平家物語 高野本 巻一

【許諾済】
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【注意】
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【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家一(表紙)

P01001
平家一之巻 目録
一 祇園精舎
二 殿上闇討

禿髪
吾身栄花
祗王
二代の后
額打論
清水寺炎上 付東宮立
殿下ののりあひ
ししの谷 俊寛僧都沙汰
鵜川いくさ
願立
御こしぶり
内裏炎上
P01002

P01003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第一(だいいち)
  祇園精舎(ぎをんしやうじや)S0101
 ○祇園精舎(ぎをんしやうじや)(ギヲンシヤウジヤ)の鐘(かね)(カネ)の声(こゑ)(コヱ)、諸行無常(しよぎやうむじやう)(シヨギヤウムジヤウ)の響(ひびき)(ヒビキ)
あり。娑羅双樹(しやらさうじゆ)(シヤラサウジユ)の花(はな)(ハナ)の色(いろ)(イロ)、盛者必衰(じやうしやひつすい)(ジヤウシヤヒツスイ)の
ことはり(ことわり)【理】をあらはす。おご【奢】れる人(ひと)も久(ひさ)しからず。
唯(ただ)(タダ)春(はる)の夜(よ)の夢(ゆめ)(ユメ)のごとし。たけき者(もの)も遂(つひ)(ツイ)に
はほろびぬ、偏(ひとへ)(ヒトヘ)に風(かぜ)の前(まへ)(マヘ)の塵(ちり)(チリ)に同(おな)(ヲナ)じ。
遠(とほ)(トヲ)く異朝(いてう)(イテウ)をとぶらへば、秦(しん)(シン)の趙高(てうかう)(テウカウ)、漢(かん)(カン)の
王莽(わうまう)(ワウマウ)、梁(りやう)(リヤウ)の周伊(しうい)(シウイ)、唐(たう)(タウ)の禄山(ろくさん)(ロクサン)、是等(これら)(コレラ)は皆(みな)(ミナ)、旧主(きうしゆ)(キウシユ)
先皇(せんくわう)(センクハウ)の政(まつりごと)(マツリゴト)にもしたがはず、楽(たのし)(タノシ)みをきはめ、
P01004
諫(いさめ)(イサメ)をもおもひいれ【思ひ入れ】ず、天下(てんが)のみだれむ事(こと)を
さとらずして、民間(みんかん)(ミンカン)の愁(うれふ)(ウレウ)る所(ところ)をしらざ(ッ)し
かば、久(ひさ)しからずして、亡(ばう)(バウ)じにし者(もの)ども也(なり)。
近(ちか)(チカ)く本朝(ほんてう)(ホンテウ)をうかがふに、承平(しようへい)(セウヘイ)の将門(まさかど)(マサカド)、天慶(てんぎやう)(テンキヤウ)
の純友(すみとも)(スミトモ)、康和(かうわ)(カウワ)の義親(ぎしん)(ギシン)、平治(へいぢ)(ヘイヂ)の信頼(のぶより)(ノブヨリ [*左に「シンライ」])、此等(これら)(コレラ)は
おご【奢】れる心(こころ)もたけき事(こと)も、皆(みな)とりどりに
こそありしかども、まぢかくは六波羅(ろくはら)(ろくハラ)の入道(にふだう)
前(さきの)(サキノ)太政大臣(だいじやうだいじん)平(たひらの)(たひらノ)朝臣(あつそん)(アツソン)清盛公(きよもりこう)(キヨモリこう)と申(まうし)し人(ひと)の
ありさま、伝(つたへ)(ツタヘ)うけ給(たまは)【承】るこそ、心(こころ)も詞(ことば)(コトバ)も及(およ)(ヲヨ)
P01005
ばれね。其(その)先祖(せんぞ)(センゾ)を尋(たづ)ぬれば、桓武天皇(くわんむてんわう)(クワンムてんわう)第
五(だいご)の皇子(わうじ)(ワウジ)、一品式部卿(いつぽんしきぶきやう)(イツポンシキブキヤウ)葛原親王(かづらはらのしんわう)(カヅラハラノシンワウ)、九代(くだい)の
後胤(こういん)(コウイン)、讃岐守(さぬきのかみ)(サヌキノカミ)正盛(まさもり)(マサモリ)が孫(そん)(ソン)、刑部卿(ぎやうぶきやう)(キヤウブキヤウ)忠盛(ただもりの)(タダモリノ)朝臣(あつそん)(アソン)の
嫡男(ちやくなん)(チヤクナン)なり。彼(かの)(カノ)親王(しんわう)(シンワウ)の御子(みこ)(ミコ)、高視【*高見】(たかみ)(タカミ)の王(わう)、無官(むくわん)(ムクワン)
無位(むゐ)(ムイ)にしてうせ給(たまひ)ぬ。其(その)御子(おんこ)(ヲンこ)、高望(たかもち)(タカモチ)の王(わう)
の時(とき)、始(はじめ)(ハジメ)て平(たひら)(タイラ)の姓(しやう)(シヤウ)を給(たまは)(ツ)て、上総介(かづさのすけ)(カヅサノスケ)になり
給(たまひ)しより、忽(たちまち)(タチマチ)に王氏(わうし)(わうシ)を出(いで)て人臣(じんしん)(ジンシン)につら
なる。其(その)子(こ)鎮守府将軍(ちんじゆふのしやうぐん)(チンジユフノシヤウグン)義茂【*良望】(よしもち)(ヨシモチ)、後(のち)(ノチ)には国香(くにか)(クニカ)
とあらたむ。国香(くにか)(クニカ)より正盛(まさもり)(マサモリ)にいたる迄(まで)(マデ)、六代(ろくだい)は、
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諸国(しよこく)(シヨコク)の受領(じゆりやう)(ジユリヤウ)たりしかども、殿上(てんじやう)(テンジヤウ)の仙藉【*仙籍】(せんせき)(センセキ)
  殿上(てんじやうの)闇討(やみうち)S0102
をばいまだゆるされず。 ○しかるを忠盛(ただもり)(タダモリ)備
前守(びぜんのかみ)(ビゼンノかみ)たりし時(とき)(トキ)、鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)の御願(ごぐわん)(ゴグワン)、得長寿院(とくぢやうじゆゐん)(トクヂヤウジユヰン)
を造進(ざうしん)(ザウシン)して、三十三間(さんじふさんげん)の御堂(みだう)(ミダウ)をたて、一千
一体(いつせんいつたい)(いつせんいつタイ)の御仏(おんほとけ)(おんホトケ)をす【据】[B 居]へ(すゑ)奉(たてまつ)る。供養(くやう)(クヤウ)は天承(てんしよう)(テンセウ)元
年(ぐわんねん)(グワンねん)三月(さんぐわつ)十三日(じふさんにち)なり。勧賞(けんじやう)(ケンジヤウ)には闕国(けつこく)(ケツコク)を給(たま)
ふべき由(よし)仰下(おほせくだ)(ヲホセクダ)されける。境節(をりふし)(ヲリフシ)但馬国(たじまのくに)(タジマノクニ)の
あきたりけるを給(たまひ)にけり。上皇(しやうくわう)御感(ぎよかん)(ギヨカン)の
あまりに内(うち)(ウチ)の昇殿(しようでん)(セウデン)をゆるさる。忠盛(ただもり)(タダモリ)三十
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六(さんじふろく)にて始(はじめ)て昇殿(しようでん)(セウデン)す。雲(くも)(クモ)の上人(うへびと)(ウヘビト)是(これ)を猜(そね)(ソネ)み、
同(おなじ)(オナジ)き年(とし)の十二月(じふにぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、五節豊明(ごせつとよのあかり)(ごセツトヨノアカリ)の
節会(せちゑ)(セチヱ)の夜(よ)、忠盛(ただもり)を闇打(やみうち)(ヤミウチ)にせむとぞ擬(ぎ)(ギ)せ
られける。忠盛(ただもり)(タダモリ)是(これ)を伝聞(つたへきい)(ツタヘキイ)て、「われ右筆(いうひつ)(ユウヒツ)の
身(み)にあらず、武勇(ぶよう)(ブヨウ)の家(いへ)(イヱ)に生(むま)れて、今(いま)不慮(ふりよ)(フリヨ)
の恥(はぢ)(ハヂ)にあはむ事(こと)、家(いへ)(イヱ)の為(ため)(タメ)身(み)の為(ため)こころ【心】
うかるべし。せむずる(せんずる)ところ【所】、身(み)(ミ)を全(まつたう)(マツタウ)して
君(きみ)(キミ)に仕(つかふ)(ツカウ)といふ本文(ほんもん)(ほんモン)あり」とて、兼(かね)(カネ)て用意(ようい)(ヨウイ)
をいたす。参内(さんだい)(サンダイ)のはじめより、大(おほき)(オホキ)なる鞘巻(さやまき)(サヤマキ)を
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用意(ようい)(ヨウイ)して、束帯(そくたい)(ソクタイ)のしたにしどけなげに
さし、火(ひ)(ヒ)のほのぐらき方(かた)(カタ)にむか(ッ)て、やはら
此(この)刀(かたな)(カタナ)をぬき出(いだ)(イダ)し、鬢(びん)(ビン)にひきあてられけるが、
氷(こほり)(コホリ)な(ン)どの様(やう)(ヤウ)にぞみえける。諸人(しよにん)(シヨニン)目(め)(メ)をすまし
けり。其上(そのうへ)(ソノウヘ)忠盛(ただもり)(タダモリ)の郎等(らうどう)(ラウドウ)、もとは一門(いちもん)(イチモン)たりし、
木工助(もくのすけ)(モクノスケ)平貞光(たひらのさだみつ)(タイラノサダミツ)が孫(まご)(マゴ)、しん【進】の三郎大夫(さぶらうだいふ)家房(いへふさ)(イヱフサ)【*季房(すゑふさ) 】が
子(こ)、左兵衛尉(さひやうゑのじよう)(サヒヤウヱノゼウ)家貞(いへさだ)(イヱサダ)といふ者(もの)(モノ)ありけり。薄
青(うすあを)(ウスアヲ)のかりぎぬ【狩衣】のしたに萠黄威(もえぎをどし)(モヱギヲドシ)の腹巻(はらまき)(ハラマキ)
をき、弦袋(つるぶくろ)(ツルブクロ)つけたる太刀(たち)(タチ)脇(わき)(ワキ)ばさむ(ばさん)で、
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殿上(てんじやう)(テンジヤウ)の小庭(こには)(コニハ)に畏(かしこまつ)(カシコマツ)てぞ候(さぶらひ)ける。貫首(くわんじゆ)(クワンジユ)以下(いげ)
あやしみをなし、「うつほ柱(ばしら)(バシラ)よりうち、鈴(すず)(スズ)の
綱(つな)(ツナ)のへんに、布衣(ほうい)(ホウイ)の者(もの)の候(さうらふ)はなにもの【何者】ぞ。
狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)なり。罷出(まかりいで)(マカリイデ)よ」と六位(ろくゐ)をも(ッ)てい【言】はせ
ければ、家貞(いへさだ)申(まうし)けるは、「相伝(さうでん)(サウデン)の主(しゆ)(シユ)、備前守
殿(びぜんのかうのとの)(ビゼンノカウのトノ)、今夜(こんや)(コンヤ)闇打(やみうち)(ヤミウチ)にせられ給(たまふ)べき由(よし)承(うけたまはり)(ウケタマワリ)候(さうらふ)あひだ【間】、
其(その)(ソノ)ならむ様(やう)(ヤウ)を見(み)むとて、かくて候(さうらふ)。えこそ
罷出(まかりいづ)まじけれ」とて、畏(かしこまつ)(カシコマツ)て候(さうらひ)ければ、是等(これら)を
よしなしとやおもは【思は】れけん、其(その)夜(よ)の闇(やみ)(ヤミ)うち
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なかりけり。忠盛(ただもり)(タダモリ)御前(ごぜん)(ゴゼン)のめしにま【舞】はれければ、
人々(ひとびと)拍子(ひやうし)(ヒヤウシ)をかへて、「伊勢平氏(いせへいじ)(イセヘイジ)はすがめ
なりけり」とぞはやされける。此(この)(コノ)人々(ひとびと)はかけ
まくもかたじけなく、柏原天皇(かしはばらのてんわう)(カシハバラノテンワウ)の御末(おんすゑ)(ヲンスヱ)
とは申(まうし)ながら、中比(なかごろ)(ナカゴロ)は都(みやこ)(ミヤコ)のすまゐ(すまひ)もうと
うとしく、地下(ぢげ)(ヂゲ)にのみ振舞(ふるまひ)(フルマイ)な(ッ)て、伊勢国(いせのくに)(いせノクニ)
に住国(ぢゆうこく)(ヂウコク)ふか【深】かりしかば、其(その)国(くに)のうつは物(もの)(モノ)に
事(こと)よせて、伊勢平氏(いせへいじ)(いせヘイジ)とぞ申(まうし)ける。其(その)うへ
忠盛(ただもり)目(め)のすがまれたりければ、加様(かやう)には
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はやされけり。いかにすべき様(やう)もなくして、
御遊(ぎよいう)(ギヨユウ)もいまだをはらざるに、偸(ひそか)(ヒソカ)に罷出(まかりいで)
らるるとて、よこ【横】だへさされたりける刀(かたな)(カタナ)をば、
紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)(シシデン)の御後(ごご)(ゴゴ)にして、かたえ(かたへ)の殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)
のみ【見】られけるところ【所】にて、主殿司(とのもづかさ)(トノモヅカサ)をめし
てあづけ置(おき)てぞ出(いで)られける。家貞(いへさだ)(イヱサダ)待(まち)(マチ)
うけたてま(ッ)て、「さていかが候(さうらひ)つる」と申(まうし)
ければ、かくともいはまほしう思(おも)(オモ)はれけれ
ども、いひつるものならば、殿上(てんじやう)(テンジヤウ)までも頓而(やがて)
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きりのぼらんずる者(もの)(モノ)にてある間(あひだ)(アイダ)、別(べち)(ベチ)の
事(こと)なし」とぞ答(こたへ)(コタヘ)られける。五節(ごせつ)(ごセツ)には、
「白薄様(しろうすやう)(シロウスヤウ)、こぜむじ(こぜんじ)の紙(かみ)、巻上(まきあげ)(マキアゲ)の筆(ふで)(フデ)、鞆
絵(ともゑ)(トモヱ)かいたる筆(ふで)(フデ)の軸(ぢく)(ヂク)」なんど(など)、さまざま面
白事(おもしろき)(ヲモシロキ)事(こと)をのみこそうた【歌】ひまはるるに、中比(なかごろ)(ナカゴロ)
太宰権帥(ださいのごんのそつ)(ダサイノゴンノソツ)季仲卿(すゑなかのきやう)(スヱナカノキヤウ)といふ人(ひと)ありけり。
あまりに色(いろ)(イロ)のくろ【黒】かりければ、みる人(ひと)
黒帥(こくそつ)(コクソツ)とぞ申(まうし)ける。其(その)人(ひと)いまだ蔵人頭(くらんどのとう)(クラドノトウ)
なりし時(とき)、五節(ごせつ)(ごセツ)にまはれければ、それも
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拍子(ひやうし)(ヒヤウシ)をかへて、「あなくろぐろ、くろき
頭(とう)(トウ)かな。いかなる人(ひと)のうるしぬりけむ」
とぞはやされける。又(また)花山院(くわさんのゐんの)(クワサンノヰンノ)前(さきの)(サキノ)太政大臣(だいじやうだいじん)
忠雅(ただまさ)(タダマサ)公(こう)、いまだ十歳(じつさい)(じつサイ)と申(まうし)し時(とき)、父(ちち)(チチ)中納言(ちゆうなごん)
忠宗卿(ただむねのきやう)(タダムネノキヤウ)にをく(おく)【遅】れたてま(ッ)て、みなし子(ご)にて
おはしけるを、故中御門(こなかのみかどの)(コナカノミカドの)藤中納言(とうぢゆうなごん)(トウぢゆうなごん)家成
卿(かせいのきやう)(カセイノきやう)、いまだ播磨守(はりまのかみ)(ハリマノカミ)たりし時(とき)(トキ)、聟(むこ)(ムコ)に取(とつ)(トツ)て
声花(はなやか)(ハナヤカ)にもてなされければ、それも
五節(ごせつ)(ごセツ)に、「播磨(はりま)(ハリマ)よねはとくさ【木賊】か、むくの
P01014
葉(は)(ハ)か、人(ひと)のきらをみがくは」とぞはやされ
ける。「上古(しやうこ)(シヤウコ)にはか様(やう)(ヤウ)にありしかども事(こと)
いでこず、末代(まつだい)(マツダイ)いかがあらんずらむ。おぼ
つかなし」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。案(あん)(アン)のごとく、五
節(ごせつ)(ごセツ)はてにしかば、殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)一同(いちどう)(いちドウ)に申(まう)され
けるは、「夫(それ)(ソレ)雄剣(ゆうけん)(イウケン)を帯(たい)(タイ)して公宴(くえん)(クヱン)に列(れつ)(レツ)し、
兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)(ヒヤウヂヤウ)を給(たまはつ)(タマハツ)て宮中(きゆうちゆう)(キウチウ)を出入(しゆつにふ)(シユツニウ)するは、みな[B 是(これ)]
格式(きやくしき)(キヤクシキ)の礼(れい)(レイ)をまもる。綸命(りんめい)(リンメイ)よしある先
規(せんぎ)(センギ)なり。しかるを忠盛(ただもりの)(タダモリノ)朝臣(あつそん)、或(あるい)(アルイ)は相伝(さうでん)(サウデン)の
P01015
郎従(らうじゆう)(ラウジウ)と号(かう)(ガウ)して、布衣(ほうい)(ホウイ)の兵(つはもの)(ツハモノ)を殿上(てんじやう)
の小庭(こには)(コニハ)にめしをき(おき)、或(あるい)は腰(こし)(コシ)の刀(かたな)を横(よこだ)(ヨコダ)へ
さいて、節会(せちゑ)(セチヱ)の座(ざ)(ザ)につらなる。両条希
代(りやうでうきたい)(リヤウデウキタイ)いまだきかざる狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)也(なり)。事(こと)既(すで)(スデ)に重
畳(ちようでふ)(テウデウ)せり、罪科(ざいくわ)(ザイクワ)尤(もつとも)(モトモ)のがれがたし。早(はや)(ハヤ)く
御札(みふだ)(ミフダ)をけづ(ッ)て、闕官(けつくわん)(ケツクワン)停任(ちやうにん)(チヤウニン)せらるべき」由(よし)、
おのおの訴(うつた)(ウツタ)へ申(まう)されければ、上皇(しやうくわう)(シヤウクワウ)大(おほき)に驚(おどろき)(ヲドロキ)
おぼしめし、忠盛(ただもり)をめして御尋(おんたづね)(おんタヅネ)あり。
陳(ちん)(チン)じ申(まうし)けるは、「まづ郎従(らうじゆう)(ラウジウ)小庭(こには)(コニハ)に祗候(しこう)(シコウ)
P01016
の由(よし)、全(まつた)(マタ)く覚悟(かくご)(カクゴ)仕(つかまつら)(ツカマツラ)ず。但(ただし)(タダシ)近日(きんじつ)(キンジツ)人々(ひとびと)あひ
たくまるる旨(むね)(ムネ)子細(しさい)(シサイ)ある歟(か)(カ)の間(あひだ)、年来(ねんらい)(ネンライ)
の家人(けにん)(ケニン)事(こと)をつたへきくかによ(ッ)て、其(その)(ソノ)恥(はぢ)(ハヂ)
をたすけむが為(ため)(タメ)に、忠盛(ただもり)(タダモリ)にしら【知ら】れずして
偸(ひそか)(ヒソカ)に参候(さんこう)(サンコウ)の条(でう)(デウ)、ちから及(およ)(オヨバ)[* 「バ」は重複 ]ばざる次第(しだい)(シダイ)
なり。若(もし)(モシ)なを(なほ)【猶】其(その)咎(とが)(トガ)あるべくは、彼(かの)(カノ)身(み)(ミ)を
めし進(しん)(シン)ずべき歟(か)(カ)。次(つぎ)(ツギ)に刀(かたな)(カタナ)の事(こと)、主殿司(とのもづかさ)(トノモヅカサ)
にあづけをき(おき)をは(ン)ぬ(をはんぬ)。是(これ)(コレ)をめし出(いだ)(イダ)され、
刀(かたな)(カタナ)の実否(じつぷ)(ジツプ)について咎(とが)(トガ)の左右(さう)(サウ)有(ある)(アル)べき歟(か)」
P01017
と申(まうす)。[B 此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)]しかるべしとて、其(その)刀(かたな)をめし出(いだ)して
叡覧(えいらん)(ヱイラン)あれば、うへは鞘巻(さやまき)(サヤマキ)のくろ【黒】く
ぬりたりけるが、中(なか)(ナカ)は木刀(きがたな)(キガタナ)に銀薄(ぎんぱく)(ギンパク)をぞ
おしたりける。「当座(たうざ)(タウザ)の恥辱(ちじよく)(チジヨク)をのがれんが
為(ため)に、刀(かたな)を帯(たい)(タイ)する由(よし)あらはすといへども
後日(ごにち)(ゴニチ)の訴訟(そしよう)(ソセウ)を存知(ぞんぢ)して、木刀(きがたな)を帯(たい)(タイ)し
ける用意(ようい)(ヨウイ)のほどこそ神妙(しんべう)(シンベウ)なれ。弓箭(きゆうせん)(キウセン)
に携(たづさは)(タヅサハ)らむ者(もの)のはかりことは、尤(もつとも)かうこそ
あらまほしけれ。兼(かねては)(カネテハ)又(また)(マタ)郎従(らうじゆう)(ラウジウ)小庭(こには)(コニハ)に祇候(しこう)(シコウ)
P01018
の条(でう)(デウ)、且(かつう)(カツウ)は武士(ぶし)(ブシ)の郎等(らうどう)(ラウドウ)のならひ【習】なり。忠盛(ただもり)(タダモリ)が
咎(とが)(トガ)にあらず」とて、還而(かへつて)(カヘテ)叡感(えいかん)(ヱイカン)にあづか(ッ)し
うへは、敢(あへ)(アヘ)て罪科(ざいくわ)(ザイクワ)の沙汰(さた)(サタ)もなかりけり。
  鱸(すずき)S0103
 ○其(その)子(こ)どもは、諸衛(しよゑ)(シヨヱ)の佐(すけ)(スケ)になる。昇殿(しようでん)(セウデン)せし
に、殿上(てんじやう)(テンジヤウ)のまじはりを人(ひと)きらふに及(およ)ばず。
其比(そのころ)忠盛(ただもり)、備前国(びぜんのくに)(ビゼンノくに)より都(みやこ)(ミヤコ)へのぼりたり
けるに、鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)「明石浦(あかしのうら)(アカシノウラ)はいかに」と、[B 御(おん)]尋(たづね)(タヅネ)
ありければ、
有明(ありあけ)(アリアケ)の月(つき)も明石(あかし)のうら風(かぜ)に
P01019
浪(なみ)ばかりこそよるとみえしか W001
と申(まうし)たりければ、御感(ぎよかん)(ギヨカン)ありけり。此(この)歌(うた)(ウタ)は
金葉集(きんえふしふ)(キンエウシウ)にぞ入(いれ)られける。忠盛(ただもり)(タダモリ)又(また)(マタ)仙洞(せんとう)(セントウ)に
最愛(さいあい)(サイアイ)の女房(にようばう)(ネウバウ)をも【持】(ッ)てかよはれけるが、ある
時(とき)其(その)女房(にようばう)(ネウバウ)のつぼねに、妻(つま)(ツマ)に月(つき)出(いだ)(イダ)したる
扇(あふぎ)(アフギ)をわすれて出(いで)られたりければ、かたえ(かたへ)の
女房(にようばう)たち、「是(これ)はいづくよりの月影(つきかげ)(つきカゲ)ぞや。
出(いで)(イデ)どころおぼつかなし」な(ン)どわらひあはれ
ければ、彼(かの)(カノ)女房(にようばう)、
P01020
雲井(くもゐ)よりただもりきたる月(つき)なれば
おぼろけにてはい【言】はじとぞ思(おも)ふ W002
とよみたりければ、いとどあさからずぞ
おもは【思は】れける。薩摩守(さつまのかみ)(サツマノカミ)忠教【*忠度】(ただのり)(タダノリ)の母(はは)(ハハ)是(これ)(コレ)なり。
にるを友(とも)(トモ)とかやの風情(ふぜい)(フゼイ)に、忠盛(ただもり)(タダモリ)も[M も→の]すいたり
ければ、彼(かの)(カノ)女房(にようばう)(ネウバウ)もゆう(いう)【優】なりけり。かくて
忠盛(ただもり)(タダモリ)刑部卿(ぎやうぶのきやう)(キヤウブキヤウ)にな(ッ)て、仁平(にんぺい)(ニンペイ)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)十
五日(じふごにち)、歳(とし)(トシ)五十八(ごじふはち)にてう【失】せにき。清盛(きよもり)(キヨモリ)嫡男(ちやくなん)(チヤクナン)
たるによ(ッ)て、其(その)跡(あと)(アト)をつぐ。保元(ほうげん)(ホウゲン)元年(ぐわんねん)(グワンねん)七月(しちぐわつ)
P01021
に宇治(うぢ)(ウヂ)の左府(さふ)(サフ)代(よ)(ヨ)をみだり給(たまひ)(タマヒ)し時(とき)(トキ)、安芸(あき)(アキ)
のかみとて御方(みかた)(ミカタ)にて勲功(くんこう)(クンコウ)ありしかば、播
磨守(はりまのかみ)(ハリマノカミ)にうつ(ッ)て、同(おなじき)(ヲナジキ)三年(さんねん)太宰大弐(ダサイノだいニ)になる。
次(つぎ)(ツギ)に平治(へいぢ)(ヘイヂ)元年(ぐわんねん)(グワンねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼卿(ノブヨリノキヤウ)が謀叛(ムホン)の時(とき)、
御方(みかた)(ミカタ)にて賊徒(ぞくと)(ゾクト)をうちたいら(たひら)【平】げ、勲功(くんこう)(クンコウ)一(ひとつ)(ヒトツ)に
あらず、恩賞(おんしやう)(ヲンシヤウ)是(これ)(コレ)おもかるべしとて、次(つぎ)(ツギ)の年(とし)
正三位(じやうざんみ)(ジヤウざんみ)[*「三」に濁点 ]に叙(じよ)(ジヨ)せられ、うちつづき宰相(さいしやう)(サイシヤウ)、衛府督(ゑふのかみ)(エフノスケ)、
検非違使別当(けんびゐしのべつたう)(ケンビイシノベツタウ)、中納言(ちゆうなごん)、大納言(だいなごん)に経(ヘ)あが(ッ)て、
剰(あまつさ)(アマサ)へ烝相【丞相】(しようじやう)(セウジヤウ)の位(くらゐ)(クライ)にいたり、さ【左】右(う)(ウ)を経(へ)ずして
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内大臣(ないだいじん)(ナイダイジン)より太政大臣(だいじやうだいじん)従一位(じゆいちゐ)(ジユいちゐ)にあがる。大将(だいしやう)
にあらねども、兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)(ヒヤウヂヤウ)を給(たまはつ)(タマハツ)て随身(ずいじん)(ズイジン)をめし
具(ぐ)(グ)す。牛車輦車(ぎつしやれんじや)(ギツシヤレンジヤ)の宣旨(せんじ)(センジ)を蒙(かうぶつ)(カウフツ)て、のり
ながら宮中(きゆうちゆう)(キウチウ)を出入(しゆつにふ)す。偏(ひとへ)(ヒトヘ)に執政(しつせい)(シツセイ)の臣(しん)の
ごとし。「太政大臣(だいじやうだいじん)は一人(いちじん)(いちジン)に師範(しはん)(シハン)として、四海(しかい)(しカイ)に
儀(ぎ)(ギ)けい【刑】せり。国(くに)(クニ)をおさめ(をさめ)道(みち)(ミチ)を論(ろん)(ロン)じ、陰陽(いんやう)(インヤウ)
をやはらげおさ(をさ)む。其(その)人(ひと)にあらずは則(すなはち)(スナハチ)かけよ」
といへり。されば即闕(そくけつ)(ソツケツ)の官(くわん)(クワン)とも名付(なづけ)(ナヅケ)たり。
其(その)人(ひと)ならではけがすべき官(くわん)ならねども、一天(いつてん)
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四海(しかい)を掌(たなごころ)(タナゴコロ)の内(うち)(ウチ)ににぎられしうへは、子細(しさい)
に及(およ)ばず。平家(へいけ)かやうに繁昌(はんじやう)(ハンジヤウ)せられける
も、熊野権現(くまののごんげん)(クマノノゴンゲン)の御利生(ごりしやう)(ゴリシヤウ)とぞきこえし。
其(その)(ソノ)故(ゆゑ)(ユヘ)は、古(いにし)(イニシ)へ清盛公(きよもりこう)(キヨモリこう)いまだ安芸守(あきのかみ)(アキノかみ)たりし
時(とき)、伊勢(いせ)(イセ)の[B 国(くに)安濃の津(あののつ)イ]海(うみ)(ウミ)より船(ふね)(フネ)にて熊野(くまの)(クマノ)へまい(まゐ)【参】られ
けるに、おほきなる鱸(すずき)(スズキ)の船(ふね)(フネ)におどり(をどり)入(いり)
たりけるを、先達(せんだつ)(センダツ)申(まうし)けるは、「是(これ)(コレ)は権現(ごんげん)(ゴンゲン)の
御利生(ごりしやう)(ゴリシヤウ)なり。いそぎまい(まゐ)【参】るべし」と申(まうし)ければ、
清盛(きよもり)の給(たま)ひけるは、「昔(むかし)(ムカシ)、周(しう)(シウ)の武王(ぶわう)(ブワウ)の船(ふね)(フネ)にこそ
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白魚(はくぎよ)は躍入(をどりいり)(ヲドリいり)たりけるなれ。是(これ)吉事(きちじ)(キチジ)なり」
とて、さばかり十戒(じつかい)(ジツカイ)をたもち、精進潔斎(しやうじんけつさい)(シヤウジンケツサイ)
の道(みち)なれども、調味(てうみ)(テウミ)して家子侍共(いへのこさぶらひども)(イヱノコサブライども)にくはせ
られけり。其(その)故(ゆゑ)(ユヘ)にや、吉事(きちじ)(キチジ)のみうちつづいて、
太政大臣(だいじやうだいじん)まできはめ給(たま)へり。子孫(しそん)(シソン)の官途(くわんど)(クワンド)
も竜(りよう)(レウ)の雲(くも)(クモ)に昇(のぼ)(ノボ)るよりは猶(なほ)すみやか也(なり)。
  禿髪(かぶろ)S0104
九代(くだい)の先蹤(せんじよう)(センゼウ)をこえ給(たま)ふこそ目出(めでた)(メデタ)けれ。 ○角(かく)(カク)
て清盛(きよもり)公(こう)、仁安(にんあん)(ニンアン)三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)十一日(じふいちにち)、年(とし)五十一(ごじふいち)
にてやまひにをかされ、存命(ぞんめい)(ゾンメイ)の為(ため)に忽(たちまち)(タチマチ)に
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出家入道(しゆつけにふだう)(シユツケニウダウ)す。法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)は浄海(じやうかい)(ジヤウカイ)とこそなのら【名乗ら】れけれ。
其(その)しるしにや、宿病(しゆくびやう)(シユクビヤウ)たちどころにいへ(いえ)て、
天命(てんめい)(テンメイ)を全(まつたう)(マツタウ)す。人(ひと)のしたがひつく事(こと)、吹(ふく)(フク)風(かぜ)
の草木(くさき)(クサキ)をなびかすがごとし。世(よ)のあまねく
仰(あふ)(アフ)げる事(こと)、ふる雨(あめ)の国土(こくど)(コクド)をうるほすに
同(おな)じ。六波羅殿(ろくはらどの)(ろくハラドノ)の御一家(ごいつけ)(ゴいつケ)の君達(きんだち)(キンダチ)といひてン
しかば、花族(くわそく)(クワソク)[M「クワシヨク」と振り「シヨ」を非とし「ソ」と傍書]も栄耀(えいゆう)(エイヨウ)も面(おもて)(ヲモテ)をむかへ肩(かた)(カタ)を
ならぶる人(ひと)なし。されば入道相国(にふだうしやうこく)のこじうと、
平(へい)(ヘイ)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノキヤウ)ののたまひけるは、「此(この)一門(いちもん)に
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あらざらむ人(ひと)は皆(みな)(ミナ)人非人(にんぴにん)(ニンピニン)なるべし」とぞのた
まひける。かかりしかば、いかなる人(ひと)も相構(あひかまへ)(アヒカマヘ)て
其(その)ゆかりにむすぼほれむとぞしける。衣文(えもん)(ヱモン)
のかきやう、鳥帽子(えぼし)(ヱボシ)のためやうよりはじめ
て、何事(なにごと)も六波羅様(ろくはらやう)(ろくはらヤウ)といひて(ン)げれば、一天
四海(いつてんしかい)の人(ひと)皆(みな)是(これ)をまなぶ。又(また)いかなる賢王(けんわう)(ケンワウ)
賢主(けんしゆ)(ケンシユ)の御政(おんまつりごと)(ヲンマツリコト)も、摂政(せつしやう)(セツシヤウ)関白(くわんばく)(クワンバク)の御成敗(ごせいばい)(ゴセイバイ)も、世(よ)に
あまされたるいたづら者(もの)な(ン)どの、人(ひと)のきか
ぬ所(ところ)にて、なにとなうそしり傾(かたぶ)(カタフ)け申(まうす)事(こと)は
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つねの習(ならひ)(ナラヒ)なれども、此(この)禅門(ぜんもん)(ゼンモン)世(よ)ざかりのほどは、
聊(いささか)(イササカ)いるかせにも申(まうす)者(もの)なし。其(その)故(ゆゑ)(ユヘ)は、入道相国(にふだうしやうこく)(にふだうシヤウコク)
のはかりことに、十四五六(じふしごろく)の童部(わらんべ)(ハランベ)を三百人(さんびやくにん)
そろへて、髪(かみ)(カミ)をかぶろにきりまはし、あかき
直垂(ひたたれ)(ヒタタレ)をきせて、めしつかはれけるが、京中(きやうぢゆう)
にみちみちて往反(わうへん)(ワウヘン)[*「ヘン」の右傍に「バン」]しけり。をのづから(おのづから)平家(へいけ)
の事(こと)あしざまに申(まうす)者(もの)あれば、一人(いちにん)きき出(いだ)さ
ぬほどこそありけれ、余党(よたう)(ヨタウ)に触廻(ふれめぐら)(フレメグラ)して、
其(その)(ソノ)家(いへ)(イヱ)に乱入(らんにふ)(ランニウ)し、資財(しざい)(シザイ)雑具(ざふぐ)(ザウグ)を追捕(ついふく)(ツイフく)し、
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其(その)奴(やつ)(ヤツ)を搦(からめ)(カラメ)と(ッ)て、六波羅(ろくはら)へゐてまい(まゐ)【参】る。されば
目(め)に見(み)、心(こころ)にしる【知る】といへど、詞(ことば)(コトバ)にあらはれ[B しイ]て
申(まうす)者(もの)なし。六波羅殿(ろくはらどの)の禿(かぶろ)(カブロ)といひて(ン)しかば、
道(みち)をすぐる馬(むま)(ムマ)車(くるま)(クルマ)もよぎてぞとをり(とほり)
ける。禁門(きんもん)(キンモン)を出入(しゆつにふ)(シユツニウ)すといへども姓名(しやうみやう)(シヤウミヤウ)を
尋(たづね)(タヅネ)らるるに及(およ)ばず京師(けいし)(ケイシ)の長吏(ちやうり)(チヤウリ)これ【是】が
  吾身(わがみの)栄花(えいぐわ)S0105
為(ため)に目(め)を側(そばむ)(ソバム)とみえたり。 ○吾身(わがみ)(ワガミ)の栄花(えいぐわ)(ヱイクワ)
を極(きはむ)(キハム)るのみならず、一門(いちもん)共(とも)に繁昌(はんじやう)(ハンジヤウ)して、
嫡子(ちやくし)(チヤクシ)重盛(しげもり)(シゲモリ)、内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)、次男(じなん)(ジナン)宗盛(むねもり)(ムネモリ)、中納言(ちゆうなごん)
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の右大将(うだいしやう)、三男(さんなん)具盛【*知盛】(とももり)(トモモリ)、三位中将(さんみのちゆうじやう)(さんみノちゆうじやう)、嫡孫(ちやくそん)(チヤクソン)維盛(これもり)(コレモリ)、四位
少将(しゐのせうしやう)(しゐノせうしやう)、すべて一門(いちもん)の公卿(くぎやう)(クギヤウ)十六人(じふろくにん)、殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)卅(さんじふ)余(よ)(ヨ)
人(にん)、諸国(しよこく)(シヨコク)の受領(じゆりやう)(ジユリヤウ)、衛府(ゑふ)(エフ)、諸司(しよし)(シヨシ)、都合(つがふ)(ツガウ)六十(ろくじふ)余(よ)(ヨ)人(にん)
なり。世(よ)には又(また)人(ひと)なくぞ見(み)えられける。
昔(むかし)(ムカシ)奈良(なら)(ナラ)の御門(みかど)(ミカド)の御時(おんとき)、神亀(じんき)(ジンキ)五年(ごねん)、朝家(てうか)(テウカ)に
中衛(ちゆうゑ)(チウヱ)の大将(だいしやう)(ダイシヤウ)をはじめをか(おか)【置か】れ、大同(だいどう)(ダイドウ)四年(しねん)(シねん)に、
中衛(ちゆうゑ)を近衛(こんゑ)(コンヱ)と改(あらため)(アラタメ)られしよりこのかた、兄弟(きやうだい)(キヤウダイ)
左右(さう)(サウ)に相並(あひならぶ)(アイナラブ)事(こと)纔(わづか)(ワヅカ)に三四箇度(さんしかど)(さんしカド)なり。文
徳天皇(もんどくてんわう)(モンドクてんワウ)の御時(おんとき)は、左(ひだん)(ヒダン)に良房(よしふさ)(ヨシフサ)、右大臣(うだいじん)の左大将(さだいしやう)、
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右(みぎ)に良相(よしあふ)(ヨシアウ)、大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)、是(これ)は閑院(かんゐん)(カンヰン)の左
大臣(さだいじん)冬嗣(ふゆつぎ)(フユツギ)の御子(おんこ)なり。朱雀院(しゆしやくゐん)(シユシヤクヰン)の御宇(ぎよう)(ギヨウ)
には、左(ひだり)に実頼(さねより)(サネヨリ)、小野宮殿(をののみやどの)(ヲノノミヤドノ)、右(みぎ)に師資(もろすけ)(モロスケ)、九条
殿(くでうどの)、貞仁【*貞信】(ていじん)(テイジン)公(こう)の御子(おんこ)なり。後冷泉院(ごれいぜいのゐん)(ゴレイゼイのヰン)の御時(おんとき)は、
左(ひだり)に教通(のりみち)(ノリミチ)、大二条殿(おほにでうどの)(ヲホにでうどの)、右(みぎ)に頼宗(よりむね)(ヨリムネ)、堀河殿(ほりかはどの)(ホリカハドノ)、
御堂(みだう)(ミダウ)の関白(くわんばく)(クワンバク)の御子(おんこ)なり。二条院(にでうのゐん)の御宇(ぎよう)(ギヨウ)
には、左(ひだり)に基房(もとふさ)(モトフサ)、松殿(まつどの)(マツドノ)、右(みぎ)に兼実(かねざね)(カネザネ)、月輪殿(つきのわどの)(ツキノワドノ)、
法性寺殿(ほふしやうじどの)(ホウシヤウジドノ)の御子(おんこ)なり。是(これ)皆(みな)摂禄(せふろく)(セウロク)の臣(しん)の
御子息(ごしそく)(ゴシソク)、凡人(はんじん)(バンジン)にとりては其(その)例(れい)(レイ)なし。殿上(てんじやう)(テンジヤウ)の
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交(まじはり)(マジハリ)をだにきらはれし人(ひと)の子孫(しそん)(シソン)にて、禁色
雑袍(きんじきざつぱう)(キンジキザツパウ)をゆり、綾羅錦繍(りようらきんしう)(レウラキンシウ)を身(み)にまとひ、
大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にな(ッ)て兄弟(きやうだい)左右(さう)に相並(あひならぶ)(アヒナラブ)事(こと)、
末代(まつだい)(マツダイ)とはいひながら不思議(ふしぎ)(フシギ)なりし事(こと)ども
なり。其外(そのほか)御娘(おんむすめ)(ヲンムスメ)八人(はちにん)おはしき。皆(みな)(ミナ)とりどりに、
幸(さいはひ)(サイハイ)給(たま)へり。一人(いちにん)は桜町(さくらまち)(サクラマチ)の中納言(ちゆうなごん)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)(シゲノリノキヤウ)の
北(きた)の方(かた)にておはすべかりしが、八歳(はつさい)(はつサイ)の時(とき)約
束(やくそく)(ヤクソク)計(ばかり)(バカリ)にて、平治(へいぢ)のみだれ以後(いご)ひきちがへられ、
花山院(くわさんのゐん)(クワサンノヰン)の左大臣殿(さだいじんどの)の御台盤所(みだいばんどころ)(ミダイハンドコロ)にならせ給(たまひ)て、
P01032
君達(きんだち)(キンダチ)あまたましましけり。抑(そもそも)(ソモソモ)此(この)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)(シゲノリノキヤウ)を、
桜町(さくらまち)(サクラマチ)の中納言(ちゆうなごん)と申(まうし)ける事(こと)は、すぐれて心(こころ)
数奇(すき)(スキ)給(たま)へる人(ひと)にて、つねは吉野山(よしのやま)を
こひ、町(ちやう)(チヤウ)に桜(さくら)をうへ(うゑ)ならべ、其内(そのうち)に屋(や)を立(たて)
てすみ給(たま)ひしかば、来(く)る年(とし)の春(はる)ごとに
みる人(ひと)桜町(さくらまち)とぞ申(まうし)ける。桜(さくら)はさいて七箇
日(しちかにち)(しちカにち)にちるを、余波(なごり)(ナゴリ)を惜(をし)(ヲシ)み、あまてる【天照】御神(おほんがみ)(ヲヲンガミ)
に祈(いのり)(イノリ)申(まう)されければ、三七(さんしち)日(にち)まで余波(なごり)(ナゴリ)あり
けり。君(きみ)も賢王(けんわう)(ケンワウ)にてましませば、神(かみ)[*右に「カミ」、左に「シン」 ]も神
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徳(しんとく)(シントク)を耀(かかや)(カカヤ)かし、花(はな)も心(こころ)ありければ、廿日(はつか)(ハツカ)の齢(よはひ)(ヨハイ)
をたもちけり。一人(いちにん)は后(きさき)(キサキ)にたたせたまふ。
王子(わうじ)(ワウジ)御誕生(ごたんじやう)(ゴタンジヤウ)ありて皇太子(くわうたいし)(クワウたいし)にたち、位(くらゐ)に
つかせ給(たまひ)しかば、院号(ゐんがう)(ヰンガウ)かうぶらせ給(たま)ひて、
建礼門院(けんれいもんゐん)(ケンレイモンヰン)とぞ申(まうし)ける。入道相国(にふだうしやうこく)の御娘(おんむすめ)(おんムスメ)なる
うへ、天下(てんが)の国母(こくも)(コクモ)にてましましければ、とかう
申(まうす)に及(およ)ばず。一人(いちにん)は六条(ろくでう)の摂政殿(せつしやうどの)(セツシヤウドノ)の北政所(きたのまんどころ)(きたノマンドコロ)
にならせ給(たま)ふ。高倉院(たかくらのゐん)御在位(ございゐ)(ゴザイヰ)の時(とき)、御母代(おんぱはしろ)[「ゴボダイ」としてすり消し、その上に「ハハシロ」とあり]
とて准三后(じゆんさんごう)(ジユンサンゴウ)の宣旨(せんじ)(センジ)をかうぶり、白河殿(しらかはどの)(シラカハドノ)とて
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おもき人(ひと)にてましましけり。一人(いちにん)は普賢寺
殿(ふげんじどの)(フゲンジどの)の北(きた)の政所(まんどころ)にならせ給(たま)ふ。一人(いちにん)は冷泉大
納言(れいぜいのだいなごん)(レイゼイノだいなごん)隆房卿(りゆうはうのきやう)(リウハウノキヤウ)の北方(きたのかた)、一人(いちにん)は七条修理大夫(しつでうのしゆりのだいぶ)(しつでうのシユリノだいぶ)信
隆卿(のぶたかのきやう)(ノブタカノきやう)に相具(あひぐ)(アイグ)し給(たま)へり。又(また)安芸国(あきのくに)(アキノクニ)厳島(いつくしま)(イツクシマ)の
内侍(ないし)(ナイシ)が腹(はら)(ハラ)に一人(いちにん)おはせしは、後白河(ごしらかは)の法皇(ほふわう)(ホウワウ)へ
まい(まゐ)【参】らせ給(たま)ひて、女御(にようご)(ネウゴ)のやうにてぞましまし
ける。其外(そのほか)九条院(くでうのゐん)の雑仕(ざふし)(ザウシ)常葉(ときは)(トキハ)が腹(はら)(ハラ)に
一人(いちにん)、是(これ)は花山院殿(くわさんのゐんどの)(クワサンノヰンドノ)に上臈女房(じやうらうにようばう)(ジヤウラウネウバウ)にて、廊(らう)の
御方(おんかた)(ヲカタ)とぞ申(まうし)ける。日本秋津島(につぽんあきつしま)(ニツポンアキツシマ)は纔(わづか)(ワヅカ)に六十
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六箇国(ろくじふろくかこく)(ろくじふろくカこく)、平家知行(へいけちぎやう)の国(くに)卅(さんじふ)余箇国(よかこく)(ヨカこく)、既(すで)(スデ)に半国(はんごく)(ハンゴク)
にこえたり。其外(そのほか)庄園(しやうゑん)(シヤウエン)田畠(でんばく)(デンバク)いくらといふ数(かず)(カズ)
をしらず。綺羅(きら)(キラ)充満(じゆうまん)(ジウマン)して、堂上(たうしやう)(タウシヤウ)花(はな)(ハナ)の如(ごと)(ゴト)し。
軒騎(けんき)(ケンキ)群集(くんじふ)(クンジウ)して、門前(もんぜん)(モンゼン)市(いち)(イチ)をなす。楊州(やうしう)(ヤウジウ)
の金(こがね)(コガネ)、荊州(けいしう)(ケイジウ)の珠(たま)(タマ)、呉郡(ごきん)(ゴキン)の綾(あや)(アヤ)、蜀江(しよくかう)(シヨツカウ)の錦(にしき)(ニシキ)、七
珍万宝(しつちんまんぼう)(シツチンマンボウ)一(ひとつ)(ヒトツ)として闕(かけ)(カケ)たる事(こと)なし。歌堂舞
閣(かたうぶかく)(カタウブカク)の基(もとゐ)(モトイ)、魚竜爵馬(ぎよりようしやくば)(ギヨレウシヤクバ)の翫(もてあそび)(モテアソビ)もの、恐(おそら)(ヲソラ)くは帝闕(ていけつ)(テイケツ)
も仙洞(せんとう)(セントウ)も是(これ)(コレ)にはすぎじとぞみえし。
  祇王(ぎわう)S0106
 ○入道相国(にふだうしやうこく)、一天(いつてん)四海(しかい)をたなごころ【掌】のうちににぎ【握】り
P01036
給(たま)ひしあひだ【間】、世(よ)のそしりをもはばからず、人(ひと)
の嘲(あざけり)(アザケリ)をもかへり見(み)ず、不思議(ふしぎ)(フシギ)の事(こと)をのみ
し給(たま)へり。たとへば、其比(そのころ)(ソノコロ)都(みやこ)(ミヤコ)に聞(きこ)えたる白
拍子(しらびやうし)(シラビヤウシ)の上手(じやうず)(ジヤウズ)、祇王(ぎわう)(ギワウ)祇女(ぎによ)(ギニヨ)とておとといあり。とぢ
といふ白拍子(しらびやうし)がむすめなり。あね【姉】の祇王(ぎわう)を入
道相国(にふだうしやうこく)さいあひ【最愛】せられければ、是(これ)によつていもう
と【妹】の祇女(ぎによ)をも、よの人(ひと)もてなす事(こと)なのめなら
ず。母(はは)とぢにもよき屋(や)つく【造】つてとらせ、毎月(まいぐわつ)(マイグワツ)
に百石(ひやくこく)百貫(ひやくくわん)(ひやくクワン)ををく(おく)【送】られければ、けないふつき【家内富貴】
P01037
してたのしい事(こと)なのめならず。抑(そもそも)(ソモソモ)我(わが)(ワガ)朝(てう)(テウ)に、
しら拍子(びやうし)(ビヤウシ)のはじまりける事(こと)は、むかし鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)
の御宇(ぎよう)(ギヨウ)に、しま【島】のせんざい【千歳】、わか【和歌】のまひ【前】とて、これら
二人(ににん)がま【舞】ひいだしたりけるなり。はじめは
すいかん【水干】に、たて烏帽子(えぼし)(ヱボシ)、白(しろ)ざやまきをさ【挿】いて
まひければ、おとこ(をとこ)まひ【男舞】とぞ申(まうし)ける。しかる
を、中比(なかごろ)(ナカゴロ)より烏帽子(えぼし)(ヱボシ)刀(かたな)(カタナ)をのけられて、すいかん【水干】
ばかりをもちい(もちゐ)【用】たり。扨(さて)(サテ)こそ白拍子(しらびやうし)(シラビヤウシ)とは名付(なづけ)(ナヅケ)
けれ。京中(きやうぢゆう)の白拍子(しらびやうし)ども、祇王(ぎわう)がさいはゐ(さいはひ)【幸】の
P01038
めでたいやうをきいて、うらやむものもあり、そね
む者(もの)もありけり。うらやむ者共(ものども)は、「あなめでたの
祇王(ぎわう)御前(ごぜん)(ゴゼン)の幸(さいはひ)(サイハイ)や。おなじあそび女(をんな)とならば、
誰(たれ)(タレ)もみな、あのやうでこそありたけれ。いかさま
是(これ)は祇(ぎ)といふ文字(もじ)(モジ)を名(な)(ナ)について、かくはめで
たきやらむ。いざ我等(われら)(ワレラ)もついて見(み)む」とて、或(ある)は
祇一(ぎいち)とつき、ぎに【祇二】とつき、或(ある)はぎふく【祇福】・ぎとく【祇徳】
な(ン)どいふものもありけり。そねむものどもは、
「なんでう名(な)により文字(もじ)にはよるべき。さいはゐ(さいはひ)【幸】は
P01039
ただ前世(ぜんぜ)の生(むま)れつきでこそあんなれ」とて、
つかぬものもおほかりけり。かくて三年(みとせ)(ミトセ)と
申(まうす)に、又(また)都(みやこ)にきこえたるしら拍子(びやうし)の上手(じやうず)、
一人(いちにん)出(いで)来(き)たり。加賀国(かがのくに)のものなり。名(な)をば
仏(ほとけ)(ホトケ)とぞ申(まうし)ける。年(とし)十六(じふろく)とぞきこえし。「昔(むかし)(ムカシ)
よりおほくの白拍子(しらびやうし)ありしが、かかるは[*この「は」衍字]まひ【舞】は
いまだ見(み)ず」とて、京中(きやうぢゆう)の上下(じやうげ)もてなす事(こと)
なのめならず。仏御前(ほとけごぜん)(ホトケゴゼン)申(まうし)けるは、「我(われ)天下(てんが)に聞(きこ)え
たれ共(ども)、当時(たうじ)(タウジ)さしもめでたうさか【栄】へ(さかえ)させ給(たま)ふ
P01040
平家(へいけ)太政(だいじやう)の入道(にふだう)どのへ、めされぬ事(こと)こそほ
い【本意】なけれ。あそびもののならひ、なにかくる【苦】しかる
べき。推参(すいさん)(スイサン)して見(み)む」とて、ある時(とき)西八条(にしはつでう)(ニシはつでう)へぞ
まい(まゐ)【参】りたる。人(ひと)まい(まゐ)【参】つて、「当時(たうじ)(タウジ)都(みやこ)にきこえ候(さうらふ)仏
御前(ほとけごぜん)こそまい(まゐ)【参】つて候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)「なん
でう、さやうのあそびものは人(ひと)のめし【召】にしたがふ(したがう)
てこそ参(まゐ)れ、さう【左右】なふ(なう)すいさん【推参】するやうやある。
[B 其上(そのうへ)]祇王(ぎわう)があらん所(ところ)へは、神(かみ)ともいへ、ほとけ【仏】とも
いへ、かなふまじきぞ。とふとふ(とうとう)【疾う疾う】罷出(まかりいで)よ」とぞの給(たま)ひ
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ける。ほとけ御(ご)ぜんはすげなふ(すげなう)い【言】はれたてまつ
つて、既(すで)(スデ)にいでんとしけるを、祇王(ぎわう)(ギワウ)入道殿(にふだうどの)(ニウダウドノ)に
申(まうし)けるは、「あそびもののすいさん【推参】はつねのならひ
でこそさぶらへ。其上(そのうへ)年(とし)もいまだをさなふ(をさなう)【幼】さぶ
らふなるが、適々(たまたま)(タマタマ)思(おもひ)(オモヒ)たつてまい(まゐ)【参】りてさぶらふを、
すげなふ(すげなう)仰(おほせ)(オホセ)られてかへさせ給(たま)はん事(こと)こそ不便(ふびん)
なれ。いかばかりはづかしう、かたはらいたくもさぶら
ふらむ。わが[M 「われ」とあり、「れ」を非とし、「か」と傍書 ]たてしみちなれば、人(ひと)の上(うへ)(ウヘ)ともおぼ
えず。たとひ舞(まひ)(マイ)を御覧(ごらん)(ゴラン)じ、歌(うた)(ウタ)をきこし
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めさずとも、御対面(ごたいめん)(ゴタイメン)ばかりさぶらふ(さぶらう)てかへ【帰】させ
給(たま)ひたらば、ありがたき御情(おんなさけ)(ヲンナサケ)でこそさぶらはん
ずれ。唯(ただ)(タダ)理(り)(リ)をまげて、めしかへして御対面(ごたいめん)(ゴタイメン)さぶ
らへ」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)(ニウダウ)「いでいでわごぜ【我御前】があまりに
いふ事(こと)なれば、見参(げんざん)(ゲンザン)してかへさむ」とて、つかひを
たててめされけり。ほとけごぜん【仏御前】はすげなふ(すげなう)い【言】はれ
たてまつつて、車(くるま)(クルマ)にのつて既(すで)(スデ)にい【出】でんとしけるが、
め【召】されて帰(かへり)(カヘリ)まい(まゐ)【参】りたり。入道(にふだう)(ニウダウ)出(いで)あひたいめん【対面】
して、「けふの見参(げんざん)はあるまじかりつる[M もの]を、
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祇王(ぎわう)がなにと思(おも)(オモ)ふやらん、余(あまり)(アマリ)に申(まうし)すすむる
間(あひだ)、加様(かやう)にげんざん【見参】しつ。見参(げんざん)(ゲンザン)するほどにては、
いかでか声(こゑ)(コヱ)をもきかであるべき。いまやう【今様】一つ
うたへかし」との給(たま)へば、仏御前(ほとけごぜん)「承(うけたまはり)(ウケタマハリ)さぶらふ」とて、
今(いま)(イマ)やう【様】ひとつぞうたふ(うたう)たる。君(きみ)(キミ)をはじめて
みるおり(をり)【折】は千代(ちよ)(チヨ)も経(へ)(ヘ)ぬべしひめこ松(まつ)、
おまへの池(いけ)(イケ)なるかめをかに鶴(つる)(ツル)こそむれゐ
てあそぶめれ Iと、おし返(かへ)しおし返(かへ)し三返(さんべん)(さんベン)うたひす
ましたりければ、けんもん【見聞】の人々(ひとびと)みな耳目(じぼく)(ジボク)
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ををどろか(おどろか)す。入道(にふだう)もおもしろげにおもひ【思ひ】
給(たま)ひて、「わごぜは今(いま)やう【様】は上手(じやうず)(ジヤウズ)でありける
よ。このぢやう【定】では舞(まひ)(マイ)もさだめてよかるらむ。
一番(いちばん)(イチバン)見(み)ばや。つづみ【鼓】うち【打】めせ」とてめされけり。
う【打】たせて一(いち)ばんまふ(まう)【舞う】たりけり。仏御前(ほとけごぜん)(ホトケゴゼン)は、かみ
すがた【髪姿】よりはじめて、みめかたちうつくしく、
声(こゑ)(コヱ)よく節(ふし)(フシ)も上手(じやうず)(ジヤウズ)でありければ、なじかは
まひ【舞】もそんずべき。心(こころ)もをよば(およば)【及ば】ずま【舞】ひすま
したりければ、入道相国(にふだうしやうこく)まひにめで給(たま)ひて、
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仏(ほとけ)に心(こころ)をうつされけり。仏御前(ほとけごぜん)「こはされば
なに事(ごと)さぶらふぞや。もとよりわらははすい
さん【推参】のものにて、いだされまい(まゐ)【参】らせさぶらひしを、
祇王御前(ぎわうごぜん)の申(まう)しやう[B 状(じやう)イ]によつてこそ、めしかへさ
れてもさぶらふに、[B かやうにめしをか(おか)【置か】れなば、妓王御前(ぎわうごぜん)の思(おも)ひ給(たま)はん心(こころ)のうちはづかしうさぶらふ。]はやはやいとまをたふ(たう)でいだ
させおはしませ」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)「すべてその儀(ぎ)
あるまじ。但(ただし)(タダシ)祇王(ぎわう)があるをはばかるか。その儀(ぎ)
ならばぎわう【祇王】をこそいだ【出】さめ」とぞの給(たま)ひ
ける。仏御前(ほとけごぜん)「それ又(また)いかでかさる御事(おんこと)さぶらふ
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べき。諸共(もろとも)(モロトモ)にめしをか(おか)【置か】れんだにも、心(こころ)うふ(うう)【憂う】さぶらふ
べきに、まして祇王(ぎわう)ごぜんを出(いだ)させ給(たま)ひて、
わらはを一人(いちにん)めしをか(おか)【置か】れなば、ぎわうごぜんの
心(こころ)のうち、はづかしうさぶらふべし。をのづから(おのづから)
後迄(のちまで)(ノチマデ)わすれぬ御事(おんこと)ならば、めされて又(また)は
まい(まゐ)【参】るとも、けふは暇(いとま)(イトマ)をたまはらむ」とぞ申(まうし)ける。
入道(にふだう)「なんでう其(その)儀(ぎ)あるまじ。祇王(ぎわう)とうとう
罷出(まかりいで)よ」と、お使(つかひ)(ツカヒ)かさねて三(さん)どまでこそた【立】て
られけれ[M る→れ ]。祇王(ぎわう)もとよりおもひ【思ひ】まふけ(まうけ)【設け】たる
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道(みち)(ミチ)なれども、さすがに昨日(きのふ)(キノフ)けふとは思(おもひ)よらず。
いそぎ出(いづ)べき由(よし)、しきりにのたまふあひだ【間】、
は【掃】きのご【拭】ひちり【塵】ひろはせ、見(み)ぐるしき物共(ものども)
とりしたためて、出(いづ)べきにこそさだまりけれ。
一樹(いちじゆ)(いちジユ)のかげにやどりあひ、おなじなが【流】れをむすぶ
だに、別(わかれ)(ワカレ)はかなしきならひぞかし。まして此(この)三(み)
とせが間(あひだ)住(すみ)なれし所(ところ)なれば、名残(なごり)(ナゴリ)もおし(をし)【惜】う
かなしくて、かひなきなみだぞこぼれける。扨(さて)(サテ)
もあるべき事(こと)ならねば、祇王(ぎわう)すでに、いまは
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かうとて出(いで)けるが、なからん跡(あと)(アト)のわすれがたみに
もとやおもひ【思ひ】けむ、しやうじ【障子】にな【泣】くな【泣】く一首(いつしゆ)(いつシユ)
の歌(うた)をぞかきつけける。もえ出(いづ)るもか【枯】るる
もおなじ野辺(のべ)の草(くさ)いづれか秋(あき)にあはで
はつべき、 W003 さて車(くるま)に乗(のつ)(ノツ)て宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)に帰(かへ)り、障子(しやうじ)(シヤウジ)
のうちにたを(たふ)【倒】れふし、唯(ただ)(タダ)な【泣】くより外(ほか)の事(こと)ぞ
なき。母(はは)やいもうと是(これ)をみて、「いかにやいかに」と
とひけれ共(ども)、とかうの返事(へんじ)にも及(およ)ばず。倶(ぐ)(グ)し
たる女(をんな)に尋(たづね)(タヅネ)てぞ、去事(さること)(サルコト)ありともしりてん
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げれ。さるほどに、毎月(まいぐわつ)にをく(おく)【送】られたりける、
百石(ひやくこく)百貫(ひやくくわん)(ひやくクワン)をも、いまはとどめられて、仏御前(ほとけごぜん)が
所縁(ゆかり)(ユカリ)の者共(ものども)ぞ、始而(はじめて)楽(たのし)(タノシ)み栄(さかえ)(サカヘ)ける。京中(きやうぢゆう)の
上下(じやうげ)、「祇王(ぎわう)こそ入道殿(にふだうどの)よりいとま給(たま)はつて出(いで)
たんなれ。誘(いざ)(イザ)見参(げんざん)(ゲンザン)してあそばむ」とて、或(あるい)(アルイ)は
文(ふみ)をつかはす人(ひと)もあり、或(あるい)は使(つかひ)(ツカヒ)をたつる者(もの)
もあり。祇王(ぎわう)さればとて、今更(いまさら)(イマサラ)人(ひと)に対面(たいめん)(タイメン)して
あそびたはぶるべきにもあらねば、文(ふみ)をとり
いるる事(こと)もなく、まして使(つかひ)にあひしらふ迄(まで)も
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なかりけり。これ【是】につけてもかなしくて、
いとど涙(なみだ)(ナミダ)にのみぞしづみにける。かくてこと
しもくれぬ。あくる春(はる)(ハル)の比(ころ)、入道相国(にふだうしやうこく)、祇王(ぎわう)が
もとへししや【使者】をたてて、「いかに其後(そののち)何事(なにごと)かある。
仏御前(ほとけごぜん)が余(あまり)(アマリ)につれづれげに見(み)ゆるに、まい(まゐ)【参】つて
今(いま)やうをもうたひ、まひなどをもまふ(まう)【舞う】て仏(ほとけ)なぐ
さめよ」とぞの給(たま)ひける。祇王(ぎわう)とかふ(とかう)の御返事(おんぺんじ)
にも及(およ)ばず。入道(にふだう)「など祇王(ぎわう)は返事(へんじ)はせぬぞ。
まい(まゐ)【参】るまじひ(まじい)か。参(まゐ)(マイ)るまじくはそのやうをまふ(まう)【申う】せ。
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浄海(じやうかい)(ジヤウカイ)もはからふむねあり」とぞの給(たま)ひける。
母(はは)とぢ是(これ)をきくにかなしくて、いかなるべし
ともおぼえず。な【泣】くな【泣】くけうくん【教訓】しけるは、
「いかに祇王御前(ぎわうごぜん)、ともかうも御返事(おんぺんじ)を申(まう)せ
かし。左様(さやう)(サヤウ)にしかられまい(まゐ)【参】らせんよりは」といへば、
祇王(ぎわう)「まい(まゐ)【参】らんとおもふ【思ふ】道(みち)ならばこそ、軈而(やがて)(ヤガテ)参(まゐ)る
とも申(まう)さめ、まい(まゐ)【参】らざらむ物故(ものゆゑ)(モノユヘ)に、何(なに)と御返事(おんぺんじ)
を申(まうす)べしともおぼえず。此度(このたび)めさんにまい(まゐ)【参】ら
ずは、はからふむねありと仰(おほせ)(ヲホセ)らるるは、都(みやこ)(ミヤコ)の外(ほか)(ホカ)へ
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出(いだ)さるるか、さらずは命(いのち)(イノチ)をめさるるか、是(この)二(ふたつ)には
よも過(すぎ)じ。縦(たとひ)(タトヒ)都(みやこ)をいださるるとも、歎(なげく)(ナゲク)べき道(みち)
にあらず。たとひ命(いのち)(イノチ)をめさるるとも、おし(をし)【惜】か
るべき又(また)我身(わがみ)(ワガミ)かは。一度(ひとたび)(ヒトタビ)うき物(もの)におも【思】はれ
まい(まゐ)【参】らせて、二(ふた)たびおもてをむかふべきにもあら
ず」とて、なを(なほ)【猶】御返事(おんぺんじ)をも申(まう)さざりけるを、
母(はは)とぢ重而(かさねて)けうくん【教訓】しけるは、「天(あめ)(アメ)が下(した)(シタ)にす
まん程(ほど)は、ともかうも入道殿(にふだうどの)の仰(おほせ)(ヲホセ)をば背(そむく)(ソムク)
まじき事(こと)にてあるぞとよ。男(をとこ)女(をんな)のえん【縁】
P01053
しゆくせ【宿世】、今(いま)(イマ)にはじめぬ事(こと)ぞかし。千年(せんねん)
万年(まんねん)とちぎれども、やがてはな【離】るる中(なか)もあり。
白地(あからさま)(アカラサマ)とは思(おも)(ヲモ)へども、存生果(ながらへはつ)(ナガラヘハツ)る事(こと)もあり。世(よ)に
定(さだめ)(サダメ)なきものは[M 事(こと)→ものはイ]、おとこ(をとこ)女(をんな)のならひなり。それに
わごぜは、此(この)みとせまでおも【思】はれまい(まゐ)【参】らせたれ
ば、ありがたき御情(おんなさけ)(おんナサケ)でこそあれ、め【召】さんに
まい(まゐ)【参】らねばとて、命(いのち)(イノチ)をうしなはるるまでは
よもあらじ。唯(ただ)(タダ)都(みやこ)の外(ほか)へぞ出(いだ)されんずらん。縦(たとひ)(タトヒ)
都(みやこ)を出(いだ)さるとも、わごぜたちは年(とし)若(わか)(ワカ)ければ、
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いかならん岩木(いはき)(イハキ)のはざまにてもすごさん事(こと)
やすかるべし。年(とし)老(おい)(ヲヒ)をとろへ(おとろへ)たる母(はは)、都(みやこ)の外(ほか)
へぞ出(いだ)されんずらむ。ならはぬひな【鄙】のすまゐ(すまひ)
こそ、かねておもふ【思ふ】もかなしけれ。唯(ただ)(タダ)われを都(みやこ)
のうちにて住果(すみはて)(スミハテ)させよ。それぞ今生(こんじやう)(コンジヤウ)後生(ごしやう)(ゴシヤウ)
のけうやう【孝養】と思(おも)はむずる」といへば、祇王(ぎわう)、うし
とおもひ【思ひ】し道(みち)なれども、おやのめい【命】をそむかじと、
な【泣】くな【泣】く又(また)出立(いでたち)ける心(こころ)のうちこそむざん【無慚】なれ。
独(ひとり)(ヒトリ)参(まゐ)(マイ)らむは余(あまり)(アマリ)に物(もの)うしとて、いもうとの祇女(ぎによ)
P01055
をもあひぐしけり。其外(そのほか)白拍子(しらびやうし)二人(ににん)、そう【総・惣】じて
四人(しにん)、ひとつ車(くるま)にとりのつて、西八条(にしはつでう)へぞ参(まゐ)り
たる。さきざきめされける所(ところ)へはい【入】れられず、
遥(はるか)(ハルカ)にさがりたる所(ところ)にざしき【座敷】しつらふ(しつらう)てをか(おか)【置か】れ
たり。祇王(ぎわう)「こはさればなに事(ごと)さぶらふぞや。わが
身(み)にあやまつ事(こと)はなけれ共(ども)、すてられたてまつる
だにあるに、座敷(ざしき)(ザシキ)をさへさげらるることの心(こころ)う
さよ。いかにせむ」とおもふ【思ふ】に、しら【知ら】せじとおさふる
袖(そで)(ソデ)のひまよりも、あまりて涙(なみだ)(ナミダ)ぞこぼれける。
P01056
仏御前(ほとけごぜん)是(これ)をみて、あまりにあはれにおもひ【思ひ】
ければ、「あれはいかに、日比(ひごろ)(ヒゴロ)めされぬところ【所】
でもさぶらはばこそ、是(これ)へめされさぶらへかし。さら
ずはわらはにいとまをたべ。出(いで)て見参(げんざん)(ゲンザン)せん」
と申(まうし)ければ、入道(にふだう)「すべて其(その)儀(ぎ)あるまじ」と
のたまふ間(あひだ)、ちからをよ(およ)【及】ばで出(いで)ざりけり。其
後(そののち)入道(にふだう)、ぎわう【祇王】が心(こころ)のうちをばしり【知り】給(たま)はず、
「いかに、其後(そののち)何事(なにごと)かある。さては仏御前(ほとけごぜん)があまりに
つれづれげに見(み)ゆるに、いまやう【今様】ひと【一】つうたへかし」と
P01057
の給(たま)へば、祇王(ぎわう)、まい(まゐ)【参】る程(ほど)では、ともかうも
入道殿(にふだうどの)の仰(おほせ)をば背(そむく)(ソムク)まじとおもひ【思ひ】ければ、
おつるなみだ【涙】をおさへて、今(いま)やうひとつぞ
うたふ(うたう)たる。仏(ほとけ)もむかしはぼんぶ【凡夫】なり我等(われら)も
終(つひ)(ツイ)には仏(ほとけ)なり、いづれも仏性(ぶつしやう)(ブツシヤウ)具(ぐ)(グ)せる身(み)を、
へだつるのみこそかなしけれ I と、な【泣】くな【泣】く二
返(にへん)うたふ(うたう)たりければ、其(その)座(ざ)にいくらもなみ
ゐたまへる平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)(クギヤウ)・殿上人(てんじやうびと)(テンジヤウビト)・諸大夫(しよだいぶ)(シヨダイブ)・
侍(さぶらひ)(サブライ)に至(いた)るまで、皆(みな)(ミナ)感涙(かんるい)(カンルイ)をぞなが【流】されける。
P01058
入道(にふだう)もおもしろげにおもひ【思ひ】給(たま)ひて、「時(とき)にとつ
ては神妙(しんべう)(シンベウ)に申(まうし)たり。さては舞(まひ)(マイ)も見(み)たけれども、
けふはまぎるる事(こと)いできたり。此後(こののち)(コノノチ)はめさ
ずともつねにまい(まゐ)【参】つて、今(いま)やうをもうたひ、まひ
などをもまふ(まう)【舞う】て、仏(ほとけ)なぐさめよ」とぞの給(たま)ひ
ける。祇王(ぎわう)とかうの御返事(おんぺんじ)にも及(およ)ばず、涙(なみだ)(ナミダ)
をおさへて出(いで)にけり。「親(おや)(ヲヤ)のめい【命】をそむかじと、
つらきみちにおもむひ(おもむい)て、二(ふた)たびうきめを見(み)
つることの心(こころ)うさよ。かくて此(この)世(よ)にあるならば、
P01059
又(また)うきめをも見(み)むずらん。いまはただ身(み)をな
げんとおもふ【思ふ】なり」といへば、いもうとの祇女(ぎによ)も、
「あね【姉】身(み)をなげば、われもともに身(み)をなげん」と
いふ。母(はは)とぢ是(これ)をきくにかなしくて、いかなるべし
ともおぼえず。な【泣】くな【泣】く又(また)けうくん【教訓】しけるは、
「まことにわごぜのうらむるもことはり(ことわり)【理】なり。さやう
の事(こと)あるべしともしらずして、けうくん【教訓】して
まい(まゐ)【参】らせつる事(こと)の心(こころ)うさよ。但(ただし)(タダシ)わごぜ身(み)を
な【投】げば、いもうと【妹】もともに身(み)をなげんといふ。
P01060
二人(ににん)のむすめ共(ども)にをく(おく)【遅】れなん後(のち)、年(とし)(トシ)老(おい)(ヲヒ)をと
ろへ(おとろへ)たる母(はは)、命(いのち)(イノチ)いきてもなににかはせむなれば、
我(われ)もともに身(み)をなげむとおもふ【思ふ】なり。いまだ
死期(しご)(シゴ)も来(きた)らぬおやに身(み)をなげさせん事(こと)、
五逆罪(ごぎやくざい)(ごギヤクザイ)にやあらんずらむ。此(この)世(よ)はかりのやどり
なり。はぢてもはぢでも何(なに)ならず。唯(ただ)(タダ)ながき
世(よ)のやみ【闇】こそ心(こころ)うけれ。今生(こんじやう)(コンジヤウ)でこそあらめ、
後生(ごしやう)(ゴシヤウ)でだにあくだう【悪道】へおもむかんずる事(こと)の
かなしさよ」と、さめざめとかきくどきければ、
P01061
祇王(ぎわう)なみだをおさへて、「げにもさやうにさぶら
はば、五逆罪(ごぎやくざい)(ごギヤクザイ)うたがひなし。さらば自害(じがい)(ジガイ)は
おもひ【思ひ】とどまりさぶらひぬ。かくて宮古【都】(みやこ)に
あるならば、又(また)うきめをもみむずらん。いまは
ただ都(みやこ)の外(ほか)(ホカ)へ出(いで)ん」とて、祇王(ぎわう)廿一(にじふいち)にて尼(あま)(アマ)に
なり、嵯峨(さが)(サガ)の奥(おく)(オク)なる山里(やまざと)に、柴(しば)(シバ)の庵(いほり)(イヲリ)を
ひきむすび、念仏(ねんぶつ)してこそゐたりけれ。いもうと
のぎによ【祇女】も、「あね身(み)をなげば、我(われ)(ワレ)もともに
身(み)をなげんとこそ契(ちぎり)(チギリ)しか。まして世(よ)をいと
P01062
はむに誰(たれ)(タレ)かはをとる(おとる)べき」とて、十九(じふく)にてさまを
かへ、あねと一所(いつしよ)に籠居(こもりゐ)(コモリヰ)て、後世(ごせ)(ゴセ)をねがふぞ
あはれなる。母(はは)とぢ是(これ)を見(み)て、「わかきむすめ
どもだにさまをかふる世中(よのなか)に、年(とし)(トシ)老(おい)(ヲヒ)をとろへ(おとろへ)
たる母(はは)、しらが【白髪】をつけてもなににかはせむ」とて、
四十五(しじふご)にてかみをそり、二人(ににん)のむすめ諸共(もろとも)(モロトモ)に、
いつかうせんじゆ【一向専修】に念仏(ねんぶつ)して、ひとへに後世(ごせ)(ゴセ)を
ぞねがひける。かくて春(はる)すぎ夏(なつ)闌(たけ)(タケ)ぬ。秋(あき)(アキ)
の初風(はつかぜ)(ハツカゼ)吹(ふき)(フキ)ぬれば、星合(ほしあひ)(ホシアイ)の空(そら)(ソラ)をながめつつ、
P01063
あま【天】のとわた【渡】るかぢの葉(は)(ハ)に、おもふ【思ふ】事(こと)かく
比(ころ)(コロ)なれや。夕日(ゆふひ)のかげの西(にし)の山(やま)のはにかく【隠】るる
を見(み)ても、日(ひ)の入(いり)給(たま)ふ所(ところ)は西方浄土(さいはうじやうど)(サイハウジヤウド)にてあん
なり、いつかわれらもかしこに生(むま)(ムマ)れて、物(もの)をおも
はですぐさむずらんと、かかるにつけても過(すぎ)(スギ)
にしかたのうき事(こと)共(ども)おもひ【思ひ】つづけて、唯(ただ)(タダ)つき
せぬ物(もの)は涙(なみだ)(ナミダ)なり。たそかれ時(どき)(トキ)も過(すぎ)ぬれば、竹(たけ)
のあみ戸(ど)をとぢふさぎ、灯(ともしび)(トモシビ)かすかにかきたてて、
親子(おやこ)(ヲヤコ)三人(さんにん)念仏(ねんぶつ)してゐたる処(ところ)(トコロ)に、竹(たけ)のあみ戸(ど)を
P01064
ほとほととうちたたくもの出来(いでき)(イデキ)たり。其時(そのとき)尼(あま)(アマ)
どもきもをけし、「あはれ、是(これ)(コレ)はいふかひなき
我等(われら)(ワレラ)が、念仏(ねんぶつ)して居(ゐ)(ヰ)たるを妨(さまたげ)(サマタゲ)んとて、まゑん(まえん)【魔縁】
の来(き)たるにてぞあるらむ。昼(ひる)(ヒル)だにも人(ひと)もとひ
こぬ山里(やまざと)の、柴(しば)の庵(いほり)(イホリ)の内(うち)なれば、夜(よ)ふけて
誰(たれ)(タレ)かは尋(たづ)(タヅ)ぬべき。わづかの竹(たけ)のあみ戸(ど)なれば、
あけずともおしやぶらん事(こと)やすかるべし。中
々(なかなか)ただあけていれ【入れ】んとおもふ【思ふ】なり。それに
情(なさけ)(ナサケ)をかけずして、命(いのち)(イノチ)をうしなふものならば、
P01065
年比(としごろ)頼(たのみ)(タノミ)たてまつる弥陀(みだ)の本願(ほんぐわん)(ホングワン)をつよく
信(しん)(シン)じて、隙(ひま)(ヒマ)なく名号(みやうがう)(ミヤウガウ)をとなへ奉(たてまつ)るべし。
声(こゑ)(コヱ)を尋(たづね)てむかへ給(たま)ふなる聖主(しやうじゆ)(シヤウジユ)の来迎(らいかう)(ライカウ)
にてましませば、などかいんぜう【引摂】なかるべき。相(あひ)
かまへて念仏(ねんぶつ)おこたり給(たま)ふな」と、たがひに
心(こころ)をいましめて、竹(たけ)のあみ戸(ど)をあけたれば、
まゑん(まえん)【魔縁】にてはなかりけり。仏御前(ほとけごぜん)ぞ出(いで)来(きた)る。祇王(ぎわう)
「あれはいかに、仏御前(ほとけごぜん)と見(み)たてまつるは。夢(ゆめ)(ユメ)かや
うつつか」といひければ、仏御前(ほとけごぜん)涙(なみだ)(ナミダ)をおさへて、「か様(やう)
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の事(こと)申(まう)せば、事(こと)あたらしうさぶらへ共(ども)、申(まう)
さずは又(また)おもひ【思ひ】しらぬ身(み)ともなりぬべければ、
はじめよりして申(まうす)なり。もとよりわらはは
推参(すいさん)(スイサン)のものにて、出(いだ)されまい(まゐ)【参】らせさぶらひしを、
祇王御前(ぎわうごぜん)の申(まうし)やう[B 状(じやう)イ]によつてこそめしかへされ
てもさぶらふに、女(をんな)のはかなき[B いふかひなきイ]こと、わが身(み)を心(こころ)
にまかせずして、おしとどめられまい(まゐ)【参】らせし事(こと)、
心(こころ)ううこそさぶらひしか。いつぞや又(また)めされまい(まゐ)【参】
らせて、いまやう【今様】うたひ給(たま)ひしにも、思(おもひ)しられて
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こそさぶらへ。いつかわが身(み)のうへならんと思(おも)
ひしかば、嬉(うれ)(ウレ)しとはさらに思(おも)はず。障子(しやうじ)(シヤウジ)に又(また)
「いづれか秋(あき)にあはではつべき」と書置(かきおき)(カキヲキ)給(たま)ひし
筆(ふで)(フデ)の跡(あと)(アト)、げにもとおもひ【思ひ】さぶらひしぞや。其
後(そののち)はざいしよ【在所】を焉(いづく)(イヅク)ともしりまい(まゐ)【参】らせざりつる
に、かやうにさまをかへて、ひと所(ところ)にとうけ給(たま)はつ
てのちは、あまりに浦山(うらやま)(ウラヤマ)しくて、つねは暇(いとま)(イトマ)を
申(まうし)しかども、入道殿(にふだうどの)さらに御(ご)もちい(もちゐ)【用】ましまさず。
つくづく物(もの)を案(あん)(アン)ずるに、娑婆(しやば)(シヤバ)の栄花(えいぐわ)(ヱイグワ)は夢(ゆめ)(ユメ)の
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ゆめ、楽(たのし)(タノシ)みさかえ【栄】て何(なに)(ナニ)かせむ。人身(にんじん)(ニンジン)は請(うけ)(ウケ)がたく、
仏教(ぶつけう)(ブツケウ)にはあひがたし。比度(このたび)(コノタビ)ないり【泥犁】にしづみ
なば、たしやうくはうごう【多生曠劫】をばへだ(隔)つとも、うかび
あがらん事(こと)かたし。年(とし)のわかきをたのむべき
にあらず、老少不定(らうせうふぢやう)(ラウセウフヂヤウ)のさかい(さかひ)なり。出(いづ)るいきの
い【入】るをもまつべからず、かげろふいなづま【稲妻】より
なを(なほ)【猶】はかなし。一旦(いつたん)(イツタン)の楽(たのし)(タノシ)みにほこつて、後生(ごしやう)(ゴシヤウ)を
しらざらん事(こと)のかなしさに、けさ【今朝】まぎれ出(いで)て、かく
なつてこそまい(まゐ)【参】りたれ」とて、かづきたるきぬ【衣】を
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うちのけたるをみれば、あまになつてぞ出
来(いできた)る。「かやうに様(さま)(サマ)をかへてまい(まゐ)【参】りたれば、日比(ひごろ)の
科(とが)(トガ)をばゆるし給(たま)へ。ゆるさんと仰(おほ)せられば、諸共(もろとも)
に念仏(ねんぶつ)して、ひとつはちす【蓮】の身(み)とならん。それに
なを(なほ)【猶】心(こころ)ゆかずは、是(これ)よりいづちへもまよひゆき、
いかならん苔(こけ)(コケ)のむしろ、松(まつ)がね【根】にもたほ(たふ)【倒】れふし、
命(いのち)のあらんかぎり念仏(ねんぶつ)して、往生(わうじやう)(ワウジヤウ)のそくはい(そくわい)【素懐】
をとげんとおもふ【思ふ】なり」と小雨小雨(さめざめ)(サメザメ)とかきくどき
ければ、祇王(ぎわう)なみだをおさへて、「誠(まこと)(マコト)にわごぜ【我御世】の
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是(これ)ほどに思給(おもひたまひ)けるとは夢(ゆめ)(ユメ)にだにしらず。うき
世中(よのなか)のさがなれば、身(み)のうきとこそおもふ【思ふ】
べきに、ともすればわごぜ【我御前】の事(こと)のみうらめし
くて、往生(わうじやう)(ワウジヤウ)のそくはい(そくわい)【素懐】をとげん事(こと)かなふべし
ともおぼえず。今生(こんじやう)(コンジヤウ)も後生(ごしやう)(ゴシヤウ)も、なまじゐ(なまじひ)に
しそんじたる心(ここ)(ココ)ちにてありつるに、かやうに
さまをかへておはしたれば、日比(ひごろ)(ヒゴロ)のとがは露(つゆ)(ツユ)ちり
ほどものこらず。いまは往生(わうじやう)(ワウジヤウ)うたがひなし。比度(このたび)
そくはい(そくわい)【素懐】をとげんこそ、何(なに)(ナニ)よりも又(また)うれしけれ。
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我等(われら)が尼(あま)(アマ)になりしをこそ、世(よ)にためしなき
事(こと)のやうに人(ひと)もいひ、我身(わがみ)(ワガミ)にも又(また)思(おもひ)しか、
さまをかふるもことはり(ことわり)【理】なり。いまわごぜ【我御前】の
出家(しゆつけ)にくらぶれば、事(こと)のかずにもあらざりけり。
わごぜ【我御前】はうらみもなし、なげきもなし。ことしは
纔(わづか)(ワヅカ)に十七(じふしち)にこそなる人(ひと)の、かやうにゑど【穢土】をいと
ひ浄土(じやうど)(ジヤウド)をねがはんと、ふかくおもひ【思ひ】いれ【入れ】給(たま)ふこそ、
まことの大(だい)だうしん【道心】とはおぼえたれ。うれしかり
けるぜんぢしき【善知識】かな。いざもろともにねがはん」とて、
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四人(しにん)一所(いつしよ)にこもりゐて、あさゆふ仏前(ぶつぜん)(ブツゼン)に花香(はなかう)(ハナカウ)
をそなへ、よねん【余念】なくねがひければ、ちそく【遅速】こそ
ありけれ、四人(しにん)のあまども皆(みな)往生(わうじやう)(ワウジヤウ)のそくはい(そくわい)【素懐】を
とげけるとぞ聞(きこ)えし。されば後白河(ごしらかは)の法皇(ほふわう)
のちやうがうだう【長講堂】のくはこちやう(くわこちやう)【過去帳】にも、祇王(ぎわう)・祇女(ぎによ)・
ほとけ・とぢらが尊霊(そんりやう)(ソンリヤウ)と、四人(しにん)一所(いつしよ)に入(いれ)られ
けり。あはれなりし[B 「はれな」に「りかたか」 ありかたかりし]事(こと)どもなり。
  二代后(にだいのきさき)S0107
 ○昔(むかし)(ムカシ)より今(いま)(イマ)に至(いた)(イタ)るまで、源平(げんぺい)両氏(りやうし)(リヤウシ)朝家(てうか)(テウカ)に
召(めし)(メシ)つかはれて、王化(わうくわ)(ワウクワ)にしたがはず、をのづから(おのづから)朝
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権(てうけん)(テウケン)をかろむずる(かろんずる)者(もの)(モノ)には、互(たがひ)(タガヒ)にいましめを
くはへしかば、代(よ)(ヨ)の乱(みだ)(ミダ)れもなかりしに、保元(ほうげん)(ホウゲン)
に為義(ためよし)(タメヨシ)きられ、平治(へいぢ)に義朝(よしとも)(ヨシトモ)誅(ちゆう)(チウ)せられて後(のち)は、
すゑずゑの源氏(げんじ)ども或(あるい)(アルヒ)は流(なが)(ナガ)され、或(あるい)(アルヒ)はうしなはれ、
今(いま)は平家(へいけ)の一類(いちるい)(いちルイ)のみ繁昌(はんじやう)(ハンジヤウ)して、かしら【頭】を
さし出(いだ)すもの【者】なし。いかならん末(すゑ)の代(よ)までも
何事(なにごと)かあらむとぞみえし。されども、鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)
御晏駕(ごあんか)(ゴアンカ)の後(のち)(ノチ)は、兵革(ひやうがく)(ヒヤウガク)うちつづき、死罪(しざい)(シザイ)・流
刑(るけい)(ルケイ)・闕官(けつくわん)(ケツクワン)・停任(ちやうにん)(チヤウニン)つねにおこなはれて、海内(かいだい)(カイダイ)も
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しづかならず、世間(せけん)(セケン)もいまだ落居(らつきよ)(ラツキヨ)せず。就中(なかんづく)(ナカンヅク)に
永暦(えいりやく)(ヱイリヤク)応保(おうほう)(ヲウホウ)の比(ころ)(コロ)よりして、院(ゐん)(ヰン)の近習者(きんじゆしや)(キンジユシヤ)をば
内(うち)(ウチ)より御(おん)いましめあり、内(うち)(ウチ)の近習者(きんじゆしや)(キンジユシヤ)をば院(ゐん)(ヰン)より
いましめらるる間(あひだ)、上下(じやうげ)おそれをののいてやすい
心(こころ)もなし。ただ深淵(しんゑん)(シンヱン)にのぞむ(のぞん)で薄氷(はくひよう)(ハクヘウ)をふむ
に同(おな)(ヲナ)じ。主上(しゆしやう)(シユシヤウ)上皇(しやうくわう)(シヤウクワウ)、父子(ふし)(フシ)の御(おん)(ヲン)あひだ【間】には、なに【何】
事(ごと)の御(おん)へだてかあるべきなれども、思(おもひ)(オモヒ)の外(ほか)
の事(こと)どもありけり。是(これ)も世(よ)澆季(げうき)(ゲウキ)に及(およん)(オヨン)で、
人(ひと)(ヒト)梟悪(けうあく)(ケウアク)をさきとする故(ゆゑ)(ユヘ)也(なり)。主上(しゆしやう)、院(ゐん)の仰(おほせ)を
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つねに申(まうし)かへさせおはしましける中(なか)にも、人(ひと)
耳目(じぼく)(ジボク)を驚(おどろ)(ヲドロ)かし、世(よ)も(ッ)て大(おほき)(ヲホキ)にかたぶけ申(まうす)事(こと)
ありけり。故近衛院(ここんゑのゐん)(ココンヱノヰン)の后(きさき)(キサキ)、太皇太后宮(たいくわうたいこうくう)(ダイクワウダイコクウ)と申(まうし)し
は、大炊御門(おほいのみかど)(オホヰノミカド)の右大臣(うだいじん)公能公(きんよしこう)(キンヨシこう)の御娘(おんむすめ)(おんムスメ)也(なり)。先帝(せんてい)(センテイ)
にをく(おく)【遅】れたてまつらせ給(たま)ひて後(のち)は、九重(ここのへ)(ココノヱ)の
外(そと)、近衛河原(このゑかはら)(コノヱカハラ)の御所(ごしよ)(ゴシヨ)にぞうつりすませ給(たまひ)
ける。さきのきさいの宮(みや)(ミヤ)にて、幽(かすか)(カスカ)なる御(おん)あり
さまにてわたらせ給(たまひ)しが、永暦(えいりやく)(ヱイリヤク)のころほひは、
御年(おんとし)廿二三(にじふにさん)にもやならせ給(たまひ)けむ、御(おん)さかりも
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すこし過(すぎ)させおはしますほどなり。しかれ
ども、天下(てんが)第一(だいいち)の美人(びじん)(ビジン)のきこえましまし
ければ、主上(しゆしやう)色(いろ)(イロ)にのみそ【染】める御心(おんこころ)にて、偸(ひそか)(ヒソカ)
に行力使【*高力士】(かうりよくし)(カウリヨクシ)に詔(ぜう)(ゼウ)じて、外宮(ぐわいきゆう)(グワイキウ)にひき求(もと)(モト)めし
むるに及(およん)(オヨン)で、比(この)大宮(おほみや)へ御艶書(ごえんしよ)(ゴヱンシヨ)あり。大宮(おほみや)敢(あへ)(アヘ)
てきこしめしもいれ【入れ】ず。さればひたすら早(はや)(ハヤ)
ほにあらはれて、后(きさき)(キサキ)御入内(ごじゆだい)(ゴジユダイ)あるべき由(よし)、右大臣
家(うだいじんげ)(うだいじんゲ)に宣旨(せんじ)(センジ)を下(くだ)さる。此(この)事(こと)天下(てんが)にをいて(おいて)
ことなる勝事(せうし)(セウシ)なれば、公卿僉議(くぎやうせんぎ)(クギヤウセンギ)あり。各(おのおの)(オノオノ)
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意見(いけん)(イケン)をいふ。「先(まづ)(マヅ)異朝(いてう)(イテウ)の先蹤(せんじよう)(センゼウ)をとぶらふに、
震旦(しんだん)(シンダン)の則天皇后(そくてんくわうこう)(ソクテンクワウゴウ)は唐(たう)(タウ)の太宗(たいそう)(タイソウ)のきさき、高
宗皇帝(かうそうくわうてい)(カウソウクワウテイ)の継母(けいぼ)(ケイボ)なり。太宗(たいそう)崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)の後(のち)(ノチ)、高宗(かうそう)(カウソウ)
の后(きさき)(キサキ)にたち給(たま)へる事(こと)あり。是(これ)(コレ)は異朝(いてう)(イテウ)の先
規(せんぎ)(センキ)たるうへ、別段(べつだん)(ベツダン)の事(こと)なり。しかれども吾(わが)(ワガ)朝(てう)(テウ)
には、神武天皇(じんむてんわう)(ジンムてんわう)より以降(このかた)(コノカタ)人皇(にんわう)(ニンワウ)七十(しちじふ)余代(よだい)に及(およぶ)
まで、いまだ二代(にだい)の后(きさき)(キサキ)にたたせ給(たま)へる例(れい)(レイ)を
きかず」と、諸卿(しよきやう)(シヨキヤウ)一同(いちどう)(いちドウ)に申(まう)されけり。上皇(しやうくわう)(シヤウクワウ)も
しかるべからざる由(よし)、こしらへ申(まう)させ給(たま)へば、主上(しゆしやう)
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仰(おほせ)(オホセ)なりけるは、「天子(てんし)(テンシ)に父母(ふぼ)(フボ)なし。吾(われ)(ワレ)十善(じふぜん)(ジウゼン)の
戒功(かいこう)(カイコウ)によ(ッ)て、万乗(ばんじよう)(バンゼウ)の宝位(ほうゐ)(ホウヰ)をたもつ。是(これ)
程(ほど)の事(こと)、などか叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)に任(まか)(マカ)せざるべき」とて、
やがて御入内(ごじゆだい)(ゴジユダイ)の日(ひ)、宣下(せんげ)(センゲ)せられけるうへは、力(ちから)(チカラ)及(およ)
ばせ給(たま)はず。大宮(おほみや)(オホミヤ)かくときこしめされける
より、御涙(おんなみだ)(オンナミダ)にしづませおはします。先帝(せんてい)(センテイ)
にをく(おく)【遅】れまい(まゐ)【参】らせにし久寿(きうじゆ)(キウジユ)の秋(あき)のはじめ、
おなじ【同じ】野原(のばら)(ノバラ)の露(つゆ)(ツユ)ともきえ、家(いへ)(イヱ)をもいで
世(よ)をものがれたりせば、今(いま)かかるうき耳(みみ)をばきか
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ざらましとぞ、御歎(おんなげき)(おんナゲキ)ありける。父(ちち)(チチ)のおとどこし
らへ申(まう)させ給(たまひ)けるは、「「世(よ)にしたがはざるを
も(ッ)て狂人(きやうじん)(キヤウジン)とす」とみえたり。既(すで)(スデ)に詔命(ぜうめい)(ゼウメイ)を下(くだ)
さる。子細(しさい)(シサイ)を申(まうす)にところ【所】なし。ただすみやかに
まい(まゐ)【参】らせ給(たまふ)べきなり。もし王子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)(ごタンジヤウ)あり
て、君(きみ)(キミ)も国母(こくも)(コクモ)といはれ、愚老(ぐらう)(グラウ)も外祖(ぐわいそ)(グワイソ)とあふ
がるべき瑞相(ずいさう)(ズイサウ)にてもや候(さうらふ)らむ。是(これ)偏(ひとへ)(ヒトヘ)に愚老(ぐらう)(グラウ)
をたすけさせおはします御孝行(ごかうかう)(ゴカウカウ)の御(おん)(ヲン)いたり
なるべし」と申(まう)させ給(たま)へども、御返事(おんぺんじ)もなかり
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けり。大宮(おほみや)其比(そのころ)なにとなき御手習(おんてならひ)(ヲンテナラヒ)の次(ついで)(ツイデ)に、
うきふしにしづみもやらでかは竹(たけ)の
世(よ)にためしなき名(な)をやながさん W004
世(よ)にはいかにしてもれけるやらむ、哀(あはれ)(アハレ)にやさ
しきためしにぞ、人々(ひとびと)申(まうし)あへりける。既(すで)(スデ)に
御入内(ごじゆだい)(ゴジユダイ)の日(ひ)になりしかば、父(ちち)のおとど、供奉(ぐぶ)(グブ)
のかんだちめ、出車(しゆつしや)(シユツシヤ)の儀式(ぎしき)(ギシキ)な(ン)どこころ【心】ことに
だしたてまい(まゐ)【参】らせ給(たまひ)けり。大宮(おほみや)物(もの)うき御(おん)
いでたちなれば、とみにもたてまつらず。はるかに
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夜(よ)もふけ、さ夜(よ)もなかばにな(ッ)て後(のち)、御車(おんくるま)に
たすけのせられ給(たまひ)けり。御入内(ごじゆだい)の後(のち)は麗景
殿(れいけいでん)(レイケイデン)にぞましましける。ひたすらあさまつりごと
をすすめ申(まう)させ給(たま)ふ御(おん)ありさま也(なり)。彼(かの)(カノ)紫
震殿【*紫宸殿】(ししんでん)(シシデン)の皇居(くわうきよ)(クワウキヨ)には、賢聖(げんじやう)(ゲンジヤウ)の障子(しやうじ)(シヤウジ)をたてられ
たり。伊尹(いいん)(イイン)・鄭伍倫(ていごりん)(テイゴリン)・虞世南(ぐせいなん)(グセイナン)、太公望(たいこうばう)(タイコウバウ)・角里先
生(ろくりせんせい)(ロクリセンセイ)・李勣(りせき)(リセキ)・司馬(しば)(シバ)、手(て)なが足(あし)なが・馬形(むまがた)(ムマガタ)の障子(しやうじ)(シヤウジ)、鬼(おに)(ヲニ)
の間(ま)(マ)、季将軍(りしやうぐん)(リシヤウグン)がすがたをさながらうつせる障子(しやうじ)(シヤウジ)
もあり。尾張守(をはりのかみ)(ヲハリノカミ)小野道風(をののたうふう)(ヲノノタウフウ)が、七廻賢聖(しちくわいげんじやう)(シチクワイゲンジヤウ)の障子(しやうじ)(シヤウジ)
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とかけるもことはり(ことわり)【理】とぞみえし。彼(かの)(カノ)清凉
殿(せいりやうでん)(セイリヤウデン)の画図(ぐわと)(グワト)の御障子(みしやうじ)(ミシヤウジ)には、むかし【昔】金岡(かなをか)(カナヲカ)がかき
たりし遠山(ゑんざん)(ヱンザン)の在明(ありあけ)(アリアケ)の月(つき)もありとかや。
故院(こゐん)(コヰン)のいまだ幼主(えうしゆ)(ヨウシユ)[B にて]ましましけるそのかみ、なに
となき御手(おんて)(ヲンて)まさぐりの次(ついで)(ツイデ)に、かきくもらか
させ給(たまひ)しが、ありしながらにすこしもたが
はぬを御覧(ごらん)じて、先帝(せんてい)のむかし【昔】もや御恋(おんこひ)(おんコヒ)
しくおぼしめされけむ、
おもひ【思ひ】きやうき身(み)ながらにめぐりきて
P01083
おなじ雲井(くもゐ)の月(つき)を見(み)むとは W005
其(その)間(あひだ)の御(おん)なからへ、いひしらず哀(あはれ)(アハレ)にやさし
かりし御事(おんこと)なり。
  額打論(がくうちろん)S0108
 ○さる程(ほど)に、永万(えいまん)(ヱイマン)元年(ぐわんねん)(グワンねん)の春(はる)の比(ころ)より、主上(しゆしやう)
御不予(ごふよ)(ゴフヨ)の御事(おんこと)と聞(きこ)えさせ給(たまひ)しが、夏(なつ)(ナツ)の
はじめになりしかば、事(こと)の外(ほか)におもらせ
給(たま)ふ。是(これ)によ(ッ)て、大蔵大輔(おほくらのたいふ)(オホクラノタイウ)伊吉兼盛(いきつのかねもり)(イキツノカネモリ)[B 「キツ」に「キイ」と傍書]が娘(むすめ)(ムスメ)の
腹(はら)(ハラ)に、今上(こんじやう)(コンジヤウ)一宮(いちのみや)(いちノミヤ)の二歳(にさい)(にサイ)にならせ給(たま)ふがましまし
けるを、太子(たいし)にたてまい(まゐ)【参】らせ給(たま)ふべしと聞(きこ)えし
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ほど【程】に、同(おなじき)六月(ろくぐわつ)廿五日(にじふごにち)、俄(にはか)(ニハカ)に親王(しんわう)(シンワウ)の宣旨(せんじ)(センジ)下(くだ)
されて、やがて其(その)夜(よ)受禅(じゆぜん)(ジユゼン)ありしかば、天
下(てんが)なにとなうあはて(あわて)たるさま也(なり)。其時(そのとき)の有
職(いうしよく)(イウシヨク)の人々(ひとびと)申(まうし)あはれけるは、本朝(ほんてう)に童体(とうたい)(トウタイ)の
例(れい)(レイ)を尋(たづぬ)れば、清和天皇(せいわてんわう)(セイワてんわう)九歳(くさい)にして文徳
天皇(もんどくてんわう)(モンドクてんわう)の御禅(おんゆづり)(おんユヅリ)をうけさせ給(たま)ふ。是(これ)は彼(かの)(カノ)周公
旦(しうこうたん)(シウコウタン)[*「周公」の左に「シユク」の振り仮名あり]の成王(せいわう)(セイワウ)にかはり、南面(なんめん)(ナンメン)にして一日(いちじつ)(イチジツ)万機(ばんき)(バンキ)の
政(まつりごと)(マツリコト)をおさめ(をさめ)【治め】給(たまひ)しに准(なぞら)(ナゾラ)へて、外祖(ぐわいそ)(グワイソ)忠仁公(ちゆうじんこう)(チウジンコウ)幼主(えうしゆ)(ユウシユ)
を扶持(ふち)(フチ)し給(たま)へり。是(これ)(コレ)ぞ摂政(せつしやう)(セツシヤウ)のはじめなる。
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鳥羽院(とばのゐん)(トバノヰン)五歳(ごさい)、近衛院(こんゑのゐん)(コンヱノヰン)三歳(さんざい)にて践祚(せんそ)(センソ)あり。
かれをこそいつしかなりと申(まうし)しに、是(これ)は二歳(にさい)
にならせ給(たま)ふ。先例(せんれい)(センレイ)なし。物(もの)さは(さわ)【騒】がしともおろか
なり。さる程(ほど)に、同(おなじき)七月(しちぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、上皇(しやうくわう)つゐに(つひに)【遂に】
崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)なりぬ。御歳(おんとし)(おんトシ)廿三(にじふさん)、つぼめる花(はな)の
ちれるがごとし。玉(たま)(タマ)の簾(すだれ)(スダレ)、錦(にしき)(ニシキ)の帳(ちやう)(チヤウ)のうち、皆(みな)(ミナ)
御涙(おんなみだ)(おんナミダ)にむせばせ給(たま)ふ。やがて其(その)夜(よ)、香隆寺(かうりゆうじ)(カウリウジ)
のうしとら、蓮台野(れんだいの)(レンダイノ)の奥(おく)(ヲク)、船岡山(ふなをかやま)(フナヲカヤマ)におさめ(をさめ)【納め】
奉(たてまつ)る。御葬送(ごさうそう)(ゴサウソウ)の時(とき)(トキ)、延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)・興福(こうぶく)(コウブク)両寺(りやうじ)(リヤウジ)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)、額(がく)(ガク)
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うち論(ろん)(ロン)と云(いふ)事(こと)しいだして、互(たがひ)(タガヒ)に狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)に
及(およ)ぶ。一天(いつてん)の君(きみ)(キミ)崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)な(ッ)て後(のち)(ノチ)、御墓所(ごむしよ)(ゴムシヨ)へわたし
奉(たてまつ)る時(とき)の作法(さほう)(サホウ)は、南北(なんぼく)(ナンボク)二京(にきやう)(にキヤウ)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)ことごと
く【悉く】供奉(ぐぶ)(グブ)して、御墓所(ごむしよ)(ゴムシヨ)のめぐりにわが寺々(てらでら)
の額(がく)(ガク)をうつ事(こと)あり。まづ聖武天皇(しやうむてんわう)(シヤウムテンワウ)の御
願(ごぐわん)(ゴグワン)、あらそふべき寺(てら)(テラ)なければ、東大寺(とうだいじ)(トウダイジ)の額(がく)(ガク)
をうつ。次(つぎ)(ツギ)に淡海公(たんかいこう)(タンカイコウ)の御願(ごぐわん)(ゴグワン)とて、興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)の
額(がく)(ガク)をうつ。北京(ほつきやう)(ホツキヤウ)には、興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)にむかへて延
暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の額(がく)(ガク)をうつ。次(つぎ)(ツギ)に天武天皇(てんむてんわう)(テンムテンワウ)の御願(ごぐわん)(ゴグワン)、教
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大【*教待】和尚(けうだいくわしやう)(ケウダイクワシヤウ)・智証大師(ちしようだいし)(チセウダイシ)の草創(さうさう)(サウサウ)とて、園城寺(をんじやうじ)(ヲンジヤウジ)の
額(がく)(ガク)をうつ。しかるを、山門(さんもん)(サンモン)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)いかがおもひ【思ひ】けん、
先例(せんれい)(センレイ)を背(そむい)(ソムイ)て、東大寺(とうだいじ)(トウダイジ)の次(つぎ)(ツギ)、興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)のうへに、
延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の額(がく)(ガク)をうつあひだ【間】、南都(なんと)(ナント)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)、とや
せまし、かうやせましと僉議(せんぎ)(センギ)するところ【所】に、
興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)の西金堂衆(さいこんだうのしゆ)(サイコンダウノシユ)、観音房(くわんおんばう)(クワンヲンバウ)・勢至房(せいしばう)(セイシバウ)とて
きこえたる大悪僧(だいあくそう)(ダイアクソウ)二人(ににん)ありけり。観音房(くわんおんばう)(クワンヲンバウ)
は黒糸威(くろいとをどし)(クロイトヲドシ)の腹巻(はらまき)(ハラマキ)に、しら柄(え)(ヱ)の長刀(なぎなた)(ナギナタ)くきみじ
かにとり、勢至房(せいしばう)(セイシバウ)は萠黄威(もえぎをどし)(モエギヲドシ)の腹巻(はらまき)(ハラマキ)に、黒漆(こくしつ)(コクシツ)
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の大太刀(おほだち)(オホダチ)も(ッ)て、二人(ににん)つ(ッ)と走出(はしりいで)(ハシリイデ)、延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の額(がく)(ガク)
をき【切】(ッ)ておとし、散々(さんざん)(サンザン)にうちわり、「うれしや
水(みづ)、なるは滝(たき)(タキ)の水(みづ)、日(ひ)はて【照】るともたえずと
うたへ」とはやしつつ、南都(なんと)(ナント)の衆徒(しゆと)(シユト)の中(なか)(ナカ)へぞ
入(いり)にける。
  清水寺(きよみづでら)炎上(えんしやう)S0109
 ○山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)をいたさば手(て)(テ)むかへすべき処(ところ)(トコロ)に、
心(こころ)(ココロ)ふかうねらう(ねらふ)方(かた)(カタ)もやありけん、ひと詞(ことば)(コトバ)も
いださず。御門(みかど)かくれさせ給(たまひ)ては、心(こころ)なき草
木(くさき)までも愁(うれへ)(ウレヘ)たる色(いろ)(イロ)にてこそあるべきに、
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此(この)騒動(さうどう)(サウドウ)のあさましさに、高(たかき)(タカキ)も賎(いやしき)(イヤシキ)も、肝(きも)(キモ)魂(たましひ)(タマシイ)
をうしな(ッ)て、四方(しはう)へ皆(みな)退散(たいさん)(タイサン)す。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)の
午剋(むまのこく)(ムマノコク)ばかり、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)緩(おびたたし)(ヲヒタタシ)う下洛(げらく)(ゲラク)すと
聞(きこ)えしかば、武士(ぶし)(ブシ)検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)、西坂下(にしざかもと)(ニシサカモト)に、馳向(はせむかつ)(ハセムカツ)
て防(ふせき)(フセキ)けれ共(ども)、事(こと)ともせず、おしやぶ(ッ)て乱
入(らんにふ)(ランニウ)す。何者(なにもの)(ナニモノ)の申出(まうしいだ)したりけるやらむ、「一院(いちゐん)
山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、平家(へいけ)を追討(ついたう)(ツイタウ)せらるべ
し」ときこえしほどに、軍兵(ぐんびやう)(グンビヤウ)内裏(だいり)(ダイリ)に参(さん)(サン)じ
て、四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)を警固(けいご)(ケイゴ)す。平氏(へいじ)の一類(いちるい)(いちルイ)、
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皆(みな)六波羅(ろくはら)(ろくハラ)へ馳集(はせあつま)(ハセアツマ)る。一院(いちゐん)(いちヰン)もいそぎ六波羅(ろくはら)(ろくハラ)
へ御幸(ごかう)(ゴカウ)なる。清盛公(きよもりこう)(キヨモリコウ)其比(そのころ)いまだ大納言(だいなごん)にて
おはしけるが、大(おほき)に恐(おそ)(ヲソ)れさは(さわ)【騒】がれけり。小松殿(こまつどの)
「なにによ(ッ)てか唯今(ただいま)(タダイマ)さる事(こと)あるべき」としづ
められけれども、上下(じやうげ)ののしりさは(さわ)【騒】ぐ事(こと)
緩(おびたた)(オビタタ)し。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)(ダイシユ)、六波羅(ろくはら)へはよせずして、すぞ
ろなる清水寺(せいすいじ)(セイスイジ)におしよせて、仏閣(ぶつかく)(ブツカク)僧坊(そうばう)(ソウバウ)
一宇(いちう)(イチウ)ものこさず焼(やき)(ヤキ)はらふ。是(これ)はさんぬる御葬
送(ごさうそう)(ごサウソウ)の夜(よ)の会稽(くわいけい)(クワイケイ)の恥(はぢ)(ハヂ)を雪(きよ)(キヨ)めんが為(ため)とぞ聞(きこ)えし。
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清水寺(せいすいじ)(セイスイジ)は興福寺(こうぶくじ)(コウブクジ)の末寺(まつじ)(マツジ)なるによ(ッ)てなり。
清水寺(せいすいじ)やけたりける朝(あした)(アシタ)、「や、観音(くわんおん)(クワンヲン)火坑(くわきやう)(クワキヤウ)変
成池(へんじやうち)(ヘンジヤウチ)はいかに」と札(ふだ)(フダ)に書(かい)(カイ)て、大門(だいもん)(ダイモン)の前(まへ)(マヘ)にたて
たりければ、次日(つぎのひ)(ツギノヒ)又(また)、「歴劫(りやつこふ)(リヤツコウ)不思議(ふしぎ)(フシギ)力(ちから)(チカラ)及(およ)(ヲヨ)ばず」と、
かへしの札(ふだ)(フダ)をぞう(ッ)たりける。衆徒(しゆと)(シユト)かへりのぼり
にければ、一院(いちゐん)六波羅(ろくはら)より還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)なる。重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)
計(ばかり)(バカリ)ぞ御(おん)ともにはまい(まゐ)【参】られける。父(ちち)の卿(きやう)(キヤウ)は
まい(まゐ)【参】られず。猶(なほ)(ナヲ)用心(ようじん)(ヨウジン)の為(ため)歟(か)とぞ聞(きこ)えし。重盛(しげもり)(シゲモリ)
の卿(きやう)(キヤウ)御送(おんおく)(おんヲク)りよりかへられたりければ、父(ちち)の
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大納言(だいなごん)の給(たま)ひけるは、「[B 扨(さて)も]一院(いちゐん)の御幸(ごかう)(ゴカウ)こそ大(おほき)(ヲヲキ)に
恐(おそ)(ヲソ)れおぼゆれ。かねても思食(おぼしめし)(オボシメシ)より仰(おほせ)らるる
旨(むね)(ムネ)のあればこそ、かうはきこゆらめ。それにも
うちとけ給(たまふ)まじ」とのたまへば、重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)申(まう)され
ける、「此(この)事(こと)ゆめゆめ御(おん)けしきにも、御詞(おんことば)(おんコトバ)にも
出(いだ)(イダ)させ給(たまふ)べからず。人(ひと)に心(こころ)つけがほに、中々(なかなか)
あしき御事(おんこと)也(なり)。それにつけても、叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)に
背(そむき)(ソムキ)給(たま)はで、人(ひと)の為(ため)に御情(おんなさけ)(おんナサケ)をほどこさせまし
まさば、神明(しんめい)(シンメイ)三宝(さんぼう)(サンボウ)加護(かご)(カゴ)あるべし。さらむに
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と(ッ)ては、御身(おんみ)(おんミ)の恐(おそ)(ヲソ)れ候(さうらふ)まじ」とてたたれければ、
「重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)はゆゆしく大様(おほやう)(オホヤウ)なるものかな」とぞ、
父(ちち)(チチ)の卿(きやう)(キヤウ)ものたまひける。一院(いちゐん)還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)の後(のち)、御前(ごぜん)(ゴゼン)
にうとからぬ近習者達(きんじゆしやたち)(キンジユシヤタチ)あまた候(さうら)はれけるに、
「さても不思議(ふしぎ)(フシギ)の事(こと)を申出(まうしいだ)したるものかな。
露(つゆ)もおぼしめし【思食】よらぬものを」と仰(おほせ)ければ、
院中(ゐんぢゆう)(ヰンヂウ)のきりものに西光法師(さいくわうほふし)(サイクワウほふし)といふもの【者】
あり。境節(をりふし)(オリフシ)御前(ごぜん)(ゴゼン)ちかう候(さうらひ)けるが、「天(てん)(テン)に口(くち)(クチ)なし、
にん【人】をも(ッ)ていはせよと申(まうす)。平家(へいけ)以外(もつてのほか)(もつてノホカ)に過分(くわぶん)(クワブン)
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に候(さうらふ)あひだ【間】、天(てん)の御(おん)ぱからひにや」とぞ申(まうし)ける。
人々(ひとびと)「此(この)事(こと)よしなし。壁(かべ)(カベ)に耳(みみ)(ミミ)あり。おそろし
  東宮立(とうぐうだち)S0110
おそろし」とぞ、申(まうし)あはれける。 ○さる程(ほど)に、其(その)年(とし)は
諒闇(りやうあん)(リヤウアン)なりければ、御禊(ごけい)(ごケイ)大嘗会(だいじやうゑ)(ダイジヤウヱ)もおこな
はれず。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)(じふ(にン)ぐわつ)廿四日(にじふしにち)、建春門院(けんしゆんもんゐん)(ケンシユンモンヰン)、其比(そのころ)はいまだ
東(ひがし)(ヒガシ)の御方(おんかた)と申(まうし)ける、御腹(おんぱら)(おんハラ)に一院(いちゐん)の宮(みや)まし
ましけるが、親王(しんわう)(シンワウ)の宣旨(せんじ)(センジ)下(くだ)され給(たま)ふ。あくれば
改元(かいげん)(カイゲン)あ(ッ)て仁安(にんあん)(ニンアン)と号(かう)(ガウ)す。同(おなじき)(おなじキ)年(とし)の十月(じふぐわつ)八日(やうかのひ)(やうかのヒ)、
去年(きよねん)(キヨネン)親王(しんわう)(シンワウ)の宣旨(せんじ)(センジ)蒙(かうぶ)(カウブ)らせ給(たまひ)し皇子(わうじ)(ワウジ)、東
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三条(とうさんでう)(トウさんでう)にて春宮(とうぐう)(トウグウ)にたたせ給(たま)ふ。春宮(とうぐう)(トウグウ)は御
伯父(おんをぢ)(ヲンヲヂ)六歳(ろくさい)、主上(しゆしやう)(シユシヤウ)は御甥(おんをひ)(ヲンヲイ)三歳(さんざい)、詔目(ぜうもく)(ゼウモク)にあひ
かなはず。但(ただし)(タダシ)寛和(くわんわ)(クワンワ)二年(にねん)に一条院(いちでうのゐん)七歳(しちさい)にて
御即位(ごそくゐ)、三条院(さんでうのゐん)十一(じふいつ)歳(さい)にて春宮(とうぐう)(トウグウ)にたたせ
給(たま)ふ。先例(せんれい)(センレイ)なきにあらず。主上(しゆしやう)は二歳(にさい)にて
御禅(おんゆづり)(おんユヅリ)をうけさせ給(たま)ひ、纔(わづか)(ワヅカ)に五歳(ごさい)と、申(まうす)二
月(にぐわつ)十九日(じふくにち)、東宮(とうぐう)(トウグウ)践祚(せんそ)(センソ)ありしかば、位(くらゐ)(クラヰ)をすべらせ
給(たまひ)て、新院(しんゐん)(シンヰン)とぞ申(まうし)ける。いまだ御元服(ごげんぶく)(ごゲンブク)も
なくして、太上天皇(だいじやうてんわう)(ダイジヤウてんわう)の尊号(そんがう)(ソンガウ)あり。漢家(かんか)(カンカ)本朝(ほんてう)(ホンテウ)
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是(これ)やはじめならむ。仁安(にんあん)(ニンアン)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)廿日(はつかのひ)(はつかノヒ)、新帝(しんてい)(シンテイ)
大極殿(だいこくでん)(ダイコクデン)にして御即位(ごそくゐ)(ゴソクヰ)あり。此(この)君(きみ)の位(くらゐ)(クラヰ)につか
せ給(たまひ)ぬるは、いよいよ平家(へいけ)の栄花(えいぐわ)(エイグワ)とぞ
みえし。御母儀(おぼぎ)(ヲボギ)建春門院(けんしゆんもんゐん)(ケンシユンモンヰン)と申(まうす)は、平家(へいけ)の一
門(いちもん)にてましますうへ、とりわき入道相国(にふだうしやうこく)
の北方(きたのかた)(きたノかた)、二位殿(にゐどの)の御妹(おんいもうと)(ヲンイモウト)也(なり)。又(また)平大納言(へいだいなごん)時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノきやう)と
申(まうす)も女院(にようゐん)(ネウヰン)の御(おん)せうと【兄】なれば、内(うち)(ウチ)の御外戚(ごぐわいせき)(ごグワイセキ)なり。
内外(ないげ)(ナイゲ)につけたる執権(しつけん)(シツケン)の臣(しん)とぞみえし。叙
位(じよゐ)(ジヨヰ)除目(ぢもく)(ヂモク)と申(まうす)も偏(ひとへ)(ヒトヘ)に此(この)時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノきやう)のまま也(なり)。楊貴妃(やうきひ)(ヤウキヒ)が
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幸(さいはひ)(サイハイ)し時(とき)、楊国忠(やうこくちゆう)(ヤウコクチウ)がさかへ(さかえ)【栄】しが如(ごと)(ゴト)し。世(よ)のおぼえ、
時(とき)のきら、めでたかりき。入道相国(にふだうしやうこく)天下(てんが)の大
小事(だいせうじ)をのたまひあはせられければ、時(とき)の人(ひと)、
  殿下(てんがの)乗合(のりあひ)S0111
平関白(へいくわんばく)(ヘイクワンバク)とぞ申(まうし)ける。 ○さる程(ほど)に、嘉応(かおう)(カヲウ)元年(ぐわんねん)
七月(しちぐわつ)十六日(じふろくにち)、一院(いちゐん)御出家(ごしゆつけ)あり。御出家(ごしゆつけ)の後(のち)も
万機(ばんき)(バンキ)の政(まつりごと)(マツリコト)をきこしめされし[B 「き」に「シロ」と傍書]あひだ【間】、院内(ゐんうち)(ヰンウチ)わく
方(かた)(カタ)なし。院中(ゐんぢゆう)(ヰンヂウ)にちかくめしつかはるる公卿
殿上人(くぎやうてんじやうびと)(クギヤウテンジヤウビト)、上下(じやうげ)の北面(ほくめん)(ホクメン)にいたるまで、官位(くわんゐ)(クワンヰ)捧禄【俸禄】(ほうろく)(ホウロク)
皆(みな)(ミナ)身(み)(ミ)にあまる計(ばかり)(バカリ)なり。されども人(ひと)のこころ【心】の
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ならひなれば、猶(なほ)あきだらで、「あッぱれ(あつぱれ)、其(その)(ソノ)人(ひと)の
ほろびたらば其(その)国(くに)はあきなむ。其(その)人(ひと)うせ
たらば其(その)官(くわん)(クワン)にはなりなん」な(ン)ど、うとからぬ
どちはよりあひよりあひささやきあへり。法皇(ほふわう)
も内々(ないない)仰(おほせ)なりけるは、「昔(むかし)(ムカシ)より代々(だいだい)の朝敵(てうてき)(テウテキ)
をたいら(たひら)【平】ぐる者(もの)(モノ)おほしといへども、いまだ
加様(かやう)(カヤウ)の事(こと)なし。貞盛(さだもり)(サダモリ)・秀里【*秀郷】(ひでさと)(ヒデサト)が将門(まさかど)(マサカド)をうち、
頼義(らいぎ)(ライギ)が貞任(さだたふ)(サダタウ)・宗任(むねたふ)(ムネタウ)をほろぼし、義家(ぎか)(ギカ)が武平【*武衡】(たけひら)(タケヒラ)・
家平【*家衡】(いへひら)(イヱヒラ)をせめたりしも、勧賞(けんじやう)(ケンジヤウ)おこなはれし
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事(こと)、受領(じゆりやう)(ジユリヤウ)にはすぎざりき。清盛(きよもり)(キヨモリ)がかく心(こころ)の
ままにふるまふこそしかるべからね。是(これ)も世(よ)
末(すゑ)にな(ッ)て王法(わうぼふ)(ワウボウ)のつきぬる故(ゆゑ)(ユヘ)なり」と仰(おほせ)(オホセ)
なりけれども、つゐで(ついで)なければ御(おん)いましめも
なし。平家(へいけ)(ヘイケ)も又(また)別(べつ)(ベツ)して、朝家(てうか)(テウカ)を恨(うらみ)(ウラミ)奉(たてまつ)る事(こと)
もなかりしほどに、世(よ)のみだれそめける根本(こんぼん)(コンボン)は、
去(いん)(イン)じ嘉応(かおう)(カヲウ)二年(にねん)十月(じふぐわつ)十六日(じふろくにち)、小松殿(こまつどの)の次男(じなん)新
三位中将(しんざんみのちゆうじやう)(しんざんみのちうじやう)資盛卿(すけもりのきやう)(スケモリノキヤウ)、其時(そのとき)はいまだ越前守(ゑちぜんのかみ)(ヱチゼンノカミ)とて
十三(じふさん)になられけるが、雪(ゆき)(ユキ)ははだれにふ(ッ)たりけり、
P01100
枯野(かれの)(カレノ)のけしき誠(まこと)(マコト)に面白(おもしろ)かりければ、わかき
侍(さぶらひ)(サブライ)ども卅(さんじつ)騎(き)(キ)ばかりめし具(ぐ)(グ)して、蓮台野(れんだいの)(レンダイノ)や、
紫野(むらさきの)(ムラサキノ)、右近馬場(うこんのばば)(ウコンノババ)にうち出(いで)て、鷹(たか)(タカ)どもあまたす【据】へ(すゑ)
させ、うづら【鶉】雲雀(ひばり)(ヒバリ)をお(ッ)たて【追つ立て】お(ッ)たて【追つ立て】、終日(ひめもそ)(ヒメモソ)にかり
暮(くら)し、薄暮(はくぼ)(ハクボ)に及(およん)(オヨン)で六波羅(ろくはら)(ろくハラ)へこそ帰(かへ)(カヘ)られけれ。
其時(そのとき)(そのトキ)の御摂禄(ごせふろく)(ゴセウロク)は松殿(まつどの)(マツドノ)にてましましけるが、中御
門(なかのみかど)(ナカノミカド)東洞院(ひがしのとうゐん)(ヒガシノトウヰン)の御所(ごしよ)(ゴシヨ)より御参内(ごさんだい)(ゴサンダイ)ありけり。郁芳
門(いうはうもん)(ユウハウモン)より入御(じゆぎよ)(ジユギヨ)あるべきにて、東洞院(ひがしのとうゐん)(ヒガシノトウヰン)を南(みなみ)(ミナミ)へ、大炊
御門(おほいのみかど)(オオイノミカド)を西(にし)へ御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)なる。資盛朝臣(すけもりのあつそん)(スケモリノアソン)、大炊御門
P01101
猪熊(おほいのみかどゐのくま)(オホイノミカドイノクマ)にて、殿下(てんが)(テンガ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)にはなづき【鼻突】にまい(まゐ)【参】り
あふ。御(お)ともの人々(ひとびと)「なに者(もの)ぞ、狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)なり。御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)
のなるに、のりものよりおり候(さうら)へおり候(さうら)へ」といら(ッ)て
けれ共(ども)、余(あまり)(アマリ)にほこりいさみ、世(よ)を世(よ)ともせざり
けるうへ、めし具(ぐ)(グ)したる侍(さぶらひ)(サブライ)ども、皆(みな)廿(にじふ)より内(うち)の
わか者(もの)どもなり。礼儀(れいぎ)(レイギ)骨法(こつぱふ)(コツパウ)弁(わきま)(ハキマ)へたる者(もの)(モノ)一人(いちにん)
もなし。殿下(てんが)(テンガ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)ともいはず、一切(いつせつ)(イツセツ)下馬(げば)(ゲバ)の
礼儀(れいぎ)(レイギ)にも及(およ)ばず、かけやぶ(ッ)てとをら(とほら)むと
するあひだ【間】、くらさは闇(くら)(クラ)し、つやつや入道(にふだう)の孫(まご)(マゴ)とも
P01102
しらず、又(また)少々(せうせう)は知(しつ)(シツ)たれ共(ども)そらしらずして、
資盛朝臣(すけもりのあつそん)(スケモリノアソン)をはじめとして、侍(さぶらひ)(サブライ)ども皆(みな)馬(むま)(ムマ)より
と(ッ)【取つ】て引(ひき)(ヒキ)おとし[B 「し」に「す」と傍書]、頗(すこぶ)(スコブ)る恥辱(ちじよく)(チジヨク)に及(および)けり。資盛朝
臣(すけもりのあつそん)(スケモリノアソン)はうはう(はふはふ)六波羅(ろくはら)(ろくハラ)へおはして、おほぢの相国
禅門(しやうこくぜんもん)(しやうこくゼンモン)に此(この)由(よし)う(ッ)た【訴】へ申(まう)されければ、入道(にふだう)大(おほき)に
いか(ッ)て、「たとひ殿下(てんが)(テンガ)なりとも、浄海(じやうかい)(ジヤウカイ)があたり
をばはばかり給(たま)ふべきに、おさなき(をさなき)【幼き】もの【者】に左右(さう)(サウ)
なく恥辱(ちじよく)(チジヨク)をあたへられけるこそ遺恨(ゐこん)(イコン)の
次第(しだい)(シダイ)なれ。かかる事(こと)よりして、人(ひと)にはあざむか
P01103
るるぞ。此(この)事(こと)おもひ【思ひ】しらせたてまつらでは、
えこそあるまじけれ。殿下(てんが)(テンガ)を恨(うらみ)(ウラミ)奉(たてまつ)らばや」
との給(たま)へば、重盛卿(しげもりのきやう)(シゲモリノきやう)申(まう)されけるは、「是(これ)は少(すこし)(スコシ)も
くる【苦】しう候(さうらふ)まじ。頼政(よりまさ)(ヨリマサ)・光基(みつもと)(ミツモト)な(ン)ど申(まうす)源氏共(げんじども)(ゲンジドモ)に
あざむかれて候(さうら)はんには、誠(まこと)(マコト)に一門(いちもん)の恥辱(ちじよく)(チジヨク)でも
候(さうらふ)べし。重盛(しげもり)(シゲモリ)が子(こ)どもとて候(さうら)はんずる者(もの)の、
殿(との)(トノ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)にまい(まゐ)【参】りあひて、のりものよりおり
候(さうら)はぬこそ尾籠(びろう)(ビロウ)に候(さうら)へ」とて、其時(そのとき)(ソノトキ)事(こと)にあふ(あう)
たる侍(さぶらひ)(サブライ)どもめしよせ、「自今以後(じごんいご)(ジゴンイゴ)も、汝等(なんぢら)(ナンヂラ)能々(よくよく)(ヨクヨク)
P01104
心(こころ)うべし。あやま(ッ)て殿下(てんが)(テンガ)へ無礼(ぶれい)(ブレイ)の由(よし)(ヨシ)を申(まう)
さばやとこそおもへ【思へ】」とて帰(かへ)(カヘ)られけり。其後(そののち)
入道相国(にふだうしやうこく)、小松殿(こまつどの)には仰(おほせ)られもあはせず、片
田舎(かたゐなか)(カタイナカ)の侍(さぶらひ)(サブライ)どもの、こはらかにて入道殿(にふだうどの)の仰(おほせ)より
外(ほか)は、又(また)おそろしき事(こと)なしと思(おも)ふ者(もの)ども、
難波(なんば)(ナンバ)・瀬尾(せのを)(セノヲ)をはじめとして、都合(つがふ)(ツガウ)六十(ろくじふ)余人(よにん)
召(めし)(メシ)よせ、「来(きたる)廿一日(にじふいちにち)、主上(しゆしやう)御元服(ごげんぶく)(ゴゲンブク)の御(おん)(ヲン)さだめの為(ため)
に、殿下(てんが)(テンガ)御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)あるべかむなり。いづくにても
待(まち)(マチ)うけ奉(たてまつ)り、前駆(せんぐ)(セング)御随身(みずいじん)(ミズイジン)どもがもとどり
P01105
き(ッ)て、資盛(すけもり)(スケモリ)が恥(はぢ)(ハヂ)すすげ」とぞのたまひける。殿下(てんが)(テンガ)
是(これ)をば夢(ゆめ)(ユメ)にもしろしめさず、主上(しゆしやう)明年(みやうねん)(ミヤウネン)
御元服(ごげんぶく)(ゴゲンブク)、御加冠(ごかくわん)(ゴカクワン)拝官(はいくわん)(ハイクワン)の御(おん)さだめの為(ため)に、御
直盧(ごちよくろ)(ゴチヨクロ)に暫(しばら)(シバラ)く御座(ござ)(ゴザ)あるべきにて、常(つね)(ツネ)の御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)
よりもひきつくろはせ給(たま)ひ、今度(こんど)(コンド)は待賢
門(たいけんもん)(タイケンモン)より入御(じゆぎよ)(ジユギヨ)あるべきにて、中御門(なかのみかど)(ナカノミカド)を西(にし)(ニシ)へ御出(ぎよしゆつ)(ギヨシユツ)
なる。猪熊堀河(ゐのくまほりかは)(イノクマホリカハ)の返(へん)(ヘン)に、六波羅(ろくはら)(ろくハラ)の兵(つはもの)(ツハモノ)ども、ひた【直】
甲(かぶと)(カブト)三百余騎(さんびやくよき)(さんびやくヨキ)待(まち)(マチ)うけ奉(たてまつ)り、殿下(てんが)(テンガ)を中(なか)にとり
籠(こめ)(コメ)まい(まゐ)【参】らせて、前後(ぜんご)(ゼンゴ)より一度(いちど)(イチド)に、時(とき)(トキ)をど(ッ)とぞ
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つくりける。前駆(せんぐ)(ゼング)御随身(みずいじん)(ミズイジン)どもが、けふをはれと
しやうぞい【装束い】たるを、あそこに追(おつ)(ヲツ)かけ爰(ここ)(ココ)に追(おつ)(ヲツ)つめ、
馬(むま)(ムマ)よりと(ッ)て引(ひき)(ヒキ)おとし、散々(さんざん)(サンザン)に陵礫(りようりやく)(レウリヤク)して、一々(いちいち)
にもとどりをきる。随身(ずいじん)(ズイジン)十人(じふにん)がうち、右(みぎ)(ミギ)の府生(ふしやう)(フシヤウ)
武基(たけもと)(タケモト)がもとどりもきられにけり。其中(そのなか)に、
藤蔵人大夫(とうくらんどのたいふ)(トウクランドノタユウ)隆教(たかのり)(タカノリ)がもとどりをきるとて、「是(これ)は
汝(なんぢ)(ナンヂ)がもとどりとおもふ【思ふ】べからず。主(しゆう)(シユウ)のもとどり
とおもふ【思ふ】べし」といひふくめてき(ッ)て(ン)げり。其後(そののち)
は、御車(おんくるま)の内(うち)へも弓(ゆみ)のはずつ【突】きいれ【入れ】な(ン)どして、
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すだれ【簾】かなぐりおとし、御牛(おうし)の鞦(しりがい)(シリガヒ)・胸懸(むながけ)(ムナガケ)きり
はなち、かく散々(さんざん)(サンザン)にしちらして、悦(よろこび)(ヨロコビ)の時(とき)を
つくり、六波羅(ろくはら)へこそまい(まゐ)【参】りけれ。入道(にふだう)「神妙(しんべう)(シンベウ)
なり」とぞのたまひける。御車(おんくるま)ぞひには、
因幡(いなば)(イナバ)のさい【先】使(づかひ)(ヅカヒ)、鳥羽(とば)(トバ)の国久丸(くにひさまる)(クニヒサマル)と云(いふ)おのこ(をのこ)【男】、下
臈(げらう)(ゲラウ)なれどもなさけある者(もの)(モノ)にて、泣々(なくなく)(ナクなく)[B ヤウヤウニシツラヒイ]御車(おんくるま)
つか【仕】ま(ッ)て、中御門(なかのみかど)(なかノみかど)の御所(ごしよ)へ還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)なし奉(たてまつ)る。束
帯(そくたい)(ソクタイ)の御袖(おんそで)(おんソデ)にて御涙(おんなみだ)(おんナミダ)をおさへつつ、還御(くわんぎよ)(クワンギヨ)の
儀式(ぎしき)(ギシキ)あさま(ッ)しさ、申(まうす)も中々(なかなか)おろかなり。大織
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冠(たいしよくわん)(タイシヨクワン)・淡海公(たんかいこう)(タンカイコウ)の御事(おんこと)はあげて申(まうす)にをよば(およば)【及ば】ず、
忠仁公(ちゆうじんこう)(チウジンコウ)・昭宣公(せうぜんこう)(セウゼンコウ)より以降(このかた)(コノカタ)、摂政(せつしやう)(セツシヤウ)関白(くわんばく)(クワンバク)のかかる御
目(おんめ)(ヲンメ)にあはせ給(たま)ふ事(こと)、いまだ承及(うけたまはりおよ)ばず。これ【是】
こそ平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)(アクギヤウ)のはじめなれ。小松殿(こまつどの)[M こそ]
大(おほき)(オホキ)にさは(さわ)【騒】いで其時(そのとき)[M がれけれ。→いで其時(そのとき)]ゆきむかひたる侍(さぶらひ)(サブライ)ども皆(みな)
勘当(かんだう)(カンダウ)せらる。「たとひ入道(にふだう)いかなる不思議(ふしぎ)(フシギ)を
下地(げぢ)(ゲヂ)し給(たま)ふとも、など重盛(しげもり)(シゲモリ)に夢(ゆめ)(ユメ)をばみせ
ざりけるぞ。凡(およそ)(オヨソ)は資盛(すけもり)(スケモリ)奇怪(きつくわい)(キクワイ)なり。栴檀(せんだん)(センダン)は
二葉(ふたば)(フタバ)よりかうばしとこそ見(み)えたれ。既(すで)(スデ)に十二三(じふにさん)
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にならむずる者(もの)が、今(いま)は礼儀(れいぎ)(レイギ)を存知(ぞんぢ)して
こそふるまう(ふるまふ)べきに、加様(かやう)に尾籠(びろう)(ビロウ)を現(げん)(ゲン)じ
て、入道(にふだう)の悪名(あくみやう)(アクミヤウ)をたつ。不孝(ふかう)(フカウ)のいたり、汝(なんぢ)(ナンヂ)独(ひとり)(ヒトリ)
にあり」とて、暫(しばら)(シハラク)く伊勢国(いせのくに)(イセノくに)にをひ(おひ)【追ひ】下(くだ)さる。
されば此(この)大将(だいしやう)をば、君(きみ)も臣(しん)も御感(ぎよかん)(ギヨカン)あり
  鹿谷(ししのたに)S0112
けるとぞきこえし。 ○是(これ)によ(ッ)て、主上(しゆしやう)御元
服(ごげんぶく)(ごゲンブク)の御(おん)さだめ、其(その)日(ひ)はのびさせ給(たまひ)ぬ。同(おなじき)
廿五日(にじふごにち)、院(ゐん)(ヰン)の殿上(てんじやう)(テンジヤウ)にてぞ御元服(ごげんぶく)(ごゲンブク)のさだめは
ありける。摂政殿(せつしやうどの)(セツシヤウドノ)さてもわたらせ給(たまふ)べき
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ならねば、同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)九日(ここのかのひ)(ここのかノヒ)、兼宣旨(かねてせんじ)(カネテゼンジ)をかうぶり、
十四日(じふしにち)太政大臣(だいじやうだいじん)にあがらせ給(たま)ふ。やがて同(おなじき)
十七日(じふしちにち)、慶申(よろこびまうし)(ヨロコビまうし)ありしかども、世中(よのなか)は猶(なほ)にがにが
しうぞみえし。さるほどにことしも暮(くれ)(クレ)ぬ。
あくれば嘉応(かおう)(カヲウ)三年(さんねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)(いつかノヒ)、主上(しゆしやう)御元服(ごげんぶく)(ごゲンブク)
あッて、同(おなじき)十三日(じふさんにち)、朝覲(てうきん)(テウキン)の行幸(ぎやうがう)(ギヤウガウ)ありけり。法
皇(ほふわう)(ホウワウ)・女院(にようゐん)(ネウヰン)待(まち)(マチ)うけまい(まゐ)【参】らつさせ給(たまひ)て、叙爵(うひかうぶり)(ジヨシヤク)の
御粧(おんよそほひ)(ヲンヨソヲヒ)いかばかりらうたくおぼしめされけん。
入道相国(にふだうしやうこく)の御娘(おんむすめ)(ヲンムスメ)、女御(にようご)(ネウゴ)にまい(まゐ)【参】らせ給(たま)ひけり。
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御年(おんとし)十五歳(じふごさい)、法皇(ほふわう)(ホウワウ)御猶子(ごゆうし)(ごユウシ)の儀(ぎ)(ギ)なり。其比(そのころ)、妙
音院(めうおんゐん)(メウヲンヰン)の太政(だいじやう)のおほいどの、其時(そのとき)は未(いまだ)(イマダ)内大臣(ないだいじん)の左
大将(さだいしやう)にてましましけるが、大将(だいしやう)を辞(じ)(ジ)し申(まう)させ
給(たま)ふこと【事】ありけり。時(とき)に徳大寺(とくだいじ)(トクダイジ)の大納言(だいなごん)実
定卿(しつていのきやう)(シツテイノきやう)、其(その)仁(じん)(ジン)にあたり給(たま)ふ由(よし)きこゆ。又(また)花山院(くわさんのゐん)
の中納言(ちゆうなごん)兼雅卿(かねまさのきやう)(カネマサノきやう)も所望(しよまう)あり。其外(そのほか)、故中
御門(こなかのみかど)の藤(とうの)中納言(ぢゆうなごん)[M 大→中]家成卿(かせいのきやう)(カセイノきやう)の三男(さんなん)、新大納言(しんだいなごん)(シンだいなごん)成親
卿(なりちかのきやう)(ナリチカノきやう)もひらに申(まう)されけり。院(ゐん)の御気色(ごきしよく)(ゴキシヨク)よかり
ければ、さまざまの祈(いのり)(イノリ)をぞはじめられける。
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八幡(やはた)(ヤハタ)に百人(ひやくにん)の僧(そう)(ソウ)をこめて、信読(しんどく)(シンドク)の大般
若(だいはんにや)(ダイハンニヤ)を七日(しちにち)よませられける最中(さいちゆう)(サイチウ)に、甲良(かうら)(カウラ)[B 「ウ」に「ハ」と傍書 カハラ]の
大明神(だいみやうじん)(ダイミヤウジン)の御(お)(ヲ)まへなる橘(たちばな)(タチバナ)の木(き)に、男山(をとこやま)(ヲトコやま)の方(かた)(カタ)
より山鳩(やまばと)(ヤマバト)三(みつ)(みツ)飛来(とびきたつ)(トビきたつ)て、くい(くひ)あひてぞ死(しに)(シニ)にける。
鳩(はと)(ハト)は八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)(ハチマンダイボサツ)の第一(だいいち)(ダイいち)の仕者(ししや)(シシヤ)なり。宮寺(みやてら)(ミヤテラ)に
かかる不思議(ふしぎ)(フシギ)なしとて、時(とき)(トキ)の検校(けんげう)(ケンゲウ)、匡清法印(きやうせいほふいん)(キヤウセイホウイン)、
[B 此(この)由(よし)内裏(だいり)へイ]奏聞(そうもん)(ソウモン)す。神祇官(じんぎくわん)(ジンギクワン)にして御占(みうら)(ミウラ)あり。天下(てんが)の
さはき(さわぎ)【騒ぎ】とうらなひ申(まうす)。但(ただし)(タダシ)、君(きみ)(キミ)の御(おん)つつしみに
あらず、臣下(しんか)(シンカ)の御(おん)つつしみとぞ申(まうし)ける。新大納言(しんだいなごん)
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是(これ)におそれをもいたさ[B れ]ず、昼(ひる)(ヒル)は人目(ひとめ)のしげ
ければ、夜(よ)なよな歩行(ほかう)(ホカウ)にて、中御門烏丸(なかのみかどからすまる)(ナカノミカドカラスマル)の
宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)より賀茂(かも)(カモ)のかみ【上】の社(やしろ)(ヤシロ)へ、なな夜(よ)つづけ
てまい(まゐ)【参】られけり。七夜(ななよ)に満(まん)(マン)ずる夜(よ)、宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)に
下向(げかう)(ゲカウ)して、くる【苦】しさにうちふし、ち(ッ)とまどろみ
給(たま)へる夢(ゆめ)(ユメ)に、賀茂(かも)(カモ)の上(かみ)(カミ)の社(やしろ)(ヤシロ)へまい(まゐ)【参】りたると
おぼしくて、御宝殿(ごほうでん)(ゴホウデン)の御戸(みと)(ミト)おしひらき、ゆゆ
しくけだかげなる御声(おんこゑ)(ヲンコヱ)にて、
さくら花(ばな)かもの河風(かはかぜ)うらむなよ
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ちるをばえこそとどめざりけれ W006
新大納言(しんだいなごん)(シンだいなごん)猶(なほ)おそれをもいたさ[B れ]ず、賀茂(かも)(カモ)の上(かみ)(カミ)の
社(やしろ)(ヤシロ)に、ある聖(ひじり)(ヒジリ)をこめて、御宝殿(ごほうでん)(ゴホウデン)の御(おん)(ヲン)うしろ
なる杉(すぎ)(スギ)の洞(ほら)(ホラ)に壇(だん)(ダン)をたてて、拏吉尼(だぎに)(ダギニ)の法(ほふ)(ホウ)を、
百日(ひやくにち)おこなはせられけるほどに、彼(かの)(カノ)大椙(おほすぎ)(ヲホスギ)に雷(いかづち)(イカヅチ)
おちかかり、雷火(らいくわ)(ライクワ)緩(おびたたし)(ヲヒタタシ)うもえあが(ッ)て、宮中(きゆうちゆう)(キウチウ)既(すで)(スデ)に
あやうく(あやふく)みえけるを、宮人(みやうど)(ミヤウド)どもおほく走(はしり)(ハシリ)あつ
ま(ッ)て、是(これ)をうちけつ。さて彼(かの)(カノ)外法(げほう)(ゲホウ)おこなひ
ける聖(ひじり)(ヒジリ)を追出(ついしゆつ)(ツイシユツ)せむとしければ、「われ当社(たうしや)(タウシヤ)に
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百日(ひやくにち)参籠(さんろう)(サンロウ)の大願(だいぐわん)(ダイグワン)あり。けふは七十五日(しちじふご−にち)になる。
ま(ッ)たくいづまじ」とてはたらかず。此(この)由(よし)を社
家(しやけ)(シヤケ)より内裏(だいり)(ダイリ)へ奏聞(そうもん)(ソウモン)しければ、「唯(ただ)(タダ)法(ほふ)(ハウ)にまかせ
て追出(ついしゆつ)(ツイシユツ)せよ」と宣旨(せんじ)(センジ)を下(くだ)(クダ)さる。其時(そのとき)神人(じんにん)(ジンニン)
しら杖(つゑ)(ツヱ)をも(ッ)て、彼(かの)(カノ)聖(ひじり)(ヒジリ)がうなじをしらげ、一条(いちでう)の
大路(おほち)(ヲホチ)より南(みなみ)(ミナミ)へをひたし(おひだし)【追ひ出し】て(ン)げり。[B 「ひた」に「つこ」と傍書]神(かみ)は非礼(ひれい)(ヒレイ)を
享(うけ)(ウケ)給(たま)はずと申(まうす)に、此(この)大納言(だいなごん)非分(ひぶん)(ビブン)の大将(だいしやう)を祈(いのり)(イノリ)
申(まう)されければにや、かかる不思議(ふしぎ)もいできに
けり[B 「り」の右に「む」と傍書]。其比(そのころ)の叙位(じよゐ)(ジヨヰ)除目(ぢもく)(ヂモク)と申(まうす)は、院内(ゐんうち)(ヰンウチ)の御(おん)ぱからひ
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にもあらず、摂政(せつしやう)(セツシヤウ)関白(くわんばく)(クワンバク)の御成敗(ごせいばい)(ゴセイバイ)にも及(およ)ばず。
唯(ただ)(タダ)一向(いつかう)(イツカウ)平家(へいけ)のままにてありしかば、徳大寺(とくだいじ)(トクダイジ)・
花山院(くわさんのゐん)(クワサンノゐん)もなり給(たま)はず。入道相国(にふだうしやうこく)の嫡男(ちやくなん)(チヤクナン)小
松殿(こまつどの)、大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしけるが、左(さ)にうつ
りて、次男(じなん)(ジナン)宗盛(むねもり)(ムネモリ)中納言(ちゆうなごん)にておはせしが、数
輩(すはい)(スハイ)の上臈(じやうらう)(ジヤウラウ)を超越(てうをつ)(テウヲツ)して、右(みぎ)(ミギ)にくははられける
こそ、申(まうす)計(はかり)もなかりしか。中(なか)にも徳大寺殿(とくだいじどの)は一(いち)の
大納言(だいなごん)にて、花族(くわそく)(クワソク)栄耀(えいゆう)(エイヨウ)、才学(さいかく)(サイカク)雄長(ゆうちやう)(イウチヤウ)、家嫡(けちやく)(ケチヤク)にて
ましましけるが、[B 加階(かかい)]こえ【超え】られ給(たまひ)けるこそ遺恨(ゐこん)(イコン)なれ。
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「さだめて御出家(ごしゆつけ)な(ン)どやあらむずらむ」と、人々(ひとびと)
内々(ないない)は申(まうし)あへりしかども、暫(しばらく)(シハラク)世(よ)のならむ様(やう)(ヤウ)を
も見(み)むとて、大納言(だいなごん)を辞(じ)(ジ)し申(まうし)て、籠居(ろうきよ)(ロウキヨ)とぞ
きこえし。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)(ナリチカノきやう)のたまひけるは、
「徳大寺(とくだいじ)・花山院(くわさんのゐん)に超(こえ)(コエ)られたらむはいかがせむ。平
家(へいけ)の次男(じなん)(ジナン)に超(こえ)(コエ)らるるこそやすからね。是(これ)も
万(よろづ)(ヨロヅ)おもふ【思ふ】さまなるがいたす所(ところ)也(なり)。いかにもして
平家(へいけ)をほろぼし、本望(ほんまう)をとげむ」との給(たまひ)
けるこそおそろしけれ。父(ちち)の卿(きやう)(キヤウ)は[B 讒(ざん)にイ]中納言(ちゆうなごん)迄(まで)(マデ)
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こそいたられしか、其(その)末子(ばつし)(バツシ)にて位(くらゐ)(クラヰ)正二位(じやうにゐ)(ジヤウにゐ)、官(くわん)(クワン)大納
言(だいなごん)にあがり、大国(だいこく)(ダイこく)あまた給(たま)は(ッ)て、子息(しそく)所従(しよじゆう)(シヨジウ)朝恩(てうおん)(テウヲン)
にほこれり。何(なに)の不足(ふそく)(フソク)にかかる心(こころ)つかれけん。
是(これ)偏(ひとへ)に天魔(てんま)(テンマ)の所為(しよゐ)(シヨイ)とぞみえし。平治(へいぢ)に
も[M は→も]越後中将(ゑちごのちゆうじやう)とて、信頼卿(のぶよりのきやう)(ノブヨリのきやう)に同心(どうしん)のあひだ【間】、既(すでに)
誅(ちゆう)(チウ)せらるべかりしを、小松殿(こまつどの)やうやうに申(まうし)て頸(くび)(クビ)を
つぎ給(たま)へり。しかるに其(その)恩(おん)(ヲン)を忘(わす)(ワス)れて、外人(ぐわいじん)も
なき所(ところ)に兵具(ひやうぐ)をととのへ、軍兵(ぐんびやう)をかたらひ
をき(おき)、其(その)営(いとな)(イトナ)みの外(ほか)は他事(たじ)なし。東山(ひがしやま)の麓(ふもと)(フモト)
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鹿(しし)(シシ)の谷(たに)(タニ)と云(いふ)所(ところ)は、うしろは三井寺(みゐでら)につづいて、
ゆゆしき城郭(じやうくわく)(ジヤウクワク)にてぞありける。俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(シユンクワンソウヅ)
の山庄(さんざう)(サンザウ)あり。かれにつねはよりあひよりあひ、平家(へいけ)
ほろぼさむずるはかりことをぞ廻(めぐ)(メグ)らしける。
或時(あるとき)(アルトキ)法皇(ほふわう)も御幸(ごかう)(ゴカウ)なる。故少納言入道(こせうなごんにふだう)信西(しんせい)(シンセイ)が
子息(しそく)、浄憲法印(じやうけんほふいん)(ジヤウケンほふいん)御供(おんとも)仕(つかまつ)る。其(その)夜(よ)の酒宴(しゆえん)(シユエン)に、
此(この)由(よし)を浄憲法印(じやうけんほふいん)(ジヤウケンほふいん)に仰(おほせ)あはせられければ、「あな
あさまし。人(ひと)あまた承(うけたまはり)候(さうらひ)ぬ。唯今(ただいま)(タダいま)もれきこえて、
天下(てんが)の大事(だいじ)に及(および)候(さうらひ)なんず」と、大(おほき)にさはき(さわぎ)【騒ぎ】
P01120
申(まうし)ければ、新大納言(しんだいなごん)けしきかはりて、さ(ッ)とたた
れけるが、御前(ごぜん)に候(さうらひ)ける瓶子(へいじ)(ヘイジ)を狩衣(かりぎぬ)(カリキヌ)の袖(そで)(ソデ)
にかけて引(ひき)たう(たふ)【倒ふ】されたりけるを、法皇(ほふわう)「あれ
はいかに」と仰(おほせ)ければ、大納言(だいなごん)立帰(たちかへつ)(タチカヘツ)て、「平氏(へいじ)
たはれ候(さうらひ)ぬ」とぞ申(まう)されける。法皇(ほふわう)ゑつぼに
いらせおはしまして、「者(もの)どもまい(まゐ)【参】(ッ)て猿楽(さるがく)(サルガク)つか
まつれ」と仰(おほせ)ければ、平判官(へいはうぐわん)(ヘイハウクワン)康頼(やすより)(ヤスヨリ)まい(まゐ)【参】りて、
「あら、あまりに平氏(へいじ)のおほう候(さうらふ)に、もて酔(ゑひ)(ヱヒ)て
候(さうらふ)」と申(まうす)。俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(シユンクワンソウヅ)「さてそれをばいかが仕(つかまつ)らむ
P01121
ずる」と申(まう)されければ、西光法師(さいくわうほふし)(サイクワウほふし)「頸(くび)(クビ)をとる
にしかじ」とて、瓶子(へいじ)(ヘイジ)のくびをと(ッ)てぞ入(いり)にける。
浄憲法印(じやうけんほふいん)(ジヤウケンほふいん)あまりのあさま(ッ)しさに、つや
つや物(もの)を申(まう)されず。返々(かへすがへす)もおそろしかりし
事(こと)どもなり。与力(よりき)(ヨリキ)の輩(ともがら)(トモガラ)誰々(たれたれ)(タレタレ)ぞ。近江中将(あふみのちゆうじやう)
入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)(レンジヤウ)俗名(ぞくみやう)(ゾクミヤウ)成正(なりまさ)(ナリマサ)、法勝寺執行(ほつしようじのしゆぎやう)(ホツセウジノシユキヤウ)俊寛僧都(しゆんくわんそうづ)(シユンクワンソウヅ)、
山城守(やましろのかみ)(ヤマシロノカミ)基兼(もとかぬ)(モトカヌ)、式部大輔(しきぶのたいふ)(シキブノタユウ)雅綱(まさつな)(マサツナ)、平判官(へいはうぐわん)(ヘイハウグワン)康頼(やすより)(ヤスヨリ)、宗判
官(そうはうぐわん)(ソウハウグワン)信房(のぶふさ)(ノブフサ)、新平判官(しんぺいはうぐわん)(シンヘイハウグワン)資行(すけゆき)(スケユキ)、摂津国(つのくにの)(ツノクニの)源氏(げんじ)多田蔵人(ただのくらんど)(タダノクラド)
行綱(ゆきつな)(ユキツナ)を始(はじめ)(ハジメ)として、北面(ほくめん)(ホクメン)の輩(ともがら)(トモガラ)おほく与力(よりき)(ヨリキ)したり
P01122
  俊寛(しゆんくわんの)沙汰(さた)
  鵜川軍(うがはいくさ)S0113
けり。 ○此(この)法勝寺(ほつしようじ)(ホツセウジ)の執行(しゆぎやう)(シユギヤウ)と申(まうす)は、京極(きやうごく)の源(げん)大納言(だいなごん)
雅俊(がしゆん)(ガシユン)の卿(きやう)の孫(まご)(マゴ)、木寺(きでら)(キデラ)の法印(ほふいん)(ホウイン)寛雅(くわんが)(クハンガ)には子(こ)なり
けり。祖父(そぶ)(ソブ)大納言(だいなごん)させる弓箭(ゆみや)(ユミヤ)をとる家(いへ)(イヱ)には
あらねども、余(あまり)(アマリ)に腹(はら)(ハラ)あしき人(ひと)にて、三条坊門
京極(さんでうばうもんきやうごく)(さんでうバウモンきやうごく)の宿所(しゆくしよ)(シユクシヨ)のまへをば、人(ひと)をもやすくとを
さ(とほさ)ず、つねは中門(ちゆうもん)にたたずみ、歯(は)(ハ)をくひし
ばり、いか(ッ)てぞおはしける。かかる人(ひと)の孫(まご)なれ
ばにや、此(この)俊寛(しゆんくわん)(シユンクワン)も僧(そう)なれども、心(こころ)もたけく、
おご【奢】れる人(ひと)にて、よしなき謀叛(むほん)(ムホン)にもくみ
P01123
しけるにこそ。新大納言(しんだいなごん)成親卿(なりちかのきやう)(ナリチカのきやう)は、多田蔵人(ただのくらんど)(タダノくらんど)
行綱(ゆきつな)(ユキツナ)をよふ(よう)【呼う】で、「御(ご)へんをば一方(いつぱう)(いつぽう)の大将(たいしやう)に
憑(たのむ)(タノム)なり。此(この)事(こと)しおほせつるものならば、
国(くに)(クニ)をも庄(しやう)(シヤウ)をも所望(しよまう)によるべし。先(まづ)(マヅ)弓袋(ゆぶくろ)(ユブクロ)
の料(れう)(レウ)に」とて、白布(しろぬの)五十(ごじつ)端(たん)送(おく)られたり。安元(あんげん)
三年(さんねん)三月(さんぐわつ)五日(いつかのひ)(いつかノヒ)、妙音院殿(めうおんゐんどの)(メウヲンヰンどの)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)に転(てん)(テン)じ
給(たま)へるかはりに、大納言(だいなごん)定房卿(さだふさのきやう)(サダフサノきやう)をこえて、
小松殿(こまつどの)、内大臣(ないだいじん)になり給(たま)ふ。大臣(だいじん)の大将(だいしやう)めでた
かりき。やがて大饗(たいきやう)(タイキヤウ)おこなはる。尊者(そんじや)(ソンジヤ)には、
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大炊御門右大臣(おほいのみかどのうだいじん)(ヲホイノミカドノうだいじん)経宗公(つねむねこう)(ツネムネこう)とぞきこえし。
一(いち)(イチ)のかみ【上】こそ先途(せんど)[M 達→途 ]なれども、父(ちち)宇治(うぢ)の悪左
府(あくさふ)(アクサフ)の御例(ごれい)(ゴレイ)其(その)軽【*憚】(はばかり)(ハバカリ)あり。北面(ほくめん)(ホクメン)は上古(しやうこ)(シヤウコ)にはなかり
けり。白河院(しらかはのゐん)の御時(おんとき)はじめをか(おか)【置か】れてより
以降(このかた)(コノカタ)、衛府(ゑふ)(ヱフ)どもあまた候(さうらひ)けり。為俊(ためとし)(タメトシ)・盛重(もりしげ)[B 「重盛」をこすり消し「盛重」と改]
童(わらは)(ワラハ)より千手丸(せんじゆまる)(センジユまる)・今犬丸(いまいぬまる)(イマイヌまる)とて、是等(これら)は左右(さう)なき
きり物(もの)にてぞありける。鳥羽院(とばのゐん)の御時(おんとき)も、
季教(すゑのり)(スヱノリ)・季頼(すゑより)(スヱヨリ)父子(ふし)ともに朝家(てうか)(テウカ)にめしつか
はれ、伝奏(てんそう)(テンソウ)するおり(をり)もありな(ン)どきこえし
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かども、皆(みな)身(み)のほどをばふるまふ(ふるまう)てこそ
ありしに、此(この)御時(おんとき)の北面(ほくめん)の輩(ともがら)(トモガラ)は、以外(もつてのほか)(もつてノほか)に過分(くわぶん)
にて、公卿殿上人(くぎやうてんじやうびと)(クギヤウてんじやうびと)をも者(もの)ともせず、礼儀(れいぎ)
礼節(れいせつ)(れいセツ)もなし。下北面(げほくめん)より上北面(じやうほくめん)にあがり、
上北面(じやうほくめん)より殿上(てんじやう)のまじはりをゆるさるる者(もの)
もあり。かくのみおこなはるるあひだ【間】、おご【奢】れる
心(こころ)どもも出(いで)きて、よしなき謀叛(むほん)(ムホン)にもくみ
しけるにこそ。中(なか)にも故少納言(こせうなごん)(コせうなごん)信西(しんせい)(シンセイ)がもとに
めしつかひける師光(もろみつ)(モロミツ)・成景(なりかげ)(ナリカゲ)といふ【云ふ】者(もの)あり。師
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光(もろみつ)(モロミツ)は阿波国(あはのくに)の在庁(ざいちやう)(ザイチヤウ)、成景(なりかげ)(ナリカゲ)は京(きやう)(キヤウ)のもの【者】、熟根(じゆつこん)(ジユツコン)
いやしき下臈(げらう)(ゲラウ)なり。こんでい【健児】童(わらは)(ワラハ)もし【若】は
格勤者(かくごんしや)(カクゴンシヤ)な(ン)どにて召(めし)(メシ)つかはれけるが、さかざか
しかりしによ(ッ)て、師光(もろみつ)(モロミツ)は左衛門尉(さゑもんのじよう)、成景(なりかげ)は右衛門
尉(うゑもんのじよう)とて、二人(ににん)一度(いちど)に靭負尉(ゆぎへのじよう)(ユキヱノセウ)になりぬ。信西(しんせい)(シンセイ)
事(こと)にあひし時(とき)、二人(ににん)ともに出家(しゆつけ)して、左衛門
入道(さゑもんにふだう)西光(さいくわう)・右衛門入道(うゑもんにふだう)西敬(さいけい)(サイケイ)とて、是等(これら)は出家(しゆつけ)の
後(のち)も院(ゐん)の御倉(みくら)(ミクラ)あづかりにてぞありける。彼(かの)
西光(さいくわう)が子(こ)に師高(もろたか)(モロタカ)と云(いふ)者(もの)あり。是(これ)もきり者(もの)
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にて、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)五位尉(ごゐのじよう)(ごゐノセウ)に経(へ)(ヘ)あが(ッ)て、安元(あんげん)元年(ぐわんねん)
十二月(じふにぐわつ)二十九日(にじふくにち)、追儺(ついな)(ツイナ)の除目(ぢもく)(ヂモク)に加賀守(かがのかみ)(カガノかみ)にぞな
されける。国務(こくむ)(コクモ)をおこなふ間(あひだ)、非法(ひほふ)(ヒハウ)非例(ひれい)(ヒレイ)を
張行(ちやうぎやう)(チヤウギヤウ)し、神社(じんじや)(ジンジヤ)仏寺(ぶつじ)(ブツジ)、権門(けんもん)(ケンモン)勢家(せいけ)(セイケ)の庄領(しやうりやう)(シヤウリヤウ)を没
倒(もつたう)(モツタウ)し、散々(さんざん)(サンザン)の事(こと)どもにてぞありける。縦(たとひ)(タトヒ)
せう【召】公(こう)があとをへだつといふ【云ふ】とも、穏便(をんびん)(ヲンビン)の政(まつりごと)(マツリコト)
をおこなふべかりしが、かく心(こころ)のままにふる
まひしほどに、同(おなじき)二年(にねん)夏(なつ)の比(ころ)、国司(こくし)(コクシ)師高(もろたか)(モロタカ)が
弟(おとうと)(ヲトヲト)、近藤判官(こんどうはうぐわん)(コンドウハウクワン)師経(もろつね)(モロツネ)、加賀(かが)の目代(もくだい)(モクダイ)に補(ふ)(フ)せらる。
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目代(もくだい)下着(げちやく)のはじめ【始】、国府(こう)(コウ)のへんに鵜河(うがは)(ウがは)[*「河」に濁点 ]と云(いふ)
山寺(やまでら)あり。寺僧(じそう)(ジソウ)どもが境節(をりふし)(ヲリフシ)湯(ゆ)(ユ)をわかひ(わかい)て
あびけるを、乱入(らんにふ)(ランニウ)してをひ(おひ)あげ、わが身(み)あび、
雑人(ざふにん)(ザウにん)どもおろし、馬(むま)あらはせな(ン)どしけり。
寺僧(じそう)いかりをなして、「昔(むかし)より、此(この)所(ところ)は国方(くにがた)(クニガタ)の
者(もの)入部(にふぶ)(ニウブ)する事(こと)なし。すみやかに先例(せんれい)(センレイ)に
任(まかせ)(マカセ)て、入部(にふぶ)の押妨(あふばう)(アウバウ)をとどめよ」とぞ申(まうし)ける。
「先々(ぜんぜん)(ゼンゼン)の目代(もくだい)は不覚(ふかく)(フカク)でこそいやしまれ
たれ。当目代(たうもくだい)は、[B すべて]其(その)儀(ぎ)(ギ)あるまじ。唯(ただ)(タダ)法(ほふ)(ハウ)に任(まかせ)
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よ」と云(いふ)程(ほど)こそありけれ、寺僧(じそう)(ジソウ)どもは国(くに)がたの
者(もの)を追出(ついしゆつ)(ツイシユツ)せむとす、国方(くにがた)の者(もの)どもは次(ついで)(ツイデ)を
も(ッ)て乱入(らんにふ)(ランニウ)せんとす、うちあひはりあひし
けるほどに、目代(もくだい)師経(もろつね)(モロツネ)が秘蔵(ひさう)(ヒサウ)しける馬(むま)の足(あし)
をぞうちおり(をり)ける。其後(そののち)は互(たがひ)(タガヒ)に弓箭(きゆうせん)(キウセン)兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)(ヒヤウヂヤウ)
を帯(たい)(タイ)して、射(い)(イ)あひきりあひ数剋(すこく)(スコク)たたかふ。
目代(もくだい)かなはじとやおもひ【思ひ】けむ、夜(よ)に入(いり)て引退(ひきしりぞ)(ヒキシリゾ)く。
其後(そののち)当国(たうごく)の在庁(ざいちやう)(ザイチヤウ)ども催(もよほ)(モヨホ)しあつめ、其(その)勢(せい)
一千余騎(いつせんよき)、鵜川(うがは)[*「川」に濁点 ]におしよせて、坊舎(ばうじや)(バウジヤ)一宇(いちう)(イチウ)も
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残(のこ)さず焼(やき)はらふ。鵜河(うがは)[*「河」に濁点 ]と云(いふ)は白山(はくさん)(ハクサン)の末寺(まつじ)(マツジ)
なり。此(この)事(こと)う(ッ)たへんとてすすむ老僧(らうそう)(ラウソウ)誰々(たれたれ)(タレタレ)ぞ。
智釈(ちしやく)(チシヤク)・学明(がくめい)(カクメイ)・宝台坊(ほうだいばう)(ホウダイハウ)、正智(しやうち)(シヤウチ)・学音(がくおん)(ガクヲン)・土佐阿闍梨(とさのあじやり)(トサノアジヤリ)
ぞすすみける。白山(はくさん)三社(さんじや)(さんジヤ)八院(はちゐん)の大衆(だいしゆ)ことごとく【悉く】
起(おこ)(ヲコ)りあひ、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二千余(にせんよ)人(にん)、同(おなじき)七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)
の暮方(くれがた)に、目代(もくだい)師経(もろつね)(モロツネ)が館(たち)(タチ)ちかうこそおし
よせたれ。けふは日(ひ)暮(くれ)ぬ、あすのいくさと
さだめて、其(その)日(ひ)はよせでゆらへたり。露(つゆ)ふき
むすぶ秋風(あきかぜ)は、ゐむけ(いむけ)【射向け】の袖(そで)を翻(ひるがへ)(ヒルガヘ)し、雲(くも)ゐ【井】を
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てらすいなづまは、甲(かぶと)(カブト)の星(ほし)(ホシ)をかかやかす。目代(もくだい)かな
はじとや思(おもひ)けん、夜(よ)にげにして京(きやう)へのぼる。
あくる卯剋(うのこく)(ウノコク)におしよせて、時(とき)をど(ッ)とつくる。
城(じやう)(ジヤウ)のうちにはをと(おと)【音】もせず。人(ひと)をいれ【入れ】てみせければ、
「皆(みな)落(おち)(ヲチ)て候(さうらふ)」と申(まうす)。大衆(だいしゆ)力(ちから)及(およ)ばで引退(ひきしりぞ)(ヒキシリゾ)く。さら
ば山門(さんもん)へう(ッ)たへんとて、白山中宮(はくさんちゆうぐう)の神輿(しんよ)(シンヨ)を
賁(かざ)(カザリ)り奉(たてまつ)り、比叡山(ひえいさん)(ヒヱイサン)へふりあげ奉(たてまつ)る。同(おなじき)八月(はちぐわつ)
十二日(じふににち)の午刻(むまのこく)(ムマノこく)計(ばかり)、白山(はくさん)の神輿(しんよ)既(すで)に比叡山(ひえいさん)(ヒエイさん)
東坂本(ひがしざかもと)につかせ給(たま)ふと云(いふ)程(ほど)こそありけれ、
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北国(ほつこく)の方(かた)より雷(らい)(ライ)緩(おびたたし)(ヲビタタシ)く鳴(なつ)て、都(みやこ)をさして
なりのぼる。白雪(はくせつ)くだりて地(ち)をうづみ、山
上(さんじやう)洛中(らくちゆう)おしなべて、常葉(ときは)(トキハ)の山(やま)の梢(こずゑ)(コスヱ)まで
皆(みな)白妙(しろたへ)になりにけり。
  願立(ぐわんだて)S0114
 ○神輿(しんよ)(シンヨ)をば客人(まらうと)(マラウト)の宮(みや)へいれ【入れ】たてまつる。客人(まらうと)
と申(まうす)は白山妙利権現(はくさんめうりごんげん)(はくさんメウリゴンゲン)にておはします。
申(まう)せば父子(ふし)(フシ)の御中(おんなか)なり。先(まづ)(マヅ)沙汰(さた)(サタ)の成否(じやうふ)(ジヤウフ)[M セイヒ→ジヤウフ ]は
しらず、生前(しやうぜん)(シヤウゼン)の御悦(おんよろこび)(ヲンヨロコビ)、只(ただ)(タダ)此(この)事(こと)にあり。浦島(うらしま)(ウラシマ)が子(こ)
の七世(しつせ)(シツセ)の孫(まご)(マゴ)にあへりしにもすぎ、胎内(たいない)(タイタイ)の者(もの)の
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霊山(りやうぜん)(リヤウゼン)の父(ちち)(チチ)を見(み)しにもこえたり。三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)
踵(くびす)(クビス)を継(つ)(ツ)ぎ、七社(しちしや)の神人(じんにん)(ジンニン)袖(そで)をつらね[M ぬ→ね]、時々剋々(じじこくこく)(ジジコクコク)
の法施(ほつせ)(ホツセ)祈念(きねん)(キネン)、言語道断(ごんごだうだん)(ゴンゴダウダン)の事(こと)ども也(なり)。山門(さんもん)
の大衆(だいしゆ)、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)(モロタカ)を流罪(るざい)(ルザイ)に処(しよ)(シヨ)せられ、
目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)(モロツネ)を禁獄(きんごく)(キンゴク)せらるべき由(よし)
奏聞(そうもん)(ソウモン)す[B といへども]、御裁断(ごさいだん)(ゴサイダン)なかり[M おそ→な]ければ、さも然(しか)る
べき公卿殿上人(くぎやうてんじやうびと)は、「あはれとく御裁許(ごさいきよ)(ゴサイキヨ)ある
べきものを。昔(むかし)(ムカシ)より山門(さんもん)の訴訟(そしよう)(ソセウ)は他(た)に異(こと)(コト)也(なり)。
大蔵卿(おほくらのきやう)(ヲホクラノきやう)為房(ためふさ)(タメフサ)・太宰権帥(ださいのごんのそつ)(ダサイノゴンノソツ)季仲(すゑなか)(スエナカ)は、さしも朝家(てうか)(テウカ)の
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重臣(てうしん)(テウシン)なりしかども、山門(さんもん)の訴訟(そしよう)(ソセウ)によ(ッ)て流
罪(るざい)(ルザイ)せられにき。况(いはん)(イハン)や師高(もろたか)(モロタカ)な(ン)どは事(こと)の数(かず)(カズ)
にやはあるべきに、子細(しさい)にや及(およぶ)べき」と申(まうし)あ
はれけれ共(ども)、「大臣(たいしん)は禄(ろく)(ロク)を重(おもん)(ヲモン)じて諫(いさ)(イサ)めず、小臣(せうしん)は
罪(つみ)(ツミ)に恐(おそ)(ヲソ)れて申(まう)さず」と云(いふ)事(こと)なれば、をのをの(おのおの)
口(くち)をとぢ給(たま)へり。「賀茂河(かもがは)(カモがは)の水(みづ)、双六(すぐろく)(スグロク)の賽(さい)(サイ)、
山法師(やまぼふし)(ヤマボウシ)、是(これ)ぞわが心(こころ)にかなはぬもの」と、白河
院(しらかはのゐん)も仰(おほせ)なりけるとかや。鳥羽院(とばのゐん)ノ御時(おんとき)[B もイ]、越前(ゑちぜん)
の平泉寺(へいせんじ)(ヘイセンジ)を山門(さんもん)へつけられけるには、当山(たうざん)(タウザン)
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を御帰依(ごきえ)(ゴキエ)あさからざるによつて、「非(ひ)をも(ッ)て
理(り)とす」とこそ宣下(せんげ)(センゲ)せられて、院宣(ゐんぜん)(ヰンゼン)をば
下(くだ)されけれ。江帥(がうぞつ)(ガウゾツ)匡房卿(きやうばうのきやう)(キヤウバウノきやう)の申(まう)されし様(やう)に、
「神輿(しんよ)(シンヨ)を陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)へふり奉(たてまつり)てう(ッ)たへ申(まう)さん
には、君(きみ)はいかが御(おん)ぱからひ候(さうらふ)べき」と申(まう)され
ければ、「げにも山門(さんもん)の訴訟(そしよう)(ソセウ)はもだしがたし」
とぞ仰(おほせ)ける。去(いん)(イン)じ嘉保(かほう)(カホウ)二年(にねん)三月(さんぐわつ)二日(ふつかのひ)(ふつかノヒ)、美
濃守(みののかみ)(ミノノかみ)源義綱朝臣(みなもとのよしつなのあつそん)(みなもとノヨシツナノアソン)、当国(たうごく)新立(しんりふ)(シンリウ)の庄(しやう)(シヤウ)をたを(たふ)【倒】す
あひだ【間】、山(やま)の久住者(くぢゆうしや)(クジウシヤ)円応(ゑんおう)(ヱンヲウ)を殺害(せつがい)(セツガイ)す。是(これ)によ(ッ)て
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日吉(ひよし)(ヒヨシ)の社司(しやし)(シヤシ)、延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)の寺官(じくわん)(ジクワン)、都合(つがふ)(ツガウ)卅(さんじふ)余(よ)人(にん)、申
文(まうしぶみ)をささげて陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)へ参(さん)(サン)じけるを、後二条
関白殿(ごにでうのくわんばくどの)(ゴにでうのくわんばくどの)、大和源氏(やまとげんじ)(ヤマトげんじ)中務権少輔(なかつかさのごんのせう)(ナカツカサノゴンノセウ)頼春(よりはる)(ヨリハル)に仰(おほせ)て
ふせ【防】かせらる。頼春(よりはる)(ヨリハル)が郎等(らうどう)(ラウドウ)箭(や)(ヤ)をはなつ。
やにはにゐころ(いころ)【射殺】さるる者(もの)八人(はちにん)、疵(きず)(キズ)を蒙(かうむ)(カウム)る者(もの)
十(じふ)余(よ)人(にん)、社司(しやし)(シヤシ)諸司(しよし)(シヨシ)四方(しはう)へちりぬ。山門(さんもん)の上綱等(じやうかうら)(ジヤウカウラ)、
子細(しさい)を奏聞(そうもん)(ソウモン)の為(ため)に下洛(げらく)(ゲラク)すときこえし
かば、武士(ぶし)(ブシ)検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)、西坂本(にしざかもと)に馳向(はせむかつ)(ハセムカツ)て、皆(みな)を[B ッ](おつ)
かへす。山門(さんもん)には御裁断(ごさいだん)(ゴサイダン)遅々(ちち)(チチ)のあひだ【間】、七社(しちしや)の
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神輿(しんよ)(シンヨ)を根本中堂(こんぼんちゆうだう)(コンボンチウダウ)にふりあげ奉(たてまつ)り、其(その)御
前(おんまへ)にて信読(しんどく)(シンドク)の大般若(だいはんにや)(ダイハンニヤ)を七日(しちにち)よふ(よう)【読う】で、関白殿(くわんばくどの)
を呪咀(しゆそ)(シユソ)し奉(たてまつ)る。結願(けつぐわん)(ケツグワン)の導師(だうし)(ダウシ)には仲胤法印(ちゆういんほふいん)(チウインほふいん)、
其比(そのころ)はいまだ仲胤供奉(ちゆういんぐぶ)(チウイングブ)と申(まうし)しが、高座(かうざ)(カウザ)に
のぼりかねうちならし、表白(へうびやく)(ヘウビヤク)[B 左に「啓(ケイ)敬 上に同 新刊の分」と傍書]の詞(ことば)(コトバ)にいはく、
「我等(われら)なたねの二葉(ふたば)(ふたバ)よりおほしたて給(たま)ふ神(かみ)たち、
後(ご)二条(にでう)の関白殿(くわんばくどの)に鏑箭(かぶらや)(カブラヤ)一(ひとつ)はなちあて給(たま)へ。
大八王子権現(だいはちわうじごんげん)(だいはちわうじゴンゲン)」と、たからかにぞ祈誓(きせい)(キセイ)したり
ける。やがて其(その)夜(よ)不思議(ふしぎ)の事(こと)あり。八王子(はちわうじ)の
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御殿(ごてん)(ゴテン)より鏑箭(かぶらや)(カブラヤ)の声(こゑ)(コヱ)いでて、王城(わうじやう)(ワウジヤウ)をさして、
な【鳴】(ッ)てゆく【行く】とぞ、人(ひと)の夢(ゆめ)(ユメ)にはみたりける。其(その)
朝(あした)、関白殿(くわんばくどの)の御所(ごしよ)の御格子(みかうし)(ミカウシ)をあけけるに、唯
今(ただいま)(タダいま)山(やま)よりと(ッ)てきたるやうに、露(つゆ)にぬれたる
樒(しきみ)(シキミ)一枝(ひとえだ)(ひとエダ)、た(ッ)たりけるこそおそろしけれ。やがて
山王(さんわう)の御(おん)とがめとて、後二条(ごにでう)の関白殿(くわんばくどの)、をもき(おもき)
御病(おんやまひ)(おんヤマイ)をうけさせ給(たまひ)しかば、母(はは)うへ、大殿(おほとの)の北(きた)
の政所(まんどころ)、大(おほき)になげかせ給(たまひ)つつ、御(おん)さまをやつし、
いやしき下臈(げらう)(ゲラウ)のまねをして、日吉社(ひよしのやしろ)(ひよしノヤシロ)に御
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参籠(ごさんろう)(ごサンロウ)あ(ッ)て、七日七夜(なぬかななよ)が間(あひだ)祈(いのり)申(まう)させ給(たまひ)けり。
あらはれての御祈(おんいのり)(おんイノリ)には、百番(ひやくばん)の芝田楽(しばでんがく)(シバデンガク)、百番(ひやくばん)
のひとつ物(もの)、競馬(けいば)(ケイバ)・流鏑馬(やぶさめ)(ヤブサメ)・相撲(すまふ)(スマウ)をのをの(おのおの)百番(ひやくばん)、
百座(ひやくざ)(ひやくザ)の仁王講(にんわうかう)(ニンワウカウ)、百座(ひやくざ)の薬師講(やくしかう)(ヤクシカウ)、一■手半(いつちやくしゆはん)(イツチヤクシユハン)の
薬師(やくし)(ヤクシ)百体(ひやくたい)、等身(とうじん)(トウジン)の薬師(やくし)(ヤクシ)一体(いつたい)、並(ならび)(ナラビ)に釈迦(しやか)(シヤカ)阿
弥陀(あみだ)の像(ざう)(ザウ)、をのをの(おのおの)造立供養(ざうりふくやう)(ザウリウクヤウ)せられけり。又(また)
御心中(ごしんぢゆう)に三(みつ)の御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)あり。御心(おんこころ)のうちの事(こと)
なれば、人(ひと)いかでかしり【知り】奉(たてまつ)るべき。それに不思
議(ふしぎ)なりし事(こと)は、七日(なぬか)に満(まん)(マン)ずる夜(よ)、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)に
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いくらもありけるまいりうど(まゐりうど)【参人】共(ども)の中(なか)に、陸奥(みちのく)(ミチノク)
よりはるばるとのぼりたりける童神子(わらはみこ)(ワラハミコ)、
夜半(やはん)計(ばかり)にはかにたえ入(いり)にけり。はるかにかき
出(いだ)して祈(いのり)ければ、程(ほど)なくいきいでて、やがて立(た)(ッ)
てまひかな【奏】づ。人(ひと)奇特(きどく)(キドク)のおもひ【思】をなして是(これ)
をみる。半時(はんじ)ばかり舞(まう)て後(のち)、山王(さんわう)おりさせ
給(たまひ)て、やうやうの御詫宣(ごたくせん)(ゴタクせん)こそおそろしけれ。
「衆生等(しゆじやうら)(シユジヤウラ)慥(たしか)(タシカ)にうけ給(たま)はれ。大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)、けふ
七日(なぬか)わが御前(おんまへ)に籠(こも)(コモ)らせ給(たまひ)たり。御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)三(みつ)
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あり。一(ひとつ)には、今度(こんど)殿下(てんが)の寿命(じゆみやう)(ジユミヤウ)をたすけて
たべ。さも候(さぶら)はば、したどの【下殿】に候(さぶらふ)もろもろのかたは人(うど)(ウど)
にまじは(ッ)て、一千日(いつせんにち)が間(あひだ)朝夕(てうせき)みやづかひ申(まう)さん
となり。大殿(おほとの)の北(きた)の政所(まんどころ)にて、世(よ)を世(よ)とも
おぼしめさですごさせ給(たま)ふ御心(おんこころ)に、子(こ)を
思(おも)ふ道(みち)にまよひぬれば、いぶせき事(こと)もわす
られて、あさましげなるかたはうどにまじ
は(ッ)て、一千日(いつせんにち)が間(あひだ)、朝夕(てうせき)みやづかひ申(まう)さむと仰(おほせ)
らるるこそ、誠(まこと)(マコト)に哀(あはれ)(アハレ)におぼしめせ。二(ふたつ)には、
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大宮(おほみや)の波止土濃(はしどの)(ハシドノ)より八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)(ヲンヤシロ)まで、
廻廊(くわいらう)(クワイラウ)つく(ッ)てまい(まゐ)【参】らせむとなり。三千(さんぜん)人(にん)
の大衆(だいしゆ)、ふ【降】るにもて【照】るにも、社参(しやさん)(シヤサン)の時(とき)いたは
しうおぼゆるに、廻廊(くわいらう)(クワイラウ)つくられたらば、いかに
めでたからむ。三(みつ)には、今度(こんど)殿下(てんが)の寿命(じゆみやう)(ジユミヤウ)をた
すけさせ給(たま)はば、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)(ヲンヤシロ)にて、法花問
答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)毎日(まいにち)退転(たいてん)(タイテン)なくおこなはすべしとなり。
いづれもおろかならねども、かみ二(ふたつ)はさなくとも
ありなむ。毎日(まいにち)法花問答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)は、誠(まこと)(マコト)にあらまほ
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しうこそおぼしめせ。但(ただし)(タダシ)、今度(こんど)の訴訟(そしよう)(ソセウ)は無下(むげ)(ムゲ)
にやすかりぬべき事(こと)にてありつるを、
御裁許(ごさいきよ)(ゴサイキヨ)なくして、神人(じんにん)(ジンニン)・宮仕(みやじ)(ミヤジ)射(い)(イ)ころされ、疵(きず)(キズ)
を蒙(かうぶ)(カウブ)り、泣々(なくなく)(ナクなく)まい(まゐ)【参】(ッ)て訴(うつたへ)(ウタヘ)申(まうす)事(こと)の余(あまり)(アマリ)に心(こころ)うく
て、いかならむ世(よ)までも忘(わす)るべしともおぼえず。
其上(そのうへ)かれらにあたる所(ところ)の箭(や)(ヤ)は、しかしながら和
光垂跡(わくわうすいしやく)(ワクワウスイシヤク)の御膚(おんはだへ)(ヲンハダヘ)にた【立】(ッ)たるなり。まことそらごとは
是(これ)をみよ」とて、肩(かた)(カタ)ぬいだるをみれば、左(ひだり)の脇(わき)(ワキ)の
した、大(おほき)なるかはらけの口(くち)ばかりうげのいてぞ
P01144
みえたりける。「是(これ)が余(あまり)(アマリ)に心(こころ)うければ、いかに申(まうす)
とも始終(しじゆう)(シジウ)の事(こと)はかなふまじ。法花問答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)一
定(いちぢやう)(いちジヤウ)あるべくは、三(み)とせが命(いのち)(イノチ)をのべてたて
まつらむ。それを不足(ふそく)におぼしめさば力(ちから)及(およ)
ばず」とて、山王(さんわう)あがらせ給(たまひ)けり。母(はは)うへは御立願(ごりふぐわん)(ゴリウグワン)
の事(こと)人(ひと)にもかたらせ給(たま)はねば、誰(たれ)(タレ)もらし
つらむと、すこしもうたがふ方(かた)もましまさず。
御心(おんこころ)の内(うち)の事共(ことども)をありのままに御詫宣(ごたくせん)(ゴタクセン)有(あり)
ければ、心肝(しんかん)(シンカン)にそうて、ことにた(ッ)とくおぼしめし、
P01145
泣々(なくなく)申(まう)させ給(たまひ)けるは、「縦(たとひ)(タトヒ)ひと日(ひ)かた時(とき)にて
さぶらふとも、ありがたふ(ありがたう)こそさぶらふべきに、
まして三(み)とせが命(いのち)をのべて給(たまは)らむ事(こと)、し
かるべうさぶらふ」とて、泣々(なくなく)(ナクなく)御下向(おんげかう)(ヲンゲカウ)あり。いそぎ
都(みやこ)へい【入】らせ給(たまひ)て、殿下(てんが)(テンガ)の御領(ごりやう)(ゴリヤウ)紀伊国(きのくに)に田中
庄(たなかのしやう)(たなかのシヤウ)と云(いふ)所(ところ)を、八王子(はちわうじ)の御社(おんやしろ)へ寄進(きしん)(キシン)せらる。それ
よりして法花問答講(ほつけもんだふかう)(ホツケモンダウカウ)、今(いま)の世(よ)にいたるまで、
毎日(まいにち)退転(たいてん)(タイテン)なしとぞ承(うけたまは)る。かかりし程(ほど)に、後二
条関白殿(ごにでうのくわんばくどの)御病(おんやまひ)(おんヤマイ)かろませ給(たまひ)て、もとのごとくに
P01146
ならせ給(たま)ふ。上下(じやうげ)悦(よろこび)あはれしほどに、三(み)とせの
すぐるは夢(ゆめ)なれや、永長(えいちやう)二年(にねん)になりにけり。
六月(ろくぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、又(また)後二条関白殿(ごにでうのくわんばくどの)、御(おん)ぐし【髪】のきはに悪(あしき)(アシキ)
御瘡(おんかさ)(ヲンカサ)いでさせ給(たまひ)て、うちふ【臥】させ給(たま)ひしが、
同(おなじき)廿七日(にじふしちにち)、御年(おんとし)卅八(さんじふはち)にて遂(つひ)(ツイ)にかくれさせ給(たまひ)ぬ。
御心(おんこころ)のたけさ、理(り)(リ)のつよさ、さしもゆゆしき
人(ひと)にてましましけれ共(ども)、まめやかに事(こと)のきう(きふ)【急】に
なりしかば、御命(おんいのち)(おんイノチ)を惜(をし)(ヲシ)ませ給(たまひ)ける也(なり)。誠(まこと)(マコト)に
惜(をし)(ヲシ)かるべし。四十(しじふ)にだにもみたせ給(たま)はで、大殿(おほとの)に
P01147
先立(さきだち)まい(まゐ)【参】らせ給(たま)ふこそ悲(かな)(カナ)しけれ。必(かならず)(カナラズ)しも
父(ちち)を先立(さきだつ)べしと云(いふ)事(こと)はなけれ共(ども)、生死(しやうじ)(シヤウジ)の
をきて(おきて)にしたがふならひ、万徳円満(まんどくゑんまん)(マンドクヱンマン)の世尊(せそん)(セソン)、
十地究竟(じふぢくきやう)(ジウヂクキヤウ)の大士(だいじ)(ダイジ)たちも、力(ちから)及(およ)び給(たま)はぬ事(こと)
どもなり。慈悲具足(じひぐそく)(ジヒグソク)の山王(さんわう)、利物(りもつ)(リモツ)の方便(はうべん)(ハウベン)にて
ましませば、御(おん)とがめなかるべしとも覚(おぼえ)(ヲボヘ)ず。
  御輿振(みこしぶり)S0115
 ○さる程(ほど)に、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)師高(もろたか)(モロタカ)を流
罪(るざい)(ルザイ)に処(しよ)(シヨ)せられ、目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)(モロツネ)を禁獄(きんごく)(キンゴク)
せらるべき由(よし)、奏聞(そうもん)(ソウモン)度々(どど)(ドド)に及(およぶ)といへども、御
P01148
裁許(ごさいきよ)(ごサイキヨ)なかりければ、日吉(ひよし)の祭礼(さいれい)(サイレイ)をうちとどめて、
安元(あんげん)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)辰(たつ)(タツ)の一点(いつてん)(いつテン)に、十禅師(じふぜんじ)(じふゼンジ)・客
人(まらうと)(マラウト)・八王子(はちわうじ)三社(さんじや)(さんジヤ)の神輿(しんよ)(シンヨ)賁(かざ)(カザリ)り奉(たてまつ)て、陣頭(ぢんどう)(ヂンドウ)へ
振(ふり)(フリ)奉(たてまつ)る。さがり松(まつ)・きれ堤(づつみ)(ヅツミ)・賀茂(かも)(カモ)の河原(かはら)(カハラ)、糺(ただす)(タダス)・梅(むめ)(ムメ)
ただ・柳原(やなぎはら)(ヤナギハラ)・東福院(とうぶくゐん)(トウブクヰン)【*東北院(とうぼくゐん) 】の辺(へん)に、しら大衆(だいしゆ)・神人(じんにん)(ジンニン)・
宮仕(みやじ)(ミヤジ)・専当(せんだう)(センダウ)みちみちて、いくらと云(いふ)数(かず)(カズ)をしらず。
神輿(しんよ)(シンヨ)は一条(いちでう)を西(にし)へいらせ給(たま)ふ。御神宝(ごじんぼう)(ごジンボウ)天(てん)に
かかや【輝】いて、日月(じつげつ)地(ち)に落(おち)(ヲチ)給(たま)ふかとおどろかる。是(これ)
によ(ッ)て、源平(げんぺい)両家(りやうか)(りやうカ)の大将軍(たいしやうぐん)、四方(しはう)の陣頭(ぢんどう)(ヂンドウ)を
P01149
かためて、大衆(だいしゆ)ふせ【拒】くべき由(よし)仰下(おほせくだ)さる。平家(へいけ)
には、小松(こまつ)の内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)重盛公(しげもりこう)、其(その)勢(せい)三千
余騎(さんぜんよき)にて大宮面(おほみやおもて)(ヲホミヤヲモテ)の陽明(やうめい)(ヤウメイ)・待賢(たいけん)(タイケン)・郁芳(いうはう)(イウハウ)三(みつ)の
門(もん)をかため給(たま)ふ。弟(おとうと)(ヲトヲト)宗盛(むねもり)・具盛【*知盛】(とももり)(トモモリ)・重衡(しげひら)(シゲヒラ)、伯父(をぢ)(ヲヂ)頼盛(よりもり)(ヨリモリ)・教盛(のりもり)・
経盛(つねもり)(ツネモリ)な(ン)どは、にし南(みなみ)の陣(ぢん)(ヂン)をかためられけり。
源氏(げんじ)には、大内守護(たいだいしゆご)(タイダイジユゴ)の源三位(げんざんみ)(ゲンザンミ)頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)、渡辺(わたなべ)(ワタナベ)の
はぶく【省】・さづく【授】をむね[B サキイ]として、其(その)勢(せい)纔(わづか)(ワヅカ)に三
百余騎(さんびやくよき)、北(きた)の門(もん)、縫殿(ぬいどの)(ヌイドノ)の陣(ぢん)をかため給(たま)ふ。所(ところ)はひろし
勢(せい)は少(すくな)(スクナ)し、まばらにこそみえたりけれ。大衆(だいしゆ)
P01150
無勢(ぶせい)(ブセイ)たるによ(ッ)て、北(きた)の門(もん)、縫殿(ぬいどの)(ヌイドノ)の陣(ぢん)より神
輿(しんよ)(シンヨ)をいれ【入れ】奉(たてまつ)らむとす。頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)さる人(ひと)にて、
馬(むま)よりおり、甲(かぶと)(カブト)をぬいで、神輿(しんよ)(シンヨ)を拝(はい)(ハイ)し
奉(たてまつ)る。兵(つはもの)(ツハモノ)ども皆(みな)かくのごとし。[B 頼政(よりまさ)、]衆徒(しゆと)(シユト)の中(なか)へ、
使者(ししや)(シシヤ)をたてて、申(まうし)送(おく)(ヲク)る旨(むね)あり。其(その)使(つかひ)は渡辺(わたなべ)(ワタナベ)
の長七(ちやうじつ)[*「七」に濁点 ]唱(となふ)(トナウ)と云(いふ)者(もの)なり。唱(となふ)(トナウ)、其(その)日(ひ)はきちん【麹麈】の直
垂(ひたたれ)(ヒタタレ)に、小桜(こざくら)(コザクラ)を黄(き)(キ)にかへ【返】いたる鎧(よろひ)(ヨロヒ)きて、赤銅(しやくどう)(シヤクドウ)
づくりの太刀(たち)をはき、廿四(にじふし)さいたる白羽(しらは)(シラハ)の箭(や)(ヤ)
おひ、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)脇(わき)(ワキ)にはさみ、甲(かぶと)(カブト)をばぬぎ、
P01151
たかひも【高紐】にかけ、神輿(しんよ)(シンヨ)の御前(おんまへ)に畏(かしこまつ)(カシコマツ)て申(まうし)けるは、
「衆徒(しゆと)(シユト)の御中(おんなか)へ源三位殿(げんざんみどの)の申(まう)せと候(ざうらふ)。今度(こんど)
山門(さんもん)の御訴訟(ごそしよう)(ごソセウ)、理運(りうん)(リウン)の条(でう)勿論(もちろん)(モチロン)に候(さうらふ)。御成敗(ごせいばい)(ゴセイバイ)
遅々(ちち)(チチ)こそ、よそにても遺恨(ゐこん)(イコン)に覚(おぼえ)(ヲボえ)候(さうら)へ。さては
神輿(しんよ)(シンヨ)入(いれ)奉(たてまつ)らむ事(こと)、子細(しさい)に及(および)候(さうら)はず。但(ただし)(タダシ)頼政(よりまさ)
無勢(ぶせい)(ブセイ)に候(さうらふ)。其上(そのうへ)あけて入(いれ)奉(たてまつ)る陣(ぢん)(ヂン)よりいらせ
給(たまひ)て候(さうら)はば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)は目(め)だりがほしけり
な(ン)ど、京童部(きやうわらんべ)(きやうワランベ)が申(まうし)候(さうら)はむ事(こと)、後日(ごにち)の難(なん)(ナン)にや
候(さうら)はんずらむ。神輿(しんよ)(シンヨ)を入(いれ)奉(たてまつ)らば、宣旨(せんじ)(センジ)を背(そむく)(ソムク)
P01152
に似(に)(ニ)たり。又(また)ふせ【防】き奉(たてまつ)らば、年来(としごろ)医王山王(いわうさんわう)(イワウさんわう)に
首(かうべ)(カウベ)をかたぶけ奉(たてまつ)て候(さうらふ)身(み)が、けふより後(のち)、
ながく弓箭(ゆみや)(ユミヤ)の道(みち)にわかれ候(さうらひ)なむず。かれと
いひ是(これ)といひ、かたがた難治(なんぢ)(ナンヂ)の様(やう)に候(さうらふ)。東(ひがし)の
陣(ぢん)は小松殿(こまつどの)大勢(おほぜい)でかためられて候(さうらふ)。其(その)陣(ぢん)
よりいらせ給(たまふ)べうもや候(さうらふ)らむ」といひ送(おく)りたり
ければ、唱(となふ)(トナウ)がかく申(まうす)にふせかれて、神人(じんにん)(ジンニン)・宮仕(みやじ)(ミヤジ)
しばらくゆらへたり。若大衆(わかだいしゆ)(ワカだいしゆ)どもは、「何条(なんでう)
其(その)儀(ぎ)(ギ)あるべき。ただ此(この)門(もん)より神輿(しんよ)(シンヨ)を入(いれ)奉(たてまつ)れ」と
P01153
云(いふ)族(やから)(ヤカラ)おほかりけれども、老僧(らうそう)(ラウソウ)のなかに三
塔(さんたふ)(サンタウ)一(いち)の僉議者(せんぎしや)(センギシヤ)ときこえし摂津(つの)(ツノ)竪者(りつしや)(リツシヤ)
豪運(がううん)(ガウウン)、すすみ【進み】出(いで)て申(まうし)けるは、「尤(もつと)もさい【言】はれ
たり。神輿(しんよ)(シンヨ)をさきだてまい(まゐ)【参】らせて訴訟(そしよう)(ソセウ)を
致(いた)(イタ)さば、大勢(おほぜい)(ヲホゼイ)の中(なか)をうち破(やぶつ)(ヤブツ)てこそ後代(こうたい)(コウタイ)の
きこえもあらむずれ。就中(なかんづく)(ナカンヅク)に此(この)頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)は、
六孫王(ろくそんわう)(ロクゾンワウ)より以降(このかた)(コノカタ)、源氏(げんじ)嫡々(ちやくちやく)(チヤクチヤク)の正棟(しやうとう)(シヤウトウ)、弓箭(ゆみや)(ユミヤ)を
と(ッ)ていまだ其(その)不覚(ふかく)をきかず。凡(およそ)武芸(ぶげい)(ブゲイ)にも
かぎらず、歌道(かだう)(ガダウ)にもすぐれたり。近衛院(こんゑのゐん)(コンヱノゐん)御
P01154
在位(ございゐ)(ごザイヰ)の時(とき)、当座(たうざ)(タウザ)の御会(ごくわい)(ゴクワイ)ありしに、「深山花(しんざんのはな)(シンザンノはな)」と
いふ【云ふ】題(だい)(ダイ)を出(いだ)(イダ)されたりけるを、人々(ひとびと)よみわづ
らひたりしに、此(この)頼政卿(よりまさのきやう)(ヨリマサノきやう)、
深山木(みやまぎ)(ミヤマギ)のその梢(こずゑ)(コスヱ)とも見(み)えざりし
さくらは花(はな)にあらはれにけり W007
と云(いふ)名歌(めいか)(メイカ)仕(つかまつ)(ツカマツ)て御感(ぎよかん)(ギヨカン)にあづかるほどの
やさ男(をとこ)(ヲトコ)に、時(とき)に臨(のぞん)(ノゾン)で、いかがなさけなう恥
辱(ちじよく)(チジヨク)をばあたふべき。此(この)(コノ)神輿(しんよ)(シンヨ)かきかへし奉(たてまつれ)や」
と僉議(せんぎ)(センギ)しければ、数千人(すせんにん)(スせんにん)の大衆(だいしゆ)先陣(せんぢん)(センヂン)より
P01155
後陣(ごぢん)(ゴぢん)まで、皆(みな)尤々(もつとももつとも)とぞ同(どう)じける。さて神
輿(しんよ)(シンヨ)を先立(さきだて)まい(まゐ)【参】らせて、東(ひがし)の陣頭(ぢんどう)(チントウ)、待賢門(たいけんもん)(タイケンモン)
より入(いれ)奉(たてまつ)らむとしければ、狼籍【*狼藉】(らうぜき)(ラウゼキ)忽(たちまち)(タチマチ)に出来(いでき)
て、武士(ぶし)(ブシ)ども散々(さんざん)(サンザン)に射(い)(イ)奉(たてまつ)る。十禅師(じふぜんじ)(ジウゼンジ)の御
輿(みこし)(ミコシ)にも箭(や)(ヤ)どもあまた射(い)(イ)たてたり。神人(じんにん)(ジンニン)・宮
仕(みやじ)(ミヤジ)射(い)(イ)ころされ、衆徒(しゆと)(シユト)おほく疵(きず)(キズ)を蒙(かうぶ)(カウブ)る。おめき(をめき)
さけぶ声(こゑ)(コヱ)梵天(ぼんでん)(ボンデン)までもきこえ、堅牢地
神(けんらうぢじん)(ケンラウヂジン)も驚(おどろく)(ヲドロク)らむとぞおぼえける。大衆(だいしゆ)(ダイシユ)神輿(しんよ)(シンヨ)を
ば陣頭(ぢんどう)(ヂントウ)にふりすて奉(たてまつ)り、泣々(なくなく)(ナクなく)本山(ほんざん)(ホンザン)へ
P01156
かへりのぼる。
内裏炎上(だいりえんしやう)S0116
[B 夕(ゆふべ)におよんで、 ]○蔵人左少弁(くらんどのさせうべん)(クランドノサセウベン)兼光(かねみつ)(カネミツ)に仰(おほせ)て、殿上(てんじやう)にて俄(にはか)(ニハカ)に
公卿僉議(くぎやうせんぎ)(クギヤウセンギ)あり。保安(ほうあん)(ホウアン)四年(しねん)七月(しちぐわつ)に神輿(しんよ)(シンヨ)入洛(じゆらく)(ジユラク)
の時(とき)は、座主(ざす)(ザス)に仰(おほせ)て赤山(せきさん)(セキサン)の社(やしろ)(ヤシロ)へいれ【入れ】奉(たてまつ)る。
又(また)保延(ほうえん)(ホウエン)四年(しねん)四月(しぐわつ)に神輿(しんよ)(シンヨ)入洛(じゆらく)(ジユラク)の時(とき)は、祇園
別当(ぎをんべつたう)(ギヲンベツタウ)に仰(おほせ)て祇園社(ぎをんのやしろ)(ギヲンノヤシロ)へいれ【入れ】奉(たてまつ)る。今度(こんど)は保
延(ほうえん)(ホウヘン)の例(れい)(レイ)たるべしとて、祇園(ぎをん)(ギヲン)の別当(べつたう)(ベツタウ)権大僧
都(ごんだいそうづ)(ゴンダイソウヅ)澄兼【*澄憲】(ちようけん)(テウケン)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、秉燭(へいしよく)(へいシヨク)に及(およん)で祇園(ぎをん)(ギヲン)の社(やしろ)(ヤシロ)へ
入(いれ)奉(たてまつ)る。神輿(しんよ)(シンヨ)にたつところ【所】の箭(や)(ヤ)をば、神
P01157
人(じんにん)(ジンニン)して是(これ)をぬかせらる。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、日吉(ひよし)の
神輿(しんよ)(シンヨ)を陣頭(ぢんどう)(ヂンドウ)へ振(ふり)(フリ)奉(たてまつ)る事(こと)、永久(えいきう)より以降(このかた)(コノカタ)、
治承(ぢしよう)(ヂセウ)までは六箇度(ろくかど)なり。毎度(まいど)に武士(ぶし)(ブシ)を召(めし)(メシ)
てこそふせ【防】かるれども、神輿(しんよ)射(い)(イ)奉(たてまつ)る事(こと)是(これ)
はじめ【始】とぞうけ給(たまはる)【承】。「霊神(れいしん)(レイシン)怒(いかり)(イカリ)をなせば、災
害(さいがい)(サイガイ)岐(ちまた)(チマタ)にみ【満】つといへり。おそろしおそろし」とぞ人
々(ひとびと)申(まうし)あはれける。同(おなじき)十四日(じふしにち)ノ夜半(やはん)計(ばかり)、山門(さんもん)の
大衆(だいしゆ)又(また)[B おびたたしう]下洛(げらく)すときこえしかば、夜中(やちゆう)に
主上(しゆしやう)要輿(えうよ)(ヨウヨ)にめして、院御所(ゐんのごしよ)(ゐんノごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジドノ)へ行幸(ぎやうがう)(ギヤウガウ)
P01158
なる。中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)は御車(おんくるま)にたてまつて行啓(ぎやうげい)(ギヤウゲイ)あり。
小松(こまつ)のおとど、直衣(なほし)(ナヲシ)に箭(や)(ヤ)おう【負う】て供奉(ぐぶ)(グブ)せらる。
嫡子(ちやくし)(チヤクシ)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)(ゴンノスケセウシヤウ)維盛(これもり)(コレモリ)、束帯(そくたい)(ソクタイ)にひらやなぐひ
おふ(おう)【負う】てまい(まゐ)【参】られけり。関白殿(くわんばくどの)をはじめ【始】奉(たてまつ)て、
太政大臣(だいじやうだいじん)以下(いげ)の公卿殿上人(くぎやうてんじやうびと)、我(われ)もわれ【我】もとは【馳】せ
まい(まゐ)【参】る。凡(およそ)(ヲヨソ)京中(きやうぢゆう)の貴賎(きせん)(キセン)、禁中(きんちゆう)(キンチウ)の上下(じやうげ)、さはき(さわぎ)【騒ぎ】
ののしる事(こと)緩(おびたた)(ヲビタタ)し。山門(さんもん)には、神輿(しんよ)(シンヨ)に箭(や)(ヤ)たち、
神人(じんにん)(ジンニン)宮仕(みやじ)(みやジ)射(い)(イ)ころされ、衆徒(しゆと)(シユト)おほく疵(きず)(キズ)を
かうぶりしかば、大宮(おほみや)二宮(にのみや)(にノみや)以下(いげ)、講堂(かうだう)(カウダウ)中堂(ちゆうだう)(チウダウ)
P01159
すべて諸堂(しよだう)(シヨダウ)一宇(いちう)ものこさず焼払(やきはらつ)(ヤキハラツ)て、
山野(さんや)(サンヤ)にまじはるべき由(よし)、三千(さんぜん)一同(いちどう)に僉議(せんぎ)(センギ)
しけり。是(これ)によ(ッ)て大衆(だいしゆ)の申(まうす)所(ところ)、[B 法皇(ほふわう)]御(おん)ぱからひ
あるべしときこえしかば、山門(さんもん)の上綱等(じやうかうら)(ジヤウカウラ)、子細(しさい)
を衆徒(しゆと)にふれむとて登山(とうざん)しけるを、大
衆(だいしゆ)おこ(ッ)て西坂本(にしざかもと)より皆(みな)お(ッ)かへす。平(へい)大納言(だいなごん)
時忠卿(ときただのきやう)、其時(そのとき)はいまだ左衛門督(さゑもんのかみ)(さゑもんノカミ)にておはし
けるが、上卿(しやうけい)(シヤウケイ)にたつ。大講堂(だいかうだう)(ダイカウダウ)の庭(には)(ニハ)に三塔(さんたふ)(サンタウ)
会合(くわいがふ)(クワイガウ)して、上卿(しやうけい)(シヤウケイ)をと(ッ)てひつぱり、「しや
P01160
冠(かむり)(カムリ)うちおとせ。其(その)身(み)を搦(からめ)(カラメ)て湖(みづうみ)(ミヅウミ)にしづめ
よ」な(ン)どぞ僉議(せんぎ)(センギ)しける。既(すで)(スデ)にかうとみえられ
けるに、時忠卿(ときただのきやう)(トキタダノきやう)「暫(しばらく)(シバラク)しづまられ候(さうら)へ。衆徒(しゆと)(シユト)の御
中(おんなか)へ申(まうす)べき事(こと)あり」とて、懐(ふところ)(フトコロ)より小硯(こすずり)(コスズリ)たた
うがみをとり出(いだ)し、一筆(ひとふで)(ひとフデ)かいて大衆(だいしゆ)の中(なか)へ
つかはす。是(これ)をひらい【披い】てみれば、「衆徒(しゆと)(シユト)の
濫悪(らんあく)(ランアク)を致(いた)(イタ)すは魔縁(まえん)(マヱン)の所行(しよぎやう)(シヨギヤウ)也(なり)。明王(めうわう)(メウワウ)の制
止(せいし)(セイシ)を加(くはふ)(クハウ)るは善政(ぜんぜい)(ゼンゼイ)の加護(かご)(カゴ)也(なり)」とこそかかれたれ。
是(これ)をみてひ(ッ)ぱるに及(およ)ばず。大衆(だいしゆ)皆(みな)尤々(もつとももつとも)と
P01161
同(どう)じて、谷々(たにだに)(タニだに)へおり、坊々(ばうばう)(バウバウ)へぞ入(いり)にける。一紙(いつし)(いつシ)
一句(いつく)(いつク)をも(ッ)て三塔(さんたふ)(さんタウ)三千(さんぜん)の憤(いきどほり)(イキドヲリ)をやすめ、公私(こうし)(コウシ)
の恥(はぢ)(ハヂ)をのがれ給(たま)へる時忠卿(ときただのきやう)こそゆゆし
けれ。人々(ひとびと)も、山門(さんもん)の衆徒(しゆと)は発向(はつかう)(ハツカウ)のかまびすし
き計(ばかり)かと思(おもひ)たれば、ことはり(ことわり)【理】も存知(ぞんぢ)し
たりけりとぞ、感(かん)(カン)ぜられける。同(おなじき)廿日(はつかのひ)、花山
院権中納言(くわさんのゐんのごんちゆうなごん)忠親卿(ただちかのきやう)(タダチカノきやう)を上卿(しやうけい)(シヤウケイ)にて、国司(こくし)加賀守(かがのかみ)
師高(もろたか)遂(つひ)(ツイ)に闕官(けつくわん)(ケツクワン)せられて、尾張(をはり)(ヲハリ)の井戸田(ゐどた)へ
ながされけり。目代(もくだい)近藤(こんどうの)判官(はんぐわん)師経(もろつね)(モロツネ)禁獄(きんごく)(キンゴク)
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せらる。又(また)去(さんぬ)(サンヌ)る十三日(じふさんにち)、神輿(しんよ)(シンヨ)射(い)(イ)奉(たてまつり)し武士(ぶし)(ブシ)
六人(ろくにん)獄定(ごくぢやう)(ゴクヂヤウ)せらる。左衛門尉(さゑもんのじよう)藤原正純(ふぢはらのまさずみ)(フヂハラノマサズミ)、右衛
門尉(うゑもんのじよう)正季(まさすゑ)(マサスヱ)、左衛門尉(さゑもんのじよう)大江家兼(おほえのいへかね)(おほえノイヱカヌ)、右衛門尉(うゑもんのじよう)同(おなじく)家国(いへくに)(イヱクニ)、
左兵衛尉(さひやうゑのじよう)清原康家(きよはらのやすいへ)(きよはらノヤスイヱ)、右兵衛尉(うひやうゑのじよう)(うひやうゑノじよう)同(おなじく)康友(やすとも)(ヤストモ)、是等(これら)
は皆(みな)小松殿(こまつどの)の侍(さぶらひ)(さぶらい)なり。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿八日(にじふはちにち)亥剋(ゐのこく)(イノこく)
ばかり、樋口富小路(ひぐちとみのこうぢ)(ヒグチトミノコウヂ)より火(ひ)出来(いでき)て、辰巳(たつみ)(タツミ)の風
はげしう吹(ふき)ければ、京中(きやうぢゆう)(きやうぢう)おほく焼(やけ)(ヤケ)にけり。
大(おほき)なる車輪(しやりん)(シヤリン)の如(ごと)くなるほむらが、三町(さんぢやう)五
町(ごちやう)へだてて戌亥(いぬゐ)(イヌイ)のかたへすぢかへに、とび
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こえとびこえやけゆけば、おそろしな(ン)どもおろか
なり。或(あるい)(アルイ)は具平親王(ぐへいしんわう)(グヘイシンワウ)の千種殿(ちくさどの)(チクサドノ)、或(あるい)(アルイ)は北野(きたの)(キタノ)の
天神(てんじん)の紅梅殿(こうばいどの)(コウバイドノ)、橘逸成(きついつせい)(キツイツセイ)のはひ松殿(まつどの)(まつドノ)、鬼殿(おにどの)(ヲニドノ)・高
松殿(たかまつどの)(タカまつどの)・鴨居殿(かもゐどの)(カモヰドノ)・東三条(とうさんでう)、冬嗣(ふゆつぎ)(フユツギ)のおとどの閑院殿(かんゐんどの)(カンインどの)、
昭宣公(せうぜんこう)(セウゼンこう)の堀河殿(ほりかはどの)(ホリカハどの)、是(これ)を始(はじめ)(ハジメ)て、昔今(むかしいま)(ムカシイマ)の名所(めいしよ)(メイシヨ)卅(さんじふ)
余箇所(よかしよ)、公卿(くぎやう)の家(いへ)だにも十六(じふろく)箇所(かしよ)まで
焼(やけ)(ヤケ)にけり。其外(そのほか)、殿上人(てんじやうびと)諸大夫(しよだいぶ)の家々(いへいへ)は
しるすに及(およ)ばず。はては大内(たいだい)(タイダイ)にふきつけ
て、朱雀門(しゆしやくもん)(シユシヤクもん)より始(はじめ)(ハジメ)て、応田門【*応天門】(おうでんもん)(ヲウデンもん)・会昌門(くわいしやうもん)(クワイシヤウもん)、大極殿(だいこくでん)・
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豊楽院(ぶらくゐん)[*「豊」に濁点 ]、諸司(しよし)(シヨシ)八省(はつしやう)(ハツシヤウ)・朝所(あいたんどころ)(アイタントコロ)、一時(いちじ)(いちシ)がうち【内】に炭
燼【*灰燼】(くわいじん)(クハイジン)の地(ち)とぞなりにける。家々(いへいへ)の日記(につき)、代々(だいだい)
の文書(もんじよ)(モンジヨ)、七珍万宝(しつちんまんぼう)(シツチンマンボウ)さながら麈炭【*麈灰】(ちりはい)(チリハイ)となり
ぬ。其(その)間(あひだ)の費(ツイ)へ(つひえ)いか計(ばかり)ぞ。人(ひと)のやけしぬる
事(こと)数百人(すひやくにん)(スひやくにん)、牛馬(ぎうば)のたぐひは数(かず)(カズ)をしら【知ら】ず。
是(これ)ただことにあらず、山王(さんわう)の御(おん)とがめとて、
比叡山(ひえいさん)(ヒヱイさん)より大(おほき)なる猿(さる)(サル)どもが二三千(にさんぜん)おり
くだり、手々(てんで)に松火(まつび)をともひ(ともい)て京中(きやうぢゆう)を
やくとぞ、人(ひと)の夢(ゆめ)(ユメ)には見(み)えたりける。大極
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殿(だいこくでん)は清和天皇(せいわてんわう)の御宇(ぎよう)、貞観(ぢやうぐわん)(ヂヤウグワン)十八年(じふはちねん)に始而(はじめて)
やけたりければ、同(おなじき)十九(じふく)年(ねん)正月(しやうぐわつ)三日(みつかのひ)、陽成院(やうぜいゐん)(ヤウゼイヰン)
の御即位(ごそくゐ)(ゴソクイ)は豊楽院(ぶらくゐん)(ブらくゐん)にてぞありける。元
慶(ぐわんきやう)(グハンキヤウ)元年(ぐわんねん)四月(しぐわつ)九日(ここのかのひ)(ここのかノひ)、事始(ことはじめ)あ(ッ)て、同(おなじき)二年(にねん)十月(じふぐわつ)
八日(やうかのひ)にぞつくり出(いだ)されたりける。後冷泉院(ごれいぜいゐん)(ゴレイゼイヰン)の
御宇(ぎよう)(ギヨウ)、天喜(てんき)(テンキ)五年(ごねん)二月(にぐわつ)廿六日(にじふろくにち)、又(また)やけにけり。治
暦(ぢりやく)(ヂリヤク)四年(しねん)八月(はちぐわつ)十四日(じふしにち)、事始(ことはじめ)ありしかども、[B 未(いまだ)イ]造(つく)り[B も]
出(いだ)されずして、後冷泉院(ごれいぜいゐん)(ゴレイゼイヰン)崩御(ほうぎよ)(ホウギヨ)なりぬ。後三
条院(ごさんでうのゐん)の御宇(ぎよう)、延久(えんきう)(ヱンきう)四年(しねん)四月(しぐわつ)十五日(じふごにち)作(つく)り出(いだ)して、
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文人(ぶんじん)(ブンジン)詩(し)(シ)を奉(たてまつ)り、伶人(れいじん)(レイジン)楽(がく)(ガク)を奏(そう)(ソウ)して遷幸(せんかう)(センカウ)
なし奉(たてまつ)る。今(いま)は世(よ)末(すゑ)にな(ッ)て、国(くに)の力(ちから)も衰(おとろ)(ヲトロ)へ
たれば、其後(そののち)は遂(つひ)(ツイ)につくられず。
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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第一(だいいち)



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