平家物語(城方本・八坂系)
巻第五 

都遷 
ぢしよう四ねん六ぐわつ三かのひにふだうしやうごくのとしごろしつしてかよはれしふくはらへみやこうつりしあるべしとぞきこえしかねては三かとさだめられたりしかどもいま一にちひきあげて二かのひのうのこくにぎやうかうなるしゆじやうえうしゆのときのごどうよにはぼこうとてははのきさきのまゐらせたまふことなるにこんどはそのぎなしへいだいなごんときただのきやうのきたのかたそちのすけどのぞごどうよにはまゐられけるおなじき三かのひふくはらへいらせたまふにふだうのおとといけのちうなごんよりもりのきやうのしゆくしよくわうきよになるおなじき四かのひいへのしやうとてぢもくおこなはれけるよりもりのきやうじやうニゐしたまふ九でうどののおんこうたいしやうよしみちのきやうこえられさせたまひけりむかしよりせうろくのきんだちのぼんにんにかかいこえられさせたまふことこれはじめとぞうけたまはるさるほどにほうわうはじやうなんのりきうにおしこめられてわたらせたまひたりしをさきのうたいしやうむねもりのきやうをりふしまをされしによつてとばどのをばいだしたてまつつて八でうからすまるのびふくもんゐんのおんまへへいれたてまつりたりしがこんどはたかくらのみやのごむほんによつてふくはらへごかうなしたてまつり四めんにはたいたおしくちひとつある三げんのいたやをつくつておひこめたてまつつておきたてまつりしゆごのぶしにははらだのたいふたねなほばかりぞさふらひけるわらべどもはふくはらのろうのごしよとぞまをしけるきくもよにおそろしうあさましかりしおんことなりさるままにはほうわうばんきのおんまつりごとをばつゆしろしめさずただやまやまてらでらしゆぎやうしてこころのままになぐさまばやとぞおほせけるにふだうしやうごくのあくぎやうにおいてははやみなきはまりぬくわんぱくながしたてまつつてはむこをくわんぱくにおしなしあまつさへ一ゐんだい二のおんこたかくらのみやをばここのへのうちをおひいだしたてまつつてうしなひたてまつるのみならずぼんにんにさへなしまゐらせぬることこそくちをしけれいまのこるところとてはみやこうつしはこれせんしようなきにあらずじんむてんわうはぢじん五だいのみかどひこなぎさたけうがやふきあはせずのみことのだい四のわうじおんはははたまよりひめてんじん七だいぢじん五だいかみのよ十二だいのあとをうけにんだい百わうのていそなりかのとのとりのとしひうがのくにみやさきのこほりにしてくわうわうのはうそをつぎ五十九ねんといつしつちのとのひつじのとし十ぐわつにとうせいしてこのごろやまとのくにとなづけたりとよあしはらのなかつくににとどまつてうねびのやまをてんしきうと(イ帝都)をたてかしはらのちをきりはらうてきうしつをつくりたまふこれをかしはらのみやとはなづけられけりしかしよりこのかたよよのみかどのみやこをたこくたしよへうつさるること三十どにあまり四十どにおよべりじんむてんわうよりけいかうてんわうまで 十二だいはなほおなじきくにこほりこほりにみやこをたててたこくへはうつされずしかるをせいむてんわうぐわんねんにあふみのくににうつつてしがのこほりにみやこをたつちうあいてんわうニねんにながとのくににうつつてとよらのこほりにみやこをたつそのくにのかのこほりにしてみかどかくれさせたまひしかばきさきじんぐうくわうごうによたいとしておんゆづりをうけさせたまひしんらはくさいかうらいけいたんをはじめとしていこくのいくさをたひらげさせたまひてそののちわがてうちくぜんのくに三かさのこほりにしてわうじごたんじやうありそれよりしてぞそのところをうみのみやともまをすなりみくらゐののちはおうじんてんわうともまをしきかけはくもかたじけなくましますやはたのおんことこれなりにんとくてんわうぐわんねんにつのくになにはにうつつてたかつのみやにすみたまふりちうてんわうニねんになほやまとのくににうつつてとをちのさとにすみたまふはんぜいてんわうぐわんねんにかはちのくににうつつてしばがきのさとにみやゐしたまふいんけうてんわう四十二ねんになほやまとのくににうつつてとぶとりのあすかのみやにすみたまふゆうりやくてんわう廿一ねんになほおなじきくにはつせあさくらにみやこをたつけいたいてんわう五ねんにやましろのくにつづきにうつつて十二ねんそののちおとくににすみたまふせんくわてんわうぐわんねんになほやまとのくににうつつてひのくまのいるののみやにすみたまふきんめいびだつようめいしゆじゆんすゐこじよめいくわうきよくまで七だいはなほおなじきくににみやこをたててたこくへはうつされずしかるをかうとくてんわうたいくわぐわんねんにつのくにながらにうつつてとよさきのこほりにみやこをたつさいめいてんわうニねんになほやまのとのくににうつつてをかもとのみやにすみたまふてんぢてんわう六ねんにあふみのくににうつつておほつにみやをつくりたまふてんむてんわうぐわんねんになほやまとのくににかへつてをかもとのみなみのみやにすみたまふぢとうもんむ二だいのせいてうはなほおなじきくにふぢはらのみやにすみたまふげんめいげんせいしやうむかうけんはいたいせうとくくわうにんまで七だいはなほおなじきくにならのみやこにすみたまふしかるをくわんむてんわうえんりやく三ねん十一ぐわつついたちのひならのきやうかすがのさとよりやましろのくにながをかのきやうにうつつて十ねんこのみやこにすみたまふおなじきえんりやく十三ねんしやうぐわつの三かのひだいなごんふぢはらのをぐろまるさんぎさだんべんきのこさびをつかはしてたうごくかどののこほりうだのむらをみせしむるにりやうにんともにそうしていはくこのちのていをみさふらふにさしやうりううびやつこぜんしゆじやくごげんむ四じんさうおうのちなりもつともていとをもとむるにたれりよりておとくにのこほりにおはしますかものだいみやうじんにまをさせたまひておなじきえんりやく十三ねん十一ぐわつ廿かのひながをかのきやうよりいまのへいあんじやうにうつつてていわう卅ニだいせいさう三百八十よさいのしゆんじうをおくりむかへてぞましましけるしかつしよりこのかたよよのみかどのみやこをたこくたしよへうつされしかどもかかるしようちはいまだなしとてくわんむてんわうことにしつしおぼしめしてまづちやうきうなるべきじゆつとてだいじんくぎやうしよだうのさいじんにおほせてつちにて八しやくのひとがたをつくらせくろがねのかつちうをきせおなじうくろがねのきうせんをもたせてひがしやまのみねににしむきにたててぞうづませられけるこれはすゑのよにこのみやこをたこくへうつすものあらばかならずしゆごじんとなるべしとのおんやくそくありけりさればてんがにことのいでこんとてはこのつかかならずめいどうすしやうぐんがつかとていまにありくわんむてんわうはへいけのなうそにてぞましましけるへいあんじやうとなづけてはたひらかにやすきみやことかけりもつともへいけのあがむべきみやこぞかしさがのてんわうのおんときへいぜいのせんていよをみだらむとせさせたまひしにみやこをたこくたしよへうつさんとせさせたまひしときだいじんくぎやうしよこくのじんみんことごとくおこつてそむきまをせしかばつひにうつされでやみにきかたじけなくもいつてんのきみばんじようのあるじだにもたやすくうつしえたまはぬみやこをなんぞだいじやうのにふだうじんしんのみとしてたやすくうつされけるこそふしぎなれいかさまにもこれはしよこくのいぞくせめのぼりへいけみやこのうちをおひいだされさんりんにまじはるべきぜんぺうかとぞじやうげささやきあへりけるあはれきうとはめでたかりしみやこぞかしわうじやうしゆごのちんじゆは四はうにひかりをやはらげれいげんしゆしようのてらでらはじやうげにいらかをならべたりはくせいばんみんわづらひなく五き七だうもたよりありひとびとのいへいへをばかもがはかつらがはにこぼちいれいかだにくみうかべしざいざふぐをふねにつみてふくはらへはこびくだされたりければはなのみやこもただなりにゐなかとなるこそかなしけれつじつじほりきりさかもぎゆひふさぎたりければくるまなんどのわのかよふこともなしたまたまゆくひとはみなをぐるまにのつてみちをへてこそとほられけれまたなにものがしたりけんふるきみやこのだいりのはしらに二しゆのうたをぞかきけるももとせをよかへりまでにすぎきにしをたぎのさとのあれやはてなむさきいづるはなのみやこをふりすててかぜふくはらのすゑぞあやうきされどもふくはらにはしんとのことはじめあるべしとてぶぎやうのべんにはくらんどのさせうべんゆきたかとうのうちうべんみつまさくわんにんどもあひぐしてたうごくわだのまつばらのにしののをてんしここのへのちをわられけるに一でうよりはじめて五でうまではありしかどもそれよりしもはなかりけりぎやうじくわんかへりまゐつてこのよしをそうしまをしたりければさらばはりまのいなみのかなほたうごくこやのかなんどさたありしかどもとみにことゆくべしともみえざりけりきうとはすでにうかれぬしんとはいまだことゆかずありとしあるひとみなみをうきぐものまよひとなしもとそのところにすむひとはちをうしなつてうれへいまうつりくるひとはみなどぼくのわづらひをぞなげかれけるなかにもつちみかどのさいしやうのちうじやうみちちかのきやうのまをされけるはいこくには三でうのくわうろをひらいて十二のとうもんをたつといへりいはんやわがてうに五でうまであらむみやこになどかだいりをたてざるべきとて五でうのだいなごんくにつなのきやうのりんじにすはうのくにをたまはつてさとだいりつくらせらるこのくにつなのきやうとまをすはならびなきだいふくちやうじやにておはしければさとだいりざうしんせらるべきことさうにおよばすとはまをしながらまづさしあたつておこなはるべきごけいだいじやうゑをばさしおかれてかかるよのみだれのなかにせんとざうだいりすこしもさうおうせずいにしへのかしこかりけるみよにはだいりをばかやにてふきのきをだにもあらためられずたみのかまどのともしきをごらんじてはかぎりあるみつぎものをもゆるされけりこれひとへにくにをたすけたみをはごぐむによりてなりかのたうのげんそうのりさんきうをつくられしにはかはらにまつおひかきにこけむすまでりんかうなかりけるにはさうゐかなしよしやうくわたいをたてれいみんあらけじんあはうのでんをおこしててんがみだるともいへりばうしきらずさいてんけづらずしうしやかざらずいふくあやなかりけるよもありけるものをおそろしおそろしとぞひとまをしける
月見
 おなじき八ぐわつ八かのひふくはらにはしんとのことはじめあつておなじき十ぐわつ十かのひおんむねあげとぞきこえしきうとはあれゆけばいまのみやこははんじやうすあさましかりしなつもすぎあきもなかばになりにけりふくはらにおはしけるひとびとはめいしよのつきをみむとてあるひはげんじのたいしやうのむかしのあとをたづねつつすまよりあかしのうらづたひしらく(イ白浦)ふきあげわかのうらすみよしなにはえたかさごをのへのつきのあけぼのをながめてかへるひともありきうとにのこるひとびとはふしみひろさはのつきをみるなかにもふくはらにおはしけるごとくだいじのさたいしやうじつていのきやうはきうとのつきをみんとてにふだうしやうごくにいとまこひ八ぐわつ十かあまりにふるきみやこへかへりのぼられけるがみちすがらもめいしよめいしよのつきをみるすずめのまつばらみかげのまついくたこやののつきをみるくもゐにさらすぬのびきのこれやこのもとめづかとなづけしはかのしまのほとりなりこひゆゑみをうしなひし二にんのをとこのはかとかやゐなのみなとのあけぼのにきりたちわたるなにはがたをとこやまのつきかげはいはしみづにややどるらんむつだのよはのむしのねにいなばにそよぐかぜのおとあきのやまのもみぢのいろこころをくだくたよりとなるたいしやうきうとにかへりみたまへばひとびとのいへいへをばさんぬるなつかもがはかつらがはにこぼちいれいかだにくみうかべしざいざふぐをふねにつみてふくはらへはこびくだされたりければたまたまのこるいへいへはもんぜんくさふかくていじやうつゆしげくよもぎがそまあさぢがはらとりのふしどとあれはててただきぎくしらんののべとぞなりにけるいまふるきみやこのおんなごりとてはおんいもうとこんゑがはらのおほみやのごしよばかりなりたいしやうかれへまゐらせたまひてずゐじんをもつてそうもんをたたかせらるればうちよりにようばうのこゑにてたそやこのよもぎふのつゆうちはらふひとだにもまれなるところにととがむればこれはふくはらよりたいしやうどののおんまゐりにてさふらふとまをすささふらはばそうもんはぢやうがさされてさふらふぞひがしのこもんよりまゐらせたまふべしとまをしたりければたいしやうさらばとてひがしのもんよりぞまゐられけるをりふしおほみやはつきにめでさせたまひてみなみのだいにしておんびはおんばちのおとあざやかにこそあそばされけれかのげんじのうぢのまきにはうばそくのみやのおんむすめあきのなごりををしみつつびはをしらべてよもすがらおんこころをすまさせたまひしにありあけのつきのやまのはよりいでけるをなほたへずやおぼしめされけむばちしてまねかせたまひしもいまこそおぼしめししられけれおほみやおんばちさしをさめさせたまひていかにやたいしやうこれへこれへとおほせければたいしやうごぜんちかうまゐらせたまひてややはるかにおんものがたりありそののちたいしやうまつよひのこじじうをよびいださせたまひてむかしいまのことどもをよもすがらかたりぞあかさせたまひけるそもそもこのまつよひのこじじうとまをすはあるときおほみやじじうをめしてまつよひとかへるあしたはいづれかはとおほせければじじうとりあへずまつよひのふけゆくかねのこゑきけばあかぬわかれのとりはものかはとまをしたりけるによつてこそまつよひのこじじうとはめされけれそののちたいしやうはるかによふけひとしづまつてのちやうでうねとりさうさうかれなんとすむしのおもひねんごろなりといふらうえいしてふるきみやこのあれゆくやうをいまやうにこそうたはれけれふるきみやこをきてみればあさぢがはらとぞあれにけるつきのひかりはくまなくてあきかぜのみぞみにはしむとこれを二三どうたひすまされたりければおほみやをはじめまゐらせてじじういげのにようばうたちみなそでをぞぬらされけるあけければたいしやういとままをしてふくはらへこそくだられけれじじうたいしやうのおんなごりををしみたてまつつてくるまよせまでたちいでおんうしろをはるばるとみおくりたてまつりなみだをおさへてとどまりけりたいしやうおんともにめしぐせられたりけるくらんどをめしてじじうがなにとおもひてやらむよにもなごりをしげにみえつるになんぢゆきてなにともよきやうにいひてこよかしとおほせければくらんどはしりかへりこれはたいしやうどののまをせとさふらふとてものかはときみがいひけむとりのねのけさしもなどかこひしかるらんじじうとりあへずまたばこそふけゆくかねもつらからめあかぬわかれのとりのねぞうきくらんどかへりまゐりこのよしをまをしたりければさればこそなんぢをばつかはしたりつれとてたいしやうおほきのかんぜられけりそれよりしてこそものかはのくらんどとはめされけれ
物怪
 にふだうしやうごくのみやこうつりののちはゆめみもあしうまたふしぎのことどもおほかりけりたとへばそのころにふだうしやうごくのすまれけるつぼのうちにひさうしてうゑさせられける五えふのまつの一やのうちにかれにけるこそふしぎなれまたうしろなるまつやまのかたにはひとならば四五百千にんばかりのこゑにてたいぼくをたをすがやうに一どにどつとわらふこゑしけりにふだうひきめのばんとなづけてひる卅にんよる六十にんのひやうしをすゑてひきめかぶらをいさせられけるにいおふせたるかとおぼしきときはおともせずまたそぞろなるかたへいやつたるかとおぼしきときは一どにどつとぞわらひけるまたにふだうしやうごくのちやうないには一まにはばかるほどのもののおもてがいできてにふだうしやうごくをにらみたてまつるにふだうもさるおそろしきひとにておはしければすこしもさわがずにらまれけるにしにんわらうてうせにけりあるときのふたあさにふだうちうもんのらうにいでたまひ六ゐやさふらふ六ゐやさふらふとめされけれどもをりふしひと一りもさふらはざりけるにつねのつぼのうちをみやりたまへばしやれたるかうべが四五百千ばかりみちみちてはしなるがなかへいりなかなるがはしへいでうへなるがしたになりしたなるがうへへあがりたがひにころびあひころびのきがらめきけるがさるかとすればひとつになつて十ぢやうばかりにそびえあがるときもありまたちつとになるときもあり千万のまなこをもつてにふだうしやうごくをにらめたてまつるたとへばにふだうもせけんにわらはべのめくらべなんどをするがやうにまたたきもせずにらまれければつゆしものひにあたつてきゆるがごとくにあとかたもなうぞうせにけるまたにふだうしやうごく十四五六のわらはべを三百よにんめしあつめかぶろとなづけてめしつかはれけるなかにてんぐまぎれてあそびけりまたにふだうしやうごくのひさうしてなでかはれけるむまのをにねずみすをくひ一やのうちにこをうみにけるこそふしぎなれこのむまはとうごくさがみのくにのぢうにんおほばの三らうかげちかがもとより八ケこく一のめいばとてまゐらせたりけるがくろきむまのひたひすこししろかりければもちづきとなづけてなのめならずひさうしてなでかはせられけるむまのをにねずみすをくひ一やのうちにこをうみければこれただごとにあらずとて八にんのはかせをめしてうらなはせらるてんがのさわぎとうらなひまをすやがてこのむまをばあべのやすちかたまはりけりむかしてんぢてんわうのおんときれうのおんむまのをにねずみすをくひ一やのうちにこをうみにけるにもてんがおだやかならずとぞにほんぎにはしるされたるまたふるきみやこにおはしけるげんちうなごんがらいのきやうのもとにさふらひけるせいしがみたりしゆめこそなによりもふしぎなれたとへばたいだいのじんぎくわんのへんをとほるとおぼしきにそくたいしたまひたるじやうらふのいくらもなみゐさせたまひてぎぢやうなんどのありけるをなにごとやらむとたちとまつてきくほどになかにもざじやうにおはしますじやうらふのゆゆしうけだかきおんこゑにてこのほどへいけにあづけおきたるせつばかりをめしかへしいづのくにのるにんさきのうひやうゑのごんのすけよりともにたばんとぞおほせけるまたまつざにおはしますじやうらふのへいけのかたうどしたまふとおぼしきをおつたてらるるとみまをしてあけてのちひとにかたるほどにこのことふくはらへきこえたりにふだうがらいのきやうのもとへししやをたててそれにゆめみのをとこのさふらふなりたまはつてゆめのやうあひたづねさふらはんとのたまひつかはされたりければこのをとこあしかりなんとやおもひけむやがてちくでんしてんげりがらいのきやうまつたうさるきよじをぢんじまをされたりければこのうへはにふだうちからおよばずとぞのたまひけるにふだうしやうごくのいまだそのころあきのかみたりしときいつくしまのだいみやうじんよりれいむかうふりうつつにたまはられたりけるしらえのこなぎなたつねのまくらをはなたずたてられたりけるがにはかにうせにけるこそふしぎなれなかにもかうやのおやまにおはしけるさいしやうのにふだうなりよりこのよしをつたへききたまひてすはすはへいけのうんめいはすゑになりぬるはなかにもざじやうにおはしますじやうらふのこのほどへいけにあづけおきたるせつどをめしかへしいづのくにのるにんさきのうひやうゑのごんのすけよりともにたばんとおほせのわたらせたまふはげんじのうぢがみしやう八まんだいぼさつにてぞわたらせたまふらんまたまつざにおはしますじやうらふのへいけのかたうどしたまふとおぼしきをおつたてらるるとみまをしたるはへいけのうぢがみあきのいつくしまのだいみやうじんにてぞわたらせたまふらんいつくしまのだいみやうじんはしやからりうわうのだい三のひめみやたいざうかいのすゐじやくにてによしんとこそうけたまはりつるにさやうにぞくたいにてみえさせたまひけるこそふしぎなれただしこのおんかみは三めい六つうをえさせたまひたんなればもしさやうのおんことにもどうしんしたまへるにこそとありがたかりしおんことなりうきよをいとひまことのみちにいるひともぜんせいをきいてはよろこびなげきをきいてはかなしめりふかきやまにいりたまひしよりこのかた一かうごせぼだいのつとめのほかはたじやはあるべきなれどもそのときよりをりにしたがふならひとてかやうのことをものたまひけりへいけよをとつて廿一ねんたのしみさかえはむかしもいまもためしすくなかりしことどもなりされどもほういつじやけんにおはしければいまはせつどをもめしかへさせたまふにこそとあはれなれしことどもなり
大場がはや馬(あひ)
 おなじき九ぐわつニかのひとうごくさがみのくにのぢうにんおほばの三らうかげちかがもとよりはやむまをたててへいけへまをしけるはいづのくにのるにんさきのうひやうゑのごんのすけよりともしうとほうでうの四らうときまさをいんぞつしてつがふそのせい五十よきさんぬる八ぐわつ十七にちのよたうごくのもくだいいづみのはんぐわんかねたかをやまきがたちにてようちにしぬおなじき二十かのひさがみのくににうちこえどひつちやをかざきのものども三百五十よきにていしばしのじやうにたてこもりさふらひぬおなじきニ十二にちにかげちかむさしさがみ二ケこくのぐんびやう三千よきをあひぐしていしばしのじやうにおしよせさんざんにせめたたかひさふらふほどによりともいくさにうちまけしゆじう七八きにうちなされどひのすぎやまににげかくれさふらひぬおなじき廿四かにみうらのおほすけが一たう五百よきにてげんじがたすはたけやま五百よきにてゆゐこつぼにてかつせんすはたけやまいくさにうちまけむさしのくににひきしりぞきさふらひぬなほはたけやまはらをたてえどかさいしながはのものども三千よきをひきぐしておなじき廿六にちに三うらきぬがさのじやうにおしよせさんざんにせめたたかひさふらふほどにおほすけうたれさふらひぬこどもまごどもは三百よきにうちなされ三うらくりばまよりふねにとりのりひやうゑのすけがあとをたづねてあはかづさへわたりぬとこそたてたりけれ
朝敵揃
 そのころふくはらにさふらひけるへいけのさむらひどもこのよしをききてあはれさらばげんじがとうしてよせこよかしわれうつてにむかはんなんどいふぞはかなきそのころふくはらにさふらひけるとうごくのだいみやうにははたけやまのしやうじしけよしおととをやまだのべつたうありしげうつのみやのさゑもんともつななりにふだうかれらをめしてのたまひけるはなんぢらがこどもとうごくにあんなればげんじにさだめてどうしんするらんなとのたまへばこれらかしこまつてまをしけるはほうでうはしたしうなつてさふらへばさやうのおんこともやさふらふらんそのほかのものどもはまつたうさなきよしをちんじまをしたりければにふだうさらばきしやうもんにおよぶべかしとのたまへばおのおのかしこまつてうけたまはりくまののごわうをまをしおろし七まいのきしやうもんをかいてたてまつるげにもとまをすひともありいやいやこのことだいじにやおよばんずらんとささやくものもおほかりけりにふだうかさねてのたまひけるはそもそもかのひやうゑのすけよりともといつぱさんぬるへいぢにちちよしともがむほんによつていけどりにせられすでにちうせらるべかりしをこいけのぜんにのをりふしのたまひしによつてこそしざいをるざいにしよするところなれいつしかそのおんをわすれてたうけにむかつてゆみをひきいかでかやをもはなつべきたうじこそわうゐもむげにかるけれむかしはせんじをむかへてよみしかばかれたるくさきにもははりはなさきとぶとりもしたがひたてまつりたりしがむかしえんぎのせいだいしんせんゑんにごかうなつていけのみぎはにさぎのさふらひけるをくらんどをめしてあのさぎとつてまゐらせさふらへとおほせければくらんどいかでとるべきとはおもひけれどもりんげんなればまかりむかふさぎはねつくろひをしてたたんとすくらんどいかにせんじぞまかりたつなといはれてさぎひらみてとびさらずくらんどかれをいだいておんまへへまゐりたりければみかどなのめならずぎよかんあつてなんぢがせんじにしたがひまゐらせてまゐりたるこそしんぺうなれやがて五ゐになせとて五ゐになさるけふよりのちさぎのうちのわうたるべしといふおんふだをあそばしてさぎのくびにかけてはなたせおはしましけりまつたうこれはさぎのごようにはあらずただわうゐのほどをしろしめされむがためなりきそれてうてきのはじめにはきのくになぐさのこほりたかをのむらに一のつちぐもありあしてながくみみじかくちからひとにすぐれたりじんみんおほくがいせられしかばくわんぐんはつかうしかづらのあみをむすびつつせんじをよみかけてつひにこれをおほひころすしかつしよりこのかたやしんをさしはさむものおほいしのやままろおほやまのわうじおほとものまとりもりやのだいじんそがのいるかやまだいしかはぶんやのみやだおほやのさゑもんだざいのだいにひろつぐさだいじんながやうだいじんとよなりゑみのだいじんおしかついがみのくわうぐうさあらのたいしたちばなのいつせいふぢはらのちうせいたひらのまさかどふぢはらのすみともあべのさだたふむねたふつしまのかみみなもとのよしちかあくさふあくゑもんのかみにいたるまでつがふそのれい廿よにんなりされどもこれらはいつかはそくわいをとげたりしかばねをりようもんげんじやうのつちにうづみかうべをごくもんにかけられしものなりき
咸陽宮
 とほくいてうのせんじようをとぶらふにむかしえんのたいしたんはじんのしくわうていにとらはれていましめをかうぶること十二ねんあるときたいしたんしくわうていにまをしけるはわれにしばらくのいとまをたまはれかしわがふるさとにいちにんのらうぼありわれほんごくにかへつていまいちどははをみむとまをしたりければしくわうていおほきにあざわらつてなんぢにいとまたばんことむまにつのおひからすのかしらのしろくならむをまつべしとぞのたまひけるときにたいしたんてんにあふぎちにふしてねがはくはみやうけんの三ばうかうかうのこころざしをあはれませたまひてむまにつのおひからすのかしらしろくなしたまへわれほんごくにかへつていまいちどははをみむとぞいのりけるかのめうおんだいしはりやうぜんじやうどにけいしてふかうのつみをいましめくしらうしはだいたうしんたんにいでてちうかうのみちをはじめたまふみやうけんの三ばうかうかうのこころざしをあはれませたまふことなればむまにつのおひてきうちうにきたりからすのかしらしろくなつてていぜんのきにいたりうとうばかくのへんにおどろきりんげんかへらざることをしくわうていおぼしめしてたいしたんをゆるしてほんごくへこそかへされけれしくわうていたいしたんをゆるしてほんごくへかへされけることをなほやすからずおぼしめされければじんのくにとえんのくにのさかひにそこくとまをすくにありかのくににたいがありたいがのうへにたかきはしありすなはちそこくのはしとぞまをしけるしくわうていかしこへひとをつかはしてたいしたんがわたらんときおつべきはかりごとをめぐらされたりけるをたいしたんはゆめにもしらずしてわたるほどになじかはよかるべきなかのほどにておちにけりされどもみづにもおぼれずしさいなくむかひのきしにわたりつつたいしたんおほきにふしぎのおもひをなしうしろをかへりみければおほきなるかめのかふにぞのつたりけるこれもただかうかうのこころざしのふかかりけるによつてなりたいしたんこれによつてなほうらみをふくみしくわうていにもしたがはずかへつてしくわうていうつべきはかりごとをぞめぐらしけるしくわうてい四かいにせんじをくだしたいしたんをうつべきはかりごとをめぐらされたりければたいしたんけいかだいじんをはじめとしてつはものあまたかたらはれけりまたここにでんくわうせんせいといへるつはものありけいかかれがもとにゆきてかたらはれければせんせいがまをしけるはきりんは千りをとべりといへどもとしおいぬればどばにもおとれりきみはこのみのわかうさかんなつしことをおぼしめしてかやうにたのみおほせさふらふがいかさまにもべちのつはものをかたらつてたてまつらむとていでければけいかかれがそでをひかへてあなかしここのことてんがにもらしたまふなよといひければせんせいたちかへつてなによりもひとにうたがはれぬるにすぎたるはぢはなしわれいはずともこのことてんがにもれなばさだめてうたがはれなんずひとのくちよりもれぬさきにこころやすうおもひたまへとてけいかがまえにてじがいしてこそうせにけれまたここにはんよきとまをすつはものありこれはもとじんのくにのものなりけるがおやをぢきゃうだいをしくわうていにほろぼされてえんのくにににげこもりたりしくわうてい四かいにせんじをくだしてはんよきがかうべならびにえんのさしづもつてまゐりたらむずるものには五百こんのきんをあたふべしとふれられたりければけいかかれがもとにゆいてわれきくなんぢがかうべ五百こんのきんにほうぜられたんなりまことになんぢしくわうていほろぼすべきこころざしならばなんぢがかうべわれにかせしくわうのだいりにもつてゆきえいらんをへられんときつるぎをむねにささんはやすかるべしといひければはんよきをどりあがりいきをついてまをしけるはわれおやをぢきゃうだいをしくわうわていにほろぼされよるひるこれをおもふにこつずゐにとほつてしのびがたしまことになんぢしくわうていほろぼすべきこころざしならばわがくびなんぢにあたへんことちりはひよりもなほやすかるべしとてけいかがまへにてみづからくびかきおとしうせにけりまたここにしんぶやうとまをすつはものありこれももとはじんのくにのものなりけるが十三のとしおやのかたきをうつてえんのくにににげこもりたりかれがいかつてむかふときはだいのをとこもぜつじゆしまたわらうてむかふときはみどりごもいだかれけりかれにはんよきがくびをもたせわがみはえんのさしづのいりたりけるひつをもつてじんのくにへぞむかひけるさうてんゆるしたまはねばはつこうひをつらぬいてとほさずさればわがほんいとげがたしとぞたいしたんはのたまひけるほどなうじんのくににいたりぬはんよきがかうべならびにえんのさしづもちてまゐりたるよしをそうもんすしくわうていひとしてうけとらむとのたまへばひとしてはかなふまじただちにたてまつるべきよしをまをしたりければしくわうていさらばとてにはかにせちゑのぎをととのへてえんのつかひをぞめされけるかんやうきうとまをすはみやこのめぐり一万八千三百七十よりとかやだいりをばちより三りたかくつきあげくろがねのついぢたかさ百よぢやうはう四十りにつかせそのうちにつくられたりあきはたのむのかりはるはかならずみやこよりこしぢへかへるものなればひぎやうじざいのさはりありとてついぢにはがんもんといへるもんをあけてぞとほされけるしろがねをもつてつきをつくりこがねをもつてひをつくれりしんじゆのいさごるりのいさごこがねのいさごをしきみてりちやうせいでんありふらうもんあり四十八でんのそのうちにしくわうていのつねにすまれけるでんありあはうきうとてくち六しやくのあかがねのはしらをたかさ卅六ぢやうにたてさせとうざいへ九ちやうなんぼく五ちやうにつくられたりおほゆかのしたには五ぢやうのはたほこをたてたれどもなほおよばぬほどなりかしこにたまのきざはしありしんぶやうこれをのぼるほどにおくしてもやありけんひざのふしわなわなとふるつてのぼりわづらふしんかあやしみをなしぶやうはむほんのこころざしありきみはけいじんにちかづかずけいじんをばまたきみのかたはらにおかずといひければけいかたちかへつてぶやうはむほんのこころざしなしえんのくにのいやしきにならつてかかるくわうきよをはじめてみるあひだめいわくすといはれてしんかおのおのしづまりぬそののちはんよきがかうべならびにえんのさしづともにひけんせらるさしづのいりたりけるひつのそこにつるぎのこほりなんどのやうにてみえければしくわうていおほきにおそれをののいていそぎにげんとしたまひけるをぎよいのたもとをむんずとひかへたてまつつてつるぎをむねにさしあてたてまつるすでにかうとぞみえたりける千万のつはものどもていじやうにひざをつらねけれどもすくはんとするにちからなしただこのきみぎやくしんにをかされたまはんことをかなしみけりとぞうけたまはるしくわうていは三千にんのきさきをもちたまへりそのなかにもくわやうぶにんとてならびなきことのじやうずにてましましけりしくわうていけいかにむかつてのたまひけるはわれにへんしのいとまをえさせよさいあいのきさきのことのねをいまいちどきかんとのたまへばけいかゆるしたてまつるきさきは七しやくのびやうぶをへだててことをしらべましましけりおよそこのきさきのことのねにはもののふのたけくいかれるもしづまりとぶとりもおちくさきもなびくばかりなりいはんやけふをかぎりただいまばかりのえいぶんにそなへむとしらべましましければさこそはおもしろかりけめけいかもぼうしんのこころうしなひはてかうべをうなだれみみをそばだててこれをきくそのとききさきはじめて一きよくをそなふ七しやくのびやうぶはたかくともをどらばこえぬべし一ぢようのらこくはつよくともひかばたえぬべしとしらべましましけるをけいかはこれをききしらずしくわうていはききしつてましましければひかへたりけるぎよいのたもとをふつつとひきちぎつて七しやくのびやうぶををどりこえあかがねのはしらのかげにかくれたまふけいかおほきにいかつてつるぎをなげかけたてまつるをりふしおんまへにばんのいしのさふらひけるがくすりのふくろをなげかけたりつるぎくすりのふくろをかけられながらくち六しやくのあかがねのはしらをなからまでこそきつたりけれけいかはつるぎのあまたもなければつづいてもなげずしくわうていたちかへりひしゆとまをすぎよけんをめしよせてけいかをやつざきにこそしたまひけれしんぶやうもうたれにけりそののちうつてをつかはしてたいしたんをもほろぼさるむかしもいまもおんをわすれちぎりをへんぜしものはつひにはかくこそありしかさればいまのひやうゑのすけもさこそはあらんずらむとしきだいするひともおほかりけり
文覚の勧進帳
 そもそもかのひやうゑのすけよりともといつぱ、おんとし十四とまをしし、えいりやくぐわんねん三月廿日のひ、いづのくにほうでうひるがしまにながされて、廿よねんのはるあきをおくり、ことしはすでに卅四にぞなられける。としごろひごろもあればこそありけれ、いかなればことししも、かかるむほんをおもひたたれける、ゆゑをいかにとまをすに、ごにちにきこえしは、たかをのもんがくしやうにんのおんすすめなりけるとぞきこえし。このもんがくしやうにんとまをすは、わたなべのゑんどうさこんのしやうげんたいふもちとほがこに、ゑんどうむしやもりとほとて、じやうさいもんゐんのしゆなり。しかるにもりとほ十九のとし、あさからずおもひけるをんなにおくれ、けんごのだうしんおこして、やまやまてらでらしゆぎやうしけるが、あるときおほみねをぎやうぜばやとおもひ、せんだちかたらうてくまのへまゐり、なちに千にちこもり、おほみねことゆゑなうぎやうじてのち、さすがこきやうやこひしかりけむ、みやこにのぼり、たかをとまをすところにしばらくおこなひてぞさふらひける。せんねんたかをに、じんごじとまをすやまでらあり。ひさしくしゆざうなくしてあれはいせり。とびらはかぜにたふれて、むなしくおちばのしたにくち、のきばはあめにをかされて、ぶつだんさらにあらはなり。もんがくわれたまたまにんげんにしやうをうけ、さいはひにしゆつけとんせいのみとなれり。あたらしうだうたふをたてんより、ふるきをこんりふしたらむにはしかじと、たいきやうにもみえたり。せんずるところしゆざうせばやとおもひ、くわんじんちやうをかきて、十ぱうだんなをすすめありきけるが、あるときゐんのごしよほうぢうじどのにまゐり、ほうがのよしをまをしければ、ひとびとけうなるひじりのごばうかな、ぎよいうのをりふしぞ、わたるにまゐれとおほせければ、もんがくこれはまをせどもひとがそうせぬぞとこころえて、もとよりふてきだい一のあらひじりにてはさふらひけり。おんつぼのうちにやぶりいつて、だいじだいひのきみにてわたらせたまへば、などかごほうがのなかるべきとて、ふところよりくわんじんちやうをおつとりいだし、おそろしげなるこゑをもつて、たからかにこそよみたりけれ。しやみもんがくうやまつてまをす、ことにはじうばうだんなのごじよじやうをかうぶつて、たかをさんのいちに一ゐんをこんりふし、げんたうニせあんらくのだいりを、こんぎやうせしめんとこふくわんじんのじやう。それおもんみれば、しんによくわうだいなり。しやうぶつのけみやうをたつといへども、ほつしやうずゐまうのくもあつくおほひて、はるかに十二いんえんのみねにたなびきしよりこのかた、ほんうしんれんのつきのひかりかすかにして、いまだ三どく四まんのそらにあらはれず、かなしいかな、ぶつじつはるかにぼつして、しやうじるてんのちまたみやうみやうたり。いろにふけり、かにほこる、たれかきやうざうてうゑんのまどひをしやせん。ひとをばうしほふをばうす、あにえんらごくそつのせめをまぬがれんや。ここにもんがく、たまたまぞくぢんをはらひて、ほうえをかざるといへども、あくぎやうなほこころにたくましくしてにちやにうつり、ぜんいんまたみみにさかつててうぼにすたる、いたましいかな、ふたたびさんづのくわきようにかへつて、かさねてしやうじのくりんをめぐらんことを、このゆゑにむにのけんしやう千万ぢく、ぢくぢくにぶつしゆのいんをあらはし、ずゐえんししやうのほふ、みなもつてぼだいのひがんにいたらずといふことなし。ゆゑにもんがくむニのくわんもんになみだをおとし、じやうげしんぞくのけちえんをもよほし、じやうぼんれんだいにふをはげまして、とうめうかくわうのれいぢやうをたてんとなり。それたかをさんは、やまうづたかうしてしゆぶのやまのこずゑをまなび、たにしづかにしてしやうさんとうのこけをしく。がんせんむせんでぬのをひき、れいゑんさけんでえだにあそぶ。じんりとほくしてがうぢんなく、しせきことなうしてしんじんのみあり。ちけいすぐれたり。もつともぶつてんをあがむべし。ほのかにきくしゆさゐぶつたふくどく、たちまちにぶついんをかんず、いはんやいつしはんせんのほうさいにおいてをや。ねがはくはこんりふじやうじゆして、きんけつほうれきごぐわんゑんまん、ないしとひゑんきんりんみんしんそ、ともにげうしゆんぶゐのくわをうたひ、ちんえふさいくわいのゑみをひらかん。かねてまたしやうりやういうぎぜんごだいせう、ともにいちぶつしんもんのだいにいつて、おなじく三(イ三身)万とくのつきをもてあそばんや。よりてくわんじんしゆぎやうのおもむきけだしもつてかくのごとし。ぢしよう三ねん三ぐわつ廿かのひ もんがくほうしうやまつてまをすとぞよみあげたる。
文覚の流され
 さるほどにほうぢうじどのにはめうおんゐんのだいじやうだいじんもろながびはかきならしあぜちのだいなごんすけかたのきやうひやうしをうちてふぞくさいばらうたはれけりげんせうしやうまさかたわごんをしらべ四ゐのじじうもろさだいまやうとりどりにうたうてたまのすだれもれいれいとしてまことにおもしろかりければほうわうもぎよかんのあまりおんつけうたなんどさふらひけるにそれにもんがくがもつてのほかおほごゑにてうしもはやことごとくみだれぬほうわうあれなにものぞらうぜきなりつゐほうせよとおほせくださるるほどこそありけれあはれなにごとかなことにあはばやとおもふはやりうのものどもはしりよりていかにけうのひじりぎよいうのをりふしぞごにちにまゐれとおほせければもんがくあなことごとしたかをのじんごじにおいてくににてもしやうにてもいつしよよせたまはざらんほかはまつたうまかりいづまじとぞまをしけるそののちすけゆきはんぐわんはもんがくがそくびつかんとてよりけるをもんがくくわんじんちやうをばひだりのてにおつとりなほしみぎのかひなをさしいだしすけゆきはんぐわんがゑぼしをうつてうちおとしむねをばぐとついてのけにつきたふすすけゆきはんぐわんはもんがくにゑぼしうちおとされをめをめとなりておほゆかのうへへぞにげのぼりけるそののちもんがくはむまのをにてつかまいたるかたなのそのたけ七すんばかりありけるがよそよりはこほりなんどのやうにみえけるをぬきもつてよりくるものあらばつかんとこそはまちかけたれもんがくひだりのてにはくわんじんちやうをもちみぎのてにはかのかたなをもつてはしりありきければおもひもかけぬにはかごとにてはさふらひけりひとめにはたださうのてにかたなをもつたるやうにぞみえしほうわうもえいりよをおどろかさせおはしますわかきくぎやうでんじやうびとやつぼねのにようばうたちにいたるまでこはいかなるべしともおぼえさせたまはずここにしなののくにのぢうにんあんどうみぎむねがたうしよくにてむしやどころにさふらひけるがたちをぬいてつつといでくわんじんのひじりをきつてはせんなしとてやおもひけんもんがくがかたなもちたるかたのかひなをたちのみねにてかたかけてしたたかにうつうたれてひるむところをたちをなげすてはしりかかつてむずとだくもんがくはだかれなからみぎむねがかひなをぞついたりけるみぎむねはつかれながらぞしめたりけるもんがくもつよしみぎむねもつよかりければたがひにうへになりしたになりころびあふところをここかしこへにげちりたりつるものどもわがかうみやうがうにちぎりきさいぼうをもつてよりもんがくがはたらくところのぢやうをさんざんにがうしてんげりされどももんがくはちつともいろもへんぜずわるびれたるけしきもなくゐをりいよいよあくこうほうごんをぞしけるたとひほうがをこそしたまはざらめこれほどにくわんじんのひじりにからきめをみせたまひぬればたんだいまおもひしらせまをさんずるものを三がいはみなこれくわたくなりわうぐうとてものがるべからずたとひいまこそ十ぜんのていゐにほこつたうともくわうせんのたびにおもむきたまひなんのちはごづめづのせめをばよにしまぬがれたらじものをまぬがれたらじものをとをどりあがりをどりあがりぞまをしけるそののちもんがくをばちやうのものにたぶちやうのものたまはつて七八にんがなかにひつたてていでけるがちやうのものどもはもんがくをひつたてていづるとおもひけれどもひとめにはただちやうのものどもがもんがくにひつたてられていづるとぞみえしもんがくをばやがてごくぢやうせらるそののちすけゆきはんぐわんはもんがくにゑぼしうちおとされめんぼくなくやおもひけむしばしはしゆつしもせざりけりあんどうみぎむねはもんがくにくみたるけんしやうにたうざに一らふをへずしてうまのじようにぞなされけるそのころびふくもんゐんにはかにかくれさせたまひしかばもんがくやがてごくをばいだされけりもんがくなほもこりぬさまにてまたくわんじんちやうをかいて十ぱうだんなをすすめありきけるがへいけのひとびとのあたりとほるとおぼしきときはあつぱれてうおんにほこりたるへいけのひとびとのたんだいまよのみだれいできてうせはてにあはうずるものをあはうずるものをとかやうにのろのろしきことをいひありきければすべてこのほうしみやこのうちにはかなふまじさらばをんるせよやとていづのくにへぞながされけるこれぞへいけのうんのきはめなるかいだうはかなふまじふねにのせてくだせやとていせのくにあののつよりふねにのせてくだすほどにとほたふみのくにてんりうなだ九十九ひきのこまがたなんどまをすあくしよをすぎゆくほどにをりふしおほかぜおほなみたつてふねすでにじゆかいせんとすすゐしゆかんどりどもろかきかぢをたてなほせどもかなはずあるひはくわんおんのみやうがうをとなへあるひはさいごの十ねんにおよびけれどももんがくはちつともさわがずふなぞこにざぜんしてこそゐたりけれすゐしゆかんどりどもいかにひじりのごばうこれほどにおほかぜおほなみたつてふねすでにじゆかいせんとするになどきやうをもよみねんぶつをもまをしてりうじんにたむけいのちたすからんとはおもひたまはぬぞといひければもんがくげにもとやおもひけんかつぱとおきなほりふなばたにあゆみいでだいのまなこにかどをたてうみのおもてをはつたとにらまへていかにりうわうやあるいかにりうわうやあるこれほどにだいぐわんおこしたるひじりをいかでしづめてみんとはするぞたんだいまてんのせめかうぶらんずるりうじんどもかなとよばはつたりければりうじんこのことばにやおそれけんなみかぜしづまつてことゆゑなくいづのくににぞつきにけるもんがくだいぐわんをおこすことありわれふたたびみやこにのぼりたかをのじんごじをしゆざうすべくばしぬまじさらずばしぬべしとてみやこをいでしひよりしていづのくににつくまで二十一にちがあひだはゆみづをだにものみいれずだんじきしてこそくだりけれされどもきりよくすこしもおとろへずざぜんぎやうほふをもおこたらずしていづのくににぞつきにけるそのほかただびとならずとおもふことどもおほかりけり
福原院宣
 さるほどにもんがくをばたうごくのざいちやうこんどう四らうくにたかうけとつてなごやがをかにぞおきたりけるそれよりひやうゑのすけのおはするところもほどちかかりければつねはよりあひきやうゐなかむかしいまのことどもをかたりあはせてたがひになぐさめあはれけりあるときもんがくひやうゑのすけにまをしけるはへいしにはこまつどのばかりこそおんこころもがうにごさいかくもゆゆしうわたらせたまひたりしかどもそれもへいけのうんめいをはかつてきよねんの八ぐわつにこうじたまひぬいまはげんぺいりやうけのうちをみるにごへんほどしやうぐんのさうもちたるひともおはせぬぞはやはやおもひたつてへいけをほろぼしにつぽんのしやうぐんとならむとはおもひたまはずやといひければひやうゑのすけそれおもひもよらぬことなりそのゆゑはさんぬるへいぢにいけどりにせられてすでにちうせらるべかりしをこいけのぜんににいのちたすけられまゐらせしのちはまいにちほけきやうを二ぶようで一ぶをばぶもけうやう一ぶをばかのぜんにのためにたむけたてまつるよりほかはまたたじなしとぞのたまひけるもんがくかさねてまをしけるはてんのあたふるをとらざればかへりてそのとがめをうけときいたつておこなはざればそのわざはひをうくといふほんもんありごへんにこころざしのありなきをばこれにてよくしりたまへとてふところよりぬののふくろにいれたるしやれたるかうべをなげいだしひやうゑのすけにたてまつるひやうゑのすけあれはいかにとのたまへばこれこそごへんのちちこさまのかうのとののおんくびよさんぬるへいぢにごくしよのへんにうづもれておはしけるをもんがくあまりのいたはしさにほりおこしたてまつつてこの二十よねんがあひだみをはなたずとぶらひたてまつりぬればいまはさだめて一ごふもうかびたまひぬらむさればもんがくはこさまのかうのとののおんためにはほうこうのものにてさふらふものをなんどやうやうにまをしたりければひやうゑのすけこれをまこととはおもはれざりけれどもちちのくびときくがなつかしさにひだりのそでにうけとつてまづなみだをぞながされけるそれよりしてぞむほんをばやうやうおもひたちたまひけるそののちひやうゑのすけのたまひけるはたとひさやうのことおもひたつともちよくかんをゆるされまゐらせずしてはいかがあるべきとのたまへばもんがくそれはわれみやこにのぼりまをしてゆるしたてまつらんひやうゑのすけおほきにあざわらつてごへんもるにんのみとしてひとのちよくかんをまをしてゆるさんとのたまふこそおほきにまことしからねとのたまへばもんがくやらそれはわがゆりんとまをさばこそひとのちよくかんをまをしてゆるしたてまつらむはなじかはくるしかるべきこれよりふくはらのしんとへ三かゐんぜんうかがはんに一にちじやうげ七か八かにはよもすぎじあひかまへてそのあひだはまちたまふべしとてさせるりやうじやうはなけれどももんがくばうにかへりでしどもにあうてかたりけるはわれいづのおやまに七かさんろうのこころざしありたとひひとたづぬるともあひかまへてこのよしかくとかたるべからずとておひをかけばうをいでよをひについでのぼるほどに三かとまをすとりのこくばかりにふくはらのしんとにのぼりつきうひやうゑのかみみつよしのもとにいささかゆかりありければもんがくかしこにおちつきみつよしにあうてかたりけるはいづのくにのるにんさきのうひやうゑのごんのすけよりともこそちよくかんをだにもゆるされまゐらせばへいけをほろぼさんとまをせなんどかたりければみつよしたうじはきみもへいけにおしこめられさせたまひてつきひのひかりをだにもはかばかしうごらんぜずみつよしも三くわんともにおしとどめられてこころぐるしきをりふしなりとはのたまへどももんがくかさねてまをしければみつよしおんまへにまゐりこのよしをそうしまをされたりければほうわうなのめならずぎよかんなつてやがてゐんぜんあそばしてぞたうだりけるもんがくゐんぜんたまはつてなのめならずよろこびまたよをひについでくだるほどにひやうゑのすけあはれこのひじりのなまじひなることまをしいだしまたいかなるうきめにかあはんずらむなんどおもはじなきこともなうあんじつづけておはしける七かとまをすいぬのこくばかりにもんがくいづのくににおちつきたまひてくはやとのひやうゑのすけゐんぜんよとてなげいだすひやうゑのすけゐんぜんときくがかたじけなさにあたらしきじやうえをきてうづうがひしてそののちかのゐんぜんをぞひらかれけるそのじやうにいはくへいしわうくわをべちじよしてせいだうにはばかることなしそれわがてうはしんこくなりそうべうあひならむでじんとくこれあらたなりゆゑにてうていかいきののちす千よさいのあひだていゐをかたぶけこくかをあやぶめんとせしものみなもつてはいぼくせずといふことなしこれによつてかつはしんだうのみやうじよにまかせかつはちよくせんのしいしゆにまかせてはやくへいじのいちるゐをほろぼしててうのをんてきをしりぞけてふだいきうせんのひやうりやくをつぎてみをたていへをおこすべしてへりゐんぜんかくのごとくよりてしつぴつくだんのごとしぢしよう四ねん七ぐわつ九かのひうひやうゑのかみみつよしがうけたまはりたてまつりてひやうゑのすけどのへとぞあそばされたる
富士川合戦
 そののちかのゐんぜんをばにしきのふくろにいれていしばしのかつせんのときもひやうゑのすけのくびにかけられけるとぞきこえしさるほどにふくはらにはさらばまづとうごくへうつてをむけよやとてたいしやうぐんにはこまつのごんのすけせうしやうこれもりふくしやうぐんにはさつまのかみただのりさぶらひたいしやうにはかづさのかみただきよちやくしたらうはんぐわんただつなひだのかみかげいへそのこたいふのはんぐわんかげたかかはちのはんぐわんひでくにたかはしのはんぐわんながつないとう九らうすけうぢまたのの五らうかげひさむさしの三らうさゑもんありくにながゐのさいとうべつたうさねもりをさきとしてつがふそのせい三まんよきおなじき九ぐわつ十八にちにふくはらをたちてあくる十九にちにきうとにつきおなじき二十かのひとうごくへはつかうせられけりなかにもこまつのごんのすけせうしやうこれもりはしやうねん廿三になられけるがようぎたいはいよにすぐれむまくらもののぐにいたるまであたりもてりかがやくほどにぞみえられけるそのほかわれもわれもといでだたれたりしありさまめづらしかりしけんぶつなりせんぢやうへむかふたいしやうぐん三のそんちありせつとをたまはるときいへをわすれいへをいづるときつまこをわすれかたきとたたかふときみをわするるといふほんもんありこのひとびともさこそはおもはれけめとあはれなりなかにもふくしやうぐんさつまのかみただのりのねんらいかようてあそばされけるみやばらのにようばうのもとよりこそでをひとかさねおくられけるが千りのなごりををしみつつ一しゆのうたをぞおくられけるあづまぢのくさばをわけてそでよりもたたぬたもとはなほぞつゆけきただのりのへんじにはあづまぢをなにとなげかんこえてゆくせきをむかしのあととおもへばせきをむかしのあととおもへばとよめるうたのこころはこのひとびとのせんぞへいしやうぐんさだもりさうまのまさかどつゐたうのためにとう八ケこくへこえられたりしこころをおもひいでてやよまれたりけむいとやさしうぞきこえしてうてきをたひらげにぐわいとへむかふしやうぐんはまづさんだいしてせつたうをたまはるものなればしゆじやうしんぎなんでんにしゆつぎよなつてないべんぐわいべんのくぎやうさんれつしてちうぎのせちゑをおこなはるしようへいてんぎやうのしようせきもとしひさしくしてなぞらへがたしこれはほりかはのてんわうのおんときさぬきのかみまさもりがいまだいなばのかみたりしときつしまのかみみなもとのよしちかつゐたうのためにいづもへげかうしたりしれいとてすずばかりをたまはつてかのふくろにいれざふしきがくびにかけさせてぞくだられけるさるほどにへいけはここのへのみやこをたちてのはらのつゆにやどをかりたかねのくもにたびねしてやまをかさねかはをへだてつつやうやうくだりたまふほどに十ぐわつ十六にちにはするがのくにきよみがせきにぞつきたまひけるろじのつはものかりぐしてつがふそのせい七万よきせんぢんはふじかはかんばらにささへければごぢんはいまだてごしうつのやまにこそみちみちたれつぎのひせうしやうさぶらひたいしやうかづさのかみただきよをめしておなじうはあしがらをうちこえ八ケこくについてかつせんせばやとおもふはいかがあるべきとのたまへばかづさのかみかしこまつてまをしけるはとうごくはくさもきもみなひやうゑのすけにしたがひつきてさふらへばおよそ二三十まんきにおとることはさふらふまじみかたはわづかに七万よきとはまをせどもあるひはざふひやうあるひはくにぐにのかりむしやどもにてながたびにせめつかれてはいかにもかなひさふらふまじただこのたびもやまをまへにあてかはをへだててみかたのおんせいをまたせたまふべうもやさふらふらんとまをしたりければこのうへはせうしやうもちからおよびたまはずなかにもふくしやうぐんさつまのかみただのりあはれひとのこころののびたるほどくちをしかりけるものあらじにふだうのいま一にちもさきにうつてをむけられたらんにはおほばやはたけやまが一たうはまつさきにこそまゐらんずれこれほどにこころうきことあらじとぞのたまひけるそののちせうしやうとうごくのあんないしやにめしぐせられたりけるながゐのさいとうべつたうさねもりをめしてとうごくになんぢほどのおほやいるものはいかほどあるぞとのたまへばさねもりおほきにあざわらつてきみはさねもりをもおほやいるものとおぼしめされさふらふかわづかに十三ぞくをこそつかまつりさふらへとうごくにおほやとまをすぢやうのものの十五そくにおとつてひくはさふらふまじゆみは三にん五にんしておしかかるおほゆみおほやをもつてつかまつりさふらへばよろひの二三りやうはかけずとほりさふらふとうごくにだいみやうとまをすぢやうのものの五百きにおとつてつるるはさふらふまじむまをのるにおつることをしらずあくしよをはするにむまをたふさずさいこくぶしきないのつはものどもこそおやうたれさふらへばこはひきしりぞきいみあひてよせこうたれさふらへばおやはひきしりぞきけうやうしてはよせさふらへとうごくにはすべてそのぎさふらふまじおやうたれんとすればこはさきにしなんとすすみしううたれんとすればいへのこらうどうはさきにしなんとすすみさふらふおやもうたれよこもうたれよしにんをのぼりこえのぼりこえたたかうさふらふかひしなののげんじやまのあんないはしつたりからめてさだめてまはりさふらふらんことにげんじはようちをこのみさふらふかやうにまをせばとてきみをおくせさせまゐらせんとにはさふらはずいくさはせいにはよらずはかりごとによるとむかしよりまをしつたへてさふらへばよくよくごようじんあるべしとかやうにおびただしげにまをしたりければへいけのつはものどもみないろをうしなつてぞふるひけるさるほどにかまくらのひやうゑのすけよりともはおなじき十八にちに十八まんきにてあしがらをこえたまふかひげんじなんぶたけだをがさはら一まんきにてふじのこしをつたうてひやうゑのすけと一になるしなのげんじおほうちひらがきそのくわんじやこれも一まんよきにてひやうゑのすけと一つになるげんじほどなく廿万きになりにけりおなじき廿かのひげんじ廿万きふじかはのはたにうちいでむかひのきしにぢんをとるげんぺいたがひにかはをへだててささへたりおなじき廿三にちのうのこくにげんぺいたがひにやあはせとぞさだめてんげるへいけのかたにはこのよしをきいていくさはこんみやうのほどにてはよもさふらはじいざやたびのなごりををしまんとてそのへんちかきしゆくじゆくよりいうくんいうぢよどもよびむかへあるひはえびらをといてまくらとしあるひはかぶとをふせてまくらとしぜんごもしらずぞうちとけたるながゐのさいとうべつたうさねもりこのよしをみてゆくすゑたのもしからずやおもひけんまたいへのなををらじとやてぜい五十よきをひきわけてさきにきやうへぞのぼりけるせうしやうこはいかにさねもりがなきところにてはいくさはせられぬことかとぞのたまひけるさるほどにげんぺいたがひにやあはせとさだめてんげるそのよのやはんばかりにふじぬまにいくらもむれゐたりけるすゐてうどもがなににかはおどろきたりけむ千万たつはおとのおほかぜおほなみなんどのやうにきこえければへいけのつはものどもこのよしをきいてあはやさねもりがいひつるやうにげんじはようちこのみときくにあはせてただいまよせたるにこそわれらぶあんないなりこれにてとりこめられてはかなふまじすのまたあじかをふせげやとてわれさきにとぞのぼりけるあまりにあわてたるものどもはゆみ一ちやうに二三にんたち一ふりに一二にんとりつきわがよひとのよとうばひやうなほもあわてたるものどもはつなぎむまにのつたりければうてどもうてどもただくひをのみこそまはりけれなほもあわてたるものどもはさかさまむまにのつたりければぬしはにしへとこころざせばむまはひんがしへはしるもありそのへんちかきしゆくじゆくよりいうくんいうぢよどもよびむかへたりければかかるさうだうにあるひはこしふみぬかれあるひはかしらふみわられをめきさけぶありさまをかしかりしことどもなりおなじき廿三にちのうのこくにげんじ廿万きふじかはのはたにうちいでときをどつとつくつたりけれどもへいけのかたにはしづまりかへつておともせずひやうゑのすけおほきにふしぎのおもひをなしひとをつかはしてみせられければへいけはおちてさふらはずとまをすあるひはよろひわすれてさふらふあるひはかぶとわすれてさふらふあるひはおほまくわすれてさふらふあるひはえびらわすれてさふらふとててんでにもつてまゐるひやうゑのすけわうじやうのかたをふしをがみこれよりともがゐせいにあらずうぢがみ八まんだいぼださつのおんはからひにてぞわたらせたまふらんやがてつづいてもせむべけれどもあとのこともおぼつかなければとてそれよりかまくらへこそかへられけれへいけはただにげにしてきやうへのぼるそのへんちかきしゆくじゆくのものどもこのよしをみてむかしよりみにげといふことはあれどもききにげといふことはいまだなしせんぢやうへむかふたいしやうぐんやひとつをだにもいすてずにげのぼるゆくすゑとてもたのもしからずさよとぞまをしけるなかにもかづさのかみただきよがふじかはによろひわすれたりければただきよがただをとつてふじかはによろひはすてつすみぞめのころもただきよのちのよのためふじかはのいはこすせぜのみづよりもはやくもおつるいせへいしかなただきよはにげのむまにぞのりてけるかづさしりがひかけてとどめよへいけをひらやによみなしてひらやなるむねもりいかにさわぐらんはしらとたのむすけをおとしてにふだうしやうごくこのよしをききたまひておほきにはらをたてせんずるところせうしやうをばきかいがしまへながすべしかづさのかみにははらをきらせんといかられけるをひとびとやうやうにとりまをされたりければそのうへはにふだうもちからおよびたまはずされどもふくはらにはしんとのことはじめあるべしとてさとだいりきらぎらしうつくりいだしたてまつつておなじき十一ぐわつ七かのひごせんかうとぞきこえしされどもこのみやこはきたはやまにそうてたかくみなみはうみちかくてくだれりつねはなみのおとしほかぜはげしくしてかまびすきところなりだいりはやまのなかなればきのまろどのもかくやとおぼえてなかなかいうなるところもありひとびとのいへいへはのなかたなかなりければあさのころもはうたねどもとをちのさとともいつつべし
五節の沙汰(あひ)
 ことしはだいじやうゑあるべしとててんがみなそのいとなみなりだいじやうゑとまをすは十ぐわつのすゑにしゆじやうひがしかはらへみゆきなつてごけいありだいだいのきたののにざいちやうしよをつくつてじんぷくじんぐをととのふりようびだうのだんじやうにくわいりうでんをたててみゆをめすおなじきだんのならびにだいじやうぐうをつくつてしんせんをそなふしえんありぎよいうありせいしよだうのみかぐらありされどもふくはらにはだいごくでんなければたいれいおこなはることもなくせいしよだうもなければみかぐらをもそうせずことしは五せちしんじやうゑばかりあるべしとてなほしんとのおんまつりごとをばきうとのじんぎくわんにてぞとげられける五せちはこれむかしきよみはらのてんわうのおほとものわうじにおそれさせたまひてやまとのくによしののおくにすませたまひしときつきしろくさえあらしはげしきよみかどきんをしらべたまひしにしんぢよたちまちにあまくだつてをとめごがをとめさびしもからだまやそのからだまやからだまと五へんこれをうたうて五たびそでをひるがへすこれぞ五せちのはじめなるこんどのみやこうつしのことをばきみもしんもおほきになげきおぼしめされけるうへべつしてさんもんのたいしゆたびたびそうじやうをもちてなげきまをしけりだい三ケどのそうじやうににふだうだうりしごくしてやおもはれけんおなじき十二ぐわつ十かのひみやこがへりあるべしとぞきこえしへいけのひとびとのかくかへりのぼられけるうへはましてたけのひとびとのたれかこころうかるべきふくはらのしんとに一にちもやすらふべきにあらずとてわれさきにとぞのぼられけるひとびとのいへいへをばさんぬるなつかもがはかつらがはにこぼちいれいかだにくみうかべしざいざふぐをふねにつみてふくはらへはこびくだされたりげればないないとりたてられけれどもいまはなにごとのさたにもおよばずみなうちすてうちすてぞのぼられけるおのおのすみかもなければあるひは八はたかもひよしさがうづまさにしやまひがしやまのかたほとりについてあるひはやしろのはうぜんあるひはみだうのくわいらうにさもしかるべきひとはみなたちやどつてぞおはしける
奈良炎上
 こんどのみやこうつりのほんいをいかにとまをすにきうとはさんもんなんとちかくしていささかのこともあればあるひはなんとのしんぼくをささげたてまつつてしやうらくしあるひはひよしのしんよをかきささげたてまつつてつねはげらくするあひだふくはらはえもはるかにへだたりみちのほどもとほければさやうのことによもたやすからじとにふだうはからひいだしてうつされけるとぞきこえしこんどたかくらのみやのごむほんのどうしんによつてなんとのうつぷんいまだやまずせつしやうどのよりはしゆとをめされてなにごとにてもぞんずるむねあらばそうもんにおよべかしとおほせければだいしゆかしこまつてうけたまはりただだいじやうのにふだうにあうてしにたうさふらふとぞまをしけるそののちなんとにはほうしばらにおほせておほきなるぎつちやうのたまをつくらせこれはきよもりにふだうがくびとなづけてうてふめなんどぞまをしけるまたつちにて八しやくのにんぎようをつくらせはんにやじのおほそとばにくぎづけにしてこれこそだいじやうのにふだうをはつつけにあはすれなんどぞまをしけるこのひとかたじけなくもかしはばらのてんわうのみすゑみかどのごぐわいしやくにてだいじやうだいじんまでもたやすくへあがりたまふほどのひとをかやうにまをすなんとのだいしゆにてんまいれかはれりとぞひとまをしけることのもらしやすきはわざはひをまねくなかだちとつつしまざるはやぶれをとるもとゐともかやうのことをやまをすべきそののちだいりにはくらんどのせうしやうちかまさにおほせてなんとしづめよとてくだされければだいしゆきづがはのはたにゆきむかひみやこよりのみつかひをさんざんにりようりやくしあまさへくわんがくゐんのざふしきニにんがもとどりきりみつかひちかまさがもとどりもきれやきれとののしりければちかまさおほきにいろをうしなつてにげのぼるにふだうまたせのをのたらうかねやすをやまとのくにのけびゐしよにふしてなんとしづめよとてくだされけるがわざとゆみやうちものこしのかたなをもたいすべからずとのたまへばうけたまはつてかねやす五百よきにてむかひけるがみなしらしやうぞくなりだいしゆまたきづがはのはたにゆきむかひかねやすがてぜい五百よきをさんざんにけちらしあまつさへつはもの六十よにんがくびをきつてさるさはのいけのはたにぞかけさせけるへいけかやうのことどもをなじかはよしとおもはるべきさらばまづなんとをもはつかうせよやとてたいしやうぐんにはにふだうの四なんくらんどのとうしげひらさぶらひたいしやうにはゑつちうのぜんじもりとしじらうびやうゑもりつぎかづさの五らうびやうゑただみつゑひのじらうもりかたをさきとしてつがふそのせい四万よきぢしよう四ねん十二ぐわつ廿八にちになんとへこそはつかうせられけれなんとにもならざかはんにやじふたつのみちをきりふたぎざいざいしよしよにやぐらをかいてまちかけたりくわんぐんは四万よきむまむしやどもがさしつめひきつめさんざんにいるだいしゆは七千よにんみなうちものかちだちなりければそのひ一にちたたかひくらしよにいりければならはんにやじ二ケしよのじやうかくやぶれにけりはぢをもおもひなをもをしむだいしゆはならざかにてうちじにしはんにやじにてじがいすぎやうぶもかなはぬらうさうあゆみもやらぬしゆがくしやはにはにいでおほくじがいしてんげりここにおちゆくせいのうちにさかの四らうばうえいがくとてうちものとつては七だいじ十五だいじにもすぐれたりもえぎのはらまきにくろいとをどしのよろひをかさねてきぼうしかぶとに五まいかぶとをおなじくかさねてきるままにかたてにはしらえのおほなぎなたのさやをはづしかたてにはおほたちをぬきもちわれにおとらぬでしどうじゆく十よにんぜんごさいうにたててんかいのもんよりうつていでにしにむけてしんばしささへたりけるにぞむまのあしながれてくわんぐんおほくほろびにけるおなじき廿八にちのよのことなりければくらさはくらしかたきもみかたもみえわかずたいしやうぐんくらんどのとうしげひらほつけじのとりゐのまへにうちたつてひをいだせやとげぢせられたりければはりまのくにのぢうにんふくゐのしやうのげいし二らうたいふともかたがてよりもたてをわつてたいまつにしてんかいのみなみなるにしのざいけにひをぞかけたりけるほもとはひとつなりけれどもふきまよふかぜにおほくのがらんにおしかけかけたりぶつざうきやうくわんほふもんしやうけうのたぐひ一くわんものこらずくわいろくすでにたにことにしてせいやう一てうのけぶりをなすじんじやうなるちごにようばうやだうぞくなんによのきらひなくあるひはやましなでらとうだいじへわれさきにとぞにげこもりけるだいぶつでんの二かいにもらうせう二千にんばかりにげのぼりかたきをのぼせじとやがてはしをばひかせけりさりともとこそおもひしにみやうくわはまさしくおしかけたりをめきさけぶありさまけうくわんだいけうくわんせうねつだいせうねつむげんあびほのほのにはのざいにんどものかなしびもこれにはすぎじとぞみえしこうふくじはこれたんかいこうのごぐわんとうしるいだいのてらなりとうこんだうにおはしますぶつぽうさいしよのしやかのざうさいこんだうにおはしますじねんゆしゆつのくわんぜおんるりをならべし四めんのらうしゆたんをまじへし二かいのろう九りんたかくかがやける二きのたふもたちまちにけぶりとなるこそかなしけれとうだいじはこれじやうざいふめつじつほうじやくくわうのしやうじんのによらいとなぞらへてしやうむくわうていてづからみづからゐうつしまゐらつさせたまへるこんどう十六ぢやうのるしやなぶつうしゆつたかくそびえてははんてんのくもにかくれびやくがうあらたにみがかれたまふまんげつのおんよそほひみぐしはやけおちてだいちにありごしんはわきあひてつかのごとし八万四千のさうかうはあきのつきはやく五ぢうのくもにかくれ四十一ちのやうらくはよるのほしむなしく十あくのかぜにただよひけぶりはちうてんにみちみちてみやうくわはこくうにひまぞなきまのあたりみるものはさらにまなこをあてずかすかにつたへきくひとはきもたましひをうしなへりてんぢくしんたんはしらずにつぽんわがてうにおいてはかかるほふめつはまだなしぼんしやく四わうりうじん八ぶみやうくわんみやうしゆもさだめておどろきさわぎたまふらんとぞおぼえたるほつさうおうごのかすがのだいみやうじんもいかなることをかおぼしめされけんしんりよのほどもはかりがたしさればにやかすがののつゆいろかはりみかさやまのあらしのおとまでもみなうらむるさまにぞきこえけるおなじき廿九にちにたいしやうぐんくらんどのとうしげひらなんとほろぼしてほつきやうへこそかへられけれこんどちやうぼんのあくそうどものくびをばごくもんにかけらるべしなんどごさたありしかどもなんとほろぼしてめんぼくなくやおもはれけんこくさうゐんのみなみなるほりやみぞにぞすてられけるこんどせんぢやうにてうたるるだいしゆかずをしらずやけしぬるもの四千にんあるひはやましなでらにて六百よにんあるひはみだうにて三百よにんまたあるみだうにて五百よにんだいぶつでんのニかいにも一千七百よにんとかやいじやう四千よにんとぞしるされけるこんどなんとほろぼしてへいけばかりいきどほりはれておもはれけん一ゐんしんゐんせつしやうどののおんなげきまをすばかりもなかりけりたとへあくそうどもをこそほろぼすといふともがらんをはめつすべしやはとぞおんなげきありけるさればしやうむくわうていのしんぴつのごきしやうもんにもわがてらすゐびせばてんがもかならずすゐびすべしわがてらこうふくせばてんがもかならずこうふくすべしとこそあそばされけんなれいまこれほどにちりはひとなりぬるうへはてんがのめつばううたがひなしさるほどにとしくれてぢしようも五ねんになりにけり


 

入力者:荒山慶一



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