聖徳太子十七条憲法


十七条憲法(大正八年刊本による)
(原漢文)
               聖徳太子撰
 一に曰はく、和を以て貴(たつと)しと為し、忤(さから)ふこと無きを宗と為す。人皆党(たむら)有りて、亦達者少し。是を以て或は君父に順(したが)はずして、乍(たちま)ち隣里に違(たが)ふ。然れども上和(やはら)ぎ下睦(むつ)びて、事を論(あげつら)ふに諧(ととの)へば、則ち事理自ら通ず、何事か成らざらむ。
 二に曰はく、篤(あつ)く三宝(さんぼう)を敬へ。三宝は仏法僧なり。則ち四生(ししやう。胎生、卵生、湿生、化生の称、凡べての生物をいふ也)の終帰(しうき)、万国の極宗(きょくそう)なり。何(いづれ)の世、何(いづれ)の人か是(こ)の法(のり)を貴ばざる。人尤(はなは)だ悪しきもの鮮(すくな)し。能く教ふるをもて従ふ。其れ三宝に帰せずんば、何を以てか枉(まが)れるを直さむ。
 三に曰はく。詔(みことのり)を承(う)けては必ず謹め。君をば天(あめ)とす。臣(やつこら)をば地(つち)とす。天覆(おほ)ひ地載す。四時順(よ)り行き、方気(ほうき)通(かよ)ふを得。地天を覆(くつがへ)さんと欲するときは、則ち壊(やぶれ)を致さむのみ。是を以て君言(のたま)ふときは臣承(うけたまは)る。上行へば下靡(なび)く。故に詔を承けては必ず慎め。謹まざれば自らに敗れむ。
 四に曰はく。群卿(まちぎみたち)百寮(つかさづかさ)、礼を以て本と為(せ)よ。其れ民を治むる本は、要は礼に在り。上礼無きときは下斉(ととのほ)らず。下礼無きときは以て必ず罪有り。是を以て君臣礼有るときは、位の次(つぎて)乱れず。百姓礼有るときは、国家(あめのした)自ら治まる。
 五に曰く。饗(あぢはひのむさぼり)を絶ち、欲を棄て、明に訴訟(うつたへ)を弁へよ。其れ百姓の訟(うつたへ)は一日に千事あり。一日すら尚爾(しか)り。況んや歳を累(かさ)ぬるをや。須らく訟を治むべき者、利を得て常と為し、賄(まひなひ)を見て●(ことわり)を聴(ゆる)さば、便(すなは)ち財(たから)有るものの訟は、石をもて水に投ぐるが如し。乏しき者(ひと)の訟は、水をもて石に投ぐるに似たり。是を以て貧しき民、則ち所由(よるところ)を知らず。臣道亦焉(ここ)に於て闕(か)けむ。
 六に曰く。悪を懲(こら)し善を勧むるは、古の良(よ)き典(のり)なり。是を以て人の善を慝(かく)すこと無く、悪を見ては必ず匡(ただ)せ。若し諂(へつら)ひ詐(いつは)る者は、則ち国家を覆すの利器たり。人民を絶つ鋒剣たり。亦侫媚者(かたましくこぶるもの)は、上に対(むか)ひては則ち好みて下の過を説き、下に逢ては則ち上の失(あやまち)を誹謗(そし)る。其れ如此(これら)の人は、皆君に忠(いさをしきこと)无(な)く民に仁(めぐみ)無し。是れ大きなる乱の本なり。
 七に曰はく、人各任掌(よさしつかさど)ること有り。宜しく濫(みだ)れざるべし。其れ賢哲官に任(よさ)すときは、頌音(ほむるこゑ)則ち起り、奸者官を有(たも)つときは、禍乱則ち繁し。世に生れながら知ること少けれども、尅(よ)く念(おも)ひて聖を作(な)せ。事大小と無く、人を得て必ず治む。時急緩と無く、賢に遇ひて自(おのづか)ら寛(ゆたか)なり。此に因て国家永久、社稷(しやしよく)危きこと無し。故(か)れ古の聖王、官の為に以て人を求む、人の為に官を求めたまはず。
 八に曰はく、群卿百寮、早く朝(まゐ)り晏(おそ)く退(まか)でよ。公事監(いとま)靡(な)く、終日(ひねもす)にも尽し難し。是を以て遅く朝(まゐ)れば急に逮(およ)ばず。早く退(まか)れば必ず事尽(つく)さず。
 九に曰はく、信は是れ義の本なり。事毎(ごと)に信有れ。若し善悪成敗、要は信に在り。君臣共に信あるときは何事か成らざらむ。
 十に曰はく。忿(いかり)を絶(た)ち瞋(いかり)を棄て、人の違ふことを怒らざれ。人皆心有り。心各執ること有り。彼是(ぜ)なれば吾は非なり、我是なれば則ち彼非なり。我必ずしも聖に非ず。彼必ずしも愚に非ず。共に是れ凡夫(ぼんぶ)のみ。是非の理、誰か能く定む可き。相共に賢愚、鐶(みみがね)の端无(な)きが如し。是を以て彼の人は瞋(いか)ると雖も、還(かへつ)て我が失(あやまち)を恐る。我独り得たりと雖も、衆に従ひて同く挙(おこな)へ。
 十一に曰はく、功過を明察(あきらか)にして、賞罰必ず当てよ。日者(このごろ)、賞功に在らず、罰罰(つみ)に在らず。事を執れる群卿、宜しく賞罰を明にすべし。
 十二に曰はく、国司(みこともち)国造(くにのみやつこ)、百姓に歛(をさめと)ること勿れ、国に二君(ふたりのきみ)非(な)く、民に両主(ふたりのぬし)無し、率土(そつと)の兆民、王(きみ)を以て主(しゆ)と為す。所任官司(よさせるつかさみこともち)は皆是れ王臣なり。何ぞ敢て公(おほやけ)と与(とも)に百姓に賦斂(をさめと)らむ。
 十三に曰はく、諸(もろもろ)の任官者(よさせるつかさびと)、同じく職掌(つかさごと)を知れ。或は病(やまひ)し或は使(つかひ)して、事に闕(おこた)ることあり。然れども知るを得ての日には、和(あまな)ふこと曾(さき)より識(し)るが如くせよ。其れ与(あづか)り聞(き)くに非ざるを以て、公務(まつりごと)を防(さまた)ぐること勿れ。
 十四に曰はく、群卿百寮、嫉(そね)み妬(ねた)むこと有る無(なか)れ。我既に人を嫉めば、人亦我を嫉む。嫉妬(しつと)の患、其の極りを知らず。所以(ゆゑ)に智己れに勝(まさ)れば、則ち悦ばず。才己れに優(まさ)れば、則ち嫉妬(ねた)む。是を以て五百(いほとせ)にして乃ち賢(さかしびと)に遇はしむれども、千載(ちとせ)にして以て一聖を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれば、何を以てか国を治めむ。
 十五に曰はく、私を背いて公に向くは、是れ臣の道なり。凡そ夫人(ひとびと)私有れば必ず恨(うらみ)有り、憾(うらみ)有れば必ず同(ととのほ)らず。同らざれば則ち私を以て公を妨ぐ。憾(うらみ)起れば則ち制(ことわり)に違ひ法(のり)を害(やぶ)る。故に初の章(くだり)に云へり、上下和諧(あまなひととのほ)れと。其れ亦是(こ)の情(こころ)なる歟(かな)。
 十六に曰はく、民を使ふに時を以てするは古(いにしへ)の良典(よきのり)なり。故(か)れ冬の月には間(いとま)有り、以て民を使ふ可し。春従(よ)り秋に至つては、農桑(たつくりこがひ)の節(とき)なり、民を使ふ可らず。其れ農(たつく)らずば何を以てか食はむ。桑(こが)ひせずば何をか服(き)む。
 十七に曰はく、夫れ事は独り断(さだ)む可らず。必ず衆(もろもろ)と与(とも)に宜しく論(あげつら)ふべし。少事は是れ軽し、必ずしも衆(もろもろ)とす可らず。唯大事を論(あげつら)はんに逮(およ)びては、若し失(あやまち)有らんことを疑ふ。故に衆と与(とも)相弁(わきま)ふるときは、辞(こと)則ち理を得。

飯島忠夫・河野省三編『勤王文庫』第一篇(大日本明道館。大正八年六月十五日発行)による。





憲法十七条(昭和10年版刊本による)

第三十三代推古天皇
憲法十七条
 一に曰く、和(やはらぎ)を以て貴(たつと)しと為す。忤(さか)ふること無きを宗(むね)とせよ。人、皆な党(たむら)あり。亦達(さと)れる者は少し。是を以て、或は君父(きみかそ)に順(まつろ)はず、乍(また)隣里(さととなり)に違(たが)ふ。然れども上和(やは)らぎ、下睦(むつ)びて諧(ととの)へば、事を論(あげつ)らはむに、則ち理(ことわり)自ら通(かよ)へり。何事か成らざらむ。
 二に曰く、篤(あつ)く三宝を敬(いやま)へ。三宝とは仏法僧(ほとけのりほうし)なり。則ち四生(よつのうまれ)の終りの帰(ところ)、万国の極宗(おほむね)なり。何(いづ)れの世の何れの人か、是の法を貴ばざらん。人尤(はなは)だ悪しきは鮮(すくな)し。能く教ふれば之に従はむ。其れ三宝に帰(よ)らずば何を以てか枉(まが)れるを直(ただ)さむ。
 三に曰く、詔(みことのり)を承(う)けては必ず謹(つつし)め。君をば即ち天とし、臣(やつこ)をば則ち地とす。天覆(おほ)ひ地載(の)す。四時順(めぐ)り行きて、万気(よろづのしるし)通(かよ)ふことを得ん。地天を覆(おほ)はむと欲せば、即ち壊(やぶ)るることを致さむのみ。是を以て君言(のたま)ふときは、臣承り、上行へば下靡(なび)く。故に詔を受けては必ず慎(つつし)め。謹(つつし)まざれば自らに敗れなむ。
 四に曰く、群卿百寮礼(いやまひ)を以て本とせよ。其れ民を治むる本は要(かなら)ず礼にあり。上礼なきときは下斉(ととの)はず。下礼無きときは以て必ず罪有り。是を以て君臣礼有れば、位の次(ついで)乱れず。百姓礼有れば国家(あめのした)自ら治まる。
 五に曰く、餐(てつ)を絶ち欲をすてゝ、明かに訴訟(うつたへ)を弁(わきま)へよ。其れ百姓の訴、一日に千事あり。一日すら尚然り。況んや歳を累(かさね)てをや。頃(このごろ)、訟を治むべき者、利を得るを常と為し、賄(まひなひ)を見て●(いかり)を聴(ゆる)す。便(すなは)ち財有るものの訟は、石をもて水に投(なぐ)るが如く、乏しき者の訴は、水をもて石に投(な)ぐるに似たり。是を以て貧しき民は、則ち由(よ)る所(ところ)を知らず。臣(やつかれ)の道(みち)亦た焉(ここ)に於て闕(か)けぬ。
 六に曰く、悪(あしき)を懲(こら)し善(ほまれ)を勧(すす)むるは、古の良(よ)き典(のり)なり。是を以て人の善(ほまれ)を匿(かく)すこと無(なか)れ。悪を見ては必ず匡(ただ)すべし。其れ諂(へつら)ひ詐(あざむ)く者は、則ち国家(あめのした)を覆(くつがへ)すの利器(ときうつはもの)たり。人民を絶(た)つ鋒剣(すぐれたるつるぎ)たり。亦た侫(かたま)しく媚(こ)ぶる者(もの)は、上に対(むか)ひては、則ち好みて下の過(あやまち)を説(と)き、下に逢(あ)ては、則ち上の失(あやまち)を誹謗(そし)る。其れ此の如き人は、皆君に忠なく、民に仁無し。是れ大なる乱(みだれ)の本なり。
 七に曰く、人各々任(よさ)し掌(つかさど)ることあり。宜しく濫(みだ)れざるべし。其れ賢哲官(さかしきひとつかさ)に任(よさ)すときは、頌音(ほむるこゑ)則ち起る。奸者(かたましきもの)、官を有(たも)つときは、禍乱(わざわひみだれ)則ち繁し。世に生れながらに知るもの少し。尅(よ)く念(おも)へば聖となる事大小となく、人を得れば必ず治る。時に急緩(ときおそき)となく賢に遇へば自ら寛(ゆたか)なり。此に因りて国家(みかど)永く久しく、社稷(くに)危きこと勿し。故に古への聖王(ひじりのきみ)は官(つかさ)のために人を求めて、人のために官を求めず。
 八に曰く、群卿百寮早(と)く朝(まゐ)り、晏(おそ)く退(まか)りでよ。公事(おほやけのこと)●(いとま)靡(な)し。終日(ひねもす)尽し難し。是を以て遅く朝(まゐ)れば急(すみやか)なるに逮(およ)ばず。早く退(まか)れば必ず事(こと)尽(つく)さず。
 九に曰く、信(まこと)は是れ義(ことはり)の本なり。事毎(ことごと)に信(まこと)あれ。其れ善悪(よきあしき)成敗(なりならず)、要(かなら)ず信にあり。君臣ともに信あるときは何事か成らざらむ。君臣信なければ万事悉く敗る。
 十に曰く。忿(こころのいかり)を絶ち、瞋(おもてのいかり)を棄てて、人の違(たが)へるを怒らざれ。人皆心あり。心各々執(と)ること有り。彼れ是(ぜ)なれば、則ち我は非なり。我れ必ずしも聖(ひじり)に非ず。彼れ必ずしも愚(おろか)に非ず。共に是れ凡夫(ただひと)のみ。是非の理(ことはり)を誰かよく定むべき。相共に賢愚(かしこきおろか)なること、鐶(みみがね)の端(はし)なきが如し。是を以て彼の人は瞋(いか)ると雖も、還(かへ)つて我が失(あやまち)を恐れよ。我独り得たりと雖も、衆(もろもろ)に従ひて同く挙(おこな)へ。
 十一に曰く、功過(いさをあやまち)を明(あきらか)に察(み)て、賞罰(たまものつみなへ)必ず当(あ)てよ。日者(このごろ)賞は功(いさを)に在らず、罰は罪に在らず。事を執れる群卿宜しく賞罰を明かにすべし。
 十二に曰く、国司、国造、百姓に歛(おさ)めとること勿れ。国に二君(ふたつのきみ)靡(な)し。民に両主(ふたりのあるじ)無し。率土(くにのうち)の兆民(おほんたから)は、王(きみ)を以て主(あるじ)と為す。任(よさ)せる所の官司(つかさ)は、皆是れ王の臣。何ぞ敢て公(おほやけ)と与に百姓に賦(をさ)め歛(と)らむ。
 十三に曰く、諸々(もろもろ)の任(よさ)せる官者(つかさびと)、同じく職掌(つかさごと)を知れ。或は病(やまひ)し、或は使(つかひ)して事に闕(か)ぐること有らむ。然れども知ることを得るの日には、和(あまな)ふこと曾(かつて)より識れるが如くせよ。其れ与(あづか)り聞(き)かざるを以て公務(まつりごと)を防ぐること勿れ。
 十四に曰く、群卿百寮、嫉(そね)み妬(ねた)むこと勿れ。我れ既に人を嫉(そね)まば、人亦我を嫉まむ。嫉妬の患(うれへ)其の極りを知らず。故に智(さとり)己れに勝(まさ)るれば則ち悦(よろこ)ばず。才(かど)己れに優るれば則ち嫉妬(ねた)む。是を以て五百歳(いほとせ)の後乃ち賢に遇はしむるも、千載(ちとせ)にして以て一聖(ひとりのひじり)を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれるときは、何を以てか国を治めむ。
 十五に曰く、私に背(そむ)きて公(おほやけ)に向(ゆ)くは是れ臣(やつこ)の道なり。凡そ人に私あれば必ず恨み有り。憾(うらみ)有るときは必ず同(ととのほ)らず。同(ととのほ)らざれば則ち私を以て公を妨ぐ。憾起る時は則ち制(ことはり)に違ひ法(のり)を害(やぶ)る。故に初の章(くだり)に云へり、上下和諧(あまなひととのほ)れと。其れ亦是(こ)の情(こころ)なる歟(かな)。
 十六に曰く、民を使(つか)ふに時を以(も)てするは古の良(よ)き典(のり)なり。故に冬の月には間(いとま)あり。以て民を使ふ可し。春より秋に至るまでは農桑(なりはひこかひ)の節(とき)なり。民を使ふ可らず。其れ農(なりはひ)せざれば何をか食(くら)はむ。桑(こがひ)せざれば何をか服(き)む。
 十七に曰く、それ事をば独(ひと)り断(さだ)むべからず。必ず衆(もろもろ)と与(とも)によろしく論(あげつら)ふべし。小事(いささけのこと)は是れ軽し。必ずしも衆(もろもろ)と与(とも)にすべからず。唯(ただ)し大事(おほきなるわざ)を論ふに逮(およ)びては、若し失(あやまち)あらむことを疑ふ。故に衆と共(とも)に相ひ弁(わきま)ふるときは辞(こと)則ち理(ことはり)を得む。(日本書紀巻二十二)

龍野定一著『日本聖典歴代御詔勅謹解』(皇道顕揚会。昭和十年九月十五日発行)による。





聖徳太子憲法(明治44年版刊本による)
原文
   推古天皇十二年夏四月丙寅朔。戊辰。
一曰。以和為貴。無忤為宗。人皆有党。亦少達者。是以或不順君父。乍違于隣里。然上和下睦。諧於論事。則事理自通。何事不成。
二曰。篤敬三宝。三宝者仏法僧也。則四生終帰。万国之極宗。何世何人非貴是法。人鮮尤悪。能教従之。其不帰三宝。何以直枉。
三曰。承詔必謹。君則天之。臣則地之。天覆地載。四時順行。方気得通。地欲覆天。則致壊耳。是以君言臣承。上行下靡。故承詔必慎。不謹自敗。
四曰。群卿百寮。以礼為本。其治民之本。要在乎礼。上不礼而下非斉。下無礼以必有罪。是以君臣有礼。位次不乱。百姓有礼。国家自治。
五曰。絶饗棄欲。明弁訴訟。其百姓之訟。一日千事。一日尚爾。況乎累歳。須治訟者。得利為常。見賄聴●(ゴンベン+「獻」)。便有財之訟。如石投水。乏者之訟。似水投石。是以貧民。則不知所由。臣道亦於焉闕。
六曰。懲悪勧善。古之良典。是以無惹人善。見悪必匡。其諂詐者。則為覆国家之利器。為絶人民之鋒剣。亦侫媚者。対上則好説下過。逢下則誹謗上失。其如此人。皆无忠於君。無仁於民。是大乱之本也。
七曰。人各有任掌。宜不濫。其賢哲任官。頌音則起。奸者有官。禍乱則繁。世少生知。尅念作聖。事無大少。得人必治。時無急緩。遇賢自寛。因此国家永久。社稷無危。故古聖王。為官以求人。不求官。
八曰。群卿百寮。早朝晏退。公事靡●(「鹽」の右上の「鹵」の代りに「古」)。終日難尽。是以遅朝不逮于急。早退必事不尽。
九曰。信是義本。毎事有信。其善悪成敗。要在于信。君臣共信。何事不成。君臣無信。万事悉敗。
十曰。絶忿棄瞋。不怒人違。人皆有心。心各有執。彼是則我非。我是則彼非。我必非聖。彼必非愚。共是凡夫耳。是非之理。誰能可定。相共賢愚。如鐶无端。是以彼人雖瞋。還恐我失。我独雖得。従衆同挙。
十一曰。明察功過。賞罰必当。日者賞不在功。罰不在罰。執事群卿。宜明賞罰。
十二曰。国司国造。勿歛百姓。国非二君。民無両主。率土兆民。以王為主。所任官司。皆是王臣。何敢与公賦歛百姓。
十三曰。諸任官者。同知職掌。或知職掌。或病或使。有闕於事。然得知之日。和如曾識。其以非与聞。勿防公務。
十四曰。群卿百寮。無有嫉妬。我既嫉人。人亦嫉我。嫉妬之患。不知其極。所以智勝於己則不悦。才優於己則嫉妬。是以五百之。乃令遇賢。千載以難待一聖。其不得聖賢。何以治国。
十五曰。背私向公。是臣之道矣。凡夫人有私必有恨。有憾必非同。非同則以私妨公。憾起則違制害法。故初章云。上下和諧。其亦是情歟。
十六曰。使民以時。古之良典。故冬月有間。以可使民。従春至秋。農桑之節。不可使民。其不農何食。不桑何服。
十七曰。夫事不可断独。必与衆宜論。少事是軽。不可必衆。唯逮論大事。若疑有失。故与衆相弁。辞則得理。
(返り点・送り仮名省略)
書き下し
一に曰く。和ぎを以て貴しと為し、忤んこと無きを宗と為す。人皆党有て、亦達者少し。是を以て或は君父に順はず。乍ち隣里に違ふ。然れども上和ぎ下睦びて、事を論ふに諧へば、則ち事理自ら通ず。何事か成らざらむ。
二に曰く。篤く三宝を敬へ。三宝は、仏法僧也。則ち四生の終のよりどころ、万国の極めの宗なり。何の世、何の人か是の法を貴ばざる。人、はなはだ悪きもの鮮し。能く教ふるをもて従ふ。其れ三宝によりまつらずは、何を以てか枉れるを直さむ。
三に曰く。詔を承りては、必ず謹め。君をば則ち天とす。臣(やつこら)をば則ち地(つち)とす。天覆ひ、地載す。四の時、順り行き、方気通ふを得て、地天を覆へさむと欲するときは、則ち壊を致さむ耳。是を以て君のたまふときは、臣承る。上行へば下靡く。故に詔を承ては、必ず慎め。謹まずは、自に敗れむ。
四に曰く。群卿(まちきみたち)百寮(つかさづかさ)、礼を以て本と為よ。其れ民を治むるの本は、要礼に在り。上礼なきときは下斉(ととのほ)らず。下礼無きときは以て必ず罪有り。是を以て君臣礼有るときは、位の次乱れず。百姓礼有るときは、国家(あめのした)自(おのづか)ら治まる。
五に曰く。饗(あぢはひのむさぼり)を絶ち、欲を捨て、明かに訴訟(うたへ)を弁へよ。其れ百姓の訟は、一日に千事あり。一日すら尚爾り。況んや歳を累るをや。すべからく訟を治むべき者は、利を得て常と為す。賄(まひなひ)を見ては、●(ゴンベン+「獻」)を聴す。便ち財有るものの訟は、石をもて水に投るが如し。乏き者(ひと)の訟は、水をもて石に投るに似たり。是を以て貧き民、則ち所由(よるところ・せむすべ)を知らず。臣道亦焉に於て闕けむ。
六に曰く。悪を懲し善を勧むるは、古の良き典(のり)なり。是を以て人の善を惹すこと無く、悪を見ては必ず匡せ。其れ諂ひ詐る者は、則ち国家を覆へすの利器たり。人民を絶つの鋒剣たり。亦侫(かたま)しく媚ぶる者は、上に対ては則ち好みて下の過を説き、下に逢ては則ち上の失(あやま)ちを誹謗(そし)る。其の如此(これら)の人は、皆君に忠(いさをし)きこと无く、民に仁(めぐ)み無し。是れ大きなる乱の本也。
七に曰く。人各任掌(よさしつかさどること)有り。宜しく濫れざるべし。其れ賢哲官に任(よさ)すときは、頌(ほ)むる音(こゑ)則ち起り、奸者官を有(たも)つときは、禍乱則ち繁し。世に生れながら知ること少なけれども、尅(よ)く念じて聖を作(な)せ。事大少と無く、人を得て必ず治む。時急緩と無く、賢に遇て自(おのづか)ら寛(ゆたか)なり。此に因て国家永久、社稷危きこと無し。故れ古の聖王、官を為て以て人を求む。官を求めたまはず。
八に曰く。群卿百寮、早く朝(まゐ)り晏(おそ)く退(まか)でよ。公事●(いとま)なく、終日(ひねもす)にも尽し難し。是を以て遅く朝(まゐ)れば急に逮ばず。早く退(まか)れば必ず事尽(つく)さず。
九に曰く。信は是れ義の本なり。事ごとに信有れ。其れ善悪成敗、要は信に在り。君臣共に信あるときは、何事か成らざらん。君臣信無ければ、万事悉く敗る。
十に曰く。忿りを絶ち、瞋りを棄て、人の違ふことを怒らざれ。人皆心有り。心各執ること有り。彼是なれば我は非なり、我是なれば則ち彼非なり。我必ずしも聖に非ず。彼必ずしも愚に非ず。共に是れ凡夫のみ。是非の理、誰か能く定むべき。相共に賢愚、鐶(みみかね)の端无きが如し。是を以て彼の人は瞋ると雖も、還て我が失(あやま)ちを恐る。我独り得たりと雖も、衆に従ひて同く挙(おこな)へ。
十一に曰く。功過を明察(あきらかに)して、賞罰必ず当てよ。日者(このごろ)賞功に在らず、罰罰(つみ)に在らず。事を執れる群卿、よろしく賞罰を明にすべし。
十二に曰く。国司(みこともち)国造(くにのやつこ)、百姓を斂(をさめと)ること勿れ。国に二の君なし。民に両の主無し。率土の兆民、王を以て主と為す。所任官司(よさせるつかさみこともち)は、皆是れ王臣なり。何ぞ敢て公と百姓に賦歛(おさめと)らむ。十三に曰く。諸の任官者(よさせるつかさびと)、同く職掌(つかさごと)を知れ。或は病し或は使ひして、事に闕(おこた)る有り。然れども知るを得ての日には、和(あまな)ふこと、曾識(いむさきよりし)るが如くせよ。其れ与り聞くに非るを以て、公務(まつりごと)を勿防(なさまたげそ)。
十四に曰く。群卿百寮、嫉み妬むことあるなかれ。我既に人を嫉めば、人亦我を嫉む。嫉妬の患、其の極りを知らず。所以に智己れに勝れば、則ち悦ばず。才己に優れば、則ち嫉妬(ねた)む。是を以て五百(いほとせにして)、乃ち賢(さかしひと)に遇はざれども、千載にして以て一聖を待つこと難し。其れ聖賢を得ざれば、何を以てか国を治めん。十五に曰く。私を背きて公に向くは、是れ臣の道也。凡そ夫人(ひとびと)私有れば必ず恨み有り。憾み有れば必ず同(ととのほ)らず。同らざれば則ち私を以て公を妨ぐ。憾み起れば則ち制(ことはり)に違ひ、法を害ふ。故に初の章(くだり)に云へり。上下和諧(あまなひととのほれ)と。其れ亦是の情(こころ)なるかな。
十六に曰く。民を使ふに時を以てするは、古の良典(よきのり)なり。故れ冬の月には間(いとま)有り。以て民を使ふべし。春従り秋に至ては、農桑(なりはひこがひ)の節(とき)なり。民を使ふべからず。其れ農(なりはひ)ならざれば、何をか食はむ。桑(くはとら)ずは何をか服さむ。
十七に曰く。夫れ事は独断(ひとりさだ)むべからず。必ず衆(もろもろ)とともに宜しく論(あげつら)ふべし。少事は是れ軽し。必しも衆(もろもろ)とすべからず。唯大事を論ぜんに逮びては、若し失有らんことを疑ふ。故に衆と相弁(わきまふる)ときは、辞(こと)則ち理を得。

有馬祐政・黒川真道編『国民道徳叢書』第二篇(博文館。明治四十四年十二月二十五日発行)による。