『皇典講究所入黌記』

     高原 光啓 編

            平成25年9月1日、高原光啓編・発行
            B6判、136頁、非売品


本書は、鹿島神宮宮司、鹿島則良氏所蔵の桜山文庫の中の、鹿島則孝編『皇典講究所入黌記』を、高原光啓氏によって、全文校訂・編集されたものである。高原氏の解題は次の通りである。

解題
本書『皇典講究所入黌記・上下』は鹿島則良氏ご所蔵の桜山文庫に収められている。深沢秋男氏によれば

  鹿島則孝の編著で「桜斎書牘集」の一部である。「桜斎書牘集」は、第四冊から第十
  冊までの七冊が現存しており、その内の五冊目と六冊目が『神宮々司拝命記』である。
  第四冊目は「教院録」とあり、明治十二年から十七年にかけての書簡等を収め、第七
  冊目、第八冊目は「皇典講究所入黌記・上下」で、鹿島則泰(則孝の孫、則文の長男)
  の皇典講究所入所中の記録、第九冊目は「大学校入一条」とあり、則泰の東京帝国大
  学入学から卒業に至る記録、第十冊目は、明治十七年、十八年の則泰から、則孝・則
  文に宛てた書簡等を収めている。
   (深沢氏ホームページ http://www.ksskbg.com/kashima/index.html)

と云う。ここに登場する鹿島則孝は鹿島神宮・宮司家六十六代、則文は同六十七代にして四十六歳の時、神宮大宮司を拝命。その長男則泰は鹿島神宮宮司として奉仕の後、帝国図書館にて史料の蒐集、編纂にあたった。本書は、則泰の皇典講究所における記録である。同所関係の資料は國學院大學編纂の校史関係書籍に集録されているが、生徒の記録類は少ない。その意味で本書は貴重資料と言える。以下、本書の書誌について簡略に記す。

所蔵者 桜山文庫(鹿島則良氏蔵)
編著者 鹿島則孝
体裁 写本上・下二冊、袋綴。「桜斎書牘集」七冊の内、七冊目(上)、八冊目(下)
表紙 縦二三七ミリ×横一七〇ミリ
題簽 左肩に「桜斎書牘集 皇典講究所記七」「桜斎書牘集 皇典講究所記八」の題簽
内題 七冊目に「皇典講究所入黌記上」、八冊目に「皇典講究所入黌記下」とある
匡部・丁付 無し
紙数 七冊目…墨付五六葉。八冊目…墨付四二葉。合計一四八葉
行数 毎半葉九行。補説部分は二行割書になっている
字数 一行二十字前後から三十字前後と一定していない。二行割書の部分も一定していない。
本文 漢字交じり平仮名が大部分であるが、片仮名も使用。振り仮名をわずかに使い、濁点を付すが、句読点は無い。また、印等は朱で書いたところもある。
序・跋 無し


このような貴重資料の閲覧、複写をご快諾頂いた鹿島神宮鹿島則良宮司様をはじめ、ご高配頂いた宮司様ご子息の則綱様、桜山文庫に関して様々ご教示を賜った深澤秋男先生、各位に対し、心より御礼申し上げます。

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