平成11年度(1999)センター入試(日本史追試)に『井関隆子日記』出題される

平成11年度大学入試センター試験追試験日本史に『井関隆子日記』の天保14年6月17日の条が出題された。

これは、ネット上の情報である。試験問題の原物を確認して、正式の問題を紹介したい。
 



『井関隆子日記』センター試験に出題
1999年 日本史追試験

(日本史、センター追試験・1999)

1843年(天保14年)6月
 武蔵はいうべくもあらず、隣に付きたる国々、大城(注1)より四方へかけ十里四方御領(注2)になし給(たま)う御定め出(い)でぬ。されば御旗本の人々の知る所(注3)、田畑の実りよろしき辺(わた)り皆召して、かわりの地は後に給わるべしと仰せ下りたるにぞ、かの人々おもほえず(注4)浅ましうあきれつつ打ちわぶる人数しらず。(『井関隆子日記』)

(注1)「大城」とは、ここでは江戸城のこと。
(注2)「御領」とは、ここでは幕府の領地のこと。
(注3)「知る所」とは、知行地のこと。
(注4)「おもほえず」とは、思いがけずということ。



問.史料は、天保の改革の時期に出されたある法令について、著者が 批判的に記したものである。その法令の説明として正しいものを、 次から1つ選びなさい。

1.江戸への流入者を強制的に帰村させ、農村の復興をはかろうとしたものである。
2.札差らからの借金を整理させ、窮乏する旗本・御家人を救おうとしたものである。
3.金銭貸借についての訴訟を受理せずに、当事者間で解決させようとしたものである。
4.幕府の直轄地を江戸や大坂周辺に集中させることで、幕府の収入の増加や対外防備の強化などをはかろうとしたものである。



解答

〔4〕

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