深沢秋男研究室 該愼親盛(如儡子)の研究・2

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斎藤親盛(如儡子)の研究・2

  目  次
 慍直亠』と儒教思想
∈愼親盛(如儡子)の俳諧(上)
斎藤親盛(如儡子)の俳諧(中)
ず愼親盛(如儡子)の俳諧(下)
ァ慍直亠』の諸本






 慍直亠』と儒教思想
→「仮名草子研究」→「『可笑記』と儒教思想」

∈愼親盛(如儡子)の俳諧(上)
→「仮名草子研究」→「斎藤親盛(如儡子)の俳諧(上)

斎藤親盛(如儡子)の俳諧(中)
→「仮名草子研究」→「Ш愼親盛(如儡子)の俳諧(中)

ず愼親盛(如儡子)の俳諧(下)
→「仮名草子研究」→「┷愼親盛(如儡子)の俳諧(下)


ァ慍直亠』の諸本
深沢秋男

 

 
 『可笑記』の諸本については、昭和四十三年度、日本近世文学会春季大会で口頭発表し、これを『文学研究』第二十八号(昭和43年12月)で報告した。その後、同誌第三十号(昭和44年12月)、第三十八号(昭和48年12月)、第七十四号(平成3年12月)で補訂を行った。また、この間『可笑記大成』(昭和49年4月30日、笠間書院発行)、『仮名草子集成』第十四巻(平成5年11月20日、東京堂出版発行)でも、その解題で報告している。これらの経過を踏まえて、現在までの調査結果を整理報告し、考察を加えたいと思う。

 この作品の諸本調査は、早いものは、昭和三十五年頃のものもあり、調査期間は三十年以上に及んでいる。従って、調査方法や基準も、部分的に修正を加えた点もある。諸本間の考察においては、この点を考慮してゆきたいと思う。

 

 『可笑記』の諸本は、【一】寛永十九年版十一行本、【二】寛永十九年版十二行本、【三】無刊記本、【四】万治二年版絵入本、の四種に分けられ、その所在は、次の如くである。

 

  【一】 寛永十九年版十一行本

 

〔1〕 大阪女子大学図書館

〔2〕 小川武彦氏

〔3〕 香川大学図書館・神原文庫

〔4〕 九州大学国語学国文学研究室

〔5〕 京都大学図書館

〔6〕 京都大学文学部

〔7〕 国立公文書館・内閣文庫

〔8〕 後藤憲二氏

〔9〕 大東急記念文庫

〔10〕 東京大学教養学部第一研究室

〔11〕 東京大学図書館

〔12〕 平井隆太郎氏(平井太郎〈江戸川乱歩〉氏旧蔵)

〔13〕 横山重氏・赤木文庫

〔14〕 龍谷大学図書館

〔15〕 龍門文庫

〔16〕 早稲田大学図書館

〔17〕 渡辺守邦氏

〔18〕 鹿島則幸氏旧蔵・桜山文庫(深沢秋男現蔵)

〔19〕 深沢秋男

〔20〕 ケンブリッヂ大学図書館・アストンコレクション(未見)

〔21〕 台湾大学図書館(未見)

〔22〕 岐阜県立図書館(未見)

 

  【二】 寛永十九年版十二行本

 

〔1〕 九州大学国語学国文学研究室

〔2〕 国立国会図書館

〔3〕 神宮文庫

〔4〕 日本大学図書館・武笠文庫

〔5〕 会津若松市立図書館(未見)

 

  【三】 無 刊 記 本

 

〔1〕 お茶の水図書館・成簣堂文庫・

〔2〕 お茶の水図書館・成簣堂文庫・

〔3〕 香川大学図書館・神原文庫

〔4〕 学習院大学国語国文学研究室

〔5〕 関西大学図書館

〔6〕 京都大学図書館・潁原文庫・

〔7〕 京都大学図書館・潁原文庫・

〔8〕 慶応大学図書館

〔9〕 国学院大学図書館

〔10〕 国文学研究資料館

〔11〕 実践女子大学図書館・黒川真頼・黒川真道蔵書

〔12〕 天理図書館

〔13〕 東京国立博物館

〔14〕 東北大学図書館・狩野文庫

〔15〕 名古屋大学国文学研究室

〔16〕 西尾市立図書館・岩瀬文庫

〔17〕 山岸徳平氏

〔18〕 龍門文庫

〔19〕 早稲田大学図書館

〔20〕 長澤規矩也氏旧蔵(深沢秋男現蔵)

〔21〕 大倉精神文化研究所附属図書館(未見)

〔22〕 岐阜大学図書館(未見)

 

  【四】 万治二年版絵入本

 

〔1〕 秋田県立図書館

〔2〕 上田市立図書館・藤廬文庫

〔3〕 小川武彦氏

〔4〕 お茶の水図書館・成簣堂文庫

〔5〕 香川大学図書館・神原文庫

〔6〕 学習院大学国語国文学研究室・

〔7〕 学習院大学国語国文学研究室・

〔8〕 京都府立総合資料館

〔9〕 慶応大学図書館

〔10〕 国立国会図書館・

〔11〕 国立国会図書館・

〔12〕 佐賀大学図書館・小城鍋島文庫

〔13〕 鶴岡市立図書館

〔14〕 天理図書館

〔15〕 東京国立博物館

〔16〕 東京大学図書館・青州文庫

〔17〕 東北大学図書館・狩野文庫

〔18〕 東洋文庫・岩崎文庫

〔19〕 都立中央図書館・加賀文庫

〔20〕 中野三敏氏

〔21〕 山口大学図書館・棲息堂文庫

〔22〕 龍門文庫

〔23〕 早稲田大学図書館

〔24〕 横山重氏旧蔵・赤木文庫(深沢秋男現蔵)

〔25〕 カリフォルニア大学・東亜図書館(未見)

〔26〕 大英博物館・図書館(未見)

〔27〕 青森県立図書館(未見)

 

  【五】 その他(取合本、写本)

 

〔1〕 大阪府立中之島図書館

〔2〕 学習院大学国語国文学研究室

〔3〕 天理図書館

〔4〕 早稲田大学図書館

〔5〕 渡辺守邦氏

〔6〕 東京大学国語国文学研究室

 

 以下、諸本の書誌を記し、考察を加えたいと思うが、同一版木の場合、一本についてのみ版式を詳しく記し、他は、これと異なる点を記すに止めたい。

 

 【一】 寛永十九年版十一行本

 

〔1〕 京都大学文学部蔵 国文学/Pb/79(平成4年12月7日再調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ桔梗模様丹色原表紙、縦二七七ミリ×横一八四ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽。縦一六八ミリ×横三六ミリ(巻一)。

  巻一、巻三の下部に部分的欠損あり。

  「可笑記一(〜五)」

序題 巻一、1丁オ1行目に「愚序」とあり。

内題 各巻1丁オ(巻一は2丁オ)1行目に、

  「可笑記巻第一(〜五)」。

尾題 無し。

匡郭 四周単辺。計測は、原則として、縦は1行目と2行目の間、横は1字目と2字目の間とし、線の外側から外側で計った。

  序…縦二一九・五ミリ×横一五七ミリ(巻一、1丁オ)、本文縦二二一ミリ×横一五六・五ミリ(巻一、2丁オ)。

柱刻 上部に書名・巻数、下部に丁付がある。

  「可笑記 巻一 一(〜十九、二十、廿一〜廿九、三十、三十一〜五十四)」。

  「可笑記 巻二 一(〜十九、廿、廿一〜廿九、三十、三十一〜五十八)」。

  「可笑記 巻三 一(〜十九、二十、二十一〜二十六、廿七〜廿九、三十、三十一〜五十四)」。

  「可笑記 巻四 一(〜十九、二十、廿一〜廿九、三十、三十一〜五十九)」。

  「可笑記 巻五 一(〜十九、二十、廿一〜廿九、三十、三十一〜八十五)」。

 

 版心は半黒口で、上下の魚尾に花びらを配すが、次に掲げる如く、十一種のスタイルがある。

1、魚尾の花びらが各四のもの。

 

《HTML版では図は省略》

 

巻一=5、7、8、10、29、30、43、44、51、53、54。巻二=1、2、3、4、6、49、50、51、52、53、54、55、56、57、58。巻三=1、2、3、4、13、14、15、16、21、22、23、24、25、26、27、33、34、35、36、49、50、51、52、53。巻四=1、2、3、4、5、6、7、17、18、19、20、21、22、23、24、37、38、39、40、49、50、51、52、58、59。巻五=1、2、3、4、13、14、15、16、17、18、19、20、29、30、31、32、33、34、36、39、40、53、56、80、81、82、83、84、85。

 

2、魚尾の花びらが各六のもの。

 

《図省略》

 

巻一=9、12、17、18、19、20、22、23、24、25、26、27、28、32、41、49、50。巻二=13、14、15、16、29、31、33、35、36、37、38、39、40、44。巻三=17、18、19、20、29、30、31、32、42、44。巻四=13、14、15、16、25、27、28、33、34、35、36、41、43、45、46、47、48、53、54。巻五=9、10、11、12、21、22、23、24、35、41、42、43、44、55、65、66、67、68、72、77、78、79。

 

3、魚尾の花びらが各六で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻一=33、34、35、36、37、38、39、40。巻二=9、10、11、12、17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、30、32、42、43、45、46、47、48。巻三=9、10、11、12、41、43、45、46、47、48。巻四=9、10、11、12、26、29、30、31、32、55、56。巻五=45、46、47、48、49、50、51、57、58、59、60、61、62、63、64、69、70、71、73、74、75、76。

 

4、魚尾の花びらは各六で、魚尾と黒線の間に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻一=13、15、16。巻三=5、6、7、8、37、38、39、40。巻五=5、6、7、8、25、26、27、28。

 

5、魚尾の花びらは各四で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻一=1、2、3、4、45、46、48、52。巻二=5、7。巻四=8、57。巻五=37、38、54。

 

6、上魚尾の花びらが五で、下魚尾の花びらが四のもの。

 

《図省略》

 

 巻一=6、11、14、31、42。

 

7、魚尾の花びらは各六で、上下の魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

 巻一=21、47。巻二=41。

 

8、上魚尾の花びらは六で、下魚尾の花びらが四で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

 巻二=8。巻四=42、44。

 

9、上魚尾の花びらは四、下魚尾の花びらが六のもの。

 

《図省略》

 

 巻三=28、54。

 

10、上魚尾の花びらが無いもの。

 

《図省略》

 

 巻四=34。

 

11、下魚尾の花びらが無く、黒線との間が切れているもの。

 

《図省略》

 

 巻五=52。

 

丁数 巻一…五十四丁(内、序半丁、半丁空白)。

   巻二…五十八丁。

   巻三…五十四丁。

   巻四…五十九丁。

   巻五…八十五丁(内、跋一丁、刊記半丁)。

   合計…三一〇丁。

行数 序…半葉十行、本文…毎半葉十一行、跋…毎半葉十行。

字数 一行、約二十字。

段数 巻一…序、四十八段。

   巻二…四十八段。

   巻三…四十二段。

   巻四…五十二段。

   巻五…九十段、跋。

   合計…二八〇段。序、跋。

 段移りを示す標は「▲」。巻三の6段は無し。巻二の45段は上部欠損。巻五の56段・78段は、入木による追加と思われる。

本文 漢字交り平仮名。振り仮名・濁点を施す。句読点無し。

挿絵 無し。

序 巻一、1丁オに「愚序」として自序あり。

跋 巻五、84丁ウ・85丁に自跋があり、その末尾に、次の如くある。

  「于時寛永十三

     孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」《HTML版では振り仮名省略》

刊記 巻五、85丁ウの、中央からやや右寄りに、

  「寛永壬午季秋吉旦刊行」

蔵書印等 「京都大学/図書/1595299」の横長方形朱印。「国文学/Pb/79」のラベル。帙に「沖森書肆/35000(5冊)」と鉛筆書。巻三の15丁ウ・16丁オに墨の書入れあり。

 

 〔2〕 大阪女子大学附属図書館蔵 918・51/JO―2/1(〜5)(平成3年9月12日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ牡丹唐草模様藍色原表紙、縦二七九ミリ×横一八八ミリ(巻一)。

題簽 巻三は左肩に子持枠原題簽、縦一六七ミリ×横三八ミリ「可笑記 三」。巻四は原題簽であるが、下部欠損「可笑記 (欠損)」。巻一、巻五は後補で、白紙(縦一七〇ミリ×横四二ミリ)に「可笑記 巻一(五)」と墨書。巻二は欠。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九・五ミリ×横一五七ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二一・五ミリ×横一五七・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「山田文庫」陽刻長方形朱印(縦四九ミリ×横一一ミリ)。円形(一二ミリ)の中の上部に「専」と刻す、陽刻朱印。「大阪府女子専門学校図書」陽刻長方形紫印(縦四一ミリ×横六・五ミリ)。「大阪府女子専門学校/図書課/17351(〜5)」陽刻横長円形黒印(縦二四ミリ、横四〇ミリ)。「大阪女子大学図書」陽刻方形朱印(縦四三ミリ×横四四ミリ)。「大坂女子大学図書」陽刻方形朱印(四五ミリ×四五ミリ)。「大阪女子大学図書」陽刻長方形黒印(縦四〇ミリ×横七ミリ)。「913・51/JO・2/1(〜5)」の黒ラベル。「319/21」の赤ラベル。

 

 〔3〕 小川武彦氏蔵(昭和47年10月11日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ蓮華模様藍色原表紙、縦二七五ミリ×横一八六ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一六八ミリ×横三五ミリ(巻一)。巻二の下部に部分的欠損あり。

  「可笑記一(〜五)」

匡郭 四周単辺。序…縦二二〇ミリ×横一五七ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二二ミリ×横一五七ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「尾州名古星/本町九町目/本屋久兵衛」縦長方形朱印。「青谿書屋」方形朱印。「赤木山」縦長方形朱印。「アカキ」縦長方形朱印。白紙が添付され、小川武彦氏の次の識語がある。「大島雅太郎旧蔵本/「青谿書屋」蔵印」。巻一、52丁ウ・5行目「もろこしにハ龍蓬比干伯夷叔斎……」の上欄に「伍ししよどふして伯夷の下に列ならんや伍ししよは大悪無道也」と墨の書き入れあり。

その他 各巻表紙の藍色の表面の紙には、漢文が印刷されている。漢籍の刷本(刷り破れ)を再利用したものと思われる。

  『可笑記大成』(田中伸・深沢秋男・小川武彦共編著、昭和49年4月30日、笠間書院発行)は本書を底本とした影印を収録している。

 

 〔4〕 香川大学附属図書館蔵・神原文庫 九一三・五一(平成3年3月11日調査)

体裁 大本、一巻一冊(巻五のみ存)、袋綴じ。

表紙 茶白色表紙、縦二六〇ミリ×横一八一ミリ(巻五)。

題簽 無し。左肩に直接「可笑記 壱」と墨書。《振り仮名省略》

内題 巻五、第1丁オに「可笑記巻第(破損)」とあり、「五」の部分が破り取られている。

匡郭 四周単辺。本文…縦二一六ミリ×横一五六ミリ(巻五、1丁オ)。

蔵書印等 「弘宣正法」陽刻円形朱印(径一六ミリ)。「秋平」陽刻長方形朱印(縦一八ミリ×横九ミリ)。「神原家図書記」陽刻長方形黒印(縦四六ミリ×横一二ミリ)。「香川大学附属図書館」陽刻方形朱印(縦四五ミリ×横四四ミリ)。「寄贈図書/神原文庫/香川大学設立準備委員会」横長円形紫スタンプ。「香川大学附属図書館/乙/125404/昭和/31・3・30(「42・3・31」を消して「31・3・30」としている)」横長円形スタンプ。前表紙右上に「波」と墨書。刊記の次に「河埜内舎人」「釜座/円重寺蔵本」と墨書。

 

 〔5〕 九州大学国語学国文学研究室蔵 国文/24A/22(昭和43年7月15日調査)

体裁 大本、一巻一冊(巻五のみ存)、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦二六一ミリ×横一八五ミリ(巻五)。

題簽 無し。左肩に剥落の跡あり。

匡郭 四周単辺。本文…縦二一□ミリ×横一五□ミリ(巻五、1丁オ。欠損のため正確に測れず)。

蔵書印等 「九州大学図書」陽刻方形朱印。「九州大学/図書館/昭和40・10・26/ア307935」横長円形黒スタンプ。

 

 〔6〕 京都大学附属図書館蔵 一〇―〇五・カ・三(昭和43年5月13日調査)

体裁 大本、四巻四冊(巻五欠)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(雷文つなぎの空押模様)、縦二七五ミリ×横一八五ミリ(巻一)。

題簽 巻三、巻四は左肩に子持枠原題簽、縦一六七ミリ×横三七ミリ(巻三)、「可笑記 三(四)」。巻一、巻二は後補題簽で、子持枠のみ版刷で文学は墨書「可笑記 共四冊壱」(縦一八七ミリ×横三九ミリ)、「可笑記 二」(縦一七六ミリ×横四一ミリ)。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二一ミリ×横一五五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「京都帝国大学図書印」陽刻方形朱印。「京大図/明治・三二・四・八・購求」陽刻円形朱印。「31468」の青スタンプ。巻四巻末に「可笑記 大尾」と墨書。巻一前表紙に白紙貼付「け 五百四拾八(欠損)部四冊」と墨書。

 

 〔7〕 国立公文書館蔵・内閣文庫 和・18940/190・190(平成7年7月28日再調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 黒茶色表紙、縦二八〇ミリ×横一八四ミリ(巻一)。

題簽 巻三は左肩に子持枠原題簽、縦一六八ミリ×横三七・五ミリ。「可笑記(欠損)三」原題簽の「三」の部分は欠損、その下に「三」と墨書で補う。巻二は原題簽の部分を存すが文字の部分は欠、下部に「二」と墨書。巻四は原題簽の部分を存し「可」の文字が残るのみ。巻五は原題簽の部分を存し「可笑記」の文字を不完全ながら残す。下部に「五」と墨書で補う。巻一は左肩に後補題簽で、子持枠のみ版刷で文字は墨書「可笑記 一」縦一七一ミリ×横三八ミリ。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一五八ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二〇・五ミリ×横一五六・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「浅草文庫」子持枠陽刻長方形朱印(縦七三ミリ×横一九ミリ)。「和学講談所」子持枠陽刻長方形朱印(縦七四ミリ×横一三ミリ)。「書籍館印」陽刻方形朱印(縦三六ミリ×横三五ミリ)。「日本政府図書」陽刻方形朱印(四五ミリ×四五ミリ)。「内閣文庫」陽刻方形朱印(四七ミリ×四七ミリ)。「津宗」陽刻円形黒印(径二一・五ミリ)。各巻下小口に「可笑記 一(〜五)」と墨書。「内閣文庫/和書/ 類/一八九四〇号/五冊/一九〇函/一〇架」の黒ラベル、数字は墨書。この各巻ラベルに「第一(〜五)」と朱書。「内閣文庫/番号・和18940/冊数・5(1)(〜5)/函号・190/190」の黒ラベル、数字は青色スタンプ。

巻一、41丁オ「▲むかし源九郎よしつね公の御哥とて…」の上に白紙(縦二二四ミリ×横五〇ミリ)を貼付、墨書にて次の如くあり。「いさゝか愚按を記す/按に義経の哥を聞て感する人をはやかつてんとそしりて軍兵を/大将一人の下知に付らるへきと云事いかゝあるへきや此哥は大将の寡を以て/衆にふるへき事は奇兵伏兵等を分たて大敵を防へき法図の哥/持たるもの十所百所にねなへを置へき事何そやすかるへき□□□/是大将の一大事たるへき故を以て示すへきものならん」

巻五の前見返しに白紙(縦二四七ミリ×横一六〇ミリ)を貼付、墨書にて次の如くあり。「□□按に本文我ために吉日良辰ならは敵も吉日良辰と/いふ事こは敵味方の□□の本命によりて互にさると/あらされとも嶮難に敵味方の利不利あり若敵山/川を頼みて怠りあらは討へしかの九郎義経の□/越を落し給ひて大川を渡給ふ是なり□に其地理を/考へ或は味方の吉方良辰ならは必す是を討へし若/敵昧方両将の身命□□たらは互に勝敗あるへからさる/もの歟扨又良辰方位を撰へきは対陣日久しく勝敗永く/決せす時日を移さす能考能謀て吉日良気を撰/て用ゆへし□に無稽に軍馬を動かすへきもの/にあらず敵また遠路を経て士卒疲労し陣営いまた/不定地理分明ならされは時日を巡らすへからずあるは対陣/日を経敵相屈し又は事あり疑惑少隙のゆへよしあらは/其虚を伺ひ急に討へし何吉日良辰方角の議論ある/へからす豈其時を失ふへけん乎論語曰学而時学之と/是其時を失はさるを云なり孟子所謂天地の和も人/の和にしかずと是なり/愚按は本書の題号に同し」

 

 〔8〕 後藤憲二氏蔵(平成3年12月27日調査)

体裁 大本、一巻一冊(巻五のみ存)、袋綴じ。

表紙 無し。本の大きさ、縦二八〇ミリ×横一八五ミリ。

題簽 無し。

匡郭 四周単辺。本文…縦二一六ミリ×横一五五ミリ(巻五、1丁オ)。

刊記 85丁落丁のため無し。

蔵書印 「木村佐有」陽刻長方形朱印(縦二八ミリ×横二一ミリ)。

その他 67丁、77丁、85丁落丁。

  この蔵本について、渡辺守邦氏の考察「寛永版の表紙裏から出てきた反古一枚」(『書誌学月報』第46号、平成3年10月)があり、それによると「本は十一行本の『可笑記』巻五の零本であって、巻末に「寛永壬午季秋吉旦刊行」の刊記(壬午は寛永十九年)がそなわる。表紙は、前後とも、本文料紙よりもやや厚手の和紙二枚を貼りあわせて芯にしている。そのうちの、まえ表紙の外側、すなわち表皮に面した一枚が反古であり、しかも表皮がほとんど剥落していて、本を解体せずに、反古の全貌を明らかにできることは、図版の写真に見るごとくであった。うしろ表紙には、それらしいものは見えない。一般に表紙の裏貼りに使われる反古は、四周の折りかえしの分だけ本体より大きいのだが、今回は、痛みがはなはだしくて、折りかえしの部分を欠落させている。……」渡辺氏は、この反古を表紙屋の大福帳と判断され、貴重な分析をしておられる。なお、所蔵者、後藤氏によれば、本書は酒田より出たとの事、如儡子出生の他である。

 

 〔9〕 大東急記念文庫蔵 44・1・3534(昭和43年6月30日再調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ牡丹唐草模様藍色表紙、縦二七二ミリ×横一八七ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補書題簽、縦一八五ミリ×横三一ミリ(巻一)。

  「可笑記一(〜五)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリx横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二一ミリ×横一五六ミリ(巻一、2丁オ)。

その他 巻二の56丁・57丁が乱丁。巻二の3丁、巻五の53丁は綴じ込みが悪い。

 

 〔10〕 東京大学教養部第一研究室蔵 913・4(昭和41年5月6日調査)

体裁 大本、三巻三冊(巻一、巻四、巻五を存す)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(空押模様あり)、縦二七九ミリ×横一八九ミリ(巻一)。

題簽 左肩に部分を存す。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二〇ミリ×横一五五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「東大教養学部図書印」陽刻方形朱印。「東大教養学部/図書」陽刻円形朱印。巻一、1丁ウ・24丁ウに「植野村源内」、巻一、29丁オに「この書いづくへまハり候共□の源内方へおんかへし□□□」と墨書。巻一、5丁オに墨の書入れあり。

その他 巻四の42丁が重複。

 

 〔11〕 東京大学附属図書館蔵 E24・1308、B69966(昭和41年5月2日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二五六ミリ×横一八二ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補題簽、子持枠は版刷りで文字は墨書、「可笑記 一休禅師述 第一」(縦一五七ミリ×横三八ミリ)、「可笑記 第二(〜四)/口半」「可笑記 第五/大尾/口半」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二〇ミリ×横一五五ミリ。

蔵書印等 「前田」陽刻縦長方形朱印。「中村」陽刻縦長円形黒印。「寿」陽刻菱形黒印。「近藤」陽刻扇形黒印。「寄贈/昭和九年十二月十日/外山高一氏」陽刻縦長方形黒印。「東京帝国大学図書印」陽刻方形朱印。各巻の後見返しに「桜田/伊藤」と墨書。

その他 巻二の20丁落丁。

 

 〔12〕 平井隆太郎氏蔵(平井大郎〈江戸川乱歩〉氏旧蔵)(昭和43年5月15日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 黒色表紙(万字つなぎの空押模様あり)、縦二六九ミリ×横一八〇ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補題簽、子持枠は版刷りで文字は墨書、「可笑記 二(三、五)」。巻一は部分を存し、巻四は無し。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二〇・五ミリ×横一五五・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「松代藩飯島勝蔵書章」陽刻方形朱印。「養聞斎蔵書記」陽刻縦長方形朱印。「乱」陽刻方形朱印。巻五の85丁オに「二十年丁亥一月九日十日十一日十二日再読 七十三翁/源勝休」と朱書、「寛永十九壬午季秋吉旦刊行」と墨書。

その他 巻一の54丁落丁。巻五の85丁ウ(刊記の部分)欠。

 

 〔13〕 横山重氏蔵・赤木文庫(昭和42年8月3日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ桔梗模様縹色原表紙、縦二六二ミリ×横一八一ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦約一六八ミリ×横約三六ミリ(巻三)、「可笑記 三(四、五)」部分的に欠損あり。巻一、巻二は  剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。序…縦二二〇ミリ×横一五七ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二一・五ミリ×横一五六ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「横山重」四周双辺陽刻縦長方形朱印。「アカキ」陽刻縦長方形朱印。他に円形朱印一顆。帙に紙箋を付し、ペン書にて、所蔵者・横山重氏の次の如き識語がある。「本書、原装、極上本。/1000/可笑記 寛永壬午(十九年)季秋吉旦刊行 十一行本(最古板)/本書、最古板なり。しかるに、此本と全く同一の刊行記を有する十二行/本あり。(焼忘) 刊年記の文字よく似たれど、寸法を見るに、十/二行本の方が、約三分位短い。/又、本書に、寛文頃(調査の時、「万治頃」に改めるよう指示あり=深沢注)の刊本あり。これに刊年記なし。反町氏、巻末の/「于時寛永十三」云々をとりて、寛永中刊とすれど然らず(焼亡)。/本書について、朝倉氏の年表に、寛永十九年板を大坂板とし、刊行者の名を「平野/屋九兵衛」とありと。その本、十一行本か、十二行本か。而して、初印か、再印か、/全く不明なり。/ひそかに思ふ。朝倉氏のいふ、大坂板といふは、十一行本か、十二行本かの、後印本に/あらざるか。尚、恐らく、十二行本の後印本にあらざるか。尚、今後の調査を/要す。」

 

 

 〔14〕 龍谷大学附属図書館蔵 913・61/5/2(平成3年9月11日調査)

体裁 大本、二巻二冊(巻二、巻四のみ存す)、袋綴じ。

表紙 濃藍色原表紙(麻の葉の地模様に龍の空押し)、縦二七八ミリ×横一八七ミリ(巻二)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦約一六七ミリ×横三六ミリ(巻二)。「可笑記 二」。巻四は「可笑記」と上部のみ存す。巻二は部分的に破損、巻四は下部破損。

匡郭 本文…縦二一六・五ミリ×横一五六・五ミリ(巻二、1丁オ)。

蔵書印等 「6128/昭和12、4、22」黒印。「末/14架/21号/等 冊/共 冊」の黒ラベル。「913・61/5/2」の赤ラベル。

 

 〔15〕 龍門文庫蔵 一〇ノ三・812(昭和42年7月30日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 万字つなぎ牡丹唐草模様藍色原表紙、縦二六四ミリ×横一八一ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一六七ミリ×横三六ミリ(巻一)。「可笑記一(〜五)」

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦…二二一ミリ×横一五六ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「奥文庫」陽刻方形朱印。「海老名文庫」陽刻縦長方形朱印。「龍門文庫」陽刻縦長方形朱印。巻一の1丁ウの左下に「海老名文庫/津軽」と縦長方形の枠の中に墨書。鉄に「可笑記 寛永壬午刊 原装 五冊」と墨書。

 

 〔16〕 早稲田大学図書館蔵 へ13・2064(昭和43年7月24日再調査)

体裁 大本、二巻二冊(巻四、巻五を存す)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(藍の上に墨を塗る、空押模様あり)、縦二三六ミリ×横一八六ミリ(巻四)。

題簽 左肩に後補書題簽、縦一五二ミリ×横五五ミリ、「可笑記 四(五)」。

匡郭 四周単辺。本文…縦二一四ミリ×横一五五ミリ(巻四、1丁オ)。

蔵書印等 「早稲田大学図書」陽刻方形朱印。各巻表紙に墨の書き込みがある。

 

 〔17〕 渡辺守邦氏蔵 (昭和55年8月30日)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 万字つなぎ牡丹唐草模様藍色原表紙、縦二七二ミリ×横一七八ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一六六ミリ×横三五ミリ(巻一)、「可笑記一(〜五)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二一ミリ×横一五六ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印 「残花書屋」陽刻縦長円形朱印(縦四七ミリ、横一八ミリ)。他に陰刻方形朱印一顆、陽刻円形黒印一顆あり。

 

 〔18〕 鹿島則幸氏旧蔵・桜山文庫(深沢秋男現蔵)(平成7年8月2日再調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 万字つなぎ牡丹唐草模様藍色表紙、縦二七五ミリ×横一八〇ミリ(巻一)。

題簽 巻三、巻四、巻五は、左肩に後補書題簽、縦一九二ミリ×横三七ミリ(巻三)。「可笑記 三(四、五終)」。 巻一、巻二は剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一五八ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一九ミリ×横一五八・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「不羈斎図書記」陽刻長方形朱印(縦二六ミリ×横一七ミリ)。「斎藤文庫」陽刻双辺長円形朱印(縦二二ミリ、横一六ミリ)。「西荘文庫」陽刻子持枠長方形朱印(縦七〇ミリ×横一八ミリ)。「東京師範学校図書印」陽刻方形朱印(六二ミリ×六二ミリ)。「師範学校払下之印」陽刻長方形朱印(縦二八ミリ×横一三ミリ)。「大橋」陽刻長円形朱印(縦二一ミリ、横七ミリ)。「桜山文庫」陽刻円形朱印(径三一ミリ)。巻五の9丁オ「▲むかし中納言藤房卿といへる人…」の上欄に「此一篇全篇ヲ抹殺ス可刪」と朱書。

その他 巻五の85丁ウ(刊記の部分)欠。

  本書は、鹿島則文のコレクシヨン「桜山文庫」の一本であり、昭和四十年十二月十二日、所蔵者・鹿島則幸氏より恵与されたものである。

 

 〔19〕 深沢秋男蔵(昭和49年5月10日再調査)

体裁 大本、一巻一冊(巻一のみ存)、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ桔梗模様藍色表紙、縦二七六ミリ×横一八八ミリ(巻一)。

題簽 左肩に剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一五五ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二〇ミリ×横一五八ミリ(巻一、2丁オ)。

書き込み 巻一の54丁ウに「尾州海東郡/江松邑/□化山/随縁寺/所蔵」の墨書。後見返しに「尾州海東郡江松村随縁寺/常住物也」「寛延元年酉ノ年/江州日野□蒲生□」の墨書。

その他 本書は、昭和四十一年四月二十五日、神田の大屋書房で求めたものである。巻一のみの端本であるが、刷りは非常に早いものと判断された。早稲田大学図書館所蔵の取合本(【五】の〔4〕)は、寛永十九年版十一行本に巻一のみ無刊記本が入れ本されているので、この蔵本に本書を合わせて保存する事がよいと考え、早大に寄贈したい旨を言い添えて、昭和四十九年五月十一日、田中伸氏に依頼したが、その後の処置は伺っていない。

 

 〔20〕 ケンブリッヂ大学図書館蔵・アストンヨレクション(未見、島本昌一氏の示教による)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

題簽 左肩に子持枠題簽「可笑記 一(〜五)」、原題簽と思われる「一(〜五)」は墨書の可能性がある。

匡郭 四周単辺。

その他 島本氏は、昭和五十五年から五十六年にかけて、海外諸本の調査をされたが、その折、複写した写真を提供、示教を頂いたものである。

 

 〔21〕 台湾大学図書館蔵(未見、金子和正氏の示教による)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色行成表紙、縦二六六ミリ×横一八二ミリ。

題簽 左肩双辺、「可笑記 口(□四五)」。巻二は欠、三至五は虫損あり。

匡郭 四周単辺。

蔵書印等 「玉泉堂/貸本所/岡□橋本町北側/片上屋孫兵衛」陽刻縦長方形印。「橋片孫」陽刻縦長方形印。巻二の前見返しに「此本何方得/罷在候とも/早々御かへし□□□」と墨書。巻二の後見返しに「□□□□□/此本主片上屋/孫兵衛板/橋本丁」と墨書。「455766(〜455770)」のスタンプ。他に二顆の印あり。帙に横山重氏筆にて「可笑記寛永板/古書価ノ研究247頁に、大正九/年に、十円とあり。同年、万治絵の可笑記も十円、見ぬ世の友も十円なり。寛永丹緑本の若衆物語は三十円なり」の識語がある。

その他 一九七二(昭和47)年一月、台北の大新書局より『仮名草子撰集・国立台湾大学図書館本影印』が発行された。この中に『可笑記』寛永十九年版十一行本が収録されている。金子氏より頂いた写真と比較してみると、影印本は、所蔵番号、印、柱刻(部分的)などを消してあるが、虫損の部分などが、同様に欠けているので、本書を底本に複製したものと判断される。

 

 〔22〕 岐阜県立図書館蔵(未見、国文学研究資料館蔵、マイクロ資料、221―138に依る)

体裁 大本、四巻四冊(巻五欠)、袋綴じ。

表紙 原表紙と思われる。

題簽 左肩に子持枠原題簽、「可笑記 一(〜四)」。

蔵書印等 「B9/419」のラベル。

 

 

  【二】 寛永十九年版十二行本

 

 〔1〕 国立国会図書館蔵 142/112(平成7年8月4日再調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 後補国会図書館専用茶色表紙(補修によって、表面紙を新しい茶色表紙に貼ってある)、縦二七四ミリ×横一八九ミリ(巻一)。

題簽 無し。表紙左側に直接墨書で「可笑記 一(〜五止)」。

序題 巻一、1丁オ1行目に「墨序」とあり。

内題 各巻1丁オ(巻一は2丁オ)1行目に、

  「可笑記巻第一(〜五)」。

尾題 無し。

匡郭 四周単辺。序…縦二二一ミリ×横一六七ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一四ミリ×横一六七ミリ(巻一、2丁オ)。ただし、巻二の41丁・42丁・43丁、巻三の40丁は版心部の縦の界線が無い。

柱刻 上部に書名・巻数、下部に丁付がある。

  「可笑記巻一 一(〜十九、二十、廿一〜廿九、三十、三十一〜四十九終)」。

  「可笑記巻二 一(〜十九、廿、廿一〜廿九、三十、三十一〜五十三終)」。

  「可笑記巻三 一(〜十九、二十、二十一〜二十六、廿七〜廿九、三十、三十一〜四十九終)」。

  「可笑記巻四 一(〜十九、二十、廿一〜廿九、三十、三十一〜五十四終)」。

  「可笑記巻五 一(〜十九、二十、廿一〜廿九、三十、三十一〜七十八)」。

  版心は半黒口(巻五の一部には大黒口あり)で、上下の魚尾に花びらを配すが、次に掲げる如く、三十二種のスタイルがある。

 

1、魚尾の花びらが各四のもの。

 

《図省略》

 

巻一=3、4、7、9、10、11、29、30、31、43、44、45、47。巻二=1、2、3、4、18、21、22、29、30、31、32、49、50、51、52、53。巻三=1、2、3、4、9、13、14、15、16、21、22、24、25、26、27、28、33、34、35、36、49。巻四=1、2、4、5、6、7、8、13、18、19、20、21、23、24、28、33、34、38、43、45、46、48、50、51、52。巻五=1、2、3、4、14、15、16、18、19、20、29、30、31、33、34、36、38、39、42、48、51、53、56、67、72。

 

2、魚尾の花びらが各六のもの。

 

《図省略》

 

巻一=17、18、19、20、21、22、23、24、25、26、27、28、33、34、35、36、37、38、39、40、41。巻二=9、10、11、12、13、15、16、23、24、34、36、37、38、39、40、44、45。巻三=12、17、18、19、32、41、42、43、44、46、48。巻四=9、10、15、16、17、25、26、29、31、35、36、41、47、53、54。巻五=9、10、11、17、21、22、23、24、26、35、40、41、43、44、46、50、55、57、58、59、60、61、62、64、65、66、68、70、77、78。

 

3、魚尾の花びらは各六で、魚尾と黒線の間に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻一=13、14、15、16。巻三=5、7、8、37、38、39、45。巻五=6、7、8、25、28、73、74。

 

4、上魚尾の花びらが五で、下魚尾の花びらが四のもの。

 

《図省略》

 

巻一=5、6、8、12、32、42。巻二=33。巻三=30、31。巻四=37。巻五=76。

 

5、魚尾の花びらが各六で、下魚尾と黒線の間が切れているも

 

《図省略》

 

巻一=49。巻二=14、17、19、20、26、28。巻三=10、11。巻四=30、32。巻五=52。

 

6、魚尾の花びらは各六で、上下の魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻二=35、46、47。巻四=12。巻五=13、27、63、69、71。

 

7、魚尾の花びらは各四で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻一=1、2。巻二=5、7。巻五=75。

 

8、上魚尾の花びらは六で、下魚尾の花びらが四のもの。

 

《図省略》

 

巻四=22、42、44。

 

9、上魚尾の花びらは四で、下魚尾の花びらが六のもの。

 

《図省略》

 

巻三=29。

 

10、上魚尾の花びらは四で、下魚尾の花びらが五のもの。

 

《図省略》

 

巻五=37。

 

11、魚尾の花びらは各四で、と下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻一=46。巻五=32。

 

12、上魚尾の花びらは六、下魚尾の花びらは五で、上下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻二=8。

 

13、上魚尾の花びらは六、下魚尾の花びらは四で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻二=25、48。巻五=54。

 

14、上魚尾の花ぴらは四、下魚尾の花びらは五で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻二=6。

 

15、上魚尾の花びらは四、下魚尾の花びらは六で、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻21=27。

 

16、下魚尾の花びらが無く、黒線との間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻三=20。

 

17、下魚尾の花ぴらが無いもの。

 

《図省略》

 

巻三=23。

 

18、上魚尾の花びらか無いもの。

 

《図省略》

 

巻四=14。

 

19、魚尾の花びらは各四で、魚尾と黒線の間に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻五=5。

 

20、上魚尾の花びらは四、下魚尾の花びらは六で、上下の魚尾と黒線の間に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻一=48。巻五=12。

 

21、魚尾の花ぴらは各六で、上下の魚尾と黒線の間に横線が入り、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻三=6。

 

22、魚尾の花びらは各六で、下魚尾と黒線の間に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻四=11。巻五=45、47。

 

23、魚尾の花びらは各四で、下魚尾と黒線の問に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻五=49。

 

24、魚尾の花びらは各六で、上魚尾と黒線の間に横線が入り、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻三=47。

 

25、魚尾の花びらは各四で、上魚尾の下が黒三角のもの。

 

《図省略》

 

巻四=3、39。

 

26、魚尾の花びらは各六で、上魚尾の下が黒三角のもの。

 

《図省略》

 

巻四=27。

 

27、魚尾の花びらは各四で、魚尾の曲線が無いもの。

 

《図省略》

 

巻四=49。

 

28、魚尾の花びらは各四で、上魚尾の曲線が無いもの。

 

《図省略》

 

巻四=40。

 

29、魚尾の花びらは各六で、版心部の縦線が無いもの。

 

《図省略》

 

 巻二=42。

 

30、魚尾の花びらは各六で、版心部の縦線が無く、上下の魚尾と黒線の間に横線が入っているもの。

 

《図省略》

 

巻三=40。

 

31、上魚尾の花びらは六、下魚尾の花びらは五で、版心部の縦線が無く、下魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻二=43。

 

32、魚尾の花びらは各六で、版心部の縦線が無く、上魚尾と黒線の間が切れているもの。

 

《図省略》

 

巻二=41。

 

丁数巻一…四十九丁(内、序半丁、半丁空白)。

  巻二…五十三丁。

  巻三…四十九丁。

  巻四…五十四丁。

  巻五…七十八丁(内、跋一丁、刊記半丁)。

  合計…二八三丁。

行数 序…半葉十一行(ただし、一行余白)、本文…毎半葉十二行、跋…毎半葉十一行。

字数 一行、約二十字。

段数 巻一…序、四十八段。

   巻二…四十八段。

   巻三…四十二段。

   巻四…五十二段。

   巻五…九十段、跋。

   合計…二八〇段。序、跋。

 段移りを示す標は「▲」。ただし、次の各段は欠。巻一の1、8、21、22、24、28、29、43。巻二の22、23、27。巻三の2、6、28。巻四の16、19、22、29、31。巻五の2、3、31、35、39、50、51、72、76、88。巻四の15は重複している。巻二の11、巻三の13、巻四の28は入木による追加と思われる。巻四の36、37は「▲」が匡郭より下になっている。

本文 漢字交り平仮名。振り仮名・濁点を施し、句読点は「.」「。」を混用している。

挿絵 無し。

序  巻一、1丁オに「愚序」として自序あり。

跋  巻五、77丁ウ・78丁オに自跋があり、その末尾に、次の如くある。

   「于時寛永十三

        孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」《振り仮名省略》

刊記 巻五、78丁ウの、中央からやや右寄りに、

   「寛永壬午季秋吉旦刊行」

蔵書印等 「待賈堂」陽刻双辺長円形朱印(縦三七ミリ、横二五ミリ)。「東京図書館蔵」陽刻方形朱印(四六ミリ×四六ミリ)。「江戸四日市/古今珍書●《にんべんに會》/達摩屋五一」陽刻飾り子持枠長方形朱印(縦三五ミリ×横二八ミリ)。下小口に「可笑記一(〜五)」と墨書。「142/特別5/112」の茶色ラベル。「142/5/112」の青ラベル。「142/112」の黄色ラベル。

その他 本文紙は、全体にわたって補修されている。

 

 〔2〕 九州大学国語学国文学研究室蔵 国文・24A16(昭和43年7月15日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 巻一、巻三、巻五は丹色原表紙、巻二、巻四は藍色原表紙、各巻空押模様あり。縦二七八ミリ×横一九一ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦約一六六ミリ×横約三八ミリ(巻一)、「可笑記 一(〜五)」。部分的に欠損あり。

匡郭 四周単辺。序…縦二一一・五ミリ×横一六九ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一五ミリ×横一六八ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「九州大学図書」陽刻方形朱印。「九州大学図書印」陽刻縦長方形朱印。「九州大学/図書館/昭和36・9・1/ア271664」横長円形黒スタンプ。

その他 巻四の10丁落丁。巻一、巻三、巻五が丹色表紙、巻二、巻四が藍色表紙で、共に原表紙と思われるので、本書は、二本を寄せ合わせたものと思われる。

 

 〔3〕 神宮文庫蔵 三・1903。受入番号・13341(昭和43年7月14日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 丹色原表紙(雷文つなぎの空押模様あり)、縦二七七ミリ×横一九二ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦約一六七ミリ×横約三八ミリ(巻四)。「可笑記 一(〜五)」。部分的に欠損があり、墨筆で補っている。巻一の書名の右に「一休」と墨書。

匡郭 四周単辺。序…縦二一一・五ミリ×横一六九ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一五ミリ×横一六八・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「艸間氏図書章」陽刻方形(四角を面取り)朱印。「寄附 林●《韋に華》/神苑会書籍/五百弐拾部」陽刻縦長方形朱印。「神宮文庫」陽刻方形朱印。

 

 〔4〕 日本大学附属図書館蔵・武笠文庫 913/51J74(昭和40年8月28日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色原表紙、縦二六八ミリ×横一九〇ミリ(巻一)。

題簽 巻二〜巻五は、左肩に子持枠原題簽、縦約一六八ミリ×横約三七ミリ(巻二)、「可笑記 二(〜五)」。部分的に欠損あり。巻一は、左肩に後補書題簽、「可笑記 一」(縦一六七ミリ×横三七ミリ)、下部の左に「寛永板」と朱書。

匡郭 四周単辺。序の丁は落丁。本文…縦二一四ミリ×横一六七ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「中井文庫」陽刻方形朱印。「御堂文庫」陽刻円形朱印。「武笠文庫」陽刻縦長方形朱印。「日本大学図書館蔵書」陽刻方形朱印。

その他 巻一の1丁、巻五の55丁落丁。巻四の32丁・33丁が乱丁。

 

 〔5〕 会津若松市立会津図書館蔵 (未見、国文学研究資科館蔵、マイクロ資料、251―36に依る)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 原表紙か否か未詳であるが、各巻に墨書にて「可笑記/共五冊/壱帙之内/巻之一(〜五)」とあり、題簽は欠。落丁は無いようである。

蔵書印等 「会津若松/甲賀町上/●笠石屋」の円形印。「若松市立会津図書館蔵書印」の方形印等がある。

 

 

  【三】 無 刊 記 本

 

 〔1〕 長澤規矩也氏旧蔵(深沢秋男現蔵)(平成7年8月7日再調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 万字つなぎ牡丹唐草丹色原表紙、縦二五七ミリ×横一八五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽。縦一六三ミリ×横三五ミリ(巻一)。

  「可笑記一(〜五)」。巻一、巻五など摩損あり。

序題 巻一、1丁オ1行目に「愚序」とあり。

内題 各巻1丁オ(巻一は2丁オ)1行目に、

  「可笑記巻第一(〜五)」。

尾題 無し。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一六三・五ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一二・五ミリ×横一六二・五ミリ(巻一、2丁オ)。

柱刻 上部に書名・巻数、下部に丁付がある。

  「可笑一 一(〜二十、二十一〜三十、三十一〜四十二終)」。

  「可笑二 一(〜二十、二十一〜三十、三十一〜四十四終)」。

  「可笑三 一(〜二十、二十一〜三十、三十一〜三十九終)」。

  「可笑四 一(〜二十、二十一〜三十、三十一〜四十三終)」。

  「可笑五 一(〜三十、二十一〜三十、三十一〜六十三)」。

   巻五の20丁は「三十」と誤刻。

  版心は白口であるが、巻三の12丁のみ黒口。版心のスタイルに次の四種がある。

 

1、白口で上部に書名、巻数、下部に丁付があるもの。

 《図省略》

 このものが、一四九丁と最も多い。

2、書名の上と丁付の下に横線が入っているもの。

 《図省略》

 巻一=2、3、4、5、18、19、20、21、30、31、32、33。巻二=5、6、7、8、24、25、26、27、28、29、30、31。巻三=4、5、6、7、11、13、14、15、16、17、18、31、32、33、34、35、36、37、38、39。巻四=17、26、27、28、29、30、31、32、41、42、43。巻五=1、2、3、4、29、30、31、32、33、34、35、36、49、50、51、52、53、54、55、56。

3、書名の上に横線が入っているもの。

 《図省略》

 巻三=8、9、30。巻四=22、23、24。

4、上下が黒口のもの。

 《図省略》

 巻三=12。

丁数 巻一…四十二丁(内、序半丁、半丁空白)。

   巻二…四十四丁。

   巻三…三十九丁。

   巻四…四十三丁。

   巻五…六十三丁(内、跋一丁、半丁空白)。

   合計…二三一丁。

行数 毎半葉十二行。

字数 一行、約二十三字。

段数 巻一…序、四十八段。

   巻二…四十八段。

   巻三…四十二段。

   巻四…五十二段。

   巻五…九十段、跋。

   合計…二八〇段。序、跋。

  段移りを示す標は「〇」。巻二の1は欠。

本文 漢字交り平仮名。振り仮名・濁点を施す。句読点は「。」であるが、わずかに「.」を混用する。

挿絵 無し。

序 巻一、1丁オに「愚序」として自序あり。

跋  巻五、62丁ウ・63丁オに自跋があり、その末尾に一行あけて、次の如くある。

  「于時寛永十三

      孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」《振り仮名省略》

刊記 無し。

蔵書印等 「藤井文庫」陽刻子持枠長方形朱印(縦四六ミリ×横一六ミリ)。巻五後表紙の内側に「寛保二/八月十二日/於書肆/求之」と墨書。巻一前見返しに、墨書にて「此本初印本には/寛永壬午(ママ)秋吉旦刊行/大坂心斎橋通り西へ入南久宝寺町南側/平野屋九兵衛」と、旧蔵者・長澤規矩也氏の識語がある。他に、陽刻円形黒印一顆あり。帙に紅紙(縦二五二ミリ×横一一八ミリ)を貼付、長澤規矩也氏筆にて「深澤仁弟御内/昭和四十五年/成婚記念/長澤規矩也敬贈/所蔵一部書より」と墨書。

その他 本書は、恩師・長澤規矩也先生の旧蔵本であり、昭和四十三年九月二十日拝借、長期間に亙って諸本調査に使用させて頂いたが、昭和四十五年四月に恵与されたものである。

 

 〔2〕 お茶の水図書館蔵・成簣堂文庫・機幣赦43年5月7日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 茶色表紙、縦二五四ミリ×横一八二ミリ(巻一)。

題簽 巻一、巻三〜巻五は、左肩に後補書題簽、縦一七四ミリ×横三〇ミリ(巻一)、「可笑記 第壱(三〜五)」。巻二は欠。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六ニミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二〇九ミリ×横一六〇ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「蘇峰」陽刻方形朱印。「須愛護/蘇峰嘱」陽刻変形朱印。「徳富文庫」陽刻方形朱印。「徳富文庫」陽刻子持枠縦長方形朱印。「徳富猪一郎印」陰刻方形朱印。巻一前表紙に「寛永板/珍籍可愛惜/共五/徳富主」と朱書。帙に「可笑記/共五/蘇峰所有」と墨書。他に、陰刻方形朱印一顆、陽刻円形黒印一顆あり。

 

 〔3〕 お茶の水図書館蔵・成簣堂文庫・供幣赦43年5月7日調査)

体栽 大本、三巻三冊(巻一、巻四は欠)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(空押模様あり)、縦二七八ミリ×横一九一ミリ(巻二)。

題簽 左肩に後補題簽、子持枠は版刷りで文字は墨書、縦一六二ミリ×横三五ミリ(巻二)、「可笑記 二(三、五)」。

匡郭 四周単辺。本文…縦…一〇ミリ×横一六三ミリ(巻三)。

蔵書印等 「須愛護/蘇峰嘱」陽刻変形朱印。「徳富文庫」陽刻子持枠縦長方形朱印。「蘇峰学人」陽刻方形中に円形朱印。「徳富猪一郎印」陰刻方形朱印。巻二の前表紙に「寛永板 零本」「共三/蘇峰蔵」と朱書。巻二の前見返しに「与別ニ完本ヲ蔵ス」と朱書。

 

 〔4〕 香川大学附属図書館蔵・神原文庫 九一三・五一(平成3年3月11日調査)

体栽 大本、一巻一冊(巻三のみ存す)、袋綴じ。

表紙 渋色原表紙(空押模様あり)、縦二六八ミリ×横一八三ミリ(巻三)。

題簽 左肩に子持枠原題簽を存すが、摩損が著しい。「(摩損)笑記 三」。

匡郭 四周単辺。本文…縦二一九ミリ×横一六三ミリ(巻三、1丁オ)。

蔵書印等 「霜松亭蔵書」陰刻方形朱印(三八ミリ×三八ミリ)。「神原家図書記」陽刻長方形黒印(縦四六ミリ×横一二ミリ)。「香川大学附属図書館」陽刻方形朱印(縦四五ミリ×横四四ミリ)。「寄贈図書/神原文庫/香川大学設立準備委員会」横長円形紫スタンプ。「香川大学附属図書館/乙/125405/昭和/31・3・30(「42・3・31」を消して「31・3・30」としている)横長円形紫スタンプ。39丁オに「正徳四年/加賀屋 伊兵衛」などの墨書。前見返しにも墨の書き入れあり。

その他 『神原文庫分類目録』は、本書について「同(可笑記)十二行大本存一巻(巻三)/同(如偶子)〔江戸初〕刊」としているが、十二行本が別にあるので、無刊記本と記すのが妥当と思う。

 

 〔5〕 学習院大学国語国文学研究室蔵 913・61/5012(昭和41年4月20日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色原表紙(空押模様あり)、縦二八〇ミリ×横一八一ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽の部分を存す。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六三ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「春翠文庫」陽刻方形朱印。「月明荘」陽刻縦長方形朱印。「学習院図書記」陽刻方形朱印。「学習院」陽刻双辺縦長円形朱印。

 

 〔6〕 関西大学附属図書館蔵 913・61/J1(昭和41年7月7日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 黒色表紙(空押模様あり)、縦二七九ミリ×横一八七ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補書題簽、縦一二三ミリ×横四二ミリ(巻一)、「可笑記 一(〜五)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六一ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六一ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「和州/万法寺什物」陽刻縦長方形朱印。「太宰氏収蔵」陽刻縦長方形朱印。「恆夢」陽刻円形黒印。「関西大学図書館蔵書」陽刻方形朱印。「関西大学/図書館蔵書/73422(73426)/25・9・13」方形青色スタンプ。

 

 〔7〕 京都大学附属図書館蔵・潁原文庫・機々駟験悄潁原文庫・pb14・879142(昭和43年5月13日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色原表紙(万字つなぎの空押模様あり)、縦二七六ミリ×横一八六ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽の部分を存す。

匡郭 四周単辺。序…縦二一七・五ミリ×横一六二ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六ニミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「京都大学図書之印」陽刻方形朱印。「京大/879142/昭和25・10・2」横長円形青色スタンプ。巻二前見返しに「三十六 経□一部得心忠孝無□/三十九 犬卜鶏の真似スル□君ヲ救フ」、巻三前見返しに「無欲戒 二十四/鷹かりをする故 二十八」、巻四前見返しに「十七 三列牛□/六 蝿子麒尾ニツク/三十七 剣山茶椀/十九 父母=肉身ヲ養□=心を養/二十五 病者十の慎在/二十五 医家十慎」、巻五前見返しに「唐伯玉学 四十四/似合しき鳥名 四十五/天与の外□く食 五十/十二 囲碁ふけ/質=質ヲ以求ム/四十六 博奕ニハ八ツノ物そろはねハ勝てぬと云事」、巻二の30丁オ上欄に「大望ある身ハ蚤蚊も食へからすと云り」、巻二の31丁オ上欄に「尤面白し」、巻二の41丁オ上欄に「此段勝テ面白し」巻三の25丁オ上欄に「誰人も行□をとるべからす」、巻五の55丁ウ上欄に「平家蟹」等の書き入れ(朱書、墨書)がある。

その他 巻二の44丁が落丁。

 

 〔8〕 京都大学附属図書館蔵・潁原文庫・供々駟験悄潁原文庫・pb14・879142(昭和43年5月13日調査)

体裁 大本、一巻一冊(巻二のみ存す)、袋綴じ。

表紙 丹色表紙(万字つなぎの空押模様あり)、縦二七九ミリ×横一八三ミリ(巻二)。

題簽 無し。

匡郭 四周単辺。本文…縦二一八ミリ×横一六一ミリ(巻二、1丁オ)。

蔵書印等 「京都大学図書之印」陽刻方形朱印。「京大/879142/昭和25・10・2」横長円形青色スタンプ。

その他 本書は、〔6〕の潁原文庫・桔椶閥Δ凡鷂饗狢∋瓩竜貘∨椶任△襪、桔椶砲牢二の44丁の落丁があるため、この極椶鯤笋辰燭發里反簑される。従って所蔵番号も同じで、六冊一点として保存されているが、明らかに別本であるので、ここでは二点に分けて掲出した。

 

 〔9〕 慶応義塾大学附属図書館蔵 231/3/5(昭和42年5月30日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 線色表紙、縦二七八ミリ×横一八八ミリ(巻一)。

題簽 左肩に形跡はあるが不完全。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六ニミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一一ミリ×横一六二・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「慶応義塾図書館蔵」陽刻縦長方形朱印。巻一、巻二、巻三の後見返しに「五冊之内 正徳三年/西海枝兵蔵/平田久馬 がしやうおき」、巻四の前見返しに「西海枝氏」、巻四、巻五の後見返しに「西海枝久蔵/西海枝兵蔵/同 隼人」と、それぞれ墨書。

 

 〔10〕 国学院大学附属図書館蔵 検殖苅牽横粥殖機幣赦39年12月18日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二七八ミリ×横一八四ミリ(巻一)。

題簽 無し。中央に「可笑記 一(〜五尾)」と朱書。

匡郭 四周単辺。序…縦二一七ミリ×横一六二ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六一ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「北溟文庫」陽刻方形朱印。「国学院大学図書館印」陽刻方形朱印。「昭和七年十月三日受入」陽刻縦長方形朱印、数字は墨書。「北溟文庫/(蔵書)目録/(類)雑/架数 /番号・六四八/冊数・五冊」のラベル。「部門・検身峭罅Γ苅牽横粥榛数・5」のラベル。

その他 巻五の15丁が落丁。虫損の部分などは全体に亙って補修されているが、その部分が変色している。

 

 〔11〕 国文学研究資料館蔵 ナ・4/323/1(〜5)(平成3年10月14日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ牡丹唐草模様藍色原表紙、縦二七四ミリ×横一七九ミリ(巻一)。

題簽 巻三を除いて、左肩に子持枠原題簽。縦一六七ミリ×横三五ミリ(巻二)。「可笑記 一(二、四、五)」、巻一、巻四、巻五は部分的に破損あり。巻三は剥落の跡に「可笑記 三」と墨書。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一六ニミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一七ミリ×横一六ニミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「三条上ル/木屋町/大梅」陽刻円形黒印(径三〇ミリ)。「漣山人の」陽刻長円形朱印(縦三〇ミリ、横二〇ミリ)。「国文学研究資料館」陽刻長方形朱印(縦三七・五ミリ×横二三ミリ)。「国文学研究資科館/昭和58年3月31日/62680(〜62684)」の朱印、数字黒印。「ナ4/323/1(〜5)/国文学研究資料館」の青ラベル。巻一前見返しに「智楽坊」、巻一〜巻五の後見返しに「宗因□」と墨書。

その他 巻五の50丁が小口よりはみ出している(製本時の不揃いであろうか)。

 

 〔12〕 実践女子大学附属図書館蔵・里川真頼・真道蔵書(昭和40年5月4日調査)

体裁 大本、五巻三冊、第一冊(天)→巻一、巻二。第二冊(地)→巻三、巻四。第三冊(人)→巻五。袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二六九ミリ×横一八七ミリ(第一冊)。

題簽 左肩に後補書題簽、縦二〇三ミリ×横三六ミリ(第一冊)。

  「可笑記 天(地、人)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二二〇ミリ×横一六四ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一二ミリ×横一六三ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「浅艸本法寺」陽刻子持枠縦長方形黒印。「黒川真頼蔵書」陽刻縦長方形朱印。「黒川真道蔵書」陽刻縦長方形朱印。「実践女子大学図書館印」陽刻方形朱印。他に朱印三顆あり。第三冊前見返しに墨書にて次の如き書き入れがある。「可笑記作者の舅/大井右近/此可笑記ノ作者之外祖父者/東禅寺右馬頭/出羽庄内千安合戦ノ時上杉景勝ノ軍大将本庄重長卜/ハセ合四十三歳ニシテ討死ス重長モ星甲ノカタビン二寸バカリ切/落サレワダガミヘ打コマレアヤウキ命タスカリシト也/右馬頭ガ刀ハ相州正宗二尺七寸大ハヾ物ナリ/此刀重長カ手ニワタリ景勝へ参リ秀吉ヘマハリ後/御当家ヘマハリ二尺三寸ニスリ上ラレ紀州大納言公ニ御座アルヨシ/運ハ天ニアリ鎧ハ胸ニアリト云リ一代/カスデヲモヲハズ」

その他 巻二の26丁と27丁の間に巻三の26丁が入っているが、この巻三の26丁は重複している。

 

 〔13〕 天理図書館蔵 913・61/イ・151/1(〜5)(昭和41年7月7日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 線色表紙、縦二七九ミリ×横一八四ミリ(巻一)。

題簽 巻四のみ、左肩に子持枠後補題簽で文字は墨書で、「可笑記(以下破損)」。他の巻は無し。

匡郭 四周単辺。序…縦二一七ミリ×横一六二ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「石田文庫」陽刻子持枠方形(四角の面取り)朱印。「天理図書館/昭和卅四年五月廿日/520726(〜520730)」陽刻横長円形朱印。

 

 〔14〕 東京国立博物館蔵 030/と・9909(昭和41年4月20日調査)

休裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二七二ミリ×横一八二ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補書題簽、縦一九五ミリ×横三二ミリ(巻一)。

  「可笑記 一(〜五止)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一五九ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六〇ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「徳川宗敬氏寄贈」陽刻双辺縦長方形朱印。「国立博物館図書之印」陽刻方形朱印。巻三の39丁ウに「吉重(花押)」、巻五の63丁オに「紀州惣持寺御門前町」と墨書。他に陽刻円形黒印一顆、および墨の書き入れがある。

 

 〔15〕 東北大学附属図書館蔵・狩野文庫 狩/4/11604、特別・8321(昭和43年8月12日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦二六五ミリ×横一七八ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補書題簽、縦一六一ミリ×横三八ミリ(巻一)。

  「可笑記巻第一(〜五)」。

匡郭 四周単辺。序…二二〇ミリ×横一六三ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一一・五ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「東北帝国大学図書印」陽刻方形朱印。「荒井泰治氏ノ寄附金ヲ/以テ購入セル文学博士/狩野亨吉氏旧蔵書」陽刻子持枠縦長方形朱印。「8321」の無印。巻五の35丁ウ9行目「どうよく邪悪におごり」の右側に「此条わからす」と墨書。

 

 〔16〕 名古屋大学国文字研究室蔵 913/乙/51(昭和42年7月7日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 黒色表紙、縦二六〇ミリ×横一八一ミリ(巻一)。

題簽 無し。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六二ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一一ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「奇石軒蔵書印」陽刻縦長方形朱印。「名古屋大学図書印」陽刻方形朱印。「名古屋大学・図書館/和書/309235(〜309239)/1952・8・7」陽刻横長円形朱印。巻二の24丁ウ上欄に「七感□愁也/病也恨也/説文毒也/又初錦切」「惨 イカル/ウレフ/イタム/ウラム/ヤブル」「慄/ツツシミ/ウヤマフ/ヲノヽク/ヲソル/ウレへ/カ質切謹/教也性也」等の墨書。

その他 本文紙が、他の諸本に比して非常に薄い。

 

 〔17〕 西尾市立図書館蔵・岩瀬文庫 5466/77/12(昭和40年8月22日調査)

体栽 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二七七ミリ×横一八六ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠後補題簽、文字は墨書。縦一六六ミリ×横三四ミリ(巻一)。「可笑記 一巻(〜五巻)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六ニミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「岩瀬文庫」陽刻縦長方形朱印。巻二前表紙に「条や町笹や/七〇三□」と墨書。他に円形黒印一顆。

その他 巻二の12丁〜15丁に、鋏の切り込みあり。

 

 〔18〕 山岸徳平氏蔵 (昭和44年7月4日調査)

体栽 大本、四巻四冊(巻五欠)、袋綴じ。

表紙 万字つなぎ牡丹唐草模様濃縹色原表紙、縦二五三ミリ×横一八四ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一六三ミリ×横(?)部分破損あり。

   「可笑記 一(〜四)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六一ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一一ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「太本喜」陽刻縦長円形黒印。「紫香蔵」陽刻縦長方形朱印。「山岸文庫」陽刻子持枠縦長方形未印。巻一の前見返しに、山岸氏の次の識語がある。「可笑記/四冊 巻五欠本/(十二行本)/昭和廿二年黄鐘九求/於文行堂 岸廼舎/寛永一三年ノ作。江城之旅泊自筆(ママ)作之。トアリ。寛永十九年刊ハ、十一/行本ナリ。→内閣文庫。//可笑記評判 十巻 可笑記ヲ逐条論断批評セリ/。寛永十四年ノ作 浅井了意ノ作。//大笑記 一巻 三浦為春ノ作。紀州徳川家附ノ家老ナリ/慶長十五年小春ノ下旬、記之。/駿河ヨリ熊本マデノ道ノ記ナリ道中二人ノ語レル事ナド記セリ。//可笑記ハ/江戸初期ノ言葉ノ研究ニモナル/ナリ。」。巻二の26丁ウ1行目「あやまちすな用心し/ておりよ」の本文に朱点を付し、上覧に「徒然草ニモアリ」と朱書。その他、本文中の所々に朱の傍点を付す。

その他 巻五欠。

  本書は、所蔵者・山岸徳平氏より昭和44年6月11日拝借、調査させて頂いた。巻五が欠巻のため、長澤規矩也氏所蔵本(【三】の〔1〕)を、長澤氏の御許可を得て、全冊複写して補い、池上幸二郎氏に帙を依頼作製し、9月20日に御返却申し上げた。

 

 〔19〕 龍門文庫蔵 一〇ノ三/813(昭和42年7月30日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 万字つなぎ模様丹色表紙、縦二七八・五ミリ×横一九一ミリ(巻一)。

題簽 左肩に不完全なものを存す。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六二・五ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇・五ミリ×横一六二・五ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印 「龍門文庫」陽刻縦長方形朱印。

 

 〔20〕 早稲田大学図書館蔵 へ/13/74(昭和42年7月24日調査)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 線色表紙、縦二七三ミリ×横一七九ミリ(巻一)。

題簽 巻四は、左肩に赤枠付後補題簽、縦一八〇ミリ×横四四ミリ。「可笑記 四」と墨書。他の巻は部分を存す。

匡郭 四周単辺。序…縦二一八ミリ×横一六二ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六二ミリ(巻一、2丁オ)。

その他 昭和41年2月12日調査の折は、巻一の19丁〜30丁の間に乱丁があったが、再調査の折は正されていた。

 

 〔21〕 大倉精神文化研究所附属図書館蔵(未見、国文学研究資料館蔵、マイクロ資料、307―53に拠る)

体裁 大本、五巻三冊。巻一冊→巻一、巻二。第二冊→巻三、巻四。第三冊→巻五。袋綴じ。

題簽 左肩に子持枠後補題簽、文字は墨書。「可笑記 一 二 (三 四、五)」。

蔵書印等 「海雲蔵書」陽刻双辺縦長方形印。各表紙に「門外/不出/七十六(円の中)/海雲蔵書」の紙箋。「大倉精神文化研究所附属図書館蔵書」陽刻方形印。「皇紀二五九三年七月十七日/大周寺殿/寄贈」縦長方形印。「21914(〜21916)/2593―7―17」陽刻横長円形印。「エ・9/1401/1(〜3)」のラベル。

 

 〔22〕 岐阜大学附属図書館蔵 (未見、国文学研究資料館蔵、マイクロ資料、98―32に拠る)

体裁 大本、五巻五冊、袋綴じ。

題簽 左肩に子持枠題簽、「可笑記 一(〜五)」。原題簽と思われるが、【三】の〔1〕本と字形が異なる。

蔵書印等 「岐阜大学学芸学部蔵書之印」陽刻方形印。「岐阜大学学芸学部/昭和26年7月24日購入/第18742番」陽刻縦長円形印。「九一三・51/1―1(〜5)/18742」のラベル。本文中に傍線が引かれている。

 

  【四】 万治二年版絵入本

 

 〔1〕 横山重氏旧蔵、赤木文庫(深沢秋男現蔵)(平成7年8月14日再調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 雷文つなぎ桐花唐草模様縹色原表紙、縦一九七ミリ×横一四九ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽。縦一三四ミリ×三一ミリ(巻一)。「〔新板〕可笑記 絵入 一(〜五)」、巻五のみ「絵入」が「ゑ入」となっている。巻一の下部、巻五の左上・右下などに摩損あり。《〔 〕内は角書=HTML版注》

序題 巻一、1丁オ1行目に「可笑記 愚序」とあり。

内題 各巻、1丁オ(巻一は1丁ウ)1行目に、

  「可笑記巻第一(〜五ご。

尾題 巻一、42丁ウに「可笑記一之巻終」。

   巻二、44丁オに「二之巻終」。

   巻三、41丁ウに「可笑記巻三終」。

   巻四、42丁ウに「四之巻終」。

   巻五、無し。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

柱刻 上部に書名・巻数、下部に丁付がある。

  「可笑記巻一 一(〜十九、廿卅、卅一〜五十二)」。

  「可笑記巻二 一(〜十九、廿卅、卅一〜五十四終)」。

  「可笑記巻第三 一」。

  「可笑記巻三 二(〜十九、廿卅、卅一〜四十九」。

  「可笑記三 五十(五十一終)」。

  「可笑記巻四 一(〜十九、廿卅、卅一〜五十二終)」。

  「可笑記巻五 一(〜十九、廿卅、卅一〜七十一)」。

 丁付は、各巻「十九、廿卅、卅一」とあり、20丁の次が10丁分飛丁となっている。したがって、実丁数は各々10丁分少ない。版心は白口で、書名の上に「^」《実際は^の大きいもの=HTML版注》があり、丁付の上に「〇」を付すのが中心で、版心のスタイルに、次の五種がある。

 

1、上部の書名・巻数の上に「^」を付し、下部の丁付の上に「〇」を付すもの。

 《図省略》

 このスタイルが二二五丁と、大部分である。

2、丁付の上の「〇」が無いもの。

 《図省略》

 巻二=9。

3、巻数が「巻第三」とあるもの。

 《図省略》

 巻三=1。

4、巻数が、単に「三」とのみあるもの。

 《図省略》

 巻三=50、51。

5、丁付の上の「〇」の上に横線が入っているもの。

 《図省略》

 巻五=44。

 

丁数 巻一…四十二丁(内、序半丁)。

   巻二…四十四丁。

   巻三…四十一丁。

   巻四…四十二丁。

   巻五…六十一丁(内、跋・刊記約一丁)。

   合計…二三〇丁。

行数 序…愚序+九行、本文・跋…毎半葉十二行。

字数 一行、約二十五字。

段数 巻一…序、四十八段。

   巻二…四十八段。

   巻三…四十二段。

   巻四…五十二段。

   巻五…九十段、躍。

   合計…二八〇段。序、跋。

  本書は、巻二の37丁〜42丁の6丁分が落丁しているが、他の諸本で推定した。

  段移りを示す標は「〇」。巻一の6、8、巻二の9・48、巻四の1・4・16・17・18、巻五の12・45は欠。

本文 漢字交り平仮名。振り仮名・濁点を施し、旬読点は「。」と「.」を混用する。

挿絵 巻一…見聞き一図(2ウ・3オ)。片面九図(7オ、11オ、15オ、19オ、23オ、27オ、32オ、37オ、42オ)。

   巻二…見開き一図(3ウ・4オ)。片面七図(9オ、14オ、19オ、24オ、29オ、35オ、41オ)。

   巻三…見開き一図(3ウ・4オ)。片面六図(10オ、16オ、22オ、28オ、34オ、40オ)。

   巻四…片面八図(3オ、8オ、13オ、18オ、23オ、28オ、34オ、40オ)。

   巻五…片面八図(4オ、11オ、18オ、25オ、32オ、39オ、47オ、55オ)。

   合計…見開き三図。片面三十八図。

序 巻一、1丁オに「可笑記 愚序」として自序あり。

跋  巻五、60丁ウから61丁オに、本文に続けてあるが年記は無い。

刊記 巻五、61丁オに、跋に続け、界線で囲む。

 

     于時万治二年正月吉日

 

   板

   本   寺町三条上ル町 山本五兵衛開《界線省略=HTML版注》

 

蔵書印等 「アカキ」陽刻縦長方形朱印(縦一八ミリ×横五ミリ)。帙に紙箋(縦二三〇ミリ×横一二六ミリ、「横山重用」の原稿用紙の裏)を貼付し、横山重氏の次の識語がある。「自分は此本を三つ買った。一つは村口。これは刊記のある巻末一丁欠。八十円。又、/一誠本も買った。八十円。これは完全であったが、虫入りが多かった。総/じて、此本の紙、虫好むか。虫入本を見し事あり。/然るに、昭和十九年、本書を得たり。極上本なり。あだ物語 村口 千二百、子易物語 弘文 千といふに比すれば、むしろ安しとすべし。//500」また、昭和四の杉本目録として、次の紙片が貼付されている。「一 絵入風俗 可笑記/如儡子 帙入/万治二年刊/チヤンバーレン旧蔵/半五/百五拾円」。

その他 巻二の37丁〜42丁が落丁。なお、この落丁部分は、国会本の複写が添付されている。

    絵入本は、諸本いずれも虫損が多い。これは横山重氏の指摘(右に掲げた識語)される如く、本文紙の紙質と関係があるのかも知れない。本書は虫損も皆無に近く、原題簽もほぼ完全に存する点で貴重な存在であるが、それだけに巻二の落丁が惜しまれる。

    本書は、横山重氏の旧蔵本であり、昭和四十三年十一月六日、『可笑記大成』出版に関連して拝借、昭和四十五年十一月恵与されたものである。添付された横山氏の葉書には、以下の如く記されている。「この葉書、御手許へ届いた日から、万治刊/の「可笑記」は、貴兄の所有にして下さい。/贈呈します。/私はこの二三年、数氏の方々に、私の本を贈呈して/ゐます。昨二十二日、古典文庫の吉田幸一氏来訪。その/時、宛名だけ書いたこの葉書を吉田氏に示し、可笑記貴兄に贈呈の事を吉/田さんへ話した。で、その日に決定。御本できた時、二、三/部、私へ下さい。それで十分です。/四十五年十二月廿三日/横山重(消印、犬山)」。

 

 〔2〕 秋田県立図書館蔵 14・12/2798(昭和43年8月11日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色原表紙(空押模様あり)、縦二二五ミリ×横一五七ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽。縦一三二ミリ×横三二ミリ(巻一)。「〔新板〕可笑記 絵入 壱(〜五)」、巻五のみ「絵入」が「ゑ入」となっている。部分的に破損しており、「壱(〜五)」は墨書で補筆されている。

匡郭 四周単辺。縦一七六・五ミリ×横一二五ミリ(巻一1丁オ)。

刊記 落丁のため、無し。

蔵書印等 「富」陽刻枠無しの朱印。「中井蔵書」陽刻方形朱印。「(鶴の絵)正」の陽刻黒印。「秋田図書館蔵書之印」陽刻方形朱印。巻一後見返しに「文化八年未八月下旬/水谷源三 龍州(黒印)」、巻五の34丁ウに「文化八年/八月廿六日」と墨書。その他黒印一顆。

その他 巻一の18丁〜42丁、巻二の25丁〜44丁、巻三の21丁〜41丁、巻四の25丁〜42丁、巻五の35丁〜61丁が、それぞれ落丁。

 

 〔3〕 上田市立図書館蔵・藤廬文庫 文学/296の1〜5(昭和44年3月16日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色原表紙、縦一九五ミリ×横一三五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽。縦一三四ミリ×横三二ミリ(巻一)。「〔新板〕可笑記 絵入 一(〜五)」、巻五のみ「絵入」が「ゑ入」となっている。巻一、巻五は摩損。

匡郭 四周単辺。縦一七五ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「藤本」陽刻方形朱印。「藤本縄葛」陽刻縦長方形朱印。「縄葛」陽刻縦長方形朱印。「柏」陽刻円形黒印。「上田図書館印」陽刻方形朱印。巻一前見返しに「矢嶋氏」、巻一の38丁ウ上欄に「吉野川/其みな/かみを/尋れば/むぐらの/しづく/はぎの/下露」、巻一の41丁オ6行目の本文「諌申されし也」《「也」の右横に○印あり》の上欄に「〇印 平家/中務/尉/政秀/ナラン/カ」、巻二前見返しに「主親の目をぬすんたる盗人もぬすみ/かたなくいろとさけとに/ヲウヨセ小ヨセノクルワノナトリワセンサンヒナツル/九重モロコシ丁山ナ々サトワカマツレンサン/一座スラリトヲナヲリナサレテヲ々ヨセ吉原/ヨイナカノ丁イロモアヤメノ小ムラサキミヌヒハ/セメテ花□□サキノタカソテカヲルハナヲ々キ/若杉シラツユ□□ノキミガスカタノミヤマジ/ヨリモフミアケマキノカヱリコトタヱヌ瀬川に/カメギクナレハ首尾スガワラノヲリヱカワヲピ/トキワギノカタライニマクラ春日野/カヨウ神」、巻四の36丁オの上欄に横書きにて「つらさをもうらみぬ/我に□□□□/うきみをしらぬ人も/こそあれ」と、それぞれ墨の書き入れがある。

その他 旧蔵者は、藤本善右衛門氏。

 

 〔4〕 小川武彦氏蔵(昭和48年9月26日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦二二一ミリ×横一五二ミリ(巻一)。

題簽 巻五のみ、左肩に子持枠原題簽。縦約一三三ミリ×横三一ミリ(巻五)。「〔新板〕可笑記 ゑ入 五(欠損)」。巻一〜巻四は無し。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「小川蔵書」陽刻方形朱印。鉄に「慎独」陽刻方形朱印。巻一の各丁上欄に「一、二、三……」、巻三の各丁上欄に「壱、弐、参……」、巻四の各丁上欄に「い、に、さ、し、こ、ろ、ひ、む、……」と墨書。

その他 全巻総裏打ちされており、巻二は別本を補っている。また、巻一の35丁は縦一九五ミリの別本のもので、巻三の29丁は縦二〇九ミリの別本のもので、それぞれ補っている。巻二の16丁、巻五の58丁〜61丁に欠損あり。巻五の刊記の欠損部は墨筆にて補筆されている。

 

 〔5〕 お茶の水図書館蔵・成簣堂文庫(昭和43年5月7日調査)

体裁 半紙本、三巻三冊(巻一、巻二欠)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦一九八ミリ×横一三九ミリ(巻三)。

題簽 左肩に後補書題簽、「可笑記零本 三」(縦一二五ミリ×横三〇ミリ)。「可笑記 四(五)」(縦一三七ミリ×横三〇ミリ)。

匡郭 四周単辺。縦一七五ミリ×横一二三ミリ(巻三、1丁オ)。

蔵書印等 「青山艸堂」陰刻方形朱印。「蘇峯」陽刻方形朱印。「蘇峰」陰刻六角形(内に円形)朱印。「トクトミ」陽刻六角形(内に円形)朱印。「善本」陽刻双辺縦長方形朱印。

その他 巻一、巻二欠。巻五の56丁落丁。

 

 〔6〕 香川大学附属図書館蔵・神原文庫 九一三/五一(平成3年3月11日調査)

体裁 半紙本、一巻一冊(巻五のみ存)、袋綴じ。

表紙 縁色原表紙、縦二二四ミリ×横一五一ミリ(巻五)。

題簽 左肩に剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。縦一七二ミリ×横約一二二ミリ(巻五、1丁オ)。

蔵書印等 「神原家図書記」陽刻長方形黒印(縦四六ミリ×横一二ミリ)。「香川大学附属図書館」陽刻方形朱印(縦四五ミリ×横四四ミリ)。「寄贈図書/神原文庫/香川大学設立準備委員会」横長円形朱印。「香川大学附属図書館/乙/125406/昭和31・3・30(「42・3・31」を消して「31・3・30」としている)」横長円形紫スタンプ。

その他 巻五の35丁〜61丁が落丁。巻五後見返しに「定栄堂蔵板目録」が有る。内容は、〔9〕京都府立総合資料館蔵本と同じであるので省略する。

 

 〔7〕 学習院大学国語国文学研究室蔵・機。坑隠魁Γ僑院殖毅娃娃押幣赦41年4月20日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(空押模様有り)、縦二一九ミリ×横一五六ミリ(巻一)。

題簽 左肩に剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。縦一七三ミリ×横一二二ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印 「学習院図書記」陽刻方形朱印。「学習院」陽刻双辺縦長円形朱印。

その他 巻二の9丁が破り取られている。

 

 〔8〕 学習院大学国語国文学研究室蔵・供。坑隠魁Γ僑院殖毅娃隠魁幣赦41年4月20日調査)

体栽 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 黒色表紙(空押模様有り)、縦二一六ミリ×横一五一ミリ(巻一)。

匡郭 四周単辺。縦一七六・五ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「岡田真之蔵書」陽刻双辺縦長方形朱印。「千葉文庫」陽刻縦長方形朱印。「中里」陽刻円形黒印。「学習院図書記」陽刻方形朱印。「学習院」陽刻双辺縦長円形朱印。

 

       

〔9〕 京都府立総合資料館蔵(京都府立図書館旧蔵) 特・840/41(昭和42年7月31日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色原表紙、縦二二五ミリ×横一五五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、部分的に摩損多し。「(摩損)可笑記 絵入 四」(縦約一三二ミリ×横約三二ミリ)、各巻同様。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「徳」陽刻円形黒印。「京都府図書館」陽刻方形朱印。他に蔵書印一穎。巻五後見返しに「定栄堂蔵板目録」が有る。「定栄堂蔵板目録 大坂書林 心斎橋南四丁目 吉文字屋市兵衛/心斎橋筋安土町 同源十郎//古今百物語 珍説ばけもの咄し/全部六冊//太平百物語 近代怪しき咄/全部五冊//御伽厚化粧 同断/全部五冊//一休杉楊枝 一休竹斎両人おどけ/はなし 全部六冊//堪忍記 男女物にかんにんして徳あくる/物語古今を集る 四冊//冥加訓 人と家を治め身を守る/教訓の書 五冊//日本歳時記 年中故実由来等/委細ニ記す 四冊//田田小学 全部四冊//軽口花相撲 当世かるくちはなし/全部五冊//弘法大師御伝記 大師誕生より終迄/委しく有り 五冊//国花諸士鑑 諸国敵打物かたり/全部六冊//西鶴織留 近古長者に成たる/人の物語 六冊//西鶴置土産 織留同断の書/全部五冊//塵塚物語 古代故実はなし/全部六冊//新平家物語 平家をくつして/今様にしたる書 八冊//楠軍物語 楠三代軍功面白く/書載す 全部十冊//風流艶軍談 義経鬼一等のもの/かたり 五冊//見聞難著 南紀安乗川/奥 豊義著 一冊」。

その他 巻一の8丁およぴ18丁〜42丁、巻二の25丁〜44丁、巻三の21丁〜41丁、巻四の25丁〜42丁、巻五の35丁〜61丁が、それぞれ落丁。巻一の6丁が16丁と17丁の間に入っている。巻一の1丁〜5丁は総裏打されている。

 

 〔10〕 慶応義塾大学附属図書館蔵 225/46/5(昭和43年5月20日再調査)

休裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦二一九ミリ×横一六五ミリ。(巻一)。

題簽 左肩に後補書題簽、「可笑記 巻一(〜五)」、縦一七〇ミリ×横二九ミリ)(巻一)。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「北田紫水蔵図書記」陽刻縦長方形朱印。「北田文庫」陰刻双辺縦長円形朱印。「木下氏正路蔵書之印」陽刻縦長方形朱印。「源氏宣印」陽刻方形朱印。「紀州/河内浜/●《=紋省略》重与」陽刻円形黒印。「慶応義塾図書館蔵」陽刻縦長方形朱印。巻一後見返しに「宣清」と墨書。その他朱印二顆。

その他 巻四の16丁は書写である。版本との異同は、句点一箇所、振り仮名一箇所の脱落があり、その他、巻四の17段、18段を示す「〇」と、丁付の上にある「〇」を共に省いている。しかし、書写は非常に忠実になされており、絵入本を敷写ししたものと推測される。また、紙の保存状態からみて、この書写は、かなり古いものと思われる。

本書は、中一弥画伯の旧蔵本である事を確認し得た。

 

 〔11〕 国立国会図書館蔵・機ゝ・295(昭和40年5月6日調査)

体裁 半紙本、四巻四冊(巻五欠)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦一九〇ミリ×横一三六ミリ。(巻一)。

題簽 巻二〜巻四は、左肩に子持枠原題簽、「(破損)可笑記 絵入 二(〜四)」、縦約一三四ミリ×横約三二ミリ(巻二)。

   部分的に破損多し。巻一は、左肩に後補書題簽「可笑記 壱」、縦一三四ミリ×横三〇ミリ。

匡郭 四周単辺。縦一七四ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「万忠」陽刻縦長方形黒印。「大津/諸本売買/貸本江戸仙」陽刻縦長方形黒印。巻一前見返しに「可遂庵/所蔵」と墨書、「巻五闕」と朱書。

その他 巻五欠。巻三の22丁が破り取られている。

 

 〔12〕 国立国会図書館蔵・供。隠坑亜殖毅粥幣赦43年7月29日再調査)

体裁 半紙本、一巻一冊(巻五のみ存)、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦二一九ミリ×横一五四・五ミリ。(巻五)。

題簽 左肩に後補題簽、子持枠のみ版刷りで文字は墨書、「風流可笑記 全」、縦一六四・五ミリ×横三二・五ミリ。

内題 「風流可笑記 全」。ただし、これは元の内題を消して墨書したもの。

匡郭 四周単辺。縦一七三・五ミリ×横一二四ミリ(巻五、1丁オ)。

刊記 巻五の61丁落丁のため、無し。

蔵書印等 「早川蔵書」陽刻縦長方形朱印(縦二五ミリ×横二一・五ミリ)。「帝国図書館蔵」陽刻双辺方形朱印(四六・五ミリ×四六・五ミリ)。「図/明治三二・三・三〇・購求」陽刻円形朱印(径二二ミリ)。前表紙に白紙貼付「二百二十号/全一冊」と墨書。「190/54」のラベル。

その他 巻五のみの端本。巻五の47丁、61丁が落丁。

 

 〔13〕 佐賀大学附属図書館蔵・小城鍋島文庫 093/7/1(3、5)(平成6年3月22日調査)

体裁 半紙本、三巻三冊(巻二、巻四欠)、袋綴じ。

表紙 紺色表紙、縦二三〇ミリ×横一六二ミリ(巻一)。巻一の下部に破損あり。

題簽 左肩に後補書題簽、「可笑記 絵入 一(三、五)」、縦一五三ミリ×横三四ミリ(巻一)。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「叢桂館蔵」陽刻縦長円形朱印(縦五四ミリ、横二四ミリ)。「曲肘亭」陽刻縦長方形朱印(縦四二ミリ×横二四ミリ)。「佐賀大学図書館之印」陽刻方形朱印(二五ミリ×二五ミリ)。「佐賀大学附属図書館/昭和/36・3・31/ア第52128(〜52130)番/図書館」陽刻横長円形赤スタンプ、番号は青色(縦三九ミリ、横五三ミリ)。「093/7/(1)((3)、(5))/佐賀大学」の茶色ラベル。

その他 巻二、巻四欠。巻一の27丁、28丁落丁。ただし、この部分に巻二の27丁、28丁が入っている。巻一の末尾に巻二の最終丁(44丁)が入っている。

 

 〔14〕 鶴岡市立図書館蔵 L21/J1/1(昭和62年8月8日再調査)

体裁 半紙本、一巻一冊(巻五のみ存)、袋綴じ。

表紙 原表紙は欠。白色厚手和紙を補う。

題簽 左肩に「可笑記 巻第五」と四周双辺でぺン書き。

匡郭 四周単辺。縦一七二ミリ×横約一二〇ミリ(巻五、1丁オ)。

蔵書印等 「●《=省略》」陽刻黒印(縦一二ミリ)。「(年月日不明瞭)/寄贈/斎藤治兵エ氏(黒ペン書き)」陽刻縦長方形朱印(縦四五ミリ×横二七ミリ)。「鶴岡市立図書館」陽刻方形朱印(三〇ミリ×三〇ミリ)。「鶴岡図書館」赤スタンプ「鶴岡市立図書館/820/昭13、8、31和」赤スタンプ、「820」は青色。前見返しに「伊藤泉」「善六」「馬宮」「八郎兵衛」などの墨書。最終丁ウに「L21、J1、1」「099」と黒ペン書き。

その他 斎藤治兵エ氏は、昭和13年8月、鶴岡より転出、その折に寄贈された由。

 

 〔15) 天理図書館蔵 913・61/3/1/(〜5)(昭和41年6月6日調査)

体栽 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二二四ミリ×横一五五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「堀部所蔵」陽刻方形朱印。「天理図書館/昭和卅四年五月廿日/52721(〜52725)」陽刻横長円形未印。

その他 挿絵には色付けされている。巻四の4丁、巻五の60丁、61丁に破損あり(補修済み)。

 

 〔16〕 東京国立博物館蔵 030/と9910(昭和41年4月20日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 緑色表紙、縦一九二ミリ×横一四五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補書題簽、「可笑記 巻壱(〜巻五/大尾)」、縦一四〇ミリ×横二八ミリ(巻一)。

匡郭 四周単辺。縦一七二ミリ×横(?)(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「徳川宗敬氏寄贈」陽刻双辺縦長方形朱印。他に黒印一顆。巻三の42段末「……かくのことし」の後に「なり」と墨書。四の13丁ウの上欄に「但見涙/痕ノ湿/フヲ/不知心/恨誰」と墨書。

その他 巻一の24丁、32丁、巻二の3丁、巻五の61が落丁。巻一の36丁が重複。

 

 〔17〕 東京大学附属図書舘蔵・青洲文庫 E24/659/B7847(昭和41年5月2日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 丹色表紙、縦一九三ミリ×横一三三ミリ(巻一)。

題簽 巻四のみ、後補書題簽の部分を存す。

匡郭 四周単辺。縦一七五ミリ×横約一二六ミリ(巻一、2丁オ)。

蔵書印等 「和久井」陽刻縦長円形朱印「青洲文庫」陽刻縦長方形朱印。「東京帝国大学図書印」陽刻方形朱印。巻一の1丁ウ・2丁オの上欄に横書きにて「享保九辰三月廿八日 キヲクのコ卜」、巻一の16丁ウ・17丁オの上欄に横書きにて「享保八年卯六月十九日/ツ夕や同□月十八日より九年辰/三月十三日迄カメやクゼデキ」、巻三の24丁ウ〜26丁オの上欄に横書きで「享保九辰卯月七日痛病ニテ伏間/傾城芥卜□ケ共思傾恋根是ノ他界之習/キヲクのコト一日ノ条百歳ナラス/□□□卜誰カ嗜誰カ謹短也ノ夢一期」、巻四の29丁ウ・30丁オの上欄に横書きにて「享保九辰三月廿六日より病四月……」、巻五の2丁ウ・3丁オの上欄に横書きにて「享保九辰弥生廿八日病中□キヲクのコト志シンノ山」などの墨書。巻五後見返しに白紙貼付、墨書にて「万治二年ハ元禄ヨリ凡三十年ナリ明治三十三年マテ/弐百五十年ニ及フ殊ニ焼版ニシテ人間稀ニ見ル所ナリ/昨三十二年大坂府古書物商某古書展覧会ニ此書一部出品アリ」の識語あり。

その他 巻五の13丁落丁。

 

 〔18〕 東北大学附属図書館蔵・狩野文庫 狩/4/11605/15510(昭和43年8月12日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色原表紙、縦一九五ミリ×横一三七ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦一三二ミリ×横三二ミリ(巻一)。「〔新板〕可笑記 絵入 一(〜五)」、巻五のみ「絵入」が「ゑ入」となっている。巻三と巻四が入れ替わっている。部分的に墨で補筆している。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「林泉文庫」陽刻縦長方形未印。「東北帝国大学図書印」陽刻方形朱印。「荒井泰治氏ノ寄附金ヲ/以テ購入セル文学博士/狩野亨吉氏旧蔵書」陽刻子持枠縦長方形朱印。

その他 巻三の11丁落丁。巻四の30丁が重複。

 

 〔19〕 東洋文庫蔵・岩崎文庫 三/Faろ/23(昭和40年8月14日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦一九六ミリ×横一三三ミリ(巻一)。

題簽 左肩に剥落の跡のみ。

匡郭 四周単辺。縦一七五ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 巻一〜巻四の後表紙に「前田久治郎」と墨書。

 

 〔20〕 都立中央図書舘蔵・加賀文庫(旧日比谷図書館) 914/WJ/3(昭和39年12月18日調査)

体裁 半紙本、一巻一冊、(巻一のみ存)袋綴じ。

表紙 茶色原表紙、縦一九〇ミリ×横一三五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、縦約一三一ミリ×横約三〇ミリ。

  「〔新板〕可笑記 絵入 一」。

匡郭 四周単辺。縦一七四ミリ×横一二三ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「加賀文庫」陽刻縦長方形朱印。「東京都立日比谷図書館蔵書之印」陽刻方形朱印。「東京都立日比谷図書館/104353/昭和28・□・□」横長円形黒スタンプ。「914/WJ/3」のラベル。

 

 〔21〕 中野三敏氏蔵(昭和47年3月18日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色表紙、縦二二四ミリ×横一五八ミリ(巻一)。

題簽 左肩に四周双辺後補題簽、双辺は版刷りで文字は墨書。

  「可笑記 一(〜五)」、縦一三七・五ミリ×横三三ミリ(巻一)。巻四の原題簽が、巻四の1丁の中に入っている。下部に破損あり。

匡郭 四周単辺。縦一七七ミリ×横一二五ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「甘露堂蔵」陽刻方形朱印。「久弥蔵」陽刻縦長方形朱印。

 

 〔22〕 山口大学附属図書館蔵・棲息堂文庫 M913・51/N78/A1〜5(平成3年9月13日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 縹色原表紙、縦一九六ミリ×横一三五ミリ(巻一)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、「(破損)可笑記 絵入(破損)」「〔新板〕可笑記 絵入 二(〜五)」。「絵入」が巻五のみ「ゑ入」とある。縦一三四ミリ×横三二ミリ(巻二)。巻一の上下に破損がある。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等「徳藩蔵書」陰刻方形朱印(一五ミリ×一五ミリ)。「徳山/毛利家蔵書/明治二十九年改済/第 番/共 冊」陽刻縦長方形朱印(縦四五ミリ×横三〇ミリ)。「寄贈/毛利就挙」陽刻縦長方形朱印(縦五〇ミリ×横一七ミリ)。「山口大学図書」陽刻縦長方形朱印(縦三九ミリ×横七ミリ)。「山口大学図書之印」(陽刻朱印)と思われるものを割印としている。「山口大学附属図書館/文理学部分館/78656(〜78660)」横長円形紫印(数字は青色)。「山口大学蔵書/OO81484216」(巻一)、「山口大学蔵書/0081484227」(巻二)、「山口大学蔵書/0081484238」(巻三)、「山口大学蔵書/0081484249」(巻四)、「山口大学蔵書/0081484250」(巻五)の珊瑚色ラベル。「M913・51/N78/A1(〜5)」の青ラベル。

 

 〔23〕 龍門文庫 一〇ノ二/814(昭和42年7月30日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 焦茶色表紙、縦二一九ミリ×横一四九ミリ(巻一)。

題簽無し。

匡郭 四周単辺。縦一七六・五ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「羽前/大泉田川郡/西小野方村/渡辺治左エ門」陽刻縦長方形朱印。「□□/西田川郡□□/三日町兼子山」陽刻縦長方形朱印。「●《=○の中に本》牛込/池清」陽刻縦長方形黒印。「池清」陽刻縦長方形黒印。「龍門文庫」陰刻双辺縦長方形朱印。巻二の22丁ウの上欄に「朱文公/勿謂今日不学而/有来日/勿謂今年不学而/有来年/日月逝矣歳与我/不延呼矣老是/誰愆乎」の墨書。その他の丁の上欄に墨の書き込みあり。

その他 巻二の44丁が巻三の巻末に入っている。巻五の47丁が46丁の中に入っている。

 

 〔24〕 早稲田大学図書館蔵 へ13/1111(昭和41年2月12日調査)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 茶色横縞後補表紙、縦二二五ミリ×横一六〇ミリ(巻一)。

題簽 左肩に、茶色枠付後補題簽で文字は墨書、「可笑記 万治版 一(〜五)」、縦一六四ミリ×横三七ミリ(巻一)。

匡郭 四周単辺。縦一七六ミリ×横一二四ミリ(巻一、1丁オ)。

蔵書印等 「早稲田大学図書」陽刻方形朱印。「へ・利・13/1111/1(〜5止)」のラベル。

その他 巻二の43丁、44丁落丁。

 

 〔25〕 カリフォルニア大学図書館・東亜図書館蔵 5929・1/4210・1/1659/V.1(〜V.5)、受入番号・東154698〜154702。(未見、由谷英治、文字幸子両氏の示教による)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 原表紙、(色は未詳)、縦一九四ミリ×横一三三ミリ(巻一)。

題簽 左肩に、子持枠原題簽、縦一三四ミリ×横三一ミリ(巻一)。

  「〔新板〕可笑記 絵入 一(〜五)」、巻五のみ「絵入」が「ゑ入」となっている。

蔵書印等 「5929・1/421O・1/1659/V.1(〜V.5)」のラベル。

その他 落丁、乱丁無し。

  右の書誌は、カリフォルニア大学図書館・東亜図書館の、由谷英治氏、文字幸子氏の示教(昭和43年8月29日付)によるものである。なお、本書は、その後(昭和62年)国文学研究資料館のマイクロ資料(225―28、バークレイ三井)に収録された。『国書総目録』記載の三井文庫本が、カリフォルニア大学図書館に移管された事は、堤精二氏の示教によって知る事を得た(昭和43年6月19日)。ただ、三井文庫の記録によれば、旧蔵本は、三井文庫の所蔵番号→2476。書名→風流絵入可笑記。著名→武藤西察。巻数→巻四、巻五。冊数→一冊。刊年→万治二年。版元→山本五兵衛。となっているとの事である。三井文庫の旧蔵本は、巻四、巻五のみの端本であるのに、カリフォルニア大学図書館のものは完本である。両者が同一書でない事は明らかである。三井文庫には、二本以上所蔵されていたのであろうか。今後、調査を重ねたい。

 

 〔26〕 大英博物館・図書館蔵 (未見、島本昌一の示教による。昭和55年)

体裁 半紙本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 原表紙、(色、寸法は未詳)。

題簽 左肩に子持枠原題簽、「〔新板〕可笑記 絵入 一(〜五)」、巻五のみ「絵入」が「ゑ入」となっている。巻一、巻二、巻三の上部左側に破損あり。全体に摩損している。

蔵書印等 「蜀山人」陰刻方形印。「源淳之印」陽刻陰刻混合方形印。「大町」陽刻縦長方形印。「大町所持」「五冊之内」「考/此五札〇無貧人/負惜者作也/貧儒之心勝/手嘉永年中ニ而者/無〇シ而ハ無立所」等の墨書。「BRITISH・MUSEUM/1957/4/13/6」の円形印。「635」の丸ラベル。

 

 〔27〕 青森県立図書館蔵・工藤文庫 工913/K/1(〜4)(未見、国文学研究資料蔵、マイクロ資料、208―138 に拠る)

休裁 半紙本、四巻四冊(巻五欠)、袋綴じ。

表紙 原装か改装か、色等未詳。

題簽 左肩に後補書題簽、「可笑記一(〜四)」。

 

 

  【五】 そ の 他(取合本、写本)

 

 〔1〕 大阪府立中之島図書館蔵 甲和/455(昭和41年7月7日調査)

体裁 大本、五巻五冊(巻一=寛永十九年版十一行本。巻二〜巻五=無刊記本)、袋綴じ。

表紙 巻一は藍色原表紙(空押模様あり)、縦二七七ミリ×横一八四ミリ。巻二〜巻五は藍色表紙。

題簽 巻一は、左肩に子持枠原題簽の部分を存すが、文字は「記」が残るのみ。巻二〜巻五は、左肩に子持枠後補題簽で、文字は墨書「可笑記 二(〜五)」、縦一六四ミリ×横三六ミリ(巻二)。巻五の下部破損。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一五六ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二二一ミリ×横一五六ミリ(巻一、2丁オ)。巻二…縦二一九ミリ×横一六二・五ミリ(巻二、1丁オ)。

蔵書印等 「大阪府立図書館蔵書印」陽刻方形朱印。「大阪府立図書館/昭和八年二月二十日/105737」陽刻横長円形朱印。

その他 無刊記本に、巻一のみ寛永十九年版十一行本が入れ本されている。

 

 〔2〕 学習院大学国語国文学研究室蔵 913・6/5001/1(〜5)(昭和41年4月20日調査)

体栽 大本、五巻五冊(巻一、巻二、巻三、巻五=無刊記本。巻四=寛永十九年版十二行本)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(空押模様あり)、縦二六四ミリ×横一八一ミリ(巻一)。

題簽 巻一、巻二、巻三、巻五は、左肩に子持枠原題簽、「可笑記 一(二、三、五)」、 縦一六三ミリ×横三四ミリ(巻一)。巻一の下部に破損有り。巻四は、左肩に子持枠後補題簽で、文字は墨書、「可笑記 四」、縦一六一ミリ×横三七ミリ。

匡郭 四周単辺。序…縦二一九ミリ×横一六一・五ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一一ミリ×横一六七・五ミリ(巻一、2丁オ)。巻四…縦二一〇ミリ×横一六七ミリ(巻四、1丁オ)。

蔵書印等 「青谿書屋」陽刻方形未印。「岡田真之蔵書」陽刻双辺縦長方形朱印。「興津氏」陽刻縦長方形朱印。「□□/対梅宇主/荻原乙彦/蔵于俳書/二面精舎/□」陽刻縦長方形朱印。「大島氏図書」陽刻方形朱印。「学習院図書記」陽刻方形朱印。「学習院」陽刻双辺縦長円形朱印。他に黒印一顆。巻五後見返しに墨書にて「関原軍記大成ニ湯村式部と号する者可笑記といふ草子を作とあり/右軍記ハ四十五巻あり正徳癸巳三月宮川忍斎尚古作なり/一 可笑記巻中に嶋原軍之事も見へ并大坂軍より此比まて三十年に/なるとあり寛永之末比作歟巻末ニ寛永十三とあれ共嶋原軍ハ寛永/十四年ニ始リ寛永十五年二月廿八日滅亡なり」「恵寿/求之」とあり。

その他 無刊記本に、巻五のみ寛永十九年版十二行本が入れ本されている。

 

 〔3〕 天理図書館蔵 913・61/イ9(昭和41年7月7日調査)

体裁 大本、五巻五冊(巻一、巻二、巻四、巻五=寛永十九年版十一行本。巻三=寛永十九年版十二行本)、袋綴じ。

表紙 藍色表紙、縦二六四ミリ×横一八四ミリ(巻一)。

題簽 左肩に後補題簽、子持枠のみ版刷りで文字は墨書、「可笑記一(〜五)」、巻一の題簽内右側に「如儡子寛永板」と墨書。縦一八五ミリ×横三九ミリ(巻一)。各巻上部に破損有り。

匡郭 四周単辺。序…落丁。本文…縦二二〇ミリ×横一五四ミリ(巻一、2丁オ)。巻三、1丁オ…縦二一四ミリ×横一六六ミリ。

蔵書印等 「永田文庫」陽刻縦長方形朱印。「釈色受艸」陽刻方形朱印。「天理図書館印」陽刻方形朱印。「天理図書館/昭和十二年三月廿二日/96900(〜96904)」陽刻横長円形朱印。以下の各丁上欄等に朱筆の書き込み有り。巻一の46丁ウ「元隣か作にも見ゆ」、巻二の6丁オ「作者理想の人」、巻三の10丁ウ「作者諷誡ノ意」、巻三の38丁オ「寛永頃江戸火事場の掟」、巻四の15丁オ「寛永頃の柳原のかたはら丁」、巻四の28丁ウ「名文」、巻四の36丁ウ「徒然草に出づ」、巻四の45丁ウ「作者の試作」、巻五の18丁ウ「作者の素性」、巻五の61丁ウ「作者の伝」。

その他 巻一の1丁、巻二の54丁、55丁落丁。寛永十九年十一行本に、巻三のみ寛永十九年版十二行が入れ本されている。

 

 〔4〕 早稲田大学図書館蔵 へ13/1700(昭和43年7月24日再調査)

体裁 大本、五巻五冊(巻一=無刊記本。巻二〜巻五=寛永十九年版十一行本)、袋綴じ。

表紙 後補濃縹色表紙、縦二五八ミリ×横一七七ミリ(巻一)。題簽の状態から推測するに、原表紙は空押模様の有る藍色表紙であったと思われる。

題簽 左肩に子持枠原題簽、「可笑記 一(〜四)」、縦一六八ミリ×横三七ミリ(巻一)。巻五は無し。なお、この原題簽は、藍色の原表紙から切り取って貼付したもの。

匡郭 四周単辺。序…縦二一七ミリ×横一六一ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一〇ミリ×横一六一ミリ(巻一、2丁オ)。巻二…縦二一六ミリ×横一五五ミリ(巻二、1丁オ)。

刊記 巻五の85丁ウの刊記「寛永壬午季秋吉旦刊行」の後に、

  「大坂心斎橋通リ西へ入南久宝寺町南側

        平 野 屋 九 兵 衛」

  とあるが、これは木版刷の紙を貼付したもの。

蔵書印等 「早稲田大学図書館」陽刻方形朱印。他に朱印二顆。巻一の1丁ウに、朱筆にて次の如くあり。「予端龍軒恕翁が撰せし関ケ原軍記大全を読した/恕翁が親族湯村式部か著ところの可笑記に本庄越/前守繁長が東禅寺右馬守を討て正宗ノ刀を得/し事を引たり因此ノ書の撰者の名を知し故爰に記/置く読者是を察すべし」。巻一の2丁オに「湯村式部著」と朱書。

その他 寛永十九年版十一行本に、巻一のみ無刊記本が入れ本されている。

 

 〔5〕 渡辺守邦氏蔵(昭和55年8月30日調査)

体裁 大本、五巻五冊(巻一〜巻三=寛永十九年版十二行本。巻四、巻五=無刊記本)、袋綴じ。

表紙 巻一〜巻三は、万字つなぎ牡丹唐草模様丹色原表紙、縦二八一ミリ×横一九三ミリ(巻一)。巻四・巻五は、前表紙は万字つなぎ牡丹唐草模様丹色表紙、後表紙は栗色表紙、縦二七八ミリ×横一八三ミリ(巻四)。

題簽 巻一〜巻三は、左肩に子持枠原題簽、「(破損)笑記 一」「可笑記 二(三)」、縦一六八ミリ×横三八ミリ(巻二)。巻四・巻五は、左肩に後補書題簽「可笑記 四(五)」。

匡郭 四周単辺。序…縦二一二ミリ×横一七〇ミリ(巻一、1丁オ)、本文…縦二一五ミリ×横一六七ミリ(巻一、2丁オ)。巻四…二一五ミリ×横一六四ミリ(巻四、1丁オ)。

蔵書印等 「●《=「に中》『/江州/八日市/金□出町/中嶋茂左エ門」陽刻縦長方形黒印。「中嶋茂左エ門」陽刻縦長方形朱印。墨書による以下の如き書き込みあり。巻一前表紙に「(可)笑記本」。巻一前見返しに「天保十/明治十二年/己卯一日改/□一二三四」、「近江国/た子のうら/うち出/みれは」。巻一後見返しに「元禄二年……」。巻一後表紙に「丙明治九/子八月一日改/蒲生郡……/中嶋茂左エ門」、「一ジンコウ 一ニウコウ 一□ヤク/一モクコウ 一トシヽ各五分/一ウイキヤウ 一ハコシ七分/一タウニン四分/一右ノ八ツ也ヲ粉ニシテ水ニテコネ/タル……」。巻二前表紙に「可笑記」。巻二前見返しに「□一二三四」。巻三前表紙に「可笑記」、「記」。巻三前見返しに「可笑記」、「可笑記」、「改一二三四」。巻三後見返しに「花苗矢/名香志摩」。

その他 巻五の1丁は落丁であるが、書写で補っている。この丁の本文は、寛永十九年版に依ったものと推測される。振り仮名は全て略し、愚痴→愚知、処也→処なり、又→また、いふ共→云とも、などの異同がある。巻四の1丁ウ1行目の「…の根本ハ。まづ…」など、欠損による欠字の部分を補写している。

  巻一〜巻三は、寛永十九年版十二行本、巻四・巻五は無刊記本の取合本である。

 

 〔6〕 東京大学国語国文学研究室蔵 E24/L20327(昭和41年5月2日調査)

体裁 写本、大本、五巻五冊、袋綴じ。

表紙 藍色表紙(空押模様有り)、縦二七三ミリ×横二〇〇ミリ(巻一)。

題簽 左肩に書題簽、「可笑記 一」「可笑記 巻之二(〜五)」、縦一七四ミリ×横三四ミリ(巻一)。

序題 巻一、1丁オに「愚序」。

内題 各巻1丁オ(巻一は2丁オ)に「可笑記巻第一(〜五)」。

尾題 無し。

丁数 巻一…五十二丁(内、序半丁、半丁空白)。

   巻二…五十七丁。

   巻三…五十一丁。

   巻四…五十六丁。

   巻五…八十五丁(内、践一丁、刊記半丁)。

   合計…三〇一丁。

行数 序…半葉十行、本文…毎半葉十一行、躍…毎半葉十一行。

字数 一行、約二十字。

段数 巻一…序、四十八段。

   巻二…四十八段。

   巻三…四十二段。

   巻四…五十二段。

   巻五…九十段、跋。

   合計…二八〇段。序、跋。

  段移りを示す標は無い。

本文 漢字交り平仮名。振り仮名・濁点を施し、句読点は「.」「。」を混用している。

挿絵 無し。

序  巻一、1丁オに「愚序」として自序あり。

跋  巻五、84丁ウ・85丁オに自跋あり、その末尾に次の如く有り。

  「于時寛永十三

      孟陽中韓江城之旅泊身筆作之」。《振り仮名省略》

刊記 巻五、85丁ウに「寛永壬午季秋吉旦刊行」。

蔵書印等 「春門雲歩」陽刻縦長方形朱印。「嘉通」陽刻方形朱印。「東京帝国大学図書印」陽刻方形朱印。「国文」陽刻横長方形朱印。

その他 寛永十九年版十二行本の写しと思われる。

 

 現在までに調査し得た『可笑記』の諸本は以上の通りである。未調査本も若干あるが、これについては、改めて調査することとし、右の諸本に関して考察を加えることにする。

 

 

  【一】 寛永十九年版十一行本

 

 『可笑記』は如儡子(斎藤親盛)の代表的な作品であり、その執筆開始は、寛永六年(一六二九)とも言われているが(注1)、跋文の寛永十三年に一応の形を整え、その後も加筆され、最終的には、その刊年、寛永十九年(一六四二)に成立したものと推測される。

 この『可笑記』には、前述の通り四種の版があるが、後に詳述する如く、寛永十九年版十一行本が、最も早いものであると判断される。近代になり、この作品を最初に翻刻刊行したのは、大正三年の『徳川文芸類聚』第二巻(教訓小説)である(注2)。使用した底本の明示は無いが、末尾の刊記は、次の如くである。

 「寛永壬午季秋吉旦刊行

     大阪心斎橋通西入南久宝寺町南側

              平 野 屋 九 兵 衛」

 これは、その後の調査で判明したが、【五】の〔4〕に揚げる、早稲田大学図書館所蔵の取合本のものであった。さらに、昭和三年の、近代日本文学大系・第一巻『仮名草子集』(注3)も同じ底本に拠るものと推測され、これらの本文が流布したためか、大正十五年の、朝倉亀三氏の『新修日本小説年表』も、この寛永十九年版を大坂の平野屋九兵衛刊の如く記しておられるし、長澤規矩也氏も、そのように受け取っておられたようである(【三】の〔1〕本、長澤氏の識語参照)。

 つまり、『可笑記』の初版は、寛永十九年に大坂の平野屋から出されたという事で、しばらくの間、理解されていたようである。

 『徳川文芸類聚』及び、近代日本文学大系・1『仮名草子集』が使用したと推測される、早大取合本(へ13/1700)は「寛永壬午季秋吉旦刊行」の刊年記の後に、

  「大坂心斎橋通リ西へ入南久宝寺町南側

         平 野 屋 九 兵 衛」

とあるが、実は、この部分は、木版で印刷したものの張込みである。

 横山重氏は、すでに、その版本考(【一】の〔13〕本の識語)で「本書について、朝倉氏の年表に、寛永十九年板を大坂板とし、刊行者の名を「平野屋九兵衛」とありと。その本、十一行本か、十二行本か。而して、初印か、再印か、全く不明なり。ひそかに思ふ。朝倉氏のいふ、大坂板といふは、十一行本か、十二行本かの、後印本にあらざるか。尚、恐らく、十二行本の後印本にあらざるか。尚、今後の調査を要す。」と、疑問を提出しておられた。この識語の執筆時期は未詳であるが、横山氏が原本を見る以前に、これを後印本と推測されたのは、寛永期の大坂板という点に着目されたからであろうと思われる。

 井上和雄氏の『慶長以来書賈集覧』(注4)を見ても、平野屋九兵衛は入っていない。また、大阪の書肆で最も早いのは、万治年間(一六五八〜六一年)から活動した正本屋太兵衛であり、寛永期には見当たらない。やはり大阪の出版は寛永期よりかなり下った、明暦・万治頃からとするのが妥当のように思われる。しかし、この【五】の〔4〕早大取合本は、【一】の〔5〕九大本、〔7〕内閣本、〔9〕大東急本、〔12〕平井氏本、〔13〕横山氏本、〔16〕早大本、〔18〕桜山本の、いずれよりも早い刷りと判断されるのであり、これらの点を考え合わせると、この平野屋九兵衛は刊行者というよりも、販売者的性格が強かったのではないかと推察される。平野屋九兵衛がもし版元であるなら、版木を所有しているはずである。何故、自分の住所や名前を張込みにしたのだろうか。たとえ、後で追加するにしても、入木して印刷する方法があると思う。また、諸本中、この張込みがあるのは、早大取合本のみというのも疑問である。

 池上幸二郎氏は「平野屋は、版元から求めた版本に、このような自分の住所と名前を印刷した紙片を張り込んで、売り捌いていたのではないか」(口頭)と御示教下さったが、妥当のように思われる。また、鈴木敏夫氏は「江戸時代の本や」(注5)で、明暦・万治頃の出版状況を推測して「大阪にも、このころからやっと京都の出店らしきものが現われるが、おそらく京都書肆の出張販売(あるいは行商)時代。」としておられる。

 次に、この版には、刊記の左側に、刷り跡(よごれ)が見られるが、これに関して、田中伸氏は、〔9〕大東急本の刷り跡は、書肆名等の文字の削除跡ではないかと推測しておられた(注6)。田中氏は下の部分の刷り跡に「田」の字の形を認められ、それは【五】の〔4〕早大取合本の「平野屋」の「野」の一部、または「久宝寺町」の「町」の一部ではないかと推測されていた。これについては、次のように考える。

 このような刷り跡が見られる原因として、 △垢任忘り跡のある紙を使用した。◆⊇驢萍召修梁召諒源の削除跡。、印刷の場合に空白部分に墨が着き、生じた跡。この三つの場合が考えられる。,砲弔い討蓮△海痢味后預臈豕淤椶梁召法◆味粥誘綢臻棔◆味掘容盂嬲棔◆13〕横山氏本、〔16〕早大本、〔21〕台湾大本にも同様な刷り跡が出ているので、これは除く事が出来る。刷り跡の出ている位置から考えると、△任呂覆いとも思われるが、この刷り跡に確実に文字の痕跡と思われる箇所が無く、また書肆名などを彫り捨てる場合、意識的に深く削るのではないか、という事も推測される点で、これをただちに削除跡と断定する事は出来ない。なお【五】の〔4〕早大取合本の張込みのものと、この刷り跡とは、寸法等を比較して検討したが、深い関係は無いものと考えられる。次に、の場合であるが、大本の版面に刊記を一行のみ印刷する場合、空白部の版木に墨が着く可能性も、その版面に紙面が接する可能性も大きいと思われる。この事は、【二】の〔3〕神宮文庫本にも、似通った刷り跡が出ている事でも納得がゆく。要するに、現時点で◆↓いずれとも断定は出来ないにしても、可能性は、の方が大であると考えられる(注7)。

 この寛永十九年版十一行本は、初版であると思われるが、原本の印刷面を見ると、文字の大小、印刷の墨の濃淡などか目につく。巻一の17丁オ2行目の字詰を見ると、

 「うちに君もろともにミもしミせばやとまつかひもなくあ」

と、二十五字詰になっている。この十一行本は、平均二十字詰であるのに、この行が、特に二十五字詰になっているのは「ミもしミせばやとまつ」の部分に主たる原因がある。この十字は約七字分のスペースの中に書き詰められており、しかも、印刷の墨も、この部分が非常に濃く出ている。つまり、この部分は入木したものと思われるのである。これは、写本から版下を作る際に「ミもし」の「ミ」から「ミせばや」の「ミ」に目移りして、「ミもし」の三字を誤脱させてしまい、そのまま版木に彫りつけてしまったものと思われる。そして、印刷の前に(または数部印刷の後に)この誤脱に気付き、入木して訂正したものと推測されるのである。〔19〕の架蔵本は、巻一のみの端本であるが、刷りは非常に早いものと思われるのであり、この本において、すでに入木されている点から考えると、この訂正は、初印本と断定できないにしても、それに近い段階で行われたのではないかと推測される。

 その他、ざっと目を通して気付いた箇所を掲げると、以下の通りである(注8)。(109ページ写真参照)《HTML版では写真省略》

 

○巻一の3丁ウ9行目、

 「し給ふべからずされバ主君も父母も御身のひはうあざけ」

○巻一の34丁オ8行目、

 「れこといりぼりなる吟味だてを小片てをして人にしたし」

〇巻三の14丁オ3行目、

 「て面白くいさめたりとて合戦を相やめたまふと也」

〇巻三の41丁オ3行目、

 「のせたり御らんあるへく候所詮万事万物に」

〇巻三の41丁オ8行目、

 「武士道もちとにかたのやうに思ひなさるゝけに/゛\」

〇巻三の52丁ウ1行目、

 「心ある侍は人もなし扨百嫁町人ばらふしん作」

〇巻四の18丁オ4行目、

 「後にハ国家破滅すべしまことに亢龍の悔ある」

〇巻四の33丁オ1行目、

 「事をや扨調合するに大ぶく小ぶくこえたる」

〇巻四の33丁オ2行目、

 「人やせたる人せい高き人ひくき人男女老少病の軽重」

〇巻四の33丁オ3行目、

 「薬の浅深四季土用方角などの心得あるべし」

〇巻五の18丁オ1行目〜3行目、

 「人の恩情をもかんじしらずうときしたしきをもわきまへしらず義理じひをもおもんじしらずさあれは主親兄弟親類ちいん僧法師の物をもかすめ取おしたをさん事何の」

〇巻五の69丁ウ6行目、

「のかけ引桂馬の筋違飛香車の一向金銀のかこひ」

 

 右に掲げた中の傍線の部分が、墨の色が他よりも濃く、または薄く、文字が他より大きく、または小さかったりする。つまり、これらは入木されたものと思われるのである。巻五の18丁オ1行目〜3行目は、全休に文字が小ぶりで、字数も、25・25・24字と、他の行よりも多い。さらに、17丁ウの10行・11行も、24・24字となっている。これなどは、版下段階あたりで、誤脱に気付き、その字数が多かったためか、この五行位の間で補正したものと思う。いずれにしても、初版本以前に、自筆写本があり、作者などの指示によって、版下段階、または、印刷の早い段階で訂正したものと思われる。

 次に、版心の様式に十一種ある事は書誌の項で示した通りであるが、このように多くの様式が、一作品の中で生じる原因については、現在、明らかにし得ない。1丁〜4丁は、巻二〜巻五ともに「1」の様式であり、巻一も「5」で、「1」に近いものである。9丁〜12丁は、巻二〜巻四が共通して「3」となっている。版下作成の過程は、どのような手順であったのか。あらかじめ匡郭の界線のみを書き込んだ用紙に、版下書(能書家)が本文や柱題・丁付を書き込み、これを版木に貼り、何人かの彫師によって彫られ、版心の飾りは、彫る段階で適宜装飾されたものであろうか。そのような事情から、この様な不統一が生じたとも考えられる。今後、他作品の版心も調査して考えてゆきたいと思う。

 

  【二】 寛永十九年版十二行本

 

 この版は、寛永十九年版十一行本を敷写しして作った版下を使用したものである。従来、言われている如く、覆刻版(かぶせ版)は、原本(前の版)を解体して、版木に貼り付けて彫るものである、とするなら、厳密には覆刻版(かぶせ版)と言い得ないにしても、それに近い性質のものである。

 その根拠の第一は、十一行本と十二行本であるため、それぞれ、一行ずつのずれが出来る訳であるが、このずれの箇所の行間を調べてみると、十二行本において、十一行本の丁移りの箇所の行間が、他の行間と不揃いであり、全体的に広めになっている。また、ある場合には、それを境目として、行の頭の高さに落差が見られる。そして、この反対の現象が十一行本には見られない。

 巻二56丁ウ1行目(十二行本では、51丁ウ10行目、以下、丁数表示は原則として十一行本で示す)の「銭一文」の振り仮名「ぜに」は、この行が1行目のため、版心の匡郭と接しており、「銭」の字のやや上方に窮屈な状態で寄せられて付されている。この箇所の十二行本は10行目で匡郭とは関係ないが、十二行本と同様に刻している。これと逆に、巻二55丁ウ2行目の「玄山」の振り仮名は、ゆったりと付されている。この箇所の十二行本は、51丁オ1行目であるため、ノドの匡郭と重なる。そこで十二行本は匡郭を削り取っている。これらは一例に過ぎず、全体に亙ってこの現象が見られる。(112ぺ―ジ写真参照)

 第二に、天地の寸法を比較すると、十二行本の方が短い、という事である。

 

《表省略》

 

 この表は、各巻第1丁オ第1行目の天地(巻一は2丁オ)の寸法を【一】の〔18〕桜山文庫本と【二】の〔1〕国会本に拠って計ったものである。縮小率は必ずしも一定していないが、いずれも十二行本の方が短くなっており、これは、かぶせ版は縮小する、という原則に適っている。匡郭寸法を比較してみると、十二行本は十一行本より縦が短くなっているのに横は長い。これは十一行本を敷写しして版下を作り、しかも一行増したところから生じたものと考えられる。また、縮小率が一定していないのは、印刷時の紙の湿り具合、印刷の先後、文字のしずみの出具合(殊に差の少ない巻二、巻四の行末の文字が「ツ」「折」である事は注意してよいと思う。)などの条件が関わっていると思われる。

 第三に、十一行本と十二行本の本文異同の関連から考えても、この事は実証し得るものと思われる。

 この作品の本文異同に関しては、本誌第一号で考慮した事がある(注9)。ここでは、その結果を簡略に紹介したい。使用原本は、十一行本は桜山文庫本、十二行本は国会図書館本を使用し、異同箇所の表示は十一行本に拠った。なお、異同調査の範囲は巻一とし、必要に応じて巻二以下も加えている。

 

顱⊇衆豺塰棔十二行本の本文異同……3   (上が11行本)

  ■恵ウ1行目 わたし→わたり

 ◆28丁ウ6行目 ゑいよう→ゑいかう

 、47丁オ7行目 あつさ→あつゝ

  ,痢屬掘廖屬蝓廖↓△痢屬茵廖屬」、の「さ」「ゝ」は共に類似した書体であるため、敷写しの段階、または版木に彫り刻む段階で生じたものと思われる。(113ページ写真参照)

 

髻⊇銃鷙塰椶派娉辰靴真兇蟆礁勝帖16

  ■加ウ6行目…情(なさけ)   ◆11丁ウ3行目…男(おのこ)

 、12丁オ4行目…求(もとめ)   ぁ12丁オ7行目…求(もとめ)

 ァ13丁オ2行目…百(もゝ)    Α15丁オ6行目…詞(ことば)

 А15丁オ8行目…対(たい)    ─15丁ウ1行目…所詮(しよせん)

 、21丁ウ10行目…真実(しんじつ) 、21丁ウ10行目…剛(かう)

 、22丁オ10行目…詞(ことば)   、25丁オ6行目…槙(まき)

 、25丁ウ6行目…破損(はそん)  、28丁ウ11行目…彌字(みじ)

 、31丁オ3行目…無欲心(むよくしん)

  これらの内、◆Ν・ぁΝァΝ・・の文字は特に太めで、伸び伸びとしておらず、印刷の墨も他に比較して濃く出ている。あるいは、後刷の場合に入木したという可能性が高い。

 

鵝⊇銃鷙塰椶脳蔑した振り仮名……3

  22丁オ7行目…味(み)    ◆31丁ウ9行目…計(けい)

 、34丁オ1行目…同(どう)

  これらは、版下書写段階または、版木を作る過程で脱落したものと思われる。

 

堯⊇銃鷙塰椶派娉辰靴紳点……20(振り仮名……0)

、十二行本で省略した濁点……55(内、振り仮名……16)

  清濁の異同についての具体的な箇所は掲げないが、十二行本が濁点を多く省略している事は注意すべきである。これらは、版木に彫り刻む段階で省いたものであろうか。

 

、十二行本は句読点を付加している。

  十一行本において句読点は皆無であるが、十二行本では、ほぼ全体に亙って「.」「。」を付加している。原本をそのまま、版木に貼る方法では生じる可能性が低い。

 

、十二行本で簡略化した文字……6

  ■乎ウ2行目…愛着のおもひに

 ◆■乎ウ4行目…されは知者においてハ

 、17丁オ11行目…かくて古き詩

 ぁ22丁ウ7行目…是に心づきて

 ァ29丁ウ10行目…まうねんしうぢやくによつて

 Α30丁オ3行目…すでに法賊よ

  十一行本と十二行本の書形は、一見非常に類似しているが、子細にみると運筆等に相違が認められる。そして、右に掲げた箇所の傍点を付した文字「に」「詩」は、十二行本で簡略化された書形となっている。さらに、

 〇 28丁オ1行目…籠やにめしうとおほく

  この「と」は、十二行本で、かなり異なる書形となっている。

 

、巻二以下の異同

  巻二、9丁オ1行目…牢人(らうにん)→牢人(ちうにん)

 ◆巻二、24丁オ6行目…よく候→はく候

 、巻三、9丁ウ1行目…乱世(らんせ)→乱世(ちんせ)

 ぁ巻三、13丁ウ1行目…いかりうらミ→いかりうしこ

 ァ巻三、18丁オ3行目…せんだく→せんざく

 Α巻三、31丁オ1行目…いやとの→い□□の

 А巻三、31丁ウ1行目…一首→一しゆ

 ─巻三、34丁ウ11行目…むさくきたなく→むとくきたなく

 、巻四、31丁ウ1行目…日ころ→ひころ

 、巻四、32丁オ6行目…異(い)国→異(の)国

 、巻四、38丁オ1行目…となるといへる→ことなるといへる

 、巻五、16丁ウ8行目…後生(ごしやう)→後生(ごせう)

 、巻五、18丁ウ11行目…度(たひ)→度(たゝ)

 、巻五、23丁オ2行目…一とせ出羽(でハの)→一しせ出羽(いてハの)

 、巻五、23丁オ10行目…やさしけれども→やさしけれ□も

 亜巻五、32丁オ4行目…無類なるべし→無類なるべ

 院巻五、38丁ウ9行目…病(やまひ)→病(やうひ)

 押巻五、53丁ウ11行目…古人の詞にも→古人の詞に

  これらの異同のほとんどが、△痢屬茵廣「は」の如く類似した字形からくるものであったり、の「い」→「の」の如く、十一行本が減字であるところから生じたものであったり、要するに、巻一の三箇所の異同と同様のものであると言い得る。ただ、Г痢崋鵝廣「しゆ」、の「日」→「ひ」、の「生(しやう)」→「生(せう)」、欧痢屬砲癲廣「に」は注意すべきである。十二行本は、前述の如く、十一行本の準かぶせ版であると思うが、従来説かれている如く、かぶせ版は原版をそのまま版木に貼り付けて刻むものであるとするならば、彫工は版下に忠実に刻むものであるとも言われており、この様な異同は生じないはずである。やはり、これらの異同は書写の段階で生じたものと思われ、この両版に関しては、十一行本を敷写しして版下を作ったものと推定したいと思う。さらに、これらの異同の生じている箇所が、十一行本の一行目と十一行目、つまり版面の両端に多いという事も、以上の判断を支えるものと思われる。

 

 以上の事を考え合わせると、十二行本は十一行本を原版に使用したため、同じ刊記を有するが、実際の刊行年は寛永十九年よりも、やや後とするのが妥当と考えられる。

 次に、版心の装飾の様式であるが、書誌の項で掲げた如く、三十二種という多きを数える。十一行本との関連の有無など検討してみたが、明確なものは出てこない。やはり、版下には匡郭の界線のみを書き込み、花びらの数などは、彫師が彫りの段階で適宜装飾したもののように思われる。

 

 

  【三】無刊記本

 

 この版には、刊記がないが、水谷不倒氏以来(注10)、寛文頃の刊行とされてきたものである。これに対して、前田金五郎氏の寛永十九年以前の初版本とする説(注11)もある。また、横山重氏は「本害に、万治頃の刊本あり。これに刊年記なし。反町氏、巻末の「于時寛永十三」云々をとりて、寛永中刊とすれど然らず。」と【一】の〔13〕十一行本の識語で記しておられる。私は、以上の諸説を参照して考えたが、この無刊記本は、寛永十九年以後、万治二年以前の刊行とするのが妥当と考える。そのように考える理由は以下の如くである。

 第一に、寛永十九年版と無刊記本の間には、かなり多くの本文異同がみられるが、それらは、寛永十九年版の増補とするよりも、無刊記本の脱落および省略とみる事の方が妥当と思う(注12)。

 第二に、当時の書籍目録の記録を掲げると以下の如くである(注13)。

 

  ∨治筆写『新板書籍目録』(東寺観智院蔵)

  「可笑記」(55丁ウ)

 ◆寛文無刊記『和漢書籍目録』

  「五冊 可笑記

   五冊 同小本絵入

   十冊 同評判  」

 、寛文十年秋、西村又左衛門・又右衛門刊『増補書籍目録/作者付/大意』

  「五冊 可笑記 大小 如儡子作

   十冊 同評判 浅井松雲了意 」

 ぁ寛文十一年夏、山田市郎兵衛刊『新板増補書籍目録/作者付大意』

  「可笑記 大小/如儡子作 五

   同評判 浅井松雲/了意 十」

 ァ延宝三年孟夏、毛利文八刊『増続古今本朝彫刻書籍題林/作者付/大意入』

  「五 可笑記 大本/小本 如儡子作

   十 同評判 了意      」

 Α延宝三年仲夏、江城下之書林刊『新増書籍目録』

  「五 可笑記 如儡子作

   五 同大字

   五 同小本

   十 同評判 浅井松雲

   五 同跡追    」

 А天和元年春、山田喜兵衛刊『新撰書籍目録大全/直段付太意』

  「五 可笑記 如儡子  五匁五分

   五 同大字      七匁

   五 同小本      四匁

   十 同評判 浅井松雲 廿匁

   五 同跡追      五匁 」

 ─貞享二年孟春、西村市郎右衛門他三肆刊『広益書籍目録』

  「五 可笑記 大本/小本 如儡子作

   十 同評判     了意 」

 、元禄五年、八尾市兵衛他三肆刊『本朝彫刻広益書籍目録大全/作者付大意』

  「五 可笑記 大本/小本 如儡子作

   十 同評判     了意作

   五 同跡追        」

 、元禄九年孟春、河内屋利兵衛刊『増益書籍目録大全』

  「五/村上  可笑記 如儡子作  五匁

   五/野田弥 同小本       二匁五分

   十/上村  同評判 了意    十五匁

   五/いせや新 同跡追      三匁 」

 、元禄十二年正月、永田調兵衛他二肆刊『新板増補書籍目録/作者付大意』

  「五 可笑記 大本/小本 如儡子作

   十 可笑記評判   了意

   五 可笑記跡追      」

 、宝永六年中夏、丸屋源兵衛刊『増益書籍目録大全』

  「五/平の佐/丸や源 可笑記 如儡子作 五匁

   五/野田弥   同小本   三匁五分

   十/上村    同評判 了意 十五匁

   五/いせや新  同跡追    三匁 」

 、正徳五年正月、丸屋源兵衛刊『増益書籍目録大全』

  「五/平の佐/丸や源 可笑記 如儡子作

   五/野田弥    同小本   五匁五分

   十/上村    同評判 了意 廿五匁

   五/いせや新   同跡追   三匁 」

 

 右に掲げた、当時の書籍目録の記載を見ると、Δ留篳三年仲夏、江戸で刊行された『新増書籍目録』から、大字本が見え、Г療系存鞠春、山田喜兵衛刊の目録では、大本を五匁五分とし、大字本は七匁、小本は四匁となっている。この大字本は寛永十九年版十一行本・十二行本、大本は無刊記本、小本は絵入本と推測されるが、この価格の差は、出版の時期に関連しているのではないかと思われる。つまり、大字本(寛永十九年版)は、この時点において、すでに希少価値をもっていたものと推測される。

 以上、第一の無刊記本の本文には、多くの脱落・省略がある事、第二の、当時の価格差を合わせ考える時、無刊記本は、寛永十九年版より後の刊行と推測されるのである。

 第三に、本文の異同関係から考えると、無刊記本は、万治二年版の絵入本より前の刊行と思われる(注14)。

 第四に、無刊記本の書体であるが、これについて、水谷不倒氏は、大正八年刊の『仮名草子』(注15)で「又大本の挿絵なきものにて別版あり。書風原版とは異なり、年号を逸すれども、絵入本よりは遥に後の版行なるべし。」(傍点引用者)とされたが、その後、昭和四年発行の『新撰列伝体小説史前編』では「此書初版は寛永十九年、其後寛文初年複刻せられた……」と、やや表現を変えておられる。

 無刊記本の書体は、丸みを帯びて小振りとなっている。一行の字数も寛永十九年版が約二十字であるのに対し、無刊記本は約二十三字となっているが、これは、寛永版の伸び伸びとした、やや大きめの字と異なり、万治・寛文頃の版本に多く見られるものと同じように思われる。また、版心なども、寛永十九年版の半黒口魚尾に花びらを配す、という手の混んだものに対し、無刊記本・絵入本・可笑記評判は、共に簡略なものとなっている。

 これらの点で、無刊記本が寛永十九年版よりも後のものである、という事は納得できるが、「絵入本よりは遥に後の版行」という点には疑問が残る。万治二年の二年後が寛文元年であり、この短い期間の版本の刊行の先後を書体で判定する事は、非常にむずかしい事と思われる。したがって、私は書体の問題はしばらくおき、本文の異同関係から、無刊記本を絵入本以前の刊行と判断したい。

 このように考えてくると、この無刊記本は、寛永十九年以後、万治二年(または万治元年)以前の刊行という事になるが、それも、かなり明暦・万治に近い頃の出版と推測される。

 

 

  【四】 万治二年版絵入本

 

 この絵入本について、水谷不倒氏は、「こゝに掲げたるは、万治二年版の絵入本なり。此絵入本に、中本にて大小の二種あり。」と『仮名草子』に記しておられるが、私は、これまでの調査で異版を見る事が出来なかった。諸本間において、製本寸法には、かなりの差違があるにしても、匡郭寸法に大きな差は無い。なお、水谷氏が掲げられた版本と、私が調査したものとは、寸法も一致するので同版のものと思われる。

 また、朝倉亀三氏は「万治二年に絵を挿み、「絵入風流可笑記」と題し、半紙本として再版、寺町三条上ル町山本五兵衛開板。」と『新修日本小説年表』で記しておられるが、このような題簽・内題を持つ版本も見る事を得なかった。【四】の〔12〕国会図書館・極椶蓮巻五のみの端本で、題簽には「風流可笑記 全」とあり、内題も「風流可笑記 全」とあるが、いずれも墨書である。また、三井文庫の記録によれば、旧蔵本の書名は「風流絵入可笑記」となっているとの事である。調査済み諸本の原題簽には、いずれも上部に「新板」とあり、これが可笑記の新版でなく、絵入本の新版を意味するとすれば、あるいは別の原題簽を持つものがあるのかも知れない。前述の水谷氏の記述と共に、今後の調査を俟ちたい。

 【四】の〔2〕秋田県立図書館本、〔6〕香川大学・神原文庫本(巻五のみ存)、〔9〕京都府立総合資料館本は、巻一の18丁〜42丁、巻二の25丁〜44丁、巻三の21丁〜41丁、巻四の25丁〜42丁、巻五の35丁〜61丁が、それぞれ落丁となっている。京都府立総合資料館本、香川大学・神原文庫本の巻五後見返しには、定栄堂・吉文字屋市兵衛の蔵板目録が付されている。その内容から考えると、これらの蔵本は後刷本と判断されるが、大坂の定栄堂が刊行するまでの間に、版木の破損・紛失などの事故があったものと推測される。

 この版には、四十一図(内、見開き三図)の挿絵が入っている。この絵の画家について、水谷不倒氏は、『古版小説挿画史』(注16)において、『他我身之上』の画系に属するものとし、「この絵師は小人物主義で、一体に図柄が細いから、やや引立たぬやうではあるが、その特微は、柔かな細い線で、長身の人物を描くにある。」と記しておられる。この挿絵に関しては、さらに精査したいと念じている。

 刊記の山本五兵衛は、京都寺町通三条二丁上ル に住し、慶安から貞享にかけて活動した書肆で、『平安城東西南北町並之図』(慶安5年)、『御成敗式目』(同)、『理窟物語』(寛文七年)、『諸図案内旅雀』(貞享4年)、『五体千字文』(貞享5年)などを刊行している(注17)。

 絵入本の本文は、無刊記本を底本に使用して作られたものと判断される。(注18)

 

 

  【五】 その他(取合本・写本)

 

 ここには、寛永十九年版十一行本・十二行本、無刊記本の、それぞれ取合本を一括した。

 〔4〕の早稲田大学本は、刊年記の次に、

 「大坂心斎橋通リ西ヘ入南久宝寺町南側

        平 野 屋 九 兵 衛」

と、木版刷の紙片が張込んである(118ぺージ写真参照)。この件に関しては前述(93ぺージ)の通りである。

 〔6〕の東車入学国語国文学研究室蔵の写本は、毎半葉十一行となっているが、本文異同をみると寛永十九年版十二行本の写しである事は明らかである。(注19)

 

 以上、各版の書誌的考察を加えたが、本文批評の結果をも踏まえて、各版の本文について簡略に整理しておくことにする。

 寛永十九年版十一行本 この版は、書写本に次ぐ原初的な形態を伝えている初版本として、最も重要な位置を占めている。用語の不統一、特殊な表現、重複ぎみの文章など、話し言葉としての要素を多分にもっており、この事は、この作品の成立過程や文体等を考える上でも留意すべきである。初版本で、しかも、最も秀れた本文と判断される、この十一行本こそ、作品研究の第一のテキストとして選ばれなければならないと考える。ただ、版本以前の自筆写本(または、その転写本)の発見される可能性も全く無い訳ではなく、発見された場合は、改めて分析、再評価しなければならない。

 寛永十九年版十二行本 この十二行本は、十一行本の準かぶせ版であるから、十一行本をかなり忠実に伝え、句読点を付加し、振り仮名を多くして、その普及に役立った点で意義があり、この作品が次第に読者を獲得していった事の一つの証左にもなっている。

 当時の書籍目録の価格から推測すると、時を経るにしたがって、十一行本・十二行本(大字本)は貴重本的存在になったもののようである。それに比して詩者層は次第に拡大され、より多くの読者が生まれてくる、これに応えて第三版として出版されたのが無刊記本ではないかと思われる。

 無刊記本 この版は十二行本を底本に使用したと思われるが、特殊な表現を一般的に改め、廻りくどい文章を簡略化し、話し言葉を書き言葉に改め、仮名を漢字に改め、そして字体も小さくしており、十二行本以上に普及版としての性格を持っている。このように無刊記本は十一行本・十二行本に比較して、原初的な形からは著しく離れたものとなっており、その点では十一行本・十二行本よりも劣った本文という事になる。しかし、後続の絵入本や可笑記評判が、共にこの無刊記本を底本に使用したと思われる事をも含めて、この版は一層多くの読者に読まれた本文として、流布本的存在であると言い得るのであり、その意味でも、この無刊記本は決して軽視すべきではないと思うのである。

 絵入本 この版は無刊記本を底本として使用したものと思うが、底本への態度は誠に忠実であり、むしろ盲従的であるとさえ言える。無刊記本の仮名を漢字に改めるにしても、それは主として丁数を少なくしようという目的で行われている。わずかに底本の誤りを正したものもあるが、むしろ踏襲している場合の方が多く、さらに機械的な誤脱・誤刻は圧倒的に多いのであり、絵入本の本文は無刊記本よりも、さらに一層劣ったものとなっている。しかし、この版は師宣風の挿絵・四十一図(内、見開き三図)を付加する事が、その主眼であった。当代人に好評を得たこの作品を、半紙本という軽装版に改版し、親しみやすい絵を入れる事によって読者に応えたものであろう。

 これらの他、浅井了意の『可笑記評判』も『可笑記』の本文の大部分を収録しているが、これについては別に考察したい。

 

 次に、各版の出版の先後関係について整理しておきたい。これまでの考察も実は、各版が版木に彫られた時点を、その本文の成立時点として考えてきた。厳密に言うなら、各版の出版の時とその本文の成立の時とは、必ずしも一致しない場合もあり得ると思うが、それを判断する資料が十分に備わっていない現在、出版以前を推測する事は不可能に近いし、また、初版本以外は特別の事情でもない限り、出版の時に、すでに出版されている版本を底本として版下を作る可能性が大きいと思われるので、この事に、それほど問題はないと思うのである。各版の刊行年を推測すると、

  十一行本……寛永十九年秋(刊記による)

  十二行本……寛永十九年秋以後(二十年以後か?)

  無刊記本……寛永十九年秋以後、万治二年(または元年)以前

  絵入本………万治二年正月(刊記による)

  可笑記評判…万治三年二月(刊記による)

 この中で、十二行本と無刊記本は、いずれが早いか即断できないが、当時の書籍目録の価格、伝本の数、その他の条件から考えると十二行本の方が早いとみるのが妥当と思われる。

 これを図示すると次の如くなる。

 

 

諸本系統図(試案)

 《HTML版では省略》

 

 

 翻刻・影印本等

1、徳川文芸類聚・第二・教訓小説(朝倉無声例言、山田安栄・伊藤千可良・岩橋小弥太校、大正3年、広谷図書刊行会発行)

 徳川文芸類聚は、【五】の〔4〕早稲田大学図書館所蔵の取合本を底本に使用したものと推測され、巻一は寛永十九年版十一行本に対する無刊記本の異同を全て踏襲している。振り仮名を省略している以外は忠実な翻刻であるが、原本との異同は48箇所あり、そのほとんどが翻刻上の誤りである。また、巻二から巻五までが、十一行本に拠っている事は、その異同関係からも認められる。また、刊年記のあとの「大阪心斎橋通西入南久宝寺町南側/平野屋九兵衛」は底本の貼込みを、そのまま翻刻したものと思われる。

2、近代日本文学大系・第一・仮名草子集(笹川種郎解題、昭和3年、国民図書発行)

 近代日本文学大系は、ヾ岨・仮名の異同が多い。∩り仮名を多く付加している。振り仮名を変えたり、付加したりしている。など、原本とは、かなり離れた本文となっている。巻一は徳川文芸類聚の原本に対する異同48箇所の内、25箇所をそのまま受け継ぎ、23箇所は無刊記本と同じに正している。巻二から巻五までは寛永十九年版系の本文となっている。なお、『可笑記』の挿絵として一葉を掲げるが、これは古浄瑠璃『公平天狗問答』のものである。(注20)

3、仮名草子選集・国立台湾大学図書館影印(昭和47年、台北・大新書局発行)

 寛永十九年版十一行本の複製で、巻頭に巻一、巻三、巻五の原表紙の写真を掲げ、書誌略を付す。影印本は、原本を分解して、一丁開いた形で収めている。所蔵番号、蔵書印、柱刻(部分的)などを消しているが、金子和正氏より頂いた原本の写真と比較してみると、虫損の部分などが一致するので、【一】の〔21〕台湾大学図書館蔵本が底本であると推定し得る。

4、可笑記大成―影印・校異・研究―(田中伸・深沢秋男・小川武彦共編著、昭和49年、笠間書院発行)

 第一編には、寛永十九年版十一行本(底本は小川武彦氏蔵本)を複製し、脚注の形式で、寛永十九年版十二行本・無刊記本・絵入本との校異を掲げている。第二編には、絵入本の挿絵を掲出(底本は中野三敏氏蔵本)、第三編には六点の論考を収める。

5、可笑記〈原本現代訳・51〉(渡辺守邦訳、昭和54年、教育社発行)

 全二八〇段中の約半分の諸段についての現代語訳を収録し、巻頭に詳細な解説を付す。

6、仮名草子集成・第十四巻(朝倉治彦・深沢秋男共編、平成5年、東京堂出版発行)

寛永十九年版十一行本を翻刻したもので、底本は、【一】の〔1〕京都大学文学部蔵本。無刊記本との異同を限られた範囲で、傍注の形で示している。巻末に絵入本の挿絵(底本は横山重氏旧蔵本)と、各版の表紙、刊記等の写真、解題を収録。

 

 

翻刻・複製の底本一覧

 《HTML版では省略》

 

 

 

注1、二本松藩士・大鐘義鳴は、天保十二年(一八四一)成立の著書『相生集』で、如儡子の子孫(第九代・英盛か)から、写本『可笑記』を閲覧させてもらい、その跋文には「……寛永六年の秋の頃に思ひ初めて、拙き詞をつゞり初め……」とあったと記している。

注2、『徳川文芸類聚』第二巻・教訓小説(朝倉無声例言、山田安栄・伊藤千可良・岩橋小弥太校訂、広谷雄太郎編、大正3年6月、広谷国書刊行会発行)。

注3、近代日本文学大系・第一巻『仮名草子集』(笹川種郎解題、昭和3年12月18日、国民図書発行)。

注4、井上和雄氏『慶長以来書賈集覧』(大正5年9月25日、彙文堂発行)。

注5、鈴木敏夫氏「江戸時代の本や」(『出版ニュース』昭和43年9月上旬号)。

注6、この件は、日本近世文学会で口頭発表の折、田中伸氏より御指摘があり、その後、懇切な私信(昭和43年7月6日付)をもって、氏の見解を御教示下さった。

注7、この問題に関して、昭和四十三年七月十五日、九州大学所蔵本調査の折、中村幸彦氏より、刊年記の左の刷り跡は、書肆名などの削除跡ではなく、空白部分の削り残しであろう。また、寛永期には、発売元等の事で三都の連絡はとれていなかったので、十一行本は、おそらく、京都で出版されたもので、それも専門の書肆ではないのではないか、という、御教示を頂いた。

注8、ここに掲げた中で、巻四の33丁オ2行目・3行目、巻五の69丁ウ6行目のものは、渡辺守邦氏が『書誌学月報』第46号(平成3年10月)で指摘されている。

注9、「『可笑記』の本文批評」(『近世初期文芸』第1号、昭和44年12月)。

注10、水谷不倒氏『新撰列伝体小説史前編』(昭和4年7月23日、春陽堂発行)。

注11、前田金五郎氏は「「浮世物語」雑考」(『国語国文』34巻6号、昭和40年6月)で「所で、「可笑記」の寛永版には、奥書だけと、奥書と刊記とのある二種の版本があり、その文章には多少の相違があり、(たとえば龍門文庫所蔵の二本を比較すれば明白)、「可笑記評判」に引用する「可笑記」の本文は無刊記本に一致し、無刊記本の方が刊記本以前に刊行されたと推定される事である。従って了意は、無刊記本の原稿を見せてもらって「可笑記評判」を書き(水谷不倒氏説)、奥書記載後加筆して「可笑記評判」が成立したと考えることも可能である(この点については朝倉治彦氏の詳細なる研究が発表される予定の由であるから期待したい)。」と述べておられる。しかし、その後、朝倉氏の発表はなされていない。

注12、無刊記本の本文の位置付けを考える場合、当然、他の各版との比較検討を必要とする。この事に関しては「『可笑記』の本文批評」(『近世初期文芸』1号、昭和44年12月)、および『可笑記大成』(昭和49年4月30日)で考察した事がある。ここでは、その結果を要約しておく。

 寛永十九年版十一行本に対する、無刊記本・万治二年版絵入本・可笑記評判(所収の可笑記の本文)の異同の結果は以下の如くなる(範囲は巻一。ただし、以下の七項目は省略した。1、仮名遣いの異同。2、振り仮名の異同。3、送り仮名の異同。4、漢字・仮名の異同。5、字体の異同。6、句読点の異同。7、清濁の異同。

  ¬鬼記本・絵入本・評判共通の省略・脱落……98

 ◆¬鬼記本・絵入本・評判共通の異同……119(内、11行本の省略・脱落……33)

 、無刊記本・絵入本共通の省略・脱落……6

 ぁ¬鬼記本・絵入本共通の異同……8(内、11行本の省略・脱落……1)

 ァ¬鬼記本のみの脱落……………………1

 Α¬鬼記本のみの異同……………………0

 А絵入本のみの省略・脱落………………3

 ─絵入本のみの異同………………………1

 、評判のみの省略・脱落…………………20

 、評判のみの異同……39(内、11行本の省略・脱落。……16)

 

 これらの異同の数量関係から,以下の事が言い得ると思う。

1、無刊記本・絵入本・評判共通の省略・脱落、および異同を合計すると、二一七箇所という多数になる事から、この三つの版が非常に近い関係にあり、共に十一行本・十二行本と離れた本文である、という事が解る。

2、無刊記本・絵入本・評判の中では、無刊記本と絵入本がより近く、評判はかなり離れた本文となっている。

3、無刊記本のみの脱落・異同が一箇所であるのに対して、絵入本のみのものは四箇所である事から推測すると、無刊記本は絵入本よりも早い本文ではないかと思われる。

 

 前掲の、 ¬鬼記本・絵入本・評判共通の省略・脱落……九八箇所と、◆¬鬼記本・絵入本・評判共通の異同……一一九箇所の合計二一七箇所について、具体的に分析した結果、以下の事が言い得ると思われる。

1、無刊記本系(無刊記本・絵入本・評判をこのように略称する)には、十一行本・十二行本の省略・脱落に対して約三倍の省略・脱落があるが、それらは、十一行本が増補したというよりも、無刊記本系が省き、または誤脱させたと思われるようなものが多い。

2、十一行本の省略・脱落は、いずれかと言うならば、後で増補し得るような性質のものが多い、という点から考えると、これらは無刊記本系が衍加したという可能性が強い。

3、十一行本の誤りを訂正し、または特殊な表現を一般的に改めている点で、無刊記本系には校訂的意図を認め得る。

4、無刊記本系には、十一行本の口語的表現を文語的に改め、また、重複的な部分を簡略化する等によって、より一層、文章として定着させようという傾向がみられる。

5、両者の異同は、いずれかと言うならぱ、無刊記本系が改変したという可能性が強いが、その改変は一般常識的な基準によって行われており、それらは、作者でなくても為し得るようなものであると言い得る。

6、両者の異同関係を量的にみると、一字、二字、三字という少量のものが圧倒的に多く、また、内容的にみても、特に重要な部分を省略したり、改変しようとする意図は、十一行本・無刊記本系のいずれにも認められない。

7、無刊記本系は、十一行本の仮名を漢字に改めている箇所が多い。また、無刊記本系と十一行本・十二行本の関係であるが、下段に掲げる三箇所の異同によって、無刊記本系は十一行本と、より近い本文である事が解る。

 

《下段に掲げる三箇所の異同=HTML版では省略》

 

 右にみてきた如く、その異同関係を総合して考えるとき、十一行本と無刊記本系が、別々に刊本以前の写本から本文を得たとするよりも、無刊記本系は十一行本を底本に使用したという可能性の方が、はるかに高いと言い得ると思う。また、仮に無刊記本系が、十一行本とは別に写本から本文を得たとした場合でも、十一行本の方が、より一層写本に近い形を伝えていると思われるし、さらに、十一行本から無刊記本系への本文の改変にあたって、作者の意志が加わっていると思われない事、これらを合わせ考慮するとき、十一行本の本文が無刊記本系よりも秀れたものである事は認め得ると思われる。

注13、彌吉光長氏『未刊史料による日本出版文化』第四巻(平成元年7月20日、ゆまに書房発行)。

  慶応義塾大学附研究所・斯道文庫『江戸時代書林出版書籍目録集成』一〜三(昭和37年12月25日、38年6月10日、38年10月25日、井上書房発行)に拠った。

注14、注18を参照。

注15、水谷不倒氏『仮名草子』(大正8年9月30日、水谷文庫)。

注16、水谷不倒氏『古版小説挿画史』(昭和10年4月10日、大岡山書店発行)。

注17、井上和雄氏『慶長以来書賈集覧』及び、朝倉治彦氏の御示教に拠る。

注18、万治二年版絵入本の本文の位置付けについては、前述(120ぺージ)の、ぁ↓ァ↓Α↓А↓┐粒胴爐鯤析する事によって可能となるが、これらの異同をみると、無刊記本と絵入本の異同が極めて少ない。これは、この両者の本文が非常に接近ものである事を示している。そして、これらの異同から、両者の相互関係を考える事も不可能ではないと思うが、やはり十分とは言えない。そこで、この無刊記本と絵入本については、巻二以後の異同をも合わせて、次に考える。

 巻二〜巻五には二十八箇所の異同があるが、それらは次のように分ける事ができる。

  絵入本が誤脱させたもの……………16

 ◆絵入本が誤読・誤写したもの………6

 、絵入本が無刊記本を正したもの……3

 ぁ△修梁勝扮付など)…………………3

その他、注意すべき点は次の三点である。

 顱絵入本は無刊記本の送り仮名を省いている。

 髻絵入本は無刊記本の仮名を漢字に改めている。

 鵝絵入本は無刊記本の振り仮名を省いている。

これらの異同内容を具体的に分析した結果、以下の事が言い得ると思われる。

 1、各版の中で(十一行本と十二行本の関係は別として)無刊記本と絵入本は、最も近い本文である。

 2、無刊記本の誤脱および誤写は極めて少なく、しかも、それらは後で容易に補訂し得る性質のものである。

 3、絵入本の誤脱および誤写は非常に多く、ややもすると不用意に踏襲されがちの性質のものが多い。

 4、絵入本は無刊記本の仮名を漢字に改め、送り仮名や振り仮名を省いている箇所が多い。

 5、絵入本は無刊記本の本文にかなり忠実であるが、無刊記本の誤りをそのまま踏襲するなど、むしろ盲従しており、その校訂的態度は極めて消極的である。

 6、絵入本は無刊記本より本文を得たと思われるが、その際、十一行本・十二行本を参照していないと言い得る。

右の分析結果を要約すると、絵入本は無刊記本を底本に使用して、盲従的とも言える忠実さをもって改版しようとしたが、その改版作業の過程における誤脱・誤写などを新たに付加する結果になってしまったと言う事ができる。したがって、絵入本の本文は、無刊記本よりもさらに一層原初的な形から離れ、同時に劣ったものとなっていると判断される。

 このように考えてくると、無刊記本の項で、無刊記本系は十一行本を底本に使用した事を指摘したが、それは、無刊記本は十一行本を底本に使用した、と言いかえ得る。

注19、東大写本が、十二行本の写しである事は、前掲(121ページ下段)の異同関係からも明らかである。

注20、この件は、発表後、田中伸氏の御示教によって知る事を得た。また、この点に関しては、関場武氏も『芸文研究』第二十七号(昭和44年3月)で指摘されている。

 

 

 付   記

 

 『可笑記』の諸本調査は、卒業論文の延長であるため、長年月に亙っている。この調査を進めるにあたり、恩師の重友毅先生、長澤規矩也先生からは、全面的な御指導を頂き、かつ諸方面への御紹介と御配慮を賜った。鹿島則幸様、横山重先生には身に余る御高配と温かい御指導を長期間に亙って賜った。

 右の四先生は、すでに御他界、この調査結果を御覧頂く事は出来ない。改めて深甚の謝意を表します。

 金子和正先生は、昭和四十三年、この調査の第一稿が成るに際し、拙稿全部に目を通して下さり、多くの御教示を賜った。私の諸本調査の基礎となったものであり、改めて、御。礼申し上げます。

 この調査を進めるにあたり、種々御教示下さり、紹介の労をとって下さいました諸先生、図書閲覧に際し、御配慮下さいました方々、および図書館・文庫は次の通りです。お名前を記して、心から御礼申し上げます。

 青柳武氏、秋山虔氏、朝倉治彦氏、安藤武彦氏、池上幸二郎氏、石井彪氏、石川数雄氏、石川俊雄氏、石川宣俊氏、伊藤四十二氏、宇佐美誠次郎氏、岡部忠英氏、小川武彦氏、尾崎久弥氏、表彰氏、加藤龍太郎氏、川瀬一馬氏、御巫清勇氏、岸得蔵氏、金原理氏、後藤憲二氏、後藤重郎氏、酒井清氏、坂井利三郎氏、坂本千代子氏、佐々木八郎氏、佐竹昭広氏、佐藤彰氏、佐藤朔氏、柴田光彦氏、島本昌一氏、下房俊一氏、末松保和氏、鈴木義一氏、関場武氏、相馬正基氏、田中伸氏、築比地仲助氏、堤精二氏、坪内正紀氏、富永牧太氏、中一弥氏、中野三敏氏、中村幸彦氏、成田英雄氏、西村清氏、野田寿雄氏、野間光辰氏、服部●《穆からのぎへんを取ったもの》氏、原道生氏、平井隆太郎氏、堀正人氏、前田金五郎氏、三谷栄一氏、森本元一氏、文字幸子氏、八木昇氏、山岡重知氏、山岸徳平氏、由谷英治氏、渡辺守邦氏。

 秋田県立図書館、上田市立図書館、大阪女子大学附属図書館、大阪府立中之島図書館、お茶の水図書館、香川大学附属図書館、学習院大学国語国文学研究室、カリフォルニア大学図書館、関西大学附属図書館、九州大学附属図書館、京都大学附属図書館、京都大学文学部図書室、京都府立総合資科館、慶応義塾大学附属図書館、国学院大学附属図書館、国文学研究資料館、国立公文書館・内閣文庫、国立国会図書館、実践女子大学附属図書館、神宮文庫、大東急記念文庫、鶴岡市立図書館、天理図書館、東京国立博物館、東京大学教養部第一研究室、東京大学国語国文学研究室、東京大学総合図書館、東北大学附属図書館、東洋文庫、都立中央図書館、名古屋大学附属図書館、西尾市立図書館・岩瀬文庫、日本大学附属図書館、山口大学附属図書館、龍谷大学附属図書館、龍門文庫、早稲田大学図書館。(五十音順)

 右の各図書館・文庫の御所蔵本の調査に際しては、法政大学図書館、昭和女子大学図書館の紹介状を頂いた事も少なくない。両図書館の御高配に改めて御札申し上げます。

 今回、木稿をまとめるにあたり、御所蔵本の写真の掲載を御許可下さった、小川武彦氏、京都大学文学部図書室、国立公文書館・内閣文庫、国立国会図書館、後藤憲二氏、神宮文庫、大東急記念文庫、東京大学国語国文学研究室、早稲田大学図書館、に対し厚く御礼申し上げます。

 『可笑記』の諸本調査には、全力を傾注して実行してきたが、なお、未調査本が数点残ってしまった。これらについては、今後、さらに調査補訂してゆきたいと思う。

                             (平成7年9月12日)

(『近世初期文芸』第12号 平成7年12月刊 に掲載)






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