【許諾済】
本テキストの公開については、東京大学文学部国語研究室の許諾を得ています。底本使用・テキスト公開を許可された同研究室に厚く御礼申し上げます。
【注意】
本テキストの利用は個人の研究の範囲内に限られます。本テキストの全体あるいは一部の複写物・複写加工物を、インターネット上で、あるいは出版物として公表する場合には、事前に東京大学文学部国語研究室に翻刻掲載許可願いを申請する必要があります。同研究室の許可を得ない本テキストの公表は禁じられています。翻刻掲載許可願い申請送付先:〒113-0033 東京都文京区本郷7−3−1 東京大学文学部国語研究室
【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家物語 高野本 巻第二
平家 二(表紙)
P02001
平家二之巻 目録
座主流     一行阿闍梨之沙汰
西光被斬    小教訓
少将乞請    教訓状
烽火之沙汰   新大納言流罪
阿古屋の松   成親死去
徳大寺厳島詣  山門滅亡
善光寺炎上   康頼祝
卒都婆流    蘇武
P02002

P02003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
  『座主流(ざすながし)』S0201
○治承(ぢしよう)(ヂセウ)元年(ぐわんねん)五月(ごぐわつ)五日[B ノヒ](いつかのひ)、天台座主(てんだいざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)、
公請(くじやう)を停止(ちやうじ)せらるるうへ、蔵人(くらんど)を御使(おんつかひ)(おんツカイ)にて、
如意輪(によいりん)の御本尊(ごほんぞん)をめし【召し】かへひ(かへい)【返い】て、御持僧(ごぢそう)を
改易(かいえき)(カイエキ)せらる。則(すなはち)使庁(しちやう)の使(つかひ)(ツカイ)をつけて、今度(こんど)神
輿(しんよ)内裏(だいり)へ振(ふり)たてまつる【奉る】衆徒(しゆと)の張本(ちやうぼん)をめさ
れける。加賀国(かがのくに)(カガノくに)に座主(ざす)の御坊領(ごばうりやう)あり【有り】。国司(こくし)
師高(もろたか)是(これ)を停廃(ちやうはい)の間(あひだ)、その宿意(しゆくい)によ(ッ)て大衆(だいしゆ)
をかたらひ、訴詔【*訴訟】(そしよう)(ソセウ)をいたさる。すでに朝家(てうか)の御
P02004
大事(おんだいじ)に及(およぶ)(ヲヨブ)よし、西光(さいくわう)(サイクハウ)法師(ほふし)(ホウシ)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、法
皇(ほふわう)(ホウワウ)大(おほき)(ヲホキ)に逆鱗(げきりん)あり【有り】けり。ことに重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)におこなは
るべしときこゆ。明雲(めいうん)は法皇(ほふわう)の御気色(ごきしよく)(ごキソク)あしかり【悪しかり】
ければ、印鑰(いんやく)をかへしたてま(ッ)【奉つ】て、座主(ざす)を辞(じ)し
申(まう)さる。同(おなじき)十一日(じふいちにち)、鳥羽院(とばのゐん)(トバノイン)の七(しち)の宮(みや)、覚快(かつくわい)法親
王(ほつしんわう)天台座主(てんだいざす)にならせ給(たま)ふ。これは青連院(しやうれんゐん)の
大僧正(だいそうじやう)行玄(ぎやうげん)の御弟子(おんでし)也(なり)。おなじき【同じき】十二日(じふににち)、先座主(せんざす)所
職(しよしよく)をとどめ【留め】らるるうへ、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)二人(ににん)をつけて、
井(ゐ)に蓋(ふた)をし、火(ひ)に水(みづ)をかけ、水火(すいくわ)のせめに
P02005
およぶ【及ぶ】。これによ(ッ)て、大衆(だいしゆ)なを(なほ)【猶】参洛(さんらく)すべきよし【由】聞(きこ)え
しかば、京中(きやうぢゆう)又(また)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへり。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以
下(いげ)の公卿(くぎやう)十三人(じふさんにん)参内(さんだい)して、陣(ぢん)の座(ざ)につき、先(さき)の
座主(ざす)罪科(ざいくわ)の事(こと)儀定(ぎぢやう)あり【有り】。八条(はつでうの)中納言(ちゆうなごん)長方卿(ながかたのきやう)、
其(その)時(とき)はいまだ左大弁(さだいべん)宰相(さいしやう)(サイノシヤウ)にて、末座(ばつざ)に候(さうら)はれ
けるが、申(まう)されけるは、「法家(ほつけ)の勘状(かんじやう)にまかせて、死
罪(しざい)一等(いつとう)を減(げん)じて遠流(をんる)せらるべしとみえ【見え】て候(さうら)へ
共(ども)、前座主(せんざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)は顕密(けんみつ)兼学(けんがく)して、浄
行(じやうぎやう)持律(ぢりつ)のうへ、大乗妙経(だいじようめうきやう)(だいジヨウメウキヤウ)を公家(くげ)にさづけたて
P02006
まつり【奉り】、菩薩浄戒(ぼさつじやうかい)を法皇(ほふわう)にたもた【保た】せ奉(たてまつ)る。御経(おんきやう)の
師(し)、御戒(おんかい)の師(し)、重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)におこなはれん事(こと)、冥(みやう)の照覧(せうらん)
はかりがたし。還俗(げんぞく)(ゲンゾク)遠流(をんる)(ヲンル)をなだめ【宥め】らるべきか」と、はば
かるところ【所】もなう申(まう)されければ、当座(たうざ)の公卿(くぎやう)みな
長方(ながかた)の義(ぎ)に同(どう)ずと申(まうし)あはれけれ共(ども)、法皇(ほふわう)の
御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤り】ふかかり【深かり】しかば、猶(なほ)遠流(をんる)に定(さだめ)らる。太政(だいじやう)
入道(にふだう)も此(この)事(こと)申(まう)さんとて、院参(ゐんざん)(インザン)せられたりけれ共(ども)、
法皇(ほふわう)御風(おんかぜ)の気(け)とて御前(ごぜん)へもめされ給(たま)はねば、
ほいなげにて退出(たいしゆつ)せらる。僧(そう)を罪(つみ)する習(ならひ)とて、土
P02007
円(どえん)をめし【召し】返(かへ)し、還俗(げんぞく)せさせたてまつり【奉り】、大納言(だいなごんの)大
輔(たいふ)(タユウ)藤井(ふぢゐ)(フヂイ)の松枝(まつえだ)(マツエダ)と俗名(ぞくみやう)をぞつけられける。此(この)明
雲(めいうん)と申(まうす)は、村上天皇(むらかみてんわう)第七(だいしち)の皇子(わうじ)、具平親王(ぐへいしんわう)より
六代(ろくだい)の御(おん)(ヲン)すゑ【末】、久我(こがの)大納言(だいなごん)顕通卿(あきみちのきやう)の御子(おんこ)也(なり)。まこ
と【誠】に無双(ぶさう)の磧徳(せきとく)、天下(てんが)第一(だいいち)の高僧(かうそう)にておはし
ければ、君(きみ)も臣(しん)もた(ッ)とみ給(たま)ひて、天王寺(てんわうじ)・六勝寺(ろくしようじ)(ロクセウジ)
の別当(べつたう)をもかけ給(たま)へり。されども陰陽頭(おんやうのかみ)(ヲンヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべの)
泰親(やすちか)が申(まうし)けるは、「さばかりの智者(ちしや)の明雲(めいうん)となのり【名乗り】
たまふこそ心(こころ)えね。うへに日月(じつげつ)の光(ひかり)をならべて、した【下】に
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雲(くも)あり【有り】」とぞ難(なん)じける。仁安(にんあん)元年(ぐわんねん)弐月(にぐわつ)廿日(はつかのひ)、天台座
主(てんだいざす)にならせ給(たま)ふ。同(おなじき)三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)、御拝堂(ごはいだう)(ゴハイタウ)あり【有り】。中堂(ちゆうだう)の
宝蔵(ほうざう)をひらかれけるに、種々(しゆじゆ)の重宝共(ちようほうども)(テウホウども)の中(なか)に、ほ
う(はう)【方】一尺(いつしやく)の箱(はこ)あり【有り】。しろひ(しろい)【白い】布(ぬの)でつつまれたり。一生
不犯(いつしやうふぼん)の座主(ざす)、彼(かの)箱(はこ)をあけて見(み)給(たま)ふに、黄紙(わうし)にか
けるふみ一巻(いつくわん)(いちくわん)あり【有り】。伝教大師(でんげうだいし)未来(みらい)の座主(ざす)の
名字(みやうじ)を兼(かね)てしるしをか(おか)【置か】れたり。我(わが)名(な)のある所(ところ)ま
でみて、それより奥(おく)をば、見(み)ず、もとのごとくにまき
返(かへ)してをか(おか)【置か】るる習(ならひ)也(なり)。されば此(この)僧正(そうじやう)もさこそおは
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しけめ。かかるた(ッ)とき人(ひと)なれ共(ども)、先世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(シユクゴウ)を
ばまぬかれ給(たま)はず。哀(あはれ)なりし事(こと)ども【共】也(なり)。同(おなじき)廿一日(にじふいちにち)、
配所(はいしよ)伊豆国(いづのくに)と定(さだめ)らる。人々(ひとびと)様々(やうやう)(ヤウやう)に申(まうし)あはれけれ
共、西光(さいくわう)法師(ほふし)父子(ふし)が讒奏(ざんそう)によ(ッ)て、かやうにおこな
はれけり。やがてけふ都(みやこ)のうち【内】をおひ【追ひ】出(いだ)さるべし
とて、追立(おつたて)(ヲツタテ)の官人(くわんにん)白河(しらかは)の御房【*御坊】(ごばう)にむか(ッ)【向つ】て、おひ【追ひ】
奉(たてまつ)る。僧正(そうじやう)なくなく【泣く泣く】御坊(ごばう)を出(いで)て、粟田口(あはたぐち)のほとり、
一切経(いつさいきやう)の別所(べつしよ)へいらせ給(たま)ふ。山門(さんもん)には、せんずる処(ところ)
我等(われら)が敵(てき)は西光(さいくわう)父子(ふし)に過(すぎ)たる者(もの)なしとて、彼等(かれら)親
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子(おやこ)(ヲヤコ)が名字(みやうじ)をかひ(かい)【書い】て、根本中堂(こんぼんちゆうだう)(コンボンチウダウ)におはします十二(じふに)神
将(じんじやう)のうち、金毘羅大将(こんびらだいじやう)の左(ひだり)の御足(みあし)のした【下】にふま
せ奉(たてまつ)り、「十二(じふに)神将(じんじやう)・七千夜叉(しちせんやしや)、時刻(じこく)をめぐらさず西光(さいくわう)
父子(ふし)が命(いのち)をめし【召し】とり給(たま)へや」と、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で呪
咀(しゆそ)しけるこそ聞(きく)もおそろしけれ【恐ろしけれ】。同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)、一切経(いつさいきやう)の
別所(べつしよ)より配所(はいしよ)へおもむき【赴き】給(たま)ひけり。さばかんの法
務(ほふむ)(ホウム)の大僧正(だいそうじやう)程(ほど)の人(ひと)を、追立(おつたて)(ヲツタテ)の鬱使(うつし)がさき【先】に
けたて【蹴立て】させ、けふ【今日】をかぎりに都(みやこ)を出(いで)て、関(せき)の
東(ひがし)へおもむか【赴か】れけん心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)
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也(なり)。大津(おほつ)(ヲホツ)の打出(うちで)の浜(はま)にもなりしかば、文殊楼(もんじゆろう)の軒端(のきば)
のしろじろとして見(み)えけるを、ふため【二目】とも見(み)給(たま)はず、
袖(そで)をかほにおし【押し】あてて、涙(なみだ)にむせび給(たま)ひけり。山門(さんもん)
に、宿老(しゆくらう)磧徳(せきとく)をほし(おほし)【多し】といへども、澄憲(ちようけん)(テウケン)法印(ほふいん)、其(その)時(とき)は
いまだ僧都(そうづ)にておはしけるが、余(あまり)に名残(なごり)をおしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつ)り、
粟津(あはづ)まで送(おく)りまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、さてもあるべきならねば、
それよりいとま申(まうし)てかへられけるに、僧正(そうじやう)心(こころ)ざしの
切(せつ)なる事(こと)を感(かん)じて、年来(ねんらい)狐心中(こしんちゆう)[M 「御」を非とし「狐(コ)」と傍書]に秘(ひ)せられた
りし一心(いつしん)三観(さんくわん)(さんクハン)の血脈(けつみやく)相承(さうじよう)をさづけらる。此(この)法(ほふ)は釈
P02012
尊(しやくそん)の附属(ふぞく)、波羅奈国(はらないこく)の馬鳴(めみやう)比丘(びく)、南天竺(なんてんぢく)の竜
樹(りゆうじゆ)(リユウジユ)菩薩(ぼさつ)(ボサツ)より次第(しだい)に相伝(さうでん)しきたれるを、けふの
なさけにさづけらる。さすが我(わが)朝(てう)は粟散(そくさん)辺
地(へんぢ)の境(さかひ)(サカイ)、濁世(じよくせ)末代(まつだい)といひながら、澄憲(ちようけん)(テウケン)これを附属(ふぞく)
して、法衣(ほふえ)(ホウエ)の袂(たもと)をしぼりつつ、宮(みや)こ【都】へ帰(かへり)のぼられける
心(こころ)のうちこそた(ッ)とけれ。山門(さんもん)には大衆(だいしゆ)おこ[B ッ]て僉議(せんぎ)
す。「[B 抑(そもそも)]義真(ぎしん)和尚(くわしやう)よりこのかた、天台座主(てんだいざす)はじめ【*はじま(ッ)】て五
十五代(ごじふごだい)に至(いた)るまで、いまだ流罪(るざい)の例(れい)をきかず。倩(つらつら)
事(こと)の心(こころ)を案(あん)ずるに、延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)の比(ころ)ほひ、皇帝(くわうてい)は帝都(ていと)
P02013
をたて、大師(だいし)は当山(たうざん)によぢのぼ(ッ)【上つ】て四明(しめい)の教法(けうぼふ)(ケウボウ)を
此(この)所(ところ)にひろめ給(たま)ひしよりこのかた、五障(ごしやう)の女人(によにん)跡(あと)
たえ【絶え】て、三千(さんぜん)の浄侶(じやうりよ)居(きよ)[M を]しめたり。峰(みね)には一乗(いちじよう)(いちゼウ)
読誦(どくじゆ)年(とし)ふりて、麓(ふもと)には七社(しちしや)の霊験(れいげん)日(ひに)(ヒニ)新(あらた)なり。
彼(かの)月氏(ぐわつし)(グワツシ)の霊山(りやうぜん)は王城(わうじやう)の東北(とうぼく)、大聖(だいしやう)の幽崛(いうくつ)(ユウクツ)也(なり)。この
日域(じちいき)の叡岳(えいがく)も帝都(ていと)の鬼門(きもん)に峙(そばだ)(ッ)て、護国(ごこく)の霊地(れいち)
也(なり)。代々(だいだい)の賢王(けんわう)智臣(ちしん)、此(この)所(ところ)に壇場(だんぢやう)をしむ。末代(まつだい)なら
んがらに、いかんが当山(たうざん)に瑕(きず)をばつくべき。心(こころ)うし」とて、
おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】といふ程(ほど)こそあり【有り】けれ、満山(まんざん)の大衆(だいしゆ)
P02014
  『一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)之(の)沙汰(さた)』S0202
みな東坂本(ひがしざかもと)(ヒンガシサカモト)へおり下(くだ)る。 ○[B 十禅師権現(じふぜんじごんげん)の御前(おんまへ)にて、大衆(だいしゆ)又(また)僉議(せんぎ)す。]「抑(そもそも)我等(われら)粟津(あはづ)に行(ゆき)むか(ッ)【向つ】て、
貫首(くわんじゆ)をうばひとどめ【留め】奉(たてまつ)るべし。但(ただし)追立(おつたて)(ヲツタテ)の鬱使(うつし)・両
送使【*令送使】(りやうそうし)あんなれば、事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なくとりえ【取得】たてまつら【奉ら】ん
事(こと)ありがたし。山王大師(さんわうだいし)の御力(おんちから)の外(ほか)はたのむ【頼む】方(かた)
なし。誠(まこと)に別(べち)の子細(しさい)なく取(とり)え【得】奉(たてまつ)るべくは、ここ【爰】にて
まづ瑞相(ずいさう)をみせ【見せ】しめ給(たま)へ」と、老僧(らうそう)共(ども)肝胆(かんたん)をくだ
いて祈念(きねん)しけり。ここに無動寺(むどうじ)法師(ぼふし)(ボウし)乗円(じようゑん)(ジヨウエン)律師(りつし)
が童(わらは)、鶴丸(つるまる)とて、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)になるが、身心(しんじん)をくるしめ【苦しめ】
五体(ごたい)に汗(あせ)をながひ(ながい)【流い】て、俄(にはか)にくるひ出(いで)たり。「われ十禅
P02015
師権現(じふぜんじごんげん)のりゐさせ給(たま)へり。末代(まつだい)といふ共(とも)、争(いかで)か我(わが)山(やま)の
貫首(くわんじゆ)をば、他国(たこく)へはうつさるべき。生々世々(しやうじやうせせ)に心(こころ)うし。
さらむにと(ッ)ては、われこのふもと【麓】に跡(あと)をとどめ【留め】て
もなににかはせん」とて、左右(さう)の袖(そで)をかほにおし【押し】
あてて、涙(なみだ)をはらはらとながす。大衆(だいしゆ)これをあやしみ
て、「誠(まこと)に十禅(じふぜん)じ【十禅師】権現(ごんげん)の御詫宣(ごたくせん)にて在(ましま)さば、我等(われら)しる
しをまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん。すこし【少し】もたがへ【違へ】ずもとのぬしに返(かへ)した
べ」とて、老僧(らうそう)共(ども)四五百人(しごひやくにん)、手々(てんで)(テデ)にも(ッ)【持つ】たる数珠共(じゆずども)を、十
禅師(じふぜんじ)の大床(おほゆか)(ヲホユカ)のうへへぞなげ【投げ】あげたる。此(この)物(もの)ぐるひはし
P02016
り【走り】まは(ッ)てひろひ【拾ひ】あつめ【集め】、すこし【少し】もたがへ【違へ】ず一々(いちいち)にもと
のぬしにぞくばりける。大衆(だいしゆ)神明(しんめい)の霊験(れいげん)あら
たなる事(こと)のた(ッ)とさに、みなたな心(ごころ)をあはせ【合はせ】て随
喜(ずいき)の感涙(かんるい)をぞもよほし[M 「もよをし」とあり「を」をミセケチ「ほ」と傍書]ける。「其(その)儀(ぎ)ならば、ゆきむ
か(ッ)【向つ】てうばひとどめ【留め】たてまつれ【奉れ】」といふ程(ほど)こそあり【有り】
けれ、雲霞(うんか)の如(ごと)くに発向(はつかう)す。或(あるい)(アルイ)は志賀(しが)辛崎(からさき)の
浜路(はまぢ)にあゆみ【歩み】つづける大衆(だいしゆ)もあり【有り】、或(あるいは)山田(やまだ)矢(や)ばせの
湖上(こしやう)に舟(ふね)おしいだす衆徒(しゆと)もあり【有り】。是(これ)をみ【見】て、さしもき
びしげなりつる追立(おつたて)の鬱使(うつし)・両送使【*令送使】(りやうそうし)、四方(しはう)へ皆(みな)逃(にげ)
P02017
さりぬ。大衆(だいしゆ)国分寺(こくぶんじ)へまいり(まゐり)【参り】むかふ【向ふ】。前座主(せんざす)大(おほき)(ヲホキ)におどろ
ひ(おどろい)て、「勅勘(ちよつかん)の者(もの)は月日(つきひ)の光(ひかり)にだにもあたらずとこ
そ申(まう)せ。何(いかに)况(いはん)や、いそぎ都(みやこ)のうちを追出(おひいだ)(ヲイいだ)さるべしと、
院宣(ゐんぜん)・宣旨(せんじ)のなりたるに、しばしもやすらふべから
ず。衆徒(しゆと)とうとう【疾う疾う】かへり【帰り】のぼり給(たま)へ」とて、はしちかうゐ出(いで)て
の給(たま)ひけるは、「三台(さんだい)槐門(くわいもん)の家(いへ)をいで【出で】て、四明(しめい)幽渓(いうけい)(ユウケイ)の窓(まど)
に入(いり)しよりこのかた、ひろく円宗(ゑんじゆう)(エンジウ)の教法(けうぼふ)(ケウぼふ)を学(がく)して、顕
密(けんみつ)両宗(りやうしゆう)(りやうシウ)をまなびき。ただ吾(わが)山(やま)の興隆(こうりゆう)(コウリウ)をのみおも
へ【思へ】り。又(また)国家(こくか)を祈(いのり)奉(たてまつ)る事(こと)おろそかならず。衆徒(しゆと)をは
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ぐくむ心(こころ)ざし【志】もふかかり【深かり】き。両所(りやうしよ)(リヤウしよ)山王(さんわう)[B 「王」に「上イ」と傍書]定(さだめ)て照覧(せうらん)し給(たま)
ふらん。身(み)にあやまつ事(こと)なし。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)
の重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)をかうぶれば、世(よ)をも人(ひと)をも神(かみ)をも仏(ほとけ)をも
恨(うら)み奉(たてまつ)ること【事】なし。これまでとぶらひ【訪ひ】来(き)給(たま)ふ衆徒(しゆと)の
芳志(はうし)こそ報(ほうじ)つくしがたけれ」とて、香染(かうぞめ)の御衣(おんころも)の
袖(そで)しぼりもあへ給(たま)はねば、大衆(だいしゆ)もみな涙(なみだ)をぞながし
ける。御輿(おんこし)さしよせて、「とうとうめさるべう候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、
「昔(むかし)こそ三千(さんぜん)の衆徒(しゆと)の貫首(くわんじゆ)たりしか、いまはかかる流人(るにん)
の身(み)にな(ッ)て、いかんがや(ン)ごとなき修学者(しゆがくしや)、智恵(ちゑ)(チエ)ふか
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き大衆達(だいしゆたち)には、かきささげられてのぼるべき。縦(たとひ)の
ぼるべき[M 「縦のぼるべき縦のぼるべき」とあり、後の「縦のぼるべき」をミセケチ]なり共(とも)、わらんづな(ン)ど(など)いふ物(もの)し
ばりはき、おなじ様(やう)にあゆみ【歩み】つづい【続い】てこそのぼらめ」と
てのり給(たま)はず。ここに西塔(さいたふ)(サイタウ)の住侶(ぢゆうりよ)(ヂウリヨ)、戒浄坊(かいじやうばう)の阿闍
梨(あじやり)祐慶(いうけい)(ユウケイ)といふ悪僧(あくそう)あり【有り】。たけ七尺(しちしやく)ばかりあり【有り】ける
が、黒革威(くろかはをどし)(クロカハヲドシ)の鎧(よろひ)(ヨロイ)の大荒目(おほあらめ)(ヲホアラメ)にかね【鉄】まぜたるを、草摺(くさずり)
なが【草摺長】にきなして、甲(かぶと)をばぬぎ、法師原(ほふしばら)(ホウシばら)にもたせつつ、
しら柄(ヘ)(しらえ)【白柄】の大長刀(おほなぎなた)(ヲホナギナタ)杖(つゑ)(ツヘ)につき、「あけ【開け】られ候(さうら)へ」とて、大衆(だいしゆ)
の中(なか)をおし分(わけ)おし分(わけ)、先座主(せんざす)のおはしける所(ところ)へつ(ッ)とまいり(まゐり)【参り】
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たり。だい【大】の眼(まなこ)を見(み)いからかし、しばしにらまへ奉(たてまつ)り、「その御心(おんこころ)
でこそかかる御目(おんめ)にもあはせ給(たま)へ。とうとうめさるべう候(さうらふ)」
と申(まうし)ければ、おそろしさ【恐ろしさ】にいそぎのり給(たまふ)。大衆(だいしゆ)とり
え【取得】奉(たてまつ)るうれしさに、いやしき法師原(ほふしばら)にはあらで、や(ン)ごと
なき修学者(しゆがくしや)どもかきささげ奉(たてまつ)り、おめき(をめき)【喚き】さけ(ン)【叫ん】での
ぼりけるに、人(ひと)はかはれ共(ども)祐慶(いうけい)(ユウケイ)はかはらず、さきごし【前輿】かひ(かい)【舁い】
て、長刀(なぎなた)の柄(え)もこし【輿】の轅(ながえ)もくだけよととる【執る】ままに、
さしもさがしき東坂(ひがしさか)(ヒンガシサカ)、平地(へいぢ)を行(ゆく)が如(ごと)く也(なり)。大講堂(だいかうだう)の
庭(には)に輿(こし)かきすへ(すゑ)【据ゑ】て、僉議(せんぎ)しけるは、「抑(そもそも)我等(われら)粟津(あはづ)(アワヅ)に
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行向(ゆきむかつ)て、貫首(くわんじゆ)をばうばい(うばひ)【奪ひ】とどめ【留め】奉(たてまつ)りぬ。既(すで)に勅勘(ちよつかん)を
蒙(かうぶ)(ッ)て流罪(るざい)せられ給(たま)ふ人(ひと)を、とりとどめ【留め】奉(たてまつり)て貫首(くわんじゆ)
にもちひ(もちゐ)【用ひ】申(まう)さん事(こと)、いかが有(ある)べからん」と僉議(せんぎ)す。戒
浄房(かいじやうばう)ノ阿闍梨(あじやり)、又(また)先(さき)のごとくにすすみ出(いで)て僉議(せんぎ)
しけるは、「夫(それ)当山(たうざん)は日本(につぽん)無双(ぶさう)の霊地(れいち)、鎮護(ちんご)国家(こつか)
の道場(だうぢやう)(ダウジヤウ)、山王(さんわう)の御威光(ごいくわう)(ごイくわう)盛(さかん)にして、仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)王法(わうぼふ)(わうポウ)牛角(ごかく)也(なり)。
されば衆徒(しゆと)の意趣(いしゆ)に至(いた)るまでならびなく、いや
しき法師原(ほふしばら)までも世(よ)も(ッ)てかろしめず。况(いはん)や智恵(ちゑ)高
貴(かうき)にして三千(さんぜん)の貫首(くわんじゆ)たり。今(いま)は徳行(とくぎやう)おもう【重う】して一山(いつさん)
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の和尚(わじやう)たり。罪(つみ)なくしてつみをかうぶる、是(これ)山上(さんじやう)洛中(らくちゆう)(ラクちゆう)の
いきどほり【憤り】、興福(こうぶく)・園城(をんじやう)のあざけり【嘲】にあらずや。此(この)時(とき)顕
密(けんみつ)のあるじをうしな(ッ)【失つ】て、数輩(すはい)の学侶(がくりよ)、蛍雪(けいせつ)のつとめ
おこたらむこと【事】心(こころ)うかるべし。せんずる【詮ずる】所(ところ)、祐慶(いうけい)(ユウケイ)張本(ちやうぼん)に
称(しよう)(セウ)ぜられて、禁獄(きんごく)[B 流]罪(るざい)もせられ、か[B う]べをはね【刎ね】られ
ん事(こと)、今生(こんじやう)の面目(めんぼく)、冥途(めいど)の思出(おもひで)(ヲモイデ)なるべし」とて、双
眼(さうがん)より涙(なみだ)をはらはらとながす。大衆(だいしゆ)尤(もつと)も尤(もつと)もとぞ同(どう)
じける。それよりしてこそ、祐慶(いうけい)(ユウケイ)はいかめ房(ばう)とはいは
れけれ。其(その)弟子(でし)に恵慶【*慧恵】(ゑけい)律師(りつし)[M 「法師」とあり、「法」を非とし「律」と傍書]をば、時(とき)の人(ひと)こいかめ
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房(ばう)とぞ申(まうし)ける。大衆(だいしゆ)、先座主(せんざす)をば東塔(とうだふ)(トウダウ)の南谷(みなみだに)妙
光坊(めうくわうばう)(メウクワウバウ)へ入(いれ)奉(たてまつ)る。時(とき)の横災(わうざい)は権化(ごんげ)の人(ひと)ものがれ給(たま)はざ
るやらん。昔(むかし)大唐(だいたう)の一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)は、玄宗(げんそう)皇帝(くわうてい)の
御持僧【護持僧】(ごぢそう)にておはしけるが、玄宗(げんそう)の后(きさき)楊貴妃(やうきひ)に名(な)
をたち【立ち】給(たま)へり。昔(むかし)もいまも、大国(だいこく)も小国(せうこく)も、人(ひと)の口(くち)の
さがなさは、跡(あと)かたなき事(こと)なりしか共(ども)、其(その)疑(うたがひ)(ウタガイ)によ(ッ)て
果羅国(くわらこく)へながされ給(たま)ふ。件(くだん)の国(くに)へは三(みつ)の道(みち)あり【有り】。
輪池道(りんちだう)とて御幸道(ごかうみち)、幽地道(いうちだう)(ユウチだう)とて雑人(ざふにん)(ザウニン)のかよふ
道(みち)、暗穴道(あんけつだう)とて重科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)の者(もの)をつかはす【遣す】道(みち)也(なり)。されば
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彼(かの)一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)は大犯(だいぼん)の人(ひと)なればとて、暗穴道(あんけつだう)へぞ
つかはし【遣し】ける。七日七夜(しちにちしちや)が間(あひだ)、月日(つきひ)の光(ひかり)をみ【見】ずして行(ゆく)道(みち)
也(なり)。冥々(みやうみやう)として人(ひと)もなく、行歩(かうほ)に前途(せんど)まよひ、深々(しんしん)と
して山(やま)ふかし。只(ただ)澗谷(かんこく)に鳥(とり)の一声(ひとこゑ)(ひとコエ)ばかりにて、苔(こけ)の
ぬれ衣(ぎぬ)ほしあへず。無実(むじつ)の罪(つみ)によ(ッ)て遠流(をんる)の重
科(ぢゆうくわ)をかうむる[M 「かゝむる」とあり「ゝ」をミセケチ「う」と傍書]事(こと)を、天道(てんだう)あはれみ給(たま)ひて、九耀(くえう)(クヨウ)
のかたちを現(げん)じつつ、一行阿闍梨(いちぎやうあじやり)をまぼり【守り】給(たま)ふ。
時(とき)に一行(いちぎやう)右(みぎ)(ミキノ)の指(ゆび)をくひき(ッ)て、左(ひだん)のたもと【袂】に九耀(くえう)(クヨウ)
のかたちをうつさ【写さ】れけり。和漢(わかん)両朝(りやうてう)に真言(しんごん)の本
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  『西光(さいくわうが)被斬(きられ)』S0203
尊(ほんぞん)たる九耀(くえう)(くヨウ)の曼陀羅(まんだら)是(これ)也(なり)。 ○[B 去(さる)程(ほど)に山門(さんもん)の]大衆(だいしゆ)、先座主(せんざす)をとり【取り】とど
むるよし【由】、法皇(ほふわう)きこしめし【聞し召し】て、いとどやすからずぞおぼし
めされける。西光法師(さいくわうほふし)申(まうし)けるは、「山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)みだり
がはしきう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】仕(つかまつる)事(こと)、今(いま)にはじめずと申(まうし)ながら、今度(こんど)
は以外(もつてのほか)に覚(おぼえ)(ヲボヘ)候(さうらふ)。これ程(ほど)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)いまだ承(うけたまは)り及(および)候(さうら)はず。
よくよく御(おん)いましめ候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。身(み)のただいま【只今】ほろ
び【亡び】んずるをもかへりみず、山王大師(さんわうだいし)の神慮(しんりよ)にもはば
からず、か様(やう)【斯様】に申(まうし)て神禁(しんきん)をなやまし奉(たてまつ)る。讒臣(ざんしん)は
国(くに)をみだるといへり。実(まことなる)哉(かな)。叢蘭(そうらん)茂(も)か覧(らん)とすれども、
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秋(あきの)風(かぜ)これをやぶり、王者(わうしや)明(あきら)かな覧(らん)とすれば、讒臣(ざんしん)こ
れをくらう【暗う】す共(とも)、かやうの事(こと)をや申(まうす)べき。此(この)事(こと)、新(しん)
大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)以下(いげ)近習(きんじゆ)(キンジウ)の人々(ひとびと)に仰(おほせ)(ヲホセ)あはせ【合はせ】られ
て、山(やま)せめ【攻め】らるべしと聞(きこ)えしかば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)、「さのみ
王地(わうぢ)にはらまれて、詔命(ぜうめい)をそむくべきにあらず」と
て、内々(ないない)院宣(ゐんぜん)(インゼン)に随(したが)ひ奉(たてまつ)る衆徒(しゆと)もあり【有り】な(ン)ど(など)聞(きこ)えし
かば、前座主(せんざす)明雲(めいうん)大僧正(だいそうじやう)は妙光房(めうくわうばう)(メウクワウバウ)におはしける
が、大衆(だいしゆ)ふた心(ごころ)あり【有り】ときい【聞い】て、「つゐに(つひに)【遂に】いかなる目(め)にか
あはむず覧(らん)」と、心(こころ)ぼそげにぞの給(たま)ひける。され
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共(ども)流罪(るざい)の沙汰(さた)はなかりけり。新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)は、山門(さんもん)
の騒動(さうどう)によ(ッ)て、私(わたくし)の宿意(しゆくい)をばしばらくおさへられ
けり。そも内義(ないぎ)したく【支度】はさまざまなりしか共(ども)、義勢(ぎせい)ばかり
では此(この)謀反(むほん)かなふ【適ふ】べうも見(み)えざりしかば、さしもたのま【頼ま】
れたりける多田(ただの)蔵人(くらんど)行綱(ゆきつな)、此(この)事(こと)無益(むやく)なりとお
もふ【思ふ】心(こころ)つきにけり。弓袋(ゆぶくろ)のれう【料】におくら【送ら】れたりけ
る布共(ぬのども)をば、直垂(ひたたれ)かたびらに裁(たち)ぬはせて、家子(いへのこ)郎
等(らうどう)どもにきせつつ、目(め)うちしばだたいてゐたりけるが、倩(つらつら)
平家(へいけ)の繁昌(はんじやう)する有様(ありさま)をみる【見る】に、当時(たうじ)たやすく
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かたぶけ【傾け】がたし。よし【由】なき事(こと)にくみして(ン)げり。若(もし)此(この)事(こと)
もれ【漏れ】ぬる物(もの)ならば、行綱(ゆきつな)まづうしなは【失は】れなんず。他人(たにん)
の口(くち)よりもれ【漏れ】ぬ先(さき)にかへり忠(チウ)(かへりちゆう)【返り忠】して、命(いのち)いか【生か】うどおもふ【思ふ】
心(こころ)ぞつきにける。同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿九日(にじふくにち)のさ夜(よ)ふけがたに、多
田(ただの)蔵人(くらんど)行綱(ゆきつな)、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)に参(まゐ)(マイ)(ッ)て、「行
綱(ゆきつな)こそ申(まうす)べき事(こと)候(さうらふ)間(あひだ)、まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ」といはせければ、入
道(にふだう)「つねにもまいら(まゐら)【参ら】ぬ者(もの)が参(さん)じたるは何事(なにごと)(なにこと)ぞ。あれき
け」とて、主馬(しゆめの)判官(はんぐわん)盛国(もりくに)をいださ【出ださ】れたり。「人伝(ひとづて)には
申(まうす)まじき事(こと)なり」といふ間(あひだ)、さらばとて、入道(にふだう)みづから
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中門(ちゆうもん)の廊(らう)へ出(いで)られたり。「夜(よ)ははるかにふけぬらむ。ただ
今(いま)【只今】いかに、何事(なにごと)ぞや」との給(たま)へ【宣へ】ば、「昼(ひる)は人目(ひとめ)のしげう候(さうらふ)
間(あひだ)、夜(よ)にまぎれてまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。此(この)程(ほど)院中(ゐんぢゆう)(インヂウ)の人々(ひとびと)の兵
具(ひやうぐ)をととのへ、軍兵(ぐんびやう)をめされ候(さうらふ)をば、何(なに)とかきこし
めさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「それは山(やま)攻(せめ)らるべしとこそきけ」と、いと事(こと)
もなげにぞの給(たま)ひける。行綱(ゆきつな)ちかう【近う】より、小声(こごゑ)に
な(ッ)て申(まうし)けるは、「其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。一向(いつかう)御一家(ごいつけ)の御(おん)上(うへ)とこそ
承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「さてそれをば法皇(ほふわう)もしろしめさ【知ろし召さ】れたるか」。「子細(しさい)
にやおよび【及び】候(さうらふ)。成親卿(なりちかのきやう)の軍兵(ぐんびやう)めされ候(さうらふ)も、院宣(ゐんぜん)と
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てこそめさ【召さ】れ候(さうら)へ。俊寛(しゆんくわん)がとふるまう【振舞】て、康頼(やすより)がかう申(まうし)
て、西光(さいくわう)(さいくはう)がと申(まうし)て」な(ン)ど(など)いふ事共(ことども)、はじめ【始め】よりあり【有り】
のままにはさし過(すぎ)ていひ散(ちら)し、「いとま申(まうし)て」とて出(いで)に
けり。入道(にふだう)大(おほき)に驚(おどろ)(ヲドロ)き、大声(おほごゑ)(ヲホゴエ)をも(ッ)て侍(さぶらひ)(サブライ)共(ども)よびのの
しり給(たま)ふ[B 事]、聞(きく)もおびたたし【夥し】。行綱(ゆきつな)なまじひなる事(こと)
申出(まうしいだ)して、証人(しようにん)(セウニン)にやひかれんず覧(らん)とおそろ(ッ)しさ【恐ろしさ】
に、大野(おほの)(ヲホノ)に火(ひ)をはな(ッ)たる心(ここ)ち【心地】して、人(ひと)もおは【追は】ぬに
とり袴(ばかま)して、いそぎ門外(もんぐわい)へぞにげ【逃げ】出(いで)ける。入道(にふだう)、ま
づ【先】貞能(さだよし)をめし【召し】て、「当家(たうけ)かたぶけ【傾け】うどする謀反(むほん)
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のともがら【輩】、京中(きやうぢゆう)(キヤウヂウ)にみちみちたん也(なり)。一門(いちもん)の人々(ひとびと)にもふ
れ申(まう)せ。侍共(さぶらひども)(サブライども)もよをせ(もよほせ)」との給(たま)へば、馳(はせ)まは(ッ)てもよをす(もよほす)。
右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、三位中将(さんみのちゆうじやう)知盛[M 「具盛」とあり「具」をミセケチ「知」と傍書](とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、左馬
頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)以下(いげ)の人々(ひとびと)、甲胃(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(キウセン)を帯(たい)し
馳集(はせあつま)る。其(その)外(ほか)軍兵(ぐんびやう)雲霞(うんか)の如(ごと)くに馳(はせ)つどふ【集ふ】。其(その)
夜(よ)のうちに西八条(にしはつでう)には、兵共(つはものども)六七千騎(ろくしちせんぎ)もあるら
むとこそ見(み)えたりけれ。あくれば六月(ろくぐわつ)一日(ついたち)[B ノ]也(なり)。いま
だくらかり【暗かり】けるに、入道(にふだう)、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)安陪資成(あべのすけなり)を
めし【召し】て、「き(ッ)と院(ゐん)(イン)の御所(ごしよ)へまいれ(まゐれ)【参れ】。信成【*信業】(のぶなり)をまねひ(まねい)【招い】
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て申(まう)さ[B ン]ずるやうはよな、「近習(きんじゆ)(キンジユウ)の人々(ひとびと)、此(この)一門(いちもん)をほろぼ
して天下(てんが)をみだらんとするくわたて(くはたて)【企て】あり【有り】。一々(いちいち)にめし【召し】
と(ッ)て尋(たづ)ね沙汰(さた)仕(つかまつ)るべし。それをば君(きみ)もしろしめさ【知ろし召さ】る
まじう候(さうらふ)」と申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。資成(すけなり)いそぎ
御所(ごしよ)へはせまいり(まゐり)【参り】、大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)信成【*信業】(のぶなり)よびいだひ(いだい)【出だい】て此(この)
由(よし)申(まうす)に、色(いろ)をうしなふ【失ふ】。御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)奏聞(そうもん)
しければ、法皇(ほふわう)(ほふワウ)「あは、これらが内々(ないない)はかりし事(こと)の
もれ【漏れ】にけるよ」とおぼしめす【思し召す】にあさまし。さる
にても、「こは何事(なにごと)ぞ」とばかり仰(おほせ)られて、分明(ふんみやう)の御
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返事(おんペんじ)もなかりけり。資成(すけなり)いそぎ馳帰(はせかへつ)て、入道(にふだう)相国(しやうこく)に
此(この)由(よし)申(まう)せば、「さればこそ。行綱(ゆきつな)はまことをいひけり。こ
の事(こと)行綱(ゆきつな)しらせずは、浄海(じやうかい)安穏(あんをん)にある【有る】べしや」とて、
飛弾【*飛騨】守(ひだのかみ)景家(かげいへ)(カゲイエ)・筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、謀反(むほん)の輩(ともがら)
からめとるべき由(よし)下知(げぢ)せらる。仍(よつて)二百余(にひやく)余騎(よき)、三百(さんびやく)余(よ)き、
あそこここにおし【押し】よせおし【押し】よせからめとる。太政(だいじやう)入道(にふだう)まづ雑
色(ざうしき)をも(ッ)て、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)の新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の許(もと)
へ、「申(まうし)あはす【合はす】べき事(こと)あり【有り】。き(ッ)と立(たち)より給(たま)へ」との給(たま)ひ
つかはさ【遣さ】れたりければ、大納言(だいなごん)我(わが)身(み)のうへ【上】とは露(つゆ)
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しら【知ら】ず、「あはれ、是(これ)は法皇(ほふわう)(ホウワウ)の山(やま)攻(せめ)らるべきよし御結構(ごけつこう)あ
るを、申(まうし)とどめられんずるにこそ。御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤り】ふか
げなり。いかにもかなう(かなふ)【叶ふ】まじき物(もの)を」とて、ないきよげ【萎清気】
なる布衣(ほうい)たをやかにきなし、あざやかなる車(くるま)に
のり、侍(さぶらひ)(サブライ)三四人(さんしにん)めし【召し】具(ぐ)して、雑色(ざうしき)牛飼(うしかひ)に至(いた)るまで、つ
ねよりもひき【引き】つくろは【繕は】れたり。そも最後(さいご)とは後(のち)
にこそおもひ【思ひ】しられけれ。西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)てみ【見】給(たま)
へば、四五町(しごちやう)に軍兵(ぐんびやう)みちみちたり。「あなおびたたし【夥し】。
何事(なにごと)やらん」と、むねうちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、車(くるま)よりおり、門(もん)の
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うち【内】にさし入(い)(ッ)て見(み)給(たま)へば、うち【内】にも兵(つはもの)(ツワモノ)共(ども)ひま【隙】はざま
もなうぞみちみちたる。中門(ちゆうもん)の口(くち)におそろしげ【恐ろし気】なる
武士共(ぶしども)あまた待(まち)うけて、大納言(だいなごん)の左右(さう)の手(て)をと(ッ)
てひ(ッ)【引つ】ぱり、「いましむべう候(さうらふ)哉覧(やらん)」と申(まうす)。入道(にふだう)相国(しやうこく)(シヤウコク)簾
中(れんちゆう)より見出(みいだ)して、「ある【有る】べうもなし」との給(たま)へば、武士共(ぶしども)
十四五人(じふしごにん)、前後(ぜんご)左右(さう)に立(たち)かこみ、ゑん(えん)【縁】のうへ【上】にひき
のぼせ【上せ】て、ひとまなる所(ところ)におし【押し】こめて(ン)げり。大納言(だいなごん)
夢(ゆめ)の心地(ここち)して、つやつや物(もの)もおぼえ【覚え】給(たま)はず。供(とも)なり
つる侍共(さぶらひども)(サブライども)おし【押し】へだてられて、ちりぢりになりぬ。雑色(ざうしき)・
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牛飼(うしかひ)(ウシカイ)いろ【色】をうしなひ【失ひ】、牛(うし)・車(くるま)をすてて逃(にげ)さりぬ。さる
程(ほど)に、近江(あふみの)(アウミノ)中将(ちゆうじやう)入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)、法勝寺(ほつしようじの)(ホツセウジノ)執行(しゆぎやう)俊寛(しゆんくわん)僧
都(そうづ)、山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)、式部大輔(しきぶのたいふ)(シキブノタユウ)正綱(まさつな)、平(へい)判官(はんぐわん)(ハウグワン)康頼(やすより)、
宗(そう)判官(はんぐわん)(ハウグワン)信房(のぶふさ)、新平(しんぺい)判官(はんぐわん)(ハウグワン)資行(すけゆき)もとらはれて
出来(いでき)たり。西光法師(さいくわうほつし)此(この)事(こと)きい【聞い】て、我(わが)身(み)のうゑ(うへ)【上】とや
思(おもひ)けん、鞭(ぶち)をあげ、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)へ馳(はせ)ま
いる(まゐる)【参る】。平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)(サブライども)道(みち)にて馳(はせ)むかひ【向ひ】、「西八条(にしはつでう)へめさ
るるぞ。き(ッ)とまいれ(まゐれ)【参れ】」といひければ、「奏(そう)すべき事(こと)が
あ(ッ)て法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウぢゆうじどの)へまいる(まゐる)【参る】。やがてこそまいら(まゐら)【参ら】め」といひけ
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れ共(ども)、「に(ッ)くひ(につくい)入道(にふだう)かな、何事(なにごと)をか奏(そう)すべかんなる。さな
いはせそ」とて、馬(むま)よりと(ッ)てひきおとし【落し】、ちう【宙】にくく(ッ)【括つ】て西
八条(にしはつでう)へさげてまいる(まゐる)【参る】。日(ひ)のはじめより根元(こんげん)よりき【与力】の
者(もの)なりければ、殊(こと)につよう【強う】いましめて、坪(つぼ)の内(うち)にぞ
ひ(ッ)すへ(ひつすゑ)【引つ据ゑ】たる。入道(にふだう)相国(しやうこく)大床(おほゆか)(ヲホユカ)にた(ッ)て、「入道(にふだう)かたぶけ【傾け】う
どするやつがなれるすがたよ。しやつここへひき【引き】よせ
よ」とて、ゑん(えん)【縁】のきはにひき【引き】よせさせ、物(もの)はき【履】なが
らしや(ッ)つらをむずむずとぞふまれける。「本(もと)よりを[B の]
れら(おのれら)【己等】がやうなる下臈(げらふ)(ゲラウ)のはてを、君(きみ)のめし【召し】つかは【使は】せ
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給(たま)ひて、なさるまじき官職(くわんしよく)をなしたび、父子(ふし)共(とも)に過分(くわぶん)
のふるまひすると見(み)しにあはせて、あやまたぬ天
台(てんだい)の座主(ざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこなひ、天下(てんが)の大事(だいじ)ひき【引き】出(いだ)い
て、剰(あまつさへ)此(この)一門(いちもん)ほろぼす【亡ぼす】べき謀反(むほん)にくみして(ン)げるや
つなり。あり【有り】のままに申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。西光(さいくわう)(サイクワウ)
もとよりすぐれたる大剛(だいかう)の者(もの)なりければ、ち(ッ)とも
色(いろ)も変(へん)ぜず、わろびれたる気(け)いき[B 「い」に「シ」と傍書]【景色】もなし。ゐ【居】なを
り(なほり)【直り】あざわら(ッ)【笑つ】て[* 「あざわれて」と有るのを他本により訂正]申(まうし)けるは、「さもさうず。入道殿(にふだうどの)こそ
過分(くわぶん)の事(こと)をばの給(たま)へ。他人(たにん)の前(まへ)はしら【知ら】ず、西光(さいくわう)(サイクワウ)が
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きかんところ【所】にさやうの事(こと)をば、えこその給(たま)ふまじけれ。
院中(ゐんぢゆう)(インヂウ)にめしつかは【使は】るる身(み)なれば、執事(しつし)の別当(べつたう)成親
卿(なりちかのきやう)の院宣(ゐんぜん)(インゼン)とてもよをさ(もよほさ)【催さ】れし事(こと)に、くみせずとは
申(まうす)べき様(やう)なし。それはくみしたり。但(ただし)、耳(みみ)にとどまる事(こと)
をもの給(たま)ふ物(もの)かな。御辺(ごへん)は故(こ)刑部卿(ぎやうぶきやう)忠盛(ただもり)の子(こ)で
おはせしかども、十四五(じふしご)までは出仕(しゆつし)もし給(たま)はず。故(こ)中
御門(なかのみかどの)藤中納言(とうぢゆうなごん)家成卿(かせいのきやう)の辺(へん)にたち【立ち】入(いり)給(たまひ)しをば、京
童部(きやうわらんべ)は高平太(たかへいだ)とこそいひしか。保延(ほうえん)(ホウヱン)の比(ころ)、大将軍(たいしやうぐん)
承(うけたまは)り、海賊(かいぞく)の張本(ちやうぼん)卅(さんじふ)余人(よにん)からめ進(しん)ぜられし[B 勧]賞(けんじやう)
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に、四品(しほん)して四位(しゐ)(シイ)の兵衛佐(ひやうゑのすけ)と申(まう)ししをだに、過分(くわぶん)と
こそ時(とき)の人々(ひとびと)は申(まうし)あはれしか。殿上(てんじやう)のまじはりをだ
にきらわれ(きらはれ)し人(ひと)の子(こ)で、太政(だいじやう)大臣(だいじん)までなりあが(ッ)【上がつ】た
るや過分(くわぶん)なるらむ。侍品(さぶらひほん)(サブライホン)の者(もの)の受領(じゆりやう)検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)
になる事(こと)、先例(せんれい)傍例(ほうれい)(ハウレイ)なきにあらず。なじかは過分(くわぶん)
なるべき」と、はばかる所(ところ)もなう申(まうし)ければ、入道(にふだう)あま
りにいか(ッ)て物(もの)も[B の]給(たま)はず。しばしあ(ッ)て「しやつが頸(くび)さ
う【左右】なうきるな。よくよくいましめよ」とぞの給(たま)ひける。
松浦(まつらの)太郎(たらう)重俊(しげとし)承(うけたまはつ)て、足手(あして)をはさみ【鋏み】、さまざまに
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いためとふ。もとよりあらがひ申(まう)さぬうゑ(うへ)【上】、糾問(きうもん)はき
びしかりけり、残(のこり)なうこそ申(まうし)けれ。白状(はくじやう)四五牧(しごまい)に記(き)
せられ、やがて、「しやつが口(くち)をさけ」とて口(くち)をさかれ、五
条(ごでう)西朱雀(にしのしゆしやか)にしてきられにけり。嫡子(ちやくし)前(さきの)加賀守(かがのかみ)
師高(もろたか)、尾張(をはり)(ヲワリ)の井戸田(ゐどた)(イドタ)へながされたりけるを、同国(どうこく)
の住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)小胡麻郡司(をぐまのぐんじ)維季(これすゑ)(コレスエ)に仰(おほせ)(ヲホセ)てうた【討た】れぬ。次
男(じなん)近藤(こんどう)判官(はんぐわん)(ハウグワン)師経(もろつね)禁獄(きんごく)せられたりけるを、獄(ごく)
より引(ひき)いださ【出ださ】れ、六条河原(ろくでうがはら)(ろくでうガワラ)にて誅(ちゆう)(チウ)せらる。其(その)弟(おとと)(ヲトト)左
衛門尉(さゑもんのじよう)(サゑもんノゼウ)師平(もろひら)、郎等(らうどう)三人(さんにん)、同(おなじ)(ヲナジ)く首(かうべ)をはねられけり。
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これら【是等】はいふかい(かひ)【甲斐】なき物(もの)の秀(ひいで)て、いろう(いろふ)【綺ふ】まじき事(こと)に
いろひ【綺ひ】、あやまたぬ天台座主(てんだいざす)流罪(るざい)に申(まうし)おこなひ、
果報(くわはう)(クワホウ)やつきにけん、山王大師(さんわうだいし)の神罰(しんばつ)冥罰(みやうばつ)を
  『小教訓(こげうくん)』S0204
立(たち)どころにかうぶ(ッ)て、かかる目(め)にあへりけり。○新(しん)大納
言(だいなごん)は、ひと間(ま)【一間】なる所(ところ)におし【押し】こめられ、あせ水(みづ)になり
つつ、「あはれ、是(これ)は日比(ひごろ)のあらまし事(ごと)のもれ【漏れ】聞(きこ)え
けるにこそ。誰(たれ)もらし【洩らし】つらん。定(さだめ)て北面(ほくめん)の者共(ものども)
が中(なか)にこそある【有る】らむ」な(ン)ど(など)、おもは【思は】じ事(こと)なうあんじ【案じ】
つづけておはしけるに、うしろのかたより足(あし)をと(おと)【音】
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のたからかにしければ、すはただ今(いま)【只今】わがいのち【命】をうし
なは【失は】んとて、物(もの)のふ【武士】共(ども)がまいる(まゐる)【参る】にこそと待(まち)給(たま)ふに、入
道(にふだう)みづからいたじき【板敷】たからか【高らか】にふみならし、大納言(だいなごん)の
おはしけるうしろの障子(しやうじ)をさ(ッ)とあけられたり。そ
けん【素絹】の衣(ころも)のみじからかなるに、しろき【白き】大口(おほくち)ふみくくみ、
ひじりづかの刀(かたな)おし【押し】くつろげてさすままに、以外(もつてのほか)に
いかれるけしき【気色】にて、大納言(だいなごん)をしばしにらまへ、「抑(そもそも)御
辺(ごへん)は平治(へいぢ)にもすでに誅(ちゆう)(チウ)せらるべかりしを、内府(だいふ)が
身(み)にかへて申(まうし)なだめ【宥め】、頸(くび)をつぎたてま(ッ)【奉つ】しはいかに。何(なに)の
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遺恨(ゐこん)(イコン)をも(ッ)て、此(この)一門(いちもん)(いちモン)ほろぼすべき由(よし)[B の][M 御]結構(ごけつこう)は候(さうらひ)
けるやらん。恩(おん)(ヲン)をしるを人(ひと)とはいふぞ。恩(おん)(ヲン)をしらぬ
をば畜生(ちくしやう)とこそいへ。しかれ共(ども)当家(たうけ)の運命(うんめい)つき
ぬによ(ッ)て、むかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】たり。日比(ひごろ)のあらまし[M 「御結構(ゴケツコウ)」をミセケチ、左に「あらまし」と傍書]の次第(しだい)、
直(ぢき)にうけ給(たまは)ら【承ら】ん」とぞの給(たま)ひける。大納言(だいなごん)「ま(ッ)たくさ
る事(こと)候(さうら)はず。人(ひと)の讒言(ざんげん)にてぞ候(さうらふ)らむ。よくよく御
尋(おんたづね)候(さうら)へ」と申(まう)されければ、入道(にふだう)いはせもはてず、「人(ひと)
やある、人(ひと)やある」とめされければ、貞能(さだよし)まいり(まゐり)【参り】たり。「西光(さいくわう)めが
白状(はくじやう)まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)られければ、も(ッ)【持つ】てまいり(まゐり)【参り】たり。是(これ)を
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と(ッ)て二三遍(にさんべん)おし【押し】返(かへ)しおし【押し】返(かへ)し読(よみ)きかせ、「あなにくや。此(この)うへ【上】
をば何(なに)と陳(ちん)ずべき」とて、大納言(だいなごん)のかほにさ(ッ)となげ【投げ】
かけ、障子(しやうじ)をちやうどたててぞ出(いで)られける。入道(にふだう)、なを(なほ)【猶】
腹(はら)をすゑ【据ゑ】かねて、「経遠(つねとほ)(ツネトヲ)・兼康(かねやす)」とめせば、瀬尾(せのをの)(セノヲノ)太郎(たらう)・難
波(なんばの)次郎(じらう)、まいり(まゐり)【参り】たり。「あの男(をとこ)と(ッ)て庭(には)へ引(ひき)おとせ【落せ】」と
の給(たま)へば、これらはさう【左右】なくもしたてまつら【奉ら】ず。[M 畏(かしこまつ)て]、「小
松殿(こまつどの)の御気色(ごきしよく)いかが候(さうら)はんず覧(らん)」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)
相国(しやうこく)大(おほき)(ヲホキ)にいか(ッ)て、「よしよし、を[B の]れら(おのれら)【己等】は内府(だいふ)が命(めい)をばおもう【重う】
して、入道(にふだう)が仰(おほせ)をばかろう【軽う】しけるごさんなれ。其上(そのうへ)は
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ちから【力】をよば(およば)【及ば】ず」との給(たま)へば、此(この)事(こと)あしかり【悪しかり】なんとや思(おも)ひ
けん、二人(ににん)の者(もの)共(ども)たち【立ち】あが(ッ)【上がつ】て、大納言(だいなごん)を庭(には)へひき【引き】
おとし【落し】奉(たてまつ)る。其(その)時(とき)入道(にふだう)心地(ここち)よげにて、「と(ッ)てふせておめ
か(をめか)【喚か】せよ」とぞの給(たま)ひける。二人(ににん)の者共(ものども)、大納言(だいなごん)の左右(さう)
の耳(みみ)に口(くち)をあてて、「いかさまにも御声(おんこゑ)のいづべう
候(さうらふ)」とささやいてひきふせ奉(たてまつ)れば、二声(ふたこゑ)三声(みこゑ)ぞ
おめか(をめか)【喚か】れける。其(その)体(てい)冥途(めいど)にて、娑婆(しやば)世界(せかい)の罪人(ざいにん)
を、或(あるいは)業(ごふ)(ゴウ)のはかりにかけ、或(あるいは)(あるいハ)浄頗梨(じやうはり)の鏡(かがみ)にひき
むけて、罪(つみ)の軽重(きやうぢゆう)(キヤウヂウ)に任(まか)せつつ、阿防羅刹(あはうらせつ)が呵嘖(かしやく)
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すらんも、これには過(すぎ)じとぞ見(み)えし。蕭樊(せうはん)とらは
れとらはれて、韓彭(かんぽう)(カンハウ)にらぎすされたり。兆錯[B 「兆措」とあり「措」に「錯」と傍書、「ソ」「サク」両様の振り仮名あり]【*■錯】(てうそ)戮(りく)をうけて、
周儀【*周魏】(しうぎ)つみせらる。喩(たとへ)ば、蕭何(せうが)・樊噌(はんくわい)・韓信(かんしん)・彭越(はうゑつ)(ハウエツ)、是
等(これら)は高祖(かうそ)の忠臣(ちゆうしん)(チウシン)なりしか共(ども)、小人(せうじん)の讒(ざん)によ(ッ)て過
敗(くわはい)の恥(はぢ)をうく共(とも)、か様(やう)【斯様】の事(こと)をや申(まうす)べき。新(しん)大納言(だいなごん)は
我(わが)身(み)のかくなるにつけても、子息(しそく)丹波(たんば)の少将(せうしやう)成経(なりつね)
以下(いげ)、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)、いかなる目(め)にかあふらむと、おもひ【思ひ】や
るにもおぼつかなし。さばかりあつき六月(ろくぐわつ)に、装束(しやうぞく)だに
もくつろげず、あつさ【暑さ】もたへ【堪へ】がたければ、むね【胸】せき
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あぐる心地(ここち)して、汗(あせ)も涙(なみだ)もあらそひてぞながれ【流れ】ける。「さ
り共(とも)小松殿(こまつどの)は思食(おぼしめし)(ヲボシメシ)はなたじ物(もの)を」と思はれけれども、誰(たれ)
して申(まうす)べし共(とも)おぼえ【覚え】給(たま)はず。小松(こまつ)のおとどは、其(その)後(のち)遥(はるか)
に程(ほど)へて、嫡子(ちやくし)権亮少将(ごんのすけせうしやう)[B 維盛(これもり)を]車(くるま)のしりにのせ【乗せ】つつ、衛
府(ゑふ)(エフ)四五人(しごにん)、随身(ずいじん)(ズンジン)二三人(にさんにん)めし【召し】ぐし【具し】て、兵(つはもの)一人(いちにん)もめし【召し】ぐせ【具せ】
られず、殊(こと)に大様(おほやう)げでおはしたり。入道(にふだう)をはじめ奉(たてまつ)て、
人々(ひとびと)皆(みな)おもは【思は】ずげにぞ見(み)給(たま)ひける。車(くるま)よりおり
給(たま)ふ処(ところ)に、貞能(さだよし)つ(ッ)と参(まゐ)(ッ)て、「など是(これ)程(ほど)の御大事(おんだいじ)に、
軍兵共(ぐんびやうども)をばめし【召し】ぐせ【具せ】られ候(さうら)はぬぞ」と申(まう)せば、「大事(だいじ)とは
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天下(てんが)の大事(だいじ)をこそいへ。かやうの私事(わたくしごと)を大事(だいじ)と云(いふ)
様(やう)やある」との給(たま)へば、兵杖(ひやうぢやう)を帯(たい)したる者共(ものども)も、皆(みな)そ
ぞろいてぞ見(み)えける。「そも大納言(だいなごん)をばいづくにを
か(おか)【置か】れたるやらん」とて、ここかしこの障子(しやうじ)引(ひき)あけ引(ひき)あけ見(み)
給(たま)へば、ある障子(しやうじ)のうへに、蛛手(くもで)ゆう【結う】たる所(ところ)あり【有り】。ここや
らんとてあけられたれば、大納言(だいなごん)おはしけり。涙(なみだ)に
むせびうつぶして、目(め)も見(み)あはせ給(たま)はず。「いかにや」との
給(たま)へば、其(その)時(とき)みつけ【見付け】奉(たてまつ)り、うれしげにおもは【思は】れたるけし
き、地獄(ぢごく)にて罪人(ざいにん)共(ども)が地蔵菩薩(ぢざうぼさつ)を見(み)奉(たてまつ)るらんも、
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かくやとおぼえて哀(あはれ)也(なり)。「何事(なにごと)にて候(さうらふ)やらん、かかる目(め)に
あひ候(さうらふ)。さてわたらせ給(たま)へば、さり共(とも)とこそたのみま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうら)へ。平治(へいぢ)にも既(すでに)誅(ちゆう)(チウ)せらるべかりしを[M 「べきで候しが」とあり「きで候しが」をミセケチ「かりしを」と傍書]、御恩(ごおん)(ごヲン)
をも(ッ)て頸(くび)をつがれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、正二位(じやうにゐ)(ジヤウにイ)の大納言(だいなごん)にあがつ[M 「あり」とあり「り」をミセケチ「がつ」と傍書]【上がつ】
て、歳(とし)既(すでに)四十(しじふ)にあまり候(さうらふ)。御恩(ごおん)こそ生々世々(しやうじやうせせ)にも報(ほう)じ
つくしがたう候(さうら)へ。今度(こんど)も同(おなじく)はかひなき命(いのち)をたす
け【助け】させおはしませ。命(いのち)だにいき【生き】て候(さうら)はば、出家(しゆつけ)入道(にふだう)
して高野(かうや)粉河(こかは)(コカワ)に閉籠(とぢこも)り、一向(いつかう)後世(ごせ)菩提(ぼだい)の
つとめをいとなみ候(さうら)はん」と申(まう)されければ、[M さは候(さうらふ)共(とも)、]
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[B 大臣(おとど)、「誠(まこと)にさこそはおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ。さ候(さうら)へばとて、」御命(おんいのち)うしなひ【失ひ】奉(たてまつ)るまではよも候(さうら)はじ。縦(たとひ)さは候(さうらふ)共(とも)、重盛(しげもり)
かうて候(さうら)へば、御命(おんいのち)にもかはり奉(たてまつ)るべし]とて出(いで)られけり。
父(ちち)の禅門(ぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「あの成親卿(なりちかのきやう)うしなは【失は】れん
事(こと)、よくよく御(おん)ぱからひ候(さうらふ)べし。先祖(せんぞ)修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)、
白河院(しらかはのゐん)にめし【召し】つかは【使は】れてよりこのかた、家(いへ)に其(その)例(れい)なき
正二位(じやうにゐ)の大納言(だいなごん)にあが(ッ)【上がつ】て、当時(たうじ)君(きみ)無双(ぶさう)の御(おん)いとをし
み(いとほしみ)なり。やがて首(かうべ)をはねられん事(こと)、いかが候(さうらふ)べからん。
都(みやこ)の外(ほか)へ出(いだ)されたらんに事(こと)たり候(さうらひ)なん。北野[B ノ]天神(きたののてんじん)
は時平(しへい)のおとどの讒奏(ざんそう)にてうき名(な)を西海(さいかい)の浪(なみ)に
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ながし、西宮(にしのみや)の大臣(おとど)は多田(ただ)の満仲(まんぢゆう)(マンヂウ)が讒言(ざんげん)にて恨(うらみ)を
山陽(せんやう)の雲(くも)によす。おのおの【各々】無実(むじつ)なりしか共(ども)、流罪(るざい)せ
られ給(たま)ひにき。これ皆(みな)延喜(えんぎ)(ヱンギ)の聖代(せいたい)、安和(あんわ)の御門(みかど)
の御(おん)ひが事(こと)【僻事】とぞ申(まうし)伝(つたへ)たる。上古(しやうこ)猶(なほ)かくのごとし、況(いはん)(イワン)
哉(や)末代(まつだい)にをいて(おいて)をや。賢王(けんわう)猶(なほ)御(おん)あやまりあり【有り】、況(いはん)(イワン)や
凡人(ぼんにん)にをいて(おいて)をや。既(すでに)めし【召し】をか(おか)【置か】れぬる上(うへ)は、いそぎう
しなは【失は】れず共(とも)、なんのくるしみか候(さうらふ)べき。「刑(けい)の疑(うたが)はし
きをばかろんぜよ。功(こう)の疑(うたが)はしきをばおもんぜよ【重んぜよ】」と
こそみえ【見え】て候(さうら)へ。事(こと)あたらしく候(さうら)へども、重盛(しげもり)彼(かの)大納言(だいなごん)
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が妹(いもうと)(イモト)に相(あひ)ぐして候(さうらふ)。維盛(これもり)又(また)聟(むこ)なり。か様(やう)【斯様】にしたしくな(ッ)【成つ】
て候(さうら)へば申(まうす)とや、おぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らん。其(その)儀(ぎ)では候(さうら)はず。世(よ)
のため、君(きみ)のため、家(いへ)のための事(こと)をも(ッ)て申(まうし)候(さうらふ)。一(ひと)と
せ、故(こ)少納言(せうなごんの)入道(にふだう)信西(しんせい)が執権(しつけん)の時(とき)にあひ【相】あた(ッ)て、
我(わが)朝(てう)には嵯峨皇帝(さがのくわうてい)の御時(おんとき)、右兵衛督(うひやうゑのかみ)(うひやうエノカミ)藤原仲
成(ふぢはらのなかなり)(フヂワラノナカナリ)を誅(ちゆう)(チウ)せられてよりこのかた、保元(ほうげん)までは君(きみ)廿五代(にじふごだい)
の間(あひだ)行(おこなは)(ヲコナハ)れざりし死罪(しざい)をはじめてとり行(おこな)ひ、宇治(うぢ)
の悪左府(あくさふ)の死骸(しがい)をほりおこいて実験【*実検】(じつけん)せられし
事(こと)な(ン)ど(など)は、あまりなる御政(おんまつりごと)とこそおぼえ【覚え】候(さうらひ)しか。されば
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いにしへの人々(ひとびと)も、「死罪(しざい)をおこなへば海内(かいだい)に謀反(むほん)の輩(ともがら)
たえ【絶え】ず」とこそ申伝(まうしつたへ)て候(さうら)へ。此(この)詞(ことば)について、中(なか)二年(にねん)あ(ッ)て、
平治(へいぢ)に又(また)信西(しんせい)がうづま【埋ま】れたりしをほり出(いだ)し、首(かうべ)をは
ね【刎ね】て大路(おほち)(ヲホチ)をわたされ候(さうらひ)にき。保元(ほうげん)に申行(まうしおこな)(まうしヲコナ)ひし事(こと)、
幾程(いくほど)もなく身(み)の上(うへ)にむかはり【向はり】にきとおもへ【思へ】ば、おそ
ろしう【恐ろしう】こそ候(さうらひ)しか。是(これ)はさせる朝敵(てうてき)にもあらず。かたがた
おそれ【恐れ】ある【有る】べし。御栄花(ごえいぐわ)残(のこ)る所(ところ)なければ、おぼしめす【思し召す】
事(こと)ある【有る】まじけれ共(ども)、子々孫々(ししそんぞん)までも繁昌(はんじやう)こそあら
まほしう候(さうら)へ。父祖(ふそ)の善悪(ぜんあく)は必(かならず)子孫(しそん)に及(およぶ)(ヲヨブ)と見(み)えて候(さうらふ)。
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積善(しやくぜん)の家(いへ)に余慶(よけい)あり【有り】、積悪(せきあく)の門(かど)に余殃(よわう)とどまる
とこそ承(うけたま)はれ。いかさまにも今夜(こよひ)首(かうべ)をはね【刎ね】られんこ
と【事】、しかる【然る】べうも候(さうら)はず」と申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)げに
もとやおもは【思は】れけん、死罪(しざい)はおもひ【思ひ】とどまり給(たま)ひぬ。其(その)
後(のち)おとど中門(ちゆうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)にの給(たま)ひけるは、「仰(おほせ)なれ
ばとて、大納言(だいなごん)左右(さう)なう失(うしな)ふ事(こと)ある【有る】べからず。入道(にふだう)
腹(はら)のたちのままに、もの【物】さはがしき(さわがしき)【騒がしき】事(こと)し給(たま)ひては、
後(のち)に必(かならず)くやしみ給(たま)ふべし。僻事(ひがこと)してわれうらむ【恨む】
な」との給(たま)へば、兵共(つはものども)(ツワモノども)皆(みな)舌(した)をふ(ッ)ておそれ【恐れ】おののく(をののく)。「さて
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も経遠(つねとほ)(ツネトヲ)・兼康(かねやす)がけさ大納言(だいなごん)に情(なさけ)なうあたりける
事(こと)、返々(かへすがへす)も奇怪(きつくわい)(キクワイ)也(なり)。重盛(しげもり)がかへり聞(きか)ん所(ところ)をば、などかははば
からざるべき。片田舎(かたゐなか)(かたイナカ)の者(もの)共(ども)はかかるぞとよ」との給(たま)へ
ば、難波(なんば)も瀬尾(せのを)(セノヲ)もともにおそれ【恐れ】入(いり)たりけり。おとどはか
様(やう)【斯様】にの給(たま)ひて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。さる程(ほど)に、大
納言(だいなごん)のとも【供】なりつる侍共(さぶらひども)(サブライども)、中御門(なかのみかど)烏丸(からすまる)の宿所(しゆくしよ)へはし
り【走り】帰(かへり)て、此(この)由(よし)申(まう)せば、北方(きたのかた)以下(いげ)の女房達(にようばうたち)、声(こゑ)もおし
ま(をしま)【惜しま】ずなき【泣き】さけぶ【叫ぶ】。「既(すでに)武士(ぶし)のむかひ【向ひ】候(さうらふ)。少将殿(せうしやうどの)をはじ
め【始め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、君達(きんだち)も皆(みな)とられさせ給(たま)ふべしと
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こそ聞(きこ)え候(さうら)へ。いそぎ【急ぎ】いづ方(かた)へもしのば【忍ば】せ給(たま)へ」と申(まうし)けれ
ば、「今(いま)は是程(これほど)の身(み)にな(ッ)【成つ】て、残(のこ)りとどまる身(み)とても、安
穏(あんをん)にて何(なに)にかはせん。ただ【只】同(おな)じ一夜(ひとよ)の露(つゆ)ともきえん
事(こと)こそ本意(ほんい)なれ。さても今朝(けさ)をかぎりとしら【知ら】ざ
りけるかなしさよ」とて、ふしまろびてぞなか【泣か】れけ
る。既(すでに)武士共(ぶしども)のちかづく【近付く】よし【由】聞(きこ)えしかば、かくて又(また)はぢ【恥】
がましく、うたてき目(め)を見(み)んもさすがなればとて、
十(とを)になり【成り】給(たま)ふ女子(によし)、八歳[B ノ](はつさいの)男子(なんし)、車(くるま)にとり【取り】のせ【乗せ】、いづ
くをさすともなくやり【遣り】出(いだ)す。さてもある【有る】べきならねば、
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大宮(おほみや)をのぼりに、北山(きたやま)の辺(へん)雲林院(うんりんゐん)(ウンリンイン)へぞおはしける。
其(その)辺(へん)なる僧坊(そうばう)におろしをき(おき)奉(たてまつ)て、をくり(おくり)【送り】の者(もの)ど
も【共】も、身々(みみ)の捨(すて)がたさにいとま申(まうし)て帰(かへり)けり。今(いま)はいと
けなきおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)ばかりのこり【残り】ゐて、又(また)こと【事】とふ
人(ひと)もなくしておはしけむ北方(きたのかた)の心(こころ)のうち、おしは
から【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。暮行(くれゆく)陰(かげ)[B 「陰」に「景」と傍書]を見(み)給(たま)ふにつけては、大
納言(だいなごん)の露(つゆ)の命(いのち)、此(この)夕(ゆふべ)(ユウベ)をかぎりなりとおもひ【思ひ】やるに
も、きえぬべし。[B 宿所(しゆくしよ)には]女房(にようばう)侍(さぶらひ)おほかり【多かり】けれ共(ども)、物(もの)をだにと
りしたためず、門(かど)をだにおし【押し】も立(たて)ず。馬(むま)どもは厩(むまや)に
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なみ【並み】たちたれ共(ども)、草(くさ)かふ【飼ふ】者(もの)一人(いちにん)もなし。夜(よ)明(あく)れば、馬(むま)・車(くるま)
門(かど)にたちなみ、賓客(ひんかく)座(ざ)につらな(ッ)て、あそびたはぶれ、
舞(まひ)おどり(をどり)【踊り】、世(よ)を世(よ)とも思(おも)ひ給(たま)はず、ちかき【近き】あたりの
人(ひと)は物(もの)をだにたかく【高く】いはず、おぢおそれ【恐れ】てこそ昨日(きのふ)
までもあり【有り】しに、夜(よ)の間(ま)にかはるありさま、盛者必
衰(じやうしやひつすい)の理(ことわり)(コトハリ)は目(め)の前(まへ)にこそ顕(あらはれ)けれ。楽(たのしみ)つきて悲(かなしみ)来(きた)
るとかかれたる江相公(がうしやうこう)の筆(ふで)の跡(あと)、今(いま)こそ思(おもひ)しら
  『少将(せうしやう)乞請(こひうけ)』S0205
れけれ。○丹波少将(たんばのせうしよう)(たんハノせうしよう)成経(なりつね)は、其(その)夜(よ)しも院(ゐん)の御所(ごしよ)法
住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ほふヂウジどの)にうへぶし【上臥し】して、いまだ出(いで)られざりけるに、
P02060
大納言(だいなごん)の侍共(さぶらひども)、いそぎ御所(ごしよ)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、少将殿(せうしやうどの)[B を]よび
出(いだ)し奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうす)に、「などや宰相(さいしやう)の許(もと)より、今(いま)まで
しらせざるらん」との給(たま)ひも[B 「の給ひし」とあり「し」に「も」と傍書]はてねば、宰相殿(さいしやうどの)より
とて使(つかひ)あり【有り】。此(この)宰相(さいしやう)と申(まうす)は、入道(にふだう)相国(しやうこく)の弟(おとと)(ヲトト)也(なり)。宿
所(しゆくしよ)は六波羅(ろくはら)の惣門(そうもん)の内(うち)なれば、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)とぞ
申(まうし)ける。丹波(たんばの)少将(せうしやう)にはしうと【舅】也(なり)。「何事(なにごと)にて候(さうらふ)やらん、
入道(にふだう)相国(しやうこく)のき(ッ)と西八条(にしはつでう)へ具(ぐ)し奉(たてまつ)れと候(さうらふ)」といは
せられたりければ、少将(せうしやう)此(この)事(こと)心得(こころえ)て、近習(きんじゆ)の女房
達(にようばうたち)よび出(いだ)し奉(たてまつ)り、「夜部(よべ)何(なに)となう世(よ)の物(もの)さはがしう(さわがしう)【騒がしう】
P02061
候(さうらひ)しを、例(れい)の山法師(やまぼふし)(ヤマボウシ)の下(くだ)るかな(ン)ど(など)、よそにおもひ【思ひ】て候(さうら)へ
ば、はや成経(なりつね)が身(み)の上(うへ)にて候(さうらひ)けり。大納言(だいなごん)よさりき
らるべう候(さうらふ)なれば、成経(なりつね)も同(おなじ)(ヲナジ)罪(つみ)にてこそ候(さうら)はんずら
め。今(いま)一度(いちど)御前(ごぜん)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、君(きみ)をも見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たう候(さうら)へ
共(ども)、既(すでに)かかる身(み)に罷(まかり)な(ッ)【成つ】て候(さうら)へば、憚存(はばかりぞんじ)候(さうらふ)」とぞ申(まう)され
ける。女房達(にようばうたち)御前(ごぜん)ヘまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)奏(そう)せられけれ
ば、法皇(ほふわう)大(おほき)におどろかせ給(たまひ)て、「さればこそ。けさの
入道(にふだう)相国(しやうこく)が使(つかひ)にはや御心得(おんこころえ)あり【有り】。あは、これらが内々(ないない)
はかりし事(こと)のもれ【漏れ】にけるよ」とおぼしめす【思し召す】にあさ
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まし。「さるにてもこれへ」と御気色(ごきしよく)あり【有り】ければ、まいら(まゐら)【参ら】
れたり。法皇(ほふわう)(ホウワウ)も御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ひて、仰下(おほせくだ)(ヲホセクダ)さる
る旨(むね)もなし。少将(せうしやう)も涙(なみだ)に咽(むせん)で、申(まうし)あぐる旨(むね)もなし。
良(やや)有(あり)て、さてもある【有る】べきならねば、少将(せうしやう)袖(そで)をかほに
おし【押し】あてて、泣(なく)なく罷出(まかりいで)られけり。法皇(ほふわう)はうしろを
遥(はるか)に御覧(ごらん)じをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひて、「末代(まつだい)こそ心(こころ)うけれ。
これかぎりで又(また)御覧(ごらん)ぜぬ事(こと)もやあらんずらん」
とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。院中(ゐんぢゆう)(インヂウ)の
人々(ひとびと)、少将(せうしやう)の袖(そで)をひかへ、袂(たもと)にすが(ッ)て名残(なごり)ををし
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み【惜しみ】、涙(なみだ)をながさぬはなかりけり。しうとの宰相(さいしやう)の許(もと)
へ出(いで)られたれば、北方(きたのかた)はちかう産(さん)すべき人(ひと)にておは
しけるが、今朝(けさ)より此(この)歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)も
たえ【絶え】入(いる)心地(ここち)ぞせられける。少将(せうしやう)御所(ごしよ)を罷(まかり)出(い)づるより、
ながるる涙(なみだ)つきせぬに、北方(きたのかた)のあり様(さま)【有様】を見(み)給(たま)ひ
ては、いとどせんかたなげにぞ見(み)えられける。少将(せうしやう)〔の〕
めのとに、六条(ろくでう)と云(いふ)女房(にようばう)あり。「御(おん)ち【乳】にまいり(まゐり)【参り】はじめ
さぶらひて、君(きみ)をち【血】のなかよりいだきあげま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】、月日(つきひ)の重(かさなる)にしたがひ【従ひ】て、我(わが)身(み)の年(とし)のゆく
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事(こと)をば歎(なげか)ずして、君(きみ)のおとなしうならせ給(たま)ふ事(こと)
をのみうれしうおもひ【思ひ】奉(たてまつ)り、あからさまとはおもへ【思へ】共(ども)、
既(すでに)廿一(にじふいち)年(ねん)はなれ【離れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ず。院(ゐん)内(うち)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ
て、遅(おそ)う出(いで)させ給(たま)ふだにも、おぼつかなう思(おも)ひまい
らする(まゐらする)【参らする】に、いかなる御目(おんめ)にかあはせ給(たま)はんずらん」と
なく【泣く】。少将(せうしやう)「いたうななげい【歎い】そ。宰相(さいしやう)さておはす
れば、命(いのち)ばかりはさり共(とも)こひ【乞ひ】うけ【請け】給(たま)はんずらん」と
なぐさめ給(たま)へども【共】、人目(ひとめ)もしら【知ら】ずなきもだへ(もだえ)【悶え】けり。
西八条(にしはつでう)より使(つかひ)しきなみにあり【有り】ければ、宰相(さいしやう)
P02065
「ゆきむかう【向う】てこそ、ともかうもならめ」とて出(いで)給(たま)へば、
少将(せうしやう)も宰相(さいしやう)の車(くるま)のしりにの(ッ)てぞ出(いで)られける。
保元(ほうげん)平治(へいぢ)よりこのかた、平家(へいけ)の人々(ひとびと)楽(たのし)み栄(さか)
へ(さかえ)のみあ(ッ)て、愁(うれ)へ歎(なげき)はなかりしに、此(この)宰相(さいしやう)ばかりこ
そ、よしなき聟(むこ)ゆへ(ゆゑ)【故】にかかる歎(なげき)をばせられけれ。
西八条(にしはつでう)ちかうな(ッ)て車(くるま)をとどめ【留め】、まづ案内(あんない)を申
入(まうしいれ)られければ、太政(だいじやう)入道(にふだう)「丹波(たんばの)少将(せうしやう)をば、此(この)内(うち)へ
はいれ【入れ】らるべからず」との給(たま)ふ間(あひだ)、其(その)辺(へん)ちかき【近き】侍(さぶらひ)の
家(いへ)におろしをき(おき)つつ、宰相(さいしやう)ばかりぞ門(かど)のうち【内】へは
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入(いり)給(たま)ふ。少将(せうしやう)をば、いつしか兵共(つはものども)うち【打ち】かこん【囲ん】で、守護(しゆご)
し奉(たてまつ)る。たのま【頼ま】れたりつる宰相殿(さいしやうどの)にははなれ【離れ】給(たま)
ひぬ。少将(せうしやう)の心(こころ)のうち、さこそは便(たより)なかりけめ。宰相(さいしやう)
中門(ちゆうもん)に居(ゐ)給(たま)ひたれば、入道(にふだう)対面(たいめん)もし給(たま)はず、源(げん)
大夫(だいふ)(ダイウ)判官(はんぐわん)(ハウグワン)季貞(すゑさだ)(スエサダ)をも(ッ)て申入(まうしいれ)られけるは、「[B 教盛(のりもり)こそ、]よし【由】な
き者(もの)にしたしうな(ッ)【成つ】て、返々(かへすがへす)くやしう候(さうら)へども、かひも
候(さうら)はず。あひ【相】ぐし【具し】させて候(さうらふ)ものが、此(この)程(ほど)なやむ事(こと)の候(さうらふ)
なるが、けさよりこの【此の】歎(なげき)をうちそへては、既(すでに)命(いのち)もた
え【絶え】なんず。何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき。少将(せうしやう)をばしばら
P02067
く教盛(のりもり)に預(あづけ)させおはしませ。教盛(のりもり)かうて候(さうら)へば、なじか
はひが事(こと)せさせ候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、季貞(すゑさだ)
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)申(まうす)。[B 入道(にふだう)、]「あはれ、例(れい)の宰相(さいしやう)が、物(もの)に心(こころ)えぬ」と
て、とみに返事(へんじ)もし給(たま)はず。ややあ(ッ)【有つ】て、入道(にふだう)の
給(たま)ひけるは、「新(しん)大納言(だいなごん)成親(なりちか)、此(この)一門(いちもん)をほろぼして、
天下(てんが)を乱(みだ)らむとする企(くはたて)あり【有り】。この【此の】少将(せうしやう)は既(すでに)彼(かの)
大納言(だいなごん)が嫡子(ちやくし)也(なり)。うとうもあれしたしうもあれ、ゑ(え)
こそ申宥(まうしなだ)むまじけれ。若(もし)此(この)謀反(むほん)とげましかば、
御(ご)へん【御辺】とてもおだしう【穏しう】やおはすべきと申(まう)せ」とこ
P02068
その給(たま)ひけれ。季貞(すゑさだ)(スエサダ)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、此(この)由(よし)宰相(さいしやう)に申(まうし)
ければ、誠(まことに)ほい【本意】な【無】げ[B に]て、重(かさね)て申(まう)されけるは、「保元(ほうげん)
平治(へいぢ)よりこのかた、度々(どど)の合戦(かつせん)にも、御命(おんいのち)にかは
りまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそ存(ぞんじ)候(さうら)へ。此(この)後(のち)も荒(あら)(アラキ)き風(かぜ)をば
まづふせき【防き】まいら(まゐら)【参ら】せ候(さうら)はんずるに、たとひ教盛(のりもり)こ
そ年老(としおい)て候(さうらふ)共(とも)、わかき子共(こども)あまた候(さうら)へば、一方(いつぱう)の御
固(おんかため)にはなどかなら【成ら】で候(さうらふ)べき。それに成経(なりつね)しばらくあづ
からうど申(まうす)を御(おん)ゆるされ【許され】なきは、教盛(のりもり)を一向(いつかう)ふた
心(ごころ)【二心】ある者(もの)とおぼしめす【思し召す】にこそ。是(これ)程(ほど)うしろめ
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たうおもは【思は】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ては、世(よ)にあ(ッ)ても何(なに)にかはし候(さうらふ)べ
き。今(いま)はただ身(み)のいとまを給(たまは)(ッ)て、出家(しゆつけ)入道(にふだう)し、片
山里(かたやまざと)にこもり居(ゐ)て、一(ひと)すぢに後世(ごせ)菩提(ぼだい)のつと
めを営(いとな)み候(さうら)はん。よし【由】なき浮世(うきよ)のまじはり也(なり)。世(よ)にあ
ればこそ望(のぞみ)もあれ、望(のぞみ)のかなは【叶は】ねばこそ恨(うらみ)もあれ。
しかじ、うき世(よ)をいとひ、実(まこと)のみち【道】に入(いり)なんには」と
ぞの給(たま)ひける。季貞(すゑさだ)(スエサダ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「宰相殿(さいしやうどの)ははやおぼ
しめし【思し召し】き(ッ)て候(さうらふ)。ともかうもよき様(やう)に御(おん)ぱからひ
候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、其(その)時(とき)入道(にふだう)大(おほき)におどろゐ(おどろい)【驚い】て、「されば
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とて出家(しゆつけ)入道(にふだう)まではあまりにけしからず。其(その)儀(ぎ)
ならば、少将(せうしやう)をばしばらく御辺(ごへん)に預(あづけ)奉(たてまつ)ると云(いふ)べし」
とこその給(たま)ひけれ。季貞(すゑさだ)(スエサダ)帰(かへり)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、宰相(さいしやう)[B 殿(どの)イ]に此(この)
よし【由】申(まう)せば、「あはれ、人(ひと)の子(こ)をば持(もつ)まじかりける
もの【物】かな。我(わが)子(こ)の縁(えん)にむすぼほれざらむには、
是(これ)程(ほど)心(こころ)をばくだかじ物(もの)を」とて出(いで)られけり。少
将(せうしやう)まち【待ち】うけ奉(たてまつり)て、「さていかが候(さうらひ)つる」と申(まう)されければ、
「入道(にふだう)あまりに腹(はら)をたてて、教盛(のりもり)には終(つひ)に対面(たいめん)も
し給(たま)はず。かなふ【叶ふ】まじき由(よし)頻(しきり)にの給(たま)ひつれ共(ども)、出
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家(しゆつけ)入道(にふだう)まで申(まうし)たればにやらん、しばらく宿所(しゆくしよ)に
をき(おき)奉(たてまつ)れとの給(たま)ひつれ共(ども)、始終(しじゆう)(シジウ)よかるべしと
もおぼえず」。少将(せうしやう)「さ候(さうら)へばこそ、成経(なりつね)は御恩(ごおん)(ごヲン)をも(ッ)て
しばしの命(いのち)ものび候(さうら)はんずるにこそ。其(それ)につき候(さうらひ)ては、
大納言(だいなごん)が事(こと)をばいかがきこしめさ【聞し召さ】れ候(さうらふ)」。「それまではお
もひ【思ひ】もよらず」との給(たま)へば、其(その)時(とき)涙(なみだ)をはらはらとなが
い【流い】て、「誠(まこと)に御恩(ごおん)をも(ッ)てしばしの命(いのち)もいき【生き】候(さうら)はんず
る事(こと)は、しかる【然る】べう候(さうら)へ共(ども)、命(いのち)のおしう(をしう)【惜しう】候(さうらふ)も、ちち【父】を今(いま)
一度(いちど)(いちド)見(み)ばやとおもふ【思ふ】ため【為】也(なり)。大納言(だいなごん)がきられ候(さうら)はん
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にをいて(おいて)は、成経(なりつね)とてもかひなき命(いのち)をいきて何(なに)に
かはし候(さうらふ)べき。ただ一所(いつしよ)でいかにもなる様(やう)に申(まうし)てた
ばせ給(たま)ふべうや候(さうらふ)らん」と申(まう)されければ、宰相(さいしやう)よに
も心(こころ)くるしげ【苦し気】にて、「いさとよ。御辺(ごへん)の事(こと)をこそと
かう申(まうし)つれ。それまではおもひ【思ひ】もよらねども【共】、大
納言殿(だいなごんどの)の御事(おんこと)をば、今朝(けさ)内(うち)のおとどのやうやう
に申(まう)されければ、それもしばしは心安(こころやす)いやうにこ
そ承(うけたま)はれ」との給(たま)へば、少将(せうしやう)泣々(なくなく)手(て)を合(あはせ)てぞ
悦(よろこ)ばれける。子(こ)ならざらむ者(もの)は、誰(たれ)かただ今(いま)【只今】我(わが)
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身(み)の上(うへ)をさしをひ(おい)【置い】て、是(これ)ほどまでは悦(よろこぶ)べき。まこ
と【誠】の契(ちぎり)はおや子(こ)【親子】のなか【中】にぞあり【有り】ける。子(こ)をば
人(ひと)のもつべかりける物(もの)哉(かな)とぞ、やがて思(おも)ひ返(かへ)され
ける。さて今朝(けさ)のごとくに同車(どうしや)[* 「同」に清点、「車」に濁点あり。]して帰(かへ)られけり。
宿所(しゆくしよ)には女房達(にようばうたち)、しん【死ん】だる人(ひと)のいきかへりたる
心(こころ)して、さしつどひ【集ひ】て皆(みな)悦(よろこび)なき【悦泣】共(ども)せられけり。
  『教訓状(けうくんじやう)』S0206
○太政入道(だいじやうのにふだう)(だいジヤウのにふダウ)は、か様(やう)【斯様】に人々(ひとびと)あまた警(いましめ)をい(おい)ても、なを(なほ)【猶】
心(こころ)ゆかずやおもは【思は】れけん、既(すでに)赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)
に、黒糸威(くろいとをどし)(クロイトヲドシ)の腹巻(はらまき)の白(しろ)かな物(もの)う(ッ)たるむな板(いた)せめ
P02074
て、先年(せんねん)安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、神拝(じんばい)の次(ついで)(ツイデ)に、霊夢(れいむ)
を蒙(かうぶり)て、厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)よりうつつ【現】に給(たま)はられ
たりし銀(しろかね)のひるまき【蛭巻】したる小長刀(こなぎなた)、常(つね)の枕(まくら)を
はなたず立(たて)られたりしを脇(わき)ばさみ【鋏み】、中門(ちゆうもん)(チウもん)の廊(らう)
へぞ出(いで)られける。そのきそく【気色】大方(おほかた)ゆゆしうぞみ
え【見え】し。貞能(さだよし)をめす。筑後守(ちくごのかみ)貞能(さだよし)、木蘭地(むくらんぢ)の直
垂(ひたたれ)にひおどし(ひをどし)の鎧(よろひ)きて、御(おん)まへ【前】に畏(かしこまつ)て[B ぞ]候(さうらひ)[B ける]。ややあ(ッ)て
入道(にふだう)の給(たま)ひけるは、「貞能(さだよし)、此(この)事(こと)いかが思(おも)ふ。保元(ほうげん)
に平(へい)〔右〕馬助(むまのすけ)をはじめとして、一門(いちもん)半(なかば)過(すぎ)て新院(しんゐん)
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のみかた【御方】へ[B 「へ」に「に」と傍書]まいり(まゐり)【参り】にき。一宮(いちのみや)の御事(おんこと)は、故(こ)刑部卿
殿(ぎやうぶきやうのとの)の養君(やうくん)にてましまいしかば、かたがたみ【見】はなち【放ち】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】がたか(ッ)しか共(ども)、故院(こゐん)の御遺誡(ごゆいかい)に任(まかせ)て、み
かた【御方】にて先(さき)をかけ【駆け】たりき。是(これ)一(ひとつ)の奉公(ほうこう)(ホウコウ)也(なり)。次(つぎに)平
治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、信頼(のぶより)・義朝(よしとも)が院(ゐん)(イン)内(うち)をとり奉(たてまつ)り、
大内(おほうち)にたてごもり、天下(てんが)くらやみとな(ッ)【成つ】たりしに、入
道(にふだう)身(み)を捨(すて)て凶徒(きようど)(ケウド)を追落(おひおと)(ヲイヲト)し、経宗(つねむね)・惟方(これかた)をめし【召し】
警(いましめ)しに至(いた)るまで、既(すでに)君(きみ)の御(おん)ため【為】に命(いのち)をうしな
は【失は】んとする事(こと)、度々(どど)に及(およ)(ヲヨ)ぶ。縦(たとひ)人(ひと)なんと申(まうす)共(とも)、七代(しちだい)
P02076
までは此(この)一門(いちもん)をば争(いかで)か捨(すて)させ給(たま)ふべき。それに、成親(なりちか)
と云(いふ)無用(むよう)のいたづら者(もの)、西光(さいくわう)(サイクワウ)と云(いふ)下賎(げせん)の不当人(ふたうじん)め
が申(まうす)事(こと)につかせ給(たま)ひて、この【此の】一門(いちもん)亡(ほろぼ)すべき由(よし)、法皇(ほふわう)
の御結構(ごけつこう)こそ遺恨(ゐこん)(イコン)の次第(しだい)なれ。此(この)後(のち)も讒奏(ざんそう)
する者(もの)あらば、当家(たうけ)追討(ついたう)の院宣(ゐんぜん)(インゼン)下(くだ)されつと覚(おぼゆ)
るぞ。朝敵(てうてき)とな(ッ)【成つ】てはいかにくゆとも【共】益(えき)ある【有る】まじ。世(よ)
をしづめん程(ほど)、法皇(ほふわう)(ホウワウ)を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし奉(たてまつ)る
か、しから【然ら】ずは、是(これ)へまれ御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思(おも)ふ
はいかに。其(その)儀(ぎ)ならば、北面(ほくめん)の輩(ともがら)、矢(や)をも一(ひとつ)い【射】て(ン)ず[B ら]ん。
P02077
侍共(さぶらひども)(サブライども)に其(その)用意(ようい)せよと触(ふる)べし。大方(おほかた)(ヲホかた)は入道(にふだう)、院(ゐん)(イン)がたの
奉公(ほうこう)おもひ【思ひ】き(ッ)たり。馬(むま)に鞍(くら)をか(おか)【置か】せよ。きせなが【着背長】とり【取り】
出(いだ)せ」とぞの給(たま)ひける。主馬(しゆめの)判官(はんぐわん)(ハングワン)盛国(もりくに)、いそぎ小松
殿(こまつどの)へ馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「世(よ)は既(すでに)かう候(ざうらふ)」と申(まうし)ければ、おとど聞(きき)
もあへず、「あははや、成親卿(なりちかのきやう)が首(かうべ)をはね【刎ね】られたる
な」との給(たま)へば、「さは候(さうら)はね共(ども)、入道殿(にふだうどの)きせながめさ【召さ】れ
候(さうらふ)。侍共(さぶらひども)皆(みな)う(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て、只今(ただいま)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)へよせんと出(いで)たち
候(さうらふ)。法皇(ほふわう)をば鳥羽殿(とばどの)へおし【押し】こめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど候(さうらふ)が、内々(ないない)は
鎮西(ちんぜい)のかた【方】へながしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】うど擬(ぎ)せられ候(さうらふ)」と申(まうし)
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ければ、おとど争(いかで)かさる事(こと)ある【有る】べきとおもへ【思へ】共(ども)、今朝(けさ)の
禅門(ぜんもん)のきそく【気色】、さる物(もの)ぐるはしき事(こと)もある【有る】らむ
とて、車(くるま)をとばして西八条(にしはつでう)へぞおはしたる。門前(もんぜん)にて
車(くるま)よりおり、門(もん)の内(うち)へさし入(いり)て見(み)給(たま)へば、入道(にふだう)腹
巻(はらまき)をき給(たま)ふ上(うへ)は、一門(いちもん)の卿相(けいしやう)雲客(うんかく)数十人(すじふにん)(スじふにん)、お
のおの【各々】色々(いろいろ)の直垂(ひたたれ)に思(おも)ひ思(おも)ひの鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、中門(ちゆうもん)の
廊(らう)に二行(にぎやう)(ニゲウ)に着座(ちやくざ)せられたり。其(その)外(ほか)諸国(しよこく)の受
領(じゆりやう)・衛府(ゑふ)(ゑウ)・諸司(しよし)な(ン)ど(など)は、縁(えん)に居(ゐ)こぼれ、庭(には)にもひしと
なみ居(ゐ)たり。旗(はた)ざほ(ざを)共(ども)ひきそばめひきそばめ、馬(むま)の腹帯(はるび)
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をかため、甲(かぶと)の緒(を)(ヲ)をしめ、只今(ただいま)皆(みな)う(ッ)【打つ】たた【立た】んずるけし
きども【気色共】なるに、小松殿(こまつどの)烏帽子(えぼし)(エボシ)直衣(なほし)に、大文(だいもん)の指
貫(さしぬき)そばと(ッ)て、ざやめき入(いり)給(たま)へば、事(こと)の外(ほか)にぞみえ【見え】
られける。入道(にふだう)ふし目(め)【伏目】にな(ッ)て、あはれ、例(れい)の内府(だいふ)が
世(よ)をへうする様(やう)にふるまう(ふるまふ)【振舞ふ】、大(おほい)に諫(いさめ)ばやとこそおも
は【思は】れけめども、さすが子(こ)ながらも、内(うち)には五戒(ごかい)をたも(ッ)て
慈悲(じひ)を先(さき)とし、外(ほか)には五常(ごじやう)をみだらず、礼義(れいぎ)をただ
しうし給(たま)ふ人(ひと)なれば、あのすがたに腹巻(はらまき)をきて向(むか)
はむ事(こと)、おもばゆう【面映う】はづかしうやおもは【思は】れけむ、障子(しやうじ)
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をすこし【少し】引(ひき)たてて、素絹(そけん)の衣(ころも)を腹巻(はらまき)の上(うへ)にあは
てぎ(あわてぎ)【慌着】にき【着】給(たま)ひたりけるが、むないたの金物(かなもの)のす
こし【少し】はづれて見(み)えけるを、かくさ【隠さ】うど、頻(しきり)に衣(ころも)の
むねを引(ひき)ちがへ引(ひき)ちがへぞし給(たま)ひける。おとどは舎弟(しやてい)
宗盛卿(むねもりのきやう)の座上(ざしやう)につき給(たま)ふ。入道(にふだう)もの給(たま)ひいだす【出だす】
旨(むね)もなし。おとども申(まうし)いださ【出ださ】るる事(こと)もなし。良(やや)あ(ッ)て入
道(にふだう)の給(たま)ひけるは、「成親卿(なりちかのきやう)が謀反(むほん)は事(こと)の数(かず)にもあら
ず。一向(いつかう)法皇(ほふわう)の御結構(ごけつこう)にてあり【有り】けるぞや。世(よ)をし
づめん程(ほど)、法皇(ほふわう)を鳥羽(とば)の北殿(きたどの)へうつし奉(たてまつ)るか、しから【然ら】
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ずは是(これ)へまれ御幸(ごかう)をなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思(おも)ふはいかに」と
の給(たま)へ【宣へ】ば、おとどきき【聞き】もあへずはらはらとぞなかれ
ける。入道(にふだう)「いかにいかに」とあきれ給(たま)ふ。おとど涙(なみだ)をおさへ【抑へ】
て申(まう)されけるは、「此(この)仰(おほせ)承(うけたまはり)候(さうらふ)に、御運(ごうん)ははや末(すゑ)(スエ)になり【成り】ぬ
と覚(おぼえ)候(さうらふ)。人(ひと)の運命(うんめい)の傾(かたぶ)かんとては、必(かならず)悪事(あくじ)をお
もひ【思ひ】たち【立ち】候(さうらふ)也(なり)。又(また)御(おん)ありさま、更(さらに)うつつ共(とも)おぼえ【覚え】候(さうら)は
ず。さすが我(わが)朝(てう)は辺地[B 「地」に「里イ」と傍書](へんぢ)粟散(そくさん)の境(さかひ)(サカイ)と申(まうし)ながら、天
照大神(てんせうだいじん)の御子孫(ごしそん)、国(くに)のあるじとして、天(あま)の児屋根(こやね)
の尊(みこと)の御(おん)すゑ【末】、朝(てう)の政(まつりごと)をつかさどり給(たま)ひしより
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このかた【以来】、太政(だいじやう)大臣(だいじん)の官(くわん)に至(いた)る人(ひと)の甲冑(かつちう)をよろ
ふ事(こと)、礼義(れいぎ)を背(そむく)にあらずや。就中(なかんづく)御出家(ごしゆつけ)の御
身(おんみ)なり。夫(それ)三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)、解脱(げだつ)幢相(どうさう)の法衣(ほふえ)(ホウエ)をぬ
ぎ捨(すて)て、忽(たちまち)に甲冑(かつちう)をよろひ、弓箭(きゆうせん)(キウセン)を帯(たい)し
ましまさむ事(こと)、内(うち)には既(すでに)破戒無慙(はかいむざん)の罪(つみ)をまね
くのみならず、外(ほか)には又(また)仁義礼智信(じんぎれいちしん)の法(ほふ)にもそ
むき候(さうらひ)なんず。かたがた【旁々】恐(おそれ)ある申事(まうしごと)にて候(さうら)へ共(ども)、心(こころ)
の底(そこ)に旨趣(しいしゆ)(シイシユ)を残(のこ)すべきにあらず。まづ世(よ)に四
恩(しおん)候(さうらふ)。天地(てんち)の恩(おん)、国王(こくわう)の恩(おん)(ヲン)、父母(ぶも)(フホ)の恩(おん)(ヲン)、衆生(しゆじやう)の恩(おん)
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是(これ)也(なり)。其(その)なか【中】に尤(もつとも)重(おも)(ヲモ)きは朝恩(てうおん)(テウヲン)也(なり)。普天(ふてん)のした【下】、王地(わうぢ)
にあらずと云(いふ)事(こと)なし。されば彼(かの)潁川(えいせん)(エイセン)の水(みづ)に耳(みみ)を
洗(あら)ひ、首陽山(しゆやうざん)に薇(わらび)をお(ッ)(をつ)【折つ】し賢人(けんじん)も、勅命(ちよくめい)そむき
がたき礼義(れいぎ)をば存知(ぞんぢ)すとこそ承(うけたま)はれ。何(いかに)况哉(いはんや)(イワンヤ)先
祖(せんぞ)にもいまだきか【聞か】ざ(ッ)し太政(だいじやう)大臣(だいじん)をきはめさせ給(たま)ふ。
いはゆる重盛(しげもり)が無才(むさい)愚闇(ぐあん)の身(み)をも(ッ)て、蓮府槐
門(れんぷくわいもん)の位(くらゐ)にいたる【至る】。しかのみならず、国郡(こくぐん)半(なかば)は過(すぎ)て一門(いちもん)の
所領(しよりやう)となり、田園(でんをん)(デンヲン)悉(ことごとく)一家(いつか)の進止(しんじ)たり。これ希代[M 「き代」とあり「き」をミセケチ「希」と傍書](きたい)の
朝恩(てうおん)(テウヲン)にあらずや。今(いま)これらの莫太(ばくたい)の御恩(ごおん)(ゴヲン)を[B 思召(おぼしめし)]忘(わすれ)て、
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みだりがはしく法皇(ほふわう)を傾(かたぶ)け奉(たてまつ)らせ給(たま)はん事(こと)、天照
大神(てんせうだいじん)・正八幡宮(しやうはちまんぐう)の神慮(しんりよ)にも背(そむき)候(さうらひ)なんず。日本(につぽん)は是(これ)
神国(しんこく)なり。神(かみ)は非礼(ひれい)を享(うけ)給(たま)はず。しかれば君(きみ)のおぼ
しめし【思し召し】立(たつ)ところ【所】、道理(だうり)なかばなきにあらず。なか【中】に
も此(この)一門(いちもん)は、[B 代々(だいだい)ノ]朝敵(てうてき)を平(たひら)(タイラ)げて四海(しかい)の逆浪(げきらう)をし
づむる事(こと)は無双(ぶさう)の忠(ちゆう)(チウ)なれども、其(その)賞(しやう)に誇(ほこ)る
事(こと)は傍若無人(ばうじやくぶじん)共(とも)申(まうし)つべし。聖徳太子(しやうとくたいし)十七(じふしち)ケ条(かでう)
の御憲法(ごけんぼふ)(ごケンバウ)に、「人(ひと)皆(みな)心(こころ)あり【有り】。心(こころ)おのおの【各々】執(しゆ)あり【有り】。彼(かれ)を是(ぜ)
し我(われ)を非(ひ)し、我(われ)を是(ぜ)し彼(かれ)を非(ひ)す、是非(ぜひ)の理(り)誰(たれ)
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かよくさだむ【定む】べき。相共(あひとも)に賢愚(けんぐ)也(なり)。環(たまき)のごとく【如く】して端(はし)
なし。ここをも(ッ)て設(たとひ)人(ひと)いかる【怒る】と云(いふ)共(とも)、かへ(ッ)て【却つて】我(わが)とがを
おそれよ【恐れよ】」とこそみえ【見え】て候(さうら)へ。しかれ共(ども)、御運(ごうん)つきぬ
によ(ッ)て、[B 御(ご)]謀反(むほん)既(すでに)あらはれ【現はれ】ぬ。其上(そのうへ)仰合(おほせあはせ)らるる成親
卿(なりちかのきやう)めし【召し】をか(おか)【置か】れぬる上(うへ)は、設(たとひ)君(きみ)いかなる不思議(ふしぎ)をおぼ
しめし【思し召し】たたせ給(たま)ふ共(とも)、なんのおそれ【恐れ】か候(さうらふ)べき。所当(しよたう)
の罪科(ざいくわ)おこなはれん上(うへ)は、退(しりぞ)いて事(こと)の由(よし)を陳(ちん)じ
申(まう)させ給(たま)ひて、君(きみ)の御(おん)ためには弥(いよいよ)奉公(ほうこう)の忠勤(ちゆうきん)(ちゆうキン)
をつくし、民(たみ)のためにはますます撫育(ぶいく)の哀憐(あいれん)
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をいたさせ給(たま)はば、神明(しんめい)の加護(かご)にあづかり【預り】、仏陀(ぶつだ)の
冥慮(みやうりよ)にそむくべからず。神明仏陀(しんめいぶつだ)感応(かんおう)(カンヲウ)あらば、君(きみ)も
おぼしめしなをす(なほす)事(こと)、などか候(さうら)はざるべき。君(きみ)と臣(しん)
とならぶるに親疎(しんそ)わく【分く】かたなし。道理(だうり)と僻事(ひがこと)をな
  『烽火(ほうくわ)之(の)沙汰(さた)』S0207
らべんに、争(いかで)か道理(だうり)につかざるべき」。○「是(これ)は君(きみ)の御(おん)こと
はり(ことわり)【理】にて候(さうら)へば、かなは【叶は】ざらむまでも、院(ゐん)の御所(ごしよ)法住
寺殿(ほふぢゆうじどの)を守護(しゆご)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)べし。其(その)故(ゆゑ)は、重盛(しげもり)叙爵(じよしやく)
より今(いま)大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にいたるまで、併(しかしながら)君(きみ)の御恩(ごおん)なら
ずと[B 云(いふ)]事(こと)なし。其(その)恩(おん)(ヲン)の重(おも)(ヲモ)き事(こと)をおもへ【思へ】ば、千顆(せんくわ)(センクハ)万顆(ばんくわ)
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の玉(たま)にもこえ、其(その)恩(おん)の深(ふか)き事(こと)[M 「事」をミセケチ「色イ」と傍書]を案(あん)ずれば、一
入(いちじふ)(いちジウ)再入(さいじふ)(サイじふ)の紅(くれなゐ)にも[B 猶(なほ)]過(すぎ)たらん。しかれば、院中(ゐんぢゆう)(インぢゆう)にま
いり(まゐり)【参り】こもり候(さうらふ)べし。其(その)儀(ぎ)にて候(さうら)はば、重盛(しげもり)が身(み)にか
はり、命(いのち)にかはらんと契(ちぎり)たる侍共(さぶらひども)少々(せうせう)候(さうらふ)らん。こ
れらをめし【召し】ぐし【具し】て、院(ゐんの)(インノ)御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウジどの)を守護(しゆご)
しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はば、さすが以外(もつてのほか)の御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はん
ずらめ。悲(かなしき)哉(かな)、君(きみ)の御(おん)ために奉公(ほうこう)の忠(ちゆう)をいたさん
とすれば、迷慮【*迷盧】(めいろ)八万(はちまん)の頂(いただき)より猶(なほ)たかき父(ちち)の
恩(おん)、忽(たちまち)にわすれんとす。痛(いたましき)哉(かな)、不孝(ふけう)の罪(つみ)をの
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がれ【逃れ】んとおもへ【思へ】ば、君(きみ)の御(おん)ために既(すでに)不忠(ふちゆう)(フチウ)の逆臣(ぎやくしん)と
なりぬべし。進退(しんだい)惟(これ)谷(きはま)れり、是非(ぜひ)いかにも弁(わきまへ)
がたし。申(まうし)うくるところ〔の〕詮(せん)は、ただ重盛(しげもり)が頸(くび)をめされ
候(さうら)へ。[B さ候(さうら)はば、]院中(ゐんぢゆう)をも守護(しゆご)しまいらす(まゐらす)【参らす】べからず、院参(ゐんざん)(インザン)の
御供(おんとも)をも仕(つかまつ)るべからず。かの蕭何(せうが)は大功(たいこう)かたへにこ
えたるによ(ッ)て、官(くわん)大相国(たいしやうこく)に至(いた)り、剣(けん)を帯(たい)し沓(くつ)を
はきながら殿上(てんじやう)[* 「殿」に清点、「上」に濁点あり。]にのぼる事(こと)をゆるさ【許さ】れしか共(ども)、
叡慮(えいりよ)(エイリヨ)にそむく事(こと)あれば、高祖(かうそ)おもう【重う】警(いましめ)てふ
かう【深う】罪(つみ)せられにき。か様(やう)【斯様】の先蹤(せんじよう)(センゼウ)をおもふにも、富
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貴(ふつき)といひ栄花(えいぐわ)といひ、朝恩(てうおん)(テウヲン)といひ重職(ちようじよく)(テウヂヨク)といひ、
旁(かたがた)きはめさせ給(たま)ひぬれば、御運(ごうん)のつきんこ
ともかたかるべきにあらず。富貴(ふつき)の家(いへ)には
禄位(ろくゐ)(ロクイ)重畳(ちようでふ)(テウデウ)せり、ふたたび実(み)なる木(き)は其(その)根(ね)必(かならず)い
たむとみえ【見え】て候(さうらふ)。心(こころ)ぼそうこそおぼえ候(さうら)へ。いつま
でか命(いのち)いきて、みだれむ世(よ)をも見(み)候(さうらふ)べき。只(ただ)末代(まつだい)
に生(しやう)をうけて、かかるうき目(め)にあひ候(さうらふ)重盛(しげもり)が果
報(くわはう)(クワホウ)の程(ほど)こそ拙(つたな)う候(さうら)へ。ただ今(いま)侍(さぶらひ)一人(いちにん)に仰付(おほせつけ)(ヲホセツケ)て、御坪(おつぼ)
のうちに引出(ひきいだ)されて、重盛(しげもり)が首(かうべ)のはねられん事(こと)
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は、安(やす)い程(ほど)の事(こと)でこそ候(さうら)へ。是(これ)をおのおの聞(きき)給(たま)へ」とて、直
衣(なほし)(ナヲシ)の袖(そで)もしぼる[B 「しぼり」とあり「り」に「る」と傍書]ばかりに涙(なみだ)をながしかきくどかれけ
れば、一門(いちもん)の人々(ひとびと)、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、皆(みな)[B よろひ【鎧】の]袖(そで)をぞぬ
らされける。太政(だいじやう)入道(にふだう)も、たのみ【頼み】き(ッ)たる内府(だいふ)はかや
うにの給(たま)ふ、力(ちから)もなげにて、「いやいや、これまでは思(おもひ)も
よりさうず。悪党共(あくたうども)が申(まうす)事(こと)につかせ給(たま)ひて、
僻事(ひがこと)な(ン)どやいでこむずらんと思(おも)ふばかりでこそ
候(さうら)へ」との給(たま)へ【宣へ】ば、[B 大臣(おとど)、]「縦(たとひ)いかなるひが事(こと)【僻事】出(いで)き候(さうらふ)とも、君(きみ)をば
何(なに)とかしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふべき」とて、ついた(ッ)て中門(ちゆうもん)に
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出(いで)て、侍共(さぶらひども)に仰(おほせ)られけるは、「只今(ただいま)重盛(しげもり)が申(まうし)つる事共(ことども)を
ば、汝等(なんぢら)承(うけたま)はらずや。今朝(けさ)よりこれに候(さうら)うて、かやうの
事共(ことども)申(まうし)しづめむと存(ぞん)じつれ共(ども)、あまりにひたさ
はぎ(さわぎ)【騒ぎ】に見(み)えつる間(あひだ)、帰(かへ)りたりつるなり。院参(ゐんざん)(インザン)の
御供(おんとも)にをいて(おいて)は、重盛(しげもり)が頸(くび)のめさ【召さ】れむを見(み)て仕(つかまつ)
れ。さらば人(ひと)まいれ(まゐれ)【参れ】」とて、小松殿(こまつどの)へぞ帰(かへ)られける。主
馬(しゆめの)判官(はんぐわん)(ハウグワン)盛国(もりくに)をめし【召し】て、「重盛(しげもり)こそ天下(てんが)の大事(だいじ)
を別(べつ)して聞出(ききいだ)したれ。「我(われ)を我(われ)とおもは【思は】ん者共(ものども)
は、皆(みな)物(ものの)ぐ【具】して馳(はせ)まいれ(まゐれ)【参れ】」と披露(ひろう)(ヒラウ)せよ」との給(たま)へ【宣へ】ば、
P02092
此(この)由(よし)ひろう【披露】す。おぼろけにてはさはが(さわが)【騒が】せ給(たま)はぬ人(ひと)の、
かかる披露(ひろう)のあるは別(べつ)の子細(しさい)のあるにこそとて、
皆(みな)物具(もののぐ)して我(われ)も我(われ)もと馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。淀(よど)・はづかし[B 「はづかし」に「羽束瀬(ハツカセ)」と傍書]【羽束師】・宇治(うぢ)・
岡(をか)の屋(や)、日野(ひの)・勧条寺【*勧修寺】(くわんじゆじ)(クワンジユウジ)・醍醐(だいご)・小黒栖(をぐるす)(ヲグルス)、梅津(むめず)・桂(かつら)・大
原(おほはら)(ヲホハラ)・しづ原(はら)、せれう【芹生】の里(さと)に、あぶれゐたる兵共(つはものども)、或(あるいは)
よろい(よろひ)【鎧】きていまだ甲(かぶと)をきぬもあり【有り】、或(あるい)は矢(や)お
うていまだ弓(ゆみ)をもたぬもあり【有り】。片鐙(かたあぶみ)ふむやふ
まずにて、あはて(あわて)【慌て】さはい(さわい)【騒い】で馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。小松殿(こまつどの)に
さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)あり【有り】と聞(きこ)えしかば、西八条(にしはつでう)に数千騎(すせんぎ)あり【有り】
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ける兵共(つはものども)、入道(にふだう)にかうとも申(まうし)も入(いれ)ず、ざざめき[M 「ざざめてき」とあり「て」をミセケチ]つ
れて、皆(みな)小松殿(こまつどの)へぞ馳(はせ)たりける。すこし【少し】も弓箭(きゆうせん)(キウセン)
に携(たづさは)る程(ほど)の者(もの)、一人(いちにん)も残(のこ)らず。其(その)時(とき)入道(にふだう)大(おほき)に
驚(おどろ)(ヲドロ)き、貞能(さだよし)をめし【召し】て、「内府(だいふ)は何(なに)とおもひ【思ひ】て、これ
らをばよび【呼び】とるやらん。是(これ)でいひつる様(やう)に、入道(にふだう)が
許(もと)へ討手(うつて)な(ン)ど(など)やむかへ【向へ】んずらん」との給(たま)へ【宣へ】ば、貞能(さだよし)
涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「人(ひと)も人(ひと)にこそよらせ給(たま)ひ
候(さうら)へ。争(いかで)かさる御事(おんこと)候(さうらふ)べき。[B 今朝(けさ)是(これ)にて]申(まう)させ給(たま)ひつる事
共(ことども)も、みな御後悔(ごこうくわい)ぞ候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、入道(にふだう)内府(だいふ)
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に中(なか)たがふ(たがう)【違う】てはあしかり【悪しかり】なんとやおもは【思は】れけん、法
皇(ほふわう)(ホウワウ)むかへ【向へ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んずる事(こと)も、はや思(おもひ)とどまり、腹
巻(はらまき)ぬぎをき(おき)、素絹(そけん)の衣(ころも)にけさ【袈裟】うちかけて、い
と心(こころ)にもおこらぬ念珠(ねんじゆ)してこそおはしけれ。小松
殿(こまつどの)には、盛国(もりくに)承(うけたまは)(ッ)て着到(ちやくたう)つけけり。馳参(はせまゐり)(ハセマイリ)たる勢(せい)ど
も、一万(いちまん)余騎(よき)とぞしるいたる。着到(ちやくたう)披見(ひけん)の後(のち)、
おとど中門(ちゆうもん)に出(いで)て、侍共(さぶらひども)(サブライども)にの給(たま)ひけるは、「日来(ひごろ)の
契約(けいやく)をたがへ【違へ】ず、まいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。異
国(いこく)にさるためし【例】あり【有り】。周(しゆうの)(シウノ)幽王(いうわう)(ユウわう)、褒■[女+以](ほうじ)と云(いふ)最愛(さいあい)の
P02095
后(きさき)をもち給(たま)へり。天下(てんが)第一(だいいち)の美人(びじん)也(なり)。されども幽
王(いうわう)(ユウワウ)の心(こころ)にかなは【叶は】ざりける事(こと)は、褒■[女+以](ほうじ)咲(ゑみ)(エミ)をふくまず
とて、すべて此(この)后(きさき)わらう(わらふ)【笑ふ】事(こと)をし給(たま)はず。異国(いこく)の習(ならひ)に
は、天下(てんが)に兵革(ひやうがく)おこる時(とき)、所々(しよしよ)に火(ひ)をあげ、大鼓(たいこ)をう(ッ)
て兵(つはもの)をめすはかり事(こと)あり【有り】。是(これ)を烽火(ほうくわ)と名(な)づけ
たり。或(ある)時(とき)天下(てんが)に兵乱(ひやうらん)おこ(ッ)て、烽火(ほうくわ)をあげたり
ければ、后(きさき)これを見(み)給(たま)ひて、「あなふしぎ【不思議】、火(ひ)もあれ
程(ほど)おほかり【多かり】けるな」とて、其(その)時(とき)初(はじめ)てわらひ【笑ひ】給(たま)へり。
この后(きさき)一(ひと)たびゑめば百(もも)の媚(こび)あり【有り】けり。幽王(いうわう)(ユウワウ)うれし
P02096
き事(こと)にして、其(その)事(こと)となうつねに烽火(ほうくわ)をあげ
給(たま)ふ。諸(しよ)こう【侯】来(きた)るにあた【仇】なし。あた【仇】なければ則(すなはち)さん【去ん】
ぬ。かやうにする事(こと)度々(どど)に及(およ)べば、まいる(まゐる)【参る】者(もの)もなかり
けり。或(ある)時(とき)隣国(りんごく)より凶賊(きようぞく)(ケウゾク)おこ(ッ)て、幽王(いうわう)の都(みやこ)をせ
め【攻め】けるに、烽火(ほうくわ)をあぐれども、例(れい)の后(きさき)の火(ひ)になら(ッ)
て兵(つはもの)もまいら(まゐら)【参ら】ず。其(その)時(とき)都(みやこ)かたむいて、幽王(いうわう)(ユウワウ)終(つひ)に亡(ほろび)
にき。さてこの后(きさき)は野干(やかん)とな(ッ)てはしり【走り】うせける
ぞおそろしき【恐ろしき】。か様(やう)【斯様】の事(こと)がある時(とき)わ(は)、自今(じごん)以後(いご)も
これよりめさんには、かくのごとくまいる(まゐる)【参る】べし。重盛(しげもり)
P02097
不思議(ふしぎ)の事(こと)を聞出(ききいだ)してめし【召し】つるなり。されども
其(その)事(こと)聞(きき)なをし(なほし)【直し】つ。僻事(ひがこと)にてあり【有り】けり。とうとう帰(かへ)
れ」とて皆(みな)帰(かへ)されけり。実(まこと)にはさせる事(こと)をも聞
出(ききいだ)されざりけれども、父(ちち)をいさめ申(まう)されつる詞(ことば)
にしたがひ【従ひ】、我(わが)身(み)に勢(せい)のつくかつかぬかの程(ほど)をも
しり、又(また)父子(ふし)軍(いくさ)[M 「戦」をミセケチ「軍(イクサ)」と傍書]をせんとにはあらね共(ども)、かうして入道(にふだう)
相国(しやうこく)の謀反(むほん)の心(こころ)をもや、やはらげ給(たま)ふとの策(はかりこと)也(なり)。
君(きみ)君(きみ)たらずと云(いふ)とも、臣(しん)も(ッ)て臣(しん)たらず(ン)ばある【有る】べからず。
父(ちち)父(ちち)たらずと云(いふ)共(とも)、子(こ)も(ッ)て子(こ)たらず(ン)ば有(ある)べからず。君(きみ)
P02098
のためには忠(ちゆう)(チウ)あ(ッ)て、父(ちち)のためには孝(かう)あり【有り】[B と]、文宣王(ぶんせんわう)の
の給(たま)ひけるにたがは【違は】ず。君(きみ)も此(この)よしきこしめし【聞し召し】て、
「今(いま)にはじめぬ事(こと)なれ共(ども)、内府(だいふ)が心(こころ)のうちこそは
づかしけれ。怨(あた)をば恩(おん)(ヲン)をも(ッ)て報(ほう)ぜられたり」とぞ
仰(おほせ)ける。「果報(くわはう)(クワホウ)こそめでたうて、大臣(だいじん)の大将(だいしやう)にいた
ら【至ら】め、容儀(ようぎ)体(たい)はい人(ひと)に勝(すぐ)れ、才智(さいち)才学(さいかく)さへ世(よ)に
こえたるべしやは」とぞ、時(とき)の人々(ひとびと)感(かん)じあはれける。
「国(くに)に諫(いさむ)る臣(しん)あれば其(その)国(くに)必(かならず)やすく、家(いへ)に諫(いさむ)る
子(こ)あれば其(その)家(いへ)必(かならず)ただし」といへり。上古(しやうこ)にも末代(まつだい)
P02099
  『大納言(だいなごん)流罪(るざい)』S0208
にもありがたかりし大臣(おとど)也(なり)。○同(おなじき)(ヲナジキ)六月(ろくぐわつ)二日[B ノヒ](ふつかのひ)、新(しん)大納言(だいなごん)
成親卿(なりちかのきやう)をば公卿(くぎやう)の座(ざ)へ出(いだ)し奉(たてまつ)り、御物(おんもの)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり
けれども、むねせきふさが(ッ)て御(おん)はしをだにもたて
られず。御車(おんくるま)をよせて、とうとうと申(まう)せば、心(こころ)なら
ずのり給(たま)ふ。軍兵(ぐんびやう)共(ども)前後(ぜんご)左右(さう)にうちかこみた
り。我(わが)方(かた)の者(もの)は一人(いちにん)もなし。「今(いま)一度(いちど)小松殿(こまつどの)に見(み)
え奉(たてまつ)らばや」との給(たま)へ【宣へ】ども【共】、それもかなは【叶は】ず。「縦(たとひ)重
科(ぢゆうくわ)(ヂウクワ)を蒙(かうぶ)(ッ)て遠国(ゑんごく)へゆく者(もの)も、人(ひと)一人(いちにん)身(み)にそへぬ
者(もの)やある」と、車(くるま)のうちにてかきくどか【口説か】れければ、
P02100
守護(しゆご)の武士共(ぶしども)も皆(みな)鎧(よろひ)の袖(そで)をぞぬらしける。西(にし)
の朱雀(しゆしやか)を南(みなみ)へゆけば、大内山(おほうちやま)も今(いま)はよそにぞ
見(み)給(たまひ)ける。としごろ【年比】見(み)なれ奉(たてまつ)[B り]し雑色(ざうしき)牛飼(うしかひ)(ウシカイ)
に至(いた)るまで、涙(なみだ)をながし袖(そで)をしぼらぬはなかりけ
り。まして都(みやこ)に残(のこり)とどまり給(たま)ふ北方(きたのかた)、おさな
き(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。鳥
羽殿(とばどの)をすぎ給(たま)ふにも、此(この)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)(コガウ)なりし
には、一度(いちど)も御供(おんとも)にははづれざりし物(もの)をとて
わが山庄(さんざう)すはま【州浜】殿(どの)とてあり【有り】しをも、よそに
P02101
みてこそとおら(とほら)【通ら】れけれ。[B 肩に「鳥羽(とば)のイ」と傍書]南(みなみ)(ミンナミ)の門(もん)に出(いで)て、舟(ふね)をそ
し(おそし)【遅し】とぞいそがせける。「こはいづちへやらん。おな
じううしなは【失は】るべくは、都(みやこ)ちかき【近き】此(この)辺(へん)にてもあれ
かし」との給(たま)ひけるぞせめての事(こと)なる。ちかう
そひたる武士(ぶし)を「た【誰】そ」ととひ給(たま)へば、「難波(なんばの)次
郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)」と申(まうす)。「若(もし)此(この)辺(へん)に我(わが)方(かた)さまのものや
ある。舟(ふね)にのらぬ先(さき)にいひをく(おく)【置く】べき事(こと)あり【有り】。
尋(たづね)てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」との給(たま)ひければ、其(その)辺(へん)をはしり【走り】
まは(ッ)て尋(たづね)けれども【共】、我(われ)こそ大納言殿(だいなごんどの)の方(かた)と云(いふ)
P02102
者(もの)一人(いちにん)もなし。「我(わが)世(よ)なりし時(とき)は、したがひ【従ひ】ついたりし
者(もの)ども【共】、一二千人(いちにせんにん)もあり【有り】つらん。いまはよそにて
だにも、此(この)有(あり)さまを見(み)をくる(おくる)【送る】者(もの)のなかりける
かなしさよ」とてなか【泣か】れければ、たけき【猛き】もののふ
共(ども)もみな袖(そで)をぞぬらしける。身(み)にそふ物(もの)とては、
ただつきせぬ涙(なみだ)ばかり也(なり)。熊野(くまの)まうで、天王寺
詣(てんわうじまうで)な(ン)ど(など)には、ふたつがはら【二龍骨】の、三棟(みつむね)につく(ッ)たる舟(ふね)に
のり、次(つぎ)の舟(ふね)二三十艘(にさんじつさう)(にさんじつソウ)漕(こぎ)つづけてこそあり【有り】し
に、今(いま)はけしかる[B 「けしかり」とあり「り」に「る」と傍書]かきすゑ【舁き据え】屋形舟(やかたぶね)に大幕(おほまく)ひ
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かせ、見(み)もなれぬ兵共(つはものども)(ツワモノども)にぐせ【具せ】られて、けふをかぎ
りに都(みやこ)を出(いで)て、浪路(なみぢ)はるかにおもむか【赴か】れけん
心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。其(その)日(ひ)は摂津国(つのくに)
大(だい)もつ【大物】の浦(うら)に着(つき)給(たま)ふ。新(しん)大納言(だいなごん)、既(すでに)死罪(しざい)
に行(おこな)(ヲコナ)はるべかりし人(ひと)の、流罪(るざい)に宥(なだめ)られけるこ
とは、小松殿(こまつどの)のやうやうに申(まう)されけるによ(ッ)て也(なり)。
此(この)人(ひと)いまだ中納言(ちゆうなごん)にておはしける時(とき)、美濃国(みののくに)
を知行(ちぎやう)し給(たま)ひしに、嘉応(かおう)(カヲウ)元年(ぐわんねん)の冬(ふゆ)、目代(もくだい)
右衛門尉(うゑもんのじよう)(うゑもんのゼウ)正友(まさとも)がもとへ、山門(さんもん)の領(りやう)、平野庄(ひらののしやう)
P02104
の神人(じんにん)が葛(くず)を売(うつ)てきたりけるに、目代(もくだい)酒(さけ)に
飲酔(のみゑひ)(ノミエイ)て、くずに墨(すみ)をぞ付(つけ)たりける。神人(じんにん)悪
口(あつこう)に及(およ)ぶ間(あひだ)、さないは【言は】せそとてさむざむ(さんざん)【散々】にれう
りやく(りようりやく)【陵轢、陵礫】す。さる程(ほど)に神人共(じんにんども)数百人(すひやくにん)、目代(もくだい)が許(もと)
へ乱入(らんにふ)(ランニウ)す。目代(もくだい)法(ほふ)(ハウ)にまかせ【任せ】て防(ふせき)ければ、神人等(じんにんら)
十(じふ)余人(よにん)うちころさ【殺さ】る[M 「うちころされ」とあり「れ」をミセケチ「る」と傍書]。是(これ)によ(ッ)て同(おなじき)(ヲナジキ)年(とし)の十一
月(じふいちぐわつ)三日(みつかのひ)、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)(だいシユウ)飫(おびたた)(ヲビタタ)しう蜂起(ほうき)して、国司(こくし)成
親卿(なりちかのきやう)を流罪(るざい)に処(しよ)せられ、目代(もくだい)右衛門尉(うゑもんのじよう)(ウエもんノゼウ)正友(まさとも)
を禁獄(きんごく)せらるべき由(よし)奏聞(そうもん)す。既(すでに)成親卿(なりちかのきやう)
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備中国(びつちゆうのくに)(ビツチウノくに)へながさるべきにて、西(にし)の七条(しちでう)までいださ
れたりしを、君(きみ)いかがおぼしめさ【思し召さ】れけん、中(なか)五日(いつか)
あ(ッ)てめし【召し】かへさ【返さ】る。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)飫(おびたた)(ヲビタタ)しう呪咀(しゆそ)すと
聞(きこ)えしか共(ども)、同(おなじき)二年(にねん)正月(しやうぐわつ)五日(いつかのひ)、右衛門督(うゑもんのかみ)(ウエもんノカミ)を兼(けん)じ
て、検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)の別当(べつたう)になり給(たま)ふ。其(その)時(とき)資方【*資賢】(すけかた)・
兼雅卿(かねまさのきやう)こえられ給(たま)へり。資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)はふるい【古い】人(ひと)、おとな
にておはしき。兼雅卿(かねまさのきやう)は栄花(えいぐわ)の人(ひと)也(なり)。家嫡(けちやく)にて
こえられ給(たま)ひけるこそ遺恨(ゐこん)なれ。是(これ)は三条殿(さんでうどの)
造進(ざうしん)の賞(しやう)也(なり)。同(おなじき)三年(さんねん)四月(しぐわつ)十三日(じふさんにち)、正(じやう)二位(にゐ)に叙(じよ)せ
P02106
らる。其(その)時(とき)は中御門[B ノ](なかのみかどの)中納言(ちゆうなごん)宗家卿(むねいへのきやう)(ムネイエノきやう)こえられ給(たま)
へり。安元(あんげん)元年(ぐわんねん)十月(じふぐわつ)廿七日(にじふしちにち)、前(さきの)中納言(ちゆうなごん)より権大
納言(ごんだいなごん)にあがり【上がり】給(たま)ふ。人(ひと)あざけ[B ッ]て、「山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)に
は、のろはるべかりける物(もの)を」とぞ申(まうし)ける。され
ども今(いま)はそのゆへ(ゆゑ)【故】にや、かかるうき目(め)にあひ給(たま)
へり。凡(およそ)(ヲヨソ)は神明(しんめい)の罰(ばつ)も人(ひと)の呪咀(しゆそ)も、とき【疾き】も
あり【有り】遅(おそき)(ヲソキ)もあり【有り】、不同(ふどう)なる事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)(ヲナジキ)三日(みつかのひ)、大(だい)もつ【大物】
の浦(うら)へ京(きやう)より御使(おんつかひ)(おんツカヒ)あり【有り】とてひしめきけり。新(しん)
大納言(だいなごん)「是(これ)にて失(うしな)へとにや」と聞(きき)給(たま)へば、さはな
P02107
くして、備前(びぜん)の児島(こじま)へながすべしとの御使(おんつかひ)なり。
小松殿(こまつどの)より御(おん)ふみ【文】あり【有り】。「いかにもして、都(みやこ)ちかき【近き】
片山里(かたやまざと)にをき(おき)奉(たてまつ)らばやと、さしも申(まうし)つれど
もかなは【叶は】ぬ事(こと)こそ、世(よ)にあるかひも候(さうら)はね。さ
りながらも、御命(おんいのち)ばかりは申(まうし)うけて候(さうらふ)」とて、難波(なんば)
がもとへも「かまへてよくよく宮仕(みやづか)へ御心(おんこころ)にたが
う(たがふ)【違ふ】な」と仰(おほせ)られつかはし【遣し】、旅(たび)のよそほい(よそほひ)【粧】こまごま
と沙汰(さた)しをくら(おくら)【送ら】れたり。新(しん)大納言(だいなごん)はさしも
忝(かたじけな)うおぼしめさ【思し召さ】れける君(きみ)にもはなれま
P02108
いらせ(まゐらせ)【参らせ】、つかのまもさりがたうおもは【思は】れける北方(きたのかた)
おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)にも別(わかれ)はてて、「こはいづちへとて行(ゆく)
やらん。二度(ふたたび)こきやう【故郷】に帰(かへり)て、さいし[M 「さひし」とあり「さひ」をミセケチ「さい」と傍書]【妻子】を相(あひ)みん事(こと)
も有(あり)がたし。一(ひと)とせ山門(さんもん)の訴詔【*訴訟】(そしよう)(ソセウ)によ(ッ)てながさ
れしを、君(きみ)おしま(をしま)【惜しま】せ給(たま)ひて、西(にし)の七条(しつでう)よりめし【召し】
帰(かへ)されぬ。これはされば君(きみ)の御警(おんいましめ)にもあらず。
こはいかにしつる事(こと)ぞや」と、天(てん)にあふぎ地(ち)に
ふして、泣(なき)かなしめ共(ども)かひぞなき。明(あけ)ぬれば既(すでに)
舟(ふね)おしいだいて下(くだ)り給(たま)ふに、みちすがらもただ
P02109
涙(なみだ)に咽(むせん)で、ながらふ【永らふ】べしとはおぼえねど、さすが
露(つゆ)の命(いのち)はきえやらず、跡(あと)のしら浪(なみ)【白浪】へだつれ
ば、都(みやこ)は次第(しだい)に遠(とほ)(トヲ)ざかり、日数(ひかず)やうやう重(かさな)れば、
遠国(ゑんごく)は既(すでに)近付(ちかづき)けり。備前(びぜん)の児島(こじま)に漕(こぎ)よせて、
民(たみ)の家(いへ)(イヱ)のあさましげなる柴(しば)の庵(いほり)(イヲリ)にをき(おき)
奉(たてまつ)る。島(しま)のならひ【習ひ】、うしろは山(やま)、前(まへ)はうみ、磯(いそ)の
  『阿古屋(あこや)之(の)松(まつ)』S0209
松風(まつかぜ)浪(なみ)の音(おと)、いづれも哀(あはれ)はつきせず。○大納言(だいなごん)
一人(いちにん)にもかぎらず、警(いましめ)を蒙(かうぶ)る輩(ともがら)おほかり【多かり】けり。
近江(あふみの)中将(ちゆうじやう)入道(にふだう)蓮浄(れんじやう)佐渡国(さどのくに)、山城守(やましろのかみ)基兼(もとかぬ)伯
P02110
耆国(はうきのくに)、式部大輔(しきぶのたいふ)(シキブノたユウ)正綱(まさつな)播磨国(はりまのくに)、宗(そう)判官(はんぐわん)(ハウグワン)信房(のぶふさ)、阿
波国(あはのくに)、新平(しんぺい)判官(はんぐわん)(ハウぐわん)資行(すけゆき)は美作国(みまさかのくに)とぞ聞(きこ)えし。其(その)
比(ころ)入道(にふだう)相国(しやうこく)、福原(ふくはら)(フクワラ)の別業(べつげふ)(べつゲウ)におはしけるが、同(おなじき)廿日[B ノヒ](はつかのひ)、摂
津左衛門(せつつのさゑもん)盛澄(もりずみ)を使者(ししや)で、門脇(かどわき)の宰相(さいしやう)の許(もと)へ、「存(ぞんず)
る旨(むね)あり【有り】。丹波(たんばの)少将(せうしやう)いそぎ是(これ)へたべ」との給(たま)ひつ
かはさ【遣さ】れたりければ、宰相(さいしやう)「さらば、只(ただ)あり【有り】し時(とき)、とも
かくもなりたりせばいかがせむ。今更(いまさら)物(もの)をお
もは【思は】せんこそかなしけれ」とて、福原(ふくはら)(フクワラ)へ下(くだ)り給(たま)ふ
べきよし【由】の給(たま)へ【宣へ】ば、少将(せうしやう)なくなく【泣く泣く】出[B 立](いでたち)給(たま)ひけり。
P02111
女房達(にようばうたち)は、「かなは【叶は】ぬ物(もの)ゆへ(ゆゑ)【故】、なを(なほ)【猶】もただ宰相(さいしやう)の申(まう)
されよかし」とぞ歎(なげか)れける。宰相(さいしやう)「存(ぞんず)る程(ほど)の
事(こと)は申(まうし)つ。世(よ)を捨(すつ)るより外(ほか)は、今(いま)は何事(なにごと)をか
申(まうす)べき。され共(ども)、縦(たとひ)いづくの浦(うら)におはす共(とも)、我(わが)命(いのち)
のあらんかぎりはとぶらひ【訪ひ】奉(たてまつ)るべし」とぞの
給(たま)ひける。少将(せうしやう)は今年(こんねん)三(みつ)になり給(たま)ふおさな
き(をさなき)【幼き】人(ひと)を持(もち)給(たま)へり。日(ひ)ごろはわかき人(ひと)にて、君達(きんだち)
な(ン)ど(など)の事(こと)も、さしもこまやかにもおはせざりし
か共(ども)、今(いま)はの時(とき)になりしかば、さすが心(こころ)にやかか
P02112
られけん、「此(この)おさなき(をさなき)【幼き】者(もの)を今(いま)一度(ひとたび)見(み)ばや」と
こその給(たま)ひけれ。めのと【乳母】いだい【抱い】てまいり(まゐり)【参り】たり。少
将(せうしやう)ひざのうへにをき(おき)、かみかきなで、涙(なみだ)をはら
はらとながい【流い】て、「あはれ、汝(なんぢ)七歳(しちさい)にならば男(をとこ)(ヲトコ)にな
して、君(きみ)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとこそおもひ【思ひ】つれ。され
共(ども)、今(いま)は云(いふ)(ユウ)かひなし。若(もし)命(いのち)いきておひたちた
らば、法師(ほふし)(ホウシ)になり、我(わが)後(のち)の世(よ)とぶらへよ」との給(たま)
へ【宣へ】ば、いまだいとけなき心(こころ)に何事(なにごと)をか聞(きき)わ
き給(たま)ふべきなれ共(ども)、うちうなづき給(たま)へば、少
P02113
将(せうしやう)をはじめ奉(たてまつり)て、母(はは)うへ【母上】めのとの女房(にようばう)、其(その)座(ざ)に
なみゐたる人々(ひとびと)、心(こころ)あるも心(こころ)なきも、皆(みな)袖(そで)をぞ
ぬらしける。福原(ふくはら)(フクワラ)の御使(おんつかひ)(おんツカヒ)、やがて今夜(こんや)鳥羽(とば)まで出(いで)
させ給(たま)ふべきよし申(まうし)ければ、「幾程(いくほど)ものびざら
む物(もの)ゆへ(ゆゑ)【故】に、こよひばかりは都(みやこ)のうちにてあかさ
ばや」との給(たま)へ【宣へ】共(ども)、頻(しきり)に申(まう)せば、其(その)夜(よ)鳥羽(とば)へ出(いで)ら
れける。宰相(さいしやう)あまりにうらめしさ【恨めしさ】に、今度(こんど)はのり
も具(ぐ)し給(たま)はず。おなじき廿二日(にじふににち)、福原(ふくはら)(フクワラ)へ下(くだ)りつ
き給(たま)ひたりければ、太政(だいじやう)入道(にふだう)、瀬尾(せのをの)太郎(たらう)兼
P02114
康(かねやす)に仰(おほせ)て、備中国(びつちゆうのくに)(ビツチウノくに)へぞ下(くだ)されける。兼康(かねやす)は宰
相(さいしやう)のかへり聞(きき)給(たま)はん所(ところ)をおそれ【恐れ】て、道(みち)すがらも
やうやうにいたはりなぐさめ奉(たてまつ)る。され共(ども)少将(せうしやう)なぐ
さみ給(たま)ふ事(こと)もなし。よる昼(ひる)【夜昼】ただ仏(ほとけ)の御名(みな)を
のみ唱(となへ)て、父(ちち)の事(こと)をぞ歎(なげか)れける。新(しん)大納言(だいなごん)
は備前(びぜん)の児島(こじま)におはしけるを、あづかり【預り】の武士(ぶし)
難波(なんばの)次郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)「これは猶(なほ)舟津(ふなつ)近(ちか)うてあしかり【悪しかり】
なん」とて地(ち)へわたし奉(たてまつ)り、備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)両国(りやうごく)の
堺(さかひ)、にはせ[B 「は」に「ワ」と傍書]【庭瀬】の郷(がう)有木(ありき)の別所(べつしよ)と云(いふ)山寺(やまでら)にをき(おき)
P02115
奉(たてまつ)る。備中(びつちゆう)(ビツちゆう)の瀬尾(せのを)(セノヲ)と備前(びぜん)の有木(ありき)の別所(べつしよ)の
間(あひだ)は、纔(はつかに)五十町(ごじつちやう)にたらぬ所(ところ)なれば、丹波(たんばの)少将(せうしやう)、そなた
の風(かぜ)もさすがなつかしう【懐しう】やおもは【思は】れけむ。或(ある)時(とき)
兼康(かねやす)をめし【召し】て、「是(これ)より大納言殿(だいなごんどの)の御渡(おんわたり)あんな
る備前(びぜん)の有木(ありき)の別所(べつしよ)へは、いか程(ほど)の道(みち)ぞ」とと
ひ給(たま)へば、すぐにしらせ奉(たてまつ)てはあしかり【悪しかり】なんとや
おもひ【思ひ】けむ、「かたみち十二三日(じふにさんにち)で候(さうらふ)」と申(まうす)。其(その)時(とき)少
将(せうしやう)涙(なみだ)をはらはらとながい【流い】て、「日本(につぽん)は昔(むかし)三十三(さんじふさん)ケ
国(かこく)にてあり【有り】けるを、中比(なかごろ)六十六(ろくじふろく)ケ国(かこく)に分(わけ)られ
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たんなり。さ云(いふ)備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)・備後(びんご)も、もとは一国(いつこく)に
てあり【有り】ける也(なり)。又(また)あづまに聞(きこ)ゆる出羽(では)(デワ)・陸奥(みちのく)両
国(りやうごく)も、昔(むかし)は六十六(ろくじふろく)郡(ぐん)が一国(いつこく)にてあり【有り】けるを、其(その)時(とき)
十二郡(じふにぐん)をさきわか(ッ)て、出羽国(ではのくに)(デワノくに)とはたてられたり。
されば実方(さねかたの)中将(ちゆうじやう)、奥州(あうしう)へながされたりける時(とき)、
此(この)国(くに)の名所(めいしよ)にあこ屋(や)【阿古屋】の松(まつ)と云(いふ)所(ところ)を見(み)ばやとて、
国(くに)のうちを尋(たづね)ありき【歩き】けるが、尋(たづね)かねて帰(かへ)りける
道(みち)に、老翁(らうおう)(ラウヲウ)の一人(いちにん)逢(あう)たりければ、「やや、御辺(ごへん)は
ふるい【古い】人(ひと)とこそ見(み)奉(たてまつ)れ。当国(たうごく)の名所(めいしよ)にあこ
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や【阿古屋】の松(まつ)と云(いふ)所(ところ)やしりたる」ととふに、「ま(ッ)たく当国(たうごく)
のうちには候(さうら)はず。出羽国(ではのくに)(デワノくに)にや候(さうらふ)らん」。「さては
御辺(ごへん)しらざりけり。世(よ)はすゑにな(ッ)て、名所(めいしよ)をも
はやよびうしなひ【失ひ】たるにこそ」とて、むなしく
過(すぎ)んとしければ、老翁(らうおう)(ラウヲウ)、中将(ちゆうじやう)の袖(そで)をひかへ
て、「あはれ君(きみ)はみちのくのあこ屋(や)【阿古屋】の松(まつ)に木(こ)
がくれていづべき月(つき)のいでもやらぬか W008といふ
歌(うた)の心(こころ)をも(ッ)て、当国(たうごく)の名所(めいしよ)あこや【阿古屋】の松(まつ)とは
仰(おほせ)られ候(さうらふ)か、それは両国(りやうごく)が一国(いつこく)なりし時(とき)読(よみ)侍(はべ)る
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歌(うた)也(なり)。十二郡(じふにぐん)をさきわか(ッ)て後(のち)は、出羽国(ではのくに)(デワノくに)にや候(さうらふ)らん」
と申(まうし)ければ、さらばとて、実方(さねかたの)中将(ちゆうじやう)も出羽国(ではのくに)(デワノくに)に
こえてこそ、あこ屋(や)【阿古屋】の松(まつ)をば見(み)たりけれ。筑
紫(つくし)の太宰府(ださいふ)(ダサイノフ)より都(みやこ)へ■[魚+宣](はらか)の使(つかひ)ののぼるこ
そ、かた路(みち)十五日(じふごにち)とはさだめたれ。既(すでに)十二三日(じふにさんにち)と云(いふ)は、
これより殆(ほとんど)鎮西(ちんぜい)へ下向(げかう)ごさむなれ(ごさんなれ)。遠(とほ)しと云(いふ)
とも、備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)の間(あひだ)(アイダ)、両(りやう)三日(さんにち)にはよも過(すぎ)じ。近(ちか)きを
とをう(とほう)【遠う】申(まう)すは、大納言殿(だいなごんどの)の御渡(おんわたり)(ヲンワタリ)あんなる所(ところ)を、成
経(なりつね)にしらせじとてこそ申(まうす)らめ」とて、其(その)後(のち)は恋(こひ)(コイ)
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  『大納言(だいなごんの)死去(しきよ)』S0210
しけれ共(ども)とひ給(たま)はず。○さる程(ほど)に、法勝寺(ほつしようじ)(ホツセウじ)の執
行(しゆぎやう)俊寛(しゆんくわん)(シユンクワン)僧都(そうづ)、平(へい)判官(はんぐわん)(ハウグワン)康頼(やすより)、この少将(せうしやう)相(あひ)(アイ)ぐし
て、三人(さんにん)薩摩潟(さつまがた)鬼界(きかい)が島(しま)へぞながされける。
彼(かの)島(しま)は、都(みやこ)を出(いで)てはるばると浪路(なみぢ)をしのいで行(ゆく)
所(ところ)也(なり)。おぼろけにては舟(ふね)もかよはず。島(しま)にも人(ひと)
まれなり。をのづから(おのづから)人(ひと)はあれども、此(この)土(ど)の人(ひと)に
も似(に)ず。色(いろ)黒(くろ)うして牛(うし)の如(ごと)し。身(み)には頻(しきり)に毛(け)
おひつつ、云(いふ)詞(ことば)も聞(きき)しら【知ら】ず。男(をとこ)は鳥帽子(えぼし)(ヱボシ)もせず、
女(をうな)は髪(かみ)もさげざりけり。衣裳(いしやう)なければ人(ひと)にも
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似(に)ず。食(しよく)する物(もの)もなければ、只(ただ)殺生(せつしやう)をのみ先(さき)と
す。しづが山田(やまだ)を返(かへ)さねば、米穀(べいこく)のるいもなく、
園(その)の桑(くは)(クワ)をとらざれば、絹帛(けんぱく)のたぐひもなかり
けり。島(しま)のなかにはたかき山(やま)あり【有り】。鎮(とこしなへ)に火(ひ)もゆ。
硫黄(いわう)(ユワウ)[B 「ユ」に「イ」と傍書]と云(いふ)物(もの)みちみてり。かるがゆへに(かるがゆゑに)硫黄(いわう)が
島(しま)とも名付(なづけ)たり。いかづちつねになりあがり【上がり】、なり
くだり、麓(ふもと)には雨(あめ)しげし。一日(いちにち)片時(へんし)、人(ひと)の命(いのち)たえ(たへ)【堪へ】
てあるべき様(やう)もなし。さる程(ほど)に、新(しん)大納言(だいなごん)はすこ
し【少し】くつろぐ【寛ぐ】事(こと)もやとおもは【思は】れけるに、子息(しそく)
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丹波(たんばの)少将(せうしやう)成経(なりつね)も、はや鬼界(きかい)が島(しま)へながされ給(たま)
ひぬときい【聞い】て、今(いま)はさのみつれなく何事(なにごと)をか
期(ご)すべきとて、出家(しゆつけ)の志(こころざし)の候(さうらふ)よし、便(たより)に付(つけ)て
小松殿(こまつどの)へ申(まう)されければ、此(この)由(よし)法皇(ほふわう)(ホウわう)へ伺(うかがひ)(ウカガイ)申(まうし)て
御免(ごめん)あり【有り】けり。やがて出家(しゆつけ)し給(たま)ひぬ。栄花(えいぐわ)
の袂(たもと)を引(ひき)かへて、浮世(うきよ)をよそに[M 「よその」とあり「の」をミセケチ「に」と傍書]すみぞめ
の袖(そで)にぞやつれ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)の北方(きたのかた)は、都(みやこ)の
北山(きたやま)雲林院(うんりんゐん)(ウンリンイン)の辺(へん)にしのび【忍び】てぞおはしける。
さらぬだに住(すみ)なれぬ所(ところ)は物(もの)うきに、いとどしの
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ば【忍ば】れければ、過行(すぎゆく)月日(つきひ)もあかしかね、くらしわづ
らふさまなりけり。女房(にようばう)侍(さぶらひ)(サブライ)おほかり【多かり】けれども、
或(あるいは)世(よ)をおそれ【恐れ】、或(あるいは)人目(ひとめ)をつつむほど【程】に、とひと
ぶらふ者(もの)一人(いちにん)もなし。され共(ども)其(その)中(なか)に、源(げん)左衛
門尉(ざゑもんのじよう)(ザエもんノゼウ)信俊(のぶとし)と云(いふ)侍(さぶらひ)一人(いちにん)、情(なさけ)ことにふかかり【深かり】ければ、
つねはとぶらひ【訪ひ】奉(たてまつ)る。或(ある)時(とき)北方(きたのかた)、信俊(のぶとし)をめ
し【召し】て、「まことや、これには備前(びぜん)のこじまにと聞(きこ)
えしが、此(この)程(ほど)きけば有木(ありき)の別所(べつしよ)とかやにおは
す也(なり)。いかにもして今(いま)一度(いちど)、はかなき筆(ふで)のあと【跡】
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をも奉(たてまつ)り、御(おん)をとづれ(おとづれ)をもきかばや」とこその
給(たま)ひけれ。信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】申(まうし)けるは、「幼少(えうせう)(ヨウセウ)より
御憐(おんあはれみ)を蒙(かうぶつ)て、かた時(とき)もはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。
御下(おんくだ)りの時(とき)も、何(なに)共(とも)して御供(おんとも)仕(つかまつら)うど申(まうし)候(さうらひ)しか
共(ども)、六波羅(ろくはら)よりゆるさ【許さ】れねば力(ちから)及(および)(ヲヨビ)候(さうら)はず。めされ
候(さうらひ)[*「候」は「か」とも読める 「候」と傍書]し御声(おんこゑ)も耳(みみ)にとどまり、諫(いさめ)られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】し御
詞(おんことば)も肝(きも)に銘(めい)じて、かた時(とき)も忘(わすれ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。縦(たとひ)
此(この)身(み)はいかなる目(め)にもあひ候(さうら)へ、とうとう御(おん)ふみ【文】給(たま)
は(ッ)てまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」とぞ申(まうし)ける。北方(きたのかた)なのめなら
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ず悦(よろこん)で、やがてかい【書い】てぞたうだりける。おさなき(をさなき)【幼き】
人々(ひとびと)も面々(めんめん)に御(おん)ふみ【文】あり【有り】。信俊(のぶとし)これを給(たま)は(ッ)て、
はるばると備前国(びぜんのくに)有木(ありき)の別所(べつしよ)へ尋下(たづねくだ)る。[B 先(まづ)]あ
づかり【預り】の武士(ぶし)難波(なんばの)次郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)に案内(あんない)をいひけ
れば、心(こころ)ざしの程(ほど)を感(かん)じて、やがて見参(げんざん)にいれ【入れ】
たりけり。大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)は、只今(ただいま)も都(みやこ)の事(こと)
をの給(たま)ひ[B い]だし【出し】、歎(なげ)きしづんでおはしける処(ところ)に、
「京(きやう)より信俊(のぶとし)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申入(まうしいれ)たりければ、「ゆ
めかや」とて、ききもあへずおきなをり(なほり)、「是(これ)へ
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是(これ)へ」とめされければ、信俊(のぶとし)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て見(み)奉(たてまつ)るに、
まづ御(おん)すまひ【住ひ】の心(こころ)うさもさる事(こと)にて、墨染(すみぞめ)
の御袂(おんたもと)を見(み)奉(たてまつ)るにぞ、信俊(のぶとし)目(め)もくれ心(こころ)もき
えて覚(おぼえ)ける。北方(きたのかた)の仰(おほせ)かうむ(ッ)【蒙つ】し次第(しだい)、こまごま
と申(まうし)て、御(おん)ふみ【文】とりいだいて奉(たてまつ)る。是(これ)をあけて
見(み)給(たま)へば、水(みづ)ぐきの跡(あと)は涙(なみだ)にかきくれて、そ
こはかとはみえ【見え】ねども、「おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)のあまり
に恋(こひ)かなしみ給(たま)ふありさま、我(わが)身(み)もつき
せぬもの思(おもひ)にたへ【堪へ】しのぶ【忍ぶ】べうもなし」な(ン)ど(など)かか
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れたれば、日来(ひごろ)の恋(こひ)しさは事(こと)の数(かず)ならずと
ぞかなしみ給(たま)ふ。かくて四五日(しごにち)過(すぎ)ければ、信俊(のぶとし)
「これに候(さうらひ)て、[B 御]最後(ごさいご)の御(おん)有(あり)さま【有様】見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん」と
申(まうし)ければ、あづかり【預り】の武士(ぶし)難波(なんばの)次郎(じらう)経遠(つねとほ)(ツネトヲ)、か
なう(かなふ)【叶ふ】まじきよし【由】頻(しきり)に申(まう)せば、力(ちから)及(およ)(ヲヨ)ばで、「さらば
上(のぼ)れ」とこその給(たま)ひけれ。「我(われ)は近(ちか)ううしなは【失は】れん
ずらむ。此(この)世(よ)になき者(もの)ときかば、相構(あひかまへ)(アイカマヘ)て我(わが)後世(ごせ)
とぶらへ」とぞの給(たま)ひける。御返事(おんぺんじ)かいてたう
だりければ、信俊(のぶとし)これを給(たまは)(ッ)て、「又(また)こそ参(まゐ)り候(さうら)
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はめ」とて、いとま申(まうし)て出(いで)ければ、[B 大納言(だいなごん)、]「汝(なんぢ)が又(また)こ【来】んたびを
待(まち)つくべしともおぼえぬぞ。あまりにしたはし
くおぼゆる【覚ゆる】に、しばししばし」との給(たま)ひて、たびたび
よびぞかへさ【返さ】れける。さてもあるべきならねば、
信俊(のぶとし)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】つつ、都(みやこ)へ帰(かへり)のぼり【上り】けり。北
方(きたのかた)に御(おん)ふみ【文】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、是(これ)をあけて
御覧(ごらん)ずるに、はや出家(しゆつけ)し給(たま)ひたるとおぼしく
て、御(おん)ぐし【髪】の一(ひと)ふさ、ふみのおくにあり【有り】けるを、
ふた目(め)とも見(み)給(たま)はず。かたみこそ中々(なかなか)今(いま)は
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あたなれとて、ふしまろびてぞなか【泣か】れける。お
さなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も、声々(こゑごゑ)(コエごゑ)になきかなしみ給(たま)ひけり。
さる程(ほど)に、大納言(だいなごん)入道殿(にふだうどの)をば、同(おなじき)(ヲナジキ)八月(はちぐわつ)十九日(じふくにち)、
備前(びぜん)・備中(びつちゆう)(ビツチウ)両国(りやうごく)の堺(さかひ)(サカイ)、にはせ[B 「は」に「ワ」と傍書]【庭瀬】の郷(がう)吉備(きび)の
中山(なかやま)と云(いふ)所(ところ)にて、つゐに(つひに)【遂に】うしなひ【失ひ】奉(たてまつ)る。其(その)さひ
ご(さいご)【最後】の有様(ありさま)、やうやうに聞(きこ)えけり。酒(さけ)に毒(どく)を入(いれ)て
すすめたりけれ共(ども)、かなは【叶は】ざりければ、岸(きし)の二
丈(にぢやう)ばかりあり【有り】ける下(した)にひしをうへ(うゑ)【植ゑ】て、うへより
つきおとし【落し】奉(たてまつ)れば、ひしにつらぬ【貫ぬ】か(ッ)てうせ給(たま)ひ
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ぬ。無下(むげ)にうたてき事共(ことども)也(なり)。ためし【例】すくなうぞおぼ
えける。大納言(だいなごん)[B の]北方(きたのかた)は、此(この)世(よ)になき人(ひと)と聞(きき)たま
ひて、「いかにもして今(いま)一度(いちど)、かはらぬすがたを見(み)も
し、見(み)えんとてこそ、けふまでさまをもかへざり
つれ。今(いま)は何(なに)にかはせん」とて、菩提院(ぼだいゐん)(ボダイイン)と云(いふ)寺(てら)に
おはし、さまをかへ、かたのごとく[B の]仏事(ぶつじ)をいとなみ、
後世(ごせ)をぞとぶらひ【弔ひ】給(たま)ひける。此(この)北方(きたのかた)と申(まうす)は、
山城守(やましろのかみ)敦方(あつかた)の娘(むすめ)なり。勝(すぐれ)たる美人(びじん)にて、後白河
法皇(ごしらかはのほふわう)(ゴシラカワホウワウ)の御最愛(ごさいあい)ならびなき御(おん)おもひ【思ひ】人(びと)にてお
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はしけるを、成親卿(なりちかのきやう)ありがたき寵愛(ちようあい)(テウアイ)の人(ひと)にて、給(たま)
はられたりけるとぞ聞(きこ)えし。おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)も
花(はな)を手折(たをり)、閼伽(あか)の水(みづ)を結(むす)んで、父(ちち)の後世(ごせ)を
とぶらひ【弔ひ】給(たま)ふぞ哀(あはれ)なる。さる程(ほど)に[B 「さる程」に「かくて」と傍書]時(とき)うつり
事(こと)さ(ッ)て、世(よ)のかはりゆくありさまは、ただ天人(てんにん)の五
  『徳大寺(とくだいじ)之(の)沙汰(さた)』S0211
衰(ごすい)にことならず。○ここに徳大寺(とくだいじ)の大納言(だいなごん)実
定卿(しつていのきやう)は、平家(へいけ)の次男(じなん)宗盛卿(むねもりのきやう)に大将(だいしやう)をこえられ
て、しばらく寵居(ろうきよ)し給(たま)へり。出家(しゆつけ)せんとの給(たま)へ【宣へ】ば、
諸大夫(しよだいぶ)侍共(さぶらひども)(さぶらイども)[M 「諸大夫侍共」をミセケチ、左に「御内の上下」と傍書]、いかがせんと歎(なげき)あへり。其(その)中(なか)に藤(とう)蔵
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人(くらんどの)[B 大夫(たいふ)]重兼(しげかぬ)と云(いふ)諸大夫(しよだいぶ)あり【有り】。諸事(しよじ)に心(こころ)えたる者(もの)[M 「人」をミセケチ「者」と傍書]にて[B 有(あり)けるが]、
ある月(つき)の夜(よ)、実定卿(しつていのきやう)南面(なんめん)の御格子(みかうし)あげさせ、
只(ただ)ひとり月(つき)に嘯(うそむい)ておはしける処(ところ)に、なぐさめ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとやおもひ【思ひ】けん、藤蔵人(とうくらんど)まいり(まゐり)【参り】
たり。「たそ」[B とのたまへ【宣へ】ば、]「重兼(しげかぬ)候(ざうらふ)(ザフラウ)」。「いかに何事(なにごと)ぞ」との給(たま)へ【宣へ】ば、
「今夜(こよひ)は殊(こと)に月(つき)さえ【冴え】て、よろづ心(こころ)のすみ候(さうらふ)まま
にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)「神妙(しんべう)にま
い(ッ)(まゐつ)【参つ】たり。余(あまり)に何(なに)とやらん心(こころ)ぼそうて徒然(とぜん)なる
に」とぞ仰(おほせ)られける。其(その)後(のち)何(なに)となひ(ない)【無い】事共(ことども)申(まうし)て
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なぐさめ奉(たてまつ)る。大納言(だいなごん)の給(たま)ひけるは、「倩(つらつら)此(この)世(よ)の
中(なか)のありさまを見(み)るに、平家(へいけ)の世(よ)はいよいよ
さかん【盛】なり。入道(にふだう)相国(しやうこく)の嫡子(ちやくし)次男(じなん)、左右(さう)の大将(だいしやう)
にてあり【有り】。やがて三男(さんなん)知盛(とももり)、嫡孫(ちやくそん)維盛(これもり)もある【有る】ぞ
かし。かれも是(これ)も次第(しだい)にならば、他家(たけ)の人々(ひとびと)、大将(だいしやう)
に[M 「を」をミセケチ「に」と傍書]いつあたりつくべし共(とも)おぼえ【覚え】ず。さればつゐ(つひ)
の事(こと)也(なり)。出家(しゆつけ)せん」とぞの給(たま)ひける。重兼(しげかぬ)涙(なみだ)
をはらはらとながひ(ながい)【流い】て申(まうし)けるは、「君(きみ)の御出家(ごしゆつけ)候(さうらひ)
なば、御内(みうち)の上下(じやうげ)皆(みな)まどひ者(もの)になり[B 候(さうら)ひ]なんず。
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重兼(しげかぬ)めづらしい事(こと)をこそ案(あん)じ出(いだ)して候(さうら)へ。喩(たとへ)ば安
芸(あき)の厳島(いつくしま)をば、平家(へいけ)なのめならずあがめ敬(うやまは)れ
候(さうらふ)に、何(なに)かはくるしう【苦しう】候(さうらふ)べき、彼(かの)社(やしろ)へ御(おん)まいり(まゐり)【参り】あ(ッ)て、御
祈誓(ごきせい)候(さうら)へかし。七日(なぬか)ばかり御参籠(ごさんろう)候(さうら)はば、彼(かの)社(やしろ)には
内侍(ないし)とて、ゆう(いう)【優】なる舞姫共(まひびめども)(マイビメども)おほく【多く】[B 「く」に「う」と傍書]候(さうらふ)。めづら
しう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、もてなしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん
ずらん。何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に御参籠(ごさんろう)候(さうらふ)やらんと申(まうし)
候(さうら)はば、あり【有り】のままに仰(おほせ)候(さうら)へ。さて御(おん)のぼりの時(とき)、御
名残(おんなごり)おしみ(をしみ)【惜しみ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はんずらん。むねとの内侍共(ないしども)
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をめし【召し】具(ぐ)して、都(みやこ)まで御(おん)のぼり候(さうら)へ。都(みやこ)へのぼり候(さうらひ)
なば、西八条(にしはつでう)へぞ参(まゐり)(マイリ)候(さうら)はんずらん。徳大寺殿(とくだいじどの)は
何事(なにごと)の御祈誓(ごきせい)に厳島(いつくしま)へはまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひたり
けるやらんと尋(たづね)られ候(さうら)はば、内侍(ないし)共(ども)あり【有り】のままに
ぞ申(まうし)候(さうら)はむずらん。入道(にふだう)相国(しやうこく)はことに物(もの)めで
し給(たま)ふ人(ひと)にて、わが崇(あがめ)給(たま)ふ御神(おんがみ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
祈(いのり)申(まう)されけるこそうれしけれとて、よきやう
なるはからひもあんぬと覚(おぼえ)候(さうらふ)」と申(まうし)ければ、
徳大寺殿(とくだいじどの)「これこそおもひ【思ひ】もよらざりつれ。
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ありがたき策(はかりこと)かな。やがてまいら(まゐら)【参ら】む」とて、俄(にはか)に精
進(しやうじん)はじめつつ、厳島(いつくしま)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。誠(まこと)に彼(かの)
社(やしろ)には内侍(ないし)とてゆう(いう)【優】なる女(をんな)どもおほかり【多かり】けり。
七日(なぬか)参籠(さんろう)せられけるに、よるひる【夜昼】つきそひ奉(たてまつ)
り、もてなす事(こと)かぎりなし。七日(なぬか)七夜(ななよ)の間(あひだ)(アイダ)に、舞
楽(ぶがく)も三度(さんど)まであり【有り】けり。琵琶(びは)(ビワ)琴(こと)ひき、神楽(かぐら)
うたひ【歌ひ】な(ン)ど(など)遊(あそび)ければ、実定卿(しつていのきやう)も面白(おもしろき)(ヲモシロキ)事(こと)におぼ
しめし【思し召し】、神明(しんめい)法楽(ほふらく)(ホウラク)のために、いまやう【今様】朗詠(らうえい)(ラウエイ)うたひ【歌ひ】、
風俗(ふうぞく)催馬楽(さいばら)な(ン)ど(など)、ありがたき郢曲(えいきよく)どもあり【有り】けり。
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内侍共(ないしども)「当社(たうしや)へは平家(へいけ)の公達(きんだち)こそ御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶら
ふに、この御(おん)まいり(まゐり)【参り】こそめづらしうさぶらへ【候へ】。何事(なにごと)の
御祈誓(ごきせい)に御参籠(ごさんろう)さぶらふ【候ふ】やらん」と申(まうし)ければ、
「大将(だいしやう)を人(ひと)にこえられたる間(あひだ)、その祈(いのり)のため也(なり)」と
ぞ仰(おほせ)られける。さて七日(なぬか)参籠(さんろう)おは(ッ)(をはつ)て、大明神(だいみやうじん)に
暇(いとま)申(まうし)て都(みやこ)へのぼらせ給(たま)ふに、名残(なごり)ををしみ奉(たてまつ)
り、むねとのわかき内侍(ないし)十(じふ)余人(よにん)、舟(ふね)をしたて【仕立て】て一
日路(ひとひぢ)ををくり(おくり)【送り】奉(たてまつ)る。いとま申(まうし)けれ共(ども)、さりとては
あまりに名(な)ごりのおしき(をしき)【惜しき】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)、今(いま)二日
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路(ふつかぢ)と仰(おほせ)られて、都(みやこ)までこそ具(ぐ)せられけれ。徳大
寺殿(とくだいじどの)の亭(てい)へいれ【入れ】させ給(たま)ひて、やうやうにもてなし、
さまざまの御引出物共(おんひきでものども)たうでかへさ【返さ】れけり。内侍
共(ないしども)「これまでのぼる程(ほど)では、我等(われら)がしう(しゆう)【主】の太政(だいじやう)入道
殿(にふだうどの)へ、いかでまいら(まゐら)【参ら】である【有る】べき」とて、西八条(にしはつでう)へぞ参(さん)じ
たる。入道(にふだう)相国(しやうこく)いそぎ出(いで)あひ給(たま)ひて、「いかに内侍共(ないしども)は
何事(なにごと)の列参(れつさん)ぞ」。「徳大寺殿(とくだいじどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】さぶらふ(さぶらう)て、七
日(なぬか)こもらせ給(たま)ひて御(おん)のぼりさぶらふ【候ふ】を、一日路(ひとひぢ)をく
り(おくり)【送り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】てさぶらへ【候へ】ば、さりとてはあまりに名残(なごり)の
P02138
おしき(をしき)【惜しき】に、今(いま)一日路(ひとひぢ)二日路(ふつかぢ)と仰(おほせ)(ヲホセ)られて、是(これ)までめし【召し】
ぐせ【具せ】られてさぶらふ【候ふ】」。「徳大寺(とくだいじ)は何事(なにごと)の祈誓(きせい)
に厳島(いつくしま)まではまいら(まゐら)【参ら】れたりけるやらん」との給(たま)
へば、「大将(だいしやう)の御祈(おんいのり)のためとこそ仰(おほせ)られさぶらひ
しか」。其(その)時(とき)入道(にふだう)うちうなづいて、「あないとをし(いとほし)。王
城(わうじやう)にさしもた(ッ)とき霊仏(れいぶつ)霊社(れいしや)のいくらもまし
ますをさしをい(おい)て、我(わが)崇(あがめ)奉(たてまつ)る御神(おんがみ)(ヲンガミ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
祈(いのり)申(まう)されけるこそ有(あり)がたけれ。是(これ)ほど心(こころ)ざし切(せつ)
ならむ上(うへ)は」とて、嫡子(ちやくし)小松殿(こまつどの)内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)にて
P02139
ましましけるを辞(じ)せさせ奉(たてまつ)り、次男(じなん)宗盛(むねもり)大納
言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にておはしけるをこえさせて、徳大寺(とくだいじ)
を左大将(さだいしやう)にぞなされける。あはれ、めでたかりけ
るはかりこと【策】かな。新大納言(しんだいなごん)も、か様(やう)【斯様】に賢(かしこ)きはから
ひをばし給(たま)はで、よしなき謀反(むほん)おこいて、我(わが)身(み)も
亡(ほろび)、子息(しそく)所従(しよじゆう)[*「従」は「徒」とも読める]に至(いた)るまで、かかるうき目(め)をみせ【見せ】
  『山門滅亡(さんもんめつばう)堂衆合戦(だうしゆかつせん)』S0212
給(たま)ふこそうたてけれ。○さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)(ホウワウ)は三井
寺(みゐでら)の公顕僧正(こうけんそうじやう)を御師範(ごしはん)として、真言(しんごん)の秘
法(ひほふ)(ヒホウ)を伝受(でんじゆ)せさせましましけるが、大日経(だいにちきやう)・金剛
P02140
頂経(こんがうちやうきやう)・蘇悉地経(そしつぢぎやう)(ソシツヂキヤウ)、此(この)三部(さんぶ)の秘法(ひほふ)(ヒホウ)[B 「法」に「経」と傍書]をうけさせ給(たま)
ひて、九月(くぐわつ)四日[B ノヒ](よつかのひ)三井寺(みゐでら)にて御灌頂(ごくわんぢやう)(ゴクワンヂヤウ)あるべしと
ぞ聞(きこ)えける。山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)憤(いきどほり)(イキドヲリ)申(まうし)、「昔(むかし)より御灌頂(ごくわんぢやう)(ごクワンヂヤウ)
御受戒(おんじゆかい)(ヲンジユカイ)、みな当山(たうざん)にしてとげさせまします
事(こと)先規(せんぎ)也(なり)。就中(なかんづく)に山王(さんわう)の化導(けだう)は受戒(じゆかい)灌
頂(くわんぢやう)(クワンヂヤウ)のためなり。しかる【然る】を今(いま)三井寺(みゐでら)にてとげ
させましまさば、寺(てら)を一向(いつかう)焼払(やきはら)ふべしとぞ」
申(まうし)ける。[B 法皇(ほふわう)、]「是(これ)無益(むやく)なり」とて、御加行(おんけぎやう)(ヲンケギヤウ)を結願(けつぐわん)して、
おぼしめし【思し召し】とどまら【留まら】せ給(たま)ひぬ。さりながらも猶(なほ)
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御本意(ごほんい)なればとて、三井寺(みゐでら)の公顕僧正(こうけんそうじやう)をめ
し【召し】具(ぐ)して、天王寺(てんわうじ)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、五智光院(ごちくわうゐん)(ゴチクワウイン)を
たて、亀井(かめゐ)(カメイ)の水(みづ)を五瓶(ごびやう)の智水(ちすい)として、仏
法(ぶつぽふ)(ブツポウ)最初(さいしよ)の霊地(れいち)にてぞ、伝法(でんぼふ)(デンボウ)灌頂(くわんぢやう)(クワンヂヤウ)はとげさせ
ましましける。山門(さんもん)の騒動(さうどう)をしづめられんが
ために、三井寺(みゐでら)にて御灌頂(ごくわんぢやう)(ごクワンヂヤウ)はなかりしか共(ども)、山
上(さんじやう)には、堂衆(だうじゆ)学生(がくしやう)不快(ふくわい)の事(こと)いできて、かつ
せん【合戦】度々(どど)に及(およぶ)(ヲヨブ)。毎度(まいど)に学侶(がくりよ)うちおとされて、
山門(さんもん)の滅亡(めつばう)、朝家(てうか)の御大事(おんだいじ)とぞ見(み)えし。堂衆(だうじゆ)
P02142
と申(まうす)は、学生(がくしやう)の所従(しよじゆう)(シヨジウ)也(なり)ける童部(わらんべ)が法師(ほふし)(ホウシ)にな(ッ)
たるや、若(もし)は中間(ちゆうげん)(チウゲン)法師原(ぼふしばら)(ぼうしばら)にてあり【有り】けるが、[B 一(ひと)とせ]金剛
寿院(こんがうじゆゐん)(コンガウジユイン)の座主(ざす)覚尋権僧正(かくじんごんそうじやう)(カクシンゴンソウジヤウ)治山(ぢさん)の時(とき)より、三
塔(さんたふ)(さんタウ)に結番(けつばん)して、夏衆(げしゆ)と号(かう)して、仏(ほとけ)に花(はな)ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】し者共(ものども)也(なり)。近年(きんねん)行人(ぎやうにん)とて、大衆(だいしゆ)をも事(こと)
共(とも)せざりしが、かく度々(どど)の軍(いくさ)[M 「戦(イクサ)」をミセケチ「軍」と傍書]にうちかちぬ。堂衆
等(だうじゆら)師主(ししゆ)の命(めい)をそむいて合戦(かつせん)を企(くはたつ)(クワタツ)。すみやか
に誅罰(ちゆうばつ)(チウバツ)せらるべきよし、大衆(だいしゆ)公家(くげ)に奏聞(そうもん)
し、武家(ぶけ)に触(ふれ)う(ッ)たう(うつたふ)【訴ふ】。これによ(ッ)て太政(だいじやう)入道(にふだう)院
P02143
宣(ゐんぜん)(インゼン)を承(うけたまは)り、紀伊国(きのくに)の住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)湯浅権守(ゆあさのごんのかみ)宗重(むねしげ)以
下(いげ)、畿内(きない)の兵(つはもの)二千(にせん)余騎(よき)、大衆(だいしゆ)にさしそへて堂
衆(だうじゆ)を攻(せめ)らる。堂衆(だうじゆ)日(ひ)ごろは東陽坊(とうやうばう)にあり【有り】しが、
近江国(あふみのくに)三ケ(さんが)【三箇】の庄(しやう)に下向(げかう)して、数多(すた)の勢(せい)を率(そつ)
し、又(また)登山(とうざん)して、さう井坂(ゐざか)【早尾坂】に城[B 槨](じやうくわく)(ジヤウクハク)を構(かまへ)[M 「し」をミセケチ「構(カマヘ)」と傍書]てたて
ごもる[M 「たてごもり」とあり「り」を非とし「る」と傍書]。同(おなじき)九月(くぐわつ)廿日[B ノヒ](はつかのひ)辰(たつ)の一点(いつてん)に、大衆(だいしゆ)三千人(さんぜんにん)、官
軍(くわんぐん)二千(にせん)余騎(よき)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)五千(ごせん)余人(よにん)、さう井坂(ゐざか)【早尾坂】
におしよせたり。今度(こんど)はさり共(とも)とおもひ【思ひ】けるに、
大衆(だいしゆ)は官軍(くわんぐん)をさきだてんとし、官軍(くわんぐん)は又(また)大
P02144
衆(だいしゆ)をさきだて【先立て】んとあらそふ程(ほど)に、心々(こころごころ)にて
はかばかしうもたたかはず。城(じやう)の内(うち)より石弓(いしゆみ)
はづし【外し】かけたりければ、大衆(だいしゆ)官軍(くわんぐん)かずをつく
いてうた【討た】れにけり。堂衆(だうじゆ)に語(かた)らふ悪党(あくたう)と云(いふ)は、
諸国(しよこく)の窃盜(せつたう)・強盜(がうだう)・山賊(さんぞく)・海賊等(かいぞくとう)也(なり)。欲心(よくしん)熾盛(しじやう)
にして、死生(ししやう)不知(ふち)の奴原(やつばら)なれば、我(われ)一人(いちにん)と思(おもひ)き(ッ)て
たたかふ【戦ふ】程(ほど)に、今度(こんど)も又(また)学生(がくしやう)いくさ【軍】にまけにけ
  『山門滅亡(さんもんめつばう)』S0213
り。○其(その)後(のち)は山門(さんもん)いよいよ荒(あれ)はてて、十二禅衆(じふにぜんじゆ)の
ほかは、止住(しぢゆう)(シヂウ)の僧侶(そうりよ)も希(まれ)也(なり)。谷々(たにだに)の講演(こうえん)(カウエン)磨滅(まめつ)
P02145
して、堂々(だうだう)の行法(ぎやうぼふ)(ギヤウボウ)も退転(たいてん)す。修学(しゆがく)の窓(まど)を閉(とぢ)、
坐禅(ざぜん)の床(ゆか)をむなしう【空しう】せり。四教(しけう)五時(ごじ)の春[B ノ](はるの)花(はな)
もにほはず、三諦(さんだい)即是(そくぜ)の秋(あき)の月(つき)もくもれり。
三百(さんびやく)余歳(よさい)の法燈(ほつとう)(ホツトウ)を挑(かかぐ)る人(ひと)もなく、六時(ろくじ)不断(ふだん)の
香(かう)の煙(けぶり)もたえ【絶え】やしぬらん。堂舎(たうじや)高(たか)くそびへ(そびえ)【聳え】て、
三重(さんぢゆう)の構(かまへ)を青漢(せいかん)の内(うち)に挿(さしはさ)み、棟梁(とうりやう)遥(はるか)に
秀(ひいで)て、四面(しめん)の椽(たるき)を白霧(はくぶ)の間(あひだ)にかけたりき。
され共(ども)、今(いま)は供仏(くぶつ)を嶺(みね)の嵐(あらし)にまかせ【任せ】、金容(きんよう)を
紅瀝(こうれき)にうるほす。夜(よる)の月(つき)灯(ともしび)をかかげて、簷(のき)
P02146
のひまよりもり、暁(あかつき)の露(つゆ)珠(たま)を垂(たれ)て、蓮座(れんざ)
の粧(よそほひ)(ヨソヲヒ)をそふとかや。夫(それ)末代(まつだい)の俗(ぞく)に至(いたつ)ては、三国(さんごく)の
仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)も次第(しだい)に衰微(すいび)せり。遠(とほ)(トヲ)く天竺(てんぢく)に仏跡(ぶつせき)を
とぶらへば、昔(むかし)仏(ほとけ)の法(のり)を説(とき)給(たま)ひし竹林精舎(ちくりんしやうじや)・給
孤独園(ぎつこどくをん)も、此比(このごろ)は狐狼(こらう)野干(やかん)の栖(すみか)とな(ッ)て、礎(いしずゑ)(イシズヘ)のみ
や残(のこる)らん。白鷺池(はくろち)には水(みづ)たえ【絶え】て、草(くさ)のみふかく
しげれり。退梵(たいぼん)下乗(げじよう)(ゲゼウ)の卒都婆(そとば)も苔(こけ)のみ
むして傾(かたぶき)ぬ。震旦(しんだん)にも天台山(てんだいさん)・五台山(ごだいさん)【御台山】・白馬寺(はくばじ)・
玉泉寺(ぎよくせんじ)も、今(いま)は住侶(ぢゆうりよ)(ヂウリヨ)なきさまに荒(あれ)はてて、大小
P02147
乗(だいせうじよう)(だいセウゼウ)の法門(ほふもん)(ホウモン)も箱(はこ)の底(そこ)にや朽(くち)ぬらん。我(わが)朝(てう)にも[M 「には」とあり「は」をミセケチ「も」と傍書]、
南都(なんと)の七大寺(しちだいじ)荒(あれ)はてて、八宗(はつしゆう)(はつシウ)九宗(くしゆう)(くシウ)も跡(あと)たえ【絶え】、
愛宕護(あたご)・高雄(たかを)(たかヲ)も、昔(むかし)は堂塔(だうたふ)(ダウタウ)軒(のき)をならべたり
しか共(ども)、一夜(ひとよ)のうちに荒(あれ)にしかば、天狗(てんぐ)の棲(すみか)と
なりはてぬ。さればにや、さしもや(ン)ごとなかりつる
天台(てんだい)の仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)も、治承(ぢしよう)(ヂセウ)の今(いま)に及(およん)(ヲヨン)で、亡(ほろび)はてぬる
にや。心(こころ)ある人(ひと)嘆(なげき)かなしまずと云(いふ)事(こと)なし。離山(りさん)
しける僧(そう)の坊(ばう)の柱(はしら)に、歌(うた)をぞ一首(いつしゆ)かい【書い】たりける。
いのりこし我(わが)たつ杣(そま)のひき【引き】かへて
P02148
人(ひと)なきみねとなりやはてなむ W009
これは、伝教大師(でんげうだいし)当山(たうざん)草創(さうさう)の昔(むかし)、阿耨多羅
三藐三菩提[*「藐」は底本は「(草冠に狼)」](あのくたらさんみやくさんぼだい)の仏(ほとけ)たちにいのり申(まう)されける
事(こと)をおもひ【思ひ】出(いで)て、読(よみ)たりけるにや。いとやさしう
ぞ聞(きこ)えし。八日(やうか)は薬師(やくし)の日(ひ)なれ共(ども)、南無(なむ)と唱(となふ)るこゑ【声】
もせず、卯月(うづき)は垂跡(すいしやく)の月(つき)なれ共(ども)、幣帛(へいはく)を捧(ささぐ)る
人(ひと)もなし。あけの玉墻(たまがき)かみさびて、しめなは【注連縄】のみや
  『善光寺(ぜんくわうじ)炎上(えんしやう)』S0214
残(のこる)らん。○其(その)比(ころ)善光寺(ぜんくわうじ)炎上(えんしやう)の由(よし)其(その)聞(きこえ)(キコヘ)あり【有り】。彼(かの)如
来(によらい)と申(まうす)は、昔(むかし)中天竺(ちゆうてんぢく)(チウテンヂク)舎衛国(しやゑこく)(シヤエコク)に五種(ごしゆ)の悪病(あくびやう)
P02149
おこ(ッ)て人庶(にんそ)おほく【多く】亡(ほろび)しに、月蓋長者(ぐわつかいちやうじや)が致請(ちせい)によ(ッ)
て、竜宮城(りゆうぐうじやう)(リウグウじやう)より閻浮檀金(えんぶだんごん)をえて、釈尊(しやくそん)、目蓮(もくれん)
長者(ちやうじや)、心(こころ)をひとつ【一つ】にして鋳(い)(ヰ)あらはし給(たま)へる一(いつ)ちや
く手半(しゆはん)の弥陀(みだ)の三尊(さんぞん)、閻浮提(えんぶだい)第一(だいいち)の霊像(れいざう)也(なり)。
仏滅度(ぶつめつど)の後(のち)、天竺(てんぢく)にとどまら【留まら】せ給(たまふ)事(こと)五百(ごひやく)余歳(よさい)、
仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)東漸(とうぜん)の理(ことわり)(コトハリ)にて、百済国(はくさいこく)にうつらせ給(たま)ひて、
一千歳(いつせんざい)の後(のち)、百済(はくさい)の御門(みかど)斉明王【*聖明王】(せいめいわう)、吾(わが)朝(てう)の御門(みかど)
欽明天皇(きんめいてんわう)の御宇(ぎよう)に及(およん)(ヲヨン)で、彼(かの)国(くに)よりこの【此の】国(くに)へうつ
らせ給(たま)ひて、摂津国(つのくに)難波(なんば)の浦(うら)にして星霜(せいざう)を
P02150
をくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけり。つねは金色(こんじき)の光(ひかり)をはなたせ
ましましければ、これによ(ッ)て年号(ねんがう)を金光(こんくわう)と号(かう)(ガウ)す。
同(おなじき)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、信濃国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)おうみ【麻績】の本
太善光(ほんだよしみつ)と云(いふ)(ユウ)者(もの)、都(みやこ)へのぼりたりけるが、彼(かの)如来(によらい)に
逢(あひ)(アイ)奉(たてまつ)りたりけるに、やがていざなひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、ひ
るは善光(よしみつ)、如来(によらい)ををい(おひ)【負ひ】奉(たてまつ)り、夜(よる)は善光(よしみつ)、如来(によらい)
におはれたてま(ッ)【奉つ】て、信濃国(しなののくに)へ下(くだ)り、みのち【水内】の郡[* 「都」と有るのを他本により訂正](こほり)
に安置(あんぢ)したてま(ッ)【奉つ】しよりこのかた、星霜(せいざう)既(すで)に
五百八十(ごひやくはちじふ)余歳(よさい)、炎上(えんしやう)の例(れい)はこれはじめとぞ承(うけたまは)
P02151
る。「王法(わうぼふ)(ワウボウ)つきんとては仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)まづ亡(ばう)ず」といへり。さ
ればにや、「さしもや(ン)ごとなかりつる霊寺(れいじ)霊山(れいさん)の
おほく【多く】ほろびうせぬるは、平家(へいけ)[M 「平家(ヘイケ)」をミセケチ「王法」と傍書]の末(すゑ)(スエ)になり
  『康頼(やすより)祝言(のつと)』S0215
ぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ申(まうし)ける。○さるほど【程】に、
鬼界(きかい)が島(しま)の流人共(るにんども)、露(つゆ)の命(いのち)草葉(くさば)のす
ゑにかか(ッ)て、おしむ(をしむ)【惜しむ】べきとにはあらね共(ども)、丹波(たんばの)
少将(せうしやう)のしうと平宰相(へいざいしやう)の領(りやう)、肥前国(ひぜんのくに)鹿瀬庄(かせのしやう)
より、衣食(いしよく)を常(つね)にをくら(おくら)【送ら】れければ、それにて
ぞ俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)も康頼(やすより)も、命(いのち)をいきて過(すご)しける。
P02152
康頼(やすより)はながされける時(とき)、周防(すはうの)室(むろ)づみ【室積】にて出家(しゆつけ)
して(ン)げれば、法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)は性照(しやうせう)とこそついたりけれ。
出家(しゆつけ)はもとよりの望(のぞみ)なりければ、
つゐに(つひに)【遂に】かくそむきはてける世間(よのなか)を
とく捨(すて)ざりしことぞくやしき W010
丹波(たんばの)少将(せうしやう)・康頼(やすより)入道(にふだう)は、もとより熊野信(くまのしん)じの
人々(ひとびと)なれば、「いかにもして此(この)島(しま)のうちに」熊野(くまの)の
三所権現(さんじよごんげん)を勧請(くわんじやう)し奉(たてまつ)て、帰洛(きらく)の事(こと)を祈(いのり)
申(まう)さばやと云(いふ)に、俊寛(しゆんくわん)僧都(そうづ)は天姓【*天性】(てんぜい)不信(ふしん)第一(だいいち)
P02153
の人(ひと)にて、是(これ)をもちい(もちゐ)【用】ず。二人(ににん)はおなじ心(こころ)に、もし熊
野(くまの)に似(に)たる所(ところ)やあると、島(しま)のうちを尋(たづね)まはる
に、或(あるいは)林塘(りんたう)の妙(たへ)なるあり【有り】、紅錦繍(こうきんしう)の粧(よそほひ)(ヨソヲイ)しな
じなに、或(あるいは)雲嶺(うんれい)のあやしきあり【有り】、碧羅綾(へきらりよう)(ヘキラレウ)の色(いろ)一(ひとつ)
にあらず。山(やま)のけしき【景色】、木(き)のこだちに至(いた)るまで、外(ほか)
よりもなを(なほ)【猶】勝(すぐれ)たり。南(みなみ)を望(のぞ)めば、海(かい)漫々(まんまん)として、
雲(くも)の波(なみ)煙(けぶり)の浪(なみ)ふかく、北(きた)をかへり見(み)れば、又(また)山岳(さんがく)
の峨々(がが)たるより、百尺(はくせき)の滝水(りゆうすい)(リウスイ)[M 「レウスイ」とあり「レ」をミセケチ「リ」と傍書]漲落(みなぎりおち)(ミナギリヲチ)たり。滝(たき)の
音(おと)ことにすさまじく、松風(まつかぜ)神(かみ)さびたるすまひ【住ひ】、
P02154
飛滝(ひりゆう)(ヒレウ)権現(ごんげん)のおはします那智(なち)のお山(やま)にさに【似】た
りけり。さてこそやがてそこをば、那智(なち)のお山(やま)と
は名(な)づけけれ。此(この)峯(みね)は本宮(ほんぐう)、かれは新宮(しんぐう)、是(これ)は
そんぢやう其(その)王子(わうじ)、彼(かの)王子(わうじ)な(ン)ど(など)、王子(わうじ)王子(わうじ)の名(な)を
申(まうし)て、康頼(やすより)入道(にふだう)先達(せんだつ)にて、丹波(たんばの)少将(せうしやう)相(あひ)(アイ)ぐしつ
つ、日(ひ)ごとに熊野(くまの)まうでのまねをして、帰洛(きらく)の
事(こと)をぞ祈(いのり)ける。「南無(なむ)権現(ごんげん)金剛童子(こんがうどうじ)、ねが
は【願は】くは憐(あはれ)みをたれさせおはしまして、古郷(こきやう)へ
かへし入(いれ)させ給(たま)ひて[M 「給へ」とあり「へ」をミセケチ「ひて」と傍書]妻子(さいし)[M 共(ども)]をも今(いま)一度(いちど)みせ【見せ】給(たま)
P02155
へ」とぞ祈(いのり)ける。日数(ひかず)つもり【積り】てたちかふ【裁替】べき浄
衣(じやうえ)(ジヤウエ)もなければ、麻(あさ)の衣(ころも)を身(み)にまとひ、沢
辺(さはべ)の水(みづ)をこりにかいては、岩田河(いはだがは)のきよき
流(ながれ)とおもひ【思ひ】やり、高(たか)き所(ところ)にのぼ(ッ)【上つ】[B 「のほ」に「上」と傍書]ては、発心
門(ほつしんもん)とぞ観(くわん)じける。まいる(まゐる)【参る】たびごとには、康頼(やすより)
入道(にふだう)の(ッ)と【祝言】を申(まうす)に、御幣紙(ごへいかみ)もなかれ【*なけれ】ば、花(はな)を
手折(たをり)てささげつつ、
維(ゐ)(イ)あたれる歳次(さいし)、治承(ぢしよう)(ヂセウ)元年(ぐわんねん)丁酉(ひのとのとり)、月(つき)のなら
び十月(とつき)二月(ふたつき)、日(ひ)の数(かず)三百五十(さんびやくごじふ)余ケ日(よかにち)、吉日(きちにち)良
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辰(りやうしん)を択(えらん)で、かけまくも忝(かたじけな)く、日本(にほん)第一(だいいち)大領験(だいりやうげん)、熊
野(ゆや)三所権現(さんじよごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ヒレウ)大薩■(だいさつた)の教(けう)りやう【教令】、宇
豆(うづ)の広前(ひろまへ)にして、信心(しんじん)の大施主(だいせしゆ)、羽林(うりん)藤原(ふぢはらの)
成経(なりつね)、并(ならび)に沙弥(しやみ)性照(しやうせう)、一心(いつしん)清浄(しやうじやう)の誠(まこと)を致(いた)し、三
業(さんごふ)(さんゴウ)相応(さうおう)(サウヲウ)の志(こころざし)を抽(ぬきんで)て、謹(つつしん)でも(ッ)て敬(うやまつて)白(まうす)。夫(それ)証誠(しようじやう)(セウジヤウ)
大菩薩(だいぼさつ)は、済度(さいど)苦海(くかい)の教主(けうしゆ)、三身(さんじん)円満(ゑんまん)(エンマン)の覚
王(かくわう)也(なり)。或(あるいは)東方(とうばう)浄瑠璃医王(じやうるりいわう)(ジヤウルリイハウ)の主(しゆう)(シユ)、衆病(しゆびやう)悉除(しつじよ)(シツヂヨ)
の如来(によらい)也(なり)。或(あるいは)南方(なんばう)補堕落(ふだらく)能化(のうけ)の主(しゆう)(シユ)、入重(にふぢゆう)(ニウヂウ)玄
門(げんもん)の大士(だいじ)。若王子(にやくわうじ)は娑婆(しやば)世界(せかい)の本主(ほんじゆ)、施無
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畏者(せむいしや)の大士(だいじ)(ダイシン)、頂上(ちやうじやう)の仏面(ぶつめん)を現(げん)じて、衆生(しゆじやう)の所願(しよぐわん)を
みて給(たま)へり。是(これ)によ(ッ)て、かみ【上】一人(いちにん)よりしも【下】万民(ばんみん)
に至(いた)るまで、或(あるいは)現世(げんぜ)安穏(あんをん)のため、或(あるいは)後生(ごしやう)善
処(ぜんしよ)のために、朝(あした)には浄水(じやうすい)を結(むすん)で煩悩(ぼんなう)のあか【垢】を
すすぎ、夕(ゆふべ)には深山(しんざん)に向(むかつ)て宝号(ほうがう)を唱(となふ)るに、感応(かんおう)(カンヲウ)
おこたる事(こと)なし。峨々(がが)たる嶺(みね)のたかきをば、神徳(しんとく)
のたかきに喩(たと)へ、嶮々(けんけん)たる谷(たに)のふかきをば、弘
誓(ぐぜい)のふかきに准(なぞら)へて、雲(くも)を分(わき)てのぼり、露(つゆ)をし
のいで下(くだ)る。爰(ここ)に利益(りやく)の地(ち)をたのま【頼ま】ずむ(ずん)ば、
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いかんが歩(あゆみ)を嶮難(けんなん)の路(みち)にはこばん。権現(ごんげん)の徳(とく)をあ
ふがずんば、何(なんぞ)必(かならず)しも幽遠(いうえん)(ユウエン)の境(さかひ)(サカイ)にましまさむ。仍(よつて)
証誠(しようじやう)(セウジヤウ)大権現(だいごんげん)、飛滝(ひりゆう)(ヒレウ)大薩■(だいさつた)、青蓮(しやうれん)(シヤウレン)慈悲(じひ)の眸(まなじり)を
相(あひ)ならべ、さをしか【小牡鹿】の御耳(おんみみ)をふりたてて、我等(われら)が無二(むに)の
丹城(たんぜい)を知見(ちけん)して、一々(いちいち)の懇志(こんし)を納受(なふじゆ)(ナウジユ)し給(たま)へ。然(しかれば)
則(すなはち)、むすぶ【結】・はや玉(たま)【早玉】の両所権現(りやうじよごんげん)、おのおの機(き)に随(したがつ)
て、有縁(うえん)の衆生(しゆじやう)をみちびき、無縁(むえん)の群類(ぐんるい)を
すくはんがために、七宝(しつぽう)(しつホウ)荘厳(しやうごん)のすみか【栖】をすてて、
八万四千(はちまんしせん)の光(ひかり)を和(やはら)げ、六道(ろくだう)三有(さんう)の塵(ちり)に同(どう)じ
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給(たま)へり。故(かるがゆへ)(かるがゆゑ)に定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)亦能転(やくのうてん)、求長寿(ぐぢやうじゆ)得長寿(とくぢやうじゆ)の
礼拝(らいはい)、袖(そで)をつらね、幣帛(へいはく)礼奠(れいてん)を捧(ささぐ)る事(こと)ひ
まなし。忍辱(にんにく)の衣(ころも)を重(かさね)、覚道(かくだう)の花(はな)を捧(ささげ)て、神
殿(じんでん)の床(ゆか)を動(うごか)し、信心(しんじん)の水(みづ)をすまして、利生(りしやう)の池(いけ)を
湛(たたへ)たり。神明(しんめい)納受(なふじゆ)(ナウジユ)し給(たま)はば、所願(しよぐわん)なんぞ成就(じやうじゆ)せざ
らん。仰願(あふぎねがはく)は、十二所権現(じふにしよごんげん)、利生(りしやう)の翅(つばさ)を並(ならべ)て、遥(はるか)
に苦海(くかい)の空(そら)にかけり、左遷(させん)の愁(うれへ)をやすめて、帰
洛(きらく)の本懐(ほんぐわい)をとげしめ給(たま)へ。再拝(さいはい)。とぞ、康頼(やすより)の(ッ)
  『卒都婆流(そとばながし)』S0216
と【祝詞】をば申(まうし)ける。○丹波(たんばの)少将(せうしやう)・康頼(やすより)入道(にふだう)、つねは三所
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権現(さんじよごんげん)の御前(おんまへ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、通夜(つや)するおり(をり)【折】もありけり。
或(ある)時(とき)二人(ににん)通夜(つや)して、夜(よ)もすがらいまやう【今様】をぞ
うたひ【歌ひ】ける。暁(あかつき)がたに、康頼(やすより)入道(にふだう)ち(ッ)とまどろみ
たる夢(ゆめ)に、おきより白(しろ)い帆(ほ)かけたる小船(こぶね)を一
艘(いつさう)(いつソウ)こぎよせて、舟(ふね)のうちより紅(くれなゐ)(クレナイ)の袴(はかま)きたる
女房達(にようばうたち)二三十人(にさんじふにん)あがり【上がり】、皷(つづみ)をうち、こゑ【声】を調(ととのへ)て、
よろづの仏(ほとけ)の願(ぐわん)よりも千手(せんじゆ)の誓(ちかひ)(チカイ)ぞたのも
しき【頼もしき】枯(かれ)たる草木【くさき】も忽(たちまち)に花(はな)さき実(み)なるとこ
そきけ K013 I と、三(さん)べんうたひ【歌ひ】すまし【澄まし】て、かきけつ【消つ】
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やうにぞうせにける。夢(ゆめ)さめて後(のち)、奇異(きい)の思(おもひ)
をなし、康頼(やすより)入道(にふだう)申(まうし)けるは、「是(これ)は竜神(りゆうじん)(リウジン)の化現(けげん)
とおぼえたり。三所権現(さんじよごんげん)のうちに、西(にし)の御前(ごぜん)(ごゼン)
と申(まうす)は、本地(ほんぢ)千手観音(せんじゆくわんおん)(センジユクワンおん)にておはします。竜
神(りゆうじん)(リウジン)は則(すなはち)千手(せんじゆ)の廿八(にじふはち)部衆(ぶしゆ)の其(その)一(ひとつ)なれば、も(ッ)て
御納受(ごなふじゆ)(ごナウジユ)こそたのもしけれ【頼もしけれ】」。又(また)或(ある)夜(よ)二人(ににん)通夜(つや)
して、おなじうまどろみたりける夢(ゆめ)に、おき
より吹(ふき)くる風(かぜ)の、二人(ににん)が袂(たもと)に木(こ)の葉(は)をふたつ【二つ】
ふきかけたりけるを、何(なに)となうと(ッ)【取つ】て見(み)ければ、
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御熊野(みくまの)の南木(なぎ)の葉(は)にてぞ有(あり)ける。彼(かの)二(ふたつ)の南
木(なぎ)の葉(は)に、一首(いつしゆ)の歌(うた)を虫(むし)くひにこそしたりけれ。
千(ち)はやふる神(かみ)にいのりのしるけれ[M 「しげけれ」とあり「げけ」をミセケチ「るけ」と傍書]ば
などか都(みやこ)へ帰(かへ)らざるべき W011
康頼(やすより)入道(にふだう)、古郷(こきやう)の恋(こひ)(コイ)しきままに、せめてのはかりこと【策】
に、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)を作(つく)り、■字(あじ)の梵字(ぼじ)・年
号(ねんがう)・月日(つきひ)、仮名(けみやう)実名(じうみやう)、二首(にしゆ)の歌(うた)をぞかいたりけり【*ける】。
さつまがたおきのこじまに我(われ)あり【有り】と
おやにはつげよやへ【八重】のしほかぜ W012
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おもひ【思ひ】やれしばしとおもふ【思ふ】旅(たび)だにも
なを(なほ)【猶】ふるさとはこひしきものを W013
是(これ)を浦(うら)にも[B ッ]て出(いで)て、「南無(なむ)帰命(きみやう)頂礼(ちやうらい)、梵天(ぼんでん)帝
尺(たいしやく)、四大天王(しだいてんわう)、けんらふ(けんらう)【堅牢】地神(ぢじん)、[B 王城(わうじやう)ノ]鎮守(ちんじゆ)諸大明神(しよだいみやうじん)、殊(こと)
には熊野権現(くまのごんげん)、厳島大明神(いつくしまだいみやうじん)、せめては一本(いつぽん)成(なり)共(とも)
都(みやこ)へ伝(つたへ)てたべ」とて、奥津(おきつ)(ヲキツ)しら浪(なみ)【白浪】のよせてはかへ
るたびごとに、卒都婆(そとば)を海(うみ)にぞ浮(うか)べける。卒
都婆(そとば)を作(つく)り出(いだ)すに随(したがつ)て、海(うみ)に入(いれ)ければ、日数(ひかず)つ
もれば卒都婆(そとば)のかずもつもり【積り】、そのおもふ【思ふ】心(こころ)や
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便(たより)の風(かぜ)ともなりたりけむ、又(また)神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)もやを
くら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひけむ、千本(せんぼん)の卒都婆(そとば)のなかに一本(いつぽん)、
安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)の御(おん)まへの渚(なぎさ)にうち
あげたり。康頼(やすより)がゆかりあり【有り】ける僧(そう)、しかる【然る】べ
き便(たより)もあらば、いかにもして彼(かの)島(しま)へわた(ッ)て、[M 其(その)]
其(その) 行(ゆく)ゑ(ゆくへ)【行方】をきかむとて、西国(さいこく)修行(しゆぎやう)に出(いで)たりけるが
[M が]、先(まづ)厳島(いつくしま)へぞまいり(まゐり)【参り】たりける。爰(ここ)に宮人(みやうど)と
おぼしくて、狩衣(かりぎぬ)装束(しやうぞく)なる俗(ぞく)一人(いちにん)いで【出で】きたり。
此(この)僧(そう)何(なに)となき物語(ものがたり)しけるに、「夫(それ)、和光同塵(わくわうどうぢん)(ワクワウドウヂン)の
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利生(りしやう)さまざまなりと申(まう)せども、いかなりける因縁(いんえん)(インエン)
をも(ッ)て、此(この)御神(おんがみ)(ヲンがみ)は海漫(かいまん)の鱗(いろくづ)に縁(えん)(ヱン)をむすばせ給(たま)
ふらん」ととひ奉(たてまつ)る。宮人(みやうど)答(こたへ)けるは、「是(これ)はよな、娑
竭羅竜王(しやかつらりゆうわう)(シヤカツラリウワウ)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)、胎蔵界(たいざうかい)の垂跡(すいしやく)
也(なり)」。此(この)島(しま)に御影向(ごやうがう)あり【有り】し初(はじめ)より、済度(さいど)利生(りしやう)の
今(いま)に至(いた)るまで、甚深(じんじん)奇特(きどく)の事共(ことども)をぞかたり
ける。さればにや、八社(はつしや)の御殿(ごてん)甍(いらか)をならべ、社(やしろ)はわ
だづみのほとりなれば、塩(しほ)のみちひに月(つき)[M こ]
ぞ[M 「こそ」の「こ」をミセケチ]すむ。しほみちくれば、大鳥居(おほどりゐ)(ヲホドリイ)あけ【朱】の玉
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墻(たまがき)瑠璃(るり)の如(ごと)し。塩(しほ)引(ひき)ぬれば、夏(なつ)の夜(よ)なれど、御(おん)
まへのしら州(す)に霜(しも)ぞをく(おく)【置く】。いよいよた(ッ)とく【尊く】おぼえ【覚え】
て、法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て居(ゐ)たりけるに、やうやう日(ひ)く
れ、月(つき)さし出(いで)て、塩(しほ)のみちけるが、そこはかと
なき藻(も)くづ共(ども)のゆられよりけるなかに、卒
都婆(そとば)のかたのみえ【見え】けるを、何(なに)となうと(ッ)て見(み)ければ、
奥(おき)のこじまに我(われ)あり【有り】と、かきながせることのは也(なり)。
文字(もじ)をばゑり入(いれ)きざみ付(つけ)たりければ、浪(なみ)に
もあらは【洗は】れず、あざあざとしてぞみえ【見え】たりける。「あ
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なふしぎ【不思議】」とて、これを取(とり)て笈(おひ)(ヲイ)のかた【肩】にさし、都(みやこ)への
ぼり、康頼(やすより)が老母(らうぼ)の尼公(にこう)妻子共(さいしども)が、一条(いちでう)の北(きた)、紫
野(むらさきの)と云(いふ)所(ところ)に忍(しのび)つつすみけるに、見(み)せたり
ければ、「さらば、此(この)卒都婆(そとば)がもろこしのかたへもゆ
られゆかで、なにしにこれまでつたひ来(き)て、今
更(いまさら)物(もの)をおもは【思は】すらん」とぞかなしみける。遥(はるか)の
叡聞(えいぶん)(エイブン)に及(およん)(ヲヨン)で、法皇(ほふわう)(ホウワウ)これを御覧(ごらん)じて、「あなむざん
や。さればいままで此(この)者共(ものども)は、命(いのち)のいきてあるに
こそ」とて、御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)ふぞ忝(かたじけな)き。小松(こまつ)の
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おとどのもとへをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひたりければ、是(これ)
を父(ちち)の入道(にふだう)相国(しやうこく)に見(み)せ奉(たてまつ)り給(たま)ふ。柿本(かきのもとの)人
丸(ひとまる)は島(しま)がくれゆく【島隠れ行く】船(ふね)をおもひ【思ひ】、山辺(やまのべ)(やまノヘン)の赤人(あかひと)は
あしべのたづをながめ給(たま)ふ。住吉(すみよし)の明神(みやうじん)はかた
そぎの思(おもひ)をなし、三輪(みわ)の明神(みやうじん)は杉(すぎ)たてる門(かど)
をさす。昔(むかし)素盞烏尊(そさのをのみこと)、三十一字(さんじふいちじ)のやまと
うたをはじめをき(おき)給(たま)ひしよりこのかた、もろもろ
の神明(しんめい)仏陀(ぶつだ)も、彼(かの)詠吟(えいぎん)(エイギン)をも(ッ)て百千万端(ひやくせんばんたん)の
思(おも)ひをのべ給(たま)ふ。入道(にふだう)も石木(いはき)ならねば、さすが
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  『蘇武(そぶ)』S0217
哀(あはれ)げにぞの給(たま)ひける。○入道(にふだう)相国(しやうこく)のあはれみた
まふうへは、京中(きやうぢゆう)(キヤウヂウ)の上下(じやうげ)、老(おい)(ヲイ)たるもわかきも、鬼界(きかい)
が[M 「かの」とあり「の」をミセケチ]島(しま)の流人(るにん)の歌(うた)とて、口(くち)ずさまぬはなかり
けり。さても千本(せんぼん)まで作(つく)りたりける卒都
婆(そとば)なれば、さこそはちいさう(ちひさう)【小さう】もあり【有り】けめ、薩摩潟(さつまがた)
よりはるばると都(みやこ)までつたはりけるこそふし
ぎ【不思議】なれ。あまりにおもふ【思ふ】事(こと)はかくしるし【徴】あるにや。
いにしへ漢王(かんわう)胡国(ここく)を攻(せめ)られけるに、はじめは李少
卿(りせうけい)を大将軍(たいしやうぐん)にて、三十万騎(さんじふまんぎ)むけられたりけるが、
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漢王(かんわう)のいくさ【軍】よはく(よわく)【弱く】、胡国(ここく)のたたかひ【戦ひ】こはくして、
官軍(くわんぐん)みなうちほろぼさる。剰(あまつさへ)大将軍(たいしやうぐん)李少卿(りせうけい)、
胡王(こわう)のためにいけどら【生捕ら】る。次(つぎ)に蘇武(そぶ)を大将軍(たいしやうぐん)に
て、五十万騎(ごじふまんぎ)をむけらる。猶(なほ)(ナヲ)漢(かん)のいくさ【軍】よはく(よわく)【弱く】、
えびすのたたかひ【戦ひ】こはくして、官軍(くわんぐん)(くわんグン)皆(みな)亡(ほろび)にけり。
兵(つはもの)六千余人(ろくせんよにん)[M 「六十」の「十」を非とし「千」と傍書]いけどら【生捕ら】る。その【其の】なか【中】に、大将軍(たいしやうぐん)蘇
武(そぶ)をはじめとして、宗(むね)との兵(つはもの)六百三十(ろつぴやくさんじふ)余人(よにん)すぐり
出(いだ)して、一々(いちいち)にかた足(あし)をき(ッ)てお(ッ)【追つ】ぱなつ【放つ】。則(すなはち)死(し)する
者(もの)もあり【有り】、程(ほど)へて死(し)ぬる者(もの)もあり【有り】。其(その)なかにされ共(ども)
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蘇武(そぶ)はしなざりけり。かた足(あし)なき身(み)とな(ッ)て、山(やま)に
のぼ(ッ)【上つ】ては木(こ)の実(み)をひろひ、春(はる)は沢(さは)の根芹(ねぜり)を
摘(つみ)、秋(あき)は田(た)づら【田面】のおち穂(ぼ)【落ち穂】ひろひ【拾ひ】な(ン)ど(など)してぞ、露(つゆ)
の命(いのち)を過(すご)しける。田(た)にいくらもあり【有り】ける鴈(かり)ども、
蘇武(そぶ)に見(み)なれ【馴れ】ておそれ【恐れ】ざりければ、これはみな
我(わが)古郷(ふるさと)へかよふものぞかしとなつかしさ【懐しさ】に、おもふ【思ふ】
事(こと)を一筆(ひとふで)かいて、「相(あひ)(アイ)かまへて是(これ)漢王(かんわう)に奉(たてまつ)れ」と
云(いひ)ふくめ、鴈(かり)の翅(つばさ)にむすび付(つけ)てぞはなち【放ち】け
る。かひがひしくもたのむ【田面】の鴈(かり)、秋(あき)は必(かならず)こし地(ぢ)【越路】より
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都(みやこ)へ来(きた)るものなれば、漢(かんの)昭帝(せうてい)上林苑(しやうりんえん)に御遊(ぎよいう)(ぎよユウ)
あり【有り】しに、夕(ゆふ)ざれの空(そら)薄(うす)ぐもり、何(なに)となう物
哀(ものあはれ)なりけるおりふし(をりふし)【折節】、一行(ひとつら)の鴈(かり)とびわたる。その
中(なか)に鴈(かり)一(ひとつ)とびさが(ッ)て、をの(おの)【己】が翅(つばさ)に結付(むすびつけ)たる玉
章(たまづさ)をくひき(ッ)てぞおとし【落し】ける。官人(くわんにん)是(これ)をと(ッ)て、御
門(みかど)に奉(たてまつ)る。披(ひらい)て叡覧(えいらん)(エイラン)あれば、「昔(むかし)は巌崛(がんくつ)の洞(ほら)に
こめられて、三春(さんしゆん)の愁歎(しうたん)ををくり(おくり)【送り】、今(いま)は曠田(くわうでん)の
畝(うね)に捨(すて)られて、胡敵(こてき)の一足(いつそく)となれり。設(たとひ)(タトイ)かばね
は胡(こ)の地(ち)にちらす[B 「地(チ)ら」の左に「散」と傍書]と云(いふ)共(とも)、魂(たましひ)(タマシイ)は二(ふた)たび【二度】君辺(くんべん)
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につかへん」とぞかいたりける。それよりしてぞ、
ふみをば鴈書(がんしよ)ともいひ、鴈札(がんさつ)とも名付(なづけ)たる。
「あなむざんや、蘇武(そぶ)がほまれの跡(あと)なりけり。いま
だ胡国(ここく)にあるにこそ」とて、今度(こんど)は李広(りくわう)と云(いふ)
将軍(しやうぐん)に仰(おほせ)(ヲホセ)て、百万騎(ひやくまんぎ)をさしつかはす【遣す】。今度(こんど)は
漢(かん)の戦(たたかひ)(タタカイ)こはく[B 「はく」に「強」と傍書]して、胡国(ここく)のいくさ【軍】破(やぶれ)にけり。
御方(みかた)たたかひ【戦ひ】かちぬと聞(きこ)えしかば、蘇武(そぶ)は曠野(くわうや)の
なかよりはい(はひ)【這ひ】出(いで)て、「是(これ)こそいにしへの蘇武(そぶ)よ」
とぞなのる【名乗る】。十九年(じふくねん)の星霜(せいざう)を送(おくり)て、かた足(あし)は
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きられながら、輿(こし)にかかれて古郷(こきやう)へぞ帰(かへ)りける。
蘇武(そぶ)は十六(じふろく)の歳(とし)、胡国(ここく)へむけられけるに、御門(みかど)
より給(たまは)りたりける旗(はた)を、何(なに)としてかかくした
りけん、身(み)をはなたずも(ッ)【持つ】たりけり。今(いま)取出(とりいだ)
して御門(みかど)のげむざん(げんざん)【見参】にいれ【入れ】たりければ、き
みも臣(しん)も感嘆(かんたん)なのめならず。君(きみ)のため大
功(たいこう)ならびなかりしかば、大国(だいこく)あまた給(たま)はり、其
上(そのうへ)天俗国(てんしよつこく)[B 「天俗(テンシヨツ)」に「典属」と傍書]と云(いふ)司(つかさ)を下(くだ)されけるとぞ聞(きこ)え
し。李少卿(りせうけい)は胡国(ここく)にとどま(ッ)【留まつ】て終(つひ)(ツイ)に帰(かへ)らず。い
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かにもして、漢朝(かんてう)へ帰(かへ)らんとのみなげけども、胡
王(こわう)ゆるさねばかなは【叶は】ず。漢王(かんわう)これをしり給(たま)
はず。君(きみ)のため不忠(ふちゆう)(フチウ)のものなりとて、はか
なく【果敢く】なれる二親(にしん)が死骸(しがい)をほりおこい【起い】てうた【打た】
せらる。其(その)外(ほか)六親(ろくしん)をみなつみせらる。李少卿(りせうけい)
是(これ)を伝(つたへ)きい【聞い】て、恨(うらみ)ふかう【深う】ぞなりにける。さり
ながらも猶(なほ)古郷(ふるさと)を恋(こひ)つつ、君(きみ)に不忠(ふちゆう)(フチウ)なき様(やう)
を一巻(いちくわん)の書(しよ)に作(つくつ)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、「さ
ては不便(ふびん)の事(こと)ごさんなれ」とて、父母(ふぼ)がかばね
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を堀【*掘】(ほり)いだいてうたせられたる事(こと)をぞ、くやし
み給(たま)ひける。漢家(かんか)の蘇武(そぶ)は書(しよ)を鴈(かり)の
翅(つばさ)につけ【付け】て旧里(きうり)へ送(おく)り、本朝(ほんてう)の康頼(やすより)は浪(なみ)の
たよりに歌(うた)を故郷(こきやう)に伝(つた)ふ。かれは一筆(ひとふで)のすさみ、
これは二首(にしゆ)の歌(うた)、かれは上代(じやうだい)、これは末代(まつだい)、胡国(ここく)
鬼界(きかい)が島(しま)、さかひをへだて、世々(よよ)はかはれ共(ども)、風
情(ふぜい)はおなじふぜい、ありがたかりし事(こと)ども也(なり)。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第二(だいに)
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