猿蓑  乾坤

  晋其角序
誹諧の集つくる事、古今にわたりて此道のおもて起べき時なれや。幻術の第一として、その句に魂の入ざれば、ゆめにゆめみるに似たるべし。久しく世にとゞまり、永く人にうつりて、不変の変をしらしむ。五徳はいふに及ばず、心をこらすべきたしなみなり。彼西行上人の、骨にて人を作りたてゝ、声はわれたる笛を吹やうになん侍ると申されける、人には成て侍れども、五の声のわかれざるは、反魂の法のをろそかに侍にや。さればたましゐの入たらば、アイウヱヲよくひゞきて、いかならん吟声も出ぬべし。只誹諧に魂の入たらむにこそとて、我翁行脚のころ、伊賀越しける山中にて、猿に小蓑を着せて、誹諧の神を入たまひければ、たちまち断腸のおもひを叫びけむ、あだに懼るべき幻術なり。これを元として此集をつくりたて、猿みのとは名付申されける。是が序もその心をとり魂を合せて、去来凡兆のほしげなるにまかせて書。
  元禄辛未歳五月下弦          雲竹書



猿蓑集 巻之一

  冬

初しぐれ猿も小簔をほしげ也  芭蕉
あれ聞けと時雨来る夜の鐘の声  其角
時雨きや並びかねたる●(ウオヘン+「少」)ぶね  千那
幾人かしぐれかけぬく勢田の橋  僧 丈艸
鑓持の猶振たつるしぐれ哉  膳所 正秀
広沢やひとり時雨るゝ  沼太郎
舟人にぬかれて乗し時雨かな 尚白
  伊賀の境に入て
なつかしや奈良の隣の一時雨  曾良
時雨るゝや黒木つむ屋の窓あかり  凡兆
馬かりて竹田の里や行しぐれ  大津 乙州
だまされし星の光や小夜時雨  羽紅
新田に稗殻煙るしぐれ哉  膳所 昌房
いそがしや沖の時雨の真帆片帆  去来
はつ霜に行や北斗の星の前  伊賀 百歳
一いろも動く物なき霜夜かな  野水
  淀にて
はつしもに何とおよるぞ船の中  其角
帰花それにもしかん莚切レ  同
禅寺の松の落葉や神無月  凡兆
百舌鳥のゐる野中の杭よ十月  嵐蘭
こがらしや頬腫痛む人の顔  芭蕉
砂よけや蜑のかたへの冬木立  凡兆
  ならにて
棹鹿のかさなり臥る枯野かな  伊賀 土芳
渋柿をながめて通る十夜哉  膳所 裾道
ちやのはなやほるゝ人なき霊聖女  越人
みのむしの茶の花ゆへに折れける  伊賀 猿雖
古寺の簀子も青し冬がまゑ  凡兆
  翁の堅田に閑居を聞て
雑水のなどころならば冬ごもり  其角
この寒さ牡丹のはなのまつ裸  伊賀 車来
  草津
晦日も過行うばがいのこかな  尚白
神迎水口だちか馬の鈴  珍碩
膳まはり外に物なし赤柏  伊賀 良品
水無月の水を種にや水仙花  羽州坂田 不玉
今は世をたのむけしきや冬の蜂  尾張 旦藁
尾頭のこゝろもとなき海鼠哉  去来
一夜/\さむき姿や釣干菜  伊賀 探丸
みちばたに多賀の鳥井の寒さ哉  尚白
茶湯とてつめたき日にも稽古哉  江戸 亀翁
炭竈に手負の猪の倒れけり  凡兆
佳つかぬ旅のこゝろや置火燵  芭蕉
寝ごゝろや火燵蒲団のさめぬ内  其角
門前の小家もあそぶ冬至哉  凡兆
木兎やおもひ切たる昼の面  尾張 芥境
みゝづくは眠る処をさゝれけり  伊賀 半?
  貧交
まじはりは紙子の切を譲りけり  丈艸
浦風や巴をくづすむら鵆  曾良
あら礒やはしり馴たる友鵆  去来
狼のあと踏消すや浜千鳥  史邦
背門口の入江にのぼる千鳥かな  丈艸
いつ迄か雪にまぶれて鳴千鳥  千那
矢田の野や浦のなぐれに鳴千鳥  凡兆
筏士の見かへる跡や鴛の中  木節
水底を見て来た顔の小鴨哉  丈艸
鳥共も寝入てゐるか余吾の海  路通
死まで操成らん鷹のかほ  旦藁
襟巻に首引入て冬の月  杉風
この木戸や鎖のさゝれて冬の月  其角
からじりの蒲団ばかりや冬の旅  長崎 暮年
見やるさえ旅人さむし石部山  大津尼 智月
  翁行脚のふるき衾をあたへらる。記あり略之
首出してはつ雪見ばや此衾  美濃 竹戸
  題竹戸之衾
畳めは我が手のあとぞ紙衾
魚のかげ鵜のやるせなき氷哉  探丸
しづかさを数珠もおもはず網代守  丈艸
  御白砂に候す
膝つきにかしこまり居る霰かな  史邦
椶櫚の葉の霰に狂ふあらし哉  野童
鵲の橋よりこぼす霰かな  伊賀 示蜂
呼かへす鮒売見えぬあられ哉  凡兆
みぞれ降る音や朝飯の出来る迄  膳所 画好
はつ雪や内に居さうな人は誰  其角
初雪に鷹部屋のぞく朝朗  史邦
霜やけの手を吹てやる雪まろげ  羽紅
わきも子が爪紅粉のこす雪まろげ  探丸
下京や雪つむ上の夜の雨  凡兆
なが/\と川一筋や雪の原  同
  信濃路を過るに
雪ちるや穂屋の薄の刈残し  芭蕉
  革庵の留主をとひて
衰老は簾もあげず菴の雪  其角
雪の日は竹の子笠ぞまさりける  尾張 羽笠
誰とても健ならば雪のたび  長崎 卯七
ひつかけて行や雪吹のてしまござ  去来
  青亜追悼
乳のみ子に世を渡したる師走哉  尚白
から鮭も空也の痩も寒の内  芭蕉
鉢たゝき憐は顔に似ぬものか  乙州
一月は我に米かせはちたゝき  丈艸
  住吉奉納
夜神楽や鼻息白し面ンの内  其角
節季候に又のぞむべき事もなし  伊賀 順琢
家/\やかたちいやしきすゝ払  同 祐甫
  乙州が新宅にて
人に家をかはせて我は年忘  芭蕉
弱法師我門ゆるせ餅の札  其角
歳の夜や曾祖父を聞けば小手枕  長和
うす壁の一重は何かとしの宿  去来
くれて行年のまうけや伊勢くまの  同
大どしや手のをかれたる人ごゝろ  羽紅
やりくれて又やさむしろ歳の暮  其角
いね/\〜と人にいはれつ年の暮  路通
年のくれ破れ袴の幾くだり  杉風


猿蓑集 巻之二

  夏

有明の面おこすやほとゝぎす  其角
夏がすみ曇り行衛や時鳥  木節
野を横に馬引むけよほとゝぎす  芭蕉
時鳥けふにかぎりて誰もなし  尚白
ほとゝぎす何もなき野の門構  凡兆
ひる迄はさのみいそがず時鳥  智月
蜀魂なくや木の間の角櫓  史邦
入相のひゞきの中やほとゝぎす  羽紅
ほとゝぎす滝よりかみのわたりかな  丈艸
心なき代官殿やほとゝぎす  去来
こひ死ば我塚でなけほとゝぎす  遊女 奥州
  松島一見の時、千鳥もかるや鶴の毛衣とよめりければ
松島や鶴に身をかれほとゝぎす  曾良
うき我をさびしがらせよかんこ鳥  芭蕉
  族館庭せまく庭草を見ず
若楓茶いろに成も一さかり  膳所 曲水
  四月八日詣慈母墓
花水にうつしかへたる茂り哉  其角
葉がくれぬ花を牡丹の姿哉  江戸 全峯
  別僧
ちるときの心やすさよ米嚢花  越人
智恵の有る人には見せじけしの花  珍碩
  翁に供られてすまあかしにわたりて
似合しきけしの一重や須磨の里  亡人 杜国
青くさき匂もゆかしけしの花  嵐蘭
井のすゑに浅/\清し杜若  半残
  起出て物にまぎれぬ朝の間の
起/\の心うごかすかきつばた  仙花
  題去来之嵯峨落柿舎二句
豆植る畑も木べ屋も名処哉  凡兆
破垣やわざと鹿子のかよひ道  曾良
  南都旅店
誰のぞくならの都の閏の桐  千那
洗濯やきぬにもみ込柿の花  尾張 薄芝
  豊国にて
竹の子の力を誰にたとふべき  凡兆
たけの子や畠隣に悪太郎  去来
たけのこや稚き時の絵のすさび  芭蕉
猪に吹かへさるゝともしかな  正秀
  明石夜泊
蛸壺やはかなき夢を夏の月  芭蕉
君が代や筑摩祭も鍋一ツ  越人
  五月三日わたましせる家にて
屋ね葺と並てふける菖蒲哉  其角
綜結ふかた手にはさむ額髪  芭蕉
隈篠の広葉うるはし餅綜  江戸 岩翁
さびしさに客人やとふまつり哉  尚白
  五月六日大坂うち死の遠忌を弔ひて
大坂や見ぬよの夏の五十年  伊賀 蝉吟
  奥州高館にて
夏草や兵共がゆめの跡  芭蕉
這出よかひ屋が下の蟾の声  同
  此境はひわたるほどゝいへるもこゝの事にや
かたつぶり角ふりわけよ須磨明石  同
五日雨に家ふり捨てなめくじり
ひね麦の味なき空や五月雨  木節
馬士の謂次第なりさつき雨  史邦
  奥州名取の郡に入て、中将実方の塚はいづくにやと尋侍れば、道より一里半ばかり左りの方、笠島といふ処に有とをしゆ。ふりつづきたる五月雨いとわりなく打過るに
笠島やいづこ五月のぬかり道  芭蕉
  大和紀伊のさかひはてなし坂にて、往来の順礼をとゞめて奉加すすめければ、料足つゝみたる紙のはしに書つけ侍る
つゞくりもはてなし坂や五月雨  去来
髪剃や一夜に金情て五月雨  凡兆
日の道や葵傾くさ月あめ  芭蕉
縫物や着もせでよごす五月雨  羽紅
  七十余の老医みまかりけるに、弟子共こぞりてなくまゝ、予にいたみの句乞ける。その老医いまそかりし時も、さらに見しれる人にあらざりければ、哀にもおもひよらずして、古来まれなる年にこそといへど、とかくゆるさゞりければ
六尺も力おとしや五月あめ  其角
百姓も麦に取つく茶摘歌  去来
しがらきや茶山しに行夫婦づれ  正秀
つかみ合子共のたけや麦畠  膳所 游刀
  孫を愛して
麦藁の家してやらん雨蛙  智月
麦出来て鰹迄喰ふ山家哉  江戸 花紅
  しら川の関こえて
風流のはじめや奥の田植うた  芭蕉
  出羽の最上を過て
眉掃を面影にして紅粉の花  同
  法隆寺開帳、南無仏の太子を拝す
御袴のはづれなつかし紅粉の花  千那
田の畝の豆つたひ行蛍かな  伊賀 万乎
  膳所曲水之楼にて
蛍火や吹とばされて鳰のやみ  去来
  勢田の蛍見 二句
闇の夜や子共泣出す蛍ぶね  凡兆
ほたる見や船頭酔ておぼつかな  芭蕉
  三熊野へ詣ける時
蛍火やこゝおそろしき八鬼尾谷  長崎 田上尼
あながちに鵜とせりあはぬかもめ哉  尚白
草むらや百合は中々はなの顔  半残
  病後
空つりやかしらふらつく百合の花  大坂 何処
すゞ風や我より先に百合の花  乙州
  焼蚊辞を作りて
子やなかん其子の母も蚊の喰ン  嵐蘭
  餞別
立ざまや蚊屋もはづさぬ旅の宿  膳所 里東
  うとく成人につれて、参宮する従者にはなむけして
みじか夜を吉次が冠者に名残哉  其角
隙明や蚤の出て行耳の穴  丈艸
下闇や地虫ながらの蝉の声  嵐雪
客ぶりや居処かゆる蝉の声  膳所 探志
頓て死ぬけしきは見えず蝉の声  芭蕉
哀さや盲麻刈る露のたま  伊賀 槐市
渡り懸て藻の花のぞく流哉  凡兆
舟引の妻の唱歌か合歓の花  千那
白雨や鐘きゝはづす日の夕  史邦
  索堂之蓮池辺
白雨や蓮一枚の捨あたま  嵐蘭
日焼田や時/\つらく鳴く蛙  乙州
日の暑さ盥の底の●(ムシヘン+「蔑」)かな  凡兆
水無月も鼻つきあはす数寄屋哉  同
日の岡やこがれて暑き牛の舌  正秀
たゞ暑し籬によれば髪の落  木節
じねんごの薮ふく風ぞあつかりし  野童
夕がほによばれてつらき暑さ哉  羽紅
青草は湯入ながめんあつさかな  江戸 巴山
  千子が身まかりけるをきゝて、みのゝ国より去来がもとへ、申つかはし侍ける
無き人の小袖も今や土用干  芭蕉
水無月や朝めしくはぬ夕すゞみ  嵐蘭
じだらくにねれば涼しきタベかな  宗次
すゞしさや朝草門ンに荷ひ込  凡兆
唇に墨つく児のすゞみかな  千那
月鉾や児の額の薄粧  曾良
夕ぐれや●(ヤマヘン+「兀」)並びたる雲のみね  去来
  はじめて洛に入て
雲のみね今のは比叡に似た物か  大坂 之道



猿蓑集 巻之三


  秋

龝風や蓮をちからに花一つ  不知読人
   此句東武よりきこゆ、もし素堂か
がつくりとぬけ初る歯や秋の風  杉風
芭蕪葉は何になれとや秋の風  路通
人に似て猿も手を組秋のかぜ  珍碩
  加賀の仝昌寺に宿す
終夜秋風きくや裏の山  曾良
蘆原や鷺の寝ぬ夜を秋の風  江戸 山川
あさ露や鬱金畠の秋の風  凡兆
はつ露や猪の臥芝の起あがり  去来
大比叡やはこぶ野菜の露しげし  野童
三葉ちりて跡はかれ木や桐の苗  凡兆
文月や六日も常の夜には似ず  芭蕉
合歓の木の葉ごしもいとへ星のかげ  同
七夕やあまりいそがばころぶべし  伊賀小年 杜若
みやこにも住まじりけり相撲取  去来
朝がほは鶴眠る間のさかりかな  伊賀 風麦
蕣やぬかごの蔓のほどかれず  膳所 及肩
笑にも泣にもにざる木槿かな  嵐蘭
手を懸ておらで過行木槿哉  杉風
高燈籠ひるは物うき柱かな  千那
はてもなく瀬のなる音や秋黴雨リ  史邦
そよ/\や薮の内より初あらし  旦藁
秋風やとても薄はうごくはず  三川 子尹
迷ひ子の親のこゝろやすゝき原  羽紅
  八瀬おはらに遊吟して、柴うりの文書ける序手に
まねき/\枴の先の薄かな  凡兆
  つくしよりかへりけるに、ひみといふ山にて卯七に別て
君がてもまじる成べしはな薄  去来
草刈よそれが思ひか萩の露  平田 李由
  元禄二年翁に供せられて、みちのくより三越路にかゝり行脚しけるに、かゞの国にていたはり侍りて、いせまで先達けるとて
いづくにかたふれ臥とも萩の原  曾良
桐の木にうづら鳴なる塀の内  芭蕉
百舌鳥なくや入日さし込女松原  凡兆
初雁に行燈とるなまくらもと  亡人 落梧
  堅田にて
病鴈の夜さむに落て旅ね哉  芭蕉
海士の屋は小海老にまじるいとゞ哉  同
  加賀の小松と云処、多田の神社の宝物として、実盛が菊から草のかぶと、同じく錦のきれ有。遠き事ながらまのあたり憐におぼえて
むざんやな甲の下のきり/゛\す  芭蕉
菜畠や二葉の中の虫の声  尚月
はたおりや壁に来て鳴夜は月よ  風麦
  いせにまうでける時
葉月や矢橋に渡る人とめん  亡人 千子
三ケ月に●(「劵」の「力」の代りに「魚」)のあたまをかくしけり  之道
粟稗と目出度なりぬはつ月よ  半残
月見せん伏見の城の捨郭  去来
  翁を茅舎に宿して
おもしろう松笠もえよ薄月夜  伊賀 土芳
  加茂に詣禁でに涙のかゝる成とかの上人の
     たなこのやしろの神垣に
     取つきてよみしとや
月影や拍手もるゝ膝の上  史邦
  友達の六条にかみそりいたゞくとてまかりけるに
影ぼうしたぶさ見送る朝月夜  伊賀 卓袋
ばせを葉や打かへし行月の影  乙州
京筑紫去年の月とふ僧中間  丈艸
吹風の相手や空に月一つ  凡兆
ふりかねてこよひになりぬ月の雨  尚白
向の能き宿も月見る契かな  曾良
  元禄二年つるがの湊に月を見て、気比の明神に詣、遊行上人の古例をきく
月清し遊行のもてる砂の上  芭蕉
  仲秋の望、猶子を送葬して
かゝる夜の月も見にけり野辺送  去来
明月や処は寺の茶の木はら  膳所 昌房
月見れば人の砧にいそがはし  羽紅
僧正のいもとの小屋のきぬたかな  尚白
初潮や鳴門の浪の飛脚舟  凡兆
一戸や衣もやぶるゝこまむかへ  去来
稗の穂の馬逃したる気色哉  越人
渋糟やからすも喰はず荒畠  正秀
あやまりてぎゞうおさゆる●(ウオヘン+「庸」)哉  嵐蘭
  一鳥不鳴山更幽
物の音ひとりたふるゝ案山子哉  凡兆
むつかしき拍子も見えず里神楽  曾良
旅枕鹿のつき合軒の下  江戸 千里
鳩ふくや渋柿原の蕎麦畠  珍碩
上行と下くる雲や龝の天  凡兆
●(ウオヘン+「夸」)釣比の有らし鱸つり  半残
ゐなか間のうすべり寒し菊の宿  尚白
菊を切る跡まばらにもなかりけり  其角
高土手に鶸の鳴日や雲ちぎれ  珍碩
この比のおもはるゝ哉稲の秋  土芳
稲かつぐ母に出迎ふうなひ哉  凡兆
  自題落柿舎
柿ぬしや梢はちかきあらし山  去来
しら浪やゆらつく橋の下紅葉  賀州小松 塵生
肌さむし竹切山のうす紅葉  凡兆
  神田祭
   さればこそひなの拍子のあなる哉
   神田祭の皷うつ音   蚊足
   拍手さへあづまなりとや
花すゝき大名衆をまつり哉  嵐雪
行秋の四五日弱るすゝき哉  丈艸
立出る秋の夕や風ぼろし  凡兆
世の中は鶺鴒の尾のひまもなし  凡兆
塩魚の歯にはさかふや秋の暮  荷兮



猿蓑集 巻之四


  春

梅咲て人の怒の悔もあり  露沾
  上臈の山荘にまし/\けるに候し奉りて
梅が香や山路猟入ル犬のまね  去来
むめが香や分入里は牛の角  加賀 句空
  庭興
梅が香や砂利しき流す谷の奥  土芳
はつ蝶や骨なき身にも梅の花  半残
梅が香や酒のかよひのあたらしき  膳所 蝉鼠
むめの木や此一筋を蕗のたう  其角
  子良館の後に梅有といへば
御子良子の一もと床し梅の花  芭蕉
痩薮や作りだふれの軒の梅  千那
灰捨て白梅うるむ垣ねかな  凡兆
日当りの梅咲ころや屑牛房  膳所 支幽
  暗香浮動月黄昏
入相の梅になり込ひゞきかな  風麦
  武江におもむく旅亭の残夢
寝ぐるしき窓の細目や闇の梅
  辛未のとし弥生のはじめつかた、よしのゝ山に日くれて、梅のにほひしきりなりければ、旧友嵐窓が見ぬかたの花や匂ひを案内者といふ句を、日ごろはふるき事のやうにおもひ侍れども、折にふれて感動身にしみわたり、涙もおとすばかりなれば、その夜の夢に正しくま見えて悦るけしき有。亡人いまだ風雅を忘ざるや
夢さつて又一匂ひ宵の梅  嵐蘭
百八のかねて迷ひや闇のむめ  其角
ひとり寝も能宿とらん初子日  去来
野畠や鴈追のけて摘若菜  史邦
はつ市や雪に漕来る若菜船  嵐蘭
宵の月西になづなのきこゆ也  如行
  憶翁之客中
裾折て菜をつみしらん草枕  嵐雪
つみすてゝ踏付がたき若な哉  路通
七種や跡にうかるゝ朝がらす  其角
我事と鯲のにげし根芹哉  丈艸
うすらひやわづかに咲る芹の花  其角
朧とは松のくろさに月夜かな  同
鉢たゝきこぬよとなれば朧なり  去来
鶯の雪踏落す垣穂かな  伊賀 一桐
鶯やはや一声のしたりがほ  江戸 渓石
うぐひすや遠路ながら礼がへし  其角
鶯や下駄の歯につく小田の土  凡兆
鶯や窓に灸をすえながら  伊賀 魚日
やぶの雪柳ばかりはすがた哉  探丸
此瘤はさるの持べき柳かな  江戸 卜宅
垣ごしにとらへてはなす柳哉  同 遠水
よこた川植処なき柳かな  尚白
青柳のしだれや鯉の住所  伊賀 一啖
雪汁や蛤いかす場のすみ  同 木白
待中の正月もはやくだり月  揚水
  田家に有て
麦めしにやつるゝ恋か猫の妻  芭蕉
うらやましおもひ切時猫の恋  越人
うき友にかまれてねこの空ながめ  去来
  露沾公にて余寒の当座
春風にぬぎもさだめぬ羽織哉  亀翁
野の梅のちりしほ寒き二月哉  尚白
出がはりや櫃にあまれるござのたけ  亀翁
出替や幼ごゝろに物あはれ  嵐雪
骨柴のかられながらも木の芽かな  凡兆
白魚や海苔は下部のかい合せ  其角
人の手にとられて後や桜海苔  尾張 杉峯
春雨にたゝき出したりつく/\し  元志
陽炎や取つきかぬる雪の上  荷兮
かげろふや土もこなさぬあらおこし  百歳
かげろふやほろ/\落る岸の砂  土芳
いとゆふのいとあそぶ也虚木立  伊賀 氷岡
野馬に子共あそばす狐哉  凡兆
かげろふや柴胡の糸の薄曇  芭蕉
いとゆふに貌引のばせ作り独活  伊賀 配力
狗脊の塵にゑらるゝわらびかな  嵐雪
彼岸まへさむさも一夜二夜哉  路通
みのむしや常のなりにて涅槃像  野水
蔵並ぶ裏は燕のかよひ道  凡兆
立さはぐ今や紀の雁いせの鴈  伊賀 沢雉
春雨や屋ねの小草に花咲ぬ  嵐虎
  高山に臥て
春雨や山より出る雲の門  猿雖
不性さやかき起されし春の雨  芭蕉
春雨や田蓑のしまの鯲売  史邦
はるさめのあがるや軒になく雀  羽紅
泥亀や苗代水の畦つたひ  史邦
蜂とまる木舞の竹や虫の糞ン  昌房
振舞や下座になをる去年の雛  去来
春風にこかすな雛の駕籠の衆  伊賀 荻子
桃柳くばりありくやをんなの子  羽紅
もゝの花境しまらぬかきね哉  三川 烏巣
里人の臍落したる田螺かな  嵐推
蝶の来て一夜寝にけり葱のぎぼ  半残
帋鳶切て白根が嶽を行衛哉  加州山中 桃妖
いかのぼりこゝにもすむや潦  伊賀 園風
日の影やごもくの上の親すゞめ  珍碩
荷鞍ふむ春のすゞめや縁の先  土芳
闇の夜や巣をまどはしてなく鵆  芭蕉
  越より飛弾へ行とて、籠のわたりのあやうきところ/゛\、道もなき山路にさまよひて
鷲の巣の樟の枯枝に日は入ぬ  凡兆
かすみより見えくる雲のかしら哉  伊賀 石口
子や待ん余り雲雀の高あがり  杉風
ひばりなく中の拍子や雉子の声  芭蕉
  芭蕉菴のふるきを訪
菫草小鍋洗しあとやこれ  曲水
木瓜莇旅して見たく野はなりぬ  江戸 山店
  画讃
山吹や宇治の焙爐の匂ふ時  芭蕉
白玉の露にきはづく椿かな  車来
  わがみかよはくやまひがちなりければ、髪けづらんも物むつかしと、此春さまをかへて
笄もくしも昔やちり椿  羽紅
蝸牛打かぶせたるつばき哉  津国山本 坂上氏
うぐひすの笠おとしたる椿哉  芭蕉
はつざくらまた迫々にさけばこそ  伊賀 利雪
  東叡山にあそぶ
小坊主や松にかくれて山ざくら  其角
一枝はおらぬもわろし山ざくら  尚白
鶏(本当は「奚」+「隹」)の声もきこゆるやま桜  凡兆
真先に見し枝ならんちる桜  丈艸
有明のはつ/\に咲く遅ざくら  史邦
常斎にはづれてけふは花の鳥  千那
  葛城のふもとを過る
猫見たし花に明行神の顔  芭蕉
  いがの国花垣の庄は、そのかみ南良の八重桜の料に、附られけると云伝えはんべれば
一里はみな花守の子孫かや  同
  亡父の墓東武谷中に有しに、三歳にて別れ、廿年の後かの地にくだりぬ。墓の前に桜植置侍るよし、かね/゛\母の物かたりつたへて、その桜をたづね佗けるに、他の墓猶さくら咲みだれ侍れば
まがはしや花吸ふ蜂の往還リ  園風
知人にあはじ/\と花見かな  去来
ある僧の嫌ひし花の都かな  凡兆
  浪人のやどにて
鼠共春の夜あれそ花靱  半残
腥きはな最中のゆふべ哉  伊賀 長眉
  花も奥有とや、よしのに深く吟じ入て
大峰やよしのゝ奥の花の果  曾良
  道灌山にのぼる
道灌や花はその代を嵐哉  嵐蘭
  源氏の絵を見て
欄干に夜ちる花の立すがた  羽紅
  庚午の歳家を焼て
焼にけりされども花はちりすまし  加州 北枝
はなちるや伽藍の枢おとし行  凡兆
海棠のはなは満たり夜の月  江戸 普船
  大和行脚のとき
草臥て宿かる比や藤の花  芭蕉
山鳥や躑躅よけ行尾のひねり  探丸
やまつゝじ海に見よとや夕日影  智月
兎角して卯花つぼむ弥生哉  山川
鷽の声きゝそめてより山路かな  伊賀 式之
  木曾塚
其春の石ともならず木曾の馬  乙州
春の夜はたれか初瀬の堂籠  曾良
  望湖水惜春
行春を近江の人とおしみける  芭蕉


猿蓑集 巻之五

鳶の羽も刷ぬはつしぐれ  去来
 一ふき風の木の葉しづまる  芭蕉
股引の朝からぬるゝ川こえて  凡兆
 たぬきをゝどす篠張の弓  史邦
まいら戸に蔦這かゝる宵の月  蕉
 人にもくれず名物の梨  来
かきなぐる墨絵おかしく秋暮て  邦
 はきごゝろよきめりやすの足袋  兆
何事も無言の内はしづかなり  来
 里見え初て午の貝ふく  蕉
ほつれたる去年のねござのしたゝるく  兆
 芙蓉のはなのはら/\とちる  邦
吸物は先出来されしすいぜんじ  蕉
 三里あまりの道かゝえける  来
この春も盧同が男居なりにて  邦
 さし木つきたる月の朧夜  兆
苔ながら花に並ぶる手水鉢  蕉
 ひとり直し今朝の腹だち  来
いちどきに二日の物も喰て置  兆
 雪げにさむき嶋の北風  邦
火ともしに暮れば登る峯の寺  来
 ほとゝぎす皆鳴仕舞たり  蕉
痩骨のまだ起直る力なき  邦
 隣をかりて車引こむ  兆
うき人を枳殻垣よりくゞらせん  蕉
 いまや別の刀さし出す  来
せはしげに櫛でかしらをかきちらし  兆
 おもひ切たる死ぐるひ見よ  邦
青天に有明月の朝ぼらけ  来
 湖水の秋の比良のはつ霜  蕉
柴の戸や蕎麦ぬすまれて歌をよむ  邦
 ぬのこ着習ふ風の夕ぐれ  兆
押合て寝ては又立つかりまくら  蕉
 たゝらの雲のまだ赤き空  来
一構鞦つくる窓のはな  兆
 枇杷の古葉に木芽もえたつ  邦

  去来九
  芭蕉九
  凡兆九
  史邦九



市中は物のにほひや夏の月  凡兆
 あつし/\と門/\の声  芭蕉
二番草取りも果さず穂に出て  去来
 灰うちたゝくうるめ一枚  兆
此筋は銀も見しらず不自由さよ  蕉
 たゞとひやうしに長き脇指  来
草村に蛙こはがる夕まぐれ  兆
 蕗の芽とりに行燈ゆりけす  蕉
道心のおこりは花のつぼむ時  来
 能登の七尾の冬は住うき  兆
魚の骨しはぶる迄の老を見て  蕉
 待人入し小御門の鎰  来
立かゝり屏風を倒す女子共  兆
 湯殿は竹の簀子侘しき  蕉
茴香の実を吹落す夕嵐  来
 僧やゝさむく寺にかへるか  兆
さる引の猿と世を経る秋の月  蕉
 年に一斗の地子はかる也  来
五六本生木つけたる潴  兆
 足袋ふみよごす黒ぼこの道  蕉
追たてゝ早き御馬の刀持  来
 でつちが荷ふ水こぼしたり  兆
戸障子もむしろかこひの売屋敷  蕉
 てんじやうまもりいつか色づく  来
こそ/\と草鞋を作る月夜さし  兆
 蚤をふるひに起し初秋  蕉
そのまゝにころび落たる升落  来
 ゆがみて蓋のあはぬ半櫃  兆
草庵に暫く居ては打やぶり  蕉
 いのち嬉しき撰集のさた  来
さま/゛\に品かはりたる恋をして  兆
 浮世の果は皆小町なり  蕉
なに故ぞ粥すゝるにも涙ぐみ  来
 御留主となれば広き板敷  兆
手のひらに虱這はする花のかげ  蕉
 かすみうごかぬ昼のねむたさ  来

  凡兆十二
  芭蕉十二
  去来十二



灰汁桶の雫やみけりきり/せ\す  凡兆
 あぶらかすりて宵寝する秋  芭蕉
新畳敷ならしたる月かげに  野水
 ならべて嬉し十のさかづき  去来
千代経べき物を様/゛\子日して  蕉
 鴬の音にだびら雪降る  兆
乗出して肱に余る春の駒  蕉
 摩耶が高根に雲のかゝれる  水
ゆふめしにかますご喰へば風薫  兆
 蛭の口処をかきて気味よき  蕉
ものおもひけふは忘れて休む日に  水
 迎せはしき殿よりのふみ  来
金鍔と人によばるゝ身のやすさ  蕉
 あつ風呂ずきの宵/\の月  兆
町内の秋も更行明やしき  来
 何を見るにも露ばかり也  水
花とちる身は西念が衣着て  蕉
 木曾の酢茎に春もくれつゝ  兆
かへるやら山陰伝ふ四十から  水
 柴さす家のむねをからげる  来
冬空のあれに成たる北颪  兆
 旅の馳走に有明しをく  蕉
すさまじき女の智恵もはかなくて  来
 何おもひ草狼のなく  水
夕月夜岡の萱ねの御廟守る  蕉
 人もわすれしあかそぶの水  兆
うそつきに自慢いはせて遊ぶらん  水
 又も大事の鮓を取出す  来
堤より田の青やぎていさぎよき  兆
 加茂のやしろは能き社なり  蕉
物うりの尻声高く名乗すて  来
 雨のやどりの無常迅速  水
昼ねぶる青鷺の身のたふとさよ  蕉
 しよろ/\水に藺のそよぐらん  兆
糸桜腹いつぱひに咲にけり  来
 春は三月曙のそら  水

  去来九
  芭蕉九
  野水九
  去来九



  餞乙州東武行
梅若菜まりこの宿のとろゝ汁  芭蕉
 かさあたらしき春の曙  乙州
雲雀なく小田に土持比なれや  珍碩
 しとき祝ふて下されにけり  素男
片隅に虫歯かゝえて暮の月  州
 二階の客はたゝれたるあき  蕉
放やるうづらの跡は見えもせず  男
 稲の葉延の力なきかぜ  碩
ほつしんの初にこゆる鈴鹿山  蕉
 内蔵頭かと呼声はたれ  州
卯の刻の箕手に並ぶ小西方  碩
 すみきる松のしづかなりけり  男
萩の札すゝきの札によみなして  州
 雀かたよる百舌鳥の一声  智月
懐に手をあたゝむる秋の月  凡兆
 汐さだまらぬ外の海づら  州
鑓の柄に立すがりたる花のくれ  去来
 灰まきちらすからしなの跡  兆
春の日に仕舞てかへる経机  正秀
 店屋物くふ供の手がはり  来
汗ぬぐひ端のしるしの紺の糸  半残
 わかれせはしき鶏(本当は「奚」+「隹」)の下 土芳
大胆におもひくづれぬ恋をして  残
 身はぬれ紙の取所なき  芳
小刀の蛤刃なる細工ばこ  残
 棚に火ともす大年の夜  園風
こゝもとはおもふ便も須磨の浦  猿雖
 むね打合せ着たるかたぎぬ  残
此夏もかなめをくゝる破扇  風
 醤油ねさせてしばし月見る  雖
咳声の隣はちかき縁づたひ  芳
 添へばそふほどこくめんな顔  風
形なき絵を習ひたる会津盆  嵐蘭
 うす雪かゝる竹の割下駄  史邦
花に又ことしのつれも定らず  野水
 雛の袂を染るはるかぜ  羽紅

  芭蕉三
  乙州五    土芳三
  珍碩三    園風三
  素男三    猿雖二
  智月一    嵐蘭一
  凡兆二    史邦一
  去来二    野水一
  正秀一    羽紅一
  半残四




猿蓑集 巻之六

  幻佳菴記          芭蕉艸

石山の奥、岩間のうしろに山有、国分山と云。そのかみ国分寺の名を伝ふなるべし。麓に細き流を渡りて、翠微に登る事三曲二百歩にして、八幡宮たゝせたまふ。神体は弥陀の尊像とかや。唯一の家には甚忌なる事を、両部光を和げ、利益の塵を同じうしたまふも又貴し。日比は人の詣ざりければ、いとゞ神さび物しづかなる傍に、住捨し草の戸有。よもぎ根笹軒をかこみ、屋ねもり壁落て孤狸ふしどを得たり。幻住菴と云。あるじの僧何がしは、勇士菅沼氏曲水子の伯父になん侍りしを、今は八年計むかしに成て、正に幻住老人の名をのみ残せり。予又市中をさる事十年計にして、五十年やゝちかき身は、蓑虫のみのを失ひ、蝸牛家を離て、奥羽象潟の暑き日に面をこがし、高すなごあゆみくるしき北海の荒礒にきびすを破りて、今歳湖水の波に漂、鳰の浮巣の流とゞまるべき蘆の一本の陰たのもしく、軒端茨あらため、垣ね結添などして、卯月の初いとかりそめに入し山の、やがて出じとさへおもひそみぬ。さすがに春の名残も遠からず、つゝじ咲残り、山藤松に懸て、時鳥しば/\過る程、宿かし鳥の便さへ有を、木つゝきのつゝくともいとはじなど、そゞろに興じて、魂呉楚東南にはしり、身は瀟湘洞庭に立つ。山は未申にそばだち、人家よきほどに隔り、南薫峯よりおろし、北風海を浸して凉し。日枝の山比良の高根より、辛崎の松は霞こめて、城有、橋有、釣たるゝ舟有。笠とりにかよふ木樵の声、麓の小田に早苗とる歌、蛍飛かふ夕闇の空に、水鶏の扣音、美景物としてたらずと云事なし。中にも三上山は士峯の俤にかよひて、武蔵野ゝ古き栖もおもひいでられ、田上山に古人をかぞふ。さゝほが嶽、千丈が峯、袴腰といふ山有。黒津の里はいとくろう茂りて、網代守ルにぞとよみけん万葉集の姿なりけり。猶眺望くまなからむと、後の峯に這のぼり、松の棚作、藁の円座を敷て、猿の腰掛と名付。彼海棠に巣をいとなび、主薄峯に菴を結べる王翁除●(ニンベン+「全」)が徒にはあらず。唯睡辟山民と成て、孱顔に足をなげ出し、空山に虱を捫て座ス。たま/\心まめなる時は、谷の清水を汲て自ら炊ぐ。とく/\の雫を侘て一炉の備へいとかろし。はた昔住けん人の、殊に心高く住なし侍りて、たくみ置る物ずきもなし。持仏一間を隔て、夜の物おさむべき処などいさゝかしつらへり。さるを、筑紫高良山の僧正は、加茂の甲斐何がしが厳子にて、此たび洛にのぼりいまそかりけるを、ある人をして額を乞。いとやす/\と筆を染て、幻住菴の三字を送らる。頓て草菴の記念となしぬ。すべて山居といひ旅寝と云、さる器たくはふべくもなし。木曾の桧笠越の菅蓑計、枕の上の柱に懸たり。昼は稀/\とぶらふ人々に心を動し、あるは宮守の翁、里のおのこ共入来りて、いのしゝの稲くひあらし、兎の豆畑にかよふなど、我聞しらぬ農談、日既に山の端にかゝれば、夜座靜に月を待ては影を伴ひ、燈を取ては罔両に是非をこらす。かくいへばとて、ひたぶるに閑寂を好み、山野に跡をかくさむとにはあらず、やゝ病身人に倦て、世をいとひし人に似たり。倩年月の移こし拙き身の科をおもふに、ある時は仕官懸命の地をうらやみ、一たびは仏籬祖室の扉に入らむとせしも、たどりなき風雲に身をせめ、花鳥に情を労して、暫く生涯のはかり事とさへなれば、終に無能無才にして此一筋につながる。楽天は五臓の神をやぶり、老杜は痩たり。賢愚文質のひとしからざるも、いづれか幻の栖ならずやと、おもひ捨てふしぬ。
  先たのむ椎の木も有夏木立


   題芭雀翁国分山幻住菴記之後
何世無隠士。以心隠為賢也。何虚無山川。風景囚人美也。間読芭蕉翁幻住菴記。乃識其賢且知山川得其人而益美矣。可謂人与山川共相得焉。迺作鄙章一篇歌之曰。
  琶湖南兮国分嶺   古松鬱兮緑陰清
  芽屋竹椽纔数間   内有佳人独養生
  満口錦繍輝山川   風景依稀入誹城
  此地自古富勝覧   今日因君尚益栄
 元禄庚午仲秋日       震軒具艸




  几右日記

時鳥背中見てやる麓かな  曲水
くつさめの跡しづか也なつの山  野水
鶏もばら/\時か水鶏なく  去来
海山に五月雨そふや一くらみ  凡兆
軒ちかき岩梨おるな猿のあし  千那
細脛のやすめ処や夏のやま  珍碩
  贈紙帳
おもふ事紙帳にかけと送りけり  野径
いつたきて蕗の葉にもるおぶくぞも  里東
螢飛畳の上もこけの露  乙州
顔や葎の中の花うつぎ  膳所 怒誰
たど/\し峰に下駄はく五月闇  探志
五羽六羽菴とりまはすかんこ鳥  元志
木つゝきにわたして明る水鶏哉  膳所 泥土
笠あふつ柱すゞしや風の色  史邦
月待や海を尻目に夕すゞみ  正秀
しづかさは栗の葉沈む清水哉  亡人 柳陰
涼しさやともに米かむ椎が本  如行
  訪に留主なり
椎の木をだかへて啼や蝉の声  膳所 朴水
目の下や手洗ふ程に海涼し  美濃垂井 市隠
  文に云こす
膳所米や早苗のたけに夕涼  半残
  麦の粉を土産す
一袋これや鳥羽田のことし麦  之道
  書音
一夏入る山さばかりや旅ねずき  長崎 魯町
夕立や檜木の奥の一しきり  及肩
  昇猿腰掛
龝風や田上山のくぼみより  尚白
  贈簑
しら露もまだあらみのゝ行衛哉  北枝
木履ぬぐ傍に生けり蓼の花  木節
  包紙に書
縫にこす薬袋や萩の露  膳所 扇
稲の花これを仏の土産哉  智月
石山や行かで果せし秋の風  羽紅
桶の輪やきれて鳴やむきり/゛\す  昌房
里はいま夕めしどきのあつさ哉  何処
啼やいとゞ塩にほこりのたまる迄  越人
  越人と同じく訪合て
蓮の実の供に飛入菴かな  等哉
  明年弥生尋旧菴
春雨やあらしも果ず月のひづみ
  同夏
涼しさや此菴をさへ住捨し  曾良




   跋
猿蓑者芭蕉翁滑稽之首●(「音」+「景」)也。非比彼山寺偸衣朝市頂冠笑。只任心感物写興而已矣。洛下逸人凡兆去来随豪遊学。楳館竹窓●(「臘」の左側がアシヘン)等凌節、斯有歳。属撰此集玩弄無已。自謂絶超狐腋白裘者也。於是四方●(クチヘン+「金」)友憧々往来、或千里寄書、々中皆有佳句。日蘊月隆各程文章。然有昆仲騒士不集録者、索居竄居栖為難通信。且有旄倪婦人不琢磨者、麁言細語為喜同志。雖無至其域何棄其人乎哉。果分四序作六巻。故不遑広捜他家文林也。維●(ニチヘン+「之」)元禄四稔辛未仲夏、余掛錫於洛陽旅亭、偶会兆来吟席。見需記此事題書尾、卒援毫不揣拙。庶幾一蓑高張有補于詞海漁人云。
               風狂軒衲 丈艸漢書
                    正竹書之
            京寺町二条上ル丁井筒屋庄兵衛板