『井関隆子日記』――その後の認知度と評価



 「井関隆子・いせき たかこ」 という女性が、日本歴史の上、日本近世文学史の上に登場したのは、そう古くはない。昭和47年(1972)に、私がこの女性の日記に出会った時、岩波書店の『国書総目録』では、著者は井筒隆、井筒隆女、と呼ばれ、作品は「天保日記」と著録されていた。
 「井筒隆 天保日記D八七七2」
 「天保日記 てんぽうにっき 一二冊 〔著〕井筒隆女 〔写〕桜
 山」 
 その後の調査で、著者の出自も判明し、実家の庄田家も嫁ぎ先の井関家も、御子孫の方々とお会いできた。屋敷跡も江戸切絵図で確認でき、菩提寺等もわかり、過去帳も系図も発見された。
 私も、井関隆子の日記を最初に紹介した時は、『国書総目録』に従って「天保日記」としたが、本格的に紹介する時には、「井関隆子日記」と命名した。これは、作者の生涯の実態や、作品の内容から考えて判断したもので、妥当な処置であったと、今も考えている。
 平成16年(2004)に『井関隆子の研究』を和泉書院から出版したので、その時点までの研究書・論文等は、この著書に収録済みである。ここでは、そこに収録しなかった、辞典類、通史などの状況を整理し、その後の論文を紹介したい。


◎『井関隆子日記』上巻 昭和53年(1978)
 深沢秋男校注、勉誠社
◎『井関隆子日記』中巻 昭和55年(1980)
 同上
◎『井関隆子日記』下巻 昭和56年(1981)
 同上

○『日本女性史 3 近世』昭和57年(1982)
 女性史総合研究会、東京大学出版会
○『近世史のなかの女たち』昭和58年(1983)
水江漣子、日本放送出版協会
○『日本女性史事典』昭和59年(1984)
円地文子、三省堂
○『日本女性史』昭和62年(1987)
脇田晴子他、吉川弘文館
●『日本女性の歴史 文化と思想』平成5年(1993)
総合女性史研究会、角川書店
●『日本の近世 15 女性の近世』平成5年(1993)
 林 玲子、中央公論社
●『文学にみる日本女性の歴史』平成12年(2000)  
 西村汎子、吉川弘文館
○『はじめて学ぶ日本女性文学史 古典編』平成15年(2003)
 後藤祥子他、ミネルヴア書房
●『日記解題辞典―古代・中世・近世』平成17年(2005)
馬場萬夫、東京堂出版
●『日本女性文学大事典』平成18年(2006)
市古夏生他、日本図書センター
●『徳川「大奥」事典』平成27年(2015)
 竹内誠他、東京堂出版 

 ○は未掲載、●は掲載されているものである。まだ、見落としもあるかと思うが、このような状況である。著書や雑誌に引用掲載されたものは、この他に、かなりの数になる。
これらの中で、注目したいのは、
『日本の近世 15 女性の近世』に収録された、関民子氏の「天保改革期の一旗本女性の肖像」と、『日本女性文学大事典』に収録された、鈴木よね子氏の「近世女性文学の概観」である。『井関隆子日記』を本格的に分析して、近世女性史の上で、近世女性文学史の上での評価を示しておられる。

 鈴木よね子氏は『日本女性文学大事典』に収録された「近世女性文学の概観」を、1 漢詩、2 俳諧と出家と、3 和歌とジェンダー、4 文章、の4章に分けて、その、「四 文章」の中で、

「近世は、漢詩と同じく文章の時代でもある。近世の女性たちは数多くの短編の紀行文を残した。また、『独考』『井関隆子日記』のような思索を交えた自在な長編の文章も書き残すようになった。」
と述べられ、『井関隆子日記』に関しては、次の如く評価しておられる。

「第四に挙げる作品は、旗本女性井関隆子(一七八五〜一八四四)による『井関隆子日記』である。天保一一年から一五年までの五年間、変化しつつある社会を政治も含めて見聞し、また多くの書物を読み、それらについて思索しながら膨大な日記を書き続けた。その文体は町子や麗女と相違して、和文である必要性はなかった。平易でありながら行き届いたものであり、近世における女性の随想文の一つの到達点としても良いだろう。思索の内容は、政治社会論や女性論に注目すべきものがある。」
 『井関隆子日記』の文章は、決して、当時の国学者の多用した擬古文ではない。言ってみれば、古代語ではなく、近代語の文章なのである。これが、文学史的には価値のあることである。そのように、私は考えて、この日記を評価したのである。

 この日記の文学的評価に関しては、その後、発表された、真下英信氏の論文が極めて貴重な存在である。

●『井関隆子日記』に見られる地震の記述
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第26号 2009年3月刊行
●井関隆子の自然を見る目
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第27号 2010年3月刊行
●『井関隆子日記』に見られる地震の記述 補遺
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第28号 2011年3月刊行
●『井関隆子日記』理解の一つの手掛かり
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第27号 2012年3月刊行
●音で読む『井関隆子日記』:天気の記述
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第30号 2013年3月刊行
●補遺“江戸は諸国の掃き溜め”との表現について
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第30号 2013年3月刊行
●音で読む『井関隆子日記』:鳥
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第31号 2014年3月刊行
●音で読む『井関隆子日記』:物売り
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第32号 2015年3月刊行
●補遺2“江戸は諸国の掃き溜め”との表現について
 真下英信 「慶應義塾女子高等学校研究紀要」
 第32号 2015年3月刊行

 今後、『井関隆子日記』の文学的価値に関する研究は、ここに掲出した、真下英信氏の論文と、新田孝子氏の、「井関隆子の文芸――館蔵『さくら雄が物かたり』の著者」(東北大学『図書館学研究報告』第13号、昭和55年12月)等を吸収、理解して進める必要がある。


               平成27年(2015)5月7日
                          深沢秋男