて[B 「取いて」とあり「いて」間に「た」を傍書補入、高野本により訂正]、俊成卿(しゆんぜいのきやう)に
奉(たてまつ)る。三位(さんみ)是(これ)をあけてみて、「かかるわすれがたみを
給(たまは)りをき(おき)候(さうらひ)ぬる上(うへ)は、ゆめゆめそP2104らくを存(ぞん)ずまじ
P07117
う候(さうらふ)。御疑(おんうたがひ)あるべからず。さても只今(ただいま)の御(おん)わたり【渡】こそ、情(なさけ)も
すぐれてふかう【深う】、哀(あはれ)も殊(こと)におもひ【思ひ】しられて、感涙(かんるい)おさへ
がたう候(さうら)へ」との給(たま)へば、薩摩守(さつまのかみ)悦(よろこび)て、「今(いま)は西海(さいかい)の浪(なみ)
の底(そこ)にしづまば沈(しづ)め、山野(さんや)にかばねをさらさばさらせ、
浮世(うきよ)におもひ【思ひ】をく(おく)【置く】事(こと)候(さうら)はず。さらばいとま申(まうし)て」とて、
馬(むま)にうちのり甲(かぶと)の緒(を)(お)をしめ、西(にし)をさいてぞあゆま【歩ま】
せ給(たま)ふ。三位(さんみ)うしろを遥(はるか)にみをく(ッ)(おくつ)【送つ】てたたれたれば、
忠教【*忠度】(ただのり)の声(こゑ)とおぼしくて、「前途(せんど)程(ほど)遠(とほ)(とを)し、思(おもひ)を鴈
P07118
山(がんさん)の夕(ゆふべ)の雲(くも)に馳(はす)」と、たからかに口(くち)ずさみ給(たま)へば、俊成卿(しゆんぜいのきやう)
いとど名残(なごり)おしう(をしう)【惜しう】おぼえて、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)てぞ入(いり)給(たま)ふ。
其(その)後(のち)世(よ)しづま(ッ)て、千載集(せんざいしふ)(せんざいしう)を撰(せん)ぜられけるに、忠
教【*忠度】(ただのり)の有(あり)しあり様(さま)、いひをき(おき)しことの葉(は)、今更(いまさら)おもひ【思ひ】
出(いで)て哀(あはれ)也(なり)ければ、彼(かの)巻物(まきもの)のうちにさりぬべき歌(うた)
いくらもありけれ共(ども)、勅勘(ちよくかん)の人(ひと)なれば、名字(みやうじ)をば
あらはされず、故郷花(こきやうのはな)といふ題(だい)にてよまれたりける
歌(うた)一首(いつしゆ)ぞ、読人(よみひと)しらずと入(いれ)られける。
P07119
さざなみや志賀(しが)の都(みやこ)はあれにしを
むかしながらの山(やま)ざくらかな W052
其(その)身(み)朝敵(てうてき)となりにし上(うへ)は、子細(しさい)にをよば(およば)【及ば】ずと
いひながら、うらめしかり【恨めしかり】し事共(ことども)也(なり)。P2105経正都落(つねまさのみやこおち)S0717修理大夫(しゆりのだいぶ)経盛(つねもり)
の子息(しそく)、皇后宮(くわうごうぐう)の亮(すけ)経正(つねまさ)、幼少(えうせう)(ようせう)にては仁和寺(にんわじ)の
御室(おむろ)の御所(ごしよ)に、童形(とうぎやう)にて候(さうら)はれしかば、かかる怱劇(そうげき)の
中(なか)にも其(その)御名残(おんなごり)き(ッ)とおもひ【思ひ】出(いで)て、侍(さぶらひ)五六騎(ごろくき)めし具(ぐ)
して、仁和寺殿(にんわじどの)へ馳(はせ)まいり(まゐり)【参り】、門前(もんぜん)にて馬(むま)よりおり、申入(まうしいれ)
P07120
られけるは、「一門(いちもん)運(うん)尽(つき)てけふ既(すで)に帝都(ていと)を罷出(まかりいで)候(さうらふ)。う
き世(よ)におもひ【思ひ】のこす事(こと)とては、ただ君(きみ)の御名残(おんなごり)ばかり
也(なり)。八歳(はつさい)の時(とき)まいり(まゐり)【参り】はじめ候(さうらひ)て、十三(じふさん)で元服(げんぶく)仕(つかまつり)候(さうらふ)までは、
あひいたはる事(こと)の候(さうら)はん[* 「ぬ」と有るのを他本により訂正]外(ほか)は、あからさまにも御前(おんまへ)
を立(たち)さる事(こと)も候(さうら)はざりしに、けふより後(のち)、西海(さいかい)
千里(せんり)の浪(なみ)におもむい【赴むい】て、又(また)いづれの日(ひ)いづれの時(とき)
帰(かへ)りまいる(まゐる)【参る】べしともおぼえぬこそ、口惜(くちをし)(くちおし)く候(さうら)へ。今(いま)一度(いちど)
御前(おんまへ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、君(きみ)をもみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たう候(さうら)へ共(ども)、既(すで)に甲冑(かつちう)
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をよろい(よろひ)【鎧ひ】、弓箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)し、あらぬさまなるよそおひ(よそほひ)【粧】に
罷成(まかりなり)て候(さうら)へば、憚(はばかり)存(ぞんじ)候(さうらふ)」とぞ申(まう)されける。御室(おむろ)哀(あはれ)におぼし
めし【思し召し】、「ただ其(その)すがたを改(あらた)めずしてまいれ(まゐれ)【参れ】」とこそ仰(おほせ)けれ。
経正(つねまさ)、其(その)日(ひ)は紫地(むらさきぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、萌黄(もえぎ)の匂(にほひ)の鎧(よろひ)
きて、長覆輪(ながぶくりん)の太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、滋
藤(しげどう)の弓(ゆみ)わきにはさみ、甲(かぶと)をばぬぎたかひもにかけ、
御前(おまへ)の御坪(おつぼ)に畏(かしこま)る。御室(おむろ)やがて御出(おんいで)あ(ッ)て、御簾(みす)たかく
あげさせ、「是(これ)へこれへ」とめP2106されければ、大床(おほゆか)へこそま
P07122
いら(まゐら)【参ら】れけれ。供(とも)に具(ぐ)せられたる藤兵衛(とうびやうゑ)有教(ありのり)をめす。
赤地(あかぢ)の錦(にしき)の袋(ふくろ)に入(いれ)たる御琵琶(おんびは)(おんびわ)も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。経正(つねまさ)
是(これ)をとりついで、御前(おんまへ)にさしをき(おき)、申(まう)されけるは、「先年(せんねん)
下(くだ)しあづか(ッ)て候(さうらひ)し青山(せいざん)もたせてまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。あまりに
名残(なごり)はおしう(をしう)【惜しう】候(さうら)へ共(ども)、さしもの名物(めいぶつ)を田舎(でんじや)の塵(ちり)にな
さん事(こと)、口惜(くちをし)(くちおし)う候(さうらふ)。若(もし)不思儀(ふしぎ)に運命(うんめい)ひらけて、又(また)都(みやこ)
へ立帰(たちかへ)る事(こと)候(さうら)はば、其(その)時(とき)こそ猶(なほ)(なを)下(くだ)しあづかり候(さうら)はめ」と
泣々(なくなく)申(まう)されければ、御室(おむろ)哀(あはれ)におぼしめし【思し召し】、一首(いつしゆ)の御
P07123
詠(ぎよえい)(ぎよゑい)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】てくだされけり。
あかずしてわかるる君(きみ)が名残(なごり)をば
のちのかたみにつつみてぞをく(おく)【置く】 W053
経正(つねまさ)御硯(おんすずり)くだされて、
くれ竹(たけ)のかけひの水(みづ)はかはれども
なを(なほ)【猶】すみあかぬみやの中(うち)かな W054
さていとま申(まうし)て出(いで)られけるに、数輩(すはい)の童形(とうぎやう)・出世
者(しゆつせしや)・坊官(ばうくわん)・侍(さぶらひ)僧(そう)に至(いた)るまで、経正(つねまさ)の袂(たもと)にすがり、袖(そで)を
P07124
ひかへて、名残(なごり)ををしみ涙(なみだ)をながさぬはなかりけり。其(その)中(なか)
にも、経正(つねまさ)の幼少(えうせう)(ようせう)の時(とき)、小師(こじ)でおはせし大納言(だいなごんの)法印(ほふいん)(ほうゐん)
行慶(ぎやうけい)と申(まうしし)(まうせし)は、葉室大納言(はむろのだいなごん)光頼卿(くわうらいのきやう)の御子(おんこ)也(なり)。あま
りに名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜しみ】て、桂河(かつらがは)のはたまでうちをくり(おくり)【送り】、
さてもあるべきならねば、其(それ)よりいとまこう【乞う】て泣々(なくなく)
わかれ給(たま)ふに、法印(ほふいん)(ほうゐん)かうぞおもひ【思ひ】つづけ給(たま)ふ。P2107
あはれ【哀】なり老木(おいき)わか木(ぎ)の山(やま)ざくら
をくれ(おくれ)【遅れ】さきだち【先立ち】花(はな)はのこらじ W055
P07125
経正(つねまさ)の返事(へんじ)には、
旅(たび)ごろも夜(よ)な夜(よ)な袖(そで)をかたしきて
おもへ【思へ】ばわれはとをく(とほく)【遠く】ゆきなん W056
さてま【巻】いてもたせられたる赤旗(あかはた)ざ(ッ)とさしあげ【差し上げ】
たり。あそこここにひかへて待(まち)奉(たてまつ)る侍共(さぶらひども)、あはやとて
馳(はせ)あつまり、その勢(せい)百騎(ひやくき)ばかり、鞭(むち)をあげ駒(こま)をはや
めて、程(ほど)なく行幸(ぎやうがう)にお(ッ)つき奉(たてまつ)る。青山之(せいざんの)沙汰(さた)S0718此(この)経正(つねまさ)十七(じふしち)の年(とし)、
宇佐(うさ)の勅使(ちよくし)を承(うけたま)は(ッ)てくだられけるに、其(その)時(とき)青山(せいざん)
P07126
を給(たま)は(ッ)て、宇佐(うさ)へまいり(まゐり)【参り】、御殿(ごてん)にむかひ【向ひ】奉(たてまつ)り秘曲(ひきよく)を
ひき給(たま)ひしかば、いつ聞(きき)なれたる事(こと)はなけれ共(ども)、
ともの宮人(みやびと)をしなべて(おしなべて)、緑衣(りよくい)の袖(そで)をぞしぼりける。
聞(きき)しらぬやつごまでも村雨(むらさめ)とはまがはじな。目出(めでた)
かりし事共(ことども)也(なり)。彼(かの)青山(せいざん)と申(まうす)御琵琶(おんびは)(おんびわ)は、昔(むかし)仁明天
皇(にんみやうてんわうの)御宇(ぎよう)、嘉祥(かしやう)三年(さんねん)の春(はる)、掃部頭(かもんのかみ)貞敏(ていびん)渡唐(とたう)
の時(とき)、大唐(たいたう)の琵琶(びは)(びわ)の博士(はかせ)廉妾夫(れんせうぶ)にあひ、三曲(さんきよく)を
伝(つたへ)て帰朝(きてう)せしに、玄象(けんじやう)・師子丸(ししまる)・青山(せいざん)、三面(さんめん)の琵琶(びは)(びわ)
P07127
を相伝(さうでん)してわたり【渡り】けるが、竜神(りゆうじん)(りうじん)やおしみ(をしみ)【惜しみ】給(たま)ひけん、
浪風(なみかぜ)あらP2108く立(たち)ければ、師子丸(ししまる)をば海底(かいてい)にしづ
め、いま二面(にめん)の琵琶(びは)(びわ)をわたして、吾(わが)朝(てう)の御門(みかど)の御(おん)たから
とす。村上(むらかみ)の聖代(せいたい)応和(おうわ)のころおひ(ころほひ)、三五夜中(さんごやちゆう)(さんごやちう)新月(しんげつ)
白(しろ)くさえ、凉風(りやうふう)颯々(さつさつ)たりし夜(よ)なか半(ば)に、御門(みかど)清
凉殿(せいりやうでん)にして玄象(けんじやう)をぞあそばさ【遊ばさ】れける時(とき)に、影(かげ)の
如(ごと)くなるもの御前(おんまへ)に参(さん)じて、ゆう(いう)【優】にけだかき声(こゑ)に
てしやうが【唱歌】をめでたう仕(つかまつ)る。御門(みかど)御琵琶(おんびは)(おんびわ)をさしを
P07128
か(おか)【置か】せ給(たま)ひて、「抑(そもそも)汝(なんぢ)はいかなる者(もの)ぞ。いづくより来(きた)れる
ぞ」と御尋(おんたづね)あれば、「是(これ)は昔(むかし)貞敏(ていびん)に三曲(さんきよく)をつたへ候(さうらひ)
し大唐(たいたう)の琵琶(びは)(びわ)のはかせ廉妾夫(れんせうぶ)と申(まうす)者(もの)で候(さうらふ)が、
三曲(さんきよく)のうち秘曲(ひきよく)を一曲(いつきよく)のこせるによ(ッ)て、魔道(まだう)へ
沈淪(ちんりん)仕(つかまつり)て候(さうらふ)。今(いま)御琵琶(おんびは)(おんびわ)の御撥音(おんばちおと)(おんばちをと)たへ【妙】にきこえ侍(はべ)る
間(あひだ)(あいだ)、参入(さんにふ)(さんにう)仕(つかまつる)ところ【所】也(なり)。ねがは【願は】くは此(この)曲(きよく)を君(きみ)にさづけ奉(たてまつ)
り、仏果(ぶつくわ)菩提(ぼだい)を証(しよう)(せう)ずべき」由(よし)申(まうし)て、御前(おんまへ)に立(たて)られ
たる青山(せいざん)をとり、てんじゆ【転手】をねぢて秘曲(ひきよく)を君(きみ)に
P07129
さづけ奉(たてまつ)る。三曲(さんきよく)のうちに上玄(しやうげん)石上(せきしやう)是(これ)也(なり)。其(その)後(のち)は
君(きみ)も臣(しん)もおそれ【恐れ】させ給(たま)ひて、此(この)御琵琶(おんびは)(おんびわ)をあそばし【遊ばし】
ひく事(こと)もせさせ給(たま)はず。御室(おむろ)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりけ
るを、経正(つねまさ)の幼少(えうせう)(ようせう)の時、御最愛(ごさいあい)の童形(とうぎやう)たるによ(ッ)て
下(くだ)しあづかりたりけるとかや。こう(かふ)【甲】は紫藤(しとう)のこう(かふ)【甲】、
夏山(なつやま)の峯(みね)のみどりの木(こ)の間(ま)より、有明(ありあけ)の月(つき)の
出(いづ)るを撥面(ばちめん)にかかれたりけるゆへ(ゆゑ)【故】にこそ、青山(せいざん)
とは付(つけ)られたれ。玄象(けんじやう)にもあひおとらぬ希代(きたい)の
P07130
名物(めいぶつ)なりけり。P2109 一門都落(いちもんのみやこおち)S0719 池(いけ)の大納言(だいなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)も池殿(いけどの)に火(ひ)を
かけて出(いで)られけるが、鳥羽(とば)の南(みなみ)の門(もん)にひかへつつ、「わ
すれたる事(こと)あり」とて、赤(あか)じるし切捨(きりすて)て、其(その)勢(せい)
三百余騎(さんびやくよき)、都(みやこ)へと(ッ)てかへさ【返さ】れけり。平家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次
郎兵衛(じらうびやうゑ)(じらうびやうへ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、大臣殿(おほいとの)の御(おん)まへに馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「あれ御覧(ごらん)
候(さうら)へ。池殿(いけどの)の御(おん)とどまり候(さうらふ)に、おほう【多う】の侍共(さぶらひども)のつきま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て罷(まかり)とどまるが奇怪(きくわい)(き(ツ)くわい)におぼえ候(さうらふ)。大納言殿(だいなごんどの)
まではおそれ【恐れ】も候(さうらふ)。侍(さぶらひ)共(ども)に矢(や)一(ひとつ)いかけ候(さうら)はん」と申(まうし)けれ
P07131
ば、「年来(ねんらい)の重恩(ちようおん)(てうをん)を忘(わすれ)て、今(いま)此(この)ありさまを見(み)は
てぬ不当人(ふたうじん)をば、さなく共(とも)ありなん」との給(たま)へば、力(ちから)を
よば(およば)【及ば】でとどまりけり。「さて小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)はいかに」
との給(たま)へば、「いまだ御一所(いつしよ)もみえ【見え】させ給(たま)ひ候(さうら)はず」と申(まう)
す。其(その)時(とき)新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「都(みやこ)を
出(いで)ていまだ一日(いちにち)だにも過(すぎ)ざるに、いつしか人(ひと)の
心(こころ)どものかはりゆくうたてさよ。まして行(ゆく)すゑ
とてもさこそはあらんずらめとおもひ【思ひ】しかば、都(みやこ)の
P07132
うちでいかにもならむと申(まうし)つる物(もの)を」とて、大臣殿(おほいとの)
の御(おん)かたをうらめしげ【恨めし気】にこそ見(み)給(たま)ひけれ。抑(そもそも)池
殿(いけどの)のとどまり給(たま)ふ事(こと)をいかにといふに、兵衛佐(ひやうゑのすけ)つね【常】
は頼盛(よりもり)に情(なさけ)をかけて、「御(おん)かたをばま(ッ)たくをろか(おろか)【愚】に
おもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。ただ故池殿(こいけどの)のわたP2110らせ給(たま)ふとこそ
存(ぞんじ)候(さうら)へ。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)も御照罰(ごせうばつ)候(さうら)へ」な(ン)ど(など)、度々(どど)誓状(せいじやう)(せいでう)を
も(ッ)て申(まう)されける上(うへ)、平家(へいけ)追討(ついたう)(つゐたう)のために討手(うつて)の
使(つかひ)ののぼる度(たび)ごとに、「相構(あひかまへ)て池殿(いけどの)の侍共(さぶらひども)にむか(ッ)て
P07133
弓(ゆみ)ひくな」な(ン)ど(など)情(なさけ)をかくれば、「一門(いちもん)の平家(へいけ)は運(うん)つき、
既(すで)に都(みやこ)を落(おち)ぬ。今(いま)は兵衛佐(ひやうゑのすけ)にたすけられんずる
にこそ」とのたまひて、都(みやこ)へかへられけるとぞ聞(きこ)えし。
八条(はつでうの)女院(にようゐん)の仁和寺(にんわじ)の常葉(ときは)どのにわたらせ給(たま)ふに
まいり(まゐり)【参り】こもられけり。女院(にようゐん)の御(おん)めのとご、宰相殿(さいしやうどの)と
申(まうす)女房(にようばう)にあひ具(ぐ)し給(たま)へるによ(ッ)てなり。「自然(しぜん)の
事(こと)候(さふらは)者(ば)、頼盛(よりもり)かまへてたすけさせ給(たま)へ」と申(まう)され
けれ共(ども)、女院(にようゐん)「今(いま)は世(よ)の世(よ)にてもあらばこそ」とて、た
P07134
のもし【頼もし】気(げ)もなうぞ仰(おほせ)ける。凡(およそ)(をよそ)は兵衛佐(ひやうゑのすけ)ばかりこそ
芳心(はうじん)は存(ぞん)ぜらるるとも、自余(じよ)の源氏共(げんじども)はいかがあらん
ずらん。なまじい(なまじひ)に一門(いちもん)にははなれ給(たま)ひぬ、波(なみ)にも磯(いそ)にも
つかぬ心地(ここち)ぞせられける。さる程(ほど)に、小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)
は、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛卿(これもりのきやう)をはじめ奉(たてまつ)て、兄弟(きやうだい)六人(ろくにん)、其(その)
勢(せい)千騎(せんぎ)ばかりにて、淀(よど)のむつ田河原(だがはら)【六田河原】にて行幸(ぎやうがう)(きやうがう)
にお(ッ)つき奉(たてまつ)る。大臣殿(おほいとの)待(まち)うけ奉(たてまつ)り、うれし気(げ)にて、
「いかにや今(いま)まで」との給(たま)へば、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)「おさなき(をさなき)【幼き】もの
P07135
共(ども)があまりにしたひ候(さうらふ)[* 「候」虫食い、高野本により補う]を、とかうこしらへをか(おか)【置か】んと遅
参(ちさん)仕(つかまつり)候(さうらひ)ぬ」と申(まう)されければ、大臣殿(おほいとの)「などや心(こころ)づよう
六代(ろくだい)どのをば具(ぐ)し奉(たてまつ)り給(たま)はぬぞ」と仰(おほせ)られけれ
ば、維盛卿(これもりのきやう)「行(ゆく)すゑとてもたのもしう【頼もしう】も候(さうら)はず」とて、
と【問】ふにつらさの涙(なみだ)P2111をながされけるこそかなしけれ。
落行(おちゆく)平家(へいけ)は誰々(たれたれ)ぞ。前(さきの)内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)・平(へい)大納言(だいなごん)時
忠(ときただ)・平(へい)中納言(ぢゆうなごん)(ぢうなごん)教盛(のりもり)・新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)知盛(とももり)・修理大夫(しゆりのだいぶ)経盛(つねもり)・
右衛門督(うゑもんのかみ)清宗(きよむね)・本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)・小松(こまつの)三位(さんみの)中
P07136
将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛(これもり)・新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)資盛(すけもり)・越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)、殿上人(てんじやうびと)
には内蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)・讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)時実(ときざね)・左中将(さちゆうじやう)(さちうじやう)清経(きよつね)・小
松(こまつの)少将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)(じじう)忠房(ただふさ)・皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)(くはうごうぐうのすけ)経正(つねまさ)・左
馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)・薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・能登守(のとのかみ)教経(のりつね)・武蔵守(むさしのかみ)知
明【*知章】(ともあきら)・備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)師盛(もろもり)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)・尾張守(をはりのかみ)(おはりのかみ)清定(きよさだ)・若狭
守(わかさのかみ)経俊(つねとし)・蔵人大夫(くらんどのたいふ)成盛【*業盛】(なりもり)・大夫(たいふ)敦盛[* 「淳盛」と有るのを他本により訂正](あつもり)、僧(そう)には二位(にゐの)僧都(そうづ)
専親【*全真】(せんしん)・法勝寺(ほつしようじの)(ほつせうじの)執行(しゆぎやう)能円(のうゑん)・中納言(ちゆうなごんの)(ちうなごんの)律師(りつし)仲快[B 「仲」に「忠」と傍書](ちゆうくわい)(ちうくわい)、経誦坊(きやうじゆばうの)
阿闍梨(あじやり)祐円(いうゑん)(ゆうゑん)、侍(さぶらひ)には受領(じゆりやう)・検非違使(けんびゐし)(けんびいし)・衛府(ゑふ)・諸司(しよし)百六十人(ひやくろくじふにん)、
P07137
都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)七千余騎(しちせんよき)、是(これ)は東国(とうごく)北国(ほつこく)度々(どど)のいくさ【軍】に、
此(この)二三ケ年(にさんがねん)が間(あひだ)(あいだ)討(うち)もらさ【漏らさ】れて、纔(わづか)に残(のこ)るところ【所】也(なり)。山
崎(やまざき)関戸(せきど)の院(ゐん)に玉(たま)の御輿(みこし)をかきすへ(すゑ)【据ゑ】て、男山(をとこやま)をふし
拝(をが)(おが)み、平大納言(へいだいなごん)時忠卿(ときただのきやう)「南無(なむ)帰命(きみやう)頂礼(ちやうらい)(てうらい)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)、
君(きみ)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、我等(われら)都(みやこ)へ帰(かへ)し入(いれ)させ給(たま)へ」と、祈(いの)
られけるこそかなしけれ。おのおのうしろをかへりみ
給(たま)へば、かすめる空(そら)の心地(ここち)して、煙(けぶり)のみこころぼそく
立(たち)のぼる。平(へい)中納言(ぢゆうなごん)(ぢうなごん)教盛卿(のりもりのきやう)
P07138
はかなしなぬしは雲井(くもゐ)にわかるれば
跡(あと)はけぶりとたちのぼるかな W057
修理大夫(しゆりのだいぶ)経盛(つねもり)P2112
ふるさとをやけ野(の)の原(はら)にかへりみて
すゑもけぶりのなみぢをぞ行(ゆく) W058
まこと【誠】に古郷(こきやう)をば一片(いつぺん)の煙塵(えんぢん)と隔(へだて)つつ、前途(せんど)万
里(ばんり)の雲路(くもぢ)におもむか【赴か】れけん人々(ひとびと)の心(こころ)のうち、おし
はかられて哀(あはれ)也(なり)。肥後守(ひごのかみ)貞能(さだよし)は、河尻(かはじり)に源氏(げんじ)まつ
P07139
ときいて、けちらさむとて[* 「むと」虫食い、高野本により補う]五百余騎(ごひやくよき)で発向(はつかう)したり
けるが、僻事(ひがこと)なれば帰(かへ)りのぼる程(ほど)に、うどの【宇度野】の辺(へん)にて
行幸(ぎやうがう)にまいり(まゐり)【参り】あふ。貞能(さだよし)馬(むま)よりとびおり、弓(ゆみ)わきに
はさみ、大臣殿(おほいとの)の御前(おんまへ)に畏(かしこまつ)て申(まうし)けるは、「是(これ)は抑(そもそも)いづ
ちへとておち【落ち】させ給(たまひ)候(さうらふ)やらん。西国(さいこく)へくだらせ給(たま)ひた
らば、おち人(うと)とてあそこここにてうちちらされ、うき
名(な)をながさせ給(たま)はん事(こと)こそ口惜(くちをしう)(くちおしう)候(さうら)へ。ただ都(みやこ)のうちで
こそいかにもならせ給(たま)はめ」と申(まうし)ければ、大臣殿(おほいとの)「貞能(さだよし)
P07140
はしら【知ら】ぬか。木曾(きそ)既(すで)に北国(ほつこく)より五万余騎(ごまんよき)で攻(せめ)のぼり、
比叡山(ひえいさん)(ひゑいさん)東坂本(ひがしざかもと)(ひ(ン)がしざかもと)にみちみちたむ(たん)なり。此(この)夜半(やはん)ばかり、
法皇(ほふわう)(ほうわう)もわたらせ給(たま)はず[* 「ぬ」と有るのを高野本により訂正]。おのおのが身(み)ばかりならば
いかがせん、女院(にようゐん)二位殿(にゐどの)に、まのあたりうき目(め)をみせ【見せ】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んも心(こころ)ぐるしければ、行幸(ぎやうがう)をもなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、
人々(ひとびと)をもひき具(ぐ)し奉(たてまつり)て、一(ひと)まどもやとおもふぞ
かし」と仰(おほせ)られければ、「さ候(さうら)はば、貞能(さだよし)はいとま給(たま)は(ッ)て、都(みやこ)で
いかにもなり候(さうら)はん」とて、めし具(ぐ)したる五百余騎(ごひやくよき)の
P07141
勢(せい)をば、小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)につけ奉(たてまつ)り、手勢(てぜい)卅(さんじつ)騎(き)ば
かりで都(みやこ)へひ(ッ)【引つ】かへす【返す】。P2113京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)にのこりとどまる平家(へいけ)
の余党(よたう)をうたんとて、貞能(さだよし)が帰(かへ)り入(いる)よし聞(きこ)えしかば、
池(いけの)大納言(だいなごん)「頼盛(よりもり)がうへでぞあるらん」とて、大(おほき)におそれ【恐れ】さ
はが(さわが)【騒が】れけり。貞能(さだよし)は西八条(にしはつでう)のやけ跡(あと)に大幕(おほまく)ひかせ、
一夜(いちや)宿(しゆく)したりけれ共(ども)、帰(かへ)り入(いり)給(たま)ふ平家(へいけ)の君達(きんだち)
一所(いつしよ)もおはせねば、さすが心(こころ)ぼそうや思(おも)ひけん、源
氏(げんじ)の馬(むま)のひづめにかけじとて、小松殿(こまつどの)の御(おん)はか【墓】ほら
P07142
せ、御骨(ごこつ)にむかひ【向ひ】奉(たてまつ)て泣々(なくなく)申(まうし)けるは、「あなあさまし、
御一門(ごいちもん)の御(ご)らん候(さうら)へ。「生(しやう)ある物(もの)は必(かなら)ず滅(めつ)す。楽(たのしみ)尽(つき)て
悲(かなしみ)来(きた)る」といにしへより書(かき)をき(おき)たる事(こと)にて候(さうら)へ共(ども)、
まのあたりかかるう【憂】き事(こと)候(さうら)はず。君(きみ)はかやうの事(こと)
をまづさとらせ給(たま)ひて、兼(かね)て仏神(ぶつじん)三宝(さんぼう)に御祈
誓(ごきせい)あ(ッ)て、御世(おんよ)をはや【早】うさせましましけるにこそ。ありがたう
こそおぼえ候(さうら)へ。其(その)時(とき)貞能(さだよし)も最後(さいご)の御供(おんとも)仕(つかまつ)るべ
う候(さうらひ)ける物(もの)を、かひなき命(いのち)をいきて、今(いま)はかかる
P07143
うき目(め)にあひ候(さうらふ)。死期(しご)の時(とき)は必(かなら)ず一仏土(いちぶつど)へむかへさせ給(たま)
へ」と、泣々(なくなく)遥(はるか)にかきくどき、骨(こつ)をば高野(かうや)へ送(おく)(をく)り、あ
たりの土(つち)を賀茂河(かもがは)にながさせ、世(よ)の有様(ありさま)たのもから【頼もしから】
ずやおもひ【思ひ】けん、しう(しゆう)【主】とうしろあはせに東国(とうごく)へこそおち【落ち】行(ゆき)
けれ。宇都宮(うつのみや)をば貞能(さだよし)申(まうし)あづか(ッ)て、情(なさけ)ありければ、そのよし
みにや、貞能(さだよし)又(また)宇都宮(うつのみや)をたのん【頼ん】で下(くだ)りければ、芳心(はうじん)しけ
るとぞ聞(きこ)えし。P2114福原落(ふくはらおち)S0720平家(へいけ)は小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の外(ほか)は、大
臣殿(おほいとの)以下(いげ)妻子(さいし)を具(ぐ)せられけれ共(ども)、つぎざまの人
P07144
共(ひとども)はさのみひきしろふに及(およ)(をよ)ばねば、後会(こうくわい)其(その)期(ご)をし
らず、皆(みな)うち捨(すて)てぞ落行(おちゆき)ける。人(ひと)はいづれの日(ひ)、
いづれの時(とき)、必(かなら)ず立帰(たちかへ)るべしと、其(その)期(ご)を定(さだめ)をく(おく)【置く】
だにも久(ひさ)しきぞかし。况(いはん)や是(これ)はけふを最後(さいご)、只今(ただいま)
かぎりの別(わかれ)なれば、ゆくもとどまるも、たがゐ(たがひ)に袖(そで)を
ぞぬらしける。相伝(さうでん)譜代(ふだい)のよしみ、年(とし)ごろ日(ひ)ごろ、
重恩(ぢゆうおん)(ぢうをん)争(いかで)かわするべきなれば、老(おい)たるもわかきも
うしろのみかへりみて、さきへはすすみもやらざり
P07145
けり。或(あるいは)(あるひは)磯(いそ)べの浪枕(なみまくら)、やえ(やへ)【八重】の塩路(しほぢ)に日(ひ)をくらし、或(あるいは)(あるひは)
遠(とほ)(とを)きをわけ、けはしきをしのぎつつ、駒(こま)に鞭(むち)うつ
人(ひと)もあり、舟(ふね)に棹(さを)(さほ)さす者(もの)もあり、思(おも)ひ思(おも)ひ心々(こころごころ)におち【落ち】
行(ゆき)けり。福原(ふくはら)の旧都(きうと)について、大臣殿(おほいとの)、しかるべ
き侍共(さぶらひども)、老少(らうせう)数百人(すひやくにん)めして仰(おほせ)られけるは、「積善(しやくぜん)
の余慶(よけい)家(いへ)につき【尽き】、積悪(しやくあく)の余殃(よわう)身(み)に及(およ)(をよ)ぶゆへ(ゆゑ)【故】に、
神明(しんめい)にもはなたれ奉(たてまつ)り、君(きみ)にも捨(すて)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、帝
都(ていと)をいで旅泊(りよはく)にただよふ上(うへ)は、なんのたのみ【頼み】かあるべき
P07146
なれ共(ども)、一樹(いちじゆ)の陰(かげ)にやどるも先世(ぜんぜ)(せんぜ)の契(ちぎり)あさからず。
同(おな)じ流(ながれ)をむすぶも、P2115多生(たしやう)の縁(えん)猶(なほ)(なを)ふかし。いかに况(いはん)や、
汝等(なんぢら)は一旦(いつたん)したがひつく門客(もんかく)にあらず、累祖(るいそ)相
伝(さうでん)の家人(けにん)也(なり)。或(あるいは)(あるひは)近親(きんしん)のよしみ他(た)に異(こと)なるもあり、
或(あるいは)(あるひは)重代(ぢゆうだい)(ぢうだい)芳恩(はうおん)(はうをん)是(これ)ふかきもあり、家門(かもん)繁昌(はんじやう)の古(いにしへ)
は恩波(おんぱ)(をんぱ)によ(ッ)て私(わたくし)をかへりみき。今(いま)なんぞ芳恩(はうおん)(はうをん)
をむくひざらんや。且(かつ)(かつ(ウ))は十善帝王(じふぜんていわう)、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を
帯(たい)してわたらせ給(たま)へば、いかならん野(の)の末(すゑ)、山(やま)の奥(おく)ま
P07147
でも、行幸(ぎやうがう)の御供(おんとも)仕(つかまつ)らんとは思(おも)はずや」と仰(おほせ)られけれ
ば、老少(らうせう)みな涙(なみだ)をながい【流い】て申(まうし)けるは、「あやしの鳥(とり)け
だ物(もの)も、恩(おん)(をん)を報(ほう)じ、徳(とく)をむく【報】ふ心(こころ)は候(さうらふ)なり。申(まうし)候(さうら)はむ
や、人倫(じんりん)の身(み)として、いかがそのことはり(ことわり)【理】を存知(ぞんぢ)仕(つかまつり)候(さうら)
はでは候(さうらふ)べき。廿(にじふ)余年(よねん)の間(あひだ)(あいだ)妻子(さいし)をはぐくみ所従(しよじゆう)(しよじう)を
かへりみる事(こと)、しかしながら君(きみ)の御恩(ごおん)(ごをん)ならずと
いふ事(こと)なし。就中(なかんづく)に、弓箭(きゆうせん)(きうせん)馬上(ばしやう)に携(たづさは)るなら
ひ【習】、ふた心(ごころ)あるをも(ッ)て恥(はぢ)とす。然者(しかれば)則(すなはち)日本(につぽん)の外(ほか)、新
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羅(しんら)・百済(はくさい)・高麗(かうらい)・荊旦(けいたん)、雲(くも)のはて、海(うみ)のはてまでも、行
幸(ぎやうがう)の御供(おんとも)仕(つかまつ)て、いかにもなり候(さうら)はん」と、異口(いく)同音(どうおん)(どうをん)に申(まうし)
ければ、人々(ひとびと)皆(みな)たのもし【頼もし】気(げ)にぞみえ【見え】られける。福原(ふくはら)
の旧里(きうり)に一夜(いちや)をこそあかされけれ。折節(をりふし)(おりふし)秋(あき)の始(はじめ)
の月(つき)は、しもの弓(ゆみ)はりなり。深更(しんかう)空夜(くうや)閑(しづか)にし
て、旅(たび)ねの床(とこ)の草枕(くさまくら)、露(つゆ)も涙(なみだ)もあらそひて、ただ物(もの)
のみぞかなしき。いつ帰(かへ)るべし共(とも)おぼえねば、故(こ)入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)の作(つく)りをき(おき)給(たま)ひし所々(しよしよ)を見(み)給(たま)ふに、春(はる)は
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花(はな)みの岡(をか)(おか)の御所(ごしよ)、秋(あき)は月見(つきみ)の浜(はま)の御所(ごしよ)、泉殿(いづみどの)・松
陰殿(まつかげどの)・馬場殿(ばばどの)、P2116二階(にかい)の桟敷殿(さんじきどの)、雪見(ゆきみ)の御所(ごしよ)、萱(かや)
の御所(ごしよ)、人々(ひとびと)の館共(たちども)、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)の承(うけたま)は(ッ)て
造進(ざうしん)せられし里内裏(さとだいり)、鴦(をし)の瓦(かはら)、玉(たま)の石(いし)だたみ、いづ
れもいづれも三(み)とせが程(ほど)に荒(あれ)はてて、旧苔(きうたい)道(みち)をふさぎ、
秋(あき)の草(くさ)門(かど)をとづ。瓦(かはら)に松(まつ)おひ、墻(かき)に蔦(つた)しげれり。
台(うてな)傾(かたぶき)て苔(こけ)むせり、松風(まつかぜ)ばかりや通(かよふ)らん。簾(すだれ)たえ
て閨(ねや)あらはなり、月影(つきかげ)のみぞさし入(いり)ける。あけぬれば、
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福原(ふくはら)の内裏(だいり)に火(ひ)をかけて、主上(しゆしやう)をはじめ奉(たてまつり)て、人々(ひとびと)
みな御舟(おんふね)にめす。都(みやこ)を立(たち)し程(ほど)こそなけれ共(ども)、是(これ)も
名残(なごり)はおしかり(をしかり)【惜しかり】けり。海人(あま)のたく藻(も)の夕煙(ゆふけぶり)、尾上(をのへ)(おのへ)
の鹿(しか)の暁(あかつき)のこゑ【声】、渚々(なぎさなぎさ)によする浪(なみ)の音(おと)(をと)、袖(そで)に宿(やど)
かる月(つき)の影(かげ)、千草(ちくさ)にすだく蟋蟀(しつそつ)のきりぎりす、す
べて目(め)に見(み)え耳(みみ)にふるる事(こと)、一(ひとつ)として哀(あはれ)をも
よほし、心(こころ)をいたましめずといふ事(こと)なし。昨日(きのふ)は
東関(とうくわん)の麓(ふもと)にくつばみをならべて十万余騎(じふまんよき)、今
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日(けふ)は西海(さいかい)の浪(なみ)に纜(ともづな)をといて七千余(しちせん)余人(よにん)、雲海(うんかい)沈々(ちんちん)
として、青天(せいでん)既(すで)にくれなんとす。孤島(こたう)に夕霧(せきむ)
隔(へだ)て、月(つき)海上(かいしやう)にうかべり。極浦(きよくほ)の浪(なみ)をわけ、塩(しほ)
にひかれて行(ゆく)舟(ふね)は、半天(なかぞら)の雲(くも)にさかのぼる。日(ひ)かず
ふれば、都(みやこ)は既(すで)に山川(さんせん)程(ほど)を隔(へだて)て、雲居(くもゐ)のよそにぞ
なりにける。はるばるき【来】ぬとおもふにも、ただつきせ
ぬ物(もの)は涙(なみだ)也(なり)。浪(なみ)の上(うへ)に白(しろ)き鳥(とり)のむれゐるをみ【見】
給(たま)ひては、かれならん、在原(ありはら)のなにがしの、すみ田川(だがは)【隅田川】
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にてこととひけん、名(な)もむつまじき都鳥(みやこどり)にや
と哀(あはれ)也(なり)。寿永(じゆえい)二年(にねん)七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)P2117に平家(へいけ)都(みやこ)を
落(おち)はてぬ。
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第七(だいしち)



入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一

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