『さかた風土記』
               田村 寛三著
平成10年10月25日,さかた風土記刊行会発行
      A5判 412ページ,2800円

目次
序        佐藤正真
酒田を愛する心と努力に敬服 石堂秀夫
第一章  風 鈴 の 頌
 芭蕉翁の師 仏頂禅師の墨跡
 十三日 酒田での芭蕉宿泊所は
 良寛の師大森子陽の妻
 俳匠阿波野青畝の来酒
 山本健吉と入江泰吉の来酒
 若葉して御目の雫ぬぐはばや 考
 長翠句碑考
 森敦の「みなと紀行」
 酒田文化の殿堂光丘文庫
 旅は文化との出会い
 一世の師表菅原兵治先生の思い出
 死んでも変らない境涯
 茶 禅 一味と わび・さび
 小中学校生に坐禅を
第二章  紅 花 の 道
 仏教文化の酒田湊 平泉・藤原氏開港の伝承
 紅 花 の 道 大石田と酒田を結ぶ最上川舟運の路
 裁判所職員が記す明治の地誌 新酒田史料「酒田寸観」
 北前船と民謡の伝播
 北前船の沖船頭と木間家の川舟船頭
 市外史料でわかった酒田商人の活躍
 飛鳥に残る古代海人文化遺跡
 全国番付から見た酒田と本間家
 庄内と酒田の長者番付
 名門佐竹氏と分家三丁目家の地蔵尊
第三章  酒 田 の 医 者
 近代医学誕生に尽した佐藤泰然一門
 明治初期の医師群像
 医師佐藤国蔵と点字楽譜事始め
 卜ラホーム医者佐藤清治
 産科の功労者桜井晋
 内科医大平□作とその子供達
 外科の流行医加藤政之助と俊夫
 仏教共済社病院の設立
 斎藤茂吉を治療した長谷部三郎治医師
 茂吉と同級の山木三樹医師
第四章  戦 時 下 の 酒 田
 戦時下の酒田
 咲生会と石原莞爾
 中国人の強制連行労働者
 シンガポール戦の捕虜と酒田
 東大航空研究所一部の酒田疎開
 ソ連大使館員及び家族の引き揚げ
 太平洋戦争の終戦
 ゲインの『ニッポン日記』と本間家金塊事件
 招魂社の移りかわり(付)戦後の奉安庫
第五章  民 俗 残 花
 にぎわった酒田芝居 明治時代の功労者 米山円蔵
 海向寺の粟島さん
 王昭君と青塚の伝説
 沖縄船頭が伝えた琉球語
 アイヌ語及び「ヤバッチイ」考
 鶴岡の烏明神について
 加茂屋屋敷と青山の石倉
 酒田の競輪及ぴ蹄友会
 人力車エレジー
 丁持の草相撲と闘犬
 新町遊廓
 船場町遊廓と河岸八丁の眼わい
第六章  来 遊 文 人
 明治の来遊文人
 「君が代」を作曲した奥好義
 紙塑人形家・歌人鹿児島寿蔵の歌碑
 俳人寺田寅彦と飛島測量
 井上靖と「文学の散歩道」
 会津八一の友 今井安太郎
 立志伝中の後藤政之助
 上内町秋葉神社の句碑
 藤田紫明を始めとする市井の人物
 酒田と文学
第七章  黎 明 の 人
 黎明のマルチ人間本間郡兵衛
 酒田で散った戊辰三烈士
 下日枝神社の随身門
 下日枝神社の絵馬
 斎藤美澄と『飽海郡誌』
 代議士池田藤八郎
 戦後の市役所職員組合と文化活動等
第八章  花 惜 し み
 『七曲通り街誕生四十七周年誌』の出版を祝う
 妙法寺さんのこと
 まぼろしの大慈悲院
 本間家訓の伝播
 荘内領本間家訓
 大正末期の方言と世相を物語る番付
 座禅おどけ問答
 「帰心」運動
 歌と世相
 市の都市計画への疑問
 日本海大学の創設を
 復元した鎧屋に疑問
 コアタウン計画への提案
 次期市長に求められるもの
 大学設置と公益学について
 佐藤正真老師渾身の『正法眼蔵 滴凍水』第三巻
 工藤定雄先生と酒田市史
 酒田の秘事法門
 故 佐藤栄一氏と善宝寺参禅会
 真実の時間(有時)
 救いの時間
 万物一体
 即非の論理
 坐禅の功徳
 三老師の禅の図表
 俳句
あとがき


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