平家物語(城方本・八坂系)
巻第三
 山門滅亡 ぢしよう二ねんしやうぐわつついたちのひしゆじやうてうきんのおんためにほうぢうじどのへぎやうかうなつてなにごともれいにかはりたることはなけれどもきよねんのなつしんだいなごんなりちかのきやういげごきんじゆのひとびとそのほかほくめんのともがらどもにいたるまでおほくながしうしなはれしことどもをほうわうやすからずおぼしめされければよのおんまつりごとをもものうくおぼしめされけりにふだうしやうごくもゆきつながつげしらせしのちはきみをもうしろめたいことにおもひまゐらせうへにはことなきやうなれどもしたにはこころえうじんつねにしてにがわらひてのみぞおはしけるそのころほうわうはみゐでらのこうけんそうじやうをごしはんとしてしんごんのひほふこんねむだいにちきやうこんがうちやうぎやうそしつぢきやう三ぶのひきやうをごでんじゆありておなじき二ぐわつ五かのひみゐでらにてごくわんぢやうあるべきよしきこえしかばさんもんおほきにいきどほりむかしよりだいだいのみかどのじゆかいくわんぢやうはわがやまにてとげさせたまふことこれせんきなりなかにもさんわうのけだうはじゆかいくわんぢやうのためなりしかるをこんどみゐでらにてとげさせたまはばをんじやうじをやきはらふべしとぞせんぎしけるほうわうこのよしをつたへきこしめされてやうやうにこしらへなだめおほせられけれどもれいのさんもんのだいしゆゐんぜんにもかかはらずいよいよほうきすときこえしかばほうわうこれおほきにむやくなりとていそぎごけぎやうをごけちぐわんあつてみゐでらにてのごくわんぢやうをばおぼしめしとどまらせたまひけりされどもごほんいなりければこうけんをめしぐしててんわうじへごかうなり五ちくわうゐんをつくらせたまひかめゐのみづをもつて五ひやうのちすゐとさだめぶつぽふさいしよのれいちにてぞでんほふくわんぢやうをばとげさせたまひけるさるほどにほうわうはさんもんのさうどうことをやめさせたまはんがためにみゐでらにてのごくわんぢやうをばおぼしめしとどまらせたまひたりけれどもそのころさんもんにはだうしゆとがくしやうのあひだにふくわいのこといできてかつせんどどにおよぶまいどにがくりようちおとさるさんもんのめつばうこれひとへにてうかのおんだいじとぞみえしだうしゆとまをすはがくしやうのめしつかひけるわらんべのほうしになりたるなりもしはちうげんほうしばらやこんがうじゆゐんのざすかくそんごんそうじやうちさんのとき三たふにけちばんしてげしゆとがうしてがくしやうをもことともせずどどのいくさにかちにけりだうしゆししゆのめいをそむきてかつせんのくはだてありだいじやうのにふだうどのもゐんぜんをうけたまはつてきのくにのぢうにんゆあさの七らうひやうゑむねみつにおほせてきないのつはもの二千よにんだいしゆにさしそへてだうしゆをせめさせらるだうしゆひごろはとうやうばうにさふらひけるがあふみのくに三かのしやうにげかうしてこくちうのあくたうらをかたらひすたのせいをいんぞつしてこんどはさうおいさかのじやうにたてこもるだいしゆくわんぐんに五千よにんにておしよせたりだいしゆはくわんぐんをさきだてんとすくわんぐんはまただいしゆをさきだてんとせしほどにおもひおもひこころごころになつてこんどのいくさもはかばかしうはせざりけりだうしゆがかたらふところのあくたうとまをすはしよこく七だうのせつたうがうたうさんぞくかいぞくらなればよくしんしじやうにしてししやうふちのやつばらなりければいのちもをしまずせめたたかふこんどもみながくしやういくさにまけにけりよすゑになればあくにんはいよいよつよくぜんにんはまたよわくなるこそかなしけれそののちさんもんいよいよあれはてて十二しんところところのほかはしぢうのそうりよまれなりたにだにのかうえんまめつしてだうだうのぎやうほふもたいてんすしゆがくのまどをとぢざぜんのゆかもむなしくせり四けう五じのはるのはなもにほはず三たいそくぜのあきのつきもくもれり三百よさいのほつとうかかぐるひともなく六じふだんのかうのけぶりもたへやしぬらんだいしやたかくそびえては三ぢうのかまへをせいかんのうちにさしはさみとうりやうはるかにひいでては四めんのたるきをはくぶのあひだにかけたりきされどもいまはぐぶつはみねのあらしにまかせきんようをこうれきにうるほしよるのつきともしびをかかげあかつきのつゆたまをたれれんざのよそほひをそふとかやそれまつだいのぞくにおよんで三ごくのぶつぽふもしだいにすゐびしけるにやとほくてんぢくのぶつせきをとぶらふにぎをんしやうじやちくりんしやうじやぎつこどくをんわしのたかねもこのごろはこらうのすみかとあれはてていしずゑのみやのこるらんはくろちにはみづたえてくさのみふかくしげれりたいぼんげじようのそとばもこけのみむしてかたぶきぬしんたんにはてんだいさん五だいさんはくばじぎよくせんじもこのごろはぢうりよなきさまとあれはててだいせうじようのほうもんもはこのそこにやくちぬらんわがてうあたごたかをのだうたふもむかしはのきをならべてありしかどもいちやのうちにあれはてててんぐのすみかとなりにけりなんとの七だいじもこのごろはとうだいこうふくりやうじのほかはのこれるだうしやもまれなり八しう九しうもあとたえてほつさう三ろん二しうのほかはのこれるほうもんまれなりさしもやごとなかりしてんぢくのぶつぽふもぢじようのいまにおよんでほろびぬるにやとこころあるひとのこれをかなしまずといふことなしりざんしけるそうのうちにやよみたりけんふるきばうのはしらにいつしゆのうたをぞかきつけける
  いのりこしわがたつそまのひきかへてひとなきみねとあれやはてなん
これはでんけうだいしたうさんさうさうのいにしへあのくたら三みやく三ぼだいのほとけたちにいのりまをされたりしそのこころをやおもひいでてやよみたりけんいとやさしうぞきこえし八日はやくしのひなれどもなむととなふるこゑもせずうづきはすゐじやくのつきなれどもへいはくをささぐるひともなしあけのたまがきかみさびてしめなはのみやのこるらんさればふるきひとびとのまをしあはれけるはわうばふつきんとてはまづぶつぽふさきだつてばうずといへりさればしなののくにぜんくわうじもさんぬる三ぐわつ十三にちにえんじやうのきこえありこのによらいとまをしたてまつるはむかしちうてんぢくびしやりこくにおいて五しゆのあくびやうおこつてにんみんことごとくほろびしときびしやりこくのぐわつがいちやうじやとしやくそんもくれんみこころをひとつにしてえんぶだごんにててづからみづからいうつしまゐらつさせたまへる一ちやくしゆはんのみだの三ぞんえんぶだい一のれいざうなりさればぶつぽふとううぜんのことわりにこたへてちうてんぢくにて五百さいはくさいこくにて一千よねんそののちわがてうつのくになにはのほりえにしてしばらくやすらひたまひしをおほみのあづまうどほんだよしみつとりたてまつつてしなののくにみのちのこほりにあんぢしたてまつるぢしようのころまでは五百五十よねんなり
康頼祝
 きかいがしまのるにんどもつゆのいのちくさばのすゑにすがりてもをしむべきにはあらねどもたんばのせうしやうのしうとへいさいしやうのりもりのしよりやうひぜんのかせのしやうよりいしよくをつねにおくられしかばしゆんくわんもやすよりもいのちをいきてはながらへけりたんばのせうしやうなりつねへいはんぐわんやすよりにふだうと二にんはくまのしんし(イ信心)のひとにておはしければいかにもしてたうしまのうちにくまの三しよごんげんをくわんじやうしたてまつりてきらくのことをいのらばやといふにしゆんくわんはもとさんそうなるうへふしんのひとにてさんわうのおんことならばさもありなんごんげんのおんことはあながちしんもおこらずとてこのぎにどうしんをもしたまはず二にんはおなじこころにもししまのうちにくまのににたるところやあるとたづねまはるにあるひはりんたふのたへなるところもありあるひはこうきんしうのやまもありやまのけしききのこだちほかよりなほすぐれたりみなみをのぞめばかいまんまんとしてくものなみけぶりのなみいとふかくみづはへきたんをおび(イたたへ)たればかのちやうあんしやうかがむすめのげんのとくをあらはせしじんやうのかうのほとりもこれにはすぎじとぞみえしきたをかへりみればまたさんがくのががたるなかよりはくせきのれうすゐみなぎりおちたるたきのおとことにすさまじくしようふうかみさびたるけしきまことにひれうごんげんのおはしますなちのおやまにさ(も字脱)にたりけりさてこそやがてそこをばなちさんとはなづけられけれかのみねはほんぐうこれはしんぐうかれはそんぢやうそのわうじどのわうじこのわうじとわうじわうじのなをまをしやすよりにふだうせんだちにてきらくのことをぞいのられけるなむごんげんこんがうどうじねがはくはわれらをいまいちどこきやうへかへさせたまひてこひしきものどもをみせしめたまへとふたとせがあひだぞいのられけるひかずつもつてたちかふべきじやうえなければあさのころもをみにまとひきりべのわうじのなぎのはをいなりのやしろのすぎのはにはたむけつつくろめにつくとぞくわんじけるけがらはしき心ある時はさはべのみづをこりにかきいはたがはのきよきながれとおもひやりたかきところにのぼりてはほつしんもんとぞくわんじけるさるほどにやすよりにふだうはひに六十六どまゐりごへいがみのなければはなをたをりてへいとささげほんぐうしようじやうでんのおんまへにてつねはのつとをぞまをしけるそれあたりきたれるとしのついでぢしよう二ねんつちのえいぬのとしつきのならひは十ぐわつ二ぐわつ(イ十二月)ひのかず三百五十よケにちきちにちりやうしんをえらびてかけまくもかたじけなくましますにつぽんだい一だいれいけんゆや三しよごんげんひれうだいぼさつのけうりやううづのひろまへにしてしんじんのだいせしゆうりんふぢはらのなりつねならびにしやみしやうせう一しんしやうじやうのまことをいたし三ごふさうおうのこころざしをぬきんでてつつしんでもつてうやまつてまをすそれしようじやうだいぼさつはさいどくかいのけうしゆ三じんゑんまんのかくしゆなりりやうしよごんげんはあるひはとうばうじやうるりいわうのしゆしゆびやうしつぢよのによらいたりあるひはなんぱうふだらくのうけのしゆにふちうげんもんのだいしにやくわうじはしやばせかいのほんしゆせむゐしやのだいしちやうじやうのぶつめんをげんじてしゆじやうのしよぐわんをみてしめたまふここをもつてかみいちじんをはじめたてまつつてしもばんみんにいたるまであるひはげんせあんをんのためあるひはごしやうぜんしよのためにあしたにはじやうすゐをむすんでぼんなうのあかをすすぎゆふべにはしんざんにむかつてはうがうをとなふるにかんおうおこたることなしががたるみねのたかきをばじんとくのたかきにたとへれいれいたるたにのふかきをばぐぜいのふかきになずらふるくもをわけてのぼりつゆをしのぎてくだるここにりやくのちをたのまずんばいかがあゆみをけんなんのみちにはこばむやそれごんげんのゐとくをあふがずんばなんぞかならずしもいうゑんのさかひにましまさむやよりてしようじやうだいごんげんひれうだいぼさつしやうれんじひのおんまなじりをあひならべわれらがむにのたんせいをちけんしていちいちにこんしをなふじゆせしめたまへままのみ(イままのみ四字ナシ)そもそもむすぶはやたまのりやうしよごんげんはおのおのきにしたがつてあるひはうえんのしゆじやうをみちびきあるひはむえんのぐんるゐをすくはんがために七はうしやうごんのすみかをすて八まん四千のひかりをやはらげかりにすゐじやくとあらはれて六だう三うのちりにどうじたまへりさればぢやうごふやくのうてんぐちやうじゆとくちやうじゆのらいはいそでをつらねへいはくれいてんをささぐることひまなしにんにくのころもをかさねかくだうのはなをささげてしんでんのゆかをうごかししんじんのみづをすましてはりしやうのいけをたたへたりしんめいなふじゆしたまはばしよぐわんなんぞじやうじゆせざらんやあふぎねがはくば十二しよごんげんおのおのりしやうのつばさをならべはるかにくかいのそらにかけりさせんのうれへをやすめてすみやかにきらくのほんくわいをとげしめたまへさいはいさいはいとぞまをしける
卒都婆ながし
 さるほどに二にんのひとびとはあるよほんぐうしようじやうでんのおんまへにつやしてよもすがらねんじゆせられけるにおきのあらしことにはげしかりけるにいづかたよりともしらずこのはふたつ二にんのひとびとのそでのうへにふきかけたりはんぐわんにふだうなにとなうこれをとつてみけるにさしもこのあひだたのみをかけたてまつるみくまののなぎのはにてぞさふらひけるこのきのはに一しゆのうたをむしくひにこそしたりけれ
  ちはやぶるかみにいのりのしげければなどかみやこへかへらざるべき
ごんげんのごなふじゆうたがひなしとぞおぼえたるあるよまた二にんのひとびとにしのごぜんのおんまへにつやしてねんじゆせられけるにゆめうつつともわかざるにおきのかたよりかざりじんじやうにしたるこぶねを一さうなぎさによせよにうつくしきにようばうたち十よにんふねよりあがりつづみしらべひやうしをもたせつつにしのごぜんのおんまへにていまやうをこそうたはれけれよろづのほとけのぐわんよりもせんじゆのちかひぞたのもしきかれたるくさ木にもたちまちにはなさきみのるとこそきけとこれを二三どうたふかとおぼしくてかきけすやうにぞうせられけるにしのごぜんのごほんぢせんじゆせんげんにておはしますりうじんは廿八ぶしゆのそのひとつなればさだめてごやうがうなるらんとたのもしかりしおんことなりなかにもやすよりにふだうはみやこのこひしさのせつなるままにせんぼんのそとばをつくりあじのぼんじをかきけみやうじつみやうねんがうぐわつぴのしたには二しゆのうたをぞかきつけける
  さつまがたおきのこじまにわれありとおやにもつげよやへのしほかぜ
  おもひやれしばしとおもふたびだにもなほふるさとはこひしきものを
これをうらにもつていでにつぽんのかたをふしをがみなむきみやうちやうらいぼんてんたいしやく四だいてんわうけんらうじしんそうじてはにつぽん六拾よしうのだいせうのじんぎみやうだうべつしてはゆや三しよごんげんかいりうわうとうまでもあはれみをたれさせたまひてこのうちに一ぽんなりともこきやうへつたへてたばせたまへときせいしておきつしらなみのよせてはかへすたびごとにそとばをうみにぞうかべけるそとばはつくりいだすにしたがつてうみにいれければひかずつもればそとばのかずもつもりにけりおもふこころやたよりのかぜともなりたりけんまたしんめいぶつだやおくらせおはしましけん千ぼんのそとばのうちに一ぽんはるばると八へのしほぢをゆられきてあきのくにいつくしまのだいみやうじんのおまへのなぎさにうちあげたりここにやすよりがゆかりありけるそう一にんせんやうだうしゆぎやうしけるがあるときいつくしまにまゐりしやだんのていををがみたてまつるにこころもことばもおよばれず八しやのごてんはいらかをならべ百八十けんのくわいらうありしやとうはうみにのぞめるところにてしほのみちひにつきぞすむしほのさすときはおきのとりゐうちのくわいらうあけのたまがきにいたるまでことごとくみなるりのごとしまたしほのひくときはなつのよなれどもおまへのはくさにしもぞおくそれわくわうどうぢんのすゐじやくはいづれもとりどりなりとはまをせどもいかなればこのおんかみはかいまんのうろくづにえんをばむすばせたまふらんとごほんぢをみやびとにたづねたてまつればしやがらりうわうのだい三のひめみやたいざうかいのすゐじやくとぞまをしけるこのそういよいよたつとくおもひたてまつつてひねもすにほつせまゐらせやうやうひくれつきさしいでておまへのなぎさにたちいでまんまんたるかいしやうをみけるにそこはかとなくうちよせけるもくづのなかにそとばのかたのみえけるをこのそうなにとなうこれをとつてみけるにさつまがたおきのこじまとかきながせることのははやすよりにふだうがしわざなりもじをばゑりいれきざみつけたりければなみにもいそにもあらはれずしてよにもあざやかにこそみえにけれこのそうあはれにもまたふしぎにおもひおひのかたはらにさしみやこにのぼりやすよりがははやつまこどもの一でうのきたむらさきののへんにしのうでさふらひけるにとらせければらうぼこれをうけとりなみだをはらはらとながいてあはれこのそとばのもろこしのかたへもゆられもゆかでなにしにこれまでつたはりきてふたたびものをおもはすることよとてなきければつまこどももながされしときのおもひよりいまこのそとばをみけるにぞいとどおもひはふかかりけるそののちはるかえいぶんにおよんでほうわうかのそとばをめしよせえいらんあつてあなむざんこのものどもはいまだきかいがしまにながらへてあるにぞとてれうがんにおんなみだせきあへさせたまはずそののちうちのおとどのもとへつかはしおはしますだいふはまたちちのぜんもんにみせたてまつらるにふだうもいはきならねばよにもあはれげにこそのたまひけれそのころきやうちうにあやしのしづのをしづのめにいたるまでやすよりが二しゆのうたとてくちずさまぬはなかりけりかきのもとのひとまろはしまがくれゆくふねをおもひやまべのあかひとはあしべのたづをながめたまふすみよしのみやうじんはかたそぎのおもひをなしみわのみやうじんはすぎたてるかどをさすむかしそさのをのみことの三十一じをはじめおきたまひしよりこのかたもろもろのしんめいぶつぽふそのえいぎんをもつて百千まんのおもひをのぶ千ぼんのそとばなればさこそはちひさくもありけめにさつまがたよりみやこまでつたはりけるこそふしぎなれ
蘇武
 あまりにひとのおもふことはかくしるしありけるにやむかしかんてうのみかどここくをせめさせたまひしにはじめはりりようとまをすしやうぐんの十八さいになりけるにかんわうのはたをたうで十万きをさしそへてここくへむけられたりけるにここくのいくさこはくかんわうのいくさよわくしてみかたほどなくおつかへさるつぎのとしまたそぶとまをすしやうぐんの十六さいになりけるにかんわうのはたをたうで卅万きをさしそへてここくへむけられたりけるにこんどもまたここくのいくさこはくかんわうのいくさよわくしてみかたたたかひまけにけりそぶをはじめてつはもの千よにんをとりこにしほらにおひこめ三ねんといふにとりいだしそぶをはじめてつはもの六百よにんがかたももをいちいちにおしきつてひろきのべへおひはなつやがてしするもありほどへてむなしくなるもありそのなかにそぶ一にんはしなざりけりのべにいでてはくさのみをとりやまだにおりてはおちぼをひろひさはべのみづをえんとしてつゆのいのちをささへけりさるままにはたのむのかりはじめはそぶにおそれけるがしだいにみなるるままにおそるることこそなかりけれあるときそぶゆびのさきよりちをあやし一くをかいてかりのつばさにむすびつけこれをかんてうにもつてわたりみかどのごげんざんにいれよやといひふくめてぞはなちけるかひがひしくもたのものかりあきはかならずここくよりみやこへかよふものなればかんのせうていじやうりんゑんにみゆきなつてぎよいうありゆふされのそらうすぐもつてなにとなくものあはれなるをりふしひとつらのかりとびわたるそのなかにかりひとつとびさがつておのがつばさにむすびつけたるたまづさをくひきつてぞおとしけるくわんじんあやしみをなしこれをとつてみかどへたてまつるみかどひらいてえいらんあるにそぶがほまれのあとなれやむかしはがんくつのほらにこめられていたづらに三しゆんのしうたんをおくりきいまはくわうでんのうねにはなたれてむなしくこてきの一そくとなれりたとひかばねはこのちにちらすといふともたましひはかへつてふたたびくんべんにつかへんそしけいとぞかいたりけるみかどあなむざんこれはひととせそぶといつしものをここくへむけたりしがいまだながらへてあるにこそとてこんどはやうりとまをすしやうぐんの十九さいになりけるにかんわうのはたをたうで百まんきをさしそへてここくへぞむけられけるやうりはそぶがこなりけりやうり百万きをたまはつてここくにむかひせめけるにこんどぞここくのいくさよわくかんわうのいくさこはくしてここくほどなくやぶれにけりそののちそぶをばくわうやのうちよりたづねいだすかたあしはきられながら十九ねんのせいさうをおくりとし卅四とまをすにはかんきうばんりのなみのうへふたたびきうりへかへりけりそれよりしてぞふみをがんしよとなづけつかひをがんしとまをすなりかんかのそぶはしよをかりにつけてきうりへおくりほんてうのやすよりはうたをなみのたよりにこきやうへつたふかれはかりのつばさの一くのしこれはそとばのおもての二しゆのうたかれはかんてうこれはほんてうかれはじやうだいこれはまつだいさかひをへだてよよはかはれどもふぜいはいづれもおなじあはれなりしことどもなり
ゆるしふみ
 にふだうしやうごくのだい二のおんむすめちうぐうとてだいりにわたらせたまひけるがぢしよう二ねんのはるのころよりごなうときこえさせたまひしかばくものうへあめがしたのさわぎなるうへへいけのひとびとことにさわぎあはれけりいけくすりをつくしおんやうじゆつをきはむしよじにみどつきやうはじめてしよしやへくわんぺいをたてまつらるされどもごなうただにもわたらせたまはずごくわいにんときこえさせたまひしかばいつしかひきかへたるおんよろこびにてぞわたらせたまひけるしゆじやうこんねん十八さいちうぐう廿二にならせたまふまでわうじひとところもいできさせたまはずあはれこんどわうじにてわたらせたまはばいかばかりかめでたからましとたんだいまわうじごたんじやうなんどのあるやうにみなひとあらましごとをぞまをされけるしやうしゆくぶつぼさつにつけてはごさんへいあんきそうかうそうにおほせてはわうじたんじやうとぞいのりまをされけるおなじき六ぐわつついたつのひちうぐうごちやくたいありにんわうじのみやこれをごかぢありざすのみやは七ぶつやくしのほふならびにへんじやうなんしのほふをぞしゆせられけるきさきはつきのかさなるにしたがひておんみをのみくるしうせさせたまひてくごをもつやつやきこしめされずひすゐのおんかんざしはおんめのうへにところせくおもやせさせたまへるおんありさまなほいたはしきおんさまなりさるままにはかんのりふじんせうやうでんのやまひのとこにふしたうのやうきひりくわいつしはるのあめをおびふようのかぜにしをれつつをみなへしのつゆおもげなるよりなほうつくしきおんさまなりかかりけるをりをえてこはきおんもののけどもとりいれまゐらせごけんじやしきりなりまづはさぬきのゐんのごりやううぢのあくさふのおくねんなりちかのきやうさいくわうほうしふしがしりやうべつしてはきかいがしまのしやうりやうなんどそうらなひまをしけるきくもよにおどろおどろしうおそろしかりしおんことどもなりきんねんふりよなることどもあつてせじやういまだらくきよせざることもこれひとへにごりやうのゆゑなりとてさぬきのゐんのごつゐがうあつてしゆとくてんわうとがうしうぢのあくさふのぞうくわんぞうゐだいじやうだいじんじやういちゐをつかはさるちよくしはせうないきこれながとぞきこえしくだんのむしよはやまとのくにそうのかみのこほりかはかみのむらはんにやのの五三まいなりしをはうげんのむかしほりおこしてすてられしのちはしがいみちのべのつちとなつてねんねんにはるのくさのみしげれりしかるをいまちよくしたづねくだつてちよくめいをさづけられけれどもばうこんいかがおもはれけんおぼつかなしとぞひとまをしけるむかしもをんりやうはかくおそろしきことにのみこそまをしつたへたれくわざんのゐんのみよをいとはせたまひたりしはもとかたのみんぶきやうがりやうれいぜんゐんのおんものぐるはしうさんでうのゐんのおんめもごらんぜざりしはくわんざんぐぶがりやうとかやゐかみのないしんわうをばしゆだうてんわうとがうしさうらのはいたいしをばくわうごうのしきゐにふくす(イ早良の廃太子をば崇道天皇と号しゐかみの内親王をば皇后の職位に補す)かかりけるをりをえてかどわきのへいさいしやうのりもりのきやううちのおとどのもとにおはしてまことやらんうけたまはりさふらへばちうぐうごさんへいあんのおんいのりのおんためにさまざまのおんことどものさふらふなるなになにとまをすともたいしやにすぎたることはさふらふまじさらんにとつてはきかいがしまのるにんどもめしかへされたらんずるほどのくどくぜんごんはまたなにごとかさふらふべきとまをされたりければおとどいかさまにもちちのけしきをうかがうてこそみさふらはめとてあるときおとどちちのおんまへにおはしてちうぐうごさんへいあんのおんいのりのおんためにはなになにとまをすともたいしやにすぎたることはさふらふまじさらんにとつてはあのたんばのせうしやうがことをさいしやうのいたうなげきまをされさふらふがまことにふびんにさふらふなりちかのきやうがしりやうをなだめられんにつけてもいきてさふらふたんばのせうしやうをめしかへされたらんずるほどのくどくぜんごんはなにごとかさふらふべきひとのおもひをやめさせたまはばごぐわんもかならずじやうじゆしひとのねがひをみてさせたまはばちうぐうやがてごさんへいあんわうじごたんじやうあつてかもんのえいぐわいよいよひらけさふらふべしとまをされければにふだうしやうごくひごろはさしもよこがみをやられたりしがこんどはおもひのほかにやはらぎたまひてたんばのせうしやうをばめしかへすべきござんなれあのしゆんくわんややすよりほうしがことはいかにとのたまへばおとどそれもどうざいにてひとつはいしよにさふらへばともにめしこそかへされさふらはんずらめ一にんものこされたらんはなかなかざいごふのいんえんなるべうさふらふとまをされたりければにふだういやいややすよりほうしがことはさもやありなんしゆんくわんはずゐぶんにふだうがこうじゆによつてひととなりたるものぞかししかるにひがしやまししのたににじやうくわくをかまへてじやうかいがことをおろかにいひけるときくがきくわいなればしゆんくわんにおいてはおもひもよらずとぞのたまひけるそののちおとどさいしやうのもとにおはしてたんばのせうしやうをばめしかへさるべきにてさふらふなりおんこころやすくおぼしめされさふらふべしとのたまへばさいしやうなのめならずよろこびたまひてのりもりがごいつけのかたはしになりまゐらせたるしるしにやなどかこのこといまいちどよきやうにまをさるべきとおもひてやらんかれにあひぐせさせてさふらふものののりもりがかたをみさふらふたびごとになみだにむせびさふらふがあまりにふびんにぞんじてあながちにかくはまをしさふらふなりおとどそれはさぞおぼしめされさふらふらんこはたれとてもかなしければあのなりちかのきやうがことをもずゐぶんとりまをしさふらひしかどもきらくをまたずしてはいしよにてうせさふらひぬるうへはちからおよばずいきてさふらふたんばのせうしやうにおいてはおんこころやすくおぼしめされさふらふべしとのたまへばさいしやうてをあはせてぞよろこばれけるさるほどにきかいがしまのるにんどもすでにめしかへさるべきにさだまりしかばにふだうしやうこくよりおんゆるしぶみありさいしやうのもとよりもべつしてよろこびのつかひをぞそへられけるつかひはたんざゑもんのじようもとやすとぞきこえし七ぐわつげじゆんにみやこをたつあひかまへてよをひについでくだるべしとはのたまへどもこころにまかせぬかいろなればながづき廿かころにぞさつまがたきかいがしまにはつきにけるおつかひふねよりのぼりこれにきよねんみやこより三にんながされたまひしたんばのせうしやうどのやへいはんぐわんやすよりほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづのごばうのおはするところはいづくやらんとこゑごゑによばはつたりければににんのひとびとはれいのくまのまうでしておはせざりけりそうづ一にんしばのいほりにおはしけるがききたまひてはしるともなくたをるるともなくいそぎふなつきにおはしてこれこそきよねんみやこよりながされししゆんくわんよそもなにごとぞとのたまへばおつかひべつのしさいにてはさふらはずみやこよりのおゆるしぶみさふらふとてくびにかけたるふみぶくろよりとりいだしてたてまつるそうづなのめならずよろこびたまひていそぎしばのいほりにかへりこのふみをひらいてみたまへばぢうくわはをんるにめんずはやはやきらくのおもひをなすべしちうぐうごさんへいあんのおんいのりのおんためにたいしやおこなはるるによつてきかいがしまのるにんたんばのせうしやうなりつねへいはんぐわんやすより二にんしやめんとばかりにてそのなかにそうづ一にんもれにけるこそかなしけれうらにもやあるらんとうらをみたまふにもなしまたらいしにもやあるらむとらいしをみたまふにもなかりけりさるほどに二にんのひとびともやうやうげかうせられたるせうしやうのよまれけるにもやすよりがよみけるにも二にんしやめんとばかりにて三にんとはいれられずそうづこはいかにつみもおなじつみはいしよもひとつところぞかしうきもしづみもともにこそおこなはるべきにさればしひつのあやまりかやまたはへいけのおぼしめしわすれかやみやうけんはこはいかにしたまひつることぞやとてふみをはしよりおくへまきおくよりはしにまきかへしてんにあふぎちにふしかなしみたまへどかひぞなきさればこれはゆめかやうつつかやうつつかとおもはんとすればさながらゆめのごとくなりさるほどに二にんのひとびとはよろこびまをしのくまのまうでをぞしたまひけるそうづひごろはおぼろけにてもまゐりたまはぬひとのせうしやうのそでにすがりやすよりにふだうがたもとにとりつきなくなくまゐりたまひあひかまへてこのことひとのうへとおもひたまふべからずしゆんくわんがいまかかるうきめにあふこともこだいなごんどののよしなきむほんのゆゑぞかしみやこまでとまをさばこそかたからめこのふねにうちのせて九こくのちまでつけたまひてそののちはすておきたまふべしとかきくどきてのたまひければせうしやうそれはさぞおぼしめされさふらふらんなりつねみやこをいではるばるとやへのしほぢをこぎすぎてかかるうきしまにながされいちにちへんしながらふべしとはぞんぜざりしかどもつゆのいのちきえやらでいまめしかへさるるうれしさもさることにてはさふらへども一にんのこされたまふいたはしさまをすばかりもさふらはずこのふねにうちのせたてまつつて九こくのちまでつけまゐらせんこといとやすきおんことにてはさふらへどもおつかひもいかにもかなふまじきよしをまをしさふらふうへみやこよりもおんゆるされもさふらはざらんに三にんともにしまをばいでたりなんどきこえさふらひてはなかなかあしうさふらふべしこんどはまづなりつねみやこにのぼりひとびとにもよきやうにまをしあはせまたはにふだうしやくごくのけしきをもうかがうてやがてひとをむかひにたてまつるべしあひかまへてよしなきことどもおぼしめしたたでみやこのつてをまちたまふべしなんどやうやうにこしらへのたまひけれどもそうづはいささかくつろぐここちもしたまはずさるほどにじゆんぷういできにしかばふねをいだすせうしやうのかたみにはよるのふすまやすよりにふだうがかたみには一ぶのほけきやうをとどめおきたりけれどもそうづはなほなぐさむここちもしたまはずかねてよりふねにのつてはおりおりてはのりあらましごとをぞしたまひけるおつかひおんゆるされもさふらはざらんになにしにおふねにはめさるべきとてあらけなくおひおろしたてまつつてやがてふねをばいだしけりそうづはなほもふねのともづなにとりつきこしになりわきになりたけのおよぶほどはひかれておはしけるがたけもおよばぬほどにもなりしかばまたむなしきなぎさにおよぎかへりをさなきものどものははやめのとをしたふやうにこれぐしてゆけやわれのせてゆけやとてをめきさけびたまへどもこぎゆくふねのならひにてあとはしらなみばかりなりいまいくほどもへだたらねどもなみだにくれてみえざればおきのかたをぞまねかれけるかのまつらさよひめがもろこしぶねをしたひつつひれふりたりけんもこれにはすぎじとぞみえしせうしやうはよろづになさけあるひとにておはしければさだめてよきやうにぞまをされんずらんとてそのせにみをもなげざりしこころのほどこそうたてけれそうづそのよはしばのいほりへもかへりたまはずなみにあしうちあらはせてそのよはそこにてなきあかすかのさうりそくりといつしひとかいかんざんにはなたれてむなしくなりたりしもこれにはすぎじとぞみえしさるほどに二にんのひとびとはうらづたひしまづたひして十ぐわつ廿かごろにはひぜんのくにかせのしやうにぞつきたまひけるあひさいしやうみやこよりひとをくだしてとしのうちはなみかぜもはげしければしばらくそれにてゆをもあびみをもいたはりたまひてはるになりてのぼりたまふべしとのたまひつかはされたりければ二にんのひとびとそのとしをばひぜんのくにかせのしやうにてぞおくられける
御産の巻
 さるほどにみやこにはおなじき十一ぐわつ十二にちのとらのこくばかりよりちうぐうごさんのけわたらせたまふとてきやうちうろくはらひしめきけりきよげつ廿七にちよりをりをりそのけわたらせたまひけるがことにはけさのとらのこくばかりよりとりたてたるおんことどもにてぞわたらせたまひけるごさんじよはろくはらなりければほうわうもごかうなるそのほかだいじんくぎやうでんじやうのじしんやくいのかみてんやくのかみおんやうのかみみなわれもわれもとはせまゐらるにふだうどのも二ゐどのもむねにてをおきたまひてひとのまゐつてものまをすときはただなにごともよきやうによきやうにとばかりぞのたまひけるさりともじやうかいがいくさばなんどへいでたらんにはこれほどにしもおくせじものをとぞのちにはのたまひけるこまつどのはなにごとにもさわぎたまはぬひとにておはしければはるかにひたけてのちおんむま十二ひきひかせつつちやくしごんのすけせうしやうこれもりじなんゑちぜんのせうしやうすけもりいげのきんだちのくるまやりつづけさせよにものどやかげにてぞおはしたるおとどまゐりもはてたまはずしやきん千りやうなんれう百ぎんけん七ぎよい四十りやうひろぶたにおいていだされたりおほかたきらきらしうぞみえし五でうのだいなごんくにつなきやうもおんむま二ひきしんじやうせらるおとどのおんむままゐらせられけることはかつはきさいのみやのおんせうとなるうへふしのごけいやくあればことわりやくにつなきやうのおんうまのまゐらせられやうはこころざしのいたりかまたはとくのあまりかとぞひとびとかたぶきあはれけるこまつどののおんむままゐらせられけることはいんじくわんこうに一でうのゐんのきさきじやうとうもんゐんごさんのときみだうどののおんむままゐらせられたりしそのれいとぞきこえしまたたいしやおこなはれけることはだいぢ二ねん九ぐわつ七かのひとばのゐんのきさきたいけんもんゐんごさんのときゆるしものおこなはれてぢうくわのもの三百よにんくわんいうせられたりしこんどそのれいとぞきこえしじんじやにはいせいはしみづをはじめたてまつつて廿二しやにくわんぺいありまたじんめをまゐらせられけることもかもをはじめたてまつつてあきのいつくしまにいたるまで廿三しやとぞきこえしぶつじにはとうだいこうふくえんりやくをんじやうじをはじめとして四十二ケしよへみじゆきやうもののおつかひにはみやのさぶらひのなかにうくわんのものどもうけたまはつてひやうもんのかりぎぬにたいけんしたるものどもがひがしのちうもんよりいでてにしのちうもんへいるいろいろのみじゆきやうものぎよけんぎよいもちつづいたるありさまはめづらしかりしみものなりぶつしよのほういんにおほせてはごしとうじんの七ぶつやくしのざうならびに五だいそんのざうをつくりはじめらるにんわじのみやくじやくきやうのほふてらのちやうりこんがうどうじのほふざすのみや七ぶつやくしのほふそのほか一じきんりん五だいこくうざう五だんのほふ六じかりん八じもんじゆふげんえんめいのほふにいたるまですべてだいほふひほふのこるところなくしゆせられけりごまのけぶりはごしよちうにみちみちすずのこゑはくもをひびかししゆほふのこゑにはみのけよだつごけんじやにはばうかくしやううんりやうそうじやうしゆんげうほういんがうせん実せんりやうそうづいげのごけんじやたちねんらいしよぢのほんぞんほんじほんざんのさんばうとしごろのぎやうこふをもつておのおのそうがのくどもをあげあせをながしくろけぶりをたててもみあはれたるけいきいかなるおんもののけなりともおもてをむかふべしともみえざりけりそのほかあらはるるところのおんもののけどもをばみやうわうよりましのばくにかけてせめふせせめふせをどりくるふありさまはおそろしなんどもおろかなりほうわうはいまくまのへごかうなるべきにてごしやうじんのおついでなりければみきちやうちかうござあつてせんじゆきやうをうちあげうちあげあそばされけるにぞさしもをどりくるふおんよりましどももしばらくばくをしづめてちやうもんつかまつりけるなによりもほうわうのおほせけるおんことばこそかたじけなうはうけたまはれたとひいかなるおんもののけなりともこのおいほうしがかくてさふらはんほどはいかでかたやすくちかづきたてまつるべきただしさぬきのゐんのごりやうばかりなりそれもごつゐがうののちはおんうらみあるべしともぞんぜずそのほかつぎさまのものどもはてうおんをもつてみなひととなりたるものぞかしたとひはうしやのこころをこそぞんぜずともあにしやうげをなさんやとうとうまかりしりぞきさふらへとてによにんしやうさんしがたからんときにのぞんでじやまじやしやうしてくしのびがたからんときもこころをいたしてだいひしゆをしようじゆせばきじんたいさんしてあんらくにしやうぜんととなへさせたまひておんじゆずさらさらともませもはてさせたまはぬにごさんへいあんのみならずわうじにてぞましましけるなかにもほん三ゐのちうじやうしげひらのきやうのいまだそのころちうぐうのすけにておんまへにさふらはれけるがみすのうちよりつつといでごさんへいあんのみならずわうじごたんじやうさふらふぞやとたからかにまをされたりければほうわうをはじめたてまつつておのおののじよしゆすはいのごけんじやにいたるまで一どうにあはやとまをしあはれけるこゑごゑのはるかにもんぐわいまでもののめいてしばしはしづまりもやらざりけりにふだうしやうごくあまりのうれしさにやこゑをあげてぞなかれけるよろこびなきとはこれをまをすべきにやほうわうはいまくまのへごかうなるべきにてはるかのもんぜんにみくるまたてさせられたりければいそぎごたいしゆつありにうだうあまりのめでたさにやふじのわた千りやうおつさまにほうぢうじどのへしんじやうせらるほうわうこれおほきにむやくなりとていそぎごけんじやのうちへぞくだされけるそののちほうわうはいまくまのへごかうなる七かごさんろうのうちにごあんじちのまへにこんどほうわうの六はらにてのごけんじやのごしやうようほこりあるべしといふらくしよをぞたてたりけるいかなるあどなしもののしわざにてかありけんをかしかりしことどもなりそののちこまつどのごさんじよへまゐらせたまひきんせん九十九もんをわうじのおんまくらがみのしたにおきくはのゆみよもぎのやをもつててんち四はうをいてんをもつてはちちとさだめちをもつてはははとさだむみこころにはてんせうだいじんいりかはらせたまへごじゆみやうちやうをんはむかしのほうそとうばうさくがよはひをたもたせたまへといはひまゐらつさせたまひてやがておんほそのをきりまゐらつさせたまひけり
公卿揃(あひ)
 おんちつけにはへいだいなごんときただのきやうのきたのかたそつのすけどのぞまゐられけるさきのうだいしやうむねもりのきやうのきたのかたこそまゐらせたまふべけれどもさんぬる七ぐわつにせいきよのうへはたいしやうだいなごんりやうくわんをじしまをされてむねもりきやうはろうきよとぞきこえしあはれこんどしゆつしあらばきやうだいさうにあひならびたまひていかばかりかめでたからましむねもりのろうきよほいなかりしことどもなりさればふるきひとびとやつぼねのにようばうたちのまをしあはれけるはあはれこにようゐんだにもわたらせたまはんにはこれほどしもおんかるがるしきおんことはよもわたらせたまはじだいじやうほうわうのごけんじやじやうこにもうけたまはらずまたまつだいにもあるべしともぞんぜずこんどのごさんにめでたかりしはわうじたんじやうかたじけなかりしはほうわうのごけんじやいうなりしはこまつどののふるまひおもはざりしはにふだうしやうごくのよろこびなきほいなかりしはむねもりのろうきよまたあやうかりしことはわうじたんじやうのときはごてんのむねよりこしきをみなみへころばかすことのさふらふをひめみやたんじやうのやうにききなしてきたへむけてころばかすひとびとあれはいかにととよまれてまたからげなほしてみなみへおとしなほしたりしぞこれきたいのあやまりなるまたをかしかりしことにはかもんのかみときはるとまをすおんやうしの千どのおはらひのやくにめされてまゐりけるがしよじうなんどもほくせうなりけるにひとのおほきことはたうまちくゐのごとしひざをよこたふるにおよばねばやくにんのまゐりさふらふまゐりさふらふとてたいぜいのなかをおしわけおしわけまゐるほどにいかがはしたりけむみぎのくつをふみぬかれうつぶしてとらんとしけるをかうぶりをさへにつきおとされてそくたいただしきらうしやのもとどりはなちにてゆるぎいでたりけるにぞみなひとはらのわたをばきられけるときはるわがみのうへとはつゆしらずかかるめでたきごさんじよにいかなるけうけいのいできてさふらふやらんとてあきれてたつたりければこらへかねたるわかきひとびとはみなかんしよへいでてぞわらはれけるおんやうしはへんばいとてあしをだにもあらけなくふまずとこそうけたまはりつるにそのときはなにともおもはざりしかどものちにこそおもひあはすることどもおほかりけれこんどふさんのくぎやうにはまづさきのうたいしやうむねもりおほみやのだいなごんたかすゑ七でうのしゆりのだいぶのぶたかのきやうをさきとしていじやう十三にんとぞきこえしこのひとびとはつぎのひゑぼしひたたれにておんよろこびまをしににし八でうへまゐられけるとぞきこえしさるほどにごさんじよにまゐりこもらせたまふひとびとにはくわんぱくまつどのめうおんゐんのだいじやうだいじんもろながおほゐみかどのさだいじんつねむねつきのわのうだいじんかねざねこまつのないだいじんしげもりごとくだいじのさたいしやうさねさだげんだいなごんさだふさ三でうだいなごんさねふさとうだいなごんさねくに五でうだいなごんくにつななかのみかどのちうなごんむねいへいけのちうなごんよりもりくわざんのゐんのちうなごんかねまさべつたうただちかあぜちすけかたげんちうなごんまさよりとうちうなごんすけながごんちうなごんさねつなさゑもんのかみときたださひやうゑのかみしげのりうひやうゑのかみみつよしくわうごぐうのだいぶともかたへいさいしやうのりもりひだりのさいしやうちうじやうさねむねみぎのさいしやうちうじやうさねいへさだいべんさいしやうながかたうだいべんのさいしやうつねふさ六かくのさいしやうよりさだほりかはのさいしやういへみちしんさいしやうのちうじやうみちちかさきやうのだいぶながのり三ゐのちうじやうとももりしん三ゐのさねきよいじやう卅三にんうだいべんのほかはみなちよくいなり
頼豪
 そののちだいりにはこんどのごさんのおんいのりのきそうかうそうたちにけんしやうおこなはれけりにんわじのみやはとうじしゆざうならびに五七にちのみしゆほふたいけんのほふくわんちやうのこうぎやうあるべしとてみでしゑんりやうほうげんをほういんにきよせらるざすのみやは二ほんならびにぎうしやをまをさせたまひけるをおむろしきりにあたへ(ささへノ愆カ)まをさせたまひければみでしかくせいそうづをほういんにきよせらるむかししらかはのゐんのきさきはきやうごくのおほとののおんむすめなりしゆじやういかにもしてきさきばらにわうじあらまほしうおぼしめされければそのころみゐでらにうげんときこゆじつさうばうのあじやりらいがうをめされてなんぢきさきばらにわうじいのりいだしてまゐらせよけんしやうはこひによるべしとおほせければらうがうかしこまつてうけたまはりおんまへをついたつてみゐでらにかへりぢぶつだうにとぢこもり百にちかんたんをくだきていのりまをされたりければそのしるしにやきさきほどなうごくわいにんあつてしようはう二ねん七ぐわつ九かのひおぼしめすさまにごさんへいあんわうじごたんじやうありとかやしゆじやうなのめならずぎよかんあつてやがてらいがうをめされてごぐわんははやじやうじゆしぬさてなんぢがけんしやうはいかにとおほせければらいがうかしこまつてうけたまはりみゐでらにかいだんこんりふつかまつるべきよしをまをすしゆじやうこはいかに一かいそうじやうなんどをものぞみまをさんずるかとおぼしめされたればぞんぐわいのまをしやうかなわれわうじをまうけまゐらせてそをつがしめんとおぼしめすもただかいだいぶゐをおぼしめすゆゑなりなんぢがしよまうたつせばりやうもんかつせんしててんだいのぶつぽふことごとくほろびなんずつゆおぼしめしよらぬおんことなりとてつひにきこしめしもいれさせたまはずらいがうもつてのほかにいかれるけしきにておんまへをついたつてみゐでらにかへりぢぶつだうにとぢこもりひとへにひじににせんとぞしけるしゆじやうこのよしをつたへきこしめされてがうそつまさふさのきやうのいまだそのころみまさかのかみにておはしけるをめされてなんぢはらいがうにしだんのけいやくあんなればみゐでらにゆきむかひやうやうにこしらへてみよかしとおほせければまさふさかしこまつてうけたまはりいそぎみゐでらにゆきむかひちよくぢやうのおもむきいひふくめけるにらいがうとみにもいでやらずややあつてふすぼつたるだうぢやうのうちよりおそろしげなるこゑをもつてくんしにたはぶれのことばなしりんげんあせのごとしとこそうけたまはれまをすむねをごしよういんなからんにおいてはわがいのりいだしたてまつりたるわうじなればとりたてまつつてまだうへこそゆかんずれとてそののちはものをもまをさずまさふさのきやうおほきにおどろきいそぎだいりにかへりまゐつてこのよしをそうしまをされたりければきんちうもつてのほかにさわがせたまふほどこそありけれ十四にちとまをすにはらいがうつひにひじににこそはしたりけれそののちわうじらいがうがりやうとてつねはなやませたまひしがあるときはすずもちたるらうそうまたあるときはみづがめもちたるそうのわうじのおんまくらちかうまゐるとおぼしきときはごなういよいよおもらせたまひしがおんとし四さいとまをしししようりやく二ねん八ぐわつ六かのひつひにかくれさせたまひけりあつぶんのしんわうこれなりしゆじやうなのめならずおんなげきあつてそのころのさいきやうのざすりやうしんだいそうじやうのいまだそのころゑんゆうばうのそうづにておはしけるをめされてたまたままうけまゐらせたるわうじをうしなひたてまつりたるよしをおほせければゑんゆうばうのそうづかしこまつてうけたまはりむかしよりよよのみかどのごぐわんはわがやまにてこそとげさせたまふおんことにてはさふらへされば九でのうしようじやうもてんだいのじゑそうじやうにしだんのけいやくさふらひてこそれいぜんのゐんのごさんもへいあんにはわたらせたまひけむなれわがやまのぶつぽふさんわうのごゐくわういまにはじめぬおんことなりとていそぎとざんしてぢぶつだうにとぢこもりかんたんをくだきていのりまをされたりければそのしるしにやきさきほどなうごくわいにんあつてしようりやく三ねん十二ぐわつ廿九にちにおぼしめすさまにごさんへいあんわうじごたんじやうありとかや八さいよりみくらゐにつかせたまひございゐ廿一ねんさしもけんわうせいしゆのきこえわたらせたまひしがこれもらいかうがりやうとてをりをりなやませたまひしがおんとし廿九とまをししかしよう二ねん七ぐわつ十九にちにつひにかくれさせたまひけりほりかはのてんわうこれなりむかしもをんりやうはかくおそろしきことにのみこそまをしつたへたれさればいまのきかいがしまのしゆんくわんをもともにめしこそかへされんずらめおそろしおそろしとぞひとまをしける
大塔建立
 にふだうしやうごくのだい二のおんむすめちうぐうとてだいりにわたらせたまへばあはれきさきばらにわうじいできさせたまへかしにふだうしやうごくふうふともにぐわいそふぐわいそぼといはれてんがをわがままにせむとおもはれければひよしのやしろへ百にちまうでなんどしていのりまをされけれどもそのしるしもなかりければさらばわがあがめたてまつるあきのいつくしまへまをさんとてみとせつきまうでなんどしていのりまをされたりければそのしるしにやきさきほどなくごくわいにんあつておぼしめすさまにごさんへいあんわうじごたんじやうありとかやそもそもにふだうしやうごくのあきのいつくしまをしんじはじめられけるゆゑをいかにとまをすにそのかみいまだあきのかみたりしときとばのゐんのごぐわんかうやのだいたふこんりふあるべしとてあきすはうながと三ケこくをたまはつてかうやにのぼりだいたふこんりふ六ねんにことをへてのちきよもりおくのゐんにまゐりつやしてねんじゆせられけるにゆめうつつともわかざるにひたひには四かいのなみをたたみまゆにはしもをたれふたまたなるかせづゑにすがつたるらうそう一にんいでさせたまひきよもりにたいめんあつてややはるかにおんものがたりありわれこのやまにみつしうをひろめてとしひさしだいたふこんりふことをはつたりてんがにまたもさふらふまじさらむにとつてはゑちぜんのけひのやしろとあきのいつくしまのやしろはともにりやうかいのすゐじやくにてわたられたまふなかにもこんがうかいのすゐじやくゑちぜんのけひのやしろはめでたうさかえてましませどもたいざうかいのすゐじやくあきのいつくしまのやしろのはいゑしてひさしくなきがごとくにさふらふをこれをもまをしてしゆざうしたまへかしさだにもさふらはばごへんのくわんかかいにおいてはてんがにならぶものもあるまじきぞとてたたれければきよもりふしぎのおもひをなしひとをつけてみせられければ一ちやうばかりはみえたまひてそののちみえたまはずつかひかへつてこのよしまをしたりければきよもりたつとやまことのだいしにてましましけるぞやそのぎならばしやばせかいのおもひいでひとつせんとてだんにかへりりやうかいのまんだらをすみゑにこそうつさせられけれさいまんだらをばじやうめうほういんとまをすゑしにうつさせらるとうまんだらをばきよもりみづからかかれけるがなかにも八えふのちうぞんのはうくわんをばかうべよりちをいだしてかかれけるとぞうけたまはるきよもりみやこにのぼりゐんのごしよにまゐつてこのよしをそうしまをされたりければほうわうなのめならずぎよかんあつてさらばあきのいつくしまをもしゆざうせよやとてあきすはうながと三ケこくへまたにんをのべられけりきよもりうけたまはつていつくしまにわたりとりゐをたてかへやしろやしろをつくりあらためらる百八十けんのくわいらうことゆゑなうとげてのちきよもりみやうじんのおんまへにまゐりつやしてねんじゆせられけるにゆめうつつともわかざるにごはうでんのみとおしひらきうちより十二三ばかりなるよにうつくしきどうじ一にんいでさせたまひややなんぢてんがをばこれをもつてをさむべしとてぎんにてひるまきしたるしらえのこなぎなたをたまはるとみてうちおどろいてみたまへばすなはちまくらにぞさふらひけるきよもりやがてかぐらをまゐらせられければみやうじんないしにのりうつらせたまひてなんぢしれりやわすれりやあるひじりをもつていはせしことはただしあくぎやうあらばしそんまではかなふまじとてみやうじんあがらせたまひけりありがたかりしおんことなりおなじき十二ぐわつ十六にちにしゆじやうごさんじよへぎやうかうなるやがてくわんかうとぞきこえしおなじき廿かのひわうじしんわうのせんじをかうぶらせたまふにはこまつのないだいじんしげもりこうとぞきこえしごさんありてのちわづか卅よにちひといつしかなりとぞまをしけるひかずふればちうぐうだいりへまゐらせたまふさるほどにとしくれてぢしようも三とせになりにけり
少将の都がへり
 ぢしよう三ねんしやうぐわつ十かのひたんばのせうしやうなりつねへいはんぐわんやすよりにふだうと二にんはひぜんのくにかせのしやうをたつてみやこへとはいそがれけれどもよかんもいまだはげしくてかいじやうもいたくあれければふねのうちにてひかずをおくりきさらぎ廿かごろにぞびぜんのこじまにはつきたまひけるそれよりちにわたりありきのべつしよにたづねいりちちだいなごんどののすみたまひしところにおはしてみたまふにあやしのしづがいへなればむぐらしげりてかきをとぢまつのはつもりてのきをうづむしばひきむすぶいほのうちこのはかきしくやどなれやふるきしやうじたけのはしらにかきおきたまひしふでのすさみをみたまふになみだせきあへたまはずあんげん三ねん七ぐわつ廿かのひしゆつけおなじき廿五にちにのぶとしげかうともかかれたりさてこそげんざゑもんのじようのぶとしがまゐりたるをもしられけれそばなるかべには三ぞんらいがうたよりあり九ほんわうじやううたがひなしともかかれたりさすがこのひとこんぐじやうどののぞみもおはしけるにやとかぎりなきなげきのうちにもいささかたのもしくぞおもはれけるあはれひとののちのよまでのかたみにはしゆせきにすぎたるものあらじろてんかわかずふぜいなほおなじぬしはおはせねどもはかなきあとはうせざりけりかきおきたまはずばいかでかこれをもしるべきとてやすよりにふだうと二にんよみてはなきなきてはよみぞしたまひけるそののちはかをたづねたてまつるにひがしへ十よちやうゆきてまつのひとむらあるなかにかひがひしうだんをつきたることもなくそとば一ぽんもみえざりけるにせうしやうつちのすこしたかきところにそでかきあはせいきたるひとにむかひてものをまをすやうにかやうにこのよにもわたらせたまはずとほきおんまもりとならせたまひたるおんことをばしまにてかすかにつたへうけたまはつてはさふらへどもこころにまかせぬうきみなればいそいでまゐることもさふらはずなりつねみやこをいではるばるとやへのしほぢをこぎすぎてかかるうきしまにながされ一にちへんしながらふべしとはぞんぜざりしかどもつゆのいのちきえやらでいまめしかへさるるうれしさもさることにてはさふらへどもおなじうはいきてこのよにわたらせたまふをみまゐらせてもさふらははばこそいのちながらへたるかひもさふらはめこれまでこそいそがれつれいまよりのちはいそぐべしともおぼえずとてかきくどいてぞなかれけるまことにぞんじやうのときならばまづこだいなごんどのこそいかにやとものたまふべきにしやうをへだつるならひほどくちをしかりけるものあらじこけのしたにはたれかはこたふべきただあらしにさわぐまつのひびきばかりなりそのよはやすよりにふだうもふたりはかのまはりをぎやうだうしあけければはかにだんゆゆしうつかせつつくぎぬきしまはさせはかのまへにはかりやをうつてそうをあまたしやうじたてまつり七か七よがあひだふだんねんぶつまをさせわがみはきやうをぞかかれけるけちぐわんにはおほきなるそとばをたてくわこしやうりやうしゆつりしやうじしようだいぼだいとかきとどめねんがうぐわつぴしたにはかうしなりつねとぞかかれたる三ぜ十ぱうぶつだのしやうしゆもあはれみたまひばうこんそんれいもいかにうれしとおもはれけむとしさりとしきたれどもわすれがたきはぶいくのむかしのおんゆめのごとくまぼろしのごとしつきがたきはれんぼのいまのなみだなりさればあやしのしづやまがつのこころなきものまでもいかなるののすゑやまのおくにもこをばもつべかりけるものかなとてみななみゐてそでをぞぬらしけるそののちせうしやうはかのまへにかしこまりいましらばらくもさふらひてねんぶつのこふをもつむべうさふらへどもみやこにまつらんひとのおぼつかなくもさふらふらんにまたこそまゐりさふらはめとまうじやにいとままをしつつなくなくそこをぞたたれけるさこそはだいなごんもくさのかげにてなごりをしうやおもはれけむおなじき三ぐわつ十六にちにせうしやうとばにつきたまふだいなごんのさんざうすはまどのとてとばにありすみあらしてとしへにければついぢはあれどもおほひもなくもんはあれどもとびらなしにはにたちいりみたまへばじんせきたえてくさふかくいけのみぎはをみまはせばあきのやまのはるかぜにしらなみしきりにおりかけてしゑんはくおうせうえうすけうぜしひとのこひしさにつきせぬものはなみだなりいへはあれどもらんもんおちてしとみかうしもたえてなしここはだいなごんどののすみたまひしところこのしやうじをばかうこそありたまひしかこのとをばとこそたてたまひしかこのつまどをばかうこそいであひたまひしかこのきをばみづからこそうゑおきたまひしかなんどちちのことをことにふれてよにもなつかしげにこそのたまひけれやよひなかの六かなればはなはいまだなごりありやうばいとうりのこずゑこそをりしりがほにいろいろなれむかしのあるじはなけれどもはるをわすれぬはななれやせうしやうはなのもとにたちよつてとうりものいはずはるいくばくかくれぬえんかあとなしむかしたれかすみしふるさとのはなのものいふよなりせばいかにむかしのことをとはましこのふるきしいかをえいぜられけるにぞやすよりにふだうもそぞろになみだをながしつつすみぞめのそでをぞぬらしけるくるるほどとはおもはれけれどもなほもなごりのをしければよふくるまでこそおはしけれあれたるやどのならひにてふるきのきのいたまよりもるつきかげはくまぞなきけいろうのやまあけなんとすれどもいへぢはなほもいそがれずさてしもあるべきならねばなみだをおさへていでられけりあけければみやこよりめんめんにのりものどもとばのへんまでつかはされたりけれどもやすよりにふだうはせうしやうのおんなごりををしみたてまつつてひとつくるまにのり七でうかはらにてゆきわかれけるがたがひになごりををしみつつしばしははなれもやらざりけりまことにをしかるべしたびびとがひとむらさめのすぎゆくときいちじゆのもとにたちやどりゆきわかるるだになごりはしたふならひなりはなのもとのはんじつのかくつきのまへの一やのともだにもなごりはをしきならひなりいはんやこのひとびとはこのみとせがあひだうかりししまなみのうへふねのうちのともなれば一ごうしよかんのちぎりにてぜんせのはうえんもあさからずやおもはれけんさるほどにやすよりにふだうはひがしやまさうりんじへとてゆきければせうしやう六はらへいりたまふせうしやうのははうへりやうぜんにおはしけるがきのふよりさいしやうのもとにおはしてまたれけるがせうしやうのいりたまふをただひとめみたまひていのちだにあればとばかりにてまたひきかづきてぞなかれけるさいしやうのうちのじやうげなんによみなひとつところにさしつどひよろこびのなみだをばながしけるせうしやうのめのとの六でうがくろかりしかみもしろくなりきたのおんかたのさしもはなやかなりしおんありさまもこのみとせがあひだのつきせぬおんものおもひにやせくろませたまひてそのひとともみえたまはずまたせうしやうのながされたまひしとき三さいになられけるをさなきひともことしは五さいになられけるはるかにおとなしうなつてかみゆふばかりにぞみえられけるまたきたのかたのかたはらにみつばかりなるをさなきひとのおはしけるをせうしやうあれはいかにとのたまへばめのとのにようばうこれこそとばかりにてなみだにむせびければせうしやうまことやながされしときたいないにありしをこころもとなうみすててくだりしがさてはべちのことなうむまれそだちたることのふしぎさよどぞのたまひけるそののちせうしやうふたたびきみにめしつかへてさいしやうのちうしやうまであがられけるとぞきこえしさるほどにやすよりにふだうはひがしやまさうりんじのやどにおちついてまづとどめおきたりけるははのゆくへをとひけるにちかきあたりのひとのまをしけるはさんさふらふそれはきよねんのはるのころまではこれにおんわたりさふらひしがそれもなほひとめをつつませたまひて一でうのきたむらさきののへんにしのうでおんわたりさふらひしがおんのぼりのよしをききたまひてなのめならずよころばせたまひしがすぎにしきさらぎのころよりおんかぜのここちとやらんきこえさせたまひしがつひにむなしうならせたまひてけふははやいつかなりとぞまをしけるやすよりにふだうなみだをながしわれひぜんのかせのしやうのにてとしをおくりびぜんのありきのべつしよにてひかずをだにもおくらずばなどかいま一どははをみたてまつらざるべきさだめなきよのならひなり一しやうはこれゆめのごとしたれか百ねんのよはひをごせんばんじはみなむなしいづれかじやうぢうのおもひをなさんとえいじつつふるきのきのいたまよりもるつきかげのおぼろなるをみてなくなくよみたりけるとぞふるさとののきのいたまにこけむしておもひしほどはもらぬつきかなとくちずさみつつやがてそこにろうきよしてうかりしむかしをおもひやりはうもつしふといへるものがたりをつくりけるとぞうけたまはるあはれなりしことどもなり
蟻王が島くだり
 なかにもほつしようじのしゆきやうしゆんくわんそうづのわらはにありわうかめわうとてさふらひけるがともにしうのことをぞかなしみけるなかにもかめわうはそのおもひのつもりにやほどなうはかなくなりにけりなほもうきよにありわうはあはたぐちのへんにしのうでさふらひけるが二にんのひとびとはめしかへされてのぼりたまひぬそうづ一にんしまにとどまりたまふときこえしかばもしやととばのへんまでゆきむかうてみけるにまことに二にんのひとびとはみえたまへどもわがしうはみえたまはずひとにとへばしまにとどまりたまひぬとぞまをしけるわらははんぐわんにふだうのそばちかうたちよつてことのしさいをとひけるにやすよりにふだうしまのありさまをこまやかにかたりければいとどせんかたなくかなしくてつきせぬはなみだりわらはわれみやこにてかくものをおもはんよりしまへたづねまゐらせてまゐりかはらぬおんすがたをもいまいちどみもしみえたてまつらばやたとひまたこのよになきみとなりたまひたりともおんこつをもとりてたつときところにをさめばやとおもひければひとにはいはねどもないないはいでたちけりそうづのひめぎみのならにおはしければわらはならにくだつてひめぎみにまをしけるは二にんのひとびとはめしかへされてのぼりたまひぬかみの一にんしまにとどまらせおはしますがあまりにあさましうぞんじさふらふかなはぬまでもしまへたづねまゐらせてまゐらばやとこそぞんじさふらへおんふみやさふらふとまをしたりければひめぎみなのめならずよろこびたまひてやがておんふみあそばしてぞたうだりけるわらはひめぎみのおんふみたまはつていきながらめいどにおもむくここちしておもひければよもゆるさじとておやにもきやうだいにもしらせずしてみやこのうちをしのびつつまぎれいでさつまがたへぞおもむきけるもろこしぶねのともづなはうづきさつきにとくなればなつごろもたつをおそしとまちかねてやよひのすゑにみやこをたつてはるばるとやへのしほぢをしのぎつつさつまがたへぞくだりけるわらはさつまのちにおちついてしまへわたらんとびんせんをこへばひとあやしめいしやうをはぎとりなんどしけれどもわらはすこしもこうくわいせずひめぎみのおんふみばかりをこそひとにしられじともとゆひのなかにはいれたりけれとかくしてあきびとのふねにびんせんししまにわたつてみけるにみやこにてつたへききしはことのかずならずたもなくはたけもなくむらもなくまたさともなしたまたまあるものもこのどのひとにはにざりけりいふことをもききしらずわらはあるもののそばちかうたちよつてこれにひととせ三にんながされたまひしが二にんはめしかへされてのぼりたまひぬ一にんのこされおはしますほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづのごばうのおんゆくへやしりたまひたるととひければそうづともしゆぎやうともしつたらばこそへんじをもせめただかしらをふつてしらずとのみぞこたへけるそのなかにすこしこころえたるもののまをしけるはいざとよさやうのひとはこのへんにありしがそれもこのちかうよりはいづちへかゆきぬらんゆきがたしらずとぞまをしけるわらはさてはこのよになきひととなりたまひたるにこそとおもひければいとどせんかたなくかなしみてつきせぬものはなみだなりもしやまのかたにもやおはすらんとていまだしらぬみやまへこそわけいりけれみねによぢたににくだれどもせいらんゆめをやぶつてそのおもかげもみえずはくうんあとをうづめてゆききのみちもさだかならずなほもはまのかたのおぼつかなさにあるときのまだあしたわらははまのかたへとゆくほどにここにもとほうしなりけりとおぼしくてかみはそらざまにおひのぼりよろづのもくづとりついてひとへにやぶをいただけるがごとしみにきたるものはつぎめあらはれかはゆたえきぬぬののわけもみえぬがかたてにはなましきうををもちかたてにはあらめいそものをもつてずゐぶんさきへといそげどもはかゆかずただひとところによろよろとしてぞいできたるわらはわれみやこにておほくのこつかいにんをみつれどもかやうのものはいまだなしぢごくがき三あく四しゆはしんざんだいかいのほとりにありとほとけののべときたまふなるをしらずわれいきながらがきだうへまよひきたれるやらんとおもひやうやうあゆみゆくほどにさすがひとのすがたにみなしややものまをさうといへばなにごととこたふわらはふしぎやこれこそわがいふことをもききしつたるよとおもひそばちかうたちよつてこれにひととせ三にんながされたまひしが二にんはめしかへされてのぼりたまひぬ一にんのこされおはしますほつしようじのしゆぎやうしゆんくわんそうづのごばうのおんゆくへやしりたまひたるととひければわらはこそみわすれたりけれどもそうづはなにかはみわすれたまふべきなればいかにありわうよわれこそそれよとのたまひもあへずてにもちたまへるあらめいそものをなげすててすなごのうへにたふれふしやがてきえいりたまひけりわらはそうづをかかへたてまつつてわれみやこよりはるばるとこれまでたづねまゐらせてまゐりたるかひもなくいかにかかるうきめをばみせさせたまひさふらふやらんたとひぢやうごふにてわたらせたまひさふらふともしやうあるみこゑをもいまいちどきかさせたまへとやうやうにかなしみければそうづさすがぢやうごふならねばまたいきかへりたまひけりわらはまゐつてさふらふありわうまゐりてさふらふとまをしたりければそうづいきのしたにてのたまひけるはわれこのしまにながされてのちこひしきものどもをゆめにみるときもありまたまぼろしにたつときもありしがそれもこのちかうよりはみもよわりこころもつきはててさやうのゆめうつつをもおもひわかぬなりさればただいままたなんぢがくだりたるをもただゆめとのみこそおもへもしこのことのゆめならばさめてののちをいかがせんわらはこれはうつつにてさふらふふしぎやこのおんありさまにてもただいままでもおんいのちののびさせたまひたることのふしぎさよとまをしければそうづのたまひけるはわれこのしまにながされてのちたんばのせうしやうのしうとへいさいしやうのりもりのしよりやうひぜんのかせのしやうよりいしよくをつねはおくられしかばそのはぐくみにてありしが二にんのひとびとにわかれてのちやがていかにもなるべかりしみのたんばのせうしやうのよしなきことどもをおもひたててみやこのつてをまてなんどのたまひしほどにもしやとおろかにたのみつついままでかくてありつるなりこのしまにはひとのしよくじたえてなきところなりやまにいりてはいくらもあるゆわうといふものをとつてあきびとにあひものにかへなんどしてすぎしがそれもこのちかうよりはみもよわりちからもつきはててさやうのわざもかなはぬなりかやうにひののどかなるときはなぎさにいでたまたまこえたるつりびとにあひひざをかがめてをあはせなましきうををこひなぎさにいくらもうちよせけるあらめいそものをとつてつゆのいのちをいそのこげぢにかけたるなりさらではうきよをわたるよすがをばいかにしつるとかおもふこれにてなにごとをもいふべけれどもいざわがいへへとのたまへばわらはふしぎやあのおんありさまにてもわがいへとてもちたまひたることのふしぎさよとおもひやうやうあゆみゆけどもそうづさすがあゆみもやりたまはねばわらはがかたにひつかけてをしへにまかせてゆくほどにあるやまのふもとに二にんのひとびとのつくりおかれたりしあしやのまつのえだをはしらにしよりたけをけたうつばりにわたしまつのおちばあしのかればをうへにもしたにもひしととりかけられたりけるをこれこそわがいへよとてたちいつてふされけれどもいづくにあめかぜのたまるべしともみえざりけりわらはいとほしやこのひとのみやこにおはせしときはほつしようじのじむしきとて八十よケしょのしやうゑんをつかさどりたまひしかばむなかどひらかどのうちにしておほくのしよじうけんぞくどもにゐねうかつがうせられてこそおはせしにごふにさまざまありじゆんしやうじゆんげんじゆんごごふといへりさればこのひとのいちごのあひだもちゐたまへるところのざいはうひとへにだいがらんのじもつぶつもつならずといふことなしさればしんせむざんのことわりにこたへてこんじやうにてぜんごふをかんじたまへるかとおぼえたりそうづいまはまことにうつつなりとおもひさだめてのたまひけるはわれこのしまにながされてのち二にんのひとびとのむかひのときもいつさつをことづくるものもなしさればただいままたなんぢがくだりたるにもおとづれのなきはよくわがえんゆかりのものどもは一にんもみやこにあとをとどめぬかとのたまひければわらはさんさふらふきみにし八でうどのへおんいでののちつゐふくのくわんにんどもがまゐりむかひさふらひててんでんのごえんじやたちをここかしこにてうしなひたてまつりさふらひぬきたのおんかたばかりこそわかぎみひめぎみひきぐしまゐらつさせたまひてくらまにしのうでわたらせおはしましさふらひしがわらはつねはまゐりさふらふにわかぎみはいかにありわうよちちのわたらせたまふなるきかいがしまとかやにわれつれてゆけぐしてゆけとてまゐりさふらふたびごとにむづからせおはしましさふらひつるがこのはるせけんにわらはべのしさふらふなるもがさとやらんまをすことをせさせおはしましさふらひつるがすぎにしきさらぎ九かのひつひにむなしうならせおはしましさふらひぬきたのおんかたはひごろのおんおもひにまたこのことさへうちそひておんなげきあさからずましましさふらひつるがそれもおなじきやよひ二かのひつひにむなしうならせおはしましさふらひぬいまはひめぎみばかりこそならどのにむかへられまゐらつさせたまひておんわたりさふらへそのおんふみはさふらふとてもとゆひのなかよりとりいでてたてまつるそうづひらいてみたまへばげにもわらはがまをすにたがはずかかれたりいまははやわかにもおくれさふらひぬまたははうへにさへわかれまゐらせさふらひてたうじはならのをばごぜのおんもとにむかへられまゐらせてこそさふらへなどや二にんのひとびとはかへりのぼりたまふに一にんしまにとどまらせおはしましさふらふやらんあはれによしほどかなしかりけるものあらじわれをのこごのみならばこのわらはにぐせられてなどかおんむかへにまゐらではさふらふべきこんどはこのわらはをともにていそぎのぼらせたまへなんどぞかかれたるそうづひめはみしときよりもてもはしたなくことばつづきもおとなしけれどもただしはかないことをもかいたるものかなわれこころにまかせたるみならばなにしにかかくうきしまにひとりのこりとどまつてうきめをみんともおもふべきこんどはこのわらはをともにていそぎのぼれなんどかいたることのはかなさよひめはことしは十二か三になるかとこそおもへとのたまへばわらはもいちぢやうのおんとしをばしりまゐらせさふらはずとまをすそうづさてこのふみのところどころのもじぎえのしたるはいかにとのたまへばわらはそれはさぞおんわたりさふらふらんあのおんふみあそばすとてひとふであそばしてはうつぶしひとふであそばしてはうつぶしなのめならずむづからせおはしましさふらひつるがさてはおんなみだのかからせたまひたるらんにてはさふらふらんとまをせばそうづもなみだにむせばれけりそうづのたまひけるはわれこのしまにながされてのちはつきひのかはりゆくをもしらずはなさきもみぢてちるをもつてはるあきをしりあつきをもつてなつをわきまへさむきをもつてふゆをわきまへびやくげつこくげつのかはりゆくをもつて一つき三十にちをわきまふしづかにゆびををつてかぞふればはやみとせになるとこそおもへわれにし八でうへいでしときわれもゆかんとしたひしをやがてかへらんずるぞとてとどめおきたりしことのただいまのやうにおぼゆるぞやわかはそのとき七になりしかばことしは九にこそならんずらめおやとなりことなりふうふのちぎりをこむるもこのよひとつのことならずさればそれらがさやうになりけるをばなどゆめまぼろしにもみえざりけるぞやひとのおやのこころはやみにあらねどもこをおもふみちにまよふともいまこそおもひしられけれさればそれらをみんとおもふゆゑにこそいまいちどみやこへものぼりたかりつれそれらがさやうになりたらんにおいてはきらくのことをもおもはぬなりただしひめがことばかりなりそれもいきたるみはともかうもしてこそすごさんずらめすずりすみふでもなければへんじにはおよばぬなりしまのありさまわがことをばなんぢがみるやうにかたるべしまたひとしもこそおほきになんぢがこれまではるばるとたづねくだりたるこころざしのほどこそかへすがへすもしんべうなれまたいつまでかながらへてなんぢにうきめをもみすべきとておのづからのしよくじをとどめていつかうごせぼだいのつとめをのみしたまひけるがわらはしまにくだつて三十よにちとまをすにはそうづねぶるがごとくにてつひにはかなくなりたまふわらはあとにふしまくらにつきかなしみけれどもかひぞなきおなじくはごせのおんともつかまつりたくはさふらへどもみやこにのぼりひめぎみにこのよしまをしごぼだいをこそとぶらひまゐらせさふらはめとてこころのゆくゆくなきあきてまつのおちばあしのかれはをとりおほひもしほのけぶりとたきあげけぶりすめばこつをひろひくびにかけまたあきびとのふねにびんせんして九こくのちにこそつきにけれわらはみやこにのぼりならにくだつてそうづのゐこつをひめぎみにたてまつればむねにあてかほにあてかなしみたまへどかひぞなきすずりすみふでもさふらはねばごへんじにはおよばせたまひさふらはずなにごともおぼしめしおくおんことどもをばむねのあひだにとどめさせおはしましさふらふやらんいまはたしやうをへだてくわうごふをおくらせたまひさふらふともこんじやうにてはあひまゐらつさせたまはんことありがたしいまはごぼだいをこそとふらひまゐらつさせたまはんずれなんどまをせばひめぎみさてはとてとし十三にてさまをかへならのほつけじにおこなうてちちのごせをぞいのられけるわらはもそうづのゐこつをくびにかけかうやへのぼりおくのゐんにをさめつつれんげだににてほうしになりやまやまてらでらしゆぎやうしてしうのごせをぞいのりけるかやうにひとのおもひのつもりけるへいけのすゑこそおそろしけれ
辻風の沙汰(あひ)
 おなじき五ぐわつ十二にちのむまのこくばかりにつじかぜおびただしうふきてじんをくおほくてんだうすかぜはなかみかどきやうごくよりおこつてひつじさるをさしてふきけるにむなかどひらかどふきぬきふきぬき三ちやう五ちやうをへだてつつなげすてなげすてしけるうへはけたはしらなげしなどはこくうにあがりひはだぶきいたのたぐひはふゆのこのはのかぜにみだるるがごとしひともあまたいのちをうしなひぎうば六ちくのたぐひかずをつくしてうちころさるこれただごとにあらずとてやがてじんきくわんにてみうらありてんかのさわぎとうらなひまをすただしてうかのおんだいじにはあらずことにはろくをおもんずるだいじん百にちのうちのつつしみべつしてはへいくわくさうぞくしてききんえきれいのうれひとぞじんぎくわんおんやうれうともにうらなひまをしけるそのころこまつのないだいじんしげもりこうこのよしをききたまひてやがてくまのさんけいとぞきこえしおとどほんぐうしようじやうでんのおんまへにつやしてよもすがらけいびやくしたまひけるはちちにふだうしやうごくのていをみさふらふにあくぎやくぶだうにしてややもすればきみをなやましたてまつるしげもりそのちやうしとしてしきりにいさめをいたすといへどもみふせうのあひだかれもつてふくようせずそのうんめいをはかるにいちごのえいぐわなほあやうしなまじひにしげもりそのときにいたつてよにふちんせんことあへてりやうしんかうしのほふにあらずやしえふれんぞくしみをあらはしなをあげんことかたししかじなをのがれみをしりぞいてこんじやうのめいばうをなげすててらいせのぼだいをもとめんにはただしぼんふはくちぜひにまどへるがゆゑにこころざしをほしいままにせずねがはくはごんげんこんがうどうじしそんはんえいたえずしてつかへててうていにまじはるべくんばちちにふだうしやうごくのあくしんをやはらげててんかのあんぜんをえしめたまへもしまたえいえういちごをかぎつてこうこんはぢにおよぶべくんばまづしげもりがうんめいをつづめてらいせのくりん(イ苦患)をたすけたまへりやうケのぐぐわんひとへにみやうじよをあふぐとかんたんをくだいていのりまをされけれどもひとこれをしりたてまつらずあるよおとどのおんみよりとうろうのやうなるものいでてはつときえけるをけんしよのものどもみとがめたてまつりけれどもおそれてひとこれをまをさずおとどのごけかうのときいはたがはをわたられけるにちやくしごんのすけせうしやうこれもりなつのことなりければじやうえのしたにうすいろのきぬをきたまひてなにとなうかはのみづにたはぶれたまひけるがきぬのぬれてじやうえにうつりたるがひとへにいろのごとしちくごのかみさだよしこのよしをみとがめたてまつつてあのきんだちのめされてさふらふごじやうえのなにとやらんいまはしうみえさせたまひてさふらふいそぎめしかへらるべうもやさふらふらんとまをしたりければおとどしげもりがしよぐわんはやじやうじゆしぬとやおもはれけんあへてそのじやうえあらたむべからずとてべつしていはだがはよりよろこびのほうへいをほんぐうへこそたてられけれひとあやしとおもひたてまつりけれどもあへてそのこころをえずさればにやこのきんだちほどなくまことのいろになられけるこそふしぎなれおとどのごげかうののちいくばくのひかずをへずしておんやまひつきたまひしかばごんげんはやごなふじゆあるにこそとておのづかられうぢをもくはへられずまたきたうをもいたされずそのころにふだうしやうごくはふくはらにおはしけるがこのよしをききたまひいそぎしやうらくしたまひてまづゑつちうのぜんじもりとしをもつてのたまひつかはされけるがしよらうひびにそひてだいじなるべきよしそのきこえありこのほどそうてうよりすぐれたるめいいほんてうにわたりたるよしをきくをりふしこれをよころびとすいそぎかれをめししやうじていれうをくはへしめたまへとなりおとどよにもくるしげにてふされたりけるがやうやうにたすけおこされもりとしをおんそばちかうめしてのたまひけるはまづいれうのことかしこまつてうけたまはりぬとまをすべしただしなんぢもきけむかしえんぎのせいだいはさばかりのけんわうにてわたらせたまひたりしかどもいこくのさうにんをわうじやうのうちへいれられたりしことをばけんわうのおんあやまちまたはわがてうのはぢとこそまをしつたへたれいはゆるしげもりなんどがみとしてこのありさまにていこくのいしにまみえんこといかでかてうについてそのはばかりのあひのこらざるべきむかしかんのかうそは三じやくのつるぎをひつさげててんがををさめたまひしにあるときくわいなんのけいほをうちしときりうしにあたつてきずをかうぶるきさきりよたいこうりやういをめしてこれをみせしむるにいのいはくこのきずぢしつべしただし五十こんのきんをたまはつてぢせむとなりかうそののたまはくわれむかしまぼりのつよかりしときはおほくのやにあたりしかどもしすることをえずいまはうんすでにつきぬいのちはすなはちてんにありへんじやくといふともなにのせんかあらんしからずばまたきんををしむににたりとて五十こんのきんをいしにたうでつひにぢせられずせんげんみみにありいまもつてこれをかんしんすしげもりいやしくもきうけいにつらなり三たいにのぼるそのうんめいをはかるにもつててんしんにありなんぞてんしんをさつせずしていれうをおろかにいたはしうせんやしよしんもしぢやうごふたらばれうぢをくはふともえきなからんかしよらうまたひごふたらばれうぢをくはへずともたすかるむねさふらふべしただぢやうごふのやまひをぢするになほたへざるむねあきらけしかのきばがいじゆつをよけずしてだいかくせぞんめつどをばつだいかのほとりにとなへたまひきこれひとへにぢやうごふのやまひをぢするになほいやさざることわりをしめさんがためなりきぢするはぶつたいれうするはきばなりしかるにしげもりがみぶつたいにあらずめいいまたかのきばにおよぶべからずかの四ぶのしよをかかがみてはくれうにちやうずといふともいかでかうだいのゑしんをくれうせんたとひ五きやうのせつはつまびらかにしてしゆびやうをいやすといふともあにせんぜのごふびやうをぢせんやもしいじゆつによつてぞんめいあらばほんてうのいだうなきににたりいじゆつまたかうげんなくんばたいめんなんのせんかあらんなかんづくほんてうのだいじんほどのもののこのありさまにていこくのいしにまみえんことかつはくにのはぢかつはみちのれうし(イれうち)なりたとひしげもりがいのちはばうすといふともいかでかくにのはぢをおもふこころをぞんぜざらんやせんずるところこのむねをまをすべしとぞのたまひけるもりとしかへりまゐつてこのよしまをしたりければにふだうしやうごくもつてのほかにおどろきたまひてむかしよりおほくのだいじんはありつれどもこれほどまでくにのはぢをおもふだいじんはいまだなしくににさうおうせぬだいじんにてこのたびさだめてうせんずこはいかがせんとぞさわがれけるおなじき七ぐわつ廿七にちにおとどしゆつけしたまひてほうみやうせうくうとぞなのられけるおなじき八ぐわつついたちのひおとどつひにかうじたまひぬおんとし四十三りんじうしやうねんとぞきこえしおよそこのおとどのうせたまひけることはいつかうへいけのうんめいのすゑになるのみならずよのためもかならずあしかりなんにふだうしやうごくのさしもよこがみをやられたりしをもこのおとどこそやうやうになほしなだめられしかこはいかがせんとぞたけのひとびともさわがれけるいまはおんおととうだいしやうむねもりきやうのおんかたざまのひとばかりこそみよはさだめてたいしやうどのへぞまゐらんずらんとてよろこびあへるもおほかりけりひとのおやのこをおもふならひおろかなるがさきだつだにもおんあいのみちはかなしきぞかしいはんやこのおとどはたうけのとうりやうたうせいのけんじんにておはしければいへのすゐびといひおんあいのわかれといひかなしんでもなほあまりありおよそこのおとどはぶんしやううるはしうしてこころにちうをぞんちしてことばにとくをかねたまへりさればよにはりやうしんをうしなへることをなげきいへにはまたぶりやくのすたれぬることをかなしめり
無紋かねわたし
 およそこのおとどはみらいのことをもかねてよくさとりたまへるひとなりそのゆゑはわがてうにいかなるだいぜんごんをしたりといふともしそんあひつづいてとぶらはれんことありがたしさればいこくにいかなることをもしてわがごせとぶらはればやとおもはれければさんぬるあんげんのころほひちんぜいはかたよりめうでんとまをすせんどうをめしよせ三千五百りやうのこがねをたうでこれ五百りやうをばなんぢにたぶいま三千りやうをばそうてうにもつてわたり千りやうをばいわうざんのそうにひき二千りやうをみかどへたてまつつてでんだいをながくいわうさんへまをしよせわがごせとぶらはせよとのたまへばめうでんかけばくもかたじけなくおもひたてまつりかしこまつてうけたまはりやがてちんぜいのはかたにくだりもろこしぶねのともづなをとくほどこそありければんりのゑんらうをしのぎつつだいそうこくにぞつきにけるいわうざんのちやうらうぶつせうぜんじとくくわうにあひたてまつつてこのよしまをしたりければちやうらうおほきにずゐきかんたんしたまひてやがて千りやうをばいわんざんのてらのそうにひき二千りやうをみかどへたてまつつてにつぽんのだいふのまをさるるやうを一々にかきしるしまをされたりければみかどなのめならずぎよかんあつて五百ちやうのでんだいをながくいわうざんへぞよせられけるにつぽんのだいじんたひらのあそんしげもりこうのごじやうぜんしよといのることいまにありとぞうけたまはるおよそこのおとどはへいけのうんめいのすゑになりなんことをもかねてよりしりたまへることありそのゆゑはあるよおとどのおんゆめにべうべうたるはまをなぎさにそひてひがしへゆけばおほきなるとりゐたちたまへりいづのみしまのだいみやうじんのおんとりゐかとおぼしくてとりゐのひがしのわきにはひといく千万といふかずもしらずならびゐてただいまきりたるとおぼしきにふだうのくびをたちのさきにさしつらぬきこなたかなたへもてあつかふおとどあれはいかにとおもひたまへばこれはへいけだいじやうのにふだうどののくびをいづのくにのみしまのだいみやうじんのめしとらせたまひていづのくにのるにんさきのうひやうゑのごんのすけよりともにたまはすなりとぞまをしけるおとどさてはちちのおんことにこそとおぼしめしたちよつてみたまへばまことにちちのおんくびなりおとどこはいかにしつることぞやとていそぎとりゐのそとにたちいづるかとおぼしくてそのよのおんゆめさめにけりおとどそののちはうちもまどろみたまはずよろづこころぼそうあんじつづけておはしけるところにひがしのだいのつまどをほとほととたたくおとしけりおとどあれなにごとぞきけとてひとをいだされければびつちうのくにのぢうにんせのをのたらうかねやすがいささかまをすべきことあつてまゐつてさふらふとまをしければおとどやがていであひたいめんしたまひてこのよははるかにふけぬらんにそもなにごとぞとのたまへばかねやすおんまへのひとをのけおそばちかうまゐつてまをしけるはこんやにし八でうどのにおんとのゐまをしてさふらひつればかかるゆめをみさふらふがあまりにあさましさにそのやうをまをさんためにさてまゐりてさふらふとてただいまおとどのみたまひたるゆめにすこしもたがへずかたりければおとどしげもりもただいまかかるゆめをみつるぞとよさてはかねやすはしげもりがこころにつうずるものにこそとておほきにかんじたまひけりつぎのひのまんだあさちやくしごんのすけせうしやうこれもりさんだいのついでにおとどのおんかたにおはしたりおとどやがていであひたいめんしたまひていつよりもけふのしゆつしこそいうにみえられさふらひしかあれあれせうしやうどのにさけすすめたてまつれとのたまへばちくごのかみさだよしうけたまはつてさけをすすめたてまつるおとどこのさかづきをばまづこそまをしたうさふらへどもおやにてさふらへばたまはつてまをさんとておとど三どののちせうしやうどのにさされたりせうしやう三どののちさしおかれければおとどいまひとつとのたまへばせうしやうまたくまれけるときおとどあれあれせうしやうどのにひきでものせよとのたまへばさだよしうけたまはつてしやうぢのうちよりからにしきのふくろにいりたるたちをひとふりとりいだしせうしやうどのにたてまつるせうしやうこのたちをぬいてみたまへばたうけちやくちやくにつたはれるこがらすといふたちにもあらずおとどしきよのときそのいへをつぐぬしのはいてともすなるむもんといへるたちなりけりせうしやういまこれほどたうけよさかんなるにさだよしがこのたちをひくはいつかうだいふをじゆそしたてまつるにこそとおもはれければさだよしがかたをよにもあしげにみたまへばおとどはやこころえたまひていかにやせうしやうどのそのたちをあしうなおもひたまひそそれはにふだうどのしきよのときしげもりはいてともせんとてよういせさせてさふらへどもいまははやしげもりにふだうどのにさきだちたてまつりぬとおぼゆるあひださてそこへわたしたてまつるなりあひかまへてしげもりがなからんのちひとびとにもにくまれたまふなよまたさぶらひどもをもふびんにしたまふべしかやうにまをすやさいごのことばにてさふらはんずらんとてはらはらとなきたまへばせうしやうどのもなかれけりおんまへにさふらひけるさぶらひどももみななみだをぞながしけるただなにとなきかねごととこそおもひしにおとどほどなうかうじたまへばさてははやごりんじうをもかねてよりさとりたまへるひとにこそとおもふにもいよいよなみだぞすすみける
あひ
 にふだうしやうごくたのみきつたるだいふにはおくれたまひぬよろづこころぼそくやおもはれけむいそぎふくはらにはせくだりへいもんしてこそおはしけれ
法印問答
 おなじき十一ぐわつ七かのよのいぬのこくばかりにみやこにはだいちおびただしううごいてややひさしおんやうのかみあべのやすちかいそぎだいりにはせまゐつてそうもんしけるはただいまのだいぢしんせんもんのさすところそのつつしみかろからずなかにもたうだう三きやうのなかこんききやうのせつをみさふらふにとしをえてはとしをいでずつきをえてはつきをいでずひをえてひをいでずもつてのほかにくわきふにさふらふとてさうがんよりなみだをはらはらとながしければてんそうのひとびともいろをうしなひきみもえいりよをおどろかさせおはしますわかきくぎやうでんじやうびとやつぼねのにようばうたちはけしからぬやすちかがただいまのなきやうやさればなにごとのあるべきとてぞわらひあはれけるされどもこのやすちかはせいめい六だいのあとをうけてんもんはゑんげんをきはめずゐでうたなごころをさすがごとしいちぢもたがはざりしかばよにはひとさすのみことぞまをしけるさればうこんのばばにしていかづちのおちかかりたりしにもらいくわのためにかりぎぬのそではやけながらそのみはつつがもなかりけりじやうこにもまつだいにもありがたかりしものなりけりさるほどににふだうしやうごくはふくはらにおはしけるがおなじき十四かにす千きのぐんびやうをたなびいてしやうらくせらるときこえしかばそのころのきやうちうのじやうげあはやまたなにごとのいでこんずらんとてさわぎののしることなのめならずまたなにものかまをしいだしたりけんにふだうてうかをうらみたてまつらるべしときこえしかばてんがのひとびともみなしくわいのごとしくわんぱくどのもないないきこしめさるるむねもやありけんいそぎごさんだいあつてこんどしやうごくぜんもんじゆらくのことはひとへにもとふさをかたぶくべきけつこうとうけたまはりさふらへばいかなるうきめにかあひさふらはんずらんとまをさせたまひたりければしゆじやうそこにいかならんめをもみられんはただちんがみるにてこそあれとてりようがんにおんなみだせきあへさせたまはずまことにてんがのおんまつりごとはきみとしんとのおんはからひなるにこはいかにしつることぞやてんせうだいじんかすがのだいみやうじんのしんりよのほどもはかりがたしおなじき十五にちににふだうてうかをうらみたてまつらるべきことすでにひつぢやうときこえしかばほうわうこせうなごんにふだうしんぜいのしそくじやうけんほういんをおんつかひにてにふだうしやうごくのしゆくしよにし八でうへおほせつかはされけるはきんねんてうていしづかならずしてひとのこころもととのほらずせけんもいまだらくきよせずなりゆくことそうべつにつけてなげきおぼしめせどもさてそこにあればばんじはたのみおぼしめすにこれていにがうがうなるさまにてたとひてうかをしづむるまでのことこそなからめあまつさへこれをうらむべしなんどきこしめすはいかにほういんにし八でうにおはしてげんたいふのはんぐわんすゑさだをもつてちよくぢやうのおもむきいひいれつつごへんじをまたれけれどもあしたよりゆふべにおよぶまでにふだうぶいんなりければほういんさればこそとむやくにていそぎかへりまゐるべきよしをいひいれつついでられければにふだういかがおもはれけんあのほういんよべとてよびかへさせいであひたいめんしたまひてややほういんのごばうじやうかいがまをすところはひがごとかだいふみまかりすぎさふらへばにふだうずゐぶんひるゐをおさへてこそまかりすぎさふらへそれににふだうけふあすをもしらぬおいのなみにのぞんでかかるうきめにあひさふらふしんちうをばいかばかりとかおもひたまふごへんのこころにもすゐさつさふらへほうげんいごはらんげきうちつづいてきみやすきみこころもわたらせたまはざりしをにふだうどどのてうてきをたひらげて四かいのげきりんをしづめまゐらせさふらひきそのときもにふだうはただおほかたをとりおこなひしばかりなりまさしうだいふこそてをおろしみをくだきたるものにてもさふらへさればばんしにいつていつしやうをうることもどどなりそのほかりんじのおんだいじてうせきのせいむだいふほどのこうしんはありがたうこそさふらへここをもつていにしへをおもふにかのたうのたいそうはぎてうにおくれてかなしみのあまりにむかしのいんそうはりやうひつをゆめのうちにえいまのちんはけんしんをさめののちにうしなふといふひのもんをかいてみづからべうにたててだにこそかなしびたまひけんなれわがてうにもまのあたりみさふらひしことぞかしあきよりのみんぶきやうがせいきよしたりしをばこゐんことにおんなげきあつてやはたのぎやうかうをえんいんせられてぎよいうなかりきすべてしんかのそつすることをばよよのきみもなげきおぼしめすおんことにてこそさふらへさればおやよりもなつかしくこよりもむつまじきをばきみとしんとのおんなかとはまをしつたへたりそれにだいふがちういんにやはたへごかうなりあまつさへほうぢうじどのにしてぎよいうありおんなげきのいろいちじもこれをみずたとひだいふがちうをこそおぼしめしわすれさせたまひさふらふともにふだうがなげきをばひとたびはなどかあはれませたまはざるべきたとひにふだうがなげきをこそあはれませたまはずともだいふがちうをばいかでかおぼしめしすてさせたまふべきにふしともにえいりよにそむきぬることいまにおいてめんぼくをうしなひさふらふまづこれ一つぎにゑちぜんのくにをばししそんそんまでもごへんがいあるまじきよしのごちよくやくあつてだいふたまはりたりしをがうせいののちいくばくのひかずをへずしてやがてめしかへしてたにんにたぶことこれなんのくわたいぞやこれ一つぎにちうなごんけつのさふらひしときこんゑの二ゐのちうしやうどのしよまうさふらひしをにふだうずゐぶんとりまをしさふらひしかどもつひにごしよういんなくてくわんぱくのそくをなされしことはいかにたとひにふだうひきよをまをすともひとたびはなどかおんもちゐなかるべきいはんやゐかいといひけちやくといひりうんさうなきことなるをひきちがへられしことゐこんのしだいなりこれ一つぎにしゆんくわんなりちかいげのむようのいたづらものししのたににじやうくわくをかまへてたうけをかたぶけんとつかまつりさふらひしことまつたくこれわたくしのけいりやくにあらずただきみごきよようあるによつてなりいまめかしきまをしごとにてさふらへどもこの一もんをばいかでか七だいまでもおぼしめしすてさせたまふべきにそれににふだう七じゆんにおよんでよめいいくばくならぬいちごのうちにだにもややもすればほろぼさるべきよしのおんはからひありいはんやしそんあひついでてうかにめしつかへむことありがたしおよそおいてこをうしなふはこぼくのえだなきがごとしだいふにおくれさふらひぬるをもつてりやうけのうんめいははやおもひしられてこそさふらへこのよいまいくばくならぬにさのみこころをつひやしてもなににかはしさふらふべきさればいかていにもありなんとおもひなつてこそさふらへとてかつはふくりふしかつはらくるゐしてくどかれけるにぞほういんおそろくしくもまたあはれにてあせみづにこそなられけれほういんわがみもきんじゆのじんなりそのほかししのたににてひとびとのぎせられしことどもをもまさしうみきかれしひとなればわがみもそのにんじゆとてただいまめしやこめられんずらんとりうのひげをなでとらのををふむここちしてはおもはれけれどもほういんもさるおそろしきひとにておはしければすこしもさわがずまことにどどのごほうこうあさからずしかりとはまをせどもくわんゐといひほうろくといひおんみにとつてはことごとくまんぞくしぬこうのばくだいなることをばきみもぎよかんなるおんことにてこそさふらへつぎにきんしんことをみだりきみごきよようありといふことはいかやうにもばうしんのけうがいとおぼえさふらふおよそみみをしんじてめをうたがふはぞくのつねのへいなりせうじんのふげんをしんじててうおんのたにことなるにみだりがはしうきみをなみしまゐらつさせたまはんおんことしんりよのほどもはかりがたしそれてんしんはさうさうとしてはかりがたしといへどもえいりよさだめてそのぎにてぞさふらふらんしもとしてかみにさかふることあにじんしんのれいたらむやせんずるところこのむねをこそひろうつかまつりさふらはめとていでられければへいけのさぶらひどもらうせうなみゐたりけるがあなおそろしあれほどににふだうしやうごくのいかりたまふにすこしもさわがずへんじしてたたれけるゆゆしさよとほういんをほめぬひとこそなかりけれ
大臣流罪(あひ)
 ほういんゐんのごしよにかへりまゐつてこのよしをいちいちにそうしまをされたりければほうわうもだうりしごくしてはおぼしめされけれどもおほせいださるるむねもなしおなじき十六にちににふだうしやうごくおもひたちたまへることなればくわんぱくどのをはじめたてまつつて四十三にんのくわんしよくをとどめておひこめらるなかにもくわんばくどのをばだざいのそつにうつしてつくしへながしたてまつらるべきよしきこえしかばかからんよにはとてもかくてもありなんとておとはのへんこがといふところにてごしゆつけありことしは卅五にならせおはしますれいぎよくしろしめされてくもりなきかがみにてわたらせたまひつるものをとてよのをしみたてまつることひとへにつきひをうしなひたてまつるがごとしはいしよへおもむくひとのみちにてしゆつけしたりしをばやくそくのくにへはつかはされぬことなればはじめはひうがのくにときこえしがのちにははいしよをかへてびぜんのこふにとどめおきたてまつるだいじんるざいのれいはさだいじんそがのあかゑうだいじんとよなりさだいじんうをなこううだいしんすがはらかたじけなくもきたののてんじんのおんことなりさだいじんかうめいこうないだいじんふぢはらのいしうこうにいたるまでそのれい六にんされどもせつしやうくわんぱくるざいのれいはこれはじめとぞうけたまはる
妙音院の琵琶ひき
 なかにも六でうのせつしやうどののおんここんゑの二ゐのちうじやうどのをばにふだうおんむこにとりたてまつつてだいじんくわんぱく一どにせさせたてまつるふげんじどののおんことなりさんぬるゑんゆうゐんのぎようてんろく三ねん十一ぐわつついたちのひ一でうのせつしやうけんとくこうにわかにかくれさせたまひしかばほりかはのくわんぱくちうぎこうのおんおととほこゐんのだいにふだうどのかねいへこうのいまだそのころじゆ二ゐのちうなごんにておんはくぶれいぎこうこえかへしたてまつつてないだいじんじやう二ゐしたまひてないらんのせんじをかうぶらせたまひたりしをこそひといつしかなりしとまをししにこれはそれにはてうくわせりひさんぎ二ゐのちうしやうよりだいちうなごんをへずしてだいじんくわんぱくのおんれいめづらしかりしおんことなりだいげきのたいふしひつのさいしやうにいたるまでみなあきれたるさまなりけりなかにもめうおんゐんのだいじやうだいじんもろながをばつかさをとどめたてまつつてあづまのかたへおひくだしたてまつるこれはさんぬるほうげんにちちあくさふのごえんざによつてきやうだい四にんるざいせられたまひしにうだいしやうかねながひだんのさいしやうのちうしやうたかながはんちやうぜんじ三にんはきらくをまたずしてはいしよにてうせられぬこれはとさのはたにしてここのかへりのさいさうをおくりちやうくわん二ねん八ぐわつにめしかへされつぎのとしもとにふくしおなじき三ねんにさきのちうなごんよりごんだいなごんにあがられけりをりふしだいなごんあかざりければかずのほかにぞくははられけるだいなごんの六にんあることもこれはじめとぞうけたまはるまたさきのちうなごんよりだいなごんになることはごやましなのおとどみもりこううぢのだいなごんたかくにのきやうのほかはうけたまはりおよばずおよそこのおとどはくわんげんのみちにたつしさいげいすぐれておはしければきみもしんもおもくしたてまつつてしだいのしようしんとどこほらずだいじやうだいじんまでもたやすくへあがりたまふほどのひとのいかなるつみのむくいにかまたるざいせられたまふらんほうげんのむかしはなんかいどしうにうつされぢしようのいまはまたとうくわんをはりのくにとかやつみなくしてはいしよのつきをみんといふことをばもとよりこころあるほどのひとのこのむことなればおとどあへてことともしたまはずかのたうのだいじんひんかくはくらくてんきうがうきんのしいばにさせんせられてじんやうのかうのほとりにさすらへたまひしそのいにしへをおもひやりなるみがたしほぢはるかにゑんけんしてうらかぜにうそぶきつねはかうげつをのぞみびはをだんじわかをえいじてなほさりがてらにつきひをおくりたまひけりあるときだいじんたうごくだい三のやしろあつたのだいみやうじんにさんけいあつてびはひきらうえいしたまひけれどもところもとよりむちのぞくなればあはれをしれるものなしいううらうそんぢよぎよじんやそうかうべをうなだれみみをそばだつといへどもさらにせいだくをわかちりよりつをしれるものなしされどもこはきんをだんぜしかばぎよりんをどりほとばしりぐこううたをはつせしかばりやうぢんうごきうごくもののたへなるきよくをきはむるにはしぜんにかんをもよほすことわりにこたへてまんざなみだをながししよじんきいのおもひをなすはるかにやろうしんかうにおよんでおとどしらべひきよくをつくされけりふかうてうのうちにははなふんぶくのきをふくみりうせんのきよくのあひだにはつきせいめいのひかりをあらそふまたねがはくばこんじやうせぞくのもんじのわざきやうげんきぎよのあやまりをもつてといふらうえいしつつびはかきならしたまへばしんめいかんおうにたへずしてはうでんおほきにしんだうすへいけのあくぎやうなかりせばいかでかいまかかるずゐさうををがむべきとておとどかんるいをぞながされけるおほくらきやううきやうのだいぶけんいよのかみたかしなのやすつねさんぎくわうたいこうぐうのだいぶけんうひやうゑのかみふぢはらのみつよしくらんどのせうしやうけんちうぐうのごんのたいしんふぢはらのもとちか三くわんともにとどめらるあぜちのだいなごんすけかたくらんどのごんのせうしやうけんさぬきのかみみなもとのすけときは二のくわんをとどめらるあぜちのだいなごんすけかたことにうせうしやうまさかたをばよのほどにみやこのうちをおひいだしたてまつるべしとてしやうけいにはとうだいなごんさねくにぶしにははかせのはんぐわんのりさだまゐりむかつてこのよしまをされたりければだいなごんとるものもとりあへたまはず三がいひろしといへども五しやくのみおきどころなし一しやうほどなしといへども一にちくらしがたしとてやちうにここのへのうちをばまぎれいでやへだつくもゐのよそにぞおもむかれけるかのおほえやまやいくののみちにかかつてはじめはたんばのくにむらくものさとときこえしがのちにははいしよをかへてしなののこふとこそきこえけれ
院の流され
 なかにもあぜちのだいなごんすけかたはおよそくわんげんのみちにたつしさいげいすぐれておはしければほうわうしよじないげなうおほせあはせられけるによりてにふだうかやうにあだをむすばれけるとぞきこえしこんど四十よにんのひとびとのことにあはれけるゆゑをいかにとまをすにちうなごんのちうしやうどのとこんゑの二ゐのちうしやうどのとちうなごんごさうろんゆゑとぞきこえしさらばちうなごんのちうしやうどのばかりこそいかなるおんめにもあはせたまふべきに四十三にんのひとびとのことにあはれけるこそふしぎなれきんねんふりよなることどもあつてせじやうさわぎやまざることもこれひとへにごりやうのゆゑなりとてきよねんさぬきのゐんのごつゐがうあつてしゆとくてんわうとがうしうぢのあくさふのぞうくわんぞうゐのきこえありしかどもごりやうはいまだしづまりもやまざるにやにふだういよいよはらをすゑかねたまへりときこえしかばきやうちうのじやうげまたいかなることかいでこむずらんとてさわぎののしることなのめならずそのころさきのさせうべんゆきたかときこえしはこなかのやまのちうなごんあきたかのきやうのちやうしにて二でうゐんのおんときはべんくわんにてさもゆゆしうわたらせたまひしかどもゐんほうぎよののちはくわんとをうばはれせんとをうしなつてこの十よねんがあひだはしよじあるかなきかのていにておはしけるをにふだうゆきたかのもとへししやをたててきつとたちよられさふらへいささかのたまひあはすべきことのさふらふとのたまひつかはされたりければゆきたかこはなにごとをのたまひあはせらるべきやらんこの十よねんがあひだはしよじなにごとにもまじはらざりつるものをいかさまにもこれはざんげんするもののあるにこそとのたまへばきたのかためのとのにようばうをはじめたてまつつていへのうちにありとしあるひとみなきもたましひをうしなつてこゑをあげてぞなげかれけるさるにてもゆきたかやがてさんずべきよしのごへんじをばまをされたりけれどもぎつしやしゆつしのしやうぞくともになかりければおととのさゑもんみつたかのもとへこのよしのたまひつかはされたりければぎつしやしゆつしのしやうぞくともにゆきたかのもとへつかはさるゆきたかくるまにのりにし八でうにおはしてもんぜんにてくるまよりおりあんないをまをされたりければにふだうおもふにもにずやがていであひたいめんしたまひてこちうなごんどのとはにふだうしよじないげなうまをしうけたまはりさふらひしかばごへんとてもおろかにはおもひたてまつらずねんらいろうきよのことをもいたはしうはさふらひつれどもほうわうのごせいむなるうへちからおよびさふらはずいまはとうとうしゆつししたまふべしおほかたくわんとのことをもにふだうはからひまをすべしそのやうをまをさむとてなりベちのやうはなしはやはやかへりたまへとのたまへばゆきたかなのめならずよろこうでかへられけるににふだうあとよりげんたいふのはんぐわんすゑさだがくるまににふだうのうしかけさせしゆつしのしやうぞくともにゆきたかのもとへおくりつかはさるつぎのひのまんだあさにふだうさぞあるらむとてよねを百こくくるまにつみてゆきたかのもとへつかはさるゆきたかてのまひあしのふみどもおぼえずこはゆめかやゆめかとぞあきれたまひけるおなじき十七にちに五ゐのさふらひちうにふせられさせうべんあきときがおひこめられたるかはりにさきのさせうべんになりかへりたまひけりことしは五十一いつしかわかやぎたまふぞあはれなるこれもただへんしのえいぐわとぞみえしおなじき廿かのひのまんだあさろくはらのつはものどもほうぢうじどのの四もんをうちかこみたてまつるおよそそのせい二三千きはあるらんとぞみえしひととせのぶよりのきやうが三でうどのをなしまゐらせたるやうにごしよにもひをかけにようばうたちをもみなやきころすべしなんどきこえしかばつぼねのにようばうめのわらはものをだにもうちかづかずもんぜんにはしりいでみなちりぢりにこそなりにけれさきのうたいしやうむねもりのきやうみくるまよせていまはとうとうめさるべうさふらふとまをされたりければほうわうこはいかになしまゐらせんとはつかまつるぞしゆじやうさてましませばせいむにこうじゆするばかりなりそれもさあるまじくはさらでこそあるべきにいかでかやうにうきめをみせまゐらせむとはつかまつるぞいかさまにもこれはしゆんくわんなりちかなんどがやうにとほきくにはるかのしまへもながしうしなはむずるにこそとおほせければむねもりこのおほせうけたまはるかたじけなさにいかでかさるおんことのわたらせたまひさふらふべきしばらくよをしづめんほどとばどのへごかうなしまゐらすべきよしをにふだうはからひまをされさふらふとまをされたりければほうわうさらばおんともにひとひとりもなきにやがてなんぢおんともにさふらへかしとおほせけれどもにふだうのけんゐにはばかつてまゐらせられずほうわうあはれこだいふにはおとりたるものかなひととせもかかるおんめにあはせたまふべかりしをこまつのだいふがやうやうにまをしてこそいままでもあんおんにはわたらせたまひしかいまはさやうにいさむるもののなきあひだかくこころのままにふるまふにこそゆくすゑとてもたのもしからずさよとぞおほせけるみくるまへはおんきやうばこばかりぞいれられたるじやうどじの二ゐどののさまかへてあまぜとめされけるばかりこそみくるまへはまゐられけれおんともにはおんりきしやにこんぎやうばかりぞおほくのひとのなかにまぎれてはまゐりけるそのころのきやうちうのじやうげこのよしをみたてまつつてあはやゐんのながされさせたまふはとてみななみゐてそでをぞぬらしけるさんぬる七かのよのだいぢしんははやかかるせんべうにて十六らくしやのそこまでもこたへけんらうぢしんもさだめておどろきさわぎたまふらむとぞおぼえたるだいぜんのだいぶのぶなりがなにとしてかはまゐりたりけむおんまへちかうさふらひけるをめされてややのぶなりやゆふさりすでにうしなはるべしとこそきこしめされさふらへさらんにとつてはいま一どおんぎやうずゐをめさばやとおぼしめすはいかがあるべきとおほせければのぶなりはけさゐんのごしよをいづるよりながるるなみだもつきざるにまたこのおほせうけたまはるかたじけなさにつきせぬものはなみだなりのぶなりひたたれにたまだすきあげこしばがきこぼちおほゆかのつかばしらわりなんどしてこんぎやうにみづあげさせかたのごとくのゆをしいだしてまゐらせけりほうわうおんぎやうずゐをめしておんきやうばこよりおんきやうとりいださせたまひうちあげうちあげあそばされけるにもいまをかぎりとぞおぼしめされけるつぎのひのまんだあさじやうけんほういんにし八でうにおはしてまことやらむとばどのにひとひとりもなきよしをうけたまはりさふらふあはれおんゆるされをかうぶつてまゐらばはやとまをされければにふだうごへんはことすごすまじきひとなればとうとうとてぞゆるされけるほういんくるまにのりとばどのにまゐりもんぜんにてくるまよりおりもんをさしいりてみたまへばとばどのにはのやまのあらしはげしくしてものさびしげなるをりふしほうわうのおんきやううちあげうちあげあそばされけるおんこゑのはるかのもんのそとまでもきこえさせたまひけるにほういんおんまへちかうまゐられたりければほうわうこれをえいらんあつてあそばされけるおんきやうにおんなみだのはらはらとかからせたまへばほういんもしのびがたさにほうえのそでをかほにあてなくなくおんまへへぞまゐられけるほういんまゐられたりければあまぜののたまひけるはきみはきのふのあさ七でうどのにしてくごきこしめされたるほかはゆふべもけさもきこしめされずさらんにとつてはおんいのちもあやうくこそみえさせたまひてさふらへとまをさせたまひたりければほういんなどそれはきこしめされさふらはぬやらんへいけあくぎやうつもつてとしひさしてんせうだいじんしやう八まんぐうもきみをこそまぼりまゐらつさせたまはんずれことにはきみのしつしおぼしめすひよしさんわう廿一しや一じようしゆごのおんちかひあらたまらせたまはずばかのほつけ八ぢくにたちかけらせたまひてきみをこそしゆごしまゐらつさせたまはんずれさらんにとつてはきようとはみづのあわときえごせいむはおんはからひにこそなりまゐらつさせたまはんずれなんどやうやうにまをしたりければそののちはくごをもきこしめされけるとかやさるほどにしゆじやうはゐんのながされしんかたちのおほくながしうしなはれしひよりしてだいりにはりんじのごじんじあつてしゆじやうみづからいしばひのだんにしていせだいじんぐうをごはいありこれひとへにほうわうのいつとなくとばどのにおしこめられてわたらせたまふおんいのりのためとぞおぼえたる
あひ
 二でうゐんはてんしにぶもなしとてつねはゐんのおほせをもまをしかへさせおはしますさればそれはけいていのきみにてはわたらせたまはずこれはおなじふしのおんならひとはまをしながらおんちぎりことにふかかりければよそのたもともおさへがたし
城南の離宮
 はつかうのなかにはかうかうをもつてさきとすめいわうはかうをもつててんかををさむとみえたりさればたうげうはおいおとろへたるははをたつとみぐしゆんはかたくななるちちをうやまふとみえたりかのけんわうせいしゆのせんきをおはせおはしますえいりよのほどこそめでたけれあるときだいりよりしのびつつとばどのへぎよしよありかからんよにはくもゐにあとをとどむべしともぞんじさふらはずさればくわんぺいのむかしをたづねくわざんのいにしへをもおひさんりんるらうのみともなりぬべうこそさふらへとまをさせたまひたりければほうわうのごへんじにはさなおぼしめされそさてわたらせたまへばこそ一のたのみにてもさふらへさやうにあとなくおぼしめしたちなばなんのたのみかさふらふべきただぐらうがともかうもならんやうをごらんじはてさせたまひてこそとまをさせたまひたりければしゆじやうこのぎよしよをりようがんにおしあてさせたまひておんなみだいよいよせきあへさせたまはずきみはふねしんはみづみづよくふねをうかべみづまたふねをくつがへすしんよくきみをたもちしんまたきみをくつがへすはうげんへいぢのむかしはにふだうしやうごくきみをたもちたてまつるといへどもあんげんぢしようのいまはまたきみをなみしたてまつるこれししよのもんにたがはずおほみやのだいしやうごく三でうのないだいじんはむろのだいなごんなかのやまのちうなごんこのひとびともうせられぬいまふるきひととてはなりよりちかのりばかりなりこのひとびともかからんよにはてうにつかへみをたてだいちうなごんをへてもなににかはせむとていまだわかうさかんなつしひとのいへをいでよをのがれさいしやうにふだうなりよりはかうやのきりにまじはりみんぶきやうにふだうちかのりはをはらのしもにともなひいつかうごせぼだいのつとめのほかたじなしとぞきこえしむかしもしやうざんのくもにかくれえいせんのつきにこころをすますひともありなむときこえしかどもあにはくらんせいけつにしてよをのがれたるにあらずやなかにもかうやのおやまにおはしますさいしやうにふだうなりよりこのよしをつたへききたまひてあはれこころとうもよをのがれたるものかなかくてきくもおなじことなれどもまのあたりたちまじはつてみましかばいかばかりかこころうからましはうげんへいぢのみだれをこそあさましとおもひしにいまはよすゑになつてかかるふしぎのいでくるにやまたいかなるうきことをかみきかむずらんさればくもゐをわけてものぼりふかきやまのおくへもいりなばやとぞのたまひけるこころあらんほどのひとのあとをとどむべきよともみえざりけりおなじき廿三にちにせんざすめいうんだいそうじやうてんだいざすになりかへらせたまふぞありがたきこれもただいつかうへいけのとりまをされけるによりてなりにふだうしやうごくはくわんぱくどのむこなりちうぐうまただいりにわたらせたまへばよろづなにごともこころやすくやおもはれけんいつかうてんかのおんまつりごとはくげのごさたたるべうさふらふとまをしおきわがみはいそぎふくはらへこそくだられけれさきのうたいしやうむねもりのきやうさんだいあつてこのよしをそうしまをされたりければしゆじやうおほせなりけるはほうわうよりゆづりたうだるよならばこそせいむをもしろしめさめただしつぺいにいひあはせてたいしやうはからへとてつひにきこしめしもいれさせたまはずさるほどにほうわうはせいなんのりきうにしてふゆもなかばすぎさせたまへばあきのやまのあらしのおとのみはげしくてかんていのつきのひかりぞさやけきにはにはゆきふりつもれどもあとふみつくるひともなくいけにはつららとぢかさなつてむれゐしとりもみえざりけりおほでらのかねのこゑゐあいじのきき(イひびきを)おどろかしせいざんのゆきのいろかうろほうののぞみをもよほすよるしもにさむけききぬたのひびきかすかにおんまくらにつたひあかつきこほりをきしるくるまのあとはるかのもんぜんによこたはれりちまたをすぐるかうじんせいばのいそがはしげなるけしきうきよをわたるありさまかつかつおぼしめししられてあはれなりきうもんをまぼるばんいのよるひるけいごをつとむるもさきのよにいかなるちぎりにていまえんをむすぶらんとおぼしめすぞかたじけなきさるままにはほうわうところどころのごさんけいをりをりのごいうらんおんがのめでたかりしことどもをおぼしめしつづくるにくわいきうのおんなみだおさへがたしさるほどにとしくれてぢしようも四とせにりな(なり)にけり

 

入力者:荒山慶一



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