橘曙覧歌集

                  編輯及解説 藤井乙男


凡例
一、本書は明治十一年、曙覧の息井手今滋氏の刊行した志濃夫廼舎歌集(五巻)を本とし、明治卅六年富山房発行の橘曙覧全集及び山田秋甫氏の橘曙覧伝を参考とした。
一、しのぶのや歌集は曙覧の自撰したもので、歌は時代順に不規則に載つてゐる。補遺は子息が父の没後枕頭にあつた反古から拾集したもので曙覧の撰択を経てゐない。
一、この歌集には長歌の類が載つてゐないので、別に藁屋詠草を加へることにした。
一、花廼沙久等は、曙覧が万葉、古今をはじめ十八種の歌集から会心の作を抄出したもので、万葉集中の新しき調と古今集中の古体を手本にせよといふ彼の穏健な主張を知るに都合のよいものである。
一、彼は好んで支那の古字を用ふる癖がある。この度上梓の際に改めておいたが、特別な文字には便宜上仮名を附し、その他はすべて原本の形を存することにした。
一、本書の校訂は加藤順三氏を煩はした。
                              藤井乙男


解説
数百年来、徒らに定家の糟粕を舐り、伝統と神秘の障壁の中にいぢけ切つてゐた和歌も、徳川初世の文運復興の機に触れ、古学の隆盛と共にその面目を一新した。
けれども俳諧が自然な内面的な創造を遂げたのとは違つて、これは所謂古学者の手で、主として擬古的に修辞的に復活したのであつた。
万葉といひ、古今、新古今といひ、その宗とするところに依つて古風新調の差別はつけてゐたにせよ今日から見れば五十歩百歩の違ひにすぎぬ。歌としてもつと自律的な自由な創出が当然現はれる筈であつて、しかも徳川二百年の文化を通じて、幾千百を数へる歌人の中に、真にその人を索めても,容易に得る事が出来ない。
北越の良寛は平淡流れるやうな調子の中に玉の如き天真を裹み、吉備の元義は鋳型で固めたやうな万葉調の中に燃えるやうな野生を包蔵してゐた。
が、前者は和歌そのものにさへ無執着な超俗の人であり、後者は万葉の狂信から滑稽な時代錯誤をも敢てした放浪の詩人である。
伝統に対しては静かな批判の態度を採り、時代に対しては思い切つた自己解放のもとに、よく自然と生活とを歌うて、触るれば直ちに響く新声を挙げ得た人は遠く奈良朝の憶良以来、橘曙覧唯一人を推すことが出来ると思ふ。
曙覧、幼名は五三郎、はじめ尚事といつてゐた。文化九年五月、福井の旧家正玄家(橘七屋敷の一)に生れた。橘諸兄公三十九世の苗裔で姓を橘とよび、その縁故から後に曙覧(朱実)と号した。家産は豊かであつたが、二歳で母を失ひ、十五で父の喪に遭うた事が、多感な彼の性情を暗くさせ、次第に非世間的な傾向を帯びさせるやうになつた。それで一時仏門に入らうとして日蓮宗の巨刹妙泰寺の住職明導に就いて経典を学び傍ら詩文などの教を受けた。
こんな事が原で学問の興味が付き、青年期にあり勝な内心の動揺から、家業を顧みず、果ては家を捨てゝ京に走り、山陽門下の児玉旗山の塾に投じたりなぞしたが、間もなく親族に迎へられて国へ引戻された。
かうして、儒に走り仏に赴き、迷ひと不安との間に彼は妻をさへ娶つた。(室直子は三国の富商酒井氏の次女で、よく曙覧の生涯を全くさせたのは全くこの人の力である。)
然し彼の天性は到底その家業(紙商)を卜守することを許さなかつた。それに一面、その家庭の事情が彼の性癖を助長する素因をなしてゐたらしい。
彼の異母弟宣は彼より若きこと六歳。当時,すでに立派な若者として成長してゐた。曙覧の慝れた意志がそこに働いてゐたことを想はずにはゐられない。後年の交情から見ても彼はこの弟を愛してゐたらしい。それで彼の好学心と超世間的感情を思ふまゝに育てゝゆくことが、人しれぬ彼の責任を解除してゆく事になるのは争はれぬ事実であつた。
年と共に彼の自覚が深められてゆくにつれて、学者とも商売ともつかない不徹底な地位に堪へられなくなつて来た。穴馬の険を冒して飛騨の田中大秀の門を叩いたのもこの頃の事である。そして本居宣長の学説が摯実な力となつて彼の心を耕し始めた。
弘化三年、長男今滋が生れた事が、久しいこの懸案を解決する自然な機契となつたらしい。内に熟してゐた彼の心はさして大きな苦悶もなしに行くべき道へ到達したのであつた。曙覧は決して強い人ではなかつた。けれども外に対しては恬淡謙譲で、自己に対しては熱烈執拗であつた。
こゝに於て彼は祖先伝来の家財を挙げて、悉く弟に譲り、一介の処士として若き妻を携へ城南の足羽山に隠退した。
封建時代、殊に田舎の旧家の若旦那としてこの行為は確に非常であつた。周囲の反対は云ふまでもない。親族はその前途を危惧してその妻を取戻さうとした位であつた。この新生活は明かに彼の内心の革命を物語つてゐる。
爾来二十年、毫末の悔も容れぬ坦々たる一路が、彼の為に平和を齎したのである。
名利を絶ち一貧に堪へる努力の外は、彼は全く自由の人であつた。一面学者として一面芸術家として彼の大きな性絡は何の渋滞もなく築きあげられていつた。
彼の学統は宣長を継承してゐる。後年山室山に宣長の墓を展して
おくれても生れしわれか同じ世にあらば沓をもとらまし翁に
と詠じてゐる。純真の人であり精熱の人である彼は宣長の学説に終始したともいへる。これを批判し訂正するやうな根本的な研究は出来なかつた。それに時代もすでに思索より実行の時代になつてゐた。
化政度の文化が腐爛頽廃し、黒船の出没が天下に暗影を投げ、徒らに低級な官能の刺戟を求めつゝ彷徨する庶民の聞に、復古の新思想に酔ひ急激な破壊を夢みる志士が擡頭して、漸く与論を喚起しつゝある時代の空気が、北国人らしい内気な理想家肌の彼に、強い感銘を与へた事であらう。
時の藩主松平春嶽(慶永)は英明の資を以て藩政の改革に徹底的な手腕を揮つた名君であつた。
洋式の兵備、大砲の鋳造、種痘の励行、明道館の創設など全国に率先して新日本の基礎を定め、横井小楠、橋本左内の如き英傑を登用して尊王の大義を唱道した。北越の小天地も時代の浪に揉まれて来た。
嘉永元年足羽の草庵から城西三橋の僑居に移り、藁屋と号し、相も変らず垢衣蓬頭「明き米櫃」を叩いて吟詠を恣にし、古書に没頭してゐた彼も、折にふれては書を拠つて天の一方を望み、夜半宝刀を燈下にかざして慷慨する時が来た。
冷静な好学精神は次第に高潮して慨世憂国の熱情と変つていつた。
この間にもその名声漸く近邇に高く、外に一物を求めぬ彼にも、おのづから贄を採るもの多きに加へた。
殊に藩老中根師質(靱負といふ。号は雪江。はじめ高野真斎に学び後平田篤胤の門に入る)賢明にして彼に長ずる数歳。常に来往して古典を談じ風月を楽しみ、なほ彼の為人を藩主に説くところがあつた。
春嶽は詩文に和歌に非凡の天分を有した人である。よく曙覧の奔放自在な歌風の真価を知りこれを尊重し、安政五年政府の忌諱に触れて江戸に幽居した際も、彼に命じて万葉集中の秀歌を書かせ、これを四壁に貼つて遣愁の具とした。曙覧も主君の心を察し、正気欝勃、よく節に中るもの三十六首を撰んでその恩に報いたのであつた。
その後藩主は屡々侍臣を使として道を問ひ、和歌を送り慶応元年狩猟に託して自ら彼の草蘆を訪うた。巻頭「橘曙覧の家にいたる詞」がそれである。詞藻流麗しかもよく当時の実況を尽してゐる。
その生涯を草莽の間に托し、田夫野人と伍して、しかも溷濁の世に遭ひ、精神に物質にも何一つ酬いられなかつた彼にとつて藩主の知遇は実に破天荒の慰藉であつた。
その他、曙覧に学び或は彼に交つた人々も極めて狭い範囲に属してゐる。彼の歌集又は文集中に現れてゐる知己朋友は、中根雪江をはじめ大抵は皆福井藩士であつた。芳賀真咲(芳賀矢一博士の父君)、勝沢一順(青牛翁)等皆それである。
市井の人としては冠句の点者、東屋野梅があり、同門の親友としては飛騨の人富田礼彦を挙げねばならぬ。その他京都の交友に蓮月尼や尚網和尚がある位のものであつた。
彼は一生清白単調であつた。
女児を失つたこと、一度火災に逢つたこと、伊勢神宮に参詣し京坂を旅したこと(榊の薫といふ紀行文がのこつてゐる)位がその単調を破る出来事であつたらう。其妻と三人の男児と共に、半農生活をやり、歌を教へ書を沽つて僅に饑渇を凌いでいつたのである。
彼は自らの肖像に題してかう歌つてゐる。
 雲ならで通はぬ峰の岩かげに神代のにほひ吐く草の花
俗塵を超絶した白雲の底に咲いて、神代さながらの姿に寂しく嘯く一茎の花は、まさに孤高な彼の生涯の象徴でなくてはならぬ。
著述の方面でも万葉、日本書紀等の注釈を志してゐたが天年が許さなかつた。今日では断片的な遺稿でその学風を偲ぶにとどまる。
明治元年八月二十八日、維新の大業を眼前に望み、わが積年の抱負の将に成らんとして遂げざるを切歯しつゝ長逝した。享年五十七であつた。墓ほ大安寺村の万松山にある。

彼の歌集を志濃夫廼舎歌集といふ。
忍ぶの屋とは春獄によつて与へられたものでこれも橘にちなんだものである。
集中の歌は辺陬の地に空しく跼蹐して不遇の一生を畢つた彼が、折にふれ事に感じてその真情を吐露したもので彼の生命は何といつてもこの一巻に残つてゐる。
彼自身に尋ねたら、もつと大きな使命を感じてゐたかも知れないが、その時代と彼の天性とから考へれば学者としてよりもむしろ歌人として栄誉を担ふものといはなければならぬ。
彼の生涯は隠遁的であり回避的であつたが、彼の歌は西行や芭蕉のやうにその閑寂な生活から生れた芸術ではない。その特色はあくまでも人間的であつた。
取材用語の縦横、気魄の高邁、寸毫も世俗に媚びないで、しかも人情に背馳するところなく、無技巧に歌ひ捨てた感興の中に無限の詩味と実感を含む─―この点にかけては実に独自な境地を拓いたものとつてよい。
彼は決して世を捨てたのではない。繁瑣な衣食住の約束を無視することによつて、真に自由な生活を獲得し自我を樹立し得たのである。そこに解放された一人格が生れたのである。
 たのしみは物をかゝせて善き値惜しみげもなく人のくれし時
 たのしみは門うりありく魚買て烹る鐺の香を鼻に嗅ぐ時
「銭ほし、魚ほし」の生活慾を何の躊躇もなしに歌ひ上げ得るだけの広い心境にまで達してゐたのである。それも景樹輩のやうに奇矯を衒つたところなく、極めて真摯な心持から自然に流れて出たのである。その随筆「ゐろり譚」の中にこんな意味のことを述べてゐる。
 「世に天狗といふものがある。自在を得て雲を踏み、空を翔り、海を渉り、人家に出没し、世の中のあらゆることを知つてゐるが、日に数度魔界の苛責を免れることが出来ない。自分も五尺の身、人に扶持せられず、寝たければ寝、食ひたければ食ふ。千里を行かうと思へばいつでも行ける。誰一人妨げる者はない。読書を欲すれば終日窓を閉じ、山水に語らひ、花鳥に交り、一切の自由を得てゐる。ただ一ト月に一二度米櫃の底が鳴るのが苛責のせめだ。さすればおのれも人界の天狗の類か」
一場の放言のやうであるが、よく彼の立場を表してゐると思ふ。
こんな無拘束な無畏世界に住して、徒らに閑寂の趣味に捉はれることなく、親を思ひ、子を思ひ、古を偲び、国を憂ふる純情を三十一文字に寄せたのであつた。
この自己本位の芸術が俗耳に入り世間にもてはやされようとは、彼自身もとより期待してゐなかつた。
そこに彼の強味と寂しさがあつた。
 人臭き人にきかする歌ならず鬼の夜ふけて来ばつげもせん
紛れもなき彼の肺腑の声である。
又彼の小沢芦菴の歌
 いにしへは大根はじかみ韮なすび瓜のたぐひも歌によみけり
の一首の心を推賞し、所謂正月詞の如き、型のみで何らの生気なき和歌の堕落を歎いてかういつてゐる。
「歌人とあらむ者、寝ぎたなくする目を能くさまし、この憤りを発し思ひを凝してよみ口の鋒を鋭にし、その事に随ひその物に因り彼方此方のきらひなく、幽玄、洒落、麗妍、澹泊、殷富、凄涼、勇壮、温柔、変化自在の臂を張りて、毛唐人の糟粕甞る詩人の陣を突崩し戎語囀ちらす舌引きぬきくれむと、国風の旗さし建て古言の皷うちひゞかせて、後向かじ背見せじと進まざらめや勇まざらめや」
愛国の熱情を作歌の上に集めてこの雄誥をあげてゐる。
けれども芦菴や景樹の感じてゐた和歌の革命はその根本に於て、曙寛の自由と熱とを欠いてゐた。
「ただ言」の主張も、「調べ」の説も歌論としては整然として一世を導く力はあるが、その作品に至つては右顧左盻なほ世に求める心が見えて徹底しない。
曙覧の歌は一見素朴放膽であるが、これを推敲するのには全精神を傾けて、ために寝食を忘れるほどであつた。杜甫の「語不驚人死不休」の句や、易の「思之思之不已則神助之」の句をあげて彼は作歌の態度としてゐた。で、一寸粗笨なやうであつて句々に動かぬ鍛練の跡が見える。そして率直に人のの心を捉へる底力が宿つてゐる。ただ格調の上で句割れや字詰りや、テニハの省略が多く歌らしい流暢を失つたものがある。これはたしかに彼の歌の短所である。技巧を主にしない病弊であらう。
しかし、歌の在来の美しい調子を追ふことは、知らず識らず伝統に追従して清新の気を失うことになるから、この点に於て自然こんな句法を用ひたものかとも思はれる。(景樹が調べを強調したことは、この意味で自縄自縛に陥つてゐる)。彼の歌は内容形式共に彼の異常な性格と結びついてゐる。
集中題詠の歌の少いのも、生きた印象や感じを主とする作家には自然のことであるが、自ら絵が描けただけに画賛の歌が多く、且秀歌に富んでゐる。その画面に欠けてゐる(又は暗示してゐる)昔や動作や時間観念を巧に利用して画の深さを増してゐる。ラオコーンの説は俟たずとも詩画の所縁の微妙の差を彼は観破し自得してゐたのである。
又近代の短歌の新形式ともいふべき聯作の詩形を意識的に用ひて、その悉くが成功してゐるのは驚くべき事実である。(鑛掘の歌、紙漉の歌の如きそれである)
これは移りゆく刹那の姿を純写生の態度で歌ひ並べてゆくうちに、全体の感興が湧いて来て、何ら理窟もない面白い創作である。
この形で彼自身の内生活を歌ひ続けたのが有名な独楽吟で、彼の境遇と心の抑揚が円転自在に吾人の前に展開する。これは古来の歌人が夢想だもしない奇抜な材料と感動とを詠じ来り詠じ去つて、一点の俗気をもとゞめてゐない。好んで生活を歌ふ近代人の先駆をなしたものである。
俳人子規(歌人としての竹の里人)は彼を激賞してこんなにいつてゐる。彼の存在を世に伝へたのは実にこの人であつた、
曙覧徳川時代の最後に出でゝ始めて濶眼を開き、成るべく多くの新材料新題目を取りて歌に入れたる達見は、趣味を千年の昔に求めてこれを目睫に失したる真淵景樹を驚すべく、進取の気ありて進み得ず●(ソウニョウ+「咨」)●(ソウニョウ+「且」)逡巡して姑息に陥りたる諸平文雄を圧するに足る。曙覧は先づこの第一の門戸を破りて歌界改革の一歩をすすめたり。曙覧は擬古の歌も新様の歌も詠み、慷慨激烈の歌もよみ、和暢平遠の歌も詠み、家屋の内をも詠み、侠家の雪も詠み、妓院の雪も詠み、蟻も詠み、虱も詠み、書中の乾き胡蝶も詠み、窓の外の鬼神もよみ、饅頭も詠み、杓子も詠む。見る処、聞く処、触るゝ処、悉く三十一字に収めざること無し。曙覧の歌想の豊富なるは単調なる万葉の及ぶ所にあらず。曙覧の歌は万葉実朝に及ばざること遠しと雖も、貫之以下今日に至る幾百の歌人を圧倒し尽せり。新言語を用ひ、新趣向を求めたる彼の卓見は歌学史上特筆して後世に伝へざるべからず。彼は歌人として実朝以後只一人なり。真淵、景樹、諸平、文雄輩に比すれば、彼は鶏(底本では「鳥」が「隹」)群の孤鶴なり。歌人として彼を賞賛するに千言万語を費すとも過賛にあらざるべし。若し夫れ曙覧の人品性行に至りては磊々落々、世間の名利に拘束せられず、正を守り義を取り、俯仰天地に愧ぢざる、葢し絶無僅有の人也。
この言よく曙覧を評し尽してゐる。
万葉を高調した子規自身も、その手法の上に曙覧から多くの暗示を受けてゐる。それが更に明治歌壇の大きな勢力となつたことは言ふまでもない。
要するに曙覧はその時代よりも将来に生きた人であつた。あまり早く生れたが故にその不遇の一生と、後世の追慕とを贏ち得た人であつた。そこに先駆者としての痛ましい尊い感銘を我々に残してゐる。



橘曙覧の家にいたる詞
おのれにまさりて物しれる入は、高き賤きを撰ばず、常に逢見て事尋ねとひ、あるは物語を聞まほしくおもふを、けふは此頃には、めづらしく日影あたゝかに、久堅の空晴渡りてのどかなれば、山川野辺のけしきこよなかるべしと、巳の鼓うつころより野遊に出たりき、三橋といふ所にいたる、中根師質あれこそ曙覧の家なれといへるを聞て、俄にとはむとおもひなりぬ、ちひさき板屋の浅ましげにてかこひもしめたらぬに、そこかしこはらひもせぬにや、塵ひぢ山をなせり、柴の門もなくおぼつかなくも家にいりぬ、師質心せきたるさまして、参議君の御成ぞと大声にいへるに驚きて、うちよりしゝじもの膝折ふせながらはひいでぬ、すこし広き所に入りてみれば、壁落かゝり、障子はやぶれ、畳はきれ、雨もるばかりなれども、机に千文八百ふみうづだかくのせて、人丸の御像などもあやしき厨子に入りてあり、おのれきものぬぎかへて、賤が着るつづりをりに似たる衣にきかえたり。此時扇一握を半井保にたまひて、曙覧にたびてよと仰せたり、おのれいへらく、みましの屋の名を、わらやといへるはふさはしからず、橘のえにしあれば、忍ぶの屋とけふよりあらためよといへり、屋のきたなきことたとへむにものなし、しらみてふ虫などもはひぬべくおもふばかりなり、かたちはかく貧くみゆれど、其心のみやびこそいと/\したはしけれ、おのれは富貴の身にして、大厦高堂に居て、何ひとつたらざることなけれど、むねに万巻のたくはへなく、心は寒く貧くして、曙覧におとる事更に言をまたねば、おのづからうしろめたくて顔あからむ心地せられぬ、今より曙覧の歌のみならで、其心のみやびをもしたひ学ばや、さらば常の心の汚たるを洗ひ、うき世の外の月花を友とせむにつき/゛\しかるべしかし、かくいふは参議正四位上大蔵大輔源朝臣慶永元治二年衣更着末のむゆか、館に帰りてしるす、
此は正二位の君、福井におはしましけるほど、かり場にかよはせ給ふ道の行てなればとて、我父曙覧がすみかに立よらせたまひて作らせ給へるを、御手づらからかゝせ給へるなりけり、我父世にありしあひだ、厚き御めぐみをうけしことども、あらはなるわら屋のかどより、かくろへたる心の奥まで、おつる事なくかくものしたまひたれば、父の身にとりては、いともかたじけなくいともおもておこしになむありける、同じくは此度梓に鏤らせつる父が歌集の巻首に掲げて、世に公にせまほしく思へりし旨を、御もと人して聞えあげつるに、つたなきことだにいとはざらむには、とにもかくにもとのたまひつれば、やがて御筆のまゝをかくなむ、
   明治十一年六月                 橘今滋謹誌


春のころ、蜂のみちをつくるさまを見るに、おのがじゝこゝかしこにあかれちりて、あるは桜、あるは桃、さてはつゝじ山振、何にまれ、花といふはなのかぎりを、いさゝかづゝついばみもち帰りて、軒にかけたる巣のうちに積みかさねつゝ、そのくさ/゛\を、ひとしなに醸しなせり、こをなめ試みて、桜もてかもせるはこれ、桃もて醸せるはこれ、つゝじ山吹もてかもせるはこれ、とやうに、舌のうへに、味ひの弁へられむはいまだなりをへぬなま/\のみちにて、さらにうまし物といふべくもあらぬものなるをや、歌よむもこれにおなじ、おのがじゝ好めるかたを学びて、あるは万葉、あるは古今、さては千載新古今、いづれにまれ、詞といふ言葉のかぎりを、いささかづゝ取つどへて、ひとうたにつくりなす、こを唱へ試みて、これは万葉もてつゞれる、これは古今もてつゞれる、千載新古今もて綴れる、とやうに、心のうちに、姿のわきまへられむは、いまだなりをへぬなま/\の歌にて、さらにうまし言の葉といふべくもあらぬものなるをや、されば、花をついばみて醸しなすがみちにて、これやがて蜂のおのが物なり、旧きを学びてあたらしくなすが歌にて、これすなはちよみぬしのおのが物なり、そのおのがものとするわざに勤めず万葉古今に似せ、千載新古今ににせて、われ歌のさま得たりと誇るとも、誰かまことの万葉古今千載新古今をおきて、似せものゝ万葉古今、千載新古今を翫ばんやは、こしのみちの口福井のさとに、橘曙覧といふ翁あり、わかき時より歌を好み、世のかぎり、こをわざとして終られけり、そのかいつみおかれし集を、家にも遺し、世にもつたへむと、子今滋ぬし、人々とかたらひはかり、かく板に鏤められけるに、おなじくは、芳樹がはし書をそへてと佐藤誠ぬしゝて、こひおこせられしかば、此集を開きみるに、あがたゐの水をくめるにもあらす、鈴の屋の響きにしたがへるにもあらで、ひとふしある口つきの、いとめづらしくおもひしまゝに、誠ぬしに、ひとゝなりをとひ聞くに、世のかぎりやまと魂たぢろがで、おほやけを尊び、古へをしたふ志厚く、さいつとし天の下のみまつり事、あらたまらむとせしころはあつしき病ひに煩ひて、今はのきはと見えたりしかど、誠ぬしが都よりのかへさに立よれるを引とゞめ、衾手づからかいのけて、ありさまどもたづねきゝ、今日こそ身のいたつきをも忘れたりけれと、よろこばれしとぞ、さるひとつ心を種として、よみ出られし言の葉どもなれば、彼似せ物のかきつをえ離れあへぬかいなでの歌つくりとはこよなくて、蜜のおもむきを、よく味ひしられし翁なるべく、これなんおのがかねていへるこゝろばへにはかなへる、とおもへるまゝにあぢきなきそゞろ言ながら、巻のはじめに記しぬ、さるはかゝるすぢ、はやくからうたにつきて、もろこし人のいひふるしたることなれど、おなじことまたいはでしもあらめやとて
   明治十とせといふとしの六月ついたちの日、
   東京四谷の寄居子菴にて
                              近藤芳樹識



例言
一、此集は吾父年ごろ事にふれ時にあたりて詠れたる歌どもの自ら撰抜き自ら書残し置れたるをいさゝかもたがへずその儘鏤らせつるなり
一、四季の順序もて部類せるにもあらず類題の体にもあらずして前後わいだめなく見ゆめれどそれもまた詠み出られたる次次に書置れたる原書のまゝを存すればなり
一、巻頭の歌の詞どもを掻摘てやがて巻毎の名とし表紙に記されたる篆書の題辞もまた手沢のまゝなり
一、補遺は易簀の日枕上に散ぼひし草稿どもを取あつめ今滋が手に写し置しものにてことさらに一巻になすばかりの歌数にしもあらざれば末巻の附録には物しつるなり
一、父が遺意をさながらに伝へむとのこゝろしらひなればいささかの事もつくろひなさず物しつるが中にも補遺の歌どもはいまだ浄写をもなしたまはず




橘曙覧歌集
松籟艸(第一集)
襁褓艸(第二集)
春明艸(第三集)
君来艸(第四集)
白蛇艸(第五集)
福寿艸(補遺)




松籟艸筆集 第一集

  阿須波山にすみけるころ
あるじはと人もし問はば軒の松あらしといひて吹かへしてよ
  秋のころ人しげく来にけるにわびて
顔をさへもみぢに染て山ぶみのかへさに来よる人のうるさゝ
  朝ぎよめのついでに
かきよせて拾ふもうれし世の中の塵はまじらぬ庭の松葉
  飛騨国にて白雲居の会に初雁
妹と寝るとこよ離れて此あさけ鳴て来つらむ初かりの声
  同国なる千種園にて甲斐国のりくら山に雪のふりけるを見て
旅ごろもうべこそさゆれ乗る駒の鞍の高嶺にみ雪つもれり
  世をのがれてのちは、それとたのむべき生業もなく、貧
  しう物しければ人もやしなはず、何わざも自うちしつ
  ゝ辛きめのみ見つゝすぎにけるを、此ごろひでりうち
  つゞき、汲む井の水涸れぬれば、さらに遠きわたりより
  妻のくみはこびつゝ、苦しともせで物するをあはれに
  見なして
汐ならで朝なゆふなに汲む水も辛き世なりと濡らす袖かな
  師翁のはる/゛\来て、こゝに旅居せらるゝあひだに、敦
  賀にあからさまに物すとて行給ひけるが、あなたに久
  しうとゞまりおはしければ、まちどほに思ひてかくなむ
角鹿のうみきよる玉藻をめづらしみ帰るの山は忘れましけむ
  遅日
のどかなる花見車のあゆみにもおくれて残る夕日かげかな
  関花
あらゝかにとがむる人のこゝろにも似ぬはせき屋のさくらなりけり
  苅萱
敏鎌とりかりしかるかや葺そへて聞ばや庵のあきの夜の雨
  閑居雪
中々にふり捨られてうれしき柴の網戸をあけがたの雪
  舟中雪
枯のこる渚の蘆にこぎふれて散らしつあたら柴ふねのゆき
  平泉寺の僧都と万松山にゆくとて、足羽川を舟にてく
  だりけり、川つゞきに見およぼさるゝ物どもをだいに
  して、人々歌よみけるに、狐橋を
川岸の崩れにかゝるきつねばし葦の茂みに見えかくれする
  閑居月
あばらなる屋所はやどにてすみわたる月は我にもさもにたるかな
捨られて身は木がくれにすむ月の影さへうとき椎がもとかな
  竹内年名が藜もてつくりたる杖くれたる時
仙人の手ぶりにかなへ作り出て心つきよきつゑにもあるかな
  述懐
なか/\に思へばやすき身なりけり世にひろはれぬみねのおち栗
  花ざかりに玉邨江雪のもとにて  
あだならぬ花のもとにはたえず来て年に稀なる人といはれし
  都にのぼりて
  大行天皇の御はふりの御わざはてにけるまたの日、泉
  涌寺に詣たりけるに、きのふの御わざのなごり、なべて
  仏ざまに物し給へる御ありさまにうち見奉られける
  を、畏けれどうれはしく思ひまつりて
ゆゝしくもほとけの道にひき入るゝ大御車のうしや世の中
  むすめ健女、今とし四歳になりにければやう/\物か
  たりなどしてたのもしきものに思へりしを、二月十二
  日より痘瘡をわづらひていとあつしくなりもてゆき、
  二十一日の暁みまかりける歎きにしづみて
きのふまで吾衣手にとりすがり父よ/\といひてしものを
  健女みまかりて後、いくばくもあらぬほどに、山本氏が
  り府中にものして帰るさ、れいは待むかへよろこべり
  しをさないがことをせちに思ひいでゝ
声たてぬすもりかなしみねぐらにもかへりうくする親鴉かな
  人の刀くれけるとき
抜からに身をさむくする秋霜こゝろにしみてうれしかりけり
  野辺に藁屋つくりてはじめてうつりけるころ妻のか
  ゝる所のすまひこそいとおそろしけれ聞たまへ雨い
  みじうなんふる、盗人などのくべき夜のさまなりなど
  つぶやくをきゝて
春雨のもるにまかせてすむ菴は壁うがたるゝおそれげもなし
  父の十七年忌に
今も世にいまされざらむよはひにもあらざるものをあはれ親なし
髪しろくなりても親のある人もおほかるのをわれは親なし
  墓にまうでゝ
慕ひあまるこゝろ額にあつまりてうちつけらるゝ地上かな
  竹間霰
村竹はことなしぶなり砕けよと風のあられはうちかゝれども
  幽人釣春水
吉能川春のなぎさに糸たれて花に鰭ふる魚をつるかな
春風にころも吹かせて玉しまや此川上にひとりあゆつる
  山家樋
山ざとのかけひの竹をゆく水もよをばもれてはながれざりけり
一すぢのながれをうくる竹ならでまた何をかはおもひかくべき
山ざとのかけひの水のやりすてゝ心とどめぬよこそやすけれ
  人にかさかしたりけるに、久しうかへさざりければ、わ
  らはしてとりにやりけるにもたせやりたる
やまぶきのみのひとつだに無き宿はかさも二つはもたぬなりけり
  野つづきに家ゐしをれば、をり/\蛇など出けるを妻
  の見るたびにうちおどろきて、うたて物すごきところ
  かな、といひけるをなぐさめて
おそろしき世の人言にくらぶれば逶●(しんにゅう+「蛇」の右側)いづる虫の口はものかは
  母の三十七年忌に
  〔おのれ二歳といふとしにみまかりたまひしなりけり〕
はふ児にてわかれまつりし身のうさは面だに母を知らぬなりけり
  紙をとぢて、米薪やうの物をはじめ、日ごとにとりまか
  なはん物にあづかれる何くれの事、かいしるしおけと
  人のすゝめけるにより、此おきてはじめたりけり、とぢ
  たる物のうへにうは書のかはりに
うるさくは思ふものからかきつめてあらましすなりあすの薪も
  かくて一月二月ばかりは、こまやかにしるしもてゆき
  けるがあまりわづらはしさにおこたりざまになりに
  たり、さて思ふに、おのがさがよ、いかにもてつけなほさ
  んにもかゝることはえたふまじきなりけり、よしや今
  はよくもあしくも、おのが心のむきにこそと、とぢたる
  物をもかたへにうちやりて
夕煙今日はけふのみたてゝおけ明日の薪はあす採りてこむ
  足羽川のほとりの桃の花ぎかりを見やりて
紅藍に水を纈りてあすは川神代もきかぬ桃さきにけり
  早苗
うつふしに多くの植女立ならび笠もたもとも泥にさし入る
  壬子元日
物ごとに清めつくして神習国風しるき春は来にけり
  帰雁
春かけて門田面に群れし雁一つも見えずなる日さびしも
  菅原神の九百五十年の御祭に梅花盛といふ題をよみて奉りける
うめの花匂ひ起さぬかたもなし東風ふきわたる春の神垣
  加賀国山中の温泉にて
たをやめの袖ふきかへす夕風に湯の香つたふる山中の里
  秋田家
●(ムシヘン+「乍」)●(ムシヘン+「孟」)(いなごまろ)うるさく出てとぶ秋のひよりよろこび人豆を打つ
  新竹
稀にきてすがる小鳥のちからにもひしがれぬべく見ゆる若竹
  戸川正淳が男児うませけるに
ますらをと成るらむちごの生さきは握りつめたる手にもしるかり
  竹
村雀をどればわれもうかれつゝそよめきたちてさゝといふなり
  初秋月
蟋蟀の声もまじりて此夜ごろ秋づきかけぬ浅茅生の月
  苔径月
露しげき莓ぢにひとり月をおきてさゝるゝものか夜はの柴戸
  愛山
人ごゝろ高くなりゆくはて/゛\は山より外に見る物もなし
  樹間鹿
あはれなり角ある鹿もたらちねの柞のかげを去うげに鳴
  公につかふまつるつねのおきてとなるべき歌よみて
  くれよと人にこはれて
世の中の憂きに我身を先だてゝ君と民とにまめ心あれ
  越智通世が妻のみまかりけるとぶらひに
亡き母をしたひよわりて寝たる児の顔見るばかり憂きことはあらじ
  木屋四郎兵衛が父のもにこもりをるに
言あらくいさめたまはむ声をだに聞かまほしくやせめてこふらむ
  笠原元直が游学のため江戸に物するに
すゝめやるまなびの道の門出も今日と聞くにはねぞ泣れける
  佐々木久波紫がことなるみえらびによりてやんごと
  なきめしにあへるに
今日のみのおもておこしになしはつな立てむいさをの末を思はで
  庭なる山吹の秋花さきけるを見て
黄金色とぼしき屋所といふ人に見せばや秋の山ぶきの花
  与女見雪
妹とわれ寝がほならべて鴛鴦の浮きゐる池の雪を見る哉
  笠原元直のみまかりけるを悲みて
今日のこのなげきさせむと同じ世に魂さへあひて生れきにけむ
  湖上月
片田舟かた乗りすなといさめても月に心のよる浪路かな
  書中乾胡蝶
からになる蝶には大和魂を招きよすべきすべもあらじかし
  山家
白雲の行かひのみを見おくりて今日もさしけり蓬生の門
  落葉深
今朝見れば簀子つゞきになりにけり夜一夜ちりし庭のもみぢ葉
  島崎土夫が子の袴着に
顔にさへつひによらせよしどけなく着なす跨の皺をさながら
  中根君の江戸よりせうそこし給ける返りことに
雪わけてとのゐしに行島の殿身も消いりてかなしかるらむ
  人にしめしたる
口そゝぎ手あらひ神を先拝む朝のこゝろを一日わするな
  幽居雪
薄じろくなりてたまれる雪の上も汚さで一日見る庵かな
跡といふものはあらせぬ雪のうへに心をつけて独見るかな
  辻春生が母のもにこもりをるに
乳ぶさこふ児のむかしに身をなして泣まよふらむ母よ/\と
母なしは我のみなりと巣だちする鶯見てもうらやまるらむ
  河崎致高君の江戸へ行に
旅ごろも岐蘇は五百重の山つゞきやどりおくるな朝出いそぐな
  南部広矛の吾嬬へゆくに
わかれには涙ぞ出る丈夫も人にことなるこゝろもたねば
  虎画
聞しらぬ獣のこゑも吹たちて野かぜはげしきもろこしが原
  牧笛帰野
思ふこと無げなるものははひ乗て牛の背に吹く総角が笛
帰路を牛にまかせて我はたゞ笛吹きふける里のあげまき
  古渓蛍
み谷川水音くらき岩かげに昼もひかりて飛ぶほたるかな
  五月
梅子のうみて昼さへ寐まほしく思ふさ月にはや成にけり
  雨いみじう降りつゞきて人皆わびにわびたりけるころ
  めづらしうはれそめたる空を見やりて
天地もひろさくはゝるこゝちして先あふがるゝ青雲のそら
  馬
●(「髪」の下側が「耆」)をとらへまたがり裸うまを吾嬬男子のあらなつけする
  咏十二首内六首
  辰
やゝたくる野べの朝日をよろこびてそぞろ飛たついなごまろ哉
  巳
うつろひて南にかゝる日の影になまかわきする花の上の露
  午
目にあまる菜の葉の露のひるさびし機おる音も里にと絶て
  申
あさりありく鶏も塒にかへりきぬ夕食の妻木をりにかゝらむ
  酉
夕皃の花しら/\と咲めぐる賤が伏屋に馬洗ひをり
  戌
長しとは誰がことならむ秋夜もくるればはやくそやの鐘音
  絵に竹取の翁かくや姫に物いひをるところ
あやしくもよごゝろつかでおはすめり竹中にはありしものゆゑ
  薄
女郎花萩より上に立のぶる薄けだかくうち見られける
  静処落葉
ちり/\てつもる木葉のうはしめり風も音無き庭となりけり
  遠山見雪
はなれうき朝床いでゝ少女子が黒髪山の雪を見るかな
  雪朝
宵に逢る人にはあらねど朝寐顔むかひくるしき雪の色かな
  煙草買ふ銭無かりし時
けぶり艸それだに煙立かねてなぐさめわぶる窓のつれ/゛\
  蝨
着る物の縫め/\に子をひりてしらみの神世始りにけり
綿いりの縫目に頭さしいれてちぢむ蝨よわがおもふどち
やをら出てころものくびを匍匐ありき我に恥見する蝨どもかな
  屋上霰
音きけばあないたやとぞうめかるゝ身を打ちたゝくあられならねど
  竹内甚八郎が江戸へ行に
おとに聞くとちの木山の雪なだれ軽く思ひてあふななだれに
  佐々木久波紫がはじめて江戸へ旅だつに
うれしさもふたつなからむ日本の宝の山をうひに見むたび
  神まつり
潔やさかきの青葉すがむしろ木綿しでなびく神の広前
里人の群りつどふ神やしろうちひゞかする皷いさまし
海山の物をつくしておふな/\御饗奉らむ千座五百座
  牡丹
目をうばふさかりは二十日ばかりなり国傾けの花の色香も
  水鶏
月も影さゝずなりゆく古沼に声をすませて鳴くくひな哉
  扇罷風生竹
思はずもあふぎたゝみて見いれけり一ゆすりする風のむら竹
  春よみける歌の中に
すく/\と生たつ麦に腹すりて燕飛くる春の山はた
  夏夜
寝よといふ鐘はつくとも一すずみこの小夜風にせではあられじ
  秋夜
つゞりさせ夜ふけて虫の呼ぶ窓に火あかくとぼしあるは誰が妻
  冬よみける歌の中に
今朝も来て枯木の小枝くゞるかな雪にあさりをうしなへる鳥
  ある時よめる
旦暮につく鐘の音を八枚手のひゞきにかへて聞よしもがな
  松戸にて口よりいづるまゝに
ふくろふの糊すりおけと呼ぶ声に衣ときはなち妹は夜ふかす
こぼれ糸網につくりて魚とると二郎太郎三郎川に日くらす
我とわが心ひとつに語りあひて柴たきふすべくらす松の戸
人みなのこのむ諂ひいはれざる我もひとつのかたわものなり
友無きはさびしがりけり然りとて心うちあはぬ友もほしなし
赤穂義人録を見けるとき
影さむきしはすの月にきらめきし剣おといかにするどかりけむ
  贈正三位正成公
湊川御墓の文字は知らぬ子も膝折ふせて鳴呼といふめり
  燈明寺邨なる新田義貞公の石碑見まつりて
  〔碑面に新田義貞戦死此所としるされてあり
  此石のあるわたりを世ににたつかと人よびて
  地名のごとくいひならはせり〕
にひ田塚たゝかひまけてうせぬてふ文字よみをれば野風身にしむ
  菅原神
御涙の外なかりけむ誰ひとり都へいざといはぬあけくれ
鐘の声瓦の色も御涙もつくしの空のうさをそへつゝ
  三線
寝おびれて鳴くうぐひすかとばかりに弾きかすめたる物の音のよさ
  月
人は皆見さして寐たる小夜中の月を静に入るゝ窓かな
  塩を無くなしてかへかしといひけるに銭なくて買え
  ざるなり、今日よねをつきをれば、こぬか出くめり、そを
  うりて塩かふべし、しばらくまちたまへと妻のいふを
  きゝて、戯れに
汐のせにはやくかはりてこぬかとはからきになれていふにぞありける
  酒人
とく/\と垂りくる酒宴のなりひさごうれしき音をさする物かな
煖むる酒のにほひにほだされて今日も家路を黄昏にしつ
  本覚寺の庭の牡丹花見に物しけるに去年なくなられ
  し院主のことを思ひいでゝ
花に来てむつるゝ蝶の羽づかひもあるじ尋ぬと思はれてただ
  緇素見月
樒つみ鷹すゑ道をかへゆけど見るは一つの野路の月影
  遠鹿
迷ひありく鹿の遠音に耳たてゝ我もめあはぬ夜を重ねつゝ
  春雨
月のかささしもあらじとあなどりし春の雨にもぬれつあさ庭
  雪朝
雪ふりて拾ふ落葉の乏しさに朝げの煙たてぞおくるゝ
  待子規
まちよわり母のいさむるうたゝねに夜ふかさるゝもほとゝぎすゆゑ
  雪
うばら垣刺もつ枝もやはらかになびけて雪のふりかゝりつゝ
  年内立春
む月物はこぶにはまだ日もあるを春はそゞろにたつの市といふ
  鶯告春
春たつとつげの小櫛もとらせずよほのぐらきより鶯のきて
  松前鉄之助
蛛の巣に顔さしあてゝ三年まで簀子の下に匍匐ぞかゞみし
  高山彦九郎正之
大御門そのかたむきて橋上に頂根突きけむ真心たふと
  御魚屋八兵衛
誠有れば地下にて鳴く虫の声も雲井にひゞくなりけり
  浜田弥兵衛
大湾の首長とらへて目の前に日本人の所業見せきつ
  伊勢大宮に千日詣といふ事しける笠因直万呂
  〔松阪人にて雨龍天王社の神職なり〕
よどみなき心の中を宮川や千といふ日を渉りすましつ
  大石良雄
睡りつとあはめられしも一くさの名しろとなりぬますらをのため
山階の里の柴戸しらむにも我仇人のひまやさぐりし
  間十次郎光興
血つきたる槍ひきさげて落くさの柴のかくれが我ぞさぐりし
  大石主税
うつし絵にうつして父のありさまを恨む恨むも泣し子ごゝろ
  近松勘六行重母
剣太刀焼刀に我と身をふれて励ましやりつ仇ねらふ子を
  祇園百合女
一つある葉かげの莟かき抱き身を野に朽たす姫ゆりの花
  芭蕉翁
唇のさむきのみかは秋のかぜ聞けば骨にも徹る一こと
  嵐雪
内日さす都のてぶり東山寝たる容儀にいひつくしけり
  塙検校
何事も見ぬいにしへの人なれど涙こぼるゝ不尽の言の葉
  僧桃水
宿かりし仏もこゝろおかれけむ鞋つくる法師の家
  石川丈山翁
比叡山ふもとの里に門とぢて剣を筆にとりぞ換つる
  朱舜水
さくら咲く皇国うれしく思ひけむさつ矢遁れて来つる唐鳥
  武者小路実隆卿
をこになど煙の末に思ひしぞ君の御ゆきに馳むとはせで
  僧湧蓮
疾く起てつとめぬ身にもしむぞかし窓にうれしき在明の月
  甲斐国徳本
人いかす心の淵をあすか川浅せにかへて世をわたりつゝ
  岡野左内
すがり居し垣の山吹飛はなれうしろも見ずにゆく蛙かな
  売茶翁
木芽煮て此ごろ都うりありくおきなを見けり嵯峨の花かげ
  岸玄知
吾物とおもはむのみを値にて銭はとらつ野路の楳樹
  千利休
来し君の朝皃いかにまもりけむ一つ残しゝ花にならべて
  桃山隠者
吾ためは径もなさぬ桃山の春日のどかにひとり文見つ
  玉瀾女
此筆は眉根つくろふ筆ならず山水かきて背に見する筆
  契沖阿闍梨
もしほやく難波の浦の八重霞やへ/\ならぬしわざ立ける
  筑前国孝子荘助
かれとこれ片足々に踏しめてつひにそむかぬ両親の言
  僧元政
不二の根も背に負来つる吾母の御蔭の下に見てや過けむ
  池無名
勢田の橋その人とほく去りて後すてし扇を見ほしがる哉
  小沢蘆庵
うらやまし嵯峨山ちかく家ゐして花の便を得たる身の上
  飛騨国富田礼彦、おほやけのおふせにて去年より此国
  の堀名といふ山里に物しをる、春ばかりとぶらひたり
  けり、こゝは近きころ白がね出づとて、礼彦はじめて其
  つかさにまけられて、おふな/\いそしみけるにより
  日ごとにほり出だすかすおほくなりつゝ、今のさまに
  てかんがうるに、つぎ/\ふえゆなんずるやうになり
  など物がたるをきゝて
歳々にさかゆく御世の春をさて咲あらはすか白がねの花
春さむき越の山辺に白銀の花守しつゝ庵むすぶ君
夜昼と手人いざなひ御つぎ物掘うがたする白がねの山
  人あまたありて此わざ物しをるところ見めぐりありきて
日のひかりいたらぬ山の洞のらちに火ともし入てかね掘出す
赤裸の男子むれゐて鑛のまろがり砕く鎚うち揮て
さひつるや碓たてゝきら/\とひかる塊つきて粉にする
筧かけとる谷水にうち浸しゆれば白露手にこぼれくる
黒けぶり群りたゝせ手もすまに吹鑠かせばなだれ落るかね
鑠くれば灰とわかれてきはやかにかたまり残る白銀の玉
銀の玉をあまたに筥に収れ荷緒かためて馬馳らする
しろがねの荷負る馬を牽たてゝ御貢つかふる御世のみさかえ
  礼彦がをるところのさうじを見れば、短冊色紙やうの
  物あまた押したり、聞くに此さうじ市よりもてくるほ
  どに、途にて薪おはせたる牛のあへるが、にはかに痛く
  あれて角ふりたつるほどにさうじに疵つけたりとて
  えだちつかへつる人どもいたうかしこまり、いかがは
  せんとわびけるを、礼彦露ばかりも憤るけしきなく、そ
  のまゝこゝにたておきつゝ、つきたる疵どもの上に、紙
  をおほきくもちひさくも切てほどよく押ならべ、自ら
  ひとりでにかう画をも歌をもおかしう書すさびたり
  けるなりとなん、げに物のつかさとなりては、よろづの
  ことなるかぎりは、人のあやまちしつらんをもあなが
  ちに責ることなく、見直聞直しせんこそ神習おほやけ
  心にはあらめ、と此しわざをいたくほめて
物めぐむ心獣に及びつゝ角つきたてし罪もとがめず
  礼彦春になりて故郷より孫生れけるよし告きたりけ
  るを、男児にさへありけりとよろこぶこと限りなし、い
  かでこのいはひ歌よみてをとこふまゝに
万代の色ぞ見せける高山の松のひこばえ初みどりより
まだ知らぬ児の拳もかゝらんとふとる蕨もうち見らるらむ
  蕎麦いだしてもてなしけるをあまた食ひて戯れに
蕎麦の実の角をとりたるあるじぶり円く居よりて腹つゞみうつ
  かへりかゝりけるにはる/゛\おくりきて、今はわかれ
  むとするに、礼彦はたこゝの任はてゝ日を経ずその国
  に帰るべきなりときけば
衣手の飛騨は百重の山のあなた君も又こじ我も行えじ
君もこじ我も行えじと思へどもまたゆくりなく逢ことも有む
高山にさかえて立てる松がえのさかえていませ千世といふ世も
  三崎高子、さいつころ其もとゝぶらひたりけることあ
  りけるに、うつくしき扇とり出しくれなどしけるを、ほ
  どなううちわづらひてみまかりにたる、あはれそのを
  りかうならむとも思ひたらず、なに心なうてありける
  を、にはかにはかなうなりゆき、此扇はたしらずしらず
  長きよのかたみとなりぬと思へば、見るに心うちしをれて
君にまたあふぎと思ひしを今はただ涙をたゝむ物となりけり
  秋訪田家
余所人は見なれぬ里の一くるわ稲こきやめて我をゆびさす
  秋衣
狩ごろも縫し花ずり背に着せて小鷹すゑたるふりはやく見む
  暮秋鹿
小牡鹿の蹄にかゝる今朝の霜あはれ鳴音も消むとすらむ
  山家老松
眉白き翁出で来て千とせ経る門の山まつ撫てほむるかな
  閑居風
かけがねをかくればはづし/\して夜ただ寐させぬ柴戸のかぜ
  田家煙
山ぞひの鹿猪田につゞくはなれ村家なみまばらに立つ煙かな
  漁村
家々の窓の火あかし網むすぶ手わざに夜をやふかすなるらむ
  行路雨
雨ふれば泥踏なづむ大津道我に馬ありめさね旅びと
  古寺雨
風まじり雨ふる寺の犬ふせぎしぶきのぬれにうつるみあかし
  笠原白翁が十月ばかり都へのぼるに
木芽山雪ふらむ日も遠からじ都よしとて帰りおくるな
  寺田清遠の父、この四とせばかりわづらひて、物もいひ
  えず足もたゝでありけるを、清遠夫婦露怠ることなう
  夜昼いたはりつかうまつりしに、齢七十あまりにて今
  年みまかりたりけるとぶらひに
きのふまで床辺さらでありし身のよるべなみだのひまやなからむ
温かに着せまつらむと妹と背がとりし衾もいまはかひなし
忘れては小床なでつゝたらちねのみ膝こひしみ独泣くらむ
  咏四時華
朝出て夕に還るそれならで芳野の山をうづむしら雲
言ひよれどいなともうともいはぬ色に水もながるゝ堰出の玉河
松も皆むらさき色になりにけりはひまつはれる総の多さに
都べのたより絶べき冬ならで雪になりゆく垣根おもしろ
ほとゝぎす啼て来ぬべき夜のさまを軒に知らせてうち薫りつゝ
いつも/\たそがれまちて匂ふかな人通はする宿にもあらぬを
露をおもみ風をまつらむすがたにぞみながらなりし宮城野の原
今朝もまたいぎたなくせし懈怠を見おくれたりし垣根にぞ知る
さらぬだに人の物いひ嵯峨の野に紐とき出てなにぞあだめく
ゆひそへし竹もゆがみて初霜のおきうげにする一もとの秋
色匂ひ品をあらそふ春秋に我あづからぬ花の仙人
風さゆる冬のはやしに白雪かとばかり見えて匂ふものあり
  寒僕
なりひさご市より取てくる酒もおのが夜さむは温めぬなり
降たまる霙の中に足いれてふるふ/\も人のしりゆく
  寒婢
鶏(底本は右側が「隹」)の音によびおこされてうつ石もとる手わなゝく暁の霜
  寒燈
ともすれば沈む燈火かき/\て苧をうむ窓に霰うつこゑ
  寒猫
埋火に夜かれせずなる老ねこま霙にぬるゝ妻ごひはせで
  寒枕
冷いらむ夜をもいとはでうれしきはさしのべたりし妹が手まくら
  雪朝行人
ふたりとはまだ人も見ず雪しづれ朝日におつる杉のした道
  煙
あないぶせ銚子かけてたく藁のもゆとはなしに煙のみたつ
  川千鳥
夕浪のよりつかへりつ磯松のこずゑさわたる村ちどりかな
よればよりかへればかへり夕波のさわぎにつるゝ川千鳥かな
  筑紫人日高万二満が其国へかへるに
程すぎて帰らぬ君と夕占とひまつらむ妹にとく行て逢へ
  雪江晩釣
島山の色につゞきて釣夫の着る笠白したそかれの雪
  馬上眺望
鞍橋に手をうちかけて駒の足明石ならねば須磨にむけさす
  松田真信しはすのつごもりの日子うませけるに
一日だに年のうちにと鶯のいそぎたりけむはつ音いさまし
  安居村弘祥寺に春ばかり人々とゝもに行て
すゝけたる仏のかほもはなやかにうち見られけりうぐひすの声
  人のある山亭に日ごろやどりをるとぶらひけるに、き
  のふはまろうどあまたありて酒のみ踊りけうじける
  に、ひきかはりて今日はいとさう/゛\しきを、ひとりそ
  この来けるいとあやにくなることかなゝどいひて、い
  たくわぶるけしきなり、おのが心にはさるをりに来あ
  はさざりしを、なか/\に身のさいはひぞとひとりよ
  ろこびつゝひそかに
水鳥の立さわぐこそうたてけれかばかり清き山川に来て
  中根君の御仕ごとはげしうわたらせられしを、さいつ
  ころよりすこしのどやかなる道に入給ひければ、かく
  てぞしばらく身もやしなはれ給はんと、よそよりもよ
  ろこばれけるを、またにはかにめされてあまりさへ遠
  きところへ、はる/゛\物し給ふことゝなりけるわかれに
我むれに入て歌よみ遊むとおもひし君のまた江戸へゆく
  社頭松
斧いれぬ神の御山のまつの木は千代にさかゆく枝葉しげりて
  荒和祓
明日よりは夏の暑さもあらひこしなごみわたれり瀬々の川かぜ
  故水戸中納言君の御一周忌に寄月懐旧といふことを
  よませ給へるによみて奉れる
にはかにも隠るゝ月か筑波山ことしげき世を中空にして
  飛騨国富田礼彦が五十賀
君と我いそぢはかくて経にきけり百のよはひもいざもろともに
  初雪
うつくしくふれるはつ雪ことの葉の跡つけつくるやすらはれける
  春月
打なびく柳のけぶりはづれても猶うちくもるはるの夜のつき
  島田良郷みまかりて後とぶらひに物して
読さしの書ちりぼへる文机のあたりさびしき窓のうちかな
  ふるさと人小槌屋善六が八十八賀
知る人の無くなるが多き故さとにひとりある翁千代もかくもが
  幽居花
屋所のはなさけば苔路をかき掃てこてふににたり春の稀人
  遅日
うぐひすも鳴つかれたる声させつ淀川づゝみなが/\し日は
  石
地にいつ落けむ星の雲の根となりかたまれる千引なるらむ
  佐藤誠が春ばかり江戸へ行に
うぐひすもつねよりことに声ひきて門おくりする君が朝だち
ゆくさきに見と見む花の歌袋肩たゆきまでおもりゆくらむ
武蔵野のはてなく待たせわびさすな老ませる父いはけなき児に
  岡部君の御許より人してあまたゝびめしけれどいな
  みまをしければ、来たる人さらば歌だによみてたてま
  つれといひければよみける、時は五月ばかりなりけり
水かさますさ月の川にさす小舟とにもかくにものぼりわづらふ
  勝沢青牛翁の江門へ行給ふに
ほとゝぎすのみかは我も此朝け君に別れてなきつ一声
  この翁かなたへ物し給ふことあまたゝびにおよびけるを思ひて
道すがら馬ひく子らも目をつけてまた来ませりと君をいふらむ
  多田氏に行て酒のみて酔たるまゝに寐ころびたりけ
  るが、目さめて見ればあるじをらず、雨をやみなうそぼ
  ふる、あくびしつゝあたり見まはし自ら茶うちすゝり
  などしてすべり出きて
雨の音聞く/\寐たる手まくらの夢のうちにや帰り来にけむ



襁褓艸 第二集

 正月ついたちわらはども鶯鳴きつといへば、余も聞て
 むと窓あけしばらくうちまもりをりけれど今一こえだ
 にせず、わらはどもおのれらは聞つる物をあやにくな
 るものかなといひあへりくちをしう思へどすべなし
春もまだむ月の中のうぐひすは面えりしつゝ鳴にや有らむ
 柳弁春
そことなく青む六田の柳原めにたつばかり春もなりにき
 花参差
隙あらく見し枝々も花と花からまりあひて咲ぞうめける
 宝石山にゆきけるにあるじよろこびてねもごろにも
 てなす
摘とりし春の園生のにひ木芽にひ試をわれにさせける
みさかなはなにはあらめとこゆるぎの急ぎ掘きて煮たるたかんな
 松田真信がはじめて江門へ物するに
めづらしき野山/\の秋草にうひ旅衣すりつゝやゆく
 月前虫
身ひとつの秋になしてや蟋蟀なきあかすらむ月の夜な/\
 雨中鹿
鹿の音のしをれがちにぞ聞れける在明の月や雨に成けむ
 農
暇なの田廬のしづのなりはひや昼は茅かり夜は索綯ひ
 二月十日本保に物して河野氏にやどりて有けるに、十
 二日より風ひきてうち臥たりけるを、薬の事などある
 じのあつかひ物しくれけるにより、からうじて十九日
 の朝病床おき出たりけり、さるをりしも今歳は寒さは
 げしうて、鳴んものとも思はでありける鶯の、めづらし
 う二声三声しけるはいつはあれどうれしうて
うぐひすもうかれや来つる立そめて我もうれしき今朝の朝床
 本保にて蛍のむらがれるを見て
花さそふ風に吹るゝこゝちしてほたるわけゆく野路の川ぞひ
 水風凉
枕よりあとより通ふかぜのよさ水ある宿の竹のしたぶし
 やよひばかり本保の河野氏にやどりをりけり、あるじ
 事しげしとてあらぬがちなるに、よそ人はたひとりだ
 にとぶらひくるなく、おのれひとり宿もりしをりて、い
 とさうざうしう物しける時
世の人の花見る春のすくなさにおもひくらぶる我月日かな
 閑居時雨
曉も待たでしぐれになりにけり窓もる月をさへしむら雲
 古寺鐘
麓寺かはらのいろもかつ消て夕ぎりがくれひゞく鐘の音
 忠臣待旦
百しきや御はしのうへの朝霜を人に後れて踏し日もなし
 秋山路
朝かぜにゆられて落るさゝ栗に小笠うたるゝ秋のみ山路
 市
なにひとつうることもなく空手にて辰の市人おほきなりけり
 赤
賤が家這入せばめて物うゝる畑のめぐりのほほづきの色
 山家床
土牀むしろの上にきしかたも行末もなくいびきかくらむ
 をりにふれてよみつゞけゝる
起臥もやすからなくに花がたみ目ならびいます神の目おもへば
吹風の目にこそ見えね神々は此天地にかむづまります
いかで我きたなき心さり/\て神とも神と身をなしとげむ
 亀
はひ出て甲をぞならぶる族のおほさくらべや亀も始むる
 擣衣
槌をだにとる手たゆげにする子らも衣うちならふ里のならはし
とほつ人思ふ心を手力のかぎりにこめてうつやさごろも
 烟艸
春野やくしわざおぼえて艸燃すけぶりの靡きおもしろき哉
 山家樋
うきふしはぬけて見ゆれど筧竹猶よの中の外は流れず
 納涼
口あそびいひあふ賤の門すゞみ暑さわすれのすさびとはなし
 鹿声近
はしたなくしか鳴たてゝ山里の垣ねすぎゆく此夜ごろはも
 暮山雪
墨ぞめの夕の雲にまとはれて白さあらはす嶺のうすゆき
 閑庭霜
庭中に来たつ狐のもの音を枯生の霜に聞く夜さむしも
 夏よみける謌の中に
遣水に来てはひたれる村鴉こぼすはがひのしづく凉しも
 秋庭
秋雨一ふりかへて庭のさま見する紅葉の今朝の色かな
 わらはの朝いしつゝなきいさちけるを、いたくさいなみうちたゝきなどしける時
撫るよりうつはめぐみの力いりあつかる父のたなうらと知れ
 岡部君の江戸へゆき給ふによみてたてまつれる
み出たちつづく小笠のはる/゛\とかくれゆくまでうちながめをり
 贈正三位正成公
一日生きば一日こゝろを大皇の御ために尽す吾家のかぜ
 藤原忠文卿
荒駒の艸かむ音に何がしの宿直する夜と人もしりけむ
 袈裟のまへ
夕霜に身はさかるれど鴛鴦のつま思ひ羽はあだに重ねず
 三月
おそかるも此一月をせきにしてひとり桜の時になしつる
 砂月凉
そとの浜千さとの目路に塵をなみすゞしさ広き砂上の月
 蓮含露
たゝまりて蘂まだ見せぬ葩のぬれ色きよし蓮のあさ露
 竹画
葦といひ楊と見つゝ力いれし心のたけをしらぬがちなり
 秋風
ともしびをかすめて過る一かぜも秋になりたる閨のふしよさ
 新樹
ほとゝぎす一鳴なきてくゞりつる枝見るたびになつかしの陰
 閏八月ばかり、多田氏にさそはれて宝石山に行て、日く
 るゝまであそびて
白雲はゆふべの山にかへれども立いでむとも人はまだせず
 擣衣処々
さえわたる星よりしげき槌数にきぬうつ里の多さをぞ知る
 辻春生、今日歌の会ものすべきなりしを、にはかに江戸
 なる叔父みまかりけるにより、この会のぶべきよしい
 ひおこす、やがてもにこもらひをるとぶらふついでに
 今たびのまうけの題古寺紅葉を、傷み歌になずらへて
 かく
見に来よときのふいひける山寺のもみぢゝりぬと聞くはまことか
 今とし、父の三十七年、母の五十年のみたままつりつかうまつる
顕はさむ御名はかけても及びなし身の恥をだに残さずもがな
なにをして白髪おひつゝ老けむとかひなき我をいかりたまはむ
いひがひもなき身のうへをわび泣て御墓のもとにうづくまるかな
みいかりをなごめまつらむすべなさをくりごとしつゝよゝと泣くかな
柞葉のかげに五十の翁さびのこるかひなき霜の下くさ
 富田礼彦がむすめのみまかりけるとぶらひに
墨をすり木の芽を煮やし朝夕につかへし容儀忘れかぬらむ
 日高万二満が筑前国にかへるに
君が今朝門出につくる雪の上の跡だにしばし残れとぞ思ふ
 雪朝遠樹
あけはつる空にとぢめし夜あらしの行へしづけき杉むらのゆき
 いまはなき人となりにたり、府中の山本の叔父がおの
 れ本保の里にものすといひけるをり、かしこには吉野
 瀬の橋、いとあやふきところなりけり、いたく心づかひ
 せよといひさとされけるを、此はしわたるたびごとに
 老人のせちにいたはり給へりしこころのほど、身にし
 むばかりぞ思ひださるゝ、今日またこゝに来かゝりて
こゝろせよといひし一言いつも/\おもひぞわたるよしのせの橋
 こゝすぎて、道すこし行けるに、島崎土夫がおのが旅居
 とぶらひに、本保にとて来けるにあふ、土夫よし翁おも
 ふかたへ行け、我も今日一日のうちにはかへらであら
 るべきにあらず、いでこゝにて別れんといはる、しかせ
 むもほいたがふわざなり、さらば本保まで来たまへ、お
 のれも立かへり通雄がりゆきて、しばしだにうちかた
 らひ、さてともかくもはからひたらんよからましと、道
 のかたへにたゝずみつゝいひをるあひだに
いざ来ませ通雄が家は酒もありあるじにこひて飲て別れむ
 こゝにて相わかれ、おのれ府中のかたへ行けるが、途の
 ほどにて土夫主の福井さしてゆかれける、行へはるか
 にながめやりて
日は暮れぬ山も見わかずなりにけり別れし人はいづくゆくらむ
 妓院雪
庭の雪たはれまろがす少女ども其手は誰にぬくめさすらむ
 侠家雪
真荒男が手どりにしつる虎の血のたばしり赤し門のしら雪
まれ人を屋所にのこして鳥うちに我は出ゆくたそがれのゆき
 須賀原の三月三日初弓のいはひといふことものす
 るに謌こはれて
弓といふ物は男児のとるものとちごも心のいさみてや見る
 飛騨国山崎弘泰みまかりけるよし、冨田礼彦が告おこ
 せける時、弘泰は荏名翁の教子にてぞある
おなじ枝にやどりて在し友鴉一つ失せたるゆふべさびしも
 薔薇
羽ならす蜂あたゝかに見なさるゝ窓をうづめて咲くさうびかな
 海棠
くれなゐの唇いとゞなまめきて雨にしめれる花のかほよさ
 楳子
雨づゝみ日を経てあみ戸あけ見れば●(テヘン+「票」)梅ありその実三四
 篆刻をたくみにして、行脚をむねとしをる江戸人、轟松
 居が四十賀に歌こひければ
花にふれ月にかたしく旅ごろもかくて千とせも重ね行らむ
 杣人
うつばりにとる木は無しと杣といふ杣に入る子もいひてなげきつ
 佐野君の婚姻
ちとせもとちぎる夜床にうちかはす妹脊の袖や鶴の毛ごろも
 海辺夏月
ひたりくる月のかげさへとゝのひて波間すゞしき蜑の呼びごゑ
 月あかき夜ひとり夜ふかしをりて
浮雲のこゝろにかゝる空ならで今よひばかりの月を見まほし
 閑居秋
芽子すゝきはかなき花を折かこふ籬にあまる秋の色かな
痩て咲く垣の朝貌見るにつけ秋くれかゝる伏屋をぞ思ふ
 関鶏(「鶏」の右側は「隹」)
逢坂の杉の下みちまだ闇き鶏(「鶏」の右側は「隹」)の音ふみてこゆる旅人
 橋蛍
ながれくるほたるの影もあらだちて水音すごし兎道の川橋
 江戸人高橋氏、本保に年ごろ居けるが、こたびうからこぞ
 りて江戸へかへるに
一日経てば一日ちかづく故さとの空なつかしみ道いそぐらむ
 同じ時そのむすこ直言に
小笠とり杖たてまつりたらちねに心をつくせ岐蘇の山道  初尾花
旅びとのかち行野路のはつをばなはつ/\笠に垂れかゝるなり
 出雲国人小川正海のその国へかへるに
をりもあらば二たび君を三保岬羅摩の船のたよりもとめて
 秋ばかり杓谷にあそびて、酒のみ酔のまぎれに、かたは
 らにおほきやからなる石のあるに戯れかきける
あかくなる顔うちふりて秋山のまだ酔ざるをあざ笑ふかな
 青牛翁の許とぶらひてありけるついで、ことさらにこ
 ひて書画どもとり出させ見ける時
品さだめいひこゝろみて古びたる物あまたに見もてゆくかな
古ものゝ中に君をもすゑおきて今の世ならぬ品と見るかな
 川津君の、女郎花もらひに人おこせけるを、をしみてや
 らで、うたよみてつかはしける
さき出てまだいはけなきをみなへしいかでか君にまかせらるべき
 ひた土に莚しきて、つねに机すゑおくちひさき伏屋の
 うちに、竹生いでゝ、長うのびたりけるを、其まゝにしお
 きて
壁くゞる竹に肩する窓のうちみじろくたびにかれもえだ振る
膝いるゝばかりもあらぬ艸屋を竹にとられて身をすぼめをり
 癸亥のとしの八月廿九日、はじめて歯一つおちけるを
 見て
ふけにける吾身の秋をまだ知らで落葉あやしむ痴をの子かな
 上月景光君の都に在るによみておくりける、人より物
 きゝたることなどもありて、いさめいはまほしう思ひを
 をるころなりけり
故郷の垣根の秋に見かふるなみやこの花に目はうつるとも
明日香川淵をあさすな流れては尽やすからむせに心して
 中根君のかうじかうぶりてこもりゐ給ふころ、ひとり
 ごとによみつゞけゝる
秋雨にうちしをれては君が屋のあたりの空をながめやるかな
年魚とると網うち提げ川がりに行ます時になりけるものを
秋の花それもなにせむ折とりて見すべき君に見せられもせず
道とほく隔てはせざる月かげをへだゝりて見る此ごろの空
雁がねの聞ゆるたびに見やれども玉章かけて来たれるはなし
 十三夜
おくれたる影とはなさぬ心より月を今宵の空にまたれき
 鹿声遥
とほざかるかたちのみかは声もしかちひさくなりて野べを行なり
 長月ばかり、府中の山本氏の女どもこれかれひきまと
 ひきて、此庵にやどりたること有けり、着すべき夜の物
 など、かねて人のもとよりかりきて、其まうけしおきけ
 るに、思ひかけざるをの子ひとりそひきて、それにきす
 べき物なし、日くれてなりければ、またかりに行んもび
 んあしきにより、ありあふ今滋がのをその男子に着せ
 て、今滋はおのがふしどの中にいれて寐さす、わらはな
 りしほどこそ、さしてもあらるれ、今はおほきなるから
 だになりぬれば、ひとり/\がみじろくたびに、よるの
 物よりはづれて、肩さきあらはれ、ともすれば、こわき手
 足つきあてなどして寐まどふまゝに、かの柳沢淇園の、
 堪忍は執行せざれば身に感ぜざるゆゑに、よく忍ぶこ
 となりがたし、予も堪忍を守ることを思ふに、乗合の舟
 ばかり、事になるゝに便りよきことはなしと思へば、京
 より夜舟にて浪華にあそび、浪華よりも又舟にて京へ
 のぼりつゝ、ひたぶるに堪忍の稽古せり、人の世にある、
 乗あひて泊りしをりを思ひいづれば、いかほどの不自
 由も忍ぶに堪ざる事なかるべし、夜泊のせつなさ膝を
 ゝりて足を縮め、人の足を枕として押あひ、睡らむとす
 ればゆすり起され、すこしまどろむと思へば、鼾に目さ
 めて、起臥ともにまかせずと、雲萍雑誌といふものにい
 はれたることのあるを、げにもと思ひいでつゝねどこ
 ろの中にて
わびしかる物の譬にひくふねもかゝるうき寐をしやはならへる
 府中の松井耕雪が、大きなる黒木もてつくりたるひを
 けくれけるを、膝のべにすゑおき、肱もたせ頬づゑつき
 て、朝夕の友とす
撫やまぬ火桶のいろにならひもてみがきをゆかむうたの上をも
よそありきしつゝ帰ればさびしげになりてひをけのすわりをる哉
旦暮になづる火桶を巌にてつきぬこと葉をおもひめぐらす
見ありきしひるの野山の物がたりひをけにいひて夜を更すかな
 つれ/゛\なるまゝに
一人だに我とひとしき心なる人に遇得て此世すぐらむ
うまれつき拙き人にまじらへばわかれて後もこゝちあしきなり
我がりきて人あしくいふ人はまた人がり行て我をそしるひと
 寒艸
枯のこる茎うす赤き●(イヌタデ)の腹ばふ庭に霜ふりにける
 田家灯
賤どちの夜もの語りのありさまを篁ごしに見するともし火
 本保の河野氏に、日ごろやどりをり、暁がた寐どころ中にて
朝出いそぐ旅寐ならねば鶏(「鶏」の右側は「隹」)の声も夜中になして打きく
 銭乏しかりける時
米の泉なほたらずけり歌をよみ文を作りて売りありけども
 暮秋虫
聞く夜あり聞ざる夜あり秋のむし鳴やむころになりやしぬらむ
 咏剣
弱腰になまもの着る蝦夷人我日本の太刀拝み見よ
七重にも手もて曲げなばまがるらむ蝦夷国の太刀は剣かは
 社頭雨
古社ありと知られで見ゆる火の影ものすごき山ぞひの雨
 水上月
掌にむすびあげたる水の月さてたもたるゝよしの有れかし
 梅雨留客
子規ならねど稀に声きゝし君はかへさじさみだれのそら
 山行伴鹿
日ごろ来る我をば知りて秋の山鹿も袂に角たれてよる
 雨中旅
艸まくらつかれて寐たる宇都の山うつ雨くるし菅の古がさ
 落葉
柴門しばしたゝずむ足もとを木葉に埋む一あらしかな
 池水鳥
津国のこやとかたみに呼かはし鳴かはすらむ池の鴛鴦
 辻氏の双松閑戸
紅藍の塵を二樹の松葉にうづめさせたる庭の山ざと
 花下会友
かはらけの酒にも山のさくらにも散るといふことをいとふ木の本
 松岡幸山長遠、この九月十六日みまかりけるよし聞て、
 とぶらひに物しけるに、その妻なる者わづらひて有け
 るほどに、ありとありし事ども、かき崩しいひいでゝ、い
 たう歎きけるありさまいとあはれになん長遠世にあ
 りし時、神世ながらの医道のはやう亡せて、古き医書と
 いふ物の世に伝はれるが無きをいたく歎き、たらはぬ
 ながらに大同類聚方のたゞ一部、今も世世にのこれる
 を大綱にとりて、なほあだしもろ/\の書どもにつき
 て、いさゝかも此道によしある事のあらんを取ひろひ
 一つの医書著さんと思ひおこして、貧しき身ながら其
 事にかゝづらふことだにいへば、得がたき書をも遠
 きさかひより、もとめ出しなど、おふな/\力を尽くして
 今はその書かねてのあらまし、なかばに過て綴り出け
 るものから、なほ全くはなしをへで有けるを、思ほへず
 うちわづらひて、はかなく成りにたる、妻なる者にしか
 /゛\のふみいづこにかとゝひけるに、涙こぼしつゝ文
 筺どもさぐりめぐりて七册の文とり出だす、見もてゆ
 くに、おのれは医のことしらねばつくりざまのよしや
 あしやは見わかねど、薬名病名をはじめ、よろづいり
 ほがなる事どもを、皆皇国語もて仮字がきに物したるさ
 ま、皇国念ひの志のまめ/\しさ、たふとしともたふと
 し、いつばかりにかありけん、こゝに来けること有ける
 に、かつ/゛\かきつゞりたる物とり出し見せて、記ざま
 いかに思ひ給ふらんなどいひたりしことのありける
 など思ひ出られて、袖うちしぼらるるに、妻なる者また
 かの人今といふきはにも此文のこといひ出て、今三巻
 ばかりになりにたるを、くちをしく書をへで、我は目ふ
 たぐことよとうちなげきつゝ、やがてなくなりぬるに
 こそと、うちかへしうちかへし、語るをきくにむねふた
 がるを、せめてねんじて謌をだにとて霊代のまへにた
 むく
一部の文かきをへむ程をだにこの長遠を世には在らせで
一ともに満ちたらずとてなげかめや世に文無きをかきし七巻
書き継む人また有て汝が功績つひには全くならむ行すゑ
えみし唐土きたなき国の術からぬくすしの書を一人書出つ
 寒艸
うつりゆく下葉いかにと見けるまに霜いたゞきつ庭の萩原
 松田信言が都へ出たつに、五月ばかりにまかへり来べういふ
待わぶる心をくみてほとゝぎすおのがさ月のをり違はすな
 其ところしり給ふ君よりたまはりたる牡丹の絵に、う
 ちそへおくべき謌よみてくれよと、ある人のもとより
 こひけるによりよみてとらせける
みめぐみの露余りあるうれしさを蘊み洩して開らく葩
大きなる花のうへにもおきあまる恵の露の色ふかみ草
 伊藤千村主のみまかりけるに
青葉山なく時きぬるほとゝぎす今歳は君に聞せざりけり
 林美鷹がみまかりけるに
君ひとりまた無くなりし友の数ふやして我を泣かせつるかな
 羇中更衣
あらたむる衣ひとつもなつこだち若葉に慙る旅すがたかな
 宰相君よりたまはりたる題待雪
初雪のふりなつかしく見なされむをりをはたさぬ冬枯の庭
 江樓流蛍
ながれては水もほたるも釣殿の簀子の下をくゞりあひけり
 剣
水奔る白蛇なしてきらめける焼太刀見れば独ゑまれつ
 真宗寺君の男児うませけるに
獣みな膝伏せさせむ獅子の声生れながらに立つる児かな
 瀑布
茂りあふ青葉々々を吹ゆすり伊吹吹かくる水煙かな
 ある寺
何ごとも時ぞと念ひわきまへてみれど心にかゝる世の中
忘むと思へどしばしわすられぬ歎きの中に身ははてぬべし
 人のこひによりよめる三社のうた
 伊勢大宮
神樹葉の蔭ものふかき五十鈴川骨身にしみて清し尊し
 石清水
男山さかゆく御世を常磐に見そなはすらむ峰の神墻
 春日山
かすが山ふもとの芝生踏ありくしかのどかなる神やしろかな
大国主神
八十神にひとりおくれて負たまふ袋にこもる千のさきはひ
事代主神
天地とともに久しく天皇の御尾前つかへ国まもる神
 護摩堂といふところの蔦のもみぢ見に、人々とともに
 物したりけり、近きころ心なきものゝ苅はらひたりけ
 るよしにて蔦なくなり、巌のあたりいとさう/゛\しう
 見ゆ、さりとて、いたづらに帰らんもくちをしう思ひて
 此山の石ほり出すことをなりはひとする男の子ども
 のをるちひさきいほりにいり酒あたゝめかはらけと
 りめぐらしなどす、やうやうゑひごゝちすゝみゆくまゝ
 に
もみぢ葉の今は見られぬ岩上もつたなしとせず酔る顔ばせ
寒樹交松
色あせぬ松にまじりてからみあふ枝ぶりむき木がらしの杜
 瀑布
かつふれて巌の角に怒りたるおとなひすごき山の滝つせ
 源義家朝臣
年を経し糸のみだれも君が手によりて治し東の国
 西行
心なき身にもあはれと泣すがる児には涙のかゝらざりきや
 暁時雨
窓くらくにはかに成て在明の月をよこぎる村しぐれかな
 島崎土夫主の軍人の中にあるに
妹が手にかはる甲の袖まくら寐られぬ耳に聞くや夜嵐
帰りこば脚結の紐もとかぬまに先顔見せよ待つゝあるぞ
朝夕にあひて語らふ君こねばさびしき庵にさびしくぞ居る
 上月君のとほき国にあるに
海中に風にあへりと聞からに立さわがれつ我こゝろさへ
白雪のふるにつけてもふる人の遠き旅路に在るを社思へ
 同じ時河津君の許に
浪華海船出はなれぬと聞しより我も心のたゞよひてのみ
日数あまた大海の上にたゞよへる心いかばかりわびしかるらむ
 佐野君のもとに
君はやく帰れをとのみ思はれつみ母のみ顔見るたびごとに
荒波にたゞよひぬれどつゝがなく舟つきたりと聞ぞうれしき
 佐々木久波紫主の許に
舟出すと聞つる日より難波の海なには思はず君をのみこそ
年も今は立かへり来といふなるを何時ばかりかは君顔見する
 畑中君のもとに
大かたの旅だにあるをいかにしてとほき舟路に君をやりけむ
髪白き翁にてます父君をおきて行つるこゝろいかならむ
 宮北君の許に
黒駒にのりて行つる後かげ目にある君のいまはいづくに
日に三たび駒あゆませて来かよへる顔をば早くみやの北の君
 松田真信主の府中に軍人の中に在るに
遠からぬあたりには在れど顔見ずてあれば千里を隔るも同じ
妹も子もまつ田の君を草枕旅路におくがうれたかりけり
 ある時
水車ころも縫ふ世となりにけり岩根木根立物言ひいでむ
 洛東岡崎の尚綱のもとより都にのぼり来よとあまた
 ゝびいおくりけるかへりごとに
春たゝば谷のうぐひす出たゝむ友を求むる声をたよりに
 都に久しう物しをる佐藤誠がもとよりも、尚綱と同じ
 さまに、おのれに都に上るべくいひさとせるかへりご
 とに
さそふらむ水のまに/\浮艸の身は何所へもよすべかりけり
 辻春生主の今荘駅に軍人の中にあるに
夜昼とむらがる人を呼たてゝ声うちからしかけめぐるらむ
 竹内篤主のいくさ人の中にあるに
 〔此ぬし妻を迎へて日かずいくばくもあらぬほどに出た
 ちて行たるなりけり〕
太刀とりていづこへ行しあひそめてまだ日もあらぬ妹を打すて
 正月八日青牛翁御使にて
 宰相君より煙艸賜りたりけり、御謌さへそへさせ給へ
 りけり、その御謌は 安御代は竈の煙のみならでけぶ
 りくゆらせ賤が伏屋に、とあそばしたりけり、いとかし
 こくいたゞきまつりてかく
煙ぐさ賤が伏屋にくゆらせて君のめぐみに咽ぶあさゆふ
 山口清香に筆かりて返しにもて行たりけるに、途にて
 おとしたりけん、かしこにいたりてふところ探れど筆
 見えず、いかにともすべきやうなくてかく
うれしさをつゝみ余れる袖なれば筆もたまらですべり落にけむ
 辻春生主のことにめさげられたりけるいはひに
忠実ごゝろつかへの道に尽しけむいさをのしるし顕にけり
 雨中新竹
風ふけばかよりかくよりまろび落る露もなまめく雨の若竹
 冬埜
倒れたる薄くゞりて行く水の末もさびしき野辺の冬がれ
夜虫
つゞりさせいつまで呼て此虫は寝ること知らに夜を明すらむ
 或日、多田氏の平生窟より人おこせて、おのが庵の壁の
 頽れかゝれるをつくろはす、来つる男のこまめやかな
 る者にて、此わたりはさておけ、よかめりとおのがいふ
 ところ/゛\をも、ゆるしなう机もなにもうばひとりて
 こなたかなたへうつしやる、おのれは盗人の入たらん
 夜のこゝちして、うろたへつゝかたへなるところに身
 をちひさくなして、此をの子のありさま見をる、我なが
 らをかしさねんじあへで
あるじをもこゝにかしこに追たてゝ壁ぬるをのこ屋中塗りめぐる
 十五夜れいよりもいとあかくて、窓に入るかげこよな
 き物から、誰ひとりとひ来る人もなく、なかなかにさう
 /゛\しう思ひ、よひよりうちふしけるが、寐どころの中
 にて
寐てあかすをしさはあれど此月をいたづら人の見ふかすもうし
 月
盞のかずもあまたに成にけり酣すぎてめぐる月かげ
 橋苔
目をわたすたよりばかりと見られけり莓になりたる谷の古はし
 中根君の開発といふ里に、しるよしゝて狩に行給へる
 みともにて、そこなる賤が家に入たりけり、あるじとお
 ぼしきをの子とく門の外にはしり出で、みむかへつか
 うまつりなどするさまを見て
めぐまるゝ身のうれしさをあらはして膝折伏する賤が笑顔
 やがて瓶子もて出て海山の物をつくしてけうす
みさかなはなによけむとてかはらけを君のつゞきに我にさへくる
 夜ふけて帰り給ふに物がたり打しつゝみともつかうまつる
月かげをふむ/\歩む川ぞひの道は帰さもいそぐものかは
 ひゝなのかたに
少女子が妹背の道のうひまなびつき/゛\しくもならべもてゆく
 朝夏艸
暑き日によれし草葉も朝露のひるま忘れて起かへりつゝ
夏月透竹
なつの夜の月の初霜おきあかす竹の下陰さむくも有かな
 宮北君の、艸庵とぶらひきて、帰り給はんとする門送
 り物しけるに、そこに繋れてある馬の手綱とりて、こは
 近きころ得つるなるが、心にかなひておぼゆるなり、い
 かに見給ふやとの給へる、おのれさるすぢにはうとき
 ものから、すぐれてたくましげになん見なさるゝ、やが
 てうち乗りて一足あゆませ給はんとする時
千里ゆく陸奥馬をわれ得つと鬣なでゝて笑るますらを
 林下幽閑
日たけても檜杉のおくの檜皮ぶき枝うつりしてふくろふの来る
 加賀国打越村某寺のこひによりてよめる、弓波山十勝栞湖朝晴
ことの海しらべ調ふうら波ににほひあひたる朝日かげかな
 千松湾雨声
浜づたひ砂たゝきて降る雨にこずゑ鳴りくる松の村だち
 茗圃香風
朝ゆふの風も木芽の春の香にうちふく頃となりにける哉
 七曲逕行人
蟻よりもちひさく見えて行人をながめゝぐらす七めぐりかな
 菅神祠桜花
ちはやふる神の御まへに匂ひあひて斎垣桜咲ぞ出にける
 矢田埜積雪
胸わけに分なやみ来るかち人に矢田野の雪の高さをぞ知る
 鐘楼晩靄
夕がすみかゝるさびしき鐘の音に今日もくれゆく山寺の庭
 御幸橋羣蛍
こゝをせと聚りくらむ光もて蛍も橋をつくる夜な/\
 翠眉山落月
おちかゝる山辺の月をゝしみ余り暁露に立ぞぬれける
 牛鼻崖漁燈
牛の鼻すがたをかしき岩角を夜目にも見せて続く漁火
 花
さくら花かくていつまで看をりとも飽く世といふはあらぬ成べし
峰のはな咲出る見れば梢にも立つゞかれぬしら雲のいろ
蕚をつけずしもあらで山ざくら綻び鈍るこゝろにくさは
 蘭画
山に生て人きらふらん花の絵をみかはやうども書く世なりけり
 門柳
陽炎のもゆる岡辺につくる屋のかどの青柳かぜに枝ふる
藁ぶきに鶏(「鶏」の右側は「隹」)さけぶ賤が門一もと柳ひるしづかなり
 青柳風静
打のぼる佐保路のやなぎ靡く見て吹らむ風に心つくかな
露をだにゆりはこぼさぬ春かぜを小枝にもちてなびく青柳
 雲雀
うち振ふはねも心のすゝむにはおくるといひてひばり鳴らむ
 人にしめす
眼前いまも神代ぞ神無くば艸木も生じ人もうまれじ



春明艸 第三集

 正月ついたちの日、古事記をとりて
春にあけて先看る書も天地の始の時と読いづるかな
名所立春
八雲たつ出雲国の手間山なにのてまなく立つ霞かな
 春雪
白ゆきのふる木とまたもなしてけり芽はると見しを春の青柳
 茶つみの謌金屋氏のこひによりて
●(「茵」の「大」の代りに「夭」)華(つつじばな)匂ふ少女が玉手もて摘みつる春の木芽めしませ
 佐埜君の艸戸おどろかし給へりけるをよろこびて
君としも知らで足おと門にせし駒迎へにもはしらざりけり
 青牛翁の許より消息に、此ごろそこの来けるに杖つき
 てものせりと下部の者告たりき,ひがめにさ見けるに
 や、はたさいつころよりこゝちつねのやうにはあらで
物せらるゝよし聞をれば、いかにか、更になやましきけ
 のそひたるなどにはあらじか、といと心がゝりになん
 思ふ、といひおこされけるに
目くるめく老の坂路にたふれざるさきにと思ひつきしなりけり
 春駒
陽炎のもゆる春埜の荒ごまはあれさせてこそのどか成らめ
 春よみけるうたの中に
村雀軒端をめぐるさひづりも花ある朝はこゑいさむめり
 海浦妙泉寺とぶらひける時
所がら入相のかねも浦風にうちさらされてひゞく山寺
魚多き浦辺にいりて魚食はぬ寺にやどりつ二夜さへにも
なまぐさき里わけきつる袖の臭に叩きはゞかる山寺のかど
 群盲評古図
花もみぢ見知らぬ色のうはさをばこゝろごゝろにさぐりてはいふ
 星
大空にならべるよりも人心ものほし/\の数やしげけむ
美人撲蝶図
うつくしき蝶ほしがりて花園の花に少女の汗こぼすかな
蝶うつとせし手はづれて御園生の花うちこぼし立つ少女哉
人妬くおもふ心を花ぞのゝ蝶にうつして臂は張るらむ
 敗荷
茎折れて水にうつぶす枯蓮の葉うらたゝきて秋雨ふる
 夜山
影垂るゝ星にせまりて薄黒き色たゝなはるおぼろ夜の山
 漁楽図
網すてゝ葦間の月を寐つゝ見る舟はもて去る吹ふかば吹け
 揩痒虎図
寐まどひて胸かく虎の身ぶるひに小篠風もつ岨の岩かげ
 雲荘畊隠図
吾庵を外山の雲の末に見て小雨ふる田に牛ぬらすかな
雲閉る松戸出て垣つ田の暖かなるに耒をとるかな
 升龍図
のぼるらむ勢波をゆりたてゝ摩る墨ながす海ばらの雲
 老檜図
岩走る滝もはふ根の下行て雲に枝さす檜おそろし
 青松白鶴
香青なる松の末葉に白妙の羽うちつけて鶴舞めぐる
白きはね青葉がくれに打たゝみよそにうつらぬ松上の鶴
 万竹図
ありと有る竹に風もつ谷の奥水の響をそへて鳴くる
河隈の巌に根はふ竹と竹なびきぞ回る水を狭めて
澗めぐり流るゝ水をはる/゛\と靡きおくりてつづく竹かな
滑らかに露もつ苔路風ありて下陰くらき竹の奥かな
 咏松
龍鱗苔さへむして白雲の底に根はへる奥山のまつ
 疎竹三禽図
茂からぬ一もと竹の細き枝に乗りて親まつ雀児みつ
山がら雀と二つ今一つ何鳥なれか竹くゞりをる
竹の霜うちとけ顔に頭三つ集めてかたる友すゞめかな
竹の霜とけて雀の睡るかな三つ一枝に羽をまろめて
 臨水梅
花着て水に浸れる岸のうめの枝をくゞりて魚はしりくる
 山中
樵歌鳥のさひづり水の音ぬれたる小艸雲かゝるまつ
  塩場図を唐の心ばへにならひて
夕食にはあらぬ煙を立させて空にぎはひをさする塩竃
雨漏てはては倒れむ蜑が屋を火に焚くまでにふやす塩竃
桂焼き玉かしがする年ごろを藻塩の煙わびやたつらむ
 背面美人図
深見艸こちむきがたき癖をばあやしくもちし花にもある哉
美しき黒髪たれにこゝろをばとられて横もふり見ざるらむ
み額のひかりこなたにさすごあらば其暁もまちぞ遂べき
ふりかへる片頬をだにと見たがらせ人をも後むかせざりける
 画石
筆採りて五日経にけむ明がたにほの/゛\石の形見せけむ
 煮泉図
涌く清水岩根ながるゝ雲汲みて鶴飛ぶ山に松風を煮る
つもりたる落葉掃ひて木芽煮るばかりの水を岩間にぞとる
 歳寒三友図
霜千たび故人あへり玉刀自髯ある翁なよびたる君
 松風酔帰国
吹おろす風の松葉髯につ手ふり顔ふり帰る酔人
帰るそら狂ひまどひて酔る顔まつのあらしにすまひつゝ行
 蟻
大瀾を反す堤の崩れをも引いだすことありの土あな
 雪竹図
薄白くなりたるのみの雪の竹斜めならざるすがたとぞ見る
 雨竹図
一そゝぎ濺ぎし雨に所せく重なりあひてなびく竹かな
 露竹図
白露のたま/\落て枝振ふ竹のしづくを窓にもてくる
 風竹図
静なる態にしばし返るまもあらしに竹のくるひめぐれる
 懸崖菊図
花あまた岩根によりて咲さかる菊高く見てわたる渓水
 剣
福艸の三尺に余る秋霜枕辺におきて梅香を嗅ぐ
 牡丹
置あまる露の匂ひも深見草花おもりかに立ぞふりまふ
 北潟といふ里のわたりに、いたづらに広き入江のある
 を、行末田に墾らんため、近き空地の土を堀(ママ)りとり、此江
 填させんとするいそぎどもあるを、今年は年凶くて産
 業に 乏しき民どもなどは、ほと/\飢もすべからん勢
 ひなるを 思ひ歎かせ給ひ、さる扶けともなれかしと貧
 しともまづしき 限りをよびよせて、この土はこぶわざ
 をせさせ銭たぶべしとの命くだりけるにより、其こと
 見あつかふ司人として、南部広矛さいつころより、彼処
 に在る、せうそこするついでに
痩せ姿さぞな見るめもうき中におり立てこそ君すくふらめ
 其ころの事なりけり、浦べにて捕りたるなりとて鮒あ
 また人に持たせておくりくれたる、さるわたりにて、事
 しげからん中にも、かくまでに物したまはる心の底ふ
 かく汲とられて、 うれしうおぼえらる
老が手にえとらへかねてはねめぐる藻臥束鮒見ぞおどろきし
 この中に二つといふものは、ことに能く動くやうなり
 ければ、物に水いれて、放ちおきけるに日を経て、ますま
 す勢つきけるを見る/\
網いれむ恐れわすれて游べかし水とぼしくて住うかりとも
静なるこゝろの友と見をるかな鰭ふる魚に我もまじりて
わざをなみ静にあそぶ魚ぞ善き夜中暁いつ見てもはた
 戯れに
吾謌をよろこび涙こぼすらむ鬼のなく声する夜の窓
燈火のもとに夜な/\来たれ鬼我ひめ歌の限りきかせむ
人臭き人に聞する謌ならず鬼の夜ふけて来ばつげもせむ
凡人の耳にはいらじ天地のこゝろを妙に洩らすわがうた
 吾妻屋野梅がむす子のおとな姿になりたるに
我よりも高くなりたる男ぶりよろこぶ親の心たふとめ
 春水満四沢
道の辺の桑の立木も沢水の中になりたり春の雪解
 示人
君臣品さだまりて動かざる神国といふことをまづ知れ
 首夏
若葉さすころはいづこのやま見ても何の木見ても麗しきかな
 さびしかりける日
ほしかるは語りあはるゝ友一人見べき山水たゞ一ところ
かたる友見べき山水一つづゝそれだにあらぬ此世此くに
 山本君の丹巌洞によばれて
つらなれる山見てすがる欄干に肝つぶさせて飛ぶ魚のおと
 里梅
風のうめ斜にふきてちりぞ入る藁うつ戸口牛吼る窓
里に入るすなはち匂ひかゞせつる梅に来にけり石はしの爪
 秋になりたる空ながめやりて
秋たつや先すみわたるこゝろには月もおくるゝ物とこそ見れ
 山家積年
杉菴すぎておもへば世の外の山の月日も短かゝりけり
山にてもなほうきものはいづこへと迷ふ心ももたえて幾とせ
歳あまた累りきつる軒の雲はれよかしとも今はおもはず
老の身のゆく末かけぬかけ作りよろぼひつゝも山に在へぬ
 竹久友
朝夕のまじはり深くしげゆく竹ならはばや重ぬらむ世も
 狛君の別墅二楽亭
広き水真砂のつらに見る庭のながめを曳て山も連なる
 早梅
ところせく香をもつ梅にせまられてあるにあらず年も成けむ
春をいぞぐ心さこそはうかれけめ花笠ぬひて梅くるひいづ
 田蛍
夜もなほほたるのかさを引く水のうへにあらそふ小田のつゞき哉
 池蓮
しづまれる華うごかして夕蛙はす咲く池をとびくゞるかな
 早梅
手かくれば匂ひ起しつおりたちて春といはれぬ梅には有とも
 静見華
木の本にもろ膝くみて苔むしろさくら見る日にしく物ぞなき
 閑対泉石
山たかみ雲吐く岩根ゆく水は翅ひたしに来る鳥もなし
 三丸殿のおもと人師子君、かねて歌みせなどし給へり
 し物から、いまだたいめせでありけるを、今日はじめて
 艸廬おどろかし今たび殿中のみつかへしぞきて、東に
 かへり給はんとのあらましなるよしつげ給へる、あふ
 とわかると、うれしさかなしさなにとも思ひまどはし
 くて
逢ふからにわかれを告て人をかくわびさせにくる心なになり
 府中の青木夏彦とぶらひたりけるに、なくなりし父翁
 のこといひいでゝ、袖うちしぼる、こぞの秋ばかり、此家
 にやどりをり、朝とくおき出たりけるに、隻鶴翁きて今
 おのがかたに、湯わきてはべり茶一つまゐらすべし、い
 で来給へとて、いとよくもてなされしことなどありけ
 るを、おもひいでゝ、おのれもともにうちなかれつゝ
窓のうちに我をよび入れ朝目よく木芽にやしてくれし君はも
問よれどわれをまつ風音もせず釜の上しろく塵たまりつゝ
 おのがすみかあまたゝび所うつりかへけれど、いづこ
 もいづこも家に井なきところのみにて、妻して水汲み
 はこばすることも、かきかぞふれば廿年あまりのとし
 をぞへにける、あはれ今はめもやうやう老にたれば、い
 つまでか、かくてあらすべきとて、貧しき中にもおもひ
 わづらはるゝあまり、からうじて井ほらせけるに、いと
 きよき水あふれ出づ、さくもてくみとらるべきばかり
 おほうあるぞいとうれしき、いつばかりなりけむ、し
 ほならであさなゆうなに汲む水も、からき世なりとぬ
 らす袖かなと、そゞろごといひけることのありしが、今
 はこのぬれける袖も、たちまちかわきぬべう思はるれ
 ば、この新しき井の号を袖干井とつけて
濡しこし妹が袖干の井の水の涌出るばかりうれしかりける
 紅葉勝華
花といへどほと/\まけもすらむかしそめてこがるゝ秋山のいろ
 世の中のありさま思ひなげかれて
せめておちし涙もいまは尽はてゝ空うちにらみから泣をする
 府中にものして貴志氏にやどりをりけるころ、佐々木
 久波紫主角鹿に物すとて、此里すぎられ、ことさらにお
 のれをとぶらはる、その夜こゝなるたれかれともろと
 もに、夜ふくるまで物語りしをりつゝわかれむとする時
中々におとづれをだにせでゆかば別れむうさも知らであらましを
 短册ばこに謌かきてとこはれて
いつはりのたくみをいふな誠だにさぐればうたはやすからむもの
 しきしばこにも
すゞり石きしらふ音を友にして謌かきつけつ今日も日ぐらし
 独楽吟
たのしみは艸のいほりの莚敷ひとりこゝろを静めをるとき
たのしみはすびつのもとにうち倒れゆすり起すも知らで寐し時
たのしみは珍しき書人にかり始め一ひらひろげたる時
たのしみは紙をひろげてとる筆の思ひの外に能くかけし時
たのしみは百日ひねれど成らぬ謌のふとおもしろく出きぬる時
たのしみは妻子むつまじくうちつどひ頭ならべて物をくふ時
たのしみは物をかゝせて善き値惜みげもなく人のくれし時
たのしみは空暖かにうち晴し春秋の日に出でありく時
たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無りし花咲ける見る時
たのしみは心にうかぶはかなごと思ひつゞけて煙艸すふとき
たのしみは意にかなふ山水のあたりしづかに見てありくとき
たのしみは尋常ならぬ書に画にうちひろげつゝ見もてゆく時
たのしみは常に見なれぬ鳥の来て軒遠からぬ樹に鳴しとき
たのしみはあき米櫃に米いでき今一月はよしといふとき
たのしみは物識人に稀にあひて古しへ今を語りあふとき
たのしみは門売りありく魚買て烹る鐺の香を鼻に嗅ぐ時
たのしみはまれに魚煮て児等皆がうましうましといひて食ふ時
たのしみはそゞろ読ゆく書の中に我とひとしき人をみし時
たのしみは雪ふるよさり酒の糟あぶりて食て火にあたる時
たのしみは書よみ倦るをりしもあれ声知る人の門たゝく時
たのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時
たのしみは世に解がたくする書の心をひとりさとり得し時
たのしみは炭さしすてゝおきし火の紅くなりきて湯の煮る時
たのしみは心をおかぬ友どちと笑ひかたりて腹をよるとき
たのしみは昼寝せしまに庭ぬらしふりたる雨をさめてしる時
たのしみは昼寝目さむる枕べにこと/\と湯の煮てある時
たのしみは湯わかし/\埋火を中にさし置て人とかたる時
たのしみはとぼしきまゝに人集め酒飲め物を食へといふ時
たのしみは客人えたる折しもあれ瓢に酒のありあへる時
たのしみは家内五人五たりが風だにひかでありあへる時
たのしみは機おりたてゝ新しきころもを縫て妻が着する時
たのしみは三人の児どもすく/\と大きくなれる姿みる時
たのしみは人も訪ひこず事もなく心をいれて書を見る時
たのしみは明日物くるといふ占を咲くともし火の花にみる時
たのしみはたのむをよびて門あけて物もて来つる使えし時
たのしみは木芽煮して大きなる饅頭を一つほゝばりしとき
たのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてゝ食せけるとき
たのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時
たのしみはいやなる人の来たりしが長くもをらでかへりけるとき
たのしみは田づらに行しわらは等が耒鍬とりて帰りくる時
たのしみは衾かづきて物がたりいひをるうちに寝入たるとき
たのしみはわらは墨するかたはらに筆の運び思ひをる時
たのしみは好き筆をえて先水にひたしねぶりて試るとき
たのしみは庭にうゑたる春秋の花のさかりにあへる時々
たのしみはほしかりし物銭ぶくろうちかたむけてかひえたるとき
たのしみは神の御国の民として神の教をふかくおもふとき
たのしみは戎夷よろこぶ世の中に皇国忘れぬ人を見るとき
たのしみは鈴屋大人の後に生れその御諭をうくる思ふ時
たのしみは数ある書を辛くしてうつし竟つゝとぢて見るとき
たのしみは野寺山里日をくらしやどれといはれやどりける時
たのしみは野山のさとに人遇て我を見しりてあるじするとき
たのしみはふと見てほしくおもふ物辛くはかりて手にいれしとき
 秋のころ賤嶽にのぼりて
血になりし昔おもへばなまぐさき色とぞ見なす秋の梢も
 旅にて
今朝見ればあかきもみぢに霜ふりて秋風さむし岨のかけ道
 養老瀑布見に物して、岩根に腰かけなどしつゝあたり
 を見めぐらすに、なべて人げんの世かいはなれたるや
 うにおぼえらる
こくたちし人かあらぬか岩ばしる滝よりおくにたきゞこるおと
 伊勢外宮にまうで頂根突きをりつゝ
一日だにくはではあられぬ御食たまふ御めぐみ思へば身毛いよだつ
 内宮にまうでゝ
おはしますかたじけなさを何事もしりてはいとど涙こぼるゝ
御ひかりを朝夕うくる御めぐみは身を粉にすともむくひえられじ
 山室山にのぼりて鈴屋先生の御墳拝みて
宿しめて風にしられぬ花を今も見つゝますらむやまむろの山
おくれても生れし我か同じ世にあらば履をもとらまし翁に
 みやこにのぼりてありけるころ、山紫水明処といふは
 なれやにやどりをりて
むらさきに匂へる山よ透とほる水の流れよ見あく時無き一
 山紫水明処に在ける程なりけり、大田垣蓮月尼の急注
 かしくれけるを誤りわりたりけるをわびて
ゆく水のゆきてかへりぬしわざをばいひてはくゆる鴨の川岸
 早鶯
呉竹の葉山がくれの枝うつり羽音ばかりはさせつうぐひす
 風光日々新
あらはして日々に入たつ春色をいつはらざりき梅やゝなぎは
 痩馬図
見るめなく脊梁すぼれる痩馬の鬣みだし秋かぜに鳴く
 逸馬図
溢るらむ力ほこりにみをやきて蹄蹴たつるつなぎうまかな
 洗馬図
馬あらふ西の厩の柳かげ落星みゝをうちふりて立つ



君来艸 第四集

 二月廿六日〔元治二年乙丑〕
 宰相君、御猟の御ついでおのが艸蘆に、ゆくりなく入ら
 せ給へる、ありがたしともいふはさらなり、たゞ夢のや
 うなるこゝちして、涙のみうちこぼれけるを、うれしさ
 のあまりせめて
賤夫も生るしるしの有て今日君来ましけり伏屋の中に
 其後御舘にまうのぼるべう、川崎致高主を御使として
 仰せごとありけれど、賤しき身のさるたふとき御まへ
 にまうでまつらむことの、せちにかしこく思ふ給へら
 るゝ旨きこえまつりてかく
花めきてしばし見ゆるもすゞな園田盧に咲けばなりけり
 かく聞えあげれゝば、かしこくもきこしめしわけさせ
 給ひ、仰せのむねゆるさせ給ひけるうへに、すゞな園
 田ぶせの庵に、さく花をしひてはをらじさもあらばあ
 れ、といふ御謌あそばし給ひたりけり、ゆほびかなる御
 心ばせのかたじけなさ、言にいひ出べうもあらねど、さ
 りとてむなしくやはとてたてまつれる
御めぐみの露をあまたに戴きてすゞろ色そふすゞな園かな
 華
師木島の大倭ごゝろをみよしのゝ花はをしへによりてさくかは
同日にいひならふべき品ひとつあやしきまでも無きさくら哉
うちつけに春の真心さきもらす花の姿のしどけなきかな
かひありと思はれぬるは世の中にさくら見くらす日数なりけり
 鈴屋先生の敷島の大和心のうたをかしづきをりつゝ、
 なほ漢土も大倭も道の大むねは、同じかるべう思ひま
 どへる人をさとす
山ざくらにほはぬ国のあればこそ大和心とことはりもすれ
 伊藤千邨主の三回忌に
語らひし人のふる声しのぶ山なくほとゝぎす聞くにつけても
 青松院君七十御賀に寄松祝をよま給ふによみて奉れる
脚曳のみ山の奥の松蘿千とせもかゝれ君がとしの緒
 四月廿四日、加賀国山中に湯あみに物して、大蔵屋仰道
 がもとになんやどりをりける、仰道あらたに家つくり
 ひろげゝるが、からうじて此ごろかうまでにはとゝの
 ひけるなりとて、新室の謌こひければ
槙ばしらふとしく建し家づくり手うちたゝきてほめたゝへ見る
人あまた来入りつどひて夜昼と千世よろづ代ににぎはゝむ家
 仰道こたびその国守よりほめられけるよしにてその
 謌こふまゝに
めしありて司のまへに出る日も地に手つかぬゆるしある民
 同じところにて、明がたに寐ざめて、広き板敷にひとり
 はひ出で空うち見やりつゝ
いつもかくしづまりてのみ在明の月の如くは世にすまゝほし
 小曾原西応寺やどりあひけるに、春のころむすめなく
 なりて悲しさやらんかたなうおぼゆるを、そのうたよ
 みてくれよといへるにあたへたる
垢づける小櫛見るにも少女子が黒髪すがた忘れかぬらん
 高瀬川といふところへ、川せうやうに、仰道にいざなは
 れ人々ともに行ける時
床に鳴くこほろぎ橋を横に見て酔倒れたる寐ごゝちのよさ
 人々酔くるへるまゝに、大き石ども力を出して抱きも
 たげ、川中へうち入てけうありげにするを見て
酔人の水にうちいるゝ石つぶてかひなきわざに臂を張る哉
 五月三日の朝出たゝんといひけるに、仰道空くらくな
 りぬ雨ふるべう思はる、明日にし給へ、今日はかへさじ
 といふ、とかく心まどひして、事はたさゞるあひだに時
 うつり、とゞまるともなくてとゞまりける、しばらくあ
 りて、空やう/\うちはれこよなきていけになりければ
浮雲のたちまよはるゝ心よりふらぬ雨いみするやどりかな
 人にあとらへられて此君亭といふことを
一日だに無るべしやと誉られしすがた見あぐる簷の旦暮
 関時雨
須臾とてせきの杉村よる陰もなほゆるしなくもる時雨哉
 雲雀
升りおりいつ事ゆくといふこともあら野のひばり春すぐすらむ
 鶴
紅藍の頂たかくしのべて巌上につるさけびをり
 芳賀真咲が江門へゆくに
太刀の緒にすがりこそせね雪霙ぬれむ旅路にやりたくはなし
 宰相君の都に上らせ給ひて帰り給へるころ、高雄山の
 なりとて、ちひさき折枝に紅葉の著たるを賜はりたり
 ける時
高雄山みねのもみぢの錦をばかづきぬといひて人に誇らむ
 菊
秋のきくおのづからなる花は見でうるさく人の作りなす哉
山路にも諂ひあれや菊のはな人目に媚て今はさくめる
人の手をうるさくからで吾秋を岩ねに尽す山辺のきく
 正月十五日〔慶応三年丁卯〕おのが家にて謌の会始め物しける
 に、青牛翁来たりてやんごとなき御懐紙とり出し、かつ
 いへらく
 宰相君の今日の会ゆかしがらせ給へるあまり、おのれ
 に行て、そのありさまを見てまゐり、つばらかに語りき
 かせよとの給へる仰せかうぶりけるよとしめさるゝ、
 げに此君のなにゝまれ御心ふかう物し給へる御本性
 なるに、深き御とのゝうちにのみおはしましつゝ、下ざ
 まのふるまひ近く見給はんやうの事ふつにあらざめ
 れば、人々よりつどひくつろぎざまに物する円居のさ
 まなど、御らんじほしう思さるらんかし、こゝをもて、今
 日の会のはじめをはりのさま謌によみつづり、青牛翁
 して御らんじさせそしける、かゝることばを、こゝとが
 ちに物したるなん、なか/\に御こゝろにもかなはん
 ことも多からんかとて、わざと畏まりもおかで戯れよ
 みにぞよみける
人麻呂の御像のまへに机すゑ燈かゝげ御酒そなへおく
設け題よみてもてくる謌どもを神の御前にならべもてゆく
さぐり題手にとるやがて頬杖をつきかゝりけり口たゝきやめ
こと/゛\く謌よみいでし顔を見てやをら晩食の折敷ならぶる
老し妻の飯匕とりて盛りたるを一口君にさゝげ見まほし
畳かず狸のものゝ広さにて客人膝をおしすりてをる
温めてたゞ一めぐりさする酒あかくなりたる顔つきを見ず
汁食とすゝめゝぐりてとぼしたる火もきえぬべく人突あたる
おのがわざと曙覧一人はひとみちに謌なほしをる手も動さで
夜更れば腹空しくやなりぬらむ物足らぬげに誰がかほも見ゆ
客人もあるじも身をぞ縮めをる下冷つよき狭き屋のうち
食ふ物はつくる寒さは強くなる小き火桶すがりあらそふ
よみ出し謌こと/゛\く取あつめ神の御まへにすゑて額づく
戸をあけて還る人々雪しろくたまれりといひてわび/\ぞ行
 南部広矛が筥舘へ旅立つに
白川の関より奥に入む旅野くれ山くれ日数あまたへむ
冬は火もこほるとさへにいふわたり還りおくるな霜ふらむころ
一足だに入れむさき/゛\島人を諭せ日嗣の畏かるゆゑ
 閨怨
火に弾く丸の音づれ懼々も吾背のゆくへ人に問るゝ
荒き波よる昼おもひさわがれつ水漬く屍に君やまじると
艸むさむ屍と思ひさだめけむ君ゆゑ消む露の身のはて
寐させむと泣児のこゝろとる歌も父は千里と声を曇らす
取て来む夷が首を肴にて背子に飲せむ待酒醸みつ
矛とりて君往しより年三とせ経れど櫛笥をあけし日はなし
 初午詣
稲荷坂見あぐる朱の大鳥居ゆり動して人のぼり来る
 春田雨
駆ふ牛の背にひたりつく雨の花はらはで明日もかけよ犂
 大野人布川正興やよひばかり訪らひく、その見せける
 白山百首の中なる謌によりて
ゆるぎけむ白嶺おろしにいさ/\と吹立られ君も来つらむ
 そのあくる日、こゝの桃花見に物すとて、今滋さそひて
 出ゆきける、おのれひとり家にのこりゐて
くれなゐの雪うちはらふ花の袖かへす/゛\もうらやまれける
 山口清香が別墅二足菴即景
川杙にふれてゆれあふ浪のせに羽をすりては小鳥群たつ
 ある時よめる
月艸のうつりやすかる心より本をうしなふ国人のさが
 某氏の別業に、よばれて行たりけり、主人は知らぬ人な
 りけり、河津君してこゝの山水のけしき見がてら、一た
 びきてえさせよといひおこされけるによりゆきたる
 なりけり、其あくる日河津君許より、きのふはいかにあ
 りけん、こゝちそこなはれなどはせざりしやなど、人し
 てとぶらはれけるかへりごとに
山里といへどうるさきことまじるたゞ吾廬を出ざるがよし
 松間鶯
曳し音の在所さぐりて見る松のしげみいとなくくゞる黄鳥
 連峰霞
芳野山高ねつゞきにたつかすみ洩れて青根の薄青く見ゆ
 ある時作る
利のみむさぼる国に正しかる日嗣のゆゑをしめしたらなむ
神国の神のをしへを千よろづの国にほどこせ神の国人
 閑夜冬月
霜のうへに冬木のかげをうす黒くうつしてふくる庭中の月
 夜氷
月かげをこほりの上にはしらせて沈みにしづむ夜はの川音
 海辺雪
松をのみしほたれさせて蜑少女ゆきに小櫛をとる朝けかな
 伊吹舎先生の書すて給へりし反古一ひら、今の先生よ
 りうけて持つたふるに、謌一つそへてくれよと、芳賀真
 咲がこひけるによりよみてあたへたる
これや此書看ふければ夜七夜も寐でありきとふ神の筆蹟
 聚蟻
庭潦天時をばしらではと鏖しにはありもこりけむ
微なる蟻も力を合すれば我に千重ます物をゆるがす
楯矛を伏て仇まつつはものゝ法に出くる土あなの蟻
地上に堕て朽ちけむ菓の●(「襄」+「瓜」)くろめて蟻のむらがる
群よびにひとつ奔ると見るが中に長々しくもつくる蟻みち
ものかげに穴はかならずよりてほる蟻は軍の法うまくえて
縦横に群ひく蟻のすみやかさ妙に軍の法を具へて
蟻と蟻うなづきあひて何か事ありげに奔る西へ東へ
雨の花ひとつこぼるゝ露の音にありたまりえぬ石上哉
 赤心報国
真荒男が朝廷思ひの忠実心眼を血に染て焼刃見澄す
国のため念ひ痩つる腸を筆にそむとて吾世ふかしつ
仇に向き●(ニクヅキ+「寛」)たゝきけむ古人にならひてこそ
は国に仕へめ
正宗の太刀の刃よりも国のためするどき筆の鉾揮みむ
国を思ひ寝られざる夜の霜の色月さす窓に見る剣かな
国汚す奴あらばと太刀抜て仇にもあらぬ壁に物いふ
松葉の夜おつるにも耳たてつ枝ならさゞる世とはおもへど
 ひとりごとに
幽世に入とも吾は現世に在とひとしく歌をよむのみ
歌よみて遊ぶ外なし吾はたゞ天にありとも地にありとも
 真宗寺刀自君、夫君に後れてのち小きいほ作りて独か
 きこもらるゝ、菴の名をおのれにつけてくれよとある
 により、合掌庵としたまへといひてついでに謌を
合すらむ手つきのさまも潔く壁さす月にながめらるらむ
 梯民也許にゆきけるに、むすめの琴とりて組といふも
 のことさらに弾てきかせければ
うつくしき声とはきゝつ山とめで水とほめけむ耳はもたねど
 久しくわづらひてありけるころ
おろかにてやみがちにする老人は世にあるもありと思はれなくに
 二月廿六日〔慶応元年丙寅〕今日は
 宰相君の去年伏屋に入らせ給へりし日なるをとて、こ
 とさらに、家ぬち掃ひきよめ
 御舘のかたはる/゛\拝みまつりなどせめて物しける時
あなかしこ思へば去年の今日なりき葎生わけて君の来ましゝ
 御簾中君の御母君の六十一の御賀のうたつかうまつ
 るべく仰せありけるにより読てたてまつる
少女さびかくて千かへり百かへりくり返しませとしの緒手巻
 なが月ばかり
 宰相君の東郷山にたけがりせさせ給ひ、御みづからと
 らせ給へりしたけあまた賜はらせける、いとありがた
 く戴きまつりて
秋の香をひろげたてつる松のかさいたゞきまつるもろ手さゝげて
 三丸殿のおもと人たちの大安寺にまうで給ひぬとて
 かの山の松たけあまたたまはりける、せうそこしてよ
 ろこびきこえけるついでに
秋ふくる西の山寺いかなりし岩がきもみぢそむるそめざる
秋のかをさとうちもらす家づとに君が山路のあそびをぞ思ふ
 野村恒見子多くもちたれど、皆むすめのみにて有ける
 を、今たび生れたりけるうひ孫なむ、めづらしう男児に
 ありけりといふをきゝて
君が家にまれに生るゝ男児の立つる産ごゑ勇ましきかな
 辻春生がはじめてみやこに物するに
語にのみ聞すぐしけむ都がた見まさりすらむ目をつくるより
 河野通雄が刀佩き氏名よぶことを、おほやけよりゆる
 されけるいはひに
許されて剣とり帯く民の長民はぐゝみにふるへ利ごゝろ
うけばりて世に氏の名をよぶことを許し給ひき河野氏の家
 おのが草蘆の中に潜みをりつゝ、心のうちに独娯しと
 思ふことの朝夕おのづからありけるを、をりをりそゞ
 ろによみうかびたる謌のつもれりけるを、青牛翁見て
 これ書つらねてくれよといはれけるにより。書てまゐ
 らせけることの有けるを翁
 宰相の御まへにもて出御らんぜさせられけるを、御
 意にやかなひたることのありけむ、此えせ謌のすがた
 にならはせ給ひ、畏くもよみ出給ひて、これ曙覧に見せ
 よとの給へりしよし、翁うけたまはりつたへ、御謌見た
 てまつることゝなりけるを、いたくかたじけなく、更に
 よみてまつれる
雀等がさへづりごとに大鳥の声あはせむと思ひかけきや
こゝろ狭き雀鷦鷯のさへづりをなに風吹て空につたへし
 そゞろによみいでたりける
人臭き世にはおかざる我こゝろすみかを問はゞ山のしら雲
梯たてゝいつかのぼらむ短山高山神のいますいほりに
人の目に見えぬ高山短山神のいほりを覘くよしもが
体といふ宅はなるれば天地と我の間の垣一重なし
天地の間に隔なき魂をしばらく体のつゝみをるなり
物皆を立つ雲霧と思へれば見る目嗅ぐ鼻幽世と同じ
幽顕一重の蝉の翼もさへず人の臭もたぬ吾まなこには
美豆山の青垣山の神樹葉の茂みが奥に吾魂こもる
嚴凝と神習ゆく斯吾魂いよゝます/\嚴凝してむ
 海浦妙泉寺日穂法師の、そのわたりにてとれる紫菜を
 手づからいとうつくしき物につくり出けるを、自らも
 てきてくれたりける見るに色にほひ麗しく味ひこよ
 なし、この紫菜てふのりの大王のやうにたふとびいふ
 める浅草のなどよりも、遥かに品あがりてさへなんあ
 る、はじめもらひけるほどに、これかれの人にわかちや
 りたるを、とりかへさまほしうさへ思ひなりぬるばか
 りなるもわりなきしうとなむ、日かずへてよろこびを
 便につけて
いぶかしや後の五百年すぎぬればかゝる妙なるのりさへにいづ
三世のこと知りとほるてふ仏すら説ざるのりを授く我等に
 内田君のもとより唐紙からの扇おくりたまはりけり、
 使のをの子に、此よろこびみづからゆきてきこえんと
 いひつかはしければ、またふりはへ使おこせて、さては
 中々に、そこをわづらはするなかだちとなり、大かたの
 世人めきてをかしからず、かならずくなといひおこせ
 られければ、ゆかでうたをもたせてやりたりけり、雨そ
 ぼふる日にてぞありける
のどかなる雨のおとづれ聞めでゝ出ぬことにはなしつ柴戸
 失題
何わざも吾国体にあひあはず痛く重みし物すべきなり
まのあたりたよりよげなる事がらも後に到りてさあらぬが多し
恐るべし末世かけて国体に兎毫ばかりも疵のこさじと
事により彼が善事もちふともこゝろさへにはうちかたぶくな
其わざを取用ふれば自ら心もそれにうつる恐れあり
目のまへの事いふならず禍の遺らむ末の世を思ふなり
潔き神国風けがさじとこゝろくだくか神国の人
 武士
尊かる天日嗣の広き道踏まで狭き道ゆくな物部
真心といはるべしやは真ごゝろも正しき道によらで尽さば
大綱と天日継を先とりてもろ/\の目を編む国と知れ
天皇に身もたな知らず真心をつくしまつるが吾国道



白蛇艸第五集

 咏剣
肝冷す腰の白蛇吾魂はうづみ鎮めつ山松の根に
 破研
山に在て磨りやぶりたる古硯奪むとにや雲窓に入る
破れたる硯いだきて窓囲む竹看る心誰にかたらむ
砕きつる吾腕臂なごりをば窪みに見する古研かな
●(オウヘン+「占」)瓦ひとつにこゝろいれて山買ふ銭を無したりけり
古硯ゆがみし石は吾たから値かたるな軒の山松
愚にも山を出しかな●(オウヘン+「占」)瓦硯嚢にいれてはる/゛\
松の露うけて墨する雲の洞硯といふも山の石くづ
 六鶴図
 啄食
しげりたつ葦原せばめ居し鶴のあさり所をかへて群たつ
 顧歩
たゝみつる羽の上つら見めぐらし砂に足さす浦の蘆多豆
 唳天
真名鶴の立つる一声鳴やみて後も響をのこす大空
 舞風
有かぎりひろげし翅あさ風にながしやりたる鶴いづこまで
 警露
寝つかれぬ鶴のこゝろを更る夜の松よりこぼす露に知るかな
 理毛
居すくみて上毛つくろふ浦の鶴沖つ荒浪うちも驚かず
 疎竹
ほそやかにもとあらけなく立つ竹の心にくゝもならびあふかな
 勝沢牛翁先生の老の坂路やう/\のぼれるにより、御
 つかへしぞかせ給はるべくあまたゝび申文たてまつ
 られけれど、なにのみさたもなくて年へにけるを、こた
 びといふこたび、ねがひの如く、ゆるし給はる、翁よろこ
 ばるゝこと限なし、此ごろ唐のがくもんする人たちに
 あつらへて、題淵明帰去来図といふことを詩に作らせ
 らる、その心ばへを謌もておのれは
こゝろみに松撫させて君を見ば画にある人に能こそは似め
 ある日辻春生が桃荘によばれて帰るさ、こゝちあしく
 息ぐるしくなりて、えあゆみがたくなり、今滋に背負れ 
 て橋こえけるが苦しさ猶やまで、背おはれても行きが
 たきにより、塩町なる東屋野梅が家に入て、一時ばかり
 息をやすめをり、からくしてすこしこゝちおちゐるや
 うにおぼえければ、今滋野梅二人の肩にかゝりて、喘ぎ
 /゛\つゝ家にかへり、人々にたすけられて寝どころに
 臥したりけり、その翌日の夜野梅ふりはへ来て、ふした
 る枕上にをりつゝ、近きころ翁のつねこゝちやすから
 ず物し給へりとは聞をれど、かくまでにおとろへ給へ
 りとは思はざりけるを、昨日のありさま見はべりての
 ちおどろかれ侍りき、そも/\かゝる身ほどにて、人
 がりよばれありき給はんやうの事あるべくもあらず、
 翁の病のやうをうかゞふに、腹のうちいといとうすく
 なりぬるものとみえたり、されば何よりも食物のほど
 過ざるやうにもはら心もちひ給ふべきなり、さる病の
 身にあるをも何とも思はず、人がりよばれてうまきも
 の、飽くまでくひ給はんやうの事し給へるは、翁の身に
 してあるべくもあらぬしわざといふべし、今よりおの
 が諫ごとにしたがひて、人がりゆき給はんことは更な
 り、家に在りても食ものゝ量をさだめ、人の許より贈り
 ものするなどありとも、みだりにはなくひ給ひそ、身を
 やしなひそこなひて、あたら命をなちゞめ給ひそとか
 へすがへすいひきかせける、この野梅はをさなき時よ
 りの友どちなれば、あだし人のやうにも思はで年ごろ
 かうねもごろに物しくるゝなりけり、頭かく/\今よ
 りはかならずぬしのいさめ言うちまもりて、食ひ物を
 はじめよろづ身の害ひとならんやうの事は、絶てすま
 じきなりと誓ごとたてゝ、其おのれをいたはりくるゝ
 心のうちを、よろこびつゝ、夜中まで両人物がたりしつ
 ゝをりける時
千代の坂のぼりはげまぜ諫ごとうけずは杖を打ふりてだに
 中根雪江君の許より鵜の肉と梅酒とたまはりけるよ
 ろこび
芹かてゝとくあつ物にしまつ鳥うまさえならず又とらせたべ
うめのみのいとすき人といはゞいへえならぬ味に酔ぞ狂へる
 今とし〔慶応三年丁卯六月廿六日〕つかさにめされて、今よりとしどし米
 賜はるべきおほせごとかうぶりけるとき
御めぐみの露いたゞかむ片葉だに具へぬものを杜の下草
我うへにかゝるあやしや民くさをうるひ洩さぬ露にはあらめど
 人の家にて、誰が筆のあとにか有らんしらず、蓮華かき
 たる絵を見てにはかにほしうなりて、譲りくるべくこ
 はまほしけれど、その家のものにてはなし、もち主を問け
 れば、つねうとき人にて、さることいひ出むも憚あり、と
 てもかくても高間山のみねの白雲と思ひわきまへむ
 より外にすべなし、物めでする心のわりなさは、我なが
 らせいしわびつゝたけきことゝは独うちうめきて
蓮華池のこゝろの知られねばおり立て香もかゞれざりけり
 日ごろへてこの謌を野梅にあひて、いひ聞かせけるこ
 とありしを、野梅こゝろにかけてつねしたしう物する
 近藤某にものゝついでに語りければ、近藤某さばかり
 のことならんには、おのれ身にうけて、此事はからひみ
 んとたのもしくいひけるにより、野梅もしさる事とゝ
 のへえさせ給はらんには、翁いかばかりかよろこぶら
 んといらへおきつゝ、やがておのれにかゝる手びきこ
 そ出きにけれ、彼人しかいふからんには拙からずはか
 らふべく思はる、まことによき人にあひたりけり、翁の
 のぞみ遂給はんをりきにけるなりといひて、笑ひをふ
 くむ、おのれ聞てみちびき出きにけるは、うれしきこと
 なり、さらばおのれ近藤主がりゆきて、なほよくこひす
 がらまほしきを、ぬしも来てたべとて、ふたりつれだち
 近藤某のもとに行つゝ、何はいはず、此画はやくおのが
 物にせまほしき事のみかへすがへすいひつゞけて
ゆるすべく華のあるじなかだちし我にえさせよ一もとのはす
 さて後、近藤氏のもとより、かの画からうじて、翁にえさ
 すべくたばかりおふせたりけり、今よそひあたらしう
 物し、筺などもとゝのへてまゐらせんといへば、しばら
 くまち給へといひおこせける、うれしさこよなきもの
 から、はやう見たさに、何ばかりなき日かずをまちどほ
 におぼえつゝ、また謌よみて近藤氏につかはす
待どほにさても有かな蓮花この世にしては見られざるらむ
はすの華もし手に入れで死もせば魂ゆきて君を責むらむ
 あり/\てかけ物おのがもとにきけり、うれしさいふ
 ばかりなし、かけものいりたるはこの蓋に筆さしぬら
 して
浮蓴くり返してもかへしても見まほしかりし蓮手にいりき
 四十谷村に知れる人ありけり、大安寺の山に遊び給へ
 おのが家を休みどころにし給へと、あまたゝびせうそ
 こす、長月ばかり、空になう晴わたれる日、子どもゐて出
 ゆく、東屋野梅をも誘ひけり、楢原の邨うちすぎけるに
 ある家よりゆくりなく声をかけて、野梅にいづこへか
 物し給ふといふ、野梅云々なりとつぐ、声かけし人、さる
 しばらくのやすみ処は、いづこにてもよからん、我家は
 此南どなりにぞあなる、物たらはでわびしからめどあ
 るじぶりもせじ、客人ぶりもし給はで、たゞ心やすから
 んことをむねとはして、我がり来給はすやといふ/\
 さきにたちいざなふなり、ひさごわり子うちひろげ、盞
 とりめぐらす、あるじ心かろきをの子にて、よろづかゆ
 きところ掻とかいふやうにものす、此ころ松たけさか
 りと生いづ、いでこのうしろの山にあないしはべらん、
 茸がり物し給へといふ、おのが山路のぼり苦しうする
 を見て、翁はかゝるところえあゆみ給はじ、やつがれ背
 おひまゐらせんとて、肩さしいだす、いと心ぐるしうは
 思ふものから、たゞいふにまかす、うばらの荊おそろし
 うからまりあへる道をも、心やすげにせおひありきて
 松たけのかさなり生いでたる谷々見す、すこし平らな
 る処もとめ出し、物しきて、おのれ一人すゑおき、皆木の
 根草むら見ありく、茸だにとりうれば、ただちにおのが
 すわりをるところにもちきあらそふ
採りととる草びら我に貢ぐとてはこびつゞくる膝うづむまで
 日くれかゝりければ、皆山くだりて帰路のあらましも
 のす、ありあふ紙とり出させて戯れうたを
羊腸ありともしらで人のせに負れて秋の山ぶみをしつ
 かくなん走り書にものす、あるじ●(「桑」+「頁」)臂口などに筆はさ
 みもし、くはへもして物かくいとよくかく、皆の者おも
 しろがりて頭をあつむ
とりなれし手もて書くすら思ふにはまかせぬ物を今のふるまひ  などほむるを、かたはらよりは、今めかしとやおもひみ
 るらんかし、かくしておのが家にをらざるほどに、上月
 景光君の来給ひて今は/\と待をられけんを、あまり
 におそなはりければ、わびて帰り給ひにけりと、おのが
 顔みるすなはち、妻がかたる、かきのこしおき給へりけ
 ん謌ふたつ、机上にある見れば、松のみをいづこの山
 に拾ふらん、又薬とりいくらか雲に入ぬらんなどあり、
 かへりごとを、あくる日せうそこもて のこしおき給
 へりしみうたどもかへりきて見はべり、足ずりしてく
 ちをしく思ふ給へりし、かく三たびまでいたづらにか
 へしまゐらせつることのあやにくさよ
君をのみまつの戸かくて出つるもさびしきまゝのしわざとを知れ
遠ありき病わするゝ薬とり山くだりきてきゝつ君来と
 いかで今日明日のほどに、いま一たびおどろかし給へ
 かならず、
 大安寺方丈のさいつころおのが楢原山にあそびける
 よしきゝ給ひて、楢はらの野鶴に、かの翁のさることあ
 りけんには、我山寺につれ来べきを、くちをしくもいた
 づらにかへしぬる物かな、いかで此ごろすぐさず今一
 たび山寺さしてふりはへ物すべくそゝのかせとせめ
 給へば、とく来てたべと野鶴いひおこせるにより、のど
 かなる日まちつけて、また野梅ゐて出ゆく、楢原邨にい
 たり野鶴おどろかす、野鶴薪とりに山にのぼりて在ら
 ざりけるを、わらはよびにはしりでたゞちに帰りく、お
 のが面見るすなはちその妻なるものに、此おきなの寺
 にものし給はんかぎりは、幾日にもあれ家にかへらで
 あるべければ、さおもひてよと一言いひ捨て、おのれに
 そひく、寺ちかくなりけるわたりにて
いつ来ても世はなれはてし此寺は門入るからにこゝち異にする
 こたびは寺のうちにても、一ころはるかに隔りてし
 つらひたる松雲院〔塔主とよふ〕にやどらすべしと、はじめより
 方丈のいひふくめおき給へりしなりとて、其かたへあ
 ないす、げにいとおくまりたる所にて、厨などへは廻廊
 つゞきにこそはあれ、道は一丁半ばかりも有べう思は
 れて、物しづかなることになき所になん、此なが/\し
 廓をこともなくうち奔りつゝ、往来して門はこびなど
 野鶴ひとりしてあるじす、さるは翁来ばそこ松雲院の
 あるじになりて、おきなの心にかなはんやうによろづ
 ものせよと、方丈のかねてうちまかせおき給へりしな
 りとぞ、夜になりて埋火かきひろげ、三人が物がたりし
 をるところのさうじあけて、ゆくりなく入くる人あり、
 顔よく見れば上月景光君なりけり、いかにしてかゝる
 ならんといぶかしさにしばしは物もえいはず
こだまもや君にへんげて来つるかと顔まもられつともしびのかげ
 こだまのへんげ人、いひけらく、我はたれかれとつれだ
 ちて、今朝こゝにきたり、ひねもすあそびて遊びつかれ
 やどりけるなるが、翁き給へりと方丈の告給へる聞と
 ひとしく、いまとぶらひにものしつるなりけり、処しも
 あれ、かやうなる山寺にて思ほえずかたみにやどりあ
 へるいかなるすくえんにかとて、かつあやしみかつよ
 ろこぶ、廻廊のかたよりしそくとりて入くる人のけは
 ひす、野鶴おどろおどろしき声たてゝ、方丈の来給へる
 なりといふ、やがてまとゐしをる中にうちまじり給ひ、
 今日はるばるものしつることをよろこび給ふ、こはか
 へさまなるわざものし給へるものかな、おのれ先みも
 とにいたりて、みせうそこつかうまつるべきなるをな
 どわびていふ、しばらくありてへんげ人も方丈もこゝ
 去り給へりけり、あくる日の朝山口清香とぶらひにく、
 此人も上月君らとひとつむれにてぞある、またとゞろ
 はしきおとして、孝顕寺方丈長谷部南邨君をはじめよ
 べ相やどりの客たち、一むれうちつれ来給ひ思ひもよ
 らぬところにてたいめすることかなとて、何くれ物が
 たりし給ふ
山寺のいはほの洞の相やどり一夜ぬれあふ衣手の露
 野鶴が今朝茶のはなの折枝りもとに、おほきなる松た
 けさしそへたる花瓶のあるを見て、おのも/\けうじ
 つゝおもしろがる
ゆくりなくかく来たりあひやどりあひかたりあふこともあればある物か
 夜中にめさめて戸あけ、あちこちながめわたす
あはれとはそよこの事ぞ杉むらにすきてほのめく在明の月
 まつ茸さかりと生いづるころなりければ、朝夕たけの盗
 みとりきて野鶴のもてなす
食ひあきてありつる物の味ひも煮さまによりて新しく食ふ
 方丈とうしろの山にのぼり、小亭に入りてよものけしきをみる
うちわたす野山の広さゆく水のながさ目にあく時なかるべし
 年ごろ御寺のすりつかうまつる匠なりとて、高屋村某
 出きて、物かきてくれよといへば書てとらす、此たくみ
 おのが里わたりにては、今よりのち鮭のうをおびたゞ
 しうよりくるを、大網もてとらふるなり、さかりなるこ
 ろはいとおもしろし、あないしはべらむ、かならず見に
 き給へとねもごろにいふ
網いれて大魚とるらん舟あそびまつとしきかば来む日頃へず
 方丈、人のもてきてまゐらせつるなりとて、松たけ一つ
 かきたるかみゑ取りいだして謌かけといはる、かほし
 かめつゝ筆とる
入相の鐘の音ひゞく杉むらの下道ふかくかをる秋の香
 このみてらに伝れる屏風、久隅守景のかきたる画、さい
 つ年も見けることはありけるが、今日またねもごろに
 看もてゆくに、大かたのところにて守景ぞ守景ぞとい
 ひて見するとはさらにやうかはりて、まことに魂いれ
 て物しけむ、筆のいきほひ見ゆなかにも、周茂叔の手に
 蓮華もちてあると、李太白の瀑布見て立るとの二図は、
 ことに抜出てしんにせまるとかいふべき画のにほひ
 なり
これやこの泥のごとくろがねの研すりたつ腕とぞいふべき
 かくて三日あそびをりて家路に杖を曳きたりき、今は
 三とせ四年もやすぎつらん、松井畊雪がもとにて書画
 どもあまた見わたしける中に、高島芙蓉のかきたる不
 尽山のゑ、めとどまりて、ほしく思ひけれど、かくともえ
 いはでやみにけるを、此ごろわづらひて何ごともたゞ
 物うくおもはるゝまにまに、夜ひる衾ひきかづきての
 み有ければ、心のうちいよゝ物さびしくなりもてゆき
 つゝ、はかなきことゞもいたづらに思ひめぐらさるゝ
 くせなんあやにくなるにつけ、ある夜ねざめにふと此
 ふじの画にはかに見まほしうなりけるにより、いとあ
 ぢきなくしひたるわざにはあれど、かの絵ゆづりくる
 べく夜あくるまちて、便りもとめ畊雪のもとに、其よし
 いひやりけるに、畊雪すみやかにうべなひて、人しても
 たせおこせたりけり、いひやりはやりつるものゝ、いか
 ゞかへりごとすらんと思ひわづらひてありけるほど
 なりければ、画とり出すとひとしく、病もなにもうちわ
 すれ、やがて壁にかけさせて、しばしは目もはなたでぞ
 ありし
痩肩をそびやかしてもほこるかな雲ゐる山を手に入れつとて
見し富士の画そらごとゝはなしはてぬ心の曇り去りぞ尽せる
 上月君の明日故郷にやどりける夜、この菴いとちい
 さきに松の黒木もて作りたる大きやかなる火桶つね
 すゑおけるを、今滋とふたりひをけのかたへにちゞま
 り寝る、狭きこといふばかりなし
七まきにひをけをまきて足だにものべえぬ庵に龍うちねふる
 かくて夜すがらいをねかぬれば、をり/\頭もたげて
 窓の外うち見などす
更科やをばすて山にまさる月なぐさめたりき夜はのねざめを
 秋の七夜を一夜になしけむばかりおぼえられし夜も
 からうじてしらみければ、両人ともに起あがりけるに、
 朝食しつらひてもてく、此庵年ふりたる庭中にわざと
 木どもしげらひたるかげによりてあやしくことそぎ
 て作りなしたれば、おのづから遠き山中やどりたる
 やうなるこゝちせられて、いとけうありておぼゆるに、
 あるじの君こゝろしらひして、食ひものゝしかたをは
 じめ、何くれのうつは物ども駅路おもはせたるありさ
 まに、こしらへたてられたりければ、いとゞ旅ごゝちそ
 はりて、わが国のさかひはなれざるところのやうには
 思はれず
こゝにして岐蘇の山路の旅ごゝちあぢはゝるゝも命なりけり
 あるじの君、初ゆきにはかならずこゝにものして、朝の
 けしき見給へといはる
我ためのあすの故さと今一夜寝ての朝けの雲を見に来む



福寿艸

 今滋近きわたりなる友どちの許に行ける帰るさ福
 寿草の有けるを買て、おのれに家づとにせむとてもて
 かへり、机上にすゑてこれ見給へといひける時
正月立つすなはち花のさきはひを受て今歳も笑ひあふ宿
 去年の暮ばかり三丸の殿のおもと人たちより、被風と
 いふ物たまはりけり、不知火の筑紫の綿かあらぬか、ふ
 くれたるさま身につくれば、いまだ着ぬ人さへあたゝ
 かに見ゆらんとおぼしく、今は冬しらぬ翁となりつる
 ぞなどいひほこらるゝうれしきたま物を、かへす/゛\
 うちいたゞきて
雪といふものは見すれど寒からぬあやしき冬に逢にけるかな
 同じ殿の内の今一かたのおもと人たちよりも、かくさ
 まなるものたまはらす、今より後いかなる夜さむにも
 まくることあらじと、たま物着かさねたる肩うち層や
 かして
かくばかり針目細かに縫し衣いかなるかぜも吹はとほさじ
 梅風
とがめざるかをりに心ゆるびして花をあらすな梅の夜あらし
 梅畑
匂ひあるけぶりを曳て梅の花よそめあやしき曇りをぞもつ
 嗅梅
焚物の立きれつきて一にほひ嗅する窓の夕ぐれのうめ
 倦繍図
縫ものゝあやに倦けむ手を頬にあてゝ蔀による少女かな
 倦書図
うみつゝもあだし物には手もゆかでそれとさだめぬ書を見ちらす
 雪羅漢
功徳つく事とや思ひ立すくみあだしものには雪もまろめず
窓高く積ことしらで雪仏崩れやすかるわざにおりたつ
 冬夜月
たゝなはる雪の八重山月いでゝ昼はづかしき空となりつゝ
 古寺松
法師のさばかりこそは痩つらめ軒の山松ふとらさんとて
行ひの員に箒をとるわざもいれてきよむる古でらの松
 大御政古き大御世のすがたに立かへりゆくべき御い
 きほひと成ぬるを、賤夫の何わきまへぬ物からいさま
 しう思ひまつりて
百千歳との曇りのみしつる空きよく晴ゆく時片まけぬ
あたらしくなる天地を思ひきや、吾目昧うちに見んとは
古書のかつ/゛\物をいひ出る御世をつぶやく死眼人
廃れつる古書どもゝ動きいでゝ御世あらためつ時のゆければ
 湊河なる楠正成朝臣の墓石の文字を摺りとりたるを
 つたへ受てもてる人のある、をり/\見かく、天地をつ
 らぬくかの朝臣の忠ごゝろは、年月ふるまゝにひかり
 そはりてやんごとなき物なるより、心あるこゝろ無き
 わかちなく、此摺もじをたふとみまつるならはしとな
 りにたる、さはいへど、人々たくはへもたる大和心の芽
 かつ/゛\はり出る春や来にけんと、年ごろしかめられ
 し眉根すこしはうちのばされて
年々に御墓の文字をすりふやし写しひろむる君の真心
 ある時
友ほしく何おもひけむ謌といひ書といふ友ある我にして
草菴さひづりめぐる朝すゞめ寝みゝに聞て時うつすかな
ひよりぞと思ひて出れば風さむし全く好き日は日にも得がたし
私の無き空にすら全くよき日は乏きを人はいはんや
 頼山陽
外史朝廷おもひにますらをゝ励せたりし功績おほかり
 慶応四年春浪華に
 行幸あるに吾
 宰相君御供仕給へる御とも仕まつりに、上月景光主の
 めされてはる/゛\のぼりけるうまのはなむけに
天皇の御さきつかへて多豆がねののどかにすらん難波津に行
すめらぎの稀の行幸御供する君のさきはひ我もよろこぶ
 評梅
檜垣ごしこぞめの梅とおぼしくて匂ふ枝つき見あげられける
 雪谷早行
明わたる谷間を見れば踏来つる雪おそろしや木の根岩角
 天使のはろ/゛\下り給へりける、あやしきしはふるひ
 人どもあつまりゐる中にうちまじりつゝ御けしきを
 がみ見まつる
隠士も市の大路に匍匐ならびをろがみ奉る雲の上人
天皇の大御使と聞くからにはるかにをがむ膝をり伏せて
 退筆
人に毛を●(「齒」+「乞」)つくされし圓頂ころばかされて塵中にをり
 雪弥勒
一夜だに身をたもたれぬ雪仏其曉に逢むと念ふな
 島田氏の理亮庵尼の七十賀
花がたみ目ならびあへる孫曾孫々々の曾孫産むも見るらむ
 五月節句日伊藤政近君許より独活くれける、遠き山里
 よりえけるなりとて、味ひよく質の柔らかなること類
 なし、此わたりにてはこのごろ無ものなればこよなう
 ゝれしく思ひて
うとまれぬ匂ひ味ひ心をばひかれつ今日のあやめよりけに
 蛍来窓
窓に入る雨夜のほたるしめ/゛\と照りて簾をおりのぼりする
 庭落花
花の塵箒の末にかけまくも畏き風のちらしぶりかな
 紙漉
家々に谷川引て水湛へ歌うたひつゝ少女紙すく
水に手を冬も打ひたし漉きたてゝ紙の白雲窓高く積む
紙買に来る人おほしさねかづら這まとはれる垣をしるべに
居ならびて紙漉くをとめ見ほしがり垣間見するは里の男子か
黄昏に咲く花の色も紙を干す板のしろさにまけて見えつゝ
鳴たつる蝉にまじりて草たゝく音きかするや紙すきの小屋
流れくる岩間の水に浸しおきて打敲く草の紙になるとぞ
 豆腐歌
酸くもあらず辛くもあらぬ味ひを一かどもてる豆のしるかな
淡しかる味にかどもつ豆のしる高きいやしき品にまじはる
 田谷邨なる桜屋といふ茶店の壁にかいつく
弱草に杖を曳ては来べきなり後山にさくらあるいへ
 四十谷邨安達氏席上
白山の雪に鳴鹿の川音に貯へもてる富びとのいへ
 松雲院にやどりをりて今は出たゝむとする時
松に雲かゝるけしきを寝つゝ見て十日あまりの日を過ごしけり
 此御寺の山つゞきに、鶴巣つくれりけるを、いかゞした
 りけん、雛ひとつ羽がひに疵つけられたりけるがあり
 しを方丈いたはりてとかく養ひたてられければ、日数
 へて疵癒たりけらし、雛鶴こゝ去りてもとの巣にかへ
 りけるを、をり/\は方丈の山のあたりにかけりくと
 法しがらの物がたりするを聞て
疵いえしつばさを君に見せむとて大空たかく舞は入にけむ
 楢原邨貴蔵、山に入て、何くれと木どもとりきて、杖つく
 りけるを、五本さへもてきてくれける、いづれもおもし
 ろきつくりざまにて心しらひけるほど思ひやらる、
 貴蔵がたのもしき心よりいひ聞せけることばを其ま
 ゝ謌にいひつゞけ物す
一つ杖千とせつき経てまた一つ五つ千とせをも続てつけかし
 病にわづらひける時
死るやまひ薬のまじと思へるをうるさく人のくすり飲めといふ
死ぬべしと思ひさだめし吾やまひ医師くるしめ何にかはせん
死ぬべかる病を癒す医師の今も世にありや吾は見およばず
死ぬる命とりかへさるるくすり師は世はひろけれど有べく思はず
 宮北君の御許より鯉たまはりけるよろこびに
旅にある君を朝夕こひといふ魚やたまへる我こゝろしり
鯉をしもたまはりたりし正月立つあすのはがため外にもとむな
 示人
天皇は神にしますぞ天皇の勅としいはゞかしこみまつれ
太刀佩くは何の為ぞも天皇の勅のさきを畏むため
天下清く払ひて上古の御まつりごとに復るよろこべ
物部のおもておこしと勇みたち錦の旗をいたゞきてゆけ
 狛逸也君の其御名の心ばへを、謌によみてくれよとの
 給へるによりよめる
剣太刀壁によせおきて胯長にいねつゝ高き嚊かくらむ
 五月廿八日より病床にありけるまゝに、野山のけしき
 も見がたく臥してのみありけるにより、つれづれなぐ
 さむため大きなるうつはものに、水いれ小き魚放ちお
 きて朝夕うちながむ
湛へつる器の水に鰭ふらせ海川見ざる目をよろこばす
顔のうへに水はじかせて飛ぶ魚を見かへるだにも眉たゆきなり
窓月浮べる水に魚踊るわが枕辺の広沢の池
ひれはねて小き魚のとぶ音に寝るともなくて寝る目あけらる
 佐々木久波紫が
 大御軍人に召れて越後路に下れる馬のはなむけに
負気なく勅に背く奴等を罸め尽して帰れ日を経ず
 同じ時また芳賀真咲に
大皇の勅に背く奴等の首引抜て八つもてかへれ
 吉田重郎主に
大皇の勅頭に戴きし功績あらはせ戦ひの場
 伊蔵政近主に
朝日影かゞやきあはむ御旗をば戴き奉り太刀取り進め
 小木捨九郎主に
大皇の醜の御楯といふ物は如此る物ぞと進め真前に
 岩佐十助主に
さしつたる錦の旗の下に立つ身をよろこびて太刀とりかざせ
 同じ時野村恒見に
愚にもまどへるものか大勅たゞ一道にいたゞきはせで
勅にそむくそむかず正し見て罪の有無うたがひはらせ
 伊藤某、仲右衛門
大皇に背ける者は天地にいれざる罪ぞ打て粉にせよ
 山内某、佐左衛門
大皇の勅頭にいたゞきてふるはん太刀による仇あらめや




附録
藁屋詠艸
花廼佐久等


藁屋詠艸
 天保十四年六月十一日
 大殿の初御国入の御装ひを見奉りてよめる歌
科坂在、高志の国の、道口、しろしめすなる、かしこき殿の命、呉竹の、御代の始ゆ、東の、遠朝廷の、御許へに、仕へましつゝ、知給ふ、国にはまさず、六年ちふ、年を経ぬれば、御国内の、民等尽、何時しかも,致り坐むと、泣子成、慕ひうらぶれ、天都水、うち仰ぎつゝ、待わびし、かひこそ有けれ、王匣、二荒山に、一度は、詣坐むと、朝鳥の、思立して、東照神命の、常盤に鎮います其宮に、御幣取向け、速けく、事竟まして、嶺聳え、岩根凝しき、筥根山、平にいこえ、瀬を速み、滝ち流るゝ、大井川、安らに渡り、百伝、五十の駅路、つゝみなく、い行足はし、六月の、今日の足日に、福井の、御城へ入らすと、御尾前の御供あともひ、右左、分ち備へて、物部の八十の臣等、鉾高く、靱取負て、行雁の引連なみ、春花の、尊き君は、三栗の中央に立たし、鳥玉の、黒き御馬に、ゆくらかに、騎らし給へば、樛木の、弥継々に、司々、馬打なべて、御しりへに、仕へ奉らす、政事、取持す、玉垂の、岡部君は、治れる、国のかためと、弥はてに、たゝし給ひ、玉鉾の、道の長手を、たもとほり、い行わたらし華細、桜名に負ふ、御門より、打過給ひ、内重をさして入坐す、今日の此、御よそひ見むと、天都空、仰ぎまつると、空かぞふ、大道の端に、真山成、聚へる人等、何時しかと、うらぶれ侍し、吾君を、迎へ奉りて、庭雀、躍あがり、御世はしも、常盤堅盤に、御齢は、万世ませと、おふな/\、言ほぎまつる、其声の、高き響は、風のむた、天に到れり、味凝の、あやに畏き、吾君の、御代の始と、仰く御民等、
 師翁の御許に飛騨国に物学にまゐでゝよめる
八束足、々穂の秋の、長秋の、田中の大人は、神代の、道の奥所も、石上、ふりにし御世の、古言の、事の意も、味稲の、うまく得まして、霊尅、今の現に、松枝の、栄えいますと、風音の、遠音に聞て、秋田の、穂向の依れる、片依に、心を寄て、真名柱、学の親と、天水、仰ぎ奉りて、大船の、頼まむものと、村肝の、心は思へど、飛騨人の、打墨縄の、速けく、往てもとはず、王匣、二年三年、黄葉の、年を過来て、剣太刀、腰に取佩、丈夫の、黙や有べき、如此のみに、止む可きかはと、朝霧の、思立つゝ、雲井行、初雁金と、一連に、我家を出て、穴馬道の、畏き道を、岩根ふみ、●(キヘン+(クサカンムリ+耆))押靡、露霜に、ぬれそぼちつゝ、百詩年、美濃を過て、八重山の、阪路踏なづみ、薦枕、高山の里に、草枕、やどり定て、大人のます、荏名の御神の、宮のへの、千種園にはろ/゛\に、い行いたりて、牡鹿成、膝折伏、鵜自物頚根突ぬき、奥手田の、をくれし我と、めぐみまし、あなゝひまして、教子の、列につらなへ、解喩し、教へまさねと、賤男が、仮菴の菴に、引板の、只ひたすらに、乞のみまつる、
 反哥
年まねく、慕奉し、我大人乎、正目に見つる、今日のたふとさ、
 師翁のみまかり給けるを悲しみてよめる
拆鈴の、五十鈴の、須受の、鈴屋大人命の、教子の有の限りは、白玉の、五百箇つどひの、かぞへも、あへぬが中に、若艸の、殊に摘出て、誰彼と、言べかりける、兄弟の、其一人ぞと、学子の、兄とさしたる、春辺咲、藤垣内の、本居の其翁しも、おむかしみ、称ましける、そこをしも、綾に尊み、そこをしも、綾にゆかしみ、真名柱、学の父と、璞の、此年頃を、泣子なす、慕ひ奉りて、うるはしみ、思へる物を、白玉の、五百箇つどひの、緒絶して、はなれしがごと、現身の、此世さかりて、紅葉の、過給ひぬと、千種園、荏名の御家を、受継す、正訓ゆ申、玉鉾の、父の便に、書しめし、告おこせるを、見驚き、走いすゝき、禾保鳥の、歎き息衝、白玉は、緒だえしぬとも、散乱れ、はふれたりとも、掻寄て、結びもしてむを、取拾ひ、貫もせましを、水泡成、消失ましゝ、愛きやし、大人命は須臾だに、止めまつらむ、すべをだに、知えがてねば、ゑ悲しゑ、あやに悲しゑ、村肝の、心さまよひ、庭たづみ、涙塞あえず、
 中根君の、殿の従駕にて、江戸におもむき給ひけるに、途のほどに
 て、重くわづらひ給けるを、からうじて、おこたり給ひ、終に平にて
 帰り給へりけるを、嬉しみてよめる、
級坂在、高志国は、山高み、河とほじろく、物ごとに、足へる国と、人多に、満てはあれど、三枝の、中根君伊、橿実の、独抜出て、石上、ふりにし御代の、古言の、道の意乎、真つぶさに、見し明らめ虚蝉の、世人皆乎、味村の、いざなひ立て、倭文手纒、数にもあらぬ、已乎し、はふらしまさず、水鳥の教へ導き、愛しみ恵ませれば、畏けど、睦び語らひ、●(クサカンムリ+「解」)蔓、弥常しくに、木綿花の、栄えてませと、大船の、思ひ頼むを、烏玉の、夜昼をいはず、仕へます、殿命の、知々の実の、御人命、乎しねかる、田安殿の、御心ちの、平生ならず、御病のあつしくますと、玉鉾の御使しげく、御容体、告まをせれば、 殿命、聞驚かし、五月闇、雨の降夜に、御廐の、御馬引出、鞍をだにおくま遅しと、手綱をら、い取まとはし、御自、御病問に、さしはへて、出たゝせれば、御供をし仕へ奉ると、剣太刀、腰に取佩、狛剣、我おくれじと、雄建びて、い往ましゝを、横風の覆きぬれば、草枕、旅のやどりに、打靡き、床に臥伏、御体も、漸におとろへ、悩つゝ、君はましぬと、風の音の、ほのかに聞て、立らくの、手着もしらに、居らくの、おくがもしらず、所射しか、心乎痛み、反側、足ずり叫び、歎けども、せむすべをなみ、足羽山、神社の、大前に、額衝拝み、平手うち、祈まをさく、鳥が鳴、我妻に在て、其君の、御許不離、朝の守、夕の守の、殿人と、仕ふる君の、黏鳥の、かゝる憂瀬に、沈めるを、神もはなはだ、憐愍て、悩める病、速けく、怠まして、余波なく、平にまさせ、飛鳥の、早も国へにつゝみなく、還りますべく、神議、幸ひ申さねと、頓道に、祷しかひか、みもひだに、まみほりがてに、痛けくの、日にけに益り、霊剋、御命すらも、露霜の消かもしなむと、うつたへに、思わびつる、御病の、跡なく癒て、健よかに、おいしなりつゝ、月日も、幾日も、あらぬに、績麻成、長き旅路を、事なくて、帰らす君を、山多所の、迎へ奉れば、岩床と、閉し氷の、冬木もり、春かたまけて、余波なく、融ゆくがごと、奴要鳥の、うらなけしつゝ、さまよひて、心も今は、舒にぞなりぬる、
 笠原氏天馬石歌
村肝乃。心爾染弖。何事毛。思有許登者。於見物。其所偲。於聞物。其所念。刺弖行。笠原兄之。祖思乃。情之深伎。栲衾。白嶺二登理。角障経。岩根伝。手草取。伊行椅丹毛。草枕。旅ノ空爾毛。家在。父者不忘。其父乃。心佐賀止。愛三。平生丹米豆奈流。味凝之。綾有石乎。橿ノ実乃一見山上有山天。谷隅乃。畏起路耳。焼塩之。辛目見乍。拾得而。委曲看者。烏玉之。蚊黒物乃。真雪成。白文有。其文波。春野二求食、若駒廼。嘶立如。鬣尾副具理。千理行。勢序在留。此是。父乃愛末寸。浪雪乃。美石持行而。父爾献武。率往弖。父邇令観止。玉匣。彼所二思弖。飛鳥之。翔還天。其父耳。捧時。父命。膝爾掻挙。懽母。取来去多理。●(リッシンベン+「可」)怜裳。
令看鶴鴨登。柔和爾。咲有面輪乎。十六自物。伊波比拝。鏡成。見奉心。何如許。
娯有許無。貴迦理剣。
物賞廻。意引多弖。見坐遠止。馬盤須恵剣。父之三前邇
雨風爾。雖遇終身。不移。変性奈羅敝登夜。石波奉礼留。
 安政二乙卯年十二月

 詠太刀
物部乃。盆荒男児之。射向。仇禦兼。取佩●(「抵」の右側)。身越婆不離。兵器者。多二雖有。鍛火等之。斎屋乎立。坂樹挿。注連引延而。忌隠。鎚伊振立。手心裳。
●(リッシンベン+「告」)許打平。針安気初武。十握之。霊剣伊。氷成。焼刃乃利左波。青淵耳。潜蛟乎。両段二。切屠母。戎国廼。埜丹臥虎越。全剥耳。取来事母。容易。有良無物序。鐔丹者。黄金鏤女。目貫二波。白銀賁理。珠纒乃。鞘袁長羅丹。紅糸之。組緒垂手。宜那辺。製有太刀。真細。装有剣者。孰宇真人乃。御佩刀在耶。
執術之。鈍有丹波。目炎曜。金造之。太刀毛何将為。
其道爾。意籠●(「抵」の右側)与。剣太刀。利毛鈍母。術二依許曾。
 乞雨歌
志出田長。来啼渡有。乞時越。不令過母能止。賤之伴。誘立手毛須麻二。苗取時之。五月雨。降有登見斯由。天伝。旱畏玖。水無月母。一月経去而。文月立。秋盤来去連杼。香切火之。一日裳不落。頓照爾。照通有連婆。大地母。散爾裂介。青淵毛。底露連奴。况乎母。小田言小田波。乾沽●(「田」+「比」)弖。潤絶去。作有流。蒼生能産業。加青荷。生靡弖。栄多留。稲葉尽。与礼萎。倒奈牟謂。惶哉。天日嗣乃。日御子之。朝夕能。長御食之。遠御食止。御調来。御調司。人艸之。食可活。田津物。奥津御年袁。一束毛。刈者不収。穂立陀二。不見耶成去婆。御貢二波。何乎奉武。父母波。飢加母死牟。妻子共者。養育不得止。爾保鳥乃。歎息衝、大空越。和謝止波仰岐。天津水。待序詫那流。如此計。憂瀬爾沈牟。天下。人艸乃上越。八百万。神者悲止母。思本之多良受。天雲能。与曾耳打捨弖、奈何有加。一滴陀毛雨波給良怒。
 短哥
今幾日。雨不降者。稲茎毛。世人草母。枯萎武。
天都水。明日止波不謂。大御田之。潤行辺久。今令賜祢。
 右嘉永六年巳丑六月廿六円詠之也翌廿七日昧爽沐浴詣足羽神社叩頭
 於階下而登高声誦之三
 早鶯
狛剣。吾家於梅。巣立羊蹄而。遷鶯。最末枝之。花坐枯石。下枝之。花経尾乳等寸。井香浪洲、播名裳不厭。踏散。半難文不懷。舌陀美天。鳴囀。雲蜂音声遠吉三。
 相聞
玉鉾三千廻行相爾。視四●(「女」+「麗」)之。家路問伐。七重山道有云。八追馬乃。渡人石有謂。山七遍。彼所爾蟻砥母、済八十。蘇胡人在友。悩無。今従将通。嬬之小里耳。
みさごとぶ、洲にをる船の、夕塩に、うきてたゞよふ、我こゝち、しづめぞかぬる、我おもひ、のどめぞかぬる、しづめえぬ、此我こゝろ、のどめえぬ此我思ひ、のどめも、しづめもえず、妹にあふまでは、
さにづらふ、妹が姿を、見ずひさに、ありがてぬれば、しのびあまり、我くる里に、なげきあまり、我たつ門に、青柳は、風になびけど、妹は出あはず。玉ぼこの、道行ふりに、思はずも、相見し嬬、里人の、ことはよすとも、人言はこちたかりとも、あら垣の、よそにのみ見て、しばらくも、ありがてぬれば、時のまも、過しかぬれば、ゆきてぞあはな、
 咏花
あしびきの、山とふ山に、白雪の、ふりやつもれる、白雲の、たちやまどへる、ふりつもる、その雪のごと、立まどふ、その雲のごと、隅もおちず、さくら花さく、春山ともし、
 送河津祐淳主従行
 大将軍上洛為外衛吾国君向京師
天登与武。朝廷拝美。地由須流。御出立乃。外護衛。都加辺奉良須。吾君乃。従駕豆加辺。能仕辺麻世
 奉拝 姫君御葬悲作歌 〔安姫君彩雲殿〕
往能煩流。水波不有遠。燃久陀流。火波阿良自遠。如何迦毛。事乃逆由久。稚伎。姫命乃。白拷爾。御輿与曾比。青山爾。岩隠麻須。出麻志遠。老之身爾斯而。拝牟宇礼多佐。
 反歌
五月雨乃。雲居布当我流。許々知斯天。逝去君乎、歎久此碁呂。



花廼佐久等
万葉一
たわやめの袖ふきかへす明日香風都を遠みいたづらに吹

蘆辺ゆく鴨の羽がひに霜ふりてさむき夕は大和し思ほゆ

吾背子を大和へやるとさよふけて曉露にわがたちぬれし

あし引の山のしづくに妹まつと我立ぬれぬ山のしづくに

秋野の尾花さかふきやどれりし兎道の都の仮菴し思ほゆ
同二
橘の蔭ふむ道のやちまたに物をぞおもふいもに逢はずて

東人の荷前の箱の緒にも妹が心にのりにけるかも
同三
大宮のうちまで聞ゆ網引すとあごとゝのふる蜑のよび声

苦しくも降くる雨か三和崎佐野のわたりに家も有なくに
万葉
志賀の蜑は和布刈塩焼いとまなみ匣の小櫛取も見なくに
同三
此所にして家やも何処白雲の棚びく山をこえて来にけり

奥山の菅葉しぬぎ降雪のけなばをしけむあめなふりこそ

佐保すぎて寧楽の手向におく幣は妹をめかれず相見しめとぞ

青丹吉奈良のみやこは開く花の匂ふが如く今さかりなり

縄浦に塩やく烟夕されば行すぎかねてやまにたなびく

高くらの三笠の山に鳴く鳥のやめば継るゝ恋もするかな

妹として二人つくりし吾宿は木高く茂くなりにけるかな

何処にか我はやどらむ高島やかち野の原に此日くれなば

芳野なる夏箕川の川よどに鴨ぞなくなるやまかげにして

君まつと我がこひをれば吾やどの簾うごかし秋の風ふく
万葉四上
神風の伊勢の浜荻をり伏せて旅寐やすらむあらき浜辺に

雨さはりつねする君は久方の昨日の雨にこりにけむかも

久かたの雨も降らぬか雨づゝみ君にたぐひて此日暮さむ
同四下
むし衾なごやが下にふしたれど妹とし寝ねば肌し寒しも

鴨とりのあそぶ此池に木葉おちて浮べる心我思はなくに

山跡へに君がたつ日の近づけば野に立鹿もどよみてぞ鳴
同四下
皆人をねよとの鐘はうつなれど君をし思へば寐がてぬかも

石上ふるとも雨にさはらめや妹に進むといひてしものを

夕やみは道たづ/\し月まちていませ吾背子其まにも見む

千鳥なく佐保の川門の清き瀬に馬打わたしいつか通はむ

久かたの雨のふる日を唯一人山辺に居ればいぶせかりけり
万葉四下
恋艸を力車に七草つみてもあまるわがこゝろがな

一重山かさなるものを月よゝみ門に出立ち妹が待つらむ
同上
春さればこぬれがくりて鶯ぞ鳴ていぬなる梅がしづ枝に

春野にきり立わたり降る雪と人の見るまで梅のはなちる

玉島のこの川上に家はあれど君をやさしみ顕さずありき
同五
天離鄙に五とせすまひつゝみやこの手振わすらえにけり

若浦に潮みち来ればかたをなみ蘆辺をさして鶴鳴わたる

須磨の蜑の塩焼衣のなれなばか一日も君を忘れておもはむ

立かはり故き京となりぬれば道の芝艸ながく生ひにけり
同七
霜ぐもりすとにかあらむ久方の夜渡る月の見えぬ思へば

あなし河々浪たちぬ巻目のゆづきがたけに雲居たつらし

黒玉の夜さり来れば巻目の川おと高しあらしかもとき

大きみの三笠の山のおびにせる細たに川の音のさやけさ

泊瀬川ながるゝ水尾の瀬をはやみ井出こす浪の音の亮さ
同七
志長鳥居名野を来れば有馬山夕ぎりたちぬ宿はなくして

夏麻ひく海上潟のおきつ洲に鳥はすだけど君は音もせず

玉垂の小簾の間とほり一人居て見るしるしなき夕月夜鴨

暁と夜鴉なけど此みねのこず枝のうへはいまだしづけし

河津なく神南川にかげみえて今やさくらむ山ぶきのはな

山振の開たる野辺のつぼすみれこの春雨にさかりなりけり

斐陀人の真木ながすとふ丹生の川言は通へど舟は通はぬ

志賀の海人の塩やく煙風をいたみ立はのぼらず山に棚引
万葉
今年ゆく新さき守の麻衣肩のまよひはたれかとり見む

石ばしる垂水のうヘの早蕨の萌出る春になりにけるかも
同七
春野にあさる雉子の妻ごひにおのがありかを人に知れつゝ
同九
夕ざれば小倉山に鳴く鹿の今夜は鳴かずいねにけらしも

さ夜中と夜はふけねらし雁音の聞ゆる空に月わたる見ゆ
同十
梅枝に鳴てうつらふうぐひすの羽白たへにあわ雪ぞ降る
同十
いつしかも此夜はあけむ鶯の木伝ちらすうめのはなみむ

百敷の大宮人はいとまあれや梅をかざして此所に集へる

朝戸出の君がすがたをよく見ずて長き春日を恋や暮さむ

天雲のよそに雁金きゝしよりはだれ霜ふり寒しこの夜は

庭草に村雨ふりてこぼろぎの鳴く声きけば秋づきにけり
万葉
夕ざれば衣手さむし高円の山の木ごとに雪の降りたる
同十
足引の山に白きは我宿にきのふの夕ふりしゆきかも
同十一
朝かげに我身はなりぬ陽炎のほのかに見えていにし子故に

山背の木幡の山を馬はあれどかちより我来汝を思かねて

垂乳根の母がゝふこのまゆごもり籠れる妹を見むよしもがな

足日木の山桜戸をあけおきてわれまつ君を誰かとゞむる

夜を寒み朝戸をあけて出てみれば庭もはだらにみ雪降たり
同一一
波間より見ゆる小島の浜楸ひさしくなりぬ君に逢はずて

川上に洗ふ若菜のながれ来て妹があたりの瀬に社よらめ

犬上の床の山なるいさや川いさとをきこせ吾名のらすな

宮木ひく泉の杣にたつ民のやむ時もなくこひわたるかも
万葉十一
君恋ふといねぬ朝けに誰がのれる駒の足音ぞ我に聞する

ませごしに麦はむ駒のはつ/\に及ぬ恋もわれはするかな

敷妙の枕うごきて寐られず物思ふ今夜はやく明けむかも

いにしへの賤機帯をむすびたれ誰といふ人も君にはまさじ

剣太刀もろはの上にゆきふれて死かも死なむ恋てあらずは

笠なしと人にはいひて雨づゝみとまりし君が姿しぞ思ふ

桜麻のをふの下草露しあれば明していゆけ母は知るとも

馬の音のとゞともすれば松かげに出てぞ見つるもしも君かと
同十二
足引の山より出る月まつと人にはいひて妹まつわれを

久かたの雨のふる日を我門に蓑笠もきずて来る人やたれ

いで吾駒はやく行こせ待乳山まつらむ妹を往てはや見む
万葉
君があたり見つゝもをらむ伊駒山雲な棚引雨は降るとも

朝な/\草上白くおく露の消なばともにといひしきみはも

皆人の笠に縫ふてふ有間菅ありて後にも逢むとぞおもふ

さひのくま檜隈川に駒とめて駒に水かへわれよそに見む
同十二
纒向のあなしの山に雲居つゝ雨は降れども沾つゝぞ来し

墨江の岸にむかへる淡路島あはれと君をいはぬ日はなし
同十四
筑波根のにひ桑まゆの衣はあれど君がみけしぞあやにきほしも
同十六
浅香山影さへ見ゆる山井のあさき心は我がおもはなくに

吾門の榎実もりはむ百千鳥ちどりは来れど君ぞ来まさぬ
同十六
こもりのみ恋ればくるし山端ゆ出くる月のあらはさばいかに

野干玉黒髪ぬれて沫雪のふるにや来ますこゝた恋れば
万葉
夕立の雨うち降れば春日野の尾花がうれの白露おもほゆ

弥彦のおのれ神さび青雲の棚びく日すら小雨そぼふる
同十七
梅の花いつは折らじといとはねど咲の盛はをしき物なり

足引の山辺にをれば郭公木間立ちぐき啼かぬ日はなし

鶉なくふるしと人は思へれど花たちばなのにほふこの宿

今朝のあさけ秋風さむし遠つ人雁が来鳴かむ時近きかも

ぬば玉の夜は更けぬらし玉匣ふたかみ山に月かたぶきぬ
同十七
湊風さむく吹らしなごの江に妻呼かはしたづさはになく
同十八
すゝの海に朝開きして漕くれば長はまの浦に月照にけり

掘江より水尾引しつゝ御船さす賤夫のともは川瀬まうせ

桜花今ぞさかりと人はいへど我はさぶしも君としあらねば
万葉
相思はずあるらむ君をあやしくも歎きわたるか人の問まで
同十七
足引の山谷こえて野づかさに今は鳴らむうぐひすのこゑ

垣津旗衣にすりつけ益荒雄がきそひ狩する月は来にけり
同十九
物部の八十の少女が汲まがふ寺井のうへのかたかごの花

朝ごとに聞けばはるけしいみづ河朝漕しつゝうたふ舟人

年のはに鮎し走らばさきた川鵜八つかづけて河瀬尋ねむ
同十九
小夜ふけて暁月に影見えて鳴くほとゝぎす聞けばなつかし

打羽振鶏はなくともかくばかり降しく雪に君いまさめやも

天雲のゆきかへりなむ物ゆゑに思ひぞ我する別れ悲しみ

いはせ野秋萩しぬぎ馬なめて初鳥狩だにせずや別れむ
同十九
御園生の竹林にうぐひすはしば鳴にしをゆきは降りつゝ
万葉
我宿のいさゝ村竹ふく風の音のかそけきこのゆふべかも
同二十
女郎花秋萩しぬぎ小牡鹿の露わけなかむたかまどの野ぞ

初春の初子の今日の玉箒手にとるからにゆらぐたまの緒
古今一
野辺ちかく家居しをれ(ママ)鶯の鳴なるこゑは朝な/\きく
同二
春日野の飛火の野守いでゝ見よ今いくか有て若菜摘てむ
同二
春雨に匂へるいろもあかなくに香さへなつかし山吹の花

山振はあやなゝ咲そ花見むとうゑけむ君が今宵こなくに

春野に董摘にとこし我ぞ野をなつかしみひと夜寐にけり
同三
五月まつ花橘の香をかげばむかしの人の袖の香ぞする
古今四
吾背子が衣のすそを吹かへしうらめづらしき秋のはつ風

昨日こそ早苗とりしかいつの間に稲葉そよぎて秋風の吹
古今四
木間よりもり来る月の影みれば心づくしの秋は来にけり

日ぐらしの鳴つるなへに日は暮ぬと思ふは山の蔭にぞ有ける

うきことを思ひつらねて雁金の鳴こそわたれ秋の夜な/\

山里は秋こそことにわびしけれ鹿の鳴音に目を覚しつゝ

おく山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき

秋はぎをしがらみふせて鳴鹿の目には見えずて音の亮さ

秋萩に下葉いろづく今よりや一人ある人の寐がてにする

春霞かすみていにし雁がねの今ぞ鳴なる秋ぎりのうへに

待人にあらぬ物から初かりの今朝鳴く声のめづらしきかな

里はあれて人はふりにし宿なれや庭も籬も秋の野らなる
古今五
白露も時雨もいたくもる山は下葉のこらずいろ付にけり
古今五
夕月夜小倉の山に鳴く鹿のこゑのうちにや秋は暮るらむ
古今六
今よりはつぎて降らなむ吾が宿の薄押なみふれる白ゆき

古さとは吉野の山の近ければ一日も真雪ふらぬ日はなし

三芳野の山の白雪つもるらし故さとさむくなりまさるなり

白雪の降りて積れる山里は住む人さへやおもひきゆらむ

三吉野の山の白ゆき踏みわけて入にし人の音づれもせぬ

朝ぼらけ有明の月と見るまでに吉野の里に降れるしらゆき

すがる鳴く秋の萩原朝たちて旅ゆく人をいつとか待たむ

結ぶ手のしづくに濁る山井のあかでも人に別れぬるかな
古今九
山かくす春の霞ぞうらめしきいづれみやこの界なるらむ
同十一
千早振加茂の社の木綿だすき一日も君をかけぬ日はなし
古今
夕附夜さすや岡辺の松の葉のいつともわかぬ恋もするかな
同十二
泣になきて泥にしかども春雨に濡にし袖と問はゞ答へむ

東路のさやの中山なか/\に何しか人をおもひそめけむ

梓弓ひけば本末我かたによるこそまされこひのこゝろは
同十三
陸奥にありといふなる名取川なき名とりては苦かりける

懲りずまに又もなき名は立ぬべし人悪からぬ世に住へば

篠目のほがら/\と明ゆけばおのが衣々なるぞかなしき

名取川せゞの埋木あらはればいかにせむとか相見初けむ
同十四
偽と思ふものから今さらに誰がまことをか我はたのまん

君来ずば寐屋へも入らじ小紫我もとゆひに霜はおくとも

陸奥の安積の沼の花がつみかつ見る人にこひやわたらむ
古今
君や来む吾や行かむのいざよひに槙の板戸をさゝず寐にけり

月夜よし夜よしと人につげやらば来てふに似たり侍ずしもあらず

宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待ごと君をこそ待て

津の国のなには思はず山城のとはに相見む事をのみこそ

夏引の手びきの糸を繰かへし事しげくとも絶むと思ふな

偽のなき世なりせばいかばかり人の言葉うれしからまし

待てといはゞ寐ても行なむしひてゆく駒の足折れ前の棚橋

形見こそ今はあだなれ是無くば忘るゝ事もあらまし物を

海人の刈る藻に住虫のわれからとねをこそ泣め世をば恨みじ

須磨の蜑の焼塩衣おさをあらみ間遠にあれや君が来まさぬ

曉の鴫のはねがき百羽掻きみが来ぬ夜はわれぞかずかく
三輪山いかに待みむ年ふとも尋ぬる人もあらじと思へば

それをだにおもふことゝて我宿を見きとないひそ人のきかくに
同十六
君まさで烟たえにし塩竈のうらさびしくも見え渡るかな
同十七
思ふどちまどゐせる夜は唐錦たゝまく惜き物にぞ有りける

紫の一もとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る

遅く出る月も有かな足曳の山のあなたも惜むべらなり

吾心なぐさめかねつ更科や姨捨山に照るつきを見て
同十八
笹の葉に降りつむ雪のうれを重み本くだち行く我盛はも
同十七
大荒木の杜の下艸おいぬれば駒もすさめず刈る人ともなし
同十一
いで我を人なとがめそ大舟のゆたにたゆたに物思ふ頃ぞ
同十九
君が代にあふ坂山の岩清水こがくれたりとおもひけるかな
古今
白露のおく手の山田かりそめにうき世の中を思ぬるかな
同十八
いかならむ巌の中に住ばかは世のうきことの聞え来ざらむ

あれにけりあはれ幾世の宿なれや往けむ人の音信もなし

うき世には門させりとも見えなくになどか我身の出がてにする

吾背子を都へやりて塩竈のまがきが島のまつはくるしも
同十七
誰をかも知る人にせむ高砂の松も昔のともならなくに

老らくの来むと知りせば門さしてなしと答へて逢ざらましを

あかずして月のかくるゝ山本は彼方おもてぞ恋かりける

石上ふるから小野のもとかしはもとの心をわすられなくに

いにしへの野中の清水ぬるけれど本の心を知る人ぞ汲む

古のしづの緒手巻いやしきもよきも盛はありしものなり
古今
今こそあれ我もむかしは男山さかゆく時も有こしものを

世の中にふりぬるものは津国の長良の橋と我となりけり

今更にとふべき人も思ほえず八重葎して門させりてへ

我庵は三輪の山本こひしくばとぶらひ来ませ杉立てる門
同二十
●(キヘン+「若」)ゆふ葛木山に降る雪の間なく時なくおもほゆるかな

淡海より朝たち来ればうねの野に鶴ぞ鳴なる明ぬ此夜は

水茎の岡のやかたに妹と吾と寐ての朝けの霜のふりはも

我門の板井の清水里遠み人し汲まねば水ぐさ生ひにけり

青柳を片糸によりてうぐひすの縫てふ笠はうめの花がさ

真金吹く吉備の中山帯にせる細谷川のおとのさやけさ

陸奥は何処はあれど塩竈の浦こぐふねの綱手かなしも
古今
御侍みかさとまうせ宮城野の木下つゆはあめにまされり
同二十
最上川のぼれば下る稲舟のいなにはあらずこの月ばかり

君をおきてあだし心を我もたば末のまつ山浪もこえなむ

筑波根のこのもかのもに蔭はあれど君が御蔭に●蔭は無

あぶ隈に霧たちわたり明けぬとも君をばやらじ待ばすべ無

春雨のふらば野山にまじりなむ梅の花笠ありといふなり

春来れば木がくれ多き夕月夜おぼつかなくも花陰にして

宮古人来ても折なむ蛙鳴く県の井戸のやまぶきのはな

押なべて雪の降れゝば我宿の杉をたづねて訪ふ人もなし

吾門の一村薄刈かはむ君が手なれのこまも来ぬかな
人はいさ吾はなき名の惜ければ昔も今も知らずとを言む
催馬楽
沢田川袖つくばかり浅けれど恭仁のみや人高はしわたす

吾妻屋の真屋のあまりの雨そゝぎ我たちぬれぬ殿戸開かせ

飛鳥井にやどりはすべし陰もよしみもひも寒しみ馬艸もよし

道口たけふの国府に我はありと親には申したべ心合の風

貫河の瀬々の小菅の和かに寐る夜はなくて親さくるつま

伊勢の海の清き渚のしほがひに貝や拾はむたまや拾はむ

大路にそひてのぼれる青柳のしなひを見れば今盛りなり

新しき年の始にかくしこそ仕へまつらめよろづ代までに

桜人その舟ちぢめ島津田を十町つくれる見てかへり来む

竹川の橋のつめなる花園に我をばゝなてめざしたぐへて

川口の関の荒垣まもれども出てわれ寐ぬ関のあしがき
催馬楽
此殿はうべも富けり福艸のみつばよつばに殿づくりせり

本しげき吉備の中山むかしより名のふりこぬは今世の為

美濃山しゞに生たる玉柏豊のあかりにあふがたのしさ

美作や粂のさら山さら/\に我名はたえじ万代までに

真山には霰ふるらし外山なる正木のかづらいろ付にけり

榊葉の香をなつかしみとめ来れば八十氏人ぞ円居せりける

神垣の三室の山の賢木葉は神の御まへに茂りあひにけり

坂樹葉に木綿とりしでゝ誰が世にか神の御前に祝初けむ

霜八たびおけど枯せぬ坂木葉の立栄ゆべき神のきねかも

笹わけば袖こそやれめ刀弥川の石は踏ともいざ河原より

陸奥の安達の真弓我ひかばやう/\よりこしのび/\に
催馬楽
幸雄らが持せの真弓おく山にみ狩すらしも弓の弭見ゆ

石上ふるや男の太刀もがな組緒しでゝみやぢかよはむ

いはひ来し神はまつりつ明日よりは組緒しでゝ遊べ太刀佩

大原やせが井の清水ひさごもて烏は鳴とも遊てを汲め

志長鳥ゐなの湊にいる舟のかぢよくまかせ舟かたぶくな

いづこにか駒をつながむ朝日子がさすや岡辺の玉篠の上に

浅倉や木丸殿に我をれば名のりをしつゝ行くは誰が子ぞ

山背の狛のわたりの瓜つくりなりもならずも寐て語らはむ

花さかば告むといひし山里の使は来たり馬にくらおけ
六帖
入日さす時ぞ悲しき村鳥のおのがちり/゛\なりぬと思へば

秋萩をいろどる風の吹きぬれば人の心もうたがはれけり
六帖
思ふことありとはなしに久かたの月よとなれば寐られざれけり

ことならば晴ずもあらなむ秋霧のまぎれに見えぬ君と思ヘば

時しらぬ山は富士の根いつとてか鹿子斑に雪の降るらむ

白山に降る白雪去年のうへに今年も積る恋もするかな

須磨の海人の塩焼く煙風をいたみおもはぬ方に棚引にけり

駿河なる宇都の山辺のうつゝにも夢にも人に逢ぬなりけり

東路の佐夜の中山さやかにも見ぬ人ゆゑに恋やわたらむ

下野やふたらの山の二心ありける人をたのみけるかな

小男鹿の爪だに泥ぬ山川のあさましきまで問はぬ君かな

山里も同じうき世の中なれば所かへても住みうかりけり

住わびぬ今はかぎりと山里に瓜木こるべき宿もとめてむ
六帖
悔しくも汲そめてけり浅ければ袖のみぬるゝ山の井の水

山彦は声のいほりのなければや思ふ/\といへどこたへぬ

斧の柄は朽ちなば又もすげかへむうき世の中にかへらずも哉

八雲たつ出雲の国の手間の関いかなる手間に君さはるらむ

陸奥の躑躅の岡のくまつゞらつらしと妹を今日ぞ知ぬる

泉なる信田の杜の楠の千枝にわかれてものをこそおもへ

東路のうまや/\とかぞえつゝあふみの近く成がうれしき

吾妻路の里の遠さもあらなくにうまや/\と君を待つかな

春の田を人にまかせて我はたゞ花に心をつくるころかな

足引の山の桜のいろ見てぞをちかた人はたねははまきける

時過ば早苗もいたく老ぬべし雨にも田子は障らざらなむ
六帖
庭草を鶉すむまではらはせし小鷹手にすゑ来む人の為め

ねぐらなる霜うち払ひ立つ雉子の空にこそとれ人の心を

津国の葦の八重ぶきひまをなみ恋しき人に逢ぬころかな

甲斐国鶴の郡のいた野なるしら玉小菅かさにぬひてむ

吾宿ををさして来ざりし月だにも入らでは唯に帰ものかは

吾背子は来ませにけらし我宿の草もなびけり露も落けり

春日野におもひ寐雉子の一つがひ我子は鷹に怖やしぬらむ

伊勢の海に釣する蜑の魚をなみうけも引れぬ恋もする哉

君ませば物も思はず玉川の瀬に伏す年魚の梁ほこりして

あたら夜を妹とも寐なく取がたき鮎とる/\と岩上に居て

我のみやあだ名は立つと磯に出て渚を見れば波も立けり
六帖
夕ごりの霜おきにけり朝戸出に跡踏つけて人に知らるな

月影に見えし尾花のほのぼのと明つるばかり佗しきはなし

なよ竹に枝さしかはすしの薄よまぜに見えむ君は頼まじ

ある時はありのすさびに語らひて恋しき物と別てぞ知る

山のはに月も出ぬべし今だにも妹がり行に親にまうすな

葦の屋の灘の塩焼いとまなみ黄楊の小櫛もさゝず来に鳧

いとはやも鳴ぬる雁かふる衣あらため著せむ妹もあらなくに

東路の道のはてなる常陸帯のかごとばかりも和見てしがな

陸奥の安達の真弓たむれども心こはさにやまずざりける
逢ことの刀さしたるなゝつごのさやかに人の恋らるゝ哉

陸奥のけふのさ布のほどせばみまだ胸あはぬ恋もする哉
六帖
まめなれどよき名は立ず刈萱のいざ乱なむしどろもどろに
河海抄
筑摩江に生るみくりの水深みまだねも見ぬに人の恋しき

我もふり蓬も宿にしげりにし門に音する人はだれぞも

大原や小塩の山の小松原はや木だかゝれ千代のかげ見む

山がつの垣根にはへる青つゞら人はくれども逢よしもなし

三吉野の山より雪は降来れど何時ともわかぬ吾屋所の竹

思ひかね妹がり行けば冬夜の川かぜ寒み千鳥なくなり

高島やゆる木の杜の鷺すらも一人は寐じとあらそふ物を

来ぬ人を雨のあしとは思はねど程ふることは苦しかりけり

真山木に夜は来て寐るはこ鳥のあけば帰むことを社思へ

在時はありのすざびに悪かりきなくてぞ人は恋しかりける
河海抄
いかにして在と知られじ高砂の松のおもはむ事も恥かし
新古今
筑波山はやま繁山しげゝれど思ひ入るには障らざりけり

巻向の檜原もいまだ曇ねば小まつがはらに沫ゆきぞ降る

今更に雪ふらめやもかげろふのもゆる春日と成にし物を

明日からは若菜つまむとしめし野に昨日も今日も雪は降つゝ

照りもせず曇もはてぬ春のよの朧月夜にしくものぞなき

焼かずとも草は萌なむ春日野を唯春の日にまかせたらなむ

御狩する片野のみのに降る霰あなかまゝだき鳥もこそ立て

狩くらし片野の真柴をりしきて淀の河瀬の月を見るかな

飛鳥の明日香の里を置ていなば君が辺は見えずも有かも

よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山の嶺のしら雪
新古今
御狩する狩場の小野の楢柴のなれはまさらで恋ぞまされる

足曳きの山のあなたに住む人は待たでや秋の月を見るらむ

足引きのかなたこなたに道は有れど都へいざと言人のなき

白浪のよする渚に世をつくす蜑児なれば屋どもさだめす 新勅撰
小牡鹿の朝臥す小野の草深みかくろへかねて人に知らるゝ

鳰どりの息長川は絶ぬとも君にかたらふことつきめやは

思ふこといはでたゞににぞ止ぬべき吾とひとしき人し無れば

伊勢の海の蜑のまてがたまてしばし恨に浪の暇は無とも

梓弓いちしの浦の春の月あまの栲なはよるもひくなり

葛飾の真間の浦廻を漕ぐ舟の舟びとさわぐ波たつらしも

さくら麻のかりふの原を今朝みれば外山かたかげ秋風ぞ吹
新勅撰
風寒夜の更ゆけば妹が島かたみのうらに千鳥なくなり

まだ知らぬ旅の道にぞ出にける野原篠原人に問ひつゝ

急ぐとも今日はとまらむ旅寐する蘆の仮菴に紅葉散けり

梓弓末野のはらに鳥狩する君がゆづるのたえむと思もへや

雁鳴て寒き朝けの露霜にやのゝ神やまいろづきにけり

ゆふだゝみしらつき山のさねかづら後も必逢むとぞ思ふ

三香の原恭仁の都はあれにけり大宮人のうつり去ぬれば
続後撰
難波がたあしの葉しのぎみ降雪に昆陽の篠屋も埋れにけり

夕ざれば潮かぜ寒し波間より見ゆる小じまに雪は降つゝ

綱手ひく灘の小舟や入るぬらむ浪速の鶴の浦わたりする

初瀬川流るゝ水の瀬をはやみゐでこす浪の音のさやけさ
詞歌集
夕露に佐野の舟橋おとすなり手なれの駒の帰来るかも

逢ことはまばらにあめる伊予簾いよ/\人をわびさするかな

竹葉に霰ふる夜はさら/\に一人寐ぬべき心地こそせね
拾遺集
片山に畑やく男子彼みゆる真山桜はよぎてはたやけ
玉川にさらす手作さら/\に昔のひとのこひしきやなぞ
玉江こぐ蘆かり舟のさしはへて浪間もあらば寄むとぞ思ふ
音にきく狛のわたりの瓜つくりとなりかくなりなる心哉

とにかくに物は思はず飛騨工うつ墨縄のたゞひとすじに

杉板もてふける板間のあはざらばいかにせむとか我寐初けむ
拾遺集
荒磯の外ゆく浪の外ごゝろ我は思はじこひは死ぬとも

竹の葉におきゐる露のまろびあひて寐る夜はなしに立我名哉
拾遺集
あらち男のかり矢のさきに立鹿もいと我ごとに物は思はじ

青柳のはなだの糸をより合せて絶ずも鳴かうぐひすのこゑ
金葉集
初雪は槙葉白く降にけりこや小野山の冬のさびしさ

足日木の山のまに/\倒れたるからきは独ふせるなりけり

津国のまろやは人をあくた川君こそつらき瀬には見えけれ

三熊野の駒に爪づく青つゞら君こそまろが絆なりけれ
千載集
薩摩がた沖の小島に我はありと親には告よ八重の潮風

山城の美豆野の里に妹をおきていく度淀に舟呼ふらむ
桐火桶
春雨に衣は君もしぼるらむ七日しぼらば七夜こじとや

祝子が斎ふ社の紅葉もしめをば越えてちるといふものを

脚日木の山路も知らず白檀の枝もとをゝに雪の降れゝば

物部の箭なみつくろふ小手の上に霰たばしる奈須の篠はら

荒小田の去年の古根の古蓬今は春べとひこばえにけり

思ひ草葉末にむすぶ白露のたま/\来ては手にもたまらず

冬枯の杜の朽葉の霜のうえに落たる月のかげのさやけさ

住わびて身をかくすべき山里にあまり隈なき秋の夜の月
続古今
道の辺の土生のこやの程なきにあまりてかゝる夕貌の花

白露のおく手のをしね打なびき田中の井戸に秋風ぞふく

今よりや外山の色もかはるらむ秋風さむし信楽のさと

潮風に笘の上ぶき隙見えてうきねのまくらあけぬ此夜は

いにしへの事はしらぬを我見ても久しくなりぬ天の香山
続拾遺集
露霜のおくての稲葉いろ付て仮菴さむきあきのやまかぜ

秋は来ぬ人はつれなし今よりの長き夜寒み待つゝや寐む
新後撰集
柞原いろづきぬらし山背の石田の小野にしかぞなくなる

ゆふは山今日越来れば旅ごろも裾野の風に牡鹿なくなり

秋風に不破の関屋の荒まくも惜からぬまで月ぞもり来る
身(ママ)恒集
山たかみめづらしげなく降雪の白くやならむ年積りなば
重之集
名取川わたりて作る小島田を守につけつゝ夜かれのみする

橘曙覧全集畢





昭和二年十月三日印刷
昭和二年十月八日発行
歌謡俳書選集五
橘曙覧歌集
定価金壹円六拾銭
不許複製
著作者        藤井乙男
発行者兼印刷者    京都市下長者町油小路西入
           株式会社文献書院
           代表者 武藤欽
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           文献書院
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