二日物語

                    幸田露伴

   此一日

     其一

 観見世間是滅法(くわんけんせけんぜめつぽふ)、欲求無尽涅槃処(よくぐむじんねはんしよ)、怨親已作平等心(をんしんいさびやうどうしん)、世間不行欲等事(せけんふぎやうよくとうじ)、随依山林及樹下(ずゐえさんりんきふじゆげ)、或復塚間露地居(わくぶくちようかんろちきよ)、捨於一切諸有為(しやおいつさいしようゐ)、諦観真如乞食活(たいくわんしんによこつじきくわつ)、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)、南無阿弥陀仏。実(げ)に往時(いにしへ)はおろかなりけり。つく/゛\静かに思惟(しゆゐ)すれば、我(われ)憲清(のりきよ)と呼ばれし頃は、力を文武(ぶんぶ)の道に労(つか)らし命(いのち)を寵辱(ちようじよく)の岐(ちまた)に懸け、密(ひそ)かに自(みづか)ら我をば負(たの)み、老病死苦(らうびやうしく)の免(ゆる)さぬ身をもて貪瞋痴毒(とんじんちどく)の業(ごふ)をつくり、私邸(してい)に起臥(きぐわ)しては朝暮(てうぼ)衣食(いゝし)の獄(ごく)に繋(つな)がれ、禁庭(きんてい)に出入(しゆつにふ)しては年月(としつき)名利(みやうり)の坑(あな)に墜(お)ち、小川(をがは)の水の流るゝ如くに妄想(まうざう)の漣波(さゞなみ)絶ゆる間(ひま)なく、枯野(かれの)の萱(かや)の燃ゆらむやうに煩悩(ぼんなう)の火●(「陷」の右側+「炎」)(ほのほ)時あつて閃(ひら)めき、意馬(いば)は常に六塵(ろくぢん)の境(きやう)に馳(は)せて心猿動(しんゑんやゝ)もすれば十悪(じふあく)の枝(えだ)に移らんとし、危くもまた浅ましく、昨日(きのふ)見し人今日(けふ)は亡き世を夢と見る/\果敢(はか)なくも猶驚かで、鶯(うぐひす)の霞(かすみ)にむせぶ明(あけ)ぼのの声は大乗妙典(だいじようめうてん)の御(み)名を呼べども、羝羊(ていやう)の暗昧(あんまい)無智の耳うとくて無明(むみやう)の眠りを破りもせず、吹きわたる嵐の音は松にありて空(そら)をさまよふ浮雲(うきぐも)に磨(みが)かれ出づる秋の夜の月の光をあはれ宿(やど)す、荒野(あらの)の裾のむら薄(すゝき)の露の白珠(しらたま)あへなくも、末葉(すゑは)元葉(もとは)を分けて行く風に砕けてはら/\と散るは真(まこと)に即(そく)無常(むじやう)、金口(きんく)説偈(せつげ)の姿(すがた)なれども、●(メヘン+「墨」)●(「塞」の「土」の代りに「目」)(ぼくそく)として視(み)る無き瞎驢(くわつろ)の何を悟(さと)らむ由(よし)もなく、いたづらに御祓(みそぎ)済(すま)してとり流す幣(ぬさ)もろともに夏を送り、窓おとづるゝ初時雨(はつしぐれ)に冬を迎へて世を経(へ)しが、物に定まれる性(しやう)なし、人いづくんぞ常に悪(あし)からむ、縁に遇(あ)へば即(すなは)ち庸愚(ようぐ)も大道(だいだう)を庶幾(しよき)し、教(をしへ)に順(じゆん)ずるときんば凡夫(ぼんぷ)も賢聖(けんしやう)に斉(ひと)しからむことを思ふと、高野大師(かうやだいし)の宣(のたま)ひしも嬉れしや。一歳(ひととせ)法勝寺(ほふしようじ)御幸(ごかう)の節(せつ)、郎等(らうどう)一人六条(ろくでう)の判官(はうぐわん)が手のものに搦(から)められしを、厭離(おんり)の牙種(げしゆ)、欣求(ごんぐ)の胞葉(はうえふ)として、大治(たいち)二年の十月十一日拙(つたな)き和歌の御感(ぎよかん)に預(あづか)り、忝(かたじけ)なくも勅禄(ちよくろく)には朝日丸(あさひまる)の御(おん)佩刀(はかせ)をたまはり、女院(によいん)の御方(おんかた)よりは十五重(かさな)りたる紅(くれなゐ)の御衣(ぎよい)を賜(たま)はり、身に余りある面目(めんぼく)を施(ほどこ)せしも、畏(かしこ)くはあれど心それらに留(とゞ)まらず、ひたすら世路(せいろ)をいでゝ菩提(ぼだい)に入り敷華(ふげ)成果(じやうくわ)の暁(あかつき)を望まむと、遂(つひ)に其月十五夜の、玉兎(つき)も仏国(ぶつこく)西方(さいはう)に傾(かたぶ)く頃を南無仏(なむぶつ)南無仏、恩愛(おんない)永離(えいり)の時こそ来つれと、髻(もとゞり)斬つて持仏(ぢぶつ)堂に投げこみ、露憎からぬ妻をも捨て、いとをしみたる幼(をさな)きものをも歯を切(くひしば)つて振り捨てつ、弦(つる)を離れし箭(や)の如く嵯峨(さが)の奥へと走りつき、ありしに代へて心安き一鉢(いつぱつ)三衣(さんえ)の身となりし以来(このかた)、花を採(と)り水を掬(むす)むでは聊(いさゝ)か大恩教主(だいおんけうしゆ)の御(おん)前に一念の至誠を供(くう)じ、案(あん)を払ひ香(かう)を拈(ひね)つては謹(つゝし)んで無量義経(むりやうぎきやう)の其中(うち)に両眼の熱光を注(そゝ)ぎ、兀坐寂寞(こつざじやくまく)たる或夜は、灯火(ともしび)のかゝげ力(ぢから)も無くなりて熄(と)まる光りを待つ我身と観(くわん)じ、徐歩(じよほ)逍遥(せうえう)せる或時は、蜘蛛(さゝがに)の糸につらぬく露の珠(たま)を懸けて飾(かざ)れる人の世と悟りて、ます/\勤行(ごんぎやう)怠(おこた)らず、三懺(さんざん)の涙に六度(ろくど)の船を浮めて、五力(ごりき)の帆(ほ)を揚げ二障(にしやう)の波を凌(しの)がむとし、山林(さんりん)に身を苦しめ雲水(うんすゐ)に魂(たましひ)をあくがれさせては、墨染(すみぞめ)の麻(あさ)の袂(たもと)に春霞(はるがすみ)よし野(の)の山(やま)の花の香(か)を留(と)め、雲湧(わ)き出づる那智(なち)の高嶺(たかね)の滝(たき)の飛沫(しぶき)に網代小笠(あじろをがさ)の塵垢(じんく)を濯(そゝ)ぎ、住吉(すみよし)の松が根洗ふ浪の音、難波江(なにはえ)の蘆(あし)の枯葉(かれは)をわたる風をも皆御法(みのり)説く声ぞと聞き、浮世(うきよ)をよそに振りすてゝ越えし鈴鹿(すゞか)や神路山(かみぢやま)、かたじけなさに涙(なんだ)こぼれつ、行(ゆく)へも知れず消え失(う)する富士(ふじ)の煙(けぶ)りに思ひを擬(よそ)へ、鴫立沢(しぎたつさは)の夕暮(ゆふぐれ)に●(タケカンムリ+「工」+「卩」)(つえ)を停(とゞ)めて一人(ひとり)歎き、一人(ひとり)さまよふ武蔵野(むさしの)に千草(ちぐさ)の露を踏みしだき、果(はて)白河(しらかは)の関(せき)越えて幾干(いくそ)の山河(さんか)隔たりし都の方(かた)をしのぶの里(さと)、おもはくの橋(はし)わたり過ぎ、嵐烈しく雪散る日辿(たど)り着きたる平泉(ひらいづみ)、汀凍(みぎはこほ)れる衣川(ころもがは)を衣手(ころもで)寒く眺めやり、出羽(では)にいでゝ多喜(たき)の山に薄紅(うすくれなゐ)の花を愛(め)で、象潟(きさかた)の雨に打たれ、木曾(きそ)の空翠(くうすゐ)に咽(むせ)んで、漸(やうや)く花洛(みやこ)に帰り来たれば、是(これ)や見し往時(むかし)住みにし跡ならむ蓬(よもぎ)が露に月の隠るゝ有為転変(うゐてんぺん)の有様は、色即空(しきそくくう)の道理(ことわり)を示(しめ)し、亡きあとにおもかげをのみ遺(のこ)し置きて我が朋友(ともどち)はいづち行きけむ無常迅速(むじやうじんそく)の為体(ていたらく)は、水漂草(すゐへうさう)の譬喩(たとへ)に異(こと)ならず、いよいよ心を励(はげ)まして、遼遠(はるか)なる巌(いは)の間(はざま)に独り居て人め思はず物おもはゞやと数旬北山(しばらくきたやま)の庵(いほり)に行(おこな)ひすませし後(のち)、瓢然(へうぜん)と身を起し、加茂明神(かもみやうじん)に御暇告(おいとままを)して仁安(にんあん)三年秋の初め、塩屋(しほや)の薄煙りは松を縫(ぬ)ふて緩(ゆる)くたなびき、小舟(をぶね)の白帆(しらほ)は霧(きり)にかくれて静(しづか)に去るおもしろの須磨(すま)明石(あかし)を経(へ)て、行く/\歌枕(うたまくら)さぐり見つゝ図(はか)らずも此所(こゝ)讃岐(さぬき)の国真尾林(まをばやし)には来りしが、此所(こゝ)は大日流布(だいにちるふ)の大師の生れさせ給ひたる地にも近く、何と無く心とゞまりて如斯(かく)草庵(さうあん)を引きむすび、称名(しようみやう)の声の裏(うち)には散乱の意を摂(せつ)し、禅那(ぜんな)の行(ぎやう)の暇(ひま)には吟咏(ぎんえい)のおもひに耽(ふけ)り悠々自(いう/\みづか)ら楽(たのし)むに、有(あり)がたや三世諸仏(さんぜしよぶつ)のおぼしめしにも叶(かな)ひしか、凡念日々(ひゞ)に薄(うすら)ぎて中懐淡(ちゆうくわいあは)きこと水を湛(たゝ)へたるに同じく、罪障(ざいしやう)刻々(こく/\)に銷(せう)して両肩(りやうけん)軽(かろ)きこと風を担(にな)ふが如くになりしを覚ゆ。おもへば往事(わうじ)は皆非(ひ)なり、今はた更に何をか求めん。奢(おごり)を恣(ほしいま)まにせば熊掌(ゆうしやう)の炙(あぶ)りものも食(くら)ふに美味(よきあぢ)ならじ、足(た)るに任(まか)すれば鳥足(てうそく)の繕(つくろひ)したるも纏(まと)ふに佳衣(よききぬ)なり。ましてや蘿(つた)のからめる窓をも捨てゞ月我(われ)を吊(とむら)ひ、松たてる軒(のき)に来つては風我(われ)に戯(たはむ)る、ゆかしき方(かた)もある住居(すまひ)なり。南無仏南無仏、あはれよき庵(いほ)、あはれよき松。

 久(ひさ)に経(へ)てわが後(のち)の世をとへよ松あとしのぶべき人も無き身ぞ


     其二

 真清水(ましみづ)の世に出づべしともおもはねば見る眼寒げにすむ我を、慰め顔(がほ)の一つ松よ。汝(なんぢ)は三冬(さんとう)にも其色を変へねば我も一条(ひとすぢ)に此心を移さず。なむぢ嵐に揺(ゆら)いでは翠光(すゐくわう)を机上(きじやう)の黄巻(くわうくわん)に飛ばせば、我また風に托して香烟(かうえん)を木末(こずゑ)の幽花(いうくわ)にたなびかす。そも/\我と汝とは往時(むかし)如何(いか)なる契(ちぎ)りありけむ、かく相(あひ)互(たがひ)に睦(むつ)ぶこと是(これ)も他生(たしやう)の縁なるべし。草木国土悉皆成仏(さうもくこくどしつかいじやうぶつ)と聞くときは猶行末(ゆくすゑ)も頼みあるに、我は汝を友とせん。菩提樹神(ぼだいじゆしん)のむかしは知らねど、腕を組み言葉を交(まじ)へずとも、松心(こゝろ)あらば汝も我を友と見よ。僧青松(せいしよう)の蔭に睡れば松老僧(らうそう)の頂(いたゞき)を摩(ま)す、僧と松とは相応(ふさは)しゝ。我は汝を捨つるなからん。

 此所(こゝ)をまた我(われ)すみ憂くてうかれなば松はひとりにならんとすらん

 あら、心も無く軒端(のきば)の松を寂(さび)しき庵(いほ)の友として眺めしほどに、憶(おも)ひぞ出でし松山(まつやま)の、浪の景色(けしき)はさもあらばあれ、世の潮泡(しほなわ)の跡方(あとかた)なく成りまし玉ひし新院(しんゐん)の御事(おんこと)胸に浮び来りて、あらぬさまにならせられ仁和寺(にんなじ)の北(きた)の院(ゐん)におはしましける時、ひそかに参りて畏(かしこ)くも御髪(みぐし)落させられたる御(おん)姿を、なくなくおぼろげながらに拝みたてまつりし其夜の月のいと明(あか)く、影もかはらで空に澄みたる情無かりし風情(ふぜい)さへ、今眼前(まのあたり)に見ゆるがごとし。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。実(げ)に人界(にんがい)不定(ふじやう)のならひ、是非も無き御(おん)事とは申せ、想(おも)ひ奉(まつ)るもいとかしこし。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏阿弥陀仏。おもへば不思議や、長寛(ちやうくわん)二年の秋八月廿四日(にじふよつか)は果敢(はか)なくも志渡(しど)にて崩(かく)れさせ玉ひし日と承(うけたま)はれば月こそ異(かは)れ明日(あす)は恰(あたか)も其日なり。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。いで御陵(みさゝぎ)のありと聞く白峯(しらみね)といふに明日(あす)は着き、御墓(おんしるし)の草をもはらひ、心の及ばむほどの御(おん)手向(たむ)けをもたてまつりて、いさゝか後世(ごせ)御安楽の御(おん)祈りをもつかまつるべきか。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。


     其三

 頃は十月の末、ところは荒涼(くわうりやう)たる境(さかひ)なれば、見渡す限りの景色(けしき)いともの淋しく、冬枯(ふゆが)れ野辺(のべ)を吹きすさむ風蕭々(せう/\)と衣裾(もすそ)にあたり、落葉は辿る径(みち)を埋(うづ)めて踏む足ごとにかさこそと、小語(さゝや)くごとき声を発する中を●(アシヘン+「禹」)々然(くゝぜん)として歩む西行(さいぎやう)。衆聖中尊(しゆじやうちゆうそん)、世間之父(せけんしふ)、一切衆生(いつさいしゆじやう)、皆是吾子(かいぜごし)、深着世楽(しんぢやくせらく)、無有慧心(むうゑしん)、などと譬喩品(ひゆぼん)の偈(げ)を口の中(うち)にふつ/\と唱(とな)へ/\、従(したが)ふ影を友として漸(やう)やく山にさしかゝり、次第次第に分け登れば、力なき日はいつしか光り薄れて時雨空(しぐれぞら)の雲の往来(ゆきき)定めなく、後山(こうざん)晴るゝ歟(か)と見れば前山(ぜんざん)忽(たち)まちに曇り、嵐に駆(か)られ霧に遮(さ)へられて、九折(つゞら)なる岨(そば)を伝ひ、過ぎ来(き)し方(かた)さへ失ふ頃、前途(ゆくて)の路もおぼつかなきまで黒みわたれる森に入るに、樅柏(もみかしは)の大樹(おほき)は枝を交(か)はし葉を重ねて、杖(つゑ)持てる我(わ)が手首(たなくび)をも青むるばかり茂り合ひ、梢(こずゑ)に懸れる松蘿(さるをがせ)は●(「髪」の「友」の代りに「參」)々(さん/\)として静かに垂れ、雨降るとしは無けれども空翠凝(こ)つて葉末(はずゑ)より滴(したゝ)る露の冷(ひや)やかに、衣(ころも)の袖も立ち迷へる水気(すゐき)に湿(しめ)りて濡れたるごとし。音にきゝたる児(ちご)が嶽(たけ)とは今白雲(しらくも)に蝕(むしば)まれ居る峨々(がゝ)と聳(そび)えし彼(あの)峯ならめ、さては此(この)あたりにこそ御墓(みしるし)はあるべけれと、ひそかに心を配(くば)る折しも、見る/\千仞(せんじん)の谷底より霧漠々(ばく/\)と湧き上(あが)り、風に乱れて渦巻(うづま)き立ち、崩るゝ雲と相応(あひおう)じて、忽ち大地に白布(しらぬの)を引きはへたる如く立籠(たちこ)むれば、呼吸(いき)するさへに心ぐるしく、四方(あたり)を視るに霧の隔てゝ天地(あめつち)はたゞ白きのみ、我(わ)が足すらも定かに見えず。何と思ひも分け得ざる間(ま)に、雲霧(くもきり)自然(おのづ)と消え行けば、岩角(いはかど)の苔(こけ)、樹の姿、ありしに変らで眼(まなこ)に遮(さへぎ)るものもなく、たゞ冬の日の暮れやすく彼方(かなた)の峯に既没(はやい)りて、梟(ふくろ)の羽●(「者」+「羽」)(はばたき)し初め、空やゝ暗くなりしばかりなり。木立(こだち)わづかに間(ひま)ある方(かた)の明るさをたよりて、御陵(みさゝぎ)尋ねまゐらする心のせわしく、荊棘(いばら)を厭(いと)はでかつ進むに、そも/\これをば、清涼紫宸(せいりやうししん)の玉台(ぎよくだい)に四海(しかい)の君とかしづかれおはしませし我国(わがくに)の帝(みかど)の御墓(みしるし)ぞとは、かりそめにも申得(まをしえ)たてまつらるべきや、わづかに土(つち)を盛(も)り上げたるが上に麁末(そまつ)なる石を三重(みかさね)に畳(たゝ)みなしたるあり。それさへ狐兎(こと)の踰(こ)ゆるに任(まか)せ草莱(さうらい)の埋(うづ)むるに任せたる事、勿体(もつたい)なしとも悲しとも、申すも畏(かしこ)し憚(はゞか)りありと、心も忽ち掻き暗まされて、夢とも現(うつゝ)とも此処(こゝ)を何処(いづこ)とも今を何時(いつ)とも分きがたくなり、御墓(みしるし)の前に平伏(ひれふ)して円顱(ゑんろ)を地に埋(うづ)め、声を得(え)立てず咽(むせ)び入りぬ。


     其四

 実(げ)にも頼まれぬ世の果敢(はか)なさ、時運は禁腋(きんえき)をも犯(をか)し宿業(しゆくごふ)は玉体(ぎよくたい)にも添(そ)ひたてまつること、まことに免(まぬか)れぬ道理(ことわり)とは申せ、九重(こゝのへ)の雲深く金殿玉楼(ぎよくろう)の中(うち)にかしづかれおはしませし御(おん)身の、一杯(いつぱい)の土あさましく頑石(ぐわんせき)叢棘(さうきよく)の下(もと)に神隠(かみかく)れさせ玉ひて、飛鳥(ひてう)音(ね)を遺(のこ)し麋鹿(びろく)痕(あと)を印(いん)する他(ほか)には誰一人(ひとり)問ひまゐらするものもなき、かゝる辺土(へんど)の山間(やまあひ)に物さびしく眠らせらるゝ御(おん)いたはしさ。ありし往時(そのかみ)、玉(たま)の御座(みくら)に大政(おほまつりごと)おごそかにきこしめさせ玉ひし頃は、三公(さんこう)九卿(きうけい)首(かうべ)を俛(た)れ百官諸司(しよし)袂(たもと)をつらねて恐れかしこみ、弓箭(きうぜん)の武夫(つはもの)伎能(ぎのう)の士(し)、あらそつて君がため心を傾ぶけ操(みさを)を励まし、幸(さいはひ)に慈愍(じみん)の御(おん)まなじりにもかゝり聊か勧賞(くわんしやう)の御(おん)言葉にもあづからむには、火をも踏み水にも没(い)り、生命(いのち)を塵芥(ぢんかい)よりも軽(かろ)く捨てむと競(きそ)ひあへりしも、今かくたり玉ひては皆対岸(たいがん)の人異舟(いしう)の客(かく)となりて、半巻(はんくわん)の経(きやう)を誦(じゆ)し一句の偈(げ)をすゝめたてまつる者だになし。世情(せじやう)は常に眼前(がんぜん)に着(ぢやく)して走り天理は多く背後に見(あら)はれ来(きた)るものなれば、千鐘(せんしよう)の禄(ろく)も仙化(せんげ)の後(のち)には匹夫(ひつぷ)の情(じやう)をだに致さする能(あた)はず、狗馬(くば)たちまちに恩を忘るゝとも固(もと)より憎むに足らず、三春(さんしゆん)の花も凋落(てうらく)の夕(ゆふべ)には芬芳(ふんばう)の香(かを)り早く失(う)せて、●(ムシヘンに「峽」の右側)蝶(けふてふ)漸く情疎(じやうそ)なるもまた恨むに詮(せん)なし。恐れ多けれども一天(いつてん)万乗(ばんじよう)の君なりとて欲界(よくかい)の網羅(まうら)を脱し得(え)玉はねば、如是(かく)なり玉ふこと如是なり玉ふべき筈あり、憎まむ世も無く恨まむ天もあるべからず。おもんみれば、赫々(かく/\)たる大日輪(だいにちりん)は螻蟻(ろうぎ)の穴にも光を惜(をし)まず、美女の面(おもて)にも熱を減ぜず、茫々(ばう/\)たる大劫運(だいごふうん)は茅茨(ばうし)の屋(をく)よりも笑声(せうせい)を奪はず、天子眼中にも紅涙(こうるゐ)を餽(おく)る、尽大地(じんだいち)の苦(く)、尽大地の楽(らく)、没際涯(ぼつさいがい)の劫風滾々(ごふふうこん/\)たり、何とりいでゝ歎き喞(かこ)たむ。さはさりながら現土(げんど)には無上(むじやう)の尊(たつと)き御(おん)身をもて、よしなき事をおぼしたゝれし一念の御(おん)迷ひより、幾干(いくそ)の罪業(つみ)を作り玉ひし上、浪煙る海原(うなばら)越えて浜千鳥(はまちどり)あとは都へ通へども、身は松山に音(ね)をのみぞなく/\孤燈(ことう)に夜雨を聴き寒衾(かんきん)旧時を夢みつゝ、遂に空(むなし)くなり玉ひし御(おん)事、あまりと申せば御傷(おんいたは)しく、後(のち)の世のほども推(すゐ)し奉(たてまつ)るにいと恐ろしゝ。いざや終夜(よもすがら)供養(くやう)したてまつらむと、御墓(みしるし)より少し引きさがりたるところの平(ひら)めなる石の上に端然(たんねん)と坐をしめて、いと静かにぞ誦(じゆ)しいだす。妙法蓮華経(めうほふれんげきやう)提婆達多品(だいばだつたぼん)第十二(だいじふに)。爾時仏告諸菩薩及天人四衆(にじぶつかうしよぼさつきふてんにんししゆ)、吾於過去無量劫中(ごおくゆこむりやうごふちゆう)、求法華経無有懈倦(ぐほけきやうむげけん)、於多劫中常作国王(おたごふちゆうじやうさこくわう)、発願求於無上菩提(ほつぐわんぐおむじやうぼだい)、心下退転(しんふたいてん(ママ))、為欲満足六波羅密(ゐよくまんぞくろくはらみつ)、勤行布施(ごんぎやうふせ)、心無悋惜(しんむりんじやく)、象馬七珍国城妻子奴婢僕従(ざうめしつちんこくじやうさいしぬびぼくじゆう)、頭目身肉手足不惜躯命(づもくしんにくしゆそくふじやくくみやう)、・・・・・・
 日は全(まつた)く没(い)りしほどに山深き夜のさま常ならず、天(そら)かくすまで茂れる森の間(あひだ)に微(かすか)なる風の渡ればや、樹端(こずゑ)の小枝(さえだ)音もせず動きて、黒きが中に見え隠(がく)れする星の折ふしきら/\と鋭(するど)き光りを落すのみにて、月はいまだ出でず。ふけ行くまゝに霜冴えて石床(せきしやう)いよ/\冷(ひや)やかに、万籟(ばんらい)死して落葉(おちば)さへ動かねば、自然(おのづ)と神清(しんす)み魂魄(たましひ)も氷(こほ)るが如き心地(こゝち)して何とはなしに物凄(ものすさ)まじく、尚御経(おんきやう)を細々(ほそ/゛\)と誦(じゆ)しつゞくるに、声はあやなき闇(やみ)に迷ひて消ゆるが如く存(あ)るが如く、空(そら)にかくれてまたふたゝび空より幽(かすか)に出で来るごときを、吾(わ)が声とも他(ひと)の声ともおぼつかなく聴きつゝ、濁劫悪世中(ぢよくごふあくせちゆう)、多有諸恐怖(たうしよきようふ)、悪鬼入其身(あくきにふごしん)、罵詈毀辱我(ばりきじよくが)、と今しも勧持品(くわんぢぼん)の偈(げ)を称(とな)ふる時、夢にもあらず我(わ)が声の響きにもあらで、正(まさ)しく円位(ゑんゐ)々々と呼ぶ声あり。


     其五

 西行かすかに眼(まなこ)を転じて、声する方(かた)の闇を覗(うかゞ)へば、ぬば玉の黒きが中を朽木(くちき)のやうなる光り有(も)てる霧とも雲とも分かざるものの仄白(ほのしろ)く立ちまよへる上に、其様(さま)異(こと)なる人の丈(たけ)いと高く痩(や)せ衰(おとろ)へて凄まじく骨立(だ)ちたるが、此方(こなた)に向ひて蕭然(せうぜん)と佇(たゝず)めり。素(もと)より生死(しやうじ)の際(きは)に工夫(くふう)修行(しゆぎやう)をつみたる僧なれば恐ろしとも見ず、円位と呼ばれしは抑(そも)何人(なにびと)にておはすや、と尋ぬれば、嬉しくも詣(まう)で来つるものよ、我を誰とは尋ねずもあれ、末葉吹く嵐の風のはげしさに園生(そのふ)の竹の露こぼれける露の身ぞ、よく訪(と)ひつるよ、と聞え玉ふ。あら情(なさけ)無(な)や勿体(もつたい)なしや、さては院(ゐん)の御霊(みたま)の猶此(この)土(ど)をば捨てさせ玉はで、妄執(まうしふ)の闇に漂泊(さすら)ひあくがれ、こゝにあらはれ玉ひし歟(か)、あら悲しや、と地に伏して西行涙をとゞめあへず。
 さりとてはいかに迷はせ玉ふや、濁穢(ぢよくゑ)の世をば厭(いと)ひ捨て玉ひつることの尊くも有難くおぼえて、いさゝか随縁法施(ずゐえんほふせ)したてまつりしに、六欲(ろくよく)の巷(ちまた)にふたゝび現形(げんぎやう)し玉ふは、いとかしこくも口惜(くちをし)き御(み)心に侍(はべ)り、仮現(けげん)の此界(さかひ)にてこそ聖慮(せいりよ)安らけからぬ節(ふし)もおはしつれ、不堅如聚沫(ふけんによじゆまつ)の御(おん)身を地水火風(ちすゐくわふう)にかへし玉ひつる上は、旋転如車輪(せんでんによしやりん)の御(み)心にも和合動転(わがふどうてん)を貪(むさぼ)り玉はで、隔生即忘(かくしやうそくまう)、焚塵即浄(ふんぢんそくじやう)、無垢(むく)の本土(ほんど)に返らせ玉はむこそ願はまほしけれ、頓(やが)ては迂僧(うそう)も肉壊骨散(にくゑこつさん)の暁(あかつき)を期(ご)し、弘誓(ぐぜい)の仏願(ぶつぐわん)を頼りて彼岸(ひがん)にわたりつき、楽しく御傍(おんそば)に参りつかふまつるべし、迷はせ玉ふな迷はせ玉ふな、唯何事も夢まぼろし、世に時めきて栄ゆるも虚空(こくう)に躍(をど)る水珠(みづたま)の、日光により七彩(しちさい)を暫(しばら)く放つに異(こと)ならず、身を狭(せば)められ悶(もだ)ゆるも闇夜(やみよ)を辿る稚児(をさなご)の、樹影(じゆえい)を認(みと)めて百鬼(ひやくき)来たりと急に叫ぶが如くなれば、得意も非なり失意も非なり、歓(よろこ)ぶさへも空(あだ)なれば如何(いか)で何事の実在(まこと)ならんとぞ承(うけたま)はりおよぶ、無有寃親想(むうをんしんさう)、永脱諸悪趣(えいだつしよあくしゆ)、所詮(しよせん)は御(み)心を刹那(せつな)にひるがへして、常生適悦心(じようしやうてきえつしん)、受楽無窮極(じゆらくむきゆうきよく)、法味(ほふみ)を永遠(えいゑん)に楽(たのし)ませ玉へ、と思入つて諌(いさ)めたてまつれば、院の御霊(みたま)は雲間(くもま)に響く御(おん)声してから/\と異様(ことやう)に笑はせ玉ひ、おろかや解脱(げだつ)の法(ほふ)を説くとも、仏(ほとけ)も今は朕(わ)が敵(あだ)なり、涅槃(ねはん)も無漏(むろ)も肯(うけが)はじ、往時(むかし)は人朕(わ)が光明(ひかり)を奪ひて、朕(われ)を泥犂(ないり)の闇(やみ)に陥(おと)しぬ、今は朕(われ)人を涙に沈ましめて、朕(わ)が冷笑(あざわらひ)の一卜声の響(ひゞき)の下に葬(はうむ)らんとす、おもひ観(み)よ汝(なんぢ)、漸く見ゆる世の乱(みだれ)は誰(た)が為すこととぞ汝はおもふ、沢(さは)の蛍(ほたる)は天に舞ひ、闇裏(やみ)の念(おもひ)は世に燃ゆるぞよ、朕(われ)は闇に動きて闇に行(おこな)ひ、闇に笑つて闇に憩(やすら)ふ下津(しもつ)岩根(いはね)の常闇(とこやみ)の国の大王(おほぎみ)なり、正法(しやうぼふ)の水有らん限(かぎり)は魔道(まだう)の波もいつか絶ゆべき、仏(ほとけ)に五百の弟子(でし)あらば朕(われ)にも六天八部(ろくてんはちぶ)の属(ぞく)あり、三世の諸仏菩薩の輩(ともがら)、何の力か世にあるべき、たゞ徒(いたづら)に人の舌より人の耳へと飛び移り、またいたづらに耳より舌へと現はれ出でゝ遊行(ゆぎやう)するのみ、朕(わ)が眷属の闇(くら)きより闇きに伝ひ行く悪鬼(あくき)は、人の肺腑(はいふ)に潜み入り、人の心肝(しんかん)骨髄(こつずゐ)に咬(く)ひ入つて絶えず血にぞ飽(あ)く、視(み)よ見よ魔界の通力(つうりき)もて毒火(どくくわ)を彼が胸に煽(あふ)り、紅炎(ぐえん)を此(これ)が眼より迸(はし)らせ、弱きには怨恨(うらみ)を抱かしめ強きには瞋(いか)りを発(おこ)さしめ、やがて東に西に黒雲(くろくも)狂ひ立つ世とならしめて、北に南に真鉄(まがね)の光の煌(きら)めき交(ちが)ふ時を来(きた)し、憎しとおもふ人々に朕(わ)が辛(つら)かりしほどを見するまで、朝家(てうか)に酷(むご)く祟(たゝり)をなして天(あめ)が下をば掻き乱さむ、と御勢(おんいきほ)ひ凛々(りゝ)しく誥(つ)げたまふにぞ、西行あまりの御(おん)あさましさに、滝と流るゝ熱き涙をきつと抑(おさ)へて、恐る惶(おそ)るいさゝか首(かうべ)を擡(もた)げゝる。

     其六

 こは口惜(くちをし)くも正(まさ)なきことを承(うけたま)はるものかな、御(み)言葉もどかんは恐れ多けれど、方外(はうぐわい)の身なれば憚り無く申し聞えんも聊か罪浅う思(おぼ)し召されつべくやと、遮(さへぎ)つて存じ寄りのほどを言(まを)し試(こゝろ)み申すべし、御(おん)憤(いきどほり)はまことにさる事ながら、若(もし)人瞋(いか)り打たずんば何を以(もつ)てか忍辱(にんにく)を修(をさ)めんとも承(うけたま)はり伝へぬ、畏(おそ)れながら、ながらへて終(つひ)に住むべき都も無ければ憂き折節に遇(あ)ひたまひたるを、世中(よのなか)そむかせたまふ御便宜(おんたより)として、いよ/\法海(ほふかい)の深みへ渓河(たにがは)の浅きに騒ぐ御(み)心を注(そゝ)がせたまひ、彼岸の遠きへ此土(ど)の汀(みぎは)去りかぬる御迷(おんまよひ)を船出(ふなで)せさせ玉ひて、玉をつらぬる樹(こ)の下に花降(ふ)り敷(し)かむ時に逢はむを待ちおはす由承(うけたま)はりし頃は、寂然(じやくねん)、俊成(としなり)などとも御(おん)志(こゝろざし)の有り難さを申し交(かは)して如何(いか)ばかりか欣(よろこ)ばしく存じまゐらせしに、御納経(なふきやう)の御(おん)望み叶はせられざりしより、竹の梢に中(あた)つて流(そ)るゝ金弾(きんだん)の如くに御(おん)志あらぬ方(かた)へと走り玉ひ、鳴門(なると)の潮(しほ)の逆風(さかかぜ)に怒つて天に滔(はびこ)るやう凄じき御祈願立てさせ玉ひしと仄(ほのか)に伝へ承(うけたま)はり侍(はべ)りしが、冀(ねが)はくは其事の虚妄(いつはり)にてあれかしと日此(ひごろ)念じまゐらせし甲斐も無う、さては真(まこと)に猶此娑婆界(しやばかい)に妄執をとゞめ、彼(かの)兜卒天(とそつてん)に浄楽(じやうらく)は得ず御坐(おはし)ますや、訝(いぶか)しくも御意(みこゝろ)の然(さ)ばかり何に留(とゞ)まるらん、月すめば谷にぞ雲は沈むめる、嶺(みね)吹き払ふ風に敷かれてたゞ御(おん)胸(むね)の月明(あか)からんには、浮き雲いかに厚う鎖(とざ)すとも氷輪無為(ひようりんむゐ)の天(そら)の半(なかば)に懸り御坐(おは)して、而(しか)も清光湛寂(たんじやく)の潭(ふち)の底に徹(てつ)することのあるべきものを、雲憎しとのみおぼさんは、そも如何(いか)にぞや、降(くだ)れば雨となり、蒸(む)せば霞となり、凝(こ)れば雪ともなる雲の、指(さ)して言ふべき自性(じしやう)も無きに、まして夏の日の峯と峙(そばだ)ち秋の夕(ゆふべ)の鱗(うろこ)とつらなり、或(ある)は蝶と飛び猪(ゐのこ)と奔(はし)りて緩(ゆる)くも急(はや)くも空行くが、おのれから為す業(わざ)ならばこそ、皆風のさすことなるを何取り出でゝ憎むに足るべき、夫尺蠖(それせきくわく)は伸びて而(しか)も還屈(またかゞ)み、車輪は仰いで而も亦低(た)る、射る弓の力窮(きは)まり尽くれば、飛ぶ矢の勢(いきほひ)変り易(かは)りて、空向ける鏃(やじり)も地に立つに至らんとす、此故に欲界の六天、天高けれども報(はう)尽きては宝殿忽地(たちまち)に崩れ、魔王(まわう)の十善(じふぜん)、善大(おほい)なればとて果(くわ)窮まれば業苦(ごふく)早くも逼(せま)る、人間(にんげん)五十年の石火(せきくわ)の如くなるのみならず天上幾(いく)万歳(まんざい)も電光に等(ひと)しかるべし、御(おん)怨恨(うらみ)も復(かへ)し玉ふべからむ、御(おん)忿恚(いきどほり)も晴らさせ玉ふべからん、さて其暁(あかつき)は如何(いか)にして御坐(おは)さんとか思(おぼ)す、一旦出離(しゆつり)の道には入らせたまひたれど断縛(だんぱく)の剣(つるぎ)を手にし玉はず、流転(るてん)の途(みち)は厭(いと)はせられたりしも人我(にんが)の空(くう)をば肯(うけが)ひは為(し)玉はざりしや、何とて幺微(いさゝか)の御(おん)事に忌(いま)はしくも自(みづか)ら躓(つまづ)かせたまひて、法(のり)の便(たよ)りの牛車(ぎうしや)を棄て、罪の齎(もた)らす火輪(くわりん)にも駕(が)さんとは思したまふ、生空(しやうくう)を唯薀(ゆゐうん)に遮(しや)し、我倒(がたう)を幻炎(げんえん)に譬(たと)ふれば、我(わ)が瞋(いか)るなる我や夫(それ)いづくにか有る、瞋(いか)るが我とおぼすか我(われ)が瞋るとおぼすか、思ひと思ひ、言ふと言ふ万端(よろづ)のこと皆真実(まこと)なりや、訝(いぶ)かれば訝かしく、疑へば疑はしきものとこそ覚え侍(はべ)れ、笑ひも恨みも、はた歓(よろこ)びも悲(かなし)みも、夕(ゆふべ)に来ては旦(あした)に去る旅路(たびぢ)の人の野中(のなか)なる孤屋(ひとつや)に暫時(しばし)宿るに似て、我(われ)とぞ仮(かり)に名を称(よ)ぶなるものの中(うち)をば過ぐるのみ、いづれか畢竟(つひ)の主人(あるじ)なるべき、客(かく)を留(とゞ)めて吾(わ)が主(しゆ)と仰ぎ、賊(ぞく)を認(みと)めて吾が子となす、其悔(くい)無くばあるべからず、恐れ多けれど聡明(そうめい)匹儔(たぐひ)無く渡らせたまふに、凡庸(ぼんよう)も企図(きと)せざるの事を敢(あへ)て為(し)玉ひて、千人の生命(いのち)を断(た)たんと瞋恚(じんゐ)の刃(やいば)を提(ひつさ)げし央掘魔(あうくつま)が所行(ふるまひ)にも似たらんことを学ばせらるゝは、一婦(いつぷ)の毒咒(どくじゆ)に動かされて総持(そうぢ)の才(さい)を無(む)にせんとせし阿難陀(あなんだ)が過失(あやまつ)にも同じかるべき御(おん)迷ひ、御傷(おんいた)はしくもまた口惜(くちをし)く、云ひ甲斐(がひ)無くも過(あやま)たせたまふものかな、烈日が前の片時雨(かたしぐれ)、聖智が中(うち)の御(おん)一矢、疾(と)く/\御(おん)心を飜(ひるが)へしたまひて、三趣(さんしゆ)に沈淪(ちんりん)し四生(ししやう)に●(アシヘン+「令」)●(アシヘン+「屏」)(れいへい)するの醜(みにく)さを出で、一乗(いちじよう)に帰依(きえ)し三昧(さんまい)に入得(につとく)するの正(たゞし)きに仗(よ)り御坐(おは)しませ、宿福(しゆくふく)広大にして前業(ぜんごふ)殊勝に渡らせたまふ御(おん)身なれば、一念々頭の転じたまふを限(かぎり)に弾指転●(メヘン+「旬」)(たんしてんけん)の間(あひだ)も無く、神通(じんつう)の宝輅(はうらく)に召し虚空(こくう)を凌(しの)いで速(すみや)かに飛び、真如(しんによ)の浄域(じやうゐき)に到り、光明(くわうみやう)を発して長(とこし)へに熾(さかん)に御坐(おは)しまさんこと、などか疑ひの侍(はべ)るべき、仏魔(ぶつま)は一紙(いつし)、凡聖(ぼんじやう)は不二(ふに)、煩悩即菩提(ぼんなうそくぼだい)、忍土即浄土(にんどそくじやうど)、一珠(いつしゆ)わづかに授受(じゆじゆ)し了(をは)れば八歳の龍女(りゆうによ)当下(たうか)に成仏(じやうぶつ)すと承(うけたま)はる、五障女人(ごしやうによにん)の法器(ほふき)にあらぬにだに猶(なほ)彼が如し、まして十善天子の利根(りこん)に御坐(おは)すに、いかで正覚(しやうがく)を成し玉はざらん、御(おん)経には成等正覚(じやうとうしやうがく)、広度衆生(くわうどしゆじやう)、皆因提婆達多善知識故(かいいんだいばだつたぜんちしきご)と説かれ侍(はべ)るを、誰憎しとか思(おぼ)す、恐れ多けれど、そもや誰人(たれびと)憎しとか思す、怨敵(をんてき)まことは道の師たり、怨敵まことは道の師たり、眼(まなこ)をあげて大千三千世界(だいせんさんぜんせかい)を観(み)るに、我が皇(きみ)の怨敵たらんもの、いづくにか将(はた)侍るべき、まこと我が皇(きみ)の御敵(おんあだ)たらんものの侍らば、痩せたる老法師(おいほふし)の力乏(とも)しくは侍れども、御(おん)力を用ゐさせ玉ふまでもなく、大聖威怒王(だいしやうゐぬわう)が折伏(しやくぷく)の御剣(おんつるぎ)をも借り奉(たてまつ)り、迦楼羅(かるら)の烈炎(れつえん)の御(おん)猛威(みやうゐ)にも頼(よ)り奉(たてまつ)りて、直(たゞち)に我が皇(きみ)の御(おん)敵(あだ)を粉(こ)にも灰にも摧(くだ)き棄て申すべし、さりながら皇(きみ)の御(おん)敵(あだ)の何処(いづく)の涯(はて)にもあらばこそ、巴豆(はづ)といひ附子(ぶし)といふも皆是(これ)薬(くすり)、障礙(しやうげ)の悪神毘那耶迦(あくじんびなやか)も本地(ほんぢ)は即(すなはち)毘盧沙那如来(びるしやなによらい)、此故に耆婆(ぎば)眼(まなこ)を開(ひら)けば尽大地の草木、保命(ほうみやう)の霊薬(りやうやく)ならぬも無く、仏陀(ぶつだ)教(をしへ)を垂るれば遍虚空(へんこくう)の鬼刹(きせつ)、護法(ごほふ)の善神(ぜんじん)ならぬも無しと申す、御(おん)敵(あだ)やそも那処(いづく)にかある、詮(せん)ずるところ怨親の二つながら空華(くうげ)の仮相(かさう)、喜怒もろともに幻翳(げんねい)の妄現(まうげん)、雪と見て影に桜の乱るれば花のかさ被(き)る春の夜の月が、まことの月にもあらず、水無くて凍(こほ)りぞしたる勝間田(かつまた)の池(いけ)あらたむる秋の夜の月が、まことの月にもあらじ、世間一切(いつさい)の種々(しゆ/゛\)の相(さう)は、まことは戯論(げろん)の名目(みやうもく)のみ、真如(しんによ)の法海より一瓢(いつぺう)の量(りやう)を分ち取りて、我執(がしふ)の寒風(かんぷう)に吹結ばせし氷(こほり)を我ぞと着(ぢやく)すれば、熱湯は即(すなはち)仇(あだ)たるべく、実相(じつさう)の金山(こんざん)より半畚(はんぽん)の資(し)を齎(もたら)し来りて、愛慾の毒火(どくくわ)に鋳成(いな)せし鼠(ねづみ)を己(おのれ)なりと思はんには、猫像(めうざう)或(あるひ)は敵(かたき)たるべけれど、本来氷も湯も隔(へだて)なき水、鼠も猫も異(こと)ならぬ金(きん)なる時んば、仮相の互(たがひ)に亡(ほろ)び妄現の共に滅するをも待たずして、当体即空(たうたいそくくう)、当事即了(たうじそくりやう)、廓然(くわくねん)として天に際涯(はて)無く、峯の木枯(こがらし)、海の音、川遠白(とほじろ)く山青し、何をか瞋(いか)り何にか迷はせたまふ、疾(と)く、疾く、曲路(きよくろ)の邪業(じやごふ)を捨て正道(しやうだう)の大心(だいしん)を発し玉へ、と我知らず地を撃つて諫め奉(たてまつ)れば、院の御亡霊(みたま)は、山壑(さんがく)もたぢろき木石(ぼくせき)も震(ふる)ふまでに凄(すさまじ)くも打笑はせ玉ひて、おろかなり円位、仏(ほとけ)が好ましきものにもあらばこそ、魔が厭(いと)はしきものにもあらばこそ、安楽も望むに足らず、苦患(くげん)も避くるに足らず、何を憚りてか自(みづか)ら意(こゝろ)を抑へ情(おもひ)を屈(かゞ)めん、妄執と笑はば笑へ、妄執を生命(いのち)として朕(われ)は活(い)き、煩悩と云はば云へ、煩悩を筋骨(すぢぼね)として朕(われ)は立つ、おろかや汝(なんぢ)、四弘誓願(しぐせいぐわん)は菩薩の妄執、五時説教(ごじせつけう)は仏陀の煩悩、法蔵(ほふざう)が妄執四十八願、観音(くわんおん)が煩悩三十三身(じん)、三世十方(さんぜじつぽう)恒河沙数(がうがしやすう)の諸仏菩薩に妄執煩悩無きものやある、妄執煩悩無きものやある、何(なん)ぞ瞿曇(ぐどん)が舌長(したなが)なる四十余年の託言(かごと)繰言(くりごと)、我(われ)尊しの冗語(じようご)漫語(まんご)、我をば瞞(あざむ)き果(おほ)すに足らんや、恨みは恨み、讐(あだ)は讐、復(かへ)さでは我(われ)あるべきか、今は一切(いつさい)世間の法、まつた一切世間の相、森羅万象(しんらばんしやう)人畜草木(にんちくさうもく)、悉皆(しつかい)朕(わがみ)の敵(あだ)なれば打壊(うちくづ)さでは已(や)むまじきぞ、心に染まぬ大千世界、見よ/\、火前(くくわぜん)の片羽(へんう)となし風裏(ふうり)の繊塵(せんぢん)と為して呉れむ、仏(ほとけ)に六種の神通(じんつう)あれば朕(われ)に千般(せんぱん)の業通(ごふつう)あり、ありとあらゆる有情含識(うじやうがんしき)皆朕(わ)が魔界に引き入れて朕(わ)が眷属となし果つべし、汝が述べたるところの如きは円顱(ゑんろ)の愚物(ぐぶつ)が常套(じやうたう)の談、醜(みにく)し、醜し、将帰(もちかへ)り去れ、●(ケモノヘン+「胡」)●(ケモノヘン+「孫」)(こそん)が瞋(いかり)を賺(す)かす胡餅(こべい)の一片(いつぺん)、朕(われ)を欺(あざむ)かんとや、迂(う)なり迂なり、想ひ見よ、そのかみ朕(われ)此讃岐の涯に来て、沈み果てぬる破舟(やれぶね)の我にもあらず歳月(としつき)を、空(むな)しく杉の板葺(いたぶき)の霰(あられ)に悲しき夜を泣きて、風につれなき日を送り、心くだくる荒磯(あらいそ)の浪の響(ひゞき)に霜の朝、独り寝覚めし凄じさ、思ひも積る片里(かたさと)の雪に灯火(ともし)の瞬(またゝく)く宵、たゞ我(わ)が影の情無く古びし障子(しやうじ)に浸(し)み入るを見つめし折の味気無(あぢきな)さ、如何(いか)ばかりなりしと汝思ふや、歌の林に人の心の花香(はなか)をも尋ね、詞(ことば)の泉(いずみ)に物のあはれの深き浅きをも汲みて分くる、敷嶋(しきしま)の道の契(ちぎ)りも薄からず結びし汝なれば、厳(きび)しく吹きし初秋(はつあき)の嵐の風に世を落ちて、日影傾く西山(にしやま)の山の幾重(いくへ)の外(そと)にさすらひ、初雁音(はつかりがね)も言(こと)づてぬ南の海の海遙(はるか)なる離れ嶋根に身を佗(わ)びて、捨てぬ光は月のみの水より寒く庇廂(ひさし)洩る住家(すみか)に在りし我(わ)が情懐(おもひ)は、推(すゐ)しても大概(およそ)知れよかし、されば往時(むかし)は朕(われ)とても人をば責めず身を責めて、仏(ほとけ)に誓ひ世に誓ひ、おのれが業(わざ)をあさましく拙(つたな)かりしと悔い歎きて、心の水の浅ければ胸の蓮葉(はちすば)いつしかと開けんことは難けれど、辿る/\も闇(くら)き世を出づべき道に入らんとて、天(そら)へと伸ぶる呉竹(くれたけ)の直(すぐ)なる願(ねがひ)を独り立て、他(あだ)し望みは思ひ絶つ其麻衣(あさごろも)ひきまとひ、供(そな)ふる華(はな)に置く露の露散る暁(あした)、焼(た)く香(かう)の煙(けぶり)の煙立つ夕(ゆふべ)を疾(とく)も来れと待つ間(あひだ)、一字三礼(いちじさんらい)妙典書写の功を積みしに、思ひ出づるも腹立(だ)たしや、たゞに朕(わ)が現世(げんぜ)の事を破りしのみならず、また未来世(みらいぜ)の道をも妨(さまた)ぐる人の振舞(ふるまひ)、善悪(ぜんあく)も邪正(じやしやう)もこれ迄(まで)なりと入つたる此道、得たる此果(くわ)、今は金輪(こんりん)崩るゝとも、銕囲(てつゐ)劈裂(つんざ)け破るゝとも、思ふ事果(はた)さでは得(え)こそ止(や)まじ、真夏の午(ひる)の日輪(にちりん)を我(わ)が眼の中(うち)に圧(お)し入れらるゝは能(よ)く忍ぶべし、胸の恨(うらみ)を棄てなんことは忍ぶべからず、平等(びやうどう)の見(けん)は我(わ)が敵(てき)なり、差別(しやべつ)の観(くわん)は朕(わ)が宗(しゆう)なり、仏陀は智なり朕(われ)は情(じやう)なり、智水(ちすゐ)千頃(せんけい)の池を湛(たゝ)へば情火(じやうくわ)万丈(ばんぢやう)の●(「陷」の右側+「炎」)(ほのほ)を挙(あ)げん、抜苦与楽(ばつくよらく)の法可笑(をかし)や、滅理絶義の道ここに在り、朕(わ)が一脚(いつきやく)の踏むところは、柳紅(くれなゐ)に花緑(みどり)に、朕(わ)が一指(いつし)のそれと指すところは、烏(からす)も白く鷺(さぎ)も黒し、天死せしむべく地舞はしむべく、日月(じつげつ)暗からしむべく江海(かうかい)涸(か)れしむべし、頑石(ぐわんせき)笑つて且歌ひ、枯草(こさう)花さいて、しかも芬(かを)る、獅子(しし)は美人が膝下(しつか)に馴れ大蛇(だいじや)は小児(せうに)の坐前に戯(たはむ)る、朔風(さくふう)暖かにして絳雪(かうせつ)香(かんば)しく、瓦礫(ぐわれき)光輝を放つて盲井(まうせい)醇醴(じゆんれい)を噴(ふ)き、胡蝶(こてふ)声あつて夜(よる)深く相思(さうし)の吟(ぎん)をなす、聾者(ろうしや)能く聞き瞽者(こしや)能く見る、剣戟(けんげき)も折つて食(くら)ふべく鼎●(カネヘン+「矍」)(ていくわく)も就(つ)いて浴(よく)すべし、世界はほと/\朕(わ)がまゝなり、黄身(わうしん)の匹夫、碧眼(へきがん)の胡児(こじ)、烏滸(をこ)の者ども朕(われ)を如何(いか)にか為し得べき、心とゞめてよく見よや、見よ、やがて此世は修羅道(しゆらだう)となり朕(わ)が眷属となるべきぞ、あら心地快(こゝちよ)や、と笑ひたまふ御(おん)声ばかりは耳に残りて、放たせ玉ふ赤光(しやくくわう)の谷々山々(たに/゛\やま/\)に映(うつ)りあひ、天地忽ち紅色(くれなゐ)になるかと見る間(ま)に失(う)せ玉ひぬ。
 西行はつと我に復(かへ)りて、思へば夢か、夢にはあらず。おのれは猶かつ提婆品(だいばぼん)を繰りかへし/\読み居たるか、其読続(よみつゞ)き我(わ)が口頭(こうとう)に今も途絶(とだ)えず上(のぼ)り来れり。
                              (明治二十五年五月)

   彼一日


     其一

 頼み難きは我(わ)が心なり、事あれば忽(たちまち)に移り、事無きもまた動かんとす。生じ易きは魔の縁なり、念(おもひ)を放(ほしいまゝ)にすれば直(たゞち)に発(おこ)り、念(おもひ)を正(たゞし)うするも猶起らんとす。此故に心は大海(だいかい)の浪と揺(ゆら)ぎて定まる時無く、縁は荒野(あらの)の草と萌(も)えて尽くる期(ご)あらねば、たま/\大勇猛(だいゆうまう)の意気を鼓(こ)して不退転(ふたいてん)の果報を得んとするものも、今日の縁にひかれて旧年の心を失ふ輩(やから)は、可惜(あたら)舟を出(いだ)して彼岸(ひがん)に到り得ず、憂くも道に迷ひて穢土(ゑど)に復(また)還(かへ)るに至る。されば心を収(をさ)むるは霊地に身をゥ(お)くより好きは無く、縁を遮(さへぎ)るは浄業(じやうごふ)に思(おもひ)を傾くるを最も勝(すぐ)れたりとなす。木片(もくへん)の薬師(やくし)、銅塊(どうくわい)の弥陀(みだ)は、皆これ我(わ)が心を呼ぶの設(まう)け、崇(あが)め尊まぬは烏滸(をこ)なるべく、高野(かうや)の蘭若(らんにや)、比叡(ひえ)の仏刹(ぶつさつ)、いづれか道の念(おもひ)を励まさゞらむ、参り詣(いた)らざるは愚魯(おろか)なるべし。古(いにしへ)の人の、麻の袂を山おろしの風に翻(ひるがへ)し、法衣(ころも)の裾を野路(のぢ)の露に染めつゝ、東西に流浪(るらう)し南北に行きかひて、幾干(いくそ)の坂に谷に走り疲れながら猶辛(つら)しともせざるものは、心を霊地の霊気に涵(ひた)し念(おもひ)を浄業(じやうごふ)の浄味(じやうみ)に育(はぐゝ)みて、正覚(しやうがく)の暁(あかつき)を期(ご)すればなり。鏡(かゞみ)に対(むか)ひては髪の乱れたるを愧(は)ぢ、金(こがね)を懐(ふところ)にすれば欲の亢(たかぶ)るを致す習ひ、善くも悪(あし)くも其境(きやう)に因(よ)り其機(き)に随(したが)ひて凡夫の思惟(しゆゐ)は転ずるなれば、たゞ後(のち)の世を思ふものは眼に仏菩薩(ぶつぼさつ)の尊容(そんよう)を仰ぎ、ロに経陀羅尼(きやうだらに)の法文(ほふもん)を誦(じゆ)して、夢にも現(うつゝ)にも市●(「廛」の右にオオザト)(してん)栄花(えいぐわ)の巷(ちまた)に立入ること無く、朝(あした)も夕(ゆふべ)も山林閑寂(かんじやく)の郷(きやう)に行ひ済してあるべきなり。首(かうべ)を回(めぐ)らせば往時(むかし)をかしや、世の春秋(はるあき)に交(まじ)はりて花には喜び月には悲(かなし)み、由(よし)無(な)き七情(しちじやう)の往来(わうらい)に泣きみ笑ひみ過ごししが、思ひたちぬる墨染(すみぞめ)の衣(ころも)を纏(まと)ひしより今は既(はや)、指を●(テヘン+「婁」)(かゞな)ふれば十(と)あまり三歳(みとせ)に及びて秋も暮れたり。修行(しゆぎやう)の年も漸く積もりぬ、身もまた初老(しよらう)に近づきぬ。流石(さすが)心も澄み渡りて乱るゝことも少(すくな)くなり、旧縁は漸く去り尽して胸に纏(まつ)はる雲も無し。忽然(こつねん)として其初一人(そのはじめひとり)来りし此娑婆(しやば)に、今は孑然(げつぜん)として一人(ひとり)立つ。待つは機の熟(じゆく)して果(このみ)の落つる我(わ)が命終(みやうじゆう)の時のみなり。あら快(こゝろよ)の今の身よ、氷雨(ひさめ)降るとも雪降るとも、憂(うれひ)を知らぬ雲の外(そと)に嘯(うそぶ)き立てる心地(こゝち)して、浮世(うきよ)の人の厭(いと)ふ冬さへ却つてなか/\をかしと見る、此の我(わ)が思ひの長閑(のどか)さは空飛ぶ禽(とり)もたゞならず。されど禅悦(ぜんえつ)に着(ぢやく)するも亦(また)是(これ)修道(しゆだう)の過失(あやまち)と聞けば、ひとり一室に籠(こも)り居て驕慢(けうまん)の念を萌(きざ)さんよりは、歩(あゆみ)を処々(しよ/\)の霊地に運びて寺々(てら/゛\)の御仏(みほとけ)をも拝み奉(たてまつ)り、勝縁(しようえん)を結びて魔縁を斥(しりぞ)け、仏事に勤めて俗事に遠ざからんかた賢(かしこ)かるべしとて、そこに一日(いちにち)、かしこに二日(ふつか)と、此御(み)仏彼(かの)御仏の別ちも無くそれ/\の御堂(みだう)を拝み巡(めぐ)りては、或(ある)は祈願を籠めて参籠(さんらう)の誠(まこと)を致し、或(ある)は和歌を奉(たてまつ)りて讃歎の意(こゝろ)を表(あらは)し来りけるが、仏天(ぶつてん)の御(おん)思召(おぼしめし)にも協(かな)ひけん聊か冥加(みやうが)も有りとおぼしく、幸(さいはひ)に道心(だうしん)のほかの他心(あだしごゝろ)も起さず勝縁を妨(さまた)ぐる魔縁にも遇(あ)はで、終(つひ)に今日に及ぶを得たり。既往(きわう)の誠に欣(よろこ)ぶべきに将来の猶頼まゝほしく、長谷(はせ)の御寺(みてら)の観世音(くわんぜおん)菩薩(ぼさつ)の御(おん)前に今宵(こよひ)は心ゆくほど法施(ほふせ)をも奉(たてまつ)らんと立出でたるが、夜々(やゝ)に霜は募りて樹々(きゞ)に紅(くれなゐ)は増す神無月(かんなづき)の空のやゝ寒く、夕日(ゆふひ)力無く舂(うすつ)きて、晩(おく)れし百舌(もず)の声のみ残る、暮方(くれがた)のあはれさの身に浸(し)むことかな。見れば路の辺(べ)の草のいろ/\、其(それ)とも分かず皆いづれも同じやうに枯れ果てゝ崩折(くづほ)れ偃(ふ)せり。珍らしからぬ冬野(ふゆの)のさま、取り出でゝ云ふべくはあらねども、折からの我(わ)が懐(おもひ)に合ふところあり。情(こゝろ)を結び詞(ことば)を束(つか)ねて、歌とも成らば成して見ん、おゝそれよ、さま/゛\に花咲きたりと見し野辺のおなじ色にも霜がれにけり。鳴呼(あゝ)我人(われひと)とも終(つひ)には如是(かく)、男女(なんによ)美醜(びしう)の別(わかち)も無く同じ色にと霜枯(が)れんに、何の翡翠(ひすゐ)の髪の状(さま)、花の笑ひの顔(かんばせ)か有らん。まして夢を彩(いろど)る五欲(ごよく)の歓楽(たのしみ)、幻(まぼろし)を織(お)る四季(しき)の遊娯(あそび)、いづれか虚妄(いつはり)ならざらん。たゞ勤むべきは菩提(ぼだい)の道、南無仏、南無仏、と観(くわん)じ捨てゝ、西行独り路を急ぎぬ。


     其二

 弓張月(ゆみはりづき)の漸う光りて、入相(いりあひ)の鐘(かね)の音(ね)も収まる頃、西行は長谷寺(はせでら)に着きけるが、問ひ驚かすべき法(のり)の友の無きにはあらねど問ひも寄らで、観音堂に参り上(のぼ)りぬ。さなきだに梢透(す)きたる樹々(きゞ)を嬲(なぶ)りて夜(よる)の嵐の誘(いざな)へば、はら/\と散る紅葉(もみぢ)なんどの空に狂ひて吹き入れられつ、法衣(ころも)の袖にかゝるもあはれに、又仏前の御(み)灯明(あかし)の目瞬(めはじき)しつゝ万般(よろづ)のものの黒み渡れるが中に、いと幽(かすか)なる光を放つも趣(おもむ)きあり。法華経の品(ほん)第二十五を声低う誦(じゆ)するに、何となく平時(つね)よりは心も締まりて身に浸みわたる思ひの為(す)れば、猶誠(まこと)を籠めて誦(じゆ)し行くに天も静けく地も静けく、人も全(まつた)く静まりたる、時といひ、処といひ相応して、我(わが)耳に入るは我(わが)声ながら、若(もし)くは随喜(ずゐき)仏法(ぶつぽふ)の鬼神(きじん)なんどの、声を和(あは)せて共に誦(じゆ)する歟(か)と疑はるゝまで、上無(うへな)く殊勝(しゆしよう)に聞こえわたりぬ。特(こと)に参りたる甲斐はありけり、菩薩も定めしかゝる折のかゝる所作(しよさ)をば善哉(よし)として必ず納受(なふじゆ)し玉ふなるべし、今宵(こよひ)の心の澄み切りたる此の清(すゞ)しさを何に比(たぐ)へん、あまりに有り難くも尊く覚ゆれば、今宵(こよひ)は夜すがら此御(み)堂の片隅(かたすみ)になり趺座(ふざ)なして、暁天(あかつき)がたに猶一ト度誦経(じゆきやう)しまゐらせて、扨其後(そののち)香華(かうげ)をも浄水(じやうすゐ)をも供(くう)じて罷(まか)らめと、西行やがて三拝して御(み)仏の御(おん)前を少し退(すさ)り、影暗き一ト隅に身を捩(ね)ぢ据ゑ、凍(こほ)れる水か枯れし木の、動きもせねば音(ね)も立てず、寂然(じやくねん)として坐し居たり。
 夜は沈々(ちん/\)と漸く更(ふ)けて、風も睡れる如くになりぬ。右左(みぎひだり)に並びて立ちたりける御(み)灯明(あかし)は一つ消え、また一つ消えぬ。今はたゞいと高き吊灯籠(つりどうろう)の、光り朦朧(もうろう)として力無きが、夢の如くに残れるのみ。此寺(ここ)の僧どもは寒気(さむさ)に怯(お)ぢて所化寮(しよけれう)に炉(ろ)をや囲みてあるらん、影だに終(つひ)に見するもの無し。云ふべきかたも無く静(しづか)なれば、日比焼(ひごろた)きたる余気なるべし今薫(く)ゆるとにはあらぬ香(かう)の、有るか無きかに自然(おのづから)匂ひを流すも最能(いとよ)く知らる。かゝる折から何者にや、此方(こなた)を指して来る跫音(あしおと)す。御(み)仏に仕ふる此寺(こゝ)のものの、灯燭(とうしよく)を続(つ)ぎまゐらせんとて来つるにやと打見るに、御(み)堂の外(そと)は月の光り白々(しろ/゛\)として霜の置けるが如くに見ゆるが中を、寒さに堪(た)へでや頭(かしら)には何やらん打被(うちかつ)ぎたれど、正(まさ)しく僧形(そうぎやう)したるが歩み寄るさまなり。心を留(と)むるとにはあらざれど、何としも無く猶見てあるに、やがて月の及ばぬ闇の方(かた)に身を入れたれば定かには知れぬながら、此御(み)堂に打向ひて一度(ひとたび)は先(まづ)拝み奉(たてまつ)り、さて静々(しづ/\)と上(のぼ)り来りぬ。御(み)堂は狭からぬに灯(ひ)は蛍ほどなり、灯(ひ)の高さは高し、互(たがひ)の程は隔たりたり、此方(こなた)を彼方(かなた)は有りとも知らず、彼方(かなた)を此方(こなた)は能くも見得ねば、西行は只(たゞ)我と同じき心の人も亦有りけるよと思ふのみにて打過ぎたり。
 彼方(かなた)は固(もと)より闇の中(うち)に人あることを知らざれば、何に心を置くべくも無く、御(み)仏の前に進み出でつ、最(いと)謹(つゝし)ましげに危坐(かしこま)りて、数度(あまたゝび)合掌(がつしやう)礼拝(らいはい)なし、一心の誠を致すと見ゆ。同じ菩提(ぼだい)の道の友なり、其心操(こゝろばへ)の浅間(あさま)ならぬも夜深(よふか)の参詣(まゐり)に測り得たり。衣(ころも)の色さへ弁(わか)ち得ざれば面(おもて)は況(ま)して見るべくも無けれど、浄土の同行(どうぎやう)の人なるものを、呼びかけて語らばや、名も問はばやと西行は胸に思ひけるが、卒爾(そつじ)に言(ものい)はんは悪(あし)かるべし、所願の終つて後(のち)にこそと心を控(ひか)へて伺(うかゞ)ふに、彼方(かなた)は珠数(じゆず)を取り出(いだ)して、さや/\とばかり擦(す)り初(そ)めたり。針の落つる音も聞くべきまで物静かなる夜(よる)の御(み)堂の真中(まなか)に在りて、水精(すゐしやう)の珠数(じゆず)を擦る音の亮(さや)かなる響きいと冴えて神々(かう/゛\)し。御経(おんきやう)は心に誦(じゆ)するとおぼしく、万籟(ばんらい)絶えたるに珠(たま)の音(ね)のみをたゞ緩(ゆる)やかに緩やかに響かす。其声或(あるひ)は明らかに或は幽(かすか)に、或は高く或は低く、寐覚(ねざめ)の枕の半(なかば)は夢に霰(あられ)の音を聞くが如く、朝霧(あさぎり)晴れぬ池の面(おも)に●(クサカンムリ+「函」)●(クサカンムリ+「陷」の右側)(かんたん)の急に開(ひら)くを聞くが如く、小川の水の独り咽(むせ)ぶか雨の紫竹(しちく)の友擦(ともず)れ歟(か)、山吹(やまぶき)匂ふ山川の蛙(かはづ)鳴くかと過(あやま)たれて、一声(いつせい)々中に万法(ばんぽふ)あり、皆与実相不相違背(かいよじつさうふさうゐはい)と、いとをかしくも聞きなさるれば、西行感(かん)に入つて在りけるが、期(ご)したるほどの事は仕果(しは)てゝや其人数珠(ずゞ)を収めて御(み)仏をば礼拝(らいはい)すること数度(あまたゝび)しつ、やをら身を起して退(まか)らんとす。菩提の善友、浄土の同行、契(ちぎり)を此土(ど)に結ばんには今こそ言葉をかくべけれと、思ひ入(いり)て擦(す)る数珠(ずゞ)の音(ね)の声すみておぼえずたまる我(わが)涙かな、と歌の調(しらべ)は好かれ悪(あし)かれ、西行急(にはか)に読(よ)みかくれば、彼方(かなた)は初めて人あるを知り、思ひがけぬに驚きしが、何と仰(おほせ)られしぞ、今一度(ひとたび)、と心を圧鎮(おししづ)めて問ひ返す。聞き兼ねけんと猜(すゐ)するまゝ、思ひ入りて擦る数珠(ずゞ)の音(ね)の声澄みて、と復(ふたゝ)び言へば後(あと)は言はせず、君にて御坐(おは)せしよ、こはいかに、と涙(なんだ)に顫(ふる)ふおろ/\声(ごゑ)、言葉の文(あや)もしどろもどろに、身を投げ伏して取りつきたるは、声音(こわね)に紛(まが)ふかたも無き其昔(そのかみ)偕老同穴(かいらうどうけつ)の契り深かりし我(わ)が妻なり。厭(あ)いて別れし仲ならず、子まで生(な)したる語らひなれば、流石(さすが)男も心動くに、況(ま)して女は胸逼(せま)りて、語らんとするに言葉を知らず、厳(いは)に依(よ)りたる幽蘭(いうらん)の媚(なまめ)かねども離れ難く、たゞ露けくぞ見えたりける。
 西行きつと心を張り、徐(しづか)に女の手を払ひて、御(み)仏の御(おん)前に乱(らう)がはしや、これは世を捨てたる痩法師(やせほふし)なり、捉(とら)へて何をか歎き玉ふ、心を安らかにして語り玉へ、昔は昔、今は今、繰言(くりごと)な露宣(のたま)ひそ、何事も御(み)仏を頼み玉へ、心留(と)むべき世も侍(はべ)らず、と諭(さと)せば女は涙にて、さては猶(なほ)我を世に立交(たちまじ)らひて月日経(ふ)るものと思したまふや、灯火(ともしび)暗うはあれどおほよそは姿(すがた)形(かたち)をも猜(すゐ)し玉へ、君の保延(はうえん)に家を出でゝ道に入り玉ひしより、宵の鐘暁(あかつき)の鳥も聞くに悲(かなし)く、春の花秋の月も眺むるに懶(ものう)くて、片親(かたおや)無き児の智慧敏(さと)きを見るにつけ胸を痛め心を傷(いた)ましめしが、所詮(しよせん)は甲斐無き嗟歎(なげき)せんより今生(こんじやう)は擱(さしお)き後世(ごせ)をこそ助からめと、娘を九条(くでう)の叔母(をば)に頼みて君の御(おん)跡を追ひまゐらせ、同じ御(み)仏の道に入り、高野の麓(ふもと)の天野(あまの)といふに日比(ひごろ)行ひ居り侍(はべ)るなり、扨も君を放ち遣(や)りまゐらせて御(み)心のまゝに家を出づるを得さしめ奉(たてまつ)りし往時(そのかみ)より、我(わ)が子を人に預けて世を捨てたる今に至るまで、いづれか世の常としては悲しきことの限りならざらん、別れまゐらせし歳(とし)は我(わ)が齢(よはひ)、僅(わづか)に二十歳(はたち)を越えつるのみ、また幼児(いとけなき)を離せしときは其(そ)が六歳(むつつ)と申す愛度(あど)無(な)き折なり、老いて夫(をつと)を先立(だ)つるにも泣きて泣足る例(ためし)は聞かず、物言はぬ嬰児(みづこ)を失ひても心狂ふは母の情(じやう)、それを行末(ゆくすゑ)長き齢(よはひ)に、君とは故も無くて別れまゐらせ、可愛(かはゆ)き盛りに幼児(をさなき)を見棄てつる悲しさは如何(いか)ばかりと覚(おぼ)す、されど斯(か)ばかりの悲しさをも、女の胸に堪(こら)へ堪へて鬼女(きぢよ)蛇神(じやじん)のやうに過ぎ来つるは、我(わ)が悲(かなし)みを悲(かなし)とせで偏(ひとへ)に君が歓喜(よろこび)を我(わ)が歓喜(よろこび)とすればなるを、別れまゐらせしより十余年の今になりて繰言(くりごと)も云ふもののやう思はれまゐらせたる拙(つたな)さ情無さ、君は我(わ)がための知識となり玉ひぬれば、恨み侍らざるばかりか却(かへつ)て悦びこそ仕奉(したてまつ)れ、彼世(かのよ)にてもあれ君に遇ひまゐらせなば君の家を出で玉ひし後(のち)の我(わ)が上をも語りまゐらせて、能(よ)くぞ浮世を思ひ切りぬるとの御(おん)言葉をも得んとこそ日比(ひごろ)は思ひ設け居たれ、別れたてまつりし時は今生(こんじやう)に御(おん)言葉を玉はらんことも復(また)有るまじと思ひたりしに、夢路(ゆめぢ)にも似たる今宵(こよひ)の逢瀬(あふせ)、幾年(いくとせ)の心あつかひも聊か本意(ほい)ある心地(こゝち)して嬉しくこそ、と細々(こま/\)と述(の)ぶ。折から灯籠の中(うち)の灯(ひ)の、香油(かうゆ)は今や尽きに尽きて、やがて熄(き)ゆべき一ト明り、ぱつと光を発すれば、朧気(おぼろげ)ながら互(たがひ)に見る雑彩(いろ)無き仏衣(ぶつえ)に裹(つゝ)まれて蕭然(せうぜん)として坐(ざ)せる姿、修行に窶(やつ)れ老いたる面(おも)ざし、有りし花やかさは影も無し。
 これが往時(むかし)の、妻か、夫か、心根(こゝろね)可愛(かはい)や、懐かしやと、我を忘れて近寄る時、忽然(たちまち)ふつと灯(ひ)は滅して一念未生(みしやう)の元(もと)の闇に還(かへ)れば、西行坐(ざ)を正(たゞし)うして、能(よ)くこそ思ひ切玉ひたれ、入道(にふだう)の縁は無量にして順逆正傍(じゆんぎやくしやうばう)のいろ/\あれど、たゞ往生(わうじやう)を遂(と)ぐるを尊(たつと)ぶ、往時(むかし)は世間の契(ちぎり)を籠め今は出世間(しゆつせけん)の交(まじは)りを結ぶ、御身(おんみ)は我(わ)がための菩提の善友、浄土の同行(どうぎやう)なり悦ばしや、たゞし然(さ)までに浮世をば思ひ切りたる身としては、懐旧の情(じやう)はさることながら余りに涙の遣(や)る瀬無(せな)くて、我を恨むかとも見えし故、先刻(さき)のやうには云ひつるなり、既に世の塵に立交(たちまじ)らで法(のり)の門(かど)に足踏(あしぶみ)しぬる上は、然(さ)ばかり心を悩ますべき事も実(まこと)は無き筈ならずや、と最(いと)物優しく尋ね問ふ。
 慰められては又更に涙脆(もろ)きも女の習ひ、御(おん)疑ひ誠に其理由(ゆゑ)あり、もとより御(おん)恨めしう思ひまゐらする節(ふし)もなし、御(おん)懐しうは覚え侍(はべ)れど、それに然(さ)ばかりは泣くべくも無し、御(おん)声を聞きまゐらすると斉(ひと)しく、胸に湛(たゝ)へに湛へし涙の一時(いちじ)に迸(はし)り出でしがため御疑(おんうたがひ)を得たりしなり、其所以(いはれ)は他(ほか)ならぬ娘の上、深く御(み)仏の教(をしへ)に達して宿命業報(しゆくみやうごふはう)を知るほどならば、是(こ)も亦煩(わづら)ひとするに足らずと悟りてもあるべけれど然(さ)は成らで、ほと/\頭(かしら)の髪の燃え胸の血の凍(こほ)るやうに明暮(あけくれ)悩むを、君は心強くましますとも何と聞き玉ふらん、聞き玉へ、娘は九条の叔母(をば)が許(もと)に、養(やしな)ひ娘といふことにて叔母(をば)の望むまゝに与へしが、叔母には真(まこと)の娘もあり、母の口よりは如何(いかゞ)なれど年齢(とし)こそ互(たがひ)に同じほどなれ、眉目(みめ)容姿(かたち)より手書き文(ふみ)読む事に至るまで、甚(いた)く我が娘は叔母(をば)の娘に勝(まさ)りたれば、叔母(をば)も日頃は養ひ娘の賢(かしこ)き可愛(いとし)さと、生(うみ)の女(むすめ)の自然(おのづから)なる可愛(いとし)さとに孰(いづ)れ優(まさ)り劣り無く育てけるが、今年(ことし)は二人(ふたり)ともに十六になりぬ、髪の艶(つや)、肌(はだ)の光り、人の●(オンナヘン+「冒」)(そね)み心(ごゝろ)を惹(ひ)くほどに我子は美しければ、叔母(をば)も生(おふ)したてたるを自(おの)が誇りにして、せめて四位(しゐ)の少将(せうしやう)以上ならでは得(え)こそ嫁(あは)すまじきなど云ひ罵(のゝし)り、おのが真(まこと)の女(むすめ)をば却つて心にも懸け居ざるさまにもてあつかひ居たりしが、右(みぎ)の大臣(だいじん)の御子(おんこ)某(それ)の少将の、図(はか)らずも我が女(むすめ)をば垣間見(かいまみ)玉ひて懸想(けさう)し玉ひしより事起りて、叔母(をば)の心いと頑兇(かたくな)になり日に/\口喧(くちかしがま)しう嘲(あざ)み罵り、或時は正(まさ)なくも打ち擲(たゝ)き、密(ひそか)に調伏(てうぶく)の法をさへ由無(よしな)き人して行(おこなは)せたるよしなり、某(それ)の少将と云へるは才賢(かしこ)く心性(こゝろざま)誠ありて優しく、特(こと)に玉を展(の)べたる様(やう)の美しき人なれば、自己(おの)が生(うみ)の女(むすめ)の婿(むこ)がねにと叔母(をば)の思ひつきぬるも然(さ)ることながら、其望みの思ふがまゝにならで、飾り立てたる我が女(むすめ)には眼も少将の遣(や)り玉はざるが口惜しとて、養ひ娘を悪(あし)くもてあつかふ愚(おろか)さ酷(むご)さ、昔時(むかし)の優しかりしとは別のやうなる人となりて、奴婢(ぬび)の見る眼もいぶせきまでの振舞(ふるまひ)を為(す)る折多しと聞く、既に御(み)仏の道に入りたまひたれば我には今は子ならずと君は仰(おほ)すべけれど、其君が子はいと美しう才もかしこく生れつきて、しかも美しく才かしこくして位(くらゐ)高き際(きは)の人に思はれながら、心の底には其人を思はぬにしもあらざるに、養はれたる恩義の桎梏(かせ)に情(こゝろ)を枉(ま)げて自(みづか)ら苦(くるし)み、猶其上に道理無き呵責(かしやく)を受くる憫然(あはれさ)を君は何とか見そなはす、棄恩入無為(きおんにふむゐ)の偈(げ)を唱(とな)へて親無し子無しの桑門(さうもん)に入りたる上は是非無けれども、知つては魂魄(たましひ)を煎(い)らるる思ひに夜毎の夢も安からず、いと恐れあることながら此頃(このごろ)の乱れに乱れし心からは、御(み)仏の御教(おんをしへ)も余りに人の世を外(そ)れたる、酷(むご)き掟(おきて)なりと聊かは御(おん)恨み申すこともあるほど、子といひながら子と云へねば、親にはあれど親ならぬ、世の外(そと)の人、内(うち)の人、知らぬ顔して過(すご)すをば、一旦仏門に入りしものの行儀(ぎやうぎ)とするも理無(わりな)しや、春は大路(おほぢ)の雨に狂ひ小橋(こばし)の陰に翻(ひるがへ)る彼(あ)の燕(つばめ)だに、児(こ)を思ふては日に百千度(もゝちたび)巣に出入りす、秋の霜夜の冷(ひ)えまさりて草野(くさの)の荒れ行く頃といへば、彼(あ)の兎(うさぎ)すら自己(おの)が毛を咬(か)みて●(テヘン+「劣」)(むし)りて綿(わた)として、風に当てじと子を愛(いとほ)しむ、それには異(かは)りて我々の、纔(わづか)に一人(ひとり)の子を持ちて人となるまで育てもせず、児童(こども)の間(なか)の遊びにも片親無きは肩窄(すぼ)る其の憂き思(おもひ)を四歳(よつ)より為(さ)せ、六歳(むつ)といふには継(まゝ)しき親を頭(かうべ)に戴く悲(かなし)みを為(さ)せ、雲の蒸(む)す夏、雪の散る冬、暑さも寒さも問ひ尋ねず、山に花ある春の曙(あけぼの)、月に興ある秋の夜も、世にある人の姫等(ひめたち)の笑(ゑ)み楽しむには似もつかず、味気(あじき)無(な)う日を送らせぬる其(それ)さへ既に情無く親甲斐(がひ)の無きことなれば、同じほどなる年頃の他家(よそ)の姫なんどを見るにつけ、嗚呼(あゝ)我(わ)が子はと思ひ出でゝ、木の片(きれ)、竹の端(はし)くれと成り極(きは)めたる尼(あま)の身の我(わ)が身の上は露思はねど、かゝる父を持ち母を持ちたる吾が子の果報の拙(つたな)さを可哀(あはれ)と思はぬことも無し、況(ま)して此頃の噂を聞き又余所(よそ)ながら視(み)もすれば、心に春の風渡りて若木(わかぎ)の花の笑(ゑ)まんとする恋の山路(やまぢ)に悩める娘の、女の身には生命(いのち)なる生くる死ぬるの岐(わか)れにも差し掛りたる態(さま)なる上、生みの子の愛に迷ひ入りたる頑凶(かたくな)の老婆(ばば)に責められて朝夕(あさゆふ)を経(ふ)る胸の中(うち)、父上御坐(おは)さば母在らばと、親を慕ひて血を絞る涙に暮るゝ時もある体(てい)、親の心の迷(まど)はずてやは、打捨て置かば女(むすめ)は必ず彼方此方(かなたこなた)の悲(かなし)さに身を淵河(ふちかは)にも沈めやせん、然無(さな)くも逼(せま)る憂さ辛(つら)さに終(つひ)には病みて倒れやせん、御(み)仏の道に入りたれば名の上の縁(えにし)は絶えたれど、血の聯続(つらなり)は絶えぬ間(なか)、親なり、子なり、脈絡(すぢ)は牽(ひ)く、忘るゝ暇(ひま)もあらばこそ、昼は心を澄まして御(み)仏に事(つか)へまつれど、夜の夢は女(むすめ)のことならぬ折も無し、若(も)し其侭に擱(さしお)いて哀(かな)しき終(をはり)を余所(よそ)/\しく見ねばならずと定まらば、仏(ほとけ)に仕(つか)ふる自分(みづから)は禽(とり)にも獣(けもの)にも慚(はづか)しや、たとへば来(こ)ん世には金(こがね)の光を身より放つとも嬉しからじ、思へば御(み)仏に事(つか)ふるは本(もと)は身を助からんの心のみにて、子にも妻にもいと酷(むご)き鬼のやうなることなりけり、爽快(いさぎよき)には似たれども自己一人(おのれひとり)を蓮葉(はちすば)の清きに置かん其為に、人の憂きめに眼も遣(や)らず人の辛(つら)きに耳も仮(か)さず、世を捨てたればと一ト口に、此世の人のさま/゛\を、何ともならばなれがしに斥(しりぞ)け捨つるは卑(いや)しきやうなり、何とて尼にはなりたりけん、如何(いか)にもして女(むすめ)と共に経(ふ)るべかりしに、鈍(おぞ)くも自(みづか)ら過(あやま)ちけるよ、今は後世(ごせ)安楽も左(さ)のみ望まじ、火●(ヒヘン+「亢」)(くわかう)に墜(お)つるも何かあらん、俗(ぞく)に還りて女(むすめ)を叔母(をば)より取り返さんと、思ひしことも一度二度ならずありたりき、然(さ)れども流石(さすが)年来(としごろ)頼める御(み)仏に離れまゐらせんことも影護(うしろめた)くて、心と心との争ひに何となすべき道も知らず、幼きより頼みまゐらせたる此地(こゝ)の御(み)仏に七夜参(なゝよまゐり)の祈願を籠めしも、女(むすめ)の上の安かれとおもふ為ばかり、恰(あたか)も今宵(こよひ)満願の折から図らず御(おん)眼にかゝりて、胸には此事あり此念(おもひ)あるに、情無かりし君が往時(むかし)の家を出でたまひし時の御(おん)光景(ありさま)まで一ト時に眼に浮み来りしかば、思へば女(むすめ)が四歳(よつ)の年、振分髪(ふりわけがみ)の童姿(わらはすがた)、罪も報(むくい)も無き顔に愛度(あど)なき笑(ゑ)みの色を浮めて、父上々々と慕ひ寄りつゝ縋りまゐらせたるを御(おん)心強くも、椽(えん)より下へと荒(あら)らかに●(アシヘン+「易」)落(けおと)し玉ひし其時が、女(むすめ)の憂目(うきめ)の見初(みはじめ)なりしと、思ふにつけても悲(かなし)さに恨めしささへ添ふ心地(こゝち)、御(おん)なつかしさも取り交(ま)ぜて文(あや)も分かたずなりし涙の抑(おさ)へ難かりしは此故なり、と細々(こま/\)と語れば西行も数度(あまたゝび)眼を押しぬぐひしが、声を和(やは)らげていと静(しづか)に、云ひたまふところ皆其理(り)あり、たゞし女(むすめ)の上の事は未(いま)だ知らずに御在(おはす)と見えたり、此の五日(いつか)ほど前の事なり、我みづから女(むすめ)を説き諭して、既に火宅(くわたく)の門(かど)を出でゝ法苑(ほふをん)の内に入らしめ終んぬ、聊か聞くところありしかば、眼前(がんぜん)の●(「屯」+シンニュウ)●(「亶」+シンニユウ)(ちゆんてん)を縁として身後(しんご)の安楽を願はせんと、たゞ一度(ひとたび)会ひて言(ものい)ひしに、親羞(はづか)しき利根(りこん)のものにて、宿智(しゆくち)にやあらん其言ふところ自(おのづか)ら道に協(かな)へる節(ふし)あり、父上既に世を逃(のが)れ玉ひぬ、おのれも御後(おんあと)に従はんとこそ思へ、世に百歳(もゝとせ)の夫婦(めをと)も無し、なにぞ一期(いちご)の恩愛を説かん、たとひ思ふこと叶ひ、望むこと足りぬとも、●(オンナヘン+「冒」)(そね)みを蒙(かうむ)り羨(うらやみ)を惹(ひ)きて在らんは拙(つたなか)るべし、もとより女の事なれば世に栄えん願ひも左(さ)までは深からず、親の御在(おは)さねば身を重んずる念(おもひ)もやゝ薄し、あながち御(み)仏を頼みまゐらせて浄土に生れんとにはあらねど、如何(いか)なる山の奥にもありて草の庵(いほり)の其内に、荊棘(おどろ)を簪(かざし)とし粟稗(あはひえ)を炊(かし)ぎてなりと、たゞ心清(すゞ)しく月日経(へ)ばやなどと思ひたることは幾度(いくたび)と無く侍(はべ)り、睦(むつ)ぶべき兄弟(はらから)も無し、語らふべき朋友(とも)も持たず、何に心の残り留(とゞ)まるところも無し、養はれ侍りし恩恵(みめぐみ)に答へまゐらすること無きは聊か口惜(くちをし)けれど、大叔母君(おほをばぎみ)の現世安穏(げんぜあんのん)後生善処(ごしやうぜんしよ)と必ず日々に祈りて酬(むく)ひまゐらせん、又情(なさけ)ある人のたゞ一人(ひとり)侍りしが、何と申し交(かは)したることも無ければ別れ/\になるとも怪(け)しうはあらず、雲は旧(もと)に依(よ)つて白く山は旧(もと)に依つて青からんのみなり、全(まつた)く世をば思ひ切り侍りぬ、とく導師(だうし)となりて剃度(ていど)せしめ玉へと、雄雄(をを)しくも云ひ出でたれば、其心根(こゝろね)の麗(うる)せきに愛(め)でゝ、我また雄々しくも丈(たけ)なる烏羽玉(うばたま)の髪を落して色ある衣(きぬ)を脱ぎ棄てさせ、四弘誓願(しぐせいぐわん)を唱(とな)へしめぬ、や、何と仕玉へる、泣き玉ふか、涙を流し玉ふか、無理ならず、菩提の善友よ、泣き玉ふ歟(か)、嬉しさにこそ泣き玉ふならめ、浄土の同行(どうぎやう)よ、落涙あるか、定めし感涙にこそ御坐(おは)すらめ、おゝ、余りの有難さに自分(おのれ)もまた涙聊か誘はれぬ、さて美しき姫は亡(う)せ果てたり、美しき尼君(あまぎみ)は生(な)り出で玉ひぬ、青々(あを/\)としたる寒げの頭(かしら)、鼠色(ねずみ)の法衣(ころも)、小(ちひさ)き数珠(ずゞ)、殊勝なること申すばかり無し、高野の別所(べつしよ)に在る由の菩提の友を訪(とぶら)はんとて飄然(へうぜん)として立出で玉ひぬ、其後(のち)の事は知るよし無し、燕の忙(せは)しく飛ぶ、兎の自(みづか)ら剥(は)ぐ、親は皆自(みづか)ら苦(くるし)む習(ならひ)なれば子を思はざる人のあらんや、但(たゞ)し欲楽の満足を与へ栄華(えいぐわ)の十分を享(う)けしむるは、木葉(このは)を与へて児の啼(な)きを賺(す)かす其(それ)にも増して愚(おろか)のことなり、世を捨つる人がまことに捨つるかは捨てぬ人こそ捨つるなりけれ、たゞ幾重(いくへ)にも御(み)仏を頼み玉へ、心留(と)むべき世も侍(はべ)らず、南無仏々々々、と云ひ切りて口を結びて復(また)言はず。月はやがて没(い)るべく西に廻りて、御(み)堂に射し入る其光り水かとばかり冷(ひやゝ)かに、端然(たんねん)として合掌せる二人(ふたり)の姿を浮ぶが如くに御堂の闇の中(うち)に照し出(いだ)しぬ。
                           (明治三十四年一月)



昭和二十六年三月二十五日印刷
昭和二十六年三月三十一日発行

露伴全集第五巻
  頒価五百円

著作権者    幸田文
編  纂    蝸牛会
      東京都千代田区神田一ツ橋二丁目三番地
発行者     岩波雄二郎
      東京都西多摩郡霞村根ケ布三八五番地
印刷者     山田一雄
      東京都西多摩郡霞村根ケ布三八五番地
印刷所     大化堂

      東京都千代田区神田一ツ橋二丁目三番地
発行所    株式会社 岩波書店
            電話(代表)九段(33)二八七番
            振替口座東京七四四一六番


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