『旗本夫人が見た江戸のたそがれ』書評・新刊紹介等 【2】


は じ め に

『旗本夫人が見た江戸のたそがれ』書評・新刊紹介等【1】では、執筆者がはっきりしているものを中心に掲げたが、【2】では、主としてネット上で、実名は明らかにしていないものを、少し紹介したいと思う。実名では無いだけに、本音の部分があったりして、これは、これで大変参考になるし、著者の私としては、拙著を購入して下さった読者の御意見・御感想なので、感謝している。

まだまだ、たくさんあります。折をみて、継続紹介したいと思います。

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〔1〕[プーさんの 読書だよおう]
2007年12月08日02時09分55秒

プーさん 旗本夫人が見た江戸のたそがれ〜井関隆子のエスプリ日記を読んだよおおう

プーは またご主人様♂と 一緒にぃ ご本を読んだよおおう
新横浜の書店で ふらっと買っちゃいましたあああ
ご本はぁ 
『旗本夫人が見た江戸のたそがれ〜井関隆子のエスプリ日記』(著:深沢 秋男)だよおおう
天保年間を中心に生きていた 井関隆子という  旗本夫人が日記をつけていました。
その日記が 古本屋から世に出ましたああ
内容が 江戸時代の女性とは思えない 文章力、
お茶目な表現、洞察力で書かれているよおおう
また 煙草も吸うし お酒も呑むところが 姉御肌みたいな女性だねぇ
徳川実紀に記載されている内容と この日記の違いがまた面白いですう
星五つでぷー


〔2〕[プーさんの 読書だよおう]2008年01月09日00時06分38秒

プーさん 井関隆子の研究を手に入れたよおおう
あっ ご主人様♂が探していた ご本が見つかったねえええぇ
ずっと 探して 古本屋で見つけましたぁ
一冊で 一万円
『旗本夫人が見た江戸のたそがれ〜井関隆子のエスプリ日記』(著:深沢 秋男)の原著となる研究だねええ
うぅ〜
このご本は プーには ちょっと難しいかもおう ぷー
優しく 分かり易く 読んでねえ ぷー
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●このサイトには、主人公のプーさんの縫いぐるみが登場し、写真もある。プーさんの話し言葉の表現が実に楽しい。その上、御主人さまは、文春新書だけでなく、和泉書院の『井関隆子の研究』まで購入して下さった。著者の私が、最も感謝する読者である。有難うございました。(深沢)
→ http://blog.goo.ne.jp/chisato-pooh/e/289097609a151f98ce2c1cccadadc5d3
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〔3〕101冊の徹夜本(ネタばれ注意!)

ここに挙げた本たちは、私に徹夜をもさせた、徹夜本です。私は乱読派ですが、最も好むジャンルはノン・フィクションです。
人生は短かく、読みたい本はあまりに多いです。

★★★★★・至福のとき!この本、終わりが来ないで!
★★★★・・・我が家の殿堂入り
★★★☆・・・本って最高!
★★★・・・・・楽しめたよ!ありがとう。
★★・・・・・・・ヒマつぶしなら
★・・・・・・・・・金返せ、時間を返せ、青春を返せ!

「太陽系のすべて」Newton
「怪しい科学の見抜き方」ロバート・アーリック
「幸福な食卓」瀬尾まいこ
「イタリアでうっかりプロ野球選手になっちゃいました」八木虎造
「マリー・アントワネットの調香師」エリザベット・ド・フェドー
「グレイト・ウェイヴ」クリストファー・ベンフィー★★★
「幼年期の終わり」アーサー・C・クラーク
「オルカをめぐる冒険」水口博也
「眠れない一族」ダニエル・T・マックス★★★☆
「江戸の授業」河合敦.★★★
「アンディ先生と私」パスカル・デニス
「復讐はお好き?」カール・ハイアセン★★★
「四度目のエベレスト」村口徳行著
「旗本夫人が見た江戸のたそがれ」深沢秋男★★★
「決闘裁判」エリック・ジェイガー★★★
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●このような厳しい批評の読者に出会うと、ヒヤヒヤする。もし、★で、金返せ、時間返せ、青春を返せ と言われたら、どうしようかと、心配した。★★★でほっとしています。有り難うございました。(深沢)
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〔4〕幡多人のひとり言

地方に住まいする団塊世代。思いを独断と偏見で綴ります。 素人の素人による素人のためのブログで、プロ向けではありません。

旗本夫人が見た江戸のたそがれ 井関隆子のエスプリ日記[書物(本・雑誌)雑感]

'旗本夫人が見た江戸のたそがれ 井関隆子のエスプリ日記'
深沢秋男
文藝春秋 (文春新書 603)
2008年(平成20年)1月20日第4刷(第1刷 2007年11月20日)
ISBN978-4-16-660606-1

 著者深沢氏が惚れた、日記作者の紹介である。氏は法政大学文学部日本文学科卒、昭和女子大学教授など歴任されている。Blogも書いておられる。氏は近世初期の仮名草子がご専門、しかし35年前に鹿島則幸氏(鹿島神宮大宮司家)から十二冊の日記を見せて貰って内容に惚れてしまう。
 鹿島神宮大宮司家には江戸末期に尊皇思想で八丈島送りとなり、その後伊勢神宮大宮司となるも内宮炎上の責任で辞職した鹿島則文がいた。彼は蔵書家としても名高く、古書籍商琳琅閣の上客(他に狩野亨吉・幸田露伴・徳富蘇峰の名あり)でもあった。彼の蔵書は「桜山文庫」として伝存、鹿島神宮関係のものは「茨城県立歴史館」、国文学関係のものは「昭和女子大学図書館」、鹿島家のものは鹿島則良氏が保存している。この日記は則幸氏から昭和女子大学図書館に一括譲渡された中の一冊だった。
 日記の素晴らしさは井関隆子の批評精神―幕末旗本夫人の日記から―(深沢秋男先生)に書かれている"自筆写本・全12冊,日記とは言いながら,これらは全て浄書されている。誤写の部分は,切り抜き,裏から紙を貼り,訂正している。全体では64万字程になるが,誤字は,私の校訂した結果では,10数箇所に過ぎなかった。"で判るだろう。私のブログだけでなく、これだけ誤字の少ない人っていないんじゃないかな。(^^; 原文の一部(大塩平八郎の乱について書かれたもの))を深沢先生がnetに載せているので味わって下さい。
 以前本ブログで紹介した義民が駆けるをリアルタイムにレポートしてくれているようです。それも大奥の情報として。この度の国替えは、庄内の今の当主が、驕り高ぶり、女をたくさん集めて、度を超して、遊び興じている故だというが、まことであろうか。とはじまり、半年後にはもし、今の当主の行動に罪があるならば、世継ぎを替えるのが、穏やかな処置ではないかと御政道に感想まで書いている。確かに魅力的な女性で、その他の内容も的確にとらえ記述されているようです。幕末の情報が、公的記録を塗りかねない、質で納められているようだ。徳川家斉の命日と家定夫人有姫任子の父親の問題は一読の価値在り。
 しかし、本書の最大の問題点は、読者のために先生が現代語訳(上段に一部引用)されたために原文のダイナミズムが失われたことでないだろうか。また、先生秘蔵っ子の井関隆子さんの日記が出版されて30年近く。井関隆子さん、興に乗ればかなり詳細に書かれたようなので、読んでみれば面白いのだろう。文庫本として出版して貰えないだろうか。>文藝春秋社様 m(__)m(本書の売り上げによるかな?)なお、前回出版は勉誠社。
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●私の拙い、現代語訳(意訳)のために、原典の良さが伝わらず、済みませんでした。勉誠社版の『井関隆子日記』は絶版状態です。本当に、どこかの文庫に入れて頂ければ有り難いのです。コメントに感謝致します。(深沢)
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〔5〕備忘録  2008年4月25日

「旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記」深沢秋男
幕末の旗本夫人、井関隆子さんの日記を元にまとめた一冊です。
イイ! すごくイイ!
実際に江戸時代に生きた人の日記ですよ!
解説本なので、日記そのものの文章はたまに引用されるだけですが、その文章も森鴎外くらいの書き下し文なので、なんとなく分からなくもない。
知的だし、鋭い視線でコメントしてて、本当に江戸時代に生きていた人の書いた文章?というぐらい素晴らしい視点で描かれています。
江戸物の小説も楽しく読んでいますが、それはやはり現代人が想像した江戸時代の物語。
いくら素晴らしい小説でも、実際に江戸時代に暮らしていた人の日記のリアルさにはかないません〜
ぜひぜひ日記本文も読んでみたい!
史実として明らかでないことも隆子さんの日記によって分かったりするわけです。
例えば徳川家斉の死亡日が通説よりも早いとか、今でも有名な隅田川の花火よりも、実は江戸時代は月島の花火の方が大規模に開催されていたとか。
しかもそれは軍備の火薬試験も兼ねていたという。
でも、そんなことは歴史学者さんにお任せして、江戸時代の旗本夫人の飾らないコメントがイイんです。
「倹約に努めろと強いたくせに自分はワイロをもらうという噂のあの方が失脚したのも致し方ない」
↑もっと小気味良い表現なんです。
「家斉様が亡くなったらしく、皆静かに暮らしていたが、それが今日発表されるそうだ」
↑将軍の死を伏せているはずなのに江戸庶民は皆知ってて黙ってて、それが当然っていうのがいかにも日本人らしいw
隆子の親戚が印旛沼干拓の監督役を命ぜられ、千葉市検見川区あたりの難工事を目の当たりにして、工事は無理かもしれないと水野忠邦に報告したら、水野かた「他の者を行かせて確認させる」と言われ、職務を果たした自分の報告を信じないのはおかしいと言って駿河に左遷された話なんて、水野忠邦の天保の改革をリアルに感じちゃいました。
天保の改革をリアルに感じるなんて!!! てゆーか、そんな昔のことをリアルに感じるわけがないと思っていた。
どの時代も勤め人は大変なのねー、江戸時代でいくら水野忠邦が偉くても、ちゃんと理を通す人もいたのねー、と感じ入りました。
というわけで、時代的には篤姫お輿入れ直前の数年です。
隆子さんの息子さんは11代将軍家斉に、お孫さんは後に家定(篤姫のだんな)となる家祥に仕えてるので、大奥のこととかもけっこう詳しく知れる立場にいたのも幸いしてます。
篤姫お輿入れや幕末の明治維新の隆子さんの日記が読んでみたかったなー、ちょっと残念。
息子はお酒が得意でないので、孫と2人で飲んでる、江戸の隠居おばあちゃまっていうのもなんか親近感。
bysuzukato|2008-04-2517:38|本の感想|Comments(0)
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●こんなに、委しく、楽しく読んで頂いて、却って恐縮致します。(深沢)
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〔6〕GOGLOOM2008年2月3日

旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記(文春新書606)

?Author:深沢秋男?Binding:新書?Creator(Role:著):深沢秋男?EAN:9784166606061?ISBN:4166606069?Label:文藝春秋?Manufacturer:文藝春秋?NumberOfPages:230?ProductGroup:Book?PublicationDate:2007-11?Publisher:文藝春秋?Studio:文藝春秋

「江戸後期に、こういう資料が有る」と紹介した点で、意義のある本。
井関隆子という幕府の末のころの女性の日記を、大雑把に紹介をした、という点では意義が認められる。だが、この本の場合は、"雑記"という感じであり、井関隆子の日記の魅力が知りたければ、著者の言うとおり「井関隆子日記」を読むしかなさそうだ。
どうせなら、「井関隆子日記」を、ジャンルに分けてまとめて、出版してくれると有り難い。
"江戸の風俗編"とか、"政治・大奥編"とか、"江戸の事件編"とか、"江戸の武家女性編のように。時系列による大部の日記であるよりも、興味別ジャンルのほうが一般読者にとっては有り難いのではと、思う。
 だが、いかに井関隆子が魅力的な日記の書き手であったとしても、この本の著者が、ただ井関隆子に対する礼賛に終始しているという点で、星は4つ。本の帯に見られるように、井関隆子の天保の改革についての評を手厳しく正確な批判と談じるのは、どうかと思う。やっぱり、どんな立派な人にも、自分の置かれた立場ゆえの限界というものは有る。旗本夫人の彼女としては、やはり旗本の利益を第一に考えていた筈で、旗本の所領に手をつけようとした水野忠邦は、彼女にとっては、批判すべき人物なのである。だから、水野忠邦の政策を具体的に分析して、系統立てた批判をしている記述を期待してはならない。(少なくとも、この本を読んだ分には、分からない)
だからといって、井関隆子の日記の価値が下がるわけではない。
 彼女は、教養を持った魅力的な女性であり、文章も絵も上手い。それに、江戸の武家の風俗を知りたい人や、暮らし向きを知りたい人には、彼女の日記は、一級の資料なのであろう。それに、楽しい隠居生活の手引きと読むのも、面白いかもしれない。
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●原典『井関隆子日記』の紹介の仕方も、もっと工夫すればよかったと、反省しています。また、仰せの通り、井関隆子の礼賛に終始してしまって、済みません。研究者としては、もっと、もっと禁欲的でなければなりません。この新書では、褒めすぎました。これも反省しています。(深沢)
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〔7〕HIYAMIZU'S BLOG  冷水俊頼

「旗本夫人が見た江戸のたそがれ」を読む
冷水俊頼@21:35:55(読書)

「旗本夫人が見た江戸のたそがれ 井関隆子のエスプリ日記」深沢秋男著 2007年11月20日発行 文春新書 を読んだ。

私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)。
("是非読みたい"が五つ星、"お勧め"は四つ星、"お好みで"を三ツ星、"読めば"を二つ星、"無駄"は一つ星)
日記の著者は、江戸も終わりに近づいた天保のころの井関隆子という隠居した旗本の妻だ。古今東西の書籍を読み、歌、小説、絵も書き、冷静で合理的な分析が出来る女性が江戸時代にもいたのだ。
江戸の武家の風俗、年中行事、具体的日々の暮らし向きを書いている。また、天保改革など江戸城内部の実情、政治の裏面が生々しく語られる。息子や孫からの城内の生な情報が入ってくるのだ。幕府の公式発表を覆す第一級の史料でもあるらしい。
九段下の屋敷の庭の別棟に暮し、四季の草花、歌、お酒をたしなむスローライフである。同時に、江戸幕府の中枢からの最新の情報も入り、世の中から取り残されていく不安もないという楽しい隠居生活の記録でもある。
ひとつだけ、引用する。
法事について、「大方の人がお経を聞いても訳はわからず、ただうるさいと思っているものが多い。人の代わりに来た男などは、早く読経が終わって欲しいと、陰であくびをして、早く物を食べたいと、それが待ち遠しい様子である」と書いてある。
隆子の批判精神を示しているが、これが江戸時代かと思う記述だ
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●四つ星、有り難うございます。隆子も喜んでいると思います。(深沢)
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〔8〕ゴマメノハギシリ

正月に読んだ本 / 2008年01月03日(木)
昨年のうちに購入しておいた『旗本夫人が見た江戸のたそがれ─井関隆子のエスプリ日記』(文春新書)を、ようやく完読。いろいろな媒体で書評に取り上げられているが、法事、酒、陰間の話など細かいエピソードが面白い。彼女の考え方は現代にもじゅうぶん通じるもので、江戸は確かに近代だったのだな、と改めて思う。
天保の改革について手厳しく書いた項もある。今となっては皆死んでしまったので詳細は分からないのだが、父方の祖母は水野忠邦の係累らしい。私が嫌われ系なのは何か関係あるのか?
それはともかく、今年はもっと本を読むつもり。去年はマインドがすっかり引きこもりだったので、今年はもっと外に目を向けよう。
冬の日差しがまぶしく感じるのはトシのせい? 子供の頃って、そうじゃなかった気がするんだが


〔9〕八つぁん

井関隆子

井関家の屋敷は、江戸城に近い九段坂下にあって、敷地は350坪ほどであった。 隆子は大の愛飲家で、同じ酒好きであった孫の親賢と、当主の親経が宿直の時など、隆子と親賢は、よく二人で飲んで楽しんでいた。その時の酒の肴は、親賢の報告する、その日その日の江戸城中の出来事であった。 隆子は本当に酒好きだったらしく、親経の妻の母や、親賢の母も酒好きだったので、来宅の時は、隆子が喜んで酒の相手をしている。 
天保十四年一月三日の日記「近頃、値段の高くなったのは酒である。それは、古くからある滝水とか剣菱などは名前だけ有名になっているが、味わいは劣っている。新川で売っているのは、なかでも良い方である。この飯田町のものは殊に劣っているので買わない」。 隆子は、一夜酒の作り方を家の者たちに教えたり、塩一升を水八合に入れて煎じ、上に浮かんだ結晶を乾燥させ、少し火であぶって食すると、柔らかくて、あまり辛くもなく、酒の肴としてもなかなかいけると「うたかた」と名前をつけて、酒を楽しんでいたと言います。
*(新川の酒。現在の中央区新川一丁目辺りに、酒問屋の七割があったと言われます。上方から波にもまれて新川につく頃には杉樽の香りが酒にとけこんで味が一段と良くなったのだそうです。絵は、江戸名所図会)

*【井関隆子・天明五年(1785)江戸四谷で出生〜天保十五年(1844)六十歳で没。九段坂下の飯田町に住んでいました。 五十六歳で井関家に嫁ぎ、天保十一年から十五年までの日記を残しました。井関家の当主親経は、徳川家斉の正室・広大院の掛かりでした。孫の親賢は、徳川家定正妻・篤姫と、家茂正妻・和宮の掛かりでしたので、江戸城の正確な情報を得ていたのです】。

天保十一年三月三日の日記「現在、目の前にしている様々な出来事を書き止めていると、周囲の人々は、あまり意味のない事のように思うかも知れないが、何百年も経過すると、この目で見た大江戸の有様が文学の中に伝えられ、貴重な記録にもなるのである」。

江戸末期に、自己の意思の通りに生きた、いわば近代的な生き方をした女性にめぐり会えた事は、江戸文学の研究者として、幸せであったと、つくづく思う。(深沢秋男・主著 井関隆子日記)http://www.ksskbg.com/takako/index.html



〔10〕八つぁん

品川心中

最近のことだそうであるが、品川に近いところに、某殿とかいう大名の屋敷があった。期間を決めて、国許から出てきて仕える江戸詰めの武士も多い。そのような武士の中に、ここの遊び女に馴染んで久しく通う者が居た。彼は女に有り金を注ぎ込んで、進退極まってしまった。ある夜密かに忍び込んで女に打ち明けた「この江戸に来てそなたに一目ぼれしてより、これまで通ってきたが、金の工面の方策も尽きてしまった、この世では生きていく事も出来なくなってしまった」と泣き崩れてしまった。女も泪を浮かべて「ああ、もったいない。このようになったのも、みな私ゆえ。貴方が進退極まったからには、私とて、同じ気持ち。虚しき苔の下までも、いっしょに参ります」。男は泪を拭い「日頃から契っていたとはいえ、嬉しい事を言ってくれる。ならば、今宵、人が寝静まったなら、この品川の浦に、二人共に身を沈めよう」。「さあ夜も更けた。夜明けになれば目的は果たせぬ」と身支度を整えて、わななく女を誘って外へ出た。
海を前にして、二人の心の内は複雑である。男はもとより覚悟の上のことであるが、女の様子には、どこか臆したところが見える。彼女は、もしや心変わりしたのではないか、男は不審を抱き、まず自分が水に飛び込んで、女の様子を窺うことにした。女は、案の定、物に追われるように、一目散にもと来た道を逃げ帰った。男は悔しさに耐えかね、いずれは死ぬにしても、この恨みを晴らしてから死にたいと、ひとまず屋敷に帰ることにした。 中間達の賛同を得て、幽霊に仮装して女を脅かすことになった。 女の店に行き、女を呼び出すと、しぶしぶ出てきた。仲間の一人が「友達が、先日、屋敷を出たきり帰らないが、ここには何時頃来ましたか」。「久しくお見えになりません。どうしたのでしょうか」。「・・・・・」。お互いに、ものも言わずに、不気味な静寂がしばし続いた。この時とばかり、男が、顔を白く塗り、髪の毛をかき乱して、襖の陰から出てきて、身を細らせて丈高く伸び上がり女を睨んだ。仲間も打ち合わせどおりに、恐れおののいた。 幽霊と眼を合わせた女は「あっ!」と叫んで倒れ伏して、次第に冷たくなってしまった。 この事が表沙汰となって、全員が呼び出されて処分されたとのことである。
この話しは、去年、ある人から聞いたもので、人物の実名などは、忘れてしまった。(天保十一年二月二十一日・井関隆子日記)。

この話しは、古典落語「品川心中」の筋立てと酷似しています。この事件が落語の原話である可能性があるそうです。

品川新宿白木屋の板頭の「お染」は借金で首が廻らなくなって、思案の末に死のうと思ったが、ただ死ぬのでは金が無くて死んだと言われるのもしゃくだから、心中ということで相手を捜していたら、貸し本屋の金蔵が居た、呑めるだけ呑ませ、食えるだけ食わせてもてなして、心中する事に同意させた。 いざ女が海に飛び込もうとすると、帯を掴まれて引き戻されてしまった。
「後生だから、離しとくれ。あたしゃ、もう生きてられないんだよ」
「だめだ、だめだ、どうせ金がなくなって死ぬんだろ。番町の旦那が、お前さんの借金を払ってくれるって言ってたぜ」
「あら、そう。払ってくれるの。嬉しいね。でもどうしよう。先に一人飛び込んじゃったよ」
「誰が飛び込んだんだい。なんだ金公か あいつならかまうことないさ、金公がいなくなったって、誰も困りゃしねえよ」
(八つぁん5年12月・品川宿)(絵は、安政元年頃の品川宿です)
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●丁寧に紹介して下さり、有り難うございます。(深沢)
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〔11〕日記 2008年1月19日18時55分00秒

 遂にあの名作が帰ってきた(どこから?)「平成の論語」とも「北関東の枕草子」とも言われ、「カネを貰ってもいらない。」とも言われた、海洋地形学先生の言行録!
 こころしてご精読あれ!

芥川賞
 諸兄よ、久しぶりである。
 インフルエンザなどにかかっていないだろうか?関心はないが聞いてみた。
 小生は元気である。周囲の人々が鼻をつまむほどだ。
 さて、今回も芥川賞は女性であった。直木賞も女性。しかもともに30代の方。
ま、今回も小生は外出しており、「芥川賞をあげたいんですけど?」との電話に出られなかった。小生の無邪気な外出が二人の女性作家に明るい未来を提供することになったのは、それはそれで喜ばしいことで、近々小生の元にお二人からお礼のおひねりが届くはずである。   (しまった、彼女たちは小生の住所を知らないのだ!)
 さて、久しぶりに政治ネタから離れたから、それらしいことを書いてみよう。最近、諸兄は本を読まれたか?なに?!少年ジャンプ?明後日来なさい!文藝春秋、の広告を新聞で?一昨年おいで!所詮、諸兄に知的な会話をお誘いすること自体無理があるのだ。知ってはいたのだが、もしかしたら、小生の薫陶を受けて知的生活に乗り出すこともあるか、と淡い期待を抱いたまでだ。
 小生は、最近最もゆっくり本が読めるのは、仕事の都合で東京に行く機会が増えたものだから、その電車の中が一番の機会である。読む本のジャンルは様々だ。今読みかけているのは、井関隆子という江戸時代後半の女性がつづった日記「井関隆子」日記を紹介しながら、当時の風俗や政治状況などを解説したものだ。諸兄にはちんぷんかんぷんであろうが、我慢されよ。実に面白い。江戸時代は我々に近いはずなのに、なぜか(国語教師である小生にとっては特に)平安時代よりもなじみが薄いのである。その江戸時代の人々の(と言っても井関隆子の家系は今で言えば、高級官僚であるが)暮らしがわかりやすく紹介されているのである。一読を勧める。「旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記」(文春新書)である。諸兄も少しは小生を見習って本ぐらい活字で見る習慣をつけていただきたい。
 小説は、短編集が多くなってしまう。本当は長編を読みたいのだが、まとまった時間の確保が難しいと、どうしても長編に手が伸びなくなってしまうのだ。諸兄のように、暇な時間ばかりが茫漠とあって、抜いた鼻毛の長さを比べて一喜一憂し、徒然を紛らすような立場になってみたいものである。
 安部公房の全集を持っている。全30巻のはずだが、ずいぶん前から29巻で止まっている。早く出して欲しいものである。これは読みごたえがありそうだ(というわけで、まだ読んでいない)。ま、これまでに文庫や単行本で読んでいるので、コレクションの趣が強い。彼の文体のキレにはいつもほれぼれしてしまう。
 そういえば、三島由紀夫との対談がある文庫本に載っていたが、「〜(笑)。」の、どこが面白いのかさっぱりわからなくて途方に暮れたことがある。あの連中ほどになると、天才なんだか、別なものなんだかわからない。とても厄介な存在である。残念にも両人とも鬼籍に入っており、この意味での厄介者としては、どうやら小生の番らしいのだが・・・(ま、頭がよいと自分ではなかなか言えないものである)。
 今日は、久々に堅くない話題で書けた。
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●本当に楽しい文章を有り難うございました。(深沢)
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〔12〕■[読書]やっと手に入った『井関隆子のエスプリ日記』

欲しいと思っていた本がやっと手に入りました。
深沢秋男さんの『旗本夫人が見た江戸のたそがれ
−井関隆子のエスプリ日記』。
歴史上の人物っていうのではない
単なる旗本夫人なんですが
しかし将軍のそば近くに仕える人が近くにいたり
大奥の近く仕える人がいたり、した人の日記。
つまりは今でいうとエリート官僚の妻が
その夫の仕事事情やら
最近巷で起こった事件を書き連ねた日記、
というところか?
江戸の情緒や天保の改革のことやら、
大奥のことをかいてあるそうです。
すごくマメな才女だったようで
巷で起こった面白い?というのか
興味深い事件について載せていたりするらしい。
朝日新聞の書評にいつだっけ?
2、3週間くらい前にのっていて
欲しかったんですよねぇ。
面白そうで。
そしたらあちこちの書店サイトですでに入荷待ち状態。
確かにあの朝日の書評よんだら、
手にとって読みたくはなると思うわーーー。
これ読むの楽しみ。
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■ウォーク便家の散歩

今夜は靖国通り沿いに歩きます。
身を切る様な冷たい風で、
ウォーキングには厳しいものがあります。
靖国通りの起点は新宿・歌舞伎町で、
終点は両国橋です。
歌舞伎町→市ヶ谷→九段下→秋葉原
→浅草橋→両国橋
・外人は歌舞伎町が好き?
 日経新聞によると、外国人観光客に
 一番人気のあるスポットは、
 京都や浅草では無く、
 何と歌舞伎町だそうです?!
 繁華街に独特の雰囲気があるのが
 その理由だそうです。
 なるほどね〜!
 確かに、この街には、
 渋谷や池袋などには無い何か張りつめた
 短期間の真剣勝負の様な空気があります。
・靖国通り
 通りの陸橋に「2/17・東京マラソン通行止め」
 の横断幕が掛っています。
 そうか〜!
 東京マラソンは靖国通りなんだ!
・新宿〜市ヶ谷
 この間は通りに人影もまばらで、
 広い歩道を自分のペースで
 ウォーキングです。
 トイレも道路沿いにあり、寒い冬の
 ウォーキングも大丈夫です。

・りそな銀行九段支店
 今「旗本夫人が見た江戸のたそがれ」
 という本を読んでいます。
 (文春新書:¥766)

 これは江戸時代末期に、この靖国通り沿いの
 九段坂下(現在のりそな銀行九段支店の土地)
 に住んでいた井関隆子という旗本夫人の日記です。
 この日記は茨城の鹿島神宮の書庫に
 眠っていたのを、35年前に偶然に
 発見されたのだそうです。
 夫が江戸城内の政治執務と
 大奥を接続する部署に勤務していたため、
 江戸城内の色々な出来事が日記に
 書かれていて面白い部分があります。
 この隆子に、毎日、江戸城内の情報を
 もたらしていたのは息子と孫です。
 ちなみにその孫というのは、何と
 NHK大河ドラマ"篤姫(あつひめ)"の
 お世話役だったそうです!!
 表現力が豊かなので、りそな銀行
 九段支店の辺りを歩いていたら、
 江戸時代のその周辺の光景が
 浮かびあがってくる様な気がしてきました。
 でも考えてみたら、この日記が書かれてから
 未だ160年しか経っていないのですものね?
 東京を歩いていると、江戸時代の名残りが
 驚く程残っているので、江戸時代って
 割と最近?なんだなと感じます。
 また、九段下の屋敷から、遥か彼方の
 両国や佃島の花火が良く見えたとあります!
 当時は全て1〜2階建の家だったから
 遠くまで見えたのでしょうか?
 また、人違いから一目惚れした相手の兄と
 結婚してしまい、相手と心中をして死んだ娘の話
 等、当時の江戸のワイドショー的な話もあり、
 盛りだくさんです!
 でも当時の大奥からの情報収集も凄くて、
 それを基にした正確な政治批判も
 当時の女性の日記とは思えない位に鋭く、
 旗本なのにこんな幕府批判を書いて大丈夫?
 なんて部分も沢山ありますよ。


〔13〕Rj_mamの日常。日々のつぶやき。 2008.03.03

読了。旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記(文春新書606)

江戸時代のブロガー奥さま登場!
というように思ったのですが、その内容をよくよく読むと、worldwideにwebの海に発信してしまうブログではちょっと書けないかも、というようなナイショ話も書かれているようなのです。
ブログ、じゃない日記の記主・井関隆子(以下、隆子さま)は幕末期の江戸を生きた旗本の奥さまです。
残された日記は、ちょうど天保の改革期の5年ほど。
隆子さまは息子がお広敷用人で、城内のゴシップやら(^x^)ナイショの話やら、入ってきやすいポジョンでした。
かれが持ち帰る話は、ダレかにしゃべりたい!という欲求に駆られても仕方ないよね〜という話が多かったでしょうね。
でも、かまわず口外できないから、人には見せない日記に書きまくった、のかな?
ちよっと男前なおばあさま、という感じがします。「おばあさまは名探偵」なんて、主人公になったら楽しいお話ができるかも。


〔14〕読書と夕食

『旗本夫人が見た江戸のたそがれ―井関隆子のエスプリ日記』

幕末の旗本婦人が残した日記をもとに、幕末の裏面史を明らかにしようとする。裏面史といっても、何か隠されていた事を明らかにするというよりも、むしろ、公式記録を補完するという事であろうか。ただし、加えて、当時の旗本の生活も伺い知る事が出来るという意味に置いても、貴重な日記を新書のかたちで明らかにしたのは、大変面白い。
歴史的知識の常識、例えば、江戸時代の人々は自分の住まいからはなれる事は難しかったとか、女性は虐げられていたとか、明治維新で改めてそうした封建遺制から免れる事が出来たという定番史観から免れる事の出来るもののひとつが、こうした日記に基づく、歴史の再構成であろう。
家に閉じ込められた女性の日記ではなく、様々な教養にあふれ、離縁(どのような理由かは本書では明らかにされたい)された後、後妻にはいり、なさぬ仲の跡取りの息子や孫との関係をうまく維持しつつ、彼らの得た江戸幕府における職責の中で知り得た情報を日記に記す。まさに彼女は、明らかに、後世に残る事を意識しつつ書き残し、その事は、彼女の確立した地位に置いて、当然知りうる情報であった訳である。
読むべし、そして、江戸末明治に関する自らの歴史知識を疑うべし!


〔15〕 書評  2008-03-2014:04:20

『旗本夫人が見た江戸のたそがれ-井関隆子のエスプリ日記』深沢秋男

 面白いの一言に尽きます。
 江戸時代の旗本の奥様の日記。こんなのが残ってるんですねー。
 しかもこの奥様、かなり知的。水野忠邦の天保の改革を手厳しく批判
 しています。その批判が当たっているかどうかではなく、まずこの
 時代の女性が批判していたという事実と、かなりしっかりとした
 論理を展開しているところに驚きます。
 またこの時代の風俗や文化、例えば今も続く隅田川の花火なんかに
 ついてもとても生き生きと表現されていて、なまじっかな資料を
 読むより面白くリアルです。
 この本は彼女の日記の現代語訳というわけではなく、著者が解説を加えつつ
 日記を引用しながら紹介していくスタイルなのでちょっと物足りなさを
 感じますが、入門というか、とばくちにはとても良い本だと思います。


〔16〕ためいき色のブックレビュー

  「旗本夫人が見た江戸のたそがれ」 深沢秋男(1935年生)
   文春新書  2007年11月初版

 主人公である旗本の夫人は名を井関隆子といい、当時、九段下に在住していたが、本書は彼女が残した日記の内容がきわめて論理的で、感情を抑えた社会批判に終始している点に価値を見出し、作品として著すことを決意したらしい。

 主人公がこのような内容を書き残せた理由は、親戚はもとより子や孫が為政者に近いところで仕事をしていたことで、城中で起こったこと、ニュースなどが比較的正確に、かつ迅速に耳に入ったという立場の有利性が利用できたことにある。

 史実の正確さは作者が言う通り重要なことではあるが、井関隆子が残した日記は明治維新を迎える1,868年よりも28年前から5年あまりの出来事に絞られ、歴史的にそれほど重要な部分ではなく、作者が力むほどの内容とは思えなかった。

 該当する5年間に起こったことといえば、水野忠邦による天保の改革、江戸城の火災、印旛沼から江戸に水運を作るための難工事の失敗、将軍による久しぶりの日光参り、将軍家斉から家慶への代変わりに尽き、井関隆子の筆の冴えは感じられても、歴史の内容を伝える点については対象となった歳月がこの才媛にとって不利に働いたように思われる。

 本書を通じて学んだことといえば:
1.江戸末期は過去からのしがらみが強く、儀式や決まりごとなどにガチガチに束縛されていた。
2.大奥女中は、家斉が大御所時代、西の丸に300人、本丸に350人だった。
3.篤姫(朝廷から江戸に下った姫)のお世話係りは井関隆子の孫だった。
4.街火消しによる消化能力は評価さるべきものがあるが、盗難が多かった。
5.城中に火事が起こっても、「火事だー」と叫ぶことは禁じられていた。理由はボヤなら簡単に消すことができるから、ことを大事(おおごと)にしたくないとの配慮からだが、これが天保15年5月の江戸城の火災で犠牲者を多く出す結果を招いた。しかも、大門が内側から開けられず、門の傍で多くの人が折り重なって死んだという。
6.楽しみが僅かだった時代、祭りや花火は庶民のみならず、武家にとっても、大変な楽しみだった。だが、当時は両国の花火より佃島の花火のほうが規模が大きかった。日本の花火は1613年の鉄砲伝来の頃に始まり、打ち上げには幕府の許可が必要だったが、全国的な規模でいうと、静岡が一番だった。これは家康が駿府城に大御所としていたというだけでなく、三河鉄砲隊の影響があったという。
7.1836年から幕府は諸大名に対し、清国とイギリス間の阿片戦争の情報が伝えられたことから、火砲の必要性を痛感、大砲の製造を命じた。佃島の花火が規模が大きかったのは、そうした社会的背景もあり、火力の演習の余技として行なわれた。
8.近松門左衛門が1703年に「曽根崎心中」を書いて以来、心中が増え、幕府をこれを「相対死」と改め、厳しく取り締まったが、効果はなかった。恋愛、結婚の自由がなかった時代の名残。
9.一人の人間が女性器、男性器の両方を持っている、いわゆる「ふたなり」が千葉県の市原市にいたが、平安朝時代の記録では「ふたなり」を「二形」と称していた。千葉県の「ふたなり」の人間は男性のところに嫁入りしていたが、あるとき雇い女を手篭(てご)めにし、妊娠させてしまったが、同じような話は中国の史記にも出てくる。
 残念なのは、井関隆子という賢い女を、ペリー来航と明治維新にぶつけてみたかったことだ。
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●詳細に読んで頂き、心から御礼申し上げます。私は少し力み過ぎましたね。(深沢)
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〔17〕時代小説県歴史小説村

階層:トップページ>1-3日本史(江戸学など)
深沢秋男:旗本夫人が見た江戸のたそがれ

【覚書】★★★★★★★☆☆☆
幕末の江戸城に近い九段坂下に井関隆子という旗本夫人がいた。彼女の存在を後世に伝える事になったのは、五年間にわたる膨大な日記である。
日記は天保の改革が行われた天保十一年(一八四〇)一月一日から十五年(一八四四)十月十一日まで書かれている。井関隆子が五十六歳から六十歳までである。

息子は御広敷御用人で十一代将軍徳川家斉の正室・広大院(松の殿)の掛を長年勤めたので、江戸城大奥の様子が詳細に伝えられる事となる。
正確な情報に裏付けられているため、天保期の歴史に修正を迫るものを少なからず持っている。

この日記は蔵書家の鹿島則文が桜山文庫として蒐集したものの中にあった。
日記は著者自筆の写本で天下一本である。全十二冊、墨付合計九百六十六丁(千九百三十二頁)、十八の挿し絵が入っている。

彼女がこの日記を書き始めたのは「とりたてて、何事かは言はれむ。しかれども、つれづれなるもののすさびには、はかなき事をも記しつつ、心を遣るよりほかの慰めなむなき」という心境からの事であった。

日記に書かれている江戸の年中行事では、元旦、年越し、鏡開き、十四日年越し、初午、雛祭、出替わり、更衣、灌仏会、流鏑馬、端午の節句、両国の川開き、山王祭、七夕、四万六千日、草市、廿六夜待ち、十五夜、重陽、十三夜、神田祭、玄猪の祝い、子祭、宮参り、事始め、煤払い、等である

日記には落語の「品川心中」と筋立てが非常に共通するものが書かれている。この事件が落語の原話となっている可能性があるようだ。

天保の改革の迷走ぶりを示す事件として「三方所替」が書かれている。松平斉典を庄内へ、酒井忠器を長岡へ、牧野忠雅を川越へというものだった。
結局は様々な事情から中止する事になるのだが、幕府の権威の衰退を象徴する事件として扱われる事になる。
この「三方所替」については、藤沢周平が小説「義民が駆ける」で描いている。

将軍の没日に関して。従来の歴史書等と井関隆子の日記との間には日時に差違が見られる。
幕府の正史などとともに、地方の史料等を参照しなければ、真相は明らかにならない。
そもそも、将軍の没日の公表は遅れてされるものである。政治的な意図によるのだが、同じく、幕府の徳川正史などにも政治的な意図が入り込む可能性が否定できない。そうした意味で、井関隆子のような一次史料というのはとても重要性を帯びてくる。

この井関隆子の日記のような重要な史料というのは各地に眠っている可能性が高い。
従来の時の権力が遺した史料を裏付けるため、もしくはその誤りを修正するためにも、こうした史料から真実を探り出す必要がある。同じ側からしか歴史を見ないというのは、歴史学の科学性を否定しているようなものである。多角的に見るためには、地方に散らばっている史料を新たに掘り出す必要があるはずだ。

こうした重要な史料で、陽の目を浴びていないものはまだまだあるはずである。ものによっては海外に流出している可能性もあるだろう。
学者たちのやるべき事はまだまだある。
研究室に閉じこもってばかりではなく、このような一級の史料を探し求めていくのが今後の歴史学者のあるべき姿だと思う。

【詳細な目次】
はじめに
第一章 旗本夫人の批評眼-心の風景と幕末の記録
 一 鹿島則文と桜山文庫
    蔵書家の数奇な生涯 三万の珍籍奇冊
 二 血縁なき家族との暮らし
    隆子の離婚と再婚 恵まれた家計
 三 活き活きとした主婦の記録
    多岐にわたる筆先 旺盛な批判精神 情報が集まる環境 書かねばなら
   ぬ日記へ
第二章 江都有情-武士と町人の生活
 一 井関家の四季
    九段坂下の屋敷 鹿屋園の庵主 豪華な元旦の拝領物 愛酒家の月見
   花見の趣向 絶好の酒肴 四谷の実家の復興
 二 江戸の風俗・風聞
    将軍上覧の天下祭り 改革下の神田祭 両国の川開き 盛大な佃島の花
   火 浅草の「眼力太夫」 平将門の首を拝む 永代寺の陰間
 三 江戸の事件簿
   イ.旗本心中事件
      思わぬ人違い 一線を越える 心中決行の暁
   ロ.品川心中事件
      冤罪・騙り・恨み 江戸詰め侍の女遊び 女の裏切り 幽霊登場 落
   語の原話か
   ハ.余聞・風聞
      上総のふたなり 長安寺の好色僧
第三章 天保の改革-衰退する統治力
 一 迷走する改革
    書かずにおれない三方所替 出羽の駕籠訴 羽黒の山伏 三方所替の中
   止 家斉没日の謎 家斉側近の罷免 大奥も粛清 三佞人の評判 寄合に
   降格された人々 天保の改革、発令さる 二宮尊徳の印旛沼工事 氏栄の
   左遷 燃える土 工事が中止に 上地令に不満続出 将軍の真意 忠邦へ
   の反発 利で行えば恨み多し
 二 日光東照宮への長い道のり
    将軍、最後の参詣 葬式用具を持参 演習の見物衆 将軍家慶、出発す
   社参の意義
 三 水野忠邦批判
    賄賂を求める人物 八王子村のいざこざ 隆子の小説のモデル 罷免に
   世間は歓呼 忠邦の返り咲き
第四章 江戸城大奥-エリート官僚は見た
 一 中奥と大奥をつなぐ御広敷
    大奥のトップ事務官・井関親経 御用人拝命 名代で京に出張 莫大な出張手当て 大名並みの旅立ち うるわしの上方土産
 二 将軍家斉の素顔
    植物愛好家 九段坂上の火除け地 権勢ふるう中野碩翁 同性愛の殿様
   たち 大奥に粛清の嵐 家斉の没日は? 幕府の公式記録 奥医師の大失
   態 家斉の葬儀 あやしい徳川正史
 三 将軍家慶の心持ち
    猿楽愛好家 家慶夫人の没日 日蓮宗批判 養女を歓待
 四 家定夫人の謎
    正夫人の実父 光格天皇の崩御 有姫との縁組 有姫の実父は誰か
 五 江戸城、炎上す
    早朝の出火 大慌ての大奥 早い火の廻り 黄金白金も焼失 出火元と
   死体の始末 家定の見舞い品
終章 井関隆子という自我-近代の眼差し
 一 確かな歴史意識と人間意識
 二 天保期の批評者
 三 豊かな学識と知性
 四 旺盛な好奇心と執筆意欲
 五 旗本夫人の気位と気品
 六 敬愛された母・祖母
あとがき
井関隆子関連略年表
参考文献
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●詳細な紹介、有難うございます。(深沢)
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