夢のふるさと
竹久夢二
- 草の夢
- とけてきえゆく露ならば
恋もわすれてありしもの
おもひみだるゝ人の子は
ながれのきしのしのゝめに
昼はひるとて草の夢。
- 忘れしこゝろ
- いつのゆふべの枕辺に
おきわすれたる心ぞも
けふのわが身によりそひて
さみしがらする心ぞも。
- 晩餐
- 銀のナイフはきさらぎの
露台の卓にひかりつゝ
いとしき妻は涙ぐみ
たふときパンをちぎるなり。
- けふ
- きのふのための悲しみか
あすの日ゆゑの侘しさか
きのふもあすもおもはぬに
この寂しさはなにならむ。
- 宵待草
- まてどくらせどこぬひとを
宵待草のやるせなき。
こよひは月もでぬさうな。
- 清怨
- もしや薔薇がきみならば
しづかにゆるゝ微風に
露とくだけておつるとも
この身その葉にならうもの。
もしや小琴がきみならば
青い五月の小夜曲
夜は夜もすがらうたひつゝ
この身は絃にならうもの。
- やくそく
- 約束もなく日が暮れて
約束もなく鐘が鳴る。
約束もせぬ寂しさは
誰に言ひやるすべもなし。
- 昔のをとめ
- いひかはせしをとめは
「婦女庭訓」のなかに
頬かむりして
桑の葉やいまだつむらむ。
- いたみ
- ほんとうの心は
たがひにみぬやうに
言はせぬやうに眼をとぢて
いたはられつゝきはきたが
なにか心が身にそはぬ。
きのふのまゝの娘なら
きのふのまゝですんだもの
なにか心が身にそはぬ。
- 黒船
- 品川の
お台場こそはかなしけれ
千年万年まつたとて
どう黒船がくるものぞ。
- ひとり
- 人をまつ身はつらいもの
またれてあるはなほつらし
されどまたれもまちもせず
ひとりある身はなんとせう。
- もしや逢ふかと
- もしやあふかと
河岸まででたが
みれば堤の草ばかり
あの夜のまゝのこの捨小舟
しらぬ昔がましぢやもの。
- 涙
- もだ/\と
むすぼれとけぬ悲哀が
とけてながれて涙となりて
眼よりほろ/\まろびなば
かうわびしうはあるまいに。
- うかれ心
- 夜は夜とて木のかしら
幕のあくのをまつこゝろ。
昼は昼とて野の路で
三味線草に身をなげて
あの夜のひとをまつこゝろ。
- めくり暦
- 七日八日はまちもせう
十日二十日とへだてゝは
めくり暦の身もほそる。
- ふたりをば
- ふたりをば
ひとつにしたとおもうたは
つひかなしみのときばかり。
- ためいき
- わかきふたりは
なにもせずに
なにもいはずに
ためいきばかり。
- やさしきもの
- 日ごと夜ごとの放埓に
われとわが身はさいなみて
昔の夢はすてしかど
心のそばによりそへる
やさしきものは何ならむ。
- ゆく水
- ゆく水のこゝろ
ひとはしらなく
わがこゝろ
きみしらなくに。
ゆく水は水 君は君。
- 露台
- 泣かまほしさに
露台によれば
ちやうど別れた宵のやう。
異人屋敷の煙突は
きみが情のうすけむり
身もほそ/゛\ときえゆけり。
- 女へ
- ちひさき願をかけて夜をあかし
ちひさき悔をおぼえて日をおくれり。
紅き窓より
みめよき女てまねきすれど
彼女がよぶは「われ」ならで
「男といふもの」なれば
わがこゝろ
わかつによしなし。
- 思出のひとつ
- ありし日はいつも月夜――
濡髪にひかりなく
頸白く愁ひつゝ
ゆきてかへらぬ。
- 恋慕夜曲
- いはれなき少年の時の悲哀のごとく
黄昏は街をつゝめり。
路傍のプラタナスは葉をたれて
とほくはるかなる子守唄をきく。
悔恨と倦怠との闇のうちより
そこはかとなくさきいづる花のかず/\。
七夕の夜にみつる灯の色
宵宮の日にみつる灯の色
揚幕のかげよりみつる灯の色
地獄極楽の観世物小屋の灯の色
仁丹の広告燈
銀座の雨の夜の舗石にこぼれし灯の色
かぎりなくほのかなる夢の華。
涙ぐみし睫毛のひまに
光りてはきえゆきけむ
わすれたる不可思議の夢。
やさしくも甦がへる。
東京の夜こそかなし。
街をながるゝ堀割の水は
三味線の音色と
いまはわすれられたる昔の唄とをのせ
よきひとの濡髪の香のごとく
ほのかにやさしく忍びよるなれ。
少年の日の門辺をすぎし巡礼の娘は
鉦たゝきはる/゛\と
ゆきやゆきけむ。
「黒髪」の唄のふしわれに教へし
眉青き人のたづきやいかならむ。
あはれ性の懐郷病
やるせなくさしぐむ。
若くおろかに
あとなき夢をおひてさまよひし
東京の夜こそかなし。
- ある春の日
- たんぼゝのむく毛は
石竹色の春の空を
雪のごとくとびかへり。
「きみがもつとも深く
めでたまひしは誰なりし」
かくたづねしひとの
眼はかゞやきぬ。
むく毛は雪のごとく
とびかひぬ。
- 街燈
- 巷をゆく男よ女よ
街路樹をふく風も
屋根のうへの青空も
この若者の悲哀に
かゝはりもなし。
巷にて彼にゆきあひし友よ。
いま若者の心は悲哀にみてり
手をとらば涙あふれむ。
かなしめるものはひとりゆくこそよけれ。
かなしみのいやはてまで
あゆみゆかしめよ。
悲哀のつくる日なきごとく……。
- 浮世絵
- 春の光は雲母刷
春信の女の足は白い毒茸
桜の花片はなやましく汗をかき
お寺の鐘はたいくつに鳴れり。
さて春信の女は
何をみるとしもなく
うつとりと細目にあゆむ。
むごたらしい唐繻子の帯は
黒い蛇
華奢な柳腰がなよ/\と
なびくともなびかぬとも
ただうつとりとあゆむなり。
いつまでも娘のまゝで
ただうつとりとあゆむなり。
- 十字架
- ある時は歓びなりき
ある時は悲みなりき。
いまは十字架。
- ひねもす
- なぐさまぬ
心を朝にとりなほし
とりなほせどもなぐさまず
なぐさめかねて夜をむかふる。
- 孤独
- 相倚れどなほ寂しさの
寂しさのきはまりて
現身は街をあゆめり。
- 青帽子
- ふらり/\とでてくるは
ロマンチストの青帽子。
きみが左の手をとりて
夜は銀座をあゆむなり。
- 山路
- 斑猫とふたり
またあの山を越えて帰りませう。
昨日のやうに。
- こほろぎ
- 「二人の夜に
こほろぎが啼いてゐましたと」
書けるおもひで………
- 三日月
- 山の端を
出る三ケ月はぬばたまの
きみが髪をばすべりたる
今はさる夜のおもひで。
- 煙草のけむり
- しづやかに
たちのぼる煙草のけむり
めづらしや
なごみたる心のそばに
寄添ふものは何ならむ。
街角にわかれたる恋人は
いや遠し。
- 御返事
- 御返事は
男の名前にて
といふ子の
憎らしや。
- 涙のかはりに
- 忘れじの行末までと
つい約束してのけた。
……涙のかはりに。
- 接吻
- 「過なりや」
「いな/\いまは
身も霊もきみがものなり」
涙のひまに
ひとのいふ。
- 真実
- すぎし時もきたる日も
わすれたる昼の夢なれや。
ただ今宵
君とともにあるこそ
真実なり。
- いましめ
- 君あらぬ
うらさびしさにことよせて
灯ともしごろをゆくときも
かならずともに身をばけがしそ。
- 巷の雪
- 街の巷にふる雪は
きえてはつもりつもりては
はかなごころが身をおとし
夜は夜とて唄ひ女の
膝に涙をこぼすゆふぐれ。
- 絵草紙店
- 春だといふのに雪がふる。
黒門町の絵草紙屋の娘の
出来心な夢を
そつとのぞきこむ
浮気な春の雪。
ちらりほらり
歌麿の女の脛へ
春の淡雪。
- もの言はぬ娘
- 青磁の火鉢ゐすわりて
ふたりがなかをへだつなり
白き小指のいぢらしく
膝のうへにてうごくなり。
- 晩春初夏
- なげた朱羅宇にゆく春の
鐘がならうとなるまいと
身もそらどけた昼夜帯
いまさらとてもむすばれぬ
四の五のいはずときれませう。
- 若き日
- かなしきときは
悲しむこそよけれ。
うれしきときは
喜ぶこそよけれ。
わかき日のために。
- 夜ごろ
- ほんとおもへばきのふけふ
つんではくづすわがこゝろ。
夜はよるとて三味線の
身もすてばちの三下り
いうてせんないことなれば
うたうてのけよとおもへども。
- ネスト
- 緑色のカアテンをひきませう
ひとにネストをしられぬやうに。
そつとしづかにやすみませう
かあいゝ小鳥のめさめぬやうに。
あまりよろこびすぎぬやうにしませう。
いたづらな運命にねたまれぬために。
- 朝のおとづれ
- いとやはらかくほのかなる
風とおもひて眼ざめしか
やさしくもゆるまなざしを
朝のひかりとおもひしか
「あまりにわかきうまいねを
さましもかねつためらひぬ」
かくもいひつゝさしよする
紅き花とも唇の
もえて炎とならうもの。
- 博多帯
- このきぬ/゛\のせつなさを
黒いまむしの博多帯
むすべばきゆつと
泣くわいの。
- 残れるもの
- あの松原がわすられよか
紫色の帯しめて
松にもたれてまつてゐた
あの娘のことがわすられよか。
その松原はいまもある
そしてその娘もこの俺も
生きて日本にゐるものを。
- たそがれ
- 楊家の窓のたそがれに
心もきゆる鐘の声
かゝる哀しきたそがれの
かゝる哀しき鐘の音を
昔の人もきゝにしか。
- みちとせ
- あのつめびきのみちとせに
ついつまされてひく障子。
影絵のやうな星のそら
港のやうな春のまち。
足にまつはるだてまきの
もつれた帯ならとけもしよが
きれた縁ゆゑせんもなや。
- 言葉
- 言ひいづる言葉を知らざれば
黙し居るなり
「我汝を愛す」かく言ふことはいとやすし
されど昔よりAもBもかく言ひき。
はしたなき遊び女さへもかく言ひき。
あはれこの言葉がわが心をけがすことを
恐れてわれは言はざるなり。
- 後便
- うら寂しさが
書かせた手紙に候
お焼捨下され候が
却りてうれしく候かしこ。
- 灯ともし頃
- 清くかなしく今日もありけり。
門づけの御詠歌に
わがひとりなる霊はふるへつゝ
宮ちかき青葉の風の揺藍に
やさしく涙ぐめるこゝろは
幼児のごとく眠りにいるなれ。
清くかなしく今日もくれにけり。
- 春のあした
- 紫色の
春のあしたの靄のうちより
ほがらかに鳴りいづる鐘のあり
七色の虹のふもとの土の肌より
しづかに人の子の生るゝけはひあり。
母なる人よ
ひざまづきて生るゝものゝために祷りたまへ。
- 路
- さびしさは果てしなく
道ははるけし
「この道は曾て見しことあり
そなたとなりしや
また先きの世にてなりしや
知らず」
君のいふ
「小鳥の時ならじか」
- 岸辺に立ちて
- 空一めんのうろこ雲
野は眼のかぎり緑なる。
なかをしら/゛\ひとすぢの
かなしき川はながれたり。
昔の人もなげきけむ
今日はたおなじ若人の
ふせたる眉に愁あり。
鴎よかもめやよかもめ
なれも歌なき小鳥かな。
- 雪の扉
- たゝけどもたゝけども
とざされし扉はまたひらかれず
とざされしまゝに
夜はふけわたりぬ。
いまははた何をもとめむ
さら/\と雪はふる
こゝろよく泣かしめたまへ。
- 銀の小鳥
- ちら/\と雪ふりしきる
かたちなき心のうへに。
銀の小鳥は恋をさそへど――
とりとめもなく積りてはきゆ
ちら/\と雪ふりしきる。
- お菊
- 和蘭陀屋敷にチヤウチンつけば
ロテのオキクサンはいそ/\と
はにかみ草は窓のした
玉虫色の長椅子に
やるせない袖うちかけて
サミセンひけばロテもなく。
- ふみ
- 行燈のかげにふみかけば
身につまされて燈心の
泪ぐみたる灯がゆらぐ
こゝろがらにはあらねども
わすれてたもとついかいて
われとなかるゝ春の宵。
- うしなひしもの
- 夏の祭のゆふべより
うしなひしものとめるとて
紅提燈に灯をつけて
きみは泣く/\さまよひぬ。
- ひめごと
- 封のまゝにて五年を
文筥にひめし手紙より
言はずにおいたひとことを
どこの橋から流そやら。
- 夏のたそがれ
- タンホオルの鐘が
さわやかになりいづれば
トラピストの尼は
こゝろしづかに夕の祈祷をさゝげ
すぎし春をとむらふ。
柳屋のムスメは
はでな浴衣をきて
いそ/\と鈴虫をかひにゆく
――夏のたそがれ。
- 春の淡雪
- しらぬわいなとうつ袂
波に千鳥の緋ぢりめん
ちら/\雪のふるけはひ。
- かへらぬひと
- 花をたづねてゆきしまゝ
かへらぬひとのこひしさに
岡にのぼりて名をよべど
幾山河はほの/゛\と
ただ山彦のかへりきぬ。
- 芝居事
- 雪のふる夜のつれ/゛\に
姉の小袖をそとかつぎ
……でんちうぢやはりひじぢや
しまさんこんさんなかのりさん……
をどりくたびれ袖萩の
肩に小袖をうちかけて
なみだながらの芝居事
「さむからうとてきせまする」
このまあつもる雪わいの。
- うらみ
- まあかゝさんとしたことが
あんまりぢやぞえあんまりな
畳のうへにちるなみだ
紅さし指にそとそめて
わしや死にたいとかいたれど。
- 綾とりをする少女
- きみはカイロの手品師か
白く華奢なる指をもて
あかい毛糸をつまぐれば
あやとりかけとりみづぐるま
さてはペン/\ことかいな。
指にからまる綾糸の
あはれはかなきわがこゝろ。
- 文より
- 「郵便箱を
自分で明けにゆく習ひに
なりました」と
文にあり。
- 花束
- ありのすさびに
花をつみてつがねたれど
おくらむひともなければ
こゝろいとしづかなり。
されどなほすてもかねつゝ
ゆふべの鐘をかぞへぬ。
- たそがれ
- たそがれなりき。かなしさを
そでにおさへてたちよれば
カリンの花のほろ/\と
髪にこぼれてにほひけり。
たそがれなりき。路をきく
まだうら若き旅人の
眉の黒子のなつかしく
後姿の泣かれけり。
- 常夜燈
- 森のおさよがとぼしたる
山の出鼻の常夜燈
わけてこよひはあか/\と
父の出船がちら/\と
泪のうちにちら/\と。
- よきもの
- 「よきものをあたへむ」ときみのいふゆゑ
「ゆびきりかまきりいつはりならじ」と
きみのいふゆゑ
門のそとにてきみまちぬ。
井戸のほとりの丁子の花よ。
- てまり
- ……ひや ふや おこまさん
たばこのけむりは丈八つあん…
とん/\とんとつくてまり
しろい指からはなれては
蝶が菜のはをなぶるよに
やるせないよにゆきもどり。
ゆら/\ゆれる伊達帯から
江戸紫の日がくれる。
……みや よや
夕霧さん…
- 母
- 夜はよもすがら母うへは
わたしのために靴下を
ちく/\編むでゐらつしやる。
朝におろした靴下も
晩には大きな穴があく
ゆふべとなれはあか/\と
ラムプのもとに母うへは
やぶれた穴をつぎながら
歌をうたつてゐらつしやる。
母のなさけにしみ/゛\と
やれた子供の心をも
かなしい子供の涙をも
ほどようふいてたもるもの。
- ふるさと
- 山のうへから南をみれば
どれが故郷の山ぢややら
わしがかゝさはあの山かげで
夜はよもすがらぎいとん/\
かあい娘のきものを織ろと
糸をつむいでゐやるもの。
- 浦の菜園
- わたしの親は実の親
ついぞわたしを憎まねど
なぜかわたしは気がすまぬ。
浦の菜園にでゝみれば
今日も今日とてから/\と
さいかちの実のなりいづる
毒芥売のすゑの娘が
赤い袋をやるといふ
それもおほかたうそであろ。
菜園のすみにころげたる
ふたまた大根のろくでなし。
- 雀の子
- とこどんどこぴいひやらひやあ
麦の畑を風がふく。
役者の群をはぐれたる
子供心のはかなさは
……うちの裏のちさの木に
雀が三羽とうまつて
一羽の雀がいふことにや
ゆうべござつた花嫁御
なにがかなしゆてお泣きやるぞ
おなきやるぞ
ゆうべの芝居のその唄が
いまのわが身につまされて
ほろり/\とないてゆく。
- 落書
- ひとのうはさもたそがれの
うすらあかりにおづ/\と
ふたりは壁のまへにたち
そのらくがきをよみました。
きみはなく/\袂にて
そのらくがきをけしました。
- 異国の春
- につぽんムスメのなつかしさ
牡丹芍薬八重桜
金襴緞子のオビしめて
ふりのたもとのキモノきて
丹塗のボクリねもかろく
からこんからことゆきやるゆゑ
どこへゆきやるときいたらば
娘ざかりぢや花ぢやもの
後生よいよに寺まゐり。
寺まゐり。
- 鳥差
- 黒い帽子の鳥差
黒い手の鳥差
藪の影を曲りていにぬ。
「死」の時まで
また逢ふまじ。
- 白壁へ
- ふたりはかきぬ。
「しらぬこと」
ふたりはかきぬ。
「よろこび」と
ふたりはかきぬ。
「さよなら」と。
- 悲
- わがいとけなかりし頃よ
声あげて泣きしか。
いまはあはれ
なにのゆゑともしらず
音もたてず心哀し。
- 古里の海
- ふる里の海による波
ゆた/\といまもなほ
思出の胸にさしよる。
ほの青くやはらかき
母の乳房に
頬よせてきく子守唄
いや遠く遠くなりゆき
涙流れき。
- 故しらぬ悲み
- 何事のありしかしらず
母うへの泣きたまへば
われも泣きぬ。
何事のありしかししらず。
- 見知らぬ島へ
- ふるさとの山をいでしより
旅にいくとせ
ふりさけみれば涙わりなし。
ふるさとの母こひしきか。
いな/\
ふるさとの妹こひしきか
いな/\。
うしなひしむかしのわれのかなしさに
われはなくなり。
うき旅の路はつきて
あやめもわかぬ岬にたてり。
すべてうしなひしものは
もとめむもせんなし。
よしや/\
みしらぬ島の
わがすがたこそは
あたらしきわがこゝろなれ。
いざやいざ
みしらぬ島へ。
- 子守唄
- (母を失へる児を父のうたへる)
吾児はよき児ぞとくねむれ
母にやにたるものおそれ
泣くなや父はこゝにあり。
裏の水車も草も木も
みなおとなしくねむりつれ。
そよぐは風の音なれや
などおそろしきことやある。
軒の雀も巣にかへり
小犬も母のふところへ
そろりとはいつてねたさうな。
吾児もよき児ぞいざねやれ。
なにかなしうてさは泣くぞ
父にやにけむよわき性
山の狐は母もなく
草葉のかげにねるといふ。
そなたの床のうつくしさ
枕の蒔絵は揚羽蝶
布団の模様はさくらばな。
夜はしづかに眼をとぢて
蕾のやうにねるものぞ
あしたにならば日光のなかに
花のやうにもさきいでよ。
よき児ぞいざやねむれかし。
そなたのすきな子守唄
さあさうたうてやるほどに
お城のうへの星の子か
南の海の椰子の実か
そなたをうんだ母が児ぞ
そなたをだいた父が児ぞ……
あしたにならば町へいで
でん/\太鼓も踊子も
絵本もかうてやるほどに。
吾児はよき児ぞとくねむれ。
- 歌時計
- ゆめとうつゝのさかひめの
ほのかにしろき朝の床。
かたへに母のあらぬとて
歌時計のその唄が
なぜこのやうに悲しかろ。
- 紡車
- しろくねむたき春の昼
しづかにめぐる紡車。
媼の指をでる糸は
しろくかなしきゆめのいと
媼のうたふその歌は
とほくいとしきこひのうた。
たゆまずめぐる紡車
もつれてめぐる夢と歌。
- 人買
- 秋のいり日はあか/\と
蜻蛉とびゆくかはたれに
塀のかげから音頭巾。
「やれ人買ぢや人買ぢや
どこへにげようぞかくれうぞ」
赤い蜻蛉がとびまはる。
- 六地蔵
- 背合の六地蔵
としつきともにすみながら
ついぞ顔みたこともない。
でもまあ苦にもならぬやら
いつきてみても年とらず
赤くはげたる涎掛。
- 越後獅子
- 角兵衛獅子のかなしさは
親が太鼓うちや子がをどる。
股の下から峠を見れば
もしや越後の山かとおもひ
泣いてたもれなとも/゛\に。
角兵衛獅子の身のつらさ
輪廻はめぐる小車の
蜻蛉がへりの日もくれて
旅籠をとろにも銭はなし
相の土山あめがふる。
- 赤い木の実
- 雪のふる日に小兎は
あかい木の実がたべたさに
親のねたまに山をいで
城の門まできはきたが
あかい木の実はみえもせず
路はわからず日はくれる
ながい廊下の窓のした
なにやら赤いものがある
そつとしのむできてみれば
二の姫君のかんざしの
珊瑚の珠のはづかしく
たべてよいやらわるいやら
兎はかなしくなりました。
- 鐘
- 村で名代の鐘搗男
月がよいのでうか/\と
鐘をつくのもついわすれ
灯のつく街がこひしさに
山から街へではでたが
日がくれるのに山寺の
鐘はつんともならなんだ。
村長様はあたふたと
鐘搗堂へきてみれど
伊部徳利に月がさし
ちんちろりんがないてゐた。
アトレの馬ではあるまいし
鐘がならうがなるまいが
子供のしつたことでなし
うらの菜園の椎の木に
ザボンのやうな月がでた。
- ゆく春
- くれゆく春のかなしさは
白髪頭の蒲公英の
むく毛がつい/\とんでゆく。
風がふくたびとんでゆき
若い身そらで禿頭。
くれゆく春のかなしさは
薊の花をつみとりて
とんとたゝけば馬がでる
そつとはらへば牛がでる
でてはぴよん/\にげてゆく。
- 薬
- 雪はしん/\ふりしきる。
炬燵にあてたよこはらが
またしく/\といたむとき。
雪はしん/\ふりしきる。
しろくつめたき粉薬
熱ある舌にしみるとき。
雪はしん/\ふりしきる
黄な袋の石版の
異形な虫のわざはひか。
雪はしん/\ふりしきる。
銀ぎらぎんのセメン円
とのもは雪のつむけはひ。
- 雀踊
- 青い眉したたをやめが
金の墨絵の扇にて
そつとまねけばついとくる
はらりとひらけばぱつととぶ
雀をどりのおもしろき
やんれやれ/\やせうめ
京の町のやせうめ
うつるゝものはみせうめ
あれ/\あれとみるほどに
奴姿の小雀は
山のあなたへとびさりぬ。
- わたり鳥
- 日本の春がこひしさに
シイオホスクの海角より
はる/゛\波をわたり鳥。
庄屋の軒に巣をかけて
雛を六羽うんだれど
三羽の雛は死ました
のこる三羽は柿の葉の
毛虫がすきでたべました。
やんがて柿のうれるころ
日本の島をあとにして
まだみもしらぬ故郷へ
親子もろともいにました。
- 納戸の記憶
- 船は酒舟父の船
三十五反の帆をまくや
玄海灘の夏の雲。
君は馬関の唄うたひ
髪にさしたる青玉
あだな南のニグレスか
こゝろづくしの貢物。
風のたよりをまちわびて
行燈のかげのものおもひ
鬢のほつれをかきあぐる
銀のかざしのかなしさか
母の腕のさみしさか。
- おしのび
- 昔アゼンに王ありき。
野にさく花のめでたさに
ひとり田舎へゆきけるが
にはかに雨のふりいでて
王は臍までうまりける。
それより王はわすれても
二度と田舎へゆかざりき。
- ドンタク
- ドンタクがきたとてなんになろ
子供は芝居へゆくでなし
馬にのろにも馬はなし
しんからこの世がつまらない。
- ねがひ
- おうちに屋根がなかつたら
いつも月夜でうれしかろ
あの門番が死んだなら
あの柿とつてたべよもの。
世界に時計がなかつたら
さみしい夜はこまいもの。
- もしも
- もしも地球が金平糖で
海がインクで山の木が
飴と香桂であつたなら
なにをのんだらいゝだらう。
学校の先生もしらなんだ
国王様もしらなんだ。
- 紅茸
- この紅茸のうつくしさ。
子供がたべて毒なもの
なぜ神様はつくつたろ。
毒なものならなんでまあ
こんなにきれいにつくつたろ。
- まゝごと
- まゝごとするのもよいけれど
いつでもわたしは子供役
子供が子供になつたとて
なんのをかしいことがあろ。
- 日本の子供
- どんなにおなかがひもじうても
日本の子供はなきませぬ
ないてゐるのは涙です。
- 雨へ
- お墓のうへに雨がふる。
あめ/\ふるな雨ふらば
五重の塔に巣をかけた
かはい小鳥がぬれようもの。
松の梢を風がふく
かぜ/\ふくな風ふくな
けふ巣だちした鳶の子が
路をわすれてなかうもの。
- 雨
- ひろい空からふる雨は
森のうへにも牧場にも
びつくり草にも小鳥にも
みんなのうへにふるけれど
子供のうへにはふりませぬ。
それは子供の母親が
シヤツポをきせてくれるから。
- 枇杷のたね
- 枇杷のたねをばのみこんだ。
おなかのなかへ枇杷の木が
はえるときいてなきながら
枇杷のなるのをまつてたが
いつまでたつてもはえなんだ。
- めんない千鳥
- めんない千鳥の日もくれて
おぼろな春のうすあかり
この由良鬼のいとほしさ
ほどいてたもとなきいでぬ。
- おはぐろ蜻蛉
- 越中富山の薬売り
おはぐろとんぼがついとでて
白い蝙蝠傘の柄にとまり
また日まはりの葉にとまり
ついととんではまたもどる。
- 豆
- お遍路さんお遍路さん
おやまのむかふは雨さうな
霰をおくれ豆おくれ
まめがなけれはこの路法度。
- わたしの村
- 股のしたから麓をみれば
さても絵のよなよい景色。
どこの町かときいたらば
それはわたしの村でした。
- 機織唄
- 梭の手をやめ歌ふをきけば
――もつれた糸なら
ほどけもせうが
きれた糸ゆゑ
せんもなや。
- 人形遣
- 「めでたやめでたやな
さりとはめでたやめでたや」と
紺の暖簾のつまはづれ
人形遣がきたさうな。
母のかげからそとみれば
人形遣のうら若く
「ま、どうしよぞいの」と泣きいれば
襟足しろくいぢらしく
人形の小春もむせびいる。
ものゝあはれかふるあめか
もらひなみだの母の袖。
- をさなき夢
- 夢のひとつはかくなりき。
青き頭巾をかぶりたる
人買の背にないじやくり
山の岬をまはるとき
広重の海ちらとみき。
旅の道者がせおひたる
天狗の面のおそろしさ
にげてもにげてもおうてきぬ。
伊勢の国までおちのびて
二見ケ浦にかくれしが
こゝにもこはや切髪の
淡島様の千羽鶴
一羽がとべばまた一羽
岩のうへより鳥居より
空一面のうろこ雲。
顔もえあげずなきゐたり。
- 草餅
- ある日学校へゆく路に
黄な袋がおちてゐた
ひろうてみればこはいかに
それは財布でありました。
「さあ大変ぢや大変ぢや
銭をひろへば尋人
有司へよばれうおゝこはや」
みながはやせばとつおいつ
財布を指でさげたまゝ
こりやまあどうしたものだらう。
そこへをりよく先生が
おいでなされて「やれ/\」と
財布をとつてくれました。
それから家へかへつたが
どうも財布が気にかゝり
母の情の草餅も
どうまあ咽喉をこすものぞ
食べずに泣いてをりました。
- 嘘
- なげた石
鳥居のうへにのつかれば
どんな願もかなへんと
氏神様はのたまひぬ。
鳥居のしたにあつまりし
太郎に次郎に草之助
何がほしいときいたらば
太郎がいふには犬張子
次郎がいふにはぶんまはし
生きた馬をば草之助。
顧をこめてなげた石
首尾よく鳥居へのつかつた。
石は鳥居へのつたれど
いまだに何もくださらぬ。
- 江戸見物
- 「江戸をみせよう」源六は
耳をつまんでつりあげた。
いたさこらへて東をみれど
どれが江戸やら山ばかり。
「なんとみえたであらうがな」
「みえはみえたが浅草も
上野もやつぱり山だらけ」
- 七つの桃
- 七人の
遊仲間のそのひとり
水におぼれてながれけむ。
お芥子の頭が水の面に
うきつしづみつみえかくれ。
「よくも死人をまねたり」と
白痴の忠太は手をたゝく。
水にもぐりて菱の実を
とりにゆけるとおもひしが。
人は家より畑より
ただごとならぬけはひにて
はしりて河にあつまりぬ。
人のひとりは水にいり
人のひとりは小舟より。
死骸を岸にだきあげぬ。
「死んだ死んだ」と踊りつゝ
忠太は村をふれあるく。
白い衣きた葬輦が
暑い日中をしく/\と
鳥辺の山へいりしかど
そは何事かしらざりき。
ひとりは墓へゆきければ
七つの指を六つをりて
一つのこしてみたれども
死んでなくなることかいな
いつか墓よりかへりきて
七つの桃をわけようもの。
- 猿と蟹
- わたしが猿で妹が
あはれな蟹でありました。
猿はひとりで柿の実を
木に腰かけてたべました。
「兄さんひとつ頂戴よ」
あはれな蟹はいひました。
「これでもやろ」と渋柿を
なげてはみたがかあいそで
好いのもたんとやりました。
- 加藤清正
- 紙の鎧の清正は
虎を退治の竹の槍。
屋根のうへにて眠りゐし
猫をめがけてつきけれは
虎は屋根よりころげおち
縁のしたへとかくれけり。
さすがに猛き清正も
虎のゆくへの気にかゝり
夜な夜なこはき夢をみき。
- 禁制の果実
- 白壁へ
戯絵をかきし科として
くらき土蔵へいれられぬ。
よべどさけべど誰ひとり
小鳥をすくふものもなし。
泣きくたぶれて長持の
蓋をひらけばみもそめぬ
「未知の世界」の夢の香に
ちひさき霊は身にそはず。
窓より夏の日がさせば
国貞ゑがく絵草紙の
「偽紫」の桐の花
光の君の袖にちる。
摩耶の谷間にほろ/\と
頻迦の鳥の声きけば
悉多太子も泣きたまふ。
魔性の蜘蛛の網にまかれ
白縫姫と添臥の
風は白帆の夢をのせ
いつかうと/\ねたさうな。
蔵の二階の金網に
赤い夕日がかつとてり
さむれば母の膝まくら。
(底本奥付)
竹久夢二文学館
第2巻
詩集U
万田務監修
1993年12月15日初版第1刷発行
発行者高野義夫
発行所日本図書センター
〒112東京都文京区大塚3−4−13
電話 03-3947-9387
制作 オフィスコヤマ
装幀 成田克彦
印刷・製本 亜細亜印刷/関製本
定価 3,800円(本体3,690円)
ISBN4-8205-9273-4 C0391 P3800E(第2巻)
ISBN4-8205-9271-8 C0391 P38000E(セット)