青い小径
竹久夢二
- あいさつ
- この本の詩の大部分は、「少女画報」「女学世界」「淑女画報」等へ載せたもので、大方はあなたがたが御覧になつたものでせう。ペーヂの都合で、とりおきの「ゆびきり」といふ詩集もこれに加へることにしました。これにはそれ/\好い楽譜が附いてゐて、中にはもう皆様も御覧じの「待宵草」も入つてゐます。それから「歌時計」と「どんたく」の中からも、この本にふさはしい小曲を持つて来て題を「美しき病」としたのですが、「病」はいけないといふ人があるので「恋の細道」としたら「恋」もいけないといふので、とどのつまり「青い小径」にしました。悩ましい春の日が過ぎ、青金の月が木の間がくれに忍びよる青い通ひ路に、とりおとした夢のかず/\がこの小曲です。人は一度この小径をゆけば、もはや再び帰らないだらう。
五月末の日
- 序詩
- 若き日のくれがたの
戸口に立ちて
手をあけて見るなかれ
持てりしはまぼろし
色よき花は散りやすく
手に残れるは
草の葉の酸き匂ばかり。
- くれがた
- 約束もせず
知らせもなしに
鐘が鳴る。
約束もせず
知らせもなしに
涙が出る。
- 靴下
- あなたのための
靴下を
白い毛糸で
編みませう。
もし靴下が
やぶけたら
赤い毛糸で
つぎませう。
けれども
遠い旅の夜に
あなたの心が
破れたら
あたしは
どうしてつぎませう。
- ゆびきり
- 指をむすびて
「マリアさま
ゆめ/\
うそはいひませぬ」
おさなききみは
かくいひて
涙うかべぬ
しみ/゛\と
雨は
ふたりのうへにふる
また
スノウドロツプの
花片に。
- クロウバ
- 四つ葉クロウバを見つけたら
幸福がくるときいたゆゑ
昨日も今日も野へはきた。
そして見たのは草ばかり。
いつ幸福はくるのやら
今日も摘まずに帰りましよ。
- 鶯
- 春に別れた鶯は
海のあなたのセルビヤへ
花をたづねてゆきました。
あちらむいてもはあな花
こちらむいてもはあな花。
花で鼻をぶつゝけて
気狂鳥になりました。
- 羊
- 「羊さん羊さん
わたしの旦那様の洋服に
お前の毛をおくれでないか」
奥さんが言ひました。
「はい奥さま
三つの袋にいつぱい
好い毛をもつて居りまする。
ですが奥さま
そこの小径に
寒さに泣いてゐる
可哀さうな子にやらねばなりませぬ
はいさようなら奥さま」
さう言つて
羊はいつてしまひました。
- ひとり
- 街へ出て
人を見たとてなんとせう
やはりひとりで
うちにゐませう。
山へ来て
ひとり泣くともなんとせう。
やはりひとりで
うちにゐませう。
- お菓子
- ひとりぼつちで
さみしいから
ひとりでお家にすわつて
ひとりでお菓子をたべました。
そしたら
さみしくなくなつた。
- 無
- それは「無」といふ
小つちやな家に
「無」といふ
お婆さんが住んでゐました。
一人の男が欠伸して
さうして
口をふさいだら
家もお婆さんも
なくなりました。
- 母の家
- ひとすぢの
草の小径
母が在所ヘ
山ひとつ越ゆれば
母の家の白壁に
夕日
あか/\
涙ながれき。
- みどりの窓
- あなたのために
窓をあけ
あなたのために
窓をとぢ
みどりの部屋の
卓のへに
青い花を
さしませう。
あなたのために
窓をあけ
あなたのために
窓をとぢ
みどりの窓の
日あたりに
青い小鳥を
かひませう。
あんまりはやく
幸福がきて
あんまりはやく
幸福がゆかぬやうに
私達は
待ちませう。
- 虹の橋
- 若い娘のふところを
あんまり見てはいけませぬ
ほんに小琴であつたなら
音がみだれて鳴らうもの。
若い娘の小袖をば
風さへよけてふくものを
真珠の露であつたなら
草にこぼれて散りまする。
それはたとへば虹の橋
わたるためしはないものに。
- 手紙
- サンタクラスおぢさまへ
あなたは今年のクリスマスにも
あたしに何か贈物を下さいますか?
去年はヴアオリンを下さいましたね
一昨年はお人形を下さいました
その先の年にはリボンでしたわね
今年は何を下さいます
あたしは十六になりました
あたしはもう玩具も人形も
ヴアオリンもほしくはありませんの
ほうなぜねつてお聞きなさるの
その訳は聖マリア様が御存じです
それは手で遊んだり眼で見たり
耳で聞くものではありません
何か下さるのだつたらどうぞ
聖マリア様にお尋ね下さいな
さやうなら
十二月五日 しづ
- 鐘
- 鳴らない鐘の
あることを
知らずにゐた日が
しあはせか
知つたこの日が
しあはせか
引けども
鳴らぬ鐘ならば
いつそ
引かずに
おいたもの。
- 邪宗抄
- 黒船が持つてきた
遠い国の更紗の布を
桜さく国の娘にやつたらば
娘の母親は
帯には広し
襷には長すぎると言つて
切つて捨てゝしまつた。
娘は泣きながら
家を出ました。
- あなたの心
- あなたの心は
鳥のやう
涯のしれない
青空を
ゆきてかへらぬ
鳥ならば
私の傍へ
おくために
銀の小籠に
入れませう。
- 友情
- ただお友達になつてあそびませうね
お友達の垣根を越えないやうに
さうでないと
別れる時が辛いから。
- ノツク
- けふも
私の室の戸を
ノツクするのは
誰だらう。
きのふもきたが
開けなんだ
城の后の御使か
それとも
青い小鳥なら
開けて呼ばうか
あけまいか
もしや悪魔の
使なら
……やはりあけずにおきませう。
- 母親
- やがて娘の母親になつたら
わたしもやはりあのやうに
わたしの母がわたしにするやうに
母の満足と娘の幸福とを
一つにして考へるだらうか。
いえ/\わたしは
さうはしない。
娘は辛いもの
愚な母親はもつと辛からう。
- 嫁入り
- 世間の親は
かうしたものと
人も言ふから
さうあきらめて
多くの娘が
するやうに
だまつて
お嫁にまゐりましよ。
- 春を待つ
- 縫ふ手をやめて
おもふこと
五月の朝の森の径
袖にみだれた青い花
縫ふ手をやめて
おもふこと
ゆふくれかたの灯の影を
はぢらひがちにみたことの
書く手をやめて
おもふこと
心に傷をつけぬため
思ひすごしをせぬやうに
書く手をやめて
おもふこと
泣いてゐますと書いたなら
もしもあなたを泣かそかと。
- ものおもひ
- 風に吹かれりや
きえるかと
野に出て見たが
きえもせず
うつり香ほどの
ものおもひ。
- 忽忘草
- 袂の風を身にしめて
ゆふべ/\のものおもひ
野末はるかに見わたせば
別れてきぬる窓の灯の
なみだぐましき光りかな
袂をだいて木によれば
破れておつる文がらの
またつくろはむすべもがな
わすれな草よ
なれが名を
名づけし人も
泣きたまひしや。
- かげりゆく心
- 母にそむきし
その夜より
白壁による
ならはしの
露草の花
咲きにけり
心もとなき
夕月の
夢の小径に
きえゆけば
音もたえ/゛\に
虫なけり。
- たそがれ
- たそがれなりき。悲しさを
袖におさへてたちよれば
カリンの花のほろ/\と
髪にこぼれて匂ひけり
たそがれなりき。
路をきく
まだうら若き旅人の
眉の黒子のなつかしく
後姿の
泣かれけり。
- たもと
- そつといだけば
しんなりと
あまへるやうに
しなだれかゝる
――わたしのたもと
はづかしさの
かほをおほへど
つゝむにあまるうれしさが
こぼれでる
――わたしのたもと
わたしのかなしみも
わたしのよろこびも
みんなおまへはしつてゐる
――わたしのたもとよ。
- 初恋
- 葉がくれに
ものは言へども
さにづらふ
紅頬のきみは
母のまてりと
袖ふりて
あえかにいにぬ
えもいはず
とめもかねつゝ。
- ゆふくれがたに
- ゆふくれがたに
そよ風の
そつと
しのんできたことも
夜の河原で
待宵草の
ほのかに
白くさいたのも
見たのは
若い月ばかり。
- 綾糸手毯
- きみのめでにし
あやいとてまり
草原になくしつる。
泣く君をすかしつゝ
草原をゆきもどり
いかにせし見失ひし
あやいとてまり。
いまはいくとせ
草の野辺に。
- ある思出
- 思出を
哀しきものにせしは誰ぞ
君がつれなきゆゑならじ
たけのびそめし黒髪を
手にはまきつゝ言はざりし
胸の言葉のためならじ
嫁ぎゆく日のかたみとて
忘れてゆきし春の夜の
このくすだまの簪を
哀しきものにしたばかり。
- 断章
- 1
ふむべくば
あたいまれなる
いのちなり
ひとをいたはり
なみだながしき。
2
こえもせむ
こさずもあらむ
いまはかたみに
ゆるされし
袖垣。
3
あすにならば
わすれるほどの
かなしみなり
かほみれば
それだけですむ
なやみなり。
4
またふたゝび
みまじといへば
たはむれながら
たはむれとおもへど
かなしきものなり。
5
こゝろよわさは
はにかみ草の
葉をとぢて
ふかぬ風を
とほくみる
はにかみ草は。
6
幸福がきたのをしらぬ
ばかでした
しあはせが
いつたもしらぬ
ばかでした
別れた宵にしりました。
7
かならずと
人に盟ひぬ
さりながら
身はあすしらず
あやうききはの
わがこゝろ。
8
ぢつと見すゑた
眼のうちに
なにかわびしい
かげがある
わたしの心が
うつるのか。
9
運命の
舞台監督は
ベルを鳴らした
あゝ
そして静かに幕。
あゝもう
舞台裏では
私達は恋人同志ではない
ただ一人の青年と
一人の娘に過ぎない
もう明日は
この芝居を演るのはよさう。
10
脚本のない芝居だ
幕間のない芝居だ
見物も
役者も
いつしよくたの芝居だ
すばらしい野外劇だ
悲しい喜劇だ
いや
めつちやくちやな芝居だ
だが
舞台監督は素敵だ
彼の名は運命。
- 未知らぬ人
- 心のうちにくれがたの
鐘の音こそきこゆなり
帰妙頂礼うちすがり
わがゆく道をきくべきに
思はれ人はたそがれの
橋を渡りて帰りけり。
- 忘れえぬ面
- 野の路で
ぼんやりと
汽車を見てゐる
娘があつた。
悲しい私の
旅の日に。
- 手
- 右の手が
書いた手紙を
左の手は
知らない。
右の手が
握手したのも
左の手は
知らない。
だが
左の手の指の指環が
何を意味したか
右の手は
知つてゐる。
- 春はとぶ
- あの日の
まゝで
またいつ
逢ふやら
逢はぬやら
たんぽぽが
散るに
そつと
おかへり。
- 留針
- あなたが
忘れていつた
留針が
「蒼ざめた馬」の
中から出てきて
今日もまた
ひとりの
夕方になりました。
- 読本
- A
とわたしがいへば
A
とあなたがいふ
B
といへば
B
といつた。
二人がかうして
読本をよんだ時は
もう過ぎた。
ユニオンリーダアの
「母が最後のキス」をよむ時
あなたはいかに屡々
わたしの手へ涙をかけたらう。
時は二人を
遠く追ひやつた。
わたしが
Cといへば
あなたもあるひは
Cといふだららう
またまるつきり
Dといふだらう。
どちらにしても
もはや二人で
読本をよむ時は
過ぎました。
- 最初のキツス
- 五月に
花ほ咲くけれど
それは
去年の花ではない。
人は
いくたびこひしても
最初のキツスは
いちどきり。
- 泉のほとり
- 若い娘が泉のはたで
あんまり暇をとらぬもの
もしや泉でぬれよもの。
若い男が灯のつく時に
橋の袂へたゝぬもの
肩に柳が散らうもしれぬ。
- 花火
- 紺青のほのめく空に
つい/\と花火はのぼる
いさぎよくちるや
らんぎく
やなぎ からまつ
かぎや たまや
うつくしきものは
なべてはかなし
水のほとりのかはたれに
柳をひきて
ひとの嘆かふ。
- 川
- はじめ二人を隔てたのは
ほんに小さい川だつた
それを二人は苦にもせずに
両方の岸を歩いてゐた
いつの間にか川は大きくなつた
そしてたうたう越すことの出来ない
大きな川を隔てた
もはや二人のための舟も橋も今はない
どちらかが水へ飛込まねば
二人が逢ふ時は永久にない。
- 丘の家
- 私の窓から
丘の家の
一つの窓を
今夜も私は
ぢつと見て居る。
丘の家には
どんな人が住んでゐるのか
私は
知らない
昼はガランスローズの窓掛を閉ざし
夜は青い灯を見る
夜毎に私はあの窓を見る
それは約束しない約束のやうに――
昨夜はまだ宵の早い時
一時間ばかり坐つて見てゐた
灯はつかない。
いくら待つてもつかない
約束をしない約束を
破られた心はいたはるすべもなかつた
それから三日目の午后
丘の家から葬式が出た。
- さすらひ
- 「恋のなやみに
なにがよき
忘るゝぞよき」
西の国の詩人は
かく言ひき。
われも
かくおもひつゝ
緑の野を
ゆきゆけば
青空の
はてしらず
さびしさかぎりなし。
山のはに
月さす宵は
身にそふ影の
おきわすれたる
心のごとく
はじらひがちに
したがへる。
忘るゝを
つとめのごとく
旅ゆくを
なりはひに
われはさまよへる
猶太人なり。
(底本奥付)
竹久夢二文学館
第2巻
詩集U
万田務監修
1993年12月15日初版第1刷発行
発行者高野義夫
発行所日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話 03-3947-9387
制作 オフィスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価 3,800円(本体3,690円)
ISBN4-8205-9273-4 C0391 P3800E(第2巻)
ISBN4-8205-9271-8 C0391 P38000E(セット)