『近世文学考』
     長谷川 強 著

            
            2007年6月・汲古書院 発行
            A5判、282頁、定価6000円+税 


目 次

  序 ………………………………………………………………………   I

其磧の方法一斑――通俗への路―― ……………………………………   7

京都が育てた浮世草子――八文字屋本研究の現状―― ………………  23

宝永の追随者―「浮世草子集二」解題― ………………………………  43

「仮名手本忠臣蔵」考――その成立と浮世草子―― …………………  81

松 伐 り …………………………………………………………………  99

浮世草子と実録・講談――赤穂事件・大岡政談の場合―― ………… 105

八文字屋本『風流庭訓往来』と黒本『敵討禅衣物語』 ……………… 125

作られた笑い ……………………………………………………………… 147

小室家蔵『集古帖』『古絵本』――『百合若大臣』など―― ……… 147

パリ訪書行 ………………………………………………………………… 183

「柳多留初篇輪講」続貂 ………………………………………………… 187

語釈二題 …………………………………………………………………… 193

建部綾足の伊勢物語講釈 ………………………………………………… 201

刊記書肆連名考 …………………………………………………………… 213

補訂一束 …………………………………………………………………… 243

初出一覧 …………………………………………………………………… 247

経歴・著書論文目録………………………………………………………… 249

索 引 ……………………………………………………………………… 269

…………………………………………………………………………………
…………………………………………………………………………………

   序

 本年五月に満八十歳を迎えるのを期に、小冊を編んで知友や資料閲覧で御世
話になった向きにお見せしようと思う。
 私は我儘で怠惰、世間的な常識に欠けるところがあると自覚する者であるが、
小学校以来多くの恩師・先達・知友の暖かい御教導・御世話を得たのには感謝
の言葉もない。容れられず、理解されぬこともあったが、それは浮世の常であ
ろう。往事茫々、感慨一入である。
 私が中学に入学したのは昭和十五年、一九四〇年、この年は紀元二千六百年
といわれて、神国日本という狂信的な時代の只中であった。その苦い時代を経
て得た教訓は、時勢に流されぬ事、群れない事であった。そして驥尾に付さぬ
事。その為に、学問の世界にも時に流行めいたものもあろうと思うが、それと
無関係に、結果として自己の好いた事に遊んでいた嫌いがあろうと思う。そこ
に独善的であったり、磨きの足りぬところがあったりする事もあったかと思う。
 私は平成八年に皇学館大学で「近世文学史の隙間」という妙な題で話をさせ
てもらった。今の文学史は飛石文学史で、その多くの隙間を埋める事によって
文学史の見方が変る可能性のある事、それに留意しての研究の必要を話した。
これは私自身経験した事であるが、八文字屋本を調べていた時、大体の見通し
を得ても一つの資料を新しく見出した時、見通しを修正したり、新しく構築し
直したりせねばならぬ事が起るのである。私はそういう隙間を埋める事に興味
を見出した嫌いがある。大局を見通す眼力のある方には些事に拘わっていると
思われるであろうが、それぞれの方面の研究に役立つ事があれば幸いである。
 戦時中はもし西鶴のサの字でもいうと非国民扱いを受けかねなかった。今は
女子学生でも廓や男色やら何の抵抗もない様子である。よい時代になったもの
と思う。しかし今や戦前に回帰しかねない傾向も見える。戦前の干渉やテキス
トの伏字やの時代への回帰は回避せねばなるまい。それに戦時中は右のような
動きを肯定し積極的であった人は国文学界にもあったのである。自戒すべき事
であろう。
 又今は大学に対して、学外の人をも交えて研究への評価が行われているよう
であるが、それが右のような干渉に進まぬように切に望むものである。
汲古書院とは久しい御縁である。御礼を申したい。

    二〇〇七年五月
                              長谷川 強


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