太陽と薔薇
与謝野晶子
自序
私は一九一九年に公にした『火の鳥』以後の新作の中から、五百五十首を選んで、この一冊を編みました。装幀は、親しい旧友の一人である山本鼎さんが引受けて下さいました。アルスの主人北原鉄雄さんの周到な美術的用意と相俟つて、瀟洒とした美くしい体裁の本に出来上つたことを嬉しく思ひます。
それから、三色版として一枚添へた菊の絵は、最近に書いた私の自由画です。少しも得意とする所では無いのですが、北原さんの勧められるままに、私の子供らしさを記念するために挿みました。曾て私が巴里の下宿で勝手な絵具いぢりを始めて居ると、子供よりも拙い私の自由画を嗤はずに、却てそれを奨励的に褒めて下さつたのは梅原龍三郎さんと山本鼎さんとでした。山本さんは帰朝以来、熱心に子供の自由画を主張して、教育界に於ける臨本模写の宿弊を打破する機運を作られました。その山本さんの装幀に成る歌集の中に私の自由画を挿むことも、私の無邪気な行為として許して頂くことが出来るであらうと思ひます。
一体に、私の生活の全部が自由画の積りです。殊に前人の規矩に支配されない私の芸術が其れです。私は自分の個性を自由に表現したいために詩や歌を作ります。私は自分の個性の時々の感動に一つ一つ備はつた特殊の表情のあることを信じて居ます。出来るだけその感動を忠実に表現しようとすれば、どうしても自由画風の表現に帰して行く外は無からうと思ひます。
私の廿年ちかい経験から云へば、自由画風の表現の方が、どれだけ作者自身の芸術的良心を満足させるか知れません。然るに、労を厭ひ易きに就かうとする怯懦な本能が若々しい創造の本能を凌ぐ時に、古人や他人の粉本を踏襲して、少しの創意と多くの模造との中に自己の存在を保たうとする保守的な芸術家を生じます。芸術を沈滞させるものは、昔からさう云ふ堕落した芸術家です。
私の歌は、私の詩と同じく自由製作です。古人の歌に似て居ないのは、私と云ふ人間と古人との相異です。従つて古人の歌の標準で私の歌を見て頂いては相容れない所が多からうと思ひます。
卅一音の歌としての外形は従来の短歌に似て居ます。似て居るのは唯だそれだけです。読者は、何よりもまづ、私の個性がどんなに特異な感動を持つて生きて居るかを、私の歌から読まうとなさつて下さい。唯だ感覚に就てだけでも何か他人とちがつた私の個性が現はれるて居るとしたら、兎に角私の歌の存在の理由が成立つ訳です。
次に読者に望む所は、その特異な感動がどれだけの価値を持つて居るかと云ふことに就て、更に鑑別をなさつて下さい。トルストイは「真の芸術品は人類の生命の流れに、新しい感じを注ぎ込むものでなければならぬ」と云ひ、カアペンタアも「偉大にして不朽なる芸術となるには、勿論新しい感じを表現しなければならぬ」と云ひました。私の作物がそんなに高度の芸術的価値を持つことは出来ないにしても、私の理想するとする所は、さう云ふ芸術へ一歩でも二歩でも前進することにあるのですから、標準を従来の日本の歌に求めないで、世界共通の、現代の詩の標準で私の歌を批判して頂きたいと思います。
従来の歌から遠く離れた別種の歌が出来上つて居るのに、何時までも万葉集や古今集を典型とする日本流の狭苦しい標準で取捨して頂いては迷惑を感じない訳に参りません。私は短歌をも詩をも作りますが、両方ながら私の個性の表現として、同じ態度で作つて居ますから、其間に歌だから、詩だからと云つて批判の照準の区別を立てようとは思ひません。今日の詩を読まれる人々が勿論従来の歌の標準などを眼中に置かれないやうに、私の歌を読まれる人々も、私の詩の一体として、世界の詩の標準以て読んで頂きたいと思ひます。若し私の歌が世界共通の照準に照して、少しでも一致する所があるか無いかで是非されるならば私の本懐です。
正直なところ、私達は世界を摂取して世界に生きて居る日本人です。日本のどの時代の古典からも影響を受けて居ると共に、世界からも複雑な感化を受けて居るのが只今の日本人です。私達は日本語に由つて歌を作ると云ふ一面から云へば人麻呂や和泉式部の遺業を継いで居る者ですが、私達は奈良朝や平安朝の日本人で無いのですから、私達の芸術の尺度もまた世界的とならざるを得ません。日本人が作る以上、日本の地方色と民族色とを帯びるのは当然ですが、芸術の価値標準は、地方色と民族色とを容れながら而も其等以上のものであることを望みます。
と云ふと、私が自分の歌に就て可なり得意で居るやうに解釈されるかも知れませんが、私は久しく歌を作つて居ながらまだ自分の歌に満足する日が無く、断えず不足を感じて忸怩として居る人間です。自分はもう歌が詠めなくなつたと悲観したり、歌と云ふものはどうして作るものであつたかと当惑したりすることが毎月幾回あるか知れません。内から自然に湧き上る熾烈な実感の嬉しさに折々出会ふ時でさへ、それの表現に行詰つて、唖にひとしい苦痛の中に人知れず困り切つて居ることがあります。その難関を突破して、表現の自由を得た刹那に、詩人らしい自負の喜びを感じるにしても、次の刹那にはまた現在の不満を覚えて、自分の歌に対する未来の不安を抱かずに居られません。之が私の歌の何時までも素人の歌、子供の自由画として動揺して居る実状です。かう云ふ過程の中に、私の個性がどれだけの成長を示しつつあるかに就ては、私の歌を透して、読者の深切な批判を聞かせて頂きたいと思ひます。
ついでに予告して置くことをお許し下さいまし。私は近い内に、自分の詩を選んで、『晶子詩集』と『晶子小曲集』との二巻を出すことに決めて居ます。私は歌で現はし得ない所のものを詩で現はさうと試みました。
一九二一年一月
与謝野晶子
凋落も春の盛りのあることも教へぬものの中にあらまし
炉はをかし真白き灰のかたはらに二つ寄せたる唇も見ゆ
激しきに過ぐと思ふは涙のみ多く流るる自らのこと
音立てて石の山にも降れよかし下の襟のみ濡らす雨かな
自らの寄辺なきこと太陽に似ると歎けば人咎めけり
高力士候ふやも目を上げて云ひ出でぬべき薔薇の花かな
旅にして沈香亭の欄干にあらざるものへ寄れば寒かり
重ぐるし春ことごとくわが上に残りとどまる心地こそすれ
熱き息わづかに中を通ふべき若葉の森となりにけるかな
こころにも柏の枝のひろがると夏をよろこぶ一人となりぬ
夏の空梅蘭芳の顔見ゆと月の上れば人のささめく
われの見て淋しとするはかきつばた菖滞がほどの藍の一はし
ソロモンの古き栄華に勝るもの野の百合のみと思はぬもわれ
雛罌粟も身を逆しまになすはては萱の草より淋しからまし
たそがれの机の下に蛍居ぬ旅を終りし三日四日ののち
金蓮花そよ風吹けば砂山の紅蟹のごと逃げまどふかな
春の日の花の色して心をばとりまくものも少しうとまし
かぶろ髪振分髪の四五人の子を伴ひて春かぜ通る
わが心曇りぬ青かくれなゐか何れの塵の立ち舞へるらん
君とわれ空と水との際よりも匂ひやかなる一線を置く
あぢきなし遠きも昔近き日の忘られがたきこともいにしへ
わが木立葉の黒ずみて淋しけれいつ華やかに秋風吹かん
さかしげに君が文をばおさへたり柏の薬より青き蟷螂
美くしきわれをば覗く天地の片はしとして先づ見しは君
恋人のありなしそれを明暗の二つの世とは思はれぬかな
幻と云ふかたはらに無きものの名をわれも書く彼の人も書く
桑の木の濡れかたぶきて息づきぬ帯の重くば解きて寝よかし
目の前に淡雪ちりぬ何ごとも云はで死ぬると云ふ形して
龍騎兵王を護れる槍よりもめでたく見ゆる寸の針かな
森深くなりたる道に桃白く散るなり鵠の涙のごとく
御言葉をよしと聞くのみ人に似ぬ淋しき色の花心かな
靄立てば浴槽の底に桃李咲く園のありとも思ひけるかな
(以下二十二首人々と箱根に遊びて)
紫の傘して山を見にいでぬ旅より恋にこころ行く人
山に来てわれもめでたく湧き出づる泉の如き恋もこそすれ
恋の塵つもりゆくなる人の子が泉を浴びに入りし山かな
箱根路の湯阪の山に見出でたり白裳曳きたる春の佐保姫
夜となればわがかたはらへ寄りきたり山水が云ふいにしへのこと
浴室に山のしづくの音聞けど思ふはわれの清らなること
何れにもひたさまほしきおのれかな温泉の中冷泉の中
自らの恋より青き淵の水見んと山行く春の旅びと
山に来ぬこれより後のわが心藍がちにしもならんとすらん
やや遠く明星が岳かたはらへものよく語る七人を置く
箱根路の明神山に点る灯を忘れぬ人となりぬべきかな
太閤の石風呂よりもよしとしぬ吉井勇が浴泉のあと
渓川は雨に濁らずくれ竹の青き色しぬ百尺の下
生きながらわが黒髪を猿沢の池の玉藻とめづる浴室
日の暮の明星岳の山風に少し萎れし恋ごころかな
彫刻帥凡骨をかし湯の宿に人をまねびてうたたねぞする
白き靄やまずも渓を上りきぬ泉の水にならふなるらん
白鷺の滝を見んなど恋をする片ごころには思ふ人かな
雨降りて山の消ゆるに驚かず不思議を多くつくる若人
燃ゆらんと恐るるものは心なりかひなし身をば泉にぞ置く
涙おつ箱根の谷を上る靄またためらはずなすにまどはず
(以上)
涙をば受けんと思ふさましたりいとあさましや水晶の盆
美くしき人を泉に見し日よりナルシスと呼ぶ水色の壼
屋根の草わたを散らすは高き木の知らぬはかなき喜びにして
友と居てやや口重くなる時のわれ自らをなつかしむかな
おのれをば少し怪しく思ふ日の甘き味ひ人に知らるな
太陽の一日をもて終るべき花とも見えぬ紅蜀葵かな
二三本薄なびけば目に見えぬ支那の芝居の沛公の馬
紫苑咲くわが心より上りたる煙の如きうすいろをして
並木ども足爪立てて人を見る十月の夜の街をわれ行く
狂ほしく髪を乱して靡かせて煙草の泣ける青き皿かな
なよやかに引きいでられぬ悲みのこの白き綾この青き綾
薔薇ならずいと華やげる西海の入日の色に今似たるべし
過去の世は海より深し白玉も珊瑚もさぐりいでがたきかな
自らは虚無より流れ来りけれものを忘れん掟のもとに
一瞬に八千載のよろこびを知るちからのみ滅びざるかな
黄金の箔を胡蝶の押しにきぬ盛りの春の丹朱の上に
恋をする心は獅子の猛なるも極楽鳥のめでたきも飼ふ
人としておのれを置けるこの世をば悲しきばかり愛づるなりけり
何ごとも仮のごとしと微笑みぬ二なく執するものも見ながら
形よき維摩居士かな思ふこと我等に似ざる像と云へども
人ききて身に沁むと云ふこと言ひぬもののはづみはなべてわりなし
何ごとも改めがたし百合ひらき罌粟のにほへば見まほしき君
明日といふよき日を人は夢に見よ今日のあたひはわれのみぞ知る
うら淋しやがておのれの心さへ青蓬生となりにけるかな
仮初となさず大事の如くせず魂捨てんことをくはだつ
若き日は安げなきこそをかしけれ銀河のもとに夜を明すなど
大空の秋の銀河の水の音すなり真珠をもてあそぶ時
日を待たず若葉の榛の山なれば曙つくる山はみづから
(以下四十首伊香保にて)
伊香保山湯の流よりかんばしく甘く苦しくほととぎす啼く
都をば燐むごとくなつかしむ如く息つく山に来りて
雲よりも淡き色する榛の木の若葉の山に君と来しかな
いかづちの生るる熱き湯の音をかたへにしたる朝のくろ髪
われはこれ恋をなす日のよろこびにつづくいみじき浴泉の人
驕れども今日はわづかに白鳥とおのれを見なす浴泉の人
人間の心に遠き山の石あまたし見ればあぢきなきかな
旅人の夜話なども止むころの廊下になびく温泉の靄
おのれをば全くするはかたしとて美くしさのみめでぬ泉に
白鳥にまなぶ驕りもはかなしと泉を捨てて今日は山行く
枝となく幹ともあらずさあをなる落葉松の初夏の山
雪かづく穂高の山と湖と萄葡茶の繻子のいたどりの芽と
なつかしくわが山駕籠の左より右にひろがるくろ髪の山
鈍色の冬につつまれわが髪も愁ひも解かず鬢櫛の山
山吹を遊ぶ蛍と思ふまでをぐらき谿の木下路かな
をちかたの七重の峰と対ひ咲く榛名の山の山吹の花
娘にて蔵の板敷踏みたるにまさり冷たきおく山のみち
榛名川みどりの絹のふくろより転びいでくる白玉を愛づ
百尺の高きところにわが見るは白き猛火の夏の山川
一もとの深山桜のめでたさに七瀬どよむと思ふ渓かな
岩を打つ水のめでたき若さをば見て石を投ぐ山の男は
唯あるは千年の巌杉木立榛名の神のみやしろの路
われもまた岩屋の奥に丹を塗りて住める榛名の神にならはん
しらじらと岩より下り飛び立ちぬ羽をもてる山川の水
船の人歌をうたへばいと寒き夢かとおもふ湖畔亭かな
雫してくろ髪のごと美くしき洞にちるなり山ざくら花
伊香保風岩にあるよりゆらゆらと山吹靡く駕籠の上かな
伊香保風少し烈しき野平を高き杖して君人と行く
駕籠やりぬ伊香保の奥の八峰台はるかに野火の立つを後方に
野焼の火心につくを思はずば人に涙の流れざらまし
かずかずの愁を洗ふ泉無し伊香保の山の岩を覗けど
浅みどり榛の若葉のつくりたる真洞の奥の熱き噴泉
この山の泉にありと朝まだきわれを見知れる風の驚く
清らにも梅なほ咲きて伊香保路の皐月の朝にうぐひすぞ啼く
浅みどり風にも散らんほのかなるはかなきいろの榛の一むら
身の中の緑のこころ帰り入る榛の林と思ひけるかな
鳥と見よ魚とも見よとおほどかに人の思へる朝の浴室
火にあらず増し真白き玉の質なりとわれを思へり山の泉に
物思ふ身にあらねども山の湯の靄に青くもつつまれぬわれ
(以上)
心から身も世もあらず散りがたの淋しく見ゆる夏の花かな
踊らんとするも散るをば思へるも皆わが胸のひなげしの花
淋しきは淋しきままに心鳴る皐月の朝となりにけるかな
水泡をば姿としたる人間のいのちの中の一瞬の恋
目閉づれば梅蘭芳の幻の見ゆるおのれもめでたかりけれ
眺めやる沖の小島のここちすれ群すすきまだ若やかにして
うすものを昼の間は着るごとし女めきたる初秋の雨
あなかしこ大世界をば秋風は二つに分つ空とわれとに
はらはらと花びらのごと汗ちると暑き夏さへ憎からぬかな
聖書にて智慧の木の実と読みたりし木の実食ひて智慧を失ふ
灯を置けば黄なる魚寄り遊ぶなり君と覗ける加茂の流に
軽き波重たき波のこもごもに来て打つ恋の海に身を置く
山上の高きところの湖の氷ると告げぬわれのこのごろ
去年見しは白き日輪この朝の東天にある紅き太陽
地の上のこと改り人は皆創造の世の神ならぬ無し
人人のめでたきは皆手を挙げて招きの春のめぐり来しかな
地の上の平和の花の大きさよ日のめでたさに似たるものかな
人多く名のみ知るなりわれは見ん新しき日をたなぞこに置き
戦せず正しきものにかへりたる春と思へば相もことほぐ
春の人十六億の白鳩の舞ふにたとへんまた戦せず
春の雲空になびけばめざましき世界にありとわれも喜ぶ
ひがし山青蓮院のあたりよりもも色の日の歩みくるかな
南天は雨もみぞれもしみ入らぬ朱のこちたさを歎くみづから
炉の前にわが座をえらぶおのづから人を恋する人のならはし
くづれたる椿は同じはらからのあまたと猶も寄り添ひて寝る
庭の内此方彼方の木の下に禄の衣ほどかさなる椿
わが心五彩の色のほの浮きぬ春のものともなりにけらしな
美くしくおのれのままに生ひ出でし野馬の声する初春のかぜ
雀子が網笠被たる早春の牡丹をのぞく小き足おと
いと小き筍めきし塔にある閻浮檀金の福寿草かな
初春は男も清し松と云ふこちたき枝もにほやかに見ゆ
速かに元日暮るる趣きも朝より見えてをかしかりけれ
猿の来て踊る頃より元日の心やうやくもの足らぬかな
初日影弓ひく人の姿する二尺の梅にものを云ひ懸く
孔雀の尾ひろがる如くあてやかに春の初めとなりにけるかな
春の来しよろこびすなり今朝起きて君をわが見るならひの外に
元日のたそがれ悲し大空に冬のこころの帰りくるかな
善と悪いまだ二つに分れざる世もかへすやと思ふ春かぜ
丹後にておさんを見たる万歳の奴がわびし門覗きゆく
熊野より熊の牙など送られて子に語ること尽きぬ正月
元日は港の宿の明方に似てものの青を珍しと聞く
元日や伊勢の宮居の思はるる白き箸とも君に云ふかな
上もなき幸人にあらずして物思ひつつ春をよろこぶ
わが子等が小姓のやうに袴して板の廊下を通ふ初春
櫨の葉の魚のさまして這ひよるも淋しき園となりにけるかな
新しき春の初めをよろこびぬ冬籠なるかたちのままに
水仙の次々開き新しきけぢめつくるがあぢきなきかな
地の上に流るる時を知らぬものあらじと歎く草の青めば
常磐木の冬に立つなる淋しさを覚ゆる人と知られずもがな
大きなる銀杏金して地の上のものおごそかに思はるる頃
早春の銀の屏風に新しき歌書くさまの梅の花かな
黄金を育王山に送るより更にはかなきたのみなるかな
山の土踏めば昔の恋しけれ花たちばなのたぐひならまし
あぢきなしわが足音をわれ聞きて歩む淋しき路に異らず
白き罌粟浄土の端に置かれたる花もとすれば風にゆらめく
炉の火燃ゆフランチエスカのこの中にありとも見えて美くしきかな
なつかしき春の雪かな白玉の環をつまさぐる心地こそすれ
自らを春の姉とも思ひなし静かに人を恋ふるこのごろ
水色のうすもの着たる夕風と並びて語る木蓮の花
暮れてなほ淡き欝金の日の匂ひ漂ふさまの身は淋しけれ
悲しくも乱れ散るなり検非違使の夢を見たるや山ざくら花
桜より生れ出でたる人ならん夕は愁ひ朝ははなやぐ
船の笛鳴れば雛も旅と云ふ悲しきものを思ひおはせり
めでたくも二心なき雛を置く小き人と親々のため
灯を置けど物をも云はず歌へども皷も打たず雛のえをとこ
白蘭の蕾のやうにあてやかに雛の袴はふくらめるかな
くれなゐの尾をば桜にかけたるは山鳥に似る春の落日
恋のごと重ぐるしとて南蛮の紅き更紗をにくみけるかな
わが胸の焔が立つる楼台も煙の描く塔もはかなし
うち黙し涙ぐみたる山ありぬ弥生の春の落つる日のもと
末の子が熊の子となり走りこし夢を覚まして鶯ぞ啼く
岩山の青にまじれるつはの花さばかりと見ゆ秋の日の色
大きなる桐すずかけを初めとし木の葉溜りぬ海の幸ほど
自らが幸ひ君がさいはひのつゆも変らぬものにてあれかし
おのれかと旅の心地の哀れなり黄なる一木の濡れて立ちたる
浜に出で踏めばほのかに砂の云ふ恋人のごと君に順ふ
筑紫路や野は少女子のものならし日傘並ぶる櫨木立かな
櫨の枝白き珊瑚に来て遊ぶ魚かとばかり葉の残るかな
半身を魚になしたる絵ほど見ゆ遊びを好む我等思へば
恋と云ふ釉薬を透きて現れぬ描かれたりしおのれの模様
光悦が金を篋りたる城と見ゆ銀杏めでたき熊本の城
渓の湯の真白き湯気に来て混る空のかたはし山のかたはし
いかづちも阿蘇の神馬も降り立ちてすすると思ふ夜の渓川
しろがねを芒も延べぬ千年の頂の火にまがへんとして
阿蘇の阪母の後より行く子馬を見て俄かにも家の恋しき
初冬か秋か知らねどおほらかに阿蘇の煙をいだく空かな
旅人のおのれやつれぬ白玉の湧く泉には浴びじとぞ思ふ
大阿蘇の山のちからを語るごとわが傍におちて
櫨の枝眉ほど葉をば残すなり筑後の川の浅葱の上に
湯の街の靄ににじめる灯の一つかこむ人かと夜のをかしけれ
豊国の砂湯の底にみづからを鵠の雛ぞと思へるは誰れ
君と見る鳩の羽色の山のあめお納戸いろの湯の街の雨
夕ぐれの湖に引かれて大海へ消え入るごとき四極山かな
十坪ほど都の如く清らなり宿屋の庭の黄なる灯のもと
旅寝する人のささやき雨の声うしほの響噴泉のおと
しづくする好文亭の萩の花清香閣の秋かぜのおと
那加川の海に入るなるいやはての海門橋の白き夕ぐれ
大海の波もとどろと来て鳴らす海門橋の橋ばしらかな
なのりそを波の中より拾ふなり身にかりはりのあるもののごと
白波の布にすがりて荒磯の秋の初めの月のぼりきぬ
日のくれに安中きたり磯節を語り初むれば砂に露おく
日の昇り魔性の岩も砂山の踊のあともあらはになりぬ
安中の磯節よりも淋しけれ磯の名所の長き石段
君が幸わがさひはひの止まるや各ものを恨みあへるや
徒らにもの書きちらすことすなり恋醒めならぬ恋の休みに
二月の日昇るころに庇より煉瓦の塀に身を投ぐる雪
落椿鳥より小き身を持てど恋知りがほに水の上行く
春の靄少し靡きて去りたれば物を思へり池も木立も
水仙は萎れし後も明星に似たる蕋をば唯中におく
香を放ち歎きしあとを白く散る梅の花をば哀れとぞ思ふ
雨ひと日春のこころを誰よりも知り給へりと阿りて降る
よこしまに心を引くと見たりしも昨日になれば夢に似るかな
君と在るくれなゐ丸の甲板も須磨も明石も薄雪ぞ降る
ことごとく鏡のありて写すともうつらぬ程の小き悪心
たまさかに大天地の瑠璃の壼蓋あけしかと白き月かな
わが心つと欠けやすく満ちやすしはかなかりけれ嬉しかりけれ
枝にただ七八つばかり花置きて何を思へる梅の大木ぞ
鶯はみそらの日より来て鳴きぬ淡黄のいろのあけぼのの庭
朝より人の恋しくわが心春の氷をむらさきに這ふ
朝より二月の春のくれなゐの太陽の子のうぐひすぞ啼く
手上ぐれば蘆辺の波のあざやかに真白く寄ると見ゆる踊子
少女たち田蓑の島に禊して人わするとも舞を忘るな
大つづみ小皷太皷鉦も皆春の御娘いでこよと打つ
立唄の君に引かれて踊るなり下を行くなる加茂の流も
恋をする人の中よりおのれをばけづらんとして旅に出でけん
船の笛鳴りぬ港の敷石の白き路みな濡れよとばかり
わが知らぬ船の煙の迷ひ来ぬ港の宿は朝の恋しき
朝も夜も疾く帰らんと羽うちぬ旅の心に来て棲める鳥
青やかに誇らしき山ほこらしき海に向へり誇らしき人
都にて隠れて泣くを旅に来て山河にかこち友と歎かふ
くれなゐの醍醐の花の物語二人の君に聴かんとぞ思ふ
(琉球なる山城正忠氏の結婚をよろこびて)
そよ風と云ふ稚児のむれ階上に下の廊下に小草に遊ぶ
浅みどり柳の枝は島を巻くわれは君をば紫に巻く
春はよし鏡の裏の心地する昼の月のみ見ゆる小窓も
あけぼのはうす紫にひるは紅夕はしろき山ざくら花
物ねたみ物うたがひの心などつゆも知らざる春の鶯
繋がれし花か女王の紅玉か歌劇の子等のよく歌ふ口
海の色信濃の国の高原に摘みて賜ひし草に似よかし
(勿忘草を贈りこし人の海外に行くを送りて)
水の泡消ゆるごとくに一木の淋しき枝のさくらちるかな
梢よりさくら散り来ぬ君とわれ物思ひつつ門出づるごと
恋人を夢に見るをば教へたるその力をば何とこたへん
心をば威のあるものと内に見る日のみあれかしあはれおのれに
そよ風は心に足らずくろ髪に収めてぞ行く恋の思ひを
或時は火と火の並び水と水並べる人が二人すること
火の山もおさへ波をも鎮むべし恋しきことをいかがすべきぞ
貧しさのきはまりなきと服したる不死の薬は別様のこと
春の花捨てて見ぬごとうち籠り君も思はずわれも思はず
春の月巴の紋を水に置く二十日ばかりの暁にして
初夏の日より金砂のこぼれきぬ人を思へる心の上に
水色と銀糸織りたる錦をばまとひて出づる初夏の月
太陽も稀に疲れて曇るなり淋しきことを知らぬわれかは
同じこと今日も思へば屋根の草見るかひもなき綿を散らしぬ
わが大蛇八つの頭を伏せに伏せ酔ひ痴れて居ぬ何とし給ふ
笛吹きて人の一人をうちめぐる戯れごとの心地す恋も
隠るべき地の隅も無きことにより日も大空へ逃れたりけん
紫のヒヤシンス泣くくれなゐのヒヤシンス泣く二人並びて
白き花ゆくへも知らずそよ風に身をや更へけん雨となりけん
(水落露石氏を悼みて)
三日の月湯殿の口にほのかなり春の終りの花のここちに
紅椿石垣のごと重りて咲くなるもとのちさき菜園
火の鳥にうち護らるる王かとて今日も二人のことのみを云ふ
二夜三夜糠を塗られてある月の廿き匂ひをなつかしむかな
幻術師二人向ひてある時は春秋も無し天地も無し
淋しさを見知れど身にも来るべき冬とは更に思はれぬかな
やるせなし胸せまるなど云はまほし夏の初めはわりなかりけれ
いちはやく皐月の風と薔薇の花女ごころを酔はしむるかな
引きすぐれめでたきものを二つ三つ数へて心寂しくなりぬ
朱となり白の限りと一いろに物混へざる佗しき心
思ふこと行ひがたしこの歎きわれさへすれど人怪まず
大海の波の間を泳ぐ魚斯くと心の見えてめでたし
よき車あまた通ひぬ初夏のこころの上の敷石の路
うちつけに生きがひのあること云へと来てそそのかす初夏の風
夏の風弱げに白き蛾の一つ美くしむとて往き戻りする
恋人とおのれと花と分ちえぬこれもわりなき中のひなげし
人の子は涙を流し朴の花恋することに飽きて香を立つ
柏の葉青くひろごり朴の花甘き匂ひす鳥にならまし
わがこころ病をすらし朝に次ぎことわりなくも夜半の来る
うづだかき銀杏踏みつつ目あぐれば増上寺見ゆ寒き路かな
夕にはもとの蕾に帰るなり花菱草になるよしもがな
撫子は梅蘭芳の酔へる顔高力士をばちやうと打つ顔
火となりてわれに近づく心かとすういとぴいを思ひけるかな
夕立は山国川の岸の田の緑の繻子をもてはやし降る
露草は涙先立つ話をばする萱の葉のかたはらに咲く
わが如く静かに居よと睡蓮を水へ置きけん夢の中にて
雨の日にいぬころ草のささへたる小く白き朝顔の花
静かにも君を思へる心をば奥に置きつつ思ひ乱れぬ
心いと動きやすけれ君がこと我がこと兼けてこの歎きする
心より早くはしこく動くなどわが扇をば思ふものかな
白き紐長し淋しきこころより続くと見えて哀れなりけり
若き月翅ふるはせて栴檀の梢にありぬ楼にのぼれば
よそめには盛んなること太陽をしのぐと知らぬ向日葵の花
かぐはしき弥生帰ると云ふことに心のをどる微風とわれ
夏雲の崩れておちし白の罌粟日のかたはしのくれなゐの罌粟
薄絹の裳裾を引けばみづからも雲のここちす秋の夕ぐれ
わが博士遠き国にて相知りき長きわかれをこの国にする
(以下六首和田垣博士の逝去を悲みて)
おん目あけこのまがごとを常にする猿楽ごとと君よ云へかし
御声より靴の音まで蓄へて耳はこころを悲しくぞする
君と見しツウルの街の敷石に伝ふここちす今日の涙は
海遠く行きつと思ふ病院の白き小床を船ともおもひ
ああこの日さと涙降りさと日射す君の無しとて空もまどへり
(以上)
夕立に濡れてはためく簾などすでに淋しき日となりしかな
子を思ふ今日の心も消えつくす大難とのみ死の思はれぬ
秋風の打解けぬごと吹くものか街の女も淋しきものを
あかつきの萌葱の蚊帳にあえかにも玉虫のごと寝てある少女
花草に法のこころの風吹くと露うち散るを喜びぬわれ
ひぐらしの声の残るを岩山の夜のしづくと思ひけるかな
夕立の雨に混りて見ゆるなり翡翠の色のおほとりの羽
こほろぎの声に逢ふなど珍しく夜の思はれてわが涙おつ
あわつけくおのれともなく地に落ちし風を見るかな花草の中
あてやかに朽木の洞を出づるなり黒漆の虫朱の甲の虫
菊の花蓬にまじり匂ふなり旅人ならば悲しからまし
悲しくも若さの尽きし身ぞと云ふ今中天に太陽は居て
うら淋し花を浮けたる水と見ゆ前にしたるは鏡なれども
自らの青き愁にいつしかと秋のつなぎししろがねの糸
一人居てほと息つきぬ神曲の地獄の巻にわれを見出でず
われとわが盛りの時を過ぐること何ばかりともいかで見知らん
柿さくら童めきても走り寄る落葉の庭の楯形の石
秋の水穂薄ほどのかすかなる銀を引くなり山荘の門
(以下八首葛飾の十橋荘にて)
鶏頭は憤怒の王に似たれども池にうつして自らを愛づ
鶏頭のなかに居て見ぬ秋風に涙をこぼす赤き太陽
大空の青きとばりによりそひて人を思へるこすもすの花
おもげにも篝火のしづく夕月の光の中におつる山荘
物云ひてわれの立てるは小板橋君が立てるは弓形の橋
吊橋に月を見る夜はをかしけれ波のうねりに乗る魚のごと
秋風の吹けばわが身もあはれなり十橋荘のつり橋の上
(以上)
人の子は白波あぐる海よりも楽むことの少かりけれ
新しき愁かあるは漸くに今知る恋のよろこびか是れ
秋の日を涙ぐみたる白き瓶微笑つくる藍いろの瓶
相寄りて地上に知らぬ光をばつくるえをとこ花の少女子
(竹友藻風氏の新婚のよろこびに)
物思ふ人の境界を描かんとす白く冷たき初秋の水
(以下十一首茅ケ崎にて)
まばらなる磯草ながら眺むれば心のうごくさまもするかな
華やかに縞ある魚を手にもちて秋の磯より走せくる童
しろがねの浪を捲かんとここちよく網を投ぐなり朝の男は
海見れば遠き方よりはかなさもかひあることも伝はりぞくる
寒き風きよき光の通ふとて窓をかなしむ階上の客
長き窓わが心にもこの一つありて冷たき風のかよふや
窓々を秋の愁ひのな入りそと閉ぢつることも書ける消息
雲なども来てなびくかと広やかに高く淋しく見ゆる家かな
高やかに風見車は立てれども恋はいづくを向くと教へず
とりつれは高くも波の音添ひぬ悲しき枕備へたるかな
(以上)
うら悲し衣桁の衣をわがあらぬ日に人の見るごとくす病めば
わが愁ひ土ぼこりをば姿とす胡蝶も花もまじへたれども
野の中の沼の続きに横はるこころの如し蔑すべしわれ
ならはしの驕慢懈怠まれにするわがへりくだり皆人ほめぬ
すペいんが歌うたふ時いたりやが窓よりくれし肉桂の水
秋来ればおのれに帰るはかなくも真白くもろきおのれに帰る
若やかに反身をしたる女郎花その前を飛ぶ青き蟷螂
おのが身も秋の御空も澄み通り銀河流るる涙流るる
初秋の雨の踊子美くしや桔梗描きたる燈籠のもと
秋立ちぬ街の広場に背を反すかのセントオル冷たからまし
簔虫を柴刈をする虫かとてあさましがりしわが少女の日
青蛙双ケ岡の法師とも呼ばれんさます石にもたれて
夢のすぢわれことごとく君にさへ告げも得ぬかな人間は憂し
夕雲をかざす海かな高やかに手には胡弓を弾き鳴らしつつ
賤しとも賤し貴なさ限りなしわがもて悩むこの二ごころ
むらさきの煙も上るここちする蝉の声かな夏木立かな
唯一目駝鳥の羽の扇をば見せて車の走せ入りし森
食卓にメロンの上る日となればこころに沁みぬ森の夕風
月夜よし海馬の像のかたはらのテラスに合はすさかづきの音
八月やセエヌの河岸の花市の上ひややかに朝風ぞ吹く
秋近きリユクサンブルの木下風一人行く日ははかなげに吹く
あな哀れ人の数よりおとされんことを大事とわれも思へる
悪龍の醜きを打つわれを打つはかなけれども本心の打つ
はかなしと馬追虫をおひ放ち子は籠に飼ふ鉄色の蝉
悲しき日乾隆帝の顔などと白紙に墨を引きて笑へる
わが肩に柳の触れておもふかな梅蘭芳の玉のかんざし
童たち蘆の葉分けて水出でぬもも色の雲湧きいづるごと
鬱金の帆張りてめでたしわれに来や天に帰るや九つの船
夷隅川波いと青く静かなり雲の中かと船におもへる
旅路より都に入れば龍宮の魚くづのごと人のうつくし
秋の日のダリヤと云へる継娘ヨハネの首をもとむる娘
あなわりなわが来し方の一日に過ぎずと見ればめでたきも無し
ひぐらしを住ませて森の若やかさ輝くまでに思ほゆるかな
消息の返し書く日もあらずとて世をはかなみぬこほろぎ鳴けば
相寄りて秋を泣くなり百年の楽尽きし身となりぬらん
わがこころ玉ならずして瓶なりき冷たき水の満ちてありける
目に見えぬ過ちごとを思ふ時若やかなりと人のほめ行く
わが心はた彼の心騒ぐなりわが涙落ちかの人の泣く
草むらに白菊咲きぬ人よりも淋しき媚を知れる花かな
咲く花のたぐひとなすも天童と眺むることも同じはかなさ
菊の花盛りとなれば人の香のなつかしきこと限り知られず
白くして火よりも熱き香を放つ薔薇を皐月がかたはらに置く
しら玉の小きを見て紅玉の流す涙と思ひけるかな
悲みを恋の焔の包む時青きけぶりのおのれより立つ
若き身はいみじき煙立ちのぼる香の炉としも思はるるかな
露いとど深き朝なり紅の菊女の身かと哀れなりけれ
浴糟より渓を覗けば紅の菊魚かと見えて靡く夕ぐれ
あかつきやものの印の心地する真白き菊の四本五本
大空も思ひ上れる人なども目に置かぬごと白菊の咲く
幸の小きを捨てて禍の大なるものに変へんとぞ思ふ
たそがれに髪かと覚ゆ大木の紅葉のもとに渦巻ける水
薄の穂つひに野沢の水よりも白くめでたくひろごりにけれ
おのれらは冬のきたると人間の一人あるをば禍と呼ぶ
まばらなる星を涼しと語らひぬノオトル・ダムの前の広場に
衆人のよろこぶ時に悲めど彼等なげけばわれも歎かる
思はざる時も無しとて忘るるに勝ることともおもひ給はじ
目を伏せてゆきかひ繁き夕ぐれの街より来しやうす色の菊
太陽の新しきをば得んと云ひ狂人は泣くわれもまた泣く
自らの行くべき方も経しあとも明かに見ゆあぢきなきかな
水色も桃いろも皆淡きゆゑ灰色となるわれのこころも
九十九の次の数にも置かれたる大事負ひたる身のここちする
たなぞこの玉にならべて春風は真紅の花を今一つ置く
(北村長吉氏の母君の扇に)
燻るらん火とやなりぬるみこころに我が落しつるくれなゐの薔薇
わが着たるうすものの袖あまりにもしげく靡けば雲かとぞ思ふ
歎かれぬ紫の藻の匂ひより海を再び見ぬ如くわれ
二十六都の北の洞門をくぐれば草に秋風ぞ吹く
(以下廿二首明星温泉にて)
旅人は山萱草の匂ひをば先づなつかしむ馬車を下りて
日の沈む方も見えずて暮れゆけば心さびしき山荘の客
雲靡き山の秋風通ふなりわが浴室の鏡のうちに
しらじらと雲と水との起き出づる浅間の山の朝の渓かな
手ずさびに地檎草などもてあそぶ人も混れり山荘の客
雲よりもあまた重ることにより信濃の山は悲しかりけれ
淋しくも四面の山と自らの親むと云ふ証まだ無し
山の湯に石の柩の静けさを思ふ涙もおちにけるかな
水の音烈しくなりて日の暮るる山のならはし秋のならはし
山荘は朝も夕につづくごと淋しき霧の立ち迷ふかな
浅間山煙するなり人々の高き杖より二尺のうへに
うら悲し北の信濃の高原の明星の湯にあることもまた
水色の空も来りてひたるなり浅間の山の明星の湯に
信濃にてわが見る雲の色などもうらはかなしや消息に書く
落葉松の下葉のすでに黄なるころ彩羽の鳥の山に下りぬ
千条の鎖は引かで来つれども都をわれも人も思へり
悲しけれ信濃の国の高原の薄のうへの落日の舌
山の夜や星に混りてあるごとく高き方にて鳴けるこほろぎ
わが踏みて浅間の砂のくづるるは悲し鬼界が島のここちに
山の菊かづらのさまに靡くなりたのみあはでは淋しきがため
秋の日が黄なる酒をば塗りつらん心ほのかに酔ひて山見る
(以上)
目の前に蘭陵王を舞ふ蜻蛉いみじく清く日の暮れてゆく
唯一人われ選ばれて秋風に立ちも向へる心地こそすれ
青やかに松立つ街のめでたけれ白馬に乗れる初春の風
人とわれ更にこころの近づくと正月の日は思ひこそすれ
人の子の解くべき謎も皆解けし日かと覚ゆる元日の昼
上もなき幸ひびとにあらずして物思ひつつ春をよろこぶ
白き羽子心のあがるさまに舞ふ少女子達のつどふ大路に
正月の心の上を戯れて走ると見ゆるひる過ぎの雪
ささやかに椿が被く雪のみは弥生の日まで置くよしもがな
元日やめでたきものを納めたる箱のここちす黒き机も
われも云ふ正月の富士高きかな真白きかなと子等に混りて
わが恋も春に背かず伸び行くといとやはらかに思ふ時かな
九段より下に神田の白き道見るだに春は心ときめく
工人が運び入れたる春ならぬ証をわれの立てんとぞ思ふ
いつしかと椿の花のごとくにも繋がれてある君とわれかな
春の日に長き橋をば渡ること静かなれどもうら淋しけれ
百年のむかし巴里の群衆の立てつる声に似たる楽音
今よりも広きところに居んとしてわれ思ふのみ天上のこと
わが心窪をなすらんここにのみ冷たき雪の深く積むかな
円やかに棧敷の段をめぐらせて眺むるもわれ踊れるもわれ
自らに最も近く居るものを見ぬごと知らぬ如くすわれは
雪の山北の窓より覗かねど寒き日のある家の内かな
大きなる宝か小き玉なるか身を知るごとく知らぬが如し
何となきことに心の動くなり生れしままの人のならひに
面白く雪にまじりて飛び歩くかかる心をわれも今日持つ
うす白く青く冷たき匂ひする二人が中の恋の錆かな
浴室を出でんとすればふつつかに木立を鳴らし山風は逃ぐ
淋しくも箱根に似たる靄立ちぬ山の渓よりわが心より
或時は颶風に乗れどはかなしや翅を持たぬ人間のわれ
初夏の空より射たる光にもいまだめでたき身と見ゆるかな
この人は痴愚か悲しき悪心かなほいと若きわれと思へり
二日ほど山に遊びて別れたり斯くしも歎く浦島のごと
雑草の二人静は悲しけれ一つ咲くより花咲かぬより
しろがねの笛の細きも燃ゆる火の焔の端も甞むるくちびる
北海の氷にひたし烈日の下に心をさらすたはぶれ
橘の小島が崎の雲も居ぬ水のさまなる夕ぐれの空
わが盛終りしごとく序の曲の初めのごとく惑ふ時かな
しろがねの風青玉の清き風泉にかくれ初秋を待つ
自らを頼まず同じ花あまたつらぬる椿つらつらつばき
わが胸の黄金の台に載せたれば悲みも皆花のごと見ゆ
おのづから今日に及べば君を先づわれよりさきにほめんとぞ思ふ
桜とく咲きたる春とおどろきぬわが送る日のいと寒きため
鵠沼の松の間に来て遊ぶ波かと見ゆる春の雪かな
しどけなく遊びつかれし身のやうに人を見上ぐる木の下の雪
砂山の小松の春と青の雪なよらに居寄りむつ語りする
春の雪楼利天をばゆめみたり育王塔のかたはらにして
くれなゐの雲の中より浮き出でて蓬莱めける春の山かな
曼陀羅のかの極楽の楼台に眺むるごとき山の夕映
縹して砂にひろがる春の水靄になびける天城足柄
何ごとに心の足るか知らねどもこちたく香をば散らす梅かな
温室の花おく棚にしのびきて恋のごと死ぬ春の雪かな
明星は帰らん国ももたぬごととり残されて秋風ぞ吹く
風のごと流れ去るべき人の身にふさはぬことを数知らずする
音高く鳴る鈴を皆とり捨てぬ昨日に変ることはこれのみ
人間は愁多しと思へどもさらに哀れに夜の雨ぞ降る
とりつれば高くも浪の言添ひぬ悲しき枕備へたるかな
洛陽の太厦も塔もここよりは侮らはしく傾きて見ゆ
(以下八首葛飾の十橋荘に再び遊びて)
空青し雁のわたるを眺むらん孝標の女も国府の館に
珊瑚の木紅き奥より鐘鳴りぬ江東の野のあたたかくして
山荘の鐘のひびけば艶めかし池の翡翠の人見よと立つ
わが踏みて玉の床より冷たけれいかがすべきぞ山荘の橋
水草はうらがれたれど池に居て十一月の青空を敷く
夕かぜの渡ると見えてはかなげに吊橋うごく草の奥かな
山荘の広き戸口に唐鐘の痩せてかかれる夕月夜かな
(以上)
身の半焔に巻かれ寂光の世界を見るも恋の不思議ぞ
美くしきまことの媚はわれのみす天地と云ふ恋人の前
われの見て諸人あまりはかなけれ中の二三はめでたきに過ぐ
紫に墨しみ入りてわが心淋し銀糸の紋を縫はまし
自らを勝れしものと覚え初め滅びに逢はん力蓄ふ
手に取れば恋しき人を見んとする心のすすむ白菊の花
今日もなほ抱く心のさまざまに定まらぬをば楽めりわれ
春いまだ浅しいみじき水仙の花のやうなる夕月夜かな
散るものは雪ならずして大空の二月の春の星の花びら
しら波の光の絹はひろごりてやがて破れてあとかたも無し
ひとところ落椿して地の底の焔と見ゆる渓の路行く
秋の空冷たき水の中に立つうら悲しさを語る月かな
こしかたの暗き世界の洞門に別れて仰ぐ青玉の空
人間の世は冷たしと浅間山峰の煙のとどまらぬかな
空にして円かに薔薇の咲きめぐる太陽を愛づ恋に次ぎては
夕月の光のいろを散りてなほ半日ばかり変へぬ薔薇かな
夕闇に透かし見るなり薔薇の花いまだ生れぬ世界のごとく
わが掛くる白玉の環と薔薇の花相照ることも淋しかりけれ
むさし野の蒲田の薔薇の園を行く夕闇どきの水の音かな
夕闇やいみじき人もふつつかに身を曲げて愛づ薔薇の花など
しら玉をさぐる海人よりときめきて薔薇の園生の夕闇を行く
山川の岩にかかれる白波のさましておつる夕ぐれの薔薇
人もまた目におかず散る花なればわれさへ知らず薔薇の心を
逆しまに青き空をば抱く薔薇ルノワアルをば仰ぎたる薔薇
薔薇あまた散りぬここより天地の欠けも崩れん心地するかな
心より焔の立ちぬ薔薇の香のかたはらにある春の日の人
われを知る見えぬ力に支へられ咲く太輪の薔薇の如しと
唯一人遠く遥かに見て寒し海を歩める棧橋の脚
(以下十一首人々と湘南に遊びて)
ほのぐらき砂に紛れて暮れ行けばまた音もせず砂浜の川
数知らず伊豆の島より流れくる椿の花と見ゆるいさり火
砂の山天城のかしら足柄によそへんほどの白雪を置く
何ごとに声を忍びて寄るならん相模の海のあかつきの波
白秋の雀が歩く白紙さへ雪かと見えて朝の寒けれ
美くしき星の消えぬと衣をば上にまとひて惑ふ浴室
水晶の燈籠のごと木のもとに輝く雪を見出しぬわれ
腰越の音無橋をわたる時くづれし渓の雪も悲しき
太陽は海浜院の炉の中にかくれて空の曇る昼かな
鎌倉の師走十日のはだら雪悲しきいろと人も思はん
(以上)
空もいと近きところと見なされて雪のふる日はなつかしきかな
尾根の雪解けて再び雨と降るさらに涙とならんとすらん
(底本奥付)
定本与謝野晶子全集
第四巻 歌集四
昭和五十五年十月十日 第一刷発行
昭和五十七年一月二十日 第二刷発行
定価三千五百円
著者 与謝野晶子
発行者 野間省一
発行所 株式会社講談社
東京都文京区音羽二-一二-二一
郵便番号一一二 振替東京八−三九三○
電話東京(〇三)九四五−一一一一(大代表)
組板 信毎書籍印刷
印刷所 多田印刷株式会社
製本所 大製株式会社