霧嶋の歌 「霧嶋の歌」の初に  わが九州に遊ぶことは曾て二たびに及びしかど、いまだ肥後より彼方には到ること無かりき。友なる山本実彦ぬしは薩摩の人なり。逢ふたびに鹿児島県の諸勝を語り、殊に自ら生れたる西薩摩なる紫尾山脈の秀麗にして、川内川の明媚なるを誇り給ふ。また筑後の人白仁秋津、薩摩の人万造寺斎、この二人の友が日向、大隅、薩摩を旅して詠みたる歌に、すぐれて身に沁む作多し。其等を読むことに由りて、霧嶋を初め、鹿児島湾、桜嶋、佐多の岬、開聞嶽、揖宿、その他薩摩なる西南の海岸一帯にわたりて、いよいよ我が年久しき思慕の地となりぬ。ましてわが良人は、小学時代を鹿児嶋と加治木とに送りしかば、なつかしき第二の故郷として、四十幾年のあひだ、しばしば夢にも見て、如何で身のいとまあらば再び彼国を訪はんと、常に言へり。  さるに年頃われらのために何くれとまめやかに計り給ふ山本実彦ぬし、またわれらの此心を知りて、かねてより、必ずよき機会を作りて、自ら案内し、故国の諸勝を歴遊せしめんと言はれつ。ことしの夏、つひに其のよき機会は到りて、山本ぬしは、その事しげき時を割きつつ、われらを遠く、かの思慕の地に導き給へり。  ここに半月のあひだ、まだ世の人の多く到らざるさかひに、神神の聖地を拝し、建国の始の史蹟を尋ね、人麻呂、赤人、憶良、業平、小野小町、貫之、和泉式部、西行、芭蕉、蕪村等の吟懐に入らざりし山水景勝の実に浸る悦びを得たるは、われらが一生の中に得たる数なき幸ひの一つなるべし。 「霧嶋の歌」一巻は、この旅中に詠みたるわれら二人の歌を集めぬ。題は斯く附けたれど、歌へる所は県下の各地にわたれり。此集のかく速かに印行せられつるも、また山本ぬしのみなさけに由りぬ。    昭和四年十二月                    与謝野晶子 七月二十二日の夕鹿児島に入る。 大君の薩摩の国に龍王の都つづくと見ゆる海かな さくら嶋わが枕よりやや高く海に置かるる夏の月明 船の笛那覇にむかふと声上げぬ鬼界が嶋の人も訪へかし 城山の薄中にも哀れなり旗を掘るとも人なとがめそ 御仏の浄光明がとこしへに護るならまし南洲の夢 南州は文天祥の死とは似ず洞より出でてほがらかに逝く 何の月幾日はあれどおくつきの年代はみな明治十年 三州の大守の磯の林泉にひぐらしめきて鳴れる水かな 渓川は磯の御館の水門をくぐらんとして白波を上ぐ まだらにもトマトの色を腹に塗る船の通ふは何嶋ならん 西国分 隼人塚はやく御空より馳せくだる日に見るべきものぞ 金屋にわれすまずとも国分なる煙草の棚の下に寝ねまし 乾し煙草棚より垂るる葉をくぐり白き鶏出づ女の童出づ 霧嶋に入る。 日当山花葵より家低くその花赤く湯のもやぞする 車をば妙見の湯の軒に寄せもの云ふ時も靡く霧かな 霧嶋や神代の巻に帰る入る霧と思ひてわれもともなふ 車行く妙見の湯を下に見てたぎつ瀬さらにとどろくところ 人の子が人の世に倦み霧嶋に神を見んため入れる路かな 山の雨牧草の波やはらかにつづくところもしたたかに打つ いつしかとめでたき雨に濡れつつも霧嶋山へ近づきにけり わが車高千穂をさし姶良をば行けど雲より出でぬ高千穂 渓渓の湯の霧しろしきりしまは星の生るる境ならまし 山川を右ひだりして行きつきぬ栄の尾の坂の湯の滝のもと 霜嶋のからくに岳の麓にてわがしたしめる夏の夜の月 霧嶋の栄の尾の前の山の戸はせまれど見ゆる海の月明 雨の止み月左より歩み出で山わかやかに夜嵐ぞ吹く 滝の湯の落つるところに身を置かず人間苦をば積みたりしかな 夏の夜を朝まで月とともにあり霧嶋の山南にひらき 霧嶋の月を見るなり山の気のうごき初めたる暁にして ほととぎす湯の樋の白き月夜よりやがて移りし山のしののめ 雲にある開聞岳を思ふなり栄の尾の上の第一の楼 草まくら大守の借りし座敷のみまだほの暗き山の朝かな おほらかにあるがままなる山と似ず苦しき恋をもてる渓川 岩打ちて霧の生ずる山川の限りも知らずめでたき朝よ 霧嶋はいまだ明けずと云ふ月のあれど目ざめし鶯ぞ啼く 霜嶋の畏き神はさしおきて霧の姿にしたしめるかな 夏寒きからくにおろし友とわれ明礬の湯の坂に別るる 紺青の木蔭をめでてわが友は杖あがなへり水鳴るところ わが友が栄の尾を立ちて入る山は木のいと暗しほととぎす啼く 古りにたる明礬の湯の厨房の横より友の分け入りし山 別れつる友また見えず霧嶋はあはれ太古の深林にして 森を分け山を行きつつはかなけれ人間の子の心ならひに 霧嶋の渓より出づる湯の霧に曇るけしきのさつま潟かな 空といと近きところに湧き出でて渦巻く水のめでたかりけれ 明礬の湯のきよらなり帝王の翡翠の床とくらべて思ふ 道のべのくらき浴舎に囚はれて神のますごといみじき温泉 硫黄渓石の浴槽を段ごとにおくなる華奢の涼しかりけれ 硫黄渓板石坂の二側にうづ巻く青と黄なる湯の霧 高高と杉木立にも這ひ上り山風吹けばなびく葛の葉 さくら嶋そがいみじかる姉妹の山はた多し栄の尾に見れば 開聞は万里の嶋にあらねども見がたし夏の雲のゆききに 牧園へ太皷をどりを見に来よと使きたりぬ瓜を割る時 山に見てむら薄より平たきは牧園村にひろがれる森 硫黄をが得て人帰る月見草をみなへしにも似れどはかなし 目を閉ぢてゆるく浴みす滝の湯に今はおどろく人のあらぬや 月光の裾に薩摩の海引かれほの白きこそあはれなりけれ 滝の湯に皷を打てる温泉の外はおもはぬ夜のまくらかな 霧嶋の半を朝の日にあたへ万木くらしわが栄の尾渓 山の木の三千年の根を踏みて人湖へかよふ路かな 行く路に見知らぬ葉のみ繁れるも神のままなる霧嶋の山 山の路輿丁しばしばいこふなり沙羅の落花のつもる上にも 霧嶋の高き峰をば行く日さへ心あがらずなりにけるかな 風立ちぬからくに岳に続く草うら葉を返しほととぎす啼く 原に出で天馬の馳するいきほひを改めて得しわが輿丁かな 大波の池にしら雲流れ入り山の正午のしづかなりけれ いにしへの霧嶋山をわが行きて青き湖畔に至りけるかな 湖にたたへしものと碧玉とことなるは唯だ動く相のみ 霧嶋の白鳥の山しら雲をつばさとすれど地を捨てぬかな 山山の曇れる玉の色と似ずあざやぎわたるみづうみの青 山の池初めて人の見し時も斯かりけらしな草分けて見る 日の光しろきあられを池に投げ外輪山の草うごく時 いと多く硫黄の色の羽の蝶の飛ぶきりしまの高原の草 御空より真直ぐに白き雲くだるわが山頂の大波の池 湖の龍女の話龍ならでをだまき草となすよしもがな はるばるとからくに岳につづく森それに隣れる夏ぐさの原 山の蝶湖畔の草を離れぬや焼石もまた冷たきがため 原の草えび野あたりの末白くやがて雲ともなるけしきかな 湖をかこめる山の笹原に鳴るはさびしききりしまの風 山上のをだまき草の茎よりもよし細くとも海あらはれよ 霧嶋やつらなりわたる峰峰に似ざる拙き雲消えよかし えび野湯に人たどる路見えずして広く硫黄の黄のつづく原 明星の明さに山の硫黄乾すところもをかし高原の奥 硫黄の黄狐のいろの羽の蝶も吹かれ行くかな高原の風 坂東の殺生石を見し山におもむきの似る原にこしかな 篠原のややまばらにて見分け得つ湖畔の山の猪の足跡 湖水より生るる風は高原へひまを置きつつ流れくるかな 高原の草は髪よりやはらかく風に従ひ渦あまた描く みづうみを離れて山と高原の草ながめつつ信濃おもほゆ 千山の支那の奴の唄声の無きさびしさよ霧嶋の駕籠 霧嶋の獅子児の牙のやはらかにかつ尖りつつ山おろし吹く 王朝の世の富士の嶺の煙ほどくゆるなりけり高千穂の山 霧嶋の高千穂の山高原の草より出でてたかし千尺 白雲の倚る高千穂をながめよと輿丁寝入りぬ薄の中に 神神の近くいまして三千年になり足らひたる霧嶋の山 新燃は二つの耳に聞きぬべし白くいみじき雲うごく音 高千穂を雲去来するかたはらの芭蕉葉いろの若き中山 城ならば尾廊ばかりの高千穂の片はしのなほ雲に隠れず 秋立つや貝のはだへに似る雲のつつめる神の高千穂の山 何ほどの高さと知らずこの山と思ひ上れる心の尺と 病む友に沙羅の落花を拾ひゆく願ひもありて山くだりきぬ ひぐらしが馬行く後に鈴降るや山の中なる三またの辻 人の子の薪の料にあらぬ木の枝さしかはす大神の山 浴泉を霧嶋の神いましめずかしこし此処に心きよまれ 樋の竹が八つの湯滝をおとすなるそのもとに居て物をこそ思へ 月夜よし硫黄の匂ひ散ることも涼しき数のここちこそすれ 楼にわれ一人となりて山に告ぐかかる夕に人恋ひしこと 滝の湯の柱よ痩せて朽ちそめてみをつくしめく温泉の波に 電燈の時に蝕する湯の山にいなづまが引くきぬいとの筋 山の夜やわれも嫦娥の身となりて浴槽の雲を行きもどりする 楽みの尽きしにあらず初めより哀れなる身の草まくらかな 温泉にも隼人の猛きたましひの備はる国の山にこしかな 朝の霧咎むるやうに追ひくるもなまめかしかる山歩きかな 山暴れて杉の木立も靡くなり海は雲よりしろき明方 客房の雲に濡れたる瓦をば哀れと見れば日の昇りきぬ 運ばれぬ山の設けの粟の飯高千穂の嶺の神もませかし 朝山にから芋の酒紹興の味ひすとてすすむるものか 山は晴れ海三日ばかり穂すすきの穂の色をして曇りたるかな 三日四日に山のうぐひす凡人のごと思ひなすあまたし啼けば 華やかに鳴る山川を数しらず脈とするなり若き霧嶋 霧嶋の下の世界もしづかなり遠き青海むらむらの森 うすものの肱より下に雲の波つらなる山の朝ぼらけかな 明方の燭ほのぐらき浴舎をばうかがふ霧はむらさきにして ほととぎす朝霧深くうら山に浴房の灯のなほうつるころ 渓の湯に素肌の水の踊りをばながむる人の三人の素肌 霧嶋の泉の精よ人などの姿となして思ひがたかり 温泉の潮の如く湧きて鳴る南の国のきりしまの山 霧嶋の山踏みをして仙女さび大方すてつわが願ふこと わが身をばいでゆにゆだね霧嶋の霧に心を任せはてぬる 加治木なる五つの峰の波形の女めくこそあはれなりけれ 霧嶋の森林帯の朝の気によみがへりこしはかなしごとよ 薩摩潟嶋も神ある高山も皆みやびかに寄りそへるかな 裾山にさくら嶋をば加へたる遠方見えて雲なかに置く 眉のごと南薩摩の見ゆる日もなほ心引く国分の小嶋 わが前の国分の小嶋消えであれ開聞岳はそむきはつとも 霧嶋をさして入りこし長き路見えずて牧の夏草光る 小ざかしきことを行ふ手など無き山あまた見る朝ぼらけかな 光りをば姿とすなる夏の雲それより山は引き勝れたり 霧嶋は峰多くして蔭の色日なたの色の山のかさなる 湯の中に徴風ありと楽みぬ栄の尾の渓の塩の温泉 霧嶋に神の矢のごと速かりし雨をまた見ず霧のみぞ降る われ一人向ひの山に郭公の鳴くとうなづくくらき浴室 硫黄の香夕月の野の匂ひにも少しかよひてなまめかしけれ 硫黄の湯山のいはほの窪に湧き熱気の中にうぐひすぞ啼く 何ごとか思ひて雲の山を出づ創世紀とは覚えぬものを 黒と黄の硫黄のかびのはだらなる渓をつたへり山風吹く日 ひぐらしの集りて啼くうら山を覗けば松のいく本光る 女湯に渓をのぞくはあらずして男の顔の並べる月夜 塩の湯の浅きところに腹ばへる二人の女奔流と月 夕ぐれに強力のごとたのもしき山おろしこそ吹きいでにけれ わが友の弱き涙の一しづく混りしのちの寒き温泉 霧嶋の山暴れの日の湯のぬるくおほけなけれど涙のごとし 灯の円く鳥の目のごと先づつきぬ海よりこなたわが山のはて 月日をばよそに雲湧く霧嶋の山にありとも告げずあらまし 夕まぐれ乾したる麻の衣たたむ山のあはれをわれ覚えつつ そぞろにも旅人達の出でて踏む夜半の山路の夏草の露 印を組むことと似たれど隼人らの指はなんこの掛け声に開く よろめくや否否さつま踊りなり明礬の湯にありつる隼人 ささで寝る隣の障子ここなるもきよく真白き有明月夜 霧嶋や不覚に渓へとどまりて寝ねし雲さへ匂ふあけぼの 宿の犬馴鹿めきて歩みきぬ栄の尾の渓の朝霧の中 薩摩潟小鼠ほどの美くしき嶋見ゆ霧の厚き朝にも 薩摩潟ほのぼの雲の晴れ行くや息に曇れる鏡の如く さくら嶋現れぬべき吉兆を楼に得て出づ蓬生の台 山の台対する海はさしおきて心ひかるる青よもぎかな 蓬生も霧嶋山に朝湧ける霧をかづけばあてやかにして 栄の尾なる蓬の台に遠く見るさくら嶋こそいみじかりけれ 斜して清き杉むらわが行くは渓をはさめる青すすき路 わが楼に寄せくる如しうち溜まる雲のしら波青波の山 ひぐらしや夕日を含む雲にのみわが目引かるる山のうたたね 霧嶋にあれど子等あるむさし野の家を忘れず都を忘る 二もとの松にとなれる近き灯も美くし山の夕まぐれ時 霧嶋も霧の如くに時流れむかしの夢となりぬべきかな 雲をもて塞とするなりそのむかし神の建てたる霧嶋の城 悲しかる南州の死も霜嶋に寝つつ思へば神話のごとし 身の弱くいと哀れなる心にてうしろにしたるからくにが岳 高千穂の小学校に山の木の百種を育つ生徒のやうに 犬飼の滝もこころの宥められ地軸を衝かず渓流れ行く 余りにも犬飼の滝急にして動く姿と思ひがたかり うぐひすや妙見の湯の板橋の五間は秋の冷たさにして 山川の上をつたへる霧と逢ひわれは冷たきものにときめく 折橋のくちなし咲ける山荘にあり百歩していでゆに通ふ 霧嶋神宮を拝す。 霧嶋の神のやしろの長き路月夜と似たり雨こぼれつつ 遠方に今朝わが出でし山ありて長くましろし大前の道 大神の霧嶋の雨木綿よりも真白き雲の下すなりけり 御社は浄衣の禰宜のますに足る仏法僧よ天竺に去れ 雨降りて仏法僧の羽のごと墨とみどりを流す山かな 国分町に到る。 むら雨と山のあらしの末見せて川波をどる国分郷かな 山に見し国分の小嶋近づけば示すこと無し少女のやうに ほととぎす帳とばりとも云ふやうに煙草の葉をば掛けたる国分 踏まねども苔は冷たし近き世の塔の上層康治の五層 古煙草洞の中にて拾ひたる経の片かといみじかりけれ 再び鹿児嶋に帰る。 次次に姶良郡のむら山のしりぞき入りぬ夕霧のおく 鹿児嶋ヘ夕日を追ひて行くやうに車やるなり加治木の峠 車よりややしりぞきて引潮の夕の波の青きみちかな わが車桜嶋をばめぐりたる海のまにまに円なかば描く 夕ぐれに茉莉の花のにほひする薩摩の海と思ひてつたふ 夕入る祇園の出車の練りしあと三日ばかりなる鹿児嶋の街 さくら嶋曇らん日とてまた消えじ霧嶋が岳見んよしも無し 海上のさくら嶋をば見に出でぬ昨日の山のこひしき時に 夕ぐれは夾竹桃の花かげに海の香通ふ鹿児嶋の家 盛りなる百日紅の威を見るや磯の御舘に千石馬場に 蓮池に住みて夜の犬鳴く時につと声やむる女の蛙 いつはりを糺すやうにも蛙鳴きあしたに見れば蓮咲く池よ 棕梠蘇鉄芭蕉のかたち見ならはず長けし国さへ時に寂しき 船の笛さくら嶋をばとりまきて鳴る鹿児嶋のめでたき正午 桜嶋 嬉しくも身をば矢として達したる桜嶋かと白き船出づ 船つきぬ嶋に上るを許さまし迦具土の神おなじ身なれば 焼石が作るとりでも襞ありて優しき船のもやひたるかな 羽すぼめ鴉の寝ぬるものならであはれ悲しき焼石の嶋 さくら嶋草のかづらの糸引くもただ片はしの焼石にして 嶋をなす縹と臙脂こむらさき翡翠のいろさてかの烏黒 焼石と変りはてたる嶋の身を柳のいろに巻ける海かな 影よりも闇の夜よりもくらきいろ一かたに持つこのさくら嶋 川内に到り、夜鹿児嶋に帰る。 いづくまで川を伝ふやいにしへの薩摩の守の京泊まで 雲うつる一ところのみ乳らくの色に流るる大川の水 いと赤く大河のはての西海に入る日を見つつわが涙おつ 月光に比すべき川の流るるや薩摩の国の川内郷に 限りある湖水にあらで小波の川内川を行くはめでたし 紫尾の山愛の御社の繁みより出でて仰げばむらさきにして 夕より夜の姿にも変り行く高井の山とながき大川 怨むことあらずて身をば投げなまし薩摩の国の川内の川 静かなる高井の山と川に似ずもの狂ほしや火の色の雲 わが立は藺草の生ふる北の岸高井の山のながき南岸 川くらくなりぬ御山の樟の木のにはかに枝を張りたるやうに ゆたかにも満ちたたへつつかつ動く川内川の夕風を愛づ 大川へ乱れ心の灯のうつるたそがれ時となりにけらしな 疎らにも蛍の出でて飛びかへり串木野村の金山のもと 串木野の村のはづれのわが車迫ふ蛍など忘れざらまし 蛍の火身をかはす時しろがねの色となるなり夏の三更 串木野の六月燈に描ける馬最後に見つつ路闇に入る つらなれる山に添ひたる夜の路に逢へば嬉しき六月燈よ 友の家ある方の灯の低き町よ蔓をつたへる花の如くに 葦かびと水やはらかにある方の幽かに明き市来橋かな しかすがに家の平たく立ちならぶ市来の湯場の夏のともし火 いつとなく風の冷たく闇すでに倍となりたる伊集院かな 道たがへ海を隔つる山脈をくぐり出てなばをかしからまし 桜じまうかべる方にすすむ道月のあらねどなつかしきかな 宮の城 川上に都城のあるを疑はず涼しき風に導かれこし 宮の城われより先に深山より雨こしと云ふ一昨日ばかり とどろの瀬水は若さにをどりつつ時の上をは伝はずて飛ぶ 轟きの瀬は川の火ぞ少年はつぶてとなりて焔に遊ぶ とどろの瀬くぐり出で来る船待ちぬわれは危き橋踏みながら 船一つとどろの瀬をば流れ出づいのちを賭けて恋する如く 昨日をば忘れはつべきここちして乗らでやみたる轟きの船 荒磯の波のうなりを山川のとどろきの瀬は立つるものかな 幾筋の川滝となり集りて轟きの瀬にしら雲うまる とどろの瀬さて一方は千人のたむろもすべき真白き河原 船速く波のすだれの上行きぬ川内川の広瀬のゆふべ 橋のもと広瀬の水を行き歩りく川狩人は眼鏡を持ちて 二ひろの船して橋の下くぐり別れこしかな山の都に 夕とて四川省をば出づるごと川内川の船も悲しき をしどりが棧敷を作り見ると云ふ薩摩の国の青き川かな 船を見て早瀬に鮎を釣る人の案山子めけるが云ひ出づること 木の枝に出水の草のかかれども悪夢を忘れはてし川かな 高嶺より独楽鳥の声まろび来ぬ船淵をこえ瀬にかかる時 長き橋船の中なる二三人衣うるほふとかこつ時見ゆ 美くしき世盛り人にくらぶべき川の流るる西薩摩かな 夕ぐれに山崎橋へ船つけて楊子江をばはなれけるかな 市比野温泉 天の川入来のふもと市比野の糊つけごろも竪き夜にして 闇ひろく続ける中の市比野をさぐりて借れる草枕かな 入来より来る車の灯を見つつ旅人の立つ市比野の橋 水鳴れば谷かと思ひ遠き灯の見ゆれば原と思ふ湯場の夜 山川の濁るはさびし市比野の湯場に設くる橋普請とて 大海の種子嶋より目じるしにして船来てふ八重山くもる 川内町に入り、川船にて久見崎に遊ぶ。 その蔭に百たりばかり隠るべき大樟の木の風に鳴る時 川内の川をつたひて大海へ走りしものと見ゆる嶋かな 大海の甑の嶋の見え初めて冷たきかぜのかよふ川船 わが胸に沖の甑の嶋と似て見えがくれする昨日のこと ほの赤き砂のきりぎし負ひて立つ船間の嶋のさびしき百戸 京泊久見崎と立ち大川の門と云はんに過ぎてはるけし 砂山はかりそめもののここちして立ちて語れる身もはかなかり うしろより雷の追ふ砂原にしみ入る雨もあさましきかな いかづちす船間の嶋やくづれまし雨に濡れつつ久見崎を行く 久見崎のうしろにありて降る雨に青いささかも変へざる入江 夕立の過ぎたるあとのうす黄なる空の光のうつる川口 雨あがり松いと明き中にある久見の岬を船のはなるる 久見崎の雨いかづちも忘るなと旅人に云ふこころなるべし 久見崎の沙の斜面を打ちしごと打たざりしごと晴れし雨かな 久見崎の沙丘に立ちてわが船を人ぞ見おくる夕月のごと 久見崎の沙に摘みたる薬草を載せてわが船蓬莱離る たちまちに佩く黄玉のかざりをば海に投げつつ入りし落日 夕まで川内川に画舫をばつらね遊べば日も臙脂塗る われ乗りて西湖の船に擬するなりそれより勝る大川にして 時はやく移り灯おけどいと暗し舞子まじりの川船のうち 船を出で水くらくして星多き川内川をうしろにぞする 池田湖 見るところ先づ開聞の高くして斜めに北の低きみづうみ さざ波は洞の中ほどしづかなる池田の湖の面に遊ぶ 洞門とむら薄ある山にして池田の湖のさざ波を愛づ 湖のさざ波の音荻あしの葉ずれの中に混れるを聞く 湖をめぐる山田にくらぶればさびしき青の波の色かな 吹き出でぬ開聞おろし穂すすきの白き湖畔を目じるしとして 鳥越の洞門に出で湖とまた逢ひがたき路を取るかな 迫平 片はしを迫平に置きて大海の開聞が岳立てるなりけり めでたくもつひに薩摩の南方のひらぎき山の麓にぞこし 松蔭に扇つかひて去るを待つ開聞岳のいささかの雲 しら波の帰らで遊ぶ迫平なる岩なめらかにうつくしきかな 海よりもこれはいと濃き藍にして海より起る開聞が岳 美くしき白き扇を磯に来てひらく迫平の波と思ひぬ しら波の初霜ばかりほのかにてかつ平らかに寄れる海かな 枚聞や撥のかたちに山反りて秋の声をば立てんとすなり しづくしぬ海門岳とむかひたる岬の松の高き枝より 海のうへ佐多の岬に開聞にならふと雲の垂れてこしかな 清らなる迫平の海に波白しあはれ硫黄が嶋曇りつつ 松が技に羅のとばりをばかけんとて寄りくる波と思ひけるかな 硫黄嶋煙のさまの色ながらうつつと見えてはた哀れなり 山川港を過ぐ。 山の路蜃気楼など及ばざるあてやかさもて港あらはる 山川の港はまろくしづかにて絵燈籠ほどうつくしきかな 揖宿温泉に宿る。 湯の宿の小松の垣の下に鳴る船の笛かな揖宿の海 しら波の下に熱沙の隠さるる不思議に逢へり揖宿に釆て 揖宿の宿屋の前を汽船行き牛飼ひも行く白き扇も 揖宿の海先づ天の川と見えのちに銀河の現はれしかな 大隅の山山立ちて半月の形にかこむいぶすきの海 山の襞いかなる渓と知らねども消ゆる夕はうらはかなけれ 人間は燐の蟲よりはかなけれ夜の沙湯にて語らふ見れば 恋の火と云ふものも見し人ながら美くしとする燐の虫の火 船と家灯を備ふれど夏の夜の星のみ照らす沙湯の衾 いさり船燐の虫かと波を行く沙湯の沙の枕上かな 揖宿の渚の熱沙茨踏むここちと似ずてものの悩まし 燐の虫寄る揖宿にわが船の黒潮行きし世など覚ゆる 潟口も魚見が岳につづきたる霧の巻けども見ゆるともし火 天の川南の国の海松房のたぐひと見えて長き空かな 船は皆佐多と薩摩の海峡を出づると無けれ燈の悲しかり 来て立つや沙の身すらも極熱のおもひを持てる揖宿の磯 二三人釣垂るるごとして語る海の宿屋の草築土かな 揖宿の海の渚にひたひたと熱の身を持つしら波の寄る 夜の海の船もはしこくあかつきの船飛ぶごとし隼人の漕げは ひがしより紅き潮のおし寄せぬ揖宿の湯も目に置かぬごと 波もまた自然の礼の正しさを失はぬなり日の昇る時 朝あけの雲に酔ひたるしら帆をばわれは渚の沙山に見る 魚見岳知林が嶋も大嶋もつなげる霧を船分けて出づ 大海に据ゑしおのれの一はしと雲親しげに見る小嶋かな 南国の海水浴にふけりたるわかき男女と金色の雲 波とある人の肌のめでたけれ南国の沙むらさきにして 紅き雲波よりはやく走るなり海のあなたの大隅の空 はだかの子恥しからず海山のいと大きなるものに比べて 沙湯人羊めきてもあまたあるところに近く波のくだくる 火の鳥の住むエジプトを揖宿がむかひの岸に置ける朝かな わが子らが千葉の海辺に見てあらん房州よりも近き大隅 あかつきに雁の列をばかたどりて船の引けるは何網ならん 身に白く沙を巻きたる磯の人念ずるごとし太陽の前 美くしき朝の海をばはばかりて低きところを這ふ汽笛かな 笛鳴らす船に心の動かまし向ひの岸にふるさと持たば 仏相華垂れて花咲く温室は海を越えねど嶋ごこちする 花の房南薩摩の温室に垂るる限りはくれなゐにして 一もとの扇の椰子の上にある南の国の夏のしら雲 阿久根を経て出水に出づ。 田鶴来てふ阿久根の海にむらさめの白き羽振りて下りこしかな 秋の海百歳の嶋うら若き少女の嶋もつらなるものか 階上に矢筈の山を見てくだる公会堂の廊のほし網 哀れなり別れんとする薩摩路の出水ごほりの夜の雨の音 夜となりぬ霧島の灯も揖宿の波に浮きつる燐光も見ゆ 定本与謝野晶子全集 第五巻歌集五 昭和五十六年二月十日第一刷発行 昭和五十七年一月二十日第二刷発行 定価  三千五百円 著者  与謝野晶子 発行者 野間省一 発行所 株式会社講談社     東京都文京区音羽二-一二-二一     郵便番号一一二 振替東京八-三九三〇     電話東京(〇三)九四五-一一一一(大代表) 組板  株式会社熊谷印刷 印刷所 多田印刷株式会社 製本所 大製株式会社