『本間寅雄著作目録』 (1946−2007)
  斎藤武彦・斎藤純子・北見継仁 編

       2011年1月4日、本間寅雄著作目録編纂委員会発行
       950−0824 新潟市東区中島1−7−2−1006
       A4判、126頁
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  目  次

 まえがき ……………………………………………… 斎藤武彦   
凡 例  ………………………………………………   
本 文  ……………………………………………… 1〜122
編集後記 ……………………………………………… 北見継仁

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   凡   例

1 この目録は、2007年7月15日に刊行された『回想 磯部欣三』に収録されている「磯部欣三著作目録」をもとに増補・改訂し、1946年9月から2007年12月31目までの著作をわかる範囲で収録した。但し、毎日新聞記者時代の毎日新聞社関係の著作は原則として収録していない。

2 配列は、刊行年月日順とした。月、日の確定できない場合は、各年の末尾に配列した。年月日の確定できなかったものについては、最後にまとめて収録した。

3 各項目の記載事項は、整理番号、標題、@かかわりあい方、A所載刊行物名、B刊行時、C発行所、D所載頁、および※印で項目照合等の註記をした。また単著あるいは編集の場合は、判型・頁数を記した。
                            ’
4 整理番号は8桁で表示した。最初の4桁は西暦による刊行時、つぎの4桁は刊行月日をあらわす。たとえば、20071231は2007年12月31日の刊行をあらわす。

5 @関わり合い方は、著、共著・編著・対談・監修等の別を〔  〕内に示し、そのあとに、著作者名(筆名)及び共同著作者名等を記した。

6 A所載刊行物名は、新聞・雑誌等の場合の論文名、エッセイ・コラム等のタイトルを「   」で示し、書籍・雑誌・新聞名は、『   』で示した。

7 項自相互の照合については、自身の編著書の場合は「収録」、他の編著書の場合は「転載」と区別した。

8 記載事項のデータは、原則として所載の奥付けを最優先とし、必要に応じて表紙、扉を参考にした。また表示は、原則として所載刊行物にしたがった。

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    本間寅雄(磯部欣三)略年譜


氏 名  本 間 寅 雄  (筆名 磯部 欣三)
現住所  新潟県佐渡市相川二町目一四番地


大正15(1926)年2月6日
新潟県佐渡郡相川町北川内1092に、父喜作、母ハツの三男として生まれる。

昭和16(1942)年3月
相川町立高千尋常高等小学校を卒業。群馬県にあった中島飛行機工場へ就職す
る。
昭和18(1943)年 軍隊に入り中国行き、終戦で除隊帰国。    
昭和22(1947)年5月2日 佐渡郡相川町の本間金一、幸子の三女フサと結婚。
昭和23(1948)年6月11日 長女純子誕生。
昭和25(1950)年 雑誌『二十代』創刊にかかわる。        
昭和26(1951)年3月
中根速記学校を卒業。 NHK新潟放送局嘱託通信員(記者)となり、4、5年
勤務する。
昭和27(1952)年6月23日 二女文子誕生。毎日新聞社の嘱託となる。     昭和28(1953)年 「相川劇作研究会」設立にかかわる。        
昭和29(1954)年 「文芸懇話会」発行の雑誌『近代』にかかわる。
昭和31(1956)年8月20日 (財)佐渡博物館評議員に就任。
昭和33(1958)年
三浦啓作氏らとともに「生活をつづる会」の組織にかかわり、『しまのくらし』
を発刊、13年間続く。                        
昭和38(1963)年 この頃「羽田村研究会」設立にかかわる。
昭和39(1964)年 毎日新聞社に正式入社。(地方記者として佐渡で勤務)。
昭和40(1965)年 毎日新聞社新潟支局で約2年間勤務。              
昭和44(1969)年 「上相川に眠る諸々の霊塔」角柱建立にかかわる。
昭和45(1970)年 相川町史編纂委員会の委員及び調査員に就任。      
昭和47(1972)年4月 相川町文化財保護審議会委員に就任。  
昭和55(1980)年3月                         
 毎日新聞社の地方記者におくられる、第1回目の「やまなみ賞」を受賞。
        11月1日 (財)佐渡博物館歴史部長(評議員兼務)に就任。
昭和59(1984)年 「大岡源三郎の碑」建立にかかわる。
昭和60(1985)年 「良寛の母生家跡の碑」、「無宿人多十の句碑」建立に
 かかわる。
昭和62(1987)年 4月1日 毎日新聞社を退職。
 「小川久蔵の碑」、「夕鶴のふるさと」の碑建立にかかわる。
昭和63(1988)年                      
(財)佐渡博物館理事長兼館長に就任。佐和田町文化財審議委員に就任。

平成元(1989)年                    
新潟県文化財保護審議会委員に就任。全国天領ゼミナール運営委員会委員に就
任。
平成2(1990)年5月1日
 新潟県博物館協会理事に就任。「母・安寿・厨子王の碑」建立にかかわる。
平成3(1991)年
 「津村節子文学碑」、「菊田一夫文学碑」建立にかかわる。            
平成4(1992)年 「大町桂月句碑」建立にかかわる。               
平成5(1993)年 新潟県教育委員会表彰を受ける。「青木月斗句碑」建立に
 かかわる。
平成6(1994)年 「白鳥省吾歌碑」建立にかかわる。
平成7(1995)年 「小葉田淳記念碑」建立にかかわる。    
平成8(1996)年7月 全国良寛会参与に就任し平成11年まで続ける。
平成9(1997)年3月 鼓童文化財団の評議員に就任。           
          4月 文部大臣表彰(地域文化功労者)を受ける。
世界遺産を考える会副会長に就任。佐渡金銀山遺跡調査検討準備会副会長に就
任。「世阿弥佐渡状の碑」建立にかかわる。
平成10(1998)年 (財)佐渡博物館理事長兼館長を退任。
平成11(1999)年3月31日                       
 平成元年に就任した新潟県文化財保護審議会委員を退任。          
平成12(2000)年3月20日 佐渡良寛発会会長に就任。 
平成13(2001)年 相川ふるさとサミット開催にかかわる。
平成14(2002)年 「平井晩村歌碑」、良寛自筆の「中元歌碑」建立にかか
 わる。
佐渡良寛会顧問に就任。全国良寛会評議員に就任。全国良寛サミット佐渡大会
開催にかかわる。       
平成15(2003)年4月5日 佐渡良寛会顧問に就任。           
平成16(2004)年6月1日 佐渡市文化財保護審議会副会長に就任。
平成17(2005)年 体調を崩し、新潟の国立西新潟中央病院に入院、治療。     
平成18(2006)年1月4日 逝去(満79歳)


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