三味線草
竹久夢二
この一巻を桜さく三味線の国のムスメたちにおくる。
あはれわがムスメたちよ。
騎士のためならずば、ゆめ/\歌ふことなかれ。
忘草とて三味線ひけど
あの夜の唄のわすられず
つひつまされて泣いたもの
わしぢやないもの絃ぢやもの。
ひとはしらじな
ひとにはつげそ。
帯も扇も。
月まつ月はさえもせで
君まつ月はさゆるよの。
たれもつれなくあたらねど
この夕暮のあぢきなさ。
煙草のけむりのほそ/゛\と
たまもけぬがにきえゆくも。
いそ/\と
格子のそとにしのびよる
浮気な夜をまたせおき
君は化粧の手をやめて
さしうつむける稼業を
親の因果と誰がしろ。
煙草のけむりが
きれてながれる。
これがわかれか。
色の名もいはぬ/\と山吹の
なびくといふも粋のうち
水にながすがわしや気にかゝる
なにを蛙くど/\と
ほんにをなごといふものは
やるせないものでござんすわいのう。
たゞおいて霜にうたせよ
夜ふけてきたが
にくいほどに。
とつおいつ別れともなき柳かな。
柳をひきてかへらじと……。
そちや泣いてゐやるか。
なんの 柳の露でござんす。
雨のふる夜に
誰ぬれてこぞの。
たそととがむるは
人ふたりまつ身か。
夕となれば とぼ/\と
人みまほしさにいでゝゆく
うたて心をなんといふ。
かのゆくは雁か鵠か
雁ならばはれやとう/\。
雁ならば名のりぞせまし
なほ鵠なりや
はれやとう/\。
やるせない袖
よもやにかけて
ひとりぬる夜の
昨日や今日のことかいな。
かねてより くどき上手としりながら
この手がしめた唐繻子の
いつしかとけてにくらしい。
おきて髱かく黄楊の櫛。
つみなひとぢやえ。
たまさかに
あへばとくまももどかしく
つひときすてた腰紐の
(身をも心もそれさまへ)
かしことよんたが無理かいな。
まどろめば夢にもみるべきに
うつゝなや
恋には眼もあはぬものか。
今日のよもやもそらだのめ
夕暮にさへなりにけり。
昔の実の半分も
今もあるならきれてもみせう
なまじ不実があきらめられず。
なにごとも まはりあはせだ世の中は
一が五になる賽の目も
あの夜のひとの心がはりも。
音なたてそ
宵のねざめの落櫛も
身にしみ/゛\とひびくもの。
よしや今宵はくもらばくもれ
とても涙でみる月を。
街の柳の
柳の枝に
むすぼれとけぬわがこゝろ
あれ夕風がふくわいの。
柳橋から、小舟でいそがせ山谷堀
土手の夜風が、ぞつと身にしむ衣紋坂
きみをまつ夜のかんしやくに
どうして今日は御座んした
さういふ初音をきゝにきた。
トランプのジヤツク・クヰンの
あふよりも
いつそはかなく
逢うて別れた。
いらぬ煙管の朱羅宇がなごて
様とねた夜のみじかさよ。
まてどくらせど君いでず
日はくれはてゝほのしろき
門のほとり丁子の花よ
おもふ門には竹うゑて
雪のふりたる曙を
つれなき人にみせばやな
なびく笹の葉。
かけてよいのは衣桁に小袖
かけてたもるなうす情。
ぬれてきた
文箱にそへし杜若
心のいろのみづあさぎ
琴も上手になりて候
恋といふ字に身を堀切の
男ならずは泣かましを。
ねてとけば
まつまもながき昼夜帯
いひたいことの半分も
胸にせまつた朝の鐘
たとへこのまゝ死ぬるとも
明日といふ日がなけりやよい。
翠簾のおもかげものごしに
みそめきゝそめうか/\と
恋をしてやするは人のしらずして
夏痩をするとやれ
すいめさるゝ。
雪の日は
ゆふぐれかけて三味線の
音にこそたてね
しく/\と。
われは菖蒲のねにこそなかめ
ひくな袂のつゆけきに。
そめてくやしきにせ紫や
もとの白地がましぢやもの。
土手にとびかふ夕の蛍
おはれ/\てちら/\と
そつとおさへた団扇の手管。
えゝしよんがえ。
鐘さへなれば
もういなうとおしやる。
こゝは仏法東漸のみなもと
初夜後夜の鐘はいつもなるに。
人目おもはず
人さへしらにや
織つてきせよもの
竪縞を。
もしや薔薇が恋ならば
この身その葉に似もせばや。
もしや小琴が恋ならば
この身は絃とならうもの。
身からでた錆なんとせう。
しんじつかなしとおもへども
しんじつこの身がすてられず。
しく/\と
泣きながらくる袖萩の
絃のねじめか秋の雨。
ぬるまみの
いとし男をわすれんと、心あまりてねてみても
おほね気遣ふ片心。
人の前では憎いというて、よそでほめるをきく嬉しさは
桜ほのめく月影の、夢は浮世の変名ぢやさうな
まようてはさめさめてはいつか、こひしゆかしの思草。
いとど名のたつをりふしに
たそや妻戸を
きりぎりす。
桐の雨。かゝりし袖にぬれ乙鳥
あれみやしやんせ鳥でさへ
なれし故郷をふりすてゝ
しらぬ他国でくらうして
やゝをまうけてはる/゛\と
故巣へかへる旅の空
しほらしいではないかいな。
殿と旅すりや月日もわする
鶯なくそな、春ぢやそな。
ゆらり/\と浮舟の
こべりに繻子のそらどけも
とてもたつ名ぢや流しましよ。
船頭かはいや
音戸の瀬戸で
一丈五尺の艪がしわる。
あはれや
阿武隈に霧たちわたり
あけぬとも夫をばやらじ
まてばすでなしや
あ
あげまきや とう/\
尋はかりや とう/\
さかりてねたれども
まろびあひけり とう/\
かよひあひけり とう/\。
まつとしもなく
それとなく
はかなごゝろに
蟋蟀と泣いてゐました。
とてもたつ名ぢやほどに
こちへお寄りやれのう
柴垣越にものいはう。
しをれがちなる袂かな
川をへだてゝ曲もなや
ゆきゝをしげる渡舟
棹に滴のかず/\。
いへば世にふる。
いはねば
いはねばうきひとの
それとしらばや。
深紅島田に
今朝結ふた髪を
様がみだしやる
うれしや様が。
二人ゐてさへさびしいものを
一人でゝきく暮の鐘
死んでしまへとなぜつかぬ。
はれてあへないお前の門へ
はいる燕のにくらしさ。
一人して、むすびし帯を二人して
といてぬる夜のみじかさは
いひたいことも紅の
帯よりあけてはづかしや。
あのことも、このことも
逢うていはうとおもひつゝ
さて顔みれば、みなわすれ
なんにもいはずに
ためいきばかり。
ふたりきくともうかるべし
ひとりねてきく 夜の雨。
春の鐘つきわすれたる男かも。
たんなたらりとねりくれば
そろりとなでる鼻のうヘ
えゝ、そちやかはいゝ柳ぢやのう。
雨のふる夜のおもひ寝は
いづれ雨とも
涙とも。
こゝは何処ぞと船頭衆にきけば、
こゝは三囲隅田川。
これがいとまの文で候
手にはとらいで
なまなかに。
そなたしのぶと
名もたちて
枕ならぶる
間もなやの。
むかふ通るは清十郎ぢやないか、
笠がようにた菅笠が。
心いそ/\飛石づたひ
今帯しめてゆくわいなあ。
うまるゝも、そだちもしらぬ人の子を
いとほしいは
なんの因果ぞの。
きみのこぬとて枕ななげそ、
なげそ枕に咎もなや。
おもはゞきみよ
汐ひるまにも
かならず波のよるとなく。
枕にかゝる乱髪
いとど心の
みだれ/\てやるせなや。
よしやこの身が
なんとならうぞの。
ぬれぬさきこそ露をもいとへ
やぶれかぶれの傘のうち
さゝ なんでもよいわいな。
つれないとおもふほどなほ身にしみ/゛\と
寝ぬ眼にかいたあすの文
鼻毛らしいと心にとうて
いつそ長老になる気になつて
あへば男の口車。
縁さへあらば
まためぐりも逢ふに
命にさだめがないほどに。
ながれ/\て浮川竹の
こゝは梅若隅田川
とても売られる身ぢやほどに
しづかに漕やれ勘太どの。
昔より今にわたりくる黒船。
縁がつくれば鱶の餌となるもせんなや。
さんたまりや。
さてもそなたの立姿。
春の青柳、糸桜
こゝろが たよ/\と。
あひにきたれど戸はたゝかれず
唄の文句でさとりやんせ。
たんだひとにはなれまいものよ。
なれてのゝちはるゝんるゝ
身がだいじなるもの
はなるゝがういほどに。
かづいた水が
ゆり/\たぶつき
こぼるゝげなものを
うつゝなや
殿は都に。
やめば もしやとつひだまされて
えゝもぢれつたい虫の声。
浜路ゆきやるは八文字様か
褄がぬれ候 磯風に。
尺八の
一節ぎりこそ音もよけれ
きみと一夜は寝もたらぬ。
あらこゝろなのきみさまや。
逢ふとみし夢はむなしくさめてまた
つらきうつゝの閨のうち
おもうてみてもふさいでも
ほんに心のやるかたもなや。
どうであはれぬ浮世なら
深山のおくのそのおくの
ずつとの奥にすまひして
人目おもはでものおもひたや。
せめて言葉をうらやかにのう。
いまかへるわれに
なんの恨ぞ。
はる/゛\とおくりきて
面影のたつかたみれば
月ほそくのこりたり
心細やの。
そさまおもへば
身がほそる。
三味の棹より身がほそる。
水をむすべば月手にやどる
花折れば香衣にうつるならひの候もの
袖をひくにひかれぬは
にくやのふ。
雨はふるとも雪ふるな
しのぶ細道
竹のたわむに。
短夜を、まだねもやらでうか/\と
ほんにおもへば男気の、あんまり強い筆の跡。
腹のたつをりかいたのか、様といふ字にねんいれて
慇懃くさいなんぢやいな。それぢやさかいに気がもめる。
かしこかはゆく主さんおもひ参らせ候と
心のまゝの世帯なら、主をねかして飯たいて
あれきかしやんせ鶯が、おこしにきたではないかいな。
夢になりとも 逢はせてたもれ。
夢に浮名は――
えゝたつともまゝよ。
まてしばし
硯のなかの薄氷
うちとけてこそ
文もかゝるれ。
のぼりつめたる階子ぢやものを
どうまあこのまゝおりられよう。
一筆まゐらせ文の露、
みか返事か夏虫か。
山がたかうてあの屋がみえぬ
あの屋かはいや
山にくや。
あさくとも きよき流の杜若
とんでゆきゝの編笠を
のぞいてみたか濡乙鳥
顔がみたうはないかいな。
月影の
けなばけぬがにたよ/\と
憂人のたつ東窓。
あれきかしやんせ後夜の鐘。
逢うてたつ名が
浮名のうちか
あはでたつこそ
浮名なれ。
指をきらうとした剃刀で
けふはうれしうそる眉毛。
みだれそめてはさてせんもなや。
なれぬ昔に
思案せうずもの。
とけてなよ/\したひもの
柳の糸の みだれ心の
いつわすれうぞ
寝乱髪の おもかげの。
くる/\と
三重の帯さへ一重にも
むすびもはてぬ短夜の
夢もそらなる仇情。
あはでぬる夜は袖こそうれし
夢は枕のいとまなや。
蛍まて/\。
またぬかほたる
蛍だまして文をよむ。
路とほく
行手はくらし声をなみ
涙をのみてふりかへる。
なんとせうぞのいまは別れの。
まれにあひみし憂寝の床の
夢なさましそ 鐘の声
さましそゆめな
夢なさましそ 鐘の声。
また逢はうずは
不慮で候
うどんげの花いまばかり。
逢ひはせぬかと橋まできたに
影も姿もみえはせず
橋の袂のこのしるべ石
なんとかいたら逢へるやら。
(江戸名所一石橋風景)
与作おもへばてる日もくもる
関の小万が涙雨。
君かや闇にはとひもこで
月にはあらはれて
なき名のたつに。
宵は月にもまぎれてすむが
ふくる鐘にはさんざ袖しぼる。
よしなのおもひ。
すめば浮世におもひのますに
月といらばや
山の端に。
こがれ/\て唐船の
袖に湊の宵々は
それや逢ふ夜は
袖に湊の夜ばかり。
はうろうすをれえらんす
さんたまりや。
くもらばくもれ箱根山
はれたとて
お江戸がみえるぢやあるまいし。
その人もないてわかれた
この人もないてわかれる夏柳。
春もいつしかくれて候。
あまりあつさに門まででたりや
寺の若衆にひきとめられて
のきやれはなしやれ帯きらしやんな
帯のきれたはむすびもなるが
縁のきれたはむすばれぬ。
しよんがえ。
こいといふたとて
ゆかるゝ道か。
船は四十四里
夜は一夜。
くるか/\と川下みれば
河原蓬の影ばかり。
初夜かとおもふたに
あらうや
わかれのむつぢやもの。
文やりて
きたらばだいてねようずもの
小棲あはせて片褄うちしき
うらみ/\もねようずもの。
浜の真砂に文かけば
また浪のきてけしゆきぬ。
けふもあはずにかへるのか。
おもふこと かなはねばこそ浮世とは
よくあきらめた無理なこと
神や仏が嘘つくならば
ほれた証拠をどうかこかいな
むりな言訳する墨の
ばからしいほどいとしゆてならぬ。
かねて手管とわしやしりながら
くどき上手につひほだされて
だまされてさく室の梅。
かはゆらしい前髪を
あいそもこそもこつそり様に
しやうこともなきうきふしの
こゝばつかりに日はてるまいし。
鐘がなるかや撞木がなるか
鐘と撞木のあひがなる。
ないてくれるな
可愛いの駒よ。
今宵忍は
恋ぢやない。
磯の浜松ねいろとすれど
きては小浪がゆりおこす。
ほんにおもへば昨日今日
月日のたつもうはの空
人のそしりも世の義理も
おもはぬ恋の三瀬川
あはぬその日は気にかゝる
あへば口説のたねとなる
にくらしいほどかはゆうて
えゝわしがな思はなんぢやゝら。
すゝぐまいものかたみの小袖
なれし昔が
うすくならうもの。
夕方かけてこひしさつらさ
いつにおろかはなけれども。
のぼりくだりのおつづら馬よ
さても見事な手綱染かよなあ
馬士衆のくせか高声で
鈴をたよりに小室節
坂はてる/\鈴鹿はくもる
あひの土山 雨がふる。
わがものと
おもへばかろき傘の雪
恋の重荷を肩にかけ
妹がりゆけば冬の夜の
川風さむく千鳥なく
まつ身につらき置炬燵
ほんにやるせがないわいな。
はてな由良さん手のなるはうへ
とらまへしやんせ酒にせう。
芸者太夫に手をひかれ
おもはず九太夫にいだきつき
てもそゝうな由良さんぢや。
山雀が
山がういとて里へでゝ
里でさゝれて
山恋し。
夏痩とこたへて
あとは涙かな。
花は花ゆゑ香もさびし
花がなかうがなくまいが
なんのその葉がしるものぞ。
かゝる山谷の草深けれど
君が住家とおもへばよしや
玉の台もおろかでござる
よそのみる眼もいとはぬわしぢやに
お笑ひやるな名のたつに。
沖の鴎に汐時きけば
わたしやたつ鳥
波にきけ。
夜の雨
もしやくるかと畳算
紙で蛙のまじなひも
虫がしらせて燈火の
丁子もとんだ今時分
きまぐれしやんす
えゝ ぬしの声。
あひはせなんだか
遠州灘で
二本マストの紀州丸。
沖の瀬の瀬の瀬の瀬の浪は
可愛い男の肚胸だめし。
きみひとり
いなしかねたるくゞり門
指にのこりし芥子の花
とつおいつして虫をきく。
きぬ/゛\の
わかれに空も雨さそふ
蝉と蛍をはかりにかけて
ないてわかれよかこがれてのきよか
あゝ 昔おもへばみずしらず。
心細さにでゝ山みれば
雲のかゝらぬ山はない。
あのひとはどうしたと
ひとにきかれたら
死んでしまつたと
笑つてゐませう。
後影をみんとおもへば
霧がなう
朝霧か。
船ぢやさむかろきてゆかしやんせ
わしが部屋着のこの小袖。
こんどござらばもてきてたもれ
ぎふの御山の梛の葉を
浮世がゝりの思葉を。
我妹子と
一夜肌ふれ
あいぞ過せしより
鳥もとらず。
鳥もとられず。
よしなのわれらがひとりねや
かばかりさむき冬の夜に
衣うすくて夜はながし
たのめしひとはまてどこず。
香にまよふ。梅が軒端の匂ひ鳥、花に
逢瀬をまつ年の、あけてうれしき懸想
文、ひらく初音もはづかしく、まだと
けかぬる薄氷、雪のおもひも深草の、
百夜もかよふ恋の闇、君が情の仮寝の
床の、枕かたしき夜もすがら。
星があはふがあふまいが
そなたにかはりはないものを。
心も身をもなげだした
この辻占の賽の目に
丁とでたらばなんとする。
庭の夏草
しげらばしげれ
道あればとてとふ人もなし。
泣けといはれて山郭公
闇にうつかりなかれもせぬが
なくなといはれりやなほせきあげて
なかずにゐられぬ川千鳥
涙ひとつがまゝならぬ。
三十五反の帆をまきあげて
ゆくよ仙台
石の巻。
秋の野にでゝ七草みれば
さあやれ、露で小褄がみなぬれる
さあよ、よしてもくんねえ鬼薊。
柳々で世をおもしろう、うけてくらす
が命の薬、梅にしたがひ桜になびく、
その日/\の風次第、嘘も誠も義理も
なし、はじめは粋におもへども、日ま
しにほれてつひ愚痴になり、昼寝の床
のうきおもひ、どうした拍子の瓢箪や
ら、仇腹のたつことぢやえ。
ちればおしかろさかねばちらぬ
さこかちろかの花の闇
鐘につく/゛\わしやかんがへた
おなじことならねてさかぬ。
秋の夜は
ながいものとはまんまるな
月みぬひとの心かも
ふけてまてどもこぬ人の
おとづるものは鐘ばかり
かぞふる指のおきつねつ
わしやてらされてゐるわいな。
幾夜かぬしに淡路の島田髷
波の枕にねみだれて
ないて明石の浦千鳥
せめて夢路にかよへかし。
君こずば閨へはいらじ柴の戸の
いでゝはかへりかへりては
縁の橋場の遠砧
もてくる鮎のおとづれに
のぞいてみれば われよりほかに影ぞなき
君はいま駒形あたりないてあかせよ山時鳥
月の顔みりやおもひだす。
あひはせなんだか
淀川がよひ
みたは堤の草ばかり。
あへばかごともわすれつゝ
ようてわらうてこともなう。
わかれてくればまたしても
ふさぎの虫のふさぎいづ。
灯ともし頃をなんとせう。
ゆく水に数かくよりもはかなきは
おもはぬ人をおもふこと
今はわが身に愛憎もこそも
月夜の烏、ねてもねられぬわしひとり
たとへどうした憂目にあをと
なんの意見もきこかいな
袖もかわかぬ涙の雨
はれぬ思をかはゆがらんせ、たのむ神々。
風が戸たゝけや
うつゝであけて
月にはづかしわが姿。
敵とみるならびやくらいきる気
敵ぢやないもの
君ぢやもの君ぢやもの。
かはいゝそなたはどうしてゐやる。
靄が軒端にかゝる頃
二階座敷の灯にそむき
むりにふくんだ盃に
涙がちるとたれがしろ。
かはいゝそなたはどうしてゐやる。
冬の夕日の暮れる時
金の屏風の灯のまへに
舞の袂の文殻の
おもい心をたれがしろ。
紫色のちりめんの
おもたさなよさ春はゆく。
今宵はじめてとる褄の
はかなさなよさ春はゆく。
(ある年の十一月四日)
(底本奥付)
竹下夢二文学館
第1巻
詩集T
万田務監修
1993年12日15日初版第1刷発行
発行者高野義夫
発行所 日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話03−3947−9387
制作 オフイスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価3800円(本体3690円)
ISBN4−8205−9272−6 C0391 P3800E(第1巻)
ISBN4−8205−9271−8 C0391 P38000E(セット)