鈴木重嶺の雑誌掲載歌

                        

菊池眞一


 鈴木重嶺の雑誌掲載歌のうち、『太陽』『江戸会誌』『花園』掲載分については、深沢秋男氏の論文がある。(注1)本稿では、それ以外の雑誌掲載歌について報告する。
 配列は、重嶺歌初出の順である。明治期雑誌の過半は散逸・消滅していると考えられるので、重嶺の雑誌掲載歌はこれが全てではない。


一、『風雅新聞』(注2)

   馬車               鈴木重嶺
さきおはせ走りくるまは誰ならん駒の蹄の音もとゞろに
(『風雅新聞』第二号三丁表。明治九年十月?)

                  鈴木重嶺
松浦潟唐土近く行船も遠つ目がねぞさゆに見せける
(『風雅新聞』第三号二丁表。明治九年十一月?)

  (田安慶頼卿九月廿一日逝去) 従五位 鈴木重嶺
露こそは結ぶとすれど、霜はまだ置もあへねば、草木だに染もはじめず、然れこそ風は吹けども、日並べて雨は降れども、つれなくて過つるものを、紅葉にあらぬ君しも、いかならん風の吹けばか、ぬば玉の黄泉てふ国に誘ひ往けむ
   反歌
幣帛にする紅葉もいまだ染なくに帰らぬ旅にいにし君はも
(『風雅新聞』第六号一丁裏・二丁表。明治九年十二月三十日)

   朝試筆(鶴園久子発会兼題)    鈴木重嶺
年も明ついざ筆把ん老が目の霞むも折に合ずやは有ん
(『風雅新聞』第九号一丁表。明治十年一月三十日)

   今様 梅香何方といふことを    鈴木重嶺
月の桂の下風に、おぼろおぼろと薫るなり、そこはかとなき影とめて、梅さく宿を尋見む
(『風雅新聞』第十号一丁裏・二丁表。明治十年二月十日)

   梅花未開             鈴木重嶺
立帰りさも長閑なる年なるを何をうめとか咲ははじめぬ
(『風雅新聞』第十一号一丁裏。明治十年二月二十日)

  右 羈中晩風(天保明治三十六番歌合)鈴木重嶺
旅衣うらさびしかる夕ぐれにかたのまよひを吹嵐かな
(『風雅新聞』第十二号一丁表。明治十年二月二十八日)

   柿本神前に侍て見花忍音と云事を  鈴木重嶺
みよし野の吉野山の、岩ばしる滝の都に、言葉の花匂はしし、君をこそ聖と称へ、君を社神とは斎へ、年のはに野行山往、思ふどち花見る時はおもふ事うたひあげつゝ、一向に君ましゝ世を忍びつるかも
(『風雅新聞』第十五号一丁表。明治十年三月三十日)

   春草短              鈴木重嶺
幾日あらば振分髪になぞへなん眉毛ばかりの庭の若艸
(『風雅新聞』第十六号二丁表。明治十年四月十日)

   夏衣               鈴木重嶺
桜麻をうみておりたる夏衣花にうらみし風ぞしたしき
(『滑稽風雅新聞』第二十四号四丁表。明治十年八月五日)

   夏述懐              鈴木重嶺
同じ池のうきに真菰も立ながら菖蒲のみ社人に引るれ
(『滑稽風雅新聞』第二十四号四丁表裏。明治十年八月五日)

   川納涼              鈴木重嶺
?の羽のうすき衣をくゆばかり涼しく成ぬ夜半の川風
(『滑稽風雅新聞』第二十六号二丁裏。明治十年八月二十五日)

   菊を折て瓶にさす辞        翠園主人
(詞書省略)
心なしと菊や心に怨らんこゝろあまりて枝は手折るを
(『滑稽風雅新聞』第二十九号一丁裏。明治十年九月二十五日)

   物名 さくら       従五位 鈴木重嶺
なにはづはきのふ花見て出にしを時鳥鳴あさくらの里
(『滑稽風雅新聞』第二十九号二丁表。明治十年九月二十五日)

   汽車           従五位 鈴木重嶺
年月を昔は矢にもたぐへてきかゝる車の有としらずて
(『滑稽風雅新聞』第三十号四丁裏。明治十年十月五日)

   賀新室歌并短歌        穂積重嶺
千代経云松の常磐を。名に負へる里は此里。宜しこそ言葉茂る。水茎の岡野のうしい。新室をこゝに建つれ。其庭の植樹が中に。抜群て千代松樹は。君をこそ友とは見らめ。松をこそ友とはすらめ。そこ思へば松も常磐。君もとことは
   反歌
年のはに弥栄えなむ宿の松心のどけく千代は経なまし
(『滑稽風雅新聞』第三十八号六丁裏・七丁表。明治十一年一月五日)

              従五位 鈴木重嶺
言の葉の栄ゆく宿の軒の松千代はあるじと共に社へめ
(『滑稽風雅新聞』第三十八号七丁表。明治十一年一月五日)

   新年祝              鈴木重嶺
君が代の年たづの音を聞くなへに軒の雀もちよと啼也
(『滑稽風雅新聞』第四十一号六丁裏。明治十一年二月十五日)

   雪中客来             鈴木重嶺
此雪に訪は誰ぞと出て見れば吾誘はんの友にざりける
(『滑稽風雅新聞』第四十一号八丁表。明治十一年二月十五日)

   朝春雨              鈴木重嶺
浅間洩る風もぬるみて春雨を朝いのとこに知が楽しさ
(『滑稽風雅新誌』第四十五号六丁裏。明治十一年四月十九日)

   隅田川花見の記          翠園老人
夜を籠てあすは来て見ん咲続く花の曙いかばかりぞも
(『滑稽風雅新誌』第四十七号六丁裏。明治十一年五月二十一日)

   隅田川花見の記          翠園老人
夕かけて又こそとはめ咲花の雲の上なる月も見がてら
(『滑稽風雅新誌』第四十七号六丁裏。明治十一年五月二十一日)

   夕水鶏              鈴木重嶺
明星のかゆきかくゆき覚えずたどる沢辺に水鶏をぞ聞
(『滑稽風雅新誌』第五十号七丁表。明治十一年七月十日)

   風告秋              鈴木重嶺
打つけに身にしむ風を先立てむぐらの門に秋は来に鳧
(『滑稽風雅新誌』第五十三号五丁裏。明治十一年九月二十四日)

   月満屋              鈴木重嶺
臥床まであらはに月の差入ぬ狭きもよしや蘆の八重葺
(『滑稽風雅新誌』第五十五号七丁裏。明治十一年十一月十七日)

   梅始開(一月十一日梅舎発会兼題) 鈴木重嶺
梅花にほひそめずは霜ふみて春なほ寒き庭にいでめや
(『滑稽風雅新誌』第五十九号六丁裏。明治十二年二月十七日)

   尋山聞杜鵑            鈴木重嶺
岩根ふみ尋ぬる山のかひありて峯にひとこゑ啼く時鳥
(『滑稽風雅新誌』第六十六号七丁表。明治十二年六月七日)

   橋納涼              鈴木重嶺
大橋の上はゆきかふ人おほみつめに立ても涼みつる哉
(『滑稽風雅新誌』第七十号一丁表。明治十二年八月三日)

   杜早秋              鈴木重嶺
昨日だに秋をなびきし青柳の杜こそ早くいろかはりけれ
(『滑稽風雅新誌』第七十二号一丁表。明治十二年八月五日)

   秋夢               鈴木重嶺
昔おもふ夢の枕を音づれて袖ぬらしゆく秋のあめかな
(『滑稽風雅新誌』第七十三号一丁表。明治十二年九月二十日)

   江秋風              鈴木重嶺
さびわたるさび江の水も秋風に忍び兼てや音に立らん
(『滑稽風雅新誌』第七十四号二丁表。明治十二年十月六日)

   閑居草花             鈴木重嶺
人訪ばとがめやすらん逃れ住宿に似げなき女郎花ぞと
(『滑稽風雅新誌』第七十五号一丁表。明治十二年十月二十日)

   皇子あれましゝをうちうちかしこみほぎまつりて
                    鈴木重嶺
久堅の雲井に高く聞ゆなり千代経ん田鶴の雛の一こゑ
(『滑稽風雅新誌』第七十五号一丁裏。明治十二年十月二十日)

   秋述懐              鈴木重嶺
霧は猶立こそのぼれ草葉より落る露にや身を比へまし
(『滑稽風雅新誌』第七十六号一一丁表。明治十二年十月三十一日)

   毎夜逢恋             鈴木重嶺
思にはやすと聞ども一夜おちず逢にもいたく衰へに鳧
(『滑稽風雅新誌』第七十七号一四丁表。明治十二年十一月十六日)

   冬鶴               鈴木重嶺
冬の日をみじかしとしも思はずて長閑に遊ぶ浦の鶴村
(『滑稽風雅新誌』第八十号一一丁表。明治十三年二月五日)

   雨中柳              鈴木重嶺
春雨のふるともわかぬ柳かげさはる袂に露ぞこぼるゝ
(『風雅新誌』第八十三号九丁表。明治十三年四月八日)

   花上月              鈴木重嶺
花のうへに霞むをみれば春の夜の月は桜の匂ひ也けり
(『風雅新誌』第八十四号七丁表。明治十三年四月二十四日)

   閑居友              鈴木重嶺
のがれすむ葎のおくに尋ね来ぬ同じ心の一人ふたりは
(『風雅新誌』第八十四号七丁表。明治十三年四月二十四日)

   惜花               鈴木重嶺
惜と思ふ心や花に添りけん散どもしばし空にたゞよふ
(『風雅新誌』第八十五号八丁表。明治十三年五月七日)

   暮春鶯 旋頭歌          鈴木重嶺
あづさ弓はるはすぐとも来啼け鶯、老ぬとて汝が声のみは誰かうとまむ
(『風雅新誌』第八十六号一〇丁表。明治十三年五月十八日)

   隣家竹              鈴木重嶺
中垣のよそなる竹の戦ぎだに老が寝ざめの友と成ぬる
(『風雅新誌』第八十七号七丁裏。明治十三年六月一日)

   風前螢              鈴木重嶺
村蘆の露とみだれてとぶほたる風の心に任せてぞゆく
(『風雅新誌』第八十八号七丁裏・八丁表。明治十三年六月二十四日)

   秋時雨              鈴木重嶺
露霜に任せはおかで紅葉の為とやまだき時雨そめけむ
(『風雅新誌』第九十三号七丁表。明治十三年十一月一日)

   秋時雨              鈴木重嶺
露霜に任せはおかで紅葉のためとやまだき時雨初けむ
(『風雅新誌』第九十四号八丁表。明治十三年十一月二十日)

   後朝隠恋             鈴木重嶺
帰りてのあしたおもなみかくぞとは人に見えじとかきこもりつゝ
(『風雅新誌』第九十五号七丁裏。明治十三年十二月二十二日)

   年のはじめに      六十八翁 鈴木重嶺
花鳥を愛る心はかはらぬかまた一とせの老そはれども
(『風雅新誌』第九十六号六丁裏。明治十四年一月三十日)

   新年読新誌            鈴木重嶺
摘ばやな若菜よりまづ新しきふみの林の言の葉ぐさを
(『風雅新誌』第九十七号一三丁裏。明治十四年二月二十八日)

   雪中梅              鈴木重嶺
咲出て香さへ匂へり梅が枝の雪の花だに憐れと思ふを
(『風雅新誌』第九十七号一三丁裏。明治十四年二月二十八日)

   花                鈴木重嶺
花を愛ぬ人なき見れば生れえし性に悪きはあらぬ也鳧
(『風雅新誌』第九十八号一一丁裏。明治十四年三月三十一日)

  人の庭に咲たる花をこひにつかはすとて 鈴木重嶺
いか計嬉しとか見むさく花に恵みの露の玉もそはらば
(『風雅新誌』第九十九号五丁裏。明治十四年四月二十九日)

   新竹(鶴園新居の発会兼題)    鈴木重嶺
新しく宿に植たる今年竹あひにあひても千代は経去らし
(『風雅新誌』第百号八丁裏。明治十五年一月十二日)

  風雅新誌の百号になれるをことほぎて 鈴木重嶺
もゝといふ数になりけり三千歳もいや栄んは著くこそ
(『風雅新誌』第百号一〇丁裏。明治十五年一月十二日)

   六十九に成ける年のはじめに 従五位鈴木重嶺
七十にちかの浦松まつとなき年をも今朝は迎へつる哉
(『風雅新誌』第百一号六丁表。明治十五年三月七日)

   若水(鶴園発会)         鈴木重嶺
車井の音こそすなれ若水を我よりさきに誰かくむらん
(『風雅新誌』第百一号六丁裏。明治十五年三月七日)




二、『詩歌襍輯』

   擬従軍兵士妻送別歌並短歌  従五位 鈴木重嶺
草枕旅としいへば。一夜だに苦しきものを。隼人の薩摩の国。不知火の筑紫をかけて。大君のみことかしこみ。今日もかも出立すとて。我夫君が申し給はく。梓弓かへらむ頃を。あらかじめ定めかぬれば。いかでいかで朝た夕べに。父母のみ心休め。幼子をよくはぐゝみて。汝また安けく過ね。然有せば蓋しやわれは。玉寸春命死ぬとも。世中に心残さじ。うけひくや否やとのれば。こぼれ落る涙払ひて。やゝやゝに答けらくは。秩の実の父のみこと。柞葉の母のみことし。現身の世にますかぎり。村肝の心尽して。朝夕に事へまつらむ。吾児どもは教へ導びき。師をえらび人とはなさん。心には掛給ひそね。臣として君に手向ひ。頑夫のたはわざしける。五月蠅成仇ことむけて。久方の雲井に高く。名をも挙げ家をも興し。月日経ず帰り来まさね。明たゝば 天照神に。つゝみなき事を乞祈。夕ざれば西に向ひて。君がゆく虚空を見やり。今日よりは櫛もけづらじ。鏡をも取らじよ吾は。玉匣ふたゝび君に逢む日までは
   短歌
思ひいれば石に立箭も有とふを顧せずて功績たてね君
(『詩歌襍輯』第四号。明治十年)

   山鹿 旋頭歌        従五位 鈴木重嶺
足引の山もとゞろに真男鹿なくも。其こゑをつまは聞かずや夜のふけゆくに。
(『詩歌襍輯』第九号。明治十年)




三、『観光小誌』

   詠雪未深歌並短歌      東京 鈴木重嶺
柴人のわれに告らく。深山にははだれ雪ふり散残る紅葉も見えて。たとふべきものこそなけれ。時すぎば散やはてなむ。日を経なば道や絶なむ。思ふとち瓢たづさへ。かの山に上りて見ませ。もみぢと雪と。
   反哥
赤変葉と雪とを二つ見てもこむ散果ぬまに降積ぬまに
(『観光小誌』第二十三号。明治十一年五月二十五日)




四、『新撰風雅の友』

   夏(今様の部)          東京 鈴木重嶺
月もほのめくなはて道忍びありきの夕ま暮薄紫に匂へるは妹にあふちの花ならし
(『新撰風雅の友』第一編四頁。明治十三年九月二十三日)

   若草(今様)           東京 鈴木重嶺
浅沢水におりたちてあまをとめ子や根芹つむ春の海辺はすみよしの松吹風もぬるむらし
(『新撰風雅の友』第三編一頁。明治十六年五月九日)




五、『雅学新誌』

   新年梅                重嶺
古としにさきそめたれと梅の花今年そさらに香はまさりけり
(『雅学新誌』第一号二丁裏。明治十四年一月二十四日)

   竹問鶯                重嶺
ふしよくはねくらにしめよわか宿の夕くれ竹に来なく鶯
(『雅学新誌』第一号三丁表。明治十四年一月二十四日)

   浦松                 重嶺
幾たひも来つゝみれともすみ吉のうらめつらしき松の姿も
(『雅学新誌』第一号三丁裏。明治十四年一月二十四日)

   雪中梅             従五位鈴木重嶺
咲出て香さへ匂へり梅かえのゆきの花たにあはれと思ふを
(『雅学新誌』第二号二丁裏。明治十四年二月十五日)

   連夜待子規           従五位鈴木重嶺
うまいせていく夜になりぬほとゝきす今宵はもらせ一声をたに
(『雅学新誌』第九号一丁表。明治十四年六月五日)

   朝子規               鈴木重嶺
朝井くむ手もそらにして子規なき行空を詠めやるかな
(『雅学新誌』第九号二丁裏。明治十四年六月五日)

   故郷新樹            従五位鈴木重嶺
昔わかすみし垣根のほゝかしはきぬかさなして苦葉さしけり
(『雅学新誌』第十一号一丁表。明治十四年七月十四日)

   新田左中将             鈴木重嶺
あはれ君きのふの夢にこゝろをはあはすの露とけふ消めやも
(『雅学新誌』第十七号二丁裏。明治十四年十一月三十日)

   老妓                鈴木重嶺
霜おきて人もあきつの野へとしもしらてなるめく女郎花花
(『雅学新誌』第十七号二丁裏。明治十四年十一月三十日)

   新田左中将             鈴木重嶺
野分にはつれなく見えし岡のへのまつこそ早く時雨そめけれ
(『雅学新誌』第十七号二丁裏。明治十四年十一月三十日)

   松の門三艸小新居発会兼題閑居花   鈴木重嶺
住人や心とすらん世のちりにけかれぬ花の清きいろ香を
(『雅学新誌』第二十二号二丁裏。明治十五年五月十四日)

   席上当座題 田蛙          鈴木重嶺
荒をたをあらすきかへし曳いるゝ水やつれこし蛙鳴なり
(『雅学新誌』第二十三号三丁裏。明治十五年五月三十日)

   橘薫風               鈴木重嶺
かをらせて風を使におこせけり花たちはなをたれかうゑけん
(『雅学新誌』第二十四号三丁表。明治十五年六月二十日)

   霧中初雁              鈴木重嶺
声をほにあけてはくれと霧のうみに初雁かねそそことわたかぬ
(『雅学新誌』第二十九号一丁表。明治十五年十月十一日)

   隔恋                鈴木重嶺
かたひらもをすも何かはいとはまし心のへたてなからましかは
(『雅学新誌』第二十九号一丁表。明治十五年十月十一日)

   秋風                鈴木重嶺
大方の人はしらしな露むすふ袖をたつねて秋風のふく
(『雅学新誌』第二十九号三丁表。明治十五年十月十一日)

   草花帯露(八月御兼題詠進の中)従五位 鈴木重嶺
白露の玉のかさしをよそほひて匂ひことなるをみなへし哉
(『雅学新誌』第四十二号二丁表。明治十六年十月二十日)

   白居易(明治十九年七月五日御兼題) 鈴木重嶺
こゝのたりつとひし老の其名さへ君あれはこそ世に聞えけれ
(『雅学新誌』第七十五号一丁表。明治十九年七月二十日)

   貴賤祝言(天長節御兼題)      鈴木重嶺
天つ日のみはたかゝけて高きやもしつかふせやも君をこそいはへ
(『雅学新誌』第七十九号一丁裏。明治十九年十一月二十日)

   明治十九年十一月五日御兼題観菊会  鈴木重嶺
みさかりのみよにうまれしかひありてゑにたにしらぬ菊をみるかな
(『雅学新誌』第七十九号一丁裏。明治十九年十一月二十日)

   舞踏会(明治廿年十一月五日御兼題) 鈴木重嶺
手をとりてまひかなつるは親みのふかきをひとに見する也けり
(『雅学新誌』第九十一号二丁裏。明治二十年十一月二十五日)

   冬田家(明治廿年十二月御兼題)   鈴木重嶺
きてみませ門田のひたの縄朽てうしろやすけに雁のあさるを
(『雅学新誌』第九十二号一丁表。明治二十年十二月二十五日)

   尋梅(二十一年二月五日御兼題)  鈴木重嶺
さきそむる梅もこそあれ海近き蒲田のあたり先たつねみん
(『雅学新誌』第九十五号二丁表。明治二十一年三月二十五日)

   巨勢金岡(明治廿二年三月五日御兼題)鈴木重嶺
あやしかるつたへはとまれゑかきたる馬にこゝろののりし也けり
(『雅学新誌』第百七号二丁表。明治二十二年四月二十八日)

   松下泉              鈴木重嶺
しみつさへむすはんものと思ひきや風ふきおろす松のこかけに
(『雅学新誌』第百十号六丁裏。明治二十二年七月二十五日)

   沢蛙               鈴木重嶺
馴々て驚きもせす舟よするよとのさはへに蛙なくなり
(『雅学新誌』第百十九号一五頁。明治二十三年四月二十五日)

   雨後落花             鈴木重嶺
雨晴て花ちりうかふにはたつみかわかぬほとを人にみせはや
(『雅学新誌』第百二十号五頁。明治二十三年五月二十八日)

   幼稚園(明治二十三年十一月御兼題)鈴木重嶺
若くさも小松もいまたおほしたつるまなひの庭の二葉なりけり
(『雅学新誌』第百二十七号二頁。明治二十三年十二月二十五日)

   庵春雨              鈴木重嶺
音もなく静けくもふるはる雨は我かくれかの思ふとちなり
(『雅学新誌』第百三十号十六頁。明治二十四年三月二十八日)

   渡水鶏(明治廿四年六月五日)   鈴木重嶺
あさまたきこかのわたりに船はたを叩くか如く水鶏鳴也
(『雅学新誌』第百三十四号二頁。明治二十四年七月二十五日)

   松島にゆきたるをりのうた     鈴木重嶺
まのあたりみし其さまをきかはやと都のともやまつかうらしま
(『雅学新誌』第百三十七号三二頁。明治二十四年十月二十五日)

   松島にゆきたるをりのうた     鈴木重嶺
大かたはしらぬかおほき松しまをけふこそみつれ人にほこらん
(『雅学新誌』第百三十七号三二頁。明治二十四年十月二十五日)

   松経年              鈴木重嶺
われ見ても久しといひし其世より幾とせか経し住吉の松
(『雅学新誌』第百四十号二〇頁。明治二十五年一月二十七日)

   山家春              鈴木重嶺
谷ちかく住かひありて鶯のまたよにしらぬ声を聞くかな
(『雅学新誌』第百四十一号二〇頁。明治二十五年二月二十七日)

   寄松祝といふ心を作る今やうのうた 鈴木重嶺
いくとせか経ししらねともうつしうゑたる庭の松ことしを千代のはしめにてさかゆく君か共と見よ
(『雅学新誌』第百四十六号五頁。明治二十五年七月二十七日)

   酒                鈴木重嶺
酒こそはもゝの薬の長ときけとすこさは是もわさはひのたね
(『雅学新誌』第百四十六号五頁。明治二十五年七月二十七日)

   閑庭荻              鈴木重嶺
まれにたふひとはとはねと秋来ぬと音こそたつれ庭の村をき
(『雅学新誌』第百四十七号三六頁。明治二十五年八月二十七日)

   月前薄といふ事を作る今様     従五位 鈴木重嶺
こゝろありけに 夕まくれ 尾花のまねく かひありて 松よりうへに いつしかと 月のかゝみそ かゝやかん
(『雅学新誌』第百四十八号三〇頁。明治二十五年九月二十七日)

   旅擣衣(明治二十五年十月五日宮中御兼題)従五位鈴木重嶺
旅ころもかたのまよひもさむけきにうつやきぬたのおとそみにしむ
(『雅学新誌』第百四十九号七頁。明治二十五年十月二十七日)

   山の紅葉といへる今やう      鈴木重嶺
稲荷のやまにくさひらをつみとりかてら来てみれは杉のあはひにこゝかしこもみちも今そさかりなる
(『雅学新誌』第百四十九号九頁。明治二十五年十月二十七日)

   鶴立洲(明治二十五年十一月三日天長節御題)従五位鈴木重嶺
波たゝぬ沖つ白洲にたつ鶴は君を八千代といはふこゑする
(『雅学新誌』第百五十号七頁。明治二十五年十一月二十七日)

   新年川今やう           従五位 鈴木重嶺
年立かへる朝またき角田川原を見渡せは霞はいまたたゝねとも水の緑そのとかなる
(『雅学新誌』第百五十二号一〇頁。明治二十五年十月二十七日)

   源義家(明治二十六年三月五日宮中御歌会御兼題)従五位鈴木重嶺
ものゝふの道はかりかはことのはの花も名こそに君そさかせし
(『雅学新誌』第百五十四号四頁。明治二十六年三月二十七日)

   橘逸勢女(明治廿六年七月五日宮中御兼題)正五位(ママ)鈴木重嶺
ちゝのみのくちてのゝちもかけさらて心つくしゝ姫小松あはれ
(『雅学新誌』第百五十九号三頁。明治二十六年八月二十七日)

   嶋眺望              鈴木重嶺
千とりこそいまた声せねみわたせは心そかよふ淡路島山
(『雅学新誌』第百六十一号二二頁。明治二十六年十月二十七日)

   捕鯨(明治廿六年十一月五日宮中御兼題) 鈴木重嶺
まつらかたおきにくちらや見えつらんまかちしゝぬき舟そきそへる
(『雅学新誌』第百六十三号四頁。明治二十六年十二月十日)

   奉祝 銀婚御式御題鶯花契万春   鈴木重嶺
鶯は花にやとりて君かよを万代まてとほきかはすらん
(『雅学新誌』第百六十六号二頁。明治二十七年三月十日)

   春天象(明治廿七年二月十一日紀元節御題)鈴木重嶺
みめくみのつゆのみならすかれし艸のめもはるさめそけさはふりくる
(『雅学新誌』第百六十七号四頁。明治二十七年四月十日)

   藤松にかゝれり(明治二十七年五月五日月次御歌会御兼題)従五位鈴木重嶺
ときはなる松をたのみてさく藤は花の盛も久しかるらむ
(『雅学新誌』第百六十九号五頁。明治二十七年六月十日)

   新荷(明治廿七年六月五日宮中月次御歌会御兼題)従五位鈴木重嶺
花はまたみえねと池の蓮葉の風にゆらくそすゝしかりけり
(『雅学新誌』第百七十号五頁。明治二十七年七月十二日)

   楠正行母(明治廿七年七月五日宮中御歌会御兼題)鈴木重嶺
はゝそはのかけにおひたつ橘の若木の花も世にかをりつゝ
(『雅学新誌』第百七十一号四頁。明治二十七年八月十日)

   苔径月(明治廿七年九月五日宮中御歌会御兼題)従五位鈴木重嶺
つゆむすふ苔路をゆけは照月の玉なす影をふむそかしこき
(『雅学新誌』第百七十三号四頁。明治二十七年十月十三日)

   きくの花つゆふかし(宮中御兼題 明治廿八年十月五日)従五位鈴木重嶺
さく菊の花おもけなる露のみかたわめるみてそ心おかるゝ
(『雅学新誌』第百八十六号五頁。明治二十八年十一月十五日)

   遅桜(宮中御兼題 明治廿九年五月五日)鈴木重嶺
夏山のやまふところにわけいりて遅きさくらの花をみしかな
(『雅学新誌』第百九十三号五頁。明治二十九年六月十日)

   寄言葉祝         従五位 八十三翁 鈴木重嶺
開けゆく世にならひてや言のはのみちのたゝちもいや栄ゆらん
(『雅学新誌』第二百号四頁。明治三十年一月十六日)




六、『御代の花』

   雪中早梅(明治十八年御題。詠進歌)東京従五位鈴木重嶺
うめの花おのか春辺をまちかねて雪の中なから咲いてにけり
(『御代の花』第二輯 三丁裏。明治十八年四月二十四日)

   雪埋松(明治二十一年御題。詠進歌)東京牛込区揚場町従五位鈴木重嶺
ゆきもなほ御園のまつに白ゆふをかけてや君を千代と祈れな
(『御代の花』第四輯 一九丁裏。明治二十一年七月十日)

   寄国祝(詠進歌)東京牛込区神楽町従五位鈴木重嶺
汐なわのなれるたくひかすめ神のつくりましけむ国はよろつ代
(『御代の花』第六輯 三丁表。明治二十三年七月二十五日)

   巌上亀(詠進歌)東京牛込区神楽町従五位八十翁鈴木重嶺
亀のすむいはほをこそは大御代のなかきためしに引へかりけれ
(『御代の花』第九輯 三丁表。明治二十六年)




七、『大八洲学会雑誌』

   河梅雨をよめる歌みしか歌   従五位 鈴木重嶺
美よし野の芳野の峯にさく花の雲と見えしもきのふこそ雪ときえしか雪とのみ見えし卯花さみたれの降のまにまに川浪の泡そとけぬる其雨に清きかふちも上津瀬の埴か流れ四中津瀬の岸か崩れし朝にけにいたくそ濁るこのしもつ瀬は
   吉野川なかす杣木をしもつ瀬につなきそかぬる雨しけくして
(『大八洲学会雑誌』巻之一 六〇頁。明治十九年七月十日)

   閑居客来           従五位 鈴木重嶺
をりもあらはふたゝひきませとはれしのわかかくれかも人にこそよれ
(『大八洲学会雑誌』巻之三 五六頁。明治十九年九月十日)

   新年祝世           従五位 鈴木重嶺
かすみたにたちあへぬまに天地を御代のためしにひきはしめつゝ
(『大八洲学会雑誌』巻之七 四七頁。明治二十年一月十日)

   寄橋恋            従五位 鈴木重嶺
こひわたる中もいつしかたえはてゝいたゝのはしのくちをしのよや
(『大八洲学会雑誌』巻之十 五一頁。明治二十年四月十日)

   山家松            従五位 鈴木重嶺
山まつの風たえし日はものいはぬ友にむかへるこゝちこそすれ
(『大八洲学会雑誌』巻之十四 四七頁。明治二十年八月十日)

   都              従五位 鈴木重嶺
日のもとに生れたるたにうれしきをみやこにすみて老にけるかな
(『大八洲学会雑誌』巻之二十 二九頁。明治二十一年二月十日)

   荷田東麿           従五位 鈴木重嶺
いなり山たかきをしへはふる言のおくかたつぬるはし立にして
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   契沖             従五位 鈴木重嶺
世々をへてふみたかへたる鳥の跡のよしあしわけし難波人はも
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   賀茂真淵           従五位 鈴木重嶺
あかた居のちふに玉なすしら露のひかりそ道のしるへなりける
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   加藤千蔭           従五位 鈴木重嶺
たち花のかをりも高きことのはをうけらかはなと誰か見るへき
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   村田春海           従五位 鈴木重嶺
ことのはもふみもあやある君こそは錦織なすやちくさの花
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   本居宣長           従五位 鈴木重嶺
伊勢の海のきよき渚の玉もあれと鈴のおとこそたかくきこゆれ
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   平田篤胤           従五位 鈴木重嶺
いせの海にあさり残しゝしら玉を君こそさらにひろひたりけれ
(『大八洲学会雑誌』巻之四十四 四二頁。明治二十三年二月十日)

   紫式部            従五位 鈴木重嶺
人みなのめつるもうへなむらさきの上にたつへき色しなけれは
(『大八洲学会雑誌』巻之四十八 四八頁。明治二十三年六月十日)

   扇のことは          従五位 鈴木重嶺
(詞書省略)
風はとまれ雪にも似たるしらあふき手にとるからに涼しかりけり
(『大八洲学会雑誌』巻之四十九 五一頁。明治二十三年七月十日)

   清少納言           従五位 鈴木重嶺
まくらてふふみをみるにも此君のことの葉艸はあとにせられす
(『大八洲学会雑誌』巻之五十四 五四頁。明治二十三年十二月十日)

   外田落雁           鈴木重嶺
すみた川つゝみの外田きりたちておほつかなきを雁のおちくる
(『大八洲学会雑誌』巻之五十九 五六頁。明治二十四年五月十日)

   夏月             東京 鈴木重嶺
(詞書省略)
ふくる夜の月のかつらのした風にかさねまほしき夏ころもかな
(『大八洲学会雑誌』巻之六十三 一頁。明治二十四年九月十日)




八、『日本之女学』

   露底槿(明治廿年八月五日御歌会兼題写)鈴木重嶺
置露のかはかぬ程を朝顔は殊更にこそ見つへかりけれ
(『日本之女学』第一号五八頁。明治二十年八月二十三日)

   深夜月(明廿年九月五日兼題詠進の歌)鈴木重嶺
寝さめして夜ふかき月を見ぬ人はたゝおほかたにめつる也けり
(『日本之女学』第二号六四頁。明治二十年九月二十三日)

   冬田家(十二月五日御歌会兼題詠進の歌)鈴木重嶺
きてみませ門田のひたの縄くちてうしろやすげに鴈のあさるを
(『日本之女学』第四号六九頁。明治二十年十二月二十三日)

   橋納涼            鈴木重嶺
大橋の上はゆきかふ人おほしつめに立ても涼みつる哉
(『日本之女学』第十二号六四頁。明治二十一年八月二十日)

   風告秋            鈴木重嶺
打つけに身にしむ風を先立てむぐらの門に秋は来に鳧
(『日本之女学』第十二号六五頁。明治二十一年八月二十日)

   憲法発布をほき奉りて     鈴木重嶺
世の人のまちに待たるおほみことよもに及ほすけふのかしこさ
(『日本之女学』第十九号三五頁。明治二十二年三月二十六日)




九、『筆の花』

   炉辺迎新(明治廿一年一月発会兼題歌)従五位鈴木重嶺
もやのとは風を寒けみ暖けき火桶のもとに年や迎へむ
(『筆の花』第一集二丁表。明治二十一年二月十日)

   七福神之内(甲部即詠互選高点歌) 鈴木重嶺
四の緒の琴もてあそふ此神は宝をさへやひきあつむらん
(『筆の花』第一集七丁表。明治二十一年二月十日)

   霞遠山衣          鈴木重嶺
をちかたの山こそ見えねさほ姫の霞の衣たちかさぬらん
(『筆の花』第二集一丁表。明治二十一年二月二十五日)

   山田清洗尼九十賀歌(水原未嵯子祖母) 鈴木重嶺
年ことによはひまし水なからへて幾百年も君そへぬへき
(『筆の花』第二集六丁裏。明治二十一年二月二十五日)

   行路春雨(明治廿一年三月兼題歌) 鈴木重嶺
花誘ふためそと雨を思はすは蔭なき野路や苦しからまし
(『筆の花』第三集一丁表。明治二十一年三月二十日)

   毎年愛花(明治廿一年四月兼題歌)東京鈴木重嶺
咲頃はこそも宿にはあらさりき今年も又や花にくらさん
(『筆の花』第四集一丁表。明治二十一年四月二十五日)

   郭公未遍(明治廿一年五月兼題歌)東京鈴木重嶺
山ちかき友をや訪はん郭公きゝつとかたる人そすくなき
(『筆の花』第五集一丁表。明治二十一年五月二十日)

   競馬(甲部即詠互選高点歌)  鈴木重嶺
年月の隙ゆく駒のそれならて競ひあふはた早くもある哉
(『筆の花』第五集八丁表。明治二十一年五月二十日)

   風前菖蒲(明治廿一年六月兼題歌)東京鈴木重嶺
沼岸に近よらねとも伊香保風ふきのまにまに薫る菖蒲か
(『筆の花』第六集一丁表。明治二十一年六月二十日)

   竹蔭掬泉(明治廿一年七月兼題歌)東京鈴木重嶺
呉竹の陰たのむたに涼しきを清水をさへに結ひつるかな
(『筆の花』第七集一丁表。明治二十一年七月二十日)

   猫(甲部即詠互撰高点歌)   鈴木重嶺
猫の子もかふ人柄によりてこそ高きいやしき品は有けれ
(『筆の花』第七集八丁裏。明治二十一年七月二十日)

   草露知秋(明治廿一年八月兼題歌)東京鈴木重嶺
秋のこんまうけなるらん此朝明露の玉しくあさちふの庭
(『筆の花』第八集一丁表。明治二十一年八月二十日)

   夏月(兼題)         撰者 鈴木重嶺
更る夜の月のかつらの下風にかさねまほしき夏衣かな
(『筆の花』第八集附八丁表。明治二十一年八月二十日)

   寝覚聞虫(明治廿一年九月兼題歌)東京鈴木重嶺
秋夜の老のね覚をなくさめて枕にちかくこほろきのなく
(『筆の花』第九集一丁表。明治二十一年九月二十日)

   秋田家(甲部互撰高点歌) 鈴木重嶺
牛ひきて帰るうなゐかかさせるは山田の畔の紅葉なる覧
(『筆の花』第九集九丁表。明治二十一年九月二十日)

   対菊思昔 水原宗梁三十年祭手向
       (明治廿一年十月兼題)従五位鈴木重嶺
在し世を忍ふも悲し千代といふ菊を愛にし人はいつらそ
(『筆の花』第十集一丁表。明治二十一年十月二十日)

   名所冬月(明治廿一年十一月兼題歌)東京鈴木重嶺
霰ふるあらゝ松原雲はれて木の間にみゆる月のさむけさ
(『筆の花』第十一集一丁表。明治二十一年十一月二十日)

   寄雷神祇(明治廿一年十二月兼題歌)東京鈴木重嶺
きよけしと神や見るらん榊葉に空よりかくる雪の白ゆふ
(『筆の花』第十二集一丁表。明治二十一年十二月二十日)

   新年望山(明治廿二年一月発会兼題歌)東京従五位鈴木重嶺
新玉の年たつけさは常にみるむかつ尾上も昨日には似ぬ
(『筆の花』第十三集一丁表。明治二十二年一月二十五日)

   梅間鶯(明治廿二年二月兼題歌) 東京鈴木重嶺
外の木にうつらてをなけ鶯よなかためにこそ梅は植しか
(『筆の花』第十四集一丁表。明治二十二年二月二十日)

   柳糸映水(明治廿二年三月兼題歌)東京鈴木重嶺
くりかへし見てこそゆかめ岸にたつ柳の糸の水に靡くを
(『筆の花』第十五集一丁表。明治二十二年三月二十日)

   花林月(明治廿二年四月兼題歌) 東京鈴木重嶺
いつのまに月は出けん咲つゝく花のあたりは未た暮ぬを
(『筆の花』第十六集一丁表。明治二十二年四月二十五日)

   雪似花(明治廿三年一月兼題歌)東京従五位鈴木重嶺
咲花と紛ふはかりかふゝめりし梅にかゝれる雪は薫れり
(『筆の花』第二十五集一丁裏。明治二十三年一月二十日)

   早春霞(明治廿三年二月兼題歌)東京鈴木重嶺
春はまたひと日ふつかをみしま江や浪も音せてたつ霞哉
(『筆の花』第二十六集一丁表。明治二十三年二月二十日)

   忍恋             鈴木重嶺
しられしとことさら忍ふ時しもそ色に出ても顕れにける
(『筆の花』第二十六集二二丁表。明治二十三年二月二十日)

   草漸青(明治廿三年三月兼題歌)東京鈴木重嶺
名もわかぬを草もいつかのひ立て緑ふかくも成にける哉
(『筆の花』第二十七集一丁表。明治二十三年三月二十日)

   野外雉(明治廿三年四月兼題歌)東京鈴木重嶺
たとり来て野守かやとに立よれは声まちかくも雉子鳴也
(『筆の花』第二十八集一丁表。明治二十三年四月二十日)

   落花
  丙 四拾壱点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
かねてよりかくとはしれとさくらはなにはかにもちるこゝちこそすれ
(『筆の花』第二十八集二〇丁裏。明治二十三年四月二十日)

   ひかしにし 物名       鈴木重嶺
種まくにけふは良日か賤かを田にしめはへ賑はしき哉
(『筆の花』第二十八集二三丁表。明治二十三年四月二十日)

   山残桜(明治廿三年五月兼題歌)東京鈴木重嶺
春過てみるも珍らし世のうさをさくらそ残るみやま隠に
(『筆の花』第二十九集一丁表。明治二十三年五月二十日)

   梅雨久(明治廿三年六月兼題歌)東京鈴木重嶺
明おそく夕暮はやく思はれつさみたれつゝく此頃のそら
(『筆の花』第三十集一丁表。明治二十三年六月二十日)

   人の扇を得させたるよろこひに
  乙 四拾弐点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
しはしたに手もはなたれすこゝろあるきみにあふきのこゝちせられて
(『筆の花』第三十集一八丁裏。明治二十三年六月二十日)

   晩夏鵑(明治廿三年七月兼題歌)東京鈴木重嶺
汝は猶こゝにとゝまれ禊するおまへの浜に鳴ほとゝきす
(『筆の花』第三十一集一丁表。明治二十三年七月二十日)

   虫声滋(明治廿三年八月兼題歌)東京鈴木重嶺
夜も今は深草のへに鳴虫をわけつゝかへさわすれける哉
(『筆の花』第三十二集一丁表。明治二十三年八月二十三日)

   旅宿月(明治廿三年九月兼題歌)東京鈴木重嶺
家人とめてにし月を独みてわひしさまさる草まくらかな
(『筆の花』第三十三集一丁表。明治二十三年九月二十三日)

   (円珠庵契沖阿闍梨霊前供薦歌)供詠発起者 鈴木重嶺
西ならぬ我ひんかしの秋津洲に言葉の玉をあさりしや誰
(『筆の花』第三十三集二一丁裏。明治二十三年九月二十三日)

   水郷霞(明治廿三年十月兼題歌)東京鈴木重嶺
行船のほのかにみえて墨田川はれぬもよしや浪のうき霧
(『筆の花』第三十四集一丁表。明治二十三年十月二十八日)

   寒樹風(明治廿三年十一月兼題歌)東京鈴木重嶺
紅葉はさそひ尽して初瀬山檜原さむけくふくあらしかな
(『筆の花』第三十五集一丁表。明治二十三年十月三十日)

   うれしきもの
  丁 三拾五点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
はるかなるあかたにとしをへしともにあはんものとはおもひかけきや
(『筆の花』第三十五集一七丁裏。明治二十三年十月三十日)

   夜爐火(明治廿三年十二月兼題歌)東京鈴木重嶺
埋火そ閨の友なる吾妹子に手たつさはりし夜半も有しを
(『筆の花』第三十六集一丁表。明治二十三年十二月二十九日)

   寒月(当座競点当撰歌) 鈴木重嶺
厚ふすま重ねなからに窓あけて嵐にさゆる月を見るかな
(『筆の花』第三十六集一八丁裏。明治二十三年十二月二十九日)

   庭上椿(一月兼題) 従五位 鈴木重嶺
知られしの庭に咲たる玉椿邂逅にあふひとに見せはや
(『筆の花』第三十七集一丁裏。明治二十四年一月)

   筆の花数しけれるをことほきて  鈴木重嶺
とるふてのはなを見むとてことのはのみちふむひとそおほくなりぬる
(『筆の花』第三十八集一一丁表。明治二十四年一月)

   庭上松(翠園発会兼題歌) 従五位 鈴木重嶺
移しうゑしにはの小まつはおひたちてあふくはかりになりにけるかな
(『筆の花』第三十八集一四丁表。明治二十四年一月)

   滝音知春(二月兼題) 東京鈴木重嶺
むすほれし滝の白糸春のきて氷とけゝんおとの聞ゆる
(『筆の花』第三十九集一丁裏。明治二十四年二月)

   桃花
  丁 二拾八点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
さくらさくかけにもましてうるはしなもゝのはやしのはなのゆふはえ
(『筆の花』第四十一集九丁裏。明治二十四年三月)

   花下逢友(四月兼題) 東京鈴木重嶺
誘はんと思ひし友にはからすも花陰にして行逢にけり
(『筆の花』第四十三集一丁裏。明治二十四年四月)

   煙            鈴木重嶺
賑はへる民のかまとの夕けむり春ならなくに霞む三日月
(『筆の花』第四十三集一一丁裏。明治二十四年四月)

   新竹風(五月兼題) 東京鈴木重嶺
若竹は力なけにもみゆめるをふきくる風よ心せなゝん
(『筆の花』第四十五集一丁裏。明治二十四年五月)

   岡松(五月八日根岸里新居不如楽軒に於て暖房小集当座歌)鈴木重嶺
朝夕のみるものにして千代やへん君かむかひの岡の老松
(『筆の花』第四十五集七丁裏。明治二十四年五月)

   対泉待月(六月兼題) 鈴木重嶺
真清水を枕としつゝ涼めとも飽ことしらて月をまつ哉
(『筆の花』第四十七集一丁裏。明治二十四年六月)

   舟行
  乙 四拾点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
ふなひとをたのみにはしてくるゝまてこゝちすみ田のかはあそひしつ
(『筆の花』第四十七集一一丁裏。明治二十四年六月)

   贈大教正萩原正平大人の身まかりしをなけきて(大人の屋号を山桜戸といふ)東京従五位鈴木重嶺
郭公なきてをしめとかひそなきよもつひら坂君越しとか
(『筆の花』第四十七集一四丁裏。明治二十四年六月)

   氷室涼(七月兼題) 東京鈴木重嶺
涼まんの心もあらしひむろもる人こそなつは羨しけれ
(『筆の花』第四十九集一丁裏。明治二十四年七月)

   田家早秋(八月兼題) 東京鈴木重嶺
垣内田のをしねは未た穂に出ねと年有秋の様は見え鳧
(『筆の花』第五十集一丁裏。明治二十四年七月)

   深夜擣衣(十月兼題歌) 東京鈴木重嶺
更てなほ夜寒の夜おとそするたかため賤は打しきる覧
(『筆の花』第五十四集一丁裏。明治二十四年十一月)

   朝落葉(十一月兼題歌) 東京鈴木重嶺
朝清めせんとて庭に下立は紅葉散きぬいかにしてまし
(『筆の花』第五十五集一丁裏。明治二十四年十二月)

   歳暮旅行(十二月兼題歌) 東京鈴木重嶺
こん年は近つきぬれと帰り行我古里は遠くもあるかな
(『筆の花』第五十六集一丁裏。明治二十五年一月二十五日)

   雪満群山(一月兼題歌) 東京鈴木重嶺
筑波山はやましけやま雪深み麓の田ゐや豊けからまし
(『筆の花』第五十七集一丁裏。明治二十五年二月)

   春従東来(二月兼題歌) 東京鈴木重嶺
東の空うらうらと出る日のひかりとゝもに春や立らん
(『筆の花』第五十八集一丁裏。明治二十五年三月)

   落梅浮水(三月兼題歌) 東京鈴木重嶺
池の面のみなわかをると思ひしは汀の梅の散しなり鳧
(『筆の花』第五十九集一丁裏。明治二十五年四月)

   仏
  乙 六拾弐点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
たれもみなあふかさらめや世につもるゆきのみやまのたかきをしへを
(『筆の花』第五十九集一〇丁表。明治二十五年四月)

   故大橋長広翁四十年祭供薦歌  従五位鈴木重嶺
(廿五年五月一日京都市花見小路有楽館に於て執行)
咲残るさくらかもとになき人の言葉の花を見てしのふ哉
(『筆の花』第六十集一四丁裏。明治二十五年五月)

   桜交翠松(四月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
山桜まつの木のまに咲なから猶七日にて散んとやする
(『筆の花』第六十集二三丁裏。明治二十五年五月)

   有明山神社献詠之内  従五位 鈴木重嶺
たれもみなありあけやまにますかみのたかきみいつをあふかぬはなし
(『筆の花』第六十一集一四丁表。明治二十五年六月)

   新樹掩窓(五月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
窓近き梅をめてつゝ書見しををくらき迄に若葉茂りぬ
(『筆の花』第六十一集一七丁裏。明治二十五年六月)

   夏夜待風(六月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
夏夜の月よりも先まとのとの若葉もり来る風そ待るゝ
(『筆の花』第六十一集一七丁裏。明治二十五年六月)

   ?声秋近(七月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
涼しけに野司になく日くらしの声社すなれ秋近みかも
(『筆の花』第六十二集一七丁裏。明治二十五年七月)

   朝貌(万葉集七種)  鈴木重嶺
(東台山陰鶯花園題壁旧新秋七種花歌)
のきちかううゑしあさかほむらさきのうへにたつへきいろのなきかな
(『筆の花』第六十三集八丁表。明治二十五年九月四日)

   雨洗残暑(八月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
暑けさは昨日の夏に変らぬをけふ降雨そ秋になしたる
(『筆の花』第六十三集八丁表。明治二十五年九月四日)

   鳴虫非一(九月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
乗駒の轡はかりかはし鷹の尾房の鈴のむしの音もする
(『筆の花』第六十四集一三丁表。明治二十五年十月)

   硯
  甲 五拾四点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
ことの葉のたまをひろひしこともなしすゝりのうみをとはにあされと
(『筆の花』第六十四集二一丁表。明治二十五年十月)

   閑居初冬(十一月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
わか待ぬ冬そきにける紅葉せし秋たに人のとはぬ庵に
(『筆の花』第六十六集一丁裏。明治二十五年十一月)

   落葉
  甲 七拾二点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
きのふかもそむるおそしとうらみしをこすゑあらたにちるもみちかな
(『筆の花』第六十六集九丁表。明治二十五年十一月)

   埋火(宮中月次御会十二月兼題歌之内) 鈴木重嶺
さくらてふすみさしくへてあたゝけみ火をけのあたりはるこゝちする
(『筆の花』第六十七集一〇丁裏。明治二十五年十二月)

   老少惜年(十二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
老くたつ我はかりかは若かるも猶惜といふ年のくれ哉
(『筆の花』第六十七集一四丁表。明治二十五年十二月)

   新年酒(一月兼題歌) 東京従五位鈴木重嶺
さけのまぬわれもさかつき手にとりてとしたつけふをいはひこそすれ
(『筆の花』第六十九集一二丁表。明治二十六年二月十四日)

   春氷            鈴木重嶺
あをやきのいとはなむけとさえかへりいさゝをかはにこほりむすへる
(『筆の花』第七十集九丁裏。明治二十六年二月?)

   余寒雪(二月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
梅もさき柳の糸も色めくを雪ふらんとは思ひけりやは
(『筆の花』第七十集一二丁裏。明治二十六年二月?)

   机
  丁 四拾九点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
ふつくゑにけふもつらつえつくつくとちからなき身をなけきつるかな
(『筆の花』第七十集二〇丁裏。明治二十六年二月?)

   漸待花(三月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
梅はちり柳は眉をひらくよりひと日ひと日に花そ待るゝ
(『筆の花』第七十集二二丁表。明治二十六年二月?)

   暮春鳥(四月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
夏たゝはそまや変らんけふ迄は?も春の物とみゆるを
(『筆の花』第七十一集八丁裏。明治二十六年三月?)

   朝更衣(五月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
夏衣ひとへに春のをしまれて朝風寒みかへまうきかな
(『筆の花』第七十二集五丁裏。明治二十六年四月?)

   早苗多(六月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
千町田に余れる早苗みてたにも年ある秋そ兼て知るゝ
(『筆の花』第七十二集一三丁裏。明治二十六年四月?)

   放螢
  乙 六拾九点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
籠にかひしほたるはなちてとふ見れはわかにはならぬこゝちこそすれ
(『筆の花』第七十二集二〇丁裏。明治二十六年四月?)

   遠夕立(七月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
筑波嶺は夕立すらしみるか中に刀根の川水上濁りせり
(『筆の花』第七十二集二二丁表。明治二十六年四月?)

   夏滝       従五位 鈴木重嶺
おちたきつおときくたにもすゝしきにむすへはやかてなつそわするゝ
(『筆の花』第七十三集八丁裏。明治二十六年五月?)

   夏氷           鈴木重嶺
あつけさのまさる日なかはけつり氷をひさくいへこそにきはひにけり
(『筆の花』第七十三集九丁裏。明治二十六年五月?)

   初秋旅(八月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
旅衣肩のまよひもひやゝかに身にしみわたる秋の初風
(『筆の花』第七十四集一丁表。明治二十六年六月?)

   月下桂(九月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
清明なる月の名におふ桂社照せはいとゝ花の香もませ
(『筆の花』第七十五集一八丁裏。明治二十六年七月?)

   隣家碪(十月兼題歌)  東京 鈴木重嶺
隣より秋さり衣うちせまる音をし聞はいこそねられね
(『筆の花』第七十六集一三丁裏。明治二十六年八月?)

   菊契千秋(年廼舎兼題出詠之内) 鈴木重嶺
いかならんちきりあれはかきくのはなちとせのあきもかはらさるらん
(『筆の花』第七十八集七丁裏。明治二十六年十月?)

   残紅葉(十一月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
殊更にうるはしき哉染のこる紅葉は秋の形見と思へは
(『筆の花』第七十八集一八丁裏。明治二十六年十月?)

   寄時雨恋
  乙 六拾三点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
さためなきしくれのそらをみてたにもいもかこゝろのたのまれぬかな
(『筆の花』第七十八集二五丁裏。明治二十六年十月?)

   夜寒雁(十二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
夜を寒み霜や侘らん垣内田に羽叩く鴈の声そひまなき
(『筆の花』第八十集一五丁裏。明治二十六年十二月二十五日)

   冬植物
  甲 七拾九点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
梅もあれといもかかさしのたまつはきはるのまうけにうつしうゑはや
(『筆の花』第八十集二二丁裏。明治二十六年十二月二十五日)

   門松(一月兼題歌) 東京 従五位 鈴木重嶺
としたちてたかかとみてもおほそらのみとりにつゝくまつのいろかな
(『筆の花』第八十一集一九丁表。明治二十七年一月?)

   贈梅(二月兼題歌) 従五位 鈴木重嶺
こゝろあるきみにとてこそたをりつれひとりめつへきうめのはなかは
(『筆の花』第八十二集二一丁表。明治二十七年二月?)

   春風春水一時来
  戊 三拾八点(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
さむかりしきのふにはかにこちふきてこほりなかるゝはるのかはみつ
(『筆の花』第八十二集三〇丁裏。明治二十七年二月?)

   大婚廿五年盛典恭詠鶯花契万春歌 東京 従五位 鈴木重嶺
うくひすははなにちきりてきみか代をよろつ世まてとほきかはすらむ
(『筆の花』第八十三集一一丁表。明治二十七年三月?)

   鶯鳴梅(正風社三月兼題歌) 従五位 鈴木重嶺
まつひとにみせもきかせもさきそめしのきはのうめにうくひすのなく
(『筆の花』第八十三集一三丁裏。明治二十七年三月?)

   古郷柳(正風社三月当座探題) 重嶺
すみすてしやと来てみれはあをやきのなひきてわれをまねきかほなる
(『筆の花』第八十三集一四丁表。明治二十七年三月?)

   新柳(三月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
青柳はやかて眉をやつくるらん靡く姿も春めきにけり
(『筆の花』第八十三集二一丁裏。明治二十七年三月?)

   野外朝霞
  甲 (当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
あさけたく野もりかいほのけふりよりひきつゝきてもたつかすみかな
(『筆の花』第八十三集二九丁表。明治二十七年三月?)

   桜狩(四月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
桜狩雨はふり来ぬ花かけに濡るもさのみ厭ひやはする
(『筆の花』第八十四集一七丁裏。明治二十七年四月?)

   汐干
  乙 (当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
かせなきてあなおもしろのしほひかりおもひたちたるかひはありけり
(『筆の花』第八十四集二四丁裏。明治二十七年四月?)

   若鮎(五月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
玉川の岸のあたりそ賑はへる早瀬さはしる若鮎汲とて
(『筆の花』第八十五集一〇丁裏。明治二十七年五月?)

   庭螢(六月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
籠にかひし螢はなちて飛みれは狭き庭すら涼しかり鳧
(『筆の花』第八十六集一二丁裏。明治二十七年六月二十八日)

   栽荻(八月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
さらてたに侘しき宿に移植し荻戦かする風そ身にしむ
(『筆の花』第八十八集一八丁表。明治二十七年八月?)

   海辺早秋(年の舎七月兼題歌) 鈴木重嶺
きのふにもなほあつけさはかはらねと三保のまつはらあきかせのふく
(『筆の花』第八十九集一一丁表。明治二十七年九月?)

   稲花(九月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
千町田に花咲稲のさまみても豊なる世そ予てしらるゝ
(『筆の花』第八十九集一五丁裏。明治二十七年九月?)

   軍中月(当座互撰高点歌 員外) 鈴木重嶺
夜をこめて戦ふ時は篝火にかへてさやけき月やたのまむ
(『筆の花』第八十九集三三丁裏。明治二十七年九月?)

   秋鳥(十月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
百草もやゝうつろひて淋しきにたれ喚子鳥鳴すさふ覧
(『筆の花』第九十集一一丁裏。明治二十七年十月?)

   剣(当座互撰高点歌 戊) 鈴木重嶺
世々へてもさひぬつるきはたかひかるわか日のもとのほかにあらめや
(『筆の花』第九十集一九丁表。明治二十七年十月?)

   宇治の里(十一月十二日年廼舎納会当座菊花名探題歌) 鈴木重嶺
世をうちのさとの名に似すこかね色のきくをしみれはとみさかえなん
(『筆の花』第九十一集九丁表。明治二十七年十一月?)

   鷹(当座互撰高点歌 甲) 鈴木重嶺
おそろしきわしもあれとも手にすうるたかこそとりのつかさなりけれ
(『筆の花』第九十一集二〇丁裏。明治二十七年十一月?)

   朝水鳥(正風社十一月会当座歌) 従五位 鈴木重嶺
をしかもゝなほさむさをやいとふらんあさ日かけさすかたにより来る
(『筆の花』第九十二集八丁裏。明治二十七年十二月?)

   暁千鳥(年廼舎十一月例会兼題歌) 従五位 鈴木重嶺
まふさまもみえみ見えすみあかつきのかはたれときにちとりなくなり
(『筆の花』第九十二集九丁裏・一〇丁表。明治二十七年十二月?)

   朝氷(十二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
厚衾かつきても猶さえにしを玉もひの水けさ氷りたる
(『筆の花』第九十二集十七丁裏。明治二十七年十二月?)

   新年晴(一月兼題歌) 従五位 鈴木重嶺
としたちてちりもくもらぬそらみれはこゝろもはれてのとけかりけり
(『筆の花』第九十三集一四丁裏。明治二十八年一月?)

   よき夢を見たるをり(当座特撰高点歌 丁) 鈴木重嶺
おもふとちあそひくらしてつき日へしゆめをうつゝになすよしもかな
(『筆の花』第九十三集三一丁表。明治二十八年一月?)

   霞隔遠村(二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
筑波山高ねはかりか春霞しつくの田居も立かくしけり
(『筆の花』第九十四集一八丁裏。明治二十八年二月?)

   鶯何方(三月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
我園の梅にはなかて鶯の声するかたやいつこなるらん
(『筆の花』第九十五集二〇丁表。明治二十八年三月?)

   竹林雀(年廼舎三月会当座歌) 鈴木重嶺
群すゝめ塒とすなる竹むらに明るをつけて朝な朝ななく
(『筆の花』第九十六集六丁表。明治二十八年四月?)

   隔水見花(正風社例会兼題歌 四月十一日) 従五位 鈴木重嶺
すみ田かはつゝみのはなをこなたよりうちわたしみるけはひよろしも
(『筆の花』第九十七集一四丁裏。明治二十八年五月?)

   山花映日(小倉山定家卿御霊祠献詠歌 四月十九日) 東京 鈴木重嶺
さしのほる日影に匂ふ山桜花はあしたそみるへかりける
(『筆の花』第九十八集八丁表。明治二十八年六月?)

   雨中移竹(六月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
今日を待て竹をうゝれは折能も雨さへ降て色そ増れる
(『筆の花』第九十八集八丁表。明治二十八年六月?)

   水辺納涼(正風社例会兼題歌 六月廿日於近衛家) 従五位 鈴木重嶺
すみ田かはつゝみのさくらおひしけりかけこそなつはすゝしかりけれ
(『筆の花』第九十九集一〇丁表。明治二十八年七月?)

   山?(年廼舎月次小集当座歌 七月十六日会) 鈴木重嶺
夕立のすきし外山の木隠れにやかても?の声はしくるゝ
(『筆の花』第九十九集一一丁表。明治二十八年七月?)

   熊谷直実       東京 従五位 鈴木重嶺
このきしにひきかへしたるあはれさにかのきしにとはおもひたちけむ
(『筆の花』第百集二八丁裏。明治二十八年八月?)

   筆の花の百集を祝ひて     鈴木重嶺
いくたひもまたいはゝなむ三千とせになるてふもゝのかすにみてれは
(『筆の花』第百集三二丁表。明治二十八年八月?)

   露底虫(九月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
こゝろおくひとしなけれはさまさまのむしこそすたけにはのつゆはら
(『筆の花』第百一集一六丁表。明治二十八年九月?)

   月前鹿(九月廿九日年廼舎例会当座歌) 鈴木重嶺
かすか野につまとふしかのこゑすなりみかさのやまにいつるつき見て
(『筆の花』第百二集六丁裏・七丁表。明治二十八年十月?)

   名所紅葉(十月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
もみち葉はそめはしめけりあらしやまあらしはふかてしくれふりけむ
(『筆の花』第百二集一〇丁表。明治二十八年十月?)

   残菊久(十一月五日正風社例会当座歌) 従五位 鈴木重嶺
ふゝまぬをまちしそのまとふゆかけてのこれるきくといつれひさしき
(『筆の花』第百三集四丁裏。明治二十八年十一月?)

   野寒草(十一月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
ふゆの野の千くさおほかたかれぬれとその根にみゆるはなはなにそも
(『筆の花』第百三集八丁裏。明治二十八年十一月?)

   里の鶴(年廼舎小集菊花銘探題歌 十一月廿九日) 鈴木重嶺
似かよへるきくや千代へんやままつの木すゑにやとるたつのすかたに
(『筆の花』第百四集八丁表。明治二十八年十二月二十八日)

   歳暮訪友(十二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
くれてゆくとしそかひなきつきはなにあそひくらしゝともをとへとも
(『筆の花』第百四集八丁表。明治二十八年十二月二十八日)

   松竹帯雪(一月兼題歌) 東京 従五位 鈴木重嶺
しめはへしまつとたけとにゆきつみてとよとししるくみゆるけさかな
(『筆の花』第百五集一四丁裏・一五丁表。明治二十九年一月?)

   古巣鶯           鈴木重嶺
まつひとのおほきをしらてゆき消えぬたにのふるすにうくひすやなく
(『筆の花』第百六集一一丁表。明治二十九年二月?)

   余寒(二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
梅もはや綻ひそむる頃しもそ須田風ふきて寒さ身にしむ
(『筆の花』第百六集一三丁表。明治二十九年二月?)

   梅風遠薫(三月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
朝こちに香こそ匂へれ昨日みし梅の林はちかゝらねとも
(『筆の花』第百七集一五丁表。明治二十九年三月?)

   暁更花(小倉山京極黄門霊祠献詠之内) 従五位 鈴木重嶺
さやかにもはなそみえけるあかつきのかはたれときとひとはいへとも
(『筆の花』第百八集一四丁裏。明治二十九年四月?)

   残花何在(五月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
今日も又むなしく暮ぬ咲のこる花もやあると尋ね尋ねて
(『筆の花』第百九集一二丁表。明治二十九年五月?)

   新?(六月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
夏もまた浅間の森になく?の声きかんとは思はさりしを
(『筆の花』第百十集一四丁表。明治二十九年六月?)

   水亭冝夏(七月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
川岸に住るいほりは立よらてよそに見るたに涼しかり鳧
(『筆の花』第百十一集一四丁表。明治二十九年七月?)

   短夜夢(当座互撰高点歌 戊) 鈴木重嶺
わかゝりしさまをゆめみてうれしやとおもふやかてにあくるみしか夜
(『筆の花』第百十一集二三丁裏。明治二十九年七月?)

   観瀑(八月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
見てたにも涼しかれとも近寄て滝の重吹にいさ懸らはや
(『筆の花』第百十二集一六丁表。明治二十九年八月?)

   茅蜩(当座互撰高点歌 丁) 鈴木重嶺
さらてたにあきとはしるきまつかけにすゝしさそふるひくらしのこゑ
(『筆の花』第百十二集二五丁表。明治二十九年八月?)

   偕老寿言並安心是薬歌   鈴木重嶺
まつかえにやとれるつるのはなれぬはともにちとせをへなむとやする
(『筆の花』第百十二集二六丁裏。明治二十九年八月?)

   月前眺望(九月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
月かけのさすにまかせて磯近く漂ふ小舟こきいてにけり
(『筆の花』第百十三集一五丁裏。明治二十九年九月?)

   撰虫(当座互撰高点歌 戊) 鈴木重嶺
ひろまへにならすすゝむしおほきみの千代まつむしをとりてさゝけむ
(『筆の花』第百十三集二五丁表。明治二十九年九月?)

   秋霜(十月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
秋もはや末野の原を朝みれはおく露ならて霜のはなさく
(『筆の花』第百十四集一一丁表。明治二十九年十月?)

   河上落葉(十一月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
隅田川さくらの木葉ちるみつゝ長き堤もみしかくそ思ふ
(『筆の花』第百十五集一二丁表。明治二十九年十一月?)

   庭古松         鈴木重嶺
庭のおもにとし経しまつのあれはこそあるしもあえて千代さかゆらめ
(『筆の花』第百十六集六丁裏。明治二十九年十二月?)

   爐火(十二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
傍らにふすまかつきて夜もすから離れかたきは埋火の許
(『筆の花』第百十六集八丁表。明治二十九年十二月?)

   世清多楽事       鈴木重嶺
にこりなき御代にすむ身はうしてふをしらてたのしきことそおほかる
(『筆の花』第百十七集四丁裏。明治三十年一月?)

   新年鶏(一月兼題) 東京 従五位 鈴木重嶺
にはつとりとしたつけさのはつこゑはのとけさつくるはしめなりけり
(『筆の花』第百十七集一〇丁表。明治三十年一月?)

   早春雪(二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
降雪はとくやみてまし春立てほゝゑむ梅の花にさはらむ
(『筆の花』第百十八集一九丁裏。明治三十年二月?)

   清月上梅花       鈴木重嶺
うめのはないろ香まされりさやかなるつきをまちてそみるへかりける
(『筆の花』第百十九集一五丁表。明治三十年三月?)

   朝雲雀(三月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
雲雀こそのとけかりけれ朝日影さしくる頓て空に昇りて
(『筆の花』第百十九集一九丁裏。明治三十年三月?)

   行路花(四月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
さして行方も忘れて道のへの花のもとにてけふは暮しつ
(『筆の花』第百二十集一六丁裏。明治三十年四月?)

   夜帰鴈(正風社四月例会歌) 従五位 鈴木重嶺
やみの夜のくるゝをまちてかへるらんなれしみやこはたちうかりとや
(『筆の花』第百二十一集一一丁裏。明治三十年五月?)

   落花(年廼舎別会兼題歌 四月十九日) 鈴木重嶺
あなをしのたかねのはなやきのふかもくもと見しまにゆきとちりくる
(『筆の花』第百二十一集一二丁表。明治三十年五月?)

   首夏月(五月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
霞たつ春はすくれとけふもなほ影おほろけに見ゆる月哉
(『筆の花』第百二十一集一五丁裏。明治三十年五月?)

   竹間螢(六月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
生出てよなかき竹の葉かくれに舞ふ螢さへ久しからなん
(『筆の花』第百二十二集一九丁裏。明治三十年六月?)

   雨中山(当座互撰高点歌 戊) 鈴木重嶺
ふりつゝくあめにしみれはつくはやまはやましけやまいつこなるらん
(『筆の花』第百二十二集二九丁裏。明治三十年六月?)

   船納涼(七月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
明日もきて夕涼みせん隅田川夏しらなみに船をうかへて
(『筆の花』第百二十三集一一丁裏。明治三十年七月?)

   夏家(当座互撰高点歌 丙) 鈴木重嶺
たへかたきなつのあつさもしらなみのよするみきはのいへそすみよき
(『筆の花』第百二十三集二一丁裏。明治三十年七月?)

   湖辺螢(年廼舎臨時会兼題歌) 従五位 鈴木重嶺
ゆふまくれひえのねおろしふきたえてほたるまふなりにほのうみつら
(『筆の花』第百二十四集一二丁表。明治三十年八月?)

   驚立秋(八月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
堪かたき暑さわひしを思ひきや涼しき秋のけふ立むとは
(『筆の花』第百二十四集一九丁裏。明治三十年八月?)

   水辺燈(当座互撰高点歌 甲) 鈴木重嶺
いけとのゝみつにうつれるともし火はやみこそことにすゝしかりけれ
(『筆の花』第百二十四集二九丁表。明治三十年八月?)

   雨夜虫(九月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
降雨をやませてしかな窓のうちの燈火ちかく虫の声する
(『筆の花』第百二十五集一八丁裏。明治三十年九月?)

   庭竹(順会十月六日当座互撰高点歌 丁) 鈴木重嶺
おいか身のつえにきらんとおもへともをしくもある哉にはのなよたけ
(『筆の花』第百二十六集一七丁裏。明治三十年十月?)

   閑庭菊(十月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
人とはぬやとにはあれと園の菊独めつるはあたらしき哉
(『筆の花』第百二十六集二〇丁裏。明治三十年十月?)

   秋眺望(当座互撰高点歌 乙) 鈴木重嶺
はるなつもおなし野やまのいかてかくあきはけはひのみやひなるらん
(『筆の花』第百二十六集三〇丁表。明治三十年十月?)

   庭残菊(年廼舎十一月十七日臨時会歌) 従五位 鈴木重嶺
うつろはぬにはのむらきくなかりせはあきのかたみになにを見てまし
(『筆の花』第百二十七集一一丁表。明治三十年十一月?)

   江寒蘆(十一月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
住の江の松ふく風も身にしむを枯ふす蘆のさまそ寒けき
(『筆の花』第百二十七集一四丁裏。明治三十年十一月?)

   冬祝言(十二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
豊年のしるしの雪は寒けれと心にたれもいはゝぬはなし
(『筆の花』第百二十八集九丁裏。明治三十年十二月二十八日)

   掃塵行(当座競詠得〈ママ〉撰歌 丙) 鈴木重嶺
ちりもなききよきやとにもおとするは世のならはしとすゝはらふらん
(『筆の花』第百二十八集一九丁表。明治三十年十二月二十八日)

   日出海(一月兼題歌) 東京 従五位 鈴木重嶺
ひむかしのみやこてらすをはしめにてあさ日かゝやくたけしはのうら
(『筆の花』第百二十九集二〇丁裏。明治三十一年一月?)

   筆の花満十年祝詠      鈴木重嶺
とるふてのはなのさかりも十とせへぬ木すゑしけりていやさかえなむ
(『筆の花』第百二十九集三九丁表。明治三十一年一月?)

   尋梅(二月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
此所彼所たつねくらして帰るさの里の垣根に梅を見る哉
(『筆の花』第百三十集一四丁裏。明治三十一年二月?)

   霞中月(三月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
夕霞ふかくたなひくしわさにや月はことさら朧なりける
(『筆の花』第百三十一集一六丁裏。明治三十一年三月?)

   都花(四月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
此ころは作楽のさかぬ方そなき花の都の名こそうへなれ
(『筆の花』第百三十二集一六丁表。明治三十一年四月?)

   海辺春(当座互撰高点歌 丁) 鈴木重嶺
さくらかひうめのはなかひひろひつゝしほの干かたにはるはあそはむ
(『筆の花』第百三十二集二六丁裏。明治三十一年四月?)

   鶯声稀(五月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
梅はゝや青葉となれと鶯はきのふ忘れすたまさかになく
(『筆の花』第百三十三集一二丁裏。明治三十一年五月?)

   短艇競漕(当座互撰高点歌) 鈴木重嶺
きそひこくそのさまみてもものゝふのあとはひかぬこゝろなるらん
(『筆の花』第百三十三集二二丁裏。明治三十一年五月?)

   森鵑(六月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
郭公あすもきかはやおひしける森の木陰にをち返りなく
(『筆の花』第百三十四集一七丁裏。明治三十一年六月?)

   橋夕立(七月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
鳴神の音もきこえてとゝろきの橋こえぬまに夕立のふる
(『筆の花』第百三十五集一三丁裏。明治三十一年七月?)

   扇風(八月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
涼しかる風もことわり逆しまに挿せは冨士とみゆる扇を
(『筆の花』第百三十六集一四丁表。明治三十一年八月?)

   草露白(九月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
また花は咲はしめねと麗はしな千草にむすふ露のしら玉
(『筆の花』第百三十七集一七丁裏。明治三十一年九月?)

   雁来(十月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
雁の来る頃は染なる草の葉を見る見るをれは空に声する
(『筆の花』第百三十八集一九丁表。明治三十一年十月?)

   紅葉深(十一月兼題歌) 東京 鈴木重嶺
露霜や夜のまに深くおきにけん染つくしたるにはの紅葉
(『筆の花』第百三十九集九丁裏。明治三十一年十一月?)

   若葉少          鈴木重嶺
ふりしきる雪につまれてはるの野にあさるわかなそすくなかりける
(『筆の花』第百四十一集一三丁表。明治三十二年一月?)




十、『会通雑誌』

   寄文懐旧        従五位 鈴木重嶺
かくり世のいつちいにけむ神なから伝へし道の文解し君
(『会通雑誌』第八十一号一一頁。明治二十一年六月五日)

   池辺鶴 旋頭歌     従五位 鈴木重嶺
葉かへせぬみきはの松に巣くふあした豆すたつともそのひなつれはよそになゆきそ
(『会通雑誌』第九十八号一二頁。明治二十一年十一月二十五日)

   寒松          従五位 鈴木重嶺
冬しらぬ杉もあれとも稲荷山こ高き松のいろのよろしさ
(『会通雑誌』第九十九号一二頁。明治二十一年十二月五日)

   春夢          従五位 鈴木重嶺
別れにし春の三年になりぬるを君とかたらふ夢を見し哉
(『会通雑誌』第百十号一二頁。明治二十二年三月二十五日)

   朝またき?の鳴声を聞て 従五位 鈴木重嶺
あさまたき啼たつ?の声す也けふの暑さを思ひやらるゝ
(『会通雑誌』第百二十四号一三頁。明治二十二年八月十五日)

   新年祝         従五位 鈴木重嶺
霞たに立あへぬまに天地を御代のためしに引はしめつゝ
(『会通雑誌』第百三十九号一二頁。明治二十三年一月十五日)




十一、『やまと錦』

   見盆菊有感          鈴木重嶺
(詞書省略)
瓦には植られたれと菊のはな深き色香はしる人そしる
(『やまと錦』第一号百三七頁。明治二十一年十二月一日)

   浦擣衣            鈴木重嶺
日にそへて汐風寒み手もすまふうらのあま人衣うつらむ
(『やまと錦』第一号百四三頁。明治二十一年十二月一日)

   閑居霰            鈴木重嶺
訪ふ人のたゝかぬやとは板ひさしいたく霰の音たてゝけり
(『やまと錦』第一号百四三頁。明治二十一年十二月一日)

   冬の今様のうた        鈴木重嶺
おろかおひさへ穂にいてゝ冬寒からすおもひしを有明の月のかけきえてはつ霜しろくおきにける
(『やまと錦』第一号百四六頁。明治二十一年十二月一日)

   歳月如流           鈴木重嶺
矢のことくなかれて早きとしなみをせきとむへき水柵も哉
(『やまと錦』第二号百五七頁。明治二十二年一月一日)

   永愷下車図          鈴木重嶺
伊勢の海の深き学ひを慕ひてやかひなき今もおり立にけむ
(『やまと錦』第二号百五七頁。明治二十二年一月一日)

   外国へ物学ひに行人の馬のはなむけに 鈴木重嶺
ひまらやの山より高く学ひ得てちからをつとに帰りこよ君
(『やまと錦』第二号百五七頁。明治二十二年一月一日)

 世間四事久不可恃春寒秋熱老健君寵といふ心をよめと人のすゝめければよめる                                     重嶺
   春寒
花咲けと火をけは離れかたかりといひしを今日は綿いとふまて
   秋熱
きのふかも残る暑さにあへきしを肌さむきまて今日はなりぬる
   老健
千世経むとあふく老木の松枝もつねなきかせにをられけるかな
   君寵
こゝろせよあまきを好む蜂すらもさならぬ枝にやとるありけり
(『やまと錦』第六号一三五・一三六頁。明治二十二年五月一日)




十二、『朝さくら』

   尋梅(二十一年二月五日宮中御兼題)従五位 鈴木重嶺
咲き初る梅もこそあれ海近き蒲田のあたり先尋ねみん
(『朝さくら』第七弁 七頁。明治二十二年四月二十九日)




十三、『国のもとゐ』

   孫叔敖母        鈴木重嶺
わざはひをのぞくまもりは人のためよかれとおもふこゝろなりけり
(『国のもとゐ』第二巻第十一号二七頁。明治二十三年二月一日)

   梁寡高行        鈴木重嶺
高砂のをのへににほふさくらばなきりての後ぞ香はまさりける
(『国のもとゐ』第二巻第十一号二七頁。明治二十三年二月一日)

   陳寡孝婦        鈴木重嶺
雲井まで音こそ聞ゆれ年を経て枝うつりせぬ谷のうぐひす
(『国のもとゐ』第二巻第十一号二九頁。明治二十三年二月一日)

   魯義姑姉        鈴木重嶺
あらき風ひとの蒔しにあてじとてわがなでし子はとりぞすてつる
(『国のもとゐ』第二巻第十一号三〇頁。明治二十三年二月一日)

   周主忠妾        鈴木重嶺
かくれたる花の色こそあらはなれかりしうばらがもとの床夏
(『国のもとゐ』第二巻第十二号三二頁。明治二十三年三月一日)

   祭人の妻
わかるべきふしもなくして呉竹のかはらぬ色をなにゝかへまし
(『国のもとゐ』第二巻第十二号三三頁。明治二十三年三月一日)

   息君夫人
心からきえゆく露ぞあはれなる風のためには散らされじとて
(『国のもとゐ』第二巻第十二号三三頁。明治二十三年三月一日)

   荷田東麿        鈴木重嶺
いなり山高きをしへは古言のおくかたつぬるはし立にして
(『国のもとゐ』第二巻第十二号四一頁。明治二十三年三月一日)

   賀茂真淵        鈴木重嶺
あかた居のちふに玉なす白露のひかりそ道のしるへなりける
(『国のもとゐ』第二巻第十二号四一頁。明治二十三年三月一日)

   本居宣長        鈴木重嶺
伊勢の海の清き渚の玉もあれど鈴のおとこそたかくきこゆれ
(『国のもとゐ』第二巻第十二号四一頁。明治二十三年三月一日)

   平田篤胤        鈴木重嶺
いせの海にあさり残しゝしら玉を君こそさらにひろひたりけれ
(『国のもとゐ』第二巻第十二号四一頁。明治二十三年三月一日)




十四、『日本之文華』

   海辺霞(三月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
あはとみしあはの遠山うちかすみかきりしられぬ竹しはのうら
(『日本之文華』第一冊第七号二五頁。明治二十三年四月三日)

   海辺花(四月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
三保の浦の松の木の間にさく花は天の羽ころもかけしかとみゆ
(『日本之文華』第一冊第九号六三頁。明治二十三年五月三日)

   海辺時鳥(五月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
あはち嶋さしても行かまてしばしすまのうしろの山ほとゝきす
(『日本之文華』第一冊第十一号二八頁。明治二十三年六月三日)

   海辺蛍(六月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
家つとにせまほしき哉いせの海のなきさの玉とてらすほたるを
(『日本之文華』第一冊第十三号二六頁。明治二十三年七月三日)

   海辺蟬(七月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
風かよふすまのうら松すゝしきにうしろの山はせみのこゑする
(『日本之文華』第一冊第十五号五二頁。明治二十三年八月三日)

   海辺荻(八月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
白浪のよするまにまにさやくなりあまかとまやの軒のした荻
(『日本之文華』第一冊第十七号三〇頁。明治二十三年九月三日)

   名所秋夕              従五位鈴木重嶺東京
さびしさの奥ぞしられぬみ吉野のすゞのしのやの秋のゆふぐれ
(『日本之文華』第一冊第十八号三〇頁。明治二十三年九月十八日)

   紫式部(明治廿三年七月五日御歌会兼題写)重嶺
うへしこそ名にはおひけめむらさきのうへにたつへき色しなけれは
(『日本之文華』第一冊第十九号三八頁。明治二十三年十月三日)

   海辺月(九月十一日佐々木翁歌会兼題)従五位鈴木重嶺東京
月のため植けんものとみゆるかなあかしの浦のまつのけはひは
(『日本之文華』第一冊第十九号三九頁。明治二十三年十月三日)

   海辺菊(十月十一日佐々木翁歌会兼題)鈴木重嶺 東京
あはれとは誰か見ざらん雁なきて菊のはなさく住吉のうら
(『日本之文華』第一冊第二十一号四九頁。明治二十三年十一月三日)

   十月五日 秋山家(宮中御歌会兼題写)    重嶺
栗もゑみくさひらもやゝおひいてぬとくとひきませ都かた人
(『日本之文華』第一冊第二十二号四一頁。明治二十三年十一月十八日)

   兼題 湖上雁             従五位 鈴木重嶺
   (翠園先生社中月次別会亭番十月廿五日)
名にも似す霞か浦は霧こめてはるゝやかてに雁鳴きわたる
(『日本之文華』第一冊第二十二号四一頁。明治二十三年十一月十八日)

   海辺鶴 当座             鈴木重嶺
   (翠園先生社中月次別会亭番十月廿五日)
伊勢の海になにあさるらん浜をきのなひくまにまにたつそ見ゆなる
(『日本之文華』第一冊第二十二号四一頁。明治二十三年十一月十八日)

   岡紅葉(十月十五日鈴木重嶺翁月次会兼題)鈴木重嶺
色深きもみち葉故にあらほれてかくれの岡も人そよりくる
(『日本之文華』第一冊第二十三号三三頁。明治二十三年十二月三日)

   名所時雨(十一月十一日佐々木翁歌会当坐)鈴木重嶺
笠やどりするもうれしな木葉ちるあきはのもりに時雨ふりきて
(『日本之文華』第一冊第二十三号三五頁。明治二十三年十二月三日)




十五、『古今遊戯雑談』

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   初段                翠園老人
焚しめし香もなつかしきうち兜是なん夫と誰か見ざらん
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   二段                翠園老人
かくこそときりとる松の一枝に君千代ませの心なりけり
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   三段                翠園老人
遅かりきおそかりけりの言のはに早くも君が心をぞくむ
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   四段                翠園老人
かる萱の何しか心みだれけむ君を思へるますらをにして
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   五段                翠園老人
海ならぬ一すぢ道のくらき夜におい木の松をくだく白浪
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   六段                翠園老人
濡衣は今はの際にかわけども妻はほすべき隙やなからん
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   七段                翠園老人
身を石にかへてしのだの古狐はかり得たりと何思ふらん
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁表。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   八段                翠園老人
親と子が道ゆきなづみつく杖に一節そへてうたへるや誰
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁裏。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   九段                翠園老人
たらちねの親のゆるしゝ妹と背も今宵計りにやま科の里
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁裏。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   十段                翠園老人
きらばきれ我もひとりの男山強きあらしに動くものかは
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁裏。明治二十三年四月二十一日)

   わかきをり忠臣庫の劇場を見て
   十一段               翠園老人
白雪のつもる恨みを打けちしますらたけをの心をぞ思ふ
(『古今遊戯雑談』第三冊五丁裏。明治二十三年四月二十一日)

   池水鳥(鶴園納会 兼題当座の中)  鈴木重嶺
朝日さす池のかた岸あたゝかみひとつところにすだく水とり
(『古今遊戯雑談』第八冊五丁表。明治二十三年十二月二十八日)

   酒忘憂(梔園納会 兼題の中)    鈴木重嶺
うき世とは人いはばいへ思ふとち酒のむばかりたのしきはなし
(『古今遊戯雑談』第八冊五丁裏。明治二十三年十二月二十八日)

   朝水鳥(三田葆光先生撰 十二月十三日開巻)鈴木重嶺
(地)あさ日さす岸に羽たゝくをしかもはよのまの霜をはらふなるらん
(『古今遊戯雑談』第八冊五丁裏。明治二十三年十二月二十八日)




十六、『雅人』

   (『東総日記(二)』の内)
見ん人やはたのあたりに休らはん梨の花さく頃にすきなは
(『雅人』ふたつの巻一一頁。明治二十三年十月二十日)

   (『東総日記(二)』の内)
吹おろす山松風とよる浪とすゝしさきそふこゝちこそすれ
(『雅人』ふたつの巻一一頁。明治二十三年十月二十日)

   (『東総日記(二)』の内)
生茂る松の木の間にみる月はうき世に遠きこゝちこそすれ
(『雅人』ふたつの巻一二頁。明治二十三年十月二十日)

   (『東総日記(二)』の内)
海原はほど遠かるをこゝにきて汐湯あみんとおもひかけきや
(『雅人』ふたつの巻一二頁。明治二十三年十月二十日)

   (『東総日記(三)』の内)
白玉を拾ひしよりも嬉しきは晴たる月の光りなりけり
(『雅人』みつの巻一二頁。明治二十三年十一月十三日)

   (『東総日記(四)』の内)
田も畑もうるほひ見えて豊年をいはふとなりけふのうたげは
(『雅人』よつの巻五頁。明治二十三年十二月十日)

   風前梅(故正一位内大臣三条実美公追悼歌集)
         東京市牛込区神楽町二丁目 鈴木重嶺
きのふこそ盛りなりしか梅花ちりしくかけに今日をしむ哉
(『雅人』ここのつの巻二頁。明治二十四年五月十四日)




十七、『日本之文園』

   道            従五位 鈴木重嶺
道といふみちはよこみち皇神のたてしみちこそたゝしかるみち
(『日本之文園』第一 三〇頁。明治二十四年一月十五日)




十八、『随在天神』

   朝霞          従五位鈴木重嶺
あさほらけ霞は遠く隔れと過しむかしは近くそ見えける
(『随在天神』第百七十三号三四頁。明治二十四年四月五日)

   対月忍昔        従五位 鈴木重嶺
なき君の心もかくそ明らけき今宵の月の影はかりかは
(『随在天神』第百八十七号二八頁。明治二十四年十一月五日)

   須賀神社旧跡考証附録
八雲山やへにかすみの立こむるさまをし見れは古へ思ほゆ 東京 鈴木重嶺
(『随在天神』第二百十号五〇頁。明治二十六年五月五日)

   平田神社満五十年祭献詠
     残菊
冬かけて咲きく見ても在し世のかをりのこれる功をそ思ふ 従五位 鈴木重嶺
(『随在天神』第二百十六号五八頁。明治二十六年十一月五日)

   鶯花契万春
鶯は花にちきりて君か代をよろつ代まてとほきかはすらむ 従五位 鈴木重嶺
(『随在天神』第二百二十号附録一一頁。明治二十七年四月二十五日)

   平田神社秋季祭献詠
     祝捷軍
皇国の神のみいつのそはれはやたゝかふことに勝さるはなき   鈴木重嶺
(『随在天神』第二百二十七号五二頁。明治二十七年十一月二十五日)




十九、『光華叢誌』

   夢中郭公         従五位 鈴木重嶺
現にて待しかひなくねぬる夜の夢のたゝちに鳴く郭公
(『光華叢誌』第二十八号。明治二十四年五月二十八日)

   欧婦            東京 鈴木重嶺
あな見にく言先ちてふさはすの教にたかふ人の国なり
(『光華叢誌』第二十八号。明治二十四年五月二十八日)

   山家水          従五位 鈴木重嶺
此山にすみはてなまし流れては帰らぬ水を心とはして
(『光華叢誌』第三十号。明治二十四年七月三十日)

   行路柳           東京 鈴木重嶺
打なびく糸に引かれて青柳の蔭ふむ道は行もやられず
(『光華叢誌』第三十九号。明治二十五年五月八日)




二十、『玉乾坤』

   新年祝世             鈴木重嶺
霞たに立あへぬまに天地を御代のためしにひきはしめつゝ
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   鶯出谷              鈴木重嶺
光なき谷より出てうくひすは玉のはつこゑもらしつるかな
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   都郭公              鈴木重嶺
都にはいてしはかりを郭公鳥たみたる声はましらさりけり
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   対泉忘夏             鈴木重嶺
まし水をたまくらにして眠る日は秋の夢をも結ひつるかな
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   野鶉               鈴木重嶺
露しけき小野のうつらの羽ふるひに尾花打なひく夕寂しも
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   月                鈴木重嶺
国はらにみちたるのみか久方の空もせはしとすめる月かけ
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   冬鳥               鈴木重嶺
大かたの榎の実もつきてひえ鳥の落葉踏しく声のあはれさ
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   歳暮               鈴木重嶺
年のをもみしかくなりておる機のひと日ふつかと逼ぬる哉
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   富士山              鈴木重嶺
ふしのねは高きのみかは裾さへに比ふ物なく広くも有かな
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)

   友                鈴木重嶺
世の中のなにはのこともよしあしを争ふ友のたのもしき哉
(『玉乾坤』巻之一 二二頁。明治二十四年八月十一日)




二十一、『歌学』

   松               鈴木重嶺
多かれと松をはうとむ人もなしすくなきをのみめてはやす世に
(『歌学』第一号四四頁。明治二十五年三月十日)

   歌学会をほき侍りて     東京 鈴木重嶺
敷しまのやまと学をもとゝしていやしけらなむ四方のたみくさ
(『歌学』第一号六九頁。明治二十五年三月十日)

   山家松             鈴木重嶺
山まつの風たえし日はものいはぬ友にむかへるこゝちこそすれ
(『歌学』第二号五六頁。明治二十五年四月十日)

   蒸気車             鈴木重嶺
見るかうちに舟は遠くもなりにけりたつるけふりをあとに残して
(『歌学』第三号四〇頁。明治二十五年五月十日)

   首夏雨             鈴木重嶺
夏もまたまれにはのこる花もあるを心なけなるあまそゝきかな
(『歌学』第四号四〇頁。明治二十五年六月十日)

  (佐々木〈弘綱〉翁追悼歌会)    重嶺
去年のなつともに聞にし時鳥ことしはこゑをまつかひもなし
(『歌学』第五号九八頁。明治二十五年七月十日)

   楠公              鈴木重嶺
かけたのむ花たちはなのかれしより大うち山はさみたれにけり
(『歌学』第七号一九頁。明治二十五年九月十二日)

   山家初冬            鈴木重嶺
きのふたに木の葉しくれししからきの外山の里に冬は来にけり
(『歌学』第九号三八頁。明治二十五年十一月十日)




二十二、『文学』

   冬田家             鈴木重嶺
きてみませ門田のひたの縄朽ちてうしろやすけに雁のあさるを
(『文学』第十四号二頁。明治二十五年九月五日)




二十三、『花の園生』

   源義経         八十叟 鈴木重嶺
ねちけたるかち故にこそ世をうみに船ならぬ君たゝよひにけれ
(『花の園生』第二十四号三一頁。明治二十六年一月二十日)

   兼題新年竹       従五位 鈴木重嶺
年のたつけふをはしめにすなほなるたけの姿を心ともかな
(『花の園生』第二十五号三一頁。明治二十六年二月二十日)

   三月兼題湖上霞     従五位 鈴木重嶺
富士の根は雪も消えぬを世の海はかすみたな引さまのゝとけさ
(『花の園生』第二十七号三一頁。明治二十六年四月二十日)

   四月兼題雨後月     従五位 鈴木重嶺
雨晴れしやかてに庭の花見れはなこりの露に色そまされる
(『花の園生』第二十八号三一頁。明治二十六年五月二十日)

   五月兼題尋郭公     従五位 鈴木重嶺
都にはきく人まれになりにけりいつこたつねむ山ほとゝきす
(『花の園生』第二十九号三一頁。明治二十六年六月二十日)

   十月兼題暮秋夕(鈴木重嶺大人月並兼題の歌)従五位鈴木重嶺
さしてたに秋の夕は寂ひしきを限りときけは殊更にこそ
(『花の園生』第三十四号二八頁。明治二十六年十一月二十日)

   新年酒             鈴木重嶺
さけ飲まめわれも盃手にとりて年立つ今日を祝ひこそすれ
(『花の園生』第三十七号二八頁。明治二十七年二月二十日)

   雪知豊年            鈴木重嶺
降り積る雪の田の面は埋れても年ある秋はあらはれにけり
(『花の園生』第三十七号二八頁。明治二十七年二月二十日)

   待梅              鈴木重嶺
花鳥の二つなからはかたくともその一つたに咲き匂はなん
(『花の園生』第三十七号二八頁。明治二十七年二月二十日)

   海辺雪(宮中月次御歌会御兼題) 鈴木重嶺
三穂の浦は真白くなりぬ不二の根の雪のみ松の上に見えしを
(『花の園生』第三十七号二八頁。明治二十七年二月二十日)

   鶯花契万春        東京 鈴木重嶺
うくひすは花に契りて君か代を万代まてとほきかはすらむ
(『花の園生』第三十八号二七頁。明治二十七年三月二十日)

   新年祝         従五位 鈴木重嶺
新玉の年のはしめのことくさは君千代ませのほかなかりけり
(『花の園生』第四十八号二五頁。明治二十八年一月三十日)

   新年鶯             鈴木重嶺
開け行く世に習ひてや春またてとし立つやかて黄鵬の鳴く
(『花の園生』第四十九号二六頁。明治二十八年二月二十日)

   沢春駒(四月宮中御題)       重嶺
あしのめをあさるとやする浅沢に月毛の駒のかけそうつれる
(『花の園生』第六十三号三六頁。明治二十九年五月十日)

   孤島残月(九月宮中御題)      重嶺
画かくとも筆もおよはし沖遠きはなれをしまの有明の月
(『花の園生』第六十八号三五頁。明治二十九年十月十日)

   閑庭菊         従五位 鈴木重嶺
五本の門のやなきはまねかねとまかきの菊をひとそとひくる
(『花の園生』第七十号三三頁。明治二十九年十二月十日)

   郭公稀             鈴木重嶺
我のみと思ひしものを霍公鳥きゝつといひし人そ少なき
(『花の園生』第七十七号二八頁。明治三十年七月十日)



二十四、『明治謌林』

   野梅          東京 鈴木重嶺
若艸のしたもえわたる頃なるをはやのつかさのうめきさに鳧
(『明治謌林』第四十二集七頁。明治二十六年三月二十一日)

   初冬山         東京 鈴木重嶺
散りのこる紅葉もあれとみねふもと霜のはなさく冬はきに鳧
(『明治謌林』第五十集三頁。明治二十六年十一月二十三日)

   寄歌祝         東京 鈴木重嶺
かきりなくいや栄えなんかみよゝりつたへてたえぬ敷島のみち
(『明治謌林』第六十九集三頁。明治二十八年六月二十六日)

   籬残菊         東京 鈴木重嶺
咲しよりませの八重きく日をかさね冬来てもなほうつろはぬ哉
(『明治謌林』第七十五集一頁。明治二十八年十二月二十五日)

   晴天鶴         東京 鈴木重嶺
久方の空はれわたりたつのまふさまこそことにのとけかりけれ
(『明治謌林』第七十七集二頁。明治二十九年二月二十四日)

   寄道祝         東京 鈴木重嶺
ことのはの道のたゝちをゆく人のおほかる御代をいはふけふ哉
(『明治謌林』第八十七集五頁。明治二十九年十二月二十四日)




二十五、『神道』

   湖上霞         従五位 鈴木重嶺
ほのほのとふしは霞みてせの海の音も長閑に聞えける哉
(『神道』第八号六頁。明治二十六年四月二十四日)




二十六、『少年学術共進会』

   蓮露              鈴木重嶺
をりをりに風のちらすもおもしろし玉とあさむくはちす葉の露
(『少年学術共進会』第四巻第七号一六頁。明治二十六年七月十日)

   扇               鈴木重嶺
広からぬ扇にいかてかくはかりすゝしき風をたゝみこめけん
(『少年学術共進会』第四巻第八号一七頁。明治二十六年八月十日)

   楠公              鈴木重嶺
かけたのむ花橘のかれしより大内山はさみたれにけり
(『少年学術共進会』第四巻第十号二〇頁。明治二十六年十月十日)

   待雁              鈴木重嶺
鎌つかの花はさかりになりぬるをおくてかりかねなと声のせぬ
(『少年学術共進会』第四巻第十一号二六頁。明治二十六年十一月十日)

   落葉              鈴木重嶺
きのふかもそむるおそしとうらみしを水末あらはにちるもみち哉
(『少年学術共進会』第四巻第七号一三頁。明治二十六年十二月十日)




二十七、『文芸共進会』

   新年氷           鈴木重嶺
年たちてひもとく花もあるものを氷はなにゝむすほゝるらむ
(『文芸共進会』第五巻第一号二七頁。明治二十七年一月五日)

《『文芸共進会』第五巻第三号(明治二十七年三月五日)の口絵に「和歌三名家」として、上に従三位福羽子爵、右下に従五位鈴木重嶺大人、左下に松の門三艸子女史の肖像画を掲げる》

   松不改色 兼題(松の門三草子刀自歌会) 鈴木重嶺
常磐なる松とはうへもいひけらし万代ふへき色そ見えける
(『文芸共進会』第五巻第四号二四頁。明治二十七年四月五日)

   静見花(松の門三草子刀自月次歌会披露)従五位鈴木重嶺
舞ひ遊ふ蝶の羽風の外にまたさはる者なき花を見る哉
(『文芸共進会』第五巻第六号三四頁。明治二十七年六月五日)

   新竹露(松の門三草子刀自月次歌会披露) 鈴木重嶺
朝風はちらさすもかな今年生の竹のさ枝に結ふしら露
(『文芸共進会』第五巻第七号七頁。明治二十七年七月五日)




二十八、『朝日桜』

   野外朝霞        東京従五位鈴木重嶺
おのつから野辺の若草いろ添て緑にかすむ朝ほらけかな
(『朝日桜』第一集三丁表。明治二十七年四月七日)

   夏月透竹        従五位東京鈴木重嶺
うちそよくたけのひまよりもる月の涼しさみてる庭のおもかな
(『朝日桜』第四集一頁。明治二十七年七月十日)

   蛍水草        従五位東京鈴木重嶺
おのか身のゆかりあれはやうき草のうへをはなれす蛍とひかふ
(『朝日桜』第五集一頁。明治二十七年八月十日)

   早涼暁到        従五位東京鈴木重嶺
宵のまはきのふの夏にひとしきをあかつきかけて風そ身にしむ
(『朝日桜』第六集一頁。明治二十七年九月十日)

   虫声非一        従五位東京鈴木重嶺
むしの音の品さためせはいつれをかゝすにはたてん心まよひぬ
(『朝日桜』第七集一頁。明治二十七年十月十日)

   擣衣妨夢        従五位東京鈴木重嶺
うちわたす里のきぬたのきこえきてゆめのうき橋なかたえに鳧
(『朝日桜』第八集一頁。明治二十七年十一月十日)

   官山花         東京 鈴木重嶺
おほやけの山にあらすはさくらはな一枝をりていへつとにせん
(『朝日桜』第十四集二頁。明治二十八年五月二十日)

   野亭杜鵑        東京 鈴木重嶺
たとりこし野へのかりやにやすらへは折しもちかくなく霍公鳥
(『朝日桜』第十四集一〇頁。明治二十八年五月二十日)

   夏草露         東京 鈴木重嶺
露むすふくはかるとも賤のをよ秋さくはなはこゝろせなゝん
(『朝日桜』第十五集三頁。明治二十八年六月二十六日)

   樹陰売氷        東京 鈴木重嶺
俄にも涼しくなりぬまつかけにけつり氷ひさくこゑをとめきて
(『朝日桜』第十六集四頁。明治二十八年八月二十日)




二十九、『教育報知』

   深夜帰雁        従五位鈴木重嶺
雁かねは明るもまたて夜深きに故郷さしてなと急くらむ
(『教育報知』第四百十八号一六頁。明治二十七年四月二十一日)

   泊郭公         従五位鈴木重嶺
浪よする竹の泊にふしなから夢こゝちして聞ほとゝきす
(『教育報知』第四百二十三号一四頁。明治二十七年五月二十六日)

   夏朝          従五位鈴木重嶺
朝風は涼しかれとも照わたすひるのあつさそ思ひやらるゝ
(『教育報知』第四百三十三号一六頁。明治二十七年八月四日)




三十、『国光』

   楠公             鈴木重嶺
かけたのむはなたちばなの枯しより大内山はさみだれにけり
(『国光』第八巻第四号四〇頁。明治二十七年六月十日)

   富士山            鈴木重嶺
天地のいづこの神かうしはける雲の上なる不二のたかねは
(『国光』第八巻第五号四七頁。明治二十七年六月二十五日)




三十一、『一日集』

   暮春鳥         鈴木重嶺
夏たては様やかはらん今日迄はかもめもはるのものと見ゆるを
(『一日集』第六十一号七頁。明治二十七年六月)




三十二、『梅のした風』

   草庵萩(九月兼題)         従五位鈴木重嶺
我やとに似つかはしくも見ゆる哉世を秋はきの花そと思へは
(『梅のした風』第九輯七丁裏。明治二十七年十一月十九日)

   対泉(七月兼題)          従五位鈴木重嶺
すゝしさに猶あくことは山しみつ立さりかねてくらしつるかな
(『梅のした風』第十輯六丁表。明治二十八年十二月八日)

   扇(七月兼題)           従五位鈴木重嶺
広からぬ殿にいかてかくはかり涼しき風をたゝみこめけむ
(『梅のした風』第十一輯五丁表。明治三十年四月十九日)

   対泉(七月兼題)          従五位鈴木重嶺
咲かての千草は雨のぬれ色もわろからねとも晴よとそおもふ
(『梅のした風』第十二輯二十丁表。明治三十年四月十九日)




三十三、『文芸倶楽部』

   元旦                  鈴木重嶺
鶏うたひ鳥のなくも長閑きかいさおきいてゝ年を迎ん
(『文芸倶楽部』第一巻第一編二一六頁。明治二十八年一月二十五日)

   河辺霞             従五位 鈴木重嶺
うち渡す筑波ねのみか隅田川中洲のあたり霞そめたる
(『文芸倶楽部』第一巻第三編二一六頁。明治二十八年三月二十五日)

   朝雉子(河合きさ子刀自歌会当坐)従五位 鈴木重嶺
朝またき菫つみにと野にくれは驚くはかり雉子なく也
(『文芸倶楽部』第一巻第四編二一七頁。明治二十八年四月二十五日)

   春海辺(年の屋歌会兼題)    従五位 鈴木重嶺
白魚くむ人にやあるらん竹芝の浦わ近くも船止めたる
(『文芸倶楽部』第一巻第六編二一八頁。明治二十八年六月二十日)

   郭公(年の屋歌会兼題)     従五位 鈴木重嶺
都には出しはかりを時鳥たみたる声はましらさりけり
(『文芸倶楽部』第一巻第六編二一九頁。明治二十八年六月二十日)

   夏月涼(河合きさ子刀自歌会)  八十二翁 鈴木重嶺
更る夜の月のかつらの下風にかさねまほしき夏衣かな
(『文芸倶楽部』第一巻第七編二一六頁。明治二十八年七月二十日)

   捨子(年廼舎小集当坐探題)   従五位 鈴木重嶺
おほしたてし草木も折るは惜かるを子をさへ捨る親も在鳧
(『文芸倶楽部』第一巻第八編二一九頁。明治二十八年八月二十日)

   古戦場虫(年廼舎例会当坐競点) 鈴木重嶺
湊川昔のあとはわかねとも清きみきはに虫さへそなく
(『文芸倶楽部』第一巻第十編二二九頁。明治二十八年十月二十日)

   愛菊(年廼舎歌会当座探題)   鈴木重嶺
千代といふ名をきくたにも嬉しきを花の色香をめてさらめやも
(『文芸倶楽部』第一巻第十一編二二〇頁。明治二十八年十一月二十日)

   残紅葉(年廼舎歌会)      鈴木重嶺
冬されは紅葉の色そ麗しき秋のものとも思はれぬまて
(『文芸倶楽部』第一巻第十三編二一四頁。明治二十八年十二月二十日)

   冬鶴              従五位 鈴木重嶺
草かるゝ汀に遊ふあし田鶴は故さら白くみゆるなり鳧
(『文芸倶楽部』第二巻第一編二一三頁。明治二十九年一月十日)

   雑の歌
   日               鈴木重嶺
物といふ物はみながら天つ日のめぐみをもるゝものなかりけり
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八二頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   滝               鈴木重嶺
いさましき滝の音かな老ぬとはしられてくろきすちはなけれど
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八二頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   深山滝             鈴木重嶺
うき時のなみだなにせむ君が代のかずによまばやみ山べのたき
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八二頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   山家橋             鈴木重嶺
山にても猶とはれけり世の人をわたさむためのはしならねども
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   林下幽閑            鈴木重嶺
我すめる松の林は吹くかぜの音より外に音づれもなし
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   草庵雨             鈴木重嶺
とふ人のたえたるのみか降る雨もかやののきばは音せざり鳧
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   松歴年             鈴木重嶺
かぎりなく栄ゆるやどに生たちて松も年ふるかいやあるらむ
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   竹不改色            鈴木重嶺
一節はよしあらずともくれ竹の操にこそはあえまほしけれ
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   松上鶴             鈴木重嶺
すごもれるひなもこそあれ声たえずたづぞなくなる山松の上に
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)

   雑の歌
   かすみ(物名)         鈴木重嶺
紫の袖ふりはへて少女子がすみれを摘むもゆかりありげぞ
(『文芸倶楽部』第四巻第十二編一八三頁。明治三十一年十月三日)




三十四、『密厳教報』

   新樹          鈴木重嶺
花を見しゆかりかたれも水枝さすさくらのもとに雨やとりする
(『密厳教報』第百三十六号二二頁。明治二十八年五月二十五日)

   五月雨         鈴木重嶺
よしの川流す杣木を下つ瀬につなぎぞかぬる雨しげくして
(『密厳教報』第百三十九号一九頁。明治二十八年七月十二日)

   見元義順ぬしの身まかりぬるをかなしみて  鈴木重嶺
なき人を惜む涙に夏のよの月もおぼろに見ゆるなりけり
(『密厳教報』第百六十五号二三頁。明治二十九年八月十二日)

   仏           鈴木重嶺
誰もみなあふがざらめや世に積る雪の御山の高き教へを
(『密厳教報』第百八十号一六頁。明治三十年三月二十五日)

   老後の述懐       八十四翁 鈴木重嶺
雪のうちに道しるべせし馬もあるを老てかひなき吾や何也
(『密厳教報』第百八十五号一六頁。明治三十年六月十二日)

   日出海         故人 鈴木重嶺
東の、都照すを、始めにて、朝日輝く、竹芝の浦、
(『密厳教報』第二百二十三号二〇頁。明治三十二年一月十二日)

   尋梅          故 鈴木重嶺
此処彼処、尋ね暮して帰るさの 里の垣根に、梅を見る哉
(『密厳教報』第二百二十五号二頁。明治三十二年二月十二日)

   霞中月         故人 鈴木重嶺
夕霞ふかくたなびくしわざにや、月はことさら朧なり鳧、
(『密厳教報』第二百二十七号二〇頁。明治三十二年三月十二日)

   行路花         故人 鈴木重嶺
さしてゆく方も忘れて道のへの、花のもとにてけふもくらしつ、
(『密厳教報』第二百三十号一三頁。明治三十二年四月二十五日)

   船納涼         故 鈴木重嶺
明日もきて夕涼せん隅田川、夏しらなみに舟をうかべて、
(『密厳教報』第二百三十八号一三頁。明治三十二年八月二十五日)




三十五、『詞林』

   松間月(十月兼題)     従五位 鈴木重嶺
ときはなる松の色こそたゝならね月の光りのそへはなるらん
(『詞林』第一号三〇頁。明治二十八年十月十日)

   夜時雨(十一月兼題)    従五位 鈴木重嶺
夕日かけくもりはてたる名残にや寒けき夜半にしくれ降くる
(『詞林』第二号三〇頁。明治二十八年十一月十六日)

   枯野嵐(十二月兼題)    東京 鈴木重嶺
大方は千草かれふすのへなるをあらしなやとて吹あらすらん
(『詞林』第三号二八頁。明治二十八年十二月十一日)

   都鄙迎年(一月兼題)    従五位 鈴木重嶺
新らしき年たつ今日はうち日さす都もひなもにきはひにけり
(『詞林』第四号二八頁。明治二十九年一月十二日)

   野若菜(二月兼題)    東京 鈴木重嶺
明日はまた誰とつまゝしかたみにも袖にも余る野辺の若菜を
(『詞林』第五号一八頁。明治二十九年一月十日?《二十日か?》)

   名所梅(三月兼題)     東京 鈴木重嶺
梅の花こゝにかしこにさきしより往来しけかるかつしかの里
(『詞林』第六号二一頁。明治二十九年三月十三日)

   春月朧々(四月兼題)     東京 鈴木重嶺

よひのまの霞ははれし空なれとなほおほろなる春のよのつき
(『詞林』第七号二二頁。明治二十九年五月十五日)

   首夏木(五月兼題)     東京 鈴木重嶺

夏たちし雨のなこりのにはたつみ水まかねとも涼しかりけり
(『詞林』第八号二七頁。明治二十九年六月一日)

   伊香保前橋の記       鈴木重嶺
(散文省略)
音きくもすゝしかりけりおりたちてむすはまほしき刀根の川水
(『詞林』第十号二〇頁。明治二十九年七月十日)

   伊香保前橋の記       鈴木重嶺
(散文省略)
まだ残るあつさをなにゝまきれまし心すゞしきひとをとはずは
(『詞林』第十号二二頁。明治二十九年七月十日)

   伊香保前橋の記       鈴木重嶺
(散文省略)
月あかき夜半にのほりて見ましかばこのやまかはやいかゝならまし
(『詞林』第十号二三頁。明治二十九年七月十日)

   伊香保前橋の記         重嶺
(散文省略)
しとけなく秋まつむしは鳴しかとけふぞまことの音をはたてける
(『詞林』第十号二五頁。明治二十九年七月十日)

   伊香保前橋の記         重嶺
(散文省略)
木たくみにひだりなにがし有ときけとうつしゑにては君をこそいはめ
(『詞林』第十号二五頁。明治二十九年七月十日)

   伊香保前橋の記(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
松のよのなかばを君にゆつらんと心ありてやかたえ枯けん
(『詞林』第十一号一二頁。明治二十九年八月十日)

   伊香保前橋の記(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
ともすれは手たつさはりてころふしぬ旅の妹こそ枕なりけれ
(『詞林』第十一号一三頁。明治二十九年八月十日)

   伊香保前橋の記(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
顔のしわかしらの霜ものびとけて若かへりなば嬉しからまし
(『詞林』第十一号一三頁。明治二十九年八月十日)

   伊香保前橋の記(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
上つけやいかほのいてゆいかはかり験あれはかかく集ひ来る
(『詞林』第十一号一四頁。明治二十九年八月十日)

   伊香保前橋の記(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
またもこんをりまつまては帰りての後もこゝろはゆきかよひせん
(『詞林』第十一号一六頁。明治二十九年八月十日)

   荻驚夢(八月兼題歌)    東京 鈴木重嶺
うたゝねの夢やふられつ打そよくさまを見んとて荻は植しを
(『詞林』第十一号二八頁。明治二十九年八月十日)

   擣衣所々(十月兼題歌)   東京 鈴木重嶺
こゝかしこきぬたの音ぞきこゆなる賤は夜寒を打わひぬとか
(『詞林』第十三号二二頁。明治二十九年十月十七日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
こゝろゆくけふの旅ちややすらふもやとるもおのかまにまににして
(『詞林』第十四号七頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
ふる郷をおもふとはなきたひなからまくらとれともいこそねられね
(『詞林』第十四号七頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
たにみつのきよきもあれとしつかなる山のこゝろをこゝろともかな
(『詞林』第十四号八頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
たひころもうらかなしともおもほえてぬるゝ嬉しきをりもありけり
(『詞林』第十四号八頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
ゆみとなるたけきこゝろはありなから風になひくもあはれなりけり
(『詞林』第十四号九頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
富士のねをそがひに見つゝ行くふねは遅くもかなとおもほゆるかな
(『詞林』第十四号一〇頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
をすのうちに赤も裾ひくたをやめもけはひ見ゆるをうしや富士のね
(『詞林』第十四号一一頁。明治二十九年十一月十一日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
くものみかむねふたかりぬそのそこに有と見なから見えぬ富士のね
(『詞林』第十四号一二頁。明治二十九年十一月十一日)

   社頭雪(十二月分兼題歌)    東京 鈴木重嶺
白ゆきは神のみまへにつもれともまうつる人の跡そたえせぬ
(『詞林』第十五号二五頁。明治二十九年十二月十日)

   旅寝のすさひ(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
なしといひてきのふむなしくかへしてし人にけふあふ心ちこそすれ
(『詞林』第十六号七頁。明治三十年一月十三日)

   旅寝のすさひ(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
つらなれる枝葉きりそきあちきなきむかしをおもひいてゆなりけり
(『詞林』第十六号九頁。明治三十年一月十三日)

   旅寝のすさひ(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
熱海路をゆふこえくれはなみの上におほしまとしまにひしま見えつ
(『詞林』第十六号一〇頁。明治三十年一月十三日)

   旅寝のすさひ(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
あすか川しつくはかりのせにかへてきのふのたよりけふそしらるゝ
(『詞林』第十六号一〇頁。明治三十年一月十三日)

   旅寝のすさひ(承前)     鈴木重嶺
(散文省略)
よしといふあしの湯とめてくる人はひとよのみかはなかやとりして
(『詞林』第十六号一二頁。明治三十年一月十三日)

   新年梅          従五位 鈴木重嶺
庭のおもの南おもての日たまりに年たつやかてうめさきに鳧
(『詞林』第十六号一八頁。明治三十年一月十三日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
あしひきのやまひいゆとてかたりつきいひつきひともおほく出湯か
(『詞林』第十七号一四頁。明治三十年二月十二日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
くにこそは千さとへたつれ真こゝろをつくせは近きなかとなりぬる
(『詞林』第十七号一五頁。明治三十年二月十二日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
とし月をむかしは矢にもたくへてきかゝるくるまのありとしらすて
(『詞林』第十七号一七頁。明治三十年二月十二日)

   旅寝のすさひ         鈴木重嶺
(散文省略)
かそふれははつかはかりをみやこ出てあまたの日数経しこゝちする
(『詞林』第十七号一七頁。明治三十年二月十二日)

   雨中鶯          東京 鈴木重嶺
うくひすも羽そてぬらして春雨にうめの花かささして来に鳧
(『詞林』第十七号二五頁。明治三十年二月十二日)

   渡郭公(六月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
嬉しくもはつ音きゝけり世を宇治のわたり場ちかくなく子規
(『詞林』第二十一号一二頁。明治三十年六月十日)

   初秋露(八月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
秋たたぬきのふもおきし露なれとけさは殊更うるはしきかな
(『詞林』第二十三号二七頁。明治三十年八月十日)

   暮秋雨(十月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
秋の日ものこりすくなくなりぬるを雨さへふりて袖ぬらす哉
(『詞林』第二十五号一一頁。明治三十年十月十日)

   松上雪(十二月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
色かへぬ松につもれる白雪はきえすもかなとたれもおもはむ
(『詞林』第二十七号一六頁。明治三十年十二月十五日)

   朝霞(二月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
あつさゆみ春はたちぬと朝ほらけ先かすみこそ引はしめけれ
(『詞林』第二十九号一五頁。明治三十一年二月十九日)

   池上藤(四月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
ふちなみは何のゆかりかしらねとも紫にほふにはのいけみつ
(『詞林』第三十一号三二頁。明治三十一年四月十八日)

   河夏月(六月分兼題歌)  東京 鈴木重嶺
前川にうかへる月を見つゝをれは夏はなかれて涼しかりけり
(『詞林』第三十三号一七頁。明治三十一年七月十日)

   沢辺にあやめをひく(年廼舎六月四日会 当座通題) 鈴木重嶺
しかりけり
(『詞林』第三十六号五五頁。明治三十一年九月十日)




三十六、『伝燈』

 井原豊作氏の陸軍測図手となりて新占領地へ赴くを送りて
               従五位 鈴木重嶺
二つなき身はすてぬ共国のためやまとたましひ忘るゝなゆめ
(『伝燈』第百四号二八頁。明治二十八年十月二十八日)




三十七、『江湖文学』

   立春霞            鈴木重嶺
春たてば小松かわらの末かけてまつかすみこそ引はしめけれ
(『江湖文学』第四号二〇頁。明治三十年三月五日)

   雪知豊年           鈴木重嶺
降つもるゆきに田面はかくれてもとしある秋はあらはれにけり
(『江湖文学』第四号二〇頁。明治三十年三月五日)

   竹              鈴木重嶺
風にふし雨にたわみてあらそはぬたけをそ老のともかきにせむ
(『江湖文学』第四号二一頁。明治三十年三月五日)

   松              鈴木重嶺
まつといへば野にも山にも多かれとうとまむ人の世にもなきかな
(『江湖文学』第四号二一頁。明治三十年三月五日)




三十八、『中学新誌』

   新年鶴            鈴木重嶺
年たつ今日は富士の嶺も 霞むが如く見えにけり。
人のこゝろもうき島の  原にぞ田鶴も舞ひ遊ぶ。
(『中学新誌』第二巻第一号八頁。明治三十一年一月一日)




三十九、『皇風』

   新年雪            鈴木重嶺
豊なるしるし見せけり年たちて大蔵山にふれるはつ雪
(『皇風』第二十八号一〇頁。明治三十一年一月三十日)




四十、『韻文学』

   韻文学の発行を喜びて  従五位八十五翁鈴木重嶺
言のはの道はさかりになりにけりきみかきあつめ千代も経なゝむ
(『韻文学』第一 一頁。明治三十一年三月五日)

   古里鶯     八十五叟 鈴木重嶺
まつ人の多きをしらて雪きえぬたにの古巣にうくひすのなく
(『韻文学』第一 四四頁。明治三十一年三月五日)

   山家鶯     八十五叟 鈴木重嶺
山かけのわかすむ庭の竹むらにふしよくもなくうくひすの声
(『韻文学』第一 四四頁。明治三十一年三月五日)

   朝霞      八十五叟 鈴木重嶺
よひのまはくもりしものを東のそらうち見れは朝かすみたつ
(『韻文学』第一 四四頁。明治三十一年三月五日)

   梅薫枕     八十五叟 鈴木重嶺
いたまもる風やおくれるた枕によすからたえす梅か香そする
(『韻文学』第一 四四頁。明治三十一年三月五日)

   待鶯      八十五叟 鈴木重嶺
梅もあれと柳もあれと春たちて事たらはぬはうくひすのこゑ
(『韻文学』第一 四四頁。明治三十一年三月五日)

   菅公千年祭に社頭梅を  八十五叟 鈴木重嶺
いろに香にふかゝる神のみ心を梅みるたひにうちあふくかな
(『韻文学』第一 四五頁。明治三十一年三月五日)

   浦春望     八十五叟 鈴木重嶺
あはと見し安房の遠山うち霞みなみもおとせぬ竹しはのうら
(『韻文学』第一 四五頁。明治三十一年三月五日)

   松経年     八十五叟 鈴木重嶺
我見ても久しといひし其世よりいくとせか経しすみの江の松
(『韻文学』第一 四五頁。明治三十一年三月五日)

   池辺柳     八十五翁 鈴木重嶺
花もなき我宿なからいけみつにたれしやなきそ春のいろなる
(『韻文学』第三 三八頁。明治三十一年五月五日)

   名所花     八十五翁 鈴木重嶺
白魚くむ舟すらしはしかしふりてすみたつゝみの花をみるとか
(『韻文学』第三 三八頁。明治三十一年五月五日)

   燕来      八十五翁 鈴木重嶺
世の人はもとの心もわするゝをふるす尋ねてつはめ来にけり
(『韻文学』第三 三八頁。明治三十一年五月五日)

   筍       八十五翁 鈴木重嶺
伸たつも堀るゝもありて浮節はなほ竹の子ものかれさりけり
(『韻文学』第三 三八頁。明治三十一年五月五日)

   行路夕立    八十五翁 鈴木重嶺
あへきつゝ桜の木陰に休らへはをりしもあれや夕たちのふる
(『韻文学』第六 二頁。明治三十一年八月十四日)




四十一、『こころの華』

   鐘淵明月(石浜十二景)    鈴木重嶺
そのむかししづみしかねもみゆばかり波の上てらす望月のかげ
(『こころの華』第二 三一・三二頁。明治三十一年三月十一日)

   詠行路花歌          鈴木重嶺
東の市のうゑ木に 立まじる桜が花は いつしかとさきそめたれと 人のいふことは誠か いざゝらばゆきてを見まし いざ子どもこの文もていね 家にあらばつれごといひて 待しまにほどもなくして 思ふ人つれだち来たり さらばとてともにたちいで そこにしも行きてし見れば 路のべは香こそこぼるれ ゆく方は色こそかすめ そを見つゝいづれの人か 此蔭にたゝずまざらむ 行かへり見ともあかねば 思ふどちあはれあはれと めではやし今日のひと日を くらしつるかも
(『こころの華』第二 三七・三八頁。明治三十一年三月十一日)

   豊公三百年祭法楽       鈴木重嶺
異国をうちし君には日のもとにかぎるさくらを折りてたむけむ
(『こころの華』第三 三一頁。明治三十一年四月十一日)

   深山滝(杉下氏歌会兼題)   鈴木重嶺
うき時のなみだなにせん君が代のかずによまばやみ山べのたき
(『こころの華』第六 二二頁。明治三十一年七月十一日)

   旅梅雨(杉下氏歌会当座題抄出)鈴木重嶺
旅衣さらでもよるはかわかぬをくるゝやがてにさみだれのふる
(『こころの華』第六 二五頁。明治三十一年七月十一日)

   楠正行            鈴木重嶺
かへらじと君いひしときあづさ弓ひきとゞめむと人やをしみし
(『こころの華』第十 三〇頁。明治三十一年十一月十一日)

                  鈴木重嶺
剣太刀鞘にをさまる世になれてみがゝぬわざの恥かしき哉
(『こころの華』第十一 六九頁。明治三十一年十二月十一日)

   夕落葉            鈴木重嶺
夕餉たく烟はやがて我上と哀木の葉の散さへもうし
(『こころの華』第十一 七〇頁。明治三十一年十二月十一日)




(注1)
深沢秋男 鈴木重嶺(翠園)関係資料紹介(6) (『芸文稿』第1号。2008年4月1日)
深沢秋男・菅野貴子 鈴木重嶺(翠園)関係資料紹介(8) (『芸文稿』第4号。2011年4月)

(注2)
『風雅新聞』は第十八号から『滑稽風雅新聞』、第四十五号からは『滑稽風雅新誌』、第八十二号からは『風雅新誌面』と題号を変えるが、号数は通しているので、一つのものとして扱った。


2016年1月2日公開

kikuchi@konan-wu.ac.jp

 

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