平家物語(龍谷大学本)巻第十


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【底本】
本テキストの底本は、龍谷大学大宮図書館所蔵『平家物語』です。直接には、思文閣出版発行の影印本(龍谷大学善本叢書13)に拠りました。


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(表紙)
P10003 P2237
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十(だいじふ)
首渡(くびわたし)S1001寿永(じゆえい)(じゆゑい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)(にんぐわつ)七日(なぬかのひ)、摂津国(つのくに)一(いち)の谷(たに)にてうた【討た】
れし平氏(へいじ)の頸(くび)ども、十二日(じふににち)に宮(みや)こ【都】へいる【入る】。平
家(へいけ)にむすぼほれたる人々(ひとびと)は、我(わが)方(かた)ざまにいかな
るうき目(め)をかみ【見】んずらんと、なげきあひかなし
みあへ【合へ】り。なかにも大覚寺(だいかくじ)にかくれゐ給(たま)へる
小松(こまつの)三位(さんみの)(さんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の北(きた)の方(かた)、ことさら
おぼつかなく思(おも)はれける。「今度(こんど)一谷(いちのたに)にて一門(いちもん)の
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人々(ひとびと)のこりすくなううた【討た】れ給(たま)ひ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)と
いふ公卿(くぎやう)一人(いちにん)、いけどりにせられてのぼるなり」と
きき給(たま)ひ、「この人(ひと)はなれ【離れ】じ物(もの)を」とて、ひきか
づきてぞふし給(たま)ふ。或(ある)女房(にようばう)のいできて申(まうし)けるは、
「三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)と申(まうす)は、これの御事(おんこと)にてはさぶら
はず。本三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)の御事(おんこと)なり」と申(まうし)ければ、
「さては頸(くび)どものなか【中】にこそあるらめ」とて、なを(なほ)【猶】心(こころ)
やすうもおもひ【思ひ】給(たま)はず。同(おなじき)十三日(じふさんにち)、大夫(たいふの)判官(はんぐわん)
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仲頼(なかより)、六条河原(ろくでうかはら)にいでむか(ッ)【向つ】て、頸(くび)どもうけ【受け】とる【取る】。
東洞院(ひがしのとうゐん)(ひ(ン)がしのとうゐん)の大路(おほち)P2238を北(きた)へわたして獄門(ごくもん)の木(き)に
かけらるべきよし、蒲(がまの)冠者(くわんじや)範頼(のりより)・九郎(くらう)冠者(くわんじや)
義経(よしつね)奏聞(そうもん)す。法皇(ほふわう)(ほうわう)、此(この)条(でう)いかがあるべからんと
おぼしめし【思し召し】わづらひて、太政(だいじやう)大臣(だいじん)・左右(さう)の大臣(だいじん)・
内大臣(ないだいじん)・堀河(ほりかはの)大納言(だいなごん)忠親卿(ただちかのきやう)に仰(おほせ)あはせらる。五人(ごにん)
の公卿(くぎやう)申(まう)されけるは、「昔(むかし)より卿相(けいしやう)の位(くらゐ)にのぼる
物(もの)の頸(くび)、大路(おほち)をわたさるる事(こと)先例(せんれい)なし。
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就中(なかんづく)此(この)輩(ともがら)は、先帝(せんてい)の御時(おんとき)、戚里(せきり)の臣(しん)として
久(ひさ)しく朝家(てうか)につかうまつる。範頼(のりより)・義経(よしつね)が申状(まうしじやう)(まうしでう)、
あながち御許容(ごきよよう)あるべからず」と、おのおの一同(いちどう)に
申(まう)されければ、渡(わた)さるまじきにてあり【有り】けるを、
範頼(のりより)・義経(よしつね)かさねて奏聞(そうもん)しけるは、「保元(ほうげん)の
昔(むかし)をおもへ【思へ】ば、祖父(そぶ)為義(ためよし)があた、平治(へいぢ)(へいじ)のいにしへ
を案(あん)ずれば、ちち義朝(よしとも)がかたき也(なり)。君(きみ)の御(おん)いき
どをり(いきどほり)【憤り】をやすめたてまつり【奉り】、父祖(ふそ)の恥(はぢ)をきよ
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めんがために、命(いのち)をすてて朝敵(てうてき)をほろぼす。
今度(こんど)平氏(へいじ)の頸(くび)ども大路(おほち)をわたされずは、
自今(じごん)以後(いご)なんのいさみあ(ッ)てか凶賊(きようぞく)(けうぞく)をしりぞ
けんや」と、両人(りやうにん)頻(しきり)にう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうす)あひだ、法皇(ほふわう)(ほうわう)ちか
らおよば【及ば】せ給(たま)はで、つゐに(つひに)【遂に】わたされけり。みる【見る】人(ひと)
いくらといふかずをしらず。帝闕(ていけつ)に袖(そで)をつらねし
いにしへは、おぢをそるる(おそるる)【恐るる】輩(ともがら)おほかり【多かり】き。巷(ちまた)(チマタ)に
かうべをわたさるる今(いま)は、あはれみかなしまずと
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いふ事(こと)なし。小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の若君(わかぎみ)、
六代御前(ろくだいごぜん)につきたてま(ッ)【奉つ】たる斎藤五(さいとうご)、斎藤六(さいとうろく)、
あまりのおぼつかなさに、さまをやつしてみ
ければ、頸(くび)どもは見(み)しりたP2239てま(ッ)たれども、三位(さんみの)
中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)の御頸(おんくび)は見(み)え給(たま)はず。されどもあまりに
かなしくて、つつむにたへ【堪へ】ぬ涙(なみだ)のみしげかり
ければ、よその人目(ひとめ)もおそろしさ【恐ろしさ】に、いそぎ大覚寺(だいかくじ)
へぞまひり(まゐり)【参り】ける。北方(きたのかた)「さて、いかにやいかに」ととひ
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給(たま)へば、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)には、備中(びつちゆうの)(びつちうの)守殿(かみどの)の御頸(おんくび)ばか
りこそみえ【見え】させ給(たま)ひ候(さうらひ)つれ。其(その)外(ほか)はそんぢやう
その頸(くび)、その御頸(おんくび)」と申(まうし)ければ、「いづれも人(ひと)のうへ
ともおぼえず」とて、涙(なみだ)にむせび給(たま)ひけり。ややあ(ッ)て、
斎藤五(さいとうご)涙(なみだ)ををさへ(おさへ)て申(まうし)けるは、「この一両年(いちりやうねん)
はかくれゐ候(さうらひ)て、人(ひと)にもいたくみしられ候(さうら)はず。いま
しばらくも見(み)まいらす(まゐらす)【参らす】べう候(さうらひ)つれども、よにくはしう
案内(あんない)しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる物(もの)の申(まうし)候(さうらひ)つるは、「小松殿(こまつどの)の
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君達(きんだち)は、今度(こんど)の合戦(かつせん)には、播磨(はりま)と丹波(たんば)のさかゐ(さかひ)【境】
で候(さうらふ)なるみくさ【三草】の山(やま)をかためさせ給(たまひ)て候(さうらひ)けるが、
九郎(くらう)義経(よしつね)にやぶられて、新三位(しんざんみの)(しんざんゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)・小松(こまつの)
少将殿(せうしやうどの)・丹後(たんごの)侍従殿(じじゆうどの)(じじうどの)は播磨(はりま)の高砂(たかさご)より御舟(おふね)
にめし【召し】て、讃岐(さぬき)の八島(やしま)へわたらせ給(たまひ)て候(さうらふ)也(なり)。何(なに)と
してはなれ【離れ】させ給(たまひ)て候(さうらひ)けるやらん、御兄弟(ごきやうだい)の御(おん)
なかには、備中(びつちゆうの)(びつちうの)守殿(かみどの)ばかり一谷(いちのたに)にてうた【討た】れさせ
給(たまひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)ものにこそあひ【逢ひ】て候(さうらひ)つれ。「さて小松(こまつの)
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三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)の御事(おんこと)はいかに」ととひ候(さうらひ)つれば、「それ
はいくさ【軍】以前(いぜん)より大事(だいじ)の御(おん)いたはりとて、八島(やしま)
に御渡(おんわたり)候(さうらふ)あひだ、このたびはむかは【向は】せ給(たまひ)候(さうら)はず」と、
こまごまとこそ申(まうし)候(さうらひ)つれ」と申(まうし)ければ、「それもわ
れら【我等】が事(こと)をあまりにおもひ【思ひ】なげP2240き給(たま)ふが、病(やまひ)
となりたるにこそ。風(かぜ)のふく日(ひ)は、けふもや舟(ふね)に
のり給(たまふ)らんと肝(きも)をけし、いくさ【軍】といふ時(とき)は、ただ
いまもやうた【討た】れ給(たまふ)らんと心(こころ)をつくす。ましてさや
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うのいたはりなんど(など)をも、たれか心(こころ)やすうもあ
つかひたてまつる【奉る】べき。くはしうきかばや」との給(たま)へば、
若君(わかぎみ)・姫君(ひめぎみ)、「など、なんの御(おん)いたはりとはとは【問は】ざり
けるぞ」とのたまひけるこそ哀(あはれ)なれ。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)
もかよふ心(こころ)なれば、「宮(みや)こ【都】にいかにおぼつかなく
おもふ【思ふ】らん。頸(くび)どものなか【中】にはなくとも、水(みづ)におぼ
れてもしに、矢(や)にあた(ッ)てもうせぬらん。この世(よ)に
ある物(もの)とはよもおもは【思は】じ。露(つゆ)の命(いのち)のいまだなが
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らへ【永らへ】たるとしら【知ら】せたてまつらばや」とて、侍(さぶらひ)一人(いちにん)
したて【仕立て】て宮(みや)こ【都】へのぼせられけり。三(みつ)の文(ふみ)をぞ
かかれける。まづ北方(きたのかた)への御(おん)ふみ【文】には、「宮(みや)こ【都】にはかた
きみちみちて、御身(おんみ)ひとつのおきどころだにあ
らじに、おさなき(をさなき)【幼き】物(もの)どもひきぐし【具し】て、いかにか
なしう【悲しう】おぼすらん。これへむかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】て、ひと
ところ【一所】でいかにもならばやとはおもへ【思へ】ども、我(わが)身(み)
こそあらめ、御(おん)ため心(こころ)ぐるしくて」な(ン)ど(など)こまごまと
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かきつづけ、おくに一首(いつしゆ)の歌(うた)ぞあり【有り】ける。
いづくともしらぬ逢(あふ)せのもしほ草(ぐさ)
かきをく(おく)【置く】跡(あと)をかたみとも見(み)よ W073
おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の御(おん)もとへは、「つれづれをばいかにして
かなぐさ【慰】み給(たまふ)らん。いP2241そぎむかへ【向へ】とらんずるぞ」
と、こと葉(ば)もかはらずかいてのぼせられけり。この
御(おん)ふみ【文】どもを給(たま)は(ッ)て、つかひ【使ひ】宮(みや)こ【都】へのぼり、北方(きたのかた)に
御文(おんふみ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、今(いま)さら又(また)なげきかな
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しみ給(たま)ひけり。つかひ【使ひ】四五日(しごにち)候(さうらひ)て、いとま申(まうす)。北方(きたのかた)
なくなく御返事(おんぺんじ)かき給(たま)ふ。若公(わかぎみ)姫君(ひめぎみ)筆(ふで)をそめ【染め】
て、「さてちち【父】御(ご)ぜんの御返事(おんぺんじ)はなにと申(まうす)べきや
らん」ととひ給(たま)へば、「ただともかうも、わ御(ご)ぜんたち
のおもは【思は】んやうに申(まうす)べし」とこその給(たま)ひけれ。
「などやいままでむかへ【向へ】させ給(たま)はぬぞ。あまりに恋(こひ)
しく思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。とくとくむかへ【向へ】させ給(たま)へ」
と、おなじこと葉(ば)にぞかかれたる。この御(おん)ふみ【文】
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どもを給(たま)は(ッ)て、つかひ【使ひ】八島(やしま)にかへりまいる(まゐる)【参る】。三位(さんみの)中
将(ちゆうじやう)(ちうじやう)、まづおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の御文(おんふみ)を御(ご)らんじてこそ、いよいよ
せんかたなげにはみえ【見え】られけれ。「抑(そもそも)これより穢土(ゑど)
を厭(いとふ)にいさみなし。閻浮愛執(えんぶあいしふ)(ゑんぶあいしう)の綱(つな)つよければ、浄土(じやうど)
をねがふも物(もの)うし。ただこれよりやまづたひ【山伝ひ】
に宮(みや)こ【都】へのぼ(ッ)て、恋(こひ)しきものどもをいま一度(いちど)
みもし、見(み)えての後(のち)、自害(じがい)をせんにはしかじ」とぞ、
なくなくかたり給(たま)ひける。内裏女房(だいりにようばう)S1002 P2242同(おなじき)十四日(じふしにち)、いけどり【生捕り】本三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)
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中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)、六条(ろくでう)を東(ひがし)(ひ(ン)がし)へわたされけり。小(こ)八葉(はちえふ)(はちよう)
の車(くるま)に先後(ぜんご)の簾(すだれ)をあげ、左右(さう)の物見(ものみ)をひらく。
土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)実平(さねひら)、木蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)に小具足(こぐそく)ばかり
して、随兵(ずいびやう)卅余騎(さんじふよき)、車(くるま)の先後(ぜんご)にうちかこ(ン)で守
護(しゆご)したてまつる。京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)の貴賎(きせん)これをみて、「あないと
をし(いとほし)、いかなる罪(つみ)のむくひぞや。いくらもまします
君達(きんだち)のなかに、かくなり給(たま)ふ事(こと)よ。入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)にも
二位殿(にゐどの)にも、おぼえの御子(おんこ)にてましまひ(ましまい)しかば、
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御一家(ごいつか)の人々(ひとびと)もおもき【重き】事(こと)におもひ【思ひ】たてまつ
り【奉り】給(たま)ひしぞかし。院(ゐん)へも内(うち)へもまひり(まゐり)【参り】給(たま)ひし時(とき)
は、老(おい)たるも若(わかき)も、ところ【所】ををき(おき)、もてなしたて
まつり【奉り】給(たま)ひし物(もの)を。これは南都(なんと)をほろぼし
給(たま)へる伽藍(がらん)の罰(ばち)にこそ」と申(まうし)あへ【合へ】り。河原(かはら)まで
わたされて、かへ(ッ)【帰つ】て、故(こ)中御門(なかのみかど)藤(とうの)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)家成卿(かせいのきやう)の
八条堀川(はつでうほりかは)の御(み)だう【堂】にすゑたてま(ッ)【奉つ】て、土肥(とひの)(といの)二郎【*次郎】(じらう)
守護(しゆご)したてまつる【奉る】。院(ゐんの)御所(ごしよ)より御使(おんつかひ)に蔵人(くらんどの)
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左衛門(さゑもんの)権佐(ごんのすけ)定長(さだなが)、八条堀河(はつでうほりかは)へむかは【向は】れけり。赤衣(せきい)
にて剣笏(けんしやく)をぞ帯(たい)したりける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)は紺
村滋(こむらご)の直垂(ひたたれ)に、立烏帽子(たてえぼし)(たてゑぼし)ひきたてておはし
ます。日(ひ)ごろは何(なに)ともおもは【思は】れざりし定長(さだなが)を、
いまは冥途(めいど)にて罪人共(ざいにんども)が冥官(みやうくわん)に逢(あ)へる心地(ここち)
ぞせられける。仰下(おほせくだ)されけるは、「八島(やしま)へかへりたくは、
一門(いちもん)のなかへいひ【言ひ】おく(ッ)【送つ】て、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を宮(みや)こ【都】へ
返(かへ)しいれ【入れ】たてまつれ【奉れ】。しからば八島(やしま)へかへさ【返さ】るべしと
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の御気色(ごきしよく)で候(さうらふ)」と申(まうす)。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)申(まう)されけるは、「重
衡(しげひら)千P2243人(せんにん)万人(まんにん)が命(いのち)にも、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)をかへ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとは、内府(だいふ)以下(いげ)一門(いちもん)の物共(ものども)、一人(いちにん)もよも
申(まうし)候(さうら)はじ。もし女性(によしやう)にて候(さうら)へば、母儀(ぼぎ)の二品(にほん)なんど(など)
やさも申(まうし)候(さうら)はんずらん。さは候(さうら)へども、居(ゐ)ながら院
宣(ゐんぜん)をかへしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん事(こと)、其(その)おそれ【恐れ】も候(さうら)へば、申(まうし)
おく(ッ)【送つ】てこそみ候(さうら)はめ」とぞ申(まう)されける。御使(おんつかひ)は
平三左衛門(へいざうざゑもん)重国(しげくに)、御坪(おつぼ)の召次(めしつぎ)花方(はなかた)とぞき
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こえ【聞え】し。私(わたくし)のふみはゆるさ【許さ】れねば、人々(ひとびと)のもとへも
詞(ことば)にて事(こと)づけ給(たま)ふ。北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)へも御詞(おんことば)にて
申(まう)されけり。「旅(たび)のそらにても、人(ひと)はわれになぐさみ、
我(われ)は人(ひと)になぐさみたてまつり【奉り】しに、ひき別(わかれ)て後(のち)、
いかにかなしう【悲しう】おぼすらん。「契(ちぎり)はくちせぬ物(もの)」と申(まう)
せば、後(のち)の世(よ)にはかならず【必ず】むまれ【生れ】逢(あひ)たてまつらん」と、
なくなく【泣く泣く】ことづけ給(たま)へば、重国(しげくに)も涙(なみだ)ををさへ(おさへ)てたち
にけり。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の年(とし)ごろめし【召し】つかは【使は】れける侍(さぶらひ)に、
P10022
木工(もくの)右馬允(むまのじよう)(むまのぜう)知時(ともとき)といふものあり。八条[B ノ](はつでうの)女院(にようゐん)に候(さうらひ)
けるが、土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)がもとにゆきむか(ッ)【向つ】て、「これは中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)
に先年(せんねん)めし【召し】つかは【使は】れ候(さうらひ)しそれがし【某】と申(まうす)物(もの)にて
候(さうらふ)が、西国(さいこく)へも御共(おんとも)仕(つかまつる)べきよし存(ぞんじ)候(さうらひ)しかども、八条[B ノ](はつでうの)
女院(にようゐん)に兼参(けんざん)の物(もの)にて候(さうらふ)あひだ、ちからおよば【及ば】でま
かりとどま(ッ)て候(さうらふ)が、けふ大路(おほち)でみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へば、目(め)もあて
られず、いとをしう(いとほしう)おもひたてまつり【奉り】候(さうらふ)。しかる【然る】
べう候者(さうらはば)、御(おん)ゆるされ【許され】を蒙(かうぶり)て、ちかづき【近付き】まひり(まゐり)【参り】候(さうらひ)て、
P10023
今(いま)一度(いちど)見参(げんざん)にいり、昔(むかし)がたりをも申(まうし)て、なぐ
さめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)。させるP2244弓矢(ゆみや)とる身(み)で
候(さうら)はねば、いくさ【軍】合戦(かつせん)の御供(おんとも)を仕(つかまつり)たる事(こと)も候(さうら)はず、
ただあさゆふ祗候(しこう)せしばかりで候(さうらひ)き。さり
ながら、猶(なほ)(なを)おぼつかなうおぼしめし【思し召し】候者(さうらはば)、腰(こし)の
刀(かたな)をめし【召し】おかれて、まげて御(おん)ゆるされ【許され】を蒙(かうぶり)候(さうらは)ばや」
と申(まう)せば、土肥(とひの)(といの)次郎(じらう)なさけあるおのこ(をのこ)【男】にて、「御一
身(ごいつしん)ばかりは何事(なにごと)か候(さうらふ)べき。さりながらも」とて、腰(こし)
P10024
の刀(かたな)をこひ【乞ひ】と(ッ)ていれ【入れ】て(ン)げり。右馬允(むまのじよう)(むまのぜう)なのめならず
悦(よろこび)て、いそぎまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てみたてまつれ【奉れ】ば、誠(まこと)に思(おも)ひいれ【入れ】
給(たま)へるとおぼしくて、御(おん)すがたもいたくしほれ(しをれ)【萎れ】
かへ(ッ)【返つ】てゐたまへる御(おん)ありさまをみたてまつる【奉る】に、知時(ともとき)
涙(なみだ)もさらにおさへがたし。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)もこれを
御(ご)らんじて、夢(ゆめ)に夢(ゆめ)みる【見る】心地(ここち)して、とかうの事(こと)も
のたまはず。ただなく【泣く】より外(ほか)の事(こと)ぞなき。やや
久(ひさ)しうあ(ッ)て、昔(むかし)いまの物語(ものがたり)どもし給(たま)ひて後(のち)、
P10025
「さてもなんぢして物(もの)いひ【言ひ】し人(ひと)は、いまだ内裏(だいり)
にとやきく」。「さこそうけ給(たまはり)候(さうら)へ」。「西国(さいこく)へくだりし
時(とき)、ふみをもやらず、いひおく事(こと)だになかりし
を、世々(よよ)の契(ちぎり)はみないつはりにてあり【有り】けりとお
もふ【思ふ】らんこそはづかしけれ。ふみ【文】をやらばやと
思(おもふ)は。たづね【尋ね】てゆきてんや」との給(たま)へば、「御(おん)ふみ【文】を給(たま)は(ッ)て
まいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と申(まうす)。中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、や
がてかい【書い】てぞたう【賜う】だりける。守護(しゆご)の武士(ぶし)ども
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「いかなる御(おん)ふみ【文】にて候(さうらふ)やらん。いだしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】じ」と
申(まうす)。中将(ちゆうじやう)「みせよ【見せよ】」との給(たま)へば、みせ【見せ】て(ン)げり。「くるしう【苦しう】
候(さうらふ)まじ」とてとらせけり。知P2245時(ともとき)も(ッ)て内裏(だいり)へま
いり(まゐり)【参り】たりけれども、ひるは人(ひと)めのしげければ、その
へんちかき小屋(せうをく)(せうおく)に立入(たちいり)て日(ひ)をくらし、局(つぼね)の
下口(しもぐち)へんにたたず(ン)できけば、この人(ひと)のこゑ【声】と
おぼしくて、「いくらもある人(ひと)のなかに、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)
しもいけどり【生捕り】にせられて、大路(おほち)をわたさるる
P10027
事(こと)よ。人(ひと)はみな奈良(なら)をやきたる罪(つみ)のむくひ
といひあへ【合へ】り。中将(ちゆうじやう)もさぞいひし。「わが心(こころ)におこ(ッ)て
はやかねども、悪党(あくたう)おほかり【多かり】しかば、手々(てんで)(て(ン)で)に火(ひ)を
はな(ッ)て、おほく【多く】の堂塔(だうたふ)(だうたう)をやきはらふ。末[M 「未」とありミセケチ「末(スエ)」と傍書](すゑ)の露(つゆ)本(もと)の
しづくとなるなれば、われ一人(いちにん)が罪(つみ)にこそならんずら
め」といひしが、げにさとおぼゆる」とかきくどき、さ
めざめとぞなか【泣か】れける。右馬允(むまのじよう)(むまのぜう)「これにもおもは【思は】れ
けるものを」といとをしう(いとほしう)おぼえて、「物(もの)申(ものまう)さう」どいへば、
P10028
「いづくより」ととひ給(たま)ふ。「三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)より御文(おんふみ)の候(さうらふ)」と
申(まう)せば、年(とし)ごろははぢてみえ【見え】給(たま)はぬ女房(にようばう)の、せめ
ての思(おも)ひのあまりにや、「いづらやいづら」とてはしり【走り】
いで【出で】て、手(て)づからふみをと(ッ)てみ【見】給(たま)へば、西国(さいこく)よりとら
れてありしありさま、けふあすともしらぬ身(み)
のゆくゑ(ゆくへ)【行方】な(ン)ど(など)こまごまとかきつづけ、おくには一
首(いつしゆ)の歌(うた)ぞあり【有り】ける。
涙河(なみだがは)うき名(な)をながす身(み)なりとも
P10029
いま一(ひと)たびの逢(あふ)せともがな W074
女房(にようばう)これをみ【見】給(たま)ひて、とかうの事(こと)もの給(たま)はず、
ふみをふところ【懐】にひき入(いれ)て、ただなくより外(ほか)の
事(こと)ぞなき。やや久(ひさ)しうあ(ッ)て、さてもあるべき
ならねば、御(おん)かP2246へり事(ごと)あり。心(こころ)ぐるしういぶせくて、
二(ふた)とせををくり(おくり)【送り】つる心(こころ)のうちをかき給(たま)ひて、
君(きみ)ゆへ(ゆゑ)【故】にわれもうき名(な)をながすとも
そこ【底】のみくづ【水屑】とともになりなん W075
P10030
知時(ともとき)も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。守護(しゆご)の武士(ぶし)ども、又(また)「見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
候(さうら)はん」と申(まう)せば、みせ【見せ】て(ン)げり。「くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」とて
たてまつる【奉る】。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)これをみて、いよいよ
思(おも)ひやまさり給(たま)ひけん、土肥(とひの)(といの)二郎【*次郎】(じらう)にの給(たま)ひ
けるは、「年来(としごろ)あひぐし【具し】たりし女房(にようばう)に、今(いま)一度(いちど)
対〔面〕(たいめん)して、申(まうし)たき事(こと)のあるはいかがすべき」との給(たま)
へば、実平(さねひら)なさけあるおのこ(をのこ)【男】にて、「まこと【誠】に女房(にようばう)な(ン)
ど(など)の御事(おんこと)にてわたらせ給(たまひ)候(さうら)はんは、なじかはくるしう【苦しう】
P10031
候(さうらふ)べき」とてゆるしたてまつる【奉る】。中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)なのめならず
悦(よろこび)て、人(ひと)に車(くるま)か(ッ)【借つ】てむかへ【向へ】につかはし【遣し】たりければ、
女房(にようばう)とりもあへずこれにの(ッ)【乗つ】てぞおはしたる。ゑん(えん)【縁】
に車(くるま)をやりよせて、かくと申(まう)せば、中将(ちゆうじやう)車(くるま)よせ
にいで【出で】むかひ【向ひ】給(たま)ひ、「武士(ぶし)どものみ【見】たてまつる【奉る】に、おり
させ給(たまふ)べからず」とて、車(くるま)の簾(すだれ)をうちかづき、手(て)に
手(て)をとりくみ、かほにかほをおしあてて、しばしは
物(もの)もの給(たま)はず、ただなくより外(ほか)の事(こと)ぞなき。
P10032
やや久(ひさ)しうあ(ッ)て中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の給(たま)ひけるは、「西国(さいこく)へくだ
りし時(とき)、今(いま)一度(いちど)みまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たう候(さうらひ)しかども、おほ
かたの世(よ)のさはがしさ(さわがしさ)【騒がしさ】に、申(まうす)べきたよりもなく
てまかりくだり候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)はいかにもして御(おん)ふみ【文】
をもまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、P2247御(おん)かへり事(ごと)をもうけ給(たま)はり【承り】たう
候(さうらひ)しかども、心(こころ)にまかせぬ旅(たび)のならひ【習ひ】、あけくれ
のいくさ【軍】にひまなくて、むなしくとし月(つき)をおく
り【送り】候(さうらひ)き。いま又(また)人(ひと)しれぬありさまをみ候(さうらふ)は、ふた
P10033
たびあひみたてまつる【奉る】べきで候(さうらひ)けり」とて、袖(そで)を
かほにおしあてて、うつぶしにぞなられける。たがひの
心(こころ)のうち、おしはかられてあはれ【哀】也(なり)。かくてさ夜(よ)も
なか半(ば)になりければ、「この比(ごろ)は大路(おほち)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)に候(さうらふ)に、
とうとう【疾う疾う】」とてかへしたてまつる【奉る】。車(くるま)やりいだせば、
中将(ちゆうじやう)別(わかれ)の涙(なみだ)ををさへ(おさへ)て、なくなく【泣く泣く】袖(そで)をひかへつつ、
逢(あふ)ことも露(つゆ)の命(いのち)ももろともに
こよひばかりやかぎりなるらん W076
P10034
女房(にようばう)なみだををさへ(おさへ)つつ、
かぎりとてたちわかるれば露(つゆ)の身(み)の
君(きみ)よりさきにきえぬべきかな W077
さて女房(にようばう)は内裏(だいり)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)ひぬ。其(その)後(のち)は守護(しゆご)
の武士(ぶし)どもゆるさねば、ちからおよば【及ば】ず、時々(ときどき)御文(おんふみ)
ばかりぞかよひける。この女房(にようばう)と申(まう)すは、民部
卿(みんぶきやうの)入道(にふだう)(にうだう)親範(ちかのり)のむすめ也(なり)。みめかたち世(よ)にすぐ
れ、なさけふかき人(ひと)也(なり)。されば中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)、南都(なんと)へ
P10035
わたされてきられ給(たまひ)ぬときこえ【聞え】しかば、や
がてさまをかへ、こき墨染[* 「黒染」と有るのを高野本により訂正](すみぞめ)にやつれはて、彼(かの)後世
菩提(ごせぼだい)をとぶらはれけるこそ哀(あはれ)なれ。P2248八島院宣(やしまゐんぜん)S1003さるほど【程】に、
平三左衛門(へいざうざゑもん)重国(しげくに)、御坪(おつぼ)のめしつぎ花方(はなかた)、八島(やしま)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て院宣(ゐんぜん)をたてまつる【奉る】。おほいとの以下(いげ)一門(いちもん)の
月卿(げつけい)雲客(うんかく)よりあひ給(たま)ひて、院宣(ゐんぜん)をひらかれ
けり。一人(いちじん)聖体(せいてい)、北闕(ほつけつ)の宮禁(きゆうきん)(きうきん)をいで【出で】て、諸州(しよしう)に幸(かう)じ、
三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)、南海(なんかい)・四国(しこく)にうづもれて数年(すねん)をふ【経】、
P10036
尤(もつと)も朝家(てうか)のなげき、亡国(ばうこく)の基(もとゐ)(もとい)也(なり)。抑(そもそも)彼(かの)重衡
卿(しげひらのきやう)は、東大寺(とうだいじ)焼失(ぜうしつ)の逆臣(げきしん)也(なり)。すべからく頼朝(よりともの)
朝臣(あそん)(あつそん)申請(まうしうく)る旨(むね)にまかせて、死罪(しざい)におこなはるべし
といへども、独(ひと)り親族(しんぞく)にわかれて、已(すで)にいけどり【生捕り】と
なる。籠鳥(ろうてう)雲(くも)を恋(こふ)るおもひ【思ひ】、遥(はるか)に千里(せんり)の南
海(なんかい)にうかび、帰雁(きがん)友(とも)を失(うしな)ふ心(こころ)、さだめて九重(きうちよう)(きうてう)の
中途(ちゆうと)(ちうと)に通(とう)ぜんか。しかれば則(すなはち)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を
かへし入(いれ)たてまつら【奉ら】んにおひて(おいて)は、彼(かの)卿(きやう)を寛宥(くわんいう)(くわんゆう)
P10037
せらるべき也(なり)。者(てへれば)院宣(ゐんぜん)かくのごとし。仍(よつて)執達(しつたつ)如
件(くだんのごとし)。寿永(じゆえい)(じゆゑい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)(にんぐわつ)十四日(じふしにち)大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)が
うけ給(たま)はり【承り】進上(しんじやう)平(へい)大納言殿(だいなごんどの)へとぞかかれたる。P2249
請文(うけぶみ)S1004大臣殿(おほいとの)・平(へい)大納言(だいなごん)のもとへは院宣(ゐんぜん)のおもむき【趣】を
申(まうし)給(たま)ふ。二位殿(にゐどの)へは御(おん)ふみ【文】こまごまとかいてまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】られたり。「いま一度(いちど)御(ご)らんぜんとおぼしめし【思し召し】
候(さうら)はば、内侍所(ないしどころ)の御事(おんこと)を大臣殿(おほいとの)によくよく申(まう)
させをはしませ(おはしませ)。さ候(さうら)はでは、この世(よ)にてげんざんに入(いる)
P10038
べしとも覚(おぼえ)候(さうら)はず」な(ン)ど(など)ぞかかれたる。二位殿(にゐどの)は
これをみ【見】給(たま)ひて、とかうの事(こと)もの給(たま)はず、ふみを
ふところ【懐】にひき【引き】いれ【入れ】て、うつぶしにぞなられける。
まこと【誠】に心(こころ)のうち、さこそはをはし(おはし)けめとおし
はから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。さる程(ほど)に、平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)
をはじめとして、平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)より
あひ給(たま)ひて、御請文(おんうけぶみ)(おんうけふみ)のおもむき【趣】僉議(せんぎ)せらる。
二位殿(にゐどの)は中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)のふみをかほにおしあてて、人々(ひとびと)の
P10039
なみゐたまへるうしろの障子(しやうじ)をひきあけて、
大臣殿(おほいとの)の御(おん)まへにたをれ(たふれ)【倒れ】ふし、なくなく【泣く泣く】の給(たま)ひける
は、「あの中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)が京(きやう)よりいひをこし(おこし)【遣こし】たる事(こと)のむ
ざんさよ。げにも心(こころ)のうちにいかばかりの事(こと)を
思(おも)ひゐたるらん。ただわれにおもひ【思ひ】ゆるして、
内侍所(ないしどころ)を宮(みや)こ【都】へかへしいれ【入れ】たてまつれ【奉れ】」との給(たま)へば、
大臣殿(おほいとの)「誠(まこと)に宗盛(むねもり)もさこそは存(ぞんじ)候(さうら)へども、さすが
世(よ)のきこへ(きこえ)【聞え】もいふかい(かひ)なう候(さうらふ)。且(かつ)(かつ(ウ))は頼朝(よりとも)がおもは【思は】ん
P10040
事(こと)もはづかしう候(さうら)へば、左右(さう)なう内侍所(ないしどころ)をかへ
し入(いれ)たてまつる【奉る】事(こと)はかなひ【叶ひ】P2250候(さうらふ)まじ。其(その)うへ、帝王(ていわう)
の世(よ)をたもた【保た】せ給(たま)ふ御事(おんこと)は、ひとへに内侍所(ないしどころ)の
御(おん)ゆへ(ゆゑ)【故】也(なり)。子(こ)のかなしいも様(やう)にこそより候(さうら)へ。且(かつ)(かつ(ウ))は
中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)一人(いちにん)に、余(よ)の子(こ)ども、したしゐ(したしい)【親しい】人々(ひとびと)をば、さて
おぼしめし【思し召し】かへ【替へ】させ給(たまふ)べき歟(か)」と申(まう)されければ、
二位殿(にゐどの)かさねてのたまひけるは、「故(こ)入道(にふだう)(にうだう)にお
くれて後(のち)は、かた時(とき)も命(いのち)いきてあるべしともお
P10041
もは【思は】ざりしかども、主上(しゆしやう)かやうにいつとなく
旅(たび)だたせ給(たま)ひたる御事(おんこと)の御心(おんこころ)ぐるしさ、又(また)君(きみ)を
も御代(みよ)にあらせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやな(ン)ど(など)おもふ【思ふ】ゆへ(ゆゑ)【故】に
こそ、いままでもながらへ【永らへ】てありつれ。中将(ちゆうじやう)一(いち)の
谷(たに)で生(いけ)どりにせられぬとききし後(のち)は、肝(きも)
たましゐ(たましひ)【魂】も身(み)にそはず。いかにしてこの世(よ)にて
いま一度(いちど)あひみる【見る】べきとおもへども、夢(ゆめ)にだに
みえ【見え】ねば、いとどむねせきて、ゆみづ【湯水】ものどへ
P10042
入(いれ)られず。いまこのふみをみて後(のち)は、いよいよ思(おも)ひ
やりたる方(かた)もなし。中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)世(よ)になき物(もの)ときかば、
われも同(おなじ)みちにおもむか【赴か】んと思(おも)ふ也(なり)。ふたたび
物(もの)をおもは【思は】ぬさきに、ただわれをうしなひ【失ひ】
給(たま)へ」とて、おめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】給(たま)へば、まこと【誠】にさこそは
おもひ【思ひ】給(たま)ふらめと哀(あはれ)におぼえて、人々(ひとびと)涙(なみだ)をながし
つつ、みなふしめ【伏目】にぞなられける。新中納言(しんぢゆうなごん)(しんぢうなごん)
知盛(とももり)の意見(いけん)に申(まう)されけるは、「三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を
P10043
都(みやこ)へかへし入(いれ)たてま(ッ)【奉つ】たりとも、重衡(しげひら)をかへし
給(たま)はらん事(こと)ありがたし。ただはばかりなくその様(やう)
を御請文(おんうけぶみ)に申(まう)さるべうや候(さうらふ)らん」と申(まう)されけれ
ば、大臣殿(おほいとの)「此(この)儀(ぎ)尤(もつと)もしかる【然る】べし」とP2251て、御請文(おんうけぶみ)申(まう)
されけり。二位殿(にゐどの)はなくなく【泣く泣く】中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の御(おん)かへり事(ごと)
かき給(たま)ひけるが、涙(なみだ)にくれて筆(ふで)のたてどもお
ぼえねども、心(こころ)ざしをしるべにて、御文(おんふみ)こまごまと
かいて、重国(しげくに)にたび【賜び】にけり。北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)は、
P10044
ただなくより外(ほか)の事(こと)なくて、つやつや御(おん)かへり
事(ごと)もしたまはず。誠(まこと)に御心(おんこころ)のうちさこそは思(おも)ひ
給(たま)ふらめと、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。重国(しげくに)も狩衣(かりぎぬ)の
袖(そで)をしぼりつつ、なくなく【泣く泣く】御(おん)まへをまかりたつ。平(へい)
大納言(だいなごん)時忠(ときただ)は、御坪(おつぼ)のめし次(つぎ)花方(はなかた)をめし【召し】て、
「なんぢは花方(はなかた)歟(か)」。「さん候(ざうらふ)」。「法皇(ほふわう)(ほうわう)の御使(おんつかひ)におほく【多く】
の浪路(なみぢ)をしのいでこれまでまひり(まゐり)【参り】たるに、
一期(いちご)が間(あひだ)(あいだ)のおもひでひとつあるべし」とて、花
P10045
方(はなかた)がつら【頬】に「浪方(なみかた)」といふやいじるし【焼印】お(を)ぞせ
られける。宮(みや)こ【都】へのぼりたりければ、法皇(ほふわう)(ほうわう)これを
御(ご)らんじて、「よしよしちからおよば【及ば】ず。浪方(なみかた)ともめせ【召せ】
かし」とて、わらは【笑は】せおはします。今月(こんぐわつ)(こんぐわち)十四日(じふしにち)の院
宣(ゐんぜん)、同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)讃岐国(さぬきのくに)八島(やしま)の磯(いそ)に致来(たうらい)。謹(つつしんで)以(もつて)(も(ツ)て)承(うけたまは)
るところ如件(くだんのごとし)。
ただしこれにつゐ(つい)【付い】てかれを案(あん)ずるに、通盛卿(みちもりのきやう)
以下(いげ)当家(たうけ)数輩(すはい)、摂州(せつしう)一谷(いちのたに)にして既(すで)に誅(ちゆう)(ちう)せられ
P10046
おは(ン)(をはん)ぬ。何(なん)ぞ重衡(しげひら)一人(いちにん)の寛宥(くわんいう)(くわんゆう)を悦(よろこぶ)べきや。
夫(それ)我(わが)君(きみ)は、故(こ)高倉院(たかくらのゐん)の御譲(おんゆづり)をうけさせ給(たま)ひ
て、御在位(ございゐ)すでに四ケ年(しかねん)、政(まつりご)と堯舜(げうしゆん)の古風(こふう)
をとぶらふところ【所】に、東夷(とうい)北狄(ほくてき)党(たう)をむすび、
群(くん)をなして入洛(じゆらく)のあひだ、且(かつ)(かつ(ウ))は幼P2252帝(えうてい)(ようてい)母后(ぼこう)
の御(おん)なげき尤(もつと)もふかく、且(かつ)(かつ(ウ))は外戚(ぐわいせき)近臣(きんしん)のい
きどをり(いきどほり)【憤り】あさからざるによ(ッ)て、しばらく九
国(くこく)に幸(かう)ず。還幸(くわんかう)なからんにおいては、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)
P10047
いかでか玉体(ぎよくたい)をはなちたてまつる【奉る】べきや。それ臣(しん)は
君(きみ)をも(ッ)てこころとし、君(きみ)は臣(しん)をも(ッ)て体(たい)とす。君(きみ)
やすければすなはち臣(しん)やすく、臣(しん)やすけれ
ばすなはち国(くに)やすし。君(きみ)かみにうれふれば
臣(しん)しもにたのしまず。心中(しんぢゆう)(しんぢう)に愁(うれへ)あれば
体外(ていぐわい)によろこびなし。曩祖(なうそ)平将軍(へいしやうぐん)貞
盛(さだもり)、相馬(さうまの)小次郎(こじらう)将門(まさかど)を追討(ついたう)せしよりこの
かた、東八ケ国(とうはつかこく)をしづめて子々孫々(ししそんぞん)につたへ、
P10048
朝敵(てうてき)の謀臣(ぼうしん)を誅罰(ちゆうばつ)(ちうばつ)して、代々世々(だいだいせせ)にいたる
まで朝家(てうか)の聖運(せいうん)をまもり【守り】たてまつる【奉る】。しかれ
ば則(すなはち)亡父(ばうぶ)故(こ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)、保元(ほうげん)・平治(へいぢ)両度(りやうど)の
合戦(かつせん)の時(とき)、勅命(ちよくめい)ををもう(おもう)【重う】して、私(わたくし)の命(めい)をか
ろう【軽う】す。ひとへに君(きみ)の為(ため)にして、身(み)のために
せず。就中(なかんづく)彼(かの)頼朝(よりとも)は、去(さんぬる)平治(へいぢ)(へいじ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、父(ちち)
左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が謀反(むほん)によ(ッ)て、頻(しきり)に誅罰(ちゆうばつ)(ちうばつ)せ
らるべきよし仰下(おほせくだ)さるといへども、故(こ)入道(にふだう)(にうだう)
P10049
相国(しやうこく)慈悲(じひ)のあまり申(まうし)なだめ【宥め】られしとこ
ろ【所】也(なり)。しかる【然る】に昔(むかし)の洪恩(こうおん)(こうをん)をわすれ、芳意(はうい)を
存(ぞん)ぜず、たちまちに狼羸(らうるい)の身(み)をも(ッ)て猥(みだり)に
蜂起(ほうき)の乱(らん)をなす。至愚[* 「時儀」と有るのを他本により訂正](しぐ)のはなはだしき
事(こと)申(まうし)てあまりあり。早(はや)く神明[* 「神幣」と有るのを他本により訂正](しんめい)の天罰(てんばつ)
をまねき、ひそかに敗跡[* 「拝跡」と有るのを他本により訂正](はいせき)の損滅(そんめつ)を期(ご)する者(もの)
歟(か)。夫(それ)日月(じつげつ)は一物(いちもつ)の為(ため)にそのあきらかなること
をくらうせず。明王(めいわう)は一人(いちにん)がためにその法(ほふ)(ほう)を
P10050
まげず。一悪(いちあく)をも(ッ)て其(その)善(ぜん)ををすてず、P2253小瑕(せうか)を
も(ッ)て其(その)功(こう)をおおふ(おほふ)【覆ふ】事(こと)なかれ。且(かつ)(かつ(ウ))は当家(たうけ)数代(すだい)
の奉公(ほうこう)、且(かつ)(かつ(ウ))は亡父(ばうぶ)数度(すど)の忠節(ちゆうせつ)(ちうせつ)、思食忘(おぼしめしわすれ)ずは
君(きみ)かたじけなく四国(しこく)の御幸(ごかう)あるべき歟(か)。時(とき)に
臣等(しんら)院宣(ゐんぜん)をうけ給(たま)はり、ふたたび旧都(きうと)にかへ(ッ)【帰つ】て
会稽(くわいけい)の恥(はぢ)をすすがん。若(もし)然(しか)らずは、鬼界(きかい)・高
麗(かうらい)・天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)にいたるべし。悲(かなしき)哉(かな)、人王(にんわう)
八十一(はちじふいち)代(だい)の御宇(ぎよう)にあた(ッ)て、我(わが)朝(てう)神代(じんだい)の霊宝(れいほう)、
P10051
つゐに(つひに)【遂に】むなしく異国(いこく)のたからとなさん歟(か)。よ
ろしくこれらのおもむき【趣】をも(ッ)て、しかる【然る】べき様(やう)に
洩(もらし)奏聞(そうもん)せしめ給(たま)へ。宗盛(むねもり)誠恐(せいきやう)頓首(とんじゆ)謹言(きんげん)寿
永(じゆえい)(じゆゑい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)(にんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)従(じゆ)一位(いちゐ)平(たひらの)朝臣(あそん)(あつそん)宗盛(むねもり)が請
文(うけぶみ)とこそかかれたれ。戒文(かいもん)S1005三位(さんみの)(さんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)これをきい【聞い】て、
「さこそはあらんずれ。いかに一門(いちもん)の人々(ひとびと)わるく
おもひけん」と後悔(こうくわい)すれどもかひぞなき。げ
にも重衡卿(しげひらのきやう)一人(いちにん)ををしみて、さしもの我(わが)朝(てう)
P10052
の重宝(ちようほう)(てうほう)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)をかへし【返し】いれ【入れ】たてまつる【奉る】
べしともおぼえねば、この御請文(おんうけぶみ)(おんうけふみ)のおもむき【趣】は、
兼(かね)てよりおもひ【思ひ】まうけ【設け】られたりしかども、いまだ
左右(さう)をP2254申(まう)されざりつる程(ほど)は、なにとなう
いぶせくおもは【思は】れけるに、請文(うけぶみ)すでに到来(たうらい)して、
関東(くわんとう)〔へ〕下向(げかう)せらるべきにさだまりしかば、なん
のたのみ【頼み】もよはり(よわり)【弱り】はてて、よろづ心(こころ)ぼそう、宮(みや)
こ【都】の名残(なごり)も今更(いまさら)おしう(をしう)【惜しう】〔ぞ〕おもは【思は】れける。三位(さんみの)中
P10053
将(ちゆうじやう)(ちうじやう)、土肥(とひの)(といの)二郎【*次郎】(じらう)をめし【召し】て、「出家(しゆつけ)をせばやと思(おも)ふは
いかがあるべき」との給(たま)へば、実平(さねひら)このよしを九郎(くらう)
御曹司(おんざうし)に申(まう)す。院(ゐんの)御所(ごしよ)へ奏聞(そうもん)せられたりけ
れば、「頼朝(よりとも)に見(み)せて後(のち)こそ、ともかうもはからは
め。只今(ただいま)は争(いかで)かゆるすべき」と仰(おほせ)ければ、此(この)よし
を申(まう)す。「さらば年(とし)ごろ契(ちぎり)たりし聖(ひじり)に、今(いま)一
度(いちど)対面(たいめん)して、後生(ごしやう)の事(こと)を申(まうし)談(だん)ぜばやとお
もふ【思ふ】はいかがすべき」との給(たま)へば、「聖(ひじり)をば誰(たれ)と申(まうし)候(さうらふ)や
P10054
らん」。「黒谷(くろだに)の法然房(ほふねんばう)(ほうねんばう)と申(まうす)人(ひと)なり」。「さてはくるし
う【苦しう】候(さうらふ)まじ」とて、ゆるしたてまつる【奉る】。中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)なの
めならず悦(よろこび)て、聖(ひじり)を請(しやう)じたてま(ッ)【奉つ】て、なくなく【泣く泣く】
申(まう)されけるは、「今(この)度(たび)いきながらとらはれて候(さうらひ)けるは、
ふたたび上人(しやうにん)の見参(げんざん)にまかり入(い)るべきで候(さうらひ)
けり。さても重衡(しげひら)が後生(ごしやう)、いかがし候(さうらふ)べき。身(み)
の身(み)にて候(さうらひ)し程(ほど)は、出仕(しゆつし)にまぎれ、政務(せいむ)にほだ
され、■慢【*驕慢】(けうまん)の心(こころ)のみふかくして、かつて当来(たうらい)の昇
P10055
沈(しようちん)(せうちん)をかへりみず。況(いはん)や運(うん)(うむ)つき、世(よ)みだれてより
このかたは、ここにたたかひ【戦ひ】、かしこにあらそひ、人(ひと)
をほろぼし、身(み)をたすからんとおもふ【思ふ】悪心(あくしん)のみ
遮(さへぎり)て、善心(ぜんしん)はかつて発(おこ)(をこ)らず。就中(なかんづく)に南都(なんと)炎
上(えんしやう)の事(こと)、王命(わうめい)といひ、武命(ぶめい)といひ、君(きみ)につ
かへ、世(よ)にしたがふP2255はう(ほふ)【法】のがれ【逃れ】がたくして、衆徒(しゆと)
の悪行(あくぎやう)をしづめんがためにまかりむか(ッ)【向つ】て候(さうらひ)し
程(ほど)に、不慮(ふりよ)に伽藍(がらん)の滅亡(めつぼう)に及(および)(をよび)候(さうらひ)し事(こと)、力(ちから)及(およ)ばぬ
P10056
次第(しだい)にて候(さうら)へども、時(とき)の大将軍(たいしやうぐん)にて候(さうらひ)し上(うへ)は、
せめ一人(いちにん)に帰(き)すとかや申(まうし)候(さうらふ)なれば、重衡(しげひら)一人(いちにん)が
罪業(ざいごふ)(ざいごう)にこそなり候(さうらひ)ぬらめと覚(おぼ)え候(さうらふ)。かつうはか
様(やう)【斯様】に人(ひと)しれずかれこれ恥(はぢ)をさらし候(さうらふ)も、し
かしながらそのむくひとのみこそおもひ【思ひ】しられ
て候(さうら)へ。いまはかしらをそり、戒(かい)をたもち【保ち】なんとし
て、ひとへに仏道(ぶつだう)修行(しゆぎやう)したう候(さうら)へども、かかる
身(み)にまかりな(ッ)て候(さうら)へば、心(こころ)に心(こころ)をもまかせ候(さうら)はず、
P10057
けふあすともしらぬ身(み)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】にて候(さうら)へば、いか
なる行(ぎやう)を修(じゆ)して、一業(いちごふ)(いちごう)たすかるべしともおぼ
えぬこそくちをしう候(さうら)へ。倩(つらつ)ら一生(いつしやう)の化行[* 「犯行」と有るのを高野本により訂正](けぎやう)
をおもふ【思ふ】に、罪業(ざいごふ)(ざいごう)は須弥(しゆみ)よりもたかく、善業(ぜんごふ)(ぜんごう)は
微塵(みぢん)ばかりも蓄(たくは)へなし。かくてむなしく命(いのち)
おはり(をはり)なば、火穴湯(くわけつたう)の苦果(くくわ)、あへて疑(うたがひ)(うたがい)なし。ね
がはくは、上人(しやうにん)慈悲(じひ)ををこし(おこし)【起こし】あはれみを垂(たれ)て、かかる
悪人(あくにん)のたすかりぬべき方法(はうぼふ)(はうぼう)候者(さうらはば)、しめし【示し】
P10058
給(たま)へ」。其(その)時(とき)上人(しやうにん)涙(なみだ)に咽(むせん)で、しばしは物(もの)ものたまはず。
良(やや)久(ひさ)しうあ(ッ)て、「誠(まこと)に受難(うけがた)き人身(にんじん)を受(うけ)ながら、
むなしう三途(さんづ)にかへり給(たま)はん事(こと)、かなしんで
も猶(なほ)(なを)あまりあり。しかる【然る】をいま穢土(ゑど)をいとひ、
浄土(じやうど)をねがは【願は】んに、悪心(あくしん)をすてて善心(ぜんしん)を発(おこ)(をこ)
しまさん事(こと)、三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)もさだめて随喜(ずいき)
し給(たま)ふべし。それについて、出離(しゆつり)のみち【道】まちまち
なりといへども、末法(まつぽふ)(まつぽう)濁乱(じよくらん)の機(き)には、称名(しようみやう)(せうみやう)をもP2256(ッ)て
P10059
すぐれたりとす。心(こころ)ざしを九品(くほん)にわかち、行(ぎやう)を
六字(ろくじ)につづめて、いかなる愚智(ぐち)闇鈍(あんどん)の物(もの)も唱(とな)
ふるに便(たよ)りあり。罪(つみ)ふかければとて、卑下(ひげ)し
給(たま)ふべからず、十悪(じふあく)(じうあく)五逆(ごぎやく)廻心(ゑしん)すれば往生(わうじやう)をとぐ。
功徳(くどく)すくなければとて望(のぞみ)をたつ【絶つ】べからず、一念(いちねん)
十念(じふねん)(じうねん)の心(こころ)を致(いた)せば来迎(らいかう)す。「専称(せんしよう)(せんせう)名号(みやうがう)至(し)西方(さいはう)」
と尺(しやく)して、専(もつぱ)ら名号(みやうがう)を称(しよう)(せう)すれば、西方(さいはう)にいたる。
「念々(ねんねん)称名(しようみやう)(せうみやう)常懺悔(じやうさんげ)」とのべて、念々(ねんねん)に弥陀(みだ)を
P10060
唱(とな)ふれば、懺悔(さんげ)する也(なり)とおしへ(をしへ)【教へ】たり。「利剣(りけん)即
是(そくぜ)弥陀号(みだがう)」をたのめ【頼め】ば、魔閻(まえん)ちかづか【近付か】ず。「一声(いつしやう)称
念(しようねん)(せうねん)罪(ざい)皆除(かいじよ)」と念(ねん)ずれば、罪(つみ)みなのぞけりと見(み)え
たり。浄土宗(じやうどしゆう)(じやうどしう)の至極(しごく)、おのおの略(りやく)を存(ぞん)じて、大
略(たいりやく)これを肝心(かんじん)とす。ただし往生(わうじやう)の得否(とくふ)は信心(しんじん)
の有無(うむ)によるべし。ただふかく信(しん)じてゆめゆめ
疑(うたがひ)をなし給(たま)ふべからず。若(もし)このおしへ(をしへ)【教へ】をふかく信(しん)
じて、行住(ぎやうぢゆう)(ぎやうぢう)坐臥(ざぐわ)時処(じしよ)諸縁(しよえん)をきらはず、三業(さんごふ)(さんごう)
P10061
四威儀(しゐぎ)において、心念(しんねん)口称(くしよう)(くせう)をわすれ給(たま)はずは、畢
命(ひつみやう)を期(ご)として、この苦域(くいき)の界(かい)をいで【出で】て、彼(かの)不退(ふたい)
の土(ど)に往生(わうじやう)し給(たま)はん事(こと)、何(なん)の疑(うたがひ)かあらんや」と教
化(けうげ)し給(たま)ひければ、中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、「この
つゐで(ついで)に戒(かい)をたもた【保た】ばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)は、出家(しゆつけ)仕(つかまつ)り候(さうら)
はではかなひ【叶ひ】候(さうらふ)まじや」と申(まう)されければ、「出家(しゆつけ)せぬ
人(ひと)も、戒(かい)をたもつ【保つ】事(こと)は世(よ)のつねのならひ【習ひ】也(なり)」とて、
額(ひたひ)(ひたい)にかうぞり【髪剃】をあてて、そるまねをして、十戒(じつかい)
P10062
をさづけられければ、中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)随喜(ずいき)の涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て、
これをうけたもち【保ち】給(たま)ふ。上人(しやうにん)もよろづ物(もの)あはれ【哀】に
おぼえP2257て、かきくらす【暮す】心地(ここち)して、なくなく【泣く泣く】戒(かい)をぞ
とか【説か】れける。御布施(おんふせ)とおぼしくて、年(とし)ごろつねに
おはしてあそば【遊ば】れけるさぶらひ【侍】のもとにあづけ
をか(おか)【置か】れたりける御硯(おんすずり)を、知時(ともとき)してめし【召し】よせて、上人(しやうにん)
にたてまつり【奉り】、「これをば人(ひと)にたび【賜び】候(さうら)はで、つねに御
目(おんめ)のかかり候(さうら)はんところ【所】におかれ候(さうらひ)て、それがしが
P10063
物(もの)ぞかしと御(ご)らん【覧】ぜられ候(さうら)はんたびごとに、おぼし
めし【思し召し】なずらへて、御念仏(おんねんぶつ)候(さうらふ)べし。御(おん)ひまには、経(きやう)をも
一巻(いつくわん)御廻向(ごゑかう)候者(さうらはば)、しかる【然る】べう候(さうらふ)べし」な(ン)ど(など)、なくなく【泣く泣く】申(まう)
されければ、上人(しやうにん)とかうの返事(へんじ)にも及(およ)(をよ)ばず、これ
をと(ッ)てふところ【懐】にいれ【入れ】、墨染[* 「黒染」と有るのを高野本により訂正](すみぞめ)の袖(そで)をしぼり
つつ、なくなく【泣く泣く】かへり給(たま)ひけり。この硯(すずり)は、親父(しんぶ)入道(にふだう)(にうだう)
相国(しやうこく)砂金(しやきん)をおほく【多く】宋朝(そうてう)の御門(みかど)へたてまつり【奉り】
給(たま)ひたりければ、返報(へんぱう)(へんぽう)とおぼしくて、日本(につぽん)和田(わだ)の
P10064
平(へい)大相国(たいしやうこく)のもとへとて、おくら【送ら】れたりけるとかや。
名(な)をば松蔭(まつかげ)とぞ申(まうし)ける。海道下(かいだうくだり)S1006 さる程(ほど)に、本三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)
をば、鎌倉(かまくら)の前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、しきりに申(まう)され
ければ、「さらばくださるべし」とて、土肥(とひの)(といの)二郎【*次郎】(じらう)実平(さねひら)
が手(て)より、まづ九郎(くらう)御曹司(おんざうし)の宿所(しゆくしよ)へわたし
たてまつる【奉る】。同(おなじき)三月(さんぐわつ)十日(とをかのひ)、梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)にぐせ【具せ】
られて、鎌倉(かまくら)へこそP2258くだられけれ。西国(さいこく)よりいけ
どり【生捕り】にせられて、宮(みや)こ【都】へかへるだに口(くち)おしき(をしき)【惜しき】に、
P10065
いつしか又(また)関(せき)の東(ひがし)(ひ(ン)がし)へおもむか【赴か】れけん心(こころ)のうち、をし
はから(おしはから)【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。四宮河原(しのみやがはら)になりぬれば、ここは
むかし、延喜(えんぎ)第四(だいし)の王子(わうじ)蝉丸(せみまる)の関(せき)の嵐(あらし)に心(こころ)を
すまし【澄まし】、琵琶(びは)(びわ)をひき給(たま)ひしに、伯雅【*博雅】(はくが)の三位(さんみ)(さんゐ)と
云(いひ)し人(ひと)、風(かぜ)のふく日(ひ)もふかぬ日(ひ)も、雨(あめ)のふる夜(よ)も
ふらぬ夜も、三(み)とせがあひだ、あゆみ【歩み】をはこび、た
ち【立ち】きき【聞き】て、彼(か)の三曲(さんきよく)をつたへけんわら屋(や)のとこ【床】
のいにしへも、おもひ【思ひ】やられてあはれ【哀】也(なり)。合坂山【*逢坂山】(あふさかやま)を
P10066
うちこえて、勢田(せた)の唐橋(からはし)駒(こま)もとどろにふみな
らし、ひばりあがれ【上がれ】る野路(のぢ)のさと、志賀(しが)の浦
浪(うらなみ)春(はる)かけて、霞(かすみ)にくもる鏡山(かがみやま)、比良(ひら)の高根(たかね)を
北(きた)にして、伊吹(いぶき)の嵩(だけ)も近(ちか)づきぬ。心(こころ)をとむ【留む】とし
なけれども、あれて中々(なかなか)やさしきは、不破(ふは)の
関屋(せきや)の板(いた)びさし、いかに鳴海(なるみ)の塩(しほ)ひがた【干瀉】、涙(なみだ)に
袖(そで)はしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、彼(かの)在原(ありはら)のなにがしの、唐衣(からごろも)
きつつなれにしとながめけん、参川【*三河】(みかは)の国(くに)八
P10067
橋(やつはし)にもなりぬれば、蛛手(くもで)に物(もの)をと哀(あはれ)也(なり)。浜名(はまな)の橋(はし)
をわたり給(たま)へば、松(まつ)の梢(こずゑ)に風(かぜ)さえ【冴え】て、入江(いりえ)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】
浪(なみ)の音(おと)(をと)、さらでも旅(たび)は物(もの)うきに、心(こころ)をつくす夕(ゆふ)
まぐれ、池田(いけだ)の宿(しゆく)にもつき給(たま)ひぬ。彼(かの)宿(しゆく)の長者(ちやうじや)
ゆや【熊野】がむすめ、侍従(じじゆう)(じじう)がもとに其(その)夜(よ)は宿(しゆく)せられけり。
侍従(じじゆう)(じじう)、三位(さんみの)(さんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)を見(み)たてま(ッ)【奉つ】て、「昔(むかし)はつてにだに
おもひ【思ひ】よらざりしに、けふはかかるところ【所】にいら【入ら】せ
給(たま)ふふしぎさ【不思議さ】よ」とて、一首(いつしゆ)の歌(うた)をたてまつる【奉る】。P2259
P10068
旅(たび)のそらはにふ【埴生】のこやのいぶせさに
ふるさといかにこひしかるらん W078
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)返事(へんじ)には、
故郷(ふるさと)も恋(こひ)しくもなしたびの空(そら)
宮(みや)こ【都】もつゐ(つひ)のすみかならねば W079
中将(ちゆうじやう)「やさしうもつかま(ッ)たる物(もの)かな。この歌(うた)のぬ
しはいかなる物(もの)やらん」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、景時(かげとき)畏(かしこま)(ッ)て
申(まうし)けるは、「君(きみ)はいまだしろしめさ【知ろし召さ】れ候(さうら)はずや。あ
P10069
れこそ八島(やしま)の大臣殿(おほいとの)、当国(たうごく)のかみでわたらせ
給(たま)ひし時(とき)、めされまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御最愛(ごさいあい)にて候(さうらひ)しが、
老母(らうぼ)をこれにとどめ【留め】をき(おき)、しきりにいとまを申(まう)
せども、給(たま)はらざりければ、比(ころ)はやよひのはじめ
なりけるに、
いかにせん宮(みや)こ【都】の春(はる)もおしけれ(をしけれ)【惜しけれ】ど
なれし吾妻(あづま)の花(はな)やちるらん W080
と仕(つかまつり)て、いとまを給(たまは)(ッ)てくだりて候(さうらひ)し、海道一(かいだういち)の
P10070
名人(めいじん)にて候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。宮(みや)こ【都】をいで【出で】て日(ひ)数(かず)ふ
れば、やよひもなか半(ば)すぎ、春(はる)もすでにくれなん
とす。遠山(ゑんざん)の花(はな)は残(のこん)の雪(ゆき)かとみえ【見え】て、浦々(うらうら)
島々(しまじま)かすみわたり、こし方(かた)行末(ゆくすゑ)の事(こと)どもお
もひつづけ給(たま)ふに、「さればこれはいかなる宿業(しゆくごふ)(しゆくごう)の
うたてさぞ」との給(たま)ひて、ただつきせぬ物(もの)は涙(なみだ)
なり。御子(おんこ)の一人(いちにん)もおはせぬ事(こと)を、母(はは)の二位殿(にゐどの)
もなげき、北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)もほいなきこと
P10071
にして、よろづの神(かみ)ほとけにいのり申(まう)され
けれども、そのしるしなし。「かしこうぞなかり
ける。子(こ)だにあらましかば、いかにP2260心(こころ)ぐるしからん」
との給(たま)ひけるこそせめての事(こと)なれ。さや【小夜】の中山(なかやま)
にかかり給(たま)ふにも、又(また)こゆべしともおぼえねば、
いとどあはれ【哀】のかずそひて、たもとぞいたくぬれ
まさる。宇都(うつ)の山辺(やまべ)の蔦(つた)の道(みち)、心(こころ)ぼそくも
うちこえて、手(て)ごし【手越】をすぎてゆけば、北(きた)にとを
P10072
ざか(ッ)(とほざかつ)【遠ざかつ】て、雪(ゆき)しろき【白き】山(やま)あり。とへば甲斐(かひ)(かい)のしら根(ね)【白根】
といふ。其(その)時(とき)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)おつる涙(なみだ)ををさへ(おさへ)て、かう
ぞおもひ【思ひ】つづけ給(たま)ふ。
おしから(をしから)【惜しから】ぬ命(いのち)なれどもけふまでぞ
つれなきかひのしらね【白根】をもみつ W081
清見(きよみ)が関(せき)うちすぎて、富士(ふじ)のすそ野(の)になり
ぬれば、北(きた)には青山(せいざん)峨々(がが)として、松(まつ)吹(ふく)風(かぜ)索々(さくさく)
たり。南(みなみ)には蒼海(さうかい)漫々(まんまん)として、岸(きし)うつ浪(なみ)も茫々(ばうばう)
P10073
たり。「恋(こひ)せばやせぬべし、恋(こひ)せずもあり【有り】けり」と、
明神(みやうじん)のうたひ【歌ひ】はじめ給(たま)ひける足柄(あしがら)の山(やま)をも
うちこえて、こゆるぎ[* 「こゆる木」と有るのを高野本により訂正]【小余綾】の森(もり)、まりこ河(がは)【鞠子河】、小磯(こいそ)、大井
そ【*大磯】(おほいそ)の浦々(うらうら)、やつまと【八的】、とがみ【砥上】が原(はら)、御輿(みこし)が崎(さき)をもう
ちすぎて、いそがぬ旅(たび)とおもへ【思へ】ども、日数(ひかず)やうやう
かさなれば、鎌倉(かまくら)へこそいり給(たま)へ。千手前(せんじゆのまへ)S1007兵衛佐(ひやうゑのすけ)いそ
ぎ見参(げんざん)して、申(まう)されけるは、「抑(そもそも)君(きみ)の御(おん)いき
どをり(いきどほり)【憤り】をやすめたてP2261まつり、父(ちち)の恥(はぢ)をきよめん
P10074
とおもひ【思ひ】たちしうへは、平家(へいけ)をほろぼさんの
案(あん)のうちに候(さうら)へども、まさしくげんざん【見参】にいる
べしとは存(ぞん)ぜず候(さうらひ)き。このぢやう【定】では、八島(やしま)の
大臣殿(おほいとの)の見参(げんざん)にも入(いり)ぬと覚(おぼえ)候(さうらふ)。抑(そもそも)南都(なんと)を
ほろぼさせ給(たま)ひける事(こと)は、故(こ)太政(だいじやう)入道殿(にふだうどの)(にうだうどの)の
仰(おほせ)にて候(さうらひ)しか、又(また)時(とき)にと(ッ)ての御(おん)ぱからひにて候(さうらひ)
けるか。も(ッ)ての外(ほか)の罪業(ざいごふ)(ざいごう)にてこそ候(さうらふ)なれ」と
申(まう)されければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうぢやう)の給(たま)ひけるは、「まづ
P10075
南都(なんと)炎上(えんしやう)の事(こと)、故(こ)入道(にふだう)(にうだう)の成敗(せいばい)にもあらず、
重衡(しげひら)が愚意(ぐい)の発起(ほつき)にもあらず。衆徒(しゆと)の悪
行(あくぎやう)をしづめんが為(ため)にまかりむか(ッ)【向つ】て候(さうらひ)し程(ほど)に、
不慮(ふりよ)に伽藍(がらん)滅亡(めつばう)に及(および)(をよび)候(さうらひ)し事(こと)、力(ちから)及(およ)(をよ)ばぬ
次第(しだい)也(なり)。昔(むかし)は源平(げんぺい)左右(さう)にあらそひて、朝家(てうか)
の御(おん)まもり【守り】たりしかども、近比(ちかごろ)源氏(げんじ)の運(うん)かた
ぶきたりし事(こと)は、事(こと)あたらしう初(はじ)めて
申(まうす)べきにあらず。当家(たうけ)は保元(ほうげん)・平治(へいぢ)よりこの
P10076
かた、度々(どど)の朝敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】、勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、
かたじけなく一天(いつてん)の君(きみ)の御外戚(ごぐわいせき)として、一族(いちぞく)
の昇進(しようじん)(せうじん)六十(ろくじふ)余人(よにん)、廿余年(にじふよねん)のこのかたは、たのしみ
さかへ(さかえ)【栄え】申(まうす)はかりなし。今(いま)又(また)運(うん)つきぬれば、重衡(しげひら)
とらはれてこれまでくだり候(さうらひ)ぬ。それについて、
帝王(ていわう)の御(おん)かたきをう(ッ)たるものは、七代(しちだい)まで
朝恩(てうおん)(てうをん)うせ【失せ】ずと申(まうす)事(こと)は、きはめたるひが
事(こと)にて候(さうらひ)けり。まのあたり故(こ)入道(にふだう)(にうだう)は、君(きみ)の
P10077
御(おん)ためにすでに命(いのち)をうしなは【失は】んとする事(こと)度々(どど)
に及(およ)(をよ)ぶ。されども纔(わづか)に其(その)身(み)一代(いちだい)のさいはひ
にて、子孫(しそん)かやうにまかりなるべしや。されば、
運(うん)つきて宮(みや)こ【都】を出(いで)P2262し後(のち)は、かばねを山野(さんや)に
さらし、名(な)を西海(さいかい)の浪(なみ)にながすべしとこそ存(ぞん)
ぜしか。これまでくだるべしとは、かけてもおも
は【思は】ざりき。ただ先世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(しゆくごう)こそ口惜(くちをしく)(くちおしく)候(さうら)へ。
ただし「陰道【*殷湯】(いんとう)(ゐんとう)はかたい【夏台】にとらはれ、文王(ぶんわう)はゆうり[* 「ゆうい」と有るのを他本により訂正]【■里】に
P10078
とらはる」といふ文(もん)あり。上古(しやうこ)(しようこ)猶(なほ)(なを)かくのごとし。况(いはん)や
末代(まつだい)においてをや。弓矢(ゆみや)をとるならひ【習ひ】、敵(かたき)の
手(て)にかか(ッ)て命(いのち)をうしなふ事(こと)、ま(ッ)たく恥(はぢ)にて
恥(はぢ)ならず、ただ芳恩(はうおん)(はうをん)には、とくとくかうべをはね
らるべし」とて、其(その)後(のち)は物(もの)もの給(たま)はず。景時(かげとき)こ
れをうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)大将軍(たいしやうぐん)や」とて涙(なみだ)
をながす。其(その)座(ざ)になみ居(ゐ)たる人々(ひとびと)みな袖(そで)をぞ
ぬらしける。兵衛佐(ひやうゑのすけ)も、「平家(へいけ)を別(べつ)して私(わたくし)の
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かたきとおもひ【思ひ】たてまつる【奉る】事(こと)、ゆめゆめ候(さうら)はず。
ただ帝王(ていわう)の仰(おほせ)こそおもう【重う】候(さうら)へ」とぞの給(たま)ひける。
「南都(なんと)をほろぼしたる伽藍(がらん)のかたきなれば、大
衆(だいしゆ)さだめて申(まうす)旨(むね)あらんずらん」とて、伊豆国(いづのくにの)
住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、狩野介(かののすけ)宗茂(むねもち)にあづけらる。そのてい、冥途(めいど)
にて娑婆世界(しやばせかい)の罪人(ざいにん)を、なぬか【七日】なぬか【七日】に十王(じふわう)の
手(て)にわたさるらんも、かくやとおぼえてあはれ【哀】也(なり)。
されども狩野介(かののすけ)、なさけある物(もの)にて、いたくきび
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しうもあたりたてまつら【奉ら】ず。やうやう【様々】にいたはり、
ゆどの【湯殿】しつらひな(ン)ど(など)して、御(おん)(お)ゆ【湯】ひか【引か】せたてまつる【奉る】。
みち〔す〕がらのあせ【汗】いぶせかりつれば、身(み)をきよめて
うしなは【失は】んずるにこそと思(おも)はれけるに、よはひ
廿(はたち)ばかりなる女房(にようばう)の、色(いろ)しろう【白う】きよげ【清気】にて、ま
こと【誠】にゆう(いう)【優】にP2263うつくしきが、めゆい【目結】のかたびら【帷子】に
そめつけ【染付】のゆまき【湯巻】して、ゆどののと【戸】をおし【押し】あ
けてまいり(まゐり)【参り】たり。又(また)しばしあ(ッ)て、十四五(じふしご)ばかりなる
P10081
めのわらは【女童】の、こむらご【紺村濃】のかたびらきて、かみ【髪】はあ
こめだけ【袙丈】なるが、はんざうたらい(はんざふたらひ)【半挿盥】にくし【櫛】いれ【入れ】て、
も(ッ)てまひり(まゐり)【参り】たり。この女房(にようばう)かいしやく【介錯】して、やや
久(ひさ)しうあみ【浴み】、かみ【髪】あらい(あらひ)な(ン)ど(など)してあがり【上がり】給(たま)ひ
ぬ。さてかの女房(にようばう)いとま申(まうし)てかへりけるが、「おとこ(をとこ)【男】
な(ン)ど(など)はこちなう【骨無う】もぞおぼしめす【思し召す】。中々(なかなか)おんな(をんな)【女】は
くるしから【苦しから】じとて、まいらせ(まゐらせ)【参らせ】られてさぶらふ。
「なに事(ごと)(こと)でもおぼしめさ【思し召さ】ん御事(おんこと)をばうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て
P10082
申(まう)せ」とこそ兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)は仰(おほせ)られ候(さうらひ)つれ」。中将(ちゆうじやう)「いま
は是(これ)程(ほど)の身(み)にな(ッ)て、何事(なにごと)をか申(まう)すべき。ただお
もふ【思ふ】事(こと)とては出家(しゆつけ)ぞしたき」との給(たま)ひければ、かへ
りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよしを申(まう)す。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「それ思(おも)ひも
よらず。頼朝(よりとも)が私(わたくし)のかたきならばこそ。朝敵(てうてき)と
してあづかりたてま(ッ)【奉つ】たる人(ひと)なり。ゆめゆめあるべ
うもなし」とぞの給(たま)ひける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)守護(しゆご)の
武士(ぶし)にの給(たま)ひけるは、「さても只今(ただいま)の女房(にようばう)は、ゆう(いう)【優】
P10083
なりつるものかな。名(な)をば何(なに)といふやらん」ととは【問は】れけ
れば、「あれは手(て)ごし【手越】の長者(ちやうじや)がむすめで候(さうらふ)を、み
め【眉目】かたち心(こころ)ざま、ゆう(いう)【優】にわりなきもので候(さうらふ)とて、
この二三(にさん)ねんめし【召し】つかは【使は】れ候(さうらふ)が、名(な)をば千手(せんじゆ)の前(まへ)と
申(まうし)候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。その夕(ゆふべ)(ゆうべ)雨(あめ)すこしふ(ッ)て、よろづ
物(もの)さびしかりけるに、件(くだん)の女房(にようばう)、琵琶(びは)(びわ)・琴(こと)もP2264たせ
てまいり(まゐり)【参り】たり。狩野介(かののすけ)酒(しゆ)をすすめたてまつる【奉る】。
我(わが)身(み)も家子(いへのこ)郎等(らうどう)十余人(じふよにん)ひき具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】、
P10084
御(おん)まへちかう候(さうらひ)けり。千手(せんじゆ)の前(まへ)酌(しやく)をとる。三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)すこしうけて、いと興(きよう)(けふ)なげにてをはし(おはし)ける
を、狩野介(かののすけ)申(まうし)けるは、「かつきこしめさ【聞し召さ】れてもや
候(さうらふ)らん。鎌倉殿(かまくらどの)の「相構(あひかまへ)てよくよくなぐさめまいら
せよ(まゐらせよ)【参らせよ】。懈怠(けだい)にて頼朝(よりとも)うらむ【恨む】な」と仰(おほせ)(あふせ)られ候(さうらふ)。宗茂(むねもち)
はもと伊豆国(いづのくに)のものにて候(さうらふ)あひだ、鎌倉(かまくら)では旅(たび)に
候(さうら)へども、心(こころ)の及(および)(をよび)候(さうら)はんほどは、奉公(ほうこう)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。何事(なにごと)でも
申(まうし)てすすめまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、千手(せんじゆ)
P10085
酌(しやく)をさしおいて、「羅綺(らき)の重衣(ちようい)(てうい)たる、情(なさけ)ない事(こと)
を奇婦(きふ)に妬(ねたむ)」といふ朗詠(らうえい)(らうゑい)を一両反(いちりやうへん)したりければ、
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「この朗詠(らうえい)(らうゑい)せん人(ひと)をば、北
野(きたの)の天神(てんじん)一日(いちにち)に三度(さんど)かけ(ッ)てまぼらんとちか
はせ給(たま)ふ也(なり)。されども重衡(しげひら)は、此(この)生(しやう)ではすてられ
給(たま)ひぬ。助音(じよいん)(じよゐん)してもなにかせん。罪障(ざいしやう)かろみ
ぬべき事(こと)ならばしたがふべし」との給(たま)ひければ、
千手前(せんじゆのまへ)やがて、「十悪(じふあく)といへども引摂(いんぜふ)(いんぜう)す」といふ朗詠(らうえい)(らうゑい)
P10086
をして、「極楽(ごくらく)ねがは【願は】ん人(ひと)はみな、弥陀(みだ)の名号(みやうがう)とな
ふべし」といふ今様(いまやう)を四五反(しごへん)うたひ【歌ひ】すまし【澄まし】たり
ければ、其(その)時(とき)坏(さかづき)をかたぶけらる。千手前(せんじゆのまへ)給(たま)は(ッ)て狩野
介(かののすけ)にさす。宗茂(むねもち)がのむ時(とき)に、琴(こと)をぞひきすま
し【澄まし】たる。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の給(たま)ひけるは、「この楽(がく)をば普通(ふつう)
には五常楽(ごしやうらく)といへども、重衡(しげひら)がためには後生楽(ごしやうらく)と
こそ観(くわん)ずべけれ。やがて往生(わうじやう)の急(きう)をひか【弾か】ん」と
たはぶれ【戯れ】て、琵琶(びは)(びわ)をとり、てんP2265じゆ【転手】をねぢて、
P10087
皇■(わうじやう)〔の〕急(きう)をぞひかれける。夜(よ)やうやうふけて、よろ
づ心(こころ)のすむ【澄む】ままに、「あら、おもは【思は】ずや、あづまにもこ
れほどゆう(いう)【優】なる人(ひと)のあり【有り】けるよ。何事(なにごと)にても今(いま)
ひと【一】声(こゑ)」との給(たま)ひければ、千手前(せんじゆのまへ)又(また)「一樹(いちじゆ)のかげ
にやどりあひ、おなじながれをむすぶも、みなこれ
先世(ぜんぜ)の契(ちぎり)」といふ白拍子(しらびやうし)を、まこと【誠】におもしろく
かぞへすまし【澄まし】たりければ、中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)も「燈(ともしび)闇(くらう)(くらふ)しては、
数行(すかう)虞氏(ぐし)の涙(なんだ)」といふ郎詠(らうえい)(らうゑい)をぞせられける。た
P10088
とへばこの郎詠(らうえい)(らうゑい)の心(こころ)は、昔(むかし)もろこしに、漢(かんの)高祖(かうそ)と
楚(その)項羽(かうう)と位(くらゐ)をあらそひて、合戦(かつせん)する事(こと)七十
二度(しちじふにど)、たたかい(たたかひ)【戦ひ】ごとに項羽(かうう)かちにけり。されどもつゐ
に(つひに)【遂に】は項羽(かうう)たたかい(たたかひ)【戦ひ】まけてほろびける時(とき)、すい【騅】といふ
馬(むま)の、一日(いちにち)に千里(せんり)をとぶに乗(のつ)て、虞氏(ぐし)といふ后(きさき)とと
もににげさらんとしけるに、馬(むま)いかがおもひ【思ひ】けん、
足(あし)をととのへてはたらか【働か】ず。項羽(かうう)涙(なみだ)をながい【流い】て、「わが
威勢(ゐせい)(いせい)すでにすたれたり。いまはのがる【逃る】べきかた
P10089
なし。敵(かたき)のおそふは事(こと)のかずならず、この后(きさき)に別(わかれ)
なん事(こと)のかなしさよ」とて、夜(よ)もすがらなげきかな
しみ給(たま)ひけり。燈(ともしび)くらうなりければ、心(こころ)ぼそうて
虞氏(ぐし)涙(なみだ)をながす。夜(よ)ふくるままに軍兵(ぐんびやう)四面(しめん)に時(とき)
をつくる。この心(こころ)を橘相公(きつしやうこう)の賦(ふ)につくれるを、三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)思(おも)ひいでられたりしにや、いとやさしうぞ
きこえ【聞え】ける。さる程(ほど)に夜(よ)もあけければ、武士(ぶし)ども
いとま申(まうし)てまかりいづ。千手前(せんじゆのまへ)もかへりP2266にけり。其(その)朝(あした)
P10090
兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)、境節(をりふし)(おりふし)持仏堂(ぢぶつだう)に法花経(ほけきやう)よう【読う】でをは
し(おはし)けるところ【所】へ、千手前(せんじゆのまへ)まいり(まゐり)【参り】たり。佐殿(すけどの)うち
ゑみ給(たま)ひて、千手(せんじゆ)に「中人(なかうど)は面白(おもしろ)うしたる物(もの)を」と
の給(たま)へば、斎院(さいゐんの)次官(しくわん)親義(ちかよし)、おりふし(をりふし)【折節】御前(ごぜん)に物(もの)かい
て候(さうらひ)けるが、「何事(なにごと)で候(さうらひ)けるやらん」と申(まうす)。「あの平家(へいけ)
の人々(ひとびと)は、弓箭(きゆうせん)(きうせん)の外(ほか)は他事(たじ)なしとこそ日(ひ)ごろは
おもひ【思ひ】たれば、この三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の琵琶(びは)(びわ)のばちをと(ばちおと)【撥音】、
口(くち)ずさみ、夜(よ)もすがらたちきい【聞い】て候(さうらふ)に、ゆう(いう)【優】にわり
P10091
なき人(ひと)にてをはし(おはし)けり」。親義(ちかよし)申(まうし)けるは、「たれも
夜部(よべ)うけ給(たま)はる【承る】べう候(さうらひ)しが、おりふし(をりふし)【折節】いたはる事(こと)
候(さうらひ)て、うけ給(たま)はら【承ら】ず候(さうらふ)。此(この)後(のち)は常(つね)にたちきき候(さうらふ)べし。
平家(へいけ)はもとより代々(だいだい)の歌人(かじん)才人[* 「材人」と有るのを高野本により訂正]達(さいじんたち)で候(さうらふ)也(なり)。
先年(せんねん)此(この)人々(ひとびと)を花(はな)にたとへ候(さうらひ)しに、この三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)
をば牡丹(ぼたん)の花(はな)にたとへて候(さうらひ)しぞかし」と申(まう)されければ、
「誠(まこと)にゆう(いう)【優】なる人(ひと)にてあり【有り】けり」とて、琵琶(びは)(びわ)の撥音(ばちおと)(ばちをと)、
朗詠(らうえい)(らうゑい)のやう、後(のち)までも、有難(ありがた)き事(こと)にぞの給(たま)ひける。
P10092
千手前(せんじゆのまへ)はなかなかに物思(ものおも)ひのたねとやなりにけん。
されば中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)南都(なんと)へわたされて、きられ給(たま)ひぬと
きこえ【聞え】しかば、やがてさまをかへ、こき墨染(すみぞめ)にやつれ
はて、信濃国(しなののくに)善光寺(ぜんくわうじ)におこなひすまし【澄まし】て、彼(かの)後
世菩提(ごせぼだい)をとぶらひ、わが身(み)も往生(わうじやう)の素懐(そくわい)をとげ
けるとぞきこえ【聞え】し。P2267横笛(よこぶえ)S1008さる程(ほど)に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛
卿(これもりのきやう)は、身(み)がらは八島(やしま)にありながら、心(こころ)は都(みやこ)へかよはれけり。
ふるさとにとどめ【留め】おき給(たま)ひし北方(きたのかた)おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)
P10093
の面影(おもかげ)のみ、身(み)に立(たち)そひて、わするるひまもなかり
ければ、「あるにかひなき我(わが)身(み)かな」とて、元暦(げんりやく)元年(ぐわんねん)
三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)の暁[* 「あか月」と有るのを高野本により訂正](あかつき)、しのび【忍び】つつ八島(やしま)のたち【館】をまぎれ
出(いで)て、与三兵衛(よさうびやうゑ)重景(しげかげ)・石童丸(いしだうまる)といふわらは【童】、舟(ふね)に心(こころ)
えたればとて武里(たけさと)と申(まうす)とねり【舎人】、これら三人(さんにん)をめし【召し】
ぐし【具し】て、阿波国(あはのくに)結城(ゆふき)の浦(うら)より小舟(こぶね)にのり、鳴戸
浦(なるとのうら)をこぎとほり、紀伊路(きのぢ)へおもむき【赴き】給(たま)ひけり。和
歌(わか)・吹上(ふきあげ)・衣通姫(そとほりびめ)(そとをりびめ)の神(かみ)とあらはれ給(たま)へる玉津島(たまつしま)の
P10094
明神(みやうじん)、日前(にちぜん)・国懸(こくけん)の御前(ごぜん)をすぎて、紀伊(き)の湊(みなと)にこそ
つき給(たま)へ。「これより山(やま)づたひ【山伝ひ】に宮(みや)こ【都】へのぼ(ッ)て、恋(こひ)しき
人々(ひとびと)をいま一度(ひとたび)み【見】もしみえ【見え】ばやとはおもへ【思へ】ども、本
三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)のいけどり【生捕り】にせられて、大路(おほち)をわたされ、
京(きやう)・鎌倉(かまくら)、恥(はぢ)をさらすだに口(くち)おしき(をしき)【惜しき】に、この身(み)
さへとらはれて、父(ちち)のかばねに血(ち)をあやさん事(こと)も
心(こころ)うし」とて、千(ち)たび心(こころ)はすすめども、心(こころ)に心(こころ)をから
かひて、高野(かうや)の御山(おやま)にまいら(まゐら)【参ら】れけり。高野(かうや)にとし【年】
P10095
ごろしり【知り】給(たま)へる聖(ひじり)あり。三条(さんでう)の斎藤(さいとう)左衛門(さゑもん)
大夫(だいふ)茂頼(もちより)が子(こ)に、斎藤(さいとう)滝口(たきぐち)時頼(ときより)といひしもの也(なり)。
もとは小松殿(こまつどの)の侍(さぶらひ)也(なり)。十三(じふさん)のとし本所(ほんじよ)へまいり(まゐり)【参り】
たP2268りけるが、建礼門院(けんれいもんゐん)の雑仕(ざふし)(ざうし)横笛(よこぶえ)といふおんな(をんな)【女】
あり、滝口(たきぐち)これを最愛(さいあい)す。ちちこれをつたへきい【聞い】て、
「世(よ)にあらんもののむこ子(こ)【聟子】になして、出仕(しゆつし)なんど(など)をも心(こころ)
やすうせさせんとすれば、世(よ)になき物(もの)を思(おも)ひそめ
て」と、あながちにいさめければ、滝口(たきぐち)申(まうし)けるは、「西王母(せいわうぼ)と
P10096
きこえ【聞え】し人(ひと)、昔(むかし)はあ(ッ)て今(いま)はなし。東方朔(とうばうさく)と
い(ッ)しものも、名(な)をのみききて目(め)にはみず。老少(らうせう)不定(ふぢやう)
の世(よ)のなかは、石火(せきくわ)の光(ひかり)にことならず。たとひ人(ひと)長
命(ちやうめい)といへども、七十(しちじふ)八十(はちじふ)をば過(すぎ)ず。そのうちに
身(み)のさかん【盛】なる事(こと)はわづかに廿余年(にじふよねん)也(なり)。夢(ゆめ)まぼ
ろしの世(よ)のなかに、みにくきものをかた【片】時(とき)もみて
なにかせん。おもは【思は】しき物(もの)をみんとすれば、父(ちち)の命(めい)
をそむくに似(に)たり。これ善知識(ぜんぢしき)也(なり)。しかじ、うき世(よ)
P10097
をいとひ、まこと【誠】の道(みち)に入(いり)なん」とて、十九(じふく)の年(とし)もとど
りき(ッ)て、嵯峨(さが)の往生院(わうじやうゐん)におこなひすまし【澄まし】て
ぞゐたりける。横笛(よこぶえ)これをつたへきい【聞い】て、「われを
こそすて【捨て】め、さまをさへかへけん事(こと)のうらめし
さ【恨めしさ】よ。たとひ世(よ)をばそむくとも、などかかくとしら【知ら】
せざらん。人(ひと)こそ心(こころ)つよくとも、尋(たづね)てうらみ【恨み】ん」とお
もひ【思ひ】つつ、あるくれがた【暮方】に宮(みや)こ【都】をいで【出で】て、嵯峨(さが)の方(かた)へ
ぞあくがれゆく。ころはきさらぎ十日(とをか)あまりの
P10098
事(こと)なれば、梅津(むめづ)の里(さと)の春風(はるかぜ)に、よそのにほひもな
つかしく、大井河(おほゐがは)の月影(つきかげ)も、霞(かすみ)にこめておぼろ
也(なり)。一(ひと)かたならぬあはれさも、たれゆへ(ゆゑ)【故】とこそおもひ【思ひ】
けめ。往生院(わうじやうゐん)とはきき【聞き】たれども、さだかにいP2269づれの
房(ばう)ともしら【知ら】ざれば、ここにやすらひかしこにたた
ずみ、たづね【尋ね】かぬるぞむざん【無慙】なる。すみ【住み】あらしたる
僧坊(そうばう)に、念誦(ねんじゆ)の声(こゑ)しけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)が声(こゑ)ときき
なして、「わらはこそこれまで尋(たづね)まひり(まゐり)【参り】たれ。さまの
P10099
かはりてをはす(おはす)らんをも、今(いま)一度(いちど)みたてまつら【奉ら】
ばや」と、具(ぐ)したりける女(をんな)をも(ッ)ていはせければ、滝口(たきぐち)
入道(にふだう)(にうだう)むね【胸】うちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、障子(しやうじ)のひまよりのぞひ(のぞい)【覗ひ】てみ
れ【見れ】ば、まこと【誠】にたづね【尋ね】かねたるけしきいたはしう
おぼえて、いかなる道心者(だうしんじや)も心(こころ)よはく(よわく)【弱く】なりぬべし。やがて
人(ひと)をいだし【出し】て、「ま(ッ)たくこれにさる人(ひと)なし。門(かど)たがへ【違へ】
てぞあるらん」とて、つゐに(つひに)【遂に】あはでぞかへし【返し】ける。横笛(よこぶえ)
なさけなううらめしけれ【恨めしけれ】ども、ちからなう涙(なみだ)を
P10100
おさへてかへりけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)、同宿(どうじゆく)の僧(そう)にあふ(あう)【逢う】て
申(まうし)けるは、「これもよにしづかにて、念仏(ねんぶつ)の障碍(しやうげ)は
候(さうら)はねども、あかで別(わかれ)し女(をんな)に此(この)すまひ【住ひ】をみえ【見え】て候(さうら)へば、
たとひ一度(ひとたび)は心(こころ)つよくとも、又(また)もしたふ事(こと)あら
ば、心(こころ)もはたらき【働き】候(さうらひ)ぬべし。いとま申(まうし)て」とて、
嵯峨(さが)をば出(いで)て、高野(かうや)へのぼり、清浄心院(しやうじやうしんゐん)にぞ
ゐたりける。横笛(よこぶえ)もさまをかへたるよしきこえ【聞え】
しかば、滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)一首(いつしゆ)のうたをおくり【送り】けり。
P10101
そる【剃る】まではうらみ【恨み】しかどもあづさ弓(ゆみ)
まこと【誠】の道(みち)に入(いる)ぞうれしき W082
横笛(よこぶえ)がかへり事(ごと)には、
そる【剃る】とてもなにかうらみ【恨み】んあづさ弓(ゆみ)
ひきとどむべき心(こころ)ならねば W083 P2270
よこぶゑ【横笛】はそのおもひ【思ひ】のつもりにや、奈良(なら)の法花
寺(ほつけじ)にあり【有り】けるが、いく程(ほど)もなくて、つゐに(つひに)【遂に】はかなく【果敢く】な
りにけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)、か様(やう)【斯様】の事(こと)をつたへきき、いよいよ
P10102
ふかくおこなひすまし【澄まし】てゐたりければ、父(ちち)も不
孝(ふけう)をゆるしけり。したしき物(もの)どもみなもち
ゐて、高野(かうや)の聖(ひじり)とぞ申(まうし)ける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)これに尋(たづね)
あひてみ【見】給(たま)へば、都(みやこ)に候(さうらひ)し時(とき)は、布衣(ほうい)(ほい)に立烏帽子(たてえぼし)(たてゑぼし)、
衣文(えもん)(ゑもん)をつくろひ、鬢(びん)をなで、花(はな)やかなりしおの
こ(をのこ)【男】也(なり)。出家(しゆつけ)の後(のち)はけふはじめてみ【見】給(たま)ふに、いまだ
卅(さんじふ)にもならぬが、老僧姿(らうそうすがた)にやせ衰(をとろ)(おとろ)へ、こき墨染(すみぞめ)
におなじ袈裟(けさ)、おもひいれ【思ひ入れ】たる道心者(だうしんじや)、浦山(うらやま)
P10103
しくやおもは【思は】れけん。晉(しん)の七賢(しちけん)、漢(かん)の四皓(しかう)がすみ
けん商山(しやうざん)・竹林(ちくりん)のありさまも、これにはすぎじ
とぞ見(み)えし。高野巻(かうやのまき)S1009滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)、三位(さんみの)(さんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)をみ【見】たてま(ッ)【奉つ】て、
「こはうつつともおぼえ候(さうら)はぬ物(もの)かな。八島(やしま)よりこれ
までは、なにとしてのがれ【逃れ】させ給(たまひ)て候(さうらふ)やらん」と
申(まうし)ければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「さればこそ。
人(ひと)なみなみに宮(みや)こ【都】をいで【出で】て、西国(さいこく)へおち【落ち】くだり
たりしかども、ふるさとにとどめ【留め】をき(おき)しおさ
P10104
なき(をさなき)【幼き】物共(ものども)の恋(こひ)しさ、いつ忘(わす)るP2271べしともおぼえ
ねば、その物(もの)おもふ【思ふ】けしきのいは【言は】ぬにしるく
やみえ【見え】けん、おほい殿(との)も二位殿(にゐどの)も、「この人(ひと)は池(いけ)の
大納言(だいなごん)のやうにふた心(ごころ)あり」な(ン)ど(など)とて思(おも)ひへだ
て給(たまひ)しかば、あるにかひなき我(わが)身(み)かなと、いとど
心(こころ)もとどまら【留まら】で、あくがれいで【出で】て、これまではのが
れ【逃れ】たる也(なり)。いかにもして山(やま)づたひ【山伝ひ】に都(みやこ)へのぼ(ッ)て、
恋(こひ)しき物(もの)どもを今(いま)一度(ひとたび)見(み)もしみえ【見え】ばやとは
P10105
おもへ【思へ】ども、本三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)の事(こと)口惜(くちをし)(くちおし)ければ、それ
もかなは【叶は】ず。おなじくはこれにて出家(しゆつけ)して、火(ひ)
のなか水(みづ)の底(そこ)へもいらばやとおもふ【思ふ】也(なり)。ただし
熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】んとおもふ【思ふ】宿願(しゆくぐわん)あり」との給(たま)へば、
「夢(ゆめ)まぼろしの世(よ)の中(なか)は、とてもかくても候(さうらひ)
なん。ながき世(よ)のやみこそ心(こころ)うかるべう候(さうら)へ」
とぞ申(まうし)ける。やがて滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)先達(せんだち)にて、堂々(だうだう)
巡礼(じゆんれい)して、奥(おく)の院(ゐん)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。高野山(かうやさん)は
P10106
帝城(ていせい)を避(さつ)て二百里(じはくり)、京里(きやうり)をはなれて無人声(むにんじやう)、
清嵐【*青嵐】(せいらん)梢(こずゑ)をならして、夕日(せきじつ)の影(かげ)しづかなり。八葉(はちえふ)(はちよう)
の嶺(みね)、八(やつ)の谷(たに)、まこと【誠】に心(こころ)もすみ【澄み】ぬべし。花(はな)の
色(いろ)は林霧(りんむ)のそこにほころび、鈴(れい)のをと(おと)【音】は尾上(をのへ)
の雲(くも)にひびけり。瓦(かはら)に松(まつ)おひ、墻(かき)に苔(こけ)むして、
星霜(せいざう)久(ひさ)しくおぼえたり。抑(そもそも)延喜(えんぎ)の御門(みかど)の
御時(おんとき)、御夢想(ごむさう)の御告(おんつげ)あ(ッ)て、ひわだ(ひはだ)【桧皮】色(いろ)の御衣(おんころも)を
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】られしに、勅使(ちよくし)中納言(ちゆうなごん)(ちうなごん)資隆[* 「資澄」と有るのを他本により訂正]卿(すけたかのきやう)、般若寺(はんにやじ)
P10107
の僧正(そうじやう)観賢(くわんげん)をあひぐして、此(この)御山(おやま)にまいり(まゐり)【参り】、
御廟(ごべう)(ごびやう)の扉(とびら)をひらいて、御衣(ぎよい)をきせたてまつら【奉ら】んP2272と
しけるに、霧(きり)あつくへだた(ッ)て、大師(だいし)をがま【拝ま】れさせ
給(たま)はず。ここに観賢(くわんげん)ふかく愁涙(しうるい)して、「われ悲母(ひも)
の胎内(たいない)を出(いで)て、師匠(ししやう)の室(しつ)に入(いり)しよりこの
かた、いまだ禁戒(きんかい)を犯(ぼん)ぜず。さればなどかおがみ(をがみ)【拝み】
たてまつら【奉ら】ざらん」とて、五体(ごたい)を地(ち)に投(な)げ、発露(ほつろ)啼
泣(ていきう)し給(たま)ひしかば、やうやう霧(きり)はれて、月(つき)の出(いづ)るが
P10108
如(ごと)くして、大師(だいし)をがま【拝ま】れ給(たま)ひけり。時(とき)に観賢(くわんげん)
随喜(ずいき)の涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て、御衣(おんころも)をきせたてまつる【奉る】。御(おん)ぐし【髪】
のながくおひさせ給(たま)ひたりしかば、そり【剃り】たて
まつる【奉る】こそ目出(めで)たけれ。勅使(ちよくし)と僧正(そうじやう)とはおがみ(をがみ)【拝み】た
てまつり【奉り】給(たま)へども、僧正(そうじやう)の弟子(でし)石山(いしやま)の内供(ないく)淳祐(じゆんいう)(じゆんゆう)、
其(その)時(とき)はいまだ童形(とうぎやう)にて供奉(ぐぶ)せられたりけるが、
大師(だいし)ををがみ【拝み】たてまつら【奉ら】ずしてなげきしづんで
をはし(おはし)けるが、僧正(そうじやう)手(て)をと(ッ)て、大師(だいし)の御(おん)ひざに
P10109
おしあてられたりければ、其(その)手(て)一期(いちご)があひだ
かうばしかり【香ばしかり】けるとかや。そのうつり香(が)は、石山(いしやま)の
聖教(しやうげう)にうつ(ッ)【移つ】て、いまにありとぞうけ給(たま)はる【承る】。大師(だいし)、
御門(みかど)の御返事(おんぺんじ)に申(まう)させ給(たま)ひけるは、「われ昔(むかし)
薩■(さつた)にあひて、まのあたりことごとく【悉く】印明(いんみやう)(ゐんみやう)をつ
たふ。無比(むび)の誓願(せいぐわん)ををこし(おこし)【起こし】て、辺地(へんぢ)の異域(いゐき)(いいき)に侍(は)(ン)
べり。昼夜(ちうや)に万民(ばんみん)をあはれんで、普賢(ふげん)の悲願(ひぐわん)に
住(ぢゆう)(ぢう)す。肉身(にくしん)に三昧(さんまい)を証(しよう)(せう)じて、慈氏(じし)の下生(げしやう)をまつ」
P10110
とぞ申(まう)させ給(たま)ひける。彼(かの)摩訶迦葉(まかかせふ)(まかかせう)の■足(けいそく)
の洞(ほら)に籠(こもり)て、しづ【翅都】の春風(はるかぜ)を期(ご)し給(たま)ふらんも、
かくやとぞおぼえける。御入定(ごにふぢやう)(ごにうぢやう)は承和(しようわ)(せうわ)二年(にねん)三
月(さんぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、寅(とら)の一点(いつてん)の事(こと)なれば、すぎにし方(かた)も
三百(さんびやく)余歳(よさい)、行末(ゆくすゑ)P2273も猶(なほ)(なを)五十六億七千万歳(ごじふろくおくしちせんまんざい)の後(のち)、
慈尊(じそん)出世(しゆつせ)三会(さんゑ)の暁(あかつき)をまたせ給(たまふ)らんこそ久(ひさ)
しけれ。維盛出家(これもりのしゆつけ)S1010 「維盛(これもり)が身(み)のいつとなく、雪山(せつせん)の鳥(とり)のなく【鳴く】
らんやうに、けふよあすよとおもふ物(もの)を」とて、涙(なみだ)ぐみ
P10111
給[* 「賜」と有るのを高野本により訂正](たま)ふぞ哀(あはれ)なる。塩風(しほかぜ)にくろみ、つきせぬ物思(ものおも)ひ
にやせおとろへて、その人(ひと)とはみえ【見え】給(たま)はねども、
猶(なほ)(なを)よ【世】の人(ひと)にはすぐれ給(たま)へり。其(その)夜(よ)は滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)
が庵室(あんじつ)にかへ(ッ)【帰つ】て、よもすがら昔(むかし)今(いま)の物(もの)がたりをぞ
し給(たま)ひける。聖(ひじり)が行儀(ぎやうぎ)をみ【見】給(たま)へば、至極(しごく)甚深(じんじん)(ぢんじん)
の床(ゆか)の上(うへ)には、真理(しんり)の玉(たま)をみがくらんとみえ【見え】て、
後夜(ごや)晨朝(じんでう)の鐘(かね)の声(こゑ)には、生死(しやうじ)の眠(ねぶり)をさま
すらんとも覚(おぼえ)たり。のがれ【逃れ】ぬべくはかくても
P10112
あらまほしうや思(おも)はれけん。あけぬれば東
禅院(とうぜんゐん)の智覚上人(ちかくしやうにん)と申(まうし)ける聖(ひじり)を請(しやう)じたて
ま(ッ)【奉つ】て、出家(しゆつけ)せんとし給(たま)ひけるが、与三兵衛(よさうびやうゑ)・石
童丸(いしどうまる)をめし【召し】ての給(たま)ひけるは、「維盛(これもり)こそ人(ひと)し
れぬおもひ【思ひ】を身(み)にそへ【添へ】ながら、みち【道】せばう【狭う】のがれ【逃れ】
がたき身(み)なれば、むなしうなるとも、このごろは
世(よ)にある人(ひと)こそおほけれ【多けれ】、なんぢらはいかなるあり
さまをしても、などかすぎ【過ぎ】ざるべき。われいかにも
P10113
ならんやうを見(み)はてて、いそぎ宮(みや)こ【都】へのぼり、
おのおのが身(み)をもたすけ【助け】、かつうは妻子(さいし)をも
はP2274ぐくみ、かつうは又(また)維盛(これもり)が後生(ごしよう)をもとぶらへ
かし」との給(たま)へば、二人(ににん)の物(もの)どもさめざめとないて、し
ばしは御返事(おんぺんじ)にも及(およ)(をよ)ばず。ややあ(ッ)て、与三兵衛(よさうびやうゑ)涙(なみだ)
ををさへ(おさへ)て申(まうし)けるは、「重景(しげかげ)が父(ちち)、与三左衛門(よさうざゑもん)(よさうざへもん)景康(かげやす)
は、平治(へいぢ)の逆乱(げきらん)の時(とき)、故殿(ことの)の御共(おんとも)に候(さうらひ)けるが、二条堀
河(にでうほりかは)のへんにて、鎌田兵衛(かまだびやうゑ)にくん【組ん】で、悪源太(あくげんだ)に
P10114
うた【討た】れ候(さうらひ)ぬ。重景(しげかげ)もなじかはおとり候(さうらふ)べき。其(その)時(とき)は
二歳(にさい)にまかりなり候(さうらひ)ければ、すこしもおぼえ
候(さうら)はず。母(はは)には七歳(しちさい)でおくれ候(さうらひ)ぬ。あはれ【哀】をかくべき
したしい【親しい】物(もの)一人(いちにん)も候(さうら)はざりしかども、故(こ)大臣殿(おほいとの)、
「あれはわが命(いのち)にかはりたりし物(もの)の子(こ)なれば」とて、
御(おん)まへにてそだて【育て】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、生年(しやうねん)九(ここのつ)と申(まうし)
し時(とき)、君(きみ)の御元服(ごげんぶく)候(さうらひ)し夜(よ)、かしらをとり【取り】あげ【上げ】
られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、かたじけなく、「盛(もり)の字(じ)は家(いへの)
P10115
字(じ)なれば五代(ごだい)につく。重(しげ)の字(じ)を松王(まつわう)に」と仰(おほせ)
候(さうらひ)て、重景(しげかげ)とはつけられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)也(なり)。父(ちち)のよう
で死(しに)候(さうらひ)けるも、我(わが)身(み)の冥加(みやうが)と覚(おぼえ)候(さうらふ)。随分(ずいぶん)同齢(どうれい)
どもにも芳心(はうじん)せられてこそまかりすぎ候(さうらひ)しか。
されば御臨終(りんじゆう)(ごりんじう)の御時(おんとき)も、此(この)世(よ)の事(こと)をばおぼし
めし【思し召し】すて【捨て】て、一事(ひとこと)も仰(おほせ)候(さうら)はざりしかども、重
景(しげかげ)御(おん)まへちかう【近う】めされて、「あなむざんや。なんぢは
重盛(しげもり)を父(ちち)がかたみとおもひ【思ひ】、重盛(しげもり)は汝(なんぢ)を景康(かげやす)が
P10116
形見(かたみ)とおもひ【思ひ】てこそすごしつれ。今度(こんど)の除目(ぢもく)(じもく)
に靭負尉(ゆぎへのじよう)(ゆぎえのぜう)になして、おのれ【己】が父(ちち)景康(かげやす)をよびし
様(やう)にめさばやとこそおもひつるに、むなしうなる
こそかなしけれ。相構(あひかまへ)(あいかまへ)て少将殿(せうしやうどの)の心(こころ)にたがふ【違ふ】な」とP2275
こそ仰(おほせ)候(さうらひ)しか。さればこの日(ひ)ごろは、いかなる御事(おんこと)
も候(さうら)はんには、みすてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て落(おつ)べき物(もの)とおぼ
しめし【思し召し】候(さうらひ)けるか。御心(おんこころ)のうちこそはづかしう候(さうら)へ。「こ
のごろは世(よ)にある人(ひと)こそおほけれ【多けれ】」と仰(おほせ)かうぶり候(さうらふ)
P10117
は、当時(たうじ)のごとくは源氏(げんじ)の郎等(らうどう)どもこそ候(さうらふ)なれ。
君(きみ)の神(かみ)にも仏(ほとけ)にもならせ給(たま)ひ候(さうらひ)なん後(のち)、たのし
みさかへ(さかえ)【栄え】候(さうらふ)とも、千年(せんねん)の齢(よはひ)をふるべきか。たとひ
万年(まんねん)をたもつ【保つ】とも、つゐに(つひに)【遂に】はおはり(をはり)のなかるべき
か。これにすぎたる善知識(ぜんぢしき)、なに事(ごと)か候(さうらふ)べき」とて、
手(て)づからもとどりき(ッ)て、なくなく【泣く泣く】滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)にそら
せけり。石童丸(いしどうまる)もこれをみて、もとゆい(もとゆひ)【元結】ぎはより
かみ【髪】をきる。これも八(やつ)よりつきたてま(ッ)【奉つ】て、重景(しげかげ)にも
P10118
おとらず不便(ふびん)にし給(たま)ひければ、おなじく滝口(たきぐち)
入道(にふだう)(にうだう)にそらせけり。これらがか様(やう)【斯様】に先達(さきだち)てなる
をみ【見】給(たま)ふにつけても、いとど心(こころ)ぼそうぞおぼし
めす【思し召す】。さてもあるべきならねば、「流転(るてん)三界(さんがい)中(ちゆう)(ちう)、
恩愛(おんあい)(をんあい)不能断(ふのうだん)(ふのふだん)、棄[* 「奇」と有るのを他本により訂正]恩入無為(きおんにふむゐ)(きをんにうむい)、真実(しんじつ)報恩者(はうおんしや)(ほうをんしや)」と
三反(さんべん)唱(とな)へ給(たま)ひて、つゐに(つひに)【遂に】そりおろし給(たまひ)て(ン)げり。
「あはれ、かはらぬすがたを恋(こひ)しき物(もの)どもに今(いま)一度(ひとたび)
みえ【見え】もし、見(み)て後(のち)かくもならば、おもふ【思ふ】事(こと)あらじ」と
P10119
の給(たま)ひけるこそ罪(つみ)ふかけれ。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)も兵衛(ひやうゑ)
入道(にふだう)(にうだう)も同年(どうねん)にて、ことしは廿七(にじふしち)歳(さい)也(なり)。石童丸(いしどうまる)は
十八(じふはち)にぞなりける。とねり武里(たけさと)をめし【召し】て、「おの
れ【己】はとうとう【疾う疾う】これより八島(やしま)へかへれ。宮(みや)こ【都】へはP2276のぼる
べからず。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、つゐに(つひに)【遂に】はかくれあるまじけれども[* 「ければ」と有るのを高野本により訂正]、
まさしうこのありさまをきい【聞い】ては、やがてさまを
もかへんずらんとおぼゆるぞ。八島(やしま)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て人々(ひとびと)
に申(まう)さんずるやうはよな、「かつ御(ご)らん候(さうらひ)しやうに、
P10120
大方(おほかた)の世間(せけん)も物(もの)うきやうにまかりなり候(さうらひ)き。
よろづあぢきなさもかずそひ【添ひ】てみえ【見え】候(さうらひ)しかば、
おのおのにもしられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はで、かくなり候(さうらひ)ぬ。
西国(さいこく)で左(ひだん)の中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)うせ候(さうらひ)ぬ。一谷(いちのたに)で備中守(びつちゆうのかみ)(びつちうのかみ)う
た【討た】れ候(さうらひ)ぬ。われさへかくなり候(さうらひ)ぬれば、いかにをのをの(おのおの)【各々】
たよりなうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)はんずらんと、それ
のみこそ心(こころ)ぐるしう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。抑(そもそも)唐皮(からかは)
といふ鎧(よろひ)、小烏(こがらす)といふ太刀(たち)は、平(へい)将軍(しやうぐん)貞盛(さだもり)より
P10121
当家(たうけ)につたへて、維盛(これもり)までは嫡々(ちやくちやく)九代(くだい)にあひ
あたる。もし不思議(ふしぎ)にて世(よ)もたちなをら(なほら)ば、六代(ろくだい)に
たぶべし」と申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。とねり武
里(たけさと)「君(きみ)のいかにもならせをはし(おはし)まさんやうを見(み)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て後(のち)こそ、八島(やしま)へもまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はめ」と申(まうし)ければ、
「さらば」とてめし【召し】ぐせ【具せ】らる。滝口(たきぐち)入道(にふだう)(にうだう)をも善知識(ぜんぢしき)
のために具(ぐ)せられけり。山伏[* 「山臥」と有るのを高野本により訂正](やまぶし)修行者(しゆぎやうじや)のやうにて
高野(かうや)をばいで【出で】、同国(どうこく)のうち山東(さんどう)へこそ出(いで)られ
P10122
けれ。藤代(ふぢしろ)の王子(わうじ)を初(はじめ)として、王子(わうじ)王子(わうじ)ふし
をがみ【拝み】、まいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ程(ほど)に、千里(せんり)の浜(はま)の北(きた)、岩代(いはしろ)の王子(わうじ)の
御前(おんまへ)にて、狩装束(かりしやうぞく)したる物(もの)七八騎(しちはつき)が程(ほど)ゆきあひ
たてまつる【奉る】。すでにからめとられなんずとおぼして、
おのおの腰(こし)の刀(かたな)に手(て)をかけて、腹(はら)をきP2277らんとし
給(たま)ひけるが、ちかづき【近付き】けれども、あやまつべき気(け)
しきもなくて、いそぎ馬(むま)よりおり、ふかう【深う】かしこ
ま(ッ)てとほり【通り】ければ、「みしりたる物(もの)にこそ。たれ
P10123
なるらん」とあやしくて、いとど足(あし)ばやにさし
給(たま)ふ程(ほど)に、これは当国(たうごく)の住人(ぢゆうにん)(ぢうにん)、湯浅(ゆあさの)権守(ごんのかみ)宗重(むねしげ)が
子(こ)に、湯浅(ゆあさの)七郎兵衛(しちらうびやうゑ)宗光(むねみつ)といふもの也(なり)。郎等(らうどう)ども
「これはいかなる人(ひと)にて候(さうらふ)やらん」と申(まうし)ければ、七郎
兵衛(しちらうびやうゑ)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「あら、事(こと)もかたじけ
なや。あれこそ小松(こまつの)大臣殿(おとどどの)の御嫡子(おんちやくし)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
殿(どの)よ。八島(やしま)よりこれまでは、なにとしてのがれ【逃れ】さ
せ給(たま)ひたりけるぞや。はや御(おん)さまをかへさせ給(たまひ)て(ン)
P10124
げり。与三兵衛(よさうびやうゑ)、石童丸(いしどうまる)も同(おな)じく出家(しゆつけ)して
御共(おんとも)申(まうし)たり。ちかうまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てげ(ン)ざん(げんざん)【見参】にも入(いり)たかり
つれども、はばかりもぞおぼしめす【思し召す】とてとほり【通り】
ぬ。あなあはれ【哀】の御(おん)ありさまや」とて、袖(そで)をかほに
おしあてて、さめざめとなき【泣き】ければ、郎等(らうどう)どもも
みな涙(なみだ)をぞながしける。熊野参詣(くまのさんけい)S1011やうやうさし給(たま)ふ程(ほど)に[* 「給へども」と有るのを高野本により訂正]、
日数(ひかず)ふれば、岩田河(いはだがは)にもかかり給(たま)ひけり。「この
河(かは)のながれを一度(ひとたび)もわたるものは、悪業(あくごふ)(あくごう)煩悩(ぼんなう)無
P10125
始(むし)の罪障(ざいしやう)きゆ【消ゆ】なる物(もの)を」と、たのもしう【頼もしう】P2278ぞおぼし
ける。本宮(ほんぐう)にまいり(まゐり)【参り】つき、証誠殿(しようじやうでん)(せうじやうでん)の御(おん)まへに
つゐ(つい)ゐ給(たま)ひつつ、しばらく法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御山(おんやま)
のやうををがみ【拝み】給(たま)ふに、心(こころ)も詞(ことば)もおよば【及ば】れず。大悲(だいひ)
擁護(をうご)(おうご)の霞(かすみ)は、熊野山(ゆやさん)にたなびき、霊験無双(れいげんぶさう)
の神明(しんめい)は、おとなし河(がは)【音無河】に跡(あと)をたる。一乗(いちじよう)(いちぜう)修行(しゆぎやう)の
岸(きし)には、感応(かんおう)の月(つき)くまもなく、六根懺悔(ろくこんさんげ)の庭(には)には、
妄想(まうざう)の露(つゆ)もむすばず。いづれもいづれもたのもし
P10126
から【頼もしから】ずといふ事(こと)なし。夜(よ)ふけ人(ひと)しづま(ッ)て、啓白(けいひやく)
し給(たま)ふに、父(ちち)のおとどのこの御前(おんまへ)にて、「命(いのち)をめし【召し】
て後世(のちのよ)をたすけ【助け】給(たま)へ」と申(まう)されける事(こと)までも、
おぼしめし【思し召し】いで【出で】て哀(あはれ)也(なり)。「本地(ほんぢ)阿弥陀如来(あみだによらい)にてま
します。摂取(せつしゆ)不捨(ふしや)の本願(ほんぐわん)あやまたず、浄土(じやうど)
へみちびき給(たま)へ」と申(まう)されける。なかにも「ふるさとに
とどめ【留め】おきし妻子(さいし)安穏(あんおん)に」といのられけるこそ
かなしけれ。うき世(よ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)に入(いり)給(たま)へども、
P10127
妄執(まうじう)は猶(なほ)(なを)つきずとおぼえて哀(あはれ)なりし事共(ことども)也(なり)。
あけぬれば、本宮(ほんぐう)より舟(ふね)にのり、新宮(しんぐう)へぞまいら(まゐら)【参ら】
れける。かん【神】のくら【蔵】をおがみ(をがみ)【拝み】給(たま)ふに、巌松(がんしやう)たかくそ
びへ(そびえ)【聳え】て、嵐(あらし)妄想(まうざう)の夢(ゆめ)を破(やぶ)り、流水(りうすい)きよく
ながれて、浪(なみ)塵埃(ぢんあい)の垢(あか)をすすぐらんとも覚(おぼ)へ(おぼえ)
たり。明日(あすか)の社(やしろ)ふしをがみ【拝み】、佐野(さの)の松原(まつばら)さしす
ぎて、那智(なち)の御山(みやま)にまいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。三重(さんぢゆう)(さんぢう)に漲(みなぎ)りお
つる滝(たき)の水(みづ)、数千丈(すせんぢやう)までよぢのぼり、観音(くわんおん)(くわんをん)の
P10128
霊像(れいざう)は岩(いは)の上(うへ)にあらはれて、補陀落山(ふだらくせん)ともい(ッ)つ
べし。霞(かすみ)の底(そこ)には法花(ほつけ)読誦(どくじゆ)の声(こゑ)きこゆ、霊鷲
山(りやうじゆせん)とも申(まうし)つべし。抑(そもそも)権現(ごんげん)当山(たうざん)に跡(あと)を垂(たれ)させま
しP2279ましてよりこのかた、我(わが)朝(てう)の貴賎(きせん)上下(じやうげ)歩(あゆみ)を
はこび、かうべをかたむけ、たな心(ごころ)をあはせて、利生(りしやう)に
あづからずといふ事(こと)なし。僧侶(そうりよ)されば甍(いらか)をなら
べ、道俗(だうぞく)袖(そで)をつらねたり。寛和(くわんわの)夏(なつ)の比(ころ)、花山(くわさん)の
法皇(ほふわう)(ほうわう)十善(じふぜん)の帝位(ていゐ)をのがれ【逃れ】させ給(たま)ひて、九品(くほん)の
P10129
浄刹(じやうせつ)ををこなは(おこなは)【行なは】せ給(たま)ひけん、御庵室(ごあんじつ)の旧跡(きうせき)に
は、昔(むかし)をしのぶ【忍ぶ】とおぼしくて、老木(おいき)の桜(さくら)ぞさきに
ける。那智(なち)ごもりの僧共(そうども)のなかに、この三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
をよくよく見(み)しりたてま(ッ)【奉つ】たるとおぼしくて、同
行(どうぎやう)にかたりけるは、「ここなる修行者(しゆぎやうじや)をいかなる人(ひと)
やらんとおもひたれば、小松(こまつ)のおほいとのの御嫡子(おんちやくし)、
三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)にておはしけるぞや。あの殿(との)のいま
だ四位(しゐの)少将(せうしやう)ときこえ【聞え】給(たま)ひし安元(あんげん)の春(はるの)比(ころ)、法住
P10130
寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほうぢうじどの)にて五十(ごじふの)御賀(おんが)のありしに、父(ちち)小松殿(こまつどの)は内
大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)にてまします、伯父(をぢ)(おぢ)宗盛卿(むねもりのきやう)は大
納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にて、階下(かいか)に着座(ちやくざ)せられたり。其(その)外(ほか)
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)知盛(とももり)・頭(とうの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)重衡(しげひら)以下(いげ)一門(いちもん)の人々(ひとびと)、けふ
を晴(はれ)とときめき給(たま)ひて、垣代(かいしろ)に立(たち)給(たま)ひしなか
より、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、桜(さくら)の花(はな)をかざして青海波[* 「青海破」と有るのを高野本により訂正](せいがいは)
をまう【舞う】て出(いで)られたりしかば、露(つゆ)に媚(こび)たる花(はな)の
御姿(おんすがた)、風(かぜ)に翻(ひるがへ)る舞(まひ)の袖(そで).地(ち)をてらし天(てん)もかかやく
P10131
ばかり也(なり)。女院(にようゐん)より関白殿(くわんばくどの)を御使(おんつかひ)にて御衣(ぎよい)を
かけられしかば、父(ちち)の大臣(おとど)座(ざ)をたち、これを給(たま)は(ッ)て
右(みぎ)の肩(かた)にかけ、院(ゐん)を拝(はい)したてまつり【奉り】給(たま)ふ。面目(めんぼく)
たぐひすくなうぞみえ【見え】し。かたえ(かたへ)の殿上人(てんじやうびと)、いかP2280
ばかり浦山(うらやま)しうおもは【思は】れけん。内裏(だいり)の女房達(にようばうたち)の
なかには、「深山木(みやまぎ)のなかの桜梅(さくらむめ)とこそおぼゆれ」
な(ン)ど(など)いはれ給(たまひ)し人(ひと)ぞかし。只今(ただいま)大臣(おとど)の大将(だいしやう)
待(まち)かけ給(たま)へる人(ひと)とこそ見(み)たてまつり【奉り】しに、けふはかく
P10132
やつれはて給(たま)へる御(おん)ありさま、かねて【予て】はおもひ【思ひ】よら
ざ(ッ)しをや。うつればかはる世(よ)のならひ【習ひ】とはいひながら、
哀(あはれ)なる御事(おんこと)かな」とて、袖(そで)をかほにおしあててさめざめ
となきければ、いくらもなみゐたりける那知【*那智】(なち)ごもり
の僧(そう)どもも、みなうち衣(ごろも)【裏衣】の袖(そで)をぞぬらしける。維盛(これもりの)入水(じゆすい)(じゆすゐ)S1012三(みつ)の
山(やま)の参詣(さんけい)事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なくとげ給(たま)ひしかば、浜(はま)の宮(みや)
と申(まうす)王子(わうじ)の御(おん)まへより、一葉(いちえふ)(いちよう)の舟(ふね)に棹(さを)(さほ)さして、
万里(ばんり)の蒼海(さうかい)にうかび給(たま)ふ。はるかのおき【沖】に山(やま)なり【山成】
P10133
の島(しま)といふ所(ところ)あり。それに舟(ふね)をこぎよせさせ、
岸(きし)にあがり【上がり】、大(おほき)なる松(まつ)の木(き)をけづ(ッ)て、中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)銘跡(めいせき)
をかき【書き】つけらる。「祖父(そぶ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)平(たひらの)(たいらの)朝臣(あそん)(あ(ツ)そん)清盛
公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)(ほうみやう)浄海(じやうかい)、親父(しんぶ)内大臣(ないだいじん)左大将(さだいしやう)重盛公(しげもりこう)、法名(ほふみやう)(ほうみやう)
浄蓮(じやうれん)、三位(さんみの)(さんゐの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)、法名(ほふみやう)(ほうみやう)浄円(じやうゑん)、生年(しやうねん)廿七
歳(にじふしちさい)、寿永(じゆえい)(じゆゑい)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、那智[B ノ](なちの)奥(おき)にて入水(じゆすい)
す」とかきつけて、又(また)奥(おき)へぞこぎいで給(たま)ふ。思(おもひ)き
りたる道(みち)なれども、今(いま)はの時(とき)になりぬれば、心(こころ)ぼそう
P10134
かなしからP2281ずといふ事(こと)なし。比(ころ)は三月(さんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)の事(こと)
なれば、海路(かいろ)はるかにかすみわたり、あはれをもよほす
たぐひ也(なり)。ただ大方(おほかた)の春(はる)だにも、くれ行(ゆく)空(そら)は物(もの)
うきに、况(いはん)やけふをかぎりの事(こと)なれば、さこそ
は心(こころ)ぼそかりけめ。奥(おき)の釣舟(つりぶね)の浪(なみ)にきえ入(いる)やう
におぼゆるが、さすがしづみもはてぬをみ【見】給(たま)ふ
にも、我(わが)身(み)のうへとやおぼしけん。おの【己】が一(ひと)つら
ひきつれて、今(いま)はとかへる雁(かり)が音(ね)の、越路(こしぢ)をさして
P10135
なきゆくも、ふるさとへことづけせまほしく、蘇武(そぶ)
が胡国(ここく)の恨(うらみ)まで、おもひ【思ひ】のこせるくまもなし。
「さればこは何事(なにごと)ぞ。猶(なほ)(なを)妄執(まうじう)のつきぬにこそ」と
おぼしめし【思し召し】かへして、西(にし)にむかひ【向ひ】手(て)をあはせ、念
仏(ねんぶつ)し給(たま)ふ心(こころ)のうちにも、「すでに只今(ただいま)をかぎり
とは、都(みやこ)にはいかでかしるべきなれば、風(かぜ)のたより
のことつて【言伝】も、いまやいまやとこそまたんずらめ。
つゐに(つひに)【遂に】はかくれ【隠】あるまじければ、此(この)世(よ)になき
P10136
ものときい【聞い】て、いかばかりかなげかんずらん」な(ン)ど(など)思(おもひ)
つづけられ給(たま)へば、念仏(ねんぶつ)をとどめ【留め】て、合掌(がつしやう)をみ
だり、聖(ひじり)にむか(ッ)【向つ】ての給(たま)ひけるは、「あはれ人(ひと)の身(み)に妻
子(さいし)といふ物(もの)をばもつまじかりける物(もの)かな。此(この)世(よ)にて
物(もの)をおもは【思は】するのみならず、後世(ごせ)菩提(ぼだい)のさま
たげとなりけるくちおしさ(くちをしさ)【口惜しさ】よ。只今(ただいま)もおも
ひ【思ひ】いづる【出づる】ぞや。かやうの事(こと)を心中(しんぢゆう)(しんぢう)にのこせば、
罪(つみ)ふかからんなるあひだ、懺悔(さんげ)する也(なり)」とぞのたまひ
P10137
ける。聖(ひじり)もあはれ【哀】におぼえけれども、われさへ心(こころ)よ
はく(よわく)【弱く】てはかなは【叶は】じとおもひ【思ひ】、涙(なみだ)をし(おし)【押し】のP2282ごひ、さら
ぬていにもてないて申(まうし)けるは、「まこと【誠】にさこそは
おぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ。たかき【高き】もいやしきも、恩愛(おんあい)(をんあひ)
の道(みち)はちからおよば【及ば】ぬ事(こと)也(なり)。なかにも夫妻(ふさい)は一
夜(いちや)の枕(まくら)をならぶるも、五百生(ごひやくしやう)の宿縁(しゆくえん)と申(まうし)候(さうら)へば、
先世(ぜんぜ)の契(ちぎり)あさからず。生者(しやうじや)必滅(ひつめつ)、会者(ゑしや)定離(ぢやうり)は
うき世(よ)の習(ならひ)にて候(さうらふ)也(なり)。末(すゑ)の露(つゆ)もとのしづくの
P10138
ためし【例】あれば、たとひ遅速(ちそく)の不同(ふどう)はありとも、
おくれさきだつ【先立つ】御別(おんわかれ)、つゐに(つひに)【遂に】なくてしもや候(さうらふ)
べき。彼(かの)離山宮(りさんきゆう)(りさんきう)の秋(あき)の夕(ゆふべ)の契(ちぎり)も、つゐに(つひに)【遂に】は、
心(こころ)をくだくはしとなり、甘泉殿(かんせんでん)の生前(しやうぜん)の恩(おん)(をん)
も、をはりなきにしもあらず。松子(しやうし)・梅生(ばいせい)、生
涯(しやうがい)の恨(うらみ)あり。等覚(とうがく)・十地(じふぢ)、なを(なほ)【猶】生死(しやうじ)のおき
てにしたがふ。たとひ君(きみ)長生(ちやうせい)のたのしみにほ
こり給(たま)ふとも、この御(おん)なげきはのがれ【逃れ】させ給(たま)ふ
P10139
べからず。たとひ又(また)百年(はくねん)のよわひ(よはひ)をたもち【保ち】
給(たま)ふとも、この御恨(おんうらみ)はただおなじ事(こと)とおぼし
めさ【思し召さ】るべし。第六天(だいろくてん)の魔王(まわう)といふ外道(げだう)は、欲
界(よくかい)の六天(ろくてん)をわがものと領(りやう)じて、なかにも此(この)界(かい)の
衆生(しゆじやう)の生死(しやうじ)をはなるる事(こと)をおしみ(をしみ)【惜しみ】、或(あるい)(ある)は妻(つま)
となり、或(あるい)(ある)は夫(おつと)とな(ッ)て、これをさまたぐるに、三世(さんぜ)
の諸仏(しよぶつ)は、一切(いつさい)衆生(しゆじやう)を一子(いつし)の如(ごとく)におぼしめし【思し召し】て、
極楽浄土(ごくらくじやうど)の不退(ふたい)の土(ど)にすすめ【進め】いれ【入れ】んとし給(たま)ふに、
P10140
妻子(さいし)といふものが、無始(むし)曠劫(くわうごふ)(くわうごう)よりこのかた生死(しやうじ)に
流転(るてん)するきづななるがゆへ(ゆゑ)【故】に、仏(ほとけ)はおもう【重う】いま
しめ給(たま)ふ也(なり)。さればとて御心(おんこころ)よわう【弱う】おぼしめす
べからず。源氏[B ノ](げんじの)先祖(せんぞ)伊与【*伊予】(いよの)入道(にふだう)(にうだう)頼義(らいぎ)は、勅命(ちよくめい)に
よ(ッ)て奥州(あうしう)のゑびす(えびす)【夷】貞任(さだたふ)(さだたう)・宗任(むねたふ)(むねたう)P2283をせめ【攻め】んとて、
十二年(じふにねん)があひだに人(ひと)の頸(くび)をきる事(こと)一万六千
人(いちまんろくせんにん)、山野(さんや)の獣(けだもの)、江河(がうが)の鱗(うろくづ)、其(その)いのちをたつ事(こと)
いく千万(せんまん)といふかずをしら【知ら】ず。されども、終焉(しゆうえん)(しうゑん)の
P10141
時(とき)、一念(いちねん)の菩提心(ぼだいしん)ををこし(おこし)【起こし】しによ(ッ)て、往生(わうじやう)の素懐(そくわい)
をとげたりとこそうけ給(たま)はれ【承れ】。就中(なかんづく)に、出家(しゆつけ)の
功徳(くどく)莫大(ばくだい)なれば、先世(ぜんぜ)の罪障(ざいしやう)みなほろび給(たま)
ひぬらん。たとひ人(ひと)あ(ッ)て七宝(しつぽう)の塔(たふ)(たう)をたてん
事(こと)、たかさ卅三(さんじふさん)天(てん)にいたるとも、一日(いちにち)の出家(しゆつけ)の
功徳(くどく)には及(およぶ)(をよぶ)ベからず。たとひ又(また)百千歳(ひやくせんざい)の間(あひだ)(あいだ)
百羅漢(ひやくらかん)を供養(くやう)したらん功徳(くどく)も、一日(いちにち)の出家(しゆつけ)の
功徳(くどく)には及(およぶ)(をよぶ)べからずととか【説か】れたり。つみふかかり【深かり】し
P10142
頼義(らいぎ)、心(こころ)のたけきゆへ(ゆゑ)【故】に往生(わうじやう)とぐ。させる御罪
業(ございごふ)(ございごう)ましまさざらんに、などか浄土(じやうど)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)はざるべ
き。其上(そのうへ)当山(たうざん)権現(ごんげん)は本地(ほんぢ)阿弥陀如来(あみだによらい)にて
まします。はじめ無三悪趣(むさんあくしゆ)の願(ぐわん)より、おはり(をはり)
得三宝忍(とくさんぼうにん)の願(ぐわん)にいたるまで、一々(いちいち)の誓願(せいぐわん)、衆生(しゆうじやう)
化度(けど)の願(ぐわん)ならずといふ事(こと)なし。なかにも第(だい)十八(じふはち)
の願(ぐわん)には「設我得仏(せつがとくぶつ)、十方(じつぱう)衆生(しゆじやう)、至心信楽(ししんしんげう)、欲生我
国(よくしやうがこく)、乃至(ないし)十念(じふねん)、若不生者(にやくふしやうじや)、不取正覚(ふしゆしやうがく)」ととか【説か】れ
P10143
たれば、一念(いちねん)十念(じふねん)のたのみ【頼み】あり。ただふかく信(しん)
じて、ゆめゆめ疑(うたが)ひをなし給(たま)ふべからず。無二(むに)の
懇念(こんねん)をいたし【致し】て、若(もし)は十反(じつぺん)、若(もし)は一反(いつぺん)も唱(となへ)給(たま)ふ
物(もの)ならば、弥陀如来(みだによらい)、六十万億那由多恒河沙(ろくじふまんおくなゆたがうがしや)
の御身(おんみ)をつづめ、丈六八尺(ぢやうろくはつしやく)の御(おん)かたちにて、観音(くわんおん)(くわんをん)
勢至(せいし)無数(むしゆ)の聖衆(しやうじゆ)、化仏菩薩(けぶつぼさつ)、百重(ひやくぢゆう)(ひやくぢう)千重(せんぢゆう)(せんぢう)に
囲繞(ゐねう)し、伎楽歌(ぎがくか)詠(えい)(ゑい)じて、只今(ただいま)極楽(ごくらく)の東門(とうもん)をい
で【出で】て来迎(らいかう)し給(たま)はんずれば、P2284御身(おんみ)こそ蒼海(さうかい)の底(そこ)に沈(しづむ)
P10144
とおぼしめさ【思し召さ】るとも、紫雲(しうん)のうへにのぼり給(たま)ふべし。
成仏(じやうぶつ)得脱(とくだつ)してさとりをひらき給(たま)ひなば、娑婆(しやば)
の故郷(こきやう)にたちかへ(ッ)【帰つ】て妻子(さいし)を道(みち)びき給(たま)はん事(こと)、還
来(げんらい)穢国(ゑこく)度人天(どにんでん)、すこしも疑(うたがひ)あるべからず」とて、かね【鐘】
うちならしてすすめたてまつる【奉る】。中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)しかる【然る】べき
善知識(ぜんぢしき)かなとおぼしめし【思し召し】、忽(たちまち)に妄念(まうねん)をひる
がへして、高声(かうしやう)〔に〕念仏(ねんぶつ)百反(ひやつぺん)ばかりとなへつつ、「南
無(なむ)」と唱(となふ)る声(こゑ)とともに、海(うみ)へぞ入(いり)給(たま)ひける。兵衛(ひやうゑ)入
P10145
道(にふだう)(にうだう)も石童丸(いしどうまる)も、同(おな)じく御名(みな)をとなへつつ、つづ
ゐ(つづい)【続い】て海(うみ)へぞ入(いり)にける。三日平氏(みつかへいじ)S1013とねり武里(たけさと)もおなじく
入(い)らんとしけるを、聖(ひじり)とりとどめ【留め】ければ、ちからおよ
ばず。「いかにうたてくも、御遺言(ごゆいごん)をばたがへ【違へ】たてま
つら【奉ら】んとするぞ。下臈(げらふ)(げらう)こそ猶(なほ)(なを)もうたてけれ。今(いま)は
ただ後世(ごせ)をとぶらひたてまつれ【奉れ】」と、なくなく【泣く泣く】教訓(けうくん)
しけれども、おくれたてまつる【奉る】かなしさに、後(のち)の御
孝養(ごけうやう)の事(こと)もおぼえず、ふなぞこにふしまろび、お
P10146
めき(をめき)【喚き】さけび【叫び】けるありさまは、むかし悉太太子【*悉達太子】(しつだたいし)の
檀徳山【*檀特山】(だんどくせん)に入(いら)せ給(たま)ひし時(とき)、しやのく【車匿】とねり【舎人】がこん
でい【■陟】駒(こま)を給(たま)は(ッ)て、王宮(わうくう)にかへりしかなしP2285み【悲しみ】も、これ
にはすぎじとぞみえ【見え】し。しばしは舟(ふね)ををし(おし)【押し】ま
はして、うき【浮き】もやあがり給(たま)ふとみけれども、
三人(さんにん)ともにふかくしづんでみえ【見え】給(たま)はず。いつしか
経(きやう)よみ念仏(ねんぶつ)して、「過去(くわこ)聖霊(しやうりやう)一仏(いちぶつ)浄土(じやうど)へ」と廻向(ゑかう)
しけるこそ哀(あはれ)なれ。さる程(ほど)に、夕陽(せきやう)西(にし)に傾(かたぶ)き、
P10147
海上(かいしやう)もくらくなりければ、名残(なごり)はつきせずお
もへ【思へ】ども、むなしき舟(ふね)をこぎかへる。とわたる舟(ふね)
のかゐ(かい)のしづく、聖(ひじり)が袖(そで)よりつたふ涙(なみだ)、わきて
いづれもみえ【見え】ざりけり。聖(ひじり)は高野(かうや)へかへりのぼる。
武里(たけさと)はなくなく八島(やしま)へまいり(まゐり)【参り】けり。御弟(おんおとと)新三位(しんざんみの)(しんざんゐの)中
将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)に御(おん)ふみ【文】とり【取り】いだし【出し】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
「あな心(こころ)う、わがたのみ【頼み】たてまつる【奉る】程(ほど)は、人(ひと)は思(おも)ひ
給(たま)はざりける口惜(くちをし)(くちおし)さよ。池[B ノ](いけの)大納言(だいなごん)のやうに
P10148
頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはし【通はし】て、都(みやこ)へこそおはしたるらめ
とて、大臣殿(おほいとの)も二位殿(にゐどの)も、我等(われら)にも心(こころ)をおき
給(たま)ひつるに、されば那知【*那智】(なち)の奥(おき)にて身(み)をなげて
ましますごさんなれ。さらばひきぐして一
所(いつしよ)にも沈(しづ)み給(たま)はで、ところどころ【所々】にふさん事(こと)こそか
なしけれ。御詞(おんことば)にて仰(おほせ)らるる事(こと)はなかりしか」
ととひ給(たま)へば、「申(まう)せと候(さうらひ)しは「西国(さいこく)にて左(ひだん)の
中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)うせさせ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。一谷(いちのたに)で備中(びつちゆうの)(びつちうの)守殿(かみどの)う
P10149
せ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。我(われ)さへかくなり候(さうらひ)ぬれば、いかにたより
なうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)はんずらんと、それのみこそ
心(こころ)ぐるしう思(おもひ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ」。唐皮(からかは)・小烏(こがらす)の事(こと)
までもこまごまと申(まうし)たりければ、「今(いま)は我(われ)とても
ながらふ【永らふ】べしとも不覚(おぼえず)」とて、袖(そで)P2286をかほにをし(おし)【押し】
あててさめざめとなき給(たま)ふぞ、まこと【誠】に事(こと)はり(ことわり)【理】と
おぼえて哀(あはれ)なる。故(こ)三位(さんみの)(さんゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)にゆゆしく
に【似】たまひたりければ、みる【見る】人(ひと)涙(なみだ)をながしけり。
P10150
さぶらひどもはさしつどひ【集ひ】て、只(ただ)なくより外(ほか)の
事(こと)ぞなき。大臣殿(おほいとの)も二位殿(にゐどの)も、「この人(ひと)は池(いけ)
の大納言(だいなごん)のやうに、頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはし【通はし】て、都(みやこ)へと
こそおもひ【思ひ】たれば、さはおはせざりける物(もの)を」とて、
今更(いまさら)又(また)なげきかなしみ給(たま)ひけり。四月(しぐわつ)(しんぐわつ)一日(ひとひのひ)、
鎌倉(かまくらの)前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、正下(じやうげ)の四位(しゐ)し給(たま)ふ。もとは
従下(じゆげ)の五位(ごゐ)にてありしに、五階(ごかい)をこえ給(たま)ふこそ
ゆゆしけれ。これは木曾(きその)(きそ)左馬頭(さまのかみ)義仲(よしなか)追討(ついたう)の
P10151
賞(しやう)とぞきこえ【聞え】し。同(おなじき)三日(みつかのひ)、崇徳院(しゆとくゐん)を神(かみ)とあ
がめたてまつる【奉る】べしとて、むかし御合戦(ごかつせん)ありし
大炊御門(おほいのみかど)が末(すゑ)に社(やしろ)をたてて、宮(みや)うつしあり。院(ゐん)の
御沙汰(ごさた)にて、内裏(だいり)にはしろしめされずとぞきこ
え【聞え】し。五月(ごぐわつ)四日(よつかのひ)、池[B ノ](いけの)大納言(だいなごん)関東(くわんとう)へ下向(げかう)。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「御(おん)
かたをばま(ッ)たくおろかに思(おもひ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。ただ故(こ)
池殿(いけどの)のわたらせ給(たま)ふとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ。故(こ)尼御
前(あまごぜん)の御恩(ごおん)(ごをん)をば大納言殿(だいなごんどの)に報(ほう)じたてまつら【奉ら】ん」と
P10152
たびたび誓状(せいじやう)(せいでう)をも(ッ)て申(まう)されければ、一門(いちもん)をもひき
わかれておち【落ち】とどまり給(たま)ひたりけるが、「兵衛佐(ひやうゑのすけ)
ばかりこそかうはおもはれけれども、自余(じよ)の源氏(げんじ)
どもはいかがあらんずらん」と、肝(きも)たましひをけすP2287
より外(ほか)の事(こと)なくておはしけるが、鎌倉(かまくら)より
「故(こ)尼御前(あまごぜん)をみたてまつる【奉る】と存(ぞんじ)て、とくとく
げ(ン)ざん(げんざん)【見参】に入(いり)候(さうら)はん」と申(まう)されたりければ、大納言(だいなごん)
くだり給(たま)ひけり。弥平兵衛(やへいびやうゑ)宗清(むねきよ)といふさぶらい(さぶらひ)
P10153
あり。相伝(さうでん)専一(せんいつ)のものなりけるが、あひぐし【具し】ても
くだらず。「いかに」ととひ給(たま)へば、「今度(こんど)の御(おん)ともはつか
まつらじと存(ぞんじ)候(さうらふ)。其(その)ゆへ(ゆゑ)【故】は、君(きみ)こそかくてわたらせ
給(たま)へども、御一家(ごいつか)の君達(きんだち)の、西海(さいかい)の浪(なみ)のうへにただ
よはせ給(たま)ふ御事(おんこと)の心(こころ)うくおぼえて、いまだ安堵(あんど)し
ても存(ぞんじ)候(さうら)はねば、心(こころ)すこしおとし【落し】すゑ【据ゑ】て、お(ッ)さま【追つ様】に
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)にがにが【苦々】しうはづ
かしうおもひ【思ひ】給(たま)ひて、「一門(いちもん)をひきわかれてのこり【残り】
P10154
とどま(ッ)【留まつ】たる事(こと)は、我(わが)身(み)ながらいみじとはおもは【思は】
ねども、さすが身(み)もすてがたう、命(いのち)もをしければ、
なまじゐ(なまじひ)にとどまりにき。そのうへは又(また)くだら
ざるべきにもあらず。はるかの旅(たび)におもむくに、
いかでか見(み)おくら【送ら】であるべき。うけ【請け】ず思(おも)はば、おち【落ち】
とどま(ッ)【留まつ】し時(とき)はなどさはいはざ(ッ)しぞ。大小事(だいせうじ)一向(いつかう)
なんぢにこそいひ【言ひ】あはせ【合せ】しか」との給(たま)へば、宗清(むねきよ)
居(ゐ)なおり(なほり)【直り】畏(かしこま)(ッ)て申(まうし)けるは、「たかき【高き】もいやしきも、
P10155
人(ひと)の身(み)に命(いのち)ばかりおしき(をしき)【惜しき】物(もの)や候(さうらふ)。又(また)世(よ)をばすつ
れ【捨つれ】ども、身(み)をばすてずと申(まうし)候(さうらふ)めり。御(おん)とどまりを
あしとには候(さうら)はず。兵衛佐(ひやうゑのすけ)もかゐ(かひ)なき命(いのち)をた
すけ【助け】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へばこそ、けふはかかる幸(さいはひ)にも
あひ候(さうら)へ。流罪(るざい)せられ候(さうらひ)しときは、故(こ)尼御前(あまごぜん)の仰(おほせ)
にて、P2288しの原(はら)【篠原】の宿(しゆく)までうちおく(ッ)【送つ】て候(さうらひ)き。「其(その)事(こと)
な(ン)ど(など)今(いま)にわすれず」とうけ給(たまはり)【承り】候(さうら)へば、さだめて御(おん)ともに
まかり下(くだつ)て候者(さうらはば)、ひきで物(もの)、饗応(きやうおう)な(ン)ど(など)もし候(さうら)はん
P10156
ずらん。それにつけても心(こころ)うかるべう候(さうらふ)。西国(さいこく)にわたら
せ給(たま)ふ君達(きんだち)、もしは侍(さぶらひ)どものかへりきかん事(こと)、返々(かへすがへす)
はづかしう候(さうら)へば、まげて今度(こんど)ばかりはまかりとど
まるべう候(さうらふ)。君(きみ)はおち【落ち】とどまら【留まら】せ給(たまひ)て、かくてわ
たらせ給(たま)ふ程(ほど)では、などか御(おん)くだりなうても候(さうらふ)べき。
はるかの旅(たび)におもむか【赴か】せ給(たま)ふ事(こと)は、まこと【誠】におぼ
つかなうおもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へども、敵(かたき)をもせめ【攻め】に御(おん)
くだり候者(さうらはば)、一陣(いちぢん)にこそ候(さうらふ)べけれども、これはまい
P10157
ら(まゐら)【参ら】ずとも、更(さら)に御事(おんこと)かけ【欠け】候(さうらふ)まじ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)たづね【尋ね】
申(まう)され候者(さうらはば)、「あひ労[* 「身」と有るのを高野本により訂正](いたは)る事(こと)あ(ッ)て」と仰(おほせ)候(さうらふ)べし」と
申(まうし)ければ、心(こころ)ある侍(さぶらひ)どもはこれをきいて、みな涙(なみだ)を
ぞながしける。大納言(だいなごん)もさすがはづかしうはおも
は【思は】れけれども、さればとてとどまるべきにもあら
ねば、やがてたち給(たま)ひぬ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、鎌倉(かまくら)へく
だりつき給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)いそぎ見参(げんざん)して、まづ
「宗清(むねきよ)は御(おん)ともして候(さうらふ)か」と申(まう)されければ、「おりふし(をりふし)【折節】
P10158
労(いた)はる事(こと)候(さうらひ)て、くだり候(さうら)はず」との給(たま)へば、「いかに、なにを
いたはり候(さうらひ)けるやらん。意趣(いしゆ)を存(ぞんじ)候(さうらふ)にこそ。むかし
宗清(むねきよ)がもとに候(さうらひ)しに、事(こと)にふれてありがたうあ
たり候(さうらひ)し事(こと)、今(いま)にわすれ候(さうら)はねば、さだめて御(おん)
ともに罷下(まかりくだり)候(さうら)はんずらん、とく見参(げんざん)せばやな(ン)
ど(など)恋(こひ)しう存(ぞんじ)P2289て候(さうらふ)に、うらめしう【恨めしう】もくだり候(さうら)はぬ
物(もの)かな」とて、下文(くだしぶみ)あまたなしまうけ【設け】、馬鞍(むまくら)(うまくら)・物
具(もののぐ)以下(いげ)、やうやうの物(もの)どもたばんとせられければ、
P10159
しかる【然る】べき大みやう【大名】ども、われもわれもとひきで
もの【引出物】ども用意(ようい)したりけるに、くだらざりけれ
ば、上下(じやうげ)ほひ(ほい)【本意】なき事(こと)におもひ【思ひ】てぞあり【有り】ける。
六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、池(いけ)の大納言(だいなごん)関東(くわんとう)より上洛(しやうらく)し給(たま)ふ。
兵衛佐(ひやうゑのすけ)「しばらくかくておはしませ」と申(まう)され
けれども、「宮(みや)こ【都】におぼつかなくおもふ【思ふ】らん」とて、いそぎ
のぼり給(たま)ひければ、庄園(しやうゑん)(しやうえん)私領(しりやう)一所(いつしよ)も相違(さうい)ある
べからず、并(ならび)に大納言(だいなごん)になしかへさるべきよし、法皇(ほふわう)(ほうわう)
P10160
へ申(まう)されけり。鞍置馬(くらおきむま)(くらをきむま)【鞍置馬】卅疋(さんじつぴき)、はだか馬(むま)卅疋(さんじつぴき)、長持(ながもち)卅(さんじふ)
枝(えだ)に、葉金(はこがね)・染物(そめもの)・巻絹(まきぎぬ)風情(ふぜい)の物(もの)をいれ【入れ】てたて
まつり【奉り】給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)かやうにもてなし給(たま)へば、大名(だいみやう)小名(せうみやう)
われもわれもと引出物(ひきでもの)をたてまつる【奉る】。馬(むま)だにも三百
疋(さんびやつぴき)に及(およ)(をよ)べり。命(いのち)いき給(たま)ふのみならず、徳(とく)ついてぞ
かへりのぼられける。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、肥後守(ひごのかみ)定能【*貞能】(さだよし)が伯
父(をぢ)(おぢ)、平太(へいだ)入道(にふだう)(にうだう)定次(さだつぐ)〔を〕大将(たいしやう)として、伊賀(いが)・伊勢(いせ)両
国(りやうごく)の住人等(ぢゆうにんら)(ぢうにんら)、近江国(あふみのくに)へうち出(いで)たりければ、源氏[B ノ](げんじの)末
P10161
葉等(ばつえふら)(ばつようら)発向(はつかう)して合戦(かつせん)をいたす。両国[B ノ](りやうごくの)住人等(ぢゆうにんら)(ぢうにんら)一人(いちにん)も
のこらずうちおとさ【落さ】る。平家(へいけ)重代(ぢゆうだい)(ぢうだい)相伝(さうでん)の家人(けにん)
にて、昔(むかし)のよしみをわすれ【忘れ】ぬ事(こと)はあはれ【哀】なれども、
おもひ【思ひ】たつこそおほけなけれ。三日平氏(みつかへいじ)とは是(これ)也(なり)。P2290
さる程(ほど)に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の北方(きたのかた)は、風(かぜ)のた
よりの事(こと)つても、たえて久(ひさ)しくなりければ、な
にとなりぬる事(こと)やらんと、心(こころ)ぐるしうぞおも
は【思は】れける。月(つき)に一度(いちど)な(ン)ど(など)は必(かなら)ずをとづるる(おとづるる)物(もの)をと
P10162
まち給(たま)へども、春(はる)すぎ夏(なつ)もたけぬ。「三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)、
いまは八島(やしま)にもおはせぬ物(もの)をと申(まうす)人(ひと)あり」と
きき【聞き】給(たま)ひて、あまりのおぼつかなさに、とかくして
八島(やしま)へ人(ひと)をたてまつり【奉り】給(たま)ひたりければ、いそぎも
たちかへらず。夏(なつ)すぎ秋(あき)にもなりぬ。七月(しちぐわつ)の末(すゑ)に、
かの使(つかひ)かへりきたれり。北方(きたのかた)「さていかにやいかに」と
とひ給(たま)へば、「「すぎ候(さうらひ)し三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)の暁(あかつき)、八島(やしま)を御(おん)
いで候(さうらひ)て、高野(かうや)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひて候(さうらひ)けるが、高野(かうや)に
P10163
て[* 「にや」と有るのを高野本により訂正]御(おん)ぐしおろし、それより熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】せをはし
まし(おはしまし)、後世(ごせ)の事(こと)をよくよく申(まう)させ給(たま)ひ、那知【*那智】(なち)の
奥(おき)にて御身(おんみ)をなげさせ給(たま)ひて候(さうらふ)」とこそ、御(おん)とも申(まうし)
たりけるとねり武里(たけさと)はかたり申(まうし)候(さうらひ)つれ」と申(まうし)け
れば、北方(きたのかた)「さればこそ。あやしとおもひ【思ひ】つる物(もの)を」
とて、ひきかづいてぞふし給(たま)ふ。若君(わかぎみ)姫君(ひめぎみ)も声々(こゑごゑ)
になき【泣き】かなしみ給(たま)ひけり。若君(わかぎみ)の御(おん)めのとの
女房(にようばう)、なくなく【泣く泣く】申(まうし)けるは、「これはいまさらおどろかせ
P10164
給(たま)ふべからず。日(ひ)ごろよりおぼしめし【思し召し】まうけたる御
事(おんこと)也(なり)。本三位(ほんざんみの)(ほんざんゐの)中将殿(ちゆうじやうどの)(ちうじやうどの)のやうにいけどり【生捕り】にせられ
て、宮(みや)こ【都】へかへらせ給(たま)ひたらば、いかばかり心(こころ)うかるべ
きに、高野(かうや)にて御(おん)ぐしおろし、熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】せ
給(たま)ひ、後世(ごせ)の事(こと)よくよく申(まう)させおはしまし、臨P2291終(りんじゆう)(りんじう)
正念(しやうねん)にてうせさせ給(たま)ひける御事(おんこと)、なげきのなか
の御(おん)よろこび也(なり)。されば御心(おんこころ)やすき事(こと)にこそお
ぼしめす【思し召す】べけれ。いまはいかなる岩木(いはき)のはざま
P10165
にても、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)をおおし(おほし)【生し】たて【立て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん
とおぼしめせ【思し召せ】」と、やうやう【様々】になぐさめ申(まうし)けれども、
おぼしめし【思し召し】しのび【忍び】て、ながらふ【永らふ】べしともみえ【見え】給(たま)はず。
やがてさまをかへ、かたのごとくの仏事(ぶつじ)をいとなみ、
後世(ごせ)をぞとぶらひ給(たま)ひける。藤戸(ふぢと)S1014これを鎌倉(かまくら)の兵
衛佐(ひやうゑのすけ)かへりきき給(たま)ひて、「あはれ、へだてなくうちむか
ひ【向ひ】ておはしたらば、命(いのち)ばかりはたすけ【助け】たてま(ッ)【奉つ】て
まし。小松(こまつ)の内府(だいふ)の事(こと)は、おろかにおもひ【思ひ】たてまつ
P10166
ら【奉ら】ず。池(いけ)の禅尼(ぜんに)の使(つかひ)として、頼朝(よりとも)を流罪(るざい)に申(まうし)
なだめ【宥め】られしは、ひとへに彼[B ノ](かの)内府(だいふ)の芳恩(はうおん)(ほうをん)なり。
其(その)恩(おん)(をん)争(いかで)かわするべきなれば、子息(しそく)たちもおろかに
おもは【思は】ず。まして出家(しゆつけ)な(ン)ど(など)せられなんうへは、子細(しさい)にや
及(およぶ)(をよぶ)べき」とぞの給(たま)ひける。さる程(ほど)に、平家(へいけ)は讃岐(さねき)
の八島(やしま)へかへり給(たま)ひて後(のち)も、東国(とうごく)よりあら【新】手(て)の
軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)、宮(みや)こ【都】につゐ(つい)【着い】てせめ【攻め】くだるとも
きこゆ。鎮西(ちんぜい)より臼杵(うすき)・戸次(へつき)・松浦党(まつらたう)同心(どうしん)P2292
P10167
しておしわたるとも申(まうし)あへ【合へ】り。かれをきき是(これ)
をきくにも、ただ耳(みみ)ををどろかし(おどろかし)、きも魂(たましひ)(たましゐ)を
けすより外(ほか)の事(こと)ぞなき。今度(こんど)一(いち)の谷(たに)にて
一門(いちもん)の人々(ひとびと)のこりすくなくうたれ給(たま)ひ、むね
との侍(さぶらひ)どもなか半(ば)すぎてほろびぬ。いまは
ちから【力】つきはてて、阿波(あはの)民部(みんぶ)大夫(だいふ)(だゆふ)重能(しげよし)が兄弟(きやうだい)、
四国(しこく)の物(もの)どもかたら(ッ)て、さりともと申(まうし)けるをぞ、
たかき山(やま)ふかき海(うみ)ともたのみ【頼み】給(たま)ひける。女房達(にようばうたち)は
P10168
さしつどひ【集ひ】て、ただなく【泣く】より外(ほか)の事(こと)ぞなき。かく
て七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)にもなりぬ。「こぞのけふは宮(みや)こ【都】を
いでしぞかし。程(ほど)なくめぐりき【来】にけり」とて、あさ
ましうあはたたしかり(あわたたしかり)し事(こと)どもの給(たま)ひいだし【出し】
て、なきぬわらひ【笑ひ】ぬぞし給(たま)ひける。同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)、新
帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)あり。内侍所(ないしどころ)・神璽(しんし)・宝剣(ほうけん)もなく
して御即位(ごそくゐ)の例(れい)、神武天皇(じんむてんわう)よりこのかた八十
二(はちじふに)代(だい)、これはじめとぞうけ給(たま)はる【承る】。八月(はちぐわつ)六日(むゆかのひ)、蒲(がまの)冠者(くわんじや)
P10169
範頼(のりより)参川【*三河】守(みかはのかみ)になる。九郎(くらう)冠者(くわんじや)義経(よしつね)、左衛門尉(さゑもんのじよう)(さゑもんのぜう)に
なさる。すなはち使(つかひ)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶり)て、九郎(くらう)判官(はうぐわん)とぞ
申(まうし)ける。さる程(ほど)に、荻(をぎ)(おぎ)のうは風(かぜ)もやうやう身(み)にしみ、
萩(はぎ)のした露(つゆ)もいよいよしげく、うらむる【恨むる】虫(むし)の声々(こゑごゑ)
に、稲葉(いなば)うちそよぎ、〔木(こ)の葉(は)かつちるけしき〕物(もの)おもは【思は】ざらんだにも、ふけ
ゆく秋(あき)の旅(たび)の空(そら)はかなしかる【悲しかる】べし。まして平家(へいけ)
の人々(ひとびと)の心(こころ)のうち、さこそはおはしけめとをしは
から(おしはから)【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。むかしは九(ここの)え(ここのへ)のうちにて、春(はる)P2293の花(はな)を
P10170
もてあそび、今者(いまは)八島(やしま)の浦(うら)にして、秋(あき)の月(つき)に
かなしむ。凡(およ)(をよ)そさやけき月(つき)を詠(えい)(ゑい)じても、都(みやこ)のこよ
ひいかなるらんとおもひ【思ひ】やり、心(こころ)をすまし【澄まし】、涙(なみだ)を
ながしてぞあかしくらし給(たま)ひける。左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)
かうぞおもひ【思ひ】つづけ給(たま)ふ。
君(きみ)すめばこれも雲井(くもゐ)の月(つき)なれど
猶(なほ)(なを)恋(こひ)しきは都(みやこ)なりけり W084
同(おなじき)九月(くぐわつ)十二日(じふににち)、参川【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)、平家(へいけ)追討(ついたう)のため
P10171
に西国(さいこく)へ発向(はつかう)す。相(あ)ひ伴(ともな)ふ人々(ひとびと)、足利(あしかがの)蔵人(くらんど)
義兼(よしかぬ)・鏡美(かがみの)小次郎(こじらう)長清(ながきよ)・北条(ほうでうの)小四郎(こしらう)義時(よしとき)・
斎院(さいゐんの)次官(しくわん)親義(ちかよし)、侍大将(さぶらひだいしやう)には、土肥(とひの)(とゐの)次郎(じらう)実平(さねひら)・
子息(しそく)弥太郎(やたらう)遠平(とほひら)(とをひら)・三浦介(みうらのすけ)義澄(よしずみ)・子息(しそく)平六(へいろく)
義村(よしむら)・畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)・同(おなじく)長野(ながのの)三郎(さぶらう)
重清(しげきよ)・稲毛(いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)・榛谷[* 「椿谷」と有るのを他本により訂正](はんがへの)四郎(しらう)重朝(しげとも)・同(おなじく)
五郎(ごらう)行重(ゆきしげ)・小山(をやまの)小四郎(こしらう)朝政(ともまさ)・同(おなじく)長沼(ながぬまの)五郎(ごらう)宗政(むねまさ)・
土屋(つちやの)三郎(さぶらう)宗遠(むねとほ)(むねとを)・佐々木(ささき)三郎(さぶらう)守綱【*盛綱】(もりつな)・八田(はつたの)四郎(しらう)
P10172
武者(むしや)朝家(ともいへ)・安西(あんざいの)三郎(さぶらう)秋益(あきます)・大胡(おほごの)三郎(さぶらう)実秀(さねひで)・
天野(あまのの)藤内(とうない)遠景(とほかげ)(とをかげ)・比気【*比企】(ひきの)藤内(とうない)朝宗(ともむね)・同(おなじく)藤四郎(とうしらう)
義員【*能員】(よしかず)・中条(ちゆうでうの)(ちうでうの)藤次(とうじ)家長(いへなが)・一品房(いつぽんばう)章玄(しやうげん)・土佐房(とさばう)
正俊【*昌俊】(しやうしゆん)、此等(これら)を初(はじめ)として都合(つがふ)(つがう)其(その)勢(せい)三万余騎(さんまんよき)、
宮(みや)こ【都】をた(ッ)て播磨(はりま)の室(むろ)にぞつきにける。平家(へいけ)の
方(かた)には、大将軍(たいしやうぐん)小松[B ノ](こまつの)新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)資盛(すけもり)・同(おなじく)小将(せうしやう)
有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)(じじう)忠房(ただふさ)、侍大将(さぶらひだいしやう)には、飛騨(ひだの)三郎
左衛門(さぶらうざゑもん)(さぶらうざへもん)景経(かげつね)・越中(ゑつちゆうの)(ゑつちうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)
P10173
忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)景清(かげきよ)をさきとして、五百余
艘(ごひやくよさう)の兵船(ひやうせん)にとりの(ッ)【乗つ】て、備前[B ノ](びぜんの)小島【*児島】(こじま)につくときこ
え【聞え】しかば、源氏(げんじ)室(むろ)をた(ッ)て、これも備前国(びぜんのくに)西河尻(にしかはじり)、藤
戸(ふぢと)に陣(ぢん)をぞとP2294(ッ)たりける。源平(げんぺい)の陣(ぢん)のあはひ、海(うみ)のおも
て五町(ごちやう)ばかりをへだてたり。舟(ふね)なくしてはたやすう
わたすべき様(やう)なかりければ、源氏(げんじ)の大勢(おほぜい)むかひ【向ひ】
の山(やま)に宿(しゆく)して、いたづらに日数(ひかず)ををくる(おくる)【送る】。平家(へいけ)のかた
よりはやりお(はやりを)【逸男】のわか物(もの)ども、小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】てこぎいださせ、
P10174
扇(あふぎ)をあげて「ここわたせ【渡せ】」とぞまねきける。源氏(げんじ)「や
すからぬ事(こと)也(なり)。いかがせん」といふところ【所】に、同(おなじき)廿五日(にじふごにち)の
夜(よ)に入(いり)て、佐々木(ささき)三郎(さぶらう)盛綱(もりつな)、浦(うら)の男(をとこ)(おとこ)をひとりかた
ら(ッ)て、しろい小袖(こそで)・大口(おほくち)・しろざやまき【白鞘巻】な(ン)ど(など)とらせ、
すかしおほせて、「この海(うみ)に馬(むま)にてわたしぬべきと
ころ【所】やある」ととひ【問ひ】ければ、男(をとこ)(おとこ)申(まうし)けるは、「浦(うら)の物(もの)ども
おほう【多う】候(さうら)へども、案内(あんない)し(ッ)たるはまれに候(さうらふ)。このおとこ(をとこ)
こそよく存知(ぞんぢ)して候(さうら)へ。たとへば河(かは)の瀬(せ)のやう
P10175
なるところ【所】の候(さうらふ)が、月(つき)がしらには東(ひがし)(ひ(ン)がし)に候(さうらふ)、月(つき)じり
には西(にし)に候(さうらふ)。両方(りやうばう)の瀬(せ)のあはひ、海(うみ)のをもて(おもて)十町(じつちやう)
ばかりは候(さうらふ)らん。この瀬(せ)は御馬(おんむま)にてはたやすう
わたさせ給(たま)ふべし」と申(まうし)ければ、佐々木(ささき)なのめならず
悦(よろこう)(よろこふ)で、わが家子(いへのこ)郎等(らうどう)にもしらせず、かの男(をとこ)(おとこ)とただ
二人(ににん)まぎれいで、はだかになり、件(くだん)の瀬(せ)のやう
なるところ【所】をわた(ッ)てみる【見る】に、げにもいたくふかう【深う】
はなかりけり。ひざ【膝】・こし【腰】、肩(かた)にたつ【立つ】ところ【所】もあり。
P10176
鬢(びん)のぬるるところ【所】もあり。ふかきところ【所】をばおよ
い【泳い】で、あさきところ【所】におよぎ【泳ぎ】つく。男(をとこ)(おとこ)申(まうし)けるは、
「これ〔よP2295り〕南(みなみ)(み(ン)なみ)は北(きた)よりはるかにあさう候(さうらふ)。敵(てき)、矢(や)さきを
そろへて待(まつ)ところ【所】に、はだか【裸】にてはかなは【叶は】せ給(たまふ)まじ。
かへらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、佐々木(ささき)げにもとてかへり【帰り】
けるが、「下臈(げらふ)(げらう)はどこともなき物(もの)なれば、又(また)人(ひと)にかたら
はれて案内(あんない)をもおしへ(をしへ)【教へ】んずらん。我(われ)ばかりこそし
ら【知ら】め」とおもひ【思ひ】て、かの男(をとこ)(おとこ)をさしころし【殺し】、頸(くび)かき
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切(ッ)てすてて(ン)げり。同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)の辰刻(たつのこく)ばかり、平家(へいけ)又(また)
小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】てこぎいださせ、「ここをわたせ【渡せ】」とぞまね
きける。佐々木(ささき)三郎(さぶらう)、案内(あんない)はかねて【予て】し(ッ)【知つ】たり、しげめ
ゆい(しげめゆひ)【滋目結】の直垂(ひたたれ)に黒糸威(くろいとをどし)(くろいとおどし)の鎧(よろひ)(よろい)きて、しら葦毛(あしげ)【白葦毛】なる
馬(むま)にのり、家子(いへのこ)郎等(らうどう)七騎(しちき)、ざ(ッ)とうちいれ【入れ】てわたし
けり。大将軍(たいしやうぐん)参川【*三河】守(みかはのかみ)、「あれせいせよ【制せよ】、とどめよ【留めよ】」と
の給(たま)へば、土肥(とひの)(とゐの)次郎(じらう)実平(さねひら)むち[* 「ふち」と有るのを高野本により訂正]あぶみ【鞭鐙】をあはせ【合せ】て
お(ッ)【追つ】ついて、「いかに佐々木殿(ささきどの)、物(もの)のついてくるい(くるひ)【狂ひ】給(たま)ふか。
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大将軍(たいしやうぐん)のゆるされ【許され】もなきに、狼籍【*狼藉】(らうぜき)也(なり)。とどまり
給(たま)へ」といひ【言ひ】けれども、耳(みみ)にもきき【聞き】いれ【入れ】ずわたし
ければ、土肥(とひの)(とゐの)次郎(じらう)もせいし【制し】かねて、やがてつれ【連れ】て
ぞわたい【渡い】たる。馬(むま)のくさわき【草脇】、むながい【胸懸】づくし、ふと腹(ばら)に
つくところ【所】もあり、鞍(くら)つぼこす所(ところ)もあり。ふかき
ところ【所】はおよが【泳が】せ、あさきところ【所】にうちあがる【上がる】。
大将軍(たいしやうぐん)参川【*三河】守(みかはのかみ)これをみて、「佐々木(ささき)にたばかられ
にけり。あさかり【浅かり】けるぞや。わたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」と
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下知(げぢ)せられければ、三万余騎(さんまんよき)の大勢(おほぜい)みなうち入(い)
れてわたしけり。平家(へいけ)P2296の方(かた)には「あはや」とて、舟(ふね)ど
もおし【押し】うかべ【浮べ】、矢(や)さきをそろへてさしつめ【差し詰め】ひき
つめさんざん【散々】にいる【射る】。源氏(げんじ)のつは物(もの)どもこれを事(こと)とも
せず、甲(かぶと)のしころをかたむけ、平家(へいけ)の舟(ふね)にのり
うつりのりうつり、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。源平(げんぺい)み
だれあひ、或(あるい)(ある)は舟(ふね)ふみしづめて死(し)ぬる物(もの)もあり、
或(あるい)(ある)は舟(ふね)ひきかへさ【返さ】れてあはて(あわて)【慌て】ふためくものもあり。
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一日[B チ](いちにち)たたかひ【戦ひ】くらして夜(よる)に入(いり)ければ、平家(へいけ)の舟(ふね)は
おきにうかぶ。源氏(げんじ)は小島【*児島】(こじま)にうちあが(ッ)【上がつ】て、人馬(にんば)のいき
をぞやすめける。平家(へいけ)は八島(やしま)へこぎしりぞく。源
氏(げんじ)心(こころ)はたけく思(おも)へども、舟(ふね)なかりければ、おう【追う】ても
せめ【攻め】たたかはず。「昔(むかし)より今(いま)にいたるまで、馬(むま)にて河(かは)
をわたすつは物(もの)はありといへども、馬(むま)にて海(うみ)をわた
す事(こと)、天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)はしら【知ら】ず、我(わが)朝(てう)には希代(きたい)のためし【例】
なり」とて[* 「とぞ」と有るのを他本により訂正]、備前[B ノ](びぜんの)小島【*児島】(こじま)を佐々木(ささき)に給(たま)はりける。
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鎌倉殿(かまくらどの)の御教書(みげうしよ)にものせ【載せ】られけり[* 「ける」と有るのを高野本により訂正]。同(おなじき)廿七日(にじふしちにち)、宮(みや)
こ【都】には九郎(くらう)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、検非違使(けんびゐし)(けんびいし)五位尉(ごゐのじよう)(ごゐのぜう)にな
されて、九郎(くらう)大夫(たいふの)(たゆふの)判官(はうぐわん)とぞ申(まうし)ける。さる程(ほど)に十
月(じふぐわつ)にもなりぬ。八島(やしま)には浦(うら)吹(ふく)風(かぜ)もはげしく、磯(いそ)
うつ浪(なみ)もたかかり【高かり】ければ、つは物(もの)もせめ【攻め】来(きた)らず、
商客(しやうかく)のゆき【行き】かう(かふ)もまれなれば、宮(みや)こ【都】のつても
きか【聞か】まほしく、いつしか空(そら)かきくもり、霰(あられ)うち
散(ちり)、いとどきえ入(いる)心地(ここち)ぞし給(たま)ひける。都(みやこ)には
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太嘗会【*大嘗会】(だいじやうゑ)あるべしとて、御禊(ごけい)の行幸(ぎやうがう)あり【有り】けり。
節下(せつげ)は徳大寺(とくだいじの)左大将(さだいしやう)実定公(さねさだこう)、其(その)比(ころ)内大臣(ないだいじん)
にておはしけるが、つとめられけり。おとP2297どし(をとどし)先帝(せんてい)
の御禊(ごけい)の行幸(ぎやうがう)には、平家(へいけ)の内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)節下(せつげ)
にてをはせ(おはせ)しが、節下(せつげ)のあく屋(や)【幄屋】につき、前(まへ)に
竜(りよう)(れう)の旗(はた)たててゐ給(たま)ひたりし景気(けいき)、冠(かふり)ぎは、
袖(そで)のかかり、表[B ノ](うへの)袴(はかま)のすそまでもことにすぐれて
みえ【見え】給(たま)へり。其(その)外(ほか)一門(いちもん)の人々(ひとびと)三位(さんみの)(さんゐの)中将(ちゆうじやう)(ちうじやう)知盛(とももり)・頭(とう)の
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中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)以下(いげ)近衛(こんゑ)づかさみつな【御綱】に候(さうら)はれしには、
又(また)立(たち)ならぶ人(ひと)もなかりしぞかし。けふ〔は〕九郎(くらう)判官(はうぐわん)
先陣(せんぢん)に供奉(ぐぶ)す。木曾(きそ)な(ン)ど(など)にはに【似】ず、以外(もつてのほか)(もてのほか)に京(みやこ)
なれ【馴れ】てはありしかども、平家(へいけ)のなかのゑりくづ(えりくづ)【選屑】
よりも猶(なほ)(なを)おとれり。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)十八日(じふはちにち)、大嘗会(だいじやうゑ)
とげ【遂げ】をこなは(おこなは)【行なは】る。去(さんぬ)る治承(ぢしよう)(ぢせう)養和(やうわ)(ようわ)のころより、諸国(しよこく)
七道(しちだう)の人民(にんみん)百姓等(ひやくしやうら)、源氏(げんじ)のためになやまされ、
平家(へいけ)のためにほろぼされ、家(いへ)かまど【竃】をすてて、春(はる)〔は〕
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東作(とうさく)のおもひ【思ひ】をわすれ、秋(あき)は西収(さいしゆ)のいとなみにも
及(およ)(をよ)ばず。いかにしてか様(やう)【斯様】の大礼(たいれい)もおこなはるべきな
れども、さてしもあるべき事(こと)ならねば、かたのごとく
ぞとげ【遂げ】[B ら]れける。参川【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)、やがてつづゐ(つづい)【続い】て
せめ【攻め】給(たま)はば、平家(へいけ)はほろぶ【滅ぶ】べかりしに、室(むろ)・高
砂(たかさご)にやすらひて、遊君(いうくん)(ゆうくん)遊女(いうぢよ)(ゆうぢよ)どもめし【召し】あつめ、あ
そびたはぶれ【戯れ】てのみ月日(つきひ)ををくら(おくら)【送ら】れけり。東国(とうごく)
の大名(だいみやう)小名(せうみやう)おほし【多し】といへども、大将軍(たいしやうぐん)の下知(げぢ)に
したがふ事(こと)なれば力(ちから)及(およ)(をよ)ばず。ただ国(くに)のついへ(つひえ)【費】、
民(たみ)のわづらひのみあ(ッ)て、ことしも既(すで)にくれ
にけり。
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十(だいじふ)




入力者:荒山慶一

校正者:菊池真一

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