〔類題謹解〕昭憲皇太后御集


目 次

新年の部

新年雪。新年山。新年海。新年河。新年松。新年梅。新年盃。迎年言志。一月三十日の夜月前神楽といふことを。

春の部

立春の日雪のふりければ。早春山。田家若菜。市霞。名古屋にて大演習行はせ玉はむとするころ海上霞といふことを。鶯。霞間鶯。車中聞鶯。山家鶯。閑庭鶯。故郷鶯。柳上鶯。花間鶯。鶯声和琴。鶯万春友。鶯有慶音。余寒風。岡残雪。梅香夜芳。雨中梅。遠村梅。瓶梅。夢梅花。梅盛。寒香亭の梅やゝさかりなりけるに。みこゝろ例ならずまし/\ける頃梅花盛といふことを。広島にまし/\けるころ禁庭梅といふことを。落梅。柳。風来楊柳辺。柳臨池水。窓前柳。若草。田家若草。春草。閑庭春草。土筆。春月。春月幽。春月朧。暁天春月。遠島春月。湊春月。春月入簾。春雨。夕春雨。夜春雨。水郷春曙。春眺望。海上春望。沢春駒。帰雁。晴天帰雁。深夜帰雁。簾外燕。ひばり。晴天雲雀。遅日。椿。待花。花始開。朝花。夕花。月前花。雨中花。深山花。都花。故郷花。社頭花。禁中花。鄰家花。旅宿花。瓶花。花盛。風静花盛。花盛風静。花前宴。観桜会。花時鞍馬多。見花。心静見花。毎朝見花。夕見花。橋辺見花。馬上看花。車中見花。折花。老人折花。御苑の花御らむぜさせし折。みはしの花御覧ぜさせしをり。みそのゝ花御覧ぜさせしゆふべ。御苑の花をみるほどに夕暮近くなりにければ。税所敦子がうせにけるとし花下言志といふことを。寄花述懐。落花。惜落花。花散風。落花多。暁落花。朝落花。月前落花。雨中落花。風払落花。落花浮水。社頭落花。禁庭落花。山家落花。旅宿落花。庭落花。落花満庭。車中落花。蝶。若鮎。蛙。夕蛙。月前蛙。雨中蛙。雨夜蛙。池蛙。苗代。苗代水。みそのの菜花を。菫。摘菫。故郷菫。庭菫。蕨。山路蕨。ふきの花。筍。海棠帯雨。杜若。白牡丹。雨中躑躅。庭躑躅。山吹。枕上山吹。折藤花。藤花隨風。藤花映水。山家藤。池上藤。藤花散。暮春。暮春雨。暮春里。田家暮春。暮春蕨。春天象。春夜。春風。春山家。春動物。春車。江上春興。園中春遊。春衣。おほせごとによりて。八王子の御猟場より帰らせ玉ひける日狩場雪といふことをよませたまひけるに。おなじをり深山鶯といふことを。三月ばかり大きさいの宮にしたがひまつりて杉田の梅見むといでたちけるに雨いみじうふりければ。笹下村、といふところにやすらひて。風さへそひて汽車の内もいとさむうおぼえけるに。騎兵のいさましげなるを見て。小金井にて。洗心亭にて。浜殿にものしけるをり雨いさゝかふりければ。浜殿より海をみわたして。おなじ折人々のつみためたる草のいと多かりけるを見て。御園の流のかれ/゛\になりたるをいかでといぶかりしに苗代にひきたるなりとのたまはせければ。風のみこゝちにてまし/\けるころ。をりにふれて。

夏の部

首夏鳥。首夏鶯。更衣。残鶯。田家卯花。新樹。新樹妨月。新樹露。社頭新樹。雨中新竹。葵。待時鳥。時鳥。初時鳥。近時烏。郭公一声。時鳥数声。時鳥稀。時鳥遍。心地そこなひ籠りける頃時鳥の始めて鳴きける由きゝて。東北御巡幸のほど郭公といふことを。早苗多。夜橘。梅雨近。梅雨久。梅雨晴。蛍。民の捧げたる蛍とて八王子の行在所よりたまひければ。蛍をおこせる人に。吹上のみそのにて内豎のほたるがりするを見て。夏月。夏月涼。夏月映水。野夏月。田家夏月。窓前夏月。夏草滋。路夏草。野徑夏草。撫子。野撫子。故郷撫子。百合。紫陽花。蓮露。池蓮。茄子。小笠原島の西瓜とて人のおこせければ。蝉。朝蝉。雨後蝉。山路蝉。曝書。扇。待夕立。夕立。夕立晴。里夕立。行路夕立。海上夕立。船中夕立。深山泉。納涼。夕納涼。樹陰納涼。仰ごとによりて夏夜凉といふことを。夏日。夏日待風。夏川。夏田家。夏花。夏人事。夏馬。夏虫。夏車。夏心。みちのくへ行幸まし/\ける頃夏遠情といふことを。御苑にて人々梅の実を拾ひきほふを見てたはぶれに。花あやめを人のたてまつりけるに。折にふれて。

秋の部

初秋月。初秋扇。山家早秋。秋のはじめつかた御田のほとりにて。早涼。七夕。朝顔。朝顔露。露底槿。鄰家槿。垣朝顔。翫槿。海辺萩。故郷萩。萩盛。折萩。萩如錦。御巡幸まし/\し年の又の秋萩のさかりなるを見て。薄未出穂。薄風。盆栽の薄にそへて小池道子よりいでましのまれなる秋にあひてこそなどきこえければ。女郎花。苅萱。故郷秋草。草花盛。草花色々。虫。鈴虫。松虫。月前虫。鄰家虫。虫声遠。聞虫。雁初来。風前雁。夜雁。雨中雁。湖上雁。雁過湊。雁声近。秋夕。山居秋夕。秋風。月前秋風。秋風満野。里秋風。秋風入簾。野分朝。夕鶉。山家鹿。霧。暁霧。夕霧。河上霧。霧隔舟。仰ごとによりて月前霧を。駒迎。十五夜月。月の明かなりける夜。雲間月。岡月。市月。海上月。月照海上。浦月。波のうへの月。月照滝水。禁中月。隣家月。園中月。簾外月。机上月。月前雲。月前里。月前島。月前松。月前松風。月前車。対月。対月述懐。対月思昔。名月契久。孤島残月。大前に侍りける夕つかた木の間より月のさしいでければ。新殿の月御覧ぜさせしゆふべ。月あきらかなりける夜仰ごとにて。くもりがちなりける夜おほせごとによりて空を仰ぎて。いざよひの月のぼらむとするほど仰ごとによりて御園にものして。茸狩。秋山興。山家秋興。稲花。月前菊。月夜菊。谷菊。禁庭菊。籬菊。瓶菊。愛菊。菊花第一。観菊会。菊有新花。菊花帯霜。対菊思昔。菊契千秋。菊の盛なる頃青山の御苑にわたらせ玉ひてとく参るべう宣はせければ。かへるさ雨いたうふりければ。紅葉。初紅葉。紅葉浅深。夜紅葉。紅葉勝花。暮秋雲。暮秋鳥。暮秋虫。秋夜。秋夜長。深山秋。秋野。秋湖。秋山家。秋庭。秋人事。秋獣。秋鳥。秋笛。秋述懐。こしぢへみゆきまし/\けるころ。おなじころ待菊盛といふことを。おなじころ浜殿にて。木曾路に行幸まし/\けるころ朝霧のたてるを見て。北海道に渡らせ玉ふを思ひやりたてまつりて。おなじころ。おなじころ栽菊といふことを。ふりつゞきし雨のやゝ晴れゆきて日影さしければ。折にふれて。

冬の部

初冬風。冬のはじめみそのにて。時雨。旅泊時雨。落葉。落葉埋路。田家落葉。閑庭落葉。落葉有声。残紅葉。霜後残菊。寒草。木枯。夜木枯。朝霜。屋上霜。野営霜。竹上霜。篠霜。椎柴霜。氷。氷留水声。滝辺氷。月前千鳥。風前千鳥。水鳥。雨中水鳥。水鳥多。池鴨。冬月。行路寒月。簾外寒月。寒月照梅花。霰。風前霰。社頭霰。屋上霰。待雪。河初雪。都初雪。禁中雪。行路雪。窓前雪。雪埋松。雪中竹。雪中駒。雪後雨。車中見雪。寄雪祝。葉山にて雪のいたくふりける日。埋火。寒夜埋火。炉辺述懐。神楽。暁神楽。夜神楽。深夜神楽 御神楽の夜少しふけゆく程に月いでたりやと問はせ玉ひければ。里神楽。梅花先春。歳暮近。年欲暮。歳暮。海上歳暮。禁中歳暮。惜歳暮。冬星。冬人事。冬虫。冬竹。冬衣。冬櫛。折にふれて。

雑の部

日出山。旭日照波。星。雲。朝雲。山家雲。深夜風。雨。湖上雨。山家雨。田家雨。連日雨。雨中閑談。雨夜思人。民戸煙。山家煙。田家烟。朝。夕。山。雨後山。海辺山。富士山。山中滝。山中水。晴後山水。夕川。河水久澄。谷川。谷水。池水浪静。野水。山家水。閑居水。夜聞水声。松影映水。水石契久。島。湊。磯波。井。関。堤。朝市。畑。道。行路。故郷路。故郷井。故郷庭。故郷木。故郷友。古寺。山家。山家庭。山家垣。山家鄰。山家松風。田家客来。山家客来。鄰。御苑。新室。貧家。海外旅。羇中橋。羇中情。眺望。朝眺望。夕眺望。海眺望。海上眺望。象。駒。牛。羊。犬。行路犬。田家犬。猫。海辺鳥。水郷鳥。山家鳥。田家鳥。閑居鳥。晴天鶴。庭上鶴馴。松上鶴。松間鶴。皇子のうまれさせ玉ひしころ鶴契千年といふことを。鶴遐年友。大本営にまし/\けるころ鶴声遥といふことを。鄰家鷄。鷹。霊鷹。烏。暁鳥。鳩。蜆。小松。谷松。池辺松。海辺松。磯松。行路松。故郷松。古寺松。山家松。山館松。庭前松。巌上松。松年久。松不改色。故郷竹。窓前竹。盆栽竹。竹年久。海辺蘆。庭上苔。岩上苔。麻。船。漁舟。漁舟暮帰。釣舟。海上舟。浦舟。湖上舟。浮標。車。晩鐘。深夜鐘。田家燈。草庵燈。閑中燈。窓燈。竹間燈。独対孤燈。玉。鏡。剣。金。弓矢。笠。杖。鞭。布。錦。糸。櫛。久米舞。鞠。遠村笛。琴。松風入琴。洒。将棊。机。筆。筆写人心。書。読書。燈前読書。読書言志。披書知昔。歌。詩。心。忠。孝。誠。仁。義。礼。智。信。勇。節制。清潔。勤労。沈黙。確志。誠実。温和。謙遜。順序。節倹。寧静。公義。立志。文勳。治民如治水。粒々皆辛苦。野無遺賢。焚裘示倹。孝感動天。剪綵為花。夫婦有別。男女同権といふことを。支那窮民を救ふといふことを。慎独。一人有慶。商。農。農業。人。親。子。兄弟。教師。友。朋友。老人。翁。山家翁。田家翁。背面美人。耳。声。詠史。可美真手命。弟橘媛。衣通姫。有智子内親王。橘逸勢女。尾張浜主。万葉集なる桜児を。紀夏井。菅原道真。紫式部。紀貫之。小野道風。小督。源為朝。平敦盛。巴。静。北条時宗。日野資朝。名和長年。楠正行。木村重成。大石良雄。僧月照。熾仁親王。彰仁親王。桃山城跡。禹。周姜后。孔子。子路。藺相如。項羽。呂后。司馬相如。雪中求賢。白居易。趙匡胤。班女辞輦。万里長城。謡曲の葵上を。謡曲の湯谷を。赤。春夏秋冬。うれしきもの。つれ/゛\なるもの。洋学。五十音韻。幼稚園。小学校。訓盲院。植物温室。燈明台。病院。衛生。写真。油画。石筆。新聞紙。汽車。飛行機。電話。活人画。撃劔。煙草。香水。華族。士族。地方官。巡査。軍人。歩兵。騎兵、砲兵。工兵。楽隊。入営。艦隊操練。凱旋。振天府。廃兵院。金鵄勲章。浅間艦。水雷火を。造船所。呉港。宇品港。観兵式の日に。観艦式。社頭水。社頭松。社頭杉。社頭祈世。社頭述懐。靖国神社にまうでゝ。夢。暁夢。深夜夢。閑居夢。旅宿夢。老人夢。述懐。寄雲述懐。寄風述懐。寄池述懐。寄道述懐。光陰如矢。思徃事。徃事如夢。徃事渺茫。懐旧。英照皇太后の崩御まし/\ける頃。三条西季知の三十年祭に下したまへる。海軍少佐高崎元彦が戦死せしにつけて父枢密顧問官男爵高崎正風がよめる歌を見そなはしてくだし玉へる。寄天祝。寄日祝。寄星祝。寄山祝。寄海祝。寄国祝。寄道祝。寄水祝。寄石祝。寄鶴祝。寄松祝。寄竹祝。寄鏡祝。寄書祝。寄筆祝。寄世祝。寄民祝世。寄民祝。四海清。高崎正風が七十の賀に。伯爵土方久元枢密院副議長伯爵東久世通禧枢密顧問官侯爵佐々木高行同子爵黒田清綱の高齢を祝賀する催ありと聞食して下し玉へる。枢密顧問官松方正義の金婚式に下し賜へる。鳥羽の港に御船停めさせ玉へりときゝて。千葉県より還幸まし/\ける夜風はげしふふきければ。向が岡にみゆきまし/\ける夜雨いみじう降り出でければ。西の海へ行幸まし/\ける頃船中月明といふ事を。御船路をおもひやり奉りて。広島にまし/\ける頃停車場といふことを。風のみこゝちにてまし/\けるころ。葉山より帰らむとしける時この日頃風ひやゝかなればよき日見定めてはいかにといふおほせごとを承りて畏さのあまりに。都にかへらむと楽みたりしかひなくその日しも雨ふりければ夕つかた。喪にこもりける頃内の御使に権典侍良子のまゐりて運動のことなどあつき仰言をつたへけるを承りて。一条順子の病あつしうなりける頃宝冠章を授けられぬときゝて。明宮清見瀉にまし/\ける頃。東宮の熱海にまし/\けるころ温泉といふことを。東宮御誕辰の御祝の朝相清めする者の亀奉りけるを見て。東宮をはじめて宮達の旅にまし/\しころ天気定まらずがちにて一夜いたう雨のふりければ。横須賀にて。浪速艦に乗らむとする時雨いたくふりければ戯れに。よし野にて。乗物のうちにさくらのちりくるに。三輪のやしろにて。畝傍山東北御陵にまうでゝ。葉山にありけるほど高崎正風が別業恩波閣に遊びて。皇后宮大夫子爵香川敬三の別業にてよませたまへる。西京にものしける時御殿場あたりにて。むかしあらゐの渡といひしところにて。ひえの山の見えそめし時。新御陵にまうでゝ。外庭にて。賢所のあとにて。勾欄に毛虫のはふを御覧ぜさせ玉ひまだ昇殿は許さぬにとたはむれさせ給ふをうけたまはりて。月さやけかりける夜。仰言によりて小御所より月を見て。奈良県より人の松虫奉りければ。鉄道そこなはれしため還幸御延引になりければ。沼津にありけるころ。田子の浦にゆきしをり。三島にゆく道にて。興津にものしける時。みやのうちにかへりける日。沼津にありしころ。沼津にて。吹上御苑にて犬追物を御覧じけるとき。日比谷練兵場行幸のをり廃兵を見て。船にて調練するさまのいさましきを見て。大磯にて浦人の網引するを見て。或人の奉りたる御剣のめでたきを称へて。近衛のつはものどもが朝毎に吹立つる喇叭の音をきゝて。あるゆふべ仰ごとによりて二重やぐらにのぼりしに博覧会に出品せる花火をうち試みるが見えければ。東京女子師範学校に下し賜へる。ある女学校に下し賜へる。大蔵卿大隈重信の老母が年月とり集めし蓮の糸もておりいでたる仏像をたてまつりしを見そなはして下し賜へる。ある人のくらべ馬にかちしよろこびに。戦場を思ひやりて。岐阜愛知のわたりに震災ありし頃あまたの民の木の陰などにおきふしするよしきゝて。おそろしき病の難波のわたりに多かりしは清からぬ川水を日毎に飲みしによりてなど新聞紙にしるしたるを見て。浜殿にゆく道にてさいつ頃の火にやけし民家の跡を見て。四月のはじめつかた神田わたりあた焼けにければ。大学の第二医院にて火の過ありける頃鐘といふ題を得て。をりにふれて。

御文章の部

新年。余寒。摘草。待花。花のさかりに。春日田家。扇。無題。同。秋のはじめ。野分のあした。禁庭の野分。月あかき夜。菊始開。観菊宴。秋情。無題。同。時雨ふる日。年のくれ。華族女学校にものしける時。無題。

御唱歌の部

金剛石。水は器。





〔謹解〕類題昭憲皇太后御集

            〔宮中顧問官御歌所嘱託〕子爵三室戸敬光編並謹解

新年の部

      新 年 雪

豊年のみつきの雪ぞつもりける晴のおものをきこしめす日に (四十三年)
  豊年のみつき 雪ヲ賞テイルナリ。晴のおもの 新年御行事ノ一、宮中鳳凰ノ間ニ於テ一日二日三日ノ朝奉ルヲ晴御膳卜申上ク。きこしめす。召上ル。

新玉の年のほぎこと聞召す千代田の宮に初雪ぞふる (四十二年)
  新玉の アラタマノ枕詞。年のほぎごと 年頭ノ祝詞。千代田の宮 宮城ノ名。

      新 年 山

新しき年の初日に富士の根の雪さへにほふ朝ぼらけかな    (二十七年)
  にほふ 輝ク。朝ぼらけ 明方。

鶴のはのかさねて祝ふ年たちて山さへゑめる心地こそすれ   (三十八年)
  鶴のはの 枕詞。ゑめる 笑ヘル。
  此年一月二日ハ旅順開城ト皇孫宣仁親王ノ御降誕ト御慶ビ事ノ重レル故ニ此ク詠ジ玉ヘリ。

      新 年 梅

軍船いかりおろして仇波も音せぬ御代の年祝ふらし    (三十六年)
  いかりおろして 碇泊シテ。仇波も音せぬ 無事泰平。年祝ふらし 新年ヲ祝フラシイ。

      新 年 河

静なる世のとしなみは神風の五十鈴川よりたちかへるらむ   (三十九年)
  としなみ 年ノコト。神風 枕詞。五十鈴川 伊勢神宮宇治橋ノ下ヲ流ルヽ川。たちかへる 年ガタツコト。

      新 年 松

雪深き樺太島の松風も御代をことほぐ年たちにけり      (同年)
  戦捷ノ新年ノ御感想ナリ。

年たちて松もよろこぶ声すなり八洲の外も波たゝぬよを    (四十年)
  八洲の外も ヤシマノホカ、海外。波たゝぬ 平和。

新玉の年の初日のさしいでゝ雪寒からぬみねの松原      (四十一年)

      新 年 梅

年たちてはれのおものをきこしめす大床たかくかをる梅かな  (三十四年)

大君の千代田の宮の梅の花ゑみほころびぬ年の始に      (三十五年)
  ゑみほころびぬ ウツクシク咲イタ。

      新 年 盃

ことなくて今年となりしよろこびの盃あげぬ宿やなからむ   (四十年)

      迎 年 言 志

はつくにをしらしゝ御代の姿にもたちかへりゆく年の豊けさ  (七年)
  はつくに 肇国ニテ神武天皇ノ御位ニ即キ玉ヘル当時。ゆたさけさ メデタサ。

      一月三十日の夜月前神楽といふことを
霜さゆるよはのみかぐら月の輪の陵までもきこえゆくらむ   (二十九年)
  霜さゆる 霜ガ深ク寒イ。月の輪の陵 京都ナル孝明天皇ノ御陵。
  之レハ三十年の御式年祭ノ夜宮城内皇霊殿ニ於イテ御神楽ノ御儀アリタル夜ト拝シ奉ル。



春 の 部

      立春の日雪のふりければ

御園生のまつの葉白く雪ふりて春たつ日ともみえぬ今日かな  (二十五年)
  御園生 宮中ノ御庭。

      早 春 山

伊香保風まださゆれども梓弓はるなの山ぞかすみそめたる   (三十三年)
  伊香保風 上野国伊香保ノ里ニ吹ク風。梓弓 枕詞。はるなの山 同国榛名山。

      田 家 若 菜

稲茎のくちのこりたる小山田ももゆる若菜に春めきにけり   (二十八年)
  稲茎 稲ヲ刈ツタアトノ株。小山田 高イ所ノ田。もゆる 芽ヲ出ス 春めく 春ラシクナツタ。

      市   霞

あき人の声かしましき市中ものどかにたつは霞なりけり    (十九年)
  あき人 商人。かしましき 喧騒ナ。のどか ノンビリト穏ニ。

      名古屋にて大演習行はたせまはむとするころ海上霞といふことを

大みふねうかべむ春と風なぎてうちかすむらむ鳥羽の海原   (二十三年)
  大みふね 天皇ノ乗リ玉フ船。風なぎて 風ガ治ツテ。鳥羽の海原 トバノウナバラ、志摩国の沖。
  宮城に御留守居遊バサレ陛下ノ事常ニ御念頭ヲ去ラヌ御貞淑ノ御心ヨリノ御歌ナリ。

        鶯

鶯の友をもとむる声すなり花のねぐらもさびしかるらむ   (十六年)
  花のねぐらも 花ノ咲イテ居ル木ノ間ノ塒サヘモ。

      霞 間 鶯

梅が香をつゝむ霞の八重垣にこもりかねたるうぐひすのこゑ (十二年)
  八重垣 アツイ垣。

      車 中 聞 鶯

小車のうちもわすれて鶯のこゑするかたをかへりみしかな  (十六年)
  小車 タヾ車卜云フニ同ジ。

      山 家 鶯

山里の花にさへづる鶯は世にいでむとも思はざるらむ
  世にいでむ 晴レノ世間ニ出ヤウ。

      閑 庭 鶯

鶯の声ばかりしてかくれがは花の盛もしづけかりけり    (二十二年)
  かくれが 世離レタシヅタカナ家。

      故 郷 鶯

故郷の春なつかしみ来て見れば柳けぶりてうぐひすの鳴く  (三十六年)
  なつかしみ ナツカシサニ。柳けぶりて 柳ガ芽ヲ出ス時ニ霞ンデ見エルヲイフ。

      柳 上 鶯

花ちらすとがをおはじと鶯は柳のえだにうつりてやなく   (十七年)
  とがをおはじと 人ヨリ小言ヲウケマイト。

鶯のつばさの色もわかぬまでみどりになりぬしだり柳は   (十九年)
  つばさの色 羽根ノ色目。

      花 間 鶯

うぐひすのしめたる枝はみえねども花の林に声きこゆなり  (同 年)
  しめたる枝は トマツテ居ル枝ハ。

      鶯 声 和 琴

鶯のこゑあはすともしらずして琴のしらべをとゞめけるかな (十六年)
  琴のしらべ 琴ヲヒクコト。

      鶯 万 春 友

梅が枝にうたふ鶯よろづ世の春の友とやきこしめすらむ   (三十一年)
  よろづ世の春 春ヲ賞メテイヒ玉ヘル。きこしめすらむ 聞キ玉フデアラウ。

      鶯 有 慶 音

このやどの桜の糸をくりかへし末長かれと鶯のなく     (二十八年)
  右明治二十八年二月従一位勳一等近衛忠熈の八十八の賀に下し玉へる。
  末長かれと 齢ガ長カレトノ意ヲ含メリ。
  近衛家京都の旧邸内ニ有名ナル糸桜アルヲ思ヒ出デ玉ヒソレニ寄セテ賀シ玉ヘルナリ。 

      余 寒 風

春寒きけさの嵐に霜よけの松葉みだるゝ庭の面かな     (三十四年)
  霜よけの松葉 庭ニ敷キタル松葉。

      岡 残 雪

わかなつむ袖こそぬるれ朝日さす岡べの松の雪のしづくに  (十二年)

      梅 香 夜 芳

月ふけて今はとおろすをすの内になほ梅が香の薫るよはかな (二十一年)
  今はと 今ハ寝ヤウト。をす スダレ。なほ マダ。よは 夜ノコト。

      雨 中 梅

かきくもりふる春雨にうめの花いよ/\しろく見ゆるけふかな(十六年)

大宮のみはしの梅もさきそひてつれ/゛\ならぬ春の雨かな (十九年)
  みはし 御階段。つれ/゛\ タイクツ。

政事いとまある日と見そなはす梅には雨も心してふれ    (同年)
  御貞淑ノ御心ヨリ斯ク雨ニ心ヲ用ヰ玉フナリ。 

      遠  村  梅

新らしき藁屋もみえつ山本の梅の花しろく匂ふあたりに   (二十七年)

      瓶    梅

梅のはなかめにさゝせて大かたの春の心をみそなはすらむ  (十二年)
  大かたの 世間ナミノ。春の心 春ノ気分。

      夢 梅 花

うめの花たをるとみしは夢なれやかをりも袖に残らざりけり  (十五年)

      梅    盛

真榊にしでたるきぬも薫るまで賢所のうめさきにけり    (三十三年)
  真榊 榊ヲイフ。しでたるきぬ 結ヒ懸ケタル五色ノ絹。賢所 宮城内ニテ天照皇大神ヲ祀リ玉ヘル所。

      寒香亭の梅やゝさかりなりけるに

のどかなる心のみえて梅の花さかりいそがぬ枝もありけり  (十三年)
  寒香亭 赤坂離宮内ノ亭ノ名。

      みこゝち例ならずまし/\ける頃梅花盛といふことを

うめの花さかりもすぎぬ君が為風をいとひてたれこめしまに (二十一年)
  大君ノ御風気ノ為春ナガラ引籠リ居ル間ニ梅ノ盛モ過キタリト御感慨ヲ漏ラシ玉ヘルナリ。

      広島にまし/\けるころ梅花盛といふことを

かり宮の春いかならむ御園生の梅はのこらず花さきにけり  (二十八年)
  かり宮 行在所。
  日清戦争ノ際大本営ヲ広島ニ移シ玉ヘルニ依リ日夜御心ヲ大君ノ上ニ走セ玉ヘバ何ニ付ケ御心ノ程ヲ表シ玉フナリ。

      落    梅

みそなはすひまだになくて御園生の梅はをしくも散りはてにけり(二十五年)
  天皇ノ常ニ御繁劇ナル御政務ニ携リ玉フノ畏サヲ偲バセ玉ヘル難有御感想ナリ。

      柳

青柳のなびくすがたや大御代にしたがふ民の心なるらむ    (十二年)
  青柳の アヲヤギノ、春ノ柳ヲイフ。

      風来楊柳辺

つゝゐづゝ井筒にかゝる青柳のふりわけがみに春風ぞふく   (十四年)
  つゝゐづ 枕詞。ふりわけがみ 児童ノ結ハデ垂レ居ル髮、伊勢物語ニヨリ柳ノ枝ノ垂レ居ルヲ髮ニ見立テ詠ジ玉ヘルナり。

      柳 臨 池 水

春風になびき/\て青柳のかけさだまらぬ池のおもかな    (十二年)

      窓 前 柳

をすならばかゝげてましをわが窓の月のくまなす青柳のいと  (同年)」
  かゝげてましを カヽゲマシヨウヲ。くまなす カゲトナル。

      若    草

老松の古葉の下にもえにけりふむ人もなき庭のわかくさ    (同年)

      田 家 若 草

若草のもゆる田中のなはて道都をとめが袖もみえつゝ     (二十二年)
  なはて道 街道。都をとめ 都会ノ少女

      春    草

君がためつまむと野にはいでたれどいまだ短し春のわか草   (二十年)

北びさし久しくありし雪きえてやゝもえいでぬ庭の若草    (三十四年)
  北びさし 北側ノ庇、久シクト語テ重ネ調ヲ流暢ニシ玉へルナリ。

      閑 庭 春 草

時しりてもゆるがあはれ松の葉もはらはぬ庭の春のわか草   (二十年)
  時しりて 今ハヨイ時分ト。あはれ 床シイ。松の葉もはらはぬ 霜覆ノ松葉モトラヌ。
      土    筆

つく/゛\しつみて春野にくらす日はをさな遊も思ひいでつゝ (十二年)
  つく/゛\し 土筆。をさな遊 幼年ノ折ノ遊。

      春    月

玉すだれなかばかゝげてみそなはす朧月夜のかげののどけさ  (二十三年)
  玉すだれ 簾ノ美称。朧月夜 霞ミテ光ノ薄キ月。

ほそどのにたちいでゝ見るわが影もうつらぬばかり霞む月かな (二十四年)
  ほそどの 廊下。

折々はちる花見えてほそどのに霞める月のなつかしきかな   (三十四年)

      春 月 幽

光をば霞につゝむ春の夜の月こそ人のかゞみなりけれ     (三十年)
  秀デタル所ヲ明ニ見セザルハ床シキモノナリ此ノ春月ノ様ヲ人モ習フベシト教ヘ玉フ。

      春 月 朧

光あるものとも見えず大空にかすみはてたる春の夜の月    (十九年)

      暁 天 春 月

月かげの残るやいづこ足引の山さへ見えずかすみこめたる   (十四年)
  足引の 枕詞。

      遠 島 春 月

雪深き蝦夷が千島にすむ人は春もかすまぬ月や見るらむ    (十九年)
  蝦夷が千島 エゾガチシマ、北海道ノ千島。

      湊 春 月

みなとえは霞わたりて大船の数だにわかぬ春の夜の月     (二十年)
  みなとえ 湊口。数だに 数スラ。

      春 月 入 簾

玉だれのをすのうちにもさしながら霞をいでぬ春の夜の月   (十五年)
  玉だれ 枕詞。

      春    雨

山吹のいはぬ色なる花のうへに音なき雨のつゆをみるかな   (同年)
  いはぬ色 梔子色ニテ黄色ヲイフ。音なき雨 春雨ハ静ニテ音セヌ故くちなしニ対セル也。

おりたちて梅の枝をる宮人のたもとにかゝる春の雨かな    (十七年)
  宮人 宮中ノ侍臣。

      夕  春  雨

夕月のかげはさしながらをすのとの花のこずゑに春雨ぞふる  (十六年)
  をすのとの 御簾ノ外ノ。

吹く風も南になりてあたゝけきゆふべの庭に春雨ぞ降る    (三十四年)

      夜 春 雨

花はみなちりにし庭にふる雨をのどかにきゝてねぶる夜はかな (三十七年)
  ちりにし 散り果テタ。

      水 郷 春 曙

波の上に月はしらみてほの/゛\と柳みえゆく川づらのさと  (十九年)
  ほの/゛\と 段々ニ。川づらのさと 川ニ添ヘル村。

      春 眺 望

菴ながらむかふ野末のすゞな畑かすみてくらし雨やふるらむ  (三十二年)
  菴ながら 家ノ内ヨリ。野末 遠方ノ野。すゞな 菜ノコト。

      海 上 春 望

大ぶねのゆくあとみえて海原のかすみの内にたつ煙かな    (十七年)

      沢 春 駒

あてものもまだ試みぬ若駒はわたりかぬらし野辺の沢水   (二十九年)
  あてもの 馬ヲ驚カシ又ハ感ジサスガ為ニ用ヰルモノ(馬術語)。

      帰   雁

春風もいまだ寒きを北山の峯うちこえて雁のゆくらむ     (二十二年)

      晴 天 帰 雁

雲もなくはれたる空をかへる雁いかにうれしき旅路なるらむ  (三十一年)

      深 夜 帰 雁

おぼろよの月夜ふかしてをすの内に入らんとすれば雁鳴きわたる(十九年)

      簾 外 燕

をすのとの花ふきちらす春風にひるがへりても飛ぶつばめかな (二十八年)

      ひ ば り

甲斐がねの雪もかすみて鈴菜さく沼津の里にひばりなくなり  (四十一年)
  甲斐がね 甲斐ノ国ノ山。沼津の里 駿河ノ国。

      晴 天 雲 雀

なごりなく霞は晴れて朝ひばりあがるかぎりも見ゆるそらかな (三十二年)
  朝ひばり 朝空ニ上ル雲雀ヲイフ。

      遅     日

きこしめすこと多ければ春の日もなほ短しとおぼしめすらむ  (四十四年)
  きこしめすこと 御親裁遊バスコト。
  日々申御政務多端ニ在シマセバ春ノ長キモ短ク思召スベシト大君ノ上ヲ推量リ玉ヘルナリ。

      椿

雨そゝぐかきねの椿うつろひておのれとおつるおとのしづけさ (十二年)
  うつろひ スガレテ。おのれとおつる 自然ニ落ツル。

      待    花

初花のたよりはいまだ見えぬかなふるさと人の文の内にも   (二十五年)

      花  始  開

みうたげのほどちかゝらし浜殿の御苑のさくらさきそめにけり (十九年)
  みうたげ 観桜御宴ヲサシ玉フ。ちかゝらし 近イラシイ。浜殿 浜離宮。

若葉のみさすと思ひし山桜けさうれしくも片枝はなさく    (三十年)
  さす 出ル。山桜 桜ノ一種。片枝 片側ノ技。

今いくかありておましにかをりなむ片枝さきいでし庭の桜は  (三十四年)
  おまし 御座所。かをりなん 薫ルコトダラウ。

      朝    花

朝戸やる人のことばに知られけり昨日にまさる花の盛は    (同年)
  朝戸やる 朝戸ヲ開クル。

      夕     花

夕日さすわが庭ざくら朝戸あけてみしは昨日のこゝちこそすれ (二十二年)

きこしめす事のをはりしゆふべのみのどかに花をみそなはすらむ(三十四年)
  前ノ落梅、遅日等ノ御歌ト同ジク御政務ニ追ハレ玉フ大君ノ上ヲ常ニ思召サルヽ畏サ。

      月  前  花

ともし火をそむけてぞ見るさく花の梢の月はさやかならねど   (二十一年)
  さやか ハツキリト澄ム。                          
大宮のみはしの月はかすめどごも花の色しろく見ゆるよはかな (四十年)

      雨  中  花

音せずて雨やふるらむ八重桜はなぶさ重く見ゆる今朝かな   (三十二年)

      探 山 花

たづね入る道ひらけたる君が代はみやま桜もうれしかるらむ  (十七年)
  聖代ノ世ヲ頌シテ歌ヒ玉ヘルナリ。

      都     花

吹く風に都大路のちりたちてをり/\くもる花の色かな    (三十四年)

      故 郷 花

まがねしく道ひらけなばゆきて見むわが故郷の花のさかりを  (二十一年)
  まがねしく道 鉄道。
  大君ト共ニ京都ヲ懐シク思召ス御情切ナレバナリ。

この春もみゆきにあはぬ故郷の都の花やさびしかるらむ    (三十二年)

      社 頭 花

ねぎごとは親にまかせてともなひし子等は斎垣の花のみぞ見る (三十一年)
  ねぎごと 願ヒ事。斎垣 イガキ、社ノ周囲ノ垣。

      禁 中 花

大君の千代田の宮にさく花は昔の春もしのばざるらむ     (同年)
  昔ノ春 江戸時代ノ春。

御園生の花はさけども静にはみそなはす日ぞ少かりける    (四十四年)
  コレモ亦御政務め繁劇ニ渡ラセ玉フヲ畏ミ玉ヘルナリ。

大前にまゐりおくれぬわたどのゝ窓よりみゆる花をめでつゝ  (同年)
  大前 コヽニテハ大君ノ前。わたどの 廊下。

      鄰 家 花

なれにけりおとなひもせず中垣のしをり戸あけて花を見るまで (二十年)
  おとなひもせず 声モカケズ。中垣 隣卜隔ノ垣。しをり戸 枝折戸、木ノ枝竹等ニテ簡単ニ作レル扉。

      旅 宿 花

旅やかたあるじまうけの篝火によるもさやけき花の色かな   (三十一年)
  わるじまうけけ 主人振、饗応。

      瓶   花

薄板にしづくもおちて朝桜のどかに薫る瓶のうちかな     (三十六年)
  薄板 花瓶ノ下ニ敷ク板。

      花   盛

世の人のしらぬぞをしき御園生の花の林の春のさかりを    (三十四年)
  御慈愛深キ御心ヨリ一般ノ人ニモ此ノ奇麗ナル御苑ノ春景色ヲ賞セシメタシト思召シ玉ヘルナリ。

      風 流 花 盛

うれしくも風しづかなり御園生の花の盛をみそなははす日に  (三十年)
  前ニ雨ニ心ヲ置キ玉ヒシニ対シ風静ナルヲ悦ビ玉ヘル皆御貞淑ニヨレバナリ。

      花 盛 風 静

ことわざにたがふもうれしわが庭の花のさかりに風たゝずして (三十七年)

      花 前 宴

ふく風をいとひながらも盃にちらばとおもふ花の下かげ    (十二年)

      観 桜 会

さくらさく浜の御園のせばきまで内外の人のつどふ今日かな  (三十一年)
  内外の人 ウチトノ人、内外ノ臣僚。

      花時鞍馬多

宮人の駒のあおとぞつゞくなる遠乗すらし花見がてらに    (同年)
  あおと 足音。

見   花

さく花のかげにうかれて園守に見られむことも忘れつるかな  (十七年)
  園守 園丁。

      心 静 見 花

ちるうさも思はで今日は見つるかな蕾まじりの花の盛を    (十五年)
  ちるうさ 散ル苦労。

      毎 朝 見 花

今朝もまた蔀あぐるをまちかねて軒端の桜窓よりぞ見る    (二十五年)
  蔀 シトミ、上ヨリ下ス戸、宮殿仏閣等ニテヨク見ル。

      夕  見  花

燈火の影まどふかくにほふなりくるゝもしらで花見せしまに  (十九年)
  燈火の影 影ハ光ノコト。

      橋 辺 見 花

大堰川はしをこえてもさらにまたかへりみらるゝ山桜かな   (十七年)
  大堰川 オホキ川、京都ノ西嵐山ノ麓。

      馬 上 看 花

したかげにもゆる小草をはませつゝ駒の上ながら花を見るかな (十五年)
  したかげ 木ノ下影。小草 タヽ草トイフニ同ジ。はませ 喰ハセ。

      車 中 見 花

おりてもと思ふ所は人しげし車ながらにしばし花見む     (三十一年)
  おりてもと 車ヨリ下リテ見ヤウト。人しげし 人ガ多イ。

しばしとてひきとゞめたる小車のながえの上にちるさくらかな (三十二年)
  ながえ 長柄、楫棒ノ長キヲ云フ。

      折   花

舎人らに折らせてを見む手の及ぶ枝には花のすくなかりけり  (二十一年)
  舎人 トネリ、宮仕ノ官ニシテ雑役ニ従フモノ。

君がためえらびて折りし一枝に思ひしよりは花のすくなき   (二十五年)
  大君ヲ慰メ玉ハント折リ玉ヒシ枝ニ意外ニ花ノ少カリシヲ嘆シ玉ヘルナリ。

      老 人 折 花

老が身をしたふうまごに見せむとて折りもてゆくか花の一枝  (十八年)
  うまご 孫。

      御苑の花御らんぜさせしをり

雲の上に星をつらねてみそなはす花はゆふべもさやけかりけり (十二年)
  雲の上 宮中ノコト。星をつらねて 臣ヲ多ク侍セシメ。

      みはしの花御覧ぜさせしをり

政事しげきあしたの庭桜けふはのどかにみそなはすらむ   (十三年)

      みそのゝ花御覧ぜさせしゆふべ

庭ざくらみそなはす夜はともし火の花にも風のいとはるゝかな (十五年)
  ともし火の花 燈火ノ光。

      御苑の花をみるほどに夕暮近くなりにければ

心のみいそぐとすれどかへるさの道はかどらぬ花のかげかな  (同年)
  かへるさ 帰リガケ。

      税所敦子がうせにけるとし花下言志といふことを

御園生の花見る友はおほけれどひとりたらぬが惜しくもあるかな(三十三年)
  故人ヲ偲ヒ玉フ御情ノ深サ大君ニ譲リ玉ハズ。

      寄 花 述 懐

たらちねの今もいまさば大御代のさかりの花も見せましものを (十七年)
  たらちね 親。
  御父君ノ今モ御在世ナラバ此聖代ノ花ノ盛ヲ御覧ニ入ルベキニト御感慨ニ暮レ玉へルナリ。

      落    花

君がため折らむとすれば黒髪の上にみだれてちる桜かな    (十三年)

この春もうたげすぎぬと庭桜こゝろやすくや散りはじむらむ  (二十一年)

      惜  落  花

みいとまのあらむ日またで桜花をしくも風にちり乱れつゝ   (四十五年)
  御政務ニ御暇ナク緩々花モ御覧遊バサレザル間ニ散リ果テタルハ残念ナリト仰セ玉ヘリ

      花  散  風

うつろひし色を見せじと春風にちるや桜の心なるらむ     (十七年)
  心なるらむ 清キ精神ダラウ。

      落  在  多

吹く風は鄰の花もさそひきてわが庭白くなしてけるかな    (三十四年)

      暁  落  花

あり明の月しづかなる庭のおもにひとり乱れてちる桜かな   (二十一年)
  あり明 明方。庭のおも 庭ノ上。

      朝  落  花

今朝みれば若葉がちにぞなりにける花は木陰にちりたまりつゝ (三十一年)

      月 前 落 花

ちりかゝる花こそかをれ朧夜の月見そなはす君がみけしに   (三十四年)
  みけし 御衣。

さやかなる光をつゝむ春の夜の月にも見えてちる桜かな    (四十一年)

      雨 中 落 花

春雨の露ふきはらふ朝風にみだれあひてもちるさくらかな   (十五年)

うたげせし昨日の花と見えぬまでふる春雨にうつろひにけり  (三十一年)

      風 払 落 花

春風の吹上の庭のさくら花このもとにだにとまらざりけり   (十七年)
  吹上の庭 宮城ノ御苑ナリ、吹ハ春風ニモカヽレリ。このもと 木ノ下。

      落 花 浮 水

池水にちりかさなりて桜花のこる片枝のかげもうつらぬ    (同年)

      社 頭 落 花

春深きもりの神垣かぜたちてぬかづく袖にちるさくらかな   (二十三年)
  深き 春ト森トニカヽレリ。

      禁 庭 落 花

大君にまたれてさきし御園生の花も嵐はのがれざりけり    (十九年)

      山 家 落 花

友とみるわが山ざくら春風に散るこそあかぬわかれなりけれ  (十八年)
  あかぬわかれ 友ト花トニカヽレリ。

      旅 宿 落 花

一夜のみかりのやどりにちる花もをしむや人の心なるらむ   (同年)

      庭  落  花

ちりそめし花ひともとに山かげの庭の苔路はうづもれにけり  (二十年)

      落 花 満 庭

敷きわたすさゞれもけさは見えぬまではなちりつもる九重の庭 (十九年)
  さゞれ 小石。九重の庭 御所ノ庭。

      車 中 落 花

小車の右に左にちる花は惜しきものからおもしろきかな    (四十年)
  ものから モノナガラ。

      蝶

ふかみぐさかをるまがきの朝風に眠れる蝶も夢さますらむ   (十九年)
  ふかみぐさ 牡丹ノ和名。まがき 垣ノコト。

      若    鮎

おほみけにまづそなへむとこの春もわかゆくむらむ玉川の里  (二十二年)
  おほみけ 大御饌、御料。わかゆ 若鮎。くむらむ 捕ヘルダラウ。玉川の里 武蔵国ノ多摩川添ノ村。

      蛙

せきいれし苗代水のたることもしらで蛙の雨をこふらむ    (二十一年)
  せきいれし 他へ行クヲ止メテコチラへ入レタ。苗代 ナハシロ、稲ノ苗。
  堰キ入レテ水ハ充分ナルニ足ル事ヲ知ラヌ蛙ハ猶雨ヲ請ヘリ世ノ中ニハ之レニ似タルモノモアリト暗ニ戒メ玉ヘルナリ。

      夕    蛙

水ひかぬ庭にもすむか夕月夜かはづの声の近くきこゆる    (四十五年)

くれぬとてぬなはとる船こぎかへるみぞろが池に蛙鳴くなり  (三十一年)
  ぬなは 蓴菜。みぞろが池 山城ノ国上加茂ノ近クニアリ。

      月  前  蛙

夕月夜かすかに声のきこゆるはいづこの小田のかはづなるらむ (十九年)

      雨  中  蛙

雨そゝぐ田中の里の垣根道ふきの葉がくれかはづなくなり   (三十一年)
  田中の里 田ノ間ニ人家ノ散在セル所。垣根道 垣クロノ道。

      雨 夜 蛙

山吹の見えしあたりかいさゝ川くらき雨夜に蛙なくなる       (十九年)
  いさゝ川 細キ川。

      池   蛙

わが庭の池のかへる子身をかへてさゞれの上に飛ぶもありけり    (三十年)
  かへる子 オタマジヤクシ。身をかへて 最早蛙ノ形ニナツテ。

      苗   代

種まきていくかへにけむ道のべの苗代水のそこ青みたる       (十九年)

苗代の水田に花ぞうかびたる蒔きしゆだねは底にしづみて      (四十四年)
  ゆだね 斎種、稲ノ種。

      苗  代  水

すきかへし苗しろ小田に水ひけば菫の花ぞまづ浮びける       (三十六年)

      みそのゝ菜花を

さきつゞく畑のすゞなの花見れば御園のうちのこゝちこそせね    (十八年)

      菫

小山田のあぜにやすらふしづのめの花のむしろは菫なりけり     (十三年)
  花のむしろ 美シイ蓆ハ。

朝露のひるげをはこぶ里の子も菫つむなり野べの細道        (十七年)
  朝露の 枕詞。ひるげをはこぶ 野仕事セル人ニ昼弁当ヲ運ブ。

      摘   菫

手すさびに菫の花をつみてけりをさな心のなほうせずして      (三十四年)
  手すさび 手ナクサミ。をさな心 小供心。

      故 郷 菫

老松のうつぼとなれる内にさへすみれ花さく故郷の庭        (二十五年)
  うつぼ 朽チテ空虚トナレル所。

      庭   菫

里の子につませてしがなわが庭の芝生も見えすさける菫を      (十九年)
  てしがな 希望ノ語。
  御慈愛深キ御心ハ賤シキ子供ノ上ニマデ思ヲヤリ玉フ。

      蕨

いたゞきのましばおろしてしづのめも山松かげの蕨をるなり     (同年)
  いたゞきの 頭上ノ。ましば 真柴、燃料。しづのめ 京都ノ大原女ヲサシ玉ヘルナリ。

      山  路  蕨

土もまだはなれかねたるさわらびを山路のつとに折りてけるかな   (十二年)
  さわらび 蕨ノコト。つと ミヤゲ。

      ふ き の 花

昨日まで雪ものこりし山かげのたぎつ岩根に蕗のはなさく      (二十五年)
  たぎつ岩根 水ノ滝トオツル辺リノ岩の根モト。

      筍

あらがねの土をもたぐる竹の子の力にしるし千代の栄は       (四十二年)
  あらがね 枕詞。

      海 棠 帯 雨

よるの雨にうちしをれつゝ海棠の花のうらのみ見ゆる今朝かな    (十九年)

      杜    若

かきつばた橋の上よりをるばかり花さきみてる池のおもかな     (二十二年)

      白  牡  丹

深見草ましろにさくがあはれなりうつろひやすき色にならはで    (三十九年)
  うつろひやすき 色ノ変ジ易キ。

      雨 中 躑 躅

ふる雨にぬれて色こきつゝじ原おちたる花も下に見えつゝ      (十八年)

      庭  躑  躅

何となく山里めきぬわが庭の岩根のつゝじ花さきしより       (十九年)

      山     吹

池の面にちりし桜はかたよりてさやかにうつる山吹のはな      (三十五年)

      枕 上 山 吹

ぬるがうちに枕の塵となりにけりかけ花いけの山吹の花       (十九年)
  ぬるがうちに 寝テ居ル内ニ。

      折  藤  花

春の日の長きしなひをえらぶかな君に捧けむ藤なみのはな      (三十九年)
  春の日 枕詞。しなひ 藤ノ花房ヲサシ玉ヘルナリ。藤なみのはな 藤ノ花ノコト。
      藤 花 随 風

みる人の袖もひとつに春風のふきひるがへす藤なみの花       (十七年)

      藤 花 映 水

波たゝぬ池のそこにも藤の花うつろふかげはうちゆらぎつゝ     (十八年)
  うつろふ 映ル。

      山  家  藤

おもしろく藤の花さけりわが山の松にいはほにはひまとひつゝ    (三十九年)

      池  上  藤

池のおもに影こそうつれ船小屋の上までかゝる藤波のはな       (四十三年)

      藤  花  散

春風になびく/\とみしほどに庭にちりしく藤波のはな       (十七年)

      暮     春

なにごともなごりある世を桜花さそひつくしてくるゝはるかな    (十五年)

      暮  春  雨

かさなれる蕗の広葉に音たてゝふる雨さびし春のくれがた      (三十二年)

      暮  春  里

花の時はやすぎぬらし干蕨うる家見ゆる山ばなのさと        (四十三年)
  山ばなのさと 山城ノ国八瀬大原へノ途中ニアル村。

      田 家 暮 春

小山田の里の垣根の春深みしろくなりぬる山ぶきのはな       (四十四年)
  しろくなりぬる 色ガアセテ白クナツタ。

      暮  春  蕨

桜ちる岡のさわらび春たけてをざゝが上にぬけいでにけり      (三十二年)
  春たけて 春ガ深クナツテ。をざゝ 笹ノコト。

      春  天  象

かきねよりあがる雲雀も見えぬまで日影ののどかに霞む空かな    (二十一年)

うら/\と霞わたりて天つ日のかげもまばゆく見えぬそらかな    (二十二年)
  うら/\ 穏ニ心地ヨク。

      春     花

花見つゝみうまや近く来にけらしおぼろ月夜に駒のいばゆる     (十九年)
  いばゆる イナゝクコト。
  当時ノ仮御所赤坂離宮ハ御内庭ニ接シテ御廐アリ春夜御逍遥ノ御実感ト拝ス。

      春     風

うちなびく柳のいとのかたよりに吹くかたしるき春の夕風      (十五年)
  うちなびく うちハ添ヘタル詞。かたより 一方ニ寄ル、糸ノ縁語。

      春  山  家

梅の花とふ人のため山ずみのむしろのちりもうちはらふらむ     (十七年)

      春  動  物

大君のいでましまつと花かげにいなゝく駒のこゑののどけさ     (十八年)

      春     車

車ひく人のつかれを思ふかな花をたづぬる道のとほさに       (二十三年)
  賤シキ者ノ上ニ常ニ御心ヲ垂レ玉フ畏サ。

      江 上 春 興

花のもとやなぎのかげに舟よせてあそぶ入江の春ののどけさ    (十八年)

      園 中 春 遊

遠くゆくわづらひなしに御園生の若菜つむこそ楽しかりけれ     (十七年)
  わづらひ 煩維、苦労。

      春     衣

をとめ子が春の衣ぞうつくしき柳さくらをぬひものにして      (三十四年)

      おほせごとによりて

大宮の軒端の雪も春雨のしづくとゝもにおつるよはかな       (十六年)

      八王子の御猟場より帰らせ玉ひける日狩場雪といふことをよませたまひけるに

兎とる網にも雪のかゝる日にぬれしみけしを思ひこそやれ      (十七年)

      おなじをり深山鶯といふことを

春もまださむきみやまの鶯はみゆきまちてや鳴きはじめけむ     (同年)
  みやま 深山ナレドタヾ山ニモイフ。

      三月ばかり大きさいの宮にしたがひまつりて杉田の梅見むといでたちけるに雨いみじうふりければ

御恵の雨とはしれど小車のすゝみかねたる今日のみちかな      (同年)
  大きさいの宮 英照皇太后ノ御事。杉田 横浜近郊梅ノ名所。御恵の雨 皇太后陛下ト御同列ナレバ雨ヲ形容シ玉ヘルナリ。

      笹下村といふところにやすらひて

笹の葉に雨うちしぶくおと寒みとざしこめたる宿のいぶせさ     (同年)
  しぶく 飛沫、トバシル。いぶせさ 欝陶シサ。

      風さへそひて汽車の内もいとさむうおぼえけるに

かち人の道のぬかりをふむ見ればしづ心なき今日の雨かな      (同年)
  かち人 歩行スル人。ぬかり 泥濘。しづ心 落付。
  コレモ御慈心ヨリ迸レル御歌ナリ。

      騎兵のいさましげなるを見て

ふりしきる雨にたゆまず駒はせてみさきつかふる丈夫のとも     (同年)
  たゆまず 屈セズ。みさき 御先駆。丈夫のとも マスラヲ、騎兵ヲサシ玉ヘリ。

   右四首ハ杉田へ行啓ノ折ニ遊バサレシナリ。

      小金井にて

大君のふかきめぐみに小金井の花の盛も今日見つるかな       (十三年)
  大君ノ深キ御情ニヨリ小金井ノ花ノ盛ヲ見得ラレタリト御恩ヲ謝シ玉ヘルナリ。

      洗心亭にて

おくれたる梢も見えてみそのふの花の盛はひさしかりけり      (同年)
  洗心亭 赤坂仮御所御苑内ノ亭ノ名。

      浜殿にものしけるをり雨いさゝかふりければ

春雨のふる葉まじりの芝草をかきわけてつむつく/゛\しかな    (十四年)

      浜殿より海をみわたして

しづかなる春の海原ゆく舟は波の上ともおもはざるらむ       (十五年)

      おなじ折人々のつみためたる草のいと多かりけるを見て

皆人のひとつ心につむ時は小草も山となる世なりけり        (同年)
 大事モ協力シテナサバナシ得ラルトノ意ヲ教ヘ玉ヘルナリ。

      御園の流のかれ/゛\になりたるをいかでといぶかりしに苗代にひきたるなりとのたまはせければ

いかばかり嬉しかるらむ許されてみかはの水を小田にひく日は    (三十年)
  みかは 御溝。
  御恩恵ニ浴スル農民ノ上ヲ思召シタル京都行幸啓ノ折ノ御歌ナリ。

      風のみこゝちにてまし/\けるころ

あやにくにをすたれこめて見まさぬが惜しき今年の花ざかりかな   (三十年)
  廿一年ノ梅花盛ノ御歌ト同ジ御感慨ニシテ御心情ヲ拝察スレバ自ラ涙ノ催サレヌ。

      をりにふれて

ゆきて見むものならなくに嵐山花のたよりのまたれぬるかな     (十七年)
  ものならなくに モノデナイノニ。

御園よりをりてかへりし桜花おまへの瓶にまづぞさしてむ      (二十五年)

つみためてたてまつらむと思ひしを若葉のうへに春雨ぞふる    (三十二年)
  繁キ御政務ニ大御心ノ疲レ玉ハン事ヲ思召シ御慰安ヲ計ラセ玉フ御貞淑ノ程伺ハレテ畏シ。

風ごゝちおこたりはてゝうれしくも花の木陰にあそぶ今日かな    (三十一年)
  風ごゝち 風邪。おこたりはてゝ 全快シテ。



夏  の  部

      首  夏  鳥

いろづける桜の実をやあさるらむ若葉がくれに烏なくなり (十七年)
  いろづける 熟シタル。あさる モトムル。

      首  夏  鶯
夏木立しげる御園に聞ゆなり昨日の春のうぐひすのこゑ       (三十六年)
  夏木立 若葉ニ茂ツテ居ル木ノ多キ所。昨日の春 過キ去ツタ春。

      更     衣
夏ごろもたちゐもかろき宮人のすゞしのそでにあさ風ぞふく     (十二年)
  すゞし 薄キ生絹ノ衣。

ぬきかへて寒しと思ふ夏衣わかき人には涼しかるらむ        (三十九年)
  漸ク御老境ニ入リ玉ヒシ御実感ナルベシ。

      残     鶯
鶯の青葉にまよふこゑすなりみ山ざくらも散りやはてけむ      (十三年)
  青葉にまよふ 春トハ様子ガ違フ故ニ迷フ。

      田 家 卯 花
若竹もおひまじりたる杉垣に卯花さけり小山田のさと        (三十五年)

      新     樹
うすくこく緑かさなる山かげにしろきや樫のわか葉なるらむ     (十三年)

山かげの庵のめぐりのかなめ垣若葉も花と見ゆるころかな      (三十四年)
  かなめ 新芽ノ赤ク美シキ木、モチノ木ノ一種。

      新 樹 妨 月
わか緑茂りあひたる木の間より星かと見ゆる月の凉しさ       (四十二年)

      新  樹  露
若菜さすかげなつかしきにはとこの枝にあまりて露ぞこぼるゝ    (三十四年)

      社 頭 新 樹
なきそむる蝉の小川にかげ見えて若葉さしそふ加茂の神垣      (十二年)
  なきそむる 添ヘテ置キ玉ヘル語ナリ。蝉の小川 京都下加茂神社ノ境内ニアル清流。

      雨 中 新 竹
ふりしきる雨にたわみて若竹もよのうきふしをしりやそむらむ    (三十一年)
  たわむ 曲ツテ。うきふし 苦労、竹ノ縁語。

      葵
神山の二葉の葵大前のをすにかけしはむかしなりけり        (三十五年)
  神山 山城国加茂神社ノ山。大前 御座所ノ前。
  加茂神社ノ葵祭ハみあれトモ北祭トモ云ヒテ祭日ニハ葵ノ葉ヲ衣冠ニ附シ又社前ヲ飾ル故ニ名アリ名高キ祭ニテ維新後一時中絶セシモ其ノ後御再興シ玉ヒ毎年五月十五日ニ行ハレ勅使参向頗ル盛儀ナリ。

      待  時  鳥
時烏まつもわりなし鶯の声まだのこる山かげにして         (十七年)
 わりなし 役ニ立タヌ。鶯のこゑまだのこる 鶯ハ春ノモノナレバ残ルトイフナリ。
       時     鳥
おもはずも琴ひきさして時鳥声するかたの月を見しかな       (二十二年)

      初  時  鳥
時鳥はつこゑきゝしうれしさに思はず人もよびてけるかな      (同年)

さやかにもきこしめせとか玉くしげ二声なきしはつ時鳥      (四十一年)
  玉くしげ 枕詞。

      近  時  鳥
昨日かもかりがねきゝし大空のみほりの上になくほとゝぎす     (二十六年)
  昨日かも 昨日デアツタカ。かりがね 雁ノ声、今ハタヾ雁ノコトニモ使フ。

      郭 公 一 声
わが君はきこしめさずや時鳥みはしに近きいまの一こゑ       (二十三年)

時鳥なく一声に大前のみものがたりもしばしやみぬる        (三十九[)
  みものがたり 御談話。

      時 鳥 数 声
時鳥三声四声はかぞへしをあまりしげくも鳴くこよひかな      (三十三年)

      時  鳥  稀
天づたふ日枝の祭もすぎぬれどなく音まれなる時鳥かな       (二十五年)
  天づたふ 枕詞。日枝の祭 東京麹町日技神社ノ祭ニシテ江戸時代ニハ殊二有名ナリキ。

      時  鳥  遍
山遠き都のそらをほとゝぎす今日もいくたびなきわたるらむ     (二十年)

      心地そこなひて籠りける頃時鳥のはじめて鳴きけるよしきゝて
大前にさぶらひたらば時鳥人づてならできかましものを       (二十五年)
  さぶらひたらば 侍シタラバ。人づて 伝言。きかましものを キイタラウニ。

      東北御巡幸のほど郭公といふことを
みちのくに鳴きてやゆきし時鳥ことしは声のすくなかりけり     (九年)
  みちのく 奥州、陸奥ノ辺ヲサス。
  御自ラ陛下ヲ御慕ヒ遊バスト同様時鳥モ御慕ヒ申シ扈従セシヤト御感慨ヲ述ベ玉ヘルナリ。

      早  苗  多
みるかぎり植ゑわたせどもあぜ道に猶束ねたる苗は残れり      (四十年)

      夜     橘
なつかしく軒の橘かをるなり星ひとつだに見えぬ雨夜に       (四十三年)

      梅  雨  近
黒髪のさみだれちかみ朝窓をあけてもくらし空のくもりて      (同年)
  黒髪の 枕詞。

      梅  雨  久
かぎりありて終にはれなむ梅雨の空とも見えぬ昨日今日かな     (十二年)

ながゝらむものとしりつゝ梅雨の今日も降るよといはぬ日ぞなき   (二十年)
  梅雨ハ長キモノト知リツヽ今日モ降ルヨト云ハザル日ナシ実ニ気儘ナルカナト御身ニ寄セテ戒メ玉へルナリ。

      梅  雨  晴
かぎりなくたち重りし雨雲も晴るれば晴るゝみなづきの空      (十八年)
  みなづき 陰暦六月ノ異名。

      蛍
てる月に雲のかゝるもいとはぬは蛍見る夜の心なりけり       (三十六年)

      民の捧げたる蛍とて八王子の行在所よりたまひければ
さびしさもしばし忘れてみるものは御前になれし蛍なりけり     (十三年)
  畏ケレドモ御夫婦ノ御情愛ノ崇高ナル様が伺ハレテ辱シ。

      蛍をおこせける人に
言の葉の露のそはぬがをしきかな蛍のかげは凉しけれども      (三十一年)
  言の葉の露 歌ノコトヲ縁語ニテ美シク云ヒ玉ヘルナリ。

      吹上のみそのにて内豎のほたるがりするを見て
君がためしぶきにぬれて宮人もたぎつ岩根の蛍おふなり       (二十三年)
  内豎 天皇陛下ノ側近二奉仕スル少年。

      夏     月
わが影もさやかに見えてまさこぢの月夜凉しき庭のおもかな     (三十一年)
  まさこぢ 砂路。

      夏  月  凉
わが庭の涼しき月に更しけりそゝのかされて閨に入るまで      (四十三年)
  そゝのかされて 催促サレテ。

      夏 月 映 水
しげりあふ梢うつりて照る月のやどりはせばし庭の池水       (四十年)
  やどりはせばし 映ル所ガ狭イ。

      野  夏  月
露むすぶ真野のはらの月ふけてしのび/\に虫もなくなり      (十八年)

      田 家 夏 月
草とりし昼のあつさもわするらむ門田の月にすゞむ里人       (二十一年)

      窓 前 夏 月
夕月夜さすにまかせてともし火もかゞけぬ窓のうちぞすゞしき   (二十七年)

      夏  草  滋
夏ふかみしげり/\てしづ枝にもたちおよびけり松の下草      (二十二年)
  しづ枝 下枝。

      路  夏  草
葉になりてしげる蕨に昼顔の花もかゝれり山のした道        (三十三年)

      野 徑 夏 草
草ふかき夏野の原も人のゆく道ひとすぢは埋もれずして       (十八年)
  草ノ高ク茂レル野路ヲ人ノ通行スルヲ御覧遊バサレテノ御感想ニシテ神ナガラナル人ノ正道モ之ニ同ジク如何ニ悪草繁茂ストモ埋レザルモノナリトノ御偶意ヲ含マセ玉ヘルナリ

      撫     子
枕辺のかめにさしたる撫子や夢のこてふのやどりなるらむ      (二十年)
  夢のこてふ 夢ニ見タル蝶。

      野  撫  子
いとほしく思はるゝかな刈りて干す夏野の草に交るなでしこ     (四十三年)
  いとほしく カアイソウニ。
  御慈愛ノ露ハ草木ノ上ニマデ漑ガセ玉ヘり。

      故 郷 撫 子
ふるさとの友のかきねに咲きにけり昔みざりし撫子の花       (二十年)
  旧友ニハ子供ノ出来タリト撫子ノ名ニヨリ御感想ヲ述べ玉ヘルナリ。

      百     合
夏草のしげみがなかに交れどもなほしなたかし姫百合の花      (同年)
  しなたかし 品位ガ高イ。姫百合 百合ノ一種ノ名ナレドモ美シク云ハン科ナリ。

      紫  陽  花
何れをかまことの色と定むべき日ごとにかはるあぢさゐの花     (三十四年)

      蓮     露
たなぞこの玉おもほえて風たえし池の蓮に露のたまれる       (三十三年)
  たなぞこ 掌中。おもほえて 思ハレテ。蓮 ハチス。

      池     蓮
みそのふの池の蓮葉けふみれば橋より高くなりにけるかな      (十二年)

忘れては水なき池とおもふまではちすの浮葉しげりあひにけり    (二十七年)

      茄     子
園守がうゑし垣根の初茄子おものとすべくなりにけるかな      (二十五年)
  おもの 天皇ノ召上ル御料。

       小笠原島の西瓜とて人のおこせければ
御車のかへまります日の近からばまちても君にさゝげむものを    (十三年)
  此年六月ヨリ七月ニカケ大帝西国御巡幸ノコトアリキ。

      蝉
たえまなく梢にせみのこゑすなりかはる/゛\や来つゝ鳴くらむ   (二十年)

木の間にもあつき日かげやさしくらむ軒にうつりて蝉のなくなる   (二十五年)

      朝     蝉
実になれる桃の林の葉がくれにあした凉しく蝉の鳴くなり      (四十三年)
  あした 朝ノコト。

      雨  後  蝉
夕立の露ふきはらふ松風におちくる蝉のこゑのすゞしさ       (二十三年)
  おちくる 一時ニ勢ヒヨク聞エ来ルヲイフ。

      山  路  蝉
日ざかりは木こりも夢やむすぶらむ山路は蝉の声のみぞする     (二十年)
  木こり 樵夫。

      曝     書
よきほどに風の通ひてうれしきはとうでし書をほす日なりけり    (四十年)
  とうでし 取出セシ。

      扇
うすものゝとばりの内も暑ければ扇ならさぬ夜はなかりけり     (二十一年)
  とばり 御几帳。扇ならさぬ 扇ツカハヌ。

      待  夕  立
黒雲のいぬゐの方にこる見れば今日は降るべし夕立の雨       (四十一年)
  いぬゐの方 西北ノ方。こる カタマル、厚イノヲ。

      夕     立
軒ふかきこの大宮のうちまでもうちしぶくなり夕立のあめ      (三十一年)

      夕  立  晴
夕立は晴れにけらしもとざしたる窓のひまより日影さすなり     (二十一年)
  にけらしも タラシイ。ひま 間。

      里  夕  立
つみのこす桑の林に風たちて夕立すなり富岡のさと         (十八年)
  富岡のさと 上野国養蚕製糸ノ盛ナル所、往年英照皇太后ト御同列ニ行啓アリタリ。
      行 路 夕 立
人ごゑも聞えぬほどの夕立に大路も川となりにけるかな       (二十一年)

      海 上 夕 立
富士の根は雲にかくれてくらざはの沖ゆく船にかゝる夕立      (二十七年)
  くらざはの沖 駿河国興津附近。

      船 中 夕 立
心ざす港は遠き波の上にかみさへなりてゆふだちぞふる       (三十一年)
  かみさへなりて 雷サヘナツテ。

      深  山  泉
夏ふかき山のかげこそ涼しけれおもはぬかたに水もながれて     (同年)
  ふかき 夏ト山ト双方ニカヽレリ。

      納     凉
夕月夜柳のかげに床おきて門すゞみする人もありけり        (二十二年)
  床おきて ユカ、腰掛。

      夕  納  凉
夕されば凉みがてらにめぐりけり珍しからぬ庭のかきねを      (二十五年)
  夕されば 夕ニナレバ。

      樹 陰 納 凉
蝉のこゑあつくきこえし松陰もすゞみどころとなるゆふべかな    (二十一年)

      仰ごとによりて夏夜凉といふことを
軒たかくかけし燈火おろすまで夜風すゞしくふき渡るなり      (二十五年)
  かけし燈火 軒提灯。

      夏     日
大宮の軒の白かべてらす日の光をみてもあつき今日かな       (三十九年)

      夏 日 待 風
たへがたきもやの暑さにはし近くいづれど風のふかぬ今日かな    (四十一年)
  もや 母家、居間。はし近く 椽瑞近く。

      夏     川
吹きわたる岸の柳の風うけて里の小川に瓜あらふ見ゆ        (四十四年)

      夏  田  家
こがひする家としられてふくるまで火かげぞ見ゆる小山田の里    (二十一年)
  こがひ 養蚕。火かげ ホカデ 燈火ノ光。

      夏     花
さみだれのはれし梢をふく風にけさもこぼるゝ山柿の花       (二十一年)

      夏  人  事
いかばかり苦しかるらむ日盛に水まき車ひきめぐる人        (三十三年)
  御慈愛深キ御心ヨリ労働者ノ上ニ御同情ノ目ヲ走セ玉フナリ。

      夏     馬
風かよふせどの木陰につながれて草はむ馬や凉しかるらむ      (三十一年)
  せど 家ノ裏ノ方。

      夏     虫
夏草のふかさしられてともし火により来る虫も多きやどかな    (十八年)

      夏     車
かげもなき夏野の道を日ざかりに車ひきゆく人もありけり      (二十三年)
  之レモ前ノ夏人事卜同様ナリ。

      夏     心
おほかたは夏のこゝろになりぬらむちりにし花をいふ人のなき    (十七年)
  夏の心 夏ノ気分。

      みちのくヘ行幸まし/\ける頃夏遠情といふことを
国のためいでます御代の夏にあひて青人草もいやしげるらむ     (九年)
  青人草 人民ノコト。
  大帝ノ御巡幸遊バサルヽ聖代ニ遭ヒテノ人民ハ御恵ノ露ニ潤ヒ一層繁栄スルナラント祝シテ詠ジ玉ヘルナリ。

      御苑にて人々梅の実を拾ひきほふを見てたはぶれに
新衣袖せばければ青梅の実のひとつだにつゝみかねつゝ       (二十三年)
  新衣 ニヒゴロモ、洋服ヲサシ玉ヘルナリ。

      花あやめを人のたてまつりけるに
鉢ながら見しにまされり花あやめみ池の水に移しうゝれば      (三十年)

      折 に ふ れ て
すだく蚊の声いぶせしとおぼすらむ軒端をぐらき仮の宮居に     (十三年)
  すだく 多ク集ル。

みいたづきやすめ玉へる仮宮もいかにいぶせき所なるらむ      (同年)
  みいたづき 御不例、御病気。
  前ハ御旅行中ノ御難儀、後ハ同ジク御病気ヲ偲ビ玉ヒ彼是ト思ヒヲ走セ玉フ御貞淑ノ御心畏シ。



    秋  の  部

      初  秋  月
蚊遣火のけぶりはきえぬ軒端にも秋の光を見する月かな       (二十三年)

      初  秋  扇
人皆の手にならされてよの秋を扇はいまだ知らずやあるらむ     (三十四年)
  よの秋 世間ノ秋、秋ニナツタコトヲ。

      山 家 早 秋
山賤がせどのもろこし実になりてはやあき嵐のふくゆふべかな    (四十二年)
  山賤 ヤマガツ 樵夫。

      秋のはじめつかた御田のほとりにて
夕露のおくての稲葉そよぐなり穂にこそいでね秋やしるらむ     (十三年)
  夕露 枕詞。おくて 晩稲。そよぐ 靡ク。

      早     涼
白妙の麻のふすまのひやゝかにおもほゆるまでなれる秋かな     (二十六年)
  白妙の シロタヘ、白色ノ。ふすま 夜具。おもほゆる 感ズル。

      七    夕
天の川星のあふせをそらごとゝ子らもいふまで世はひら●(一字欠。「け」カ)ゝり (二十二年)
  天の川 夏ヨリ秋ニカケテ川ノ如ク見エル星ノ集団。あふせ 逢フコト。そらごと 虚言。

      朝     顔
はれわたる空の色にもまさりけり雲ゐの庭の朝顔の花        (十五年)

朝ごとに花さきながらあさがほの下葉は早くうつろひにけり     (二十二年)

朝顔の花見むためにうれしきは窓の日影の曇るなりけり       (四十四年)

      朝  顔  露
ゆふぐれのあはれはしらぬ朝がほの花しもなどか露けかるらむ (十二年)
  あはれ 悲哀。花しも しハ添ヘタル詞。などか ドウシテ。露け シメツポイ。

      露  底  槿
あすさかむ花のつぼみは葉菓がくれて露のみ見ゆる庭の朝顔     (二十年)

      鄰  家  槿
鄰より来て見るばかり中垣のこなたにさける朝顔のはな       (二十七年)

      垣  朝  顔
袖垣にさく朝顔のはなを見て髪くしけづるときのおくれぬ      (二十一年)
  袖垣 低ク取リ付ケタル垣。くしけづる 髪ヲトクコト。

      翫     槿
時のまにしぼむを惜しと水瓶にうかべてぞ見る朝顔の花       (十九年)

      海  辺  萩
舟ゑひのこゝちもさめて秋風になびく磯やの萩を見るかな      (二十六年)

      故  郷  萩
ちかゝらばゆきて見ましを故郷の垣根の真萩咲くといふなり     (十九年)
  真萩 マハギ、萩ニ同ジ。
  京都ノコトハ常ニ忘レ玉ハズ懐シク思召セバ時ニ触レ御歌ニ表ハルヽナリ。

      萩     盛
さかりぞと垣根にいでゝ見る萩の陰に散りたる花もありけり     (四十二年)

      折     萩
わが庭にさくも同じき花ながら折りてぞ帰る野べの秋萩      (二十二年)
  人情ノ微ヲ能ク捉ヘテ詠ジ玉ヘリ。

      萩  如  錦
大宮のおりどの近くさきいでゝ錦にまがふあきはぎのはな      (二十一年)
  おりどの 織殿。錦にまがふ 錦ニ間違フ、織殿ニ対シテ取合セ玉ヘルナリ。

      御巡幸まし/\し年の又の秋萩のさかりなるを見て
うれしくもともにみそのゝ萩が花こぞはさびしき盛なりしを     (十六年)
  年の又の秋 翌年の秋。みその みハ見ト御ト双方ニ通ズ。こぞ 去年。
  去年ハ独御留守居ノ淋シサヲカコチ玉ヒシニ引替今秋ハ共ニ御覧遊バサルヽ御楽シサノ拝察セラレテ畏シ。

      薄 未 出 穂
望の夜の近づくまゝにまたるゝは庭の薄の初穂なりけり       (三十八年)
  望の夜 八月十五日ノ夜。

      薄     風
わが庭のしらふの薄しらぬまに穂にあらはれて秋風ぞふく      (三十四年)
  しらふ 白斑。しらぬまに 白斑ノ薄知ラヌ間ニト辞ヲ重ネ玉ヒシ所ニ御手練ノ程伺ハル。

      盆栽の薄にそへて小池道子よりいでましのまれなる秋にあひてこそなどきこえければ
わがために移しうゑたる真心のほにあらはれて見ゆる秋かな     (二十二年)
  ほにあらはれて アラハニ見エテ、薄ノ縁語ニテシカ云ヒ玉ヘルナリ。

      女  郎  花
手ずさびに折られざらなむ女郎花人のゆき来の岡にさくとも     (二十三年)
  ざらなむ 希望スル語。ゆき来の岡 大和国ニアリ、人ノ往来トカヽレルナリ。

      苅     萱
総角のとがまのがれし苅萱も秋の霜には枯れんとすらむ       (十四年)
  総角 アゲマキ、子供ノコト。とがま 鋭鎌ニテ鎌ノコト。

色も香もなきものながら七草の数にはもれぬ野辺のかるかや     (十六年)

      故 郷 秋 草
むかしわが野をうらやみて植ゑおきし苅萱いかに茂りあふらむ    (十九年)

      草  花  盛
御馬には何をかふらむ秋の野の草はみながら花さきにけり      (十二年)
  かふらむ 秣トシテ食ハスルカ。みながら 全部。
  御貞淑ノ御心深キ一物ヲ御覧遊バシテモ直ニ大君ノ上ノ事ニ及ビ玉フ畏サ。

      草 花 色 々
七くさにかずまへられぬ花までも色をつくしてにほふ野辺かな    (二十九年)
  かずまへられぬ 加へラレヌ。

      虫
秋草の花のまがきの虫の声思ありとはきこえざりけり        (四十四年)
  思ありとは 悲キ思アリトハ。

      鈴     虫
八千草の花のまがきの夕露に籠より放ちし鈴むしのなく       (同年)
  八千草 秋花咲種々ノ草。籠 こトヨム。
  御慈心深ク籠ヨリ放チ玉ヒシ虫ノ嬉シゲニ鳴クヲ聞召シテ喜ビ玉フ。

      松     虫
ふせごよりのがれいでけむ玉敷の庭にもこよひ松虫のなく      (十九年)
  ふせご 籠。玉敷の庭 御所ノ庭。

      月  前  虫
籠の内をいでゝなくとやおもふらむ月すむよはの鈴虫のこゑ     (十七年)

      鄰  家  虫
月を見し人もふしどに入りぬらむ鄰は虫のこゑのみぞする     (十九年)
  ふしど 臥所。

      虫  声  遠
虫の音ぞ遠くきこゆる小柴垣幾重へだつる庭になくらむ       (二十七年)
  小柴垣 コシバカキ、木ノ技等ヲ結ビテ造リタル垣。

      聞     虫
大前にさぶらひながら聞きてけり御門の原になく虫のこゑ       (三十六年)
  御門の原 ミカドノハラ、宮城ノ御門前の広場。

      雁  初  来
めづらしとおまへのみすをあぐる間に遠ざかりけり初雁の声      (二十二年)

      風  前  雁
山はたのそばの花ふく秋風にみだれておつる雁も見えつゝ       (同年)
  おつる オリクル。

      夜     雁
三日月はとく入りはてゝ星のかげつらなる客を雁なきわたる      (二十五年)

      雨  中  雁
きり雨にくもりて見ゆる岡の辺の松原遠く雁なきわたる        (三十一年)
  きり雨 キリサメ、小雨。

      湖  上  雁
紅葉鮒つりにといでし海士小舟かへる堅田に雁なきわたる       (同年)
  紅葉鮒 琵琶湖ニテ秋冬ニカケ漁スル鮒。海士小舟 漁士ノ舟。堅田 近江八景ノ一。

      雁  過  湊
碇おろす湊の波に月ふけて船の上ちかく渡るかりがね         (十四年)
  かりがね 雁ニ同ジ。

      雁  声  近
夕日さす窓につばさのうつるまでわがのき近く雁なきわたる      (四十一年)

      秋     夕
千草さす御垣の内も夕暮の秋のあはれはへだてざりけり        (十三年)

      山 居 秋 夕
言の葉の道しる人にわが山の秋のゆふべをとはせてしがな      (二十年)
  言の葉の道しる人 歌ニ堪能ナル人。

      秋     風
わが袖の上にしられぬ秋風も賤のはだへやふきとほすらむ       (十二年)
  秋風ノ寒クナルニ付ケ物足ラヌ民ノ上ニ思ヲ寄セ玉フ畏サナカ/\ニ身ニシミ奉ル。

      月 前 秋 風
秋の夜の風ひやゝかになりにけり月も簾越に見そなはすまで     (四十二年)

      秋 風 満 野
ひとかたに萩も薄も靡くなり野をつくしてや風の吹くらむ       (二十九年)
  ひとかた 一方ニ。野をつくしてや 野一面ニ。

      里  秋  風
さむしろにほしたる粟もちるばかりあらしふくなり小山田の里     (三十八年)
  さむしろ 筵ニ同ジ。

      秋 風 入 簾
玉すだれおろしこめたる大宮のうちまで寒き秋風ぞふく        (二十一年)

玉だれのをすのひまもる風寒しみはしの松は霧にしめりて       (四十二年)

      野  分  朝
夜のほどの野分の風のあと見えてすのこの上に萩のちりたる      (三十三年)
  野分 暴風。すのこ 簀ノ子、間ヲ少シツヽアケテ細キ板ヲ横ニ打チタル椽。

枝ながら栗の実おちて夜のほどの野分のなごりしるき今朝かな     (三十六年)
 なごり 様子。しるき ヨクシレル。

      夕     鶉
山畑の粟のたり穂の露ちりてゆふぐれさむく鶉なくなり        (十九年)
  たり穂 垂穂。

      山  家  鹿
わびしとていかゞはすべき我山にもとより住めるさをしかの声     (十二年)
  わびしとて コヽニテハ淋シトテ。もとより 以前ヨリ。さをしか 牡鹿。

山守におはれやしけむわが庭の薄がくれに鹿のたつ見ゆ        (三十三年)

      霧
かり宮のありとも見えず代々幡の里の杉むら霧ぞこめたる       (三十五年)
  代々幡の里 明治神宮神域附近一帯ノ地、今モ明治神宮社務所ニ隣セル一廓ニ仮宮御保存アリ。

      暁     霧
きりこめて暁くらし玉川のせぎりの水のおとばかりして        (十九年)
  せぎりの水 瀬ヲ押切リテ行ク水。

有明の月をのこしてつらなれる山みな霧にかくろひにけり       (三十一年)
 かくろひ カクレル。

      夕     霧
軒にほす新綿はやくとりいれよ夕霧たちぬ山本のさと         (二十四年)
  御細心ニ渉ラセラルレバ斯ル御歌モ出来玉フナリ。

      河  上  霧
秋寒きみたけおろしに朝霞もながれてくだる木曾の山川        (四十二年)
  みたけおろし 信濃ノ御獄山ヨリ吹キ下ス風。

      霧  隔  舟
島陰になるかとみればあま小舟霧の内よりあらはれにけり       (二十九年)

       仰ごとによりて月前霧を
さぎりたつ今宵も月のさやけきは君が御影のそへばなりけり      (十六年)
  さぎり 霜ニ同ジ。
  露ノ立テドモ月光ノ清キハ陛下ノ御威光ノ添ヘバナリト頌シ玉へルナリ。

      駒     迎
君が為こまむかへむと司人ことしもゆくか千葉のみまきに       (三十四年)
  こまむかへ 往昔八月十五日ノ夜ニ左馬寮ノ使東国ノ御牧ヨリ駒ヲ奉ルヲ迎ヘテ帰ルヲイヒ、年中行事ノ一ナリ。司人 役人。千葉のみまき 下総ノ国ノ御料牧場。

      十 五 夜 月
いそのかみふるき暦は見ざれども秋のもなかぞ月にしらるゝ      (三十一年)
  いそのかみ 枕詞。ふるき暦 旧暦。秋のもなか 秋ノ最中、即八月十五夜。
      月の明かなりける夜

むらぎもの心にかゝる雲もなき今宵ぞ月はみるべかりける       (二十四年)
  むらざも 枕詞。心にかゝる雲 心配。

      雲  間  月
浮雲のたえま/\をもる月のかげみるほどに夜はふけにけり      (十四年)
  浮雲 タヾヨツテ居ル雲、邪魔ニナル雲。

      岡     月
山雀のなくこゑたえしわが岡のくるみの枝に月ぞかゝれる       (二十六年)
  山雀 ヤマガラ。くるみ 胡桃。

      市     月
かりそめの露の上にもやどるらむ植木の市の秋の夜の月        (十三年)
  かりそめの 一時ノ。

      海  上  月
夕汐のみちたる月にわたの原ふたゝび見ゆる沖のつりぶね       (十五年)
  わたの原 海ノコト。つりぶね 魚釣舟。

梓弓やしまの外もみゆばかり波路さやかにてらす月かな        (二十二年)
  梓弓 枕詞。波路 海ノコト。

和田の原波路さやけき月影に鵜のゐる岩も見ゆるよはかな       (二十七年)

釣人は磯にのぼりて沖中に月のふねのみうかぶよはかな        (二十九年)
  月のふね 半月ガ舟ノ形ニ似テ居レバ云ヘリ。

      月 照 海 上
海ごしの山のはつかにみえそめて波まに匂ふ月のかげかな       (十六年)
  はつか ホノカニ。

      浦     月
秋の夜のなが浦とほくてる月に今日おろしつる船も見えつゝ      (二十一年)
  なが浦 相模ノ国、ながハ秋ノ夜ニモカヽレリ。

      波のうへの月
凉みせし軒にもかげのさしぬらむ沼津の海の波の上の月        (大正二年)
  幾度トナキ行啓ニ御親ミアル沼津ノ風光ヲ追憶シ玉へルナリ。

      月 照 滝 水
箱根山このまの月のかげふけていよ/\白し白糸の滝         (十六年)
  箱根山 相模国。白糸の滝 箱根山中ノ滝ノ名。

      禁  中  月
大宮の軒ふかけれどおましまでさしわたりたる月のかげかな      (二十四年)

大前の玉のすだれもおろさせむ月の夜風の寒くなりぬる        (三十四年)
 共ニ月ヲ賞シ玉ヒナガラモ御心ヲ大君ノ御上ニ注ギ玉フ御貞淑ノ程畏シ。

      隣  家  月
わが庭もやみならなくに月見むと隣のやどを訪ひてけるかな      (十六年)

隣にて月見るよはゝわが庭の松のすがたもめづらしきかな       (十八年)

      園  中  月
端近くおましうつしてみそなはす御園の月のかげのさやけさ      (二十五年)

      簾  外  月
老が身は風をいとひて玉だれの簾越にのみも月を見るかな       (四十四年)

      机  上  月
わが窓の机の上にさし入りて蒔絵の竹をてらす月かな         (三十九年)

      月  前  雲
さはるかと思ひし雲のうれしくも月のあたりを離れけるかな      (三十三年)

      月  前  里
てる月に白く見ゆるや里人の葺きあらためし藁屋なるらむ       (十八年)

      月  前  島
てる月のそれとしさしては見すれども猶ほのかなり伊豆の大島     (十三年)
 ほのか ボンヤリ。

      月  前  松
枝しげき影のうつりて月の夜も木のもとくらし庭の老松        (十八年)

      月 前 松 風
いつとなく秋のしらべになりにけり月さす軒の松風のこゑ       (三十三年)
 秋のしらべ 秋ノ哀調。

      月  前  車
大宮のみはしの月にきこゆなり四谷あたりのをぐるまのおと      (十九年)
 御観察ハ敏ク微ニ渉リ玉フ。

      対     月
雲もなく晴れたる月にむかひては面伏すべき心地こそすれ       (二十一年)
 面伏す オモテフス、耻シイ。

      対 月 述 懐
秋をへてかはらぬ月の鏡にもむかふ姿のはづかしきかな        (十七年)
 秋をへて 幾秋ヲ過ギテ。月の鏡 月ノ光ノ清キガ鏡ノ如キケレバナリ。

      対 月 思 昔
たらちねの袖にすがりて見しかげも思ひぞいづる秋の夜の月      (十八年)
 御孝心深ク常ニ御父君ヲ偲ビ玉フノ情ハ切ニシテ月ニ対ヘバ愈々御追憶ノ念迫り玉フ
。      明 月 契 久
わが君のちとせの秋を契るかなくもりなき世の月に向ひて       (十九年)
 ちとせの秋 何年モ変ラヌ秋。契る 約束。
 我君ノ秋毎ニ変ルコトナク何年モ月モ御覧遊バサルヽ様ニト願ヒ玉ヘルナリ。

      菰 島 残 月
かの島は西にやあたるうちわたす夜露の末に月ぞ残れる        (二十九年)
 うちわたす 見渡ス。

      大前に侍りける夕づかた木の間より月のさしいでければ
さしのぼる月の光はきよけれど松より外のかげのわかれぬ       (十三年)
 わかれぬ 見分ケラレヌ。

      新殿の月御覧ぜさせしゆふべ
おばしまのかげもうつりて菅筵しくものもなき雲のうへの月      (同年)
 おばしま 欄干、手摺。管筵 スガムシロ、枕詞。しくもの 之レニ勝ルモノ。雲の上の月 宮中ノ月。

      月あきらかなりける夜仰ごとにて
さやかなる雲ゐの月に山城のみやこの空もおぼしいづらむ       (同年)
 雲ゐ 宮中ノコト。山城のみやこ 京郡ノコト。おぼしいづらん 思ヒ出シ玉フベシ。

      くもりがちなりける夜おほせごとによりて空を仰ぎて
みこゝろにかゝらざりせば浮雲のひまゆく月の影も見ましや      (十六年)
 見ましや 見マシヤウカ見マセヌ。

      いざよひの月のぼらむとするほど仰ごとによりて御園にものして
東屋の軒たかければいざよひの月もまだきにさし渡りけり       (二十四年)
 東屋 アヅマヤ、四阿、亭。いざよひの月 十六日ノ夜ノ月。まだき 早ク。

      茸     狩
足利は霧にくもりて金山の茸とる道の晴るゝうれしさ         (三十九年)
  足利 下野国。金山 足利辺ノ木ノ子山ニシテ御料地ナリ。 

長からぬ秋の日かげを惜しむかなくさびらとりて遊ぶ山路に      (四十三年)
  くさびら 木ノ子、松蕈。

      秋  山  興
山守のをしふるまたで茸一つわが見いでしぞうれしかりける      (四十一年)

      山 家 秋 興
垣の内にしづの少女を呼びいれて椎ひろはする山かげの庭       (四十二年)
  秋ノ修学院離宮ニ於テノ御慰カト拝シマツラル。

      稲     花
咲きにほふちぐさをおきて賤の男は門田の稲の花やめづらむ      (二十一年)
  しづのを コヽニテハ農民ヲサシ玉ヘリ、めづ 賞スル。

      月  前  菊
紅もうすむらさきも白菊に光をゆづる月のよはかな          (十四年)
  紅 クレナヰ、赤。

      月  夜  菊
霧はれて月影きよくなりにけりいざおりたゝむ菊のはな園       (二十年)
  いざ サア。

      谷     菊
仙人もいほよりいでゝ谷川の岩ねの菊の花や見るらむ         (二十一年)
  仙人 ヤマビト。いほ 小キ家。

      禁  庭  菊
御苑生の菊はさかりになりぬれど今年は折りもかざゝざりけり     (三十年)
  かざす 頭ノ飾ニスルコト、今年ハ英照皇太后ノ御服喪中ナリキ。

      籬     菊
袖垣に匂へる菊は人がたにつくれるよりもなつかしきかな       (三十年)    人がた 人形。

      瓶     菊
玉だれの小瓶の菊の花の香に袿の袖もうちかをりつゝ         (二十三年)
  袿 ウチキ、婦人ノ上衣着物ノ上ニ打懸ケテ着ル故ノ名ナリ。

露はらふ風だにしらぬ大宮のをがめの菊の香こそ深けれ        (十九年)

      愛     菊
葉にたかる虫も手づから払ひてし垣根の菊の花咲きにけり       (二十五年)
  手づから 自身ニ。払ひてし 払ツタ。

      菊 花 第 一
紅の御旗に匂ふみしるしの菊のうへにはたつ花ぞなき         (三十九年)
  天皇旗ヲサシテ詠ジ玉ヘルナリ。

みそのふの菊をおきては大君の千代のかざしと見む花ぞなき      (二十三年)

      観  菊  会
秋ごとにつらなる人の数そひてうたげにぎはふ菊の花園        (十九年)

      菊 有 新 花
あたらしき色こそ見ゆれ菊の花開けゆく世にならひてや咲く      (同年)
  菊ノ珍シキ新花ヲ御覧遊バサレテ浮ビ玉ヘル御感想ナリ。

      菊 花 帯 霜
霜むすぶ庭の白菊花よりも下葉の色ぞまづかはりける         (十六年)

      対 菊 思 昔
白菊のまがきにたちてこひしきは折り散らしてし昔なりけり      (十八年)
  御幼時ノ昔恋シキ御情ノ拝セラレテ畏シ。

      菊 契 千 秋
今年より千年をかけて世に広くかをるもうれし白ぎくの花       (二十二年)
  此年十一月三日明宮嘉仁親王立太子ノ御宣下アリ国ヲ挙ゲテ此慶典ヲ奉祝セリ。 

      菊の盛なる頃青山の御苑にわたらせ玉ひてとく参るべう宣はせければ
さきみてるみそのゝ菊の花よりも大みことばの露ぞ嬉れしき      (十二年)
  大みことばの露 御端書ノ大君ノ御言葉ニシテ葉ニ対シ露ト添ヘ玉ヘルナリ。 

      かへるさ雨いたうふりければ
ふりしきる雨もいとはで帰りけりめぐみの露のあまりと思へば     (同年)
  雨ハ切ニ降レドモ大御恵ノ余ト思ヘバ苦ニモナラズ帰レリト御呼寄セノ御恩情ヲ感謝シ玉ヘルナリ。

      紅     葉
仮宮の軒端をあさみ玉だれのをすのうちまで照る紅葉かな       (同年)

かきくらす時雨の雲にちかければ峰の梢ぞ色づきにける        (同年)

      初  紅  葉
むらさめに常磐木ならぬしるしのみまづ染めいでし山本の杜      (十五年)
  常磐木 年中葉ノアル木。山本の杜 麓ノ森。

君がへむ千年を祝ふ盃のいろにいでたるはつもみぢかな        (四十一年)
  盃の色 朱色ナり。

      紅 葉 浅 深
なか/\にまだしき枝もありてこそ錦と見ゆれ庭のもみぢ葉      (二十六年)
  なか/\ 却ツテ。まだしき 充分ナラヌ。

      夜  紅  葉
みやつこのたきし昔も見ゆるかな紅葉のもとの篝火のかげ       (三十一年)
  みやつこ 宮廷ノ奴、白丁ヲ着タル小者。

      紅 葉 勝 花
山姫の秋のにしきにくらぶれは花の衣は下がさねなる         (十四年)
  山姫 山ノ神ヲイフ。秋のにしき 紅葉ヲサセリ。花の衣 桜ヲサセリ。下がさね 劣レリトイフ意。

      暮  秋  雲
あきたけてしぐれもよほす大空の雲の色こそさびしかりけれ      (三十一年)
  秋たけて 秋ガ更ケテ。

      暮  秋  鳥
秋ふかみしぐるゝ庭の菊の花うつろふかげに頬白の鳴く        (四十一年)

      暮  秋  虫
あきたけて実になりはてし朝顔の垣根さびしき虫の声かな       (二十七年)

秋たけてかれむとすなる虫の音や身にしむものゝ終なるらむ      (三十年)

      秋     夜
あきの夜の長くならばと思ひしをおもふばかりは書もよまれぬ    (三十四年)
  思ふばかり 思フ程ニハ。

      秋  夜  長
思ふことなくてぬる身は秋の夜を長き物ともしらずやあるらむ     (十八年)

とりいでゝ古物語よまむには秋の長夜もうれしかりけり        (四十一年)
  古物語 フルモノガタリ、昔ノ物語本。

      深  山  秋
もみぢ葉の林をいでゝ入る山の桧原は夜のこゝちこそすれ       (十二年)
  檜原 ヒバラ。

      秋     野
しるしらぬ招くをみれば尾花こそ秋の花野のあるじなりけれ      (同年)
  尾花 薄ノ穂ノ出デタルヲイフ。あるじ 主人。

      秋     湖
蜆とるおものゝはまの霧晴れてあまの小舟の数も見えつゝ       (十八年)
  おものゝはま 陪膳ノ浜、近江ノ琵琶湖。

      秋  山  家
柿の実の色づく軒に霧たちてめじろ鳴くなり秋の山ざと        (二十九年)

      秋     庭
落椎はまだすくなくていたづらに樫の実ばかりちれる庭かな      (三十一年)
  落椎 落チタル椎ノ実。

      秋  人  事
つみとりし畑の新綿くりごとをかたる嫗もまじる宿かな        (同年)
  くりごと 愚痴、綿ヲクルトカケ玉ヘルナリ。

      秋     獣
山守のつゝの音すなりくさびらをあらす猪の子のいでやしぬらん    (同年)
  つゝの音 銃ノ音。

      秋     鳥
あしがちる難波の浦の秋たけて寒き夜風に鶴ぞなくなる        (十九年)
  あしがちる 枕詞。難波 大船ノ旧称。

      秋     笛
月にふく笛の音きけばいにしへの嵯峨野の秋もおもほゆるかな     (十四年)
  嵯峨野の秋 京郡ノ西郊、小督仲国ノ古事ヲサシ玉ヘルナリ。

      秋  述  懐
秋の野のちぐさの花の色々にうつるぞ人の心なりける         (二十二年)
  兎角移リ易キ人心ヲ秋ノ草花ニヨセテ戒メ玉へルナリ。

      こしぢへみゆきまし/\けるころ
大宮のうちにありてもあつき日をいかなる山か君はこゆらむ      (十一年)

秋の日のてるにつけても思ふかな大御車の内はいかにと        (同年)

はつかりをまつとはなしにこの秋はこしぢの空のながめられつゝ    (同年)

      おなじころ待菊盛といふことを
年ごとにまちしさかりもこの秋はおそきをたのむ庭のしら菊      (同年)

      おなじころ浜殿にて
君のますあたりやいづこ白雲のたなびく方にみゆる山の端       (同年)

      木曾路に行幸まし/\けるころ朝霧のたてるを見て
大宮のとばりもしめる朝ぎりに君がこゆらむ山路をぞ思ふ       (十三年)

      北海道に渡らせ玉ふを思ひやりたてまつりて
民のためいでます道ぞ北の海の霧もみふねをよきてたゝなむ      (十四年)

      おなじころ
みやぎ野の萩の盛をみましても御苑の秋をおぼしいづらむ       (同年)
  みやぎ野 宮城野、陸前辺ノ平野。

      おなじころ栽菊といふことを
帰りますほども近しときくの花うゑてまつこそ楽しかりけれ      (同年)
  きくの花 菊と聞トカケテ云ヒ玉ヘルナリ。
  以上九首ハ大帝御巡幸御留守中ノ御感想ニシテ御貞淑ノ御心ヨリ思ハ常ニ大君ヲ離レ玉ハズ折ニ触レ物ニ付ケテノ切ナル御真情ノ迸リト伺ハレテ畏シ。

      ふりつゞきし雨のやゝ晴れゆきて日影さしければ
うれしくも今日は晴れぬとおくて田の水にひたりし稲や刈るらむ    (二十九年)

心地よき今日の日和のつゞきなばあがた/\の水もひぬべし      (同年)
  あがた/\ 県々。
  此年各地ニ水害甚シカリシカバ其民ノ上ヲ御憂慮遊バサレ天候恢復ヲ悦ビ玉ヘルナリ。
      折にふれて
秋あさき庭の芝生の露ふめば身のいたづきも忘られにけり       (二十五年)

ふる事を口ずさみつゝ軒近き柱によりて月を見るかな         (四十四年)
  ふる事 昔ノ事蹟。口ずさみ タヾ何トナクイフ。

霧こめて見るものなしと思ひしを山あらはれて朝日さすなり      (三十年)

手綱とる御手も寒くやおぼすらむ紅葉みだるゝ庭の嵐に        (十四年)
  御馬術ヲ励ミ玉フ大君ノ上ヲ思ヒ玉ヒテノ御心畏シ。

うづもれし人を惜みて青森の雪をいかにといはぬ日ぞなき       (三十五年)
  弘前聯隊ノ吹雪ニ埋レシ悲惨事ヲ思召シ御仁慈深ク寒サ催スニ付ケ思ヒヤリ玉フ畏サ。

海陸の御軍人もかへりきてにぎはひあへる御代の秋かな        (三十八年)
  海陸 ウミクガ。
  御心配ナリシ日露戦役モ終リ戦捷ノ秋ヲ祝シ玉へルナリ。



冬  の  部

      初  冬  風
わが庭の紅葉見にだにいでかねつまだ身になれぬ風の寒さに      (二十三年)

      冬のはじめみそのにて
初霜のむすぶかきねにつぼ菫一本さくがめづらしきかな        (十四年)
  つぼ菫 菫ノ一種ノ名。

      時     雨
ふし柴のかりの宮居におとづれていちがや遠くゆく時雨かな      (十二年)
  ふし柴 枕詞。いちがや 市ケ谷、東京ノ町名。

      旅 泊 時 雨
うら波に月は照りながら泊舟とまおほふまでふる時雨かな       (二十年)

      落     葉
園守がよせし木の葉をもとよりも広くちらしつ木枯の風        (三十六年)
  木枯の風 秋ノ末ヨリ冬ニカケ強ク吹ク風。

      落 葉 埋 路
里の子が拾ひのこしゝ落椎も紅葉のうづむ山のしたみち        (二十年)

      田 家 落 葉
うつ藁のちりふきたつる夕風にもみぢみだるゝ小山田の里       (三十六年)

      閑 庭 落 葉
ふく風によその紅葉もちり来るは払はぬ庭をたのむなるらむ      (十二年)
  たのむ タヨリニ思フ。

      落 葉 有 声
こがらしの風にかたよる音すなりかねて散りたる庭のもみぢ葉     (三十三年)
  かねて 以前ニ、早ク。

      残  紅  葉
木枯のふきしく庭の紅葉にもまだ色あせぬ枝はありけり        (大正二年)

      霜 後 残 菊
霜をへてなほこそかをれ大君のかざしとなりし白菊の花        (十七年)
  右明治十七年贈太政大臣岩倉具視の追悼に下し賜へる
  其ノ功績ヲ深ク賞シ玉ヘルニテ公モ地下ニ感泣サルヽナルベシ。

      寒     草
ちりつもる垣根の木の葉かきやればまだ冬がれぬ草もありけり     (十六年)
  冬がれ 冬ニナリテ草ナドノ枯レルヲイフ。

しづが洗ふ大根の葉のみ緑にて川辺の草は霜がれにけり        (二十年)
  霜がれ 霜ヲ受ケテ葉ガ枯レルヲイフ。

冬ごもる南のまどの松かげにあざみの花のさきてのこれる       (三十九年)

      木     枯
朝まだき松葉かく子が袖の上に霜ふきおとすこがらしのかぜ      (十四年)
  朝まだき 朝早ク。

里の子が椋の実ひろふ山かげの夕暮寒しこがらしのかぜ        (二十一年)

      夜  木  枯
木枯の音にねざめて御垣もる人の寒さを思ふよはかな         (四十二年)
  御慈心深ク下ヲ憐ミ玉フ畏サハ寒夜御守衛ノ職ニアル身ヲモ労リ玉フ。

      朝     霜
瓦屋の北おもてのみ残りけり日かげにとけしけさの朝霜        (十二年)
  北おもて 北側。

      屋  上  霜
ふきわたす杉皮しろくおく霜の朝日にけぶる山かげのいほ       (三十三年)
  朝日にけぶる 朝日ニ解ケテ水蒸気ノ立ツコト。

      野  營  霜
篝火のあたりの霜もとけぬ夜に野辺のたむろやもり明すらむ      (二十八年)
  たむろ 営所。
  日清戦争ニ出征軍人ノ寒サニ戦ヘル苦ヲ偲ビ玉ヘルナリ。

      竹  上  霜
かたつぶりこもれる家も寒からむ朝霜しろし窓の竹むら        (二十四年)
  竹むら タカムラ、薮。
  御仁慈ノ目ヲ虫類ニ迄注ギ御同情ヲ寄セ玉フ辱サ。

      篠     霜
さえわたる月のくまざゝさやぐなり岡べの霜の深さしられて      (三十一年)
  くまざゝ、笹ノ一種、月ノクマ(月ノ陰)トニカヽル。さやぐ サラ/\スルコト。
       椎  柴  霜
椎柴の枝ふきしをる朝北にちる霜さむし山のしたみち         (二十二年)
  椎柴 稚ノ枝ノ薪。しをる 曲ゲル。朝北 冬ノ朝吹ク北風。

      氷
このあした池の緋鯉もかくろひて水あるかぎり凍りはてたる      (四十四年)
  かくろひて カクレテ。

      氷 留 水 声
樋をあけて落葉ながしゝ池水もこほるか今朝は音の聞えぬ       (二十四年)

      滝  辺  水
夜嵐にこほりやそめしおちたぎつ滝の岩かどしろくなりたる      (二十六年)
  こほりやそめし コホリ初メタト見エル。

      月 前 千 鳥
風寒きあらいそ崎の月かげは千鳥ばかりやなれてみるらむ       (十三年)
  あらいそ 岩ナドアリテ波ノ荒クヨルトコロ。

月きよみ藻にすむ虫やあさるらむ海辺にむれて千鳥なくなり      (二十九年)

      風 前 千 鳥
浦風にふき送られて友千鳥わがのる船の上になくなり         (二十一年)
  友千島 連立ル千鳥。

      水     鳥
山川のうすき氷をふむ鴨のこゝろを常のこゝろともがな        (十二年)
  世渡ハ危キコト薄氷ヲ踏ム如シ注意セヨト御戒諭遊バサレシナリ。

飼ひならすぬしや知るらんおばしまによればよりくる池の水鳥     (十六年)
  禽獣スラ飼主ノ恩ハ知レリトノ意ヲ仰セ玉ヘルナリ。

はちす葉のふる葉払ひし池水にけさひとつがひ鴨のうかべる      (二十五年)

      雨 中 水 鳥
雨ふれば松の木陰に集りて池にはうかぶ鴨ぞすくなき         (二十七年)

      水  鳥  多
あさごとに数こそまされふせ網のうきめをしらぬ池の水鳥       (二十二年)
  あさごと 一朝毎ニ。ふせ綱 隠シテ張リアル網ヲイフ。うきめ ツラサ、目ハ網ノ縁語。

      池     鴨
木枯に吹き送られて来にけらし木の葉と浮ぶ池のあし鴨        (四十二年)
  あし鴨 鴨ニ同ジ。

      冬     月
わたどのゝ瓦の上に霜見えて照る月寒き冬のよはかな         (二十四年)

      行 路 寒 月
老人の寒さをとひしかへるさの夜道にさゆる月の影かな        (十九年)

      簾 外 寒 月
大宮の玉のすだれのうちにして見れども寒し冬の夜の月        (二十年)

      寒 月 照 梅 花
御垣もる人をぞ思ふ風さゆる霜夜の月に梅の花見て          (四十四年)
  霜夜 霜深キ夜、寒キ夜ナリ
  夜木枯ノ御歌ト共ニ御慈心ノ溢ルヽ畏サ。

      霰
うゑそへし苗木やいかにはげしくも霰ふるなり野べの桑畑       (三十一年)
  産業ノ上ニ常ニ御心ヲ注キ玉フ辱サハ斯ル点ニマデ御想ノ及ビヌ。

滝の上の梢さやぎて玉あられ早瀬の波にちりみだれつゝ        (三十四年)
  玉あられ 霰ノ美称。

      風  前  霰
朝北にふきおくられて板敷の上にたばしる玉霰かな          (二十七年)
  板敷 板椽。たばしる 飛ビ散ル。・

      社  頭  霰
さゝげもつ玉串の葉にたばしりて霰ふるなり加茂のみづ垣       (二十九年)
  玉串 神ヲ拝スル時捧グル榊ノ枝。みづ垣 社殿ノ周リノ垣。

      屋  上  霰
さよふけてふりし霰か今朝もなほ藁屋の軒に消えのこりたる      (二十一年)
  さよふけて 夜更ケテ。

大宮のいらかの上をたばしりてみぎりにまろぶ玉霰かな        (三十一年)
  いらか 屋根。みぎり ハヒリ口。まろぶ コロガル。

      待     雪
こむ年の秋のみのりやいかならんまだ一度も雪のつもらぬ       (二十三年)
  こむ年 来年。
  雪ハ翌年ノ瑞兆トイヘバ其ノ少キニ付ケ秋ノ稔ヲ御心配遊バサレシニテ国民ノ上ヲ思ヒ玉フ御心畏シ。

      河  初  雪
よしの川波のおよばぬ岩なくばしるしばかりの雪をみましや      (十二年)
  よしの川 大和国。波のおよばぬ岩 波ノカヽラヌ岩。

      都  初  雪
足引の山べはしらず都にはまだ珍しき今朝の雪かな          (二十一年)

      禁  中  雪
大宮のをすのと清き初雪にあとつけそめて鶴ぞあそべる        (十九年)

      行  路  雪
大路ゆく人のためにと朝まだき雪掻くしづの寒げなるかな       (二十四年)
  之レモ亦民ノ労苦ニ御情ノ目ヲ注ギ玉ヘルナリ。 

      窓  前  雪
いかばかりつもりにけむと窓の戸をあくる袖にも雪のちりくる     (十九年)

      雪  埋  松
あたらしく宮づくりせし九重のみかきの松につもる雪かな       (二十二年)
  此年皇居竣工シ赤阪仮御所ヨリ御移転アラセラレタリ。

      雪  中  竹
夜のほどは何の音かとおもひしを雪折したり窓のくれ竹       (十九年)
  雪折 雪ノ為ニ折レルヲ云フ。

末遠き千年の友とみそなはすみかきの竹は雪折もなし         (三十三年)

夜のほどの嵐はたえて呉竹の雪しづかにもあくる空かな        (三十四年)
  呉竹 クレタケ、竹ノコト。

      雪  中  駒
のる駒のひづめの音はうづもれてあとのみのこる雪の中道       (十二年)

      雪  後  雨
雨そゝぐ軒の玉水おと高し雪のしづくもおちやそふらむ        (同年)
  玉水 アマダレ。

      車 中 見 雪
車にてゆく/\見るもさむきかな雪さやかなる秩父甲斐が嶺      (三十四年)
  秩父甲斐が嶺  チヽブカヒガネ、秩父ノ山ヤ甲斐ノ山。

      寄  雪  祝
こむとしもゆたけかるべし新嘗のまつりの庭につもる白雪       (十九年)
  新嘗のまつり ニヒナメノマツリ、十一月廿三日神嘉殿ニテ新穀ヲ神ニ供ヘ玉フ大祭。

      葉山にて雪のいたくふりける日
鵜が島もあるかなきかになりにけりふりしく雲に波路くもりて     (三十七年)
  鵜が島 相模国葉山ノ沖ニアル島。

      埋     火
埋火のあたりのどけきまとゐには親しからざる人なかりけり      (十九年)
  埋火 ウヅミ火、暖炉。まとゐ 団欒。

大みけしぬがしゝよはの古事をかつしりながらむかふうづみ火     (二十一年)
  かつしりながら 嘗テ知ツテハ居レドモ。
  延喜帝ノ古事ヲ畏ク思召シテ詠マセ玉ヘルナり。

文机はそむけがちにて手ずさびに灰かきならす埋火のもと       (二十七年)
  文机 フヅクヱ、机ノコト。

      寒 夜 埋 火
かり宮の窓の夜嵐さむからむしたしみたまへ埋火のもと        (二十七年)

大宮の火桶のもとも寒き夜に御軍人は霜やふむらむ          (同年)
  前ハ大本営ニ仮寓シ玉フ大君ノ上ヲ、後ハ出征軍人ノ上ヲ思召サレタル畏キ御歌ナリ。

       炉 辺 述 懐
寒き夜にかさねむ袖もなき人の身をこそおもへ埋火のもと       (十四年)
  四句ニ注意シテ拝誦スベク実ニ有難キ思召ノ程肌ヲ刺ス心地ス。

      神     楽
まさりゆく国の光をみかぐらの庭燎さやかにみそなはすらし      (二十七年)
  みかぐら 賢所ノ御神楽ハ毎年十二月十五日夕ヨリ暁ニカケテ神ヲ慰メ玉フ為ニ行ハル。
  庭燎 ニハビ、神楽ノ曲名ノ一ニシテ神前ニテ焚ク篝火ノ両方ニカヽレリ。

      暁  神  楽
榊葉の末をりかへす声の内にながなき鳥もうたひそめけり       (十四年)
  榊葉の末をりかへす 榊葉ハ神楽ノ曲名ニシテ曲歌ニ本末アリクリ返シ吟スルナリ。ながなき鳥 鶏。

      夜  神  楽
守らしゝ軍のかちに御心もすみまさるらし月の夜神楽         (三十八年)
  御守護遊バシタル我軍ノ勝利ニ今年ハ殊ニ神ノ御心モ澄ミテ楽シク聞召スナラント神楽ノ夜ノ御感想ヲ詠ジ玉ヘルナリ、すみハ心ト月トニカヽレリ。

      深 夜 神 楽
おましまできこゆなるかなさよふけて物にまぎれぬ御神楽の声     (二十七年)

      御神楽の夜すこしふけゆくほどに月いでたりやと問はせ玉ひければ
かゝり火の煙や空にみちぬらむ霜のみ白しみかぐらの庭         (十二年)
  御神楽ノ夜ハ其奏楽ノ終ルマデ常御殿ニ御正坐遊バサレ暁ニ至リ玉フト承ル。

      里  神  楽
里かぐら今はじむらし笛のねも子どもの声もきこゆなるかな      (三十一年)
  里かぐら 石清水、加茂、春日、新宮、鹿島、香取其他ノ大社ニテ奏スル古来伝習ノ神楽ノ外ニ諸社ニテ行ハルゝヲ里神楽ト称シ笛鼓銅拍子ヲ撃チテ巫子ノ舞フヲ云フ。

呉竹の葉山の宮にきこゆるや森戸あたりの神楽なるらむ        (三十三年)
  呉竹 枕詞。森戸 葉山ノ附近。

      梅 花 先 春
さしのぼる朝日のどけき大庭に春もまちあへずにほふ梅かな      (二十七年)
  春もまちあへず 春ヲモ待チカネテ。

      歳  暮  近
ことなくてくれゆく年のほぎごとに来る人多し大宮のうち       (二十四年)
  無事ナリシ歳暮ノ御祝詞言上ノタメ参内スル臣ヲ御覧遊バサレテノ御実感ナリ。

      年  欲  暮
うつばりの塵も払ひて玉すだれかけあらたむる年のくれかな      (二十一年)
  うつばり 梁。

      歳     暮
しろしめす大御国内にことなくてくるゝ年こそのどけかりけれ     (十七年)
  しろしめす 治メ玉フ。大御国内 オホミクヌチ。

      海 上 歳 暮
ことなくてくれ行く年を祝ふらし御軍艦も塵をはらひて        (三十二年)

      禁 中 歳 暮
なす事もなくて今年もくれ竹のよをりの今日になりにけるかな     (十二年)
  くれ竹 年モ暮レトカヽリ又下ノよをりトイハン料ニモナレルナリ。よをり 節折、宮中ニ於テ毎年六月十二月ノ晦日ニ行ハセラルヽ行事。

      惜  歳  暮
はね手鞠もて遊ぶ子はくれてゆく年を惜しとも思はざるらむ      (二十四年)

      冬     星
あかつきの雲ふき払ふ木枯にかゞやく星のかげのさやけさ        (十四年)

      冬  人  事
みこしぢの雪にこもりて少女らは夏のころもやおりいだすらむ      (同年)
  みこしぢ 三越路ニテ北陸ノコト、越後地方ハ夏物ノ上布縮ノ産地トシテ名アリ。

      冬     虫
ちかつけど飛ばむともせで冬の日の影さす窓に蠅のはふ見ゆ      (三十四年)

      冬     竹
霜ふかきみはしのもとのくれ竹はかへぬ操を君にみゆらん        (十九年)
  ミサヲ 色変ヘヌ、節義。
  霜如何ニ深ク置クトモ変ヘヌ尊キ性質ヲ竹ハ御覧ニ入レルト御実感ヲ詠マセ玉ヘルナリ。

      冬     衣
埋火になほさしよりぬから衣思ふがまゝに重ねきる身も        (三十一年)
  から衣 箸物ノ美称。

      冬     櫛
霜ふりて寒き朝かなあさねがみけづる小櫛もとりおとすまで      (二十一年)

      折 に ふ れ て
もろこしの畑の高きび吹く風に霜ちるよはの寒さをぞ思ふ       (三十七年)
  日露戦争当時出征軍ノ寒サニ対スル苦労ヲ思召サレシナリ。

大君のみいつおぼえて日かげさす劔が峯の雪ぞかゞやく         (四十年)
  みいつ 御威光。劔が峯 富士山ノ頂上ノ峯ノ名。

綾錦とり重ねても思ふかな寒さおほはむ袖もなき身を          (十二年)
  炉辺述懐ノ御歌ト同ジク畏キ御歌ナリ。



雑  の  部

      日  出  山
岩戸あけし神代おぼえて山の端をいづる朝日の影ぞまばゆき      (二十五年)
  岩戸あけし 天照皇太神御弟神ノ無礼ヲ怒リ岩戸ニ籠リマシヽヲ宇受女尊ガ諧謔功ヲ奏シ岩戸ヲ開ケ玉ヒ暗黒ノ世界ニ再ビ光明見エ皆悦ビシ古事ナリ。

      旭 日 照 波
大君のみいつをのせてゆく船に朝日かゞやく波のうへかな       (三十年)

      星
大空の星の林の光にもしるきは明日の日和なりけり          (三十一年)
  星の林 星ノ集団。

      雲
晴るゝか思へばかゝる山のはの雲ぞ浮世の姿なりける         (三十二年)
  世ノ事兎角魔ノサシ易ケレバ油断スベカラズ恰モ山ニ雲ノ懸リ易キガ如シト戒メ玉ヘり。

      朝     雲
朝嵐ふくとしられて山松の梢の雲のうごきそめたる          (三十三年)

      山  家  雲
山あひに見えし白雲しらぬまに軒端の松にかゝりけるかな       (三十一年)
  山あひ 山ノ間。

軒近きわが山松も雨雲のうちになりぬる今日のわびしさ        (四十二年)

      深  夜  嵐
いつのまにわれ老いぬらむふくる夜の風の音にも目をさますまで    (三十八年)

      雨
たえまなき雨にこもりて思ふかなかちゆく人の袖のしづくを      (三十二年)
  雨ノ日宮ノ内深ク籠リ玉ヒツヽ道行人ノ苦ヲ思召ス辱サ感激ニ堪ヘズ。

      湖  上  雨
ひがひとるゑり見えぬまで雲おりて雨になりゆくしがの大わた     (四十年)
  ひがひ 鰉、琵琶湖ニ棲ム小キ魚ノ名。ゑり 水中ニ簀ヲ立テ魚ヲトルモノ。しがの大わた 琵琶湖ノコト。

      山  家  雨
山里のゆふべさびしき村雨に垣根のむかごこぼれそめたる       (十九年)
  村雨 ムラサメ、一シキリ降ル雨。むかご 零余子、ヤマノイモノ実、食用トナル。
       田  家  雨
萱葺くをつくらふ見ればかなし子がふすまの上に雨のもるらむ     (四十二年)
  かなし子 愛子。
  御仁慈深キ御心ヨリ斯ク御観察遊バサレタル畏サ。

      連  日  雨
ふりつゞく雨をいぶせみ窓とぢて御軍人を思ひやるかな        (二十八年)

処せき宮ゐいかにとおもふかな咋日も今日も雨ごもりして       (同年)
  処せ 狭キ、茲ニテハ広島大本営ニ於ケル御不自由ナル御日常ヲ申上グ。
  日清戦争中御留守居ノ御徒然ニ絶エズ御心ハ大君ノ上出征軍人ノ上ニ走セ玉フ。

      雨 中 閑 談
村雨のふりぬる老が物がたり耳あたらしき事もありけり        (二十六年)
  ふりぬる老が ふりハ雨ノふりト古トニカヽレリ。耳あたらしき 珍ラシキ、ふりぬるニ対シ新らしきト云ヒ玉ヘルナリ。
  老人ノ古キ話モ中ニハ珍ラシキ事モ交レバ侮リ退クベキニ非ズト戒メ玉ヘルナリ。

      雨 夜 思 人
しぐれするよはの寒さに思ふかなはゝその杜の陰はいかにと      (十四年)
  はゝその杜 柞ノ森、名ヨリ母ノ事ニ用ヰ玉へリ。
  時雨スル夜ニ御母君ノ上ヲ思ヒ出デ玉フ御孝心ノ程畏シ。

      民  戸  煙
にぎはへる民のかまどの朝煙御心やすく見そなはすらし        (二十九年)
  仁徳天皇ノ古事ニヨリ戦後ノ聖代ヲ祝シ大帝ノ大御心ノ内斯クモアラセラルベシト推シ量リ詠マセ玉ヘルナリ。

      山  家  煙
峰高き松の嵐のふきおちて煙つちはふ山ざとのには          (三十二年)
  つちはふ 土這フニテ低ク靡クコト。

山里の垣ねの夕日くもるなりをりたく柴の烟なびきて         (三十六年)

      田  家  烟
われ富むと見そなはすらし遠近の田づらの烟にぎはひにけり      (三十二年)
  田づらの烟 農村ノ烟。
  民ノ富ハ国ノ富又陛下ノ富ナレバ農村ノ烟ノ豊ニ立登ルヲ御覧遊バシテ聖帝御自ガ富メリト思召スナラント其豊ケサヲ祝ヒ玉ヘルナリ。

      朝
ねぬる夜の夢のうき橋あしたまで心にかゝる折もありけり       (二十三年)
  夢のうき橋 夢ノコト。

      夕
ゆふやけの空ゆく鳥をみるがうちに御園の木陰くれはてにけり     (三十四年)
  ゆふやけ 入日ノ光ニ空ノ赤クナルヲイフ。

      山
革も木もおひぬを見ればその昔火をふきいでし山にかあるらむ     (三十六年)
  おひぬ 生ヘヌ。火をふきいでし 噴火セシ。

      雨  後  山
雲間より甲斐の遠山みえそめて沼津の里の雨ぞはれゆく        (四十二年)

      海  辺  山
あまがやのうしろにたてる岩山の魚見もうつる波の上かな       (三十九年)
  魚見 魚ノ集リ来ルヲ見張リ居ル高櫓。

      富  士  山
みそのふの松よりうへにいたゞきの雪こそ見ゆれふじの遠山      (二十三年)

      山  中  滝
山かげの岩根によりて見つるかな名もなき滝としづはいへども     (四十三年)

      山  中  水
来てみれば流は細し山水のいはほにあたる音はとよめど        (三十年)
  いはほ 岩ノコト。とよめど 響ケド。

峠にてかすかにきゝし水の音はこの谷川の流なりけり         (三十年)

      晴 後 山 水
雨はれて空はみどりになりぬれどいまだ濁れり山川の水        (二十一年)

      夕     川
里川の柳をわたる夕風につりの糸さへうちなびきつゝ         (二十二年)

      河 水 久 澄
天つ日のてらさむかぎり神風やみもすそ川の末はにごらじ       (十五年)
  みもすそ川 伊勢五十鈴川ノコト。

      谷     川
流れゆく末はいくせにわかるらむたゞ一筋の谷川の水         (三十七年)

      谷     水
杉むらのみどりも探き谷かげに流るゝ水の音のさびしさ        (二十二年)

      池 水 浪 静
池の面になみなき見ればいでましの大御船路もしづけかるらむ     (十九年)
  御貞淑深クマシマセバ御覧遊バサルヽモノ皆大君ノ上ニ御感想ヲ走セ玉フ畏サ。

      野     水
魚すくふ子らに言葉をかけつゝも野川の橋を渡る旅人         (四十四年)

      山  家  水
山かげの水のながれは清けれど洗ひかぬるは心なりけり        (三十五年)
  麓行ク水ハ如何ニ清キモ心マデ洗フコト難ケレバ自ラ常ニ注意シ汚レザル様スベシトノ御戒ナリ。

山かげの庭のいはがきおもしろしところ/゛\に水のつたひて     (四十二年)
  いはがき 石垣。

      閑  居  水
山川の流をひける遣水のすみよかるべき木がくれの菴         (三十五年)

      夜 間 水 草
かきねゆくながれあるらし夜に入りて着きたる宿に水の音する     (三十七年)

      松 影 映 水
木の葉みな底にしづみて池の面はおほかた松の影となりぬる      (二十九年)

      水 石 契 久
万代のかめ石にこそかゝりけれながれたえせぬ宇治の川波       (二十二年)
  万代の 枕詞。かめ石 宇治川ノ中ニアル岩ノ名。

      島
わたつみの沖縄島のはてまでも恵の波をかづく御代かな        (同年)
  沖縄島 琉球。恵の波 御慈愛。かづく カブル、蒙ルコト。 

      湊
万代のこゑとよむなり軍艦いさををつみてかへる湊に         (三十四年)
  万代のこゑ 万歳ノ声。
  北清事件ニ参加凱旋セシ軍艦ノ帰港ノ様ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      磯     波
夕汐は今かみつらむこぎよせし磯辺の舟に波あたるなり        (二十九年)

うちよせてかへりし波にひかれけむ磯辺のもくづ跡もとゞめぬ     (三十一年)
  もくづ 藻屑。

      井
大君のおものゝための堀井には清き水のみわきあがらなむ       (四十四年)

      関
白川の関の戸ざしのありし世は都の風もかよはざりけむ        (二十七年)
  白川の関 岩代国ニ昔アリシナリ。都の風 都ノ風俗、便リ。

      堤
降りつゞく雨はれそめて黒川の堤つくろふしづぞむれたる       (四十四年)

      朝     市
雨はれしあしたの市にひさぐ菜のぬれたる色のきよげなるかな     (三十一年)

      畑
なにの苗うゑむとかする里人が畑うちかへしうねつくるなり      (三十四年)
  民情生業ニ御心ヲ注キ玉フ畏サ。

      道
かへりみて心にとはゞ見ゆべきをたゞしき道に何まよふらむ      (十二年)
  顧テ進マバ正道ハ踏ミ得ラルヽヲ徒ニ猪進スル故ニ迷フナリト諭シ玉ヘルナリ。

      行     路
かち人も心やすきは小車の道さだまれるみやこなりけり       (三十六年)
  人道車道ノ区別明カトナレル世ハ人々安心シ通行シ得ト聖代ヲ称ヘ玉へルナリ。

      故  郷  路
うちたえて久しくとはぬ故郷は道も昔にかはるとぞきく        (三十二年)

宿ちかくなりにけらしもすみし頃通ひなれにし道にいでぬる      (三十三年)

故郷の車やどりにつきたれどなほ道遠し大御門には           (同年)
  車やどり 停車場。大御門 御所ノ門。

      故  郷  井
神棚にくみてさゝげし故郷の庭の板井もみさびゐにけり        (四十一年)
  みさび 水錆、ミヅアカ。ゐにけり 浮イテ居ル。

      故  郷  庭
あれはてゝ面がはりせる庭なれど訪へばさすがになつかしきかな    (三十三年)
  面がはり 様子変リテ。

      故  郷  木
昔わが実を拾ひてし故里のかしの大木は今ものこれり         (三十五年)

      故  郷  友
故郷のをさなあそびの友も皆おもがはりせり年のへぬれば       (三十一年)
  大帝ト共ニ京都ヲ御慕ヒ遊バサルヽ御情深クマシマセバ行啓ヲコヨナキ御楽トナシ玉ヘリサレバ御目ニ触レ玉フモノ皆御感慨ノ種ニシテ其迸リハ斯ク尊キ御歌トナリタルナリ。
      古     寺
なにがしの仏の日かも古寺の庭せばきまで人のつどへる        (四十二年)
  仏の日 仏ノ縁日。

      山     家
たかねよりおろす嵐に松の葉のちらぬ日もなき山かげの庭       (二十一年)

      山  家  庭
山里のつくらぬ庭ぞおもしろき苔むす岩に小松ねざして        (四十二年)

      山  家  垣
山里のせどの竹垣たかゝらでかしぎの業もあらはなるかな       (四十年)
  かしぎの業 炊事ノ業。

      山  家  隣
たちならぶ軒しなければ谷ひとつへだゝるやども隣なりけり      (二十一年)
  軒し しハ添ヘタル詞。

      山 家 松 風
ひとりきくわが山里は松風のちとせの声もさびしかりけり       (十四年)
  ちとせの声 目出度キ声。

      山 家 客 来
とひきたる人と共にも拾ふかなわが山里のにはのおち栗        (二十二年)

都人たきのほとりにいざなはむわが山里は見るものもなし       (二十四年)

      田 家 客 来
そだてゝしわこ来ましぬと老人がわらうちやめて出迎へつゝ      (三十五年)
  そだてゝし 養育セル。わこ 児童ノ美称。

      隣
しろしめす御国のうちとなりにけり隣と思ひしとりの林も       (四十三年)
  とりの林 朝鮮ノ別名。
  韓国併合トナリ皇国ノ版図広マレルヲ悦ビ玉へルナリ。

      御     苑
わたのとの国てふ国のくさ花もみそのゝうちに匂ふ御代かな      (三十四年)
  わたのと 海外。
  世界中ノ草花御苑ニ妍ヲ競フノ御代ヲ頌シ玉へルナリ。

      新     室
新室にすみなれぬまは文机のおき所だに定めかねつゝ         (二十三年)
  新室 ニヒムロ。
  仮御所ヨリ宮城ノ新殿ニ移リ玉ヒシ後ノ御実感ト拝ス。

      貧     家
朝夕のしばの煙もたてかねてなげきこるらむやどをこそ思へ      (十二年)
  しば 柴、枯技ヲ集メタル燃料。なげきこる きトイフ故こる即伐ルト薪ノ縁語ヲ用ヰ玉ヘルニテ悲嘆ニ沈メルトイフ意ナリ。
  朝夕ノ薪モナク悲嘆ニ沈メル貧家ノ思ヒ遣ラレヌト御同情ノ御心辱シ。

      海  外  旅
日の本のさかひ離れてゆく舟に国の光ものせてやらまし        (十三年)

      羇  中  橋
今日までにわたりし橋をかぞへても遥にきぬる旅ぞしらるゝ      (三十三年)

      羇  中  描
このけしき見せまつらぬがをしと思ふところも多し旅にいでゝは    (三十九年)
  御旅行ノ途ニ出デ玉ヒテノ御感想ニシテ読ミ奉ルモ畏キ心地ス、沼津アタリニ行啓中ノ御詠ト拝察セラレヌ。

      眺     望
三浦がた富士の高根のみえぬ日も江の島のみはさやけかりけり     (三十七年)
  三浦がた 江の島 共ニ相模国ニシテ葉山御用邸ヨリノ御眺ト拝ス。

ほの/゛\と夜はあけぬらし白雲のかゝり懸らぬ山ぞ見えゆく     (四十年)

      朝  眺  望
たちならぶ家より上に海見えて朝ごゝちよき高輪のさと        (三十二年)
  高輪のさと 東京品川附近。

      夕  眺  望
西山をふりさけみれば入方の日かげまばゆし松の木の間に       (三十六年)
  ふりさけみれは 振返リ見レバ。

うちわたす市の巷の燈火の影にぎはひてくるゝ空かな         (四十四年)

      海  眺  望
かくれ岩こゝにかしこにあらはれて汐干の海の面白きかな       (三十七年)
  かくれ岩 常ハ波ニカクレ居ル岩。汐干 シホヒ。

      海 上 眺 望
朝づく日きらめきわたる波の上に船こぐ人の影もうつれり       (四十四年)
  朝づく日 朝日。

呉竹の葉山の海は風なぎてたて石ちかく船のよりくる         (同年)
  呉竹 枕詞。たて石 相模国葉山御用邸ノ隣村ニ面シ海中ニ立テル大石アリ俗ニ立石ト呼ブ、同所ニ御休息所ノ設アリテ風光絶佳ナリ。

      象
音にのみきゝし仏の乗物のけものも庭にひく世なりけり        (二十二年)
  仏 茲ニテハ普賢菩薩ヲサス。
  東京上野動物園ニ暹羅皇帝∃リ御寄贈ノ象ノ来レル頃ノ御詠ナリ。

      駒
大君のみくらおくべき若駒は嘶くこゑもたかくぞありける       (同年)

      牛
小屋近くなるをうれしみ里の子にひかれゆく/\牛の鳴くらむ     (四十二年)

      羊
とし/\に牧の羊のかずそひぬみけし織らむもほどやなからむ     (十七年)
  当時下総三里塚御料牧場ニ多クノ羊ヲ飼養セリ。

      犬
乗る人は見しらずながら大路ゆく車にそひてはしる犬の子       (四十三年)

いつくしも御心しりて犬の子も大前さらず遊びたはるゝ        (同年)
  いつくしも 愛ラシイコトヨ。御心しりて 大君ノ御慈愛深キ御心ヲ知ツテ。たはるゝ 戯ルヽ。

      行  路  犬
小車の前をよこぎる犬の子は危きことをしらずやあるらむ       (四十四年)

      田  家  犬
親のためひるげをはこぶ里の子につきそふ犬やてがひなるらむ     (三十二年)
  てがひ 手飼。

      猫
里の子が小笠あむなる夢からのなかにまじりて遊ぶ猫かな       (十九年)

鈴菜さく垣根はなれぬから猫はあそぶ胡蝶やほだしなるらむ      (二十六年)
  から猫 猫ノ美称。ほだし 心ヲ引カレトメラルヽヲイフ。

      海  辺  鳥
夕日さす浦の松原風たちて船のうへにも鳥なくなり          (四十一年)

      水  郷  鳥
たかせ船ひきゆく岸にうちむれて浮ぶを見れば家鴨なりけり      (二十二年)
  たかせ船 川船ノ一種。

      山  家  鳥
わが庵の垣根の水に山がらす翅あらはぬ日はなかりけり        (二十九年)

      田  家  鳥
花すぎし鈴菜のたねやこぼるらむ垣根の畑に鳥のむれたる       (二十二年)

しづの女が米とぐ桶に近づきて雀鳴くなり小山田の里         (四十年)

      閑  居  鳥
しづけさに人なき宿と思ふらし小鳥も窓に入りて鳴くなり       (三十四年)
  しづけさに 静カナノニ。

      晴  天  鶴
あしたづの翅ゆたかにみゆるかなはらふ雲なき天つみそらに      (十七年)
  あしたづ 鶴ノコト。翅ゆたかに 飛ブサマガオホヨウニ。

      庭 上 鶴 馴
いつくしみひろき御苑にすむたづはもとの沢辺も思はざるらむ     (十三年)

      松  上  鶴
御園生のたづの風きりのびつらむ木高き松にけさやどりたる      (十七年)
  風きり 翅ノ内ニアル一種ノ羽根。

をり/\は翅も見えてひなづるのなく声すなり山松の上に       (三十一年)

栄えゆく御苑の松に雛鶴の千代のはじめの声をきかばや        (三十三年)
  皇太子嘉仁親王殿下御成婚アラセラルベキ御年ノ御歌会始ニ詠マセ玉ヘル御歌ニシテ御愛情ノ切ナル様伺ハレテ尊シ。

      松  間  鴎
あしたづの雛をはぐゝむ声すなり雲ゐる峰の松の梢に         (四十四年)
  右明治四十四年一月侯爵前田利為に下したまへる。

      皇子のうまれさせたまひしころ鶴契千年といふことを
大君の御苑のたづもけふよりは二葉の松の千代にともなへ       (十二年)
  二葉の松 御降誕ノ皇子ヲサシ玉ヘルナり。
  此皇子ト申スハ明宮ト称ヘ奉リ畏クモ今上陛下ニ在シマスゾ有難キ。

      鶴 ●(シンニュウ+「段」) 年 友
雲の上のしるべたのみし老松の千代にともなへ天のたづむら      (同年)
  右明治十二年岩倉洗子の八十の賀に下し賜へる。
  天のたづむら 空ニ居ル群鶴。

      大本営にまし/\けるころ鶴声遥といふことを
広島の海辺はるかにあしたづの千代よぶ声はきこしめすらし      (二十七年)
  日清戦役ノ折柄大元帥陛下ニハ遠キ広島ニ在シ玉ヘバ事毎ニ大君ノ上ヲ思召ス事切ナリ。
      鄰  家  鶏
鶏のひなのうひたちいつくしむ鄰の人の声きこゆなり         (三十一年)
  うひたち 生立ナリ。

中垣のひまあらければ庭鳥もへだてなくこそゆきかよひけれ      (三十三年)

      鷹
軍人みいつをのせてゆく船にやどりし鷹は神のつかひか        (三十七年)

      霊     鷹
うちはなつつゝのひゞきも高千穂の御船におりし鷹は神わざ      (二十七年)
  つゝのひゞき 大砲ノ音。高千穂 軍艦ノ名、高ハひゞきト双方ニカヽレリ。
  日清日露両戦役ニ際シ霊鷹軍艦ノ檣上ニ止リ瑞兆ヲ示セルコトアリソヲ神業、神ノ使トシテ尊ク思召シ玉ヘルナリ。

      烏
あらそひて塒やしめし紅葉山烏のはねの多くちりたる         (二十五年)
  紅葉山 宮城内常ノ御殿ニ程遠カラザル御内苑ニシテ現在ハ御養蚕所ヲ此処ニ設ケラル。

      暁     烏
紅葉山からすなきたつ声の内にわが窓の戸も白みけるかな       (四十四年)

      鳩
御軍の船にやどりし山鳩のつばさの上に神やましけむ         (二十八年)

みいくさの船より船に通ひつゝふみをつたふる鳩もありけり      (三十四年)
  此二首軍用鳩ノ功ヲ賞シ玉ヘルニテ神ヤマスト御感激遊バサレシナリ。

      蜆
城のかげうつるおものゝ浜かぜにたゞよふ船や蜆とるふね       (三十四年)
  浜離宮ノ沿海ニ浮ベル船ヲ御覧ゼラレテノ御詠ナリ。

      小     松
おなじころおひいでぬらむ岡のべにたてる小松の丈のひとしき     (二十二年)

      谷     松
谷川の流さへぎる岩の上に二葉の松のしげりあひたる         (三十五年)

      池  辺  松
いろくづもよりて遊べり松の影さやかにうつる池の汀に        (四十四年)
  いろくづ 魚ノコト。

      海  辺  松
夕日さす浜のまさごにうつりては小松のたけも高くぞありける     (四十一年)
  まさご 真砂、スナ。

      磯     松
風あらき磯辺にたてる松見ればなゝめならぬは一木だになし      (三十一年)

      行  路  松
一本の野中の松もさと人の雨にたちよるかげとなりつゝ        (十八年)

      故  郷  松
いにしへのあとをのこせる石ずゑも松の落葉にうづもれにけり     (十年)
  石ずえ 礎、土台石。

      古  寺  松
あれはてゝすむ人もなき山寺に松のみ千代を保ちけるかな       (四十一年)

      山  家  松
山がつが軒の松が枝をさな子のきぬもかけほすはつ木なりけり     (同年)
  山がつ 杣人。はつ木 二叉ノ木ニテ物干竿ヲカケルモノ。

      山  館  松
世に遠きわが山松も大君の千代よばふ声はかはらさりけり       (大正二年)

足引の山下庵の松みてもねがふは君が千とせなりけり         (同年)
  今上陛下ノ御代長カランコトヲ望マセ玉フハサルコトナガラ此御題ヲ得玉ヒテモ又其御心モテ詠マセ玉ヘルゾ辱キ。

      庭  前  松
枝たれて杖つく庭の老松の二葉はいつのむかしなりけむ        (十九年)

      巌  上  松
大内の山の岩根にしげりゆく小松の千代もみそなはすらむ       (三十七年)
  大内の山 禁庭ノコト。小松 皇孫殿下ノ御コト。

      松  年  久
いらかより高くなりぬる老松はへにけむ年も忘れたるらむ (三十六年)

      松 不 改 色
君と臣の心のいろにうつさばやいつもかはらぬ松の緑を (十年)
  君と臣 キミトオミ
  君臣の道正シク且和合セルハ皇国ノ大道ニシテソヲ永遠ニ伝ヘント願フ心ハ皆一ナリト松ニ寄セテ其意ヲ詠ジ玉ヘル畏サ。

      故  郷  竹
すみし世にわがうゑおきし呉竹の操は今ぞあらはれにける (三十四年)

      窓  前  竹
親も子もわかれざりけり窓のとにしげりあひたる竹のひとむら (三十六年)
  わかれざりけり 見分クルコトが難イ。

      盆  栽  竹
大前の玉のみはちにうつされてうれしきふしにあへる竹かな (三十四年)
  うれしきふし 嬉シキコト ふしハ竹ノ縁語ニテ云ヒ玉ヘルナリ。

      竹  年  久
うらやまし年はふれどもわが庭の竹の緑はかはらざりけり (三十四年)
  一年々々老境ニ近付キ身体動作漸ク衰ヘントスルニ竹ノ緑ハ常ニ変ラズト御感慨ヲ洩シ玉へルナリ。

      海  辺  蘆
海づらの芦のひとむら茂りけり蟹とる子らのかげみえぬまで (三十年)
  海づら 海辺。

      庭  上  苔
大かたは苔にうもれて松かげのいはほの色もわかぬ庭かな (四十二年)

      岩  上  苔
庭つくりまだあたらしと思ふまに岩角青く苔むしにけり (三十年)
  苔むす 苔ガ生ヘ茂ル。

      麻
織るはたの糸にせむとや畑道に里のをとめが麻をほす見ゆ (大正二年)

      船
碇づなおろして後も湊江の船なほ動くこゝちこそすれ (三十三年)

年々に御軍船のかずそひて海のまもりもやすきみよかな (同年)

年々ニ海防充実シユク御代ヲ祝ヒ玉ヒテノ御歌ナリ。

横須賀のみなとにぎはふ船おろし心もともにゆく波ぢかな (三十五年)
  波ぢ 海上ノコト。

進水式ノ爽快ナルサマヲ詠ジ玉ヘルナリ。

近江路のせたの長橋わたるまに下ゆく船は遠くなりつゝ (四十年)

      漁    舟
いさり舟波のよるさへやすらはで世わたる道はくるしかるらむ (二十三年)
  いさり舟 漁船。波のよるさへ 波ノ寄ルト夜トニカケ玉ヘルナリ。
  生活ノ苦ヲ思召サレ御同情ヲ寄セ玉フルナリ。

さゞえとるあまが小舟の見ゆるかな三浦の海の岩のはさまに (三十一年)
  さゞえ 栄螺、貝ノ名。はさま 間。

      漁 舟 暮 帰
入日さすいそ山かげを帰るなりけさこぎいでしあまの釣舟 (十八年)

      釣    舟
かへるともゆくともなくて浮べるは釣するあまの小舟なるらし (同年)

      海  上  舟
牛臥の山かげ近くつどふなり沼津の海のあまのつり舟 (四十三年)
  牛臥の山 駿河沼津在。

      浦    舟
ゆく舟の帆の影しろく見ゆるかな浦風なぎし松原のうへに (三十一年)

      湖  上  舟
玉くしげ箱根のうみをゆく船にうつれる富士の影うごくなり (四十二年)
  玉くしげ 枕詞。箱根のうみ 芦ノ湖。

      浮     標
和田の原船のしるべの浮じるしあらぶる波もくだかざらなむ (四十一年)
  船のしるべ 船ノメアテ。浮じるし 浮標。あらぶる 荒れ狂フ。

      車
司人いまかみかどにまうづらむ車の音のたえずきこゆる (二十一年)
  みかどにまうづ 参内スル。

牛のひく糸毛の車うつしゑの上にのみ見る世となりにけり (二十二年)
  糸毛の車 昔貴人ノ乗リタル車ニテ優美ナルモノナリ。

      晩    鐘
大宮のうちにきくだにさびしきは入相の鐘のひゞきなりけり (三十五年)
  入相の鐘 夕暮ノ鐘。

      深  夜  鐘
とのゐ人しはぶく声に夢さめて夜ふかき鐘の音をきくかな (同年)
  とのゐ人 宿直ノ人。しはぶく咳ハラヒスル。

      田  家  燈
小山田のしづのわらやの燈火に糸ひく影もみゆるよはかな (三十三年)

      草  庵  燈
ともし火のかげかすかなる草の庵は光をつゝむ人やすむらむ (二十三年)
  光をつゝむ人 隠遁者、燈火ノ縁語ヲ以テ巧ニ詠ミ出テ玉ヘルナリ。

      閑  中  燈
静なる心にも似ずともし火はたえずまたゝく窓のうちかな (三十一年)

      窓    燈
いづこより風のいるらむとざしたる窓の燈火かげなびくなり (十七年)

ほの/゛\とあけゆく窓の燈火は消えずながらに暗くなりにけり (三十一年)

      竹  間  燈
月ならで竹の葉ごしにきらめくはむかひの宿の火影なりけり   (二十九年)    
      独 対 孤 燈
くらからぬ道をたづねて窓の内にひとりかゝぐろよはのともし火 (十四年)
  くらからぬ道 正道、燈火ノ縁語ニヨリ玉ヘルナリ。

      玉
みがゝれて光いでたる玉みれば人の心にひとしかりけり    (二十一年)
  人モ研磨修養スレバ光ルコト恰モ玉ノ如シトノ意ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

すゑおきてめづる玉にもともすれば思はぬ瑕のつく世なりけり  (二十二年)
  只据置クノミノ玉ニモ兎角瑕ノ生ズルモノナレバ人モ之レニ鑑ミ深ク注意ヲ加ヘザレバ過ヲ来サントノ意ヲ含マセ玉ヘルナリ。

大前の御棚にすゑてみそなはす玉には塵もかゝらざりけり   (四十三年)
  大君ノ御坐所ノ棚ニ据ヱ御覧遊バス玉ハ塵ニ曇ルガ如キコトナシト玉ニ寄セテ御威光類ナキヲ詠マセ玉ヘルナリ。

      鏡
おもふことあればありげに見するかな心うつさぬ鏡なれども   (十二年)
  鏡ニハ心映ラズトイへドモ思アレバ自然其様ノ見ユルヲ思ヘバ心迄映スナルベシト御感ニ暮レ玉ヘルナリ。

朝ごとにむかふ鏡のくもりなくあらまほしきは心なりけり   (三十一年)
  毎朝対フ鏡ノ如ク曇ナキ心ヲ持チ度モノナリト御自ノ事ニ遊バシテ御希望ヲ述ベ玉へル也。

朝な/\鏡にうつすわが影のいつともなしに老にけるかな (三十五年)

朝ごとに向ふ鏡のいつはらぬ老の影こそやさしかりけれ (四十一年)
  やさし 羞しい

      剣
もゆる火のほなかにたちて草なぎし神の剣ぞたふとかりける (二十二年)
  ほなか 火中。
  畏クモ三種ノ神器ノ一ナル草薙ノ実剣ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      金
もつ人の心によりて宝ともあだともなるはこがねなりけり (二十一年)
  金銭ハ其所持者ノ心ニヨリ宝トモ仇トモナレバ注意セザルベカラズト戒メ玉ヘル尊キ御歌ナリ。

      弓    矢
手ずさびの弓矢とるにもおもふかな心の的のさだめがたさを (二十三年)
  慰ニ射ル弓サヘ的ハ定メ難キモノナリ況シテ人ノ目的ヲ確立シ誤ナカラム為ニハ大ニ注意ヲ要スト訓シ玉へルナリ

      笠
やぶれがさすてたるみれば道のなきこの竹村も人やわくらむ   (三十一年)
  わくらむ 通行スルト見エル。

旅人が野路にすてたるやぶれ笠ひきあひつゝも遊ぶ犬の子    (三十二年)

      杖
国のためいたでをおひし軍人杖をちからに歩むかなしさ    (三十五年)
  いたで 負傷。

身におひしいた手もいえてつはもゝの杖もつかぬを見るぞ嬉しき (三十九年)
  此二首ハ負傷兵ニ御同情ヲ寄セ玉ヘルニテ前ハ廃兵ノ杖ヲ力ニ歩行スルヲ愍然ニ思召レ後ハ又杖モツカズ歩行スル迄ニ平癒セルヲ悦バシク御覧ジ玉ヒテノ御歌ナリ。

      鞭
のる駒の道しる人はなか/\にみだりに鞭あてずといふなり (二十六年)

      布
さゝげたる手織の布にこもりけりあえませと思ふ老が心は   (三十四年)
  さゝげたる 献上シタル。あえませ アヤカリ玉ヘ。

吾ガ高齢ニアヤカリ玉ヘト老媼ガ手織ノ布ヲ献上シタル誠意ヲ御嘉賞遊バレテナリ。

      錦
神宝をさめまつれる大とのゝ錦のとばりあやにかしこし    (三十六年)
  神宝をさめまつれる大とのゝ 賢所。錦のとばり 錦ノ幕。あやに 非常ニ。

      糸
賤の女が手にまかせぬるうみ糸もうめばみだるゝ世にこそありけれ(十二年)
  手にまかせ 自由ニ取扱フ。うみ糸 績糸。うめば 績ぐト倦むトニカケ玉ヘリ。
  女ノ手ニテ績グ糸モ長クナレバ乱レ合フモノナリ人モ倦怠スレバ乱レ心ニナル故ニ能ク注意スベシト戒メ玉フナリ。

一筋のその糸ぐちもたがふればもつれ/\てとくよしぞなき   (三十五年)
  一筋ノ糸ノ口モ取リ誤レバ縺レテ解キ難キモノナリ複雑ノ世ニ処スル尚々心セザルベカラズトノ御諭ナリ。

竹垣にぬれたる糸をほしてけりしづのをとめが手染なるらむ (四十三年)

      櫛
櫛のはに余りし昔しのぶかなすくなくなれる髪をときつゝ (四十四年)
  毛髪ハ婦人ノ生命ト称スル程ナレバ御髪ノ少クナレルニ御感慨ヲ洩シ玉ヘルナリ。

      久  米  舞
久米まひの手ぶり見つゝも仰ぐかな遠つみおやの神のみいつを (三十五年)
  久米まひ 古ノ舞ノ名、今モ紀元節ニ宮中ニテ奏シ玉フ。

      鞠
いにしへの大宮人はいとまありてまりばの花に春やくらしゝ (十二年)
  まりばの花 蹴鞠ノ床ノ境ノ目標トシテ隅ニ植ヱアル桜。

      遠  村  笛
新しぼりくみかはすらむ霧深き田づらの里に笛の音ぞする (十九年)
  新しぼり ニヒシボリ、新酒。

      琴
少女子がおなしことのみくり返す糸のしらべぞをかしかりける  (二十一年)
  上手ニ弾ク琴ヨリハ少女ノ間違ヘツヽ同ジ手ノミ繰リ返ス方却テ興アリト其無邪気ナル技ヲ愛デ玉ヘルナリ。

      松 風 入 琴
年をへてひく手忘れしつま琴にかよふもやさし軒の松風    (三十二年)
  つま琴 琴ノコト。かよふ 松風ノ音が恰モ琴ノ音ノ様ニ聞ユルヲイフ

おしやりて月見る程もつま琴の緒にこそかよへ軒の松かぜ   (四十一年)

      酒
心してくみかはさずばさゝの露みだるゝふしとなりぬべきかな   (二十一年)
  さゝの露 酒ノコト。みだるゝふし ふしハ竹ノ縁語トシテ用ヰ玉ヘルナリ。

      将    棊
手ずさびの駒あらそひもつはものゝ教の道によれるなりてふ   (三十年)
  駒あらそひ 将棊。つはものゝ教 兵法。なりてふ ナリトイフ。

      机
おとゞよりさゝげし文の多きかな大御机の上せばきまで   (三十五年)
  おとゞ 大臣。さゝげし文 上奏書。
  大帝ノ政務御多端ニ渉ラセラレ御寸暇モアラセ玉ハヌヲ畏ミ玉ヘルニテ此御歌ヲ拝シテハ臣子ノ自ノ何トテ安逸ヲ貪リ得ラルベキ。

よむふみは机の上におきながらさぶらふ人と語りあひつゝ(三十九年)
  書籍ハ机上ニオキナガラ話ニ耽リ読ミ得ズト御自身ヲ顧ミ玉フ畏サ御戒トシテ拝誦スヘキナリ

      筆
たらちねの親のいまさば今もなほいさめらるべき筆の跡かな   (三十三年)
  御孝心深キ御身ニハ文字ヲ認メ玉フ折柄ニモ御父君ヲ偲バセ玉フナリ。

筆とらぬ日はまれなるを書く文字のなど人なみにおくれたるらん  (三十四年)

筆とりていろは習ひしそのかみはよくかゝむとも思はざりしを  (三十九年)
  御謙遜深キ御気性トテ優レタル御筆跡モ猶人ニ及バズト且又幼時ハ能ク書クベシトモ思ハズ習字ヲ怠リヌト御感概ニ暮レ玉フ御心ノ畏サ鑑トセザルベカラズ。

      筆 写 人 心
とる筆のあと恥しと思ふかな心のうつるものときゝては (三十四年)
  心のうつる 其人格ノ表ハルヽ。

一くだりかきたる筆のあとにさへ見ゆるは人の心なりけり (二十三年)
  只一行ノ文字ニモ其人格ハ能ク見ユルモノナレバ注意セザルベカラズト御自身ノ上ニ及ボシ玉フ御謙譲ノ程畏シ。

      書
ともすれば仮字たがへして思ふかな文かく道の迷ひやすきを (二十二年)
  仮字たがへ 仮名違。
  時ニハ仮名違ヲナシテ文書ク道ノ至難ナルヲ思フトノ御実感尊シトモ尊シ。

桜木にいまだのぼせぬ古の書の巻こそたからなりけれ (三十五年)
  桜木 版木。
  書籍ヲ尊ビ玉フ御心ヨリ古書ノ未刊本ハ代リノアラネバ殊ニ大切ナリト仰セラル。

      読    書
燈火のもとにふみ見て思ふかな昔もかゝる事のありけり (三十七年)
  戦役中ノ御作ニシテ御書見中類似ノ事ヲ見出シ玉ヒ感慨深ク思召セルナリ。

月に日に読む書多くなりゆきて目の老いたるがかこたるゝかな (四十年)
  御老境ニ御入リ遊バサレテモ猶斯ク御読書ニ勉メ玉ヒシ様ノ伺ハルヽヲ青年ノ身ノ読書ヲ嫌ヒ遊ニ耽ルモノアルハ歎シキナリ。

      燈 前 読 書
燈火に近くよりつゝ見る書もめがねをたのむ身となりにけり (三十八年)
  眼鏡ヲ御カケ遊バサレツヽ尚燈火ノ下御読書ニ親ミ玉フ御事前ト同様ニテ畏シ。

今昔てらしあはせて燈火のもとにふみ見るよはぞたのしき (同年)
  てらしあはせて 比較シテ、燈火ノ縁語ヨリカク云ヒ玉ヘルナリ。
  開ケタル今日ノ状ヲ遠キ昔ノ態ニ比シ玉ヒ如何ニ御感興深ク御書見遊バサレシカヲ察スルニ余リアリ三十八年ノ御作ト云ヘバ或ハ一国ノ興廃聖世ノ御代等ニ就キ琴線ニ触レ玉ヒシニアラザルカ。

      読 書 言 志
夜ひかる玉も何せむ身をてらすふみこそ人の宝なりけれ  (十二年)
  夜ひかる玉 金剛石。
  貴重品トシテ人ノ喜ブ金剛石モ身ニハ何ゾ益スベキ書籍コソ人ノ身ニ真ノ光ヲ添フルモノナレバ宝ナレド読書ノ尊サヲ示シ玉ヘルナリ。

      披 書 知 昔
つたへ来しふみありてこそしられけれ遠つみおやの神のみいつも  (三十二年)

      歌
世にひろくしげるも嬉し人皆の誠をたねのやまと言の葉   (四十三年)
  大帝ガ歌ハ人ノ正道ナリト宣ハセラレタル如ク人ノ誠ヨリナレル歌ノ世ニ弘ク行ルヽヲ悦ビ玉ヒテノ御歌ナリ。

      詩
国の風ふきつたへたるもろこしのことばの花のかぐはしきかな   (十二年)
  国の風 国ノ風習。もろこし 支那ノコト。

      心
ものごとに心うつりてわれながらいつが常ともおもほえぬかな   (二十一年)
  人ノ心ノ変リ易キヲ御自身ノ事ニ遊バシテ嘆ジ玉ヘル畏サ。

むらぎもの心にとひて耻ぢざらばよの人言はいかにありとも    (同年)
  むらぎもの 枕詞。人言 ヒトゴト、人ノ云フ言。
  良心ニ問ヒテ耻ヂズバ人ノ如何ニ悪シク云フトモ心ニ懸クルニ及バズ精神ヲ堅固ニ持テト訓シ玉ヘルナリ。

月に日にひらけゆく世の人心むかはむ方をまづ定めてよ    (二十二年)
  日進月歩ノ今日何事モ無定見ニテハ世ニ立チ難シト教ヘ玉ヘルナリ。

日に三度身をかへりみし古の人の心にならひてしがな      (三十一年)
  論語ノ言ヲ引キ玉ヘルニテ右ノ四首何レモ処世上ノ銘鑑トシテ常ニ拝誦スベキナリ。

しろしめす国やすかれとねがふこそなべての人の心なりけれ   (三十四年)
  国民ノ心ヲ汲ミテ詠マセ玉ヘルニテ之レ我国ノ強ク尊キ所以ナリ。

      忠
君がためこゝろつくしてまめやかに仕ふるおみの多き御代かな   (四十一年)
  まめやか 忠実。
天つ神しろしめすらむまめやかに君につかふる臣の心は      (同年)
  前ハ忠実ニ仕フル臣ノ多キヲ悦ビ玉ヒ後ハ其ノ殊勝ナル心ハ神モ御嘉納アルベシト訓シ玉ヘルナリ。

      孝
はゝそばの恵の露をうけながら子の道はまだつくしかねつゝ   (三十八年)
  母親ノ慈恵ハ受クレドモ子トシテノ道ハ兎角尽シ難シト嘆ジ玉ヘルナレバ人ノ子タル者悔ナキ様心セザルベカズ。

      誠
君が為心をつくすまめ人は神もうれしとたすけますらむ    (四十一年)
  君ノ為誠ヲ尽ス人ハ神モ喜ビ玉ヒ御守護深カルベシト前ノ忠ノ御歌ト共ニ忠誠ヲ励メトノ意ヲ含マセ玉ヘリ。

      仁
日の本のうちにあまりていつくしみ外国までもおよぶ御代かな   (二十二年)
  いつくしみ 御慈愛。外国 トツクニ。
  大君ノ御慈愛ハ日本国中ニ止マラズ外国ニ迄及ブ実ニ有難キ御代ナリト祝シ玉へルナリ。

しろしめす国ひろまれどみめぐみの露にはもるゝ民草もなし   (四十一年)
  戦勝ヲ重ネ国土ハ拡大スレドモ御恩恵ニ洩ルヽ民ハナシト聖代ノ徳ヲ頌シ玉ヘルナリ。

      義
茂りたるうばらからだちはらひてもふむべき道はゆくべかりけり   (二十二年)
  うはらからだち 茨、枳殻。
  如何ニ障碍多クトモ正道ト思ハヾ万難ヲ排シテ進ムガ人タル道ナリト教ヘ玉へルナリ。

      礼
人として学ばざらめや鳥すらも枝ゆづるてふ道はあるものを(十二年)
  鳩ニモ三枝ノ礼アリトイヘバ万物ノ霊長ト云フ人ニシテ礼義ナカルベカラズト歌ヒ玉ヘルナリ。

      智
おこたりて磨かざりせば光ある玉も瓦にひとしからまし   (十二年)

ものまなぶ道のひらけて天地もはかりしる世となりにけるかな  (二十二年)
  学術ノ進歩ハ遂ニ天地間ノ事モ容易ニ究知シ得ル聖代トナレリト其発達ヲ悦ビ玉ヘルナリ。
      信
つくろひて花をさかせぬ言の葉に人の誠は見ゆるなりけり   (同年)

へだてなく五つの国に交るも心のまことひとつなりけり   (同年)
  言語ヲ修飾セヌ人コソ誠実ノ心ハ明ニ見ユルモノナレヌ列国ト隔意ナキ国交ヲ結ビ得ルモ全ク信一ツナレバ信ハ大切ナルモノナリ漫ニ言語ニ修飾ヲ施シ軽薄ト思ハルヽナカレト詠ジ玉ヘルニテ此年条約改正問題ニテ国内多事ヲ極メタリキ。

      勇
人よりもすゝみて道をふむ人ははづる心やしをりなるらむ    (同年)
  人ニ卒先シテ正道ヲ踏マンニハ廉耻ヲ思フ心ヲ目標ト定メ勇気ヲ鼓シテ突進スベキナリト詠マセ玉ヘルナリ。

      節    制
花の春紅葉の秋のさかづきもほど/\にこそ汲まゝほしけれ   (九年)
  折々ニ汲ム酒モ度ヲ過サバ乱レテ悪シキモノナリ。

      清    潔
しろたへの衣の塵は払へどもうきは心のくもりなりけり    (同年)
  白キ衣ノ塵ハ払ヒ得レドモ心ノ曇ノ容易ニ拭ヒ得ヌハ憂キモノナリ。

      勤    労
みがゝずは玉の光はいでざらむ人の心もかくこそあるらし   (同年)
  玉モ磨カズバ光ヲ放タズ人ノ心モ同ジク学間修養ヲ積マザレハ光ハ出テズ。

      沈    黙
すぎたるは及ばざりけりかりそめの言葉もあだにちらさゞらなむ   (同年)
  あだに 無駄ニ。ちらす 言葉ノ縁説ニシテ、イハヌ

過ギタルハ及バザルガ如シトイヘバ其場限リノ言モ無駄ニ発セザルヲヨロシトス。

      確    志
人ごゝろかゝらましかは白玉の真玉は火にもやかれざりけり    (同年)
  かゝらましかは 此クアツタナラバ宜シカラウ。白玉 玉ノ美称。真王 マタマ、同様。
  真ノ玉ハ火ニモ焼ケザルナリ人ノ心モ斯ク堅固ナルベシ。

      誠    実
とり/\につくるかざしの花もあれど匂ふ心のうるはしきかな (同年)
  簪ノ花ノ美麗ナルモ結構ニハアレドモ心ノ美ナルガ一層結構ナリ。

      温    和
みだるべきをりをばおきて花桜まづゑむ程をならひてしがな (同年)
  みだるへき 散ルベキ。ゑむ 咲キカケ。

散ル折ノ乱雑ナル様ハ習ハズ桜花ノ今ヤ咲カントスル美ナル姿ヲ習ヘ

      謙    遜
高山のかげをうつしてゆく水のひきゝにつくを心ともがな (同年)
  ひきゝ 低キ。

高山ノ姿ハ映シナガラモ低キ谷底ヲ流ルヽ水ノ床シキ心ヲ己ノ心トセヨ。

      順    序
おくふかき道もきはめむものごとの本末をだにたがへざりせば (同年)
  本末 モトズエ、アトサキ。

前後ノ順序ヲ誤ルコトナクバ如何ナル道理モ究メ得ラルヽモノナリ。

      節    倹
呉竹のほどよきふしをたがへずば末葉の露も乱れざらまし (同年)
  身分相応ト云フコトヲ忘レザレバ後ニ難儀スルコトナシ。

      寧    静
いかさまに身は砕くともむらぎもの心はゆたにあるべかりけり (同年)
  ゆた オダヤカ。
  身ハ粉ト砕キ働クトモ心ハ瀞ニ穏ニ持ツベシ。

      公    義
国民をすくはむ道も近きよりおしおよぼさむ遠きさかひに (同年)
  右十二首弗蘭克林の十二徳をよませたまへる。
  助ケ救ハン事モ先ヅ近キヨリ遠キニ及ボスコソヨケレ。

以上十二首ハ彼ノ名高キフランクリンノ選定セシ十二徳ニヨリ詠ジ玉ヘルニテ所世上ノ銘鑑トシ常ニ拝誦スベキモノナリ此御作歌当時暫ク御年二十五歳而モ御修養ノ深キト御詞藻ノ豊カニマシマス斯クノ如シ畏シトモ畏シ。

      立    志
国の為一たびたてし志ひるがさぬが頼もしきかな(四十一年)
  国ノ為一度立テシ志ハ中途挫折スルコトナク終始一貫目的ヲ達成スルニ勉ムルノ士ハ頼母シト詠ジ玉ヘルナリ。

      文    勲
事しげくなりゆく御代の政事たすくる臣のいさを高しも   (四十二年)
  国運ノ隆盛ト共ニ繁劇ニ渉ル聖代ノ政ヲ佐ケ奉ル大臣ノ功ヲ賞シ労ヲ思ヒ玉フ御心辱シ。

      治 民 如 治 水
あさしとてせけばあふるゝ川水のこゝろや民の心なるらむ   (十年)
  浅キ川水モ堰ケセ(ママ)溢ルヽガ如ク民ヲ治ムルニモ冗リニ抑圧スレバ却テ反向心ヲ起スモノナレバ愛撫ノ心ヲ以テ臨ムベキナリト詠マセ玉へルナリ。

      粒 々 皆 辛 苦
苗うゑて八束たり穂をみるまでにいたづく人を思ひこそやれ   (四十二年)
  八束たり穂 ヨク稔レル稲。
  苗ヲ植ヱテ米ノ成熟スル迄ノ農民ノ辛苦ハ尋常ノ業ニ非ズ其労ヲ踈ニ思フベカラズトナリ。

      野 無 遺 賢
山深くひそみし人もおのれから心すゝみていづる御代かな    (三十一年)
  論功宜シキニ適ヒ国光旭ノ昇ルガ如キ聖代ハ皆仕ヘントシテ出デ山深ク隠遁センノ心ヲ抱クモノナシト御代ヲ祝シテ詠ジ玉ヘルナリ。

      焚 裘 示 倹
やきすてし雉の毛衣うらうへに求むる世ともなりにけるかな   (十二年)
  雉の毛衣 雉ノ頭ノ羽毛ヲ飾ニツケタル美服。うらうへ 反対、うらは衣ノ縁語也。
  美服ヲ焼捨テ倹約を教ヘタル支那晋ノ武帝が古事ノ反対ニ目今ハ其美服ヲ競ヒ着スル世トナリヌ実ニ慨嘆ニ堪ヘズト詠ゼラレタルハ明治ノ十二年ナリ今ハ大正ノ十二年モ過ギタル今日益々奢移ニ流レ行ク世別ケテモ心セザルベカラス。

      孝 感 動 天
親のためかへす山田は久方のそらとぶ鳥もよそにやはみる   (同年)
  かへす 耕作スル。よそにやは見る 余所事ニハ見ナイ。

孝心ヨリ耕作スル小田ハ鳥モ感ジテ漫ニ荒サズレバ孝ノ徳ハ尊モノナリ頌シ玉ヘルナリ。
      剪 綵 為 花
にほひなき花をつくりて冬木にもかけしさかえは時の間にして   (同年)
  虚偽ナル栄華ハ一時ニシテ亡ブベシ着実ヲ尊重シ従ヘト教ヘ玉ヘルナリ。

      夫 婦 有 別
むつまじき中洲にあそぶみさごすらおのづからなる道はありけり  (同年)
  中洲 ナカス、大川又ハ海ニソヽガムトスル河川ノ中ニアル砂原ヲ云フ中ハ初句ニモカヽレリ。みさご 鳥ノ名。
  川ノ中洲ニ遊ビ睦ブミサゴモ猶自ラ夫婦ノ礼アリ況ンヤ人間ニ於テオヤト教ヘ玉ヘルナリ。

      男女同権といふことを
松が枝にたちならびてもさく花のよわき心は見ゆべきものを (同年)
  松ト立列ヘル桜花ハ研爛タルモソコニ又弱キ様ノ見ユルガ如ク男ノ雄キニ女ノ如何デ並ブベキトノ御意世ノ男女同権ヲ口ニスルモノ先ツ此御歌ヲ拝誦スベキナリ。

      支那窮民を救ふといふことを
日の本の恵のつゆにもろこしの青人草もいきかへるらむ    (同年)

      慎    独
人しれずおもふこゝろのよしあしもてらしわくらむ天地の神   (同年)
  心中ニ思フ事ノ善悪モ能ク天地ノ神明ハ照覧遊バサルレバ心ノ中ナリトテ悪キ考ヲ仮ニモ起スベカラズトノ御事常ニ拝誦シ心ノ銘ト為スベキナリ。

      一 人 有 慶
天の下をさむる君がよろこびは青人草のさかえなるらむ    (十四年)

      商
日の本の国富まさむと商人のきそふ心ぞ宝なりける   (四十一年)

      農
八束穂のたりほの上にいたづきし人の力もみゆる秋かな   (四十年)
  いたづきし 苦労セシ。

      農    業
田に畑にいでぬ日もなき里人の身のいたづきぞおもひやらるゝ  (三十五年)
  産業ヲ国富ノ基ト思召セバ商人ノ競フヲ宝ナリト宣ヒ又農民ノ労苦テ思召シ秋ノ稔ノ豊ナルヲ悦ビ玉フ業ニ従フ者励ムベキナリ。

      人
人はたゞすなほならなむ呉竹の世にたちこえむ節はなくとも   (十五年)
  一般ノ人ニ立勝ルコトハヨシアラズトモ人ハ正直ナレト取ルベキ道ヲ教ヘ玉ヘルナリ。

      親
なほざりにきゝて過ぎにしたらちねの親のいさめぞ今は恋しき   (二十二年)
  なほざり 等閑ニ。
  年ト共ニ御父君ヲ追慕シ玉フ御情ノ切ナル事毎ニ御懐旧ノ念ニ暮レ玉フゾ畏キ。

御恵のあまりある身をなき親も苔の下にてかしこみぬらむ  (三十四年)
  御孝心ヨリ御親ヲ偲ビ玉フニモ大御代ノ御恵厚キヲ先ヅ感泣シ玉ヘル畏サ。

      子
思ふ事ありとも見えずをさな子の枕はなれてねたる姿は (二十五年)
  無心ナル子女ノ姿ハ実ニ可愛キモノナリト御慈ミ玉ヘルナリ。

年たらて学の園に入らぬ子も千代に八千代とうたふ御代かな (四十三年)
  学齢ニ達セヌ児童モ君が代ノ唱歌ハ自然ニ覚エ唱フナリト聖代ヲ祝シ玉ヘルナリ。

      兄    弟
はらからの親しきなかの争は時のまにこそ忘れはてけれ (三十年)
  はらから 兄弟。

      教    師
花になれ実をも結べといつくしみおほしたつらむ大和撫子 (三十二年)
  撫子ノ名ニヨリ子供ノ上ニ借リテ教師ノ労苦ノ一通ナラザルヲ思召シ玉へルナリ。

      友
よき友に交はる人はおのづから身のおこなひも正しかりけり (同年)

      朋    友
誠もて交らふ友はなか/\にはらからよりも親まれけり (三十年)

      老    人
開けゆく御代にあひても老人は昔のことをなほしたふらむ (二十一年)
  開ケタル御代ニ遭フトモ昔ヲ恋ク思フハ老人ノ情ナリト御諒察ヲ垂レ玉ヘルナリ。

あふごとにすくよかなりといはるゝが老たる身には嬉しかるらむ (三十四年)
  すくよか 健全。
  前ノ御歌ト共ニ老人ノ心情ヲ能ク汲マセ玉ヘルナリ。

      翁
をり/\は畑うつ鍬を杖にしていこふ翁のあはれなるかな (二十二年)

うま車しげき大路を老人の杖にすがりてゆくがあやふさ (二十三年)   鍬ヲ杖ニ折々憩ヒツヽ畑打ツ老農夫ヲ憐レト又車馬ノ通行繁キ大道ヲ杖ニ縋リテ行ク老人ヲ危シト御心ニ止メ玉フ畏サ。

      山  家  翁
山松のかはらぬ陰にむかひつゝひとりおいぬと身をなげくらむ  (十八年)
  之レモ老人ノ心情ヲ憐ニ思召シ松ト己トヲ比シ嘆ズルナルベシト御同情ヲ垂レ玉ヘルナリ。

      田  家  翁
杖つきて田面をめぐる翁こそよのあえものといふベかりけれ   (三十一年)

子に孫に業をゆづりし老人も田面にいでぬ日はなかりけり   (三十二年)

おのづから齢にとめる人多し田づらの里の心やすさに     (四十二年)

      背 面 美 人
ゆく人をかへり見もせず花かげにたてる少女は誰が子なるらむ (二十一年)

      耳
人ごとのよきも悪きも心してきけばわが身のためとこそなれ (三十年)
  人ノ言ハ心シテ聞ケバ善悪共ニ己ガ身ノ教訓トナラザルモノナシトノ御言葉ナリ。

      声
国民をあはれみたまふ一言の玉の御声ぞ世にひゞきける  (三十二年)
  玉ノ御声 天皇陛下の御言葉、

      詠    史
君臣のたゞしき道もかし原の宮のむかしや始らるらん (十二年)
  かしはらの宮 神武天皇ノ御事 

      可 美 真 手 命
鉾とりてよるも御垣にたちしこそ近き守のはじめなりけれ  (四十三年)

      弟  橘  媛
舟のうへに君をとゞめてたち花の今はとちりし心をぞおもふ (十二年)
  日本武尊ノ妃ニシテ身ヲ海ニ投ジ海神ノ怒ヲ鎮メ尊ノ御命ヲ安カニ御偉業ヲ全カラシメ玉ヘル御貞操ヲ称ヘ玉ヘルナリ。

      衣  通  姫
大君の宮居は遠く離れてもかけぬまぞなきさゝがにの糸  (十九年)
  さゝがに 蜘蛛。
  衣通姫ハ允恭ノ妃ナリ帝妃ノ居ヲ藤原ニ造リ居ラシメ玉フ帝妃ヲ慕ヒマヰラセ詠ミ出デタル彼ノわがせこがくべき宵なりノ歌ニヨリ其心事ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      有智子内親王
加茂川のはやせの波のうちこえし言葉のしらべよにひゞきけり (三十五年)
  うちこえし 勝レタルノ意。初二句ハ此語ヲイハン料ニシテ縁語ニヨリ巧ニ纒メ玉ヘル美シキ御歌姿ト拝ス。
  嵯峨天皇ノ皇女ニマシマシテ本朝女流ノ秀才ナリ和漢ノ学ニ通ジ玉ヒ特ニ和歌ニ御堪能ナル其並々ナラヌヲ称ヘ玉ヘルナリ。

      橘 逸 勢 女
かぐはしきこのみありてぞ橘の枯れ木ももとに移されにける ( 二十六年)
  かぐはしき 香ノ高キ。このみ 木ノ実、此身トイフ意モコモレリ。
  橘逸勢罪ヲ得テ流サル其女密ニ附従シテ孝養ヲ尽ス死スルヤ屍ヲ乞ヒ墓ヲ築キ守ルコト十年其罪ヲ赦サルヽニ及ビ屍ヲ乞ヒ帰リテ厚ク葬ル其孝心ヲ賞シ玉ヘルモノナリ。

      尾 張 浜 主
百年をふもとにみつゝ雲のうへに立居かろくも舞ひし袖かな ( 三十六年)
  仁明帝ノ御時ニ仕ヘマツレル伶人ニシテ舞芸ニ巧ナリキ百十三歳ニシテ御前ニ長寿楽ヲ舞フ其立居ノ軽ク壮ナリシヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      万葉集なる桜児を
一方になびかしつべき風なくば花も脆くはちらざらましを ( 十二年)
  なびかせつべき 靡カソウトスル。
  二人ノ男子ヨリ強ク慕ヒ競ハレ女心ノ否ム術ナク憂キ心ノ余リ林中ニ死ヲ決シ両人ニ貞操ヲ立テタル古事ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      紀  夏  井
うちそゝぐ夏井の水のめぐみより民の草葉もいきかへりけむ (同年)
  文徳帝ノ殊遇ヲ受ケシ人ニシテ讃岐守ニ任ゼラルヽヤ善政ヲ布キ民衆ヲ富マシム其事蹟を詠マセ玉ヘルナリ。

      菅 原 道 真
君を思ふまことの道の一筋はかねてもしるし放つ矢先に
  右明治三十五年二月菅公会に下したまへる。
  菅公ノ幼時只文弱ノ人トノミ思ハレシニ弓矢ノ術ニモ長ジ人ヲ驚セルコトアリキソレニヨリ公ノ忠義心ハ放ツ矢先ノ一筋ナル如ク終始変ルコトナカリキと詠ジ玉ヘルナリ。

      紫  式  部
露ふかきみかきの内にさきながら操たわまぬ女郎花かな (二十三年)
  女郎花 文字ニヨリ茲ニテハ婦人のコトナリ。
  藤原時代ノ女操ノ乱レタル内ニ立交リナガラ貞節ヲ守リタル殊勝ヲ賞シ玉ヘルナリ。

      紀  貫  之
昔今えらびし歌のはしがきにみゆるは人のちからなりけり (二十二年)
  古今和歌集ノ序文ノ勝レタルハ人ノ知ル所ナリソヲ賞シ玉ヘルナリ。

      小 野 道 風
秋萩の花の陰にもかくれなきあとこそみゆれ小野の古道 (十二年)
  道風ノ書ノ堪能ナリシハ誰モ知ル其筆蹟ノ残レルガ中ニモ秋萩帖ノ殊ニ聞エタルモノナレバソヲ取リ出テ玉ヘルナリ。

      小    督
月清き雲居のかり玉づさにしらぶる事の音もしめりけむ (三十一年)
  かりの玉づさ 文ノコト 上の句ハ何レモ縁語ナリ
  琴ニ長ジ美貌ナルガ故ニ高倉帝ノ寵深ク為ニ中宮ノ父清盛ノ怒ニ触レケレバ潜ニ宮ヲ出デ嵯峨野ニ隠ル帝之レヲ嘆キ大弾大弼仲国ヲシテ索メシム仲国琴声ノ常人ナラヌニ夫レト知リテ尋ネ帰ル古事アリ。

      源  為  朝
軍船射つらぬきけむものゝふゆづるのひゞき高くもあるかな (二十二年)
  ものゝふ 武士。ゆづる 弓弦。     
  為朝ハ源義朝ノ弟ニシテ弓術ニ達シ強弓ヲ牽ク一矢ヲ放チテ船艦ヲ覆シタルコトアリ

      平  敦  盛
人しれず浪の花ともちりなまし扇の風のさそはざりせば (十二年)
  平家ノ将ニシテ若木ノ花トモ称スベキ武者ナリ須磨ノ浦ニテ源氏ノ稗将熊谷直実実ノ扇モテ麾クニ逢ヒ引返シテ討タレシハ愍ナルモ名ナキ士ノ為徒ニ散リハテンヨリハト仰セ玉ヘルナリ。

      巴
松をこじゝそのちからのみあらはれて操のいろはしる人もなし (同年)
  巴女ハ粟津ノ原ノ戦ニ義仲ノ最後ヲ見届ケ国ニ帰リ尼トナリ菩提ヲ吊フ然シ此世ノ人彼ノ力量ノ勝レタルヲ称讃スルノミニテ其貞操ヲイフ人ナシト嘆ジ玉ヘルナリ。

      静
舞の袖かへすもあはれ心なき鶴が岡辺のまつの嵐に          (二十三年)
  静ハ源義経ノ妾ニシテ舞ノ上手タリ頼朝義経ノ所在ヲ探ランガ為召シヨセ一日鎌倉鶴ケ岡ノ神前ニテ舞ハシム静義経ノ慕ハシキ旨ヲ歌ヒテ舞フ為ニ頼朝ノ怒ニ触ル。

      北 条 時 宗
仇波はふたゝびよせずなりにけり鎌倉山の松のあらしに        (同年)
  鎌倉山 相模国、鎌倉幕府即時宗ヲサス。
  鎌倉幕府ノ執権ニシテ弘安ノ役ニ元使ヲ斥ケ我国威ヲ輝シタル偉丈夫ナリ。

      日 野 資 朝
時来ぬと君につげゝむしのびねやくもまをもれしやま時鳥       (十二年)
  卿ハ南朝ノ忠臣ニシテ後醍醐帝ノ寵ヲ受ケ謀主トナリ政権復興ノ議ヲ謀リ事破レテ佐渡ニ流サレ終ニ殺サル。

      名 和 長 年
ふなのへの山まつ風に雲はれてのぼる朝日の影のさやけさ        (二十二年)
  ふなのへの山 船上山、伯耆国。
  後醍醐帝ヲ隠岐ヨリ船上山ニ迎ヘ奉リシハ有名ナル史実ニシテソヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      楠  正  行
桜井のさとし忘れず君がため盛もまたで花のちりけむ          (二十一年)
  桜井ノ訣別ハ誰レモ知ル所其戒諭ヲ守リ若キ身ノ能ク勤王ノ為四条畷ニ戦死セルヲ惜マセ玉へルナリ。

      木 村 重 成
緒をたちし兜のうちの空だきは消えての後も世に薫りつゝ        (十二年)
  豊臣家ノ功臣ニシテ大阪方落城ノ折到底勝算ナシト悟リ何レ首級ノ敵ノ手ニ渡ランコトヲ知リ兜ニ名香ヲ焚キ籠メテ戦場ニ臨メリトイフ美談ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      大 石 良 雄
梅のはな雪にうもれて人しれず春をやまちし山科の里          (同年)
  三才ノ児童モ知ル赤穂義士ノ盟主ニシテ山城国山科ノ里ニ隠遁シ時機ノ至ルヲ待テリシ其高キ清節ヲ梅花ニ比シ賞シ玉ヘルナリ。

      僧  月  照
さつまがた沖の波間に影きえし月は今こそあらはれにけれ        (同年)
  京都清水寺ノ僧ニシテ維新ノ志士ナリ西郷隆盛ト相擁シテ薩摩潟ニ投ジテ失セタル人朝廷生前ノ功ヲ追賞シ位記ヲ贈リタマフ。

      熾 仁 親 王
御杖ともたのみましけむ呉竹のをしくも雪にをれにけるかな       (三十六年)
  親王ハ有栖川宮ト申上グ維新以来常ニ大帝ノ御補弼トシテ御信頼深ク御功績亦顕著ナリシヲ惜ミ玉ヘルナリ。

      彰 仁 親 王
名のみにて小松のなきぞくちをしき勲も高きこの宮にして        (三十八年)
  元仁和寺ノ宮ト申上ク後ニ小松宮ト御改号早クヨリ国事ヲ御鞅掌アラセラレ特ニ軍事ニ御勲功高カリシモ御継嗣ナク皇室典範ノ御定ニ基キ宮家ノ絶エタルヲ歎カセ玉ヘルナリ。

      桃 山 城 跡
桃山のむかしの春のひとさかり思ひやらるゝ花のいろかな        (十二年)
  豊太閤ガ栄華ノ跡ヲ偲ビ玉ヒテノ御歌ナリ。

      禹
末終にみだれむふしをはかりてもをざゝの露はうち払ひけむ       (同年)
  禹ハ支那国夏ノ始皇ナリ酒ノ味ノ美ニ溺レンカ末ニハ国ヲ亡サンコトモ出来スベシト終ニ退ケテ用ヰザリシトイフ事蹟ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      周  姜  后
身をつみてかざしの花をちらさずば朝日の影もにほはざらまし      (十年)
  周姜ハ大公望ノ女ニシテ周武王ノ后ナリ王ノ寵愛シ玉フ妾ヲ身ニ替ヘテ退ケ英君タルノ名ヲ輝カシメシ事蹟ヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      孔    子
世に高きいさを思へばたらちねのいのりし山も麓なりけり       (二十二年)
世界ノ三偉人トシテ著名ナル孔子ノ高キ功績ヲ賞シ玉ヘルナリ。

      子    路
一筋にすゝむ心の錦にはたがかはぎぬもおよばざるらむ        (十二年)
  子路ハ孔子ノ弟子家貧ナリシモ徳高ク身ニ襤褸ヲ纒ヘドモ心ニ錦ヲ飾リタレハ行ヒ尊ク衣ニノミ美ヲ競フ者ノ何ゾ及バンヤト賞デ玉ヘルナリ。

      藺  相  如
くらゐ山こえあらそひし小車もきしらぬ道にかへしつるかな      (同年)
  藺相如ハ支那戦国時代ノ趙ノ大臣ニシテ武将タル廉頗トノ衝突ヲ善ク避ケ国ヲ安泰ニ置キシ事蹟ヲ賞シテ詠ジ玉ヘリ。

      項    羽
山をぬく力もつきてわかれぢの涙やそでの雨とふりけむ        (同年)
  之レハ膂力山ヲ抜ク項羽が臨終ノ詩ヲトリテ詠ジ玉ヘルナリ。

      呂    后
たちのぼる雲をしるべに求めけりいまだひそめる龍のありかを     (二十一年)
  呂后ハ漢ノ高祖ノ后ナリ其父高祖ノ行ク処常ニ頭上ニ瑞雲ノ立ツヲ見テ我娘ヲ配シタルニ果シテ帝王トナリタルコトヲ詠ジ玉へルナリ。

      司 馬 相 如
よつの馬車にかけてふるさとの橋を渡りし昔ぞとゝろく         (十五年)
  相如幼時郷ニアル時ハ親族郷人何レモ愚ナリト蔑視シタリキ然レドモ一度志ヲ立テ郷ヲ出デテハ終ニ宰相ノ位ニ就キ錦ヲ飾リテ帰国セリト云フ。

      雪 中 求 賢
雪わけしふかき心にふす龍もいまはと空におもひたちけむ        (十二年)
  蜀ノ世ニ劉備ガ諸葛孔明ノ出廬ヲ求メニ行キタルコトヲ詠ジ玉ヘルナリ。

      白  居  易
四の緒のことにかなしくきこえしも身の浮節にあへばなりけむ      (十九年)
  白居易ハ唐ノ詩人ニシテ彼ノ名高キ長恨歌ヲ作リシ人ナリ。

      超  匡  胤
ふりつもる雪のとざしを天つ風たゝきしよはの音ぞ身にしむ       (十二年)
  宋ノ太祖ニシテ仁慈ノ心深ク帝王ノ身ニシテ大臣ノ為雪中態々病気見舞ニ行カレシヲ御感アリタル御歌ナリ。

      班 女 辞 輦
みだれけむためしをひきし手車に匂ふ心の花ざくらかな         (同年)
  前漢ノ成帝ノ妃ナリ帝後庭ニ遊ビケル時輦ヲ同クセント宣ヘルヲ辞シテ曰ク図画ヲ見ルニ賢聖ノ君側ニハ名臣アリ三代末世ニハ嬖女アリ今輦ヲ同クスレバ之レニ近似スルコトナキヲ得ンヤト帝其言ヲ善シト聞キテ止ム太后之ヲ聞キ喜ビ曰ク古ニ樊姫アリ今班●(ニンベン+「予」)アリトアル古事ヲ賞シテ詠マセ玉ヘルナリ。

      万 里 長 城
ながき世の末までのこる石垣にかけゝむ民の力をぞおもふ       (同年)
  秦始皇帝ノ時北胡ニ備ヘン為国境ニ築キタルモノニシテ今モ残レリ。

      謡曲の葵上を
小車のをすの葵におもひきや恨の露のかゝるべしとは          (十四年)
  源氏物語葵ノ巻ニ於ケル加茂祭ノ車争ニヨル生霊ニ葵ノ上ノ疾ヤム所ヲ仕組ミタルモノナリ。

      謡曲の湯谷を
ふるさとの春に心のひかれずは花見車ぞのどけからまし         (十七年)
  平宗盛ノ愛妾熊野ガ母病気ノ為暇ヲ乞ヒ帰ラントスルヲ止メ兼ネ愛惜ニ暮ルヽ態ヲ写セル謡曲ナリ。

      赤
ひえどりのあさる木の実もてりそひて窓の戸赤く夕日さすなり      (二十二年)

      春 夏 秋 冬
花ちりて若葉凉しと思ふまに紅葉みだれて木枯ぞ吹く         (三十二年)

      うれしきもの
旅衣かへりてみれば御子達の車やどりにむかへましたる         (三十一年)
  旅衣 旅行ノコト。
  御旅行先ヨリ還啓シ玉ヘル時宮城内ノ御車寄ニ皇太子内親王方ノ御奉迎ヲ受ケ玉フ刹那ノ御実感サモコソト伺ヒ奉ル。

      つれ/゛\なるもの
とのゐ人しづまりたる小夜中にたゞひとりきく雨だりの音         (同年)

      洋    学
外国のふみの林の下風になびきなはてそやまとなでし子        (十二年)
  ふみの林 学問。下風 林トアルヨリ下風トイヒ玉ヘルニテ気風ナリ。
  外国ノ学問ヲスレバトテ其気風ニ耽溺スベカラズト戒メ玉ヘルナリ万事外国ヲ尊重シテ世ヲ過ツ学徒此御歌ヲ能ク拝誦スレバ自ラ悔ユル所アルベシ。

      五十音韻
しきしまのやまと言葉をたてぬきにおるしづ機の音のさやけさ     (同年)
  たてぬき 縦横。しづはた 織機ナリ。
  日本語ノ基礎タル五十音ハ実ニ乱ルヽ事ナク明瞭ナリト機ニ比喩ヲトリ巧ニ詠マセ玉ヘリ。

      幼  稚  園
折鶴の千代をまづしる姫小松ふみのはやしの山口やこれ        (二十三年)
  姫小松 ココニテハ児童ノコト。 山口 入口。

      小  学  校
ものまなびやすらふ時になりぬらし子供の声の庭にみちたる      (三十年)
  やすらふ 休息。

      訓  盲  院
みるめなき浦わのあまも藻汐草かきならふ世となりにけるかな      (十八年)
  みるめ 海松布、見ル目ニイヒカク。藻汐草 モシホグサ、塩ヲ造ルニ用ヰルモノニシテ文字ニカヽル。かき 藻汐草ノ縁語ニシテ書クニカヽレリ。
  幼稚園ノ御歌ト同ジクイト巧二縁語ヲ使ヒ玉ヘルナリ。

      植 物 温 室
梓弓はるより外の時しらで草木花さくむろのうちかな          (三十五年)
  梓弓 アヅサユミ、枕詞。はるより外の時しらで 常春トイフ意。

      燈  明  台
雨風にきゆることなき燈火によるも船路はまどはざるらむ        (同年)

      病    院
やむ人を来て見るたびに思ふかなみないえはてゝ家に帰れと       (二十二年)
  病院ヲ巡視スル度ニ皆全快シテ己カ家ニ帰レカシト思フトノ御慈愛深キ御言葉余リニモ畏キ極ナリ。

      衛    生
仮初のことは思はで暮すこそ世にながらへむ薬なるらめ        (四十二年)
  益ニナラザル一時的ノ事ハ思ハズ暮スコソ長命ノ薬ナリトノ御意ナリ。

      写    真
たらちねの親の御影も残らましこのうつしゑのある世なりせば     (二十一年)
  写真術ノ開ケザリシ頃身マカラレシ父君ノ御影ヲ御追慕アラセ玉ヘルナリ。

新衣いまだ着なれねわがすがた写しとゞむる影ぞやさしき       (二十二年)
  御洋服ヲ未ダ着馴レ遊バサヌ折柄写真ニ撮サルヽガ羞シト素直ニ御心情ヲ述ベ玉フ畏サ。

国のためいたでおふ身の写真は見るに涙ぞ催されける         (三十七年)
  戦時中ノ御歌ニシテ負傷兵ノ写真ヲ御覧遊バサレテノ御実感ナリ御慈愛深キ御心ヲ痛メ玉フイト畏シ。

      油    画
しる人の面影うつす油画にむかへばわれもうちゑまれつゝ       (二十一年)

      石    筆
石の板机におきてまなび子が石の筆とる音ぞひまなき          (三十四年)
  まなび子 生徒。

      新  聞  紙
すみにごる人の心を紙屋川うつしわけたるあとのさやけさ        (二十二年)
  すみにごる 清濁、川ノ縁ニテ用ヰ玉ヘルナリ。紙屋川 京都ノ西北北野辺ニアリ古来ヨリ名アル川ニシテかみトイフ名ニヨリ借リテ用ヰ玉ヘルナリ。
  人ノ心ノ善悪ヲ明瞭ニ書分ケタル新聞紙コソ尊キモノナレト其徳ヲ称シ玉ヘルナリ。

      汽    車
かなぢゆく車のうちの軍人みおくる声もいさましきかな         (三十八年)
  かなぢゆく車 汽車。
  日露戦役当時ノ御実感ニシテ出征軍人ヲ見送ル万歳ノ声ノ勇シサヲ悦ビ玉ヘルナリ。

      飛  行  機
たくみなるわざの開けて神ならぬ人も天とぶ世となりにけり       (四十三年)
  たくみなるわざ、巧妙ナル技術。

      電    話
白雲のよそなる人の言の葉も家にゐながらきく世なりけり       (三十五年)
  白雲の 枕詞。よそなる人 離レテ居ル人。

      活  人  画
筆とりてうつせるよりも女郎花なびかで立てる影ぞめでたき      (三十年)
  なびかで 動カズ。めでたき 結構デアル。

      撃    剣
敷島の大和心をきたへむと大刀うちかはす音のをゝしさ        (三十九年)
  きたへむ 錬ラント。

      煙    草
くゆらしゝ煙草の姻きえたれどかをりはのこる窓の内かな       (三十五年)

けぶり草くゆらしながら語る間は消えゆく時も覚えざりけり      (二十三年)
  けぶり草 煙草ノ訓読。消えゆく時 煙ノ縁ニテ時ノ消ユルニカヽル。

      香   水
瓶にさす花かと思へばわが袖にそゝぎし水の薫るなりけり        (三十一年)

大君のみけしにそゝぐ水の香にわがたもとまでかをりぬるかな      (二十年)

      華   族
世の中にあふがるゝ身を位山のぼるにつけて忘れざらなむ        (三十三年)
  皇室ノ藩屏トシテ世人ノ目標タル身ヲ忘レ応々体面ヲ汚シ或ハ礼遇ヲ止メラルヽ者アルヲ嘆ジ玉フ御心カト拝スレバイト畏シ。

      士  族
小山田のかゞしに弓はゆづるとも君につかふる道なわすれそ       (十二年)
  弓ハヨシ案山子ニ譲ルトモ伝ヘ来レル武士ノ道タル忠義ヲ尽スコトハ忘ルベカラズト戒メ玉ヘルナリ。

      地  方  官
ほど/\に心をそゝぐ県井の水にうるほう四方の民くさ        (三十三年)
  県井 アガタヰ、田舎ノ井戸、文字ニヨリ府県知事ノコト。
  県井トイフニ御趣向ヲ興シ玉ヒ其縁語ヲ以テ全首ヲ取纒メ玉ヘル並々ナラヌ御鍛錬ノ伺ハレテ畏キハ云うモ更ナリ地方官タル者ノ心シテ拝誦セムコトヲ望ム。

      巡    査
にぎはへる都大路をもる人は心のやすき時やなからむ         (同年)
  もる人 守ル人、即チ巡査。
  各地ヘ行啓ノ折ノ御実感ニヤ雑踏セル道路ノ守護ニ任ズル巡査ノ労苦ヲ思召シ玉ヘル畏サ。

      軍    人
国のため海にくぬがにおこたらず軍の道をならす御代かな       (同年)
  くぬが 陸。ならす 練習スル。

軍人いたる処に勝を得てやまとごゝろを世にしめすらし        (二八年)
  日清戦役当時日々ノ捷報ニ悦バセ玉ヘルナリ。

      歩    兵
一足もあとにはひかぬつはもののやまと心も見ゆる時かな       (同年)
  つはもの 兵士。

      騎    兵
つはものの鞭うつ駒やいさむらむありなれ川の波をけたてゝ      (同年)
  ありなれ川 鴨緑江。

      砲    兵
ものゝふのうちあやまたぬつゝの音は西の国まで響くなるらむ     (同年)

      工    兵
白布をやねにかへつゝ軍人たむろつくるも時のまにして        (同年)
  工兵ノ露営用テントヲ張ル熟練ト敏捷サトヲ賞シ玉ヘルナリ。

      楽    隊
大君の軍のみうたしらべあぐるその物のねのいさましきかな      (同年)
  日清戦役当時広島大本営ニテ遊バサレタル御製ノ軍歌ノコトヲ詠マセ玉ヘルナリ。
  以上六首何レモ日清戦役中ノ御歌ニシテ軍人ノ上ヲ忘レ玉フコトナク御徒然ノ折ノ御スサビニモ斯ク詠ミ玉ヘル畏サ。

      入    営
万代の声ぞきこゆるつはものの今日やたむろに入る日なるらむ      (三十八年)
  たむろ 兵営。

      艦 隊 操 練
国のため事しあらばと軍艦仇をふせがむ道ならすらし          (十六年)

      凱    旋
万代といたるところに祝はれて都にかへるみいくさのとも        (三十九年)
  みいくさのとも 軍隊。

      振  天  府
みるごとに涙ぐまれぬ海陸に命をすてゝえたるくさ/゛\         (三十三年)
  振天府 日清戦役ノ記念ニト御内苑ニ設ケ玉ヒ戦利品戦死者ノ写真等記念トナルベキモノヲ蒐集シテ陳列シ玉ヘリ之レモ出征将士ノ偉勲功績ヲ永遠ニ残サントノ深キ思召ニ出テタルナリ。
  見ル毎ニ涙グマレヌト実ニ有難キ御言葉ナリ戦死者モ此御仁慈深キ御歌ヲ拝スレバ以テ溟スベシ。

      廃  兵  院
いかにして日を送るらむ国のため身をそこなひし丈夫のとも       (四十年)
  廃兵ノ上ニ御同情ヲ寄セ玉ヒ定メテ不自由ナラン気ノ毒ナリ如何ニシテ日ヲ送ルカト仰セ玉ヘル御心ノ有難サ。

      金 鵄 勲 章
みとらしの弓末の鳥のしるしこそ御軍人の宝なりけれ          (二十九年)
  みとらしの 御持チ遊バサルヽ。弓末 ユズヱ、弓ノ先。
  金鵄勲章ハ神武夫皇御東征ノ折御弓ノ先ニ金ノ鵄ノ止マリシ古事ニヨリ御制定アラセ玉ヘルナリ。

      浅  間  艦
山の名のあさまのけぶり海原の船路にさへも靡く御代かな        (十二年)

      水 雷 火 を
事しあらば御国のために仇波のよせくる船もかくやくだかむ       (十九年)

      造  船  所
たくみ人よりてつくろふ船見れば皆御軍のえものなりけり       (二十八年)
  たくみ人 工人、技師等。つくろふ 修繕スル。
  日清戦役当時造船所ニ於テ分捕軍艦ノ修繕ヲ御覧ジ玉ヒテノ御実感ナルベシ。

      呉    港
軍船かへるをまちてゆく年のくれの港はにぎはひぬらむ        (同年)
  くれの港 呉軍港、安芸ノ国ニアリ年ノ暮トニカヽル。

      宇  品  港
万代の声ひゞくなり軍船うじなの港今かいづらむ           (同年)
  うじなの港 安芸ノ国ニアリ日清戦役当時コヽヨリ出船セリ。

      観兵式の日に
青山の広野狭しとつはもののならぶを今やみそなはすらむ       (二十一年)

      観  艦  式
数そひて御国にかへる軍ぶねいかにうれしとみそなはすらむ      (三十八年)
  日露戦役終リテ大観艦式御挙行ノ折大帝ノ御心ヲ推シ量リ玉ヒテノ御歌ナリ。

      社  頭  水
千早ぶる神の心もうつるらむさやかにすめる御手洗の水        (三十九年)

      社  頭  松
栄え行くいがきの松にみゆるかな御国を守る神の心も         (四十一年)

      社  頭  杉
あら玉の今年を千代のはじめにていや栄ゆらむ伊勢の神杉       (大正三年)
  今上陛下大正御代始ノ新年歌御会始ノ御題ニシテ又御集中最後ノ御歌ナリ。

      社 頭 祈 世
わが君の御代長かれとみしめ縄かけてぞ祈る神のひろ前        (二十三年)
  みしめ縄 注連縄。かけて 心ニカケテニテ注連ノ縁語ナリ。

神風の伊勢の内外の宮柱ゆるぎなき世をなほ祈るかな         (二十四年)
  内外の宮柱 内宮外宮ノ御事。ゆるぎなき 動カヌ。

      社 頭 述 懐
真心をぬさとたむけて神垣にいのるは国のさかえなりけり       (二十年)
  ぬさ 幣ニテ供物ナリ。

      靖国神社にまうでゝ
神垣に涙たむけてをがむらしかへるを待ちし親も妻子も         (三十九年)

御軍の道につくしゝ誠もてなほ国まもれちよろづの神         (同年)
  戦後ノ大祭ニ御参拝遊バサレテノ御感想ナルベク無事凱旋スベキヲ待チ居シ親モ妻子モ今ハ涙ヲ手向ケテ神霊ニ額クカト愍然ニ思召サレ又戦争ニ尽シタル如ク死シテモ神トナリ国ヲ護レト願ヒ玉フ御心実ニ畏シ。

      夢
おもふこと思はぬ事も見するこそはかなき夢の心なりけれ       (十九年)
  はかなき タヨリナキ。夢の心 夢ノ性質。

      暁    夢
暁の鐘にねざめてみはてぬをうれしと思ふ夢もありけり        (二十九年)

      深 夜 夢
黒髪をとくと思ひし夢さめて窓のと見ればまだくらきかな      (同年)

      閑 居 夢
静なる宿にすめども見る夢に心のさわぐをりはありけり         (三十三年)

      旅 宿 夢
夜はいまだあけむともせず旅館子のなく声に夢はさむれど        (四十二年)

大前にさぶらふとみる夢のまは旅の宿とも思はざりけり         (四十三年)
  御貞淑ニマシマス御身ノ御静養ノ為御用邸等ニ御駐輿ノ折々斯ル御夢ヲ御覧遊バサルカト拝スレハイト畏シ。

      旅 泊 夢
波たかくなりぬと見しは夢にして寝覚めしづけき船のうちかな      (三十六年)

      老 人 夢
ものごとのかはりゆく世も老人はひとり昔の夢やみるらむ        (二十年)

      述    懐
外国のまじらひ広くなるまゝにおくれじと思ふことぞ添ひゆく      (二十一年)
  まじらひ 交際。おくれじ 負ケマイト。

月に日にもの思ふことの増さるかな世のまじらひの広くなるにも     (四十年)

幼児の学ぶを見てもいたづらにおひたちし身ぞ悔しかりける       (二十一年)

おくれたるわが心より大方のまなびの道もすゝみかねつゝ        (二十三年)
  此二首今世ノ児童ノ勉学ニ比シ御身ノ御幼時ヲ顧ミ玉ヒ己レ愚カシキタメ学問ノ一向ニ進歩セズト仰セラル之レ皆御謙遜ノ御心ヨリ出テタルゾ畏キ。

君を思ふちゞの思の一つだにつらぬきかぬるわれやなになり       (三十三年)
  ちぢの思 種々ノ思。われやなになり 自分ハ何タル愚物カ。
  御貞操高ク御坤徳並ナキ陛下ニシテ猶此歌ヲ拝ス実ニ冷汗背ヲ流ル。

あやまたむ事を思へばかりそめの事にもものはつゝしまれつゝ      (三十四年)
  過失トナルコトヲ思ヘバ簡短ナル事ト雖モ謹マザルベカラズト軽率ヲ戒メ玉ヘルナリ。

人のため身のため物を思ふこそうつせみの世の習なりけれ        (三十一年)
  うつせみ 枕詞。

ためしなきこの大御代にあひてこそ人と生れしかひはありけれ      (四十年)

さま/゛\のもの思ひせし後にこそ嬉しき事もある世なりけれ      (四十一年)
  種々苦労ナシタル後ニ歓喜スベキコトノアルガ世ノ常態ナレバ苦モ後ヲ楽ミテ辛棒スベシトノ意ヲ含メ玉ヘルナリ。

      寄 雲 述 懐
大空もはかりしる世をうき雲のまよひがちなるわが心かな        (二十一年)
  大空ノ模様モ測リ知ル迄進歩シタルコノ世ニ何事ニモ兎角迷ヒガチナル我心ノ不甲斐ナサト御自ラノコトニ遊バシテ御訓ヲ垂レ玉ヘルナリ。

      寄 風 述 懐
風ふけば市の巷にたつ塵のしづめがたきは心なりけり          (二十九年)
  前ハ雲之レハ風ニ寄セテ浮立易キ人心ヲ戒メ玉ヘルナリ。

      寄 池 述 懐
底にしくさゞれもみゆる池水のきよき心にならひてしがな        (十六年)
  濁リニ交ル今世ノ人々朝夕此御歌ヲ拝誦シテ己ガ心ヲ清メム鏡トナスヘシ。

      寄 道 述 懐
人なみにふむとはすれど敷島の道のひろさにまどひぬるかな       (二十二年)
  人なみに 普通ニ。敷島の道 歌ノコト。
  人並ニ勉強ハスレドモ歌ノ道ノ広キニ迷ヒテ上達六ケ敷ト此ノ御心モテ励マセ玉ヘバコソ御熟達遊バサレタルナレ。

      光 陰 如 矢
ますらをがゆづるにかけて放つ矢の目にもとまらずゆく月日かな    (三十五年)
  愈サエ勝リ玉フ御手練ノ程ノ伺ヒ得ラルヽモ畏キ御歌ナリ。

      思  往  事
たらちねの庭の教をよそにして菫つみしも昔なりけり         (二十一年)
  庭の教 家ノ躾。

庭ながら大内山をあふぎ見し里居のむかしおもひいでつゝ       (三十三年)
  里居 サトヰ、御生家。
  コノ二首何レモ御幼時ヲ御追憶遊バサレシモノニシテ御感慨深キ御歌ナリ。

十年あまり五とせすぎぬ新宮に移りましゝは昨日とおもふに      (三十六年)
  二十二年一月ニ赤阪離宮ノ仮御所ヨリ新ニ御造営ナリシ宮城ニ移リ玉ヒテ茲ニ十五年ヲ経サセラレ其過キユクコトノ速サニ御感ヲ洩シ玉ヘルナリ。

御軍のたよりいかにとまたれしもはや五年の昔なりけり         (三十二年)
  日清戦役当時ノ御心労ヲ思ヒ出デ偲バセ玉ヘルナリ。

から草のみだれは夢となりにけりすめら御国の風に靡きて        (四十三年)
  から草 韓国、朝鮮ノコトヲ指ス、みだれトイフハくさニカヽレリ。
  此年八月二十九日日韓併合成リテ安定ニ帰シ韓国長年ノ動揺混乱モ今ハ語草トナレリト時事ヲ詠ジ玉ヘレナリ。

      往 事 如 夢
西の海のはてにさわぎし浪の音もことしは夢となりにけるかな      (十二年)
  西南ノ役モ治定シテ去年ノ夢トナリヌト泰平ノ代ヲ悦ビ詠マセ玉ヘルナリ。

すぎぬれば皆夢なるをかりそめのことにも物を思ふはかなさ       (三十二年)
  過去 思ヒ返セバ皆夢ナルヲ何ナラヌ事ニモ心配スル愚サヲ歎ジ玉ヘル中ニ御教訓ノ意ヲ含マセラル。

猫の子をひざにおきつゝ書よみしをさな心も夢となりにき        (三十四年)

      往 事 渺 茫
里居せし昔は夢となりぬれど親のいさめは忘れざりけり         (三十一年)
  御孝心深ケレバ御親ノ御言葉ハ常ニ忘レ玉フコトナク事ニツケ顧ミ玉フ畏サ。

      懐    旧
たらちねはしらですぎけむ国の風海のほかまでふき渡る世を      (十八年)
  我国力ノ海外ニマデ及べル聖代ヲ知ラズ御親ノ去リ玉ヒシガ残念ナリト御孝心深ク偲ビ出デ玉ヘルナリ。

      英照皇太后の崩御まし/\ける頃
神あがりましぬときくは誠かといひもあへぬに涙こぼるゝ       (三十年)
  神あがり 崩御。いひもあへぬに 云ヒモ終ラヌニ。

親しくものたまひにける御詞を思ひいでゝはうちなげきつゝ      (同年)

帰りまさぬけふの御門出をしむかな千代までとのみ祈りしものを    (同年)
  帰りまさぬけふの御門出 御葬儀。

かなしさに胸ふたがりていひいでむ言葉もしばし忘れけるかな     (同年)

月の輪の陵まうでする道にさきだつものは涙なりけり          (同年)

大宮のうちもしめりて鶯のはつ音おそしといふ人もなし         (同年)

御宴のなきをしりてか御園生の花も今年はおくれがちなる        (同年)

御園生の花はかはらぬ色なれどうかれ心にならぬ春かな         (同年)
  御親トシテ能ク仕ヘ玉ヒ御孝心深カリケレバ御悲歎ノ程モ一通ナラズ拝セラル以上八首何レヲ伺フモ其御真情ノ程申スダニ畏ク拝誦スレバ胸ノ痛キヲ覚ユ。

      〇

さやかなる声こそのこれ言の葉の道しるべせし山ほとゝぎす       (四十三年)
  右明治四十三年五月正二位勲二等三条西季知の三十年祭に下したまへる。
  季知卿ハ御用掛トシテ早クヨリ御詠草ヲ拝見セリサレバ其徳ヲ頌シ玉ヘルニテ卿モ地下ニ感泣セラレシコトナルベシ。

      〇

国の為すてし子の身を惜むにもまづ思はるゝ親ごゝろかな        (三十七年)

千代ふべきうま子を杖に呉竹のすくよかにして御代につかへよ      (同年)
  右明治三十七年九月海軍少佐高崎元彦が戦死せしにつけて父枢密顧問官男爵高崎正風がよめる歌を見そなはしてくだしたまへる。
  高崎男ハ国家ノ功臣殊ニ歌道ニハ御力ト頼ミ玉ヘバ嗣子ノ戦死ニ御同情ヲ垂レサセラレ老ノ身ノ落胆センコトヲ愍ニ思召シ慰メ玉ヘル御慈心ノ深キ畏キ極ミナリ。

      寄  天  祝
一村の雲もかゝらぬ空を見てわが君が代を祝ふ今日かな        (大正二年)

      寄  日  祝
をさめます道明かにてらすらむ曇らぬ御代の天つ日のかげ       (二十二年)

国といふ国のはてまで照す日は君がみいづにひとしかりけり      (三十年)

      寄  星  祝
雲のうへにつらなる星のさやかにもなりまさりゆく君が御代かな    (四十一年)
  つらなる星 群臣。さやかに 立派ニ勝レテト云フ意。

      寄  山  祝
天つ日の光をうけて位山身のほど/\にのぼる御代かな        (二十九年)

天つ日の光をうけて年々にしげりそふらむ新高のやま         (四十三年)
  新高のやま 台湾ノ名山。

      寄  海  祝
もろこしの海もとゞろにひゞくらむ御軍人のかちどきのこゑ      (二十八年)
  もろこし 支那。とゞろ 音高ク。
  日清戦役ノ勝利ヲ祝シ玉ヘルナリ。

      寄  国  祝
神代より根ざしかはらぬあし原の国の栄ぞかぎりしられぬ       (二十三年)
  あし原 日本ノ別名。

君臣の道明けき日の本の国はうごかじよろづ代までに         (二十四年)

幾千代とかぎりもあらじしろしめす豊あし原の国の栄は        (二十五年)豊  あし原 ユタカナル日本、美称ナリ。

右ノ三首何レモ万代不易ノ我国体ヲ頌シ玉ヘルナリ。

日の本の国の栄はしげりゆく青人草のうへに見えつゝ         (四十一年)
  日本ノ栄ハ人口ノ繁殖ノ上ニ見ユト年々増加シ行ク様ヲ祝シ玉ヘルナリ。

天つ日の照すがごとく隈なきはすめら御国の光なりけり (四十四年)
  我国光ノ遍ク輝クハ恰モ天ツ日ノ如シト国威ノ日二隆盛ニナリ勝リ行クヲ祝シ玉へルナリ。

      寄  道  祝
敷島のやまと言葉の道ひろくなりまさりゆく御代ぞうれしき (三十三年)
  歌ノ道ノ栄エ行クヲ祝シ悦ビ玉ヘルナリ。

      寄  水  祝
わが君のうぶゆとなりし祐の井の水は千代までかれじとぞ思ふ (四十四年)
  祐の井 サチノ井、京都御苑内ニアリ。

      寄  石  祝
水清きみいけの底のさゞれ石さやかに見ゆる千代のかずかな (二十一年)

      寄  鶴  祝
今年またうれしくきゝつ千代ふべき竹の園生のひな鶴の声 (三十五年)
  第二皇孫殿下御降誕遊バサレシヲ祝シ玉ヘルナリ

      寄  松  祝
さかえゆく老木の松は若松の千年の末も見るべかりけり (二十八年)
  右明治二十八年晃親王の八十の御賀に下し玉へる。
  老木ハ親王ヲ若木ハ御令嗣ヲサシ玉ヘルナリ。

      寄  竹  祝
ことしおひの園のくれ竹おほ君の千年の坂の御杖ともなれ (二十七年)
  第五皇子輝仁親王殿下ノ御降誕遊バサレシヲ祝シ玉ヘルナリ。

よろこびのふしをかさねて呉竹の千代も栄えむ末ぞたのしき (十八年)
  右明治十八年晃親王の七十の御賀に下し玉へる。

      寄  鏡  祝
まさかきにかくる鏡の曇りなき世をこそ祈れかしこ所に (三十一年)

      寄  書  祝
きこえあぐる神代の巻の古事もことあたらしく仰ぐ今日かな (三十六年)
  きこえあぐる 御進講スル ことあたらしく 珍ラシク。

      寄  筆  祝
百年を千とせの坂のはじめにて筆の林もわけはまどはじ (二十二年)
  右明治二十二年四月従二位伊達宗紀の百歳の賀に下したまへる。

      寄  世  紀
昔よりためしもきかぬ大御代にうまれあへるぞうれしかりける (三十六年)

      寄 民 祝 世
すゝみゆく万の民の手わざにもみゆるは国のさかえなりけり (十二年)
  手わざ 手芸、技術。

      寄  民  祝
すめらぎのみ国のためと万民よろづの業にきそふ御代かな (三十四年)
  すめらぎ 天皇

      四  海  清
大八洲みうつくしみの広き世はなみの千里も隣なりけり (十六年)
  みうつくし 御慈愛。なみの千里 遥ニ海ヲ隔テシ所。

      高崎正風が七十の賀に
言の葉の道の高根をこえたれどよはひは千代の山口にして      (三十九年)

      〇

あえものともてはやすなりすくよかに齢重ねし人の盃         (四十二年)
  右明治四十二年六月伯爵土方久元枢密院副議長伯爵東久世通禧枢密顧問官侯爵
  佐々木高行同子爵黒田清綱の高齢を祝賀する催ありと聞食して下し玉へる。

      ○
さらにまたへぬべき千代ぞこもるらむいや栄えゆく松の二木に     (四十三年)
右明治四十三年枢密顧問官松方正義の金婚式に下したまへる。

      鳥羽の港に御船停めさせ玉へりときゝて
鳥羽の海の波風いかでさわぐらむなみ/\ならぬ行幸とおもふに   (十年)
  此年近畿御巡幸アラセラレタリ。

      千葉県より還幸まし/\ける夜風はげしうふきければ
いでましの程にしあらばいかばかり今宵の風に物思はまし (十五年)
  いでましの 行幸中ノ。

      向が岡にみゆきまし/\ける夜雨いみじう降り出でければ
御車をまつま久しき夕やみに胸とゞろかす雨のおとかな      (十六年)
  胸とゞろかす 心配サスル。

いづこまで帰りますらむ夕やみの空かきくらし雨のふりくる (同年)

此二首行幸ノ御途次降雨烈シカリシニ対シ御歯薄ノ上ヲ御心配遊バシ玉ヒテノ御歌ナリ

      西の海へ行幸まし/\ける頃船中月明といふことを
波風もはゞかる船の内にしてさやけき月やみそなはすらむ (十八年)

大君のみふね涼しくてらすらむあかしの浦の夏の夜の月 (同年)

      御船路をおもひやり奉りて
夢さめて御船の上を思ふかな舞子の浜の波のさわぎに (二十三年)

日和まつ御船の内やいかならむ霧たちわたる荒波の上に (同年)

      広島にまし/\ける頃停車場といふことを
岩木たく大御車のみむかへにたち出でむ日はいつにかあらむ (二十八年)
  岩木たく 石炭ヲ燃ク。
  大本営ヲ広島ニ進メ玉ヒテヨリ既ニ二年ノ長キニ亘レリ何時ノ日カ平和ノ昔ニ立帰リ還幸アラセラルヽカト御待チ玉ヘル御心ノ程畏シ

      風のみこゝちにてまし/\けるころ
時ならぬ雪ときくにもたれこめてまします君をおもひやるかな (四十一年)
  大君ノ御風気ノ折生憎ニモ雪ノ降リケルニ御心ヲ痛メ玉フ御至誠ノ程伺ハレテ畏シ

      葉山より帰らむとしける時この日頃風ひやゝかなればよき日見定めてはいかにといふおほせごとを承りて畏さのあまりに
大君のあつき恵によべよりの風のさむさも忘れつるかな (三十八年)

      都にかへらむと楽みたりしかひなくその日しも雨ふりければ夕つかた
あたゝけき昨日のひより今日ならば君の御前にさぶらはましを    (同年)

      喪にこもりける頃内の御使に権典侍良子のまゐりて運動のことなどあつき仰言をつたへけるを承りて
御使をたまはるだにもかしこきを大御詞ぞ身にあまりぬる (四十一年)

おほやけのいらへはゞかる時なればたゞかしこさに袖ぬらしけり   (同年)
  おほやけのいらへはゞかる時 喪中ナレバノ意。

以上十四首何レモ畏キ次第ナガラ拝シモテ行クマヽニ御情愛ノ深サ御貞淑ノ高サナド伺ヒ得ラレテ感激ニ堪ヘズ。

      一条順子の病あつしうなりける頃宝冠章を授けられぬときゝて
ためしなき恵の露のかゝるとは思ひもよらずははそばの上に     (同年)
  一条順子 御里方ノ母君。

      明宮清見潟にまし/\けるころ
雨につけ嵐につけて三保の浦の小松が上を思ひこそやれ       (二十二年)

      東宮の熱海にまし/\けるころ温泉といふことを
ゆあみする熱海の里をあたゝけみ小松も千代の色やそふらむ     (二十三年)
  此二首畏クモ東宮殿下当時御羸弱ニマシマシケルヲ御心痛遊バシ玉ヘレバナリ。

      東宮御誕辰の御祝のあした相清めする者の亀を奉りけるを見て
万代のよはひを君にさゝげむとけふ御園生に亀のいでけむ (二十九年)
  御心ニ掛ケ玉フ東宮殿下ノ御誕辰ニ亀ヲ奉リタル瑞祥ヲ深ク悦ビ玉フ御親トシテノ御情愛畏トモ畏シ。

      東宮をはじめて宮達の旅にまし/\しころてけ定まらずがちにて一夜いたう雨のふりければ
いかにとも常は思はぬやま/\の心にかゝる雨の音かな (同年)
  旅ニマス皇子皇女達ノ上ヲ何クレト御心ニ掛ケ玉フ御親トシテノ御真情ナリ。

      横須賀にて
君が為身はたなしらず帆柱の上をもつたふますらをのとも (十九年)
  たなしらず 忘レテ。

      浪速艦に乗らむとする時雨いたくふりけれは戯れに
船の名のなには思はず雨風にあしもとをのみうちまもりつゝ (同年)
  なには 浪速ト何はニカヽル。あしもと 足下ト芦下ニ通ズ。

      よし野にて
吉野山しげる若葉のかげにきて花の盛をおもひやるかな (二十三年)

      乗物のうちに桜のちりくるに
吉野山みさゝぎ近くなりぬらむちりくる花も打しめりたる (同年)
  みさゝぎ 後醍醐天皇御陵。

此二首吉野御遊覧ノ折ノ御感想ニシテ後ハ南朝ノ往事ヲ御追憶遊バサレタル畏キ御歌ナリ。

      三輪のやしろにて
かげ高き杉のみどりのとこしへに世をまもるらむ三輪の大神 (同年)
  三輪の社 大和国ニアリ。とこしへ 永久ニ。

      畝傍山東北御陵にまうでゝ
広前に玉串とりてうねび山たかきみいつをあふぐ今日かな (同年)
  うねび山東北御陵 神武天皇御陵。

      葉山にありけるほど高崎正風が別業恩波閣に遊びて
千代よばふ鶴のはやまの松かげは齢のぶべき所なりけり (二十七年)

      ○
あしたづのは山の里にうちむかふ富士より高き齢かさねよ (三十八年)
  右明治三十八年皇后宮大夫子爵香川敬三の別業にてよませたまへる。

      西京にものしける時御殿場あたりにて
見ゆべくも思はざりしを富士の根の雲間さやかにあらはれにけり (三十年)

      むかしあらゐの渡といひしところにて
時のまに車はすぎぬ昔わが波にゆられしをりもありしを (同年)
  汽車ニテ浜名湖ノ上ヲ一瞬ノ間ニ御通御遊バサレ明治二年ノ秋東京ヘノ御旅路ノ御難儀ナリシヲ思出デ玉ヒ御感慨深キ御歌ナリ

      ひえの山の見えそめし時
すみなれし昔おぼえて故郷のたかねを見るもなつかしきかな (同年)
  日頃慕ヒ玉ヘル京都ノ名山比叡ノ見エ初メシ時ノ御感如何バカリナリケント拝察セラル。

      新御陵にまうで
さゝげむと玉串の葉はとりながら夢かとのみもたどらるゝかな (同年)
  新御陵 後月輪陵ニテ英照皇太后ノ御陵ナリ。
  英照皇太后崩去ノ御年初メテ御参陵遊バサレシ折ノ御感想ニシテ御至情ノ程伺ハレテ畏シ。

      外庭にて
つゝじ花今さかりなり築山の桜の木かげ岩根松が根 (同年)

      賢所のあとにて
君がため雨にぬれつゝ摘む草は露もかゝりて清げなるかな (同年)

      勾欄に毛虫のはふを御覧ぜさせ玉ひまだ昇殿は許さぬにとたはむれさせ給ふをうけたまはりて
位ある松さへ庭にたちぬるを毛虫のぼれり板敷のうへに (同年)
  位ある松 秦ノ始皇松に大夫ノ位ヲ付ケラレタル故事アレニヨル。

      月さやかなりける夜
さやけさにみはしを下りて見つるかな南の殿の秋の夜の月 (同年)
  南の殿 京都御所ノ紫宸殿。

橘にさくらに影のさしわたる雲居の月のなつかしきかな (同年)
  橘にさくらに 左近ノ桜右近ノ橘ノコト。

      仰言によりて小御所より月を見て
御池には月影みちてそりはしの下のみくまとなれるよはかな (同年)
  小御所 京都御所内アル御殿ノ一ニシテ庭池ニ東面ス。

      奈良県より人の松虫を奉りければ
籠のうちのあまたの聲に御園生の虫は聞えぬ時もありけり (同年)

      鉄道そこなはれしたため還幸御延引になりければ
風あらく雨たえまなき昨日より思ひしことのあふがわびしさ (同年)
  風雨強キニ付キ鉄道ノ被害ヲ心配セシニ真実ニナレリト心憂ク思召シルナリ。

以上十二首ハ英照皇太后ノ新御陵参拝ノ為御同列ニテ行啓遊バサレタル折ノ御歌ナリ。

      沼津にありけるころ
うちむかふ山も夕日にそめられてうす紫に見えわたるかな (三十九年)

江の浦の波しづかにて里人が石きりいだす山もうつれり (同年)

海山は雨にくもりて庭のおもの松のみ見ゆる今日のわびしさ (四十年)

      田子の浦にゆきしをり
道すがら心にかけし雲はれて雪さやかなる富士を見るかな (同年)

      三島にゆく道にて
きせ川の橋ゆく車とゞろけど鳴く鶯のこゑはまぎれず (同年)
  きせ川 駿河国ニアリ。

      興津にものしける時
よる波も霞む海辺の日あたりにさくら蝦ほすあまも見えつゝ (同年)
  さくら蝦 小ク色ヨキ蝦。

右三首何レモ沼津御用邸ニ御駐輿中近郊ノ各地ヘ行啓ノ折ノ御実感ナリ。

      みやのうちにかへりける日
うるはしき君がみけしきをろがみて心やすくもなれる今日かな (同年)
  久振ニ東京ニシテ還御龍顔ヲ拝サセ玉ヒ御心安ク思召シタル御真情ノ程伺ハレ得テ尊シ。

      沼津にありしころ
大宮のうちいかならむあたゝけき沼津の里も今朝は寒きを (四十一年)
  日頃暖気ナル沼津サエ今朝ハ寒キニ宮城ノ内如何アルベキト御心遣ヒ遊バサルヽゾ畏キ。

      沼 津 に て
御園生は雪さむけれどすくよかに君ましますと聞くぞ嬉しき (四十一年)

たまもののそのしな/゛\に大君の深き御心こもるかしこさ (同年)
  大君ノ御安泰ニ在マスヲ悦ビ玉ヒ御頂戴ノ品々ニ感激遊バサルヽ御至情畏シトモ畏シ。

      吹上御苑にて犬追物を御覧じけるとき
みそなはす弓矢のわざぞ世の人のたけき心をひきおこすらむ (十二年)
  犬追物 騎射ノ式ノ名。

      日比谷練兵場行幸のをり廃兵を見て
いたづきも忘れてこゝにつどふらむ大御心の杖にすがりて (十一年)

      船にて調練するさまのいさましきを見て
波風に身をまかせても君がため船ならすらし御軍のとも (十二年)
  海軍々人ノ健ゲナルヲ賞シ玉へルナリ。

      大磯にて浦人の網引するを見て
たちいでゝあまの引手も大網のめなれぬわざを近くみるかな (同年)
  大奥深ク在シマシ明治モ未ダ十二年ト云フ頃ナレバ網引ノ業ヲ珍シク御覧遊バサレシコトト拝サレヌ。

      或人の奉りたる御剣のめでたきを称へて
御剣のてらす光に岩戸あけし神代もさらにおぼしいづらむ (同年)

      近衛のつはものどもが朝毎に吹立る喇叭の音をきゝて
宮の内をいでましゝ日の偲ばれてあした身にしむ笛の声かな (十四年)
  御巡幸ノ御留守居中ノ御感想ニシチ何カニツケテ大君ノ上ヲ思召ス御情畏シ。

      あるゆふべ仰ごとによりて二重やぐらにのぼりしに博覧会に出品せる花火をうち試みるが見えければ
高殿にのぼらざりせば珍しきこの花火をも見ずや止みなむ (二十三年)

      ○

みがゝずば玉も鏡も何かせむ学の道もかくこそありけれ (九年)
  右明治九年二月東京女子師範学校に下し賜へる。

ひらけゆく学の窓の花桜世に匂ふべき春をこそまて (二十二年)
  右明治二十二年五月ある女学校に下したまへる

きよらなるはちすの糸の一すぢにいのりし老が心をぞ思ふ (十一年)
  右明治十一年大蔵卿大隈重信の老母が年月とりあつめし蓮の糸もておりいでたる仏像をたてまつりしを見そなはして下し賜へる。

      ある人のくらべ馬にかちしよろこびに
たぐひなくうれしきものはくらべ馬わがひく方の勝ちしなりけり  (二十年)    

      戦場を思ひやりて
山をなすかばねふみこえ御軍のかちどきあぐるもろこしがはら (二十八年)
  大戦ニ将卒ノ上ヲ思召ス事深ク其勇壮ナル状ヲ思ヒヤリ勝報ヲ祝ヒ玉ヒテノ御歌ナリ。

      岐阜愛知のわたりに震災ありし頃あまたの民の木のかげなどにおきふしするよしきゝて
民草の上をおもへばもみぢ葉をそめむ時雨もまたれざりけり (二十四年)
  震災ニ難渋セル民ノ上ニ御同情ヲ寄セ玉フコトノ切ナル紅葉ヲ染メシ時雨モ待タレズト述べ玉フ畏サ拝スルダニ感激の涙雨ト降リヌ。

      おそろしき病の難波あたりに多かりしは清からぬ川水を日毎に飲みしによりてなど新聞紙にしるしたるを見て
安治川のにごれる水のかゝらずば青人草もかれざらましを (十二年)

      浜殿にゆく道にてさいつ頃の火にやけし民家の跡を見て
時のまに烟となりし跡みれば人のなげきぞ思ひやらるゝ (十四年)

      四月のはじめつかた神田のわたりあまた焼けにければ
世渡の道もあやふき市くらの烟となりし跡のかなしさ (二十五年)

      大学の第二医院にて火の過ありけるころ鐘といふ題を得て
こよひまたうつ鐘の音に思ふかな炎にあへる人のこゝろを (三十四年)

右四首何レモ民ノ難ヲ深ク慇然ニ思召シ玉フ御慈心ニヨル御歌ナリ。

      をりにふれて
新宮にいつきまつりて皇神のみいつもさらにあらたまるらむ (二十二年)
  維新後最初ノ御式年御造営功ヲ告ゲ二十二年十月内宮外宮トモ御遷宮ノ事御障リナク行ハセラレタルニ依ル御感想ニシテ神ノ御稜威ヲ崇メ玉ヘルナリ。

思ふこといふこと道にあたりなば神の心も動かざらめや (十二年)
  思フコト云フコト正道ニ適ハヾ神モ感動マシマシ守護ヲ垂レ玉フゾト教ヘ玉ヘルナリ。

日の本の国ひろごるのみのりぶみ神も嬉しとうけたまふらむ (四十三年)
  韓国併合ノ御告文ヲ神モ嬉シク納受アルベシト祝シ玉ヘルナリ。

おぼしめすこと多からむ大御代のみまつり事のしげくなるにも (四十年)
  国家隆盛ニ連レ御政治モ繁劇トナリ何クレト大御心ニ掛ル事ノ多カルベシト大帝ノ上ヲ推量リ玉フ御心ノ迸リナリ。

めづらしき花を見るにもたらちねの世にしあらばと思はるゝかな (二十二年)
  之レハ又御孝心ヨリ珍シキ花ヲ御覧遊バサレテ父君ヲ追慕シ玉ヘルナリ。

世の中のいきとしいける物皆におよぶは君が恵なりけり (三十五年)
  世ノ中ノ生物何レモ御恩恵ニ浴セザルモノアランヤト聖代ヲ頌シ玉ヘルナリ。

おほけなき君が恵のかしこさは忘るゝまなし老にける身も    (四十三年)
  おほけなさ 過分ナル。
  過分ナル御恩恵ヲ蒙ル辱サハ老齢ニ入リタル身モ忘ルヽ暇ナシト謝シ玉ヘル畏サ臣民タルモノ何ヲモテ之レヲ表ハサンヤ。

戦の友のかばねをふみこえてすゝむ心や苦しかるらむ (三十七年)

今たえむいきの下より万代をうたふときくに涙こぼれぬ (同年)

君を思ふまことひとつに戦のにはにも民のすゝむ御代かな (同年)

何事もみなうちすてゝ戦の道にこゝろをつくすもろ人   (同年)

たのもしき何はあれども戦にかたではやまぬ大和だましひ (同年)

戦のかちのたよりをきく毎に御軍人の身をおもふかな (同年)

戦へばかつが常なる御軍もなほいかにかと思ふときあり (三十八年)

勇しき花火の音ぞきこゆなる大御軍の勝いはふらし (同年)

以上八首ハ日露大戦役ニ際シ時々浮ビ玉ヘル御感想ニシテ将士ノ上国民ノ上ヲ思召シ御同情ヲ寄セ玉ヘル実ニ感激ノ極ミナリ。

ふけぬとて夜床にいればなか/\にねぶたかりつる目も覚めにけり (三十二年)
  なか/\に 却テ。

うつしゑの上に見るだに痛ましや水にひたれる川づらの里    (四十三年)
  九月上旬東京初め東海道東山道方面出水シ被害甚大ナリキ其状景ヲ写真ニテ御覧ジ畏クモ御同情ノ涙ニ暮レ玉へルナリ。

すみし世の昔こひしみ見つるかないつも変らぬ山の姿を    (三十年)

うしろより雲ののぼると見るが内に山たちかくし夕立ぞふる  (同年)

鳴く蝉の声のなかゆく御園生の林のかげぞ涼しかりける    (同年)

月たかくなりにし後は東山ひる見るよりもはるけかりけり   (同年)
  京都ニ行啓御駐輿中折々ノ御実感ニシテ事々物々御感慨深ク斯ク御歌トナリテ表ハルヽナリ。

くれぬまに沼津の里につきにけりしばし見て来む海の景色を  (四十二年)
  沼津ニ行啓ノ砌風光ニ富メル海ノ眺ヲ待チワビ玉ヒシ御気色ノ伺ハルヽ御歌ナリ。

浜殿の池玉藻に風たちてひそみし蝦のあまたとぶ見ゆ  (二十五年)

入海に汐やさすらむ中島の釣殿ちかくえびのとぶなり (同年)
  浜離宮御遊行ノ節御感興ヲ引き奉リシモノナルベシ。

花紅葉見るがごとくもうつくしき染物の色に心うつりぬ (三十年)
  友禅染ノ精巧ニシテ美麗ナルニ御心ノ留レル畏クモ御女性ノサモト拝セラレヌ。

から衣たちゐになれずともすればかざりの玉のこぼれけるかな (二十一年)
  から衣 衣物の美称。
  御洋装ニ未ダ馴レ玉ハヌガ故ニ時ニハ装飾ノ玉ヲ散ラスト御動作ニ御注意アラセラレタル御歌ナリ。

人心静けからぬやものごとに進みゆく世のならひなるらむ   (四十二年)
  人心落付キ難ク見ユルハ日進月歩ノ世の常態ナルベシ世情ヲ御達観遊バサレシ御頴眼ノ程畏シ。



御文章の部

新年

あらたまの年たちかへりぬれどまだ春といふべきにもあらねばこの暁の四方拝の御まうけどころ風の寒さいかにぞとよべより思ひつゞけゝるにすびつなどもおしやらむばかりあたゝかにて朝日うら/\とさしいでゝ御苑わたりも何どなう打霞みたるにおのづから心ものどやきぬ上にも晴のおものきこしめさむとみぞひきつくろはせていでます女房たち御いはひの式の具など今のうちにと取集めて御ましどころに据ゑ奉りなどするにほどなく入御まし/\て例の如く御祝ごと行はせ給ふしばしいこはせたまふほど朝拝の人々もそろひたりと奏するにこたびは正殿にいでたゝせ給ふに從ひてまゐりぬあまたの人々のことほぎ受けさせ給ふみけしきいとうるはしう見奉るさて夕つかたの御盃ごとも終りぬれば朝まだきより何くれとつかうまつりし人々も少しいとまあるにゆるびやしけむ火桶のもとにうちつどひて今日のめてたさなどかたりあひつゝをり/\は打笑ふこゑのきこゆるかと思へばしはぶきもなくしづまりぬるにねぶりをや催しつらむとおもふほど上のめさるゝに驚きてたれをかと見めぐらすもありわれにやあらむといひてすみやかにまゐるもありそをきこしめしてうちわらはせ給ふものどかなる代の年の始の御すさびにこそ

余寒

春たちかへる空のけしき何となうのどかなりと思ひたりしに今朝は雪げの雲のたち迷ひて風もいといたう吹きあれたる今はた冬にかへるかと思ふばかりにぞありけるされば宮の内だに寒くてすびつなどとうでさするにをすのと近くにほふ梅も雪かと見ゆるぞをかしきや若き女房たちのさすがに枝は得折らでこぼれたる莟を拾ひ集めて見するに水がめに浮べてだに奉らましかばいかに興ぜさせたまひなむといへばたゞ手ずさび事に侍りしをかく匂ひいづるこそうれしけれとてうち笑みつゝまうのぼりぬ風の起りもぞするといへどわれさきにと拾ひ争ふにかへりて汗もいづべきこゝちしつといふをきゝて年の若ければこそおほせごとにもあらぬをとうち笑ふ人の多ければはぢらひてまかでしもをかし日のながき頃なればかゝる事にもうち興じぬかし

摘草

このねぬるあしたのほどは深くかすみわたりて雨にもなりぬべう見えたりしを空やう/\晴れわたりてさしいでたる日影もいとのどかなりければふとおもひたちて御苑にものしぬ広芝のあたりに至れば若草のあまたおひたちて花の色々見ゆるに目とゞまりてしばしたちやすらふほど若き人々のつみはやしつゝこれもうるはしかれもかぐはしなどいふにうち交りて興じつゝ時の過ぐるもおぼえずあはれ宮たちに摘ませまゐらせて見奉らばやいかにらうたくおはしまさむをといひしにこは上に御覧ぜさせむの御心なればあながちに御わたくしの御すさびのみにはおはしまさじをといらへするもをかし夕つかたは風もふきいでぬべしと人々のいふにさらばとてかへる/\もまた摘みそへつ上にも遠からず御馬めしいでゝわたらせ給ふべきをと思ひてかへり見るに咲きたる花の多ければにやいづこもさびしくなれりとは見えぬぞうれしきおのづから心ものどかにて日のかたぶくほどにぞかへりまゐりぬる

待花

さかり久しと思ひたのみし軒端の梅ものこりなう散りはてゝ御苑の春もさう/゛\しうなりにたるに黄鳥の心ありげにたえずさへづる声のなつかしければ端近ういでゝ見るに柳の眉かとおもふばかり桜の枝のふしだちたれどいまだ蕾のそれとだにわかぬぞかひなきやかくて一日/\とまつほどにやう/\花の色のはつかに見えければ上に告げ奉り人々にもいひしらせつされど時ならぬ嵐の寒ければにやほほゑむともなくて日数かさなりぬ御宴せさせ給ふべきはいつのころにかあらむ去年の春はこの大宮におはしまさゞりしかばさるべきことゞもむなしうなりにしを今年はにぎはゝしうとこそ上にもおほすらめなど取々にいひつゞけて今日か明日かと思ふほどにやう/\梢まばらに咲きいでぬ御宴の日はいつにか定めさせ給ふらむといふをきこしめしてまだ盛にはほどもあるらむものを何とてかく春に似ぬ心ぞとうち笑はせ給ふに御いらへもきこえさせずあまりにあわてにけりと我ながらおもふもいとをかしうこそ

花のさかりに

さだめなき空のけしきにやさそはれけむこゝち常ならずさりとて打臥すほごにもあらねば強ひてまうのぼりぬ上は出御まし/\たりとて女房どものおばしまちかく立出でゝ何事をか語らひつゝ打笑ふを見てこれぞまことの花見なるとふとひとりごちしにしばしいでさせたまへ風もあたゝかなればさはらせ給ふこともおはしまさじなどそゝのかすがうれしければ同じくは花のかげまでと思ふはいかにこれもこの医師どもにとひてこそといへば皆うち笑ひて嘉根子こそ苗字を藪とよばへればとく御いらへもつかふまつるべけれといふもをかしまづ御階をおりむとするに例の御達みともつかうまつらむとてわれも/\ときたるかと思へばかならず同じ道にともなくておもひ/\にわが好む花のかげにゆきしも常にかはりて興ありけり

春日田家

去年のこのごろは西の都にみゆきありけるをはやう一とせもすぎぬるかなとさらにその時のことゞも思ひいづるが中に東山のけしきは言ふもさらなり麓の畑に麦の青みて鈴菜の花のうちかをりたるいとおもしろかりきなどかたりあひつゝ里人のあれたる藁屋よりいでゝれん華草の咲きみちたる田面をかへすをそのいたつきもおもはでたゞ花を惜しと思ひしこそわれながらをかしうもはづかしうもありしかとひとりごちしにかりそめのことまで忘れたまはずといらへするに民のわざばかりいとまなきはなしさるをなほざりに思ひしことよさふらふ御達なればこそかかるよしなしごともかたるなれといひつゝ打笑ひぬすぎこしかたを思へば何ごともみな一夜の夢なりけりな



おぼろに見ゆるまでたちこめたりし御苑の霧もやう/\はれ渡りて日影のさしのぼるころより風さへ吹きやみてひるの暑のたへがたければおばしま近く立出でつつ空のみうちながめて一しきりふらましかばと思ふにあやにく雨雲の見えぬぞかひなき草木もしらぬ風をこめたる扇といふものもいつの御代よりの御さだめにかあらむ大前にては憚るべきことになりにたりそも夕つかた湯あみにとてまかでしよりは心のまゝにものすべけれどもたぬになれてとらむとしも思はぬをこのあつき日にとて御達のすゝめつゝ御手たゆくばつかうまつらむとて色々の絵かきたるをとりいづるに風を専とするものながらさすがにこの秋草の花はいかに岩根にかかる白波はといはれては涼しき絵のかたをとるぞをかしき長き日もくれ近うなりてやり水のあたりをゆきめぐるに森の下風さとふき渡りて汗もひぬべくおぼゆるにあつしとわびたりしも夢のやうにこそなりにしか



あつ日もやう/\暮れなんとするころふと思ひたちてかねて大后宮のわたらせたまふをりのおまし所と定めおかれたる殿のわたどのよりおりて芝生の道をゆくに板戸のあきたるところありいでゝ見ればこゝぞ御園の畑にてこき紫の色したる茄子青やかなる瓜などさま/゛\になりいでゝ宮のうちとはおもはれぬに藁屋のひとつだに見えぬぞやうかはりてをかしきや女房の瓜をとるとてわれも/\と手鋏もちてたちよるを見つゝいやしからぬ賤の女かなとうち笑ふほどにはやう道もをぐらうなりぬればおまへに奉らむとていそぎかへりぬ



日ごろふりつゞきたる雨にとばり深うこもりたりしを夜のあけゆくころよりやうやう小雨になりぬれどよべよりの風はまだふきやまず十時ばかり日影ほのめきそめぬれど猶をりをりは雲の内にかくれしをまひるばかりにぞ名残なく晴渡りて緑の空にはなりぬる例の二重やぐらへゆきて見よとおほせごとありければ夕つ方より女房たちゐて行くかねてゆきなれたる道よりと思ひしを雨水のいたくたまりたれば築山の後の方よりのぼらむとするにこゝも御池の水溢れいでたるに石ふみこえつゝからうじてゆきつきぬ目なれし処なれど常よりも多く額をかけさせ給ひたればねもごろに見めぐりつゝ今日はことに風も涼しければかへりかねてたちもとほるほどはや日も暮れそめて大路のともし火多く見えわたりぬげに大御代のにぎはひは夜もさやかに見ゆるよと思ふにいとうれしくて
  家ごとのともし火見つゝかへるさの道はくらさもしられざりけり
などくちずさびつゝあまりにおくれむもいかゞあらんとていそぎ帰りぬれば早おものまゐるころになむありける

秋のはじめ

秋たちしよりやう/\十日ばかりなるに御苑のさくらもみじしてあしたの風に散りみだれたる見すてがたうてはしちかうたちいでぬ前栽のすゝき一もと穂にいでて打靡きたるさすがにをかしうこそありけれされど日盛はなほあつくて蝉の声の梢あまたにきこゆるなどたゞ夏とのみおぼゆるものから夕つかたは何となう吹来る風も身にしみ庭のはゝその下草露ちりてちゝとなきそめし虫のこゑやめづらしかりけむ何事をか語りあひたりし女房の声もとみにやみぬこれなむ日ごとに御題たまはる人々なればまたの日はかならずいまなく虫の聲よりもなつかしうよみて奉るならむといひしかばおもひもよらぬおほせごとかなとことさらにいらへするもなか/\に興ありとかくいふほど夜もふけわたりけむ松の嵐のさむうふき渡るにみこゝちなそこなひたまひそといひければ人々と共に奥深くすべり入りぬ

野分のあした

夜中ばかりにかありけむ風あわたゞしう吹きたちければいもねられぬまゝに前裁の花うしろめたしと思ひつゞくるほどからすの声のきこゆるにやう/\あけぬなりとつま戸すこしおしあけて見れば風もおほかたやみて雲はなほたちまよふ空に月の残れるもさすがにをかしくてとばかり見いだしたるにまだ時早し御格子もいまだまゐらずと女房どものいふにさはとて再び閨には入りしを思ひの外によくねいりにけむ日もたかうなりさむらひぬとつぐる声にうちおどろきておきいでつゝ垣根がもとを見れば萩も薄もみだれあひておのづからなる野辺のけしきに似たるなか/\におもしろければ朝清めもわざと怠らせてみけるに松の小枝の落ち散りたるなど野分のなごりいとしるし宮のうちだにかゝるを貧しき民のすまひやいかならむと思ひやられて袖もうちしめるこゝちするほど若き人々のゑみたる栗の枝ながら籠にいれたるをもて来ぬ時のまに多くも拾ひてけりと賞しつゝかつはをさな心にかへりにけるよといふにこはなぞたゞ御覧ぜさせむばかりにこそとことわるをうちつどふ人々あまりにことさらめきたりと笑ふほど時計を見れば早う十時ばかりになりぬる益なきことに興じけりとみづから心をいさめつゝ例のわたどのづたひにまうのぼりぬ

禁庭の野分

朝露のひるまはさしもなかりし空の俄にかきくもり夕づつの光も見えずとかくするほどに雨いたく降りいでゝほとり近くかたりあふ人の声だにきゝわかぬまでになりぬ閨にいる頃はなほ雨の音のみきこえしを夜ふかくなるまゝに雷さへ鳴りはたゝきて夢現とも思ひ定むるひまなく稲妻のきらめきわたるいとけうとしあかつきがたには雨はをやみぬれど風はげしうふきいでゝ宮の内もゆるぐばかりなるにいとゞ目もあはず上には民のためとてかしこくも遠き境にいでましたるほどなればいかなる行宮にまし/\てこの風の音に御心をなやましたまふらむ皇太后の宮にはいかにおはしますにか幼き宮たちも驚きやしたまふらむと思ひつゞくるほどに夜も明けぬれどいまだ風静まらでいづこもおろしこめたるいとものむつかし軒近き栗の枝のむすべる実ながら吹折らるゝ音いと烈しく御階の下の芭蕉も筒井のかたはらなる柳も皆をれふしぬ今を盛と見えし真萩も名残なくちりみだれたるいとさびしく見ゆ宮の内だにかくあれぬるをましてあやしげなるしづか家居などは倒れぬるも多からむなど思ひやればすゞろに悲しおしなべてみのりよしと聞きつる千町田の稲もふきそこなはれつらむやなど心にかゝりて
  国のため科戸の神もこゝろしていな葉の上はよぎて吹かなむ
なほとやかくとむねをいたむるほどにいつとなく静まりて日影まばゆく雲間にさしいでぬるにおのづから人の心もおちゐにけり

月あかき夜

ふるきこよみの九月十三夜なりとて空うちながめたるに村雲のたちかさなりてさやかにも見えざればむなしう内に入りしもはやうをとつ日とはなりぬこよひ十五夜の月こそよからめとて女房三人四たりばかりなむ紅葉山に行きけるみづからは風のこゝちにて大前にもまうのぼらずしはぶきがちにうちふしたるが今はおこたりかたなれば枕をそばだてゝ見るにたてこめたるさうしに影のうつりたるさすがにをかしうこそありけれいにし年のけふは水戸の好文亭より仙波湖の月も見しを今年はをりあしうてうちむかふことだにかたければおばしまちかう立出でゝかたらへる人をよび入れて御苑のけしきやいかにと尋ぬるにこまやかなるいらへぞなきうちつけにいぶかしく思ひしかどよく思へばそはわが為なりけりたゞによしときかばおもはずたちいでもやせむとおもひてなりけりなか/\に月見むよりもうれしき人のなさけにこそ

菊始開

秋の半もやう/\すぎゆくまゝに萩もすゝきもうら枯れ渡りて何となうさう/゛\しくなりもてゆくを園守の心づくしにこゝかしこよりえりあつめて植ゑわたしたる菊のさまいとをかしをすあげさせて見そなはすに白き赤きけぢめは見ゆれどさきいでむほどはまだいつともわきがたかりけりされど多かる中には蕾のふくらかなるも交れゝば思ひの外にはやう匂ひそめむこともやとおほせらるゝに若き女房たちの頭かたぶけつゝ明日といひまたの日といひあらそふもをかし日もはや暮ちかうなりてみはしのもとの松風ふきいでぬれば秋も身にしみてとのたまはするほど心ぎゝたる女房のすだれをさら/\とおろしつればやがて奥ふかく入らせたまふものゝあやめもわかぬばかりくらうなりぬればいそぎおほとなぶらもてまゐりぬ夜の長き頃なればうへにはふみどもとりいでさせたまひて昔いまのことゞもおぼしあはせられてみこゝろ静にましますほどやう/\十一時ばかりにもなりぬるに御文机の上のものどもとりあつめさせてやがて大とのごもりにたれば女房どもも皆すべりいでぬふけゆく鐘もしらぬまに夜はほの/゛\とあけわたりて御格子まゐればおどろきて起きいでぬ朝ぎよめの宮つこもまかでぬとて例の女房障子すこしあけつれば風なつかしう打薫るによく見れば二つ三つばかり咲きいでたるなりけり昨日いひしにたがはずとわれはがほにいひほこるもをかし上きこしめしつけてまことにやとのたまはするにはやう見そなはせとそゝのかし奉れば朝風なほ寒けれどしばし端近ういでさせたまひぬいろわきて咲きたる菊のみゆるにぞことの外に興じたまひて天長節には必盛ならむとおほせらるゝそのみこと葉につけて千代田の宮の秋の盛とみづからいひいでつればうちゑませ給ふもいとかしこし
  うちなびくみはたの菊も西の海のはてまでかをる君が御代かな
など思ひつゞけらるゝもげに事なき秋のすさびなりけり

観菊宴

かねてより定めおかれし菊の宴せさせ給ふべき今日となりしをあやにくによべよりの雨なほやまねばいかにとのみ思ひわたることに赤阪の宮までみゆきまし/\ての御うたげなれば空のみうちまもられてしづ心なしされどとりつくろひなどするに十二時ごろになれば風すこしふきいでやう/\雲もなびきそめて日かげさやかにさしわたればいよゝおぼしたゝせたまふ宮のうちおのづからにぎはしうなりもてゆくほどみともの人々もうちつどひぬ御車もひき入れたりと奏すればやがて御門をいでたゝせてかの宮につきたまふさて庭づたひに御車きしらせてしばし聚錦亭にていこはせたまひし後出御まし/\て菊の花を御覧じつゝあゆませ給ふにかねて召されたる内外の人々御道のせばきまで右に左にたちならびてあふぎ奉る去年はこのところにてわが国のおとゞたち外国の公使などにおほせごとありけるを今日は俄に晴れぬれば又ふりいでむこともやと人々のうへをおぼしやりてたゞちに立食所へわたらせ給ふしばらくして参れるかぎり御前近く召出でつゝねもごろなる御詞をたまひて御椅子につかせたまふみづからもおほむ側につきぬやがておもの御酒などたてまつる人々も酒饌たまはりて盃をかさぬるまゝに先にみめぐりし菊の品定しつゝめでかはし笑ひ興ずる声のかりやの内にどよみ渡るもいとにぎはゝしかゝるをり/\にぞ御うつくしみの波八洲の外まで及べることもしらるるに何となう打笑まれて見奉る上にもみけしきいとうるはしう何くれとさわやかにのたまはせたまふ例の楽隊してにぎはしう奏せさするに人々の心ののどやかに見えたるも波風たゝぬ御代の秋なればとおぼえて千年もかくてあらまほしきこゝちせらるゝや

秋情

荻の上風萩の下露とかやげにたゞならぬは秋のゆふべにぞありける年ごろかり宮にところせくまし/\しほどはまことにさることぞとおぼえてうき秋かこちたりしをり/\もありしをこの大宮にうつろひましゝよりはよろずとゝのひておのづから心もやすらかなればいとまある時は御そのにおりたちつゝ萩をりかざし椎の実拾ひなどさま/゛\に興じて日のみじかきをなげくばかりにぞなりぬるされど白露のおきあまりて風にうちみだれ虫の声のこゝかしこにきこゆるゆふつかたなどは物を思はぬ身にもあはれおぼゆるは秋のならひにこそあめれ



世の中秋になりぬれど日盛のあつさはいまだ堪へがたうて何事も怠りがちなるを日がけやう/\かたぶきしかば南おもての近う出づるにさとうち吹きし松風に垣根の萩の露ほろ/\とちりてすゞしの袖のうらがへるも涼し軒のつまよりくれわたりてなみだてる常磐木の間やう/\あかくなりゆけばいまや/\とまちわたるに月影すこしほのめきそめぬとばかり見出すうちにさしのぼりたる光さやかにて虫の音もきこえそむるにおのづから心も秋にうつりぬ



夕々のかげもなごりなく暮れはてたる空に星の光はかずしらずと見えわたれど芝生の露の見ゆべうもあらねば月おそしとのたまはするに例の人々とみにみはしをくだりぬほどもなくあまたの燈籠に火ともしわたしたる御苑のけしき見そなはして興ぜさせたまへるほどやう/\梢たかくさしのぼりたる月の光にあたら心しらひの灯もきえたる如く見る人もなくなりてたゝ月夜よしとのみいひあひたり上にもはし近うおましうつさせ給ひて何くれとみものがたりせさせ給ふ御ついでに小萩がもとの露やいかにとおほせごとあるにをり/\はきらめきても見え侍りなど御いらへまをしつるほど花やかなるもあはれなるもさま/゛\に虫のなきいでたるふせごにこめて聞くよりもいみじうおもしろしとぞきこしめすみづからはおばしまのもとにいさりいでゝ聞きわく人ならましかばいづれをかえらばましかくて空しくきかむことよ虫の思はむこともうたてしやなどいふほど菅筵うちしめりて月のかげもふけわたるに虫の音のよひよりもしげくきこえければ
  みめぐみの露おきあまる秋の夜を何にわびてかなきあかすらむ
とひとりごちつゝ夜風もさむくおぼえければやう/\おく深くすべりいりぬ

時雨ふる日

今日は吹上の御苑にものせむとおもひたちたりしを出立たむとする頃より時雨の雲のたちかさなりて今にもふりいでぬべき空あひにぞなりぬるおほせ言にもあらぬをもし道にていたくそぼたれむにはともにさぶらふ人々のなやみもいかゞとおもひたゆたはれてさてやみぬしばらくして風はげしうふきいで雨さへそひて窓の内までうちしぶくに戸をさゝせむと思へどあまりに暗かるべければ障子のみさゝせたるに時の間にぬれて紙ところ/゛\やぶるれば人々つくろひてむといへどぬれたる紅葉のことにさやかなるが見ゆればわざとさておかせたるにまづしき人のすまひめきたりとうち笑ふ人もあれどそれもまためづらかにをかしくかつはさるきはの思ひやりも出て来ぬべしといへばこの寒き日に御風心地もやとこそおもひ奉りしにかへりて雨ごもりの御つれ/゛\となぐさませたまはむをこゝろなくもきこえさせつるかなといひつゝ笑ふ今朝まで黄ばみたりし枝の大かた赤くなりたるにあやにくにもといひしも忘れて心ある雨よといひあへるもをかし暮方ちかうなりてはまことに寒うなりぬるに戸をさゝせつれば人々もやう/\うち散りしぞさうざうしきや

年の暮れ

月日のうつりゆくまゝにはやう十二月二十日あまりにぞなりぬる冬木のこずゑ風わたりて寒さもいとどさまりたるにみそのゝ梅のまばらにさきいでたる年のはじめのこゝちすなどいふもをかし今年は春秋にみゆきありて宮の内にまします日のすくなかりければにやいつよりもとく年の暮れぬるこゝちす今日は例の煤払ふ日とて御調度どもみなわたどのつゞきなる東のとのにうつしてかりのおましよそほひたるに上には御みづから剣璽を守らせたまひてうつろいしましぬされど御政事暇なき頃なればかゝる日もおとゞたちの御たいめことしげくて大かたは御小座敷にましませり四時頃になりて今朝より入りこみし人々まかでぬと奏するにやがてもとの宮にぞかへり給ふところ/゛\のをすも新しうかけかえたる清らにみえていとここちよし上には朝拝のことなど何くれとおきてさせたまふさぶらふ女房達つぎつぎにものたまはるめりさるなかにも歌御会始のこと心にかゝりて語りあへり年あけなばにぎはゝしうて宮仕もことしげくやあらむはやう歌もよみおかばやとおもへどまだ一首だにといふもありあるはえらばるべきは誰にかあらむといふもありていとをかしことなくてことしも末になりたるはめでたけれど何となう心もいそがるればまだ日の長くなりなむ時おもひいづることあらばかきもくはえてむ

華族女学校にものしける時

年の内に今ひとだいひとこはるゝまゝにかねて心にかけたることなれば十二月の十九日といふ日九時頃より華族女学校にものしぬいたりつけば職員どもをはじめてあまたの生徒うや/\しくいで迎へたる所がらことにうれし階をのぼりてまうけの座につきぬるに冬ともしらぬばかりあたゝかにしなしたる心しらひのほどあさくもおぼえず例の人々のたいめなども終りぬればやがて室ごとにいりて授業をみるにをさなき子の何心もなくうち笑みつゝ心やすげに教をうくるいとらうたげなりかゝるほどより学びてこそはと末たのもし又ねびとゝのひたるかたはあからめもせずひたすらに学の道に心をいれためりわざのすゝみたらむのちはかならず世のかゝみともなるべきがおほからんとおぼゆるうへに立居ふるまひなどのつゆ男さびたるさまなくなつかしげに見ゆるこそうれしけれなほ残る方なく見めぐりてもとの処にてしばしやすらふに十二時半ばかりになりぬさてかへらむとするに園にて遊びゐたりし子どもの声のしづまりぬればいかゝしつらむとおもふに早われを送らむとて門のかたにゆきぬるなりといへば心もいそがれて車にうちのりぬ



明治二十三年十月二十六日といふ日茨城のあがたへみゆきせさせ給ふこは近衛兵の演習をしたしく御覧ぜさせ給はむとてなりけりみづからも従ひ奉るべくかねておほせごとありしかばいとうれしくていでたつこの大御代ならずばいかで女の身にてかゝることを見むと思ふにおのづから心も勇みたちてうち笑まれぬ御車上野の停車場にとゞまるやがて楼の上にぞのぼらせ給ふ東宮にも御送にとくよりまゐりたまへり大后宮よりも典侍幸子御使にまゐりてあつき仰言ども奏すみづからもかしこき御言葉うけたまはるかくておとゞをはじめ送り奉る人々多かるをもらし給はず御前近くめしてみことばあり程なく侍従長まゐりて何事もとゝのひたりと奏すやがて剣璽をさきだてゝ汽車に召させ給ふみづからもつらなれる車に乗る笛の音きこゆる間もなく烟をあとにして御車はとくすゝみぬ道のほど大方は田畑にてさのみかはれることもなしされどいづこも稲のみのりよきを見るは民の為うれしきことぞかし埼玉のあがたはさいつころの洪水に利根川の水あふれきとて民のいたづきておほしたてし畑つ物なども皆あれはてたり河の如き処もありてみゆきをおろがむ人々も或は水に入りあるは舟をうかべなどすいかにして一日一日を送りつらむと思ふに胸いたうなりもてゆくそこを過ぎぬれば稲葉の浪田のもにみちあふれたるけしきに心もかはりぬ処々のさまめづらしなどいひつゞくる間にはやう水戸につかせたまふ停車場より御馬車にて行在所にいらせたまふこは旧城内にある師範学校をそれと定めたまへるなりとぞとばかりありて例のみたいめのことありはてさせたまひし後もいさゝか疲れさせたまふみけしきなくて明日の演習の方略書などとうでさせて御覧ずかく御心にかけさせ給ふを見奉るもかしこしこの夜も常の如く十一時におほとのごもりぬ二十七日けふもてけよし八時よりいでたゝせ給ふ汽車にも宍戸といふ所までえわたらせ給ひそれより金華山と名付けたる御馬にめさせたまふ有栖川宮北白川宮をはじめおとゞその外あまたの人々近衛の将校なども馬にて従ひ奉りぬみづからは馬車にてゆく岩間村にいたらせ給ふころ遠近に烟たちのぼりつゝの音こゝかしこに聞えて赤白の旗風にうちなびき馬のいなゝく声もところ/\にきこえたり戦たけなはならむとおもふころはつゝの音も絶間なきに御心いさませ給ひて折々はことかたに御馬すゝめさせつゝねもごろに御覧じ給ふ折しも秋の末つかたなれど日かげはなほ暑くおぼゆるにさらにいとはせ給ふみけしきもなきをこの演習にいでたる兵どもはさらなり文武のつかさ人なべてかしこみ奉るなるべしほどなく終りぬと奏するより御野立にてしばしいこはせ給ひさて汽車にめして行在所へかへらせたまふ二十八日も昨日の時刻より出でたまひてこたびは成井村にて御覧あり筑波山近く見えてけしきいとよし大方はきのふのごとしされど今日は敵の近付きたりと見え大砲小銃の音はげしく広き原にもひびきわたりぬ上には例の御馬にて道もさだめさせ給はず森の中松の林などにわけ入りて見めぐらせたまふに木の枝の御あぶみにかゝるもいとかしこしみづからも車よりいでゝ小銃の連発又は大砲のうちかたなども見ずやと附添へる士官のいふにさらばとておりたつ黒烟たちのぼる中に火気見えてはげしき音のきこえたるいといさまし事あらむ日は親妻子をもかへりみず君のため命をすてゝたゝかひなむと思ふにいとたのもしくはあれど又いたはしくて胸もふたがるこゝちぞする今日の演習も果てぬれば御野立にて昼のおものきこしめすそれより御馬上にて観兵式分列式御覧ずみづからは例の馬車にて見る終わりて審判あり小松宮はじめ将校うちつどひて御まえをすゝむ両日のいたづきをねぎらひ給ふみことばありかたじけなみ奉りて敬礼するさま見るもめでたし小松宮には両日の演習のよしあしを高らかにことわり給ひぬしばし御休ありて汽車にて行在所にかへらせ玉ふ御道よりおぼしたゝせて県庁へ臨幸ならせたまふ今日はあやにくに御風のこゝちにて例ならず見えさえ玉ふをもとかくしてかくつとめさせたまふいとかしこしみづからはおほせごとによりて常盤公園なる好文亭といふところにゆくいたりつけば徳川昭武その外人々出迎へたり梅あまた植ゑたる林ありこは事ある時の為に実をたくはへむとてなりとぞさまざまの木立ありて庭のつくりざまいとおもしろし老松のかげに石の碁盤将棊盤すゑたる珍らかにてしばしたちよりて見る高きところなれば家のうちより仙波湖見わたさる十五夜の月のさしのぼる景色いとよし色づく小田もみおろされたりこは中納言斎昭の世をのがれて後心やすくすまひして民のなりはひを見むために造りしといふさもあるべくおもはる家の内広らかにて杉戸には詩の韻字のこらずかゝせて詩人を招くときの為とし又五十音てにをはをかゝせて歌人のためとしたる心しらひのあつさを思ふにいとゆかしまた板敷ありこゝは心ある人々にをり/\みきなどあたへし所なりとぞたちかへる道のほど弘道館の碑を見る八角の堂のうちに寒水石の大きやかなる立てり世に知られたる記を自筆のまゝほりいれたるなりけり一句々々読みもてゆくにその人の御国を思ふ志したはれて涙ぐまれぬ戸びらにはこまやかなるほり物ありかも居とおぼしき所には易の八卦をほりつけたり昔は此処に学舎あまたありきといふげにめづらしき所を見しかな是も上のおほせごとなくばといとうれしくて時の過ぐるもおぼえず人々夜更けはべりぬべしといふにおどろかされていそぎ帰る月夜なれど篝火たき提灯などあまたてらして昼のごとし御前に参る上には六時ばかりに帰りまし/\きときゝておくれ侍りぬなど奏するにうちわらはせたまふ好文亭のことなどつばらかにと思へどとみにいひつくすべうもあらねばかたはしのみ奏すしるさまほしきことども多かれど筆もすゝまずことに明日東京へかへりまさむとて御調度どもとり納むるにものさわがしければかきさしてやみぬ



御唱歌の部


   金剛石 

金剛石も    みがゝずば
珠のひかりは   そはざらむ
人もまなびて のちにこそ
まことの徳は   あらはるれ
時計のはりの たえまなく
めぐるがごとく  時のまの
日かげをしみて  はげみなば
いかなるわざか  ならざらむ


   水は器

水はうつはに   したがひて
そのさま/\に なりぬなり
人はまじはる 友により
よきにあしきに うつるなり
おのれにまさる よき友を
えらびもとめて もろともに
こゝろの駒に むちうちて
学びの道に すゝめかし

右の唱歌二篇は明治二十三年華族女学校へ賜へるなり。




 御集年代御歌数表

明治七年   一
明治九年     一四
明治十年   四
明治十一年     六
明治十二年   八六
明治十三年     二三
明治十四年   二六
明治十五年 一九
明治十六年    二一
明治十七年   三三
明治十八年     二八
明治十九年   五四
明治二十年 二四
明治二十一年 五三
明治二十二年 五九
明治二十三年 四〇
明治二十四年 一八
明治二十五年 二六
明治二十六年 一〇
明治二十七年 二二
明治二十八年 一九
明治二十九年 二四
明治三十年 四八
明治三十一年 五八
明治三十二年 二七
明治三十三年 三四
明治三十四年 四四
明治三十五年 二九
明治三十六年 二三
明治三十七年     一八
明治三十八年 一七
明治三十九年 二五
明治四十年   二四
明治四十一年 三四
明治四十二年 二七
明治四十三年 三八
明治四十四年 二五
明治四十五年   二
大正二年 六
大正三年 一

計 一、〇六九

御文章  二二
附 載 一七
御唱歌 二



   跋

畏モ 明治天皇ハ不世出の聖帝ニマシマシ、時ノ古今ニ通ジ洋ノ東西ニ亘リ英邁ノ帝トシテ其御名ノ芳シキノミナラズ、夙クヨリ敷島ノ道ニ大御心ヲ寄セサセラレ金玉ノ御製ヲ万世ニ遺シタマヘルコトハ、億兆庶民ノ誠ニ敬仰シ奉ルトコロナリ。此聖帝ノ皇后トシテ 昭憲皇太后ノ御坤徳ノ高キ、将又御貞淑ノ深ク御慈悲ノ厚クマシマシ、普ク女性ノ亀鑑ト仰カレタマフコト他ニ其比ヲ見ザルナリ。而モ亦聖帝ト同シク大和歌ノ道ニ御志深ク、御一代ヲ通ジテ三万首ニ上ル玉藻ヲ詠マセタマヒ、マタナク御堪能ニ亘ラセタマヘル如キ是豈偶然ナランヤ。曩ニ宮内省ニ於テ昭憲皇太后御集編纂ノ御事完キヲ告ゲ、超テ此年四月十一日ハ 太后神去リタマイシヨリ茲ニ十年、此日式年ノ御祭典ヲ皇霊殿ニ挙ゲサセラレタリ、敬光常ニ宮中ノ優遇ヲ辱フシ、此御祭典ニモ参列ノ光栄ヲ荷ヒ御在世ノ当時ヲ偲ビ奉リ、且ハ御集編纂ノ公事ニ幹事ノ職ヲ汚シヽコトニ思ヒ至リ、茲ニ自ラノ任務トシテ御集ヲ謹解シ鴻大ナル御坤徳ヲ世ニ周知セシメンコトヲ誓ヒ上ゲタリ。爾来日ヲ閲スルコト三十余日、稿成ルノ前之ヲ中央歌道会に謀ル、蓋シ同会ハ我敷島ノ道ヲ以テ世道人心ヲ善導セントノ趣旨ニヨリテ組織セラレ、而シテ敬光ガ微衷ノ存スルトコロヲ知ルモノナルヲ以テ、幸ニ大ニ敬光ガ此挙ヲ賛シ之ヲ剞●(「厥」の「欠」の代りにリットウ)ニ附シ世ニ公ニスルノ任に膺ルコトヽナレリ。茲ニ本書発刊の因由ヲ記シテ巻尾に附スト云爾。
    大正十三年五月二十八日
                         子爵 三室戸敬光





(奥付)

大正十三年六月廿五日印刷 定価壱円参拾銭
大正十三年七月 一日発行
編輯者 子爵 三室戸敬光
発行者 名古屋市東区千種町字北畑七十八番地
      中央歌道会
            代表者 恒川平一
印刷人 名古屋市東区千種駅南
小池清
印刷人 名古屋市東区千種駅南
三益社
発行所    名古屋市東区千種町字北畑七十八番地
        中央歌道会
振替口座名古屋八五一六番
発売元    名古屋市中区南園町一丁目拾番地
         岩田三友堂

不許復製