平家物語 高野本 巻第四


【許諾済】
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【注意】
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【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家 四(表紙)
P04001
平家四之巻目録
厳島御幸付還幸   源氏揃
熊野合戦      鼬之沙汰
信連        競
山門牒状      南都牒状〈 同返牒 付永僉議 〉
大衆揃       橋合戦
宮乃御最期     若宮出家
■[* 空+鳥]  三井寺炎上
P04002

P04003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)
『厳島御幸(いつくしまごかう)』S0401
○治承(ぢしよう)(ヂセウ)四年(しねん)正月(しやうぐわつ)一日(ひとひ)(ヒトイ)のひ、鳥羽殿(とばどの)には相国(しやうこく)もゆる
さ【許さ】ず、法皇(ほふわう)もおそれ【恐れ】させ在(まし)ましければ、元日(ぐわんにち)(グハンニチ)元三(ぐわんざん)の
間(あひだ)、参入(さんにふ)(サンニウ)する人(ひと)もなし。されども【共】故(こ)少納言(せうなごん)入道(にふだう)信西(しんせい)
の子息(しそく)、桜町(さくらまち)の中納言(ちゆうなごん)重教【*成範】卿(しげのりのきやう)、其(その)弟(おとと)(ヲトト)左京大夫(さきやうのだいぶ)
長教【*脩範】(ながのり)ばかりぞゆるさ【許さ】れてまいら(まゐら)【参ら】れける。同(おなじき)正月(しやうぐわつ)廿日(はつか)
のひ、東宮(とうぐう)御袴着(おんはかまぎ)(ヲンハカマギ)ならびに御(おん)まなはじめ【真魚始め】とて、
めでたき事(こと)ども【共】あり【有り】しかども、法皇(ほふわう)は鳥羽殿(とばどの)
にて御耳(おんみみ)のよそにぞきこしめす【聞し召す】。二月(にぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、
P04004
主上(しゆしやう)ことなる御(おん)つつが【恙】もわたらせ給(たま)はぬを、をし(おし)【押し】
おろし【下し】たてまつり【奉り】、春宮(とうぐう)践祚(せんそ)あり【有り】。これは入道(にふだう)
相国(しやうこく)よろづおもふ【思ふ】さまなるが致(いた)すところ【所】なり。
時(とき)よくなりぬとてひしめきあへり。内侍所(ないしどころ)・神璽(しんじ)・
宝剣(ほうけん)わたしたてまつる【奉る】。上達部(かんだちめ)陣(ぢん)にあつま(ッ)【集まつ】て、
ふるき事(こと)ども【共】先例(せんれい)にまかせ【任せ】ておこなひし
に、弁内侍(べんのないし)御剣(ぎよけん)と(ッ)てあゆみ【歩み】いづ。清涼殿(せいりやうでん)の西(にし)おも
て【西面】にて、泰通(やすみち)の中将(ちゆうじやう)うけ【受け】とる。備中(びつちゆう)の内侍(ないし)しるし【璽】の
御箱(おんはこ)とりいづ。隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)うけ【受け】とる【取る】。内侍所(ないしどころ)しるし【璽】の
P04005
御箱(おんはこ)(ヲンハコ)、こよひばかりや手(て)をもかけんとおもひ【思ひ】あへり
けむ内侍(ないし)の心(こころ)のうちども【共】、さこそはとおぼえて
あはれ【哀】おほかり【多かり】けるなかに、しるし【璽】の御箱(おんはこ)をば
少納言(せうなごん)の内侍(ないし)とりいづべかりしを、こよひこれに
手(て)をもかけては、ながくあたらしき内侍(ないし)には
なるまじきよし、人(ひと)の申(まうし)けるをきい【聞い】て、其(その)期(ご)に
辞(じ)し申(まうし)てとりいで【出で】ざりけり。年(とし)すでにたけ
たり、二(ふた)たび【二度】さかりを期(ご)すべきにもあらずとて、
人々(ひとびと)にくみ【憎み】あへりしに、備中(びつちゆう)の内侍(ないし)とて生年(しやうねん)
P04006
十六歳(じふろくさい)、いまだいとけなき身(み)ながら、その【其の】期(ご)にわざと
のぞみ申(まうし)てとりいでける、やさしかりしためし【例】
なり。つたはれる御物(ごもつ)ども【共】、しなじなつかさづかさうけ【受け】と(ッ)【取つ】て、
新帝(しんてい)の皇居(くわうきよ)(クハウキヨ)五条内裏(ごでうだいり)へわたしたてまつる【奉る】。閑院殿(かんゐんどの)(カンインドノ)
には、火(ひ)の影(かげ)もかすか【幽】に、鶏人(けいじん)の声(こゑ)もとどまり、
滝口(たきぐち)の文爵(もんじやく)(モンシヤク)もたえ【絶え】にければ、ふるき人々(ひとびと)こころ【心】
ぼそくおぼえて、めでたきいわい(いはひ)【祝】のなかに涙(なみだ)を
ながし、心(こころ)をいたま【痛ま】しむ。左大臣(さだいじん)陣(ぢん)にいで【出で】て、御位(おんくらゐ)ゆづり
の事(こと)ども仰(おほ)せしをきい【聞い】て、心(こころ)ある人々(ひとびと)は涙(なんだ)を
P04007
ながし袖(そで)をうるほす。われと御位(おんくらゐ)を儲(まうけ)の君(きみ)にゆづり
たてまつり【奉り】、麻姑射(はこや)の山(やま)のうちの閑(しづか)にな(ン)ど(など)おぼし
めす【思し召す】さきざきだにも、哀(あはれ)はおほき【多き】習(ならひ)ぞかし。況(いはん)
やこれは、御心(おんこころ)ならずをし(おし)【押し】おろさ【下さ】れさせ給(たま)ひけん
あはれ【哀】さ、申(まうす)もなかなかおろかなり。新帝(しんてい)今年(ことし)は
三歳(さんざい)、あはれ、いつしかなる譲位(じやうゐ)(ジヤウイ)かなと、時(とき)の人々(ひとびと)申(まうし)
あはれけり。平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)は、内(うち)の御(おん)めのと【乳母】帥(そつ)の
すけ【帥の典侍】の夫(おつと)(ヲツト)たるによ(ッ)て、「今度(こんど)の譲位(じやうゐ)いつしかなりと、
誰(たれ)かかたむけ申(まうす)べき。異国(いこく)には、周(しうの)成王(せいわう)三歳(さんざい)、晋(しんの)穆帝(ぼくてい)
P04008
二歳(にさい)、我(わが)朝(てう)には、近衛院(こんゑのゐん)三歳(さんざい)、六条院(ろくでうのゐん)二歳(にさい)、これみな
襁褓(きやうほう)のなかにつつま【包ま】れて、衣帯(えたい)(ヱタイ)をただしう【正しう】せざ(ッ)し
かども【共】、或(あるい)は摂政(せつしやう)おふ(おう)【負う】て位(くらゐ)につけ、或(あるい)は母后(ぼこう)いだい【抱い】
て朝(てう)にのぞむとみえ【見え】たり。後漢(ごかん)の高上【*孝殤】(かうしやう)皇帝(くわうてい)(クハウテイ)は、
むまれ【生れ】て百日(ひやくにち)といふに践祚(せんそ)あり【有り】。天子(てんし)位(くらゐ)をふむ先
蹤(せんじよう)(センゼウ)、和漢(わかん)かくのごとし」と申(まう)されければ、其(その)時(とき)の有識【*有職】(いうしよく)(ユウシヨク)の
人々(ひとびと)、「あなおそろし【恐ろし】、物(もの)な申(まう)されそ。さればそれは
よき例(れい)どもかや」とぞつぶやきあはれける。春宮(とうぐう)位(くらゐ)に
つかせたまひ【給ひ】しかば、入道(にふだう)相国(しやうこく)夫婦(ふうふ)ともに外祖父(ぐわいそぶ)外祖
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母(ぐわいそぼ)とて、准三后(じゆんさんごう)(ジユンさんグウ)の宣旨(せんじ)をかうぶり、年元(ねんぐわん)(ネングハン)年爵(ねんじやく)を
たまは(ッ)【賜つ】て、上日(じやうにち)のものをめし【召し】つかふ【使ふ】。絵(ゑ)かき花(はな)つけたる
侍(さぶらひ)(サブライ)ども【共】いで入(いり)て、ひとへに院宮(ゐんぐう)のごとくにてぞあり【有り】ける。
出家(しゆつけ)入道(にふだう)の後(のち)も栄雄(えいえう)(ヱイヨウ)はつきせずとぞみえ【見え】し。
出家(しゆつけ)の人(ひと)の准三后(じゆんさんごう)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶ)る事(こと)は、保護院【*法興院】(ほごゐん)(ホゴイン)
のおほ【大】入道殿(にふだうどの)兼家公(かねいへこう)(カネイヱこう)の御例(ごれい)也(なり)。同(おなじき)三月(さんぐわつ)上旬(じやうじゆん)に、上皇(しやうくわう)
安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ御幸(ごかう)なるべしときこえ【聞え】けり。帝王(ていわう)
位(くらゐ)をすべらせ給(たま)ひて、諸社(しよしや)の御幸(ごかう)のはじめには、八幡(やはた)(ヤワタ)・
賀茂(かも)・春日(かすが)な(ン)ど(など)へこそならせ給(たま)ふに、安芸国(あきのくに)までの
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御幸(ごかう)はいかにと、人(ひと)不審(ふしん)をなす。或(ある)人(ひと)の申(まうし)けるは、
「白河院(しらかはのゐん)は熊野(くまの)へ御幸(ごかう)、後白河(ごしらかは)は日吉社(ひよしのやしろ)へ御幸(ごかう)
なる。既(すで)に知(しん)ぬ、叡慮(えいりよ)(ヱイリヨ)にあり【有り】といふ事(こと)を。御心中(ごしんぢゆう)に
ふかき御立願(ごりふぐわん)(ごリウグハン)あり【有り】。其上(そのうへ)此(この)厳島(いつくしま)をば平家(へいけ)なのめ
ならずあがめうやまひ給(たま)ふあひだ【間】、うへ【上】には平家(へいけ)
に御同心(ごどうしん)、したには法皇(ほふわう)のいつとなう鳥羽殿(とばどの)にをし(おし)【押し】
こめられてわたらせ給(たま)ふ、入道(にふだう)相国(しやうこく)の謀反(むほん)の心(こころ)をも
やはらげ給(たま)へとの御祈念(ごきねん)のため」とぞきこえ【聞え】し。
山門(さんもん)[B ノ]大衆(だいしゆ)いきどをり(いきどほり)【憤り】申(まうす)。「石清水(いはしみづ)(イワシミヅ)・賀茂(かも)・春日(かすが)へならずは、
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我(わが)山(やま)の山王(さんわう)へこそ御幸(ごかう)はなるべけれ。安芸国(あきのくに)への
御幸(ごかう)はいつのならひ【習ひ】ぞや。其(その)儀(ぎ)ならば、神輿(しんよ)をふり
くだし奉(たてまつり)て、御幸(ごかう)をとどめ【留め】たてまつれ【奉れ】」と僉議(せんぎ)
しければ、これによ(ッ)てしばらく御延引(ごえんいん)(ごヱンイン)あり【有り】けり。
太政(だいじやう)入道(にふだう)やうやうになだめたまへ【給へ】ば、山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)しづ
まりぬ。同(おなじき)十七日(じふしちにち)、厳島御幸(いつくしまごかう)の御門出(おんかどいで)とて、入道(にふだう)
相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。其(その)日(ひ)の暮方(くれがた)に、
前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)をめし【召し】て、「明日(みやうにち)御幸(ごかう)の次(ついで)に鳥羽殿(とばどの)
へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、法皇(ほふわう)の見参(げんざん)に入(いら)ばやとおぼしめす【思し召す】は
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いかに。相国禅門(しやうこくぜんもん)にしら【知ら】せずしてはあしかりなんや」
と仰(おほせ)ければ、宗盛[B ノ]卿(むねもりのきやう)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、
「何条(なんでふ)(ナンデウ)事(こと)か候(さうらふ)べき」と申(まう)されければ、「さらば宗盛(むねもり)、
其(その)様(やう)をやがて今夜(こよひ)鳥羽殿(とばどの)へ申(まう)せかし」とぞ
仰(おほせ)ける。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、いそぎ鳥羽殿(とばどの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て、此(この)よし奏聞(そうもん)せられければ、法皇(ほふわう)はあまりに
おぼしめす【思し召す】御事(おんこと)にて、「夢(ゆめ)やらん」とぞ仰(おほせ)ける。
同(おなじき)十九日(じふくにち)、大宮[B ノ](おほみやの)大納言(だいなごん)高季【*隆季】卿(たかすゑのきやう)、いまだ夜(よ)ふかう【深う】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】
て、御幸(ごかう)もよほされけり。此(この)日(ひ)ごろきこえ【聞え】させ
P04013
給(たま)ひつる厳島(いつくしま)の御幸(ごかう)、西八条(にしはつでう)よりすでにとげ
させおはします。やよひ【弥生】もなかばすぎぬれど、
霞(かすみ)にくもる在明(ありあけ)の月(つき)はなを(なほ)【猶】おぼろなり。
こしぢ【越路】をさしてかへる鴈(かり)の、雲井(くもゐ)におとづれ
ゆく【行く】も、折(をり)ふし【折節】あはれ【哀】にきこしめす。いまだ
夜(よ)のうちに鳥羽殿(とばどの)へ御幸(ごかう)なる。門前(もんぜん)にて
御車(おんくるま)よりおりさせたまひ【給ひ】、門(もん)のうちへさし
いらせ給(たま)ふに、人(ひと)まれにして木(こ)ぐらく、物(もの)さび
しげなる御(おん)すまひ【住ひ】、まづあはれ【哀】にぞおぼし
P04014
めす【思し召す】。春(はる)すでにくれなんとす、夏木立(なつこだち)にも
成(なり)にけり。梢(こずゑ)の花色(はないろ)をとろえ(おとろへ)て、宮(みや)の鴬(うぐひす)(ウグイス)声(こゑ)
老(おい)(ヲイン)たり。去年(きよねん)の正月(しやうぐわつ)六日(むゆか)のひ、朝覲(てうきん)のために
法住寺殿(ほふぢゆうじどの)(ホウヂウじどの)へ行幸(ぎやうがう)あり【有り】しには、楽屋(がくや)に乱声(らんじやう)を
奏(そう)し、諸卿(しよきやう)列(れつ)に立(た)(ッ)て、諸衛(しよゑ)陣(ぢん)をひき、院司(ゐんじ)(インジ)の
公卿(くぎやう)まいり(まゐり)【参り】むか(ッ)【向つ】て、幔門(まんもん)をひらき、掃部寮(かもんれう)縁
道(えんだう)(ヱンダウ)をしき、ただしかり【正しかり】し儀式(ぎしき)一事(いちじ)もなし。
けふはただ夢(ゆめ)とのみぞおぼしめす【思し召す】。重教【*成範】(しげのり)の
中納言(ちゆうなごん)、御気色(おんきしよく)(ヲンキシヨク)申(まう)されたりければ、法皇(ほふわう)寝殿(しんでん)の
P04015
橋(はし)がくし【橋隠し】の間(ま)へ御幸(ごかう)な(ッ)て、待(まち)まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させたまひ【給ひ】
けり。上皇(しやうくわう)は今年(こんねん)O[BH 御年(おんとし)]廿(はたち)、あけがたの月(つき)の光(ひかり)にはへ(はえ)【映え】
させたまひ【給ひ】て、玉体(ぎよくたい)もいとどうつくしうぞ
みえ【見え】させおはします。御母儀(おんぼぎ)建春門院(けんしゆんもんゐん)にいたく
に【似】まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させたまひ【給ひ】たりければ、法皇(ほふわう)まづ故(こ)
女院(にようゐん)(ネウヰン)の御事(おんこと)おぼしめし【思し召し】いで【出で】て、御涙(おんなみだ)せきあへ
させ給(たま)はず。両院(りやうゐん)の御座(ござ)ちかく【近く】しつらはれたり。
御問答(ごもんだふ)(ゴモンダウ)は人(ひと)うけ【受け】たまはる【賜る】に及(およ)ばず。御前(ごぜん)には尼(あま)ぜ【尼前】ばか
りぞ候(さふら)はれける。やや久(ひさ)しう御物語(おんものがたり)せさせ給(たま)ふ。
P04016
はるかに日(ひ)たけて御暇(おんいとま)申(まう)させ給(たま)ひ、鳥羽(とば)の
草津(くさづ)より御舟(おんふね)にめされけり。上皇(しやうくわう)は法皇(ほふわう)の離
宮(りきゆう)(リキウ)、故亭(こてい)幽閑(いうかん)(ユウカン)寂寞(せきばく)の御(おん)すまひ【住ひ】、御心(おんこころ)ぐるしく
御覧(ごらん)じをか(おか)【置か】せたまへ【給へ】ば、法皇(ほふわう)は又(また)上皇(しやうくわう)の旅泊(りよはく)の
行宮(かうきゆう)(カウキウ)の浪(なみ)の上(うへ)、舟(ふね)の中(うち)の御(おん)ありさま、おぼつかな
くぞおぼしめす【思し召す】。まこと【誠】に宗廟(そうべう)・八(や)わた(やはた)【八幡】・賀茂(かも)な(ン)ど(など)
をさしをい(おい)て、はるばると安芸国(あきのくに)までの
御幸(ごかう)をば、神明(しんめい)もなどか御納受(ごなふじゆ)(ごナウジユ)なかるべき。
『還御(くわんぎよ)』S0402
御願(ごぐわん)(ごグハン)成就(じやうじゆ)うたがひなしとぞみえ【見え】たりける。○同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)、
P04017
厳島(いつくしま)へ御参着(ごさんちやく)、入道(にふだう)相国(しやうこく)の最愛(さいあい)の内侍(ないし)が宿所(しゆくしよ)、
御所(ごしよ)になる。なか二(に)にち【二日】をん(おん)【御】逗留(とうりう)あ(ッ)て、経会(きやうゑ)舞
楽(ぶがく)おこなはれけり。導師(だうし)には三井寺(みゐでら)の公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)
とぞきこえ【聞え】し。高座(かうざ)にのぼり、鐘(かね)うちならし、表白(へうびやく)(ヘウヒヤク)の詞(ことば)にいはく、「九(ここの)え(ここのへ)【九重】の宮(みや)こ【都】をいでて、八(や)え(やへ)【八重】の
塩路(しほぢ)をわき【分き】も(ッ)てまいら(まゐら)【参ら】せたまふ【給ふ】御心(おんこころ)ざしの
かたじけなさ」と、たからかに申(まう)されたりければ、
君(きみ)も臣(しん)も感涙(かんるい)をもよほさ【催さ】れけり。大宮(おほみや)(ヲホミヤ)・客人(きやくじん)
をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、社々(やしろやしろ)所々(ところどころ)へみな御幸(ごかう)なる。
P04018
大宮(おほみや)より五町(ごちやう)ばかり、山(やま)をまは(ッ)て、滝(たき)の宮(みや)へまい
ら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふ。公兼【*公顕】僧正(こうけんそうじやう)一首(いつしゆ)の歌(うた)よう【詠う】で、拝殿(はいでん)の柱(はしら)に
書(かき)つけられたり。
雲井(くもゐ)よりおち【落ち】くる滝(たき)のしらいと【白糸】に
ちぎり【契り】をむすぶことぞうれしき W016
神主(かんぬし)佐伯(さいき)の景広【*景弘】(かげひろ)、加階(かかい)従上(じゆじやう)の五位(ごゐ)、国司(こくし)藤原[B ノ](ふぢはらの)有綱(ありつな)【*菅原(すがはらの)在経(ありつね)】、
しな【品】あげられて加階(かかい)、従下(じゆげ)の四品(しほん)、院(ゐん)の殿上(てんじやう)ゆるさ【許さ】る。
座主(ざす)尊永(そんえい)(ソンヱイ)、法印(ほふいん)になさる。神慮(しんりよ)もうごき、太政[B ノ](だいじやうの)入道(にふだう)
の心(こころ)もはたらき【働き】ぬらんとぞみえ【見え】し。同(おなじき)廿九日(にじふくにち)、
P04019
上皇(しやうくわう)御舟(みふね)かざ(ッ)て還御(くわんぎよ)なる。風(かぜ)はげしかりければ、
御舟(みふね)こぎもどし、厳島(いつくしま)のうち、ありの浦(うら)【蟻の浦】にとど
まら【留まら】せたまふ【給ふ】。上皇(しやうくわう)「大明神(だいみやうじん)の御名残(おんなごり)おしみ(をしみ)【惜しみ】に、
歌(うた)つかまつれ」と仰(おほせ)ければ、隆房(たかふさ)の少将(せうしやう)
たちかへるなごりもありの浦(うら)【蟻の浦】なれば
神(かみ)もめぐみをかくるしら浪(なみ)【白浪】 W017
夜半(やはん)ばかりより浪(なみ)もしづかに、風(かぜ)もしづまりければ、
御舟(みふね)こぎいだし、其(その)日(ひ)は備後国(びんごのくに)しき名(な)【敷名】の泊(とまり)につかせ
たまふ【給ふ】。此(この)ところ【所】はさんぬる応保(おうほう)(ヲウホウ)のころほひ、一院(いちゐん)
P04020
御幸(ごかう)の時(とき)、国司(こくし)藤原(ふぢはら)の為成(ためなり)がつく(ッ)たる御所(ごしよ)のあり【有り】
けるを、入道(にふだう)相国(しやうこく)、御(おん)まうけ【設け】にしつらはれたりしか
ども【共】、上皇(しやうくわう)それへはあがら【上がら】せたまは【給は】ず。「けふは卯月(うづき)
一日(ついたち)、衣(ころも)がへ【衣更】といふ事(こと)のあるぞかし」とて、おのおの
みやこ【都】の方(かた)をおもひ【思ひ】やりあそびたまふ【給ふ】に、岸(きし)
にいろ【色】ふかき藤(ふぢ)の松(まつ)にさき【咲き】かかりたりけるを、上皇(しやうくわう)
叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)をめし【召し】て、「あの花(はな)おり(をり)【折り】
につかはせ【遣せ】」と仰(おほせ)ければ、左史生(さししやう)中原(なかはらの)康定(やすさだ)がはし
舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】て、御前(ごぜん)をこぎ【漕ぎ】とをり(とほり)【通り】けるをめし【召し】て、
P04021
おり(をり)【折り】につかはす【遣す】。藤(ふぢ)の花(はな)をたをり【手折り】、松(まつ)の枝(えだ)につけ
ながらも(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。「心(こころ)ばせあり【有り】」な(ン)ど(など)仰(おほせ)られて、
御感(ぎよかん)あり【有り】けり。「此(この)花(はな)にて歌(うた)あるべし」と仰(おほせ)け
れば、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)
千(ち)とせへん君(きみ)がよはひに藤(ふじ)なみの
松(まつ)のえだ【枝】にもかかりぬるかな W018
其(その)後(のち)御前(ごぜん)に人々(ひとびと)あまた候(さうら)はせたまひ【給ひ】て、御(おん)たは
ぶれごと【戯れ言】のあり【有り】しに、上皇(しやうくわう)しろき【白き】きぬ【衣】き【着】たる内侍(ないし)が、
国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)に心(こころ)をかけたるな」とて、わらは【笑は】せおはしまし
P04022
ければ、大納言(だいなごん)大(おほき)にあらがい(あらがひ)申(まう)さるるところ【所】に、ふみ【文】
も(ッ)【持つ】たる便女(びんぢよ)(ビジヨ)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「五条(ごでうの)大納言(だいなごん)どのへ」とて、
さしあげ【差し上げ】たり。「さればこそ」とて満座(まんざ)興(きよう)(ケウ)ある事(こと)に
申(まうし)あはれけり。大納言(だいなごん)これをと(ッ)てみ【見】たまへ【給へ】ば、
しらなみの衣(ころも)の袖(そで)をしぼりつつ
きみ【君】ゆへ(ゆゑ)【故】にこそたち【立ち】もまはれね W019
上皇(しやうくわう)「やさしうこそおぼしめせ【思し召せ】。この返事(へんじ)はある
べきぞ」とて、やがて御硯(おんすずり)(ヲンスズリ)をくださ【下さ】せ給(たま)ふ。大納言(だいなごん)
返事(へんじ)には、
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おもひ【思ひ】やれ君(きみ)がおもかげ【面影】たつなみ【浪】の
よせくるたびにぬるるたもとを W020
それより備前国(びぜんのくに)小島(こじま)の泊(とまり)につかせ給(たま)ふ。五日(いつか)のひ、
天(てん)晴(はれ)風(かぜ)しづかに、海上(かいしやう)ものどけかりければ、御所(ごしよ)
の御舟(みふね)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、人々(ひとびと)の舟(ふね)どもみな
いだし【出し】つつ、雲(くも)の浪(なみ)煙(けぶり)の波(なみ)をわけ【分け】すぎさせ給(たま)ひ
て、其(その)日(ひ)の酉剋(とりのこく)に、播磨国(はりまのくに)やまとの浦(うら)につかせ
給(たま)ふ。それより御輿(みこし)にめし【召し】て福原(ふくはら)へいら【入ら】せおはし
ます。六日(むゆかのひ)は供奉(ぐぶ)の人々(ひとびと)、いま一日(いちにち)も宮(みや)こ【都】へとく【疾く】と
P04024
いそがれけれども【共】、新院(しんゐん)(シンイン)御逗留(おんとうりう)あ(ッ)て、福原(ふくはら)の
ところどころ【所々】歴覧(れきらん)あり【有り】けり。池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)
の山庄(さんざう)、あら田(た)まで御(ご)らんぜらる。七日(なぬかのひ)、福原(ふくはら)を出(いで)
させ給(たま)ふに、隆季(たかすゑ)の大納言(だいなごん)勅定(ちよくぢやう)をうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、
入道(にふだう)相国(しやうこく)の家(いへ)の賞(しやう)をこなは(おこなは)【行なは】る。入道(にふだう)の養子(やうじ)丹波
守(たんばのかみ)清国【*清邦】(きよくに)、正下(じやうげ)の五位(ごゐ)、同(おなじう)入道(にふだう)の孫(まご)越前[B ノ]少将(ゑちぜんのせうしやう)資盛(すけもり)、四位(しゐ)
の従上(じゆじやう)とぞきこえ【聞え】し。其(その)日(ひ)てら井(ゐ)【寺井】につかせ給(たま)ふ。
八日(やうかのひ)都(みやこ)へいらせ給(たま)ふに、御(おん)むかへ【向へ】の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、鳥羽(とば)の
草津(くさづ)へぞまいら(まゐら)【参ら】れける。還御(くわんぎよ)(クハンギヨ)の時(とき)は鳥羽殿(とばどの)へは
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御幸(ごかう)もならず、入道(にふだう)相国(しやうこく)の西八条(にしはつでう)の亭(てい)へいらせ給(たま)ふ。
同(おなじき)四月(しぐわつ)廿二日(にじふににち)、新帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)あり【有り】。大極殿(だいこくでん)にて
あるべかりしかども【共】、一(ひと)とせ炎上(えんしやう)の後(のち)は、いまだつくり【造り】も
いだされず。太政官(だいじやうぐわん)(だいじやうグハン)の庁(ちやう)にておこなはるべしと
さだめ【定め】られたりけるを、其(その)時(とき)の九条殿(くでうどの)申(まう)させ
給(たま)ひけるは、「太政官(だいじやうぐわん)の庁(ちやう)は凡人(ぼんにんの)家(いへ)にとらば
公文所(くもんじよ)てい【体】のところ【所】なり也(なり)[* 「也」衍字]。大極殿(だいこくでん)なからん上(うへ)は、
紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてこそ御即位(ごそくゐ)(ゴソクイ)はあるべけれ」と申(まう)
させ給(たま)ひければ、紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてぞ御即位(ごそくゐ)は
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あり【有り】ける。「去(いん)じ康保(かうほう)四年(しねん)十一月(じふいちぐわつ)一日(ひとひのひ)、冷泉院(れいぜいのゐん)(レンゼイのゐん)の御
即位(ごそくゐ)紫震殿【*紫宸殿】(ししんでん)にてあり【有り】しは、主上(しゆしやう)御邪気(ごじやけ)に
よ(ッ)て、大極殿(だいこくでん)へ行幸(ぎやうがう)かなは【叶は】ざりし故(ゆゑ)也(なり)。其(その)例(れい)
いかがあるべからん。ただ後三条(ごさんでう)の院(ゐん)の延久(えんきうの)(ヱンキウの)佳例(かれい)に
まかせ【任せ】、太政官(だいじやうぐわん)(だいじやうグハン)の庁(ちやう)にておこなはるべき物(もの)を」と、人々(ひとびと)
申(まうし)あはれけれども【共】、九条殿(くでうどの)の御(おん)ぱからひのうへ【上】は、
左右(さう)に及(およ)ばず。中宮(ちゆうぐう)弘徽殿(こうきでん)より仁寿殿(じじゆうでん)(ジジウデン)へうつ
らせ給(たま)ひて、たかみくら【高御座】へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひける御(おん)有(あり)
さま【有様】めでたかりけり。平家(へいけ)の人々(ひとびと)みな出仕(しゆつし)せられ
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けるなかに、小松殿(こまつどの)の公達(きんだち)はこぞ【去年】おとど【大臣】うせ給(たま)ひ
『源氏揃(げんじぞろへ)』S0403
しあひだ、いろ【倚廬】にて籠居(ろうきよ)せられたり。○蔵人衛門[B ノ]
権佐(くらんどのゑもんのごんのすけ)定長(さだなが)、今度(こんど)の御即位(ごそくゐ)に違乱(いらん)なくめで
たき様(やう)を厚紙(こうし)十枚(じふまい)ばかりにこまごまとしるいて、
入道(にふだう)相国(しやうこく)の北方(きたのかた)八条(はつでう)の二位殿(にゐどの)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、
ゑみ【笑】をふくんでぞよろこば【喜ば】れける。かやうにはなやかに
めでたき事(こと)ども【共】あり【有り】しかども、世間(せけん)は猶(なほ)しづかなら
ず。其(その)比(ころ)一院(いちゐん)第二(だいに)の皇子(わうじ)茂仁【*以仁】(もちひと)の王(おほきみ)(ヲホキミ)と申(まうし)しは、
御母(おんぱは)加賀[B ノ](かがの)大納言(だいなごん)季成卿(すゑなりのきやう)の御娘(おんむすめ)なり。三条高倉(さんでうたかくら)に
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ましましければ、高倉(たかくら)の宮(みや)とぞ申(まうし)ける。去(いん)じ永万(えいまん)(ヱイマン)
元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)十六日(じふろくにち)、御年(おんとし)O[BH 十五(じふご)]にて、忍(しのび)つつ近衛河原(このゑかはら)(コンヱカハラ)の
大宮(おほみや)の御所(ごしよ)にて御元服(ごげんぶく)あり【有り】けり。御手跡(ごしゆせき)うつくしう
あそばし【遊ばし】、御才学(おんさいかく)すぐれて在(まし)ましければ、位(くらゐ)にも
つかせ給(たま)ふべきに、故(こ)建春門院(けんしゆんもんゐん)の御(おん)そねみ【嫉み】にて、おし
こめ【籠め】られさせたまひ【給ひ】つつ、花(はな)のもとの春(はる)の遊(あそび)には、
紫毫(しがう)をふる(ッ)て手(て)づから御作(ごさく)をかき、月(つき)の前(まへ)の秋(あき)の
宴(えん)(ヱン)には、玉笛(ぎよくてき)をふいてみづから雅音(がいん)をあやつり給(たま)ふ。
かくしてあかしくらし給(たま)ふほど【程】に、治承(ぢしよう)四年(しねん)には、
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御年(おんとし)卅(さんじふ)にぞならせ在(まし)ましける。其(その)比(ころ)近衛河原(このゑかはら)(コンヱカハラ)に
候(さうらひ)ける源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)、或(ある)夜(よ)ひそかに此(この)宮(みや)の御
所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、申(まうし)けること【事】こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。「君(きみ)は
天照大神(てんせうだいじん)四十八世(しじふはつせ)の御末(おんすゑ)、神武天皇(じんむてんわう)より七十八代(しちじふはちだい)
にあたらせ給(たま)ふ。太子(たいし)にもたち、位(くらゐ)にもつか【即か】せ給(たま)ふ
べきに、卅(さんじふ)まで宮(みや)にてわたらせ給(たま)ふ御事(おんこと)をば、
心(こころ)うしとはおぼしめさ【思し召さ】ずや。当世(たうせい)のてい【体】をみ【見】候(さうらふ)に、
うへ【上】にはしたがひ【従ひ】たる様(やう)なれども、内々(ないない)は平家(へいけ)をそね
まぬ物(もの)や候(さうらふ)。御謀反(ごむほん)おこさせ給(たま)ひて、平家(へいけ)をほろ
P04030
ぼし、法皇(ほふわう)のいつとなく鳥羽殿(とばどの)におしこめられて
わたらせ給(たま)ふ御心(おんこころ)をも、やすめ【休め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、君(きみ)も位(くらゐ)につかせ
給(たま)ふべし。これ御孝行(ごかうかう)のいたりにてこそ候(さうら)はん
ずれ。もしおぼしめし【思し召し】たたせ給(たま)ひて、令旨(りやうじ)を下(くだ)させ給(たま)ふ物(もの)ならば、悦(よろこび)をなしてまいら(まゐら)【参ら】むずる源氏(げんじ)
どもこそおほう【多う】候(さうら)へ」とて、申(まうし)つづく。「まづ京都(きやうと)には、
出羽[B ノ](ではの)前司(ぜんじ)光信(みつのぶ)が子共(こども)、伊賀守(いがのかみ)光基(みつもと)、出羽[B ノ](ではの)判官(はんぐわん)(ハウぐわん)光長(みつなが)、
出羽[B ノ]蔵人(ではのくらんど)光重(みつしげ)、出羽[B ノ]冠者(ではのくわんじや)光能(みつよし)、熊野(くまの)には、故(こ)六条[B ノ](ろくでうの)判官(はんぐわん)(ハウグハン)
為義(ためよし)が末子(ばつし)十郎(じふらう)義盛(よしもり)とてかくれ【隠れ】て候(さうらふ)。摂津国(つのくに)には
P04031
多田(ただの)蔵人(くらんど)行綱(ゆきつな)こそ候(さうら)へども【共】、新(しん)大納言(だいなごん)成親卿(なりちかのきやう)の
謀反(むほん)の時(とき)、同心(どうしん)しながらかへりちゆう【返り忠】したる不当人(ふたうじん)で
候(さうら)へば、申(まうす)に及(およ)ばず。さりながら、其(その)弟(おとと)(ヲトト)多田[B ノ](ただの)二郎(じらう)朝実【*知実】(ともざね)、
手島(てしま)の冠者(くわんじや)高頼(たかより)、太田(おほだの)(ヲホダノ)太郎(たらう)頼基(よりもと)、河内国(かはちのくに)(カウチノくに)には、武蔵[B ノ]
権[B ノ]守(むさしのごんのかみ)入道(にふだう)義基(よしもと)、子息(しそく)石河[B ノ](いしかはの)判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンだい)義兼(よしかぬ)、大和国(やまとのくに)には、
宇野(うのの)七郎(しちらう)親治(ちかはる)が子共(こども)、太郎(たらう)有治(ありはる)・二郎(じらう)清治(きよはる)、三郎(さぶらう)
成治(なりはる)・四郎(しらう)義治(よしはる)・近江国(あふみのくに)には、山本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦古里(にしごり)、
美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)には、山田[B ノ](やまだの)次郎(じらう)重広【*重弘】(しげひろ)、河辺(かはのべの)太郎(たらう)重直(しげなほ)(シゲナヲ)、泉(いずみの)
太郎(たらう)重光【*重満】(しげみつ)、浦野(うらのの)四郎(しらう)重遠(しげとほ)(しげトヲ)、安食(あじきの)次郎(じらう)重頼(しげより)、其(その)
P04032
子[B ノ](この)太郎(たらう)重資(しげすけ)、木太(きだの)三郎(さぶらう)重長(しげなが)、開田(かいでんの)判官代(はんぐわんだい)(ハウグワンダイ)重国(しげくに)、
矢島先生(やしまのせんじやう)重高(しげたか)、其(その)子[B ノ](この)太郎(たらう)重行(しげゆき)、甲斐[B ノ]国(かひのくに)には、
逸見(へんみの)冠者(くわんじや)(クハンジヤ)義清(よしきよ)、其(その)子(この)太郎(たらう)清光(きよみつ)、武田(たけたの)太郎(たらう)信義(のぶよし)、
加賀見(かがみの)二郎(じらう)遠光(とほみつ)(トヲミツ)・同(おなじく)小次郎(こじらう)長清(ながきよ)、一条[B ノ](いちでうの)次郎(じらう)忠頼(ただより)、
板垣(いたがきの)三郎(さぶらう)兼信(かねのぶ)、逸見[B ノ]兵衛(へんみのひやうゑ)有義(ありよし)、武田(たけたの)五郎(ごらう)信光(のぶみつ)、安田(やすだの)
三郎(さぶらう)義定(よしさだ)、信乃【*信濃】国(しなののくに)には、大内(おほうちの)(ヲホチノ)太郎(たらう)維義【*惟義】(これよし)、岡田冠者(をかだのくわんじや)親義(ちかよし)、
平賀(ひらかの)冠者(くわんじや)(クハンジヤ)盛義(もりよし)、其(その)子[B ノ](この)四郎(しらう)義信(よしのぶ)、故[M 「小」をミセケチ「故」と傍書](こ)帯刀(たてはきの)(タテワキノ)先生(せんじやう)
義方【*義賢】(よしかた)が次男(じなん)木曾(きその)冠者(くわんじや)義仲(よしなか)、伊豆国(いづのくに)には、流人(るにん)前(さきの)右兵衛
佐(うひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、常陸国(ひたちのくに)には、信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)、佐竹冠者(さたけのくわんじや)
P04033
正義【*昌義】(まさよし)、其(その)子[B ノ](この)太郎(たらう)忠義(ただよし)、同(おなじく)三郎(さぶらう)義宗(よしむね)、四郎(しらう)高義(たかよし)、
五郎(ごらう)義季(よしすゑ)、陸奥国(むつのくに)には、故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が末子(ばつし)九郎(くらう)
冠者(くわんじや)義経(よしつね)、これみな六孫王(ろくそんわう)の苗裔(べうえい)、多田(ただの)新発(しんぼつ)満仲(まんぢゆう)(マンヂウ)
が後胤(こういん)なり。朝敵(てうてき)をもたいらげ(たひらげ)【平げ】、宿望(しゆくまう)をとげし
事(こと)は、源平(げんぺい)いづれ勝劣(せうれつ)なかりしかども【共】、今(いま)者(は)雲
泥(うんでい)まじはりをへだてて、主従(しゆうじゆう)(シユジウ)の礼(れい)にもなを(なほ)【猶】おとれ
り。国(くに)には国司(こくし)にしたがひ、庄(しやう)には領所(りやうじよ)【*預所(あづかりどころ)】につかは【使は】れ、公事(くじ)
雑事(ざふじ)(ザウジ)にかりたてられて、やすひ(やすい)【安い】思(おも)ひも候(さうら)はず。
いかばかり心(こころ)うく候(さうらふ)らん。君(きみ)もしおぼしめし【思し召し】たたせ給(たまひ)て、
P04034
令旨(りやうじ)をたう【給う】づるもの【物】ならば、夜(よ)を日(ひ)についで
馳(はせ)のぼり、平家(へいけ)をほろぼさん事(こと)、時日(じじつ)をめぐら
すべからず。入道(にふだう)も年(とし)こそよ(ッ)【寄つ】て候(さうらふ)とも、子共(こども)ひき具(ぐ)
してまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)たる。宮(みや)は此(この)事(こと)いかがある
べからんとて、しばし【暫】は御承引(ごしよういん)(ごセウイン)もなかりけるが、阿古
丸(あこまるの)大納言(だいなごん)宗通卿(むねみちのきやう)の孫(まご)、備後前司(びんごのぜんじ)季通(すゑみち)が子(こ)、少納言(せうなごん)
維長【*伊長】(これなが)と申(まう)し候(さうらふ)〔は〕勝(すぐれ)たる相人(さうにん)なりければ、時(とき)の人(ひと)相少
納言(さうせうなごん)とぞ申(まうし)ける。其(その)人(ひと)が此(この)宮(みや)をみ【見】まひらせ(まゐらせ)【参らせ】て、「位(くらゐ)に
即(つか)せ給(たまふ)べき相(さう)在(まし)ます。天下(てんが)の事(こと)思食(おぼしめし)はなた【放た】せ給(たま)ふ
P04035
べからず」と申(まうし)けるうへ、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)もかやう【斯様】に申(まう)され
ければ、「さてはしかる【然る】べし。天照大神(てんせうだいじん)の御告(おんつげ)やらん」
とて、ひしひしとおぼしめし【思し召し】たた【立た】せ給(たま)ひけり。熊野(くまの)に
候(さうらふ)十郎(じふらう)義盛(よしもり)をめし【召し】て、蔵人(くらんど)になさる。行家(ゆきいへ)と改名(かいみやう)
して、令旨(りやうじ)の御使(おんつかひ)(ヲンツカイ)に東国(とうごく)へぞ下(くだり)ける。同(おなじき)四月(しぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、
宮(みや)こ【都】をた(ッ)て、近江国(あふみのくに)よりはじめて、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)の
源氏共(げんじども)に次第(しだい)にふれてゆくほど【程】に、五月(ごぐわつ)十日(とをかのひ)、伊豆(いづ)の
北条(ほうでう)にくだりつき、流人(るにん)前[B ノ](さきの)兵衛[B ノ]佐殿(ひやうゑのすけどの)に令旨(りやうじ)たてまつ
り【奉り】、信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)は兄(あに)なればとら【取ら】せんとて、
P04036
常陸国(ひたちのくに)信太浮島(しだのうきしま)へくだる。木曾(きその)冠者(くわんじや)義仲(よしなか)は
甥(をひ)(ヲイ)なればたば【賜ば】んとて、O[BH 東(とう)]山道(せんだう)へぞおもむきける。
其(その)比(ころ)の熊野(くまのの)別当(べつたう)湛増(たんぞう)は、平家(へいけ)に心(こころ)ざしふかかり【深かり】けるが、
何(なに)としてかもれ【洩れ】きい【聞い】たりけん、「新宮(しんぐうの)十郎(じふらう)義盛(よしもり)こそ
高倉宮(たかくらのみや)の令旨(りやうじ)給(たま)は(ッ)て、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)の源氏(げんじ)どもふれ
もよほし、既(すで)に謀反(むほん)ををこす(おこす)【起こす】なれ。那智(なち)新宮(しんぐう)の
もの【者】共(ども)は、さだめて源氏(げんじ)の方(かた)うど【方人】をぞせんずらん。
湛増(たんぞう)は平家(へいけ)の御恩(ごおん)(ゴヲン)を雨【*天】(あめ)やま【山】とかうむ(ッ)【蒙つ】たれば、
いかでか背(そむき)たてまつる【奉る】べき。那智(なち)新宮(しんぐう)の物共(ものども)に
P04037
矢(や)一(ひとつ)い【射】かけて、平家(へいけ)へ子細(しさい)を申(まう)さん」とて、ひた甲(かぶと)
一千人(いつせんにん)、新宮(しんぐう)の湊(みなと)へ発向(はつかう)す。新宮(しんぐう)には鳥井(とりゐ)の法眼(ほふげん)(ホウゲン)・
高坊(たかばう)の法眼(ほふげん)、侍(さぶらひ)(サブライ)には宇(う)ゐ【宇井】・すずき【鈴木】・水屋(みづや)・かめのこう(かめのかふ)【亀の甲】、
那知【*那智】(なち)には執行(しゆぎやう)法眼(ほふげん)以下(いげ)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二千(にせん)余人(よにん)なり。
時(とき)つくり、矢合(やあはせ)して、源氏(げんじ)の方(かた)にはとこそゐれ(いれ)【射れ】、平家(へいけ)
の方(かた)にはかうこそいれ【射れ】とて、矢(や)さけび【叫び】の声(こゑ)の退転(たいてん)
もなく、かぶら【鏑】のなり【鳴り】やむひまもなく、三日(みつか)がほどこそ
たたかふ(たたかう)【戦う】たれ。熊野(くまのの)別当(べつたう)湛増(たんぞう)、家子(いへのこ)(イヱノコ)郎等(らうどう)おほく【多く】
うた【討た】せ、我(わが)身(み)手(て)おひ、からき命(いのち)をいき【生き】つつ、
P04038
『鼬(いたち)之(の)沙汰(さた)』S0404
本宮(ほんぐう)へこそにげのぼりけれ。○さるほど【程】に、法皇(ほふわう)は、
「とをき(とほき)【遠き】国(くに)へもながされ、はるかの島(しま)へもうつされん
ずるにや」と仰(おほ)せけれども、城南(せいなん)の離宮(りきゆう)(リキウ)にして、
ことしは二年(ふたとせ)にならせ給(たま)ふ。同(おなじき)五月(ごぐわつ)十二日(じふににち)午剋(むまのこく)ばか
り、御所中(ごしよぢゆう)にはゐたち[B 「ゐ」に「い」と傍書](いたち)【鼬】おびたたしう【夥しう】はしり【走り】さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】。
法皇(ほふわう)大(おほき)に驚(おどろ)(ヲドロ)きおぼしめし【思し召し】、御占形(おんうらかた)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】て、
近江[B ノ]守(あふみのかみ)仲兼(なかかぬ)、其(その)比(ころ)はいまだ鶴蔵人(つるくらんど)とめされける
をめし【召し】て、「この占形(うらかた)も(ッ)【持つ】て、泰親(やすちか)がもとへゆき、き(ッ)と
勘(かん)がへさせて、勘状(かんじやう)をと(ッ)てまいれ(まゐれ)【参れ】」とぞ仰(おほせ)ける。
P04039
仲兼(なかかぬ)これを給(たま)は(ッ)て、陰陽頭(おんやうのかみ)(ヲンヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべの)泰親(やすちか)がもとへ
ゆく【行く】。おりふし(をりふし)【折節】宿所(しゆくしよ)にはなかりけり。「白河(しらかは)なるところ【所】へ」と
いひければ、それへたづね【尋ね】ゆき、泰親(やすちか)にあふ(あう)て
勅定(ちよくぢやう)のおもむき【赴き】仰(おほ)すれば、やがて勘状(かんじやう)を
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。仲兼(なかかぬ)鳥羽殿(とばどの)にかへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、門(もん)
よりまいら(まゐら)【参ら】うどすれば、守護(しゆご)の武士(ぶし)ども【共】ゆるさ【許さ】ず。
案内(あんない)はし(ッ)【知つ】たり、築地(ついぢ)をこへ(こえ)、大床(おほゆか)(ヲホユカ)のしたをはう【這う】て、
きり板(いた)【切板】より泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をこそまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たれ。
法皇(ほふわう)これをあけて御(ご)らんずれば、「いま三日(みつか)が
P04040
うち御悦(おんよろこび)、ならびに御(おん)なげき」とぞ申(まうし)たる。
法皇(ほふわう)「御(おん)よろこびはしかる【然る】べし。これほどの御身(おんみ)に
な(ッ)て、又(また)いかなる御難(おんなげき)のあらんずるやらん」とぞ
仰(おほせ)ける。さるほど【程】に、前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、法皇(ほふわう)の御事(おんこと)
をたりふし【垂伏】申(まう)されければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)やうやうおもひ【思ひ】
なを(ッ)(なほつ)【直つ】て、同(おなじき)十三日(じふさんにち)鳥羽殿(とばどの)をいだしたてまつり【奉り】、
八条烏丸(はつでうからすまる)の美福門院[B ノ](びふくもんゐんの)御所(ごしよ)へ御幸(ごかう)なしたて
まつる【奉る】。いま三日(みつか)がうちの御悦(おんよろこび)とは、泰親(やすちか)これをぞ
申(まうし)ける。かかりけるところ【所】に、熊野[B ノ](くまのの)別当(べつたう)湛増(たんぞう)飛
P04041
脚(ひきやく)をも(ッ)て、高倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)のよし宮(みや)こ【都】へ申(まうし)たり
ければ、前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大(おほき)にさはい(さわい)【騒い】で、入道(にふだう)相国(しやうこく)折(をり)
ふし【折節】福原(ふくはら)におはしけるに、此(この)よし申(まう)されたりければ、
ききもあへず、やがて宮(みや)こ【都】へはせ【馳せ】のぼり、「是非(ぜひ)に
及(およぶ)べからず。高倉宮(たかくらのみや)からめと(ッ)て、土佐(とさ)の畑(はた)へながせ」と
こそのたまひけれ。上卿(しやうけい)は三条(さんでうの)大納言(だいなごん)実房(さねふさ)、識事(しきじ)は
頭弁(とうのべん)光雅(みつまさ)とぞきこえ【聞え】し。源(げん)大夫(だいふの)(だいブノ)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽[B ノ](ではの)
判官(はんぐわん)光長(みつなが)うけ給(たま)は(ッ)【承つ】て、宮(みや)の御所(ごしよ)へぞむかひ【向ひ】ける。
この源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)と申(まうす)は、三位(さんみ)入道(にふだう)の次男(じなん)也(なり)。しかる【然る】を
P04042
この人数(にんじゆ)にいれ【入れ】られけるは、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀反(ごむほん)
を三位(さんみ)入道(にふだう)すすめ申(まうし)たりと、平家(へいけ)いまだしら【知ら】ざり
『信連(のぶつら)』S0405
けるによ(ッ)てなり。○宮(みや)はさ月(つき)【五月】十五夜(じふごや)の雲間(くもま)の月(つき)
をながめさせ給(たま)ひ、なんのゆくゑ(ゆくへ)【行方】もおぼしめし【思し召し】よら
ざりけるに、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の使者(ししや)とて、ふみ【文】も(ッ)【持つ】ていそ
がしげO[BH に]ていでき【出来】たり。宮(みや)の御(おん)めのと子(ご)【乳母子】、六条(ろくでう)のすけ【亮】
の大夫(たいふ)(タイウ)宗信(むねのぶ)、これをと(ッ)て御前(ごぜん)へまいり(まゐり)【参り】、ひらい【開い】て
みる【見る】に、「君(きみ)の御謀反(ごむほん)すでにあらはれ【現はれ】させ給(たま)ひて、
土左【*土佐】(とさ)の畑(はた)へながしまいらす(まゐらす)【参らす】べしとて、官人共(くわんにんども)御(おん)むかへ【向へ】に
P04043
まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)。いそぎ御所(ごしよ)をいでさせ給(たまひ)て、三井寺(みゐでら)へ
いら【入ら】せをはしませ(おはしませ)。入道(にふだう)もやがてまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ
かい【書い】たりける。「こはいかがせん」とて、さはが(さわが)【騒が】せおはします
ところ【所】に、宮(みや)の侍(さぶらひ)長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)信連(のぶつら)といふ物(もの)あり【有り】。
「ただ別(べち)の様(やう)候(さうらふ)まじ。女房装束(にようばうしやうぞく)にていで【出で】させ給(たま)へ」
と申(まうし)ければ、「しかる【然る】べし」とて、御(おん)ぐし【髪】をみだし【乱し】、かさね【重ね】
たるぎよ衣(い)【御衣】に一女(いちめ)がさ【市女笠】をぞめさ【召さ】れける。六条(ろくでう)の助(すけ)[B ノ]大夫(たいふ)
宗信(むねのぶ)、唐笠(からかさ)も(ッ)【持つ】て御(おん)ともつかまつる。鶴丸(つるまる)といふ童(わらは)、
袋(ふくろ)にもの【物】いれ【入れ】ていただい【戴い】たり。譬(たと)へば青侍(せいし)の女(ぢよ)を
P04044
むかへ【向へ】てゆくやうにいでたた【出立た】せ給(たま)ひて、高倉(たかくら)を北(きた)へ
おち【落ち】させ給(たま)ふに、大(おほき)なる溝(みぞ)のあり【有り】けるを、いともの【物】
がるう【軽う】こえさせ給(たま)へば、みちゆき人(びと)たちとどま(ッ)【留まつ】て、
「はしたなの女房(にようばう)の溝(みぞ)のこえ【越え】やうや」とて、あやし
げにみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いとどあしばや【足速】にすぎさせ
給(たま)ふ。長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)信連(のぶつら)は、御所(ごしよ)の留守(るす)にぞをか(おか)【置か】れたる。
女房達(にようばうたち)の少々(せうせう)おはしけるを、かしこここへたちしの
ば【忍ば】せて、み【見】ぐるしき物(もの)あらばとりした【取認】ためむとてみる【見る】
ほど【程】に、宮(みや)のさしも御秘蔵(ごひさう)あり【有り】ける小枝(こえだ)(コヱダ)ときこえ【聞え】し
P04045
御笛(おんふえ)を、只今(ただいま)しもつねの御所(ごしよ)の御枕(おんまくら)にとり
わすれ【忘れ】させたまひ【給ひ】たりけるぞ、立(たち)かへ(ッ)【帰つ】てもとら【取ら】ま
ほしうおぼしめす【思し召す】、信連(のぶつら)これをみ【見】つけて、「あなあさ
まし。君(きみ)のさしも御秘蔵(ごひさう)ある御笛(おんふえ)を」と申(まうし)て、
五町(ごちやう)がうちにお(ッ)【追つ】ついてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。宮(みや)なのめ
ならず御感(ぎよかん)あ(ッ)て、「われしな【死な】ば、此(この)笛(ふえ)をば御棺(ごくわん)(ゴクハン)に
いれよ【入れよ】」とぞ仰(おほせ)ける。「やがて御(おん)ともに候(さうら)へ」と仰(おほせ)ければ、
信連(のぶつら)申(まうし)けるは、「唯今(ただいま)御所(ごしよ)へ官人共(くわんにんども)が御(おん)むかへ【迎へ】にまい
り(まゐり)【参り】候(さうらふ)なるに、御前(ごぜん)に人(ひと)一人(いちにん)も候(さうら)はざらんが、無下(むげ)に
P04046
うたてしう候(さうらふ)。信連(のぶつら)が此(この)御所(ごしよ)に候(さうらふ)とは、上下(かみしも)みな
しら【知ら】れたる事(こと)にて候(さうらふ)に、今夜(こんや)候(さうら)はざらんは、それも
其(その)夜(よ)はにげ【逃げ】たりけりな(ン)ど(など)いはれん事(こと)、弓矢(ゆみや)
とる身(み)は、かりにも名(な)こそおしう(をしう)【惜しう】候(さうら)へ。官人(くわんにん)ども【共】
しばらくあいしらい(あひしらひ)候(さうらひ)て、打破(うちやぶり)て、やがてまいり(まゐり)【参り】候(さうら)
はん」とて、はしり【走り】かへる。長兵衛(ちやうひやうゑ)が其(その)日[B ノ](ひの)装束(しやうぞく)には、
うすあを【薄青】の狩衣(かりぎぬ)のしたに、萠黄威(もえぎをどし)(モヘギヲドシ)の腹巻(はらまき)をきて、
衛府(ゑふ)(ヱウ)の太刀(たち)をぞはいたりける。三条面(さんでうおもて)の惣門(そうもん)をも、
高倉面(たかくらおもて)の小門(こもん)をも、ともにひらい【開い】て待(まち)かけたり。
P04047
源(げん)大夫[B ノ](だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、出羽(ではの)判官(はんぐわん)光長(みつなが)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三百(さんびやく)
余騎(よき)、十五日(じふごにち)の夜(よ)の子(ね)の剋(こく)に、宮(みや)の御所(ごしよ)へぞ押
寄(おしよせ)(ヲシヨセ)たる。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)は、存(ぞん)ずる旨(むね)あり【有り】とおぼえ
て、はるかの門前(もんぜん)にひかへたり。出羽(ではの)判官(はんぐわん)光長(みつなが)は、馬(むま)に
乗(のり)ながら門(もん)のうちに打入(うちい)り、庭(には)にひかへて大音
声(だいおんじやう)(だいヲンジヤウ)をあげて申(まうし)けるは、「御謀反(ごむほん)のきこえ【聞こえ】候(さうらふ)によ(ッ)て、
官人共(くわんにんども)別当宣(べつたうせん)を承(うけたま)はり[* 「年はり」と有るのを他本により訂正]、御(おん)むかへ【向へ】にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。いそ
ぎ御出(おんいで)候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)大床(おほゆか)に立(た)(ッ)て、「是(これ)
は当時(たうじ)は御所(ごしよ)でも候(さうら)はず。御物(おんもの)まうでで候(さうらふ)ぞ。何
P04048
事(なにごと)ぞ、こと【事】の子細(しさい)を申(まう)されよ」といひければ、「何条(なんでふ)、
此(この)御所(ごしよ)ならではいづくへかわたらせ給(たまふ)べかんなる。さな
いは【言は】せそ。下部(しもべ)ども【共】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、さがし【探し】たてまつれ」と
ぞ申(まうし)ける。長兵衛(ちやうひやうゑの)尉(じよう)これをきい【聞い】て、「物(もの)もおぼえぬ
官人(くわんにん)ども【共】が申様(まうしやう)かな。馬(むま)に乗(のり)ながら門(もん)のうちへまいる(まゐる)【参る】
だにも奇怪(きつくわい)(キクハイ)なるに、下部共(しもべども)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがしまいらせ
よ(まゐらせよ)【参らせよ】とは、いかで申(まうす)ぞ。左兵衛尉(さひやうゑのじよう)長谷部信連(はせべののぶつら)が候(さうらふ)ぞ。
ちかう【近う】よ(ッ)【寄つ】てあやまちすな」とぞ申(まうし)ける。庁(ちやう)の下部(しもべ)
のなかに、金武(かなたけ)といふ大(だい)ぢから【大力】のかう【剛】の物(もの)、長兵衛(ちやうひやうゑ)に
P04049
目(め)をかけて、大床(おほゆか)のうゑ(うへ)ゑ(へ)とび【飛び】のぼる。これをみて、
どうれいども十四五人(じふしごにん)ぞつづい【続い】たる。長兵衛(ちやうひやうゑ)は狩衣(かりぎぬ)の
帯紐(おびひぼ)(ヲビヒボ)ひ(ッ)【引つ】き(ッ)てすつる【捨つる】ままに、衛府(ゑふ)(ヱウ)の太刀(たち)なれども【共】、
身(み)をば心(こころ)えてつくら【造ら】せたるをぬき【抜き】あはせ【合はせ】て、さんざん【散々】
にこそき(ッ)【斬つ】たりけれ。かたき【敵】は大太刀(おほだち)・大長刀(おほなぎなた)でふる
まへども【共】、信連(のぶつら)が衛府(ゑふ)の太刀(たち)に切(きり)たてられて、嵐(あらし)に
木(こ)のは【葉】のちるやうに、庭(には)へさ(ッ)とぞおりたりける。
さ月(つき)【五月】十五夜(じふごや)の雲間(くもま)の月(つき)のあらはれ【現はれ】いで【出で】て、あかか
り【明かかり】けるに、かたき【敵】は無案内(ぶあんない)なり、信連(のぶつら)は案内者(あんないしや)也(なり)。
P04050
あそこの面(めん)らう[M 「面道」とあり「道」をミセケチ「らう」と傍書]にお(ッ)【追つ】かけ【掛け】ては、はたときり【斬り】、ここの
つまりにお(ッ)【追つ】つめては、ちやうどきる。「いかに宜旨(せんじ)の
御使(おんつかひ)をばかうはするぞ」といひければ、「宜旨(せんじ)とは
なんぞ」とて、太刀(たち)ゆがめばおどり(をどり)【躍り】のき、おしなをし(なほし)【直し】、
ふみ【踏み】なをし(なほし)【直し】、たちどころによき物(もの)ども【共】十四五人(じふしごにん)こそ
きり【斬り】ふせたれ。太刀(たち)のさき三寸(さんずん)ばかりうちを(ッ)【折つ】て、
腹(はら)をきらんと腰(こし)をさぐれ【探れ】ば、さやまき【鞘巻】おち【落ち】て
なかりけり。ちから【力】およば【及ば】ず、大手(おほで)をひろげて、高倉
面(たかくらおもて)の小門(こもん)よりはしり【走り】いでんとするところ【所】に、大長刀(おほなぎなた)
P04051
も(ッ)【持つ】たる男(をとこ)一人(いちにん)より【寄り】あひたり。信連(のぶつら)長刀(なぎなた)にのら【乗ら】んと
とんでかかるが、のりそんじ【損じ】てもも【股】をぬいさま(ぬひさま)【縫様】に
つらぬか【貫ぬか】れて、心(こころ)はたけく【猛く】おもへ【思へ】ども、大勢(おほぜい)の中(なか)
にとりこめ【籠め】られて、いけどり【生捕り】にこそせられけれ。
其(その)後(のち)御所(ごしよ)をさがせども、宮(みや)わたらせ給(たま)はず。信連(のぶつら)
ばかりからめて、六波羅(ろくはら)へい(ゐ)【率】てまいる(まゐる)【参る】。入道(にふだう)相国(しやうこく)は簾
中(れんちゆう)(レンチウ)にゐたまへ【給へ】り。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)大床(おほゆか)にた(ッ)て、信連(のぶつら)
を大庭(おほには)にひ(ッ)【引つ】すゑ【据ゑ】させ、「まこと【誠】にわ男(をとこ)は、「宣旨(せんじ)とは
なん【何】ぞ」とてき(ッ)【斬つ】たりけるか。おほく【多く】の庁(ちやう)の下部(しもべ)を
P04052
刃傷(にんじやう)殺害(せつがい)したん也(なり)。せむずる(せんずる)ところ【所】、糾問(きうもん)してよく
よく事(こと)の子細(しさい)をたづね【尋ね】とひ、其(その)後(のち)河原(かはら)にひき
いだいて、かうべ【首】をはね候(さうら)へ」とぞのたまひける。
信連(のぶつら)すこし【少し】もさはが(さわが)【騒が】ず、あざわら(ッ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「この
ほどよなよな【夜な夜な】あの御所(ごしよ)を、物(もの)がうかがひ【伺ひ】候(さうらふ)時(とき)に、なに
事(ごと)のあるべきと存(ぞんじ)て、用心(ようじん)も仕(つかまつり)候(さうら)はぬところ【所】に、
よろう【鎧う】たる物共(ものども)がうち入(いり)て候(さうらふ)を、「なに物(もの)ぞ」ととひ
候(さうら)へば、「宜旨(せんじ)の御使(おんつかひ)」となのり【名乗り】候(さうらふ)。山賊(さんぞく)・海賊(かいぞく)・強盜(がうたう)な(ン)ど(など)
申(まうす)やつ原(ばら)は、或(あるい)は「公達(きんだち)のいら【入ら】せ給(たま)ふぞ」或(あるい)は「宜旨(せんじ)の
P04053
御使(おんつかひ)」な(ン)ど(など)なのり【名乗り】候(さうらふ)と、かねがねうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て候(さうら)へば、
「宜旨(せんじ)とはなんぞ」とて、き(ッ)たる候(ざうらふ)。凡(およそ)(ヲヨソ)は物(もの)の具(ぐ)
をもおもふ【思ふ】さまにつかまつり【仕り】、かね【鉄】よき太刀(たち)をも
も(ッ)【持つ】て候(さうらは)ば、官人共(くわんにんども)をよも一人(いちにん)も安穏(あんをん)ではかへし【返し】
候(さうら)はじ。又(また)宮(みや)の御在所(ございしよ)は、いづくにかわたらせ給(たま)ふ
らん、しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。たとひしり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
候(さうらふ)とも、さぶらひほん【侍品】の物(もの)の、申(まう)さじとおもひ【思ひ】き(ッ)てん
事(こと)、糾問(きうもん)におよ(ン)【及ん】で申(まうす)べしや」とて、其(その)後(のち)は物(もの)も
申(まう)さず。いくらもなみ【並】ゐたりける平家(へいけ)のさぶらい(さぶらひ)
P04054
ども【共】、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)かう【剛】の物(もの)かな。あ(ッ)たらおのこ(をのこ)【男】をきられ
むずらんむざん【無慚】さよ」と申(まうし)あへり。其(その)なかにある人(ひと)の
申(まうし)けるは、「あれは先年(せんねん)ところ【所】にあり【有り】し時(とき)も、大番
衆(おほばんじゆ)(ヲホバンシユ)がとどめ【留め】かねたりし強盜(がうだう)六人(ろくにん)、只(ただ)一人(いちにん)お(ッ)【押つ】かか(ッ)【懸つ】て、
四人(しにん)きり【斬り】ふせ【伏せ】、二人(ににん)いけどり【生捕り】にして、其(その)時(とき)なされ
たる左兵衛尉(さひやうゑのじよう)ぞかし。これをこそ一人(いちにん)当千(たうぜん)の
つは物(もの)【兵】ともいふべけれ」とて、口々(くちぐち)におしみ(をしみ)【惜しみ】あへりければ、
入道(にふだう)相国(しやうこく)いかがおもは【思は】れけん、伯耆(はうき)のひ野(の)【日野】へぞ
ながされける。源氏(げんじ)の世(よ)にな(ッ)て、東国(とうごく)へくだり、
P04055
梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)について、事(こと)の根元(こんげん)一々(いちいち)次第(しだい)に
申(まうし)ければ、鎌倉殿(かまくらどの)、神妙(しんべう)也(なり)と感(かん)じおぼしめし【思し召し】
て、能登国(のとのくに)に御恩(ごおん)かうぶりけるとぞきこえ【聞え】し。
『競(きほふ)』S0406
○宮(みや)は高倉(たかくら)を北(きた)へ、近衛(こんゑ)を東(ひがし)へ、賀茂河(かもがは)をわた
らせ給(たまひ)て、如意山(によいさん)へいらせおはします。昔(むかし)清見原(きよみばら)
の天皇(てんわう)のいまだ東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、賊徒(ぞくと)におそは【襲は】れ
させ給(たま)ひて、吉野山(よしのやま)へいらせ給(たま)ひけるにこそ、
をとめ【少女】のすがたをばからせ給(たま)ひけるなれ。いま此(この)
君(きみ)の御(おん)ありさまも、それにはたがは【違は】せ給(たま)はず。
P04056
しらぬ山路(さんろ)を夜(よ)もすがらわけ【分け】いら【入ら】せ給(たま)ふに、
いつならはし【習はし】の御事(おんこと)なれば、御(おん)あし【足】よりいづる【出づる】血(ち)は、
いさごをそめて紅(くれなゐ)(クレナヒ)の如(ごと)し。夏草(なつくさ)のしげみがなか
の露(つゆ)けさも、さこそはところせう【所狭う】おぼしめされ
けめ。かくして暁方(あかつきがた)に三井寺(みゐでら)へいら【入ら】せおはし
ます。「かひなき命(いのち)のおしさ(をしさ)【惜しさ】に、衆徒(しゆと)をたのん【頼ん】で
入御(じゆぎよ)あり【有り】」と仰(おほせ)ければ、大衆(だいしゆ)畏悦(ヲソレヨロコン)で、法輪院(ほふりんゐん)(ホウリンヰン)に
御所(ごしよ)をしつらひ、それにいれ【入れ】たてま(ッ)【奉つ】て、かたの
ごとくの供御(ぐご)したて【仕立て】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】けり。あくれば十六
P04057
日(じふろくにち)、高倉(たかくら)の宮(みや)の御謀叛(ごむほん)おこさせ給(たま)ひて、うせ【失せ】
させ給(たまひ)ぬと申(まうす)ほどこそあり【有り】けれ、京中(きやうぢゆう)の騒動(さうどう)
なのめならず。法皇(ほふわう)これをきこしめして、「鳥羽殿(とばどの)
を御(おん)いで【出で】あるは御悦(おんよろこび)なり。ならびに御歎(おんなげき)と
泰親(やすちか)が勘状(かんじやう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるは、これを申(まうし)けり」とぞ
仰(おほせ)ける。抑(そもそも)源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)、年(とし)ごろ日比(ひごろ)もあれば
こそあり【有り】けめ、ことし【今年】いかなる心(こころ)にて謀叛(むほん)をば
おこし【起し】けるぞといふに、平家(へいけ)の次男(じなん)前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、
すまじき事(こと)をしたまへ【給へ】り。されば、人(ひと)の世(よ)にあれ
P04058
ばとて、すぞろにすまじき事(こと)をもし、いふ
まじき事(こと)をもいふは、よくよく思慮(しりよ)あるべき物(もの)
也(なり)。たとへば、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)のもとに、
九重(くぢゆう)(クヂウ)にきこえ【聞え】たる名馬(めいば)あり【有り】。鹿毛(かげ)なる馬(むま)のなら
びなき逸物(いちもつ)、のり【乗り】はしり【走り】、心(こころ)むき、又(また)あるべしとも
覚(おぼ)えず。名(な)をば木(こ)のした【下】とぞいはれける。前[B ノ](さきの)右大
将(うだいしやう)これをつたへきき、仲綱(なかつな)のもとへ使者(ししや)たて、「き
こえ【聞え】候(さうらふ)名馬(めいば)をみ【見】候(さうらは)ばや」とのたまひつかはさ【遣さ】れたり
ければ、伊豆守(いづのかみ)の返事(へんじ)には、「さる馬(むま)はも(ッ)【持つ】て候(さうらひ)つれ
P04059
ども、此(この)ほどあまりにのり損(そん)じて候(さうらひ)つるあい
だ(あひだ)、しばらくいたはら【労ら】せ候(さうら)はんとて、田舎(でんじや)へつかはし【遣し】
て候(さうらふ)」。「さらんには、ちから【力】なし」とて、其(その)後(のち)沙汰(さた)もなかり
しを、おほく【多く】なみ【並み】ゐ【居】たりける平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)、
其(その)馬(むま)はおととひ(をととひ)【一昨日】までは候(さうらひ)し物(もの)を。昨日(きのふ)も候(さうら)ひ
し、けさも庭(には)のりし候(さうらひ)つる」な(ン)ど(など)申(まうし)ければ、
「さてはおしむ(をしむ)【惜しむ】ごさんなれ。にくし。こへ【乞へ】」とて、侍(さぶらひ)して
はせ【馳せ】させ、ふみ【文】な(ン)ど(など)しても、一日(いちにち)がうちに五六度(ごろくど)
七八度(しちはちど)な(ン)ど(など)こは【乞は】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)これをきき、
P04060
伊豆守(いづのかみ)よびよせ、「たとひこがね【黄金】をまろめたる
馬(むま)なりとも【共】、それほど【程】に人(ひと)のこわ(こは)【乞は】う物(もの)をおし
む(をしむ)【惜しむ】べき様(やう)やある。すみやか【速やか】にその馬(むま)六波羅(ろくはら)へつかは
せ【遣せ】」とこその給(たま)ひけれ。伊豆守(いづのかみ)力(ちから)およば【及ば】で、一首(いつしゆ)の
歌(うた)をかき【書き】そへて六波羅(ろくはら)へつかはす【遣す】。
こひしく【恋しく】はき【来】てもみよ【見よ】かし身(み)にそへ【添へ】る
かげをばいかがはなち【放ち】やるべき W021
宗盛卿(むねもりのきやう)歌(うた)の返事(へんじ)をばし給(たま)はで、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)馬(むま)や。馬(むま)は
まこと【誠】によい馬(むま)でありけり。されどもあまりに
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主(ぬし)がおしみ(をしみ)【惜しみ】つるがにくきに、やがて主(ぬし)が名(な)のりを
かなやき【鉄焼】にせよ」とて、仲綱(なかつな)といふかなやきを
して、むまや【廐】にたて【立て】られけり。客人(まらうと)来(きたり)て、「きこえ【聞え】
候(さうらふ)名馬(めいば)をみ候(さうらは)ばや」と申(まうし)ければ、「その仲綱(なかつな)めに
鞍(くら)をい(おい)【置い】てひき【引き】だせ、仲綱(なかつな)めのれ、仲綱(なかつな)めうて【打て】、はれ」
な(ン)ど(など)の給(たま)ひければ、伊豆守(いづのかみ)これをつたへ【伝へ】きき、「身(み)に
かへ【代へ】ておもふ【思ふ】馬(むま)なれども、権威(けんゐ)(ケンイ)につゐ(つい)【付い】てとら【取ら】るる
だにもあるに、馬(むま)ゆへ(ゆゑ)【故】仲綱(なかつな)が天下(てんが)のわらはれ
ぐさ【笑はれ草】とならんずるこそやすから【安から】ね」とて、大(おほき)に
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いきどをら(いきどほら)【憤ら】れければ、三位(さんみ)入道(にふだう)これをきき、伊豆守(いづのかみ)
にむか(ッ)【向つ】て、「何事(なにごと)のあるべきとおもひ【思ひ】あなづ(ッ)て、
平家(へいけ)の人(ひと)ども【共】が、さやうのしれ事(ごと)【痴事】をいふにこそあん
なれ。其(その)儀(ぎ)ならば、いのち【命】いき【生き】てもなにかせん。
便宜(びんぎ)をうかがふ(うかがう)【窺う】てこそあらめ」とて、わたくしには
おもひ【思ひ】もたたず、宮(みや)をすすめ【勧め】申(まうし)たりけるとぞ、後(のち)には
きこえ【聞え】し。これにつけても、天下(てんが)の人(ひと)、小松(こまつ)のおとど【大臣】
の御事(おんこと)をぞしのび【忍び】申(まうし)ける。或(ある)時(とき)、小松殿(こまつどの)参内(さんだい)の
次(ついで)に、中宮(ちゆうぐう)の御方(おんかた)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひたりけるに、八尺(はつしやく)
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ばかりあり【有り】けるくちなはが、おとど【大臣】のさしぬきの
左(ひだり)のりん【輪】をはひ【這ひ】まはりけるを、重盛(しげもり)さはが(さわが)【騒が】ば、女
房達(にようばうたち)もさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、中宮(ちゆうぐう)(チウグウ)もおどろかせ給(たまひ)なんずと
おぼしめし【思し召し】、左(ひだり)の手(て)でくちなはのを【尾】をおさへ【抑へ】、
右(みぎ)の手(て)でかしら【頭】をとり、直衣(なほし)(ナウシ)の袖(そで)のうちにひき
いれ【引入れ】、ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず、つゐ(つい)立(た)(ッ)て、「六位(ろくゐ)や候(さうらふ)六位(ろくゐ)や候(さうらふ)」と
めされければ、伊豆守(いづのかみ)、其(その)比(ころ)はいまだ衛府蔵人(ゑふくらんど)
でおはしけるが、「仲綱(なかつな)」となの(ッ)【名乗つ】てまいら(まゐら)【参ら】れたりけるに、
此(この)くちなはをたぶ【賜ぶ】。給(たまは)(ッ)て弓場殿(いばどの)をへ【経】て、殿上(てんじやう)の
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小庭(こには)にいでつつ、御倉(みそう)の小舎人(こどねり)をめし【召し】て、「これ給(たま)はれ」
といはれければ、大(おほき)にかしら【頭】をふ(ッ)てにげさりぬ。
ちから【力】をよば(およば)【及ば】で、わが郎等(らうどう)競(きほふ)(キヲウ)の滝口(たきぐち)をめし【召し】て、これ
をたぶ【賜ぶ】。給(たま)は(ッ)てすてて(ン)げり。そのあした小松殿(こまつどの)よい馬(むま)
に鞍(くら)をい(おい)【置い】て、伊豆守(いづのかみ)のもとへつかはす【遣す】とて、「さて
も昨日(きのふ)のふるまひ【振舞ひ】こそ、ゆう(いう)【優】に候(さうらひ)しか。是(これ)はのり
一(いち)【乗り一】の馬(むま)で候(さうらふ)。夜陰(やいん)に及(およん)(ヲヨン)で、陣外(ぢんぐわい)(チングハイ)より傾城(けいせい)のもとへ
かよは【通は】れむ時(とき)、もちゐ【用ゐ】らるべし」とてつかはさ【遣さ】る。
伊豆守(いづのかみ)、大臣(おとど)の御返事(おんペんじ)なれば、「御馬(おんむま)かしこま(ッ)て
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給(たま)はり候(さうらひ)ぬ。昨日(きのふ)のふるまひ【振舞ひ】は、還城楽(げんじやうらく)にこそに【似】て
候(さうら)ひしか」とぞ申(まう)されける。いかなれば、小松(こまつ)おとどは
かうこそゆゆしうおはせしに、宗盛卿(むねもりのきやう)はさこそ
なからめ、あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】人(ひと)のおしむ(をしむ)【惜しむ】馬(むま)こひ【乞ひ】と(ッ)て、天下(てんが)の
大事(だいじ)に及(および)ぬるこそうたてけれ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)の夜(よ)に入(い)(ッ)て、
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)、嫡子(ちやくし)伊豆[B ノ]守(いづのかみ)仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫[B ノ]
判官(だいふのはんぐわん)兼綱(かねつな)、六条[B ノ](ろくでうの)蔵人(くらんど)仲家(なかいへ)(ナカイヱ)、其(その)子[B ノ](この)蔵人(くらんど)太郎(たらう)仲光(なかみつ)
以下(いげ)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)三百(さんびやく)余騎(よき)館(たち)に火(ひ)かけやき【焼き】あげ
て、三井寺(みゐでら)へこそまいら(まゐら)【参ら】れけれ。三位(さんみ)入道(にふだう)の侍(さぶらひ)(サブライ)[B に]、渡辺(わたなべ)
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の源三(げんざう)滝口(たきぐち)競(きほふ)(キヲウ)といふ物(もの)あり【有り】。はせ【馳せ】をくれ(おくれ)てとど
ま(ッ)【留まつ】たりけるを、前(さきの)右大将(うだいしやう)、競(きほふ)(キヲウ)をめし【召し】て、「いかになんぢ
は三位(さんみ)入道(にふだう)のともをばせでとどま(ッ)たるぞ」と
の給(たまひ)ければ、競(きほふ)(キヲウ)畏(かしこまつ)て申(まうし)けるは、「自然(じぜん)の事(こと)候(さうら)
はば、ま(ッ)さきかけて命(いのち)をたてまつら【奉ら】んとこそ、日
来(ひごろ)は存(ぞんじ)て、候(さうら)ひつれども、何(なに)とおもは【思は】れ候(さうらひ)けるやら
む、かうともおほせ【仰せ】られ候(さうら)はず」。「抑(そもそも)朝敵(てうてき)頼政(よりまさ)法師(ぼふし)(ボウシ)
に同心(どうしん)せむとやおもふ【思ふ】。又(また)これにも兼参(けんざん)の物(もの)ぞかし。
先途(せんど)後栄(こうえい)(コウヱイ)を存(ぞん)じて、当家(たうけ)に奉公(ほうこう)いたさんとや
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思(おも)ふ。あり【有り】のままに申(まう)せ」とこそのたまひければ、
競(きほふ)(キヲウ)涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、「相伝(さうでん)のよしみは
さる事(こと)にて候(さうら)へども、いかが朝敵(てうてき)となれる人(ひと)
に同心(どうしん)をばし候(さうらふ)べき。殿中(てんちゆう)(テンチウ)に奉公(ほうこう)仕(つかまつら)うずる候(ざうらふ)」と
申(まうし)ければ、「さらば奉公(ほうこう)せよ。頼政(よりまさ)法師(ぼふし)がしけん
恩(おん)には、ち(ッ)ともおとるまじきぞ」とて、入(いり)給(たま)ひぬ。
さぶらひに、「競(きほふ)(キヲウ)はあるか」。「候(さうらふ)」。「競(きほふ)はあるか」。「候(さうらふ)」とて、あした
よりゆふべに及(およぶ)まで祗候(しこう)す。やうやう日(ひ)もくれけ
れば、大将(だいしやう)いで【出で】られたり。競(きほふ)(キヲウ)かしこま(ッ)て申(まうし)けるは、
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「三位(さんみ)入道殿(にふだうどの)三井寺(みゐでら)にときこえ【聞え】候(さうらふ)。さだめて
打手(うつて)むけ【向け】られ候(さうら)はんずらん。心(こころ)にくうも候(さうら)はず。三井
寺(みゐでら)法師(ぼふし)、さては渡辺(わたなべ)のしたしい【親しい】やつ原(ばら)こそ候(さうらふ)
らめ[* 「候うめ」と有るのを他本により訂正]。ゑりうち(えりうち)【択討ち】な(ン)ど(など)もし候(さうらふ)べきに、の(ッ)【乗つ】て事(こと)にあふ
べき馬(むま)の候(さうらひ)つる〔を〕、したしい【親しい】やつめにぬすま【盜ま】れて候(さうらふ)。
御馬(おんむま)一疋(いつぴき)くだしあづかる【預る】べうや候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、
大将(だいしやう)「も(ッ)ともさるべし」とて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)の煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)
とて秘蔵(ひさう)せられたりけるに、よい鞍(くら)をい(おい)【置い】てぞ
たう【賜う】だりける。競(きほふ)(キヲウ)やかた【館】にかへ(ッ)【帰つ】て、「はや【早】日(ひ)のくれよかし。
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此(この)馬(むま)に打乗(うちのり)て三井寺(みゐでら)へはせまいり(まゐり)【参り】、三位(さんみ)入道殿(にふだうどの)の
ま(ッ)さき【真先】かけて打死(うちじに)せん」とぞ申(まうし)ける。日(ひ)もやうやう
くれければ、妻子(さいし)ども【共】かしこここへ立(たち)しのば【忍ば】せて、三
井寺(みゐでら)へ出立(いでたち)ける心(こころ)の中(うち)こそむざん【無慚】なれ。ひやうもん【平文】
の狩衣(かりぎぬ)の菊(きく)とぢ【菊綴】おほきらか【大きらか】にしたるに、重代(ぢゆうだい)(ヂウダイ)のきせ
ながの、ひおどし(ひをどし)【緋縅】のよろひに星(ほし)じろ【星白】の甲(かぶと)の緒(を)をしめ、
いか物(もの)づくりの大太刀(おほだち)はき、廿四(にじふし)さい【差い】たる大(おほ)なかぐろ【中黒】の
矢(や)おひ【負ひ】、滝口(たきぐち)の骨法(こつぽふ)(コツハウ)わすれ【忘れ】じとや、鷹(たか)の羽(は)にて
はいだりける的矢(まとや)一手(ひとて)ぞさしそへたる。しげどう【滋籐】の
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弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)にうちのり、のりかへ一騎(いつき)うちぐ
し【具し】、とねり男(をとこ)にも(ッ)たて【楯】わき【脇】ばさませ、屋形(やかた)に火(ひ)かけ
やき【焼き】あげて、三井寺(みゐでら)へこそ馳(はせ)たりけれ。六波羅(ろくはら)
には、競(きほふ)(キヲウ)が宿所(しゆくしよ)より火(ひ)いで【出で】きたりとて、ひしめき
けり。大将(だいしやう)いそぎいで【出で】て、「競(きほふ)はあるか」とたづね【尋ね】給(たま)ふに、
「候(さうら)はず」と申(まう)す。「すは、きやつを手(て)のべ【手延べ】にして、たばから
れぬるは。お(ッ)【追つ】かけ【掛け】てうて」とのたまへ【宣へ】ども、競(きほふ)はもとより
すぐれたるつよ弓(ゆみ)【強弓】せい兵(びやう)【精兵】、矢(や)つぎばやの手(て)きき【手利】、大(だい)ぢから【大力】
の剛(かう)[B 「甲」の左に「剛」と傍書]の物(もの)、「廿四(にじふし)さいたる矢(や)でまづ廿四人(にじふしにん)は射(い)ころさ【殺さ】れ
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なんず。おと【音】なせそ」とて、むかふ【向ふ】物(もの)こそなかりけれ。
三井寺(みゐでら)には折(をり)ふし【折節】競(きほふ)が沙汰(さた)あり【有り】けり。渡辺党[* 「渡鳥党」と有るのを他本により訂正](わたなべたう)
「競(きほふ)をばめし【召し】ぐす【具す】べう候(さうらひ)つる物(もの)を。六波羅(ろくはら)にのこり【残り】
とどま(ッ)【留まつ】て、いかなるうき目(め)にかあひ候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、
三位(さんみ)入道(にふだう)心(こころ)をし(ッ)【知つ】て、「よもそのもの【物】、無台(むだい)にとらへ
からめ【搦め】られはせじ。入道(にふだう)に心(こころ)ざしふかい物(もの)也(なり)。いまみよ【見よ】、
只今(ただいま)まいら(まゐら)【参ら】うずるぞ」とのたまひもはてねば、競(きほふ)つ(ッ)と
いできたり。「さればこそ」とぞのたまひける。競(きほふ)かしこ
ま(ッ)て申(まうし)けるは、「伊豆守殿(いづのかみどの)の木(こ)の下(した)がかはりに、六波
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羅(ろくはら)の煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)こそと(ッ)てまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうら)へ。まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」とて、
伊豆守(いづのかみ)にたてまつる【奉る】。伊豆守(いづのかみ)なのめならず
悦(よろこび)て、やがて尾髪(をかみ)をきり、かなやき【鉄焼】して、次(つぎ)の夜(よ)
六波羅(ろくはら)へつかはし【遣し】、夜半(やはん)ばかり門(もん)のうちへぞおひいれ【追入れ】
たる。馬(むま)やに入(いり)て馬(むま)どもにくひ【食ひ】あひければ、とねり【舎人】
おどろきあひ、「煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)がまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)」と申(まう)す。大将(だいしやう)いそ
ぎいで【出で】てみ【見】たまへ【給へ】ば、「昔(むかし)は煖廷(なんれう)(ナンリヤウ)、今(いま)は平(たひら)の宗盛(むねもり)入道(にふだう)」と
いふかなやき【鉄焼】をぞしたりける。大将(だいしやう)「やすからぬ競(きほふ)めを、
手(て)のび【手延び】にしてたばかられぬる事(こと)こそ遺恨(ゐこん)(イコン)なれ。
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今度(こんど)三井寺(みゐでら)へよせ【寄せ】たらんには、いかにもしてまづ
競(きほふ)めをいけどり【生捕り】にせよ。のこぎり【鋸】で頸(くび)きらん」
とて、おどり(をどり)【躍り】あがりおどり(をどり)【躍り】あがりいから【怒ら】れけれども、南丁(なんちやう)が
『山門(さんもん)牒状(てふじやう)』S0407
尾(を)かみ【尾髪】もおい(おひ)【生ひ】ず、かなやき【鉄焼】も又(また)うせざりけり。○三井寺(みゐでら)
には貝(かひ)(カイ)鐘(かね)ならい【鳴らい】て、大衆(だいしゆ)僉議(せんぎ)す。「近日(きんじつ)世上(せじやう)の体(てい)
を案(あん)ずるに、仏法(ぶつぽふ)の衰微(すいび)、王法(わうぼふ)の牢籠(らうろう)、まさ
に此(この)時(とき)にあたれり。今度(こんど)清盛(きよもり)入道(にふだう)が暴悪[* 「慕悪」と有るのを他本により訂正](ぼうあく)を
いまし〔め〕ずは、何日(いづれのひ)をか期(ご)すべき。宮(みや)ここに入御(じゆぎよ)の御
事(おんこと)、正八幡宮(しやうはちまんぐう)の衛護(ゑご)、新羅大明神(しんらだいみやうじん)の冥助(みやうじよ)(ミヤウヂヨ)にあら
P04074
ずや。天衆地類(てんじゆぢるい)も影向(やうがう)をたれ、仏力(ぶつりき)神力(じんりき)も
降伏(がうぶく)をくはへまします事(こと)などかなかるべき。抑(そもそも)
北嶺(ほくれい)は円宗(ゑんじゆう)(ヱンシウ)一味(いちみ)の学地(がくぢ)、南都(なんと)は夏臈(げらふ)(ゲラウ)得度(とくど)の
戒定(かいぢやう)也(なり)。牒奏(てつそう)のところ【所】に、などかくみ【与】せざるべき」と、
一味(いちみ)同心(どうしん)に僉議(せんぎ)して、山(やま)へも奈良(なら)へも牒状(てふじやう)(テウジヤウ)を
こそを〔く〕り(おくり)【送り】けれ。山門(さんもん)への状(じやうに)云(いはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てつ)す、延暦寺(えんりやくじ)(ヱンリヤクジ)
の衙(が)殊(こと)に合力(かふりよく)(カウリヨク)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られ
むとおもふ【思ふ】状(じやう)右(みぎ)入道(にふだう)浄海(じやうかい)、ほしいままに王法(わうぼふ)をうし
なひ【失ひ】、仏法(ぶつぽふ)をほろぼさんとす。愁歎(しうたん)無(レ)極(きはまりなき)ところ【所】に、
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去(さんぬ)る十五日[B ノ](じふごにちの)夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の王子(わうじ)、ひそかに入寺(にふじ)(ニウジ)
せしめ給(たま)ふ。爰(ここに)院宣(ゐんぜん)(インゼン)と号(かう)(ガウ)していだし【出し】たてまつる【奉る】
べきよし、せめ【責】あり【有り】といへども【共】、出(いだ)したてまつるにあたはず。
仍(よつ)て官軍(くわんぐん)(クハングン)をはなち【放ち】つかはす【遣す】べきむね、聞(きこ)へ(きこえ)あり【有り】。
当寺(たうじ)の破滅(はめつ)、まさに此(この)時(とき)にあたれり。諸衆(しよしゆ)何(なん)ぞ
愁歎(しうたん)せざらんや。就中(なかんづく)に延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)・園城(をんじやう)両寺(りやうじ)は、門跡(もんぜき)
二(ふたつ)に相分(あひわか)るといへども、学(がく)するところ【所】は是(これ)円頓(ゑんどん)一
味(いちみ)の教門(けうもん)におなじ。たとへば鳥(とり)の左右(さう)の翅(つばさ)のごとし【如し】。
又(また)車(くるま)の二(ふたつ)O[BH の]輪(わ)に似(に)たり。一方(いつぱう)闕(か)けんにおいては、いかでか
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そのなげき【歎】なからんや。者(ていれば)(テヰレバ)ことに合力(かふりよく)(カウリヨク)をいたして、
当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られば、早(はや)く年来(ねんらい)の遺恨(ゐこん)(イコン)
を忘(わすれ)て、住山(ぢゆうせん)(ヂウセン)の昔(むかし)に復(ふく)せん。衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如(ごと)し。
仍(よつて)牒奏(てつそう)件(くだん)の如(ごと)し。治承(ぢしよう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)大衆等(だいしゆら)とぞ
『南都(なんと)牒状(てふじやう)』S0408
かい【書い】たりける。○山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)此(この)状(じやう)を披見(ひけん)して、「こはいかに、
当山(たうざん)の末寺(まつじ)であり【有り】ながら、鳥(とり)の左右(さう)の翅(つばさ)の如(ごと)し、又(また)
車(くるま)の二(ふたつ)の輪(わ)に似(に)たりと、おさへ【抑へ】て書(かく)でう【条】奇怪(きつくわい)(キクハイ)なり」
とて、返牒(へんてふ)(ヘンテウ)ををくら(おくら)【送ら】ず。其上(そのうへ)入道(にふだう)相国(しやうこく)、天台座主(てんだいざす)明雲(めいうん)
大僧正(だいそうじやう)に衆徒(しゆと)をしづめらるべきよしのたまひければ、
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座主(ざす)いそぎ登山(とうざん)して大衆(だいしゆ)をしづめ給(たま)ふ。かかりし
間(あひだ)、宮(みや)の御方(おんかた)へは不定(ふぢやう)のよしをぞ申(まうし)ける。又(また)入道(にふだう)相国(しやうこく)、
近江米(あふみごめ)二万石(にまんごく)、北国(ほつこく)のおりのべぎぬ【織延絹】三千疋(さんぜんびき)、往来(わうらい)に
よせ【寄せ】らる。これをたにだに【谷々】峰々(みねみね)にひかれけるに、俄(にはか)の
事(こと)ではあり【有り】、一人(いちにん)してあまたをとる大衆(だいしゆ)もあり【有り】、
又(また)手(て)をむなしう【空しう】して一(ひとつ)もとらぬ衆徒(しゆと)もあり【有り】。
なに物(もの)のしわざにや有(あり)けん、落書(らくしよ)をぞしたりける。
山法師(やまぼふし)おりのべ衣(ごろも)【織延衣】うすくして
恥(はぢ)をばえこそかくさ【隠さ】ざりけれ W022
P04078
又(また)きぬにもあたらぬ大衆(だいしゆ)のよみたりけるやらん、
おりのべ【織延】を一(ひと)きれ【一切れ】もえぬわれら【我等】さへ
うすはぢ【薄恥】をかくかずに入(いる)かな W023
又(また)南都(なんと)への状(じやう)に云(いはく)、園城寺(をんじやうじ)牒(てつ)す、興福寺[B ノ](こうぶくじの)衙(が)殊(こと)に
合力(かふりよく)(カウリヨク)をいたして、当寺(たうじ)の破滅(はめつ)を助(たすけ)られんと乞(こふ)(コウ)状(じやう)
右(みぎ)仏法(ぶつぽふ)(ブツポウ)の殊勝(しゆしよう)(シユセウ)なる事(こと)は、王法(わうぼふ)をまぼらんがため、王法(わうぼふ)又(また)長久(ちやうきう)なる事(こと)は、すなはち仏法(ぶつぽふ)による。爰(ここ)に入道(にふだう)
前(さきの)太政(だいじやう)大臣(だいじん)平(たひらの)朝臣(あつそん)清盛公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)(ホウミヤウ)浄海(じやうかい)、ほしいままに
国威(こくゐ)(コクイ)をひそかにし、朝政(てうのまつりごと)をみだり、内(うち)につけ外(ほか)につけ、
P04079
恨(うらみ)をなし歎(なげき)をなす間(あひだ)、今月(こんぐわつ)十五日[B ノ](じふごにちの)夜(よ)、一院(いちゐん)第二(だいに)の
王子(わうじ)、不慮(ふりよ)の難(なん)をのがれ【逃れ】んがために、にはかに入寺(にふじ)せし
め給(たま)ふ。ここに院宣(ゐんぜん)(インゼン)と号(かう)(ガウ)して出(いだ)したてまつる【奉る】べきむね、
せめあり【有り】といへども、衆徒(しゆと)一向(いつかう)これをおしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつ)る。仍(よつて)彼(かの)
禅門(ぜんもん)、武士(ぶし)を当寺(たうじ)にいれ【入れ】んとす。仏法(ぶつぽふ)と云(いひ)王法(わうぼふ)[B と]云(いひ)、
一時(いつし)にまさに破滅(はめつ)せんとす。昔(むかし)唐(たう)の恵正【*会昌】天子(ゑしやうてんし)、軍
兵(ぐんびやう)をも(ッ)て仏法(ぶつぽふ)をほろぼさしめし時(とき)、清涼山(しやうりやうぜん)の衆(しゆ)、合
戦(かつせん)をいたしてこれをふせく【防く】。王権(わうけん)猶(なほ)かくの如(ごと)し。
何(いかに)況(いはん)や謀叛(むほん)八逆(はちぎやく)の輩(ともがら)においてをや。就中(なかんづく)に
P04080
南京(なんきやう)は例(れい)なくて罪(つみ)なき長者(ちやうじや)を配流(はいる)せらる。今
度(こんど)にあらずは、何日(いづれのひ)か会稽(くわいけい)(クハイケイ)をとげん。ねがは【願は】くは、
衆徒(しゆと)、内(うち)には仏法(ぶつぽふ)の破滅(はめつ)をたすけ【助け】、外(ほか)には悪逆(あくぎやく)の
伴類(はんるい)を退(しりぞ)けば、同心(どうしん)のいたり本懐(ほんぐわい)(ホングハイ)に足(たん)ぬべし。
衆徒(しゆと)の僉議(せんぎ)かくの如(ごと)し。仍(よつて)牒奏(てつそう)如件(くだんのごとし)。治承(ぢしよう)四年(しねん)
五月(ごぐわつ)十八日(じふはちにち)大衆等(だいしゆら)とぞかい【書い】たりける。南都(なんと)の大衆(だいしゆ)、此(この)
状(じやう)を披見(ひけん)して、やがて返牒(へんてふ)(ヘンテウ)ををくる(おくる)【送る】。其(その)返牒(へんてふ)に云(いはく)、
興福寺(こうぶくじ)牒(てつ)す、園城寺(をんじやうじ)の衙(が)来牒(らいてふ)(ライテウ)一紙(いつし)に載(のせ)られたり。
右(みぎ)入道(にふだう)浄海(じやうかい)が為(ため)に、貴寺(きじ)の仏法(ぶつぽふ)をほろぼさんと
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するよしの事(こと)。牒(てつ)す、玉泉(ぎよくせん)玉花(ぎよつくわ)(ギヨツクハ)、両家(りやうか)の宗義(しゆうぎ)(シウギ)を
立(たつ)といへども、金章(きんしやう)金句(きんく)おなじく一代(いちだい)教文(けうもん)より
出(いで)たり。南京(なんきやう)北京(ほつきやう)ともにも(ッ)て如来(によらい)の弟子(でし)たり。
自寺(じじ)他寺(たじ)互(たがひ)に調達(でうだつ)が魔障(ましやう)を伏(ぶく)すべし。抑(そもそも)
清盛(きよもり)入道(にふだう)は平氏(へいじ)の糟糠(さうかう)、武家(ぶけ)の塵芥(ぢんがい)なり。祖父(そぶ)
正盛(まさもり)蔵人(くらんど)五位(ごゐ)の家(いへ)に仕(つか)へて、諸国(しよこく)受領(じゆりやう)の鞭(むち)を
とる。大蔵卿(おほくらのきやう)為房(ためふさ)賀州(かしう)刺史[* 「判史(ハンシ)」と有るのを他本により訂正](しし)のいにしへ、検非所(けんびしよ)に補(ふ)し、
修理大夫(しゆりのだいぶ)顕季(あきすゑ)播磨[B ノ]大守(はりまのたいしゆ)た(ッ)し昔(むかし)、厩[B ノ](みまやの)別当職(べつたうしき)に
任(にん)ず。しかる【然る】を親父(しんぶ)忠盛(ただもり)昇殿(しようでん)(セウデン)をゆるさ【許さ】れし時(とき)、
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都鄙(とひ)の老少(らうせう)みな蓬戸(ほうこ)瑕瑾(かきん)をおしみ(をしみ)【惜しみ】、内外(ないげ)の
栄幸(えいかう)(ヱイカウ)をのをの(おのおの)【各々】馬台(ばたい)の辰門(しんもん)に啼(な)く。忠盛(ただもり)青雲(せいうん)
の翅(つばさ)を刷(かいつくろう)といへども、世(よ)の民(たみ)なを(なほ)【猶】白屋(はくをく)の種(たね)をかろん
ず。名(な)ををしむ青侍(せいし)、其(その)家(いへ)にのぞむ事(こと)なし。
しかるを去(さんぬ)る平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、太上天皇(だいじやうてんわう)一戦(いつせん)の
功(こう)を感(かん)じて、不次(ふし)の賞(しやう)を授(さづけ)給(たま)ひしよりこの
かた、たかく相国(しやうこく)にのぼり、兼(かね)て兵杖【*兵仗】(ひやうぢやう)を給(たま)はる。
男子(なんし)或(あるい)(アルヒ)は台階(たいかい)をかたじけなうし、或(あるい)は羽林(うりん)に
つらなる。女子(によし)或(あるい)は中宮職(ちゆうぐうしき)(チウクウシヨク)にそなはり、或(あるい)は
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准后(じゆごう)の宣(せん)を蒙(かうむ)る。群弟(くんてい)庶子(そし)みな棘路(きよくろ)に
あゆみ【歩み】、其(その)孫(まご)彼(かの)甥(をひ)(ヲイ)ことごとく【悉く】竹符(ちくふ)をさく。しかのみ
ならず、九州(きうしう)を統領(とうりやう)し、百司(はくし)を進退(しんだい)して、
奴婢(ぬび)みな僕従(ぼくじゆう)(ボクジウ)となす。一毛(いちもう)心(こころ)にたがへ【違へ】ば、王侯(わうこう)と
いへどもこれをとらへ、片言(へんげん)耳(みみ)にさかふれば、
公卿(くぎやう)といへども【共】これをからむ。これによ(ッ)て或(あるい)は一旦(いつたん)
の身命(しんみやう)をのべんがため、或(あるい)は片時(へんし)の凌蹂(りようじう)をのが
れ【逃れ】んとおも(ッ)て万乗(ばんじよう)の聖主(せいしゆ)猶(なほ)緬転(めんてん)の媚(こび)を
なし、重代(ぢゆうだい)(ヂウダイ)の家君(かくん)かへ(ッ)て【却つて】膝行(しつかう)の礼(れい)をいたす。
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代々(だいだい)相伝(さうでん)の家領(けりやう)(カリヤウ)を奪(うば)(ウバウ)ふといへども、じやうさい【上宰】も
おそれ【恐れ】て舌(した)をまき、みやみや【宮々】相承(さうじよう)(サウゼウ)の庄園(しやうゑん)をとる
といへども【共】、権威(けんゐ)(ケンイ)にはばか(ッ)て物(もの)いふ事(こと)なし。勝(かつ)に
のるあまり、去年(こぞ)の冬(ふゆ)十一月(じふいちぐわつ)、太上皇(たいしやうくわう)のすみかを
追補(ついふく)(ツイフ)し、博陸公(はくりくこう)の身(み)ををし(おし)【推し】ながす【流す】。反逆(ほんぎやく)の甚(はなはだ)し
い事(こと)、誠(まこと)に古今(ここん)に絶(たへ)たり。其(その)時(とき)我等(われら)、すべからく
賊衆(ぞくしゆ)にゆき向(むかう)て其(その)罪(つみ)を問(とふ)べしといへども【共】、或(あるい)は
神慮(しんりよ)にあひはばかり、或(あるい)は綸言(りんげん)と称(しよう)(セウ)するによ(ッ)て、
鬱陶(うつたう)をおさへ【抑へ】光陰(くわういん)(クハウイン)を送(おく)(ヲク)るあひだ、かさね【重ね】て
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軍兵(ぐんびやう)ををこし(おこし)【起こし】て、一院(いちゐん)第二(だいに)の親王宮(しんわうぐう)をうちかこ
むところ【所】に、八幡(はちまん)三所(さんじよ)・春日(かすが)の大明神(だいみやうじん)、ひそかに
影向(やうがう)をたれ、仙蹕(せんぴつ)(センヒツ)をささげたてまつり【奉り】、貴寺(きじ)に
をくり(おくり)【送り】つけて、新羅(しんら)のとぼそ【扉】にあづけたて
まつる【奉る】。王法(わうぼふ)つく【尽く】[* 「つき」と有るのを他本により訂正]べからざるむねあきらけし。随(したが)(ッ)て
又(また)貴寺(きじ)身命(しんみやう)をすてて守護(しゆご)し奉(たてまつ)る条(でう)、含識(がんじき)
のたぐひ、誰(たれ)か随喜(ずいき)せざらん。我等(われら)遠域(ゑんゐき)(ヱンイキ)にあ(ッ)て、
そのなさけを感(かん)ずるところ【所】に、清盛(きよもり)入道(にふだう)尚(なほ)(ナヲ)胸
気(たうき)ををこし(おこし)【起こし】て、貴寺(きじ)に入(い)らんとするよし、ほのかに
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承(うけたまはり)及(およぶ)をも(ッ)て、兼(かね)て用意(ようい)をいたす。十八日(じふはちにち)辰(たつの)一点(いつてん)
に大衆(だいしゆ)をおこし【起こし】、諸寺(しよじ)に牒奏(てつそう)し、末寺(まつじ)に下知(げぢ)し、
軍士(ぐんし)をゑ(え)【得】て後(のち)、案内(あんない)を達(たつ)せんとするところ【所】に、
青鳥(せいてう)飛来(とびきたり)てはうかん【芳翰】をなげ【投げ】たり。数日(すじつ)の鬱念(うつねん)
一時(いつし)に解散(げさん)す。彼(かの)唐家(たうか)清涼(しやうりやう)一山(いつさん)の■蒭(ひつしゆ)、猶(なほ)ぶそう【武宗】
の官兵(くわんぺい)(クハンヘイ)を帰(か)へす。況(いはん)や和国(わこく)南北(なんぼく)両門(りやうもん)の衆徒(しゆと)、
なんぞ謀臣(ぼうしん)の邪類(じやるい)をはらはざらんや。よくりやうゑん【梁園】
左右(さう)の陣(ぢん)をかためて、よろしく我等(われら)が進発(しんぱつ)の
つげを待(まつ)べし。状(じやう)を察(さつ)して疑貽【*疑殆】(ぎたい)をなす事(こと)
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なかれ。も(ッ)て牒(てつ)す。治承(ぢしよう)四年(しねん)五月(ごぐわつ)廿一日(にじふいちにち)大衆等(だいしゆら)と
『永(ながの)僉議(せんぎ)』S0409
ぞかい【書い】たりける。○三井寺(みゐでら)には又(また)大衆(だいしゆ)おこ(ッ)て僉議(せんぎ)
す。「山門(さんもん)は心(こころ)がはりしつ。南都(なんと)はいまだまいら(まゐら)【参ら】ず。
此(この)事(こと)のび【延び】てはあしかり【悪しかり】なん。いざや六波羅(ろくはら)にをし(おし)【押し】
よせて、夜打(ようち)にせん。其(その)儀(ぎ)ならば、老少(らうせう)二手(ふたて)にわか(ッ)
て老僧(らうそう)どもは如意(によい)が峰(みね)より搦手(からめて)にむかふ【向ふ】べし。
足(あし)がる【足軽】ども【共】四五百人(しごひやくにん)さきだて【先立て】、白河(しらかは)の在家(ざいけ)に火(ひ)を
かけてやき【焼き】あげば、在京人(ざいきやうにん)六波羅(ろくはら)の武士(ぶし)、「あはや
事(こと)いできたり」とて、はせ【馳せ】むかは【向は】んずらん。其(その)時(とき)
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岩坂(いはさか)・桜本(さくらもと)にひ(ッ)【引つ】かけ[B 「け」に「へ」と傍書]ひ(ッ)【引つ】かけ、しばしささへ【支へ】てたたかは【戦かは】んまに、
大手(おほて)は伊豆守(いづのかみ)を大将軍(たいしやうぐん)にて、悪僧(あくそう)ども【共】六波羅(ろくはら)に
をし(おし)【押し】よせ、風(かぜ)うへ【風上】に火(ひ)かけ、一(ひと)もみ【揉】もうでせO[BH め]【攻め】んに、などか
太政(だいじやう)入道(にふだう)やき【焼き】だい【出い】てうた【討た】ざるべき」とぞ僉議(せんぎ)しける。
其(その)なかに、平家(へいけ)のいのり【祈り】しける一如房(いちによばう)の阿闍梨(あじやり)
真海(しんかい)、弟子(でし)同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)ひき具(ぐ)し、僉議(せんぎ)の庭(には)に
すすみ【進み】いで【出で】て申(まうし)けるは、「かう申(まう)せば平家(へいけ)のかたうど【方人】
とやおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らん。たとひさも候(さうら)へ、いかが衆徒(しゆと)の
儀(ぎ)をもやぶり、我等(われら)の名(な)をもおしま(をしま)【惜しま】では候(さうらふ)べき。
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昔(むかし)は源平(げんぺい)左右(さう)にあらそひ【争そひ】て、朝家(てうか)の御(おん)まぼり
たりしかども、ちかごろは源氏(げんじ)の運(うん)かたぶき、平家(へいけ)
世(よ)をと(ッ)て廿(にじふ)余年(よねん)、天下(てんが)になびかぬ草木(くさき)も候(さうら)はず。
内々(ないない)のたち【館】のありさまも、小勢(こぜい)にてはたやすう
せめ【攻め】おとし【落し】がたし。さればよくよく外(ほか)にはかり事(こと)をめぐ
らして、勢(せい)をもよほし、後日(ごにち)によせ【寄せ】させ給(たま)ふべう
や候(さうらふ)らん」と、程(ほど)をのば【延ば】さんがために、ながながとぞ僉
議(せんぎ)したる。ここに乗円房(じようゑんばう)(ゼウヱンバウ)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)といふ老
僧(らうそう)あり【有り】。衣(ころも)のしたに腹巻(はらまき)をき【着】、大(おほき)なるうちがたな【打刀】
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まへだれ【前垂】にさし、ほうし(ほふし)がしら【法師頭】つつむ(つつん)で、白柄(しらゑ)の大長刀(おほなぎなた)
杖(つゑ)につき、僉議(せんぎ)の庭(には)にすすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「証拠(しようこ)(セウコ)を
外(ほか)にひく【引く】べからず。我(わが)寺(てら)の本願(ほんぐわん)天武天皇(てんむてんわう)は、いまだ
東宮(とうぐう)の御時(おんとき)、大友(おほとも)の皇子(わうじ)にはばからせ給(たま)ひて、よし野(の)【吉野】
のおくをいで【出で】させ給(たま)ひ、大和国(やまとのくに)宇多郡(うだのこほり)(ウダノコヲリ)をすぎ
させ給(たま)ひけるには、其(その)勢(せい)はつかに十七騎(じふしちき)、されども伊賀(いが)
伊勢(いせ)にうちこへ(こえ)【越え】、美乃【*美濃】(みの)尾張(をはり)の勢(せい)をも(ッ)て、大友(おほとも)の皇子(わうじ)
をほろぼして、つゐに(つひに)【遂に】位(くらゐ)につかせ給(たま)ひき。「窮鳥(きうてう)懐(ふところ)に
入(いり)、人倫(じんりん)これをあはれむ」といふ本文(ほんもん)あり【有り】。自余(じよ)は
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しら【知ら】ず、慶秀(けいしう)が門徒(もんと)においては、今夜(こよひ)六波羅(ろくはら)に
おしよせて、打死(うちじに)せよや」とぞ僉議(せんぎ)しける。円満院(ゑんまんゐん)
大輔(たいふ)(タイウ)源覚(げんかく)、すすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「僉議(せんぎ)はし【端】おほし【多し】。
『大衆揃(だいしゆぞろへ)』S0410
夜(よ)のふくるに、いそげやすすめ」とぞ申(まうし)ける。○搦手(からめて)に
むかふ【向ふ】老僧(らうそう)ども、大将軍(たいしやうぐん)には、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)頼政(よりまさ)、乗円
房[B ノ](じようゑんばうの)(ゼウヱンバウノ)阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)、律成房[B ノ](りつじやうばうの)阿闍梨(あじやり)日胤(にちいん)、帥(そつの)法印(ほふいん)
禅智(ぜんち)、禅智(ぜんち)が弟子(でし)義宝(ぎほう)・禅房(ぜんばう)をはじめとして、
都合(つがふ)其(その)勢(せい)一千人(いつせんにん)、手々(てんで)にたい松(まつ)も(ッ)【持つ】て如意(によい)が峰(みね)へ
ぞむかひ【向ひ】ける。大手(おほて)の大将軍(たいしやうぐん)には嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)
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仲綱(なかつな)、次男(じなん)源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、六条(ろくでうの)蔵人(くらんど)仲家(なかいへ)(ナカイヱ)、其(その)子(こ)
蔵人(くらんど)太郎(たらう)仲光(なかみつ)、大衆(だいしゆ)には円満院(ゑんまんゐん)(ヱンマンイン)の大輔(たいふ)源覚(げんかく)、成
喜院(じやうきゐん)(ジヤウキイン)のあら土佐(どさ)【荒土佐】、律成房[B ノ](りつじやうばうの)伊賀[B ノ]公(いがのきみ)、法輪院(ほふりんゐん)(ホウリンイン)の鬼佐渡(おにさど)(ヲニサド)、
これらはちから【力】のつよさ、うち物(もの)【打物】も(ッ)【持つ】ては鬼(おに)にも神(かみ)
にもあは【会は】ふ(う)どいふ、一人当千(いちにんたうぜん)のつはもの【兵】也(なり)。平等院(びやうどうゐん)には
因幡(いなばの)堅者(りつしや)荒大夫(あらだいふ)、角[B ノ](すみの)六郎房(ろくらうばう)、島(しま)の阿闍梨(あじやり)、つつ
井(ゐ)【筒井】法師(ぼふし)に卿[B ノ]阿闍梨(きやうのあじやり)、悪少納言(あくせうなごん)、北[B ノ]院(きたのゐん)には金光院(こんくわうゐん)(コンクハウゐん)の
六天狗(ろくてんぐ)、式部(しきぶ)・大輔(たいふ)・能登(のと)・加賀(かが)・佐渡(さど)・備後等(びんごとう)也(なり)。松井(まつゐ)の
肥後(ひご)、証南院(しやうなんゐん)(セウナンイン)の筑後(ちくご)、賀屋(がや)の筑前(ちくぜん)、大矢(おほや)の俊長(しゆんちやう)、五智
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院(ごちゐん)の但馬(たじま)、乗円房(じようゑんばう)(ゼウヱンバウ)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)が房人(ばうにん)六十人(ろくじふにん)の
内(うち)、加賀(かが)光乗(くわうじよう)(クハウゼウ)、刑部(ぎやうぶ)春秀【俊秀】(しゆんしう)、法師原(ほふしばら)には一来(いちらい)法師(ほふし)に
しか【如か】ざりけり。堂衆(だうじゆ)にはつつ井(ゐ)【筒井】の浄妙明秀(じやうめうめいしう)、小蔵[B ノ](をぐらの)尊
月(そんぐわつ)(ソングハツ)、尊永(そんえい)(ソンヱイ)・慈慶(じけい)・楽住(らくぢゆう)(ラクヂウ)、かなこぶしの玄永(げんやう)(ゲンヱイ)、武士(ぶし)には
渡辺[B ノ]省(わたなべのはぶく)、播磨[B ノ](はりまの)次郎(じらう)、授(さづく)薩摩[B ノ]兵衛(さつまのひやうゑ)、長七(ちやうじつ)唱(となふ)(トナウ)、競[B ノ](きほふの)(キヲウの)
滝口(たきぐち)、与[B ノ](あたふの)(アタウの)右馬[B ノ]允(うまのじよう)(うまのゼウ)、続源太(つづくのげんた)、清(きよし)・勧(すすむ)を先(さき)として、都合(つがふ)其(その)
勢(せい)一千五百(いつせんごひやく)余人(よにん)、三井寺(みゐでら)をこそう(ッ)【打つ】たち【立ち】けれ。宮(みや)いら【入ら】
せたまひ【給ひ】て後(のち)は、大関(おほぜき)小関(こぜき)ほり【掘り】き(ッ)て、堀(ほり)ほり【掘り】さか
も木(ぎ)【逆茂木】ひい【引い】たれば、堀(ほり)に橋(はし)わたし、さかも木(ぎ)【逆茂木】ひきのくる【引除くる】
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な(ン)ど(など)しける程(ほど)に、時剋(じこく)をし(おし)【押し】うつ(ッ)【移つ】て、関地(せきぢ)のには鳥(とり)【鶏】
なき【鳴き】あへり。伊豆守(いづのかみ)の給(たま)ひけるは、「ここで鳥(とり)ない【鳴い】
ては、六波羅(ろくはら)は白昼(はくちう)にこそよせ【寄せ】んずれ。いかがせん」と
のたまへ【宣へ】ば、円満院(ゑんまんゐんの)(ヱンマンインノ)大輔(たいふ)源覚(げんかく)、又(また)さき【先】のごとくすすみ【進み】
いで【出で】て僉議(せんぎ)しけるは、「昔(むかし)秦(しん)の昭王(せうわう)のとき、孟嘗君(まうしやうくん)
めし【召し】いましめ【禁】られたりしに、きさきの御(おん)たすけ【助け】によ(ッ)て、
兵物(つはもの)三千人(さんぜんにん)をひきぐし【具し】て、にげ【逃げ】まぬかれけるに、
凾谷関(かんこくくわん)(カンコククハン)にいたれり。鶏(にはとり)なか【鳴か】ぬかぎりは関(せき)の戸(と)をひらく
事(こと)なし。孟嘗君(まうしやうくん)が三千(さんぜん)の客(かく)のなかに、てんかつと
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いふ兵物(つはもの)あり【有り】。鶏(にはとり)のなくまねをありがたくしければ、
鶏鳴(けいめい)ともいはれけり。彼(かの)鶏鳴(けいめい)たかき【高き】所(ところ)にはしり【走り】
あがり、にはとりのなく【鳴く】まねをしたりければ、関路(せきぢ)
のにはとりきき【聞き】つたへてみななき【鳴き】ぬ。其(その)時(とき)関(せき)もり【関守】
鳥(とり)のそらね【空音】にばかさ【化さ】れて、関(せき)の戸(と)あけ【開け】てぞとを
し(とほし)【通し】ける。これもかたきのはかり事(こと)にやなか【鳴か】すらん。
ただよせよ【寄せよ】」とぞ申(まうし)ける。かかりしほど【程】に五月(さつき)のみじか
夜(よ)、ほのぼのとこそあけ【明け】にけれ。伊豆守(いづのかみ)の給(たま)
ひけるは、「夜(よ)うち【夜討】にこそさりともとおもひ【思ひ】つれ共(ども)、
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ひるいくさ【昼軍】にはかなふ【叶ふ】まじ。あれよび【呼び】かへせや」とて、
搦手(からめて)、如意(によい)が峰(みね)よりよびかへす【返す】。大手(おほて)は松坂(まつざか)より
と(ッ)てかへす【返す】。若大衆(わかだいしゆ)ども「これは一如房[B ノ](いちによばうの)阿闍梨(あじやり)が
なが僉議(せんぎ)にこそ夜(よ)はあけ【明け】たれ。をし(おし)【押し】よせて其(その)坊(ばう)
きれ【斬れ】」とて、坊(ばう)をさんざん【散々】にきる。ふせく【防く】ところ【所】の弟子(でし)、
同宿(どうじゆく)数十人(すじふにん)うた【討た】れぬ。一如坊(いちによばう)阿闍梨(あじやり)、はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】六波羅(ろくはら)
にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、老眼(らうがん)より涙(なみだ)をながい【流い】て此(この)由(よし)う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうし)
けれ共(ども)、六波羅(ろくはら)には軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)馳(はせ)あつま(ッ)【集まつ】て、
さはぐ(さわぐ)【騒ぐ】事(こと)もなかりけり。同(おなじき)廿三日(にじふさんにち)の暁(あかつき)、宮(みや)は「此(この)寺(てら)
P04097
ばかりではかなう(かなふ)【適ふ】まじ。山門(さんもん)は心(こころ)がはり【変り】しつ。南都(なんと)は
いまだまいら(まゐら)【参ら】ず。後日(ごにち)にな(ッ)てはあしかり【悪しかり】なん」とて、
三井寺(みゐでら)をいでさせ給(たま)ひて、南都(なんと)へいら【入ら】せおはします。
此(この)宮(みや)は蝉(せみ)をれ【蝉折れ】・小枝(こえだ)(コヱダ)ときこえ【聞え】し漢竹(かんちく)の笛(ふえ)(フヱ)を
ふたつ【二つ】もた【持た】せ給(たま)へり。かのせみをれ【蝉折れ】と申(まうす)は、昔(むかし)鳥羽
院(とばのゐん)の御時(おんとき)、こがねを千両(せんりやう)宋朝(そうてう)の御門(みかど)へをくら(おくら)【送ら】せ
給(たま)ひたりければ、返報(へんぱう)とおぼしくて、いき【生き】たる蝉(せみ)
のごとくにふし【節】のついたる笛竹(ふえたけ)(フヱタケ)をひとよ【一節】をくら(おくら)【送ら】せ
たまふ【給ふ】。「いかがこれ程(ほど)の重宝(ちようほう)(テウホウ)をさう【左右】なうはゑら【彫ら】すべき」
P04098
とて、三井寺(みゐでら)の大進僧正(だいしんそうじやう)覚宗(かくそう)に仰(おほせ)て、壇上(だんじやう)にた(ッ)て、
七日(しちにち)加持(かぢ)してゑら【彫ら】せ給(たま)へる御笛(おんふえ)(おんフヱ)也(なり)。或(ある)時(とき)、高松(たかまつ)の中納
言(ちゆうなごん)実平【*実衡】卿(さねひらのきやう)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、この御笛(おんふえ)をふか【吹か】れけるが、よのつ
ねの笛(ふえ)のやうにおもひ【思ひ】わすれ【忘れ】て、ひざ【膝】よりしも【下】に
おかれたりければ、笛(ふえ)やとがめ【咎め】けん、其(その)時(とき)蝉(せみ)おれ(をれ)【折れ】に
けり。さてこそ蝉(せみ)おれ(せみをれ)【蝉折れ】とはつけられたれ。笛(ふえ)の
おん【御】器量(きりやう)たるによ(ッ)て、この【此の】宮(みや)御相伝(ごさうでん)あり【有り】けり。
されども、いま【今】をかぎりとやおぼしめさ【思し召さ】れけん、金堂(こんだう)の
弥勒(みろく)にまいら(まゐら)【参ら】させおはします。竜花(りゆうげ)(リウゲ)の暁(あかつき)、値遇(ちぐ)の御(おん)
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ためかとおぼえて、あはれ【哀】な(ッ)し事共(ことども)也(なり)。老僧(らうそう)ども
にはみないとま【暇】たう【賜う】で、とどめ【留め】させおはします。しかる【然る】
べき若大衆(わかだいしゆ)悪僧(あくそう)共(ども)はまいり(まゐり)【参り】けり。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の
一類(いちるい)ひきぐし【具し】て、其(その)勢(せい)一千人(いつせんにん)とぞきこえ【聞え】し。乗
円房[B ノ](じようゑんばうの)(ゼウヱンばうの)阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)、鳩(はと)の杖(つゑ)にすが(ッ)て宮(みや)の御(おん)まへ
にまいり(まゐり)【参り】、老眼(らうがん)より涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て申(まうし)
けるは、「いづくまでも御(おん)とも仕(つかまつる)べう候(さうら)へども、齢(よはひ)(ヨハイ)
すでに八旬(はつしゆん)にたけて、行歩(ぎやうぶ)にかなひ【叶ひ】がたう候(さうらふ)。
弟子(でし)で候(さうらふ)刑部房(ぎやうぶばう)俊秀(しゆんしう)をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。これ【是】は一(ひと)とせ
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平治(へいぢ)の合戦(かつせん)の時(とき)、故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が手(て)に候(さうら)ひて、
六条河原(ろくでうかはら)で打死(うちじ)に仕(つかまつり)候(さうらひ)し相模国(さがみのくにの)住人(ぢゆうにん)、山内(やまのうちの)須藤(すどう)
刑部[B ノ](ぎやうぶの)丞(じよう)(ゼウ)俊通(としみち)が子(こ)で候(さうらふ)。いささかゆかり候(さうらふ)あひだ、跡(あと)ふと
ころ【跡懐】でおうし(おほし)【生し】たて【立て】て、心(こころ)のそこまでよくよくし(ッ)【知つ】て候(さうらふ)。
いづくまでもめし【召し】ぐせ【具せ】られ候(さうらふ)べし」とて、涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て
とどまりぬ。宮(みや)もあはれ【哀】におぼしめし、「いつ[B 「つ」に「ツ」と傍書]のよしみ【好】に
『橋合戦(はしがつせん)』S0411
かうは申(まうす)らん」とて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。○宮(みや)は
宇治(うぢ)と寺(てら)とのあひだにて、六度(ろくど)までをん(おん)【御】
落馬(らくば)あり【有り】けり。これはさんぬる夜(よ)、御寝(ぎよしん)のならざりし
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ゆへ(ゆゑ)【故】なりとて、宇治橋(うぢはし)三間(さんげん)ひきはづし【外し】、平等院(びやうどうゐん)にいれ【入れ】
たてま(ッ)【奉つ】て、しばらく御休息(ごきうそく)あり【有り】けり。六波羅(ろくはら)には、「すはや、
宮(みや)こそ南都(なんと)へおち【落ち】させ給(たま)ふなれ。お(ッ)【追つ】かけ【掛け】てうち【討ち】たて
まつれ【奉れ】」とて、大将軍(たいしやうぐん)には、左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、
左馬[B ノ]頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)、薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、さぶらひ【侍】大将(だいしやう)には、上総守(かづさのかみ)
忠清(ただきよ)、其(その)子(こ)上総[B ノ](かづさの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)忠綱(ただつな)、飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)(カゲイヱ)、其(その)
子(こ)飛騨[B ノ](ひだの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)景高(かげたか)、高橋判官(たかはしのはんぐわん)長綱(ながつな)、河内[B ノ]判官(かはちのはんぐわん)
秀国(ひでくに)、武蔵[B ノ](むさしの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)有国(ありくに)、越中[B ノ](ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうひやうゑの)尉(じよう)盛継(もりつぐ)、
上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)、悪(あく)七兵衛(しつびやうゑ)景清(かげきよ)を先(さき)として、
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都合(つがふ)其(その)勢(せい)二万八千(にまんぱつせん)余騎(よき)、木幡山(こはたやま)うちこえ【越え】て、宇治
橋(うぢはし)のつめにぞおしよせ【寄せ】たる。かたき【敵】平等院(びやうどうゐん)にとみ【見】てん
げれば、時(とき)をつくる事(こと)三ケ度(さんがど)、宮(みや)の御方(おんかた)にも時(とき)の
声(こゑ)をぞあはせ【合はせ】たる。先陣(せんぢん)が、「橋(はし)をひい【引い】たぞ、あやまち
すな。橋(はし)をひいたぞ、あやまちすな」と、どよみけれども【共】、
後陣(ごぢん)はこれをきき【聞き】つけず、われ【我】さき【先】にとすすむ【進む】ほど【程】に、
先陣(せんぢん)二百(にひやく)余騎(よき)をし(おし)【押し】おとさ【落さ】れ、水(みづ)におぼれ【溺れ】てながれけり。
橋(はし)の両方(りやうばう)のつめにう(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て矢合(やあはせ)す。宮(みやの)御方(おんかた)には、大矢(おほや)の
俊長(しゆんちやう)、五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、渡辺(わたなべ)の省(はぶく)・授(さづく)・続(つづく)の源太(げんた)がい【射】ける
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矢(や)ぞ、鎧(よろひ)もかけず、楯(たて)もたまらずとをり(とほり)【通り】ける。源(げん)三位(ざんみ)
入道(にふだう)は、長絹(ちやうけん)のよろひ直垂(びたたれ)にしながはおどし(しながはをどし)【科革縅】の鎧(よろひ)(ヨロイ)也(なり)。
其(その)日(ひ)を最後(さいご)とやおもは【思は】れけん、わざと甲(かぶと)はき【着】給(たま)はず。
嫡子(ちやくし)伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)は、赤地(あかぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、黒糸威(くろいとをどし)の
鎧(よろひ)也(なり)。弓(ゆみ)をつよう【強う】ひか【引か】んとて、これも甲(かぶと)はき【着】ざりけり。
ここに五智院(ごちゐん)の但馬(たじま)、大長刀(おほなぎなた)のさや【鞘】をはづい【外い】て、只(ただ)一騎(いつき)
橋(はし)の上(うへ)にぞすすん【進ん】だる。平家(へいけ)の方(かた)にはこれをみて、「あれ
い【射】とれや物共(ものども)」とて、究竟(くつきやう)の弓(ゆみ)の上手(じやうず)どもが矢(や)さき【矢先】を
そろへて、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にいる【射る】。但馬(たじま)すこし【少し】も
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さはが(さわが)【騒が】ず、あがる【上る】矢(や)をばついくぐり【潛り】、さがる【下る】矢(や)をばおどり(をどり)【躍り】
こへ(こえ)【越え】、むか(ッ)【向つ】てくるをば長刀(なぎなた)でき(ッ)【斬つ】ておとす【落す】。かたき【敵】もみかた【御方】
も見物(けんぶつ)す。それよりしてこそ、矢(や)ぎり【矢斬り】の但馬(たじま)とは
いはれけれ。堂衆(だうじゆ)のなかに、つつ井(ゐ)【筒井】の浄妙明秀(じやうめうめいしう)は、かち【褐】
の直垂(ひたたれ)に黒皮威(くろかはをどし)の鎧(よろひ)きて、五牧甲(ごまいかぶと)の緒(を)をしめ、
黒漆(こくしつ)の太刀(たち)をはき、廿四(にじふし)さい【差い】たるくろぼろ【黒母衣】の矢(や)をひ(おひ)【負ひ】、
ぬりごめどう【塗籠籐】の弓(ゆみ)に、このむ白柄(しらえ)(シラヱ)の大長刀(おほなぎなた)とりそへて、
橋(はし)のうへ【上】にぞすすん【進ん】だる。大音声(だいおんじやう)をあげて名(な)のり
けるは、「日(ひ)ごろはおと【音】にもき〔き〕つらむ、いまは目(め)にもみ給(たま)へ。
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三井寺(みゐでら)にはそのかくれ【隠れ】なし。堂衆(だうじゆ)のなかにつつ井(ゐ)【筒井】の浄妙
明秀(じやうめうめいしう)といふ一人(いちにん)当千(たうぜん)の兵物(つはもの)ぞや。われとおもはむ
人々(ひとびと)はより【寄り】あへや。げ(ン)ざん(げんざん)【見参】せむ」とて、廿四(にじふし)さいたる矢(や)をさし
つめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にいる【射る】。やには【矢庭】に十二人(じふににん)い【射】ころし【殺し】て、
十一人(じふいちにん)に手(て)おほせ【負せ】たれば、ゑびら(えびら)【箙】に一(ひとつ)ぞのこ(ッ)たる。弓(ゆみ)をばから
となげ【投げ】すて、ゑびら(えびら)【箙】もとひ(とい)【解い】てすてて(ン)げり。つらぬき【貫き】ぬい【脱い】
ではだし【跣】になり、橋(はし)のゆきげた【行桁】をさらさらさらとはしり【走り】
り[* 「り」一字衍字]わたる。人(ひと)はおそれ【恐れ】てわたら【渡ら】ねども、浄妙房(じやうめうばう)が心地(ここち)には、
一条(いちでう)二条(にでう)の大路(おほち)(ヲホチ)とこそふるまう【振舞う】たれ。長刀(なぎなた)でむかふ【向ふ】
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かたき【敵】五人(ごにん)なぎ【薙ぎ】ふせ、六人(ろくにん)にあたるかたき【敵】にあふ(あう)【逢う】て、
長刀(なぎなた)なか【中】よりうちを(ッ)【折つ】てすて【捨て】て(ン)げり。その後(のち)太刀(たち)を
ぬい【抜い】てたたかふ【戦ふ】に、かたき【敵】は大勢(おほぜい)也(なり)、くもで【蜘蛛手】・かくなは【角縄】・十
文字(じふもんじ)、と(ン)ばうがへり(とんばうがへり)【蜻蛉返】・水車(みづぐるま)、八方(はつぱう)すかさずき(ッ)【斬つ】たりけり。
やには【矢庭】に八人(はちにん)きりふせ【伏せ】、九人(くにん)にあたるかたき【敵】が甲(かぶと)の
鉢(はち)にあまりにつよう【強う】うち【打ち】あてて、めぬき【目貫】のもとより
ちやうどをれ【折れ】、く(ッ)とぬけ【抜け】て、河(かは)へざぶと入(いり)にけり。たのむ【頼む】
ところ【所】は腰刀(こしがたな)、ひとへに死(し)なんとぞくるひ【狂ひ】ける。ここに
乗円房(じようゑんばう)(ゼウヱンバウ)の阿闍梨(あじやり)慶秀(けいしう)がめし【召し】つかひ【使ひ】ける。一来(いちらい)法師(ほふし)と
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いふ大(だい)ぢから【大力】のはやわざ【早業】あり【有り】けり。つづいてうしろ【後】にたた
かふ【戦ふ】が、ゆきげた【行桁】はせばし【狭し】、そば【側】とをる(とほる)【通る】べきやうはなし。
浄妙房(じやうめうばう)が甲(かぶと)の手(て)さき【先】に手(て)ををい(おい)【置い】て、「[B あイ]しう(あしう)【悪しう】候(さうらふ)、浄妙
房(じやうめうばう)」とて、肩(かた)をづんどおどり(をどり)【躍り】こへ(こえ)【越え】てぞたたかい(たたかひ)【戦ひ】ける。
一来(いちらい)法師(ほふし)打死(うちじに)してんげり。浄妙房(じやうめうばう)はうはう(はふはふ)【這ふ這ふ】かへ(ッ)【帰つ】て、
平等院(びやうどうゐん)の門(もん)のまへなる芝(しば)のうへ【上】に、物(ものの)ぐ【具】ぬぎすて、
鎧(よろひ)(ヨロイ)にた(ッ)【立つ】たる矢(や)め【目】をかぞへたりければ六十三(ろくじふさん)、うらかく
矢(や)五所(ごしよ)、されども大事(だいじ)の手(て)ならねば、ところどころ【所々】に
灸治(きうぢ)して、かしら【頭】からげ、浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)き【着】て、弓(ゆみ)うちきり【切り】杖(つゑ)に
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つき、ひらあしだ【平足駄】はき、阿弥陀仏(あみだぶつ)申(まうし)て、奈良(なら)の方(かた)へぞ
まかり【罷り】ける。浄妙房(じやうめうばう)がわたるを手本(てほん)にして、三井寺(みゐでら)の
大衆(だいしゆ)・渡辺党(わたなべたう)、はしり【走り】つづきはしり【走り】つづき、われもわれもと
ゆきげた【行桁】をこそわたりけれ。或(あるい)は分(ぶん)どり【分捕】して
かへる物(もの)もあり【有り】、或(あるい)はいた手(で)【痛手】おうて腹(はら)かききり【切り】、河(かは)へ
飛入(とびいる)物(もの)もあり【有り】。橋(はし)のうへ【上】のいくさ【軍】、火(ひ)いづる【出づる】程(ほど)ぞたたかい(たたかひ)【戦ひ】
ける。これをみて平家(へいけ)の方(かた)の侍大将(さぶらひだいしやう)(サブライだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)、
大将軍(たいしやうぐん)の御(おん)まへにまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「あれ御(ご)らん候(さうら)へ。橋(はし)のうへ【上】の
いくさ【軍】手(て)いたう候(さうらふ)。いまは河(かは)をわたす【渡す】べきで候(さうらふ)が、
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おりふし(をりふし)【折節】五月雨(さみだれ)のころで、水(みづ)まさ(ッ)て候(さうらふ)。わたさば
馬(むま)人(ひと)おほく【多く】うせ【失せ】候(さうらひ)なんず。淀(よど)・いもあらい(いもあらひ)【一口】へやむかひ【向ひ】候(さうらふ)
べき。河内路(かはちぢ)へやまはり【廻り】候(さうらふ)べき」と申(まうす)ところ【所】に、下野国[B ノ](しもつけのくにの)
住人(ぢゆうにん)(ヂウニン)足利[B ノ](あしかがの)又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)、すすみ【進み】いでて申(まうし)けるは、「淀(よど)・いも
あらひ【一口】・河内路(かはちぢ)をば、天竺(てんぢく)、震旦(しんだん)の武士(ぶし)をめし【召し】てむけ【向け】ら
れ候(さうら)はんずるか。それも我等(われら)こそむかひ【向ひ】候(さうら)はんずれ。目(め)に
かけたるかたき【敵】をうた【討た】ずして、南都(なんと)へいれ【入れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)
なば、吉野(よしの)・とつかは【十津川】の勢(せい)ども馳集(はせあつまつ)て、いよいよ
御大事(おんだいじ)でこそ候(さうら)はんずらめ。武蔵(むさし)と上野(かうづけ)のさかひ【境】に
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とね河(がは)【利根河】と申(まうし)候(さうらふ)大河(だいがの)候(さうらふ)。秩父(ちちぶ)・足利(あしかが)なか【仲】をたがひ【違ひ】、つね
は合戦(かつせん)をし候(さうらひ)しに、大手(おほて)は長井(ながゐ)〔の〕わたり、搦手(からめて)は故
我(こが)・杉(すぎ)のわたりよりよせ候(さうら)ひしに、上野国(かうづけのくに)の住人(ぢゆうにん)新田[B ノ](につたの)
入道(にふだう)、足利(あしかが)にかたらはれて、杉(すぎ)の渡(わたり)よりよせ【寄せ】んとて
まうけ【設け】たる舟(ふね)ども【共】を、秩父(ちちぶ)が方(かた)よりみなわら【破ら】れて
申(まうし)候(さうらひ)しは、「ただいま【今】ここをわたさずは、ながき弓矢(ゆみや)の
疵(きず)なるべし。水(みづ)におぼれてしな【死な】ばしね。いざわたさん」と
て、馬筏(むまいかだ)をつく(ッ)てわたせ【渡せ】ばこそわたしけめ。坂東武者(ばんどうむしや)の
習(ならひ)として、かたき【敵】を目(め)にかけ、河(かは)をへだつるいくさ【軍】に、
P04111
淵瀬(ふちせ)きらふ様(やう)やある。此(この)河(かは)のふかさ【深さ】はやさ【早さ】、とね河(がは)【利根河】に
いくほどのおとりまさりはよもあらじ。つづけや殿原(とのばら)」
とて、ま(ッ)さき【真先】にこそうち【打ち】入(い)れたれ。つづく人共(ひとども)、大胡(おほご)(ヲホゴ)・大室(おほむろ)(ヲホムロ)・
深須(ふかず)・山上(やまがみ)、那波[B ノ](なはの)太郎(たらう)、佐貫[B ノ]広綱(さぬきのひろつな)四郎(しらう)大夫(だいふ)、小野寺[B ノ]禅師
太郎(をのでらのぜんじたらう)、辺屋(へや)こ【辺屋子】の四郎(しらう)、郎等(らうどう)には、宇夫方次郎(うぶかたのじらう)、切生(きりふ)(キリウ)の
六郎(ろくらう)、田中(たなか)の宗太(そうだ)をはじめとして、三百(さんびやく)余騎(よき)ぞつづき
ける。足利(あしかが)大音声(だいおんじやう)をあげて、「つよき馬(むま)をばうは手(て)【上手】に
たて【立て】よ、よはき(よわき)【弱き】馬(むま)をばした手(で)【下手】になせ。馬(むま)の足(あし)のおよ
ば【及ば】うほどは、手綱(たづな)をくれてあゆま【歩ま】せよ。はづまば
P04112
かいく(ッ)【繰つ】ておよが【泳が】せよ。さがら【下ら】う物(もの)をば、弓(ゆみ)のはず【筈】にとり
つか【付か】せよ。手(て)をとりくみ【組み】、肩(かた)をならべてわたすべし。
鞍(くら)つぼ【壷】によくのり【乗り】さだま(ッ)【定まつ】て、あぶみ【鐙】をつよう【強う】ふめ。馬(むま)
のかしら【頭】しづま【沈ま】ばひきあげよ。いたうひい【引い】てひ(ッ)【引つ】かづく【被く】
な。水(みづ)しとまば、さんづ【三頭】のうへ【上】にのり【乗り】かかれ。馬(むま)にはよはう(よわう)【弱う】、
水(みづ)にはつよう【強う】あたるべし。河(かは)なか【中】で弓(ゆみ)ひくな。かたき【敵】いる【射る】
ともあひびき【相引】すな。つねにしころ【錣】をかたぶけよ【傾けよ】。いたう
かたむけ【傾け】て手(て)へんいさすな。かねにわたい【渡い】ておしをと
さ(おとさ)【落さ】るな。水(みづ)にしなうてわたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」とおきて【掟て】て、
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三百(さんびやく)余騎(よき)、一騎(いつき)もながさず、むかへ【向へ】の岸(きし)へざ(ッ)とわた
『宮(みやの)御最期(ごさいご)』S0412
す。○足利(あしかが)O[BH 其日の装束にはイ]は朽葉(くちば)の綾(あや)の直垂(ひたたれ)に、赤皮威(あかがはをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)
きて、たか角(づの)【高角】う(ッ)たる甲(かぶと)のを【緒】しめ、こがねづくりの太刀(たち)
をはき、きりう(きりふ)【切斑】の矢(や)おひ【負ひ】、しげどう【滋籐】〔の〕弓(ゆみ)も(ッ)【持つ】て、連銭葦
毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に、柏木(かしはぎ)に耳(みみ)づく【木菟】う(ッ)たる黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)を
い(おい)【置い】てぞの(ッ)【乗つ】たりける。あぶみふ(ン)ばりたち【立ち】あがり、大音声(だいおんじやう)
あげてなのり【名乗り】けるは、「とをく(とほく)【遠く】は音(おと)にもきき、ちかく【近く】は
目(め)にもみ【見】給(たま)へ。昔(むかし)朝敵(てうてき)将門(まさかど)をほろぼし、勧賞(けんじやう)
かうぶ(ッ)し俵藤太秀里【*秀郷】(たはらとうだひでさと)に十代(じふだい)、足利[B ノ](あしかがの)太郎(たらう)俊綱(としつな)が子(こ)、
P04114
又太郎(またたらう)忠綱(ただつな)、生年(しやうねん)十七歳(じふしちさい)、かやう【斯様】に無官(むくわん)(ムクハン)無位(むゐ)(ムイ)なる物(もの)
の、宮(みや)にむかひ【向ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、弓(ゆみ)をひき矢(や)を放(はなつ)事(こと)、
天(てん)のおそれ【恐れ】すくなからず候(さうら)へども【共】、弓(ゆみ)も矢(や)も冥(みやう)
が【冥加】のほども、平家(へいけ)の御身(おんみ)のうへ【上】にこそ候(さうらふ)らめ。三位(さんみ)
入道殿(にふだうどの)の御(おん)かたに、われとおもは【思は】ん人々(ひとびと)はより【寄り】あへや、
げ(ン)ざん(げんざん)【見参】せん」とて、平等院(びやうどうゐん)の門(かど)のうちへ、せめ【攻め】入(いり)せめ【攻め】入(いり)
たたかひ【戦ひ】けり。これをみて、大将軍(たいしやうぐん)左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、
「わたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」と下知(けぢ)せられければ、二万八千(にまんぱつせん)余騎(よき)、
みなうちいれ【打ち入れ】てわたしけり。馬(むま)や人(ひと)にせかれて、さば
P04115
かり早(はや)き宇治河(うぢがは)の水(みづ)は、かみ【上】にぞたたへ【湛へ】たる。おの
づからもはづるる水(みづ)には、なにもたまらずながれ【流れ】けり。
雑人(ざふにん)(ザウにん)どもは馬(むま)のした手(で)【下手】にとりつき【取り付き】わたり【渡り】ければ、
ひざ【膝】よりかみ【上】をばぬらさぬ物(もの)もおほかり【多かり】けり。いかが【如何】
したりけん、伊賀(いが)・伊勢(いせ)両国(りやうごく)の官兵(くわんびやう)(クハンビヤウ)、馬(むま)いかだ【筏】をし(おし)【押し】
やぶら【破ら】れ、水(みづ)におぼれて六百(ろつぴやく)余騎(よき)ぞながれける。
萌黄(もえぎ)(モヱギ)・火威(ひをどし)・赤威(あかをどし)、いろいろの鎧(よろひ)(ヨロイ)のうきぬしづみ【沈み】ぬ
ゆられけるは、神(かみ)なび山(やま)【神南備山】の紅葉(もみぢ)ばの、嶺(みね)の嵐(あらし)に
さそはれて、竜田河(たつたがは)の秋(あき)のくれ【暮】、いせき(ゐせき)にかか(ッ)て
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ながれ【流れ】もやらぬにことならず。其(その)中(なか)にひおどし(ひをどし)【緋縅】の
鎧(よろひ)き【着】たる武者(むしや)が三人(さんにん)、あじろにながれ【流れ】かか(ッ)てゆられ
けるを、伊豆守(いづのかみ)み【見】たまひ【給ひ】て、
伊勢武者(いせむしや)はみなひおどし(ひをどし)【緋縅】のよろひきて
宇治(うぢ)のあじろ【網代】にかかりぬるかな W024
これらは三人(さんにん)ながら伊勢国(いせのくに)の住人(ぢゆうにん)也(なり)。黒田[B ノ](くろだの)後平(ごへい)
四郎(しらう)、日野[B ノ](ひのの)十郎(じふらう)、乙部[B ノ](をとべの)弥七(やしち)といふ物(もの)あり。其(その)なかに
日野(ひの)の十郎(じふらう)はふる物(もの)にてあり【有り】ければ、弓(ゆみ)のはず【弭】を
岩(いは)のはざまにねぢたて【立て】てかきあがり、二人(ににん)の物共(ものども)をも
P04117
ひき【引き】あげて、たすけ【助け】たりけるとぞきこえ【聞え】し。おほ
ぜい【大勢】みなわたし【渡し】て、平等院(びやうどうゐん)の門(もん)のうちへいれかへ【入れ換へ】いれかへ【入れ換へ】
たたかい(たたかひ)【戦ひ】けり。この【此の】まぎれに、宮(みや)をば南都(なんと)へさきだて【先立て】
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の一類(いちるい)のこ(ッ)て、ふせき【防き】矢(や)い【射】給(たま)ふ。
三位(さんみ)入道(にふだう)七十(しちじふ)にあま(ッ)ていくさ【軍】して、弓手(ゆんで)のひざ口(ぐち)【膝口】を
い【射】させ、いたで【痛手】なれば、心(こころ)しづかに自害(じがい)せんとて、平等院(びやうどうゐん)
の門(もん)の内(うち)へひき退(しりぞい)て、かたき【敵】おそい(おそひ)【襲ひ】かかりければ、
次男(じなん)源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)兼綱(かねつな)、紺地(こんぢ)の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、唐綾
威(からあやをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)きて、白葦毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、父(ちち)をのばさんと、
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かへし【返し】あはせ【合はせ】かへし【返し】あはせ【合はせ】ふせき【防き】たたかふ【戦ふ】。上総(かづさの)太郎(たらう)判官(はんぐわん)がい【射】け
る矢(や)に、兼綱(かねつな)うち甲(かぶと)【内甲】をい【射】させてひるむところ【所】に、上総
守(かづさのかみ)が童(わらは)次郎丸(じらうまる)といふしたたか物(もの)、をし(おし)【押し】ならべてひ(ッ)【引つ】
く(ン)【組ん】で、どうどおつ【落つ】。源(げん)大夫(だいふの)判官(はんぐわん)はうち甲(かぶと)【内甲】もいた手(で)【痛手】
なれども【共】、きこゆる【聞ゆる】大(だい)ぢから【大力】なりければ、童(わらは)をと(ッ)ておさへ【抑へ】
て頸(くび)をかき、立(たち)あがら【上ら】んとするところ【所】に、平家(へいけ)の兵物(つはもの)
ども十四五騎(じふしごき)、ひしひしとおち【落ち】かさな(ッ)【重なつ】て、ついに(つひに)【遂に】兼綱(かねつな)を
ばう(ッ)【討つ】て(ン)げり。伊豆守(いづのかみ)仲綱(なかつな)もいた手(で)【痛手】あまたおひ、平等
院(びやうどうゐん)の釣殿(つりどの)にて自害(じがい)す。その頸(くび)をば、しも河辺(かうべ)【下河辺】の
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藤三郎(とうざぶらう)清親(きよちか)と(ッ)【取つ】て、大床(おほゆか)(ヲホユカ)のしたへぞなげ入(いれ)ける。
六条[B ノ](ろくでうの)蔵人(くらんど)仲家(なかいへ)(ナカイヱ)、其(その)子(こ)蔵人(くらんどの)太郎(たらう)仲光(なかみつ)も、さんざん【散々】に
たたかひ、分(ぶん)どり【分捕】あまたして、遂(つひ)(ツイ)に打死(うちじに)して(ン)げり。
この仲家(なかいへ)と申(まうす)は、小【*故】(こ)帯刀[B ノ](たてはき)(タテワキ)の先生(せんじやう)義方【*義賢】(よしかた)が嫡子(ちやくし)也(なり)。みな
し子(ご)にてあり【有り】しを、三位(さんみ)入道(にふだう)養子(やうじ)にして不便(ふびん)にし給(たま)
ひしが、日来(ひごろ)の契(ちぎり)を変(へん)ぜず、一所(いつしよ)にて死(し)ににけるこそ
むざんなれ。三位(さんみ)入道(にふだう)は、渡辺[B ノ](わたなべの)長七(ちやうじつ)唱(となふ)(トナウ)をめし【召し】て、「わが頸(くび)
うて」とのたまひければ、主(しゆう)(シウ)のいけくび【生首】うたん事(こと)の
かなしさに、涙(なみだ)をはらはらとながひ(ながい)【流い】て、「仕(つかまつ)ともおぼえ
P04120
候(さうら)はず。御自害(ごじがい)候(さうらひ)て、其(その)後(のち)こそ給(たま)はり候(さうら)はめ」と申(まうし)
ければ、「まこと【誠】にも」とて、西(にし)にむかひ【向ひ】、高声(かうしやう)に十念(じふねん)
となへ、最後(さいご)の詞(ことば)ぞあはれ【哀】なる。
埋木(むもれぎ)のはな【花】さく事(こと)もなかりしに
身(み)のなるはて【果】ぞかなしかり【悲しかり】ける W025
これを最後(さいご)の詞(ことば)にて、太刀(たち)のさきを腹(はら)につきたて、
うつぶさま【俯様】につらぬか(ッ)【貫ぬかつ】てぞうせ【失せ】られける。其(その)時(とき)に歌(うた)よむ
べうはなかりしかども、わかう【若う】よりあながちにすい【好い】たる
道(みち)なれば、最後(さいご)の時(とき)もわすれ給(たま)はず。その頸(くび)をば
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唱(となふ)(トナウ)取(と)(ッ)て、なくなく【泣く泣く】石(いし)にくくり【括り】あはせ【合はせ】、かたき【敵】のなかを
まぎれいで【出で】て、宇治河(うぢがは)のふかきところ【所】にしづめて(ン)
げり。競(きほふ)(キヲウ)の滝口(たきぐち)をば、平家(へいけ)の侍共(さぶらひども)、いかにもしていけ
どり【生捕り】にせんとうかがひ【伺ひ】けれども、競(きほふ)(キヲウ)もさきに心(こころ)え
て、さんざん【散々】にたたかひ【戦ひ】、大事(だいじ)の手(て)おひ、腹(はら)かきき(ッ)【切つ】て
ぞ死(しに)にける。円満院(ゑんまんゐん)(ヱンマンイン)の大輔(たいふ)源覚(げんかく)、いまは宮(みや)もはる
かにのびさせ給(たま)ひぬらんとやおもひけん、大太刀(おほだち)
大長刀(おほなぎなた)左右(さう)にも(ッ)【持つ】て、敵(かたき)のなかうちやぶり、宇治
河(うぢがは)へとんでいり、物(もの)の具(ぐ)一(ひとつ)もすてず、水(みづ)の底(そこ)をくぐ(ッ)て、
P04122
むかへ【向へ】の岸(きし)にわたりつき、たかきところ【所】にのぼり
あがり、大音声(だいおんじやう)(だいヲンジヤウ)をあげて、「いかに平家(へいけ)の君達(きんだち)、これ
までは御大事(おんだいじ)かよう」とて、三井寺(みゐでら)へこそかへ
り【帰り】けれ。飛騨守(ひだのかみ)景家(かげいへ)(カゲイヱ)はふるO[BH 兵]物(つはもの)【古兵】にてあり【有り】ければ、
このまぎれに、宮(みや)は南都(なんと)へやさきだたせ給(たま)ふらん
とて、いくさ【軍】をばせず、其(その)勢(せい)五百(ごひやく)余騎(よき)、鞭(むち)あぶみ
をあはせ【合はせ】てお(ッ)【追つ】かけたてまつる【奉る】。案(あん)のごとく、宮(みや)は
卅騎(さんじつき)ばかりで落(おち)させ給(たま)ひけるを、光明山(くわうみやうぜん)(クハウミヤウゼン)の鳥
居(とりゐ)のまへにてお(ッ)【追つ】つきたてまつり【奉り】、雨(あめ)のふるやう【様】に
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い【射】まひらせ(まゐらせ)【参らせ】ければ、いづれが矢(や)とはおぼえねど、宮(みや)
の左(ひだり)の御(おん)そば腹(はら)に矢(や)一(ひと)すぢたちければ、御馬(おんむま)より
落(おち)させ給(たまひ)て、御頸(おんくび)とられさせ給(たま)ひけり。これを
みて御共(おんとも)に候(さうらひ)ける鬼佐渡(おにさど)(ヲニサド)・あら土佐(どさ)【荒土佐】・あら大夫(だいふ)【荒大夫】、理智
城房(りちじやうばう)の伊賀公(いがこう)、刑部俊秀(ぎやうぶしゆんしう)・金光院(こんくわうゐん)(コンクハウイン)の六天狗(ろくてんぐ)、いつの
ために命(いのち)をばおしむ(をしむ)【惜しむ】べきとて、おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で
打死(うちじに)す。そのなか【中】に宮(みや)の御(おん)めのと子(ご)【乳母子】、六条[B ノ](ろくでうの)大夫(たいふ)宗
信(むねのぶ)、かたき【敵】はつづく、馬(むま)はよはし(よわし)【弱し】、に井野(ゐの)の池(いけ)へ飛(とん)で
いり、うき草(くさ)【浮草】かほ【顔】にとりおほひ【覆ひ】、ふるひ【震ひ】ゐ【居】たれば、
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かたき【敵】はまへ【前】をうちすぎ【過ぎ】ぬ。しばしあ(ッ)て兵物(つはもの)ども【共】
の四五百騎(しごひやくき)、ざざめいてうちかへり【帰り】けるなか【中】に、浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)
き【着】たる死人(しにん)の頸(くび)もないを、しとみ【蔀】のもとにかいて
いで【出で】きたりけるを、たれ【誰】やらんとみ【見】たてまつれ【奉れ】ば、
宮(みや)にてぞ在(まし)ましける。「われしな【死な】ば、この笛(ふえ)をば御
棺(ごくわん)(ごクハン)にいれよ【入れよ】」と仰(おほせ)ける、小枝(こえだ)(コヱダ)ときこえ【聞え】し御笛(おんふえ)も、
いまだ御腰(おんこし)にささ【挿さ】れたり。はしり【走り】いで【出で】てとり【取り】もつき【付き】ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやとおもへ【思へ】ども、おそろしけれ【恐ろしけれ】ばそれもかな
は【叶は】ず、かたき【敵】みな【皆】かへ(ッ)【帰つ】て後(のち)、池(いけ)よりあがり、ぬれ【濡れ】たる
P04125
物(もの)どもしぼりき【着】て、なくなく【泣く泣く】京(きやう)へのぼりたれば、
にくま【憎ま】ぬ物(もの)こそなかりけれ。さるほど【程】に、南都(なんと)の
大衆(だいしゆ)ひた甲(かぶと)七千(しちせん)余人(よにん)、宮(みや)の御(おん)むかへ【向へ】にまいる(まゐる)【参る】。先陣(せんぢん)
は粉津【*木津】(こつ)にすすみ、後陣(ごぢん)はいまだ興福寺(こうぶくじ)の南大
門(なんだいもん)にゆらへたり。宮(みや)ははや光明山(くわうみやうぜん)(クハウミヤウゼン)の鳥居(とりゐ)のまへに
てうた【討た】れさせ給(たまひ)ぬときこえ【聞え】しかば、大衆(だいしゆ)みな力(ちから)
及(およ)ばず、涙(なみだ)ををさへ(おさへ)てとどまりぬ。いま五十町(ごじつちやう)
ばかりまち【待ち】つけ給(たま)はで、うた【討た】れさせ給(たまひ)けん宮(みや)の御
『若宮出家(わかみやしゆつけ)』S0413
運(ごうん)の程(ほど)こそうたてけれ。○平家(へいけ)の人々(ひとびと)は、宮(みや)并(ならび)に
P04126
三位(さんみ)入道(にふだう)の一族(いちぞく)、三井寺(みゐでら)の衆徒(しゆと)、都合(つがふ)五百(ごひやく)余人(よにん)が
頸(くび)、太刀(たち)長刀(なぎなた)のさきにつらぬき【貫き】、たかく【高く】さしあげ【差し上げ】、
夕(ゆふべ)に及(および)て六波羅(ろくはら)へかへり【帰り】いる。兵物(つはもの)共(ども)いさみののしる
事(こと)、おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もおろか也(なり)。其(その)なかに源(げん)三位(ざんみ)
入道(にふだう)の頸(くび)は、長七(ちやうじつ)唱(となふ)(トナウ)がと(ッ)【取つ】て宇治河(うぢがは)のふかきところ【所】に
しづめ【沈め】て(ン)げれば、それはみえ【見え】ざりけり。子共(こども)の頸(くび)
はあそこここよりみな尋(たづね)いださ【出さ】れたり。なか【中】に宮(みや)
の御頸(おんくび)は、年来(としごろ)まいり(まゐり)【参り】よる人(ひと)もなければ、み【見】しり
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる人(ひと)もなし。先年(せんねん)典薬頭(てんやくのかみ)定成(さだなり)こそ、
P04127
御療治(ごりやうぢ)(ごレウヂ)のためにめさ【召さ】れたりしかば、それぞみ【見】し
り【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たるらんとて、めさ【召さ】れけれども【共】、現所労(げんじよらう)
とてまいら(まゐら)【参ら】ず。宮(みや)のつねにめさ【召さ】れける女房(にようばう)とて、
六波羅(ろくはら)へたづね【尋ね】いだされたり。さしもあさから【浅から】ず
おぼしめさ【思し召さ】れて、御子(おんこ)をうみまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、最愛(さいあい)あり【有り】
しかば、いかでか[* 「いみてか」と有るのを他本により訂正]み【見】そんじ【損じ】たてまつる【奉る】べき。只(ただ)一目(ひとめ)み【見】ま
いらせ(まゐらせ)【参らせ】て、袖(そで)をかほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、涙(なみだ)をながされける
にこそ、宮(みや)の御頸(おんくび)とはしり【知り】て(ン)げれ。此(この)宮(みや)ははうばう
に御子(おんこ)の宮(みや)たちあまたわたら【渡ら】せ給(たま)ひけり。
P04128
八条[B ノ](はつでうの)女院(にようゐん)に、伊与【*伊予】守(いよのかみ)盛教(もりのり)がむすめ、三位[B ノ](さんみの)局(つぼね)とて候(さうら)
はれける女房(にようばう)の腹(はら)に、七歳(しちさい)の若宮(わかみや)、五歳(ごさい)の姫宮(ひめみや)
在(まし)ましけり。入道(にふだう)相国(しやうこく)、おとと【弟】、池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)頼盛卿(よりもりのきやう)を
も(ッ)て、八条[B ノ]女院(はつでうのにようゐん)へ申(まう)されけるは、「高倉(たかくら)の宮(みや)の御子(おんこ)
の宮達(みやたち)のあまたわたらせ給(たまひ)候(さうらふ)なる、姫宮(ひめみや)の御事(おんこと)は
申(まうす)に及(およ)ばず、若宮(わかみや)をばとうとういだし【出し】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と
申(まう)されたりければ、女院(にようゐん)御返事(おんぺんじ)には、「かかるきこえ【聞え】
のあり【有り】し暁(あかつき)、御(お)ちの人(ひと)な(ン)ど(など)が心(こころ)おさなう(をさなう)【幼う】ぐし【具し】たて
ま(ッ)【奉つ】てうせ【失せ】にけるにや、ま(ッ)たく此(この)御所(ごしよ)にはわたらせ給(たま)P04129
はず」と仰(おほせ)ければ、頼盛卿(よりもりのきやう)力(ちから)及(およ)ばで此(この)よしを入道(にふだう)相
国(しやうこく)に申(まう)されけり。「何条(なんでふ)其(その)御所(ごしよ)ならでは、いづく【何処】へかわた
らせ給(たまふ)べかんなる。其(その)儀(ぎ)ならば武士(ぶし)どもまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てさがし
奉(たてまつ)れ」とぞのたまひける。この中納言(ちゆうなごん)は、女院(にようゐん)の御(おん)
めのと子(ご)【乳母子】宰相殿(さいしやうどの)と申(まうす)女房(にようばう)(ネウバウ)にあひ具(ぐ)して、つねに
まいり(まゐり)【参り】かよは【通は】れければ、日来(ひごろ)はなつかしう【懐しう】こそお
ぼしめされけるに、此(この)宮(みや)の御事(おんこと)申(まう)しにまいら(まゐら)【参ら】れたれ
ば、いまはあらぬ人(ひと)のやう【様】にうとましう【疎ましう】〔ぞ〕おぼしめさ【思し召さ】れ
ける。若宮(わかみや)、女院(にようゐん)に申(まう)させ給(たま)ひけるは、「これ程(ほど)の御大事(おんだいじ)に
P04130
及(および)候(さうらふ)うへ【上】は、つゐに(つひに)【遂に】のがれ【逃れ】候(さうらふ)まじ。とうとういださ【出さ】せ
おはしませ」と申(まう)させ給(たまひ)ければ、女院(にようゐん)御涙(おんなみだ)をはらはら
とながさ【流さ】せ給(たま)ひて、「人(ひと)の七(ななつ)八(やつ)は、何事(なにごと)をもいまだ
おもひ【思ひ】わか【分か】ぬ程(ほど)ぞかし。それにわれゆへ(ゆゑ)【故】大事(だいじ)の
いできたる【出来る】事(こと)を、かたはらいたくおもひ【思ひ】て、かやうに
のたまふ【宣ふ】いとおしさ(いとほしさ)よ。よしなかりける人(ひと)を此(この)六
七年(ろくしちねん)手(て)ならし【馴らし】て、かかるうき目(め)をみる【見る】よ」とて、
御涙(おんなみだ)をせきあへさせ給(たま)はず。頼盛卿(よりもりのきやう)、宮(みや)いだし【出し】まひ
ら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ふべきよし、かさね【重ね】て申(まう)されければ、
P04131
女院(にようゐん)ちから【力】およば【及ば】せ給(たま)はで、つゐに(つひに)【遂に】宮(みや)をいだし【出し】まひ
ら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ひけり。御母(おんぱは)三位(さんみ)の局(つぼね)、今(いま)をかぎりの別(わかれ)
なれば、さこそは御名残(おんなごり)おしう(をしう)【惜しう】おもは【思は】れけめ。
なくなく【泣く泣く】御衣(おんきぬ)きせ【着せ】奉(たてまつ)り、御(おん)ぐし【髪】かきなで【撫で】、いだし【出し】まいら
せ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ふも、ただ夢(ゆめ)とのみぞおもは【思は】れける。女院(にようゐん)をはじ
め【始め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、局(つぼね)の女房(にようばう)、め【女】の童(わらは)にいたるまで、涙(なみだ)を
ながし袖(そで)をしぼらぬはなかりけり。頼盛卿(よりもりのきやう)宮(みや)うけ【受け】
とりまひらせ(まゐらせ)【参らせ】、御車(おんくるま)にのせ【乗せ】奉(たてまつり)て、六波羅(ろくはら)へわたし
奉(たてまつ)る。前[B ノ](さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)、此(この)宮(みや)をみ【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、父(ちち)の
P04132
相国禅門(しやうこくぜんもん)の御(おん)まへにおはして、「なにと候(さうらふ)やらん、此(この)宮(みや)
をみ【見】たてまつる【奉る】があまり【余り】にいとおしう(いとほしう)思(おも)ひまひ
らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。り【理】をまげて此(この)宮(みや)の御命(おんいのち)をば宗盛(むねもり)にたび【賜び】
候(さうら)へ」と申(まう)されければ、入道(にふだう)「さらばとうとう出家(しゆつけ)をせさ
せ奉(たてまつ)れ」とぞのたまひける。宗盛卿(むねもりのきやう)此(この)よしを八条[B ノ]
女院(はつでうのにようゐん)に申(まう)されければ、女院(にようゐん)「なにのやう【様】もあるべから
ず。ただ【只】とうとう」とて、法師(ほふし)になし奉(たてまつ)り、尺子【*釈氏】(しやくし)にさだ
まら【定まら】せ給(たま)ひて、仁和寺(にんわじ)の御室(おむろ)(ヲムロ)の御弟子(おんでし)になしまいら(まゐら)【参ら】O[BH さ]せ
給(たま)ひけり。後(のち)には東寺(とうじ)の一(いち)の長者(ちやうじや)、安井(やすゐ)の宮(みや)の僧
P04133
『通乗之沙汰(とうじようのさた)』S0414
正(そうじやう)道尊(だうそん)と申(まうし)しは、此(この)宮(みや)の御事(おんこと)也(なり)。○又(また)奈良(なら)にも[B 御イ]一所(いつしよ)
在(まし)ましけり。御(おん)めのと讃岐守(さぬきのかみ)重秀(しげひで)が御出家(ごしゆつけ)せさせ
奉(たてまつ)り、ぐし【具し】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て北国(ほつこく)へ落(おち)くだりたりしを、
木曾(きそ)義仲(よしなか)上洛(しやうらく)の時(とき)、主(しゆう)にしまひらせ(まゐらせ)【参らせ】んとてぐし【具し】
奉(たてまつり)て宮(みや)こ【都】へのぼり、御元服(ごげんぶく)せさせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりしかば、
木曾(きそ)の宮(みや)とも申(まうし)けり。又(また)還俗(げんぞく)の宮(みや)とも申(まうし)けり。
後(のち)には嵯峨(さが)のへん野依(のより)にわたらせ給(たまひ)しかば、
野依(のより)の宮(みや)とも申(まうし)けり。昔(むかし)通乗(とうじよう)(トウゼウ)といふ相人(さうにん)あり【有り】。
宇治殿(うぢどの)・二条殿(にでうどの)をば、「君(きみ)三代(さんだい)の関白(くわんばく)、ともに御年(おんとし)
P04134
八十(はちじふ)と申(まうし)たりしもたがは【違は】ず。帥(そつ)のうちのおとど【大臣】を
ば、「流罪(るざい)の相(さう)まします」と申(まうし)たりしもたがは【違は】ず。聖
徳太子(しやうとくたいし)の崇峻天皇(そうじゆんてんわう)[* 崇の左に(シユ)の振り仮名]を「横死(わうし)の相(さう)在(まし)ます」と申(まう)
させ給(たま)ひたりしが、馬子(むまこ)の大臣(だいじん)にころさ【殺さ】れ給(たま)ひ
にき。さもしかる【然る】べき人々(ひとびと)は、必(かなら)ず相人(さうにん)としもに
あらねども、かうこそめでたかりしか、これは相少納言(さうせうなごん)
が不覚(ふかく)にはあらずや。中比(なかごろ)兼明親王(けんめいしんわう)・具平親王(ぐへいしんわう)
と申(まうし)しは、前(ぜん)中書王(ちゆうしよわう)(チウシヨワウ)・後中書王(ごちゆうしよわう)とて、ともに
賢王(けんわう)聖主(せいしゆ)の王子(わうじ)にてわたらせ給(たま)ひしかども、
P04135
位(くらゐ)にもつか【即か】せ給(たま)はず。されどもいつしかは謀叛(むほん)を
おこさ【起こさ】せ給(たま)ひし。又(また)後三条院(ごさんでうのゐん)の第三(だいさん)の王子(わうじ)、資仁【*輔仁】(すけひと)の
親王(しんわう)も御才学(おんさいかく)すぐれてましましければ白河院(しらかはのゐん)
いまだ東宮(とうぐう)にてましまいし時(とき)、「御位(おんくらゐ)の後(のち)は、この
宮(みや)を位(くらゐ)にはつけ【即け】まいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)へ」と、後三条[B ノ]院(ごさんでうのゐん)御遺
詔(ごゐぜう)(ごイゼウ)あり【有り】しかども【共】、白河院(しらかはのゐん)いかがおぼしめさ【思し召さ】れけん、つゐに(つひに)【遂に】
位(くらゐ)にもつけまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)はず。せめての御事(おんこと)には、
資仁【*輔仁】親王(すけひとのしんわう)の御子(おんこ)に源氏(げんじ)の姓(しやう)をさづけ【授け】まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ
給(たま)ひて、無位(むゐ)(ムイ)より一度(いちど)に三位(さんみ)に叙(じよ)して、やがて
P04136
中将(ちゆうじやう)になしまいら(まゐら)【参ら】させ給(たま)ひけり。一世(いつせ)の源氏(げんじ)、無位(むゐ)
より三位(さんみ)する事(こと)、嵯峨(さが)の皇帝(くわうてい)の御子(みこ)、陽成
院(やうぜいゐん)の大納言(だいなごん)定卿(さだむのきやう)の外(ほか)は、これはじめとぞうけ給(たま)はる【承る】。
花園(はなぞのの)左大臣(さだいじん)有仁公(ありひとこう)の御事(おんこと)也(なり)。高倉(たかくら)の宮(みや)御謀叛(ごむほん)
の間(あひだ)、調伏(てうぶく)の法(ほふ)(ホウ)うけたまは(ッ)【承つ】て修(しゆ)せられける高僧達(かうそうたち)
に、勧賞(けんじやう)をこなは(おこなは)る。前(さきの)右大将(うだいしやう)宗盛卿(むねもりのきやう)の子息(しそく)侍従(じじゆう)(ジジウ)
清宗(きよむね)、三位(さんみ)して三位[B ノ](さんみの)侍従(じじゆう)とぞ申(まうし)ける。今年(ことし)纔(わづか)に
十二歳(じふにさい)。父(ちち)の卿(きやう)もこのよはひ【齢】では兵衛[B ノ]佐(ひやうゑのすけ)にてこそ
おはせしか。忽(たちまち)に上達(かんだち)め【上達部】にあがり給(たま)ふ事(こと)、一(いち)の人(ひと)の
P04137
公達(きんだち)の外(ほか)はいまに承(うけたまはり)及(およ)ばず。源[B ノ](みなもとの)茂仁【*以仁】(もちひと)・頼政(よりまさ)法師(ぼふし)
父子(ふし)追討(ついたう)の賞(しやう)とぞ除書(ききがき)にはあり【有り】ける。源[B ノ](みなもとの)茂仁【*以仁】(もちひと)
とは高倉宮(たかくらのみや)を申(まうし)けり。まさしゐ(まさしい)太政【*太上】(だいじやう)法皇(ほふわう)の王子(わうじ)
をうち【討ち】たてまつる【奉る】だにあるに、凡人(ぼんにん)にさへなしたて
『■[*空+鳥](ぬえ)』S0415
まつるぞあさましき。○抑(そもそも)源(みなもとの)三位(さんみ)入道(にふだう)と申(まうす)は、
摂津守(つのかみ)頼光(よりみつ)に五代(ごだい)、三川【*三河】守(みかはのかみ)頼綱(よりつな)が孫(まご)、兵庫頭(ひやうごのかみ)
仲正【*仲政】(なかまさ)が子(こ)也(なり)。保元(ほうげん)の合戦(かつせん)の時(とき)、御方(みかた)にて先(さき)をかけ
たりしか共(ども)、させる賞(しやう)にもあづから【与ら】ず。又(また)平治(へいぢ)の逆乱(げきらん)
にも、親類(しんるい)をすて【捨て】て参(さん)じたりしか共(ども)、恩賞(おんしやう)(ヲンシヤウ)これおろ
P04138
そか也(なり)。大内守護(たいだいしゆご)にて年(とし)ひさしう【久しう】あり【有り】しかども【共】、
昇殿(しようでん)(セウデン)をばゆるさ【許さ】れず。年(とし)たけよはひ【齢】傾(かたぶい)(カタブヒ)て後(のち)、
述懐(しゆつくわい)(シユツクハイ)の和歌(わか)一首(いつしゆ)よう【詠う】でこそ、昇殿(しようでん)(セウデン)をばゆるさ【許さ】れけれ。
人(ひと)しれず大内山(おほうちやま)のやまもり【山守】は
木(こ)がくれ【隠れ】てのみ月(つき)をみる【見る】かな W026
この歌(うた)によ(ッ)て昇殿(しようでん)(セウデン)ゆるさ【許さ】れ、正下[B ノ](じやうげの)四位(しゐ)にてしばらく
あり【有り】しが、三位(さんみ)を心(こころ)にかけつつ、
のぼるべきたよりなき身(み)は木(こ)のもとに
しゐをひろい(ひろひ)【拾ひ】て世(よ)をわたるかな W027
P04139
さてこそ三位(さんみ)はしたりけれ。やがて出家(しゆつけ)して、
源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)とて、今年(ことし)は七十五(しちじふご)にぞなられける。
此(この)人(ひと)一期(いちご)の高名(かうみやう)とおぼえし事(こと)は、近衛院(こんゑのゐん)御
在位(ございゐ)(ごザイイ)の時(とき)、仁平(にんぺい)のころほひ、主上(しゆしやう)よなよな【夜な夜な】おびへ(おびえ)【怯え】
たまぎらせ給(たま)ふ事(こと)あり【有り】けり。有験(うげん)の高僧(かうそう)貴
僧(きそう)に仰(おほせ)て、大法(だいほふ)(ダイホウ)秘法(ひほふ)(ヒホウ)を修(しゆ)せられけれども、其(その)しるし
なし。御悩(ごなう)は丑(うし)の剋(こく)ばかりであり【有り】けるに、東三条(とうさんでう)
の森(もり)の方(かた)より、黒雲(くろくも)一村(ひとむら)たち【立ち】来(きたつ)て御殿(ごてん)の
上(うへ)におほへ【覆へ】ば、かならず【必ず】おびへ(おびえ)【怯え】させ給(たま)ひけり。これに
P04140
よ(ッ)て公卿僉義(くぎやうせんぎ)あり【有り】。去(さんぬ)る寛治(くわんぢ)(クハンヂ)の比(ころ)ほひ、堀河天
皇(ほりかはのてんわう)御在位(ございゐ)の時(とき)、しかのごとく主上(しゆしやう)よなよな【夜な夜な】おびへ(おびえ)【怯え】
させ給(たま)ふ事(こと)あり【有り】けり。其(その)時(とき)の将軍(しやうぐん)義家(ぎかの)朝臣(あつそん)、
南殿(なんでん)の大床(おおゆか)に候(さうら)はれけるが、御悩(ごなう)の剋限(こくげん)に及(およん)で、
鳴絃(めいげん)する事(こと)三度(さんど)の後(のち)、高声(かうしやう)に「前(さきの)陸奥守(むつのかみ)
源[B ノ](みなもとの)義家(よしいへ)(ヨシイヱ)」と名(な)の(ッ)【名乗つ】たりければ、人々(ひとびと)皆(みな)身(み)の毛(け)よだ(ッ)
て、御悩(ごなう)おこたらせ給(たま)ひけり。しかれ【然れ】ばすなはち
先例(せんれい)にまかせ【任せ】て、武士(ぶし)に仰(おほ)せて警固(けいご)あるべし
とて、源平(げんぺい)両家(りやうか)の兵物共(つはものども)のなかを撰(せん)ぜられ
P04141
けるに、頼政(よりまさ)をゑらび(えらび)【選び】いだされたりけるとぞきこえ
し。其(その)時(とき)はいまだ兵庫頭(ひやうごのかみ)とぞ申(まうし)ける。頼政(よりまさ)申(まうし)
けるは、「昔(むかし)より朝家(てうか)に武士(ぶし)ををか(おか)【置か】るる事(こと)は、
逆反(ぎやくほん)の物(もの)をしりぞけ違勅(いちよく)の物(もの)をほろぼさんが
為(ため)也(なり)。目(め)にもみえ【見え】ぬ変化(へんげ)のもの【物】つかまつれと仰
下(おほせくだ)さるる事(こと)、いまだ承(うけたまはり)及(および)候(さうら)はず」と申(まうし)ながら、勅定(ちよくぢやう)
なればめし【召】に応(おう)(ヲウ)じて参内(さんだい)す。頼政(よりまさ)はたのみ【頼み】
き(ッ)たる郎等(らうどう)遠江国[B ノ](とほたふみのくにの)(トウタウミノくにの)住人(ぢゆうにん)井[B ノ]早太(ゐのはやた)に、ほろのかざき
り【風切】はいだる矢(や)おは【負は】せて、ただ一人(いちにん)ぞぐし【具し】たりける。
P04142
我(わが)身(み)はふたへ【二重】の狩衣(かりぎぬ)に、山鳥(やまどり)の尾(を)をも(ッ)てはいだる
とがり矢(や)二(ふた)すぢ【筋】、しげどう【滋籐】の弓(ゆみ)にとりそへて、
南殿(なんでん)の大床(おほゆか)に祗候(しこう)[B す]。頼政(よりまさ)矢(や)をふたつ【二つ】たばさみ【手挟み】
ける事(こと)は、雅頼卿(まさよりのきやう)其(その)時(とき)はいまだ左少弁(させうべん)にて
おはしけるが、「変化(へんげ)の物(もの)つかまつらんずる仁(じん)は頼政(よりまさ)ぞ
候(さうらふ)」とゑらび(えらび)【選び】申(まう)されたるあひだ、一(いち)の矢(や)に変化(へんげ)の物(もの)
をいそんずる【射損ずる】物(もの)ならば、二(に)の矢(や)には雅頼(まさより)の弁(べん)の
しや頸(くび)の骨(ほね)をい【射】んとなり。日(ひ)ごろ人(ひと)の申(まうす)にたがは【違は】ず、
御悩(ごなう)の剋限(こくげん)に及(およん)で、東三条(とうさんでう)の森(もり)の方(かた)より、
P04143
黒雲(くろくも)一村(ひとむら)たち【立ち】来(きたつ)て、御殿(ごてん)の上(うへ)にたなびいたり。
頼政(よりまさ)き(ッ)とみあげ【見上げ】たれば、雲(くも)のなかにあやしき
物(もの)の姿(すがた)あり【有り】。これをいそんずる【射損ずる】物(もの)ならば、世(よ)に
あるべしとはおもは【思は】ざりけり。さりながらも矢(や)
と(ッ)【取つ】てつがひ【番ひ】、南無(なむ)八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)と、心(こころ)のうちに祈
念(きねん)して、よ(ッ)ぴい【引い】てひやうどいる【射る】。手(て)ごたへして
はたとあたる。「ゑ(え)【得】たりをう(おう)」と矢(や)さけび【叫び】をこそ
したりけれ。井(ゐ)の早太(はやた)つ(ッ)とより、おつる【落つる】ところ【所】を
と(ッ)【取つ】ておさへ【抑へ】て、つづけさま【続け様】に九(ここの)がたな【刀】ぞさい【刺い】たり
P04144
ける。其(その)時(とき)上下(じやうげ)手々(てんで)に火(ひ)をともい【点い】て、これを御(ご)
らんじみ【見】給(たま)ふに、かしら【頭】は猿(さる)、むくろは狸(たぬき)、尾(を)はくち
なは、手足(てあし)は虎(とら)の姿(すがた)なり。なく声(こゑ)■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)にぞに【似】たり
ける。おそろし【恐ろし】な(ン)ど(など)もをろか(おろか)【愚】なり。主上(しゆしやう)御感(ぎよかん)のあま
りに、師子王(ししわう)といふ御剣(ぎよけん)をくださ【下さ】れけり。宇治(うぢ)の
左大臣殿(さだいじんどの)是(これ)をたまはり【賜り】つい【継い】で、頼政(よりまさ)にたばんとて、
御前(おんまえ)〔の〕きざはし【階】をなから【半】ばかりおり【降り】させ給(たま)へるとこ
ろ【所】に、比(ころ)は卯月(うづき)十日(とをか)あまりの事(こと)なれば、雲井(くもゐ)
に郭公(ほととぎす)二声(ふたこゑ)三(み)こゑ音(おと)づれてぞとをり(とほり)【通り】ける。
P04145
其(その)時(とき)左大臣殿(さだいじんどの)
ほととぎす名(な)をも雲井(くもゐ)にあぐる【上ぐる】かな
とおほせ【仰せ】られかけたりければ、頼政(よりまさ)右(みぎ)の膝(ひざ)をつき、
左(ひだり)の袖(そで)をひろげ、月(つき)をすこしそばめ【側目】にかけつつ、
弓(ゆみ)はり月(づき)【弓張り月】のいるにまかせ【任せ】て W028
と仕(つかまつ)り、御剣(ぎよけん)を給(たまは)(ッ)てまかり【罷り】いづ【出づ】。「弓矢(ゆみや)をと(ッ)てならび【双び】
なきのみならず、歌道(かだう)もすぐれたりけり」とぞ、
君(きみ)も臣(しん)も御感(ぎよかん)あり【有り】ける。さてかの変化(へんげ)の物(もの)を
ば、うつほ舟(ぶね)【空舟】にいれ【入れ】てながさ【流さ】れけるとぞきこえ【聞え】し。
P04146
去(さんぬ)る応保(おうほう)(ヲウホウ)のころほひ、二条院(にでうのゐん)御在位(ございゐ)の時(とき)、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)と
いふ化鳥(けてう)禁中(きんちゆう)(キンチウ)にない【鳴い】て、しばしば震襟【*宸襟】(しんきん)をなやます
事(こと)あり【有り】き。先例(せんれい)をも(ッ)て頼政(よりまさ)をめさ【召さ】れけり。比(ころ)は
さ月(つき)【五月】廿日(はつか)あまりの、まだよひ【宵】の事(こと)なるに、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)ただ
一声(ひとこゑ)をとづれ(おとづれ)て、二声(ふたこゑ)ともなか【鳴か】ざりけり。目(め)ざす
とも【共】しら【知ら】ぬやみではあり【有り】、すがた【姿】かたちもみえ【見え】
ざれば、矢(や)つぼ【矢壷】をいづくともさだめがたし。頼政(よりまさ)
はかりこと【策】に、まづおほかぶら【大鏑】をと(ッ)てつがひ【番ひ】、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)の
声(こゑ)しつる内裏(だいり)のうへ【上】へぞいあげ【射上げ】たる。■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)かぶら【鏑】の
P04147
をと(おと)【音】におどろいて、虚空(こくう)にしばしひらめい【*ひひめい】たり。
二(に)の矢(や)に小鏑(こかぶら)と(ッ)てつがひ、ひいふつとい【射】き(ッ)【切つ】て、■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)と
かぶら【鏑】とならべ【並べ】て前(まへ)にぞおとし【落し】たる。禁中(きんちゆう)(キンチウ)ざざめき
あひ、御感(ぎよかん)なのめならず。御衣(ぎよい)をかづけ【被け】させ給(たま)ひ
けるに、其(その)時(とき)は大炊御門(おほいのみかど)(ヲヲヰノミカド)の右大臣(うだいじん)公能公(きんよしこう)これを
給(たま)はりつゐ(つい)で、頼政(よりまさ)にかづけ給(たま)ふとて、「昔(むかし)の養
由(やうゆ)は雲(くも)の外(ほか)の鴈(かり)をい【射】き。今(いま)の頼政(よりまさ)は雨(あめ)の中(うち)
に■[*空+鳥](ぬえ)(ヌヱ)をい【射】たり」とぞ感(かん)ぜられける。
五月(さつき)やみ名(な)をあらはせるこよひ【今宵】かな
P04148
と仰(おほせ)られかけたりければ、頼政(よりまさ)
たそかれ時(どき)もすぎ【過ぎ】ぬとおもふ【思ふ】に W029
と仕(つかまつ)り、御衣(ぎよい)を肩(かた)にかけて退出(たいしゆつ)す。其(その)後(のち)伊豆
国(いづのくに)給(たま)はり、子息(しそく)仲綱(なかつな)受領(じゆりやう)になし、我(わが)身(み)三位(さんみ)して、
丹波(たんば)の五ケ[B ノ]庄(ごかのしやう)、若狭(わかさ)のとう宮河(みやがは)知行(ちぎやう)して、さて
おはすべかりし人(ひと)の、よしなき謀叛(むほん)おこいて、宮(みや)
をもうしなひ【失ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、我(わが)身(み)もほろびぬるこそ
『三井寺(みゐでら)炎上(えんしやう)』S0416
うたてけれ。○日(ひ)ごろは山門(さんもん)の大衆(だいしゆ)こそ、みだり【猥り】がはしき
う(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】つかまつる【仕まつる】に、今度(こんど)は穏便(をんびん)を存(ぞん)じてをと(おと)【音】も
P04149
せず。「南都(なんと)・三井寺(みゐでら)、或(あるい)は宮(みや)うけ【請け】とり奉(たてまつ)り、或(あるい)は宮(みや)
の御(おん)むかへ【迎へ】にまいる(まゐる)【参る】、これも(ッ)て朝敵(てうてき)なり。されば三井
寺(みゐでら)をも南都(なんと)をもせめ【攻め】らるべし」とて、同(おなじき)五月(ごぐわつ)廿七
日(にじふしちにち)、大将軍(たいしやうぐん)には入道(にふだう)の四男(しなん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、副将
軍(ふくしやうぐん)には薩摩守(さつまのかみ)忠度(ただのり)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)一万(いちまん)余騎(よき)
で、園城寺(をんじやうじ)へ発向(はつかう)す。寺(てら)にも堀(ほり)ほり、かいだて【掻楯】
かき、さかも木(ぎ)【逆茂木】ひい【引い】て待(まち)かけたり。卯剋(うのこく)に矢合(やあはせ)
して、一日(いちにち)たたかひ【戦ひ】くらす【暮す】。ふせく【防く】ところ【所】大衆(だいしゆ)以下(いげ)
の法師原(ほふしばら)、三百余人(さんびやくよにん)までうた【討た】れにけり。夜(よ)いくさ【軍】
P04150
にな(ッ)て、くらさ【暗さ】はくらし、官軍(くわんぐん)(クハングン)寺(てら)にせめ【攻め】入(いり)て、火(ひ)を
はなつ【放つ】。やくる【焼くる】ところ【所】、本覚院(ほんがくゐん)、成喜院【*常喜院】(じやうきゐん)・真如院(しんによゐん)・
花園院(けをんゐん)、普賢堂(ふげんだう)・大宝院(だいほうゐん)・清滝院(しやうりゆうゐん)(シヤウリウゐん)【青龍院】、教大【*教待】(けうだい)和尚[B ノ](くわしやうの)(クハシヤウの)
本坊(ほんばう)ならびに本尊等(ほんぞんとう)、八間(はちけん)四面(しめん)の大講堂(だいかうだう)、鐘
楼(しゆろう)・経蔵(きやうざう)・灌頂堂(くわんぢやうだう)(クハンヂヤウダウ)、護法善神(ごほふぜんじん)(ゴホウゼンジン)の社壇(しやだん)、新熊野(いまぐまの)の
御宝殿(ごほうでん)、惣(そうじ)て堂舎(だうじや)塔廟(たふべう)(タウビヨウ)六百三十七宇(ろつぴやくさんじふしちう)、大津(おほつ)の
在家(ざいけ)一千八百五十三宇(いつせんはつぴやくごじふさんう)、智証(ちしやう)(チセウ)のわたし【渡し】給(たま)へる
一切経(いつさいきやう)七千(しちせん)余巻(よくわん)(ヨクハン)、仏像(ぶつざう)二千(にせん)余体(よたい)、忽(たちまち)に煙(けぶり)となる
こそかなしけれ。諸天五妙(しよてんごめう)のたのしみも此(この)時(とき)ながく
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つき【尽き】、竜神(りゆうじん)(リウジン)三熱(さんねつ)のくるしみ【苦しみ】もいよいよさかん【盛】なるらん
とぞみえ【見え】し。それ三井寺(みゐでら)は、近江(あふみ)の義大領(ぎだいりやう)が
私(わたくし)の寺(てら)たりしを、天武天皇(てんむてんわう)によせ【寄せ】奉(たてまつり)て、御願(ごぐわん)(ごグハン)と
なす。本仏(ほんぶつ)もかの御門(みかど)の御本尊(ごほんぞん)、しかる【然る】を生身(しやうじん)
弥勒(みろく)ときこえ【聞え】給(たまひ)し教大【*教待】(けうだい)和尚(くわしやう)(クハシヤウ)百六十年(ひやくろくじふねん)おこな
ふ(おこなう)て、大師(だいし)に附属(ふぞく)し給(たま)へり。都士多天上(としたてんじやう)摩尼
宝殿(まにほうでん)よりあまくだり、はるかに竜花下生(りゆうげげしやう)(リウゲゲシヤウ)の
暁(あかつき)をまた【待た】せ給(たま)ふとこそきき【聞き】つるに、こはいかにし
つる事(こと)ども【共】ぞや。大師(だいし)此(この)ところ【所】を伝法(でんぼふ)(デンボウ)灌頂(くわんぢやう)(クハンヂヤウ)の
P04152
霊跡(れいせき)として、ゐけすい【井花水】の三(みつ)をむすび給(たまひ)しゆへ(ゆゑ)【故】に
こそ、三井寺(みゐでら)とは名(な)づけたれ。かかるめでたき
聖跡(しやうせき)なれども【共】、今(いま)はなに【何】ならず。顕密(けんみつ)須臾(しゆゆ)に
ほろびて、伽藍(がらん)さらに跡(あと)もなし。三密(さんみつ)道場(だうぢやう)も
なければ、鈴(れい)の声(こゑ)もきこえ【聞え】ず。一夏(いちげ)の花(はな)もなけ
れば、阿伽(あか)のをと(おと)【音】もせざりけり。宿老(しゆくらう)磧徳(せきとく)の名
師(めいし)は行学(ぎやうがく)におこたり、受法(じゆほふ)(ジユホウ)相承(さうじよう)(サウゼウ)の弟子(でし)は又(また)
経教(きやうげう)にわかれんだり。寺(てら)の長吏(ちやうり)円慶【*円恵】(ゑんけい)法親王(ほつしんわう)、
天王寺(てんわうじ)の別当(べつたう)をとどめ【留め】らる。其(その)外(ほか)僧綱(そうがう)十三人(じふさんにん)
P04153
闕官(けつくわん)(ケツクハン)ぜられて、みな検非違使(けんびゐし)(ケンビイシ)にあづけらる。
悪僧(あくそう)はつつ井(ゐ)【筒井】の浄妙明秀(じやうめうめいしう)にいたるまで卅(さんじふ)余
人(よにん)ながされけり。「かかる天下(てんが)のみだれ、国土(こくど)のさは
ぎ(さわぎ)【騒ぎ】、ただ事(こと)ともおぼえず。平家(へいけ)の世(よ)末(すゑ)になり
ぬる先表(ぜんべう)やらん」とぞ、人(ひと)申(まうし)ける。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第四(だいし)
P04154