平家物語(龍谷大学本)巻第九

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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。


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(表紙)
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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第九(だいく)
生(いけ)ずきの沙汰(さた)S0901寿永(じゆえい)(じゆゑい)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひのひ)、院(ゐん)の御所(ごしよ)は大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)
成忠(なりただ)が宿所(しゆくしよ)、六条(ろくでう)西洞院(にしのとうゐん)なれば、御所(ごしよ)のてい
しかる【然る】べからずとて、礼儀(れいぎ)お[B こ]なはるべきにあらね
ば、拝礼(はいれい)もなし。院(ゐん)の拝礼(はいれい)なかりければ、内裏(だいり)の
小朝拝(こでうはい)もおこなはれず。平家(へいけ)は讃岐国(さぬきのくに)八島(やしま)
の磯(いそ)におくりむかへ【向へ】て、元日(ぐわんにち)元三(ぐわんざん)の儀式(ぎしき)事(こと)よろ
しからず。主上(しゆしやう)わたらせ給(たま)へども、節会(せちゑ)もおこ
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なはれず、四方拝(しはうばい)もなし。■魚(はらか)も奏(そう)せず。吉野(よしの)
のくず【国栖】もまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず。「世(よ)みだれたりしかども、都(みやこ)
にてはさすがかくはなかりし物(もの)を」とぞ、おのおの
のたまひあはれける。青陽(せいやう)の春(はる)も来(きた)り、
浦(うら)吹(ふく)風(かぜ)もやはらかに、日影(ひかげ)も長閑(のどか)になり
ゆけど、ただ平家(へいけ)の人々(ひとびと)は、いつも氷(こほり)に
とぢこめられたる心地(ここち)して、寒苦鳥(かんくてう)にことなら
ず。東岸(とうがん)西岸(せいがん)の柳(やなぎ)遅速(ちそく)をまじへ、南枝(なんし)北枝(ほくしの)
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梅(むめ)開落(かいらく)已(すで)に異(こと)にして、花(はな)の朝(あした)月(つき)の夜(よ)、詩歌(しいか)・
管絃(くわんげん)・鞠(まり)・小弓(こゆみ)・扇合(あふぎあはせ)・絵合(ゑあはせ)・草(くさ)づくし【尽】・虫(むし)づくし【尽】、
さまざまP2165興(きよう)(けう)ありし事(こと)ども、おもひ【思ひ】いでかたり
つづけて、永日(えいじつ)(ゑいじつ)をくらしかね給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。同(おなじき)
正月(しやうぐわつ)十一日(じふいちにち)、木曾[B ノ](きその)左馬頭(さまのかみ)義仲(よしなか)院参(ゐんざん)して、平家(へいけ)
追討(ついたう)(つゐたう)のために西国(さいこく)へ発向(はつかう)すべきよし奏聞(そうもん)す。
同(おなじき)十三日(じふさんにち)、すでに門(かど)いでときこえ【聞え】し程(ほど)に、東国(とうごく)より前(さきの)
兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、木曾(きそ)が狼籍【*狼藉】(らうぜき)しづめんとて、数万騎(すまんぎ)の
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軍兵(ぐんびやう)をさしのぼせられけるが、すでに美濃国(みののくに)・伊
勢国(いせのくに)につくと聞(きこ)えしかば、木曾(きそ)大(おほき)におどろき、宇治(うじ)・
勢田(せた)の橋(はし)をひいて、軍兵共(ぐんびやうども)をわかちつかはす【遣す】。折(をり)
ふしせい【勢】もなかりけり。勢田(せた)の橋(はし)へは大手(おほて)なればとて、
今井[B ノ](いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)八百(はつぴやく)余騎(よき)でさしつかはす【遣す】。宇治
橋(うぢはし)へは、仁科(にしな)・たかなし【高梨】・山田[B ノ](やまだの)次郎(じらう)・五百余騎(ごひやくよき)でつかはす【遣す】。
いもあらい(いもあらひ)【一口】へは伯父(をぢ)(おぢ)の志太[B ノ](しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教(よしのり)三百(さんびやく)
余騎(よき)でむかひ【向ひ】けり。東国(とうごく)よりせめ【攻め】のぼる大手(おほて)の
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大将軍(たいしやうぐん)は、蒲[B ノ](がまの)御曹司(おんざうし)範頼(のりより)、搦手(からめで)の大将軍(たいしやうぐん)は
九郎(くらう)御曹司(おんざうし)義経(よしつね)、むねとの大名(だいみやう)卅(さんじふ)余人(よにん)、都合(つがふ)(つがう)其(その)
勢(せい)六万余騎(ろくまんよき)とぞ聞(きこ)えし。其(その)比(ころ)鎌倉殿(かまくらどの)にいけ
ずき【生食】・する墨(すみ)【摺墨】といふ名馬(めいば)あり。いけずき【生食】をば梶
原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)しきりに望(のぞ)み申(まうし)けれども、鎌倉
殿(かまくらどの)「自然(しぜん)の事(こと)のあらん時(とき)、物(もの)の具(ぐ)して頼朝(よりとも)がのる
べき馬(むま)なり。する墨(すみ)【摺墨】もおとらぬ名馬(めいば)ぞ」とて梶原(かぢはら)
にはする墨(すみ)【摺墨】をこそたうだりけれ。P2166佐々木(ささき)四郎(しらう)
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高綱(たかつな)がいとま申(まうし)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】たりけるに、鎌倉殿(かまくらどの)いかがおぼ
しめさ【思し召さ】れけん、「所望(しよまう)の物(もの)はいくらもあれども、存知(ぞんぢ)
せよ」とて、いけずき【生食】を佐々木(ささき)にたぶ。佐々木(ささき)畏(かしこまり)て
申(まうし)けるは、「高綱(たかつな)、この御馬(おんむま)(おむま)で宇治河(うぢがは)のま(ッ)さき
わたし候(さうらふ)べし。宇治河(うぢがは)で死(しに)て候(さうらふ)ときこしめし【聞し召し】候(さうら)はば、
人(ひと)にさきをせられて(ン)げりとおぼしめし【思し召し】候(さうら)へ。いまだ
いきて候(さうらふ)ときこしめさ【聞し召さ】れ候(さうら)はば、定(さだめ)て先陣(せんぢん)はしつ
らん物(もの)をとおぼしめされ候(さうら)へ」とて、御(おん)まへをまかり
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たつ。参会(さんくわい)したる大名(だいみやう)小名(せうみやう)みな「荒凉(くわうりやう)の申様(まうしやう)かな」
とささやきあへり。おのおの鎌倉(かまくら)をた(ッ)て、足柄(あしがら)をへて
行(ゆく)もあり、箱根(はこね)にかかる人(ひと)もあり、思(おも)ひ思(おも)ひに
のぼるほど【程】に、駿河国(するがのくに)浮島(うきしま)が原(はら)にて、梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)
たかき所(ところ)にうちあがり、し(ン)ばし(しばし)ひかへておほく【多く】の馬共(むまども)
を見(み)ければ、おもひおもひ【思ひ思ひ】の鞍(くら)をい(おい)【置い】て、色々(いろいろ)の鞦(しりがい)かけ、
或(あるい)(ある)はのり口(くち)【乗口】にひかせ、或(あるい)(ある)はもろ口(くち)【諸口】にひかせ、いく【幾】千万(せんばん)と
いふかずをしら【知ら】ず。引(ひき)とほし引(ひき)とほししける中(なか)にも、
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景季(かげすゑ)〔が〕給(たまは)(ッ)たるする墨(すみ)【摺墨】にまさる馬(むま)こそなかりけれ
と、うれしうおもひ【思ひ】てみる【見る】ところ【所】に、いけずき【生食】と
おぼしき馬(むま)こそいできたれ。黄覆輪(きぶくりん)(き(ン)ぶくりん)の鞍(くら)を
い(おい)て、小総(こぶさ)の鞦(しりがい)かけ、しらあは(しらあわ)【白泡】かませ、とねり【舎人】あまた
つゐ(つい)【付い】たりけれども、なを(なほ)【猶】ひきもためず、おどら(をどら)【躍ら】せて
出(いで)きたり。梶原(かぢはら)源太(げんだ)うちよ(ッ)て、「それはたが御馬(おんむま)ぞ」。
「佐々木殿(ささきどの)の御馬(おんむま)候(ざうらふ)」。其(その)時(とき)梶原(かぢはら)「やすからぬ物(もの)P2167也(なり)。都(みやこ)へ
のぼ(ッ)て、木曾殿(きそどの)の御内(みうち)に四天王(してんわう)ときこゆる【聞ゆる】今井(いまゐ)・
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樋口(ひぐち)・楯(たて)・祢[B ノ]井(ねのゐ)にくんで死(し)ぬるか、しからずは西国(さいこく)へ
むかう【向う】て、一人当千(いちにんたうぜん)ときこゆる【聞ゆる】平家(へいけ)の侍(さぶらひ)どもと
いくさ【軍】して死(し)なんとこそおもひ【思ひ】つれ共(ども)、此(この)御(ご)き
そく【気色】ではそれもせんなし。ここで佐々木(ささき)にひ(ッ)【引つ】くみさし
ちがへ、よい侍(さぶらひ)二人(ににん)死(しん)で、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)に損(そん)とらせたて
まつら【奉ら】ん」とつぶやいてこそまち【待ち】かけたれ。佐々木(ささき)四郎(しらう)は
何心(なにごころ)もなくあゆませて出(いで)きたり。梶原(かぢはら)、おしならべて
やくむ【組む】、むかふさま(むかうさま)【向う様】にやあて【当て】おとす【落す】と思(おも)ひけるが、まづ
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詞(ことば)をかけけり。「[B いかに]佐々木殿(ささきどの)、いけずき【生食】給(たま)はらせ給(たまひ)て
さうな」といひければ、佐々木(ささき)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、此(この)仁(じん)も内々(ないない)所
望(しよまう)するとききし物(もの)を」と、[B き(ッ)と]おもひ【思ひ】いだし【出し】て、「さ候(さうら)へば
こそ。此(この)御大事(おんだいじ)にのぼりさうが、定(さだめ)て宇治(うぢ)・勢田(せた)
の橋(はし)をばひいて候(さうらふ)らん、乗(のつ)て河(かは)わたすべき馬(むま)はなし、
いけずき【生食】を申(まう)さばやとはおもへ【思へ】ども、梶原殿(かぢはらどの)の申(まう)
されけるにも、御(おん)ゆるされないとうけ給(たまは)る【承る】間(あひだ)(あいだ)、まして
高綱(たかつな)が申(まうす)ともよも給(たま)はらじとおもひ【思ひ】つつ、後日(ごにち)には
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いかなる御勘当(ごかんだう)もあらばあれと存(ぞんじ)て、暁(あかつき)たたん
とての夜(よ)、とねり【舎人】に心(こころ)をあはせて、さしも御秘蔵(ごひさう)
候(さうらふ)いけずき【生食】をぬすみすまいてのぼりさうはいかに」
といひければ、梶原(かぢはら)この詞(ことば)に腹(はら)がゐて、「ね(ッ)たい、さらば
景季(かげすゑ)もぬすむべかりける物(もの)を」とて、ど(ッ)とわら(ッ)【笑つ】て
のき【退き】にけり。P2168宇治川先陣(うぢがはのせんぢん)S0902佐々木(ささき)四郎(しらう)が給(たま)は(ッ)たる御馬(おんむま)は、黒[* 「墨」と有るのを高野本により訂正]栗毛(くろくりげ)
なる馬(むま)の、きはめてふとう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】が、馬(むま)をも人(ひと)
をもあたりをはら(ッ)てくひければ、いけずき【生食】とつけ
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られたり。八寸(はつすん)の馬(むま)とぞきこえ【聞え】し。梶原(かぢはら)が給(たま)は(ッ)たる
する墨(すみ)【摺墨】も、きはめてふとう【太う】たくましき【逞しき】が、まこと【誠】に
黒(くろ)かりければ、する墨(すみ)【摺墨】とつけられたり。いづれもお
とらぬ名馬(めいば)也(なり)。尾張国(をはりのくに)(おはりのくに)より大手(おほて)・搦手(からめで)二手(ふたて)にわか(ッ)て
せめ【攻め】のぼる。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)、蒲[B ノ](がまの)御曹司(おんざうし)範頼(のりより)、あい(あひ)
ともなふ人々(ひとびと)、武田[B ノ](たけたの)太郎(たらう)・鏡美[B ノ](かがみの)次郎(じらう)・一条[B ノ](いちでうの)次郎(じらう)・板垣(いたがき)の
三郎(さぶらう)・稲毛[B ノ](いなげの)三郎(さぶらう)・楾谷[B ノ](はんがへの)四郎(しらう)・熊谷[B ノ](くまがへの)次郎(じらう)・猪俣[B ノ](いのまたの)小平六(こへいろく)
を先(さき)として、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三万五千(さんまんごせん)余騎(よき)、近江国(あふみのくに)野
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路(のぢ)・篠原(しのはら)にぞつきにける。搦手[B ノ](からめでの)大将軍(たいしやうぐん)は九郎(くらう)御曹
司(おんざうし)義経(よしつね)、おなじくともなふ人々(ひとびと)、安田[B ノ](やすだの)三郎(さぶらう)・大内[B ノ](おほうちの)太郎(たらう)・
畠山[B ノ](はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)・梶原(かぢはら)源太(げんだ)・佐々木(ささき)四郎(しらう)・糟屋[B ノ](かすやの)藤太(とうだ)・
渋谷(しぶやの)右馬允(むまのじよう)(むまのぜう)・平山[B ノ](ひらやまの)武者(むしや)どころをはじめとして、都
合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)二万五千(にまんごせん)余騎(よき)、伊賀国(いがのくに)をへて宇治橋(うぢはし)
のつめにぞをし(おし)【押し】よせ【寄せ】たる。宇治(うぢ)も勢田(せた)も橋(はし)を
ひき、水(みづ)のそこには乱(らん)ぐゐ(らんぐい)【乱杭】う(ッ)て、大綱(おほづな)はり、さかも木(ぎ)【逆茂木】
つないでながしかけたり。P2169比(ころ)はむ月(つき)【睦月】廿日(はつか)あまりの
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事(こと)なれば、比良(ひら)のたかね、志賀(しが)の山(やま)、むかしながらの
雪(ゆき)もきえ、谷々(たにだに)の氷(こほり)うちとけて、水(みづ)は折(をり)ふしま
さりたり。白浪(しらなみ)おびたたしう【夥しう】みなぎりおち【落ち】、瀬[* 「灘」と有るのを他本により訂正](せ)
まくら【枕】おほき【大き】に滝(たき)な(ッ)【鳴つ】て、さかまく水(みづ)もはやかり
けり。夜(よ)はすでにほのぼのとあけゆけど、河霧(かはぎり)
ふかく立(たち)こめて、馬(むま)の毛(け)も鎧(よろひ)の毛(け)もさだかならず。
ここに大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)御曹司(おんざうし)、河(かは)のはたにすすみ出(いで)、水(みづ)の
おもてをみわたして、人々(ひとびと)の心(こころ)をみんとやおもは【思は】れ
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けん、「いかがせん、淀(よど)・いもあらゐ(いもあらひ)【一口】へやまはるべき、水(みづ)のおち
足(あし)【落足】をやまつべき」との給(たま)へば、畠山(はたけやま)、其(その)比(ころ)はいまだ生年(しやうねん)
廿一(にじふいち)になりけるが、すすみいでて申(まうし)けるは、「鎌倉(かまくら)にてよく
よく此(この)河(かは)の御沙汰(ごさた)は、候(さうらひ)しぞかし。しろしめさ【知ろし召さ】ぬ海河(うみかは)
の、俄(にはか)にできても候(さうら)はばこそ。此(この)河(かは)は近江(あふみ)の水海(みづうみ)の末(すゑ)
なれば、まつともまつとも水(みづ)ひまじ。橋(はし)をば又(また)誰(たれ)かわたいて
まいらす(まゐらす)【参らす】べき。治承(ぢしよう)(ぢせう)の合戦(かつせん)に、足利(あしかがの)又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)は、
鬼神(おにかみ)でわたしけるか、重忠(しげただ)瀬(せ)ぶみ仕(つかまつ)らん」とて、丹[B ノ](たんの)党(たう)
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をむねとして、五百余騎(ごひやくよき)ひしひしとくつばみをなら
ぶるところ【所】に、平等院(びやうどうゐん)の丑寅(うしとら)、橘(たちばな)の小島(こじま)が崎(さき)より
武者(むしや)二騎(にき)ひ(ッ)かけ【引つ駆け】ひ(ッ)かけ【引つ駆け】いできたり。一騎(いつき)は梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)、
一騎(いつき)は佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)也(なり)。人目(ひとめ)には何(なに)ともみえ【見え】ざりけ
れども、内々(ないない)は先(さき)に心(こころ)をかけたりければ、梶原(かぢはら)は
佐々木(ささき)に一段(いつたん)ばかりぞすすんだる。佐々木(ささき)四郎(しらう)「此(この)河(かは)は
西国(さいこく)一(いち)の大河(たいが)ぞや。腹帯(はるび)ののびてみえ【見え】さうぞ。しめ
給(たま)へ」といP2170はれて、梶原(かぢはら)さもあるらんとや思(おも)ひけん、左右(さう)
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のあぶみを〔ふみ〕すかし、手綱(たづな)を馬(むま)のゆがみにすて【捨て】、腹帯(はるび)
をといてぞしめたりける。そのまに佐々木(ささき)はつとはせ【馳せ】
ぬい【抜い】て、河(かは)へざ(ッ)とぞうちいれ【入れ】たる。梶原(かぢはら)たばかられ
ぬとやおもひ【思ひ】けん、やがてつづゐ(つづい)【続い】てうちいれ【入れ】たり。「い
かに佐々木殿(ささきどの)、高名(かうみやう)せうどて不覚(ふかく)し給(たま)ふな。水(みづ)の
底(そこ)には大綱(おほづな)あるらん」といひければ、佐々木(ささき)太刀(たち)をぬき、
馬(むま)の足(あし)にかかりける大綱(おほづな)どもをばふつふつとうちきりうちきり、
いけずき【生食】といふ世一(よいち)の馬(むま)にはの(ッ)【乗つ】たりけり、宇治河(うぢがは)
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はやしといへども、一文字(いちもんじ)にざ(ッ)とわたいてむかへ【向へ】の岸(きし)に
うちあがる【上がる】。梶原(かぢはら)がの(ッ)【乗つ】たりけるする墨(すみ)【摺墨】は、河(かは)なかより
のため【篦撓】がたにおしなされて、はるかのしもよりうち
あげたり。佐々木(ささき)あぶみふ(ン)ばりたちあがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)
をあげて名(な)のりけるは、「宇多[B ノ]天皇(うだのてんわう)より九代(くだい)の後
胤(こういん)(こうゐん)、佐々木(ささき)三郎(さぶらう)秀義(ひでよし)が四男(しなん)、佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)、宇
治河(うぢがは)の先陣(せんぢん)ぞや。われとおもは【思は】ん人々(ひとびと)は高綱(たかつな)にくめ
や」とて、おめい(をめい)【喚い】てかく。畠山(はたけやま)五百余騎(ごひやくよき)でやがてわたす。
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むかへ【向へ】の岸(きし)より山田(やまだの)次郎(じらう)がはなつ矢(や)に、畠山(はたけやま)馬(むま)の
額(ひたひ)(ひたい)をのぶか【篦深】にゐ(い)【射】させて、よはれ(よわれ)【弱れ】ば、河中(かはなか)より弓杖(ゆんづゑ)(ゆんづえ)を
つゐ(つい)【突い】ておりた(ッ)たり。岩浪(いはなみ)甲(かぶと)の手(て)さきへざ(ッ)とおし
あげけれども、事(こと)ともせず、水(みづ)のそこをくぐ(ッ)て、
むかへ【向へ】の岸(きし)へぞつきにける。あがら【上がら】んとすれば、うしろ
に物(もの)こそむずとひかへたれ。「た【誰】そ」ととへば、「重親(しげちか)」と
こたふ。「いかに大串(おほくし)P2171か」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。大串(おほくし)次郎(じらう)は畠山(はたけやま)には烏帽子
子(えぼしご)(ゑぼしご)にてぞあり【有り】ける。「あまりに水(みづ)がはやうて、馬(うま)はおし
P09312
ながされ候(さうらひ)ぬ。力(ちから)およば【及ば】で、つきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)」といひけ
れば、「いつもわ【我】殿原(とのばら)は、重忠(しげただ)が様(やう)なるものにこそた
すけ【助け】られんずれ」といふままに、大串(おほくし)をひ(ッ)【引つ】さげて、
岸(きし)のうへへぞなげ【投げ】あげたる。なげあげられ、ただなを(ッ)(なほつ)【直つ】
て、「武蔵国(むさしのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、大串[B ノ](おほくしの)次郎(じらう)重親(しげちか)、宇治河(うぢがは)〔かちたち〕の先陣(せんぢん)
ぞや」とぞ名(な)の(ッ)【乗つ】たる。敵(かたき)も御方(みかた)もこれをきい【聞い】て、一度(いちど)に
ど(ッ)とぞわらひ【笑ひ】ける。其(その)後(のち)畠山(はたけやま)のりかへにの(ッ)【乗つ】てうちあがる【上がる】。
魚綾(ぎよりよう)(ぎよれう)の直垂(ひたたれ)に火(ひ)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、連銭葦毛(れんぜんあしげ)なる
P09313
馬(むま)に黄覆輪(きぶくりん)(き(ン)ぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)ての(ッ)【乗つ】たる敵(かたき)の、ま(ッ)さきに
すすんだるを、「ここ[B に]かくる【駆くる】はいかなる人(ひと)ぞ。なのれ【名乗れ】や」と
いひければ、「木曾殿(きそどの)の家(いへ)の子(こ)に、長瀬(ながせの)判官代(はんぐわんだい)重
綱(しげつな)」となのる【名乗る】。畠山(はたけやま)「けふのいくさ神(がみ)【軍神】いははん」とて、をし(おし)【押し】
ならべてむずとと(ッ)て引(ひき)おとし【落し】、頸(くび)ねぢき(ッ)て、本田[B ノ](ほんだの)次
郎(じらう)が鞍(くら)のと(ッ)つけにこそつけさせけれ。これをはじめて、
木曾殿(きそどの)の方(かた)より宇治橋(うぢはし)かためたるせい【勢】ども、し(ン)ばし(しばし)
ささへてふせき【防き】けれ共(ども)、東国(とうごく)の大勢(おほぜい)みなわたい【渡い】て
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せめ【攻め】ければ、散々(さんざん)にかけなされ、木幡山(こはたやま)・伏見(ふしみ)をさ
い【指い】てぞ落行(おちゆき)ける。勢田(せた)をば稲毛[B ノ](いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)がはからひ
にて、田上(たながみ)供御(くご)の瀬(せ)をこそわたしけれ。P2172河原合戦(かはらがつせん)S0903いくさ【軍】やぶ
れにければ、鎌倉殿(かまくらどの)へ飛脚(ひきやく)をも(ッ)て、合戦(かつせん)の次第(しだい)を
しるし申(まう)されけるに、鎌倉殿(かまくらどの)まづ御使(おんつかひ)に、「佐々木(ささき)はいかに」
と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、「宇治河(うぢがは)のま(ッ)さき候(ざうらふ)」と申(まう)す。
日記(につき)をひらいて御(ご)らんずれば、「宇治河(うぢがは)の先陣(せんぢん)、佐々木(ささき)
四郎(しらう)高綱(たかつな)、二陣(にぢん)梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)」とこそかか【書か】れたれ。宇治(うぢ)・
P09315
勢田(せた)やぶれぬと聞(きこ)えしかば、木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)、最後(さいご)のいとま
申(まう)さんとて、院(ゐん)の御所(ごしよ)六条殿(ろくでうどの)へはせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】。御所(ごしよ)には
法皇(ほふわう)(ほうわう)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、「世(よ)は只今(ただいま)うせなん
ず。いかがせん」とて、手(て)をにぎり、たてぬ願(ぐわん)もましまさず。
木曾(きそ)門前(もんぜん)までまいり(まゐり)【参り】たれども、東国(とうごく)の勢(せい)すでに
河原(かはら)までせめ【攻め】入(いり)たるよし聞(きこ)えしかば、さいて奏(そう)する旨(むね)も
なくてと(ッ)てかへす【返す】。六条高倉(ろくでうたかくら)なるところ【所】に、はじめて見(み)そめ
たる女房(にようばう)のおはしければ、それへうちいり最後(さいご)の名(な)
P09316
ごりおしま(をしま)【惜しま】んとて、とみにいで【出で】もやらざりけり。いま
まいり(いままゐり)【今参】したりける越後[B ノ](ゑちごの)中太(ちゆうだ)(ちうだ)家光(いへみつ)といふものあり。
「いかにかうはうちとけてわたらせ給(たま)ひ候(さうらふ)ぞ。御敵(おんてき)すでに
河原(かはら)までせめ【攻め】入(いり)て候(さうらふ)に、犬死(いぬじ)にせさせ給(たまひ)なんず」と申(まうし)
けれども、なを(なほ)【猶】出(いで)もやらざりければ、「さ候(さうらは)ばまづさきだち【先立ち】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、四手(しで)の山(やま)でこそ待(まち)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はめ」P2173とて、腹(はら)かき
き(ッ)てぞ死(しに)にける。木曾殿(きそどの)「われをすすむる自害(じがい)に
こそ」とて、やがてう(ッ)【打つ】たち【立ち】けり。上野国(かうづけのくに)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)那波[B ノ](なはの)太
P09317
郎(たらう)広純(ひろずみ)を先(さき)として、其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりにはすぎざり
けり。六条河原(ろくでうかはら)にうちいでてみれ【見れ】ば、東国(とうごく)のせい【勢】とお
ぼしくて、まづ卅騎(さんじつき)ばかり出(いで)きたり。そのなかに武者(むしや)二
騎(にき)すすんだり。一騎(いつき)は塩屋[B ノ](しほのやの)五郎(ごらう)維広(これひろ)、一騎(いつき)は勅使河原(てしがはら)
の五三郎(ごさぶらう)有直(ありなほ)(ありなを)なり。塩屋(しほのや)が申(まうし)けるは、「後陣(ごぢん)の勢(せい)をや
待(まつ)べき」。勅使河原(てしがはら)が申(まうし)けるは、「一陣(いちぢん)やぶれぬれば
残党(ざんたう)ま(ッ)たからず。ただかけよ」とておめい(をめい)【喚い】てかく。木曾(きそ)
はけふをかぎりとたたかへば、東国(とうごく)のせいはわれう(ッ)【討つ】
P09318
とらんとぞすすみける。大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)義経(よしつね)、軍兵共(ぐんびやうども)に
いくさ【軍】をばせさせ、院(ゐんの)御所(ごしよ)のおぼつかなきに、守護(しゆご)し
奉(たてまつ)らんとて、まづ我(わが)身(み)ともにひた【直】甲(かぶと)五六騎(ごろくき)、六条殿(ろくでうどの)
へはせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】。御所(ごしよ)には大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)、御所(ごしよ)の東(ひがし)(ひんがし)のつい垣(がき)【築垣】
のうへにのぼ(ッ)て、わななくわななくみまはせば、しら旗(はた)ざ(ッ)とさし
あげ【差し上げ】、武士(ぶし)ども五六騎(ごろくき)のけかぶとにたたかい(たたかひ)【戦ひ】な(ッ)て、ゐむ
け(いむけ)【射向】の袖(そで)ふきなびかせ、くろ煙(けぶり)けたて【蹴立て】てはせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】。成忠(なりただ)
「又(また)木曾(きそ)がまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)。あなあさまし」と申(まうし)ければ、今度(こんど)ぞ
P09319
世(よ)のうせはてとて、君(きみ)も臣(しん)もさはが(さわが)【騒が】せ給(たま)ふ。成忠(なりただ)かさ
ねて申(まうし)けるは、「只今(ただいま)はせ【馳せ】まいる(まゐる)【参る】武士(ぶし)どもは、かさじるし【笠印】
のかは(ッ)て候(さうらふ)。今日(けふ)都(みやこ)へ入(いる)東国(とうごく)のせい【勢】と覚(おぼえ)候(さうらふ)」と、申(まうし)も
はてねば、九郎(くらう)義経(よしつね)門前(もんぜん)へ馳(はせ)P2174まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、馬(むま)よりおり、
門(もん)をたたかせ、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「東国(とうごく)より前(さきの)兵衛
佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)が舎弟(しやてい)、九郎(くらう)義経(よしつね)こそまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ。あけさせ給(たま)へ」と
申(まうし)ければ、成忠(なりただ)あまりのうれしさに、つゐ垣(がき)(ついがき)【築垣】よりいそぎ
おどり(をどり)【躍り】おるるとて、腰(こし)をつき損(そん)じたりけれども、
P09320
いたさはうれしさにまぎれておぼえず、はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
此(この)由(よし)奏聞(そうもん)しければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)に御感(ぎよかん)あ(ッ)て、やがて門(もん)
をひらかせて入(いれ)られけり。九郎(くらう)義経(よしつね)其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、
赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、紫(むらさき)すそごの鎧(よろひ)きて、くわがた【鍬形】
う(ッ)たる甲(かぶと)の緒(を)(お)しめ、こがねづくり【黄金作】の太刀(たち)をはき、
きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、しげ藤(どう)の弓(ゆみ)のとりうち【鳥打】を、紙(かみ)
をひろさ一寸(いつすん)ばかりにき(ッ)て、左(ひだり)まきにぞまいたり
ける。今日(けふ)の大将軍(たいしやうぐん)のしるしとぞみえ【見え】し。法皇(ほふわう)(ほうわう)は中
P09321
門(ちゆうもん)(ちうもん)のれんじ【櫺子】より叡覧(えいらん)(ゑいらん)あ(ッ)て、「ゆゆしげなるもの共(ども)哉(かな)。
みな名(な)のらせよ」と仰(おほせ)ければ、まづ大将軍(たいしやうぐん)九郎(くらう)義
経(よしつね)、次(つぎ)に安田(やすだの)三郎(さぶらう)義定(よしさだ)、畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)、梶原(かぢはら)源
太(げんだ)景季(かげすゑ)、佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)、渋谷(しぶやの)馬允(むまのじよう)(むまのぜう)重資(しげすけ)とこそ名(な)の(ッ)【乗つ】
たれ。義経(よしつね)ぐし【具し】て、武士(ぶし)は六人(ろくにん)、鎧(よろひ)はいろいろなりけれども、
つらだましゐ(つらだましひ)【面魂】事(こと)がらいづれもおとらず。大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)
仰(おほせ)を承(うけたまはつ)て、九郎(くらう)義経(よしつね)を大床(おほゆか)のきはへめし【召し】て、合戦[B ノ](かつせんの)
次第(しだい)をくはしく御尋(おんたづね)あれば、義経(よしつね)かしこま(ッ)て申(まうし)けるは、
P09322
「義仲(よしなか)が謀叛(むほん)の事(こと)、頼朝(よりとも)大(おほき)におどろき、範頼(のりより)・義経(よしつね)
をはじめとして、むねとの兵物(つはもの)卅(さんじふ)余人(よにん)、其(その)勢(せい)六万余
騎(ろくまんよき)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。範頼(のりより)は勢田(せた)よりまはり候(さうらふ)が、いP2175まだ
まいり(まゐり)【参り】候(さうら)はず。義経(よしつね)は宇治(うぢ)の手(て)をせめ【攻め】おとい【落い】て、まづ此(この)
御所(ごしよ)守護(しゆご)のためにはせ【馳せ】参(さん)じて候(さうらふ)。義仲(よしなか)は河原(かはら)を
のぼりにおち【落ち】候(さうらひ)つるを、兵物共(つはものども)におはせ候(さうらひ)つれば、今(いま)は
定(さだめ)てう(ッ)とり候(さうらひ)ぬらん」と、いと事(こと)もなげにぞ申(まうし)たる。
法皇(ほふわう)(ほうわう)大(おほき)に御感(ぎよかん)あ(ッ)て、「神妙也(しんべうなり)。義仲(よしなか)が余党(よたう)な(ン)ど(など)
P09323
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、狼籍【*狼藉】(らうぜき)もぞ仕(つかまつ)る。なんぢら此(この)御所(ごしよ)よくよく守
護(しゆご)せよ」と仰(おほせ)ければ、義経(よしつね)かしこまりうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、四方(しはう)の
門(もん)をかためてまつほど【程】に、兵物共(つはものども)馳集(はせあつま)(ッ)て、程(ほど)なく一万
騎(いちまんぎ)ばかりになりにけり。木曾(きそ)はもしの事(こと)あらば、法皇(ほふわう)(ほうわう)
をとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て西国(さいこく)へ落(おち)くだり、平家(へいけ)とひとつに
ならんとて、力者(りきしや)廿人(にじふにん)そろへても(ッ)たりけれども、御所(ごしよ)には
九郎(くらう)義経(よしつね)はせ【馳せ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て守護(しゆご)したてまつる【奉る】由(よし)聞(きこ)えし
かば、さらばとて、数万騎(すまんぎ)の大勢(おほぜい)のなかへおめい(をめい)【喚い】てかけいる。
P09324
すでにうた【討た】れんとする事(こと)度々(どど)に及(およぶ)(をよぶ)といへども、
かけやぶり【駆け破り】かけやぶり【駆け破り】とほりけり。木曾(きそ)涙(なみだ)をながい【流い】て、「かかる
べしとだ〔に〕知(し)りたりせば、今井(いまゐ)を勢田(せた)へはやらざら
まし。幼少(えうせう)(ようせう)竹馬(ちくば)の昔(むかし)より、死(し)なば一所(いつしよ)で死(し)なんと
こそ契(ちぎり)しに、ところどころ【所々】でうた【討た】れん事(こと)こそかなし
けれ。今井(いまゐ)がゆくゑ(ゆくへ)【行方】をきかばや」とて、河原(かはら)のぼりに
かくる【駆くる】ほど【程】に、六条河原(ろくでうかはら)と三条河原(さんでうかはら)の間(あひだ)に、敵(かたき)お
そ(ッ)てかかればと(ッ)てかへしと(ッ)てかへし、わづかなる小勢(せうせい)にて、
P09325
雲霞(うんか)の如(ごとく)なる敵(かたき)の大勢(おほぜい)を、五六度(ごろくど)までぞお(ッ)【追つ】かへす【返す】。
鴨河(かもがは)ざ(ッ)とうちわたし、粟田口(あはたぐち)・松坂(まつざか)にもかかP2176りけり。
去年(こぞ)信濃(しなの)を出(いで)しには五万余騎(ごまんよき)と聞(きこ)えしに、
けふ四(し)の宮河原(みやがはら)をすぐるには、主従(しゆじゆう)(しゆじう)七騎(しちき)になりに
けり。まして中有(ちゆうう)(ちうう)の旅(たび)の空(そら)、おもひ【思ひ】やられて哀(あはれ)也(なり)。
木曾最期(きそのさいご)S0904 木曾殿(きそどの)は信濃(しなの)より、ともゑ【巴】・山吹(やまぶき)とて、二人(ににん)の便女(びんぢよ)を
具(ぐ)せられたり。山吹(やまぶき)はいたはり【労】あ(ッ)て、都(みやこ)にとどまりぬ。
中(なか)にもともゑ【巴】はいろしろく【白く】髪(かみ)ながく、容顔(ようがん)まこと【誠】に
P09326
すぐれたり。ありがたきつよ弓(ゆみ)、せい兵(びやう)【精兵】、馬(むま)のうへ、かち
だち、うち物(もの)も(ッ)ては鬼(おに)にも神(かみ)にもあはふ(う)どいふ一人
当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)也(なり)。究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)のあら馬(むま)のり、悪所(あくしよ)おとし【落し】、
いくさ【軍】といへば、さねよき鎧(よろひ)きせ、おほ太刀(だち)・つよ弓(ゆみ)も
たせて、まづ一方(いつぱう)の大将(たいしやう)にはむけられけり。度々(どど)の
高名(かうみやう)、肩(かた)をならぶるものなし。されば今(この)度(たび)も、おほく【多く】
のものどもおち【落ち】ゆきうた【討た】れける中(なか)に、七騎(しちき)が内(うち)まで
ともゑ【巴】はうた【討た】れざりけり。木曾(きそ)は長坂(ながさか)をへて丹波
P09327
路(たんばぢ)へおもむくとも聞(きこ)えけり。又(また)竜花(りうげ)ごへ(りゆうげごえ)【竜花越】にかか(ッ)て北国(ほつこく)へ
ともきこえ【聞え】けり。かかりしかども、今井(いまゐ)が行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】をきか
ばやとて、勢田(せた)の方(かた)へおち【落ち】ゆくほど【程】に、今井(いまゐの)四郎(しらう)兼平(かねひら)
も、八百余騎(はつぴやくよき)で勢田(せた)をかためたりけるが、P2177わづかに
五十騎(ごじつき)ばかりにうちなされ、旗(はた)をばまかせて、主(しゆう)(しゆ)のおぼつ
かなきに、宮(みや)こ【都】へと(ッ)てかへす【返す】ほど【程】に、大津(おほつ)のうちで【打出】の浜(はま)にて、
木曾殿(きそどの)にゆきあひたてまつる。互(たがひ)になか一町(いつちやう)ばかり
よりそれとみし(ッ)【見知つ】て、主従(しゆじゆう)(しゆじう)駒(こま)をはやめてよりあふ(あう)たり。
P09328
木曾殿(きそどの)今井(いまゐ)が手(て)をと(ッ)ての給(たま)ひけるは、「義仲(よしなか)六条
河原(ろくでうかはら)でいかにもなるべかりつれども、なんぢがゆくえ(ゆくへ)【行方】の
恋(こひ)しさに、おほく【多く】の敵(かたき)の中(なか)をかけわ(ッ)て、是(これ)までは
のがれ【逃れ】たる也(なり)」。今井(いまゐの)四郎(しらう)、「御(ご)ぢやう【諚】まこと【誠】に忝(かたじけ)なう候(さうらふ)。
兼平(かねひら)も勢田(せた)で打死(うちじに)つかまつるべう候(さうらひ)つれども、御(おん)行(ゆく)
え(ゆくへ)【行方】のおぼつかなさに、これまでまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。
木曾殿(きそどの)「契(ちぎり)はいまだくちせざりけり。義仲(よしなか)がせい【勢】は
敵(かたき)にをし(おし)【押し】へだてられ、山林(さんりん)にはせ【馳せ】ち(ッ)て、此(この)辺(へん)にもある
P09329
らんぞ。汝(なんぢ)がまかせてもた〔せた〕る旗(はた)あげさせよ」との給(たま)へば、
今井(いまゐ)が旗(はた)をさしあげ【差し上げ】たり。京(きやう)よりおつる勢(せい)とも
なく、勢田(せた)よりおつるものともなく、今井(いまゐ)が旗(はた)を見(み)
つけて三百(さんびやく)余騎(よき)ぞはせ集(あつま)る。木曾(きそ)大(おほき)に悦(よろこび)て、「此(この)勢(せい)あら
ばなどか最後(さいご)のいくさ【軍】せざるべき。ここにしぐらうで
見(み)ゆるはたが手(て)やらん」。「甲斐(かひ)(かい)の一条(いちでうの)次郎殿(じらうどの)とこそ
承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「せい【勢】はいくらほどあるやらん」。「六千余騎(ろくせんよき)とこそ
聞(きこ)え候(さうら)へ」。「さてはよい敵(かたき)ごさんなれ。おなじう死(し)なば、
P09330
よからう敵(かたき)にかけ【駆け】あふ(あう)【合う】て、大勢(おほぜい)の中(なか)でこそ打死(うちじに)
をもせめ」とて、ま(ッ)さきにこそすすみけれ。P2178木曾(きその)左馬
頭(さまのかみ)、其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)には、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾(からあや)お
どし(をどし)の鎧(よろひ)きて、くわがたう(ッ)たる甲(かぶと)の緒(を)(お)しめ、いか物(もの)
づくりのおほ太刀(だち)はき、石(いし)うちの矢(や)の、其(その)日(ひ)のいくさ【軍】
にい【射】て少々(せうせう)のこ(ッ)たるを、かしらだか【頭高】におい(おひ)【負ひ】なし、しげ
どう【滋籐】の弓(ゆみ)も(ッ)て、きこゆる【聞ゆる】木曾(きそ)の鬼葦毛(おにあしげ)といふ馬(むま)
の、きはめてふとう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】に、黄覆輪(きぶくりん)(き(ン)ぶくりん)の鞍(くら)を
P09331
い(おい)【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。あぶみふ(ン)ばりたちあがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)
をあげて名(な)のりけるは、「昔(むかし)はききけん物(もの)を、木曾(きそ)の
冠者(くわんじや)、今(いま)はみる【見る】らん、左馬頭(さまのかみ)[B 兼(けん)]伊与【*伊予】守(いよのかみ)、朝日(あさひ)の将軍(しやうぐん)源(みなもとの)
義仲(よしなか)ぞや。甲斐[B ノ](かひの)(かいの)一条(いちでうの)次郎(じらう)とこそきけ。たがい(たがひ)に
よい敵(かたき)ぞ。義仲(よしなか)う(ッ)て兵衛佐(ひやうゑのすけ)に見(み)せよや」とて、おめい(をめい)【喚い】て
かく。一条(いちでうの)二郎【*次郎】(じらう)、「只今(ただいま)なのる【名乗る】は大将軍(たいしやうぐん)ぞ。あますなもの
共(ども)、もらす【漏らす】な若党(わかたう)、うてや」とて、大(おほ)ぜいの中(なか)にとり【取り】こめ【籠め】て、
我(われ)う(ッ)とらんとぞすすみける。木曾(きそ)三百(さんびやく)余騎(よき)、六千余
P09332
騎(ろくせんよき)が中(なか)をたてさま・よこさま・蜘手(くもで)・十文字(じふもんじ)にかけ【駆け】わ(ッ)【破つ】て、
うしろへつ(ッ)といでたれば、五十騎(ごじつき)ばかりになりにけり。
そこをやぶ(ッ)【破つ】てゆくほど【程】に、土肥[B ノ](とひの)(といの)次郎(じらう)実平(さねひら)二千(にせん)余
騎(よき)でささへたり。其(それ)をもやぶ(ッ)【破つ】て行(ゆく)ほど【程】に、あそこでは
四五百騎(しごひやくき)、ここでは二三百(にさんびやく)騎(き)、百四五十騎(ひやくしごじつき)、百騎(ひやくき)ばかりが
中(なか)をかけわりかけわりゆくほど【程】に、主従(しゆじゆう)(しゆじう)五騎(ごき)にぞなりにける。
五騎(ごき)が内(うち)までともゑ【巴】はうた【討た】れざりけり。木曾殿(きそどの)「おの
れ【己】はとうとう【疾う疾う】、おんな(をんな)【女】なれば、いづちへもゆけ。我(われ)は打死(うちじに)
P09333
せんと思(おも)ふなり。もし人手(ひとで)にP2179かからば自害(じがい)をせん
ずれば、木曾殿(きそどの)の最後(さいご)のいくさ【軍】に、女(をんな)をぐせ【具せ】られ
たりけりな(ン)ど(など)いはれん事(こと)もしかる【然る】べからず」との給(たま)ひ
けれ共(ども)、猶(なほ)(なを)おち【落ち】もゆかざりけるが、あまりにいはれ
奉(たてまつり)て、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、よからうかたきがな。最後(さいご)のいくさ【軍】
してみせ【見せ】奉(たてまつ)らん」とて、ひかへたるところ【所】に、武蔵国(むさしのくに)に、
聞(きこ)えたる大(だい)ぢから、をん田(だ)の(おんだの)【御田の】八郎(はちらう)師重(もろしげ)、卅騎(さんじつき)ばかりで
出(いで)きたり。ともゑ【巴】そのなかへかけ入(いり)、をん田(だ)の(おんだの)【御田の】八郎(はちらう)に
P09334
おしならべ、むずとと(ッ)てひきおとし【落し】、わがの(ッ)【乗つ】たる鞍(くら)の
まへわ【前輪】にをし(おし)【押し】つけて、ち(ッ)ともはたらかさ【働かさ】ず、頸(くび)ねぢ
き(ッ)てすてて(ン)げり。其(その)後(のち)物具(もののぐ)ぬぎすて、東国(とうごく)の方(かた)へ
落(おち)ぞゆく。手塚(てづかの)太郎(たらう)打死(うちじに)す。手塚(てづか)の別当(べつたう)落(おち)に
けり。今井[B ノ](いまゐの)四郎(しらう)、木曾殿(きそどの)、只(ただ)主従(しゆじゆう)(しゆじう)二騎(にき)にな(ッ)ての給(たま)ひ
けるは、「日来(ごろ)はなにともおぼえぬ鎧(よろひ)が、けふはおもう【重う】
な(ッ)たるぞや」。今井(いまゐの)四郎(しらう)申(まうし)けるは、「御身(おんみ)も未(いまだ)つかれ【疲れ】
させ給(たま)はず、御馬(おんむま)(おむま)もよはり(よわり)【弱り】候(さうら)はず。なにによ(ッ)てか一両(いちりやう)の
P09335
御(おん)きせなが【着背長】をおもうはおぼしめし【思し召し】候(さうらふ)べき。それは御
方(みかた)に御(おん)せいが候(さうら)はねば、おく病(びやう)【臆病】でこそさはおぼしめし【思し召し】候(さうら)へ。
兼平(かねひら)一人(いちにん)候(さうらふ)とも、余(よ)の武者(むしや)千騎(せんぎ)とおぼしめせ【思し召せ】。矢(や)
七(ななつ)八(やつ)候(さうら)へば、しばらくふせき【防き】矢(や)仕(つかまつ)らん。あれに見(み)え候(さうらふ)、粟津(あはづ)
の松原(まつばら)と申(まうす)。あの松(まつ)の中(なか)で御自害(おんじがい)候(さうら)へ」とて、う(ッ)て
行(ゆく)程(ほど)に、又(また)あら【新】手(て)の武者(むしや)五十騎(ごじつき)ばかり出(いで)きたり。「君(きみ)は
あの松原(まつばら)へいら【入ら】せ給(たま)へ。兼平(かねひら)は此(この)敵(かたき)ふせき【防き】候(さうら)はん」と
申(まうし)ければ、木曾殿(きそどの)の給(たま)P2180ひけるは、「義仲(よしなか)宮(みや)こ【都】にて
P09336
いかにもなるべかりつるが、これまでのがれ【逃れ】くるは、汝(なんぢ)と
一所(いつしよ)で死(し)なんとおもふ【思ふ】ため也(なり)。ところどころ【所々】でうた【討た】れんよりも、
ひとところ【一所】でこそ打死(うちじに)をもせめ」とて、馬(むま)の鼻(はな)をなら
べてかけ【駆け】んとし給(たま)へば、今井(いまゐの)四郎(しらう)馬(むま)よりとびおり、主(しゆう)(しゆ)
の馬(むま)の口(くち)にとりつゐ(つい)【付い】て申(まうし)けるは、「弓矢(ゆみや)とりは年来(としごろ)
日来(ひごろ)いかなる高名(かうみやう)候(さうら)へども、最後(さいご)の時(とき)不覚(ふかく)しつれば
ながき疵(きず)にて候(さうらふ)也(なり)。御身(おんみ)はつかれ【疲れ】させ給(たまひ)て候(さうらふ)。つづくせい【勢】は
候(さうら)はず。敵(かたき)にをし(おし)【押し】へだてられ、いふかひなき人(ひと)〔の〕郎等(らうどう)に
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くみおとさ【落さ】れさせ給(たまひ)て、うた【討た】れさせ給(たまひ)なば、「さばかり日本
国(につぽんごく)にきこえ【聞え】させ給(たま)ひつる木曾殿(きそどの)をば、それがしが
郎等(らうどう)のうちたてま(ッ)【奉つ】たる」な(ン)ど(など)申(まう)さん事(こと)こそ口惜(くちをし)(くちおし)う
候(さうら)へ。ただあの松原(まつばら)へいらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、木曾(きそ)
さらばとて、粟津(あはづ)の松原(まつばら)へぞかけ給(たま)ふ。今井(いまゐの)四郎(しらう)
只(ただ)一騎(いつき)、五十騎(ごじつき)ばかりが中(なか)へかけ入(いり)、あぶみふ(ン)ばりたちあ
がり【上がり】、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)あげてなのり【名乗り】けるは、「日来(ひごろ)は音(おと)(をと)にも
ききつらん、今(いま)は目(め)にも見(み)給(たま)へ、木曾殿(きそどの)の御(おん)めのと子(ご)、今井(いまゐの)
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四郎(しらう)兼平(かねひら)、生年(しやうねん)卅三(さんじふさん)にまかりなる。さるものありとは
鎌倉殿(かまくらどの)までもしろしめさ【知ろし召さ】れたるらんぞ。兼平(かねひら)う(ッ)て
見参(げんざん)にいれよ【入れよ】」とて、ゐ(い)【射】のこしたる八すぢの矢(や)を、
さしつめ【差し詰め】引(ひき)つめさんざん【散々】にゐる(いる)【射る】。死生(ししやう)はしら【知ら】ず、やに
わ(やには)【矢庭】にかたき八騎(はちき)ゐ(い)【射】おとす【落す】。其(その)後(のち)打物(うちもの)ぬいてあれ
にはせ【馳せ】あひ、これに馳(はせ)あひ、きP2181(ッ)てまはるに、面(おもて)をあはする
ものぞなき。分(ぶん)どりあまたしたりけり。只(ただ)「ゐ(い)【射】とれ
や」とて、中(なか)にとりこめ、雨(あめ)のふる様(やう)にゐ(い)【射】けれども、鎧(よろひ)
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よければうらかかず、あき間(ま)をゐ(い)【射】ねば手(て)もおはず。
木曾殿(きそどの)は只(ただ)一騎(いつき)、粟津(あはづ)の松原(まつばら)へかけ給(たま)ふが、正
月(しやうぐわつ)廿一日(にじふいちにち)入(いり)あひばかりの事(こと)なるに、うす氷(ごほり)はは(ッ)たり
けり、ふか田(た)【深田】ありともしら【知ら】ずして、馬(むま)をざ(ッ)とうち入(いれ)
たれば、馬(むま)のかしらも見(み)えざりけり。あおれ(あふれ)【煽れ】どもあおれ(あふれ)【煽れ】ども、
うてどもうてどもはたらか【働か】ず。今井(いまゐ)が行(ゆく)え(ゆくへ)【行方】のおぼつか
なさに、ふりあふぎ給(たま)へるうち甲(かぶと)を、三浦(みうら)[B ノ]の石田(いしだの)次郎(じらう)
為久(ためひさ)、お(ッ)【追つ】かか(ッ)てよ(ッ)ぴゐ(よつぴい)てひやうふつとゐる(いる)【射る】。いた手(で)【痛手】な
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れば、ま(ッ)かうを馬(むま)のかしらにあててうつぶし給(たま)へる
処(ところ)に、石田(いしだ)が郎等(らうどう)二人(ににん)落(おち)あふ(あう)て、つゐに(つひに)【遂に】木曾殿(きそどの)の
頸(くび)をばと(ッ)て(ン)げり。太刀(たち)のさきにつらぬき、たかく
さしあげ【差し上げ】、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「この日来(ひごろ)日本国(につぽんごく)に
聞(きこ)えさせ給(たまひ)つる木曾殿(きそどの)を、三浦[B ノ](みうらの)石田[B ノ](いしだの)次郎(じらう)為久(ためひさ)が
うち奉(たてまつり)たるぞや」となのり【名乗り】ければ、今井(いまゐの)四郎(しらう)いくさ【軍】し
けるが、是(これ)をきき、「いまはたれをかばはんとてかいくさ【軍】をば
すべき。是(これ)を見(み)給(たま)へ、東国(とうごく)の殿原(とのばら)、日本(につぽん)一(いち)の甲(かう)【*剛】の者(もの)の
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自害(じがい)する手本(てほん)」とて、太刀(たち)のさきを口(くち)に含(ふく)み、馬(むま)
よりさかさまにとび落(おち)、つらぬ【貫ぬ】か(ッ)てぞうせにける。さて
こそ粟津(あはづ)のいくさ【軍】はなかりけれ。P2182樋口(ひぐちの)被討罰(きられ)S0905今井(いまゐ)が兄(あに)、樋口(ひぐちの)
次郎(じらう)兼光(かねみつ)は、十郎(じふらう)蔵人(くらんど)うたんとて、河内国(かはちのくに)長野(ながの)の
城(じやう)へこえたりけるが、そこにてはうちもらし【洩らし】ぬ。紀伊
国(きのくに)名草(なぐさ)にありと聞(きこ)えしかば、やがてつづゐ(つづい)【続い】てこえたり
けるが、都(みやこ)にいくさ【軍】ありときい【聞い】て馳(はせ)のぼる。淀(よど)の大渡(おほわたり)
の橋(はし)で、今井(いまゐ)が下人(げにん)ゆきあふ(あう)たり。「あな心(こころ)う【憂】、是(これ)は
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いづちへとてわたらせ給(たま)ひ候(さうらふ)ぞ。君(きみ)うた【討た】れさせ給(たま)ひぬ。
今井殿(いまゐどの)は自害(じがい)」と申(まうし)ければ、樋口[B ノ](ひぐちの)次郎(じらう)涙(なみだ)をはらはらと
ながいて、「是(これ)を聞(きき)給(たま)へ殿原(とのばら)、君(きみ)に御心(おんこころ)ざしおもひ【思ひ】ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)はん人々(ひとびと)は、これよりいづちへもおち【落ち】行(ゆき)、出家(しゆつけ)入道(にふだう)(にうだう)
して乞食(こつじき)頭陀(づだ)の行(ぎやう)をもたて【立て】、後世(ごせ)をとぶらひま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へ。兼光(かねみつ)は宮(みや)こ【都】へのぼり打死(うちじに)して、冥途(めいど)にても
君(きみ)の見参(げんざん)に入(いり)、今井(いまゐの)四郎(しらう)をいま一度(いちど)みんと思(おも)ふぞ」と
いひければ、五百余騎(ごひやくよき)のせい、あそこにひかへここにひ
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かへ落行(おちゆく)ほど【程】に、鳥羽(とば)の南(みなみ)の門(もん)をいでけるには、其(その)
勢(せい)わづかに廿(にじふ)余騎(よき)にぞなりにける。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)けふす
でに宮(みや)こ【都】へ入(いる)と聞(きこ)えしかば、党(たう)も豪家(かうけ)も七条(しつでう)・朱
雀(しゆしやか)・四塚(よつづか)さまへ馳向(はせむかふ)。樋口(ひぐち)が手に茅野[B ノ](ちのの)太郎(たらう)と云(いふ)もの
あり。四塚(よつづか)にいくらも馳(はせ)むかふ(むかう)【向う】たる敵(かたき)の中(なか)へかけ入(いり)、
大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「此(この)御中(おんうち)に、甲斐(かひ)(かい)の一条(いちでうの)次郎殿(じらうどの)の
御手(おんて)の人(ひと)や在(まし)ます」ととひければ、「あながち一条[B ノ](いちでうの)二郎【*次郎】殿(じらうどの)
の手(て)でいくさ【軍】P2183をばするか。誰(たれ)にもあへかし」とて、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】。
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わらは【笑は】れてなのり【名乗り】けるは、「かう申(まうす)は信濃国(しなののくに)諏方【*諏訪】(すはの)
上宮(かみのみや)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、茅野[B ノ](ちのの)大夫(たいふ)(たゆふ)光家(みついへ)が子(こ)に、茅野(ちのの)太郎(たらう)光広(みつひろ)、
必(かならず)一条[B ノ](いちでうの)次郎殿(じらうどの)の御手(おんて)をたづぬるにはあらず。おとと【弟】の
茅野[B ノ](ちのの)七郎(しちらう)それにあり。光広(みつひろ)が子共(こども)二人(ににん)、信濃国(しなののくに)に候(さうらふ)が、
「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)わが父(ちち)はようてや死(し)にたるらん、あしうてや死(し)に
たるらん」となげかん処(ところ)に、おととの七郎(しちらう)がまへで打死(うちじに)して、
子共(こども)にたしかにきかせんと思(おもふ)ため也(なり)。敵(かたき)をばきらふ
まじ」とて、あれに馳(はせ)あひ是(これ)にはせあひ、敵(かたき)三騎(さんぎ)(さんき)ゐ(い)【射】おとし【落し】、
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四人(しにん)にあたる敵(かたき)にをし(おし)【押し】ならべ、ひ(ッ)【引つ】く(ン)【組ん】でどうどおち【落ち】、さし
ちがへてぞ死(しに)にける。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)は児玉(こだま)にむすぼほれたり
ければ、児玉(こだま)の人共(ひとども)寄合(よりあひ)て、「弓矢(ゆみや)とるならひ、我(われ)も人(ひと)も
ひろい【広い】中(なか)へ入(い)らんとするは、自然(しぜん)の事(こと)のあらん時(とき)、ひと
まどのいきをもやすめ、しばしの命(いのち)をもつが【継が】んとお
もふ【思ふ】ため也(なり)。されば樋口(ひぐちの)次郎(じらう)が我等(われら)にむすぼほれけんも、
さこそはおもひ【思ひ】けめ。今度(こんど)の我等(われら)が勲功(くんこう)には、樋口(ひぐち)が
命(いのち)を申(まうし)うけん」とて、使者(ししや)をたてて、「日来(ひごろ)は木曾
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殿(きそどの)の御内(みうち)に今井(いまゐ)・樋口(ひぐち)とて聞(きこ)え給(たま)ひしかども、
今(いま)は木曾殿(きそどの)うた【討た】れさせ給(たま)ひぬ。なにかくるしかる【苦しかる】
べき。我等(われら)が中(なか)へ降人(かうにん)になり給(たま)へ。勲功(くんこう)の賞(しやう)に申(まうし)
かへて、命(いのち)ばかりたすけ【助け】奉(たてまつ)らん。出家(しゆつけ)入道(にふだう)(にうだう)をもして、
後世(ごせ)をとぶらひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へ」といひければ、樋口(ひぐちの)次郎(じらう)、
きこゆP2184るつはものなれども、運(うん)やつきにけん、児玉党(こだまたう)
のなかへ降人(かうにん)にこそなりにけれ。是(これ)を九郎(くらう)御曹司(おんざうし)
に申(まうす)。院(ゐんの)御所(ごしよ)へ奏聞(そうもん)してなだめ【宥め】られたりしを、
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かたはらの公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、つぼね【局】の女房達(にようばうたち)、「木曾(きそ)が
法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)へよせて時(とき)をつくり、君(きみ)をもなやまし
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、火(ひ)をかけておほく【多く】の人々(ひとびと)をほろぼしう
しなひ【失ひ】しには、あそこにもここにも、今井(いまゐ)・樋口(ひぐち)といふ
こゑ【声】のみこそありしか。是(これ)らをなだめ【宥め】られんはくち
おしかる(をしかる)【惜しかる】べし」と、面々(めんめん)に申(まう)されければ、又(また)死罪(しざい)にさだめ
らる。同(おなじき)廿二日(にじふににち)、新摂政殿(しんせつしやうどの)とどめ【留め】られ給(たま)ひて、本(もと)の摂政(せつしやう)
還着(げんぢやく)し給(たま)ふ。纔(わづか)に六十日(ろくじふにち)のうちに替(かへ)られ給(たま)へば、
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いまだ見(み)はてぬ夢(ゆめ)のごとし。昔(むかし)粟田(あはた)の関白(くわんばく)は、
悦申(よろこびまうし)の後(のち)只(ただ)七ケ日(しちかにち)だにこそおはせしか、これは六十
日(ろくじふにち)とはいへども、その内(うち)に節会(せちゑ)も除目(ぢもく)もおこなはれ
しかば、思出(おもひで)なきにもあらず。同(おなじき)廿四日(にじふしにち)、木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)并(ならびに)
余党(よたう)五人(ごにん)が頸(くび)、大路(おほち)をわたさる。樋口(ひぐちの)次郎(じらう)は降人(かうにん)
なりしが、頻(しきり)に頸(くび)のとも【伴】せんと申(まうし)ければ、藍摺(あいずり)の水
干(すいかん)、立烏帽子(たてえぼし)(たてゑぼし)でわたされけり。同(おなじき)廿五日(にじふごにち)、樋口(ひぐちの)次郎(じらう)遂(つひ)(つゐ)に
切(きら)[B れ]ぬ。範頼(のりより)・義経(よしつね)やうやうに申(まう)されけれども、「今井(いまゐ)・
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樋口(ひぐち)・楯(たて)・祢[B ノ]井(ねのゐ)とて、木曾(きそ)が四天王(してんわう)のそのひとつ也(なり)。是(これ)ら
をなだめ【宥め】られんは、養虎(やうこ)の愁(うれへ)あるべし」とて、殊(こと)に沙汰(さた)
あ(ッ)て誅(ちゆうせ)(ちうせ)られけるとぞきこえ【聞え】し。つて【伝】にきく【聞く】、虎狼(こらう)
の国(くに)衰(をとろ)(おとろ)へて、諸侯(しよこう)蜂(はち)のごとく起(おこり)(をこり)し時(とき)、沛公(はいこう)先(さき)に咸
陽宮(かんやうきゆう)(かんやうきう)に入(いる)とP2185いへども、項羽(こうう)が後(のち)に来(きた)らん事(こと)を恐(おそれ)て、
妻(つま)は美人(びじん)をもおかさ(をかさ)ず、金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)をも掠(かす)めず、徒(いたづら)に
凾谷(かんこく)の関(せき)を守(まも)(ッ)て、漸々(やうやう)にかたきをほろぼして、天下(てんが)(てんか)を
治(ぢ)する事(こと)を得(え)たりき。されば木曾[B ノ](きその)左馬頭(さまのかみ)、まづ
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都(みやこ)へ入(い)ると云(いふ)とも、頼朝(よりとも)朝臣(あそん)(あつそん)の命(めい)にしたがはましかば、彼(か)の
沛公(はいこう)がはかり事(こと)にはおとらざらまし。平家(へいけ)はこぞの
冬(ふゆ)の比(ころ)より、讃岐国(さぬきのくに)八島(やしま)の磯(いそ)をいでて、摂津国(せつつのくに)難
波潟(なにはがた)へをし(おし)【押し】わたり、福原(ふくはら)の旧都(きうと)に居住(きよぢゆう)(きよぢう)して、西(にし)は
一[B ノ]谷(いちのたに)を城郭(じやうくわく)に構(かま)へ、東(ひがし)(ひんがし)は生田[B ノ](いくたの)森(もり)を大手(おほて)の木戸口(きどぐち)と
ぞさだめける。其(その)内(うち)福原(ふくはら)・兵庫(ひやうご)・板屋(いたや)ど【板宿】・須磨(すま)にこもる
勢(せい)、これは山陽道(せんやうだう)八ケ国(はつかこく)(はちかこく)、南海道(なんかいだう)六ケ国(ろくかこく)、都合(つがふ)(つがう)十四(じふし)ケ国(かこく)
をうちしたがへてめさるるところ【所】の軍兵(ぐんびやう)也(なり)。十万余
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騎(じふまんよき)とぞ聞(きこ)えし。一谷(いちのたに)は北(きた)は山(やま)、南(みなみ)は海(うみ)、口(くち)はせばくて奥(おく)ひ
ろし。岸(きし)たかくして屏風(びやうぶ)をたてたるにことならず。
北(きた)の山(やま)ぎはより南(みなみ)の海(うみ)のとをあさ(とほあさ)【遠浅】まで、大石(たいせき)をかさね
あげ、おほ木(ぎ)をき(ッ)てさかも木(ぎ)【逆茂木】にひき、ふかきところ【所】
には大船(たいせん)どもをそばだてて、かいだて【垣楯】にかき、城(じやう)の面(おもて)の
高矢倉(たかやぐら)には、一人当千(いちにんたうぜん)ときこゆる【聞ゆる】四国(しこく)鎮西(ちんぜい)の兵共(つはものども)、甲
冑(かつちう)弓箭(きゆうせん)(きうせん)を帯(たい)して、雲霞(うんか)の如(ごと)くになみ居(ゐ)たり。
矢倉(やぐら)のしたには、鞍置馬(くらおきむま)(くらをきむま)共(ども)十重(とへ)廿重(はたへ)にひ(ッ)【引つ】たてたり。
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つねに大皷(たいこ)をう(ッ)て乱声(らんじやう)をす。一張(いつちやう)の弓(ゆみ)のいきおひ(いきほひ)
は半月(はんげつ)胸(むね)のまへにかかり、三尺(さんじやく)の剣(けん)の光(ひかり)は秋(あき)の霜(しも)
腰(こし)の間(あひだ)(あいだ)に横(よこ)だへたり。たかきところ【所】には赤旗(あかはた)おほく【多く】
うちたてたれば、春風(はるかぜ)にふかれP2186て天(てん)に翻(ひるがへ)るは、火
炎(くわえん)のもえあがる【上がる】にことならず。六ケ度軍(ろくかどのいくさ)S0906平家(へいけ)福原(ふくはら)へわたり給(たまひ)
て後(のち)は、四国(しこく)の兵(つはもの)したがい(したがひ)【従ひ】奉(たてまつ)らず。中(なか)にも阿波(あは)讃岐(さぬき)
の在庁(ざいちやう)ども、平家(へいけ)をそむいて源氏(げんじ)につかんとし
けるが、「抑(そもそも)我等(われら)は、昨日(きのふ)今日(けふ)まで平家(へいけ)にしたがうたる
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ものの、今(いま)はじめて源氏(げんじ)の方(かた)へまいり(まゐり)【参り】たりとも、よも
もちゐられじ。いざや平家(へいけ)に矢(や)ひとつゐ(い)【射】かけて、
それを面(おもて)にしてまいら(まゐら)【参ら】ん」とて、門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)、子息(しそく)越
前(ゑちぜんの)三位(さんみ)(さんゐ)、能登守(のとのかみ)、父子(ふし)三人(さんにん)、備前国(びぜんのくに)下津井(しもつゐ)(シモつゐ)に在(まし)ます
と聞(きこ)えしかば、討(うち)たてまつら【奉ら】んとて、兵船(ひやうせん)十余艘(じふよさう)で
よせたりけり。能登守(のとのかみ)是(これ)をきき「にくゐ(にくい)やつ原(ばら)かな。
昨日(きのふ)今日(けふ)まで我等(われら)が馬(むま)の草(くさ)き(ッ)たる奴原(やつばら)が、すでに
契(ちぎり)を変(へん)ずるにこそあんなれ。其(その)義(ぎ)ならば一人(いちにん)も
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もらさ【漏らさ】ずうてや」とて、小舟(こぶね)どもにとりの(ッ)【乗つ】て、「あます
な、もらす【漏らす】な」とてせめ【攻め】給(たま)へば、四国(しこく)の兵物共(つはものども)、人目(ひとめ)ばかりに
矢(や)一(ひとつ)射(い)(ゐ)て、のか【退か】んとこそ思(おも)ひけるに、手(て)いたうせめ【攻め】られ
たてま(ッ)【奉つ】て、かなは【叶は】じとやおもひ【思ひ】けん、とをまけ(とほまけ)【遠負】にして
引退(ひきしりぞ)き、宮(みや)こ【都】の方(かた)へにげのぼるが、淡路国(あはぢのくに)ふく良(ら)【福良】
の泊(とまり)につきにけり。其(その)国(くに)に源氏(げんじ)二人(ににん)あり。故(こ)六条(ろくでうの)判
官(はんぐわん)為義(ためよし)が末子(すゑのこ)、P2187賀茂(かもの)冠者(くわんじや)義嗣(よしつぎ)・淡路(あはぢの)冠者(くわんじや)義久(よしひさ)
と聞(きこ)えしを、四国(しこく)の兵共(つはものども)、大将(たいしやう)にたのん【頼ん】で、城郭(じやうくわく)を構(かまへ)て
P09355
待(まつ)ところ【所】に、能登殿(のとどの)やがてをし(おし)【押し】よせ【寄せ】責(せめ)給(たま)へば、一日(いちにち)
たたかひ【戦ひ】、賀茂(かもの)冠者(くわんじや)打死(うちじに)す。淡路(あはぢの)冠者(くわんじや)はいた手(で)【痛手】負(おう)(をふ)て
自害(じがい)して(ン)げり。能登殿(のとどの)防矢(ふせきや)ゐ(い)【射】ける兵(つは)ものども、
百卅余人(ひやくさんじふよにん)が頸(くび)切(き)(ッ)て、討手(うちて)の交名(けうみやう)しるい【記い】て、福原(ふくはら)へ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】らる。門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)、其(それ)より福原(ふくはら)へのぼり給(たま)ふ。
子息達(しそくたち)は、伊与【*伊予】[B ノ](いよの)河野(かはのの)四郎(しらう)がめせ【召せ】どもまいら(まゐら)【参ら】ぬをせ
め【攻め】んとて、四国(しこく)へぞ渡(わた)られける。先(まづ)兄(あに)の越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通
盛卿(みちもりのきやう)、[B 阿]波国(あはのくに)花園(はなぞの)の城(じやう)につき給(たまふ)。能登守(のとのかみ)讃岐(さぬき)の八島(やしま)へ
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渡(わた)り給(たま)ふと聞(きこ)えしかば、河野(かはのの)四郎(しらう)道信【*通信】(たうしん)、安芸国(あきのくにの)
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)沼田(ぬたの)次郎(じらう)は母方(ははかた)の伯父(をぢ)(おぢ)なりければ、ひとつに
ならんとて、安芸国(あきのくに)へをし(おし)【押し】わたる。能登守(のとのかみ)是(これ)を
きき、やがて讃岐(さぬきの)八島(やしま)をいでておはれけるが、すでに
備後国(びんごのくに)蓑島(みのしま)にかか(ッ)て、次(つぎの)日(ひ)、沼田[B ノ]城(ぬたのじやう)へよせ給(たま)ふ。沼田(ぬたの)
次郎(じらう)・河野(かはのの)四郎(しらう)ひとつにな(ッ)てふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。能登
殿(のとどの)やがて押寄(おしよせ)(をしよせ)責(せめ)給(たま)へば、一日(いちにち)一夜(いちや)ふせき【防き】たたかひ【戦ひ】、
沼田(ぬたの)次郎(じらう)かなは【叶は】じとや思(おも)ひけん、甲(かぶと)をぬいで降人(かうにん)に
P09357
まいる(まゐる)【参る】。河野(かはのの)四郎(しらう)は猶(なほ)したがひ【従ひ】奉(たてまつ)らず。其(その)勢(せい)五
百余騎(ごひやくよき)あり【有り】けるが、わづかに五十騎(ごじつき)ばかりにうち
なされ、城(じやう)をいでて行(ゆく)ほど【程】に、能登殿(のとどの)の侍(さぶらひ)平八兵
衛(へいはちびやうゑ)為員(ためかず)、二百騎(にひやくき)ばかりが中(なか)にとりこめられて、主従(しゆじゆう)(しゆうじう)
七騎(しちき)にうちなされ、たすけ船(ぶね)【助け船】にのらんとほそ道(みち)に
かか(ッ)て、みぎはの方(かた)へおち【落ち】ゆく程(ほど)に、平八兵[B 衛](へいはちびやうゑ)が子息(しそく)讃
岐(さぬきの)七郎(しちらう)義範(よしのり)、究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)の弓(ゆみ)P2188の上手(じやうず)ではあり、お(ッ)【追つ】かか(ッ)て、
七騎(しちき)をやにわ(やには)【矢庭】に五騎(ごき)ゐ(い)【射】おとす【落す】。河野(かはのの)四郎(しらう)、ただ主従(しゆじゆう)(しゆうじう)
P09358
二騎(にき)になりにけり。河野(かはの)が身(み)にかへて思(おも)ひける郎
等(らうどう)を、讃岐(さぬきの)七郎(しちらう)をし(おし)【押し】ならべてく(ン)【組ん】でおち【落ち】、と(ッ)ておさへて
頸(くび)をかかんとする処(ところ)に、河野(かはのの)四郎(しらう)と(ッ)てかへし、郎等(らうどう)が
うへなる讃岐(さぬきの)七郎(しちらう)が頸(くび)かき切(きつ)て、ふか田(た)【深田】へなげいれ【入れ】、大音
声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「河野(かはのの)四郎(しらう)越智[B ノ](をちの)道信【*通信】(みちのぶ)、生年(しやうねん)廿一(にじふいち)、かうこそ
いくさ【戦】をばすれ。われとおもはん人々(ひとびと)はとどめよ【留めよ】や」とて、
郎等(らうどう)をかたにひ(ッ)【引つ】かけ、そこをつ(ッ)とのがれ【逃れ】て小舟(こぶね)に
のり、伊与【*伊予】国(いよのくに)へぞわたりける。能登殿(のとどの)、河野(かはの)をも
P09359
うちもらさ【漏らさ】れたれども、沼田(ぬたの)次郎(じらう)が降人(かうにん)たるをめし【召し】
ぐし【具し】て、福原(ふくはら)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。又(また)淡路国(あはぢのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)安摩(あまの)
六郎(ろくらう)忠景(ただかげ)、平家(へいけ)をそむいて源氏(げんじ)に心(こころ)をかよはし【通はし】ける
が、大船(おほぶね)二艘(にさう)に兵粮米(ひやうらうまい)・物具(もののぐ)つう【積う】で、宮(みや)こ【都】の方(かた)へのぼる
程(ほど)に、能登殿(のとどの)福原(ふくはら)にて是(これ)をきき、小舟(こぶね)十艘(じつさう)ばかり
おしうかべ【浮べ】ておは【追は】れけり。安摩(あま)の六郎(ろくらう)、西宮(にしのみや)の奥(おき)にて、
かへしあはせふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。手(て)いたうせめ【攻め】られたて
ま(ッ)【奉つ】て、かなは【叶は】じとや思(おも)ひけん、引退(ひきしりぞき)て和泉国(いづみのくに)吹井[B ノ](ふけゐの)
P09360
浦(うら)につきにけり。紀伊国(きのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)園辺(そのべの)(ソノヘノ)兵衛(ひやうゑ)忠康(ただやす)、是(これ)
も平家(へいけ)をそむいて源氏(げんじ)につかんとしけるが、あまの
六郎(ろくらう)が能登殿(のとどの)に責(せめ)られたてま(ッ)【奉つ】て、吹井(ふけゐ)にありと
聞(きこ)えしかば、其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりで馳来(はせき)てひとつになる。
能登殿(のとどの)やがてつづゐ(つづい)【続い】て責(せめ)給(たま)へば、一日(いちにち)一夜(いちや)ふせP2189きたた
かい(たたかひ)【戦ひ】、あまの六郎(ろくらう)・そのべの兵衛(ひやうゑ)、かなは【叶は】じとや思(おも)ひけん、家
子(いへのこ)郎等(らうどう)に防矢(ふせきや)ゐ(い)【射】させ、身(み)がらはにげて京(きやう)へのぼる。
能登殿(のとどの)、防矢(ふせきや)ゐ(い)【射】ける兵物共(つはものども)二百(にひやく)余人(よにん)が頸(くび)きりかけて、
P09361
福原(ふくはら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。又(また)伊与【*伊予】国(いよのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)河野(かはのの)四
郎(しらう)道信【*通信】(みちのぶ)、豊後国(ぶんごのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)臼杵(うすきの)二郎(じらう)維高(これたか)・緒方(をかたの)(おかたの)三郎(さぶらう)維
義(これよし)同心(どうしん)して、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)二千(にせん)余人(よにん)、備前国(びぜんのくに)へをし(おし)【押し】
渡(わた)り、いまぎ【今木】の城(じやう)にぞ籠(こもり)ける。能登守(のとのかみ)是(これ)をきき、
福原(ふくはら)より三千余騎(さんぜんよき)で馳(はせ)くだり、いまぎ【今木】の城(じやう)をせめ【攻め】
給(たま)ふ。能登殿(のとどの)「奴原(きやつばら)はこはい御敵(おんかたき)で候(さうらふ)。かさねて勢(せい)を
給(たま)はらん」と申(まう)されければ、福原(ふくはら)より数万騎(すまんぎ)の大勢(おほぜい)
をむけらるるよしきこえ【聞え】し程(ほど)に、城(じやう)のうちの兵物共(つはものども)、
P09362
手(て)のきはたたかひ、分捕(ぶんどり)高名(かうみやう)しきはめて、「平家(へいけ)は
大勢(おほぜい)でまします也(なり)。我等(われら)は無勢(ぶせい)也(なり)。いかにもかなふ【叶ふ】
まじ。ここをばおち【落ち】てしばらくいき【息】をつが【継】ん」とて、臼杵(うすきの)
次郎(じらう)・緒方(をかたの)(おかたの)三郎(さぶらう)舟(ふね)にとりのり、鎮西(ちんぜい)へおしわたる。河
野(かはの)は伊与【*伊予】(いよ)へぞ渡(わた)りける。能登殿(のとどの)「いまはう[B つ]べき敵(かたき)な
し」とて、福原(ふくはら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。大臣殿(おほいとの)をはじめ
たてま(ッ)【奉つ】て、平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)より【寄り】あひ給(たま)ひて、
能登殿(のとどの)の毎度(まいど)の高名(かうみやう)をぞ一同(いちどう)に感(かん)じあはれける。P2190
P09363
三草勢揃(みくさせいぞろへ)S0907正月(しやうぐわつ)廿九日(にじふくにち)、範頼(のりより)・義経(よしつね)院参(ゐんざん)して、平家(へいけ)追討(ついたう)
のために西国(さいこく)へ発向(はつかう)すべきよし奏聞(そうもん)しけるに、
「本朝(ほんてう)には神代(かみよ)よりつたはれる三(みつ)の御宝(おんたから)あり。内侍所(ないしどころ)・
神璽(しんし)・宝剣(ほうけん)これ也(なり)。相構(あひかまへ)(あいかまへ)て事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なくかへし【返し】い
れ【入れ】たてまつれ【奉れ】」と仰下(おほせくだ)さる。両人(りやうにん)かしこまりうけ給(たま)
は(ッ)【承つ】てまかり出(いで)ぬ。同(おなじき)二月(にぐわつ)四日(よつかのひ)、福原(ふくはら)には、故(こ)入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の
忌日(きにち)とて、仏事(ぶつじ)形(かた)の如(ごと)くおこなはる。あさゆふのいく
さ【軍】だちに、過(すぎ)ゆく月日(つきひ)はしら【知ら】ねども、こぞ【去年】はことしに
P09364
めぐりきて、うかり【憂かり】し春(はる)にも成(なり)にけり。世(よ)の世(よ)にて
あらましかば、いかなる起立(きりふ)(きりう)塔婆(たふば)(たうば)のくはたて【企て】、供仏(くぶつ)施僧(せそう)の
いとなみもあるべかりしか共(ども)、ただ男女(なんによ)の君達(きんだち)さしつどひて、
なく【泣く】より外(ほか)の事(こと)ぞなき。其(その)次(つい)でに叙位(じよゐ)除目(ぢもく)おこな
はれて、僧(そう)も俗(ぞく)もみなつかさ【司】なされけり。門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)、正(じやう)二位(にゐ)大
納言(だいなごん)に成(なり)給(たま)ふべきよし、大臣殿(おほいとの)より仰(おほせ)られければ、教盛卿(のりもりのきやう)、
けふまでもあればあるかのわが身(み)かは
夢(ゆめ)のうちにも夢(ゆめ)をみる【見る】かな W067
P09365
と御返事(おんぺんじ)申(まう)させ給(たま)ひて、遂(つひ)に大納言(だいなごん)にもなり給(たま)
はず。大外記(だいげき)中原(なかはらの)師直(もろなほ)(もろなを)が子(こ)、周防介(すはうのすけ)師純(もろずみ)、大外記(だいげき)になる。
兵部少輔(ひやうぶのせう)正明(まさあきら)、五位(ごゐの)蔵人(くらんど)になされて蔵人(くらんどの)少輔(せう)とぞP2191
いはれける。昔(むかし)将門(まさかど)が東(とう)八ケ国(はつかこく)をうちしたがへて、下
総国(しもつふさのくに)相馬郡(さうまのこほり)に都(みやこ)をたて、我(わが)身(み)を平親王(へいしんわう)と称(せう)して、
百官(ひやくくわん)をなしたりしには、暦博士(れきはかせ)ぞなかりける。是(これ)はそれ
にはにる【似る】べからず。旧都(きうと)をこそ落(おち)給(たま)ふといへども、主上(しゆしやう)
三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を帯(たい)して、万乗(ばんじよう)(ばんぜう)の位(くらゐ)にそなはり給(たま)へり。
P09366
叙位(じよゐ)除目(ぢもく)おこなはれんも僻事(ひがこと)にはあらず。平氏(へいじ)す
でに福原(ふくはら)までせめ【攻め】のぼ(ッ)て、都(みやこ)へかへり入(いる)べきよしき
こえ【聞え】しかば、故郷(こきやう)にのこりとどまる人々(ひとびと)いさみよろ
こぶ事(こと)なのめならず。二位(にゐの)僧都(そうづ)専親【*全真】(せんしん)は、梶井宮(かぢゐのみや)の
年来(としごろ)の御同宿(ごどうじゆく)なりければ、風(かぜ)のたよりには申(まう)
されけり。宮(みや)よりも又(また)つねは御(おん)音(をと)づれ(おとづれ)あり【有り】けり。「旅(たび)
の空(そら)のありさまおぼしめし【思し召し】やるこそ心(こころ)ぐるし
けれ。都(みやこ)もいまだしづまらず」な(ン)ど(など)あそばひ(あそばい)【遊ばい】て、お
P09367
くには一首(いつしゆ)の歌(うた)ぞあり【有り】ける。
人(ひと)しれずそなたをしのぶ【忍ぶ】こころをば
かたぶく月(つき)にたぐへてぞやる W068
僧都(そうづ)これをかほにをし(おし)【押し】あてて、かなしみの[* 「の」は右寄りに記]泪(なみだ)せきあ
え(あへ)ず。さるほど【程】に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛卿(これもりのきやう)は年(とし)へだた
り日(ひ)かさなるに随(したが)ひて、ふるさとにとどめ【留め】をき(おき)給(たまひ)し
北方(きたのかた)、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の事(こと)をのみなげきかなしみ給(たま)ひ
けり。商人(あきうど)のたよりに、をのづから(おのづから)文(ふみ)な(ン)ど(など)のかよふにも、
P09368
北方(きたのかた)の宮(みや)こ【都】の御(おん)ありさま、心(こころ)ぐるしうきき給(たま)ふに、
さらばむかへ【向へ】と(ッ)て一(ひと)ところ【一所】でいかにもならばやとは思(おも)へ
ども、わが身(み)こそあらめ、人(ひと)のためいたはしくてな(ン)ど(など)お
ぼしめP2192し、しのび【忍び】てあかしくらし給(たま)ふにこそ、せめて
の心(こころ)ざしのふかさ【深さ】の程(ほど)もあらはれけれ。さる程(ほど)に、
源氏(げんじ)は四日(よつかのひ)よすべかりしが、故(こ)入道(にふだう)(にうだう)相国(しやうこく)の忌日(きにち)とき
い【聞い】て、仏事(ぶつじ)をとげさせんがためによせず。五日(いつかのひ)は西(にし)ふさ
がり、六日(むゆか)は道忌日(だうきにち)、七日(なぬかのひ)の卯剋(うのこく)に、一谷(いちのたに)の東西(とうざい)の木
P09369
戸口(きどぐち)にて源平(げんぺい)矢合(やあはせ)とこそさだめけれ。さりながら
も、四日(よつかのひ)は吉日(きちにち)なればとて、大手(おほて)搦手(からめで)の大将軍(たいしやうぐん)、軍兵(ぐんびやう)
二手(ふたて)にわか(ッ)て都(みやこ)をたつ。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)は蒲(がまの)御曹司(おんざうし)
範頼(のりより)、相伴(あひともなふ)人々(ひとびと)、武田(たけたの)太郎(たらう)信義(のぶよし)・鏡美(かがみの)次郎(じらう)遠光(とほみつ)(とをみつ)・同(おなじく)
小次郎(こじらう)長清(ながきよ)・山名(やまなの)次郎(じらう)教義(のりよし)・同(おなじく)三郎(さぶらう)義行(よしゆき)、侍大将(さぶらひだいしやう)には
梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)・嫡子(ちやくしの)源太(げんだ)景季(かげすゑ)・次男(じなん)平次(へいじ)景高(かげたか)・同(おなじく)三郎(さぶらう)
景家(かげいへ)・稲毛(いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)・楾谷(はんがへの)四郎(しらう)重朝(しげとも)、同(おなじく)五郎(ごらう)行重(ゆきしげ)・小
山(をやまの)(おやまの)小四郎(こしらう)朝政(ともまさ)・同(おなじく)中沼(なかぬまの)五郎(ごらう)宗政(むねまさ)・結城(ゆふきの)七郎(しちらう)朝光(ともみつ)・佐
P09370
貫(さぬきの)四郎(しらう)大夫(だいふ)広綱(ひろつな)・小野寺[B ノ](をのでらの)(おのでらの)禅師(ぜんじ)太郎(たらう)道綱(みちつな)・曾我(そがの)太郎(たらう)
資信(すけのぶ)・中村(なかむら)太郎(たらう)時経(ときつね)・江戸(えどの)(ゑどの)四郎(しらう)重春(しげはる)・玉[B ノ]井[B ノ](たまのゐの)四郎(しらう)資景(すけかげ)・
大河津(おほかはづの)太郎(たらう)広行(ひろゆき)・庄(しやうの)三郎(さぶらう)忠家(ただいへ)・同(おなじく)四郎(しらう)高家(たかいへ)・勝大[B ノ](せうだいの)(セウだいの)
八郎(はちらう)行平(ゆきひら)・久下(くげの)二郎(じらう)重光(しげみつ)・河原(かはら)太郎(たらう)高直(たかなほ)(たかなを)・同(おなじく)次郎(じらう)盛
直(もりなほ)(もりなを)・藤田(ふぢたの)三郎(さぶらう)大夫(だいふ)行泰(ゆきやす)を先(さき)として、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)五
万余騎(ごまんよき)、四日(よつかのひ)の辰(たつ)の一点(いつてん)に都(みやこ)をた(ッ)て、其(その)日(ひの)申酉[B ノ](さるとりの)剋(こく)に
摂津国(つのくに)■陽野(こやの)に陣(ぢん)をとる。搦手(からめで)の大将軍(たいしやうぐん)は九
郎(くらう)御曹司(おんざうし)義経(よしつね)、同(おなじ)く伴(ともな)ふ人々(ひとびと)、安田(やすだの)三郎(さぶらう)義貞(よしさだ)・太
P09371
内【*大内】(おほうちの)太郎(たらう)維義(これよし)・村上(むらかみの)判官代(はんぐわんだい)康国(やすくに)・田代(たしろの)冠者(くわんじや)信綱(のぶつな)、侍
大将(さぶらひだいしやう)には土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)実平(さねひら)・子息[B ノ](しそくの)P2193弥太郎(やたらう)遠平(とほひら)(とをひら)・三浦介(みうらのすけ)
義澄(よしずみ)・子息[B ノ](しそくの)平六(へいろく)義村(よしむら)・畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)・同(おなじく)長野(ながのの)
三郎(さぶらう)重清(しげきよ)・三浦(みうらの)佐原(さはらの)十郎(じふらう)義連(よしつら)・和田(わだの)小太郎(こたらう)義盛(よしもり)・
同(おなじく)次郎(じらう)義茂(よしもち)・同(おなじく)三郎(さぶらう)宗実[* 「実平」と有るのを高野本により訂正](むねざね)・佐々木(ささき)四郎(しらう)高綱(たかつな)・同(おなじく)五
郎(ごらう)義清(よしきよ)・熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)(なをざね)・子息(しそくの)小次郎(こじらう)直家(なほいへ)(なをいへ)・平山(ひらやまの)武者
所(むしやどころ)季重(すゑしげ)・天野(あまのの)次郎(じらう)直経(なほつね)(なをつね)・小河(をがはの)次郎(じらう)資能(すけよし)・原(はらの)三郎(さぶらう)清
益(きよます)・金子(かねこの)十郎(じふらう)家忠(いへただ)・同(おなじく)与一(よいち)親範(ちかのり)・渡柳(わたりやなぎの)弥五郎(やごらう)清忠(きよただ)・
P09372
別府(べつぷの)小太郎(こたらう)清重(きよしげ)・多々羅(たたらの)五郎(ごらう)義春(よしはる)・其(その)子(こ)の太郎(たらう)
光義(みつよし)・片岡(かたをかの)五郎(ごらう)経春(つねはる)・源八(げんぱち)広綱(ひろつな)・伊勢(いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)・
奥州[B ノ](あうしうの)佐藤(さとう)三郎(さぶらう)嗣信(つぎのぶ)・同(おなじく)四郎(しらう)忠信(ただのぶ)・江田[B ノ](えだの)源三(げんざう)・熊井(くまゐ)
太郎(たらう)・武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)を先(さき)として、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)一万
余騎(いちまんよき)、同(おなじ)日(ひ)の同(おなじ)時(とき)に都(みやこ)をた(ッ)て丹波路(たんばぢ)にかかり、二日
路(ふつかぢ)を一日(ひとひ)にう(ッ)【打つ】て、播磨(はりま)と丹波(たんば)のさかひなる三草(みくさ)の
山(やま)の東(ひがし)(ひんがし)の山口(やまぐち)に、小野原(をのばら)にこそつきにけれ。三草合戦(みくさがつせん)S0908 平家(へいけ)の
方(かた)には大将軍(たいしやうぐん)小松(こまつの)新三位(しんざんみの)(しんざんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)資盛(すけもり)・同(おなじく)少将(せうしやう)有盛(ありもり)・
P09373
丹後(たんごの)侍従(じじゆう)(じじう)忠房(ただふさ)・備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)師盛(もろもり)、侍大将(さぶらひだいしやう)には、平内兵衛(へいないびやうゑ)
清家(きよいへ)・海老(えみの)次郎(じらう)盛方(もりかた)を初(はじめ)として、都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三千
余騎(さんぜんよき)、小野原(をのばら)より三里(さんり)へだてて、三草(みくさ)の山(やま)の西(にし)の
山口(やまぐち)に陣(ぢん)をとる。其(その)夜(よ)の戌(いぬ)の剋(こく)ばかり、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)、
土肥(とひの)次郎(じらう)をめし【召し】て、「平家(へいけ)は是(これ)より三里(さんり)へP2194だてて、三草(みくさ)
の山(やま)の西(にし)の山口(やまぐち)に大勢(おほぜい)でひかへたんなるは。今夜(こよひ)夜討(ようち)に
よすべきか、あすのいくさ【軍】か」との給(たま)へば、田代(たしろの)冠者(くわんじや)すす
みいでて申(まうし)けるは、「あすのいくさ【軍】とのべ【延べ】られなば、
P09374
平家(へいけ)勢(せい)つき候(さうらひ)なんず。平家(へいけ)は三千余騎(さんぜんよき)、御方(みかた)
の御(おん)勢(せい)は一万余騎(いちまんよき)、はるかの理(り)に候(さうらふ)。夜(よ)うちよかん
ぬと覚(おぼえ)候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)「いしう申(まう)させ
給(たま)ふ田代殿(たしろどの)かな。さらばやがてよせさせ給(たま)へ」とてう(ッ)【打つ】
たち【立ち】けり。つはもの共(ども)「くらさはくらし、いかがせんずる」と
口々(くちぐち)に申(まうし)ければ、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)「例(れい)の大(おほ)だい松(まつ)はいかに」。土
肥(とひの)(といの)次郎(じらう)「さる事(こと)候(さうらふ)」とて、小野原(をのばら)の在家(ざいけ)に火(ひ)をぞ
かけたりける。是(これ)をはじめて、野(の)にも山(やま)にも、草(くさ)にも
P09375
木(き)にも、火(ひ)をつけたれば、ひるにはち(ッ)ともおとらずして、
三里(さんり)の山(やま)を越行(こえゆき)けり。此(この)田代(たしろ)冠者(くわんじや)と申(まう)すは、
伊豆国(いづのくに)のさきの国司(こくし)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)為綱(ためつな)の末葉(ばつえふ)(ばつえう)也(なり)。母(はは)は
狩野介(かののすけ)茂光(もちみつ)がむすめをおもふ(おもう)【思う】てまうけたりし
を、母方(ははかた)の祖父(そぶ)にあづけて、弓矢(ゆみや)とりにはしたて【仕立て】た
り。俗姓(ぞくしやう)を尋(たづ)ぬれば、後三条院(ごさんでうのゐんの)第三(だいさんの)王子(わうじ)、資仁
親王(すけひとのしんわう)より五代(ごだい)の孫(そん)也(なり)。俗姓(ぞくしやう)もよきうへ、弓矢(ゆみや)と(ッ)ても
よかりけり。平家(へいけ)の方(かた)には其(その)夜(よ)夜(よ)うちによせ【寄せ】ん
P09376
ずるをばしら【知ら】ずして、「いくさ【軍】はさだめてあすのいく
さ【軍】でぞあらんずらん。いくさ【軍】にもねぶたい【眠たい】は大事(だいじ)
のことぞ。ようね【寝】ていくさ【軍】せよ」とて、先陣(せんぢん)はをのづ
から(おのづから)用心(ようじん)するもあり【有り】けれども、後陣(ごぢん)のものP2195共(ども)、或(あるい)(ある)は
甲(かぶと)を枕(まくら)にし、或(あるい)(ある)は鎧(よろひ)の袖(そで)・ゑびら(えびら)【箙】などを枕(まくら)にして、
先後(ぜんご)もしら【知ら】ずぞふしたりける。夜半(やはん)ばかり、源
氏(げんじ)一万騎(いちまんぎ)おしよせて、時(とき)をど(ッ)とつくる。平家(へいけ)の方(かた)
にはあまりにあはて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】で、弓(ゆみ)とるものは矢(や)を
P09377
しら【知ら】ず、矢(や)とるものは弓(ゆみ)をしら【知ら】ず、馬(むま)にあてられ
じと、なか【中】をあけてぞとほしける。源氏(げんじ)はおち【落ち】行(ゆく)
かたきをあそこにお(ッ)【追つ】かけ、ここにお(ッ)【追つ】つめせめ【攻め】ければ、
平氏(へいじ)の軍兵(ぐんびやう)やにわ(やには)【矢庭】に五百余騎(ごひやくよき)うた【討た】れぬ。手(て)
おふものどもおほかり【多かり】けり。大将軍(たいしやうぐん)小松(こまつ)の新三
位(しんざんみの)(しんざんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)・同(おなじく)少将(せうしやう)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)(じじう)、面目(めんぼく)なうやおもは【思は】れ
けん、播磨国(はりまのくに)高砂(たかさご)より船(ふね)にの(ッ)【乗つ】て、讃岐[B ノ](さぬきの)八島(やしま)へ渡(わたり)
給(たま)ひぬ。備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)は平内兵衛(へいないびやうゑ)・海老(えみの)次郎(じらう)をめし【召し】ぐし【具し】て、
P09378
一谷(いちのたに)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。老馬(らうば)S0909大臣殿(おほいとの)は安芸(あきの)右馬助(むまのすけ)能
行(よしゆき)を使者(ししや)で、平家(へいけ)の君達(きんだち)のかたがたへ、「九郎(くらう)義経(よしつね)
こそ三草(みくさ)の手(て)を責(せめ)おとひ(おとい)【落い】て、すでにみだれ入(いり)候(さうらふ)
なれ。山(やま)の手(て)は大事(だいじ)に候(さうらふ)。おのおのむかは【向は】れ候(さうら)へ」との給(たま)ひ
ければ、みな辞(じ)し申(まう)されけり。能登殿(のとどの)のもとへ
「たびたびの事(こと)で候(さうら)へども、御(ご)へんむかは【向は】れ候(さうらひ)なんや」と
の給(たま)ひつかはさ【遣さ】れたりけP2196れば、能登殿(のとどの)の返事(へんじ)には、
「いくさ【軍】をばわが身(み)ひとつの大事(だいじ)ぞとおもふ(おもう)【思う】てこそ
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よう候(さうら)へ。かり【猟】すなどり【漁】な(ン)ど(など)のやうに、足(あし)だちのよか
らう方(かた)へはむかは【向は】ん、あしからう方(かた)へはむかは【向は】じな(ン)ど(など)候(さうら)
はんには、いくさ【軍】に勝(かつ)事(こと)よも候(さうら)はじ。いくたびでも候(さうら)へ、こは
からう方(かた)へは教経(のりつね)うけ給(たま)は(ッ)【承つ】てむかひ【向ひ】候(さうら)はん。一方(いつぱう)ばかりは
うちやぶり候(さうらふ)べし。御心(おんこころ)やすうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)へ」と、
たのもしげ【頼もし気】にぞ申(まう)されける。大臣殿(おほいとの)なのめならず
悦(よろこび)て、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)を先(さき)として、能登殿(のとどの)に一万
余騎(いちまんよき)をぞつけられける。兄(あに)の越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)(さんゐ)道盛【*通盛】卿(みちもりのきやう)あ
P09380
ひぐして山(やま)の手(て)をぞかため給(たま)ふ。山(やま)の手(て)と申(まうす)は
鵯越(ひよどりごえ)(ひよどりごゑ)のふもと【麓】なり。通盛卿(みちもりのきやう)は能登殿(のとどの)のかり屋(や)【仮屋】に北(きた)の
方(かた)むかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】て、最後(さいご)のなごりおしま(をしま)【惜しま】れけり。能
登殿(のとどの)大(おほき)にいか(ッ)て、「此(この)手(て)はこはひ(こはい)方(かた)とて教経(のりつね)をむけ
られて候(さうらふ)也(なり)。誠(まこと)にこはう候(さうらふ)べし。只今(ただいま)もうへの山(やま)より
源氏(げんじ)ざ(ッ)とおとし【落し】候(さうらひ)なば、とる物(もの)もとりあへ候(さうら)はじ。たとひ
弓(ゆみ)をも(ッ)たりとも、矢(や)をはげずはかなひ【叶ひ】がたし。
たとひ矢(や)をはげたりとも、ひか【引か】ずはなを(なほ)【猶】あしかるべし。
P09381
ましてさ様(やう)にうちとけさせ給(たまひ)ては、なんの用(よう)にか
たたせ給(たま)ふべき」といさめられて、げにもとや思(おも)はれ
けん、いそぎ物(もの)の具(ぐ)して、人(ひと)をばかへし給(たま)ひけり。
五日(いつかのひ)の暮(くれ)がたに、源氏(げんじ)■陽野(こやの)をた(ッ)て、やうやう生
田[B ノ](いくたの)森(もり)に責(せめ)ちかづく【近付く】。雀(すずめ)の松原(まつばら)・御影(みかげ)の松(まつ)・■陽野(こやの)
の方(かた)をみわたせ【渡せ】ば、源氏(げんじ)手々(てんで)(て(ン)で)に陣(ぢん)をと(ッ)て、とを火(び)(とほび)【遠火】P2197を
たく。ふけゆくままにながむれば、晴(はれ)たる空(そら)の星(ほし)
の如(ごと)し。平家(へいけ)もとを火(び)(とほび)【遠火】たけやとて、生田森(いくたのもり)にも
P09382
かたのごとくぞたいたりける。明行(あけゆく)ままに見(み)わた
せ【渡せ】ば、山(やま)のはいづる【出づる】月(つき)の如(ごと)し。これやむかし沢辺(さはべ)の
蛍(ほたる)と詠(えい)(ゑい)じ給(たま)ひけんも、今(いま)こそ思(おも)ひしられけれ。
源氏(げんじ)はあそこに陣(ぢん)と(ッ)て馬(むま)やすめ、ここに陣(ぢん)と(ッ)て馬(むま)
かひ【飼ひ】などしけるほど【程】にいそがず。平家(へいけ)の方(かた)には今(いま)
やよする【寄する】いまやよする【寄する】と、やすい心(こころ)もなかりけり。
六日(むゆか)の明(あけ)ぼのに、九郎(くらう)御曹司(おんざうし)、一万余騎(いちまんよき)を二手(ふたて)に
わか(ッ)て、まづ土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)実平(さねひら)をば七千余騎(しちせんよき)で一(いち)の谷(たに)
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の西(にし)の手(て)へさしつかはす【遣す】。わが身(み)は三千余騎(さんぜんよき)で一谷(いちのたに)の
うしろ、鵯越(ひよどりごえ)(ひよどりごゑ)ををとさ(おとさ)【落さ】むと、丹波路(たんばぢ)より搦手(からめで)にこそ
まはられけれ。兵物共(つはものども)「これはきこゆる【聞ゆる】悪所(あくしよ)であ(ン)なり。
敵(かたき)にあふ(あう)てこそ死(し)にたけれ、悪所(あくしよ)におち【落ち】ては
死(しに)たからず。あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)この山(やま)の案内者(あんないしや)やあるらん」と、めん
めんに申(まうし)ければ、武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)平山(ひらやまの)武者所(むしやどころ)すすみ出(いで)
て申(まうし)けるは、「季重(すゑしげ)こそ案内(あんない)は知(しり)て候(さうら)へ」。御曹司(おんざうし)「わ
どのは東国(とうごく)そだちのものの、けふはじめてみる【見る】西国(さいこく)
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の山(やま)の案内者(あんないしや)(あ(ン)ないしや)、大(おほき)にまことしからず」との給(たま)へば、平
山(ひらやま)かさねて申(まうし)けるは、「御(ご)ぢやう【諚】ともおぼえ候(さうら)はぬもの
かな。吉野(よしの)・泊瀬(はつせ)の花(はな)をば歌人(かじん)がしり、敵(かたき)のこも(ッ)
たる城(じやう)のうしろの案内(あんない)(あ(ン)ない)をば、かう【剛】のものがしる候(ざうらふ)」と
申(まうし)ければ、是(これ)又(また)傍若無人(ばうじやくぶじん)にぞ聞(きこ)えける。P2198又(また)武蔵
国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)別府[B ノ](べつぷの)小太郎(こたらう)とて、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になる小冠〔者〕(こくわんじや)
すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「父(ちち)で候(さうらひ)し義重(よししげ)法師(ぼふし)(ぼうし)がおし
へ(をしへ)【教へ】候(さうらひ)しは、「敵(かたき)にもおそはれよ、山越(やまごえ)の狩(かり)をもせよ、深
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山(しんざん)にまよひたらん時(とき)は、老馬(らうば)に手綱(たづな)をうちかけて、
さきにお(ッ)【追つ】たててゆけ。かならず【必ず】道(みち)へいづる【出づる】ぞ」とこ
そおしへ(をしへ)【教へ】候(さうらひ)しか」。御曹司(おんざうし)「やさしうも申(まうし)たる物(もの)かな。
「雪(ゆき)は野原(のばら)をうづめども、老(おい)たる馬(むま)ぞ道(みち)はしる【知る】」と云(いふ)
ためし【例】あり」とて、白葦毛(しらあしげ)なる老馬(らうば)にかがみ鞍(ぐら)を
き(おき)、しろぐつは(しろぐつわ)【白轡】はげ、手綱(たづな)むす(ン)でうちかけ、さきに
お(ッ)【追つ】たてて、いまだしらぬ深山(みやま)へこそいり給(たま)へ。比(ころ)はきさ
らぎはじめの事(こと)なれば、嶺(みね)の雪(ゆき)むらぎえて、
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花(はな)かとみゆる所(ところ)もあり。谷(たに)の鴬(うぐひす)をとづれ(おとづれ)て、
霞(かすみ)にまよふところ【所】もあり。のぼれば白雲(はくうん)皓々(かうかう)
として聳(そび)へ(そびえ)、くだれば青山(せいざん)峨々(がが)として岸(きし)高(たか)し。
松(まつ)の雪(ゆき)だにきえやらで、苔(こけ)のほそ道(みち)かすか【幽】なり。
嵐(あらし)にたぐふおりおり(をりをり)【折々】は、梅花(ばいくわ)とも又(また)うたが〔は〕る。東
西(とうざい)に鞭(むち)をあげ、駒(こま)をはやめて行(ゆく)程(ほど)に、山路(やまぢ)に日(ひ)
くれぬれば、みなおりゐて陣(ぢん)をとる。武蔵房(むさしばう)弁
慶(べんけい)老翁(らうおう)を一人(いちにん)ぐし【具し】てまいり(まゐり)【参り】たり。御曹司(おんざうし)「あれは
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なにものぞ」ととはれければ、「此(この)山(やま)の猟師(れうし)で候(さうらふ)」と申(まう)
す。「さては案内(あんない)し(ッ)【知つ】たるらん、ありのままに申(まう)せ」とこそ
の給(たま)ひけれ。「争(いかで)か存知(ぞんぢ)(ぞんじ)仕(つかまつ)らで候(さうらふ)べき」。「是(これ)より平家(へいけ)
の城郭(じやうくわく)一谷(いちのたに)へおとさ【落さ】んと思(おも)ふはいかに」。「ゆめゆめかなひ【叶ひ】
候(さうらふ)まじ。卅(さんじふ)丈(ぢやう)の谷(たに)、十五(じふご)丈(ぢやう)の岩(いは)さきな(ン)ど(など)申とこP2199ろは、
人(ひと)のかよふべき様(やう)候(さうら)はず。まして御馬(おんむま)な(ン)ど(など)は思(おも)ひも
より候(さうら)はず」。「さてさ様(やう)の所(ところ)は鹿(しか)はかよふ【通ふ】か」。「鹿(しか)はかよひ
候(さうらふ)。世間(せけん)だにもあたたかになり候(さうら)へば、草(くさ)のふかい【深い】にふ
P09388
さ【伏さ】うどて、播磨(はりま)の鹿(しか)は丹波(たんば)へ[B こえ]、世間(せけん)だにさむう
なり候(さうら)へば、雪(ゆき)のあさきにはま【食ま】うどて、丹波(たんば)の鹿(しか)は播
磨(はりま)のゐなみ野(の)(いなみの)【印南野】へかよひ候(さうらふ)」と申(まうす)。御曹司(おんざうし)「さては
馬場(ばば)ごさむなれ(ごさんなれ)。鹿(しか)のかよはう所(ところ)を馬(むま)のかよは
ぬ様(やう)やある。やがてなんぢ案内者(あんないしや)(あ(ン)ないしや)仕(つかま)つれ」とぞの給(たまひ)
ける。此(この)身(み)は年(とし)老(おい)てかなう(かなふ)【叶ふ】まじゐ(まじい)よしを申(まう)す。
「汝(なんぢ)が子(こ)はないか」。「候(さうらふ)」とて、熊王(くまわう)といふ童(わらは)の、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)に
なるをたてまつる【奉る】。やがてもとどりとりあげ、父(ちち)をば
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鷲尾(わしのをの)(わしのおの)庄司(しやうじ)武久(たけひさ)といふ間(あひだ)(あいだ)、是(これ)をば鷲尾[B ノ](わしのをの)(わしのおの)三郎(さぶらう)義
久(よしひさ)と名(な)のらせ、さきうち【先打】せさせて案内者(あんないしや)(あ(ン)ないしや)にこそ
具(ぐ)せられけれ。平家(へいけ)追討(ついたう)の後(のち)、鎌倉殿(かまくらどの)に中(なか)
たがう【違う】て、奥州(あうしう)でうた【討た】れ給(たま)ひし時(とき)、鷲尾(わしのをの)(わしのおの)三郎(さぶらう)義
久(よしひさ)とて、一所(いつしよ)で死(し)にける兵物(つはもの)也(なり)。一二之懸(いちにのかけ)S0910六日(むゆか)の夜半(やはん)ばかり
までは、熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)搦手(からめで)にぞ候(さうらひ)ける。熊谷(くまがへの)次郎[* 「三郎」と有るのを他本により訂正](じらう)、子息(しそく)
の小次郎(こじらう)をよう【呼う】でいひけるは、「此(この)手(て)は、悪所(あくしよ)をおと
さ【落さ】んずる時(とき)に、誰(たれ)さきといふ事(こと)P2200もあるまじ。
P09390
いざうれ、是(これ)より土肥(とひ)(とい)がうけ給(たまはつ)【承つ】てむかう【向う】たる播磨
路(はりまぢ)へむかう【向う】て、一(いち)の谷(たに)のま(ッ)さきかけう」どいひければ、
小次郎(こじらう)「しかる【然る】べう候(さうらふ)。直家(なほいへ)(なをいへ)もかうこそ申(まうし)たう候(さうらひ)つ
れ。さらばやがてよせさせ[M 「よせさせさせ」とあり下二字「させ」をミセケチ]給(たま)へ」と申(まう)す。熊谷(くまがへ)「ま
ことや平山(ひらやま)も此(この)手(て)にあるぞかし。うちこみ【打込】のいくさ【軍】
このまぬ物(もの)也(なり)。平山(ひらやま)がやう見(み)てまいれ(まゐれ)【参れ】」とて、下人(げにん)を
つかはす【遣す】。案(あん)のごとく平山(ひらやま)は熊谷(くまがへ)よりさきに出立(いでたち)
て、「人(ひと)をばしら【知ら】ず、季重(すゑしげ)にをいて(おいて)はひとひき【一引】もひく
P09391
まじゐ(まじい)物(もの)を、ひくまじゐ(まじい)物(もの)を」とひとり言[* 「事」と有るのを他本により訂正](ごと)をぞ
し居(ゐ)たりける。下人(げにん)が馬(むま)をかう(かふ)【飼ふ】とて、「に(ッ)くい馬(むま)の
ながぐらゐ(ながぐらひ)【長食】かな」とて、うちければ、「かうなせそ、其(その)馬(むま)の
名(な)ごりもこよひ【今宵】ばかりぞ」とて、う(ッ)【打つ】たち【立ち】けり。下人(げにん)
はしり【走り】かへ(ッ)【帰つ】て、いそぎ此(この)よし告(つげ)たりければ、「されば
こそ」とて、やがて是(これ)もうち出(いで)けり。熊谷(くまがへ)はかち【褐】のひ
たたれ【直垂】に、あか皮(がは)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、紅(くれなゐ)のほろをかけ、
ごんだ栗毛(くりげ)といふきこゆる【聞ゆる】名馬(めいば)にぞの(ッ)【乗つ】たりける。
P09392
小次郎(こじらう)はおもだかを一(ひと)しほ【入】す(ッ)たる直垂(ひたたれ)に、ふし
なはめ【節縄目】の鎧(よろひ)きて、西楼(せいろう)といふ白月毛(しらつきげ)なる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】
たりけり。旗(はた)さし【差】はきぢん【麹塵】の直垂(ひたたれ)に、小桜(こざくら)を黄(き)に
かへい【返い】たる鎧(よろひ)きて、黄河原毛(きがはらげ)なる馬(むま)にぞの(ッ)【乗つ】たり
ける。おとさ【落さ】んずる谷(たに)をば弓手(ゆんで)にみなし、馬手(めて)へ
あゆま【歩ま】せゆく程(ほど)に、としごろ人(ひと)もかよはぬ田井(たゐ)の
畑(はた)といふふる道(みち)【古道】をへて、一(いち)の谷(たに)の浪(なみ)うちぎはへぞ
出(いで)たりける。一谷(いちのたに)ちかく塩屋(しほや)といふ所(ところ)に、いまP2201だ夜(よ)
P09393
ふかかり【深かり】ければ、土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)実平(さねひら)、七千余騎(しちせんよき)でひ
かへたり。熊谷(くまがへ)は浪(なみ)うちきはより、夜(よ)にまぎれて、
そこをつ(ッ)とうちとほり、一谷(いちのたに)の西(にし)の木戸口(きどぐち)にぞ
おしよせたる。その時(とき)はいまだ敵(かたき)の方(かた)にもしづまり
かへ(ッ)【返つ】てをと(おと)【音】もせず。御方(みかた)一騎(いつき)もつづかず。熊谷(くまがへの)次郎(じらう)
子息(しそくの)小次郎(こじらう)をよう【呼う】でいひけるは、「我(われ)も我(われ)もと、先(さき)に
心(こころ)をかけたる人々(ひとびと)はおほかる【多かる】らん。心(こころ)せばう直実(なほざね)(なをざね)
ばかりとは思(おも)ふべからず。すでによせたれども、いまだ
P09394
夜(よ)のあくるを相待(あひまち)(あいまち)て、此(この)辺(へん)にもひかへたるらん、
いざなのら【名乗ら】う」どて、かいだてのきはにあゆま【歩ま】せよ
り、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、熊谷(くまがへの)次郎(じらう)
直実(なほざね)(なをざね)、子息[B ノ](しそくの)小次郎(こじらう)直家(なほいへ)(なをいへ)、一谷(いちのたに)先陣(せんぢん)ぞや」とぞ名(な)の(ッ)【乗つ】
たる。平家(へいけ)の方(かた)には「よし、音(おと)なせそ。敵(かたき)に馬(むま)の足(あし)を
つからかさ【疲らかさ】せよ。矢(や)だねをゐ(い)【射】つくさせよ」とて、あひし
らふものもなかりけり。さる程(ほど)に、又(また)うしろに武者(むしや)
こそ一騎(いつき)つづいたれ。「たそ」ととへば「季重(すゑしげ)」とこたふ。
P09395
「とふはたそ」。「直実(なほざね)(なをざね)ぞかし」。「いかに熊谷殿(くまがへどの)はいつより
ぞ」。「直実(なほざね)(なをざね)は宵[* 夜居「(よゐ)」と有るのを他本により訂正](よひ)よりよ」とぞこたへける。「季重(すゑしげ)も
やがてつづゐ(つづい)【続い】てよすべかりつるを、成田(なりだ)五郎(ごらう)にたばから
れて、今(いま)まで遅々(ちち)したる也(なり)。成田(なりだ)が「死(し)なば一所(いつしよ)で死(し)
なう」どちぎるあひだ、「さらば」とて、うちつれよする【寄する】間(あひだ)、
「いたう、平山殿(ひらやまどの)、さきがけ【先駆】ばやりなし給(たま)ひそ。先(さき)を
かくるといふは、御方(みかた)の勢(せい)をうしろにおいてかけP2202
たればこそ、高名(かうみやう)不覚(ふかく)も人(ひと)にしら【知ら】るれ。只(ただ)一騎(いつき)
P09396
大勢(おほぜい)の中(なか)にかけい(ッ)て、うた【討た】れたらんは、なんの詮(せん)
かあらんずるぞ」とせいする【制する】あひだ、げにもと思(おも)ひ、
小坂(こざか)のあるをさきにうちのぼせ、馬(むま)のかしらを
くだりさまにひ(ッ)【引つ】たてて、御方(みかた)の勢(せい)をまつところ【所】に、
成田(なりだ)もつづゐ(つづい)【続い】て出(いで)きたり。うちならべていくさ【軍】の様(やう)
をもいひあはせんずるかとおもひ【思ひ】たれば、さはなくて、
季重(すゑしげ)をばすげなげにうちみて、やがてつ(ッ)とはせ【馳せ】
ぬいてとほる間(あひだ)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、此(この)ものはたばか(ッ)て、先(さき)がけうど
P09397
しけるよ」とおもひ【思ひ】、五六段(ごろくたん)ばかりさきだ(ッ)たるを、あ
れが馬(むま)はわが馬(むま)よりはよはげ(よわげ)【弱気】なるものをと目(め)を
かけ、一(ひと)もみもうでお(ッ)【追つ】ついて、「まさなうも季重(すゑしげ)ほ
どの物(もの)をばたばかり給(たま)ふ物(もの)かな」といひかけ、うちす
ててよせつれば、はるかにさがりぬらん。よもうしろ
かげ[B を]も見(み)たらじ」とぞいひける。熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)、かれ
これ五騎(ごき)でひかへたり。さる程(ほど)に、しののめやうやう
あけ行(ゆけ)ば、熊谷(くまがへ)は先(さき)になの(ッ)【名乗つ】たれ共(ども)、平山(ひらやま)がきくに
P09398
なのら【名乗ら】んとやおもひ【思ひ】けん、又(また)かいだて【垣楯】のきはにあゆま【歩ま】
せより、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「以前(いぜん)になの(ッ)【名乗つ】つる武蔵国(むさしのくに)〔の〕
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)(なをざね)、子息(しそくの)小次郎(こじらう)直家(なほいへ)(なをいへ)、一(いち)の谷(たに)の先
陣(せんぢん)ぞや、われとおもは【思は】ん平家(へいけ)のさぶらひどもは直
実(なほざね)(なをざね)におち【落ち】あへ【合へ】や、おち【落ち】あへ【合へ】」とぞののし(ッ)たる。是(これ)を
きい【聞い】て、「いざや、夜(よ)もすがらなのる【名乗る】熊谷(くまがへ)おや子(こ)ひ(ッ)【引つ】さ
げてこん」とて、すすP2203む平家(へいけ)の侍(さぶらひ)たれたれぞ、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次
郎兵衛(じらうびやうゑ)盛嗣(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)景清(かげきよ)・〔後〕藤
P09399
内(ごとうない)定経(さだつね)、これをはじめてむねとの兵(つは)もの廿(にじふ)余騎(よき)、
木戸(きど)をひらいてかけ出(いで)たり。ここに平山(ひらやま)、しげ目(め)
ゆひ【滋目結】の直垂(ひたたれ)にひ【緋】おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、二(ふたつ)びきりやう【引両】
のほろをかけ、目糟毛(めかすげ)といふきこゆる【聞ゆる】名馬(めいば)にぞの(ッ)【乗つ】
たりける。旗(はた)さしは黒(くろ)かは威(をどし)(おどし)の鎧(よろひ)に、甲(かぶと)ゐくび【猪頸】に
きないて、さび月毛(つきげ)なる馬(むま)にぞの(ッ)【乗つ】たりける。「保元(ほうげん)・
平治(へいぢ)両度(りやうど)の合戦(かつせん)に先(さき)がけたりし武蔵国(むさしのくにの)住
人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、平山(ひらやまの)武者所(むしやどころ)季重(すゑしげ)」となの(ッ)【名乗つ】て、旗(はた)さしと二騎(にき)馬(むま)
P09400
のはなをならべておめい(をめい)【喚い】てかく。熊谷(くまがへ)かくれば平山(ひらやま)
つづき、平山(ひらやま)かくれば熊谷(くまがへ)つづく。たがひにわれをと
ら(おとら)【劣ら】じ[* 「をとらしし」と有るのを高野本により訂正]といれかへ【入れ換へ】いれかへ【入れ換へ】、もみにもうで、火(ひ)いづる【出づる】程(ほど)ぞ
責(せめ)たりける。平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)手(て)いたうかけられ
て、かなは【叶は】じとやおもひけん、城(じやう)のうちへざ(ッ)とひき、敵(かたき)
をとざま【外様】にないてぞふせき【防き】ける。熊谷(くまがへ)は馬(むま)のふと
腹(はら)ゐ(い)【射】させて、はぬれば足(あし)をこい【越い】ており立(たち)たり。子息(しそく)
の小次郎(こじらう)直家(なほいへ)(なをいへ)も、「生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)」となの(ッ)【名乗つ】て、かいだての
P09401
きはに馬(むま)の鼻(はな)をつかする程(ほど)に、責寄(せめよせ)てたたかい(たたかひ)【戦ひ】ける
が、弓手(ゆんで)のかいな(かひな)【腕】をゐ(い)【射】させて馬(むま)よりとびおり、父(ちち)と
なら(ン)でた(ッ)たりけり。「いかに小次郎(こじらう)、手(て)おふ(おう)たか」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。「つね
に鎧(よろひ)づきせよ、うらかかすな。しころをかたぶけよ、う
ちかぶとゐ(い)【射】さすな」とぞおしへ(をしへ)【教へ】ける。熊谷(くまがへ)は鎧(よろひ)にた(ッ)た
る矢共(やども)かなぐりすてて、城(じやう)のうちをにらまへ、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)
をあげて、P2204「こぞの冬(ふゆ)の比(ころ)鎌倉(かまくら)をいでしより、命(いのち)を
ば兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)にたてまつり【奉り】、かばねをば一谷(いちのたに)でさら
P09402
さんとおもひ【思ひ】き(ッ)たる直実(なほざね)(なをざね)ぞや。「室山(むろやま)・水島(みづしま)二ケ
度[B ノ](にかどの)合戦(かつせん)に高名(かうみやう)したり」となのる【名乗る】越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)
はないか、上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)、悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)はないか、能登殿(のとどの)は
ましまさぬか。高名(かうみやう)も敵(かたき)によ(ッ)てこそすれ。人(ひと)ごと
にあふ(あう)【逢う】てはえせじものを。直実(なほざね)(なをざね)におち【落ち】あへ【合へ】やお
ち【落ち】あへ【合へ】」とののし(ッ)たり。是(これ)をきい【聞い】て、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)、
このむ装束(しやうぞく)なれば、こむらご【紺村濃】の直垂(ひたたれ)にあか【赤】皮
おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、熊谷(くまがへ)に
P09403
目(め)をかけてあゆま【歩ま】せよる。熊谷(くまがへ)おや子(こ)は、中(なか)を
わられじと立(たち)ならんで、太刀(たち)をひたひにあて、うし
ろへはひとひき【一引】もひかず、いよいよまへへぞすすみける。
越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)かなは【叶は】じとやおもひ【思ひ】けん、と(ッ)てかへす【返す】。熊
谷(くまがへ)是(これ)をみて、「いかに、あれは越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)とこそ見(み)
れ。敵(かたき)にはどこをきらはふぞ。直実(なほざね)(なをざね)におしならべて
くめやくめ」といひけれども、「さもさうず」とてひ(ッ)【引つ】かへす【返す】。
悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)是(これ)をみて、「きたない殿原(とのばら)のふるまい(ふるまひ)やう
P09404
かな」とて、すでにくまむとかけ出(いで)けるを、鎧(よろひ)の袖(そで)を
ひかへて「君(きみ)の御大事(おんだいじ)これにかぎるまじ。あるべうも
なし」とせいせ【制せ】られてくまざりけり。其(その)後(のち)熊谷(くまがへ)は
のりかへにの(ッ)【乗つ】ておめい(をめい)【喚い】てかく。平山(ひらやま)も熊谷(くまがへ)親子(おやこ)が
たたかふ【戦ふ】まぎれに、馬(むま)のいきやすめて、是(これ)も又(また)つづ
いたり。平家(へいけ)の方(かた)には馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たる武者(むしや)はすくなし、
矢倉(やぐら)のうへの兵P2205共(つはものども)、矢(や)さきをそろへて、雨(あめ)のふる様(やう)に
ゐ(い)【射】けれども、敵(かたき)はすくなし、みかた【御方】はおほし、勢(せい)に
P09405
まぎれて矢(や)にもあたらず、「ただおしならべてくめや
くめ」と下知(げぢ)しけれ共(ども)、平家(へいけ)の馬(むま)はのる事(こと)はしげ
く、かう(かふ)【飼ふ】事(こと)はまれなり、船(ふね)にはひさしう【久しう】たて【立て】たり、
よりき(ッ)たる様(やう)なりけり。熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)が馬(むま)は、かい(かひ)【飼ひ】にかう【飼う】
たる大(だい)の馬共(むまども)なり、ひとあてあてば、みなけたおさ(たふさ)【倒さ】れ
ぬべき間(あひだ)、おしならべてくむ武者(むしや)一騎(いつき)もなかり
けり。平山(ひらやま)は身(み)にかへて思(おもひ)ける旗(はた)さしをゐ(い)【射】させて、
敵(かたき)の中(なか)へわ(ッ)ていり、やがて其(その)敵(かたき)をと(ッ)てぞ出(いで)たり
P09406
ける。熊谷(くまがへ)も分捕(ぶんどり)あまたしたりけり。熊谷(くまがへ)さき
によせたれど、木戸(きど)をひらかねばかけいらず、
平山(ひらやま)後(のち)によせたれど、木戸(きど)をあけたればかけ
入(いり)ぬ。さてこそ熊谷(くまがへ)・平山(ひらやま)が一二(いちに)のかけをばあらそひ
けれ。二度之懸(にどのかけ)S0911さるほど【程】に、成田(なりだ)五郎(ごらう)も出(いで)きたり。土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)
ま(ッ)さきかけ、其(その)勢(せい)七千余騎(しちせんよき)、色々(いろいろ)の旗(はた)さしあ
げ【差し上げ】、おめき(をめき)【喚き】さけ(ン)【叫ん】で責(せめ)たたかふ【戦ふ】。大手(おほて)生田(いくた)の森(もり)にも
源氏(げんじ)五万余騎(ごまんよき)でかためたりけるが、其(その)勢(せい)の中(なか)に
P09407
武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、河原(かはら)太郎(たらう)・河原(かはら)次郎(じらう)といふものあり。
河原(かはら)太郎(たらう)弟(おとと)の次郎(じらう)をよう【呼う】でいひけるは、「大名(だいみやう)は
われと手(て)をおろさP2206ね共(ども)、家人(けにん)の高名(かうみやう)をも(ッ)て名
誉(めいよ)す。われら【我等】はみづから手(て)をおろさずはかなひ【叶ひ】がたし。
敵(かたき)をまへにをき(おき)【置き】ながら、矢(や)ひとつだにもゐ(い)【射】ずして、
まちゐたるがあまりに心(こころ)もとなう覚(おぼ)ゆるに、高直(たかなほ)(たかなふ)は
まづ城(じやう)のうちへまぎれ入(いり)て、ひと矢(や)ゐ(い)【射】んと思(おも)ふ也(なり)。
されば千万(せんまん)が一(ひとつ)もいき【生き】てかへらん事(こと)ありがたし。
P09408
わ殿(どの)はのこりとどま(ッ)【留まつ】て、後(のち)の証人(しようにん)(しやうにん)にたて」といひ
ければ、河原(かはら)次郎(じらう)泪(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「口惜(くちをし)(くちおし)い
事(こと)をものたまふ物(もの)かな。ただ兄弟(きやうだい)二人(ににん)あるものが、
兄(あに)をうたせておととが一人(いちにん)のこりとどま(ッ)【留まつ】たらば、いく
程(ほど)の栄花(えいぐわ)(ゑいぐわ)をかたもつ【保つ】べき。所々(ところどころ)でうた【討た】れんより
も、ひとところ【一所】でこそいかにもならめ」とて、下人(げにん)ども
よびよせ、最後(さいご)のありさま妻子(さいし)のもとへいひつか
はし【遣し】、馬(むま)にものらずげげをはき、弓杖(ゆんづゑ)(ゆんづえ)をつゐ(つい)【突い】て、生
P09409
田森(いくたのもり)のさかも木(ぎ)【逆茂木】をのぼりこえ、城(じやう)のうちへぞ入(いり)
たりける。星(ほし)あかりに鎧(よろひ)の毛(け)もさだかならず。河
原(かはら)太郎(たらう)大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、河原(かはら)太郎(たらう)
私〔市〕[B ノ](きさいちの)高直(たかなほ)(たかなふ)、同(おなじく)次郎(じらう)盛直(もりなほ)(もりなふ)、源氏(げんじ)の大手(おほて)生田森(いくたのもり)の先陣(せんぢん)
ぞや」とぞなの(ッ)【名乗つ】たる。平家(へいけ)の方(かた)には是(これ)をきい【聞い】て、
「東国(とうごく)の武士(ぶし)ほどおそろしかり【恐ろしかり】けるものはなし。是(これ)
程(ほど)の大勢(おほぜい)の中(なか)へただ二人(ににん)い(ッ)たらば、何程(なにほど)の事(こと)をか
しいだすべき。よしよししばしあひせよ(あいせよ)【愛せよ】」とて、うたん
P09410
といふものなかりけり。是等(これら)おととい【兄弟】究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)の弓(ゆみ)の
上手(じやうず)なれば、さしつめひきつめさんざん【散々】にゐる(いる)【射る】間(あひだ)、「にく
し、うてや」といふ程(ほど)こそあり【有り】けれ、西P2207国(さいこく)に聞(きこ)え
たるつよ弓(ゆみ)せい兵(びやう)【精兵】、備中国(びつちゆうのくにの)(びつちうのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、真名辺[B ノ](まなべの)四郎(しらう)・
真名辺(まなべの)五郎(ごらう)とておととい【兄弟】あり。四郎(しらう)は一[B ノ]谷(いちのたに)にをか(おか)【置か】
れたり。五郎(ごらう)は生田森(いくたのもり)にあり【有り】けるが、是(これ)をみて
よ(ッ)ぴいてひやうふつとゐる(いる)【射る】。河原(かはら)太郎(たらう)が鎧(よろひ)のむ
ないたうしろ【後】へつ(ッ)とゐ(い)【射】ぬかれて、弓杖(ゆんづゑ)(ゆんづえ)にすがり、
P09411
すくむところ【所】を、弟(おとと)の次郎(じらう)はしり【走り】よ(ッ)て是(これ)をかた
にひ(ッ)【引つ】かけ、さかも木(ぎ)【逆茂木】をのぼりこえんとしけるが、
真名辺(まなべ)が二(に)の矢(や)に鎧(よろひ)の草摺(くさずり)のはづれをゐ(い)【射】させ
て、おなじ枕(まくら)にふしにけり。真名辺(まなべ)が下人(げにん)落(おち)あふ(あう)【逢う】て、
河原(かはら)兄弟(きやうだい)が頸(くび)をとる。是(これ)を新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)の見参(げんざん)
に入(いれ)たりければ、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)剛(かう)の者(もの)かな。是(これ)をこそ
一人当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)ともいふべけれ。あ(ッ)たら者(もの)どもを
たすけ【助け】てみで」とぞの給(たま)ひける。其(その)時(とき)下人共(げにんども)、
P09412
「河原殿(かはらどの)おととい【兄弟】、只今(ただいま)城(じやう)のうちへま(ッ)さきかけて
うた【討た】れ給(たま)ひぬるぞや」とよばはり【呼ばはり】ければ、梶原(かぢはら)
是(これ)をきき、「私(し)の党(たう)の殿原(とのばら)の不覚(ふかく)でこそ、河原(かはら)
兄弟(きやうだい)をばうたせたれ。今(いま)はとき【時】よく成(なり)ぬ。よせ
よや」とて、時(とき)をど(ッ)とつくる。やがてつづいて五万余
騎(ごまんよき)一度(いちど)に時(とき)をぞつくりける。足(あし)がるどもにさかも
木(ぎ)【逆茂木】取(とり)のけさせ、梶原(かぢはら)五百余騎(ごひやくよき)おめい(をめい)【喚い】てかく。次男(じなん)
平次(へいじ)景高(かげたか)、余(あまり)にさきをかけんとすすみければ、父(ちち)
P09413
の平三(へいざう)使者(ししや)をたてて、「後陣(ごぢん)の勢(せい)のつづかざらん
に、さきかけたらん者(もの)は、勧賞(けんじやう)あるまじき由(よし)、大将
軍(たいしやうぐん)のおほせぞ」といひければ、平次(へいじ)しばしP2208ひかへて
「もののふのとりつたへたるあづさ弓(ゆみ)
ひいては人(ひと)のかへるものかは W069
と申(まう)させ給(たま)へ」とて、おめい(をめい)【喚い】てかく。「平次(へいじ)うたすな、
つづけやもの共(ども)、景高(かげたか)うたすな、つづけや者共(ものども)」とて、
父(ちち)の平三(へいざう)、兄(あに)の源太(げんだ)、同(おなじく)三郎(さぶらう)つづいたり。梶原(かぢはら)五百余
P09414
騎(ごひやくよき)、大勢(おほぜい)のなかへかけいり、さんざん【散々】にたたかひ【戦ひ】、わづ
かに五十騎(ごじつき)ばかりにうちなされ、ざ(ッ)とひい【退い】てぞ出(いで)たり
ける。いかがしたりけん、其(その)なかに景季(かげすゑ)は見(み)えざり
けり。「いかに源太(げんだ)は、郎等共(らうどうども)」ととひければ、「ふか
入(いり)してうたれさせ給(たまひ)て候(さうらふ)ごさ(ン)めれ」と申(まうす)。梶原(かぢはら)平
三(へいざう)これをきき、「世(よ)にあらむと思(おも)ふも子共(こども)がため、源
太(げんだ)うたせて命(いのち)いきても何(なに)かせん、かへせや」とて
と(ッ)てかへす。梶原(かぢはら)大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげてなのり【名乗り】けるは、
P09415
「昔(むかし)八幡殿(はちまんどの)、後(ご)三年(さんねん)の御(おん)たたかい(たたかひ)【戦ひ】に、出羽国(ではのくに)千福(せんぶく)
金沢(かなざは)の城(じやう)を攻(せめ)させ給(たま)ひける時(とき)、生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)で
ま(ッ)さきかけ、弓手(ゆんで)の眼(まなこ)を甲(かぶと)の鉢付(はちつけ)の板(いた)にゐ(い)【射】
つけられながら、当(たう)の矢(や)をゐ(い)【射】て其(その)敵(かたき)をゐ(い)【射】おとし【落し】、
後代[* 「後氏」と有るのを高野本により訂正](こうたい)に名(な)をあげたりし鎌倉(かまくらの)権五郎(ごんごらう)景正(かげまさ)が
末葉(ばつえふ)(ばつえう)、梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)、一人当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)ぞや。我(われ)とおも
は【思は】ん人々(ひとびと)は、景時(かげとき)う(ッ)て見参(げんざん)にいれよ【入れよ】や」とて、おめい(をめい)【喚い】て
かく。新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)「梶原(かぢはら)は東国(とうごく)にきこえ【聞え】たる兵(つはもの)ぞ。あ
P09416
ますな、もらす【漏らす】な、うてや」とて、大勢(おほぜい)のなかに
とりこめて責(せめ)給(たま)へば、梶原(かぢはら)まづわが身(み)のうへをば
しら【知ら】ずして、「源太(げんだ)はP2209いづくにあるやらん」とて、数万
騎(すまんぎ)の大勢(おほぜい)のなかを、たてさま・よこさま・蛛手(くもで)・十
文字(じふもんじ)にかけわりかけまはりたづぬるほど【程】に、
源太(げんだ)はのけ甲(かぶと)にたたかい(たたかひ)【戦ひ】な(ッ)て、馬(むま)をもゐ(い)【射】させ、かち
立(だち)になり、二丈(にぢやう)ばかり有(あり)ける岸(きし)をうしろにあて【当て】、
敵(かたき)五人(ごにん)が中(なか)に取籠(とりこめ)られ、郎等(らうどう)二人(ににん)左右(さう)に立(たて)て、
P09417
面(おもて)もふらず、命(いのち)もおしま(をしま)【惜しま】ず、ここを最後(さいご)とふせき【防き】
たたかふ【戦ふ】。梶原(かぢはら)これを見(み)つけて、「いまだうた【討た】れざ
りけり」と、いそぎ馬(むま)よりとんでおり、「景時(かげとき)ここに
あり。いかに源太(げんだ)、しぬる【死ぬる】とも敵(かたき)にうしろをみ
すな」とて、親子(おやこ)して五人(ごにん)のかたきを三人(さんにん)う(ッ)とり、
二人(ににん)に手(て)おほせ、「弓矢(ゆみや)とりはかくる【駆くる】もひくも折(をり)に
こそよれ、いざうれ、源太(げんだ)」とて、かい具(ぐ)してこそ
出(いで)きたれ。梶原(かぢはら)が二度(にど)のかけとは是(これ)也(なり)。坂落(さかおとし)S0912是(これ)を初(はじめ)て、
P09418
秩父(ちちぶ)・足利(あしかが)・三浦(みうら)・鎌倉(かまくら)、党(たう)には猪俣(ゐのまた)・児玉(こだま)・野
井与(のゐよ)・横山(よこやま)・にし【西】党(たう)・都筑党(つづきたう)・私[B ノ](しの)党(たう)の兵共(つはものども)、惣(そう)
じて源平(げんぺい)乱(みだれ)あひ、入(いれ)かへ入(いれ)かへ、名(な)のりかへ名(な)のりかへおめ
き(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】声(こゑ)、山(やま)をひびかし、馬(むま)の馳(はせ)ちがふ音(おと)は
いかづちの如(ごと)し。ゐ(い)【射】ちがふる矢(や)は雨(あめ)のふるにこと
ならず。手負(ておひ)(てをひ)をば肩(かた)にかけ、うしろへひきしり
ぞくもあP2210り。うすで【薄手】おふ(おう)【負う】てたたかふ【戦ふ】もあり。いた
手(で)【痛手】負(おう)(をふ)て討死(うちじに)するものもあり。或(あるい)(ある)はおしならべて
P09419
くんでおち【落ち】、さしちがへ[* 「ち」は「あ」と有るのを高野本により訂正]て死(し)ぬるもあり、或(あるい)(ある)はと(ッ)て
おさへて頸(くび)をかくもあり、かかるるもあり、いづれひ
まありとも見(み)えざりけり。かかりしか共(ども)、源氏(げんじ)大
手(おほて)ばかりではかなふ【叶ふ】べしとも見(み)えざりしに、九郎(くらう)
御曹司(おんざうし)搦手(からめで)にまは(ッ)て七日(なぬか)の明(あけ)ぼのに、一谷(いちのたに)の
うしろ鵯越(ひよどりごえ)(ひよどりごゑ)にうちあがり【上がり】、すでにおとさ【落さ】んとし
給(たま)ふに、其(その)勢(せい)にや驚(おどろい)(をどろい)たりけん、大鹿(おほじか)二(ふたつ)妻鹿(めじか)一(ひとつ)、
平家(へいけ)の城郭(じやうくわく)一谷(いちのたに)へぞ落(おち)たりける。城(じやう)のうちの
P09420
兵(つはもの)ども是(これ)をみて、「里(さと)ちかから【近から】ん鹿(しか)だにも、我等(われら)
におそれ【恐れ】ては山(やま)ふかうこそ入(いる)べきに、是(これ)程(ほど)の
大勢(おほぜい)のなかへ、鹿(しか)のおちやう【落ち様】こそあやしけれ。
いかさまにもうへの山(やま)より源氏(げんじ)おとす【落す】にこそ」とさ
はぐ(さわぐ)【騒ぐ】ところ【所】に、伊予[* 「伊豆」と有るのを他本により訂正]国(いよのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、武知(たけち)の武者所(むしやどころ)清教(きよのり)、
すすみ出(いで)て、「なんでまれ、敵(かたき)の方(かた)より出(いで)きたらん物(もの)
をのがすべき様(やう)なし」とて、大鹿(おほじか)二[B ツ](ふたつ)いとどめ【留め】て、妻鹿(めじか)
をばゐ(い)【射】でぞとをし(とほし)ける。越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)「せんない殿原(とのばら)
P09421
の鹿(しか)のゐやう(いやう)【射様】かな。只今(ただいま)の矢(や)一(ひとつ)では敵(かたき)十人(じふにん)はふせ
か【防か】んずるものを。罪(つみ)つくりに、矢(や)だうなに」とぞせい
し【制し】ける。御曹司(おんざうし)城郭(じやうくわく)遥(はるか)に見(み)わたいておはしけるが、
「馬共(むまども)おとい【落い】てみん」とて、鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置馬】をおい(おひ)【追ひ】おとす【落す】。或(あるい)(ある)は
足(あし)をうちお(ッ)(をつ)【折つ】て、ころんでおつ、或(あるい)(ある)はさうゐ【相違】なく落(おち)て
行(ゆく)もあり。鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置馬】三疋(さんびき)、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)が屋形(やかた)の
うへに落(おち)つゐ(つい)【着い】て、身(み)ぶるい(みぶるひ)してP2211ぞ立(たち)たりける。御
曹司(おんざうし)是(これ)をみて「馬共(むまども)はぬしぬしが心得(こころえ)ておとさ【落さ】うに
P09422
はそんずまじゐ(まじい)ぞ。くはおとせ【落せ】、義経(よしつね)を手本(てほん)に
せよ」とて、まづ卅騎(さんじつき)ばかり、ま(ッ)さきかけておとさ【落さ】れ
けり。大勢(おほぜい)みなつづゐ(つづい)【続い】ておとす【落す】。後陣(ごぢん)におとす【落す】人々(ひとびと)
のあぶみのはなは、先陣(せんぢん)の鎧甲(よろひかぶと)にあたるほどなり。
小石(こいし)まじりのすなごなれば、ながれおとし【流落】に二町(にちやう)
ばかりざ(ッ)とおとい【落い】て、壇(だん)なるところ【所】にひかへたり。そ
れよりしもをみくだせば、大盤石(だいばんじやく)の苔(こけ)むしたるが、
つるべおとし【落し】に十四五(じふしご)丈(ぢやう)ぞくだ(ッ)たる。兵共(つはものども)ここぞ
P09423
最後(さいご)と申(まうし)てあきれてひかへたるところ【所】に、佐原(さはらの)
十郎(じふらう)義連(よしつら)すすみ出(いで)て申(まうし)けるは、「三浦(みうら)の方(かた)で我等(われら)は
鳥(とり)ひとつたて【立て】ても、朝(あさ)ゆふかやうの所(ところ)をこそはせあ
りけ【歩け】。三浦(みうら)の方(かた)の馬場(ばば)や」とて、ま(ッ)さきかけて
おとし【落し】ければ、兵共(つはものども)みなつづゐ(つづい)【続い】ておとす【落す】。ゑいゑい声(ごゑ)(えいえいごゑ)
をしのび【忍び】にして、馬(むま)にちからをつけておとす【落す】。余(あま)りの
いぶせさに、目(め)をふさいでぞおとし【落し】ける。大方(おほかた)人(ひと)
のしわざとは見(み)えず。ただ鬼神(きじん)の所(しよ)ゐとぞみえ【見え】
P09424
たりける。おとし【落し】もはてねば、時(とき)をど(ッ)とつくる。三千
余騎(さんぜんよき)が声(こゑ)なれど、山(やま)[B びこ]こたへて十万余騎(じふまんよき)とぞ聞(きこ)え
ける。村上(むらかみ)の判官代(はんぐわんだい)康国(やすくに)が手(て)より火(ひ)を出(いだ)し、平家(へいけ)
の屋形(やかた)、かり屋(や)【仮屋】をみな焼払(やきはら)ふ。おりふし(をりふし)【折節】風(かぜ)ははげ
しし、くろ煙(けぶり)おしかくれば、平氏(へいじ)の軍兵共(ぐんびやうども)余(あまり)にあ
はて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】で、若(もし)やたすかると前(まへ)の海(うみ)へぞおほく【多く】
馳(はせ)いりける。汀(みぎは)にはまうけ船(ぶね)【設け船】いくらもあり【有り】けれ
ども、わP2212れさきにのらうど、舟(ふね)一艘(いつさう)には物具(もののぐ)したる
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者共(ものども)が四五百人(しごひやくにん)、千人(せんにん)ばかりこみ【込み】のら【乗ら】うに、なじかは
よかるべき。汀(みぎは)よりわづかに三町(さんぢやう)(さんちやう)ばかりおしいだひ(いだい)【出い】
て、目(め)のまへに大船(おほぶね)三艘(さんざう)(さんぞう)しづみにけり。其(その)後(のち)は
「よき人(ひと)をばのす共(とも)、雑人共(ざふにんども)(ざうにんども)をばのすべからず」とて、
太刀(たち)長刀(なぎなた)でなが【薙が】せけり。かくする事(こと)とはしり【知り】ながら、
のせ【乗せ】じとする船(ふね)にとりつき【取り付き】、つかみつき、或(あるい)(ある)はうで【腕】
うちきられ、或(あるい)(ある)はひぢ【肘】うちおとさ【落さ】れて、一谷(いちのたに)の汀(みぎは)に
あけ【朱】にな(ッ)てぞなみ【並み】ふし【臥し】たる。能登守(のとのかみ)教経(のりつね)は、
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度々(どど)のいくさに一度(いちど)もふかく【不覚】せぬ人(ひと)の、今度(こんど)は
いかがおもは【思は】れけん、うす黒(ぐろ)といふ馬(むま)にのり、西(にし)を
さい【指い】てぞ落(おち)給(たま)ふ。播磨国(はりまのくに)明石浦(あかしのうら)より船(ふね)に乗(のつ)て、
讃岐(さぬき)の八島(やしま)へわたり給(たま)ひぬ。越中(ゑつちゆうの)前司(せんじ)最期(さいご)S0913大手(おほて)にも浜(はま)の手(て)にも、
武蔵(むさし)・相模(さがみ)の兵共(つはものども)、命(いのち)もおしま(をしま)【惜しま】ずせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。新
中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)は東(ひがし)(ひんがし)にむか(ッ)【向つ】てたたかい(たたかひ)【戦ひ】給(たま)ふところ【所】に、山(やま)の
そはよりよせける児玉党(こだまたう)使者(ししや)をたてま(ッ)【奉つ】て、「君(きみ)
は武蔵(むさしの)国司(こくし)でましまし候(さうらひ)し間(あひだ)、是(これ)は児玉(こだま)の者共(ものども)が
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申(まうし)候(さうらふ)。御(おん)うしろをば御(ご)らん候(さうら)はぬやらん」と申(まうす)。新
中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)以下(いげ)の人々(ひとびと)、うしろをかへP2213りみ給(たま)へば、くろ
煙(けぶり)おしかけたり。「あはや、西(にし)の手(て)はやぶれにけるは」と
いふ程(ほど)こそ久(ひさ)しけれ、とる物(もの)もとりあへず我(われ)
さきにとぞ落行(おちゆき)ける。越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)は、山(やま)の
手(て)の侍大将(さぶらひだいしやう)にて有(あり)けるが、今(いま)はおつ【落つ】ともかなは【叶は】じとや
思(おも)ひけん、ひかへて敵(かたき)を待(まつ)ところ【所】に、猪俣(ゐのまたの)小平六(こへいろく)
則綱(のりつな)、よい敵(かたき)と目(め)をかけ、鞭(むち)あぶみをあはせて馳(はせ)
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来(きた)り、おしならべむずとくう【組う】でどうどおつ。猪俣(ゐのまた)は
八ケ国(はつかこく)(はちかこく)にきこえ【聞え】たるしたたか者(もの)也(なり)。か【鹿】の角(つの)の一二[B ノ](いちにの)くさ
かりをばたやすうひ(ッ)【引つ】さき【裂き】けるとぞ聞(きこ)えし。越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)
前司(せんじ)は二三十人(にさんじふにん)が力(ちから)わざをするよし人(ひと)めには見(み)え
けれ共(ども)、内々(ないない)は六七十人(ろくしちじふにん)してあげおろす船(ふね)を、只(ただ)一
人(いちにん)しておしあげおしおろす程(ほど)の大力(だいぢから)也(なり)。されば
猪俣(ゐのまた)をと(ッ)ておさへてはたらかさ【働かさ】ず。猪俣(ゐのまた)したに
ふし【臥し】ながら、刀(かたな)をぬかうどすれども、ゆび【指】はだか(ッ)て
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刀(かたな)のつかにぎる【握る】にも及(およ)(をよ)ばず。物(もの)をいはうどすれ共(ども)、
あまりにつよう【強う】おさへられてこゑ【声】も出(いで)ず。すでに
頸(くび)をかかれんとしけるが、ちから【力】はおと(ッ)たれ共(ども)、心(こころ)は
かう【剛】なりければ、猪俣(ゐのまた)すこしもさはが(さわが)【騒が】ず、しばらく
いきをやすめ、さらぬてい【体】にもてなして申(まうし)けるは、
「抑(そもそも)なの(ッ)【名乗つ】つるをばきき給(たま)ひて〔か〕。敵(かたき)をうつといふは、
われもなの(ッ)【名乗つ】てきかせ、敵(かたき)にもなのらせて頸(くび)をと(ッ)
たればこそ大功(たいこう)なれ。名(な)もしらぬ頸(くび)と(ッ)ては、何(なに)にか
P09430
し給(たま)ふべき」といはれて、げにもとや思(おも)ひけん、「是(これ)は
もと平家(へいけ)の一門(いちもん)たりしが、身(み)不P2214肖(ふせう)なるによ(ッ)て
当時(たうじ)は侍(さぶらひ)にな(ッ)たる越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)といふ者(もの)也(なり)。
わ君(ぎみ)はなにものぞ、なのれ【名乗れ】、きかう」どいひければ、
「武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、猪俣(ゐのまたの)小平六(こへいろく)則綱(のりつな)」となのる。「倩(つらつら)此(この)世
間(よのなか)のありさまをみる【見る】に、源氏(げんじ)の御方(おんかた)はつよく、平
家(へいけ)の御方(おんかた)はまけいろ【負色】にみえ【見え】させ給(たま)ひたり。今(いま)は
主(しゆう)の世(よ)にましまさばこそ、敵(かたき)のくびと(ッ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
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て、勲功(くんこう)勧賞(けんじやう)にもあづかり給(たま)はめ。理(り)をまげて
則綱(のりつな)たすけ【助け】給(たま)へ。御(ご)へんの一門(いちもん)なん十人(じふにん)もおはせよ、
則綱(のりつな)が勲功(くんこう)の賞(しやう)に申(まうし)かへてたすけ【助け】奉(たてまつ)らん」といひ
ければ、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)大(おほき)にいか(ッ)て、「盛俊(もりとし)身(み)こそ不肖(ふせう)な
れ共(ども)、さすが平家(へいけ)の一門(いちもん)也(なり)。源氏(げんじ)たのま【頼ま】うどは思(おも)はず。
源氏(げんじ)又(また)盛俊(もりとし)にたのま【頼ま】れうどもよもおもは【思は】じ。に(ッ)く
い君(きみ)が(まうしやう)哉(かな)」とて、やがて頸(くび)をかかんとしければ、
猪俣(ゐのまた)「まさなや、降人(かうにん)の頸(くび)かくやうや候(さうらふ)」。越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)
P09432
「さらばたすけ【助け】む」とてひきおこす。まへは畠(はた)のやうに
ひあが(ッ)【上がつ】て、きはめてかたかりけるが、うしろは水田(みづた)の
ごみふかかり【深かり】けるくろ【畔】のうへに、二人(ににん)の者共(ものども)腰(こし)う
ちかけていきづきゐたり。しばしあ(ッ)て、黒革威(くろかはをどし)(くろかはおどし)の
鎧(よろひ)きて月毛(つきげ)なる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たる武者(むしや)一騎(いつき)はせ来(きた)る。
越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)あやしげにみければ、「あれは則綱(のりつな)が
したしう【親しう】候(さうらふ)人見(ひとみの)四郎(しらう)と申(まうす)者(もの)で候(さうらふ)。則綱(のりつな)が候(さうらふ)をみて
まうでくると覚(おぼえ)候(さうらふ)。くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」といひながら、
P09433
あれがちかづいたらん時(とき)に、越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)にくんだらば、
さり共(とも)おち【落ち】あはんずらんと思(おも)ひてP2215待(まつ)ところ【所】に、一段(いつたん)
ばかり近(ちか)づいたり。越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)初(はじ)めはふたりを一目(ひとめ)づつ
見(み)けるが、次第(しだい)にちかうなりければ、馳来(はせく)る敵(かたき)を
はたとまも(ッ)【守つ】て、猪俣(ゐのまた)をみぬひまに、ちから足(あし)を
ふんでつゐ(つい)立(たち)あがり【上がり】、ゑい(えい)といひてもろ手(て)をも(ッ)て、
越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)が鎧(よろひ)のむないた【胸板】をばぐ(ッ)とつゐ(つい)【突い】て、うしろ
の水田(みづた)へのけにつき【突き】たをす(たふす)【倒す】。おき【起き】あがら【上がら】んとする
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所(ところ)に、猪俣(ゐのまた)うへにむずとのりかかり、やがて越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前
司(せんじ)が腰(こし)の刀(かたな)をぬき、鎧(よろひ)の草摺(くさずり)ひきあげて、つかも
こぶしもとおれ(とほれ)【通れ】とおれ(とほれ)【通れ】と三刀(みがたな)(みかたな)さいて頸(くび)をとる。さる程(ほど)に
人見[B ノ](ひとみの)四郎(しらう)おち【落ち】あふ(あう)【合う】たり。か様(やう)【斯様】の時(とき)は論(ろん)ずる事(こと)も
ありとおもひ【思ひ】、太刀(たち)のさきにつらぬき、たかくさしあ
げ【差し上げ】、大音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「此(この)日来(ひごろ)鬼神(おにかみ)と聞(きこ)えつる
平家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)前司(せんじ)盛俊(もりとし)をば、猪俣[B ノ](ゐのまたの)小平六(こへいろく)則
綱(のりつな)がう(ッ)たるぞや」となの(ッ)【名乗つ】て、其(その)日(ひ)の高名(かうみやう)の一(いち)の筆(ふで)
P09435
にぞ付(つき)〔に〕ける。忠教【*忠度】最期(ただのりのさいご)S0914薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、一谷(いちのたに)の西手(にしのて)の大将
軍(たいしやうぐん)にておはしけるが、紺地[B ノ](こんぢの)錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に黒糸(くろいと)お
どし(をどし)の鎧(よろひ)きて、黒(くろき)馬(むま)のふとう【太う】たくましきに、ゐか
け地(ぢ)(いかけぢ)【沃懸地】の鞍(くら)をい(おい)【置い】て乗(のり)給(たま)へり。其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)ばかりが中(なか)に
うちかこまれていとさはが(さわが)【騒が】ず、ひかへひかへ落(おち)給(たま)ふを、
猪P2216俣党(ゐのまたたう)に岡辺(をかべの)六野太(ろくやた)忠純(ただずみ)、大将軍(たいしやうぐん)とめ【目】をかけ、
鞭(むち)あぶみをあはせて追(おつ)(をつ)つき奉(たてまつ)り、「抑(そもそも)いかなる人(ひと)で
在(まし)まし候(さうらふ)ぞ、名(な)のらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、「是(これ)はみ[B か]た【御方】ぞ」とて
P09436
ふりあふぎ給(たま)へるうちかぶとより見(み)いれ【入れ】たれば、
かねぐろ也(なり)。あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)みかた【御方】にはかねつけたる人(ひと)はない
物(もの)を、平家(へいけ)の君達(きんだち)でおはするにこそと思(おも)ひ、おし
ならべてむずとくむ。是(これ)をみて百騎(ひやくき)ばかりある兵共(つはものども)、
国々(くにぐに)のかり武者(むしや)なれば、一騎(いつき)も落(おち)あはず、われさきに
とぞ落行(おちゆき)ける。薩摩[* 「薩磨」と有るのを高野本により訂正]守(さつまのかみ)「に(ッ)くいやつかな。みかた【御方】
ぞといはばいはせよかし」とて、熊野(くまの)そだち大(だい)ぢからの
はやわざにておはしければ、やがて刀(かたな)をぬき、六野太(ろくやた)を
P09437
馬(むま)の上(うへ)で二刀(ふたかたな)、おち【落ち】つく所(ところ)で一刀(ひとかたな)、三刀(みがたな)(みかたな)までぞつか【突か】
れたる。二刀(ふたかたな)は鎧(よろひ)のうへ【上】なればとをら(とほら)【通ら】ず、一刀(ひとかたな)はうち甲(かぶと)
へつき入(いれ)られたれ共(ども)、うす手(で)【薄手】なればしな【死な】ざりけるを
と(ッ)ておさへて、頸(くび)をかかんとし給(たま)ふところ【所】に、六野太(ろくやた)
が童(わらは)をくれ(おくれ)【遅れ】ばせに馳来(はせきた)(ッ)て、打刀(うちがたな)をぬき、薩摩守(さつまのかみ)の
右(みぎ)のかいな(かひな)【腕】を、ひぢのもとよりふつときり【斬り】おとす【落す】。
今(いま)はかうとやおもは【思は】れけん、「しばしのけ【退け】、十念(じふねん)となへん」
とて、六野太(ろくやた)をつかうで弓(ゆん)だけばかりなげ【投げ】のけられ
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たり。其(その)後(のち)西(にし)にむかひ【向ひ】、高声(かうしやう)に十念(じふねん)となへ、「光明(くわうみやう)
遍照(へんぜう)十方(じつぱう)(じつばう)世界(せかい)、念仏衆生摂取不捨(ねんぶつしゆじやうせつしゆふしや)」との給(たまひ)もはてねば、
六野太(ろくやた)うしろよりよ(ッ)て薩摩守(さつまのかみ)の頸(くび)をうつ。よい大将軍(たいしやうぐん)
う(ッ)たりと思(おも)ひけれ共(ども)、名(な)をば誰(たれ)ともしら【知ら】ざりけるに、
ゑびら(えびら)【箙】にむすびP2217つけられたるふみをといて見(み)れば、
「旅宿花(りよしゆくのはな)」と云(いふ)題(だい)にて、一首(いつしゆ)の歌(うた)をぞよまれたる。
行(ゆき)くれて木(こ)の下(した)かげをやどとせば
花(はな)やこよひのあるじならまし W070
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忠教【*忠度】(ただのり)とかかれたりけるにこそ、薩摩守(さつまのかみ)とはしり【知り】て(ン)
げれ。太刀(たち)のさきにつらぬき、たかく【高く】さしあげ【差し上げ】、大
音声(だいおんじやう)(だいをんじやう)をあげて、「此(この)日来(ひごろ)平家(へいけ)の御方(おんかた)にきこえ【聞え】させ
給(たま)ひつる薩摩守殿(さつまのかみどの)をば、岡辺(をかべの)六野太(ろくやた)忠純(ただずみ)がうちたて
ま(ッ)【奉つ】たるぞや」と名(な)のりければ、敵(かたき)もみかた【御方】も是(これ)をき
い【聞い】て、「あないとおし(いとほし)、武芸(ぶげい)にも謌道【*歌道】(かだう)にも達者(たつしや)にて
おはしつる人(ひと)を、あ(ッ)たら大将軍(たいしやうぐん)を」とて、涙(なみだ)をながし
袖(そで)をぬらさぬはなかりけり。重衡生捕(しげひらいけどり)S0915本三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)は、
P09440
生田森(いくたのもり)の副将軍(ふくしやうぐん)にておはしけるが、其(その)勢(せい)みな落(おち)
うせて、只(ただ)主従(しゆうじゆう)(しゆうじう)二騎(にき)になり給(たま)ふ。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)其(その)日(ひ)の装束(しやうぞく)
には、かち【褐】にしろう【著う】黄(き)なる糸(いと)をも(ッ)て、むら【群】千鳥(ちどり)ぬう
たる直垂(ひたたれ)に、紫(むらさき)すそご【裾濃】の鎧(よろひ)きて、童子鹿毛(どうじかげ)と
いふきこゆる【聞ゆる】名馬(めいば)にのり給(たま)へり。めのと子(ご)の後藤
兵衛(ごとうびやうゑ)盛長(もりなが)は、しげ目(め)ゆい(しげめゆひ)【滋目結】の直垂(ひたたれ)に、ひ【緋】おどし(をどし)の鎧(よろひ)
きて、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の秘蔵(ひさう)せられたりける夜目(よめ)なし
月毛(つきげ)にのせ【乗せ】られP2218たり。梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)・庄(しやうの)四郎(しらう)高
P09441
家(たかいへ)、大将軍(たいしやうぐん)と目(め)をかけ、鞭(むち)あぶみをあはせてお(ッ)【追つ】
かけたてまつる【奉る】。汀(みぎは)にはたすけ舟(ぶね)【助け舟】いくらもあり【有り】け
れども、うしろより敵(かたき)はお(ッ)【追つ】かけたり、のがる【逃る】べきひ
まもなかりければ、湊河(みなとがは)・かるも河(がは)をもうちわたり、
蓮(はす)の池(いけ)をば馬手(めて)にみて、駒(こま)の林(はやし)を弓手(ゆんで)になし、
板屋(いたや)ど【板宿】・須磨(すま)をもうちすぎて、西(にし)をさいてぞ落(おち)
たまふ。究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)の名馬(めいば)にはのり給(たま)へり、もみふせたる
馬共(むまども)お(ッ)【追つ】つくべしともおぼえず、ただのびにのび
P09442
ければ、梶原(かぢはら)源太(げんだ)景季(かげすゑ)、あぶみふ(ン)ばり立(たち)あがり【上がり】、
もしやと遠矢(とほや)(とをや)によ(ッ)ぴいてゐ(い)【射】たりけるに、三位(さんみの)中
将(ちゆうじやう)(ちうじやう)馬(むま)のさうづ【三頭】[B を]のぶか【篦深】にゐ(い)【射】させて、よはる(よわる)【弱る】ところ【所】に、後
藤兵衛(ごとうびやうゑ)盛長(もりなが)、わが馬(むま)めされなんずとや思(おも)ひけん、鞭(むち)を
あげてぞ落行(おちゆき)ける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)是(これ)をみて、「いかに盛長(もりなが)、
年来(としごろ)日(ひ)ごろさはちぎらざりしものを。我(われ)を捨(すて)て
いづくへゆくぞ」との給(たま)へ共(ども)、空(そら)きかずして、鎧(よろひ)に
つけたるあかじるし【赤印】かなぐりすて【捨て】、ただにげ【逃げ】にこそ
P09443
逃(にげ)たりけれ。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)敵(かたき)は近(ちか)づく、馬(むま)はよはし(よわし)【弱し】、海(うみ)へ
うちいれ【入れ】給(たま)ひたりけれ共(ども)、そこしも[* 「すこしも」と有るのを高野本により訂正]とをあさ(とほあさ)【遠浅】にて
しづむべきやうもなかりければ、馬(むま)よりおり、鎧(よろひ)のうは
帯(おび)【上帯】きり、たかひもはづし、物具(もののぐ)ぬぎすて、腹(はら)を
きらんとし給(たま)ふところ【所】に、梶原(かぢはら)よりさきに庄(しやうの)四郎(しらう)
高家(たかいへ)、鞭(むち)あぶみをあはせて馳来(はせきた)り、いそぎ馬(むま)より
飛(とび)おり、「まさなう候(さうらふ)、いづくまでも御共(おんとも)仕(つかまつ)らん」とて、我(わが)
馬(むま)にかきのせ【乗せ】たてまつり【奉り】、鞍(くら)のP2219まへわ【前輪】にしめつけ、
P09444
わが身(み)はのりかへに乗(ッ)てぞかへりける。後藤兵
衛(ごとうびやうゑ)はいき【息】ながき【長き】究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)の馬(むま)にはの(ッ)【乗つ】たりけり、そこをば
なく逃(にげ)のびて、後(のち)には熊野(くまの)法師(ぼふし)(ぼうし)、尾中[B ノ](をなかの)(おなかの)法橋(ほつけう)(ほつきやう)をた
のん【頼ん】でゐたりけるが、法橋(ほつけう)(ほつきやう)死(しし)て後(のち)、後家(ごけ)の尼公(にこう)訴
訟(そしよう)(そせう)のために京(きやう)へのぼりたりけるに、盛長(もりなが)とも【供】して
のぼ(ッ)たりければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)のめのと子(ご)にて、上下(じやうげ)にはお
ほく【多く】見(み)しら【知ら】れたり。「あなむざん【無慚】の盛長(もりなが)や、さしも不
便(ふびん)にし給(たま)ひしに、一所(いつしよ)でいかにもならずして、思(おも)ひも
P09445
かけぬ尼公(にこう)の共(とも)したるにくさよ」とて、つまはじき
をしければ、盛長(もりなが)もさすがはづかしげにて、扇(あふぎ)を
かほにかざしけるとぞ聞(きこ)えし。敦盛最期(あつもりのさいご)S0916いくさ【軍】やぶれに
ければ、熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)(なをざね)、「平家[B ノ](へいけの)君達(きんだち)たすけ船(ぶね)【助け船】に
のらんと、汀(みぎは)の方(かた)へぞおち【落ち】給(たまふ)らん。あはれ、よからう
大将軍(たいしやうぐん)にくまばや」とて、磯(いそ)の方(かた)へあゆま【歩ま】するとこ
ろ【所】に、ねりぬき【練貫】に鶴(つる)ぬう【縫う】たる直垂(ひたたれ)に、萌黄(もえぎ)の
匂(にほひ)の鎧(よろひ)きて、くはがた【鍬形】う(ッ)たる甲(かぶと)の緒(を)(お)しめ、こがねづ
P09446
くりの太刀(たち)をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、しげ藤(どう)の弓(ゆみ)
も(ッ)て、連銭葺毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に黄覆輪(きぶくりん)(き(ン)ぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)て
の(ッ)【乗つ】たる武者(むしや)一騎(いつき)、沖(おき)なるP2220舟(ふね)にめ【目】をかけて、海(うみ)へざ(ッ)と
うちいれ【入れ】、五六段(ごろくたん)ばかりおよがせたるを、熊谷(くまがへ)「あれは
大将軍(たいしやうぐん)とこそ見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。まさなうも敵(かたき)にうし
ろをみせ【見せ】させ給(たま)ふものかな。かへさ【返さ】せ給(たま)へ」と扇(あふぎ)をあげ
てまねきければ、招(まね)かれてと(ッ)てかへす【返す】。汀(みぎは)にうちあが
ら【上がら】むとするところ【所】に、おしならべてむずとくん【組ん】で
P09447
どうどおち【落ち】、と(ッ)ておさへて頸(くび)をかかんと甲(かぶと)をおし
あふのけて見(み)ければ、年(とし)十六七(じふろくしち)ばかりなるが、うす
げしやう【薄化粧】してかねぐろ也(なり)。我(わが)子(こ)の小次郎(こじらう)がよはひ
程(ほど)にて容顔(ようがん)まこと【誠】に美麗(びれい)也(なり)ければ、いづくに刀(かたな)を
立(たつ)べしともおぼえず。「抑(そもそも)いかなる人(ひと)にてましまし
候(さうらふ)ぞ。なのら【名乗ら】せ給(たま)へ、たすけ【助け】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と申(まう)せば、「汝(なんぢ)は
た【誰】そ」ととひ給(たま)ふ。「物(もの)そのもので候(さうら)はね共(ども)、武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、
熊谷(くまがへの)次郎(じらう)直実(なほざね)(なをざね)」と名(な)のり申(まうす)。「さては、なんぢにあふ(あう)【逢う】ては
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なのる【名乗る】まじゐ(まじい)ぞ、なんぢがためにはよい敵(かたき)ぞ。名(な)のら
ずとも頸(くび)をと(ッ)て人(ひと)にとへ。みし【見知】らふずる(うずる)ぞ」とぞ
の給(たま)ひける。熊谷(くまがへ)「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)大将軍(たいしやうぐん)や、此(この)人(ひと)一人(いちにん)うち
たてま(ッ)【奉つ】たり共(とも)、まく【負く】べきいくさ【軍】に勝(かつ)べき様(やう)もなし。
又(また)うちたてまつら【奉ら】ず共(とも)、勝(かつ)べきいくさ【軍】にまくること
よもあらじ。小次郎(こじらう)がうす手(で)【薄手】負(おひ)(をひ)たるをだに、直実(なほざね)(なをざね)
は心(こころ)ぐるしうこそおもふ【思ふ】に、此(この)殿(との)の父(ちち)、うた【討た】れぬとき
い【聞い】て、いかばかりかなげき給(たま)はんずらん、あはれ、たすけ【助け】たて
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まつら【奉ら】ばや」と思(おも)ひて、うしろ【後】をき(ッ)とみければ、土肥(とひ)(とい)・
梶原(かぢはら)五十騎(ごじつき)ばかりでつづいたり。熊谷(くまがへ)涙(なみだ)をおP2221さへて
申(まうし)けるは、「たすけ【助け】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとは存(ぞんじ)候(さうら)へ共(ども)、御方(みかた)の軍
兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)の如(ごと)く候(さうらふ)。よものがれ【逃れ】させ給(たま)はじ。人手(ひとで)に
かけまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んより、同(おなじ)くは直実(なほざね)(なをざね)が手(て)にかけまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】て、後(のち)の御孝養(おんけうやう)をこそ仕(つかまつり)候(さうら)はめ」と申(まうし)ければ、「ただ
とくとく【疾く疾く】頸(くび)をとれ」とぞの給(たま)ひける。熊谷(くまがへ)あまりに
いとおしく(いとほしく)て、いづくに刀(かたな)をたつべしともおぼえず、
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め【目】もくれ心(こころ)もきえ[* 「くれ」と有るのを高野本により訂正]はてて、前後(ぜんご)不覚(ふかく)におぼえけれ
ども、さてしもあるべき事(こと)ならねば、泣々(なくなく)頸(くび)をぞ
かいて(ン)げる。「あはれ、弓矢(ゆみや)とる身(み)ほど口惜(くちをし)(くちおし)かりける
ものはなし。武芸(ぶげい)の家(いへ)に生(むま)れずは、何(なに)とてかかる
うき目(め)をばみる【見る】べき。なさけなうもうちたてまつる【奉る】
物(もの)かな」とかきくどき、袖(そで)をかほにおしあててさめざめ
とぞ泣(なき)ゐたる。良(やや)久(ひさし)うあ(ッ)て、さてもあるべきならねば、
よろい(よろひ)【鎧】直垂(びたたれ)をと(ッ)て、頸(くび)をつつまんとしけるに、錦(にしき)の
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袋(ふくろ)にいれ【入れ】たる笛(ふえ)をぞ腰(こし)にさされたる。「あないとお
し(いとほし)、この暁(あかつき)城(じやう)のうちにて管絃(くわんげん)し給(たま)ひつるは、この人々(ひとびと)
にておはしけり。当時(たうじ)みかた【御方】に東国(とうごく)の勢(せい)なん万騎(まんぎ)か
あるらめども、いくさ【軍】の陣(ぢん)へ笛(ふえ)もつ人(ひと)はよもあらじ。
上臈(じやうらふ)(じやうらう)は猶(なほ)(なを)もやさしかりけり」とて、九郎(くらう)御曹司[B ノ](おんざうしの)見
参(げんざん)に入(いれ)たりければ、是(これ)をみる【見る】人(ひと)涙(なみだ)をながさずと
いふ事(こと)なし。後(のち)にきけば、修理(しゆりの)大夫(だいぶ)(だゆう)経盛(つねもり)の子息(しそく)
に大夫(たいふ)(たゆふ)篤盛【*敦盛】(あつもり)とて、生年(しやうねん)十七(じふしち)にぞなられける。それ
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よりしてこそ熊谷(くまがへ)が発心(ほつしん)のおもひ【思ひ】はすすみけれ。
件(くだん)の笛(ふえ)はおほぢ【祖父】忠盛(ただもり)笛(ふえ)の上手(じやうず)にて、鳥羽院(とばのゐん)より
給(たま)はP2222られたりけるとぞ聞(きこ)えし。経盛(つねもり)相伝(さうでん)せられたり
しを、篤盛【*敦盛】(あつもり)器量(きりやう)たるによ(ッ)て、もたれたりけると
かや。名(な)をばさ枝(えだ)【小枝】とぞ申(まうし)ける。狂言(きやうげん)綺語(きぎよ)のことはり(ことわり)【理】
といひながら、遂(つひ)(つゐ)に讃仏乗(さんぶつじよう)(さんぶつぜう)の因(いん)(ゐん)となるこそ哀(あはれ)なれ。
知章最期(ともあきらのさいご)S0917門脇(かどわきの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)教盛卿(のりもりのきやう)の末子(ばつし)蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)成盛【*業盛】(なりもり)は、常
陸国(ひたちのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)土屋(つちやの)五郎(ごらう)重行(しげゆき)にくんでうた【討た】れ給(たま)ひぬ。
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修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもり)の嫡子(ちやくし)、皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)経正(つねまさ)は、たすけ
船(ぶね)【助け船】にのらんと汀(みぎは)の方(かた)へ落(おち)給(たま)ひけるが、河越(かはごえの)(かはごゑの)小
太郎(こたらう)重房(しげふさ)が手(て)に取籠(とりこめ)られてうた【討た】れ給(たま)ひぬ。
其(その)弟(おとと)若狭守(わかさのかみ)経俊(つねとし)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)・尾張守(をはりのかみ)(おはりのかみ)清定(きよさだ)、
三騎(さんぎ)つれて敵(かたき)のなかへかけ入(いり)、さんざんにたたかひ【戦ひ】、分捕(ぶんどり)
あまたして、一所(いつしよ)で討死(うちじに)して(ン)げり。新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)知盛
卿(とももりのきやう)は、生田森(いくたのもりの)大将軍(たいしやうぐん)にておはしけるが、其(その)勢(せい)み
な落(おち)うせて、今(いま)は御子(おんこ)武蔵守(むさしのかみ)知明【*知章】(ともあきら)、侍(さぶらひ)に監物(けんもつ)太郎(たらう)
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頼方(よりかた)、ただ主従(しゆうじゆう)(しゆうじう)三騎(さんぎ)にな(ッ)て、たすけ船(ぶね)【助け船】にのらんと
汀(みぎは)の方(かた)へ落(おち)給(たま)ふ。ここに児玉党(こだまたう)とおぼしくて、
うちわ(うちは)【団扇】の旗(はた)さい【挿い】たる者共(ものども)十騎(じつき)ばかり、おめい(をめい)【喚い】て
お(ッ)【追つ】かけ奉(たてまつ)る。監物(けんもつ)太郎(たらう)は究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)の弓(ゆみ)の上手(じやうず)ではあり、
ま(ッ)さきにすすんだる旗(はた)さし【差】がしや頸(くび)のほねをひやう
ふつとゐ(い)【射】て、馬(むま)よりさかP2223さまにゐ(い)【射】おとす【落す】。そのなかの
大将(たいしやう)とおぼしきもの、新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)にくみ奉(たてまつ)らんと
馳(はせ)ならべけるを、御子(おんこ)武蔵守(むさしのかみ)知明【*知章】(ともあきら)中(なか)にへだたり、
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おしならべてむずとくんでどうどおち【落ち】、と(ッ)ておさへ
て頸(くび)をかき、たち【立ち】あがら【上ら】んとし給(たま)ふところ【所】に、敵(かたき)が童(わらは)
おちあふ(あう)【逢う】て、武蔵守(むさしのかみ)の頸(くび)をうつ。監物(けんもつ)太郎(たらう)おち【落ち】
かさな(ッ)【重なつ】て、武蔵守(むさしのかみ)うち【討】たてま(ッ)【奉つ】たる敵(かたき)が童(わらは)をもう(ッ)て(ン)
げり。其(その)後(のち)矢(や)だねのある程(ほど)ゐ(い)【射】つくし【尽し】て、うち【打ち】物(もの)ぬ
いてたたかひ【戦ひ】けるが、敵(かたき)あまたうちとり、弓手(ゆんで)のひ
ざのくちをゐ(い)【射】させて、たち【立ち】もあがら【上ら】ず、ゐ【居】ながら討死(うちじに)
して(ン)げり。このまぎれに新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)は、究竟(くつきやう)(く(ツ)きやう)の名馬(めいば)
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には乗(のり)給(たま)へり。海(うみ)のおもて廿(にじふ)余町(よちやう)およがせて、大臣殿(おほいとの)
の御船(おんふね)につき給(たま)ひぬ。御舟(おんふね)には人(ひと)おほく【多く】こみ
の(ッ)【乗つ】て、馬(むま)たつべき様(やう)もなかりければ、汀(みぎは)へお(ッ)【追つ】かへす【返す】。
阿波(あはの)民部(みんぶ)重能(しげよし)「御馬(おんむま)敵(かたき)のものになり候(さうらひ)なんず。ゐ(い)【射】
ころし【殺し】候(さうら)はん」とて、かた手矢(てや)はげて出(いで)けるを、新中納
言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)「何(なに)の物(もの)にもならばなれ。わが命(いのち)をたすけ【助け】たらん
物(もの)を。あるべうもなし」との給(たま)へば、ちから【力】及(およ)(をよ)ばでゐ(い)【射】ざり
けり。この馬(むま)ぬしの別(わかれ)をしたひつつ、しばしは船(ふね)を
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もはなれ【離れ】やらず、沖(おき)の方(かた)へおよぎけるが、次第(しだい)に
遠(とほ)くなりければ、むなしき汀(みぎは)におよぎかへる。足(あし)
たつ程(ほど)にもなりしかば、猶(なほ)(なを)船(ふね)の方(かた)をかへりみて、二
三度(にさんど)までこそいななきけれ。其(その)後(のち)くが【陸】にあが(ッ)【上がつ】てや
すみけるを、河越(かはごえの)(かはごへの)小太郎(こたらう)重房(しげふさ)と(ッ)て、院(ゐん)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
たりければ、やがて院(ゐん)の御P2224厩(みむまや)にたてられけり。も(ッ)とも【最も】
院(ゐん)の御秘蔵(ごひさう)の御馬(おんむま)にて、一(いち)の御厩(みむまや)にたてられたりし
を、宗盛公(むねもりこう)内大臣(ないだいじん)にな(ッ)て悦申(よろこびまうし)の時(とき)給(たま)はられたり
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けるとぞ聞(きこ)えし。新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)にあづけられたり
しを、中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)あまりに此(この)馬(むま)を秘蔵(ひさう)して、馬(むま)の
祈(いのり)のためにとて、毎月(まいぐわつ)つゐたち(ついたち)【朔日】ごとに、泰山府
君(たいざんぶくん)をぞまつられける。其(その)故(ゆゑ)にや、馬(むま)の命(いのち)ものび、
ぬしのいのちもたすけ【助け】けるこそめでたけれ。此(この)馬(むま)は
信乃【*信濃】国(しなののくに)井[B ノ]上(ゐのうへ)だち【立】にてあり【有り】ければ、井上黒(ゐのうへぐろ)とぞ
申(まうし)ける。後(のち)には河越(かはごえ)(かはごへ)がと(ッ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
河越黒(かはごえぐろ)(かはごへぐろ)とも申(まうし)けり。新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)、大臣殿(おほいとの)の御(おん)まへに
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まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まう)されけるは、「武蔵守(むさしのかみ)におくれ候(さうらひ)ぬ。監物(けんもつ)
太郎(たらう)うたせ候(さうらひ)ぬ。今(いま)は心(こころ)ぼそうこそまかりな(ッ)て候(さうら)へ。
いかなる子(こ)はあ(ッ)て、親(おや)をたすけ【助け】んと敵(かたき)にくむ【組む】をみ【見】
ながら、いかなるおや【親】なれば、子(こ)のうたるるをたすけ【助け】ず
して、かやうにのがれ【逃れ】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)らんと、人(ひと)のうへ【上】で候(さうら)はば
いかばかりもどかしう存(ぞんじ)候(さうらふ)べきに、よう命(いのち)はおしゐ(をしい)【惜しい】物(もの)で
候(さうらひ)けると今(いま)こそ思(おも)ひしら【知ら】れて候(さうら)へ。人々(ひとびと)の思(おも)はれん心(こころ)
のうち共(ども)こそはづかしう候(さうら)へ」とて、袖(そで)をかほにおし【押し】
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あててさめざめと泣(なき)給(たま)へば、大臣殿(おほいとの)是(これ)をきき給(たま)ひて、
「武蔵守(むさしのかみ)の父(ちち)の命(いのち)にかはられけるこそありがた
けれ。手(て)もきき【利き】心(こころ)もかう【剛】に、よき大将軍(たいしやうぐん)にてお
はしつる人(ひと)を。清宗(きよむね)と同年(どうねん)にて、ことしは十六(じふろく)な」とて、
御子(おんこ)衛門督(ゑもんのかみ)のおはしける方(かた)P2225を御(ご)らんじて涙(なみだ)ぐみ
給(たま)へば、いくらもなみゐたりける平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、心(こころ)あるも
心(こころ)なきも、皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)をぞぬらしける。落足(おちあし)S0918小松殿(こまつどの)の
末子(ばつし)、備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)師盛(もろもり)は、主従(しゆうじゆう)(しゆうじう)七人(しちにん)小舟(せうせん)にの(ッ)【乗つ】ておち【落ち】給(たま)ふ
P09461
所(ところ)に、新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)の侍(さぶらひ)清衛門(せいゑもん)公長(きんなが)といふ者(もの)馳来(はせきた)(ッ)て、
「あれは備中守殿(びつちゆうのかみどの)(びつちうのかみどの)の御舟(おんふね)とこそみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。まい
り(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と申(まうし)ければ、船(ふね)を汀(みぎは)にさしよせたり。大(だい)の
男(をのこ)(おのこ)の鎧(よろひ)きながら、馬(むま)より舟(ふね)へがはと飛(とび)のらうに、
なじかはよかるべき。舟(ふね)はちゐさし(ちひさし)【小さし】、くるりとふみ
かへして(ン)げり。備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)うきぬしづみぬし給(たま)ひける
を、畠山(はたけやま)が郎等(らうどう)本田(ほんだの)次郎(じらう)、十四五(じふしご)騎(き)で馳来(はせきた)り、熊
手(くまで)にかけてひきあげ奉(たてまつ)り、遂(つひ)(つゐ)に頸(くび)をぞかいて[*この三字不要]
P09462
かいて(ン)げる。生年(しやうねん)十四(じふし)歳(さい)とぞ聞(きこ)えし。越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)(さんゐ)
通盛卿(みちもりのきやう)は山手(やまのて)の大将軍(たいしやうぐん)にておはしけるが、其(その)日(ひ)の
装束(しやうぞく)には、あか地(ぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾(からあや)おどし(をどし)の鎧(よろひ)
きて、黄河原毛(きがはらげ)なる馬(むま)に白覆輪(しろぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)て
乗(のり)給(たま)へり。うち甲(かぶと)をゐ(い)【射】させて、敵(かたき)におしへだてられ、
おとと【弟】能登殿(のとどの)にははなた【離た】れ給(たま)ひぬ、しづか【静か】ならん所(ところ)
にて自害(じがい)せんとて、東(ひがし)(ひんがし)にむか(ッ)【向つ】て落(おち)給(たま)ふ程(ほど)に、近江P2226
国(あふみのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)佐々木(ささきの)木村(きむらの)三郎(さぶらう)成綱(なりつな)、武蔵国(むさしのくにの)住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)玉井(たまのゐの)
P09463
四郎(しらう)資景(すけかげ)、かれこれ七騎(しちき)が中(なか)にとりこめられて、
遂(つひ)にうた【討た】れ給(たま)ひぬ。其(その)ときまでは侍(さぶらひ)一人(いちにん)
つき奉(たてまつり)たりけれ共(ども)、それも最後(さいご)の時(とき)はおち【落ち】あはず。
凡(をよ)そ(およそ)東西(とうざい)の木戸口(きどぐち)、時(とき)をうつす程(ほど)也(なり)ければ、源平(げんぺい)
かずをつくゐ(つくい)【尽くい】てうた【討た】れにけり。矢倉(やぐら)のまへ、逆(さか)も木(ぎ)【逆茂木】
のしたには、人馬(じんば)のししむら【肉】山(やま)のごとし。一谷(いちのたに)の小篠
原(をざさはら)、緑(みどり)のいろをひきかへ【替へ】て、うす紅(ぐれなゐ)にぞ成(なり)にける。
一谷(いちのたに)・生田森(いくたのもり)、山(やま)のそは、海(うみ)の汀(みぎは)にてゐ(い)【射】られきら【斬ら】れて
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死(し)ぬるはしら【知ら】ず、源氏(げんじ)の方(かた)にきりかけ【懸け】らるる頸共(くびども)
二千(にせん)余人(よにん)也(なり)。今度(こんど)うた【討た】れ給(たま)へるむねとの人々(ひとびと)には、
越前(ゑちぜんの)三位(さんみ)通盛(みちもり)・弟(おとと)蔵人(くらんどの)大夫(たいふ)成盛【*業盛】(なりもり)・薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)・武
蔵守(むさしのかみ)知明【*知章】(ともあきら)・備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)師盛(もろもり)・尾張守(をはりのかみ)(おはりのかみ)清定(きよさだ)・淡路守(あはぢのかみ)清房(きよふさ)・
修理(しゆりの)大夫(だいぶ)経盛(つねもりの)嫡子(ちやくし)皇后宮亮(くわうごうぐうのすけ)経正(つねまさ)・弟(おとと)若狭守
[M 守][* 「守守」とあり後の一字「守」をミセケチ](わかさのかみ)経俊(つねとし)・其(その)弟(おとと)大夫(たいふ)篤盛【*敦盛】(あつもり)、以上(いじやう)十人(じふにん)とぞ聞(きこ)えし。いくさ【軍】
やぶれにければ、主上(しゆしやう)をはじめたてま(ッ)【奉つ】て、人々(ひとびと)みな御
船(おふね)にめし【召し】て出(いで)給(たま)ふ心(こころ)のうちこそ悲(かな)しけれ。塩(しほ)に
P09465
ひかれ、風(かぜ)に随(したがひ)て、紀伊路(きのぢ)へおもむく船(ふね)もあり。
葦屋(あしや)の沖(おき)に漕(こぎ)いでて、浪(なみ)にゆらるる船(ふね)もあり。或(あるい)(ある)は
須磨(すま)より明石(あかし)の浦(うら)づたひ、泊(とまり)さだめぬ梶枕(かぢまくら)、
かたしく袖(そで)もしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、朧(おぼろ)にかすむ春(はる)の月(つき)、
心(こころ)をくだかぬ人(ひと)ぞなき。或(あるい)(ある)は淡路(あはぢ)のせとを漕(こぎ)とをり(とほり)【通り】、
絵島(ゑしま)が磯(いそ)にただよへば、波路(なみぢ)かすか【幽】P2227に鳴(なき)わたり、友(とも)
まよ[B は]せるさ夜千鳥(よちどり)、是(これ)もわが身(み)のたぐひかな。行(ゆく)
さき未(いまだ)いづくとも思(おも)ひ定(さだ)めぬかとおぼしくて、
P09466
一谷(いちのたに)の奥(おき)にやすらふ舟(ふね)もあり。か様(やう)【斯様】に風(かぜ)にまかせ、
浪(なみ)に随(したがひ)て、浦々(うらうら)島々(しまじま)にただよへば、互(たがひ)(たがい)に死生(ししやう)もしり【知り】
がたし。国(くに)をしたがふる事(こと)も十四(じふし)ケ国(かこく)、勢(せい)のつく
ことも十万余騎(じふまんよき)、都(みやこ)へちかづく【近付く】事(こと)も纔(わづか)に一日(いちにち)の道(みち)
なれば、今度(こんど)はさり共(とも)とたのもしう【頼もしう】思(おも)はれけるに、
一谷(いちのたに)をも責(せめ)おとさ【落さ】れて、人々(ひとびと)みな心(こころ)ぼそうぞなられける。

* 小宰相身投(こざいしやうみなげ)S0919 は、龍谷大学本には無し。



入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一

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