平家物語 高野本 巻第五


【許諾済】
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【底本】
本テキストの底本は、東京大学文学部国語研究室蔵高野辰之旧蔵『平家物語』(通称・高野本、覚一別本)です。直接には、笠間書院発行の影印本に拠りました。
文責:荒山慶一・菊池真一


平家 五(表紙)
P05001
平家五之巻 目録
都遷 付新都之沙汰   月見
物怪之沙汰       大庭早馬
朝敵揃         感陽宮
文学荒行        勧進帳
文学被流        福原院宣
富士川合戦       五節之沙汰
帰洛          奈良炎上
P05002

P05003
平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第五(だいご)
『都遷(みやこうつり)』S0501
○治承(ぢしよう)四年(しねん)六月(ろくぐわつ)三日[B ノヒ](みつかのひ)、福原(ふくはら)へ行幸(ぎやうがう)ある【有る】べし
とて、京中(きやうぢゆう)ひしめきあへり。此(この)日(ひ)ごろ都(みやこ)うつり
あるべしときこえ【聞え】しかども、忽(たちまち)に今明(きんみやう)の程(ほど)とは
思(おも)はざりつるに、こはいかにとて上下(じやうげ)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】あへ
り。あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰さへ】三日(みつかのひ)とさだめ【定め】られたりしが、いま一日(ひとひ)
ひき【引き】あげて、二日(ふつかのひ)になりにけり。二日(ふつかのひ)の卯剋(うのこく)に、
すでに行幸(ぎやうがう)の御輿(みこし)をよせたりければ、主上(しゆしやう)
は今年(ことし)三歳(さんざい)、いまだいとけなう【幼けなう】ましましければ、
P05004
なに心(ごころ)【何心】もなうめさ【召さ】れけり。主上(しゆしやう)おさなう(をさなう)【幼う】わたらせ
給(たまふ)時(とき)の御同輿(ごとうよ)(ゴドウヨ)には、母后(ぼこう)こそまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ふに、
是(これ)は其(その)儀(ぎ)なし。御(おん)めのと【乳母】、平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)の
北(きた)の方(かた)帥(そつ)のすけ【帥の典侍】殿(どの)ぞ、ひとつ【一つ】御輿(おんこし)にはまいら(まゐら)【参ら】れ
ける。中宮(ちゆうぐう)・一院(いちゐん)上皇(しやうくわう)御幸(ごかう)なる。摂政殿(せつしやうどの)をはじ
めたてま(ッ)【奉つ】て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、我(われ)も我(われ)も
と供奉(ぐぶ)せらる。三日(みつかのひ)福原(ふくはら)へいら【入ら】せ給(たま)ふ。池(いけ)の中納言(ちゆうなごん)
頼盛卿(よりもりのきやう)の宿所(しゆくしよ)、皇居(くわうきよ)(クハウキヨ)になる。同(おなじき)四日(よつかのひ)、頼盛(よりもり)家(いへ)の
賞(しやう)とて正二位(じやうにゐ)し給(たま)ふ。九条殿(くでうどの)の御子(おんこ)、右大将(うだいしやう)
P05005
能通【*良通】卿(よしみちのきやう)、こえられ給(たま)ひけり。摂禄(せつろく)の臣(しん)の御子息(ごしそく)、
凡人(ぼんにん)の次男(じなん)に加階(かかい)こえられ給(たま)ふ事(こと)、これ【是】はじめ
とぞきこえ【聞え】し。さる程(ほど)に、法皇(ほふわう)を入道(にふだう)相国(しやうこく)やう
やう思(おも)ひなを(ッ)(なほつ)【直つ】て、鳥羽殿(とばどの)をいだし【出し】たてまつり、都(みやこ)
へいれ【入れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりしが、高倉宮(たかくらのみや)御謀反(ごむほん)に
よ(ッ)て、又(また)大(おほき)にいきどをり(いきどほり)【憤り】、福原(ふくはら)へ御幸(ごかう)なしたて
まつり【奉り】、四面(しめん)にはた板(いた)【端板】して、口(くち)ひとつ【一つ】あけたるうち
に、三間(さんげん)の板屋(いたや)をつく(ッ)てをし(おし)【押し】こめ【込め】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、守護(しゆご)
の武士(ぶし)には、原田(はらだ)の大夫(だいふ)種直(たねなほ)ばかりぞ候(さうらひ)ける。た
P05006
やすう人(ひと)のまいり(まゐり)【参り】かよふ事(こと)もなければ、童部(わらはべ)(ハラハベ)は
籠(ろう)の御所(ごしよ)とぞ申(まうし)ける。きく【聞く】もいまいましう【忌々しう】おそ
ろしかり【恐ろしかり】し事共(ことども)也(なり)。法皇(ほふわう)「今(いま)は世(よ)の政(まつりごと)しろし
めさ【知し召さ】ばやとは、露(つゆ)もおぼしめし【思し召し】よらず。ただ山々(やまやま)
寺々(てらでら)修行(しゆぎやう)して、御心(おんこころ)のままになぐさま【慰さま】ばや」とぞおほせける。凡(およそ)(ヲヨソ)平家(へいけ)の悪行(あくぎやう)にをひて(おいて)は
悉(ことごと)くきはまりぬ。「去(さんぬ)る安元(あんげん)よりこのかた、おほく【多く】
の卿相(けいしやう)雲客(うんかく)、或(あるい)はながし、或(あるい)はうしなひ【失ひ】、関白(くわんばく)
ながし奉(たてまつ)り、わが聟(むこ)を関白(くわんばく)(クハンバク)になし、法王(ほふわう)を城南(せいなん)
P05007
の離宮(りきゆう)(リキウ)にうつし奉(たてまつ)り、第二(だいに)の皇子(わうじ)高倉(たかくら)の宮(みや)を
うちたてまつり【奉り】、いまのこる【残る】ところ【所】の都(みやこ)うつり
なれば、かやう【斯様】にし給(たま)ふにや」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。都(みやこ)
うつりは是(これ)先蹤(せんじよう)(センゼウ)なきにあらず。神武天皇(じんむてんわう)と申(まうす)
は地神(ぢじん)五代(ごだい)の帝(みかど)、彦波激武■■草不葺合
尊(ひこなぎさたけうがやふきあはせずのみこと)の第四(だいし)の王子(わうじ)、御母(おんぱは)は玉(たま)より姫(ひめ)【玉依姫】、海人(かいじん)のむすめ
なり。神(かみ)の代(よ)十二代(じふにだい)の跡(あと)をうけ、人代(にんだい)百王(はくわう)の帝
祖(ていそ)也(なり)。辛酉歳(かのとのとりのとし)、日向国(ひうがのくに)宮崎(みやざき)の郡(こほり)(コヲリ)にして皇王(くわうわう)の
宝祚(ほうそ)をつぎ、五十九(ごじふく)年(ねん)とい(ッ)し己未歳(つちのとのひつじのとし)十月(じふぐわつ)に
P05008
東征(とうせい)して、豊葦原中津国(とよあしはらなかつくに)にとどまり、このごろ
大和国(やまとのくに)となづけ【名付け】たるうねび【畝傍】の山(やま)を点(てん)じて帝都(ていと)を
たて、柏原(かしはら)【橿原】の地(ち)をきりはら(ッ)【払つ】て宮室(きゆうしつ)(キウシツ)をつくり給(たま)へ
り。これをかし原(はら)【橿原】の宮(みや)と名(な)づけ【名付け】たり。それより
このかた、代々(だいだい)の帝王(ていわう)、都(みやこ)を他国(たこく)他所(たしよ)へうつさるる
事(こと)卅(さんじふ)度(ど)にあまり、四十(しじふ)度(ど)に及(およ)べり。神武天皇(じんむてんわう)
より景行天皇(けいかうてんわう)まで十二代(じふにだい)は、大和国(やまとのくに)こほりごほり【郡々】
にみやこをたて、他国(たこく)へはつゐに(つひに)【遂に】うつされず。し
かる【然る】を、成務天皇(せいむてんわう)元年(ぐわんねん)に近江国(あふみのくに)にうつ(ッ)て、
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志賀(しが)の郡(こほり)に都(みやこ)をたつ。仲哀天皇(ちゆうあいてんわう)(チウアイてんわう)二年(にねん)に長門
国(ながとのくに)にうつ(ッ)て、豊良【*豊浦】郡(とよらのこほり)に都(みやこ)をたつ。其(その)国(くに)の彼(かの)みや
こにて、御門(みかど)かくれさせ給(たまひ)しかば、きさき神宮【*神功】皇后(じんぐうくわうごう)(ジンクウクハウゴウ)
御世(おんよ)をうけ【受け】とら【取ら】せ給(たま)ひ、女体(によてい)として、鬼界(きかい)・高麗(かうらい)・
荊旦【*契丹】(けいたん)までせめ【攻め】したがへさせ給(たま)ひけり。異国(いこく)のい
くさ【軍】をしづめさせ給(たま)ひて帰朝(きてう)の後(のち)、筑前国(ちくぜんのくに)三
笠[B ノ]郡(みかさのこほり)にして皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)、其(その)所(ところ)をばうみの
宮(みや)【産の宮】とぞ申(まうし)たる。かけまくもかたじけなく【忝く】やわた(やはた)【八幡】
の御事(おんこと)これ也(なり)。位(くらゐ)につかせ給(たま)ひては、応神天皇(おうじんてんわう)(ヲウジンてんわう)
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とぞ申(まうし)ける。其(その)後(のち)、神宮[B 「宮」に「功イ」と傍書]皇后(じんぐうくわうごう)は大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)
て、岩根稚桜(いはねわかざくら)のみや【宮】におはします。応神天皇(おうじんてんわう)(ヲウジンてんわう)は
同国(どうこく)軽島明(かるしまあかり)(カルシマノアスケノ)の宮(みや)にすませ給(たま)ふ。仁徳天皇(にんとくてんわう)元
年(ぐわんねん)に津国(つのくに)難波(なには)にうつ(ッ)て、高津(たかつ)の宮(みや)におはします。
履中天皇(りちゆうてんわう)(リチウてんわう)二年(にねん)に大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)て、とうち(とをち)【十市】の
郡(こほり)にみやこをたつ。反正天皇(はんせいてんわう)元年(ぐわんねん)に河内国(かはちのくに)
にうつ(ッ)て、柴垣(しばがき)の宮(みや)にすませ給(たま)ふ。允恭天皇(いんげうてんわう)四
十二年(しじふにねん)に又(また)大和国(やまとのくに)にうつ(ッ)て、飛鳥(とぶとり)のあすかの
宮(みや)【飛鳥の宮】におはします。雄略天皇(ゆうりやくてんわう)(イウリヤクてんわう)廿一年(にじふいちねん)に同国(おなじきくに)泊
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瀬(はつせ)あさくら【朝倉】に宮(みや)ゐ【宮居】し給(たま)ふ。継体天皇(けいていてんわう)五年(ごねん)
に山城国(やましろのくに)つづき【綴喜】にうつ(ッ)て十二年(じふにねん)、其(その)後(のち)乙訓(おとぐに)(ヲトグニ)に宮(みや)
ゐ【宮居】し給(たま)ふ。宣化天皇(せんくわてんわう)(センクハてんわう)元年(ぐわんねん)に又(また)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)【帰つ】て、
桧隈(ひのくま)の入野(いるの)の宮(みや)におはします。孝徳天皇(かうとくてんわう)大
化(たいくわ)(タイクハ)元年(ぐわんねん)に摂津国(つのくに)長良【*長柄】(ながら)にうつ(ッ)て、豊崎(とよざき)の宮(みや)に
すませ給(たま)ふ。斉明天皇(せいめいてんわう)二年(にねん)、又(また)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)【帰つ】て、
岡本(をかもと)の宮(みや)におはします。天智天皇(てんちてんわう)六年(ろくねん)に近江
国(あふみのくに)にうつ(ッ)て、大津宮(おほつのみや)にすませ給(たま)ふ。天武天皇(てんむてんわう)元
年(ぐわんねん)に猶(なほ)大和国(やまとのくに)にかへ(ッ)【帰つ】て、岡本(をかもと)の南(みなみ)の宮(みや)にすま
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せ給(たま)ふ。これを清見原(きよみばら)の御門(みかど)と申(まうし)き。持統(ぢどう)・文
武(もんむ)二代(にだい)の聖朝(せいてう)は、同国(どうこく)藤原(ふぢはら)の宮(みや)におはします。
元明天皇(げんめいてんわう)より光仁天皇(くわうにんてんわう)まで七代(しちだい)は、奈良(なら)
の都(みやこ)にすませ給(たま)ふ。しかる【然る】を桓武天皇(くわんむてんわう)(クハンムてんわう)延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)三
年(さんねん)十月(じふぐわつ)二日(ふつかのひ)、奈良(なら)の京(きやう)春日(かすが)の里(さと)より山城国(やましろのくに)長
岡(ながをか)にうつ(ッ)て、十年(じふねん)とい(ッ)し正月(しやうぐわつ)に、大納言(だいなごん)藤原(ふぢはらの)
小黒丸(をぐろまる)、参議(さんぎ)左大弁(さだいべん)紀(き)のこさむみ(こさみ)【古佐美】、大僧都(だいそうづ)玄慶【*賢■王+景】
等(げんけいら)(ゲンキヤウら)をつかはし【遣し】て、当国(たうごく)賀殿【*葛野】郡(かどののこほり)宇多(うだ)の村(むら)を見(み)
せらるるに、両人(りやうにん)共(とも)に奏(そう)して云(いはく)、「此(この)地(ち)の体(てい)をみる【見る】に、
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左青竜(さしやうりう)、右白虎(うびやつこ)、前朱雀(ぜんしゆしやく)、後玄武(ごげんむ)、四神(しじん)相応(さうおう)(サウヲウ)の
地(ち)也(なり)。尤(もつとも)帝都(ていと)をさだむるにたれり」と申(まうす)。仍(よつて)乙城
都(をたぎのこほり)におはします賀茂大明神(かものだいみやうじん)に告(つげ)申(まう)させ給(たま)ひ
て、延暦(えんりやく)(ヱンリヤク)十三年(じふさんねん)十二月(じふにぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、長岡(ながをか)の京(きやう)より此(この)京(きやう)へ
うつされて後(のち)、帝王(ていわう)卅二代(さんじふにだい)、星霜(せいざう)は三百八十(さんびやくはちじふ)余
歳(よさい)の春秋(しゆんしう)ををくり(おくり)【送り】むかふ【向ふ】。「昔(むかし)より代々(よよ)の帝
王(ていわう)、国々(くにぐに)ところどころ【所々】に多(おほく)(ヲヲク)の都(みやこ)をたてられしか
ども、かくのごとくの勝地(しようち)(セウチ)はなし」とて、桓武天
皇(くわんむてんわう)(クハンムてんわう)ことに執(しつ)しおぼしめし【思し召し】、大臣(だいじん)公卿(くぎやう)諸道(しよだう)の
P05014
才人等(さいじんら)に仰(おほせ)あはせ【合はせ】、長久(ちやうきう)なるべき様(やう)とて、土(つち)
にて八尺(はつしやく)の人形(にんぎやう)をつくり、くろがね【鉄】の鎧(よろひ)(ヨロイ)甲(かぶと)をきせ【着せ】、お
なじうくろがね【鉄】の弓矢(ゆみや)をもたせて、東山[B ノ](ひがしやまの)嶺(みね)に、
西(にし)むきにたててうづま【埋ま】れけり。「末代(まつだい)に此(この)都(みやこ)を
他国(たこく)へうつす事(こと)あらば、守護神(しゆごじん)となるべし」と
ぞ、御約束(おんやくそく)あり【有り】ける。されば天下(てんが)に事(こと)いでこ【出で来】んと
ては、この塚(つか)必(かなら)ず鳴動(めいどう)す。将軍(しやうぐん)が塚(つか)とて今(いま)に
あり【有り】。桓武天皇(くわんむてんわう)(クハンムてんわう)と申(まうす)は、平家(へいけ)の曩祖(なうそ)にておはし
ます。なかにもこの【此の】京(きやう)をば平安城(へいあんじやう)と名(な)づけて、
P05015
たいらか(たひらか)【平か】にやすきみやことかけり。尤(もつとも)平家(へいけ)のあ
がむべきみやこなり。先祖(せんぞ)の御門(みかど)のさしも執(しつ)し
おぼしめさ【思し召さ】れたる都(みやこ)を、させるゆへ(ゆゑ)【故】なく、他国(たこく)他
所(たしよ)へうつさるるこそあさましけれ。嵯峨(さが)の皇
帝(くわうてい)の御時(おんとき)、平城(へいぜい)の先帝(せんてい)、内侍(ないし)のかみのすすめ【勧め】
によ(ッ)て、世(よ)をみだり給(たま)ひし時(とき)、すでにこの京(きやう)を
他国(たこく)へうつさんとせさせ給(たま)ひしを、大臣(だいじん)公卿(くぎやう)、諸
国(しよこく)の人民(じんみん)そむき申(まうし)しかば、うつされずしてや
みにき。一天(いつてん)の君(きみ)、万乗(ばんじよう)のあるじ【主】だにもうつし【遷し】
P05016
え【得】給(たま)はぬ都(みやこ)を、入道(にふだう)相国(しやうこく)、人臣[* 「人身」と有るのを他本により訂正](じんしん)の身(み)としてうつ
されけるぞおそろしき【恐ろしき】。旧都(きうと)はあはれめでた
かりつる都(みやこ)ぞかし。王城(わうじやう)守護(しゆご)の鎮守(ちんじゆ)は四方(よも)
に光(ひかり)をやはらげ、霊験(れいげん)殊勝(しゆしよう)(シユセウ)の寺々(てらでら)は、上下(じやうげ)に
甍(いらか)をならべ給(たま)ひ、百姓(ひやくしやう)万民(ばんみん)わづらひ【煩ひ】なく、五畿(ごき)
七道(しちだう)もたよりあり【有り】。されども、今(いま)は辻々(つぢつぢ)をみな堀(ほり)
き(ッ)て、車(くるま)な(ン)ど(なんど)のたやすうゆき【行き】かふ事(こと)もなし。
たまさかにゆく人(ひと)もこ【小】車(ぐるま)にのり、路(みち)をへ【経】てこそ
とをり(とほり)【通り】けれ。軒(のき)をあらそひし人(ひと)のすまひ【住ひ】、
P05017
日(ひ)をへ【経】つつあれゆく。家々(いへいへ)は賀茂河(かもがは)・桂河(かつらがは)に
こぼちいれ【入れ】、筏(いかだ)にくみうかべ【浮べ】、資財(しざい)雑具(ざふぐ)(ザウグ)舟(ふね)につみ、
福原(ふくはら)へとてはこび下(くだ)す。ただなりに花(はな)の都(みやこ)
ゐ中(なか)になるこそかなしけれ。なにもの【何者】のしわ
ざにやあり【有り】けん、ふるき都(みやこ)の内裏(だいり)の柱(はしら)に、二首(にしゆ)の
歌(うた)をぞかい【書い】たりける。
ももとせを四(よ)かへり【返り】までにすぎき【過来】にし
乙城(をたぎ)のさと【理】のあれ【荒れ】やはてなん W030
さき【咲き】いづる【出づる】花(はな)の都(みやこ)をふりすてて
P05018
風(かぜ)ふく原(はら)のすゑ【末】ぞあやうき(あやふき)【危ふき】 W031
同(おなじき)六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、新都(しんと)の事(こと)はじめあるべしとて、上卿(しやうけい)
には徳大寺[B ノ](とくだいじの)左大将(さだいしやう)実定(しつてい)の卿(きやう)、土御門(つちみかど)の宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)
通信【*通親】(とうしん)(ミチノブ)の卿(きやう)、奉行(ぶぎやう)の弁(べん)には蔵人[B ノ](くらんどの)左少弁(させうべん)行隆(ゆきたか)、官
人共(くわんにんども)めし【召し】具(ぐ)して、和[B 田](わだ)の松原(まつばら)の西(にし)の野(の)を点(てん)じて、
九城(きうじやう)の地(ち)をわら【割ら】れけるに、一条(いちでう)よりしも【下】五条(ごでう)ま
では其(その)所(ところ)あ(ッ)て、五条(ごでう)よりしも【下】はなかりけり。行事
官(ぎやうじくわん)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよしを奏聞(そうもん)す。さらば播磨(はりま)のい
なみ野(の)【印南野】か、なを(なほ)【猶】摂津国(つのくに)の児屋野(こやの)かな(ン)ど(なんど)いふ公卿(くぎやう)僉
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議(せんぎ)あり【有り】しかども、事(こと)ゆくべしとも見(み)えざりけり。
旧都(きうと)をばすでにうかれぬ、新都(しんと)はいまだ事(こと)
ゆかず。あり【有り】としある人(ひと)は、身(み)をうき雲(ぐも)【浮雲】のおもひ【思ひ】を
なす。もとこのところ【所】にすむ物(もの)は、地(ち)をうしな(ッ)【失つ】てう
れへ、いまうつる人々(ひとびと)は土木(とぼく)のわづらひ【煩ひ】をなげき
あへり。すべてただ夢(ゆめ)のやうなりし事(こと)どもなり。
土御門(つちみかどの)宰相(さいしやうの)中将(ちゆうじやう)通信【*通親】卿(とうしんのきやう)(ミチノブノきやう)申(まう)されけるは、異国(いこく)には、
三条(さんでう)の広路(くわうろ)(クハウロ)をひらい【開い】て十二(じふに)の洞門(とうもん)をたつと
見(み)えたり。いはんや五条(ごでう)まであらん都(みやこ)に、などか
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内裏(だいり)をたてざるべき。かつがつさと内裏(だいり)[* 「さう内裏」と有るのを他本により訂正]【里内裏】つくるべき
よし議定(ぎぢやう)あ(ッ)て、五条(ごでうの)大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)、臨時(りんじ)に周防
国(すはうのくに)を給(たまは)(ッ)て、造進(ざうしん)せられるべきよし、入道(にふだう)相国(しやうこく)はからひ
申(まう)されけり。この国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)は大福長者(だいふくちやうじや)にておはすれ
ば、つくりいだされん事(こと)、左右(さう)に及(およ)ばねども、いかが
国(くに)の費(つい)へ(つひえ)、民(たみ)のわづらひ【煩ひ】なかるべき。まこと【誠】にさしあ
た(ッ)たる大事(だいじ)、大嘗会(だいじやうゑ)な(ン)ど(なんど)のおこなはるべきをさし【差し】
をい(おい)【置い】て、かかる世(よ)のみだれに遷都(せんと)造内裏(ざうだいり)、すこし【少し】も
相応(さうおう)(サウヲウ)せず。「いにしへのかしこき御代(みよ)には、すなはち内
P05021
裏(だいり)に茨(かや)をふき、軒(のき)をだにもととのへず。煙(けぶり)のとも
しき【乏しき】を見(み)給(たま)ふ時(とき)は、かぎりある御(み)つぎ物(もの)をもゆ
るさ【免さ】れき。これすなはち民(たみ)をめぐみ【恵み】、国(くに)をたすけ【助け】
給(たま)ふによ(ッ)てなり。楚(そ)帝花(ていくわ)【*章華(しやうくわ)】の台(うてな)をたてて、黎民(れいみん)あ
らけ【索げ】、秦(しん)阿房(あばう)の殿(てん)をおこし【起こし】て、天下(てんが)みだるといへり。
茅茨(ばうし)きらず、采椽(さいてん)けづらず、周車(しうしや)かざらず、衣
服(いふく)あや【文】なかりける世(よ)もあり【有り】けん物(もの)を。されば唐(たう)
の大宗(たいそう)は、離山宮【*驪山宮】(りさんきゆう)をつく(ッ)て、民(たみ)の費(つひえ)(ツイヘ)をやはばから
せ給(たまひ)けん、遂(つひ)(ツイ)に臨幸(りんかう)なくして、瓦(かはら)に松(まつ)をひ(おひ)【生ひ】、墻(かき)に
P05022
蔦(つた)しげ(ッ)て止(やみ)にけるには相違(さうい)かな」とぞ人(ひと)申(まうし)ける。
『月見(つきみ)』S0502
○六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、新都(しんと)の事(こと)はじめ、八月(はちぐわつ)十日(とをか)上棟(しやうとう)、十一
月(じふいちぐわつ)十三日(じふさんにち)遷幸(せんかう)とさだめ【定め】らる。ふるき都(みやこ)はあれ【荒れ】ゆ
けば、いまの都(みやこ)は繁昌(はんじやう)す。あさましかりける夏(なつ)
もすぎ、秋(あき)にも已(すで)になりにけり。やうやう秋(あき)もなか
ばになりゆけば、福原(ふくはら)の新都(しんと)にまします人々(ひとびと)、
名所(めいしよ)の月(つき)をみんとて、或(あるい)は源氏(げんじ)の大将(だいしやう)の昔(むかし)の
跡(あと)をしのび【忍び】つつ須ま【*須磨】(すま)より明石(あかし)の浦(うら)づたひ【浦伝ひ】、淡路(あはぢ)の
せとををし(おし)【押し】わたり、絵島(ゑしま)が磯(いそ)の月(つき)をみる【見る】。或(あるい)は
P05023
しらら【白良】・吹上(ふきあげ)・和歌(わか)の浦(うら)、住吉(すみよし)・難波(なには)・高砂(たかさご)・尾上(をのへ)の月(つき)
のあけぼのをながめてかへる人(ひと)もあり【有り】。旧都(きうと)にの
こる人々(ひとびと)は、伏見(ふしみ)・広沢(ひろさは)の月(つき)を見(み)る。其(その)なかにも
徳大寺(とくだいじ)の左大将(さだいしやう)実定(しつてい)の卿(きやう)は、ふるき都(みやこ)の月(つき)を
恋(こひ)て、八月(はちぐわつ)十日(とをか)あまりに、福原(ふくはら)よりぞのぼり【上り】給(たま)ふ。
何事(なにごと)も皆(みな)かはりはてて、まれにのこる家(いへ)は、門前(もんぜん)
草(くさ)ふかくして庭上(ていしやう)露(つゆ)しげし。蓬(よもぎ)が杣(そま)、浅茅(あさぢ)が
原(はら)、鳥(とり)のふしど【臥所】とあれ【荒れ】はてて、虫(むし)の声々(こゑごゑ)うらみ【恨み】つつ、
黄菊(くわうきく)(クハウキク)紫蘭(しらん)の野辺(のべ)とぞなりにける。故郷(こきやう)の
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名残(なごり)とては、近衛河原(こんゑかはら)(コんヘかはら)の大宮(おほみや)ばかりぞましまし
ける。大将(だいしやう)その御所(ごしよ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、まづ随身(ずいじん)に惣門(そうもん)を
たたかせらるるに、うちより女(をんな)の声(こゑ)して、「た【誰】そや、
蓬生(よもぎふ)(ヨモギウ)の露(つゆ)うちはらう人(ひと)もなき所(ところ)に」ととがむ
れば、「福原(ふくはら)より大将殿(だいしやうどの)の御(おん)まいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)」と申(まうす)。「惣門(そうもん)は
じやう(ぢやう)【錠】のさされてさぶらふぞ。東面(ひがしおもて)の小門(こもん)よりいら【入ら】
せ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、大将(だいしやう)さらばとて、東(ひがし)の門(もん)より
まいら(まゐら)【参ら】れけり。大宮(おほみや)は御(おん)つれづれに、昔(むかし)をやおぼし
めし【思召し】いで【出で】させ給(たま)ひけん。南面(みなみおもて)の御格子(みかうし)あげさせて、
P05025
御琵琶(おんびは)あそばさ【遊ばさ】れけるところに、大将(だいしやう)まいら(まゐら)【参ら】れ
たりければ、「いかに、夢(ゆめ)かやうつつ【現】か、これへこれへ」とぞ
仰(おほせ)ける。源氏(げんじ)の宇治(うぢ)の巻(まき)には、うばそくの宮(みや)
の御(おん)むすめ、秋(あき)のなごり【名残】をおしみ(をしみ)【惜しみ】、琵琶(びは)をしらべ【調べ】
て夜(よ)もすがら心(こころ)をすまし【澄まし】給(たま)ひしに、在明(ありあけ)の月(つき)
のいで【出で】けるを、猶(なほ)たえ(たへ)【堪へ】ずやおぼしけん、撥(ばち)にてま
ねき給(たま)ひけんも、いまこそおもひ【思ひ】しられけれ。待(まつ)
よひ【待宵】の小侍従(こじじゆう)といふ女房(にようばう)も、此(この)御所(ごしよ)にぞ候(さぶらひ)ける。
この女房(にようばう)を待(まつ)よひと申(まうし)ける事(こと)は、或(ある)時(とき)御所(ごしよ)
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にて「まつよひ、かへる【帰る】あした、いづれかあはれ【哀】はまさ
れる」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、
待(まつ)よひのふけ【更け】ゆく鐘(かね)の声(こゑ)きけば
かへるあしたの鳥(とり)はものかは W032
とよみ【詠み】たりけるによ(ッ)てこそ待(まつ)よひとはめさ【召さ】れけ
れ。大将(だいしやう)かの女房(にようばう)よび【呼び】いだし、昔(むかし)いまの物(もの)がたり【物語】
して、さ夜(よ)もやうやうふけ行(ゆけ)ば、ふるきみやこの
あれ【荒れ】ゆくを、いまやう【今様】にこそうたはれけれ。ふる
き都(みやこ)をき【来】てみれ【見れ】ばあさぢ【浅茅】が原(はら)とぞあれ【荒れ】にける
P05027
月(つき)の光(ひかり)はくまなくて秋風(あきかぜ)のみぞ身(み)にはしむ K037 Iと、三
反(さんべん)うたひ【歌ひ】すまされければ、大宮(おほみや)をはじめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
御所(ごしよ)中(ぢゆう)の女房(にようばう)たち【達】、みな袖(そで)をぞぬらさ【濡らさ】れける。去(さる)
程(ほど)に夜(よ)もあけ【明け】ければ、大将(だいしやう)いとま申(まうし)て、福原(ふくはら)へこそ
かへら【帰ら】れけれ。御(おん)ともに候(さうらふ)蔵人(くらんど)をめし【召し】て、「侍従(じじゆう)
があまりなごりおしげ(をしげ)【惜し気】におもひ【思ひ】たるに、なんぢかへ(ッ)【帰つ】
てなにともいひ【言ひ】てこよ」と仰(おほ)せければ、蔵人(くらんど)
はしり【走り】かへ(ッ)【帰つ】て、「「畏(かしこま)り申(まう)せ」と候(さうらふ)」とて、
物(もの)かはと君(きみ)がいひけん鳥(とり)のねの
P05028
けさ【今朝】しもなどかかなしかる【悲しかる】覧(らん) W033
女房(にようばう)涙(なみだ)ををさへ(おさへ)【抑へ】て、
また【待た】ばこそふけゆく鐘(かね)も物(もの)ならめ
あかぬわかれの鳥(とり)の音(ね)ぞうき W034
蔵人(くらんど)かへりまい(ッ)(まゐつ)【参つ】てこのよし申(まうし)たりければ、「され
ばこそなんぢをばつかはし【遣し】つれ」とて、大将(だいしやう)大(おほき)
に感(かん)ぜられけり。それよりしてこそ物(もの)かはの蔵
『物怪(もつけ)之(の)沙汰(さた)』S0503
人(くらんど)とはいはれけれ。○福原(ふくはら)へ都(みやこ)をうつされて後(のち)、
平家(へいけ)の人々(ひとびと)夢見(ゆめみ)もあしう【悪しう】、つねは心(こころ)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】
P05029
のみして、変化(へんげ)の物(もの)どもおほかり【多かり】けり。ある【或】夜(よ)入
道(にふだう)のふし【臥し】給(たま)へるところ【所】に、ひとま【一間】にはばかる程(ほど)
の物(もの)の面(おもて)いできて、のぞきたてまつる【奉る】。入道(にふだう)相国(しやうこく)
ち(ッ)ともさはが(さわが)【騒が】ず、ちやうどにらまへ【睨まへ】ておはし【在し】ければ、
ただぎえ【唯消え】にきえうせぬ。岡(をか)の御所(ごしよ)と申(まうす)はあ
たらしうつくら【造ら】れたれば、しかる【然る】べき大木(たいぼく)もな
かりけるに、ある【或】夜(よ)おほ木(ぎ)のたふるる【倒るる】音(おと)して、
人(ひと)ならば二三十人(にさんじふにん)が声(こゑ)して、ど(ッ)とわらふ【笑ふ】こと
あり【有り】けり。これはいかさまにも天狗(てんぐ)の所為(しよい)といふ
P05030
沙汰(さた)にて、ひきめ【蟇目】の当番(たうばん)となづけ【名付け】て、よる百人(ひやくにん)
ひる五十人(ごじふにん)の番衆(ばんしゆ)をそろへて、ひきめをゐ(い)【射】
させらるるに、天狗(てんぐ)のあるかた【方】へむい【向い】てゐ(い)【射】たる時(とき)は
音(おと)もせず。ない方(かた)へむい【向い】てゐ(い)【射】たるとおぼしき時(とき)は、
どつとわらひ【笑ひ】な(ン)ど(なんど)しけり。又(また)あるあした【朝】、入道(にふだう)相
国(しやうこく)帳台(ちやうだい)よりいで【出で】て、つま戸(ど)【妻戸】ををし(おし)【押し】ひらき、坪(つぼ)の
うちを見(み)給(たま)へば、死人(しにん)のしやれかうべ【骸骨】どもが、いく
らといふかず【数】もしら【知ら】ず庭(には)にみちみちて、うへ【上】になり
した【下】になり、ころびあひころびのき、はし【端】なるは
P05031
なか【中】へまろびいり中(なか)なるははし【端】へいづ。おびたたしう【夥しう】
からめきあひければ、入道(にふだう)相国(しやうこく)「人(ひと)やある、人(ひと)や
ある」とめさ【召さ】れけれども、おりふし(をりふし)【折節】人(ひと)もまいら(まゐら)【参ら】ず。
かくしておほくのどくろ【髑髏】どもがひとつ【一つ】にかた
まりあひ、つぼ【坪】のうちにはばかるほど【程】にな(ッ)て、たか
さは十四五(じふしご)丈(ぢやう)もあるらんとおぼゆる【覚ゆる】山(やま)のごとくに
なりにけり。かのひとつ【一つ】の大(おほ)がしら【頭】に、いき【生き】たる人(ひと)
のまなこの様(やう)に大(だい)のまなこどもが千万(せんまん)いで
きて、入道(にふだう)相国(しやうこく)をちやうどにらまへ【睨まへ】て、まだた
P05032
き【瞬き】もせず。入道(にふだう)すこし【少し】もさはが(さわが)【騒が】ず、はたとにら
まへ【睨まへ】てしばらくたた【立た】れたり。かの大(おほ)がしら余(あまり)に
つよくにらまれたてまつり霜露(しもつゆ)な(ン)ど(なんど)の日(ひ)に
あた(ッ)てきゆる【消ゆる】やうに、跡(あと)かた【跡形】もなくなりにけり。
其(その)外(ほか)に、一(いち)の厩(みまや)にたててとねり【舎人】あまたつけられ、
あさゆふ【朝夕】ひまなくなで【撫で】かは【飼は】れける馬(むま)の尾(を)に、
一夜(いちや)のうちにねずみ【鼠】巣(す)をくひ、子(こ)をぞうん【産ん】だ
りける。「これただ事(こと)にあらず」とて、七人(しちにん)の陰陽
師(おんやうじ)(ヲンヤウジ)にうらなは【占は】せられければ、「おもき【重き】御(おん)つつしみ」と
P05033
ぞ申(まうし)ける。この御馬(おんむま)は、相模[B ノ]国(さがみのくに)の住人(ぢゆうにん)大庭(おほばの)(ヲウバノ)三郎(さぶらう)
景親(かげちか)が、東(とう)八ケ国一(はつかこくいち)の馬(むま)とて、入道(にふだう)相国(しやうこく)にまいら
せ(まゐらせ)【参らせ】たり。くろき馬(むま)の額(ひたひ)しろかり【白かり】けり。名(な)をば望
月(もちづき)とぞつけられたる。陰陽頭(おんやうのかみ)(インヤウノカミ)安陪【*安倍】(あべ)の泰親(やすちか)給(たま)はり
けり。昔(むかし)天智天皇(てんちてんわう)の御時(おんとき)、竜【*寮】(れう)の御馬(おんむま)の尾(を)に
一夜(いちや)の中(うち)に鼠(ねずみ)す【巣】をくひ、子(こ)をうん【産ん】だりけるには、
異国(いこく)の凶賊(きようぞく)(ケウゾク)蜂起(ほうき)したりけるとぞ、日本記(につぽんぎ)には
みえ【見え】たる。又(また)、源(げん)中納言(ぢゆうなごん)雅頼卿(まさよりのきやう)のもとに候(さうらひ)ける青
侍(せいし)が見(み)たりけるゆめ【夢】も、おそろしかり【恐ろしかり】けり。たとへば、
P05034
大内(おほうち)の神祇官(じんぎくわん)(じんぎクハン)とおぼしきところ【所】に、束帯(そくたい)ただ
しき上臈(じやうらふ)(じやうラウ)たちあまたおはして、儀定【*議定】(ぎぢやう)の様(やう)なる
事(こと)のあり【有り】しに、末座(ばつざ)なる人(ひと)の、平家(へいけ)のかたう
ど【方人】するとおぼしきを、その中(なか)よりお(ッ)【追つ】たて【立て】らる。
かの青侍(せいし)夢(ゆめ)の心(こころ)に、「あれはいかなる上臈(じやうらふ)にて
ましますやらん」と、ある【或】老翁(らうおう)(ラウヲウ)にとひ【問ひ】たてま
つれ【奉れ】ば、「厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)」とこたへ給(たま)ふ。其(その)後(のち)座
上(ざしやう)にけだかげなる宿老(しゆくらう)の在(まし)ましけるが、「この
日来(ひごろ)平家(へいけ)のあづかり【預り】たりつる節斗(せつと)をば、
P05035
今(いま)は伊豆国(いづのくに)の流人(るにん)頼朝(よりとも)にたば【賜ば】うずる也(なり)」と仰(おほせ)
られければ、其(その)御(おん)そばに猶(なほ)宿老(しゆくらう)の在(まし)ましける
が、「其(その)後(のち)はわが孫(まご)にもたび【賜び】候(さうら)へ」と仰(おほせ)らるるといふ
夢(ゆめ)を見(み)て、是(これ)を次第(しだい)にとひたてまつる【奉る】。「節斗(せつと)
を頼朝(よりとも)にたばうとおほせられつるは八幡大菩
薩(はちまんだいぼさつ)、其(その)後(のち)はわが孫(まご)にもたび候(さうら)へと仰(おほせ)られつるは
春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)、かう申(まうす)老翁(らうおう)は武内(たけうち)の大明神(だいみやうじん)」と
仰(おほせ)らるるといふ夢(ゆめ)を見(み)て、これを人(ひと)にかたる
程(ほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)もれ【漏れ】きい【聞い】て、源(げん)大夫判官(だいふはんぐわん)秀貞(ひでさだ)【*季貞(すゑさだ)】
P05036
をも(ッ)て雅頼卿(がらいのきやう)のもとへ、「夢(ゆめ)O[BH 見(み)]の青侍(せいし)、いそぎ【急ぎ】是(これ)
へたべ」と、の給(たま)ひつかはさ【遣さ】れたりければ、かの夢(ゆめ)見(み)
たる青侍(せいし)やがて逐電(ちくてん)してんげり。雅頼卿(がらいのきやう)い
そぎ入道(にふだう)相国(しやうこく)のもとへゆき【行き】むか(ッ)て、「ま(ッ)たくさる
こと候(さうら)はず」と陳(ちん)じ申(まう)されければ、其(その)後(のち)さた【沙汰】もな
かりけり。それにふしぎなりし事(こと)には、清盛公(きよもりこう)
いまだ安芸守(あきのかみ)たりし時(とき)、じんばい【神拝】のつゐで(ついで)に、れい
む【霊夢】をかうぶ(ッ)て、厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)よりうつつに
たまはれたりし、銀(しろかね)のひるまきしたる小長刀(こなぎなた)、
P05037
つねの枕(まくら)をはなたず、たてられたりしが、ある夜(よ)
俄(にはか)にうせにけるこそふしぎなれ。平家(へいけ)日(ひ)ごろ
は朝家(てうか)の御(おん)かためにて、天下(てんが)を守護(しゆご)せしかども、
今(いま)は勅命(ちよくめい)にそむけば、節斗(せつと)をもめし【召し】かへ
さ【返さ】るるにや、心(こころ)ぼそうぞきこえ【聞え】し。なかにも高
野(かうや)におはしける宰相(さいしやう)入道(にふだう)成頼(せいらい)、か様(やう)【斯様】の事(こと)共(ども)
をつたへきい【聞い】て、「すは平家(へいけ)の代(よ)はやうやう末(すゑ)に
なりぬるは。いつくしまの大明神(だいみやうじん)の平家(へいけ)のかた
うど【方人】をし給(たま)ひけるといふは、そのいはれあり【有り】。但(ただし)
P05038
それは沙羯羅竜王(しやかつらりゆうわう)(シヤカツラリウわう)の第三(だいさん)の姫宮(ひめみや)なれば、女神(によしん)
とこそうけ給(たま)はれ【承れ】。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の、せつと【節斗】を頼朝(よりとも)
にたば【賜ば】うど仰(おほせ)られけるはことはり(ことわり)【理】也(なり)。春日(かすがの)大明神(だいみやうじん)
の、其(その)後(のち)はわが孫(まご)にもたび候(さうら)へと仰(おほせ)られけるこそ
心(こころ)えね。それも平家(へいけ)ほろび、源氏(げんじ)の世(よ)つきなん
後(のち)、大織冠(たいしよくわん)(タイシヨクハン)の御末(おんすゑ)、執柄家(しつぺいけ)の君達(きんだち)の天下(てんが)の将
軍(しやうぐん)になり給(たま)ふべき歟(か)」な(ン)ど(なんど)ぞの給(たま)ひける。又(また)或(ある)
僧(そう)のおりふし(をりふし)【折節】来(き)たりけるが申(まうし)けるは、「夫(それ)神明(しんめい)は
和光垂跡(わくわうすいしやく)の方便(はうべん)まちまちにましませば、或(ある)時(とき)は
P05039
俗体(ぞくたい)とも現(げん)じ、或(ある)時(とき)は女神(によしん)ともなり給(たま)ふ。誠(まこと)に
厳島(いつくしま)の大明神(だいみやうじん)は、女神(によしん)とは申(まうし)ながら、三明(さんみやう)六通(ろくつう)
の霊神(れいしん)にてましませば、俗体(ぞくたい)に現(げん)じ給(たま)はんも
かたかるべきにあらず」とぞ申(まうし)ける。うき世(よ)をいとひ
実(まこと)の道(みち)に入(いり)ぬれば、ひとへに後世(ごせ)菩提(ぼだい)の外(ほか)は
世(よ)のいとなみあるまじき事(こと)なれども、善政(ぜんせい)を
きい【聞い】ては感(かん)じ、愁(うれへ)をきい【聞い】てはなげく【歎く】、これみな人
『早馬(はやむま)』S0504
間(にんげん)の習(ならひ)なり。○同(おなじき)九月(くぐわつ)二日(ふつかのひ)、相模国(さがみのくに)の住人(ぢゆうにん)大庭(おほばの)(ヲホバノ)三
郎(さぶらう)景親(かげちか)、福原(ふくはら)へ早馬(はやむま)をも(ッ)て申(まうし)けるは、「去(さんぬる)八月(はちぐわつ)
P05040
十七日(じふしちにち)、伊豆国(いづのくにの)流人(るにん)右兵衛佐(うひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、しうと【舅】北条(ほうでうの)
四郎(しらう)時政(ときまさ)をつかはして、伊豆(いづ)の目代(もくだい)、和泉[B ノ]判官(いづみのはんぐわん)
兼高【*兼隆】(かねたか)をやまき【山木】が館(たち)で夜(よ)うち【夜討】にうち候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)
土肥(とひ)(トイ)・土屋(つちや)・岡崎(をかざき)をはじめとして三百(さんびやく)余騎(よき)、石
橋山(いしばしやま)に立籠(たてごもつ)て候(さうらふ)ところ【所】に、景親(かげちか)御方(みかた)に心(こころ)ざし
を存(ぞん)ずるものども一千(いつせん)余騎(よき)を引率(いんぞつ)して、
をし(おし)【押し】よせ【寄せ】せめ【攻め】候(さうらふ)程(ほど)に、兵衛佐(ひやうゑのすけ)七八騎(しちはつき)にうちなさ
れ、おほ童(わらは)にたたかひ【戦ひ】な(ッ)て、土肥(とひ)(トイ)の椙山(すぎやま)へにげこ
もり【逃籠り】候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)畠山(はたけやま)五百(ごひやく)余騎(よき)で御方(みかた)を
P05041
つかまつる。三浦[B ノ]大介(みうらのおほすけ)義明(よしあきら)が子共(こども)、三百(さんびやく)余騎(よき)で
源氏方(げんじがた)をして、湯井【*由井】(ゆゐ)・小坪(こつぼ)の浦(うら)でたたかふ【戦ふ】に、
畠山(はたけやま)いくさ【軍】にまけて武蔵国(むさしのくに)へひき【引き】しりぞく。
その後(のち)畠山(はたけやま)が一族(いちぞく)、河越(かはごえ)(カハゴヘ)・稲毛(いなげ)・小山田(をやまだ)・江戸(えど)・笠井【*葛西】(かさい)、
惣(そう)じて其(その)外(ほか)七党(ななたう)の兵(つはもの)ども三千(さんぜん)余騎(よき)をあひ
ぐし【具し】て、三浦(みうら)衣笠(きぬがさ)の城(じやう)にをし(おし)【押し】よせてせめ【攻め】たた
かふ。大介(おおすけ)義明(よしあきら)うた【討た】れ候(さうらひ)ぬ。子共(こども)は、くり浜(はま)【久里浜】の浦(うら)より
舟(ふね)にのり、安房(あは)・上総(かづさ)へわたり候(さうらひ)ぬ」とこそ申(まうし)たれ。
[BH 是ヨリ朝敵揃ト云本モアリ]
平家(へいけ)の人々(ひとびと)都(みやこ)うつりもはやけう(きよう)【興】さめぬ。わかき
P05042
公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)は、「あはれ、とく【疾く】事(こと)のいでこよ【出来よ】かし。
打手(うつて)にむかは【向は】う」な(ン)ど(なんど)いふぞはかなき。畠山(はたけやま)の庄司(しやうじ)
重能(しげよし)、小山田(をやまだ)の別当(べつたう)有重(ありしげ)、宇都宮左衛門(うつのみやのさゑもん)朝
綱(ともつな)、大番役(おほばんやく)にて、おりふし(をりふし)【折節】在京(ざいきやう)したりけり。畠山(はたけやま)
申(まうし)けるは、「僻事(ひがこと)にてぞ候(さうらふ)らん。したしう【親しう】な(ッ)て候(さうらふ)
なれば、北条(ほうでう)はしり【知り】候(さうら)はず、自余(じよ)の輩(ともがら)は、よも
朝敵(てうてき)が方人(かたうど)をば仕(つかまつり)候(さうら)はじ。いまきこしめし【聞し召し】なを
さ(なほさ)んずる物(もの)を」と申(まうし)ければ、げにもといふ人(ひと)もあり【有り】。
「いやいや只今(ただいま)天下(てんが)の大事(だいじ)に及(および)なんず」とささや
P05043
く物(もの)もおほかり【多かり】けり。入道(にふだう)相国(しやうこく)、いから【怒ら】れける様(やう)なのめ
ならず。「頼朝(よりとも)をばすでに死罪(しざい)におこなはるべかり
しを、故(こ)池殿(いけどの)のあながちになげきの給(たま)ひしあひ
だ【間】、流罪(るざい)に申(まうし)なだめ【宥め】たり。しかる【然る】に其(その)恩(おん)わすれ【忘れ】
て、当家(たうけ)にむか(ッ)【向つ】て弓(ゆみ)をひくにこそあんなれ。神
明(しんめい)三宝(さんぼう)もいかでかゆるさ【許さ】せ給(たま)ふべき。只今(ただいま)天(てん)のせ
め【責】かうむら【蒙ら】んずる頼朝(よりとも)なり」とぞの給(たま)ひける。
『朝敵揃(てうてきぞろへ)』S0505
○夫(それ)我(わが)朝(てう)に朝敵(てうてき)のはじめを尋(たづぬ)れば、やまといは
れみこと[* 「ひこと」と有るのを他本により訂正]【日本磐余命】の御宇(ぎよう)四年(しねん)、紀州(きしう)なぐさ【名草】の郡(こほり)高
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雄村(たかをのむら)に一(ひとつ)の蜘蛛(ちちゆう)(チチウ)あり【有り】。身(み)みじかく、足手(あして)ながくて、
ちから【力】人(ひと)にすぐれたり。人民(にんみん)をおほく【多く】損害(そんがい)せしかば、
官軍(くわんぐん)(クハングン)発向(はつかう)して、宣旨(せんじ)をよみかけ、葛(かづら)(クズ)の網(あみ)を
むすん【結ん】で、終(つひ)(ツイ)にこれをおほひ【覆ひ】ころす。それよりこ
のかた、野心(やしん)をさしはさんで朝威(てうゐ)(テウイ)をほろぼさ【滅さ】ん
とする輩(ともがら)、大石山丸(おほいしのやままる)、大山王子(おほやまのわうじ)、守屋(もりや)の大臣(だいじん)、山田
石河(やまだのいしかは)、曾我[B ノ](そがの)いるか【入鹿】、大友(おほとも)のまとり【真鳥】、文屋宮田(ふんやのみやだ)、橘逸
成(きついつせい)、ひかみ【氷上】の河次(かはつぐ)、伊与(いよ)の親王(しんわう)、大宰【*太宰】少弐(だざいのせうに)藤原(ふぢはらの)広
嗣(ひろつぐ)、ゑみ【恵美】の押勝(おしかつ)(ヲシカツ)、佐(さ)あら【早良】の太子(たいし)、井上(ゐがみ)(ヰノウヘ)の広公(ひろきん)、藤
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原[B ノ](ふぢはらの)仲成(なかなり)、平[B ノ](たひらの)将門(まさかど)、藤原[B ノ](ふぢはらの)純友(すみとも)、安陪【*安部】(あべの)貞任(さだたふ)(サダタウ)・宗任(むねたふ)、対馬
守(つしまのかみ)(タジマノかみ)源(みなもとの)義親(よしちか)、悪左府(あくさふ)・悪衛門[B ノ]督(あくゑもんのかみ)にいたるまで、すべて
廿(にじふ)余人(よにん)、されども一人(いちにん)として素懐(そくわい)(ソクハイ)をとぐる物(もの)なし。
かばねを山野(さんや)にさらし、かうべを獄門(ごくもん)にかけらる。
この【此の】世(よ)にこそ王位(わうゐ)も無下(むげ)にかるけれ【軽けれ】、昔(むかし)は宣旨(せんじ)を
むか(ッ)【向つ】てよみければ、枯(かれ)たる草木(くさき)も花(はな)さきみ【実】なり、
とぶ鳥(とり)もしたがひ【従ひ】けり。中比(なかごろ)の事(こと)ぞかし。延喜
御門(えんぎのみかど)(ヱンギのみかど)神泉苑(しんぜんゑん)(シンゼンエン)に行幸(ぎやうがう)あ(ッ)て、池(いけ)のみぎはに鷺(さぎ)のゐたりけるを、六位(ろくゐ)をめし【召し】て、「あの鷺(さぎ)と(ッ)てま
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いらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」と仰(おほせ)ければ、いかで【争】かとら【取ら】んとおもひ【思ひ】けれ
ども、綸言(りんげん)なればあゆみ【歩み】むかふ【向ふ】。鷺(さぎ)はねづくろ
ひ【羽繕ひ】してたた【立た】んとす。「宣旨(せんじ)ぞ」と仰(おほ)すれば、ひらん【平ん】
で飛(とび)さらず。これをと(ッ)【取つ】てまいり(まゐり)【参り】たり。「なんぢが
宣旨(せんじ)にしたが(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たるこそ神妙(しんべう)なれ。や
がて五位(ごゐ)になせ」とて、鷺(さぎ)を五位(ごゐ)にぞなされ
ける。「今日(けふ)より後(のち)は鷺(さぎ)のなかの王(わう)たるべし」といふ
札(ふだ)をあそばひ(あそばい)【遊ばい】て、頸(くび)にかけてはなたせ給(たまふ)。ま(ッ)たく
鷺(さぎ)の御(おん)れう【料】にはあらず、只(ただ)王威(わうゐ)(わうイ)の程(ほど)をしろし
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『感陽宮【*咸陽宮】(かんやうきゆう)』S0506
めさ【知ろし召さ】んがためなり。○又(また)先蹤(せんじよう)(センゼウ)を異国(いこく)に尋(たづぬる)に、燕(えん)(ヱン)の太
子丹(たいしたん)といふもの、秦(しんの)始皇(しくわう)(シクハウ)にとらはれて、いまし
めをかうぶる事(こと)十二年(じふにねん)、太子丹(たいしたん)涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て
申(まうし)けるは、「われ本国(ほんごく)に老母(らうぼ)あり。いとまを給(たま)は(ッ)て
かれを見(み)ん」と申(まう)せば、始皇帝(しくわうてい)あざわら(ッ)【笑つ】て、「なん
ぢにいとまをたば【賜ば】ん事(こと)は、馬(むま)に角(つの)おひ【生ひ】、烏(からす)の
頭(かしら)の白(しろ)くならん時(とき)をまつ【待つ】べし」。燕丹(えんたん)(ヱンたん)天(てん)に
あふぎ地(ち)に臥(ふし)て、「願(ねがはく)は、馬(むま)に角(つの)をひ(おひ)【生ひ】、烏(からす)の頭(かしら)しろ
く【白く】なしたべ。故郷(こきやう)にかへ(ッ)【帰つ】て今(いま)一度(いちど)母(はは)をみん」とぞ
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祈(いのり)ける。かの妙音菩薩(めうおんぼさつ)(メウヲンボサツ)は霊山浄土(りやうぜんじやうど)に詣(けい)して、
不孝(ふかう)の輩(ともがら)をいましめ、孔子(こうし)(クジ)・顔回(がんくわい)(ガンクハイ)はしな【支那】震旦(しんだん)に
出(いで)て忠孝(ちゆうかう)(チウカウ)の道(みち)をはじめ給(たま)ふ。冥顕(みやうけん)の三宝(さんぼう)
孝行(かうかう)の心(こころ)ざしをあはれみ給(たま)ふ事(こと)なれば、馬(むま)に
角(つの)をひ(おひ)【生ひ】て宮中(きゆうちゆう)に来(きた)り、烏(からす)の頭(かしら)白(しろ)くな(ッ)て庭
前(ていぜん)の木(き)にすめ【栖め】りけり。始皇帝(しくわうてい)、烏頭(うとう)馬[M の]角(ばかく)
の変(へん)におどろき、綸言(りんげん)かへらざる事(こと)を信(しん)じて、
太子丹(たんしたん)をなだめ【宥め】つつ、本国(ほんごく)へこそかへさ【返さ】れけれ。
始皇(しくわう)(シクハウ)なを(なほ)【猶】くやしみ【悔しみ】て、秦(しん)の国(くに)と燕(えん)(ヱン)の国(くに)のさ
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かひ【境】に楚国(そこく)といふ国(くに)あり【有り】。大(おほき)なる河(かは)ながれたり。
かの河(かは)にわたせ【渡せ】る橋(はし)をば楚国(そこく)の橋(はし)といへり。
始皇(しくわう)官軍(くわんぐん)(クハングン)をつかはし【遣し】て、燕丹(えんたん)(ヱンタン)がわたらん時(とき)、河(かは)
なかの橋(はし)をふまばおつる【落つる】様(やう)にしたためて、燕丹(えんたん)
をわたらせけるに、なじかはおちいら【陥ら】ざるべき。河(かは)
なかへおち【落ち】入(いり)ぬ。されどもち(ッ)とも水(みづ)にもおぼれず、
平地(へいぢ)を行(ゆく)ごとくして、むかへの岸(きし)へつき【付き】にけり。こは
いかにとおもひ【思ひ】てうしろをかへり見(み)ければ、亀(かめ)ども
がいくらといふかずもしら【知ら】ず、水(みづ)の上(うへ)にうかれ【浮かれ】来(き)て、
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こう(かふ)【甲】をならべてぞあゆま【歩ま】せたりける。これも孝行(かうかう)
のこころざしを冥顕(みやうけん)あはれみ給(たま)ふによ(ッ)てなり。太
子丹(たいしたん)うらみ【恨み】をふくん【含ん】で又(また)始皇帝(しくわうてい)にしたがはず。
始皇(しくわう)官軍(くわんぐん)(クハングン)をつかはし【遣し】て燕丹(えんたん)(ヱンタン)をうた【討た】んとし給(たま)ふ
に、燕丹(えんたん)おそれ【恐れ】をののき、荊訶【*荊軻】(けいか)といふ兵(つはもの)をかたらふ(かたらう)て
大臣(だいじん)になす。荊訶【*荊軻】(けいか)又(また)田光先生(てんくわうせんせい)(テンクハウセンセイ)といふ兵(つはもの)をか
たらふ。かの先生(せんせい)申(まうし)けるは、「君(きみ)はこの身(み)がわかう【若う】
さかん【壮】な(ッ)し事(こと)をしろしめさ【知ろし召さ】れてたのみ【頼み】仰(おほせ)らるる
か。騏■(きりん)は千里(せんり)を飛(とべ)ども、老(おい)ぬれば奴馬(どば)にも
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おとれり。いまはいかにもかなひ【適ひ】候(さうらふ)まじ。兵(つはもの)をこそ
かたらふ(かたらう)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】め」とて、かへら【帰ら】んとするところ【所】に、
荊訶【*荊軻】(けいか)「この事(こと)あなかしこ、人(ひと)にひろふ(ひろう)【披露】すな」といふ。
先生(せんせい)(センジヤウ)申(まうし)けるは、「人(ひと)にうたがは【疑は】れぬるにすぎ【過ぎ】たる恥(はぢ)
こそなけれ。此(この)事(こと)もれ【漏れ】ぬる物(もの)ならば、われうた
がはれなんず」とて、門前(もんぜん)なる李(すもも)の木(き)にかしら【頭】を
つき【突き】あて、うちくだいてぞ死(しに)にける。又(また)范予期【*樊於期】(はんよき)
といふ兵(つはもの)あり【有り】。これは、秦(しん)の国(くに)のものなり。始皇(しくわう)の
ためにおや【父】・おぢ(をぢ)【伯叔】・兄弟(きやうだい)をほろぼされて、燕(えん)(ヱン)の国(くに)に
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にげ【逃げ】こもれり。秦皇(しんくわう)四海(しかい)に宣旨(せんじ)をくだい【下い】て、「范
予期【*樊於期】(はんよき)がかうべはね【刎ね】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たらん物(もの)には、五百
斤(ごひやくこん)の金(こがね)をあたへん」とひろう【披露】せらる。荊訶【*荊軻】(けいか)これを
きき、范予期【*樊於期】(はんよき)がもとにゆい【行い】て、「われきく【聞く】。なんぢ
がかうべ五百斤(ごひやくこん)の金(こがね)にほうぜ(はうぜ)【報ぜ】らる。なんぢが首(かうべ)
われにかせ【貸せ】。取(とり)て始皇帝(しくわうてい)にたてまつらん。よろ
こ(ン)で叡覧(えいらん)(ヱイラン)をへ【経】られん時(とき)、つるぎ【剣】をぬき、胸(むね)を
ささんにやすかり【安かり】なん」といひければ、范予期【*樊於期】(はんよき)お
どり(をどり)【躍り】あがり、大(おほ)いき【息】ついて申(まうし)けるは、「われおや・おぢ(をぢ)・
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兄弟(きやうだい)を始皇(しくわう)のためにほろぼされて、よるひる
これ【是】をおもふ【思ふ】に、骨髄(こつずい)にとを(ッ)(とほつ)【徹つ】て忍(しのび)がたし。げにも
始皇帝(しくわうてい)をほろぼすべくは、首(かうべ)をあたへんこと、
塵(ちり)あくたよりも尚(なほ)(ナヲ)やすし」とて、手(て)づから首(かうべ)
を切(きつ)てぞ死(しに)にける。又(また)秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)といふ兵(つはもの)あり【有り】。こ
れも秦(しん)の国(くに)の物(もの)なり。十三(じふさん)の歳(とし)かたき【敵】をう(ッ)【打つ】て、
燕(えん)(ヱン)の国(くに)ににげこもれり。ならびなき兵(つはもの)なり。かれが
嗔(いかつ)てむかふ【向ふ】時(とき)は、大(だい)の男(をとこ)も絶入(せつじゆ)(セツジウ)す。又(また)笑(ゑん)で向(むか)ふ
時(とき)は、みどり子(こ)もいだか【抱か】れけり。これを秦(しん)の都(みやこ)の
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案内者(あんないしや)にかたらう【語らう】て、ぐし【具し】てゆく程(ほど)に、ある片
山(かたやま)のほとりに宿(しゆく)したりける夜(よ)、其(その)辺(ほとり)ちかき里(さと)
に管絃(くわんげん)(クハンゲン)をするをきい【聞い】て、調子(てうし)をもつて本意(ほんい)
の事(こと)をうらなふ【占ふ】に、かたき【敵】の方(かた)は水(みづ)なり、我(わが)方(かた)は
火(ひ)なり。さる程(ほど)に天(てん)もあけ【明け】ぬ。白虹(はつこう)日(ひ)をつらぬひ(つらぬい)【貫い】
てとをら(とほら)【通ら】ず。「我等(われら)が本意(ほんい)とげん事(こと)ありがたし」と
ぞ申(まうし)ける。さりながら帰(かへる)べきにもあらねば、始皇(しくわう)
の都(みやこ)咸陽宮(かんやうきゆう)(カンヤウキウ)にいたりぬ。燕(えん)(ヱン)の指図(さしづ)ならびに
范予期【*樊於期】(はんよき)が首(かうべ)も(ッ)【持つ】てまいり(まゐり)【参り】たるよし奏(そう)しければ、
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臣下(しんか)をも(ッ)てうけ【受け】とら【取ら】んとし給(たま)ふ。「ま(ッ)たく人(ひと)しては
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】じ。直(ぢき)(ジキ)にたてまつら【奉ら】ん」と奏(そう)する間(あひだ)、さらば
とて、節会(せちゑ)の儀(ぎ)をととのへて、燕(えん)(ヱン)の使(つかひ)(ツカイ)をめされ
けり。咸陽宮(かんやうきゆう)(カンヤウキウ)はみやこのめぐり一万八千三百八
十(いちまんぱつせんさんびやくはちじふ)里(り)につもれり。内裏(だいり)をば地(ち)より三里(さんり)たかく築(つき)
あげて、其(その)上(うへ)にたてたり。長生殿(ちやうせいでん)・不老門(ふらうもん)あり【有り】、
金(こがね)をも(ッ)て日(ひ)をつくり、銀(しろかね)をも(ッ)て月(つき)をつくれり。
真珠(しんじゆ)のいさご、瑠璃(るり)の砂(いさご)、金(こがね)の砂(いさご)をしき【敷き】みてり。
四方(しはう)にはたかさ四十丈(しじふぢやう)の鉄(くろがね)の築地(ついぢ)をつき、殿(てん)の
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上(うへ)にも同(おなじ)く鉄(くろがね)の網(あみ)をぞ張(はつ)たりける。これは冥
途(めいど)の使(つかひ)(ツカイ)をいれ【入れ】じとなり。秋(あき)の田(た)のも【面】の鴈(かり)、春(はる)は
こしぢ【越路】へ帰(かへる)も、飛行自在(ひぎやうじざい)のさはり【障】あれば、築地(ついぢ)
には鴈門(がんもん)となづけ【名付け】て、鉄(くろがね)の門(もん)をあけてぞとをし(とほし)【通し】
ける。そのなかにも阿房殿(あばうてん)とて、始皇(しくわう)(シクハウ)のつねは
行幸(ぎやうがう)な(ッ)て、政道(せいたう)おこなはせ給(たま)ふ殿(てん)あり【有り】。たかさは
卅六(さんじふろく)丈(ぢやう)東西(とうざい)へ九町(くちやう)、南北(なんぼく)へ五町(ごちやう)、大床(おほゆか)のしたは
五丈(ごぢやう)のはたほこをたてたるが、猶(なほ)及(およ)ばぬ程(ほど)也(なり)。上(かみ)は
瑠璃(るり)の瓦(かはら)をも(ッ)てふき、したは金銀(きんぎん)にてみがき
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けり。荊訶【*荊軻】(けいか)は燕(えん)(ヱン)の指図(さしづ)をもち、秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)は范予
期【*樊於期】(はんよき)が首(かうべ)をも(ッ)【持つ】て、珠(たま)のきざ橋(はし)【階】をのぼりあがる【上がる】。あま
りに内裏(だいり)のおびたたしき【夥しき】を見(み)て秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶやう)わな
わなとふるひ【震ひ】ければ、臣下(しんか)あやしみて、「巫陽【*舞陽】(ぶやう)謀
反(むほん)の心(こころ)あり【有り】。刑人(けいじん)をば君(きみ)のかたはら【側】にをか(おか)【置か】ず、君子(くんし)
は刑人(けいじん)にちかづか【近付か】ず、刑人(けいじん)にちかづく【近付く】はすなはち死(し)を
かろんずる道(みち)なり」といへり。荊訶【*荊軻】(けいか)たち【立ち】帰(かへ)(ッ)て、「巫陽【*舞陽】(ぶやう)
ま(ッ)たく謀反(むほん)の心(こころ)なし。ただ田舎(ゐなか)のいやしき【卑しき】にのみ
なら(ッ)【習つ】て、皇居(くわうきよ)(クハウキヨ)になれ【馴れ】ざるが故(ゆゑ)に心(こころ)迷惑(めいわく)す」と申(まうし)
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ければ、臣下(しんか)みなしづまりぬ。仍(よつて)王(わう)にちかづき【近付き】たて
まつる【奉る】。燕(えん)(ヱン)の指図(さしづ)ならびに范予期【*樊於期】(はんよき)が首(かうべ)げ(ン)ざん(げんざん)【見参】に
いるる【入るる】ところ【所】に、指図(さしづ)の入(いり)たる櫃(ひつ)のそこ【底】に、氷(こほり)(コヲリ)の様(やう)なる
つるぎの見(み)えければ、始皇帝(しくわうてい)これを見(み)て、や
がてにげ【逃げ】んとしたまふ【給ふ】。荊訶【*荊軻】(けいか)王(わう)の御袖(おんそで)をむずと
ひかへ【控へ】て、つるぎをむね【胸】にさしあてたり。いまは
かうとぞ見(み)えたりける。数万(すまん)の兵(つはもの)庭上(ていしやう)に袖(そで)をつ
らぬ【連ぬ】といへども、すくは【救は】んとするに力(ちから)なし。ただ君(きみ)
逆臣(ぎやくしん)におかさ(をかさ)【犯さ】れ給(たま)はん事(こと)をのみかなしみあへり。
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始皇(しくわう)の給(たま)はく、「われに暫時(ざんじ)のいとまをえ【得】させよ。
わが最愛(さいあい)の后(きさき)の琴(きん)のね【音】を今(いま)一度(いちど)きかん」との
給(たま)へ【宣へ】ば、荊訶【*荊軻】(けいか)しばしをかし【犯し】たてまつらず。始皇(しくわう)(シクハウ)は
三千人(さんぜんにん)のきさきをもち給(たま)へり。其(その)中(なか)に花陽
夫人(くわやうぶにん)(クハヤウブニン)とて、すぐれたる琴(こと)の上手(じやうず)おはしけり。凡(およそ)(ヲヨソ)此(この)
后(きさき)の琴(こと)のね【音】をきい【聞い】ては、武(たけ)きもののふ【武士】のいかれ【怒れ】る
もやはらぎ、飛(とぶ)鳥(とり)もおち【落ち】、草木(くさき)もゆるぐ【揺ぐ】程(ほど)なり。況(いはん)
やいまをかぎりの叡聞(えいぶん)(ヱイブン)にそなへ【供へ】んと、なくなく【泣く泣く】ひき
給(たま)ひけん、さこそはおもしろかりけめ。荊訶【*荊軻】(けいか)も頭(かうべ)を
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うなたれ、耳(みみ)をそばだて、殆(ほとんど)謀臣(ぼうしん)のおもひ【思ひ】もたゆみ【弛み】
にけり。きさき【后】はじめてさらに一曲(いつきよく)を奏(そう)す。「七尺(しつせきの)
屏風(へいふう)はたかく【高く】とも、おどら(をどら)【躍ら】ばなどかこえ【越え】ざらん。一条(いちでう)
の羅(ら)こくはつよくとも、ひか【引か】ばなどかはたえ【絶え】ざらん」
とぞひき【弾き】給(たま)ふ。荊訶【*荊軻】(けいか)はこれをきき【聞き】しら【知ら】ず、始皇(しくわう)
はきき【聞き】知(しり)て、御袖(おんそで)をひ(ッ)【引つ】きり【切り】、七尺(しつせき)の屏風(へいふう)を飛(とび)こ
えて、あかがね【銅】の柱(はしら)のかげににげ【逃げ】かくれ【隠れ】させ給(たま)ひぬ。荊
訶【*荊軻】(けいか)いか(ッ)【怒つ】て、つるぎ【剣】をなげ【投げ】かけたてまつる。おりふし(をりふし)【折節】
御前(ごぜん)に番(ばん)の医師(いし)の候(さうらひ)けるが、薬(くすり)の袋(ふくろ)を荊訶【*荊軻】(けいか)が
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つるぎになげ【投げ】あはせ【合はせ】たり。つるぎ薬(くすり)の袋(ふくろ)をかけ【掛け】
られながら、口(くち)六尺(ろくしやく)の銅(あかがね)の柱(はしら)をなから【半】までこそき(ッ)【切つ】
たりけれ。荊訶【*荊軻】(けいか)又(また)剣(つるぎ)ももたねばつづい【続い】てもなげ
ず。王(わう)たちかへ(ッ)【立ち返つ】てわがつるぎ【剣】をめし【召し】よせて、荊訶【*荊軻】(けいか)を
八(やつ)ざき【八つ裂】にこそし給(たま)ひけれ。秦巫陽【*秦舞陽】(しんぶよう)もうた【討た】れにけり。
官軍(くわんぐん)をつかはし【遣はし】て、燕丹(えんたん)をほろぼさる。蒼天(さうてん)ゆ
るし給(たま)はねば、白虹(はつこう)日(ひ)をつらぬいてとほら【通ら】ず。
秦(しん)の始皇(しくわう)はのがれ【逃れ】て、燕丹(えんたん)つゐに(つひに)【遂に】ほろびにき。
「されば今(いま)の頼朝(よりとも)もさこそはあらんずらめ」と、色代(しきだい)
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『文学【*文覚】(もんがくの)荒行(あらぎやう)』S0507
する人々(ひとびと)もあり【有り】けるとかや。○抑(そもそも)かの頼朝(よりとも)と申(まうす)は、
去(さんぬ)る平治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、ちち【父】左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が謀反(むほん)
によ(ッ)て、年(とし)十四歳(じふしさい)と申(まうし)し永暦(えいりやく)元年(ぐわんねん)三月(さんぐわつ)廿日(はつかのひ)、
伊豆国(いづのくに)蛭島(ひるがしま)へながされて、廿(にじふ)余年(よねん)の春秋(はるあき)ををくり(おくり)【送り】
むかふ【向ふ】。年(とし)ごろもあればこそあり【有り】けめ、ことしいか
なる心(こころ)にて謀反(むほん)をばおこさ【起さ】れけるぞといふに、高
雄(たかを)の文覚上人(もんがくしやうにん)の申(まうし)すすめ【勧め】られたりけるとかや。彼(かの)
文覚(もんがく)と申(まうす)は、もとは渡辺(わたなべ)の遠藤(ゑんどう)佐近将監(さこんのしやうげん)茂
遠(もちとほ)(モチトヲ)が子(こ)、遠藤武者(ゑんどうむしや)盛遠(もりとほ)(モリトヲ)とて、上西門院(しやうさいもんゐん)の衆(しゆ)也(なり)。
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十九(じふく)の歳(とし)道心(だうしん)をこし(おこし)【起こし】出家(しゆつけ)して、修行(しゆぎやう)にいで【出で】んとし
けるが、「修行(しゆぎやう)といふはいかほど【程】の大事(だいじ)やらん、ためい【試い】て
み【見】ん」とて、六月(ろくぐわつ)の日(ひ)の草(くさ)もゆるが【揺が】ずて(ッ)【照つ】たるに、片山(かたやま)
のやぶ【薮】のなかにはいり、あをのけ(あふのけ)【仰ふのけ】にふし、あぶぞ、蚊(か)ぞ、
蜂(はち)蟻(あり)な(ン)ど(なんど)いふ毒虫(どくちゆう)(ドクチウ)どもが身(み)にひしととり【取り】つい【付い】て、
さしくひ【刺食】な(ン)ど(なんど)しけれども、ち(ッ)とも身(み)をもはたら
かさ【働かさ】ず。七日(しちにち)まではおき【起き】あがら【上がら】ず、八日(やうか)といふにおき
あが(ッ)【上がつ】て、「修行(しゆぎやう)といふはこれ程(ほど)の大事(だいじ)か」と人(ひと)にとへ
ば、「それ程(ほど)ならんには、いかでか命(いのち)もいく【生く】べき」といふ
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あひだ、「さてはあんべい【安平】ごさんなれ」とて、修行(しゆぎやう)にぞ
いで【出で】にける。熊野(くまの)へまいり(まゐり)【参り】、那智(なち)ごもり【籠り】せんとしける
が、行(ぎやう)の心(こころ)みに、きこゆる【聞ゆる】滝(たき)にしばらくうた【打た】れて
みんとて、滝(たき)もと【滝下】へぞまいり(まゐり)【参り】ける。比(ころ)は十二月(じふにぐわつ)十日(とをか)
あまりの事(こと)なれば、雪(ゆき)ふり【降り】つもり【積り】つららゐ【凍】て、
谷(たに)の小河(をがは)も音(おと)もせず、嶺(みね)の嵐(あらし)ふき【吹き】こほり【凍り】、滝(たき)の
しら糸(いと)【白糸】垂氷(たるみ)となり、みな白妙(しろたへ)にをし(おし)【押し】なべて、よも
の梢(こずゑ)も見(み)えわかず。しかる【然る】に、文覚(もんがく)滝(たき)つぼ【滝壺】におり【下り】
ひたり、頸(くび)ぎはつか(ッ)て、慈救(じく)の呪(しゆ)をみて【満て】けるが、二三
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日(にさんにち)こそあり【有り】けれ、四五日(しごにち)にもなりければ、こらへ【耐へ】ずし
て文覚(もんがく)うき【浮き】あがりにけり。数千丈(すせんぢやう)みなぎり【漲ぎり】おつる
滝(たき)なれば、なじかはたまるべき。ざ(ッ)とをし(おし)【押し】おとさ【落さ】れ
て、かたな【刀】のは【刃】のごとくに、さしもきびしき【厳しき】岩(いは)かどの
なかを、うき【浮き】ぬしづみぬ五六町(ごろくちやう)こそながれ【流れ】たれ。時(とき)
にうつくしげなる童子(どうじ)一人(いちにん)来(きた)(ッ)て、文覚(もんがく)が左右(さう)の
手(て)をと(ッ)てひき【引き】あげ【上げ】給(たま)ふ。人(ひと)奇特(きどく)のおもひ【思ひ】をなし、
火(ひ)をたき【焚き】あぶりな(ン)ど(なんど)しければ、定業(ぢやうごふ)(ヂヤウゴウ)ならぬ命(いのち)
ではあり【有り】、ほどなくいき【生き】いで【出で】にけり。文覚(もんがく)すこし【少し】人
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心(ひとごこ)ち【人心地】いでき【出で来】て、大(だい)のまなこを見(み)いからかし【怒らかし】、「われ此(この)
滝(たき)に三七日(さんしちにち)うた【打た】れて、慈救(じく)の三洛叉(さんらくしや)をみて【満て】うど
おもふ【思ふ】大願(だいぐわん)あり【有り】。けふはわづかに五日(ごにち)になる。七日(しちにち)だ
にもすぎ【過ぎ】ざるに、なに物(もの)【何者】かここへはと(ッ)【取つ】てきたるぞ」
といひければ、見(み)る人(ひと)身(み)のけ【毛】よだ(ッ)てものいはず。
又(また)滝(たき)つぼ【滝壺】にかへり【帰り】た(ッ)てうた【打た】れけり。第二日(だいににち)といふに、
八人(はちにん)の童子(どうじ)来(きた)(ッ)て、ひき【引き】あげんとし給(たま)へども、さん
ざん【散々】につかみ【掴み】あふ(あう)【合う】てあがら【上がら】ず。三日(さんにち)といふに、文覚(もんがく)つ
ゐに(つひに)【遂に】はかなく【果敢く】なりにけり。滝(たき)つぼ【滝壺】をけがさ【汚さ】じとや、
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みづらゆう【結う】たる天童(てんどう)二人(ににん)、滝(たき)のうへ【上】よりおり【下り】く
だり【下り】、文覚(もんがく)が頂上(ちやうじやう)より手足(てあし)のつまさき【爪先】・たなうら【手裏】に
いたるまで、よにあたたか【暖たか】にかうばしき【香ばしき】御手(おんて)をも(ッ)て、
なで【撫で】くだし給(たま)ふとおぼえければ、夢(ゆめ)の心(ここ)ち【心地】して
いき【生き】いで【出で】ぬ。「抑(そもそも)いかなる人(ひと)にてましませば、かうは
あはれみ給(たま)ふらん」ととひ【問ひ】たてまつる【奉る】。「われはこれ【是】大
聖不動明王(だいしやうふどうみやうわう)の御使(おんつかひ)に、こんがら【矜迦羅】・せいたか【制■迦】といふ二童子(にどうじ)
なり。「文覚(もんがく)無上(むじやう)の願(ぐわん)(グハン)をおこし【起こし】て、勇猛(ゆうみやう)の行(ぎやう)をくは
たつ【企つ】。ゆい【行い】てちから【力】をあはすべし」と明王(みやうわう)の勅(ちよく)によ(ッ)て
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来(きた)れる也(なり)」とこたへ給(たま)ふ。文覚(もんがく)声(こゑ)をいからかし【怒らかし】て、
「さて明王(みやうわう)はいづくに在(まし)ますぞ」。「都率天(とそつてん)に」と
こたへて、雲井(くもゐ)はるかにあがり【上がり】給(たま)ひぬ。たな心(ごころ)を
あはせ【合はせ】てこれを拝(はい)したてまつる【奉る】。「されば、わが行(ぎやう)
をば大聖不動明王(だいしやうふどうみやうわう)までもしろしめさ【知ろし召さ】れたるに
こそ」とたのもしう【頼もしう】おぼえて、猶(なほ)滝(たき)つぼ【滝壺】にかへりた(ッ)
てうた【打た】れけり。まこと【誠】にめでたき瑞相(ずいさう)どもあり【有り】
ければ、吹(ふき)くる風(かぜ)も身(み)にしまず、落(おち)くる水(みづ)も
湯(ゆ)のごとし。かくて三七日(さんしちにち)の大願(だいぐわん)つゐに(つひに)【遂に】とげ【遂げ】にけれ
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ば、那智(なち)に千日(せんにち)こもり、大峯(おほみね)(ヲホミネ)三度(さんど)、葛城(かづらき)二度(にど)、高
野(かうや)・粉河(こかは)・金峯山(きんぶうぜん)(キンブゼン)、白山(はくさん)・立山(たてやま)・富士(ふじ)の嵩(だけ)、伊豆(いづ)、箱
根(はこね)、信乃【*信濃】(しなのの)戸隠(とがくし)、出羽[B ノ](ではの)羽黒(はぐろ)、すべて日本国(につぽんごく)のこる【残る】所(ところ)なく
おこなひまは(ッ)【廻つ】て、さすが尚(なほ)(ナヲ)ふる里(さと)や恋(こひ)しかりけん、
宮(みや)こ【都】へのぼりたりければ、凡(およそ)(ヲヨソ)とぶ鳥(とり)も祈(いのり)おとす【落す】程(ほど)
『勧進張(くわんじんちやう)』S0508
のやいば【刃】の験者(げんじや)とぞきこえ【聞え】し。○後(のち)には高雄(たかを)と
いふ山(やま)の奥(おく)(ヲク)におこなひすまし【澄し】てぞゐたりける。彼(かの)
たかお(たかを)【高雄】に神護寺(じんごじ)といふ山寺(やまでら)あり【有り】。昔(むかし)称徳天皇(しようどくてんわう)(セウドクてんわう)
の御時(おんとき)、和気(わけ)の清丸(きよまる)がたてたりし伽藍(がらん)也(なり)。久(ひさ)しく
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修造(しゆざう)なかりしかば、春(はる)は霞(かすみ)にたちこめられ、秋(あき)は
霧(きり)にまじはり、扉(とびら)は風(かぜ)にたふれ【倒れ】て落葉(らくえふ)の
した【下】にくち【朽ち】、薨(いらか)は雨露(うろ)にをかされて、仏壇(ぶつだん)
さらにあらはなり。住持(ぢゆうぢ)(ヂウジ)の僧(そう)もなければ、まれに
さし【差し】入(いる)物(もの)とては、月日(つきひ)の光(ひかり)ばかりなり。文覚(もんがく)是(これ)を
いかにもして修造(しゆざう)せんといふ大願(だいぐわん)をおこし、勧進
帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をささげて、十方(じつぱう)檀那(だんな)をすすめ【勧め】ありき【歩き】ける程(ほど)
に、或(ある)時(とき)院(ゐんの)御所(ごしよ)法住寺殿(ほふぢゆうじどの)へぞまいり(まゐり)【参り】たりける。御奉
加(ごほうが)あるべき由(よし)奏聞(そうもん)しけれども、御遊(ぎよいう)のおりふし(をりふし)【折節】で
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きこしめし【聞し召し】も入(いれ)られず、文覚(もんがく)は天性(てんぜい)不敵(ふてき)第一(だいいち)の
あらひじり【荒聖】なり、御前(ごぜん)の骨(こつ)ない様(やう)をばしら【知ら】ず、
ただ申入(まうしいれ)ぬぞと心(こころ)えて、是非(ぜひ)なく御坪(おつぼ)のうちへ
やぶりいり【破り入り】、大音声(だいおんじやう)をあげて申(まうし)けるは、「大慈(だいじ)大
悲(だいひ)の君(きみ)にておはします。などかきこしめし【聞し召し】入(いれ)ざるべ
き」とて、勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をひき【引き】ひろげ、たからか【高らか】にこそよ
う【読う】だりけれ。沙弥(しやみ)文覚(もんがく)敬(うやまつて)白(まう)す。殊(こと)に貴賎(きせん)道俗(だうぞく)
助成(じよじやう)を蒙(かうむつ)て、高雄山(たかをさん)の霊地(れいち)に、一院(いちゐん)を建立(こんりふ)(コンリウ)し、
二世(にせ)安楽(あんらく)の大利(だいり)を勤行(ごんぎやう)せんと乞(こふ)勧進(くわんじんの)(クハンジンノ)状(じやう)。夫(それ)以(おもんみれ)(ヲモンミレ)ば、
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真如(しんによ)広大(くわうだい)(クハウだい)なり。生仏(しやうぶつ)の仮名(けみやう)をたつといへども、
法性(ほつしやう)随妄(ずいまう)の雲(くも)あつく覆(おほつ)(ヲホツ)て、十二(じふに)因縁(いんえん)(ヰンエン)の峯(みね)に
たなびいしよりこのかた【以来】、本有心蓮(ほんうしんれん)の月(つき)の光(ひかり)かす
か【幽】にして、いまだ三毒(さんどく)四慢(しまん)の大虚(たいきよ)にあらはれ【現はれ】ず。悲(かなしい)
哉(かなや)、仏日(ぶつにち)早(はや)く没(ぼつ)して、生死(しやうじ)流転(るてん)の衢(ちまた)冥々(みやうみやう)たり。
只(ただ)色(いろ)に耽(ふけ)り、酒(さけ)にふける、誰(たれ)か狂象(きやうざう)重淵(ちようゑん)(チウヱン)【*跳猿(てうゑん)】の迷(まよひ)(マヨイ)を
謝(じや)せん。いたづらに人(ひと)を謗(ばう)じ法(ほふ)を謗(ばう)ず、あに閻羅
獄卒(えんらごくそつ)(ヱンラゴクソツ)の責(せめ)をまぬかれ【免かれ】んや。〔爰(ここ)に文覚(もんがく)たまたま俗塵(ぞくぢん)をうちはら(ッ)【払つ】て〕法衣(ほふえ)(ホウヱ)をかざるといへ共(ども)、
悪行(あくぎやう)猶(なほ)心(こころ)にたくましうして日夜(にちや)に造(つく)り、善苗(ぜんべう)
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又(また)耳(みみ)に逆(さかつ)て朝暮(てうぼ)にすたる。痛(いたましい)哉(かな)、再度(さいど)三途(さんづ)の
火坑(くわきやう)(クハキヤウ)にかへ(ッ)【帰つ】て、ながく四生(ししやう)苦輪(くりん)にめぐらん事(こと)を。
此(この)故(ゆゑ)に無二(むに)の顕章(けんしやう)千万軸(せんまんぢく)、軸々(ぢくぢく)に仏種(ぶつしゆ)の因(いん)を
あかす。随縁(ずいえん)(ズイヱン)至誠(しじやう)の法(ほふ)一(ひとつ)として菩提(ぼだい)の彼岸(ひがん)にいた
らずといふ事(こと)なし。かるがゆへに(かるがゆゑに)、文覚(もんがく)無常(むじやう)の観
門(くわんもん)(クハンモン)に涙(なみだ)をおとし【落し】、上下(じやうげ)の親俗(しんぞく)をすすめて上品蓮台(じやうぼんれんだい)
にあゆみ【歩み】をはこび、等妙覚王(とうめうかくわう)の霊場(れいぢやう)をたてんと也(なり)。
抑(そもそも)高雄(たかを)は、山(やま)うづたかくして鷲峯山(じゆぶうぜん)(ジユホウセン)の梢(こずゑ)を、
表(へう)し、谷(たに)閑(しづか)にして商山洞(しやうざんとう)の苔(こけ)をしけ【敷け】り。巌泉(がんせん)
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咽(むせん)で布(ぬの)をひき【引き】、嶺猿(れいゑん)叫(さけん)で枝(えだ)(ヱダ)にあそぶ。人里(ひとざと)と
をう(とほう)【遠う】して囂塵(けうちん)[* 「器塵(キヂン)」と有るのを他本により訂正]なし。咫尺(しせき)好(ことな)う【事無う】して信心(しんじん)のみ有(あり)。
地形(ちけい)すぐれたり、尤(もつと)も仏天(ぶつてん)をあがむべし。奉加(ほうが)すこ
しきなり、誰(たれ)か助成(じよじやう)(ヂヨジヤウ)せざらん。風(ほのかに)聞(きく)、聚沙為(じゆしやゐ)(ジユシヤイ)仏
塔(ぶつたふ)(ブツタウ)功徳(くどく)、忽(たちまち)に仏因(ぶついん)を感(かん)ず。況哉(いはんや)一紙(いつし)半銭(はんせん)の
宝財(ほうざい)にをひて(おいて)をや。願(ねがはく)は建立(こんりふ)(コンリウ)成就(じやうじゆ)して、金闕(きんけつ)
鳳暦(ほうれき)御願(ごぐわん)(ゴグハン)円満(ゑんまん)、乃至(ないし)都鄙遠近(とひゑんきん)隣民親疎(りんみんしんそ)、尭
舜(げうしゆん)無為(ぶゐ)(ブイ)の化(くわ)(クハ)をうたひ【歌ひ】、椿業(ちんげふ)(チンゲウ)再会(さいくわい)(サイクハイ)の咲(ゑみ)をひらかん。
殊(こと)には、聖霊(しやうりやう)幽儀(いうぎ)(ユウギ)先後(ぜんご)大小(だいせう)、すみやかに一仏(いちぶつ)真
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門(しんもん)の台(うてな)にいたり、必(かならず)三身(さんじん)万徳(まんどく)の月(つき)をもてあそば【翫ば】ん。
仍(よつて)勧進修行(くわんじんしゆぎやう)(クハンジンシユぎやう)の趣(おもむき)(ヲモムキ)、蓋(けだし)以(もつて)如斯(かくのごとし)治承(ぢしよう)三年(さんねん)三月(さんぐわつの)日(ひ)
『文学【*文覚】(もんがく)被流(ながされ)』S0509
文覚(もんがく)とこそよみ【読み】あげたれ。○おりふし(をりふし)【折節】、御前(ごぜん)には太
政(だいじやう)大臣(だいじん)妙音院(めうおんゐん)(メウヲンイン)、琵琶(びは)かき【掻き】ならし【鳴らし】朗詠(らうえい)(ラウヱイ)めでたうせ
させ給(たま)ふ。按察(あぜちの)大納言(だいなごん)資方【*資賢】卿(すけかたのきやう)拍子(ひやうし)と(ッ)て、風俗(ふうぞく)催
馬楽(さいばら)うたはれけり。右馬頭(うまのかみ)資時(すけとき)・四位(しゐの)侍従(じじゆう)盛定(もりさだ)
和琴(わごん)かき【掻き】ならし【鳴らし】、いま様(やう)【今様】とりどりにうたひ【歌ひ】、玉(たま)の簾(すだれ)、
錦(にしき)の帳(ちやう)の中(なか)ざざめきあひ、まこと【誠】に面白(おもしろ)(ヲモシロ)かりけれ
ば、法皇(ほふわう)もつけ歌(うた)【附け歌】せさせおはします。それに文覚(もんがく)
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が大音声(だいおんじやう)いでき【出で来】て、調子(てうし)もたがひ【違ひ】、拍子(ひやうし)もみな
みだれ【乱れ】にけり。「なに物(もの)【何者】ぞ。そくびつけ【突け】」と仰下(おほせくだ)さるる程(ほど)
こそあり【有り】けれ、はやりを【逸男】の若物共(わかものども)、われもわれもと
すすみ【進み】けるなかに、資行(すけゆき)判官(はんぐわん)(ハウグハン)といふものはしり【走り】
いで【出で】て、「何条(なんでふ)事(こと)申(まうす)ぞ。まかり【罷り】いでよ」といひければ、
「高雄(たかを)の神護寺(じんごじ)に庄(しやう)一所(いつしよ)よせ【寄せ】られざらん程(ほど)は、
ま(ッ)たく文覚(もんがく)いづ【出づ】まじ」とてはたらか【働か】ず。よ(ッ)てそ
くびをつか【突か】うどしければ、勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をとりなをし(なほし)【直し】、
資行(すけゆき)判官(はんぐわん)(ハウグハン)が烏帽子(えぼし)(ヱボシ)をはたとう(ッ)【打つ】てうちおとし【落し】、
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こぶし【拳】をにぎ(ッ)てしやむね【胸】をつゐ(つい)【突い】て、のけ【仰】につきた
をす(たふす)【倒す】。資行(すけゆき)判官(はんぐわん)もとどり【髻】はな(ッ)【放つ】て、おめおめと大
床(おほゆか)のうへ【上】へにげ【逃げ】のぼる。其(その)後(のち)文覚(もんがく)ふところ【懐】より
馬(むま)の尾(を)でつか【柄】まい【巻い】たる刀(かたな)の、こほり【氷】のやうなるを
ぬき【抜き】いだひ(いだい)【出い】て、より【寄り】こん物(もの)をつか【突か】うどこそまち【待ち】
かけたれ。左(ひだり)の手(て)には勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)、右(みぎ)の手(て)には刀(かたな)をぬいて
はしり【走り】まはるあひだ【間】、おもひ【思ひ】まうけぬにはか事(ごと)【俄事】では
あり【有り】、左右(さう)の手(て)に刀(かたな)をも(ッ)【持つ】たる様(やう)にぞ見(み)えたり
ける。公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)も、「こはいかにこはいかに」とさはが(さわが)【騒が】れければ、
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御遊(ぎよいう)(ギヨユウ)もはや荒(あれ)にけり。院中(ゐんぢゆう)のさうどう【騒動】なのめ
ならず。信乃【*信濃】国(しなののくに)の住人(ぢゆうにん)安藤武者(あんどうむしや)右宗(みぎむね)、其(その)比(ころ)当職(たうしよく)の
武者所(むしやどころ)で有(あり)けるが、「何事(なにごと)ぞ」とて、太刀(たち)をぬいてはし
り【走り】いでたり。文覚(もんがく)よろこ(ン)【喜こん】でかかる所(ところ)を、き(ッ)【斬つ】てはあし
かり【悪かり】なんとやおもひ【思ひ】けん、太刀(たち)のみね【峯】をとりなをし(なほし)【直し】、
文覚(もんがく)がかたな【刀】も(ッ)【持つ】たるかいな(かひな)【腕】をしたたかにうつ。うた【打た】れ
てち(ッ)とひるむところ【所】に、太刀(たち)をすてて、「え【得】たりをう(おう)」
とてくん【組ん】だりけり。くま【組ま】れながら文覚(もんがく)、安藤武
者(あんどうむしや)が右(みぎ)のかいな(かひな)【腕】をつく【突く】。つかれ【疲れ】ながらしめ【締め】たりけり。
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互(たがひ)(タガイ)におとらぬ大(だい)ぢからなりければ、うへ【上】になりした【下】に
なり、ころび【転び】あふところ【所】に、かしこがほ【賢顔】に上下(じやうげ)よ(ッ)【寄つ】て、文
覚(もんがく)がはたらく【働く】ところ【所】のぢやうをがうし【拷し】て(ン)げり。され
どもこれを事(こと)ともせず、いよいよ悪口(あつこう)放言(ほうごん)す。門外(もんぐわい)へ
ひき【引き】いだひ(いだい)【出い】て、庁(ちやう)の下部(しもべ)にたぶ。給(たまはつ)てひつぱる。ひ(ッ)
ぱら【引つ張ら】れて、立(たち)ながら御所(ごしよ)の方(かた)をにらまへ【睨まへ】、大音声(だいおんじやう)を
あげて、「奉加(ほうが)をこそし給(たま)はざらめ、これ程(ほど)文覚(もんがく)に
からい【辛い】目(め)を見(み)せ給(たま)ひつれば、おもひ【思ひ】しらせ申(まう)さんずる
物(もの)を。三界(さんがい)は皆(みな)火宅(くわたく)(クハタク)なり。王宮(わうぐう)といふとも、其(その)難(なん)を
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のがる【逃る】べからず。十善(じふぜん)の帝位(ていゐ)にほこつ【誇つ】たうとも、黄
泉(くわうせん)(クハウセン)の旅(たび)にいでなん後(のち)は、牛頭(ごづ)・馬頭(めづ)のせめ【責】をば
まぬかれ【免かれ】給(たま)はじ物(もの)を」と、おどり(をどり)【躍り】あがり【上がり】おどり(をどり)【躍り】あがり【上がり】
ぞ申(まうし)ける。「此(この)法師(ほふし)奇怪(きつくわい)(キクハイ)なり」とて、やがて獄定(ごくぢやう)せ
られけり。資行(すけゆき)判官(はんぐわん)は、烏帽子(えぼし)(ヱボシ)打(うち)おとさ【落さ】れて恥(はぢ)
がましさに、しばし【暫し】は出仕(しゆつし)もせず。安藤武者(あんどうむしや)、文覚(もんがく)
くん【組ん】だる勧賞(けんじやう)に、当座(たうざ)に一廊【*一臈】(いちらふ)(いちラウ)をへ【経】ずして、右馬允(うまのじよう)(うまノゼウ)
にぞなされける。さるほど【程】に、其(その)比(ころ)美福門院(びふくもんゐん)かくれ【隠れ】
させ給(たま)ひて、大赦(だいしや)あり【有り】しかば、文覚(もんがく)程(ほど)なくゆるさ【許さ】れ
P05081
けり。しばらくはどこ【何処】にもおこなふ【行なふ】べかりしが、さはな
くして、又(また)勧進帳(くわんじんちやう)(クハンジンチヤウ)をささげてすすめ【勧め】けるが、さらば
ただもなくして、「あつぱれ、この世(よ)の中(なか)は只今(ただいま)みだれ【乱れ】、
君(きみ)も臣(しん)もみな【皆】ほろび【滅び】うせんずる物(もの)を」な(ン)ど(なんど)、おそろ
しき【恐ろしき】事(こと)をのみ申(まうし)ありくあひだ【間】、「この法師(ほふし)都(みやこ)に
をひ(おい)【置い】てかなう(かなふ)【叶ふ】まじ。遠流(をんる)せよ」とて、伊豆国(いづのくに)へぞなが
されける。源(げん)三位(ざんみ)入道(にふだう)の嫡子(ちやくし)仲綱(なかつな)の、其(その)比(ころ)伊豆守(いづのかみ)
にておはしければ、その沙汰(さた)として、東海道(とうかいだう)より
舟(ふね)にてくだす【下す】べしとて、伊勢国(いせのくに)へゐ【率】てまかり【罷り】
P05082
けるに、法便(はうべん)[* 「法使(ハウシ)」と有るのを他本により訂正]両(りやう)三人(さんにん)ぞつけ【付け】られたる。これらが申(まうし)ける
は、「庁(ちやう)の下部(しもべ)のならひ【習ひ】、かやうの事(こと)につゐ(つい)【突い】てこそ、を
のづから(おのづから)依怙(えこ)(ヱコ)も候(さうら)へ。いかに聖(ひじり)の御房(ごばう)、これ程(ほど)の事(こと)
に逢(あふ)て遠国(をんごく)へながされ給(たま)ふに、しりうと【知人】はもち
給(たま)はぬか。土産(とさん)粮料(らうれう)ごときの物(もの)をもこひ【乞ひ】給(たま)へかし」と
いひければ、文覚(もんがく)は「さ様(やう)の要事(えうじ)(ヨウジ)いふべきとくゐ(とくい)【得意】
ももたず。東山(ひがしやま)の辺(ほとり)にぞとくゐ(とくい)【得意】はある。いでさらば
ふみ【文】をやらう」どいひければ、けしかる【怪しかる】紙(かみ)をたづね【尋ね】て
え【得】させたり。「かやうの紙(かみ)で物(もの)かく【書く】やうなし」とて、なげ
P05083
かへす【返す】。さらばとて、厚紙(こうし)をたづね【尋ね】てえ【得】させたり。文
覚(もんがく)わら(ッ)【笑つ】て、「法師(ほふし)は物(もの)をえかか【書か】ぬぞ。さらばおれら【己等】か
け【書け】」とて、かか【書か】するやう、「文覚(もんがく)こそ高雄(たかを)の神護寺(じんごじ)
造立(ざうりふ)(ザウリウ)供養(くやう)のこころざしあ(ッ)て、すすめ【勧め】候(さうらひ)つる程(ほど)に、
かかる君(きみ)の代(よ)にしも逢(あふ)て、所願(しよぐわん)をこそ成就(じやうじゆ)せざらめ、
禁獄(きんごく)せられて、あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】伊豆国(いづのくに)へ流罪(るざい)せられ候(さうら)へ。遠
路(ゑんろ)の間(あひだ)で候(さうらふ)。土産(とさん)粮料(らうれう)ごときの物(もの)も大切(たいせつ)に候(さうらふ)。此(この)使(つかひ)に
たぶ【賜ぶ】べしとかけ」といひければ、いふままにかいて、「さて
たれどの【誰殿】へとかき【書き】候(さうら)はうぞ」。「清水(きよみず)の観音房(くわんおんばう)(クハンヲンバウ)へとかけ」。
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「これは庁(ちやう)の下部(しもべ)をあざむく【欺く】にこそ」と申(まう)せば、「さり
とては、文覚(もんがく)は観音(くわんおん)(クハンヲン)をこそふかう【深う】たのみ【頼み】たてまつ【奉つ】
たれ。さらでは誰(たれ)にかは用事(ようじ)をばいふべき」とぞ申(まうし)
ける。伊勢国(いせのくに)阿野【*阿濃】[B 「阿濃」と傍書](あの)の津(つ)より舟(ふね)にの(ッ)【乗つ】てくだり【下り】けるが、
遠江(とほたふみ)(トウタウミ)の天竜難多(てんりゆうなだ)【天竜灘】にて、俄(にはか)に大風(おほかぜ)ふき、大(おほ)なみ【浪】た(ッ)て、
すでに此(この)舟(ふね)をうちかへさ【返さ】んとす。水手【*水主】(すいしゆ)梶取(かんどり)ども、いか
にもしてたすから【助から】んとしけれども、波風(なみかぜ)いよいよあれ【荒】
ければ、或(あるい)は観音(くわんおん)の名号(みやうがう)をとなへ、或(あるい)は最後(さいご)の十
念(じふねん)にをよぶ(およぶ)【及ぶ】。されども文覚(もんがく)これを事(こと)ともせず、たか
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いびき【高鼾】かいてふし【臥し】たりけるが、なに【何】とかおもひ【思ひ】けん、いま【今】
はかうとおぼえける時(とき)、か(ッ)ぱとおき、舟(ふね)のへ【舳】にた(ッ)て奥(おき)の
方(かた)をにらまへ【睨まへ】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「竜王(りゆうわう)(リウわう)やある、竜王(りゆうわう)
やある」とぞよう【呼う】だりける。「いかにこれほどの大願(だいぐわん)おこ
い【起い】たる聖(ひじり)がの(ッ)【乗つ】たる舟(ふね)をば、あやまた【過た】うどはするぞ。
ただいま天(てん)の責(せめ)かうむら【蒙ら】んずる竜神(りゆうじん)(リウじん)どもかな」と
ぞ申(まうし)ける。そのゆへ(ゆゑ)【故】にや、浪風(なみかぜ)ほどなくしづま(ッ)【鎮まつ】て、
伊豆国(いづのくに)へつき【着き】にけり。文覚(もんがく)京(きやう)をいで【出で】ける日(ひ)より、祈
誓(きせい)する事(こと)あり【有り】。「われ都(みやこ)にかへ(ッ)【帰つ】て、高雄(たかを)の神護寺(じんごじ)
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造立(ざうりふ)(ザウリウ)供養(くやう)すべくは、死(し)ぬべからず。其(その)願(ぐわん)むなし
かるべくは、道(みち)にて死(し)ぬべし」とて、京(きやう)より伊豆(いづ)へ
つきけるまで、折節(をりふし)順風(じゆんぷう)なかりければ、浦(うら)づたひ【浦伝ひ】
島(しま)づたひ【島伝ひ】して、卅一日(さんじふいちにち)があひだ【間】は一向(いつかう)断食(だんじき)にてぞ
あり【有り】ける。され共(ども)気力(きりよく)すこしもおとら【劣ら】ず、おこなひ【行ひ】う
ちしてゐたり。まこと【誠】にただ人(びと)ともおぼえぬ事(こと)ども
『福原院宣(ふくはらゐんぜん)』S0510
おほかり【多かり】けり。○近藤(こんどう)四郎(しらう)国高(くにたか)といふものにあづけ【預け】ら
れて、伊豆国(いづのくに)奈古屋(なごや)がおくにぞすみ【住み】ける。さる程(ほど)に、
兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)へつねはまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、昔(むかし)今(いま)の物(もの)がたりども申(まうし)て
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なぐさむ程(ほど)に、或(ある)時(とき)文覚(もんがく)申(まうし)けるは、「平家(へいけ)には小松(こまつ)の
おほいとの【大臣殿】こそ、心(こころ)もがう【剛】に、はかり事(こと)もすぐれてお
はせしか、平家(へいけ)の運命(うんめい)が末(すゑ)になるやらん、こぞ【去年】の
八月(はちぐわつ)薨(こう)ぜられぬ。いまは源平(げんぺい)のなかに、わとの程(ほど)
将軍(しやうぐん)の相(さう)も(ッ)【持つ】たる人(ひと)はなし。はやはや謀反(むほん)おこして、
日本国(につぽんごく)したがへ給(たま)へ」。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「おもひ【思ひ】もよらぬ事(こと)の
給(たま)ふ聖(ひじりの)御房(ごばう)かな。われは故(こ)池(いけ)の尼御前(あまごぜん)にかひ【甲斐】なき
命(いのち)をたすけ【助け】られたてま(ッ)【奉つ】て候(さうら)へば、その後世(ごせ)をとぶら
は【弔は】んために、毎日(まいにち)に法花経(ほけきやう)一部(いちぶ)転読(てんどく)する外(ほか)は他事(たじ)
P05088
なし」とこその給(たま)ひけれ。文覚(もんがく)かさね【重ね】て申(まうし)けるは、「天(てん)
のあたふるをとら【取ら】ざれば、かへ(ッ)て【却つて】其(その)とが【咎】をうく。時(とき)い
た(ッ)ておこなはざれば、かへ(ッ)て【却つて】其(その)殃(わざわひ)(ワザハイ)をうくといふ本文(ほんもん)
あり【有り】。かう申(まう)せば、御辺(ごへん)の心(こころ)をみんとて申(まうす)な(ン)ど(なんど)思(おも)ひ
給(たまふ)か。御辺(ごへん)に心(こころ)ざしのふかい【深い】色(いろ)を見(み)給(たま)へかし」とて、
ふところ【懐】よりしろい【白い】ぬの【布】につつんだる髑■(どくろ)をひ
とつ【一つ】とりいだす【出だす】。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「あれはいかに」との給(たま)へ【宣へ】ば、「これ
こそわとのの父(ちち)、故(こ)左馬頭殿(さまのかみどの)のかうべ【頭】よ。平治(へいぢ)の後(のち)、獄
舎(ごくしや)のまへなる苔(こけ)のしたにうづもれ【埋もれ】て、後世(ごせ)とぶらふ
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人(ひと)もなかりしを、文覚(もんがく)存(ぞん)ずる旨(むね)あ(ッ)て、獄(ごく)もり【獄守】にこふ(こう)【乞う】
て、この十余年(じふよねん)頸(くび)にかけ、山々(やまやま)寺々(てらでら)おがみ(をがみ)【拝み】まはり、とぶ
らひ【弔ひ】たてまつれ【奉れ】ば、いまは一劫(いちごふ)(いちゴウ)もたすかり給(たまひ)ぬらん。
されば、文覚(もんがく)は故(こ)守殿(かうのとの)の御(おん)ためにも奉公(ほうこう)のもので
こそ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)、一定(いちぢやう)とはおぼえねども、
父(ちち)のかうべときく【聞く】なつかしさに、まづ涙(なみだ)をぞながされ
ける。其(その)後(のち)はうちとけて物(もの)がたりし給(たま)ふ。「抑(そもそも)頼朝(よりとも)
勅勘(ちよつかん)をゆり【許り】ずしては、争(いかで)か謀反(むほん)をばおこすべき」
との給(たま)へ【宣へ】ば、「それやすい【安い】事(こと)、やがてのぼ(ッ)【上つ】て申(まうし)ゆるい
P05090
てたてまつら【奉ら】ん」。「さもさうず、御房(ごばう)も勅勘(ちよつかん)の身(み)で
人(ひと)を申(まうし)ゆるさ【許さ】うどの給(たま)ふあてがい(あてがひ)やう【宛行様】こそ、おほ
き【大き】にまことしからね」。「わが身(み)の勅勘(ちよつかん)をゆりうど申(まう)
さばこそひが事(こと)【僻言】ならめ。わとのの事(こと)申(まう)さうは、なにか
くるしかる【苦しかる】べき。いまの都(みやこ)福原(ふくはら)の新都(しんと)へのぼら【上ら】うに、三
日(みつか)にすぐ【過ぐ】まじ。院宣(ゐんぜん)うかがは【伺は】うに一日(いちにち)がとうりう【逗留】ぞ
あらんずる。都合(つがふ)七日(しちにち)八日(やうか)にはすぐ【過ぐ】べからず」とて、つきい
で【出で】ぬ。奈古屋(なごや)にかへ(ッ)【帰つ】て、弟子(でし)ども【共】には、伊豆(いづ)の御山(おやま)【*雄山(をやま)】に人(ひと)
にしのん【忍ん】で七日(しちにち)参籠(さんろう)の心(こころ)ざしあり【有り】とて、いでにけり。
P05091
げにも三日(みつか)といふに、福原(ふくはら)の新都(しんと)へのぼりつつ前(さきの)右
兵衛[B ノ]督(うひやうゑのかみ)光能卿(みつよしのきやう)のもとに、いささかゆかりあり【有り】ければ、
それにゆい【行い】て、「伊豆国(いづのくにの)流人(るにん)、前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)こそ勅勘(ちよつかん)
をゆるさ【許さ】れて院宣(ゐんぜん)をだにも給(たま)はらば、八ケ国(はつかこく)の家
人(けにん)ども催(もよほ)(モヨヲ)しあつめ【集め】て、平家(へいけ)をほろぼし、天下(てんが)をし
づめ【鎮め】んと申(まうし)候(さうら)へ」。兵衛[B ノ]督(ひやうゑのかみ)「いさとよ、わが身(み)も当時(たうじ)は
三官(さんくわん)ともにとどめ【留め】られて、心(こころ)ぐるしいおりふし(をりふし)【折節】なり。
法皇(ほふわう)もをし(おし)【押し】こめられてわたらせ給(たま)へば、いかがあらん
ずらん。さりながらもうかがう【伺う】てこそ見(み)め」とて、此(この)由(よし)ひ
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そかに奏(そう)せられければ、法皇(ほふわう)やがて院宣(ゐんぜん)をこそくだ
さ【下さ】れけれ。聖(ひじり)これをくびにかけ、又(また)三日(みつか)といふに、伊豆国(いづのくに)
へくだり【下り】つく。兵衛[B ノ]佐(ひやうゑのすけ)「あつぱれ、この聖(ひじりの)御房(ごばう)は、なまじゐ(なまじひ)
によしなき事(こと)申(まうし)いだし【出し】て、頼朝(よりとも)又(また)いかなるうき【憂き】目(め)
にかあはんずらん」と、おもは【思は】じ事(こと)なうあんじ【案じ】つづけ【続け】て
おはしけるところ【所】に、八日(やうか)といふ午刻(むまのこく)ばかりくだり【下り】つい
て、「すは院宣(ゐんぜん)よ」とてたてまつる【奉る】。兵衛佐(ひやうゑのすけ)、院宣(ゐんぜん)と
きくかたじけなさ【忝さ】に、手水(てうづ)うがひをして、あたらし
き烏帽子(えぼし)(ヱボシ)・浄衣(じやうえ)(ジヤウヱ)きて、院宣(ゐんぜん)を三度(さんど)拝(はい)してひ
P05093
らかれたり。項年(しきりのとし)(シキリノトシ)より以来(このかた)、平氏(へいじ)王皇(わうくわう)蔑如(べつじよ)して、
政道(せいたう)にはばかる事(こと)なし。仏法(ぶつぽふ)を破滅(はめつ)して、朝威(てうゐ)(テウイ)を
ほろぼさんとす。夫(それ)我(わが)朝(てう)は神国(しんこく)也(なり)。宗廟(そうべう)あひならん
で、神徳(しんとく)これ【是】あらたなり。故(かるがゆゑに)(カルガユヘニ)朝廷(てうてい)開基(かいき)の後(のち)、数千(すせん)余
歳(よさい)のあひだ、帝猷(ていいう)(テイユウ)をかたぶけ【傾け】、国家(こつか)をあやぶめんと
する物(もの)、みなも(ッ)て敗北(はいぼく)せずといふ事(こと)なし。然(しかれば)則(すなはち)且(かつう)(カツ)は
神道(しんたう)の冥助(みやうじよ)にまかせ【任せ】、且(かつう)(カツ)は勅宣(ちよくせん)の旨趣(しいしゆ)をまも(ッ)【守つ】て、
はやく平氏(へいじ)の一類(いちるい)を誅(ちゆう)(チウ)して、朝家(てうか)の怨敵(をんでき)を
しりぞけよ。譜代(ふだい)弓箭(きゆうせん)(キウセン)の兵略(へいりやく)を継(つぎ)、累祖(るいそ)奉公(ほうこう)の
P05094
忠勤(ちゆうきん)(チウキン)を抽(ぬきんで)て、身(み)をたて、家(いへ)をおこすべし。ていれば【者】、
院宣(ゐんぜん)かくのごとし。仍(よつて)執達(しつたつ)如件(くだんのごとし)。治承(ぢしよう)四年(しねん)七月(しちぐわつ)十
四日(じふしにち)前(さきの)右兵衛[B ノ]督(うひやうゑのかみ)光能(みつよし)が奉(うけたま)はり謹上(きんじやう)前[B ノ](さきの)右兵衛佐
殿(うひやうゑのすけどの)へとぞかか【書か】れたる。此(この)院宣(ゐんぜん)をば錦(にしき)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】て、
石橋山(いしばしやま)の合戦(かつせん)の時(とき)も、兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)頸(くび)にかけられたり
『富士川(ふじがは)』S0511
けるとかや。○さる程(ほど)に、福原(ふくはら)には、勢(せい)のつかぬ先(さき)にいそぎ
打手(うつて)をくだすべしと、公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あ(ッ)て、大将軍(たいしやうぐん)には小
松権亮少将(こまつのごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、副将軍(ふくしやうぐん)には薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)
其(その)勢(せい)三万(さんまん)余騎(よき)、九月(くぐわつ)十八日(じふはちにち)に都(みやこ)をた(ッ)て、十九日(じふくにち)には
P05095
旧都(きうと)につき、やがて廿日(はつかのひ)、東国(とうごく)へこそう(ッ)【討つ】たた【立た】れけれ。大
将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)は、生年(しやうねん)廿三(にじふさん)、容儀(ようぎ)体拝(たいはい)絵(ゑ)に
かくとも筆(ふで)も及(および)がたし。重代(ぢゆうだい)(ヂウダイ)の鎧(よろひ)(ヨロイ)唐皮(からかは)といふきせ
なが【着背長】をば、唐櫃(からひつ)にいれ【入れ】てかか【舁か】せらる。路打(みち)うちには、赤地(あかぢ)
の錦(にしき)の直垂(ひたたれ)に、萠黄威(もえぎをどし)(モヱギヲドシ)のよろひ【鎧】きて、連銭葦
毛(れんぜんあしげ)なる馬(むま)に、黄覆輪(きぶくりん)の鞍(くら)をい(おい)【置い】てのり給(たま)へり。副
将軍(ふくしやうぐん)薩摩守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、紺地(こんぢ)の錦(にしき)のひたたれに、
黒糸(くろいと)おどし(をどし)の鎧(よろひ)きて、黒(くろ)き馬(むま)のふとう【太う】たくましゐ(たくましい)【逞しい】
に、い(ッ)かけ地(ぢ)(いつかけぢ)【沃懸地】の鞍(くら)をい(おい)【置い】てのり給(たま)へり。馬(むま)・鞍(くら)・鎧(よろひ)・甲(かぶと)・弓矢(ゆみや)・
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太刀(たち)・刀(かたな)にいたるまで、てり【照り】かかやく【輝く】程(ほど)にいでたた【出で立た】れたり
しかば、めでたかりし見物(けんぶつ)なり。薩摩[B ノ]守(さつまのかみ)忠教【*忠度】(ただのり)は、年
来(としごろ)ある宮腹(みやばら)の女房(にようばう)のもとへかよは【通は】れけるが、或(ある)時(とき)
おはしたりけるに、其(その)女房(にようばう)のもとへ、や(ン)ごとなき女房(にようばう)
まらうと【客人】にきた(ッ)て、やや久(ひさ)しう物(もの)がたり【物語】し給(たま)ふ。さ
よ【小夜】もはるかにふけ【更け】ゆくまでに、まらうと【客人】かへり給(たま)は
ず。忠教【*忠度】(ただのり)軒(のき)ばにしばしやすらひて、扇(あふぎ)をあらくつか
は【使は】れければ、宮腹(みやばら)の女房(にようばう)、「野(の)もせ【野狭】にすだく虫(むし)のね【音】
よ」と、ゆふ(いう)【優】にやさしう口(くち)ずさみ給(たま)へば、薩摩守(さつまのかみ)やがて
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扇(あふぎ)をつかひやみてかへら【帰ら】れけり。其(その)後(のち)又(また)おはしたり
けるに、宮腹(みやばら)の女房(にようばう)「さても一日(ひとひ)、なに【何】とて扇(あふぎ)をば
つかひ【使ひ】やみしぞや」ととは【問は】れければ、「いさ、かしかましな(ン)ど(なんど)
きこえ【聞え】候(さうらひ)しかば、さてこそつかひ【使ひ】やみ候(さうらひ)しか」とぞの
給(たま)ひける。かの女房(にようばう)のもとより忠教【*忠度】(ただのり)のもとへ、小袖(こそで)を
一(ひと)かさね【重ね】つかはす【遣はす】とて、ちさと【千里】のなごり【名残】のかなしさに、
一首(いつしゆ)の歌(うた)をぞをくら(おくら)【送ら】れける。
あづまぢ【東路】の草葉(くさば)をわけん袖(そで)よりも
たたぬたもとの露(つゆ)ぞこぼるる W035
P05098
薩摩守(さつまのかみ)返事(へんじ)には
わかれ路(ぢ)をなにかなげかんこえてゆく【行く】
関(せき)もむかしの跡(あと)とおもへ【思へ】ば W036
「関(せき)も昔(むかし)の跡(あと)」とよめる事(こと)は、平(へい)将軍(しやうぐん)貞盛(さだもり)、将門(まさかど)
追討(ついたう)のために、東国(とうごく)へ下向(げかう)せし事(こと)をおもひ【思ひ】いで【出で】て
よみ【詠み】たりけるにや、いとやさしうぞきこえ【聞え】し。
昔(むかし)は朝敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】に外土(ぐわいと)(グハイト)へむかふ【向ふ】将軍(しやうぐん)は、ま
づ参内(さんだい)して切刀(せつと)を給(たま)はる。震儀【*宸儀】(しんぎ)南殿(なんでん)に出御(しゆつぎよ)し、
近衛(こんゑ)階下(かいか)に陣(ぢん)をひき【引き】、内弁(ないべん)外弁(げべん)の公卿(くぎやう)参列(さんれつ)
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して、誅儀【*中儀】(ちゆうぎ)(チウギ)の節会(せちゑ)おこなは【行なは】る。大将軍(たいしやうぐん)副将軍(ふくしやうぐん)、お
のをの(おのおの)礼儀(れいぎ)をただしうしてこれを給(たま)はる。承平(しようへい)(セウヘイ)天
慶(てんぎやう)の蹤跡(しようぜき)(セウゼキ)も、年(とし)久(ひさ)しうな(ッ)て准(なぞら)へがたしとて、今度(こんど)
は讃岐守(さぬきのかみ)平(たひら)の正盛(まさもり)が前(さきの)対馬守(つしまのかみ)源[B ノ](みなもとの)義親(よしちか)追討(ついたう)
のために出雲国(いづものくに)へ下向(げかう)せし例(れい)とて、鈴(すず)ばかり給(たまは)(ッ)て、
皮(かは)の袋(ふくろ)にいれ【入れ】て、雑色(ざふしき)(ザウシキ)が頸(くび)にかけさせてぞく
だら【下ら】れける。いにしへ、朝敵(てうてき)をほろぼさんとて都(みやこ)を
いづる【出づる】将軍(しやうぐん)は、三(みつ)の存知(ぞんぢ)あり【有り】。切刀(せつと)を給(たま)はる日(ひ)家(いへ)
をわすれ、家(いへ)をいづる【出づる】とて妻子(さいし)をわすれ、戦場(せんぢやう)に
P05100
して敵(てき)にたたかふ【戦ふ】時(とき)、身(み)をわする【忘る】。されば、今(いま)の
平氏(へいじ)の大将(だいしやう)維盛(これもり)・忠教【*忠度】(ただのり)も、定(さだめ)てかやうの事(こと)をば
存知(ぞんぢ)せられたりけん。あはれなりし事共(ことども)也(なり)。同(おなじき)廿
二日(にじふににち)新院(しんゐん)又(また)安芸国(あきのくに)厳島(いつくしま)へ御幸(ごかう)なる。去(さんぬ)る三
月(さんぐわつ)にも御幸(ごかう)あり【有り】き。そのゆへ(ゆゑ)にや、なか一両月(いちりやうげつ)世(よ)
もめでたくおさま(ッ)(をさまつ)【治まつ】て、民(たみ)のわづらひ【煩ひ】もなかりしが、
高倉宮(たかくらのみや)の御謀反(ごむほん)によ(ッ)て、又(また)天下(てんが)みだれて、世上(せじやう)
もしづかならず。これによ(ッ)て、且(かつう)(カツ)は〔天下(てんが)静謐(せいひつ)のため、且(かつう)は〕聖代(せいたい)不予(ふよ)の御祈
念(ごきねん)のためとぞきこえ【聞え】し。今度(こんど)は福原(ふくはら)よりの御幸(ごかう)
P05101
なれば、斗薮(とそう)のわづらひ【煩ひ】もなかりけり。手(て)づからみ
づから御願文(ごぐわんもん)(ごグハンモン)をあそばい【遊ばい】て、清書(せいしよ)(セイジヨ)をば摂政殿(せつしやうどの)せ
させおはします。蓋(けだし)聞(きく)。法性(ほつしやうの)雲(くも)閑(しづか)也(なり)、十四(じふし)十五(じふご)の
月(つき)高(たかく)晴(はれ)、権化(ごんげの)智(ち)深(ふか)し、一陰(いちいん)一陽(いちやう)の風(かぜ)旁(かたはらに)扇(あふ)(アヲ)ぐ。夫(それ)
厳島(いつくしま)の社(やしろ)は称名(しようみやう)(セウミヤウ)あまねくきこゆる【聞ゆる】には、効験(かうげん)無
双(ぶそう)(ブサウ)の砌(みぎり)也(なり)。遥嶺(ようれい)の社壇(しやだん)をめぐる、をのづから(おのづから)大慈(だいじ)
の高(たか)く峙(そばだ)てるを彰(あらは)し、巨海(こかい)の詞宇【*祠宇】(しう)にをよぶ(およぶ)【及ぶ】、空(そら)
に弘誓(ぐぜい)の深広(しんくわう)(ジンクハウ)なる事(こと)を表(へう)す。夫(それ)以(おもんみれば)(ヲモンミレバ)、初(しよ)庸昧(ようまい)の身(み)
をも(ッ)て、忝(かたじけなく)皇王(くわうわう)の位(くらゐ)を践(ふ)む。今(いま)賢猷(けんいう)(ケンユウ)を霊境(れいけい)の
P05102
群(ぐん)に翫(もてあそん)で、閑坊(かんばう)を射山(しやさん)の居(きよ)にたのしむ。しかる【然る】に、
ひそかに一心(いつしん)の精誠(しやうじやう)を抽(ぬきん)で、孤島(こたう)の幽祠(いうし)(ユウシ)に詣(まうで)、瑞
籬(ずいり)の下(もと)(モト)に明恩(めいおん)(メイヲン)を仰(あふ)(アヲ)ぎ、懇念(こんねん)を凝(こら)して汗(あせ)をながし、
宝宮(ほうきゆう)(ホウキウ)のうちに霊託(れいたく)を垂(たる)。そのつげの心(こころ)に銘(めい)ずる
あり【有り】。就中(なかんづく)にことに怖畏(ふゐ)(フイ)謹慎(きんしん)の期(ご)をさすに、も
はら季夏(きか)初秋(しよしう)の候(こう)にあたる。病痾(へいあ)忽(たちまち)に侵(をか)し、
猶(なほ)(ナヲ)医術(いじゆつ)の験(しるし)を施(ほどこ)す[* 「絶(タヘ)す」と有るのを他本により訂正]事(こと)なし。平計(へいけい)頻(しきり)に転(てん)ず、
弥(いよいよ)神感(しんかん)の空(むな)しからざることを知(しん)ぬ。祈祷(きたう)を求(もとむ)と
いへども、霧露(ぶろ)散(さん)じがたし。しかじ、心符(しんぶ)の心(こころ)ざし【志】を
P05103
抽(ぬきん)でて、かさね【重ね】て斗薮(とそう)の行(ぎやう)をくはたて【企て】んとおもふ【思ふ】。
漠々(ばくばく)たる寒嵐(かんらん)の底(そこ)、旅泊(りよはく)に臥(ふし)て夢(ゆめ)をやぶり、
せいせい【凄々】たる微陽(びやう)のまへ、遠路(ゑんろ)に臨(のぞん)で眼(まなこ)をきはむ。
遂(つひ)(ツイ)に枌楡(ふんゆ)の砌(みぎん)について、敬(うやまつ)て、清浄(しやうじやう)の蓆(むしろ)を展(のべ)、書
写(しよしや)したてまつる色紙(しきし)墨字(ぼくじ)の妙法蓮華経(めうほふれんげきやう)一部(いちぶ)、
開結(かいけつ)二経(にきやう)、阿弥陀(あみだ)・般若心等(はんにやしんとう)の経(きやう)各(おのおの)(ヲノヲノ)一巻(いちくわん)(いちクハン)。手(て)づから
自(みづ)から書写(しよしや)したてまつる【奉る】金泥(こんでい)の提婆品(だいばほん)一巻(いちくわん)。時(とき)
に蒼松(さうしよう)(サウセウ)蒼栢(さうはく)の陰(かげ)、共(とも)に善理(ぜんり)の種(たね)をそへ、潮去(てうきよ)[* 「湖去(コキヨ)」と有るのを他本により訂正]潮来(てうらいの)[* 「湖来(コライノ)」と有るのを他本により訂正]
響(ひびき)、空(そら)に梵唄(ぼんばい)の声(こゑ)に和(くわ)(クハ)す。弟子(ていし)北闕(ほつけつ)の雲(くも)を辞(じ)し
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て八実【*八日】(はつじつ)、涼燠(りやうあう)のおほく【多く】廻(めぐ)る事(こと)なしといへども、西海(さいかい)
の浪(なみ)を凌(しのぐ)事(こと)二(ふた)たび【二度】、深(ふか)く機縁(きえん)(キヱン)のあさから【浅から】ざる事(こと)
を知(しん)ぬ。朝(あした)に祈(いの)る客(かく)一(いつ)にあらず、夕(ゆふべ)に賽(かへりまうし)【賽申】する
もの且千(ちぢばかり)也(なり)。但(ただ)し、尊貴(そんき)の帰仰(きぎやう)おほし【多し】といへども、
院宮(ゐんみや)の往詣(わうけい)いまだきかず。禅定(ぜんぢやう)法皇(ほふわう)初(はじめ)て其(その)
儀(ぎ)をのこい【残い】給(たま)ふ。弟子(ていし)眇身(べうしん)深(ふかく)運(二)其志(一)(そのこころざしをはこび)、彼(かの)嵩高
山(すうかうざん)(ソンカウザン)の月(つき)の前(まへ)には漢武(かんぶ)いまだ和光(わくわう)のかげを拝(はい)せず。
蓬莱洞(ほうらいどう)の雲(くも)の底(そこ)にも、天仙(てんせん)むなしく垂跡(すいしやく)の
塵(ちり)をへだつ。仰願(あふぎねがは)(アヲギネガハ)くは大明神(だいみやうじん)、伏(ふして)乞(こふ)(コウ)らくは一乗経(いちじようきやう)(いちゼウキヤウ)、
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新(あらた)に丹祈(たんき)をてらして唯一(ゆいいつ)の玄応(げんおう)(ゲンヲウ)を垂(たれ)給(たま)へ。治承(ぢしよう)
四年(しねん)九月(くぐわつ)廿八日(にじふはちにち)太上天皇(だいじやうてんわう)とぞあそばさ【遊ばさ】れたる。
さる程(ほど)に、此(この)人々(ひとびと)は九重(ここのへ)の都(みやこ)をた(ッ)て、千里(せんり)の東
海(とうかい)におもむか【赴か】れける。たいらか(たひらか)【平か】にかへり【帰り】のぼらん事(こと)も
まこと【誠】にあやうき(あやふき)【危ふき】有(あり)さまどもにて、或(あるい)は野原(のばら)の露(つゆ)
にやどをかり、或(あるいは)たかねの苔(こけ)に旅(たび)ねをし、山(やま)をこえ
河(かは)をかさね【重ね】、日(ひ)かず【数】ふれば、十月(じふぐわつ)十六日(じふろくにち)には、するが【駿河】の
国(くに)清見(きよみ)が関(せき)にぞつき【着き】給(たま)ふ。都(みやこ)をば三万(さんまん)余騎(よき)で
いで【出で】しかど、路次(ろし)の兵(つはもの)めし【召し】具(ぐ)して、七万(しちまん)余騎(よき)とぞ
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きこえ【聞え】し。先陣(せんぢん)はかん原(ばら)【蒲原】・富士河(ふじがは)にすすみ、後陣(ごぢん)は
いまだ手越(てごし)・宇津(うつ)のやにささへたり。大将軍(たいしやうぐん)権亮
少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)をめし【召し】て、「ただ維
盛(これもり)が存知(ぞんぢ)には、足柄(あしがら)をうちこえて坂東(ばんどう)にていくさ【軍】を
せん」とはやら【逸ら】れけるを、上総守(かづさのかみ)申(まうし)けるは、「福原(ふくはら)をたた
せ給(たまひ)し時(とき)、入道殿(にふだうどの)の御定(ごぢやう)には、いくさ【軍】をば忠清(ただきよ)に
まかせ【任せ】させ給(たま)へと仰(おほせ)候(さうらひ)しぞかし。八ケ国(はつかこく)の兵共(つはものども)みな
兵衛佐(ひやうゑのすけ)にしたがひ【従ひ】ついて候(さうらふ)なれば、なん【何】十万騎(じふまんぎ)か候(さうらふ)
らん。御方(みかた)の御勢(おんせい)は七万(しちまん)余騎(よき)とは申(まう)せども、国々(くにぐに)の
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かり武者共(むしやども)【駆武者共】なり。馬(むま)も人(ひと)もせめふせて候(さうらふ)。伊豆(いづ)・駿河(するが)
のせい【勢】のまいる(まゐる)【参る】べきだにもいまだみえ【見え】候(さうら)はず。ただ富士
河(ふじがは)をまへにあてて、みかた【御方】の御勢(おんせい)をまた【待た】せ給(たま)ふべうや
候(さうらふ)らん」と申(まうし)ければ、力(ちから)及(およ)ばでゆらへたり。さる程(ほど)に、兵
衛佐(ひやうゑのすけ)は足柄(あしがら)の山(やま)を打(うち)こえて、駿河国(するがのくに)きせ河(がは)【黄瀬河】にこそ
つき給(たま)へ。甲斐(かひ)(カイ)・信濃(しなの)の源氏(げんじ)ども馳来(はせきたつ)てひとつ【一つ】に
なる。浮島(うきしま)が原(はら)にて勢(せい)ぞろへあり【有り】。廿万騎(にじふまんぎ)とぞしる
いたる。常陸源氏(ひたちげんじ)佐竹(さたけの)太郎(たらう)が雑色(ざふしき)(ザウシキ)、主(しゆう)の使(つかひ)にふみ【文】も(ッ)【持つ】
て京(きやう)へのぼるを、平家(へいけ)の先陣(せんぢん)上総守(かづさのかみ)忠清(ただきよ)これを
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とどめ【留め】て、も(ッ)【持つ】たる文(ふみ)をばひ【奪ひ】とり、あけてみれ【見れ】ば、女房(にようばう)
のもとへの文(ふみ)なり。くるしかる【苦しかる】まじとて、とらせ[B て](ン)げり。
「抑(そもそも)兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)の勢(せい)、いかほどあるぞ」ととへば、「凡(およそ)(ヲヨソ)八日(やうか)九
日(ここのか)の道(みち)にはたとつづいて、野(の)も山(やま)も海(うみ)も河(かは)も武
者(むしや)で候(さうらふ)。下臈(げらふ)(ゲラウ)は四五百千(しごひやくせん)までこそ物(もの)の数(かず)をば知(しり)て
候(さうら)へども、それよりうへ【上】はしら【知ら】ぬ候(ざうらふ)。おほい【多い】やらう、すく
ない【少い】やらうをばしり【知り】候(さうら)はず。昨日(きのふ)きせ川(がは)【黄瀬川】で人(ひと)の申(まうし)
候(さうらひ)つるは、源氏(げんじ)の御勢(おんせい)廿万騎(にじふまんぎ)とこそ申(まうし)候(さうらひ)つれ」。上
総守(かづさのかみ)これをきい【聞い】て、「あつぱれ、大将軍(だいしやうぐん)の御心(おんこころ)ののび【延び】
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させ給(たまひ)たる程(ほど)口(くち)おしい(をしい)【惜しい】事(こと)候(さうら)はず。いま一日(いちにち)も先(さき)に
打手(うつて)をくださ【下さ】せ給(たまひ)たらば、足柄(あしがら)の山(やま)こえて、八ケ国(はつかこく)へ
御出(おんいで)候(さうらは)ば、畠山(はたけやま)が一族(いちぞく)、大庭(おほば)(ヲホバ)兄弟(きやうだい)などかまいら(まゐら)【参ら】で候(さうらふ)べ
き。これらだにもまいり(まゐり)【参り】なば、坂東(ばんどう)にはなびかぬ草
木(くさき)も候(さうらふ)まじ」と、後悔(こうくわい)(コウクハイ)すれどもかひ【甲斐】ぞなき。又(また)大将
軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、東国(とうごく)の案内者(あんないしや)とて、長井(ながゐ)
の斎藤(さいとう)別当(べつたう)実盛(さねもり)をめし【召し】て、「やや実盛(さねもり)、なんぢ程(ほど)の
つよ弓(ゆみ)【強弓】勢兵(せいびやう)、八ケ国(はつかこく)にいかほど【程】あるぞ」ととひ【問ひ】給(たま)へば、
斎藤(さいとう)別当(べつたう)あざわら(ッ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「さ候(さうら)へば、君(きみ)は実
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盛(さねもり)を大矢(おほや)とおぼしめし【思し召し】候(さうらふ)歟(か)。わづかに十三(じふさん)束(ぞく)こそ仕(つかまつり)
候(さうら)へ。実盛(さねもり)程(ほど)ゐ(い)【射】候(さうらふ)物(もの)は、八ケ国(はつかこく)にいくらも候(さうらふ)。大矢(おほや)と
申(まうす)ぢやう【定】の物(もの)の、十五(じふご)束(そく)におと(ッ)てひく【引く】は候(さうら)はず。弓(ゆみ)
のつよさもしたたかなる物(もの)五六人(ごろくにん)してはり【張り】候(さうらふ)。
かかるせい兵(びやう)【精兵】どもがゐ(い)【射】候(さうら)へば、鎧(よろひ)(ヨロイ)の二三両(にさんりやう)をもかさね
て、たやすうゐとをし(いとほし)【射通し】候(さうらふ)也(なり)。大名(だいみやう)一人(いちにん)と申(まうす)は、せい【勢】の
すくない【少い】ぢやう【定】、五百騎(ごひやくき)におとるは候(さうら)はず。馬(むま)にの(ッ)【乗つ】つれ
ばおつる【落つる】道(みち)をしら【知ら】ず、悪所(あくしよ)をはすれ【馳すれ】ども馬(むま)をた
をさ(たふさ)【倒さ】ず。いくさ【軍】は又(また)おや【親】もうた【討た】れよ、子(こ)もうた【討た】れよ、
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死(し)ぬればのり【乗り】こえ【越え】のり【乗り】こえ【越え】たたかふ【戦ふ】候(ざうらふ)。西国(さいこく)のいくさ【軍】と
申(まうす)は、おや【親】うた【討た】れぬれば孝養(けうやう)し、いみ【忌】あけてよせ、
子(こ)うた【討た】れぬれば、そのおもひ【思ひ】なげき【歎き】によせ【寄せ】候(さうら)はず。
兵粮米(ひやうらうまい)つきぬれば、春(はる)は田(た)つくり、秋(あき)はかり【刈り】おさめ(をさめ)【収め】て
よせ、夏(なつ)はあつし【暑し】といひ、冬(ふゆ)はさむしときらひ【嫌ひ】候(さうらふ)。
東国(とうごく)にはすべて其(その)儀(ぎ)候(さうら)はず。甲斐(かひ)・信乃【*信濃】(しなの)の源氏(げんじ)共(ども)、
案内(あんない)はし(ッ)【知つ】て候(さうらふ)。富士(ふじ)のすそ【裾】より搦手(からめて)にやまはり【廻り】
候(さうらふ)らん。かう申(まう)せば君(きみ)をおくせ【臆せ】させまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとて
申(まうす)には候(さうら)はず。いくさ【軍】はせい【勢】にはよらず、はかり事(こと)に
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よるとこそ申(まうし)つたへて候(さうら)へ。実盛(さねもり)今度(こんど)のいくさ【軍】に、
命(いのち)いき【生き】てふたたびみやこ【都】へまいる(まゐる)【参る】べしとも覚(おぼえ)候(さうら)は
ず」と申(まうし)ければ、平家(へいけ)の兵共(つはものども)これをきい【聞い】て、みな
ふるい(ふるひ)【震ひ】わななきあへり。さる程(ほど)に、十月(じふぐわつ)廿三日(にじふさんにち)にも
なりぬ。あすは源平(げんぺい)富士河(ふじがは)にて矢合(やあはせ)とさだめ【定め】
たりけるに、夜(よ)に入(いり)て、平家(へいけ)の方(かた)より源氏(げんじ)の陣(ぢん)を
見(み)わたせ【渡せ】ば、伊豆(いづ)・駿河(するが)〔の〕人民(にんみん)・百姓等(ひやくしやうら)がいくさ【軍】におそ
れ【恐れ】て、或(あるい)は野(の)にいり、山(やま)にかくれ、或(あるい)は舟(ふね)にとりの(ッ)【乗つ】
て海河(うみかは)にうかび、いとなみの火(ひ)の見(み)えけるを、平
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家(へいけ)の兵(つはもの)ども、「あなおびたたしの源氏(げんじ)の陣(ぢん)のとを
火(び)(とほび)【遠火】のおほさよ。げにもまこと【誠】に野(の)も山(やま)も海(うみ)も河(かは)も
みなかたき【敵】であり【有り】けり。いかがせん」とぞあはて(あわて)【慌て】ける。
其(その)夜(よ)の夜半(やはん)ばかり、富士(ふじ)の沼(ぬま)にいくらもむれ【群れ】
ゐたりける水鳥(みづとり)どもが、なに【何】にかおどろき【驚き】たりけん、
ただ一(いち)ど【度】にば(ッ)と立(たち)ける羽音(はおと)の、大風(おほかぜ)いかづち【雷】な(ン)ど(なんど)
の様(やう)にきこえ【聞え】ければ、平家(へいけ)の兵(つはもの)ども【共】、「すはや源氏(げんじ)
の大(おほ)ぜい【勢】のよする【寄する】は。斎藤(さいとう)別当(べつたう)が申(まうし)つる様(やう)に、定(さだめ)て
搦手(からめて)もまはるらん。とり【取り】こめ【込め】られてはかなふ【叶ふ】まじ。ここ
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をばひい【引い】て尾張河(をはりがは)州俣(すのまた)をふせけ【防け】や」とて、とる
物(もの)もとりあへず、我(われ)さきにとぞ落(おち)ゆきける。あまり
にあはて(あわて)さはい(さわい)【騒い】で、弓(ゆみ)とる物(もの)は矢(や)をしら【知ら】ず、矢(や)とる
もの【者】は弓(ゆみ)をしら【知ら】ず、人(ひと)の馬(むま)にはわれのり【乗り】、わが馬(むま)をば
人(ひと)にのら【乗ら】る。或(あるい)はつないだる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】てはすれ【馳すれ】ば、く
ゐ(くひ)【杭】をめぐる事(こと)かぎりなし。ちかき【近き】宿々(しゆくじゆく)よりむかへ【迎へ】
と(ッ)てあそびける遊君(いうくん)(ユウクン)遊女(いうぢよ)ども、或(あるい)はかしら【頭】け【蹴】わ
られ、腰(こし)ふみ【踏み】おら(をら)【折ら】れて、おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】物(もの)おほかり【多かり】けり。
あくる廿四日(にじふしにち)卯刻(うのこく)に、源氏(げんじ)大勢(おほぜい)廿万騎(にじふまんぎ)、ふじ河(がは)に
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をし(おし)【押し】よせて、天(てん)もひびき、大地(だいぢ)もゆるぐ程(ほど)に、時(とき)をぞ
『五節(ごせつ)之(の)沙汰(さた)』S0512
三ケ度(さんがど)つくりける。○平家(へいけ)の方(かた)には音(おと)もせず、人(ひと)を
つかはし【遣し】て見(み)せければ、「みな【皆】落(おち)て候(さうらふ)」と申(まうす)。或(あるい)は敵(かたき)の
わすれたる鎧(よろひ)(ヨロイ)と(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たる物(もの)もあり【有り】、或(あるい)はかた
き【敵】のすて【捨て】たる大幕(おほまく)と(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たるものもあり【有り】。
「敵(てき)の陣(ぢん)には蝿(はひ)(ハイ)だにもかけり【翔けり】候(さうら)はず」と申(まうす)。兵衛佐(ひやうゑのすけ)、
馬(むま)よりおり、甲(かぶと)をぬぎ、手水(てうづ)うがい(うがひ)をして、王城(わうじやう)の
方(かた)をふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、「これはま(ッ)たく頼朝(よりとも)がわたくしの
高名(かうみやう)にあらず。八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の御(おん)ぱからひなり」
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とぞの給(たま)ひける。やがてう(ッ)とる【打つ取る】所(ところ)なればとて、
駿河国(するがのくに)をば一条(いちでうの)次郎(じらう)忠頼(ただより)、遠江(とほたふみ)(トウタウミ)をば安田(やすだの)三
郎(さぶらう)義定(よしさだ)にあづけらる。平家(へいけ)をばつづゐ(つづい)【続い】てもせ
む【攻む】べけれども、うしろ【後ろ】もさすがおぼつかなしとて、浮
島(うきしま)が原(はら)よりひき【引き】しりぞき【退ぞき】、相模国(さがみのくに)へぞかへら【帰ら】れける。
海道(かいだう)宿々(しゆくじゆく)の遊君(いうくん)遊女(いうぢよ)ども「あないまいまし【忌々し】。打
手(うつて)の大将軍(たいしやうぐん)の矢(や)ひとつ【一つ】だにもゐ(い)【射】ずして、にげ【逃げ】
のぼり給(たま)ふうたてしさよ。いくさ【軍】には見(み)にげ【見逃げ】といふ
事(こと)をだに、心(こころ)うき事(こと)にこそするに、これ【是】はききにげ【聞き逃げ】し
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給(たま)ひたり」とわらひ【笑ひ】あへり。落書(らくしよ)どもおほかり【多かり】けり。
都(みやこ)の大将軍(たいしやうぐん)をば宗盛(むねもり)といひ、討手(うつて)の大将(だいしやう)をば
権亮(ごんのすけ)といふ間(あひだ)、平家(へいけ)をひら屋(や)によみ【読み】なして、
ひらやなる宗盛(むねもり)いかにさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】らん
はしら【柱】とたのむ【頼む】すけをおとして W037
富士河(ふじがは)のせぜ【瀬々】の岩(いは)こす水(みづ)よりも
はやくもおつる伊勢平氏(いせへいじ)かな W038
上総守(かづさのかみ)が富士河(ふじがは)に鎧(よろひ)(ヨロイ)をすて【捨て】たりけるをよめり。
富士河(ふじがは)によろひはすてつ墨染(すみぞめ)の
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衣(ころも)ただきよ【着よ】後(のち)の世(よ)のため W039
ただきよはにげの馬(むま)にぞのり【乗り】にける
上総(かづさ)しりがいかけてかひなし W040
同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)八日(やうかのひ)、大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、福原(ふくはら)の新都(しんと)へ
のぼりつく。入道(にふだう)相国(しやうこく)大(おほき)にいか(ッ)て、「大将軍(たいしやうぐん)権亮少将(ごんのすけぜうしやう)
維盛(これもり)をば、鬼界(きかい)が島(しま)へながすべし。侍大将(さぶらひだいしやう)上総守(かづさのかみ)
忠清(ただきよ)をば、死罪(しざい)におこなへ」とぞの給(たま)ひける。同(おなじき)九日(ここのかのひ)、
平家(へいけ)の侍(さぶらひ)ども老少(らうせう)参会(さんくわい)して、忠清(ただきよ)が死罪(しざい)
の事(こと)いかがあらんと評定(ひやうぢやう)す。なかに主馬(しゆめの)判官(はんぐわん)
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守国【*盛国】(もりくに)すすみいで【出で】て申(まうし)けるは、「忠清(ただきよ)は昔(むかし)よりふかく
人(じん)【不覚人】とはうけ給(たまはり)【承り】及(および)候(さうら)はず。あれが十八(じふはち)の歳(とし)と覚(おぼえ)候(さうらふ)。鳥
羽殿(とばどの)の宝蔵(ほうざう)に五畿内(ごきない)一(いち)の悪党(あくたう)二人(ににん)、にげ籠(こもり)
て候(さうらひ)しを、よ(ッ)【寄つ】てからめうど申(まうす)物(もの)も候(さうら)はざりしに、
この忠清(ただきよ)、白昼(はくちう)唯(ただ)一人(いちにん)、築地(ついぢ)をこえ【越え】はね入(いり)て、一
人(いちにん)をばうち【討ち】とり、一人(いちにん)をばいけど(ッ)【生捕つ】て、後代(こうたい)に名(な)を
あげたりし物(もの)にて候(さうらふ)。今度(こんど)の不覚(ふかく)はただこと【唯事】
ともおぼえ候(さうら)はず。これにつけてもよくよく兵乱(ひやうらん)
の御(おん)つつしみ候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)ける。同(おなじき)十日(とをか)、大将軍(たいしやうぐん)
P05120
権亮少将(ごんのすけぜうしやう)維盛(これもり)、右近衛(うこんゑの)中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ふ。打手(うつて)の
大将(だいしやう)ときこえ【聞え】しかども、させるしいだし【出し】たる事(こと)も
おはせず、「これは何事(なにごと)の勧賞(けんじやう)ぞや」と、人々(ひとびと)ささ
やきあへり。昔(むかし)将門(まさかど)追討(ついたう)のために、平(たひらの)将軍(しやうぐん)貞
盛(さだもり)、田原藤太(たはらとうだ)秀里【*秀郷】(ひでさと)うけ給(たまはつ)【承つ】て、坂東(ばんどう)へ発向(はつかう)し
たりしかども、将門(まさかど)たやすうほろび【亡び】がたかりし
かば、かさね【重ね】て打手(うつて)をくだすべしと公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あ(ッ)
て、宇治(うぢ)の民部卿(みんぶきやう)忠文(ただふん)、清原(きよはらの)重藤【*滋藤】(しげふぢ)、軍監(ぐんけん)といふ
官(くわん)を給(たま)は(ッ)てくだられけり。駿河国(するがのくに)清見(きよみ)が関(せき)に
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宿(しゆく)したりける夜(よ)、かの重藤【*滋藤】(しげふぢ)漫々(まんまん)たる海上(かいしやう)を遠
見(ゑんけん)して、「漁舟(ぎよしうの)火(ひの)影(かげ)寒(さむうして)焼(レ)浪(なみをやき)、駅路(えきろの)鈴(すずの)声(こゑ)夜(よる)過(レ)山(やまをすぐ)」
といふから歌(うた)をたからか【高らか】に口(くち)ずさみ給(たま)へば、忠文(ただふん)
ゆふ(いう)【優】におぼえて感涙(かんるい)をぞながさ【流さ】れける。さる程(ほど)に
将門(まさかど)をば、貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)つゐに(つひに)【遂に】打(うち)と(ッ)て(ン)げり。その【其の】かう
べ【頭】をもたせてのぼる程(ほど)に、清見(きよみ)が関(せき)にてゆき【行き】あふ(あう)
たり。其(それ)より先後(ぜんご)の大将軍(たいしやうぐん)うちつれて上洛(しやうらく)
す。貞盛(さだもり)・秀里【*秀郷】(ひでさと)に勧賞(けんじやう)おこなはれける時(とき)、忠文(ただふん)・
重藤【*滋藤】(しげふぢ)にも勧賞(けんじやう)あるべきかと公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あり【有り】。九
P05122
条(くでうの)右丞相(うしようじやう)(ウセウジヤウ)師資【*師輔】公(もろすけこう)の申(まう)させ給(たま)ひけるは、「坂東(ばんどう)へ打
手(うつて)はむかふ(むかう)【向う】たりといへども、将門(まさかど)たやすうほろび【亡び】がた
きところ【所】に、この人(ひと)共(ども)仰(おほせ)をかうむ(ッ)【蒙つ】て関(せき)の東(ひがし)へおも
むく時(とき)、朝敵(てうてき)すでにほろびたり。さればなどか勧
賞(けんじやう)なかるべき」と申(まう)させ給(たま)へども、其(その)時(とき)の執柄(しつぺい)小野[B ノ]
宮殿(をののみやどの)、「「うたがはしき【疑はしき】をばなす事(こと)なかれ」と礼記(らいき)の文(もん)に
候(さうら)へば」とて、つゐに(つひに)【遂に】なさせ給(たま)はず。忠文(ただふん)これを口(くち)おしき(をしき)
事(こと)にして「小野[B ノ]宮殿(をののみやどの)の御末(おんすゑ)をばやつ子(ご)【奴】にみなさん。
九条殿(くでうどの)の御末(おんすゑ)にはいづれの世(よ)までも守護神(しゆごじん)とならん」
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とちかひ【誓ひ】つつひ〔じ〕に【干死】にこそし給(たま)ひけれ。されば九条殿(くでうどの)の
御末(おんすゑ)はめでたうさかへ(さかえ)【栄え】させ給(たま)へども、小野[B ノ]宮殿(をののみやどの)の御末(おんすゑ)
にはしかる【然る】べき人(ひと)もましまさず、いまはたえ【絶え】はて給(たま)ひ
けるにこそ。さる程(ほど)に、入道(にふだう)相国(しやうこく)の四男(しなん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、左
近衛(さこんゑの)中将(ちゆうじやう)になり給(たま)ふ。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)十三日(じふさんにち)、福原(ふくはら)には内裏(だいり)つ
くり【造り】いだし【出し】て、主上(しゆしやう)御遷幸(ごせんかう)あり【有り】。大嘗会(だいじやうゑ)あるべかり
しかども、大嘗会(だいじやうゑ)は十月(じふぐわつ)のすゑ、東河(とうか)に御(み)ゆき
して御禊(ぎよけい)あり【有り】。大内(おほうち)の北(きた)の野(の)に税庁所(ぜいちやうしよ)【*斎場所(さいぢやうしよ)】をつく(ッ)て、
神服(じんぶく)神具(じんぐ)をととのふ。大極殿(だいこくでん)のまへ、竜尾道(りようびだう)(レウビダウ)の壇[B ノ]
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下(だんのした)に廻竜殿【*廻立殿】(くわいりふてん)(クハイレウデン)をたてて、御湯(みゆ)をめす。同(おなじき)壇(だん)のならびに
太政宮(だいじやうぐう)(タイセイキウ)をつく(ッ)て、神膳(しんぜん)をそなふ。震宴【*神宴】(しんえん)あり【有り】、御遊(ぎよいう)
あり【有り】、大極殿(だいこくでん)にて大礼(たいれい)あり【有り】、清暑堂(せいじよだう)にて御神楽(みかぐら)あり【有り】、
豊楽院(ぶらくゐん)にて宴会(えんくわい)(ヱンクハイ)あり【有り】。しかる【然る】を、この福原(ふくはら)の新都(しんと)
には大極殿(だいこくでん)もなければ、大礼(たいれい)おこなふ【行ふ】べきところ【所】も
なし。清暑堂(せいじよだう)もなければ、御神楽(みかぐら)奏(そう)すべき様(やう)も
なし。豊楽院(ぶらくゐん)もなければ、宴会(えんくわい)(ヱンクハイ)もおこなはれず。今
年(ことし)はただ新嘗会(しんじやうゑ)・五節(ごせつ)ばかりあるべきよし公卿(くぎやう)
僉議(せんぎ)あ(ッ)て、なを(なほ)【猶】新嘗(しんじやう)のまつりをば、旧都(きうと)の神
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祇館【*神祇官】(じんぎくわん)(じんぎクハン)にしてとげられけり。五節(ごせつ)はこれ清御原(きよみばら)の
そのかみ、吉野(よしの)の宮(みや)にして、月(つき)しろく【白く】嵐(あらし)はげしかり
し夜(よ)、御心(おんこころ)をすまし【澄まし】つつ、琴(こと)をひき給(たま)ひしに、神
女(しんぢよ)あまくだり【下り】、五(いつ)たび袖(そで)をひるがへす。これぞ五節(ごせつ)
『都帰(みやこがへり)』S0513
のはじめなる。○今度(こんど)の都遷(みやこうつり)をば、君(きみ)も臣(しん)も御(おん)
なげきあり【有り】。山(やま)・奈良(なら)をはじめて、諸寺(しよじ)諸社(しよしや)にいたる
まで、しかる【然る】べからざるよし【由】一同(いちどう)にう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうす)あひだ、
さしもよこ紙(がみ)【横紙】をやら【破ら】るる太政(だいじやう)入道(にふだう)も、「さらば都(みやこ)
がへりあるべし」とて、京中(きやうぢゆう)ひしめきあへり。同(おなじき)十
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二月(じふにぐわつ)二日(ふつかのひ)、にはかに都(みやこ)がへりあり【有り】けり。新都(しんと)は北(きた)は
山(やま)にそひ【添ひ】てたかく、南(みなみ)は海(うみ)ちかく【近く】してくだれり。
浪(なみ)の音(おと)つねはかまびすしく、塩風(しほかぜ)はげしき所(ところ)也(なり)。
されば、新院(しんゐん)(シンイン)いつとなく御悩(ごなう)のみしげかり【滋かり】ければ、
いそぎ福原(ふくはら)をいでさせ給(たま)ふ。摂政殿(せつしやうどの)をはじめたて
ま(ッ)【奉つ】て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)以下(いげ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、われもわれもと
供奉(ぐぶ)せらる。入道(にふだう)相国(しやうこく)をはじめとして、平家(へいけの)一門(いちもん)
の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)、われさきにとぞのぼられける。誰(たれ)か
心(こころ)うかり【憂かり】つる新都(しんと)に片(かた)とき【片時】ものこるべき。去(さんぬる)六月(ろくぐわつ)
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より屋(や)ども【共】こぼちよせ、資材(しざい)雑具(ざふぐ)(ザウグ)はこび【運び】くだし、
形(かた)のごとくとりたて【取り立て】たりつるに、又(また)物(もの)ぐるはしう
都(みやこ)がへりあり【有り】ければ、なんの沙汰(さた)にも及(およ)ばず、うち
すて【捨て】打(うち)すてのぼられけり。をのをの(おのおの)すみか【栖】もなくし
て、やわた(やはた)【八幡】・賀茂(かも)・嵯峨(さが)・うづまさ【太秦】・西山(にしやま)・東山(ひがしやま)のかたほと
りにつゐ(つい)【着い】て、御堂(みだう)の廻廊(くわいらう)(クハイラウ)、社(やしろ)の拝殿(はいでん)な(ン)ど(なんど)にたち【立ち】や
ど(ッ)【宿つ】てぞ、しかる【然かる】べき人々(ひとびと)もましましける。今度(こんど)の都(みやこ)
うつり【遷り】の本意(ほんい)をいかにといふに、旧都(きうと)は南都(なんと)・北嶺(ほくれい)
ちかく【近く】して、いささかの事(こと)にも春日(かすが)の神木(しんぼく)、日吉(ひよし)の
P05128
神輿(しんよ)な(ン)ど(なんど)いひて、みだりがはし。福原(ふくはら)は山(やま)へだたり【隔たり】
江(え)かさな(ッ)【重なつ】て、程(ほど)もさすがとをけれ(とほけれ)【遠けれ】ば、さ様(やう)のことたや
すからじとて、入道(にふだう)相国(しやうこく)のはからひいだされたりける
とかや。同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)廿三日(にじふさんにち)、近江源氏(あふみげんじ)のそむきしを
せめ【攻め】んとて、大将軍(たいしやうぐん)には左兵衛[B ノ]督(さひやうゑのかみ)知盛(とももり)、薩摩守(さつまのかみ)忠
教【*忠度】(ただのり)、都合(つがふ)其(その)勢(せい)二万(にまん)余騎(よき)で近江国(あふみのくに)へ発向(はつかう)して、
山本(やまもと)・柏木(かしはぎ)・錦古里(にしごり)な(ン)ど(なんど)いふあぶれ源氏(げんじ)ども【共】、一々(いちいち)に
『奈良(なら)炎上(えんしやう)』S0514
みなせめ【攻め】おとし【落し】、やがて美乃【*美濃】(みの)・尾張(をはり)へこえ【越え】給(たま)ふ。○都(みやこ)には
又(また)「高倉宮(たかくらのみや)園城寺(をんじやうじ)へ入御(じゆぎよの)時(とき)、南都(なんと)の大衆(だいしゆ)同心(どうしん)して、
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あま(ッ)さへ(あまつさへ)【剰へ】御(おん)むかへにまいる(まゐる)【参る】条(でう)、これも(ッ)て朝敵(てうてき)なり。されば
南都(なんと)をも三井寺(みゐでら)をもせめ【攻め】らるべし」といふ程(ほど)こそ
あり【有り】けれ、奈良(なら)の大衆(だいしゆ)おびたたしく【夥しく】蜂起(ほうき)す。摂政殿(せつしやうどの)
より「存知(ぞんぢ)の旨(むね)あらば、いくたびも奏聞(そうもん)にこそ及(およ)
ばめ」と仰下(おほせくだ)されけれども、一切(いつせつ)もちゐ【用ゐ】たてまつら【奉ら】ず。
右官(うくわん)(ウクハン)の別当(べつたう)忠成(ただなり)を御使(おんつかひ)にくださ【下さ】れたりければ、「しや
のり物(もの)【乗物】よりと(ッ)てひき【引き】おとせ【落せ】。もとどり【髻】きれ」と騒動(さうどう)する
間(あひだ)、忠成(ただなり)色(いろ)をうしな(ッ)【失つ】てにげ【逃げ】のぼる。つぎに右衛門佐(うゑもんのすけ)
親雅(ちかまさ)をくださ【下さ】る。これ【是】をも「もとどり【髻】きれ」と大衆(だいしゆ)
P05130
ひしめきければ、とる【取る】物(もの)もとりあへずにげのぼる。
其(その)時(とき)は勧学院(くわんがくゐん)(クハンガクゐん)の雑色(ざふしき)(ザウシキ)二人(ににん)がもとどり【髻】きら【切ら】れに
けり。又(また)南都(なんと)には大(おほき)なる球丁【*毬杖】(ぎつちやう)の玉(たま)をつく(ッ)て、これは
平相国(へいしやうこく)のかうべ【頭】となづけ【名付け】て、「うて【打て】、ふめ【踏め】」な(ン)ど(なんど)ぞ申(まうし)ける。
「詞(ことば)のもらし【漏らし】やすきは、わざはひ(わざわひ)【災】をまねく媒(なかだち)なり。詞(ことば)
のつつしま【慎ま】ざるは、やぶれ【敗れ】をとる【取る】道(みち)なり」といへり。こ
の入道(にふだう)相国(しやうこく)と申(まう)すは、かけまくもかたじけなく【忝く】当今(たうぎん)
の外祖(ぐわいそ)(グハイソ)にておはします。それをかやうに申(まうし)ける南
都(なんと)の大衆(だいしゆ)、凡(およそ)(ヲヨソ)は天魔(てんま)の所為(しよゐ)とぞみえ【見え】たりける。入道(にふだう)
P05131
相国(しやうこく)かやうの事(こと)どもつたへ【伝へ】きき給(たま)ひて、いかでかよ
しとおもは【思は】るべき。かつがつ南都(なんと)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)をしづめん
とて、備中国(びつちゆうのくにの)住人(ぢゆうにん)瀬尾(せのをの)太郎(たらう)兼康(かねやす)、大和国(やまとのくに)の検
非所(けんびしよ)に補(ふ)せらる。兼康(かねやす)五百(ごひやく)余騎(よき)で南都(なんと)へ発向(はつかう)す。
「相構(あひかまへ)て、衆徒(しゆと)は狼籍【*狼藉】(らうぜき)をいたすとも、汝等(なんぢら)はいたすべ
からず。物(もの)の具(ぐ)なせそ。弓箭(きゆうせん)(キウセン)な帯(たい)しそ」とてむけ
られたりけるに、大衆(だいしゆ)かかる内儀(ないぎ)をばしら【知ら】ず、兼康(かねやす)
がよせい【余勢】六十(ろくじふ)余人(よにん)からめと(ッ)て、一々(いちいち)にみな頸(くび)をき(ッ)て、
猿沢(さるさは)の池(いけ)のはたにぞかけ【懸け】ならべ【並べ】たる。入道(にふだう)相国(しやうこく)大(おほき)に
P05132
いか(ッ)て、「さらば南都(なんと)をせめ【攻め】よや」とて、大将軍(たいしやうぐん)には頭(とうの)
中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)、副将軍(ふくしやうぐん)には中宮[B ノ]亮(ちゆうぐうのすけ)通盛(みちもり)、都合(つがふ)其(その)
勢(せい)四万(しまん)余騎(よき)で、南都(なんと)へ発向(はつかう)す。大衆(だいしゆ)も老少(らうせう)き
らはず、七千(しちせん)余人(よにん)、甲(かぶと)の緒(を)をしめ、奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)
二ケ所[B ノ](にかしよの)、路(みち)をほり【掘り】き(ッ)て、堀(ほり)ほり、かいだて【掻楯】かき、さかも木(ぎ)【逆茂木】
ひいて待(まち)かけたり。平家(へいけ)は四万(しまん)余騎(よき)を二手(ふたて)に
わか(ッ)て、奈良坂(ならざか)・般若寺(はんにやじ)二ケ所(にかしよ)の城郭(じやうくわく)(ジヤウクハク)にをし(おし)【押し】よせ
て、時(とき)をど(ッ)とつくる。大衆(だいしゆ)はみなかち立(だち)うち物(もの)【打物】也(なり)。官
軍(くわんぐん)(クハングン)は馬(むま)にてかけ【駆け】まはしかけまはし、あそこここにお(ッ)【追つ】かけ【掛け】
P05133
お(ッ)【追つ】かけ【掛け】、さしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】さんざん【散々】にゐ(い)【射】ければ、ふせく【防く】
ところ【所】の大衆(だいしゆ)、かずをつくゐ(つくい)【尽くい】てうた【討た】れにけり。卯刻(うのこく)
に矢合(やあはせ)して、一日(いちにち)たたかひくらす【暮す】。夜(よ)に入(いり)て奈良坂(ならざか)・
般若寺(はんにやじ)二ケ所(にかしよ)の城郭(じやうくわく)(ジヤウクハク)ともにやぶれぬ。おち【落ち】ゆく
衆徒(しゆと)のなかに、坂四郎(さかのしらう)永覚(やうかく)といふ悪僧(あくそう)あり【有り】。打
物(うちもの)も(ッ)【持つ】ても、弓矢(ゆみや)をと(ッ)ても、力(ちから)のつよさも、七大寺(しちだいじ)・十
五大寺(じふごだいじ)にすぐれたり。もえぎ威(をどし)の腹巻(はらまき)のうへ【上】に、
黒糸威(くろいとをどし)の鎧(よろひ)(ヨロイ)をかさね【重ね】てぞき【着】たりける。帽子甲(ぼうしかぶと)
に五牧甲(ごまいかぶと)の緒(を)をしめて、左右(さう)の手(て)には、茅(ち)の葉(は)
P05134
のやうにそ(ッ)【反つ】たる白柄(しらえ)の大長刀(おほなぎなた)、黒漆(こくしつ)の大太刀(おほだち)もつ
ままに、同宿(どうじゆく)十(じふ)余人(よにん)、前後(ぜんご)にたて【立て】、てがい(てんがい)【碾磑】の門(もん)より
う(ッ)【打つ】ていでたり。これぞしばらく【暫く】ささへたる。おほく【多く】
の官兵(くわんびやう)(クハンビヤウ)、馬(むま)の足(あし)なが【薙が】れてうた【討た】れにけり。されども
官軍(くわんぐん)は大勢(おほぜい)にて、いれかへ【入れ替へ】いれかへ【入れ替へ】せめ【攻め】ければ、永覚(やうかく)が
前後(ぜんご)左右(さゆう)にふせく【防く】ところ【所】の同宿(どうじゆく)みなうた【討た】れぬ。
永覚(やうかく)ただひとりたけけれ【猛けれ】ど、うしろ【後】あらはになり
ければ、南(みなみ)をさいておち【落ち】ぞゆく。夜(よ)いくさ【軍】にな(ッ)て、
くらさ【暗さ】はくらし、大将軍(たいしやうぐん)頭(とうの)中将(ちゆうじやう)、般若寺(はんにやじ)の門(もん)の前(まへ)に
P05135
う(ッ)【打つ】た(ッ)【立つ】て、「火(ひ)をいだせ」との給(たま)ふ程(ほど)こそあり【有り】けれ、平
家(へいけ)の勢(せい)のなかに、幡磨国【*播磨国】(はりまのくにの)住人(ぢゆうにん)福井庄(ふくゐのしやうの)下司(げし)、二
郎(じらう)大夫(たいふ)友方(ともかた)といふもの、たて【楯】をわり【破り】たい松(まつ)にして、
在家(ざいけ)に火(ひ)をぞかけたりける。十二月(じふにぐわつ)廿八日(にじふはちにち)の夜(よ)なり
ければ、風(かぜ)ははげしし【烈しし】、ほもと【火元】はひとつ【一つ】なりけれども【共】、
吹(ふき)まよふ風(かぜ)に、おほく【多く】の伽藍(がらん)に吹(ふき)かけたり。恥(はぢ)をも
おもひ【思ひ】、名(な)をもおしむ(をしむ)【惜しむ】ほど【程】のものは、奈良坂(ならざか)にて
うちじに【討死】し、般若寺(はんにやじ)にしてうた【討た】れにけり。行歩(ぎやうぶ)にか
なへ【叶へ】る物(もの)は、吉野(よしの)十津河(とつかは)の方(かた)へ落(おち)ゆく。あゆみ【歩み】も
P05136
えぬ老僧(らうそう)や、尋常(じんじやう)なる修学者(しゆがくしや)児(ちご)ども【共】、をんな【女】
童部(わらんべ)は、大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)のうへ、やましな寺(でら)【山階寺】のうち
へ、われさきにとぞにげ【逃げ】ゆきける。大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)
の上(うへ)には千余人(せんよにん)のぼりあがり【上がり】、かたき【敵】のつづく【続く】をの
ぼせ【上せ】じと、橋(はし)をばひい【引い】て(ン)げり。猛火(みやうくわ)(ミヤウクハ)はまさしうをし(おし)【押し】
かけ【掛け】たり。おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】声(こゑ)、焦熱(せうねつ)・大焦熱(だいせうねつ)・無間阿
毘(むけんあび)のほのを(ほのほ)【炎】の底(そこ)の罪人(ざいにん)も、これにはすぎじとぞ
見(み)えし。興福寺(こうぶくじ)は淡海公(たんかいこう)の御願(ごぐわん)(ごグハン)、藤氏(とうじ)累代(るいたい)の寺(てら)也(なり)。
東金堂(とうこんだう)におはします仏法(ぶつぽふ)最初(さいしよ)の釈迦(しやか)の像(ざう)、西金
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堂(さいこんだう)におはします自然(じねん)涌出(ゆじゆつ)の観世音(くわんぜおん)、瑠璃(るり)をならべ
し四面(しめん)の廊(らう)、朱丹(しゆたん)をまじへし二階(にかい)の楼(ろう)、九輪(くりん)
そらにかかやき【輝き】し二基(にき)の塔(たふ)(タウ)、たちまちに煙(けぶり)と成(なる)
こそかなしけれ。東大寺(とうだいじ)は、常在不滅(じやうざいふめつ)、実報(じつぱう)(ジツポウ)寂光(じやつくわう)(ジヤツクハウ)
の生身(しやうじん)の御仏(おんほとけ)とおぼしめし【思し召し】なずらへて、聖武皇
帝(しやうむくわうてい)、手(て)づからみづからみがき【磨き】たて給(たま)ひし金銅(こんどう)十
六(じふろく)丈(じやう)の廬遮那仏(るしやなぶつ)、烏瑟(うしつ)たかくあらはれ【現はれ】て半天(はんでん)
の雲(くも)にかくれ、白毫(びやくがう)新(あらた)におがま(をがま)【拝ま】れ給(たま)ひし満月(まんぐわつ)(マングハツ)の
尊容(そんよう)も、御(み)くし【髪】はやけ【焼け】おち【落ち】て大地(だいぢ)にあり【有り】、御身(ごしん)は
P05138
わきあひ【鎔き合ひ】て山(やま)のごとし【如し】。八万四千(はちまんしせん)の相好(さうがう)は、秋(あき)の月(つき)
はやく五重(ごぢゆう)(ゴヂウ)の雲(くも)におぼれ、四十一地(しじふいちぢ)の瓔珞(やうらく)(ヨウラク)は、夜(よる)
の星(ほし)むなしく十悪(じふあく)の風(かぜ)にただよふ。煙(けぶり)は中天(ちゆうてん)に
みちみち、ほのを(ほのほ)【炎】は虚空(こくう)にひまもなし。まのあたりに
見(み)たてまつる【奉る】物(もの)、さらにまなこ【眼】をあてず。はるかにつた
へきく人(ひと)は、肝(きも)たましゐ(たましひ)【魂】をうしなへ【失へ】り。法相(ほつさう)・三輪(さんろん)の
法門(ほふもん)聖教(しやうげう)、すべて一巻(いちくわん)(いちクハン)のこらず。我(わが)朝(てう)はいふに及(およば)ず、
天竺(てんぢく)震旦(しんだん)にもこれ【是】程(ほど)の法滅(ほふめつ)あるべしともおぼえ
ず。うでん大王(だいわう)【優填大王】の紫磨金(しまごん)をみがき、毘須羯磨(びしゆかつま)が赤
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栴檀(しやくせんだん)をきざん【刻ん】じも、わづかに等身(とうじん)の御仏(おんほとけ)なり。況
哉(いはんや)これは南閻浮提(なんえんぶだい)(ナンヱンブダイ)のうちには唯一(ゆいいつ)無双(ぶさう)の御仏(おんほとけ)、
ながく朽損(きうそん)の期(ご)あるべしともおぼえざりしに、いま
毒縁(どくえん)(ドクヱン)の塵(ちり)にまじは(ッ)て、ひさしく【久しく】かなしみをのこし
給(たま)へり。梵尺(ぼんしやく)四王(しわう)、竜神(りゆうじん)(リウジン)八部(はちぶ)、冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)冥衆(みやうしゆ)も驚(おどろ)(ヲドロ)き
さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】給(たま)ふらんとぞ見(み)えし。法相(ほつさう)擁護(をうご)の春日(かすが)の
大明神(だいみやうじん)、いかなる事(こと)をかおぼしけん。されば春日野(かすがの)の
露(つゆ)も色(いろ)かはり、三笠山(みかさやま)の嵐(あらし)の音(おと)うらむる【恨むる】さまに
ぞきこえ【聞え】ける。ほのを(ほのほ)【炎】の中(なか)にてやけ【焼け】しぬる人
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数(にんじゆ)をしるひ(しるい)【記い】たりければ、大仏殿(だいぶつでん)の二階(にかい)の上(うへ)には
一千七百余人(いつせんしちひやくよにん)、山階寺(やましなでら)には八百(はつぴやく)余人(よにん)、或(ある)御堂(みだう)には
五百余人(ごひやくよにん)、或(ある)御堂(みだう)には三百(さんびやく)余人(よにん)、つぶさにしるい
たりければ、三千五百(さんぜんごひやく)余人(よにん)なり。戦場(せんぢやう)にしてう
たるる大衆(だいしゆ)千(せん)余人(よにん)、少々(せうせう)は般若寺(はんにやじ)の門(もん)の前(まへ)に
きりかけ、少々(せうせう)はもたせて都(みやこ)へのぼり給(たま)ふ。廿九日(にじふくにち)、
頭(とうの)中将(ちゆうじやう)、南都(なんと)ほろぼして北京(ほくきやう)へ帰(かへ)りいら【入ら】る。入道(にふだう)相
国(しやうこく)ばかりぞ、いきどをり(いきどほり)【憤り】はれ【晴れ】てよろこば【喜ば】れけれ。中宮(ちゆうぐう)・
一院(いちゐん)・上皇(しやうくわう)・摂政殿(せつしやうどの)以下(いげ)の人々(ひとびと)は、「悪僧(あくそう)をこそほろ
P05141
ぼす【亡ぼす】とも、伽藍(がらん)を破滅(はめつ)すべしや」とぞ御歎(おんなげき)あり【有り】
ける。衆徒(しゆと)の頸(くび)ども【共】、もとは大路(おほち)(ヲホチ)をわたして獄
門(ごくもん)の木(き)に懸(かけ)らるべしときこえ【聞え】しかども、東大寺(とうだいじ)・
興福寺(こうぶくじ)のほろびぬるあさましさに、沙汰(さた)にも及(およば)
ず。あそこここの溝(みぞ)や堀(ほり)にぞすて【捨て】をき(おき)ける。聖
武皇帝(しやうむくわうてい)震筆【*宸筆】(しんぴつ)の御記文(ごきもん)には、「我(わが)寺(てら)興福(こうぶく)せば、
天下(てんが)も興福(こうぶく)し、吾(わが)寺(てら)衰微(すいび)せば、天下(てんが)も衰微(すいび)
すべし」とあそばさ【遊ばさ】れたり。されば天下(てんが)の衰微(すいび)せん
事(こと)も疑(うたがひ)(ウタガイ)なしとぞ見(み)えたりける。あさましかり
P05142
つる年(とし)もくれ、治承(ぢしよう)も五年(ごねん)になり【成り】にけり。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第五(だいご)