平家物語 高野本 巻第十

平家 十(表紙)
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平家十之巻 目録
           イ本 重衡大路渡
首渡          内裏女房
八島院宣        請文
戒文          海道下
千手前         横笛
高野巻         維盛出家
維盛熊野参詣      維盛入水
イ池大納言関東下向
三日平氏付維盛北方出家 藤戸
大嘗会の沙汰
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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十(だいじふ)
『首渡(くびわたし)』S1001
○寿永(じゆえい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)七日(なぬかのひ)、摂津国(つのくに)一(いち)の谷(たに)にて
うた【討た】れし平氏(へいじ)の頸(くび)共(ども)、十二日(じふににち)都(みやこ)へいる【入る】。平家(へいけ)に
むすぼほれたる人々(ひとびと)は、わが【我が】方(かた)ざまにいかなるうき
目(め)をかみ【見】むずらんと、なげきあひかなしみあへ【合へ】
り。中(なか)にも大覚寺(だいかくじ)にかくれ居(ゐ)給(たま)へる小松(こまつの)三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の北方(きたのかた)、ことさらおぼつかなく思(おも)
はれける。「今度(こんど)一(いち)の谷(たに)にて一門(いちもん)の人々(ひとびと)残(のこり)ずく
なううた【討た】れたまひ【給ひ】、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)と云(いふ)公卿(くぎやう)一人(いちにん)、いけ
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どりにせられてのぼる也(なり)」ときき給(たま)ひ、「この人(ひと)
はなれ【離れ】じ物(もの)を」とて、ひき【引き】かづきてぞふし
たまふ【給ふ】。ある【或】女房(にようばう)の出(いで)きて申(まうし)けるは、「三位(さんみの)中将
殿(ちゆうじやうどの)と申(まうす)は、是(これ)の御事(おんこと)にてはさぶらはず。本三
位(ほんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の御(おん)こと【御事】也(なり)」と申(まうし)ければ、「さては頸(くび)共(ども)の
中(なか)にこそあるらめ」とて、なを(なほ)【猶】心(こころ)やすうもおもひ【思ひ】
給(たま)はず。同(おなじき)十三日(じふさんにち)、大夫(たいふの)判官(はんぐわん)仲頼(なかより)、六条河原(ろくでうかはら)に
出(いで)むか(ッ)【向つ】て、頸(くび)共(ども)うけ【受け】とる【取る】。東洞院(ひがしのとうゐん)の大路(おほち)を北(きた)へ
わたして獄門(ごくもん)の木(き)にかけらるべきよし、蒲(かばの)冠者(くわんじや)
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範頼(のりより)・九郎(くらう)冠者(くわんじや)義経(よしつね)奏聞(そうもん)す。法皇(ほふわう)、此(この)条(でう)いかが
あるべからむとおぼしめし【思し召し】わづらひ【煩ひ】て、太政(だいじやう)大臣(だいじん)・
左右(さう)の大臣(だいじん)・内大臣(ないだいじん)・堀河(ほりかはの)大納言(だいなごん)忠親卿(ただちかのきやう)に仰(おほせ)あは
せ【合はせ】らる。五人(ごにん)の公卿(くぎやう)申(まう)されけるは、「昔(むかし)より卿相(けいしやう)の
位(くらゐ)にのぼるもの【者】の頸(くび)、大路(おほち)をわたさるる事(こと)先
例(せんれい)なし。就中(なかんづく)此(この)輩(ともがら)は、先帝(せんてい)の御時(おんとき)、戚里(せきり)の
臣(しん)として久(ひさ)しく朝家(てうか)につかうまつる。範頼(はんらい)・
義経(ぎけい)が申状(まうしじやう)、あながち御許容(ごきよよう)あるべからず」と、
おのおの一同(いちどう)に申(まう)されければ、わたさ【渡さ】るまじき
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にて有(あり)けるを、範頼(のりより)・義経(よしつね)かさね【重ね】て奏聞(そうもん)し
けるは、「保元(ほうげん)の昔(むかし)をおもへ【思へ】ば、祖父(そぶ)為義(ためよし)があた、
平治(へいぢ)のいにしへを案(あん)ずれば、父(ちち)義朝(よしとも)がかたき【敵】也(なり)。
君(きみ)の御(おん)憤(いきどほり)(イキドヲリ)をやすめ奉(たてまつ)り、父祖(ふそ)の恥(はぢ)をきよめん
がために、命(いのち)を捨(すて)て朝敵(てうてき)をほろぼす。今度(こんど)
平氏(へいじ)の頸(くび)共(ども)大路(おほち)をわたされずは、自今(じごん)以後(いご)
なんのいさみあ(ッ)てか凶賊(きようぞく)(ケウゾク)をしりぞけんや」と、
両人(りやうにん)頻(しきり)にう(ッ)たへ(うつたへ)【訴へ】申(まうす)間(あひだ)、法皇(ほふわう)力(ちから)およば【及ば】せ給(たま)はで、
終(つひ)にわたされけり。みる【見る】人(ひと)いくらといふ数(かず)を
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しらず。帝闕(ていけつ)に袖(そで)をつらねしいにしへは、おぢおそ
るる【恐るる】輩(ともがら)おほかり【多かり】き。巷(ちまた)(チマタ)に首(かうべ)をわたさるる今(いま)は、
あはれみかなしまずといふ事(こと)なし。小松(こまつ)の三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の若君(わかぎみ)、六代(ろくだい)御前(ごぜん)につき奉(たてまつ)たる
斎藤五(さいとうご)、斎藤六(さいとうろく)、あまりのおぼつかなさに、さま
をやつして見(み)ければ、頸(くび)共(ども)は見(み)しりたてま(ッ)
たれども、三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の御頸(おんくび)はみえ【見え】たまは【給は】ず。
されどもあまりにかなしくて、つつむにたへ【堪へ】ぬ
涙(なみだ)のみしげかりければ、よその人目(ひとめ)もおそろ
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しさ【恐ろしさ】に、いそぎ大覚寺(だいかくじ)へぞまいり(まゐり)【参り】ける。北方(きたのかた)
「さて、いかにやいかに」と問(とひ)給(たま)へば、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)に
は、備中(びつちゆうの)守殿(かうのとの)の御頸(おんくび)ばかりこそみえ【見え】させ
給(たま)ひ候(さうらひ)つれ。其(その)外(ほか)はそんぢやうその頸(くび)、其(その)御頸(おんくび)」
と申(まうし)ければ、「いづれも人(ひと)のうへ【上】ともおぼえず」
とて、涙(なみだ)にむせび給(たま)ひけり。ややあ(ッ)て、斎藤
五(さいとうご)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て申(まうし)けるは、「此(この)一両年(いちりやうねん)はかくれ
居(ゐ)候(さうらひ)て、人(ひと)にもいたくみしられ候(さうら)はず。今(いま)しばらく
もみ【見】まいらす(まゐらす)【参らす】べう候(さうらひ)つれども、よにくはしう【詳しう】案内(あんない)
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しり【知り】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる者(もの)の申(まうし)候(さうらひ)つるは、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)は、
今度(こんど)の合戦(かつせん)には、播磨(はりま)と丹波(たんば)のさかひ【境】で候(さうらふ)
なるみくさ【三草】山(やま)をかためさせ給(たま)ひて候(さうらひ)けるが、
九郎(くらう)義経(よしつね)にやぶられて、新三位(しんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)・小松(こまつの)
少将殿(せうしやうどの)・丹後(たんごの)侍従殿(じじゆうどの)は播磨(はりま)の高砂(たかさご)より御舟(おんふね)に
めし【召し】て、讃岐(さぬき)の八島(やしま)へわたらせ給(たまひ)て候(さうらふ)也(なり)。何(なに)と
してはなれ【離れ】させ給(たまひ)て候(さうらひ)けるやらん、御兄弟(ごきやうだい)の
御(おん)なかには、備中(びつちゆうの)守殿(かみどの)ばかり一谷(いちのたに)にてうた【討た】れさせ
給(たまひ)て候(さうらふ)」と申(まうす)ものにこそあひ【逢ひ】て候(さうらひ)つれ。「さて
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小松(こまつの)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の御事(おんこと)はいかに」ととひ候(さうらひ)つれば、
「それはいくさ【軍】以前(いぜん)より大事(だいじ)の御(おん)いたはりとて、
八島(やしま)に御渡(おんわたり)候(さうらふ)間(あひだ)、此(この)たびはむかは【向は】せ給(たまひ)候(さうら)はず」と、
こまごまとこそ申(まうし)候(さうらひ)つれ」と申(まうし)ければ、「それも
われら【我等】がこと【事】をあまりにおもひ【思ひ】なげき給(たま)ふが、
病(やまひ)となりたるにこそ。風(かぜ)のふく日(ひ)は、けふもや船(ふね)
にのり給(たまふ)らんと肝(きも)をけし、いくさ【軍】といふ時(とき)は、ただ
今(いま)【只今】もやうた【討た】れ給(たまふ)らむと心(こころ)をつくす。まして
さ様(やう)の御(おん)いたはりなんどをも、たれか心(こころ)やすう
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あつかひたてまつる【奉る】べき。くはしうきかばや」との
たまへ【宣へ】ば、若君(わかぎみ)・姫君(ひめぎみ)、「など、なんの御(おん)いたはりとはとは【問は】
ざりけるぞ」とのたまひ【宣ひ】けるこそ哀(あはれ)なれ。三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)もかよふ心(こころ)なれば、「都(みやこ)にいかにおぼつかなく
思(おも)ふらん。頸(くび)共(ども)のなか【中】にはなくとも、水(みづ)におぼれて
も死(し)に、矢(や)にあた(ッ)てもうせぬらん。此(この)世(よ)にある
もの【物】とはよもおもは【思は】じ。露(つゆ)の命(いのち)の末(すゑ)ながらへ【永らへ】たる
としらせ【知らせ】奉(たてまつ)らばや」とて、侍(さぶらひ)一人(いちにん)したて【仕立て】て都(みやこ)へ
のぼせ【上せ】られけり。三(みつ)のふみ【文】をぞかかれける。まづ北方(きたのかた)
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への御(おん)ふみ【文】には、「都(みやこ)にはかたき【敵】みちみちて、
御身(おんみ)ひとつ【一つ】のをきどころ(おきどころ)【置き所】だにあらじに、おさな
き(をさなき)【幼き】もの【者】共(ども)引(ひき)ぐし【具し】て、いかにかなしう【悲しう】おぼすらん。
是(これ)へむかへ【向へ】たてま(ッ)【奉つ】て、ひとところ【一所】でいかにもならば
やとは思(おも)へども、我(わが)身(み)こそあらめ、御(おん)ため心(こころ)ぐるし
くて」な(ン)ど(なんど)こまごまと書(かき)つづけ、おくに一首(いつしゆ)の
歌(うた)ぞ有(あり)ける。
いづくともしらぬあふせ【逢瀬】のもしほ草(ぐさ)【藻塩草】
かきをく(おく)【置く】あと【跡】をかたみともみよ【見よ】 W073
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おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の御(おん)もとへは、「つれづれをばいかにして
かなぐさみ【慰さみ】給(たま)ふらむ。いそぎむかへ【向へ】とらんずる
ぞ」と、こと葉(ば)もかはらずかひ(かい)【書い】てのぼせ【上せ】られけり。
此(この)御(おん)文(ふみ)共(ども)を給(たま)は(ッ)て、使(つかひ)都(みやこ)へのぼり、北方(きたのかた)に
御文(おんふみ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、今(いま)さら又(また)なげき
かなしみ給(たま)ひけり。使(つかひ)四五日(しごにち)候(さうらひ)て、いとま申(まうす)。
北方(きたのかた)なくなく御返事(おんぺんじ)かき給(たま)ふ。若公(わかぎみ)【若君】姫君(ひめぎみ)筆(ふで)
をそめ【染め】て、「さて父(ちち)御(ご)ぜんの御返事(おんぺんじ)は何(なに)と
申(まうす)べきやらん」と問(とひ)給(たま)へば、「ただともかうも、わ御前(ごぜん)
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たちのおもは【思は】んやうに申(まうす)べし」とこその給(たま)ひ
けれ。「などや今(いま)までむかへ【向へ】させ給(たま)はぬぞ。あ
まりにこひしく【恋しく】思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)に、とくとく
むかへ【向へ】させ給(たま)へ」と、おなじこと葉(ば)にぞかかれたる。
此(この)御(おん)文(ふみ)共(ども)を給(たま)は(ッ)て、使(つかひ)八島(やしま)にかへりまいる(まゐる)【参る】。
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、まづおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)の御文(おんふみ)を御覧(ごらん)
じてこそ、いよいよせん方(かた)なげにはみえ【見え】られ
けれ。「抑(そもそも)是(これ)より穢土(ゑど)(エド)を厭(いとふ)(イトウ)にいさみなし。
閻浮愛執(えんぶあいしふ)(エンブアイシウ)の綱(つな)つよければ、浄土(じやうど)をねがふも
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もの【物】うし。唯(ただ)是(これ)より山(やま)づたひ【山伝ひ】に都(みやこ)へのぼ(ッ)【上つ】て、こひしき【恋しき】ものどもを今(いま)一度(いちど)見(み)もし、みえ【見え】ての
後(のち)、自害(じがい)をせんにはしかじ」とぞ、泣々(なくなく)かたり給(たま)ひ
『内裏女房(だいりにようばう)』S1002
ける。○同(おなじき)十四日(じふしにち)、いけどり【生捕り】本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)重衡卿(しげひらのきやう)、六条(ろくでう)を
東(ひがし)へわたされけり。小(こ)八葉(ばちえふ)の車(くるま)に先後(ぜんご)の
簾(すだれ)をあげ、左右(さう)の物見(ものみ)をひらく。土肥(とひの)次郎(じらう)
実平(さねひら)、木蘭地(むくらんぢ)の直垂(ひたたれ)に小具足(こぐそく)ばかりして、
随兵(ずいびやう)卅(さんじふ)余騎(よき)、車(くるま)の先後(ぜんご)にうちかこ(ン)【囲ん】で守護(しゆご)
し奉(たてまつ)る。京中(きやうぢゆう)の貴賎(きせん)是(これ)をみて、「あないとをし(いとほし)、
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いかなる罪(つみ)のむくひぞや。いくらもまします
君達(きんだち)のなかに、かくなり給(たま)ふ事(こと)よ。入道殿(にふだうどの)に
も二位殿(にゐどの)にも、おぼえの御子(おんこ)にてましま
いしかば、御一家(ごいつけ)の人々(ひとびと)もおもき【重き】事(こと)に思(おも)ひ奉(たてまつ)
り給(たま)ひしぞかし。院(ゐん)へも内(うち)へもまいり(まゐり)【参り】給(たま)ひし
時(とき)は、老(おい)たるも若(わかき)も、ところ【所】ををき(おき)てもて
なし奉(たてまつ)り給(たま)ひし物(もの)を。是(これ)は南都(なんと)をほろぼし
給(たま)へる伽藍(がらん)の罰(ばち)にこそ」と申(まうし)あへ【合へ】り。河原(かはら)まで
わたされて、かへ(ッ)【帰つ】て、故(こ)中〔御〕門(なかのみかどの)藤(とうの)中納言(ちゆうなごん)家成卿(かせいのきやう)の
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八条堀川(はつでうほりかは)の御(み)だう【堂】にすゑたてま(ッ)【奉つ】て、土肥(とひの)
次郎(じらう)守護(しゆご)し奉(たてまつ)る。院(ゐんの)御所(ごしよ)より御使(おんつかひ)に蔵人(くらんどの)
左衛門(さゑもんの)権佐(ごんのすけ)定長(さだなが)、八条堀河(はつでうほりかは)へむかは【向は】れけり。赤衣(せきい)
にて剣笏(けんしやく)をぞ帯(たい)したりける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)は
紺村滋(こむらご)の直垂(ひたたれ)に、立烏帽子(たてえぼし)ひき【引き】たてておはし
ます。日比(ひごろ)は何(なに)共(とも)おもは【思は】れざりし定長(さだなが)を、今(いま)は
冥途(めいど)にて罪人共(ざいにんども)が冥官(みやうくわん)(ミヤウクハン)にあへ【逢へ】る心地(ここち)ぞせら
れける。仰(おほせ)下(くだ)されけるは、「八島(やしま)へかへりたくは、一門(いちもん)の
中(なか)へいひ【言ひ】をく(ッ)(おくつ)【送つ】て、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を都(みやこ)へ返(かへ)し
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入(いれ)奉(たてまつ)れ。しからば八島(やしま)へかへさ【返さ】るべしとの御気色(ごきしよく)
で候(さうらふ)」と申(まうす)。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)申(まう)されけるは、「重衡(しげひら)千人(せんにん)
万人(まんにん)が命(いのち)にも、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)をかへまいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとは、
内府(だいふ)以下(いげ)一門(いちもん)の者(もの)共(ども)、一人(いちにん)もよも申(まうし)候(さうら)はじ。
もし女性(によしやう)にて候(さうら)へば、母儀(ぼぎ)の二品(にほん)なんO[BH ど]やさも申(まうし)
候(さうら)はんずらむ。さは候(さうら)へども、居(ゐ)ながら院宣(ゐんぜん)をかへし
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】む事(こと)、其(その)恐(おそれ)も候(さうら)へば、申(まうし)送(おくつ)てこそ見(み)候(さうら)
はめ」とぞ申(まう)されける。O[BH 三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の][M 御]使(つかひ)は平三左衛門(へいざうざゑもん)重国(しげくに)、O[BH 院宣(ゐんぜん)の御使(おんつかひ)は、]御
坪(おつぼ)(ヲツボ)の召次(めしつぎ)花方(はなかた)とぞ聞(きこ)えし。私(わたくし)の文(ふみ)はゆる
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さ【許さ】れねば、人々(ひとびと)のもとへも詞(ことば)にてことづけ【言付け】給(たま)ふ。
北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)へも御詞(おんことば)にて申(まう)されけり。「旅(たび)の
空(そら)にても、人(ひと)はわれになぐさみ【慰さみ】、我(われ)は人(ひと)になぐ
さみ【慰さみ】奉(たてまつ)りしに、引(ひき)別(わかれ)てのち【後】、いかにかなしう【悲しう】
おぼすらん。「契(ちぎり)は朽(くち)せぬ物(もの)」と申(まう)せば、後(のち)の世(よ)には
かならず【必ず】むまれ【生れ】逢(あひ)奉(たてまつ)らん」と、泣々(なくなく)ことづけ給(たま)へば、
重国(しげくに)も涙(なみだ)をおさへ【抑へ】てたちにけり。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
の年(とし)ごろめし【召し】つかは【使は】れける侍(さぶらひ)に、木工(むく)右馬允(うまのじよう)
知時(ともとき)といふ者(もの)あり【有り】。八条(はつでう)の女院(にようゐん)に候(さうらひ)けるが、土肥(とひの)
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次郎(じらう)がもとにゆきむか(ッ)【向つ】て、「是(これ)は中将殿(ちゆうじやうどの)に先
年(せんねん)めし【召し】つかは【使は】れ候(さうらひ)し某(それがし)と申(まうす)者(もの)にて候(さうらふ)が、西国(さいこく)
へも御供(おんとも)仕(つかまつる)べき由(よし)存(ぞんじ)候(さうらひ)しか共(ども)、八条(はつでう)の女院(にようゐん)に
兼参(けんざん)[* 左に(カネテマイリ)の振り仮名]の者(もの)にて候(さうらふ)間(あひだ)、力(ちから)およば【及ば】でまかり【罷り】とど
ま(ッ)て候(さうらふ)が、けふ大路(おほち)(ヲホチ)で見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へば、目(め)もあて
られず、いとをしう(いとほしう)[B 「いとをしう」に「あまりにいたしうイ」と傍書]おもひ奉(たてまつ)り候(さうらふ)。しかる【然る】べう候(さうら)はば、
御(おん)ゆるされ【許され】を蒙(かうむり)て、ちかづき【近付き】まいり(まゐり)【参り】候(さうらひ)て、今(いま)一度(いちど)
見参(げんざん)にいり、昔語(むかしがた)りをも申(まうし)て、なぐさめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
ばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)。させる弓矢(ゆみや)とる身(み)で候(さうら)はねば、いくさ【軍】
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合戦(かつせん)の御供(おんとも)を仕(つかまつり)たる事(こと)も候(さうら)はず、ただ朝(あさ)ゆふ【朝夕】
祗候(しこう)せしばかりで候(さうらひ)き。さりながら、なを(なほ)【猶】[B おぼ]つかなう
おぼしめし【思し召し】候(さうら)はば、腰(こし)の刀(かたな)をめし【召し】をか(おか)【置か】れて、まげて
御(おん)ゆるされ【許され】を蒙(かうむり)候(さうらは)ばや」と申(まう)せば、土肥(とひの)次郎(じらう)なさけ
あるおのこ(をのこ)【男】にて、「御一人(ごいちにん)ばかりは何事(なにごと)か候(さうらふ)べき。
さりながらも」とて、腰(こし)の刀(かたな)をこひ【乞ひ】と(ッ)ていれ【入れ】て(ン)
げり。右馬允(うまのじよう)なのめならず悦(よろこび)て、いそぎまい(ッ)(まゐつ)【参つ】
てみ【見】奉(たてまつ)れば、誠(まこと)に思(おも)ひいれ【入れ】給(たま)へるとおぼしくて、
御(おん)姿(すがた)もいたくしほれ(しをれ)【萎れ】かへ(ッ)【返つ】て居(ゐ)給(たま)へる御(おん)有様(ありさま)を
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見(み)奉(たてまつ)るに、知時(ともとき)涙(なみだ)もさらにおさへ【抑へ】がたし。三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)も是(これ)を御覧(ごらん)じて、夢(ゆめ)にゆめ【夢】みる【見る】心地(ここち)
して、とかうの事(こと)もの給(たま)は【宣は】ず。只(ただ)なく【泣く】より
外(ほか)の事(こと)ぞなき。やや久(ひさ)しうあ(ッ)て、昔(むかし)いまの物
語(ものがたり)共(ども)したまひ【給ひ】て後(のち)、「さても汝(なんぢ)(ナンジ)して物(もの)いひ【言ひ】し
人(ひと)は、未(いまだ)内裏(だいり)にとやきく」。「さこそ承(うけたまはり)候(さうら)へ」。「西国(さいこく)へ下(くだり)
し時(とき)、文(ふみ)をもやらず、いひをく(おく)【置く】事(こと)だになかりしを、
世々(よよ)のちぎり【契り】はみな偽(いつはり)にてあり【有り】けりと思(おも)ふらん
こそはづかしけれ。文(ふみ)をやらばやと思(おも)ふは。尋(たづね)て行(ゆき)
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てんや」との給(たま)へ【宣へ】ば、「御(おん)文(ふみ)を給(たまは)(ッ)【賜つ】てまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん」と
申(まう)す。中将(ちゆうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、やがてかい【書い】てぞ
たう【賜う】だりける。守護(しゆご)の武士(ぶし)共(ども)「いかなる御(おん)文(ふみ)にて候(さうらふ)や
らむ。いだしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】じ」と申(まうす)。中将(ちゆうじやう)「みせよ【見せよ】」との給(たま)へ【宣へ】ば、
みせ【見せ】て(ン)げり。「くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」とてとらせけり。
知時(ともとき)も(ッ)て内裏(だいり)へまいり(まゐり)【参り】たりけれ共(ども)、ひるは人目(ひとめ)
のしげければ、其(その)へんちかき小屋(せうをく)にたち【立ち】入(いり)て
日(ひ)を待(まち)暮(くら)し、局(つぼね)の下口(しもぐち)へんにたたず(ン)できけ
ば、此(この)人(ひと)のこゑ【声】とおぼしくて、「いくらもある人(ひと)の
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なかに、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)しも生取(いけどり)にせられて、大路(おほち)をわた
さるる事(こと)よ。人(ひと)はみな奈良(なら)を焼(やき)たる罪(つみ)のむく
ひといひあへ【合へ】り。中将(ちゆうじやう)もさぞいひし。「わが心(こころ)におこ(ッ)て
はやかねども、悪党(あくたう)おほかり【多かり】しかば、手々(てんで)に火(ひ)を
はな(ッ)【放つ】て、おほく【多く】の堂塔(だうたふ)を焼(やき)はらふ。末(すゑ)のつゆ【露】
本(もと)のしづくとなるなれば、われ一人(いちにん)が罪(つみ)にこそ
ならんずらめ」といひしか。げにさとおぼゆる【覚ゆる】」とかき
くどき、さめざめとぞなか【泣か】れける。右馬允(うまのじよう)「是(これ)
にも思(おも)はれける物(もの)を」といとをしう(いとほしう)覚(おぼ)へ(おぼえ)て、「もの【物】
P10025
申(まう)さう」どいへば、「いづくより」と問(とひ)給(たま)ふ。「三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)
より御文(おんふみ)の候(さうらふ)」と申(まう)せば、年(とし)ごろははぢて見(み)え
たまは【給は】ぬ女房(にようばう)の、せめての思(おも)ひのあまりにや、
「いづらやいづら」とてはしり【走り】出(いで)て、手(て)づから文(ふみ)をと(ッ)て
み【見】たまへ【給へ】ば、西国(さいこく)よりとられてありしありさま【有様】、
けふあすともしらぬ身(み)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】な(ン)ど(なんど)こまごま
と書(かき)つづけ、おくには一首(いつしゆ)の歌(うた)ぞ有(あり)ける。
涙河(なみだがは)うき名(な)をながす身(み)なりとも
いま一(ひと)たびのあふせ【逢瀬】ともがな W074
P10026
女房(にようばう)これをみ【見】給(たま)ひて、とかうの事(こと)もの給(たま)はず、
文(ふみ)をふところ【懐】に引(ひき)入(いれ)て、ただなくより外(ほか)の
事(こと)ぞなき。やや久(ひさ)しうあ(ッ)て、さてもあるべきなら
ねば、御(おん)かへり事(こと)あり【有り】。心(こころ)ぐるしういぶせくて、
二(ふた)とせ【年】ををくり(おくり)【送り】つる心(こころ)の中(うち)をかきたまひ【給ひ】て、
君(きみ)ゆへ(ゆゑ)【故】にわれもうき名(な)をながすとも
そこ【底】のみくづ【水屑】とともに成(なり)なむ W075
知時(ともとき)も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。守護(しゆご)の武士(ぶし)共(ども)、又(また)「み【見】まひ
らせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はん」と申(まう)せば、みせ【見せ】て(ン)げり。「くるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」
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とて奉(たてまつ)る。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)是(これ)をみて、いよいよ思(おも)ひや
まさり給(たま)ひけん、土肥(とひの)次郎(じらう)にのたまひ【宣ひ】けるは、
「年来(としごろ)あひぐし【具し】たりし女房(にようばう)に、今(いま)一度(いちど)対〔面〕(たいめん)して、
申(まうし)たき事(こと)のあるはいかがすべき」とのたまへ【宣へ】ば、
実平(さねひら)なさけあるおのこ(をのこ)【男】にて、「誠(まこと)に女房(にようばう)な(ン)ど(なんど)の
御事(おんこと)にてわたらせ給(たまひ)候(さうら)はんは、なじかはくるしう【苦しう】
候(さうらふ)べき」とてゆるし奉(たてまつ)る。中将(ちゆうじやう)なのめならず悦(よろこび)て、
人(ひと)に車(くるま)か(ッ)【借つ】てむかへ【向へ】につかはし【遣し】たりければ、女房(にようばう)とり
もあへず是(これ)にの(ッ)【乗つ】てぞおはしたる。ゑん(えん)【縁】に車(くるま)を
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やりよせて、かくと申(まう)せば、中将(ちゆうじやう)車(くるま)よせ【車寄せ】に出(いで)むかひ【向ひ】
給(たま)ひ、「武士(ぶし)共(ども)の見(み)奉(たてまつ)るに、おりさせ給(たまふ)べからず」
とて、車(くるま)の簾(すだれ)をうちかづき、手(て)に手(て)をとり
くみ、かほ【顔】にかほ【顔】をおしあてて、しばしは物(もの)もの給(たま)
はず、只(ただ)なくより外(ほか)の事(こと)ぞなき。稍(やや)久(ひさ)しう
あ(ッ)て中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「西国(さいこく)へくだりし時(とき)、
今(いま)一度(いちど)見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】たう候(さうらひ)しか共(ども)、おほかた【大方】の
世(よ)のさはがしさ(さわがしさ)【騒がしさ】に、申(まうす)べきたよりもなくてまかり【罷り】
くだり【下り】候(さうらひ)ぬ。其(その)後(のち)はいかにもして御(おん)文(ふみ)をもまい
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らせ(まゐらせ)【参らせ】、御(おん)かへり事(こと)をも承(うけたま)はりたう候(さうらひ)しか共(ども)、心(こころ)にまかせ【任せ】ぬ
旅(たび)のならひ【習ひ】、明暮(あけくれ)のいくさ【軍】にひまなくて、むなしく
年月(としつき)ををくり(おくり)【送り】候(さうらひ)き。今(いま)又(また)人(ひと)しれぬありさま【有様】を
見(み)候(さうらふ)は、二(ふた)たび【二度】あひ奉(たてまつ)るべきで候(さうらひ)けり」とて、袖(そで)を
かほ【顔】にをし(おし)【押し】あてて、うつぶしにぞなられける。たがひの
心(こころ)のうち、おしはかられてあはれ【哀】なり。かくてさ夜(よ)も
なかば【半ば】になりければ、「此(この)比(ごろ)は大路(おほち)(ヲホチ)の狼籍【*狼藉】(らうぜき)に候(さうらふ)に、
とうとう【疾う疾う】」とてかへし奉(たてまつ)る。車(くるま)やりいだせば、中将(ちゆうじやう)別(わかれ)
の涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て、泣々(なくなく)袖(そで)をひかへつつ、
P10030
逢(あふ)ことも露(つゆ)の命(いのち)ももろともに
こよひばかりやかぎりなるらむ W076
女房(にようばう)泪(なみだ)をおさへ【抑へ】つつ、
かぎりとて立(たち)わかるれば露(つゆ)の身(み)の
君(きみ)よりさきにきえぬべきかな W077
さて女房(にようばう)は内裏(だいり)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)ひぬ。其(その)後(のち)は守護(しゆご)
の武士(ぶし)共(ども)ゆるさ【許さ】ねば、ちからおよば【及ば】ず、時々(ときどき)御文(おんふみ)ばかり
ぞかよひける。此(この)女房(にようばう)と申(まう)すは、民部卿(みんぶきやうの)入道(にふだう)親範(しんぱん)
のむすめ也(なり)。みめ【眉目】形(かたち)世(よ)にすぐれ、なさけふかき
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人(ひと)なり。されば中将(ちゆうじやう)、南都(なんと)へわたされてきられ給(たまひ)ぬと
聞(きこ)えしかば、やがてさまをかへ、こき墨染(すみぞめ)にやつれ
はて、彼(かの)後世(ごせ)菩提(ぼだい)をとぶらはれけるこそ哀(あはれ)なれ。
『八島(やしま)院宣(ゐんぜん)』S1003
○さる程(ほど)に、平三左衛門(へいざうざゑもん)重国(しげくに)、御坪(おつぼ)の召次(めしつぎ)、八島(やしま)に
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て院宣(ゐんぜん)をたてまつる【奉る】。おほいとの以下(いげ)一門(いちもん)
の月卿(げつけい)雲客(うんかく)よりあひ給(たま)ひて、院宣(ゐんぜん)をひらかれけり。
一人(いちじん)聖体(せいたい)、北闕(ほつけつ)の宮禁(きゆうきん)(キウリン)を出(いで)て、諸州(しよしう)に幸(かう)し、
三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)、南海(なんかい)・四国(しこく)にうづもれて数年(すねん)をふ【経】、
尤(もつと)も朝家(てうか)のなげき、亡国(ばうこく)の基(もと)也(なり)。抑(そもそも)彼(かの)重衡卿(しげひらのきやう)は、
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東大寺(とうだいじ)焼失(ぜうしつ)の逆臣(ぎやくしん)也(なり)。すべからく頼朝(よりともの)朝臣(あつそん)申(まうし)請(うく)る
旨(むね)にまかせ【任せ】て、死罪(しざい)におこなはるべしといへども、
独(ひとり)親族(しんぞく)にわかれて、既(すで)に生取(いけどり)となる。籠鳥(ろうてう)雲(くも)を
恋(こふ)るおもひ【思ひ】、遥(はるか)に千里(せんり)の南海(なんかい)にうかび、帰雁(きがん)友(とも)を
失(うしな)ふ心(こころ)、定(さだめ)て九重(きうちよう)(キウテウ)の中途(ちゆうと)に通(とう)ぜんか。しかれば則(すなはち)
三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を返(かへ)しいれ【入れ】奉(たてまつ)らんにおゐて(おいて)は、
彼(かの)卿(きやう)を寛宥(くわんいう)(クハンユウ)せらるべき也(なり)。者(ていれば)院宣(ゐんぜん)かくのごとし。
仍(よつて)執達(しつたつ)如件(くだんのごとし)。寿永(じゆえい)三年(さんねん)二月(にぐわつ)十四日(じふしにち)大膳(だいぜんの)大夫(だいぶ)成忠(なりただ)が
うけたまはり【承り】進上(しんじやう)[B 「進」に「謹(キン)」と傍書]平(へい)大納言殿(だいなごんどの)へとぞかかれたる。
P10033
『請文(うけぶみ)』S1004
○大臣殿(おほいとの)・平(へい)大納言(だいなごん)のもとへは院宣(ゐんぜん)の趣(おもむき)を申(まうし)給(たま)ふ。
二位殿(にゐどの)へは御(おん)文(ふみ)こまごまとかいてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたり。
「今(いま)一度(いちど)御覧(ごらん)ぜんとおぼしめし【思し召し】候(さうら)はば、内侍所(ないしどころ)の
御事(おんこと)を大臣殿(おほいとの)に能々(よくよく)申(まう)させおはしませ。さ候(さうら)は
では、此(この)世(よ)にてげ(ン)ざん(げんざん)【見参】に入(いる)べしとも覚(おぼ)え候(さうら)はず」
な(ン)ど(なんど)ぞかかれたる。二位殿(にゐどの)はこれを見(み)給(たま)ひて、とかうの
事(こと)もの給(たま)はず、文(ふみ)をふところ【懐】に引(ひき)いれ【入れ】て、うつ
ぶしにぞなられける。まこと【誠】に心(こころ)のうち、さこそは
おはしけめとおしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。さる程(ほど)に、平(へい)
P10034
大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)をはじめとして、平家(へいけ)一門(いちもん)の公卿(くぎやう)
殿上人(てんじやうびと)よりあひ給(たま)ひて、御請文(おんうけぶみ)のおもむき【趣】僉
議(せんぎ)せらる。二位殿(にゐどの)は中将(ちゆうじやう)の文(ふみ)をかほ【顔】におしあてて、
人々(ひとびと)のなみ居(ゐ)給(たま)へるうしろの障子(しやうじ)をひき【引き】あけて、
大臣殿(おほいとの)の御(おん)まへにたふれ【倒れ】ふし、泣々(なくなく)のたまひ【宣ひ】けるは、
「あの中将(ちゆうじやう)が京(きやう)よりいひおこし【遣こし】たる事(こと)のむざん
さよ。げにも心(こころ)のうちにいかばかりの事(こと)を思(おも)ひ居(ゐ)たる
らん。只(ただ)われに思(おも)ひゆるして、内侍所(ないしどころ)を宮(みや)こ【都】へかへし
いれ【入れ】奉(たてまつ)れ」との給(たま)へ【宣へ】ば、大臣殿(おほいとの)「誠(まこと)に宗盛(むねもり)もさこそは
P10035
存(ぞんじ)候(さうら)へども、さすが世(よ)の聞(きこ)えもいふかい(かひ)なう候(さうらふ)。且(かつう)は頼朝(よりとも)
がおもは【思は】ん事(こと)もはづかしう候(さうら)へば、左右(さう)なう内侍所(ないしどころ)
を返(かへ)し入(いれ)奉(たてまつ)る事(こと)はかなひ【叶ひ】候(さうらふ)まじ。其(その)うへ、帝王(ていわう)の
世(よ)をたもた【保た】せ給(たま)ふ御事(おんこと)は、ひとへに内侍所(ないしどころ)の御(おん)故(ゆゑ)也(なり)。
子(こ)のかなしひ(かなしい)【悲しい】も様(やう)にこそより候(さうら)へ。且(かつう)は中将(ちゆうじやう)一人(いちにん)に、
余(よ)の子(こ)共(ども)、したしひ(したしい)【親しい】人々(ひとびと)をば、さておぼしめし【思し召し】かへ【替へ】させ
給(たまふ)べきか」と申(まう)されければ、二位殿(にゐどの)かさねての給(たま)ひ【宣ひ】
けるは、「故(こ)入道(にふだう)にをくれ(おくれ)【遅れ】て後(のち)は、かた時(とき)【片時】も命(いのち)いきて
あるべしともおもは【思は】ざりしか共(ども)、主上(しゆしやう)か様(やう)【斯様】にいつと
P10036
なく旅(たび)だたせ給(たまひ)たる御事(おんこと)の御心(おんこころ)ぐるしさ、
又(また)君(きみ)をも御代(みよ)にあらせまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ばやな(ン)ど(なんど)思(おも)ふ
ゆへ(ゆゑ)【故】にこそ、今(いま)までもながらへ【永らへ】てありつれ。中将(ちゆうじやう)一
谷(いちのたに)で生取(いけどり)にせられぬと聞(きき)し後(のち)は、肝(きも)たましい(たましひ)【魂】も
身(み)にそはず。いかにして此(この)世(よ)にて今(いま)一度(いちど)あひみる【見る】
べきと思(おも)へども、夢(ゆめ)にだにみえ【見え】ねば、いとどむねせきて、
湯水(ゆみづ)ものどへ入(いれ)られず。今(いま)此(この)文(ふみ)をみて後(のち)は、弥(いよいよ)思(おも)ひ
やりたる方(かた)もなし。中将(ちゆうじやう)世(よ)になき物(もの)ときかば、われも
同(おなじ)みちにおもむか【赴か】んと思(おも)ふ也(なり)。二(ふた)たび【二度】物(もの)をおもは【思は】ぬ
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さきに、ただわれをうしなひ【失ひ】給(たま)へ」とて、おめき(をめき)【喚き】さけ
び【叫び】給(たま)へば、まこと【誠】にさこそは思(おも)ひ給(たま)ふらめと哀(あはれ)に
覚(おぼ)えて、人々(ひとびと)涙(なみだ)をながしつつ、みなふしめ【伏目】にぞなられ
ける。新中納言(しんぢゆうなごん)知盛(とももり)の意見(いけん)に申(まう)されけるは、
「三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を都(みやこ)へ返(かへ)し入(いれ)たてま(ッ)【奉つ】たりとも、
重衡(しげひら)をかへし給(たまは)らむ事(こと)有(あり)がたし。只(ただ)はばかりなく
その様(やう)を御請文(おんうけぶみ)に申(まう)さるべうや候(さうらふ)らむ」と申(まう)され
ければ、大臣殿(おほいとの)「此(この)儀(ぎ)尤(もつとも)しかる【然る】べし」とて、御請文(おんうけぶみ)申(まう)
されけり。二位殿(にゐどの)は泣々(なくなく)中将(ちゆうじやう)の御(おん)かへり事(こと)かき
P10038
たまひ【給ひ】けるが、涙(なみだ)にくれて筆(ふで)のたてど【立て処】も
おぼえね共(ども)、心(こころ)ざしをしるべにて、御文(おんふみ)こまごまと書(かい)
て、重国(しげくに)にたび【賜び】にけり。北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)は、只(ただ)なく
より外(ほか)の事(こと)なくて、つやつや御(おん)かへり事(こと)もし給(たま)はず。
誠(まこと)に御心(おんこころ)のうちさこそは思(おも)ひ給(たま)ふらめと、おし
はから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。重国(しげくに)も狩衣(かりぎぬ)の袖(そで)をしぼりつつ、
泣々(なくなく)御(おん)まへをまかり【罷り】たつ。平(へい)大納言(だいなごん)時忠(ときただ)は、御坪(おつぼ)の召
次(めしつぎ)花方(はなかた)をめし【召し】て、「なんぢは花方(はなかた)歟(か)」。「さん候(ざうらふ)」。「法皇(ほふわう)
の御使(おんつかひ)におほく【多く】の浪路(なみぢ)をしのいで是(これ)までまい
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り(まゐり)【参り】たるに、一期(いちご)が間(あひだ)の思出(おもひで)ひとつ【一つ】あるべし」とて、花方(はなかた)が
つら【頬】に「浪方(なみかた)」といふやいじるし【焼印】をぞせられける。
都(みやこ)へのぼりたりければ、法皇(ほふわう)是(これ)を御覧(ごらん)じて、
「よしよしちからおよば【及ば】ず。浪方(なみかた)ともめせ【召せ】かし」とて、
わらは【笑は】せおはします[* 「ず」と有るのを他本により訂正]。今月(こんぐわつ)十四日(じふしにち)の院宣(ゐんぜん)、同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)讃
岐国(さぬきのくに)八島(やしま)の磯(いそ)に到来(たうらい)。謹(つつしんで)以(もつて)承(うけたまは)る所(ところ)如件(くだんのごとし)。
但(ただし)これについ【付い】てかれを案(あん)ずるに、通盛卿(みちもりのきやう)已下(いげ)当家(たうけ)
数輩(すはい)、摂州(せつしう)一谷(いちのたに)にして既(すで)に誅(ちゆう)(チウ)せられおは(ン)(をはん)ぬ。何(なん)ぞ
重衡(しげひら)一人(いちにん)の寛宥(くわんいう)(クハンユウ)を悦(よろこぶ)べきや。夫(それ)我(わが)君(きみ)は、故(こ)高倉
P10040
院(たかくらのゐん)の御譲(おんゆづり)をうけさせ給(たま)ひて、御在位(ございゐ)既(すで)に
四ケ年(しかねん)、政(まつりごと)尭舜(げうしゆん)の古風(こふう)をとぶらふところ【所】に、東
夷(とうい)北狄(ほくてき)党(たう)をむすび、群(ぐん)をなして入洛(じゆらく)の間(あひだ)、
且(かつう)は幼帝(えうてい)(ヨウテイ)母后(ぼこう)の御(おん)歎(なげき)尤(もつと)もふかく、且(かつう)は外戚(ぐわいせき)(グハイセキ)近臣(きんしん)
のいきどをり(いきどほり)【憤り】あさから【浅から】ざるによ(ッ)て、しばらく九国(くこく)に
幸(かう)す。還幸(くわんかう)(クハンカウ)なからんにおいては、三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)いかでか
玉体(ぎよくたい)をはなち【放ち】奉(たてまつ)るべきや。それ臣(しん)は君(きみ)を以(もつ)て心(こころ)と
し、君(きみ)は臣(しん)をも(ッ)て体(たい)とす。君(きみ)やすければすなはち
臣(しん)やすく、臣(しん)やすければすなはち国(くに)やすし。君(きみ)かみに
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うれふれば臣(しん)しもにたのしまず。心中(しんぢゆう)に愁(うれひ)(ウレイ)あれば
体外(たいぐわい)(タイグハイ)に悦(よろこび)なし。曩祖(なうそ)(ノウソ)平将軍(へいしやうぐん)貞盛(さだもり)、相馬(さうまの)小次郎(こじらう)
将門(まさかど)を追討(ついたう)せしよりこのかた、東八ケ国(とうはつかこく)をしづめて
子々孫々(ししそんぞん)につたへ、朝敵(てうてき)の謀臣(ぼうしん)を誅罰(ちゆうばつ)(チウバツ)して、代々(だいだい)
世々(せせ)にいたるまで朝家(てうか)の聖運(せいうん)をまもり【守り】奉(たてまつ)る。然(しかれば)則(すなはち)
亡父(ばうぶ)故(こ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)、保元(ほうげん)・平治(へいぢ)両度(りやうど)の合戦(かつせん)の時(とき)、勅命(ちよくめい)
をおもう【重う】して、私(わたくし)の命(めい)をかろう【軽う】ず。ひとへに君(きみ)の
為(ため)にして、身(み)のためにせず。就中(なかんづく)彼(かの)頼朝(よりとも)は、去(さんぬる)平
治(へいぢ)元年(ぐわんねん)十二月(じふにぐわつ)、父(ちち)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)が謀反(むほん)によ(ッ)て、頻(しきり)に
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誅罰(ちゆうばつ)(チウバツ)せらるべきよし仰(おほせ)下(くだ)さるといへども、故(こ)入道(にふだう)相国(しやうこく)
慈悲(じひ)のあまり申(まうし)なだめ【宥め】られしところ【所】也(なり)。しかる【然る】に昔(むかし)の
洪恩(こうおん)(コウヲン)を忘(わす)れ、芳意(はうい)を存(ぞん)ぜず、忽(たちまち)に狼羸(らうるい)の身(み)
をも(ッ)て猥(みだりがはしく)蜂起(ほうき)の乱(らん)をなす。時儀(しき)[* 下欄に「至愚(シグノ)」と注記]の甚(はなはだ)しき
事(こと)申(まうし)てあまりあり【有り】。早(はや)く神幣(しんべい)の天罰(てんばつ)をまね
き、ひそかに拝跡(はいせき)[* 下欄に「敗積(ハイセキ)」と注記]の損滅(そんめつ)[* 「損奥」と有るのを下欄の「滅(メツ)」の注記により訂正]を期(ご)する者(もの)歟(か)。夫(それ)日月(じつげつ)は一
物(いちもつ)の為(ため)にそのあきらかなることをくらうせず。明王(めいわう)は
一人(いちにん)が為(ため)にその法(ほふ)をまげず。一悪(いちあく)をも(ッ)て其(その)善(ぜん)を
捨(すて)ず、小瑕(せうか)をも(ッ)て其(その)功(こう)をおおふ(おほふ)【覆ふ】事(こと)なかれ。且(かつう)は
P10043
当家(たうけ)数代(すだい)の奉公(ほうこう)、且(かつう)は亡父(ばうぶ)数度(すど)の忠節(ちゆうせつ)、思食(おぼしめし)
忘(わす)れずは君(きみ)忝(かたじけな)く四国(しこく)の御幸(ごかう)あるべきか。時(とき)に臣等(しんら)院
宣(ゐんぜん)をうけ給(たま)はり、二(ふた)たび【二度】旧都(きうと)にかへ(ッ)【帰つ】て会稽(くわいけい)の恥(はぢ)を
すすがむ。若(もし)しから【然ら】ずは、鬼界(きかい)・高麗(かうらい)・天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)にいたる
べし。悲(かなしき)哉(かな)、人王(にんわう)八十一(はちじふいち)代(だい)の御宇(ぎよう)にあた(ッ)て、我(わが)朝(てう)神代(じんだい)
の霊宝(れいほう)、ついに(つひに)【遂に】むなしく異国(いこく)のたからとなさんか。
よろしくこれらの趣(おもむき)をも(ッ)て、しかる【然る】べきやう【様】に洩(もらし)奏
聞(そうもん)せしめ給(たま)へ。宗盛(むねもり)誠恐(せいきよう)頓首(とんじゆ)謹(つつしんで)言(まうす)。寿永(じゆえい)三年(さんねん)
二月(にぐわつ)廿八日(にじふはちにち)従(じゆ)一位(いちゐ)平(たひらの)朝臣(あつそん)宗盛(むねもり)が請文(うけぶみ)とこそかかれたれ。
P10044
『戒文(かいもん)』S1005
○三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)是(これ)をきい【聞い】て、「さこそはあらむずれ。いかに
一門(いちもん)の人々(ひとびと)わるく思(おも)ひけん」と後悔(こうくわい)すれ共(ども)かひぞ
なき。げにも重衡卿(しげひらのきやう)一人(いちにん)をおしみ(をしみ)【惜しみ】て、さしもの
我(わが)朝(てう)の重宝(ちようほう)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)を返(かへ)しいれ【入れ】奉(たてまつ)るべし共(とも)
おぼえねば、此(この)御請文(おんうけぶみ)のおもむき【趣】は、かねてより思(おも)ひ
まうけ【設け】られたりしかども、未(いまだ)左右(さう)を申(まう)されざりつる
程(ほど)は、なにとなういぶせくおもは【思は】れけるに、請文(うけぶみ)す
でに到来(たうらい)して、関東(くわんとう)へ下向(げかう)せらるべきにさだまり【定まり】
しかば、なむ(なん)【何】のたのみ【頼み】もよはり(よわり)【弱り】はてて、よろづ心(こころ)ぼそう、
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都(みやこ)の名残(なごり)も今更(いまさら)おしう(をしう)【惜しう】思(おも)はれける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、
土肥(とひの)次郎(じらう)をめし【召し】て、「出家(しゆつけ)をせばやと思(おも)ふはいかが
あるべき」とのたまへ【宣へ】ば、実平(さねひら)此(この)由(よし)を九郎(くらう)御曹司(おんざうし)に
申(まう)す。院(ゐんの)御所(ごしよ)へ奏聞(そうもん)せられたりければ、「頼朝(よりとも)に
みせ【見せ】て後(のち)こそ、ともかうもはからはめ。只今(ただいま)はいかで【争】か
ゆるすべき」と仰(おほせ)ければ、此(この)よしを申(まう)す。「さらば年(とし)
ごろ契(ちぎり)たりし聖(ひじり)に、今(いま)一度(いちど)対面(たいめん)して、後生(ごしやう)の
こと【事】を申(まうし)談(だん)ぜばやと思(おも)ふはいかがすべき」との給(たま)へ【宣へ】ば、
「聖(ひじり)をば誰(たれ)と申(まうし)候(さうらふ)やらん」。「黒谷(くろだに)の法然房(ほふねんばう)と申(まうす)人(ひと)也(なり)」。
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「さてはくるしう【苦しう】候(さうらふ)まじ」とて、ゆるし奉(たてまつ)る。中将(ちゆうじやう)なの
めならず悦(よろこび)て、聖(ひじり)を請(しやう)じたてま(ッ)【奉つ】て、泣々(なくなく)申(まう)され
けるは、「今(この)度(たび)いきながらとらはれて候(さうらひ)けるは、二(ふた)たび【二度】
上人(しやうにん)の見参(げんざん)に罷(まかり)いる【入る】べきで候(さうらひ)けり。さても重衡(しげひら)が
後生(ごしやう)、いかがし候(さうらふ)べき。身(み)の身(み)にて候(さうらひ)し程(ほど)は、出仕(しゆつし)に
まぎれ、政務(せいむ)にほだされ、■慢【*驕慢】(けうまん)の心(こころ)のみふかくして、
かへ(ッ)て当来(たうらい)の昇沈(しようちん)(セウチン)をかへりみず。況(いはん)や運(うん)つき、
世(よ)乱(みだれ)てより以来(このかた)は、ここにたたかひ【戦ひ】、かしこにあらそひ、
人(ひと)をほろぼし、身(み)をたすからんと思(おも)ふ悪心(あくしん)のみ
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遮(さへぎつ)て、善心(ぜんしん)はかつて発(おこ)(ヲコ)らず。就中(なかんづく)に南都(なんと)炎上(えんしやう)
の事(こと)、王命(わうめい)といひ、武命(ぶめい)といひ、君(きみ)につかへ、世(よ)にした
がう(したがふ)【従ふ】はう(ほふ)【法】遁(のがれ)がたくして、衆徒(しゆと)の悪行(あくぎやう)をしづめんが
為(ため)にまかり【罷り】むか(ッ)【向つ】て候(さうらひ)し程(ほど)に、不慮(ふりよ)に伽藍(がらん)の滅亡(めつぼう)に
及(および)候(さうらひ)し事(こと)、力(ちから)及(およ)ばぬ次第(しだい)にて候(さうら)へども、時(とき)の大将軍(たいしやうぐん)
にて候(さうらひ)し上(うへ)は、せめ一人(いちにん)に帰(き)すとかや申(まうし)候(さうらふ)なれば、
重衡(しげひら)一人(いちにん)が罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)にこそなり候(さうらひ)ぬらめと覚(おぼ)え候(さうらふ)。
且(かつう)はか様(やう)【斯様】に人(ひと)しれずかれこれ【彼此】恥(はぢ)をさらし候(さうらふ)も、しかし
ながら其(その)むくひとのみこそ思(おも)ひしられて候(さうら)へ。今(いま)は
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かしら【頭】O[BH を]そり、戒(かい)をたもち【保ち】なんどして、偏(ひとへ)に仏道(ぶつだう)修行(しゆぎやう)
したう候(さうら)へども、かかる身(み)にまかり【罷り】な(ッ)て候(さうら)へば、心(こころ)に心(こころ)をも
まかせ【任せ】候(さうら)はず、けふ明日(あす)ともしらぬ身(み)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】にて
候(さうら)へば、いかなる行(ぎやう)を修(しゆ)して、一業(いちごふ)(いちゴウ)たすかるべしとも
覚(おぼ)えぬこそ口(くち)をしう【口惜しう】候(さうら)へ。倩(つらつら)一生(いつしやう)の化行(けぎやう)を思(おも)ふに、
罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)は須弥(しゆみ)よりも高(たか)く、善業(ぜんごふ)[* 下欄に「根(ゴン)」と注記]は微塵(みぢん)ばかりも
蓄(たくは)へなし。かくてむなしく命(いのち)おはり(をはり)なば、火穴湯(くわけつたう)【火血刀】の
苦果(くくわ)、あへて疑(うたがひ)(ウタガイ)なし。願(ねがは)くは、上人(しやうにん)慈悲(じひ)をおこし【起こし】
あはれみをたれ【垂れ】て、かかる悪人(あくにん)のたすかりぬべき方法(はうぼふ)O[BH 候(さうら)はば]、しめし【示し】給(たま)へ」。
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其(その)時(とき)上人(しやうにん)涙(なみだ)に咽(むせび)て、しばしは物(もの)もの給(たま)は【宣は】ず。良(やや)久(ひさ)しう
あ(ッ)て、「誠(まこと)に受(うけ)難(がた)き人身(にんじん)をうけ【受け】ながら、むなしう【空しう】三途(さんづ)
にかへり給(たま)はん事(こと)、かなしんでもなを(なほ)【猶】あまりあり【有り】。
しかる【然る】を今(いま)穢土(ゑど)(エド)をいとひ、浄土(じやうど)をねがは【願は】んに、悪心(あくしん)
を捨(すて)て善心(ぜんしん)発(おこ)(ヲコ)しO[BH まし]まさん事(こと)、三世(さんぜ)の諸仏(しよぶつ)も
定(さだめ)て随喜(ずいき)したまふ【給ふ】べし。それについて、出離(しゆつり)の道(みち)
まちまちなりといへども、末法(まつぽふ)濁乱(じよくらん)の機(き)には、称名(しようみやう)(セウみやう)
をも(ッ)て勝(すぐ)れたりとす。心(こころ)ざしを九品(くほん)にわかち、行(ぎやう)
を六字(ろくじ)につづめて、いかなる愚智(ぐち)闇鈍(あんどん)の者(もの)も唱(とな)ふ
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るに便(たより)あり【有り】。罪(つみ)ふかければとて、卑下(ひげ)したまふ【給ふ】べからず、
十悪(じふあく)五逆(ごぎやく)廻心(ゑしん)(エシン)すれば往生(わうじやう)をとぐ。功徳(くどく)すくなければ
とて望(のぞみ)をたつ【絶つ】べからず、一念(いちねん)十念(じふねん)の心(こころ)を致(いた)せば
来迎(らいかう)す。「専称(せんしよう)(センセウ)名号(みやうがう)至(し)西方(さいはう)」と釈(しやく)して、専(もつぱら)名号(みやうがう)を
称(しよう)(セウ)ずれば、西方(さいはう)にいたる。「念々(ねんねん)称名(しようみやう)(セウみやう)常(じやう)懺悔(さんげ)」とのべて、
念々(ねんねん)に弥陀(みだ)を唱(とな)ふれば、懺悔(さんげ)する也(なり)とをしへ【教へ】たり。
「利剣(りけん)即是(そくぜ)弥陀号(みだがう)」をたのめ【頼め】ば、魔閻(まえん)ちかづか【近付か】ず。
「一声(いつしやう)称念(しようねん)(セウねん)罪(ざい)皆除(かいじよ)」と念(ねん)ずれば、罪(つみ)みなのぞけりと
みえ【見え】たり。浄土宗(じやうどしゆう)(じやうどシウ)の至極(しごく)、をのをの(おのおの)【各々】略(りやく)を存(ぞん)じて、大略(たいりやく)是(これ)を
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肝心(かんじん)とす。但(ただし)往生(わうじやう)の得否(とくふ)は信心(しんじん)の有無(ゆうぶ)によるべし。
ただふかく信(しん)じてゆめゆめ疑(うたがひ)をなし給(たま)ふべからず。
若(もし)此(この)をしへ【教へ】をふかく信(しん)じて、行住(ぎやうぢゆう)(ギヤウヂウ)座臥(ざぐわ)(ザグハ)時処(じしよ)諸
縁(しよえん)をきらはず、三業(さんごふ)(さんゴウ)四威儀(しゐぎ)(しイギ)において、心念(しんねん)口称(くしよう)(くセウ)を
わすれ給(たま)はずは、畢命(ひつみやう)を期(ご)として、此(この)苦域(くゐき)(クイキ)の界(かい)
を出(いで)て、彼(かの)不退(ふたい)の土(ど)に往生(わうじやう)し給(たま)はん事(こと)、何(なん)の
疑(うたがひ)かあらむや」と教化(けうげ)し給(たま)ひければ、中将(ちゆうじやう)なのめ
ならず悦(よろこび)て、「此(この)ついでに戒(かい)をたもた【保た】ばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)
は、出家(しゆつけ)仕(つかまつり)候(さうら)はではかなひ【叶ひ】候(さうらふ)まじや」と申(まう)されければ、
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「出家(しゆつけ)せぬ人(ひと)も、戒(かい)をたもつ【保つ】事(こと)は世(よ)のつねの
ならひ【習ひ】なり」とて、額(ひたひ)(ヒタイ)にかうぞり【髪剃】をあてて、そる
まねをして、十戒(じつかい)をさづけられければ、中将(ちゆうじやう)随喜(ずいき)
の涙(なみだ)をながい【流い】て、是(これ)をうけたもち【保ち】給(たま)ふ。上人(しやうにん)
もよろづ物(もの)あはれ【哀】に覚(おぼ)えて、かきくらす【暮す】心地(ここち)し
て、泣々(なくなく)戒(かい)をぞとか【説か】れける。御布施(おんふせ)(ヲンフセ)とおぼしくて、
年(とし)ごろつねにおはしてあそば【遊ば】れける侍(さぶらひ)のもとに
あづけをか(おか)【置か】れたりける御硯(おんすずり)を、知時(ともとき)して
めし【召し】よせて、上人(しやうにん)にたてまつり【奉り】、「是(これ)をば人(ひと)にたび【賜び】
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候(さうら)はで、つねに御目(おんめ)のかかり候(さうら)はんところ【所】にをか(おか)【置か】れ
候(さうらひ)て、某(それがし)が物(もの)ぞかしと御覧(ごらん)ぜられ候(さうら)はんたびごとに、お
ぼしめし【思し召し】なずらへて、御念仏(おんねんぶつ)候(さうらふ)べし。御(おん)ひまには、経(きやう)をも
一巻(いちくわん)御廻向(ごゑかう)(ゴエカウ)候(さうら)はば、しかる【然る】べう候(さうらふ)べし」な(ン)ど(なんど)、泣々(なくなく)申(まう)
されければ、上人(しやうにん)とかうの返事(へんじ)にも及(およ)ばず、是(これ)を
と(ッ)て懐(ふところ)にいれ【入れ】、墨染(すみぞめ)の袖(そで)をしぼりつつ、泣々(なくなく)
帰(かへ)りたまひ【給ひ】けり。此(この)硯(すずり)は、親父(しんぶ)入道(にふだう)相国(しやうこく)砂金(しやきん)を
おほく【多く】宋朝(そうてう)の御門(みかど)へ奉(たてまつ)り給(たま)ひたりければ、
返報(へんぱう)とおぼしくて、日本(につぽん)和田(わだ)の平(へい)大相国(たいしやうこく)のもとへ
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とて、をくら(おくら)【送ら】れたりけるとかや。名(な)をば松蔭(まつかげ)とぞ
『海道下(かいだうくだり)』S1006
申(まうし)ける。○さる程(ほど)に、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)をば、鎌倉(かまくら)の前(さきの)兵衛
佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、頻(しきり)に申(まう)されければ、「さらば下(くだ)さるべし」とて、
土肥(とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)が手(て)より、まづ九郎(くらう)御曹司(おんざうし)の
宿所(しゆくしよ)へわたし奉(たてまつ)る。同(おなじき)三月(さんぐわつ)十日(とをかのひ)、梶原(かぢはら)平三(へいざう)景時(かげとき)に
具(ぐ)せられて、鎌倉(かまくら)へこそ下(くだ)られけれ。西国(さいこく)より生取(いけどり)
にせられて、都(みやこ)へかへるだに口(くち)惜(をしき)に、いつしか又(また)関(せき)の
東(ひがし)へおもむか【赴か】れけん心(こころ)のうち、をしはから(おしはから)【推し量ら】れて哀(あはれ)
也(なり)。四宮河原(しのみやがはら)になりぬれば、ここはむかし、延喜(えんぎ)第四(だいし)の
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王子(わうじ)蝉丸(せみまる)の関(せき)の嵐(あらし)に心(こころ)をすまし【澄まし】、琵琶(びは)をひき
給(たま)ひしに、伯雅【*博雅】(はくが)の三位(さんみ)と云(いひ)し人(ひと)、風(かぜ)の吹(ふく)日(ひ)もふかぬ
日(ひ)も、雨(あめ)のふる夜(よ)もふらぬよ【夜】も、三(み)とせ【年】が間(あひだ)、あゆみ【歩み】を
はこび、たち【立ち】聞(きき)て、彼(かの)三曲(さんきよく)を伝(つた)へけむわら屋(や)【藁屋】の
床(とこ)のいにしへも、思(おも)ひやられて哀(あはれ)也(なり)。相坂山【逢坂山】(あふさかやま)を打(うち)
こえて、勢田(せた)の唐橋(からはし)駒(こま)もとどろにふみならし【鳴らし】、
雲雀(ひばり)あがれ【上がれ】る野路(のぢ)の里(さと)、志賀(しが)のうら浪(なみ)【浦浪】はる【春】
かけて、霞(かすみ)にくもる鏡山(かがみやま)、比良(ひら)の高根(たかね)を北(きた)に
して、伊吹(いぶき)の嵩(だけ)もちかづき【近付き】ぬ。心(こころ)をとむ【留む】としなけれ共(ども)、
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あれて中々(なかなか)やさしきは、不破(ふは)の関屋(せきや)の板(いた)
びさし、いかに鳴海(なるみ)の塩干潟【潮干潟】(しほひがた)、涙(なみだ)に袖(そで)はしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、
彼(かの)在原(ありはら)のなにがしの、から衣(ころも)【唐衣】きつつなれにしと
ながめけん、三河(みかは)の国(くに)八橋(やつはし)にもなりぬれば、蛛手(くもで)
に物(もの)をと哀(あはれ)也(なり)。浜名(はまな)の橋(はし)をわたりたまへ【給へ】ば、松(まつ)の
梢(こずゑ)に風(かぜ)さえ【冴え】て、入江(いりえ)にさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】浪(なみ)の音(おと)、さらでも
たび【旅】は物(もの)うきに、心(こころ)をつくすゆふまぐれ【夕間暮れ】、池田(いけだ)の宿(しゆく)
にもつきたまひ【給ひ】ぬ。彼(かの)宿(しゆく)の長者(ちやうじや)ゆや【熊野】がむすめ、侍従(じじゆう)が
もとに其(その)夜(よ)は宿(しゆく)せられけり。侍従(じじゆう)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)を見(み)
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たてま(ッ)【奉つ】て、「昔(むかし)はつてにだに思(おも)ひよらざりしに、
けふはかかるところ【所】にいら【入ら】せたまふ【給ふ】ふしぎ【不思議】さよ」とて、
一首(いつしゆ)のうた【歌】をたてまつる【奉る】。
旅(たび)の空(そら)はにふ【埴生】のこやのいぶせさに
ふる郷(さと)【故郷】いかにこひしかるらむ W078
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)返事(へんじ)には、
故郷(ふるさと)もこひしく【恋しく】もなしたびのそら【空】
みやこ【都】もつい(つひ)のすみか【栖】ならねば W079
中将(ちゆうじやう)「やさしうもつかま(ッ)たるものかな。此(この)歌(うた)のぬしは、
P10058
いかなる者(もの)やらん」と御尋(おんたづね)あり【有り】ければ、景時(かげとき)畏(かしこま)(ッ)て
申(まうし)けるは、「君(きみ)は未(いまだ)しろしめさ【知ろし召さ】れ候(さうら)はずや。あれこそ
八島(やしま)の大臣殿(おほいとの)の、当国(たうごく)のかみでわたらせ給(たまひ)候(さうらひ)し時(とき)、
めされまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御最愛(ごさいあい)にて候(さうらひ)しが、老母(らうぼ)を
是(これ)に留(とど)めをき(おき)、頻(しきり)にいとまを申(まう)せども、給(たま)はらざり
ければ、ころ【比】はやよひ【弥生】のはじめなりけるに、
いかにせむみやこ【都】の春(はる)もおしけれ(をしけれ)【惜しけれ】ど
なれしあづま【東】の花(はな)やちるらむ W080
と仕(つかまつり)て、いとまを給(たまは)(ッ)てくだり【下り】て候(さうらひ)し、海道一(かいだういち)の
P10059
名人(めいじん)にて候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。都(みやこ)を出(いで)て日数(ひかず)ふれば、
弥生(やよひ)もなかば【半ば】すぎ、春(はる)もすでに暮(くれ)なんとす。
遠山(ゑんざん)の花(はな)は残(のこん)の雪(ゆき)かとみえ【見え】て、浦々(うらうら)島々(しまじま)かすみ
わたり、こし方(かた)行(ゆく)末(すゑ)の事(こと)共(ども)おもひつづけ給(たま)ふに、
「されば是(これ)はいかなる宿業(しゆくごふ)(シユクゴウ)のうたてさぞ」との給(たまひ)て、
ただつきせ【尽きせ】ぬ物(もの)は涙(なみだ)なり。御子(おんこ)の一人(いちにん)もおはせぬ
事(こと)を、母(はは)の二位殿(にゐどの)もなげき、北方(きたのかた)大納言佐殿(だいなごんのすけどの)
も本(ほ)い【本意】なきことにして、よろづの神(かみ)仏(ほとけ)に
祈(いのり)申(まう)されけれ共(ども)、そのしるしなし。「かしこうぞなかり
P10060
ける。子(こ)だにあらましかば、いかに心(こころ)ぐるしからむ」との給(たま)
ひけるこそせめての事(こと)なれ。さや【小夜】の中山(なかやま)にかかり
給(たま)ふにも、又(また)こゆべしともおぼえねば、いとど哀(あはれ)の
かずそひて、たもとぞいたくぬれまさる。宇都(うつ)の
山辺(やまべ)の蔦(つた)の道(みち)、心(こころ)ぼそくも打(うち)越(こえ)て、手(て)ごし【手越】を
すぎてゆけば、北(きた)に遠(とほ)ざか(ッ)て、雪(ゆき)しろき【白き】山(やま)あり【有り】。
とへば甲斐(かひ)のしらね【白根】といふ。其(その)時(とき)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)おつる
涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て、かうぞおもひ【思ひ】つづけたまふ【給ふ】。
おしから(をしから)【惜しから】ぬ命(いのち)なれどもけふまでぞ
P10061
つれなき[B 「つねなき」とあり「ね」に「れ」と傍書]かひのしらね【白根】をもみつ W081
清見(きよみ)が関(せき)うちすぎて、富士(ふじ)のすそ野(の)になり
ぬれば、北(きた)には青山(せいざん)峨々(がが)として、松(まつ)ふく【吹く】風(かぜ)索々(さくさく)(サツさつ)
たり。南(みなみ)には蒼海(さうかい)漫々(まんまん)として、岸(きし)うつ浪(なみ)も
茫々(ばうばう)たり。「恋(こひ)せばやせ【痩せ】ぬべし、こひせ【恋せ】ずもあり【有り】けり」と、
明神(みやうじん)のうたひ【歌ひ】はじめたまひ【給ひ】ける足柄(あしがら)の山(やま)をも
うちこえて、こゆるぎ【小余綾】の森(もり)、まりこ河(がは)【鞠子河】、小磯(こいそ)、大磯(おほいそ)
の浦々(うらうら)、やつまと【八的】、とがみが原(はら)【砥上が原】、御輿(みこし)が崎(さき)をも
うちすぎて、いそがぬたび【旅】と思(おも)へども、日数(ひかず)やうやう
P10062
『千手前(せんじゆのまへ)』S1007
かさなれば、鎌倉(かまくら)へこそ入(いり)給(たま)へ。○兵衛佐(ひやうゑのすけ)いそぎ見参(げんざん)
して、申(まう)されけるは、「抑(そもそも)君(きみ)の御(おん)いきどをり(いきどほり)【憤り】をやすめ
奉(たてまつ)り、父(ちち)の恥(はぢ)をきよめんと思(おも)ひたちしうへ【上】は、
平家(へいけ)をほろぼさんの案(あん)の内(うち)に候(さうら)へども、まさしく
げ(ン)ざむ(げんざん)【見参】にいるべしとは存(ぞん)ぜず候(さうらひ)き。このぢやう【定】では、
八島(やしま)の大臣殿(おほいとの)のげ(ン)ざむ(げんざん)【見参】にも入(いり)ぬと覚(おぼ)え候(さうらふ)。抑(そもそも)南都(なんと)
をほろぼさせたまひ【給ひ】ける事(こと)は、故(こ)太政(だいじやう)入道殿(にふだうどの)[B 「太政入道殿」に「入道相国」と傍書]の
仰(おほせ)にて候(さうらひ)しか、又(また)時(とき)にと(ッ)ての御(おん)ぱからひにて
候(さうらひ)けるか。以(もつての)外(ほか)の罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)にてこそ候(さうらふ)なれ」と申(まう)されければ、
P10063
三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)のたまひ【宣ひ】けるは、「まづ南都(なんと)炎上(えんしやう)の事(こと)、
故(こ)入道(にふだう)の成敗(せいばい)にもあらず、重衡(しげひら)が愚意(ぐい)の発起(ほつき)
にもあらず。衆徒(しゆと)の悪行(あくぎやう)をしづめむがため【為】にまかり【罷り】
むか(ッ)【向つ】て候(さうらひ)し程(ほど)に、不慮(ふりよ)に伽藍(がらん)滅亡(めつばう)に及(および)候(さうらひ)し事(こと)、
力(ちから)及(およ)ばぬ次第(しだい)也(なり)。昔(むかし)は源平(げんぺい)左右(さう)にあらそひて、
朝家(てうか)の御(おん)かためたりしかども、近比(ちかごろ)は、源氏(げんじ)の運(うん)かた
ぶきたりし事(こと)は、事(こと)あたらしう初(はじめ)て申(まうす)べきに
あらず。当家(たうけ)は保元(ほうげん)・平治(へいぢ)より以来(このかた)、度々(どど)の朝
敵(てうてき)をたいらげ(たひらげ)【平げ】、勧賞(けんじやう)身(み)にあまり、かたじけなく
P10064
一天(いつてん)の君(きみ)の御外戚(ごぐわいせき)(ゴグハイセキ)として、一族(いちぞく)の昇進(しようじん)(セウジン)六十(ろくじふ)余人(よにん)、
廿(にじふ)余年(よねん)の以来(このかた)は、たのしみさかへ(さかえ)【栄え】申(まうす)はかりなし。今(いま)又(また)
運(うん)つきぬれば、重衡(しげひら)とらはれて是(これ)まで下(くだり)候(さうらひ)ぬ。
それにつひ(つい)【付い】て、帝王(ていわう)の御(おん)かたき【敵】をう(ッ)たるものは、
七代(しちだい)まで朝恩(てうおん)(テウヲン)うせ【失せ】[B 「うせ」に「ツキ」と傍書]ずと申(まうす)事(こと)は、きはめたるひが
事(こと)にて候(さうらひ)けり。まのあたり故(こ)入道(にふだう)は、君(きみ)の御(おん)ために
すでに命(いのち)をうしなは【失は】んとすること【事】度々(どど)に及(およ)ぶ。され共(ども)
纔(わづか)に其(その)身(み)一代(いちだい)のさいはい(さいはひ)【幸】にて、子孫(しそん)かやうにまかり【罷り】
なるべしや。されば、運(うん)つきて都(みやこ)を出(いで)し後(のち)は、かばねを
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山野(さんや)にさらし、名(な)を西海(さいかい)の浪(なみ)にながすべしとこそ
存(ぞん)ぜしか。これまでくだるべしとは、かけても思(おも)はざりき。
唯(ただ)先世(ぜんぜ)の宿業(しゆくごふ)(シユクゴウ)こそ口惜(くちをしく)候(さうら)へ。但(ただし)「陰道(いんとう)(インタウ)[* 下欄に「殷湯」(インタウ)]と注記」はかたい【夏台】
にとらはれ、文王(ぶんわう)はゆうい[B 「い」に「り」と傍書]【*■里(ゆうり)】にとらはる」と云(いふ)文(もん)あり。
上古(しやうこ)なを(なほ)【猶】かくのごとし。況(いはんや)末代(まつだい)にをひて(おいて)をや。
弓矢(ゆみや)をとるならひ【習ひ】、敵(かたき)の手(て)にかか(ッ)て命(いのち)を失(うしな)ふ事(こと)、
ま(ッ)たく恥(はぢ)にて恥(はぢ)ならず、只(ただ)芳恩(はうおん)には、とくとく
かうべをはねらるべし」とて、其(その)後(のち)は物(もの)もの給(たま)はず。
景時(かげとき)これをうけたまは(ッ)【承つ】て、「あ(ッ)ぱれ(あつぱれ)大将軍(たいしやうぐん)や」とて、
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涙(なみだ)をながす。其(その)座(ざ)になみ居(ゐ)たる人々(ひとびと)みな袖(そで)をぞ
ぬらしける。兵衛佐(ひやうゑのすけ)も、「平家(へいけ)を別(べつ)して私(わたくし)のかた
き【敵】と思(おも)ひ奉(たてまつ)る事(こと)、ゆめゆめ候(さうら)はず。ただ帝王(ていわう)の
仰(おほせ)こそおもう【重う】候(さうら)へ」とぞのたまひ【宣ひ】ける。「南都(なんと)をほろ
ぼO[BH され]たる伽藍(がらん)のかたき【敵】なれば、大衆(だいしゆ)定(さだめ)て申(まうす)旨(むね)あらん
ずらん」とて、伊豆国(いづのくにの)住人(ぢゆうにん)、狩野介(かののすけ)宗茂(むねもち)にあづけらる。
其(その)体(てい)、冥途(めいど)にて娑婆(しやば)世界(せかい)の罪人(ざいにん)を、なぬか【七日】なぬか【七日】に
十王(じふわう)の手(て)にわたさるらんも、かくやとおぼえて哀(あはれ)也(なり)。
されども狩野介(かののすけ)、なさけある者(もの)にて、いたくきび
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しうもあたり奉(たてまつ)らず。やうやう【様々】にいたはり、湯殿(ゆどの)しつ
らひな(ン)ど(なんど)して、御(おん)ゆ【湯】ひか【引か】せ奉(たてまつ)る。道(みち)すがらのあせ【汗】
いぶせかりつれば、身(み)をきよめてうしなは【失は】んずるに
こそと思(おも)はれけるに、よはひ廿(にじふ)ばかりなる女房(にようばう)の、
色(いろ)しろう【白う】きよげ【清気】にて、まこと【誠】にゆう(いう)【優】にうつくし
きが、目結(めゆひ)(めユイ)の帷(かたびら)にそめつけ【染付】のゆまき【湯巻】して、湯殿(ゆどの)
の戸(と)をおし【押し】あけてまいり(まゐり)【参り】たり。又(また)しばしあ(ッ)て、
十四五(じふしご)ばかりなるめのわらは【女童】の、こむらご【紺村濃】のかたびらき
て、かみ【髪】はあこめだけ【袙丈】なるが、はむざうたらひ(はんざふたらひ)【半挿盥】に
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櫛(くし)いれ【入れ】て、も(ッ)てまいり(まゐり)【参り】たり。此(この)女房(にようばう)かいしやく【介錯】
して、あがり【上がり】たまひ【給ひ】ぬ。さてかの女房(にようばう)いとま申(まうし)て
かへりけるが、「おとこ(をとこ)【男】な(ン)ど(なんど)はこちなう【骨無う】もぞおぼし
めす【思し召す】。中々(なかなか)おんな(をんな)【女】はくるしから【苦しから】じとて、まいらせ(まゐらせ)【参らせ】
られてさぶらふ【候ふ】。「何事(なにごと)でもおぼしめさ【思し召さ】ん御事(おんこと)
をばうけ給(たま)は(ッ)【承つ】て申(まう)せ」とこそ兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)は
仰(おほせ)られ候(さうらひ)つれ」。中将(ちゆうじやう)「今(いま)は是(これ)程(ほど)の身(み)にな(ッ)て、
何事(なにごと)をか申(まうし)候(さうらふ)べき。ただ思(おも)ふ事(こと)とては出家(しゆつけ)ぞ
したき」とのたまひ【宣ひ】ければ、帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)よしを
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申(まう)す。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「それ思(おも)ひもよらず。頼朝(よりとも)が私(わたくし)の
かたき【敵】ならばこそ。朝敵(てうてき)としてあづかり【預り】たて
ま(ッ)【奉つ】たる人(ひと)なり。努々(ゆめゆめ)あるべうもなし」とぞの給(たま)ひ
ける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)守護(しゆご)の武士(ぶし)にの給(たま)ひけるは、
「さても唯今(ただいま)の女房(にようばう)は、ゆう(いう)【優】なりつる物(もの)かな。
名(な)をば何(なに)といふやらん」と問(とは)れければ、「あれは手(て)ごし【手越】
の長者(ちやうじや)がむすめで候(さうらふ)を、みめ【眉目】形(かたち)心(こころ)ざま、ゆう(いう)【優】に
わりなき者(もの)で候(さうらふ)とて、此(この)二三年(にさんねん)めし【召し】つかは【使は】れ
候(さうらふ)が、名(な)をば千手(せんじゆ)の前(まへ)と申(まうし)候(さうらふ)」とぞ申(まうし)ける。その夕(ゆふべ)、
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雨(あめ)すこし【少し】ふ(ッ)て、よろづもの【物】さびしかりけるに、件(くだん)の
女房(にようばう)、琵琶(びは)・琴(こと)もたせてまいり(まゐり)【参り】たり。狩野介(かののすけ)
酒(しゆ)をすすめ奉(たてまつ)る。我(わが)身(み)も家子(いへのこ)郎等(らうどう)十(じふ)余人(よにん)
引(ひき)具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】、御(おん)まへちかう候(さうらひ)けり。千手(せんじゆ)の前(まへ)
酌(しやく)をとる。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)すこし【少し】うけて、いと興(きよう)(ケウ)なげ
にておはしけるを、狩野介(かののすけ)申(まうし)けるは、「かつきこし
めさ【聞し召さ】れてもや候(さうらふ)らん。鎌倉(かまくら)殿(どの)の「相(あひ)構(かまへ)てよくよく
なぐさめまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】。懈怠(けだい)にて頼朝(よりとも)うらむ【恨む】な」と
仰(おほせ)られ候(さうらふ)。宗茂(むねもち)はもと伊豆国(いづのくに)の者(もの)にて候(さうらふ)
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間(あひだ)、鎌倉(かまくら)では旅(たび)にて候(さうら)へども、心(こころ)の及(および)候(さうら)はんほどは、
奉公(ほうこう)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。何事(なにごと)でも申(まうし)てすすめまいら(まゐら)【参ら】
させ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、千手O[BH 前](せんじゆのまへ)、酌(しやく)をさしをい(おい)【置い】て、
「羅綺(らき)の重衣(ちようい)たる、情(なさけ)ない事(こと)を奇婦(きふ)に
妬(ねたむ)」といふ朗詠(らうえい)を一両返(いちりやうへん)したりければ、三位(さんみの)
中将(ちゆうじやう)のたまひ【宣ひ】けるは、「此(この)朗詠(らうえい)をせん人(ひと)をば、北野(きたの)の
天神(てんじん)一日(いちにち)に三度(さんど)かけ(ッ)てまぼらんとちかはせ
給(たま)ふ也(なり)。されども[* 「されば」と有るのを他本により訂正]重衡(しげひら)は、此(この)[B 今(コン)]生(しやう)にてはすてられ
給(たまひ)ぬ。助音(じよいん)しても何(なに)かせん。罪障(ざいしやう)かろみぬべき
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事(こと)ならばしたがふべし」との給(たま)ひければ、千手前(せんじゆのまへ)
やがて、「十悪(じふあく)といへども引摂(いんぜふ)(インゼウ)す」と云(いふ)朗詠(らうえい)をし
て、「極楽(ごくらく)ねがは【願は】ん人(ひと)はみな、弥陀(みだ)の名号(みやうがう)唱(となふ)べし」
といふ今様(いまやう)を四五返(しごへん)うたひ【歌ひ】すまし【澄まし】たりければ、
其(その)時(とき)さかづき【坏】をかたぶけ【傾け】らる。千手前(せんじゆのまへ)給(たま)は(ッ)て狩
野介(かののすけ)にさす。宗茂(むねもち)がのむ時(とき)、琴(こと)をぞひきすま
し【澄まし】たりける。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)のたまひ【宣ひ】けるは、「此(この)楽(がく)をば
普通(ふつう)には五常楽(ごじやうらく)といへども、重衡(しげひら)が為(ため)には
後生楽(ごしやうらく)とこそ観(くわん)ずべけれ。やがて往生(わうじやう)の急(きふ)(キウ)を
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ひか【弾か】ん」とたはぶれ【戯れ】て、琵琶(びは)をとり、てんじゆ【転手】をねぢ
て、皇■(わうじやう)急(きふ)(キウ)をぞひかれける。夜(よ)やうやうふけて、
よろづ心(こころ)のすむ【澄む】ままに、「あら、おもは【思は】ずや、あづまにも
これ程(ほど)ゆう(いう)【優】なる人(ひと)のあり【有り】けるよ。何事(なにごと)にても
今(いま)一(ひと)こゑ【声】」とのたまひ【宣ひ】ければ、千手前(せんじゆのまへ)又(また)「一樹(いちじゆ)の陰(かげ)
にやどりあひ、おなじながれをむすぶも、みな是(これ)
先世(ぜんぜ)のちぎり【契り】」と云(いふ)白拍子(しらびやうし)を、まこと【誠】におもしろく
かぞへすまし【澄まし】たりければ、中将(ちゆうじやう)も「灯(ともしび)闇(くらう)しては、
数行(すかう)虞氏(ぐし)之(の)涙(なんだ)」といふ郎詠(らうえい)をぞせられける。
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たとへば此(この)郎詠(らうえい)の心(こころ)は、昔(むかし)もろこしに、漢(かんの)高祖(かうそ)と
楚(その)項羽(かうう)と位(くらゐ)をあらそひて、合戦(かつせん)する事(こと)七
十二度(しちじふにど)、たたかい(たたかひ)【戦ひ】ごとに項羽(かうう)かちにけり。されども
ついに(つひに)【遂に】は項羽(かうう)たたかい(たたかひ)【戦ひ】まけてほろびける時(とき)、騅(すい)と
いふ馬(むま)の、一日(いちにち)に千里(せんり)をとぶに乗(のつ)て、虞氏(ぐし)と云(いふ)
后(きさき)と共(とも)に逃(にげ)さらんとしけるに、馬(むま)いかが思(おも)ひけん、
足(あし)をととのへてはたらか【働か】ず。項羽(かうう)涙(なみだ)をながひ(ながい)【流い】て、
「わが威勢(ゐせい)(イせい)すでにすたれたり。今(いま)はのがる【逃る】べき方(かた)なし。
敵(かたき)のおそふは事(こと)の数(かず)ならず、此(この)后(きさき)に別(わかれ)なん事(こと)の
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悲(かな)しさよ」とて、夜(よ)もすがらなげきかなしみ給(たま)ひ
けり。灯(ともしび)闇(くら)うなりければ、心(こころ)ぼそうて虞氏(ぐし)涙(なんだ)
をながす。夜(よ)ふくるままに軍兵(ぐんびやう)四面(しめん)に時(とき)を作(つく)る。
此(この)心(こころ)を橘相公(きつしやうこう)の賦(ふ)につくれるを、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)思(おも)ひ
出(いで)られたりしにや、いとやさしうぞ聞(きこ)えける。
さる程(ほど)に夜(よ)も明(あけ)ければ、武士(ぶし)どもいとま申(まうし)て
まかり【罷り】いづ。千手前(せんじゆのまへ)も帰(かへ)りにけり。其(その)朝(あした)兵衛佐(ひやうゑのすけ)、
折(をり)ふし【折節】持仏堂(ぢぶつだう)に法花経(ほけきやう)よう【読う】でおはしける
ところ【所】へ、千手前(せんじゆのまへ)まいり(まゐり)【参り】たり。佐殿(すけどの)うちゑみ給(たま)ひて、
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千手(せんじゆ)に「O[BH 夜部(よべ)は]中人(ちゆうじん)は面白(おもしろ)うしたる物(もの)を」とのたまへ【宣へ】ば、
斎院[B ノ](さいゐんの)(サイインの)次官(しくわん)親義(ちかよし)、おりふし(をりふし)【折節】御前(ごぜん)に物(もの)かいて候(さうらひ)
けるが、「何事(なにごと)で候(さうらひ)けるやらん」と申(まうす)。「あの平家(へいけ)の
人々(ひとびと)は、甲胃(かつちう)・弓箭(きゆうせん)の外(ほか)は他事(たじ)なしとこそ日来(ひごろ)は
思(おも)ひたれば、この三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の琵琶(びは)の撥音(ばちおと)、口(くち)ず
さみ【口遊み】、夜(よ)もすがらたちきい【聞い】て候(さうらふ)に、ゆう(いう)【優】に
わりなき人(ひと)にておはしけり」。親義(ちかよし)申(まうし)けるは、
「たれも夜部(よべ)承(うけたまは)るべう候(さうらひ)しが、折(をり)ふし【折節】いたはる事(こと)
候(さうらひ)て、うけたまはら【承ら】ず候(さうらふ)。此(この)後(のち)は常(つね)にたち聞(きき)候(さうらふ)べし。
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平家(へいけ)はもとより代々(だいだい)の歌人(かじん)才人達(さいじんたち)で候(さうらふ)也(なり)。
先年(せんねん)この【此の】人々(ひとびと)を花(はな)にたとへ候(さうらひ)しに、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
をば牡丹(ぼたん)の花(はな)にたとへて候(さうらひ)しぞかし」と申(まう)され
ければ、「誠(まこと)にゆう(いう)【優】なる人(ひと)にてあり【有り】けり」とて、琵琶(びは)
の撥音(ばちおと)、朗詠(らうえい)のやう、後(のち)までも、有難(ありがた)き事(こと)
にぞの給(たま)ひける。千手前(せんじゆのまへ)は中々(なかなか)にものおもひ【物思ひ】
のたねとや成(なり)にけん。されば中将(ちゆうじやう)南都(なんと)へわた
されて、きられ給(たま)ひぬと聞(きこ)えしかば、やがてさまを
かへ、こき墨染(すみぞめ)にやつれはて、信濃国(しなののくに)善光寺(ぜんくわうじ)に
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おこなひすまし【澄まし】て、彼(かの)後世(ごせ)菩提(ぼだい)をとぶらひ【弔ひ】、
わが身(み)もつゐに(つひに)【遂に】、往生(わうじやう)の素懐(そくわい)をとげけるとぞ
『横笛(よこぶえ)』S1008
きこえ【聞え】し。○さる程(ほど)に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)は、
身(み)がらは八島(やしま)にありながら、心(こころ)は都(みやこ)へかよはれ
けり。故郷(ふるさと)に留(とど)めをき(おき)【置き】給(たま)ひし北方(きたのかた)おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)
の面影(おもかげ)のみ、身(み)にたち【立ち】そひて、わするる【忘るる】ひまも
なかりければ、「あるにかひなきわが【我が】身(み)かな」とて、元
暦(げんりやく)元年(ぐわんねん)[B 寿永(じゆえい)三年(さんねん)]三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)の暁(あかつき)、しのび【忍び】つつ八島(やしま)の
たち【館】をまぎれ出(いで)て、与三兵衛(よさうびやうゑ)重景(しげかげ)・石童丸(いしだうまる)
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と云(いふ)童(わらは)、船(ふね)に心得(こころえ)たればとて武里(たけさと)と申(まうす)とねり【舎人】、
是等(これら)三人(さんにん)をめし【召し】具(ぐ)して、阿波[B ノ]国(あはのくに)結城(ゆふき)(ユウキ)の浦(うら)より
小船(こぶね)にのり、鳴戸浦[B 「浦」に「沖(ヲキ)」と傍書](なるとのうら)を漕(こぎ)とをり(とほり)【通り】、紀伊路(きのぢ)へおもむ
き【赴き】給(たま)ひけり。和歌(わか)・吹上(ふきあげ)・衣通姫(そとほりびめ)(ソトヲリヒメ)の神(かみ)とあらはれ【現はれ】
給(たま)へる玉津島(たまつしま)の明神(みやうじん)、日前(にちぜん)・国懸(こくけん)の御前(ごぜん)を
すぎて、紀伊(き)の湊(みなと)にこそつき給(たま)へ。「是(これ)より山(やま)
づたひ【山伝ひ】に都(みやこ)へのぼ(ッ)【上つ】て、恋(こひ)しき人々(ひとびと)を今(いま)一度(ひとたび)
み【見】もしみえ【見え】ばやとは思(おも)へども、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)の生取(いけどり)
にせられて、大路(おほち)をわたされ、京(きやう)・鎌倉(かまくら)、恥(はぢ)をさら
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すだに口(くち)惜(をし)きに、此(この)身(み)さへとらはれて、父(ちち)のかばねに
血(ち)をあやさん事(こと)も心(こころ)うし」とて、千(ち)たび心(こころ)は
すすめ共(ども)、心(こころ)に心(こころ)をからかひて、高野(かうや)の御山(おやま)にまいら(まゐら)【参ら】
れけり。高野(かうや)に年(とし)ごろ【年来】しり【知り】たまへ【給へ】る聖(ひじり)あり【有り】。三条(さんでう)
の斎藤(さいとう)左衛門(さゑもんの)大夫(たいふ)茂頼(もちより)が子(こ)に、斎藤(さいとう)滝口(たきぐち)時頼(ときより)と
いひし者(もの)也(なり)。もとは小松殿(こまつどの)の侍(さぶらひ)也(なり)。十三(じふさん)の年(とし)本所(ほんじよ)へ
まいり(まゐり)【参り】たりけるが、建礼門院(けんれいもんゐん)の雑仕(ざふし)(ザウシ)横笛(よこぶえ)といふ
おんな(をんな)【女】あり、滝口(たきぐち)是(これ)を最愛(さいあい)す。父(ちち)是(これ)をつたへ
きひ(きい)【聞い】て、「世(よ)にあらんもののむこO[BH 子(こ)]【聟子】に成(な)して、出仕(しゆつし)なんどをも
P10081
心(こころ)やすうせさせんとすれば、世(よ)になき者(もの)を思(おも)ひそめ
て」と、あながちにいさめければ、滝口(たきぐち)申(まうし)けるは、
「西王母(せいわうぼ)ときこえ【聞え】し人(ひと)、昔(むかし)はあ(ッ)て今(いま)はなし。
東方朔(とうばうさく)とい(ッ)し者(もの)も、名(な)をのみききて目(め)には
みず。老少(らうせう)不定(ふぢやう)の世(よ)の中(なか)は、石火(せきくわ)の光(ひかり)にこと
ならず。たとひ人(ひと)長命(ちやうみやう)といへども、七十(しちじふ)八十(はちじふ)をば
過(すぎ)ず。そのうちに身(み)のさかむ(さかん)【盛】なる事(こと)はわづかに
廿(にじふ)余年(よねん)也(なり)。夢(ゆめ)まぼろしの世(よ)の中(なか)に、みにくき
者(もの)をかた時(とき)【片時】もみて何(なに)かせん。おもは【思は】しき者(もの)を
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みむとすれば、父(ちち)の命(めい)をそむくに似(に)たり。是(これ)善知識(ぜんぢしき)
也(なり)。しかじ、うき世(よ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)に入(いり)なん」
とて、十九(じふく)のとし【年】もとどり【髻】き(ッ)て、嵯峨(さが)の往生
院(わうじやうゐん)におこなひすまし【澄まし】てぞゐたりける。横笛(よこぶえ)
これをつたへきい【聞い】て、「われをこそすて【捨て】め、さまを
さへかへけむ事(こと)のうらめしさ【恨めしさ】よ。たとひ世(よ)をば
そむくとも、などかかくとしらせ【知らせ】ざらむ。人(ひと)こそこころ【心】
づよくとも、たづね【尋ね】て恨(うら)みむ」と思(おも)ひつつ、ある暮(くれ)がた【暮方】に
都(みやこ)を出(いで)て、嵯峨(さが)の方(かた)へぞあくがれゆく。ころは
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きさらぎ【二月】十日(とをか)あまりの事(こと)なれば、梅津(むめづ)の里(さと)の
春風(はるかぜ)に、よその匂(にほ)ひもなつかしく【懐しく】、大井河(おほゐがは)の
月影(つきかげ)も、霞(かすみ)にこめておぼろ也(なり)。一方(ひとかた)ならぬ
哀(あはれ)さも、たれゆへ(ゆゑ)【故】とこそ思(おも)ひけめ。往生院(わうじやうゐん)とは
聞(きき)たれども、さだかにいづれの坊(ばう)ともしら【知ら】ざれば、
ここにやすらひかしこにたたずみ、たづね【尋ね】かぬる
ぞむざん【無慙】なる。住(すみ)あらしたる僧坊(そうばう)に、念誦(ねんじゆ)の声(こゑ)
しけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)が声(こゑ)と聞(きき)なして、「わらはこそ
是(これ)までたづね【尋ね】まいり(まゐり)【参り】たれ。さまのかはりておは
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すらんをも、今(いま)一度(いちど)み【見】奉(たてまつ)らばや」と、具(ぐ)したりける
女(をんな)をも(ッ)ていはせければ、滝口(たきぐち)入道(にふだう)むね【胸】うちさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、
障子(しやうじ)のひまよりのぞひ(のぞい)【覗ひ】てみれ【見れ】ば、まこと【誠】に
尋(たづね)かねたるけしきいたはしうおぼえて、いかな
る道心者(だうしんじや)も心(こころ)よはく(よわく)【弱く】なりぬべし。やがて人(ひと)を
出(いだ)して、「ま(ッ)たく是(これ)にさる人(ひと)なし。門(かど)たがへ【違へ】でぞ
あるらむ」とて、ついに(つひに)【遂に】あはでぞかへし【返し】ける。横笛(よこぶえ)
なさけなううらめしけれ【恨めしけれ】ども、力(ちから)なう涙(なみだ)をおさ
へて帰(かへ)りけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)、同宿(どうじゆく)の僧(そう)にあふ(あう)【逢う】て
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申(まうし)けるは、「是(これ)もよにしづかにて、念仏(ねんぶつ)の障
碍(しやうげ)は候(さうら)はねども、あかで別(わかれ)し女(をんな)に此(この)すまゐ(すまひ)【住ひ】を
みえ【見え】て候(さうら)へば、たとひ一度(ひとたび)は心(こころ)づよく共(とも)、又(また)もしたふ
事(こと)あらば、心(こころ)もはたらき【働き】候(さうらひ)ぬべし。いとま申(まうし)て」とて、
嵯峨(さが)をば出(いで)て、高野(かうや)へのぼり、清浄心院(しやうじやうしんゐん)にぞ
居(ゐ)たりける。横笛(よこぶえ)もさまをかへたるよし聞(きこ)えし
かば、滝口(たきぐち)入道(にふだう)一首(いつしゆ)の歌(うた)を送(おく)りけり。
そる【剃る】まではうらみ【恨み】しかどもあづさ弓(ゆみ)
まこと【誠】の道(みち)にいる【入る】ぞうれしき W082
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横笛(よこぶえ)が返(かへり)こと【返事】には、
そる【剃る】とてもなにかうらみ【恨み】むあづさ弓(ゆみ)
ひき【引き】とどむべきこころ【心】ならねば W083
よこ笛(ぶえ)【横笛】はその思(おも)ひのつもり【積り】にや、奈良(なら)の
法花寺(ほつけじ)にあり【有り】けるが、いくほど【程】もなくて、遂(つひ)に
はかなく【果敢く】成(なり)にけり。滝口(たきぐち)入道(にふだう)、かやう【斯様】の事(こと)を
伝(つた)へきき、弥(いよいよ)ふかくおこなひすまし【澄まし】てゐたり
ければ、父(ちち)も不孝(ふけう)をゆるしけり。したしき
者(もの)共(ども)も、みなもちひ(もちゐ)【用ゐ】て、高野(かうや)の聖(ひじり)とぞ申(まうし)ける。
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三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)是(これ)に尋(たづね)あひて見(み)給(たま)へば、都(みやこ)に候(さうらひ)し時(とき)は、
布衣(ほうい)(ホウエ)に立烏帽子(たてえぼし)、衣文(えもん)をつくろひ、鬢(びん)をなで、
花(はな)やかなりしおのこ(をのこ)【男】也(なり)。出家(しゆつけ)の後(のち)はけふはじめ
てみ【見】給(たま)ふに、未(いまだ)卅(さんじふ)にもならぬが、老僧姿(らうそうすがた)にやせ【痩せ】
おとろへ【衰へ】、こき墨染(すみぞめ)におなじ袈裟(けさ)、思(おも)ひいれ【入れ】
たる道心者(だうしんじや)、うら山(やま)しくや思(おも)はれけむ。晋(しん)の七賢(しちげん)、
漢(かん)の四皓(しかう)がすみけむ商山(しやうざん)・竹林(ちくりん)のありさま【有様】も、
『高野巻(かうやのまき)』S1009
是(これ)にはすぎじとぞ見(み)えし。○滝口(たきぐち)入道(にふだう)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)を
見(み)たてま(ッ)【奉つ】て、「こはうつつ共(とも)覚(おぼ)え候(さうら)はぬものかな。
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八島(やしま)より是(これ)までは、何(なに)としてのがれ【逃れ】させ給(たまひ)て候(さうらふ)
やらん」と申(まうし)ければ、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)の給(たま)ひけるは、「されば
こそ。人(ひと)なみなみに都(みやこ)を出(いで)て、西国(さいこく)へ落(おち)くだり
たりしかども、ふるさとにとどめ【留め】をき(おき)しおさなき(をさなき)【幼き】者(もの)
共(ども)のこひし【恋し】さ、いつ忘(わす)るべしとも覚(おぼ)えねば、その物(もの)思(おも)ふ
けしき【気色】のいは【言は】ぬにしるくや見(み)えけん、大臣殿(おほいとの)も二
位殿(にゐどの)も、「此(この)人(ひと)は池(いけ)の大納言(だいなごん)のやうにふた心(ごころ)あり」
な(ン)ど(なんど)とて思(おも)ひへだてたまひ【給ひ】しかば、あるにかい(かひ)【甲斐】なき
我(わが)身(み)かなと、いとど心(こころ)もとどまら【留まら】で、あくがれ出(いで)て、
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是(これ)まではのがれ【逃れ】たる也(なり)。いかにもして山(やま)づたひ【山伝ひ】に
都(みやこ)へのぼ(ッ)【上つ】て、恋(こひ)しき者(もの)共(ども)を今(いま)一度(いちど)み【見】もし
みえ【見え】ばやとは思(おも)へども、本三位(ほんざんみの)中将(ちゆうじやう)の事(こと)口惜(くちをし)
ければ、それも叶(かな)はず。おなじくは是(これ)にて出家(しゆつけ)
して、火(ひ)の中(なか)水(みづ)の底(そこ)へもいらばやと思(おも)ふ也(なり)。
但(ただし)熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】んと思(おも)ふ宿願(しゆくぐわん)あり」とのたまへ【宣へ】ば、
「夢(ゆめ)まぼろしの世(よ)の中(なか)は、とてもかくても候(さうらひ)なん。
ながき世(よ)のやみこそ心(こころ)うかるべう候(さうら)へ」とぞ申(まうし)ける。
やがて滝口(たきぐち)入道(にふだう)を先達(せんだち)にて、堂塔(だうたふ)巡礼(じゆんれい)して、
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奥(おくの)院(ゐん)へまいり(まゐり)【参り】たまふ【給ふ】。高野山(かうやさん)は帝城(ていせい)を避(さつ)て
二百里(じはくり)、京里(きやうり)をはなれて無人声(むにんじやう)、清嵐【*青嵐】(せいらん)梢(こずゑ)を
ならし【鳴らし】て、夕日[B ノ](せきじつの)影(かげ)しづか也(なり)。八葉(はちえふ)の嶺(みね)、八(やつ)の谷(たに)、まこと【誠】に
心(こころ)もすみ【澄み】ぬべし。花(はな)の色(いろ)は林霧(りんぶ)の底(そこ)にほころび、
鈴(れい)の音(おと)は尾上(をのへ)の雲(くも)にひびけり。瓦(かはら)に松(まつ)おひ、
墻(かき)に苔(こけ)むして、星霜(せいざう)久(ひさ)しく覚(おぼ)えたり。抑(そもそも)延喜(えんぎ)
の御門(みかど)の御時(おんとき)、御夢想(ごむさう)の御告(おんつげ)あ(ッ)て、ひはだ色(いろ)【桧皮色】の
御(おん)ころも【衣】をまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られしに、勅使(ちよくし)中納言(ちゆうなごん)資澄卿(すけずみのきやう)【*資隆卿(すけたかのきやう)】、
般若寺(はんにやじ)の僧正(そうじやう)観賢(くわんげん)(クハンゲン)をあひ具(ぐ)して、此(この)御山(おやま)に
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まいり(まゐり)【参り】、御廟(ごべう)の扉(とびら)をひらいて、御衣(おんころも)をきせ【着せ】奉(たてまつ)らんと
しけるに、霧(きり)あつくへだた(ッ)て、大師(だいし)おがま(をがま)【拝ま】れさせ
給(たま)はず。ここに観賢(くわんげん)(クハンゲン)ふかく愁涙(しうるい)して、「われ悲母(ひぼ)の
胎内(たいない)を出(いで)て、師匠(ししやう)の室(しつ)に入(いり)しより以来(このかた)、未(いまだ)禁
戒(きんかい)を犯(ぼん)ぜず。さればなどかおがみ(をがみ)【拝み】奉(たてまつ)らざらん」とて、
五体(ごたい)を地(ち)になげ【投げ】、発露(ほつろ)啼泣(ていきふ)(テイキウ)したまひ【給ひ】しかば、
やうやう霧(きり)はれて、月(つき)の出(いづ)るが如(ごと)くして、大師(だいし)お
がま(をがま)【拝ま】れ給(たま)ひけり。時(とき)に観賢(くわんげん)(クハンゲン)随喜(ずいき)の涙(なんだ)をながひ(ながい)【流い】
て、御衣(おんころも)をきせ【着せ】奉(たてまつ)る。御(おん)ぐし【髪】のながくおひさせ
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給(たま)ひたりしかば、そり【剃り】奉(たてまつ)るこそ目出(めでた)けれ。勅使(ちよくし)と
僧正(そうじやう)とは拝(をが)み奉(たてまつ)り給(たま)へども、僧正(そうじやう)の弟子(でし)石山(いしやま)の
内供(ないく)淳祐(じゆんいう)(ジユンユウ)、其(その)時(とき)は未(いまだ)童形(とうぎやう)にて供奉(ぐぶ)せられたり
けるが、大師(だいし)をおがみ(をがみ)【拝み】奉(たてまつ)らずしてなげきしづんで
おはしけるが、僧正(そうじやう)手(て)をと(ッ)て、大師(だいし)の御(おん)ひざに
おしあてられたりければ、其(その)手(て)一期(いちご)が間(あひだ)かう
ばしかり【香ばしかり】けるとかや。そのうつり香(が)【移り香】は、石山(いしやま)の聖
教(しやうげう)にうつ(ッ)【移つ】て、今(いま)にありとぞ承(うけたまは)る。大師(だいし)、御門(みかど)
の御返事(おんぺんじ)に申(まう)させ給(たま)ひけるは、「われ昔(むかし)薩■(さつた)に
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あひて、まのあたり悉(ことごと)く印明(いんみやう)をつたふ。無比(むび)の
誓願(せいぐわん)(セイグハン)をおこし【起こし】て、辺地(へんぢ)(ヘンリ)の異域(いゐき)(イイキ)に侍(はんべ)り、昼夜(ちうや)に
万民(ばんみん)をあはれんで、普賢(ふげん)の悲願(ひぐわん)(ヒグハン)に住(ぢゆう)す。肉
身(にくしん)に三昧(さんまい)を証(しよう)(セウ)じて、慈氏(じし)の下生(げしやう)をまつ」
とぞ申(まう)させ給(たま)ひける。彼[B ノ](かの)摩訶迦葉(まかかせふ)(マカカセウ)の鶏足(けいそく)
の洞(ほら)に籠(こもつ)て、しづ【翅都】[* 下欄に「氏頭(シヅ)」と注記]の春風(はるかぜ)を期(ご)し給(たま)ふらむも、
かくやとぞ覚(おぼ)えける。御入定(ごにふぢやう)は承和(しようわ)二年(にねん)
三月(さんぐわつ)廿一日(にじふいちにち)、寅(とら)の一点(いつてん)の事(こと)なれば、過(すぎ)にし方(かた)も
三百(さんびやく)余歳(よさい)、行(ゆく)末(すゑ)も猶(なほ)五十六億七千万歳(ごじふろくおくしちせんまんざい)の後(のち)、
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慈尊(じそんの)出世(しゆつせ)三会(さんゑ)(さんエ)の暁(あかつき)をまたせ給(たま)ふらむこそ久(ひさし)
『維盛(これもりの)出家(しゆつけ)』S1010
けれ。○「維盛(これもり)が身(み)のいつとなく、雪山(せつせん)の鳥(とり)の鳴(なく)
らんやうに、けふよあすよとおもふ[M 「おもふおもふ」とあり始めの「おもふ」をミセケチ]物(もの)を」
とて、涙(なみだ)ぐみたまふ【給ふ】ぞあはれ【哀】なる。塩風(しほかぜ)にくろみ、
つきせ【尽きせ】ぬ物思(ものおも)ひにやせ【痩せ】おとろへて、その人(ひと)とは
見(み)えたまは【給は】ね共(ども)、なを(なほ)【猶】よ【世】の人(ひと)にはすぐれたまへ【給へ】り。
其(その)夜(よ)は滝口(たきぐち)入道(にふだう)が庵室(あんじつ)に帰(かへつ)て、夜(よ)もすがら
昔(むかし)今(いま)のものがたり【物語】をぞしたまひ【給ひ】ける。聖(ひじり)が行
儀(ぎやうぎ)をみ【見】たまふ【給ふ】に、至極(しごく)甚深(じんじん)の床(ゆか)の上(うへ)には、真理(しんり)
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の玉(たま)をみがくらむとみえ【見え】て、後夜(ごや)晨朝(じんでう)の鐘(かね)
の声(こゑ)には、生死(しやうじ)の眠(ねぶり)をさますらむ共(とも)覚(おぼ)えたり。
のがれ【逃れ】ぬべくはかくてもあらまほしうや思(おも)はれ
けむ。明(あけ)ぬれば東禅院(とうぜんゐん)の智覚上人(ちかくしやうにん)と申(まうし)ける
聖(ひじり)を請(しやう)じたてま(ッ)【奉つ】て、出家(しゆつけ)せんとしたまひ【給ひ】けるが、
与三兵衛(よさうびやうゑ)・石童丸(いしどうまる)をめし【召し】てのたまひ【宣ひ】けるは、
「維盛(これもり)こそ人(ひと)しれぬ思(おも)ひを身(み)にそへ【添へ】ながら、道(みち)せ
ばう【狭う】のがれ【逃れ】がたき身(み)なれば、むなしう【空しう】なる共(とも)、
此(この)比(ごろ)は世(よ)にある人(ひと)こそおほけれ【多けれ】、汝等(なんぢら)はいかなる
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ありさま【有様】をしても、などかすぎ【過ぎ】ざるべき。われ
いかにもならむやうを見(み)はてて、いそぎ都(みやこ)へ
のぼり、おのおのが身(み)をもたすけ【助け】、且(かつう)は妻子(さいし)をも
はぐくみ、且(かつう)は又(また)維盛(これもり)が後生(ごしよう)をも訪(とぶら)へ【弔へ】かし」と
のたまへ【宣へ】ば、二人(ににん)の者(もの)共(ども)さめざめとないて、しばしは
御返事(おんぺんじ)にも及(およ)ばず。ややあ(ッ)て、与三兵衛(よさうびやうゑ)涙(なみだ)を
おさへ【抑へ】て申(まうし)けるは、「重景(しげかげ)が父(ちち)、与三左衛門(よさうざゑもん)景康(かげやす)は、
平治(へいぢ)の逆乱(げきらん)の時(とき)、故(こ)殿(との)の御共(おんとも)に候(さうらひ)けるが、二条堀
河(にでうほりかは)の辺(へん)にて、鎌田兵衛(かまだびやうゑ)にくん【組ん】で、悪源太(あくげんだ)にうた【討た】れ
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候(さうらひ)ぬ。重景(しげかげ)もなじかはおとり候(さうらふ)べき。其(その)時(とき)は二歳(にさい)
に罷(まかり)なり候(さうらひ)ければ、すこし【少し】も覚(おぼ)え候(さうら)はず。母(はは)には
七歳(しちさい)でをくれ(おくれ)【遅れ】候(さうらひ)ぬ。哀(あはれ)をかくべきしたしい【親しい】もの【者】
一人(いちにん)も候(さうら)はざりしか共(ども)、故(こ)大臣殿(おほいとの)、「あれはわが命(いのち)
にかはりたりし者(もの)の子(こ)なれば」とて、御(おん)まへにて
そだて【育て】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】、生年(しやうねん)九(ここのつ)と申(まうし)し時(とき)、君(きみ)の
御元服(ごげんぶく)候(さうらひ)し夜(よ)、かしらを取(とり)あげ【上げ】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
かたじけなく【忝く】、「盛(もり)の字(じ)は家(いへの)字(じ)なれば五代[M 「後代」とあり「後」をミセケチ「五」と傍書](ごだい)につく。
重(しげ)の字(じ)をば松王(まつわう)に」と仰(おほせ)候(さうらひ)て、重景(しげかげ)とは付(つけ)られ
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まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)也(なり)。其上わらは名を松王と申ける
事も、生れて忌(いみ)五十日と申し時、父がいだひ(いだい)て
まいり(まゐり)【参り】たれば、「此家を小松といへば、いはうてつくる
なり」と仰候て、松王とはつけられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候也。
父(ちち)の[B 「の」に「ガ」と傍書]ようて死(しに)候(さうらひ)けるは、わが【我が】身(み)の冥加(みやうが)と覚(おぼ)え候(さうらふ)。
随分(ずいぶん)同齢(どうれい)共(ども)にも芳心(はうじん)せられてこそまかり【罷り】
過(すぎ)候(さうらひ)しか。されば御臨終(ごりんじゆう)(ごリンジウ)の御時(おんとき)も、此(この)世(よ)の事(こと)をば
おぼしめし【思し召し】捨(すて)て、一事(いちじ)も仰(おほせ)候(さうら)はざりしか共(ども)、
重景(しげかげ)御(おん)まへちかう【近う】めされて、「あなむざんや。汝(なんぢ)は
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重盛(しげもり)を父(ちち)が形見(かたみ)と思(おも)ひ、重盛(しげもり)は汝(なんぢ)を景康(かげやす)が
かたみ【形見】と思(おも)ひてこそすごしつれ。今度(こんど)の除
目(ぢもく)(ジモク)に靭負尉(ゆぎへのじよう)(ユギエノゼウ)になして、おのれ【己】が父(ちち)景康(かげやす)を
よびし様(やう)にめさばやとこそおもひつるに、むな
しう【空しう】なるこそかなしけれ。相(あひ)構(かまへ)て少将殿(せうしやうどの)の
心(こころ)にたがふ【違ふ】な」とこそ仰(おほせ)候(さうらひ)しか。されば此(この)日来(ひごろ)は、
いかなる御事(おんこと)も候(さうら)はむには、みすてまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
て落(おつ)べきもの【物】とおぼしめし【思し召し】候(さうらひ)けるか。御心(おんこころ)のうち
こそはづかしう候(さうら)へ。「此(この)ごろは世(よ)にある人(ひと)こそおほ
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けれ【多けれ】」と仰(おほせ)かうぶり候(さうらふ)は、当時(たうじ)のごとくは源氏(げんじ)の
郎等(らうどう)共(ども)こそ候(さうらふ)なれ。君(きみ)の神(かみ)にも仏(ほとけ)にもならせ
給(たま)ひ候(さうらひ)なむ後(のち)、たのしみさかへ(さかえ)【栄え】候(さうらふ)とも、千年(せんねん)の
齢(よはひ)をふるべきか。たとひ万年(まんねん)をたもつ【保つ】とも、
遂(つひ)にはおはり(をはり)のなかるべきか。是(これ)に過(すぎ)たる善知
識(ぜんぢしき)、なに事(ごと)か候(さうらふ)べき」とて、手(て)づからもとどり【髻】
き(ッ)て、泣々(なくなく)滝口(たきぐち)入道(にふだう)にそらせけり。石童丸(いしどうまる)
も是(これ)をみて、もとゆひぎは【元結際】より髪(かみ)をきる。
是(これ)も八(やつ)よりつきたてま(ッ)【奉つ】て、重景(しげかげ)にもおとらず
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不便(ふびん)にしたまひ【給ひ】ければ、おなじく滝口(たきぐち)入道(にふだう)に
そらせけり。是等(これら)がかやう【斯様】に先達(さきだち)てなるを
見(み)たまふ【給ふ】につけても、いとど心(こころ)ぼそうぞおぼし
めす【思し召す】。さてもあるべきならねば、「流転(るてん)三界(さんがい)中(ちゆう)、
恩愛(おんあい)(ヲンあい)不能断(ふのうだん)、棄恩入無為(きおんにふむゐ)(キヲンニウムイ)、真実(しんじつ)報恩者(はうおんしや)(ホウヲンジヤ)」
と三返(さんべん)唱(とな)へ給(たま)ひて、遂(つひ)にそりおろし給(たまひ)て(ン)
げり。「あはれ、かはらぬ姿(すがた)をこひしき【恋しき】者(もの)共(ども)に今(いま)一
度(ひとたび)みえ【見え】もし、見(み)て後(のち)かくもならば、思(おも)ふ事(こと)あらじ」
とのたまひ【宣ひ】けるこそ罪(つみ)ふかけれ。三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)も、
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兵衛(ひやうゑ)入道(にふだう)も同年(どうねん)にて、ことしは廿七(にじふしち)歳(さい)也(なり)。石童丸(いしどうまる)
は十八(じふはち)にぞ成(なり)ける。とねり武里(たけさと)をめし【召し】て、
「おのれ【己】はとうとう【疾う疾う】是(これ)より八島(やしま)へかへれ。都(みやこ)へはのぼる
べからず。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、遂(つひ)にはかくれあるまじけれ共(ども)、
まさしう此(この)ありさま【有様】をきい【聞い】ては、やがてさまを
もかへんずらむとおぼゆる【覚ゆる】ぞ。八島(やしま)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て人々(ひとびと)に
申(まう)さむずるやうはよな、「かつ御覧(ごらん)候(さうらひ)しやうに、
大方(おほかた)の世間(せけん)ももの【物】うきやうにまかり【罷り】成(なり)候(さうらひ)き。
よろづあぢきなさもかずそひ【添ひ】てみえ【見え】候(さうらひ)しかば、
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おのおのにもしられまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はで、かく成(なり)候(さうらひ)ぬ。
西国(さいこく)で左(ひだん)の中将(ちゆうじやう)うせ候(さうらひ)ぬ。一谷(いちのたに)で備中守(びつちゆうのかみ)うた【討た】れ
候(さうらひ)ぬ。われさへかく成(なり)候(さうらひ)ぬれば、いかにおのおの【各々】たより
なうおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうら)はんずらむと、それのみこそ
心(こころ)ぐるしう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ。抑(そもそも)唐皮(からかは)といふ鎧(よろひ)、
小烏(こがらす)といふ太刀(たち)は、平(へい)将軍(しやうぐん)貞盛(さだもり)より当家(たうけ)につたへ
て、維盛(これもり)までは嫡々(ちやくちやく)九代(くだい)にあひあたる。若(もし)不
思議(ふしぎ)にて世(よ)もたちなをら(なほら)ば、六代(ろくだい)にたぶべし」と
申(まう)せ」とこその給(たま)ひけれ。とねり武里(たけさと)「君(きみ)のいかにも
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ならせおはしまさむやうを見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て後(のち)こそ、
八島(やしま)へもまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はめ」と申(まうし)ければ、「さらば」とて召(めし)
具(ぐ)せらる。滝口(たきぐち)入道(にふだう)をも善知識(ぜんぢしき)のため具(ぐ)せられ
けり。山伏(やまぶし)修行者(しゆぎやうじや)のやうにて高野(かうや)をば出(いで)、同(おなじき)
国(くに)のうち山東(せんどう)へこそ出(いで)られけれ。藤代(ふぢしろ)の王子(わうじ)を
初(はじめ)として、王子(わうじ)王子(わうじ)ふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、まいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ程(ほど)に、
千里(せんり)の浜(はま)の北(きた)、岩代(いはしろ)の王子(わうじ)の御前(おんまへ)にて、狩装
束(かりしやうぞく)したる者(もの)七八騎(しちはつき)が程(ほど)行(ゆき)あひ奉(たてまつ)る。すでに
搦(からめ)とられなむずとおぼして、おのおの腰(こし)の刀(かたな)に手(て)を
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かけて、腹(はら)をきらむとし給(たま)ひけるが、ちかづき【近付き】
けれども、あやまつべきけしき【気色】もなくて、
いそぎ馬(むま)よりおり、ふかう【深う】かしこま(ッ)てとをり(とほり)【通り】
ければ、「見(み)しりたる者(もの)にこそ。誰(たれ)なるらん」とあやし
くて、いとど足(あし)ばやにさし給(たま)ふ程(ほど)に、是(これ)は当国(たうごく)の
住人(ぢゆうにん)、湯浅(ゆあさの)権守(ごんのかみ)宗重(むねしげ)が子(こ)に、湯浅(ゆあさの)七郎兵衛(しちらうびやうゑ)
宗光(むねみつ)といふ者(もの)也(なり)。郎等(らうどう)共(ども)「是(これ)はいかなる人(ひと)にて
候(さうらふ)やらむ」と申(まうし)ければ、七郎兵衛(しちらうびやうゑ)涙(なみだ)をはらはらと
ながひ(ながい)【流い】て、「あら、事(こと)もかたじけなや。あれこそ
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小松(こまつの)大臣殿(おとどどの)の御嫡子(おんちやくし)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)殿(どの)よ。八島(やしま)より
是(これ)までは、何(なに)としてのがれ【逃れ】させ給(たま)ひたりける
ぞや。はや御(おん)さまをかへさせ給(たまひ)て(ン)げり。与三兵衛(よさうびやうゑ)、
石童丸(いしどうまる)も同(おなじ)く出家(しゆつけ)して御供(おんとも)申(まうし)たり。ちかう
まい(ッ)(まゐつ)【参つ】てげ(ン)ざむ(げんざん)【見参】にも入(いり)たかりつれ共(ども)、はばかりもぞ
おぼしめす【思し召す】とてとをり(とほり)【通り】ぬ。あな哀(あは)れの御(おん)あり
さま【有様】や」とて、袖(そで)をかほ【顔】におしあてて、さめざめと
泣(なき)ければ、郎等(らうどう)共(ども)もみな涙(なみだ)をぞながしける。
『熊野(くまの)参詣(さんけい)』S1011
やうやうさし給(たま)ふ程(ほど)に、日数(ひかず)ふれば、岩田河(いはだがは)にも
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かかりたまひ【給ひ】けり。「此(この)河(かは)のながれを一度(ひとたび)もわたる
者(もの)は、悪業(あくごふ)(アクゴウ)煩悩(ぼんなう)無始(むし)の罪障(ざいしやう)きゆ【消ゆ】なる物(もの)
を」と、たのもしう【頼もしう】ぞおぼしける。本宮(ほんぐう)にまいり(まゐり)【参り】
つき、証誠殿(しようじやうでん)(セウジヤウデン)の御(おん)まへにつゐ(つい)居(ゐ)給(たま)ひつつ、しばらく
法施(ほつせ)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、御山(おんやま)のやうをおがみ(をがみ)【拝み】給(たま)ふに、心(こころ)も
詞(ことば)もおよば【及ば】れず。大悲(だいひ)擁護(をうご)の霞(かすみ)は、熊野山(ゆやさん)に
たなびき、霊験(れいげん)無双(ぶさう)の神明(しんめい)は、音(おと)なし河(がは)【音無河】に
跡(あと)をたる。一乗(いちじよう)(いちゼウ)修行(しゆぎやう)の岸(きし)には、感応(かんおう)(カンヲウ)の月(つき)くま
もなく、六根(ろくこん)懺悔(さんげ)の庭(には)には、妄想(まうざう)の露(つゆ)もむすばず。
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いづれもいづれもたのもしから【頼もしから】ずといふ事(こと)なし。夜(よ)更(ふけ)
人(ひと)しづま(ッ)て、啓白(けいひやく)したまふ【給ふ】に、父(ちち)のおとど【大臣】の此(この)御前(おんまへ)
にて、「命(いのち)をめし【召し】て後世(ごせ)をたすけ【助け】給(たま)へ」と申(まう)され
ける事(こと)までも、思食(おぼしめし)いで【出で】て哀(あはれ)也(なり)。「O[BH 当山(たうざん)権現(ごんげん)は、]本地(ほんぢ)阿弥陀
如来(あみだによらい)にてまします。摂取(せつしゆ)不捨(ふしや)の本願(ほんぐわん)あやまた
ず、浄土(じやうど)へ引導(みちびき)給(たま)へ」と申(まう)されける。中(なか)にも「ふる郷(さと)【故郷】に
とどめ【留め】をき(おき)【置き】し妻子(さいし)安穏(あんをん)に」といのられけるこそ
かなしけれ。うき世(よ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)に入(いり)給(たま)へ
ども、妄執(まうじう)はなを(なほ)【猶】つきずと覚(おぼ)えて哀(あはれ)也(なり)し事(こと)
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共(ども)也(なり)。明(あけ)ぬれば、本宮(ほんぐう)より船(ふね)にのり、新宮(しんぐう)へぞ
まいら(まゐら)【参ら】れける。かんのくら【神の蔵】をおがみ(をがみ)【拝み】たまふ【給ふ】に、巌松(がんしやう)
たかくそびえ【聳え】て、嵐(あらし)妄想(まうざう)の夢(ゆめ)を破(やぶ)り、流水(りうすい)き
よくながれて、浪(なみ)塵埃(ぢんあい)の垢(あか)をすすぐらむとも
覚(おぼ)えたり。明日(あすかの)社(やしろ)ふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、佐野(さの)の松原(まつばら)さし過(すぎ)て、
那知(なち)の御山(おやま)にまいり(まゐり)【参り】給(たま)ふ。三重(さんぢゆう)に漲(みなぎ)りおつる
滝(たき)の水(みづ)、数千丈(すせんぢやう)までうちのぼり、観音(くわんおん)の霊
像(れいざう)は岩(いは)の上(うへ)にあらはれ【現はれ】て、補陀落山(ふだらくせん)共(とも)い(ッ)つべし。
霞(かすみ)の底(そこ)には法花(ほつけ)読誦(どくじゆ)の声(こゑ)きこゆ、霊鷲山(りやうじゆせん)
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とも申(まうし)つべし。抑(そもそも)権現(ごんげん)当山(たうざん)に跡(あと)を垂(たれ)させまし
ましてより以来(このかた)、我(わが)朝(てう)の貴賎(きせん)上下(じやうげ)歩(あゆみ)をはこび、
かうべをかたむけ、掌(たなごころ)をあはせ【合はせ】て、利生(りしやう)にあづから
ずといふ事(こと)なし。僧侶(そうりよ)されば甍(いらか)をならべ、道俗(だうぞく)
袖(そで)をつらねたり。寛和(くわんわの)(クハンワの)夏(なつ)の比(ころ)、花山(くわさん)の法皇(ほふわう)十善(じふぜん)
の帝位(ていゐ)をのがれ【逃れ】させ給(たま)ひて、九品(くほん)の浄刹(じやうせつ)を
おこなは【行なは】せ給(たま)ひけん、御庵室(おんあんじつ)の旧跡(きうせき)には、昔(むかし)を
しのぶ【忍ぶ】とおぼしくて、老木(おいき)の桜(さくら)ぞさきにける。
那智籠(なちごもり)の僧共(そうども)の中(なか)に、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)をよくよく
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み【見】しりたてま(ッ)【奉つ】たるとおぼしくて、同行(どうぎやう)にかたり
けるは、「ここなる修行者(しゆぎやうじや)をいかなる人(ひと)やらむと
思(おも)ひたれば、小松(こまつ)の大臣殿(おほいとの)の御嫡子(おんちやくし)、三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)にて
おはしけるO[BH ぞ]や。あの殿(との)の未(いまだ)四位(しゐの)少将(せうしやう)と聞(きこ)え給(たま)ひし
安元(あんげん)の春(はる)の比(ころ)、法住寺殿(ほふぢゆうじどの)にて五十(ごじふの)御賀(おんが)のありしに、
父(ちち)小松殿(こまつどの)は内大臣(ないだいじん)の左大将(さだいしやう)にてまします、伯父(をぢ)
宗盛卿(むねもりのきやう)は大納言(だいなごん)の右大将(うだいしやう)にて、階下(かいか)に着座(ちやくざ)せら
れたり。其(その)外(ほか)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)知盛(とももり)・頭(とうの)中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)以下(いげ)
一門(いちもん)の人々(ひとびと)、けふを晴(はれ)とときめき給(たま)ひて、垣代(かいしろ)に
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立(たち)給(たま)ひし中(なか)より、此(この)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、桜(さくら)の花(はな)をかざし
て青海波(せいがいは)をまう【舞う】て出(いで)られたりしかば、露(つゆ)に媚(こび)
たる花(はな)の御姿(おんすがた)、風(かぜ)に翻(ひるがへ)る舞(まひ)の袖(そで)地(ち)をてらし
天(てん)もかかやく【輝く】ばかり也(なり)。女院(にようゐん)より関白殿(くわんばくどの)を御使(おんつかひ)
にて御衣(ぎよい)をかけられしかば、父(ちち)の大臣(おとど)(ヲトド)座(ざ)を立(たち)、
是(これ)を給(たま)は(ッ)て右(みぎ)の肩(かた)にかけ、院(ゐん)を拝(はい)し奉(たてまつ)り
給(たま)ふ。面目(めんぼく)たぐひすくなうぞみえ【見え】し。かたへ【傍】の殿
上人(てんじやうびと)、いかばかりうら山(やま)しうおもは【思は】れけむ。内裏(だいり)の
女房(にようばう)達(たち)の中(なか)には、「深山木(みやまぎ)のなかの桜梅(さくらむめ)とこそ
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おぼゆれ」な(ン)ど(なんど)いはれ給(たま)ひし人(ひと)ぞかし。唯今(ただいま)大
臣(おとど)の大将(だいしやう)待(まち)かけ給(たま)へる人(ひと)とこそみ【見】奉(たてまつ)りしに、
けふはかくやつれはて給(たま)へる御(おん)ありさま【有様】、かねて【予て】は
思(おも)ひもよらざ(ッ)しをや。うつればかはる世(よ)のならひ【習ひ】とは
いひながら、哀(あはれ)なる御事(おんこと)哉(かな)」とて、袖(そで)をかほ【顔】に
おしあててさめざめと泣(なき)ければ、いくらもなみ
ゐたりける那知籠【*那智籠】(なちごもり)の僧(そう)共(ども)も、みなうち衣(ごろも)【裏衣】の
『維盛(これもりの)入水(じゆすい)』S1012
袖(そで)をぞぬらしける。○三(みつ)の山(やま)の参詣(さんけい)事(こと)ゆへ(ゆゑ)【故】なく
とげ給(たま)ひしかば、浜(はま)の宮(みや)と申(まうす)王子(わうじ)の御(おん)まへより、
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一葉(いちえふ)(いちヨウ)の船(ふね)に棹(さを)さして、万里(ばんり)の蒼海(さうかい)にうかび
給(たま)ふ。はるかの奥(おき)に山(やま)なり【山成】の島(しま)といふ所(ところ)あり【有り】。
それに舟(ふね)をこぎよせさせ、岸(きし)にあがり【上がり】、大(おほき)なる松(まつ)
の木(き)をけづ(ッ)て、中将(ちゆうじやう)銘跡(めいせき)をかき【書き】つけらる。
「祖父(そぶ)太政(だいじやう)大臣(だいじん)平(たひらの)朝臣(あつそん)清盛公(きよもりこう)、法名(ほふみやう)浄海(じやうかい)、親父(しんぶ)
内大臣(ないだいじん)左大将(さだいしやう)重盛公(しげもりこう)、法名(ほふみやう)浄蓮(じやうれん)、三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛(これもり)、
法名(ほふみやう)浄円(じやうゑん)、生年(しやうねん)廿七歳(にじふしちさい)、寿永(じゆえい)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)、
那知【*那智】(なち)の奥(おき)にて入水(じゆすい)す」と書(かき)つけて、又(また)奥(おき)へぞ
こぎ出(いで)給(たま)ふ。思(おも)ひきりたる道(みち)なれ共(ども)、今(いま)はの時(とき)に
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成(なり)ぬれば、心(こころ)ぼそうかなしからずといふ事(こと)なし。
比(ころ)は三月(さんぐわつ)廿八日(にじふはちにち)の事(こと)なれば、海路(かいろ)遥(はるか)に霞(かすみ)わた
り、哀(あはれ)をもよほすたぐひ也(なり)。ただ大方(おほかた)の春(はる)だに
も、暮(くれ)行(ゆく)空(そら)は物(もの)うきに、況(いはん)やけふをかぎりの
事(こと)なれば、さこそは心(こころ)ぼそかりけめ。奥(おき)の釣舟(つりぶね)の
浪(なみ)にきえ入(いる)やうにおぼゆる【覚ゆる】が、さすがしづみも
はてぬをみ【見】たまふ【給ふ】にも、我(わが)身(み)のうへ【上】とやおぼし
けむ。おの【己】が一(ひと)行(つら)ひき【引き】つれて、今(いま)はとかへる雁(かり)がね【雁金】の、
越路(こしぢ)をさして鳴(なき)ゆくも、ふるさとへことづけせま
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ほしく、蘇武(そぶ)が胡国(ここく)のうらみ【恨み】まで、思(おも)ひのこせる
くまもなし。「さればこは何事(なにごと)ぞ。猶(なほ)妄執(まうじう)のつきぬに
こそ」と思食(おぼしめし)かへして、西(にし)にむかひ【向ひ】手(て)をあはせ【合はせ】、
念仏(ねんぶつ)したまふ【給ふ】心(こころ)のうちにも、「すでに只今(ただいま)をかぎ
りとは、都(みやこ)にはいかでかしるべきなれば、風(かぜ)のたより
のことつて【言伝】も、いまやいまやとこそまたんずらめ。
遂(つひ)にはかくれ【隠れ】あるまじければ、此(この)世(よ)になきものと
きい【聞い】て、いかばかりかなげかんずらん」な(ン)ど(なんど)思(おも)ひつづ
けたまへ【給へ】ば、念仏(ねんぶつ)をとどめ【留め】、合掌(がつしやう)をみだり、聖(ひじり)にむか(ッ)【向つ】て
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の給(たま)ひけるは、「あはれ人(ひと)の身(み)に妻子(さいし)といふ物(もの)をば
もつまじかりけるものかな。此(この)世(よ)にて物(もの)を思(おも)はする
のみならず、後世(ごせ)菩提(ぼだい)のさまたげと成(なり)ける口(くち)
おしさ(くちをしさ)【口惜しさ】よ。只今(ただいま)も思(おも)ひ出(いづ)るぞや。か様(やう)【斯様】の事(こと)を
心中(しんぢゆう)にのこせば、罪(つみ)ふかからむなる間(あひだ)、懺悔(さんげ)する也(なり)」
とぞのたまひ【宣ひ】ける。聖(ひじり)も哀(あはれ)に覚(おぼ)えけれ共(ども)、我(われ)
さへ心(こころ)よはく(よわく)【弱く】てはかなは【叶は】じと思(おも)ひ、涙(なみだ)おし【押し】のごひ、
さらぬ体(てい)にもてないて申(まうし)けるは、「まこと【誠】にさこそ
はおぼしめさ【思し召さ】れ候(さうらふ)らめ。たかき【高き】も賤(いやし)きも、恩愛(おんあい)(ヲンアイ)の
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道(みち)は力(ちから)およば【及ば】ぬ事(こと)也(なり)。中(なか)にも夫妻(ふさい)は一夜(いちや)の枕(まくら)を
ならぶるも、五百生(ごひやくしやう)の宿縁(しゆくえん)と申(まうし)候(さうら)へば、先世(ぜんぜ)の契(ちぎり)浅(あさ)
からず。生者(しやうじや)必滅(ひつめつ)、会者(ゑしや)定離(ぢやうり)は浮世(うきよ)の習(ならひ)にて
候(さうらふ)也(なり)。すゑ【末】の露(つゆ)もとのしづくのためし【例】あれば、
たとひ遅速(ちそく)の不同(ふどう)はありとも、をくれ(おくれ)【遅れ】先(さき)だつ【先立つ】
御別(おんわかれ)、遂(つひ)になくてしもや候(さうらふ)べき。彼(かの)離山宮(りさんきゆう)(リサンキウ)の秋(あき)の
夕(ゆふべ)の契(ちぎり)も、遂(つひ)には、心(こころ)を摧(くだ)くはしとなり、甘泉殿(かんせんでん)
の生前(しやうぜん)の恩(おん)(ヲン)も、おはり(をはり)なきにしもあらず。松子(しやうし)・梅
生(ばいせい)、生涯(しやうがい)の恨(うらみ)あり【有り】。等覚(とうがく)・十地(じふぢ)、猶(なほ)生死(しやうじ)の掟(おきて)(ヲキテ)にしたがふ。
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たとひ君(きみ)長生(ちやうせい)のたのしみにほこり給(たま)ふ共(とも)、此(この)御(おん)な
げきはのがれ【逃れ】させたまふ【給ふ】べからず。たとひ又(また)百年(はくねん)の
齢(よはひ)をたもち【保ち】給(たま)ふ共(とも)、此(この)御恨(おんうらみ)はただおなじ事(こと)と
思食(おぼしめ)さるべし。第六天(だいろくてん)の魔王(まわう)といふ外道(げだう)は、欲
界(よくかい)の六天(ろくてん)を我(わが)物(もの)と領(りやう)じて、中(なか)にも此(この)界(かい)の衆生(しゆじやう)
の生死(しやうじ)をはなるる事(こと)をおしみ(をしみ)【惜しみ】、或(あるい)は妻(め)となり、或(あるい)は
夫(おつと)(ヲツ)とな(ッ)て、是(これ)をさまたぐるに、三世(さんぜの)諸仏(しよぶつ)は、
一切(いつさい)衆生(しゆじやう)を一子(いつし)の如(ごと)く思食(おぼしめし)て、極楽(ごくらく)浄土(じやうど)の不
退(ふたい)の土(ど)にすすめ【進め】いれ【入れ】んとしたまふ【給ふ】に、妻子(さいし)といふ
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もの、無始(むし)曠劫(くわうごふ)(クハウゴウ)より以来(このかた)生死(しやうじ)に流転(るてん)するきづな
なるがゆへ(ゆゑ)【故】に、仏(ほとけ)はおもう【重う】いましめ給(たま)ふ也(なり)。さればとて
御心(おんこころ)よはう(よわう)【弱う】おぼしめすべからず。源氏(げんじ)の先祖(せんぞ)伊与【*伊予】(いよの)
入道(にふだう)頼義(らいぎ)は、勅命(ちよくめい)によ(ッ)て奥州(あうしう)のゑびす(えびす)【夷】貞任(さだたふ)・
宗任(むねたふ)をせめ【攻め】んとて、十二年(じふにねん)が間(あひだ)に人(ひと)の頸(くび)をきる
事(こと)一万六千人(いちまんろくせんにん)、山野(さんや)の獣(けだもの)、江河(がうが)の鱗(うろくづ)、其(その)命(いのち)を
たつ事(こと)いく千万(せんまん)といふ数(かず)をしら【知ら】ず。され共(ども)、終焉(しゆうえん)(シウエン)の
時(とき)、一念(いちねん)の菩提心(ぼだいしん)をおこし【起こし】しによ(ッ)て、往生(わうじやう)の素
懐(そくわい)(ソクハイ)をとげたりとこそ承(うけたまは)れ。就中(なかんづく)に、出家(しゆつけ)の功徳(くどく)
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莫太(ばくたい)なれば、先世(ぜんぜ)の罪障(ざいしやう)みなほろび給(たま)ひぬらむ。
たとひ人(ひと)あ(ッ)て七宝(しつぽう)の塔(たふ)(タウ)をたてん事(こと)、たかさ
三十三(さんじふさん)天(てん)にいたる共(とも)、一日(いちにち)の出家(しゆつけ)の功徳(くどく)には及(およぶ)ベ
からず。たとひ又(また)百千歳(ひやくせんざい)の間(あひだ)百羅漢(ひやくらかん)を供養(くやう)じ
たらん功徳(くどく)も、一日(いちにち)の出家(しゆつけ)の功徳(くどく)には及(およぶ)べからずと
とか【説か】れたり。罪(つみ)ふかかり【深かり】し頼義(らいぎ)、心(こころ)のたけき【猛き】ゆへ(ゆゑ)【故】に
往生(わうじやう)をとぐ。させる御罪業(ございごふ)(ごザイゴウ)ましまさざらんに、などか
浄土(じやうど)へまいり(まゐり)【参り】給(たま)はざるべき。其上(そのうへ)当山(たうざん)権現(ごんげん)は
本地(ほんぢ)阿弥陀如来(あみだによらい)にてまします。はじめ無三悪
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趣(むさんあくしゆ)の願(ぐわん)(グハン)より、おはり(をはり)得三宝忍(とくさんほうにん)の願(ぐわん)(グハン)にいたるまで、
一々(いちいち)の誓願(せいぐわん)、衆生(しゆうじやう)化度(けど)の願(ぐわん)ならずといふ事(こと)なし。
中(なか)にも第(だい)十八(じふはち)の願(ぐわん)には「設我(せつが)得仏(とくぶつ)、十方(じつぱう)衆生(しゆじやう)、至心(ししん)
信楽(しんげう)、欲生(よくしやう)我国(がこく)、乃至(ないし)十念(じふねん)、若不(にやくふ)生者(しやうじや)、不取(ふしゆ)正覚(しやうがく)」
ととか【説か】れたれば、一念(いちねん)十念(じふねん)のたのみ【頼み】あり【有り】。只(ただ)ふかく
信(しん)じて、努々(ゆめゆめ)疑(うたがひ)(ウタガイ)をなしたまふ【給ふ】べからず。無二(むに)の懇
念(こんねん)をいたし【致し】て、若(もし)は一返(いつぺん)、若(もし)は十反(じつぺん)も唱(となへ)給(たま)ふ物(もの)ならば、
弥陀如来(みだによらい)、六十万億那由多恒河沙(ろくじふまんおくなゆたがうがしや)(ろくじふまんヲクナユタガウガシヤ)の御身(おんみ)を
つづめ、丈六八尺(ぢやうろくはつしやく)の御(おん)形(かたち)にて、観音(くわんおん)勢至(せいし)無数(むしゆ)の
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聖衆(しやうじゆ)、化仏菩薩(けぶつぼさつ)、百重(ひやくぢゆう)千重(せんぢゆう)に囲繞(ゐねう)(イねう)し、伎楽
歌(ぎがくか)詠(えい)じて、唯今(ただいま)極楽(ごくらく)の東門(とうもん)を出(いで)て来迎(らいかう)し
給(たま)はむずれば、御身(おんみ)こそ蒼海(さうかい)の底(そこ)にしづむ【沈む】と思召(おぼしめさ)
るとも、紫雲(しうん)のうへ【上】にのぼり給(たま)ふべし。成仏(じやうぶつ)得脱(とくだつ)
してさとりをひらき給(たまひ)なば、娑婆(しやば)の故郷(こきやう)にたち
かへ(ッ)【帰つ】て妻子(さいし)を道(みち)びき給(たま)はむ事(こと)、還来(げんらい)穢O[BH 国](ゑこく)(エこく)度人天(どにんでん)、
すこし【少し】も疑(うたがひ)あるべからず」とて、金【*鐘】(かね)うちならし【鳴らし】て
すすめ奉(たてまつ)る。中将(ちゆうじやう)しかる【然る】べき善知識(ぜんぢしき)かなと思食(おぼしめし)、
忽(たちまち)に妄念(まうねん)をひるがへして、O[BH 西に向ひ手を合せ、]高声(かうしやう)に念仏(ねんぶつ)百返(ひやつぺん)斗(ばかり)
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となへつつ、「南無(なむ)」と唱(となふ)る声(こゑ)ともに、海(うみ)へぞ入(いり)給(たま)ひ
ける。兵衛(ひやうゑ)入道(にふだう)も石童丸(いしどうまる)と同(おな)じく御名(みな)を唱(とな)へ
『三日平氏(みつかへいじ)』S1013
つつ、つづひ(つづい)【続い】て海(うみ)へぞ入(いり)にける。○とねり武里(たけさと)も同(おなじ)く
いら【入ら】むとしけるを、聖(ひじり)とり留(とど)めければ、力(ちから)およばず。
「いかにうたてくも、御遺言(ごゆいごん)をばたがへ【違へ】たてまつら【奉ら】んと
するぞ。下臈(げらふ)(げラウ)こそなを(なほ)【猶】もうたてけれ。今(いま)はただ後
世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】奉(たてまつ)れ」と、泣々(なくなく)教訓(けうくん)しけれ共(ども)、をくれ(おくれ)【遅れ】
たてまつる【奉る】かなしさに、後(のち)の御孝養(おんけうやう)の事(こと)も
覚(おぼ)えず、舟(ふな)ぞこ【舟底】にふし【伏し】まろび【転び】、おめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】
P10125
ける有(あり)さま【有様】は、むかし悉太太子【*悉達太子】(しつだたいし)の檀徳山【*檀特山】(だんどくせん)に入(いら)せ
給(たま)ひし時(とき)、しやのく【車匿】とねり【舎人】がこんでい【ノ陟】駒(こま)を給(たま)は(ッ)て、
王宮(わうぐう)にかへりし悲(かなし)みも、是(これ)には過(すぎ)じとぞみえ【見え】し。
しばしは舟(ふね)をおし【押し】まはして、浮(うき)もやあがり給(たま)ふと
見(み)けれ共(ども)、三人(さんにん)ともに深(ふか)くしづんでみえ【見え】給(たま)はず。
いつしか経(きやう)よみ念仏(ねんぶつ)して、「過去(くわこ)(クハコ)聖霊(しやうりやう)一仏(いちぶつ)浄土(じやうど)へ」
と廻向(ゑかう)(エカウ)しけるこそ哀(あはれ)なれ。さる程(ほど)に、夕陽(せきやう)西(にし)に
傾(かたむ)き、海上(かいしやう)もくらく成(なり)ければ、名残(なごり)はつきせ【尽きせ】ず
おもへ【思へ】共(ども)、むなしき【空しき】舟(ふね)を漕(こぎ)かへる。とわたる舟(ふね)のかい【櫂】の
P10126
しづく、聖(ひじり)が袖(そで)よりつたふ涙(なみだ)、分(わき)ていづれもみえ【見え】
ざりけり。聖(ひじり)は高野(かうや)へかへりのぼる。武里(たけさと)は泣々(なくなく)
八島(やしま)へまいり(まゐり)【参り】けり。御弟(おんおとと)新三位(しんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)に御(おん)ふみ【文】
取(とり)いだし【出し】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、「あな心(こころ)う、わがたのみ【頼み】
奉(たてまつ)る程(ほど)は、人(ひと)は思(おも)ひ給(たま)はざりける口惜(くちをし)さよ。池(いけ)の大
納言(だいなごん)のやうに頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはし【通はし】て、都(みやこ)へこそおはし
たるらめとて、大臣殿(おほいとの)も二位殿(にゐどの)も、我等(われら)にも心(こころ)を
をき(おき)【置き】給(たま)ひつるに、されば那知【*那智】(なち)の奥(おき)(ヲキ)にて身(み)をなげて
ましますごさんなれ。さらば引(ひき)具(ぐ)して一所(いつしよ)にも
P10127
しづみ【沈み】給(たま)はで、ところどころ【所々】にふさむ事(こと)こそかなし
けれ。御詞(おんことば)にて仰(おほせ)らるる事(こと)はなかりしか」と問(とひ)
給(たま)へば、「申(まう)せと候(さうらひ)しは「西国(さいこく)にて左(ひだん)の中将殿(ちゆうじやうどの)うせ
させ給(たま)ひ候(さうらひ)ぬ。一谷(いちのたに)で備中(びつちゆうの)守殿(かうのとの)うたれさせ給(たまひ)候(さうらひ)ぬ。
われ【我】さへかく成(なり)候(さうらひ)ぬれば、いかにたよりなうおぼし
めさ【思し召さ】れ候(さうら)はんずらんと、それのみこそ心(こころ)ぐるしう思(おも)(ヲモ)ひ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へ」。唐皮(からかは)・小烏(こがらす)の事(こと)までもこまごまと
申(まうし)たりければ、「今(いま)はわれ【我】とてもながらふ【永らふ】べしとも
覚(おぼ)えず」とて、袖(そで)をかほ【顔】におし【押し】あててさめざめと
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泣(なき)給(たま)ふぞ、まこと【誠】にことはり(ことわり)【理】と覚(おぼ)えて哀(あはれ)なる。故(こ)三
位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)にゆゆしく似(に)給(たま)ひたりければ、みる【見る】人(ひと)涙(なみだ)を
ながしけり。侍(さぶらひ)共(ども)はさしつどひ【集ひ】て、只(ただ)なくより外(ほか)の事(こと)ぞ
なき。大臣殿(おほいとの)も二位殿(にゐどの)も、「此(この)人(ひと)は池(いけ)の大納言(だいなごん)の様(やう)に、
頼朝(よりとも)に心(こころ)をかよはし【通はし】て、都(みやこ)へとこそ思(おも)ひたれば、
さはおはせざりける物(もの)」とて、今更(いまさら)なげきかなしみ
給(たまひ)けり。四月(しぐわつ)一日(ひとひのひ)、鎌倉(かまくらの)前(さきの)兵衛佐(ひやうゑのすけ)頼朝(よりとも)、正下(じやうげ)の四位(しゐ)
したまふ【給ふ】。元(はじめ)は従下(じゆげ)の五位(ごゐ)にてありしに、五階(ごかい)をこえ
給(たまふ)こそゆゆしけれ。是(これ)は木曾(きその)左馬頭(さまのかみ)義仲(よしなか)追討(ついたう)の
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賞(しやう)とぞ聞(きこ)えし。同(おなじき)三日(みつかのひ)、崇徳院(しゆとくゐん)を神(かみ)とあがめ
奉(たてまつ)るべしとて、むかし御合戦(ごかつせん)ありし大炊御門(おほひのみかど)が末(すゑ)に
社(やしろ)をたてて、宮(みや)うつし【宮遷し】あり【有り】。院(ゐん)の御沙汰(ごさた)にて、内裏(だいり)には
しろしめされずとぞ聞(きこ)えし。五月(ごぐわつ)四日(よつかのひ)、池(いけ)の大納
言(だいなごん)関東(くわんとう)へ下向(げかう)。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「御(おん)かたをば全(まつた)くおろかに
思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)はず。只(ただ)故(こ)池殿(いけどの)のわたらせ給(たま)ふとこそ
存(ぞんじ)候(さうら)へ。故(こ)尼御前(あまごぜん)の御恩(ごおん)を、大納言殿(だいなごんどの)に報(ほう)じたて
まつら【奉ら】ん」とたびたび誓状(せいじやう)をも(ッ)て申(まう)されければ、
一門(いちもん)をもひき【引き】わかれておち【落ち】とどまり給(たま)ひたり
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けるが、「兵衛佐(ひやうゑのすけ)ばかりこそかうは思(おも)はれけれ共(ども)、自余(じよ)の
源氏(げんじ)共(ども)いかがあらむずらん」と、肝(きも)たましひをけすより
外(ほか)の事(こと)なくておはしけるが、鎌倉(かまくら)より「故(こ)尼御
前(あまごぜん)を見(み)奉(たてまつ)ると存(ぞんじ)て、とくとくげ(ン)ざん(げんざん)【見参】に入(いり)候(さうら)はん」と
申(まう)されたりければ、大納言(だいなごん)くだり【下り】給(たま)ひけり。弥平
兵衛(やへいびやうゑ)宗清(むねきよ)といふ侍(さぶらひ)あり【有り】。相伝(さうでん)専一(せんいち)の者(もの)なりけるが、
あひ具(ぐ)してもくだらず。「いかに」ととひ給(たま)へば、「今度(こんど)
の御(おん)共(とも)はつかまつらじと存(ぞんじ)候(さうらふ)。其(その)ゆへ(ゆゑ)【故】は、君(きみ)こそかく
てわたらせ給(たま)へども、御一家(ごいつか)の君達(きんだち)の、西海(さいかい)の浪(なみ)
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のうへ【上】にただよはせ給(たま)ふ御事(おんこと)の心(こころ)うくおぼえて、
未(いまだ)安堵(あんど)しても存(ぞんじ)候(さうら)はねば、心(こころ)すこしおとし【落し】すへ(すゑ)【据ゑ】て、
お[B ッ]さま【追つ様】にまいり(まゐり)【参り】候(さうらふ)べし」とぞ申(まうし)ける。大納言(だいなごん)にがにが
しう【苦々しう】はづかしう思(おも)ひ給(たま)ひて、「一門(いちもん)をひき【引き】わかれて
のこり【残り】とどま(ッ)【留まつ】たる事(こと)は、我(わが)身(み)ながらいみじ[* 下欄に「美(イミジ)」と注記]とは
おもは【思は】ね共(ども)、さすが身(み)も捨(すて)がたう、命(いのち)もおしけれ(をしけれ)【惜しけれ】ば、
なまじゐ(なまじひ)にとどまりにき。そのうへ【上】は又(また)くだらざる
べきにもあらず。はるかの旅(たび)におもむくに、いかでか
み【見】をくら(おくら)【送ら】であるべき。うけ【請け】ず思(おも)はば、おち【落ち】とどま(ッ)【留まつ】し
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時(とき)はなどさはいはざ(ッ)しぞ。大小事(だいせうじ)一向(いつかう)なんぢに
こそいひ【言ひ】あはせ【合はせ】しか」とのたまへば、宗清(むねきよ)居(ゐ)なをり(なほり)【直り】
畏(かしこま)(ッ)て申(まうし)けるは、「たかき【高き】もいやしきも、人(ひと)の身(み)に
命(いのち)ばかりおしき(をしき)【惜しき】物(もの)や候(さうらふ)。又(また)世(よ)をばすつれ【捨つれ】ども、身(み)をば
すてずと申(まうし)候(さうらふ)めり。御(おん)とどまりをあしとには候(さうら)はず。
兵衛佐(ひやうゑのすけ)もかい(かひ)【甲斐】なき命(いのち)をたすけ【助け】られまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
こそ、けふはかかる幸(さいはひ)(サイハイ)にもあひ候(さうら)へ。流罪(るざい)せられ候(さうらひ)し
時(とき)は、故(こ)尼御前(あまごぜん)の仰(おほせ)にて、O[BH 近江ノ国(あふみのくに)]、しの原(はら)【篠原】の宿(しゆく)までうち
をく(ッ)(おくつ)【送つ】て候(さうらひ)き。「其(その)事(こと)な(ン)ど(なんど)今(いま)に忘(わす)れず」と承(うけたまは)り
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候(さうら)へば、さだめて御(おん)共(とも)に罷(まかり)くだり【下り】て候(さうら)はば、ひきで
物(もの)、饗応(きやうおう)(キヤウヲウ)な(ン)ど(なんど)もし候(さうら)はんずらむ。それにつけて
も心(こころ)うかるべう候(さうらふ)。西国(さいこく)にわたらせ給(たま)ふ君達(きんだち)、もしは
侍(さぶらひ)共(ども)のかへりきかむ事(こと)、返々(かへすがへす)はづかしう候(さうら)へば、まげて
今度(こんど)ばかりはまかり【罷り】とどまるべう候(さうらふ)。君(きみ)おち【落ち】とど
まら【留まら】せ給(たまひ)て、かくてわたらせ給(たま)ふ程(ほど)では、などか
御(おん)くだりなうても候(さうらふ)べき。はるかの旅(たび)におもむか【赴か】せ
給(たま)ふ事(こと)は、まこと【誠】におぼつかなう思(おも)ひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
候(さうら)へ共(ども)、敵(かたき)をもせめ【攻め】に御(おん)くだり【下り】候(さうら)はば、一陣(いちぢん)にこそ
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候(さうらふ)べけれ共(ども)、是(これ)はまいら(まゐら)【参ら】ず共(とも)、更(さら)に御事(おんこと)かけ【欠け】候(さうらふ)まじ。
兵衛佐(ひやうゑのすけ)たづね【尋ね】申(まう)され候(さうら)はば、「あひ労(いたは)る事(こと)あ(ッ)て」と
仰(おほせ)候(さうらふ)べし」と申(まうし)ければ、心(こころ)ある侍(さぶらひ)共(ども)は是(これ)をきひ(きい)【聞い】て、
みな涙(なみだ)をぞながしける。大納言(だいなごん)もさすがはづか
しうは思(おも)はれけれども、さればとてとどまるべき
にもあらねば、やがてたち給(たま)ひぬ。同(おなじき)十六日(じふろくにち)、鎌倉(かまくら)へ
下(くだり)つき給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)いそぎ見参(げんざん)して、まづ「宗清(むねきよ)は
御(おん)共(とも)して候(さうらふ)か」と申(まう)されければ、「折(をり)ふし【折節】労(いた)はる事(こと)
候(さうらひ)て、くだり【下り】候(さうら)はず」との給(たま)へ【宣へ】ば、「いかに、何(なに)をいたはり
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候(さうらひ)けるやらむ。意趣(いしゆ)を存(ぞんじ)候(さうらふ)にこそ。むかし宗清(むねきよ)が
もとに候(さうらひ)しに、事(こと)にふれて有(あり)がたうあた
り候(さうらひ)し事(こと)、今(いま)にわすれ候(さうら)はねば、さだめて御(おん)
共(とも)に罷(まかり)下(くだり)候(さうら)はむずらん、とく見参(げんざん)せばやな(ン)ど(なんど)
こひしう【恋しう】存(ぞんじ)て候(さうらふ)に、うらめしう【恨めしう】もくだり【下り】候(さうら)はぬもの【物】
かな」とて、下文(くだしぶみ)あまたなしまうけ【設け】、馬鞍(むまくら)・物具(もののぐ)
以下(いげ)、やうやうの物(もの)共(ども)たばむとせられければ、しかる【然る】
べき大(だい)みやう【大名】共(ども)、われもわれもとひきで物(もの)【引出物】共(ども)用意(ようい)
したりけるに、くだらざりければ、上下(じやうげ)ほい【本意】なき事(こと)に
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思(おも)ひてぞ有(あり)ける。六月(ろくぐわつ)九日(ここのかのひ)、池(いけ)の大納言(だいなごん)関東(くわんとう)より
上洛(しやうらく)し給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)「しばらくかくておはしませかし」
と申(まう)されけれども、「宮(みや)こ【都】におぼつかなく思(おも)ふ
らん」とて、いそぎのぼり給(たま)ひければ、庄園(しやうゑん)(シヤウエン)私領(しりやう)
一所(いつしよ)も相違(さうい)あるべからず、并(ならび)に大納言(だいなごん)になし
かへさるべきよし、法皇(ほふわう)へ申(まう)されけり。鞍置馬(くらおきむま)【鞍置馬】卅疋(さんじつぴき)、
はだか馬(むま)【裸馬】卅疋(さんじつぴき)、長持(ながもち)卅(さんじふ)枝(えだ)に、葉金(はがね)・染物(そめもの)・巻絹(まきぎぬ)風情(ふぜい)
の物(もの)をいれ【入れ】て奉(たてまつ)り給(たま)ふ。兵衛佐(ひやうゑのすけ)かやうにもて
なし給(たま)へば、大名(だいみやう)小名(せうみやう)われもわれもと引出物(ひきでもの)を奉(たてまつ)る。
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馬(むま)だにも三百疋(さんびやつぴき)に及(およ)べり。命(いのち)いき給(たま)ふのみならず、
徳(とく)ついてぞ帰(かへ)りのぼられける。同(おなじき)十八日(じふはちにち)、肥後守(ひごのかみ)
定能【*貞能】(さだよし)が伯父(をぢ)、平太(ひらたの)入道(にふだう)定次(さだつぐ)を大将(だいしやう)として、伊賀(いが)・
伊勢(いせ)両国(りやうごく)の住人等(ぢゆうにんら)、近江国(あふみのくに)へうち出(いで)たりければ、
源氏(げんじ)の末葉等(ばつえふら)(バツヨウラ)発向(はつかう)して合戦(かつせん)をいたす。両国(りやうごく)の
住人等(ぢゆうにんら)一人(いちにん)ものこらずうちおとさ【落さ】る。平家(へいけ)重代(ぢゆうだい)
相伝(さうでん)の家人(けにん)にて、昔(むかし)のよしみを忘(わす)れぬ事(こと)は
哀(あはれ)なれども、思(おも)ひたつこそおほけなけれ。三日
平氏(みつかへいじ)とは是(これ)也(なり)。さる程(ほど)に、小松(こまつ)の三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の
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北方(きたのかた)は、風(かぜ)のたよりの事(こと)つても、たえて久(ひさ)しく
成(なり)ければ、何(なに)と成(なり)ぬる事(こと)やらむと、心(こころ)ぐるしうぞ
思(おも)はれける。月(つき)に一度(いちど)な(ン)ど(なんど)は必(かなら)ず音(をと)づるる【音信るる】物(もの)をと
待(まち)給(たま)へ共(ども)、春(はる)すぎ夏(なつ)もたけぬ。「三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)、今(いま)は
八島(やしま)にもおはせぬ物(もの)をと申(まうす)人(ひと)あり」ときき【聞き】給(たま)ひて、
あまりのおぼつかなさに、とかくして八島(やしま)へ人(ひと)を
奉(たてまつ)り給(たま)ひたりければ、いそぎも立(たち)かへらず。夏(なつ)過(すぎ)
秋(あき)にも成(なり)ぬ。七月(しちぐわつ)の末(すゑ)に、かの使(つかひ)かへりきたれり。
北方(きたのかた)「さていかにやいかに」と問(とひ)たまへ【給へ】ば、「「過(すぎ)候(さうらひ)し三月(さんぐわつ)
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十五日(じふごにち)の暁(あかつき)、八島(やしま)を御(おん)出(いで)候(さうらひ)て、高野(かうや)へまいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ
て候(さうらひ)けるが、高野(かうや)にて御(おん)ぐしおろし、それより
熊野(くまの)へまいら(まゐら)【参ら】せおはしまし、後世(ごせ)の事(こと)をよくよく
申(まう)させ給(たま)ひ、那知【*那智】(なち)の奥(おき)にて御身(おんみ)をなげさせ給(たま)ひ
て候(さうらふ)」とこそ、御(おん)共(とも)申(まうし)たりけるとねり武里(たけさと)は
かたり申(まうし)候(さうらひ)つれ」と申(まうし)ければ、北方(きたのかた)「さればこそ。あやし
と思(おも)ひつる物(もの)を」とて、引(ひき)かづいてぞふし給(たま)ふ。
若君(わかぎみ)姫君(ひめぎみ)も声々(こゑごゑ)になき【泣き】かなしみ給(たま)ひけり。
若君(わかぎみ)の御(おん)めのとの女房(にようばう)、泣々(なくなく)申(まうし)けるは、「是(これ)は今更(いまさら)
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おどろかせ給(たま)ふべからず。日来(ひごろ)よりおぼしめし【思し召し】まう
けたる御事(おんこと)也(なり)。本三位(ほんざんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)のやうに生取(いけどり)に
せられて、都(みやこ)へかへらせ給(たま)ひたらば、いかばかり心(こころ)う
かるべきに、高野(かうや)にて御(おん)ぐしおろし、熊野(くまの)へ
まいら(まゐら)【参ら】せ給(たま)ひ、後世(ごせ)の事(こと)よくよく申(まう)させおはしまし、
臨終(りんじゆう)正念(しやうねん)にてうせさせ給(たま)ひける御事(おんこと)、歎(なげき)の
なかの御(おん)よろこび也(なり)。されば御心(おんこころ)やすき事(こと)にこそ
おぼしめす【思し召す】べけれ。今(いま)はいかなる岩木(いはき)のはざまに
ても、おさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)をおほし【生し】たて【立て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んと思召(おぼせめ)
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せ」と、やうやう【様々】になぐさめ申(まうし)けれ共(ども)、思食(おぼしめし)しのび【忍び】て、
ながらふ【永らふ】べし共(とも)みえ【見え】給(たま)はず。やがてさまをかへ、かた
のごとくの仏事(ぶつじ)をいとなみ、後世(ごせ)をぞとぶらひ【弔ひ】
『藤戸(ふぢと)』S1014
給(たま)ひける。○是(これ)を鎌倉(かまくら)の兵衛佐(ひやうゑのすけ)かへり聞(きき)給(たま)ひて、
「哀(あは)れ、へだてなくうちむかひ【向ひ】ておはしたらば、命(いのち)斗(ばかり)
はたすけ【助け】たてま(ッ)【奉つ】てまし。小松(こまつ)の内府(だいふ)の事(こと)は、
おろかに思(おも)ひたてまつら【奉ら】ず。池(いけ)の禅尼(ぜんに)の使(つかひ)として、
頼朝(よりとも)を流罪(るざい)に申(まうし)なだめ【宥め】られしは、ひとへに彼(かの)内府(だいふ)の
芳恩(はうおん)(ハウヲン)なり。其(その)恩(おん)争(いかで)かわする【忘る】べきなれば、子息(しそく)
P10142
たちもおろかに思(おもは)ず。まして出家(しゆつけ)な(ン)ど(なんど)せられなむ
うへ【上】は、子細(しさい)にや及(およぶ)べき」とぞの給(たま)ひける。さる程(ほど)に、
平家(へいけ)は讃岐(さねき)の八島(やしま)へかへり給(たま)ひて後(のち)も、東国(とうごく)
よりあら【新】手(て)の軍兵(ぐんびやう)数万騎(すまんぎ)、都(みやこ)につい【着い】てせめ【攻め】下(くだ)る
共(とも)聞(きこ)ゆ。鎮西(ちんぜい)より臼杵(うすき)・戸次(へつぎ)・松浦党(まつらたう)同心(どうしん)して
おしわたるとも申(まうし)あへ【合へ】り。かれをきき是(これ)をきくにも、
只(ただ)耳(みみ)をおどろかし【驚かし】、肝(きも)魂(たましひ)(タマシイ)をけすより外(ほか)の事(こと)
ぞなき。今度(こんど)一(いち)の谷(たに)にて一門(いちもん)の人々(ひとびと)のこりずく
なくうたれ給(たま)ひ、むねとの侍(さぶらひ)共(ども)なかば【半ば】すぎてほろ
P10143
びぬ。今(いま)はちから【力】つきはてて、阿波(あはの)民部(みんぶ)大夫(だいふ)重能(しげよし)が
兄弟(きやうだい)、四国(しこく)の者(もの)共(ども)かたら(ッ)て、さり共(とも)と申(まうし)けるをぞ、
高(たか)き山(やま)深(ふか)き海(うみ)共(とも)たのみ【頼み】給(たま)ひける。女房(にようばう)達(たち)は
さしつどひ【集ひ】て、只(ただ)泣(なく)より外(ほか)の事(こと)ぞなき。かくて
七月(しちぐわつ)廿五日(にじふごにち)にも成(なり)ぬ。「こぞのけふは都(みやこ)を出(いで)しぞかし。
程(ほど)なくめぐり来(き)にけり」とて、あさましうあはたたし
かり(あわたたしかり)し事(こと)共(ども)の給(たま)ひいだし【出し】て、なきぬわらひ【笑ひ】ぬぞ
したまひ【給ひ】ける。同(おなじき)廿八日(にじふはちにち)、新帝(しんてい)の御即位(ごそくゐ)(ごソクイ)あり【有り】。
内侍所(ないしどころ)・神璽(しんし)・宝剣(ほうけん)もなくして御即位(ごそくゐ)の
P10144
例(れい)、神武天皇(じんむてんわう)より以来(このかた)八十二(はちじふに)代(だい)、是(これ)はじめとぞ
うけ給(たま)はる【承る】。八月(はちぐわつ)六日(むゆかのひ)、除目(ぢもく)おこなはれて、蒲(かばの)冠者(くわんじや)
範頼(のりより)参河【*三河】守(みかはのかみ)になる。九郎(くらう)冠者(くわんじや)義経(よしつね)、左衛門尉(さゑもんのじよう)に
なさる。すなはち使(し)の宣旨(せんじ)を蒙(かうぶり)て、九郎(くらう)判官(はうぐわん)と
ぞ申(まうし)ける。さる程(ほど)に、荻(をぎ)のうは風(かぜ)【上風】もやうやう身(み)に
しみ、萩(はぎ)の下露(したつゆ)もいよいよしげく、うらむる【恨むる】虫(むし)の声々(こゑごゑ)
に、いなば【稲葉】うちそよぎ、木(こ)の葉(は)かつちるけしき【景色】、
物(もの)おもは【思は】ざらむだにも、ふけゆく秋(あき)の旅(たび)の空(そら)は
かなしかる【悲しかる】べし。まして平家(へいけ)の人々(ひとびと)の心(こころ)の中(うち)、さこそは
P10145
おはしけめとおしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)也(なり)。むかしは九重(ここのへ)の
雲(くも)の上(うへ)にて、春(はる)の花(はな)をもてあそび、今(いま)は
八島(やしま)のうら【浦】にして、秋(あき)の月(つき)にかなしむ。凡(およそ)さやけき
月(つき)を詠(えい)じても、都(みやこ)のこよひいかなるらむと思(おもひ)
やり、心(こころ)をすまし【澄まし】、涙(なみだ)をながしてぞあかしくらし
給(たま)ひける。左馬頭(さまのかみ)行盛(ゆきもり)かうぞ思(おも)ひつづけ給(たま)ふ。
君(きみ)すめばこれも雲井(くもゐ)の月(つき)なれど
なを(なほ)【猶】こひしき【恋しき】はみやこ【都】なりけり W084
同(おなじき)九月(くぐわつ)十二日(じふににち)、参河【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)、平家(へいけ)追討(ついたう)のために
P10146
西国(さいこく)へ発向(はつかう)す。相(あひ)伴(ともな)ふ人々(ひとびと)、足利(あしかがの)蔵人(くらんど)義兼(よしかぬ)・鏡美(かがみの)
小次郎(こじらう)長清(ながきよ)・北条(ほうでうの)小四郎(こしらう)義時(よしとき)・斎院(さいゐんの)次官(しくわん)親義(ちかよし)、
侍大将(さぶらひだいしやう)には、土肥[B ノ](とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)・子息(しそく)弥太郎(いやたらう)遠平(とほひら)・
三浦介(みうらのすけ)義澄(よしずみ)・子息(しそく)平六(へいろく)義村(よしむら)・畠山(はたけやまの)庄司(しやうじ)次郎(じらう)重忠(しげただ)・
同(おなじく)長野(ながのの)三郎(さぶらう)重清(しげきよ)・稲毛(いなげの)三郎(さぶらう)重成(しげなり)・椿谷【*榛谷】(はんがいの)(ハンガヰの)四郎(しらう)
重朝(しげとも)・同(おなじく)五郎(ごらう)行重(ゆきしげ)・小山(をやまの)小四郎(こしらう)朝政(ともまさ)・同(おなじく)長沼(ながぬまの)五郎(ごらう)
宗政(むねまさ)・土屋(つちやの)三郎(さぶらう)宗遠(むねとほ)・佐々木(ささき)三郎(さぶらう)守綱【*盛綱】(もりつな)・八田[B ノ](はつたの)四郎(しらう)
武者(むしや)朝家(ともいへ)・安西(あんざいの)三郎(さぶらう)秋益(あきます)・大胡(おほごの)(ヲホゴノ)三郎(さぶらう)実秀(さねひで)・天野(あまのの)
藤内(とうない)遠景(とほかげ)・比気【*比企】(ひきの)藤内(とうない)朝宗(ともむね)・同(おなじく)藤四郎(とうしらう)義員【*能員】(よしかず)・中
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条[B ノ](ちゆうでうの)藤次(とうじ)家長(いへなが)・一品房(いつぽんばう)章玄(しやうげん)・土佐房(とさばう)正俊【*昌俊】(しやうしゆん)(しやうジユン)、此等(これら)を初(はじめ)
として都合(つがふ)其(その)勢(せい)三万(さんまん)余騎(よき)、都(みやこ)をた(ッ)て播磨(はりま)
の室(むろ)にぞつきにける。平家(へいけ)の方(かた)には、大将軍(たいしやうぐん)
小松(こまつの)新三位(しんざんみの)中将(ちゆうじやう)資盛(すけもり)・同(おなじく)小将(せうしやう)有盛(ありもり)・丹後(たんごの)侍従(じじゆう)
忠房(ただふさ)、侍大将(さぶらひだいしやう)には、飛弾【*飛騨】(ひだの)三郎左衛門(さぶらうざゑもん)景経(かげつね)・越中(ゑつちゆうの)
次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)忠光(ただみつ)・悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)
景清(かげきよ)をさきとして、五百(ごひやく)余艘(よさう)の兵船(ひやうせん)にとり
の(ッ)【乗つ】て、備前(びぜん)の小島【*児島】(こじま)につくと聞(きこ)えしかば、源氏(げんじ)室(むろ)を
た(ッ)て、是(これ)も備前国(びぜんのくに)西河尻(にしかはじり)、藤戸(ふぢと)に陣(ぢん)をぞ
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と(ッ)たりける。源平(げんぺい)の陣(ぢん)のあはひ、海(うみ)のおもてO[BH 廿]五町(にじふごちやう)
ばかりをへだてたり。舟(ふね)なくしてはたやすうわた
すべき様(やう)なかりければ、源氏(げんじ)の大勢(おほぜい)むかひ【向ひ】の山(やま)に
宿(しゆく)して、いたづらに日数(ひかず)ををくる(おくる)【送る】。平家(へいけ)の方(かた)より
はやりお(はやりを)【逸男】のわか者(もの)【若者】共(ども)、小船(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て漕(こぎ)いださせ、扇(あふぎ)
をあげて「ここわたせ【渡せ】」とぞまねきける。源氏(げんじ)
「やすからぬ事(こと)也(なり)。いかがせん」といふところ【所】に、同(おなじき)廿五日(にじふごにち)
の夜(よ)に入(いり)て、佐々木(ささき)三郎(さぶらう)守綱【*盛綱】(もりつな)、浦(うら)の男(をとこ)をひとり
かたら(ッ)て、しろい小袖(こそで)・大口(おほくち)・しろざやまき【白鞘巻】な(ン)ど(なんど)とらせ、
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すかしおほせて、「この海(うみ)に馬(むま)にてわたしぬべき
ところ【所】やある」ととひ【問ひ】ければ、男(をとこ)申(まうし)けるは、「浦(うら)の者(もの)
共(ども)おほう【多う】候(さうら)へども、案内(あんない)し(ッ)たるはまれに候(さうらふ)。此(この)男(をとこ)こそ
よく存知(ぞんぢ)して候(さうら)へ。たとへば河(かは)の瀬(せ)のやうなる所(ところ)の候(さうらふ)
が、月(つき)がしらには東(ひがし)に候(さうらふ)、月尻(つきずゑ)(つきズエ)には西(にし)に候(さうらふ)。両方(りやうばう)の
瀬(せ)のあはひ、海(うみ)のおもて【面】十町(じつちやう)ばかりは候(さうらふ)らむ。
この瀬(せ)は御馬(おんむま)にてはたやすうわたさせ給(たま)ふべし」
と申(まうし)ければ、佐々木(ささき)なのめならず悦(よろこん)で、わが家
子(いへのこ)郎等(らうどう)にもしらせず、かの男(をとこ)と只(ただ)二人(ににん)まぎれ出(いで)、
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はだかになり、件(くだん)の瀬(せ)のやうなる所(ところ)をみる【見る】に、げ
にもいたくふかう【深う】はなかりけり。ひざ【膝】・こし【腰】、肩(かた)に
たつ【立つ】所(ところ)もあり【有り】。鬢(びん)のぬるる所(ところ)もあり【有り】。深(ふか)き所(ところ)をば
およひ(およい)【泳い】で、あさき所(ところ)におよぎ【泳ぎ】つく。男(をとこ)申(まうし)けるは、
「これより南(みなみ)は北(きた)よりはるかに浅(あさ)う候(さうらふ)。敵(かたき)、矢(や)さき【矢先】を
そろへて待(まつ)ところ【所】に、はだか【裸】にてはかなは【叶は】せ給(たま)ふ
まじ。かへらせ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、佐々木(ささき)げにもとて
かへり【帰り】けるが、「下臈(げらふ)はどこともなき者(もの)なれば、又(また)人(ひと)に
かたらはれて案内(あんない)をもをしへ【教へ】むずらん。我(われ)斗(ばかり)こそ
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しら【知ら】め」と思(おも)ひて、彼(かの)男(をとこ)をさしころし【殺し】、頸(くび)かき
き(ッ)【切つ】てすてて(ン)げり。同(おなじき)廿六日(にじふろくにち)の辰剋(たつのこく)ばかり、平家(へいけ)
又(また)小舟(こぶね)にの(ッ)【乗つ】て漕(こぎ)いださせ、「ここをわたせ【渡せ】」とぞ
まねきける。佐々木(ささき)三郎(さぶらう)、案内(あんない)はかねて【予て】し(ッ)【知つ】たり、
しげめゆひ【滋目結】の直垂(ひたたれ)に黒糸威(くろいとをどし)の鎧(よろひ)きて、白葦
毛(しらあしげ)なる馬(むま)にのり、家子(いへのこ)郎等(らうどう)七騎(しちき)、ざ(ッ)とうち入(いれ)
てわたしけり。大将軍(たいしやうぐん)参河【*三河】守(みかはのかみ)、「あれせいせよ【制せよ】、留(とど)
めよ」とのたまへ【宣へ】ば、土肥(とひの)次郎(じらう)実平(さねひら)鞭鐙(むちあぶみ)をあは
せ【合はせ】てお(ッ)【追つ】つひ(つい)【付い】て、「いかに佐々木殿(ささきどの)、物(もの)のついて
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くるひ【狂ひ】給(たま)ふか。大将軍(たいしやうぐん)のゆるされ【許され】もなきに、狼籍【*狼藉】(らうぜき)
也(なり)。とどまり給(たま)へ」といひ【言ひ】けれ共(ども)、耳(みみ)にも聞(きき)いれ【入れ】ず
わたしければ、土肥(とひの)次郎(じらう)もせいし【制し】かねて、やがて
つれ【連れ】てぞわたひ(わたい)【渡い】たる。馬(むま)のくさわき【草脇】、むながいづくし、
ふと腹(はら)につくところ【所】もあり、鞍(くら)つぼこす所(ところ)も
あり【有り】。ふかきところ【所】はおよが【泳が】せ、あさきところ【所】に
うちあがる【上がる】。大将軍(たいしやうぐん)参河【*三河】守(みかはのかみ)是(これ)をみて、「佐々木(ささき)に
たばかられけり。あさかり【浅かり】けるぞや。わたせ【渡せ】やわたせ【渡せ】」
と下知(げぢ)せられければ、三万(さんまん)余騎(よき)の大勢(おほぜい)みなうち
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入(いれ)てわたしけり。平家(へいけ)の方(かた)には「あはや」とて、舟(ふね)共(ども)
おし【押し】うかべ【浮べ】、矢(や)さき【矢先】をそろへてさしつめ【差し詰め】ひきつめ[B 「つきつめ」とあり1字目の「つ」に「ひ」と傍書]
さんざん【散々】にいる【射る】。源氏(げんじ)のつは物(もの)【兵】共(ども)是(これ)を事(こと)共(とも)せず、甲(かぶと)の
しころをかたむけ、平家(へいけ)の舟(ふね)にのりうつりのりうつり、
おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】でせめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。源平(げんぺい)みだれあひ、
或(あるい)は舟(ふね)ふみしづめて死(し)ぬる者(もの)もあり、或(あるい)は舟(ふね)
引(ひき)かへさ【返さ】れてあはて(あわて)【慌て】ふためくものもあり【有り】。一日(いちにち)たた
かひ【戦ひ】くらして夜(よる)に入(いり)ければ、平家(へいけ)の舟(ふね)は奥(おき)に
うかぶ。源氏(げんじ)は小島【*児島】(こじま)にうちあが(ッ)【上がつ】て、人馬(じんば)のいきをぞ
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やすめける。平家(へいけ)は八島(やしま)へ漕(こぎ)しりぞく。源氏(げんじ)心(こころ)は
たけく思(おも)へ共(ども)、船(ふね)なかりければ、おう【追う】てもせめ【攻め】たたかはず。
「昔(むかし)より今(いま)にいたるまで、馬(むま)にて河(かは)をわたす
つはもの【兵】はありといへども、馬(むま)にて海(うみ)をわたす事(こと)、
天竺(てんぢく)・震旦(しんだん)はしら【知ら】ず、我(わが)朝(てう)には希代(きたい)のためし【例】
也(なり)」とぞ、備前(びぜん)の小島【*児島】(こじま)を佐々木(ささき)に給(たま)はりける。
鎌倉(かまくら)殿(どの)の御教書(みげうしよ)にものせ【載せ】られけり。同(おなじき)廿七日(にじふしちにち)、
都(みやこ)には九郎(くらう)判官(はうぐわん)義経(よしつね)、検非違使(けんびゐし)(ケヒイシ)五位尉(ごゐのじよう)になさ
れて、九郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)とぞ申(まうし)ける。さる程(ほど)に
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十月(じふぐわつ)にもなりぬ。八島(やしま)にはうら【浦】吹(ふく)風(かぜ)もはげしく、
磯(いそ)うつ浪(なみ)もたかかり【高かり】ければ、つは物(もの)【兵】もせめ【攻め】来(きた)らず、
商客(しやうかく)のゆき【行き】かう(かふ)もまれなれば、都(みやこ)のつても
きか【聞か】まほしく、いつしか空(そら)かきくもり【曇り】、霰(あられ)うち
ちり【散り】、いとどきえ入[B ル](いる)心地(ここち)ぞしたまひ【給ひ】ける。都(みやこ)には
大嘗会(だいじやうゑ)(だいジヤウエ)[* 「大」に濁点]あるべしとて、御禊(ごけい)の行幸(ぎやうがう)あり【有り】けり。
節下(せつげ)は徳大寺(とくだいじの)左大将(さだいしやう)実定公(しつていこう)、其(その)比(ころ)内大臣(ないだいじん)にて
おはしけるが、つとめられけり。おととし(をととし)先帝(せんてい)の御
禊(ごけい)の行幸(ぎやうがう)には、平家(へいけ)の内大臣(ないだいじん)宗盛公(むねもりこう)節下(せつげ)にて
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おはせしが、節下(せつげ)のあく屋(や)【幄屋】につき、前(まへ)に竜(りよう)の旗(はた)
たててゐ給(たま)ひたりし景気(けしき)、冠(かぶり)ぎは、袖(そで)のかかり、
表[B ノ](うへの)袴(はかま)のすそまでもことにすぐれてみえ【見え】給(たま)へり。
其(その)外(ほか)一門(いちもん)の人々(ひとびと)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)知盛(とももり)・頭(とう)の中将(ちゆうじやう)重衡(しげひら)
以下(いげ)近衛(こんゑ)(コンエ)づかさみつな【御綱】に候(さうら)はれしには、又(また)立(たち)ならぶ
人(ひと)もなかりしぞかし。けふは九郎(くらう)判官(はうぐわん)先陣(せんぢん)に供奉(ぐぶ)
す。木曾(きそ)な(ン)ど(なんど)には似(に)ず、以[B ノ]外(もつてのほか)に京(みやこ)なれ【馴れ】てありし
か共(ども)、平家(へいけ)のなかのゑりくづ(えりくづ)【選屑】よりもなを(なほ)【猶】おとれり。
同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)十八日(じふはちにち)、大嘗会(だいじやうゑ)(だいジヤウエ)[* 「大」に濁点]とげ【遂げ】おこなは【行なは】る。去(さんぬ)る治承(ぢしよう)・
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養和(やうわ)の比(ころ)より、諸国(しよこく)七道(しちだう)の人民(にんみん)百性【*百姓】(ひやくしやう)等(ら)、源氏(げんじ)の
ためになやまされ、平家(へいけ)のためにほろぼされ、
家(いへ)(イエ)かまど【竃】を捨(すて)て、山林(さんりん)にまじはり、春(はる)は東作(とうさく)
の思(おも)ひを忘(わす)れ、秋(あき)は西収(せいじゆ)のいとなみにも及(およ)ばず。
いかにしてか様(やう)【斯様】の大礼(たいれい)もおこなはるべきなれ共(ども)、さて
しもあるべき事(こと)ならねば、かたのごとくぞとげ【遂げ】られ
ける。参河【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)、やがてつづひ(つづい)【続い】てせめ【攻め】給(たま)はば、
平家(へいけ)はほろぶ【滅ぶ】べかりしに、室(むろ)・高砂(たかさご)にやすらひ
て、遊君(いうくん)遊女(いうぢよ)共(ども)めし【召し】あつめ【集め】、あそびたはぶれ【戯れ】て
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のみ月日(つきひ)ををくら(おくら)【送ら】れけり。東国(とうごく)の大名(だいみやう)小名(せうみやう)
おほし【多し】といへ共(ども)、大将軍(たいしやうぐん)の下知(げぢ)にしたがふ事(こと)なれば
力(ちから)及(およ)ばず。只(ただ)国(くに)のついへ(つひえ)【費】、民(たみ)のわづらひ【煩ひ】のみあ(ッ)て、
ことしもすで【既】に暮(くれ)にけり。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十(だいじふ)