平家物語 高野本 巻第十二

平家 十二(表紙)
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平家十二之巻 目録
大地震     紺掻之沙汰
平大納言流罪  土佐房被斬
判官都落    イ付吉田の大納言
六代      初瀬六代
六代きられ

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平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十二(だいじふに)
『大地震(だいぢしん)』S1201
○平家(へいけ)みなほろびはてて、西国(さいこく)もしづまりぬ。
国(くに)は国司(こくし)にしたがひ【従ひ】、庄(しやう)は領家(りやうけ)のままなり。
上下(じやうげ)安堵(あんど)しておぼえし程(ほど)に、同(おなじき)七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)の
午刻(むまのこく)ばかりに、大地(だいぢ)おびたたしく【夥しく】うごいて良(やや)
久(ひさ)し。赤県(せきけん)のうち、白河(しらかは)のほとり、六勝寺(ろくしようじ)皆(みな)
やぶれくづる。九重(くぢゆう)の塔(たふ)もうへ【上】六重(ろくぢゆう)ふりおと
す【落す】。得長寿院(とくぢやうじゆゐん)(トクヂヤウジユイン)も三十三間(さんじふさんげん)の御堂(みだう)を十七(じふしち)間(けん)
までふり【震り】たうす(たふす)【倒す】。皇居(くわうきよ)をはじめて人々(ひとびと)の
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家々(いへいへ)、すべて在々所々(ざいざいしよしよ)の神社(じんじや)仏閣(ぶつかく)、あやし
の民屋(みんをく)、さながらやぶれくづる。くづるる
音(おと)はいかづちのごとく、あがる塵(ちり)は煙(けぶり)の
ごとし。天(てん)暗(くら)うして日(ひ)の光(ひかり)も見(み)えず。老少(らうせう)
ともに魂(たましひ)をけし、朝衆(てうしゆう)悉(ことごと)く心(こころ)をつくす。
又(また)遠国(をんごく)近国(きんごく)もかくのごとし。大地(だいぢ)さけ【裂け】て
水(みづ)わきいで、盤石(ばんじやく)われて谷(たに)へまろぶ。山(やま)くづれ
て河(かは)をうづみ、海(うみ)ただよひて浜(はま)をひたす。
汀(なぎさ)こぐ船(ふね)はなみにゆられ、陸(くが)ゆく駒(こま)は足(あし)の
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たてど【立て処】をうしなへ【失へ】り。洪水(こうずい)みなぎり【漲ぎり】来(きた)らば、
岳(をか)にのぼ(ッ)【上つ】てもなどかたすからざらむ、猛
火(みやうくわ)もえ来(きた)らば、河(かは)をへだててもしばしも
さん【去ん】ぬべし。ただかなしかり【悲しかり】けるは大地振【*大地震】(だいぢしん)なり。
鳥(とり)にあらざれば空(そら)をもかけりがたく、竜(りよう)に
あらざれば雲(くも)にも又(また)のぼりがたし。白河(しらかは)・
六波羅(ろくはら)、京中(きやうぢゆう)にうちうづま【埋ま】れてしぬる【死ぬる】もの
いくらといふ数(かず)をしら【知ら】ず。四大衆【*四大種】(しだいしゆ)の中(なか)に水(すい)火(くわ)
風(ふう)は常(つね)に害(がい)をなせども、大地(だいぢ)にをいて(おいて)は
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ことなる変(へん)をなさず。こはいかにしつること【事】
ぞやとて、上下(じやうげ)遣戸(やりど)障子(しやうじ)をたて、天(てん)の
なり地(ち)のうごくたびごとには、唯今(ただいま)ぞし
ぬる【死ぬる】とて、声々(こゑごゑ)に念仏(ねんぶつ)申(まうす)。おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】事(こと)
おびたたし【夥し】。七八十(しちはちじふ)・九十(くじふ)の者(もの)も世(よ)の滅(めつ)する
な(ン)ど(なんど)いふ事(こと)は、さすがけふあすとはおもは【思は】ず
とて、大(おほき)に驚(おどろき)さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】ければ、おさなき(をさなき)【幼き】
もの共(ども)も是(これ)をきい【聞い】て、泣(なき)かなしむ事(こと)限(かぎり)
なし。法皇(ほふわう)はそのおり(をり)【折】しも新熊野(いまぐまの)へ
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御幸(ごかう)な(ッ)て、人(ひと)多(おほ)くうちころさ【殺さ】れ、触穢(しよくゑ)(シヨクエ)出(いで)
きにければ、いそぎ六波羅殿(ろくはらどの)へ還御(くわんぎよ)
なる。道(みち)すがら君(きみ)も臣(しん)もいかばかり御心(みこころ)
をくだかせ給(たま)ひけん。主上(しゆしやう)は鳳輦(ほうれん)に
めし【召し】て池(いけ)の汀(みぎは)へ行幸(ぎやうがう)なる。法皇(ほふわう)は南庭(なんてい)
にあく屋(や)【幄屋】をたててぞましましける。
女院(にようゐん)・宮々(みやみや)は御所(ごしよ)ども【共】皆(みな)ふり【震り】たをし(たふし)【倒し】けれ
ば、或(あるいは)御輿(みこし)にめし【召し】、或(あるいは)御車(おんくるま)にめし【召し】て出(いで)させ
給(たま)ふ。天文博士(てんもんはかせ)ども馳(はせ)まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「よさりの亥子(いね)
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の刻(こく)にはかならず大地(だいぢ)うち返(かへ)すべし」
と申(まう)せば、おそろし【恐ろし】な(ン)ど(なんど)もをろか(おろか)【愚】なり。
昔(むかし)文徳天皇(もんどくてんわう)の御宇(ぎよう)、斉衡(さいかう)三年(さんねん)三月(さんぐわつ)八日(やうかのひ)
の大地振【*大地震】(だいぢしん)には、東大寺(とうだいじ)の仏(ほとけ)の御(おん)ぐしをふり
おとし【落し】たりけるとかや。又(また)天慶(てんぎやう)二年(にねん)四月(しぐわつ)
五日(いつかのひ)の大地振【*大地震】(だいぢしん)には、主上(しゆしやう)御殿(ごてん)をさ(ッ)て清寧
殿【*常寧殿】(じやうねいでん)の前(まへ)に五丈(ごぢやう)のあく屋(や)【幄屋】をたててましまし
けるとぞうけ給(たま)はる【承る】。其(それ)は上代(じやうだい)の事(こと)
なれば申(まうす)にをよば(およば)【及ば】ず。今度(こんど)の事(こと)は是(これ)より
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後(のち)もたぐひあるべしともおぼえず。十善(じふぜん)
帝王(ていわう)都(みやこ)を出(いで)させ給(たまひ)て、御身(おんみ)を海底(かいてい)にしづめ、
大臣(だいじん)公卿(くぎやう)大路(おほち)をわたしてその頸(くび)を獄門(ごくもん)に
かけらる。昔(むかし)より今(いま)に至(いた)るまで、怨霊(をんりやう)は
おそろしき【恐ろしき】事(こと)なれば、世(よ)もいかがあらんずらん
とて、心(こころ)ある人(ひと)の歎(なげき)かなしまぬはなかり
『紺掻(こんかき)之(の)沙汰(さた)』S1202
けり。○同(おなじき)八月(はちぐわつ)廿二[B 三イ]日(にじふににち)、鎌倉(かまくら)の源二位(げんにゐ)頼朝卿(よりとものきやう)
の父(ちち)、故(こ)左馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)のうるはしきかうべとて、
高雄(たかを)の文覚(もんがく)上人(しやうにん)頸(くび)にかけ、鎌田兵衛(かまだびやうゑ)が頸(くび)
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をば弟子(でし)が頸(くび)にかけさせて、鎌倉(かまくら)へぞ下(くだ)
られける。去(さんぬる)治承(ぢしよう)四年(しねん)のころとり【取り】いだし【出し】
てたてま(ッ)【奉つ】たりけるは、まこと【誠】の左馬頭(さまのかみ)のかうべ
にはあらず、謀反(むほん)をすすめ奉(たてまつ)らんための
はかりこと【策】に、そぞろなるふるい【古い】かうべをしろい【白い】
布(ぬの)につつんでたてま(ッ)【奉つ】たりけるに、謀反(むほん)を
おこし世(よ)をうちと(ッ)て、一向(いつかう)父(ちち)の頸(くび)と信(しん)ぜ
られけるところ【所】へ、又(また)尋(たづね)出(いだ)してくだり【下り】けり。
是(これ)は年(とし)ごろ[B 「ころ」に「来(ライ)」と傍書]義朝(よしとも)の不便(ふびん)にしてめし【召し】つか
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は【使は】れける紺(こん)かき【紺掻】の男(をのこ)、年来(ねんらい)獄門(ごくもん)にかけられ
て、後世(ごせ)とぶらふ人(ひと)もなかりし事(こと)をかなしん
で、時(とき)の大理(たいり)にあひ奉(たてまつ)り、申(まうし)給(たま)はりとりおろ
して、「兵衛佐殿(ひやうゑのすけどの)流人(るにん)でおはすれ共(ども)、すゑたの
もしき【頼もしき】人(ひと)なり、もし世(よ)に出(いで)てたづね【尋ね】らるる
事(こと)もこそあれ」とて、東山(ひがしやま)円覚寺(ゑんがくじ)といふ所(ところ)
にふかう【深う】おさめ(をさめ)【納め】てをき(おき)【置き】たりけるを、文覚(もんがく)聞(きき)
出(いだ)して、かの紺(こん)かき[B ノ]男(をのこ)【紺掻男】ともにあひ具(ぐ)して
下(くだ)りけるとかや。けふ既(すで)に鎌倉(かまくら)へつくと聞(きこ)
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えしかば、源二位(げんにゐ)片瀬河(かたせがは)まで迎(むかへ)におはし
けり。それより色(いろ)の姿(すがた)になりて、泣々(なくなく)鎌
倉(かまくら)へ入(いり)給(たま)ふ。聖(ひじり)をば大床(おほゆか)にたて、我(わが)身(み)は
庭(には)に立(た)(ッ)て、父(ちち)のかうべをうけ【受け】とり【取り】たまふ【給ふ】
ぞ哀(あはれ)なる。是(これ)を見(み)る大名(だいみやう)小名(せうみやう)、みな涙(なみだ)を
ながさずといふ事(こと)なし。石巌(せきがん)のさがしき【嶮しき】を
きりはら(ッ)【払つ】て、新(あらた)なる道場(だうぢやう)を造(つく)り、父(ちち)の御
為(おんため)と供養(くやう)じて、勝長寿院(しようぢやうじゆゐん)(セウぢやうジユゐん)と号(かう)せらる。
公家(くげ)にもかやうの事(こと)を哀(あはれ)と思食(おぼしめし)て、故(こ)左
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馬頭(さまのかみ)義朝(よしとも)の墓(はか)へ内大臣(ないだいじん)正二位(じやうにゐ)を贈(おく)(ヲク)らる。
勅使(ちよくし)は左大弁(さだいべん)兼忠(かねただ)とぞきこえ【聞え】し。頼朝
卿(よりとものきやう)武勇(ぶゆう)の名誉(めいよ)長(ちやう)ぜるによ(ッ)て、身(み)をたて
家(いへ)をおこすのみならず、亡父(ばうぶ)聖霊(しやうりやう)贈官(ぞうくわん)贈
『平大納言(へいだいなごんの)被流(ながされ)』S1203
位(ぞうゐ)(ゾウイ)に及(および)けるこそ目出(めでた)けれ。○同(おなじき)九月(くぐわつ)廿三[B 二イ]日(にじふさんにち)、平
家(へいけ)の余党(よたう)の都(みやこ)にあるを、国々(くにぐに)へつかはさ【遣さ】る
べきよし、鎌倉(かまくら)殿(どの)より公家(くげ)へ申(まう)されたりければ、
平(へい)大納言(だいなごん)時忠卿(ときただのきやう)能登国(のとのくに)、子息(しそく)讃岐(さぬきの)中将(ちゆうじやう)時実(ときざね)
上総国(かづさのくに)、蔵頭(くらのかみ)信基(のぶもと)安芸国(あきのくに)、兵部少輔(ひやうぶのせう)正明(まさあきら)隠岐国(おきのくに)、
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二位(にゐの)僧都(そうづ)専信【*全真】(せんしん)阿波国(あはのくに)、法勝寺(ほつしようじの)執行(しゆぎやう)能円(のうゑん)(のうエン)
備後国(びんごのくに)、中納言(ちゆうなごんの)律師(りつし)忠快(ちゆうくわい)武蔵国(むさしのくに)とぞきこ
え【聞え】し。或(あるいは)西海(さいかい)の波(なみ)の上(うへ)、或(あるいは)東関(とうくわん)(とうクハン)の雲(くも)のはて、
先途(せんど)いづくを期(ご)せず、後会(こうくわい)其(その)期(ご)をしら【知ら】ず。
別(わかれ)の涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て面々(めんめん)におもむか【赴か】れけん心(こころ)
のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。その中(なか)に、
平(へい)大納言(だいなごん)は建礼門院(けんれいもんゐん)の吉田(よしだ)にわたらせ給(たま)ふ
所(ところ)にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、「時忠(ときただ)こそせめ【責め】をもふ(おもう)【重う】して、けふ既(すで)に
配所(はいしよ)へおもむき【赴き】候(さうら)へ。おなじみやこの内(うち)に
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候(さうらひ)て、御(おん)あたりの御事共(おんことども)うけ給(たま)はら【承ら】まほし
う候(さうらひ)つるに、つゐに(つひに)【遂に】いかなる御(おん)ありさま【有様】
にてわたらせ給(たま)ひ候(さうら)はんずらむと思(おもひ)をき(おき)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)にこそ、ゆく空(そら)もおぼゆ【覚ゆ】まじう
候(さうら)へ」と、なくなく【泣く泣く】申(まう)されければ、女院(にようゐん)、「げにも昔(むかし)
の名残(なごり)とては、そこばかりこそおはしつれ。
今(いま)は哀(あはれ)をもかけ、とぶらふ人(ひと)も誰(たれ)かは有(ある)べき」
とて、御涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。此(この)大納言(だいなごん)と
申(まうす)は、出羽(ではの)前司(せんじ)具信(とものぶ)が孫(まご)、兵部(ひやうぶ)権(ごんの)大輔(たいふ)贈(ぞう)左
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大臣(さだいじん)時信(ときのぶ)が子(こ)なり。故(こ)建春門院(けんしゆんもんゐん)の御(おん)せうと【兄】
にて、高倉(たかくら)の上皇(しやうくわう)(しやうクハウ)の御外戚(ごぐわいせき)(ごグハイセキ)なり。世(よ)のおぼえ
とき【時】のきら目出(めで)たかりき。入道(にふだう)相国(しやうこく)の北方(きたのかた)八
条(はつでう)の二位殿(にゐどの)も姉(あね)にておはせしかば、兼官(けんぐわん)
兼職(けんじよく)、おもひ【思ひ】のごとく心(こころ)のごとし。さればほど【程】
なくあが(ッ)【上がつ】て正二位(じやうにゐ)の大納言(だいなごん)にいたれり。検
非違使(けんびゐしの)(ケビイシノ)[* 「検」の左に(ケン)の振り仮名]別当(べつたう)にも三ケ度(さんがど)までなりたまふ【給ふ】。
此(この)人(ひと)の庁務(ちやうむ)のときは、窃盗(せつたう)強盗(がうだう)をばめし【召し】
と(ッ)【取つ】て、様(やう)もなく右(みぎ)のかいな(かひな)【腕】をば、うでなか【腕中】
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より打(うち)おとし【落し】打(うち)おとし【落し】をひ(おひ)【追ひ】捨(すて)らる。されば、悪別
当(あくべつたう)とぞ申(まうし)ける。主上(しゆしよう)并(ならびに)三種(さんじゆ)の神器(しんぎ)都(みやこ)へ
返(かへ)し入(いれ)奉(たてまつ)るべき由(よし)、西国(さいこく)へ院宣(ゐんぜん)(インゼン)をくださ【下さ】れ
たりけるに、院宣(ゐんぜん)の御使(おんつかひ)花形(はなかた)がつらに、浪(なみ)
がたといふやいじるし【焼印】をせられけるも、此(この)
大納言(だいなごん)のしわざなり。法皇(ほふわう)も故(こ)女院(にようゐん)の御(おん)
せうと【兄】なれば、御(おん)かた見(み)【形見】に御覧(ごらん)ぜまほしう
おぼしめし【思し召し】けれ共(ども)、か様(やう)【斯様】の悪行(あくぎやう)によ(ッ)て御憤(おんいきどほり)(おんイキドヲリ)
あさから【浅から】ず。九郎(くらう)判官(はうぐわん)もしたしう【親しう】なられたり
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しかば、いかにもして申(まうし)なだめ【宥め】ばやとおもは【思は】れ
けれどもかなは【叶は】ず。子息(しそく)侍従(じじゆう)時家(ときいへ)とて、十六(じふろく)に
なられけるが、流罪(るざい)にももれ【漏れ】て、伯父(をぢ)の時光[B ノ]
卿(ときみつのきやう)のもとにおはしけり。母(はは)うへ【上】帥(そつ)のすけ【帥の典侍】どの【殿】
とも【共】に大納言(だいなごん)の袂(たもと)にすがり、袖(そで)をひかへて、
今(いま)を限(かぎり)の名残(なごり)をぞおしみ(をしみ)【惜しみ】ける。大納言(だいなごん)、
「つゐに(つひに)【遂に】すまじき別(わかれ)かは」とこころづよふ(づよう)は
の給(たま)へ共(ども)、さこそは悲(かなし)うおもは【思は】れけめ。年(とし)闌(たけ)齢(よはひ)(ヨハイ)
傾(かたぶき)て後(のち)、さしもむつましかりし妻子(さいし)にも
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別(わかれ)はて、すみなれし都(みやこ)をも雲(くも)ゐの
よそにかへりみて、いにしへは名(な)にのみ聞(きき)し
越路(こしぢ)の旅(たび)におもむき【赴き】、はるばると下(くだ)り給(たま)ふに、
「かれは志賀(しが)唐崎(からさき)、これは真野(まの)の入江(いりえ)、交
田(かただ)の浦(うら)」と申(まうし)ければ、大納言(だいなごん)なくなく【泣々】詠(えい)じ
給(たま)ひけり。
かへりこむことはかた田(だ)【交田】にひくあみの
め【目】にもたまらぬわがなみだかな W092
昨日(きのふ)は西海(さいかい)の波(なみ)の上(うへ)にただよひて、怨憎
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懐苦【*怨憎会苦】(をんぞうゑく)(ヱンゾウクハイク)の恨(うらみ)を扁舟(へんしう)の内(うち)につみ、けふは北国(ほつこく)の
雪(ゆき)のしたに埋(うづも)れて、愛別離苦(あいべつりく)のかなしみ
『土佐房(とさばう)被斬(きられ)』S1204
を故郷(こきやう)の雲(くも)にかさね【重ね】たり。○さる程(ほど)に、九郎(くらう)判
官(はうぐわん)には、鎌倉(かまくら)殿(どの)より大名(だいみやう)十人(じふにん)つけられたり
けれども、内々(ないない)御不審(ごふしん)を蒙(かうぶ)りたまふ【給ふ】よし
聞(きこ)えしかば、心(こころ)をあはせ【合はせ】て一人(いちにん)づつ皆(みな)下(くだ)り
はて【果て】にけり。兄弟(きやうだい)なるうへ【上】、殊(こと)に父子(ふし)の契(ちぎり)
をして、去年(こぞ)の正月(しやうぐわつ)木曾(きそ)義仲(よしなか)を追討(ついたう)
せしよりこのかた、度々(どど)平家(へいけ)を攻(せめ)おとし【落し】、
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ことしの春(はる)ほろぼしはて【果て】て、一天(いつてん)をしづめ、
四海(しかい)をすます【澄ます】。勧賞(けんじやう)おこなはるべき処(ところ)に、
いかなる子細(しさい)あ(ッ)てかかかる聞(きこ)えあるらんと、
かみ一人(いちじん)をはじめ奉(たてまつ)り、しも万民(ばんみん)に至(いた)る
まで、不審(ふしん)をなす。此(この)事(こと)は、去(さんぬる)春(はる)、摂津国(つのくに)
渡辺(わたなべ)よりふなぞろへして八島(やしま)へわたり
給(たま)ひしとき、逆櫓(さかろ)たて【立て】うたて【立て】じの論(ろん)
をして、大(おほ)きにあざむかれたりしを、梶原(かぢはら)
遺恨(ゐこん)におもひ【思ひ】て常(つね)は讒言(ざんげん)しけるによ(ッ)て
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なり。定(さだめて)謀反(むほん)の心(こころ)もあるらむ、大名共(だいみやうども)さし
のぼせ【上せ】ば、宇治(うぢ)・勢田(せた)の橋(はし)をもひき【引き】、京中(きやうぢゆう)
のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】とな(ッ)て、中々(なかなか)あしかり【悪しかり】なんとて、
土佐房(とさばう)正俊【*昌俊】(しやうしゆん)をめして、「和僧(わそう)のぼ(ッ)【上つ】て物詣(ものまうで)(ものマフテ)する
やうにて、たばか(ッ)てうて」との給(たま)ひければ、
正俊【*昌俊】(しやうしゆん)畏(かしこま)(ッ)てうけ給(たまは)り【承り】、宿所(しゆくしよ)へも帰(かへ)らず、御前(ごぜん)
をた(ッ)てやがて京(きやう)へぞ上(のぼ)りける。同(おなじき)九月(くぐわつ)廿
九日(にじふくにち)、土佐房(とさばう)都(みやこ)へついたりけれ共(ども)、次(つぎの)日(ひ)まで
判官殿(はうぐわんどの)へもまいら(まゐら)【参ら】ず。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)がのぼりたるよし
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聞(きき)給(たま)ひ、武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)をも(ッ)てめされければ、
やがてつれ【連れ】てまいり(まゐり)【参り】たり。判官(はうぐわん)の給(たま)ひ
けるは、「いかに鎌倉(かまくら)殿(どの)より御文(おんふみ)はなきか」。「さし
たる御事(おんこと)候(さうら)はぬ間(あひだ)、御文(おんふみ)はまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られ
ず候(さうらふ)。御詞(おんことば)にて申(まう)せと候(さうらひ)しは、『「当時(たうじ)まで
都(みやこ)に別(べち)の子細(しさい)なく候(さうらふ)事(こと)、さて御渡(おんわたり)候(さうらふ)ゆへ(ゆゑ)【故】
とおぼえ候(さうらふ)。相(あひ)構(かまへ)てよく守護(しゆご)せさせ給(たま)
へ」と申(まう)せ』とこそ仰(おほ)せられ候(さうらひ)つれ」。判官(はうぐわん)「よも
さはあらじ。義経(よしつね)討(うち)にのぼる御使(おんつかひ)なり。「大名(だいみやう)
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どもさし上(のぼ)せば、宇治(うぢ)・勢田(せた)の橋(はし)をもひき【引き】、
都鄙(とひ)のさはぎ(さわぎ)【騒ぎ】ともな(ッ)て、中々(なかなか)あしかり【悪しかり】
なん。和僧(わそう)のぼせ【上せ】て物詣(ものまうで)する様(やう)にてたば
か(ッ)てうて」とぞ仰(おほせ)付(つけ)られたるらむな」との給(たま)
へ【宣へ】ば、正俊【*昌俊】(しやうしゆん)大(おほき)に驚(おどろき)て、「何(なに)によ(ッ)てか唯今(ただいま)さる
事(こと)の候(さうらふ)べき。いささか宿願(しゆくぐわん)によ(ッ)て、熊野(くまの)参
詣(さんけい)のために罷(まかり)上(のぼり)て候(さうらふ)」。そのとき判官(はうぐわん)の給(たま)
ひけるは、「景時(かげとき)が讒言(ざんげん)によ(ッ)て、義経(よしつね)鎌倉(かまくら)へ
も入(いれ)られず。見参(げんざん)をだにし給(たま)はで、をひ(おひ)【追ひ】上(のぼ)せ
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らるる事(こと)はいかに」。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)「其(その)事(こと)はいかが候(さうらふ)覧(らん)、
身(み)にをいて(おいて)はま(ッ)たく御腹(おんぱら)くろ候(さうら)はず。記請
文【*起請文】(きしやうもん)をかき進(しんず)べき」よし申(まう)せば、判官(はうぐわん)「とても
かうても鎌倉(かまくら)殿(どの)によしとおもは【思は】れたてま(ッ)【奉つ】
たらばこそ」とて、以外(もつてのほか)けしき【気色】あしげになり
給(たま)ふ。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)一旦(いつたん)の害(がい)をのがれ【逃れ】んが為(ため)に、居(ゐ)な
がら七枚(しちまい)の記請文【*起請文】(きしやうもん)をかいて、或(あるいは)やいてのみ、或(あるいは)
社(やしろ)に納(をさめ)な(ン)ど(なんど)して、ゆり【許り】てかへり、大番衆(おほばんじゆ)に
ふれめぐらして其(その)夜(よ)やがてよせ【寄せ】んとす。判官(はうぐわん)
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は磯禅師(いそのぜんじ)といふ白拍子(しらびやうし)のむすめ、しづか【静】と
いふ女(をんな)を最愛(さいあい)せられけり。しづかもかたはら
を立(たち)さる事(こと)なし。しづか申(まうし)けるは、「大路(おほち)は皆(みな)
武者(むしや)でさぶらふなる。是(これ)より催(もよほ)(モヨヲ)しのなからん
に、大番衆(おほばんじゆ)の者(もの)どもこれほどさはぐ(さわぐ)【騒ぐ】べき
様(やう)やさぶらふ。あはれ是(これ)はひる【昼】の記請【*起請】(きしやう)法師(ぼふし)
のしわざとおぼえ候(さうらふ)。人(ひと)をつかはし【遣し】てみせ【見せ】
さぶらはばや」とて、六波羅(ろくはら)の故(こ)入道(にふだう)相国(しやうこく)の
めし【召し】つかは【使は】れけるかぶろを三四人(さんしにん)つかは【使は】れ
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けるを、二人(ににん)つかはし【遣し】たりけるが、程(ほど)ふるまで
帰(かへ)らず。「中々(なかなか)女(をんな)はくるしからじ」とて、はした
ものを一人(いちにん)見(み)せにつかはす【遣す】。程(ほど)なくはしり【走り】
帰(かへり)て申(まうし)けるは、「かぶろとおぼしきものはふたり
ながら、土佐房(とさばう)の門(もん)にきりふせ【伏せ】られてさぶ
らふ。宿所(しゆくしよ)には鞍(くら)をき馬(むま)(くらおきむま)【鞍置き馬】どもひしとひ(ッ)【引つ】
たて【立て】て、大幕(おほまく)のうちには、矢(や)おひ【負ひ】弓(ゆみ)はり【張り】、者(もの)
ども皆(みな)具足(ぐそく)して、唯今(ただいま)よせんといでたち【立ち】
さぶらふ【候ふ】。すこし【少し】も物(もの)まふで(ものまうで)【物詣で】のけしきとは
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見(み)えさぶらはず」と申(まうし)ければ、判官(はうぐわん)是(これ)をきい【聞い】
て、やがてう(ッ)【打つ】たち【立ち】給(たま)ふ。しづかきせなが【着背長】と(ッ)て
なげかけ奉(たてまつ)る。たかひも【高紐】ばかりして、太刀(たち)
と(ッ)て出(いで)給(たま)へば、中門(ちゆうもん)の前(まへ)に馬(むま)に鞍(くら)をい(おい)て
ひ(ッ)【引つ】たてたり。是(これ)にうち【打ち】乗(のつ)て、「門(もん)をあけよ」
とて門(もん)あけさせ、いま【今】やいま【今】やと待(まち)給(たま)ふ処(ところ)に、
しばしあ(ッ)てひた甲(かぶと)【直甲】四五十騎(しごじつき)門(もん)の前(まへ)に
おしよせて、時(とき)をど(ッ)とぞつくりける。判官(はうぐわん)
鐙(あぶみ)ふ(ン)ばり立(たち)あがり【上がり】、大音声(だいおんじやう)をあげて、「夜
P12029
討(ようち)にも昼戦(ひるいくさ)にも、義経(よしつね)たやすう討(うつ)べき
ものは、日本国(につぽんごく)におぼえぬものを」とて、只(ただ)一騎(いつき)
おめい(をめい)【喚い】てかけ給(たま)へば、五十騎(ごじつき)ばかりのもの共(ども)、
中(なか)をあけてぞ通(とほ)しける。さる程(ほど)に、O[BH 伊勢[B ノ](いせの)三郎(さぶらう)義盛(よしもり)・奥州[B ノ](あうしうの)佐藤(さとう)四郎兵衛(しらうびやうゑ)忠信(ただのぶ)・]江田(えだの)
源三(げんざう)・熊井(くまゐ)太郎(たらう)・武蔵房(むさしばう)弁慶(べんけい)な(ン)ど(なんど)いふ一人
当千(いちにんたうぜん)の兵(つはもの)共(ども)、やがてつづゐ(つづい)【続い】て攻(せめ)戦(たたかふ)。其(その)後(のち)侍(さぶらひ)共(ども)
「御内(みうち)に夜討(ようち)い(ッ)たり」とて、あそこのやかた
ここの宿所(しゆくしよ)より馳(はせ)来(きた)る。程(ほど)なく六七十
騎(ろくしちじつき)集(あつまり)ければ、土佐房(とさばう)たけくよせたりけれ
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ども【共】たたかふ【戦ふ】にをよば(およば)【及ば】ず。散々(さんざん)にかけちら
さ【散らさ】れて、たすかるものはすくなう、うたるる
ものぞおほかり【多かり】ける。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)希有(けう)にして
そこをばのがれ【逃れ】て、鞍馬(くらま)の奥(おく)ににげ籠(こも)り
たりけるが、鞍馬(くらま)は判官(はうぐわん)の故山(こさん)なりけれ
ば、彼(かの)法師(ほふし)土佐房(とさばう)をからめて、次(つぎの)日(ひ)判官(はうぐわん)の
許(もと)へ送(おく)りけり。僧正(そうじやう)が谷(たに)といふ所(ところ)にかくれ【隠れ】
ゐたりけるとかや。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)を大庭(おほには)にひ(ッ)【引つ】すへ(すゑ)【据ゑ】たり。
かちの直垂(ひたたれ)にす(ッ)ちやう頭巾(づきん)[* 「ずちやう頭巾」と有るのを他本により訂正]【首丁頭巾】をぞしたりける。
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判官(はうぐわん)わら(ッ)【笑つ】てのたまひ【宣ひ】けるは、「いかに和僧(わそう)、記
請【*起請】(きしやう)にはうてたるぞ」。土佐房(とさばう)すこしもさは
が(さわが)【騒が】ず、居(ゐ)なをり(なほり)【直り】、あざわら(ッ)【笑つ】て申(まうし)けるは、「ある
事(こと)にかいて候(さうら)へば、うてて候(さうらふ)ぞかし」と申(まうす)。「主
君(しゆくん)の命(めい)をおもんじて、私(わたくし)の命(いのち)をかろんず。
心(こころ)ざし【志】の程(ほど)、尤(もつとも)神妙(しんべう)なり。和僧(わそう)命(いのち)おしく(をしく)【惜しく】は
鎌倉(かまくら)へ返(かへ)しつかはさ【遣さ】んはいかに」。土佐坊(とさばう)、「まさ
なうも御諚(ごぢやう)候(さうらふ)ものかな。おし(をし)【惜し】と申(まう)さば殿(との)はたすけ【助け】給(たま)はんずるか。鎌倉(かまくら)殿(どの)の「法師(ほふし)
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なれども、をのれ(おのれ)【己】ぞねらはんずる者(もの)」とて
仰(おほせ)かうぶ(ッ)しより、命(いのち)をば鎌倉(かまくら)殿(どの)に奉(たてまつ)り
ぬ。なじかはとり返(かへ)し奉(たてまつ)るべき。唯(ただ)御恩(ごおん)
にはとくとく頸(かうべ)(カフベ)をめさ[B 「めさ」に「刎(ハネ)ラ」と傍書]れ候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、
「さらばきれ」とて、六条河原(ろくでうかはら)にひき【引き】いだい【出い】て
『判官(はうぐわんの)都落(みやこおち)』S1205
き(ッ)【斬つ】て(ン)げり。ほめぬ人(ひと)こそなかりけれ。○ここに
足立(あだちの)新三郎(しんざぶらう)といふ雑色(ざつしき)は、「きやつは下臈(げらふ)(げラウ)
なれども以外(もつてのほか)さかざかしい【賢々しい】やつで候(さうらふ)。めし【召し】
つかひ【使ひ】給(たま)へ」とて、判官(はうぐわん)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】られたりけるが、
P12033
内々(ないない)「九郎(くらう)がふるまひ【振舞】みてわれにしらせよ」
とぞの給(たま)ひける。正俊【*昌俊】(しやうしゆん)がきらるるをみて、
新三郎(しんざぶらう)夜(よ)を日(ひ)についで馳(はせ)下(くだ)り、鎌倉(かまくら)殿(どの)
に此(この)由(よし)申(まうし)ければ、舎弟(しやてい)参河【*三河】守(みかはのかみ)範頼(のりより)を討
手(うつて)にのぼせ【上せ】たまふ【給ふ】べきよし仰(おほせ)られけり。
頻(しきり)に辞(じし)申(まう)されけれ共(ども)、重而(かさねて)おほせられ
ける間(あひだ)、力(ちから)をよば(およば)【及ば】で、物具(もののぐ)していとま申(まうし)に
まいら(まゐら)【参ら】れたり。「わとのも九郎(くらう)がまねし給(たま)ふ
なよ」と仰(おほせ)られければ、此(この)御詞(おんことば)におそれ【恐れ】て、
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物具(もののぐ)ぬぎをき(おき)て京上(きやうのぼり)はとどまり給(たま)ひ
ぬ。全(まつたく)不忠(ふちゆう)なきよし、一日(いちにち)に十枚(じふまい)づつの起
請(きしやう)を、昼(ひる)はかき、夜(よる)は御坪(おつぼ)の内(うち)にて読(よみ)あげ
読(よみ)あげ、百日(ひやくにち)に千枚(せんまい)の記請【*起請】(きしやう)を書(かき)てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
られたりけれども、かなは【叶は】ずして終(つひ)に
うた【討た】れ給(たま)ひけり。其(その)後(のち)北条(ほうでうの)四郎(しらう)時政(ときまさ)を
大将(だいしやう)として、討手(うつて)のぼると聞(きこ)えしかば、
判官殿(はうぐわんどの)鎮西(ちんぜい)のかたへ落(おち)ばやとおもひ【思ひ】たち
給(たま)ふ処(ところ)に、緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)は、平家(へいけ)を九国(くこく)の
P12035
内(うち)へも入(いれ)奉(たてまつ)らず、追(おひ)出(いだ)すほどの威勢(ゐせい)のもの
なりければ、判官(はうぐわん)「我(われ)にたのま【頼ま】れよ」とぞ
の給(たま)ひける。「さ候(さうらは)ば、御内(みうちに)候(さうらふ)菊地【*菊池】[B ノ](きくちの)二郎(じらう)高直(たかなほ)は、
年(とし)ごろの敵(かたき)で候(さうらふ)。給(たま)は(ッ)て頸(くび)をき(ッ)てたの
ま【頼ま】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】む」と申(まうす)。左右(さう)なふ(なう)【無う】たうだりけれ
ば、六条川原(ろくでうかはら)に引(ひき)いだし【出し】てき(ッ)て(ン)げり。其(その)
後(のち)維義(これよし)かひがひしう領状(りやうじやう)す。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)二日(ふつかのひ)、九
郎(くらう)大夫(たいふの)判官(はうぐわん)院(ゐんの)御所(ごしよ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、大蔵卿(おほくらのきやう)泰経(やすつねの)朝臣(あつそん)
をも(ッ)て奏聞(そうもん)しけるは、「義経(よしつね)君(きみ)の御為(おんため)に奉公(ほうこう)
P12036
の忠(ちゆう)を致(いたす)事(こと)、ことあたらしう初(はじめ)て申上(まうしあぐる)に
をよび(および)【及び】候(さうら)はず。しかる【然る】を頼朝(よりとも)、郎等(らうどう)共(ども)が讒言(ざんげん)
によ(ッ)て、義経(よしつね)をうたんと仕(つかまつり)候(さうらふ)間(あひだ)、しばらく
鎮西(ちんぜい)の方(かた)へ罷(まかり)下(くだ)らばやと存(ぞんじ)候(さうらふ)。O[BH 哀(あはれ)]院庁(ゐんのちやう)(インノテウ)の御下
文(おんくだしぶみ)を一通(いつつう)下(くだし)預(あづかり)候(さうらは)ばや」と申(まう)されければ、法皇(ほふわう)
「此(この)条(でう)頼朝(よりとも)がかへりきかん事(こと)いかがあるべからん」
とて、諸卿(しよきやう)に仰合(おほせあはせ)られければ、「義経(よしつね)都(みやこ)に
候(さうらひ)て、関東(くわんとう)の大勢(おほぜい)みだれ入(いり)候(さうらは)ば、京都[B ノ](きやうとの)狼藉(らうぜき)
たえ【絶え】候(さうらふ)べからず。遠国(をんごく)へ下(くだり)候(さうらひ)なば、暫(しばらく)其(その)恐(おそれ)あらじ」と、
P12037
をのをの(おのおの)【各々】一同(いちどう)に申(まう)されければ、緒方(をかたの)三郎(さぶらう)を
はじめて、臼杵(うすき)・戸次(へつぎ)・松浦党(まつらたう)、惣(そう)じて鎮西(ちんぜい)の
もの、義経(よしつね)を大将(だいしやう)として其(その)下知(げぢ)にしたがふべ
きよし、庁(ちやう)(テウ)の御下文(おんくだしぶみ)を給(たま)は(ッ)て(ン)げれば、其(その)
勢(せい)五百(ごひやく)余騎(よき)、あくる三日(みつかのひ)卯剋(うのこく)に京都(きやうと)に
いささかのわづらひ【煩ひ】もなさず、浪風(なみかぜ)もたてず
して下(くだ)りにけり。摂津国(つのくに)源氏(げんじ)、太田(おほだの)太郎(たらう)頼
基(よりもと)「わが門(かど)の前(まへ)をとをし(とほし)ながら、矢(や)一(ひとつ)射(い)かけ
であるべきか」とて、川原津(かはらづ)といふ所(ところ)にお(ッ)【追つ】ついて
P12038
せめ【攻め】たたかふ【戦ふ】。判官(はうぐわん)は五百(ごひやく)余騎(よき)、太田(おほだの)太郎(たらう)は
六十(ろくじふ)余騎(よき)にて有(あり)ければ、なかにとりこめ、
「あますなもらす【漏らす】な」とて、散々(さんざん)に攻(せめ)給(たま)へば、
太田(おほだの)太郎(たらう)我(わが)身(み)手(て)おひ、家子(いへのこ)郎等(らうどう)おほく【多く】う
たせ、馬(むま)の腹(はら)い【射】させて引(ひき)退(しりぞ)く。判官(はうぐわん)頸(くび)共(ども)
きりかけて、戦神(いくさがみ)にまつり、「門出(かどいで)よし」と
悦(よろこん)で、だいもつ【大物】の浦(うら)より船(ふね)にの(ッ)【乗つ】て下(くだ)られけるが、
折節(をりふし)西(にし)の風(かぜ)はげしくふき、住吉(すみよし)の浦(うら)にうち
あげられて、吉野(よしの)の奥(おく)にぞこもりける。
P12039
吉野(よしの)法師(ぼふし)にせめ【攻め】られて、奈良(なら)へおつ。奈良(なら)法
師(ぼふし)に攻(せめ)られて、又(また)都(みやこ)へ帰(かへ)り入(いり)、北国(ほつこく)にかか(ッ)て、
終(つひ)に奥(おく)へぞ下(くだ)られける。都(みやこ)よりあひ具(ぐ)し
たりける女房(にようばう)達(たち)十(じふ)余人(よにん)、住吉(すみよし)の浦(うら)に捨(すて)置(おき)
たりければ、松(まつ)の下(した)、まさご【真砂】のうへ【上】に袴(はかま)ふみ
したき、袖(そで)をかたしい【片敷い】て泣(なき)ふしたりけるを、
住吉(すみよし)の神官共(じんぐわんども)憐(あはれ)んで、みな京(きやう)へぞ送(おく)り
ける。凡(およそ)判官(はうぐわん)のたのま【頼ま】れたりける伯父(をぢ)信
太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)・十郎(じふらう)蔵人(くらんど)行家(ゆきいへ)・緒方(をかたの)三郎(さぶらう)維義(これよし)が
P12040
船共(ふねども)、浦々(うらうら)島々(しまじま)に打(うち)よせられて、互(たがひ)にその行(ゆく)
ゑ(ゆくへ)【行方】をしら【知ら】ず。忽(たちまち)に西(にし)の風(かぜ)ふきける事(こと)も、平
家(へいけ)の怨霊(をんりやう)のゆへ(ゆゑ)【故】とぞおぼえける。同(おなじき)十一月(じふいちぐわつ)
七日(なぬかのひ)、鎌倉(かまくら)の源二位(げんにゐ)頼朝卿(よりとものきやう)の代官(だいくわん)として、北条(ほうでうの)
四郎(しらう)時政(ときまさ)、六万(ろくまん)余騎(よき)を相(あひ)具(ぐ)して都(みやこ)へ入(いる)。伊与【*伊予】守(いよのかみ)
源(みなもとの)義経(よしつね)・備前守(びぜんのかみ)同(おなじく)行家(ゆきいへ)・信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)同(おなじく)義教【*義憲】(よしのり)
追討(ついたう)すべきよし奏聞(そうもん)しければ、やがて院
宣(ゐんぜん)をくだされけり。去(さんぬる)二日(ふつかのひ)は義経(よしつね)が申(まうし)うくる
旨(むね)にまかせ【任せ】て、頼朝(よりとも)をそむくべきよし庁(ちやう)(テウ)の
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御下文(おんくだしぶみ)をなされ、同(おなじき)八日(やうかのひ)は頼朝卿(よりとものきやう)の申状(まうしじやう)によ(ッ)て、
義経(よしつね)追討(ついたう)の院宣(ゐんぜん)を下(くだ)さる。朝(あした)にかはり夕(ゆふべ)
『吉田(よしだの)大納言(だいなごんの)沙汰(さた)』S1206
に変(へん)ずる世間(よのなか)の不定(ふぢよう)こそ哀(あはれ)なれ。○さる
程(ほど)に、鎌倉(かまくら)殿(どの)日本国(につぽんごく)の惣追補使【*惣追捕使】(そうづいぶし)(ソウヅイフクシ)を給(たま)は(ッ)て、
反別(たんべつ)に兵粮米(ひやうらうまい)を宛(あて)行(おこなふ)(ヲコナフ)べきよしO[BH 公家(くげ)へ]申(まう)され
けり。朝(てう)の怨敵(をんでき)をほろぼしたるものは、
半国(はんごく)を給(たま)はるといふ事(こと)、無量義経(むりやうぎきやう)に見(み)え
たり。され共(ども)我(わが)朝(てう)にはいまだその【其の】例(れい)なし。
「是(これ)は過分(くわぶん)の申状(まうしじやう)なり」と、法皇(ほふわう)仰(おほせ)なりけれ共(ども)、
P12042
公卿(くぎやう)僉議(せんぎ)あ(ッ)て、「頼朝卿(よりとものきやう)の申(まう)さるる所(ところ)、道理(だうり)
なかばなり」とて、御(おん)ゆるされ【許され】あり【有り】けると
かや。諸国(しよこく)に守護(しゆご)ををき(おき)、庄園(しやうゑん)(しやうエン)に地頭(ぢとう)を
補(ふ)せらる。一毛(いちもう)ばかりもかくる【隠る】べきやう【様】なかり
けり。鎌倉(かまくら)殿(どの)かやうの事(こと)人(ひと)おほし【多し】といへ共(ども)、
吉田(よしだの)大納言(だいなごん)経房卿(つねふさのきやう)をも(ッ)て奏聞(そうもん)せられけり。
この大納言(だいなごん)はうるはしい人(ひと)と聞(きこ)え給(たま)へり。
平家(へいけ)にむすぼほれたりし人々(ひとびと)も、源氏(げんじ)の
世(よ)のつより【強り】し後(のち)は、或(あるいは)ふみ【文】をくだし、或(あるいは)使者(ししや)
P12043
をつかはし【遣し】、さまざまにへつらひ給(たま)ひしかども【共】、
この人(ひと)はさもし給(たま)はず。されば平家(へいけ)の時(とき)も、
法皇(ほふわう)を鳥羽殿(とばどの)におしこめまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、
後院(ごゐん)(ゴイン)の別当(べつたう)ををか(おか)【置か】れしには、勘解由小路[* 「勘解由少路」と有るのを他本により訂正](かでのこうぢの)
中納言(ちゆうなごん)此(この)経房卿(つねふさのきやう)二人(ににん)をぞ後院(ごゐん)の別当(べつたう)には
なされたりける。権(ごんの)右中弁(うちゆうべん)光房(みつふさの)朝臣(あつそん)の子(こ)也(なり)。
十二(じふに)の年(とし)父(ちち)の朝臣(あつそん)うせ給(たま)ひしかば、みなし子(ご)
にておはせしかども【共】、次第(しだい)の昇進(しようじん)(セウジン)とどこほ
らず、三事(さんし)の顕要(けんえう)(ケンヨウ)を兼帯(けんたい)して、夕郎(せきらう)の
P12044
貫首(くわんじゆ)(クハンジユ)をへ【経】、参議(さんぎ)・大弁(だいべん)・太宰帥(ださいのそつ)、遂(つひ)に正二位(じやうにゐ)大
納言(だいなごん)に至(いた)れり。人(ひと)をばこえ【越え】給(たま)へ共(ども)、人(ひと)にはこえ
られ給(たま)はず。されば人(ひと)の善悪(ぜんあく)は錐(きり)袋(ふくろ)をとを
す(とほす)【通す】とてかくれ【隠れ】なし。有(あり)がたかりし人(ひと)なり。
『六代(ろくだい)』S1207
○北条(ほうでうの)四郎(しらう)策(はかりこと)[* 「策」の右に(コト)、左に(ハカリコト)の振り仮名]に「平家(へいけ)の子孫(しそん)といはん人(ひと)尋(たづね)
出(いだ)したらむ輩(ともがら)にをいて(おいて)は、所望(しよまう)こふ【乞ふ】による
べし」と披露(ひろう)せらる。京中(きやうぢゆう)のもの共(ども)、案内(あんない)は
し(ッ)たり、勧賞(けんじやう)蒙(かうぶ)らんとて、尋(たづね)もとむるぞうた
てき。かかりければ、いくらも尋(たづね)出(いだ)したりけり。下臈(げらふ)
P12045
の子(こ)なれ共(ども)、色(いろ)しろう【白う】見(み)めよきをばめし【召し】
いだひ(いだい)【出だい】て、「是(これ)はなんの中将殿(ちゆうじやうどの)の若君(わかぎみ)、彼(かの)少将
殿(せうしやうどの)の君達(きんだち)」と申(まう)せば、父母(ぶも)なき【泣き】かなしめ
ども、「あれは介惜(かいしやく)【介錯】が申(まうし)候(さうらふ)」。「あれはめのとが申(まうす)」
なんどいふ間(あひだ)、無下(むげ)におさなき(をさなき)【幼き】をば水(みづ)に入(いれ)、
土(つち)にうづみ【埋み】、少(すこし)おとなしきをばおしころし【殺し】、
さしころす。母(はは)がかなしみ、めのとがなげき、
たとへんかたぞなかりける。北条(ほうでう)も子孫(しそん)さすが
多(おほ)ければ、是(これ)をいみじとは思(おも)はねど、世(よ)にしたがふ
P12046
ならひ【習ひ】なれば、力(ちから)をよば(およば)【及ば】ず。中(なか)にも小松(こまつの)三位(さんみの)中
将殿(ちゆうじやうどのの)若君(わかぎみ)、六代(ろくだい)御前(ごぜん)とておはすなり。平家(へいけ)
の嫡々(ちやくちやく)なるうへ【上】、年(とし)もおとなしうまします
なり。いかにもしてとり奉(たてまつ)らんとて、手(て)を分(わけ)
てもとめ【求め】られけれ共(ども)、尋(たづね)かねて、既(すで)に下(くだ)らん
とせられける処(ところ)に、ある女房(にようばう)の六波羅(ろくはら)に
出(いで)て申(まうし)けるは、「是(これ)より西(にし)、遍照寺(へんぜうじ)のおく、
大覚寺(だいかくじ)と申(まうす)山寺(やまでら)の北(きた)のかた、菖蒲谷(しやうぶだに)と
申(まうす)所(ところ)にこそ、小松(こまつの)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の北方(きたのかた)・若君(わかぎみ)・姫公(ひめぎみ)
P12047
おはしませ」と申(まう)せば、時政(ときまさ)やがて【軈】人(ひと)をつけ
て、其(その)あたりをうかがは【伺は】せける程(ほど)に、ある【或】坊(ばう)
に、女房(にようばう)達(たち)おさなき(をさなき)【幼き】人(ひと)あまた、ゆゆしく忍(しの)び
たるてい【体】にてすまゐ(すまひ)【住ひ】けり。籬(まがき)のひまより
のぞきければ、白(しろ)いゑのこ【犬子】の走(はしり)出(いで)たるをとらん
とて、うつくしげなる若公(わかぎみ)【若君】の出(いで)給(たま)へば、めのと
の女房(にようばう)とおぼしくて、「あなあさまし。人(ひと)もこそ
見(み)まいらすれ(まゐらすれ)【参らすれ】」とて、いそぎひき【引き】入(いれ)奉(たてまつ)る。是(これ)ぞ
一定(いちぢやう)そにておはしますらんとおもひ【思ひ】、いそぎ
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走(はしり)帰(かへ)(ッ)てかくと申(まう)せば、次(つぎ)の日(ひ)かしこにうち【打ち】
むかひ【向ひ】、四方(しはう)を打(うち)かこみ、人(ひと)をいれ【入れ】ていはせ
けるは、「平家(へいけ)小松(こまつの)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)の若君(わかぎみ)六代(ろくだい)御前(ごぜん)、
是(これ)におはしますと承(うけたま)は(ッ)て、鎌倉(かまくら)殿(どの)の御代官(ごだいくわん)
に北条(ほうでうの)四郎(しらう)時政(ときまさ)と申(まうす)ものが御(おん)むかへ【向へ】にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。
はやはや出(いだ)しまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)へ」と申(まう)されければ、
母(はは)うへ是(これ)を聞(きき)給(たま)ふに、つやつや物(もの)もおぼえ
給(たま)はず。斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)はしり【走り】まは(ッ)て見(み)けれ
ども、武士(ぶし)ども四方(しはう)を打(うち)かこみ、いづかたより
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出(いだ)し奉(たてまつ)るべしともおぼえず。めのとの女房(にようばう)も
御(おん)まへにたふれ【倒れ】ふし、声(こゑ)もおしま(をしま)【惜しま】ず
おめき(をめき)【喚き】さけぶ【叫ぶ】。日比(ひごろ)は物(もの)をだにもたかく【高く】いは
ず、しのび【忍び】つつかくれ【隠れ】ゐたりつれ共(ども)、いま【今】は
家(いへ)の中(うち)にありとあるもの、こゑ【声】を調(ととの)へて
泣(なき)かなしむ。北条(ほうでう)も是(これ)をきい【聞い】て、よにこころ【心】
ぐるしげ【苦し気】におもひ【思ひ】、なみだ【涙】のごひ、つくづく
とぞまた【待た】れける。ややあ(ッ)てかさね【重ね】て申(まう)され
けるは、「世(よ)もいまだしづまり候(さうら)はねば、しどけなき
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事(こと)もぞ候(さうらふ)とて、御(おん)むかへ【向へ】にまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)。別(べち)の御事(おんこと)
は候(さうらふ)まじ。はやはや出(いだ)しまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)へ」と申(まう)
されければ、若君(わかぎみ)母(はは)うへに申(まう)させたまひ
けるは、「つゐに(つひに)【遂に】のがる【逃る】まじう候(さうら)へば、とくとく
出(いだ)させおはしませ。武士(ぶし)ども【共】うち入(いり)てさがす
ものならば、うたてげなる御(おん)ありさま【有様】共(ども)を
見(み)えさせ給(たま)ひなんず。たとひまかり【罷り】出(いで)候(さうらふ)とも、
しばしも候(さうら)はば、いとまこふ(こう)【乞う】てかへりまいり(まゐり)【参り】候(さうら)はん。
いたくな歎(なげ)かせたまひ【給ひ】候(さうらひ)そ」と、なぐさめ給(たま)ふこそ
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いとおしけれ(いとほしけれ)。さてもあるべきならねば、母(はは)うへ
なくなく【泣く泣く】御(おん)ぐしかきなで、ものきせ【着せ】奉(たてまつ)り、
既(すで)に出(いだ)し奉(たてまつ)らんとしたまひけるが、黒木(くろき)の
ずず【数珠】のちいさふ(ちひさう)【小さう】うつくしいを取(とり)出(いだ)して、「是(これ)にて
いかにもならんまで、念仏(ねんぶつ)申(まうし)て極楽(ごくらく)へまい
れ(まゐれ)【参れ】よ」とて奉(たてまつ)り給(たま)へば、若君(わかぎみ)是(これ)をと(ッ)て、「母御
前(ははごぜん)にはけふ既(すで)にはなれ【離れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】なんず。今(いま)は
いかにもして、父(ちち)のおはしまさん所(ところ)へぞまいり(まゐり)【参り】
たき」とのたまひ【宣ひ】けるこそ哀(あはれ)なれ。これ【是】を
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きい【聞い】て、御妹(おんいもうと)の姫君(ひめぎみ)の十(とを)になり給(たま)ふが、「われも
ちち御前(ごぜん)の御(おん)もとへまいら(まゐら)【参ら】ん」とて、はしり【走り】出(いで)
たまふ【給ふ】を、めのとの女房(にようばう)とりとどめ【留め】奉(たてまつ)る。
六代(ろくだい)御前(ごぜん)ことしはわづかに十二(じふに)にこそなり
たまへ【給へ】ども、よのつねの十四五(じふしご)よりはおとなし
く、見(み)め【眉目】かたちゆう(いう)【優】におはしければ、敵(かたき)によはげ(よわげ)【弱気】
をみえ【見え】じと、おさふる袖(そで)のひまよりも、余(あまり)
て涙(なみだ)ぞこぼれける。さて御輿(おんこし)にのりたまふ【給ふ】。
武士(ぶし)ども前後(ぜんご)左右(さう)に打(うち)かこ(ン)【囲ん】で出(いで)にけり。
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斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)御輿(おんこし)の左右(さう)についてぞまいり(まゐり)【参り】
ける。北条(ほうでう)のりがへ【乗替】共(ども)おろしてのすれ【乗すれ】共(ども)のら
ず。大覚寺(だいかくじ)より六波羅(ろくはら)までかちはだしに
てぞ走(はしり)ける。母(はは)うへ・めのとの女房(にようばう)、天(てん)にあふぎ
地(ち)にふしてもだえ【悶え】こがれ給(たま)ひけり。「此(この)日比(ひごろ)平家(へいけ)
の子(こ)どもとりあつめ【集め】て、水(みづ)にいるるもあり、
土(つち)にうづむ【埋む】もあり、おしころし【殺し】、さしころし【殺し】、
さまざまにすときこゆれば、我(わが)子(こ)はなに【何】と
してかうしなは【失は】んずらん。O[BH すこし【少し】]おとなしければ、頸(くび)を
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こそきら【斬ら】んずらめ。人(ひと)の子(こ)はめのとな(ン)ど(なんど)のもと
にをき(おき)て、時々(ときどき)見(み)る事(こと)もあり【有り】。それだに
も恩愛(おんあい)はかなしき【悲しき】ならひ【習ひ】ぞかし。況(いはん)や是(これ)は
うみおとし【落し】て後(のち)、ひとひ【一日】かたとき【片時】も身(み)をはな
たず、人(ひと)のもたぬものをもちたるやうに思(おも)ひ
て、あさゆふ【朝夕】ふたりの中(なか)にてそだて【育て】し物(もの)を、
たのみ【頼み】をかけし人(ひと)にもあかで別(わかれ)し其(その)後(のち)は、
ふたりをうらうへ【裏表】にをき(おき)てこそなぐさみつる
に、ひとりはあれ共(ども)独(ひとり)はなし。けふより後(のち)は
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いかがせむ。此(この)三(み)とせが間(あひだ)、よるひるきも【肝】心(こころ)を
けしつつ、おもひ【思ひ】まうけ【設け】つる事(こと)なれ共(ども)、
さすが昨日(きのふ)今日(けふ)とは思(おもひ)よらず。年(とし)ごろは
長谷(はせ)の観音(くわんおん)をこそふかう【深う】頼(たの)み奉(たてまつ)りつる
に、終(つひ)にとられぬること【事】のかなしさよ。唯今(ただいま)
もやうしなひ【失ひ】つらん」とかきくどき【口説き】、泣(なく)より
外(ほか)の事(こと)ぞなき。さ夜(よ)もふけけれどむね【胸】
せきあぐる心(ここ)ち【心地】して、露(つゆ)もまどろみ給(たま)は
ぬが、めのとの女房(にようばう)にの給(たま)ひけるは、「ただいま
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ち(ッ)とうちまどろみたりつる夢(ゆめ)に、此(この)子(こ)が白(しろ)い
馬(むま)にのりて来(きたり)つるが、「あまりに恋(こひ)しう思(おもひ)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうら)へば、しばしのいとま【暇】こふ(こう)【乞う】てまいり(まゐり)【参り】て
候(さうらふ)」とて、そばについゐて、なに【何】とやらん、よに
うらめしげ【恨めし気】におもひ【思ひ】て、さめざめとなき【泣き】つるが、
程(ほど)なくうちおどろかれて、もしやとかたはらを
さぐれ【探れ】共(ども)人(ひと)もなし。夢(ゆめ)なりとも【共】しばし
もあらで、さめぬる事(こと)のかなしさよ」とぞ
語(かたり)たまふ【給ふ】。めのとの女房(にようばう)もなきけり。長(ながき)夜(よ)も
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いとどあかし【明かし】かねて、なみだ【涙】に床(とこ)も浮(うく)計(ばかり)
也(なり)。限(かぎり)あれば、鶏人(けいじん)暁(あかつき)をとなへて夜(よ)も明(あけ)ぬ。
斎藤六(さいとうろく)帰(かへ)りまいり(まゐり)【参り】たり。「さていかにやいかに」
と問(と)ひ給(たま)へば、「唯今(ただいま)まではべち【別】の御事(おんこと)
も候(さうら)はず。御文(おんふみ)の候(さうらふ)」とて、取(とり)いだい【出い】て奉(たてまつ)る。
あけて御覧(ごらん)ずれば、「いかに御心(おんこころ)ぐるしう思(おぼ)し
めされ候(さうらふ)らむ。只今(ただいま)までは別(べち)の事(こと)も候(さうら)はず。
いつしかたれたれも御恋(おんこひ)しうこそ候(さうら)へ」と、
よにおとなしやかにかき給(たま)へり。母(はは)うへこれ【是】を
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見(み)たまひ【給ひ】て、とかうの事(こと)もの給(たま)は【宣は】ず。ふみを
ふところ【懐】に引(ひき)入(いれ)て、うつぶしにぞなられ
ける。誠(まこと)に心(こころ)のうち【内】さこそはおはしけめと
おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。かくて遥(はるか)に時剋(じこく)
おしうつりければ、「時(とき)の程(ほど)もおぼつかなう候(さうらふ)に、
帰(かへり)まいら(まゐら)【参ら】ん」と申(まう)せば、母(はは)うへ泣々(なくなく)御返事(おんぺんじ)かい
てたう【賜う】で(ン)げり。斎藤六(さいとうろく)いとま申(まうし)てまかり【罷り】出(いづ)。
めのとの女房(にようばう)せめても心(こころ)のあられずさに、
はしり【走り】出(いで)て、いづくをさすともなく、その
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辺(へん)を足(あし)にまかせ【任せ】てなきありくほど【程】に、
ある人(ひと)の申(まうし)けるは、「此(この)おくに高雄(たかを)といふ
山寺(やまでら)あり【有り】。その聖(ひじり)文覚房(もんがくばう)と申(まうす)人(ひと)こそ、鎌倉(かまくら)
殿(どの)にゆゆしき大事(だいじ)の人(ひと)におもは【思は】れまいらせ(まゐらせ)【参らせ】
ておはしますが、上臈(じやうらふ)の御子(おんこ)を御弟子(おんでし)にせん
とてほしがら【欲しがら】るなれ」と申(まうし)ければ、うれしき
事(こと)をききぬと思(おも)ひて、母(はは)うへにかくとも【共】申(まう)
さず、ただ一人(いちにん)高雄(たかを)に尋(たづね)入(い)り、聖(ひじり)にむかひ【向ひ】奉(たてまつり)
て、「ち【血】のなかよりおほし【生し】たて【立て】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、ことし
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十二(じふに)にならせ給(たま)ひつる若君(わかぎみ)を、昨日(きのふ)武士(ぶし)に
とられてさぶらふ【候ふ】。御命(おんいのち)こひ【乞ひ】うけ【請け】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)ひて、
御弟子(おんでし)にせさせたまひ【給ひ】なんや」とて、聖(ひじり)の前(まへ)
にたふれ【倒れ】ふし、こゑ【声】もおしま(をしま)【惜しま】ずなきさけぶ【叫ぶ】。
まこと【誠】にせんかたなげにぞ見(み)えたりける。聖(ひじり)
むざんにおぼえければ事(こと)の子細(しさい)をとひ給(たま)ふ。
おきあが(ッ)【上がつ】て泣々(なくなく)申(まうし)けるは、「平家(へいけ)小松(こまつの)三位(さんみの)中
将(ちゆうじやう)の北方(きたのかた)の、したしうまします人(ひと)の御子(おんこ)を
やしなひ奉(たてまつ)るを、もし中将(ちゆうじやう)の君達(きんだち)とや人(ひと)
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の申(まうし)さぶらひけん、昨日(きのふ)武士(ぶし)のとりまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て
まかり【罷り】さぶらひぬるなり」と申(まうす)。「さて武士(ぶし)をば
誰(たれ)といひつる」。「北条(ほうでう)とこそ申(まうし)さぶらひつれ」。
「いでいでさらば行(ゆき)むかひ【向ひ】て尋(たづね)む」とて、つき
いで【出で】ぬ。此(この)詞(ことば)をたのむ【頼む】べきにはあらね共(ども)、聖(ひじり)の
かくいへば、今(いま)すこし【少し】ひと【人】の心(ここ)ち【心地】いできて、大
覚寺(だいかくじ)へかへりまいり(まゐり)【参り】、母(はは)うへにかくと申(まう)せば、
「身(み)をなげに出(いで)ぬるやらんとおもひ【思ひ】て、我(われ)も
いかならん淵河(ふちかは)にも身(み)をなげんと思(おも)ひ
P12062
たれば」とて、事(こと)の子細(しさい)をとひたまふ【給ふ】。聖(ひじり)の
申(まうし)つるやう【様】をありのままに語(かたり)ければ、「あはれ
こひ【乞ひ】うけ【請け】て、今(いま)一度(ひとたび)見(み)せよかし」とて、手(て)をあは
せ【合はせ】てぞなかれける。聖(ひじり)六波羅(ろくはら)にゆきむか(ッ)【向つ】て、事(こと)
の子細(しさい)をとひたまふ【給ふ】。北条(ほうでう)申(まう)されけるは、「鎌倉(かまくら)
殿(どの)のおほせに、「平家(へいけ)の子孫(しそん)京中(きやうぢゆう)におほく【多く】
しのん【忍ん】でありときく。中(なか)にも小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)
の子息(しそく)、中御門(なかのみかど)の新(しん)大納言(だいなごん)のむすめの腹(はら)に
ありときく。平家(へいけ)の嫡々(ちやくちやく)なるうへ【上】、年(とし)も
P12063
おとなしかんなり。いかにも尋(たづね)いだし【出し】て失(うしな)ふ
べし」と仰(おほ)せを蒙(かうぶり)て候(さうらひ)しが、此(この)程(ほど)すゑずゑ
のおさなき(をさなき)【幼き】人々(ひとびと)をば少々(せうせう)取(とり)奉(たてまつり)て候(さうらひ)つれ共(ども)、
此(この)若公(わかぎみ)【若君】は在所(ざいしよ)をしり奉(たてまつ)らで、尋(たづね)かねて既(すでに)
むなしう【空しう】罷(まかり)下(くだ)らむとし候(さうらひ)つるが、おもは【思は】ざる
外(ほか)、一昨日(をととひ)聞(きき)出(いだ)して、昨日(きのふ)むかへ【向へ】奉(たてまつり)て候(さうら)へども、な
のめならずうつくしうおはする間(あひだ)、あまりに
いとおしく(いとほしく)て、いまだともかうもし奉(たてまつ)らで
をき(おき)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)」と申(まう)せば、聖(ひじり)、「いでさらば
P12064
見(み)奉(たてまつ)らん」とて、若公(わかぎみ)【若君】のおはしける所(ところ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て
み【見】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】給(たま)へば、ふたへをりもの(ふたへおりもの)【二重織物】の直垂(ひたたれ)に、
黒木(くろき)の数珠(ずず)手(て)にぬき【貫き】入(いれ)ておはします。髪(かみ)
のかかり、すがた、事(こと)がら、誠(まこと)にあてにうつくし
く、此(この)世(よ)の人(ひと)とも見(み)え給(たま)はず。こよひうち
とけてねたまは【給は】ぬとおぼしくて、すこし【少し】
おもやせ【痩せ】給(たま)へるにつけて、いとど心(こころ)ぐるし
うらうたくぞおぼえける。聖(ひじり)を御覧(ごらん)
じて何(なに)とかおぼしけん、涙(なみだ)ぐみ給(たま)へば、聖(ひじり)も
P12065
是(これ)を見(み)奉(たてまつり)てすぞろに墨染(すみぞめ)の袖(そで)をぞ
しぼりける。たとひすゑ【末】の世(よ)に、いかなる
あた敵(かたき)になるともいかが是(これ)を失(うしな)ひ奉(たてまつ)る
べきとかなしう【悲しう】おぼえければ、北条(ほうでう)にの給(たまひ)
けるは、「此(この)若君(わかぎみ)を見(み)奉(たてまつ)るに、先世(ぜんぜ)の事(こと)にや
候(さうらふ)らん、あまりにいとおしう(いとほしう)思(おも)ひ奉(たてまつ)り候(さうらふ)。廿日(はつか)
が命(いのち)をのべてたべ。鎌倉(かまくら)殿(どの)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)あづ
かり候(さうら)はむ。聖(ひじり)鎌倉(かまくら)殿(どの)を世(よ)にあらせ奉(たてまつ)らん
とて、わが【我が】身(み)も流人(るにん)でありながら、院宣(ゐんぜん)うかが
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ふ(うかがう)【伺う】て奉(たてまつ)らんとて、京(きやう)へ上(のぼ)るに、案内(あんない)もしらぬ
富士川(ふじがは)の尻(すそ)による【夜】わたりかか(ッ)て、既(すで)におし
ながされんとしたりし事(こと)、高市(たかし)の山(やま)にて
ひ(ッ)ぱぎ【引剥】にあひ、手(て)をす(ッ)て命(いのち)ばかりいき、福原(ふくはら)
の籠(ろう)の御所(ごしよ)へまいり(まゐり)【参り】、前(さきの)右兵衛督(うひやうゑのかみ)光能卿(みつよしのきやう)に
つき奉(たてまつり)て、院宣(ゐんぜん)申(まうし)いだいて奉(たてまつり)しときの約
束(やくそく)には、「いかなる大事(だいじ)をも申(まう)せ。聖(ひじり)が申(まう)さん
事(こと)をば、頼朝(よりとも)が一期(いちご)の間(あひだ)はかなへ【適へ】ん」とこそ
のたまひ【宣ひ】しか。其(その)後(のち)もたびたびの奉公(ほうこう)、かつ〔う〕は
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見(み)給(たま)ひし事(こと)なれば、こと【事】あたらしう始而(はじめて)
申(まうす)べきにあらず。契(ちぎり)をおもふ(おもう)【重う】して命(めい)をかろ
うず【軽うず】。鎌倉(かまくら)殿(どの)に受領神(じゆりやうじん)[* 「神」の左に(かみイ)の振り仮名]つき給(たま)はずは、よも
わすれ給(たま)はじ」とて、その暁(あかつき)立(たち)にけり。斎
藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)是(これ)をきき、聖(ひじり)を生身(しやうじん)の仏(ほとけ)の
如(ごと)くおもひ【思ひ】て、手(て)を合(あはせ)て涙(なみだ)をながす。いそぎ
大覚寺(だいかくじ)へまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て此(この)由(よし)申(まうし)ければ、是(これ)をきき
給(たま)ひける母(はは)うへのこころ【心】のうち、いか計(ばかり)かは
うれしかりけむ。され共(ども)鎌倉(かまくら)のはからひ
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なれば、いかがあらんずらむとおぼつかなけれ
ども、当時(たうじ)聖(ひじり)のたのもしげ【頼もし気】に申(まうし)て下(くだ)り
ぬるうへ【上】、廿日(はつか)の命(いのち)ののびたまふ【給ふ】に、母(はは)うへ・めのと
の女房(にようばう)すこし【少し】心(こころ)もとりのべて、ひとへに
観音(くわんおん)の御(おん)たすけ【助け】なればと、たのもしう【頼もしう】
ぞおもは【思は】れける。かくて明(あか)し暮(くら)したまふ【給ふ】
ほど【程】に、廿日(はつか)の過(すぐ)るは夢(ゆめ)なれや、聖(ひじり)はいまだ
見(み)えざりけり。「何(なに)となりぬる事(こと)やらん」
と、なかなか心(こころ)ぐるしうて、今更(いまさら)またもだえ【悶え】
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こがれ給(たま)ひけり。北条(ほうでう)も、「文学房(もんがくばう)のやく
そく【約束】の日数(ひかず)もすぎぬ。さのみ在京(ざいきやう)して
年(とし)を暮(くら)すべきにもあらず。今(いま)は下(くだ)らむ」と
てひしめきければ、斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)手(て)を
にぎり肝(きも)魂(たましひ)をくだけども【共】、聖(ひじり)もいまだ
見(み)えず、使者(ししや)をだにも上(のぼ)せねば、おもふ【思ふ】はかり
ぞなかりける。是等(これら)大覚寺(だいかくじ)へ帰(かへ)りまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て、
「聖(ひじり)もいまだのぼり候(さうら)はず。北条(ほうでう)も曉(あかつき)下向(げかう)
仕(つかまつり)候(さうらふ)」とて、左右(さう)の袖(そで)をかほ【顔】におしあてて、涙(なみだ)を
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はらはらとながす。是(これ)をきき給(たま)ひける母(はは)うへ
の心(こころ)のうち、いかばかりかはかなしかり【悲しかり】けむ。
「あはれおとなしやかならんものの、聖(ひじり)の行(ゆき)
あはん所(ところ)まで六代(ろくだい)をぐせよといへかし。もし
こひ【乞ひ】うけ【請け】てものぼら【上ら】んに、さきにきりたらん
かなしさをば、いかがせむずる。さてとく【疾く】うし
なひ【失なひ】げなるか」とのたまへ【宣へ】ば、「やがて此(この)暁(あかつき)の
程(ほど)とこそ見(み)えさせ給(たまひ)候(さうら)へ。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、此(この)ほど【程】御(おん)
とのゐ【宿直】仕(つかまつり)候(さうらひ)つる北条(ほうでう)の家子(いへのこ)郎等(らうどう)ども、よに
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名残(なごり)おしげ(をしげ)【惜し気】におもひ【思ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、或(あるいは)念仏(ねんぶつ)
申(まうす)者(もの)も候(さうらふ)、或(あるいは)涙(なみだ)をながす者(もの)も候(さうらふ)」。「さて此(この)子(こ)
は何(なに)としてあるぞ」とのたまへ【宣へ】ば、「人(ひと)の見(み)
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)ときはさらぬやうにもてないて、
御数珠(おんじゆず)をくらせおはしまし候(さうらふ)が、人(ひと)の候(さうら)はぬ
とき【時】は、御袖(おんそで)を御(おん)かほ【顔】におしあてて、御(おん)なみだ【涙】
にむせばせ給(たま)ひ候(さうらふ)」と申(まうす)。「さこそあるらめ。
おさなけれ(をさなけれ)【幼けれ】共(ども)心(こころ)おとなしやかなるものなり。
こよひかぎりの命(いのち)とおもひ【思ひ】て、いかに心(こころ)ぼそかる
P12072
らん。しばしもあらば、いとまこふ(こう)【乞う】てまいら(まゐら)【参ら】
むといひしかども【共】、廿日(はつか)にあまるに、あれへ
もゆかず、是(これ)へも見(み)えず。けふより後(のち)又(また)
何(いつ)の日(ひ)何(いつ)の時(とき)あひ見(み)るべしともおぼえず。
さて汝等(なんぢら)はいかがはからふ」との給(たま)へ【宣へ】ば、「これはいづく
までも御供(おんとも)仕(つかまつ)り、むなしう【空しう】ならせ給(たま)ひて
候(さうら)はば、御骨(ごこつ)をとり奉(たてまつ)り、高野(かうや)のお山(やま)【御山】におさめ(をさめ)【納め】
奉(たてまつ)り、出家(しゆつけ)入道(にふだう)して、後世(ごせ)をとぶらひ【弔ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】ん
とこそおもひな(ッ)て候(さうら)へ」と申(まうす)。「さらば、あまりに
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おぼつかなふ(おぼつかなう)おぼゆる【覚ゆる】に、とうかへれ」との給(たま)へ【宣へ】ば、
二人(ににん)の者(もの)なくなく【泣々】いとま申(まうし)て罷(まかり)出(い)づ。さる程(ほど)
に、同(おなじき)十二月(じふにぐわつ)十六[B 七イ]日(じふろくにち)、北条(ほうでうの)四郎(しらう)若公(わかぎみ)【若君】具(ぐ)し奉(たてまつり)て、
既(すでに)都(みやこ)を立(たち)にけり。斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)涙(なみだ)にくれて
ゆくさきも見(み)えね共(ども)、最後(さいご)の所(ところ)までと思(おも)ひ
つつ、泣々(なくなく)御供(おんとも)にまいり(まゐり)【参り】けり。北条(ほうでう)「馬(むま)にのれ」と
いへどものらず、「最後(さいご)の供(とも)で候(さうら)へば、くるしう【苦しう】
候(さうらふ)まじ」とて、血(ち)の涙(なみだ)をながしつつ、足(あし)にまかせ【任せ】
てぞ下(くだり)ける。六代(ろくだい)御前(ごぜん)はさしもはなれがたく
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おぼしける母(はは)うへ・めのとの女房(にようばう)にもわかれはて、
住(すみ)なれし都(みやこ)をも、雲井(くもゐ)のよそにかへりみ
て、けふをかぎりの東路(あづまぢ)におもむかれけん
心(こころ)のうち、おしはから【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。駒(こま)をはやむる
武士(ぶし)あれば、我(わが)頸(くび)うたんずるかと肝(きも)をけし、
物(もの)いひかはす人(ひと)あれば、既(すで)に今(いま)やと心(こころ)をつくす。
四(し)の宮河原(みやがはら)とおもへ【思へ】共(ども)、関山(せきやま)をもうちこえ【越え】て、
大津(おほつ)の浦(うら)になりにけり。粟津(あはづ)の原(はら)かとうかが
へ【伺へ】ども、けふもはや暮(くれ)にけり。国々(くにぐに)宿々(しゆくじゆく)打(うち)
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過(すぎ)打(うち)過(すぎ)行(ゆく)程(ほど)に、駿河国(するがのくに)にもつき給(たまひ)ぬ。若公(わかぎみ)【若君】
の露(つゆ)の御命(おんいのち)、けふをかぎりとぞきこえ【聞え】
ける。千本(せんぼん)の松原(まつばら)に武士(ぶし)どもみなおりゐ
て、御輿(おんこし)かきすへ(すゑ)【据ゑ】させ、しきがは【敷皮】しいて、若公(わかぎみ)【若君】すへ(すゑ)【据ゑ】
奉(たてまつ)る。北条(ほうでうの)四郎(しらう)若公(わかぎみ)【若君】の御(おん)まへ【前】ちかふ(ちかう)【近う】まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まう)
されけるは、「是(これ)まで具(ぐ)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)つるは、
別(べち)の事(こと)候(ざうら)はず。もしみちにて聖(ひじり)にもや行(ゆき)
あひ候(さうらふ)と、まち【待ち】すぐしまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)つるなり。
御心(おんこころ)ざしの程(ほど)は見(み)えまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)ぬ。山(やま)のあなた
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までは鎌倉(かまくら)殿(どの)の御心中(ごしんぢゆう)をもしり【知り】がたふ(がたう)【難う】候(さうら)へば、
近江国(あふみのくに)にてうしなひ【失ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て候(さうらふ)よし、披
露(ひろう)仕(つかまつり)候(さうらふ)べし。誰(たれ)申(まうし)候(さうらふ)共(とも)、一業(いちごふ)(いちゴウ)所感(しよかん)の御事(おんこと)なれ
ば、よも叶(かなひ)候(さうら)はじ」と泣々(なくなく)申(まうし)ければ、若君(わかぎみ)とも
かうもその返事(へんじ)をばしたまは【給は】ず、斎藤五(さいとうご)・
斎藤六(さいとうろく)をちかふ(ちかう)【近う】めし【召し】て、「我(われ)いかにもなりなん
後(のち)、汝等(なんぢら)都(みやこ)に帰(かへ)(ッ)て、穴賢(あなかしこ)道(みち)にてきら【斬ら】れたり
とは申(まうす)べからず。そのゆへ(ゆゑ)【故】は、終(つひ)にはかくれ【隠れ】あるまじ
けれ共(ども)、まさしう此(この)有様(ありさま)きい【聞い】て、あまりに歎(なげき)
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給(たま)はば、草(くさ)の陰(かげ)にてもこころぐるしう【心苦しう】おぼ
えて、後世(ごせ)のさはりともならんずるぞ。鎌
倉(かまくら)まで送(おくり)つけてまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て候(さうらふ)と申(まうす)べし」との給(たま)
へ【宣へ】ば、二人(ににん)のもの【者】共(ども)肝(きも)魂(たましひ)(タマシイ)も消(きえ)はてて、しばしは
御返事(おんぺんじ)にもをよば(およば)【及ば】ず。良(やや)あ(ッ)て斎藤五(さいとうご)
「君(きみ)にをくれ(おくれ)【遅れ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て後(のち)、命(いのち)いきて安
穏(あんをん)に都(みやこ)まで上(のぼ)りつくべしともおぼえ候(さうら)
はず」とて、なみだ【涙】をおさへ【抑へ】てふしにけり。既(すでに)
今(いま)はの時(とき)になりしかば、若公(わかぎみ)【若君】御ぐしのかたに
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かかりたりけるを、よにうつくしき御手をも(ッ)て
前へ打越(こ)し給ひたりければ、守護の武士ども
見まいらせ(まゐらせ)【参らせ】て、「あないとをし(いとほし)。いまだ御心のまし
ますよ」とて、皆袖をぞぬらしける。其後
西(にし)にむかひ【向ひ】手(て)を合(あはせ)て、静(しづか)に念仏(ねんぶつ)唱(となへ)つつ、頸(くび)
をのべてぞ待(まち)たまふ【給ふ】。狩野(かのの)工藤三(くどうざう)(くダウざう)親俊(ちかとし)
切手(きりて)にゑらば(えらば)【選ば】れ、太刀(たち)をひ(ッ)【引つ】そばめて、左(ひだり)のかた【方】
より御(おん)うしろに立(たち)まはり、既(すで)にきり奉(たてまつ)らん
としけるが、目(め)もくれ心(こころ)も消(きえ)はてて、いづくに
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太刀(たち)を打(うち)つくべしともおぼえず。前後(ぜんご)
不覚(ふかく)になりしかば、「つかまつ【仕つ】とも覚(おぼえ)候(さうら)はず。
他人(たにん)(たジン)に仰(おほせ)付(つけ)られ候(さうら)へ」とて、太刀(たち)を捨(すて)てのき
にけり。「さらばあれきれ、これきれ」とて、
切手(きりて)をえらぶ処(ところ)に、墨染(すみぞめ)の衣(ころも)袴(はかま)きて
月毛(つきげ)なる馬(むま)にの(ッ)【乗つ】たる僧(そう)一人(いちにん)、鞭(むち)をあげて
ぞ馳(はせ)たりける。あないとをし(いとほし)、あの松原の
中に、世にうつくしき若君を、北条殿のきら【斬ら】
せたまふぞや」とて、物共(ども)ひしひしとはしり
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あつまりければ、此僧「あな心う」とて、手をあがい
てまねきけるが、猶おぼつかなさに、きたる
笠をぬぎ、指あげてぞまねきける。北条
「子細有(あり)」とて待処に、此僧馳(はせ)ついて、いそぎ
馬(むま)より飛(とび)おり、しばらくいきを休(やすめ)て、「若公(わかぎみ)【若君】
ゆるさ【許さ】せ給(たま)ひて候(さうらふ)。鎌倉(かまくら)殿(どの)の御教書(みげうしよ)是(これ)に
候(さうらふ)」とてとり【取り】出(いだ)して奉(たてまつ)る。披(ひらい)て見(み)たまへ【給へ】ば、
まことや小松(こまつの)三位(さんみの)中将(ちゆうじやう)維盛卿(これもりのきやう)の子息(しそく)尋(たづね)出(いだ)され
て候(さうらふ)なる、高雄(たかを)の聖(ひじりの)御房(ごばう)申(まうし)うけんと候(さうらふ)。疑(うたがひ)(ウタガイ)を
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なさずあづけ奉(たてまつ)るべし。北条(ほうでうの)四郎殿(しらうどの)へ頼朝(よりとも)
とあそばして、御判(ごはん)あり【有り】。二三遍(にさんべん)おしかへしおしかへし
よふ(よう)【読う】で後(のち)、「神妙(しんべう)々々(しんべう)」とて打(うち)をか(おか)【置か】れければ、
「斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)はいふにをよば(およば)【及ば】ず、北条(ほうでう)の
家子(いへのこ)郎等(らうどう)共(ども)も皆(みな)悦(よろこび)の涙(なみだ)をぞながし【流し】ける。
『泊瀬六代(はせろくだい)』S1208
○さる程(ほど)に、文覚房(もんがくばう)もつと出(いで)きたり、若公(わかぎみ)【若君】こひ【乞ひ】
うけ【請け】たりとて、きそく【気色】誠(まこと)にゆゆしげなり。
「「此(この)若公(わかぎみ)【若君】の父(ちち)三位(さんみの)中将殿(ちゆうじやうどの)は、初度(しよど)の戦(いくさ)の大将(だいしやう)也(なり)。
誰(たれ)申(まうす)とも【共】叶(かなふ)まじ」とのたまひ【宣ひ】つれば、「文覚(もんがく)が
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心(こころ)をやぶつては、争(いかで)か冥加(みやうが)もおはすべき」な(ン)ど(なんど)、
悪口(あつこう)申(まうし)つれ共(ども)、猶(なほ)「叶(かなふ)まじ」とて、那須野(なすの)の
狩(かり)に下(くだ)り給(たま)ひし間(あひだ)、剰(あまつさへ)文覚(もんがく)も狩場(かりば)の供(とも)
して、やうやうに申(まうし)てこひ【乞ひ】請(うけ)たり。いかに、遅(おそ)(ヲソ)ふ(おそう)
おぼしつらん」と申(まう)されければ、北条(ほうでう)「廿日(はつか)と
仰(おほせ)られ候(さうらひ)し御約束(おんやくそく)の日(ひ)かずも過(すぎ)候(さうらひ)ぬ。鎌倉(かまくら)
殿(どの)の御(おん)ゆるされ【許され】なきよと存(ぞん)じて、具(ぐ)し
奉(たてまつり)て下(くだ)る程(ほど)に、かしこうぞ。爰(ここ)にてあやまち
仕(つかまり)候(さうらふ)らむに」とて、鞍(くら)をい(おい)【置い】てひか【引か】せたる馬(むま)共(ども)に、
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斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)をのせ【乗せ】てのぼらせらる。「我(わが)身(み)
も遥(はるか)にうち【打ち】送(おく)り奉(たてまつり)て、しばらく御供(おんとも)申(まうし)たふ(たう)
候(さうら)へども【共】、鎌倉(かまくら)殿(どの)にさして申(まうす)べき大事共(だいじども)候(さうらふ)。
暇(いとま)申(まうし)て」とてうちわかれてぞ下(くだ)られける。誠(まこと)
に情(なさけ)ふかかりけり。聖(ひじり)若公(わかぎみ)【若君】を請(うけ)とり奉(たてまつり)て、
夜(よ)を日(ひ)についで馳(はせ)のぼるほど【程】に、尾張国(をはりのくに)
熱田(あつた)の辺(へん)にて、今年(ことし)も既(すで)に暮(くれ)ぬ。明(あく)る
正月(しやうぐわつ)五日(いつか)の夜(よ)に入(いり)て、都(みやこ)へのぼりつく。二条(にでう)
猪熊(ゐのくま)なる所(ところ)に文覚房(もんがくばう)の宿所(しゆくしよ)あり【有り】ければ、
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それに入(いれ)奉(たてまつり)て、しばらくやすめ奉(たてまつ)り、夜半(やはん)
ばかり大覚寺(だいかくじ)へぞおはしける。門(かど)をたたけ
共(ども)人(ひと)なければ音(おと)もせず。築地(ついぢ)のくづれより
若公(わかぎみ)【若君】のかひ【飼ひ】給(たま)ひけるしろい【白い】ゑのこ【犬子】のはしり【走り】
出(いで)て、尾(を)をふ(ッ)てむかひ【向ひ】けるに、「母(はは)うへはいづく
にましますぞ」ととは【問は】れけるこそせめての
事(こと)なれ。斎藤六(さいとうろく)、築地(ついぢ)をこえ、門(かど)をあけて
いれ【入れ】奉(たてまつ)る。ちかふ(ちかう)【近う】人(ひと)の住(すみ)たる所(ところ)とも見(み)えず。
「いかにもしてかひなき命(いのち)をいか【生か】ばやと思(おもひ)しも、
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恋(こひ)しき人々(ひとびと)を今(いま)一度(いちど)見(み)ばやとおもふ【思ふ】ため也(なり)。
こはされば何(なに)となり給(たま)ひけるぞや」とて、夜(よ)
もすがら泣(なき)かなしみたまふ【給ふ】ぞまこと【誠】にこと
はり(ことわり)【理】と覚(おぼえ)て哀(あはれ)なる。夜(よ)を待(まち)あかして近(ちかき)
里(さと)の者(もの)に尋(たづね)給(たま)へば、「年(とし)のうちに大仏(だいぶつ)まいり(まゐり)【参り】
とこそうけ給(たまはり)【承り】候(さうらひ)しか。正月(しやうぐわつ)の程(ほど)は長谷寺(はせでら)に
御(おん)こもりと聞(きこ)え候(さうらひ)しが、其(その)後(のち)は御宿所(おんしゆくしよ)へ
人(ひと)のかよふ【通ふ】とも見(みえ)候(さうら)はず」と申(まうし)ければ、斎藤
五(さいとうご)いそぎ長谷(はせ)へ[M 「馳」をミセケチ「長谷へ」と傍書]まい(ッ)(まゐつ)【参つ】て尋(たづね)あひ奉(たてまつ)り、此(この)由(よし)申(まうし)ければ、
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母(はは)うへ【上】・めのとの女房(にようばう)つやつやうつつともおぼえ
給(たま)はず、「是(これ)はされば夢(ゆめ)かや。夢(ゆめ)か」とぞの給(たま)ひ
ける。いそぎ大覚寺(だいかくじ)へ出(いで)させたまひ【給ひ】、若公(わかぎみ)【若君】を
御覧(ごらん)じてうれしさにも、ただ先立(さきだつ)ものは
涙(なみだ)なり。「早々(はやはや)出家(しゆつけ)し給(たま)へ」と仰(おほせ)られけれ共(ども)、
聖(ひじり)おしみ(をしみ)【惜しみ】奉(たてまつり)て出家(しゆつけ)もせさせ奉(たてまつ)らず。やがて
むかへ【向へ】と(ッ)て高雄(たかを)に置(おき)(ヲキ)奉(たてまつ)り、北(きた)の方(かた)のかすか【幽】
なる御有様(おんありさま)をもとぶらひ【訪ひ】けるとこそ
聞(きこ)えし。観音(くわんおん)の大慈(だいじ)大悲(だいひ)は、つみ【罪】あるもつみ
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なきをもたすけ【助け】給(たま)へば、昔(むかし)もかかるためし【例】
おほし【多し】といへ共(ども)、ありがたかりし事(こと)共(ども)なり。
○さるほど【程】に、北条(ほうでうの)四郎(しらう)六代(ろくだい)御前(ごぜん)具(ぐ)し奉(たてまつり)て
下(くだ)りけるに、鎌倉(かまくら)殿(どのの)御使(おんつかひ)鏡(かがみ)の宿(しゆく)にて行(ゆき)
逢(あひ)たり。「いかに」ととへば、「十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)、信太(しだの)三郎(さぶらう)
先生殿(せんじやうどの)、九郎(くらう)判官殿(はうぐわんどの)に同心(どうしん)のよしきこえ【聞え】候(さうらふ)。
討(うち)奉(たてまつ)れとの御気色(ごきそく)で候(さうらふ)」と申(まうす)。北条(ほうでう)「我(わが)身(み)は
大事(だいじ)のめしうと【召人】具(ぐ)したれば」とて、甥(をひ)(ヲイ)の
北条(ほうでうの)平六(へいろく)時貞(ときさだ)が送(おく)りに下(くだ)りけるを、おいそ【老蘇】
P12088
の森(もり)より「とう【疾う】わとの【和殿】は帰(かへ)(ッ)て此(この)人々(ひとびと)おはし
所(どころ)聞(きき)出(いだ)して討(うつ)てまいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」とてとどめ【留め】
らる。平六(へいろく)都(みやこ)に帰(かへ)(ッ)て尋(たづぬ)る程(ほど)に、十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)
の在所(ざいしよ)知(しり)たりといふ寺(てら)法師(ほふし)いできたり。彼(かの)
僧(そう)に尋(たづぬ)れば、「我(われ)はくはしう【詳しう】はしら【知ら】ず。しり【知り】たり
といふ僧(そう)こそあれ」といひければ、おし【押し】よせ【寄せ】て
かの僧(そう)をからめとる。「是(これ)はなんのゆへ(ゆゑ)【故】にからむる
ぞ」。「十郎(じふらう)蔵人殿(くらんどどの)の在所(ざいしよ)し(ッ)【知つ】た(ン)なればからむる也(なり)」。
「さらば「をしへよ【教へよ】」とこそいはめ。さう【左右】なうからむる
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事(こと)はいかに。天王寺(てんわうじ)にとこそきけ【聞け】」。「さらば
じんじよ【尋所】せよ」とて、平六(へいろく)が聟(むこ)の笠原(かさはら)の十郎(じふらう)
国久(くにひさ)、殖原(うゑはら)の九郎(くらう)、桑原(くはばら)の次郎(じらう)、服部(はつとり)の平六(へいろく)
をさきとして其(その)勢(せい)卅(さんじふ)余騎(よき)、天王寺(てんわうじ)へ発向(はつかう)す。
十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の宿(しゆく)は二所(ふたところ)あり【有り】。谷(たに)の学頭(がくとう)伶人(れいじん)兼
春(かねはる)、秦六(しんろく)秦七(しんしち)と云(いふ)者(もの)のもとなり。ふた手(て)に
つく(ッ)て押(おし)よせたり。十郎(じふらう)蔵人(くらんど)は兼春(かねはる)がもと
におはし【在し】けるが、物具(もののぐ)したるもの共(ども)の打(うち)入(いる)を見(み)
て、うしろより落(おち)にけり。学頭(がくとう)がむすめ
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二人(ににん)あり【有り】。ともに蔵人(くらんど)のおもひもの【思者】なり。是等(これら)を
とらへて蔵人(くらんど)のゆくゑ(ゆくへ)【行方】を尋(たづぬ)れば、姉(あね)は「妹(いもうと)に
とへ」といふ、妹(いもうと)は「姉(あね)にとへ」といふ。俄(にはか)に落(おち)ぬる
事(こと)なれば、たれにもよもしらせ【知らせ】じなれ
共(ども)、具(ぐ)して京(きやう)へぞのぼりける。蔵人(くらんど)は熊野(くまの)
の方(かた)へ落(おち)けるが、只(ただ)一人(いちにん)ついたりける侍(さぶらひ)、足(あし)
をやみければ、和泉国(いづみのくに)八木郷(やぎのがう)といふ所(ところ)に逗留(とうりう)
してこそゐたりけれ。彼(かの)主(あるじ)の男(をとこ)、蔵人(くらんど)を見(み)
し(ッ)【知つ】てよ【夜】もすがら京(きやう)へ馳(はせ)のぼり、北条(ほうでう)平六(へいろく)に
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つげたりければ、「天王寺(てんわうじ)の手(て)の者(もの)はいまだ
のぼらず。誰(たれ)をかやるべき」とて、大源次(だいげんじ)宗春(むねはる)と
いふ郎等(らうどう)をよう【呼う】で、「汝(なんぢ)が宮(みや)たてたりし山
僧(さんぞう)はいまだあるか」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。「さらばよべ」とてよばれ
ければ、件(くだんの)法師(ほふし)いできたり。「十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の
おはします、討(うつ)て鎌倉(かまくら)殿(どの)にまいらせ(まゐらせ)【参らせ】て御恩(ごおん)
蒙(かうぶ)りたまへ【給へ】」。「さうけ給(たまはり)【承り】候(さうらひ)ぬ。人(ひと)をたび候(さうら)へ」と
申(まうす)。「やがて大源次(だいげんじ)くだれ、人(ひと)もなきに」とて、舎
人(とねり)雑色(ざつしき)人数(にんじゆ)わづかに十四五人(じふしごにん)相(あひ)そへてつかはす【遣す】。
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常陸房(ひたちばう)正明(しやうめい)といふものなり。和泉国(いづみのくに)に下(くだり)つき、
彼(かの)家(いへ)にはしり【走り】入(いり)てみれ【見れ】共(ども)なし。板(いた)じき
うちやぶ(ッ)【破つ】てさがし、ぬりごめ【塗籠】のうちをみれ【見れ】
共(ども)なし。常陸房(ひたちばう)大路(おほち)にた(ッ)てみれ【見れ】ば、百姓(ひやくしやう)
の妻(つま)とおぼしくて、おとなしき女(をんな)のとをり(とほり)【通り】
けるをとらへて、「此(この)辺(へん)にあやしばうだる旅
人(たびびと)のとどま(ッ)【留まつ】たる所(ところ)やある。いはずはき(ッ)て捨(すて)ん」
といへば、「唯今(ただいま)さがさ【探さ】れさぶらふ(さぶらう)つる家(いへ)にこそ、
夜部(よべ)までよに尋常(じんじやう)なる旅人(たびびと)の二人(ににん)とど
P12093
ま(ッ)【留まつ】てさぶらひつるが、けさな(ン)ど(なんど)いで【出で】てさぶらふ【候ふ】
やらん。あれに見(み)えさぶらふおほ屋(や)【大屋】にこそ
いまはさぶらふ【候ふ】なれ」といひければ、常陸房(ひたちばう)
黒革威(くろかはをどし)の腹巻(はらまき)の袖(そで)つけたるに、大(おほ)だち【太刀】はい
て彼(かの)家(いへ)に走(はしり)入(いり)てみれ【見れ】ば、歳(とし)五十(ごじふ)ばかり
なる男(をのこ)の、かち【褐】の直垂(ひたたれ)におり烏帽子(ゑぼし)(をりゑぼし)【折烏帽子】き【着】て、
唐瓶子(からへいじ)菓子(くわし)な(ン)ど(なんど)とりさばくり【捌くり】、銚子(てうし)ども
も(ッ)て酒(さけ)すすめむとする処(ところ)に、物具(もののぐ)したる
法師(ほふし)のうち入(いる)を見(み)て、かいふいてにげければ、
P12094
やがてつづいてを(ッ)(おつ)【追つ】かけたり。蔵人(くらんど)「あの僧(そう)。や、それは
あらぬぞ。行家(ゆきいへ)はここにあり」との給(たま)へ【宣へ】ば、走(はしり)
帰(かへ)(ッ)て見(み)るに、白(しろ)い小袖(こそで)に大口(おほくち)ばかりきて、左(ひだり)
の手(て)には金作(こがねづくり)の小太刀(こだち)をもち、右(みぎ)の手(て)には
野太刀(のだち)のおほき【大き】なるをもた【持た】れたり。常
陸房(ひたちばう)「太刀(たち)なげさせ給(たま)へ」と申(まう)せば、蔵人(くらんど)大(おほき)に
わらは【笑は】れけり。常陸房(ひたちばう)走(はしり)よ(ッ)【寄つ】てむずときる。
ちやうどあはせ【合はせ】ておどり(をどり)【躍り】のく。又(また)よ(ッ)【寄つ】てきる。
ちやうどあはせ【合はせ】ておどり(をどり)【躍り】のく。よりあひより
P12095
のき一時(ひととき)ばかりぞたたかふ(たたかう)【戦う】たる。蔵人(くらんど)うしろ
なるぬりごめの内(うち)へしざり【退り】いら【入ら】んとし給(たま)へば、
常陸房(ひたちばう)「まさなう候(さうらふ)。ないら【入ら】せ給(たま)ひ候(さうらひ)そ」と申(まう)
せば、「行家(ゆきいへ)もさこそおもへ【思へ】」とて又(また)おどり(をどり)【躍り】出(いで)て
たたかふ【戦ふ】。常陸房(ひたちばう)太刀(たち)を捨(すて)てむずとくん【組ん】で
どうどふす【臥す】。うへ【上】になり下(した)になり、ころびあふ
処(ところ)に、大源次(だいげんじ)つ(ッ)といできたり。あまりにあは
て(あわて)【慌て】てはいたる太刀(たち)をばぬかず、石(いし)をにぎ(ッ)て蔵
人(くらんど)のひたい(ひたひ)をはたとう(ッ)【打つ】て打(うち)わる。蔵人(くらんど)大(おほき)に
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わら(ッ)【笑つ】て、「をのれ(おのれ)【己】は下臈(げらふ)なれば、太刀(たち)長刀(なぎなた)でこそ
敵(かたき)をばうて、つぶて【礫】にて敵(かたき)うつ様(やう)やある」。
常陸房(ひたちばう)「足(あし)をゆへ」とぞ下知(げぢ)しける。常陸
房(ひたちばう)は敵(かたき)が足(あし)をゆへとこそ申(まうし)けるに、余(あまり)に
あはて(あわて)【慌て】て四(よつ)の足(あし)をぞゆう【結う】たりける。其(その)後(のち)蔵
人(くらんど)の頸(くび)に縄(なは)をかけてからめ、ひき【引き】おこし【起し】て
おしすへ(すゑ)【据ゑ】たり。「水(みづ)まいらせよ(まゐらせよ)【参らせよ】」とのたまへ【宣へ】ば、
ほしい(ほしひ)【干飯】をあらふ(あらう)【洗う】てまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たり。水(みづ)をばめし【召し】
て糒(ほしひ)をばめさず。さしをき(おき)給(たま)へば、常陸房(ひたちばう)
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と(ッ)てくうて(ン)げり。「わ僧(そう)は山法師(やまぼふし)か」。「山法師(やまぼふし)
で候(さうらふ)」。「誰(たれ)といふぞ」。「西塔(さいたふ)の北谷(きただに)法師(ぼふし)常陸房(ひたちばう)正
明(しやうめい)と申(まうす)者(もの)で候(さうらふ)」。「さては行家(ゆきいへ)につかは【使は】れんといひし
僧(そう)か」。「さ(ン)候(ざうらふ)」。「頼朝(よりとも)が使(つかひ)か、平六(へいろく)が使(つかひ)か」。「鎌倉(かまくら)殿(どの)の御
使(おんつかひ)候(ざうらふ)。誠(まこと)に鎌倉(かまくら)殿(どの)をば討(うち)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】んとおぼし
めし【思し召し】候(さうらひ)しか」。「是(これ)程(ほど)の身(み)にな(ッ)て後(のち)おもは【思は】ざりし
といはばいかに。おもひ【思ひ】しといはばいかに。手(て)なみ
の程(ほど)はいかがおもひ【思ひ】つる」との給(たま)へ【宣へ】ば、「山上(さんじやう)にて
おほく【多く】の事(こと)にあふ(あう)【逢う】て候(さうらふ)に、いまだ是(これ)ほど
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手(て)ごはき事(こと)にあひ候(さうら)はず。よき敵(かたき)三人(さんにん)に
逢(あひ)たる心地(ここち)こそし候(さうらひ)つれ」と申(まうす)。「さて正明(しやうめい)を
ばいかが思(おぼし)めされ候(さうらひ)つる」と申(まう)せば、「それは
とられなんうへ【上】は」とぞのたまひ【宣ひ】ける。「その
太刀(たち)とりよせよ」とて見(み)給(たま)へば、蔵人(くらんど)の太刀(たち)
は一所(いつしよ)もきれず、常陸房(ひたちばう)が太刀(たち)は四十二
所(しじふにところ)きれたりけり。やがて伝馬(てんま)たてさせ、のせ【乗せ】
奉(たてまつり)てのぼる程(ほど)に、其(その)夜(よ)は江口(えぐち)の長者(ちやうじや)がもと
にとどま(ッ)【留まつ】て、夜(よ)もすがら使(つかひ)をはしらかす【走らかす】。
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明(あく)る日(ひ)の午剋(むまのこく)ばかり、北条(ほうでう)平六(へいろく)其(その)勢(せい)百騎(ひやくき)
ばかり旗(はた)ささせて下(くだ)る程(ほど)に、淀(よど)のあか井
河原(ゐがはら)【赤井河原】でゆき逢(あう)たり。「都(みやこ)へはいれ【入れ】奉(たてまつ)るべから
ずといふ院宣(ゐんぜん)で候(さうらふ)。鎌倉(かまくら)殿(どの)の御気色(ごきそく)も
其(その)儀(ぎ)でこそ候(さうら)へ。はやはや御頸(おんくび)を給(たま)は(ッ)て、
鎌倉(かまくら)殿(どの)の見参(げんざん)にいれ【入れ】て御恩(ごおん)蒙(かうぶり)給(たま)へ」といへば、
さらばとてあかゐ河原(がはら)【赤井河原】で十郎(じふらう)蔵人(くらんど)の
頸(くび)をきる。信太(しだの)三郎(さぶらう)先生(せんじやう)義教【*義憲】(よしのり)は醍醐(だいご)の
山(やま)にこもりたるよしきこえ【聞え】しかば、おし
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よせてさがせ共(ども)なし。伊賀(いが)の方(かた)へ落(おち)ぬ
と聞(きこ)えしかば、服部(はつとり)平六(へいろく)先(さき)として、伊賀
国(いがのくに)へ発向(はつかう)す。千度(せんど)の山寺(やまでら)にありと聞(きこ)えし
間(あひだ)、おしよせてからめんとするに、あはせ【合はせ】の小袖(こそで)
に大口(おほくち)ばかりきて、金(こがね)にてうちくくんだる
腰(こし)の刀(かたな)にて腹(はら)かききつてぞふしたりける。
頸(くび)をば服部(はつとり)平六(へいろく)と(ッ)て(ン)げり。やがてもたせ
て京(きやう)へのぼり、北条(ほうでう)平六(へいろく)に見(み)せたりければ、
「軈而(やがて)もたせて下(くだ)り、鎌倉(かまくら)殿(どの)の見参(げんざん)に入(いれ)て、
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御恩(ごおん)蒙(かうむり)たまへ【給へ】」といひければ、常陸房(ひたちばう)・服部(はつとり)平
六(へいろく)、おのおの頸(くび)共(ども)もたせてかまくら【鎌倉】へくだり【下り】、
見参(げんざん)にいれ【入れ】たりければ、「神妙(しんべう)なり」とて、常
陸房(ひたちばう)は笠井(かさゐ)へながさる。「下(くだ)りはてば勧賞(けんじやう)
蒙(かうぶ)らんとこそおもひ【思ひ】つるに、さこそなからめ、
剰(あまつさへ)流罪(るざい)に処(しよ)せらるる条(でう)存外(ぞんのほか)の次第(しだい)也(なり)。
かかるべしとしり【知り】たりせば、なにしか身命(しんみやう)
を捨(すて)けむ」と後悔(こうくわい)すれ共(ども)かひぞなき。され共(ども)
中二年(なかにねん)といふにめし【召し】かへさ【返さ】れ、「大将軍(たいしやうぐん)討(うち)たる
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ものは冥加(みやうが)のなければ一旦(いつたん)いましめつるぞ」
とて、但馬国(たじまのくに)に多田庄(ただのしやう)、摂津国(つのくに)に葉室(はむろ)二
ケ所(にかしよ)給(たま)は(ッ)て帰(かへり)上(のぼ)る。服部(はつとり)平六(へいろく)平家(へいけ)の祗候
人(しこうにん)たりしかば、没官(もつくわん)せられたりける服部(はつとり)
『六代(ろくだい)被斬(きられ)』S1209
返(かへ)し給(たま)は(ッ)て(ン)げり。○さる程(ほど)に、六代(ろくだい)御前(ごぜん)はやう
やう十四五(じふしご)にもなり給(たま)へば、みめ【眉目】かたちいよ
いようつくしく、あたりもてりかかやく【輝く】ばかり
なり。母(はは)うへ是(これ)を御覧(ごらん)じて、「あはれ世(よ)の世(よ)
にてあらましかば、当時(たうじ)は近衛司(こんゑづかさ)にてあらん
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ずるものを」とのたまひ【宣ひ】けるこそ[* 「こぞ」と有るのを他本により訂正]あまり[B ノ]事(こと)
なれ。鎌倉(かまくら)殿(どの)常(つね)はおぼつかなげにおぼして、
高雄(たかを)の聖(ひじり)のもとへ便宜(びんぎ)ごとに、「さても維盛
卿(これもりのきやう)の子息(しそく)は何(なに)と候(さうらふ)やらむ。昔(むかし)頼朝(よりとも)を相(さう)し
給(たま)ひしやうに、朝(てう)の怨敵(をんでき)をもほろぼし、会
稽(くわいけい)(クハイケイ)の恥(はぢ)をも雪(きよ)むべき仁(じん)[M 「もの」をミセケチ「仁」と傍書]にて候(さうらふ)か」と尋(たづ)ね
申(まう)されければ、聖(ひじり)の御返事(おんぺんじ)には、「是(これ)は底(そこ)も
なき不覚仁(ふかくじん)にて候(さうらふ)ぞ。御心(おんこころ)やすうおぼしめし【思し召し】
候(さうら)へ」と申(まう)されけれ共(ども)、鎌倉(かまくら)殿(どの)猶(なほ)も御心(おんこころ)ゆかず
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げにて、「謀反(むほん)おこさばやがてかたうど【方人】せふ
ずる(うずる)聖(ひじり)の御房(ごばう)也(なり)。但(ただし)頼朝(よりとも)一期(いちご)の程(ほど)は誰(たれ)か
傾(かたぶく)べき。子孫(しそん)のすゑぞしら【知ら】ぬ」との給(たま)ひ
けるこそおそろしけれ【恐ろしけれ】。母(はは)うへ是(これ)をきき
たまひ【給ひ】て、「いかにも叶(かなふ)まじ。はやはや出家(しゆつけ)し
給(たま)へ」と仰(おほせ)ければ、六代(ろくだい)御前(ごぜん)十六(じふろく)と申(まうし)し文治(ぶんぢ)
五年(ごねん)の春(はる)の比(ころ)、うつくしげなる髪(かみ)をかた【肩】の
まはりにはさみ【鋏み】おろし、かきの衣(ころも)、袴(はかま)に笈(おひ)(ヲイ)
な(ン)ど(なんど)こしらへ、聖(ひじり)にいとまこう【乞う】て修行(しゆぎやう)にいで
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られけり。斎藤五(さいとうご)・斎藤六(さいとうろく)もおなじさまに
出(いで)立(たち)て、御供(おんとも)申(まうし)けり。まづ高野(かうや)へまいり(まゐり)【参り】、父(ちち)の
善知識(ぜんぢしき)したりける滝口(たきぐち)入道(にふだう)に尋(たづね)あひ、御
出家(ごしゆつけ)の次第(しだい)、臨終(りんじゆう)のあり様(さま)くはしう【詳しう】きき給(たま)ひ
て、「かつうはその御跡(おんあと)もゆかし」とて、熊野(くまの)へ
参(まゐり)たまひ【給ひ】けり。浜(はま)の宮(みや)の御前(ごぜん)にて父(ちち)の
わたり給(たま)ひける山(やま)なり【山成】の島(しま)を見渡(みわた)して、
渡(わた)らまほしくおぼしけれ共(ども)、浪風(なみかぜ)むかふ(むかう)【向う】て
かなは【叶は】ねば、力(ちから)をよば(およば)【及ば】でながめやり給(たま)ふにも、
P12106
「我(わが)父(ちち)はいづくに沈(しづみ)給(たま)ひけん」と、沖(おき)よりよする【寄する】しら浪(なみ)【白波】にもとは【問は】まほしくぞおもは【思は】れける。汀(みぎは)
の砂(いさご)も父(ちち)の御骨(ごこつ)やらんとなつかしう【懐しう】おぼし
ければ、涙(なみだ)に袖(そで)はしほれ(しをれ)【萎れ】つつ、塩(しほ)くむあま
の衣(ころも)ならね共(ども)、かはく(かわく)【乾く】まなくぞ見(み)え給(たま)ふ。
渚(なぎさ)に一夜(ひとよ)とうりう【逗留】して、念仏(ねんぶつ)申(まうし)経(きやう)よみ、
ゆび【指】のさきにて砂(いさご)に仏(ほとけ)のかたちをかき【書き】
あらはして、あけ【明け】ければ貴(たつと)き僧(そう)を請(しやう)じて、
父(ちち)の御(おん)ためと供養(くやう)じて、作善(さぜん)の功徳(くどく)さな
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がら聖霊(しやうりやう)に廻向(ゑかう)して、亡者(まうじや)にいとま申(まうし)つつ、
泣々(なくなく)都(みやこ)へ上(のぼ)られけり。小松殿(こまつどの)の御子(おんこ)丹後(たんごの)侍従(じじゆう)
忠房(ただふさ)は、八島(やしま)のいくさ【軍】より落(おち)てゆくゑ(ゆくへ)【行方】もしら【知ら】
ずおはせしが、紀伊国(きのくに)の住人(ぢゆうにん)湯浅(ゆあさの)権守(ごんのかみ)宗重(むねしげ)
をたのん【頼ん】で、湯浅(ゆあさ)の城(じやう)にぞこもられける。是(これ)
をきい【聞い】て平家(へいけ)に心(こころ)ざしおもひ【思ひ】ける越中(ゑつちゆうの)次
郎兵衛(じらうびやうゑ)・上総(かづさの)五郎兵衛(ごらうびやうゑ)・悪(あく)七兵衛(しちびやうゑ)・飛弾【*飛騨】(ひだの)四郎兵衛(しらうびやうゑ)
以下(いげ)の兵(つはもの)共(ども)、つき奉(たてまつ)るよし聞(きこ)えしかば、伊賀(いが)
伊勢(いせ)両国(りやうごく)の住人等(ぢゆうにんら)、われもわれもと馳(はせ)集(あつま)る。究竟(くつきやう)
P12108
の者(もの)共(ども)数百騎(すひやくき)たてごも(ッ)たるよし聞(きこ)えし
かば、熊野(くまのの)別当(べつたう)、鎌倉(かまくら)殿(どの)より仰(おほせ)を蒙(かうぶり)て、両三
月(りやうさんぐわつ)が間(あひだ)八ケ度(はちかど)よせて攻(せめ)戦(たたかふ)。城(じやう)の内(うち)の兵(つはもの)ども、
命(いのち)をおしま(をしま)【惜しま】ずふせき【防き】[* 「ふせぎ」と有るのを他本により訂正]ければ、毎度(まいど)にみかた【御方】
をひ(おひ)【追ひ】ちらさ【散らさ】れ、熊野(くまの)法師(ぼふし)数(かず)をつくひ(つくい)【尽くい】てうた
れにけり。熊野(くまのの)別当(べつたう)、鎌倉(かまくら)殿(どの)へ飛脚(ひきやく)を奉(たてまつり)
て、「当国(たうごく)湯浅(ゆあさ)の合戦(かつせん)の事(こと)、両三月(りやうさんぐわつ)が間(あひだ)に八ケ
度(はちかど)よせて攻(せめ)戦(たたかふ)。され共(ども)城(じやう)の内(うち)の兵(つはもの)ども命(いのち)を
おしま(をしま)【惜しま】ずふせく【防く】[* 「ふせぐ」と有るのを他本により訂正]間(あひだ)、毎度(まいど)に御方(みかた)をひ(おひ)おとさ【落さ】れて、
P12109
敵(かたき)を寃(しえだくる)(シエダクル)に及(およば)ず。近国(きんごく)二三ケ国(にさんがこく)をも給(たま)は(ッ)て攻(せめ)
おとす【落す】べき」よし申(まうし)たりければ、鎌倉(かまくら)殿(どの)「其(その)条(でう)、
国(くに)の費(つひえ)人(ひと)の煩(わづらひ)なるべし。たてごもる所(ところ)の凶
徒(きようど)は定(さだめ)て海山(うみやま)の盗人(ぬすびと)にてぞあるらん。山賊(さんぞく)
海賊(かいぞく)きびしう守護(しゆご)して城(じやう)の口(くち)をかためて
まぼるべし」とぞの給(たま)ひける。其(その)定(ぢやう)にした
りければ、げにも後(のち)には人(ひと)一人(いちにん)もなかりけり。
鎌倉(かまくら)殿(どの)はかりこと【策】に、「小松殿(こまつどの)の君達(きんだち)の、一人(いちにん)
も二人(ににん)もいきのこり給(たま)ひたらんをば、たすけ【助け】
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奉(たてまつ)るべし。其(その)故(ゆゑ)は、池(いけ)の禅尼(ぜんに)の便(たより)[B 使(つかひ)]として、頼朝(よりとも)
を流罪(るざい)に申(まうし)なだめ【宥め】られしは、ひとへにかの【彼の】
内府(だいふ)の芳恩(はうおん)なり」との給(たま)ひければ、丹後(たんごの)侍従(じじゆう)
六波羅(ろくはら)へ出(いで)てなのら【名乗ら】れけり。やがて関東(くわんとう)へ
下(くだ)し奉(たてまつ)る。鎌倉(かまくら)殿(どの)対面(たいめん)して「都(みやこ)へ御上(おんのぼり)候(さうら)へ。
かたほとりにおもひ【思ひ】あて【当て】まいらする(まゐらする)【参らする】事(こと)候(さうらふ)」
とて、すかし上(のぼ)せ奉(たてまつ)り、お(ッ)さま【追つ様】に人(ひと)をのぼせ【上せ】
て勢田(せた)の橋(はし)の辺(へん)にて切(きつ)て(ン)げり。小松殿(こまつどの)の
君達(きんだち)六人(ろくにん)の外(ほか)に、土佐守(とさのかみ)宗実(むねざね)とておはし
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けり。三歳(さんざい)より大炊御門(おほひのみかど)の左大臣(さだいじん)経宗卿(つねむねのきやう)の
養子(やうじ)にして、異姓(いしやう)他人(たにん)になり、武芸(ぶげい)の道(みち)
をばうち捨(すて)て、文筆(ぶんぴつ)をのみたしな(ン)で、今
年(ことし)は十八(じふはち)になり給(たま)ふを、鎌倉(かまくら)殿(どの)より尋(たづね)は
なかりけれ共(ども)世(よ)に憚(はばか)(ッ)てをひ(おひ)出(いだ)されたりけれ
ば、先途(せんど)をうしなひ【失ひ】、大仏(だいぶつ)の聖(ひじり)俊乗房(しゆんじようばう)
のもとにおはして、「我(われ)は是(これ)小松(こまつ)の内府(だいふ)の末(すゑ)
の子(こ)に、土佐守(とさのかみ)宗実(むねざね)と申(まうす)者(もの)にて候(さうらふ)。三歳(さんざい)
より大炊御門(おほひのみかどの)左大臣(さだいじん)経宗公(つねむねこう)養子(やうじ)にして、異
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姓(いしやう)他人(たにん)になり、武芸(ぶげい)のみちをうち【打ち】捨(すて)て、文
筆(ぶんぴつ)をのみたしなんで、生年(しやうねん)十八歳(じふはつさい)に罷(まかり)成(なる)。
かまくら【鎌倉】殿(どの)より尋(たづね)らるる事(こと)は候(さうら)はねども【共】、
世(よ)におそれ【恐れ】てをひ(おひ)出(いだ)されて候(さうらふ)。聖(ひじり)の御房(ごばう)
御弟子(おんでし)にせさせ給(たま)へ」とて、もとどり【髻】おしきり
給(たま)ひぬ。「それもなを(なほ)【猶】おそろしう【恐ろしう】おぼし
めさ【思し召さ】ば、かまくら【鎌倉】へ申(まうし)て、げにもつみ【罪】ふかかる
べくはいづくへもつかはせ【遣せ】」とのたまひ【宣ひ】
ければ、聖(ひじり)いとおしく(いとほしく)おもひ【思ひ】奉(たてまつり)て、出家(しゆつけ)せさせ
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奉(たてまつ)り、東大寺(とうだいじ)の油倉(ゆさう)といふ所(ところ)にしばらく
をき(おき)奉(たてまつり)て、関東(くわんとう)へ此(この)よし申(まう)されけり。「なに
さま【何様】にも見参(げんざん)してこそともかうもはからは
め。まづ下(くだ)し奉(たてまつ)れ」との給(たま)ひければ、聖(ひじり)力(ちから)をよ
ば(およば)【及ば】で関東(くわんとう)へ下(くだ)し奉(たてまつ)る。此(この)人(ひと)奈良(なら)を立(たち)給(たま)ひし
日(ひ)よりして、飲食(いんしよく)の名字(みやうじ)をた(ッ)て、湯水(ゆみづ)を
ものどへいれ【入れ】ず。足柄(あしがら)こえて関本(せきもと)と云(いふ)所(ところ)
にてつゐに(つひに)【遂に】うせ給(たま)ひぬ。「いかにも叶(かなふ)まじき
道(みち)なれば」とておもひ【思ひ】きら【切ら】れけるこそおそろし
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けれ【恐ろしけれ】。[B 「けれ」に「是ヨリ跡ナシ」と傍書]さる程(ほど)に、建久(けんきう)元年(ぐわんねん)十一月(じふいちぐわつ)七日(なぬかのひ)鎌倉(かまくら)殿(どの)
上洛(しやうらく)して、同(おなじき)九日(ここのかのひ)、正弐位(じやうにゐ)大納言(だいなごん)になり給(たま)ふ。
同(おなじき)十一日(じふいちにち)、大納言(だいなごん)右大将(うだいしやう)を兼(けん)じ給(たま)へり。やがて
両職(りやうしよく)を辞(じし)て、十二月(じふにぐわつ)四日(よつかのひ)関東(くわんとう)へ下向(げかう)。建久(けんきう)
三年(さんねん)O[BH 三月(さんぐわつ)]十三日(じふさんにち)、法皇(ほふわう)崩御(ほうぎよ)なりにけり。御歳(おんとし)
六十六(ろくじふろく)、偸伽【*瑜伽】(ゆが)振鈴(しんれい)の響(ひびき)[B 「闇」に「響歟」と傍書]は其(その)夜(よ)をかぎり、一乗(いちじよう)
案誦(あんじゆ)の御声(みこゑ)は其(その)暁(あかつき)におはり(をはり)ぬ。同(おなじき)六年(ろくねん)三
月(さんぐわつ)十三日(じふさんにち)、大仏供養(だいぶつくやう)あるべしとて、二月中(にぐわつちゆう)に
鎌倉(かまくら)殿(どの)又(また)御上洛(ごしやうらく)あり【有り】。同(おなじき)十二日(じふににち)、大仏殿(だいぶつでん)へまいら(まゐら)【参ら】
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せ給(たま)ひたりけるが、梶原(かぢはら)を召(めし)て、「て(ン)がい(てんがい)【碾磑】の門(もん)
の南(みなみ)のかたに大衆(だいしゆ)なん十人(じふにん)をへだてて、あや
しばうだるものの見(み)えつる。めし【召し】と(ッ)てまいら
せよ(まゐらせよ)【参らせよ】」との給(たま)ひければ、梶原(かぢはら)承(うけたま)は(ッ)てやがて
具(ぐ)してまいり(まゐり)【参り】たり。ひげをばそ(ッ)てもと
どり【髻】をばきらぬ男(をのこ)也(なり)。「何者(なにもの)ぞ」ととひ給(たま)へば、
「是(これ)程(ほど)運命(うんめい)尽(つき)はて候(さうらひ)ぬるうへ【上】は、とかう申(まうす)に
及(およ)ばず。是(これ)は平家(へいけ)の侍(さぶらひ)薩摩(さつまの)中務(なかつかさ)家資(いへすけ)と
申(まうす)ものにて候(さうらふ)」。「それは何(なに)とおもひ【思ひ】てかくは
P12116
なりたるぞ」。「もしやとねらひ申(まうし)候(さうらひ)つるなり」。
「心(こころ)ざしの程(ほど)はゆゆしかり」とて、供養(くやう)はて【果て】て
都(みやこ)へいら【入ら】せ給(たま)ひて、六条河原(ろくでうかはら)にてきら【斬ら】れに
けり。平家(へいけ)の子孫(しそん)は去(さんぬる)文治(ぶんぢ)元年(ぐわんねん)の冬(ふゆ)の比(ころ)、
ひとつ【一つ】子(ご)ふたつ【二つ】子(ご)をのこさず、腹(はら)の内(うち)をあけ
て見(み)ずといふばかりに尋(たづね)と(ッ)て失(うしなひ)てき。今(いま)
は一人(いちにん)もあらじとおもひ【思ひ】しに、新中納言(しんぢゆうなごん)
の末(すゑ)の子(こ)に、伊賀(いがの)大夫(たいふ)知忠(ともただ)とておはしき。
平家(へいけ)都(みやこ)を落(おち)しとき、三歳(さんざい)にてすて【捨て】をか(おか)【置か】れ
P12117
たりしを、めのとの紀伊(きいの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)為教(ためのり)やし
なひ【養ひ】奉(たてまつり)て、ここかしこにかくれありき【歩き】けるが、
備後国(びんごのくに)太田(おほた)といふ所(ところ)にしのび【忍び】つつゐたりけり。
やうやう成人(せいじん)し給(たま)へば、郡郷(ぐんがう)の地頭(ぢとう)守護(しゆご)
あやしみける程(ほど)に、都(みやこ)へのぼり法性寺(ほつしやうじ)の
一(いち)の橋(はし)なる所(ところ)にしのん【忍ん】でおはしけり。爰(ここ)は
祖父(そぶ)入道(にふだう)相国(しやうこく)「自然(しぜん)の事(こと)のあらん時(とき)城郭(じやうくわく)にも
せん」とて堀(ほり)をふたへ【二重】にほ(ッ)て、四方(しはう)に竹(たけ)を
うへ(うゑ)【植ゑ】られたり。さかも木(ぎ)【逆茂木】ひいて、昼(ひる)は人音(ひとおと)もせず、
P12118
よるになれば尋常(じんじやう)なるともがらおほく【多く】
集(あつま)(ッ)て、詩(し)作(つく)り歌(うた)よみ、管絃(くわんげん)な(ン)ど(なんど)して遊(あそび)
ける程(ほど)に、なに【何】としてかもれ【漏れ】聞(きこ)えたりけん。
その比(ころ)人(ひと)のおぢをそれ(おそれ)【恐れ】けるは、一条(いちでう)の二位(にゐの)入道(にふだう)
義泰【*能保】(よしやす)といふ人(ひと)なり。その侍(さぶらひ)に後藤兵衛(ごとうびやうゑ)基清(もときよ)
が子(こ)に、新兵衛(しんびやうゑ)基綱(もとつな)「一(いち)の橋(はし)に違勅(いちよく)の者(もの)
あり」と聞(きき)出(いだ)して、建久(けんきう)七年(しちねん)十月(じふぐわつ)七日(なぬかのひ)の辰(たつ)
の一点(いつてん)に、其(その)勢(せい)百四五十騎(ひやくしごじつき)、一(いち)の橋(はし)へはせ【馳せ】むかひ【向ひ】、
おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で攻(せめ)戦(たたかふ)(たたカウ)。城(じやう)の内(うち)にも卅(さんじふ)余人(よにん)
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あり【有り】ける者(もの)共(ども)、大肩(おほかた)ぬぎ【大肩脱ぎ】に肩(かた)ぬいで、竹(たけ)の陰(かげ)[M 「影」をミセケチ「陰」と傍書]
よりさしつめ【差し詰め】ひきつめ【引き詰め】散々(さんざん)にいれ【射れ】ば、馬(むま)
人(ひと)おほく【多く】射(い)ころさ【殺さ】れて、おもてをむかふ【向ふ】べき
様(やう)もなし。さる程(ほど)に、一(いち)の橋(はし)に違勅(いちよく)のもの【者】
ありとききつたへ、在京(ざいきやう)の武士(ぶし)どもわれも
われもと馳(はせ)つどふ【集ふ】。程(ほど)なく一二千騎(いちにせんぎ)になりし
かば、近辺(きんべん)の小(こ)いゑ(いへ)をこぼちよせ、堀(ほり)をうめ、
おめき(をめき)【喚き】さけん【叫ん】で攻(せめ)入(いり)けり。城(じやう)のうちの兵(つはもの)ども【共】、
うち物(もの)【打物】ぬいて走(はしり)出(いで)て、或(あるいは)討死(うちじ)にするものも
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あり、或(あるいは)いたで【痛手】おふ(おう)【負う】て自害(じがい)するもの【者】もあり【有り】。
伊賀(いがの)大夫(たいふ)知忠(ともただ)は生年(しやうねん)十六歳(じふろくさい)になられけるが、
いた手(で)【痛手】負(おう)て自害(じがい)し給(たま)ひたるを、めのとの
紀伊(きいの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)入道(にふだう)ひざの上(うへ)にかきのせ【乗せ】、涙(なみだ)を
はらはらとながい【流い】て高声(かうしやう)に十念(じふねん)となへつつ、
腹(はら)かき切(きつ)てぞ死(しに)にける。其(その)子(こ)の兵衛(ひやうゑ)太郎(たらう)・
兵衛(ひやうゑ)次郎(じらう)ともに討死(うちじに)してんげり。城(じやう)の内(うち)
に卅(さんじふ)余人(よにん)あり【有り】ける者(もの)共(ども)、大略(たいりやく)討死(うちじに)自害(じがい)
して、館(たち)には火(ひ)をかけたりけるを、武士(ぶし)ども
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馳(はせ)入(いり)て手々(てんで)に討(うち)ける頸(くび)共(ども)と(ッ)て、太刀(たち)長刀(なぎなた)
のさきにつらぬき、弐位(にゐの)入道殿(にふだうどの)へ馳(はせ)まいる(まゐる)【参る】。
一条(いちでう)の大路(おほち)へ車(くるま)やり出(いだ)して、頸(くび)共(ども)実検(じつけん)せら
る。紀伊(きいの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)入道(にふだう)の頸(くび)は見(み)し(ッ)たるものも
少々(せうせう)有(あり)けり。伊賀(いがの)大夫(たいふ)の頸(くび)、人(ひと)争(いかで)か見(み)知(し)り奉(たてまつる)
べき。此(この)人(ひと)の母(はは)うへは治部卿(ぢぶきやうの)局(つぼね)とて、八条(はつでう)の
女院(にようゐん)に候(さうら)はれけるを、むかへよせ奉(たてまつり)て見(み)せ奉(たてまつ)り
たまふ【給ふ】。「三歳(さんざい)と申(まうし)し時(とき)、故(こ)中納言(ちゆうなごん)にぐせ【具せ】ら
れて西国(さいこく)へ下(くだり)し後(のち)は、いき【生き】たり共(とも)死(しに)たり共(とも)、
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そのゆくゑ(ゆくへ)【行方】をしら【知ら】ず。但(ただし)故(こ)中納言(ちゆうなごん)の思(おもひ)いづる【出づる】
ところどころ【所々】のあるは、さにこそ」とてなか【泣か】れける
にこそ、伊賀(いがの)大夫(たいふ)の頸(くび)共(とも)人(ひと)し(ッ)【知つ】て(ン)げれ。平家(へいけ)の
侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)は但馬国(たじまのくに)へ落(おち)行(ゆき)て気
比(けひ)の四郎(しらう)道弘(みちひろ)が聟(むこ)にな(ッ)てぞゐたりける。
道弘(みちひろ)、越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)とはしら【知ら】ざりけり。され共(ども)
錐(きり)袋(ふくろ)にたまらぬ風情(ふぜい)にて、よるになれば
しうと【舅】が馬(むま)ひき【引き】いだい【出い】てはせ【馳せ】ひき【引き】したり、
海(うみ)の底(そこ)十四五町(じふしごちやう)、廿町(にじつちやう)くぐりな(ン)ど(なんど)しければ、
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地頭(ぢとう)守護(しゆご)あやしみける程(ほど)に、何(なに)としてか
もれ聞(きこ)えたりけん、鎌倉(かまくら)殿(どの)御教書(みげうしよ)を下(くだ)
されけり。「但馬国(たじまのくにの)住人(ぢゆうにん)朝倉(あさくらの)太郎(たらう)大夫(たいふ)高清(たかきよ)、平
家(へいけ)の侍(さぶらひ)越中(ゑつちゆうの)次郎兵衛(じらうびやうゑ)盛次【*盛嗣】(もりつぎ)、当国(たうごく)に居住(きよぢゆう)の由(よし)
きこしめす【聞し召す】。めし【召し】進(まゐら)せよ」と仰(おほせ)下(くだ)さる。気比(けひ)の
四郎(しらう)は朝倉(あさくら)の大夫(たいふ)が聟(むこ)なりければ、よびよせ
て、いかがしてからめむずると儀(ぎ)するに、「湯
屋(ゆや)にてからむべし」とて、湯(ゆ)にいれ【入れ】て、した
たかなるもの五六人(ごろくにん)おろしあはせ【合はせ】てからめん
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とするに、とりつけばなげたをさ(たふさ)【倒さ】れ、おき【起き】
あがれ【上れ】ばけたをさ(たふさ)【倒さ】る。互(たがひ)に身(み)はぬれたり、取(とり)
もためず。され共(ども)衆力(しゆりき)に強力(がうりき)かなは【叶は】ぬ事(こと)
なれば、二三十人(にさんじふにん)ば(ッ)とよ(ッ)【寄つ】て、太刀(たち)のみね長刀(なぎなた)の
ゑ(え)【柄】にてうちなやしてからめとり、やがて関
東(くわんとう)へまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たりければ、御(おん)まへにひ(ッ)【引つ】すへ(すゑ)【据ゑ】
させて、事(こと)の子細(しさい)をめし【召し】とは【問は】る。「いかに汝(なんぢ)は
同(おなじ)平家(へいけ)の侍(さぶらひ)といひながら、故親(こしん)[* 「親」の左に(シタシミ)の振り仮名]にてあんなる
に、しな【死な】ざりけるぞ」。「それはあまりに平家(へいけ)
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のもろくほろびてましまし候(さうらふ)間(あひだ)、もしやと
ねらひまいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらひ)つるなり。太刀(たち)のみ【身】のよき
をも、征矢(そや)の尻(しり)のかねよきをも、鎌倉(かまくら)殿(どの)の
御(おん)ためとこそこしらへも(ッ)て候(さうらひ)つれども【共】、
是(これ)程(ほど)に運命(うんめい)つきはて候(さうらひ)ぬるうへ【上】は、と
かう申(まうす)にをよび(および)【及び】候(さうら)はず」。「心(こころ)ざしの程(ほど)はゆゆし
かりけり。頼朝(よりとも)をたのま【頼ま】ばたすけ【助け】て
つかは【使は】んは、いかに」。「勇士(ゆうじ)二主(じしゆ)に仕(つか)へず、盛次【*盛嗣】(もりつぎ)程(ほど)の
者(もの)に御心(おんこころ)ゆるしし給(たま)ひては、かならず【必ず】御後悔(ごこうくわい)
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候(さうらふ)べし。ただ御恩(ごおん)にはとくとく頸(くび)をめされ
候(さうら)へ」と申(まうし)ければ、「さらばきれ【斬れ】」とて、由井(ゆゐ)の浜(はま)
にひき【引き】いだい【出い】て、き(ッ)て(ン)げり。ほめぬものこそ
なかりけれ。其(その)比(ころ)の主上(しゆしやう)は御遊(ぎよいう)をむねとせさ
せ給(たま)ひて、政道(せいたう)は一向(いつかう)卿(きやう)の局(つぼね)のままなりけれ
ば、人(ひと)の愁(うれひ)なげきもやまず。呉王(ごわう)剣角(けんかく)【剣客】を
このんじかば天下(てんが)に疵(きず)を蒙(かうぶ)るものたえ【絶え】ず。
楚王(そわう)細腰(さいえう)を愛(あいせ)しかば、宮中(きゆうちゆう)に飢(うゑ)て死(し)する
をんなおほかり【多かり】き。上(かみ)の好(このみ)に下(しも)は随(したが)ふ間(あひだ)、世(よ)の
P12127
あやうき(あやふき)【危ふき】事(こと)をかなしんで、心(こころ)ある人々(ひとびと)は歎(なげき)
あへ【合へ】り。ここに文覚(もんがく)もとよりおそろしき【恐ろしき】
聖(ひじり)にて、いろふ【綺ふ】まじき事(こと)にいろい(いろひ)【綺ひ】けり。二(に)の
宮(みや)は御学問(おんがくもん)おこたらせ給(たま)はず、正理(しやうり)を先(さき)
とせさせ給(たま)ひしかば、いかにもして此(この)宮(みや)を
位(くらゐ)に即(つけ)(ツケ)奉(たてまつ)らんとはからひけれ共(ども)、前(さきの)右大将(うだいしやう)
頼朝卿(よりとものきやう)のおはせし程(ほど)はかなは【叶は】ざりけるが、
建久(けんきう)十年(じふねん)正月(しやうぐわつ)十三日(じふさんにち)、頼朝卿(よりとものきやう)うせ給(たま)ひしかば、
やがて謀反(むほん)をおこさんとしける程(ほど)に、忽(たちまち)に
P12128
もれ【漏れ】きこえ【聞え】て、二条猪熊(にでうゐのくま)の宿所(しゆくしよ)に官人共(くわんにんども)
つけられ、めし【召し】と(ッ)て八十(はちじふ)にあま(ッ)て後(のち)、隠岐国(おきのくに)
へぞながされける。文覚(もんがく)京(きやう)を出(いづ)るとて、「是(これ)
程(ほど)老(おい)の波(なみ)に望(のぞん)で、けふあすともしらぬ
身(み)をたとひ勅勘(ちよつかん)なりとも、都(みやこ)のかたほとり
にはをき(おき)給(たま)はで、隠岐国(おきのくに)までながさるる及
丁【*毬杖】(ぎつちやう)冠者(くわんじや)こそやすからね。つゐに(つひに)【遂に】は文覚(もんがく)がなが
さるる国(くに)へむかへ【向へ】申(まう)さむずる物(もの)を」と申(まうし)ける
こそおそろしけれ【恐ろしけれ】。このきみはあまりに及丁【*毬杖】(ぎつちやう)
P12129
の玉をあひせ(あいせ)【愛せ】させ給へば、文覚かやうに悪口
申ける也。されば、承久(じようきう)に御謀反(ごむほん)おこさせ給(たま)
ひて、国(くに)こそおほけれ【多けれ】、隠岐国(おきのくに)へうつされ給(たま)ひ
けるこそふしぎなれ。彼(かの)国(くに)にも文覚(もんがく)が亡
霊(ばうれい)あれ【荒れ】て、つねは御物語(おんものがたり)申(まうし)けるとぞ聞(きこ)
えし。さる程(ほど)に六代(ろくだい)御前(ごぜん)は三位(さんみの)禅師(ぜんじ)とて、
高雄(たかを)におこなひすまし【澄まし】ておはしけるを、
「さる人(ひと)の子(こ)なり、さる人(ひと)の弟子(でし)なり。かしら【頭】
をばそ(ッ)たりとも、心(こころ)をばよもそらじ」とて、
P12130
鎌倉(かまくら)殿(どの)より頻(しきり)に申(まう)されければ、安(あん)判官(はんぐわん)資
兼(すけかぬ)に仰(おほせ)て召(めし)捕(と)(ッ)て関東(くわんとう)へぞ下(くだ)されける。駿河
国(するがのくにの)住人(ぢゆうにん)岡辺(をかべの)権守(ごんのかみ)泰綱(やすつな)に仰(おほせ)て、田越川(たごしがは)にて切(き)ら
れて(ン)げり。十二(じふに)の歳(とし)より卅(さんじふ)にあまるまで
たもち【保ち】けるは、ひとへに長谷(はせ)の観音(くわんおん)の御利
生(ごりしやう)とぞ聞(きこ)えし。それよりしてこそ平家(へいけ)
の子孫(しそん)はながくたえ【絶え】にけれ。

平家物語(へいけものがたり)巻(くわん)第十二(だいじふに)
P12131

応安三年(さんねん)十一月(じふいちぐわつ)廿九日(にじふくにち)仏子有阿書

平家物語 高野本 灌頂巻
P12132
(目録無し)
P12133
平家(へいけ)灌頂巻(くわんぢやうのまき)
『女院(にようゐん)出家(しゆつけ)』S1301
○建礼門院(けんれいもんゐん)は、東山(ひがしやま)(ヒンカシやま)の麓(ふもと)、吉田(よしだ)の辺(へん)なる所(ところ)にぞ
立(たち)いらせ給(たま)ひける。中納言[B ノ](ちゆうなごんの)法印(ほふいん)慶恵(きやうゑ)と申(まうし)
ける奈良(なら)法師(ぼふし)(ボウシ)の坊(ばう)なりけり。住(すみ)あらし
て年(とし)久(ひさ)しうなりにければ、庭(には)には草(くさ)ふかく、
簷(のき)にはしのぶ【忍】茂(しげ)れり。簾(すだれ)たえ【絶え】閨(ねや)あらはにて、
雨風(あめかぜ)たまるべうもなし。花(はな)は色々(いろいろ)にほへ
ども、あるじとたのむ【頼む】人(ひと)もなく、月(つき)はよな
よな【夜な夜な】さしいれ【入れ】ど、詠(ながめ)てあかすぬし【主】もなし。
P12134
昔(むかし)は玉(たま)の台(うてな)をみがき、錦(にしき)の帳(ちやう)にまとはれ
て、あかし暮(くら)し給(たま)ひしに、いまはありとし
ある人(ひと)にはみな別(わかれ)はてて、あさましげなる
くち坊(ばう)【朽ち坊】にいらせ給(たま)ひける御心(おんこころ)のうち【内】、おしはか
ら【推し量ら】れて哀(あはれ)なり。魚(うを)(ウホ)のくが【陸】にあがれ【上がれ】るが如(ごと)く、
鳥(とり)の巣(す)をはなれたるがごとし。さるままに
は、うかり【憂かり】し浪(なみ)の上(うへ)、船(ふね)の中(うち)の御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】も、今(いま)は
恋(こひ)しうぞおぼしめす【思し召す】。蒼波(さうは)路(みち)遠(とほ)(トヲ)し、思(おもひ)を
西海(さいかい)千里(せんり)の雲(くも)によせ、白屋(はくをく)苔(こけ)ふかくして、
P12135
涙(なんだ)東山(とうざん)一庭(いつてい)の月(つき)におつ。かなしとも云(いふ)はかり
なし。かくて女院(にようゐん)は文治(ぶんぢ)元年(ぐわんねん)五月(ごぐわつ)一日(ついたちのひ)、御(おん)ぐし
おろさせ給(たまひ)けり。御戒(おんかい)の師(し)には長楽寺(ちやうらくじ)の阿
証房(あしようばう)(アセウバウ)の上人(しやうにん)印誓(いんせい)とぞきこえ【聞え】し。御布
施(おんふせ)(ヲンフセ)には、先帝(せんてい)の御直衣(おんなほし)(ヲンナヲシ)なり。今(いま)はの時(とき)まで
めされたりければ、その御(おん)うつり香(が)【移り香】も未(いまだ)
うせ【失せ】ず。御(おん)かたみに御覧(ごらん)ぜんとて、西国(さいこく)よりはる
ばると都(みやこ)までもたせ給(たま)ひたりければ、いか
ならん世(よ)までも御身(おんみ)をはなたじとこそおぼし
P12136
めさ【思し召さ】れけれども、御布施(おんふせ)(ヲンフセ)になりぬべき物(もの)の
なきうへ【上】、かつうは彼(かの)御菩提(ごぼだい)のためとて、
泣々(なくなく)とりいださせ給(たま)ひけり。上人(しやうにん)これ【是】を
給(たま)は(ッ)て、何(なに)と奏(そう)するむねもなくして、
墨染(すみぞめ)の袖(そで)をしぼりつつ、泣々(なくなく)罷(まかり)出(いで)られけり。
此(この)御衣(ぎよい)をば幡(はた)にぬふ(ぬう)【縫う】て、長楽寺(ちやうらくじ)の仏前(ぶつぜん)に
かけられけるとぞ聞(きこ)えし。女院(にようゐん)は十五(じふご)にて
女御(にようご)の宣旨(せんじ)をくださ【下さ】れ、十六(じふろく)にて后妃(こうひ)の位(くらゐ)(クラヒ)
に備(そなは)り、君王(くんわう)の傍(かたはら)に候(さぶら)(サフラ)はせ給(たま)ひて、朝(あした)には
P12137
朝政(あさまつりごと)をすすめ、よるは夜(よ)を専(もつぱら)にしたまへ【給へ】り。
廿二(にじふに)にて皇子(わうじ)御誕生(ごたんじやう)、皇太子(くわうたいし)(クハウたいし)にたち、位(くらゐ)に
つかせ給(たま)ひしかば、院号(ゐんがう)蒙(かうぶ)らせ給(たま)ひて、建
礼門院(けんれいもんゐん)とぞ申(まうし)ける。入道(にふだう)相国(しやうこく)の御娘(おんむすめ)(ヲンムスメ)なる
うへ【上】、天下(てんが)の国母(こくも)にてましましければ、世(よ)のおも
う【重う】し奉(たてまつ)る事(こと)なのめならず。今年(ことし)は廿九(にじふく)にぞ
ならせたまふ【給ふ】。桃李(たうり)の御粧(おんよそほひ)(ヲンヨソホヒ)猶(なほ)こまやかに、
芙蓉(ふよう)の御(おん)かたちいまだ衰(おとろへ)(ヲトロヘ)させ給(たま)はねども【共】、
翡翠(ひすい)の御(おん)かざし【挿頭】つけても何(なに)にかはせさせ
P12138
たまふ【給ふ】べきなれば、遂(つひ)(ツヰ)に御(おん)さまをかへさせ給(たま)ふ。
浮世(うきよ)をいとひ、まこと【誠】の道(みち)にいらせたまへ【給へ】共(ども)、
御歎(おんなげき)はさら【更】につきせ【尽きせ】ず。人々(ひとびと)いまはかくとて
海(うみ)にしづみし有様(ありさま)、先帝(せんてい)・二位殿(にゐどの)の御面影(おんおもかげ)(ヲンヲモカゲ)、
いかならん世(よ)までも忘(わすれ)がたくおぼしめすに、
露(つゆ)の御命(おんいのち)なにしに今(いま)までながらへ【永らへ】て、かかる
うき目(め)を見(み)るらんとおぼしめしつづけて、御涙(おんなみだ)
せきあへさせ給(たま)はず。五月(さつき)の短夜(みじかよ)なれ共(ども)、あかし
かねさせ給(たま)ひつつ、をのづから(おのづから)うちまどろませ
P12139
給(たま)はねば、昔(むかし)のこと【事】は夢(ゆめ)にだにも御覧(ごらん)ぜず。
壁(かべ)にそむける残(のこん)の灯(ともしび)のかげ【影】かすか【幽】に、
夜(よ)もすがら窓(まど)うつくらき雨(あめ)の音(おと)ぞさびし
かりける。上陽人(しやうやうじん)が上陽宮(しやうやうきゆう)(しやうやうキウ)に閉(とぢ)られけん悲(かなし)み
も、是(これ)には過(すぎ)じとぞ見(み)えし。昔(むかし)をしのぶ【忍ぶ】
つまとなれとてや、もとのあるじの
うつし【移し】うへ(うゑ)【植ゑ】たりけんはな橘(たちばな)【花橘】の、簷(のき)近(ちか)く
風(かぜ)なつかしう【懐しう】かほり(かをり)けるに、山郭公(やまほととぎす)二(ふた)こゑ【声】
三(み)こゑ【声】をとづれ(おとづれ)ければ、女院(にようゐん)ふるき事(こと)
P12140
なれ共(ども)おぼしめし【思し召し】出(いで)て、御硯(おんすずり)(ヲンスズリ)のふたにかう
ぞあそばさ【遊ばさ】れける。ほととぎす【郭公】花(はな)たちばな【花橘】
の香(か)をとめてなくはむかしのひと【人】や
恋(こひ)しき W093女房(にようばう)達(たち)さのみたけく、二位殿(にゐどの)・越前(ゑちぜん)
の三位(さんみ)のうへ【上】のやうに、水(みづ)の底(そこ)にも沈(しづ)み給(たま)
はねば、武[B 士](もののふ)のあらけなき【荒けなき】にとらはれて、旧
里(きうり)にかへり、わかき【若き】も老(おい)(ヲヒ)たるもさまを
かへ、かたちをやつし、あるにもあられぬあり
さま【有様】にてぞ、おもひ【思ひ】もかけぬ谷(たに)の底(そこ)、岩(いは)の
P12141
はざまにあかし暮(くら)し給(たま)ひける。すまゐ(すまひ)【住ひ】し
宿(やど)は皆(みな)煙(けぶり)とのぼりにしかば、むなしき【空しき】
跡(あと)のみのこり【残り】て、しげき野(の)べとなりつつ、
見(み)なれ【馴れ】し人(ひと)のとひくるもなし。仙家(せんか)
より帰(かへつ)て七世(しつせ)の孫(まご)にあひけんも、かくや
とおぼえてあはれ【哀】なり。さるほど【程】に、七月(しちぐわつ)九日(ここのかのひ)
の大地震(だいぢしん)に築地(ついぢ)もくづれ、荒(あれ)たる御所(ごしよ)
もかたぶきやぶれて、いとどすませたまふ【給ふ】
べき御(おん)たよりもなし。緑衣(りよくい)の監使(かんし)宮門(きゆうもん)(キウモン)を
P12142
まぼるだにもなし。心(こころ)のままに荒(あれ)たる籬(まがき)
は、しげき野辺(のべ)よりも露(つゆ)けく、おりしり
がほ(をりしりがほ)【折知顔】にいつしか虫(むし)のこゑごゑ【声々】うらむる【恨むる】も、
哀(あはれ)也(なり)。夜(よ)もやうやうながくなれば、いとど御(おん)
ね覚(ざめ)がちにて明(あか)しかねさせたまひ【給ひ】けり。
つきせ【尽きせ】ぬ御(おん)物(もの)おもひ【物思ひ】に、秋(あき)のあはれ【哀】さへうち
そひて、しのび【忍び】がたくぞおぼしめさ【思し召さ】れける。
何事(なにごと)もかはりはてぬるうき世(よ)【浮世】なれば、をの
づから(おのづから)なさけをかけ奉(たてまつ)るべき草(くさ)のゆかりも
P12143
かれはてて、誰(たれ)はぐくみ奉(たてまつ)るべしとも
『大原入(おほはらいり)』S1302
見(み)え給(たま)はず。○されども冷泉(れんぜいの)大納言(だいなごん)隆房卿(たかふさのきやう)・
七条[B ノ](しつでうの)修理[B ノ](しゆりの)大夫(だいぶ)信隆卿(のぶたかのきやう)の北方(きたのかた)、しのび【忍び】つつやう
やうにとぶらひ【訪ひ】申(まう)させ給(たま)ひけり。「あの人々(ひとびと)共(ども)
のはぐくみにてあるべしとこそ昔(むかし)はおも
は【思は】ざりしか」とて、女院(にようゐん)御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)へば、
つきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる女房(にようばう)たち【達】もみな袖(そで)をぞ
しぼられける。此(この)御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】も都(みやこ)猶(なほ)ちかく【近く】
て、玉(たま)ぼこの【玉鉾の】道(みち)ゆき人(びと)のひと目(め)【人目】もしげくて、
P12144
露(つゆ)の御命(おんいのち)(ヲンイノチ)風(かぜ)を待(また)ん程(ほど)は、うき【憂き】事(こと)きかぬ
ふかき山(やま)の奥(おく)のおくへも入(いり)なばやとは
おぼしけれども、さるべきたよりもまし
まさず。ある女房(にようばう)のまい(ッ)(まゐつ)【参つ】て申(まうし)けるは、「大原山(おほはらやま)(ヲホハラヤマ)
のおく、寂光院(じやつくわうゐん)(ジヤツクハウヰン)と申(まうす)所(ところ)こそ閑(しづか)にさぶらへ【候へ】」
と申(まうし)ければ、「山里(やまざと)は物(もの)のさびしき事(こと)こそ
あるなれども、世(よ)のうきよりはすみよかん
なるものを」とて、おぼしめし【思し召し】たたせ給(たま)ひけり。
御輿(おんこし)(ヲンコシ)な(ン)ど(なんど)は隆房卿(たかふさのきやう)の北方(きたのかた)の御沙汰(ごさた)有(あり)けると
P12145
かや。文治(ぶんぢ)元年(ぐわんねん)長月(ながづき)(ナガヅキ)の末(すゑ)に、彼(かの)寂光院(じやつくわうゐん)(ジヤツクハウヰン)へ
いらせたまふ【給ふ】。道(みち)すがら四方(よも)の梢(こずゑ)の色々(いろいろ)
なるを御覧(ごらん)じすぎさせたまふ【給ふ】程(ほど)に、やま
かげ【山陰】なればにや、日(ひ)も既(すで)にくれかかりぬ。野
寺(のでら)の鐘(かね)の入(いり)あひの音(おと)(ヲト)すごく【凄く】、わくる草
葉(くさば)の露(つゆ)しげみ、いとど御袖(おんそで)ぬれまさり、嵐(あらし)
はげしく木(こ)の葉(は)みだりがはし。空(そら)かき曇(くもり)、
いつしかうちしぐれつつ、鹿(しか)の音(ね)かすか【幽】に
音信(おとづれ)(ヲトヅレ)て、虫(むし)の恨(うらみ)もたえだえ【絶え絶え】なり。とに角(かく)に
P12146
とりあつめ【集め】たる御心(おんこころ)ぼそさ、たとへやるべき
かたもなし。浦(うら)づたひ【浦伝ひ】島(しま)づたひ【島伝ひ】せし時(とき)も、
さすがかくはなかりし物(もの)をと、おぼしめす【思し召す】
こそかなしけれ。岩(いは)に苔[B ノ](こけの)むしてさびたる
所(ところ)なりければ、すま【住ま】まほしうぞおぼしめす【思し召す】。
露(つゆ)結(むす)ぶ庭(には)の萩原(はぎはら)霜(しも)がれて、籬(まがき)の菊(きく)の
かれがれ【枯れ枯れ】にうつろふ色(いろ)を御覧(ごらん)じても、御身(おんみ)
の上(うへ)とやおぼしけん。仏(ほとけ)の御前(おんまへ)(ヲンマヘ)にまいら(まゐら)【参ら】せ
給(たま)ひて、「天子(てんし)聖霊[B 「座霊」とあり「座」に「聖」と傍書](しやうりやう)成等正覚(じやうとうしやうがく)、頓証(とんしよう)(トンセウ)菩提(ぼだい)」といのり
P12147
申(まう)させ給(たま)ふにつけても、先帝(せんてい)の御面影(おんおもかげ)(ヲンヲモカゲ)
ひしと御身(おんみ)にそひて、いかならん世(よ)にか思召(おぼしめし)
わすれさせたまふ【給ふ】べき。さて寂光院(じやつくわうゐん)(シヤツクハウヰン)のかた
はらに方丈(はうぢやう)(ホウヂヤウ)なる御庵室(ごあんじつ)をむすんで、一間(ひとま)
をば御寝所(ぎよしんじよ)にしつらひ、一間(ひとま)をば仏所(ぶつしよ)に
定(さだめ)、昼夜(ちうや)朝夕(てうせき)の御(おん)つとめ、長時(ぢやうじ)不断(ふだん)の
御念仏(おんねんぶつ)(ヲンねんぶつ)、おこたる事(こと)なくて月日(つきひ)を送(おく)(ヲク)ら
せたまひ【給ひ】けり。かくて神無月(かみなづき)中(なか)の五日(いつか)
の暮(くれ)がたに、庭(には)に散(ちり)しく楢(なら)の葉(は)をふみ
P12148
ならし【鳴らし】てきこえ【聞え】ければ、女院(にようゐん)「世(よ)をいとふ所(ところ)
になにもの【何者】のとひくるやらん。あれ見(み)よや、
忍(しの)ぶべきものならばいそぎしのば【忍ば】ん」とて、
みせ【見せ】らるるに、をしか【牡鹿】のとをる(とほる)【通る】にてぞ有(あり)
ける。女院(にようゐん)いかにと御尋(おんたづね)あれば、大納言[B ノ]佐殿(だいなごんのすけどの)
なみだをおさへ【抑へ】て、
岩根(いはね)ふみたれかはとは【問は】んならの葉(は)の
そよぐはしかのわたるなりけり W094
女院(にようゐん)哀(あはれ)におぼしめし【思し召し】、窓(まど)の小障子(こしやうじ)にこの【此の】
P12149
歌(うた)をあそばし【遊ばし】とどめ【留め】させたまひ【給ひ】けり。
かかる御(おん)つれづれのなかにおぼしめし【思し召し】なぞ
らふる事(こと)共(ども)は、つらき中(なか)にもあまたあり【有り】。
軒(のき)にならべるうへ木(き)(うゑき)【植木】をば、七重(しちぢゆう)(しちヂウ)宝樹(ほうじゆ)とかた
どれり。岩間(いはま)につもる水(みづ)をば、八功徳水(はつくどくすい)と
おぼしめす【思し召す】。無常(むじやう)は春(はる)の花(はな)、風(かぜ)に随(したがつ)て
散(ちり)やすく、有涯(いうがい)は秋(あき)の月(つき)、雲(くも)に伴(ともなつ)て隠(かく)れ
やすし。承陽殿(しようやうでん)(セウヤウデン)に花(はな)を翫(もてあそび)し朝(あした)には、風(かぜ)
来(きたつ)て匂(にほひ)を散(ちら)し、長秋宮(ちやうしうきゆう)(チヤウシウキウ)に月(つき)を詠(えい)ぜし
P12150
ゆふべには、雲(くも)おほ(ッ)【覆つ】て光(ひかり)をかくす。昔(むかし)は
玉楼(ぎよくろう)[* 「玉桜」と有るのを他本により訂正]金殿(きんでん)に錦(にしき)の褥(しとね)(シトネ)をしき、たへ【妙】なりし
御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】なりしかども【共】、今(いま)は柴(しば)引(ひき)むすぶ
草(くさ)の庵(いほ)、よそのたもともしほれ(しをれ)【萎れ】けり。
『大原(おほはら)御幸(ごかう)』S1303
○かかりし程(ほど)に、文治(ぶんぢ)二年(にねん)の春(はる)の比(ころ)、法皇(ほふわう)、
建礼門院(けんれいもんゐん)大原(おほはら)の閑居(かんきよ)の御(おん)すまゐ(すまひ)【住ひ】、御覧(ごらん)
ぜまほしうおぼしめさ【思し召さ】れけれ共(ども)、きさらぎ【二月】
やよひ【弥生】の程(ほど)は風(かぜ)はげしく、余寒(よかん)もいまだ
つきせ【尽きせ】ず。峯(みね)の白雪(しらゆき)消(き)えやらで、谷(たに)のつららも
P12151
うちとけず。春(はる)過(すぎ)夏(なつ)きた(ッ)て北(きた)まつり【北祭り】
も過(すぎ)しかば、法皇(ほふわう)夜(よ)をこめて大原(おほはら)の
奥(おく)へぞ御幸(ごかう)なる。しのびの御幸(ごかう)なり
けれ共(ども)、供奉(ぐぶ)の人々(ひとびと)、徳大寺(とくだいじ)・花山[B ノ]院(くわさんのゐん)・土御門(つちみかど)
以下(いげ)、公卿(くぎやう)六人(ろくにん)、殿上人(てんじやうびと)八人(はちにん)、北面(ほくめん)少々(せうせう)候(さぶらひ)(サフラヒ)けり。
鞍馬(くらま)どをり(くらまどほり)【鞍馬通り】の御幸(ごかう)なれば、彼(かの)清原(きよはら)の深
養父(ふかやぶ)が補堕落寺【*補陀落寺】(ふだらくじ)、小野(をの)の皇太后宮(くわうだいこくう)の旧
跡(きうせき)を叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、それより御輿(おんこし)(ヲンコシ)にめされ
けり。遠山(ゑんざん)にかかる白雲(しらくも)は、散(ちり)にし花(はな)の
P12152
かたみなり。青葉(あをば)にみゆる【見ゆる】梢(こずゑ)には、春(はる)の
名残(なごり)ぞおしま(をしま)【惜しま】るる。比(ころ)は卯月(うづき)廿日(はつか)余(あまり)の
事(こと)なれば、夏草(なつぐさ)のしげみが末(すゑ)を分(わけ)いらせ
給(たま)ふに、はじめたる御幸(ごかう)なれば、御覧(ごらん)じ
なれたるかたもなし。人跡(じんせき)たえ【絶え】たる程(ほど)
もおぼしめし【思し召し】しられて哀(あはれ)なり。西(にし)の山(やま)
のふもとに一宇(いちう)の御堂(みだう)あり【有り】。即(すなはち)寂光
院(じやつくわうゐん)(シヤツクハウヰン)是(これ)也(なり)。ふるう作(つく)りなせる前水(せんずい)木立(こだち)、
よしあるさまの所(ところ)なり。「甍(いらか)やぶれては、
P12153
霧(きり)不断(ふだん)の香(かう)をたき、枢(とぼそ)おち【落ち】ては月(つき)常
住(じやうぢゆう)(ジヤウヂウ)の灯(ともしび)をかかぐ」とも、かやうの所(ところ)をや
申(まうす)べき。庭(には)の若草(わかくさ)しげりあひ、青柳(あをやぎ)
糸(いと)をみだりつつ、池(いけ)の蘋(うきくさ)浪(なみ)にただよひ、
錦(にしき)をさらすかとあやまたる。中島(なかじま)の
松(まつ)にかかれる藤(ふぢ)なみの、うら紫(むらさき)にさける
色(いろ)、青葉(あをば)まじりの遅桜(おそざくら)(ヲソサクラ)、初花(はつはな)よりも
めづらしく、岸(きし)のやまぶき咲(さき)みだれ、八重(やへ)
たつ雲(くも)のたえま【絶え間】より、山郭公(やまほととぎす)の一声(ひとこゑ)も、
P12154
君(きみ)の御幸(みゆき)をまちがほなり。法皇(ほふわう)是(これ)を
叡覧(えいらん)(ヱイラン)あ(ッ)て、かうぞおぼしめし【思し召し】つづけける。
池水(いけみづ)にみぎはのさくら散(ちり)しきて
なみの花(はな)こそさかりなりけれ W095
ふりにける岩(いは)のたえ間(ま)より、おち【落ち】くる
水(みづ)の音(おと)さへ、ゆへび(ゆゑび)【故び】よしある所(ところ)也(なり)。緑蘿(りよくら)
の牆(かき)、翠黛(すいたい)の山(やま)、画(ゑ)にかくとも筆(ふで)も
をよび(および)【及び】がたし。女院(にようゐん)の御庵室(ごあんじつ)を御(ご)らん
ずれ【御覧ずれ】ば、軒(のき)には蔦槿(つたあさがほ)はひ【這ひ】かかり【掛かり】、信夫(しのぶ)まじ
P12155
りの忘草(わすれぐさ)、瓢箪(へうたん)しばしばむなし、草(くさ)
顔淵(がんゑん)が巷(ちまた)にしげし。藜(れい)でうふかく
させり、雨(あめ)原憲(げんけん)が枢(とぼそ)をうるほすとも
い(ッ)【言つ】つべし。杉(すぎ)の葺目(ふきめ)もまばらにて、時雨(しぐれ)
も霜(しも)もをく(おく)【置く】露(つゆ)も、もる月影(つきかげ)にあら
そひて、たまるべしとも見(み)えざりけり。
うしろは山(やま)、前(まへ)は野辺(のべ)、いざさをざさ【小笹】に風(かぜ)
さはぎ(さわぎ)【騒ぎ】、世(よ)にたたぬ身(み)のならひ【習ひ】とて、うき
ふししげき竹柱(たけばしら)、都(みやこ)の方(かた)のことづては、
P12156
まどを(まどほ)【間遠】にゆへ【結へ】るませがき【籬垣】や、わづかに事(こと)
とふ物(もの)とては、峯(みね)に木(こ)づたふ【木伝ふ】猿(さる)のこゑ【声】、
しづ【賎】がつま木(ぎ)のをの【斧】の音(おと)、これらが音信(いんしん)
ならでは、正木(まさき)のかづら青(あを)つづら、くる
人(ひと)まれなる所(ところ)也(なり)。法皇(ほふわう)「人(ひと)やある、人(ひと)やある」
とめさ【召さ】れけれ共(ども)、お(ン)(おん)いらへ【御答】申(まうす)ものもなし。はるか
にあ(ッ)て、老(おい)(ヲヒ)衰(おとろへ)(ヲトロヘ)たる尼(あま)一人(いちにん)まいり(まゐり)【参り】たり。「女院(にようゐん)は
いづくへ御幸(ごかう)なりぬるぞ」と仰(おほせ)ければ、「この【此の】
うへ【上】の山(やま)へ花(はな)つみにいらせ給(たま)ひてさぶらふ【候ふ】」と
P12157
申(まうす)。「さやうの事(こと)につかへ奉(たてまつ)るべき人(ひと)もなき
にや。さこそ世(よ)を捨(すつ)る御身(おんみ)といひながら、
御(おん)いたはしうこそ」と仰(おほせ)ければ、此(この)尼(あま)申(まうし)けるは、
「五戒(ごかい)十善(じふぜん)の御果報(おんくわはう)(ヲンクハホウ)[* 「御」の左に(ゴ)の振り仮名]つきさせたまふ【給ふ】によ(ッ)て、
今(いま)かかる御目(おんめ)を御覧(ごらん)ずるにこそさぶらへ【候へ】。
捨身(しやしん)の行(ぎやう)になじかは御身(おんみ)をおしま(をしま)【惜しま】せ
給(たま)ふべき。因果経(いんぐわきやう)(イングハキヤウ)には「欲知(よくち)過去(くわこ)(クハコ)因(いん)、見(けん)其(ご)現在(げんざい)
果(くわ)(クハ)、欲知(よくち)未来(みらい)果(くわ)(クハ)、見(けん)其(ご)現在(げんざい)因(いん)」ととかれたり。過去(くわこ)(クハコ)
未来(みらい)の因果(いんぐわ)(イングハ)をさとらせ給(たま)ひなば、つやつや
P12158
御歎(おんなげき)(ヲンナゲキ)あるべからず。悉達太子(しつだたいし)は十九(じふく)にて伽耶
城(がやじやう)をいで、檀徳山【*檀特山】(だんどくせん)のふもと【麓】にて、木葉(このは)を
つらねてはだへ【膚】をかくし、嶺(みね)にのぼりて
薪(たきぎ)をとり、谷(たに)にくだり【下り】て水(みづ)をむすび、
難行(なんぎやう)苦行(くぎやう)の功(こう)によ(ッ)て、遂(つひ)(ツヰ)に成等正覚(じやうとうしやうがく)し
給(たま)ひき」とぞ申(まうし)ける。此(この)尼(あま)のあり様(さま)を御
覧(ごらん)ずれば、きぬ布(ぬの)のわきも見(み)えぬ物(もの)を
むすび【結び】あつめ【集め】てぞき【着】たりける。「あの有様(ありさま)
にてもかやうの事(こと)申(まう)す不思議(ふしぎ)さよ」と
P12159
おぼしめし【思し召し】、「抑(そもそも)汝(なんぢ)はいかなるものぞ」と仰(おほせ)
ければ、さめざめとないて、しばしは御返事(おんぺんじ)
にも及(およ)ばず。良(やや)あ(ッ)て涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て申(まうし)
けるは、「申(まうす)につけても憚(はばかり)おぼえさぶらへ【候へ】共(ども)、
故(こ)少納言(せうなごん)入道(にふだう)信西(しんせい)がむすめ、阿波(あは)の内侍(ないし)と
申(まうし)しものにてさぶらふ【候ふ】なり。母(はは)は紀伊(き)の
二位(にゐ)、さしも御(おん)いとおしみ(いとほしみ)ふかう【深う】こそさぶ
らひしに、御覧(ごらん)じ忘(わすれ)させ給(たま)ふにつけても、
身(み)のをとろへ(おとろへ)【衰へ】ぬる程(ほど)も思(おもひ)しられて、今更(いまさら)
P12160
せんかたなふ(なう)【無う】こそおぼえさぶらへ【候へ】」とて、袖(そで)を
かほ【顔】におしあてて、しのび【忍び】あへぬさま、目(め)も
あてられず。法皇(ほふわう)も「されば汝(なんぢ)は阿波(あは)の内侍(ないし)
にこそあんなれ。今更(いまさら)御覧(ごらん)じわすれける。
ただ夢(ゆめ)とのみこそおぼしめせ【思し召せ】」とて、御
涙(おんなみだ)せきあへさせ給(たま)はず。供奉(ぐぶ)の公卿(くぎやう)殿上
人(てんじやうびと)も、「ふしぎ【不思議】の尼(あま)かなと思(おも)ひたれば、理(ことわり)(コトハリ)
にて有(あり)ける」とぞ、をのをの(おのおの)【各々】申(まうし)あはれけり[B 「り」に「ル」と傍書]。
こなたかなたを叡覧(えいらん)(ヱイラン)あれば、庭(には)の千種(ちくさ)[B 「千種」に「千草」と傍書]
P12161
露(つゆ)をもく(おもく)【重く】、籬(まがき)にたおれ(たふれ)【倒れ】かかりつつ、そとも【外面】
の小田(をだ)も水(みづ)こえて、鴫(しぎ)たつひまも見(み)え
わかず。御庵室(おんあんじつ)(ヲンアンジツ)にいらせ給(たま)ひて、障子(しやうじ)を引(ひき)
あけて御覧(ごらん)ずれば、一間(ひとま)には来迎(らいかう)の三尊(さんぞん)
おはします。中尊(ちゆうぞん)の御手(みて)には五色(ごしき)の糸(いと)を
かけられたり。左(ひだり)には普賢(ふげん)の画像(ゑざう)、右(みぎ)には
善導(ぜんだう)和尚(くわしやう)(クハシヤウ)并(ならび)に先帝(せんてい)の御影(ごえい)(ゴヱイ)をかけ、八軸(はちぢく)
の妙文(めうもん)・九帖(くでう)の御書(ごしよ)もをか(おか)【置か】れたり。蘭麝(らんじや)の
匂(にほひ)に引(ひき)かへて、香(かう)の煙(けぶり)ぞ立(たち)のぼる。かの【彼の】
P12162
浄名居士(じやうみやうこじ)の方丈(はうぢやう)(ホウヂヤウ)の室(しつ)の内(うち)に三万二千(さんまんにせん)の
床(ゆか)をならべ、十方(じつぱう)の諸仏(しよぶつ)を請(しやう)じ奉(たてまつ)り
給(たま)ひけんも、かくやとぞおぼえける。障子(しやうじ)
には諸経(しよきやう)の要文(えうもん)(ヨウモン)共(ども)、色紙(しきし)にかいて所々(しよしよ)に
おされたり。其(その)なかに大江(おほえ)(ヲホエ)の貞基(さだもと)法師(ぼつし)が
清涼山(しやりやうぜん)にして詠(えい)(ヱイ)じたりけん「笙歌(せいが)遥(はるかに)
聞(きこゆ)孤雲[* 「■[*馬+瓜]雲」と有るのを他本により訂正][B ノ](こうんの)上(うへ)、聖衆(しやうじゆ)来迎[B ス](らいかうす)落日(らくじつの)前(まへ)」ともかかれ
たり。すこしひき【引き】のけて女院(にようゐん)の御製(ごせい)[* 「御」の左に(キヨ)の振り仮名]と
おぼしくて、
P12163
おもひ【思ひ】きやみ山(やま)のおくにすまゐ(すまひ)【住ひ】して
雲(くも)ゐの月(つき)をよそに見(み)んとは W096
さてかたはらを御覧(ごらん)ずれば、御寝所(ぎよしんじよ)とおぼし
くて、竹(たけ)の御(おん)さほ(さを)にあさ【麻】の御衣(おんころも)(ヲンコロモ)、紙(かみ)の御
衾(おんふすま)な(ン)ど(なんど)かけられたり。さしも本朝(ほんてう)漢土(かんど)
のたへなるたぐひ数(かず)をつくして、綾羅(りようら)(レウラ)
錦繍(きんしう)の粧(よそほひ)(ヨソホイ)もさながら夢(ゆめ)になりにけり。
供奉(ぐぶ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)もをのをの(おのおの)【各々】見(み)まいらせ(まゐらせ)【参らせ】し
事(こと)なれば、今(いま)のやうにおぼえ【覚え】て[* 「で」と有るのを他本により訂正]、皆(みな)袖(そで)をぞ
P12164
しぼられける。さる程(ほど)に、うへ【上】の山(やま)より、こき
墨染(すみぞめ)の衣(ころも)き【着】たる尼(あま)二人(ににん)、岩(いは)のかけぢ【掛け路】を
つたひつつ、おりわづらひ【煩ひ】給(たま)ひけり。法皇(ほふわう)
是(これ)を御覧(ごらん)じて、「あれは何(なに)ものぞ」と御尋(おんたづね)
あれば、老尼(らうに)涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て申(まうし)けるは、「花(はな)
がたみ【花筐】ひぢにかけ、岩(いは)つつじ【岩躑躅】とり具(ぐ)して
もたせ給(たま)ひたるは、女院(にようゐん)にてわたら【渡ら】せ給(たま)ひ
さぶらふ【候ふ】なり。爪木(つまぎ)に蕨(わらび)折具(をりぐ)してさぶ
らふは、鳥飼(とりかひ)(トリカイ)の中納言(ちゆうなごん)維実(これざね)のむすめ、五条(ごでうの)
P12165
大納言(だいなごん)国綱【*邦綱】卿(くにつなのきやう)の養子(やうじ)、先帝(せんてい)の御(おん)めのと、
大納言[B ノ]佐(だいなごんのすけ)」と申(まうし)もあへずなき【泣き】けり。法皇(ほふわう)
もよにあはれ【哀】げにおぼしめし【思し召し】て、御涙(おんなみだ)
せきあへさせ給(たま)はず。女院(にようゐん)は「さこそ世(よ)を捨(すつ)る
御身(おんみ)といひながら、いまかかる御(おん)ありさま【有様】
を見(み)えまいらせ(まゐらせ)【参らせ】O[BH む]ずらんはづかしさよ。消(きえ)
もうせばや」とおぼしめせどもかひぞなき。
よひよひごとのあかの水(みづ)、結(むす)ぶたもとも
しほるる(しをるる)【萎るる】に、暁(あかつき)をき(おき)【起き】の袖(そで)の上(うへ)、山路(やまぢ)の露(つゆ)
P12166
もしげくして、しぼりやかねさせたまひ【給ひ】
けん、山(やま)へもかへら【帰ら】せ給(たま)はず、御庵室(おんあんじつ)(ヲンアンジツ)へもいら
せ給(たま)はず、御(おん)なみだ【涙】にむせばせたまひ【給ひ】、
あきれてたたせましましたる処(ところ)に、内侍(ないし)の
尼(あま)まいり(まゐり)【参り】つつ、花(はな)がたみ【花筐】をば給(たま)はりけり。
『六道(ろくだう)之(の)沙汰(さた)』S1304
○「世(よ)をいとふならひ【習ひ】、なにかはくるしう【苦しう】さぶら
ふ【候ふ】べき。はやはや御(ご)対面(たいめん)さぶらふ(さぶらう)て、還御(くわんぎよ)(クハンギヨ)
なしまいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】させ給(たま)へ」と申(まうし)ければ、女院(にようゐん)御庵
室(おんあんじつ)(ヲンアンジツ)にいらせ給(たま)ふ。「一念(いちねん)の窓(まど)の前(まへ)には摂取(せつしゆ)の
P12167
光明(くわうみやう)(クハウミヤウ)を期(ご)し、十念(じふねん)の柴(しば)の枢(とぼそ)には、聖衆(しやうじゆ)の
来迎(らいかう)をこそ待(まち)つるに、思[B ノ](おもひの)外(ほか)に御幸(ごかう)なり
ける不思議(ふしぎ)さよ」とて、なくなく【泣く泣く】御(おん)げんざん【見参】
ありけり。法皇(ほふわう)此(この)御(おん)ありさま【有様】を見(み)まいら(ッ)(まゐらつ)【参らつ】
させ給(たま)ひて、「非想(ひさう)の八万劫(はちまんごふ)(はちまんゴウ)、猶(なほ)(ナヲ)必滅(ひつめつ)の愁(うれへ)に
逢(あひ)、欲界(よつかい)の六天(ろくてん)、いまだ五衰(ごすい)のかなしみを
まぬかれ【免かれ】ず。善見城(ぜんけんじやう)の勝妙(しようめう)(セウメウ)の楽(らく)、中間禅(ちゆうげんぜん)の
高台(かうだい)の閣(かく)、又(また)夢(ゆめ)の裏(うち)の果報(くわはう)(クハホウ)、幻(まぼろし)の間(あひだ)の楽(たのし)み、
既(すで)に流転(るてん)無窮(むぐう)也(なり)。車輪(しやりん)のめぐるが如(ごと)し。
P12168
天人(てんにん)の五衰(ごすい)の悲(かなしみ)は、人間(にんげん)にも候(さうらひ)ける物(もの)かな」
とぞ仰(おほせ)ける。「さるにてもたれか事(こと)とひ
まいらせ(まゐらせ)【参らせ】候(さうらふ)。何事(なにごと)につけてもさこそ古(いにしへ)お
ぼしめし【思し召し】いで候(さうらふ)らめ」と仰(おほせ)ければ、「いづかた
よりをとづるる(おとづるる)事(こと)もさぶらはず。隆房(たかふさ)・
信隆(のぶたか)の北方(きたのかた)より、たえだえ【絶え絶え】申(まうし)送(おく)(ヲク)る事(こと)こそ
さぶらへ【候へ】。その昔(むかし)あの人(ひと)どものはぐくみにて
あるべしとは露(つゆ)も思(おもひ)より候(さぶら)はず」とて、御涙(おんなみだ)
をながさせ給(たま)へば、つきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる女房(にようばう)達(たち)も、
P12169
みな袖(そで)をぞぬらさ【濡らさ】れける。女院(にようゐん)御涙(おんなみだ)をおさへ【抑へ】
て申(まう)させ給(たま)ひけるは、「かかる身(み)になる事(こと)は
一旦(いつたん)の歎(なげき)申(まうす)にをよび(および)【及び】さぶらは【候は】ね共(ども)、後生(ごしやう)菩
提(ぼだい)の為(ため)には、悦(よろこび)とおぼえさぶらふ【候ふ】なり。忽(たちまち)に
釈迦(しやか)の遺弟(ゆいてい)につらなり、忝(かたじけな)く弥陀(みだ)の本
願(ほんぐわん)(ホングハン)に乗(じよう)(ゼウ)じて、五障(ごしやう)三従(さんじゆう)のくるしみ【苦しみ】をのがれ【逃れ】、
三時(さんじ)に六根(ろつこん)をきよめ、一(ひと)すぢに九品(くほん)の浄
刹(じやうせつ)をねがふ。専(もつぱら)一門(いちもん)の菩提(ぼだい)をいのり、つねは
三尊(さんぞん)の来迎(らいかう)を期(ご)す。いつの世(よ)にも忘(わすれ)がたきは、
P12170
先帝(せんてい)の御面影(おんおもかげ)(ヲンヲモカゲ)、忘(わす)れんとすれ共(ども)忘(わす)られず、
しのば【忍ば】んとすれ共(ども)しのば【忍ば】れず。ただ恩愛(おんあい)(ヲンアイ)
の道(みち)ほどかなしかり【悲しかり】ける事(こと)はなし。されば
彼(かの)菩提(ぼだい)のために、あさゆふのつとめおこたる
事(こと)さぶらはず。是(これ)もしかる【然る】べき善知識(ぜんぢしき)と
こそ覚(おぼ)へ(おぼえ)さぶらへ【候へ】」と申(まう)させ給(たま)ひければ、
法皇(ほふわう)仰(おほせ)なりけるは、「此(この)国(くに)は粟散(そくさん)辺土(へんど)なり
といへども、忝(かたじけな)く十善(じふぜん)の余薫(よくん)に答(こたへ)て、万
乗(ばんじよう)(バンゼウ)のあるじとなり、随分(ずいぶん)一(ひとつ)としてこころ【心】に
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かなは【叶は】ずといふ事(こと)なし。就中(なかんづく)仏法(ぶつぽふ)流布(るふ)の
世(よ)にむまれ【生れ】て、仏道(ぶつだう)修行(しゆぎやう)の心(こころ)ざしあれば、
後生(ごしやう)善所(ぜんしよ)疑(うたがひ)(ウタガイ)あるべからず。人間(にんげん)のあだなる
ならひ【習ひ】は、今更(いまさら)おどろくべきにはあらねども、
御(おん)ありさま【有様】見(み)奉(たてまつ)るに、あまりにせんかたなふ(なう)【無う】
こそ候(さうら)へ」と仰(おほせ)ければ、女院(にようゐん)重(かさね)て申(まう)させ給(たま)ひ
けるは、「我(われ)平相国(へいしやうこく)のむすめとして天子(てんし)の
国母(こくも)となりしかば、一天四海(いつてんしかい)みなたなごころ
のままなり。拝礼(はいらい)の春(はる)の始(はじめ)より、色々(いろいろ)の
P12172
衣(ころも)がへ【衣更】、仏名(ぶつみやう)の年(とし)のくれ、摂禄(せつろく)以下(いげ)の大臣(だいじん)
公卿(くぎやう)にもてなされしありさま、六欲(ろくよく)四禅(しぜん)の
雲(くも)の上(うへ)にて八万(はちまん)の諸天(しよてん)に囲繞(ゐねう)せられ
さぶらふ【候ふ】らむ様(やう)に、百官(ひやくくわん)(ひやくクハン)悉(ことごとく)あふが【仰が】ぬものや
さぶらひし。清涼(せいりやう)紫震【*紫宸】(ししん)の床(ゆか)の上(うへ)、玉(たま)の簾(すだれ)の
うちにてもてなされ、春(はる)は南殿(なんでん)の桜(さくら)に心(こころ)を
とめて日(ひ)を暮(くら)し、九夏(きうか)三伏(さんぷく)のあつき日(ひ)は、
泉(いづみ)をむすびて心(こころ)をなぐさめ、秋(あき)は雲(くも)の
上(うへ)の月(つき)をひとり見(み)むこと【事】をゆるさ【許さ】れず。
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玄冬(けんとう)素雪(そせつ)のさむき夜(よ)は、妻(つま)をかさね【重ね】て
あたたかにす。長生(ちやうせい)不老(ふらう)の術(じゆつ)をねがひ、蓬
莱(ほうらい)不死(ふし)の薬(くすり)を尋(たづね)ても、只(ただ)久(ひさ)しからん事(こと)
をのみおもへ【思へ】り。あけてもくれても楽(たのし)み
さかへ(さかえ)【栄え】し事(こと)、天上(てんじやう)の果報(くわはう)(クハホウ)も是(これ)には過(すぎ)じと
こそおぼえさぶらひしか。それに寿永(じゆえい)の
秋(あき)のはじめ、木曾(きそ)義仲(よしなか)とかやにおそれ【恐れ】て、
一門(いちもん)の人々(ひとびと)住(すみ)なれし都(みやこ)をば雲井(くもゐ)のよそに
顧(かへりみ)て、ふる里(さと)を焼野(やけの)の原(はら)とうちながめ、
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古(いにしへ)は名(な)をのみききし須磨(すま)より明石(あかし)の浦(うら)
づたひ【浦伝ひ】、さすが哀(あはれ)に覚(おぼえ)(ヲボヘ)て、昼(ひる)は漫々(まんまん)たる
浪路(なみぢ)をわけ【分け】て袖(そで)をぬらし、夜(よる)は洲崎(すさき)の
千鳥(ちどり)ととも【供】になきあかし、浦々(うらうら)島々(しまじま)よし
ある所(ところ)をみ【見】しかども、ふるさと【故郷】の事(こと)は忘(わすれ)ず。
かくてよる【寄る】方(かた)なかりしは、五衰(ごすい)必滅(ひつめつ)の悲(かなし)み
とこそおぼえさぶらひしか。人間(にんげん)の事(こと)は
愛別離苦(あいべつりく)、怨憎会苦(をんぞうゑく)、共(とも)に我(わが)身(み)にしられて
さぶらふ【侍ふ】。四苦(しく)八苦(はつく)一(ひとつ)として残(のこ)る所(ところ)さぶらはず。
P12175
さても筑前[B ノ]国(ちくぜんのくに)太宰府(ださいふ)(ダザイフ)といふ所(ところ)にて、維義(これよし)
とかやに九国(くこく)のうち【内】をも追(おひ)(ヲイ)出(いだ)され、山野(さんや)広(ひろし)(ヒロシト)
といへ共(ども)、立(たち)よりやすむべき所(ところ)もなし。同(おな)じ
秋(あき)の末(すゑ)にもなりしかば、むかしは九重(ここのへ)の
雲(くも)の上(うへ)にて見(み)し月(つき)を、いまは八重(やへ)の塩路(しほぢ)
にながめつつ、あかし暮(くら)しさぶらひし程(ほど)に、
神無月(かみなづき)の比(ころ)ほひ、清経(きよつね)の中将(ちゆうじやう)が、「都(みやこ)のうち
をば源氏(げんじ)がためにせめ【攻め】おとさ【落さ】れ、鎮西(ちんぜい)をば
維義(これよし)がために追(おひ)(ヲイ)出(いだ)さる。網(あみ)にかかれる魚(うを)の
P12176
如(ごと)し。いづくへゆか【行か】ばのがる【逃る】べきかは。ながらへ【永らへ】はつ
べき身(み)にもあらず」とて、海(うみ)にしづみさぶ
らひ【侍ひ】しぞ、心(こころ)うき事(こと)のはじめにてさぶらひし。
浪(なみ)の上(うへ)にて日(ひ)をくらし、船(ふね)の内(うち)にて夜(よ)を
あかし、みつぎものもなかりしかば、供御(ぐご)を
備(そな)ふる人(ひと)もなし。たまたま供御(ぐご)はそなへん
とすれ共(ども)、水(みづ)なければまいら(まゐら)【参ら】ず。大海(だいかい)に
うかぶといへども、うしほ【潮】なればのむ事(こと)も
なし。是(これ)又(また)餓鬼道(がきだう)の苦(く)とこそおぼえ
P12177
さぶらひしか。かくて室山(むろやま)・水島(みづしま)、所々(ところどころ)の
たたかひ【戦ひ】に勝(かち)しかば、人々(ひとびと)すこし【少し】色(いろ)なを(ッ)(なほつ)【直つ】て
見(み)えさぶらひし程(ほど)に、一(いち)の谷(たに)といふ所(ところ)にて
一門(いちもん)おほく【多く】ほろびし後(のち)は、直衣(なほし)(ナヲシ)束帯(そくたい)を
ひき【引き】かへて、くろがね【鉄】をのべて身(み)にまとひ、
明(あけ)ても暮(くれ)てもいくさよばひ【軍呼】のこゑ【声】たえ【絶え】
ざりし事(こと)、修羅(しゆら)の闘諍(とうじやう)、帝釈(たいしやく)の諍(あらそひ)(アラソイ)も、
かくやとこそおぼえさぶらひしか。「一谷(いちのたに)を
攻(せめ)おとさ【落さ】れて後(のち)、おやは子(こ)にをくれ(おくれ)【遅れ】、妻(め)は
P12178
夫(おつと)(ヲツト)にわかれ、沖(おき)(ヲキ)につりする船(ふね)をば敵(かたき)の舟(ふね)
かと肝(きも)をけし、遠(とほ)(トヲ)き松(まつ)にむれゐる鷺(さぎ)
をば、源氏(げんじ)の旗(はた)かと心(こころ)をつくす。さても
門司(もじ)・赤間(あかま)の関(せき)にて、いくさ【軍】はけふを限(かぎり)と
見(み)えしかば、二位(にゐ)の尼(あま)申(まうし)をく(おく)【置く】事(こと)さぶら
ひき。「男(をとこ)のいきのこら【残ら】む事(こと)は千万(せんまん)が一(ひとつ)も有(あり)
がたし。設(たとひ)(タトイ)又(また)遠(とほ)きゆかりはをのづから(おのづから)いき
残(のこ)りたりといふとも、我等(われら)が後世(ごせ)をとぶらはん
事(こと)もありがたし。昔(むかし)より女(をんな)はころさ【殺さ】ぬならひ【習ひ】
P12179
なれば、いかにもしてながらへ【永らへ】て主上(しゆしやう)の
後世(ごせ)をもとぶらひ【弔ひ】まいらせ(まゐらせ)【参らせ】、我等(われら)が後生(ごしやう)
をもたすけ【助け】給(たま)へ」とかきくどき【口説き】申(まうし)さぶ
らひしが、夢(ゆめ)の心(ここ)ち【心地】しておぼえさぶら
ひしほど【程】に、風(かぜ)にはかにふき、浮雲(うきくも)
あつくたなびいて、兵(つはもの)こころ【心】をまどはし、
天運(てんうん)つきて人(ひと)の力(ちから)にをよび(および)【及び】がたし。
既(すで)に今(いま)はかうと見(み)えしかば、二位(にゐ)の尼(あま)
先帝(せんてい)をいだき奉(たてまつり)て、ふなばたへ出(いで)し時(とき)、
P12180
あきれたる御様(おんさま)にて、「尼(あま)ぜわれをば
いづちへ具(ぐ)してゆかむとするぞ」と
仰(おほせ)さぶらひしかば、いとけなき君(きみ)にむかひ【向ひ】
奉(たてまつ)り、涙(なみだ)をおさへ【抑へ】て申(まうし)さぶらひしは、
「君(きみ)はいまだしろしめさ【知ろし召さ】れさぶらはずや。
先世(ぜんぜ)の十善(じふぜん)戒行(かいぎやう)の御力(おんちから)によ(ッ)て、今(いま)
万乗(ばんじよう)(バンゼウ)のあるじとは生(むま)れさせ給(たま)へども、
悪縁(あくえん)にひかれて御運(ごうん)既(すで)につき給(たま)ひぬ。
まづ東(ひがし)(ヒンガシ)にむかは【向は】せ給(たま)ひて、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)に
P12181
御(おん)いとま申(まう)させ給(たま)ひ、其(その)後(のち)西方(さいはう)浄土(じやうど)の
来迎(らいかう)にあづからんとおぼしめし【思し召し】、西(にし)
にむかは【向は】せ給(たま)ひて御念仏(おんねんぶつ)侍(さぶ)らふべし。
此(この)国(くに)はそくさん【粟散】へんど【辺土】とて、心(こころ)うき堺(さかひ)(サカイ)
にてさぶらへ【候へ】ば、極楽(ごくらく)浄土(じやうど)とてめでた
き所(ところ)へ具(ぐ)しまいらせ(まゐらせ)【参らせ】侍(さぶ)らふぞ」と泣々(なくなく)
申(まうし)さぶらひしかば、山鳩色(やまばといろ)の御衣(ぎよい)にび(ン)
づら(びんづら)【鬢】いは(ゆは)せ給(たま)ひて、御涙(おんなみだ)におぼれ、ちい
さう(ちひさう)【小さう】うつくしい御手(おんて)をあはせ【合はせ】、まづ東(ひがし)
P12182
をふし【伏し】おがみ(をがみ)【拝み】、伊勢大神宮(いせだいじんぐう)に御(おん)いとま
申(まう)させ給(たま)ひ、其(その)後(のち)西(にし)にむかは【向は】せ給(たま)ひ
て、御念仏(おんねんぶつ)(ヲンねんぶつ)ありしかば、二位[B ノ](にゐの)尼(あま)やがて
いだき奉(たてまつり)て、海(うみ)に沈(しづみ)し御面影(おんおもかげ)(ヲンヲモカゲ)、目(め)も
くれ、心(こころ)も消(きえ)はてて、わすれんとすれ共(ども)
忘(わす)られず、忍(しの)ばんとすれ共(ども)しのば【忍ば】れず、
残(のこり)とどまる人々(ひとびと)のおめき(をめき)【喚き】さけび【叫び】し声(こゑ)、
叫喚(けうくわん)大叫喚(だいけうくわん)(だいケウクハン)のほのほ【炎】の底(そこ)の罪人(ざいにん)も、
これには過(すぎ)じとこそおぼえさぶらひしか。
P12183
さて武O[BH 士](もののふ)共(ども)にとらはれてのぼりさぶら
ひし時(とき)、播磨[B ノ]国(はりまのくに)明石浦(あかしのうら)について、ち(ッ)と
うちまどろみてさぶらひし夢(ゆめ)に、昔(むかし)の
内裏(だいり)にははるかにまさりたる所(ところ)に、
先帝(せんてい)をはじめ奉(たてまつり)て、一門(いちもん)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)
みなゆゆしげなる礼儀(れいぎ)にて侍(さぶら)(ハベラ)ひしを、
都(みやこ)を出(いで)て後(のち)かかる所(ところ)はいまだ見(み)ざりつる
に、「是(これ)はいづくぞ」ととひ侍(さぶら)(ハベラ)ひしかば、
弐位(にゐ)の尼(あま)と覚(おぼえ)て、「竜宮城(りゆうぐうじやう)(リウグウジヤウ)」と答(こたへ)侍(さぶら)ひし
P12184
時(とき)、「めでたかりける所(ところ)かな。是(これ)には苦(く)は
なきか」ととひさぶらひしかば、「竜畜経(りゆうちくきやう)(リウチクキヤウ)
のなかに見(み)えて侍(さぶ)らふ。よくよく後世(ごせ)を
とぶらひ【弔ひ】給(たま)へ」と申(まう)すと覚(おぼ)えて夢(ゆめ)さめぬ。
其(その)後(のち)はいよいよ経(きやう)をよみ念仏(ねんぶつ)して、彼(かの)
御菩提(ごぼだい)をとぶらひ【弔ひ】奉(たてまつ)る。是(これ)皆(みな)六道(ろくだう)に
たがは【違は】じとこそおぼえ侍(さぶら)へ」と申(まう)させ給(たま)
へば、法皇(ほふわう)仰(おほせ)なりけるは、「異国(いこく)の玄弉(げんじやう)三
蔵(さんざう)は、悟(さとり)の前(まへ)に六道(ろくだう)を見(み)、吾(わが)朝(てう)の日蔵(にちざう)
P12185
上人(しやうにん)は、蔵王(ざわう)権現(ごんげん)の御力(おんちから)にて六道(ろくだう)を見(み)たり
とこそうけ給(たま)はれ【承れ】。是(これ)程(ほど)まのあたりに
御覧(ごらん)ぜられける御事(おんこと)、誠(まこと)にありがたふ(がたう)【難う】
こそ候(さうら)へ」とて、御涙(おんなみだ)にむせばせ給(たま)へば、
供奉(ぐぶ)の公卿(くぎやう)殿上人(てんじやうびと)もみな袖(そで)をぞしぼ
られける。女院(にようゐん)も御涙(おんなみだ)をながさせ給(たま)へば、
つきまいらせ(まゐらせ)【参らせ】たる女房(にようばう)達(たち)もみな袖(そで)を
『女院(にようゐん)死去(しきよ)』S1305
ぞぬらさ【濡らさ】れける。○さる程(ほど)に寂光院(じやつくわうゐん)(ジヤツクハウヰン)の
鐘(かね)のこゑ【声】、けふもくれ【暮れ】ぬとうちしら【知ら】れ、
P12186
夕陽(せきやう)西(にし)にかたぶけば、御名残(おんなごり)おしう(をしう)【惜しう】は
おぼしけれども、御涙(おんなみだ)をおさへ【抑へ】て還御(くわんぎよ)(クハンギヨ)
ならせ給(たま)ひけり。女院(にようゐん)は今更(いまさら)いにしへを
おぼしめし【思し召し】出(いで)させ給(たま)ひて、忍(しのび)あへぬ御
涙(おんなみだ)に、袖(そで)のしがらみせきあへさせ給(たま)はず。
はるかに御覧(ごらん)じをくら(おくら)【送ら】せ給(たま)ひて、還御(くわんぎよ)(クハンギヨ)
もやうやうのびさせ給(たま)ひければ、御本
尊(ごほんぞん)にむかひ【向ひ】奉(たてまつ)り、「先帝(せんてい)聖霊(しやうりやう)、一門(いちもん)亡魂(ばうこん)、
成等正覚(じやうとうしやうがく)、頓証(とんしよう)(トンセウ)菩提(ぼだい)」と泣々(なくなく)いのらせ給(たま)ひ
P12187
けり。むかしは東(ひがし)(ヒンガシ)にむかは【向は】せ給(たま)ひて、「伊勢
大神宮(いせだいじんぐう)、正八幡大菩薩(しやうはちまんだいぼさつ)、天子(てんし)宝算(ほうさん)、千秋(せんしう)万歳(ばんぜい)」
と申(まう)させ給(たま)ひしに、今(いま)はひき【引き】かへて西(にし)
にむかひ【向ひ】、手(て)をあはせ【合はせ】、「過去(くわこ)(クハコ)聖霊(しやうりやう)、一仏(いちぶつ)浄
土(じやうど)へ」といのらせ給(たま)ふこそ悲(かな)しけれ。御寝
所(ぎよしんじよ)の障子(しやうじ)にかうぞあそばさ【遊ばさ】れける。
このごろはいつならひてかわがこころ
大(おほ)みや人(びと)【大宮人】のこひしかるらん W097
いにしへも夢(ゆめ)になりにし事(こと)なれば
P12188
柴(しば)のあみ戸(ど)もひさしから【久しから】じな W098
御幸(ごかう)の御供(おんとも)(ヲントモ)に候(さうら)はれける徳大寺[B ノ](とくだいじの)左大臣(さだいじん)
実定公(しつていこう)、御庵室(おんあんじつ)(ヲンアンジツ)の柱(はしら)にかきつけられ
けるとかや。
いにしへは月(つき)にたとへし君(きみ)なれど
そのひかりなき深山辺(みやまべ)の里(さと) W099
こしかたゆくすゑ【行く末】の事(こと)ども【共】おぼしめし【思し召し】
つづけて、御涙(おんなみだ)にむせばせたまふ【給ふ】折(をり)し
も、山郭公(やまほととぎす)音信(おとづれ)(ヲトヅレ)ければ、女院(にようゐん)、
P12189
いざさらばなみだくらべん時鳥(ほととぎす)
われもうき世(よ)にねをのみぞ鳴(なく) W100
抑(そもそも)壇(だん)の浦(うら)にていきながらとられし
人々(ひとびと)は、大路(おほち)(ヲホチ)をわたして、かうべをはねら
れ、妻子(さいし)にはなれて、遠流(をんる)せらる。池(いけ)の大
納言(だいなごん)の外(ほか)は一人(いちにん)も命(いのち)をいけられず、都(みやこ)に
をか(おか)【置か】れず。され共(ども)四十(しじふ)余人(よにん)の女房(にようばう)達(たち)の御
事(おんこと)、沙汰(さた)にもをよば(およば)【及ば】ざりしかば、親類(しんるい)
にしたがひ【従ひ】、所縁(しよえん)(シヨヱン)についてぞおはしける。
P12190
上(かみ)は玉(たま)の簾(すだれ)の内(うち)までも、風(かぜ)しづかなる
家(いへ)もなく、下(しも)は柴(しば)の枢(とぼそ)のもとまでも、
塵(ちり)おさまれ(をさまれ)【納まれ】る宿(やど)もなし。枕(まくら)をならべし
いもせ【妹背】も、雲(くも)ゐのよそにぞなりはつる。
やしなひたてしおや子(こ)【親子】も、ゆきがたしら
ず別(わかれ)けり。しのぶ【忍ぶ】おもひ【思ひ】はつきせ【尽きせ】ねども、
歎(なげき)ながらさてこそすごさ【過さ】れけれ。是(これ)は
ただ入道(にふだう)相国(しやうこく)、一天四海(いつてんしかい)を掌(たなごころ)ににぎ(ッ)て、
上(かみ)は一人(いちじん)をもおそれ【恐れ】ず、下(しも)は万民(ばんみん)をも顧(かへりみ)ず、
P12191
死罪(しざい)流刑(るけい)、おもふ【思ふ】さまに行(おこな)(ヲコナ)ひ、世(よ)をも人(ひと)
をも憚(はば)かられざりしがいたす所(ところ)なり。父祖(ふそ)
の罪業(ざいごふ)(ザイゴウ)は子孫(しそん)にむくふ【報ふ】といふ事(こと)疑(うたがひ)(ウタガイ)なし
とぞ見(み)えたりける。かくて年月(としつき)を
すごさ【過さ】せたまふ【給ふ】程(ほど)に、女院(にようゐん)御(おん)心(ここ)ち【心地】例(れい)
ならずわたらせ給(たま)ひしかば、中尊(ちゆうぞん)の御手(みて)
の五色(ごしき)の糸(いと)をひかへつつ、「南無(なむ)西方(さいはう)極楽(ごくらく)
世界(せかい)教主(けうしゆ)弥陀如来(みだによらい)、かならず引摂(いんぜふ)(インゼウ)し給(たま)へ」
とて、御念仏(おんねんぶつ)ありしかば、大納言[B ノ]佐(だいなごんのすけ)の局(つぼね)・阿
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波[B ノ](あはの)内侍(ないし)、左右(さう)に候(さうらひ)て、いまをかぎりのかなし
さに、こゑ【声】もおしま(をしま)【惜しま】ずなきさけぶ【叫ぶ】。御念
仏(おんねんぶつ)のこゑ【声】やうやうよはら(よわら)【弱ら】せましましければ、
西(にし)に紫雲(しうん)たなびき、異香(いきやう)(ヰキヤウ)室(しつ)にみち、音
楽(おんがく)(ヲンガク)そら【空】にきこゆ。かぎりある御事(おんこと)なれば、
建久(けんきう)二年(にねん)きさらぎ【二月】の中旬(ちゆうじゆん)に、一期(いちご)遂(つひ)(ツイ)に
おはら(をはら)せ給(たま)ひぬ。きさいの宮(みや)【后の宮】の御位(おんくらゐ)よりかた
時(とき)【片時】もはなれまいらせ(まゐらせ)【参らせ】ずして候(さうら)はれ給(たまひ)し
かば、御臨終(ごりんじゆう)(ごリンジウ)の御時(おんとき)、別路(わかれぢ)にまよひしも、
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やるかたなくぞおぼえける。此(この)女房(にようばう)達(たち)
はむかし【昔】の草(くさ)のゆかりもかれはてて、
よるかたもなき身(み)なれ共(ども)、おりおり(をりをり)【折々】の
御仏事(おんぶつじ)営(いとなみ)給(たま)ふぞあはれ【哀】なる。遂(つひ)(ツヰ)に
彼(かの)人々(ひとびと)は、竜女(りゆうによ)(リウニヨ)が正覚(しやうがく)の跡(あと)ををひ(おひ)【追ひ】、韋提
希夫人(ゐだいけぶにん)の如(ごとく)に、みな往生(わうじやう)の素懐(そくわい)をとげ
けるとぞきこえ【聞え】し。

平家(へいけ)灌頂巻(くわんぢやうのまき)
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于時応安四年(しねん)〈 亥辛 〉三月(さんぐわつ)十五日(じふごにち)、平家物
語(へいけものがたり)一部十二巻付灌頂(くわんぢやう)、当流之(の)師説、伝受
之(の)秘决、一字不闕、以口筆令書写之、譲与
定一検校訖。抑愚質余算既過七旬、
浮命難期後年、而一期之(の)後、弟子等中
雖為一句、若有廃忘輩者、定及諍論歟。
仍為備後証、所令書留之也。此本努々
不可出他所、又不可及他人之(の)披見、附属
弟子之(の)外者、雖為同朋并弟子、更莫
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令書取之。凡此等条々背炳誡之(の)者、
仏神三宝冥罰可蒙厥躬而已。

沙門覚一