〔鈴木重嶺紀行集〕 (板坂耀子氏)


「板坂研究室→日本近世紀行文学研究コーナー→日本近世紀行目録→近世紀行文紹介 その三」(「福岡教育大学紀要」に掲載されたもの)


〔鈴木重嶺紀行集〕 鈴木重嶺
 国会図書館蔵。写本一冊。「桜園叢書」四一所収。23.4×17.1cm。外題「桜園叢書 四十一 四十二」。内題なし。冒頭に明治三十九年に門人の眞島景耀が誌した鈴木重嶺の小伝(七丁)を付す。収録作品は次の通りである。
 夢路の日記(十四丁)・天保十三〜十四年(二十九〜三十才)の東海道の往還記。和歌をまじえて安定した落ち着いた文体。それほど珍しい記事はない。
 旅路廼日記(三十一丁)・文久三年(五十才)の時、「浪花近きあたりの台場築造おふせごとかうふりて」江戸を発ち、中仙道から美濃路を経て大坂に着く。やはり淡々とした記述で落ち着いている。
 恵廼露(二十四丁)・文久三年、砲台を浪花のあたりに築く命をうけて、そのついでに大坂近郊、京都、奈良をめぐる。他の作品と同様に淡白で地味な印象だが、行っている方面がやや珍しいためか、少し変化に富む感じをうける。
 旅寝のすさみ(十四丁)・明治九年(六十三才)に、祖先の墓参をかねて箱根に行った折のもの。江戸期のものと、作品の感じに全く変化は見られない。これ以下はいずれも明治に入ってからの作品で、伊香保前橋の記(十二丁)・越路日記(三十三丁)・旅路のすさみ(三十四丁、明治二十年のもの)・東総日記(八丁)・旅寝の夢(九丁)・霧積紅葉見の記(九丁)・松島日記(十二丁)が収められている。先述したように、これといった特徴に欠け、やや平板な恨みはあるが、「松島日記」の七十八才まで、長い時期にわたって、ていねいに記されており、てらいのない静かな味わいがある。