『野菊の墓』(俳書堂版 総ルビ付き) 総ひらがな版


凡例 
底本:明治三十九年四月五日発行 定価金参拾銭
著者  伊藤幸次郎
発行所 俳書堂

底本は、旧仮名遣いで、総ルビ付きです。
新仮名遣いで、総ひらがな版を作りました。
原則として底本の表記に基づいておりますが、明らかな誤字・誤植は訂正しました。
ページを記し、底本通り改行しました。
*記号の説明   ¥ / − 
単語を単位に区切り、記号で区別をします。(区切りは不完全です。)
¥  文節の区切り   
/ 助詞・助動詞の前   
― 連語のつなぎ

入力者:荒山慶一


『野菊の墓』伊藤左千夫著

野きく乃墓(表紙)

中村不折の挿し絵

P001
のぎくのはか¥


さちおさく¥
のち/の−つき/と¥いう¥じぶん/が¥くる/と、¥どうも¥おもわ/ず/に/は¥いら/れ/ない。¥おさな
い¥わけ/と/は¥おもう/が¥なにぶん/に/も¥わすれる¥こと/が¥でき/ない。¥もう¥じゅうねん−よ/も¥すぎ−さっ
/た¥むかし/の¥こと/で−ある/から、¥こまかい¥じじつ/は¥おおく/は¥おぼえ/て−い/ない/けれ/ど、¥
こころもち/だけ/は¥いま¥なお¥きのう/の/ごとく、¥その−とき/の¥こと/を¥かんがえ/てる/と、¥まつたく¥とうじ/の¥こころ
もち/に¥たち−かえっ/て、¥なみだ/が¥とめどなく¥わく/ので−ある。¥かなしく/も¥あり¥たのし
く/も¥あり/と¥いう/よう/な¥ありさま/で、¥わすれ/よう/と¥おもう¥こと/も¥ない/では¥ない/が、¥
P002
むしろ¥くりかえし¥くりかえし¥かんがえ/ては、¥むげんてき/の¥きょうみ/を¥むさぼっ/て−いる¥こと/が¥おおい。¥
そんな¥わけ/から¥ちょっと¥もの/に¥かい/て−おこ/う/か/と¥いう¥き/に¥なっ/た/ので−ある。¥
ぼく/の¥いえ/と¥いう/は、¥まつど/から¥にり/ばかり¥さがっ/て、¥やぎりのわたし/を¥ひがし/へ¥わたり、¥
こだかい¥おか/の¥うえ/で¥やはり¥やぎりむら/と¥いっ/てる¥ところ。¥やぎりのさいとう/と¥いえ/ば、¥この¥
かいわい/で/の¥きゅうか/で、¥さとみ/の¥くずれ/が¥にさんにん¥ここ/へ¥おち/て¥ひゃくしょう/に¥なっ/た¥うち/の¥ひと
り/が¥さいとう/と¥いっ/た/のだ/と¥じじい/から¥きい/て−いる。¥やしき/の¥にしがわ/に¥いちじょう−ご
ろくしゃく/も¥まわる/よう/な¥しい/の−き/が¥しごほん¥かさなり−あっ/て¥たっ/て−いる。¥むら−いちばん
/の¥いもり/で¥むら−じゅう/から¥うらやましがら/れ/て−いる。¥むかし/から¥なに−ほど¥あらし/が¥ふい/て
も、¥この¥しいもり/の¥ため/に、¥ぼく/の¥いえ/ばかり/は¥やね/を¥はが/れ/た¥こと/は¥ただ/の¥いちど/も¥
ない/と/の¥はなし/だ。¥いえ/など/も¥ずいぶん/と¥ふるい、¥はしら/が¥のこら/ず¥しい/の−き/だ。¥それ/が¥
P003
また¥すす/やら¥あか/やら/で¥なん/の¥き/か¥みわけ/が¥つか/ぬ¥くらい、¥おく/の¥ま/の¥もっとも¥けぶり/に¥とお
い¥とこ/でも、¥てんじょういた/が¥まるで¥あぶらずみ/で¥ぬっ/た/よう/に、¥いた/の¥もくめ/も¥わから/ぬ/ほど¥
くろい。¥それでも¥たち/は¥わりあい/に¥たかく/て、¥かんたん/な¥らんま/も¥あり¥どう/の¥くぎかくし/な
ど/も¥うっ/て−ある。¥その¥くぎかくし/が¥ばか/に¥おおきい¥がん/で−あっ/た。¥もちろん¥ちょっと¥みた
/の/では¥き/か¥かね/かも¥しれ/ない/ほど¥ふるび/て−いる。¥
ぼく/の¥はは/など/も¥せんぞ/の¥いいつたえ/だから/と¥いっ/て、¥この¥せんごくじだい/の¥いぶつてき¥
ふるいえ/を、¥たいへん/に¥じまん−さ/れ/て−い/た。¥そのころ¥はは/は¥ちのみち/で¥ひさしく¥わずらっ/て−
おら/れ、¥くろぬりてき/な¥おく/の¥ひとま/が¥いつも¥はは/の¥びょうじょく/と¥なっ/て−い/た。¥その¥つぎ/の¥
じゅうじょう/の¥ま/の¥みなみ−すみ/に、¥にじょう/の¥こざしき/が¥ある。¥ぼく/が¥い/ない¥とき/は¥はたおりば/で、¥
ぼく/が¥いる¥うち/は¥ぼく/の¥どくしょしつ/に¥し/て−い/た。¥てすりまど/の¥しょうじ/を¥あけ/て¥あたま/を¥だ
P004
す/と、¥しい/の¥えだ/が¥あおぞら/を¥さえぎっ/て¥きた/を¥おおう/て−いる。¥
はは/が¥ながらく¥ぶらぶらし/て−い/た/から、¥いちかわ/の¥しんるい/で¥ぼく/に/は¥えん/の¥いとこ
/に¥なっ/て−いる、¥たみこ/と¥いう¥おんな/の−こ/が¥しごと/の¥てつだい/やら¥はは/の¥かんご/やら/に¥
き/て−おっ/た。¥ぼく/が¥いま¥わすれる¥こと/が¥でき/ない/と¥いう/の/は、¥その¥たみこ/と¥ぼく
/と/の¥かんけい/で−ある。¥その¥かんけい/と¥いっ/ても、¥ぼく/は¥たみこ/と¥げれつ/な¥かんけい/を¥し/た
/ので/は¥ない。¥
ぼく/は¥しょうがっこう/を¥そつぎょう−し/た/ばかり/で¥じゅうごさい、¥つき/を¥かぞえる/と¥じゅうさんさい−なんかげつ/と¥
いう¥ころ、¥たみこ/は¥じゅうしち/だ/けれど¥それ/も¥うまれ/が¥おそい/から、¥じゅうご/と¥すこし/に/し
か¥なら/ない。¥やせぎす/で−あっ/た/けれども¥かお/は¥まるい¥ほう/で、¥すきとおる/ほど¥
しろい¥ひふ/に¥あかみ/を¥おん/だ、¥まことに¥つや/の¥よい¥こ/で−あっ/た。¥いつでも¥いき
P005
いき/と/して¥げんき/が¥よく、¥そのくせ¥き/は¥よわく/て¥にくげ/の¥すこし/も¥ない¥こ/で−あっ/た。¥
もちろん¥ぼく/と/は¥だい/の¥なかよし/で、¥ざしき/を¥はく/と¥いっ/ては¥ぼく/の¥ところ/を¥のぞく、¥
しょうじ/を¥はたく/と¥いっ/ては¥ぼく/の¥ざしき/へ¥はいっ/て−くる、¥わたし/も¥ほん/が¥よみ/たい
/の¥てならい/が¥し/たい/の/と¥いう、¥たま/に/は¥はたき/の¥え/で¥ぼく/の¥せなか/を¥つい/た
り、¥ぼく/の¥みみ/を¥つまん/だり¥し/て¥にげ/て−ゆく。¥ぼく/も¥たみこ/の¥すがた/を¥みれ/ば¥こ
い−こい/と¥いう/て¥ふたり/で¥あそぶ/の/が¥なに/より¥おもしろかっ/た。¥
はは/から¥いつ/でも¥しから/れる。
「¥また¥たみや/は¥まさ/の¥ところ/へ¥はいっ/てる/な。¥こらぁ¥さっさ/と¥そうじ/を¥やっ/て¥しま
え。¥
これ/から/は¥まさ/の¥どくしょ/の¥じゃま/など¥し/ては¥いけません。¥たみや/は¥としうえ
P006
/の¥くせ/に……」
/など/と¥しきり/に¥こごと/を¥いう/けれど、¥その−じつ¥はは/も¥たみこ/を/ば¥ひじょう/に¥かわいが
っ/て−いる/の/だから、¥いっこう/に¥こごと/が¥きか/ない。¥わたし/に/も¥すこし¥てならい/を¥さし
/て……/など/と¥ときどき¥たみこ/は¥だだ/を¥いう。¥そう¥いう¥とき/の¥はは/の¥こごと/も¥きまっ
/て−いる。
「¥おまえ/は¥てならい/よか¥さいほう/です。¥きもの/が¥まんぞく/に¥ぬえ/なく/ては¥おんな¥いちにんまえ
/と/して¥よめ/に¥ゆか/れ/ませ/ん」¥
このごろ¥ぼく/に¥いってん/の¥じゃねん/が¥なかっ/た/は¥もちろん/で−あれ/ど、¥たみこ/の¥ほう/に/も、¥
いや/な¥かんがえ/など/は¥すこし/も¥なかっ/た/に¥そうい−ない。¥しかし¥はは/が¥よく¥こごと/を¥い
う/に/も¥かかわら/ず、¥たみこ/は¥なお¥あさ/の¥ごはん/だ¥ひる/の¥ごはん/だ/と¥いう/ては¥ぼく/を¥よび
P007
/に¥くる。¥よび/に¥くる¥たび/に、¥いそい/で¥はいっ/て−き/て、¥ほん/を¥みせろ/の¥ふで/を¥
かせ/の/と¥いっ/ては¥しばらく¥あそん/で−いる。¥その−あいだ/に/も¥はは/の¥くすり/を¥もっ/て−き/た¥かえり
/や、¥はは/の¥よう/を¥たし/た¥かえり/に/は、¥きっと¥ぼく/の¥ところ/へ¥はいっ/て−くる。¥ぼく/も¥たみ
こ/が¥のぞか/ない¥ひ/は¥なんと−なく¥さびしく¥ものたら/ず¥おもわ/れ/た。¥きょう/は¥たみさ
ん/は¥なに/を¥し/て−いる/かな/と¥おもいだす/と、¥ふらふらっと¥しょしつ/を¥でる。¥たみこ
/を¥み/に−ゆく/と¥いう/ほど/の¥こころ/では¥ない/が、¥ちょっと¥たみこ/の¥すがた/が¥め/に¥ふれれ
/ば¥き/が¥おちつく/ので−あっ/た。¥なんのこった¥やっぱり¥たみこ/を¥み/に−きた/ん/じゃ¥
ない/か/と、¥じぶん/で¥じぶん/を¥あざけっ/た/よう/な¥こと/が¥しばしば¥あっ/た/ので−ある。¥
むら/の¥ある¥いえ/さ¥ごぜ/が¥とまっ/た/から¥きき/に¥ゆか/ない/か、¥さいもん/が¥き/た/か
ら¥きき/に¥ゆこ/う/の/と¥きんじょ/の¥おんな−ども/が¥さそう/ても、¥たみこ/は¥なにとか¥ことわり/を¥い
P008
う/て¥けっして¥いえ/を¥で/ない。¥となりむら/の¥まつり/で¥はなび/や¥かざりもの/が¥ある/から/と/の¥こと
/で、¥れい/の¥むこう/の¥おはま/や¥となり/の¥おせん−ら/が¥おおさわぎ−し/て¥み/に−ゆく/と¥いう/に、¥うち
/の¥もの−ら/まで¥たみさん/も¥いっしょ/に¥いっ/て¥み/て−き/たら/と¥いう/ても、¥たみこ/は¥
はは/の¥びょうき/を¥いいまえ/に/して¥ゆか/ない。¥ぼく/も¥あまり¥そんな¥ところ/へ¥でる/の/は¥いや/で−
あっ/た/から¥うち/に¥いる。¥たみこ/は¥こそこそ/と¥ぼく/の¥ところ/へ¥はいっ/て−き/て、¥こ
ごえ/で、¥わたし/は¥うち/に¥いる/の/が¥いちばん¥おもしろい/わ/と¥いっ/て¥にっこり¥わらう。¥ぼく/も¥
なにと−なし¥たみこ/を/ば¥そんな¥ところ/へ¥やり/たく¥なかっ/た。¥
ぼく/が¥みっか−おき¥よつか−おき/に¥はは/の¥くすり/を¥とり/に¥まつど/へ¥ゆく。¥どうか−する/と¥
かえり/が¥おそく¥なる。¥たみこ/は¥さんど/も¥よど/も¥うらざか/の¥うえ/まで¥で/て¥わたし/の¥ほう/を¥
み/て−い/た/そう/で、¥いつ/でも¥うち−じゅう/の¥もの/に¥ひやかさ/れる。¥たみこ/は¥まじめ
P009
/に¥なっ/て、¥おかあさん/が¥しんぱい−し/て、¥み/て−おい/で¥み/て−おい/で/と¥いう/から/だ
/と¥いいわけ/を¥する。¥うち/の¥もの/は¥みな¥ひそひそ¥わらっ/て−いる/と/の¥はなし/で−あっ/た。¥
そういう¥しだい/だから、¥さくおんな/の¥おます/など/は、¥むしょう/と¥たみこ/を¥こづら
にくがっ/て、¥なにか/と¥いう/と、
「¥たみこさん/は¥まさおさん¥とこ/へ/ばかり¥ゆき/たがる、¥ひま/さえ¥あれ/ば¥まさお
さん/に¥こびりつい/て−いる」
/など/と¥しきり/に¥いい−はやし/た/らしく、¥となり/の¥おせん/や¥むこう/の¥おはま−ら/まで¥
かれこれ¥うわさ/を¥する。¥これ/を¥きい/て/か¥あによめ/が¥はは/に¥ちゅうい−し/た/らしく、¥あるひ¥はは
/は¥つねになく¥むずかしい¥かお/を¥し/て、¥ふたり/を¥まくらもと/へ¥よびつけ¥いみ−あり
げ/な¥こごと/を¥いう/た。
P010
「¥おとこ/も¥おんな/も¥じゅうごろく/に¥なれ/ば¥もはや¥こども/では/ない。¥おまえら¥ふたり/が¥あまり¥なか
/が¥よすぎる/とて¥ひと/が¥かれこれ¥いう/そう/じゃ。¥き/を¥つけ/なく/ては¥いけ
/ない。¥たみこ/が¥としかさ/の¥くせ/に¥よく¥ない。¥これ/から/は¥もう¥けっして¥まさ/の¥
ところ/へ/など¥ゆく¥こと/は¥なら/ぬ。¥わが¥こ/を¥ゆるす/では¥ない/が¥まさ/は¥まだ¥こ
ども/だ。¥たみや/は¥じゅうしち/では¥ない/か。¥つまら/ぬ¥うわさ/を¥さ/れる/と¥おまえ/の¥
からだ/に¥きず/が¥つく。¥まさお/だって¥き/を¥つけろ……。¥らいげつ/から¥ちば/の¥ちゅう
がく/へ¥ゆく/ん/じゃ¥ない/か」¥
たみこ/は¥とし/が¥おおい/し¥かつ/は¥いみ¥あっ/て¥ぼく/の¥ところ/へ¥ゆく/で−あろ/う/と¥おもわ/れ
/た/と¥き/が¥つい/た/か、¥ひじょう/に¥はじいっ/た¥ようす/に、¥かお¥まっか/に/して¥うつむい
/て−いる。¥つね/は¥はは/に¥すこし/ぐらい¥こごと¥いわ/れ/ても¥ずいぶん¥だだ/を¥いう/の/だ/けれど、¥
P011
この−ひ/は¥ただ¥りょうて/を¥つい/て¥うつむい/た¥きり¥ひとこと/も¥いわ/ない。¥なん/の¥やましい¥ところ
/の¥ない¥ぼく/は¥すこぶる¥ふへい/で、
「¥おかあさん、¥そりゃ¥あまり¥ごむり/です。¥ひと/が¥なん/と¥いっ/たっ/て、¥わたしら/は¥
なん/の¥わけ/も¥ない/のに、¥なに/か¥たいへん¥わるい¥こと/でも¥し/た/よう/な¥おこごと/じゃ¥
あり/ませ/ん/か。¥おかあさん/だって¥いつも¥そう¥いっ/て/た/じゃ¥あり/ませ
/ん/か。¥たみこ/と¥おまえ/と/は¥きょうだい/も¥おなじ/だ、¥おかあさん/の¥め/から/は¥おまえ
/も¥たみこ/も¥すこし/も¥へだて/は¥ない、¥なかよく−しろ/よ/と¥いつ/でも¥いっ/た/じ
ゃ¥あり/ませ/ん/か」¥
はは/の¥しんぱい/も¥どうり/の¥ある¥こと/だ/が、¥ぼくら/も¥そんな¥いやらしい¥こと/を¥
いわ/れ/よう/と/は¥すこし/も¥おもっ/て−いなかっ/た/から、¥ぼく/の¥ふへい/も¥いくらか
P012
/の¥り/は¥ある。¥はは/は¥にわか/に¥やさしく¥なっ/て、¥
おまえたち/に¥なん/の¥わけ/も¥ない¥こと/は¥おかあさん/も¥しっ/てる/がね、¥ひと/の¥くち
/が¥うるさい/から、¥ただ¥これ/から¥すこし¥き/を¥つけ/て/と¥いう/の/です」¥
いろあおざめ/た¥はは/の¥かお/に/も¥いつしか¥ぼくら/を¥しん/から¥かわいがる¥えみ/が¥たたえ
/て−いる。¥やがて、
「¥たみや/は¥あの¥また¥くすり/を¥もっ/て−き/て、¥それから¥ぬいかけ/の¥あわせ/を¥きょうじゅう/に¥
しあげ/て¥しまい/なさい……。¥まさ/は¥たっ/た¥ついで/に¥はな/を¥きっ/て¥ぶつだん
/へ¥あげ/て¥ください¥きく/は¥まだ¥さか/ない/か、¥そんなら¥しおん/でも¥きっ
/て−くれよ」¥
ほんにんたち/は¥なんのきなし/で−ある/のに、¥ひと/が¥かれこれ¥いう/ので¥かえって¥むじゃき/で−
P013
いら/れ/ない/よう/に/して¥しまう。¥ぼく/は¥はは/の¥こごと/も¥いちにち/しか¥おぼえ/て¥い/ない。¥
にさんにち¥たっ/て¥たみさん/は¥なぜ¥ちかごろ/は¥こ/ない/の/かしらん/と¥おもっ/た¥くらい/で−あ
っ/た/けれど、¥たみこ/の¥ほう/では、¥それ/から/と¥いう¥もの/は¥ようす/が¥からっと¥
かわっ/て¥しもう/た。¥
たみこ/は¥そのご¥ぼく/の¥ところ/へ/は¥いっさい¥かおだし−し/ない/ばかり/で¥なく、¥ざしき/の¥うち/で¥
ゆきあっ/ても、¥ひと/の¥いる¥まえ/など/では¥ようい/に¥もの/も¥いわ/ない。¥なにと−なく¥きま
りわる/そう/に、¥まぶしい/よう/な¥ふう/で¥いそい/で¥とおりすぎ/て¥しまう。¥よんどころなく¥
もの/を¥いう/に/も、¥いま/まで/の¥ぶえんりょ/に¥へだて/の¥ない¥ふう/は¥なく、¥いやに¥ていねい
/に¥あらたまっ/て¥くち/を¥きく/ので−ある。¥とき/に/は¥ぼく/が¥あまり¥にわか/に¥あらたまっ/た/の/を¥おか
しがっ/て¥わらえ/ば、¥たみこ/も¥ついには¥そで/で¥わらい/を¥かくし/て¥にげ/て¥しまう/と¥いう¥
P014
ふう/で、¥とにかく¥ひとえ/の¥かき/が¥ふたり/の¥あいだ/に¥むすば/れ/た/よう/な¥きあい/に¥なっ/た。¥
それでも¥あるひ/の¥よじすぎ/に、¥はは/の¥いいつけ/で¥ぼく/が¥せど/の¥なすばたけ/に¥
なす/を¥もい/で−いる/と、¥いつのま/に/か¥たみこ/が¥ざる/を¥て/に¥もっ/て、¥ぼく/の¥うしろ
/に¥き/て−い/た。
「¥まさおさん……」¥
だしぬけ/に¥よん/で¥わらっ/て−いる。
「¥わたし/も¥おかあさん/から¥いいつかっ/て−き/た/のよ。¥きょう/の¥ぬいもの/は¥かた/が¥こ
っ/た/ろう、¥すこし¥やすみ/ながら¥なす/を¥もい/で−き/て−くれ。¥あした¥こうじづけ/を¥
つける/からって、¥おかあさん/が¥そう¥いう/から、¥わたし¥とん/で−き/まし/た」¥
たみこ/は¥ひじょう/に¥うれしそう/に¥げんき¥いつぱい/で、¥ぼく/が、
P015
「¥それでは¥ぼく/が¥さき/に¥き/て−いる/の/を¥たみさん/は¥しら/ない/で¥き/た/の」
/と¥いう/と¥たみこ/は、
「¥しら/なく/て/さ」¥
にこにこ−し/ながら¥なす/を¥とりはじめる。¥
なすばたけ/と¥いう/は、¥しいもり/の¥した/から¥ひとえ/の¥やぶ/を¥とおりぬけ/て、¥いえ/より¥にし
きた/に¥あたる¥うら/の¥せんざいばたけ。¥がけ/の¥うえ/に¥なっ/て−いる/ので、¥とねがわ/は¥もちろん¥なかがわ/ま
で/も¥かすか/に¥みえ、¥むさし¥いちえん/が¥みわたさ/れる。¥ちちぶ/から¥あしがら¥はこね/の¥
やまやま、¥ふじ/の¥たかね/も¥みえる。¥とうきょう/の¥うえののもり/だ/と¥いう/の/も¥それ/らし
く¥みえる。¥みず/の/よう/に¥すみきっ/た¥あき/の¥そら、¥ひ/は¥いっけんはん/ばかり/の¥へん/に¥かたむい
/て、¥ぼくら¥ふたり/が¥たっ/て−いる¥なすばたけ/を¥しょうめん/に¥てりかえし/て−いる。¥あたり¥
P016
いったい/に¥しん/と/して¥また¥いかにも¥はっきり/と¥し/た¥けしき、¥われら¥ふたり/は¥しん/に¥
がちゅう/の¥ひと/で−ある。
「¥まあ¥なん/と¥いう¥よい¥けしき/でしょう」¥
たみこ/も¥しばらく¥て/を¥やめ/て¥たっ/た。¥
ぼく/は¥ここ/で¥はくじょう−する/が、¥このとき/の¥ぼく/は¥たしか/に¥とおか¥いぜん/の¥ぼく/では¥なかっ/た。¥
ふたり/は¥けっして¥このとき¥むじゃき/な¥ともだち/では¥なかっ/た。¥いつのま/に¥そういう¥
こころもち/が¥おこっ/て−い/た/か、¥じぶん/に/は¥すこし/も¥わから/なかっ/た/が、¥やはり¥はは/に¥
しから/れ/た¥ころ/から、¥ぼく/の¥むね/の¥うち/に/も¥ちいさな¥こい/の¥たまご/が¥いくつか¥わきそめ/て−
おっ/た/に¥ちがいない。¥ぼく/の¥せいしんじょうたい/が¥いつのま/に/か¥へんかし/て−き/た/は、¥
かくす¥こと/の¥でき/ない¥じじつ/で−ある。¥このひ¥はじめて¥たみこ/を¥おんな/と/して¥おもっ/た
P017
/の/が、¥ぼく/に¥じゃねん/の¥めざし¥あり/し¥なにより/の¥しょうこ/じゃ。¥
たみこ/が¥からだ/を¥くのじ/に¥かがめ/て、¥なす/を¥もぎ/つつ¥ある¥その¥よこがお/を¥み/て、¥
いまさら/の/よう/に¥たみこ/の¥うつくしく¥かわいらしさ/に¥き/が¥つい/た。¥これ/まで/に/も¥
かわいらしい/と¥おもわ/ぬ¥こと/は¥なかっ/た/が、¥きょう/は¥しみじみ/と¥その¥うつくしさ
/が¥み/に¥しみ/た。¥しなやか/に¥つや/の¥ある¥びん/の¥け/に¥つつま/れ/た¥みみたぼ、¥
ゆたか/な¥ほお/の¥しろく¥あざやか/な、¥あご/の¥くくしめ/の¥あいらしさ、¥くび/の¥あたり¥いか
/に/も¥きよげ/なる、¥ふじいろ/の¥はんえり/や¥はなぞめ/の¥たすき/や、¥それら/が¥ことごとく¥ゆうび/に¥め/に¥
とまっ/た。¥そう¥なる/と¥おそろしい¥もの/で、¥もの/を¥いう/に/も¥おもいきっ/た¥こと/は¥
いえ/なく¥なる、¥はずかしく¥なる、¥きまり/が¥わるく¥なる、¥みな¥れい/の¥たまご/の¥さよう/から¥
おこる¥こと/で−あろ/う。¥
P018
ここ¥とおか/ほど¥なかがき/の¥へだて/が¥でき/て、¥ろくろく¥はなし/も¥せ/なかっ/た/から、¥
これ/も¥いま/まで/なら/ば¥むろん¥そんな¥こと¥かんがえ/も¥せ/ぬ/に¥きまっ/て−いる/が、¥きょう
/は¥ここ/で¥なにか¥はなさ/ね/ば¥なら/ぬ/よう/な¥き/が¥し/た。¥ぼく/は¥はじめ¥むぞうさ/に¥たみさん
/と¥よん/だ/けれど、¥あと/は¥むぞうさ/に¥ことば/が¥つが/ない。¥おかしく¥のど/が¥つまっ
/て¥こえ/が¥で/ない。¥たみこ/は¥なす/を¥ひとつ¥て/に¥もち/ながら¥からだ/を¥おこし/て、
「¥まさおさん、¥なに……」
「¥なん/でも¥ない/けど¥たみさん/は¥ちかごろ¥へん/だから/さ。¥ぼく/なんか¥すっかり¥
きらい/に¥なっ/た/よう/だもの」¥
たみこ/は¥さすが/に¥にょしょう/で、¥そういう¥こと/に/は¥ぼく/など/より¥はるか/に¥しんけい/が¥えい
びん/に¥なっ/て−いる。¥さも¥くちおし/そう/な¥かお/して、¥つと¥ぼく/の¥そば/へ¥よっ/て−き
P019
/た。
「¥まさおさん/は¥あんまり/だ/わ。¥わたし/が¥いつ¥まさおさん/に¥へだて/を¥し/まし/た
……」
「¥なにさ、¥このごろ¥たみさん/は、¥すっかり¥かわっ/ちまっ/て、¥ぼく/なんか/に¥よう/は¥
ない/らしい/から/よ。¥それ/だって¥たみさん/に¥ふそく/を¥いう¥わけ/では¥ない
/よ」¥
たみこ/は¥せきこん/で、
「¥そんな¥こと¥いう/は¥そりゃ¥まさおさん¥ひどい/わ、¥ごむり/だ/わ。¥このあいだ/は¥
ふたり/を¥ならべ/て¥おい/て、¥おかあさん/に¥あんな/に¥しから/れ/た/じゃ¥あり/ま
せ/ん/か。¥あなた/は¥おとこ/です/から¥へいき/で¥おいで/だけ/ど、¥わたし/は¥とし/は¥おおい
P020
/し¥おんな/です/もの、¥ああ¥いわ/れ/ては¥じつ/に¥めんぼく/が¥ない/じゃ¥あり/ませ/ん
/か。¥それ/です/から、¥わたし/は¥いっしょうけんめい/に¥なっ/て¥たしなん/で−いる/んで
さ。¥それ/を¥まさおさん¥へだてる/の¥いや/に¥なっ/た/ろう/の/と¥いう/んだ/もの、¥
わたし¥ほんと/に¥つまらない……」¥
たみこ/は¥なきだしそう/な¥かおつき/で¥ぼく/の¥かお/を¥じいっと¥み/て−いる。¥ぼく/も¥ただ¥
はなし/の¥こぐち/に¥そう¥いう/た/まで/で−ある/から、¥たみこ/に¥なきそう/に¥なら/れ/て
は、¥かわいそう/に¥きのどく/に¥なっ/て、
「¥ぼく/は¥はら/を¥たっ/て¥いっ/た/の/では¥ない/のに、¥たみさん/は¥はら/を¥たっ/た/の…
…¥ぼく/は¥ただ¥たみさん/が¥にわか/に¥かわっ/て、¥あっ/ても¥くち/も¥きか/ず、¥あそび/に/も¥こ
/ない/から、¥いやに¥さびしく¥かなしく¥なっ/ちまっ/た/のさ。¥それだから¥
P021
これ/から/も¥ときどき/は¥あそび/に−おいで/よ。¥おかあさん/に¥しから/れ/たら¥ぼく/が¥
とが/を¥せおう/から……¥ひと/が¥なん/と¥いっ/たって¥よい/じゃ/ない/か」¥
なん/と¥いう/ても¥こども/だけ/に¥むちゃ/な¥こと/を¥いう。¥むちゃ/な¥こと/を¥いわ/れ
/て¥たみこ/は¥しんぱい/やら¥うれしい/やら、¥うれしい/やら¥しんぱい/やら、¥しんぱい/と¥うれしい
/と/が¥むね/の¥なか/で、¥ごった/に¥なっ/て¥あらそう/た/けれど、¥とうとう¥うれしい¥ほう/が¥
かち/を¥しめ/て¥しまっ/た。¥なお¥みこと−よこと¥はなし/を¥する¥うち/に、¥たみこ/は¥あざやか/な¥くも
り/の¥ない¥もと/の¥げんき/に¥なっ/た。¥ぼく/も¥もちろん¥ゆかい/が¥あふれる……、¥うちゅうかん/に¥
ただ¥ふたりきり¥いる/よう/な¥こころもち/に¥おたがい/に¥なっ/た/ので−ある。¥やがて¥ふたり/は¥
なす/の¥もぎくら/を¥する。¥おおきな¥はた/だ/けれど、¥じゅうがつ/の¥なかばすぎ/では、¥な
す/も¥ちらほら/しか¥なっ/て−い/ない。¥ふたり/で¥ようやく¥にしょう/ばかり/づつ/を¥とりえ/た。
P022
「¥まあ¥たみさん、¥ごらんなさい、¥いりひ/の¥りっぱ/な¥こと」¥
たみこ/は¥いつしか¥ざる/を¥した/へ¥おき、¥りょうて/を¥はな/の¥さき/に¥あわせ/て¥たいよう/を¥おがん
/で−いる。¥にし/の¥ほう/の¥そら/は¥いったい/に¥うすむらさき/に¥ぼかし/た/よう/な¥いろ/に¥なっ/た。¥ひた
あかく¥あかい/ばかり/で¥こうせん/の¥で/ない¥たいよう/が¥いま¥その¥はんぶん/を¥やま/に¥うずめかけ/た¥ところ、¥
ぼく/は¥たみこ/が¥いっしん¥いりひ/を¥おがむ¥しおらしい¥すがた/が¥ながく¥め/に¥のこっ/てる。¥
ふたり/が¥よねん¥なく¥はなし/を¥し/ながら¥かえっ/て−くる/と、¥せとぐち/の¥よつめがき/の¥
そと/に¥おます/が¥ぼんやり¥たっ/て、¥こっち/を¥み/て−いる。¥たみこ/は¥こごえ/で、
「¥おます/が¥また¥なん/とか¥いい/ます/よ」
「¥ふたりとも¥おかあさん/に¥いいつかっ/て−き/た/のだから、¥おます/なんか¥なん/と¥
いっ/たって、¥かまやしない/さ」¥
P023
いちじけん/を¥ふる¥たび/に¥ふたり/が¥きょうちゅう/に¥わい/た¥こい/の¥たまご/は¥かさ/を¥まし/て−くる。¥
き/に¥ふれ/て¥こうかん−する¥そうほう/の¥いし/は、¥ただち/に¥たがい/の¥きょうちゅう/に¥ある¥れい/の¥たまご/に¥
しだい/な¥ようぶん/を¥きゅうよ−する。¥きょう/の¥ひぐれ/は¥たしか/に¥そのき/で−あっ/た。¥ぞっと¥み
ぶるい/を¥する/ほど、¥いちじるしき¥ちょうこう/を¥あらわし/た/ので−ある。¥しかし¥なん/と¥いう/ても¥ふた
り/の¥かんけい/は¥たまごじだい/で、¥きわめて¥とりとめ/が¥ない。¥ひと/に¥みら/れ/て¥みぐるしい
/よう/な¥こと/も¥せ/ず、¥かえりみ/て¥みずから¥やましい/よう/な¥こと/も¥せ/ぬ。¥したがって¥まだ
まだ¥のんき/な¥もの/で、¥ひとまえ/を¥つくろう/と¥いう/よう/な¥こころもち/は¥きわめて¥すくなかっ
/た。¥ぼく/と¥たみこ/と/の¥かんけい/も、¥このくらい/で¥おしまい/に¥なっ/た/なら/ば、¥じゅうねん¥わすれ
/られ/ない/と¥いう/ほど/に/は¥なら/なかっ/た/だろう/に。¥
おや/と¥いう¥もの/は¥どこ/の¥おや/も¥おなじ/で、¥わが¥こ/を¥いつ/まで/も¥こども/の/よう
P024
/に¥おもう/て−いる。¥ぼく/の¥はは/など/も¥その¥いちにん/に¥もれ/ない。¥たみこ/は¥そのご¥ときおり¥ぼく
/の¥しょしつ/へ¥やっ/て−くる/けれど、¥よほど¥ひとめ/を¥はからっ/て¥きぼね/を¥おっ/て−く
る/よう/な¥ふう/で、¥いつ¥き/ても¥すこし/も¥おちつか/ない。¥さき/に¥ぼく/に¥いやみ/を¥いわ/れ
/た/から¥しかたなし/に¥くる/か/とも¥おもわ/れ/た/が、¥それ/は¥まちがっ/て−いた。¥ぼく
ら¥ふたり/の¥せいしんじょうたい/は¥にさんにち/と¥いわ/れ/ぬ/ほど¥いちじるしき¥へんか/を¥とげ/て−いる。¥
ぼく/の¥へんか/は¥もっとも¥はなはだしい。¥みっかまえ/に/は、¥おかあさん/が¥しかれ/ば¥わたし/が¥とが/を¥せ
おう/から¥あそび/に−き/て/と/まで¥むちゃ/を¥いう/た¥ぼく/が、¥きょう/は¥とても¥そんな¥
わけ/の¥もの/で¥ない。¥たみこ/が¥すこし¥ながい/を¥する/と、¥もう¥き/が¥とがめ/て¥しんぱい/で¥
ならなく¥なっ/た。
「¥たみさん、¥また¥おいで/よ、¥あまり¥ながく¥いる/と¥ひと/が¥つまらぬ¥こと/を¥いう/か
P025
ら」¥
たみこ/も¥こころもち/は¥おなじ/だ/けれど、¥ぼく/に¥もう¥ゆけ/と¥いわ/れる/と¥みょう/に¥すね
だす。
「¥あれ¥あなた/は¥このあいだ¥なん/と¥いい/まし/た。¥ひと/が¥なん/と¥いっ/たって¥よい/から¥
あそび/に−こい/と¥いい/は¥し/ませ/ん/か。¥わたし/は¥もう¥ひと/に¥わらわ/れ/ても¥かま
い/ませ/ん/の」¥
こまっ/た¥こと/に¥なっ/た。¥ふたり/の¥かんけい/が¥みっせつ−する/ほど、¥ひとめ/を¥おそれ/て−くる。¥
ひとめ/を¥おそれる/よう/に¥なっ/ては、¥もはや¥ざいあく/を¥おかし/つつ¥ある/か/の/ごとく、¥こころ
/も¥おどおど−する/ので−あっ/た。¥はは/は¥くち/で/こそ、¥おとこ/も¥おんな/も¥じゅうごろく/に¥なれ
/ば¥こども/では¥ない/と¥いっ/ても、¥それ/は¥りくつ/の¥うえ/の¥こと/で、¥こころもち/では¥ま
P026
だまだ¥ふたり/を¥まるで¥こども/の/よう/に¥おもっ/て−いる/から、¥そののち¥たみこ/が¥ぼく/の¥へや/へ¥
き/て¥ほん/を¥み/たり¥はなし/を¥し/たり¥し/て−いる/の/を、¥すぐ¥まえ/を¥とおり/ながら¥いっこう¥
き/に¥とめる¥ようす/も¥ない。¥このあいだ/の¥こごと/も¥じつは¥あによめ/が¥いう/から¥でた/まで/で、¥
ほんとう/に¥はら/から¥で/た¥こごと/では¥ない。¥はは/の¥ほう/は¥そう/で−あっ/た/けれど、¥
あに/や¥あによめ/や¥おます/など/は、¥さかん/に¥かげごと/を¥いう/て¥わらっ/て−い/た/らしく、¥むらじゅう/の¥
ひょうばん/に/は、¥ふたつ/も¥とし/の¥おおい/の/を¥よめ/に¥する¥き/かしらん/など/と¥もっぱら¥いう/て−
いる/と/の¥はなし。¥それやこれや/の¥こと/が¥うすうす¥ふたり/に¥しれ/た/ので、¥ぼく/から¥い
いだし/て¥とうぶん¥ふたり/は¥とおざかる¥そうだん/を¥し/た。¥
にんげん/の¥こころもち/と¥いう¥もの/は¥ふしぎ/な¥もの。¥ふたり/が¥すこし/も¥かくい¥なき¥とく
しんじょう/の¥そうだん/で−あっ/た/のだ/けれど、¥ぼく/の¥ほう/から¥いいだし/た/ばかり/に、¥たみ
P027
こ/は¥みょう/に¥ふさぎこん/で、¥まるで¥げんき/が¥なくなり、¥しょうぜん/と¥し/て−いる/ので−あ
る。¥それ/を¥みる/と¥ぼく/も¥また¥たまらなく¥きのどく/に¥なる。¥かんじょう/の¥いっしんいったい
/は¥こんな¥ふう/に¥もつれ/つつ¥あやうく¥なる/ので−ある。¥とにかく¥ふたり/は¥ひょうめん/だけ
/は¥りっぱ/に¥とおざかっ/て¥しごにち/を¥けいか−し/た。¥

いんれき/の¥くがつじゅうさんにち、¥こんや/が¥まめのつき/だ/と¥いう¥ひ/の¥あさ、¥つゆしも/が¥おり/た/と¥
おもう/ほど¥つめたい。¥そのかわり¥てんき/は¥きらきら−し/て−いる。¥じゅうごにち/が¥この¥むら
/の¥まつり/で¥あした/は¥よいまつり/と¥いう¥わけゆえ、¥の/の¥しごと/も¥きょう¥ひとわたり¥きまり/を¥つけ
/ね/ば¥なら/ぬ¥ところ/から、¥うち−じゅう¥てわけ/を¥し/て¥の/へ¥でる¥こと/に¥なっ/た。¥それ
で¥かんろてき¥おんめい/が¥ぼくら¥ふたり/に¥くだっ/た/ので−ある。¥あにふうふ/と¥おます/と¥ほか/に¥おとこ¥
P028
いちにん/と/は¥なかて/の¥かりのこり/を¥ぜひ¥かっ/て¥しまわ/ね/ば/なら/ぬ。¥たみこ/は¥ぼく/を¥て
つだい/と/して¥やまばたけ/の¥わた/を¥とっ/て−くる¥こと/に¥なっ/た。¥これ/は¥もとより¥はは/の¥
さしず/で¥だれ/に/も¥いぎ/は¥いえ/ない。
「¥まあ¥あの¥ふたり/を¥やま/の¥はたけ/へ¥やるっ/て、¥おや/と¥いう¥もの/は¥よっぽど¥おめで
たい¥もの/だ」¥
おくそこ/の¥ない¥おます/と¥いじまがり/の¥あによめ/と/は¥くち/を¥そろえ/て¥そう¥いっ/た/に¥ちがい
ない。¥ぼくら¥ふたり/は¥もとより¥こころ/の¥そこ/では¥うれしい/に¥そうい−ない/けれど、¥この¥ば
あい¥ふたり/で¥やまばたけ/へ¥ゆく/と¥なっ/ては、¥ひと/に¥かお/を¥みら/れる/よう/な¥き/が¥し/て¥おおい
に¥きまり/が¥わるい。¥ぎり/に/も¥すすん/で¥ゆき/たがる/よう/な¥そぶり/は¥でき/ない。¥
ぼく/は¥あさはんまえ/は¥しょしつ/を¥で/ない。¥たみこ/も¥なにか¥ぐずぐずし/て¥したく/も¥せ/ぬ¥よう
P029
す。¥もう¥うれし/がっ/て/と¥いわ/れる/の/が¥くちおしい/ので−ある。¥はは/は¥おき/て−き/て、
「¥まさお/も¥したくしろ。¥たみや/も¥さっさと¥したくし/て¥はやく¥ゆけ。¥ふたり/で¥ゆ
け/ば¥いちにち/に/は¥らく/な¥しごと/だ/けれど、¥みち/が¥とおい/の/だから、¥はやく¥ゆか
/ない/と¥かえり/が¥よる/に¥なる。¥なるたけ¥ひ/の¥くれ/ない¥うち/に¥かえっ/て−くる/よう
/によ。¥おます/は¥ふたり/の¥べんとう/を¥こしらえ/て¥やっ/て−くれ、¥おさい/は¥これこ
れ/の¥もの/で……」¥
まことに¥おや/の¥こころ/だ。¥たみこ/に¥べんとう/を¥こしらえ/させ/ては、¥じぶん/ので−
ある/から、¥おさい/など/は¥ろく/な¥もの/を¥もっ/て−ゆか/ない/と¥き/が¥つい/て、¥ち
ゃんと¥おます/に¥めいじ/て¥こしらえ/させ/た/ので−ある。¥ぼく/は¥ずぼんした/に¥たび¥はだ
し¥むぎわらぼう/と¥いう¥いでたち、¥たみこ/は¥てさし/を¥はい/て¥ももひき/も¥はい/て−ゆけ/と¥
P030
はは/が¥いう/と、¥てさし/ばかり¥はい/て¥ももひき¥はく/のに¥ぐずぐず−し/て−いる。¥たみこ
/は¥ぼく/の¥ところ/へ¥き/て、¥ももひき¥はか/ない/でも¥よい/よう/に¥おかあさん/に¥そう¥い
っ/て−くれ/と¥いう。¥ぼく/は¥たみさん/が¥そう¥いい/なさい/と¥いう。¥おしもんどう/を¥し
/て−いる¥うち/に、¥はは/は¥ききつけ/て¥わらい/ながら、
「¥たみや/は¥まちばもの/だから、¥ももひき¥はく/の/は¥きまり/が¥わるい/かい。¥わたし/は¥また¥
おまえ/が¥やわらかい¥てあし/へ、¥いばら/や¥すすき/で¥きず/を¥つける/の/が¥かわいそう/だから、¥そ
う¥いっ/たんだ/が、¥いや/だ/と¥いう/なら、¥おまえ/の¥すき/に¥する/が¥よい/さ」¥
それで¥たみこ/は、¥れい/の¥たすき/に¥まえかけすがた/で¥あさうらぞうり/と¥いう¥したく。¥ふたり/が¥いっ
とざる¥ひとつ/づつ/を¥もち、¥ぼく/が¥べつ/に¥ばんにょかたかご/と¥てんびん/と/を¥かた/に/して¥でかけ
る。¥たみこ/が¥あと/から¥すげがさ/を¥かむっ/て¥でる/と、¥はは/が¥わらいごえ/で¥よびかける。
P031
「¥たみや、¥おまえ/が¥すげがさ/を¥かむっ/て¥あるく/と、¥ちょうど¥きのこ/が¥あるく/よう/で¥みっ
ともない。¥あみがさ/が¥よかろ/う。¥あたらしい/の/が¥ひとつ¥あっ/た¥はず/だ」¥
いねかりれん/は¥で/て¥しまっ/て¥べつ/に¥わらう¥もの/も¥なかっ/た/けれど、¥たみこ/は¥あわ
て/て¥すげがさ/を¥ぬい/で、¥かお/を¥あかく¥し/た/らしかっ/た。¥こんど/は¥あみがさ/を¥かむら/ず
/に¥て/に¥もっ/て、¥それじゃ¥おかあさん¥いっ/て−まいり/ます/と¥あいさつ−し/て¥はしっ
/て−で/た。¥
むら/の¥ものら/も¥かれこれ¥いう/と¥きい/てる/ので、¥ふたり¥そろう/て−ゆく/も¥ひとまえ¥はず
かしく、¥いそいで¥むら/を¥とおりぬけ/よう/と/の¥かんがえ/から、¥ぼく/は¥ひとあし¥さき/に¥なっ/て¥
でかける。¥むらはずれ/の¥さか/の¥おりぐち/の¥おおきな¥いちょうのき/の¥ね/で¥たみこ/の¥くる
/の/を¥まっ/た。¥ここ/から¥みおろす/と¥すこし/の¥たんぼ/が¥ある。¥いろよく¥きばん
P032
/だ¥おしね/に¥つゆ/を¥おん/で、¥しっとりと¥うちふし/た¥こうけい/は、¥きのせい/か¥ことに¥
すがすがしく、¥むね/の¥すく/よう/な¥ながめ/で−ある。¥たみこ/は¥いつのま/に/か¥き/て−い
/て、¥きのう/の¥あめ/で¥あらいながし/た¥あかつち/の¥うえ/に、¥ふたは¥みは¥いちょう/の¥は/の¥おちる
/の/を¥ひろっ/て−いる。
「¥たみさん、¥もう¥き/た/かい。¥この¥てんき/の¥よい¥こと¥どう/です。¥ほんとう/に¥こころもち
/の¥よい¥あさ/だね。」
「¥ほんと/に¥てんき/が¥よく/て¥うれしい/わ。¥この¥まあ¥いちょう/の¥は/の¥きれい/な¥こ
と。¥さあ¥でかけ/ましょう」¥
たみこ/の¥うつくしい¥て/で¥もっ/てる/と¥いちょう/の¥は/も¥ことに¥きれい/に¥みえる。¥ふた
り/は¥さか/を¥おり/て¥ようやく¥きゅうくつ/な¥ばしょ/から¥ひろば/へ¥で/た¥き/に¥なっ/た。¥きょう/は¥
P033
おおいそぎ/で¥わた/を¥とり−かたづけ、¥さんざん¥おもしろい¥こと/を¥し/て¥あそぼ/う/など
/と¥そうだん−し/ながら¥あるく。¥みち/の¥まんなか/は¥かわい/て−いる/が、¥りょうがわ/の¥た/に¥つい/て−
いる¥ところ/は、¥つゆ/に¥しとしと/に¥ぬれ/て、¥いろいろ/の¥くさ/が¥はな/を¥ひらい/てる。¥
たうこぎ/は¥すえがれ/て、¥みずそばたで/など¥いちばん¥おおく¥しげっ/て−いる。¥みやこぐさ/も¥き
いろく¥はな/が¥みえる。¥のぎく/が¥よろよろ/と¥さい/て−いる。¥たみさん¥これ¥のぎく/が
/と¥ぼく/は¥われ−しら/ず¥あし/を¥とめ/た/けれど、¥たみこ/は¥きこえ/ない/の/か¥さっさ/と¥さき
/へ¥ゆく。¥ぼく/は¥ちょっと¥わき/へ¥もの/を¥おい/て、¥のぎくのはな/を¥ひとにぎり¥とっ/た。¥
たみこ/は¥いっちょう/ほど¥さき/へ¥いっ/て/から、¥き/が¥つい/て¥ふりかえる/やいなや、¥あ
れっ/と¥さけん/で¥かけもどっ/て−き/た。
「¥たみさん/は¥そんな/に¥もどっ/て−き/ないっ/だって¥ぼく/が¥ゆく/ものを……」
P034
「¥まあ¥まさおさん/は¥なに/を¥し/て−い/た/の。¥わたし¥びっくりし/て……¥まあ¥きれい
/な¥のぎく、¥まさおさん、¥わたし/に¥はんぶん¥おくれ/たったら、¥わたし¥ほんとう/に¥のぎく/が¥
すき」
「¥ぼく/は¥もと/から¥のぎく/が¥だいすき。¥たみさん/も¥のぎく/が¥すき……」
「¥わたし¥なんでも¥のぎく/の¥うまれかえり/よ。¥のぎくのはな/を¥みる/と¥みぶるい/の¥でる
/ほど¥このもしい/の。¥どうして¥こんな/か/と、¥じぶん/で¥おもう¥くらい」
「¥たみさん/は¥そんな/に¥のぎく/が¥すき……¥どうり/で¥どうやら¥たみさん/は¥のぎく
/の/よう/な¥ひと/だ」¥
たみこ/は¥わけ/て−やっ/た¥はんぶん/の¥のぎく/を¥かお/に¥おし−あて/て¥うれし/がっ/た。¥ふた
り/は¥あるきだす。
P035
「¥まさおさん……¥わたし¥のぎく/の/よう/だっ/て¥どうして/です/か」
「¥さあ¥どうして/と¥いう¥こと/は¥ない/けど、¥たみさん/は¥なにがなし¥のぎく/の
/よう/な¥ふう/だから/さ」
「¥それで¥まさおさん/は¥のぎく/が¥すき/だって……」
「¥ぼく¥だいすき/さ」¥
たみこ/は¥これ/から¥あなた/が¥さき/に¥なっ/て/と¥いい/ながら、¥みずから/は¥あと/に¥
なっ/た。¥いま/の¥ぐうぜん/に¥おこっ/た¥かんたん/な¥もんどう/は、¥おたがい/の¥むね/に¥つよく¥ゆういみ/に¥
かんじ/た。¥たみこ/も¥そう¥おもっ/た¥こと/は¥その¥そぶり/で¥わかる。¥ここ/まで¥はなし/が¥せまる
/と、¥もう¥その¥さき/を¥いいだす¥こと/は¥でき/ない。¥はなし/は¥ちょっと¥とぎれ/て¥しまっ
/た。¥
P036
なん/と¥いっ/ても¥おさない¥ふたり/は、¥いま¥つみのかみ/に¥ほんろう−せ/られ/つつ¥ある/ので−
あれ/ど、¥のぎく/の/よう/な¥ひと/だ/と¥いっ/た¥ことば/に¥つい/で、¥その¥のぎく/を¥ぼく/は¥だいす
き/だ/と¥いっ/た¥とき/すら、¥ぼく/は¥すでに¥どうき/を¥おこし/た¥くらい/で、¥すぐ/に¥それ¥
いじょう/を¥いいだす/ほど/に、¥まだまだ¥ずうずうしく/は¥なっ/て−い/ない。¥たみ
こ/も¥おなじ¥こと、¥もの/に¥つきあたっ/た/よう/な¥こころもち/で¥つよく¥おたがい/に¥かんじ/た¥とき/に¥
こえ/は¥つまっ/て¥しまっ/た/のだ。¥ふたり/は¥しばらく¥むごん/で¥あるく。¥
まことに¥たみこ/は¥のぎく/の/よう/な¥こ/で−あっ/た。¥たみこ/は¥まつたく/の¥いなかふう/では¥あっ
/た/が、¥けっして¥そや/では¥なかっ/た。¥かれん/で¥やさしく/て¥そう/して¥ひんかく/も¥あ
っ/た。¥いやみ/とか¥にくげ/とか¥いう¥ところ/は¥つめのあか/ほど/も¥なかっ/た。¥どう¥み/て
も¥のぎく/の¥ふう/だった。¥
P037
しばらく/は¥だまっ/て−いた/けれど、¥いつ/まで¥はなし/も¥し/ない/で−いる/は¥なお¥おかし
い/よう/に¥おもっ/て、¥むり/と¥はなし/を¥かんがえだす。
「¥たみさん/は¥さっき¥なに/を¥かんがえ/て¥あんな/に¥わきみ/も¥し/ない/で¥あるい/て−い/た
/の」
「¥わたし¥なに/も¥かんがえ/て¥い/や¥し/ませ/ん」
「¥たみさん/は¥そりゃ¥うそ/だよ。¥なに/か¥かんがえごと/でも¥し/なく/て¥あんな¥ふう/を¥
する¥わけ/は¥ない/さ。¥どんな¥こと/を¥かんがえ/て−い/た/の/か¥しら/ない/けれど、¥
かくさ/ない/だって¥よい/じゃ/ない/か」
「¥まさおさん、¥すま/ない。¥わたし¥さっき¥ほんと/に¥かんがえごと−し/て−い/まし/た。¥わたし¥つ
くづく¥かんがえ/て¥なさけなく¥なっ/た/の。¥わたし/は¥どうして¥まさおさん/よか¥
P038
とし/が¥おおい/んでしょう。¥わたし/は¥じゅうしち/だ/と¥いうん/だもの、¥ほんと/に¥なさけな
く¥なる/わ……」
「¥たみさん/は¥なん/の¥こと¥いうん/だろう。¥さき/に¥うまれ/た/から¥とし/が¥おおい、¥じゅう
しちねん¥そだっ/た/から¥じゅうしち/に¥なっ/た/の/じゃ/ない/か。¥じゅうしち/だから¥なん/で¥なさけ
ない/の/です/か。¥ぼく/だって、¥さらいねん/に¥なれ/ば¥じゅうしちさい/さ。¥たみさん/は¥
ほんと/に¥みょう/な¥こと/を¥いう¥ひと/だ」¥
ぼく/も¥いま¥たみこ/が¥いっ/た¥こと/の¥こころ/を¥かいせ/ぬ/ほど/の¥こども/でも¥ない。¥わかっ
/て/は¥いる/けど、¥わざ/と¥たわむれ/の/よう/に¥ききなし/て、¥ふりかえっ/て¥みる/と、¥
たみこ/は¥しん/に¥かんがえこん/で−いる/よう/で−あっ/た/が、¥ぼく/と¥かお¥あわせ/て¥きまり−わるげ
/に¥にわか/に¥わき/を¥むい/た。¥
P039
こう¥なっ/て−くる/と¥なに/を¥いう/ても、¥すぐ¥そこ/へ¥もっ/て−くる/ので¥はなし/が¥ゆ
きつまっ/て¥しまう。¥ふたり/の¥うち/で¥どちら/か¥ひとり/が、¥すこうし¥ほんの¥わず
か/に/でも¥おし/が¥つよけれ/ば、¥こんな/に¥はなし/が¥ゆきつまる/の/では¥ない。¥おたがい
/に¥こころもち/は¥おくそこ/まで¥わかっ/て−いる/の/だから、¥よしのがみ/を¥つきやぶる/ほど/に/も¥ちから
/が¥あり/さえ¥すれ/ば、¥はなし/の¥いっぽ/を¥すすめ/て¥おたがい/に¥あけはなし/て¥しまう¥こと/が¥
できる/ので−ある。¥しかしながら¥しんそこ/から¥おぼこ/な¥ふたり/は、¥その¥よしのがみ/を¥やぶる/ほ
ど/の¥おし/が¥ない/ので−ある。¥また¥ここ/で¥はなし/の¥かわ/を¥きっ/て¥しまわ/ね/ば¥なら/ぬ
/と¥いう/よう/な、¥はっきり−し/た¥いしき/も¥もちろん¥ない/のだ。¥いわば¥まだ¥とりとめ
/の−ない¥らんてき/の¥こい/で−ある/から、¥すこしく¥こころ/の¥ちから/が¥ひつよう/な¥ところ/へ¥くる/と¥はなし/が¥
ゆきつまっ/て¥しまう/ので−ある。¥
P040
おたがい/に¥じぶん/で¥はなしだし/ては¥じぶん/が¥きまりわるく¥なる/よう/な¥こと/を¥くりかえ
し/つつ¥いくちょう/か/の¥みち/を¥あるい/た。¥ことばかず/こそ¥すくなけれ、¥その¥ことば/の¥おく/に/は¥ふた
り¥とも/に¥むりょう/の¥おもい/を¥つつん/で、¥きまり/が¥わるい¥かんじょう/の¥うち/に/は¥なん/とも¥いえ
/ない¥ふかき¥ゆかい/を¥たたえ/て−いる。¥それで¥いわゆる¥あし/も¥そら/に、¥いつしか¥たんぼ/も¥
とおりこし、¥やまじ/へ¥はいっ/た。¥こんど/は¥たみこ/が¥こころ/を¥とりなおし/た/らしく¥あざや
か/な¥こえ/で、
「¥まさおさん、¥もう¥はんぶんみち¥き/まし/て/しょう/か。¥おおながさく/へ/は¥いちり/に¥とおいっ
/て¥いい/まし/た/ねい」
「¥そうです、¥いちりはん/に/は¥ちかい/そう/だが、¥もう¥はんぶん/の¥よ¥き/まし/た/ろう
/よ。¥すこし¥やすみ/ましょう/か」
P041
「¥わたし¥やすま/なく/とも、¥よう/ござい/ます/が、¥さっそく¥おかあさん/の¥ばち/が¥
あたっ/て、¥すすき/の¥は/で¥こんな/に¥て/を¥きり/まし/た。¥ちょいと¥これ/で¥
ゆわえ/て¥ください/な」¥
おやゆび/の¥なかほど/で¥きず/は¥すこし/だが、¥ち/が¥いがい/に¥で/た。¥ぼく/は¥さっそく¥かみ/を¥さい
/て¥ゆわえ/て−やる。¥たみこ/が¥りょうて/を¥あかく¥し/て−いる/の/を¥み/た¥とき¥ひじょう/に¥かわ
いそう/で−あっ/た。¥こんな¥やま/の¥なか/で¥やすむ/より、¥はたけ/へ¥いっ/て/から¥やすも/う
/と¥いう/ので、¥こんど/は¥たみこ/を¥さき/に¥ぼく/が¥あと/に¥なっ/て¥いそぐ。¥はちじ¥すこし¥すぎ
/と¥おもう¥じぶん/に¥おおながさく/の¥はたけ/へ¥つい/た。¥
じゅうねん/ばかり¥まえ/に¥おやじ/が¥まだ¥たっしゃ/な¥じぶん、¥となりむら/の¥しんせき/から¥たのま/れ/て¥よぎ
なく¥かっ/た/のだ/そう/で、¥はたけ/が¥はったん/と¥さんりん/が¥にちょう/ほど¥ここ/に¥ある/ので−あ
P042
る。¥このへん¥いったい/に¥たかだい/は¥みな¥さんりん/で¥その−あいだ/の¥さく/が¥はたけ/に¥なっ/て−いる。¥こしこく/を¥
もっ/て−いる/と¥いえ/ば、¥せけんてい/は¥よい/けど、¥てま/ばかり¥かかっ/て¥わり/に¥あ
わ/ない/と¥いつも¥はは/が¥いっ/てる¥はたけ/だ。¥
さんぽう¥はやし/で¥かこま/れ、¥みなみ/が¥ひらい/て¥よそ/の¥はたけ/と¥つづい/て−いる。¥きた/が¥たかく¥
みなみ/が¥ひくい¥こうばい/に¥なっ/て−いる。¥はは/の¥すいさつ¥どおり、¥わた/は¥すえ/に/は¥なっ/て−いる
/が、¥かぜ/が¥ふい/たら¥あふれる/か/と¥おもう/ほど¥わた/は¥えん/で−いる。¥てんてん/と/して¥
はたけじゅう¥しろく¥なっ/て−いる¥その¥わた/に¥あさひ/が¥さし/て−いる/と¥まぶしい/よう/に¥きれい/だ。
「¥まあ¥よく¥えん/でる¥こと。¥きょう¥とり/に−き/て¥よい¥こと¥し/まし/た」¥
たみこ/は¥おんな/だけ/に、¥わた/の¥きれい/に¥えん/でる/の/を¥み/て¥うれし/そう/に¥いっ
/た。¥はたけ/の¥まんなか/ほど/に¥きりのき/が¥にほん¥しげっ/て−いる。¥は/が¥おちかけ/て−いる/けれ
P043
ど、¥じゅうがつ/の¥ねつ/を¥しのぐ/に/は¥じゅうぶん/だ。¥ここ/へ¥あたり/の¥きびがら/を¥よせ/て¥ふたり/が¥
じんどる。¥べんとうづつみ/を¥えだ/へ¥つる。¥てんき/の¥よい/のに¥やまじ/を¥いそい/だ/から、¥
あせばん/で¥あつい。¥きもの/を¥いちまい/づつ¥ぬぐ。¥かぜ/を¥ふところ/へ¥いれ¥あし/を¥のばし/て¥やすむ。¥
あおぎっ/た¥そら/に¥みどり/の¥まつばやし、¥もず/も¥どこか/で¥ない/て−いる。¥こえ/の¥ひびく/ほど¥
やま/は¥しずか/なのだ。¥てん/と¥ち/と/の¥あいだ/で¥ひろい¥はたけ/の¥まんなか/に¥ふたり/が¥はなし/を¥し/て−
いる/ので−ある。
「¥ほんと/に¥たみこさん、¥きょう/と¥いう¥きょう/は¥ごくらく/の/よう/な¥ひ/です/ね。」¥
かお/から¥くび/から¥あせ/を¥ふい/た¥あと/の¥つやつやしさ、¥いまさら/に¥たみこ/の¥よこがお/を¥
み/た。
「¥そう/です/ねい、¥わたし¥なんだか¥ゆめ/の/よう/な¥き/が¥する/の。¥けさ¥うち/を¥で
P044
る¥とき/は¥ほんと/に¥きまり/が¥わるく/て……¥あによめさん/に/は¥へん/な¥めつき/で¥み/ら
れ/る、¥おます/に/は¥ひやかさ/れる、¥わたし/は¥のぼせ/て¥しまい/まし/た。¥まさお
さん/は¥へいき/で−いる/から¥にくらしかっ/た/わ」
「¥ぼく/だって¥へいき/な¥もん/です/か。¥むら/の¥やつら/に¥あう/の/が¥いや/だから、¥
ぼく/は¥ひとあし¥さき/に¥で/て¥いちょう/の¥した/で¥たみさん/を¥まっ/て−い/た/んで/さあ。¥そ
れ/は¥そう/と、¥たみさん、¥きょう/は¥ほんと/に¥おもしろく¥あそぼ/う/ね。¥ぼく/は¥らい
げつ/は¥がっこう/へ¥ゆく/んだ/し、¥こんげつ/とて¥じゅうごにち/しか¥ない/し、¥ふたり/で¥し
みじみ¥はなし/の¥できる/よう/な¥こと/は¥これ/から¥さき/は¥むずかしい。¥あわれっ
ぽい¥こと¥いう/よう/だけど、¥ふたり/の¥なか/も¥きょう/だけ/かしら/と¥おもう/の
よ。¥ねい¥たみさん……」
P045
「¥そりゃあ¥まさおさん、¥わたし/は¥みちみち¥それ/ばかり¥かんがえ/て−き/ました。¥わたし/が¥さっき¥
ほんと/に¥なさけなく¥なっ/て/と¥いっ/たら、¥まさおさん/は¥わらっ/て¥おしまい
/なした/けど……」¥
おもしろく¥あそぼ/う¥あそぼ/う¥いう/ても、¥はなし/を¥はじめる/と¥すぐ¥こう¥なっ/てし
まう。¥たみこ/は¥なみだ/を¥ぬぐう/た/よう/で−あっ/た。¥ちょうど¥よく¥そこ/へ¥うま/が¥みえ/て−き
/た。¥にしがわ/の¥やまじ/から、¥がさがさ¥ささ/に¥さわる¥おと/が¥し/て、¥たきぎ/を¥つけ/た¥うま
/を¥ひい/て¥ほほかむり/の¥おとこ/が¥で/て−き/た。¥よく¥みる/と¥いがい/に/も¥むら/の¥つねきち/で−ある。¥
この¥やつ/は¥いつか¥むこう/の¥おはま/に¥たみこ/を¥あそび/に¥つれだし/て−くれ/と¥しきり/に¥
たのん/だ/と¥いう¥やつ/だ。¥いや/な¥やろう/が¥きやがっ/た/な/と¥おもう/て−いる/と、
「¥や¥まさおさん、¥こんちゃ¥どうも¥けっこう/な¥おてんき/です/な。¥きょう/は¥ごふうふ
P046
/で¥わたとり/かな。¥しゃれ/てます/ね。¥あははははは」
「¥おう¥つねさん、¥きょう/は¥だちん/かな。¥たいへん¥はやく¥ごせい/が¥で/ます/ね」
「¥はあ¥われわれ/なんざあ¥だちんとり/でも¥し/て¥たま/に¥いっぱい¥やる/より¥ほか/に¥たのしみ
/も¥ない/んです/から/な。¥たみさん、¥いや/に¥みせつけ/ます/ね。¥あんまり¥つみ
/です/ぜ。¥あははははは」¥
この¥やろう¥しっけい/な/と¥おもっ/た/けれど、¥われわれ/も¥あまり¥いばれる¥み/でも¥なし、¥
わらいとぼけ/て¥つねきち/を¥やり−すごし/た。
「¥ばかやろう、¥じつ/に¥いや/な¥やつ/だ。¥さあ¥たみさん、¥はじめ/ましょう。¥ほんと/に¥たみ
さん、¥げんき/を¥おなおし/よ。¥そんな/に¥くよくよ¥おし/で¥ない/よ。¥ぼく/は¥がっ
こう/へ¥いっ/たて¥ちば/だもの、¥ぼん¥しょうがつ/の¥ほか/に/も¥こ/よう/と¥おもえ/ば¥どよう/の¥
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ばん¥かけ/て¥にちよう/に¥こ/られる/さ……」
「¥ほんと/に¥すみません、¥なきづら/など/して。¥あの¥つねさん/て¥おとこ、¥なん/と¥いう¥
いや/な¥ひと/でしょう」¥
たみこ/は¥たすきがけ¥ぼく/は¥しゃつ/に¥かた/を¥ぬい/で¥いっしん/に¥とっ/て¥さんじかん/ばかり/の¥あいだ
/に¥しちぶどおり¥かたづけ/て¥しまっ/た。¥もう¥あと/は¥わけ/が¥ない/から¥べんとう/に¥し/よう
/と¥いう¥こと/に/して¥きり/の¥かげ/に¥もどる。¥ぼく/は¥かねて¥ようい/の¥すいとう/を¥もっ/て、
「¥たみさん、¥ぼく/は¥みず/を¥くん/で−き/ます/から、¥るすばん/を¥たのみ/ます。¥かえり
/に『¥えびづる』/や『¥あけび』/を¥うんと¥みやげ/に¥とっ/て−き/ます」
「¥わたし/は¥ひとり/で¥いる/のは¥いや/だ。¥まさおさん、¥いっしょ/に¥つれ/てって¥ください。¥
さっき/の/よう/な¥ひと/に/でも¥こ/られ/たら¥たいへん/です/もの」
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「¥だって¥たみさん、¥むこう/の¥やま/を¥ひとつ¥こし/て¥さき/です/よ、¥しみず/の¥ある¥ところ/は。¥
みち/と¥いう/よう/な¥みち/も¥なく/て、¥それ/こそ¥いばら/や¥すすき/で¥あし/が¥きずだらけ/に¥な
り/ます/よ。¥みず/が¥なく/ちゃ¥べんとう/が¥たべ/られ/ない/から、¥こまっ/た/なあ、¥たみ
さん、¥まっ/て−いら/れる/でしょう」
「¥まさおさん、¥ごしょう/だから¥つれ/て−いっ/て¥ください。¥あなた/が¥あるけ/る¥みち/な
ら¥わたし/に/も¥あるけ/ます。¥ひとり/で¥ここ/に¥いる/の/は¥わたしゃ¥どうしても……」
「¥たみさん/は¥やま/へ¥き/たら¥たいへん¥だだっこ/に¥なり/まし/た/ねー。¥それじゃ¥
いっしょ/に¥ゆき/ましょう」¥
べんとう/は¥わた/の¥なか/へ¥かくし、¥きもの/は¥てんで/に¥き/て¥しまっ/て¥でかける。¥たみこ
/は¥しきり/に、¥にこにこ−し/て−いる。¥はた/から¥み/た/なら/ば、¥ばかばかしく/も¥
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みぐるしく/も¥あろ/う/けれど、¥ほんにん−どうし/の¥み/に¥とっ/ては、¥その¥らち/も¥な
き¥おしもんどう/の¥うち/に/も¥かぎりなき¥うれしみ/を¥かんずる/ので−ある。¥たかく/も¥ない/け
ど¥みち/の¥ない¥ところ/を¥ゆく/ので−ある/から、¥ささはら/を¥おしわけ¥きのね/に¥つかまり、¥
がけ/を¥よずる。¥しばしば¥たみこ/の¥て/を¥とっ/て¥ひい/て−やる。¥
ちかく¥にさんにち¥いらい/の¥ふたり/の¥かんじょう/では、¥たみこ/が¥もとめる/なら/ば¥ぼく/は¥どん
な¥こと/でも¥こばま/れ/ない、¥また¥ぼく/が¥もとめる/なら¥やはり¥どんな¥こと/でも¥たみこ
/は¥けっして¥こばみ/は¥し/ない。¥そういう¥あいだがら/でも¥あり/つつ/も、¥あくまで¥おくびょう
/に¥あくまで¥き/の¥ちいさな¥ふたり/は、¥かつて¥いちど/も¥ゆういみ/に¥て/など/を¥とっ/た¥
こと/は¥なかっ/た。¥しかるに¥きょう/は¥ぐうぜん/の¥こと/から¥て/を¥とりあう/に¥いた
っ/た。¥このへん/の¥いっしゅ¥いう/べから/ざる¥ゆかい/な¥かんじょう/は¥けいけん¥ある¥ひと/に/して¥はじ
P050
めて¥かたる¥こと/が¥できる。
「¥たみさん、¥ここ/まで¥くれ/ば、¥しみず/は¥あすこ/に¥みえ/ます。¥これ/から¥ぼく/が¥ひと
り/で¥いっ/て−くる/から¥ここ/に¥まっ/て−い/なさい。¥ぼく/が¥みえ/て−い/たら¥い
/られる/でしょう」
「¥ほんと/に¥まさおさん/の¥ごやっかい/です/ね……¥そんな/に¥だだ/を¥いっ/ては¥
すまない/から、¥ここ/で¥まち/ましょう。¥あらあ¥えびづる/が¥あっ/た」¥
ぼく/は¥みず/を¥くん/で/の¥かえり/に、¥すいとう/は¥こし/に¥ゆいつけ、¥あたり/を¥すこし/ばかり¥
さぐっ/て、『¥あけび』¥しごじゅう/と¥えびづる¥ひともくさ/を¥とり、りんどうのはな/の¥うつくし
い/の/を¥ごろっぽん¥みつけ/て¥かえっ/て−き/た。¥かえり/は¥くだり/だから¥むぞうさ/に¥ふたり
/で¥おりる。¥はたけ/へ¥で/て¥ぼく/は¥しゅんらん/の¥おおきい/の/を¥みつけ/た。
P051
「¥たみさん、¥ぼく/は¥ちょっと『¥あっくり』/を¥ほっ/て−ゆく/から、¥こ/の『¥あけび』/と『¥えび
づる』/を¥もっ/て−いっ/て¥ください」
「『¥あっくり』/て¥なにい。¥あらあ¥しゅんらん/じゃ¥あり/ませ/ん/か」
「¥たみさん/は¥まちばもん/です/から、¥しゅんらん/など/と¥ひん/の¥よい¥こと¥おっしゃる
/の/です。¥やぎり/の¥ひゃくしょう/なんぞ/は『¥あっくり』/と¥もうし/て/まし/て/ね、¥あかぎれ/の¥くすり/に¥
いたし/ます。¥はははは」
「¥あらあ¥くち/の¥わるい¥こと。¥まさおさん/は、¥きょう/は¥ほんと/に¥くち/が¥わるく¥な
っ/た/よ」¥
やま/の¥べんとう/と¥いえ/ば、¥とち/の¥もの/は¥いっぱん/に¥たのしみ/の¥ひとつ/と/して¥ある。¥なに
か¥せいりじょう/の¥りゆう/でも¥ある/か¥しら/ん/が、¥とにかく、¥やま/に¥しごと/を¥し/て¥やが
P052
て¥たべる¥べんとう/が¥ふしぎ/と¥うまい¥こと/は¥だれ/も¥いう¥ところ/だ。¥いま¥われわれ¥ふたり/は¥
あたらしき¥しみず/を¥くみきたり¥はは/の¥こころ/を¥こめ/た¥べんとう/を¥わけ/つつ¥たべる/ので−
ある。¥きょうみ/の¥じんじょう/で¥ない/は¥いう/も¥おろか/な¥しだい/だ。¥ぼく/は『¥あけび』/を¥このみ¥たみ
こ/は¥えびづる/を¥たべ/つつ¥しばらく¥はなし/を¥する。¥たみこ/は¥わらい/ながら、
「¥まさおさん/は¥あかぎれ/の¥くすり/に『¥あっくり』/とやら/を¥とっ/て−き/て¥がっこう/へ¥おもち
/に¥なる/の。¥がっこう/で¥あかぎれ/が¥きれ/たら¥おかしい/でしょう/ね……」¥
ぼく/は¥まじめ/に、
「¥なあに¥これ/は¥おます/に¥やる/の/さ。¥おます/は¥もう¥とお/に¥あかぎれ/を¥きらし/て−い
る/でしょう。¥このあいだ/も¥ゆ/に¥はいる¥とき/に¥おます/が¥ひ/を¥たき/に−き/て¥ひじょう/に¥
あかぎれ/を¥いたがっ/て−いる/から、¥その−うち/に¥ぼく/が¥やま/へ¥いっ/たら『¥あっくり』/を¥と
P053
っ/て−き/て−やる/と¥いっ/たの/さ」
「¥まあ¥あなた/は¥しんせつ/な¥ひと/です/こと/ね……¥おます/は¥かげひなた/の¥ない¥にくげ
/の¥ない¥おんな/です/から、¥わたし/も¥なかよくし/て−い/たんです/が、¥このごろ/は¥なんと−
なし¥わたし/に¥つきあたる/よう/な¥こと/ばかし¥いっ/て、¥なんでも¥わたし/を¥にくん/で−
い/ます/よ」
「¥あははは、¥それ/は¥おますどん/が¥やきもち/を¥やく/ので/さ。¥つまら/ん¥こと/に
/も¥すぐ¥やきもち/を¥やく/のは、¥おんな/の¥くせ/さ。¥ぼく/が¥そら『¥あっくり』/を¥とっ/て−
いっ/て¥おます/に¥やる/と¥いえ/ば、¥たみさん/が¥すぐ/に、¥まあ¥あなた/は¥しん
せつ/な¥ひと/とか¥なん/とか¥いう/の/と¥おなじ¥わけ/さ」
「¥この¥ひと/は¥いつのま/に¥こんな/に¥くち/が¥わるく¥なっ/たの/でしょう。¥なに/を¥い
P054
っ/ても¥まさおさん/に/は¥かない/や¥し/ない。¥いくら¥わたし/だって¥おます/が¥ね
/も¥そこ/も¥ない¥やきもち/だ/ぐらい/は¥しょうち−し/て−います/よ……」
「¥じつ/は¥おます/も¥ふびん/な¥おんな/よ。¥りょうしん/が¥あんな¥こと/に¥なり/さえ¥せ/ねば、¥
ほうこうにん/と/まで¥なる/の/では¥ない。¥おやじ/は¥せんそう/で¥しぬ、¥おふくろ/は¥これ
/を¥なげい/た/が¥もと/で/の¥びょうし、¥ひとり/の¥あに/が¥はずれもの/と¥いう¥わけ/で、¥
とうとう¥あの¥しまつ。¥こっか/の¥ため/に¥しん/だ¥ひと/の¥むすめ/だもの、¥たみさん、¥い
たわっ/て−やら/ねば¥なら/ない。¥あれ/でも¥たみさん、¥あなた/を/ば¥たいへん¥ほ
め/て−いるよ。¥いじまがり/の¥あによめ/に¥こきつかわ/れる/の/だから¥いっそう¥かわ
いそう/でさ」
「¥そりあ¥まさおさん、¥わたし/も¥そう¥おもっ/て−います/さ。¥おかあさん/も¥よく¥そう¥
P055
おっしゃい/まし/た。¥つまらない¥もの/です/けど¥なんとかかとか¥わけ
/て−やっ/てます/が、¥また¥まさおさん/の/よう/に¥なさけぶかく−さ/れる/と……」¥
たみこ/は¥いいさし/て¥また¥はなし/を¥つまらし/た/が、¥きりのは/に¥つつん/で−おい/た¥りん
どうのはな/を¥て/に¥とっ/て、¥きゅう/に¥はなし/を¥てんじ/た。
「¥こんな¥うつくしい¥はな、¥いつ¥とっ/て−おいで−なし/て。¥りんどう/は¥ほん
と/に¥よい¥はな/です/ね。¥わたし¥りんどう/が¥こんな/に¥うつくしい/と/は¥し
ら/なかっ/た/わ。¥わたし¥きゅう/に¥りんどう/が¥すき/に¥なっ/た。¥おおええ¥
はな……」¥
はなずき/な¥たみこ/は¥れい/の¥くせ/で、¥いろじろ/の¥かお/に¥その¥しこん/の¥はな/を¥おしつける。¥
やがて¥なに/を¥おもいだし/て/か、¥ひとり/で¥にこにこ¥わらいだし/た。
P056
「¥たみさん、¥なん/です、¥そんな/に¥ひとり/で¥わらっ/て」
「¥まさおさん/は¥りんどう/の/よう/な¥ひと/だ」
「¥どうして」
「¥さあ¥どうして/と¥いう¥こと/は¥ない/けど、¥まさおさん/は¥なにがなし¥りんどう
/の/よう/な¥ふう/だから/さ」¥
たみこ/は¥いいおわっ/て¥かお/を¥かくし/て¥わらっ/た。
「¥たみさん/も¥よっぽど¥ひと/が¥わるく¥なっ/た。¥それ/で¥さっき/の¥あだうち/と¥いう¥わけ/で
す/か。¥くちまね/なんか¥おそれいり/ます/な。¥しかし¥たみさん/が¥のぎく/で¥ぼく/が¥りん
どう/と/は¥おもしろい¥つい/です/ね。¥ぼく/は¥よろこん/で¥りんどう/に¥なり/ます。¥それ
/で¥たみさん/が¥りんどう/を¥すき/に¥なっ/て−くれれ/ば¥なお¥うれしい」¥
P057
ふたり/は¥こんな¥らち/も¥なき¥こと¥いう/て¥よろこん/で−いた。¥あき/の¥ひあし/の¥みじかさ、¥
ひ/は¥ようやく¥かたむきそめる。¥さあ/と/の¥かけごえ/で¥わたもぎ/に¥かかる。¥ごご/の¥ぶん/は¥
わずか/で−あっ/た/から¥いちじかんはん/ばかり/で¥もぎ−おえ/た。¥なにやかや¥それぞれ¥まと
め/て¥ばんにょ/に¥のせ、¥ふたり/で¥さしあい/に¥かつぐ。¥たみこ/を¥さき/に¥ぼく/が¥あと/に、¥
とぼとぼ¥はたけ/を¥でかけ/た¥とき/は、¥ひ/は¥はやく¥まつ/の¥こずえ/を¥かぎりかけ/た。¥
はんぶんみち/も¥き/た/と¥おもう¥ころ/は¥じゅうさんや/の¥つき/が、¥このま/から¥かげ/を¥さして¥お
ばな/に¥ゆらぐ¥かぜ/も¥なく、¥つゆ/の¥おく/さえ¥みえる/よう/な¥よ/に¥なっ/た。¥けさ/は¥
き/が¥つか/なかっ/た/が、¥みち/の¥にして/に¥いちだん¥ひくい¥はたけ/に/は、¥そばのはな/が¥うすぎぬ
/を¥ひきわたし/た/よう/に¥しろく¥みえる。¥こおろぎ/が¥さむげ/に¥ない/て−いる/に/も¥
こころとめ/ず/に/は¥いら/れ/ない。
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「¥たみさん、¥くたぶれ/た/でしょう。¥どうせ¥おそく¥なっ/たんです/から、¥この¥
けしき/の¥よい¥ところ/で¥すこし¥やすん/で−ゆき/ましょう」
「¥こんな/に¥おそく¥なる/なら、¥いま¥すこし¥いそげ/ば¥よかっ/た/のに。¥うち/の¥ひとたち
/に¥きっと¥なんとか¥いわ/れる。¥まさおさん、¥わたし/は¥それ/が¥しんぱい/に¥なる/わ」
「¥いまさら¥しんぱい−し/ても¥おっつか/ない/から、¥まあ¥すこし¥やすみ/ましょう。¥こんな
/に¥けしき/の¥よい¥こと/は¥めった/に¥あり/ませ/ん。¥そんな/に¥ひと/に¥もうしわけ/の¥な
い/よう/な¥わるい¥こと/は¥し/ない/もの、¥たみさん、¥しんぱいする¥こと/は¥ない/よ」¥
つきあかり/が¥ななめ/に¥さしこん/で−いる¥みちばた/の¥まつ/の¥きりかぶ/に¥ふたり/は¥こし/を¥かけ
/た。¥め/の¥さき¥しちはちけん/の¥ところ/は¥き/の¥かげ/で¥うすぐらい/が¥それ/から¥むこう/は¥はたけ¥いっぱい
/に¥つき/が¥さし/て、¥そばのはな/が¥きわだっ/て¥しろい。
P059
「¥なん/と¥いう¥えい¥けしき/でしょう。¥まさおさん、¥うた/とか¥はいく/とか¥いう¥もの/を¥
やっ/たら、¥こんな¥とき/に¥おもしろい¥こと/が¥いえ/る/でしょう/ね。¥わたしら/よう
/な¥むひつ/でも¥こんな¥とき/に/は¥しんぱい/も¥なに/も¥わすれ/ます/もの。¥まさおさん、¥あ
なた¥うた/を¥おやん/なさい/よ」
「¥ぼく/は¥じつ/は¥すこし¥やっ/て−いる/けど、¥むずかしく/て¥ようい/に¥でき/ない/の
さ。¥やまばたけ/の¥そばのはな/に¥つき/が¥よく/て、¥こおろぎ/が¥なく/など/と/は¥じつ/に¥
えい/です/なあ。¥たみさん、¥これ/から¥ふたり/で¥うた/を¥やり/ましょう/か」¥
おたがい/に¥ひとつ/の¥しんぱい/を¥もつ¥み/と¥なっ/た¥ふたり/は、¥うち/に¥おもう¥こと/が¥おおく
/て¥かえって¥はなし/は¥すくない。¥なにと−なく¥おぼつかない¥ふたり/の¥ゆくすえ、¥ここ/で¥すこしく¥はな
し/を¥し/たかっ/たのだ。¥たみこ/は¥もちろん/の¥こと、¥ぼく/より/も¥いっそう¥はなし/たかっ
P060
/た/に¥そうい−ない/が、¥とし/の¥いたら/ぬ/の/と¥うい/た¥こころ/の¥ない¥ふたり/は、¥なかなか¥
さしむかい/で¥そんな¥はなし/は¥でき/なかっ/た。¥しばらく/は¥むごん/で¥ぼんやり¥じかん/を¥
すごす¥うち/に、¥いちれつ/の¥かり/が¥ふたり/を¥うながす/か/の/よう/に¥そら¥ちかく¥ない/て¥とおる。¥
ようやく¥たんぼ/へ¥おり/て¥いちょう/の−き/が¥みえ/た¥とき/に、¥ふたり/は¥また¥おなじ/よう/に¥いっしゅ
/の¥かんじょう/が¥むね/に¥わい/た。¥それ/は¥ほか/でも¥ない、¥なにと−なく¥うち/に¥はいりづらい
/と¥いう¥こころもち/で−ある。¥はいりづらい¥わけ/は¥ない/と¥おもう/ても、¥どうしても¥
はいりづらい。¥ちゅうちょする¥ひま/も¥ない、¥たちまち¥もんぜん¥ちかく¥き/て¥しまっ/た。
「¥まさおさん……¥あなた¥さき/に¥なっ/て¥ください。¥わたし¥きまり¥わるく/て¥しょう
がない/わ」
「¥よし、¥それじゃ¥ぼく/が¥さき/に¥なろ/う」¥
P061
ぼく/は¥すこぶる¥ゆうき/を¥こし¥ことに¥へいき/な¥ふう/を¥よそう/て¥もん/を¥はいっ/た。¥うち/の¥ひと
たち/は¥いま¥ゆうはん¥さいちゅう/で¥さかん/に¥はなし/が¥わい/て−いる/らしい。¥にわば/の¥あまど/は¥まだ¥あ
い/た/なり/に¥つき/が¥のきぐち/まで¥さしこん/で−いる。¥ぼく/が¥せきばらい/を¥ひとつ¥やっ/て¥にわば
/へ¥はいる/と、¥だいどころ/の¥はなし/は¥にわか/に¥やん/で¥しまっ/た。¥たみこ/は¥ゆび/の¥さき/で¥ぼく/の¥
かた/を¥つい/た。¥ぼく/も¥しょうち−し/て−いる/のだ、¥いま¥ごぜんかいぎ/で¥ふたり/の¥うわさ/が¥い
か/に¥さかん/で−あっ/た/か。¥
よいまつり/では¥じゅうさんや/では¥ある/ので、¥うち−じゅう¥おもてざしき/へ¥そろう/た¥とき、¥はは/も¥
おく/から¥おき/て−き/た。¥はは/は¥ひととおり¥ふたり/の¥あまり¥おそかっ/た¥こと/を¥とがめ/て¥ふかく
/は¥いわ/なかっ/た/けれど、¥つね/と/は¥まつたく¥ちがっ/て−いた。¥なにか¥おもっ/て−いる/ら
しく、¥すこし/も¥うちとけ/ない。¥これ/まで/は¥くち/に/は¥こごと/を¥いう/ても、¥しんちゅう
P062
/に¥うたがわ/なかっ/た/の/だが、¥こんや/は¥くち/に/は¥あまり¥いわ/ない/が、¥こころ/では¥じゅうぶん
/に¥ふたり/に¥うたがい/を¥おこし/た/に¥ちがいない。¥たみこ/は¥いよいよ¥ちいさく¥なっ/て¥ざしきなか
/へ/は¥で/ない。¥ぼく/は¥やま/から¥とっ/て−き/た、¥あけび/や¥えびづる/や/を¥たくさん¥ざしき
じゅう/へ¥ならべたて/て、¥あんに¥ぼく/が¥こんな¥こと/を¥し/て−い/た/から¥おそく¥なっ/たのだ
/との¥い/を¥しめし¥むごん/の¥べんかい/を¥やっ/ても¥なん/の¥ききめ/も¥ない。¥だれひとり¥それ
/を¥そう/と¥みる¥もの/は¥ない。¥こんや/は¥なん/の¥はなし/に/も¥ぼくら¥ふたり/は¥のけもの/に¥
さ/れる¥しまつ/で、¥もはや¥ふたり/は¥まつたく¥つみある¥もの/と¥もくけつ−さ/れ/て¥しまっ/た/ので−
ある。
「¥おかあさん/が¥あんまり¥あますぎる。¥ああ−し/て−いる¥ふたり/を¥いっしょ/に¥やまばたけ
/へ¥やる/と/は¥め/の¥ない/に/も¥ほど/が¥ある。¥はた/で¥いくら¥しんぱい−し/ても¥お
P063
かあさん/が¥あれ/では¥だめ/だ」¥
これ/が¥だいどころかいぎ/の¥けってい/で−あっ/た/らしい。¥はは/の¥ほう/でも¥いつ/まで¥こども/と¥
おもっ/て−いた/が¥あやまり/で、¥じぶん/が¥わるかっ/た/と¥いう/よう/な¥かんがえ/に¥こんや/は¥なっ/た
/ので−あろ/う。¥いまさら¥ふたり/を¥しかっ/て−み/ても¥しかた/が¥ない。¥なに¥まさお/を¥がっこう
/へ¥やっ/て¥しまい/さえ¥せ/ば¥しさい/は¥ない/と¥はは/の¥こころ/は¥ちゃんと¥きまっ/て−いる
/らしく、
「¥まさ/や、¥おまえ/は/な¥じゅういちがつ/へ¥はいっ/て¥すぐ¥がっこう/へ¥やる¥つもり/で−あっ/た/け
れど、¥そうして¥ぶらぶらし/て−い/て/も¥ため/に¥なら/ない/から、¥おまつり
/が¥しまっ/たら、¥もう¥がっこう/へ¥ゆく/が¥よい。¥じゅうしちにち/に¥ゆく/と¥しろ……¥
えいか、¥そのつもり/で¥こじたくし/て¥おけ」¥
P064
がっこう/へ¥ゆく/は¥もとより¥ぼく/の¥ねがい、¥とおか/や¥はつか¥はやく/とも¥おそく/とも¥そ
れ/に¥しさい/は¥ない/が、¥この¥ばあい¥しかも¥こんや¥いいわたし/が¥あっ/て−みる/と、¥ふたり/は¥すで
に¥つみ/を¥おかし/た¥もの/と¥きめら/れ/て/の¥しおき/で−ある/から、¥たみこ/は¥もちろん¥ぼく/に¥
とって/も¥すこぶる¥こころぐるしい¥ところ/が¥ある。¥じっさい¥ふたり/は¥それ−ほど/に¥だらく−し/た¥わけ/で¥
ない/から、¥あたま/から¥そう/と¥きめら/れ/ては、¥いささか¥みょう/な¥こころもち/が¥する。¥さり
とて¥べんかい/の¥できる¥こと/でも¥なし、¥また¥つよい¥こと/を¥いえ/る¥しかく/も¥じつ/は¥な
い/ので−ある。¥これ/が¥いっかげつまえ/で−あっ/たら/ば、¥それ/は¥おかあさん¥ごむり
/だ、¥がっこう/へ¥ゆく/の/は¥のぞみ/で−ある/けど、¥とが/を¥きせ/られ/て/の¥しおき/に¥がっ
こう/へ¥ゆけ/と/は¥あんまり/でしょう……/など/と¥すぐ¥だだ/を¥いう/ので−ある/が、¥
こんや/は¥そんな¥わがまま/を¥いえ/る/ほど¥むじゃき/では¥ない。¥まつたくのところ、¥こい/に¥おちいっ/て¥
P065
しまっ/て−いる。¥
あれほど¥かわいがら/れ/た¥ひとり/の¥はは/に¥かくしだて/を¥する、¥なんと−なく¥へだて/を¥
つくっ/て¥こころ/の¥ありたけ/を¥いいえ/ぬ/まで/に¥なっ/て−いる。¥おのずから¥ひとまえ
/を¥はばかり、¥ひとまえ/では¥ことさら/に¥ふたり/が¥うとうとしく¥とりなす/よう/に¥なっ/て−い
る。¥かくまで¥わたくしごころ/が¥ちょうじ/て−き/て¥どうして¥りっぱ/な¥くち/が¥きけ/よう。¥ぼく/は¥
ただ¥いちごん、
「¥はあ……」
/と¥こたえ/た¥きり¥なん/に/も¥いわ/ず、¥はは/の¥いいつけ/に¥もうじゅう−する¥ほか/は¥なかっ
/た。
「¥ぼく/は¥がっこう/へ¥いっ/て¥しまえ/ば¥それ/で¥よい/けど、¥たみさん/は¥あと/で¥どうな
P066
る/だろう/か」¥
ふと¥そう¥おもっ/て、¥そっと¥たみこ/の¥ほう/を¥みる/と、¥おます/が¥えだまめ/を¥あさっ
/てる¥うしろ/に、¥たみこ/は¥うつむい/て¥ひざ/の¥うえ/に¥たすき/を¥こねくり/つつ¥ちんもく−し/て−い
る。¥いか/に/も¥げんき/の¥ない¥ふう/で¥よる/の¥せい/か¥かおいろ/も¥あおじろく¥みえ/た。¥たみこ
/の¥ふう/を¥み/て¥ぼく/も¥にわか/に¥かなしく¥なっ/て¥なき/たく¥なった。¥なみだ/は¥まぶた/を¥つたわっ/て¥
め/が¥くもっ/た。¥なぜ¥かなしく¥なっ/た/か¥りゆう/は¥はっきり−し/ない。¥ただ¥たみこ/が¥かわい
そう/で¥なら/なく¥なっ/た/ので−ある。¥たみこ/と¥ぼく/と/の¥たのしい¥かんけい/も¥この¥ひ/の¥よる
/まで/は¥つづか/なく、¥じゅうさんにち/の¥ひる/の¥ひかり/と¥とも/に¥まつたく¥きえうせ/て¥しまっ/た。¥うれ
しい/に¥つけ/ても¥おもいのたけ/は¥かたりつくさ/ず、¥うき¥かなしい¥こと/に¥ついて/は¥
もちろん¥ひゃくぶんのいち/だも¥かたりあわ/ない/で、¥ふたり/の¥かんけい/は¥やみ/の¥まく/に¥はいっ/て¥
P067
しまっ/た/ので/ある。¥

じゅうよっか/は¥まつり/の¥しょにち/で¥ただ¥ものせわしく¥ひ/が¥くれ/た。¥おたがい/に¥き/の¥ない¥ふう
/は¥し/て−い/ても、¥て/に¥せわしい¥しごと/の¥ある/ばかり/に、¥とにかく¥おもいまぎら
す¥こと/が¥でき/た。¥
じゅうごにち/と¥じゅうろくにち/と/は、¥しょくじ/の¥ほか¥ようじ/も¥ない¥まま/に、¥しょしつ/へ¥こもり−と
おし/て−いた。¥ぼんやり¥つくえ/に¥もたれ/た/なり¥なに/を¥する/でも¥なく、¥また¥ふたり
/の¥かんけい/を¥どうしよう/か/と¥いう/よう/な¥こと/すら/も¥かんがえ/ては¥い/ない。¥ただ¥たみ
こ/の¥こと/が¥あたま/に¥みち/て−いる/ばかり/で、¥きわめて¥たんじゅん/に¥たみこ/を¥おもう/て−いる¥ほか
/に¥かんがえ/は¥はたらい/て−おら/ぬ。¥この¥ふつか/の¥あいだ/に¥たみこ/と¥さんしかい/は¥あっ/た/けれど、¥
P068
はなし/も¥でき/ず¥びしょう/を¥こうかん−する¥げんき/も¥なく、¥うらさびしい¥こころもち/を¥たがい/に¥め/に¥
うったうる/のみ/で¥あっ/た。¥ふたり/の¥こころもち/が¥いま¥すこし¥ませ/て−おっ/た/なら/ば、¥この¥
ふつか/の¥あいだ/に/も¥しょうらい/の¥こと/など¥ずいぶん¥はなしあう¥こと/が¥でき/た/ので−あろ/う/け
れ/ど、¥しぶとい¥こころもち/など/は¥け/ほど/も¥なかっ/た¥ふたり/に/は、¥その¥ばあい/に¥なか
なか¥そんな¥こと/は¥でき/なかっ/た。¥それでも¥ぼく/は¥じゅうろくにち/の¥ごご/に¥なっ/て、¥
なんとはなしに¥いか/の/よう/な¥こと/を¥まきがみ/へ¥かい/て、¥ひぐれ/に¥ちょっと¥き/た¥たみこ
/に¥ぼく/が¥い/なく−なっ/て/から¥み/て−くれ/と¥いっ/て¥わたし/た。¥
あさ/から¥ここ/へ¥はいっ/た¥きり、¥なに/を¥する¥き/に/も¥なら/ない。¥そと/へ¥でる¥
き/に/も¥なら/ず、¥ほん/を¥よむ¥き/に/も¥なら/ず、¥ただ¥くりかえし−くりかえし¥たみさん
/の¥こと/ばかり¥おもっ/て−いる。¥たみさん/と¥いっしょ/に¥いれ/ば¥かみさま/に¥だか/れ/て¥くも/に
P069
/でも¥のっ/て−いる/よう/だ。¥ぼく/は¥どうして¥こんな/に¥なっ/たんだ/ろう。¥
がくもん/を¥せ/ねば¥なら/ない¥み/だから、¥がっこう/へ/は¥ゆく/けれど、¥こころ/では¥
たみさん/と¥はなれ/たく¥ない。¥たみさん/は¥じぶん/の¥とし/の¥おおい/の/を¥き/に¥し/て−
いる/らしい/が、¥ぼく/は¥そんな¥こと/は¥なん/とも¥おもわ/ない。¥ぼく/は¥たみさん
/の¥おもう¥とおり/に¥なる¥つもり/です/から、¥たみさん/も¥そう¥おもっ/て−い/て¥
ください。¥あした/は¥はやく¥たち/ます。¥とうき/の¥やすみ/に/は¥かえっ/て−き/て¥たみさ
ん/に¥あう/の/を¥たのしみ/に¥し/て−おり/ます。¥
じゅうがつじゅうろくにち¥まさお¥
たみこさま¥
がっこう/へ¥ゆく/と/は¥いえ、¥つみ/が¥あっ/て¥はやく¥やら/れ/る/と¥いう¥きょうぐう/で−ある
P070
/から、¥ひと/の¥わらいごえ¥はなしごえ/に/も¥いちいち¥ひがみごころ/が¥おきる。¥みな¥ふたり/に¥たいする¥ちょう
しょう/か/の/よう/に¥きか/れる。¥いっそ¥はやく¥がっこう/へ¥いっ/て¥しまい/たく¥なっ/た。¥
けっしん/が¥きまれ/ば¥げんき/も¥かいふくし/て−くる。¥この¥よ/は¥あたま/も¥すこしく¥さえ¥ゆうめし/も¥
こころもち¥よく¥たべ/た。¥がっこう/の¥こと¥なにくれとなく¥はは/と¥はなし/を¥する。¥やがて¥しん
/に¥つい/て/から/も、
「¥なんだ¥ばかばかしい、¥じゅうご/か¥そこら/の¥こぞう/の¥くせ/に、¥おんな/の¥こと/など/ばか
り¥くよくよ¥かんがえ/て……¥そうだそうだ、¥あした/は¥さっそく¥がっこう/へ¥ゆこ/う。¥
たみこ/は¥かわいそう/だ/けれど……¥もう¥かんがえ/まい、¥かんがえ/たって¥しかた/が¥な
い、¥がっこうがっこう……」¥
ひとりぐち¥きき/つつ¥ねむり/に¥いっ/た/よう/な¥わけ/で−あっ/た。¥
P071

ふね/で¥かわ/から¥いちかわ/へ¥でる¥つもり/だから、¥じゅうしちにち/の¥あさ、¥こさめ/の¥ふる/のに、¥
いっさい/の¥もちもの/を¥かばん¥ひとつ/に¥つめこみ¥たみこ/と¥おます/に¥おくら/れ/て¥やぎりのわたし
/へ¥おり/た。¥むら/の¥もの/の¥にぶね/に¥びんじょうする¥わけ/で¥もう¥ふね/は¥き/て−いる。¥ぼく/は¥たみ
さん¥それじゃ……/と¥いう¥つもり/でも¥のど/が¥つまっ/て¥こえ/が¥で/ない。¥たみこ
/は¥ぼく/に¥つつみ/を¥わたし/て/から/は、¥じぶん/の¥て/の¥やりば/に¥こまっ/て¥むね/を¥なで/たり¥
えり/を¥なで/たり/して、¥した/ばかり¥むい/て−いる。¥め/に¥もつ¥なみだ/を¥おます/に¥み/られ
/まい/と/して、¥からだ/を¥わき/へ¥そらし/て−いる。¥たみこ/が¥あわれ/な¥すがた/を¥み/て/は¥ぼく
/も¥なみだ/が¥おさえきれ/なかっ/た。¥たみこ/は¥きょう/を¥わかれ/と¥おもっ/て/か、¥かみ/は¥さっ
ぱり/と/した¥いちょうがえし/に¥うすく¥けしょう/を¥し/て−いる。¥すすいろ/と¥こん/の¥こまかい¥べんけい
P072
じま/で、¥はおり/も¥ながぎ/も¥おなじい¥よねざわつむぎ/に、¥ひん/の¥よい¥ゆうぜんちりめん/の¥おび/を¥しめ
/て−いた。¥たすき/を¥かけ/た¥たみこ/も¥よかっ/た/けれど¥きょう/の¥たみこ/は¥また¥いっそう¥ひきた
っ/て¥みえ/た。¥
ぼく/の¥きのせい/で/でも¥ある/か、¥たみこ/は¥じゅうさんにち/の¥よ/から/は¥ひとひひとひ/と¥
やつれ/て−き/て、¥この¥ひ/の¥いたいたしさ、¥ぼく/は¥なか/ず/に/は¥いら/れ/なかっ/た。¥
むし/が¥しらせる/と/でも¥いう/のか、¥これ/が¥しょうがい/の¥わかれ/に¥なろ/う/と/は、¥ぼく/は¥
もちろん¥たみこ/とて、¥よもや¥そう/は¥おもわ/なかっ/た/ろう/けれど、¥このとき/の¥つら
さ¥かなしさ/は、¥とても¥たにん/に¥はなし/ても¥しんじ/て−くれる¥もの/は¥ない/と¥おもう¥
くらい/で−あっ/た。¥
もっとも¥たみこ/の¥おもい/は¥ぼく/より¥ふかかっ/た/に¥そうい−ない。¥ぼく/は¥ちゅうがくこう/を¥そつぎょう−
P073
する/まで/に/も、¥しごねん¥あいだ/の¥ある¥からだ/で−ある/に、¥たみこ/は¥じゅうしち/で¥ことし/の¥うち/に
/も¥えんだん/の¥はなし/が¥あっ/て¥りょうしん/から¥そう¥いわ/れれ/ば、¥むぞうさ/に¥こばむ¥こと/の¥
でき/ない¥み/で−ある/から、¥ゆくすえ/の¥こと/を¥いろいろ¥かんがえ/て−みる/と¥しんぱい/の¥おお
い¥わけ/で−ある。¥とうじ/の¥ぼく/は¥そこ/まで/は¥かんがえ/なかっ/た/けれど、¥したしく¥め/に¥
しみ/た¥たみこ/の¥いたいたしい¥すがた/は¥いくねん¥たっ/ても¥きのう/の¥こと/の/よう/に¥め/に¥
うかん/で−いる/ので−ある。¥
よそ/から¥み/た/なら/ば、¥わかい¥うち/に¥よく¥ある¥いたずら/の¥かって/な¥なきづら
/と¥みぐるしく/も¥あっ/た/で−あろ/う/けれど、¥ふたり/の¥み/に¥とって/は、¥しん/に¥あ
われ/に¥かなしき¥わかれ/で−あっ/た。¥たがい/に¥て/を¥とっ/て¥こうらい/を¥かたる¥こと/も¥で
き/ず、¥こさめ/の¥しょぼしょぼ¥ふる¥わたしば/に、¥なき/の¥なみだ/も¥ひとめ/を¥はばかり、¥ひと
P074
こと/の¥ことば/も¥かわしえ/ない/で¥えいきゅう/の¥わかれ/を¥し/て¥しまっ/た/ので−ある。¥むじょう
/の¥ふね/は¥ながれ/を¥くだっ/て¥はやく、¥じゅっぷんかん/と¥たた/ぬ¥うち/に、¥ごちょう/と¥さがら/ぬ¥うち/に、¥お
たがい/の¥すがた/は¥あめ/の¥くもり/に¥へだてら/れ/て¥しまっ/た。¥もの/も¥いいえ/ない/で、¥しょん
ぼり/と¥しおれ/て−いた¥ふびん/な¥たみさん/の¥おもかげ、¥どうして¥わすれる¥こと/が¥でき/よ
う。¥たみさん/を¥おもう¥ため/に¥かみ/の¥いかり/に¥ふれ/て¥そくざ/に¥うちころさ/るる/よう/な¥こと
/が¥ある/とて/も¥ぼく/に/は¥たみさん/を¥おもわ/ず/に¥いら/れ/ない。¥とし/を¥とっ/て/の¥のち
/の¥かんがえ/から¥いえ/ば、¥ああ/も¥し/たら¥こう/も¥し/たら/と¥おもわ/ぬ¥こと/も¥なかっ
/た/けれど、¥とうじ/の¥わかい¥どうし/の¥しりょ/に/は¥なんら/の¥くふう/も¥なかっ/た/ので−あ
る。¥やおやおしち/は¥いえ/を¥やい/たら/ば、¥ふたたび¥おもう¥ひと/に¥あわ/れる¥こと/と¥く
ふう/を¥し/た/ので−ある/が、¥われわれ¥ふたり/は¥つまど¥いちまい/を¥しのん/で¥あける/ほど/の¥ちえ
P075
/も¥で/なかっ/た。¥それ−ほど/に¥むじゃき/な¥かれん/な¥こい/で¥あり/ながら、¥なお¥おや/に¥お
じ¥きょうだい/に¥はばかり、¥たにん/の¥まえ/にて¥なみだ/も¥ふきえ/なかっ/た/は¥いか/に¥き/の¥よわ
い¥どうし/で−あっ/た/ろう。¥

ぼく/は¥がっこう/へ¥いっ/て/から/も、¥とかく¥たみこ/の¥こと/ばかり¥おもわ/れ/て¥しかた/が¥
ない。¥がっこう/に¥おっ/て¥こんな¥こと/を¥かんがえ/て¥どうする/ものか/など/と、¥じ
ぶん/で¥じぶん/を¥しかり−はげまし/て−み/て/も¥なん/の¥かい/も¥ない。¥そういう¥ことば/の¥しり/か
ら¥すぐ¥たみこ/の¥こと/が¥わい/て−くる。¥おおく/の¥ひとなか/に¥いれ/ば¥どうにか¥まぎれ
る/ので、¥ひのなか/は¥なるたけ¥ひとり/で¥い/ない/よう/に¥こころがけ/て−い/た。¥よ/に¥な
っ/ても¥ねる/と¥しかた/が¥ない/から、¥なるたけ¥ひとなか/で¥さわい/で−い/て¥つかれ/て¥ね
P076
る¥くふう/を¥し/て−い/た。¥そういう¥しまつ/で¥ようやく¥とし/も¥くれ¥とうききゅうぎょう/に¥なっ/た。¥
ぼく/が¥じゅうにがつにじゅうごにち/の¥ごぜん/に¥かえっ/て−みる/と、¥にわ¥いちめん/に¥もみ/を¥ほし/て−
あっ/て、¥はは/は¥まえ/の¥えんがわ/に¥ふとん/を¥しい/て¥ひなたぼっこ/を¥し/て−いた。¥ちかごろ
/は¥よほど¥からだ/の¥ぐあい/も¥よい。¥きょう/は¥あにふうふ/と¥おとこ/と¥おます/と/は¥やま/へ¥くず/を¥は
き/に−いっ/た/と/の¥はなし/で−ある。¥ぼく/は¥たみさん/は/と¥くち/の¥さき/まで¥で/た/けれど¥つい
に¥いいきら/なかっ/た。¥はは/も¥いじわるく¥なん/とも¥いわ/ない。¥ぼく/は¥かえり¥そうそう¥
たみこ/の¥こと/を¥とう/の/が¥いか/に/も¥きまりわるく、¥そのまま¥れい/の¥しょしつ/を¥かたづけ
/て¥ここ/に¥おちつい/た。¥しかし¥ひぐれ/まで/に/は¥たみこ/も¥かえっ/て−くる¥こと/と¥おもい/な
がら、¥おろおろ−し/て¥まっ/て−いる。¥みな/が¥かえっ/て¥いよいよ¥ゆうめし/と¥いう¥こと/に¥
なっ/ても¥たみこ/の¥すがた/は¥みえ/ない。¥だれ/も¥また¥たみこ/の¥こと/を¥ひとこと/も¥いう¥もの
P077
/も¥ない。¥ぼく/は¥もう¥たみこ/は¥いちかわ/へ¥かえっ/た¥もの/と¥さっし/て、¥ひと/に¥とう/の/も¥
いまいましい/から、¥ほか/の¥はなし/も¥せ/ず、¥めし/が¥すむ/と¥それなり¥しょしつ/へ¥はいっ
/て¥しまっ/た。¥
きょう/は¥かならず¥たみこ/に¥あわ/れる¥こと/と¥ひとかたならず¥たのしみ/に/して¥かえっ/て−き
/た/のに、¥この¥しまつ/で¥なんとも¥いえ/ず¥ちから/が¥おち/て¥さびしかっ/た。¥さりとて¥だれ
/に¥この¥くもん/を¥はなしよう/も¥なく、¥たみこ/の¥しゃしん/など/を¥とりだし/て−み/て−おっ/た
/けれど、¥ちっとも¥き/が¥はれ/ない。¥また¥あの¥やつ¥たみこ/が¥い/ない/から¥かんがえこん
/で−い/やがる/と¥おもわ/れる/も¥くちおしく、¥ようやく¥こころ/を¥とりなおし、¥はは/の¥まくらもと/へ¥い
っ/て¥よる¥おそく/まで¥がっこう/の¥はなし/を¥きか/せ/た。¥
あくるひ/は¥くじごろ/に¥ようやく¥おき/た。¥はは/は¥まだ¥ね/て−いる。¥だいどころ/へ¥で/て−
P078
みる/と¥ほか/の¥もの/は¥みな¥また¥やま/へ¥いっ/た/とか/で、¥おます/が¥ひとり¥だいどころかたづけ/に¥のこ
っ/て−いる。¥ぼく/は¥かお/を¥あらっ/た/なり¥めし/も¥くわ/ず/に、¥せど/の¥はたけ/へ¥で/て¥しま
っ/た。¥この¥あき、¥たみこ/と¥ふたり/で¥なす/を¥とっ/た¥はたけ/が¥いま/は¥あおあお/と¥な/が¥ほき/て−い
る。¥ぼく/は¥しばらく¥たっ/て¥いずこ/を¥ながめる/とも¥なく、¥たみこ/の¥おもかげ/を¥のうちゅう/に¥えが
き/つつ¥おもい/に¥しずん/で−いる。
「¥まさおさん、¥なに/を¥そんな/に¥かんがえ/て−いる/の」¥
おます/が¥だしぬけ/に¥うしろ/から¥そ¥いっ/て、¥ちかく/へ¥よっ/て−き/た。¥ぼく/が¥よい
かげん/な¥こと/を¥ひとこと¥ふたこと¥いう/と、¥おます/は¥いきなり¥ぼく/の¥て/を¥とっ/て、¥も
すこし¥こっち/へ¥き/て¥ここ/へ¥こし/を¥かけ/なさい/まあ/と¥いい/つつ、¥わら/を¥つん/で−
ある¥ところ/へ¥じぶん/も¥こし/を¥かけ/て¥ぼく/に/も¥かけ/させ/た。
P079
「¥まさおさん……¥おたみさん/は¥ほんと/に¥かわいそう/でした/よ。¥うち/の¥ねえさ
ん/たら¥ほんと/に¥いじまがり/です/から/ね。¥なんという¥こんじょう/の¥わるい¥ひと/だ
/か、¥わたし/も¥はあ¥ここの¥うち/に¥いる/の/は¥いや/に¥なっ/て¥しまっ/た。¥きのう¥
まさおさん/が¥くる/の/は¥わかりきっ/て−いる/のに、¥ねえさん/が¥いろんな¥こ
と/を¥いっ/て、¥おととい¥おたみさん/を¥いちかわ/へ¥かえし/たんです/よ。¥まつ¥
ひと/が¥ある/だっぺ/とか¥あい/たい¥ひと/が¥まちどお/かっぺ/とか、¥あてこす
り/を¥いっ/て¥おたみさん/を¥なか/せ/たり¥し/て/ね、¥おかあさん/に/も¥なん/でも¥
いろいろ/な¥こと¥いっ/た/らしい、¥とうとう¥おととい¥おひるまえ/に¥かえし/て¥
しまっ/た/ので/さ。¥まさおさん/が¥おととい¥き/たら¥あわ/れ/たんです/よ¥
まさおさん、¥わたし/は¥おたみさん/が¥かわいそう/で¥かわいそう/で¥なら/ない/だよ。¥なん/だ
P080
って¥あなた/が¥い/なく−なっ/て/から/は¥まるで¥なきのなみだ/で¥ひ/を¥くらし/て−
いる/んだもの、¥まさおさん/に¥てがみ/を¥やり/たい/けれど、¥それ/が¥よく¥
じぶん/に/は¥でき/ない/から¥くやしい/と¥いっ/て/ね。¥わたし/の¥へや/へ¥みばん/も¥すずり
/と¥かみ/を¥もっ/て−き/て/は¥ない/て−い/まし/た。¥おたみさん/も¥はじまり/は¥わたし/に
/も¥かくし/て−い/た/けれど、¥のち/に/は¥かくし/て−い/られ/なく−なっ/た/のさ。¥わたし
/も¥おたみさん/の¥ため/に¥いくら¥ない/た/か¥しれ/ない……」¥
みれ/ば¥おます/は¥もう¥ぼろぼろ¥なみだ/を¥こぼし/て−いる。¥いったい¥おます/は¥ごく¥ひと/の¥
よい¥しんせつ/な¥おんな/で、¥ぼく/と¥たみこ/が¥めのまえ/で¥なかよい¥ふう/を¥する/と、¥しっとしん/を¥
おこす/けれ/ど、¥もとより¥しゅうねんぶかい¥しょう/で¥ない/から、¥たみこ/が¥ひとり/に¥なれ/ば¥たみ
こ/と¥なか/が¥よく、¥ぼく/が¥ひとり/に¥なれ/ば¥ぼく/を¥おおさわぎ−する/ので−ある。¥
P081
それから¥なお¥おます/は、¥ぼく/が¥い/ない¥あと/で¥たみこ/が¥ひじょう/に¥はは/に¥しから/れ/た¥
こと/など/を¥はなし/た。¥それ/は¥がいりゃく¥こう/で−ある。¥いじわる/の¥あによめ/が¥なに/を¥いう
/ても、¥はは/が¥たみこ/を¥あいする¥こと/は¥すこし/も¥かわら/ない/けれど、¥ふたつ/も¥とし/の¥
おおい¥たみこ/を¥ぼく/の¥よめ/に¥する¥こと/は¥どうして/も¥いけ/ぬ/と¥いう¥こと/に¥なっ
/た/らしく、¥それ/に/は¥あによめ/も¥いろいろ¥いう/て、¥よめ/に¥し/ない/と¥すれ/ば、¥ふた
り/の¥なか/は¥なるたけ¥さく/よう/な¥くふう/を¥せ/ねば¥なら/ぬ。¥はは/も¥あによめ/も¥そういう¥
こころもち/に¥なっ/て−いる/から、¥たみこ/に¥たいする¥しむけ/は、¥まさお/の¥こと/を¥おもう/て−
い/ても¥とうてい¥だめ/で−ある/と¥とおまわし/に¥ふうし−し/て−い/た。¥そこ/へ¥き/て¥たみこ/が¥
あけ/ても¥くれ/ても¥くよくよ−し/て、¥ひと/の¥め/に/も¥とまる/ほど/で−ある/から、¥
ときどき/は¥ものわすれ/を¥し/たり、¥よん/でも¥へんじ/が¥おそかっ/たり/して、¥はは/の¥かんしゃく
P082
/に¥さわっ/た¥こと/も¥たびたび¥あっ/た。¥ぼく/が¥い/なく−なっ/て/から¥はつか/ばかり¥た
っ/て¥じゅういちがつ/の¥つきはじめ/の¥ころ、¥たみこ/も¥ほか/の¥もの/と¥の/へ¥でる¥こと/と¥なっ/て、¥
はは/が¥たみこ/に¥おまえ/は¥ひとあし¥あと/に¥なっ/て、¥ざしき/の¥まわり/を¥ぞうきんがけ−し/て¥それ
から¥にわ/に¥ひろげ/て−ある¥むしろ/を¥くら/へ¥かたづけ/て/から¥の/へ¥ゆけ/と¥いいつけ/た。¥
たみこ/は¥ぞうきんがけ/を¥し/て/から¥うっかり¥わすれ/て¥しまっ/て、¥むしろ/を¥いれ/ず/に¥
の/へ¥で/た¥ところ、¥ま/が¥わるく¥その¥ひ¥あめ/が¥ふっ/た/から、¥その¥むしろ¥じゅうまい/ばかり/を¥ぬら
し/て¥しまっ/た。¥たみこ/は¥あめ/が¥ふっ/て/から¥き/が¥つい/た/けれど、¥もう¥まに
あわ/ない。¥うち/へ¥かえっ/て¥さっそく¥はは/に¥わび/た/けれど¥はは/は¥へいじつ/の¥こと/が¥むね/に¥あ
る/から、
「¥なにも¥じゅうまい/ばかり/の¥むしろ/が¥おしい/では¥ない/けれど、¥いったい¥わたし/の¥いいつけ/を¥おろそ
P083
か/に¥きい/て−いる/から¥おこっ/た¥こと/だ。¥もと/の¥たみこ/は¥そう/では¥なかっ/た。¥
えてかって/な¥かんがえごと/など¥し/て−いる/から、¥ひと/の¥いう¥こと/も¥みみ/へ¥はい
ら/ない/のだ……」
/と¥いう/よう/な¥ずいぶん¥いたい¥こごと/を¥いっ/た。¥たみこ/は¥はは/の¥まくらもと¥ちかく/へ¥いっ/て、¥
どうか¥わたし/が¥わるかっ/た/の/です/から¥かんにん−し/て……/と¥りょうて/を¥つい/て¥あやま
っ/た。¥そうすると¥はは/は¥また¥そう¥なに/も¥たにん/らしく¥あらたまっ/て¥あやまら/なく
/とも/だ/と¥しかっ/た/そう/で、¥たみこ/は¥たまら/なく−なっ/て¥わっ/と¥なき−ふし/た。¥
そのまま¥たみこ/が¥なきやん/で¥しまえ/ば¥なん/の¥こと/も¥なく¥すん/だ/ので−あろ/う/が、¥たみ
こ/は¥とうとう¥ひとばんじゅう¥なきとおし/た/ので¥あくるあさ/は¥め/を¥あかく−し/て−い/た。¥はは
/も¥よる¥ときどき¥め/を¥さまし/て−みる/と、¥たみこ/は¥いつ/でも、¥すくすく¥ない/て−いる¥
P084
こえ/が¥し/て−い/た/と¥いう/ので、¥こんど/は¥はは/が¥ひじょう/に¥りっぷく−し/て、¥おます/と¥たみこ
/と¥ふたり¥よん/で¥はは/が¥ふるえごえ/に¥なっ/て¥いう/に/は、
「¥あいたい/では¥わたし/が¥どんな¥わがまま/な¥こと/を¥いう/かも¥しれ/ない/から¥おます/は¥
ききて/に¥なっ/て−くれ。¥たみこ/は¥ゆうべ¥ひとばんじゅう¥なきとおし/た。¥さだめし¥
わたし/に¥いわ/れ/た¥こと/が¥むねん/で¥たまら/なかっ/た/から/でしょう」¥
たみこ/は¥ここ/で¥わたし/は¥そう/では¥あり/ません/と¥なきごえ/で¥いう/た/けれど、¥はは/は¥みみ/に
/も¥かけ/ず/に、
「¥なるほど¥わたし/の¥こごと/も¥すこし¥いいすぎ/かも¥しれ/ない/が、¥たみこ/だって¥なにも¥
それほど¥くやしがっ/て−くれ/なく/ても¥よさ/そう/な¥もの/じゃ¥ない/か。¥
わたし/は¥ほんと/に¥かんがえる/と¥なさけなく¥なっ/て¥しまっ/た。¥かわいがっ/た/の
P085
/を¥おん/に¥きせる/では¥ない/が、¥もと/を¥いえ/ば¥たにん/だ/けれど、¥ちのみご
/の¥とき/から、¥たみこ/は¥しょっちゅう¥うち/へ¥き/て−い/て¥いま/の¥まさお/と¥ふたつ/の¥ち
ぶさ/を¥ひとつ/づつ¥ふくま/せ/て−い/た¥くらい、¥おます/が¥き/て/から/も¥あの¥とおり/で、¥ふた
つ/の¥もの/は¥ひとつ/づつ¥よつ/の¥もの/は¥ふたつ/づつ、¥きもの/を¥こしらえ/ても¥あれ/に¥
いちまい¥これ/に¥いちまい/と¥すこし/も¥わけへだて/を¥せ/ない/で−き/た。¥たみこ/も¥しん/の¥
おや/の/よう/に¥おもっ/て−くれ¥わたし/も¥こ/と¥わが¥おもっ/て¥よそ/の¥ひと/は¥だれ/だって¥ふたり
/を¥きょうだい/と¥おもわ/ない¥もの/は¥なかっ/た/ほど/で−ある/のに、¥あと/に/も¥さき/に
/も¥いちど/の¥こごと/を¥あんな/に¥くやし/がっ/て¥よじゅう¥ない/て−くれ/なく/とも¥よ
さ/そう/な¥もの。¥いちかわ/の¥ひとたち/に¥きか/れ/たら/ば、¥さいとう/の¥ばあ/が¥どんな¥
ひどい¥こと/を¥いっ/た/か/と¥おもう/だろう。¥じゅうなんねん/と¥いう¥あいだ¥わが¥こ/の/よう
P086
/に¥おもっ/て−き/た¥こと/も¥ただ¥いちど/の¥こごと/で¥わすれ/られ/て¥しまっ/た/のか/と¥おも
う/と¥わたし/は¥くやしい。¥にんげん/と¥いう¥もの/は¥そうした¥もの/かしら。¥お
ます、¥よく¥きい/て−くれ、¥わたし/が¥むり/か¥たみこ/が¥むり/か。¥なあ¥おます」¥
はは/は¥め/に¥なみだ/を¥いっぱい/に¥ため/て¥そう¥いっ/た。¥たみこ/は¥み/も¥よ/も¥あら/ぬ¥
さま/で¥いきなり/に¥おます/の¥ひざ/へ¥すがりつい/て¥なきなき、
「¥おます/や、¥おかあさん/に¥もうしわけ/を¥し/て−おくれ。¥わたし/は¥そんな¥だいそれた¥りょう
けん/では¥ない。¥ゆんべ¥あんな/に¥ない/た/は¥まつたく¥わたし/が¥わるかっ/た/から、¥
まつたく¥わたし/が¥とどか/なかっ/た/のだ/から、¥おます/や、¥おまえ/が¥よく¥もうしわけ/を¥そ
う¥いっ/て−おくれ……」¥
それから¥おます/が、
P087
「¥おかあさん/の¥ごりっぷく/も¥ごもっとも/です/けれど、¥わたし/が¥おもう/にゃ¥おかあさん
/も¥すこし¥かんちがい/を¥し/て¥おいで¥なさい/ます。¥おかあさん/は¥ながねん¥おたみさ
ん/を¥かわいがっ/て−おいで/です/から、¥おたみさん/の¥きだて/は¥わかっ/て−お
り/ましょう。¥わたし/も¥こうして¥いちねん¥ごやっかい/に¥なっ/て−い/て−みれ/ば、¥おたみ
さん/は¥ほんと¥やさしい¥おとなしい¥ひと/です。¥おかあさん/に¥すこし/ばかり¥しから/れ
/たって、¥それ/を¥くやしがっ/て¥ない/たり/なんぞ¥する/よう/な¥ひと/では¥あり
/ます/まい。¥わたし/が¥こんな¥こと¥もうし/て/は¥おかしい/です/が、¥まさおさん
/と¥おたみさん/と/は、¥ああ/して¥なかよく−し/て−い/た/の/を、¥なにか/の¥ごつごう
/で¥きゅう/に¥おわかれ−なさっ/た/もん/です/から、¥それ/から/と¥いう/もの、¥お
たみさん/は¥かわいそう/な/ほど¥げんき/が¥ない/の/です。¥このは/の¥そよぐ/に/も¥ため
P088
いき/を¥つき¥からす/の¥なく/に/も¥なみだぐん/で、¥さわれ/ば¥なき/そう/な¥ふう/で¥い/た¥
ところ/へ、¥おかあさん/から¥すこし¥きつく¥しから/れ/た/から、¥とめどなく¥な
い/た/の/でしょう。¥おかあさん、¥わたし/は¥まつたく¥そう¥おもい/ます/わ。¥おたみさん/は¥
けっして¥あなた/に¥しから/れ/た/とて¥くやし/がる/よう/な¥ひと/では¥あり/ません。¥
おたみさん/の/よう/な¥おとなしい¥ひと/を、¥おかあさん/の/よう/に¥ああ¥いっ/て¥しかっ
/て/は、¥あんまり¥かわいそう/です/わ」¥
おます/が¥ともなき/を¥し/て¥いいわけ/を¥いう/た/ので、¥もとより¥たみこ/は¥にくく¥ない¥はは
/だから、¥にわか/に¥かおいろ/を¥なおし/て、
「¥なるほど¥おます/が¥そう¥いえ/ば、¥わたし/も¥すこし¥かんちがい/を¥し/て−い/まし/た。¥
よく¥おます¥そう¥いう/て−くれ/た。¥わたし/は¥もう¥すっかり¥こころもち/が¥なおっ/た。¥
P089
たみ/や、¥だまっ/て−おくれ、¥もう¥ない/て−くれる/な。¥たみ/や/も¥かわいそう/で−あっ
/た。¥なに¥まさお/は¥がっこう/へ¥いっ/たんじゃ/ない/か、¥くれ/に/は¥かえっ/て−くる/よ。¥
なあ¥おます、¥おまえ/は¥きょう/は¥しごと/を¥やすん/で、¥うまい¥もの/でも¥こしらえ/て−く
れ」¥
その−ひ/は¥さんにん/が¥いくたび/も¥よりあっ/て、¥いろいろ/な¥もの/を¥こしらえ/て/は¥ちゃご
と/を¥やり、¥いちにち¥おもしろく¥はなし/を¥し/た。たみこ/は¥この¥ひ/は¥いつになく¥たかわらい/を¥
し¥げんき¥よく¥あそん/だ。¥なにと−いっ/て/も¥はは/の¥ほう/は¥すぐ¥はなし/が¥わかる/けれど、¥
あによめ/が¥まがなすきがな¥いろいろ/な¥こと/を¥いう/ので、¥とうとう¥ぼく/の¥かえら/ない¥うち
/に¥たみこ/を¥いちかわ/へ¥かえし/た/と/の¥はなし/で−あっ/た。¥おます/は¥ながい¥はなし/を¥おわる/や−いな/や¥
すぐ¥うち/へ¥かえっ/た。¥
P090
なるほど¥そう/で−あっ/た/か、¥あね/は¥もちろん¥はは/まで/が¥そういう¥こころ/に¥なっ/た/で
は、¥かよわい¥のぞみ/も¥たえ/た/も¥どうよう。¥こころぼそさ/の¥やるせ/が¥なく、¥なく/より¥ほか/に¥
せん/が¥なかっ/た/のだろう。¥そんな/に¥はは/に¥しから/れ/た/か……¥ひとばんじゅう¥なき
とおし/た……¥なるほど/など/と¥おもう/と、¥ふたたび¥あつい¥なみだ/が¥みなぎりだし/て¥とめ
ど/が¥ない。¥ぼく/は¥しばらく/の¥あいだ、¥なみだ/の¥でる/が¥まま/に¥そこ/に¥ぼんやり−し/て−お
っ/た。¥その−ひ/は¥とうとう¥あさはん/も¥たべ/ず、¥ひるすぎ/まで¥はたけ/の¥あたり/を¥うろ
つい/て¥しまっ/た。¥
さうなる/と¥にわか/に¥うち/に¥いる/の/が¥いや/で¥たまら/ない。¥できる/なら/ば¥くれ/の¥
うち/に¥がっこう/へ¥かえっ/て¥しまい/たかっ/た/けれど、¥そう/も¥なら/ない/で¥ようやく¥こら
え/て、¥とし/を¥こし¥がんじつ¥いちにち¥おい/て¥ふつかのひ/に/は¥あさ¥はやく¥がっこう/へ¥たっ/て¥しま
P091
っ/た。¥
こんど/は¥りくろ¥いちかわ/へ¥で/て、¥いちかわ/から¥きしゃ/に¥のっ/た/から、¥たみこ/の¥きんじょ
/を¥とおっ/た/ので−あれ/ど、¥ぼく/は¥きまり/が¥わるく/て¥どうして/も¥たみこ/の¥いえ/へ¥よれ
/なかっ/た。¥また¥ぼく/に¥よら/れ/たら/ば、¥たみこ/が¥こまる/だろう/とも¥おもっ/て、¥い
くたび¥よろ/う/と¥おもっ/た/けれど¥ついに¥よら/なかっ/た。¥
おもえ/ば¥じつ/に¥ひと/の¥きょうぐう/は¥へんか−する¥もの/で−ある。¥その¥いちねんまえ/まで/は、¥たみ
こ/が¥ぼく/の¥ところ/へ¥き/て−い/なけれ/ば、¥ぼく/は¥にちよう〔/の〕¥たび/に¥たみこ/の¥いえ/へ¥いっ/た/の
で−ある。¥ぼく/は¥たみこ/の¥いえ/へ¥いっ/ても¥ほか/の¥ひと/に/は¥よう/は¥ない。¥いつ/でも、
「¥おばあさん、¥たみさん/は」¥
そら「¥たみさん/は」/が¥き/た/と¥いわ/れる¥くらい/で、¥あるとき/など/は¥ぼく/が¥ゆく/と、¥たみ
P092
こ/は¥にわ/に¥きくのはな/を¥つん/で−い/た。¥ぼく/は¥たみさん¥ちょっと¥おいで/と¥むり/に¥せど/へ¥ひっ
ぱっ/て−いっ/て、¥にけんばしご/を¥ふたり/で¥にないだし、¥かきのき/へ¥かけ/た/の/を¥たみ
こ/に¥おさえ/させ、¥ぼく/が¥のぼっ/て¥かき/を¥むっつ/ばかり¥とる。¥たみこ/に¥はんぶん¥やれ/ば¥たみ
こ/は¥ひとつ/で¥たくさん/と¥いう/から、¥ぼく/は¥その¥いつつ/を¥もっ/て¥そのまま¥うら/から¥ぬけ/て¥
かえっ/て¥しまっ/た。¥さすがに¥この¥とき/は¥とむら/の¥いえ/でも¥うち−じゅう/で¥ぼく/を¥わるく¥いっ
/た/そう/だ/けれど、¥たみこ¥ひとり/は¥ただ¥にこにこ¥わらっ/て−い/て、¥けっして¥まさおさ
ん¥わるい/と/は¥いわ/なかっ/た/そう/だ。¥これ−くらい¥へだてなく−し/た¥あいだがら/だに、¥こい
/と¥いう¥こと¥おぼえ/て/から/は、¥いちかわ/の¥まち/を¥とおる/すら¥はずかしく¥なっ/た/ので−
ある。¥
このとし/の¥しょちゅうやすみ/に/は¥いえ/に¥かえら/なかっ/た。¥くれ/に/も¥かえる/まい/と¥おもっ/た
P093
/けれど、¥とし/の¥くれ/だから¥いちにち/でも¥ふつか/でも¥かえれ/と¥いう/て¥はは/から¥てがみ/が¥
きた¥ゆえ、¥おおみそか/の¥よる¥かえっ/て−き/た。¥おます/も¥ことしきり/で¥さがっ/た/と/の¥はなし
/で¥いよいよ¥はなしあいて/も¥ない/から、¥また¥がんじつ¥いちにち/で¥ふつかのひ/に¥でかけ/よう/と¥
する/と、¥はは/が¥おまえ/に/も¥いう/て−おく/が¥たみこ/は¥よめ/に¥いっ/た、¥きょねん/の¥しもつき¥
やはり¥いちかわ/の¥うち/で、¥たいへん¥ゆうふく/な¥いえ/だ/そう/だ、/と¥かんたん/に¥いう/ので−あっ/た。¥
ぼく/は¥はあ¥そう/です/か/と¥むぞうさ/に¥こたえ/て¥で/て¥しまっ/た。¥
たみこ/は¥よめ/に¥いっ/た。¥この¥いちご/を¥きい/た¥とき/の¥ぼく/の¥こころもち/は¥じぶん/ながら¥ふ
しぎ/と¥おもう/ほど/の¥へいき/で−あっ/た。¥ぼく/が¥たみこ/を¥おもっ/て−いる¥かんじょう/に¥なんら
/の¥どうよう/を¥おこさ/なかっ/た。¥これ/に/は¥なにか¥そうとう/の¥りゆう/が¥ある/かも¥しれ/ね
ど、¥ともかくも¥じじつ/は¥そう/で−ある。¥ぼく/は¥ただ¥りくつ¥なし/に¥たみこ/は¥いか/な¥きょう
P094
がい/に¥いろ/う/とも、¥ぼく/を¥おもっ/て−いる¥こころ/は¥けっして¥かわら/ぬ¥もの/と¥しんじ/て−い
る。¥よめ/に¥いこ/う/が¥どうしよう/が、¥たみこ/は¥いぜん¥たみこ/で、¥ぼく/が¥たみこ/を¥おも
う¥こころ/に¥すんぶん/の¥かわりない/よう/に¥たみこ/に/も¥けっして¥かわりない/よう/に¥おもわ/れ/て、¥
その¥かんねん/は¥ほとんど¥おおいし/の¥うえ/に¥ざし/て−いる/よう/で¥け/の¥さき/ほど/の¥きぐしん/も¥ない。¥
それ/で−ある/から¥たみこ/は¥よめ/に¥いっ/た/と¥きい/ても¥すこし/も¥おどろか/なかっ/た。¥
しかし¥そのころ/から¥いま/まで/に¥ない¥かんがえ/も¥で/て−き/た。¥たみこ/は¥ただただ¥すこし/も¥げんき/が¥
なく、¥やせおとろえ/て¥ふさい/で/ばかり¥いる/だろう/と/のみ¥おもわ/れ/て¥なら/ない。¥か
わいそう/な¥たみさん/と¥いう¥かんねん/ばかり¥たかまっ/て−き/た/ので−ある。¥そういう¥わけ
/で−ある/から、¥がっこう/へ¥いっ/ても¥いぜん/と/は¥ほとんど¥はんたい/に¥なっ/て、¥いぜん/は¥つとめ
/て¥ひとなか/へ¥はいっ/て、¥くもん/を¥まぎら/そう/と¥し/た/けれど、¥こんど/は¥なるべく¥
P095
ひと/を¥さけ/て、¥ひとり/で¥たみこ/の¥うえ/に¥おもい/を¥はせ/て¥たのしん/で−おっ/た。¥なすばたけ
/の¥こと/や¥わたばたけ/の¥こと/や、¥じゅうさんにち/の¥ばん/の¥さびしい¥ふう/や、¥また¥やぎりのわたし/で¥わかれ/た¥とき
/の¥こと/や/を、¥くりかえし−くりかえし¥かんがえ/ては¥ひとり¥なぐさん/で−おっ/た。¥たみこ/の¥こと/さえ¥
かんがえれ/ば¥いつ/でも¥きぶん/が¥よく¥なる。¥もちろん¥かなしい¥こころもち/に¥なる¥こと/が¥しばしば¥
ある/けれど、¥さんざん¥なみだ/を¥だせ/ば¥やはり¥あと/は¥きぶん/が¥よく¥なる。¥たみこ
/の¥こと/を¥おもっ/て−いれ/ば¥かえって¥がっか/の¥せいせき/も¥わるく¥ない/ので−ある。¥これら/も¥ふ
しぎ/の¥ひとつ/で、¥いか/なる¥りゆう/か¥しら/ねど、¥ぼく/は¥じっさい¥そう/で−あっ/た。¥

いつ/しか¥つき/も¥たっ/て、¥わすれ/も¥せ/ぬ¥ろくがつにじゅうににち、¥ぼく/が¥さんじゅつ/の¥かいだい
/に¥くるしん/で¥かんがえ/て−いる/と、¥こづかい/が¥さいとうさん¥おうち/から¥でんぽう/です、/と¥い
P096
っ/て¥つくえ/の¥はた/へ¥おい/て¥いっ/た。¥れい/の¥すぐかえれ/で−ある/から、¥さっそく¥しゃかん
/に¥はなし/を¥し/て¥そくじつ¥きせい−し/た。¥なにごと/が¥おこっ/た/か/と¥むね/に¥どうき/を¥はずま/せ
/て¥かえっ/て−みる/と、¥よいやみ/の¥いえ/の¥ありさま/は¥いがい/に¥しずか/だ。¥だいどころ/で¥うち−じゅう¥ゆうめし
どき/で−あっ/た/が、¥ただ¥そこ/に¥はは/が¥みえ/ない/ばかり、¥なん/の¥かわっ/た¥ようす/も¥ない。¥
ぼく/は¥だいどころ/へ/は¥かお/も¥ださ/ず、¥すぐ/と¥はは/の¥しんじょ/へ¥き/た。¥あんどう/の¥ひ/も¥うすぐら
く、¥はは/は¥ひったり¥まくら/に¥つい/て¥ふせっ/て−いる。
「¥おかあさん、¥どうかし/まし/た/か」
「¥ああ¥まさお、¥よく¥はやく¥かえっ/て−くれ/た。¥いま¥わたし/も¥おきる/から¥おまえ¥ごはんまえ
/なら¥ごはん/を¥すまし/て¥しまえ」¥
ぼく/は¥なん/の¥こと/か¥しきり/に¥き/に¥なる/けれど、¥はは/が¥そういう¥まま/に¥そうそう/に¥
P097
めし/を¥すまし/て¥ふたたび¥はは/の¥ところ/へ¥くる。¥はは/は¥おび/を¥ゆう/て¥ふとん/の¥うえ/に¥おき/て−い
/た。¥ぼく/が¥まえ/に¥すわっ/ても¥ただ¥むごん/で−いる。¥みる/と¥はは/は¥あめ/の/よう/な¥なみだ/を¥おとし
/て¥うつむい/て−いる。
「¥おかあさん、¥まあ¥どうし/たん/でしょう」¥
ぼく/の¥ことば/に¥はげまさ/れ/て¥はは/は¥ようやく¥なみだ/を¥ふき、
「¥まさお、¥かんにんし/て−くれ……¥たみこ/は¥しん/で¥しまっ/た……¥わたし/が¥ころし/た/よう
/な¥もの/だ……」
「¥そりゃ¥いつ/です。¥どうして¥たみさん/は¥しん/だん/です」¥
ぼく/が¥むちゅう/に¥なっ/て¥といかえす/と、¥はは/は¥むせびかえっ/て¥かお/を¥おさえ/て−いる。
「¥しじゅう/を¥きい/たら、¥さだめし¥ひどい¥おや/だ/と¥おもう/だろう/が、¥こらえ
P098
/て−くれ、¥まさお……¥おまえ/に¥いちごん/の¥はなし/も¥せ/ず、¥たって¥いや/だ/と¥いう¥
たみこ/を¥むり/に¥すすめ/て¥よめ/に¥やっ/た/の/が、¥こういう¥こと/に¥なっ/て¥しまっ
/た……¥たとい¥おんな/の¥ほう/が¥としうえ/で−あろ/う/とも¥ほんにん¥どうし/が¥とくしん/で−あら/ば、¥
なに/も¥おや/だから/とて¥よけい/な¥くちだし/を¥せ/なく/とも¥よい/のに、¥この¥はは/が¥とし
がい/も¥なく¥おや−だてら/に¥いら/ぬ¥おせわ/を¥やい/て、¥とりかえし/の¥つか/ぬ¥
こと/を¥し/て¥しまっ/た。¥たみこ/は¥わたし/が¥て/を¥かけ/て¥ころし/た/も¥おなじ。¥どう
ぞ¥かんにん−し/て−くれ、¥まさお……¥わたし/は¥たみこ/の¥あと¥おっ/て−ゆき/たい……」¥
はは/は¥もう¥おいおいおいおい¥こえ/を¥たて/て¥ない/て−いる。¥たみこ/の¥し/と¥いう¥
こと/だけ/は¥わかっ/た/けれど、¥なに/が¥なに/やら¥さら/に¥わから/ぬ。¥ぼく/とて¥たみこ/の¥し
/と¥きい/て、¥しっしん−する/ほど/の¥おもい/で−あれ/ど、¥いま¥め/の¥まえ/で¥はは/の¥なげき/の¥ひと
P099
とおり/なら/ぬ/を¥み/て/は、¥なく/に/も¥なか/れ/ず、¥ぼく/が¥おろおろ−し/て−いる¥ところ
/へ¥あにふうふ/が¥で/て−き/た。
「¥おかあさん、¥まあ¥そう¥ない/たって¥しかた/が¥ない」
/と¥いえ/ば¥はは/は、¥かまわ/ず/に¥なか/し/て−おくれ¥なか/し/て−おくれ/と¥いう/の
で−ある。¥どうしよう/も¥ない。¥
その¥あいだ/で¥あによめ/が¥わずか/に¥はなす¥ところ/を¥きけ/ば、¥いちかわ/の¥それがし/と¥いう¥いえ/で¥さき/の¥おとこ/の¥き
しょう/も¥しれ/て−いる/に¥ざいさん/も¥とむら/の¥いえ/に¥ばい¥いじょう/であり、¥それ/で¥むこう/から¥
たみこ/を¥たっ/て/の¥しょもう、¥なこうど/と¥いう/の/も¥とむら/が¥せわ/に¥なる¥ひと/で−ある、¥
ぜひ¥やり/たい¥ぜひ¥いっ/て−くれ/と¥いう¥こと/に¥なっ/た。¥たみこ/は¥どう/でも¥
いや/だ/と¥いう。¥たみこ/の¥いや/だ/と¥いう¥こころ/は¥よく¥わかっ/て−いる/けれど、¥
P100
まさおさん/の¥ほう/は¥とし/も¥ちがい¥さき/の¥ながい¥こと/だから、¥どう/でも¥それがし/の¥いえ/へ¥や
り/たい/と/は、¥とむら/の¥ひとたち/は¥もちろん¥しんるい/まで/の¥きぼう/で−あっ/た。¥それで¥いよ
いよ¥さいとう/の¥おっかさん/に¥いけん/を¥し/て−もらう/と¥いう¥こと/に¥そうだん/が¥きまり、¥
それで¥うち/の¥おかあさん/が¥たみこ/に¥いくたび¥いけん/を¥し/ても¥ない/て/ばかり¥しょうち−し
/ない/から、¥とどのつまり、¥おまえ/が¥そう¥ごうじょう¥はる/の/も¥まさお/の¥ところ/へ¥き/たい¥
かんがえ/から/だろう/けれど、¥それ/は¥この¥はは/が¥ふしょうち/で¥なら/ない/よ、¥おまえ/は¥そ
れ/でも¥こんど/の¥えんだん/が¥ふしょうち/か。¥こんな¥ふう/に¥いわ/れ/た/から、¥たみこ/は¥す
っかり¥じぶん/を¥あきらめ/た/らしく、¥とうとう¥みなさま/の¥よい/よう/に/と¥いっ/て¥
しょうち/を¥し/た。¥それ/から/は¥なに/もかも¥ひと/の¥いう/なり/に¥なっ/て、¥しもつき¥なかば/に¥
しゅうぎ/を¥し/た/けれど、¥たみこ/の¥こころもち/が¥ほんとう/の¥しょうち/で¥ない/から、¥むこう
P101
/でも¥いくら/か¥いやき/に¥なり、¥たみこ/は¥みもち/に¥なっ/た/が、¥むつき/で¥おり/て¥
しまっ/た。¥あと/の¥ひだち/が¥ひじょう/に¥わるく¥ついに¥ろくがつ−じゅうくにち/に¥いき/を¥ひきとっ
/た。¥びょうちゅう¥ぼく/に¥しらせ/よう/と/の¥はなし/も¥あっ/た/が、¥いまさら¥まさお/に¥しらせる¥かお
/も¥ない/と¥いう¥わけ/から¥しらせ/なかっ/た。¥うち/の¥おかあさん/は¥たみこ/が¥まだ¥くち
/を¥きく¥とき/から、¥いちかわ/へ¥いっ/て−おっ/て、¥たみこ/が¥いけ/なくなる/と、¥もう¥
ない/て¥ない/て¥なきぬい/た。¥ひとくちまぜ/に、¥たみこ/は¥わたし/が¥ころし/た/よう/な¥もの
/だ、/と/ばかり¥いっ/て−い/て、¥いちかわ/へ¥おい/た/では¥どうなる/か¥しれ/ぬ/と¥いう¥
わけ/から、¥きのう¥くるま/で¥うち/へ¥おくら/れ/て−き/た/のだ。¥はなし/さえ¥すれ/ば¥なく、¥なけ
/ば¥わたし/が¥わるかっ/た¥わるかっ/た/と¥いっ/て−いる。¥だれ/に/も¥しよう/が¥ない/から、¥まさ
おさん/の¥ところ/へ¥でんぽう/を¥うっ/た。¥たみこ/も¥かわいそう/だし¥おかあさん/も¥かわいそう/だ
P102
し、¥とんだ¥こと/に¥なっ/て¥しまっ/た。¥まさおさん、¥どうし/たら¥よい/でしょう。¥
あによめ/の¥はなし/で¥おおかた/は¥わかっ/た/けれど、¥ぼく/は¥どうし/て¥よい/やら¥ほとんど¥とほう
/に¥くれ/た。¥はは/は¥もう¥はんきちがい/だ。¥なにしろ¥ここ/では¥はは/の¥こころ/を¥しずめる/の/が¥
だいいち/と/は¥おもっ/た/けれど、¥なぐさめよう/が¥ない。¥ぼく/だって¥いっそ¥きちがい/に¥
なっ/て¥しまっ/たら/と¥おもっ/た¥くらい/だから、¥はは/を¥なぐさめる/ほど/の¥きりょく/は¥ない。¥
そうこう−し/て−いる¥うち/に¥ようやく¥はは/も¥すこし¥おちつい/て−き/て、¥また¥はなしだし/た。
「¥まさお/や、¥きい/て−くれ。¥わたし/は¥もう¥じぶん/の¥あくとう/に¥あきれ/て¥しまっ/た。¥なん
だって¥あんな¥ひどい¥こと/を¥たみこ/に¥いっ/たっけ/かしら。¥いまさら¥なんぼ¥く
い/ても¥しかた/が¥ない/けれど、¥わたし/は¥まさお……¥たみこ/に¥こう¥いっ/たんだ。¥
まさお/と¥ふうふ/に¥する¥こと/は¥この¥はは/が¥ふしょうち/だから¥おまえ/は¥よそ/へ¥よめ/に¥
P103
ゆけ。¥
なるほど¥たみこ/は¥わたし/に¥そう¥いわ/れ/て−みれ/ば¥じぶん/の¥み/を¥あきらめる¥ほか/は¥
ない¥わけ/だ。¥どうして¥あんな¥むごたらしい¥こと/を¥いっ/たの/だろう。¥
ああ¥かわいそう/な¥こと/を¥し/て¥しまっ/た。¥まつたく¥わたし/が¥あくとう/を¥いう/た¥ため/に¥たみ
こ/は¥しん/だ。¥おまえ/は/ね、¥あした/は¥よ/が¥あけ/たら¥すぐ/に¥いっ/て¥よおく¥
たみこ/の¥はか/に¥まいっ/て−くれ。¥それで¥おかあさん/の¥わるかっ/た¥こと/を¥よく¥
わび/て−くれ。¥ねい¥まさお」¥
ぼく/も¥ようやく¥なく¥こと/が¥でき/た。¥たとい¥どういう¥つごう/が¥あっ/た/に¥せよ、¥
いよいよ¥みこみ/が¥なくなっ/た¥とき/に/は¥あわせ/て−くれ/ても¥よかっ/たろう/に、¥
しん/で/から¥しらせる/と/は¥ずいぶん¥ひどい¥わけ/だ。¥たみさん/だって¥ぼく/に/は¥あい
P104
/たかっ/たろう。¥よめ/に¥いっ/て¥しまっ/て/は¥もうしわけ/が¥なく¥おもっ/たろう/けれど、¥
それ/でも¥いよいよ/の¥まぎわ/に¥なっ/て/は¥ぼく/に¥あい/たかっ/た/に¥ちがいない。¥
じつ/に¥なさけない¥こと/だ。¥かんがえ/て−みれ/ば¥ぼく/も¥あんまり¥こども/で−あっ/た。¥そのご¥いち
かわ/を¥さんかい/も¥とおり/ながら¥たずね/なかっ/た/は、¥いまさら¥ざんねん/で¥なら/ぬ。¥ぼく/は¥
たみこ/が¥よめ/に¥ゆこ/う/が¥ゆく/まい/が、¥ただ¥たみこ/に¥あい/さえ¥せ/ば¥よい/のだ。¥
いま¥ひとめ¥あい/たかっ/た……¥つぎ/から¥つぎ/と¥はてしなく¥おもい/は¥あふれ/て−くる。¥
しかし¥はは/に¥そういう¥こと/を¥いえ/ば、¥こんど/は¥ぼく/が¥はは/を¥ころす/よう/な¥こと/に¥な
る/かも¥しれ/ない。¥ぼく/は¥きっと¥こころ/を¥とりなおし/た。
「¥おかあさん、¥ほんと/に¥たみこ/は¥かわいそう/であり/まし/た。¥しかし¥とっ/て¥かえら/ぬ¥
こと/を¥いくら¥くやん/でも¥しかた/が¥ない/です/から、¥あと/の¥こと/を¥ねんごろ/に¥し/て−
P105
やる¥ほか/は¥ない。¥おかあさん/は¥ただただ¥ごじぶん/の¥わるい/よう/に/ばかり¥とっ/て−
いる/けれど、¥おかあさん/とて¥こころ/は¥ただ¥たみこ/の¥ため¥まさお/の¥ため/と¥ひと
すじ/に¥おもっ/て−くれ/た¥こと/です/から、¥よし¥それ/が¥おもう/よう/に¥なら/なかっ
/た/とて、¥たみこ/や¥わたし−ら/が¥なに/とて¥おかあさん/を¥うらみ/ましょう。¥おかあさん
/の¥こころ/は¥どこ/まで/も¥なさけごころ/で¥し/た¥もの/を、¥たみこ/も¥けっして¥うらん/では¥い
やしまい。¥なにもかも¥こうなる¥うんめい/で−あっ/た/の/でしょう。¥わたし/は¥もう¥
あきらめ/まし/た。¥どうぞ¥この−うえ¥おかあさん/も¥あきらめ/て¥ください。¥あす/の¥あさ/は¥
よ/が¥あけ/たら¥すぐ¥いちかわ/へ¥まいり/ます」¥
はは/は¥なお¥ことば/を¥つい/で、
「¥なるほど¥なにもかも¥こうなる¥うんめい/かも¥しら/ねど¥こんど/と¥いう¥こんど¥わたし/は¥よ
P106
くよく¥こうかい−し/まし/た。¥ぞく/に¥おやばか/と¥いう¥こと/が¥ある/が、¥その¥おやばか
/が¥とんでもない¥わるい¥こと/を¥し/た。¥おや/が¥いつ/まで/も¥もの/の¥わかっ/た¥つも
り/で−いる/が、¥たいへん/な¥まちがい/で−あっ/た。¥じぶん/は¥あみださま/に¥おすが
り¥もうし/て¥すくう/て¥いただく¥ほか/に¥たすかる¥みち/は¥ない。¥まさお/や、¥おまえ/は¥からだ/を¥だい
じ/に¥し/て−くれ。¥おもえ/ば¥たみこ/は¥ながねん/の¥あいだ/に/も¥ついぞ¥わたし/に¥さから
っ/た¥こと/は¥なかっ/た、¥おとなしい¥こ/で−あっ/た/だけ、¥じぶん/の¥し/た¥こと
/が¥くい/られ/て¥なら/ない、¥どうして/も¥かわいそう/で¥たまら/ない。¥たみこ/が¥いま
はのとき/の¥こと/も¥おまえ/に¥はなし/て¥きかせ/たい/けれど¥わたし/に/は¥とても¥それ/が¥
でき/ない」
/など/と¥また¥こえ/を¥くもらし/て−き/た。¥もう¥はなせ/ば¥はなす/ほど¥かなしく¥なる/から
P107
/とて¥しいて¥いちどう¥ねる¥こと/に¥し/た。¥
はは/の¥てまえ¥あにふうふ/の¥てまえ、¥なく/まい/と¥こらえ/て¥ようやく¥こらえ/て−い/た¥ぼく
/は、¥じぶん/の¥かや/へ¥はいり¥ふとん/に¥たおれる/と、¥もう¥たまらなく¥いちど/に¥こみ−
あげ/て−くる。¥くち/へ/は¥てぬぐい/を¥かん/で、¥なみだ/を¥しぼっ/た。¥どれ/だけ¥なみだ/が¥で/た
/か、¥りんしつ/の¥はは/から¥よ/が¥あけ/た/よう/だよ/と¥こえ/を¥かけら/れる/まで、¥すこし/も¥
やま/ず¥なみだ/が¥で/た。¥き/た¥まま/で¥ね/て−いた¥ぼく/は¥そのまま¥おき/て¥かお/を¥あらう/やいな
や、¥まだ¥ほのぐらい/の/に¥いえ/を¥でる。¥ゆめ/の/よう/に¥にり/の¥みち/を¥はしっ/て、¥たい
よう/が¥ようやく¥ちへいせん/に¥あらわれ/た¥じぶん/に¥とむら/の¥いえ/の¥もんぜん/まで¥き/た。¥この¥や/の¥
かまど/の¥ある¥ところ/は¥にわ/から¥しょうめん/に¥みえ−すい/て−みえる。¥あさだき/に¥むぎわら/を¥たい/て¥ぱ
ちぱち¥おと/が¥する。¥ぼく/が¥まえ/の¥えんさき/に¥たつ/と¥おく/に¥い/た¥おばあさん/が、¥め
P108
ざとく¥みつけ/て¥で/て−くる。
「¥かね/や、¥かね/や、¥とみ/や……¥まさおさん/が¥き/まし/た。¥まあ¥まさおさん¥よ
く¥き/て−くれ/まし/た。¥たいそう¥はやく。¥さあ¥おあがん/なさい。¥おきぬき
/でしょう。¥さあ……¥かね/や……」¥
たみこ/の¥おとうさん/と¥おかあさん、¥たみこ/の¥ねえさん/も¥き/た。
「¥まあ¥よく¥き/て−くれ/まし/た。¥あなた/の¥くる/の/を¥まっ/て/まし/た。¥と
にかくに¥あがっ/て¥ごはん/を¥たべ/て……」¥
ぼく/は¥あがり/も¥せ/ず¥こし/も¥かけ/ず、¥しばらく¥むごん/で¥たっ/て−い/た。¥ようやく/と、
「¥たみさん/の¥おはか/に¥まいり/に¥き/まし/た」¥
せつ/なる¥さま/は¥め/に¥あまっ/た/と¥みえ、¥よったり/とも¥くち/が¥きけ/なくなっ/て¥しまっ/た。
P109
……¥やがて¥おとうさん/が、
「¥それでも¥まあ¥ちょっと¥ごはん/を¥すまし/て−いっ/たら……¥ああ¥そう/です/か。¥
それでは¥みな/して¥まいっ/て−くる/が¥よかろ/う……¥いや¥きもの/など¥きかえ
/ん/でも¥よい/じゃ/ない/か」¥
おんな−たち/は、¥もう¥はなすすり/を¥し/ながら、¥それ/じゃあ/とて¥たちあがる。¥みず
/を¥もち、¥せんこう/を¥もち、¥にわ/の¥はな/を¥たくさん/に¥とる。¥おだまきそう¥せんにちそう¥てんじくぼ
たん/と¥てんでん¥て/に¥とり−わけ/て¥でかける。かきのき/の¥した/から¥せど/へ¥ぬけ¥まきべい
/の¥うらもん/を¥でる/と¥まつばやし/で−ある。¥ももばたけ¥なしばたけ/の¥あいだ/を¥ゆく/と¥わずか/の¥た/が¥ある。¥
その¥さき/の¥まつばやし/の¥かたすみ/に¥ぞうき/の¥もり/が¥あっ/て¥あまた/の¥はか/が¥みえる。¥とむらけ/の¥
ぼち/は¥もちのき¥しごほん/を¥ちゅうしん/と/して¥むつぼ/ばかり/を¥くわけ−し/て−ある。¥その¥ほどよ
P110
い¥ところ/の¥にいはか/が¥たみこ/が¥とわ/の¥すみか/で−あっ/た。¥ほうむり/を¥し/て/から¥あめ/に/も¥あ
わ/ない/ので、¥ほんの¥あたらしい¥まま/で、¥ちからがみ/など/も¥いま¥むすん/だ/よう/で−ある。¥
おばあさん/が¥さき/に¥いで/て、
「¥さあ¥まさおさん、¥なにもかも¥あなた/の¥て/で¥やっ/て¥ください。¥たみこ/の¥ため
/に/は¥ほん/に¥せんそう/の¥くよう/に¥まさる¥あなた/の¥こうげ、¥どうぞ¥まさおさん、¥
よおく¥おまいり/を¥し/て¥ください……¥きょう/は¥たみこ/も¥さだめて¥くさばのかげ/で¥
うれしかろ/う……¥なあ¥この¥ひと/に¥せめて¥いちど/でも、¥め/を¥ねむら/ない¥たみ
こ/に……¥まあ¥せめて¥いちど/でも¥あわせ/て¥やり/たかっ/た……」¥
さんにん/は¥め/を¥こすっ/て−いる¥ようす。¥ぼく/は¥こう/を¥あげ¥はな/を¥あげ¥みず/を¥そそい/で
/から、¥まえ/に¥うづくばっ/て¥こころ/の¥ゆく/まで¥おがん/だ。¥しん/に¥なさけない¥わけ/だ。¥じゅみょう/で¥
P111
しぬ/は¥しかたない/に/して/も、¥ながく¥わずらっ/て−いる¥ま/に、¥ああ¥みまっ/て−やり
/たかっ/た、¥ひとめ¥あい/たかっ/た。¥ぼく/も¥たみさん/に¥あい/たかっ/た/もの、¥たみ
さん/だって¥ぼく/に¥あい/たかっ/た/に¥ちがいない。¥むりむり/に¥しい/られ/た/と/は¥
いえ、¥よめ/に¥いっ/ては¥ぼく/に¥あわせる¥かお/が¥ない/と¥おもっ/た/に¥ちがいない。¥おも
え/ば¥それ/が¥びんぜん/で¥なら/ない。¥あんな¥おとなしい¥たみさん/だもの、¥りょうしん/か
ら¥しんるいじゅう¥かかっ/て¥しい/られ/て、¥どうして¥それ/が¥こばま/れ/よう。¥たみさん
/が¥き/の¥つよい¥ひと/なら¥きっと¥じさつ/を¥し/た/のだ/けれど、¥おとなしい¥ひと/だけ/に¥そ
れ/も¥でき/なかっ/た/のだ。¥たみさん/は¥よめ/に¥いっ/ても¥ぼく/の¥こころ/に¥かわり/は¥ない
/と、¥せめて¥ぼく/の¥くち/から¥ひとこと¥いっ/て¥しな/せ/たかっ/た。¥よのなか/に¥なさけない
/と¥いっ/て¥こういう¥なさけない¥こと/が¥あろ/う/か。¥もう¥わたし/も¥いき/て−い/たく/な
P112
い……¥われ−しら/ず¥こえ/を¥だし/て¥ぼく/は¥りょうひざ/と¥りょうて/を¥ぢべた/へ¥つい/て¥しまっ/た。¥
ぼく/の¥ようす/を¥み/て、¥うしろ/に¥い/た¥さんにん/が¥どんな/に¥ない/た/か。¥ぼく/も¥われ¥ひとり
/で/ない/に¥き/が¥つい/て¥ようやく¥たちあがっ/た。¥さんにん/の¥なか/の¥だれ/が¥いう/の/か、
「¥なんだって¥たみこ/は、¥まさおさん/と¥いう¥こと/を/ば¥ひとこと/も¥いわ/なかっ
/た/のだろう……」
「¥それほど/に¥おもいあっ/てる¥なか/と¥しっ/たら¥あんな/に¥すすめ/は¥せ/ぬ/もの
を」
「¥うすうす/は¥しれ/て−い/た/の/だに、¥この¥ひと/の¥むね/も¥きい/て−み/ず、¥たみこ/も¥
あれほど¥いやがっ/た/ものを……¥いくら¥わかい/から/とて¥あんまり/で−
あっ/た……¥かわいそう/に……」¥

P113
さんにん/も¥こうげ/を¥たむけ¥みず/を¥そそい/だ。¥おばあさん/が¥また、
「¥まさおさん、¥あなた¥ちからがみ/を¥むすん/で¥ください。¥たくさん¥むすん/で¥ください。¥たみこ
/は¥あなた/が¥なさけ/の¥ちから/を¥たより/に¥あのよ/へ¥ゆき/ます。¥なむあみだぶつ、¥な
むあみだぶつ」¥
ぼく/は¥ふところ/に¥あっ/た¥かみ/の¥ありたけ/を¥ちからづえ/に¥むすぶ。¥このとき¥ふっと¥き/が¥つい
/た。¥たみさん/は¥のぎく/が¥たいへん¥すき/で−あっ/た/に¥のぎく/を¥ほっ/て−き/て¥うえれ/ば¥よ
かっ/た。¥いや¥すぐ¥ほっ/て−き/て¥うえ/よう。¥こう¥かんがえ/て¥あたり/を¥みる/と、¥
ふしぎ/に¥のぎく/が¥しげっ/てる。¥とむらい/の¥ひと/に¥ふま/れ/た/らしい/が¥なお¥くきだっ/て¥
あおあお/と¥し/て−いる。¥たみさん/は¥のぎく/の¥なか/へ¥ほうむら/れ/た/のだ。¥ぼく/は¥ようやく¥すこし¥
おちつい/て¥ひとびと/と¥とも/に¥はかば/を¥じし/た。¥
P114
ぼく/は¥なに/も¥ほしく¥あり/ませ/ん。¥ごはん/は¥もちろん¥ちゃ/も¥ほしく/ない/です、¥
このまま¥おいとま¥ねがい/ます、¥あす/は¥また¥はやく¥あがり/ます/から/と¥いっ/て¥かえろ/う/と¥する
/と、¥うち−じゅう/で¥ひきとめる。¥たみこ/の¥おかあさん/は¥もう¥たまら/なそう/な¥ふう/で、
「¥まさおさん、¥あなた/に¥そうして¥かえら/れ/ては¥わたし−ども/は¥い/ても−たっ/ても¥い
ら/れ/ませ/ん。¥あなた/が¥おもしろく/ない¥おこころもち/は¥じゅうじゅう¥さっし/て¥い/ます。¥
かんがえ/て−みれ/ば¥わたしども/の¥とどか/なかっ/た¥ため/に、¥たみこ/に/も¥ふびん/な¥しに
よう/を¥させ、¥まさおさん/に/も¥もうしわけ/の−ない¥こと/を¥し/た/のです。¥わたしども
/は¥いかよう/に/も¥あなた/に¥おわび/を¥いたし/ます。¥たみこ¥かわいそう/と¥おぼしめし
/たら、¥どうぞ¥たみこ/が¥いまは/の¥はなし/も¥きい/て−いっ/て¥ください/な。¥あな
P115
た/が¥おいで/に¥なっ/たら、¥おはなし¥もうす¥つもり/で、¥きょう/は¥おいで/か¥あす
/は¥おいで/か/と、¥じつ/は¥うち−じゅう/が¥おまち¥もうし/た/のです/から¥どうぞ……」¥
そう¥いわ/れ/て/は¥ぼく/も¥かえる¥わけ/に¥ゆか/ず、¥はは/も¥そう¥いっ/た/のに¥き/が¥つい
/て¥ざしき/へ¥あがっ/た。¥ちゃ/や¥ごはん/や/と¥ださ/れ/た/けれども¥まね/ばかり/で¥すます。¥
その−うち/に¥ひとびと¥みな¥おく/へ¥あつまり¥おばあさん/が¥はなしだし/た。
「¥まさおさん、¥たみこ/の¥こと/に¥ついて/は、¥わたしども¥いちどう¥まことに¥もうしわけ/が¥なく、¥あなた/に¥
あわせる¥かお/は¥ない/のです。¥あなた/に¥いろいろ¥ごむねん/な¥ところ/も¥あり/ましょう
/けれど、¥どうぞ¥まさおさん、¥すぎ−さっ/た¥こと/と¥あきらめ/て、¥ごかんべん/を¥ねがい
/ます。¥あなた/に¥おわび/を¥する/の/が¥なに/より¥たみこ/の¥くよう/に¥なる/ので
す」¥
P116
ぼく/は¥ただ¥もう¥むね¥いっぱい/で¥なに/も¥いう¥こと/が¥でき/ない。¥おばあさん/は¥はなし/を¥
つづける。
「¥じつ/は/と¥もうす/と、¥あなた/の¥おかあさん¥はじめ、¥わたくし¥また¥たみこ/の¥りょうしん/とも、¥
あなた/と¥たみこ/が¥それほど¥ふかい¥なか/で−あっ/た/と/は¥しら/なかっ/た/もん
/です/から」¥
ぼく/は¥ここ/で¥ひとこと¥いいだす。
「¥たみさん/と¥わたし/と¥ふかい¥なか/と¥おっしゃっ/ても、¥たみさん/と¥わたし/と/は¥どう/も¥
し/や−し/ませ/ん」
「¥いいえ、¥あなた/と¥たみこ/が¥どうし/た/と¥もうす/では¥ない/です。¥もとから¥
あなた/と¥たみこ/は¥ひじょう/な¥なかよし/でした/から、¥それ/が¥わから/なかっ/た
P117
/んです。¥それに¥たみこ/は¥あの−とおり/の¥うちき/な¥こ/でした/から、¥あなた
/の¥こと/は¥ひとこと/も¥くち/に¥ださ/ない。¥それ/は¥まるきり¥しら/なかっ/た/と/は¥
もうさ/れ/ませ/ん。¥それですから¥おわび/を¥もうす/よう/な¥わけ……」¥
ぼく/は¥みなさん/に¥そんな/に¥おわび/を¥いわ/れる¥わけ/は¥ない/と¥いう。¥たみこ/の¥お
とうさん/は¥おわび/を¥いわ/し/て−くれ/と¥いう。
「¥そりゃ¥まさおさん/の¥いう/のは¥ごもっとも/です、¥わたしども/が¥かって/な¥こと/を¥し/て、¥
かって/な¥こと/を¥おまえさん/に¥いう/と¥いう¥もの/です/が、¥まさおさん、¥きい
/て¥ください、¥りくつ/の¥うえ/の¥こと/では¥ない/です。¥おとこおや/の¥くち/から¥こんな¥こ
と¥いう/も¥いかが/です/が、¥たみこ/は¥いのち/に¥かえ/られ/ない¥おもい/を¥すて/て¥ふたおや/の¥
きぼう/に¥したがっ/た/のです。¥おや/の¥いいつけ/で¥そむか/れ/ない/と¥おもう/ても、¥
P118
どうり/で¥かんじょう/を¥おさえる/は¥むり/な¥ところ/も¥あり/ましょう。¥たみこ/の¥し/は¥まつたく¥
それ−ゆえ/です/から、¥おや/の¥み/に¥なっ/て−みる/と、¥どうも¥ざんねん/で−あり/ま
し/て、¥どうも¥し/や−し/ませ/ん/と¥まさおさん/が¥いうとおり、¥おまえさんたち¥
ふたり/に¥なん/の¥つみ/も¥ない/だけ、¥おや/の¥め/から/は¥ふびん/が¥いっそう/でな。¥あの−
とおり¥おとなしかっ/た¥たみこ/は、¥じぶん/の¥しぬ/の/は¥こころがら/と¥あきらめ/て/か、¥
ついぞ¥いちど¥ふそく/らしい¥ふう/も¥みせ/なかっ/た/です。¥それやこれや/を¥
おもい/ます/と/な、¥どう¥かんがえ/ても¥ちと¥おや/が¥むじひ/で−あっ/た/よう/で…
…。¥まさおさん、¥さっし/て¥ください。¥みる¥とおり¥うち−じゅう/が¥もう、¥かなしみ/の¥やみ/に¥とざ
さ/れ/て−いる/です。¥おろか/な¥こと/でしょう/が¥この¥ばあい¥おまえさん/に¥たみこ/の¥はなし
/を¥きい/て−もらう/の/が¥なにより/の¥いせき/に¥おもわ/れ/ます/から、¥としがいもな
P119
い¥こと¥もうす/よう/だが、¥どうぞ¥きい/て¥ください」¥
おばあさん/が¥また¥はなし/を¥つづける。¥けっこん/の¥はなし/から¥いよいよ¥むずかしく¥
なっ/た/まで/の¥はなし/は¥あによめ/が¥うち/で/の¥はなし/と¥おなじ/で、¥いまは/と¥いう¥ひ/の¥はなし/は¥こう
/で−あっ/た。
「¥ろくがつ[くがつ]−じゅうしちにち/の¥ごご/に¥いしゃ/が¥き/て、¥もう¥いちにち¥ふつか/の¥ところ/だから、¥しん
るい/など/に¥しらせる/なら/ば¥きょうじゅう/に/も¥しらせる/が¥よい/と¥いい/ます
/から、¥それでは/とて¥とりあえず¥あなた/の¥おかあさん/に¥つげる/と¥じゅうはちにち
/の¥あさ¥とん/で−き/まし/た。¥その¥ひ/は¥たみこ/は¥かおいろ/が¥よく、¥はっきり/と¥はなし/も¥
いたし/まし/た。¥あなた/の¥おっかさん/が¥き/まし/て、¥たみ/や、¥けっして¥き/を¥
よわくし/て/は¥なら/ない/よ、¥どうしても¥いまいちど¥なおる¥き/に¥なっ/て−お
P120
くれ、¥よ¥たみ/や……¥たみこ/は¥にっこり¥えがお/さえ¥みせ/て、¥やぎり/の−おかあ
さん、¥いろいろ¥ありがとうございます。¥ながなが¥かわいがっ/て−いただい/た¥ごおん/は¥
しん/でも¥わすれ/ません。¥わたし/も、¥もう¥ながい¥こと/は¥あり/ます/まい……。¥
たみ/や、¥そんな¥き/の¥よわい¥こと/を¥おもっ/て/は¥いけない。¥けっして¥そんな¥こ
と/は¥ない/から、¥しっかり¥しなく/ては¥いけ/ない/と、¥あなた/の¥おかあ
さん/が¥いい/まし/たら、¥たみこ/は¥しばらく¥たっ/て、¥やぎりのおかあさん、わたし/は¥
しぬ/が¥ほんもう/であり/ます。¥しね/ば¥それ/で¥よい/のです……/と¥いい/ま
し/て/から¥なお¥くち/の¥うち/で¥なに/か¥いっ/た/よう/で、¥なんでも、¥まさおさん、¥あなた
/の¥こと/を¥いっ/た/に¥ちがいない/です/が、¥よく¥ききとれ/ませ/ん/でし/た。¥そ
れきり¥くち/は¥きか/ない/で、¥その¥よ/の¥あけがた/に¥いき/を¥ひきとり/まし/た……。¥
P121
それから¥まさおさん、¥こういう¥わけ/です……¥よ/が¥あけ/て/から、¥まくら/を¥な
おさ/せ/ます¥とき、¥あれ/の¥はは/が¥みつけ/まし/た、¥たみこ/は¥ひだり/の¥て/に¥も
み/の¥きれ/に¥つつん/だ¥ちいさな¥もの/を¥にぎっ/て¥その¥て/を¥むね/へ¥のせ/て−いる/ので
す。¥それ/で¥うち−じゅう/の¥ひと/が¥みな¥あつまっ/て、¥これ/を¥どうしよう/か/と¥そうだん−し
/まし/た/が、¥かわいそう/な/よう/な¥きもち/も¥する/けれど、¥み/ず/に¥おく/の
/も¥き/に¥かかる、¥とにかく¥ひらい/て−みる/が¥よい/と、¥あれ/の¥ちち/が¥いいだし
/まし/て、¥みな/の¥いる¥なか/で¥あけ/まし/た。¥
それ/が¥まささん、¥あなた/の¥しゃしん/と¥あなた/の¥おてがみ/で¥あり/まし/て…
…」¥
おばあさん/が¥なきだし/て、¥そこ/に¥い/た¥ひと¥みな¥なみだ/を¥ふい/て−いる。¥ぼく/は¥
P122
いっしん/に¥たたみ/を¥みつめ/て−い/た。¥やがて¥おばあさん/が¥ようよう¥はなし/を¥つぐ。
「¥その¥おてがみ/を¥おとみ/が¥よみ/まし/たら、¥だれ/も¥かれ/も¥いちど/に¥こえ/を¥たっ
/て¥なき/まし/た。¥あれ/の¥ちち/は¥おとこ/ながら¥おおごえ/して¥なく/のです。¥あな
た/の¥おかあさん/は、¥き/が¥ふれ/は¥し/ない/か/と¥おもう/ほど、¥くどい/て¥な
く。¥おまえたち¥ふたり/が¥これ/ほど/の¥かたらい/と/は¥しら/ず/に、¥むりむたい/に¥
すすめ/て¥よめ/に¥やっ/た/は¥わるかっ/た。¥ああ¥わるい¥こと/を¥し/た、¥ふびん/だ
っ/た。¥たみ/や、¥かんにんし/て、¥わたし/は¥わるかっ/た/から¥かんにんし/て−くれ。¥にわか/の¥さわ
ぎ/です/から、¥きんりん/の¥ひとたち/が、¥どうし/まし/た/と¥いっ/て¥たずね/に−き/た¥
くらい/であり/まし/た。¥それで¥あなた/の¥おかあさん/は¥どうしても¥なきや
ま/ない/です。¥からだ/に¥さわっ/て/は/と¥おもい/まし/て¥そうしき/が¥すむ/と¥くるま/で¥おおく
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り¥もうし/た¥しだい/です。¥み/を¥あきらめ/た¥たみこ/の¥こころもち/が、¥こう¥わかっ/て−みる/と、¥だれ/も¥かれ/も¥おなじ¥こ
と/で¥いまさら/の/よう/に¥むり/に¥よめ/に¥やっ/た¥こと/が¥こうかい−さ/れ、¥たまら/ない/です
/よ。¥かんがえれ/ば¥かんがえる/ほど¥あの¥こ/が¥かわいそう/で¥かわいそう/で¥い/ても−たっ/て
も¥い/られ/ない……¥せめて¥あなた/に¥き/て−いただい/て、¥みな/が¥わるかっ/た¥こ
と/を¥じゅうぶん¥あなた/に¥おわび/を¥し、¥また¥あれ/の¥はか/に/も¥こうげ/を¥あなた/の¥て
/から¥たむけ/て−いただい/たら、¥すこし/は¥うち−じゅう/の¥こころもち/も¥やすまる/か/と¥おもい/ま
し/て……¥きょう/の¥こと/を¥なんぼう¥まち/まし/たろ。¥まさおさん、¥どうぞ¥き
きわけ/て¥ください。¥ねい¥たみこ/は¥あなた/に/は¥そむい/て/は¥いませ/ん。¥
どうぞ¥ふびん/と¥おもう/て−やっ/て¥ください……」¥
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いちごいっく¥みな¥なみだ/で、¥ぼく/も¥いちじ¥なきふし/て¥しまっ/た。¥たみこ/は¥しぬ/の/が¥ほん
もう/だ/と¥いっ/た/か、¥そう¥いっ/た/か……¥うち/の¥はは/が¥あんな/に¥み/を¥せめ/て¥な
か/れる/の/も、その¥はず/で−あっ/た。¥ぼく/は、
「¥おばあさん、¥よく¥わかり/まし/た。¥わたし/は¥たみさん/の¥こころもち/は¥よく¥しっ/て−い
ます。¥きょねん/の¥くれ、¥たみさん/が¥よめ/に¥ゆか/れ/た/と¥きい/た¥とき/で/さえ、¥わたし/は¥
たみさん/を¥け/ほど/も¥うたがわ/なかっ/た/です/もの。¥どの/よう/な¥こと/が¥あろ/う
/とも、¥わたし/が¥たみさん/を¥おもう¥こころもち/は¥かわり/ませ/ん。¥うち/の¥はは/など/も¥ただ¥そ
れ/ばかり¥いっ/て¥なげい/て−います/が、¥それも¥みな¥わるぎ/が¥あっ/て/の¥わざ/で¥
ない/のです/から、¥わたし/は¥もちろん¥たみさん/だって¥けっして¥うらみ/に¥おもい/や¥し/ま
せ/ん。¥なにもかも¥さだまっ/た¥えん/と¥あきらめ/ます。¥わたし/は¥とうぶん¥まいにち¥おはか/へ¥まい
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り/ます……」¥
はなし/ては¥なき¥ない/ては¥はなし、¥こう¥いちご¥おつ¥いちご¥いくら¥ない/ても¥はてし
/が¥ない。¥ぼく/は¥はは/の¥こと/も¥き/に¥かかる/ので、¥もう¥おひる/だ/と¥いう¥じぶん/に¥と
むら/の¥いえ/を¥じし/た。¥とむら/の¥おかあさん/は、¥たみこ/の¥はか/の¥まえ/で¥ぼく/の¥そぶり/が¥
あまり¥いたわしかっ/た/から、¥とちゅう/が¥しんぱい/に¥なる/とて、¥じぶん/で¥やぎり/の¥いりぐち
/まで¥おくっ/て−き/て−くれ/た。¥たみこ/の¥びんぜん/な¥こと/は¥いくら¥おもう/ても¥おもいき
れ/ない。¥いくら¥ない/ても¥なききれ/ない。¥しかしながら¥また¥め/の¥まえ/の¥はは/が、¥かい
ご/の¥ねん/に¥せめ/られ、¥みずから¥たいざい/を¥おかし/た/と¥しんじ/て¥なげい/て−いる¥びんぜんさ/を¥
みる/と、¥ぼく/は¥どうしても¥いま/は¥たみこ/を¥ない/ては¥いら/れ/ない。¥ぼく/が¥めそ
めそし/て−おっ/た/では、¥はは/の¥くるしみ/は¥ます/ばかり/と¥き/が¥つい/た。¥それから¥いっ
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しん/に¥じぶん/で¥じぶん/を¥はげまし、¥げんき/を¥よそおう/て¥ひたすら¥はは/を¥なぐさめる¥くふう/を¥
し/た。¥それでも¥こころ/に¥ない¥こと/は¥しかた/の¥ない¥もの、¥はは/は¥いつしか¥それ/と¥
き/が¥つい/てる¥ようす、¥そう¥なっ/ては¥ぼく/が¥うち/に¥い/ない/より¥ほか/は¥ない。¥
まいにち¥なぬか/の¥あいだ¥いちかわ/へ¥かよっ/て、¥たみこ/の¥はか/の¥しゅうい/に/は¥のぎく/が¥いちめん/に¥うえ
/られ/た。¥その¥あくるひ/に¥ぼく/は¥じゅうぶん¥はは/の¥せいしん/の¥やすまる/よう/に¥じぶん/の¥こころもち/を¥
はなし/て、¥けつぜん¥がっこう/へ¥で/た。
* * * * ¥
たみこ/は¥よぎなき¥けっこん/を¥し/て¥ついに¥よ/を¥さり、¥ぼく/は¥よぎなき¥けっこん/を¥し
/て¥ながらえ/て−いる。¥たみこ/は¥ぼく/の¥しゃしん/と¥ぼく/の¥てがみ/と/を¥むね/を¥はなさ/ず/に¥もっ
/て−い/よう。¥ゆうめい¥はるけく¥へだつ/とも¥ぼく/の¥こころ/は¥いちにち/も¥たみこ/の¥うえ/を¥さら/ぬ。¥
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のぎくのはか¥おわり¥