鈴木重嶺(翠園)関係資料(2)

                                      深沢秋男


 翠園・鈴木重嶺関係資料が,御子孫の松本誠氏の奥様,松本栄子氏から昭和女子大学に寄贈され,その内容に関しては,『学苑』第694号で紹介した。その後,重嶺関係資料が,古書籍商の目録に出て,幸いこれが昭和女子大学に収蔵される事になった。ここでは,その書誌的概略を紹介したいと思う。

1,翠園詠草
大本,写本,1冊,縦272ミリ×横190ミリ。縹色表紙(亀甲の空押し模様)。左肩に直接墨書で「翠園詠草」。墨付20丁。1丁オに「穂積重嶺」とあり,「春部・夏部・秋部・冬部・述部・雑部」の和歌を浄書したもの。

2,翠園遺稿
半紙本,写本,3冊,縦245ミリ×横165ミリ(1冊目)。仮綴。
表紙は本文紙と共紙。左肩に直接墨書で「翠園遺稿 春夏」「翠園遺稿 秋冬」「翠園遺稿 恋雑」。墨付,1冊目=52丁,2冊目=51丁,3冊目=52丁。

3,憶魯何応斐
大本,写本,1冊,縦263ミリ×横188ミリ。玉子色表紙。左肩に四周単辺の題簽に墨書で「憶魯何応斐」。内題は1丁オに「憶魯何応斐」。墨付61丁。巻頭に2丁の自序があり,その末に「慶応四季やよひはつかはかり佐渡国相川の官舎にありて/兵庫頭穂積重嶺誌」とある。「翠園」の陰刻縦長方形朱印。

4,翠園文集
半紙本,写本,1冊,縦247ミリ×横171ミリ。仮綴。表紙は本文紙と共紙。左肩に直接墨書で「翠園文集」とある。墨付26丁。「快哉園都日記跋」「九丘要略序」「柳をめつること葉」「玉しのひの詞」「虫をきく詞」「菊の宴の序」等の文を収める。

5,二十番哥合
大本,写本,1冊,縦274ミリ×横193ミリ。梔子色横縞表紙。
中央上寄に子持枠題簽,文字は墨書で「二十番哥合」。内題は1丁オに「二十番哥合」本文用紙は四周単辺浅葱色罫紙,毎半葉8行。21丁。1丁目に「左右作者/三田葆光/小出粲/谷勤/伊東祐命/加藤安彦/三輪義方/鶴久子/中嶋哥子/亭番 鈴木重嶺……判者/黒川真頼大人」とある。

6,哀悼歌扣
半紙本,写本,1冊,縦245ミリ×横165ミリ。仮綴。表紙は本文紙と共紙。中央上寄に直接墨書にて「哀悼歌扣」とあり,その右に「故鈴木重嶺大人御前に奉る」とある。墨付8丁。1丁目に「鈴木翁の訃音におとろきて/高崎正風」として以下,水野忠敬,南部広矛,加藤安彦,江刺恒久,佐々木信綱,鈴木重孚,鈴木重明等の和歌を収める。

7,以勢能海
半紙本,写本,1冊,縦245ミリ×横165ミリ。仮綴。表紙は本文紙と共紙。中央上寄に直接墨書で「以勢能海」。墨付44丁。1丁目に「正二位嵯峨実愛/従三位山本実政……従五位鈴木重嶺……松波資之/右宮内卿徳大寺実則卿ヨリ内命ニ依テ各三十首〔四季雑恋各五首〕詠進追テ自分ヲ除キ宜シト思フ歌ヘ甲乙丙三等ニ点掛印封ニシテ同卿ヘ差出候様内命有之六月十三日差出ス」とあり、巻末に「甲三十一首/乙 六十五首/丙 四十六首/明治十六年六月十三日 従五位鈴木重嶺評」とある。収録歌人は,嵯峨実愛・山本実政・黒田清綱・本居豊頴・高崎正風・鈴木重嶺・間嶋冬道・三田葆光・池原香雅・黒川真頼・伊東祐命・小出粲・松波資之。

8,伊勢廼海
半紙本,写本,1冊,縦245ミリ×横165ミリ。仮綴。表紙は半紙で,後表紙は無し。中央上寄に直接墨書で「伊勢廼海」。本文用紙は四周単辺藍色罫紙,毎半葉11行。墨付39丁。未記入罫紙2丁。7,『以勢能海』の草稿本。ただし,巻末3丁に重嶺の和歌を付す。

9,十五番歌合
半紙本,写本,1冊,縦243ミリ×横163ミリ。仮綴。表紙は本文紙と共紙。中央上寄に直接墨書で「十五番歌合」。墨付8丁。前見返しに「作者/江刺恒久/佐々木古信/加藤安彦/梅村宣雄/三浦千春/平井元満」とあり、巻末に「明治廿五年八月 重嶺みたりに判す」とある。

10,社中人名録
半紙本,写本,1冊,縦219ミリ×横158ミリ。仮綴。表紙は厚手の半紙。中央上寄に直接墨書で「社中人名録」左下に「翠園」。本文用紙は四周単辺黒色罫紙,毎半葉10行,版心に「巻之」とある。墨付11丁。屋代忠良・蔵田重時等一六八名,朋友として,松平閑山・加藤千浪・三田葆光・鶴久子・本居豊頴・中嶋哥子・伊東祐命・小出粲・加藤安彦・小中村清矩・井上頼国等六二名を記す。その他、住所氏名を記した紙片,一三枚が差し挟まれている。

11,〔宿所控〕
横本(半紙二つ切り),写本,1冊,縦126ミリ×横152ミリ。
左肩に直接墨書で「宿所控」(摩損のため推読)。本文用紙は四周子持枠縹色罫紙,毎半葉10行。版心上部に魚尾,下部に「○」。墨付69丁,未記入罫紙30丁。伊東祐命・萩野由之・徳川家達・千種有任・加藤安彦・勝安芳・吉川半七・高崎正風・伊達宗城・鶴久子・中嶋哥子・井上頼国・久米幹文・蔵田年雄・松平慶永・前田利嗣・近藤忠・小中村清矩・小出粲・江刺恒久・榎本武揚・榎本弁吉・佐々木信綱・佐々木古信・猿渡盛愛・三田葆光・嵯峨実愛・岸田吟香(楽善堂)・木戸孝正・水野忠敬・三浦千春・本居豊頴・千家尊福・全龍寺(菩提所)等九五〇名以上の氏名住所を記す。

12,鳥跡備忘
半紙本,写本,1冊,縦222ミリ×横157ミリ。仮綴。表紙は半紙で,後表紙は無し。左肩に直接墨書で「鳥跡備忘」とあり,右下に「緑堂」とある。本文用紙は四周単辺黒色罫紙,毎半葉10行、版心に「巻之」とある。墨付12丁。大日本史・三国志・源氏物語・玉くしげ等の抜書。

13,あまかすさひ
半紙本,写本,1冊,縦243ミリ×横167ミリ。仮綴。表紙は半紙。左肩に直接墨書で「あまかすさひ」とある。本文用紙は四周単辺薄縹色罫紙、毎半葉10行。墨付33丁。語彙の覚書。五十音順に語彙に関する記録であるが書写の量は少ない。

14,農諭
半紙本,写本,1冊,縦242ミリ×横172ミリ。仮綴,表紙は本文紙と共紙。中央上部に単線の中に「諭農」を貼り紙で「農諭」と訂正。墨付8丁。「一士に次ものは農なり 商をうらやむべからず/二 豊年にも凶歳を忘るべからず」と書き始めて、末尾に「右十六法はみづから試たるもあり未こゝろみざるもあれど/或は家伝あるひは名医の法也用ひて功験あるを知るべし/慶応三丁卯歳 月しるす/「鈴木氏」(朱書)」とある。重嶺写。

15,奉翰案文
半紙本,写本,1冊,縦238ミリ×横167ミリ。仮綴,表紙は本文紙と共紙。中央上部に直接墨書で「奉翰案文」とあり,左下に「鈴木」とある。墨付33丁。「1 年始廻勤弁当所…25 近火見舞挨拶…」等書状の案文集。重嶺写か。

16,志能夫具佐
半紙本,写本,1冊,縦247ミリ×横175ミリ。仮綴,表紙は半紙で,後表紙は無し。左肩に直接墨書で単線の仲に「志能夫具佐」とある。本文用紙は四周子持枠縹色罫紙,毎半葉10行と,四周単辺縹色罫紙,毎半葉8行の二種。墨付16丁。版本『志能夫具佐』の草稿本か。

17,東宰府天満宮神前和歌式会
大本,写本,1冊,縦275ミリ×横200ミリ。仮綴。表紙無し。1丁オに「東宰府天満宮神前/和歌式会」とあり,その下に「伊庭秀賢/同社中」とある。墨付9丁。次第の末に「嘉永五壬子年二月廿三日」とある。7丁目に「東宰府天満宮奉納/和歌式会作法」があり,其の末に「題者 秀賢/読師信教/講師 常一/嘉永五年子二月念三日」とあり,その後に,鈴木重嶺筆にて「此時重嶺在勤中にて此会員に加らさりき/御社中の分其折のさまをも見まほしく伊庭大人のもとにあるを借えてうつしおく 穂積重嶺」とある。「識林図」の陽刻縦長方形朱印。

18,翠園大人雅集
半紙本,写本,1冊,縦250ミリ×横175ミリ。仮綴、前表紙は「牛込区窮民救助資金明治二十六年度歳入総計予算」を裏返して使用。後表紙は、「逓信省」の赤色罫紙を裏返して使用。中央上寄に直接墨書で「翠園大人/雅集」とある。本文用紙は四周子持枠縹色罫紙、毎半葉10行と,四周単辺縹色罫紙,毎半葉11行 の二種。墨付4丁。『翠園大人雅集』の後に〔鈴木重嶺歌集〕が合冊されている。本文用紙は四周単辺薄茶色罫紙,毎半葉7行。墨付10丁。1丁目に「春 穂積重嶺」とあり,巻末に「こはわか師翁御詠草庚午辛未両年/のうちより書ぬきておくりまゐらす/翠園塾 橋本景耀」とある。

19,翠園大人雅友歌評并質疑
半紙本,写本,1冊,縦258ミリ×横178ミリ。仮綴,表紙は「逓信省」の赤色罫紙を裏返して使用。中央上寄に直接墨書で「歌評并質疑」とあり,その右上に「翠園大人雅友」とある。本文用紙は半紙と縹色罫紙を使用。全31丁。2丁ウに「二月十日認 千之/翠園先生□□□」とあり。11丁オには「屋代柳漁ぬしよりいひおこされしをひゝゝの答」とあり、その末尾に「明治六年九月一日佐渡国相川官舎にありてしるす/須受伎重嶺」とある。

20,翠園叢書目録
半紙本,写本,1冊,縦247ミリ×横165ミリ。仮綴,表紙無し。内題は2丁オに「翠園叢書目録」とある。墨付12丁。1丁オに「たてゝ甲を叢書乙を雑録となむ名つ/けたりけるさるはわかいきのをの限り/おもひ出草にもせむとてなりけり/明治といふとしの四とせ文月もちの頃/□□□廼重嶺誌」とある。「翠園叢書」の目録であるが,巻一〜巻六十二のみ。

21,〔和歌会兼題歌集〕
半紙本,写本,1冊,縦243ミリ×横166ミリ。仮綴,表紙無し。嵯峨家用箋(嵯峨実愛か),四周子持枠樺色罫紙,毎半葉13行。版心に「嵯峨家」とある。墨付3丁。「兼題暁郭公」とあり,忠煕卿・建通卿・実徳卿・宗城卿・信篤卿・承昭卿・茂政卿・詮卿・利鬯朝臣・忠敬朝臣・重嶺・粲・実愛の和歌35首を収める。

22,〔歌会開催廻状及び歌集〕
半紙本,写本,1冊,縦243ミリ×横164ミリ。仮綴,表紙無し。四周子持枠縹色罫紙,毎半葉10行。版心上部に魚尾。墨付5丁。廻状 は「拝啓各位益御安全奉賀候然は四月十九日於拙邸歌会相催候兼題并探題玉詠御廻し申候御落手御一覧御通有之度此段申述候也/明治十九年五月十六日 亭番 伊達宗城」とあり,続けて「近衛忠煕殿 承候/久我建通殿 承候/正親町実徳殿 承候/松平慶永殿 承候/池田茂政殿 承候/松浦詮殿 承候/津軽承昭殿 承候/松平確堂殿承候/鈴木重嶺殿 敬承」とあるが,氏名の下の「承候」は各自の筆。二丁目に「明治十九年四月十九日於拙邸歌会/催主 伊達宗城/兼題/遠見花」として和歌を収録。

23,〔雅言解序〕
半紙本,写本,1冊,縦247ミリ×横173ミリ。仮綴,2丁。四周単辺の匡郭の上に稿本が貼付されている。序の末に「荻園のあるし/藤原千浪也/明治七とせ二月」とある。

24,懐旧和歌
内田一知墓志并銘 半紙本、版本,1冊,縦233ミリ×横163ミリ。仮綴,表紙は本文紙と共紙。中央上寄に無界で「懐旧和歌/内田一知墓志并銘」。序題=「懐旧和歌序」その末に「嘉永三とせといふとしのはつき/十二日のこと斗なん有ける其よしやかて/□たら山の旅寐にほつみの重嶺/しるす」。内題=「兼題/寄月」。匡郭=無界。丁付・刊記も無し。10丁。収録歌人は,大僧正慈観(日光学頭)・吉川忠尚・田中時□・大儀見茂敬・鈴木尚双・町田正之・井上則之・長嶋直躬・関口安之・荒増忠虎・平嶋典常・斎藤豊香・穂積重嶺。9丁に「内田一知墓志并銘」があり,その末に「嘉永己酉南呂 無為道人慈観識」とある。

25,鈴木重嶺履歴録
大本,写本,1冊,縦279ミリ×横202ミリ。仮綴,表紙無し。四周子持枠薄縹色罫紙,毎半葉12行。版心上部に魚尾。文雅堂製。墨付4丁。「文化十一甲戌 江戸駿河台ニ生ル 六月廿四日 幼名亀太郎 一歳」から「万延元庚申 十月廿三日 御本丸御番御用相勤候付金五枚時服二別段金三枚時服二頂戴 四十七歳」まで記録されている。以下,明治23年、77歳までは年号と年齢のみ記載。

26,地租改正に就き意見書
半紙本,写本,1冊,縦248ミリ×横170ミリ。仮綴。表紙無し。四周子持枠薄縹色罫紙,毎半葉10行。版心上部に魚尾。墨付4丁。前文は「民は国のもとなりと古賢のいましめ宜なる哉わか/皇国言にも民のよみを於保太加良といふ民なくして国の/立へき謂なし天子は民の父母なり民を憐み育て給ふは/天子の職分なり……故に愚衷を吐露して試にこ参考の為左の件々を/しるして奉る越俎咎はす取捨し給はんことを 臣重嶺 恐々々々 白」とあり,以下,十八条の意見を記している。紙箋で多くの訂正を加えている。

27,存付候廉々申上候書付
半紙本,写本,1冊,縦245ミリ×横174ミリ。仮綴。表紙は本文紙と共紙。中央上寄に直接墨書で「存付候廉々申上候書付」とあり,左下に「鈴木太之進」右側に「此書面草稿出来候得共御取用御可相成廉も□□候ニ付反古といたしける」とある。墨付12丁。内容は,御旗本知行所の事,諸家之家政改革の事,御肴役所青物御納屋之儀,旗本御家人乗船訓練の事,銃隊調練御世話の事,等に関する意見書。末尾に「右は更ニこ採用可相成儀ニは無御座候得共心付候廉々/奉申上候以上/戌七月」とある。明治七年七月か。

28,愚意奉建言候書付
半紙本,写本,1冊,縦243ミリ×横170ミリ。仮綴。表紙無し。四周子持枠薄縹色罫紙,毎半葉10行。墨付4丁。1丁オに「愚意奉建言候書付/東京府士族重明父隠居/従五位鈴木重嶺」とあり,以下「浅陋老駑ノ臣重嶺尊朝憂国ノ衷情難黙止不顧忌諱奉/建言服0方今ノ経国ニ於ル二個ノ重大事件アリ地租改正ト/華族士族禄券之也」と書きはじめ,末尾は「天津日嗣モ如何成行キ給フラン/皇国開闢以来皇統連綿東洋/中ニ独立セシモ是亦イカヽ成行ヘキ哉ト実ニ日夜苦慮スル/所ナリ依テ愚衷ヲ吐露シテ試ニ御参考ノ為メ別紙ノ/件々ヲ粛陳ス伏願諸賢閣下聡明叡智越俎ノ罪ヲ/恕シテ御採用アランコトヲ 臣重嶺 誠恐誠惶頓首謹言/明治十年二月」とある。

29,自今可改箇条
半紙本,写本,1冊,縦250ミリ×横169ミリ。仮綴。表紙は無し。3丁の本文の初めに「自今可改箇条」。墨付17丁。1・2丁に前文があり「維新以来文学を興シ国教ヲ張リ戸籍ヲ編シ巡査吏ヲ置クヨリシテ百般ノ政務皆以テ旧弊ヲ洗除シ風俗ヲ美ニシ文明開化ノ良民トシテ億兆安楽ニ生業ヲ為サシメン……」と始め,末尾には「明治九年二月廿七日/相川県令鈴木重嶺」とある。内容は,婚姻,養子,葬祭,年忘祭,看病,子供の教育,種痘,少女を娼妓等に出さぬ事,家の廻りを清潔にする事,等き十八条からなる。

30,佐州表還卒取立方之儀ニ付御伺候御書付
半紙本,写本,1冊,縦243ミリ×横173ミリ。仮綴。表紙は無し。1丁オに「佐州表還卒取立方之儀ニ付御伺候御書付/相川県参事鈴木重嶺」とある。四周単辺弁柄色罫紙,毎半葉7行。墨付5丁。3丁ウに「辛未/十二月 相川県参事鈴木重嶺/吏官/御中」とあり,5丁オに「壬申/正月 相川県参事鈴木重嶺」とあるので,明治4年,5年のものであろう。付箋による補筆あり。

31,米人フランキリン十三徳
半紙本,写本,1冊,縦248ミリ×横175ミリ。仮綴。表紙無し。1丁オに「米人フランキリン十三徳/此人電気既避雷柱ヲ発明シ高名ノ学士ナルヨシ」とあり。四周単辺薄縹色罫紙,毎半葉10行,上部に魚尾。墨付3丁。「第一章節制,第二章沈黙,第三章順序……第十三章謙遜,第十四章人倫、第十五国体」とし,末尾に「右二章を加へて十五章とすいま是をまもり/事業をゝへ 朝廷にいそしみつかへまつ□ゝ事/いさをゝたて父母をあらはさんことを希ふになむ/明治七年甲戌二月 翠園/温所子」とある。

32,隠居家督願一件留
半紙本,写本,1冊,縦245ミリ×横173ミリ。仮綴。表紙は本文紙と共紙。中央上寄に直接墨書で「隠居家督願一件留」とあり,右側に「慶応四戊辰歳七月」,左下に「鈴木」とある。墨付5丁。1丁オに「隠居家督願書/寄合/鈴木兵庫」とあり,2丁オに「養子惣領/鈴木緑蔵/辰歳二十九」,3丁ウ・4丁オに「慶応四辰年七月 鈴木兵庫/印/書判/浅野次郎八殿/服部綾雄殿」とある。4丁には「御問合」がある。

33,東京府区兵編制意見書及び区兵編制概則
半紙本,写本,1冊,縦244ミリ×横165ミリ。仮綴。表紙無し。3丁オに「区兵編制概則」とあり。1丁・2丁は、四周単辺薄縹色罫紙,毎半葉11行,3丁・4丁は,四周子持枠薄縹色罫紙、毎半葉10行、墨付4丁。1丁オは「今般鹿児嶌県暴徒征討被仰出官軍進撃/開戦相成候趣ニ付……」と書き始め,その末には「明治十年二月/第三大区五小区/神楽町壱町目五番地/東府士族/鈴木重明/東京府知事楠本正隆殿」とある。

34,鈴木重嶺短冊
「夕まくれ在し世しのふをりからにともまつむしの声そ聞ゆる 重嶺」

35,鈴木重嶺短冊
「月前蛍/飛ほたる数のすくなく見えつれはてる月かけのしらせなりけり/八十四翁/重嶺」

36,鈴木重嶺詠草
1枚。「重嶺/梅花盛久/行すゑのさかえを見せて咲しよりいく日になりぬ神かきのうめ」

37,北陸道鎮撫使より佐渡奉行への達書
慶応4年3月9日頃,鎮撫使高倉一行越後高田到着直前の,高田藩を仲介にした呼出し状,3通一括。
1,「佐渡奉行え/今度/御両総督先鋒兼鎮撫/使として北陸道え御発向/……三月/北陸道/督府/執事」
2,「一筆啓上仕候春暖之候々/御座候処弥御安泰可取成/御在陣珍重奉存候……三月九日/伊藤彌惣 正温(花押)/村上主殿 佳和(花押)/竹田十左衛門 有信(花押)/鈴兵庫頭様/□人々御中」。14行。この後に追書7行。
3,「別紙佐渡并新潟両奉行/□□御達書弐通其藩より/通達方可 取斗旨被/仰出間此段急速可取申通候以上/三月/督府/執事/榊原式部大輔殿/留守居中」督府執事より高田藩留守居役宛書状。

38,松浦詮,重嶺宛書簡
「貴書拝承廿一日……三月三日 詮/翠園先生」7行,追書2行。二十一日の歌会の事。

39,津軽承昭,重嶺宛書簡
「前略此頃御申越之追悼歌/薄短冊御廻し申候御落手相/願候小生今日武州金沢別荘へ/出立仕り候当月中は滞留/……置候早々頓首/九月十六 承昭/重嶺殿/貴下」6行。

40,三田葆光,鈴木重明宛書簡
14行,追書3行。「尊翰拝誦仕事候寒冷之候/益御健勝奉賀候扨□/御先考様御七回忌御相に付/……みの廿四日 三田葆光/鈴木重明様/……」

41,青木修,鈴木重明宛葉書1枚
故先生御年忌欠席の事。

42,相渡申質地証文之事
大判証文1枚。半紙3枚。武州荏原郡上北沢村,質地主・鈴木信吉,親類惣代・鈴木岩吉等,鈴木稲城殿宛。

 (昭和女子大学『学苑』第705号・平成11年1月 を改訂)

 

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